AERA with Kids+ Woman MONEY aerauniversity NyAERA Books TRAVEL
検索結果4229件中 901 920 件を表示中

「岸田政権は正気の沙汰とは思えません」森永卓郎氏 ガソリン「トリガー条項」発動ナシは誰の都合?
「岸田政権は正気の沙汰とは思えません」森永卓郎氏 ガソリン「トリガー条項」発動ナシは誰の都合? 岸田文雄首相   ガソリン価格が高騰している。SNSなどではガソリン税を軽減する「トリガー条項」に踏み切るべきという声が上がるが、政府は比較的効果が少ない「ガソリン補助金」で対応することを決めた。背景にはどんな考えがあるのか。経済アナリストの森永卓郎さんに聞いた。 ――トリガー条項に踏み切らない政府の背景にはどういった事情があるのでしょうか。  トリガー条項を発動させない理由は二つあると見ています。一つは、岸田文雄首相は予算をなるべく使いたくないという財務省の考えに染まっているのでしょう。岸田首相率いる自民党「宏池会(岸田派)」は、大蔵省(現財務省)出身者が多い。  今回、延長が決まった、石油元売り各社への補助金の内容は、レギュラーガソリンの場合、9月7日から年末までは、1リットルあたり185円を超えた部分は全額補助。一方で、168円から185円までの部分は10月4日までは30%、10月5日から年末までは60%を補助します。全国平均で175円程度を目指すとしています。  しかし、去年の夏まで実施していたガソリン補助は、168円以上になれば、最大補助額35円、さらなる超過分も50%を補助するという内容でした。これに比べれば、今回の補助はだいぶ絞ったことがわかります。  今回のガソリン補助金はは昨年度(22年度)の第二次補正予算から出すとしています。つまり、昨年度の二次補正予算をこれまで使ってきましたが、2兆円ほど残っており、その残りで済まそうとしているということです。 【こちらもおすすめ!】 処理水放出で相次ぐ迷惑電話は「中国の工作」と外交の専門家 背景に「包囲網」への不満か https://dot.asahi.com/articles/-/200036  ちなみに23年度の補正予算は予備費として5.5兆円計上されており、その内4兆円が新型コロナ対策や原油・物価高対策を目的にしたものになっています。こちらには手をつけないということです。  昨年度予算の範囲内でやるから限界がある。逆算するとこの程度の補助しかできないということです。  トリガー条項を発動させてないもう一つの理由は、財務省の利権にかかわるからですね。  税金として徴収し、それを補助金として元売りなどにばら撒くことで、利権が生まれる構造があります。財務省としては税収も減り、利権にもつながらないトリガー条項の発動をやろうなどとは絶対に思わないでしょう。 ――国民の生活が厳しくなっているなか、岸田首相の経済政策についてはどう見ていますか。  いま岸田政権は激しい緊縮財政を敷いています。安倍政権のときの2020年度の基礎的財政収支は80.4兆円の赤字でした。積極財政をしていたということです。その後、政府は赤字額を大きく減らしていまして、今年度予算の基礎的財政収支は10.8兆円の赤字にまで減っています。  赤字を減らすと聞くと、良いことのようにも聞こえますが、ここで意味するところは、景気が悪くなっているときに、政府は支出を切り詰めているということです。安倍政権と比較すると岸田政権は70兆円も支出が少なく、これは国の1年分の収入と匹敵する額です。  背景にあるのは財務省の思想です。財務省は「日本は借金まみれ」のような印象を与える主張をしています。しかし、それは間違いです。財務省が発表している20年度の政府の連結貸借対照表を見ると、1661兆円の負債がありますが、資産も1121兆円あります。差し引き540兆円の借金となります。ただ、日銀が保有する資産と負債もあわせて考えると、日本の借金はわずか8兆円になります。今年度末には借金がゼロになって、黒字になっている可能性が高いです。  それにもかかわらず、国民にお金を出さず、逆に増税する岸田政権は異常です。正気の沙汰とは思えません。岸田首相の判断は冷静な経済的、財政的判断ではなく、「財政を均衡させてなくてはいけない」という「財務省の教義」に捕らわれているのだと思います。  経済が厳しく景気をよくしていく必要がある中で緊縮財政を実施するなど経済政策としてあり得ません。財務省の主張はもはやカルトです。私は財務省のことを「ザイム真理教」と呼んでいます。 ――トリガー条項を発動すると国民の生活に混乱が生じる、というのが政府の立場のようです。  混乱なんて生じるわけありません。ルール通りにやればいいだけです。トリガー条項は、レギュラーガソリンの1リッターあたりの価格が160円を3ヶ月連続で超えたら、臨時増税分の25.1円の課税を止め、価格を下げる。そして、130円を3か月連続で下回れば、課税を戻すというとてもシンプルなルールです。混乱のしようがありません。  混乱が生じることがあるならば、対策を講じておけばいいだけです。「混乱が生じる」という政府の答弁は9年前から同じと報道されていました。ルール通りにやっていれば、今ごろガソリン価格は、150円半ばくらいでしょう。国民もその効果を実感できたはずです。  ちなみに、9月使用分の電気・ガス料金が各社で値上がりします。政府はこれまで1キロワットあたり7円の補助金を出していましたが、9月使用分から半分の3.5円に減らします。9月に入っても暑い日が続いているので、10月にびっくりするような請求書が来ると思います。  岸田首相は「国民が効果を実感できるような物価対策を講じる」、「岸田内閣の最優先課題の一つは物価高対策」といったようなことを言っていますが、実際にやっていることは、セコイことしかしていません。  アメリカから米国製巡行ミサイル「トマホーク」を400発購入すると岸田首相は言っていましたが、それを購入するよりも、ガソリン代や電気・ガス代を下げる施策に力を入れたほうが、国民の暮らしを守ることにつながると思いますね。 ――生活が苦しくなる中で、消費税減税を望む声も出ています。  私は消費税を減税することはできると思います。ゼロにすることも大丈夫だと思います。  財務省はこれまで日本が大赤字になると、国債と円が暴落し、ハイパーインフレが起きると危機感を煽ってきました。しかし、安倍政権時の20年度に80兆円の赤字を出しても国債の暴落も円の暴落も起きませんでした。私はこのことは安倍政権が実施した画期的な実験だったと思います。 ――緊縮財政はこのまま続くのでしょうか。  少なくとも岸田首相がいる限りは続くでしょう。解散にいつ出るかわかりませんが、岸田首相が1年後の自民党の総裁選を乗り切ると、宏池会出身の首相の中で最長の在任期間である池田勇人元首相の1575日を抜く可能性も出てきます。岸田首相がここに色気を出し始めたら、国民の生活はより一層ボロボロになるでしょう。  安倍元首相は回顧録の中で、財務省は「省益のためなら政権を倒すことも辞さない」と批判していました。財務省の官僚は政治家に対して「ご説明」にまわっており、自分たちの教義を受け入れる信者を増やしています。自民党に限らず、立憲や共産党といった野党も信じている、メディアも国民も信じている状況です。  やはり国民の怒りがもっと高まらないといけないと思います。もし「日本は借金だらけで増税もしかたない」「いま減税できないのも仕方ない」などと思っているようであれば、それは財務省の教義に洗脳されています。早く目を覚ますべきだと思います。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫)
職場で「受け入れられる人」と「疎まれる人」の、小さいけれど“決定的な違い”とは?
職場で「受け入れられる人」と「疎まれる人」の、小さいけれど“決定的な違い”とは? 写真はイメージ(GettyImages)    上司の承認を得たり、部下に仕事を進めてもらったり、お客様にお買い上げいただいたり……ビジネスにおいて「相手の理解を得て、相手に動いてもらう」ことは必須のスキルです。そこで、多くのビジネスパーソンは「理屈で説得しよう」と努力しますが、これが間違いのもと。なぜなら、人は「理屈」では動かないからです。人を動かしているのは99.9999%「感情」。だから、相手の「理性」に訴えることよりも、相手の「潜在意識」に働きかけることによって、「この人は信頼できる」「この人を応援したい」「この人の力になりたい」という「感情」を持ってもらうことが大切。その「感情」さえもってもらえれば、自然と相手はこちらの意図を汲んで動いてくれます。この「潜在意識に働きかけて、相手を動かす力」を「影響力」というのです。 元プルデンシャル生命保険の営業マンだった金沢景敏さんは、膨大な対人コミュニケーションのなかで「影響力」の重要性に気づき、それを磨きあげることで「記録的な成績」を収めることに成功。本連載では、金沢さんの新刊『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)から抜粋しながら、ゼロから「影響力」を生み出し、それを最大化する秘策をお伝えしてまいります。 「影響力の磁場」と無縁に生きることはできない  この世は「影響力」の磁場である――。  僕は、そう考えています。小難しい表現ですが、言いたいことはシンプルです。磁石の周りに鉄粉を引きつける「磁場」が存在しているように、僕たち人間がつくるあらゆる集団や社会には、「影響力」の磁場が存在していると思うのです。  これは、家庭、学校、会社から地域、国家、国際社会まで、すべての集団・社会に共通することではないでしょうか。 「影響力」の強い人物の周りに人々が集まり、その人物の意向を軸にしながらものごとが動いていく。「影響力」の強い者同士が協力し合うことで、その集団の力が最大限に発揮されることもあれば、「影響力」の強い者同士が対立することで、周りの人々が翻弄されることもあるでしょう。  このことは、学校や会社における人間関係を想起すれば、容易に納得していただけると思います。そして、あらゆる人間は、そうした「影響力」の磁場と無縁に社会生活を送ることができないと言えます。  つまり、そのような世の中で、できるだけ自分の思うように生きていきたいと願うならば、「影響力」の磁場に飲み込まれるのではなく、それを上手に活用する術を身につける必要があるということです。  ところが、かつての僕がそうだったように、ほぼすべての人は、「影響力」がほとんどない状態から人生を歩み始めなければなりません。誰もが初めは無力なのです。その無力な状態から、どうやって自分の「影響力」を身につけ、増幅させていけばいいのか? これは、多くの人が思い悩むことではないでしょうか。  もちろん、僕も悩みました。 というか、正直なところ怖気付きそうになったものです。  営業マンになって早々、次から次へと「断り」の連絡が入り、ついには連絡する相手すら尽きてきたときには、この広い世の中でポツンと孤立しているような感覚に襲われたものです。そして、自分の無力さを噛み締めるほかなかったのです。  だけど、今ならば、こう断言できます。 「この世に、影響力を発揮できない人はいない」 「どんなに無力な立場にある人でも、必ず影響力を発揮する方法はある」  極論かもしれませんが、産まれたばかりの赤ちゃんだってそうです。 赤ちゃんは自分ひとりでは、生命を維持することすらできない無力な存在です。しかし、赤ちゃんが両親に及ぼす「影響力」には、ものすごいパワーがあります。   赤ちゃんが泣き出せば、「ミルクがほしいのか」「お腹が減ったのか」「おむつを替えてほしいのか」「抱っこしてほしいのか」などと、言葉の通じない赤ちゃんの気持ちを全力で推察するはずです。そして、なんとか機嫌を直してもらおうと、両親は右往左往するわけです。  なぜ、こんなに強力な「影響力」をもつのか? 言うまでもなく、両親が赤ちゃんを心から愛しているからです。そして、極めて脆い生命ですから、大切に大切に扱わなければならないとわかっているからです。  つまり、赤ちゃんは無力であるからこそ、強い「影響力」を発揮していると言うこともできるわけです。   無力であることも「武器」である  無力であることも、「影響力」の源泉になりうる――。  これは、大人になってからも当てはまることです。  もちろん、赤ちゃんのように、泣くことで「影響力」を発揮するようなことはできません。しかし、無力であることも、「影響力」の源泉となりうるという原理に変わりはありません。  例えば、新卒入社の若者もそうです。  社会に出たばかりで、右も左もわからないうえに、その会社の仕事内容についてもほぼ何の知識もない。しかも、長年かけて築かれてきた社内の人間関係のなかにいきなり放り込まれるのですから、圧倒的に無力。誰かに頼らずには、仕事を進めることはできないと言っていいでしょう。  しかし、だからこそ「影響力」を発揮することができるとも言えます。  昭和の時代であれば、スパルタ式にしごく会社もあったかもしれませんが、今どきは、よほどのブラック企業でなければ、新入社員を大切に育てようという認識が社員に共有されているはずです。  であれば、自分が「戦力になれていない未熟な存在である」という謙虚な姿勢で、「教えてください」「助けてください」とお願いすれば、ほとんどの上司・先輩は、「可愛いヤツだな」と思って、積極的に手を貸してくれるはずです。  この時点で、すでに新入社員は上司・先輩に対して「影響力」を発揮できているということになりますし、上司・先輩の「影響力」の庇護のもとに入ることもできるわけです。  さらに、それに対して、「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えれば、相手は喜んでくれるはずです。そして、「困ったことがあったら、いつでも声をかけてね」などと応じてくれるに違いありません。  このようなコミュニケーションを重ねることで、上司や先輩との信頼関係が築かれていき、その組織のなかに「居場所」を見つけることができます。そして、その新入社員は社内における「影響力」を着実に身につけ、多くの社員の協力を得て大きな仕事も動かすことができるようになっていくわけです。 自分の「現在地」を知ることが「影響力」を生む第一歩  ここで大切なことが二つあります。  まず第一に、「影響力」というものを意識することです。  つまり、どういう態度を取れば、相手の潜在意識においてポジティブな感情を抱いてもらえるかを意識するということ。先ほどの例に即して言えば、どうすれば上司・先輩が「助けよう」という気持ちになってくれるかを考えるということです。  初めから、「影響力」を上手に扱うことができる人などいません。  稀に天才的とも言うべき才能を感じさせる人もいますが、おそらく彼らも試行錯誤を重ねることで、その才能を磨いてきたはず。成功するために必要なのは「才能」ではなく、「意識する」ことです。「意識」が変わることで「行動」が変わり、「行動」が変わることで「相手の反応」も変わる。まずは「影響力」というものを意識しながら、自分の行動を律することが重要なのです。  そのうえで、第二に大切なのが、自分の「現在地」をしっかりと把握することです。   「現在地」とは、「自分がどういう存在であるか」という現状認識のことです。先ほども書いたように、新入社員であれば、「戦力になれていない未熟な存在である」というのが「現在地」となるでしょう。  この「現在地」を把握していれば、自然と、謙虚な姿勢で、「教えてください」「助けてください」とお願いするというスタンスが生まれるはずです。このように、「現在地」に即した言動に徹することによって、上司・先輩は、自然と「可愛いヤツだな」「こいつを助けてあげたいな」と思ってくれるわけです。  逆に、「現在地」を見誤って、「上司・先輩なんだから、教えるのが当然でしょ」などと内心で思っていれば、そのことを上司・先輩は必ず感じ取ります。  もちろん、相手は大人ですから、一応のことを教えてはくれるでしょう。しかし、それはあくまでも、上司・先輩としての「職務・義務」を遂行しているにすぎません。むしろ、潜在意識のレベルでは、「なんか、この態度おかしくない?」「こいつ、なんか勘違いしてない?」などと違和感を覚えるに違いありません。  そして、新入社員がスタンスを改めない限り、いずれ、上司・先輩は彼(彼女)のことを疎ましく思い始めるはずです。その結果、その新入社員は「影響力」が削がれた状態で働き続けるほかなくなってしまうのです。  この世に、「影響力」を発揮できない人は存在しません。  どんなに無力であっても、どんなに立場が弱くても、周囲の人々に「その存在」を認められ、「影響力」を発揮する方法は、必ずあるのです。  ただし、そのためには、「自分の現在地」をしっかりと把握することが欠かせません。逆説的ではありますが、「自分は無力である」「自分には影響力がない」ことを認めること(つまり、「現在地」を知ること)が、「存在感」と「影響力」を生み出す第一歩だと言えるのです(詳しくは、『影響力の魔法』に書いてありますので、ぜひお読みください)。 金沢景敏(かなざわ・あきとし) AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役 1979年大阪府生まれ。早稲田大学理工学部に入学後、実家の倒産を機に京都大学を再受験して合格。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍、卒業後はTBSに入社。スポーツ番組などのディレクターを経験した後、編成としてスポーツを担当。2012年よりプルデンシャル生命保険に転職。当初はお客様の「信頼」を勝ち得ることができず、苦しい時期を過ごしたが、そのなかで「影響力」の重要性を認識。相手を「理屈」で説き伏せるのではなく、相手の「潜在意識」に働きかけることで「感情」を味方につける「影響力」に磨きをかけていった。その結果、富裕層も含む広大な人的ネットワークの構築に成功し、自然に受注が集まるような「影響力」を発揮するに至った。そして、1年目で個人保険部門において全国の営業社員約3200人中1位に。全世界の生命保険営業職のトップ0.01%が認定されるMDRTの「Top of the Table(TOT)」に、わずか3年目にして到達。最終的には、TOTの基準の4倍以上の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReeboを起業。著書に『超★営業思考』『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)。営業マンとして磨いた「思考法」や「ノウハウ」をもとに「営業研修プログラム」も開発し、多くの営業パーソンの成果に貢献している。また、レジェンドアスリートの「影響力」をフル活用して企業の業績向上に貢献し、レジェンドアスリートとともに未来のアスリートを育て、互いにサポートし合う相互支援の社会貢献プロジェクト「AthTAG」も展開している。■AthReebo(アスリーボ)株式会社 https://athreebo.jp
女子学院で「人と違うことは素晴らしい」 東大3年で「確率論に感動」 女性数学者を導いた出会い
女子学院で「人と違うことは素晴らしい」 東大3年で「確率論に感動」 女性数学者を導いた出会い 佐々田槙子さん=東京大学駒場キャンパス  東京大学大学院数理科学研究科准教授の佐々田槙子さん(38)は、「数理女子」というウェブページ(http://www.suri-joshi.jp/)で女子生徒やその親たちに数学の魅力を発信しつつ、数学界にいる人たちがジェンダーや社会の問題についてもっと気楽に語り合えるようにと働きかけてきた。専門は確率論、統計力学。小学生と保育園児を銀行勤務の夫とともに育てながら、1人の時間が取れたときに「ワーッと」数学を考える日々。「女性数学者があまりに少ない」という日本の現状をなんとか変えたいと自然体で突き進む。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子) >>【前編:女性数学者38歳が東大数理科学研究科にもたらした変化 「数学の魅力をたくさんの女子へ」】からの続き *  *  * ――2015年に東大数理科学研究科に准教授として着任し、周囲を巻き込みながら、誰もが研究しやすい環境へと一つずつ変えてこられたんですね。着任の前年に第一子誕生ということでしたが、ご結婚はいつ?  2013年4月です。夫は修士のときの同級生で、テニスや旅行をよくしていた10人ぐらいの仲良しグループの1人です。彼は修士を終えて銀行に就職しました。仲良しグループは数学以外の人もいたんですが、みんな就職して、そのまま博士課程に進んだのは私1人でしたね。2年後に私が慶応大学に就職してから、結婚を考えるようになった。それからなんだかんだ準備に時間がかかって、結婚式が2013年4月でした。  彼は就職してから博士号を取り、2019年1月から2年間、ニューヨーク勤務でした。それで私もむこうで仕事をしようと子どもを連れて4月から行きました。東大には、若手研究者が海外で長期研究するのを支援するプロジェクトがあるんです。それに応募したら採択された。ニューヨークには素晴らしい研究者がいっぱいいるので、よい刺激をもらい、すごく研究が進みました。 ハロウィーンの日に、そろって仮装した一家。米国暮らし時代の「思い出の一枚」=2020年10月、米国ニューヨーク滞在時の自宅  米国で2人目を産みました。コロナのパンデミックの真っ最中で、妊婦健診もオンラインでした。仕事も在宅になって、育休は取る必要がなかった。2021年1月に家族4人で帰国しました。 我が家は夫が料理を100%やります ――夫さんは子育てに全面協力ですか?  協力っていうより、自分の子どもなんだから自分で育てるってちゃんと思ってるんじゃないかな。我が家は夫が料理を100%やります。大学入学から結婚するまで一人暮らしだったので、苦にならないみたいです。それでも、洗濯とか掃除とか小学校や保育園のこととか、いろいろやることは腐るほどあるので、何度もケンカはしています。  彼は会社の同僚と比べたら自分はすごくやっているというんですけど、でも、あなたの気づいていないところにこういう仕事があるでしょって一つ一つ説明すると、なるほどって。たぶん、気がつかないだけなんですね。「女だからこれをやって」みたいなことは全然思っていないことはわかります。結婚前はそういう人かどうか、そんなに見極めて選んだわけじゃないんですけど。 ――では、どこで選んだんですか?  話をしていて楽しいから、ですかね。ああ、あんまり周りの空気を読まないところはいいと思いました。周りがどう言うか、は気にしない人です。だから、会社から早く帰ってくる。たぶん、ほかの人たちはあんなに早く帰っていないと思います。最近は、保育園のお迎えは夫で、朝の送りが私です。 ――ところで、数学者になりたいと思い始めたのはいつごろなんでしょう?  数学を使う仕事ができたらいいなみたいなことは子どものころから思っていました。算数やパズルが好きだったので。どういう仕事があるかはあまりよくわかっていなかったですけど。 ――へえ。子どものころから当然仕事をすると思っていたんですね。  母が翻訳を仕事にしていて、フルタイムの会社勤めをしていたんです。働いている母を格好いいと思っていました。だから、自分も当然働く、と。父は物理の研究者で、私は一人っ子です。  私の保育園の送り迎えは母が全部やってくれていた。今になって、本当に大変だったろうなと思います。ただ、父も結構料理を作ってくれて、私のお弁当は全部父が作りました。それに、夜は7時とか7時半とかに帰ってきて、夜ご飯を毎日一緒に食べていた。周りの友達のお父さんはもっと遅くまで働いていたので、研究者っていうのは早く帰れる仕事なんだって思っていました。ちょっと勘違いでしたけど(笑)。いや、でも一応帰ることはできるから、合っているのかな。  女子学院で良かったのは「人と違うことは素晴らしい」っていう教育をしてもらったことです。数学好きがあまりいなかったのは残念なところですけれど、数学好きでも「変な奴」とは思われないで、「人と違って、いいね」って思われた。それはすごく感謝しています。 YouTuberなんて呼ばれることもある(笑) ――現役で東大に?  はい、理Ⅰに入りました。数学科に進むか、物理に進むかは結構迷いました。実験があまり好きじゃなかったので、やりたいことをやってみるかっていう感じで数学にしました。女子は私1人だったので、最初のころはきつかったですね。周りと馴染めないというか。2年の後期から専門の授業が始まって、新しいことをたくさん勉強しなくちゃならない。今思うと、友達がいなかったから勉強ばかりできた。あのときの勉強は、本当に糧になっていると思います。  学部の3年生のときに、確率論に出会って感激したんですよ。確率って日常生活でも馴染みのあるものですけど、難しい概念じゃないですか。ところが、数学だと綺麗に表現できる。確率の前に測度論っていうのがあるんです。測るっていうことをすごく抽象化したような理論で、次の学期の授業で「確率も測るという行為の一つにすぎない」と習って、すごく衝撃を受けた。確率も面積も一緒なんだって、私の人生で一番感動したところなんです。  5年ぐらい前に東大理学部が広報のために動画を撮るっていうんで、私が一番感動した「確率は面積だ」を話したんです。これがYouTubeで配信されて、100万回以上再生してもらっている。それ以外に2本ぐらいしか出ていないんですけど、YouTuberなんて呼ばれることもある(笑)。 ――大学3年で感動してから、研究者に向けて一直線だったのですか?  いや、研究者としてやっていけるのかは、大学院に入ってからも全然自信がなかった。自分にはまったくわからないものをスラスラ解く同級生もいっぱいいたので。あ、一つ大きかったのは、ちょうど自分が読んでいた教科書を書いたマーク・ヨールさんというフランスの数学者が東大に来たんです。  私は成田エクスプレスを手配したり、迎えに行ったりして、そのとき「研究っていうのは面白くて人生をかける価値のあるものだから絶対やったほうがいい」とすごく熱く語ってくれた。私みたいなペーペーにもこうやって情熱を伝えてくれるのは格好いい、こんなふうな研究者になれたらいいなと思いましたね。 ステファノ・オラさんとパートナーの方とともに=2023年2月、東京  修士2年の2月に英語で初めての発表を京都でしました。そのとき知り合ったステファノ・オラさんというパリ在住の数学者に「フランスで勉強しないか」と誘われて、博士課程はフランスと日本を行ったり来たりになりました。その前に、ドクターに入ってすぐの5月に1カ月、スイスのチューリヒを研究訪問しました。指導教員の舟木先生から「向こうの先生に頼んでおいたから」と言われ、私はどんな感じか想像もつかないまま行った。それまでずっと実家暮らしで、いきなり1人で海外に行って、すごいカルチャーショックを受けました。向こうだと人種とかファッションとか言語とかも本当にいろんな人がいて、デフォルトっぽい人がいない。過ごしやすいなというのが印象に残っています。海外に行ったのはすごく良かったですね。 ――ポルトガルで開かれた国際会議から先週、お帰りになったんですね。  はい、「確率過程とその応用」という国際会議で基調講演をしました。これまでの人生で一番大きな会場での講演でした。毎年開かれる国際会議で、ほかの人の話も面白かった。体感として、少なくとも3割は女性でした。日本に帰ってくると、本当にギャップが大きい。国内の研究集会だと、女性は私1人みたいなことがいまだにある。 国際会議の夕食会場となったレストランの屋上で=2023年8月、ポルトガル・リスボン ――それにしても、子育てをし、数学界を変えていく活動もするなかで、数学の研究をやる時間はどうやってひねり出しているんですか?  それが大問題なんです! 共同研究が多いので、共同研究者と会う時間をどんどん予定に入れるようにはしています。海外に行くと、飛行機の中とか1人の時間が取れるので、そういうときにワーッと考える。でも、海外で新しい人に出会うと、また面白そうな問題が出てくるんですよ。すでにやりたい問題がこ~んなに溜まっているのに。あとは論文を書くだけというものもあるし、新たに解きたい問題もいっぱいある。どれを先にやるか、バランスが難しい。正直困っているんです。 【前編から読む】 女性数学者38歳が東大数理科学研究科にもたらした変化 「数学の魅力をたくさんの女子へ」https://dot.asahi.com/articles/-/200383 佐々田槙子(ささだ・まきこ)/1985年、米国生まれ。1歳になる前に帰国。2011年東京大学大学院数理科学研究科博士課程修了。博士(数理科学)。2011~2014年慶応大学理工学部数理科学科助教、2015年4月~東京大学大学院数理科学研究科准教授。2021年、輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)
杏「働き方や価値観は、いまがまさに『章が変わる』タイミング」 女性の生き方を考える
杏「働き方や価値観は、いまがまさに『章が変わる』タイミング」 女性の生き方を考える 「私たちの声」の一編、杏さんが主演する「私の一週間」のワンシーン。9月1日から全国で公開(c)WOWOW    強く生きる女性を主人公に、世界を代表する監督&俳優が七つの物語を紡いだ「私たちの声」。日本から参加した呉美保監督と俳優の杏さんが、海外での経験やコロナ禍を経て気づいたことを振り返る。AERA2023年9月4日号より。 >>【杏「フランスのお子様ランチは『素パスタ』とウィンナーだけ」 日仏の子育ての違いを吐露】からの続き *  *  * ――コロナ禍や日本版#MeTooを経て、日本映画界でも働き方改革の声がようやくあがりはじめているが現状はどうだろう? 杏:以前よりだいぶ変わってきてはいるな、という感覚はあります。子どもがいる・いないにかかわらず深夜や早朝ロケもだいぶ減っていますし、以前はインフルエンザだろうが何だろうが「休む」という概念すらなかったと思いますが、いまは逆に休まないといけないですよね。ただ俳優への理解や環境改善はかなり進んできていると思いますが、スタッフの方たちが同じようにできるかというとそこはまだまだ難しいと思います。どちらかといえば女性の方が、何かを諦めなければならない場面が圧倒的に多いと感じます。 呉美保(以下、呉):そのとおりですね。私自身も子どもを産んでみて気づいたことがたくさんあります。これまでは子どものいるスタッフに「現場に連れてきて、みんなで面倒をみながら撮影すればいいじゃない」なんて簡単に言っていたけれど、とてもそんなことではない。誰か一人面倒をみてくれる人を連れてこなきゃならないし、子どもがいられる場も作らないといけない。 呉美保(お・みぽ 右):1977年、三重県出身。「そこのみにて光輝く」(2014年)が米アカデミー賞の外国語映画賞部門の日本出品作品に選出。ほか代表作に「酒井家のしあわせ」(06年)、「きみはいい子」(15年)など/杏(あん):1986年、東京都出身。近作に映画「劇場版TOKYO MER 走る緊急救命室」「キングダム 運命の炎」(2023年)など。3児の母。22年からフランスとの2拠点生活。YouTubeチャンネル「杏/anne TOKYO」も開設(撮影/篠塚ようこ)   新しい価値観持つとき 杏:年齢が上がれば、さらにそこに学びや遊びも必要になりますよね。それにやっぱり自分も集中できないし。 呉:そう。だから私は基本職場には連れてこずに、子どもにはベストな環境で待っていてもらって自分はベストな状況で仕事をする、とキッパリ分けています。結局、子どもにも私にもお互いストレスになると思うから。でも杏さんって本当にすごいと思う。音楽やって本読んで仕事して……いつ寝ているの?っていうくらい、隙間なくスケジュールを組み込んでいる。 杏:段取り好きなんです(笑)。 ――男女平等もダイバーシティーも発展途上な日本。ジェンダーギャップ指数は146カ国中125位と過去最低を記録している。 杏:この間、日本で旅館を予約しようとしたら「子連れの宿泊は大人2人から」と予約ができなかったんです。けっこう初手で詰む、みたいな(笑)。これはもしかしたらまだ日本に色濃く残っている古い部分なのかなと思わされました。お人形でも「ファミリー」のセット売りは基本的に大人2人に子ども2人というのが日本のスタンダードなんですよね。フランスのアニメにはベビーシッターが来て夜にお母さんが出かけるみたいなシーンがあったりするんですが……。 呉:日本だと「え? なんでお母さんが子ども置いて夜出かけるの?」みたいになっちゃう人が多い。でもそういう無意識の刷り込みって自分自身にもあると思うんです。 杏:同感です。私は本でいうと、いまがまさに「章が変わる」タイミングだと感じています。コロナ禍で失ったものもたくさんありますが、リモートワークが可能になったり、不要なイベントが見直されたりと、さまざまな問題を見つめなおすきっかけになった。だからこそいま、変わらなきゃいけない。なぜか持っていた罪悪感や「こうするべき」という固定観念を見直して、新しい価値観を持つときなのかなと思っています。 呉:いつかこの作品を見たときに「うわっ、古!」「こんな時代もあったよね」と思えるような社会になっていればいいなと願っています。 (構成/フリーランス記者・中村千晶) ※AERA 2023年9月4日号より抜粋
内田恭子アナが、保育園など展開する企業の社外取締役に 息子の子育てで感じた「やってあげたいこと」
内田恭子アナが、保育園など展開する企業の社外取締役に 息子の子育てで感じた「やってあげたいこと」 内田恭子さん(提供写真)  元フジテレビ社員で、フリーアナウンサーの内田恭子さんが6月、保育園や学童施設を展開する「キッズスマイルホールディングス」の社外取締役に就任したと発表した。13歳と10歳の息子の子育て、そのなかでの新たな挑戦について聞いた。 *   *   * ――7月から、保育園や学童施設を展開するキッズスマイルホールディングスの社外取締役に就任されました。  打診が来たとき、「なぜ、私なんでしょうか?」と伺いました。私がお役に⽴てるのか不安もありましたし、納得した上で全力で臨む性格ですので、そこは聞いておきたかったんです。  私のこれまでのキャリアや子育て中の母親といった色々な面を見て⾒ていただけたようですが、何よりも、笑顔で育児をする⺟親たちを増やしたいという指針に共感しました。微力ながら、是非お手伝いしたいと決めました。  私自身そうですが、働きながらの子育ては葛藤がつきもの。限られた時間の中で⼦供のためにやってあげたいことがたくさんあり、それができないと⼼のどこかで消化不良として残ります。キッズスマイルでは、安心して預けられる環境のなか、子どもたち自身の「生きる力」を第一に考えて、充実したプログラムを組んでいるので、そういった意味でも心強いのではと感じます。   【こちらもおすすめ】 NHK退職の報告に「まじ?」 武田真一アナが「なめるように可愛がって」きた息子たちに見せた姿 https://dot.asahi.com/articles/-/197860 ――子育てにおいて、大切にされていることは何ですか。  私にとっていかに大切な存在か、2人の息子にずっと伝え続けています。そのうち、もういいよと言われてしまうんでしょうけれど(笑)。「大好き」といつも言葉にしますし、私自身がアメリカで育ったこともあり、あいさつがわりにぎゅっとハグをします。  ハグには、安心感を伝える意味合いもあります。子どもなりに、家の外の世界ですごく頑張っているはずですので、ホームは安心する居場所で、心の荷をすべて下ろして大丈夫と。  話を聞く時間もなるべく作るようにしています。我が家の玄関には小さなベンチがあるんですが、今日は学校で何かあったなと表情からわかるときは、家の中に入る前に「とりあえず座ろうか」と並んで腰かけて話すこともあります。意図して置いたものではないのですが、よいひと呼吸の場になっています。やっぱりホームでは、2人ともハッピーな気持ちでいてほしいですからね。   子育てには親がワクワクする楽しみも ――安心するホーム、ご家族ではどのように過ごしていらっしゃるのですか。  夫は仕事で帰宅が夜遅いので、子どもが生まれたときに、せめて朝ごはんはみんなで一緒に食べようと決めたんです。夫が朝ごはんを作る担当、コロナ禍で在宅生活を始めてから今も続いているんです。バタバタと忙しない朝時間ですが、互いに声を掛け合ったりして、食卓を囲むことはとても大切な時間だと思っています。  ひと月に数回ほど、金曜や週末の夜には「ムービーナイト」も開きます。部屋を真っ暗にして、ポップコーンなんかを準備して、みんなで映画を楽しみます。   【こちらもおすすめ!】 アンガールズ・山根の決断 「パパ、大丈夫だから」と英語留学に旅立った愛娘8歳への親心 https://dot.asahi.com/articles/-/195055 ――子育てで楽しいことは何ですか。  子育てはマストでやらなければいけないことが多い。でも、それだけに縛られると親も辛くなってきますから、あれやったらどうだろうと、自分から楽しいことを企画していったりします。  クリスマスに階段下のクローゼットを秘密基地にプチリフォームして、プレゼントしたこともあります。二人が喜ぶものって何だろうと考えたときに、部屋にテントを広げてクッションやお菓子なんかを持ち込んで楽しんでいる姿を思い出して、ワクワクしながら準備しました。  そして、自分では交じらなかったかもしれない世界も見せてもらっています。スポーツ好きの長男の影響で、相撲やラグビーにも詳しくなりました。次男は尺取り虫を手に乗せて帰ってきたり、車のドアポケットにセミの抜け殻をたっぷり詰めこんでいたりと、生き物好きが持ち込む時々に驚かされます。   手助けのタイミングは葛藤だらけ ――大変なことはありますか。  男の子2人を育てるなか、常にニコニコしているのは無理です(笑)。2、3回注意しても聞いてくれないこともあり、かといって声を荒げてもしょうがない。最近では、「1回しか言わないからね、よく聞いてね」と、敢えて静かな声で前置きをして、話すようにしています。  子育ては思い通りにいきませんし、頑張った分うまくいくものでもない。ある程度の割り切りも必要で、突き放すわけではなく、見守ってあげるのが私の役割なのだろうと。せっかちな性格なので、すぐに結果を追い求めがちですが、子どもの頑張りにはリスペクトを示し、きっといつか実を結ぶと信じて関わっていく。忍耐を子育てで学んでいるような気もします。  年齢があがるにつれて、サポートの仕方も難しくなってきました。どのタイミングで親が手を出すべきか。今なのか、いや出さないべきか。ああ出してしまった、ここからどうしよう……そんな葛藤だらけの日々です。特に長男は思春期にさしかかっていますから、まだまだ母親に甘えたい一方で、未知の世界にもチャレンジしたい。今はどっちのモード?と、たまに見極めに失敗して、ややこしくなることもあります。 好きなことを自分の力で ――お子さんたちに求める像はありますか。  好きなことをどんどんやりなさい、と伝えています。好きだからこそ、さらに良くするために考えますし、新しい経験や人との出会いもあるはずです。コロナ禍のように何が起きるかわからない状況のときに、好きなことがあるというのはとても強みになります。  好きなことすらも、親が向かせたい方へ引っ張っていきたくなるものですが、将来役に立つかというよりは、自分の力でやることが大切だと考えています。息子たちはタイプが異なり、長男はスポーツ全般が大好きで、運動系の習い事を週4日、スポーツ観戦にもよく行く。次男は絵を描いたりレゴをやったり、工作をしたりと、暇さえあれば手を動かしている。「宿題をやってからにしなさい」と現実との闘いはあるものの、没頭しているときはなるべく声をかけないようにしています。 ――忙しい日々、ご自身のケアは。  健康オタクです。体に関する本をよく読んでいて、納得すればすぐ生活に取り入れます。今はたんぱく質、周りのスタッフさんにもプロテインの話ばかりしています。育児は外の仕事が終わってからなお続く、ある意味仕事が終わらない状態ですから、体力を養わねばと危機感を覚えて、健康志向に走っている面もあります。   仕事は短期集中型で誠実に ――社会的な立場とプライベート、どうコントロールしていますか。  どんな仕事でも直前でスイッチを入れます。短期集中型なんだと思います。毎晩23時過ぎから生放送のテレビ収録をしていた当時、早くから本気モードでは肝心のときにもたないので、瞬間的に切り替えていました。そのスタイルが板についているのかもしれません。  仕事終わりの切り替えも早いです。家でも忙しない日常ですが、何か失敗してしまっても、まあ仕方ないとどーんと構えているタイプですね。ただ、好きなことにはオンオフなく、常に全開です。 ――今、力を入れていることは何でしょうか。 「マインドフルネス」を学び、教えています。コロナ禍で在宅時間が増えたときに、大学院で心理学を学びたいと思い立ちまして。調べていたら、近代心理学のなかにマインドフルネスが出てきて、ああこれだとピピッときたんです。  日本でも瞑想ブームがありましたが、マインドフルネス瞑想は医学的エビデンスのもと、⾝体の感覚を使っていく、脳科学と密接に繋がっている瞑想法です。  マサチューセッツ大のオンライン授業に飛び込んでみたらとても楽しくて、さらにスタンフォード大などでも受講を続け、合間に週1回の勉強会にも出席しながら、2年ほどかけてトレーナーの資格も取りました。  私は「心の筋トレ」と捉えているのですが、毎朝、瞑想もしています。呼吸に意識を集中させるなかで、自分の思考パターンに気づき、広い選択肢の中で的確な解決策を⾒つけられることもあります。 ――保育に関わる仕事について今後、どのように取り組んでいかれますか。  保育の現場は、何よりも大事なお子さんの命を預かりますので、親御さんの心配がよくわかり、信頼関係は絶対だと考えています。そして重圧だけを感じていては新しいものは何も生まれませんので、誠実な姿勢でベストを尽くしながら、楽しみたいですね。現場にもどんどん足を運んでいます。  内田恭子(うちだ・きょうこ)/フリーアナウンサー。1999年慶應義塾大学商学部卒業、株式会社フジテレビジョン入社、編成局アナウンス室所属。2006年退社、以降フリーアナウンサー、タレントとして活躍。kikimindfulness主宰、マインドフルネストレーナー。2023年6月キッズスマイルホールディングス社外取締役就任。二児の母でもあり、そのライフスタイルが共感を集めている。 (AERA dot.編集部・市川綾子)
1カ月たっても批判が止まらない「松川るい氏」のエッフェル炎上 背景にはエリート意識と想像力の欠如
1カ月たっても批判が止まらない「松川るい氏」のエッフェル炎上 背景にはエリート意識と想像力の欠如 自民党の松川るい参院議員    自民党女性局の議員らによるフランス研修旅行への批判は、炎上から1カ月たった今も、終息する気配が全くない。同党の松川るい参院議員(52)がエッフェル塔の前で記念写真を撮影、SNSに投稿したのは7月27日のこと。7月24日から28日までの3泊5日のフランス研修の一コマだったが、これが大炎上した。騒動から約1カ月がたった8月下旬でも松川氏を批判する記事は依然として配信されており、かなりの閲覧数に達している模様だ。  政治アナリストの伊藤惇夫氏は「正直に言うと、これほど尾を引く問題に発展するとは思っていなかった」と驚きを隠さない。 「もちろん、国民が『何をバカなことをやっているんだ』とあきれるのは当然ですが、一過性の批判で終わると予想していました。ところが現実は1カ月が経過しても終息の気配がない。その背景には、電気、ガス、水道、ガソリンを筆頭とする物価高、税や社会保障費の負担に国民が悲鳴を上げていることが大きいと思います。国民は日々の生活に悪戦苦闘しているのに、自民党の国会議員は研修とは名ばかりの観光旅行に興じていた。もともとマイナンバーカードの問題など、岸田政権には強い逆風が吹いていました。研修旅行の問題はそこに追い打ちをかける格好となり、世論が爆発してしまいました」 【あわせて読みたい】 松川るい参院議員が明かした安倍晋三元首相への思い 「今までの憲政史上にはいなかった」  松川氏といえば、東大法学部を卒業し、外交官試験に合格して外務省に入省したという輝かしい経歴の持ち主。知性と教養を兼ね備えた元エリート官僚なのだから、あんな問題だらけの研修旅行に参加し、SNSに写真をアップしたら、批判の声が殺到すると想像できなかったのだろうか。 「まさに『想像力の欠如』が原因だと思います。松川さんは記念写真をSNSに投稿すると、一般の国民がどんなリアクションをするのか予想できなかった。外交官から国会議員という経歴は過剰なエリート意識を持ちやすいですし、あのフランス旅行など氷山の一角です。依然として多くの国家議員が観光旅行のような研修旅行に興じています。『これくらいのことは誰でもやっている』という意識が、松川さんの想像力をさらに欠如させた可能性もあるのではないでしょうか」(伊藤氏)  伊藤氏は旧民主党の事務局長を務めたことがあり、その際に候補者公募の選考に携わっていた。多くの“エリート”が国会議員を目指して応募してきたが、中には常識が欠如したタイプもいたという。 「小論文と面接を課していましたが、それだけでは本当の人間性など分かりません。結局、最終的に重視されるのはいつも学歴と職歴でした。さまざまな候補者を間近で見てきましたが、たとえ高学歴のエリートであっても、非常識な人間はいると痛感しました(笑)。交通事故を起こして逃走した人、事務所の家賃を踏み倒した人、など本当にいろんな候補者がいました。学校の成績が傑出していても、社会人として実績を残していても、人として必要な常識と良識を兼ね備えているわけではないのです」 【あわせて読みたい】 松川るい氏の「エッフェル塔」が内閣支持率に直撃 次の炎上案件は“ブライダル利権”の森雅子氏    松川氏に関しては、自らの行為でさらなる炎上に寄与してしまうという、いわゆる“燃料投下”も見られた。松川氏は7月31日、X(旧Twitter)にエッフェル塔の記念撮影は「問題だとは思っておりません」と反論。同じように研修旅行に参加していた同党の今井絵理子参院議員もXに「この度の訪仏はとても実りあるものでした」などと投稿したため、2人に対する批判がさらに強まった。  こんなことになるくらいなら素直に謝ればよかったのに、と誰でも思うだろう。松川氏が謝罪できなかったのは、やはり彼女の“エリート意識”が原因なのだろうか。 「エリート意識というよりも、『どう謝ればいいか』がわからなかったのでしょう。松川さんは研修旅行の日程を分かった上で参加しています。ですから『観光旅行のような研修旅行に参加して申し訳ありませんでした』と謝るわけにはいきません。実際は女性局長を辞めることで責任を取った形にしましたが、国民が納得しませんでした。こういう時によく使われる『皆さんにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』と言って頭を下げる手はあったかもしれませんが、今回の騒動の大きさをみると、それくらいのパフォーマンスでは国民は許さなかったでしょう」(伊藤氏)  松川氏の引きおこした問題は、今も現在進行形で大騒動に発展している。大阪の自民党枚方市支部は8月7日、自民党大阪刷新本部本部長を務める茂木敏充幹事長に対し、松川氏の参院選挙区支部長からの更迭を申し入れた。維新の躍進に恐怖を感じている大阪の自民党支部としては、松川氏のスキャンダルは許しがたいというわけだ。  朝日新聞が8月19日と20日に実施した全国世論調査で、自民党の支持率は28%と低調だった。前回7月の調査に続き2か月連続で20%台と低迷しており、これは2012年12月以来の現象だ。これまで安定した支持を得ていた自民党の人気が急落した原因の1つとして、フランス研修旅行に対する批判も挙げられている。伊藤氏もこう分析する。 「松川氏の引きおこした騒動で、解散総選挙の日程は完全な白紙になってしまいました。自民党は“ポスト岸田”が不在ということもあって党内は沈黙。バラバラの野党は反自民で結束できません。一種の閉塞状況に助けられ、岸田政権は表面的には持ちこたえています。しかし本来であればガタガタと言っていい状況です。総選挙で勝利すれば、小渕優子さんを重用しようとの動きもありましたが、これも白紙となりました。国民の多くはいつか、松川さんに対する批判を忘れるでしょう。自民党として嵐が過ぎ去るのを待つしかありません。とはいえ、松川さんが相当なダメージを自民党に与えてしまったのは間違いありません」  想像力の欠如がもたらした「エッフェル炎上」の影響は、自民党全体を巻き込む事態となっている。 (井荻稔)
マザコン中年「母に操られていた」 結婚を諦め介護離職、アルコール依存から高齢者虐待に
マザコン中年「母に操られていた」 結婚を諦め介護離職、アルコール依存から高齢者虐待に ※写真はイメージです(Getty Images)    出世競争や家庭問題など、さまよう中年たち。そんな彼らのなかには母親を唯一無二の存在として再認識する人もいる。中年になってからマザコン化するのだ。「そうした男たちは母親から操られている」と話すのは、長年、男性の生きづらさを取材している近畿大学教授でジャーナリストの奥田祥子氏だ。そんなマザコン中年の末路とは。奥田氏の新著『シン・男がつらいよ 右肩下がりの時代の男性受難』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。 *  *  *  2006年、愛知県内で開かれた、独身男性が結婚するための能力を磨く講座で、講師の話に大きく頷きながら懸命にメモを取る男性がいた。IT企業でシステム・エンジニア(SE)を務める当時、32歳の高井祐太さん(仮名)だった。  1日の単発講座で昼休みを挟んで6時間にも及び、女性との会話術から、外見を改善するための服装選び、笑顔など豊かな表情の作り方、女性を心地よくさせるデートでの振る舞いまで、さまざまなメニューが用意されていた。終了後、高井さんに個別に取材を申し込むと、その場で1、2分考え込んだ後、ためらいがちに「僕なんかでいいなら」と承諾してくれた。  喫茶店の2人席で向き合うと、なかなか視線を合わせようとしない。結婚したいのにできない男性が増えている現状などを説明すると、こちらが質問するより先にぽつりぽつりと話し始めた。 「……専門学校でも、今の職場でも、あのー、男性ばかりでして……そのー、女性と話すことに慣れていないもんですから……。それで、まあ、思い切って……女性と付き合って、結婚するための方法を教えてもらおうと、思ったんです……」 「では、コミュニケーションを取れる女性という(と)」 「母親です」質問を語尾まで聞かずに答えた高井さんの表情がそれまでと打って変わり、生き生きとしていたのをはっきりと覚えている。  ─なぜ結婚したいのか? 「母親を安心させたいから」  ─どんな女性が理想か? 「母親のように、優しくて思いやりがあって、しっかりした女性です」  結婚に関する質問の答えのほとんどに、母親の存在が影響していた。  幼い頃に両親が離婚し、母親と2人で暮らしてきたことから、母親への愛情がなおのこと深いことがうかがえた。男性は程度に差はあっても、多くが母親に対して強い愛着を持っているものだ。ただ、この時の高井さんには、単に「マザコン」と片付けてしまうことのできない、複雑な思いがあるように思えてならなかった。 「母親には逆らえない」  結婚するため、女性との交際術を学んでも、実際に女性と出会い、交流する機会がないと、生かすことができない。ましてや女性と一度も付き合ったことのない高井さんにとって、交際にたどり着くのは至難の業だった。  30歳代前半は母親が自身の中学、高校時代の友人や職場、地域の知り合いを通じて見つけてきた女性と見合いを10数回重ねたものの、交際に至ることはなかった。「見合いをしている最中は、もしかしてうまくいくかもしれないと思う時もあるんですが、相手からお断りの返事ばかりで……」と回数を重ねるごとに自信をなくしていく様子が見て取れた。  当時は男性でも30歳代半ばを過ぎれば、見合いそのものの成立が難しかった。そのため、2011年、37歳の時に母親の勧めで結婚情報サービスに入会したことで、いったんは明るい兆しが見えてくる。  入会から半年が過ぎた頃、10人目の見合い相手と「交際」へと進むのだ。ここでいう「交際」とは、入会していた結婚情報サービスのしくみで、初回の見合い終了後に双方が承諾した場合に連絡先を交換して交流すること。半年後に「正式交際」に進むかどうかを決めるまでは、同時に複数の相手と「交際」してもいいシステムだったが、高井さんは「交際」相手がいる間は他の活動を停止し、相手の女性との交流に専念した。  ところが、「交際」も3カ月が過ぎ、彼女を自宅に招いたところ、母親が気に入らず、彼のほうから交流を終了してしまう。その後も、2人の女性と「交際」したが、いずれも母親の快い了解がもらえずに、「正式交際」に進む前に関係が終わってしまう。母親が相手の女性を受け入れなかった理由は、『気がきつい』『思いやりがなさそう』『自分を持っていない』など、一貫していなかったという。  結婚相手を見つけることができないまま、2年間で結婚情報サービスを退会する。13年、退会直後のインタビューで、39歳の高井さんはそれまで秘めていた苦しい心境を明かした。 「母親には逆らえないんです。母のために結婚しないといけないという気持ちになったこともありますし……。でも、この年になって、母の言いなりでいいのかとは思うんですが……」  これを境に、結婚相手探しをやめてしまう。 介護を「他人に任せられない」  婚活を自らやめてしまった高井さんは、落ち込むどころか、結婚しなければならないという重荷が取れ、気持ちが楽になっているように見えた。勤務する会社では課長級に相当するプロジェクト・リーダーを任され、仕事はますます忙しくなっていたが、それでも週末は趣味の鉄道に時間を費やし、2、3カ月に一度は母親と一緒に泊りがけで秘境の鉄道巡りをするなど、以前よりも生活が充実しているようだった。 「このまま、母が健康でいてくれたら、言うことないんですけど……」。2015年のインタビュー中、ふと漏らした。この時点で、迫りくる好ましからざる事態を予測していたのかどうかはわからない。  2年後の17年、持病の変形性膝関節症が悪化した母親が要介護状態になるのだ。高井さんが43歳の時だった。初めての要介護認定で「要介護1」と認定され、スーパーへの買い物や自宅内の掃除など、日常生活で必要な動作の一部が自力ではできなくなっていた。 「要介護認定を受ける数カ月前から鉄道旅行にも行きたがらなくなって、自宅の中でも歩きにくいのには気づいていたんですが、そこまで悪くなっているとは思わなくて……。正直、ショックでした。でも、母のことを他人に任せるわけにはいきませんから……何とか自分で頑張っているんですが、ずっと家事を母親任せにしてきたので、大変で……」  要介護認定を受けてから半年ほど過ぎた頃、インタビューでそう苦境を明かした。  デイサービス(通所介護)を週に2回利用しているものの、訪問介護サービスについては、要介護1の通常の利用頻度よりも少ない週1回に抑え、炊事、洗濯、掃除、そして入浴の介助まで、一手に高井さんが担っているという。 「失礼ですが、それはお母さんの意向なのですか?」 「いや、すべて私の判断です。母は……そのー、逆というか……」 「逆というのは、どういうことですか?」 「……はぁー。当初から介護施設に入ると言い張るんです。『あんたに迷惑はかけたくない。私が一人暮らしになれば、また結婚相手を探せるじゃない』と……。そんな、とんでもない。母を見捨てることなんて、できるわけないじゃないですか!」  短い沈黙に続くため息は、彼の苦悩がいかに深いかを表しているかのようだった。そして終始、努めて冷静に話していた彼が、この時の取材の最後で一度だけ声を荒らげた。 プライドを保つための介護離職  それからというもの、時間の経過とともに母親の状態は悪化の一途をたどる。日常生活のほぼすべてにおいて介助が必要になり、判断力の低下や記憶障害など認知機能の低下が著しい。要介護認定を初めて受けてからわずか1年余りで要介護3と認定された。デイサービスなど外出時は車いすで移動、自宅内で一人のときには四つん這いになってトイレまで動いて用を足すなどしているという。  要介護者をフルタイムで働く家族が、在宅で介護するには限界のように思われた。また在宅介護の継続か介護施設への入所かの判断を保留して、いったん介護老人保健施設に数カ月入所してリハビリや介護ケアなどを受け、少しでも回復を期待する方法もある。しかし、高井さんはあくまでも在宅介護にこだわった。  その結果、介護離職をしてしまうのだ。要介護3に悪化したことを電話で聞いて以来、取材を申し込んでも断られ続け、インタビューが実現したのは離職から半年ほど過ぎた2019年のことだった。 「介護疲れで単純なミスを繰り返して、職務をまっとうできなくなってしまった。そんな自分が恥ずかしくて、情けなくて……。介護休業制度はあってもとても取得できるような職場の雰囲気ではなかったし、経済的なことを考える余裕はありませんでした。介護サービス業者に頼むのも、他人を頼る弱い男と見られたくなかったですし……。それに、笑われるかもしれませんが……私にとっては離職することでしか、なけなしの男としてのプライドを保てなかったんです」  そんな「プライド」など必要ない。そうわかっていても、そうせざるを得なかった苦しさがひしひしと伝わってくる。やつれた表情が痛々しかった。 孤立の末の高齢者虐待  そうして、離職によって社会との接点が絶たれて孤立した高井さんは、最悪の事態を自ら招いてしまう。母親への暴力だった。そのことを知るのは、2022年末のこと。取材を断られる以前に連絡さえ取れなくなり、3年近くが経過していた。この間、無理にでも母親の介護のつらさを聞き出してさえいたら、取材者としての立場は逸脱するものの、老親を一人で在宅介護する身として何かアドバイスなどでき、悲惨な出来事には至らなかったのではないか。彼のことを思い出すたび、今でも己の無力さが悔やまれる。  高井さんによると、要介護3の状態で認知症を発症した母親はさらに脳梗塞を起こして寝たきり状態となった。ヘッドレストが付いた車いすでも一定時間過ごすと体の痛みを訴えるためにデイサービスの受け入れ先が見つからず、週2回の訪問介護と週1回の訪問入浴のサービス利用のほかは、自力でおむつ替えや食事の世話など身の回りのこと全部を担っているという。 「母が感謝するどころか、私の言うことを聞かなくなって……痛い、しんどい、と何度も喚いた挙句、いつも、『あんたに迷惑はかけたくない。施設に入る』と言うんです。母のためを思って、仕事まで辞めて面倒を見てやっているのに……もう、腹立たしくて、我慢できなくなって……そのー、つい、母の体を足で蹴ってしまって……。とんでもない、ことを、してしまって……。もう、反省しても、しきれ、ません」  そう嗚咽しながら打ち明けた。  高井さんは介護の苦しさと孤独感を飲酒で紛らわすうちに、アルコール依存症に陥っていた。訪問介護サービスで訪れたヘルパーがベッドの脇で倒れている彼を見つけ、病院に搬送された。一人取り残された母親は、介護施設に入所することになったという。  高井さんは通院治療を続けながら、社会復帰を目指し、23年春、企業のシステム情報部門が子会社として独立したユーザー系システム会社に契約社員として採用された。再就職から約2カ月後、インタビューに応えてくれた。 「結婚も介護も、すべて母親のためと思ってやってきたつもりでしたが……独り善がりで、母のためにはなっていなかったのだと思います。ただ……言い訳のようになってしまいますが……幼い頃、働き詰めの母と一緒に過ごすことが少なかったから、そのー、親子の時間を取り戻したかった。それに、母親が気に入らない女性と別れ、結婚自体を諦めたのも、在宅介護を拒む母に反抗して自分で母の面倒を見たのも……つまるところは、母に操られていたんじゃないかと……最近、母との適度な距離ができたことで思うようになりました」  むせび泣きでの興奮から一転、落ち着いた表情で一言ひとこと、噛みしめるように語った。 背後に深刻な「共依存」  母親から精神的にも独立しなければならないことを承知していながらも、中年期を迎え、「男らしさ」規範を具現化できずに自らのアイデンティティーを喪失するなか、自分の存在価値を認め、評価してくれる貴い存在として母親を求める男性は少なくない。背後には、「自己喪失の病」とも称される「共依存」という深刻な問題も潜んでいる。  高井さんのケースは未婚のまま、同居する母親を一人で在宅介護することになり、その困難から介護離職し、高齢者虐待という最悪の末路をたどってしまう。  女性のほうが男性よりも平均寿命が長いため、母親との関係では、介護の問題は避けて通れない。既婚か独身か、同居か別居かにかかわらず、働きながら親を介護する中年男性が増えているのである。  また、家事や家族の身の回りの世話など家庭でのケア役割を担った経験がほとんどない中年男性は多く、慣れない親の介護に疲弊し、普段通りに職務を遂行できないことに責任を感じて辞職するケースも少なくないのが現状だ。  先述の高井さんが介護離職した要因のひとつに、こうした介護休業を利用しにくい職場環境・風土があったことは言うまでもない。  誰かに家族介護の悩みを相談したり、他人を頼ったりすることが苦手な男性は多く、特に父親亡き後、母親と二人暮らしで在宅介護している場合、社会的に孤立して追い詰められ、高齢者虐待という悲惨な事態に陥るケースもある。 ●奥田祥子(おくだ・しょうこ) 京都市生まれ。近畿大学教授、ジャーナリスト。博士(政策・メディア)。元読売新聞記者。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。専門は労働・福祉政策、ジェンダー論、医療社会学。2000年代初頭から社会問題として俎上に載りにくい男性の生きづらさを追い、「仮面イクメン」「社会的うつ」「無自覚パワハラ」など斬新な切り口で社会病理に迫る。取材対象者一人ひとりへの20数年に及ぶ継続的インタビューを行っている。主な著書に『男性漂流』(講談社)、『「女性活躍」に翻弄される人びと』(光文社)、『社会的うつ』(晃洋書房)、『男が心配』(PHP研究所)などがある。
片づけたら、自分が大事にしたいことの優先順位がわかった
片づけたら、自分が大事にしたいことの優先順位がわかった ごちゃごちゃしたダイニングとリビングスペース/ビフォー  5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。     case.50  「やること」だけじゃなく、「やらないこと」も決める 夫+子ども2人/会社員 兼 自営業 「私、なんでもやりたいって思って、始めてしまうんです。スケジュールも詰め込むタイプで、育休中に時間があるときは友だちとのランチとかお茶の予定をいっぱい入れていました」  こう話してくれるゆかりさんは、フルタイムで会社員をしながら平日の夜や週末に自営業もしている、とてもパワフルな女性。さらに4歳と1歳の子どものママとして、育児もこなします。  そして、なんでも完璧にやりたがる“完璧主義者”でもあるというゆかりさん。予定を詰め込んだり、完璧主義者だったり、実はこれは片づけられない人の特徴でもあるのです。 「子どもの頃から片づけは嫌いでした。私の部屋が散らかると、母親が私のいない間に紙袋にバーッと詰め込むので、どこに何があるのかわからなくなり、嫌な思いをしていました。今思うと、結局は母親も片づけができなかった。とりあえず目の前からなくすことだけされて、片づけ方は教わっていなかったんです。」  それでも、片づける時間を集中的にとってやる気を出せばきれいにできたので、特に困ってはいなかったそう。  その状況が、結婚して第2子が生まれてから変わり始めます。 「第1子まではなんとかできていましたが、子どもがもう1人増えたらモノの量も増えるし、家事も増える。今まできたことができなくなってきました」  夫は部屋が散らかっていても、生活リズムが乱れても、特に気にする様子はありません。生活を整えたいと思いつつも仕事と家事と育児で手一杯のゆかりさんは、1人でモヤモヤする毎日。夫はゆかりさんがお願いすることだけはやってくれますが、家族のキャパは超えていました。   反対側から撮影。少し模様替えもしてスッキリしました/アフター  インターネットで片づけのことを検索していると、家庭力アッププロジェクト®のことを知り、興味を持ちます。  片づけられない人は、片づけ方を知らないだけ。教われば、できるようになる。  家庭力アッププロジェクト®の最初に聞いたこの言葉を信じて、ゆかりさんは参加を決意しました。  モノの「いる・いらない」の判断ができない。さらに、あまり考えずに「安いからとりあえず」なんでも買ってしまう。ゆかりさんの場合、これが片づけられない主な原因でした。  「いる・いらない」の判断をプロジェクトの中で学び、一緒に片づけをする仲間の行動も参考にすると、家の中のモノを次々と手放すことができるように。近くのリサイクルショップやフリマサイトもたくさん活用しました。  ある日、とても気に入っていたけれど数回しか着ていないワンピースをフリマサイトで売ったときに、大きな気づきがありました。 「買ってくれた人が『ちょっとサイズが小さいけれど、かわいかったので買いました』という内容のコメントをくれたんです。そのとき、『あれ、またタンスの肥やしになっちゃうのかも』と悲しくなっちゃって。最初にタンスの肥やしにしていたのは私なんですけど……」  このワンピースだって、着てもらうためにデザインされて縫製されたのに、いつまでも着てもらえない。それなら、着るかどうかわからない自分が買うのではなく、最初からたくさん着てくれる人が買うべきだった。 「モノはちゃんと使って、使い切ってから手放す。これが正しいモノの使い方だと気づきました」  買う前に本当に必要か、本当に使うのかを考えるようになり、思いつきでなんでも買ってしまうことをやめました。すると、片づけが終わる頃には家の中のモノが適量になり、定位置が決まって、どこに何があるか把握できるようになりました。  余計なモノを買わなくなったゆかりさんは、余計なことをしないようにもなりました。 「プロジェクト中の45日間はずっと片づけが中心の生活だったので、人と会う時間もありませんでした。でも、そのおかげで自分の中の優先順位がはっきりしてきたんです。人と会うのって、日程調整やお店を決めたりするのも意外と時間と手間がかかりますよね。それはそれで楽しいけれど、今の私はそれよりも家族や家のことの方が優先度が高いんだなぁって」     多目的スペースとして物置きのようになっていた部屋/ビフォー  ゆかりさんの変化は、これからの働き方を考えるきっかけにもなりました。会社員と自営業の2つを6年以上兼業してきましたが、家族の時間を優先するために少しセーブすることを検討していると言います。今まで気持ちの思うままにやりたいことを詰め込んできましたが、やらないことを決めたことで生まれる余裕を楽しめるようになりました。 「育休明けで会社員を復職したら、向いている仕事や役割を任され、かなり楽しいんです。自営業の方も楽しいし、全部自分がやりたいことだからとやってきましたが、ちょっとキャパオーバーでした。すべて思うようにやりきれないストレスを抱え、家庭に不和が産まれるなら本末転倒ですよね。何が優先かでいうと今は会社員の仕事と家庭かなと。」 子ども部屋に変わって子どもたちも大喜び/アフター  片づけのとき、モノの「いる・いらない」は、今の自分に必要かどうかを考えて判断します。それはモノだけに限らず、生活や仕事でも同じような基準があてはめられます。きっとゆかりさんはこれからも自分のよいタイミングでよい選択ができることでしょう。  単にやりたいことと、今本当にやらなければいけないこと。その区別がつくようになったのですから。 「問題があって、どうにかしたいと思ったら、一歩踏み出すしかないですよね。片づけも、やり始めたらけっこう楽しかったです。やりきった達成感もありましたね」  45日間の家庭力アッププロジェクト®を走り切ったゆかりさんは、充実した笑顔を見せてくれました。 ●西崎彩智(にしざき・さち)/1967年生まれ。お片づけ習慣化コンサルタント、Homeport 代表取締役。片づけ・自分の人生・家族間コミュニケーションを軸に、ママたちが自分らしくご機嫌な毎日を送るための「家庭力アッププロジェクト?」や、子どもたちが片づけを通して”生きる力”を養える「親子deお片づけ」を主宰。NHKカルチャー講師。「片づけを教育に」と学校、塾等で講演・授業を展開中。テレビ、ラジオ出演ほか、メディア掲載多数。
「宗教施設を避難場所に」提言も 首都直下地震、帰宅困難者の受け入れ先なし約22万人をどうするのか
「宗教施設を避難場所に」提言も 首都直下地震、帰宅困難者の受け入れ先なし約22万人をどうするのか 首都直下地震による都内の帰宅困難者は約453万人。東日本大震災を上回るとされる(撮影/写真映像部・高野楓菜)    関東大地震から丸1世紀。今また首都圏を襲うとされるのが「首都直下地震」だ。100年前と比べ、交通機関が発達した東京に大地震が発生すれば、多くの人が行き場をなくす。受け入れ先をどう確保するのか。AERA 2023年8月28日号より。 *  *  *  関東大震災では文明生活のもろさが指摘されたが、現代はその比ではない。100年前と比べて一極集中が飛躍的に進んだ首都が被災すれば、どうなるか。まず、深刻なのが帰宅困難者だ。記憶に新しい2011年3月11日の東日本大震災では交通機関がマヒし、東京だけで約352万人が「帰宅困難」となった。  都防災会議地震部会が昨年見直した想定では、首都直下地震で都内の鉄道各社は軒並み運行を停止し新幹線も止まる。都内だけで帰宅困難者は最大453万人と、東日本大震災の約1.3倍となる。  453万人のうち多くが勤務先や学校にとどまるとされるが、買い物客や観光客など約66万人が行き場をなくす。都は、駅周辺のビルや商業施設に帰宅困難者を受け入れる「一時滞在施設」の指定を進めてきたが、今年1月1日時点で確保できたのは約44万人分(1217カ所)で、約22万人の受け入れ先がない。  都総合防災部の担当者は言う。 「大型施設など、大規模再開発の際に事業者に一時滞在施設を設けるよう協力を要請したりして、着実に増やしていきたいと思っています」 AERA 2023年8月28日号より    そうした中、「寺や神社などの宗教施設を災害時の避難所として活用することが必要」と提言するのは、宗教と災害支援の関係を研究する大阪大学大学院の稲場圭信教授(宗教社会学)だ。 「宗教法人は全国に約18万あり、6万店舗近くあるコンビニの約3倍。つまり、宗教施設は必ず地域の中にあります」  そもそも寺や神社は、江戸時代から地震や台風などの災害時には避難所として使われ、人命を守ってきた。戦後、災害時の対応が主として自治体の責任になると、学校や公民館といった公的な建物が避難場所になっていき、宗教施設はあまり使われなくなった。しかし3.11以降、各地で地震や大雨による水害が続き、コロナ禍で分散避難が求められる中で避難所不足が浮き彫りに。そこでいま再び、宗教施設を避難所として活用することが求められている、と稲場さんは力説する。 「寺や神社には広い空間や畳部屋、井戸があるところも少なくありません。決定的に違うのは、地域で繋がっている寺や神社に避難することは、みんなで支えあいながら生きていけるということ。また、日本人は無宗教者が多いと言われますが、避難先に神様や仏様がいれば、心に安らぎを得ることもできます」 AERA 2023年8月28日号より    稲場さんの調査では、すでに全国で300を超す自治体が約4千カ所の宗教施設と災害時の協力関係を結んでいる。さらに広げていくには、日頃から地域で寺や神社との関係性を築いておくことが重要と語る。 「災害時にだけ避難所として使わせてほしいというのは見当違い。普段から町内会や自治会が一緒に寺や神社と祭りや神事をしたり、境内の掃除をしたりしながら繋がりを築いておく。こうして災害時に1カ所でも多くの宗教施設が避難場所として開放してくれるよう、取り組みを進めていく必要があります」 (編集部・野村昌二) ※AERA 2023年8月28日より抜粋
「ちょうどよいストレス」は健康、アンチエイジングに寄与 肌にいいことは? 皮膚科医・大塚篤司医師が解説
「ちょうどよいストレス」は健康、アンチエイジングに寄与 肌にいいことは? 皮膚科医・大塚篤司医師が解説 近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授の大塚篤司医師   「ちょうどよいストレス」はアンチエイジングにおいて大事なことだと、近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授の大塚篤司医師は言います。では、肌にとって「ちょうどよいストレス」とはどんなものでしょうか? 大塚医師が最新事情を解説します。 *  *  *  ストレスという言葉にはネガティブな印象が備わっています。ストレスのある生活はだれでも嫌なものですし、ストレスが原因で肌に不調をきたすこともあります。しかし、一方で「ちょうどよいストレス」はアンチエイジングの観点からは大事な刺激です。それはホルミシスという概念で説明されます。  ホルミシスとは、ごくわずかの量が体に良い作用をもたらす現象を指します。一般的に、大量の物質や環境のストレスが体に悪影響を及ぼす一方で、適切な量や程度のストレスは、逆に身体の防御機構を刺激し、健康や免疫力の向上に寄与することがあります。 ※写真はイメージです(写真/Getty Images)    一般に広く知られているものに、「放射線ホルミシス」という仮説があります。これは、低線量の放射線が生物の免疫機能を促進し、抗酸化作用を発揮するという概念です。一部の病院では低線量の放射線を利用した「ホルミシス治療」が行われていますが、まだまだ解明できない部分が多く、効果も不明です。少なくとも科学的に証明されている標準治療ではありません。  ホルミシスに関する研究はいまだ発展途上ですが、さまざまな分野で活用されています。例えば、運動や断食も、身体への一時的なストレスとして働き、ホルミシスの効果を引き起こす可能性が指摘されています。  以前、このコラムでも説明しましたが、サーチュインは長寿遺伝子として知られるたんぱく質で、老化の抑制や寿命の延長に関与しているとされています。 過去のコラムはこちら:「肌の老化」を抑えると期待の長寿遺伝子とサプリ成分とは 皮膚科医が解説 シワやたるみの改善の可能性も  最近の研究では、ホルミシス的な刺激を与えることがサーチュインの活性化につながることが指摘されています。つまり、カロリー制限や断食はサーチュインの活性化を促す可能性があります。また、レスベラトロールという成分も、サーチュインの活性化に関与しているとされています。  レスベラトロールはポリフェノールの一種であり、カロリー制限を模倣する抗老化物質として知られています。レスベラトロールの寿命延長作用は、酵母、ショウジョウバエ、マウスなどの実験で確認されていますが、哺乳類ではまだわかっていません。いくつかの実験では、高カロリー食を与えたマウスにおいて、レスベラトロールの寿命延長作用が認められているだけです。つまり、暴飲暴食を繰り返す人にとってレスベラトロールはアンチエイジングの効果はあるかもしれませんが、普段から健康に気をつかってバランスの良い食事をしている人にとっては効果が十分ではない可能性があります。  では、肌にとって「ちょうどよいストレス」とはどんなものでしょうか? 実はこのあたりは結論の出ていない研究分野です。少なくとも慢性的な炎症、つまり、長引く湿疹などは肌を老化させる可能性があることは知られています。言い換えると、慢性湿疹は「ちょうどよいストレス」ではないのです。個人的には、フラクショナルレーザーやダーマペンなど、皮膚に小さな傷を作り再生を促す美容法が「ちょうどよいストレス」になるのでは?と考えていますが、しっかりとした科学的検証が必要です。今後、うちの研究室で明らかにしていきたいと考えています。  何事もやりすぎたら「ちょうどよいストレス」になりません。美容もレーザー治療も専門家の意見を聞いて、やりすぎないように気をつけましょう。  
京セラ・KDDI創業者・稲盛和夫さん一周忌 生き方・考え方をインタビュー記事で振り返る
京セラ・KDDI創業者・稲盛和夫さん一周忌 生き方・考え方をインタビュー記事で振り返る 稲盛和夫氏  8月24日、京セラとKDDIの創業者で、倒産した日本航空(JAL)を再上場させるなど“経営の神様”として知られた稲盛和夫(いなもり・かずお)氏(享年90歳)が一周忌をむかえる。生前、稲盛氏が自身の経営哲学などについて語った週刊朝日のインタビュー連載「これが私の生きてきた道」から一部を抜粋して紹介し、稲盛氏の生き方・考え方を振り返る。 * * * 稲盛和夫さんの考え方『人生・仕事の方程式=考え方×熱意×能力』  KDDIの設立や倒産した日本航空再建に手腕を振るってきた稲盛和夫氏。仕事でより良い成果を上げる秘訣を明かした。 ――稲盛会長は京セラ、KDDI、JALなどで多くの部下をお持ちですが、どういう人が仕事で良い成果を上げるとお考えですか?  私が考えた人生・仕事の方程式というものがあります。人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力、というものです。大事なのは、その人が持つ、人生や仕事に対する「考え方」と「熱意」であり、「能力」は3番目と考えています。 先天的な『能力』より『考え方』や『熱意』の方が大事 ――「能力」が3番目とは?  ここで言う「能力」とは、知能、学力や運動神経などです。多分に先天的なものがあり、個人の意志が及ぶものではありません。能力を点数で表せば、「0 点」から「100点」まであります。 世をすねた『考え方』はマイナスに、明るく努力する『考え方』はプラスに人生・仕事を変える ――次に「考え方」とは?  例えば、世を拗(す)ね、人を恨み、斜に構えたものの見方をする人の「考え方」はマイナスになります。一方、壁にぶつかっても素直に人の意見を吸収し、苦労も厭わず、仲間や他人に善かれと願い、明るく真面目に努力し続ける人の「考え方」はプラスになっていく。つまり、「考え方」次第でその人の人生は大きく変わっていくと思うのです。だから「考え方」には、「マイナス100点」から「プラス100点」まであるのです。 『熱意』とは努力と言い換えることができる 「熱意」は「努力」と言い換えることができます。これも全くやる気のない「0点」から、仕事に対し、燃えるような情熱を抱き、懸命に努力する「100点」まであります。 『人生の方程式=考え方×熱意×能力』で一番重要なのは『考え方』  例えば、ベンチャー経営者、社長になるような人は大抵、人並み外れた能力、仕事への熱意を持っています。立身出世する人の多くは、アグレッシブで同時にエゴも人一倍強い。エゴの最たるものは物欲、名誉欲、色欲ですが、それらを制御せず、「俺が俺が」「もっと儲けたい」などとエゴを肥大化させると、人心が離れたり、儲け話に引っかかったりとつまずいていく。人はエゴで成功もしますが、破滅もするのです。 辻説法する稲盛和夫氏(2011年) リーダーは己を愛することが一番になっては駄目 ――どのような「考え方」をすればいいのでしょうか?  己というエゴを常に制御し、いつも正しい考え方、道理に合った決断ができるよう心を整える努力を怠らないことです。リーダーは己を愛することが一番になっては駄目で、自己犠牲を払ってでも組織のために貢献しようとすべきです。 ――この方程式の具体例を挙げてもらえますか?  学力が高く優秀で、能力が90点の社員がいるとします。彼は、自らの能力を過信し、仕事をなめて、努力を怠っているので、熱意が40点、考え方も50点しかありません。すると、仕事の結果は掛け算となるので、18万点となります。一方、能力は50点しかない社員が、能力で劣る分、仕事に情熱を持ち、人の何倍もの努力を続けたとしたら、熱意が90点となります。さらに前向きで思いやりがあり、考え方が80点であれば、結果は倍の36万点にもなります。平凡な能力しか持たない社員でも、すばらしい考え方を持ち、懸命に努力すれば、信じられないほどの成果を生み出せるのです。 京セラ名誉会長・稲盛和夫「仕事でよりよい成果を上げるには?」 https://dot.asahi.com/articles/-/104201 稲盛和夫流「部下の叱り方」は厳しくストレートに叱る  KDDIの設立や倒産した日本航空再建に手腕を振るってきた稲盛和夫氏。そんな稲盛氏流の部下の叱り方について話を聞いた。 *  *  * ――稲盛会長は部下をどんなふうに叱りますか?  部下が間違ったことをすれば、人前であろうと、厳しくストレートに叱ります。若い頃、会社が成長し、部下が増えてくるにつれて、どう部下と接すれば良いのか悩んだことがありました。その時、本を読んで勉強もしましたが、やっぱり問題があるのなら、厳しく叱っていいのだと思うようになりました。これは、若い時から今日まで一貫して実践していることです。 ――人前で叱るのは避けるべきだとの意見もありますか?  周りに人がいるところで叱ると、その人のプライドが傷つくとか、周りからも色々な目で見られるからかわいそうだという声もあります。叱る側も、叱り方に気をつけなくてはいけないと言われますが、私はそうは思いません。必要な時は、たとえ人前でも、容赦なく、本気で叱ります。 厳しく叱る理由はその部下と会社の成長のため ――なぜでしょうか?  厳しく叱った後、部下と気まずくなるのを恐れ、迎合すれば、その部下は成長しませんし、周囲にも示しがつかない。厳しく叱る勇気がなく、部下の機嫌をとっている上司ばかりでは、会社は伸びていかないのです。 叱られる人の人格を傷つけるような叱り方はしない ――とはいえ、どんな叱り方でも良いというわけではないと思うのですが?  私は、叱られる人の人格を傷つけるような叱り方はしていないつもりです。その人がやったこと、仕事に対して、「なぜお前はこういうことをしたんだ。これはこうあるべきではないか」と厳しく叱るわけです。けれども、相手をただけなすようなことはしません。 ――具体的には、どんな場合、叱りますか?  人間的に少し、ねじれた見方をしている部下に対しては厳しく叱ります。突き詰めて考えれば、その人の人間性にいきつく場合は、懇々と諭します。あと、会議で報告された数字を聞き、叱ることも多いです。なぜ売り上げが上がったのか、下がったのか、経費がこれだけかかったのはなぜか、きちんと説明ができず、また問題に対する対策も考えていないようなら、発表者を厳しく注意します。 78歳の年寄りが給料ももらわず、必死になっている姿がJAL社員の心を動かした ――稲盛会長がJAL(日本航空)の会長に就任された当初は、よくJALの幹部を叱っていたと聞きましたが?  当時のJAL幹部は、エリート意識が強く、私の言うことを素直に聞かず、会社経営はこうあるべきだと説いても、何を今更言っているのだと半信半疑の様子でした。日々の会議や打ち合わせでも、「君らは評論家か」「俺は君らの親父かじいさんぐらいの年なんだから、素直に言うことを聞け」とずいぶん叱りましたね。 ――それで、JALは変わりましたか?  毎日毎日、機会をとらえては叱っていたんです。すると、78歳の年寄りが給料ももらわず、必死になって会社を再建している姿が社員の心を動かしてくれたのでしょう。私の考えに納得してくれた人が一人現れると、連鎖反応のように広がっていきました。私が提唱する経営哲学や、「全社員の物心両面の幸福を追求する」という経営理念が一気に会社全体に浸透していきました。JALは確実に変わり始めたのです。 京セラ名誉会長・稲盛和夫流「部下の叱り方」 https://dot.asahi.com/articles/-/104242 稲盛和夫流『足るを知る』生き方  名経営者として知られる京セラ・日本航空名誉会長の稲盛和夫氏。さまざまな問題が現存する現在社会には、「足るを知る」ことが必要だと話す。 ――世界は今、資源・エネルギー問題や環境問題を抱えておりますが、今後、人類はどのような道を進むべきだとお考えですか?  現在の資本主義社会では、経済成長をしなければ、社会は発展しないと見なされています。経済成長が至上命題となると、大量生産、大量消費、大量廃棄が繰り返されます。物を使い捨て、贅沢な生活をしてくれればしてくれるほど、経済成長する仕組みになっているのです。このやり方を続ければ、せっかく人類が築きあげてきたすばらしい現代文明が、そう遠くないうちに崩壊してしまうのではないか、と危惧しています。  京セラでは40年ほど前、第1次オイルショックを契機に再生エネルギーとして太陽電池を開発してきました。最近では、メガソーラー発電などもずいぶん普及してきましたが、それでも全体に占める割合は一部にしか過ぎません。再生エネルギーの普及は人類の課題ですが、それだけでエネルギー問題が解決できるわけではありません。同時に、限りある資源やエネルギーの消費を抑制するように努力しなくてはいけません。 ――これまでのような生活ではいけないのでしょうか?  いずれ、地球の人口は100億人を超えると言われています。100億人全員が、現在の先進諸国の人たちが暮らしているような消費生活を望めば、いろいろなものが不足していく。エネルギーにも食糧にも限度があります。どう考えても、今のような生活を永遠に続けることは不可能でしょう。 ――では、どうすればよいでしょうか?  まず我々、先進諸国に住む人間は「足るを知る」ことが必要です。 ――東洋的な教えですね?  はい。「足るを知る」とは、「もうそんなに強欲にならなくてもよいのではないか。欲望にも節度が要るのではありませんか」という、古来から東洋にある教えです。自然界を見ると、植物は草食動物に食べられ、草食動物は肉食動物に食べられ、肉食動物の糞(ふん)や屍(しかばね)が土の栄養となるという食物連鎖があります。  ライオンは満腹な時は獲物をとりません。動物が欲望のおもむくままにえさを食べ尽くせば、食物連鎖が途切れてしまいます。この命の連鎖を、自然界は自ら壊しませんが、それは本能的に足るを知っているからこそ、安定と調和が保たれているのです。これから必要なのは、このような「足るを知る」生き方だと考えています。 ――今の人類は、そうではありませんね?  近代社会において人類は、さまざまな科学技術を発展させてきましたが、やがて傲慢(ごうまん)となり、欲望を肥大化させ、豊かな生活を送るために自然を利用すればよいと思い、徐々に自然を破壊するようになりました。その欲望は、やがて地球全体の環境を脅かすほどに肥大してしまったのです。 稲盛和夫 「足るを知る」生き方 https://dot.asahi.com/articles/-/104519
雅子さまに市民が手渡した「冊子」 天皇陛下や皇族にプレゼントを渡してもいいの?
雅子さまに市民が手渡した「冊子」 天皇陛下や皇族にプレゼントを渡してもいいの? JR那須塩原駅に到着した天皇、皇后両陛下と長女愛子さま=8月21日、栃木県那須塩原市、代表撮影    天皇、皇后両陛下と長女愛子さまは21日、静養のために栃木県那須町の那須御用邸付属邸に入った。2019年8月以来4年ぶりの滞在で、長い髪をカットして大人びた雰囲気になった愛子さまや、出迎えの市民との交流の様子が話題になった。ところが翌日、軽井沢へ向けて上皇さまが出発したJR東京駅は、警察の規制が強まった「厳戒」モードに。雰囲気を一変させたのは、那須塩原駅での雅子さまと市民との「交流」だった。 *   *   * 「もっと、下がってください」 「プレゼントはできません」 「物を渡したりしないでください」 「手を振るのとカメラだけにして」  8月22日のJR東京駅で、警察官らが声を張り上げていた。その相手は、軽井沢へご静養に向かう上皇さまと上皇后美智子さまをお見送りしようと集まった人たち。混雑の整理というよりも、これまでになくピリピリとした雰囲気が漂っていた。  東京駅で奉迎をしていた女性は、驚いた様子でこう話す。 「警察官に『あと(タイル)何マス分、下がって』と、ずいぶん後ろまで移動するように規制されました。つまり、上皇ご夫妻に手を伸ばしてもプレゼントを渡すことができない距離まで、という意味だと思います。こんなことは初めてで、驚いています」  「厳戒」の理由は前日に起きた、あるハプニングにあった。     【こちらもおすすめ】 愛子さま夏のご静養先でのハプニング 大きすぎる愛犬を抱っこする姿に思わず歓声が https://dot.asahi.com/articles/-/199219   JR那須塩原駅に到着し、集まった人たちと交流する天皇、皇后両陛下と長女愛子さま=8月21日、栃木県那須塩原市、代表撮影   丁重に受け取った雅子さま  栃木県の那須御用邸に滞在するため、JR那須塩原駅に到着した天皇ご一家。県知事らから出迎えを受けた後、駅に集まった人々の近くに歩み寄り、「夏休みですか」「勉強は?」などと声をかけた。  そのなかに、自身で撮影した写真で作ったカレンダーを、雅子さまに手渡す人がいた。雅子さまは丁寧に受け取るとページをめくり、天皇陛下もカレンダーをのぞき込むしぐさをみせて、相手への感謝を示した。雅子さまは車に乗って出発するまで、しっかりと手に持っていた。    皇室と人々とのあたたかな交流が伝わる場面である。  しかし、翌日の上皇ご夫妻がご静養へ出発されるときには、警察官がピリピリした空気を醸し出し、「プレゼントはできません」と何度も呼びかけていた。さらに、 「あの場面の映像がテレビやYouTubeでも流れてしまっていますので、大変です……」  そう苦笑いしていたという。  どういうことなのか。     【こちらもおすすめ】 「はい、チーズ」と聞こえてきそう! 雅子さまが天皇陛下をパチリと撮影した瞬間 https://dot.asahi.com/articles/-/199014   善意ならば問題ないのか  元宮内庁職員で皇室解説者の山下晋司さんは、 「天皇ご一家と国民との心あたたまる触れ合いの光景と捉えることはできますが、取材陣もいる公衆の場で天皇や皇族が物を受け取るのは、好ましいことではありません」  と首を横に振る。  天皇および皇族に対して、物を贈る行為は禁止されているのだろうか。皇室経済法には、一定額までであれば、天皇と皇族は国会の決議なしに財産の賜与や譲受もできるとある。もちろん、日常生活のなかでの贈り物のやりとりや物品の購入などは、その範囲ではない。  では、奉迎者らが善意から贈り物を渡しても、問題ないのだろうか。 「原則として皇室の方々は、一般の奉送迎者や行事などでお会いになった人から物を受け取ることは避けるべきです」(山下さん)  仮に贈り物を渡したいと準備する人がいても、おそらく花束など高価ではない品。動機も、純粋な善意によるものだろう。 「今回は、皇后陛下が品を受け取られた場面の映像がテレビで流れ、YouTubeにも残っています。その事実を受けて、『次は自分もなにか贈り物を用意しよう』『これを受け取ってもらいたい』と行動に移す人も出てくるでしょう」(山下さん)    天皇や皇族が公衆の場で贈り物を受け取ることが常態化すれば、爆発物や毒物を紛れ込ませるなど、テロにつながる危険も出てくる。  世間がすべて善意の人ばかりではない。つい先日も、「宮内庁関係者」を自称する男が、皇室に献上すると持ちかけて福島市内の農家から桃をだまし取ろうとした詐欺容疑で逮捕されたばかり。  たとえば自分の著書やアート作品、自社の製品などを「贈り物」として天皇や皇族に手渡した人が、「これは皇室への献上品です」と宣伝に利用する恐れもある、と山下さんは警鐘を鳴らす。もちろん、今回カレンダーを手渡した人にはそういった意図はないだろう。   お返しするのは側近の役目  一方で、こうした皇室に対する距離感を理解している人は、そう多くはないはずだ。山下さんは、こう提案する。 「一般の奉送迎者に注意喚起する必要はないとまでは言いませんが、重要なことは、宮内庁が『贈り物は受け取れません』という姿勢をはっきりと示すことです。  今回の件でも、皇后陛下が直接受け取りを拒否するのは難しかったでしょう。こういった場面では、側近職員がいったん受け取り、ご一家がその場を離れられたのち、渡した人に事情を説明してお返しすればいいと思います」    時代の移り変わりとともに、皇室をとりまく慣習もずいぶん変化した。それでも、皇室の安全を確保するために、守らねばならない「お作法」もあるようだ。  (AERA dot.編集部・永井貴子)
都会と田舎、家庭の裕福さは社会における自由さに関係するのか? 行動遺伝学的視点で考える
都会と田舎、家庭の裕福さは社会における自由さに関係するのか? 行動遺伝学的視点で考える ※写真はイメージです(Getty Images)    親の収入が子どもの学力に与える影響は、残念ながら確実にある。金銭的に豊かなほど、お金を使う自由度があがり、勉強好きな子どもは知的活動にそれを費やし、そうでない子どもはそれ以外のところに費やす。多くの“環境”に触れた結果、“遺伝的素質”が十分に発揮される。一方経済的に恵まれていない家庭の子どもは、選べる環境にあまり自由度がない。すると親がどんな“環境”をつくったかが大きく影響を与える。限られた収入を子どもの教育に使うか、親が遊ぶために使うかで、子どもの成績も大きく違ってくるということだ。このように行動遺伝学者の安藤寿康氏は分析する。同氏の新著『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して紹介し、行動遺伝学の視点からみた“社会における自由”を考える。 *  *  * 【『教育は遺伝に勝てるか』の内容を読む】 #1 ジェットコースターと肝試し、怖がる“遺伝子”は別 #2 子の成長は遺伝で決まる 「親の育て方しだいではない」 #3 人間は「教育」がなければ生きられない #4 学力への影響は「遺伝」が50%、「環境」が30% #5 ふたごを調べて分かった、学力にかかわる4つの項目 #6 遺伝的素質を発揮できない子どもたちに経済的サポートを #7 子どもの問題行動と親の厳しさの因果関係 #8 「非行」は環境の影響「犯罪」は遺伝が関わる #9 どんな子も教育環境から遺伝的才能を開花させる #10 “テスト”は百害あって一利なし #11 都会と田舎、家庭の裕福さは自由さに関係するか? #12 行動遺伝子学から考える未婚・既婚での“女性の自由度”の差 「自由な社会」が突きつける過酷さ  自由で平等で民主的な社会は、私たちの誰もが望ましい社会のあり方だと考えているでしょう。人類の歴史は、エジプトの奴隷制のような、専制的で個人が国家や共同体のために犠牲になることもやむなしとする社会から、この世に生を受けた誰もが、一人ひとりの希望や意思が尊重される社会へと進歩してきていると、私たちは(少なくとも私は)信じています。だからこそ、ウクライナに侵攻するロシアや、軍事と国家統制によって国民を支配しようとする中国や北朝鮮のような政治形態の国を、時代遅れの困った国だと思っています。  いや、そんなイデオロギーや政治思想のようなスケールの大きな話を持ち出さなくとも、自由と平等にかかわる問題は私たちの身近に、いたるところに転がっているといえるでしょう。もし自分の住んでいる家の近くにたまたまビールの自動販売機がないために、飲みたいビールを遠くの酒屋まで買いに行かなければならないなんて、不平等で不自由だと思いませんか。  ここでは、社会における自由について、政治学や倫理学の話ではなく、あくまでも行動遺伝学の視点から考えていきますが、それはやがてイデオロギーや政治思想とは違った意味で、自由な社会が突きつける生き方の問題に光を当てることになります。  遺伝と環境が知能や学力に及ぼす影響においては、親の収入や社会的地位が違いをもたらします。社会階層が中より上の比較的豊かな環境では、お金がある程度自由に使えて、環境にもいろいろな文化的な選択肢があって、自由に行動を選べる機会が多いので、結果的には遺伝の影響が大きくなる。それに対して、経済的な理由で困窮した生活を送る環境だと選べる選択肢が限られてくるので、逆にその環境の影響を得やすく、結果的に共有環境の影響が大きく出る。つまり家庭の裕福さとそれに伴う文化的資源へのアクセスの幅の広さが、遺伝的な差異を増幅させているということです。 都会と田舎、どちらが自由?  家庭の裕福さ以外に、自由度を左右する環境の違いは、ほかに何があるでしょうか。行動遺伝学の研究でよく着目される環境が、住んでいるところが田舎か都会かの違いです。何万人もの人が密集し、人々の行き来も激しい都会と、人口が数千人程度と少なく、限られた人との付き合いが中心となる田舎とでは、行動の仕方に及ぼす遺伝と環境のかかわり方まで変わってくることが明らかにされています(これを示したミネソタ大学の研究では、人口5万人以上を都会、1万人以下を田舎としています)。  田舎と都会では、果たしてどちらが行動の自由度が大きいと思いますか。田舎はのびのびとしているし、知らない人の目も気にする必要がないから自由度が大きいのに対して、都会は人間関係も窮屈そうだし、いつもたくさんの人の目を気にしなければならないから自由度が小さいと考える人もいるでしょう。  逆に田舎では親類や昔からの知り合いばかりに囲まれているし、古くから伝わる習慣に縛られやすいし、選べる仕事も限られているし、自由に好きなものが買える大きなショッピングセンターもないし、アマゾンで買い物をしてもなかなか届かなくて不自由なのに対して、都会なら違った価値観の人が互いに干渉せずに生きていけるし、たくさんのお店や仕事の機会があるので自由度が大きいと考える人もいるでしょう。どちらの可能性もありますね。読者の皆さんはどのようにお考えですか。  これを頭の中だけで考えるのではなく、実際のデータで示してくれるのが双生児による行動遺伝学研究です。もしどちらかの環境で遺伝率が大きくなれば、それはそれだけ環境が自由だから遺伝的な素質に合わせた行動が選べる。しかしもし共有環境や非共有環境の影響が大きければ、それだけ環境に左右され、自由な選択ができていないということになります。  ここで遺伝と環境の考え方が、ふつうと逆転していることに気づくでしょう。ともすれば遺伝は人間を内側から縛るもの、それに対して環境はそれを自由に解放するものと考えられがちです。ところが遺伝側からすれば、環境の方が遺伝の進みたい自由に足かせをはめる要因と位置付けられているのが重要です。   【『教育は遺伝に勝てるか』の内容を読む】 #1 ジェットコースターと肝試し、怖がる“遺伝子”は別 #2 子の成長は遺伝で決まる 「親の育て方しだいではない」 #3 人間は「教育」がなければ生きられない #4 学力への影響は「遺伝」が50%、「環境」が30% #5 ふたごを調べて分かった、学力にかかわる4つの項目 #6 遺伝的素質を発揮できない子どもたちに経済的サポートを #7 子どもの問題行動と親の厳しさの因果関係 #8 「非行」は環境の影響「犯罪」は遺伝が関わる #9 どんな子も教育環境から遺伝的才能を開花させる #10 “テスト”は百害あって一利なし #11 都会と田舎、家庭の裕福さは自由さに関係するか? #12 行動遺伝子学から考える未婚・既婚での“女性の自由度”の差 安藤 寿康 あんどう・じゅこう  1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学名誉教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。日本における双生児法による研究の第一人者。この方法により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティ、学業成績などに及ぼす影響について研究を続けている。『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(ちくま新書)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』『生まれが9割の世界をどう生きるか─遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(いずれもSB新書)、『心はどのように遺伝するか─双生児が語る新しい遺伝観』(講談社ブルーバックス)、『なぜヒトは学ぶのか─教育を生物学的に考える』(講談社現代新書)、『教育の起源を探る─進化と文化の視点から』(ちとせプレス)など多数の著書がある。
“テスト”は百害あって一利なし 学校教育の実質的側面と形式的側面
“テスト”は百害あって一利なし 学校教育の実質的側面と形式的側面 ※写真はイメージです(Getty Images)    18世紀からの産業化に伴い社会に出るために必要な知識を学ぶ“学校”が作られた。その知識を生きるためにどう役立てるかという価値観から、近代になってからはいつのまにかテストで良い成績を取ること自体に価値があるという発想に陥っていった。手段と目的が入れかわってしまったのである。「学校教育の実質的側面と形式的側面の区別はきちんと意識しておきましょう」と語るのは慶應義塾大学教授の安藤寿康氏だ。同氏の新著『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、“学校”とは何かを紹介する。 *  *  * 【『教育は遺伝に勝てるか』の内容を読む】 #1 ジェットコースターと肝試し、怖がる“遺伝子”は別 #2 子の成長は遺伝で決まる 「親の育て方しだいではない」 #3 人間は「教育」がなければ生きられない #4 学力への影響は「遺伝」が50%、「環境」が30% #5 ふたごを調べて分かった、学力にかかわる4つの項目 #6 遺伝的素質を発揮できない子どもたちに経済的サポートを #7 子どもの問題行動と親の厳しさの因果関係 #8 「非行」は環境の影響「犯罪」は遺伝が関わる #9 どんな子も教育環境から遺伝的才能を開花させる #10 “テスト”は百害あって一利なし #11 都会と田舎、家庭の裕福さは自由さに関係するか? #12 行動遺伝子学から考える未婚・既婚での“女性の自由度”の差 進化的に見た教育  現代社会では、狩猟採集社会の子どもでもない限り、必ず国の定めた学校で、子ども時代のかなり長い間、過ごさねばなりません。それは親が果たすべき国民の義務となっているからです。ここで学校とは何かという問題について、歴史的、理論的に、やや小難しく考えてみたいと思います。  そもそも学校らしきもの、つまり多くの子どもを一つの場所に集めて、家で親がしつけや子育てをするのとは異なる特別なことをまとまって教えようとし始めたのは、産業革命を迎えた18世紀のヨーロッパにおいてと考えられています。いわゆる「近代」になってからですね。それまでのほとんどの子どもは、親の身分や仕事を継ぐまでは、「子どもらしく」遊んだり、ときどきは親のそばで仕事のまねごとをしながら手伝いをして、少しずつ社会のことや人間関係のルールなどを学んでいました。ところが近代になると、西洋でも日本でも大都市に人が集中するようになり、仕事も分化し専門化して、多くの子どもがある程度、組織的に知識を身につけねばならなくなりました。読み書きそろばんのような基礎知識や、階層ごとの文化的教養です。子どもの数も増え、親は仕事で忙しくなり、子育てを外注しなければならなくなりました。そうしてできたのが、幼児教育の祖と言われるフレーベルやペスタロッチの学校、あるいは日本では寺子屋のようなところだったわけです。  学校はただ親の子育ての肩代わりをしてくれるだけのところではありませんでした。そこでは親が教えてあげられないようなことを教えて身につけさせてくれたり、家庭だけでは経験させてもらえないようなことをさせてもらえたりしました。知恵と知識がつまった童話や絵本、昔の人のことばを集めたもの、この世界にあるすばらしいものに触れる機会が、組織的に与えられるようになったのです。  狩猟採集社会でも、学ばなければならない生きるために必要な知識はたくさんあります。それは主として自分を取り巻く自然環境についての知識でした。自然環境についての知識は、自然そのものが先生でした、というのはやや比喩的な言い方で、自然を相手に自らの経験で学んだり、年上の子どもや大人の仕事ぶりを見て学ぶ形で成されていました。  しかしそれが近代になってからは、人間自身が生み出した文化的知識にとって代わられるようになりました。それとともに学校という特別な場をつくるようになりました。それは生きるための知識が、生活の活動の中に埋め込まれたものというよりも、言葉やマニュアルで表現されるものになり、体系化されたものとして表現できるからです。逆に言えば、日常生活とはいったん切り離された、見ただけではどんな知識を使っているかわからない、だから見様見真似では学びにくく、誰かから説明や指導をしてもらわないと習得の困難な知識によって、社会が出来上がってきてしまいました。使いこなせれば便利だがどう使ったらいいかわかりにくい複雑な機械の仕組み、その機械を使いこなすための作業手順、それが生み出す生産物をお金に換える仕組み、それらが社会の中で動き回るときのさまざまなお作法、どれも狩猟採集社会や、地域に根差した農業牧畜の社会にはなかったものでした。  だから学校が必要になったのです。これは歴史的必然です。かくしていまの私たちも、子どものときから家を離れ、学校で過ごすことが求められるようになったというわけです。 すばらしき学校生活  学校がこのようなところですから、基本的に家では経験できないようなたくさんの経験のメニューが子どもたちのために用意されています。それは考えようによっては、ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンやキッザニアの比ではないほど、豊かな世界ともいえるでしょう。ただし、テストさえなければ。  テストは、そのための勉強に集中することで、確かに経験したことを意識的に記憶にとどめるには役立ちます。ちょっと興味のもてないことでも、テストに出ると言われれば、何とかして理解できる糸口を探そうとして、それがきっかけとなって、自分の興味対象になるかもしれません。しかしそれ以外の点で、テストの存在は百害あって一利もなしだと、私は考えています。  しかしこれを言うことが、ただの気休めにすぎないことも、読者の多くは感じていることでしょう。それはその通りです。なにしろ、テストの点が良ければ「良い」学校に進学でき、「良い」就職に結びつきます。逆に成績が悪くて落第してしまったり、大学に進めないと、その学歴だけで、よほど別のところで才能を発揮しない限り、社会的には不利になります。学歴で手に入れた知識がどれだけうわべだけのものだったとしても、世間はまず学歴を見て人を評価しようとします。ですから、学歴とそれに結びつくテストの成績が、学んだ知識それ自体の実質的価値とは別の意味で、人生でもっとも重大な教育上の関心事となります。  テストの成績や学歴はお金に似ています。ただの紙切れにすぎないお札には、それ自体なんの価値もありません。なんちゃらペイにいたっては、スマホの画面上のただの数字にすぎません。にもかかわらずそれらは、生きるために必要な食べ物や服や住まい、生活を豊かにしてくれるさまざまなモノや経験を手に入れるための手段になります。実質的に大事なのは、お金で手に入れたものをどのような目的で使うかのはずですが、いつのまにか手段と目的が入れかわり、お金をできるだけたくさん手に入れることが目的になりがちです。  同じようにテストの得点や学歴それ自体は何の価値もなく、大事なのは学校でどんな知識を学び、生きるために役立てるかのはずですが、いつのまにか良い学業成績や高い学歴それ自体が目的になってしまいます。お金はたくさんあればあるほど幸せと考えるのと同じように、テストの点数や学歴は高ければ高いほど良いという発想に陥りがちです。  このように学校教育の実質的側面と形式的側面の区別はきちんと意識しておきましょう。人によっては学歴こそが実質で、そこで本当に何を学んだかなんて形式的なものと考えるかもしれません。どちらでもよいのですが、この区別は大切です。ただこれを強調しすぎると、ただの学校批判、現実逃避といわれるのがオチなので、ほどほどにしておきましょう。 【『教育は遺伝に勝てるか』の内容を読む】 #1 ジェットコースターと肝試し、怖がる“遺伝子”は別 #2 子の成長は遺伝で決まる 「親の育て方しだいではない」 #3 人間は「教育」がなければ生きられない #4 学力への影響は「遺伝」が50%、「環境」が30% #5 ふたごを調べて分かった、学力にかかわる4つの項目 #6 遺伝的素質を発揮できない子どもたちに経済的サポートを #7 子どもの問題行動と親の厳しさの因果関係 #8 「非行」は環境の影響「犯罪」は遺伝が関わる #9 どんな子も教育環境から遺伝的才能を開花させる #10 “テスト”は百害あって一利なし #11 都会と田舎、家庭の裕福さは自由さに関係するか? #12 行動遺伝子学から考える未婚・既婚での“女性の自由度”の差 安藤 寿康 あんどう・じゅこう  1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学名誉教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。日本における双生児法による研究の第一人者。この方法により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティ、学業成績などに及ぼす影響について研究を続けている。『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(ちくま新書)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』『生まれが9割の世界をどう生きるか─遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(いずれもSB新書)、『心はどのように遺伝するか─双生児が語る新しい遺伝観』(講談社ブルーバックス)、『なぜヒトは学ぶのか─教育を生物学的に考える』(講談社現代新書)、『教育の起源を探る─進化と文化の視点から』(ちとせプレス)など多数の著書がある。
「あせも」はなぜ子どもにできやすい? 3つの理由と予防法を医師が解説 思春期の汗は制服で気になりだす
「あせも」はなぜ子どもにできやすい? 3つの理由と予防法を医師が解説 思春期の汗は制服で気になりだす ※写真はイメージです(写真/Getty Images)   子どもの汗の悩みといえば、代表的なのがあせもです。特に乳幼児はあせもができやすく、かきむしって悪化させてしまうこともあります。一方で幼稚園、小中高と集団生活を送るなかで、汗が出過ぎることに悩む子どももいます。子どもの汗の悩みについて、専門の医師に聞きました。この記事は、週刊朝日ムック「手術数でわかるいい病院」編集チームが取材する連載企画「名医に聞く 病気の予防と治し方」からお届けします。「多汗症」全3回の3回目です。 *  *  *   「多汗症」1回目の記事:「汗を大量にかく人とかかない人の違いは? 発汗機能は2歳までに決まる説も 多汗症チェックリスト」はこちら。 「多汗症」2回目の記事:「大量の汗が対人関係に悪影響 手のひら、足の裏、わきの下… 多汗症がうつ傾向や不安障害を引き起こすことも」はこちら。  子どもは少し外で遊んだだけで、水遊びをしたかのように汗びっしょりになることがあります。そもそも子どもは大人よりも汗をかきやすいのでしょうか。汗の病気や小児皮膚科に詳しい池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長の藤本智子医師はこう話します。 「汗は皮膚にある汗腺(かんせん)から出ますが、大人と子どもの汗腺の数は変わりません。子どもは大人に比べて体表面積が小さいため、汗腺の密度が高くなり、汗をたくさんかいているようにみえる傾向があります」  ただし、汗をかく能力は思春期ごろに成熟するので、低年齢の子どもは汗をかく能力に関しては未熟です。 「汗をかく能力には個人差があり、汗をうまくかけずに、血管を広げて血流を増やすことで体内の熱を逃がす子どももいます。暑くなると顔が真っ赤になるタイプの子です。汗をかく能力はトレーニングによって高まるので、毎日短時間でも外遊びをするなど、無理のない範囲で汗をかけるような環境をつくることが大事です」(藤本医師)  一方、汗をかく子が悩まされるのが、あせもです。小さな赤いブツブツが、頭や首の周辺、お尻、ひじの内側、ひざの裏側などにできて、かゆみを伴うとかき壊して悪化させてしまうこともあります。あせもはなぜできるのでしょうか。 「あせもは汗が出てはいるのですが、うまく皮膚の表面に放出できず、汗腺が詰まることで起こります。汗が汗腺に詰まった状態だと皮膚の細胞は汗を異物だと認識し、排除しようとして炎症を起こすのです。すると汗腺が壊れてさらに汗を放出しにくくなり、湿疹ができます」(藤本医師) 子どもにあせもができやすい理由  ▼子どもは汗を放出する能力が未熟であること、▼皮膚が弱く湿疹ができやすいこと、▼汗腺の密度が高いために汗の通過障害を起こしやすいことなどが重なり、大人よりもあせもができやすくなります。  予防としては、前述したように汗をかくトレーニングによって、汗を放出する能力を高めること、さらにできるだけ炎症を起こさないように、皮膚の表面を清潔に保つことが大事です。 「汗に含まれる塩分や皮膚についたほこりをそのままにすると炎症を起こす原因になるので、汗が出たら放置せずに洗い流したり、濡れたタオルでふきとったりするようにしましょう。また、皮膚が乾燥している場合も炎症を起こしやすいので、しっかり保湿することも大事です。すでに湿疹ができている場合は、早めに皮膚科を受診してください」(藤本医師) 若い世代が悩みやすい多汗症  日常生活に支障をきたすほど大量に汗をかく、多汗症に悩まされる子どもいます。汗をかく部位によって違いがありますが、手のひらや足の裏に汗をかくタイプは、比較的低年齢で自覚しやすく、幼稚園の活動などで紙がすぐに湿るので折り紙ができない、手がすべって粘土遊びがうまくできないといった支障をきたすこともあります。一方わきの下は、汗をかく能力が発達する思春期ごろに自覚するのが一般的です。   「多いのは、中学生になって制服を着るようになって気になりだすというケースです。制服のシャツは汗を吸いにくい素材を使っていることが多く、汗が目立ってしまうのです」(藤本医師)  多汗症でも健康上に問題があるわけではないので、保護者は単なる「汗っかき」だと放置することもあります。本人が気にしていなければ全く問題はありませんが、気にしている場合、将来の対人関係や社会活動に影響を及ぼす危険性があります。 「汗に対してネガティブなイメージがあると、それを隠したいという思いが強くなり、人とコミュニケーションをとるのを避けるようになります。汗が気になって自分の能力を最大限に発揮できず、自己肯定感が下がったり、不安感が強くなったりすることもあります。さらに職業の選択にも制限が出て、制服がある仕事、手を使う仕事、例えば医療や美容関係の仕事などは諦めてしまうこともあるのです」  汗に対する悩みを誰にも打ち明けられずに、一人で抱え込んでしまうこともあります。藤本医師は「自分を大切に思ってくれる人には、汗の悩みを打ち明けてほしい」と話します。近年は多汗症による生活などへの影響が認められつつあり、治療によって悩みが解決することもあります。「ただし、子どもの治療は慎重にするべき面もある」と藤本医師。 「使用できる薬には年齢制限があるので、大人と同様の治療が受けられないこともあります。また、特に子どもに対しては『汗は悪いものではなく、汗を出すことは、体にとって必要なことである』という正しい知識を伝えることも大事です。保護者が気にしていても本人が困っていなければ治療の必要はないですし、過度な治療をしないように慎重に見極める必要があります」 年齢を重ねると気にならなくなることもある  多汗症で悩むのは10~20代が多く、特に治療をしなくても自然に治まっていくケースも少なくありません。皮膚の病気と精神疾患の関連に詳しい、はしろクリニック院長の羽白誠医師はこう話します。 「多汗症の人は緊張に伴って大量の汗をかきますが、一般的に年齢を重ねるごとに緊張しやすさというのは和らいでいく傾向があります。さらに自律神経の反応も鈍くなっていきます。いつの間にか、汗が気にならなくなっているということもあるのです」  多汗症は病気として認識されるようになってから、まだ十数年しか経っていないため、十分に周知されていないのが現状です。多汗症は子どもの生活や将来に影響を及ぼす可能性があること、治療が可能であることなどが、学校現場や保護者の間でも広く理解されることが望まれます。 (文/中寺暁子)   池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 院長 藤本智子医師 2001年、浜松医科大学医学部医学科卒。同年、東京医科歯科大学皮膚科入局。同大皮膚科助教、多摩南部地域病院皮膚科医長、都立大塚病院皮膚科医長などを経て17年から現職。東京医科歯科大学病院皮膚科の発汗異常外来を05年から担当。日本皮膚科学会認定専門医・指導医、日本発汗学会理事、日本臨床皮膚科医会常任理事。 池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 院長 藤本智子医師 池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 東京都豊島区西池袋1-39-4第一大谷ビル3階   はしろクリニック 院長 羽白誠医師 1986年、大阪大学医学部医学科卒。箕面市立病院、関西労災病院、大阪大学大学院医学研究科非常勤講師、国立大阪病院、大阪警察病院などを経て、2010年から現職。日本皮膚科学会認定専門医、日本心身医学会心身医療専門医、日本皮膚科心身医学会理事長。 はしろクリニック 院長 羽白誠医師 はしろクリニック 大阪府大阪市北区梅田1-2-2-200大阪駅前第2ビル2階 連載「名医に聞く 病気の予防と治し方」を含む、予防や健康・医療、介護の記事は、WEBサイト「AERAウェルネス」で、まとめてご覧いただけます
札幌遺体切断事件の父「優しい先生」には別の顔? 過去にブログで「獣には獣として」
札幌遺体切断事件の父「優しい先生」には別の顔? 過去にブログで「獣には獣として」   田村修容疑者    札幌市のススキノのホテルで男性(62)の遺体が頭部を切断された状態で発見された事件で、北海道警は8月14日、札幌市厚別区の無職田村瑠奈容疑者(29)と、両親の修(59)、浩子(60)両容疑者=いずれも死体損壊容疑などで逮捕=を殺人の疑いで再逮捕した。これで親子3人全員が、殺人と遺体損壊などの容疑で逮捕となった。犯行の計画を考えたとみられている修容疑者は、医師としての評判は高かったようだが、ブログなどでは殺人を肯定するような文言をつづっており、“別の顔”も見えてきた。  道警の家宅捜索で、頭部は自宅の浴室にクーラーボックスに入った状態で見つかった。当初は氷で冷やしていた様子だが、10日以上も保管しており、捜索に入ったときはかなり腐敗が進み、においもきつかったという。その後の調べで、瑠奈容疑者は、男性の遺体を損壊している場面や、切り落とした頭部に触れている様子をスマートフォンで動画撮影していたことなどが確認されている。  捜査関係者は、 「クーラーボックスは少なくとも6個、確認されており、男性の遺体をバラバラにして持ち出そうとしていた形跡もあります。瑠奈容疑者と男性は今年春ごろに知り合い、数回会っていて、2人の間にトラブルが起きたことが犯行動機とみられています。瑠奈容疑者に加えて両親まで猟奇的な犯行に及んでいる。裁判までに精神鑑定も予想され、真相の解明には時間がかかるでしょう」  との見方をしている。  今回の逮捕容疑は、男性と一緒にホテルに入ったとされる瑠奈容疑者が男性を殺害し、修、浩子両容疑者は、男性の殺害に使用したとされる刃物や、遺体を運ぶスーツケースなどを用意するなどした疑い。犯行の計画を主導したとみられる修容疑者は、札幌市内の病院で長く精神科医として勤務しており、反戦や反原発運動にもかかわり、「患者に寄り添った、優しい先生」との評判だったようだ。  プライベートでは、修容疑者にはこんな顔もあった。 「月光倶楽部」など、複数の名前でバンド活動をしていた。職場のイベントや札幌市内などで定期的にライブを開いていた。動画サイトには「lunanet(るなねっと)」というタイトルで、80本ほどの動画が残っている。修容疑者のバンド活動を知るライブハウスの関係者は、 「lunanetの名称は瑠奈容疑者からとったものです。それくらい瑠奈容疑者を溺愛(できあい)して、大切にしていた。バンドではギターを担当し、リーダー役でみんなの先頭に立って引っ張る先生でした」  と話している。 忌野清志郎が好み 2012年にSNSに「月影の騎士?」との表題で投稿した田村修容疑者の写真。コメントに対し、「仮装したライブイベント」と答えている。  【関連記事】「父娘でコスプレ姿も」札幌・遺体切断事件で逮捕の親子3容疑者 自宅は「ゴミ屋敷のよう」  動画サイトで演奏していた曲を視聴してみると、メッセージ性の高いものが多く、忌野清志郎が好みのようで、カバー曲がいくつもアップロードされている。  前出のライブハウスの関係者は、 「修容疑者は『ともに頑張って生きよう、あきらめないで』といったメッセージを発信するような曲が好きで、動画サイトにもよく出していた。ただ、昔のブログにもあるように、スイッチが入るとちょっと怖いところがあった」  とさらに別の顔があったと話す。  修容疑者が1998年から2004年ごろまでlunanetのタイトルで書いていたブログでは、日々の生活や趣味のパソコンにペット、バンド活動などを中心につづっているが、まだ幼かった瑠奈容疑者についての話も多い。 <2000年10月15日 以前から探していた親馬鹿グッズを東急ハンズで拾った。その名も「Talking Photo Frame」。10秒録音可能なICレコーダ付のコンパクトフォトスタンド。娘をなだめすかしてメッセージを入れてもらい、常に携帯している> 田村修容疑者が「親馬鹿グッズ」としてブログに載せた写真   <2000年2月14日 誕生日プレゼントに、と娘にせがまれて「ポケモン金+ゲームボーイcolor」をゲット。おまけに「ポケットピカチュウ・金銀といっしょ」まで買わされ、あげくにそれは私の腰についているのであった> <2001年12月1日 今日は日本全国「ハリー・ポッターと賢者の石」公開日。and 映画の日。そんなわけで、我が家も公開初日に映画館へ。娘のことも考えて当然吹き替え版>  フォトスタジオには瑠奈容疑者とみられる写真を張り付けて、アップデートしていた。  ほかにも、2003年には、長崎市で幼稚園の男児(当時4)が中学1年の少年に連れ去られ殺害された事件について触れ、 <連日の報道に触れて一番腹が立つのが「心の闇」。このキーワードを使うとき、書き手も読み手も、「こんなとんでもないことをしでかす子は、いい子の仮面の下に大きな心の闇を持っているに違いない」と考え、自分とは違う何かを探し出そうとする。あたかも心の闇は、健全な魂には存在してはいけないかのように。だいたいいい子というキーワードもくせ者なんだが。大きな声で言えるが、私にだって大きな心の闇はある。(中略)今後も、報道に「12歳の心の闇の解明に…」などの文字が出る度、ほっとする人、不安に陥る人、そして私はカッカする>  などと感情を高ぶらせた様子で書いている。 「ヒト」と「人間」の境とは  戦争の報道を取り上げて、こんな生々しい内容も記していた。 <「どうして人殺しをしてはいけないの」に対する根拠は乏しい、と鬼の首でもとったような底の浅い論が出まわった。そもそもどのような問いにせよ「どうして」に答えるのは至難の業なのだが> <「殺す」が「傷つける」の究極と考えれば、人間関係とは「その関係の維持には『傷つけない(殺さない)』ことが必要だが、関係を維持すれば必ず『(殺さない程度に?)傷つける』ことがある」という矛盾(のようなもの)を孕んでいる。しかし括弧書きしたように殺すと傷つけるは程度(量)の問題だけではなく、質的な境界が(幅はあるが)存在する。それが「ヒト」と「人間」の境> 「獣には獣として応じてあげるのが礼儀ってもんです」とつづったブログ(1999年5月) 【関連記事】ホテルに指紋すら残さない“完璧な犯行”とゴミ屋敷に頭部は放置の落差 札幌遺体切断事件の謎 <再度問われる。「人間を殺して何が悪い」と。悪いなどと一言も言ってない。殺した時点で貴方は「人間」ではなく「ヒト」という獣になるんだよ。それは「人間」としての貴方の自殺行為ですと。その覚悟があるかと問い返したいのです。「では肉親を殺されたら?」。その時点で相手は「私にとって」獣です。獣には獣としてそれなりに応じてあげるのが礼儀ってもんです>  殺人について「悪いなどとは一言も言ってない」「獣には獣としてそれなりに応じてあげるのが礼儀」と殺害を肯定するような言葉が並んでおり、バンドで歌っていた「ともに頑張って生きよう、あきらめないで」といった雰囲気とはまったく異なる内容だ。  今年5月にダンスクラブのイベントで、瑠奈容疑者と被害男性が親密そうにしている様子やその場に修容疑者がいたことも確認されている。 「男性はかなり以前から女装しながら、札幌市内のあちこちのクラブ、バー、ライブハウスなどに出入りしていました。ライブハウスなどで演奏している修容疑者と面識があってもおかしくない。それもあって、瑠奈容疑者と男性が親しくなったのかもしれない。今、報じられているのは今年5月に瑠奈容疑者と男性が出会ったという情報ですが、私はそれより前から知り合いだったと聞いています」(前出・ライブハウスの関係者) 【関連記事】用意周到なのに頭部は浴室に置きっぱなし… 札幌遺体切断事件の親子3人の気になる精神状態  今回、殺人容疑についても3人全員が逮捕となった。修容疑者はブログで書いていた「獣」となった末の犯行なのか。一家の「心の闇」は解明されるのだろうか。 (AERA dot.編集部 今西憲之)
日本の家事と育児は大変すぎる! アメリカ人の家族と過ごしてわかった必要・不必要の境目
日本の家事と育児は大変すぎる! アメリカ人の家族と過ごしてわかった必要・不必要の境目 アメリカの叔父叔母のうちでいただいたある日の夕食。料理はタッパーや大皿にドーン、あとはめいめい紙皿に分ける、というローコストな提供方法(画像提供/筆者)  アメリカから義理の母と妹が遊びに来てくれました。  約1カ月、ひとつ屋根の下で過ごす毎日。そう言うと友だちからは「大変だったんじゃない?」と聞かれるのですが、これがまるで苦ではなく、むしろ日々のストレスが減りました。なぜかと考えてみたのですが、それはアメリカ人のふたりと過ごすことで家事育児の負担がぐんと減ったからです。家事育児を手伝ってもらえたからなのは言うまでもなく、それ以前に義母と義妹の家事育児のやり方がいい意味でローコストだったからです。改めて、日本人的な生活って家事育児の負担が大きいよなあと気づかされました。  具体的には、毎日のお風呂。日本人的には夏でも湯船に浸かりたい、子どもとお風呂で触れ合いたいと思うところですが、アメリカ人的には毎日シャワーで十分。するとバスタブの掃除も毎日やらなくて済むし、3人の子どもとお風呂に入ることによって毎晩消費されていた30分強の時間も5分程度で済みます。「お湯バシャバシャしない!」「まだ流してないでしょ!」などと声を張り上げながら慌ただしく子ども3人と自分の髪・体を洗っていたストレスもなくなりました。  それから、毎日の洗濯物干しと隔日の布団干し。アメリカでは洗濯物を乾燥機にかけることが一般的であり、景観条例で洗濯物の外干しを禁止している地区もあるくらいです。そのため義母と義妹がアメリカから持ってきた衣類は全部乾燥機OKのもので、外に干す必要はなし。布団を天日干しする習慣もありません。1階の洗濯機から2階のベランダまで洗濯物を持ち運びする手間、重たい布団を出し入れする労力が、少なくとも義母と義妹の分はかからずに済みました。  さらに、1日3食のごはん作り。我が家の食事はもともとアメリカン寄りで一汁三菜なんてとてもじゃないけど作らないのですが、義母義妹との食卓はさらに楽でした。まず、朝は火を使わない。ヨーグルトと果物とか、ピーナッツバター&ジャムのサンドイッチとか、牛乳にシリアルとか。昼も同じようなメニューで、たまにパン屋さんのサンドイッチをテイクアウトしたりコンビニでおにぎりを買ってきたり。夜は焼きそばやチリコンカン、パスタ、チキンスープ&ライスなど、ワンプレートで済むごはん。さらに義母は「人数が増えて食器洗いも大変だから」と、スーパーで紙皿や紙コップをたくさん買ってきてくれました。夏場は子どもたちがちょこちょこお茶や牛乳を飲んで放置するコップを洗うだけで頭が沸騰しそうになっていたので、特に紙コップ導入は素晴らしい時間短縮になりました。  そして、子どもたちの服。私は「汗を吸着してくれるから」と毎日肌着を着せていましたが、義母は「こんな暑い夏に二重に服を着せるなんて」と肌着を省略。基本サンダルで過ごすため靴下もいらない、2歳の末っ子は家で過ごすだけならロンパースでいいでしょうと、とにかく服へのコストもばっさりカットされました。靴下を嫌がる末っ子を押さえつけて無理矢理履かせたり、真ん中の子に「下着の前と後ろが反対だよ!」と注意したり、上の子に「また靴下脱ぎっぱなし!」と怒っていたりした日々は何だったのだろうと思うくらいです。  こういった日本における家事育児の負担の大きさについては、私も昔はもっと意識的でした。アメリカで暮らしていたころは「シャワーを1日欠かしたところで死にはしない」「洗濯物はすべて乾燥機」「3食きっちり作るのは料理人の技だ」という気持ちでローコスト生活を送っていたのですが、2年前にアメリカから日本に本帰国して以来、シャワーどころか入浴も毎日必要だという気持ちになり、洗濯も毎日欠かさず、時には1日2~3回洗濯機を回してベランダに干し、作るのに時間も器も大量に必要となる和食をたびたび調理するようになりました。  それというのも、やはり日本に暮らす日本人としては肩までお湯に浸かって自律神経を整えたいし、かんかんに照るおひさまを見ていると洗濯物や布団を干したくて体がうずうずしてくるし、和食を口にするとほっとするし、使い捨て容器は極力使わず地球にやさしくしたいし、子どもには肌着を着せたいからです。その気持ちに蓋をしてまで“コストカット”をする必要もないんじゃないかと思います。  だからこのたび私は、次に掲げる3つのことをやってみようと決めました。  第一に、ひとつひとつの家事育児を何のために行っているのか検証してみること。毎日のお風呂は清潔を保つために行っているのか、それとも子どもが入りたいというから入らせているのか。単なる習慣でやっているのか、さらに言えば“ちゃんとした母親”でいたいという意地や見栄のためにしているのではないか──。自分の気持ちが明らかになれば、家事育児の必要と不必要の境がきちんと見極められる気がします。  それを見極めたうえで、第二に必要なことの代わりにどこか違うところで手間を省くことができないか考えてみる。お風呂に浸かることがどうしても譲れないなら、夕食は火やまな板を使わない料理で簡単に済ませるとか。1日は24時間しかないのだから何もかも完璧に遂げるのは不可能です。  第三に、程度や頻度を下げたり手順を変えたりして、家事育児に柔軟性を持たせること。毎日のお風呂を清潔感を保つために行っているなら、夜と朝の2回ずつ子どもにシャワーを浴びせれば、夜いっぺんにお風呂に入れるより楽で、清潔にするという目的も果たせる──という感じ。漫然と、でも毎日疲れた、大変だとストレスフルに流れていた日常に、義母と義妹のおかげで錨を下ろすことができたようです。 〇大井美紗子(おおい・みさこ) ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi ※AERAオンライン限定記事
「バズる秘策はない」と言い切る日本一のTikTokerバヤシさん 試行錯誤が盛り込まれた投稿動画で見すえる「世界」
「バズる秘策はない」と言い切る日本一のTikTokerバヤシさん 試行錯誤が盛り込まれた投稿動画で見すえる「世界」 動画製作の現場でお決まりのポーズをするバヤシさん(撮影:小黒冴夏)  TikTokで料理系の動画を発信している「バヤシ」さんは、フォロワー数が日本で最も多い5100万人に達し、海外からも人気だ。「バズる秘策」はないと言い切るが、投稿動画には自身のこだわりと、これまでの試行錯誤で見つけた工夫が盛り込まれている。 >>【前編:日本一のTikTokerは元ジムのトレーナー 農作業の合間に毎日投稿、フォロワー数5100万の「バヤシ」になるまで】からの続き *   *   * ――バヤシさんの動画は音の気持ちよさもありますが、肉の塊をそのまま焼いたり、巨大なサーモンの切り身をぐるぐる巻いて揚げてみたりと、驚きの調理法ばかりで目でも楽しめます。メニューはどう考えているのですか。  まず、低糖質であることは絶対です。トレーナー時代から糖質に気を付けた食生活を続けています。ご飯山盛りの丼ものなんかのほうが映えそうですが、僕の動画に米は登場しませんし、パンやパスタは低糖質のものを選んでいます。  よく使う食材は、チーズや卵黄、アボカドなどで、「チーズの量多すぎでしょ!」「卵食べ過ぎでしょ!」と突っ込みをいただくこともある。かえってこの縛りが他の料理動画との差別化につながったのではと思っています。    そもそも料理経験はないので、他の方のレシピを参考にさせてもらっています。SNS上で美味しそうな料理写真を見つけたら、低糖質の食材に変える。さらに、見た目をひねることを日々研究しています。 例えば、卵1個に肉を巻き付けて爆弾みたいにしたり、チーズを何層も重ねてくり抜いた穴に卵黄を流し込んだりとか、「なんだそれ?」みたいな料理を見せるわけです。かといってゲテ物ではダメで、美味しそうな仕上がりは大事です。  ある種のクレイジーさが視聴者の方の驚きになり、コメントをしたくなる、という反響につながっているように思います。 バズるための「仕掛け」 ――ずばり、バズる秘策はあるんでしょうか。  聞かれることも多いんですが、はっきりとコレと言えることはなく、策を細々と散りばめています。  音の聞こえやすさや照明の当たり具合など、映像のわかりやすさは完璧にした上で、画面を見る人が通り過ぎないよう、途中で見るのを止めないよう、仕掛けが必要です。  テンポは何より大事で、食材を見せてから一気に展開が進むことで、「何が出来るんだろう」と目が離せなくなる。細かくカットした動画をつなぎまくっているわけなんですが、その中でも緩急は大事で、肉を焼くシーンなんかは、じっくり見せたほうがいい。  さらに、肉の塊をまな板にドンと勢いよく置く、調味料の蓋を飛ばして開けるといった、大きいアクションをさりげなく入れることで、料理中も常に興味を引く。  そして後半には、こんな美味しそうなものができました、最後はニコニコの笑顔でほおばる。この一連の流れが自分のなかでのフォーマットになっています。  配信しながら、何が受け入れられるかテストをしてきた結果です。音がクリアな素晴らしいASMRの動画も多いですが、料理の音だけ、食べる音だけとシーンを特化しがちです。ストーリー性を持たせることで、どうなるのという期待感や突っ込みポイントが増し、視聴者の方の満足度につながると考えています。  別に僕じゃなくてもよくて、誰かがこのフォーマット通りに作ればバズれると思っています。つまり、自分というキャラ無しで成立する動画であるほど、バヤシが何者かを知らなくても純粋に動画自体を楽しめ、新たな視聴者に届くはずです。そこは意識して作るようにしています。 「世界」も見すえて ――他のクリエイターとのコラボ動画も目立ちます。  アメリカのYouTuberで世界1位の年間収入記録を持つミスター・ビーストさんをはじめ、オファーをいただくことが増えてきました。  あくまで料理動画なので、コラボする方のキャラを活かしつつ、自分のフォーマットに当てはめていく難しさはありますが、とても勉強になっています。でも、このフォーマットがあるからこそ、スベらない自信があります。 ――世界的に受けているのはなぜだと思いますか。  言葉を発していない、というのはあると思います。日本語を話すと、言葉の壁を感じさせてしまうので、代わりに表情や動きをわかりやすくするように気を付けています。「幸せそうにほおばる顔が見たくて、最後まで見る」といったコメントも多くいただくので、味に噓はつきませんが、美味しければ大げさに表情を作るんです。料理して美味しそうに食べるハッピーさが受け入れてもらえるのだと思います。     ――流行り廃りのある場だと思います。怖さはありませんか。  新しいことをやらないと、見られなくなるという危機感は常にあります。料理という柱は変えず、食材の買い出しや食べ過ぎた後の筋トレとか、別シーンを入れてバリエーションを増やせないかということは、日頃から考えています。  今勢いがあるクリエイターは、自分のフォロワー数と何千万の差があったとしても、脅威に感じます。自分も急にバズったように、一気に盛り上がる爆発力があるのが、ショート動画の良さでもありますので。そういう闘いの世界だからこそ、よいアイデアが生まれるということはあると思います。 ――フォロワー数はさらに5100万へと増えています。日本一の先はどこを目指していますか。  世界一までは、まだ見えていません。現在の一位はフォロワー数1.5億ほど、自分の約3倍もあるので、到底届かない。料理ではないことにもガンガン取り組んで、それに合ったバズるためのフォーマットも見つけなければ難しい。正直、そこを目指す気にはなれないと感じています。  とはいえ、自分がバズるなんで全く予測もしていませんでしたから、何が起こるかはわかりません。もっと世界的に認知してもらい、仕事に繋げられたら面白そうだなという思いもあります。今は、研究を重ねたフォーマットでどれだけ伸ばしていけるか、そこに集中します。 (AERA dot.編集部・市川綾子)
スマホ依存で失われる「人間らしさ」 手持ち無沙汰の時間で自分を取り戻すことが必要
スマホ依存で失われる「人間らしさ」 手持ち無沙汰の時間で自分を取り戻すことが必要 ※写真はイメージです(Getty Images)    スマートフォンさえあれば、いくらでも暇を潰せる現代。しかし、心理学者の榎本博明氏は、手持ち無沙汰で退屈な状況を持つことが必要だと説く。新著『60歳からめきめき元気になる人 「退職不安」を吹き飛ばす秘訣』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、解説する。 *  *  *  退職後はやることがなく暇になるだろうと、暇になることを恐れる定年前の人たちが少なくないようだが、暇の効用に目を向けることが大切だ。忙しい働き盛りの頃は「暇がほしい」と切実に思うこともあったのではないか。  ようやく暇になるのだから、勤勉な自分のイメージは脱ぎ捨てて、後ろめたさなしに堂々と暇を楽しめばよい。  暇すぎると当然ながら退屈になる。退屈するのは苦痛かもしれないが、忙しい日々を長らく経験してきたのだから、一度極度の退屈を経験するのもよいかもしれない。  私たちは、普段から外的刺激に反応するスタイルに馴染みすぎているのではないだろうか。スマートフォンやパソコンを媒介とした刺激を遮断されると、すぐに手持ち無沙汰になる。でも、情報過多によるストレスやSNS疲れを感じている人も多いうえに、何よりも考える時間が奪われている。  スマートフォンがなかった時代には、電車の中では本や新聞を読む一部の人以外は何もすることがなく、どうにも手持ち無沙汰なものだった。考えごとをするか、ひたすらボーッとして過ごすしかなかった。  とくに思索に耽るタイプでなくても、そうしていると気になることがフッと浮かんできて、あれこれ思いめぐらせたものだった。過去の懐かしい出来事や悔やまれる出来事を思い出し、そのときの気持ちを反芻することもあっただろう。今の生活に物足りなさを感じ、いつまでこんな生活が続くのだろうと思ったり、これからはこんなふうにしようと心に誓ったり、この先のことを考えて不安になったりすることもあっただろうし、ワクワクすることもあっただろう。  何もすることがない退屈な時間は、想像力が飛翔したり、思考が熟成したりする貴重な時間でもあったのだ。  退屈について考察している西洋古典学者のトゥーヒーは、つぎのような示唆に富む指摘をしている。 「退屈は、知的な面で陳腐になってしまった視点や概念への不満を育てるものであるから、創造性を促進するものでもある。受容されているものを疑問に付し、変化を求めるよう、思想家や芸術家を駆り立てるのだ。」(トゥーヒー著 篠儀直子訳『退屈─息もつかせぬその歴史』青土社)  近頃は、退屈しないように、あらゆる刺激が充満する環境が与えられているが、それでは人々の心はますます受け身になってしまう。自分の思うように動くため、ときに危なっかしくも見えてしまう幼児期のような自発的な動きを取り戻すために、あえて刺激を断ち、退屈で仕方がないといった状況に身を置いてみるのもよいだろう。  そんな状況にどっぷり浸かることで、自分自身の内側から何かが込み上げてくるようになる。それが、与えられた刺激に反応するといった受け身な生活から、主体的で創造的な生活へと転換するきっかけを与えてくれるはずだ。  やるべきことが詰まっている時間には、想像力が入り込む余地がなく、創造的な生活を生み出すことがしにくい。何もすることがないからこそ、その空白の時間を埋めるべく想像力が働き出し、創造的な生活への歩みが始まるのである。 榎本博明 えのもと・ひろあき  1955年東京都生まれ。心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。『「上から目線」の構造』(日経BPマーケティング)『〈自分らしさ〉って何だろう?』 (ちくまプリマー新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『自己肯定感という呪縛』(青春新書)など著書多数。
「害虫対策」を自由研究に! 親子で作れる虫よけスプレーのレシピを公開
「害虫対策」を自由研究に! 親子で作れる虫よけスプレーのレシピを公開 親子で実験にチャレンジすれば、夏の思い出に(写真/iStock)  猛暑とはいえ外で過ごすことも多い子どもたち。キャンプや昆虫採集で、森林や草原などにひそむ害虫に悩まされてはいないだろうか。そんな親子には、自由研究を兼ねた虫よけスプレー作りがおすすめだ。 「実験対決」シリーズは、世界の小学生たちが国ごとにチームを組んで、知識とアイデアを頼りに科学実験で対決を繰り広げる学習漫画。最新刊の『実験対決45 毒と解毒の対決』では、「毒虫」が物語のカギを握る。コラムでは、虫よけスプレーの作り方、活性炭の粉で水を浄化する方法などを紹介。今回は、虫よけスプレーの作り方を公開したい。 北海道・富良野のラベンダー畑。ハーブの香りには、ヒミツがある(写真/iStock)  ピザ マルゲリータに欠かせないバジル、カクテル「モヒート」に浮かぶミント、北海道・富良野の畑で見事に咲き誇るラベンダー……。これらはすべて、人間にはすがすがしくて「いい香り」と認識されているハーブだ。しかし、虫たちにとってはひどく「嫌なにおい」かもしれない。  植物は、自分で移動できないので、害虫などの天敵からも逃げることができない。そのため、鋭いトゲやにおい、毒などといったいろいろな方法を使って自分を守っている。  このあと紹介する「虫よけ」の材料であるシトロネラオイルは、スリランカやミャンマーなどで育つシトロネラというイネ科の植物から抽出したものだ。シトロネラは害虫が嫌がる特有の香りを放って自分を守っている。早速、植物が身を守るための知恵を利用した虫よけスプレーの作り方を紹介しよう。 自分で作った虫よけスプレーは、直接肌に使うのはやめよう(写真/iStock) 【準備するもの】 ① シトロネラオイル ② レモングラスオイル ③ スイートアーモンドオイル ④ エタノール ⑤ 精製水 ⑥ スプレーボトル ⑦ ガラス棒 ⑧ ピペット ⑨ ビーカー ※ 材料や道具は、アロマセラピーの専門店や百貨店、量販店などで購入できる。取り扱いの有無は、お店に電話などで確認を 【作り方】 ① ビーカーに精製水20ミリリットルを入れる ② ピペットを利用して、ビーカーにエタノール12ミリリットルを入れる ③ 同様に、シトロネラオイル2ミリリットルを入れる ④ スイートアーモンドオイル1ミリリットルを入れる ⑤ レモングラスオイル1ミリリットルを入れる ⑥ ガラス棒で溶液をよくかき混ぜる ⑦ 出来上がった溶液が、「虫よけ」。これを、ピペットでスプレーボトルに入れる ⑧ 靴やカバン、コートなどに「虫よけ」をスプレーする 【注意事項】 ① エタノールは揮発性が強いので、使用する際は火災が起きないように注意。火の近くでは作業しないこと ② 使用する材料や、完成した「虫よけ」が皮膚や目にかからないように気を付ける ③ 「虫よけ」は、服や靴などに使用する。生地の変色などが起こらないか、目立たない場所でテストしてから使う ④ 使用したあとに皮膚がかゆくなったり、腫れたり、そのほか何らかの異常があったりした場合は、すぐに使用を中止して、医師に相談する ⑤ 防腐剤が入っていないので冷蔵庫に保管し、早めに使いきる ⑥ すべての虫に効果があるわけではないので、必要に応じて市販の虫よけと併用する レモングラスオイルには、虫を寄せ付けにくい効果がある(写真/iStock)  材料を測って混ぜるだけなので、手軽にチャレンジできそう。ハーブの香りの虫よけスプレーは、夏のお出かけをさわやかにしてくれる。完成したスプレーが、どのような虫にどのくらい効果があるかを観察して、日記などにまとめてもいい。  虫よけスプレーに使ったシトロネラのように、香りで身を守ろうとする植物もあれば、毒で身を守ろうとする植物もある。ただ「毒にも薬にもなる」という言葉のとおり、一般的には毒とされる物質も、人間の役に立つことがある。ワンステップ上の自由研究のヒントに、『実験対決45 毒と解毒』のコラムから、毒草の話を紹介したい。  言うまでもないが、毒草とは根や実、葉などに毒が入っている植物だ。毒草を食べると下痢、まひ、幻覚などの中毒症状が現れ、毒草が体に触れると皮膚に炎症が起きることもある。有名な毒草にはチョウセンアサガオやドクゼリ、トリカブトなどがある。  身近な例では、ジャガイモの芽にも嘔吐(おうと)や腹痛を引き起こす毒が入っている。また、キノコの中にも毒を持つものがある。代表的な毒キノコはテングタケ、ベニテングタケ、オオワライタケなどだ。毒キノコを食べると、吐き気、興奮、下痢、ひどい場合には死に至るなど、種類によってさまざまな中毒症状が起こる可能性がある。  ジギタリスの花。別名を「キツネノテブクロ」という(写真/iStock)  しかし、毒は必ずしも人間に害だけを及ぼすわけではない。同じ成分が病気を治療する薬として使われるケースもある。例えば、ジギタリスという植物には、心臓の活動を助ける「強心配糖体」という成分が含まれている。過度に使用すると頭痛や嘔吐、不整脈などの原因となる「毒」として作用するが、高血圧や心臓病の治療をする「薬」の材料にもなる。  植物の性質をさらに掘り下げてみると、オンリーワンの自由研究になるはずだ。 (構成/生活・文化編集部 直木詩帆)

カテゴリから探す