AERA with Kids+ Woman MONEY aerauniversity NyAERA Books TRAVEL
検索結果4143件中 201 220 件を表示中

陰謀論で母を失った男性「あの時、寄り添えていたら」 極限の不安から飛びついた「真実」の危うさ
陰謀論で母を失った男性「あの時、寄り添えていたら」 極限の不安から飛びついた「真実」の危うさ   (写真はイメージ/gettyimages)   陰謀論に陥り、変わってしまった母を「あきらめ」てから3年。陰謀論について学び続けたぺんたんさん(30代)は、「今の知識が当時の自分にあったら――」と、悔いに似た「もしも」も口にする。  *   *   *​ 誰か答えを教えて  テレビは新型コロナウイルスの情報ばかり。怖い、怖い…本当の話がわからない…。  ウイルスはどこで発生したのか。マスクで大丈夫なのか。ワクチンは100%信頼できるのか。世の中はどうなってしまうのか。  誰か答えを教えてほしい……。  コロナ禍のまっただ中で、そんな不安を感じた人は、決して少なくないはずだ。ぺんたんさんの母の心もきっと不安の嵐に襲われていたのだろう。 「想像を絶する、極限の心理状態だったのでしょうね」と、ぺんたんさんは振り返る。 陰謀論がもどかしさを埋めた  ぺんたんさんは母について、こう分析している。  メディアから流される情報を自分なりに分析し、かみ砕いて理解することはできない。新聞は両論併記が基本だし、テレビにも不安を埋めてくれる100%の解はなく、難しい話ばかりで頭もついていかない。 「どうすればいいのかという不安や、答えを得ることができないもどかしさを埋めるのは、断定的に言い切ってくれる『何か』になる。だから、陰謀論は母の心にすっと入り込んだのだと思います」  ネットで対話した陰謀論者たちと同様に、母は昔から「いい人」だったという。  段ボールに入れられた捨て猫を見つけると、通り過ぎることができず、家で飼ってしまう。  世の中の問題に対し、自分は何ができるかを考え、行動に移さないと気が済まない性格だった。  答えを欲しがるがゆえに、情報に流されやすい部分もあったかもしれない。ある食材を食べるとがんにならない、などと、特に健康に関する情報で、その傾向が強かった。「家族のため」「家族を守りたい」という思いも、強かったように思う。  ぺんたんさんは言う。 「母親を陰謀論で失った」から (C)ぺんたん、まき りえこ/KADOKAWA 極度の不安を解消してくれたのは  「コロナ禍での極端な言説を信じてしまう素地は、母にはあった気がします。年をとるにつれ、時代についていけなくなって世の中への不安が増幅し、さらに極端な言説に引っ張られやすくなったのかもしれません」  そして、極度の不安にかられ、やっとそれを解消してくれる「真実」と出会った。家族を守りたいと、その真実を訴え続けた、ある意味で無垢な母。  そんな母に対し、ぺんたんさんは「悪手」を打った。「説得」という名の全否定だ。 「バックファイア効果」という現象がある。人は自分の信念や考えに反する情報を提示されたときに、それを否定して、考えをより強固にしてしまう傾向のことだ。 寄り添うことができていたら 「母はとんでもない情報に飛びつきながら、想像を絶する不安を解消しようとしていたのでしょう。なのに、当時の私は情報のファクトチェックをして、母を正面から全否定した。母を不安な世界に戻そうとする行動をとってしまいました」(ぺんたんさん) 「確かにコロナは怖いよね」 「その話が本当かはわからないけど、ちょっとでも安心できるなら、気にしてみてもいいかもね」  そんな声かけをして、不安に寄り添うことができていたら、結果は違ったかもしれない。  近くにいて、テレビや新聞の情報をかみ砕いて教えてあげていたら、どうだっただろうか。 できることはすべてやったが…  そんな悔いにも似た「もしも」が、今のぺんたんさんの心にはある。 「当時の私にできることはすべてやったと思いますし、自分を責める気持ちはありません。ただ、いまの私が得た知識が当時あったら、そういう接し方ができたのかな、とも思います。もし大切な人が陰謀論にハマりかけたら、否定はしないで、何が不安なのかを知ろうとしてあげてほしいと思いますね」(ぺんたんさん)  時間は戻らない。  ぺんたんさんの母は、今も陰謀論にどっぷりつかったままだ。 「陰謀論」と日常が同居  ロシアのウクライナ侵攻、東京都知事選や、先の兵庫県知事選。対象を次々に変え、荒唐無稽な主張をSNSで拡散し続けている。 「『真実』を知っている人に見られたい。ある種の承認欲求を満たしているのかもしれません」(同)  母との連絡は、必要が生じたときに限っている。母と一緒に暮らし続けている父も、会話はほとんどしていない。無理に話さなくていいというスタンスだ。  当の母も、陰謀論のスイッチが入ったとき以外は、昔と同様に買い物をし、料理などの家事もこなしている。決定的に壊れた関係性と、昔と変わらぬ日常が同居している。 「それでも母と共存はできません。特定の国の人を中傷したり、健康や医療にかかわる誤った情報を拡散したりする人を、私は到底容認することはできないですから。生活が混乱しています」と、ぺんたんさん。 「陰謀論」はいつの時代もある  陰謀論は太古の昔からあり、絶対になくなることはないと、ぺんたんさんは考えている。だから、ぺんたんさんたちのようなごく普通の親子に起きた悲劇は、今後も起きる。 「ネットで簡単に『答え』を探せる時代ですから、自分や周囲の誰にも陰謀論にハマってしまうリスクはあります。私の経験を知ってもらうことが、予防接種のワクチンようになればと願っています」(同)  混乱し、怒って泣いて、最後はあきらめて――。最愛の母を「失った」ぺんたんさんの、素直な思いだ。  なにかのきっかけで、母にこの漫画が届き読んでもらえたら、とも。 「この漫画の女性、ずいぶん私に似ているな。この男性のように、息子も怖い思いをしたのかな、と母が気付いてくれる。そんなふうになれば、すてきだなって。でも、そうならないでしょうけどね」  ぺんたんさんはさみしそうに笑いながら、そんな願いも口にした。     (ライター・國府田英之)  
給食用エプロンや体操着…強い香りで頭痛や吐き気が起きる「香害」とは? 専門家が解説
給食用エプロンや体操着…強い香りで頭痛や吐き気が起きる「香害」とは? 専門家が解説 (写真はイメージ/GettyImages)  給食用のエプロンを着ると気分が悪くなる、体育の授業前に必ず頭痛が始まる…。最近、そんな不調を持つ子どもが増えているといいます。ひょっとしてその原因、「香り」にあるかもしれません。香りによる健康被害に詳しい千葉大学予防医学センター特任教授、坂部貢さんに話をうかがいました。 給食の共有エプロンで頭痛…原因は「香り」かも? ――「香り」がきっかけで不調になることがあるのは、なぜでしょうか? 「香害(こうがい)」という言葉を聞いたことがありますか? ある特定の香りを嗅ぐと、気分が悪くなったり、頭痛や息苦しさを覚えたりなど、身体に不調が現れるものです。症状は頭痛、吐き気、めまい、下痢など多岐にわたります。原因となる香りの種類は人それぞれですが、とくに柔軟剤の香りに反応する人が多いそうです。  子どもの場合、他の家庭で洗濯された給食用の共有エプロンを使ったときや、体育の授業前に体操着に着替えるときなどに、柔軟剤の香りによって気分が悪くなるというケースが報告されています。このように、強い香りによる健康被害のことを「香害」といいます。 「香害をなくす連絡会」がおこなった調査(2019年12月下旬~2020年3月31日実施)によると、こうした香りつき製品のにおいによって具合が悪くなった人の割合は約8割にものぼりました。  具体的な症状は頭痛(67.4%)や吐き気(63.4%)が最も多く、原因となった製品は柔軟剤(86.0%)や香りつき合成洗剤(73.7%)が、香水(66.5%)を上回るという結果でした。また、被害を受けた場所は乗り物の中(73.7%)が最も多く、次いで店(62.6%)、公共施設(52.9%)の順でした。       アンケート/「香害をなくす連絡会」による調査から  図版/NPO法人ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議のパンフレット「STOP!香害―香りに苦しんでいる人がいます―」から害をなくす連絡会」による調査から  この調査の回答者は、香害問題に取り組む団体の会員やその知り合いなど、香害に関心の高い層なので、被害者の割合も高めと考えられます。  しかし実際、国民生活センターにも「柔軟仕上げ剤のにおい」に関して、年間130~250件程度の相談が寄せられており、対応策として、消費者庁、文部科学省、厚生労働省、経済産業省、環境省合同で「その香り困っている人もいます」と題されたポスターを作製、ドラッグストアなどでの掲示を呼びかけるなど、取り組みを始めています。 消費者庁などが作製したポスター ――柔軟剤による被害が増えているのはなぜでしょうか。  柔軟剤に反応する人が多いのは、長時間香りが続くようなしくみで作られているものが増えたためだと考えられています。マイクロカプセルという花粉よりも小さなカプセルの中に香りの成分が入っていて、紫外線や熱、摩擦などにより時間差で放出されるようにした技術です。香りを楽しむにはよいしくみですが、その香りを苦手と感じる人にはつらい状況です。成分が長く空気中に漂うことになるので、さらされる時間や量が増え、不調を感じる人が増えたのです。 香害は「過去の感情や記憶」が原因 ――香害はそもそも、なぜ起きるのですか?  嗅覚(きゅうかく)というのはとても原始的な機能で、脳の働きや感情、記憶と密接な関係があります。  人間の五感には視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚がありますが、唯一、嗅覚だけが脳の大脳辺縁系に直接伝達されます。大脳辺縁系は感情や本能をつかさどり、記憶にも深く関係する場所なので、香りは感情や記憶と結びつき、長期間保持されます。子どものころに嗅いだ香りを嗅いだら、何十年も経っているのに当時の情景をリアルに思い出した、ということがあるのはそのためです。  この香りと記憶の強い結びつきが、香害の引き金となっていることがあります。一度苦手だな、不快だなと感じた香りを嗅ぐことで不快な記憶を思い出す。それを何度も繰り返すと、身体が非常に強い反応を示すようになり、それが不調となって現れるというわけです。 ――つまり、香害は脳の問題ということですね。治すことはできるのでしょうか。  治療としては、悪い記憶をよい記憶に置き換えることが有効です。認知行動療法といいますが、“この香りは身体にいいんだ”とか、“匂いに敏感というのは嗅覚が優れているということなんだ”などというふうに、プラスのイメージとして脳が認識するようにマインドを変化させていくのです。しかし、この方法は時間がかかりますので、まずは、原因となる香りから遠ざかるということが一番の対処法になります。  また、香害と決めつける前に、頭痛や吐き気などの原因が、別の病気ではないということを確認しておくことも重要です。香害だと思い込んでいたら、全然違う病気によるものだったというケースは少なくありませんから。 香害を防ぐために、できることは? ――自分が香害の原因とならないために、どんなことに気をつけるとよいですか。  香りの感じ方には個人差があることを、まず認識することです。本当に香りをつけることが必要なのかも考えてみるといいでしょう。やはり香りを楽しみたいという場合は、過剰な香りをつけないように配慮しましょう。  例えば柔軟剤で言えば、パッケージに記載されている「香りの強さの目安」を参考に商品を選ぶこと、そして表示されている使用量を守ることなどは、すぐにできることです。香りを楽しむのは個人の自由です。でも自分にとってのいい香りは、誰かにとっては害かもしれない。そういう意識を持ちながら、適切に香りを楽しむ。そんな心づかいが大切です。 (画像提供 日本石鹸洗剤工業会) 香りに敏感な子は「化学物質過敏症」にも要注意 ――香害と似た症状が出るという「化学物質過敏症」とはどんなものでしょうか。  「化学物質過敏症」は、環境や日常的に使用する製品に含まれる化学物質に反応して身体の不調が起こるものです。香害だと思っていたら化学物質過敏症だったというケースはよくあります。化学物質過敏症の人は、嗅覚が敏感である場合が多いので、香りがきっかけで化学物質過敏症を発症したという人も少なくありません。  原因となる物質は、排気ガス、住宅建材、殺虫剤など多岐にわたります。石油などから化学的に合成された香りの成分や、その香りを入れる柔軟剤などのマイクロカプセル素材もその一種です。  化学物質過敏症はある日突然発症します。アレルギーと同様、原因物質にさらされる頻度や量が許容範囲を超えると症状として現れます。香りだけに反応している香害と、化学物質過敏症は厳密には分けて考えたほうがいいですが、香りに過敏に反応する人は、発症リスクが高いと考え、注意するに越したことはありません。  特に、アレルギーを持っているお子さんは要注意です。アトピー性皮膚炎や小児ぜんそくなど、免疫が過剰に働きやすく、粘膜が刺激を受けやすい体質の人は、化学物質過敏症になりやすいと言われています。 ――わが子が「香害、もしくは化学物質過敏症かも?」と思ったときはどうしたらよいでしょうか。  一番大切なのは、原因となっている香りや物質を遠ざけることです。洗剤や柔軟剤は無香料を選ぶこと。表示されている使用量を超えないようにすること。こまめに換気をすること。アレルギーやぜんそくなどの原因となるダニ、ハウスダストを取り除くためにきちんと掃除をすることです。 ――それでも症状がよくならない場合は、どうしたらよいですか。  小児科を受診して、それ以外の病気がないことを確認しましょう。香害や化学物質過敏症の診断は、おもに問診でおこなわれます。どんなときにどんな症状が出るかなど、項目に基づき詳しく聞いていきます。  お子さんの場合は、基本的には親御さんから話を聞くことになりますので、よく観察して記録をつけておくといいでしょう。お子さんは不調であることを言葉でうまく説明できないため、かんしゃくを起こしたり、無気力になったりしがちです。日常や学校生活に影響が出ることも少なくありません。香害は脳に深く関わっているため、当然、発達にも影響が出てきます。もし特定の香りや環境で同じ不調を感じることが続く場合は、早めに対処してあげてください。 (取材・文/石村紀子)     ○坂部 貢(さかべ・こう)/国立大学法人 千葉大学予防医学センター 特任教授。専門は、臨床環境医学、環境保健学、環境生命科学、公衆衛生学、解剖学。プラスチックの原料であるノニールフェノールやビスフェノールAに環境ホルモン作用があることを世界で初めて発見。環境因子と健康影響に関する研究に力を注ぎ、厚生労働省や環境省などの研究チームにも所属。屋外における農薬や除草剤による健康被害などに関する研究にも取り組んでいる。
【住宅ローン】これから変動金利が上がったら返済額はどうなる?  プロに注意点を聞いた【シミュレーション付き】
【住宅ローン】これから変動金利が上がったら返済額はどうなる? プロに注意点を聞いた【シミュレーション付き】 住宅ローンの変動金利が上がると…?(写真はイメージ/gettyimages)  日銀は2024年3月の金融政策決定会合でマイナス金利の解除を決定し、7月に追加利上げを発表した。これを受け、一部の金融機関では住宅ローンの変動金利が0.15%から0.25%前後の引き上げとなった。今後、住宅ローンの変動金利が上がり続けたら毎月の返済負担はどのくらい上がるのか。 *   *   * 金利上昇はゆるやかに続く  住宅ローンの金利は、「固定金利」と「変動金利」、一定期間中の金利が固定される「固定金利選択型」の3種類がある。変動金利とは、ローン返済中に適用金利が変動する可能性がある金利タイプだ。  変動金利の適用金利は、各金融機関の基準金利をもとにして金利を優遇、または金利が上乗せされて決定する。変動金利の適用金利が決定される条件は金融機関によって異なるが、一般的に半年おきに見直される。言い換えれば、変動金利は「6カ月固定金利」といえる。  現在は固定金利よりも変動金利のほうが適用金利は低い。国土交通省の調査によると、住宅ローンを借りている人の約8割が変動金利を選択している。  2024年10月から住宅ローンの変動金利が上昇傾向にあり、大手5行が既契約の変動金利の0.15%の利上げを決定した。  住宅コンサルタントの早坂淳一氏によると、主要12行の変動金利予測では、10年後の変動金利は1.1%台〜2.3%前後となっており、じわじわと上昇の一途をたどると考えられるものの、「極端な金利上昇は考えにくい」という。  利上げのみならず、物価上昇や増税などで暮らしの負担は増している。住宅ローンを借りる際は何に気を付けておけばいいのだろうか。 緩和制度「5年ルール」「125%ルール」の落とし穴 変更した金利が返済額に反映されるタイミングは、返済方式によって次のように異なる。   元利均等返済 5年ごとに返済額が見直されるケースが多い 元金均等返済 金利変更に合わせて返済額が都度見直されるケースが多い    住宅ローンを借りる際に知っておきたいのが、「5年ルール」と「125%ルール」だ。これは、金利が上昇しても5年間は毎月の返済額が変わらず、かつ5年経過後の6年目からの毎月の返済額は今までの返済額の125%までと定めるものだ。例えば、元々の毎月の返済額が12万円であれば、金利変更時の毎月の返済額は最大15万円となる。  ここで注意すべき点が2つある。1つ目は、5年ルールや125%ルールが適用されるのは元利均等返済のみである点だ。金利変更に合わせて返済額が見直される元金均等返済方式の場合は、金利上昇に伴い、毎月の返済額が高くなる可能性がある。  また、金融機関によって5年ルールと125%ルールがない金融機関がある点にも注意が必要だ。  2つ目は、急激な金利上昇があった場合に、「未払い利息」が発生する可能性がある点だ。5年ルールや125%ルールはあくまで毎月の返済負担を軽減するための措置であり、ローン総返済額を減らすものではない。金利上昇に伴い、毎月の返済額を利息が上回った場合、一般的には最終返済月に未払い利息と残りの元本をまとめて支払うことになるのだ。  ただし先述したとおり、日本の金利が125%ルールが追いつかないほど上昇することは考えにくい。未払い利息に関してはあくまで「可能性がある」と認識しておく程度でよさそうだ。 5年ごとに金利0.5%上昇で総返済額は約742万円増加  ここで、10年後の変動金利が1%台になる程度に住宅ローン返済中に金利が上昇した場合の返済額の変化をシミュレーションしてみよう。 【条件】 借入総額:4000万円 当初の借入金利:0.4%(年) 返済期間:35年 返済方法:元利均等返済 ※便宜上、金融機関によって大きく異なる融資手数料や保証料などの諸経費は含まない   【ケース1】 適用金利が0.4%のまま変わらない場合 毎月の返済額:10万2076円 総返済額: 4287万1761円   【ケース2】 適用金利が5年ごとに0.3%ずつ上がる場合 総返済額:4719万1973円 適用金利が5年ごとに0.3%ずつ上がる場合のシミュレーション   5年ごとに適用金利が0.5%ずつ上がる場合シミュレーション 【ケース3】 適用金利が5年ごとに0.5%ずつ上がる場合 総返済額:5029万739円  シミュレーションを見ると、金利が上昇しても元金が減っていくぶん、毎月の返済額にはそこまで大きな影響はないことがわかる。5年ルールや125%ルールによって未払い利息が発生するには、相当な金利上昇が条件であることもわかるだろう。    ただし、総返済額を比較すると、金利上昇の有無により、数百万円の差は生じている。 金利上昇局面で気を付けるべきことは  金利上昇に備え、住宅ローンの繰り上げ返済を検討する人もいるかもしれない。  だが、早坂氏は「繰り上げ返済の選択は慎重にすべきだ」と言う。住宅ローン控除は借り入れから最大13年間、残高の0.7%が所得控除となる。繰り上げ返済をすると、ローン残債が減るため、住宅ローン控除の恩恵も少なくなってしまうのだ。  早坂氏は、「金利上昇よりも物価上昇が家計に与える影響が大きい」と指摘する。  生活費に直結する食料品や日用品だけでなく、家電や火災保険料までもが値上がりしている。さらに、住宅取得後にかかる費用はローンの返済額だけではない。持ち家には定期的なメンテナンスも必要で、戸建てなら10年ごとに屋根や外壁のメンテナンス費用が発生する。この費用は最低でも100万円ほどかかる想定だが、物価上昇が進めばさらにかさむことが考えられる。くわえて、年齢を重ねれば、子どもの教育費や親の介護費用、自身の医療費など、予測できない支出も増えてくる。  今後の金利がどうなるかは誰にもわからない。だからこそ、住宅ローンを借りる際は、これらの予測できない未来の経済リスクも考慮したうえで、無理のない借入額に抑えることが大切だ。早坂氏は、住宅の予算は年収の6倍から8倍の範囲、かつ借入金額は年間返済負担率が25%になるのが理想だという。また、予算には初期費用や引っ越し費用、住宅購入後の固定資産税や維持費も込みで考えておきたい。  詳細な返済シミュレーションを希望する場合は、金融機関やファイナンシャルプランナーに相談し、キャッシュフロー表を作成するのもおすすめだ。 (ライター・森瀧早織)
急病で高い治療費がかかったら…「もしも」のときに助かる高額療養費制度 検討進む、自己負担の上限「引き上げ」 横川楓
急病で高い治療費がかかったら…「もしも」のときに助かる高額療養費制度 検討進む、自己負担の上限「引き上げ」 横川楓   横川楓さん    大きな病気、高い薬、入院などで高額な医療費を支払ったとき、後から一部が払い戻される「高額療養費制度」。もしものときに助かる仕組みですが、少子高齢化が進んで医療費が増え、さらに物価上昇が続いているなか、支える側の現役世代の負担を軽くするため、自己負担分の「上限」の引き上げに向けた議論が進んでいます。 *   *   *  最近、風邪やインフルエンザが流行っていますね。私の周りでもかかっている人が多くなってきました。私は今年のお正月にインフルエンザにかかり、つらい思いをしたので、マスクをして予防をしている日々です。  ですが、そうは言っても、いつなってしまうのかわからないのが病気や怪我。寝ていて治ればいいですが、入院が必要になる可能性もあります。そうなると気になるのが、治療費や入院代にかかる大きな出費です。  医療費が高額になったときに助かるのが公的保障制度の「高額療養費制度」ですが、見直しの検討が進んでいます。   「高額療養費、2025年夏に引き上げ2.7~15%で最終調整 政府」(12月17日配信、朝日新聞デジタル) 医療費の患者負担に月ごとの限度を設けた「高額療養費制度」の見直しをめぐり、政府は所得区分ごとに上限額を2.7~15%引き上げる方向で最終調整に入った。(中略) 25年夏をめどに、限度額の計算に使う基礎的な金額を引き上げる。引き上げ幅は最も所得が高い区分(年収約1160万円以上)で15%、2番目の区分(同約770万~約1160万円)で12.5%とする方向だ。   高額療養費制度とは  高額療養費制度は、病院などの窓口での支払いが高額になったときに、後から申請をすることにより、所得に応じた自己負担額を超えた金額が払い戻される制度です。  加入する保険に関係なく、誰でも申請をすれば受けることができる制度なので、もしものときにはとても助かる制度なはず。      実際に患者自身で負担しなければならない上限額は、所得などに応じて決まります。  現状では、たとえば医療費が月100万円かかった場合の自己負担額は、年収約370万~約770万円で約8万7000円、年収1160万円以上では約25万4000円。  そして70歳未満で住民税の非課税者の場合は3万5400円、年収約370万円以下の場合は5万7600円で済みます。  今回取り上げたニュースは、この限度額の引き上げに関するもので、70歳未満の年収約370万~約770万円の場合での基準額(現行で8万100円)を約8000円引き上げるとしています。  理由としては、高齢化が進んでいることや医療の高度化などにともなって高額療養費が増えており、保険料を払っている現役世代の負担を軽くするために患者自身に多く払ってもらおうというものです。  しかし、自己負担分を超えたお金が後から戻ってくるとはいえ、一時的には大きな支払いが……。   窓口での支払いを減らす方法は  急な入院となったときに、たとえいったんでも金銭的に大きな負担がかかるのは、かなりの痛手なはず。ですが、窓口での医療費の支払いを、自己負担額までにする方法があるんです。  一つ目が、マイナ保険証を利用する方法。マイナ保険証を病院に提示する際に「限度額情報の表示」に同意をすることで、1カ月分の支払いが自己負担限度額までとなります。  もう一つが、入院などをする前に健康保険組合に申請して交付された「限度額適用認定証」を病院に提示することでも、窓口での負担を限度額までとすることができるのです。    万が一のときに高額な医療費を用意せずに済むようになるので、マイナ保険証の登録手続きをしておくメリットの一つと言えそうです。  一方、限度額適用認定証については事前の申請が必要です。自分自身でできない場合は、代理人に申請してもらうことも可能です。    また、高額療養費については、1年間で支給を受けた月が3カ月以上となった場合、4カ月目からは「多数該当」という区分になり、自己負担の限度額が軽減されます。急な病気のように避けられない、しかも大きな出費があるときの保障があるというのは、うれしいことですよね。  ですが、年末年始は開いている病院も少なくなります。病気や怪我には気をつけて過ごしましょう。 (横川楓)   横川楓(よこかわ・かえで)/1990年生まれ。経営学修士(MBA)、ファイナンシャルプランナー(AFP)などを取得し、「やさしいお金の専門家/金融・経済アナリスト」として活動。一般社団法人日本金融教育推進協会代表理事。「誰よりも等身大の目線でわかりやすく」をモットーにお金の知識を啓発、金融教育の普及に取り組んでいる。著書に『ミレニアル世代のお金のリアル』(フォレスト出版)、『お金の不安と真剣に向き合ったら人生のモヤモヤがはれました!』(オーバーラップ)。     【こちらも話題】 身をもって体験した、「お金」と「知識」と「推し」で変わる生活 私が「お金の専門家」になった理由 横川楓 https://dot.asahi.com/articles/-/216230    
「サブスク・定期購入」やめられない問題 解約電話がつながらないときにすべきこと
「サブスク・定期購入」やめられない問題 解約電話がつながらないときにすべきこと 写真はイメージです(写真:Getty Images)    ネット通販限定のサプリやコスメ、動画や音楽の配信サービス……。気づけば生活に定着し、少なからぬ月々の出費となっているサブスクリプションや定期購入に、解約したいのになかなかできないという声が上がっている。AERA 2024年12月23日号より。 *  *  *  あとになって読み返すと恥ずかしいのは「真夜中のラブレター」。一方、恥ずかしいではすまないのが、真夜中の買い物だ。あたりが寝静まった深夜は、SNSで宣伝される商品がどれもキラキラして見えてくる時間。そうして気がつけば、どれもこれも気前よくポチポチポチポチ。朝のメールチェックで、あなた、なんでこんなものがほしかった?と自問自答しながら、青くなるのがパターンとなる。  そんな真夜中の“ポチ活”症候群で、ここのところ災いのもとになりやすい購入方法が、定期購入・サブスクだ。ちなみに大ざっぱにいうとコスメやサプリなどモノを買うのが定期購入。一方サービスがサブスクだったが、今は意味が広がって、モノを販売するサブスクもある。 初回お試しのつもりが  どちらもお試し価格や無料期間などがあることが多く、最初に支払う料金はそれほど高額ではないのに、定期購入を継続するとけっこうな大金になることも。訪問販売や電話勧誘販売のように不意打ちで売りつけられて契約してしまう販売形態ならクーリングオフの制度があるが、自分でサイトを訪ねて商品を購入する通信販売については、販売会社が返品などについての注意事項を提示する必要はあっても、クーリングオフが適用されないのがやっかいだ。  そのうえ初回のお試しだけのつもりが、気づかないうちに定期購入になっていたなどのトラブルが数年前から激増。2022年6月に「改正特定商取引法」が施行されて、その定期購入が「1回限りか定期購入か」「次回からの料金はいくらか」「どうすれば解約できるのか」を、最終画面に大きな文字で明記することが義務づけられた。  とはいえトラブルはまだまだ続いている。電話サポートがなく、オンラインでの解約の方法がわからないといったトラブルも多い一方、解約は電話でしかできず、しかもその電話がつながらないという声がSNSなどで目立つようになった。 待たされ通話料金まで  タレントの中川翔子さんも10月31日のXで、「解約したいのに電話しても全くつながらないまま10分以上またされてしかも通話のお金発生するっておかしい、、まだ出ない」(ママ)と電話での解約についての不満を投稿、11万件の「いいね」と、多くの共感コメントを集めた。東京都消費生活総合センターによると、定期購入とサブスクの解約に関する相談3515件(2024年度上半期)のうち、電話に関わる解約トラブルが616件にのぼったという。またSNSやアンケートなどで調べてみても、電話による解約で問題が起きている人が多い。  とくに読んでいるほうまで手に汗握るのは、電話の混雑でいつまでもオペレーターと話ができず、解約ができないという書き込みだ。解約電話の受け付けが平日9~17時という日中のみで、会社員にはつながる以前に、電話する時間がないという場合も。そうこうしているうちにつぎの商品が届いてしまい、玄関のほうからピンポーン!みたいな。 親世代にも忍び寄る  AERAがネット上でおこなったアンケートでも、半数が「解約をすぐにできなかった経験がある」と回答している。そのなかの60代の女性は、亡くなった父親が残した大量のサブスクや定期購入の契約解除に、悪戦苦闘した経験をおしえてくれた。 「サプリや清掃用品、クレジットカード、宅配食材や、使ってもいないインターネットプロバイダーの契約もあった。ほかにあるのかないのかもわからず、引き落とし口座を凍結するなどして、大変でした。高齢者相手のサブスクや定期購入は、法律で規制すべきだと思います!」  そうして解約した定期購入・サブスクのなかには、電話でしか解約ができず、電話が「混み合っているため」、長時間つながらないこともあったそう。 「ようやくつながった電話で、時間をかけて解約の理由を聞かれたり、引きとめられたりすることも多かった」(同)  そうそう。電話とはいえ、生身の人が相手となると簡単には断りにくいのが人情だ。しかもその間、0570で始まるナビダイヤルなら「20秒当たり10円(税込み11円)」の通話料金がかかっていることもあるから、始末が悪い。  かく言う自分も、とある食品の定期購入の解約で苦労したことがある。ネットでの解約もできたが、違約金について確認したかったので電話の解約にトライした。電話は自動音声にすぐにつながったが、今日日のサポート電話はつながってからが長い。ナビダイヤルなどなら、待っている間の電話代もかかる。さらに携帯電話の「定額通話プランの対象外になります」であることは、しつこいほどアナウンスされているから知っている人も多いだろう。  数十分たってつながったころにはイライラがマックスで、よく話も聞かないままプンプン状態で解約。このときは幸い問題は起こらなかったが、こうして心が乱れているときに解約の失敗が起こるのよ。ふー。 AERA 2024年12月23日号より   解約トラブル対処法は  そんな解約トラブルはどうやったら防げるのか。まず、契約前の防止策をアンケートから。 「購入前にさまざまなサイトのレビューをチェックしたり、説明文をすみずみまで読むようになった。ここで(解約が)面倒だと感じたら、購入、契約を止めるようにしています」(40代・女性)。「無料月だけ利用したいサブスクはLINEのリマインダーに解約4日前くらいからリマインドしておく。LINEは毎日使うので漏らすことがないし、解約するまで既読をつけないようにする」(20代・女性)  続いて、電話で解約したいのにオペレーターとなかなかつながらないときの解決策を国民生活センターと東京都消費生活総合センターに聞いた。まず意外に多いのがユーザーの思い込み。 「毎日、混雑する時間帯にかけていると、つながりにくいのは同じ。時間や曜日を変えてみたら、意外につながったという声も少なくありません」(東京都消費生活総合センター)  解約させないために、わざと電話をつながりにくくさせているのでは?と考えたくもなるが、 「番号が生きているのにつながらないのは、詐欺というわけではなく、単に電話の回線数が少ないのではないか」(同)  両センターによると、そうして電話をかけ続けてもつながらないときは、通話履歴のスクリーンショットを撮ったり、待たされているときの音声などを録音しておくなどして、解約できる期間内に連絡したのにつながらなかった記録を残すのがよさそうだ。必ずしも返金してもらえるとは限らないが、証拠は残して損はない。  同時に、電話以外の連絡方法を探して、コンタクトを取るのも手。問い合わせのメールアドレスがある場合は、困っている旨をメールしたり、特定商取引法でサイトでの記載が義務づけられている業者の住所に、手紙で連絡する方法もある。  一方、解約したいのに定期購入で次の商品が届いてしまった場合、受け取り拒否や、着払いでの返送などはしないほうがいいそう。開封はせずに保管しておこう。  またクレジットカードで購入した場合は、カード会社に連絡して、ケースによってはカード自体をとめてもらう相談ができるほか、「消費者ホットライン」(188)にダイヤルして、最寄りの消費生活センターからケースに応じたアドバイスを受けたり、消費生活センターが解約の斡旋に入る場合もあるという。  購入前からお別れする日のことを考えること。これが現代の賢い買い物の秘訣らしい。(ライター・福光恵) ※AERA 2024年12月23日号  
学力が高い子の家庭に見られる8つの特徴とは? 調査からわかったことを専門家が解説
学力が高い子の家庭に見られる8つの特徴とは? 調査からわかったことを専門家が解説 お茶の水女子大学教授 浜野隆さん  わが子には好きなことを見つけて伸ばしてほしい。その一方で、「ある程度の学力は身につけておいてほしい」と願う親は多いでしょう。親自身の学歴や収入が子どもの学力にどの程度影響するのかも気になるところです。学力の高い子の家庭では、親がどのような働きかけをしてきたのでしょうか? 長年、「全国学力・学習状況調査」などさまざまな調査を分析してきたお茶の水女子大学教授の浜野隆さんに詳しく聞きました。 ※前編〈体験が多いほうが子どもの「学力」や「自己肯定感」は上がる? 学力調査に詳しい専門家に聞く“研究結果”とは〉から続く 「学習環境」を整えれば子どもの学力が上がる? ――教育には学校以外の習い事や塾、体験などお金がつきものです。学力と親の学歴や経済力の関係性を指摘されることもありますが、実際はどうなのでしょうか?  たしかに、親の収入や学歴が子どもの学力に影響を与えていることを示唆するデータがあります。文部科学省の全国学力・学習状況調査でも、「家庭所得と両親の学歴を合成した数値」が高い家庭の子どものほうが、学力調査での子どもの正答率が高くなっているのです。  しかし、だからといって収入の差が子どもの学力の差に直結するかというと、そうとは言い切れないのです。子どもの学力のばらつきのうち、親の収入や学歴などで説明できる割合は、日本では8~9%程度で、これは欧米諸国よりも少し低い値です。収入が同じでも子どもの学習環境を整えた家庭のほうが子どもの学力が高いということもわかっています。つまり、親の学歴や経済力は必ずしも「決定的な要因」ではないのです。また、親の収入や学歴が低い家庭のほうが、高い家庭よりも学力のばらつきが大きくなっていることがわかっています。これは、逆にいえば、親の経済力や学歴が低かったとしても、学力が高い子はいることを示しています。  このことは、「全国学力・学習状況調査」(文部科学省)の分析結果からも明らかになっています。 学力A層(上位)と学力D層(下位)の差が大きいところほど、親の心がけや習慣が子どもの学力によい影響を与えている。出典:浜野隆先生ら3人による編著『学力格差への処方箋[分析]全国学力・学習状況調査』(勁草書房)から  別表から、「学力A層(上位25%)」と「学力Ⅾ層(下位25%)」の差が大きいところほど、親の心がけや習慣が子どもの学力によい影響を与えていることがわかります。 学力が高い子の家庭8つの特徴 ――学力が高い子の家庭に共通する特徴には、どんなものがありますか?  この調査をまとめると、学力が高い子の家庭では、具体的には以下の八つの心がけや関わりをしている親が多いことがわかりました。親の経済力とは直接関係がないことが多いようです。 1)生活習慣を安定させている 子どもを決まった時刻に寝かせ、起こすようにしている 夜に十分寝られるようにしている  毎朝、朝食を食べさせている 家での学習時間を確保している 2)過保護ではなく、子どもを一の人間として尊重している 子どもが自分でできることは自分でさせている 子どものプライバシーを尊重している 子どものよいところを褒めるなど、自信を持たせるようにしている 3)親子で絵本、本、新聞に親しんでいる  家にたくさん本がある。親子でよく図書館に行く 子どもが日常的に本や新聞を読むようにすすめている 子どもが小さいころ、絵本の読み聞かせをしていた 子どもと読んだ本について、感想や意見を話し合っている 4)家で学習しやすい環境を整えている 普段、子どもの勉強を見ている 子どもが計画的に勉強できるような促し方をしている 子どもが英語や外国の文化に触れるよう意識をしている 5)文化・芸術に積極的に触れさせている 子どもといっしょに美術館、博物館、科学館などに行く 子どもと観劇や演奏会に行く 6)テレビゲームや携帯電話に関するルールを決めている テレビゲームで遊ぶ時間を限定している 携帯電話の使い方についてルールや約束を決めている 7)子どもとの会話の時間をもっている 子どもから学校での出来事の話をきいている 子どもと勉強や成績について話をしている 子どもと社会の出来事やニュースについて話をしている 8)親自身が規則正しい生活とさまざまな体験を心がけている 親がよく本を読む 親が地域社会や社会の問題、出来事に関心があり、話題にしている 親が美術・芸術鑑賞に関心をもち、展覧会や演奏会に行く  とくに強調したいのは3番目の「親子で絵本、本、新聞に親しんでいる」で、家の蔵書数が多く、親が読書好きの家庭で育った子どもは学力が高い傾向にあるということです。このような家庭では、子どもが小さいころから親が絵本の読み聞かせをしていて、子どもは自然と読書好きになるケースが多く、文章から知識を吸収し、理解する力が育まれやすいため、学力に良い影響を与えていると考えられますね。 活字に触れて「読んで理解する経験」が大事 ――「読書する環境があるかどうか」がポイントなのですね。本を読むのではなく、タブレットやパソコンを使って動画で学ぶのではダメなのでしょうか?  最近は子どもの学習に役立つ動画がたくさん出回っています。映像と音声による学習がよくないということはありません。しかし「言葉の力」をしっかり身につけるには、活字に触れて「読んで理解する経験」の積み重ねがどうしても必要になってきます。教科書もテストも活字が使われていますし、テストの答えを書くのも、リポートを書くのも言葉の力が必要ですよね。すべての学びの土台になります。  そして本を読む習慣のきっかけは、幼児期の親の読み聞かせが強く関係していると考えられています。子どもの言語がぐんと発達するこの時期に、絵本を読んでもらいながら活字に触れ、ストーリーの豊かな情緒を親といっしょに味わうという経験は、言葉の力の土台づくりの第一歩といえるでしょうね。 ――では、親がこのような心がけ、習慣づけをすれば子どもの学力は伸びていくと考えてもいいのでしょうか?  この調査の結果、実際に学力の高い子どもとその家庭で見られる親の働きかけに相関関係があることがわかりました。親は1)~8)のような環境を作っていくことで、子どもの学力を高められる可能性はあるでしょう。  ただ、「図書館によく連れていったから、子どもの学力が上がった」という「因果関係」が実証されたということではありません。「学力が高い子どもだから、図書館に行くのが好き」という逆の可能性も考えられるのです。  言い換えれば、「子どもの学力を伸ばしたいから、無理やりにでも今日から子どもを毎日図書館や博物館に連れていくべき。そうすれば必ず成績が伸びる」という話ではありません。そこは誤解のないようにしていただきたいですね。前回、子どもの特性を踏まえた子育てが重要というお話をさせていただきました。図書館が向く子もいれば向かない子もいます。学力向上の方法は一つではありません。先ほど触れた「8つの特徴」を参考にしつつ、子どもの個性に合ったやり方を探すとよいでしょう。 子育ては「いい加減がちょうどいい」 ――一方で、日々忙しいなかであれもこれもできない……というのが親の本音としてあるかもしれません。  これまで子どもにさまざまな「体験」をさせることや親の働きかけ、習慣づくりが子どもの学力や非認知能力を上げるという話をしてきましたが、そうはいっても忙しい親があれもこれもすべてやるのは大変ですし、非現実的ですよね。それに子どもの学力や非認知能力 のすべての責任が親にあるわけでも、もちろんありません。  親ががんばりすぎて、疲れて不機嫌になっては元も子もありません。子どもの体験や環境づくりはできそうなところから取り入れ、子どもの様子を見ながら、「いい加減に」試行錯誤していけばいいのだと思います。いい加減といってもネガティブな意味ではなく、「適度に」という意味での「良い加減」です。  親の精神状態が悪いと、結果的に子どもにマイナスの影響をあたえます。親がゆとりをもって笑顔で子どもに接することで、子どもの心は安定し、学力も非認知能力も伸びていきます。子育ては「いい加減がちょうどいい」という意識も大切にしてほしいですね。 (取材・文/船木麻里) ※前編〈体験が多いほうが子どもの「学力」や「自己肯定感」は上がる? 学力調査に詳しい専門家に聞く“研究結果”とは〉から続く 〇浜野 隆/お茶の水女子大学基幹研究院教授。専門は教育社会学・教育開発論。文部科学省委託の「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」の研究代表として家庭環境と学力・非認知的能力の関係を分析。『子どもの才能を伸ばす 最高の子育て』(ソシム)など著書多数。
介護は女性である自分がやらなければならないと思い込まないで【かがみよかがみエッセイコラボ企画・優秀作】
介護は女性である自分がやらなければならないと思い込まないで【かがみよかがみエッセイコラボ企画・優秀作】        Z世代の女性向けエッセイ投稿サイト「かがみよかがみ(https://mirror.asahi.com/)」と「AERA dot.」とのコラボ企画は第5弾。「10年後の女の子のために」をテーマに、エッセイを募集しました。多くの投稿をいただき、ありがとうございました。  投稿作品の中から優秀作を選び、「AERA dot.」で順次紹介していきます。記事の最後には、鎌田倫子編集長の講評も掲載しています。  ぜひご覧ください! *   *   * たとえ結果が同じだったとしても、自分の気持ちを殺すのはやめてほしい。暗黙の了解とか空気を読むとか、自分が我慢すればとか、諦めさえすれば、とか。   ◎          ◎ 田舎を出て上京したのは大学卒業後。自分の夢をかなえるため、アルバイトで入社した。男社会の中、男性のようにタフに、まじめに、積極的にと必死に働いた。そして3年後、契約社員に引き上げてもらうことができた。 2年目にはあこがれていた大きなプロジェクトに参加することになり、忙しさはさらに増したが、とにかく楽しかった。そのプロジェクトが終わった時には大きな充実感に満たされ、天職だと感じた。   ◎          ◎ だがその2カ月後、母が倒れた。脳出血だったため右半身麻痺と記憶障害、失語症などが残り介護が必要な状態に。 実家に帰って驚いた。父は洗濯や料理はしていたようだが、洗面所やトイレの汚れが目立った。仕事一筋で亭主関白な父を一人で支えていた母。倒れた途端、実家がいつもとは違う場所のようになった。 早く決断しなくては。父は私よりも稼ぎが多い。兄は結婚しているが、義理の姉は母の面倒を見る気はない。それは表情と空気感で分かった。いつも優しく大好きだった。だが、急に視線は冷たく、連絡も一切くれなくなった。きっと、近づくことを恐れていたのだと思う。長男の嫁、母とも仲が良かった。だからこそ。薄情だとは思わない。これが現実だと思った。両親を東京に呼んで私が養うのは現実的ではない。 夢をあきらめて実家に帰る。それしか選択肢はない。29歳、介護をしている友達はいなかった。誰にも相談できなかった。     「仕事を辞めて戻ってくるね」そう伝えると父は安堵した表情を見せ、義姉は「そうだね」と言った。兄は「いいのか?」と言ってくれたが、うなずくことしかできなかった。 仕事を辞めてからは夢を失った喪失感の中、変わり果てた母のお見舞いと父のサポートに心身を削られた。半分鬱のような状態だったと思う。気丈にふるまっていたが、気を抜くと涙がこぼれ、シャワーを浴びながら泣いた。「死にたい、だけど死ねない」。毎日そんなことを考えていた。   ◎          ◎ 6年以上がたった今もなお、周囲の状況は何も変わっていない。兄夫婦からのサポートはなく、父は家事をしない。前の職場から仕事をもらい、好きな仕事はなんとか続けられているが、実家だから生活できる程度の収入しかない。婚活に励んだ時期もあったが、縁はなく結婚も出産もできなかった。望みはあるが、正直、現実的ではない。 母を支えていくと決めたこと、あの時下した決断に後悔はない。だけど、本当にほかの手段はなかったのだろうか。こんなに一人で抱えなくてはいけないのだろうか。こんなに一人で苦しまなくてはいけないのだろうか。もう少し私に知識と勇気があれば変えられる部分もあったのではないだろうか。 10年後にはもう少し“女性がやるべき”という固定概念は少なくなっているだろうけど、なくなってはいないと思う。特に介護は。家庭の事情が大きく影響するからか、腫物を触るように誰も関わろうとしない。 要介護が必要になった本人が一番つらいのは分かっている。その人を支えるためにみんなで策を練り協力体制を整える。そのことに疑問はないし、介護福祉士の方々には感謝の思いしかない。でも、じゃあ、私の未来は? 私の苦しみの行き場は? 孤独に襲われ、希望が持てなくなる。     ◎          ◎ だから、自分が犠牲になればいいという決断はしないでほしい。地域包括支援センターに相談したり、会社に休職や時短勤務の相談をしてみるのもひとつの手。家のことだからと周りに隠して一人で決めるのではなくむしろオープンにして、多くの考えや案に耳を傾けてみてほしい。少しでも納得する方法があるかもしれないし、一人で我慢し抱え込まなくて済む方法が見つかるかもしれない。 今サポートを求めても、「できているのに?」と聞く耳を持ってもらえない。でも最初から協力をしてもらえれば、それが日常になっていく。だから最初が肝心。心が不安定な状況では難しいかもしれないが、最初に協力してもらえる体制を整えることがその先の自分を救うことになる。 今のこの考えが当時の私にあったらと思う。今とは違った未来があったかもしれないし、少なくとも、あれほどの孤独に襲われることはなかったはず。 だからどうか自分が犠牲になることで他人を守れると思わないで。介護が終わってからも人生は続くのだから。いや、介護をしているときも自分の人生は続いている。かけがえのない“自分”と“今”を犠牲にしないでほしい。 女性だからという理由で犠牲にならなくて済む未来を、私たちのような犠牲になった女性と、明るい未来を夢見る女性とで実現させていきたい。       【著者プロフィール】 小梅 小さいころから本とスポーツと動物が好き。美味しいもの、お酒があると機嫌がよくなる。アラフォーに足を踏み入れた今も好きに囲まれた生活を送り、両親と4匹の猫と暮らしている。   「AERA dot.」鎌田倫子編集長から エッセーに込められたメッセージが切実でした。 「自分が犠牲になることで他人を守れると思わないで」。家族という傘の中は他人も見えず、中に入ってしまうと外も見えにくくなる。 このエッセーが、外にあるほかの方法に目を向けるきっかけになってほしいと思いました。     「10年後の女の子のために」への他の投稿エッセイはこちら! (https://mirror.asahi.com/features/watashitochichioya/)     【こちらも話題】 恐るべし、フグと父。厳格とお茶目を反復横跳びする姿に感じる人間の愛おしさ【かがみよかがみエッセイコラボ企画・優秀作】 https://dot.asahi.com/articles/-/228623
【ゲッターズ飯田】運命的な出会いがありそう! 12月に人間関係を広げるといいのは「金のインディアン座」の人!
【ゲッターズ飯田】運命的な出会いがありそう! 12月に人間関係を広げるといいのは「金のインディアン座」の人!  今からでも遅くない!   20年以上にわたり7.5万人以上を無償で占い続け、「芸能界最強占い師」として知られているゲッターズ飯田さん。12月、「金のインディアン座」は「大事な出会いと経験に恵まれる月」だといいます。  この記事ではカテゴリ別に、最高の年末を迎えるヒントをお伝えします。(朝日新聞出版『ゲッターズ飯田の五星三心占い2025 金のインディアン座』から一部を抜粋)【あなたが何座かは公式サイトで→https://www.asahi-getters.com/2025/】   *   *   * 芸能界最強占い師・ゲッターズ飯田さん。タイプ診断は特設サイトから→https://www.asahi-getters.com/2025/   「金のインディアン座」12月の開運3か条 ・覚悟を決めて行動する ・知り合いの輪を広げる ・基礎体力づくりをはじめる     「金のインディアン座」12月の総合運 フットワークを軽くしてドンドン挑戦してみよう  大事な出会いと経験に恵まれる月。これまで以上にフットワークを軽くして知り合いの輪を広げ、未経験のことや少しでも興味のわいたことに挑戦してみるといいでしょう。  飲み会に誘われたときは多少面倒でも顔を出し、出会った人と連絡先を交換しておくように。  下旬になると疲れが出やすくなるため、その前に基礎体力づくりをはじめましょう。健康的な生活習慣を意識しておくと、問題なく過ごせそうです。     「金のインディアン座」12月の恋愛・結婚運 新しい出会いは「知り合いの知り合い」に期待して  運命的な出会いがあったり、大事な人を紹介してくれる相手とつながる時期。新しい出会いを増やそうと意識するといいですが、マッチングアプリより「知り合いの知り合い」に期待したほうがよさそうです。  後輩や部下と飲み会で仲よくなっておくことも重要。  中途半端な関係の相手がいる場合は、2025年の恋愛運を乱す原因になるため、今月中に白黒ハッキリつけましょう。  結婚運は、親に挨拶する流れになるなど、本気で話を進められる時期です。     「金のインディアン座」12月の仕事運 努力が結果につながりレベルUPを実感できる  気持ちが引き締まり、やる気がわいてくる月。  自分の頑張りや努力を認めてくれる人が現れたり、結果も出はじめるので、楽しく仕事ができるようになるでしょう。これまでなんとなく仕事をしてきた人も、覚悟を決めて本気で取り組めるようになりそうです。  不慣れなことや苦手なことを克服できたり、レベルがひとつ上がった感覚を得られる場合も。重要なポジションを任されたら、最善をつくしてみると思った以上に実力を発揮できそうです。     『ゲッターズ飯田の五星三心占い2025』タイプ診断は特設サイトから→https://www.asahi-getters.com/2025/   「金のインディアン座」12月の金運・買い物運 高額な買い物は来月より今月に  お得に買い物したいなら来年まで待ったほうがいいですが、長年欲しかった物を購入するにはいいタイミング。とくに家やマンション、車など値が張るものは、来月よりは今月購入や契約をするといいでしょう。  引っ越しにも適した運気。仕事に便利な場所を選ぶのがオススメです。  また、人との交流に使うお金はケチケチしないように。投資にもいい時期なので、複利でゆっくり増やす計画を立てるとよさそうです。     「金のインディアン座」12月の美容・健康運 来年に備えて体をつくろう  体力づくりをはじめておくといい時期。  来年は「開運の年」に入り、これまで以上に慌ただしくも充実する運気です。楽しく過ごすには体力が必要になるため、いまのうちに筋トレやスポーツジムで体を鍛えておきましょう。  下旬は、連日の飲み会や予定の詰め込みすぎで疲れが出そう。睡眠を長めにとるよう意識しましょう。  美意識を高めるには最適な時期なので、エステサロンや痩身(そうしん)エステに行ってみるのもいいでしょう。     (『ゲッターズ飯田の五星三心占い2025 金のインディアン座』では、2025年全体の運気、恋愛運、仕事運などの詳細、また365日ごとの開運アドバイスなども読むことができます)   ★★3年連続No.1! オリコン年間BOOKランキング 作家別(※1) ★★5か月連続1~10位独占! トーハン月間ランキング(趣味実用書)(※2) ★★発売3か月で「175万部」突破!!   7.5万人以上を無償で占い、20年以上「開運」を極め続けた「芸能界最強占い師」ゲッターズ飯田がおくる最新刊、『ゲッターズ飯田の五星三心占い2025』全12タイプ、大好評発売中!   ※1 年間BOOKランキング 作家別 2021~2023年(オリコン調べ) ※2『ゲッターズ飯田の五星三心占い2024』2023年9月~2024年1月期(トーハン調べ)   2025年、「金のインディアン座」は「開運の年」。     2036年まで、未来の運気が「ひとめ」でわかる! まずは大きな視点で、今年の「立ち位置」を確認。     2025年12月まで、毎月の運気がよくわかる! どの本よりも超・詳しく占えます。     365日の「運気カレンダー」で、毎日の運気がわかる! こんなに細かく!? 毎日の開運アドバイスで、もう困らない!     相関図で、周囲の人との相性がまるわかり! 家族、恋人、友達、同僚、推し……人間関係のヒントが満載です。     ★タイプ診断はこちらから(生年月日を入れるだけ!)★ 『ゲッターズ飯田の五星三心占い2025』特設サイト https://www.asahi-getters.com/2025/
【2024年1月に読まれた記事②】「痛々しい画像いっぱい流してごめんなさい」 21歳美大生が能登町の写真をSNS載せ続けた理由、届いたエール
【2024年1月に読まれた記事②】「痛々しい画像いっぱい流してごめんなさい」 21歳美大生が能登町の写真をSNS載せ続けた理由、届いたエール 津波が引いたあとの能登町。がれきの山が積み上がるが、空気感や能登にさす光の美しさは変わらなかった(坂口歩さん撮影)    暮れゆく2024年を、AERA dot.の記事で振り返ります。1月は「『痛々しい画像いっぱい流してごめんなさい』 21歳美大生が能登町の写真をSNS載せ続けた理由、届いたエール」の記事が特に読まれました(※年齢、肩書等は当時のものです)。 *   *   *  1月1日に発生した能登半島地震で、見慣れた光景はすべて奪われた。  それでも、そこに「能登」があると感じた。  「町はめっちゃ悲惨なんですけど、能登の青空や町の空気感、光のきれいな感じは全然変わってなかった」  石川県能登町出身の坂口歩さん(21)は、変わり果てた地元を見て、言葉を選びながらそう話した。 「ひどいんだけど、きれいだなって。そのきれいさが悲しくもあり、救いでもあり……。きれいだと思っていいのかなとか、複雑な気持ちもありました。でも、やっぱり能登って美しい町だなって思ったんです」  何かに突き動かされるように、カメラのシャッターを夢中で切った。そうすることで、自分自身の心が救われていたのだと振り返る。 がれきが積み上がる能登町(坂口歩さん撮影) 津波で全身ずぶ濡れになった子どもたち  正月は能登町の実家に家族や親戚が集まって食事をするのが恒例だった。金沢美術工芸大学(金沢市)に在学中の坂口さんも昨年12月29日に実家に帰省。今年もいつもと変わらない時間を過ごしていた。  いとこが帰るのを見送って少しすると、大きな揺れが起きた。  能登地方では近年よく地震が起きていたため、今回も「いつもの地震だ」と重く考えていなかった。だが、すぐにまた地震が起きた。  さっきより大きい、これまで感じたことのない揺れ。家はギシギシと音を鳴らし、今にもつぶれそうだった。着の身着のまま、慌てて外に飛び出した。 地震で倒壊した家屋(坂口歩さん撮影) 「ご近所さんを確認して、みんなで避難することになりました。父と兄はパジャマみたいな格好。車も置いて、家の裏にある高台に向かいました」  少しして、近くの林の奥のほうから、「ドーン」という波の音が聞こえてきた。木がなぎ倒されているのか「バキバキ」という轟音、車のクラクションのような「プープー」という音。すでに携帯電話の電波は途切れ、今何が起きているのか知るすべもない。 「津波きたんかな」 「怖いね」 「大丈夫だよ」  集まった地域の人たちと、そう口々に励ましあった。 電線が切れ、ぐちゃぐちゃになった地元。車も全て流された(坂口歩さん撮影)  日が落ち、急激に気温が低くなった。近くのビニールハウスに移動し、置いてあったダンボールを敷いて腰を落ち着けた。  1時間ほどして、近所の公民館は電気がついた。Wi-Fiもつながる、といううわさが坂口さんの耳に入った。 「でも、公民館のほうがビニールハウスより標高が低いんです。津波も怖いし、移動するか迷いました。ただ、寒さで凍え死ぬよりはいいよねって夜8時半くらいに家族全員で避難しました」  公民館にはすでに70人ほどが避難していた。けがをしていたり、津波にのまれて全身がずぶ濡れになった子どももいた。 「町は悲惨だけど、空のきれいさは変わらなかった」という(坂口歩さん撮影) 「能登町」のことを忘れないでほしい  地震発生から2日後、意を決して自宅を見に行った。水は引いていたが、壁に残る跡から、津波が2メートル近くあったことが想像できた。言葉にならない感情が込み上げ、無我夢中で写真を撮った。 「まるで別世界に来たんじゃないかと思うくらい、ひどかった。津波で家のなかもぐちゃぐちゃでしたが、テーブルの上に置いていたこのカメラはぎりぎり水に浸かっていなかったんです。撮るのに夢中になることで、自分の心を救っていたような気がします」 津波の被害をギリギリで免れたカメラ(坂口歩さん撮影)    美大の作品づくりで、昨年末には地元の親子を被写体に公園で撮影をしたばかりだった。カメラには地震が起きる前の能登の写真も残っている。 「それが、災害の写真になってしまって。あぁ、って感じです」  避難していた公民館の前を給水車が通り過ぎていったこともあった。他の避難所の様子がわからないため、「気づいてもらえていない」「もっとひどいところがあって、うちらは後回しなのかな?」と落ち込む日々。テレビでは、輪島市や珠洲市、七尾市の情報が多く、能登町のことは知られていないのではないかと不安になった。  そこで、X(旧Twitter)とインスタグラムに能登町の写真を投稿し、こうつづった。 <痛々しい画像いっぱい流してごめんなさい、、でもこの方法しかなくて、、能登にはニュースに出てる七尾、珠洲、輪島だけじゃなくて、能登町もあります、能登町の中にもいろいろあって、、津波も来てる、物資も足りない、忘れないでほしい、、> 「投稿を見た人から、『忘れてないですよ』『大丈夫、がんばって』『謝らなくていいですよ』という声が届いて、うれしかった。同じ能登町で被災した人なのか、『ほんと、そう!』って共感してくれる人もいました」  地震発生から日が経つにつれ、公民館に避難する人も増えていった。ただ、パーテーションはなく、プライバシーもゼロ。足を伸ばして寝ることができず、お風呂にも入れない。教室2つぶんほどのスペースに100人以上の人が集まり、ピリピリした空気が漂った。 津波の跡が残る家屋。2メートル近くまできていたという(坂口歩さん撮影)  家族全員の車が流され、金沢にいつ戻れるかもわからなかった。だが、7日の朝。避難所にいた女性に声をかけられ、一緒に金沢に向かうことになった。 「2時間後出発ね!って感じでした。そんなに戻りたいとは思っていなかったんです。でも、私のメンタルも終わってたし、避難所から一人でも多く出てほしいという状況だったから。(能登を離れることも)怖いし、一人だけ金沢に行くのも申し訳ないし、でもここから出たほうがいろんな意味でいいんだろうな、って」  地震の揺れで、金沢の自宅もぐちゃぐちゃになっていた。だが、蛇口をひねれば水が出て、スイッチを押すだけで電気がつく。その一つひとつに感動した。 「能登はいいところ」だから忘れないで  金沢に戻ってから、友達や大学の先生の支えで、少しずつ前を向けるようになっている。それでも、不安は尽きない。 「とにかくお金がなくて、他にも困っている学生がたくさんいると思います。大学も就活、生活するのにもお金が必要で……。なかなかしんどい状況です。奨学金の情報とか、なんでもいいので教えてもらえるとうれしいです」  と小さな声でつぶやいて、こうも続けた。 「ツイッターで津波の動画が上がっていたりして、そういうのを見たら『能登怖い』『行きたくないな』って思う人がいっぱいいるんじゃないかなってのがすごい不安で。でも、能登ってすごいきれいなところで、本当に穏やかで、めちゃくちゃいいところだからそれを忘れないでほしいんです」 地震が起きる前に撮影した能登。やわらかい光と穏やかな海が美しい(坂口歩さん撮影) (編集部・福井しほ) ※AERAオンライン限定記事 地震発生から金沢への避難まで、 坂口さんが描いた絵 地震発生前から翌日までを描いた(絵:坂口歩さん) 絵:坂口歩さん 絵:坂口歩さん (絵:坂口歩さん) https://twitter.com/sinpiiin/status/1743504497270522305
だから東京は「機嫌が悪いおじさん」で溢れている…「どこにも逃げ場がない国」日本が抱える深刻な問題
だから東京は「機嫌が悪いおじさん」で溢れている…「どこにも逃げ場がない国」日本が抱える深刻な問題  機嫌よく過ごすために必要なことはなにか。解剖学者の養老孟司さんと精神科医の名越康文さんとの対談を収録した『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)より、一部を紹介する――。 なぜ東京の人は「怖い顔」をしているのか ――都内に住んでいる人、働いている人の表情を見ていると、怖い顔しているなと思うことないですか? 【名越】思いますよ。だから僕なんか、他人の顔をあんまり見ない。この20年ぐらいかな、他人の顔が怖くなったね。昭和の頃は、かったるいなみたいな感じの人が多くて、その後はしんどそうだったり、面倒くさいなっていうふうな表情だったり振る舞いだったりしたんだけど、最近は不満げな感じ。なかには寄らば切るぞみたいな人もいる。 【養老】それは感じますよ。人が集まりすぎているから機嫌悪いんでしょうね。お互いに気がついちゃうし。講演に行っても、なんでこんな機嫌悪いんだろうと思う人がいるよね。1時間喋ってる間、機嫌の悪いじいさんは何を話しても機嫌悪いまんまなんだよ。そんな顔するぐらいなら寝ててくれないかなとか思うんだけど。 ※写真はイメージです(gettyimages)   男9割の講演会場は「生き地獄」みたいなもの 【名越】講演に呼ばれて、40代中心とか50代中心の男性ばっかりの講演って、講演者を殺す気かと思うこともありますよね。でも先日、おもしろいことがあったんです。広島の銀行主催の講演会に行ったら、男の人ばっかりなんですよ。ああ、きょうは独り言のような講演をせんといかんと下腹に力を入れて覚悟したんです。会場には200人ぐらい座ってはったんですけど、なんかザワザワしている。よくみると男同士が、おばちゃん同士の会話みたいにワイワイで喋ってるんですよ。 これはやりやすいと思って、10分ぐらい喋って、こう言ったんです。 「皆さんは稀な集団です。僕はもう全国で講演させていただいてますけど、男が9割っていう会場はね、いわば“生き地獄”みたいなものなんですよ。壁に向かって喋っているみたい。壁打ちしてるみたいなもんなんです。ところが皆さんは男ばっかりなのに、こんなににこやかな表情で聞いてくださった。感謝です。こんな講演初めてです」 みんな笑ってましたよ。 日本人の男って、なんでこんなに不機嫌で、なんでこんなに表情が固まったんだろうと考えたとき、すごく病的なものを感じます。とにかく男性主体だととにかく不機嫌ですからね。 不機嫌にならないと損をすると思っている ――どうしてなんでしょうね。 【養老】みんなでやってるんだよ。 【名越】ああ、揃ってやってる。赤信号をみんなで渡ってるんですよ。 【養老】そうしないと損すると思っているんじゃない? 【名越】でもそういうことでは、ブレイクスルーできないと思うんですけどね。ブレイクスルーしている人は、大病して、この先の人生は楽しく生きていこうと決心したというようなバックグラウンドを持っている。実際、会場で話を聞いたら、「若い頃に肝臓を傷めた」とかそれこそいっぺん死にかけたいう人がいるんですよ。そういう男性はやわらかな表情で講演を聞いて、ときどき笑ってくれたりする。やっぱり1回ブレイクスルーが起こらないと、みんなまとまって赤信号を渡ってしまうんじゃないのかな。 【養老】駅で、具合悪くなったり、倒れたりしている場合があるでしょ。そういうとき、いちばん手助けしてくれないのは日本人だって。 日本の社会は「人がぎゅうぎゅうに詰まっている」 【名越】ああそういうこともありますね。僕は2、3カ月にいっぺんぐらい、そういうシーンに出くわしますけど、だいたいいつも僕が一番です、倒れている人に声をかけるのは。医者ということもあるかもしれないけど。「大丈夫ですか?」とか、「立てますか?」とか言ったり、荷物運んだり。僕がそうやる前に、誰かが同じようなことをやっているのはあるはずだけど、僕はほぼ見たことがない。この数年間では一度もない。いい人をアピールしてるんじゃなくて、事実のことだから。 「袖すり合うも多生の縁」という言葉があるけれど、たまたま駅で出会った具合悪い人に、「大丈夫ですか?」とかね。そんなに親しくない、袖すり合ったぐらいの人に、声をかけることができるかどうかというのは、結構大きな課題かもしれないね。 ――満員電車の中で、ちょっとぶつかっただけなのに、すごい勢いで跳ね返してくることがあります。 【名越】時々あるよね。だから自分でいるということにもうちょっと集中した方がいいってことですよね。 【養老】それができないんですよ、環境的に。やっぱり日本の社会って、人がぎゅうぎゅうに詰まってるっていうのをもう一度、みんなが再認識した方がいいんじゃないですかね。人が減ってくるともう少し世界基準に近づくと思うけど。 【名越】日本は長い間、3000万人ぐらいの人口でしたか? 【養老】江戸時代が4000万人っていうんですから。日本もこのままいくと、2070年には約8700万人ぐらいまで落ちるらしい。そこまでいくとずいぶん余裕ができるじゃないですか。 【名越】そこまでいけば「近づくな!」って言わなくても済むようになりますね。 「逃げ場」がないから腹を切るしかない 【養老】家なんか新築する必要ないはずなんだけど。必死になってローンを抱えて一生過ごすより、手頃な中古物件がいくらでもでてくるんじゃないか。 【名越】ローン抱えたら一人前になったみたいな感覚が、以前はありました。安定した気がするんですよね。 【養老】具合が悪ければ逃げればいいんだけど、日本では逃げ場がないんだね。これは昔からですよ、逃げられないのが前提でしょう。しょうがないから腹切るんだよ。 【名越】そうか~。居場所をなくして腹を切る。居場所のなさという意味ではもっとひどいんじゃないか。 【養老】1人で山の中に籠もっても、生きるの大変だもんね。そういう場所がないんだよ、籠もる候補地がない。そこに行けば自由だという場所が。 ――街の構造からして、逃げ場がどんどん消えてますもんね。 【養老】タバコも吸えない。異常だよ。昨日も埼玉県の桶川市という町に行ったんだけど、講演場所が街の文化会館みたいな立派なホールでね。「敷地内禁煙」なんだ。しようがないので駐車場まで行って吸っていたら、会館の係の人がいて、「見つけちゃったから、やめてください」って。敷地内だからね。 【名越】でも人口が減っていくに従って、そういうのを緩めていきたいですね。もう今から緩めましょうよ。 ブータンに行って、「最悪だな」と思ったこと ――ブータンに行くのがいいですかね。 【養老】それがね、今年(2023年)、またブータンに行ったんだけど、最悪だなと思ったことがあってね。アメリカのコンサル会社が入っていたんですよ。 【名越】そっか~。あっという間に、何でも動かせるみたいなことになるんですかね。うわぁ、きびしいね。あっという間にブータンが変わってしまうかもしれないですね。 【養老】ブータンの人がこういうふうにしたいんですけど、とコンサル会社に相談すると、その種の相談は契約に入っていないから、あらためて契約料を払えって。 【名越】絶対そうなる。そこにはこれまでの歴史も消されるかもしれないし。ブータンは変わり目ですね。「幸せ度世界一」と言われて注目されて、ホテルができて、お金がどんどん入って、人々の生活も変わる。素敵な家に住んだり、車に乗ったりして、人と比べるようになると、幸せの感覚も違ってきますよね。 ――どうしたらいいんでしょうね? 【名越】なるたけどうもしないようにするということが大事なんじゃないのかな。 【養老】どうしたらいいっていう考え方がそもそも脳化している。どうしたらいいかわかることは全部片付けちゃった。つまり答えを出してきた。そのやり方じゃ答えられない問題だけが残ったんだからね。 ちょっとタバコ吸ってきます。
「クリパの翌日に」死んだ愛猫の腸内にあった異物 イヌや鳥も…年末年始にペットの死が多い理由
「クリパの翌日に」死んだ愛猫の腸内にあった異物 イヌや鳥も…年末年始にペットの死が多い理由 ※写真はイメージです(gettyimages)   飼っている動物が病気になったら、動物病院に連れていきますよね。動物病院には外科、内科、眼科など、さまざまな専門領域の獣医師がいますが、獣医病理医という獣医師がいることを知っていますか? この記事では、獣医病理医の中村進一氏がこれまでさまざまな動物の病気や死と向き合ってきた中で、印象的だったエピソードをご紹介します。 解剖の依頼が殺到する12月  12月になりました。この時期、多くのご家庭ではクリスマス、大みそか、お正月と、年末年始の行事が続くことでしょう。  実家に帰省したり、離れて暮らしていた家族が一堂に会したりと、人や物があちこち移動し、生活はいつもと違って変則的になります。この時期、僕のような獣医病理医のもとには、解剖の依頼が殺到します。  遺体の多くは、一般のご家庭で飼われていたペットたち――そう、年末年始は思わぬ事故でペットが亡くなりやすい時期でもあるのですね。  飼い主さんが、この時期にペットにとって危険となりうることを事前に知っていれば、防げる死もあるでしょう。いくつかのエピソードを通じて、年末年始にペットに起こりやすい事故を見ていきましょう。 クリスマスパーティーの翌日に死んだネコ  クリスマスの翌日、3歳のメス猫の遺体が持ち込まれてきました。  飼い主さんが言うには、「仕事から帰宅すると亡くなっていた」とのこと。昨日まで元気だった愛猫を突然失って動揺しながらも、飼い主さんは「とにかく死因を知りたい」とおっしゃいます。  普通なら僕も仕事納めの時期ですが、病理解剖は時間との勝負。遺体が持ち込まれたからには、すぐに解剖を始めなくてはなりません。すると、ネコの腸内に細かく砕けた異物が見つかり、それが原因で腸閉塞を起こしていたことがわかりました。  飼い主さんに直近数日の状況を詳しくヒアリングすると、ネコが亡くなる前日に、友人家族を招いてクリスマスパーティーを開いたとのこと。その際、友人が子どもを連れてきたため、「騒音対策に、急きょ、床に連結マットを敷いた」という話でした。  これはよくあるケースで、腸に詰まっていた異物の正体は、床に敷いた連結マットのかけらです。ネコが連結マットで遊んでいるうちにつなぎ目の凸部分がちぎれ、それを誤って飲み込んでしまっていたのです。  実は、子どものいるご家庭の騒音対策や、ネコの脚への負担軽減のため、よかれと思って飼い主さんが床に敷いた連結マットが原因で愛猫が亡くなる――このような悲しいケースを、僕はこれまでに何度も見てきました。 連結マットはネコにとって危険  ネコを飼っているご家庭では、「連結マットはネコにとって危険なものだ」と認識しておいていただければと思います。つなぎ目には上からガムテープを貼っておくことで、誤飲のリスクを下げることはできます。しかし、見栄えが悪いですし、危険を完全にゼロにすることはできません。  また、クリスマスにはツリーの飾りやプレゼントの梱包材など、ひも状のゴミが多く出ます。これらのひもも、ネコはしばしば誤って飲み込んでしまうため、注意が必要です。  一度、ひもの端が口に入ると、ネコはずるずると最後まで飲み込んでしまい、腸閉塞で命を落とすことがあります。ネコの舌はザラザラしているので、口にしてしまった異物が奥のほうまでいってしまい、誤って飲み込んでしまうことが多いのです。 年末に急死した2羽のセキセイインコ  ペットのセキセイインコが2羽、大みそかの夜に突然死したケースです。  飼い主さんは、「なぜ急に死んでしまったのか知りたい」と、2羽の遺体を僕のところに持ってこられました。大みそかですが、やはり病理解剖は先送りできません。  お腹を開いて臓器を見ましたが、胃や腸には異常が見られません。  亡くなった当日の状況を詳しく聞くと、年末の大掃除や料理で家の中はごちゃごちゃとしていたとのこと。こういう場合、まず誤飲事故を疑いますが、胃や腸に異物が見つからなかったことから、何かを誤って飲み込んだわけではなさそうです。  後日、2羽の臓器を顕微鏡で詳しく調べたところ、肺にひどい損傷があるのがわかりました。ほぼ同時に死亡したとのことなので、感染症、もしくは呼吸に影響を及ぼす何らかの中毒を起こしたことが死因とも考えられました。  そこで、さらに飼い主さんに記憶を掘り下げてもらうと、「そういえば、おせち料理を作っていて鍋を焦がしてしまった」とおっしゃいます。このとき、使用していたのは「テフロン加工された鍋」だったと判明しました。これです。 鳥にとっては猛毒で致命的  テフロン加工の調理器具は、加熱しすぎると、コーティングに使われているフッ素樹脂から有毒ガスが発生することがあります。適正に使用していたら問題になることはありませんが、実はイヌでも死亡例が少数報告されており、特に鳥にとっては猛毒で致命的です。  鳥はエネルギーを消費して、活発に飛翔したり酸素が薄い上空を飛んだりするために、極めて効率の良い呼吸器官をもっています。その反面、有毒なガスにも弱いので、こういった中毒が起こりやすいのです。  このケースでは、鍋から発生したガスが肺を損傷させ、呼吸不全を引き起こしたことが死因だと考えられました。  テフロン加工の調理器具を使用する際は、空炊きしないよう気をつけること、鳥から十分に離れたところで使うこと、そして、換気を徹底することが重要です。  また、インコは好奇心が旺盛で何でも口にする習性がありますから、誤飲事故にも常に注意が必要です。  クリスマスシーズンには特に誤飲事故が増えます。過去にはクリスマスカードに入っていたボタン電池を誤飲し、鉛中毒で亡くなったインコを診たこともありました。 イブに死んだミニチュアダックスフント  12月24日の21時、業務を終えて帰宅しようとしたまさにそのとき、14歳のミニチュアダックスフントの遺体が持ち込まれました。クリスマスイブですが、この時点で朝帰りが決定です。  飼い主さんのお話によれば、夕方、仕事から帰宅すると、愛犬が亡くなっていたとのこと。前日の夜に家でクリスマスパーティーを開き、翌朝、ゴミをビニール袋に詰めて台所に置いたまま出勤したそうですが、帰宅してみると愛犬がゴミをあさった形跡があったそうです。 「もしかすると、何かを誤って食べて、それで死んでしまったのでは……」  飼い主さんはそう不安げにされていました。 つまようじや竹串を丸飲み  イヌは食べ物を丸飲みすることがあります。飼いイヌが、おもちゃ、ボール、タオル、クッションなどを飲み込み、それらを消化管に詰まらせたり、食道、胃、腸などの粘膜を傷つけたりして、具合を悪くすることはよく起こります。  特に危険なのが、つまようじや竹串、尖った骨など。これらは、消化管に穴を開け、胸膜や肺、心臓、腹膜、肝臓などに出血や炎症を及ぼし、最悪、命を落とすこともあります。  このケースでも、前日のパーティーで出されたフライドチキンや串焼きの残りをあさって食べていたらしいとのことなので、消化管に何か病変がないかを意識しながら病理解剖を進めました。  ところが、口、喉、食道、胃、腸のどこを調べても、異物が詰まっていたり粘膜が傷ついていたりする様子はありません。胃の中には消化されかかった鳥の骨片が見つかりましたが、それが直接的な死因でないのは明らかでした。  そこで、さらに解剖を進めた結果、最終的に肝臓と肺に腫瘍を発見し、がんによって亡くなったということが判明しました。  飼い主さんへの事前の聞き取りで、病気やがんの兆候が出てこなかったので予想外の病変でしたが、改めてお話を聞いてみると、「そういえば、ここ数日なんとなく元気がないような気がしていました」とおっしゃいます。  愛犬が亡くなった悲しみが消えるわけではありませんが、「自分の不注意で死なせてしまったわけではない」とわかり、飼い主さんは少し安心されたようでした。  これは、がんで亡くなったというケースでしたが、過去に僕は、尖った鳥の骨や焼き鳥の竹串を飲み込んで命を落としたイヌを何度も見ています。  飼いイヌが誤って危険なものを飲み込まないよう、飼い主さんは気をつけてあげてくださいね。また、様子がおかしいと感じたら、すぐに動物病院に連れていくよう心がけてください。  様子がおかしくなる原因はさまざまですが、病気の場合、基本的に早い段階で治療を施せば、命が助かる可能性は高まります。 病理解剖は時間との戦い  動物の死因を明らかにするための解剖、すなわち病理解剖は、時間との戦いです。動物の体は、死ぬとすぐに死後変化が始まり、本来の病変(病気によって組織などに起こる変化)が隠されたり、死後変化と病変との区別が難しくなったりします。  つまり、死んでから時間が経つほど、死因の特定は困難になっていきます。そのため、遺体が持ち込まれた際には、できるだけ早急に病理解剖を始めなくてはなりません。  これが僕のような獣医病理医のつらいところで、休日や夜間に何の前触れもなく遺体が持ち込まれ、暦も時間も関係なく病理解剖が始まるということがめずらしくありません。家族と季節の行事を過ごせないこともしばしば。妻と子どもたちには、いつも帰りが遅くなってしまってごめん、という気持ちでいっぱいです。  病理解剖を通じて読み取った死因をみなさんと広く共有できれば、避けられる死もたくさんあります。常々抱いているそういう思いが、僕を年末年始の解剖に向かわせています。  大切なペットが亡くなってしまうと、楽しいはずの年末年始が一転して悲しいものになってしまいます。動物たちにとって特に危険が多いこの時期、不慮の事故が起きないよう、飼い主のみなさんはペットたちの身の回りに十分に気を配ってあげてくださいね。 (中村 進一 : 獣医師、獣医病理学専門家 / 大谷 智通 : サイエンスライター、書籍編集者)
子どもには体験が重要、でも親が必死に「やらせる」のは逆効果 教育研究者に聞く、子どもの力を伸ばす“3つの心がまえ”とは?
子どもには体験が重要、でも親が必死に「やらせる」のは逆効果 教育研究者に聞く、子どもの力を伸ばす“3つの心がまえ”とは? お茶の水女子大学教授 浜野隆さん  子どもが自然体験やお手伝いなどの生活体験、親や先生以外とのつながりを持つ社会経験などを積み重ねることは、学力や非認知能力に良い影響を与えることがわかっています。それでは実際に子どもにどのような体験をさせるといいのでしょうか。また、子どもの体験をサポートする親が心がけたいこととは? 子どもの学力や非認知能力に詳しい、お茶の水女子大学教授の浜野隆さんに聞きました。 ※前編<体験が多いほうが子どもの「学力」や「自己肯定感」は上がる? 学力調査に詳しい専門家に聞く“研究結果”とは>から続く キャンプやお手伝い、習い事…どんな体験をすればいい? ――子どもの学力や非認知能力を伸ばす、という観点で自然体験をするなら、どんな体験がいいのでしょうか?   キャンプやハイキングはもちろんいいのですが、そんなに頻繁に行けるものではないですし、苦手と感じる親御さんもいらっしゃるかもしれません。でも、そこまで大がかりでなくても、公園で遊ぶ程度の外遊びで大丈夫です。家の外に出て「自然に触れる」ことがポイント。昆虫採集や動植物の観察、空や星の観察など、自然のなかでは知らなかったことや見たことのないものに出合う確率が高いので、子どもの好奇心や探究心が育まれます。同じ場所であっても行く季節や時間帯によって出合えるものが変化しますからね。  また予想外のことが起きたとき、その場でどう対応すればいいかを考えるよい機会にもなりますね。最近は子どもが外で遊ぶ時間が長いと近視の発症率が低いと言われています。 ――日常生活のなかで非認知能力を高められる体験はあるのでしょうか?  日常生活での体験には、「もっと上手に、効率的にできないか」と考える場面が多いので、工夫したり違った視点で考えたりする力を育てます。例えば料理や掃除、洗濯の手伝いなどはおすすめ。家族の一員として働くことで「役に立てた」という自己有用感や、言われたことができたときの達成感は「次はもっと上手にやってみよう」という意欲や向上心につながりますよ。 ――子どもの社会性を育めるような体験についてはどうでしょうか? 「親や学校の先生以外」の大人と交流する機会をもつといいでしょう。そのような大人に出会うとき、子どもは「言葉を選び」、その場にふさわしい言葉で表現しようとします。外国人や障害を持った人、高齢者と交流できるイベントなどに参加するのもとてもいいことです。普段とは異なる文化や人々との交流を通して、それまでの常識や先入観を超えて、視野が広がります。自分とは違う背景をもつ相手を思いやる心も育ちます。 ――体験というと、習い事もありますよね。 「習い事」は意欲と関心に基づく体験です。子どもが興味をもったら積極的に取り組めるようにするといいでしょう。スポーツや楽器、アート、将棋や囲碁、プログラミング……、なんでもいいのです。  親が「させたい」ことではなく、子どもが内から発する気持ちで「なんかちょっと〇〇やってみたいな……」と感じたことを大切にして取り組めるようにできるといいですね。習い事によってスキルが上達すれば自信になるし、もっと上手になりたいという意欲や向上心も育まれます。チームスポーツなら協調性や団結心も育つでしょう。  このように体験をたくさん経験すると、子どもは「自分は何が好きなのか」「どんなことに興味をもちやすいのか」がわかってきます。自分自身を知るということは、メタ認知(自分を客観的に見つめる)力を上げます。体験の幅は広ければ広いほど、子どもが好きなものに出合う確率も高くなります。 子どもに体験をさせるときに親が心がけたい、三つのこと ――「あれもこれもやらなくては」と焦る気持ちが芽生えそうですが、親は子どもの体験をどのようにサポートすればいいのでしょうか?  いくら子どもに体験をさせることがいいからと、親が必死になってやらせるのは逆効果です。大人だって自分がやりたいことをやるのが楽しいのであって、人からやらされたら不愉快になりますよね。子どもの体験を親は見守り、「いっしょに楽しむ」くらいのスタンスでいてはどうでしょうか。親御さんに心がけてほしい三つのことを紹介します。  1)親は子どもに「小さなケガ」をたくさんさせよう  子どもが初めての体験をするとき、親はつい「失敗しないように」と先回りして危険なものを排除したくなるものです。親心からではあっても、それでは子どもは失敗に対する耐性が低下して「自分で困難を乗り越えていく」意識も力も育ちません。子どものうちに「小さいケガ」をたくさんさせることが、結果的に「大きなケガ」を防ぐことになるという意識で子どもと接することができるといいですね。  社会に出れば不合理、不条理なことはたくさんあり、それを自力で乗り越えなくてはいけません。子どものころから多少の不快や困難を「あえて経験させる」くらいのつもりでいいのです。 2)親自身もいっしょに「楽しい体験」をする  親が楽しそうにやっていることには、子どもも興味を感じる傾向があり、これを「ミラー効果」といいます。「私は泳げないし水は嫌いだけど、あなたもそうなったら困るから水泳を習いなさい」と言われるよりも、「お母さんも泳げるようになりたいんだよね」と子どもといっしょにプールに行って楽しめば、子どもが水泳に興味を持つ確率はぐんと上がると思いませんか? 親から「やりなさい」と言われてやる体験より、子ども自身が「やりたい」と思って取り組む体験のほうが、はるかに非認知能力、例えば探究心や目標への情熱、忍耐力、他者への思いやり、自信などが育まれます。  親も子どもといっしょにさまざまな体験をすることで、さまざまな気持ちを共有できるはずです。親が笑顔で楽しむ姿を見て子どもは安心して、思いっきり体験を楽しむことができるのです。 3)「体験しっぱなし」にしない  いくらさまざまな体験をしても「おもしろかったね」だけで終わらせては、学びにつながりません。体験が楽しければ子どもは感じたこと、考えたことなど親に話したくなりますので、じっくり聞いてあげましょう。失敗したり負けたりといった話にもダメ出しやアドバイスではなく、子どもの気持ちに共感するのがポイントです。落ち込んだり悩んだりしているときは、親は「こうしなさい」という指示ではなく、解決や学びに「つながるヒント」を出せるといいですね。  話しながら子どもは気持ちを切り替えてやる気になったり、「ここは我慢しよう」などと忍耐することを覚えたりします。 ――いざ自然体験や習い事などを体験しても、親が期待するほどの反応が得られない場合があります。  子どもが自分からやりたいと言った体験でも「やってみたら、おもしろくなかった」ということもあります。そのときに親は「あなたがやりたいって言ったじゃない!」などと責めずに、その体験から距離を置くのも大事なことです。  近年、学校教育の現場でも「個別最適」が求められるようになっていますが、子育てでも「子どもの個性に合わせた子育て」が必要だと思います。生まれ持った特性を変えようとするのではなく、その特性を理解して「うちの子は〇〇に向くのでは」と探っていくことも大切です。例えば親子ともに外向的なら、スポーツなどアクティブな体験はとてもいいのですが、子どもが内向的な場合は、「なじめない」と感じることもあります。親子、きょうだいでも外向性、内向性といった性格は違う場合もあるので、特性に合わせた体験を考えることも大切です。 (取材・文/船木麻里) ※前編<体験が多いほうが子どもの「学力」や「自己肯定感」は上がる? 学力調査に詳しい専門家に聞く“研究結果”とは>から続く 〇浜野 隆/お茶の水女子大学基幹研究院教授。専門は教育社会学・教育開発論。文部科学省委託の「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」の研究代表として家庭環境と学力・非認知的能力の関係を分析。『子どもの才能を伸ばす 最高の子育て』(ソシム)など著書多数。
渡邉恒雄さんが週刊朝日元編集長に語っていた「スクープの秘訣」から「女性遍歴」まで
渡邉恒雄さんが週刊朝日元編集長に語っていた「スクープの秘訣」から「女性遍歴」まで 渡邉恒雄さん    読売新聞グループ本社の代表取締役で主筆の渡邉恒雄さんが、12月19日、肺炎で死去した。98歳だった。メディアのみならず、政界、野球界でも多大な影響を与えた渡邉さんだが、雑誌好きな一面もあり、「週刊朝日」にも何度か登場している。「週刊朝日」2006年1月6日号では、山口一臣編集長(当時)のインタビューに答えていた。渡邉さんが自らの人生を振り返った『わが人生記』(中公新書ラクレ)を出版したタイミングだったが、人生記では書かれなかった女性遍歴、スクープの秘訣、読書術、戦争責任論などを赤裸々に語っていた。当時の記事を再編集して掲載する。(※肩書や年齢等は2006年1月6日時点のもの) *  *  * 山口 のっけからお願いごとで恐縮です。渡邉さんは「ナベツネ」呼ばわりされるのがお嫌いだそうですが、週刊誌としては見出しにナベツネと書かないとどうにもかっこがつかないんです。以前、NHK元会長の島桂次さんの連載をしていたときも、週刊朝日だけ特別に「シマゲジ」呼ばわりしていいと……。 渡邉 ワッハッハ。僕は若いころは「ワタツネ」だったんだよ。それがいつの間にか「ワタ」が「ナベ」になった。社会部の連中が言いだして広まった。ゲジゲジよりましだから、そんなことかまわんよ。 山口 ありがとうございます。そのゲジとツネ、それに朝日の三浦ジャガイモ(甲子二)さんが永田町の三羽ガラスだったとか。 渡邉 三浦は単にジャガだよ、ジャガ。ゲジは大平正芳(元首相)に可愛がられてね。悪友だった。でも、二人とも死んでしまったんだよなぁ……。 山口 その駆け出しのころ、32歳でお書きになった処女作の『派閥』が週刊朝日の書評欄に取り上げられているんですよね。 渡邉 (大切に保存している週刊朝日1958年10月19日号を見せながら)この週刊朝日の書評に取り上げられたときはびっくりしたな。あのころ、週刊朝日は100万部ぐらい出ていたんだろう。僕の本もよく売れた。この書評のおかげで、読売のトップになれたようなもんだ。(笑い) 山口 私が驚いたのは書評に付いていたこの顔写真です。あまりにハンサムなので、さぞやおモテになっただろうと思ったら、最近出版された『わが人生記』には大学卒業まで童貞だったと。本当ですか? 渡邉 不潔だという変な先入観があったんだな。みんな信用しないけれど、24歳まで童貞だったというのは本当だ。今だから話すけど、相手も経験がなかったので、勝手がわからず、大変だったよ。(笑い) 渡邉恒雄さん   朝日の出版が悔しくて中央公論を買った 山口 今の奥さまと結婚される前には、ミス静岡とつき合っていたのに、婚約を破棄されたとか……。 渡邉 かみさんを口説くときに、「君は28人目の女性だ。これまでつき合った27人よりステキだ。結婚してほしい」と言って一緒になったんだ。24歳で女性を知って、結婚する29歳までの5年間はそれこそいろんな女性とつき合った。そのかわり、結婚してからは浮気したことはない。 山口 奥さま、美人ですよね。女優さんですか? 渡邉 劇団のな。でも50年たって、こんなしわだらけになっちゃった……。 山口 それは奥さまだって、50年前はもっとハンサムだったのにって思ってますよ。それにしても、意外と愛妻家ですね……。 渡邉 妻の認知症も完全に治ったわけじゃないんです。感情の表現が少ない。でも、それでもすごく愛おしい。妻のうれしそうな顔を見たくて、1日1回か2回ニッコリさせてあげようと努力しているんだ。 山口 いままでの悪事の罪滅ぼしですね。 渡邉 新聞記者ですからね。忙しかった時期は、寝る時間も違うし、どうしても生活の波長が合わなかった。お手伝いさんがいたこともあって、無視していたこともあった。こうなってしまうと、あのころもっと仲よくしていればよかったって後悔していますよ。 山口 ところで、渡邉さんは92年に朝日新聞の「VS朝日新聞」という企画の取材を受けられて、それまで自分は朝日に追いつけ追い越せでやってきて、新聞では質、量ともに追い越したけど、出版部門だけはどうしてもかなわなかったとおっしゃっています。私はナベツネさんにそう言われたことをとても誇りに思っていて、よく後輩に話して聞かせるんです。 渡邉 朝日の出版は伝統があるからね。読売にはない。だから悔しくて中央公論を買ったんだ。あれはもっともうまくいった友好的M&Aでした。中公の会長の嶋中雅子さんにあるパーティーで会ったとき、雑談で経営が大変そうだから合併しませんかと持ちかけたんだ。嶋中さんは親友の氏家齊一郎君(日本テレビ取締役会議長)の奥さんの1年先輩で仲がよくて、僕もよく知っていたから。嶋中さんがお願いしたいというから話はスムーズに進んで、読売の傘下に入った。中公の借金はかなりあったけれど、あれだけの知的財産を生かすことができた。大成功ですよ。 山口 渡邉さんは毎日忙しいのに読書量がすごいですね。時間をどう有効活用しているのですか。 渡邉 通勤時間を減らしたんです。片道1時間近くかかったのがいまは10分。だから毎日2時間くらい読書時間が増えた。午後10時ぐらいに自宅に戻って昔は午前2時3時まで本を読んでいたから。いまでも2日に1冊は読む。緊急に読まなければいけない本を枕元に置いているんだが、いま100冊ほどある。これから読売新聞で、戦争責任論についてキャンペーンをしようと思っているものだから、昭和戦争論が多い。40冊はある。ストレス解消にカントやニーチェの本も読まんといかんし。昨日はアインシュタインを読んだ。 小泉純一郎元首相   政策より下ネタ好きの小泉純一郎元首相 山口 読売の社告で戦争責任論をやるというのを見て、「ああ、やられたな」って心底思いました。 渡邉 満州事変での陸軍の暴発をはじめ、サイパンが陥落して日本は降伏せざるを得ない状況だったにもかかわらず、どうしてアメリカは原爆を落とすことになったのか。もっと早く降伏できなかったのか。当時の状況を克明に取材して戦争責任について記事にしていくべきだというのが僕の考え。当時の鈴木貫太郎首相にもポツダム宣言を黙殺すると言明した責任はあったし、天皇も責任をとって退位すべきだった、という人もいる。戦争責任のキャンペーンを終えたら、次はソ連が8月15日の終戦になってから満州に攻め込んだことについて徹底的に調べ、かつ批判するつもりだよ。 山口 渡邉さんは政治部時代、記者というより政治を動かす側に回っていたとよく言われますが……。 渡邉 駆け出しのころ、ある大物政治家の会議の取材を庭の中からのぞいていたら、会議の中に朝日の記者が入っていた。「すげえな」と思った。バカヤロー解散など抜かれた経験は山ほどありますが、本当の特ダネを取ろうと思ったら、虎穴に入っていかなければダメだと認識したんです。ただ、金銭的な恩恵を受けたらいけない。僕は大野伴睦(元自民党副総裁)に可愛がられて、あるとき「小遣いに困ったらいつでも言ってくれ」と言われた。でも、当時僕は文春や現代とか週刊誌にアルバイト原稿をジャカジャカ書いて月給の倍ぐらい稼いでいたから「必要ないですよ」と言ったんだ。それからいっそう信用されるようになった。 山口 渡邉さんは、日韓国交回復の元となった「金・大平合意メモ」をスクープしていますね。それで聞きたいと思っていたんですが、今年8月に韓国が公開した外交文書に右翼の大物、児玉誉士夫氏と読売新聞ワタナベ記者が関与していたと書かれています。これは渡邉さんのことですね。 渡邉 その文書を見てないのでわからないが、児玉さんは当時、KCIAの幹部で駐日本代表部参事官のSとべったりだった。僕も取材でその幹部に会おうとしたが、日本政府は彼の電報を暗号解読していて、僕に内容を教えてくれた。彼は自分の手柄を大げさに韓国に知らせている男だと知って急遽会合を止めたことがあった。韓国が公開したという外交文書は、その男が手柄自慢に打ったものでしょう。あのころ、児玉さんは韓国の軍やKCIAとつながっていたと思います。 山口 それで特ダネは? 渡邉 実は「金・大平合意メモ」のたたき台は、僕も入って数名で会議をしてつくったんです。ところがメモの内容がなかなか実行されない。池田勇人首相は大平外相が事前許可なしにサインしたことにハラを立てていたと思う。そこで、外務大臣がサインした文書を実行しないのはおかしいと僕が大野伴睦に進言したら、それはもっともだという。ところが僕が大野さんに言ったものだから、メモの存在が大野さんの口から漏れだしたので、あわてて記事にしたんですよ。僕が大野さんに教えてやったネタなのに、それで抜かれたのではたまらないからね。 特ダネを取る秘訣とは? 山口 特ダネの秘訣は何かあるんでしょうか。 渡邉 10取材しても、すぐには一つか二つしか書かないこと、秘書や運転手とかお手伝いさんを大切にすることかな。大野伴睦を夜回りして、番記者と一緒に引き揚げるんだ。その後で勝手口に回ってお手伝いさんに言って開けてもらって中に入る。一対一で内証の取材をするわけだ。 山口 忍者みたい。 渡邉 忍者だよ。僕は池田元首相以降の歴代首相とサシで食事をしたが、バレたことはない。いろんな手口を知ってるからね。小泉純一郎さんだって怪しいよ。月に2回もホテルの理髪店に行っている。あの2時間は秘密タイムだ。僕は純ちゃんが首相になった直後に二人きりで政策などを3時間近く話したんだ。そのときも「ホテルの○○号室で待ってくれ」と言う。本を読んで待っていると純ちゃんが一人で後ろに立っていた。SPも秘書もつれずにね。そのとき、何をやりたいか聞いたら大連立と言ってたよ。まだその思いは変わっていないはずだ。純ちゃんは政策の話は聞いていたけどあまりわかっていないんじゃないかな。終わりのほうで下ネタとクラシックの話になったら目の輝き方が変わったから。(笑い) 山口 ポスト小泉については、渡邉さんはどう考えられていますか? 渡邉 今の状況だと安倍晋三君だろう。しかし、参議院選挙で自民党は10ぐらい減る。総選挙をやったら、この前、取りすぎたから大幅な揺り戻しがある。そうなると、森前首相が言うように今回は待って、次を狙うということも。安倍君を推しているのが、中川秀直(政調会長)や武部勤(幹事長)、竹中平蔵(総務大臣)たち。自民党内では、あまり好かれていない連中だ。福田康夫(元官房長官)や谷垣禎一(財務大臣)を推す勢力も出てくる。そうなると安倍対非安倍の多数派工作となるのではないか。総裁選で1回目の投票で2位につけた人が決選投票で勝つ可能性もある。 山口 渡邉さんが一人いれば、読売は政治部いらないんじゃないですか? 渡邉 そんなことはないよ。ワッハッハ。
裁判直前に独占告白! 旧ジャニーズ性被害「石丸志門氏」が「18億4500万円」を要求した“本当の理由”
裁判直前に独占告白! 旧ジャニーズ性被害「石丸志門氏」が「18億4500万円」を要求した“本当の理由” スマイル社との裁判に臨む石丸志門氏(撮影/上田耕司)    旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP.)の創業者であるジャニー喜多川氏から性被害を受けたと訴えている「ジャニーズ性加害問題当事者の会」(今年9月に解散)の副代表を務めた石丸志門氏(57)は、補償金額をめぐり同社から提訴された。スマイル社が提示した補償金額と石丸氏の希望額に大きな隔たりがあるためだが、石丸氏の高額請求には世間から批判の声も上がっている。石丸氏の真意はどこにあるのか。第一回の口頭弁論(12月20日、さいたま地裁)を前に、石丸氏がAERA dot.のインタビューに応じた。 *  *  *  石丸氏の自宅に、さいたま地裁から封書が届いたのは11月5日のことだった。 「裁判所の封筒で郵便が届き、中を開けたらSMILE-UP.からの訴状が入っていました。訴状は22ページにも及び、細かく主張が書かれていました。僕は弁護士をつけず、裁判に臨むつもりです。訴状の1項目1項目について、すべて自分で答弁書を作りました」  スマイル社は今年2月、石丸氏に補償金1800万円を提示したが、石丸氏が求める金額とは大きな隔たりがあったという。その後の調停でも、両者の溝は埋まらず、スマイル社は1800万円を超える損害賠償責任はないことの確認を求めて、さいたま地裁に提訴したと報じられている。  石丸氏のスマホには、苦心して書き上げた答弁書が入っていた。これまでの補償交渉の経緯を石丸氏はこう振り返る。 「今年2月8日、SMILE-UP.の設置した被害者救済委員会の弁護士と初めて面会しました。5月頃に行われた3回目の面会でも、僕の思っていた額とは大きな隔たりがあったので、平行線で終わりました。すると、SMILE-UP.側の弁護士が『裁判所での調停にしてもらいたい』と切り出してきたんです」  当初、石丸氏は調停に持ちこむことには難色を示した。 「調停だと時間もかかるし、金額が下がるのではないかと聞くと、SMILE-UP.側の弁護士は『それは調停委員が決めることだから』『費用は全部ウチが出しますから』と。30分くらい説得されたので、じゃあ調停にしましょうと同意したんです」  さいたま簡易裁判所で行われた調停で、石丸氏が最初に要求した金額は18億4568万32円だった。これが報じられると、SNSでは「金額がケタ外れ、無茶苦茶すぎる」「慰謝料にも相場や判例がある」「他の方々との差がつきすぎる」など批判の嵐が吹き荒れた。 「僕も18億円からもっと減額した案も出しましたが、結局、調停では折り合わなかった。調停委員から『このまま話が平行線だと訴訟になるかもしれない』と言われましたが、『僕はあくまで調停で話をつけたい。裁判は望んでいません』と答えました」  そうした曖昧な状態が続いていたが、前述のように、今年11月5日にスマイル社から訴状が届き、「いきなり訴訟になってしまった」(石丸氏)という。石丸氏は憤慨した様子でこう続ける。 「昨年10月、SMILE-UP.は記者会見で被害者の救済には時効や証拠も考慮せず、『法を超えた補償をする』と約束していたのに、いきなり訴訟に踏み切るのは乱暴すぎると思います」 石丸志門氏(撮影/上田耕司)   1800万を受け取ったら生活保護が切られる  とはいえ、石丸氏が最初に提示した18億4568万32円という金額の根拠について疑問に思う人が多いのも事実だろう。石丸氏はなぜここまで高い金額を請求したのだろうか。 「働けるはずだった22歳から56歳までの逸失利益、現在の57歳から将来にかかるであろう生活費を細かく計算しました。僕は家族と3人暮らしです。一時期、アメリカで生活してことがあるので、家族でアメリカへ移住したいという希望もあります。移住には引っ越しやグリーンカードの取得なども必要なため、その費用も入れています」  石丸氏は14歳で旧ジャニーズ事務所に入所。在籍した17歳までの約3年間で、ジャニー氏からの口腔性交による被害は50回以上に及んだという。さらに、それ以上の性被害にもあっていたと語っている。  その結果、心療内科で「うつ病」と「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」の診断を受けた。 「今は仕事ができる状態ではありません。障害者年金と生活保護で暮らしています。もしも、SMILE-UP.から提示された1800万円を受け取った場合、障害者年金は継続されるでしょうが、生活保護は打ち切られると思います。そうすると、家賃や医療費の補助も受けられなくなります。ウチには役所の職員がやってきて『もう、SMILE-UP.からの補償金は出ましたか?』としょっちゅう聞かれます。受け取るのを待っているみたいです(苦笑)。もし1800万円を受け取っても、物価も上昇しているし、何年もつか……。お金がなくなってから再び、生活保護の申請をしても、今度は必ず通るとは限らない。税金で支出する分を、SMILE-UP.に肩代わりしてもらいたい。そうすれば誰にも迷惑がかからないはずです」  スマイル社は12月13日、これまでに1008人から補償の申告があり、そのうち538人が補償内容に同意、すでに530人に補償金を支払ったと公式サイトで明かした。補償を行わないと判断したのは215人。補償額の平均は発表されていないが、「700~800万円程度だろう」と、既に補償金を受け取った旧ジャニーズのメンバーは推定する。  これに対して、石丸氏は「算定基準がわからない」と首をかしげる。 「基本的に、SMILE-UP.が設置した被害者救済委員会の決めた金額が相場になります。被害者がそれにあらがっても、ほんの少し上乗せされる場合があるだけ。実質的に“加害者側”が算出した補償額を、被害者がのむしかないという構図になっています。とても、公平性が保たれているとは思えません。そのことに対しても、裁判で一石を投じたいと考えています」 SMILE-UP.社長の東山紀之氏   スマイル社とは「食い違い」も  石丸氏はインタビューが終わると、「当事者の会」代表だった平本淳也氏らと一緒に、旧知の5人組ロックバッド「CORVETTES (コルベッツ)」のライブ会場へ向かった。会場は立ち見も出るほどの盛況ぶり。石丸氏はライブを見ながら、決意を新たにしたのか、こうつぶやいた。 「裁判をやるからには負けるつもりはないです。僕だけの裁判だとは思っていない。不同意性交のすべての被害者のための裁判だと思っているんです。欧米に比べて、日本の性被害に対する補償額は低すぎる。僕が闘うことで、少しでも補償額の底上げをして次につなげたいという思いがあります」  スマイル社に提訴に至った経緯を尋ねるとこう回答があった。 「プライバシーを尊重する観点から、個別事案についてのコメントは差し控えさせていただきます」(広報窓口担当)  石丸氏はスマイル社からいきなり提訴されたと主張しているが、「弊社は、『訴状で知らせる前に』お相手の方に対して、提訴の事実を伝えておりました」(同)と、異なる認識を示した。  また「補償額を“加害者側”が決めており、被害者がそれに納得しなくても少しの増額しか認められない」という石丸氏の証言についてはこう回答した。 「弊社は、再発防止特別チームの提言を踏まえて、補償の要否および補償金額の判断を、独立した立場の被害者救済委員会に一任しております。そして、被害者救済委員会から通知された補償金額にご納得いただけない被害者の方におかれては、不服を申し立てて頂き、被害者救済委員会において再度検討するというプロセスを経ています。補償金の支払いを受けられたことによる誹謗中傷等を避けるため、具体的な補償金額・総額・平均額等を開示しないこととしております」(同)  弁護士もつけず、たった一人で闘う石丸氏にとっては厳しい裁判となるかもしれない。ただそれでも、性加害を許さないという思いだけで法廷に立つ。 (AERA dot.編集部・上田耕司)
都内の公立小中学校で「上履き廃止」の動き、いったいなぜ? 全国では「土足で教室に入るのが当たり前」の地域も
都内の公立小中学校で「上履き廃止」の動き、いったいなぜ? 全国では「土足で教室に入るのが当たり前」の地域も (写真はイメージ/GettyImages)  学校へ入ると下駄箱がなく、すっきりとした昇降口の小学校――。そんな下駄箱ナシ、上履きナシの公立小中学校が東京都港区や中野区などで出てきました。履いてきた1足の靴で学校生活を過ごす「一足制」が増える背景には、どんな理由があるのでしょうか。 上履きの存在自体が子育てのストレス  小学生親子にとって、週末の憂うつともいえる上履き洗い。「金曜には持って帰るのを忘れて、月曜には持っていくのを忘れます。しかも子どもが自分で洗わないので面倒です」と“上履き地獄”からの解放を願うのは、小学2年と3年の男児を育てる都内の40代女性です。持ち帰らない、上履き袋に入れない、自分で洗わない、乾かない、しかも忘れていく……。「上履きの存在自体が子育てのストレスになっている」と感じる親も少なくありません。  学校でバレエシューズタイプの上履きに履き替える習慣は日本独自で、全国を見渡すと外で履く靴と上履きの二足制を導入している学校が圧倒的に多いのが現状です。土足を脱いで上がる習慣は寺子屋の時代には既にあったとされ、一般的なバレエシューズタイプの上履きを履くようになったのは戦後から。以後、上履き文化は続いてきました。  ところが最近は東京都港区や中野区、台東区、品川区などで、上履きを廃止する学校も出てきました。たくさんのメリットが考えられるためです。持ち物の負担軽減、スペース確保、昇降口での滞留の解消、自由な出入り、災害時の避難の円滑化、下駄箱周辺のトラブルの解消などの観点から、検討が進められているようです。 港区の小学校はほとんど上履きナシ  港区では、ほとんどの区立小学校で上履きナシの制度が導入されています。港区教育委員会によると、グラウンドを人工芝化したタイミングなどで導入が始まり、すでに小学校は19校中18校、中学校は10校中7校が上履きを廃止しています。この制度の導入の最終的な判断は学校長に委ねられますが、背景には港区の地域特性もあるようです。 かつて児童の上履きの履き替えに必要だったスペースも、ゆとりのある見通しのよいオープンスペースになった。港区立小学校にて(港区教育委員会提供) 【※この記事を1ページ目から読む】 「港区の地域性が大きく関係しています。港区では1校当たりの土地が狭小で敷地の面積が狭く、十分な広さの昇降口を確保しづらいというのが大きな理由です。じつは下駄箱はかなりの面積を取ります。それらをなくすことで、昇降口が明るく広くなって、オープンスペースとして有効活用できます。あとはグラウンドの人工芝化が進んだことも影響しています。大使館もあって羽田からも近く、国際化が進んでいる地域の特性も理由の一つです。そのうえ、港区は通学路も整備されていてとてもきれいです。こうしたことから、改めて上履きに履き替える必要性がなくなっていったという状況です」と港区教育委員会の担当者は話します。  長靴や濡れた靴の場合、昇降口のマットで対応するほか、気になる児童生徒は替えの靴を持って来るか、学校のロッカーに“置き靴”をするなどして個々に工夫しているそうです。 神戸市では土足で教室に入るのが当たり前  上履きナシが昔から当たり前となっているのが神戸市です。神戸市のほとんどの学校では、土足のまま教室に上がります。神戸市教育委員会の担当者によると、「市外から転居してきた人は衝撃を受けるようですが、神戸市で育った人にとってはむしろ土足で教室へ入ることの方が当たり前」だそうで、市内全体の8割を超える248校中203校が上履きナシの一足制(2024年11月現在)です。  独自の習慣が続いている理由は明確ではないそうですが、「山間部が近く、平地を確保しにくいので昇降口が設けられなかったことと、(室内も外履きで過ごす)外国文化が根付いていたことが影響していると言われています」と担当者は話します。特に不便を感じることはないそうです。 神戸では、上履きナシは減少傾向?  土足で汚れる床を掃除しやすくするため、神戸市内の学校では独自の清掃を続けています。「油引き」という作業です。教室の床に油を引いて乾かし、土ぼこりを掃きやすくします。ところがこの油引き作業が教員の負担になっているケースもあるそうです。 「業者さんにお願いするパターンもあるのですが、先生が放課後に行うこともあり、手間もかかります。働き方改革を進めるなか、ほかの理由も含めて上履きナシの制度を見直す学校もあります」と市教委の担当者は話します。  新設時や建て替え時に校舎を高層化して下駄箱スペースを確保し、外履きと内履きの二足制にする学校が増え始めた神戸市。上履きナシが増える都内の学校とは逆の流れです。 上履きナシ、衛生面を心配する声も  上履きがない一足制のデメリットとして、衛生面を心配する声もあります。  小学1年と4年の兄妹を育てる都内在住の男性(45)は、学校の廊下や床で転げ回る低学年を見て、上履きナシの流れに不安を覚えたといいます。「うちの学校はまだ上履きですが、近隣の小学校は一足制になりました。学区の通学路には不衛生な場所もあります。万が一、通学時に動物の糞を踏んでしまったとして、その靴で過ごすとなると、汚いを通り越して危険だと思いました」と打ち明けます。  地域性や周囲の環境が影響する上履き問題。オフィスや店舗、病院など、現代の日本では一足制が常識となるなか、子どもの育ちにとっては何が最適でしょうか。改めて「二足制」の意義について議論することも必要そうです。 (取材・文/大楽眞衣子)
地方公立校から塾ナシで東大合格も仕送りナシ。「お金がない」不安や現実をひしひしと感じていた男性が見た、東大三鷹寮の衝撃の間取りとは?
地方公立校から塾ナシで東大合格も仕送りナシ。「お金がない」不安や現実をひしひしと感じていた男性が見た、東大三鷹寮の衝撃の間取りとは? 矢口太一さん(撮影/朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介)  地方公立校から、塾ナシで東大合格も仕送りはナシ。「お金がなくて、何度も一人で泣いていた」男性が、今では東大大学院に在籍しながら大手上場企業で業績を上げ、活躍の場を他社にも広げている。矢口太一さん初の著書『この不平等な世界で、スタートラインに立つために』で明かした、上京時の胸がつぶれそうな不安や恐怖、そして上京直後に受けた衝撃の場面を抜粋・再編して掲載する。 *  *  *  東京大学への進学が決まってからの2か月弱の期間は、引っ越しの準備と奨学金探しに追われていた。 「日本一の大学に行くんだ、きっと奨学金があるに違いない!」  ずっと伊勢で育った僕は、「日本で1番の大学」に通う東大生は日本の将来を背負う人材なのだから、貧しくても、素晴らしい支援や奨学金が、国や大学、民間からも、きっと受けられるに違いない! そう信じていた。  商売の家の長男として、家業の状況は兄弟の中で一番敏感に感じている。 「今、お金ないな」  なんならここ5年くらいで一番よくない。今、僕が「大学に行くから」とこの家に出費を強いれば、早晩立ち行かなくなることはわかっている。「奨学金を借りる」と言えば、きっと両親は月に1万円でも仕送りをしようとするはずだ。ただ、今の我が家ではそのわずかなお金も命取りになる。そのことは僕が一番よくわかっている。僕は家族には1円もお金の迷惑をかけない、と決めた。というよりも大学進学後に仕送りがないことは、言葉にしないけれど「暗黙の了解」のような形でいつの間にか家族の間で決まっていた。  ネットでひたすら検索し、奨学金をリストアップしていく。  休みが続き、気が抜けて昼から寝転がっていた僕は、パソコンを開いてFacebookを眺めていた(大学1年生の9月までスマホを持っていなかった)。するとある投稿が目に留まった。知らない投稿者だけど、「友達」がいいねをして、流れてきたみたいだ。 「孫正義育英財団という財団ができた。異能を支援する財団で、国際大会や国内大会で優秀な成績を収めた者などが選ばれるらしい」  ふーん。せっかくだし、応募してみるか。今まで調べていた奨学金とはちょっと毛色が違う募集要項だけれど、出すのはタダやんな? と、思い切って応募してみることにした。必要事項を入力して送信する。  この何気ないエントリーが、その後の大学生活4年間を左右するとはその時は思いもしなかった。 矢口太一『この不平等な世界で、僕たちがスタートラインに立つために』(朝日新聞出版)>>書籍の詳細はこちら  そしてついに東京へ出発する日がやってきた。引っ越しは全部一人ですることになった。  荷物は段ボールで東大の寮に送ったので、あとは身一つで向かうだけだ。  よく晴れた日だった。  伊勢市駅の改札まで父と母、弟と妹が来てくれた。  これから何も知らない土地で一人で生きていく。その重みが僕の体と心にぎゅっとのしかかった。両親から借りた50万円と祖父母から借りた50万円、自由研究の賞金などで貯めたわずかばかりのお小遣い(入学金の支払いでほとんどなくなってしまった)だけが頼りだ。今日からの日々は、全てを自分一人でやらなくちゃいけない。お金もとにかく何とかするしかない。  東京に親戚もいなければ知り合いもほとんどいない。リュック一つだけを背負っての片道切符。夢の東京大学への進学だけれど、正直不安で仕方なかった。 「いつでも帰ってこい!」そう家族は言ってくれるけど、お金の意味では「帰る場所」はどこにもないのを僕は知っていた。  これから一人で、生き抜いていかなくちゃいけない。お金も生活も全部自分で何とかするんだ。父の商売がどうなっても、弟と妹だけは大学に行かせてあげなくちゃいけない。僕は早く立派になるんだ。そのためにも(奨学金がたくさんあるに違いない)東京大学を選んだ。絶対に家族に迷惑をかけるわけにはいかない。 「みんな、行ってきます!! 元気でな!」  改札で笑顔で手を振った。階段を上る。家族が見えなくなった。階段を上りながら、気が付けば僕は歯を食いしばっていた。視界がぼやける。涙が頬をつたっていた。  本当は不安で不安で仕方なかった。怖くて怖くて胸がつぶれそうだった。  どうやってこれから生きていけばいい? こんなお金でやっていけるわけないじゃないか。  そうか、僕はもう1人なんだ。本当にもう1人なんだ。何かあったら父と母に助けてもらえる昨日までの日々にはもう二度と戻れない。近鉄の電車に揺られながら、家族との思い出が詰まった景色を窓からずっと眺めていた。 矢口太一さん(撮影/朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介) 東京大学三鷹国際学生宿舎 「ここか…!」  スマホを持っていなかった僕は、事前に印刷していた路線図を見ながら、何とか吉祥寺駅に着いた。駅前にドラッグストアがあったので、とりあえず歯ブラシと歯磨き粉を買うことにした。 「どれを買おうか…」今までは母の買い物に「ついていく」ことは多かったけれど、どれを買うかを「決める」ことは多くはなかった。 「これでいいかな…」一番安い歯磨き粉を手に取ると、いつも家で使っているのと同じものだったことに気が付く。 「そうか…。今まで、もっといいやつ買ってよ! ってねだっていたけど、自分で買うってこういうことなんか…」  胸がちくりと痛んだ。  バスに乗り、20分ほどで最寄りのバス停に着いた。地図を広げ、寮に向かって歩く。  5分ほど歩くと、むき出しのコンクリート壁の年季の入った建物が並んでいた。 「東京大学三鷹国際学生宿舎」  ここか…。思っていた何倍も「ぼろい」。そんな印象だった。  指定されていた時間が近かったので、共用棟へ向かう。留学生も多いみたいで、中国語や韓国語の会話も耳に入ってきた。寮生活の説明を受け、鍵を受け取って部屋に向かった。 「おお…狭い…」  通路とベッドがある。そんな小さな部屋だった。  そして、いくつか先に届いていた段ボールからトイレマットを取り出し、トイレを開けた。 「え…? トイレ? シャワー??」  衝撃だった。  トイレの個室にシャワーがついているのだ。「トイレとシャワーが同じ」ということは事前の資料を見て知っていたけれど、いわゆるビジネスホテルのようにトイレがあって、シャワーカーテンで仕切った先にバスタブがある、そんなものをイメージしていた。  実際は、トイレの一室にシャワーがついていたのだ。  シャワーを浴びれば、トイレは水浸しだ。 「トイレマットとかは、置けへんな…」  がくっと肩を落として僕はその場にしばらく固まっていた。 「キラキラ」とは程遠い、大学生活が始まった。 矢口太一さん(撮影/朝日新聞出版写真部映像部・和仁貢介) *  *  * 「『お金ならなんとかなる』と人は言うけれど、『何とかしてくれる人』はほとんどいない。」  三重から上京するも「仕送りナシ」。大学が一括窓口となる奨学金は、一時金30万円のみ……。そんな苦境の中でも諦めず、お金がなくて何度も一人で泣きながら、それでも立ち上がり続けた矢口太一さんが強く感じた、「人生のスタートラインに立つ」ことの意味――。本書で矢口さんが最も伝えたかったこと。 スタートライン  18歳で上京してからたくさんの人と出会う中で、ある時ふと気づいた。  僕がこれまで必死にもがいてきたのは「スタートラインに立つための努力」だったんじゃないのか? ということだ。  東京大学に行くんだ! と、周りの目を気にしながら、何度も折れそうな心を奮い立たせて「旗」を掲げながら踏ん張らなくたっていい世界があるということ。  明日を生きるお金をどう工面するかにエネルギーの大半を使い果たさなくとも、運転免許だって、海外経験だって、いろんな経験に「自己投資」できる世界があるということ。僕がこの「スタートラインに立つための」戦いを途中棄権すれば、きっと僕には「才能がなかった」「根性がなかった」、そんな評価がなされるであろうということ。そのことに気付かなかった。  僕は「スタートラインに立つための努力」の過程で何度も心が折れそうになった。何度も負けそうになった。そして今僕は、自分たちの立つ場所のはるか先に「スタートライン」があることさえ知らない「普通の人たち」がたくさんいることも知っている。  この社会の全ての人のバックグラウンドを同じくすることなど不可能だ。そんなことはできない。ただ、この社会に生きる人たちが、僕のような「普通の人たち」が、「スタートラインに立つための努力」を少しでもしなくて済むように力を尽くすことはできるはずだ。僕はそのために力を尽くしたいと思う。そして、「スタートラインに立つための努力」を必死にしている人たちの口から「自分は才能がないから」「根性がないから」、そんなことを言わせたくない。  この社会の「ルール」を決めるのは、「スタートライン」に立ち、それぞれのレースで先頭を走る人たちだ。「スタートラインに立つための努力」をしなくちゃいけない僕たちは、その「ルール」を決める人になれる可能性は必然的に小さくなってしまう。その結果として、僕ら「普通の人たち」から大きく距離のある「ルール」が(悪気なく)作られることになってしまう。  だからこそ、僕たちは、何としてでも「スタートラインに立つための努力」を続け、「スタートライン」に立ち、「ルール」をつくる土俵に立たなくちゃいけない。そして、後に続く仲間たちの「スタートラインに立つための努力」を少しでも小さくできるよう力を尽くすのだ。
「私は女の子が好きだから」写真家・珠かな子さんが語る「大乱闘スマッシュファミリー」と人生
「私は女の子が好きだから」写真家・珠かな子さんが語る「大乱闘スマッシュファミリー」と人生 (撮影/インベカヲリ☆)    写真家として活動する珠かな子さん(36)の家族の物語は、曽祖父の代までさかのぼって始まった。曽祖父は妻と子どもを家から追い出したという。祖父は師匠の娘と結婚したというが……。現代日本に生きる女性たちは、いま、何を考え、感じ、何と向き合っているのか――。インベカヲリ☆さんが出会った女性たちの近況とホンネに迫ります。(※前編から続く) *   *   * セルフネグレクトで死亡 「祖父は、おそらく昔から不倫をしていたんだと思います。祖母は姉さん女房で、人とかかわるのが難しい性格だったみたい。自分が糖尿病になったら『私の面倒は見るな』と言って、祖父を家から追い出してしまったんです」  もっとも、祖父母の家と、両親の住むかな子さんが育った家は、一軒家の連なる長屋だった。祖母は隣に住んでいたが、人から面倒を見られることを最期まで拒否し、ある日ひっそりと亡くなっていたという。  一方の追い出された祖父は、その後すぐに2人の彼女を作り、土日に会う彼女と平日に会う彼女に分けて、家を行き来していたらしい。だが、しばらくすると、自分以外にも女性がいることを知った土日彼女が離れていき、ついで平日彼女も入院した。祖父は、老齢になって一人ぼっちになったのだ。 「そしたら一人じゃ何もできないし、病院も行かない。体調を爆速で悪化させて、本当に1カ月以内に死んだんです」  かな子さんの父が生活に必要な食料を届けるなどしていたが、買ってあげた電子レンジは開封すらされていなかったという。 「私は『セルフネグレクト死亡じじい』って呼んでる。ひ孫も懐いていたのに、そんなことお構いなしで『自分で自分の世話するくらいなら死んだほうがマシ』ってすごいですよね。祖父は自分が大好きな人で、自分の話と昔話しかしないし、家族に対しても、そこそこ愛着はあっても関心はないんですよ。孫である私に対しても、『可愛い』という考えはまずなかったと思う」 「男がすっごい偉そう」  その息子であるかな子さんの父は、元々酒浸りだったが、祖父の死にショックを受けてさらに酒浸りになり、老人性鬱のような状態になったが、やはり病院へは行かなかった。あげく家で大暴れし、一家大乱闘が起こったという。  かな子さんは、笑いながら言う。 「『大乱闘スマッシュファミリー』って呼んでいます。うちの家系は、男がすっごい偉そうなんですよ。『誰が飯食わしてやってると思うんだ』とか『誰の家に住んでるんや』とか『女はバカだ!』とか言って、ふんぞり返って、女を見下していて、そのくせセルフネグレクトで自分のことは何もできない。何を根拠に、あんなに自分が偉いと思えるんだろう」 写真家の珠かな子さん    そうした男性たちを相手にしてきた母は、さぞ大変だったろうと思いきや、かな子さん曰く「ポジティブな不思議ちゃん」だそうで、天然パワーで上手く立ち回っていたらしい。  まさに、昭和の放蕩一家という感じだが、曽祖父、祖父、父を見ていたら、自然と男性に期待をしなくなるということはありえそうだ。 ちゃんと好きだったのは元カノぐらい  そんなかな子さんには、つい1年ほど前まで9歳下の彼女がいたという。私は、男性と付き合っているかな子さんしか知らなかったため、これは初めて聞く話だった。 「ちゃんと好きだったのは、その元カノぐらい。だって、本当に好きだったし、ずっと一緒にいたいし、結婚したいし、他人に取られたくないし、浮気とかされたら死ぬって思っていたから。彼女が海外留学するっていうから、その前にプロポーズしようと思って、2カ月前からリゾートホテルを予約して、フラッシュモブのやり方とか調べて、結婚指輪をどうするかとか考えていたんですよ。めっちゃルンルンしてたけど、だんだん雲行きが怪しくなってきて、結局、別れてしまいました」  元カノにはいろんな思いがあったらしく、2人のエピソードを話し出すと止まらなかった。かな子さんは、どんな結婚生活を思い描いていたのだろう。 「海外旅行とかにたくさん行って、老後はちょっとした田舎に引っ越して、大きな庭のある家に住んで、大きなベッドを買って、彼女と大型犬と寝て、庭でアヒルとかも飼いたいなって思っていました。その前に、まずは2人でウェディングドレスを着て結婚式をしたかったですね」 人生は自分のものだから  聞けば、初恋も女性だという。初めから、女性が好きだったということだ。 「私は、男性だとか女性だとかいうことを特に気にしていなくて、『女の子は可愛いから皆も好きだよね』っていう感覚です。ナチュラルな感情だから、レズである誇りとかも特にないし、『レズっていう言葉は差別だからレズビアンと言うべき』という人がいることもよくわからない。人生は自分のものだから、好きなように生きるのが当たり前だし、自分の好きなものを我慢したり悩んだりする意味がわからないです」  そうキッパリ言うかな子さんに、「好きに生きる」という家系の歴史を感じた。そして、こんなことも言う。 「男性から性的な目で見られる気持ち悪さは、経験上知っているから、自分が女性に対してそうならないよう気を付けようとは思っています」  やはり、かな子さんからは、どこか男性的な視点を感じる。しかし、そんなかな子さんも、子どもを産む前は男性と恋愛をしていた。しかも、その男性たちは「若い彼女がたくさんいるおじさん」という共通点があった。 男の人から「結婚しよう」は無理 「男性との恋愛は、感覚が全然違う。パートナーとか、家族みたいな認識で、相手に彼女ができたと言われると『良かったね~』っていう気持ちになるんです。好きは好きでも、恋ではない。振り返ってみると、これまで一対一の恋愛は絶対に避けていたんですよね。元々、本当に女性が好きだったから、男の人から『結婚しよう』とか言われると無理になるんです」  つまり、「他にも彼女がいる男性」ということも、かな子さんなりの意味があったということだ。 「私は女の子が好きだから、自分が若い女性の立ち位置を楽しむというよりは、若い女性と付き合っている男性側の意識に自分を投影していたんだと思う。女の子を可愛がっている男性を羨ましく思ったりして、自分はそっち側になりたい。だから、周りに女の子がたくさんいる環境が良かった、というのに近い気がする」  そして、ようやく恋が実ったのが、元カノだったということだ。 男の子を育てていくうえで思うこと  その彼女とは半同棲していたらしいが、息子はその状況をどう理解していたのだろう。 「異様に仲のいいママの友達くらいに思っています。だけど、『女の人と家族になっても、男の人と家族になってもいいんだよ』って話もしていて、ふんわりにおわせているので、大きくなったらわかると思います」  早くも多様性を学んでいるということだ。  かな子さんの家庭教育はとても進んでおり、息子は小学生ながらにプライベートゾーンの意識もしっかり身につけていた。クラスの男子が女子の胸を触ったりしているのを見ると、注意する男の子に育っているという。 「男の子を育てていくうえで思うのは、ちゃんと女の子を大事にしろよっていうことですね。息子は、遺伝的なものなのか『強いことがカッコイイ』と思っていて、上手く表現できないながらに女性への関心も幼少期からあるんですよ。女性と接することって、男性にとっては難しいことなんだろうなって思うから、女性に嫌われて悲しむようなことにはなってほしくないですね」  こうして、健全な男子を育てるべく奮闘中なのである。  そして、かな子さんは、女性との恋愛も楽しもうとしている。 「いい恋がしたいです」  ため息をつくように出てきたその言葉に、私は生きる強さを感じた。 (構成・ノンフィクション作家 インベカヲリ☆)
だまっていても勉強をする子どもは、幼児期の「好奇心」のおかげ? 脳科学に基づく、好奇心を育てる生活習慣とは
だまっていても勉強をする子どもは、幼児期の「好奇心」のおかげ? 脳科学に基づく、好奇心を育てる生活習慣とは (写真はイメージ/GettyImages)  幼少期は、好奇心の芽を育てる土台の時期。何げない遊びや習慣が、将来の学びや成長に大きな影響を与える可能性があります。脳医学者の瀧靖之先生は、息子さんが幼いころから好奇心を育むさまざまな工夫をしてきました。親子で楽しく続けられるアイデアをご紹介します。※前編〈脳医学者パパが語る、息子の中学受験勉強に効いた方法とは? パフォーマンスを上げるために、親ができること〉はこちら 子どもにピッタリな「秘密道具」を見つけよう ――昨年、息子さんが中学受験に合格されたそうですが、幼少期から続けて良かった取り組みを教えてください。  わが家の場合は、「図鑑」「虫取り網」「楽器」ですね。これを“三つの秘密道具”と呼んでいます。息子が幼かったころは、図鑑で興味を持ったチョウを探しに、虫取り網を持って出かけていました。図鑑というバーチャルな世界で興味を持ったことを、虫取り網によってリアルな世界に結びつけるためです。本物に触れた時のワクワク感が好奇心を伸ばし、「もっと知りたい」という気持ちを高めます。そうなると、子どもは「頑張っている」という意識を持たずに勉強を深めていきます。  何を道具にするかは、子どもの興味に合わせるといいでしょう。例えば、電車が好きなら時刻表、宇宙が好きなら望遠鏡でもいいのです。子どもそれぞれの“秘密道具”を見つけてほしいですね。 ――もう一つの楽器は、どのようなメリットがあるのでしょうか?  楽器は脳の「可塑性」(かそせい/自ら変化・成長する力)を高めると考えられています。また、「汎化」(はんか)といって、一つの能力が高まると別の能力も高まる脳の仕組みがあります。楽器演奏にハマった子どもは、他のことにもハマる力がつくのです。楽器を趣味にしていると、将来の認知機能の向上に効果的という研究報告もあります。  楽器は、何歳から始めても楽しめますが、一番いいのは3~5歳の幼児期に始めることです。指先の巧緻性(器用さ)を司る脳の「運動野」が発達する時期で、この時期に始めるとより演奏が上達しやすくなるでしょう。 幼児が「漫画」を読むことを否定する必要はない ――ほかに子どもの好奇心を育む方法として、どんなことがあげられますか?  著書『「賢い子」に育てる究極のコツ』を出した2016年当時から“三つの秘密道具”をあげていました。息子が中学生になった今、それに一つ付け加えるなら、やはり読書ですね。幼いうちから本が好きになれば語彙力がどんどん伸びるでしょうし、中学受験にも影響してくると感じています。  中学受験の国語では、物語を読んで主人公の心情曲線を考える問題がよく出題されます。普段から小説を読んでいれば、主人公の気持ちを想像する力が自然と育まれます。また、論説を読むと、「何について論じているか」「この説にはどんな条件があるか」など、文章を俯瞰(ふかん)的に読む力が養われます。読書は子どもの力を伸ばすうえで“最強”といっても過言ではありません。 ――漫画より文字だけの本のほうがいいのでしょうか。  漫画を否定する必要は全くないと思っています。学術要素のある学習漫画は、ダイレクトに勉強になります。漫画で歴史や科学に触れておくと、授業で習ったときに頭に入りやすくなるでしょう。ただ、漫画は絵によって登場人物の心情が見えますから、想像力を育むという点では、活字の本がより適していると言えます。  また、電子書籍と紙の本とでは、やはり紙の本のほうがいいと思います。デジタルデバイスが発する透過光より、紙の反射光のほうが目が疲れにくいですし、紙の本が積み重なっているのを見ると「自分で読んだ」という自信につながるからです。 ―――子どもが読書習慣を身につけるために、親はどのように関わるとよいでしょうか。  幼児期から絵本の読み聞かせを続けていると、そのうち一緒に並んで本を読むようになります。やがて子どもが一人で読書するようになりますが、読書をする空間と時間を共有することが大切です。子どもは大人を模倣して育ちますから、親が本を読んでいると自分も読もうという気になります。わが家では、就寝前の30分は読書するという習慣を、受験直前まで続けました。 親が楽しんでいる姿を見て、子どもはものごとに興味を持つ ――幼少期の食事面で注意すべきことはありますか?  私たちの研究では、朝食にごはんを食べている子どもたちは、菓子パンを食べている子どもたちに比べて脳の発達が進むという結果が出ました。脳の活動に必要なエネルギーはブドウ糖ですが、次の食事まで枯渇せずにブドウ糖を供給できる食事がいいのです。  朝食が菓子パンだと、血糖値が急上昇して一気に減少するので、お昼前にはエネルギー不足になりかねません。それに比べ、ごはんは血糖値の上昇や減少がゆるやかですから、子どもの脳の成長に適しています。菓子パンもおやつとして食べるのはいいのですが、朝食にはごはんがおすすめです。東大生の朝食は和食が多いという説もありますが、脳科学的に納得できることです。 ――改めて、子どもが好奇心を持ち続けるために、親が意識すべきことを教えてください。  親が心から楽しんでいる姿を見せる、これに勝る方法はないと思っています。リアルな体験をさせたくて「虫取りにいっておいで」と言っても、親が虫嫌いだとしたら、子どもも好奇心を持つことはありません。相手が嫌だと思っていることは伝わるんですよね。子どもだって「嫌だ」という気持ちになります。  逆に、親がものすごく楽しそうにしていたら、子どもも「楽しそう」と感じます。ですから、スポーツでも芸術でも、親が好きなことをやっている姿を子どもに見せてください。そして、子どもが興味を持ったら一緒にやる。これが子どもの好奇心を伸ばす本質だと言えるでしょう。 (取材・文/越膳綾子) ※前編〈脳医学者パパが語る、息子の中学受験勉強に効いた方法とは? パフォーマンスを上げるために、親ができること〉はこちら 瀧 靖之先生 〇瀧 靖之/東北大学加齢医学研究所教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センターセンター長。医師、医学博士、脳科学者。脳の発達や加齢のメカニズムなどを研究。著書に『16万人の脳画像を見てきた脳医学者が教える「賢い子」に育てる究極のコツ』(文響社)などベストセラー多数。1児の父。
オーストラリアで16歳未満のSNS利用禁止法、日本はどうなる? ジャーナリストが解説
オーストラリアで16歳未満のSNS利用禁止法、日本はどうなる? ジャーナリストが解説 (写真はイメージ/GettyImages)  オーストラリアでは16歳未満のSNS利用禁止法が2025年末からスタートします。世界各国でも子どものSNS利用について規制の流れが進みつつありますが、日本ではどのような議論がされているのでしょうか? SNSがもたらす悪影響や、親子でSNSとうまく付きあう方法など、ジャーナリストの一色清さんに解説してもらいました。 オーストラリアで若年層のSNSが禁止された理由  オーストラリアで2024年11月、16歳未満のSNSの利用を禁止する法案が可決されました。国全体で若年層のSNSを禁止する法律ができるのは、世界で初めてです。25年末には施行されます。  禁止といっても、利用した16歳未満の人やその保護者が罰せられるわけではありません。SNSを運営するプラットフォーム事業者に、16歳未満の子どもが利用できないようにする措置を求め、違反した事業者に罰金を科すというものです。  規制の対象となるSNSは動画投稿アプリ「TikTok」、写真投稿アプリ「インスタグラム」、X(旧ツイッター)、フェイスブックなどです。ユーチューブについても禁止の対象になる可能性があります。  オーストラリアでは、子どもが性的なコンテンツにアクセスすることを防ぐための議論が活発になっていました。また、いじめに使われるとか暴露やニセ情報に巻き込まれるといった悪影響を訴える声も出ていました。 世界各国で子どものSNS利用、規制の流れが進む  オーストラリア以外の国でも、SNSを禁止したり制限したりする法律についての動きが出ています。  ノルウェーでは24年10月、ストーレ首相が15歳未満のSNSの利用制限を検討すると表明しました。現在は法律で13歳未満が親の同意を得ずにSNSのアカウントをつくるのは違法となっていますが、その対象年齢を引き上げるとみられています。依存やいじめなどの悪影響が大きいというのが理由のようです。  イギリスでは23年10月、オンライン安全法が成立しました。自殺や摂食障害を助長する情報などを「子どもに有害な情報」と定義し、子どもが見られないようにする措置をSNS事業者などに義務づけています。  アメリカでも動きがあります。ユタ州では、23年3月に18歳未満の利用者がSNSのアカウントを開設する際に保護者の同意を得ることを大手SNS事業者に義務づける法律が成立しました。また、フロリダ州では24年3月に14歳未満の子どもにSNSのアカウント取得を禁じる法案が成立しました。ニューヨーク市では24年1月にアダムス市長が、SNSを運営するソーシャルメディアを「公衆衛生上の危険をもたらすもの」として「環境有害物質」に指定するよう勧告しました。そして、ソーシャルメディアの使用時間の制限や通知機能の設定変更を推奨し、保護者には少なくとも14歳まではソーシャルメディアを使うための機器を与えないように促しました。 日本ではSNSによる誹謗中傷や偽情報への規制を議論中  日本ではまだ若年層を対象にした利用制限の議論は本格化していません。香川県で20年に18歳未満を対象にゲームやスマホの利用時間を制限する「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」が施行されたのが目立つくらいです。日本ではどちらかというと、年齢層を問わず、ネットやSNSによる誹謗中傷や偽情報への規制が議論の中心になっています。  ただ、SNS事業者の自主規制が日本にも及ぶことはあります。アメリカのメタ社はインスタグラムで10代の利用者が使える機能を制限する取り組みを始めています。10代の利用者を対象にした「ティーンアカウント」を設け、見ることのできる投稿を制限したり利用時間が多くなるとアプリを閉じるように求める通知が届いたり夜間には使えなくなったりする仕組みです。日本でも25年1月から利用できるようになります。 SNS利用による悪影響とは?  世界各国が若年層のSNS利用を規制しようとするのは、悪影響が深刻になっているからです。オーストラリアの法律制定では性的なコンテンツによる悪影響やいじめにつながる悪影響が理由となっていますが、指摘される悪影響はほかにもたくさんあります。  まず、依存性です。SNSでは利用者を刺激する情報が次々に届きます。その刺激によって利用をやめられなくなります。おとなでも依存症になりがちですが、発達途上の若年層だとなおさらです。それにより、勉強に向ける時間が減ったり睡眠時間が減って健康を害したりします。  また、摂食障害やうつ症状といったメンタルヘルスにも悪影響を与えるという研究が出てきています。脳の発達期にある子どもは特に大きな影響をうけるといいます。  偏った考えを強く持つようになったりまちがった事実を信じ込んだりすることも起こりがちになります。インターネットやSNSでは、自分の好みにあうニュースや投稿が次々と流れてくる仕組みがあります。そうした情報ばかりに接していると、自分の考えの偏りがどんどん強固になっていきます。  ネットやSNSの研究者の間では、この現象を「フィルターバブル」とよんでいます。フィルターとは水などをろ過するための膜のことで、バブルとは泡のことです。自分の好みにあう情報ばかりがフィルターを通って自分の周辺に入ってきて、そうした情報でいっぱいになった泡の中で暮らしている状態を表しています。そうなると、極端な思想に凝り固まったりフェイクニュースを信じ込んだりするようになり、多くのことに対して柔軟な判断ができなくなってしまいます。 SNSとうまく付き合うために親子でできることは  こうした悪影響への対処法として大切なのは、まず保護者と子どもが話しあって利用時間や利用方法を決めることです。未成年とはいってもスマホを持たない生活は現実的ではなくなっていますので、その管理を適切にするしかありません。  情報へのリテラシー(読み解く力)を高めることも必要です。つまり、流れてくる情報の確からしさを見極める力です。そのために大切なのは、情報の発信源(ソース)を確認することです。ソースが書かれていて、それがマスメディアだったり公的機関だったりした場合は、原則的に信用していいでしょう。マスメディアや公的機関も間違った情報を流すことはありますが、それはごくわずかです。大きな社会的責任を背負っているので、確認に力を入れているためです。  ソースがない情報の場合は、ネット上で同じ情報がほかにも出ていないかを確かめましょう。マスメディアのサイトなどにも出ている情報の場合は確度が高いと思いますが、ほかに見当たらない情報の場合は、真偽をはっきりさせず拡散しないようにしましょう。  友人や知人から伝えられる情報についても、何でもうのみにすることはやめましょう。少しでも「本当かな?」と思ったら、自分のところで留めておくのがいいと思います。  結局、生活していく中でSNSをどう位置づけるかという問題にいきつきます。SNSに支配されないためには、友人とのリアルな付き合い、読書、スポーツ、勉強といったSNS登場以前の過ごし方を大切にし、SNSはそのすき間時間に使うくらいの位置づけがいいでしょう。  ただ、「言うは易し、行うは難し」というのが現実かと思います。おそらく日本でもそう遠くないうちに若年層に対する利用禁止の議論が出てくるのではないでしょうか。 〇一色 清 ( いっしき・きよし)/ジャーナリスト。朝日新聞経済部記者を経て、「アエラ」編集長などを歴任。「報道ステーション」「グッド!モーニング」(ともにテレビ朝日系)のコメンテーターも務めた。
白髪は「抜くと増える」は本当? 白髪との付き合い方と白髪染めの注意点を専門医に聞く
白髪は「抜くと増える」は本当? 白髪との付き合い方と白髪染めの注意点を専門医に聞く (写真はイメージ/GettyImages)  白髪は加齢と遺伝の要素が強く、現在のところ、効果が期待できる治療はありません。白髪との向き合い方や白髪を増やさないようにする生活習慣、白髪対策の一つである「白髪染め」の基本的な知識や注意点などについて、皮膚科専門医の野田真史医師に話を伺いました。 白髪は治すことも防ぐこともできない ――よく「白髪にはわかめや昆布、ゴマがいい」などと言われます。白髪を防ぐ方法はありますか。  現時点で「これを食べれば確実に白髪を防げる」と証明されたものはありません。  白髪が発生する2大要因は加齢と遺伝なので、白髪を防ぐのは難しい。できるだけ増やさないようにするには、細胞を老化させないこと。いわゆる「良い生活習慣」ですね。具体的には、禁煙、十分な睡眠時間を確保する、栄養バランスのとれた食事をする、適度に運動して肥満を防ぐ、ストレスを上手に発散するといったことです。  いずれも白髪予防との因果関係がはっきりしているわけではありませんが、生活習慣の改善は白髪だけでなく心身の健康を保つ上で多くのメリットをもたらします。髪にとっても良い生活と言えるのではないでしょうか。 ――白髪の出始めは1本1本が目立つので、気になって抜いてしまいがちです。「白髪は抜くと増える」というのは本当ですか。  抜いたからといって白髪が増えることはありません。髪を黒くするメラニン色素を作る色素細胞(メラノサイト)はそれぞれの毛の毛根にあるため、1本抜いてもほかの毛には影響はないとされています。  ただ、抜いた毛根から新しく生えてくるのは、黒髪ではなく白髪です。また、抜いた部分の毛穴や周囲の組織が炎症を起こして新しい毛が生えてこなくなることもあるので、抜くのはやめましょう。気になる場合はハサミで短く切るか、染めるのがいいと思います。 ――白髪を減らすのは諦めて、出てきた白髪に対して毛染めなどをしたほうが現実的でしょうか。  そうですね。現時点では白髪の効果的な治療法はないし、白髪を生えてこないようにする確実な予防策もありません。白髪をなんとか減らしたいと思う気持ちも理解できますが、切り替えて毛染めを楽しんだほうがいいと思います。 染毛剤の特徴を理解し、自分に合ったものを選ぶ ――さまざまな種類のヘアカラー(染毛剤)が市販されていますが、違いがよくわかりません。繰り返しずっと使い続けていくものなので、頭皮へのダメージも心配です。  白髪を染めるのに使われる染毛剤は、大きく「永久染毛剤(医薬部外品)」「半永久染毛料(化粧品)」「一時染毛料(化粧品)」があります。 ●永久染毛剤=白髪染め、おしゃれ染めなど  髪の色を抜き内部まで染毛成分を浸透させてしっかり色をつけるため、色落ちが少なく、色が長く持続します。  染毛力は優れているものの、染毛後は髪が傷みやすく、かぶれなどの皮膚トラブルを起こしやすい。  なお、白髪染めとおしゃれ染め(黒髪用ファッションカラー)は、髪を脱色してから染色するという基本的なメカニズムは同じです。主な違いは、脱色と染毛のバランス。おしゃれ染めは黒髪を明るい色に染められるように配合されていますが、白髪染めは混在する黒髪と白髪の色味を合わせるような色作りになっています。 ●半永久染毛料=ヘアマニキュア、カラーシャンプー、カラートリートメントなど  ヘアマニキュアは、1回の使用で色素が髪の内部まで浸透して染毛します。カラーリンス、カラーシャンプーやトリートメントは、使用し続けることで髪の表層部に徐々に色素が浸透し、髪を染めていきます。永久染毛剤に比べると染毛力は弱く、色持ちも悪く、雨や汗で色落ちすることもあります。  一方、繰り返し染めても髪はほとんど傷みません。また、アレルギーを引き起こしにくいため、永久染毛剤が使えない人でも使うことができます。 ●一時染毛料=ヘアマスカラやヘアスプレーなど  着色剤を毛髪の表面に付着させて一時的に色をつけるもので、白髪が部分的に気になるときなどに手早く染めることができます。1回のシャンプーで洗い落とすことができるものが多く、髪が傷むことはなく、かぶれることもほとんどありません。  白髪を染める場合は、一度でしっかり色がつき、色持ちもいい永久染毛剤が広く使われています。一時染毛料や半永久染毛料に比べると頭皮へのダメージはありますが、一般的な肌質の人が使用方法を守って使うぶんにはあまり心配する必要はありません。  もともと皮膚が弱い人やかぶれやすい人は皮膚科医や薬剤師に相談し、自分に合った染毛剤を選ぶようにしてください。 かぶれに気づいたら、できるだけ早く皮膚科へ ――かぶれは染毛剤を初めて使ったときに起こらなければもう大丈夫ですか。  染毛剤によるかぶれで最も多いのが、永久染毛剤に含まれるジアミンなどの成分によるアレルギー性接触性皮膚炎です。アレルギー性接触皮膚炎は、体の内部に侵入してきた化学物質が異物とみなされると免疫機能が働いて、それを排除しようとするアレルギー反応(感作)が起こります。感作が成立してしまうとその後は原因物質(=アレルゲン)が肌に触れるたびにアレルギー反応が起こり、かぶれるようになります。  つまり、かぶれの症状が出るのは2回目の使用以降です。何年も同じ染毛剤を使っていて大丈夫だったのに、突然かぶれが現れることもあります。一度かぶれてしまうと、原因成分が含まれている染毛剤は二度と使うことができなくなります。 ――染毛剤によるかぶれの特徴を教えてください。  髪を染めてから6時間くらいで頭皮や髪の生え際、額、耳の後ろ、首すじなど、染毛剤や洗髪時のすすぎ液がついたところにかゆみを感じます。やがて赤みや腫れなどの症状も出始め、どんどん広がってひどくなり、顔全体が腫れ上がったり、頭皮からジュクジュクした浸出液が染み出したりすることもあります。  ステロイドの外用薬や内服薬を使うなど適切な治療をすれば、症状は改善します。できるだけ早く皮膚科を受診してください。 ――20代から白髪染めを使っていると、アレルギー性接触性皮膚炎のリスクは高くなりますか。染毛剤を使い始める時期を遅らせたり、白髪染めの使用頻度を減らしたりすればリスクは下がりますか。  染毛剤を使う機会が多くなるほど、アレルギー性接触性皮膚炎を発症しやすくなります。しかし使用2回目で発症する人もいますし、頻度が低いからならないというわけではありません。あまり神経質になる必要はなく、発症してしまったらしっかり治療して、原因となった染毛剤とは違うタイプの染毛剤の使用を検討しましょう。 (取材・文/熊谷わこ) 野田真史医師 ○野田真史(のだ・しんじ)/2007年に東京大学医学部医学科を卒業後、同大学医学部附属病院などで皮膚科診療を行い、13年に日本皮膚科学会認定専門医取得。東京大学大学院医学系研究科を修了し、医学博士を取得。米ニューヨーク州医師免許を取得して14年からニューヨークのロックフェラー大学皮膚科で診療と研究を行う。16年、東京大学医学部附属病院皮膚科助教。18年に池袋駅前のだ皮膚科を開業。

カテゴリから探す