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地震保険はやはり必要か 都道府県別の世帯加入率トップは宮城県、最下位は?【能登半島地震で見直す備え】
地震保険はやはり必要か 都道府県別の世帯加入率トップは宮城県、最下位は?【能登半島地震で見直す備え】 写真はイメージですⒸgettyimages    1月1日の夕方に起きた能登半島の地震では住宅など建物の倒壊や火災が相次ぎ、自然災害の恐ろしさを見せつけられた。地震への備えとして、地震保険について改めて考える人も少なくないのではないか。  1日には石川県志賀町で震度7の強い揺れを観測し、地震の規模を示すマグニチュード(M)は7.6を記録した。  石川県輪島市では地震発生後に観光名所の朝市通りで大規模な火災が発生し、住宅など約200棟が全焼した。市内では7階建てのビルが倒れた様子も伝えられた。ほかにも津波で浸水したり、土砂崩れや液状化現象で家屋が倒壊したり傾いたりするなど被害は広がっている。  被害の全容はまだ分かっていないものの、各地で停電や断水も相次ぎ、自宅が壊れて避難生活を余儀なくされている住民は多い。地震で道路が遮断され、飲料水や食品、日用品といった必要な物資の手当てもままならない地域もある。 二重の負担が生じる恐れ  一刻も早い支援が待たれるが、被災者の頭を悩ますのが生活や暮らしの再建だ。ファイナンシャルプランナー(FP)の清水香さんは言う。 「自宅で暮らせなくなれば、新しい住まいを確保するのにお金が必要になるかもしれません。加えて、壊れた自宅に充てていた住宅ローンが残っている場合には返済は原則続くため二重の負担が生じる恐れもあります」  住宅が全壊するなど深刻な被害を受けた時には最大300万円が支給される「被災者生活再建支援金」をはじめ、公的な支援制度も整えられている。だが新しい住宅を購入したり、修理や補修をしたりするのには必ずしも十分とは言えない。  そこで助けになるのが、地震によって生じた住宅などの損害をカバーする地震保険だ。清水さんは「公的な支援制度が限られるなか、生活再建を支える有力な手段」と強調する。  地震保険は、地震やそれに伴う火災などで住宅や家財が受けた損害を補償する保険のことだ。火災や風水害によって生じた住宅の被害は、通常、火災保険で備えられる。しかし地震や、地震が原因で起きた火災や津波の被害は火災保険では補償されない。地震保険は噴火や津波、さらに地震が原因で起きた山崩れや液状化現象などによる損害も補償の対象となる。  ユニークなのが、国と保険会社が共同で運営する点だ。 「地震はいつ、どこで、どのくらいの規模で起きるかが分かりません。予測を超える被害が生じる可能性もある。民間の保険会社だけでは賄えない可能性があるため、官民一体の仕組みがあるのです」(清水さん) 四つの区分  地震保険は単独ではなく、火災保険とセットで加入する。対象になるのは居住用の建物と家財(生活用の動産)だ。工場や店舗、自動車、30万円を超える貴金属などは対象にならない。  保険金は火災保険の30~50%に設定するルールがある。加えて、建物は5千万円、家財は1千万円が上限だ。例えば建物の保険金が3千万円の火災保険に入っている場合、地震保険の保険金は900万~1500万円の範囲で設定できる。  被災時にもらえる保険金の額は、損害の程度に応じて決まり、損害の程度は「全損」「大半損」「小半損」「一部損」の四つの区分に判定される点が特徴だ。  建物の場合は壁や柱、屋根といった「主要構造部」が時価の50%以上損害を受けたり、延床面積の70%以上が焼失、または流失したりすると「全損」となり、設定した保険金の100%が支払われる。大半損の場合は60%、小半損は30%、一部損は5%が受け取れる(下の表)。 清水香さんの資料をもとに作成。「主要構造部」は建物の基礎、柱、壁、屋根など。「一部損」は「全損」や「大半損」「小半損」に至らない建物が、床上浸水または地盤面から45センチを超える浸水を受けて損害が生じた場合に区分される    清水さんによれば、建物の主要構造部の損害に注目したり、被害状況を四つの区分で判定したりするのは、火災保険のように被害の状況を一軒一軒詳しく調べると、保険金の支払いまで相当の時間がかかる恐れがあることが理由という。より迅速な支払いができるように、こうした仕組みが用意されている。 保険料はどの保険会社でも一緒  保険料は地域や建物の構造によって違ってくる。日本損害保険協会のホームページで試算したところ、建物に保険金1500万円をかける場合の保険料は、東京都の耐火性能が高い住宅で年4万1250円(月3438円)、耐火性能が低い住宅で年6万1650円(月5138円)。石川県の耐火性能が高い住宅は年1万950円(月913円)、耐火性能が低い住宅は年1万6800円(月1400円)だ。保険料はどの保険会社でも一緒だ。  地震のリスクに対し、さらに手厚く備えたい場合には、一部の損保会社で「火災保険金額の50%まで」といった、地震保険の上限を超えて上乗せした補償が受けられる火災保険の特約がある。だが「補償は同じ額でも保険料は官民で運営する地震保険の倍以上となるケースもある」(前出の清水さん)。  損害保険料率算出機構によると、地震保険に加入する人は少しずつ増えているものの、世帯加入率は2022年になお35%にとどまっている。都道府県別では宮城県の53.6%が最も高く、沖縄県の17.9%が最も低かった。東京都は37.5%で大阪府に次ぐ7番目で、石川県は29番目の30.2%で平均を下回る(下の表)。 損害保険料率算出機構の資料をもとに作成    12年以前は年度ベースでの集計だったため単純には比較できないが、東日本大震災のあった10年度と直近の22年の数値を比べてみたところ、この間に世帯加入率が最も伸びたのは福島県(21.3ポイント増)で、熊本県(21ポイント増)や宮城県(20ポイント増)が続いた。反対に、伸び幅が最も小さかったのは東京都と高知県だった(7ポイント増)。 証拠保全は不可欠  損害保険各社は今回の地震を受けて、すでに災害対策本部を設けるなど、調査や支払いへ向けた対応を進めている。清水さんは次のように話す。 「保険証券が手元になかったり、契約先の保険会社がどこか分からなくなってしまったりしても、日本損害保険協会の『自然災害等損保契約照会センター』で契約の有無や契約先を調べてもらうことができます。また、保険金の請求期間は被災翌日から3年間ですが、証拠保全は不可欠。損害部分の写真を複数枚撮っておきましょう」  災害が起きた時には「保険金の請求をサポートします」「保険を使って住宅を無料で修理できます」などと勧誘する訪問業者が現れることもある。国民生活センターによれば、「無料だから」といって契約すると、ずさんな修理をされたり、解約時に高額の手数料を請求されたりするトラブルが各地で多数発生している。  清水さんは「被災後は直接、保険会社に連絡を。突然現れる、見知らぬ業者を相手にしてはいけません」と注意を呼びかけている。 (AERA dot.編集部・池田正史)  
【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由
【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 ※写真はイメージです(Getty Images)  中高年になってよく出てくる健康問題である高血圧。健康診断で気になるスコアが出た場合、早めに受診するのは大切なことだが、薬だけに頼るのではなく、食生活を見直すことで改善されることもある。健康診断の読み方と数値別・食養生について、アンチエイジングクリニックを開院した医師・満尾正氏の新著『ハーバードが教える 最高の長寿食』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して解説する。 * * * 【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは 血圧が高い人  中高年になると、多くの人が高血圧気味になり、健康診断の判定によっては血圧を下げる薬を処方される人も少なくありません。確かに、高血圧はさまざまな病気を引き起こす要因になります。日本では、高血圧からつながる脳出血が死因の多くを占め、対策が重要であった時代もありました。もちろん、上の血圧(収縮期血圧)が180mmHgを超えるような高血圧であれば、要注意です。  ただし、降圧薬などで必要以上に血圧を下げ過ぎれば、脳の血流が低下してしまい、違う問題も生じてきます。近年は脳の血管が破れる脳出血が減少する一方で、脳の血管が詰まる脳梗塞が増えていますが、これには降圧薬によって血圧を抑えていることも少なからず影響しているのではないかと考えています。 【こちらも話題】 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな https://dot.asahi.com/articles/-/209678  また、特に高齢者の場合に顕著なのですが、血圧が低くて脳の血流を保てないと、ふらつきが起こったり、ちょっとした拍子に倒れて転倒から骨折といった事故につながりかねません。「夕食後、アルコールを飲んで、降圧薬も服用した後に入浴」という条件が揃うと、血管が過度に拡張し、血圧が急激に下がって意識を失ってしまい、入浴事故につながるケースが少なくありません。特に気をつけていただきたいと思います。  では、そもそも血圧はどれくらいの値を目安にすればいいのでしょうか。これには基準がいくつかあります。  アメリカの心臓病学会の基準(2017年)は「収縮期血圧130mmHg、拡張期血圧80mmHg」です。日本高血圧学会の診断基準(2019年)では、診察室での「収縮期血圧140mmHgまたは拡張期血圧90mmHg」以上の場合を高血圧とし、自宅で測る家庭血圧は少し低く「収縮期血圧135mmHg、拡張期血圧85mmHg」としています。  私は、大まかに言って、上の血圧が「年齢+90」以下であれば問題ないと考えています。高齢になればある程度、全身の動脈硬化が進みますから、脳の血流を保つためには「少し高め」の血圧が必要なのです。特に糖尿病の人は動脈硬化が進んでいるため、上の血圧を140mmHg以下に下げるべきではないと言われています。 【こちらも話題】 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 https://dot.asahi.com/articles/-/209682  健康診断の判定基準に単純に当てはめるのではなく、健康で長生きするためには「全身の健康状態」を俯瞰して考える必要があることを忘れないでください。  一般的に、高血圧の予防のためには、食事での塩分(ナトリウム)摂取量の制限がすすめられています。「日本人の食事摂取基準(2020年版)」の目標量では、成人男性で7.5g未満、成人女性で6.5g未満とされています。また、日本高血圧学会は減塩目標を1日6g未満にすることを強く推奨しています。  しかし、「国民健康・栄養調査」(令和元年)によると、日本人の1日の平均塩分摂取量は約10gと非常に多くなっているのが現状です。和食は醤油や味噌など塩分の多い調味料が日常的に使われているため、どうしても塩分摂取量が多くなりがちなのが、唯一の難点と言えそうです。  こうした和食の調味料にはメリットも多いのですが、塩分を控えるには酢やレモンなどの柑橘類で調味したり、出汁をたっぷり使って旨みを増やすことで調味料を加減したりする工夫も必要です。  ただし、塩分制限で血圧が下がる人は続ければ良いのですが、塩分の主成分であるナトリウムには、反応する人と反応しない人がいることがわかっていて、塩分制限をしても血圧が下がらない人もいます。 【こちらも話題】 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? https://dot.asahi.com/articles/-/209706  特に高齢者の場合、加齢に伴い「アルドステロン」というホルモンの分泌量が減少すると、体内の塩分を維持する力も低下するため、塩分制限も過剰にしすぎないように注意が必要です。ナトリウムが不足して低ナトリウム血症(血中のナトリウム濃度が低くなる)になり、逆に体調が悪くなることもあるので、全員が塩分制限をすればよいというわけではありません。塩分を制限されている方は、年に1回は血液中の塩分濃度の指標である、ナトリウムと塩素の濃度を確認することをおすすめします。  塩分の摂り方もバランスを考えながら、工夫していくことが大切です。動物性脂肪と塩分を一緒に摂ると血圧を上げ、動脈硬化を進めます。一方、魚の脂と大豆のたんぱく質は血管を守る力があることが疫学研究からも明らかになっています。  こうしたことからも、魚・大豆を中心に肉は控えめにといったバランスを考えて摂ることの大切さがわかります。同時にカリウムが豊富な野菜をたくさん摂れば、ナトリウムとバランスがとれて体の機能が正常に働きやすくなります。  また、味覚が鈍化していると塩分の摂取量も多くなりがちですから、味覚を正常化し、繊細な違いを味わう感覚を保つよう心がけましょう。味覚を正常化するのに必要な栄養素は亜鉛です。亜鉛は牡蠣やシジミなどの貝類、カニ、うなぎ、チーズ、卵などから補給できます。 【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは ●満尾 正(みつお・ただし) 満尾クリニック院長・医学博士。日本キレーション協会代表。米国先端医療学会理事。日本抗加齢医学会評議員。1957年、横浜生まれ。1982年、北海道大学医学部卒業。内科研修を経て杏林大学救急医学教室講師として救急救命医療に従事。ハーバード大学外科代謝栄養研究室研究員、救急振興財団東京研修所主任教授を経た後、2002年、日本初のキレーション治療とアンチエイジングを中心としたクリニックを赤坂に開設、2005年、広尾に移転、現在に至る。主な著書に『世界の最新医学が証明した長生きする食事』『食べる投資 ハーバードが教える世界最高の食事術』(アチーブメント出版)、『世界最新の医療データが示す 最強の食事術』(小学館)、『医者が教える「最高の栄養」』(KADOKAWA)など多数。  
一時保護所は「まるで刑務所」厳しい管理の実態 「家で虐待の方が良い」と美化する子も
一時保護所は「まるで刑務所」厳しい管理の実態 「家で虐待の方が良い」と美化する子も 児童虐待相談対応件数は年間約22万件にのぼる(22年度)(撮影/品田裕美)    保護が必要な子どもを一時的に預かる「一時保護所」。私語は禁止、私物は別に保管されて一切持てないなど、厳しく管理されている。こうした環境は、子どもたちにどのような影響を与えるのか。AERA 2024年1月1-8日合併号より。 *  *  *  東日本に住む50代半ばの女性は、虐待などさまざまな事情で、実親と暮らせない子どもを自分の家庭で養育する「養育里親」になるための研修で、一時保護所を見学した際、目にした光景が今でも忘れられない。 「保護されている子どもたちの中に“大人なんか信用してたまるか”という目をした女の子がいたので、気になって、フランクな感じで声をかけてみたんです。すると、女性職員に『そういうことは、無理にしなくていいですから』と注意されて、本当に驚きました。何げない声かけがなぜ、それほど問題視されるのか。私自身、その後、すっかり萎縮してしまいました」  男子棟で同じ研修に参加していた女性の夫も、子どもを頭ごなしに叱る職員に強烈な違和感を持ち、その訳を尋ねた。 「この子は、物を壊してばかりいるんです。ですから、ここで一般常識をきちんと学ばせないといけないのです」 AERA 2024年1月1ー8日合併号より   「まるで刑務所だよ」  違うだろう。問題行動をするには「理由」がある。そこを見るべきだと夫は率直に思った。女性も振り返りの場で、なぜ、声かけがいけないのか、職員に理由を聞いた。すると、「保護されている子と、やり取りをしてはいけない」と、にべもない答えが返ってきた。  一時保護所とは、児童相談所に付設し、虐待通告などを受けて保護が必要となった子どもを一時的に保護する施設だ。女性が垣間見たのは、狭い部屋で大人数で寝起きする生活。基本、私語は禁止。自分の家庭事情を他の子に話すことは厳禁で、常に職員の監視の目が光る。食事中はひたすら黙食。スマホやお気に入りのぬいぐるみなどの私物は別に保管されて一切持てず、学校には通うことができないという、厳しい管理の下で自由を奪われた“日常”だった。 「風呂に入りなさい」「早く寝なさい」と命令されるまま、子どもたちは動く。あてがわれたぬり絵や折り紙を延々とする女の子の姿に、女性は違和感が拭えなかった。 「虐待で心身ともに傷ついている子が多いと聞きましたが、その子たちへのあまりに管理的な対応に、ちょっとこれはと……」 AERA 2024年1月1ー8日合併号より    数カ月後、女性と夫は養育里親として認定され、初めての里子である10代女子を児相から短期で委託された。その子は母子家庭で育ち、母親からのネグレクトと暴力で一時保護となった。数カ月後、里子として女性宅へやってきたその子は開口一番、一時保護所についてこう言った。 「あそこ、まるで刑務所だよ」  刑務所を連想させる厳しい管理が、虐待で心身にダメージを負った子どもへの適切な対応といえるのか。児相での勤務経験を持ち、福祉が専門の沖縄大学教授、山野良一さんはこう語る。 「職員への研修は義務ではなく、児童福祉への理解が不十分な職員もいます。運営のガイドラインはあるものの基準が何もなく、職員数も『児童養護施設に準ずる』なので、全然足りない。非行の子に対する施設での養育を導入して、厳しく指導にあたるところもあります」 「家の方が良い」と美化  いかなる虐待も、子どもの心身に重い後遺症をもたらすものだ。なかには、医療的配慮を要する重篤なケースも少なくない。そのような子どもに、厳しい管理はどのような影響を与えるのか。「楓(かえで)の丘こどもと女性のクリニック」(愛知県大府市)の院長で、児童精神科医の新井康祥さんは、こう指摘する。 「保護されたばかりの子どもにとっては、一時保護所での厳しい管理や規則による窮屈さが、自分の気持ちを受け止めることを拒否されているかのように感じられ、家に戻って暴力を振るわれるとしてもその方が良かったと、虐待を受けた環境を美化してしまうこともあります」 (ジャーナリスト・黒川祥子) ※AERA 2024年1月1-8日合併号より抜粋
「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番
「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 朝食は軽めに(写真:Getty Images)    いつまでも健康で生き生きと過ごすために、正しい食習慣は欠かせない。「3食規則正しく食べる」ことが健康の基本だと言われるが、ハーバード大学で栄養学を学び、アンチエイジングクリニックを開院した医師・満尾正氏は、「刷り込み」だと指摘する。では、どんな食べ方が健康的なのか。朝日新書『ハーバードが教える 最高の長寿食』から一部を抜粋、再編集して解説する。 * * * 【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは 空腹時だけ食べる 「空腹に勝る調味料はない」と言われますが、これはおいしく食べられるというだけでなく、健康面からも理にかなっています。空腹を感じることはとてもメリットがあることですが、現代人の多くは空腹を感じる前に間食や食事をしてしまう傾向にあり、それによって大事な生命維持機能が阻害されています。  空腹でいると、栄養が届かなくなった細胞が「オートファジー(自食)」と呼ばれる大掃除を始めます。これによって古くなった酵素や不要になったたんぱく質などを分解し、細胞の機能が保たれるのですが、掃除をする前にまた食べてしまうと、不要なものが細胞内に溜まっていくことになります。  また、空腹を感じないとホルモン分泌も妨げられてしまいます。空腹時は胃からグレリン、満腹時は脂肪細胞からレプチンが分泌されています。この二つのホルモンはシーソーのように拮抗して、上がったり下がったりしながら食欲をコントロールしているのですが、さほどお腹が空いていない状態ではグレリンの分泌はわずかです。そこで何かを食べてしまうと、レプチンもうまく分泌されません。レプチンがしっかり分泌されれば食べ過ぎることもないのですが、食べているわりには満腹感を得られず、結果として食べ過ぎてしまい、悪循環になってしまうのです。 【あわせて読みたい】 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな https://dot.asahi.com/articles/-/209678 「3食規則正しく食べる」のが健康の基本だという刷り込みがあるのか、時間がきたからお腹が空いていなくても必ず食べなくてはいけないと思い込んでいる人もいるようです。それでも食べ始めると、基本的には食べることは本能ですから、不思議と食べられてしまうものです。  しかし、それは不要なエネルギーとなって体の脂肪として溜まるだけですから、健康上はあまりよくありません。年齢を重ねるごとに消化機能も少しずつ低下していきますので、あまりお腹が空いていなければ1食を抜く、または軽く済ませるという幅を持っていただきたいと思います。  場合によっては、意識的に「食べることを休む」時間を作り、消化器の状態をリセットすることも有効でしょう。短期間の絶食が慢性炎症の改善に働くことを示した研究や、食べているものの質には関係なく、ファスティングタイム(食事と食事の間隔)が長いほうが健康長寿に効果的であるとする報告もあります*。 「何を食べているか」に注目しがちですが、空腹を感じる時間が少なくなっている現代生活では、食べていない時間を意識的にとるほうが、胃腸や肝臓の修復時間が長くなり、調子が整いやすいと言えるでしょう。  食事の代わりに野菜のスムージーを飲む、消化の良いスープを少量とるなど、あまりストレスなくできる「ゆるい断食」も体調を整えるのに有効な場合があります。平日はコントロールしにくいという人も、休日などにこうしたファスティングを意識的に取り入れることで、胃腸など消化器をリセットするとよいでしょう。排泄機能も高まり、老廃物を排出することで体が軽くなるという利点もあります。 【あわせて読みたい】 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 https://dot.asahi.com/articles/-/209682 食物繊維から食べる  栄養素のバランスも大切ですが、健康には食べる時間、食べる順番などさまざまな要因が複合して関わります。一汁三菜のうち、何をどの順番で口にするのが良いのでしょうか。  糖質のかたまりであるご飯を最初に口にすると、それが少量でも血糖値は急上昇します。そして、血液中のインスリン(血糖値を下げるホルモン)濃度が上昇する結果、3時間後にはむしろ血糖値が下がりやすくなることが知られています。  同じ糖質を食べるとしても、最初に野菜など食物繊維を多く含むものを食べ、次に味噌汁や魚・肉などの主菜を食べ、最後にご飯を食べるという順番にすると、血糖値の乱高下を防ぐことができます。食物繊維は余分な糖や脂肪を吸着する働きがあるため、必要以上の糖が血液中に流れ込むのを防いでくれるためです。  ちなみに、寝る前に糖質を多く摂ると、睡眠の質を下げ、成長ホルモンの分泌を妨げてしまいますし、翌朝の空腹時血糖値も跳ね上がりますので、要注意です。  食卓にはできるだけ野菜やキノコ、海藻類などの食物繊維が豊富な食材を取り入れ、それらを最初に食べ始めるようにしましょう。ただし、野菜の中でも、かぼちゃやニンジンなどの根菜類、芋類などは糖質が多いので一口目には向きません。芋類はご飯と同じ炭水化物に分類されます。 【こちらも話題】 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? https://dot.asahi.com/articles/-/209706  糖質をほとんど含まず、食物繊維が豊富な、ほうれん草やキャベツなどの葉物野菜、海藻などが一口目におすすめです。懐石料理でも先付(前菜)で野菜の和え物やなますなどさっぱりした料理から始まり、ご飯は最後に供されますが、大変理にかなっていると言えます。 食べる時間を意識する  深夜に食べると太りやすいということは、経験則として多くの人がご存じでしょう。人間の体には「日内変動」と呼ばれるリズムが備わっていて、胃腸などの働きも時間によって変化することがわかっています。大きく、次のように分けて考えるとわかりやすいでしょう。 ・午前4時~正午   =「排泄」の時間 ・正午~午後8時   =「消化」の時間 ・午後8時~午前4時 =「吸収」の時間  この1日のリズムに合わせて、「朝は軽く、昼しっかり、夜は軽く」食べるのが理想です。午前中は排泄が主で、体は食べものを消化する準備がまだ整っていません。ここでたくさん食べてしまうと排泄に向けられるエネルギーが消化に回ってしまい、胃腸の負担が大きくなります。朝、起きたらまず排泄を終え、それから軽い朝食を摂るのがよいでしょう。朝食は炭水化物をメインにたんぱく質を少量摂ります。  午後は消化能力が最も高くなる、いわば「やせる時間帯」ですから、しっかりエネルギーを補給する必要があります。昼食は逆にたんぱく質をメインに脂質・炭水化物・食物繊維が加わるようにします。 【こちらも話題】 「コロナ太り」解消! プチ断食、レモン水…みんなが実践・興味もつダイエット法 https://dot.asahi.com/articles/-/61846  そして、夜(午後8時以降)の時間は栄養やカロリーを吸収する「太る時間帯」です。夕食は軽く、たんぱく質と食物繊維を中心に、脂質・炭水化物は控えめにします。寝る2~3時間前までに済ませると、体調がとてもよくなります。夜に食物繊維を摂っておくと、腸内環境が整い翌朝のお通じが良くなります。一方、脂質は消化に時間がかかり、摂り過ぎれば睡眠の質を悪くします。  忙しい現代人は、1日3食のうち、昼食を抜いたり軽くすませたりして、夕食の配分が多くなる人が多いと思いますが、夕食でたくさん食べてしまうと太りやすく、翌日まで胃もたれが続いたりすることもあります。特に減量を意識する人は、食事の時間と内容をチェックしてみましょう。 *Dietary Intake Regulates the Circulating Inflammatory Monocyte Pool. Cell. 2019 Aug 22;178(5):1102-1114.e17. doi: 10.1016/j.cell.2019.07.050. 【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは ●満尾 正(みつお・ただし) 満尾クリニック院長・医学博士。日本キレーション協会代表。米国先端医療学会理事。日本抗加齢医学会評議員。1957年、横浜生まれ。1982年、北海道大学医学部卒業。内科研修を経て杏林大学救急医学教室講師として救急救命医療に従事。ハーバード大学外科代謝栄養研究室研究員、救急振興財団東京研修所主任教授を経た後、2002年、日本初のキレーション治療とアンチエイジングを中心としたクリニックを赤坂に開設、2005年、広尾に移転、現在に至る。主な著書に『世界の最新医学が証明した長生きする食事』『食べる投資 ハーバードが教える世界最高の食事術』(アチーブメント出版)、『世界最新の医療データが示す 最強の食事術』(小学館)、『医者が教える「最高の栄養」』(KADOKAWA)など多数。  
フィラリア制圧を目指す女性科学者(72)の“命の約束” 「私は人類の側に立つ」 
フィラリア制圧を目指す女性科学者(72)の“命の約束” 「私は人類の側に立つ」  熱帯病対策専門家として、フィラリア撲滅に尽力する一盛和世さん(72)  西郷隆盛もかかったといわれる「リンパ系フィラリア症」という熱帯病がある。「その撲滅に命をかけてきた」と言い切るのが一盛和世さん(72)だ。学生時代に「蚊が媒介する病気」に興味を持ち、青年海外協力隊員として25歳でサモアに赴任。それからロンドン大学衛生熱帯医学校に学んで博士号(PhD)を取得し、世界各地をめぐって熱帯病とたたかってきた。海外生活は30年を超す。「プライベートなしにやってきた」という一盛さんは、どんな道を歩んできたのだろう。世界保健機関(WHO)の最新報告によると、蔓延国72のうち19カ国が制圧を達成した。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子) フィラリアは人生を変えてしまう ――初めてお話を聞いたのは2018年、私がまだ朝日新聞で働いていたときで、「ひと」欄の取材でした。2022年に読売国際協力賞を受賞されたこと、誠におめでとうございます。  ありがとうございます。副賞が結構大きな金額だったので、これをどうするか考えたんですね。私はフィラリア症をなくすことに命をかけてきた。フィラリアというのは細長い糸のような寄生虫で、人のリンパ節に入り込むと手足がグローブのようになってしまう「象皮病」を起こしたり、陰嚢や乳房をとてつもなく腫らしたりする。人はこれで死ぬことはないけれど、外見がひどく変わってしまう。人生が変わってしまうんです。  フィラリアが産んだ仔虫は血液の中を泳ぎ回り、その血を蚊が吸って別の人を刺すことで病気が広がる。だから、蚊の駆除やボウフラが発生しそうな環境をなくすことが予防法の一つですが、フィラリアの仔虫を殺す薬がある。残念ながら親虫を殺す薬はない。でも、蚊に刺される可能性のある人、つまり住民全員が毎年1回、5年続けて薬を飲むと、新たな病気の発生はなくなる。こうなれば、この地区ではフィラリア症の感染がなくなり制圧されたことになります。  それを世界中の蔓延地域で展開するのが私のライフワークですが、いろいろ考えたら本当はやっちゃいけないことかもしれないんですよ。だって多様性が大事といわれている時代に一つの生物を地上からなくそうとしているわけだから。でも、私は人類側に立つ。人類の立場からしたら、こういう病気を起こすものは敵じゃないですか。だからたたかうと、腹をくくりました。誰に何と言われようが私は同胞を助ける。その代わり、私の命をあげるって思ったんです。 ――誰にあげるんですか?   盟友のパトリシア・グレイブス豪ジェームズクック大学教授と。一盛さんが持っているのが読売国際協力賞受賞を記念して作った本=2023年8月、オーストラリア・シドニー、一盛和世さん提供  虫に。フィラリアに。だから、あなたたちがいたことはどこかに残します。そう約束を、虫とは約束できないから自分で約束した。ちょっと青臭いですけど、私は本気でそう思っていました。で、その約束をいただいた副賞を使って果たした。 ――それがこの立派な英語の本ですね。日本語タイトルは『太平洋リンパ系フィラリア症制圧計画(PacELF=パックエルフ)論文集および一盛和世業績集―第29回読売国際協力賞受賞を記念して―』です。  はい、300冊作って、世界中の関係者にほぼ配り終えました。2023年8月下旬から9月初めにはオーストラリアに行きました。あそこのジェームズクック大学には、ロンドン大学衛生熱帯医学校に留学したときからの友人パトリシア(・グレイブス)が教授としているんです。私もそこの客員フェローですが、この大学とクイーンズランド大学が主催して、アジア太平洋地区のフィラリア関係の人たちが何百人も来る、WHOも関わる結構大きな会議をシドニーで開いたんです。  その中で私の本の出版を記念するセレモニーを開いてくれた。初日の開会挨拶のときから「スペシャルゲスト、ドクターイチモリ」っていう感じで紹介してくれて。それでブースに本を置いて配ったらみんな喜んでくれて、本当にありがたかった。 宮古島にある「フィラリア防圧記念碑」  日本ではこの病気のことも、制圧が進んでいることもほとんど知られていないんですけど、今回、読売新聞が光を当ててくれて良かったなと思っています。本のほかに、フィラリア症制圧を伝える金色の記念プレートも作って、12月に太平洋の島国バヌアツに行ってプレゼントしてきました。私自身、バヌアツに6年間いましたし、私が始めたPacELFのプログラムで最初に制圧に成功した国の一つがバヌアツなんです。もうこの国にはフィラリア症はなくなっているので、若い人は知らないわけですよ。だから、若い人たちに知ってもらうためのプレートです。  実は沖縄県の宮古島には大きな「フィラリア防圧記念碑」がある。1988年に沖縄県での「根絶宣言」が出されたのを記念して建てられたもので、本当はああいう立派な石碑を贈りたいと思ったんですが、いろいろ調べてみると石碑を太平洋の島に建てるのは難しいとわかり、プレートにしました。 ――沖縄の石碑が1988年に建てられたとなると、日本でもこの病気が1980年代までは存在していたわけですね。  実際には沖縄県では1980年に対策が終わり、その後、再発生がないか慎重に見極めてから根絶宣言を出した。宮古島で対策が始まったのは1965年で、そのころには四国や九州にも患者がいて、対策が進められていました。 象皮病の患者さんの足を洗う50歳のころの一盛和世さん=サモア、一盛和世さん提供  私が卒論のために東京大学医科学研究所に通うようになったのは大学3年(1972年)からですが、当時の医科研にはフィラリア症の第一人者の佐々学先生がいらして、まさに日本からフィラリア症をなくそうと、それこそ「プロジェクトX」をやっていた時期だったんですよ。その佐々先生のお部屋に、フィラリア症で陰嚢水腫を起こした患者さんの写真が飾ってあった。自分の巨大な陰嚢に腰をおろしたような姿の写真で、私は衝撃を受けた。これがフィラリアとの出会いでした。 ――大学は玉川大学を卒業されたんですよね?  そうです。なんというか、私は、皆さんが目指すような「いい大学を出て、いい人と出会って、お子さんもいて、仕事も着々とステップアップして」という路線から外れている。そういう路線を高校生のころに自分の中ですっかり外したんですね、振り返ってみると。  子ども時代は恵まれた環境にいたと思います。東京の開業医の娘で、小学校のときは勉強が好きな、いい子だった。中学から女子学院に入って、ちょっと横を向くようになったかな。当時はそんな意識はしていなかったけれど、その、いい大学を出ていい人に出会ってという路線は私は違うと思ったんです。 ――何があったのですか?  いや、学校自体はいいし、家族も仲がいいし、友達と別にケンカしたわけでもない(笑)。私の家は下町にあって、あのころは結構公害がひどかったんですよ。中3から高1にかけて、ぜん息と蕁麻疹がひどかった。苦しくて、学校に一日いられない感じ。そこで「生きる」ということをすごく考えたんだと思うんです。「いのち」ということを。もともと小学校のときから生き物が好きでしたし。 大学に行ったら、空が青かった  それから「ほかの人とは違う、自分は自分」というのも認識した。友達は勉強しているけれど、私は勉強しないし、できない。疲れちゃうから。で、どんどん成績は落ちるんだけど、その成績すらどうでもよくなる感じ。「大した病気ではない」と言われるんだけど、自分としては大した病気で。一番多感な時期に、中途半端な病気だったのが影響したのかな。  高校生になって受験勉強が必要になっても、熱心でなかった。その路線に乗っかるのは、自分で嫌だっていうのもあったし、乗っかれないっていうのもあった。私が受験した年は、東大が入試をしなかった翌年で、1年待って東大を受験した人もいっぱいいて、最悪の年だった。私はそんな状況の中でいろいろあって、玉川大農学部に入ったんです。  でも、それが良かった。大学に行ったら、空が青かったんですよ。 ――玉川大は東京都下の町田市にありますからね。排ガス規制が甘かった時代の東京の下町とは空気が違ったでしょうね。  あのころは東京中が曇っていたと思います。気分的にも。学生運動の余波で、何だかギスギスしていたし。 総勢26人が執筆して作った『きっと誰かに教えたくなる蚊学入門』を手にする一盛和世さん  玉川大のキャンパスは広くて、あそこで穏やかな人たちと接して。最近、「ウェルビーイング」という言葉をよく聞くようになりましたよね。私もWHOに行ってから、これを目指すようになったんですけど、もしかしたら、あのとき玉川大で出合った、あの穏やかさっていうのが、ウェルビーイングなのかもしれないなあとちょっと思う。農学部なので、田植えとか、牛や豚の世話もするし、命を育てる仕事は純粋に楽しかったですね。  そこでミツバチに興味を持ち、3年生で昆虫学研究室に入りました。社会性昆虫というのはすごく面白いなと思ったんです。昆虫ですら社会を持っている。私は社会をミツバチから学んだ。でも、卒論のテーマは蚊にした。 ――どうして、急に蚊に?  蚊は身近過ぎて、昆虫としてあまり捉えられていないなと。そのへんがひねくれているというか、まともなチョウチョやトンボに行かずに蚊に行った(笑)。  というか、研究室の先生が東大医科研の先生と知り合いで、医科研の先生から「蚊をテーマに卒論を書こうという学生はいませんか」と声がかかったんですよ。私の自宅からは東大のほうが近いということも考慮してもらえたのか、私を推薦してくれたんです。  医科研では来る日も来る日もボウフラを数えて、無事に卒業論文を仕上げました。それで玉川大を卒業し、そのまま就職もせずに医科研の研究生になっちゃった。当時は就職っていう発想が全然なかったですね。 親は大反対  佐々先生は熱帯病の研究を国際的なスケールで進めておられて、私は熱帯病の研修を受けたりして、勉強させてもらっていた。ある日、ゼミにサモアに行っていた研究者が来て、サモアの話をしたんですよ。それが運命の分かれ目というか、私はぜひともサモアに行きたいと思ったんです。  佐々先生に言っても「困ったなあ」という感じだったんですけど、青年海外協力隊というのがあると教えてくれました。で、あ、それで行こう、と思ったんです。そこから、親が……。 ――親がどうだったんですか?  大反対。大反対どころか、ほぼ勘当ですよ。私だって親だったらそう言っちゃう(笑)。サモアってどこ?っていう感じですよね。そこで蚊を捕りに行く? はあ? ですよ。結果としては許してくれたんですけど、よく許してくれた。  ともかくサモアに丸2年行って、WHOのフィラリアプロジェクトに青年海外協力隊のボランティアとして参加した。行ってみたら、熱帯というところは素晴らしく、あちこち採集に行って調べた蚊の生態もすごく面白かった。それに、サモアでは患者さんにも会うわけじゃないですか。その姿を見て、日本でこの病気をなくせたんだからここでもなくせるはずだと思った。そして、そういう仕事をしてみたい、と思うようになった。 読売国際協力賞の贈賞式で=2022年11月28日、東京、一盛和世さん提供  それには本気で勉強しようと思ったんです。帰ってから。高校のときにはしなかった勉強をね(笑)。熱帯病を勉強するのに世界で一番のところというと、ロンドン大学衛生熱帯医学校です。奨学金を片っ端から調べて、親には意地でも頼らないぞと思って、奨学金をもらって行っちゃった。さすがに厳しく、試験も何回もあって、鍛えられました。 ――修士課程から入ったんですか?  いや、私はサモアから帰って玉川大の修士課程に籍を置いて、そこの課程を終えていたので、修士号は持っていたんです。修士号を取ってから、佐々先生のお手伝いをしてユスリカの研究をちょっとした。先生は東大を定年退官して帝京大学に移っていたので、私は帝京大に1年間いました。ユスリカも学問として面白かったんですけど、すぐロンドンに行ってしまった。  博士(PhD)のコースは、1年目の試験に落ちると先に進めないんですよ。そこでがんばって試験に通って、実験もして、PhDを取った。そこで自信がつきました。帰ってきてすぐ、離婚しました。 夫婦は同じ山を登るものなんだと思う ――え、いつ結婚されたんですか?  この話はあんまりしていないんですけど、ロンドンに行く半年ぐらい前です。生物好きが集まるサークルで出会った人でした。私はフィラリア対策っていう山に登りたいと思っている。彼は彼で別の山に登りたいと思っている。でも、クライマーとしては同じなんですよ。そこのところは意気投合していたわけ。話も合ったんです。だけど、登る山は決定的に違っていた。  夫婦っていうのは、同じ山を登るものなんだと思う。それは手を取り合って登るケースもあれば、1人がベースキャンプで頑張っているケースもある。だけど、ここを登りたいと思って見ている山は同じなんだなって思う。私みたいに前人未踏の山を登ろうとすると、どっちかが山を諦めないといけない。まあ、そこまで筋道立てて考えていたかは自分でもわからないけれど、向こうも同じようなことを感じていたようで、すんなり別れました。  PhDを取ってからは、修業の日々です。国際協力事業団(JICA、現・国際協力機構)の専門家としてグアテマラに行き、タンザニアでは都市マラリア対策に取り組み、日本学術振興会研究員としてケニアでツェツェバエの生態研究をしました。いろんな熱帯病の現場を見て経験を重ねていったら、1992年にWHOによばれた。赴任地はサモアです。さあ、来たぞ、っていう感じ。  同じサモアに今度はWHOというモノが言える立場で行けたのは大きくて、私も修業してきたから知識も経験もあるし、ちょうど人生として脂の乗っている時期だったのも幸いだった。それは運というのもありますよね。 PacELF 制圧記念プレート贈呈式でバヌアツ政府保健省代表と=2023年12月、バヌアツ保健省提供  サモアに最初に行ったときからうすうす考えていたことを「太平洋リンパ系フィラリア症制圧計画(PacELF)」という形にして企画し、バヌアツで6年勤務したあと2000年にフィジーを拠点としてプログラムをスタートさせた。私がチームリーダーです。まさに「満を持して」っていう感じでしたね。 ――2006年には本部ジュネーブ(スイス)に異動になったんですね。  はい、そこでは「顧みられない熱帯病(NTD)部」に入り、2010年には「世界リンパ系フィラリア症制圧計画(GPELF)」の責任統括官になった。地球からフィラリアをなくすという頂上を目指し、作戦指針を策定し、計画を指揮する責任者です。  2013年に定年を迎えて、日本に帰ってきました。もう体力的にも第一線でやる力はないから、記録を残すのが仕事だと考えていた。長崎大学熱帯医学研究所で客員教授になり、「日本顧みられない熱帯病アライアンス(JAGntd)」を長崎大につくり、2019年には蚊への理解を深めるイベント「ぶ~ん蚊祭」を開催しました。さまざまな専門家から原稿を集めて『きっと誰かに教えたくなる蚊学入門』という本も作った。  本当は、私が持って帰った資料や文献を保管できる資料室みたいなものも長崎大につくりたいなと思ったんだけど、難しくて。ジェームズクック大に話を持っていったらすごく喜んでくれて、「うちで預かります」って、私のライブラリーを一部屋つくってくれた。一盛コレクションもその中に入って、全部デジタル化して、世界中からフィラリアに関する情報はそこに集めるみたいな形にして。 ――お~、それは大事なことですね。  そうなんですよ。人類の財産じゃないですか。ロンドン大で一緒に学んだパトリシアがいたからできたことですけど、なんで日本じゃないのかなとちょっと残念な気持ちはあります。  でも、太平洋の蔓延国16カ国中、8カ国でフィラリアはなくなりましたから。すごいでしょ? 世界でだってもう19カ国でなくなった。アフリカのトーゴ、マラウイだってなくなった。バングラデシュだってなくなるんだから。対策が終わってから制圧という認定が出るまでちょっと時間差があるんですけど、とにかくやればできるんですよ。世界中でみんなすごく一生懸命やっているのが本当に嬉しく、すばらしいことだと誇りに思います。 一盛和世(いちもり・かずよ)/1951年東京生まれ。玉川大学農学部卒。東京大学医科学研究所研究生を経て1977~1979年青年海外協力隊員。1987年ロンドン大学衛生熱帯医学校修了、博士号(PhD)取得。グアテマラ、ケニア、タンザニアで熱帯病対策の経験を重ね、1992年に世界保健機関(WHO)に入る。2000年にフィジーを拠点に「太平洋リンパ系フィラリア症制圧計画(PacELF)」開始。2006年WHO本部(スイス・ジュネーブ)、2010~13年「世界リンパ系フィラリア症制圧計画(GPELF)」責任統括官。2013年定年退職。2014年から長崎大学熱帯医学研究所客員教授。オーストラリアのジェームズクック大学客員フェローも務める。
殺虫剤が効かない「スーパートコジラミ」出現 布団、カーテン…旅先でチェックすべき意外な場所
殺虫剤が効かない「スーパートコジラミ」出現 布団、カーテン…旅先でチェックすべき意外な場所 トコジラミは「血糞」という血が混ざった糞を排泄する。天井や部屋の四隅に変なシミを見つけたときは、近くにお騒がせ虫が潜んでいるかもしれない(写真:大洋防疫研究所提供)    1センチにも満たない“お騒がせ虫”が、世界を震撼させている。年末年始、楽しいはずの海外旅行で、かゆ~い思いをしないためにも。AERA2024年1月1-8日合併号より。 *  *  *  不意に激しいかゆみが背中をおそった。慌てて駆け込んだ皮膚科では、「お年やからね」と塗り薬を処方された。  かゆみはしばらくして治まった。が、すぐに再発。背中の赤い斑点は左右交互に場所を移しながら、20カ所以上にもなった。  大阪府に住む男性(64)は言う。 「医者に通っても、ぜんぜん治らない。30代の娘の腕や脚にも赤い斑点が出て、これは年のせいじゃないと思いました」 韓国で「ピンデミック」  ふと座椅子を見ると、小さな虫がついていた。ネットで調べ、トコジラミだと確信。急いで市役所に連絡したが、 「紹介された駆除業者には、立て込んでいてすぐに対応できないと断られたので、業者に教わった方法で殺虫剤を使って自分たちで退治しました」  殺虫剤が効きづらい卵を駆除するため、熱処理用のスチーマーを購入。週末は丸一日かけて退治する生活で、トコジラミとの暮らしから抜け出したのは、最初にかゆみが出て半年以上が過ぎた頃だった。  トコジラミはカメムシの仲間で、人の血を吸う。別名、南京虫。かつては日本でも生活圏に忍び込んでいたが、殺虫剤の普及とともに昭和の高度経済成長期に激減した。吸血されると強烈なかゆみに襲われる。体長5~8ミリで茶褐色。羽が退化しているため、人や物にくっついて分布を拡大させるのが特徴だ。  そのトコジラミが、再び世界各地で広がっている。 AERA 2024年1月1ー8日号より  2024年にパリ五輪を控えるフランスでは、23年10月、マクロン大統領の与党連合がトコジラミ問題を「最優先課題にする」と宣言。お隣、韓国でも目撃情報が多発。韓国語でトコジラミを意味する「ピンデ」とかけて、パンデミックならぬ「ピンデミック」と呼ばれるほどだ。  だが、トコジラミは、すでに日本にも忍び寄っている。 「海外との行き来が止まったコロナ禍もトコジラミの相談件数に大きな変化はなかった。つまり、国外からの侵入がなくてもトコジラミはいるということ。殺虫剤が効かない“スーパートコジラミ”も確認されていて、今後も減ることはないでしょう」   身を寄せ合うトコジラミ(小松謙之さん提供)  そう話すのは、東京都ペストコントロール協会の小松謙之(のりゆき)さんだ。同協会には、09年は38件だった電話相談が23年には325件に増加(12月11日時点)。過去14年で最も多かった。 個人間売買に「リスク」  物を介して広がるため、海外からの荷物を不安視する人もいる。佐川急便には今年6月以降、いくつか問い合わせがあった。 「現時点でトコジラミやその他の寄生虫が付着していたという報告はありません。今後もお客さまからのご要望に合わせ対応を検討いたします」(同社広報)  実際に、トコジラミが荷物とともに運び込まれることはあるのか。前出の小松さんが言う。 「メーカーの倉庫にトコジラミがいる可能性は低いので、あまり心配する必要はないでしょう。ただし、メルカリやヤフオクなど個人間で売買する場合は、送り主の家にいたトコジラミが潜んでいる可能性はあります」  年末年始には海外旅行を予定している人も多いだろう。スーツケースやバッグの中に潜り込み、持ち帰ってしまう──考えたくもないがそんなことはありえるのか。害虫駆除の専門業者「大洋防疫研究所」代表取締役の向井秀彦さんはこう指摘する。 「どれだけ気をつけてもホテルや電車から連れ帰ってしまうケースもあり、対策はかなり難しい。気になるときは荷物を玄関や風呂場に置いて、部屋にいないか目視で確認してください。布団のチャック部分、カーテンの折り目、ベッドフレームなどを見るのもポイントです」  大量発生すれば個人で駆除するのは難しいため、専門家に相談するのがトコジラミ問題解決への近道だ。(編集部・福井しほ) ※AERA 2024年1月1-8日合併号 大量のトコジラミが…(大洋防疫研究所提供) びっしり集まったトコジラミ(大洋防疫研究所提供) 姿はなくても存在を感じさせるトコジラミの「血糞」(小松謙之さん提供) マットについたトコジラミ(本文男性提供) 一匹でも存在感のあるトコジラミ(大洋防疫研究所提供) 大阪府の男性を襲ったトコジラミ(提供) 白い壁に黒い点が目立つ。これもトコジラミの血糞だ(小松謙之さん提供)  
【2023年11月に読まれた記事①】今オフ「戦力外」を免れたが厳しい立場なのは? 来季が正念場の「崖っぷち」選手たち
【2023年11月に読まれた記事①】今オフ「戦力外」を免れたが厳しい立場なのは? 来季が正念場の「崖っぷち」選手たち 今季は0勝に終わった阪神・秋山拓巳  まもなく暮れる2023年を、AERA dot.で読まれた記事で振り返ります。11月は、阪神が日本シリーズでオリックスを下して38年ぶりの日本一に。各地ではクマが相次いで出没し、人的被害が過去最多になったと環境省が発表しました。また、創価学会の池田大作・名誉会長が亡くなりました。AERA dot.では、プロ野球のシーズンが終了し、選手生活の大きな分岐点を迎えた選手たちについてまとめた記事「今オフ『戦力外』を免れたが厳しい立場なのは? 来季が正念場の『崖っぷち』選手たち」が読まれました(肩書や年齢等は配信時のまま)。 *   *   *  11月6日、今年の第2次戦力外通告期間が終了した。既に引退の意向を表明している選手や育成選手として再契約する見込みの選手も含まれているが、12球団合計で143人が自由契約となっている。11月15日には12球団合同トライアウト(鎌ケ谷スタジアム)が行われるものの、ここから来季も支配下選手としてプレーできる選手は一握りと言えるだろう。    一方でこのオフは自由契約とならなかったものの、苦しい立場となっている選手も少なくない。まず大きな話題となっているのが銀次(楽天)だ。10月13日には複数のメディアから来季の構想外となっているという報道があったものの、結局球団からは正式な発表はないまま通告期間は終了している。  銀次は球団創設2年目の2005年の高校生ドラフト3巡目で入団し、生え抜き選手としては初となる通算1000本安打も達成したまさに球団の顔と言える選手の一人である。しかし今年は出場機会が激減。一軍でわずか6試合の出場で1安打という成績に終わった。来季も現役を続けるかは極めて不透明な状況で、その動向を注目しているファンも多いが、仮に残留となったとしても正念場のシーズンであることは間違いないだろう。  セ・リーグで実績がありながら、ここ数年一気に苦しい立場となっているのが小林誠司(巨人)だ。2017年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、2019年のプレミア12では侍ジャパンにも選ばれるなど球界を代表する守備型のキャッチャーとして活躍したが、2019年オフに4年契約を結んでからは成績が一気に悪化。この4年間で放ったヒットはわずか22本に終わっている。  毎年のようにトレードの噂がありながら残留となってきたが、今年で契約が切れることを考えると、このオフには大幅減俸となる可能性は極めて高い。同じ捕手出身の阿部慎之助新監督がどう小林を評価しているかは分からないが、来年で35歳という年齢を考えても、選手生活の大きな分岐点となるシーズンとなりそうだ。 【こちらも話題】 巨人は今オフどう動く 森唯斗の獲得は“微妙”? 機動力アップを狙い西川遥輝も候補か https://dot.asahi.com/articles/-/205735  2年連続の最下位に沈み、再建期間の真っ最中という印象を受ける日本ハム。かつての強さを知る選手はだいぶ少なくなってきている印象を受けるが、野手で苦しい立場となっているのが中島卓也だ。2015年には盗塁王に輝き、ショートのベストナインにも選出され、翌2016年にも全試合に出場してチームの日本一にも貢献。しかしその後は年々出場機会が減り、今年は17試合の出場で6安打に終わっている。  先日、海外フリーエージェント(FA)権を行使せずに、来シーズンもチームに残留することが発表されたが、推定年俸はピーク時の1億円から1/4となる2500万円まで減少しており、そのことも苦しい立場を物語っている。年齢的には来年で33歳とまだまだ余力がありそうだが、日本ハムはかつてのレギュラーに対しても積極的に他球団への移籍を促してきた経緯があるだけに、来季は周囲を黙らせるくらいの結果を残す必要があるだろう。  低迷しているチーム以外にも崖っぷちと見られる選手は存在している。パ・リーグ三連覇を達成したオリックスではT-岡田がその筆頭と言えるだろう。2010年にはホームラン王に輝き、通算204本塁打を誇る大砲も今年は一軍定着してから初となるホームラン0本に終わった。  ポストシーズンでは打席に入るとファンから人一倍大きい声援が送られており、その人気と存在感はまだまだ健在だが、この結果がもう1年続くようであれば、さすがに残留は難しいだろう。何とか来シーズンは代打でも存在感を示してもらいたいところだ。  38年ぶりの日本一を達成した阪神では秋山拓巳も厳しい状況と言える。過去に3度二桁勝利をマークし、先発ローテーションの一角として活躍してきた右腕も、昨年から一気に成績を落とし、今年は一軍で0勝に終わった。140キロに満たないストレートでも抜群のコントロールを武器に相手打線を抑え込んできたが、同じスタイルでは厳しくなってきていることは確かだ。  今年のドラフトでも支配下では大学生、独立リーグ、社会人から4人の右投手を獲得しており、来年はさらに競争が激しくなることが予想される。スタイルの変更や新たな球種をマスターするなど、何か変化をつけないと生き残るのは簡単ではないだろう。  来年も多くのルーキーが加わり、中には即戦力として期待される選手もいるだけに、立場が危うくなる選手は他にもまだまだ存在している。ただ、最近ではトレーニングの進化によって、ベテランとなっても活躍できる例が増えていることも確かだ。ここで挙げた選手たちの一人でも多くが鮮やかな復活を遂げてくれることを期待したい。(文・西尾典文) 西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。 【こちらも話題】 ロッテがFAで中田翔の獲得に動く可能性も 「大量の元巨人組」でV奪回狙う https://dot.asahi.com/articles/-/204845
若者のオーバードーズに元依存症の支援者「やめろとは言えないし、意味がない」 その真意とは
若者のオーバードーズに元依存症の支援者「やめろとは言えないし、意味がない」 その真意とは 「碧の森」代表の湯浅静香さん    医薬品を過剰に摂取するオーバードーズ(OD)の、若者へのまん延が深刻化している。12月13日には東京都の小学校で女子児童2人が市販薬を過剰に摂取し、救急搬送された。だが、過去にODの沼にハマり身を滅ぼした経験を持つ女性は、ODの危険性に警鐘を鳴らしつつも「やめろとは言えないし、やめろと言うことに意味はない」と意外な本音を口にする。その真意とは。  埼玉県在住で、受刑者や、薬物などの依存症者の家族を支援する活動をしている「碧の森」代表の湯浅静香さん(43)。彼女自身が元受刑者で、窃盗容疑で逮捕された際の精神鑑定で、万引きや薬物、ギャンブルなどあらゆる依存症と診断された。  幼少期に大人の男性から性被害を受け、母親による虐待とネグレクト(育児放棄)を経験した湯浅さんは、「クソみたいな人生だった」とその過去を一切隠さない。言葉通りに破天荒でもあり、自分で自分を痛めつけるような生活を送ってきた。 10代で違法薬物、18歳でODに  10代で援助交際や違法薬物に走り、キャバクラで働いていた18歳のころからODに徐々に染まった。とはいえ、ODという言葉がまったく浸透していなかった時代。今思えばのODである。  きっかけは、ただのノリだった。  仕事が二部制で、深夜にいったん勤務を終え、別店舗に移って朝まで働くのだが、「疲れを飛ばすため」に何となく、二部に移る前に、とある薬に手を出した。 ギャル時代の湯浅さん(いずれも本人提供)    酒を飲む仕事。いつの間にか意識が飛び、気がつくと、家の布団で寝ていた。 「めっちゃ怖いんだけど…」  何も覚えていない湯浅さん。だが、その夜に出勤すると、同僚たちの反応は意外なものだった。 「昨日のノリ、最高だったよ! 楽しそうだったし、しゃべりも超良かった。いい仕事したよ!」  予想外の“評価”に、恐怖心は消し飛び、“成功体験”に変わってしまった。 「仕事に活かせるって、本気で思ってしまったんです。バカだったなって今は思いますけどね」(湯浅さん)  今よりルールの緩い時代。夜の世界で築いた人脈で、処方薬ですら簡単に入手できた。 【あわせて読みたい】 万引き、薬物…あらゆる「依存症」だった元受刑者の43歳女性が名前・顔出しで“当事者”を支援する理由 https://dot.asahi.com/articles/-/14272?page=1   「最初に手を出した薬の量がどんどん増えて、今度は別の薬にも手を出すようになって。いつの間にか、量も思い出せないほど、薬をぼりぼりと『食う』ような状態になっていきました」  一時は店のナンバーワンまで昇りつめたが、成功体験は長続きしなかった。  客相手に、言動が支離滅裂になり、時には記憶が飛んで約束を破ることが増えた。  記憶が飛んだ時はキャラも変わった。明るいトークが売りだった湯浅さんだが、客にしなだれかかって甘えたりと、「女」を出すようになったという。 「お前、俺と付き合うって言っただろ?」(客) 「言ってないけど…」(湯浅さん)  自分ではない自分になっていることに、湯浅さんは気づくことができない。愛想をつかした客がどんどん離れ、別の同僚を指名する。その様子に悔しさを感じるのだが、薬の量はどんどん増える。まさしく転落である。   懲役2年7カ月の実刑判決 「普通ならここで立ち止まるはずなのに、できなかった。なぜかって、今の若い子たちにも通じるかもしれませんが、薬局で売っていたりお医者さんが出す薬なんだから、体に悪いはずがないって思い込みがあったんです。当時は依存症の『依』の字も知らなかったし、ODなんて言葉もなかったはずで、知る術はありませんでした」  26歳。落ちに落ちた湯浅さんは自殺未遂を起こし、病院に搬送された。そこで薬の大量服用の問題にやっと気づくのだが、行為をやめることはできなかった。  いつしかODの影響で意識朦朧のまま万引きを繰り返すようになり、9年前、懲役2年7月の実刑判決を受け服役した。  36歳で出所後、「依存症子」の名前で自らの半生を発信するとともに、「碧の森」を立ち上げ、受刑者や依存症者の家族の支援活動を続けている。ネイリストやキャリアコンサルタントの資格を取り、この秋からは通信制の大学に通い始めた。  最近はODに関する相談が増えているという湯浅さん。若者たちにまん延している現状に何を思うのか。 【こちらもおすすめ】 「自分の子どもは依存症じゃないか…」 不安を抱く家族の“早すぎる相談”が増えている事情 https://dot.asahi.com/articles/-/806?page=1 「自分の体を痛めつける行為、でも、それだけじゃないですよね。記憶がないまま他人を傷つけたり、私みたいに犯罪を繰り返して刑務所に入ることだってある。やってしまったことは消せないよって。ODによって、死より苦しいかもしれない『生き地獄』を味わうかもよって。それこそがODの怖さなんだと知って欲しい」と話しつつ、こう本音を漏らす。 「それでも、今、ODをしている子たちにやめろって言っても、絶対に聞かないと思います」  若者たちも、おそらくはそれぞれが何らかの事情や苦しみを抱え、生きる手段としてODに走っている。彼らを突き放したら、誰にも相談もできなくなるし、隠れてODを続けるだけだろう。 「クソみたいな人生」を自認する湯浅さんも、幼少期に母からの虐待を受けた当事者だ。暴力を振るわれたり、柱に長時間縛り付けられ、おしっこを漏らしたりが日常だった。それでも、夜の店で稼いだ給料の半分はその母に渡していた。母はギャンブル依存でもあり、そのお金はすべてギャンブルに消えることを知っていてである。 強く否定するのは支援にならない  自らの内面に生じた「ゆがみ」は、湯浅さん自身も認めている。  湯浅さんは、 「私はODをしてしまっているその子を、まずは認めてあげる必要があると思います。『やめろ』などと強く否定したら隠れてしまうだけで、支援にならない。誰にも言えなくなることが一番怖いことなんです。次から減らせたらいいね、生きててよかったね、と、その子の居場所をちゃんと作りながら、見守っていくことが大切ではないかと思います」  として、こう続ける。 「オーバードーズという名称も、一時の快感を味わえるような軽いイメージを与える気がしていて、良くないですよね。立派な依存症で、自分ではやめられなくなる危険な行為なんだということを、早いうちにしっかり教える必要があると思います」  かつてボロボロになった自分を振り返りつつ、そんな思いを口にした。 (AERA dot.編集部・國府田英之) 【あわせて読みたい】 盗んで心の穴を埋める「クレプトマニア」 医師「真面目で融通の利かない人こそ注意」 https://dot.asahi.com/articles/-/200880?page=1
【2023年9月に読まれた記事③】全国に蔓延する「刑務所の食事よりひどい給食」の実態 エビフライはゼロになり、急増したのは切り干し大根…
【2023年9月に読まれた記事③】全国に蔓延する「刑務所の食事よりひどい給食」の実態 エビフライはゼロになり、急増したのは切り干し大根… 物価高騰は子どもの給食にも影響を及ぼしている。画像はイメージ(GettyImages)  まもなく暮れる2023年を、AERA dot.で読まれた記事で振り返ります。9月は、ジャニーズ事務所が故ジャニー喜多川氏による性加害を事実と認め、藤島ジュリー景子社長の辞任を発表。バスケ男子の日本代表は、パリ五輪への出場を決めました。また、全国各地で記録的な猛暑に見舞われました。AERA dot.では、全国各地で学校給食の調理業務を請け負ってきた企業の事業停止を受けて、給食の現状を取材した記事「全国に蔓延する『刑務所の食事よりひどい給食』の実態 エビフライはゼロになり、急増したのは切り干し大根…」が読まれました(肩書や年齢等は配信時のまま)。 *   *   *  全国で給食調理業務を請け負ってきた「ホーユー」が夏休み明けに突然、給食の提供を停止した問題では、学校関係者や保護者から怒りや不安の声が上がった。『学校給食 食育の期待と食のはざまで』(岩波書店)の著者で、「学校給食ニュース」の編集責任者でもある牧下圭貴(けいき)さんは「学校給食を『たかが子どもの昼飯』ととらえる自治体や地方議会が多い。それがこの問題の根底にある」と指摘する。    ホーユーは小中学校の給食から高校、大学の学生食堂まで幅広くサービスを提供していたが、今回の給食停止によって最も大きな影響を受けたのは、障害のある児童生徒が通う特別支援学校だろう。  牧下さんは言う。 「特別支援学校の給食を作るのはものすごく手間がかかるんです。例えば、よくかめない子どもがいるので、食材を適切な大きさに切らなければならないとか、管理食を作る必要があるとか。それができる人材をかなり多く投入しなければならない。そんな給食が1日でも止まってしまうと、非常に困った事態となる」  ホーユーは多くの人員を必要とする特別支援学校の給食を委託している比率が同業者よりも高かった。人件費が高騰するなか、「事業者としては結構大変だったのでしょう」と牧下さんは推察する。  帝国データバンクによると、ホーユーは、同業者との競合による受注価格の低下、コロナ禍で受託先の学校や官公庁などの食堂運営が休止、食材費や人件費の高止まりなどが原因となり収益が圧迫され、今回の事態に陥ったという。負債は、2022年11月期末時点で約16億7000万円。 【あわせて読みたい】 突然の「給食停止」はなぜ起こったのか 業者側の「値上げしてもらえなかった」に学校側は“反論”  ホーユーは全国で給食調理業務を展開していたため、給食停止の影響が広がったが、地域の給食調理委託業者が事業を停止したり、破綻するケースは珍しくないという。  牧下さんは「学校給食調理の民間委託が増え始めた1990年代から業者の破綻は問題視されてきました。今後、破綻はさらに増えるでしょう」と指摘する。  というのも、低価格落札が当たり前の給食調理委託は食材費や人件費の上がらない「デフレ」だからこそ成り立ってきたビジネスモデルだからだ。  帝国データバンクの調査によると、22年度、給食事業者374社のうち127社、34.0%が赤字で、減益は29.1%だった。合わせて63.1%の企業業績が悪化している。 「今回の問題は、学校給食調理の合理化を強力に推し進めてきた政府と財政難にあえぐ地方自治体がコスト削減を最優先にしてきた結果だと思います。学校給食を単なる食事ととらえ、学校給食法や食育基本法の理念にある教育として、あるいは生きた教材として給食を積極的に活用することを忘れてしまったことが背景にあります」 【あわせて読みたい】 「給食がなくなる」夏休みの困窮世帯の不安 一袋20円のうどんに草を分け合い、冷房もない 「質素すぎる給食」問題  かつて、多くの自治体は調理員を直接雇用し、給食を学校で調理して提供する「直営自校調理方式」を採用してきた。  ところが、2000年代に小泉純一郎首相(当時)が「聖域なき構造改革」を掲げて以降、学校給食調理の民営委託化が急速に進んだ。  総務省によると、現在、政令指定都市における学校給食調理の委託率は100%(21年4月1日)。市町村では69.7%である。  一方、学校給食の調理委託は食材の高騰と相まって、極端に質素な給食が出される一因にもなっている。  学校給食の給食の食材費は保護者が負担することが学校給食法によって定められている。  7月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は前年同月比3.3%上昇。特に「生鮮食品を除く食料」は9.2%も上昇しており、約1年前から高止まりの状態が続いている。 「ところが、給食費は保護者負担が増えるので、上げづらいんですよ。さらに、生活保護世帯に教育扶助として給食費が支給される場合だと、自治体の負担が増えるので、自治体も値上げしたくない。そうすると、給食費を上げたいのは給食の献立をつくる栄養士だけ、ということがある。ただ、献立の工夫も限界がきていると思います」  これまでも食材高騰の影響で給食の内容が極端に質素となることがたびたび起こってきた。  19年、食材価格の高騰を理由に副食(おかず)を見直した名古屋市の給食に対して「刑務所の食事よりひどいことになってないか」「戦中戦後じゃあるまいし…次代を担う子供たちに給食の楽しみも与えてやれないのが今の日本なのか」などと、SNSで炎上した。  発端となったのは東海テレビの「“切干大根”など急増…児童『肉食べたい』食材高騰で質素に」という調査報道。番組の中で10年前のメニューと比較すると、年6回あったヒレカツが1回に、6回あったエビフライはゼロに。デザートは年83回から41回に半減。一方で、単価の安い切り干し大根は5回から14回に、高野豆腐は2回から17回に急増していた。  これに対して名古屋市教育委員会の担当者は「ほんとに11年間(給食費を値上げせずに)なんとかやりくりをして頑張ってきたのですが、ここ数年食材費が高騰していますので、さすがに限界に近づいてきたというところでございます。栄養は確保しないといけないということで、安くて栄養価がある食材を使うことが増えています」とコメント。  市教会は20年度から給食費を月額600円値上げし、4400円にした。  また、18年には仙台市の給食が5年以上にわたって学校給食摂取基準が定めるカロリーや栄養素を満たしていないことが発覚した。市によると米やパン、牛乳の価格が値上がりし、おかずにまわせる金額が減ったことが原因だという。  最近では今年6月、大阪府四條畷市(しじょうなわてし)の市民が市に対して「私の子どもが中学校に通っていますが、給食の量がすごく少ないみたいです。(同級生も同じ意見が多い)(中略)一度、市長が抜き打ちで中学校の給食を食べていただき、子どもたちに適量か判断していただけたらさいわいです」との提言がなされるなど、給食の質や量の低下を訴える声が全国各地で途切れることはない。 切磋琢磨がなくなった  ただ、前出の牧下さんによると、食材の高騰が「質素すぎる給食」に直結するわけではないという。 「『給食』といっても、やはり料理ですから、それをつくる栄養士と調理員のスキルに左右されるところが大きいわけです。限られた予算でもうまく工夫することによって、ぱっと見、これまでとそれほど変わらないレベルのものを出せたりする。でも、献立の工夫が苦手な栄養士やスキルの低い調理チームだと、栄養は足りているけれど、見た目が寂しい給食になってしまう」  調理員が委託業者になってしまい、学校や自治体の栄養士と切磋琢磨してレシピを工夫する機会が失われてしまったことも大きな要因という。  給食の質を問わない低価格落札がまん延し、業者の経営破綻や極端に質素な給食が後を絶たない。そのしわ寄せを受けてきたのは子どもたちなのである。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)
寝たきり予防に「たんぱく質」 食が細くなった高齢者でもできる 筋肉を保つ食事のポイントを専門家が紹介
寝たきり予防に「たんぱく質」 食が細くなった高齢者でもできる 筋肉を保つ食事のポイントを専門家が紹介 シニアだって、筋肉をつけるには、たんぱく質が欠かせません ※写真はイメージです (c)GettyImages  人生100年時代、自立した生活を長く送るためには、要介護状態になるのを避ける、できるだけ遅らせることが重要です。そのカギのひとつは、立ち上がるときや転倒の防止に必要な「筋力」にあります。本連載では、年齢を重ねた親と子が一緒に考え、取り組んでいきたい「シニアの筋トレ」についてお届けしてきました。最終回の7回目は、高齢者のみなさんがしっかりと筋肉を増やしていくために大切な食事法について考えます。ただトレーニングをするだけでは栄養不足になりやすいので注意が必要です。具体的に必要なたんぱく質の量やとり方のヒントも紹介していきます。 *  *  *  健康長寿をかなえるためには「栄養」「運動」「社会参加」の3本柱が重要なポイントだといわれます。今回は、その中の「栄養」面にスポットを当てて、毎日の食事を通じた体づくりについて考えてみましょう。 「最近、食が細くなった」と感じている人もいるかもしれません。年齢を重ねると食欲が低下しがちになり、食事の摂取量が少なくなる傾向がみられます。また、食べ物を消化・吸収する力や、体に必要な筋肉や骨を作る力も低下してくるため、しっかり食べているつもりでも、実際は栄養不足であるケースも見られ、高齢者の新たな栄養失調が問題になっています。  低栄養状態が続くと徐々に筋肉が失われ、筋力が低下する「サルコペニア」になり、身体機能の低下、さらには活動量も低下していくといった悪循環を生じます。この「負のスパイラル」が、要介護状態の前段階である「フレイル」の進行を加速させてしまうのです。 シニアに必要なたんぱく質の量とは  筋肉を鍛える運動をおこなうときは、しっかりとたんぱく質をとることが必要です。では実際に、たんぱく質の必要量はどのくらいなのでしょうか。フレイル研究の第一人者、東京大学高齢社会総合研究機構・機構長および同大未来ビジョン研究センター教授の飯島勝矢先生は、次のように話します。 「たんぱく質は私たちの体をつくる材料となる重要な栄養素です。たんぱく質は脂肪とは違い、体内にためておくことはできません。食べためができないので、毎日朝昼晩3回の食事のうち2回以上は肉や魚を取り入れ、合計して1日の必要量以上を食べるよう心がけましょう。具体的には一般的な活動量の人なら、最低でも体重1キロあたり1キロのたんぱく質をとることが、筋肉の「維持」に必要だといわれています。サルコペニアの傾向にある人、筋肉を増やしたい人、トレーニングをしている人なら、さらに多い1.2~1.5グラム/キロが必要です」  肉や魚はたんぱく質が豊富な食材の代表例ですが、実はそのなかに含まれるたんぱく質の量は意外と多くはないそうです。 「例えば、赤身の牛ステーキを200グラム食べても、その中に含まれるたんぱく質の量は35~39グラムであり、食材の重さの約2割。豚肉・鶏肉や魚も同様で、多く見積もって約2割です。十分食べているつもりでも、実際の必要量には足りていないことが多いというギャップに気づくことが、まずは大切です」(飯島先生)  つまり、体重50キロの人が筋肉をつけたいなら、1日60~75グラムのタンパク質を取る必要があり、そのためには1日300~375グラムの肉や魚を食べる必要があるということです。「思ったより多い」と感じた人も多いのではないでしょうか。日頃の食生活でどれくらい肉や魚を食べているか、実際に量って見直してみるのもおすすめです。ただ一方で、腎臓の機能が低下している人では、治療上、たんぱく質の摂取量が制限される場合があります。必ず主治医に相談したうえで、運動・栄養指導を受けてください。 シニアが取り入れやすいたんぱく質の食べ方  大手スポーツクラブのライザップでは、高齢者の筋トレをサポートしていますが、食事指導にも力を入れています。そこで、具体的にどのようなアドバイスをしているのか、シニアプログラムの開発に携わった同社の川本裕和さんに聞いてみました。 「シニア会員には、卵、肉、魚、乳製品、豆腐などのなかから、ご自身が好んで食べられる食材を選んで、さらに動物性たんぱく質と植物性たんぱく質のどちらかだけに偏らないよう、バランスよくとることを勧めています。胃もたれなどを感じている場合は、消化がよく軟らかい食材や動物性脂質の少ない食材を選びます。軟らかい半熟卵や豆腐が比較的にとりやすい食材です。1食のボリュームが少ない場合には、食事の回数を増やして、1日トータルで必要摂取量を目指すようアドバイスします」  肉が硬くて食べづらい場合には、肉と一緒にキウイやパイナップルを食べたり、炭酸水や酢などに漬け込んだり煮込んだりすることで、肉の繊維が壊れて軟らかく、食べやすくなるそうです。また、酸味のあるレモンや酢などの調味料をかけて食べると、唾液の分泌量がアップして消化もよくなるので、試してみてはいかがでしょう。  ちなみに「硬い肉がかめない」というのも筋肉の老化現象の一つ。歯や口回りの筋肉の力が弱くなるとかむ力や舌の動きが悪化するので、「むせやすくなる」「滑舌が悪くなる」「食べこぼしが多くなる」などの症状も、口腔(こうくう)機能の低下の兆候です。飯島先生はそれらを「オーラルフレイル」と指摘して、早期から口腔ケアおよび口腔機能維持をおこなうよう呼び掛けています。  日本歯科医師会では、オーラルフレイルを予防する「口腔体操」をホームページで、紹介しています。この体操は、①口、舌の動き、②のみ込む力、③かむ力、④滑舌、⑤舌の力を強化する、五つの効果を目的とした体操です。口回りの筋力低下が気になる人は、全身の筋トレとあわせてこちらもぜひ参考にしてみてください。 (取材・文/坂井由美) 【取材した専門家】 東京大学高齢社会総合研究機構・機構長および同大未来ビジョン研究センター教授 医学博士 飯島勝矢先生 ライザップ 川本裕和さん
和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由
和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 和食は最高の長寿食(Getty Images)  健康という最高の財産を失わないために、食事の栄養バランスを意識する人も少なくないだろう。ハーバード大学で栄養学を学び、アンチエイジングクリニックを開院した医師・満尾正氏は、健康長寿食として「和食」を勧める。中でも1975年頃の和食が栄養学的に最も優れているという。朝日新書『ハーバードが教える 最高の長寿食』から一部を抜粋、再編集して解説する。 * * * 【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは 1975年頃の和食を見直そう  日本人の食事を考えるにあたって、興味深い研究があります。1960年、1975年、1990年、2005年と15年ごとにその年の日本人家庭の1週間分の食生活の内容を再現し、その栄養成分の比較を行ったものです。さらにそれぞれの食事内容を凍結乾燥後、8カ月間にわたりマウスの餌として与えて変化を観察したものです(注)。  1960年代の食事内容では、たんぱく質や脂質が少ない傾向が見られました。この頃は生活習慣病よりも低栄養による疾病が多かった時代です。経年ごとにたんぱく質と脂質の増加が見られるのに対して、炭水化物の占める割合が減少していました。中でも脂質の増加傾向が顕著であり、2005年の食事では1960年と比較してほぼ3倍にまで増加していました。  マウスを使った実験ですが、1975年の食事内容には内臓脂肪が増えるのを防ぐ働きがあることも確認されました。さらに、糖尿病の原因とも言われるインスリン感受性低下も1975年の食事が最も少ないことがわかりました。この研究では、その理由を栄養成分が満遍なく含まれていたのが1975年の食事だからと結論づけています。  1975年といえば、今からほぼ50年前、高度経済成長の真っ只中です。化学的農法が推奨され、日本の自然がどんどん失われていった時代でもあり、一方でファストフードの波が始まった年代でもあります。  現在、50歳代以上の人はこの時代の一般的な和食を覚えていて、「なんのことはない、あの普通の食事が?」と思われるかもしれませんが、働き盛り世代、子育て世代の30~40歳代の人は、もはや和食の基本である「一汁三菜」よりも、ファストフードのほうが馴染みのある食事になっているでしょう。  栄養学的に最もバランスが優れていた1975年ごろの和食の良さを、改めて見直すべきときが来ています。  もう一つ、それを裏付けるのが、沖縄県の平均寿命の順位が落ちてきていることです。1980年代まで、沖縄県は都道府県別平均寿命が男女とも1位を誇り、長寿県として知られていました。ところが、2000年頃からだんだんと順位を落としていき、2020年には男性はなんと43位。後ろから数えた方が早い順位です。女性も16位まで下がってしまいました。  これにはいろいろな原因が考えられますが、一つは食生活の変化が指摘されています。1945年の終戦後から1972年まで、沖縄県ではアメリカの統治が続き、肉食やハンバーガーといったアメリカ型の食事が浸透していきました。現在、そうした食文化の中で育ってきた人たちが年齢を重ねてきた影響が出ているのではないかと考えられるのです。  食生活の欧米化は、じつは沖縄県だけに限ったことではありません。近年、平均寿命の伸び率は鈍くなっていますし、全国の2021年から2022年の2年間は平均寿命が前年より短くなっています。厚労省は新型コロナウイルスの影響が大きかったからで、新型コロナの感染拡大が落ち着けば、平均寿命が再び上昇する可能性もあるとコメントしていますが、いずれにせよ平均寿命は近いうちに頭打ちになる可能性があります。  少なくとも、美食・飽食にまみれて健康を意識しない食事を続けていては、生活習慣病が増え、健康長寿とはかけ離れていくでしょう。今一度、1975年ごろの食卓に並んでいたシンプルな和食の良さを再認識し、今の自分のライフスタイルに合った「健康長寿食」を見つけていただきたいと思います。 (注)別冊「日経サイエンス」No237 2020年2月17日発売号 【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは ●満尾 正(みつお・ただし) 満尾クリニック院長・医学博士。日本キレーション協会代表。米国先端医療学会理事。日本抗加齢医学会評議員。1957年、横浜生まれ。1982年、北海道大学医学部卒業。内科研修を経て杏林大学救急医学教室講師として救急救命医療に従事。ハーバード大学外科代謝栄養研究室研究員、救急振興財団東京研修所主任教授を経た後、2002年、日本初のキレーション治療とアンチエイジングを中心としたクリニックを赤坂に開設、2005年、広尾に移転、現在に至る。主な著書に『世界の最新医学が証明した長生きする食事』『食べる投資 ハーバードが教える世界最高の食事術』(アチーブメント出版)、『世界最新の医療データが示す 最強の食事術』(小学館)、『医者が教える「最高の栄養」』(KADOKAWA)など多数。  
【2023年6月に読まれた記事②】午前中で終わる運動会が増加「主流になる」「物足りない」保護者からは賛否の声
【2023年6月に読まれた記事②】午前中で終わる運動会が増加「主流になる」「物足りない」保護者からは賛否の声 GettyImages  まもなく暮れる2023年を、AERA dot.で読まれた記事で振り返ります。6月は、岐阜市で自衛官候補生が小銃を発砲して3人が死亡したほか、ガーシー元参院議員が帰国して逮捕。ロシアでは民間軍事組織「ワグネル」の武装反乱が起きました。AERA dot.では、猛暑の時期を避けて開催されるなど、変わりつつある運動会の様子を伝える記事「午前中で終わる運動会が増加『主流になる』『物足りない』保護者からは賛否の声」が読まれました(肩書や年齢等は配信時のまま)。 *   *   *  一昔前は9月や10月が運動会のシーズンだったが、春に開催する小・中学校が増えている。温暖化の影響で気温が高まっていることから、秋の運動会では夏の猛暑の時期に練習しなければいけなくなる、子供に健康面で負担がかかることを配慮して、春開催の学校が増えているが、近年は午前中ですべてのプログラムが終了する「半日開催」の運動会も増えているようだ。    転機は新型コロナウイルスの感染拡大だった。2020年にコロナ陽性者が首都圏を中心に増え続けると、感染拡大防止のために教育現場でも「新しい生活様式」が奨励された。人と身体的距離をとることで接触を減らすこと、マスクをすること、手洗いをすることが徹底され、給食の時間も同じ方向を向いて私語をせずに食事する「黙食」が日常の風景となった。  コロナの影響で運動会など学校行事は軒並み中止となり、翌21年以降も教育現場は頭を悩ませる。運動会を朝から夕方まで終日開催する方式だと、マスクをした子供たちが熱中症になる危険性があり、集中力も切れて待ち時間に会話をする時間が長くなることで感染のリスクが高まってしまう。そこで身体的接触があるプログラムを削って、午前中で終了する「半日開催」の運動会が各地で行われるようになった。  都内の小学校に勤務する40代の男性教諭は、「最初は保護者から反対の声が多かった」と振り返る。 「私が勤務する小学校は21年から運動会が半日開催になりましたが、午前中で終わることに『味気ない』、『物足りない』と反対する親御さんが多かった。でも、実際にやってみると子供は集中して取り組んでくれるし、間延びした感がなくなって盛り上がりました」  富山市の草島小学校は5月に運動会を開催。コロナ禍に引き続き、今年も半日開催を決断した。教職員たちが話し合い、保護者との意見交換で了承を得たという。山口浩二校長はこう語る。 「半日で開催するメリットはいくつかありますが、最も大きな理由は子供たちの健康面です。コロナ禍で体力が落ちており、5月でも気温が高い日は熱中症の危険性があります。午前中に終わらせることで、体調を崩す健康面のリスクを減らすことができる。もう一点は教職員の負担を減らすことです。運動会の準備、打ち合わせに時間がかかっていたが、種目数を減らすことで軽減できる」   【こちらも話題】 全国に蔓延する「刑務所の食事よりひどい給食」の実態 エビフライはゼロになり、急増したのは切り干し大根… https://dot.asahi.com/articles/-/201964    前出の小学校の男性教諭も「働き方改革と言われている時代ですが、現場の教職員は大変です。授業で教えなければいけないカリキュラムが増えているのに、運動会など学校行事に忙殺される。一昔前のように運動会の準備に毎日時間をかけていたら、教職員も子供も疲弊してしまう。半日開催は教職員の負担軽減の観点で理にかなっているし、時代の流れだと思います」と賛同する。  札幌市の二条小学校は運動会を半日で開催している。子供が熱中症になるリスクを減らし、運動会の準備に時間を割く教職員の負担を軽減することも目的だったが、それだけではない。全校生徒650人が集まるとグラウンドが手狭になるため、1、3、5年生は午前8時半~10時半、2、4、6年生は午前10時半~12時半までと「2部制」に分けて開催している。  永洞純一教頭は「家族や保護者の皆さんが1人でも多く、お子さんが頑張っている姿を見てもらいたいという思いで、時間を分けて開催しています。子供たちの集中力も続くし、短距離走など出場するプログラムで全力を出し切れる。半日開催だから手を抜くわけではありません。運動会の意義は大きいと思います」と強調する。  保護者からも理解を示す声が多い。神奈川県在住で中学2年生の長女を育てる母親(48)は、「1日開催の時はお弁当を作っても雨で中止になった場合は、また作り直さなければいけない。共働きの身としては大きな負担になっていました。場所取りもしなければいけないので、当日の午前7時前にはシートを持って学校に向かっていました。半日開催なら2時間で終わるので、立ち見でも大丈夫です。シートを持って朝早くに学校へ行く必要がないので、親の立場からすればありがたいです」と歓迎する。  また、小学3年生の長男の運動会に駆けつけた都内在住の40代の男性会社員も、「午前中だけなので時短を意識してサラッと終わるかなと思ったのですが、応援合戦は盛り上がっていたし、徒競走やリレーも盛り上がっていた。1日中運動会をしている時と熱気は変わらないなと感じました。これから半日開催が主流になっていくのでは」と話す。  一方、違った意見も。神奈川県で小学2年生の孫の運動会を見に来たという76歳の男性は、「家族みんなで弁当を食べて夕方まで盛り上がるのが運動会だと思っているので、午前中で終わるのは物足りないかな。組体操とか危険だからなくなっているけど、今の子供たちは体力がない。普段体を動かさないのに、過保護すぎると感じる」とプログラムを減らし、半日開催の運動会に疑問を呈した。  時代の流れと共に、運動会のあり方も変わっていくのかもしれない。草島小の山口校長は、「保護者の方々から様々な意見が出るのは当然だと思います」と前置きした上で、続けた。 「仲間たちと共に目標に向かって努力するという教育目標で、運動会は大切な行事です。コロナ禍で大人だけでなく子供たちも大変な思いをしましたが、色々な規制がある中、半日開催でテキパキと動いて創意工夫をしながら取り組んでいました。その姿を見て凄いなと感じさせられました。今後も地域の方々と話し合って助けてもらいながら、子供たちの思い出に残る運動会を作り上げていきたいですね」  全国各地の小・中学校で運動会の声出しが解禁され、大歓声と激励の拍手が子供たちに注がれる。今後も運動会は半日開催が主流になるだろうか。 (今川秀悟)   【こちらも話題】 「暑い夏にサッカーをする意味は?」 熱中症対策に取り組む日本サッカー協会が向き合う「現実」 https://dot.asahi.com/articles/-/198531  
イスラエル人教授からみた「ガザの平和」への4つの課題とは
イスラエル人教授からみた「ガザの平和」への4つの課題とは イスラエルとハマスとの間で紛争が続くなか、ガザ地区で活動するイスラエル軍の戦車と兵士(2023年12月21日、ロイター/アフロ)    パレスチナ自治区・ガザ地域では、ハマスとイスラエル軍との戦闘が続いている。ガザ地域は「歴史的に困難に直面してきた」と、ヘブライ大学人文学部のニシム・オトマズキン教授は語る。オトマズキン教授によるコラム「金閣寺を60回訪れたイスラエル人教授の“ニッポン学”」、今回はイスラエル人からみたガザの平和への「課題」について。 *  *  *  ヘブライ語で「ガザへ行け!」はよく知られたことわざで、「地獄へ行け!」のような意味でよく使われます。パレスチナのファタハの創設者である故アラファト議長は、かつて怒ったときにこの表現を使い、相手に「ガザの海の水を飲みに行け!」と怒鳴っていたといいます。アラファト議長はパレスチナの初代大統領を務め、1993年、イスラエルのラビン首相(当時)との間で和平協定を結びました。  このことわざは、ガザ地域がしばしば紛争や苦難と結びつけられ、長年にわたって計り知れない困難 に直面してきたことを表しています。1967年に35万人だった人口は、今日では200万人以上に急増していますが、いまだ貧困、不十分なインフラ、限られた医療アクセスに悩まされており、国連や支援国からの援助に大きく依存しています。そしてガザは2007年以来、ユダヤ人を一掃しようとするテロ組織ハマスに支配されており、現在2カ月以上にわたりイスラエル軍との戦いの場となっています。  この戦争の始まりは10月7日、ハマスはガザ地区近郊のイスラエルの村々に対して残忍な奇襲攻撃を行い、女性、子ども、老人を含む1200人以上の大量虐殺を行いました。これはホロコースト以来最大のユダヤ人殺害です。ハマスのテロリストは、この日イスラエル人らを虐殺し、女性に性的暴行を加えただけでなく、40人の子どもと幼児を含む240人以上の民間人を誘拐しました。2カ月以上経過した今も、120人の人質がハマスに拘束されています。(人口1億2500万人の日本でその被害があったと仮定すると、1万5000人以上が殺害され、3000人以上が誘拐される計算になります)。  ハマスが犯した残虐行為は、イスラエル国民の間に前例のないショックを引き起こした。これに対し、イスラエル軍はガザ地域からハマスのテロ組織の根絶と拉致被害者を捜すため、空爆や地上攻撃を含む包括的な討伐作戦を開始しました。残念ながら、この戦争で子どもや女性など多くの罪のない民間人の命が失われました。ハマスのテロリストは、何百キロにわたる地下攻撃用トンネルを建設し、そこに隠れながらゲリラ攻撃を続けており、イスラエルにとってもこの戦争は困難な任務です。このゲリラ戦で先日3人の男性拉致被害者が誤射によって亡くなったほか、毎日兵士も戦死しており、ゲリラ戦の難しさが認識されています。  戦争の継続で、ガザ地域におけるハマスの支配力が弱まる兆しがある一方で、将来と今後の地域課題について考える必要があります。将来を見据えると、この地域の安定と平和的共存への道筋には、いくつかの課題が立ちはだかっています。  最初の課題は、誘拐されたイスラエル人らの安全な帰還。120人以上がいまだに監禁されており、ハマスが赤十字の面会を拒否しているため、私たちイスラエル人は彼らについて何も知りません。イスラエル国民は、いかなる解決策も、その前に彼らの帰還を強く支持しているため、これは停戦における重大な障害です。  第二の課題は、ハマスの脅威を無力化すること。恒久的な平和のためには、イスラエルを敵と認識しているハマスの軍事力を無力化し、その軍事資金源を根絶することが不可欠です。現在のガザ地域は「ハマスの鉄拳」によって支配されており、表現の自由も、いかなる種類の民主的制度も存在しません。ハマスの支配に対するいかなる反対も受け入れず、地域の不安定化要因として、また平和の敵であることを証明してきました。平和と地域の安定を取り戻すためには、イスラエルを再び脅かすハマスの戦闘能力を無力化することが不可欠です。  第三の課題は、地域境界コミュニティーの再建。10月7日の奇襲により約20のユダヤ人コミュニティーが破壊されました。その地域の大規模な再建には紛争後の帰還を躊躇している住民の安心感が必要です。建物や道路を復旧し、農業インフラの再建とともに、最も重要なこととして、ガザ近郊で再び暮らすことが安全であると彼らに納得してもらう必要があります。  この課題は、2011 年の福島第一原子力発電所のメルトダウン後に福島の人々が直面した課題に似ています。人々がようやく村や都市に戻ることを許可されたとき、彼らは復興に大きな困難を抱え、そして今でも苦労しています。元の場所で個人生活と共同生活を選択する一方、多くの人は別の場所で生活を始めることを選択しました。  第四の課題は、最も難しいかもしれませんが、ガザの安定した未来の設計です。安定した平和な未来は、ハマスの抑圧的な支配と資源の誤った配分の歴史とは異なる、パレスチナの人々の福祉と生活を優先する統治を確立することにかかっています。不幸なことに、ハマスはガザの支配者としてこの16年、パレスチナ人の個人的・共同体的福祉生活に投資するどころか、ガザを貧困の地に変えてしまうという恐ろしい政策をしてきました。  ハマスは、確かに選挙で登場しましたが、その後2007年から暴力によってガザ地域の実効権力を掌握し、その後、厳格なイスラム教の支配を課し、民主主義と自由を抑圧したことを忘れてはいけません。ガザ地域には選挙も、言論の自由も、民主主義もなく、LGBTに対する死刑判決など、厳しいイスラム法も施行され、 残念なことに、ガザの人々もこのハマスに捕らえられています。  特に腹立たしいことは、国連や世界中の多くの国々から何十億ドルもの援助を受けているにもかかわらず、ハマスがこれらの資源を、ガザのパレスチナ人住民のインフラ、経済発展や生活向上ではなく、イスラエルを攻撃するための兵器、ロケット、攻撃用トンネルに投資していたことです。それによってガザの人々は、平和と安定による繁栄と幸福の機会を奪われています。  また残念なことに、いまだ人々はハマスが去った後のガザ地域についてあまり考えていません。一つの可能性は、すでにヨルダン川西岸地区を統治しているパレスチナ自治政府がガザも統治することですが、ガザの住民は、パレスチナ自治政府とその議長であるマフムード・アッバースは、弱くて、あまりに腐敗しすぎていると見ており、おそらくそれを受け入れないでしょう。  もう一つの可能性は、ガザが戦後の過渡期の間、国際組織によって統治されることですが、この可能性もまた、エジプトやヨルダンなどのアラブ諸国を含め、どの国もガザを統治したいとは思っていません。  結局のところ、イスラエル人もパレスチナ人も平和共存への願望を共有しているのです。 この土地での安定、繁栄、共同生活への願望は、これらの課題を克服するための集団的な努力を推進する必要があります。そしてこれに代わる道はありません。  日本も関与すべきでしょうか?  UNRWAのような国際組織を通じた日本のパレスチナ人への多大な援助は有望です。私はイスラエル人として、日本がパレスチナの人々に行っている援助は注目に値する重要な行為であると考えています。しかし、この援助がガザの住民に直接利益をもたらし、ハマスによって悪用されないようにすることは依然として重大な懸案事項です。  究極的には、イスラエル人もパレスチナ人も、平和的共存を望んでいます。世界のさまざまな地域から来た人々によって形成されたユダヤ人コミュニティーは、安定し繁栄した民主的な国家を確立し、子どもたちが安全に脅威を感じずに成長することを望んでいます。同様に、この土地で生まれたパレスチナ人も、ここで自分たちの家族を育てていくことを熱望しています。大多数の人々は平和な生活を切望しているのです。安定、繁栄、調和のとれた共生への共通の願望として、課題を克服する集団的な努力が必要であり、単純にこれ以外の道はないのです。 〇Nissim Otmazgin(ニシム・オトマズキン)/国立ヘブライ大学教授。トルーマン研究所所長を経て、同大学人文学部長。1996年、東洋言語学院(東京都)にて言語文化学を学ぶ。2000年ヘブライ大学にて政治学および東アジア地域学を修了。2007年、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了、博士号を取得。同年10月、アジア地域の社会文化に関する優秀な論文に贈られる第6回井植記念「アジア太平洋研究賞」を受賞。2012年、エルサレム・ヘブライ大学学長賞を受賞。研究分野は「日本政治と外交関係」「アジアにおける日本の文化外交」など。京都をこよなく愛している。
【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな
【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな 鯖にはビタミンDが多く含まれている(Getty Images)    忙しいから、面倒だからと食事の内容をおろそかにすると、必要なビタミン・ミネラルの欠乏につながる。中でも、現代の多くの日本人に不足しているのが、ビタミンD、マグネシウム、亜鉛の3つだという。大切なのに足りていない3大栄養素の重要性について、アンチエイジングクリニックを開院した医師・満尾正氏の新著『ハーバードが教える 最高の長寿食』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して解説する。 * * *   【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは ビタミンDは免疫維持に欠かせない「スーパービタミン」  世界で最初にビタミンDの重要性を訴えたのは、米国のマイケル・ホーリック博士です。すでに2007年の時点で、健康維持に必須のビタミンDが現代人に不足しているという警鐘を鳴らす論文を権威ある医学誌に発表していました。(注)  一方、日本では2018年にようやく骨粗しょう症対策としてビタミンDが有効であることが認められ、その血中濃度測定が保険適用されました。  日本では、もっぱら「ビタミンDは骨を丈夫にする栄養素」と言われてきましたが、実はそれだけではありません。ビタミンDは、免疫力をアップし、私たちをあらゆる健康被害から守ってくれる「スーパービタミン」です。ホルモンの一種とも言えるような働きをし、骨の健康を守るだけでなく、動脈硬化・糖尿病予防、筋力の維持、脳神経機能の維持、感染症予防など、その働きは実に多岐にわたります。  中でも注目されるのが、体内の炎症を防ぎ、免疫をコントロールする力です。全身の細胞に影響を与えて免疫機能をサポートするため、感染症予防や、花粉症などアレルギー疾患の予防・改善にも貢献することが期待されます。新型コロナウイルス感染症とビタミンDの関連も世界中の研究報告から示され、ビタミンDの重要性が注目されています。  ビタミンDの理想の血中濃度は40~60ng/mLとされています。しかし、重要なビタミンであるにもかかわらず、日本人の平均値は24.5ng/mLと圧倒的に不足しています。それはなぜでしょうか。  ビタミンDは日光を浴びることにより皮膚で作られるのですが、年齢を重ねると皮膚での生成量が減少するほか、若い年代でも紫外線をさけることなどさまざまな理由で作りにくくなっているといわれています。  特に出産する年代の女性のビタミンD不足は、子どものビタミンD不足にも直結します。実際に、子どものビタミンD欠乏による「くる病(小児骨軟化症)」が増えているという指摘もあり、対策が急がれています。  適度な日光浴で、体内でのビタミンDの生成量を増やすことができます。かつて、結核の特効薬が誕生するまではサナトリウムという療養施設で日光浴が療養の大事な要素でもありました。これは日光を浴びることでビタミンDが増え、マクロファージという免疫細胞を活性化し、結核菌を殺す能力が高まることが背景にあることが明らかにされています。  ただし、現代ではオゾン層が破壊され強い紫外線の害も大きく、長時間にわたって強い日光を浴びれば皮膚がんの恐れも増します。功罪ありますので、やはり「適度な」日光浴を行うということが大切になります。  住んでいる地域や体質にもよりますが、「春から秋の晴れている日なら半袖で15~30分、曇りの日なら倍の30~60分程度の日光浴を週に3回」で十分な血中ビタミンD濃度が維持されるとされています。これを踏まえて、暑すぎる夏場は避ける、日差しが弱くなる冬場は日光浴の時間を増やすなど、ライフスタイルに合わせたメリハリのある対策が必要でしょう。  また、ビタミンDが不足する理由の二つ目には、「魚をあまり食べない」ということも挙げられます。ビタミンDは鮭や青魚などに多く含まれています。肉や卵にも含まれているものの、魚よりはかなり少ないので、魚を食生活に習慣的に取り入れるようにしましょう。  キノコ類にもビタミンDが多く含まれていることが知られていますが、ビタミンDにはキノコなど植物由来のD2と、鮭など動物由来のD3があり、人の体で作られるのはD3の方です。ビタミンD2も体内でビタミンD3に変換されますが、動物由来のビタミンD3のほうが、人間の体にとっては体内で利用しやすいものです。  年齢を重ねると皮膚でのビタミンDを作る力自体が弱くなってきたり、体脂肪が多いと脂溶性であるビタミンDは脂肪組織に蓄えられてしまうため、血中濃度が上がりにくいなどの特徴があります。加齢によって食べる量が減少するなどの理由もあり、ビタミンDを食事だけで増やすのは至難の業です。ビタミンDのサプリメントは効率的に血中ビタミンD濃度を上げることができるうえ、非常に安価ですので、サプリメントを利用することをおすすめします。 現代生活はマグネシウム不足を招きやすい  マグネシウムは、エネルギー(ATP=アデノシン三リン酸。生命活動で利用されるエネルギーの貯蔵・利用にかかわる小さな分子)を作り出すために必須の栄養素です。血圧コントロール、糖尿病予防、心血管病予防、骨粗しょう症予防、片頭痛予防、PMS(月経前症候群)に伴う症状の緩和、筋肉を柔らかく保つなどさまざまな働きに関わっています。  骨や筋肉などの細胞内に数多く存在しており、カルシウム濃度をコントロールするのもマグネシウムの重要な働きです。マグネシウムが不足するとカルシウム濃度が上昇し、代謝がうまくいかなくなるため、体のあちこちで筋肉が収縮し、痙攣を起こしやすくなります。このため「足がつる」などの現象が起こりやすくなります。  同様の現象が血管で起これば高血圧や狭心症などの原因となりますし、消化管の細胞にマグネシウム不足が生じれば、腸管の動きが悪くなり、便秘の原因となります。  このように重要な栄養素でありながら、そもそも食材に含まれるマグネシウム量が減っていること、ストレスがかかると、どんどん尿から体外へとマグネシウムが排出されてしまうことなどから、現代生活はマグネシウム不足を招きやすい環境といえます。加齢や薬の服用などに影響されて体内のマグネシウム量が減ってしまうこともあります。ですから、意識してマグネシウムを補充する必要があります。  マグネシウムは、植物の葉緑素に存在していますので、抹茶、ほうれん草、小松菜、ケール、ブロッコリー、ゴーヤなど緑の濃い野菜に多く含まれています。また、海苔、昆布、ワカメなど海藻類にも豊富です。納豆などの大豆製品、ナッツ、シード類、未精製の穀類にも比較的多く含まれています。  カカオ豆から作られるチョコレート、コーヒーもマグネシウム補給に役立つ食材ですが、同時に砂糖を過剰に摂取しないよう気をつけてください。 体の酸化を抑えるのに欠かせない亜鉛  亜鉛は、細胞分裂するときに欠かすことのできないミネラルであるだけでなく、体内で200種類以上の酵素に関与して、さまざまな代謝を行っています。私たちが摂取したたんぱく質やアルコールを代謝できるのも、亜鉛の働きがあるからです。  また、亜鉛はSODという抗酸化酵素の必須構成成分として、細胞を酸化ストレスから守る錆び止めのはたらきをしています。さらに、DNAやたんぱく質の合成、性ホルモンの分泌、免疫力のコントロール、視力や聴力、味覚の維持などさまざまな体の働きに関与する極めて重要な栄養素です。水銀などの有害金属を体外へ排泄する働きもあります。  細胞の活動の根幹に関わっている亜鉛が不足すれば、DNAレベルで問題が起き、全身に影響が及びます。当然、免疫機能の維持にも関わりますので、亜鉛不足になると、粘膜の防御機能が衰え、細菌やウイルスなどの病原体が侵入しやすくなってしまいます。  この亜鉛は、加齢に伴って胃腸からの吸収が低下するため、体内の亜鉛の総量が減少し、特に70歳以上の高齢者では亜鉛が不足する傾向があります。にもかかわらず、現状では摂取量も加齢とともに減少しており、不足している人が多いのです。これは大きな問題だと思います。  また、亜鉛は吸収不全(入ってくる分が不足)でも、排泄過剰(出ていってしまう分が多い)でも、不足してしまうことに注意してください。血圧の薬などが影響して亜鉛が吸収されにくくなることもありますし、糖尿病や肝臓・腎臓の機能不全、アルコールの代謝などでも排泄過剰になります。飲酒量が多ければ代謝のためにそのぶん亜鉛が使われてしまいますので、特にお酒を飲む機会が多い人は亜鉛不足になりやすい傾向があります。  高齢者で頻発する亜鉛不足の症状は、皮膚の痒みや口腔粘膜の乾燥、味覚障害、さらにひどくなると舌の痛みを伴う舌痛症などがあります。  亜鉛は牡蠣やレバー、チーズ、煮干し、ココアなどに多く含まれていますが、現代人の食生活で亜鉛の一日の摂取推奨量(成人男性なら11mg)を満たすのは極めて難しいでしょう。これらの食材を食べる機会が少ない人はサプリメントも活用して、積極的に亜鉛を摂取することをおすすめします。 (注)Holick MF. Vitamin D deficiency. N Engl J Med. 2007 Jul 19;357(3):266-81. doi: 10.1056/NEJMra070553. 【『ハーバードが教える 最高の長寿食』の記事を読む】 #1 【医師が解説】日本人が意識して摂りたい3大栄養素。「スーパービタミン」を忘れるな #2 和食こそ世界最高の健康長寿食 医師が「1975年頃の食事内容」が優秀と指摘する理由 #3 【摂りたい油、避けたい油】マヨネーズ原料の落とし穴、脂肪燃焼を促進するおすすめ油は? #4 「3食規則正しく食べる=健康の基本」は“刷り込み” 医師が教える食べる時間・食べる順番 #5 飲酒リスク、総量を減らすだけでは語れない 少量でも大きく影響を受ける“遺伝子タイプ” #6 【医師が解説】高齢なら血圧「少し高め」が必要 上が「年齢+90」以下なら問題ない理由 #7 【医師が解説】コレステロール下げればよいわけではない 薬を飲む前に見直すべきこと #8 「健康とは当たり前の状態ではありません」 元救急医が伝える健康診断や検診の大切さ #9 脳の健康によい5つの「ブレインフード」 ハーバード大で栄養学を学んだ医師が注目 #10 睡眠の質を改善するにはどうすれば? 医師が教える快眠できなくなったときの対処法 #11 大豆は消化が悪く、摂りすぎはすい臓がんのリスクを高める!? 医師が解説する、大豆の正しい摂り方とは ●満尾 正(みつお・ただし) 満尾クリニック院長・医学博士。日本キレーション協会代表。米国先端医療学会理事。日本抗加齢医学会評議員。1957年、横浜生まれ。1982年、北海道大学医学部卒業。内科研修を経て杏林大学救急医学教室講師として救急救命医療に従事。ハーバード大学外科代謝栄養研究室研究員、救急振興財団東京研修所主任教授を経た後、2002年、日本初のキレーション治療とアンチエイジングを中心としたクリニックを赤坂に開設、2005年、広尾に移転、現在に至る。主な著書に『世界の最新医学が証明した長生きする食事』『食べる投資 ハーバードが教える世界最高の食事術』(アチーブメント出版)、『世界最新の医療データが示す 最強の食事術』(小学館)、『医者が教える「最高の栄養」』(KADOKAWA)など多数。  
経営者が姿を見せないメンズエステで働く「副業おじさん」 老後に不安も“どうせ60代で死ぬ”
経営者が姿を見せないメンズエステで働く「副業おじさん」 老後に不安も“どうせ60代で死ぬ” ※写真はイメージです(Getty Images)    国の副業推進以降、コロナ禍もあり、副業OKとする企業も増えている。近年は年功序列を廃した成果主義の導入で、副業で収入を補わなければならない中高年も出始めている。キャリアを活かしたい、モニターやアンケートでとりあえずポイ活、クリエイティブ系、肉体労働など、おじさんたちは迷路のような「副業の森」をさまよっている。育児のかたわらギグワーカーとしていろんな仕事を体験しているジャーナリストの若月澪子氏は、いわゆるホワイトカラーとして働いてきたおじさんたちの副業体験を取材した。その中でも夜の世界に飛び込んだおじさんが見たものは。『副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか』(朝日新聞出版)から一部を抜粋、再編集して紹介する。(年齢などは取材当時のものです) *  *  *  夜の世界にも「リモート対応」の仕事が広がっている。雇用主に一度も会わないまま、ZoomやLINEで指示を受けて仕事をする。いや、日の当たらない仕事ほどDX化は早いのかもしれない。 「仕事はLINEで指示があります。オーナーにはビデオ通話でしか会ったことがありません。カタギの人だとは思いますが、かなりグレーな仕事なので、正直よくわかりません」  何やら怪しい仕事について語るUさん(46)は、四国の県庁所在地に暮らす中年男性だ。Uさんは普段、地元で雑貨店を経営している知人の下で事務を担当している。そのUさんが1年ほど前から始めた「グレーな仕事」とは、マンション型メンズエステなるものだという。 マンション型メンズエステって何? 「知り合いの知り合いの、そのまた知り合いから、市内のエステ店で雑用をやってくれる人を探しているという相談がありました。収入を増やしたかったので、本業の合間に副業でやることになりまして」 「世間知らずのおっとり系マダム(自称)」である筆者も、「エステ」と言われて「美容関係ですね」と言うほど世事に疎いわけではない。単刀直入に聞く。 筆者:「……もしかして、風俗ですか?」 Uさん:「いや、風俗ではないと申し上げておきます」  どうもややこしいが、つまりこういうことだ。Uさんが副業をする「メンズエステ」とは、客は全員男性、施術するのは全員女性。女性は男性にオイルマッサージを行うそうだが、なぜか服装はセクシーな下着姿。 「よくニュースで『風俗営業法の摘発を受け……』っていうお店が出てくるじゃないですか。ああいうグレーな感じの店ですよ。店は風営法の届けを出していないので、Hなことをしたら警察に捕まる。だから禁止です」  風営法の届け出を出さず、「エステ」として営業するこうした店は多いらしい。あくまでも風俗ではないと言い張る「第三のビール」みたいなものか。 「全然知らない世界なので、ちょっと覗いてみたいという気持ちがありました。でも危険な仕事です」 一度も姿を現さない経営者  Uさんが副業をするメンズエステは、繁華街に3店舗ある。そこに女性セラピストを交代で配置し、客はそこでサービスを受ける。 「店舗と言ってもただのワンルームマンションです。いずれの部屋にも応接セットとレザーのマット、あとは洗濯機があるだけ。オーナーは僕の住む県には住んでいないので、現地で動く役を僕がやっています」   Uさんはオーナーから、LINEで発注を受ける。トイレットペーパーやゴミ袋、お茶、紙コップ、クイックルワイパーなどを購入し、女性セラピストや客のいない時間にそれぞれの部屋に運ぶのだ。  基本的な仕事はそれだけ。Uさんは店長でも何でもなく、在籍する女性たちの勤務管理は遠方にいるオーナーが行い、やはりLINEで指示を出しているという。オーナーは「もしもの時」を警戒し、リモート経営をしているのだろうか。 「グレーな商売ですから、いつ何時、警察が踏み込んでくるのかわからない。僕は『頼まれてやっていただけ』と言い張れるよう、荷物を置いたら即退出しています」  でも、度々ヤボ用が発生する。 「業務で使用するタオルなどの洗濯は女性の仕事で、部屋に備え付けてある洗濯機でシフトに入った人がやることになっています。しかし、洗濯されないままタオルが山積みになっていることがあり……」  そんな時は、Uさんがタオルを抱えてコインランドリーに走ることになる。 「ゴミ捨ても女性の仕事なのに誰もやらず、ベランダがゴミの山になっていることもあります。それを捨てるのも僕です」  時給は1000円(Uさんの県の最低賃金は800円代後半)。自宅を出てから帰るまで時給が発生するが、せいぜい1~2時間程度で終わるので、副業収入は月1万円くらいにしかならない。 「最初は月に4万~5万円稼げると聞いていましたが、まったくです」  Uさんはオーナーに「自分に頼らなくても買物くらいは女性たちにお願いすればいいのでは」と提案し、「辞めさせて欲しい」と訴えた。 「でもオーナーは『女の子にそこまでお願いできない』と。女性セラピストを集めるのは大変なので、雑用を押し付けて辞められると困るのでしょう。だから僕のような都合のいい存在が必要なのです」  代わりが見つからないと説得され、Uさんはこの副業をズルズルと続けている。 転職続きの人生  Uさんが荷物を運ぶと、たまたま女性セラピストに鉢合わせすることもあるが、Uさんは極力関わらないようにしている。  では、女性のモチベーション維持やリスク管理は誰がやるのか。こうした仕事はマネジメントなしでは成立しない気がするが。 「お店でナンバーワンの30代セラピストが、女性たちのリーダー役を務めているようです。僕も数回会っていますがメッチャ綺麗な人。彼女がほかのセラピストの指導係もやっているらしいです」  それでも、すべてを指示するのは、一度も姿を見せることのないオーナーだ。 「オーナーは同じような業態で、他の地域でも経営しているようです。どれくらい儲かっているかわからないですが、売り上げが上がっても、僕のバイト料が増えるわけではありませんから」  Uさんは本業も正社員ではない。業務委託のような形で、在宅で仕事を請け負っていて、収入は月15万円。社会保険もボーナスもない。  Uさんが社会人になったのは就職氷河期。数学の教員を目指していたが、大学卒業後に正社員として勤めたのは、パソコンメーカーのコールセンターだった。その仕事では指導役のスーパーバイザーにまで上り詰めた。 「コールセンターってその会社では底辺ですよ。何とか頑張ってやっていましたが、クレーム対応などストレスが多い職場で、上司のパワハラに遭い辞めました」  その後、IT系のコールセンターなどを4社ほど転々とした。サラリーマンが嫌になり、バイク部品を転売したり、派遣会社に登録して食いつないだ時期もある。結婚もしたが数年で離婚。 「人付き合いが苦手で仕事が続きません。結婚ももういいです。現在、国民健康保険は減免、国民年金は免除制度を利用しています。家はオヤジが残した持ち家に住んでいるので、何とか暮らせている状態です」  現在の本業では、「業務を増やして報酬も上げる」と経営者から言われてはいるものの、それがいつになるかわからない。そんな不安定な生活を送っていた時に紹介されたのが、メンズエステの雑用だったというわけだ。 「どうせ60代で死ぬんで」  Uさんは自分の今後をどのように考えているのだろう。 「将来のことはメチャメチャ不安です。今は一人なので生きてはいけますが、貯金はしない主義なので全然ありません」  老後はどうするのかと聞いたら、「65歳までに死ぬ予定なんで」との回答。  Uさんのように貯金もなく、年金も払っていないという氷河期世代の独身男性に今後のことを聞くと、「どうせ60代で死ぬ」と発言する人にしばしば出会う。独身男性の寿命が平均値・中央値いずれも60代であることが影響しているのだろうか。  そして、彼らが共通して語るのは「人間関係が苦手」だ。就職が思う通りにいかず、ストレスフルな職場に翻弄され、人間関係が苦手、家族もいないという要素が重なると、「どうせ死ぬ」という考えになるのかもしれない。  Uさんがメンズエステという特殊な仕事に手を出したのは、「それでもどこかに自分の爪痕を残したい」という叫びなのだろうか。  余談だが、90歳になる筆者の父はつい最近までそこそこ元気だったのに、徐々にトイレに行くのが不自由になり、ウ〇チを漏らしまくり、「もう死にたい」「オレを殺せ」と毎日のようにわめいている。  慌てなくても人生100年時代は、まだまだ死にたくなるチャンスが何度かあるらしい。自分の足でトイレに行けるうちはラッキーと思って生きるしかない。 「とりあえず、メンズエステの副業は辞めます。今の本業でもう少し収入が増えればいいのですが。貯金も少しはしないといけないですね」  Uさんから少しだけ前向きな発言が出た。とりあえず、ヤケを起こさずに生きていこうではないか。 ●若月澪子(わかつき・れいこ) 1975年生まれ。大学卒業後、NHKのキャスター、ディレクターとして生活情報などを担当。結婚退職後に自殺予防団体の電話相談ボランティアを経験。育児のかたわらウェブライターとして借金苦や終活に関する取材・執筆を行う。生涯非正規労働者。ギグワーカーとしていろんな仕事を体験中。  
もしかして認知症? 帰省して気づく親への違和感 早期発見のポイントは?【帰省時チェックリスト】
もしかして認知症? 帰省して気づく親への違和感 早期発見のポイントは?【帰省時チェックリスト】 ※写真はイメージです(写真/Getty Images)   新型コロナの5類移行後初めて迎える年末年始、数年ぶりに帰省する人も多いのでは。久々に会う親の背中は小さく見えるものだが、「何か違う」と感じたら注意が必要だ。高齢になった親に対して気づく違和感には、認知症の初期症状が隠されているかもしれない。帰省時のチェックポイントや、傷つけたり口論になったりすることなく受診を促す方法などを医師に聞いた。 *  *  *  厚生労働省によると2025年には65 歳以上の約5人に1人が発症すると見込まれ、ひとごとではない認知症。帰省時は親の異変に気づくチャンスだが、どんなことに気をつけたらよいのだろう。認知症診療に取り組む京浜病院院長の熊谷賴佳(よりよし)医師は「見てほしいのは生活に支障が出ていないかどうか。認知症はもの忘れではなく生活障害の病気だからです」と説明する。 「もの忘れをしてもそれを自覚し、メモしたり人に頼ったりすることで自立した生活ができる場合は、老化による認知障害はあっても認知症ではありません。認知症は、認知機能の低下が原因で健康や経済状態などを害する、あるいは他人に不愉快な思いをさせて人づきあいがスムーズにいかなくなるなど、生活に支障をきたす状態をいいます」 脳神経外科専門医で認知症サポート医である、京浜病院院長の熊谷賴佳医師      自炊の気配がないなど、ちゃんと食事をしていない様子がうかがえる一方で、酒の空き瓶やペットボトルはたくさんあることも多いという。とるのが簡単な飲み物は、在庫がたまりやすいからだ。服装では、寝間着や部屋着、外出着の区別がなくなっている場合も疑ってみるべきだ。 「味覚の変化として、極端に甘いもの、塩辛いもののどちらかを好む傾向にあります。味覚が鈍感になる中でその二つが最後まで残る味覚だからです。うま味や酸味などはわかりづらくなり、同じものばかり食べるようになりがちです」   【こちらも話題】 【専門医が教える】認知症チェックリスト 「『面倒くさい』と頻繁に言うようになったら要注意」 https://dot.asahi.com/articles/-/207750      好きだった食べ物だけでなく趣味などに興味を示さない場合や、加齢で活動量が落ちるとはいえ、あまりにじっとしていたり、外へ出るのを嫌がったり、外出している様子がなかったりする場合も疑わしい。会話では、話しかけないと黙ったままだったり、何度も同じ話をしたり。 「時間の概念がなくなって、年代がずれる、亡くなった人が生きているようなことを言ったり、とうに成人している子どもに学校のことを聞いたり、といったことはよくあります。また、昔のことはよく覚えていると言いますが、実は自分に都合よく思い込んでいることが多く、小さな出来事をくり返し話していたら要注意です」  わからないのをごまかすのも傾向の一つだが、すぐ機嫌が悪くなり怒り出す、と思うと弱気になるなど、感情の起伏が激しくなったり、表情が険しくなったりおどおどしていたりするのもよくある兆候だという。  ポイントは、前はできていたことができていない、性格が変わった、苦手だったことなら程度がひどくなったといった、「変化」を察知することだ。 兆候があればすぐ受診を、できれば専門医へ  接し方について熊谷医師は「大切なのは尊厳を守ること。まずは本人の言い分を受け入れて」とアドバイスする。例えば、「東京オリンピックはいつだった?」「今の総理大臣は誰?」「私の誕生日、覚えてる?」といった質問を投げかけ、答えが間違っていても「そうだね」と肯定し、穏やかに訂正しながら兆候を探る、というように。やってはいけないのはきつい口調で攻めるようなこと。親に元気なままでいてほしい思いからついそうなりがちだが、できない親はそれがつらく、傷ついてしまう。  では、認知症の兆候が疑われた場合にすべきことは何だろう。 「診断を受けることです。理想は専門医の受診ですが、近くにないなど難しい場合はまずかかりつけ医に相談するとよいでしょう」  その際も目の前で「ボケたかも」などと言うのはタブー。最初は本人抜きでかかりつけ医に情報を伝え、うまくテストや診察につなげるようにしたい。 「ただ、専門医でないと正確な診断はつきにくく、特に軽度で見つけるのは至難の業です。認知症はタイプによって対処法が異なります。さらに 認知症と同じような認知障害が出る他の病気も、脳をはじめ腎臓、肝臓、心臓の病気、糖尿病など多々あり、その場合は治せる可能性も。早期の正確な診断が重要です」  しかし本人に「認知症では」と言っても否定するだろうし、言い争いの末、より頑なになりかねない。自尊心を傷つけず受診につなげるには「たまには健康診断を受けよう」と誘うのがよいという。専門医を受診できれば、本人に気づかれることなく誘導し、診断をつけてもらえるそうだ。 離れて暮らす親のサポート、行政サービス利用を  会話での留意ポイントを知っていれば、ふだん電話でも異変は感じ取れるはずだ。また、親が一人暮らし、遠くてなかなか様子を見に行けないといった時には、熊谷医師は行政サービスの積極的な利用を推奨する。 「市区町村の地域包括支援センターに相談すれば、適したサービスにつないでもらえるはずです。さらにご近所に事情を伝えて声をかけておくなど、第三者の観察者を作ることです。コンビニや郵便局、保険会社などで見守りサービスを行うところも増えています。第三者のほうがスムーズにサポートできることも多く、何より今や社会で認知症に対応する時代。相談を躊躇する必要はありません」  久しぶりに顔を合わせる帰省時は、いつも一緒にいるより変化に気づきやすいともいえる。親の様子が変わってしまったことを認めるのはしのびないが、逃げても事態はよくならない。早期発見のために目をそらさず向き合うことが大事だ。 (文/石井聖子)   【こちらも話題】 【気になる親の「認知症」「介護」】年末年始に再会する老親のチェックすべき「異変」とは?記事まとめ https://dot.asahi.com/articles/-/208719    
保湿では改善しない「ガサガサ唇」を根本からうるおす 冬でも柔らかリップをキープする漢方発想のケア
保湿では改善しない「ガサガサ唇」を根本からうるおす 冬でも柔らかリップをキープする漢方発想のケア からだの内側からうるおう漢方ケアで、柔らかリップを維持しましょう (c)GettyImages  ガサガサでひび割れたり、皮がめくれたり……。唇が荒れていると口紅もきれいに塗れず、せっかくのメイクが決まらないことも。つきまとう不快感や痛みもストレスになり、なんとかしたい!と悩んでいる人も多いのでは? この記事では、日本の漢方のルーツである中国の伝統医学「中医学」をベースとして、からだの内側からうるおう【リップケア】のポイントをわかりやすく説明します。空気が乾燥する冬は唇の荒れも悪化しやすい時期。きちんとケアをして、ふっくらうるツヤ唇をめざしましょう。 *  *  * 唇は乾燥しやすくデリケート  唇の構造は皮膚と同じで、角質層や表皮、真皮などから成り立っています。ただし、唇には皮脂腺や汗腺がありません。そのため、表面に皮脂膜ができず、水分保持機能が低い状態に。また、角質層が薄くバリア機能が弱いため、乾燥や紫外線のダメージを受けやすいことも唇の特徴です。  このように、唇は顔の中でも特に乾燥しやすく、デリケートなパーツです。肌は念入りにお手入れするけれど、唇はリップクリームだけ。そんな人は意外と多いと思いますが、トラブルのない唇を保つためには、肌と同じように丁寧なケアが必要なのです。 体内の不調も、唇の荒れの原因に  繰り返す唇の荒れを改善するためには、体の中から整えることも大切。中医学ではすべての臓器や組織は互いに影響しあっている(全体観)と考えていて、唇のトラブルにも体内の不調が反映されていると捉えます。  唇の状態と深く関わるのは、食事の栄養から「血(けつ)」を生み出す「脾胃(ひい)」(胃腸)と、体内の潤いの源となる「腎」です。これらの臓器に不調があると、唇に十分な栄養や潤いが行き届かず、乾燥や荒れが起こりやすくなります。  体質からみると、「血虚」(血不足)、「陰虚」(潤い不足)、「お血(おけつ)」(血行不良)、「熱毒」(乾燥が強く炎症もある状態)などの不調が唇のトラブルを起こす要因となります。 毎日続けて。潤いキープの唇ケア  しゃべったり食事をしたり、唇は日常生活の中で常に刺激を受けています。潤いも失われやすいので、こまめなケアを心がけましょう。 【基本のケア】 (1)清潔をキープ 唇は呼吸をすることで雑菌が付いたり、食事の汚れが残っていたりするもの。食後には唇を水で洗う、濡れたティッシュでやさしく拭くなど、清潔な状態を保ちましょう。 (2)しっかり保湿 潤い成分配合のリップクリームでしっかり保湿を。ジェルタイプ、チューブタイプなど、柔らかくて浸透しやすいものがおすすめです。 (3)オイルで潤いを閉じ込める 唇は特に潤いが逃げやすい場所。保湿した後は、オイルやリップバーム、はちみつなどを塗って乾燥を防ぎましょう。 【スペシャルケア】 (1)しっとりスチーム マグカップなどに熱めの湯や飲み物を入れ、唇に湯気をあてて潤いを。しっとりしたら、リップクリームとオイルで保湿して。 (2)血行促進!唇エクササイズ 上下の歯の間に唇を挟み、5〜10秒ほどおいてパッとはなす。この「んぱっ」を2〜3回繰り返して血行促進を。血行が良くなると、潤いが行き届いて乾燥予防につながります。 マグカップなどに熱めのお湯を入れ、スチームケアを PhotoAC 根本から「荒れない唇」に!基本のケア  しっかり保湿をしても改善しないときは、体の中からケアを。唇の乾燥につながる不調を整え、根本から「荒れない唇」をめざしましょう。 【基本のケア】 (1)「脾胃」を元気に保つ 胃腸を整えてしっかり栄養を取り、唇に栄養と潤いを与える「血」を養いましょう。暴飲暴食、冷たい飲食、辛いものや油っこい料理の取り過ぎなどは、胃腸の負担になるので気をつけて。 (2)「腎」の働きを健やかに保つ 腎は冷えに弱いため、冬は働きが落ちやすい時期。特に腰回り(腎の近く)をしっかり温めて体を冷やさないように。過度な疲労も腎を消耗させるので、休息を十分取ることも大切です。 (3)食事のポイント ・体の水分を奪うもの(せんべい類、ビスケット、炒ったナッツ、乾き物など)は控えめに。 ・刺激物や油っこい料理は、体内に余分な熱を生み乾燥を招くので気をつけて。 体質別・ふっくらうるツヤ食養生  タイプに合わせた対策を心がけ、「ふっくらうるツヤリップ」を目指しましょう。 (1)血が足りない「血虚(けっきょ)」タイプ  唇に栄養や潤いを与える「血」が不足しているタイプ。バランスよく栄養を取り、血をしっかり養いましょう。過度なダイエットはNGです。 ・気になる症状 唇の血色が悪い、乾燥肌、疲労感、不眠、めまい、月経量が少なく色が淡い ・おすすめ食材、生薬 赤みのある肉・魚などのタンパク質、レバー、かつお、ほうれん草、りんご、なつめ、クコの実、プルーンなど (2)潤い不足の「陰虚(いんきょ)」タイプ  津液(潤い)が不足して、体が乾燥しているタイプ。30代後半くらいから自然と潤いが不足しがちになるので、積極的にケアを。 ・気になる症状 乾燥肌、のぼせ、ほてり、便秘がち、のどの渇き、ドライアイ ・おすすめ食材、生薬 長芋、白きくらげ、ぶどう、梨、すっぽん、手羽先、豚足、魚(刺身やお寿司など)、哈士蟆油※(はしまゆ)など ※哈士蟆油(はしまゆ)は、カエルの輸卵管を生薬としたもの。 潤いを補う食材、白きくらげ PhotoAC (3)血流が悪い「お血(おけつ)」タイプ  血流が滞り、唇に十分な栄養や潤いが行き届かないタイプ。冷えは血行を悪化させるため、入浴や温かい食事で体をしっかり温めて。適度な運動も血行を促すポイントです。 ・気になる症状 唇が黒っぽい、色素沈着しやすい、くま、頭痛、生理痛、しこり ・おすすめ食材、生薬 青魚、サフラン、玉ねぎ、桃、ローズティー、沙棘油(サージオイル)など (4)乾燥が強い「熱毒(ねつどく)」タイプ  亀裂や炎症が起こる口唇炎、ガサガサ皮剥けを繰り返す剥奪性口唇炎など、強い乾燥症状が起こりやすいタイプ。体に溜まった過剰な熱を下げることが養生の基本です。 ・気になる症状 保湿しても乾燥が続きヒリヒリ痛む、唇の皮が剥ける、唇が赤い、口の渇き、のどの痛み、胃痛、にきび、口内炎 ・おすすめ食材、生薬 れんこん、小松菜、大根、白菜、セロリ、緑豆、鶏肉、豚肉、緑茶、菊花、ミント、五行草など 監修:楊 暁波 先生(中医学講師) 監修:楊 暁波 先生(中医学講師) 不妊カウンセラー。毛髪診断士。世界中医薬学会連合会皮膚科専門委員会理事。 1984年、雲南中医薬大学医学部卒業。94年、埼玉医科大学客員研究員として来日、96年、日本遺伝子研究所に勤務。99年より日本中医薬研究会専任講師。 共著に『やさしい中医学シリーズ3 誰も書かなかったアトピー性皮膚炎の正体と根治法』『やさしい中医学シリーズ4 あなただけの美肌専科』(ともに文芸社)、『[簡明]皮膚疾患の中医治療』(東洋学術出版社)など。 本記事は、イスクラ産業株式会社監修の中医学情報サイト「COCOKARA中医学」より、一部改変して転載しました
オリラジ中田が「リアル半沢直樹!」 広島県安芸高田市長の配信動画 議会との“仁義なき戦い”
オリラジ中田が「リアル半沢直樹!」 広島県安芸高田市長の配信動画 議会との“仁義なき戦い” 定例会見の動画ながら毎回のように数十万回視聴される(安芸高田市の公式チャンネルから)    ユーチューブで公開されている「広島県安芸高田市公式チャンネル」がネット界隈(かいわい)で大きな注目を浴びている。内容は、同市の石丸伸二市長の定例記者会見や市議会の様子を配信しているのだが、チャンネル登録者は15万人に近づく勢いで伸びている。会見は再生回数が最高294万回とすさまじい数字に。なぜ、地方の小さな自治体の動画がこれほどまでに関心を引くのか。そこには市長のしたたかな戦略があるようだ。 「“炎上商法”が当たりました。広告収入だけで月100万円あります」 「東京都は人口2千万人でチャンネル登録が17万人、2位の茨城県が16万8千人、安芸高田市が2万7千人で登録者数は14万8千人。これってすごくないですか。もうちょっとで東京都を追い抜ける」  石丸市長は冗談交じりに笑いながらそう話した。  安芸高田市に生まれ育ち、京都大学に進学。その後、三菱UFJ銀行に勤務し、ニューヨークに駐在していたエリートだが、ある事件をきっかけに市長へと転身した。 「安芸高田市は終わってしまう」  広島県の北部に位置する安芸高田市は人口2万7千人弱。目立った産業はなく、山に囲まれたのどかな場所だ。雰囲気が一変したのは2019年7月の参議院選挙で、河井克行、案里夫妻が首長や地元県議らに計2900万円を配り、公職選挙法違反(買収)容疑で逮捕された事件だ。  当時の安芸高田市長が60万円を受け取り、丸刈りにして会見で謝罪し、その後に辞職。当時の市議会議長、副議長も議長室などで克行氏から現金を受け取ったことも発覚し、辞職に追い込まれるという市政はじまって以来の大スキャンダルに見舞われた。  石丸市長はそのニュースを見て出馬を決めた。 「市長辞任で次の選挙に副市長が出馬するという。(無投票で前市長の継承を掲げる)この人に任せちゃ安芸高田市は終わってしまう、と強く思いました。すぐに会社に電話して『市長選に出ますから辞めます』と。1~2日して安芸高田市に帰りました」  戻るとすぐにこんな行動を起こした。 【あわせて読みたい】 橋下徹「ツイッターは『正しい炎上』を目指せ」 https://dot.asahi.com/articles/-/100159 「市役所で副市長に面談を求めました。『私が市長選に勝ったとします。その時、副市長をやってくれます?』と聞いたら、『いや、まわりが……』とにごすばかり。この人は自分の意思ではなく、周囲に言われて仕方なく市長選に出馬するんだろうなと想像しました。ひょっとしたら、河井氏からカネをもらった市長が『みそぎが済んだ』と4年後にまた復活するんじゃないかとも考えました。だから自分が絶対に市長になる、と決意しました」  政治経験はゼロだった石丸市長は、選挙で「政治再建」を公約に掲げた。 「安芸高田市に必要なのは、まず政治を再建し、クリーンな状態で市を運営していく。それが河井氏の事件でボロボロになった市民には一番響く言葉でした」  と石丸市長は振り返る。 就任後すぐに「市長vs.議会」の構図に  2020年8月、相手候補の副市長に約2700票差をつけて圧勝した。安芸高田市民は、37歳が掲げる「政治再建」を支持したのだ。  石丸市長はさっそく動いた。市議会で居眠りしていた市議についてツイッター(現X)で指摘した。すると、ベテラン議員が「居眠りは国会でも県議会でもする」などと居眠りを容認するような発言をして大炎上した。  石丸市長のXによると、その後、議会側から「居眠り事件」について話があるとして、非公開での全員協議会に呼ばれた。そこで数人の議員から「議会批判をするな」「選挙前に騒ぐな」「敵に回すなら政策に反対する」といった「説得?」「恫喝?」があったという。議会側はそれに対し、「威圧的な言い方はしていない」「優しい言葉を使っていた」と反論。市長就任間もなくで「市長vs.議会」の構図ができあがった。  市長はその後も強気で突き進む。  議会での一般質問のあり方について、質問を事前に議員から受け、答弁を調整し、それを読み上げるようなやり方については意味がないとして、「対話意思のある議員の質問にのみ答弁する」などと発言すると、これにも議会は当然大反発した。 議会で発言している市議に視線を向ける石丸伸二市長(右)=2023年6月 【こちらもおすすめ】 “売れっ子”泉房穂・明石市長「今の日本の政治はひどすぎます」 引退後の計画を明かす【独自インタビュー】 https://dot.asahi.com/articles/-/13726  議会とぶつかることになった石丸市長の改革案の多くは、議会で否決されていく。  たとえば、市長肝いりの政策で新たに副市長を全国公募し30代の女性を選んだが、この人事案を否決。次の議会でも再度同様の人事案を出したがまた否決。「財政難のなか、副市長の月額70万円の給料が高すぎる」というのが議会の声だった。  そこで市長は、「財政健全化」のために、議員定数を16から8に減らす削減案を提出した。しかし、これについても「市民の声が届きにくくなる」「議会軽視」といった反対意見があり、否決となった。  今年に入ってからは、市内の「道の駅」に生活雑貨大手の「無印良品」を誘致しようと、店舗を運営する「良品計画」と4月に協定を結び、5月に改修の設計費などの関連予算450万円を専決処分で決めた。これに対し議会は「独断だ」「議員に説明がない」などと反発し不承認に。  こうした対応について石丸市長は、「自分たちの体面、プライドのようなものを重視しているんだと受け止めざるを得ない」と会見で述べた。  議会への根回しや調整といった従来のやり方を重視するベテラン議員と、ユーチューブやXを使い、議会では議員と“ガチ”で言い合う石丸市長。このわかりやすい構図がユーチューブではまった。 切り抜き動画なのに再生回数100万回超えも 「市長就任時からメディアファーストでやってきましたが、政治再建がうまく進まない一つの原因がメディアでした。きちんと報道してくれないのです。これだけ田舎で人口増なんてことは本当に困難です。そこで、安芸高田市を少しでも知ってもらいたい、関係人口を増やしたい、そのためにはSNSで直接発信をする“炎上商法”じゃないかと考え、舵を切りました」  安芸高田市の公式チャンネルでの月1回の定例会見をユーチューブでライブ配信すると、1日でチャンネル登録が5千人以上も増え、バズるように。Xでも石丸市長のフォロワーは激増し、約24万7千人を数えるほどになった。 登録者数が15万人に迫る安芸高田市の公式チャンネル 【こちらも読まれています】 「生配信力の強い人が勝つ時代」 モテクリエイター・ゆうこすが注目するインフルエンサー10人 https://dot.asahi.com/articles/-/60  議会でのやりとりや、週末に石丸市長自らが出演する動画をライブ配信すると、 「狙いは的中しました。まず、安芸高田市が広島にあることすら知らない人が出張で来ると、正確に『あきたかた』と言ってくれます。ふるさと納税でも寄付額はうなぎ登り。一度、安芸高田市に行ってみようという関係人口は爆発的に増えました。次にライブ配信をスタートさせると、こちらもコメントを追い切れないほどの支持をいただきました。市議会もユーチューブでライブ配信しており、こちらも二次使用、いわゆる切り抜き動画を自由にしたところ、数え切れないほどのサイトがアップされて、さらに知名度が上がりました」  ユーチューブの切り抜き動画の中には再生回数が100万回を優に超え、公式チャンネルをしのぐ動画もある。お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」の中田敦彦さんが配信する人気ユーチューブチャンネルで「居眠り論争&恫喝疑惑…リアル半沢直樹こと石丸市長と議会のバトルから目が離せない」などと題し、複数回取り上げた。 議会に響いた「恥を知れ! 恥を!」  内容についても、 「半沢直樹型エンタメとも言われている」「普段だれも見もしない地方議会のユーチューブが回る」  などと解説。様々なチャンネルで人気コンテンツとなっている。 157万回視聴されている中田敦彦さんの動画=「中田敦彦のYouTube大学」から    人気の要因は、市長と議会との対立構造のおもしろさではあるが、それを際立たせているのが「石丸語録」だ。  先述した「居眠り事件」のとき、石丸市長は語気を強めてこう発言した。 「居眠りをする、一般質問をしない、説明責任を果たさない、これこそ議会軽視の最たる例です。恥を知れ!恥を!……という声が上がってもおかしくないと思います」  すると、テレビニュースなどでは、「恥を知れ、恥を」の部分が切り取られて全国に流れ、それがまたユーチューブでも流れてバズる。人口が3万人に満たない地方自治体の議会中継が全国の若い世代の目にも留まり、「石丸劇場」などと言われて興味を引くのだ。  石丸市長は、ユーチューブでの効果的な見せ方についてこう語った。 【あわせて読みたい】 進化した令和版“干物女” ありのままを見せるユーチューバーに「私も」と共感の声 https://dot.asahi.com/articles/-/39543 2度否決された副市長人事案を再議に付した理由を説明する石丸伸二市長=2021年6月   「『恥を知れ』はすっかり知れ渡りました。実は市議会で本気で怒ったことは一度もありません。劇場型と指摘されるような発言は、数日前から考えています。そして、起承転結となるように計算して話しています。恥を知れのときも、その前段で『これこそ議会軽視の最たる例です』と前振りし、最後は『どうか恥だと思ってください』と締めました」  回りくどい言い方はせず、歯に衣(きぬ)着せぬ物言いでズバズバとベテラン議員に切り込む様子は、ユーチューブ視聴者の比較的若い世代にとってもわかりやすく、すっきりするのか、コメント欄には好意的な声が多く並ぶ。  今、国政では自民党安倍派のパーティー券キックバック事件で「政治再建」が求められている状況もあってか、ライブ配信では「国政に出ないのか」との質問も出ている。 来年8月で任期満了→2期目は?  その点について石丸市長は、 「ないです。誘いもないです。私に声をかけたら、すぐにSNSとかで言っちゃうから警戒されているのかな。国政となればどこかの政党に入ることになる。今の自民党、公明党とは一緒に仕事するのはしんどい。野党も維新がちょっと頑張っているくらいでしょう。国政は一人では何もできないけど地方政治はそこが違います。自分で種をまいて芽が出て、ちいさい畑でも育てていく。今はそういう思いです」  では、来年8月で4年の任期が満了となる。2期目はどうなのか。 「政治再建の公約は成果がでてきた。残り2つの公約は都市開発と産業創出。これをやるには10年、20年、それこそ5期もやらないといけない。うーん、どうかなと。いずれにしても、来年8月ですから1カ月前には決断するつもりです」 「石丸劇場」はまだ続きそうだ。 (AERA dot.編集部・今西憲之) 【こちらもおすすめ】 決断力、話し上手、根回し上手。三英傑に学ぶ“人を動かす”リーダー力とは https://dot.asahi.com/articles/-/438
独居の100歳女性、530キロを長距離移動した真相
独居の100歳女性、530キロを長距離移動した真相 神奈川県小田原市にひとりで住んでいた山本多江さん、100歳。ツアーナースの付き添いのもと、弟や姪の住む岩手県へと移動し、県内にある民間の介護施設へと入居した。(写真はケアミックス提供)    ツアーナース(旅行看護師)と呼ばれる看護師たちの存在をご存じでしょうか? 「最期の旅行を楽しみたい」「病気の母を、近くに呼び寄せたい」など、さまざまな依頼を受け、旅行や移動に付き添うのがその仕事です。連載第2回は、神奈川県でひとり暮らしをする100歳の女性の、姪や弟が暮らす岩手県への移動に付き添ったエピソードをお送りします(本記事は「日本ツアーナースセンター」の協力を得て制作しています)。 自宅で一人暮らしをする100歳の女性の生活  今年100歳を迎える山本多江さん(仮名)は、6月まで神奈川県相模原市の自宅で一人暮らしをしていた。年齢相応の物忘れもあるが、ご近所との交流もあり、公的な介護サービスを受けることなく、生活することができていた。  ただ、足腰はかなり弱っており、毎日買い物に行くのはつらい。ここ数年は、お弁当の宅配サービスを利用する生活だった。  お弁当の宅配サービスは、ただ弁当を届けるだけではない。呼び鈴を鳴らし、利用者に玄関口まで出てきてもらって言葉を交わす。これも配達員の大切な役目なのである。  お弁当を手渡し、利用者の顔を見て話すことで、相手の健康状態や暮らしの様子などをチェックする。配達員は日々の見守りの役割も負っているのだ。  その日もいつもと変わらない水曜日だった。居間でお茶を飲んでいる時、「お弁当です」玄関口から配達員の声が聞こえた。もうそんな時間かと、多江さんはテーブルに手をついて立ち上がった。  玄関では、顔見知りの配達員がお弁当をぶらさげて待っていた。 「こんにちは、今日はブリの照り焼きです」 「毎日ありがとう」 「何か御用はありませんか」  そんな言葉を交わしているうちに昨日回覧板が来ていたことを思い出した。 「そうだ、回覧板、お隣に持って行ってくれる?」 「いいですよ」 「いつもごめんなさいね」  台所に置いてある回覧板を取りに行こうと振り返った時、多江さんは上り框に足先を引っ掛けて転んでしまった。 「大丈夫ですか」  慌てた様子の配達員に抱えられるように助け起こされた。立ち上がって2~3歩、歩いてみた。うん、なんでもないみたい。多江さんは、そのまま自分で歩いて台所から回覧板を持ってきた。 診断結果は「大腿骨頸部骨折」  異変を感じたのは翌日だった。訪ねてきたご近所の茶飲み友達に「歩き方、変じゃない」と指摘されたのだ。 「そうかしらね」 「うん、どう見ても変よ、左足を引きずってる」  言われてみると足の付け根に違和感がある。すぐに地域の民生委員に連絡を取り、自宅まで来てもらった。確かに歩き方がおかしい。とりあえず病院に連れていきたいのだが、長く歩かせるのは危険だ。民生委員はその場で救急車を呼ぶことにした。  病院で診察を受けた結果、多江さんは左足の大腿骨頸部骨折と診断された。骨盤と足の骨の接続部分が骨折していたのである。手術が必要なケガだ。多江さんはそのまま緊急入院となった。  担当の医師は次のように説明したという。 「高齢になると痛みを感じる機能も衰えます。骨折してすぐは大きな違和感はなかったのかもしれませんが、このまま放っておくと、もっと大変なことになっていたと思います」    ご近所ネットワークがうまく機能したおかげで、多江さんは大事に至る前に入院できたようだ。ただ、これで万事解決したわけではない。多江さんの骨折事案はある意味、ここからが本番なのである。  山本多江さんは、関東大震災が起こった1923年(大正12年)生まれの100歳だ。下に2人の弟がいる、3人兄妹の長女として育った。生涯結婚することはなく、20代で行政書士の資格を取得し、長く相模原市に暮らした。  2つ年下の長男・山本健介さん(仮名)は現在も存命だが、その下の弟は10年前に亡くなった。  6月に多江さんが入院し、諸々の手続きを手伝ったのは遠く離れた岩手県に住む、弟の健介さんと、その娘、松本恵子(仮名)さんだった。  松本さんは入院までの経緯を次のように語る。 「一人暮らしをしてはいるものの、叔母(多江さん)は100歳ですから、年相応に弱っていたのだと思います。数年前に自宅の近所で警察官に保護されたこともありました」  買い物に出かけた先で、多江さんは車道に大きくはみ出して歩いているところをパトロール中の警察官に保護されたのだという。 「それ以来、私が叔母の自宅近所の民生委員の方とちょくちょく連絡をとるようになりました。“一人暮らしはそろそろ難しいんじゃない”と、言われていた矢先に、今回の骨折事故が起きたのです」(松本さん) 高齢者の骨折は認知機能の低下にもつながる  高齢になってくると、足腰の筋力が衰え、ちょっとした段差につまずいて転ぶことが増える。膝から上の大腿骨には、腰の骨との結合部分に細くなっている場所(頸部)がある。転んで尻もちをついたときなどに、ここを骨折することが少なくない。加齢のために骨粗鬆症気味の人などは要注意だ。  多江さんは手術後、3カ月を病院で過ごした。大腿骨頸部骨折は骨が折れたということだけでは済まない。歩けないままの状態が続けばベッドで寝ている時間が増え、床ずれ(褥瘡)などの問題も出てくる。リハビリや関節マッサージなどを行わなければ、関節が固まってしまう関節拘縮や、認知機能にも影響を与える。  もちろん病院でのリハビリは行われたが、退院する時、多江さんは自分で歩くことはできなくなっていた。骨折する前のように、自宅で一人暮らしは難しい。  姪の松本恵子さんは次のように語る。 「叔母(多江さん)は神奈川県に住んでいて、私と父(多江さんの弟)は岩手県に住んでいます。叔母の自宅復帰は難しく、かといって神奈川県の施設に入ってもらったのではお見舞いなど、なにかと不便です。父と相談した結果、思い切ってこちら(岩手県)に来てもらうことにしました」  とはいえ、車いすを使う高齢者の長距離移動は、素人の松本さんには荷が重い。病院のソーシャルワーカーと相談して、退院後の準備を整えていった。 「岩手県の施設探しは98歳の父がやりました。父にとっては子供の頃から可愛がってもらったお姉さんですから、かなり真剣に探してくれたようです」(松本さん)  その結果、リハビリに力を入れる民間の介護施設を押さえることができた。  退院後は介護保険サービスの利用が必須だ。そのため、相模原の病院では多江さんの要介護認定の手続きが進められた。3カ月の入院生活で、身体機能はもとより、認知機能もかなり低下していた。多江さんは「要介護4」と判定された。  その手続きと同時に行われたのが、神奈川県の相模原市から岩手県までの、距離にして約530キロもの長距離移動を助ける、ツアーナースの手配だった。 「病院のソーシャルワーカーさんがほうぼうに問い合わせてくれて、『日本ツアーナースセンター』を探してくれたんです」(松本さん) ツアーナースの付き添いで岩手を目指す  病院のソーシャルワーカーを通して日本ツアーナースセンターの細山理恵看護師に搬送付き添いの依頼が来たのは2023年の9月上旬だった。細山看護師は次のように話す。 「山本多江さんはご高齢だけど、ずっと一人暮らしで、病院にもあまりかかっていないようでした。だから、かつてどんな病気をされたなどの既往歴がわからない。それでも手術の結果や予後、入院中の生活の細かなことについては病院側からそれらを記したサマリーを受け取るので、旅の行程の計画は事前に作ることができます」  神奈川県で長く暮らした多江さんは、弟の山本健介さんと姪の松本恵子さんが暮らす岩手県に縁はない。  初めての土地、初めての施設。100歳にして初めてのことばかりで、不安も大きい。ただ、施設での生活は日本全国どこにいても、大きな違いはない。生活が始まってみれば、不安も解消されるかもしれない。 岩手に向かうツアーナースの細山理恵さんと多江さん(写真はケアミックス提供)    細山看護師は、まずは不安のない旅(搬送)を実現させるべく、ツアーの当日に臨んだ。  朝の7時半に病院に到着し、初対面の多江さんに挨拶をする。 「多江さんの使う車いすはレンタルで、岩手県の施設に到着した後に、送り返してもらうことにしました。相模原の病院から新横浜駅まではタクシーです。1人で歩くことが難しいので、車いすからの移乗を手伝います」(細山看護師)  途中、高速道路の集中工事による渋滞に巻き込まれるなどしたものの、列車の出発時間には間に合った。新横浜から東京駅に向かい、10時36分発の新幹線で一路岩手県を目指した。?? 本心は自宅のある相模原に暮らしたかった  岩手の施設に行くことは、姪の松本さんから聞いてはいるものの、多江さんは心の底では納得できていないようだった。本音では相模原の自宅に帰りたいと思っている様子だ。病院のソーシャルワーカーからは、岩手に行くことを口止めされていたほどだ。細山看護師は、多江さんの気持ちを別のところに向かせるように工夫した。 「窓から見える景色を指さして、お天気がよくて青空がきれいですねとか、花が咲いてて素敵ですねなど、そんなお話をしながらの旅でした」(細山看護師)  食べ物を飲み込む機能が少し低下していた多江さんのために、昼食は細山看護師が用意したゼリー食を少しだけ、世間話に花を咲かせながら、楽しい時間を過ごした。  そして13時32分。岩手県の北上駅に到着。そこから再びタクシーに乗り継ぎ、20分ほどで施設に到着した。 岩手県の施設に到着した多江さん(写真はケアミックス提供)   施設で暮らし始めた後の様子は  出迎えた松本恵子さんはこう語る。 「ずっと自宅のある相模原に帰りたいって言っていたのですが、こちらまでの旅が快適だったらしく、到着当日はすごくご機嫌でした。弟である私の父とも久しぶりに会えて、それも心強かったのだろうと思います」  今年100歳を迎えた多江さんは、その後リハビリにも励み、現在では平行棒につかまって歩けるほどに回復しているという。 「今でも時々相模原のことを口にしますが、近くに住んでいる分、私や父がちょくちょくお見舞いに行けるようになり、叔母も今の施設を気に入ってくれているようです」(松本さん)  多江さんのように、身寄りの少ない高齢者は今後もっと増えるだろう。病院から介護施設への搬送など、ツアーナースの活躍の場も、同時に増えてくるはずだ。  旅の安心を担うナースたちの姿をこれからも追っていきたい。(編集:國友公司)
子どもの咳が長引くのは「隠れぜんそく」? 「かぜを引いたときにしか『ぜいぜい』しない」は特徴的な症状
子どもの咳が長引くのは「隠れぜんそく」? 「かぜを引いたときにしか『ぜいぜい』しない」は特徴的な症状 ※写真はイメージです(写真/Getty Images)   小児科で最も訴えが多い症状の一つに、「咳(せき)」があります。かぜやインフルエンザ、新型コロナ感染症など、ウイルス感染が猛威をふるうシーズンには、とくに身近な症状といえるでしょう。しかし子どもが感染症にかかっていないのに咳が続くなら、「ぜんそく」かもしれません。0~14歳の小児ぜんそく患者数は約53.8万人(令和2年厚生労働省患者調査)。けっしてまれな病気ではないのです。この記事は、週刊朝日ムック「手術数でわかるいい病院」編集チームが取材する連載企画「名医に聞く 病気の予防と治し方」からお届けします。「咳ぜんそく・ぜんそく」全3回の3回目です。 【第1回の記事はこちら】 咳だけが8週間以上治らないのは「咳ぜんそく」? 放置すると「ぜんそく」に移行も【症状チェックリスト】 https://dot.asahi.com/articles/-/207687 【第2回の記事はこちら】 「咳ぜんそく」は「ぜんそく」と何が違う? 3割が移行 息がヒューヒュー音がしたら注意【医師が解説】 https://dot.asahi.com/articles/-/208327 *  *  *   夜から明け方の咳は「ぜんそく」の可能性が  長く続く子どもの咳は心配なものです。子どもの咳のほとんどはウイルスや細菌感染によるもので、基本的に一過性です。多くは感染症が改善されれば、1カ月程度で治まっていきます。しかしそれ以上続く場合は、何かほかの病気が隠れているかもしれません。  長引く咳を引き起こす病気としては、声帯の異常が原因のもの、気管支の中に異物が入り込む「気管支内異物」、心臓の機能が悪い場合など、いろいろあります。「ぜんそく」も子どもの咳の原因として頻度の高い病気です。成人では「咳ぜんそく」の可能性もありますが、子どもでは成人ほどみられないと考えられています。  ぜんそくの咳は、▼夜間から明け方に咳が出やすい、▼アレルギー性疾患をもっている子どもでは、アレルゲンが多くなる季節になると出る・アレルゲンに近づくと出る、▼スポーツのあとに出やすい、などが特徴として挙げられます。    咳に伴って、呼気時(息を吐いたとき)にぜいぜい・ヒューヒューと音がする「喘鳴(ぜんめい)」が表れるのもぜんそくの特徴です。 気道に炎症が起きて、空気の通り道が狭くなる  ぜんそくは、ダニなどのアレルゲンによって空気の通り道である気道(気管支)に炎症が生じ、過敏になる病気です。炎症によって気道はちょっとした刺激でも咳が出るようになります。気管支の粘膜がむくんだり、粘膜を覆う「基底膜」が厚くなったり、さらには気管支の「平滑筋」という筋肉が収縮したりして、空気の通り道を狭くします。そのため、息が苦しくなったり、喘鳴が起きたりするのです。  かぜを引いていないのに特徴的な咳が続く、あるいはかぜが治ったあとも咳だけ続いている場合には、小児科で相談してみましょう。国立成育医療研究センター総合アレルギー科診療部長の福家辰樹医師は次のように話します。 「親御さんのなかには、『うちの子はかぜを引いたときにしかぜいぜいしないので、ぜんそくじゃないです』とおっしゃる人も多いのですが、それこそがぜんそくの特徴的な症状です。普段は症状がなくても、かぜのときや走ったあとなどにぜいぜいするというのは、気道が過敏になっている証拠です。慢性的に気道に炎症が起きている状態で、『隠れぜんそく』とも呼びます」 アトピー性皮膚炎があると発症リスクが高くなる  子どものぜんそくの発症には、アレルギー性疾患の関与が大きく、アレルギー性疾患をもっている子どもは、ぜんそく発症のリスクが高くなります。とくに乳児期にアトピー性皮膚炎を発症している子どもでは、アトピー性皮膚炎のない子どもに比べて2~3倍、ぜんそくになりやすいとされています。  そのほか、ダニ、ホコリ、花粉など、複数のアレルゲンをもつ子どもも発症リスクが高くなります。また、女児よりも男児に発症しやすいとされています。 「アレルギー性疾患になりやすい体質や、ほかのアレルギー性疾患(アトピー性皮膚炎、食物アレルギーやアレルギー性鼻炎、花粉症など)の有無、生活環境、気候、体質(遺伝)など、さまざまな要因が複雑にからみあって、ぜんそくになると考えられています」(福家医師) 気道の炎症・過敏性をみる検査をおこなう  ぜんそくの検査は、問診や血液によるアレルゲン検査のほかに、呼気一酸化窒素(NO)検査、気道過敏性検査、スパイロメトリー(呼吸機能検査)などで、炎症の状態や気道の過敏性、狭窄(狭くなること)の程度などを調べます。  問診では、咳や息苦しさ、喘鳴の様子、アレルギー性疾患を中心とした病歴、家族にぜんそくやアレルギー疾患をもった人がいるかどうか、生活環境などをくわしく聞きます。  検査のなかには、深呼吸をしてもらうなど、本人の協力が必要なものがあるため、小学校入学前の子どもでは検査が難しいかもしれません。その場合は、そのほかの検査結果をもとに総合的に判断して、診断がつけられます。  ぜんそくと診断がついたら、症状の強さ、喘鳴や呼吸困難の頻度、睡眠や日常生活にどれくらい支障が出ているかなどを総合的に判断して、重症度が決められます。   重症度に合わせて薬が選択される  ぜんそくの治療では、重症度に合わせて、吸入タイプの薬を用います。主に、気道の炎症を抑える「ステロイド」、狭くなった気管支を広げる作用をもつ「気管支拡張薬」で、即効性のあるものや、長時間効果が続くもの、長期に症状をコントロールする長期管理薬などがあります。  ぜんそくでは一時的に症状が増悪する(強くなる)ときがあり、「ぜんそく発作」とも呼ばれています。発作は小発作(軽症)、中発作、大発作(重症)に分けられます。大発作では喘鳴が強くなり、動けない、返事ができない、呼吸困難などが起こり、周囲の大人はあわててしまいますが、あらかじめ主治医と話し合って発作時の対処法、受診のサインを決めておき、焦らず速やかに対処することが大切です。  発作を防いで良い状態を維持するために、アレルゲンの除去(ダニ、ホコリ、ペットの毛、煙など)、かぜなどの感染症の予防、体調管理に留意することも重要です。 子ども、家族、主治医がチームになって取り組む  ぜんそくは適切な治療で炎症がコントロールされていれば、多くは運動や部活、課外活動など、健康な子どもと同じ学校生活が送れます。オリンピックを目指すことも可能です。できること/できないことを主治医と相談して決めておくこと、また、学校の先生や友人など、周囲の人たちに話して、理解を得ておくことも必要です。  子どものぜんそくは、成長に伴って気道の内径が太くなったり、アレルギー反応が起こりにくくなるなどで炎症が軽度になり、薬を中断できるケースも多くみられます。なによりも、患者である子ども、主治医、家庭や学校などの周囲の大人が一つのチームになって、その時々の状態に合わせた治療・生活習慣の遵守を続けることが肝要です。 (取材・文/別所文)   【取材した医師】 国立成育医療研究センター総合アレルギー科診療部長 福家辰樹(ふくいえ・たつき)医師 1998年浜松医科大学卒。同大附属病院講師などを経て、2018年から現職。専門は小児科学、アレルギー学(ぜんそく、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなど)。「小児気管支喘息治療・管理ガイドライン2023」「喘息予防・管理ガイドライン2021」などのガイドライン作成にも携わる。 国立成育医療研究センター総合アレルギー科診療部長 福家辰樹医師 国立成育医療研究センター 東京都世田谷区大蔵2-10-1       連載「名医に聞く 病気の予防と治し方」を含む、予防や健康・医療、介護の記事は、WEBサイト「AERAウェルネス」で、まとめてご覧いただけます。

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