
片づけたら、物に囲まれた今までの生活と過去の自分に感謝してサヨナラできた
家族の思い出の品があふれ雑然とする空間/ビフォー
5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。
case.28 物を手放すと物への思いがなくなって心が軽くなる
夫+子ども2人/専業主婦
物が捨てられないと悩む人は、あまりその物自体に目が向いていません。「苦労して入手した」「記念にもらった」など、手に入れたときの気持ちや思い出に執着してしまい、手放せないのです。
誰でもそんな経験はあると思いますが、亜紀さんは人一倍その気持ちが強かったと話してくれました。
「今思えば、子どもの頃から物をため込む性格。シングルマザーで育ててくれた母から与えられた物はすべて母の努力の結晶に思えて、壊れても捨てられなかった。結果、大人になっても物に囲まれる生活になってしまいました」
もっとも、自分が物を手放せないことについて原因を考えたことはありませんでした。気づいたきっかけは、家庭力アッププロジェクト®に参加したこと。
現在、娘2人と夫の4人暮らしの亜紀さんは、夫の海外赴任を含めて結婚してから7回の引っ越しを経験。物を片づけるよりも移動した方が時間も手間も省けると、新居にはすべての荷物を運んでいました。
ヨーロッパで住んでいた家は広かったので問題なかった物の量も、日本の住居事情ではそうはいきません。押し入れなどの収納場所はもとより、部屋のあちこちに段ボール箱が積まれたまま生活していました。
次女が習っているヴァイオリンを弾こうと思っても、そのスペースを作るために一苦労。子どもたちは物が散乱している家に慣れてしまい、「こんなに散らかっていたら友だちは呼べないね」と残念そうに言ったこともあります。
新調したソファでゆっくりできる家族の憩いの場に/アフター
夫は仕事が忙しく、家のことに口出ししないタイプ。家族みんなであきらめていたし、私がいつも家事に追われてピリピリしていたので、文句を言わせない雰囲気を作っていましたね」
亜紀さんは当時を振り返り、そう話してくれました。専業主婦とはいえ、家事に育児に忙しい毎日です。娘たちの習い事の送迎は週5日あり、お昼休みも取りにくい夫のために毎日お弁当作り。その上、常に探し物をしたり、家事を始める前に物をどかす作業が入ったりと、ムダな動きが多い生活でした。よけいな時間が取られるばかりで、リビングのソファに座る暇もありません。
そんな中、美大を目指す長女の新たなチャレンジを機に、自分も家を片づけようとプロジェクトに参加しました。
「私は片づけについて、『4人家族の物の量はこれくらい』という物理的な基準やノウハウを学ぶつもりでした。でも、『どんな自分になりたいの?』『その自分になれない理由は?』と、一見片づけには関係ないことを掘り下げていくことに驚きました」
プロジェクト参加中に、物に執着する理由がわかった亜紀さん。理由がわかっても、物を手放すことはとても大変でした。
特に海外赴任先から持って帰ってきたものは、慣れない土地で苦労して生きてきた証のように感じられて、使い古した日用品も捨てられません。一度手放すと、日本では手に入れることが難しいことも亜紀さんの心にブレーキをかけてしまいます。
「段ボール箱の中身を全部出して広げることを繰り返して、改めて物の量に唖然としました。一つ一つに思い出があるので、選別して一度捨てても、やっぱり考え直してゴミ袋から取り出してみたり……」
物への思いが強い亜紀さんにとって、物と向き合うことは過去の自分と向き合うこと。とてもパワーが必要でした。物を捨てたり手放したりする作業に疲れ果て、大量の物に囲まれながら「なんでこんな自分を自分で作ってしまったんだろう」と泣いた夜も一度ではありません。
大型の家具や収納に占拠されていた子ども部屋/ビフォー
それでも実際に手放してみると、残しておけばよかったと後悔する物はそれほどありませんでした。物を通して自分と向き合い、対話をしながら「いる・いらない」の選別を繰り返すことによって、決断力と判断力が上がってきます。さらに、物に占領されていたスペースが空くと、そこでいろいろなことができる可能性があると気づきました。物を手放すという作業が、ネガティブなものからポジティブに変わった瞬間です。
「これがなくなると、新しい未来が作れるんだと思うようになりましたね。そう思うと、無心で物を手放せるようになりました」
どんどん物を捨てるようになった妻の様子に、夫は驚きを隠せません。でも、家の中がスッキリしていくことは気持ちよく、片づけに協力してくれました。ゴミ出し担当の夫は「今日は3往復もしちゃったよ」と笑い、もともと仲のよい家族のコミュニケーションはさらに増えました。
家の中が片づいたら、夫の帰宅時間が早くなり、次女はいつでもすぐにヴァイオリンの練習ができるようになりました。きれいに整頓されたキッチンで料理の腕をふるい、月に1回ほど帰ってくる長女と4人で明るい食卓を囲みます。夫と娘たちは「ママのレストランみたいなおいしい料理が1番だから、外食なんてしなくていいよ」と言ってくれるそうです。
「使いたいアイテムがすぐに取り出せるようになり、もともと好きな料理がさらに楽しくなりました。娘が手伝いたいと言ってくれたときも、今まではスペースを作る手間がありましたがそれもなし。『私も料理を覚えられる!』と喜んでくれます」
ピアノを入れてすぐにヴァイオリンを弾けるスペースができました/アフター
片づけを通して、自分を知り、自分の未来を見て、自分の可能性を信じられるようになった亜紀さんは、これからも自分の未来のために挑戦し続けます。
「今までは小説とか美術とか、想像の世界に入り込むような本ばかり読んでいました。でも最近では、自分と向き合って分析するような本を読んで勉強しています。今の自分が何をすることに喜びを感じて、今から何をしていこうか、いろいろと考えるのが楽しくなってきています」
物への執着から解放された亜紀さんの目線は、過去から未来へと変わりました。自信を持って突き進む先には、きっとワクワクすることが待っていることでしょう。
●西崎彩智(にしざき・さち)/1967年生まれ。お片づけ習慣化コンサルタント、Homeport 代表取締役。片づけ・自分の人生・家族間コミュニケーションを軸に、ママたちが自分らしくご機嫌な毎日を送るための「家庭力アッププロジェクト?」や、子どもたちが片づけを通して”生きる力”を養える「親子deお片づけ」を主宰。NHKカルチャー講師。「片づけを教育に」と学校、塾等で講演・授業を展開中。テレビ、ラジオ出演ほか、メディア掲載多数。
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