大学院接続型プログラムでは、学部・大学院を一体的にとらえた カリキュラムで専門性を高めていく。女子学生も活躍している

 創立138年の歴史を誇り、日本の工学教育をリードしてきた工学院大学。複雑化する社会課題の解決に挑むべく設立したのが、先進工学部だ。

 今年10周年を迎えた同学部の歩みと未来像について、同大の今村保忠学長と大倉利典学部長が語り合った。(聞き手/株式会社 大学通信 情報調査・編集部部長 井沢 秀)

「真面目で実直」な人材を育む土壌がある

──工学院大学は明治時代から長きにわたり、日本の工学教育を牽引されてきました。どのような人材を世に送り出してきたとお考えですか。

今村:本学の前身である工手学校は、最先端の学問と産業界を“つなぐ”技術者・研究者の育成を目的として設立されました。以来、研究や人材育成を通じて社会に貢献できるよう、すべての教職員が真摯(しんし)に日々の活動に向き合い続けてきました。

その実直さは本学に連綿と受け継がれた財産であり、教育システムの土壌をなしています。学生たちは教職員の姿勢に学び、社会に出てからも「真面目で実直」と評価をいただくことが多いようです。派手さはなくとも、しっかりとした学生を世に送り出していることに誇りを持っています。

──長い歴史のなかで工学院大学のあり方も変化しています。2015年、他大に先駆けて先進工学部を設立した狙いや経緯についてお聞かせください。

今村:産業が高度化・複雑化するなかで、イノベーションを生み出すには既存の学問の枠組みを超えた融合が不可欠となっています。こうした時代の要請を受けて誕生したのが、先進工学部。当時はまだ「先進」を冠した工学部はありませんでしたから、かなり画期的だったと記憶しています。

大倉:そうですね。先進工学部は英語で「School of Advanced Engineering」と表記します。名前が象徴するように、複数の学問を融合しながら社会を「一歩前へ」進めていくことが私たちの重要な使命だと心得ています。

今村:まさに、未来への「一歩」を踏み出せる人材をどう育てるかですね。先進工学部は化学系3学科(生命化学科、応用化学科、環境化学科)と応用物理学科、機械理工学科の計5学科で構成し、工学を軸に理学や生命科学を含む理工系分野を横断的に学ぶことで、複雑化する社会課題の解決に資する「科学技術イノベーション」を担う人材育成を目指しています。

すでに複数の知見を融合して新たな解決策を見いだしたり、既存の物事や技術の切り口を変えて新機軸を打ち出したりするなど、様々なイノベーションの種が生まれています。

(写真左)
工学院大学 理事長・学長/今村 保忠
1959年生まれ。理学博士。国内外での研究活動を経て、2006年に工学院大学に着任。工学部応用化学科および先進工学部生命化学科で教鞭を執り、副学長、先進工学部長、理事を歴任。24年から学長。理事長兼務。
(写真右)
工学院大学 先進工学部 学部長/大倉 利典
1959年生まれ。工学博士。専門は無機物質や無機材料化学。93年、工学院大学に着任。工学部マテリアル科学科准教授、環境エネルギー化学科教授などを経て、先進工学部応用化学科教授。2024年から現職。

研究志向型のプログラムで大学院進学率が上昇

──先進工学部の教育プログラムには、どのような特徴があるのでしょうか。

大倉:学部設立の狙いの一つが、研究志向型の学生を育成することです。2020年には、技術者や教職者を目指す学生向けの「学科教育重視型」と、研究者や開発技術者を目指す学生向けの「大学院接続型」の二つのプログラムを新設しました。

後者では大学院進学を意識し、早期から研究室へ配属するなど、高度な研究実践力を身につけられるよう6年間で一貫した教育研究体制を整えています。一方で特定の領域にだけ学びが偏らないように、1年次には学科に所属せず幅広く学び、複眼的な思考を養うことも大切にしています。

また19年に新設した機械理工学科航空理工学専攻では、高度な工学知識を兼ね備えたエンジニア・パイロット®の養成にも取り組んでいます。昨年度、航空会社のパイロット訓練候補生として就職した卒業生も誕生しました。

──日本にとどまらず、国際的に活躍できる人材の育成も求められます。グローバル化にはどのように取り組んでいますか。

大倉:本学独自の「ハイブリッド留学®プログラム」や、1年間を4学期に分けるクォーター制を導入しています。ハイブリッド留学は、本学教員が海外に出向き、現地の文化に触れながら専門科目を学べるプログラム。学部生のうちに異文化を体験し語学力を磨くことで、グローバルな視点を養います。

今村:世界各国から本学への大学院生の受け入れや、共同研究も盛んになっていますね。海外の大学や研究機関との連携を強化し、国際的な研究ネットワークのハブになっていけると理想的です。

──先進工学部の10年間の歩みを振り返っての手応えをお聞かせください。

大倉:多岐にわたる取り組みが少しずつ実を結び始めていると感じます。この10年で、大学院進学率が学部全体で約4割、特に応用物理学科では5割に達しており、研究に打ち込むための基盤が整ったと感じます。なかには国際学会で受賞する学生が現れるなど、頼もしい限りです。

教員による研究も活発で、国立研究開発法人科学技術振興機構の「さきがけ」プロジェクトにも本学教員が参画しています。

また学内での研究活動にとどまらず、学外での学びや接点も増えてきました。企業との共同研究が盛んになっているほか、自治体とのコラボレーションも活発です。例えば神奈川県平塚市とは、下水処理場の汚泥を活用し、海の肥料を製造することで循環型社会の実現を目指すプロジェクトが進行中です。

株式会社 大学通信 情報調査・編集部部長/井沢 秀

異なる領域を融合し、新たな可能性をつくり出す

──先進工学部の次の10年を見据えたビジョンをお聞かせください。

大倉:異分野の融合にさらに積極的に取り組んでいきます。例えば、AIの推論力を科学研究へ応用する試みを本格化させ、環境問題の解決に役立つ材料開発などを加速させていきたいですね。これまで培ってきた分野横断的な教育研究の強みを最大限に生かし、工学院大学全体をより一層盛り上げていきます。

──再来年には大学創立140周年という大きな節目を迎えます。工学院大学としてどのように取り組んでいきますか。

今村:本学では「社会・産業と最先端の学問を幅広くつなぐ『工』の精神」という建学の精神を掲げており、先進工学部はその先頭に立つ存在です。異なる領域を融合させて、挑戦を繰り返し、新たな可能性をつくり出していく。私たちはその好循環を大学全体に広げ、学生、教職員らのさらなる追究と挑戦を応援していきます。それはひいては社会課題の解決や、持続可能な社会づくりにもつながっていくはずです。

──複雑な社会問題に向き合ううえで、様々な分野を“つなげる”リーダーシップを発揮し、新しい課題解決策を見いだせる人材は今後ますます重要になっていくでしょう。本日はありがとうございました。