
【現地ルポ】「彼が予算をストップしないことを望む」 支援金の申請手続き急ぐ米LA山火事の被災者ら
パティ・ファイナーさんと愛犬のベイリー。ペットと一緒に眠れる避難所で。3食提供され、シャワーやWi-Fiも完備。家を失った人も多数いた(撮影 長野美穂)
煙と火があっという間に迫り来る中、自宅を後に避難したロサンゼルス近郊住民の数は、18万人を突破した。「政権が代わっても支援金がもらえるのか」。まもなくトランプ氏の大統領就任式を迎える。現地在住ジャーナリストが被災者らの胸の内を聞いた。AERA 2025年1月27日号から。
* * *
「避難前に、自宅アパートのシャワーの蛇口をひねって水を出したら、浴槽が灰だらけで水が真っ黒に染まった。あ、もう逃げなきゃ危ないと直感した」
そう語るのは、ロサンゼルス(LA)の高級住宅街として知られたパシフィック・パリセーズに隣接する地区に住む60代後半のパティ・ファイナーさんだ。
火災発生から2日後の1月9日、避難命令アラートが鳴ると、愛犬を抱えて車で脱出した。
「自宅アパートが今どうなっているのか全くわからない。燃えてないといいけど……。弟はパサディナ北部のイートン火災の現場近くの家にいるんだけど、なんとか踏ん張ってるみたい」
ファイナーさんの賃貸アパートの家賃は月3千ドル。幸運にも彼女は火災前に「賃貸者用の保険」をすでに購入済みだった。
仮に部屋が焼失していなくても、煙や灰で住めない状態になった場合に清掃費用を請求できるのかと保険会社に問い合わせると、即座に却下されたという。
「こうなったら、頼みの綱はFEMA(フィーマ)しかない」と彼女は言う。
FEMAとは、米連邦政府の「緊急事態管理庁」の略語で、洪水や火災などの大災害を専門とする支援活動組織のことだ。
「火災の直後にサンタモニカに来たバイデンは『LA火災の被害については100%保証する』って断言したよね? 私、あの言葉を信じてる」とファイナーさん。ちなみに、バイデン大統領が100%カバーすると確約したのは消火活動に関する費用のことで、住民の持ち家が全焼した場合にFEMAから支払われる支援金の上限は1世帯あたり4万3600ドルと決められている。
住民の命綱は「FEMA」
その他にも、衣類や食料などの避難時の必需品を賄う費用として770ドルが支払われる。
この未曾有(みぞう)の災害時に、あと数日でバイデンからトランプに政権が代わることをどう思うか、ファイナーさんに聞いてみた。
「有罪判決が確定しても、何とか刑期を免れようとする人が、焼け出されて行き場がない住民のことを本気で考えるとはちょっと思えない」
数日以内にFEMAから銀行口座に770ドルの支援金が振り込まれることを彼女は切望するが、「さすがに数日では無理だろうな。それでもトランプがゴルフコースにいる今のうちに、FEMAへの申請を完了しておきたいし、政権が代わっても彼が予算に手を付ける前に、支援金の流通を極力済ませてほしい」と話す。
米ロサンゼルス近郊で拡大した山火事では、セレブたちの手択が立ち並ぶパリセーズ地区にも火の手が及んだ=2025年1月15日(写真 AP/アフロ)
一方、家が全焼し全てを失った避難民たちはショック状態で、FEMAのサイトにアクセスする余裕がないどころか、免許証や出生証明書など何一つ持ち出せなかった人たちがほとんどだ。車が焼けて移動手段がない人も。
そんな人たちのために、FEMA職員は各避難所を訪れて、タブレットを使って支援金の申請を助けていた。「大統領が大規模災害宣言を出した日から60日以内に申請するのが期限だから注意して」と避難民に伝えていたのは、FEMA職員のジョエル・ブライトさんだ。つい最近までフロリダでハリケーン被災者の担当をしていたという。
トランプ政権になって支援金の支払額や受給条件が変わることはあるかと聞くと、「僕たちは公務員で、政治とは関係ない。ただ不安なら、ここ数日以内に、政権が代わる前に申請しておくことを勧める。写真や追加書類は後からアップすればOK」と話す。
「政治の話は避けたい」
300人近い人々が寝泊まりする避難所で温かい食事を提供しているボランティアのロニー・コスタさんは、ボストンから飛行機で援助に駆けつけた。
「自分が20年間暮らしたLAは故郷も同然。助けになるなら何でもやりたい」と言う。家を失った人たちを励まし、昼食を手渡す彼にも、政権が代わることをどう思うか聞いた。
「政治の話は今は極力避けたいんだけど」と言いながらも「トランプは、避難民に惨めな思いをさせないと思うから大丈夫だ。心配いらないよ」と言う。
また、赤十字ボランティアのジョン・スティンソンさんは、火災発生から24時間以内にカンザスから派遣されてLA入りし、避難所の運営をしていた。
「米国の赤十字は1881年に看護師のクララ・バートンが設立して以来、ずっと一般人の寄付が財源だ。大統領が誰になろうと、財源はびくともしない。歴代の大統領がホワイトハウスを去った後も我々は被災地にいつでも最初に駆けつけるしね」
今回、彼はベッド数20床の小さな避難所に派遣され、シャワー設備のある施設に避難民を輸送するバスをチャーターし、臨床心理士の手配もしていた。
このLA火災で赤十字は縦横無尽の活躍を見せた。前述のファイナーさんが連れていた愛犬に「ペット専門ボランティア」が話しかけ、ファイナーさんは「まるでホテルかと思った」と言った。LA住民たちは衣類や食料を避難所に寄付していた。
スティンソンさんと筆者が話している最中にも「自分も資金を寄付したいんだけど」と避難所に入ってきた男性がいた。白シャツと黒ズボンで正装したユダヤ系のツズビ・シャピロさんだ。3人の幼い男の子と一緒だ。
「赤十字、本当に素晴らしい活躍で感動したよ。寄付はクレジットカードでも払えるかな?」
シャピロさんは「大統領が代わるから何? 自分は政治に興味ないよ。ヒューマニティーに興味があるだけだ」と言う。
彼が来る少し前に、家が全焼して4人の幼い子どもを連れて避難所に入ってきた両親がいた。シャピロさんと同じような年頃の子どもを持つ家族が、簡易ベッドで寝る生活になるのだ。スティンソンさんは言う。
「われわれ赤十字の任務は、彼らが一日でも早く賃貸物件を見つけられるように援助すること。避難所はあくまで仮住まい。我々の究極のゴールはこの避難所から人がいなくなることだ」
彼が予算を止める前に
LAで最大規模の避難所では、ちょうど視察に来ていたロサンゼルス市議会のケイティー・ヤロスラブスキー議員がいた。
「あと数日でトランプ政権に代わりますが、FEMAの支援金は政権が代わっても規定通りに支払われるのでしょうか?」と、筆者が彼女に質問すると、
「政権が代わる前に、できる限り多くの人が申請手続きを完了できるよう急いでいるところ。彼が予算をストップしないことを望む。住民はFEMAの支援金が本当に必要。いま政治ゲームをしている余裕はない」
「トランプ陣営で重用されるイーロン・マスク氏は連邦政府の経費削減を担当するようですが、FEMAは予算削減されることなく存続しますか?」と聞くと、
「FEMAの存在意義はこういう大規模災害のため。バイデン政権が確約してくれたFEMAの財源に心から感謝している」と答えた。
「じゃあ、何もかも失ったLA住民はFEMAのキャッシュに頼れるんですね? 大丈夫ですね?」と聞くと、「I hope so... 」(そうであってほしい)という答えが返ってきた。
確約できないLA議員
この言葉のチョイスにはっとした。筆者の取材歴では、これまで米政治家が「I hope so」と言うのを聞いたことは一度もない。もっと強い言葉で断言するのが政治家の常だ。特に、自分を議員に選出してくれた住民たちが人生最大の危機に直面している今ならばなおさらだろう。
だが、連邦政府を牛耳る国のトップの大統領が交代するという時に、LA市のいち市議会議員の立場、しかも民主党の議員としては、なす術はほとんどない。こういう言い方しかできない、というのもわかるのだが。
この原稿を書いている時点でも、筆者を含め、多くの住民の住まいが明日燃えないという保証は何もない。避難地域では武装した火事場泥棒がうようよし、避難命令が出ている地区などでは午後6時から翌朝6時まで外出禁止命令が出され、マシンガンを持つ軍人が戦車を従えて警備している。その横を消防車がサイレンを鳴らしてひっきりなしに駆け抜けていく。
これから一体どうなるのか、多くの住民がまだまだ眠れぬ夜を過ごしている。
(在米ジャーナリスト 長野美穂)
※AERA 2025年1月27日号