
「首つりのあった部屋」に住む男性、謎の音はするけど「気にしない」 “事故物件”はアリかナシか
事故物件の注目度が上がっている(写真はイメージ/gettyimages)
ここ数年、事故物件の注目度が上がっている。市場価格が最大で5割減と安いため、心理的に抵抗がなければ、「お買い得」といえるからだ。心理的瑕疵物件専門の不動産業者も増えてきた。
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安い物件を探したら…
「首つりと聞いています。詳しい場所は聞いていないけれど、やるなら、ここ(ロフト)かな」
こう話す男性(26)は、現在、前の入居者が首つり自殺をした部屋で「快適に」暮らしている。
3年前の春、当時24歳だった男性は、住まい探しに訪れた不動産会社でこう話した。
「なるべく安いところをお願いします」
条件は都内、駅近、バス・トイレ別で、家賃は5万円以下だ。
入居したのは私鉄の最寄り駅から徒歩5分。東京都内の住宅街にある築浅アパート。4.5畳のロフトがついた10畳のワンルームは、最上階の角部屋で日当たりも良好だ。
「内見時、『どこで首つりを?』と聞くと、案内してくれた担当者が言葉を濁し、『察してくれ』という感じでちらりとロフトに目をやったのを覚えています。紐をかけられるし」
相場では家賃9万円相当の部屋だが、なんと半値以下の4万円だった。1回の更新を経て、今年から6万円に値上がりしたものの、3割以上の値引きだ。
平然と語る男性だが、家探しのはじめから事故物件を狙っていたわけではない。たまたま担当者から「抵抗がなければ家賃は安いので、おすすめです」と紹介された。
本当に怖さは感じないのか。
「まったくないですね。住んでみて別に何も問題はないし、むしろ住み心地がいい。次に引っ越すとしたら、また事故物件を狙おうかなと思っています」
事故物件とは、自死や他殺、孤独死など過去に何らかの事件や事故が発生した物件のこと。抵抗を感じる入居者も多いため、業界では「心理的瑕疵物件」という。心理的瑕疵物件の場合、物件概要欄に「告知事項あり」と記される。
故人宛ての荷物が届く
男性はフリーターで、「目に見えないものは信じていないし、むしろ出てくるなら見てみたい」と余裕だ。
これまでに何回か故人宛てと思しき荷物が届いたことがあるが、「気にしていない」。
リフォーム前の物件/マークスライフ提供
「ただ、うちに泊まりにきた友人のほぼ全員が、『天井から音が聞こえる』と言うんです。まぁ確かに言われてみれば上のほうから、昼夜問わずタップダンスを踊っているような音が聞こえてくる感じはします。他の部屋の音が響いて上から聞こえているのだと思っています」
事故物件、何が嫌なのかわからない
「人が亡くなった不動産に対する嫌悪感が減り、気にしない人が増えてきた気がします」
こう話すのは、事故物件の買い取りや販売業だけでなく、不動産の再生を目的としたリノベーションも行うマークスライフ株式会社の花原浩二さんだ。
自死、他殺、孤独死などの「ワケあり物件」を買い取り、必要に応じた清掃を行い、付加価値をつけた施工で販売をする「成仏不動産」を運営している。
「月数回講演に出ていますが、その場でいつも質問をしています。『事故物件を気にしない方、いらっしゃいますか?』と。すると大体毎回2割の方は挙手されます。学生でも同じぐらい。時には4~5割ほどの方が該当することもあります。聞くと『まったく気にならない』と言う」
花原さんはこう話す。
「事故物件への歪んだ偏見がある人の視点からすれば、驚きなのかもしれませんが、『なぜ嫌なのかがわからない』という人は、一定数いらっしゃいます」
こうした人にとって事故物件とは、<魅力的な物件>だ。
マークスライフは、事故物件所有者からの相談を受け、可能な限り高額で買い取り、必要な人に向けて販売をしている。
花原さんは言う。
「私の感覚では、事故物件について注目度が上がっている気がします。その背景には不動産価格の高騰があると思います。コロナ禍を経て、皆さんの住まいに対する考え方は変わりました。生活スタイルが変わり、広さを求めるようになってきた。この2、3年ほどは特に注目されている印象です」
どのぐらい価格が下がるのか。
花原さんによると、「エリアや物件価格帯によっても異なるが、孤独死があった物件で約1割、自死で2割、殺人事件で半額程度の割安」という。
「最近の傾向として、殺人事件があった物件に、民泊目的での購入希望が増えています。投資家の購入も増えてきたと感じます」
国のガイドラインは「気になったら聞いてください」
2021年10月、国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」を公表した。事故物件を取り扱う不動産業者に向け、告知義務や判断基準を定めた。
「簡単に言えば、『売買は原則告知が必要。賃貸の場合は特例を除き瑕疵発生から3年間は、告知しましょう』という内容です。告げなくて良いとされた場合でも、事件性や周知性が特に高い事案は告げる必要があるとされています。このガイドラインができる前は、不動産業者によってまちまちで、10年経っても告知しているところもあれば、1人入居すれば告知義務がなくなるという勝手なルールも広がっていました」
リフォーム前の物件/マークスライフ提供
ガイドラインによって、賃貸の場合は「3年経ったら告知不要。聞かれたら答える」となった。
「借りる側が『気になったら聞いてください』ということです」(同)
つまり、賃貸を契約する側が自分から聞かないと、知らないうちに事故物件に入居する可能性もあるということだ。
床下から遺体が出てきた家でも
物価高騰、住宅高騰が続くなか、民間の賃貸住宅への需要は高まるばかりだ。年金暮らしの高齢者や収入の高くない人々にとっては、相場より安く借りられる事故物件は選択肢になりうる。
投資家にとっても、事故物件は魅力的だ。リノベーションして再生し、たとえば生活保護受給者向けに貸し出せば、国や自治体が家賃の支払いを支える仕組みがあるため、長期にわたって安定した収入源となる可能性も高い。
ある家族で起きた凄惨な殺人事件の現場となった一軒家が、埼玉県にある。
床下からは1人の遺体が発見され、殺害した1人は刑務所へ。唯一残された1人は遠方に引っ越して、家だけが残った。
近隣住民の誰もが知る事件で、家の買い手は見つかりそうになかったが、家族から成仏不動産に売却相談が入った。「依頼は原則断らない」がモットーのため、その家を買い取った。
ハウスクリーニングをかけて売り出したところ、すぐに購入者が決まった。20代のサラリーマン投資家で売買価格は100万円ほどだったという
「今は生活保護の方に賃貸で出されていると聞いています」(同)
事故物件を再生することは社会貢献でもある。空き家対策にもなる。
人間はいつか死ぬ。昨年だけでも国内で150万人以上が亡くなっている。人生を終える場所が住まいであることは、珍しい話ではないだろう。「事故物件」の忌避感情の正体を、いま一度見つめ直してみるのもいいかもしれない。
(AERA dot.編集部・大崎百紀)