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“お金さえあれば”だけでは通用しない時代に? ヒト・モノ・カネで経済活動において最優先にすべきは 田内学
“お金さえあれば”だけでは通用しない時代に? ヒト・モノ・カネで経済活動において最優先にすべきは 田内学 AERA 2025年4月28日号より    物価高や為替、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2025年4月28日号より。 *  *  *  霜降り肉の脂が胃にもたれる。40歳を過ぎた頃から、赤身肉ばかり好んで食べるようになった。振り返れば学生時代も霜降り肉をほとんど食べなかったが、それはお金に余裕がなかったからだ。当時はお金の制約によって食べられず、今は健康の制約によって食べられない。同じ「食べられない」でも、理由は大きく異なっている。  私たちが日常生活や経済活動を営むうえでは、常に何かしらの制約が存在する。経済活動に必要な要素として、ヒト・モノ・カネの三つがよく挙げられる。日本が戦後復興を果たして以降、長い間「ヒト」と「モノ」は比較的潤沢だった。高度成長期やバブル期などの好況時や、災害時などには、一時的にヒトやモノが足りなくなるときもあったが、基本的に「お金さえあればなんとかなる」という状況だった。  経済を考える上でも、「いかに資金を調達するか」「どのようにお金を循環させるか」が主な議論になるように、大事なのは「カネ」だった。  ところが最近、状況が明らかに変化している。東京商工リサーチによると、2024年度の全国の企業倒産件数は1万件を超え、11年ぶりの高水準となったという。特に中小・零細企業の倒産が多い。興味深いのはその内訳で、「求人難」や「人件費の高騰」といった人手不足による倒産が前年度比で6割以上も増加し、過去最多を記録している。今や企業経営の最大の制約は「カネ」ではなく「ヒト」になってしまったのだ。 たうち・まなぶ◆1978年生まれ。ゴールドマン・サックス証券を経て社会的金融教育家として講演や執筆活動を行う。著書に『きみのお金は誰のため』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など    2年ほど前の年越しテレビの討論番組で、「人手が足りなくなることが問題だから、少子化対策を何より優先的に解決しないといけない」と発言したところ、財務省出身の学者たちからは「そんなことよりも財源の問題が重要だ」と反論された。当時は、財源問題を強調する見方が主流だったように思える。その時の僕は、お金の制約を重視する考え方に対し違和感を覚え、将来への懸念を抱いていた。  しかし、その財務省が今年4月に発表した財政総論では、冒頭から人口減少による労働力不足の深刻さを指摘していた。財務省自身も、「ヒト」の制約が経済活動に与える影響の大きさを強く認識し、ようやく政策に反映させようとしているのだろうか。  人口予測は将来予測の中でも最も正確性が高いものの一つと言われている。20年前には、現在の20歳の人口はほぼ正確に予測できるからだ。つまり、私たちの生きている人手不足の現状は、かなり昔から確実に予測されていた将来だったはずだ。にもかかわらず、財源不足を理由に、子育て支援や少子化対策は長年後回しにされてきた。  財務省の役割を考えれば、彼らが「カネ」の制約を最重要視するのは自然なことだ。しかし、政府としては、「カネ」以外の制約条件である「ヒト」や「モノ」の不足をしっかりと考慮し、政策を優先順位づけする必要がある。  若い頃は「お金さえあれば」という考えで生きていけるが、年齢を重ねるにつれて健康や時間など他の制約に気づき、配慮するようになる。それと同じように、社会の高齢化が進む中で、経済活動においても優先すべき制約条件が変わっている。私たちはいつまでもお金の制約だけを重視するのではなく、新しい時代に合った視点で経済を考えなければならないだろう。 ※AERA 2025年4月28日号
42歳・独身・ヴィーガン…「ソニン」が「あんぱん」で女性教師役を熱演 再びドラマの世界に戻ってきたワケは?
42歳・独身・ヴィーガン…「ソニン」が「あんぱん」で女性教師役を熱演 再びドラマの世界に戻ってきたワケは?    現在放送中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」にて、朝ドラ初出演を果たした女優で歌手のソニン(42)。本作は「アンパンマン」の作者として知られるやなせたかし氏と妻の暢(のぶ)さん夫妻をモデルにした物語だが、ソニンは4月14日放送の第11話より、ヒロインが通う高等女学校の教師役として登場した。その和服姿のりりしいたたずまいに、SNS上では「女学校の先生ピッタリ」「担任の先生、ソニンさんだったんだ!」など称賛の声が上がった。 *  *  *  ソニンといえば、2000年にダンスボーカルグループ「EE JUMP」のメインボーカルとしてデビューし、その名がお茶の間に浸透した。グループ解散後、ソロデビューし02年にリリースされた「カレーライスの女」のCDジャケットにおいて裸エプロン姿を披露し、話題になったこともある。その後、04年に上演された「8 人の女たち」で初舞台を踏むと、以降は舞台を中心に活躍し、16年には「菊田一夫演劇賞」を受賞した。  舞台女優として女優のキャリアを積んでいたソニンだが、近年は「あんぱん」だけでなく、昨年も3本のドラマに出演するなど、ドラマで存在感を放ち始めている。 「一時期はドラマでほぼ見かけなかったソニンさんですが、22年放送のドラマ『となりのチカラ』が10年ぶりの地上波連ドラレギュラー出演となりました。同作品では主人公と同じマンションに住むベトナム人女性役を演じたのですが、違和感もなくいい演技でした。また、23年放送のドラマ『大病院占拠』では、現場を指揮する警察幹部役という物語のキーパーソンを演じ、反響を呼びました。昨年放送のドラマ『放課後カルテ』でも、難病を抱える息子を持つ母親役を重厚感たっぷりに熱演していました。そんな幅広い役を演じられるところも、ドラマで需要が増えた一因でしょう」(テレビ情報誌の編集者)  もっとも、元来から仕事に対しては相当ストイックな一面を持っている。 「MANSION+」(24年4月23日配信)では喉のケアについて、寝室だけで加湿器を2台回し、寝るときは必ず湿ったフィルターがセットされているマスクをつけ、ネックウォーマーを首に巻いていると告白。本当にケアしたいときは、口呼吸をしないことで喉へのダメージを減らすマウステープも使うという。   自然と肉が食べられなくなった  また、動物性食品を一切口にしないヴィーガンとしても知られるソニン。「朝日新聞GLOBE+」(2021年11月9日配信)ではヴィーガンになったキッカケについて、役作りに向けた減量でマクロビオティックを実践したところ、その後、自然と肉が食べられなくなったという。一方、自身はミュージカル俳優の中ではタフなほうだと告白。ロングランの公演で毎回、同じパフォーマンスをするために栄養管理を大切にしており、玄米のおにぎりを冷蔵庫に作り置きし、栄養重視でプロテインや炭水化物を摂っていると話した。また、普段は納豆、湯葉、フムスなど、大豆からタンパク質を摂っているという。  そうしたストイックな姿勢だからこそ、常に良いパフォーマンスを発揮でき、現在の評価につながっているのだろう。 「私生活では独身を貫いていますが、自身の結婚観について、結婚したくないというわけではないとインタビューで明かしています。とはいえ、周りの同世代の中には『結婚ってする必要ある?』という人もいて、今の時代はその考え方もアリなので、妥協はしたくないと思っているそうです。また、焦って自分を見失ってしまう判断をしたくないとも。それゆえ、確信が持てるパートナーに出会ったら結婚しようと考えているそうです。そんな芯の強さもあるからこそ、凛とした雰囲気の役柄もハマるのかもしれません」(同)    芸能評論家の三杉武氏はソニンについてこう評価する。 「ソニンさんはEE JUMPのメンバー時代から、プロ意識の高い優等生のイメージがありました。03年に出演したドラマ『高校教師』では、ホストにのめり込む高校生を好演しました。その後は徐々に舞台に活動の主軸に置くようになりましたが、12年には芸能活動を休止し、演技の勉強のために米ニューヨークに1年間の留学を果たし、帰国後はミュージカル、ストレートプレイを問わず多数の舞台作品に出演しています。演技力には定評のあるソニンさんだけにドラマや映画などの映像作品でのさらなる活躍にも期待したいところです」  舞台で鍛えられた本格派女優としての風格も感じさせるようになったソニン。40代になり、ドラマでどんな役を演じていくのか楽しみだ。 (丸山ひろし)
40代女性「自分で壊したんです」 “いい妻にならなきゃ”が強すぎて…「結婚生活」が破綻したワケ
40代女性「自分で壊したんです」 “いい妻にならなきゃ”が強すぎて…「結婚生活」が破綻したワケ   自身の半生を語ってくれた(撮影/インベカヲリ☆)   現代日本に生きる女性たちは、いま、何を考え、感じ、何と向き合っているのか――。インベカヲリ☆さんが出会った女性たちの近況とホンネに迫ります。 *   *   *    インタビュー場所のファミレスに着くと、石月かなでさん(40代前半)は目の前の高層ビルを見て、驚いたように言った。 「あっ! ここ、昔働いていた場所」  偶然にも、その日入ったファミレスは、約20年前に働いていたオフィスのすぐそばにあり、当時よく来ていたという。 「パンケーキ懐かしい。一時期ハマったんですよね。やっぱりOLの友達が多かったから」  注文したパンケーキが運ばれてくると、かなでさんは弾むような声を上げた。小柄な体形も相まって、天真爛漫な雰囲気が漂う。  彼女は現在、俳優として活動している。といっても、出演しているのは、インディーズ映画や地方コンテンツだ。  岩手県から大学進学で上京し、新卒で総合職をしていたらしい。もっとも、その期間は2年半と短い。 「就職活動で朝の満員電車に乗ったとき、みんなの死んだような顔を見てショックを受けたんです。松葉杖の人が乗ってきても無視で、そういう状況も悲しかった。でも、1年後には自分もそうなっていて、これが一生続くのかと思っちゃったんですよねぇ」  元々、芝居に興味があったこともあり、退職後は働きながら俳優を目指して活動した。31歳のとき、大学時代から11年間交際していた男性と結婚している。 「彼とは同じ大学のテニスサークルで知り合いました。4歳上ですね」  11年間順調だった彼との関係は、結婚したとたん上手くいかなくなったという。 「今振り返ると、私が『いい妻にならなきゃ』という気持ちが強すぎてダメになったんだと思います。元々そんなに家事とか得意じゃないのに、彼を支えなきゃみたいに思っちゃって。でも、そうすると不自由を感じるんですよね」  夫は一流企業に勤めており、妻を養うのは当然と思っているタイプだった。金銭的にも余裕があり、生活に困ることはなかったという。 自身の半生を語る石月かなでさん(撮影/インベカヲリ☆) 「主婦をやりつつ、俳優をすることも認めてくれていたんです。私はまわりから『結婚したら好きなことはできないから、今のうちにやりなさい』って言われて育ったので、結婚した後も好きなことをしている自分にすごく罪悪感があったんです。俳優として芽も出ていないのに、活動させてもらっている劣等感もあった。彼はこんなに稼いでいるのに、私は……って。彼の稼ぎに見合うだけの家事ができていないって、勝手に自分を責めていたんです」  自ら劣等感を強め、肩身を狭くしてしまったらしい。 「お金を出しているほうが権力を持つみたいな結婚観が、無意識のうちにあったんでしょうね。だから、自分で壊したんですよ、結婚生活は」  婚姻届けを出したのは、東日本大震災が起きる3日前だった。その半年後、10年間会えなかった父親が亡くなった。情緒不安定になる要因が、結婚後すぐに重なった。 「両親は、私が大学生のときに離婚したんです。父が精神的な病になって、離婚したいと言ったからだと聞いたけど、実は私が3歳のころから発病していたみたい。私にとっては普通のお父さんだったし、今も本当のところはわからない。だから、死んだときはすごく後悔した。3.11があって死の恐怖も感じたし。結婚したとたん、いろんなことがドーンと押し寄せたんですね」  30代でホルモンバランスがおかしくなり、アレルギー症状も出るようになっていたという。 「化学薬品や添加物がダメになって、当時はコーヒーも飲めなかった。私が薄味でしか食べられないから、味付けなしの野菜炒めにご飯と味噌汁みたいな食事を出すようになったら、夫から『こんなもの食べられるか!』って言われて。怒らせるばかりになっていました」  気づけば、うつ病になり、パニック障害になり、電車に乗ることさえ苦しくなっていた。  心が不安定になると、夫の態度もまた、付き合っていたころとはまるで変わってしまったという。 「『なんでこんなこともできないんだ!』って責められるようになって。でも、それも結局、私が言わせているんですよね。私自身が『自分は何もできない人間だ』と思っているから、鏡として彼がそれを言ってくる。夫の態度を私が誘発させていたんだと今は思います」  そんなある日、かなでさんは舞台の稽古中に、転んで足を骨折してしまう。 「芝居を楽しんでいるときに骨折したから、『ああ、やっぱり私は役者をやっちゃダメなんだ』って、勝手に結び付けてしまったんです。どんどん墓穴を掘っていくんですよね」  こうして悪循環は続き、35歳で離婚に至った。 「今だから笑って話せますけど、時間は必要だったなと思います」  そう言うと、何でもないことのように、ハハハと笑った。  本題はここからだった。かなでさんは、パンケーキを食べる手を止め、唐突にこう言うのだった。 「結婚生活が上手くいかなくなって、父が死んだことも受け入れられなかったし、そのころ、高熱を出したりもして、ちょっと肉体を離れていたんじゃないかなっていう時期があったんですよ…」
「非日常体験」を楽しみながら稼ぐセカンドライフ シニアのリゾートバイトは「リスキリング不要」増加の背景に物価高騰も
「非日常体験」を楽しみながら稼ぐセカンドライフ シニアのリゾートバイトは「リスキリング不要」増加の背景に物価高騰も   リゾートバイト先の宿泊施設で調理をするシニア男性は元百貨店勤務だという(photo ダイブ提供) 50歳以上が12年で58倍に 「リゾートバイトの担い手といえば若者」というかつての常識が覆りつつある。観光地などで働く50~60代が急増しているのだ。シニアらを引き寄せる魅力は何なのか、人材派遣やマッチングを行う企業経営者に実態を聞いた。  リゾートバイトに特化した人材派遣事業などを行う「ダイブ」(東京都新宿区)の庄子潔社長は昨年、ある変化に気づき息をのんだ。  同社のサービスを通じてホテルや旅館などで働いたことのある50歳以上の就業者数は、2022年の199人から24年の759人へと3年間で約4倍に急増。12年の13人を起点にした場合、なんと58倍に膨らんでいたのだ。  リゾートバイトは全国各地のリゾートホテルや旅館、テーマパークやスキー場などに数カ月~半年間移住し、住み込みで働くスタイル。その担い手といえば、時間と体力のある学生などの若者というイメージが強かった。同社もコアの利用者は25~44歳で全体の6割を占める。50歳以上は利用者全体の1割にすぎないが、その急増ぶりに庄子さんは目をみはった。 「02年の創業時からコア・ターゲットは一貫して20~40代でした。にもかかわらず、マーケティング調査すらしてこなかった50~60代の方たちの利用が、オーガニック(自然流入)な形で急増していることに驚きました」  未開拓だったシニア層に、ビジネスチャンスの予兆が突如浮かんだ。とはいえ、シニアらが何を求めているのかは想像の範囲外だった。 「50~60代といえば、『失われた30年』を生きてきたど真ん中の世代。『派遣』という言葉にもネガティブなイメージを持つ人が多いはずです。なのになぜ、派遣社員のリゾートバイトを選ぶのか理解が追い付きませんでした」(庄子さん)  同社は昨年9月、ニーズや志向を探るため、50~65歳のリゾートバイト経験者を対象にアンケートを実施。リゾートバイトを始めた理由(複数回答)については、「新しい環境で経験やチャレンジをしたかった」(53.6%)が最も多かった。具体的な夢や目標を尋ねたところ、「リゾート地でのセカンドライフの充実」や「リゾートバイトで全国を回る」、「リゾートバイト先での移住」といった回答が目立った。 ダイブの庄子潔社長 しょうじ・きよし/1979年、宮城県生まれ。高校卒業後、音楽を学ぶためにアメリカの短大に留学。帰国後、派遣社員として工場勤務などを経て、2003年に観光地に特化した人材会社(現・株式会社ダイブ)の設立に参画。12年に代表取締役就任 (photo本人提供) 新たなライフスタイルを求める意欲あるシニアは、継続した収入を得ることにも同等の価値を置いているという(photo gettyimages) 生活に困ってはいないが   一方、リゾートバイトの目的については「収入を得るため」(47.7%)が最も多かった。とはいえ、生活に困っている人が多いわけではなく、正社員として長年勤務してきた人や、子育てを終えたばかりの人が目立つという。年金や退職金があっても日常的な生活費を補う必要があるほか、将来の医療費や予期せぬ出費に備えるために収入を確保したいというニーズが背景にある、と庄子さんは捉えている。 「価値観の多様化を背景に、新たなライフスタイルを主体的に築きたいという意欲のあるシニアは新しい経験を求める一方、継続的に収入を得ることにも価値の比重を置いています。リゾートバイトは人生100年時代における新たな働き方の選択肢であるとともに、セカンドライフを充実させる手段やステップとしての役割を果たしているようです」  同社の50~60代の利用者に人気の職場は若い世代と同様、冬は北海道のニセコなどのスキー場、春~夏は沖縄の離島の宿泊施設だという。前出のアンケートでは、シニアらがリゾートバイトを始めたきっかけは「旅行が好きで旅行しながら働けると思ったから」が約4割で最多だった。この結果について庄子さんはこう指摘する。 「リゾートバイトの魅力が非日常体験であることはシニアも若手も同じです。しかし長年、満員電車に乗って通勤し、都会のビルの中で働いてきた50~60代には一層、新鮮味と価値のある機会と映るのではないでしょうか」 リスキリングが一切不要なシニアは優位  庄子さんは、リゾートバイトで働く50~60代の優位性について「リスキリングが一切不要」な点を挙げる。 「長年の社会人経験を通じて培ったマナーやコミュニケーション能力は、飲食業などの接客の場でそのまま生かせるスキルだからです。対面のコミュニケーションが苦手な若者世代よりも心強いと感じられる場面も少なくないようです」 「おてつたび」の調査から作成 働きながら旅をしてみたい   シニア層の進出は有名リゾート地や知名度の高い観光スポットに限らない。 「日本のいろんな地域を知りたいというニーズは50~60代に根強いと感じています」 こう話すのは「おてつたび」(東京都渋谷区)の永岡里菜社長だ。同社は地域の事業者が募集する、農園での収穫作業や飲食店の調理補助といった仕事(数日~数週間の短期アルバイト)と、働きながら旅を楽しみたい人をつなぐマッチングサービス事業を展開。観光需要の面から注目が集まりにくいエリアを含む地域の人手不足解消と地域経済の活性化、関係人口創出に貢献している。  同社のサービス利用者の約半数は10~20代。一方、同社でも増加が目立つのがシニア層だ。50歳以上は21年に8%だったのが、25年には27%と急増している。同社が昨年8月に50歳以上のサービス利用経験者を対象に行ったアンケートで参加動機を尋ねたところ、「日本各地、いろんな地域に行ってみたい」が最も多かった。永岡さんは言う。 「コロナ禍以降、テレワークの普及やワーケーションの利用で居住先の自由度が増すとともに地方移住への関心が高まったことや、経済的自由を得て早期リタイアする『FIRE』への関心が高まったことも、50~60代の参加を後押ししていると考えています」  同社の常連のサービス利用者には、50代前半でリタイアし、キャンピングカーで全国を巡る夫婦もいるという。 「おてつたび」の永岡里菜社長   ながおか・りな/1990年、三重県生まれ。千葉大学を卒業後、PR・プロモーションイベント企画制作会社勤務、農林水産省との和食推進事業の立ち上げを経て、独立。2018年、地域に人が来る仕組みをつくるべく、株式会社おてつたびを創業 (photo 本人提供) 「旅先で稼ぐ」 背景に物価高騰も  永岡さんはまた、「物価高騰」も要因の一つに挙げる。 「物価高騰で旅費の負担が増し、よりコストを抑えて旅行を楽しみたいと考える人が増えています。旅行も楽しみたいけれど老後を見越して散財はできないというシニアらにとって、旅先で小遣い稼ぎもできる『おてつたび』のサービスがマッチしているのかもしれません」  同社はシニア層も応募しやすいよう、3年前から募集項目に「年齢不問」のタグ付けをしている。永岡さんは「働き手の価値を年齢でラベリングするのは時代錯誤」だと主張する。 「幸福の定義がそれぞれ異なるように、50~60代が培ってきた人生経験や知見、大事にしたいことも千差万別です。それぞれの強みを生かしてシニアらが活躍できるフィールドは地域にたくさんあります。ぜひ多くの人にチャレンジしていただきたい」 (AERA編集部・渡辺 豪)
「ヘンリー王子をそろそろ王室に戻してやって」の声 メーガンさんには届かず
「ヘンリー王子をそろそろ王室に戻してやって」の声 メーガンさんには届かず 2025年2月9日、カナダ・バンクーバーで開催されたインビクタス・ゲームズに姿を見せたヘンリー王子とメーガンさん。車椅子バスケットボールの試合を観戦した(photo ロイター/アフロ) 「王子をそろそろ王室に戻してやって」 「最近の王子の苦しみを見ていられない。そろそろ王室に戻してやっても良いのでは」。ヘンリー王子(40)を子どもの時から身近で見てきた英王室専属カメラマンが先日、王子の王室復帰を進めるように訴えて波紋を呼んでいる。  これは、ヘンリー王子が慈善団体「サンタバリー」のパトロン職を辞任したことを受けたのだろう。ヘンリー王子は、理事長のソフィ―・チャンダウカ博士から「王子から人種差別、女性差別などを受けた」と糾弾され、すっかり落ち込んだといわれる。  そんなヘンリー王子は、4月8日と9日にロンドンの控訴院に出廷した。イギリス滞在中の警備レベルが下がったことを不服として裁判を起こし、その申し立てが退けられたことに対して控訴。審理が続いているためだ。  ヘンリー王子は、イギリスでの警備について、「父こそ、この悪夢に終止符を打つことができる唯一の人物だ」と強調している。チャールズ国王が手を打てば、警備問題は簡単に解決するとの考えだ。だが、英王室側は「王室が司法手続きに仲介することは不適切」と答えているだけだ。 2025年4月9日、ロンドンの控訴院に出廷したヘンリー王子。手を振って笑顔を見せるシーンもあった(photo ロイター/アフロ) 兄ウィリアム皇太子の自宅近くに宿泊  控訴院に出廷するためにイギリスに滞在したヘンリー王子だが、このとき注目されたのは、ヘンリー王子の宿泊地だ。王子が選んだのはバークシャー州にあるコーワース・パーク・ホテル。五つ星の名門だが、場所はウィリアム皇太子一家が住むアデレード・コテージから車ですぐの距離だ。宿泊日時は、王子の警備会社を通じて皇太子(42)に知らされたという。  わざわざ皇太子の自宅の至近距離にホテルを取るのは、和解の申し出であると見なされた。ヘンリー王子は兄に「僕はすぐそばにいる。問題解決のために2人で努力をするのはどうだろうか」と呼びかけたのだ、と王子の友人らは口をそろえる。さらに友人らは、王子が「王室生活の中で感じた自分の暗い部分を著書などで浄化したのは、正しかった」と話していると証言している。  ヘンリー王子の言動ににじむ王室への想い。先日、ウクライナを訪問して、戦争で負傷した兵士らを見舞ったのも現役の王室メンバーであることを装ったわけで、それは「王族に戻りたい」という強いアピ―ルに違いない。 2025年3月15日、ウェールズ・ラグビー慈善信託の支援を受ける負傷選手たちと面会したウィリアム皇太子とキャサリン妃(photo ロイター/アフロ) 「結婚してから兄は変わった」  一方、兄のウィリアム皇太子は和解に応じる姿勢は全くない。そうした兄について王子は業を煮やしており、「結婚してから兄は変わった」と嘆く。ウィリアム皇太子とヘンリー王子は両親の不安定な結婚生活の中で育ったが、キャサリン妃(43)の実家ミドルトン家はとても家族仲が良く支え合っている。ウィリアム皇太子は、温かいミドルトン家を理想の家庭として尊敬してきた。「皇太子にとって、ミドルトン家と出会ったことは最高に幸運だった」と評する王室関係者もいる。だが、いまヘンリー王子は「ミドルトン家の義理の両親への兄の執着は理解できない」と話し、自分の疎外感を訴えているという。  ヘンリ―王子は現在アメリカに親しい友人はなく、インビクタスゲーム関連以外にはこれといってすることもない。前述の英王室専属カメラマンは、「離脱から5年が過ぎて、王子はいま父に思い切り抱きしめてほしいのだ。国王は彼に救いの手を差し延べるべき」と主張する。 メーガンさんはビジネスに邁進中  悩みが深くなるばかりのヘンリー王子だが、妻のメーガンさん(43)が王子を慰めているかというと、そうでもないらしい。彼女はとにかく忙しくて「アズ・エバー」の立ち上げにあたって、「何日も眠れない夜を過ごした」「一か月前は梱包や箱のことばかり考えていた」と自分の努力をアピールしている。にも関わらず、目玉商品である「ラズベリー・スプレッド(ジャム)がぬるぬるして、ベビーフードのよう」などの酷評を受けてしまった。それでもメーガンさんは、「高級感がありながら、より手に取りやすい価格です。すべて完売しました」と胸を張っている。  そんなメーガンさんは最近「女性創業者の告白」がテーマのポッドキャストも開始した。だが、第一話が「胃が痛くなるほどひどい」と評判が悪いことから、現在暮らしているモンテシートの隣人で女優のジェニファー・アニストン(56)に出演を依頼。アニストンは、かつてアメリカの雑誌で嘲笑されたメーガンさんに「多大な共感を持つ」と同情を寄せたことがあった。 2013年2月27日、レソトのレツィエ国王の弟であるセーイソ王子(右)と、現地の学校を訪問したヘンリー王子。セーイソ王子と共同で設立した団体「センテバレ」と連携するカナネロ聴覚障害者センターの生徒たちと交流。様々な活動を続けてきたが、最近になってパトロン職を辞任した(photo AFP/アフロ)  エクスプレス(オンライン)によると、ポッドキャスト番組には有名なゲストが必要だとメーガンさんは考えている。「アニンストンに続き、オプラ・ウィンフリーやケビン・コスナーなどを呼びたい」とし、彼らが出演さえすれば、視聴率の大幅アップは間違いないと固く信じている。  メーガンさんは以前ネットフリックスのテーマとしてキャサリン妃が熱心に進める「子どもたちのための初等教育推進活動」を取り上げたいと考え、キャサリン妃に申し出たことがあった。「必ずあなたのためになる」と強調したそうだ。キャサリン妃からは何の返答もなかったが、今回のセレブへの声掛けも空振りに終わるだろうか。 (ジャーナリスト 多賀幹子)
おみくじ箱を「おもちゃ」に、鳥居でダンス…インバウンド客の「不敬行為」に悩む神社の本音
おみくじ箱を「おもちゃ」に、鳥居でダンス…インバウンド客の「不敬行為」に悩む神社の本音   神社はインバウンド客にとって魅力的なスポット。マナーを守り参拝する人が多いが、テーマパークとはき違える向きも(写真映像部・和仁貢介)  海外観光客による神社での「不敬行為」が問題になっている。2024年に日本を訪れた海外観光客は前年比1.5倍の3686万人で過去最多を記録した。マナーを守る人がいる一方で、神社をテーマパークとはき違える観光客もいるようだ。苦慮する神社に話を聞いた。 *  *  * おみくじ箱を抱えて振り回す  大阪市の難波八阪神社は千年の歴史を誇る。  境内の獅子殿は、大口を開けた獅子がぎょろりと目をむく圧巻の迫力で、インバウンド客の人気も高い。  1月のある日、6歳くらいの外国人の子どもが、社務所から持ち出したおみくじ入りの木筒を振って遊んでいた。母親は「獅子殿」の前でおみくじ筒を抱える子どもの写真を撮った。その後も注意する様子はなく、子どもはおみくじ筒を抱えてはしゃいでいた。  居合わせた参拝客の女性は、ハラハラして様子を見守っていた。御朱印の受け付けをする職員からは、親子は見えていないようだ。  ついに子どもは手を滑らせて、筒を落とした。おみくじ棒が境内の地面に散らばった。たまりかねた女性は、英語で注意した。 「神聖なもので、おもちゃではない」「すぐに戻してください」  だが、母親は「写真を撮っているだけ」と悪びれない。子どもがおみくじ筒を社務所に返すこともなかった。女性が境内にいた少なくとも15分間、子どもはおみくじ筒を「私物化」していた――。 大迫力の獅子殿。難波八阪神社はインバウンド客にも人気だ(撮影/井上有紀子) 撮影に興じる観光客  4月の平日午前11時、記者が難波八阪神社を訪れると、獅子殿の前には人だかりができていた。ほとんどがアジア系やヨーロッパ系の外国人だ。  ベネズエラから来た女性(35)は「神社を訪れるときは、敬意を持つべきですし、静かに振る舞って、そこで示されているルールに従う必要があります」と話す。  この日はマナー違反や問題行為は見られなかったが、撮影に興じる観光客で賑わうさまに、一瞬、テーマパークに来たような錯覚を覚えた。  難波八阪神社の担当者は、他のおみくじ関連のトラブルは把握していると話す。 「(本殿の前では)お金を入れずにおみくじを引いていく外国の方がいると、連絡はいただいています」 SNSにアップされた動画の問題行為。日枝神社の千本鳥居らしき場所をマウンテインバイクが駆け抜けていく インバウンド客の迷惑行為相次ぐ  昨今、神社における外国人による迷惑行為が相次いで報じられている。3月23日、長崎県対馬市の和多都美(わたづみ)神社がSNSで「氏子、崇敬者以外の境内への立ち入りを禁じます」と発表し、波紋を呼んだ。 「極めて重大かつ許されない不敬行為が外国人によって行われました」として、 「インバウンドが日本人が大切にしてきた場所とモノと人を壊して行く様は、日本文化の崩壊にほかなりません」「テーマパークだとか、写真ばえするだけの場所としてしかみていない参拝しない方々は崇敬者ではない」と悲痛な叫びを上げた。 多くの参拝客でにぎわう難波八阪神社。海外からの観光客でごった返していた(撮影/井上有紀子)   東京・日枝神社を訪れ、記念写真を撮るインバウンド客ら(写真映像部・和仁貢介)  昨年は東京都の明治神宮で、アメリカ国籍の男性が鳥居に文字を刻んだとして器物損壊の疑いで逮捕された。別の神社では、チリ出身の女性が鳥居で懸垂をする動画が拡散された。一昨年には、京都の八坂神社で外国人が鈴の緒を振り回す動画が投稿され、神社は夜間は鈴の緒を柱に固定せざるを得なくなった。 境内は神域、鳥居は境界線なのに  東京・永田町の日枝(ひえ)神社の稲荷参道でも、昨年、外国人による衝撃的な行為があった。  赤い鳥居は、インバウンド客の目には強烈な映えスポットに映るのだろうか。千本鳥居の下で、そろいの赤色のユニホームを着た外国人3人が挑戦的に踊る動画が、あるダンサーのインスタグラムに投稿されている。  日枝神社広報課の権禰宜によると、防犯カメラは設置していたが、「見ていないタイミングで、無許可で撮影された」という。そして、こう訴える。 「鳥居は神域と俗世間の境界線です。境内は神域であり、お祈りする大切な場所なので、傷つけ、粗末に扱うことはやめていただきたいです」  境内で「ダンス動画」が撮影されたケースはほかにもあると権禰宜は言う。 「1年ほど前、外国の方4人ほどが電子機器で音楽をかけて、踊っていたことがあります。SNSで見かける横揺れのダンスでした。注意してやめてもらいました」 海外のダンサーがインスタグラムに投稿した、鳥居でダンスする動画   マウンテンバイクで鳥居を疾走  問題行為はダンス動画だけではない。過去には、千本鳥居をマウンテンバイクで爆走する動画が投稿されたこともある。マウンテンバイクが猛スピードで鳥居を次々とくぐっていく、一目で危ないとわかる動画だ。 「ほとんどの外国人観光客の方はマナーがよく、撮影も他の参拝客に配慮して行っていますが、一部に鳥居や灯籠に寄りかかるといった危険行為をする外国の方がいるのも事実です」(権禰宜)  昨年から、神社は警備員を配置し、注意事項を英語表記したプラカードを持たせている。神社のHPでは長時間の撮影などの禁止を呼び掛け、職員が危険行為を見つけた場合、注意することもあるが、英語が得意ではない職員も多く、苦慮することもある。 「神社は日本の文化の象徴ですから、海外の方にも来てもらいたいです」(同) 訪日客は過去最速ペース  2024年に日本を訪れた海外観光客は前年比1.5倍の3686万人で過去最多を記録した。今年は3月時点で1000万人を突破し、過去最速ペースだ。  オーバーツーリズムに詳しい立教大学観光学部の西川亮准教授はこう話す。 神社が設けた注意書きの掲示(撮影/写真映像部・和仁貢介)   マナーを知らせる大切さ 「日本の文化やマナーへの理解不足には、単に怒るのではなく、文字にして伝えていかなければなりません」  文化も言語も違う相手に「暗黙の了解」は通用しない。「飲食禁止」ならば、多言語表記のポスターやピクトグラムを作らなければ伝わらないし、禁止の理由も知らせるべきだという。  取材をしてみて、多くの神社が実際に外国人観光客との共存の道を探っていることを感じた。  地道にマナーを説明し続け、外国人観光客のふるまいが変わった神社もある。  熊本県八代市の八代宮では、10年前からクルーズ船で訪れる外国人観光客によるトラブルに悩まされていた。  境内の砂利を手水台に入れたり、拝殿前に牛乳をこぼしたまま放置したり、たばこのポイ捨てをしたり、無断で社務所や拝殿の中に入る外国人もいた。八代宮の禰宜が言う。 「中国語や英語表記の注意喚起の看板を出したことで、マナーの面はかなり改善された印象を受けています。手水台に砂利を入れていたのは、砂場で遊ぶ感覚で、悪意はなかったのではないかと思います」  記者がみたところ、外国人観光客による迷惑行為には、少なくとも3種類はありそうだ。  一つは日本文化やマナーの理解不足に起因するトラブル。神社を単なる写真映えスポットだと思ってはしゃぐ層はいる。また、SNSでバズるためか、奇抜な動画や写真を撮影する人もいる。現代的な「承認欲求」の暴走ゆえといえるかもしれない。歴史的、政治的な背景に起因するトラブルもある。長崎・対馬は韓国との国境の島だ。東京の靖国神社でも、中国籍の男性による落書き事件などが繰り返されている。  いずれの場合も、根気よく注意喚起し、伝えていくほかないのかもしれない。 観光立国のゆくえ  観光立国はこれからも進む。政府は2030年には現在の1.6倍の6千万人のインバウンドを受け入れる方針だ。  インバウンド客が増えていけば、日本の葬儀や墓参りも「オ~! エキゾチックジャパン!」と外国人観光客の好奇の目にさらされ、見知らぬ人に記念写真を撮られる……。想像すると胸がざわつくが、そんな日が果たして来てしまうのか。 「観光で経済を潤わせば、生活が観光の対象になる可能性はもちろんあります」(西川准教授) ネパールのカトマンズでは、火葬場が世界遺産になり、観光客が集まっているという。日本にも「観光」が日常を侵食していく「覚悟」が必要なのかもしれない。 (編集部・井上有紀子)
宅浪から東大合格の“勉強法デザイナー”みおりんがすすめる、小学生の「勉強が楽しくなる」方法とは?
宅浪から東大合格の“勉強法デザイナー”みおりんがすすめる、小学生の「勉強が楽しくなる」方法とは? 「すべての人にごきげんな勉強法を」をコンセプトに活動する、東大卒の勉強法デザイナー・みおりんさん。YouTube「みおりんカフェ」のチャンネル登録者数は16万人を越え、学習方法に関する著書は10冊以上にも上ります。1年の宅浪を経て東大に合格した経験に基づく学習法やノート術の中には、小学生が試せるものもたくさん。そもそもどのように子どもに合った勉強を見つけるのか、楽しみながら学習習慣を身に付ける方法、保護者へのアドバイスを聞きました。※前編<東大法学部卒・勉強法デザイナーみおりんが、子ども時代にやっていた勉強法とは「身に付けた習慣は今も役立っています」>から続く 子どもに合った勉強法の見つけ方 ――子どもにどのような勉強法が適しているのかを知る方法はありますか?  お子さんに合った勉強法を知るためには、まず、お子さんの性格や好みを知る必要があります。ここで試してほしいのが、英語の5W1H(When・Where・What・Who・Why・How)に沿って勉強法を考える手法です。6つの軸、すべてを網羅する必要はありませんが、勉強がはかどるのは朝なのか夜なのか(When)、静かな場所がいいのか、ちょっとガヤガヤした場所がいいのか(Where)、というように、いくつかの軸に分けて考えることで、お子さんに合った勉強法が見えやすくなると思います。 自分の勉強スタイルを考える方法(【独学東大生が教える】自分に合った勉強法の見つけ方https://www.miorin-cafe.com/my-study-method/より引用) 低学年の目標は 毎日の学習習慣 ――小学校は、その先何年も続く学びのスタート地点でもあります。低学年のうちから始めた方がいい勉強法やノート術はありますか?  低学年であれば、最初の目標は学習習慣を身に付けることですね。と言っても特別なことをする必要はなくて、まずは毎日の宿題を必ずやることと、提出物の期日を守ることを目標にすれば十分だと思います。宿題をこなしていけば、毎日何かしらの勉強をすることになりますし、授業の内容も理解しやすくなります。ノートはまだオリジナリティーのあるものを作る必要はないので、先生が書いた板書をしっかり書き写す練習をしてください。 タイマー学習で集中力&やる気アップ ――中学年、高学年では、どのようなことをすればいいでしょうか?  タイマーを使った学習法は、このころから習慣にするといいと思います。時間を計りながら問題を解いたり、残り時間をカウントダウンしたり、時間を意識しながら勉強をすることは、集中力アップに効果があるだけでなく、テストの時間配分を考える練習にもなります。 ――いろいろな効果があるんですね。  タイマーを使った学習には、モチベーションを上げる効果もあります。以前、私の動画を見た親御さんが、タイマーで勉強の残り時間をカウントダウンする方法を試したところ、それまで勉強をしなかった息子さんが、嫌がらずに机に向かうようになったそうです。  子どもが勉強を嫌がる原因の一つに「終わりの時間がわからないこと」があります。勉強時間が際限なく続くと思えば、誰だってやる気は出ません。多分この息子さんも、そうだったのでしょう。メッセージに書かれていた「息子は、勉強そのものが嫌いだったわけではないと気付きました」という一文を読んでとてもうれしく感じましたし、自分に合った勉強法を見つけることの大切さを改めて実感しました。 中学年以降のノートには「一言コメント」も追加 ――ノート作りについては、どうでしょうか?  中学年、高学年のノートでは、授業後に「一言コメント」を書き込むという1ステップを追加してみましょう。授業の感想や「ここがわからなかった」というようなことを一言書き込んでおけば、後から読み直したときに「そう言えばこの授業は、こんな感じだったな」と思い出すことができて、復習の手助けになります。 みおりんさんの実際の一言コメント①(提供) みおりんさんの実際の一言コメント②(提供)  一言コメントに慣れてきたら、その日の授業のテーマを見出しとして書き込むとか、テストに出そうなところに「テ」を丸で囲んだマークを付けるとか、自分なりのルールをさらに1つか2つ追加してみてください。中学校以降は定期テストがあるので、ノートは「読み返すこと」を前提に作る必要が出てきます。小学校のうちからこういった工夫を取り入れる練習をしておくと、中学以降のノート作りでも役立ちます。 ――マークなどでオリジナリティーが出せるようになると、ノート作りも楽しくなりますね。  そうですね。ただ、ノート作りは工作とは違うので、作るプロセス自体に時間をかけ過ぎないことも大切です。小学生の間は、ノートの色分けも黒、赤、青の3色にマーカー1本くらいのほうが、見やすいと思います。 「小学生の間は、ノートの色分けも黒、赤、青の3色にマーカー1本くらい。徐々に自分ルールを」というみおりんさんのノート(提供) 勉強は「苦行」ではなく楽しいもの ――子どもを勉強嫌いにさせないためには、どうすればいいでしょうか?  手軽なのは、勉強が楽しくなるグッズの力を借りる方法です。先ほど紹介したタイマーも、最近は勉強専用のものが販売されているので、お子さんが気に入ったものを買ってもいいと思います。机の上を転がして使う卓上クリーナーや両側からバランスよく使うと富士山の形になる消しゴム、色やデザインのバリエーションが豊富なペングリップなども、小学生におすすめです。 ――保護者にできることは、何でしょうか?  勉強は「苦行」ではなく、楽しいものだということを、お子さんに伝えてほしいですね。そのための一番手っ取り早い方法は、保護者の方自身が楽しく学ぶ姿をお子さんに見せること。趣味でも資格試験でも語学でも、お父さんやお母さんが楽しそうに学んでいる様子を目にすれば、子どもも自然に「何かを学ぶのって、楽しいことなんだ」と考えるようになるはずです。 役に立たない勉強は存在しない ――親が自ら「楽しく学ぶ」お手本を見せる、ということですね。  幼い子どもたちは、保護者の言葉や態度から大きな影響を受けるので、「勉強しても意味がない」とか「勉強は役に立たない」といったことは、絶対に言うべきではありません。そういうことを言う人は、多分、自分が学んで来たことの役立て方に気付かなかっただけ。それを学校や勉強のせいにしてお子さんに伝えてしまうと、お子さんの将来に残念な影響を与えてしまいかねません。  人生における勉強の“役立ち方”には、種類があります。学んだことがそのまま生活に役立つ場合もあれば、考え方のプロセスが役立つ場合もあるし、勉強を継続する中で得た自信や自己肯定感が役立つこともあるでしょう。勉強をしなくても幸せな人生を送ることはできますが、勉強をすれば人生はさらに彩り豊かなものになる。そういった意味で、「役に立たない勉強」は存在しないと、私は思っています。お子さんには、「勉強したことは必ず将来あなたのためになるし、努力はいつか実を結ぶよ」と教えてあげてください。 (構成/木下昌子) ○みおりん/県立高校を卒業し、1年間の自宅浪人(宅浪)の後、東京大学文科三類に合格。3年次の進路選択で法学部に進み、卒業後、IT企業勤務を経て独立。現在は「すべての人にごきげんな勉強法を」をコンセプトに、「勉強法デザイナー」として活動中。2020年に投稿を開始したYouTubeチャンネル「みおりんカフェ」のチャンネル登録者数は、16.6万人(2025年3月現在)。著書に『東大卒女子の最強勉強計画術』(Gakken)、『中学生から使える! 東大女子のノート術 成績がみるみる上がる教科別勉強法』(エクシア出版)、『自分のペースで楽しく続く! 大人のごきげん独学術』(KADOKAWA)など。
1993年まで続いた「寝たきり老人」を介護する「模範嫁」表彰制度 いまは介護や看取りはプロの手に
1993年まで続いた「寝たきり老人」を介護する「模範嫁」表彰制度 いまは介護や看取りはプロの手に ※写真はイメージです(写真/Getty Images)  死亡年齢の高齢化、葬式・墓の簡素化、家族関係の希薄化……、社会の変化とともに、死を取り巻く環境も大きく変化してきました。かつて高齢者の介護や看取りは家族が担うものでしたが、いまは外部サービス化が進み、プロがおこなうものになっています。  この30年間、死生学の研究をしてきたシニア生活文化研究所代表理事の小谷みどりさんが、現代社会の「死」の捉え方を浮き彫りにする新刊、朝日選書『〈ひとり死〉時代の死生観』(朝日新聞出版)を発刊しました。同書から「高齢化と家族の変化」を抜粋してお届けします。 *  *  * ほとんどの人が70代までに亡くなっていた1980年  1980年には、亡くなった男性のうち80歳以上だった人の割合はわずか22・3%、女性でも36・9%にとどまっており、ほとんどの人は70代までに亡くなっていた。  日本には、60歳の還暦以降、70歳の古希(こき)、77歳の喜寿(きじゅ)、80歳の傘寿(さんじゅ)、88 歳の米寿(べいじゅ)、90歳の卒寿(そつじゅ)と、長寿を祝う習慣があるが、かつてはそんな年齢まで生きる人が滅多にいなかったからこそ、長寿は盛大にお祝いをしていたのだ。1980年には、80歳の傘寿を祝ってもらう高齢者はほとんどいなかったが、2022年には、80歳以上で亡くなった人は、男性で57・5%と過半数を占め、女性では78・0%とほとんどの人が傘寿を通過している。 朝日選書『〈ひとり死〉時代の死生観 「一人称の死」とどう向き合うか』(朝日新聞出版)より    また厚生労働省「簡易生命表」で65歳時の平均余命の推移をみると、この50年間で男女ともに10歳近くは余命が延びている。高齢者として生きる期間が20年以上もある昨今と違い、40、50年前は、せいぜい10年の余生しかなかった。高齢期の生き方において、この10年の延伸は大きな影響を与えている。 現在、介護は家族よりも専門家に頼むのが当然という意識  では、現在はどうか。内閣府が2022年に実施した「高齢者の健康に関する調査」によれば、将来、排せつ等の介護が必要な状態になった時、誰に介護を頼みたいかをたずねた質問では、「ヘルパーなど介護サービスの人」(46・8%)と回答した人が最も多く、「配偶者」(30・6%)、「子」(12・9%)、「子の配偶者」(1・0%)が続いた。1986年の調査では外部サービスの専門家に依頼したいと考える人は1割しかいなかったが、昨今では、介護は家族よりも専門家に頼むのが当然だという意識が浸透している。 【こちらも話題】 『〈ひとり死〉時代の死生観』著の死生学者が30年前に感じた違和感 ライフプラン表に「死」がない https://dot.asahi.com/articles/-/254341  一方、介護が必要になったら配偶者に依頼したいと回答した人は3割程度いるが、性別でみると、男性では50・8%、女性では12・5%と、男女で大きな差がある。しかし男性も特にこの20年間、長生きして亡くなる人の割合が増えている。2000年に亡くなった男性のうち、80歳以上だった人は33・4%しかいなかったので、妻はまだなんとか夫を介護できる年齢だったが、2022年には57・5%と過半数が80歳以上で亡くなっている。男性の長寿化で、妻はもはや夫を介護できる年齢ではなくなっており、現実は、介護サービスに頼らざるを得ない。 死後の処置は家族の役割で、ノウハウを学校で学んでいた  亡くなるときも、家族から専門家への移行は同様だ。少し古いが、大正時代の家政学書『家政講話』には、臨終が近づいたら、寝床をきれいに整頓し、静かに臨終を遂げさせ、医師の死亡診断を経て、衣類を脱がせて消毒薬で全身をぬぐい清めるといった手順が記載されている。  また、高等女学校などで使われた『応用家事教科書』にも、呼吸が切れたら医師の検診を受け、遺体を仰向けにして目と口を閉じ、消毒薬で全身をぬぐい、衣服を着替えさせ、白布で覆うという手順が細かく書かれてある。死人の看取りや死後の処置は家族の役割であり、そのノウハウを学校で学んでいたのだ。  しかし病院で亡くなるのが当たり前になると、湯かんをしたり、服を着せ替えたりという作業は、家族の役割ではなく、外部サービス化されていった。  私の曾祖母が祖父母の自宅で40年ほど前に亡くなった時、水に湯を足して「逆さ水」を作り、みんなで遺体を拭き、曾祖母が生前に自分で縫っていた死装束を着せたことを覚えている。その時代は、逆さ水で全身をきれいにすることを「湯かん」と呼んだが、昨今では、葬祭業者が、遺体を湯舟のなかに入れ、体や頭髪を洗うことを指すようになっている。  病室で亡くなる人が増えると、看護師が故人に装着されていた医療器具や管をはずし、排泄物などを処理し、全身をアルコールでの清拭をおこなうので、それを「湯かん」としたケースも多かったが、昨今では、葬祭業者の熱心な売り込みもあり、「最後のお風呂に入れてあげよう」と、葬祭業者に湯かんを依頼する遺族も少なくない。湯かんの費用は5万円から10万円程度かかるが、葬祭業者にとっては、貴重なオプションサービスとなっている。 【こちらも話題】 50年前一人暮らし高齢者は8・6%の「かわいそうな存在」 1986年世論調査6割以上が家族介護可能 https://dot.asahi.com/articles/-/254343  納棺師は、『おくりびと』という映画が大ヒットして以来、広く知られるようになったが、遺体を湯かんし、死装束を着せ、故人が女性なら化粧をしたり、男性ならひげをそったりして、身支度をさせるのが役目だ。こうした役割は、かつては家族が担っていたが、業者はこれを「納棺の儀」として仕立て、遺族はプロに任せるのが当たり前だと思うようになっている。  その背景には、祖父母や親が、老いて、病に倒れ、死んでいくという姿を日常のなかで見なくなったこともある。病院では、家族が付き添って看護することは、医療保険制度上は原則禁止とされているし、介護や看取りもプロの手にゆだねられるようになっている。  しかし1970年頃には、家族だけで介護をした人を表彰する制度が自治体で次々に誕生しており、家族介護は美徳であるとされていた。例えば高知県では、表彰の対象者は、30歳以上なら5年以上、30歳未満なら1年以上、「寝たきり老人」の介護をしている嫁と孫嫁で、「常に強固な意志と信念を持って明るく誠実な生活を営み、人格円満で寝たきり老人の介護に心身共につくしている模範的な嫁」とされた。  86年から対象を「模範嫁」から「優良介護家族」に変えたが、表彰制度自体は93年まで続いた。 朝日選書『〈ひとり死〉時代の死生観 「一人称の死」とどう向き合うか』(朝日新聞出版) ※朝日選書『〈ひとり死〉時代の死生観 「一人称の死」とどう向き合うか』(朝日新聞出版)から一部抜粋   小谷みどり(こたに・みどり) 1969年大阪生まれ。奈良女子大学大学院修了。博士(人間科学)。第一生命経済研究所主席研究員を経て2019年よりシニア生活文化研究所代表理事。専門は死生学、生活設計論、葬送関連。大学で講師・客員教授を務めるほか、「終活」に関する講演多数。11年に夫を突然死で亡くしており、立教セカンドステージ大学では配偶者に先立たれた受講生と「没イチ会」を結成。著書に『ひとり終活』(小学館新書)、『〈ひとり死〉時代のお葬式とお墓 』(岩波新書)、『没イチ パートナーを亡くしてからの生き方』(新潮社)など。
無塩のポテチにレトルトカレー「休塩日」はカラダにいいのか 専門家が指摘するニッポンの大問題とは
無塩のポテチにレトルトカレー「休塩日」はカラダにいいのか 専門家が指摘するニッポンの大問題とは ヘルシーなイメージの日本食だが、魚の干物に味噌汁、漬物に梅干し…塩分が多くなりがちという課題がある(写真はイメージ/gettyimages)  近頃、お酒を抜く「休肝日」になぞらえ、塩分摂取を控える「休塩日」という新習慣が注目されているという。だが、専門家によると、休肝日のように、週に1~2日、塩分を控える日を作ればいいかというと、そう単純な話ではないようだ。 *   *   * 「休塩」商品が続々  毎月17日は「減塩の日」。休肝日ならぬ、「休塩日」が注目を集めているという。3月、ニュース番組が「休塩日」をテーマに取り上げ、「休塩日」をうたった食塩不使用のレトルトカレーや、無塩のポテトチップスなどを紹介した。  確かに近年、お菓子や缶詰、調味料などで無塩の商品が続々登場しており、無塩のレトルトカレーややポテトチップスがあるほか、「休塩」という言葉を使っているものもある。  酒飲みには説明するまでもないが、休肝日はアルコールの摂取を控える日で、週に2日程度設けるのが望ましいとされている。  では、同じように「休塩日」も、無塩商品などを活用して塩分摂取を控える日を作れば、健康維持に役立つということなのか。 塩分は体に必要な栄養素  国立循環器病センター(国循)の宮本恵宏・オープンイノベーションセンター長によると、塩分の過剰摂取は腎臓に負担をかけ、高血圧による脳卒中や心臓疾患、慢性腎臓病を引き起こすリスク要因となる。だが、一日や二日、塩分摂取を控えたところで、腎臓を休めることにはならないという。 「精神的に良い作用はあるかもしれませんが、身体に必要な栄養素である塩分と、体に必要ではないアルコールとを同じように考えるのはちょっと違うと思います。休刊日は『毎日、アルコールの分解に肝臓を頑張らせたらかわいそうだから休ませましょう』ということですが、塩分に同じ考え方は当てはまりません」(宮本さん)  2023年の「国民栄養・健康調査」によると、日本人の一日亜当たりの食塩摂取量の平均は9・8グラムで、男性10・7、女性は9・1グラムとなっている。男性のほうが塩分を好むと誤解しそうだが、宮本さんによると、「男性のほうが食事の量が多いから」だという。 休塩をうたった商品も。写真はカルビーの無塩スナック菓子の詰め合わせ「休塩おやつセット」(カルビーマルシェのホームページから) 日本人の塩分摂取量は多い  いっぽうで、日本人の塩分摂取量はそもそも多いという問題がある。  WHO(世界保健機関)は塩分摂取量の目標を成人で1日5グラム未満と掲げている。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では男性7・5グラム未満、女性6・5グラム未満を目標にしている。目標値と比較しても、日本人の塩分摂取量はかなり多い。 「1980年の日本人平均は12・9グラムで、当時よりは3グラム減っています。とはいえ、日本を含む東アジアの国は塩分摂取量が多い傾向にあります」(宮本さん)  そんな我々日本人は、塩分をどう理解し、どう向き合っていけばいいのか。  宮本さんによると、80年代に行われた「インターソルト・スタディ」という注目すべき研究がある。世界の52カ所で、同じ条件のもと、食塩摂取量と血圧の関係を調べたものだ。  その結果、人種や民族に関係なく、塩分摂取量が多いと一年ごとに血圧が上がっていくことが判明した。 「日本人男性の平均である一日約11グラムの塩分を摂取すると、一年ごとに血圧が約0・6mmHg上がっていきます。たった0・6と思いがちですが、例えば40歳で上が130、下が80の男性は、20年後には高血圧(上140以上、下90以上 WHO基準)になってしまうのです」(宮本さん)  道理で高齢者に高血圧が目立つわけだ。ブラジルのアマゾン川流域に住む塩分をとらない「ヤノマモインディアン」には、高齢でも高血圧の人は一人もいなかったという。 国を挙げて減塩に成功したイギリス  日本人と同様にかつては塩分摂取量が多かったが、国をあげた「減塩作戦」で成果を出したのがイギリスだ。  イギリス人は塩分摂取量が多く、主な摂取元は主食のパンだった。これに目をつけた国が2003年、消費者に気付かれないように少しずつパンの塩分を減らすよう各メーカーに働きかけ、減塩を実現した。  すると11年には国民の一日平均摂取量が1・4グラム減り、血圧も平均3mmHg低下。心筋梗塞と脳梗塞による死亡者も4割減少したという。 「論文の考察には、死亡者の減少理由には医療の進歩もあると書かれていて、減塩の効果は4割減のうちの2割だろうとされていました。ただ、それでも十分に意味はあったと考えています」(宮本さん) 塩気の少ない味気無さを旨味でカバー  こうした研究などからもわかるように、減塩は継続しないと効果がない。ならば「休塩」やそれをうたった商品の意味は全くないのかというと、宮本さんは否定する。  国循の病院食は塩分量の制限があり、かつての病院食は入院患者からまずいと不評で、食べ残しが多かった。しっかり食べなければ栄養もとれない。「私も食べましたが、確かに入院患者が食事を楽しめる味ではありませんでした」(宮本さん)  この問題を解決するため、2005年から研究を開始。味覚にはさまざまな要素があり、塩分は控えめでも、出汁や酸味、心地の良い食感や見た目などで物足りなさを感じさせないメニューの開発にいたった。  国循はさらにこの動きを、塩を軽く使っておいしい料理を作る「かるしおプロジェクト」につなげ、レシピ本も発行した。食品業者から申請があった場合、おいしさと栄養バランスを審査した上で、認定マークを発行している。減塩・無塩=おいしくないのイメージを払拭し、前向きな減塩生活を送るための取り組みだ。 「メーカーの努力で開発した『休塩』や食塩不使用の商品を試しに食べてみることで、『これもおいしいじゃないか』と知るきっかけができるのは良いこと。『休塩日』に効果はなくとも、そうした商品が増え、食べてみようかと思うことに意味があると考えています」(宮本さん)  塩分大国の日本には、必要不可欠な取り組みといえそうだ。 (ライター・國府田英之)
生活の相棒が「高級化」 10万円炊飯器から考える“付加価値と格差”は本当に求めるモノ? 田内学
生活の相棒が「高級化」 10万円炊飯器から考える“付加価値と格差”は本当に求めるモノ? 田内学 AERA 2025年4月21日号より    物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2025年4月21日号より。 *  *  *  先日、都内の家電量販店に行ったとき、店頭で一番目立つ場所に置かれた炊飯器が10万円を超えていることに驚いた。「ご飯を炊く」という基本的な機能が、いつの間にか高付加価値化されているのだ。日常的なものすら高級品化されている現状に、少し戸惑いを覚えた。  最近発表された野村総研のレポートによると、日本の富裕層・超富裕層の世帯数(純金融資産保有額が1億円以上の世帯の数)は、近年増加傾向が強くなっている。この背景には、株価の急騰や円安による資産価値の増加に加えて、「相続」によって資産が世代間で固定化されている現状があるという。  格差そのものがすべて悪いとは思わない。格差が生まれないのなら努力や競争も生まれにくい。努力や競争は、経済成長を促す原動力にもなる。しかし、生まれながらに持った格差が世代を超えて固定化し、一度広がった格差を個人の努力で埋めることが難しくなるのは問題だ。頑張って努力しようという気持ちが生まれにくくなり、社会には閉塞感が漂ってしまう。ギャンブルに近いような投資がもてはやされるのも仕方がないことだろう。  政府は現在、「高付加価値創出型経済」を推進しようとしている。高付加価値の商品やサービスを作ることで経済成長を促そうというものだ。  家電メーカーであれば、生き残るためには高付加価値の商品を作るという選択になるのはわかる。しかし、全体の経済においてはそれが最適解なのだろうか?  全体の経済を成長させるには、生産性の向上が欠かせない。高付加価値の商品を作るのは、生産性を上げる方法の一つだ。しかし、もう一つ別の方法もある。同じものを生産しながら、効率を高めることだ。超高級なブランド米を作るか、これまでと同じ米の生産を増やすかの違いだ。 たうち・まなぶ◆1978年生まれ。ゴールドマン・サックス証券を経て社会的金融教育家として講演や執筆活動を行う。著書に『きみのお金は誰のため』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など    いま本当に求められているのは高級なブランド米を作ることなのだろうか? むしろ、これから減少していく労働人口でも、十分な量の普通においしいお米を作れるような効率化こそが求められているのではないだろうか。  経済活動で生まれるのは「カネ」ではなく、「モノ」や「サービス」だ。フランス革命前の貴族が、「パンがなければケーキを食べればいい」と無邪気に語ったという逸話を思い出してしまう。  高級なブランド米を売れば、たしかに給料は上がる。しかし、ふつうの米は売られていないから、自分も高級ブランド米を買わないといけなくなる。  重要なのは、社会全体がバランスよく恩恵を受けられる経済政策を目指すことだ。高付加価値を追求するあまり、本当に必要な商品やサービスが手に入りにくくなるようでは意味がない。富裕層向けの商品が社会のスタンダードになれば、多くの人がそれに追いつけず、格差は一層深刻になるだろう。  そして、私たちの社会は、努力した人が報われるような仕組みであるべきだろう。生まれ持った資産格差を一世代の努力で逆転できるような、公平な競争の機会を確保することが重要だと思う。炊飯器が10万円を超える高付加価値社会よりも、誰もが努力次第でおいしいご飯を炊けるような社会のほうが、ずっと豊かで幸福なのではないだろうか。 ※AERA 2025年4月21日号  
「飲み会なんて参加したくない!!」 いまどきの新入社員は「お酒の席」をなぜ嫌がるのか? 20代は「飲まない派」が増加、"ノンアル飲み会"も
「飲み会なんて参加したくない!!」 いまどきの新入社員は「お酒の席」をなぜ嫌がるのか? 20代は「飲まない派」が増加、"ノンアル飲み会"も ※写真はイメージです(gettyimages)    桜が咲き誇り、新入社員が社会へ踏み出す4月。企業にとっては「ようこそ、わが社へ」という歓迎の思いを伝え、絆を深めたい季節だ。ところが近年、花見や新人歓迎会に誘っても、若者自身が歓迎しないことが増えた。とくに「お酒の席」は敬遠されがちだ。 そこで今回は、なぜ若者がお酒の席を嫌がるのか、その理由と対策を解説する。 なぜ若い世代は「お酒の席」を嫌がるのか  4月、新入社員が入社する時期は企業にとって大きなチャンスだ。せっかく採用した優秀な人材がすぐ離れてしまわないよう、「うちの会社はいいところだよ」とアピールし、コミュニケーションを深める絶好の機会だからだ。  ところが、いざ声をかけても「遠慮します」「都合が合わないので」と尻込みする若手が目立つようになった。ある会社では、 「近くで絶好の花見スポットがあるんだ」 「毎年、新入社員が入ったら、そこでパーッと盛り上がるんだよ」 と上司が誘っても、 「それ、強制ですか? 強制でなければ遠慮します」 とつれない返事が返ってきたという。「とりあえずビール!」文化で育ってきた上司世代にとっては、寂しい限りだろう。  理由としてまず挙げられるのが、飲酒そのものへの抵抗感だ。厚生労働省の調査でも若年層の「飲酒習慣率」が長年低下傾向にあると報告されている。  アルコール離れは社会全体の大きな潮流だ。特に20代では週3日以上飲酒する人の割合が男女とも大きく下がっていて、「体質的には飲めるけれど、あえて飲まない」層も増えている。  最近では「ソバーキュリアス」という言葉が注目されている。ソバ―キュリアスとは、「Sober(しらふ)」と「Curious(好奇心が強い)」を組み合わせた造語。  お酒を飲める人が「あえてお酒を飲まない」もしくは「少量しか飲まない」という考え方やライフスタイルを指す。健康やメンタルを考えて、飲酒を控えるライフスタイルが若者を中心に浸透しはじめたと言えよう。ちなみに筆者(55歳)もソバ―キュリアスである。  実際に、アサヒグループが2021年に1万人を対象に行った調査では、「飲まない派」が全体の45.4%。そのうち「飲めるけれどほとんど飲まない=ソバーキュリアス」層は13.7%に上っている。  20代では「飲まない派」が過半数を超えた。コロナ禍の影響もあって、「わざわざお酒を飲む必要がない」「シラフのほうが気分がラク」という考え方が後押しされているのだ。 酔っぱらった上司を見たくない!  もう一つの理由に、「上司や先輩の酔っぱらった姿を見たくない」という強い拒否感もあるようだ。ある新入社員(Wさん)の体験談を紹介しよう。  Wさんが入社した最初の週は、理想の職場に思えた。広々としたオフィス、最新のITシステム、明るい先輩たち。とくに直属の上司である課長は入社式でのスピーチが印象的だった。  「自律的に考え、行動できる人材になってほしい。どんな些細な疑問でも私たちにぶつけてほしい。君たちの活躍を心から期待している」  上司の力強い言葉に「この人の下でなら成長できる!」と受け止めた。ところが入社1週間後の新人歓迎会で、その期待は無残にも打ち砕かれることになる。  「おい、今年の新人はどうなんだ? 去年入ったヤツは、最悪だったな」  1次会では機嫌よく振る舞っていたが、2次会に入ってから課長は別人になった。入社式の凛々(りり)しさはどこへやら、悪態をつき始めたのだ。  「新人の前で、そういう話はやめませんか」 とアシスタントの女性に言われても、  「本当のことだから、しょうがない。採用戦略に問題があるのに、職場に責任を押し付けやがって」  今度は人事部に対する不満が出た。他の先輩が、  「課長、すみません。実は新システムの導入について疑問があって……」 と投げかけると、「そんなこと俺に聞くなよ。"情シス"が勝手に決めたことだ。知らんよ」と一蹴された。その場にいた先輩社員は苦笑するだけで、誰も何も言えずにいた。 「どんな些細(ささい)な疑問でも私たちにぶつけてほしい、と言っていたのに……」  Wさんは新人歓迎会以降、一気にモチベーションが落ちてしまった。  新入社員からすれば、まだ仕事ぶりもよくわからない、ましてや本来は尊敬すべき先輩たちが、お酒によって判断力を落とし、ベラベラしゃべったり、無理やり"飲ませよう"としてきたりする光景はマイナス面しか感じられない。  Wさんと同様「こんな人と一緒に仕事するのか」と失望感を覚える新人も多いだろう。かつての「飲みニケーションで絆を深める」は、若手には必ずしもプラスには映らないのだ。 どうしたらいい? 新たな交流のヒント  それでは、どうしたらいいのか?  若者は「酔いたくない」というだけでなく、酔っ払っている姿を見るのもイヤという人も多い。シラフとのギャップに嫌悪感を覚えるからだ。お酒を強要しないのは当然だが、泥酔している姿を見せるのも控えよう。  そこで3つの取り組みを紹介したい。 (1)ノンアルでも楽しめるプラン  いまや大手飲料メーカーや飲食店がノンアルコールや微アルコールのドリンクを豊富に取りそろえるのは珍しくない。各種ノンアルビールやノンアルカクテル、さらには緑茶やフルーツ系ドリンクをグラスに注いでおしゃれに楽しむサービスも拡充している。  もし歓迎会をやるなら、「お酒が飲めなくても楽しめる雰囲気」「強制的に飲ませないルール」を明確にし、「シラフで参加しても浮かない空間」を整えることだ。これによって「お酒を飲まない人」を尊重し、無理強いのないコミュニケーションが実現しやすくなる。  「2次会禁止」にした会社もある。「自由参加だ」と言っても、新人は断りづらい。だからあえて「2次会禁止」したのだという。 (2)夜のお酒にこだわらない別プラン  ノンアルでも楽しめるとはいえ、お酒を飲んでいる人がいることには変わりない。そういう人を見ることもイヤな若者がいる場合は、「全員ノンアル」にしたほうがいい。  そうなると夜は避けたほうがいいだろう。  「新人歓迎会=夜の宴会」という固定観念を振り払い、ランチ会やボードゲーム大会、昼間のバーベキューなど、明るい時間帯の交流イベントを検討するのだ。とくにランチなら会社負担で参加無料にしやすく、新人の参加ハードルも低くなる。  またオンライン勤務が多い職場では、週1回だけオフィスに集まって"飲み物自由"のカジュアル座談会もいい。こうした柔軟なスタイルは、コロナ禍でリモートワークに慣れた世代からも「ありがたい」と歓迎されることが多いようだ。  「ノンアル飲み会」を開いてみたら、普段の飲み会以上に深い話ができた、という体験談もある。 (3)任意参加というプラン  新人歓迎会や花見を企画する側は「新入社員は全員出席で」と思うかもしれない。しかし業務外の集まりを強制することはリスクでもある。企業イメージを毀損しかねない。なので参加は原則自由とする。欠席者を責めない雰囲気づくりも重要だ。  最近は各企業が「飲み会は任意」「評価には一切関係しない」と明示し、スケジュールも相談して無理のない日程を組むなどの配慮をしている。実際、「飲みニケーション」という言葉自体が時代遅れとなりつつある今、形にこだわらず参加できる方法を模索するのがベターだろう。 飲み会事情は大きく変化している  桜とともに始まる社会人生活。新入社員を歓迎したい気持ちは、どの会社も変わらない。  ただ、その手段や空気感は急激に変化している。「お酒の場」にこだわるのではなく、ノンアルコールでも集える気軽さや昼間の交流イベントなど、時代に合わせて柔軟に考えよう。いろいろな取り組みを試みている企業があるので、ネットやSNSを通じて調べるのもいい。  大切なのは、ビジネスにおける大原則――「相手の立場に立って考える」である。時代が変わり、考え方、価値観は多様化している。どのようにして相手と親密になるのか、絆を深められるのかは、相手によって違うのは当たり前だ。  ソバーキュリアスの考え方が示すように、"お酒"を大前提にする考え方はもう古い。お酒の有無は関係なく、気持ちよく話ができる場こそ、本当の意味での「歓迎」だと私は思う。 (横山 信弘 : アタックス・セールス・アソシエイツ 代表取締役社長)
暴力団の「元事務所」が次々と福祉施設に様変わり!? 豪華ソファ、大理石の風呂が介護に不向きなわけ
暴力団の「元事務所」が次々と福祉施設に様変わり!? 豪華ソファ、大理石の風呂が介護に不向きなわけ 家宅捜索に入る捜査員たち  福岡県北九州市を拠点として活動する全国で唯一の特定危険指定暴力団・工藤会の関連事務所が、次々と姿を消している。近年の警察の取り締まり強化で、トップ以下、幹部らの裁判が続いており、組織は弱体化している。本部事務所は売りに出され、各組事務所にも使用制限がかかるなどして組員らは立ち退く状況に。代わりに入ってきたのは、高齢者やヘルパー。暴力団がいなくなった施設や土地が、市民のための福祉施設に様変わりしたというのだから驚きだ。現地を取材した。 *   *   *  工藤会幹部の裁判が進む中で  今年1月14日、北九州市の中心・小倉の繁華街からほど近い小倉北区神岳にある空き地で、福祉施設の起工式が行われた。生活困窮者や社会的に孤立している人々の生活再建を支援しているNPO法人「抱樸」による「希望のまちプロジェクト」の一環だ。  この起工式の様子は、多くのメディアで報じられた。普段、施設の起工式に報道機関が取材に訪れることはほとんどない。今回、注目されたのは、ここにはかつて九州最大規模の暴力団の施設があったからだ。  希望のまち建設予定地のくわ入れ式  約1750平方メートル、テニスコート6~7面が入るほどの広さのこの土地には、工藤会の本部事務所「工藤会館」があった。工藤会といえば、敵対勢力や警察だけでなく、一般市民にも危害を加えることで恐れられてきた。その組織の象徴ともいえる施設が「工藤会館」だった。  同県内の工藤会の勢力は、2008年のピーク時には1200人超(準構成員らを含む)を抱え、行事などがあるときは、工藤会館の大きな通用門が開き、黒塗りの車が続々と入っていく様子が見受けられた。  しかし、同県警が14年、組織のトップで総裁の野村悟被告とナンバー2の会長・田上不美夫被告を逮捕した「頂上作戦」を皮切りに、工藤会への徹底的な取り締まりが始まった。その結果、多くの組員が逮捕され、24年末時点では230人にまで減少した。  工藤会館も14年11月に使用制限命令が出され、何度か延長された後、20年2月に撤去された。その後、関連事務所などにも命令が出され、組員は次々と立ち退くことになった。  一方、幹部の裁判も進んでいる。21年には、元漁協組合長射殺事件(1998年)、元福岡県警警部銃撃事件(2012年)、看護師刺傷事件(13年)、歯科医師刺傷事件(14年)の4事件に関与したとして、野村被告に死刑、田上被告に無期懲役の一審判決が言い渡された。  その後、24年3月の控訴審判決では、野村被告について、元漁協組合長射殺事件の関与を裏付ける証拠がないとして無期懲役に。田上被告については、一審の無期懲役を維持した。両被告側は上告し、検察側も野村被告の死刑判決を取り消した高裁判決を不服として上告している。今年1月には、野村、田上両被告に次ぐナンバー3の菊地敬吾被告も、6事件についての控訴審判決でも無期懲役を言い渡され、2月に上告した。 生まれ変わった事務所    判決は確定していないとはいえ、長年にわたる暴力の支配から解放されたと感じる地元住民は多いようだ。  福祉活動の拠点となる施設は、来年3月の完成予定という。北九州市の担当者は、こう語る。 「暴力団拠点が街に存在することは、市民に不安を与えるだけでなく、実際に安全も脅かされ、対外的にも『北九州は危ない街だ』と認識されるなど、マイナスでしかありません。そんな暴力団拠点が福祉施設に変わることは、市民の安心や安全にもつながるため、市としてはしっかりと応援をしていきたいと思っています」  かつての「工藤会館」の場所から少し離れた同市小倉南区上貫にも、工藤会の“シンボル”があった。緑が広がる穏やかな地域にある豪邸の門に、10年に突如、「四代目工藤会長野会館」の看板が掛けられたのだ。目と鼻の先には幼稚園や小学校もある。  近隣住民は事務所撤去運動を始め、幼稚園内に監視小屋を設置した。出入りする人を常に見張り、ときには垂れ幕を掲げて抗議の声を上げた。  すると、運動に参加していた自治会長宅に銃弾が撃ち込まれた。工藤会による脅しとみられるが、それでも住民はひるむことなく暴追運動を続けた。その結果、11年に長野会館は地元の医療法人「心愛」がこの土地と建物を1億5千万円ほどで買い取り、介護施設「デイサービスセンター ヴァイオリン」に生まれ変わった。  ここは工藤会が使用していた当時の建物を、そのまま使う「居抜き」に近い状態で活用している。どんな感じなのか見せてもらいたく、中に入れてもらった。  物々しい門をくぐり、建物の内部に入ると、見上げるほどの高い天井に豪華なシャンデリアが輝いていた。和室をのぞくと、任侠映画の「襲名披露」のシーンに登場しそうな趣がある。  そんな建物の一室で、利用者の高齢者たちは笑顔でレクリエーション活動に取り組んでいた。 残る当時の面影、玄関の扉には「鉄板」 「ヴァイオリン」の管理者である野見山耕一さんがこう話す。 「当然ながら、福祉・介護施設である以上、もとの設備をそのまま使っているわけではなく、スロープやトイレの増設などの修繕はしました。ただし、基本的な建物の構造は変えていません」  介護施設といえば、まず気になるのはバリアフリーだが……。 「部屋は広いですが、『段差はなるべく少なく』というバリアフリーのセオリーには対応していません。特に風呂場は最も注意が必要な場所ですが、すべて大理石でできています」(野見山さん)  すべてが大理石の風呂など、テレビや映画の世界でしか見たことがない。こうした内装はいずれも豪華だが、実際には老朽化が進んでおり、維持費も相当かかるという。 「シャンデリアの電気を消そうとしてもつきっぱなしになったり、配線が現在のものとは大きく異なるため、電気工事業者も手を焼いたり……。昨年の夏にはエアコンが故障。見積もりを取ったところ、同じものを設置しようとすると、とんでもない金額になると言われました」(同)  ソファも当時のものを使用している。座り心地は良いものの、高齢の利用者が座るとお尻が沈み込み、立ち上がるのに一苦労だ。それでも、この施設の知名度向上には一役買っている。 「地元の人たちには『あっこね(あそこね)!』と言われるほど有名な場所です。利用者さんたちも『中はこんなふうになっているのね』と興味を持ってくれます」  野見山さんは、周囲の反応についてそう話した。  工藤会がこの建物を所有していたのは1年にも満たないが、ニュースでたびたび報じられてきたこともあり、それがデイサービスへと変貌を遂げたというインパクトは大きい。現在も、工藤会の元幹部らの裁判の進展があるたびに、地元メディアが取材に訪れるという。  “いわく付き”の建物であるため、「工藤会ゆかりのものは残っていないか?」と尋ねられることも多いが、ここで働くスタッフにとっては特に違和感はないそうだ。ただし、玄関の扉には鉄板が入っているなど、当時の面影は一部に残る。 「今や老人ホームも買収される時代です。団塊の世代の入居が落ち着いた後の先行きは不透明ですが、こうした建物の話題性によって注目されるのはありがたいことです」  野見山さんはそう話し、こう続けた。 「利用者の方々とも『夕方になると、スタッフが怖い人たちに変わりますよ』などと冗談を言い合っています。不謹慎かもしれませんが、こういった話題で笑い合えるのは、ここの利用者ならではの楽しみ方なのかもしれません」  念のため付け加えると、野見山さんをはじめスタッフ全員「カタギ」である。 (編集部・古寺雄大)
和田靜香『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた。』小川淳也と文庫化記念鼎談!(3回目) 異なる価値観やイデオロギー。人の思考は変えられるのか。その時、政治は?
和田靜香『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた。』小川淳也と文庫化記念鼎談!(3回目) 異なる価値観やイデオロギー。人の思考は変えられるのか。その時、政治は? 左から松尾潔さん、大島新さん、小川淳也さん、和田靜香さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 世田谷のブックカフェで開催された、立憲民主党・幹事長の小川淳也氏、ドキュメンタリー監督の大島新氏。聞き役のフリーライター、和田靜香氏の3人による政治鼎談。今回はその3回目をお届けする。 *   *   *  大島氏は小川淳也氏に密着したドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020年公開)を監督。  和田氏は2021年から22年にかけて小川氏に「政治を知りたい!」とガチンコ対談を申し入れ、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』を上梓。同書は昨秋、大幅加筆され、文庫版(朝日文庫)として発売された。   その両者が小川氏を交えて「今」の政治や情勢について語り合う鼎談。ぶつかり合う価値観やイデオロギーの相違に話題が及んだところで、会場から和田氏の文庫『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか』(以下『時給はいつも最低賃金~』)の解説を執筆した松尾潔氏が飛び入り参加する展開に。 左から大島新さん、小川淳也さん、和田靜香さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀)  会場内からの質疑応答が始まった。来場者から、SNS上の情報について、どう受け止めたらいいのか、との質問が飛び出した。  来場者 一般市民が、さまざまな社会問題について考えるとき、自分たちには何ができるのか、っていうことを日々考えているんです。  小川 あと40%の人が投票に行ってくださると、世の中が一発で変わると思うんですよ。これは民主党政権時代の責任が大きいんだけど……2009年に民主党が政権を取った時の投票率は70%だった。ところが多くの人が民主党政権にがっかりしてしまい、それ以降、どうがんばっても投票率が50%までしかいかない。1/2民主主義になっちゃったんですよね。  北欧のように投票率が90%になれば、あらゆる課題は解決できる可能性が増し、国民の意思が直接政治に反映されて、国民と政治が交われるようになるんじゃないかと期待してるんです。難しいんですけどね。 大島 それについては、私、小川さんに反論がありまして。投票率が上がったからといって、小川さんの思うような世界に果たしてなれるのか? 今回(昨年11月)の兵庫県知事選挙も、過去より15ポイントほど投票率が上がった。でも結果は斎藤(元彦)さんの再選だった。  和田 みんな、もう、「選挙に行こう」って言えなくなったと、ビクビクしていますよね。選挙に初めて行った人たちが石丸(伸二)さん、斎藤さんに投票した。政治を語るより、政治の前段階というような、自己啓発のような、与太話のようなものを語られた方がいい。政策なんて邪魔っていうか、政策語るのはオールド政党とか。  小川 だからこそ90%なんですよ。10や20ポイントが上がっても、ある種のまやかしに惑わされる可能性はまだある。しかし90%ともなると、ごまかしは効かないんじゃないかと。  逆に、投票率が90%になってもなお、政治が悪くなるというなら、辞めます。もうやっていられない。なにをよすがにこの仕事を、この仕組みの中でやるのか。投票率90%が危険だとか不安だと思うなら、この仕事はもうできません。   左から大島新さん、小川淳也さん、和田靜香さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 来場者 私には13歳の娘がいて、政治にも関心を持っている。その娘が、都知事選のとき、X(旧ツイッター)のアルゴリズムを背景に石丸さんのような人が目立つようになったのを面白いと感じているんです。なんだか、面白そうなことをやってくれそうだって。あと5年で選挙権を持つ世代が、そうしたアルゴリズムの力で考え方が偏ってしまうことが恐ろしいと思う。その状況で投票率が挙がったらと思うとなおさらです。 和田 これってどうしたらいいと考えます? アルゴリズムによって思考の傾向が操作されるかもしれない、ということですよね。自分は自分で考えてるつもりだけど、実は流れされている。 小川 AIエンジニア・安野(貴博)さんと対談したときに話していただいた言葉の受け売りで恐縮なんですが、「今後、アルゴリズムをどう設計するか次第で、民主主義は危険にも健全にもなるだろう。だからこの先、AIやSNSの設計がすごく重要になってくる」と。  それに、僕の党関係の若いスタッフたちは、「僕ら世代はSNSに対するリテラシーを持ってますから」って堂々としてるんです。「むしろリテラシーがないのは高齢者です」と。  若い世代は、SNSにも大手メディアにも、ちゃんと猜疑心を持っている。しかし、高齢者はそうはいかない。「大手メディアのことを妄信しているし、大手メディアを見るような目でSNSも見ている」って言うんです。  大手メディアもSNSも、人の思考には大きく影響を与えるわけですよ。だからこそ、自分と対極の立場を想像して考えてみることが大事なんだと思うんです。相手はなぜそう考えるようになったのか。背景には何があるのか。今なら、たとえば財務省解体を叫んでデモしてる人たちと、僕も一度、冷静に話をして見たいと思っていますよ。 和田 おお。それはでも、話し合いになるかな。  小川 っていうのはね、最近、ひろゆきさんがだいぶ変わってきたなと感じてるんですよ。全然かみついてこないし、話も聞いてくれる。冷静に受け止めてくれるから、話がかみ合うんです。  和田 いや、私は相変わらず懐疑的ですけどね。彼は社会的に立場が弱い人を小ばかにして、差別的だと思う。小川さんとは、対立しても話し合えるけど、それは小川さんが人を小ばかにしたりしないからですよ。私はひろゆきさんなんかとは、絶対に話せません。  小川 そこ! そこなんですよ! その「とてもこの人とは話せない」と思う相手と、どれだけ話せるか。そこを乗り越えてほしいんだよね。 和田 無理なものは無理でしょう。私は絶対に話したくない。リハックとかって、いかにうまいこと生きるかを優先する人とは話せないです。ここはかみ合わないですね。 小川 そこを乗り越える試練が、今、人類に問われてるんだと思います。そうじゃなきゃ、「話せる人」と「話せない人」というカテゴリーに分けることになっちゃうでしょ? 和田 この議論について、どう思います? 大島さん。 大島 これについては、小川さんの言う通りだと思いますよ。私も和田さんと同じく、ひろゆきさんのことをよく思っていません。沖縄の辺野古ゲート前で彼がやったことについては、今も許せない気持ちがあります。だけど、小川さんは政治家なので、先ほども言った60点、もっと言えば51対49のせめぎあいの中にいる人です。だからこそ、考えの異なる人と話し合うのは、意味があることだと思います。  小川 意見や主張の違いを超えたところで、人というものをどこまで信頼できるか、にかかってるんじゃないかな。人は必ず分かり合えるものだ、っていう信仰に近い。決心、決意と言ってもいいですが。 絶望的に分かり会えなくても、相手も人間だ 松尾潔さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 和田 今会場に、松尾 潔さんがいらっしゃっています。松尾さん、ちょっとこちらへ来て、加わっていただいてよろしいですか?  松尾 みなさんこんばんは。松尾潔と申します。和田さんの本(文庫版『時給はいつも最低賃金~』)の解説を書かせていただきました。  僕がこのタイミングで呼ばれたのは、小川さん、大島さん合わせて2に対して和田さんが1、つまり2対1のバランスを2対2に変えたかったんでしょうけど……和田さんの期待を裏切って申し訳ないけど、じつは僕もこっち(小川・大島側)なんですよ。  和田 なんてこと!(笑) 松尾 とはいえ、簡単じゃないとは思います。誰かの頑なな考えを変えようと力を尽くすより、話を聞いてくれそうな人たちを投票に向かわせることのほうが、世の中を変える方法としてはまだ現実味があると思うし。  たとえば選択的夫婦別姓の問題でも「今は経済問題のほうが大変だから、それはちょっと脇へ置いといて」って言われても、その人に他人の話を聞く余地があれば「いやいや、これ、経済に直結してますよ」と説得できるかもしれない。法律のここを変えれば、目の前の景色がこんな風に変わりますよ、とわかりやすく示すこと。それが政治家の仕事のひとつだと思うんですよ。  小川 そうね。でも、僕がこの問題で一番言いたいのは、「姓名とはアイデンティティだ」っていうことなんですよ。姓名を変えたくないのは、それがアイデンティティだから。経済的にどうか、収入面でどうか、労働力としてどうか、っていう面ももちろんあるけども、それ以前にアイデンティティは人権の根幹ですから。   小川淳也さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 松尾 それは僕も同感です。だからこそ、さらに言えば、政治信条やイデオロギーよりもっと手前の倫理感やアイデンティティに訴えるような言葉があればいいと思うんです。でないと、絶望的に通じない人たちって、たくさんいるじゃないですか。  大島 いますね。  和田 ちょっと選択的夫婦別姓について言わせてもらいたいんですが、結婚するとほとんどの場合で女性が苗字を変えることはアイデンティティの問題あるのは当然、同時にこれは明治のイエ制度の残滓であり、家父長制の象徴です。女性のこれまで使っていた名前の半分をとられ、半人前に扱われることだと思っています。結婚して子どもを産むと、その後に女性にある仕事はたいてい非正規パートです、賃金も安くて、能力も生かされない。すると経済的に自立できない、依存しなくてはいけない。そういうあれこれ問題の大きな原因だと思ってることは、分かっておいてください。と、熱くなりました。 小川 おっしゃるとおりですね。松尾さんは(極端な言説の)人の考えを変えることは難しい、っておっしゃった。僕もそう思います。  でも、大事なのは考えを変えさせることではなくて、なぜその人はそう感じているのか、どういうところに不満をもっているのか、どうしたいと思っているのかを理解することなんです。それは、解決できることなのか、できないことなのか。なぜ、解決できるのか、できないのか。理解が進んではじめて、相手が人間として、人格として浮かび上がってくるんです。  何を考えてるかわからない、変えることもできない、こいつらは差別主義者だ、相手するに値しない。そんなふうにとらえた時点で、相手が人格をもった人間として見えなくなる可能性がある。  極端な言い方ですが、歴史上、虐殺や虐待は、必ず相手の人格を否定してからやるんです。「こいつらは人間じゃない」と。  大島新さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 大島 非人間化するんですよね。 小川 逆に言えば、相手が人間だと思った瞬間に、攻撃できなくなる。人間って、それぐらい共感力の高い生き物なんです。だからこそ、人格を否定をすることがいかに危険なことか、歴史や社会学から学ぶべきなんです。  松尾 やつはモンスターだってみんなで言えば、相手を叩くことへの罪悪感も軽減されますからね。むしろ世直しのために言ってるような気にもなれるんですよね。とはいえ、度を越した頑なさはいかんともしがたいもの。「この人の考えを変えることはできるかなあ?」と思うと茫然としますよ。  小川 変えることが目的じゃないんですよ。なぜそう考えるのかを理解すること。それが到達すべき目標地点なんです。  松尾 お説ごもっともですが、相手の頑なな部分を少しは変質させないと、伝わるものも伝わらなくないですか? 和田 私もそう思います。 小川 相手を「頑なだ」と思っている、その自分は頑なではないですか? っていうことですよ。これって、ひとえに思考の訓練、修行なんです。 松尾 思考に柔軟さや弾力性を与えることと、信念として筋を通すというのは似て非なるもの。肝心なのは両者をどう両立させるかではないでしょうか。  小川 そうそう、だから、相手を変えられないからといって、自分も変わる必要はないんです。  人間をどこまで信用できるか、という問いにもかかわるんですけど、相手がどんな主張をしていても、必ずそれには理由となる背景があるので、そこを信用してあげる。かなり高度なことだとは思います。  たとえば、個人名は避けますけども、自民党に右翼屋さんはたくさんいます。でも、筋金入りの右翼だなと思う人はほとんどいないんです。  大島 そうですよね。その時々の立場や情勢に合わせて、そうなっていった人たち。もとは違ったはずなんだけど、右寄りの発言をしたらウケがよかったので、だんだんとそっちへと考えが変わっていった。  和田 言ってるうちにその気になるというのもあるのかも。相乗効果でどんどん変わる。 小川 票が欲しいですからね。 大島 票も欲しいし、エコーチェンバー的な、周りのウケがいいとほめられますからね。  小川 相手の考えの背景を理解すべきっていう趣旨には、それも含めてのことなんです。相手の考え方の根っこの部分に、利害や損得はないのか。  大島 でも、相手の背景が理解できたとして、じゃあその人にどう向き合うか、っていうのは次のフェーズな気がするんですけど。  小川 次のフェーズですよ。だからこそ相手が暴力的にならない限り、変えようと思う必要はない。  相手はなぜそう考えるのかって考えたほうが平和的で、自分も救われるんです。相容れない相手について「こんな人間がいるのか! 信じられない!」って思うこと自体が、呪縛であり、自分を苦しめるんです。  でも「そりゃそうだよな、人間、置かれる立場や利害で、そうもなるよな」と思えたほうが、自分にとっても救済になる。自分を解放するために、相手を理解する努力を最大限尽くす。それは究極、相手を人間として尊重するということにほかならない。  和田静香さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 和田 なかなかそこまでは行けないなあ。だって人はそんなに理想どおりにはいかないから……。 小川 そうじゃないと「何が何でも戦争はしない」っていう僕の言葉は、背景を失うんです。こんな相手なら殴ってもいい、殺してもいい、ってことになっちゃう。 松尾 元からそういう主張じゃなかった人が変節していく。その姿を見て、なぜ変わったのか、その理由もわかってきたとして、だからこそなおさら「じゃあ説得も難しいなあ」と絶望することはありませんか? 「そういう理由で反対していたのか。ならばどうしたってこの人を説得するのは無理か」と。 小川 それは多々ある。だって、465人衆議院議員がいて、全会一致っていうことは稀なんだから。  賛成する人も反対する人もいていい。だけど、選択的夫婦別姓問題っていうテーマに限って言えば、党議拘束をかけるようなテーマですか? と自民党はじめ各党に問いただしたいですね。これはイデオロギーというよりテクニカルな問題です。  賛成する人と反対する人がいるのは自然なことだけど、党利党略で、党議拘束をかけていいテーマですか?っていうことは、政治的に議論しなきゃいけないと思う。  テーマによりけりだと思いますよ。「全員が賛成、全員が反対はおかしい」っていう単純な議論とは一線を画さないといけないし、いろんな考え方や利害、背景があっていい。それぐらい達観しないと、自分がしんどいですよ。 松尾 「51対49」で、自分に言い聞かせるってことですか。 小川 そう、社会は多様である。人はそれぞれだ。 和田 結論が出ましたね。 松尾 小川さんらしい言葉ですね。   和田靜香『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(朝日文庫)>>書籍の詳細はこちら   ==================================  誰もが分かり合え、生きづらさを感じなくてよい社会にするためには、人と人が、互いの考えの違いをどう乗り越えるかにかかっている。 「個人の問題はすべて政治的であり、悩みや苦しみは政治と地続きである」という和田静香著『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか』にも通底する議論は、参加者・視聴者の大きな共感を得ていた。 (文・黒川エダ) 和田靜香(わだ・しずか) 1965年生まれ。静岡県沼津市出身。ライター。20歳で音楽評論家・作詞家の湯川れい子さんのアシスタントに。その後フリーのライターとして音楽や相撲などエンタメを中心に執筆を続けるが仕事が徐々に減りアルバイト生活を送り始める。コロナ禍に生活がさらに苦しくなり、一念発起して小川淳也議員事務所に面談取材を申し入れる。その問答が2021年、単行本で刊行(本書同タイトル、左右社)。以降、政治を語るライターとしても活動中。 小川淳也(おがわ・じゅんや) 1971年香川県高松市生まれ。立憲民主党所属の衆議院議員(7期)。東京大学法学部卒。94年に自治省に入省し、2003年に民主党より衆議院議員選挙に立候補するも惜敗。05年に初当選。19年2月の予算委員会で統計不正問題を追究し話題に。20年、ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で注目を集めた。近著に『日本改革原案 2050 競争力ある福祉国家へ』(河出書房新社)がある。 大島 新(おおしま・あらた) 1969年、神奈川県生まれ。ドキュメンタリー監督・プロデューサー。1995年、早稲田大学卒業後、フジテレビに勤務。1999年にフリーとなり、MBS「情熱大陸」フジテレビ「ザ・ノンフィクション」など数多くのドキュメンタリー番組を手掛ける。2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。映画監督作品に「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」「国葬の日」など。著書に『ドキュメンタリーの舞台裏』(文藝春秋)。2024年より東京工芸大学教授。 松尾 潔(まつお・きよし) 1968年、福岡市生れ。音楽プロデューサー・作家。早稲田大学第二文学部卒。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加後、CHEMISTRY、平井堅、SMAP、JUJUなどに提供した楽曲の累計セールスは3000万枚を超す。プロデュース・作詞・共作曲したEXILE「Ti Amo」で日本レコード大賞、天童よしみ「帰郷」で日本作詩大賞を受賞。近著に『おれの歌を止めるな ジャニーズ問題とエンターテインメントの未来』(講談社)。
和田靜香『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員にきいてみた。』小川淳也と文庫化記念鼎談!(2回目) 変化し続けている世界、そして日本。戦争を起こさせないために私たちができることは?
和田靜香『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員にきいてみた。』小川淳也と文庫化記念鼎談!(2回目) 変化し続けている世界、そして日本。戦争を起こさせないために私たちができることは? 左から大島新さん、小川淳也さん、和田靜香さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀)  世田谷のブックカフェで開催された、立憲民主党・幹事長の小川淳也氏、ドキュメンタリー監督の大島新氏。聞き役のフリーライター、和田靜香氏の3名による政治鼎談。今回はその2回目をお届けする。 *   *   *  大島氏は小川淳也氏に密着したドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020年公開)を監督。  和田氏は2021年から22年にかけて小川氏に「政治を知りたい!」とガチンコ対談を申し入れ、『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(以下『時給はいつも最低賃金~』)を上梓。同書は昨秋、大幅加筆され、文庫版(朝日文庫)として発売された。   映画と書籍で小川氏に迫ったふたりが、小川氏を交えて「今」の政治や情勢について語り合う。話題は政治や社会への危機感、そんな時代に政治が果たすべき役割について……と移っていく。 変わりゆくリーダー像=総理大臣とは 大島 私がいちばん好きな小川語録は「国境こそが最大の規制である」っていう言葉なんです。 地球温暖化をはじめ、世界規模の問題について考えると、国境などお構いなしの問題は多い。  小川 戦争とか、格差とか、あらゆることを考えても、国境が最後にして最大の規制だと僕は思うんです。  大島 その通りだと思いますが、現実世界では国境がさらに強固なものになっている。つまりみんな自国ファーストになっている。アメリカがいい例です。もはや国ごとの弱肉強食の世界になってきていて、小川さんのいう「対話によって理解しあう世界」から遠ざかっている。国内でも、威勢のいい、語気の強い人が、変に人気が出ていたり。  そんななかで小川さんは、いったいどうしていくのかと。そういう話をしたいと思いますね。 和田 私は政治について学び始めた2020年ころと今とで、理想とするリーダー像が変わってきているんじゃないかと感じてるんです。5年前、大島さんが監督した映画『君はなぜ総理大臣になれないのか』を観た当時は、総理大臣ってもっとこう、私たちの暮らしに近い存在であってほしいと思っていたんですが。小川さんはどうですか? 総理大臣には……?  小川 なりたくない。  和田 断言ですか?  小川 あれほどしんどくてツラくてキツくて、厳しい仕事はないと思う。本当に、本気で、本物の仕事をしようと思えばね。 和田 映画では最後に、大島さんが「世界に貢献していく日本の政治家として、小川さん、総理大臣になりますか?」と小川さんに聞いてましたよね。 小川 「その気概がないなら、今日にも議員辞職します」って答えたんですよね。 和田 その気持ちは、今も変わらないですか?  小川 土俵の上で、徳俵でギリギリ片足ふんばってる状態かな。  和田 大島さんはその後、NNNドキュメント『総理大臣を目指した人たち』をお撮りになりましたよね。すばらしいドキュメンタリーでした。大島さんの思う総理大臣像は『なぜ君は総理大臣になれないのか』を公開した当時と、あのドキュメンタリーを作っているときとで変わっていますか?  大島 多少変わったかもしれませんね。これまではかなり高い理想というか、100点に近い総理大臣、リーダー像を意識してたんです。でも今は60点ぐらいでもいいから「変な人じゃないほうがいい」と思ってます。 「あの人」や「この人」がなるぐらいなら、低空飛行でいいから石破(茂)さんやっててくれ、みたいな(笑)  和田 あははは! でも、ちょっと、納得します。 大島 トランプさんみたいな、ああいう極端な人がリーダーになるんだったら、60点でいいからむしろ石破さんで。フリをしているだけかもしれないけど、一応相手の話を聞くじゃないですか、あの人。リーダーはそういう態度をちゃんと示してくれる人でいてほしいと思う。     和田靜香『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(朝日文庫)>>書籍の詳細はこちら 民主制が「戦争へ向かう狂気」の元凶になる? 小川 (「リーダー像論」でいうと、)例えば、ヒトラーやトランプみたいな人が中国で国家主席になる可能性は、ほぼゼロだと思うんですよ。実は民主制の世の中だからこそ、彼らは選ばれたんです。  ちょっとリスキーなことをあえて言いますが、「有権者が正気を保っている状態」から、もはや「正気を保てなくなりつつある状態」になると、民主制は簡単に狂気に向かってしまう危険性があると僕は思うんです。  和田 まさにその状況じゃないですか? 今。  小川 その背景には人々に正気を失わせるだけの格差と貧困のひろがり、将来への見通し・展望のなさ、絶望感が根本的にあると思うんです。  和田 アメリカがまたトランプを選んだこと自体、冷静な判断ができていないようにも見えますね。兵庫県知事にもう一回、斎藤さんが選ばれたり、N党の立花さんみたいな人がでてきてあんなフェイクをまき散らしたり。そしてそれが許されているというか、熱狂的に迎えられている。 和田靜香さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 小川 格差と貧困が拡大する社会を、人類がそのまま許したっていうことは、歴史上一度もないんですよ。必ず最後は内乱や内戦、革命、暴動が起きる。戦争でいったんチャラにして、また新たな体制を作る。その繰り返しが人類の歴史なんです。だから、今の格差と貧困の拡大が対話と合意形成によって無血で解決されない限り、いつか暴発につながる可能性はある。それが今一番の危機感ですね。 「法の支配、民主制は、平和と豊かさを前提とする」。これは司馬遼太郎さんの言葉です。それから最近、アメリカの政治学者ジョン・アイケンベリー も言っています。「自由民主主義には温室が必要である」。ビニールハウスの中で、温度と湿度を整えた状態でないと、自由と民主主義は育めない、っていうことなんです。  和田 2021年の対話のときも民主主義について話して、小川さんはやはり「豊かな暮らしをしていないと民主制は成り立たない」って言ってましたよね。  小川 一定のね。戦乱や飢餓や貧困の状態では、自由や民主主義を謳うどころじゃないだろうってことです。温室状態=平和と豊かさが崩壊すると、民主制は容易に狂気に振れてしまう。人々は破壊衝動を抱え、行き過ぎた格差と貧困を流血によって是正しようとする。それが未来に勃発する可能性を否定しきれない時代に突入してるんだってことを自覚しなくてはいけない。   何が何でも戦争を回避するためには 大島新さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 大島 橘玲さんっていう作家が『テクノ・リバタリアン』っていう本を書いてましてね。これはいわゆるイーロン・マスク論みたいな本なんですが、面白い指摘があるんです。  自由で民主的な世界に暮らしている人は「個人の自由は誰にとっても大事な価値観である」という。これが大前提で共通の理解なのだが、その中でも「保守」と呼ばれている人たちは「自由は大事。だけど伝統も大事」という。「リベラル」と呼ばれる人たちは「自由は大事。だけど、平等も大事」という。これで右左が分かれるのだと。 和田 なるほど、私もリベラルだから自由も大事だけど、平等もすごく大事に思います。不公平なのは嫌い。伝統っていいますけど、日本で伝統と思われてるものってたいてい「明治」の時代に作られた伝統だったりしますよね。伝統ほどうさん臭いものはないように思います。自由で平等、アメリカはかつてそういう国だったんじゃないですかね。 大島 ところがイーロン・マスクやピーター・ティールのようなテクノ・リバタリアン(=主にITの世界で巨万の富を築いている人たち)はどうかというと、「大事なのは自由だけ」。それ以外の価値は必要ない。さらに言えば、「伝統」と「平等」と、どちらが自由を妨げるかというと、平等のほうが自由を妨げるっていうんです。「自分たちのような優秀な人間が、なぜ劣った連中と平等でなくちゃならないのか」っていうことです。こういう考え方こそが、格差の広がりを大きくするんだと思うんですが、小川さん、いかがですか? 小川 彼らはおそらく、ナポレオンやチンギス・ハーンみたいな感覚なんじゃないかと想像しますね。力で制圧して帝国を築き、自らが絶対権力者であるっていうね。  でもね、みんな平等で自由で人権があって……っていう民主的な状態は、人類誕生以来700万年のうち、日本では直近の80年ぐらいのことなんですよ。僕らが今当たり前だと思っている自由で平等な社会なんて、奇跡の一瞬にすぎないんです。  強大な力を持つ人が専制的に社会を統治し、権勢をふるう。もしかしたらそれが人類の当たり前の姿だったのかもしれない。そう考えると、この先もう一度その世界に戻ることを我々は許すのか。何が何でも自由、平等、人権、民主制を守り、次世代に引き継ぐ決意をするのか。そこを我々は今、問われている。重大な分岐点に立っているんじゃないか。  民主制とは何なのか。自由で平等って本当なの?っていう問いを立てて初めて、なにに抗い、なにをせねばならないか、が見えてくる気がするんです。 大島 「自由や人権は抑圧されているけれど平和」を選ぶのか。「自由と人権を求めて戦うが、そのために暴力や流血、死にさらされる状況」を選ぶのか。  例えば中国の新疆ウイグル自治区では、自由も人権も抑圧されている。でも、中国が圧倒的に強いから、夥しい血は流れていない。多少の暴動はあっても、破滅的な紛争には至っていないわけです。ではロシアとウクライナではどうなのか。たまたま今の日本ではそういうことはないけれども、今後他国と付き合ううえで、政治家はこの問題をどう考えるのか。   大島新さん(左)と小川淳也さん (撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 小川 トランプが今、ウクライナとロシアを停戦させようとしてますよね(2025年3月6日現在)。どんな形であれ、いずれ戦争は終結します。それはとても大事なことなんだけど、おっしゃるように、そこで失われる誰かの自由はどうなるのか。「対話は平和裡に行われるべき」とか「力で領土を奪ってはいけない」っていう価値感は、果たして尊重されるのか。  あるいはその価値感のために、最後の一人の血の一滴が流れつくすまで、戦うべきなのか。  歴史の常として、戦争というものは始まってしまったら、行くところまで行かざるを得ないんです。だから絶対に、戦争を始めてはいけない。何としても避けなければいけない。  もうちょっと時代が下ったら、厳しく検証すべきだと思うのは、プーチンとゼレンスキーは何回会って、何時間話したのかということ。戦いを回避するための努力を、どこまでしたのかと。  たとえば、和田さんの本(文庫『時給はいつも最低賃金~』)にあるように、僕と和田さんは一時期激しく対立しましたが、最後は対話で乗り越えた。あの体験こそが貴重なんです。大げさなことを言うようだけど、国と国でも同様だと思う。話し合える可能性や希望が捨てきれないうちに殴り合うことはない。  繰り返しますが、戦争は始まってしまったら終わりなんです。 大島 だからこそ、戦争の前段階として、政治や外交があると? 小川 それしかないです。 大島 それ自体も近代以降の価値観ですよね。植民地時代には、ヨーロッパの列強が南米やアフリカに攻め入った。問答無用に、まったく武器を持たない人たちのところへ攻め入ったわけですから。 小川 もしも時代がそこに逆戻りするなら、もう、人間やめたいですね。もはや人であることに誇りが持てない。何としても阻止するために、最後まで戦う。それ以外、何も言えないです。 和田 小川さんと私の対立の先の対話には、ネガティヴ・ケイパビリティのチカラが働いたからだと思います。外交の基本にもそれが必要。軍隊はネガティヴ・ケイパビリティが無効になってしまう存在で、戦争に突き進んでしまう。とにかく外交で話しあうこと、あきらめずに話し合うことを世界のリーダーたちはしてほしい。 平和主義とは「お花畑」脳なのか? 左から大島新さん、小川淳也さん、和田靜香さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・佐藤創紀) 大島 とはいえ難しいのは、主権国家の政治家は国民のために働かねばならない。国益が優先ですよね。小川さんは、もちろん国益についても考えてらっしゃると思いますが、もうちょっと広い視野で「地球益」とか「国際公益」とか、そういうことを考える人だと思うんです。すると「主権国家の政治家として、なぜ国益を優先しないんだ?」って責められる。  僕はね、政治家には小川さんのように「人間益」とか「動物益」とか「植物益」を考えてもらいたいんですよ。でもその考えはなかなか有権者に受け入れられない。  小川 そういうことを言うと、「小川さん、頭の中お花畑ですよね」って言われるんです。そこで言い返したいのは「それこそが徹底したリアリズムなんですよ」っていうこと。廃れた国際社会の中で、繁栄する日本ってイメージできますか? 世界はめちゃくちゃだけど、自分の国だけが立派でいられるなんて、ありえると思う? 国益を考えれば考えるほど、安定した国際公益、国際社会が不可欠でしょう。お花畑でもなんでもない、目指すべきはそこなんです。容易に実現できるとはいいません。でも、それこそが実は、徹底したリアリズムですよ。  だから、トランプがグリーンランドをよこせ、パナマ運河の利権をよこせ、自国ファーストだ!って言っていること自体、リアリズムに欠けているし、アメリカ国民の国益や誇り、自尊心を傷つけている。それこそ妄想的で現実を見ていないと逆に思いますね。 和田 ああいうトランプの言葉を聞いてアメリカの人たちは毎日、どんな風に暮らしてるんだろう? それこそ「これは夢か? 夢であってほしい」と思ってるんじゃないかなと思います。苦しくて息ができない。「人間益」とか「動物益」を考えるって大事ですね。そこでは息が出来る気がします。小さな動物の命も大事にするって、それこそ多様性ですよね。  ===============================  利害を超えて理解し合うことは可能なのか。それを望むことは「お花畑」なのか。 とうてい分かり合えないとも思える相手と、どう向き合えばいいのか。国際間でも個人間でもあてはまる、普遍の問題について、鼎談はますます白熱してゆく。 (3回目につづく) (文・黒川エダ) 和田靜香(わだ・しずか) 1965年生まれ。静岡県沼津市出身。ライター。20歳で音楽評論家・作詞家の湯川れい子さんのアシスタントに。その後フリーのライターとして音楽や相撲などエンタメを中心に執筆を続けるが仕事が徐々に減りアルバイト生活を送り始める。コロナ禍に生活がさらに苦しくなり、一念発起して小川淳也議員事務所に面談取材を申し入れる。その問答が2021年、単行本で刊行(本書同タイトル、左右社)。以降、政治を語るライターとしても活動中。 小川淳也(おがわ・じゅんや) 1971年香川県高松市生まれ。立憲民主党所属の衆議院議員(7期)。東京大学法学部卒。94年に自治省に入省し、2003年に民主党より衆議院議員選挙に立候補するも惜敗。05年に初当選。19年2月の予算委員会で統計不正問題を追究し話題に。20年、ドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で注目を集めた。近著に『日本改革原案 2050 競争力ある福祉国家へ』(河出書房新社)がある。 大島 新(おおしま・あらた) 1969年、神奈川県生まれ。ドキュメンタリー監督・プロデューサー。1995年、早稲田大学卒業後、フジテレビに勤務。1999年にフリーとなり、MBS「情熱大陸」フジテレビ「ザ・ノンフィクション」など数多くのドキュメンタリー番組を手掛ける。2009年、映像製作会社ネツゲンを設立。映画監督作品に「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」「国葬の日」など。著書に『ドキュメンタリーの舞台裏』(文藝春秋)。2024年より東京工芸大学教授。
「老後2000万円は誤り」と専門家 結局いくら必要? インフレ率、支出額…“最新データ”で試算してみた
「老後2000万円は誤り」と専門家 結局いくら必要? インフレ率、支出額…“最新データ”で試算してみた 写真はイメージです(gettyimages)   「食費も仕事で使うクルマのガソリン代も上がり続けて、我が家の家計は火の車です」  こう嘆息するのは千葉県在住の47歳男性だ。2歳と5歳の2女の父親で、建設系の個人事業主として働く一家の大黒柱。42歳の妻は派遣社員として事務仕事をしており、世帯年収は800万円弱だ。借家住まいだが、実の母親が認知症を患って昨年、施設に入り、父親はがんで闘病中のため、将来的には同じ千葉県内にある実家に移り住むことを考えている。 * * * 「親の介護費用や医療費は負担してませんが、それだけに遺産は期待できそうにない。妻も私も会社員として働いた期間が短いので、将来もらえる年金もわずかでしょう。高校の授業料が無償化されるので、下の子が高校を卒業するまでの今後15年は生活費をできるだけ切り詰めて貯金していくつもりですが、数千万円もの老後資金を貯められるかどうか……」  インフレや親の健康状態に悩まされながらも、今、最も不安を抱いているのは自身の老後のお金だという。「娘に私たちの面倒を見させたくない」と話すが、下の娘が成人するのは男性が63歳になる年とあって、その表情は暗い。 「もっと用意しなくては…」  老後に必要な資金は2000万円――。そんな数字がクローズアップされたのは2019年のことだった。金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」が、夫65歳以上・妻60歳以上の高齢夫婦無職世帯が95歳まで生活するためには2000万円の蓄えが必要だと試算し、公表したのだ。  その試算方法は単純だ。同世帯の年金受給額と支出額を集計し、平均的な赤字額を12倍(12カ月)したうえで30倍(65歳から95歳までの30年)してはじき出された金額だった。あくまで平均であるため、「わずかな年金しかもらえない平均未満のウチらはもっと用意しなくてはならない」と男性は頭を抱える。 【こちらも話題】 「専業主婦年金」は本当にズルいのか 保険料を納めないのに…「年金3号」を廃止したい経済団体と政府の“思惑” https://dot.asahi.com/articles/-/254369  追い打ちをかけるように、昨年は「4000万円問題」へとバージョンアップした。足元で進むインフレの影響を加味すれば、今後必要になる老後資金は2000万円でなく4000万円だ、とメディアが報じるようになったのだ。 「5年で倍に増えたら、これからまだまだ増えるのでは?」  そう不安に駆られる国民が急増したのは間違いない。先の男性も、その報道後に「投資経験ゼロだったけど、新NISAを始めた」と話す。  だが、「4000万円問題」は国民をミスリードしている。第一生命経済研究所の永濱利廣・首席エコノミストは「そもそも2000万円問題も誤った認識だ」と話す。 「2000万円問題は、2017年の家計調査で高齢夫婦無職世帯の月の収支が5万4520円の赤字だったため、それが30年ずっと発生すると2000万円の蓄えが必要になるとして公表されたものです。ところが、その世帯の収支は2020年には月1100円ほどの黒字になり、勝手に2000万円問題は解消されたんです。コロナ禍で支出が減った影響と考えられますが、2023年のデータで見ても月の赤字は3万8000円弱に縮小している。これを30年分にすると1400万円弱になる」 約2030万円   つまり、「老後1400万円問題」へとスケールダウンしているのだ。ただし、インフレを加味すると、必要になる金額は少々変わってくる。 「昨年話題になった『4000万円問題』は、『3.5%のインフレが30年続いたら』という仮定のもと算出した金額です。しかし、日銀は今年1月に物価見通しを若干引き上げましたが、25年度は2.4%で、26年度は2%という予想。つまり、3.5%のインフレが続いたらという仮定は、明らかに過剰なのです。日銀の物価目標に合わせて、安定的に2%のインフレが進むなかで毎月3万8000円の赤字(2023年の高齢夫婦無職世帯の月間赤字額)が発生すると仮定した場合、30年間で必要になるのは約2030万円になります」(永濱氏)  やはり2000万円は必要じゃないか……と思った読者は早まるなかれ。これはあくまで65歳の高齢夫婦も90歳の高齢夫婦も含めた平均的な値。年齢別の支出の傾向を分析すると、さらに必要になる蓄えは小さくなる。 「高齢夫婦世帯のひと月の赤字を細かく見ていくと、60代に比べて85歳以上の世帯は4分の1程度に減っています。人間は年を取るほど支出が減っていくから、赤字が減っていくのです。その年齢層別の支出を勘案し、さらにインフレ率2%を前提に試算してみると、高齢夫婦が30年間生きるために必要な蓄えは1200万円でした。物価の変動に合わせて年金の給付水準が徐々に減少していくことも念頭に入れても、1400万円あれば十分事足りるでしょう」(同)  夫はバリバリ会社員として働き、妻は家庭を守る――そんな“平均的”な家庭であれば、「老後に備えて蓄えておくべき資金は1400万円」が正解となる。一方で、夫婦ともに会社勤めをしてこなかった夫婦は、当然のことながら必要になる蓄えは大きく増える。 自助努力による備えは重要  年金制度を端的に示す際に用いられる夫婦の“モデル年金”は、夫と専業主婦の妻の老齢基礎年金に夫の老齢厚生年金を足したもの。昨年度のモデル年金は約23万円。一方、24年(令和6年)の家計調査結果によると、65歳以上の単身無職世帯(高齢単身無職世帯)の家計収支は2万7817円の赤字だった。  仮に、夫婦ともに基礎年金のみの場合は14万円弱にしかならないためにさらに赤字は大きくなる可能性がある。もらえる年金は人によってまちまちのうえ、インフレも進む中で、自助努力による備えは重要になる。  ファイナンシャルプランナーの岩城みずほ氏は「働き方は多様化しているし、お金の使い方などもさまざまなので、個々に必要な老後資金を試算することが重要」と話す。 「老後2000万円問題は、65歳から95歳までの30年間に必要なお金として示されたものですが、人生100年時代と言われるように、人の寿命は着実に長くなっています。同時に、“現役生活”も長くなっています。フルで働かなくても、パートなどでもいいので、なるべく長く働き、少し収入を得ることで、老後資金不足に対処することもできます。一方で、インフレ傾向が強まり、現金の価値が低下していることにも注意しておくべきでしょう。2%のインフレが続くと、10年で物価は約2割上昇し、30年でお金の価値はほぼ半分になる。このことを踏まえて、リタイアする10~15年前から老後プランを考えていくべきです」 健康寿命を延ばす   永濱氏によると、「シニアの労働参加率が右肩上がりを続けており、直近では60代前半でも7割以上が働いているほか、70代以上で見ても10%以上のシニアが働いている」という。  長く働き、長く収入を得ることが、老後資金問題の一つの解決策と言える。 「国民年金は60歳までしか加入できませんが、再雇用等で条件を満たして働けば、厚生年金は70歳まで加入できます。長く働けば、それだけ受け取れる年金は増えるわけです。加えて、年金は受給開始時期を繰り下げるほどもらえる金額が増える。原則として65歳から支給開始ですが、受給は60歳から75歳まで自由に決めることができます。5年繰り下げて70歳から受給すると42%も年金額が増えて、それが一生続くのです」(岩城氏)  このように、健康寿命を延ばして老後に備えるのと同時に、“資産寿命”を延ばすよう努めるべきだという。当然、活用すべきは新NISAやiDeCoだ。 「早く始めて、長く運用するほど複利効果で資産が増えやすくなります。最もメジャーな“オルカン”と呼ばれる全世界株式指数に1998年7月から毎月1万円ずつ積み立てた場合、25年3月末まで約27年間の投資額321万円は、トランプショックで大きく下落したものの、直近の時価総額で約1600万円へと5倍に増えています。今後も運用を続けながら、老後に必要な分だけを取り崩すようにすると資産寿命を延ばせます。例えば1500万円を65歳から毎月6万円ずつ取り崩していったら20年10カ月で使い切ってしまいますが、オルカンのような投信で、期待リターンは控えめに想定し年率5%、リスク量18%で運用しながら同じように取り崩していけば、市場の状況にもよりますが資産を長持ちさせることができます。上位50%の確率では、95歳時点で200万円ほど資産を残せます」(同) 固定支出を減らす   その運用の鉄則は、長期・分散・低コストだという。 「お子さんのいる家庭の多くは子どもの教育資金を確保するために学資保険に入る傾向にありますが、返戻率が非常に低いのでお金を増やす目的なら不向きです。個人年金保険も同じです。保障と運用の両方にコストがかかる分、資産が増えません。お金を増やす目的なら、新NISAやiDeCoを優先させましょう。途中で引き出さないですむように運用の計画を立てることが必要ですが、新NISAなら資金を一部引き出すことも可能です。また、突発的な支出の備えとして、普通預金に1年分の生活費をプールしておけば、仮に大きな医療費がかかっても高額療養費制度でカバーもできるため、医療保険も不要と考えます。こうした固定支出を減らして、資産運用に回すべきでしょう」(同)  将来受け取れるであろう年金は「ねんきんネット」で誰でも確認できる。自分の年金受給額をチェックしたうえで、老後に必要な資産と体力づくりに励むべし。 (ジャーナリスト・田茂井治)
巨人・戸郷に勤続疲労の懸念 5年間で780イニング登板に米国のスカウトが「壊れてしまう」と警鐘
巨人・戸郷に勤続疲労の懸念 5年間で780イニング登板に米国のスカウトが「壊れてしまう」と警鐘 不調が続く巨人・戸郷(日刊スポーツ)  巨人が波に乗れない。ヤクルトに開幕3連勝を飾ったが、その後は阪神、広島に同一カード3連敗を喫するなど6勝7敗1分で借金生活に(4月13日終了時)。もっとも気がかりなのが、不調で登録抹消されたエースの戸郷翔征だ。  戸郷は開幕投手を務めた3月28日のヤクルト戦で5回4安打4失点で降板、4月4日の阪神戦も3回7安打3失点と試合を作れなかった。そして、11日の広島戦。復調のきっかけをつかみたいマウンドだったが、メッタ打ちをくらった。4回持たず10安打10失点。低めに落ちるフォークが見切られ、高めに浮いた直球をことごとく痛打された。状態が良い時の戸郷は相手が直球を待っているときでも、直球で差し込んでファールにしたり、空振りさせたりしていたが、今年は三振が奪えずにきっちり捉えられている。3試合登板で防御率11.12まで悪化し、ファーム調整が決まった。 「カットボールの習得に取り組んだ結果、直球の質が落ちた」「制球を追い求めて投球フォームに荒々しさが消えている」などの指摘が出ているが、対戦相手はどう感じているだろうか。  他球団のスコアラーは「何とも言えないですね。これから対戦がまだ続きますし、企業秘密ですよ」と明言を避けたが、「彼の生命線は直球です。腕の振りが独特の投手なので対策が難しいのですが、何度も対戦していますし、やられっぱなしではいけない。ボール球になる変化球を見極めて打者有利なカウントを作ることがポイントになります」と語ってくれた。  戸郷の生命線である直球の質が、本来の状態でないことは間違いない。懸念されるのが勤続疲労だ。高卒2年目の20年から先発ローテーション入りし、21年に151イニング、22年から3年連続170イニング以上を投げている。最多奪三振のタイトルを2度獲得するなど、巨人のエースに成長したが、昨年は直球の球速が140キロ台前半に落ちた時期があった。スライダー、フォークとのコンビネーションで大量失点せずにきっちり試合を作っていたが、メジャー西海岸のスカウトは懸念を口にしていた。 「首脳陣は故障のリスクを考えながら当然起用しているでしょうが、驚いたのは昨年のプレミア12に選出されたことです。この5年間で計780イニング以上投げて、23年はWBCでも登板している。彼に必要なのは休養です。このままでは壊れてしまう」 23年のWBC決勝で2番手として登板し、米国打線を抑えた戸郷 プレミア12から見られたシーズンの疲れ  昨年11月に開催されたプレミア12では、メジャー組が参加せず、戸郷は高橋宏斗(中日)とともにエース格として期待された。だが、決勝の台湾戦に先発した戸郷は5回に2本のアーチを浴びて4失点で敗戦投手になった。侍ジャパンを取材するスポーツ紙記者が言う。 「シーズンの疲れはあったと思います。初回から直球の制球が定まらず、状態が悪かった。2本目の3ランは決して悪い球ではなかったけど、球威が落ちていた。試合後は優勝できなかった責任を背負い込んでいましたが、戸郷が悪いわけではない。真面目な性格なので心身を消耗してしまうのが心配ですね」  巨人では、昨年見事に復活し、最多勝に輝いた菅野智之がオリオールズにFA移籍したことで、戸郷の責任感はさらに増しただろう。戸郷は2月の春季キャンプから決していい状態ではなかったが、元々スロースターターの傾向があるため、開幕にはきっちり合わせてくると見られていた。だが、大量失点の登板が続いてしまった。  巨人OBは複雑な表情を浮かべる。 「本人は早く1軍復帰したいでしょうけど、心と体をリフレッシュしてフォーム固めからやり直していいとも思うんですよね。入団してから明らかに投げすぎだし、1カ月はファームで様子を見てもいいように感じます。25歳と若いし、将来のある投手です。大きな故障につながる前にストップをかけられたと前向きに考えたほうがいいです」 呼吸が合う捕手と組む選択肢も  投手は繊細だ。コンディションやフォームにズレが生じると、立て直すのが非常に難しい。西武のエース高橋光成は21~23年に3年連続2ケタ勝利を挙げてメジャー挑戦が現実味を帯びる位置まで駆け上がったが、昨年は0勝11敗、防御率3.87とまさかの結果に。1つの白星が最後まで遠く、プロ10年目で初の未勝利に終わった。  投手タイトルを総ナメにしてきた巨人の菅野も23年は4勝8敗に終わり、「限界説」がささやかれた。だが、昨年は15勝3敗と復活、自身3度目のMVPにも輝き、4年ぶりのリーグ優勝に大きく貢献した。 そう考えると、先発ローテーションで稼働してきた戸郷に不調の時期が巡ってきたことは想定外とも言い切れない。 「菅野の復活の背景として、阿部慎之助監督が小林誠司に専属マスクをかぶらせた起用法も大きかった。菅野を知り尽くしている小林がリードすることで、テンポの良さを取り戻して投球に余裕ができた。今季、戸郷はFA移籍してきた甲斐拓也とバッテリーを組んでいますが、呼吸が合う大城卓三を捕手で起用する選択肢も考えていいと感じます」(前出の巨人OB)  戸郷は久保康生巡回投手コーチとマンツーマンでフォームを見直しているとも報じられている。開幕してまだ3週間も経っていない時期だけに、万全な状態を取り戻してから1軍に復帰しても決して遅くない。今後の野球人生を見据えると、焦りは禁物だ。 (今川秀悟)
「こんなはずじゃなかった…」70歳で家計が破綻してしまう人の特徴 なぜ健康で蓄えある男性が年金「繰り下げ受給」の目論見を誤ったか
「こんなはずじゃなかった…」70歳で家計が破綻してしまう人の特徴 なぜ健康で蓄えある男性が年金「繰り下げ受給」の目論見を誤ったか 写真はイメージです(gettyimages)   5年に一度の年金制度改革が予定されている今年、制度が改悪とならないか戦々恐々としているのはシニア世代のみならず、現役世代も同じだ。年金を受け取るタイミングにも戦略が必要な時代。“5年繰り下げると42%増、10年繰り下げると84%増”などとうたわれると、「我慢して待った方がお得なんじゃないか」という発想にもなる。だが、繰り上げと同様、繰り下げにもさまざまなリスクが潜む。 * * * 「年金受給時期の相談に訪れる人の多くが、繰り下げを検討しています」  こう話すのは、老後資金についての相談実績も豊富なファイナンシャルプランナーの有田美津子さん。厚生労働省の「厚生年金保険・国民年金事業の概況」のデータによれば、老齢基礎年金は65歳から受け取る人が87.4%と圧倒的で、繰り下げ受給率は2.2%と、繰り上げ受給率(10.4%)の5分の1に留まる。繰り下げられるほど老後資金に余裕がある人は、多くはないということだろう。ファイナンシャルプランナーに有料相談に訪れる人は、比較的マネーリテラシーが高いと想像されるものの、老後資金を踏まえたキャッシュフローを計算すると、「繰り下げることで、かえって70代で家計が破綻してしまう人も多い」と有田さんは言う。 老後の蓄えもそれなりに  繰り下げした人に取材すると、「こんなはずじゃなかった」という声も聞こえてきた。60歳で定年を迎え、65歳まで再雇用で働いた後退職するも、70歳まで年金の受給を繰り下げた男性のケースだ。男性が繰り下げた理由は、言わずもがな受給額が「4割増」になるため。体の不調もなく、平均寿命を超えて生きられるという期待感も後押しした。  会社の業績が右肩上がりだった時代を生きてきた男性は、あまり節約意識のないまま生活を送ってきた。中学から私立校に通わせた3人の子どもも全員独立し、現在は専業主婦の妻と2人暮らし。老後の生活を考え、家族で住んだ郊外の戸建てから、利便性の高い場所にあるマンションに住み替えて8年になる。住んでいた戸建ては、想定より低い値段で売ることになったが、老後の蓄えもそれなりにあり、70歳まで繰り下げても大丈夫だろうと踏んでの決断だった。 【こちらも話題】 「専業主婦年金」は本当にズルいのか 保険料を納めないのに…「年金3号」を廃止したい経済団体と政府の“思惑” https://dot.asahi.com/articles/-/254369    ところが長年にわたって染みついた金銭感覚は、なかなか変えられるものではなく、ついつい出費がかさんでしまう。再雇用で給料がぐっと減った60歳の時点で、「暮らしも出費もダウンサイジングしよう」と妻と話したのだが、結局は65歳で退職した後も、節約意識のないまま生活を送ってしまった。便利な場所に住み替えたことで、外食率もぐっとアップし、ちょこちょこ買い物する頻度も上がった。2歳年下の妻は、65歳から年金を受け取り始めたが、ジム通いに習い事にと、出費のかさむ生活を送っているため、生活の足しというよりは娯楽の足しに年金を使っている感覚だ。加えて、子どもから結婚資金や新居費用、孫の教育費用と支援を求められると、つい援助してしまう。 70歳を超えてローンが残っている  特筆すべきが、70歳の時点で、マンションのローンがまだ2千万円強残っていること。ローン返済も計算しての老後資金だったはずだが、70歳まで年金を繰り下げたことで、手元にある貯金を随分取り崩してしまった。「4割増の年金を受け取り始めたら挽回できる」と踏んでいたものの、70歳を迎える直前、今後の老後資金とローン返済を不安に思い、ファイナンシャルプランナーを訪ねた。すると「手元の預貯金を取り崩し過ぎている。家計のバランスを見ると、65歳から年金を受け取るべきだった」と言われて深く落ち込んだ。前出の有田さんは言う。 「80歳まで住宅ローンが組める今の時代、70歳を超えてローンが残っている人は珍しくありません。中には収入がかなり高くても、60代で3千万〜4千万円ぐらいローンが残っている人もいます。退職金で繰り上げ返済すればいいと考える人も少なくないですが、退職後に手元にあるお金を減らすのはリスクが高い。繰り上げ返済するにしても、その後の老後資金の計算をしてからが鉄則です。そうした点をあまり鑑みず、年金受給を繰り下げしたほうがお得というイメージから、繰り下げを考えてしまう人がいる。65歳以降は働かず、預貯金の取り崩しで生活する期間が5年ともなれば、70歳までにかなりまとまった額が出ていくことになり、危険です」  なお、総務省の「家計調査年報」(2023年)によれば、夫婦ともに65歳以上の無職世帯(夫婦のみの世帯)の消費支出は約25万円、単身者の消費支出は約15万円。つまり夫婦世帯の場合、年間の支出は300万円という計算になる。 「となると65歳以降は無収入で預貯金を取り崩す場合、70歳までの5年間で1500万円の支出と、かなりまとまった額になります。加えて住宅ローンが残っているとなれば、さらに出費がかさむことになる。働く予定がなく繰り下げを考えている人は、そのぐらいの額を預貯金から取り崩しても、まだ老後資金に余裕があるかどうかが一つの基準になります」(有田さん) 「加給年金」がもらえなくなる  自身も年金世代であるファイナンシャルプランナーの浦上さんは、繰り下げの2つのデメリットについて強調する。1つ目が、年金を繰り下げると、家族手当に当たる「加給年金」がもらえなくなること。加給年金とは、現役時代に会社員または公務員であった第2号被保険者が65歳になった時点で、65歳未満の妻または18歳未満の子がいるときに支給される年金。専業主婦家庭なら、夫が65歳になって配偶者が65歳になるまでの間、年間41万5900万円もらえるが、厚生年金の繰り下げ期間中はそれがもらえなくなる。 「例えば、夫と配偶者の年齢の差が10歳の場合で、夫が75歳まで繰り下げると、本来もらえるはずの10年分の加給年金415万9000円がもらえなくなる。夫と配偶者の年の差が5歳でも、207万9500円を失うことになるため、注意が必要です」  2つ目が、繰り下げにより年金受給額が増えても、税金や社会保険料の比率が増えるため、実際の手取り額は年金受給額ほど増えないという点だ。税金や社会保険料は、他の所得があるかどうかや、住んでいる地域、年齢などによっても異なるため一概には言えないが、収入ベースでは1.84倍になった年金を受け取ることができても、手取り額はそれより少なくなることを忘れてはならない。 「これらを踏まえると、繰り下げをして良い人の条件は、①繰り下げ年齢まで生活に困らない収入が見込める、②加給年金の対象になる配偶者や子どもがいない、③繰り下げ年齢までに万が一のことがあって、年金がほとんどもらえなくなったとしても、それはそれでしょうがないと割り切れるという3つのポイントが当てはまる人ということになります」(浦上さん)  以上のことを踏まえて、浦上さんが勧めるのが、年金は繰り上げも繰り下げもせず、素直に65歳からもらうことだ。浦上さん自身も、65歳で三菱重工グループを退職後は給与収入がなくなり、規定通り65歳から年金を受給している。定年後は、個人事業主として独立したが、「年金が安定的なベース収入になり助かった」と話す。 年金=長生きのリスクに備えるもの 「寿命という不確定要素がある限り、“何歳からもらうと最も多い年金がもらえるか”についての正確なシミュレーションは不可能です。そもそも、年金は高齢になってからの保険の意味合いが強いもので、損得で考えるものではありません。繰り上げにも繰り下げにも一定のリスクがあることを踏まえたら、65歳から受け取って、余裕があるならそれを貯金しておけばいい。65歳以降に収入が減る人は、もらっておいたほうが安全というのは、極めて常識的なアドバイスだと思います」  “年金=損得で考えるものではない”というのは、有田さんも同意見だ。有田さんいわく、年金=長生きのリスクに備えるもの。相談者のシミュレーションは、90歳まで生きた場合を想定することが多く、100歳まで生きた場合を想定してほしいという人もいるという。 「年金は、何歳まで生きるかは誰にもわからないからこそ、長く生きても生活に困らないための保険という意味で考えるべきです」(有田さん)  なるべく健康を維持して長く働くのが一つの解決策となる。政府やメディアから老後不安を煽られる時代だからこそ、目的を見誤らないよう、地に足のついた“戦略”を維持したい。 (フリーランス記者・松岡かすみ)
世間的には“介護=負担”? 人間らしい幸せを通して考える「経済合理性と高付加価値」 田内学
世間的には“介護=負担”? 人間らしい幸せを通して考える「経済合理性と高付加価値」 田内学 AERA 2025年4月14日号より    物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2025年4月14日号より。 *  *  * 「老人介護」の話に涙するとは、思ってもいなかった。  経済の視点から介護という言葉を聞くと、僕の頭にまず浮かぶのは「負担」の二文字だ。社会保障費の膨張、高齢者と現役世代の負担の押し付け合い、介護施設の経営効率化の必要性──どうしても「コスト」という視点から抜け出せずにいた。  ところが先日、赤坂RED/THEATERで上演されていた劇団兎座の舞台「脳天ハイマー」を観て、その固定観念が根底から揺さぶられた。舞台上で描かれる介護施設の日常は、入居者やその家族、そして介護職員の人生そのものだった。そこでともに暮らす老人たちは、ただ“負担”になる存在ではなく、人生の先輩として教わることも多い。  この作品は鹿児島に実在する介護施設「いろ葉」の取り組みをベースにしている。施設を立ち上げた中迎聡子さんは、高齢者一人ひとりの個性や人生を尊重し、最後まで人間らしく生きられる場をつくりたいという想いでこの施設を開業したという。  いま、介護現場の現実は厳しい。厚生労働省の発表では、2023年の介護職員数は前年から3万人近くも減少したそうだが、高齢者数がピークを迎える2040年までに毎年3万人ずつ職員を増やす必要があるのに、状況はむしろ悪化している。  介護職員の給与は改善されつつあり、昨年9月時点での平均月額は33万8200円で前年より1万3960円(4.3%)増えた。それでもまだ人手不足解消には不十分であり、現場では引き続き負担が大きい状況が続いている。  経済的課題を無視することはできない。人手不足の現実を考えれば効率化が必要なのも当然だろう。だが、効率化という目的が先行してしまうことで、「人間らしい生活」や「尊厳」が後回しになってしまうケースが多く、現場の人たちは歯がゆい思いでいるという話をあちこちで聞く。経済合理性という言葉があるが、本来は人間にとって有益で幸福をもたらすことを意味していたはずだ。 たうち・まなぶ◆1978年生まれ。ゴールドマン・サックス証券を経て社会的金融教育家として講演や執筆活動を行う。著書に『きみのお金は誰のため』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など    最近では、石破内閣が「高付加価値創出型」経済を目指しているという。高付加価値とは、従来の商品やサービスに新たな価値を加えて高い価格で販売することだ。  確かに企業側にとっては、高価な商品を売って利益を増やしたい。しかし、消費者側の立場の私たちは、本当に高価な商品の購入に回すお金を増やしたいのだろうか? 今求めているのは、安心して食べられる米、十分なケアを受けられる介護施設、陥没しない道路といった、生活の基盤となるものばかりだ。  高付加価値の追求は重要だが、それが単なる「高価格」へのシフトにならず、人々の生活の満足度や安心感を高めるものであってほしい。介護現場の人手不足を埋めることにお金を使う発想も必要だ。  GDPといった経済指標は、どれだけお金が使われたかを示す指標にすぎない。高齢者をはじめ、私たちがどれだけ人間らしく幸せに暮らせているかを表すものではない。  舞台「脳天ハイマー」で、介護される老人が人生に悩む主人公に放つ台詞がある。 「正解ある人生なんてつまんねえぞ。いっぱい悩めばいい」  石破さんにもいっぱい悩んでほしいが、そのためにはまず現場の声に耳を傾けてもらいたい。 ※AERA 2025年4月14日号  
今期3本ドラマ出演 唯一無二の存在感「江口のりこ」が静かに売れ続けるワケ
今期3本ドラマ出演 唯一無二の存在感「江口のりこ」が静かに売れ続けるワケ 連続テレビ小説「あんぱん」ほか、今期3本のドラマに出演する俳優の江口のりこ  今期ドラマで異様な活躍をしているのは女優の江口のりこ(44)だ。「あんぱん」(NHK)に加え、「対岸の家事~これが、私の生きる道!~」(TBS系)、「ソロ活女子のススメ5」(テレ東系)と3本のドラマに出演しているのだ。「あんぱん」では、家庭的で趣深いヒロインの母親役、「対岸の家事~」では仕事とワンオペ育児で疲労困憊するワーママ役、そして「ソロ活~」では、日々ソロ活にまい進する独身の雑誌編集部の契約社員の女性役。まったく違うタイプの役柄を丁寧に演じ分ける彼女の姿に驚きを禁じ得ない。  SNSでも「あんぱんにソロ活に、今期江口のりこさん何人いるんだ」「どの役もハマりすぎて最高」「演技力が凄まじい」などなど、彼女の八面六臂の活躍や演技力を絶賛する声が多く見られる。 「江口さんの知名度が一躍全国区になったのは、2020年放送のドラマ『半沢直樹』(TBS系)への出演と言えるでしょう。白いスーツがトレードマークの白井亜希子国交相役を好演し、半沢の敵対キャラから最終回では味方になるどんでん返しで視聴者をくぎ付けにしました。その翌年の2021年には早くも引っ張りだこに。『その女、ジルバ』(フジ系)、『俺の家の話』(TBS系)などで存在感を発揮し、『ソロ活女子のススメ』(テレ東系)で民放ドラマ初主演を果たすと、『SUPER RICH』(フジ系)でも主演を務めました。その後の活躍は言わずもがなで、特に作品を盛り立て引き締める名バイプレーヤ―としてなくてはならない存在になりました」(テレビ情報誌の編集者)  江口が遅咲きの苦労人だというのは有名な話だろう。中学3年生の頃に芝居の世界に興味を持ち、卒業後は高校へ進学はせずアルバイト生活を送り、18歳で兵庫県から上京した。 「当時、『劇団に入ったら映画に出られるかも』と、映画でよく見ていたから、という理由で柄本明さんが主宰する『東京乾電池』のオーディションを受け、合格。わずか2万円だけを握りしめ上京したと語っていますよね。その後、新聞配達店に住み込みでバイトをしながら、劇団の研究生として芝居を勉強する日々だったといいます。部屋は風呂なしで狭くてボロく、部屋の隅っこにはキノコが生えるほどだったそうです。お金はなくて貧乏生活だったそうですが、それでもすごく楽しかったと本人は語っていました。本当にお芝居が好きな方なんだなと感じるエピソードです」(同)  遅咲きイメージの原因は、彼女の若い頃の“テレビドラマ嫌い”にあったのかもしれない。舞台女優にはやりがいを感じていたようだが、テレビドラマの現場だけは好きになれなかったという。過去には「テレビドラマの現場は、いつまでたっても居心地が悪く、自分の居場所とは思えなかった」(WEB版「MORE」2024年8月1日配信)と吐露していた。転機となったのが、ドラマ『地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子』(日テレ・2016年)と、そのプロデューサーとの出会い。作品への愛や、巻き込む力に感銘を受け「それまで、現場では下ばかり向いていた私にいろんな景色を見せてくれた」と話していた。   バラエティーで憧れの人と対面し大はしゃぎ  今では売れっ子街道を突き進む江口だが、ときどき出演するバラエティー番組で見せるチャーミングさや毒を吐く姿に魅力を感じる視聴者や共演者も多いようだ。 「小池栄子さんが『朝ドラで初めてご一緒して、とっつきづらい人かな~なんて思ってたら、めちゃめちゃチャーミングで、一気に好きになっちゃって』と、そのギャップにやられたと話していましたよね。また、風吹ジュンさんは江口さんをずっと素晴らしい女優さんだと思っていたそうで『優しくて自然体で、普通の方』と話しつつ、『昔からある女優のイメージとはまったく違う、彼女だけのスタイルをちゃんと持っている、新しいタイプの女優さん』と評していました。また『作品や役に対して、完全に自我を外している感じが、私はすごく好きですね』と愛のあるコメントをしていました」(女性週刊誌の芸能担当記者)  クールで飄々としているイメージも強い江口だが、「しゃべくり007」(日テレ・2024年9月9日放送)に出演した際は、憧れの人と対面し感極まり涙したことも。その人とはパリ五輪での活躍を見て大ファンになったというバレーボール日本代表・髙橋藍選手。サプライズでスタジオに髙橋選手が登場すると「めちゃうれしい」といつもはクールな江口の表情が一変。テンションが上がったまま髙橋とのエアバレーを楽しんだり、腕を組んでの2ショット写真にはにかむ姿が映し出された。視聴者からは「こんな姿初めて見た!めっちゃ可愛い」「クールでかっこいいイメージとは違う江口さんがみれた!」など、彼女の意外性を楽しむ声がSNSに多く寄せられていた。 【こちらも話題】 売れっ子の今田美桜が、なぜオーディションを? 「苦労の人」が朝ドラ「あんぱん」にこだわるワケ https://dot.asahi.com/articles/-/254066  5月からは舞台「星の降る時」、10月からはこちらも舞台の「また本日も休診~山医者のうた~」を控えており、まさに大忙しの江口。エンターテイメントジャーナリストの中村裕一氏は、彼女の魅力についてこのように分析する。 「朝ドラからプライム帯ドラマ、深夜ドラマと、主演作&出演作が同一クールに3本も放送されるというのは近年ではとても珍しい現象。しかも放送時間帯がまんべんなく分布しているのは、彼女がどんな作品にも対応できる懐の広い演技力と表現力の持ち主であることを物語っています。端役から主役まで、これまでに出演したテレビドラマはざっと数えて100本超。もはや日本のドラマを支える名プレイヤーの一人と言っても過言ではありません。個人的には『時効警察』(テレ朝系)シリーズの無表情な警察官・サネイエ、ショートコメディ『野田ともうします。』(NHK)の女子大生役が印象に残っています。どうしても役のイメージから寡黙で無愛想なキャラクターに見えてしまいますが、さまざまなエピソードを見ると、人を惹きつける人間的魅力にあふれていることがうかがえます。それでいて不必要に媚びないストイックな生き様や価値観が垣間見えるところも、人気の理由の一つではないでしょうか」  出演中の3本のドラマはまだまだ序盤戦。今後、さらにそれぞれの役をどう演じ分けていくかにも注目したいところだ。(高梨歩) 【こちらも話題】 「100万円教材」発言で好感度ダダ下がり 元フジ「三田友梨佳アナ」セレブが抜けずフリーで厳しい船出 https://dot.asahi.com/articles/-/253267
「うつ病」は西洋薬と漢方薬を併用する場合も 漢方医は根本原因を探って徐々に薬を減量
「うつ病」は西洋薬と漢方薬を併用する場合も 漢方医は根本原因を探って徐々に薬を減量 ※写真はイメージです(写真/Getty Images)    西洋医学で病名がつかないようなこころの不調に対し、漢方では病名ではなく根本原因を探ることで治療していきます。しかし、西洋医学的アプローチと漢方的アプローチは二律背反ではなく、場合によっては併用する場合もあります。30年超にわたり漢方診療をおこなう元慶應義塾大学教授・修琴堂大塚医院院長の渡辺賢治医師は、「時系列を遡りながら、何が根本原因なのかを探ることで、治療方針を決定します」と話します。  メンタル不調に対して漢方という選択肢もあるということを、より多くの人に知ってもらいたいと、渡辺医師は著書『メンタル漢方 体にやさしい心の治し方』(朝日新聞出版)を発刊しました。同書から抜粋してお届けします。 *  *  * 漢方は不調の原因にアプローチする  漢方の治療において最も大事なことは、不調の原因を探るということです。不調の原因を漢方では「内因」「外因」「不内外因」という3つの病因に分けて考えます。  内因はからだの内からの原因ということです。「七情(しちじょう)」と呼ばれる「怒」「喜」「思」「憂」「驚」「悲」「恐」の7つの感情を指します。  外因は外からの要因ということです。「風」「寒」「暑」「湿」「乾」「熱」の6つの環境変化を指します。  不内外因は、食べすぎや運動不足といった生活習慣などを指します。どういうことかというと、食べたいという欲望は内から出る原因ですが、食べるという行為は外から物を取り込む行為なので、この両者に起因するもののため不内外因となるのです。  漢方の治療では、患者さんの話を聞いて不調の源流である病因にたどりつき、そこにアプローチすることで根本的に治すことを目指します。  源流まで遡るのは、簡単なことではありません。初診は30 分~1時間程度かけてじっくりと患者さんの話を聞きます。家庭の問題など、抱えている悩みを最初から話さない患者さんも多いですし、本人が自覚していないこともあります。とにかくしつこく聞いて、何回か診察しているうちに「実は」と話してくれるようになることもあります。じっくり話をしているうちに信頼関係ができて、治療もいい方向に向かうことがあります。 【『メンタル漢方』の他の抜粋記事はこちら】 漢方診療30年超の医師「メンタル不調の患者を診る機会が増えてきた」 心と体は一つという考え方 https://dot.asahi.com/articles/-/251683 なぜメンタル不調が漢方で治るのか? 3つのメリットを『メンタル漢方』著者の医師が解説 https://dot.asahi.com/articles/-/251870  例えばうつ病の一つに「反応性うつ病」というタイプがあります。明らかな原因がきっかけとなり、うつ状態になったタイプで、典型的なうつ病とは異なります。  抗うつ薬だけでは効かないことが多く、原因にアプローチする治療が必要です。このようにうつ病といってもタイプはさまざまで、程度による差も大きいものです。それを同じ薬で治療してもうまくいかないのは、当然といえるかもしれません。 原因がわかるだけで落ち着くことも  また、頭痛やめまいなどからだの症状からアプローチすることがある点も西洋医学と異なる点です。特にお子さんに多いのですが、精神的な不調が身体的な不調から来ることがあります。  例えば不登校のお子さんに頭痛があった場合に、「これは体内の水の巡りが悪くなっていることによる症状だから、からだを温めて血流をよくすることで、余分な水分を出しましょうね」という説明をすると、それだけで元気になるお子さんもいます。自分のからだの中で何が起こっているのかがわかるだけで、安心する方も多いのです。パニック障害も症状が起きているメカニズムがわかり、発作によって死ぬことはないということが理解できると落ち着くことがあります。それと同じです。  一方、重度のうつ病や統合失調症などの精神的な疾患は、西洋医学的な治療が不可欠です。そうした場合でも漢方薬を補助的に使用したり、ある程度症状が改善していく中で、漢方薬を追加したりすることはあります。例えばうつ病は抗うつ薬で治療しますが、食欲不振や睡眠障害といったうつ状態に伴って出てくる症状に漢方薬を使用することがあります。  不眠症の場合は、規則正しい生活を送って朝日を浴びる、寝る前3時間は仕事のことは忘れる、入浴で体温を上げて、下がってきたところで眠れるようにタイミングをとるなど生活上の注意点をお伝えしたうえで、原因を探ります。仕事のストレスによるイライラ、気候の変化や寒暖差など環境要因による自律神経の乱れのほか、明確な理由はないが中年期以降で眠りが浅いなど、原因やタイプによって漢方薬を使い分けます。漢方薬は1日2〜3回に分けて服用するのですが、日中飲んでも眠くならないという特徴があります。 【『メンタル漢方』の他の抜粋記事はこちら】 「“月曜日がつらい”も立派な不調」と元慶應大教授 過度なストレスがかかると心の不調に https://dot.asahi.com/articles/-/253249 なぜストレスを抱えてしまうのか?「ボーっとすることも難しい現代は、漢方的な理想と真逆」と漢方医 https://dot.asahi.com/articles/-/253250  このように漢方的アプローチは病名ではなく、時系列を遡りながら、何が根本原因なのかを探ることで、治療方針を決定します。 西洋医学と漢方を併用する場合も  西洋医学的アプローチと漢方的アプローチは二律背反ではありません。場合によっては併用する場合もあります。漢方クリニックを受診した場合、抗うつ薬が必要な患者さんに、漢方医がそのように判断し、西洋医学的治療を優先するように助言することもあります。西洋医学の医療機関を受診した場合でも漢方薬を処方されることもあります。  私の診療所に来院されるこころの不調の患者さんで、すでに心療内科や精神科にかかっている場合、そのクリニックと連携してこれまでの服薬状況などを確認しながら治療方針を検討していくことになります。  漢方薬と抗うつ薬を併用している場合は抗うつ薬を徐々に減量して漢方薬だけにしていき、やがては漢方薬もやめる、というのが理想です。 『メンタル漢方 体にやさしい心の治し方』(朝日新聞出版) ※『メンタル漢方 体にやさしい心の治し方』(朝日新聞出版)から一部抜粋   【『メンタル漢方』の他の抜粋記事はこちら】 病名がつかない心の不調に漢方 『メンタル漢方』著者の医師「早口で話し出す初診患者が多い」 https://dot.asahi.com/articles/-/253887 1800年以上前からメンタル不調に漢方が使われていた 漢方医学書に記載の「奔豚気病」とは? https://dot.asahi.com/articles/-/253891 渡辺賢治■わたなべ・けんじ 修琴堂大塚医院院長/横浜薬科大学学長補佐 慶應義塾大学医学部卒業。同大学医学部内科学教室に入局。米国スタンフォード大学遺伝学教室で免疫学を学び、帰国後、漢方を大塚恭男に学ぶ。慶應義塾大学医学部漢方医学センター長、慶應義塾大学教授を歴任。2019年より漢方専門『修琴堂大塚医院』院長に就任。横浜薬科大学学長補佐・特別招聘教授を兼務。WHO医学科学諮問委員、神奈川県顧問を務める。著書に『漢方医学 「同病異治」の哲学』、『病院にも薬にも頼らないカラダをつくる「未病」図鑑』『漢方で感染症からカラダを守る!』など。

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