優秀な理系人材を数多く送り出していくために、大和大学では新たな試みが行われている。理系人材をとりまく現状や、求められる力について、大和大学の理工学部長 上村教授と、オムロンでリクルートを統括する新村さんが語り合った。
座談会参加のみなさん
大和大学 理工学部長 教授 上村 佳永 さん
2018年から大和大学の理工学部開設に従事。20年4月の同学部開設時から現職。専門・研究分野は数学 ・教育学。
「大阪・吹田から日本の大学を変える」という宣言の下、2014年に開学。6学部を展開し、少数精鋭の教育環境の中、学生の進路実現に注力する。
オムロン株式会社
グローバル人財総務本部 人財開発部
リクルーティングセンタ長
新村
輔
さん
2005年にオムロングループへ中途入社。国内採用責任者として、新卒・中途採用、人財流動(社内応募・公募、副業受け入れ)を統括する。
制御機器、ヘルスケア、社会システム、電子部品、データソリューション事業を展開する日本企業。世界各国に拠点を持ち従業員約2万8千人を擁する。
AERA 編集長 木村 恵子
木村恵子(AERA編集長) 教育は本誌にとって大切なテーマです。最近ではAIやデータサイエンスの学びが注目され、何度も特集しています。その中で見えてきたのは、数学・科学的思考に長けた「理系人材」の不足です。企業では、その実感がありますか。
新村 輔さん(オムロン株式会社) 当社のような電気機器メーカーはもとより、あらゆる業種で理系人材のニーズが高まっています。キャリア採用ではそれが如実に表れます。採用の競合となる企業の業種がボーダレス化し、例えば大手老舗メーカーが採用したいと思う理系技術者をITベンチャー企業が驚くような高待遇で獲得するなど、競争が激化しています。企業としてもより柔軟な処遇制度の整備など、市場価値へのアジャストに努めているところです。
木村(AERA) 大学では、そのようなニーズをどう捉えていますか。
上村佳永さん(大和大学) 本学の理工学部は2020年に開設されたばかりです。学部を設置する準備段階で、どのような卒業生を採用したいか、多くの企業に調査しました。それによると、学部教育では、まず「基礎」をしっかりと身につけてほしいこと。そして、「幅広い分野」に興味関心を持ってほしいこと。それが、その後の伸びしろにつながるとのことでした。
新村(オムロン) そうですね。私は、社会に出たあとは、「経験の量」「経験の質」「吸収力」のかけ算で成長していくと思っています。ただ最近は働き方改革もあり、「量」が確保できず焦っている若手が多いです。企業の中では「質」を求めて経験をより好みする事も難しい。そうなると残る「吸収力」がポイントです。吸収力は、理解力・応用力、経験・専門性、コンディション・モチベーション、環境的な要因の四つが主な構成要素になると考えます。中でも理解力・応用力は、学生のうちに伸ばしておけるといいのではないでしょうか。
上村(大和) はい。また、昨今は、チームで取り組む仕事が多いので、協調性やコミュニケーション力が問われますし、好き嫌いに固執せず、社会の動きを捉えようとする柔軟性も必要です。そこで本学の理工学部では、学科を理工学科のみとし、その下に五つの専攻を設けました。「学科」とせず「専攻」とすることでカリキュラムが縦割りにならず、専攻を跨いで縦横に学びを広げられるようにしています。
企業への調査では、人手不足を感じている企業は全体の51%に上った。さらに業種別に見ると、最もポイントが高かった「情報サービス」は71.7%となり、全体より2割も高い水準となった。
帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査」(2024年4月)を加工して作成 調査期間:2024年4月16~30日
専門性に加え教養・社会性を育てる
木村(AERA) どんなカリキュラムですか。
上村(大和) まず色々なところに興味を広げるため、「5専攻融合型カリキュラム※1」を導入しています。自分が所属している専攻以外の授業を柔軟に履修できる仕組みです。次に、1、2年次の「理工学基礎セミナー」「理工学実践演習」という課題解決型の授業※2です。さまざまな社会課題を想定して、自身の専門の知識や技術を使ってどう解決していくか。専攻の違う学生6、7人がグループになって、1年次後期の半年をかけて、解決案を練り上げます。そして、社会を肌で感じられる機会を増やすため、多くの企業に協力を依頼し、臨場感ある現場の仕事の話をしてもらう「実学講座」を開いています。学んでいることが社会にどのような影響を与えているかを知ることができるので、積極的に受講する学生も多いですよ。こうした授業を通して、学びのモチベーションを高めてほしいと思っています。
※1 理工学部の「数理科学専攻」「機械システム工学専攻」「電気電子情報工学専攻」「建築学専攻」「生物生命科学専攻」の授業を他専攻からでも履修できる(専攻は2025年度からの名称)。分野を融合させる学びによって、イノベーションを起こす力を培う。
※2 例えば「⾼齢者が暮らしやすい未来社会を科学技術で実現するには?」などのテーマを設定し、異なる専攻の学⽣がチームを構成。ディスカッションを重ねながらプランを作成する。課題発⾒⼒や問題解決⼒、提案⼒などを養うとともに、専⾨分野以外の多様な考え⽅に触れ、新たな気づきを得る。
新村(オムロン) 学生時代にできるだけ多くの人と関われるといいですね。一人で業務は完結しないので、チームで何かを成し遂げる体験ができるのは大きいです。
上村(大和) そうですね。課題解決型の授業はグループワークなので、自分の意見を言い、違う意見も受け入れなくてはなりません。最初は人前で話すことが不得意だったのが、自分の考えを表現できるようになった学生も多くいます。
大学院を持たない選択 その狙いとは
木村(AERA) お話をうかがっていると、今は理系人材もバランス重視で、多方面の資質が求められる印象を持ちます。かつては文系と理系は、仕事の上でも役割分担がはっきり分かれていたと思いますが。
新村(オムロン) ただ、理系の専門性を究めたスペシャリストへのニーズは変わらず高いです。理系人材は専門性抜きには語れません。当社は大学院修了者の採用割合を決めていませんが、技術・研究職の場合、結果的に過半数が大学院修了者です。学部卒者と比べるとやはり専門スキルが高いためです。
上村(大和) 大学院研究科を置いていない本学の理工学部では、学部4年間で専門性を究めるのはなかなか難しいのですが、本人が希望するなら、専門職に就かせてあげたい。そのため積極的に大学院への進学を勧めています。本学で理工学部を開設するにあたって、大学院の設置を検討しましたが、日本では理系の場合、伝統と実績のある国公立大学の大学院修了者が専門職の就職に有利だという現実に直面しました。新しい大学の大学院では、修了者に満足のいく進路を与えられないことを危惧したのです。しばらくは本学には大学院研究科を置かず、他大学、特に国公立の大学院につなぐ役割をする理系学部があってもいいのではないか、と考えました。
木村(AERA) とてもユニークな方法ですね。
上村(大和) 日本では学部の学士課程と修士・博士課程を同じ大学で学ぶ一貫教育が普通ですが、海外では基礎と教養を学部、専門課程を別の大学院で修めることは珍しくありません。
学歴別に見た賃金について、男性・女性ともに大学院を修了した人材の賃金がもっとも高い。また、全体的に男女の賃金格差があるものの、大学院がもっともその差が小さい。
厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査 結果の概況」(2022年3月25日)を加工して作成 調査対象:2021年6月分賃金
木村(AERA) 大学院進学をどのようにサポートしていますか。
上村(大和) 修士課程まで修めれば、将来の選択肢や可能性がどれだけ広がるか、そこから丁寧に説明し、情報を提供します。昨今、新しい価値を創造するために、多様な背景の研究者を集めたいと考える日本の大学院が増えてきましたので、他大学を卒業した学生の受け入れが進んでいます。そうした背景もあり、近隣の国公立大学の大学院に協力を依頼し、研究室の先生に話をしに来てもらったり、研究室でのインターンシップを実現したりしています。早い段階で専門性を高めるために、学生たちは本学の少人数ゼミに3年次前期から所属し、ゼミの教員も大学院への進学をフォローします。大学院によって募集要項はバラバラなので、行きたい研究室が決まったら個別指導を行います。
POINT大和の国公立大学大学院進学サポート
早期からの進路支援
2年次に就職希望と大学院進学希望でコースを選択し、それぞれの進路に合わせた学びを実施する。選択後もコースの変更は可能。3年次修了までには大学院進学に必須といわれるTOEIC®600点獲得を目指す。
大学院との連携
1、2年次に国公立大学大学院の見学や、大学院の教員による出前講義を実施。4年次の卒業研究は大学院研究室の協力の下で取り組む。協力・連携実施大学院:大阪公立大学大学院 工学研究科、兵庫県立大学大学院 工学研究科 など
木村(AERA) 24年に理工学部から初めての卒業生が巣立ちましたね。成果はありましたか。
上村(大和) 1期生は約230人のうち、53人が東大、阪大、名大などの国公立の大学院に進学しました。頑張ってくれたと喜んでいます。実は1期生の入学時に希望進路を聞いたとき、大学院に進みたいと答えたのはたった5人でした。
木村(AERA) 親身な指導が実を結びましたね。企業では、大学院修了者にどんな期待がありますか。
新村(オムロン) 私は、構造化の力や数学的思考が鍛えられているのが大学院修了者だと思います。
木村(AERA) それはどういう能力でしょうか。
新村(オムロン) 例えば、商品開発は最後までスムーズに進むことはほぼありません。うまくいかない原因を分析し、アプローチの手法を改善する必要があります。そんなとき課題が抽象的な事象であってもそれを分析し、構造的に解釈して明確にできること、そして数学的思考によってゴールから逆算してどう進めれば目標を達成できるかを考えられること。ビジネスが高度・複雑化する中では、特にこの二つの力が必要とされます。大学院では自身の研究を突き詰める中で、論文の作成などで成果を形に表す必要があります。課題分析の力や解決策を見いだす力がより鍛錬されていると思います。
木村(AERA) 例えばどのようなときにそれを感じますか。
新村(オムロン) 専門性を発揮し、即戦力になれる社員の活躍を見たときでしょうか。例えば、「卓球ロボット・フォルフェウス」を開発している社員は、修士課程を経て入社し、博士課程の研究と並行しながら働いていました。当社のコア技術であるセンシング※3の専門技術を活用し、人間のやる気を高めるために相手のレベルに合わせて球を打ち返すロボットを開発。人と機械の協調という新たな関係性を築きました。また、最初は研究職に就いても、自ら人事や事業企画職などにジョブチェンジして、活躍する人もいます。そういう人は柔軟性や応用力も高いです。
※3 センサーを用いて、電流、温度、湿度、音などさまざまなものを計測し、情報を取得する技術。
学び続けられる人が社会で強みを発揮
上村(大和) そうした適応能力も本学で養ってほしいと思っているんです。学部で選んだ専門性をそのまま生かせれば幸せですが、社会が変わっていくとそれが役立たないことも出てきます。そうなったときに、第2、3の武器をどう生かしていけるか。コアな専門性の積み重ねは外せませんが、急激に変化する社会の中で強く生きていける学生を育てたいです。
新村(オムロン) はい。自らを常にアップデートできる人は強いです。仕事では学んだことがそのまま通用することは少なく、実践的な応用が求められます。また、おっしゃるように最近は知識・技術の陳腐化が早いです。自分のベースをいかに最新化し応用できるかがカギとなります。
上村(大和) 学生には、大学院の進学先を選ぶときも、自分の将来をより良くするためだったら、学部と違う分野の研究室を選んでもいいと話します。
新村(オムロン) 社会に出てからも学びは続きます。当社は社内の勉強会が活発です。テーマごとにその技術領域のスペシャリストが「塾長」になって、講義を開くこともあります。とりわけ社員の成長を見られるのが“他流試合”です。研究開発の拠点に「協創エリア※4」を設けて、他の企業や大学の方と共に、新たな創造を行っているんですよ。
※4 社外との協創の促進を目的としたスペース。共同プロジェクトの推進、大学教授や他社技術リーダーの講演等、多様な用途・人数規模の取り組みに対応可能。
木村(AERA) 常に自分を高めようとする姿勢が大事ですね。
新村(オムロン) キャリアに対する自主性が問われる時代です。当社では理系に限らないのですが、本人のキャリアプランをもとに、それぞれの個人の強みに合った育成計画を立てます。数年ごとの中期計画を立て、進捗をつど確認します。
先端IT従事者:先端的なIT業務(データサイエンス、AI・人工知能、IoT、デジタルビジネス/X-Tech、アジャイル開発/DevOps、AR/VR、ブロックチェーン、自動運転/MaaS、5G)に従事するIT人材。先端IT非従事者:先端的IT業務に従事していないIT人材。
IT人材の中でも、より先端的な領域に携わる人材ほど、業務外でも勉強をしたり、学びにお金をかけたりするといったスキルアップへの意欲が高い。
独立行政法人 情報処理推進機構「デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進に向けた企業とIT人材の実態調査 」(2020年5月14日)を加工して作成 調査時期:2019年12月
上村(大和) なるほど。私たちもキャリア教育では、「自分で考える」ことをかなり意識させます。入学したばかりの学生は将来の人生設計が不明確です。そこからキャリアデザインをどのように持たせるか。キャリア教育は1年次から始めます。私は大学院進学でも就職でも、学生たちに高みを目指してほしい。自信のない学生たちは最初、ためらうのですが、「大丈夫!」と背中を押します。早い段階で目標が決まれば、学生たちも成長は早いですよ。1年で見違えます。専攻ごとの担任制を敷いているので、担任が年2回は面談をして学業や進路についての悩みを聞きます。24年4月から進路指導に特化した担任も配置しています。やりたいことに向かい、未来を切り拓いていける学生を送り出したいです。
新村(オムロン) 自分の人生をどう生きていくのか、それを見いだすための教育を実践されていて、共感するところが多くあります。企業としては「選び・選ばれる」関係を築きたい。イキイキと働いてもらうために、我々もアップデートしていかなければならないと心に留めました。
木村(AERA) 上村先生の今後のビジョンを教えてください。
上村(大和) 今は理工学部に大学院を持たないという選択をしました。それは私たちの果たす役割を考え、学生たちのニーズに寄り添っていきたいからです。近年海外から留学生が日本に多く学びにきていますし、日本の大学院研究科が能力のある学生にもっと広く門戸を開けば、より多様性が生まれて日本の研究が活性化するのではないでしょうか。私たちの取り組みが日本の大学教育の新しい在り方をつくっていけると良いと考えています。その中で徐々に本学の評価を上げ、満を持して大学院研究科を設置し、日本有数の私立大学に育てていきたいです。
他大学の大学院につなげることに注力する体制は新鮮です。学生にとって、ときに大学は「入ることが目的」という状況に陥りがちですが、手厚い指導によって、着実に能力を伸ばせる教育の場として機能していると感じました。オムロン・新村さんの「アップデートし続けられる人が強い」というお話に通じます。日本でこうした仕組みがもっと広まればいいと思います。