
老いるマンション問題が表面化 部屋に戻れない認知症の住人も
※写真はイメージです
「またお母さんが、ご近所に迷惑をかけてしまったようで……」
東京都在住の会社員、Aさん(58)は、母が住むマンションの管理会社からの電話を受け、深いため息をついた。82歳の母について管理会社から電話があったのは、今月に入って2度目だ。母は、4年前に父が亡くなってから、Aさんの実家である千葉県のマンションで一人暮らしをしている。下の階に母と同世代で仲良くしていた友人が住んでいたが、子どもと同居することになり、2年前にマンションを去った。
母に認知症の症状が出始めたのは、ちょうどそのころだった。最初は日常生活に大きな支障をきたすほどではなく、デイサービスなども利用しながら以前と変わらない暮らしをしていた。ところが、ここ数カ月の間で、近隣を巻き込んだトラブルが起こり始めたのだ。
管理会社から最初に電話があったのは、母が鍵もスマホも持たずにマンションの外に出てしまい、オートロックが開けられないでエントランスに長時間座り込んでいたという連絡だった。聞けばすでに同様のことが何度かあり、同じマンションの居住者や管理人が気づいて対応していたという。その後も、早朝5時過ぎにマンション前をウロウロしていた母に、朝のランニングに出かける住人が声をかけると「もうすぐデイサービスの迎えの車が来るはずなのに、まだ来ない」などとつぶやいていることもあった。
Aさんは母を自分が住む都内の家に呼び寄せることも考えたが、Aさん宅もまたマンション。3LDK65平方メートルの間取りは、妻と中学生の息子と娘の4人で手いっぱいで、母を招き入れる余地はない。しばらくは遠隔で様子を見守ろうと決めた直後の、トラブルだった。
母の行動は、例えばこんなふうだ。自分の部屋の階数や部屋番号を忘れ、他の人の部屋の呼び鈴を片っ端から鳴らして回る。「集合郵便受けの開錠番号を忘れた」「誰かがベランダにいるようだ」といった問い合わせを管理人に何度もする。
週刊朝日 2022年7月22日号より
「ご近所からも、お母さんについて心配の声が上がっていまして……」
その後、Aさんが久しぶりに母宅を訪ねると、家の中やベランダにゴミが散乱している。「ゴミ出しの日が違う」と居住者から注意されたことを恐怖に感じ、ゴミを出せずに自宅にため込んでいたという。母が高齢者施設に移ったのは、その2カ月後のことだった。
「集合住宅であるマンションは、いわば一つの社会。そこでのマナーやルールを守れなくなったときは、マンションでの在宅介護の一つの限界点と言えるかもしれません」
ケアマネジャー歴21年の牧野雅美さん(アースサポート)は、こう話す。国土交通省の調査によれば、全国のマンション戸数は675万戸超(2020年末時点)。居住人口は約1573万人と、国民の8人に1人がマンション住まいという計算だ。特に都市部で暮らす人には、一戸建てよりマンション派が増え、「住まい=マンション」という感覚が一般的になりつつある。
週刊朝日 2022年7月22日号より
■オートロックや同じ玄関で混乱
今、表面化し始めている問題の一つが、マンションの住民の高齢化だ。築40~50年の高経年マンションでは、入居時に子育て世代だった人々が高齢期を迎えている。前出の国交省の調査によれば、全国の分譲マンションの世帯主は、60歳代が27%と最も多く、次いで50歳代が24.3%、70歳代が19.3%と続く。さらに建物の完成年次が古いマンションほど70歳代以上の割合が高く、1979年以前に完成した築43年以上のマンションでは、世帯主が70歳代以上の割合が47.2%にも上る。こうして住民の高齢化が進んだマンションでは、管理組合の活動や運営が思うようにできなくなることから、建物の老朽化が進む事態も起こり始めている。
先の例のように、マンションという集合住宅であるがゆえに起こりやすい、住人の高齢化によるトラブルも発生している。
「番号キーを暗記するオートロックや、同じ玄関ドアが並ぶ光景など、高齢者にとって、時にマンションは住みづらい空間にもなりうる」
週刊朝日 2022年7月22日号より
大手マンション管理会社、大和ライフネクストで調査を行うマンションみらい価値研究所所長の久保依子さんは言う。
同社の管理物件では、認知症の住人が、鍵をかけずに短時間外出した他の住戸に上がってしまい、冷蔵庫を開けているところを帰宅した家人に発見されて警察を呼ぶ騒ぎになった例もあるという。
「こうしたことを防ぐための対策として、“玄関ドアやエレベーターのボタンに本人がわかる目印をつけたい”というご相談をご家族からいただくこともありますが、玄関ドアやエレベーターは共用部分で、管理組合の承諾や管理規約、使用細則の改正が必要です。個人的な都合で、共用部分のルールを変えることはどうしても難しいことが多いのが実情です」(久保さん)
(フリーランス記者・松岡かすみ)※週刊朝日 2022年7月22日号より抜粋