
不登校の期間に、勉強とともに取り組んでおきたい2つのこととは? 不登校専門家庭教師が語る、幸せに生きるための戦略
写真はイメージ 撮影/和仁貢介(写真映像部)
不登校のメカニズムが個性×環境の不一致であると捉えると、一旦立ち止まれたことは大金星――。そう語るのは、 “不登校専門のオンラインプロ家庭教師”、「イエローシードラビー」代表の植木和実さんです。不登校の期間に勉強と一緒に取り組んでおきたいことについて、植木和実さんの著書「これだけで大丈夫! ずっと不登校でも1年で希望の高校に合格する方法」(日本実業出版社)からお届けします。
勉強と一緒に取り組んでおきたい 不登校の心理学
一般的に、不登校は「個性と環境の掛け算」で起こるとされています。
生徒一人ひとりに個性があり、その個性が集まって集団を形成し、環境がつくられるわけですが、持って生まれた個性が、その環境に必ず合うとは限りません。
集団での教育は、より多くのさまざまな個性を持つ生徒たちに適応できるように、「真ん中」に合わせて用意されることが多いです。
どこか多数決の理論で、「真ん中に合わせることが普通、「暗黙の了解」になってしまっているのですが、真ん中から離れた個性を持つ生徒たちは、絶えず「真ん中」に合わせる努力をし続けています。
不登校の要因はさまざまですが、これが不登校の原因になることもあります。
ヒトは、誰ひとり同じではありません。そのご家庭の子どもたち全員の家庭教師をすることも多かったのですが、兄弟でさえ、双子でさえも、得意なことや考え方、性格は全く違います。
私たちは、一人ひとりがそれぞれ異なる遺伝子パターンを担っています。
そして、それらは、環境に適応して調節される機能も持っています。
地球上のどんな環境下でも、どんな状況になっても、その状況に適応する遺伝子パターンを持った誰かが生き残り、そこからまた種が繁栄するように、ヒトは「種として、より多くの種類の遺伝子のパターンを持つ」という生存戦略を選択してきました。それはヒトが誕生してから絶えることなくつながれてきた命のバトンでもあります。
個性に優劣はありません。まして、その子のせいでもご両親のせいでもありません。私たち一人ひとりが、その遺伝子パターンの担い手です。
一方で、学校は社会の縮図。それでも社会は、真ん中に合わせてつくられています。真ん中から離れた個性は本来、それが一番の強みであり、宝物ですが、本人としては生きづらさを感じることもあります。
いますぐその社会を変えることは難しいので、自分のできることを成しながら、だんだんと社会が醸成されることを願いつつ、「幸せに生きるための工夫・戦略」を考える必要があります。
不登校のメカニズムが個性×環境の不一致であると捉えると、一旦立ち止まれたことは大金星、不登校の期間はその子にとっての「その子が社会で幸せに生きるための、その子だけの特別カリキュラム」でもあります。
不登校の期間に、勉強とともに取り組んでおきたいことは、「自分を知ること・自分でいいんだと知ること」です。これができると、幸せに生きるための工夫・戦略を、より立てやすくなります。
自分を知ること・自分でいいんだと知ること
いまの自分を知る手がかり「何をして喜ぶか」「何ができたら嬉しいか」
自分を知ることは、実際に大人でもとても難しいですよね。
わからないまま大人になる人も大勢います。
答えはひとつではないし、いろいろな面があり、成長とともに変わったりもします。でも、「幸せに生きるための工夫・戦略」を考えるには、自分を知ることが不可欠です。自分を知らないまま真ん中に合わせ続けると、自分を見失うことになってしまいます。
私にとって、授業をすることは、相手を知るためのコミュニケーションの手段なのですが、その手がかりとして、「何をして喜ぶか」「何ができたら嬉しいか」を指標にすることがあります。
授業中の雑談の中で、直接生徒に聞くと、「ゲームをつくれたら嬉しい」「人の役に立つコミュニケーションロボットがつくりたい」「食べること」「ヘアメイクが好き。もちろん自分にするのも好きだけれど、誰かを輝かせるほうがとても嬉しいことに気づいた」「インテリアが好きだから、IKEA に就職できたら嬉しい」「僕は、憲法は美しいと思う。だから、法に仕えたい」「生き物が好きで、地球が好きだから環境を守りたい」「有名な大学に合格して彼女がほしい」「料理が好きだから、いまは、ミートパイを上手に焼けるようになりたい」「お母さんを安心させたい」……など、いろんな答えが返ってきます。
どれも本当に素敵だなと思うのです。
ひとつでなく、たくさんあっていいし、立派なカッコいい答えじゃなくてもいい。そうやって出てきた一つひとつの「できたら嬉しいこと」がその人をつくるのではないかと思っています。
そうしているうちに、人生の多くの時間をかけて取り組みたいと思うことが見つかるかもしれません。
忙しかったり、心の多くの割合を占めてしまう心配事があったりすると、ついついそれも忘れがちですが、安心できる家でのコミュニケーションの中で、ゆっくり考える時間を持つことはひとつの財産をつくるのと同じです。
「できる工夫を探す」とは?
不登校のうちに、自分を知ることと共にやっておいたほうがいいことは、「できる工夫を探すこと」です。
遺伝子由来の個性は言わばヒトの生存戦略なので、そのひとつの遺伝子パターンを担っている貴重な存在であることに変わりはなく、ましてや本人のせいではないのですが、社会でより自由に幸せに生きていくためには、自分を尊重しつつできるだけ真ん中に合わせる工夫も必要です。
真ん中に合わせる機能的な工夫として、たとえば、視力が弱い生徒がメガネをかけるように、道具を使うことによって補完される・緩和されるものもあります。難読症の生徒には文章の下や横に当てて読みやすくするルーラー、聴覚過敏の生徒にはイヤーマフ、書字障害のある生徒にはPC入力、ADHD(注意欠如・多動症)の生徒向けのハビットトラッカーなど、先輩たちの愛と工夫の結晶とも言えるさまざまな道具があります。
また、心の感覚として真ん中から離れていることがある場合、自分の感覚である自分の尺度と真ん中の尺度の2つを持ち、調整できるようになるととても生きやすくなるようです。
真ん中の尺度とは、社会で集団生活するうえでの共通理解であり、それらは義務教育の学習内容を習得することで、補うことが可能です。
自分の尺度を持っていること、そして、自分の尺度を大切にすることが大前提となるのですが、自分の尺度のほかに、これらの学習によって習得した「真ん中の尺度」を持てるようになると、自分の尺度で迷ったときには真ん中の尺度に照らして調整することができるようになり、指針ができ生きやすくなります。
これらの指針は、社会に出たときには「共通言語」として機能します。
〇植木和実(うえき・かづみ)/1976年生まれ。あたたかく才能を開花させる不登校専門オンラインプロ家庭教師イエローシードラビー代表。東京大学大学院卒、生命科学修士。認定心理士。学生時代からの家庭教師歴は20年以上、小学生から大学受験生まで学年問わず全教科の指導を行ない、時に一緒に戦略を練り、時に本音をこぼしあいながら伴走してきた。ダウン症の愛娘(師匠)に恵まれ、教育の基礎を学ぶ機会を得る。大好きだった企業の研究職を感謝して卒業し、2020年より不登校専門のオンライン家庭教師イエローシードを立ち上げ、ひとりで年間20人の生徒の指導にあたっている。すべての不登校中学生や勉強の遅れで苦しんでいる中学生とそのご家族に、リカバリーは可能であり、あきらめなくていいと伝えたい。絶対に幸せになってほしいと思っている。