
陰謀論で母を失った男性「あの時、寄り添えていたら」 極限の不安から飛びついた「真実」の危うさ
(写真はイメージ/gettyimages)
陰謀論に陥り、変わってしまった母を「あきらめ」てから3年。陰謀論について学び続けたぺんたんさん(30代)は、「今の知識が当時の自分にあったら――」と、悔いに似た「もしも」も口にする。
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誰か答えを教えて
テレビは新型コロナウイルスの情報ばかり。怖い、怖い…本当の話がわからない…。
ウイルスはどこで発生したのか。マスクで大丈夫なのか。ワクチンは100%信頼できるのか。世の中はどうなってしまうのか。
誰か答えを教えてほしい……。
コロナ禍のまっただ中で、そんな不安を感じた人は、決して少なくないはずだ。ぺんたんさんの母の心もきっと不安の嵐に襲われていたのだろう。
「想像を絶する、極限の心理状態だったのでしょうね」と、ぺんたんさんは振り返る。
陰謀論がもどかしさを埋めた
ぺんたんさんは母について、こう分析している。
メディアから流される情報を自分なりに分析し、かみ砕いて理解することはできない。新聞は両論併記が基本だし、テレビにも不安を埋めてくれる100%の解はなく、難しい話ばかりで頭もついていかない。
「どうすればいいのかという不安や、答えを得ることができないもどかしさを埋めるのは、断定的に言い切ってくれる『何か』になる。だから、陰謀論は母の心にすっと入り込んだのだと思います」
ネットで対話した陰謀論者たちと同様に、母は昔から「いい人」だったという。
段ボールに入れられた捨て猫を見つけると、通り過ぎることができず、家で飼ってしまう。
世の中の問題に対し、自分は何ができるかを考え、行動に移さないと気が済まない性格だった。
答えを欲しがるがゆえに、情報に流されやすい部分もあったかもしれない。ある食材を食べるとがんにならない、などと、特に健康に関する情報で、その傾向が強かった。「家族のため」「家族を守りたい」という思いも、強かったように思う。
ぺんたんさんは言う。
「母親を陰謀論で失った」から (C)ぺんたん、まき りえこ/KADOKAWA
極度の不安を解消してくれたのは
「コロナ禍での極端な言説を信じてしまう素地は、母にはあった気がします。年をとるにつれ、時代についていけなくなって世の中への不安が増幅し、さらに極端な言説に引っ張られやすくなったのかもしれません」
そして、極度の不安にかられ、やっとそれを解消してくれる「真実」と出会った。家族を守りたいと、その真実を訴え続けた、ある意味で無垢な母。
そんな母に対し、ぺんたんさんは「悪手」を打った。「説得」という名の全否定だ。
「バックファイア効果」という現象がある。人は自分の信念や考えに反する情報を提示されたときに、それを否定して、考えをより強固にしてしまう傾向のことだ。
寄り添うことができていたら
「母はとんでもない情報に飛びつきながら、想像を絶する不安を解消しようとしていたのでしょう。なのに、当時の私は情報のファクトチェックをして、母を正面から全否定した。母を不安な世界に戻そうとする行動をとってしまいました」(ぺんたんさん)
「確かにコロナは怖いよね」
「その話が本当かはわからないけど、ちょっとでも安心できるなら、気にしてみてもいいかもね」
そんな声かけをして、不安に寄り添うことができていたら、結果は違ったかもしれない。
近くにいて、テレビや新聞の情報をかみ砕いて教えてあげていたら、どうだっただろうか。
できることはすべてやったが…
そんな悔いにも似た「もしも」が、今のぺんたんさんの心にはある。
「当時の私にできることはすべてやったと思いますし、自分を責める気持ちはありません。ただ、いまの私が得た知識が当時あったら、そういう接し方ができたのかな、とも思います。もし大切な人が陰謀論にハマりかけたら、否定はしないで、何が不安なのかを知ろうとしてあげてほしいと思いますね」(ぺんたんさん)
時間は戻らない。
ぺんたんさんの母は、今も陰謀論にどっぷりつかったままだ。
「陰謀論」と日常が同居
ロシアのウクライナ侵攻、東京都知事選や、先の兵庫県知事選。対象を次々に変え、荒唐無稽な主張をSNSで拡散し続けている。
「『真実』を知っている人に見られたい。ある種の承認欲求を満たしているのかもしれません」(同)
母との連絡は、必要が生じたときに限っている。母と一緒に暮らし続けている父も、会話はほとんどしていない。無理に話さなくていいというスタンスだ。
当の母も、陰謀論のスイッチが入ったとき以外は、昔と同様に買い物をし、料理などの家事もこなしている。決定的に壊れた関係性と、昔と変わらぬ日常が同居している。
「それでも母と共存はできません。特定の国の人を中傷したり、健康や医療にかかわる誤った情報を拡散したりする人を、私は到底容認することはできないですから。生活が混乱しています」と、ぺんたんさん。
「陰謀論」はいつの時代もある
陰謀論は太古の昔からあり、絶対になくなることはないと、ぺんたんさんは考えている。だから、ぺんたんさんたちのようなごく普通の親子に起きた悲劇は、今後も起きる。
「ネットで簡単に『答え』を探せる時代ですから、自分や周囲の誰にも陰謀論にハマってしまうリスクはあります。私の経験を知ってもらうことが、予防接種のワクチンようになればと願っています」(同)
混乱し、怒って泣いて、最後はあきらめて――。最愛の母を「失った」ぺんたんさんの、素直な思いだ。
なにかのきっかけで、母にこの漫画が届き読んでもらえたら、とも。
「この漫画の女性、ずいぶん私に似ているな。この男性のように、息子も怖い思いをしたのかな、と母が気付いてくれる。そんなふうになれば、すてきだなって。でも、そうならないでしょうけどね」
ぺんたんさんはさみしそうに笑いながら、そんな願いも口にした。
(ライター・國府田英之)