大川恵実
母親としての責任を社会から押し付けられ、内面化 日本の女性たちが抱える母の不自由さ
母のしんどさは、社会問題と地続きだ。非正規雇用問題、長時間労働、男女の格差、政治への関心の低さ。あきらめずに、声を上げ続けなくてはならない(撮影/写真映像部・高野楓菜)
共働きであっても、女性にばかり育児の責任や負担が押し付けられる現状は変わらない。母としての責任感が強い女性たちは、母でいることにしんどさを抱えている。その根底には何があるのか。AERA 2024年1月1-8日合併号より。
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仕事と育児の間で生まれるしんどさに加え、「母であれ」という社会的な圧力と、知らずにそれを自分でも内面化してしまっているしんどさを、取材では多くの女性から聞いた。
都内で働く戸田郁子さん(仮名・42)は、37歳で長女を出産後、急激に自分が母親にシフトさせられたと感じた。仕事が好きで、お酒を飲むのも大好き。ダンスの勉強も20年していた。妊娠すると「こんな自分が母で無事に生まれるのか」と不安にさいなまれた。出産後、一人で歩いていると「子どもは?」と、必ず聞かれる。夫にはかけられない言葉。出産したとたんに、女性に多くの責任や役割が押し付けられていると感じ、不自由さを感じた。
「長女の誕生を家族みんなが喜ぶのを見て、私が人生でこれ以上人を喜ばせることはないなと思ったんです。多分私が、会社の営業成績で1位を取っても、ここまで喜ばない。私の最大の役割は子どもを産むことだったんだなと、軽く失望しました」
「2人目を」という期待も感じるが、あの不安をもう一度味わうのかと思うと、とても産む気にはなれない。早く身体的に産めない年齢になってほしいと、どこかで願う自分がいる。
ネイルやマツエクは子どもを預けてまでは…
不妊治療の末に41歳で念願の娘を授かった山口菜々子さん(仮名・44)は、子どもが生まれる前は、「育てる喜びが一番だから、私が一人で全部やり遂げる」と思っていた。しかし現実は想像以上に大変で、夫の手は必要不可欠だった。夜泣きで寝られない日もあり、離乳食作りも手がかかる。市販の離乳食も考えるのだが、娘のことを思うと手が抜けない。夫も手伝ってはくれるが、海外出張などが入ると大げんか。働いていたときの自分がうらやましく思え、友達に愚痴をこぼすと怒られた。「好きな人と結婚して、望んで子どもを産んで、何もかも手に入れようと思うのはぜいたくすぎる」と。
金沢未来さん(仮名・45)の息子が通う私立の幼稚園は、親が子どもの手を握って送り迎えをすることが基本。持ち物には刺しゅうで名前を、園から配られるプリントには手書きでコメントを入れなくてはならない。すべて専業主婦の母が担う前提で、延長保育はなく、子どもは昼すぎには帰ってくる。
「自分のことにかける時間がなくなりました。歯医者に行くのも、開院と同時に駆け込んだり。独身時代はファッションが好きで、表参道に行ったりしてましたが、今はもう無理です。美容院に行くのが精いっぱいで、ネイルやマツエクは実家に預けてまですることじゃないでしょう、という感じです」
子ども家庭福祉に詳しい目白大学教授の姜恩和(カンウナ)さんは、1995年に韓国から日本に来て、「なぜこんなに母子一体型なのか」と不思議に思ったという。父親の顔が見えず、母親の規範性が強い社会だと感じた。
「母親への社会的支援は、産前から産後まで多岐にわたりますが、たとえば母乳のケアや子育て支援など、母親としての視点の支援が多く、これまでは女性が自立して生きていく、生活そのものの観点が弱かったように思います。母親の中には、経済的な困窮や、孤立している方もいて、医療面だけでなく福祉との連携が欠かせません」
また、母親としての責任感も強く、自己責任として自分を責める女性も多く見てきた。
「望まない妊娠をした女性ですら、妊娠を自分の責任として、男性の話が出てこない。自分一人のことじゃないのに。母親としての責任を社会から押し付けられてもいるし、内面化してしまっているとも思います。日本はもっと『迷惑』という概念から解き放たれるべきではないでしょうか」
今村優莉さん(41)は、2018年に0歳と1歳の子どもを連れ、セブ島へ母子留学した。ある日、ベビーカーに子どもをのせ、ママ友たちと一緒に水着を買いに行くと、「子どもたちは見ているから、ゆっくり試着して」と、店員たちが勢ぞろいで子どもをあやしてくれた。子どもが泣いたとしても母親に戻すことはなかったという。
「すごく楽しくて、久々に独身時代を思い出しました。社会で育てるというのは、こういうことなんだ、と」
「母」という顔は、一人の女性の一部に過ぎない。社会制度を整えるのは重要だが、個人としての生き方が尊重される視点がなければ、母親のしんどさはなくならない。(編集部・大川恵実)
※AERA 2024年1月1-8日合併号より抜粋
AERA
2024/01/08 16:00