
おみくじ箱を「おもちゃ」に、鳥居でダンス…インバウンド客の「不敬行為」に悩む神社の本音
神社はインバウンド客にとって魅力的なスポット。マナーを守り参拝する人が多いが、テーマパークとはき違える向きも(写真映像部・和仁貢介)
海外観光客による神社での「不敬行為」が問題になっている。2024年に日本を訪れた海外観光客は前年比1.5倍の3686万人で過去最多を記録した。マナーを守る人がいる一方で、神社をテーマパークとはき違える観光客もいるようだ。苦慮する神社に話を聞いた。
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おみくじ箱を抱えて振り回す
大阪市の難波八阪神社は千年の歴史を誇る。
境内の獅子殿は、大口を開けた獅子がぎょろりと目をむく圧巻の迫力で、インバウンド客の人気も高い。
1月のある日、6歳くらいの外国人の子どもが、社務所から持ち出したおみくじ入りの木筒を振って遊んでいた。母親は「獅子殿」の前でおみくじ筒を抱える子どもの写真を撮った。その後も注意する様子はなく、子どもはおみくじ筒を抱えてはしゃいでいた。
居合わせた参拝客の女性は、ハラハラして様子を見守っていた。御朱印の受け付けをする職員からは、親子は見えていないようだ。
ついに子どもは手を滑らせて、筒を落とした。おみくじ棒が境内の地面に散らばった。たまりかねた女性は、英語で注意した。
「神聖なもので、おもちゃではない」「すぐに戻してください」
だが、母親は「写真を撮っているだけ」と悪びれない。子どもがおみくじ筒を社務所に返すこともなかった。女性が境内にいた少なくとも15分間、子どもはおみくじ筒を「私物化」していた――。
大迫力の獅子殿。難波八阪神社はインバウンド客にも人気だ(撮影/井上有紀子)
撮影に興じる観光客
4月の平日午前11時、記者が難波八阪神社を訪れると、獅子殿の前には人だかりができていた。ほとんどがアジア系やヨーロッパ系の外国人だ。
ベネズエラから来た女性(35)は「神社を訪れるときは、敬意を持つべきですし、静かに振る舞って、そこで示されているルールに従う必要があります」と話す。
この日はマナー違反や問題行為は見られなかったが、撮影に興じる観光客で賑わうさまに、一瞬、テーマパークに来たような錯覚を覚えた。
難波八阪神社の担当者は、他のおみくじ関連のトラブルは把握していると話す。
「(本殿の前では)お金を入れずにおみくじを引いていく外国の方がいると、連絡はいただいています」
SNSにアップされた動画の問題行為。日枝神社の千本鳥居らしき場所をマウンテインバイクが駆け抜けていく
インバウンド客の迷惑行為相次ぐ
昨今、神社における外国人による迷惑行為が相次いで報じられている。3月23日、長崎県対馬市の和多都美(わたづみ)神社がSNSで「氏子、崇敬者以外の境内への立ち入りを禁じます」と発表し、波紋を呼んだ。
「極めて重大かつ許されない不敬行為が外国人によって行われました」として、
「インバウンドが日本人が大切にしてきた場所とモノと人を壊して行く様は、日本文化の崩壊にほかなりません」「テーマパークだとか、写真ばえするだけの場所としてしかみていない参拝しない方々は崇敬者ではない」と悲痛な叫びを上げた。
多くの参拝客でにぎわう難波八阪神社。海外からの観光客でごった返していた(撮影/井上有紀子)
東京・日枝神社を訪れ、記念写真を撮るインバウンド客ら(写真映像部・和仁貢介)
昨年は東京都の明治神宮で、アメリカ国籍の男性が鳥居に文字を刻んだとして器物損壊の疑いで逮捕された。別の神社では、チリ出身の女性が鳥居で懸垂をする動画が拡散された。一昨年には、京都の八坂神社で外国人が鈴の緒を振り回す動画が投稿され、神社は夜間は鈴の緒を柱に固定せざるを得なくなった。
境内は神域、鳥居は境界線なのに
東京・永田町の日枝(ひえ)神社の稲荷参道でも、昨年、外国人による衝撃的な行為があった。
赤い鳥居は、インバウンド客の目には強烈な映えスポットに映るのだろうか。千本鳥居の下で、そろいの赤色のユニホームを着た外国人3人が挑戦的に踊る動画が、あるダンサーのインスタグラムに投稿されている。
日枝神社広報課の権禰宜によると、防犯カメラは設置していたが、「見ていないタイミングで、無許可で撮影された」という。そして、こう訴える。
「鳥居は神域と俗世間の境界線です。境内は神域であり、お祈りする大切な場所なので、傷つけ、粗末に扱うことはやめていただきたいです」
境内で「ダンス動画」が撮影されたケースはほかにもあると権禰宜は言う。
「1年ほど前、外国の方4人ほどが電子機器で音楽をかけて、踊っていたことがあります。SNSで見かける横揺れのダンスでした。注意してやめてもらいました」
海外のダンサーがインスタグラムに投稿した、鳥居でダンスする動画
マウンテンバイクで鳥居を疾走
問題行為はダンス動画だけではない。過去には、千本鳥居をマウンテンバイクで爆走する動画が投稿されたこともある。マウンテンバイクが猛スピードで鳥居を次々とくぐっていく、一目で危ないとわかる動画だ。
「ほとんどの外国人観光客の方はマナーがよく、撮影も他の参拝客に配慮して行っていますが、一部に鳥居や灯籠に寄りかかるといった危険行為をする外国の方がいるのも事実です」(権禰宜)
昨年から、神社は警備員を配置し、注意事項を英語表記したプラカードを持たせている。神社のHPでは長時間の撮影などの禁止を呼び掛け、職員が危険行為を見つけた場合、注意することもあるが、英語が得意ではない職員も多く、苦慮することもある。
「神社は日本の文化の象徴ですから、海外の方にも来てもらいたいです」(同)
訪日客は過去最速ペース
2024年に日本を訪れた海外観光客は前年比1.5倍の3686万人で過去最多を記録した。今年は3月時点で1000万人を突破し、過去最速ペースだ。
オーバーツーリズムに詳しい立教大学観光学部の西川亮准教授はこう話す。
神社が設けた注意書きの掲示(撮影/写真映像部・和仁貢介)
マナーを知らせる大切さ
「日本の文化やマナーへの理解不足には、単に怒るのではなく、文字にして伝えていかなければなりません」
文化も言語も違う相手に「暗黙の了解」は通用しない。「飲食禁止」ならば、多言語表記のポスターやピクトグラムを作らなければ伝わらないし、禁止の理由も知らせるべきだという。
取材をしてみて、多くの神社が実際に外国人観光客との共存の道を探っていることを感じた。
地道にマナーを説明し続け、外国人観光客のふるまいが変わった神社もある。
熊本県八代市の八代宮では、10年前からクルーズ船で訪れる外国人観光客によるトラブルに悩まされていた。
境内の砂利を手水台に入れたり、拝殿前に牛乳をこぼしたまま放置したり、たばこのポイ捨てをしたり、無断で社務所や拝殿の中に入る外国人もいた。八代宮の禰宜が言う。
「中国語や英語表記の注意喚起の看板を出したことで、マナーの面はかなり改善された印象を受けています。手水台に砂利を入れていたのは、砂場で遊ぶ感覚で、悪意はなかったのではないかと思います」
記者がみたところ、外国人観光客による迷惑行為には、少なくとも3種類はありそうだ。
一つは日本文化やマナーの理解不足に起因するトラブル。神社を単なる写真映えスポットだと思ってはしゃぐ層はいる。また、SNSでバズるためか、奇抜な動画や写真を撮影する人もいる。現代的な「承認欲求」の暴走ゆえといえるかもしれない。歴史的、政治的な背景に起因するトラブルもある。長崎・対馬は韓国との国境の島だ。東京の靖国神社でも、中国籍の男性による落書き事件などが繰り返されている。
いずれの場合も、根気よく注意喚起し、伝えていくほかないのかもしれない。
観光立国のゆくえ
観光立国はこれからも進む。政府は2030年には現在の1.6倍の6千万人のインバウンドを受け入れる方針だ。
インバウンド客が増えていけば、日本の葬儀や墓参りも「オ~! エキゾチックジャパン!」と外国人観光客の好奇の目にさらされ、見知らぬ人に記念写真を撮られる……。想像すると胸がざわつくが、そんな日が果たして来てしまうのか。
「観光で経済を潤わせば、生活が観光の対象になる可能性はもちろんあります」(西川准教授)
ネパールのカトマンズでは、火葬場が世界遺産になり、観光客が集まっているという。日本にも「観光」が日常を侵食していく「覚悟」が必要なのかもしれない。
(編集部・井上有紀子)