
中高年ひきこもりの家族も“当事者” 不満を抱え込まず「しんどい」と言える場を
ひきこもる40~50代の子を持つ親に加え、最近はその兄弟姉妹からの相談も増えているという。問題を抱え込むのは、当事者も家族も苦しい。「つながる」ことは必要だ
KHJ全国ひきこもり家族会連合会には、さまざまな相談が寄せられるが、ひきこもる40~50代の子を持つ親だけでなく、最近はその兄弟姉妹からの相談も増えているという。AERA 2023年9月25日号から。
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夜7時すぎ、都内の雑居ビルの一室では会議が白熱していた。
「この見出しでは当事者に寄り添えていないんじゃないか」
「当事者は支援する人たちの本音が知りたい。そういった記事があってもいいはず」
積極的に発言し、意見をぶつけ合う。KHJ全国ひきこもり家族会連合会がつくる情報誌「たびだち」の編集会議だ。編集部員はひきこもりから復帰した人や、今もひきこもる人、ひきこもりを抱える親などの“当事者”たち。自身の経験を伝えたい、ひきこもる人たちの思いを届けたいと、会議は熱を帯びる。編集長を務める同連合会の副理事長でジャーナリストの池上正樹さん(60)は、笑みをたたえながら聞き手に徹する。
「意識しているのは話しやすい空気づくり。これを言ったらばかにされるんじゃないかとか、意見を述べるのを躊躇してほしくない。本人たちは言葉一つ一つに対して繊細で敏感。それぞれが大切にしていること、思いにきちんと耳を傾けることです」
自分が脅かされる
池上さんのもとには当事者たちからさまざまな相談が寄せられる。ひきこもる40~50代の子を持つ親が、自分の死後の子の将来を案じて相談に来るケースとともに、最近増えているのは「兄弟姉妹からの相談」だという。
「高齢の親と同居するひきこもりのきょうだいがいるが、親が動かない。『いずれ親に代わり自分がきょうだいの人生を背負わなければいけないのか』という不安から相談に来ます。自身にも家庭があり生活もある。それが脅かされるんじゃないか、と」
支援団体とつながる親はまれで、70代、80代の親の中にはひきこもる子を「家の恥」などとして、相談したがらない事例が多い。問題を先延ばしにする中で親は年老いていき、見るに見かねてきょうだいが相談に来る。
いけがみ・まさき/1962年生まれ。ジャーナリスト。著書に『ルポ「8050問題」高齢親子“ひきこもり死”の現場から』(河出書房新社)など
実際に、持ち家がひきこもりのきょうだいに相続され、「自分は社会に出て頑張っているのに、何もしていないきょうだいが相続できるのはおかしい」といった不満をはっきりと口にする相談者も少なくないという。
「当事者の親は動かずにいる一方で、社会の中で現役の働き手として活動しているきょうだいたちは情報も収集する。公的機関はあてにならないと考えれば、民間支援に頼るなど行動に移す人も多いのです」
そして、きょうだいの年齢が40代後半以上であれば、親世代と同様に「社会復帰=働く=正規雇用」という昭和的発想が刷り込まれていて、就労による復帰にこだわりがちだという。
「コロナ禍以降、在宅ワークが増え、雇用形態も多様化しているのに、『ボーナスもない、生活が安定しない』など、新しい価値観に対応しきれていない印象です。そんな時代とのずれも家族関係の不和、ひいては崩壊につながりかねません」
今、「7040」問題予備軍というべき“グレーゾーン”にいる家族は増えているという。内閣府の2022年度の「こども・若者の意識と生活に関する調査」によると、ひきこもり状態にある40~69歳のうち9割以上に就業経験があった。
責める気持ちあった
「精神疾患などが要因のケースもありますが、社会的要因がきっかけの人も多い。職場での人間関係のストレスやコロナ禍で職を失った結果、ひきこもる人もいます。仕事に就けずにいる瞬間を切り取れば、怠けていた、努力が足りなかったと見られ、自責の念に駆られ、追い詰められていく。誰もがひきこもり状態に陥る可能性はあるのです」
実は、池上さん自身も、なかなか自立できずにいる弟を抱える当事者だった。四つ下の弟は人付き合いが苦手で、職を転々としていた。
「語学が得意で夢もあり、弟なりに頑張っているんだろうと思いつつ、なぜ長続きしないのか、努力が足りないんじゃないかと、当時の私はどこかに弟を責める気持ちがありました」
「たびだち」2023年早春号の表紙。イラストは当事者男性が描いた
両親が亡くなると、弟はよりひきこもりがちになった。とはいえ、弟には両親の遺産も家も残り、弟の生活や将来に深刻さをそこまで感じていなかった。
「持ち家には弟が住んでいて、相続等には不公平感も覚えていましたが、仕方がないのではとあきらめていました」
ところが、いつのまにか弟は借金も抱えていた。池上さんは弟をアシスタントとして雇うなどさまざまなサポートを提案したがうまくいかず、最後に会ってから数カ月後、弟は部屋で亡くなっていた。池上さんは自戒も込めてこう話す。
「当時、弟がいることは周囲にあまり言っていなかった。言うとしても少しごまかして話していました。家族のことで『しんどい』と言える場がなく、なんで?という気持ちばかりが先に立ち、弟との対話は十分ではなかったと、今になって思います」
「しんどい」言っていい
死に至る事例は全国各地で起きている。親が亡くなり後を追うように亡くなる。家族間での殺傷事件や心中事件。親が亡くなった後どうしていいかわからないままに時間がたち死体遺棄で逮捕されるケースもある。そうした事態を避けるためには、追い詰められる前に家族が外とつながり、家族だけで抱え込まないことだという。
「家族だけで抱え込むのは当事者にとっても家族にとっても苦しい。同じような経験をした仲間とつながることが効果的です。家族やきょうだいも『一人じゃない』ということがわかって、ほっとできる。医療機関の評判を共有できたり、それぞれの経験を聞くことで気づきがあったりします。家族同士でしかわかり合えないつらさを吐き出して、『しんどい』と言ってほしい」
そう言える場所を見つける。それは家族会でも何でもいい。
「外で家族に対する愚痴を言ってもいいんです。心の中に溜まる思いを吐き出せる場所を見つけられるだけでも、自分を追い詰めないことにつながります」
今春発行された「たびだち」の表紙は、金魚に乗って空を飛ぶ子どものイラスト。その脇にはしゃがみこんで泣いている子どもも描かれている。描いたのは、就業経験はあるが20年以上ひきこもり状態が続く40代後半の男性。池上さんと知り合ったきっかけは母親が家族会の講演に来たこと。「今は息子と話すことができない」と相談された。
池上さんが「お子さんは普段何を大切にしているか」と尋ねると、母親は「物心ついたときからずっと絵を描いている」。見せてもらった絵がうまく、「たびだちで描いてもらえないか」と依頼すると、本人から電話があり、絵を描いてくれた。
「今も会うことはできないのですが、母親も喜んでいました。今は引きこもりながらでも強みを生かして収入を得ることができる。これも一つの社会との関わり方、つながり方ですよね」
(編集部・秦正理)
※AERA 2023年9月25日号