
美瑛・シラカバ並木はなぜ伐採されたのか 「もう限界だった」止まらぬマナー違反に現地は悲鳴
北海道美瑛町の観光スポット「クリスマスツリーの木」に押し寄せる観光客=2023年
なだらかな丘陵に広がる田園風景が魅力の北海道美瑛町には大勢の観光客が訪れる。ところが1月中旬、人気の「映えスポット」だったシラカバ並木が伐採された。何があったのか。
* * *
美瑛のシラカバ並木が消えた
雄大な雪原に立ち並ぶシラカバ並木は、北海道を代表する観光地、美瑛町を象徴する景色のひとつだった。1月14日、この景色は突然消えた。土地の所有者である農家が、シラカバ並木を伐採したのだ。
SNSでは嘆きのコメントが相次いだ。
<貴重な観光資源がもったいない>
<伐採の決断の前に何か他に方法はなかったのか>
<観光で潤う道を探す努力を自治体主導ですべきだった>
「ここ数年、シラカバ並木周辺の農家のストレスは限界まできていました」
そう語るのは、美瑛町観光協会理事の写真家・中西敏貴さんだ。
畑の道に沿った約150メートルのシラカバ並木を所有する農家は数年前から、「もう切るしかない」と話していたという。
美瑛町の人口は約9300人。景観の美しさは海外の観光客にも人気があり、年間約240万人(2023年度)の観光客が国内外から押し寄せる。
1日中やってくるツアーバス
「一日中、ツアーバスがやってくる。畑の周辺が観光客で埋め尽くされるので、落ち着いて農作業ができない」(中西さん)
観光客やバスがトラクターの通行の邪魔になるだけでなく、接触事故の懸念もあった。畑の中に入り込んで写真を撮る観光客もいた。畑が荒らされるうえ、作物に有害な病原菌が持ち込まれるリスクもあった。
観光協会が実施する「観光パトロール」の職員はもちろん、中西さんも迷惑行為を見つけると注意してきた。人数が多いため、インバウンド客の迷惑行為が目立つが、悪質なケースは日本人も多いという。
「俺は昔からここで写真を撮ってきた」「土地の所有者じゃないお前らに注意される筋合いはない」と、逆ギレするのだ。
「それが一日に何十回と繰り返される。毎日、嫌な気持ちになりますよ」(同)
月光に照らされた美瑛町のシラカバ並木。この風景はもうない=中西敏貴さん提供
10年ほど前から観光客が爆発的に増加
美瑛町を訪れる観光客が増え始めたのは30年ほど前、テレビドラマ「北の国から」の影響も大きかったと思われる。「観光客が喜んでくれるなら」と、シラカバ並木の景観をつくるために、農家(以前の土地所有者)が道路に沿って約40本の苗木を植えたのもそのころだった。
10年ほど前から観光客が爆発的に増加し、「オーバーツーリズム」が表面化した。
2016年には、それを象徴する「事件」が起きた。人気スポットのポプラの大木「哲学の木」が、やはり所有者の農家によって伐採されたのだ。観光客の迷惑行為に悩んだ末の決断だった。
「哲学の木を切った農家の若者は、『アクションを起こさなければ、観光客はこの問題に気づかない。何も変わらない』と言っていました。それ以降、町全体で観光客のマナー問題への取り組みが加速しました」(同)
「伐採やむなし」と結論
コロナ禍でマナー問題は一時沈静化したが、明けた直後からシラカバ並木を訪れるインバウンド客が一気に増えた。「外国人アーティストの撮影がここで行われた」という話を観光客から聞いたことがあるが、はっきりした増加の理由はわからない。
「とにかく、彼らはシラカバ並木を背景に写真を撮りたがる。観光協会は、農地への立ち入りを禁止する看板を設置し、警備員も配置するなど様々な対策を行ってきましたが、対策を上回る速度で外国人観光客が増えた」(同)
迷惑行為について地域で話し合いが行われたが、「伐採やむなし」の結論にいたった。町の了解も得たうえで、伐採が実施された。
農家は観光客を拒否しているわけではなく、「マナーを守って楽しんでもらえたらいい」という人が多いという。
「伐採について、『哲学の木と同じことを繰り返している』『行政の怠慢じゃないか』といったコメントもありました。行政はやれることを精いっぱいやってきたと思います。この木を楽しみにやってくる観光客が大勢いることを承知のうえでの決断です。農家や周辺住民、行政はいかに苦悩してきたか……」(同)
ローソン河口湖駅前店を背景にポーズをとる外国人観光客=富士河口湖町、米倉昭仁撮影
毅然とした姿勢を取るべき
立教大学観光学部の東徹教授はこう指摘する。
「国や多くの自治体は『観光』に対する認識が甘すぎる。『市民生活を侵すような観光は認められない』という毅然とした姿勢を取るべきです」
東教授によると、美瑛町と同様に観光による不利益に悩まされるケースは、京都市をはじめ、神奈川県鎌倉市、山梨県富士河口湖町など、他の地域でも起きているという。
「私有地への侵入、車道での撮影や無謀な横断による通行の妨げや接触事故のリスクなど、市民が不利益を被っている。国や自治体は、こうした不利益を観光による経済的利益と相殺できると考えるべきではありません」(東教授、以下同)
「迷惑行為」「マナー違反」を伝える
観光客には非日常ゆえの開放感があり、「今しかできない」という「機会の限定性」が加わると、欲望を抑えきれなくなり、自己中心的で享楽的な行動をとる傾向がある。SNS上での「承認欲求」もそれに拍車をかける。
「そうした観光客特有の心理が働く、ということを念頭に置いて対策を講じる必要があります」
東教授が注目するのは昨年5月、富士河口湖町が人気の撮影スポットから富士山を撮れないように、目隠しの「黒い幕」を歩道に設置したことだ。
「『黒い幕』の写真はネットに出回り、海外メディアも伝えた。町民が怒っている。観光客がここで行っていることは『迷惑行為だ』というメッセージが明確に伝わったのではないか」
美瑛町の「シラカバ並木伐採」も同様にインパクトのあるメッセージになったはずだという。雪原に横たわる白い幹の映像は国内外で報道された。
「マナーの啓発や注意喚起に加えて、場合によっては『あなたたちがやっていることは迷惑行為だ、マナーの悪い人は来ないでくれ』という強いメッセージを発信することも対策のひとつです」
美しい景観を生み出す農家の思いを観光客に伝える看板と設置メンバー(前列右端は中西敏貴さん)。背後に伐採されたシラカバ並木が写る=中西さん提供
観光立国の理念に立ち返れ
町として観光客対策も打ち出してきた。
美瑛町によると、23年に一番人気の観光スポット「白金青い池」などに設置した「侵入検知カメラ」が効果をあげているという。立ち入り禁止エリアへの侵入が検知されると、画像が町と観光協会に送信されるほか、日本語と外国語で警告音声が流れる。観光客の「捨てぜりふ」に嫌な思いをすることもない。
同町は昨年10月、この池に駐車場利用税を導入する方針を決めた。駐車場利用者から一定額を徴収し、それを観光客対策などに充てる。道内初の試みで、26年度の導入を目指す。
「対策の財源がない、という自治体は少なくない。宿泊税や入域料を取るなどの受益者負担を進めるべきです。温泉旅館は入湯税を毎日徴収して、処理している。他の宿泊施設が宿泊税の徴収・処理をできないはずがない」
東教授は、国がインバウンドを増やすことばかりに注力して、受け入れ限度を超えてしまった地域への対策支援が不十分であると指摘する。
「国は、『住んでよし、訪れてよしの国づくり』という観光立国の理念に立ち返って対策を進めるべきです」
国がアピールしてきた「おもてなし」のひずみが、全国各地で表面化しつつある。その現実に目をむけるべきだ。
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)