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中高年ひきこもりの家族も“当事者” 不満を抱え込まず「しんどい」と言える場を
中高年ひきこもりの家族も“当事者” 不満を抱え込まず「しんどい」と言える場を ひきこもる40~50代の子を持つ親に加え、最近はその兄弟姉妹からの相談も増えているという。問題を抱え込むのは、当事者も家族も苦しい。「つながる」ことは必要だ    KHJ全国ひきこもり家族会連合会には、さまざまな相談が寄せられるが、ひきこもる40~50代の子を持つ親だけでなく、最近はその兄弟姉妹からの相談も増えているという。AERA 2023年9月25日号から。 *  *  *  夜7時すぎ、都内の雑居ビルの一室では会議が白熱していた。 「この見出しでは当事者に寄り添えていないんじゃないか」 「当事者は支援する人たちの本音が知りたい。そういった記事があってもいいはず」  積極的に発言し、意見をぶつけ合う。KHJ全国ひきこもり家族会連合会がつくる情報誌「たびだち」の編集会議だ。編集部員はひきこもりから復帰した人や、今もひきこもる人、ひきこもりを抱える親などの“当事者”たち。自身の経験を伝えたい、ひきこもる人たちの思いを届けたいと、会議は熱を帯びる。編集長を務める同連合会の副理事長でジャーナリストの池上正樹さん(60)は、笑みをたたえながら聞き手に徹する。 「意識しているのは話しやすい空気づくり。これを言ったらばかにされるんじゃないかとか、意見を述べるのを躊躇してほしくない。本人たちは言葉一つ一つに対して繊細で敏感。それぞれが大切にしていること、思いにきちんと耳を傾けることです」 自分が脅かされる  池上さんのもとには当事者たちからさまざまな相談が寄せられる。ひきこもる40~50代の子を持つ親が、自分の死後の子の将来を案じて相談に来るケースとともに、最近増えているのは「兄弟姉妹からの相談」だという。 「高齢の親と同居するひきこもりのきょうだいがいるが、親が動かない。『いずれ親に代わり自分がきょうだいの人生を背負わなければいけないのか』という不安から相談に来ます。自身にも家庭があり生活もある。それが脅かされるんじゃないか、と」  支援団体とつながる親はまれで、70代、80代の親の中にはひきこもる子を「家の恥」などとして、相談したがらない事例が多い。問題を先延ばしにする中で親は年老いていき、見るに見かねてきょうだいが相談に来る。 いけがみ・まさき/1962年生まれ。ジャーナリスト。著書に『ルポ「8050問題」高齢親子“ひきこもり死”の現場から』(河出書房新社)など    実際に、持ち家がひきこもりのきょうだいに相続され、「自分は社会に出て頑張っているのに、何もしていないきょうだいが相続できるのはおかしい」といった不満をはっきりと口にする相談者も少なくないという。 「当事者の親は動かずにいる一方で、社会の中で現役の働き手として活動しているきょうだいたちは情報も収集する。公的機関はあてにならないと考えれば、民間支援に頼るなど行動に移す人も多いのです」  そして、きょうだいの年齢が40代後半以上であれば、親世代と同様に「社会復帰=働く=正規雇用」という昭和的発想が刷り込まれていて、就労による復帰にこだわりがちだという。 「コロナ禍以降、在宅ワークが増え、雇用形態も多様化しているのに、『ボーナスもない、生活が安定しない』など、新しい価値観に対応しきれていない印象です。そんな時代とのずれも家族関係の不和、ひいては崩壊につながりかねません」  今、「7040」問題予備軍というべき“グレーゾーン”にいる家族は増えているという。内閣府の2022年度の「こども・若者の意識と生活に関する調査」によると、ひきこもり状態にある40~69歳のうち9割以上に就業経験があった。 責める気持ちあった 「精神疾患などが要因のケースもありますが、社会的要因がきっかけの人も多い。職場での人間関係のストレスやコロナ禍で職を失った結果、ひきこもる人もいます。仕事に就けずにいる瞬間を切り取れば、怠けていた、努力が足りなかったと見られ、自責の念に駆られ、追い詰められていく。誰もがひきこもり状態に陥る可能性はあるのです」  実は、池上さん自身も、なかなか自立できずにいる弟を抱える当事者だった。四つ下の弟は人付き合いが苦手で、職を転々としていた。 「語学が得意で夢もあり、弟なりに頑張っているんだろうと思いつつ、なぜ長続きしないのか、努力が足りないんじゃないかと、当時の私はどこかに弟を責める気持ちがありました」 「たびだち」2023年早春号の表紙。イラストは当事者男性が描いた    両親が亡くなると、弟はよりひきこもりがちになった。とはいえ、弟には両親の遺産も家も残り、弟の生活や将来に深刻さをそこまで感じていなかった。 「持ち家には弟が住んでいて、相続等には不公平感も覚えていましたが、仕方がないのではとあきらめていました」  ところが、いつのまにか弟は借金も抱えていた。池上さんは弟をアシスタントとして雇うなどさまざまなサポートを提案したがうまくいかず、最後に会ってから数カ月後、弟は部屋で亡くなっていた。池上さんは自戒も込めてこう話す。 「当時、弟がいることは周囲にあまり言っていなかった。言うとしても少しごまかして話していました。家族のことで『しんどい』と言える場がなく、なんで?という気持ちばかりが先に立ち、弟との対話は十分ではなかったと、今になって思います」 「しんどい」言っていい  死に至る事例は全国各地で起きている。親が亡くなり後を追うように亡くなる。家族間での殺傷事件や心中事件。親が亡くなった後どうしていいかわからないままに時間がたち死体遺棄で逮捕されるケースもある。そうした事態を避けるためには、追い詰められる前に家族が外とつながり、家族だけで抱え込まないことだという。 「家族だけで抱え込むのは当事者にとっても家族にとっても苦しい。同じような経験をした仲間とつながることが効果的です。家族やきょうだいも『一人じゃない』ということがわかって、ほっとできる。医療機関の評判を共有できたり、それぞれの経験を聞くことで気づきがあったりします。家族同士でしかわかり合えないつらさを吐き出して、『しんどい』と言ってほしい」  そう言える場所を見つける。それは家族会でも何でもいい。 「外で家族に対する愚痴を言ってもいいんです。心の中に溜まる思いを吐き出せる場所を見つけられるだけでも、自分を追い詰めないことにつながります」  今春発行された「たびだち」の表紙は、金魚に乗って空を飛ぶ子どものイラスト。その脇にはしゃがみこんで泣いている子どもも描かれている。描いたのは、就業経験はあるが20年以上ひきこもり状態が続く40代後半の男性。池上さんと知り合ったきっかけは母親が家族会の講演に来たこと。「今は息子と話すことができない」と相談された。  池上さんが「お子さんは普段何を大切にしているか」と尋ねると、母親は「物心ついたときからずっと絵を描いている」。見せてもらった絵がうまく、「たびだちで描いてもらえないか」と依頼すると、本人から電話があり、絵を描いてくれた。 「今も会うことはできないのですが、母親も喜んでいました。今は引きこもりながらでも強みを生かして収入を得ることができる。これも一つの社会との関わり方、つながり方ですよね」 (編集部・秦正理) ※AERA 2023年9月25日号
「全財産は長男に譲る」不公平な遺言をくつがえす3つの方法
「全財産は長男に譲る」不公平な遺言をくつがえす3つの方法 遺言書は作成方法や保管方法によって主に2つに分かれる  2021年の司法統計によると、相続トラブルがもっとも多いのは、相続財産が5000万円以下のケース。相続財産は現金・預金だけではなく、分割が難しい土地や建物も含まれる。都市の持ち家を相続したら、該当することが多い金額だ。少額であっても、遺言書の内容に納得いかず、それまで仲が良かった家族が争うケースは珍しくないという。    累計115万部突破の「超基本」シリーズ最新刊で、相続専門の税理士法人「ベンチャーサポート相続税理士法人」の古尾谷裕昭代表税理士が監修した『生前と死後の手続きがきちんとわかる 今さら聞けない 相続・贈与の超基本』は、遺産分割や節税で損をしないための基礎知識を網羅し、2024年1月1日に施行される相続税・贈与税の税制改正にも対応。不公平な遺言書への対策についても、事例を用いてわかりやすく解説している。 ***  3人きょうだいの次男だという男性は、亡くなった父の遺言書を見て驚いた。「長男に全財産を譲る」と書かれていたからだ。長女と自分への遺産分割についてはまったく触れられていなかった。長女もこの内容に納得がいかず、2人は異議を申し立てができるのか、税理士事務所を訪ねた。  被相続人(この場合は父)が遺言書を残していた場合、原則としてその内容に従って遺産相続が行われる。ただし遺言書は絶対ではない。遺言書の内容に納得できない場合は、以下の対策を講じることができる。 ① 遺言書の無効を主張する  故人が一人で遺言書を作成し自分で保管していた場合には、公証人と一緒に作成し公証役場で保管していた場合とは異なり、無効になることもある。被相続人本人が認知症の状態で作成したものや、作成日付がないなど法的要件を満たしていないものは、地方裁判所に無効確認を申し立て、無効が確認でき次第、相続人全員で遺産分割協議を行う。 残された遺言書が有効なのか、無効なのかによって対策は異なる ② 相続人全員で分割協議する  遺言書が有効の場合でも、相続人全員がその内容に納得せず新たに遺産分割協議を行うことに合意すれば、対象となる全員の話し合いで分割方法を決めることができる。 ③ 遺留分を請求する  相続人全員の合意を得られない場合は、遺留分侵害額請求という方法がある。遺留分とは、民法で定められた相続人の最低限の取り分のこと。遺留分の請求は、法定相続人の中でも配偶者と、子・孫などの直系卑属、父母や祖父母などの直系尊属のみに認められている。遺留分の割合は基本的に法定相続分の半分だが、直系尊属のみの場合は3分の1になる。ちなみに、遺留分侵害額請求は、相続開始と遺留分侵害の事実を知ってから1年以以内に行う必要がある。  遺留分侵害額請求のあと、話し合いで進められそうであれば、まず相手に意思表示をして合意を得る。合意できなかった場合は、家庭裁判所などに調停を申し立てる。調停でも合意できなかった場合は訴訟となり、裁判所にゆだねられることになる。費用はかかるが、もめた場合は弁護士などの専門家に相談するのがいいだろう。 (構成/生活・文化編集部 上原千穂)
「政治的テロリズム」よりも「社会的承認」 安部元首相殺傷事件から変わった権威に対する暴力の動機
「政治的テロリズム」よりも「社会的承認」 安部元首相殺傷事件から変わった権威に対する暴力の動機 安倍元首相を暗殺し身柄を確保される山上徹也被告    安部元首相の暗殺事件から1年経たずして、社会学者・宮台真司氏の襲撃事件や、岸田首相襲撃事件が起こった。同様に社会から孤立した人が起こした秋葉原歩行者天国での事件のように無差別な殺傷から打って変わって、ターゲットが個人に特定化される事件が多発している。そこには、政治的テロリズムとは言い難い、覚悟のなさや未熟さがあった。政治学者・白井聡氏と哲学者・内田樹氏の新著『新しい戦前 この国の“いま”を読み解く』(朝日新書)では、二人がこの事件について対談形式で分析している。同著から一部を抜粋、再編集し、紹介する。 *  *  * 安倍元首相銃撃と岸田首相襲撃事件 白井聡(以下、白井):2023年4月の統一地方選の最中、岸田首相の襲撃事件が起こりました。安倍元首相の暗殺事件から1年も経っていません。その間の22年11月には社会学者の宮台真司さんの襲撃事件もありましたよね。私はこうしたいわゆる政治と暴力の問題を非常にリアルに感じています。  実は私にも22年秋に脅迫状が送られてきました。犯人は捕まっていないけれども、その時は別に何も感じませんでした。本気のやつは黙って襲撃してくるだろうから放っておけばいいと思っていた。けれども宮台さんが刃物で襲われて重傷を負ったことで、気分的にかなり変わりました。宮台さんは本当に危なかった。運よく死なずに済んだけれども、死んでいても全然おかしくないような深刻な攻撃だったわけです。事件後に宮台さんは「殺害予告みたいなものは今までたくさんきていた。本当にやるんだったら黙って来るだろうと思っていた。ただ感覚が麻痺していて、警戒心がなくなっていた。そのことを後悔している」というふうに語っていました。私には、この宮台さんの言葉が非常に印象的でした。  山上徹也被告による安倍元首相銃撃からターゲットが特定化されるようになってきたのではないでしょうか。つまり、山上被告による事件が解き放った暴力という要因があるように見えます。  これまでも「無敵の人」と呼ばれるような人たちによる暴力の激発はありました。最も代表的なのは2008年6月に東京・秋葉原の歩行者天国で起こった無差別殺傷事件でしょう。ターゲットは文字通り無差別、たまたまそこに居合わせた一般の人たちでした。それに対して、権力者である安倍元首相、岸田首相、あるいは権威があると見なされた知識人の宮台さんと、権力や権威に対して暴力の方向性が向き始めたわけです。  無差別的な暴力の激発は、殺人というより、拡大自殺ととらえた方が適切なのかもしれません。死刑になることを目的にやっているフシがある。これとは対照的に、山上被告以降の事件は、自らの死ではなく、特定の他者の死が明確に目標になっています。  ただし、犯行の動機はそれぞれ違います。岸田首相に爆弾のようなものが投げられた事件は、ターゲットは現職の総理大臣ですから、まさに権力へ向けた暴力ということになります。けれども犯人がなぜそうしたのか、常人にはわからない論理で行動に走っているわけです。  安倍元首相の暗殺事件は動機をたどれます。自分がこんなにひどい目に遭ってきたのは統一教会(世界平和統一家庭連合)のせいだ、と。また、山上被告がツイッターなどに書き込んだ内容を読むと、個人として統一教会を恨んでいただけでなく、より普遍的な見地から同教団の反社会性を絶対に許せないという思いが滲んでいます。だから総裁の韓鶴子を殺さなければならないけれども、それは無理だ。だったら日本で統一教会を守ってきた頭目をやろう、誰だ、安倍だと。そういうかたちで山上被告の場合は論理をたどれます。  では、宮台さんを襲撃した犯人の中で、どういう動機形成がなされたのか。犯人が証拠隠滅、犯行動機の参考になるようなものを全部捨てたうえで自殺したので、よくわかりません。  ただ、いわゆる引きこもり的な生活を送っていたことは明らかです。また、知識人に対する憎悪があったと言われています。だから孤立している中で、何か気に食わないことを言っている知識人の代表として宮台さんが狙われた。それにプラスして、家から近かったという理由があると思います。相模原の犯人宅の辺りから宮台さんが勤める都立大学のある八王子の南大沢は、感覚的にはいわば近所です。  その程度のことは想像できますが、ターゲットが宮台さんでなければならなかった必然性は、やはりよくわからないんですね。たとえば、1930年代半ばに天皇機関説排撃運動が起こった時、法学者の美濃部達吉が右翼に殺されかけました。あれはターゲットはまさに美濃部達吉でなければならなかったわけです。それに比べたら、宮台さんを殺さなければいけない必然性は全く薄くて、別に他の人でもいいじゃないかというふうに見えます。  岸田首相を襲撃した犯人の場合はどうか。これもよくわかりません。すごく情報統制されている感じがあって、動機の解明が進んでいない印象です。ただ、犯人が政治に関心を持っていて、選挙について「立候補の年齢制限や供託金制度がけしからん」などと言って裁判を起こしていたことはわかっています。  しかし、その裁判は本人訴訟でした。違憲性を主張して国に損害賠償を求めるという訴訟ですが、本気で裁判で争おうと思ったら、専門家である弁護士によって構成された強力な原告団を形成して、論理を精緻に作らなければいけないと普通は考えます。ところがそんなことをやった形跡はありません。言ってみれば全く手作りの訴訟、裁判だったわけですが、これは非常識と言っていいでしょう。犯人には物事をきちんとステップを踏んでやっていくという思考回路が全くないように見えます。  神戸地裁で裁判が行なわれ、判決は当然のことながら敗訴でした。それで国家権力のトップである岸田首相を殺すという方向へ向かったのではないかと推論したくなります。ただしそれは、やはり常人には理解できない論理なんですね。  いずれにしても暴力の無軌道な激発というのは既に相次いでいたわけですが、暴力がある種の方向性を持ってターゲットを見出すようになってきたというのが、安倍元首相暗殺以降の新しい傾向です。しかし、その内的論理は混乱の極みでしかありません。そういうかたちの暴力が吹き荒れる時代になってきた。そこに私は非常にリアリティを感じています。  だから自分も身辺に気をつけなければいけないなと本気で思っています。いつ、どこから、どういう暴力が飛んでくるのかわかったものではない。そういう本当に嫌な状態に入ってきたなと。それが今の私の感覚なのですが、内田さんにも殺害予告が来たりしませんか。 政治的テロリズムと呼べない理由 内田樹(以下、内田):僕のところには殺害予告は来たことがないですね。もともと僕はネット上のリプライを読まないので、自分が世間でどういうふうに言われているのか知らないんです。ときどき「炎上してますよ」と知らせてくれる人がいますけれど、知らないうちに自然鎮火しているみたいです。  ネット上での脅迫とか罵倒とかは相手の生命力を減殺しようという「呪い」の行為ですけれど、呪いは相手に届かないと効果がない。効果がないどころか、「宛先」を見失った呪詛は呪いを発信した当人のところに戻って来るものと相場が決まっています。だから、「呪い返し」を避けるために呪いを発信する人たちは匿名を選択しているわけです。ということは、現代日本においても、みなさんは「呪詛」が効果的に機能することを知っているということです。呪いのルールにちゃんと従っている。ですから、僕も経験則に従って「鬼神を敬して之を遠ざく」で、「邪悪なもの」には近づかないようにしています。さすがに10年以上も「リプライ不読」を続けていると、「内田相手だといくら呪っても徒労だから、もう止めようか……」というふうになっているんじゃないかな。 白井:それでも変な逆恨みをする人がたくさんいます。とにかく内田の言っていることは気に食わない、けしからん、内田が日本を悪くしているから殺すしかないと妄想的に思っているような人がいても、全く不思議ではありません。内田さんが平気でいられるのは、やはり武道家であることが大きく影響しているのでしょうか。 内田:そうかも知れないです。自宅1階が道場ですからね。襲おうと思ってやって来ても玄関で「何のご用でしょうか」と門人が出てきますから。仮にそういう相手が5人、10人といるのをなぎ倒しても、2階まで駆け上がって「ラスボス」を仕留めるのは、けっこう大変だと思います。書斎には日本刀も置いてありますから、うっかり近づくとけっこう危ない(笑)。 白井:実際問題として、返り討ちに遭う可能性がかなり高い(笑)。 内田:人を襲おうという人だって、どうせやるなら費用対効果を考えて、リスクが少なく効果の多い相手を選ぶんじゃないですか。「相手は誰でもよかった」と言って、無差別的な暴力をふるうやつだって、女の人や子どもや老人、外国人や障害者のような弱い相手、あるいは社会的に孤立した、反撃されるリスクがない相手ばかり狙うじゃないですか。「無差別」といいながら、実は相手を選んでいるんです。 白井:そうですね。だから正確には無差別ではないんですよね。プロレスラーやヤクザを襲ったりしませんから。 内田:安倍さん、岸田さん、宮台さんに対する襲撃を「政治的テロリズム」と呼んでいいのかという問題もあります。僕はどれも「政治的テロリズム」の条件を満たしていないと思う。政治的テロリズムというのは、自分の政治的主張を広く世間に伝え、それを実現する合法的な手立てが他にないので、最後の手段として暴力を選ぶというもののはずです。だから、刑事罰を受ける覚悟で行なう。伝統的には、暴力を用いたその場で自死するというのがテロリストの倫理規範です。テロリストとは、自分の政治的主張を周知するために非合法的な手段を選び、その代償として自分の命を差し出す。この二つの条件を満たす者のことだと僕は思います。  明治時代、大久保利通を襲った島田一郎は「斬奸状」にはっきりと「有司専制の弊害を改め、速かに民会を興し」とテロの目的を明らかにしています。大隈重信に爆弾を投じた玄洋社の来島恒喜は大隈の進める「屈辱条約」締結反対運動の活動家であり、玄洋社の看板を背負っていた。彼らの行動の政治的意味については余人の解釈の入る余地がありません。島田は自首してのち斬首され、来島はその場で自ら首を刎ねました。これが基本だと思います。ですから、自分の行為の意味を明らかにして、かつ自分が殺す相手の命と引き換えに自分も死ぬという覚悟がない行動を「政治的テロリズム」と呼ぶわけにはゆかない。仮に行為の政治的目的が開示されていたとしても、相手を殺すだけで自分は生き延びるつもりなら、それはただの「暴力」です。独裁者が反対派を虐殺するのと変わらない。  山上被告の場合は本人が書いたと言われるTwitterの分析で動機はだいたいわかりましたけれども、それも第三者に解釈してもらって、動機を推測してもらうというものでした。でも、テロリストが自分の行動の意味を第三者の解釈に委ねるということはあるはずがない。間違った解釈をされるリスクがあるわけで、それでは行動した意味がなくなってしまう。自分自身の言葉で「私はこういう理由でこの行為に至った」という開示をしていないという点では、岸田首相に爆発物を投げた人も、宮台さんを襲撃した人も同じです。  何の目的かわからないまま暴力をふるったのは、無意識だとは思うけれども、自分の目的をはっきり言うことに自信がなかったからではないかと思います。自分の意図を適切に伝えるような言葉を持っていなかった。それだけ精神的に未熟だったということです。わずかな文字数のうちに自分の意図を誤解の余地なく書くというのは、かなりの知的な成熟が必要です。実際には、言いたいことのほとんどを諦めるという覚悟がないと「斬奸状」は書けない。トラウマがどうしたというような個人史的な事情なんかをつらつらと書き連ねるだけの行数はない。でも、自分の言いたいことのほとんどを諦めて、政治的意図だけに限定するという覚悟がなければ、テロリストの資格はない。  さらに言えば、どういう意図でやったのかはっきりさせないほうが、いろいろな人がああでもない、こうでもないと仮説を立ててくれる可能性がある。その方が自分の名前の被言及回数が増える。言動の軽重を「フォロワー数」や「いいね」の数で考量する習慣になじんだ人間なら、「どういう意図で行なわれたのかわからない」という方がむしろ効果的だと考えるでしょう。  事件を起こす人たちに共通しているのは、「社会的承認を得たい」ということのように見えます。繰り返し事件が言及されて、集団的記憶に自分の名前を刻み込みたいと願っている。被言及回数を増やすためには「斬奸状」を書いて、行動の意図を明らかにしない方がむしろ効果的だという無意識的な計算が働いている。そんな気がします。現に、今まさに僕たちは「何のためにやったのかわからない事件」について言及しているわけですから。 ●内田 樹(うちだ・たつる) 1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授、昭和大学理事。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。神戸で哲学と武道研究のための私塾凱風館を主宰。合気道七段。『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第6回小林秀雄賞、『日本辺境論』(新潮新書)で第3回新書大賞、執筆活動全般について第3回伊丹十三賞を受賞。 ●白井 聡(しらい・さとし) 1977年東京都生まれ。思想史家、政治学者。京都精華大学准教授。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。著書に『永続敗戦論─戦後日本の核心』(講談社+α文庫、2014年に第35回石橋湛山賞受賞、第12回角川財団学芸賞を受賞)をはじめ、『未完のレーニン─〈力〉の思想を読む』(講談社学術文庫)など多数。
花粉症の人がリンゴや桃で食物アレルギーに なぜ? 花粉とたんぱく質構造が似る意外な組み合わせに注意
花粉症の人がリンゴや桃で食物アレルギーに なぜ? 花粉とたんぱく質構造が似る意外な組み合わせに注意 ※写真はイメージです(写真/Getty Images)   最近、子どもだけでなく大人にも増えているのが、花粉や天然ゴム、ペットなど私たちの身近に存在する食物以外のものが原因で起きる食物アレルギーです。今までその食物を食べてもなんともなかったのに、ある時期から急に、食べると唇が腫れる、のどがイガイガするなど、何らかの症状が出るようになったら要注意です。  時には、アナフィラキシーなどのショック症状を引き起こすこともあり、対応が遅れれば命に関わる食物アレルギー。その最新情報を、週刊朝日ムック「手術数でわかるいい病院」編集チームが取材する連載企画「名医に聞く 病気の予防と治し方」から、「子どもが気をつけたい食物アレルギー」と題して全3回でお届けします。第3回は、食物以外が原因で起きる食物アレルギーを中心に取材しました。 *  *  *    食物以外のものがきっかけで起きる食物アレルギーで最も多いのは、花粉・食物アレルギー症候群です。これは、何らかの花粉症のある人が、関連する果物や野菜に対して症状が出るというものです。例えば、シラカバやハンノキなどカバノキ科の花粉症がある人たちがリンゴなどバラ科の果物を食べると、症状が出ることがあります。 【第1回はこちら】 子どものクルミアレルギー急増 食物アレルギー原因3位に 表示義務化も医師「中食・外食には注意」 https://dot.asahi.com/articles/-/200131   【第2回はこちら】 子どもの食物アレルギーは小学生までに70%程度治る 卵、乳、小麦 医師「食べられる量をきっちりと設定」 https://dot.asahi.com/articles/-/200974 花粉症でリンゴや桃の食物アレルギー 「アレルギーを引き起こすたんぱく質の構造が、カバノキ科の花粉とバラ科の果物でとてもよく似ているため、これらの樹木の花粉症の患者さんたちがバラ科の果物を食べると、アレルギー反応が誘発されると考えられています」  このように、昭和大学病院小児科教授の今井孝成医師は言います。今井医師は小児科全般、特に小児のアレルギー疾患について長年診療に携わり、日本アレルギー学会や日本小児アレルギー学会の理事として若い医師たちの指導や、教育関係者・保護者などへのアナフィラキシーに関する啓発活動などを精力的におこなっています。 「バラ科の果物にはリンゴや梨のほか、桃やサクランボ、イチゴなどのベリー系、ビワ、プラム、ウメなど、日本人が好んで食べるものが多いのです。必ずしもこれらの果物すべてで症状が出る、というわけではないのですが、リンゴ、桃で症状が出る場合が多いですね」(今井医師) 生搾りのジュースに注意  症状としては、唇が腫れたり口の中がかゆくなったりのどがイガイガしたりといった、食べたものに触れる口の周りの症状が多く、これらの症状が出たら、それ以上は食べるのをやめることが大切です。 「一般的にはアナフィラキシーなどの強い症状は誘発されにくいですが、注意が必要なのは生搾りのジュースです。液体の場合は固形の果物より吸収が早いので、生搾りのジュースを大量に飲むと消化しきれないたんぱく質を吸収してしまい、症状が強く出ることがあります。一方、パッケージになって販売されているジュース類は加熱処理がされており、アレルギーを起こす力が弱まっているので大丈夫なことが多いです」  そう話すのは、福岡市立こども病院アレルギー・呼吸器科科長の手塚純一郎医師です。手塚医師は同院のこどもアレルギーセンター長も務め、日本小児アレルギー学会、日本小児臨床アレルギー学会などの理事としてアレルギー疾患の適切な治療のため、医療者、家族、学校、行政など多職種との連携や情報の啓蒙に尽力しています。 ゴム手袋、クラゲ、猫、鳥…  このように、アレルギーを引き起こすたんぱく質の構造が似通っていることで、アレルギーの症状が起きることを交差反応(こうさはんのう)といい、花粉以外にもいろいろなもので起きることが、近年わかってきました。  花粉以外で多いのは、ゴム手袋などに使われる天然ゴム(ラテックス)が原因で起きるラテックスアレルギーです。普段仕事などで常にゴム手袋をするなどゴム製品に触れることが多い人が、バナナやアボカド、キウイフルーツ、栗などを食べるとアレルギー症状が出るようになる、というものです。    また最近明らかになったものに、納豆アレルギーがあります。クラゲに刺されたことがある人が、納豆を食べると症状が出る、というもので、クラゲと納豆のネバネバの成分が似通っていることで起きます。  このほか、猫を飼っている人が豚肉を食べると症状が出る(ポーク・キャット症候群)、鳥を飼っている人が卵や鶏肉を食べると症状が出る(バード・エッグ症候群)など、交差反応によるさまざまな食物アレルギーがあることがわかってきています。 「日本人の場合、花粉症の人がとても増えており、それに伴って交差反応の食物アレルギーも増えています。食物以外のアレルギーでも、タンパク質の構造が似た食べ物でアレルギーが起きることがある、ということを知り、症状が起きて怪しいなと思った食物は避ける。もし心配なら、ためらわずにアレルギーが専門の医師を受診してほしいと思います」(手塚医師) 次々にアレルギーを発症するアレルギーマーチ  子どもの場合、0歳時のアトピー性皮膚炎や食物アレルギーから始まり、2~3歳時には気管支ぜん息やアレルギー性鼻炎、学齢になると花粉症といったように、さまざまなアレルギーが起きる場合があります。アレルギーの病気が、まるで行進曲(マーチ)に乗ったように次々と発症することから、アレルギーマーチ、アトピックマーチなどと呼ばれます。  食物アレルギーには今のところ、これといった治療方法がないのが実情ですが、アレルギーマーチになるのを防ぐことは可能なのでしょうか。   「患者にはアレルギー体質が基盤にあるので、乳児期にアトピー性皮膚炎や食物アレルギーを発症した子どもは、アレルギーマーチを起こしやすい傾向があります。アレルギーになりやすい、なりにくい、というのは、アレルギー体質以外に成育環境が大きな要因となります。アレルギー体質は遺伝的に決まっているので変えられませんが、環境は変えることができます。例えば生活環境中のダニやホコリの除去など、できるだけ良い環境で過ごせるよう努力することが必要です。ただ、環境を整えればアレルギーマーチを食い止めたり発症を完全に防ぐことができるかというと、なかなか難しいですね」(今井医師) 「湿疹で肌のバリアが壊れていると、食物、ペット、ダニ、花粉などアレルギーの原因となるものが肌から侵入します。すると免疫機能が働いてからだの中でIgE抗体が作られ、次に原因物質が入ってきたとき、防御反応としてアレルギー症状が出てしまいます。まずは0歳のときにしっかりスキンケアをし、湿疹を治すことが非常に重要です」(手塚医師) 正しい最新情報にアクセスし、専門医にかかる  食物アレルギーは近年、ナッツ類でアレルギーを起こす人が増えたり、食物以外のさまざまなものから食物アレルギーが引き起こされることがわかってきたりと情報が更新され、どんどん新しくなっています。最新の正しい情報をチェックしておくことが大切です。それらの情報はアレルギーのポータルサイトや、学会の一般向けホームページなどで確認することができます。   アレルギーポータル(厚生労働省、日本アレルギー学会):https://allergyportal.jp/ 食物アレルギー診療ガイドライン2021ダイジェスト版(日本小児アレルギー学会):https://www.jspaci.jp/guide2021/ 東京都アレルギー情報navi(東京都保健医療局): https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/allergy//search_allergy.html   「食物アレルギーに限らずアレルギーを疑う症状では、自己判断をしないことと、正しい診断ができる医師に出会うことが何より重要です。最初に正しい診断を受け、自分の症状に最も合った治療を受けることで、その後の生活の質が全く変わります。そのためには、やはりアレルギーが専門の医師を探して受診することです。最寄りの病院にいなかったら、少し遠くても、がんばって専門の医師のいるところを訪ねていただければと思います」(今井医師) (取材・文/梶葉子) 日本アレルギー学会専門医・指導医一覧: https://www.jsaweb.jp/modules/ninteilist_general/   【取材した医師】 昭和大学病院・小児科教授 今井孝成(いまい・たかのり)医師 1996年東京慈恵会医科大学医学部卒業、昭和大学医学部小児科学講座入局。独立行政法人国立病院機構相模原病院小児科医長を経て、2012年昭和大学医学部小児科学講座講師、18年同准教授、19年から現職。日本小児科学会、日本アレルギー学会、日本小児アレルギー学会などで理事を歴任。「食物アレルギー診療ガイドライン2021」などの作成に中心的に携わり、行政、教育機関などへの食物アレルギーの啓発、各自治体の食物アレルギー情報発信などに尽力。 昭和大学病院・小児科教授 今井孝成医師   福岡市立こども病院 アレルギー・呼吸器科科長/こどもアレルギーセンターセンター長 手塚純一郎(てづか・じゅんいちろう) 医師 1998年九州大学医学部卒業、九州大学病院小児科入局。九州大学病院小児科、独立行政法人国立病院機構福岡病院小児科、国立病院機構福岡東医療センター小児科医長を経て、2015年から現職。日本アレルギー学会、日本小児呼吸器学会、日本小児アレルギー学会、日本小児臨床アレルギー学会などで理事を歴任。食物アレルギーをはじめとするアレルギー疾患の啓蒙や、アレルギーの患者や家族に関わる多職種の連携推進に精力的に活動。 福岡市立こども病院 アレルギー・呼吸器科科長/こどもアレルギーセンターセンター長 手塚純一郎 医師       連載「名医に聞く 病気の予防と治し方」を含む、予防や健康・医療、介護の記事は、WEBサイト「AERAウェルネス」で、まとめてご覧いただけます
制服はまるでサンドペーパー…「感覚過敏研究所」を12歳で立ち上げた加藤路瑛が目指す社会とは
制服はまるでサンドペーパー…「感覚過敏研究所」を12歳で立ち上げた加藤路瑛が目指す社会とは 感覚過敏研究所の加藤路瑛さん(本人提供)  光、音、におい、肌触りなど、私たちを取り巻くさまざまな“刺激が原因となって引き起こされる「感覚過敏」――。不登校などの原因のひとつともされ、いま、壮絶な実態が明らかになりつつなるこの「感覚過敏」について、当事者でありながら「感覚過敏研究所」を13歳で創設した“起業家”としても注目される現役高校生・加藤路瑛さんによる『カビンくんとドンマちゃん 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方』(監修/児童精神科医・黒川駿哉 ワニブックス)の一部を抜粋しつつ、その知られざる世界に迫る。前編はこちら。 *  *  * 制服はまるで“サンドペーパー”  2023年8月、感覚過敏の当事者で「感覚過敏研究所」所長を務める加藤路瑛さんが、現役高校生でありながら“世界を変えうる30歳未満にフォーカスする企画”「Forbes JAPAN 30 UNDER 30」のビジネス部門にて最年少受賞を果たし、話題をよんでいる。  加藤さんは12歳(中学1年生)の時に、子どもでも起業しやすい社会にしたいと起業を目指す。12歳では法人の代表になれないため、親が代表取締役、子どもが取締役社長になる起業方法を「親子起業」と名づけ、自ら親子起業スタイルで株式会社クリスタルロードを創業。2020年には「感覚過敏研究所」を立ち上げ、触覚過敏を持つ人のためのアパレル商品開発、大学機関との共同研究、企業とセンサリールーム(感覚過敏に優しい音や光を調整した空間)をコラボ企画するなど、感覚過敏の啓発において、今や第一線で活躍中だ。   加藤路瑛さん(ワニブックス提供)  華々しい活躍を見せる加藤さんだが、決して平坦な道のりではなかった。幼少期、加藤さんは「靴下が嫌いな子ども」だった。真冬でも裸足で過ごし、外出時も裸足のままサンダルを履いた。当然、その足は氷のように冷たい。親には「見ているだけで寒い」と言われたという。 「今なら、何が不快だったのかを説明できます。一番苦手なのは、靴下のつま先部分の縫い目。そしてその縫い目の左右にあるつなぎ目の小さなコブ。これが小石を踏んだように痛く、また尖った石の砂利道を歩いているような痛みがあって、はいていられません。さらに、つま先から足の裏にかかる生地のツッパリ感や肌へのはりつき感が気持ち悪くて、はいた瞬間に脱いで投げたくなるほど」……。  今では、出かける準備をすべてすませて、出かける瞬間に靴下をはくようにしているが、それでも「今、家を出ないと遅刻するという葛藤の中で本当に泣きそうな気持ちで靴下をはく」のだという。また、加藤さんを苦悩させたのは靴下だけではなかった。 「そもそも、服の生地が痛いんです。ズボンはまるでサンドペーパーのようで、太ももを削られるかのよう。制服のブレザーも、まるで鉛のように重かった。せっかく買ってもらった、けっして安くはない学校指定のポロシャツも、結局“痛み”で着ることができませんでした」 「感覚過敏」が起きるメカニズムとは  ずっと“服とは痛いもので、それを人間は我慢して着ているもの”だと思っていた加藤さんだが、「みんなは痛くないんだ!」と知ったのは中学1年生のとき。「感覚過敏」という言葉に出会ってからだった。  加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏は、「感覚過敏」、そして併発することの多い「感覚鈍麻」のメカニズムについて、次のように説明する。 「脳神経が刺激に反応する(刺激を認識する)最小の刺激量を『閾値(いきち)』といいます。閾値には個人差があり、たとえば感覚過敏の人はこの閾値が小さい。だから、わずかな刺激でも反応するのだと考えられています。一方、感覚鈍麻の人の閾値は平均より大きく、(感覚として)感じ取れる量まで刺激の量がなかなか到達せず、つまり鈍感であると考えられます」 「ただし、感覚過敏や鈍麻は、閾値だけによって決まるわけではありません。音の高さの違いの細やかさや、色の認識の細かさなど、目や耳、皮膚など『感覚器』の刺激の幅への“感度”の特性であるケースや、刺激を統合して処理する脳の特性である場合など、さまざまな理由が考えられます。あるいは、刺激が過敏すぎて刺激を処理しきれず、感覚鈍麻になるケースも。刺激に対応できず無反応になった結果、まるで刺激を感じていない=感覚鈍麻のように見えるのです」  つまり、一般的とされる“平均値”から離れた感覚の特性をもち、光(視覚)・音(聴覚)・におい(嗅覚)・味(味覚)・暑さ寒さ(触覚)など、さまざまな“刺激”を受ける上で日常生活に困難を抱える状態を「感覚過敏」、あるいは「感覚鈍麻」という。  くわしい原因はいまだ研究中であるものの、刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな原因で起きると考えられている。自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、知的発達症(ID)、発達性協調運動症(DCD)、不安症、うつ病、PTSDといった感覚過敏や鈍麻と親和性の高い医学的診断名もあるが、感覚過敏や鈍麻は「定型発達」にもみられる特性であることは、注目すべき点だろう。つまり、ごく一般的な人でも抱えうる「人間の多様性の一部」というわけだ。 知られざる「感覚鈍麻」という苦しみ 「制服や靴下が痛い」という加藤さんの体験談は、感覚過敏(触覚過敏)によるものだが、一方で、「感覚鈍麻」について認識している人は、いったいどれだけいるだろうか。いまだその名称、概念すら知らない、といった人も多いかもしれない。  加藤さんは、自身の運営する感覚過敏の人のためのコミュニティ「かびんの森」にて、アンケートを実施した。以下は、そのアンケートに寄せられた、実際に「感覚鈍麻」に苦しむ人たちの、切実な、そして、苛烈な現実の一部である。 ・「(身体を強打しても)アザができ、出血していることにすら気づかないのは日常茶飯事。足を骨折しても『なんか、歩きづらい』としか感じず、周囲の人が慌てているだけだった」(18歳・女) ・「真夏でも長袖で過ごし、気づけば脱水症状や熱中症になっていた」(17歳・女) ・「(骨折や怪我という)衝撃があったことはわかりますが、何も感じません。血が波打っている感覚や細胞が動いているのはわかりますが、衝撃の強さを練習して覚えるしかない。麻酔のかかった状態に近いのかも」(30代後半・性別不明)  また、彼らは口をそろえて「空腹を感じない」と訴える。 「食べたいと思う物がなければ、食べないままでいい」「空腹を感じず、いつの間にか低血糖に陥っていることがある」「(食事は)必要だから摂らなくてはという、義務感、強制感しか感じない」「『お腹が空いてきた』という感覚がなく、気づくのは我慢ができないほどになってから。腹八分目もわからないので、食べると動けなくなる」……ということだ。  ほかにも、「体調が悪くなっていることに気づけない」「他の人が熱くて触れない皿を平気で持ち、あとで皮膚が赤く腫れたりする」など、どれも日常生活を脅かすほどの苛烈な体験談が、アンケートには連ねられている。 すべては「感覚のグラデーション」  この「感覚鈍麻」は「感覚過敏」と同時に併発するケースがあり、先述した感覚過敏研究所によるアンケートからもその例が伺える。  「痛覚は鈍麻だけど触覚過敏で、ある種の服、シャワーなどは痛い」(28歳・女)、「骨折しようが痛みはわからないのに、人に身体を触られるとその感覚が何時間も残る」(18歳・女)、「そのときの体調や目的、誰と一緒かなどの環境により、まったくダメなときと大丈夫なときがあります」(7歳・女児 ※親による回答)。  こうした回答を見ていると、一口に「感覚過敏」「感覚鈍麻」といってもその症状はじつに多様であり、また、環境や感情、体調等によって同じ人でも感じ方はその都度変わるのだということがわかるだろう。  黒川医師は、次のようにメッセージを贈る。 「本来、感覚は一人ひとり違い、どんな感覚もその人の個性です。私たちは『感覚のとらえ方には幅がある』ということを意識し、特性のある人の声を聞いて、どんなことに困っているかを知ったり、どんな配慮があれば問題なく過ごせるかに想像をめぐらせる必要があるでしょう」  どこまでが「正常」で、どこかが「異常」なのか――。その確たるラインは存在しない。つまり、誰もが抱えうる“感覚のグラデーション”なのである。たとえ、そのグラデーションが強くとも、決してネガティブなことではない。それは、私たちが落ち込んだ時に好物を食べても味がしないのと、あくまで地続きの“感覚”に過ぎないからだ。  特性のあるなしにかかわらず、どんな人でも平等に暮らしていく権利がある。それが“当然”に配慮される社会になることを、願ってやまない。 (文・国実マヤコ) 【こちらも注目】 前編・シャーペンをノックする音で頭痛に…「感覚過敏」の子どもが直面する2学期の苦しみ   ●加藤路瑛 かとうじえい 2006年2月生まれ。高校3年生。12 歳の時に起業し、株式会社クリスタルロードの取締役社長に就任。 現在は自分の困りごとである「感覚過敏」の課題解決に向き合い、感覚過敏研究所を立ち上げ、感覚過敏がある人たちが暮らしやすい社会を作ることを目指し、商品・サービスの開発・販売、感覚過敏の研究に力を注いでいる。
シャーペンをノックする音で頭痛に…「感覚過敏」の子どもが直面する2学期の苦しみ
シャーペンをノックする音で頭痛に…「感覚過敏」の子どもが直面する2学期の苦しみ 感覚過敏研究所の加藤路瑛さん(本人提供)  光、音、におい、肌触りなど、私たちを取り巻くさまざまな“刺激が原因となって引き起こされる「感覚過敏」――。不登校などの原因のひとつともされ、いま、壮絶な実態が明らかになりつつなるこの「感覚過敏」について、当事者でありながら「感覚過敏研究所」を13歳で創設した“起業家”としても注目される現役高校生・加藤路瑛さんによる『カビンくんとドンマちゃん 感覚過敏と感覚鈍麻の感じ方』(監修/児童精神科医・黒川駿哉 ワニブックス)の一部を抜粋しつつ、感覚過敏の子どもたちを待ち受ける「2学期」という大きな“壁”に迫る。 *  *  * “シャーペンをノックする音”で頭痛に  現在「感覚過敏研究所」を主宰する加藤路瑛さんは、自身が中学1年の後半から不登校となった経緯について、こう語る。 「最初からひとりを選んだわけではありません。中学校で新しい友だちをつくろうと僕も張り切っていたし、友だちに合わせようと頑張っていました。でも、うるさい教室にいると、まるで音の洪水。ずっと頭の中で音が鳴り響いていて、本当に落ち着けないのです」  加藤さんの入学した中学校は、屋上に校庭がある、都会の学校。そのせいか、休み時間などは元気の有り余った生徒たちのエネルギーが教室に満ちあふれ、とにかくうるさかった。 「このような表現をするのは失礼かもしれませんが、女子の甲高い笑い声は耳から脳まで響く。そのため、頻繁に頭痛を起こしていました。また、後ろの席から聞こえてくる“シャーペンをノックする音”が、僕にはまるで道路工事の音のように反響するので、授業どころではなくなってしまうんです」……。   加藤路瑛さん(ワニブックス提供)  こうして、保健室へと足を運ぶ日々がつづいた加藤さんだが、頭痛の原因が「クラスのみんなの賑やかな会話」「甲高い笑い声」だと聞いた先生は「それって感覚過敏かもしれない」と話したという。加藤さんが「みんなは自分と違うんだ、我慢していないんだ」と知ったのは、このとき。すべては「感覚過敏」が原因だった。 困りごとの原因は「感覚過敏」にあった  現在、多くの人が自身の“困りごと”として認識しつつある「感覚過敏」とは、感覚特性のひとつ。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚などの感覚が過敏になり、日常生活に困難を抱える状態のことをいう。  私たちは通常、光、風、音、におい、味、寒さなど、さまざまな刺激を感じ取り、その刺激に対応しながら生きており、この感じ取った刺激を「感覚」として認識している。たとえば、気温の高い夏には、暑さを感じ取って涼しい服装をしたりクーラーをつけたりして、快適に過ごそうと努めることだろう。  しかし、同じ温度でも人によって「暑くてたまらない」と感じる人もいれば、「私はこのくらい平気。気持ちいい」と感じる人もいる。つまり「感覚」には個人差があり、本当は一人ひとり違っている、というわけだ。  ところが、人は社会の中で生きているため「多くの人はこう感じる」という“平均値”から設定された環境や仕組みの中での生活を余儀なくされる。このとき、もし、あなたの「感覚」が“平均値”から大きく離れていたとしたら、少なからず、困りごとが発生したり、周りの人間が苦もなく行っていることが努力しないとできない、といったハードルを感じることだろう。  この“平均値”から離れた感覚の特性を「感覚過敏」「感覚鈍麻」といい、くわしくはいまだ研究中であるものの、刺激に対する脳機能の働きや疾患、個人的な経験など、さまざまな原因で起きると考えられている。  つまり、加藤さんが「クラスのみんなの賑やかな会話」「甲高い笑い声」によって頭痛を引き起こしていたのも、冷蔵庫や空調、時計の秒針などの生活音、環境音が気になる、といった感覚過敏のひとつ「聴覚過敏」によるものだった。 「不登校」につながるケースも……  症状の強弱こそあれ、感覚過敏は“見えない特性”のひとつ。だからこそ、周囲には当人の困り感がわからず――そもそも「感覚過敏」といった特性への理解も満足といえない状況下で――「なぜ、こんなことができないの!」「わがままではないのか?」といった認識を持たれることが多い。当然、当人のつらさは増していき、不登校などにつながるケースも少なくない、という実態がある。  とくに学校などの教育現場では、これまで「みな同じ」「足並みをそろえる」ことがよしとされてきた。そこで、感覚過敏を持つ子どもたちにとって大きな“壁”となるのが、今、スタートしたばかりの「2学期」なのである。遠足、運動会、文化祭……。本来ならば“楽しいイベント”となるはずの、これら学校行事が目白押しの「2学期」が、感覚過敏を抱える子どもたちに何をもたらすか、すでにおわかりの方も多いのではないだろうか。  運動会のピストル音は、加藤さん曰く「耳の中で何かが爆発したように感じて、目の前が真っ白になってしまう。破裂音は鋭い刺激となって耳に飛び込み身体は硬直。身動きさえとれなくなってしまう」。そのため、どうしてもみんなよりスタートが一拍遅れるのだそうだ。  このピストル音のみならず、加藤さんが実体験として語るように「スピーカーから流れる音楽やアナウンス、大勢の人のざわめき、声援。全身にまとわりつく砂ぼこり。さえぎるもののない太陽光。体育倉庫から出した備品のにおい」と、運動会は、感覚過敏を抱える子どもにとって、ときに苦しみを伴うイベントのひとつとなる。  また、遠足や修学旅行につきものの交通機関(電車、バス、車、飛行機)も、彼らを苦しめる要素のひとつ。味覚や嗅覚、触覚などの過敏に加え、「前庭覚(=平衡感覚)」の感覚過敏を持つ子どもは、揺れなどによって乗り物酔いを起こしてしまうという。  文化祭、音楽祭などについては、言うまでもないだろう。一見楽しそうに思える賑やかな光景も、見方を変えれば、単なる騒がしさと、不快なほどの人混み。そして、耳をつんざくような音へと変わる……。 誰かの快は、誰かの不快かもしれない  加藤さんが主宰する「感覚過敏研究所」で医療アドバイザーを務める児童精神科医の黒川駿哉氏は、感覚過敏の実態と課題について、こう話す。 「お子さんによってさまざまな感覚過敏があるなかで、もっとも苦労されているのは、それがなかなか周囲に伝わらないことだと感じている。可能なかぎり“見える化”して周囲に伝わりやすくすること。そして、社会そのものが『感覚とは人によって全然違うもの』ということを前提に、受け皿として変わっていく必要がある」。  そう、顔かたちに個性があるように、感覚も一人ひとり違うもの。そこで、まずは私たちが「こんなふうに感じる人がいる」「決しておかしいことではない」と知ることが、すべての“第一歩”となるだろう。一方で、いわゆる周囲からの“配慮”のみでなく、感覚特性を持つ当事者からの“発信”が、周囲への理解を促すためにも必須となる。  加藤路瑛さんは、そんな感覚特性の理解の一助とすべく、感覚に困りごとがあることを周囲に伝えるツールとして「感覚過敏研究所」オリジナルの「感覚過敏マーク」を作成した。手軽に利用できるよう、可愛いどうぶつたちをモティーフに造られた缶バッヂやシールは、オンラインで購入することができる。また、自分の困りごとをうまく伝えられない子どものために「(教育機関向け)感覚過敏相談シート」も作成。こちらも、ウェブサイトから気軽にダウンロードが可能だ。  加えて、「感覚過敏あるある漫画」(イラスト:えいくら葛真)として、加藤氏自身がキャラクターとなり、感覚過敏とは何かをわかりやすく漫画にして伝える発信もスタート。第19話となる「学校内のセンサリーマップを作ってみたら」では、かつて加藤氏を不登校へと追いやった「学校」における感覚のしんどさを形にすることで、周囲の理解を得るといった、実際の実験に基づくストーリーとなっている。  黒川医師は、次のようにメッセージを贈る。 「本来、感覚は一人ひとり違い、どんな感覚もその人の個性です。私たちは『感覚のとらえ方には幅がある』ということを意識し、特性のある人の声を聞いて、どんなことに困っているかを知ったり、どんな配慮があれば問題なく過ごせるかに想像をめぐらせる必要があるでしょう」   誰かの快は、誰かの不快かもしれない――。「2学期」に目白押しの学校行事も、感覚過敏を抱える子どもとっては“楽しいイベント”ではなく大きな“壁”の連続かもしれないのだ。今こそ、そうした“想像力”が必要だということを、ぜひ、知っておくべきだろう。 (文・国実マヤコ) 【こちらも注目】 後編・制服はまるでサンドペーパー…「感覚過敏研究所」を12歳で立ち上げた加藤路瑛が目指す社会とは   ●加藤路瑛 かとうじえい 2006年2月生まれ。高校3年生。12 歳の時に起業し、株式会社クリスタルロードの取締役社長に就任。 現在は自分の困りごとである「感覚過敏」の課題解決に向き合い、感覚過敏研究所を立ち上げ、感覚過敏がある人たちが暮らしやすい社会を作ることを目指し、商品・サービスの開発・販売、感覚過敏の研究に力を注いでいる。
「俺はお客だぞ」在宅介護で介護職にパワハラ 利用者が権利主張 なぜ起きてしまう?
「俺はお客だぞ」在宅介護で介護職にパワハラ 利用者が権利主張 なぜ起きてしまう? ※写真はイメージです(写真/Getty Images)   介護サービスの利用者からの要望が、ときにはエスカレートすることがあります。また、「サービスを受ける親の快適な生活のため」という目的を見失って、介護スタッフに不満や怒りをぶつけるケースも。とくに在宅介護ではこのような、利用者から介護スタッフに対する「パワハラ」が起きつつあるといいます。介護アドバイザーの髙口光子さんに現状をうかがいました。 *  *  * 介護保険制度によって、「措置」から「契約」へ  介護保険制度が創設されたのは2000年。それ以前の介護サービスは老人福祉法などに基づいて提供されていました。当時は「サービス」ではなく「措置」と呼ばれていました。措置とはつまり行政処分で、「この高齢者は一人で生活ができず、どうやら幸せでなさそうだから、行政の措置として高齢者施設に入れよう」というものです。高齢者本人も家族も、「お国のお世話になって申し訳ない」という意識で、高齢者施設の職員も「してやっている」という気持ちの強い人が多かったと思います。 元気がでる介護研究所代表 高口光子    介護保険制度が導入されると、「措置から契約へ」というスローガンのもと、サービス利用者と提供者は対等な関係で、被保険者である高齢者が保険料を支払い、自分に必要なサービスを選択して受けることができるようになりました。介護職員も利用者のことを、契約によってサービスを選択した、いわばお客様として接するような教育・指導も始まりました。 いきすぎた客意識・権利意識が生まれた  制度導入から23年がたって、いまでは多くの利用者が「保険料を支払って契約し、サービスを利用する」という感覚をもっていると思います。しかしその感覚がいきすぎて、「客なんだからもっとやってもらっていいはず」「払ったお金分の、あるいはちょっとおまけがつくくらいのサービスをしてもらって元を取らないと損する」という、誤った客意識・権利意識が一部の人に生まれていることも事実です。  そこに、社会全体にさまざまなハラスメントへの意識の高まりが起きたことで、介護の現場にもパワハラ(パワーハラスメント)、モラハラ(モラルハラスメント)、カスハラ(カスタマーハラスメント)などの概念がもちこまれるようになりました。 クレームや苦情に対応する三つのポイント  パワハラなどの言葉が登場する前から、介護の現場では同じようなことは起きていて、それは「クレーム」や「苦情」といった言葉で表されていました。多くはクレームから始まって、徐々に苦情となっていきます。クレームは具体的な要望ですが、苦情は言うに言えない心情としての苦しみを抱えている場合が多いようです。  私たち介護スタッフはクレームや苦情がもちこまれたとき、▼この人は何かに困っているのではないか、▼ここまで強く言うのには、何か根拠があるのではないか、▼ここまで言い募るのには何かの思いがあるのではないか、この三つのポイントを心に置いて、話を聞き対応するようにしていました。 「入れ歯をなくした」という申し出の後ろに何が?  かつて、私が勤務していた施設で、男性利用者の家族から「ショートステイで入れ歯をなくしたようだ」と問い合わせがありました。話を聞いて、まず「困っている」と言っているのかどうかを探ります。入れ歯がなくて食事ができなくて困っているなら、こちらの保険を使って作り直す、出来上がるまでのあいだ、食べやすい形態の食事を提供する、などの対応策を提案します。  困っている様子はあまりないのに、見つからない状況を説明しても納得してもらえない場合、何か根拠があるのかもしれないと考えます。たとえば前にもなくし物をしたことがあって、「また起きた」と感じていると考えられる場合には、いきさつを精査して、再発防止策を提示するようにします。  これらの対応策で済まないときには、なくした物に特別な思い入れがあるのだと考えます。  この男性利用者にとって、なくした入れ歯は大切な物の一つでした。認知症が出始めている男性を車いすで連れて、家族総出で歯科医院に何度も通い、しかもこれまであまり関係の良くなかった息子がつくってくれたものでした。私たちスタッフはその気持ちを共有して、改善の決意を表し、気持ちに寄り添って謝りました。  もしも前述の三つのポイントを取り違えて、「困っている」のだと誤解して、「入れ歯は弁償します、それでいいでしょうか」という対応をしたら、男性や家族の怒りを増幅させていたでしょう。せっかく築いた関係性を壊すきっかけにもなっていたところです。 新型コロナで失った家族との関係性  ところが、新型コロナ感染症の蔓延(まんえん)以降、状況が変わり、これだけでは対応ができないケースが増えてきている気がしています。  長い面会禁止やイベントの中止などで、高齢者本人も家族も、介護スタッフとの関わり方を見失い、面会が解禁になったときに、どのように関係性を再構築すればいいかわからないようなのです。面会禁止以前に好ましい関係性を築けていなかった家族ではなおさらです。「面会禁止の間、手を抜いてたんじゃないの?」「認知症だからって、全部おばあちゃんのせいにしてるんじゃないの?」といった苦情が聞かれました。おそらく家族は、自分たちでもはっきりわからない不安をスタッフにぶつけてくるのでしょう。 ハラスメントが横行すると制度自体が揺らぐ  さらにいきすぎた、ゆがんだ形での申し出としては、たとえば在宅介護でヘルパーに、「ついでに私たち家族の食事もつくっておいて」と契約内容以外のことも要求する、机をたたくなどの暴力で威圧的に思うとおりにしようとする、気に食わないと「こんな仕事しかできないなんて気の毒」とさげすむような言葉を浴びせるなど、いろいろです。それこそ、パワハラ、モラハラ、カスハラに該当するような内容です。  とくに1対1のサービスが多い在宅介護の場面では深刻です。ヘルパーは逃げ場のない状況で、恐怖と、しかし仕事はきちんとしなければという責任感の板挟みになって、離職する人も出てきています。  介護現場のパワハラについて、当事者が「パワハラは我慢することではない」という意識をもって、まずは多くの人に知ってもらう、そして改善に向けて動きださなければなりません。そうしないと、介護に携わる人口は激減し、介護保険制度そのものが危うくなるのではないかと、私は危惧しています。 (構成/別所 文) 【こちらも話題】 親が入居した老人ホームの対応がひどい! 退去を考えてもいい4つのこととは? プロが指摘 https://dot.asahi.com/articles/-/197812   髙口光子(たかぐちみつこ) 元気がでる介護研究所代表 【プロフィル】 高知医療学院卒業。理学療法士として病院勤務ののち、特別養護老人ホームに介護職として勤務。2002年から医療法人財団百葉の会で法人事務局企画教育推進室室長、生活リハビリ推進室室長を務めるとともに、介護アドバイザーとして活動。介護老人保健施設・鶴舞乃城、星のしずくの立ち上げに参加。22年、理想の介護の追求と実現を考える「髙口光子の元気がでる介護研究所」を設立。介護アドバイザー、理学療法士、介護福祉士、介護支援専門員。『介護施設で死ぬということ』『認知症介護びっくり日記』『リーダーのためのケア技術論』『介護の毒(ドク)はコドク(孤独)です。』など著書多数。https://genki-kaigo.net/ (元気がでる介護研究所)
浮気や不倫をやめる最も簡単な方法とは? 脳科学的根拠にもとづくアドバイス
浮気や不倫をやめる最も簡単な方法とは? 脳科学的根拠にもとづくアドバイス (写真はイメージ/GettyImages)  浮気・不倫をやめるには、どうすればいいのか。脳科学的には、生活リズムを変えることがおすすめだそうだ。脳内科医で、「脳の学校」の代表や加藤プラチナクリニックの院長も務める加藤俊徳(かとう・としのり)さんは、「生活リズムを変えると、相手の生活リズムとずれて、物理的に相手との接点が減り、自然消滅に持っていくことができる」と話す。加藤さんが監修した『脳ドクターが教える 脳とココロの引き寄せルール』(朝日新聞出版)から、脳科学の観点から、浮気・不倫をやめる方法を抜粋して紹介する。 *  *  *  マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社の元社長で経営コンサルタントの大前研一氏が著書で「人間が変わる方法は3つしかない。時間配分を変える、住む場所を変える、付き合う人を変える、の3つである」ということを書いておられますが、浮気や不倫をやめる方法も、まさにその通り。  中でもいちばん簡単なのは時間配分、つまり生活リズムを変えることです。時間が合うから相手に会ってしまい、その結果、関係がなかなか切れないのです。たとえば、日本と外国のように時差が大きい場所にいる人とは、接する時間が限られますよね。  それと同じで、時間をずらして接点を減らせば、自然消滅に持っていくことができます。まず就寝時間をいつもより30分〜1時間早く設定し、そこから逆算してスケジュールを立ててみてください。そうすると、今まで必要以上に無理をして相手に合わせていたことがわかると思います。 新しい趣味を始めるのもおすすめ  また、新しい趣味を始めることをおすすめします。スケジュールも変わりますし、付き合う人も変わります。浮気や不倫に代わる刺激を脳に与えることにもなりますので、脳細胞が活性化して、健康面でも好影響が期待できます。  脳はもともと学習熱心で、つねに新しい課題(刺激)を求めています。不倫や浮気もそのひとつ。倫理的な価値観や法制上の可否にかかわらず、脳細胞にとってはおいしいエサなのです。  それだけに、夢中になっている間はなかなかやめにくいですが、もうやめたい、やめどきだと思うなら、そろそろ飽き始めている証拠。別れるには絶好のチャンスだといえるでしょう。自分の生活スタイルを変えてみよう (構成 生活・文化編集部 端 香里)
首都圏私立小の初年度学費ランキング 私立小に必要な「親の資金力」をFPが解説、基準は世帯年収1千万円
首都圏私立小の初年度学費ランキング 私立小に必要な「親の資金力」をFPが解説、基準は世帯年収1千万円 写真はイメージです(getty images) 私立小学校で6年間学ぶ場合、どれくらいの学費がかかるのでしょうか。さらに子どもの学びを支える教育費は、どのように用意すればよいのでしょうか。2人のお子さんを私立小学校に通わせたファイナンシャルプランナーの藤川太さんに、ご自身の経験も交えつつ、お話ししていただきました。『AERA English特別号「英語に強くなる小学校選び2024」』(朝日新聞出版刊)から抜粋して紹介します。  * * *  子どもの進学先として私立小学校を検討する場合に、まず気になるのが学費だろう。「私立小学校の学習費総額の推移」によると、私立小学校の学習費は、2018年度の159万9千円に対して、21年度は166万7千円と、3年間でおよそ7万円アップしている。 【こちらも話題】 小学校受験の最大の壁は「わが子への怒り」 幼児教育のプロがすすめる“苦しまないお受験”7つの極意とは? https://dot.asahi.com/articles/-/201260    ファイナンシャルプランナーの藤川太さんは説明する。 「小学校の学費は、授業料、入学金など学校納付金、図書・学用品・実習材料費、教科外活動費、通学関係費など学校内でかかる費用の『学校教育費』、家庭で使う本やドリル、学習塾の費用、水泳やサッカー、ピアノ教室などの月謝など、学校外でかかる費用の『学校外活動費』『学校給食費』からなり、この三つを合計したものが『学習費総額』です」  藤川さんは、教育費のほとんどが人件費だと指摘する。 「『学校教育費』は、インフレ化により年々上がっていますし、『学校外活動費』の上昇は塾代が上がっていることが原因です。『学校教育費』は元々少ないこともあり横ばいに近い状況ですが、『学習費総額』は今後も上昇すると考えてよいでしょう」  21年度の学習費総額166万7千円の内訳をみると、学校教育費が96万1千円、学校給食費が4万5千円、学校外活動費が66万1千円だ。この数字をもとに計算すると、私立小学校に6年間通った場合の学校教育費は576万6千円、そして学習費総額は1千万2千円にも上る。一方、公立小学校に6年間通った場合は学校教育費39万6千円、学習費総額は211万8千円だ。学習費総額を目安にすると、私立は公立の約5倍かかることになる。 学習費捻出の目安は世帯年収1千万円  藤川さん自身が二人のお子さんを私立小学校に通わせた経験をもつことから、私立小学校への入学を検討している家庭から相談を受けることもあるという。藤川さんは「入学を検討中の親御さんに私がまずお伝えするのは、私立小学校への入学は、私立の中学・高校や大学への進学とは全く別物だということです」と話す。 「小学校受験は子どもの年齢が幼いことから、100%親の意思です。これが中学校受験になると親と子どもの意思が半々のイメージで、高校や大学受験は子どもの意思が強くなります。このように、子どもを私立小学校に通わせるには、親の心構えや資金力が大きく関わってくるのです。受験の面接の際にも、主に親が見られると考えるべきでしょう」  経済面では、1年間に約167万円を支払う資金力が必要になる。藤川さんは「世帯年収1千万円がひとつの基準になります」と話す。 「通常の教育費のイメージは、子どもが生まれてから18年間コツコツとためた教育資金を大学で使い果たすといったものでしょう。ところが小学校受験は、4、5歳から準備が始まります。子どもが生まれてから数年しかなく、ためる期間がほとんどない。しかも準備しなければならない金額は年間百数十万円。それが十数年にわたって続くわけですから、事前に準備するのは不可能に近いのです。つまり、収入の中から力業で学費を捻出し続けるしかない。年収から1年間に教育費約167万円を捻出し続けるためには、世帯年収1千万円は必要です」 入学時の寄付金や受験対策費も想定する  世帯年収1千万円以上を裏付けるデータが、文部科学省「子供の学習費調査」にもある。子どもを私立小学校に通わせる世帯の年収に着目すると、年収1千万円以上の世帯が全体の約65%を占める。そのなかで、1千万〜1千199万円の世帯が1年間で学習費にかけた金額は約165万4千円となっており、私立小学校の学習費総額約167万円と近い数字となっているのだ。 私立小学校の初年度学費ランキング1~10位 私立小学校の初年度学費ランキング11~20位   私立小学校の初年度学費ランキング21~30位    親の資金力については学校側も気にしており、面接の際に学費を払い続けられるかを聞かれるケースもあるという。 「自宅の不動産について、持ち家かどうか、戸建てかマンションかなどを見られるという話も聞きますね。親の職業を見られることもあるようです」  「私立小学校の初年度学費ランキング」が示すように、首都圏には文科省が示す6年間の学校教育費の平均額である576万6千円を超える私立学校が20校以上もある。初年度学費の高さも目立つが、これは入学時に学費のほかに寄付金の納入が定められているケースが多いためだ。 「寄付金もありますが、そもそも小学校の受験対策にも100万円単位のお金がかかります。お子さんが二人いればかかる金額も倍になります」  藤川さんは、私立小学校の学習費を固定費の削減といった節約で捻出するのは無理があると指摘する。 「月数万円の削減では効果が薄いと言わざるを得ません。また資産運用で手持ちの資金を増やすことも、10年程度のスパンで運用できる金額でなければ成果は出にくく、現実的ではありません」  2008年、世界的な株価下落や金融危機を引き起こしたリーマン・ショックの際には、リストラにあったり、運用していた資産が目減りして学習費を用意できなくなり、公立校に転校せざるを得なくなった例もあったという。 「こうした悲劇を避けるためにも、教育のマネープランは長期的視野で立てるべきです。私立小学校受験を検討する時点で十分な資金力がない場合は、無理をしないことをおすすめしています」 祖父母の教育費援助は課税の対象外になる  世帯年収の面で厳しい場合には、子どもの祖父母に教育費を用意してもらう方法もある。祖父母から資金援助を受ける場合、2026年3月末まで延長となった「教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置」を有効に活用したい。銀行など金融機関に専用口座を開設して祖父母から教育資金の贈与を受けた場合、孫1人あたり最大1500万円まで非課税となる。藤川さんはこう補足する。 「一括贈与は途中で祖父母が他界するリスクに備えることができますので、早めに贈与してもらう際に有効です」 マネ―プランのポイント  一方、祖父母が孫の教育費が必要になったタイミングでその都度払う場合は、贈与の非課税枠である年間110万円を超えても非課税となる。「制度をしっかりと理解して、祖父母も含めて教育費を準備するのは有効です。両親と父方と母方それぞれの祖父母という『6ポケッツ』で教育資金を捻出できれば、一定の余裕が生まれます」  祖父母に教育費を援助してもらう場合、親が祖父母に私立小学校に行かせる意義をしっかり伝えられるかがポイントになる。 「祖父母自身が子どもを私立小学校に通わせていれば理解してもらえると思いますが、子どもを公立に通わせていた場合は、私立小学校に通学させる価値を理解しづらいケースもあります。孫がある程度成長して『この中学・高校に行きたい』と言えば祖父母も断れないでしょうが、小学校受験は親の意思ですから、親がどれだけ覚悟をもっているかが問われます」  私立小学校でかかる費用は、学習費だけではない。夏服と冬服がある制服やスクールバッグ、靴、上履き、体操服などは学校指定が主流で、「入学時だけで十数万円はかかります」と藤川さん。小学生の場合は体の成長に合わせて1、2年ごとに買い替える必要があるため、予想外の出費がかさむ。 想定外の出費となる学校外学習費  校外学習の費用を別途、積み立てる学校もある。サマーキャンプやスキー合宿など行事の積み立てで年間15万円ほどかかるケースや、高学年時に海外研修プログラムに参加する場合は50万〜80万円程度かかることも。入学時には想定外のこうした出費に備えることも必要だ。  さらに、私立小学校に通う子どもの多くが塾に通っていることも見逃せない。藤川さんは、学校のカラーに注目する必要があると指摘する。 「大学が併設されている学校でも、いわゆるエスカレーター式で進学するばかりではありません。他大学への進学を積極的に推進し受験勉強のサポートをしている学校も多くあります。また私立小学校入学後も、子どもが望んだ進路を選択できるように、塾に通わせている家庭が多い。塾代は想定しておいたほうがいいでしょう」 スクールカラーを知って志望校を決める  私立小学校通いで意外に大きな出費となるのが、親同士の交際費だという。藤川さんは苦笑交じりにこう明かす。 「親同士の集いは断りにくいものですが、ホテルのラウンジなどでお茶会をすれば1回数千円かかるんですよね。すべて参加すると大きな出費になるので、時には断ることも必要でしょう」  加えて、他の家庭と自分たちを比べない強いハートも必要だと話す。 「例えば、家族ぐるみでのお付き合いで遊びに行ったときに、外車がズラッと並んでいる中で、わが家だけ国産車だとします。こうしたヒエラルキーが明らかになる機会はしょっちゅうあるので、いちいち気にしてしまうタイプの人には、私立小学校をおすすめしません。経済面だけでなくて、メンタル面でも覚悟が必要です」  そうした面でも、学校のカラーを知ったうえで志望校を選択することが大切だと話す。「教育方針や特徴的なカリキュラム、卒業生の進路などから学校と子どもとの相性を考えるのはもちろんのこと、家庭との相性も考慮しましょう。親の職業や収入、さらに学校教育に親の参加がどの程度必要かなど、自分たちとマッチする学校を選ぶことが重要です」  私立小学校のハードルは高いものの、「学習環境や人的環境の良さは特筆に値するものがある」と話す藤川さん。 「独自の教育方針のもと、のびのびと個性的に成長する子どもが多い。自分の子どものことを振り返っても、公立小学校にはない、得難い経験だったと思います」  私立小学校の受験にあたり、藤川さんは改めて「親の資金力と覚悟は欠かせません」と強調する。私立小学校の6年間はもちろんのこと、その先を見越したマネープランづくりが、わが子の未来を支えるのだ。 藤川太さん:ファイナンシャルプランナー。生活デザイン代表取締役社長。自動車会社で燃料電池自動車の研究に携わった後、ファイナンシャルプランナーに転身。家計の個人相談の普及を目指して2001年に設立した「家計の見直し相談センター」では3万世帯を超える家計診断を行っている。家計管理に関する著書も多数執筆。 ※AERAムック『AERA English特別号「英語に強くなる小学校選び2024」』より (文・上野裕子)
小学校受験の最大の壁は「わが子への怒り」 幼児教育のプロがすすめる“苦しまないお受験”7つの極意とは?
小学校受験の最大の壁は「わが子への怒り」 幼児教育のプロがすすめる“苦しまないお受験”7つの極意とは? 写真はイメージです(Getty Images) 険しい山登りにたとえられる小学校受験。準備が思うように進まず、感情に任せて子どもを怒鳴ったり、きつく叱ったりして自尊心を傷つけていないだろうか? 親の焦りや不安の感情を抑え、子どもの成長につなげる極意をお受験のプロ・伸芽会教育研究所所長の飯田道郎さんに聞いた。「子どもへの怒り」は、お受験における最大の壁の一つ、大らかな気持ちで取り組むべきという。『AERA English特別号「英語に強くなる小学校選び2024」』(朝日新聞出版刊)』から抜粋して紹介する。 * * * 極意1 正しい情報だけを分析しよう。過多な情報はシャットアウト  小学校受験は、入試内容や合格者数などの結果を公開しない学校が大半のため、合否に関して臆測が飛び交いやすい。「年度によってとるタイプを変える」「補欠は絶対まわらない」「きょうだい枠で埋まっている」……。ネット上にはお受験にまつわる情報が飛び交うが、「1年で段ボール○箱分のプリントをこなさないと合格は難しい」など、根も葉もない噂レベルの情報も。  飯田道郎さんは、「プリント漬けされた子どもをほしがる小学校があるでしょうか。常識的に考えればわかるのに、ネット情報をうのみにして右往左往する親が多い」と嘆く。  不安にならないように、正しい情報を得るには? 「まずはシンプルに志望校のホームページで選抜方法を見ること。教育方針やどんな子どもをほしがっているのかもわかります。わが子の合格体験記は、あくまでも個人の体験なのでまねしようとは思わないほうがいいでしょう」  情報に振り回されそうなら、ネット情報を一切シャットアウトして臨むのもよい。   極意2 よその子どもとの「比較グセ」は子育てを苦しくするだけ  焦りの原因の一つが「よその子ができているのにわが子はできない」というケース。 「親は同じ幼児教室になんでもできる子が1~2人いただけで、『自分の子だけができない』と落ち込みがちです」と飯田さん。完璧な子どもはいない。親が陥りがちな「パーフェクトチャイルド願望」は、不安を増大させ、子どもを苦しめるだけだ。 「積極的でないのは、やさしい性格だから」とポジティブにとらえたり、「○○は遅れているけど××は得意」と前向きに評価してあげたりすると、親も子どもも楽になる。   極意3 スケジュールを詰め込まず、柔軟に対応しよう  常に時間とタスクに追われがちな共働き家庭の場合は、子どもと大人とは時間の捉え方が違うことを意識したい。 「同じ1時間でも親は勉強させたい、子どもは親に甘えたいと思うものです」と飯田さん。1時間しか時間がとれない場合は、プリント学習15分、あとの45分は遊びの時間に切り替えるとよい。 「疲弊しては全力を出せません。お絵かきや鬼ごっこ、草花や虫などの観察、料理など、遊びや生活をしながら勉強できることはいくらでもあります。一緒にいる間はたくさん親子で会話をしてください」   極意4 できない理由を分析し、「体験」を学びにつなげる  がんばっていても、成長を感じられないときもある。 「そもそも子どもは小学校受験に対してやる気がありますか? お受験の空気感自体を嫌う子どももいます。『合格』にとらわれて子どもを追い詰めていないか、まず親が自分を振り返りましょう」(飯田さん)  次になぜできなかったのか分析を。「幼児の発達段階には個人差があり、特に男子は女子に比べて成長が遅い。語彙も少なく、言葉では理解できないことも多いのです」と飯田さん。その場合はゆっくり丁寧に、体験を通して理解させてあげるとよい。 「たとえば頻出の鏡問題。ペーパーを解かせる前に、子どもと一緒に鏡に映った姿をスケッチしたり、時計ならどう映るかなど、バリエーションを変えたりして楽しみましょう」  重さの問題も、物を手に持たせて体感してからスケールで測ると、幼児の理解は深まる。   極意5 賢くなると楽しい、自分でできるという気持ちにさせる  お受験に受かる子どもに共通する特徴のひとつに、自己肯定感が高いことがある。この自己肯定感を高めるには「小さな成功体験」を積むことが大事だという。 「たとえば子どもは、最初から片付けが上手なわけではありません。『こうしたら入るんじゃない?』と親がヒントを与え、ひとりでできたら『すごいね』と褒めてあげる。勉強ならやさしい問題や得意分野から解いて自信につながるようにしてあげる。クイズ形式にして楽しみながらやる方法もあります」と、飯田さん。いずれも「自分でできる」「賢くなると楽しい」という気持ちにさせてあげるのがポイントだ。  これまで3千人以上の受験生をみてきた飯田さんは、「残念ですが一生懸命で真面目な親ほど、子どもの芽をつぶしています」ときっぱり。完璧主義な親は、常に「ちゃんとできていない」と自分を責め、心が不安定になりがちだ。お受験対策に入れ込みすぎないように、俯瞰力や自制心が必要だろう。   極意6 親が無心になれる時間を作る  四六時中子どもと一緒にいては、親も追い詰められてしまう。「気を休めるためにアロマやヨガなど、リラックスできることを見つけるとよいでしょう」と飯田さん。自制心を鍛えるには「ひとりで今、この瞬間に集中できるもの」が効果的だ。 「合格した母親のなかには、子どもが寝た後、手芸をすることで無心になれる人もいました。時には、祖父母に子どもを預けて、飲みに行くのもありです」(飯田さん)  一息つくことでわが子を客観視し、感情をコントロールできるようになるだろう。   極意7 吐き出しノートを作る  「親がいくら頑張っても子どもがいうことを聞かないので叱る。もっと勉強しなくなる、という悪循環に陥る親子は多いです」と飯田さん。親が必要以上にピリピリしていては、子どもは「どうせ自分は無理」と萎縮し、自主性も育たない。 「子どもへの怒りが収まらないときには、ノートを1冊用意して、腹立たしい気持ちを書き出し整理しましょう。『あまりにひどい言葉で一冊が埋まっていたので、合格した後にすぐ捨てた』と話すお母様もいましたよ」  怒り・焦りの原因は、子どもではなく親自身にあることを肝に銘じたい。 飯田道郎さん:伸芽会教育研究所所長。早稲田大学政治経済学部在学中に、伸芽会創始者・大堀秀夫氏に師事。入社以来3000人以上の小学校受験を指導。著書に、親のしつけの工夫の大切さを説いた『9歳までの男の子の育て方』(世界文化社)。 ※AERAムック『AERA English特別号「英語に強くなる小学校選び2024」』より 【こちらも話題】 首都圏私立小の初年度学費ランキング 私立小に必要な「親の資金力」をFPが解説、基準は世帯年収1千万円 https://dot.asahi.com/articles/-/201357 (文・柿崎明子)
ラグビーで磨いたキャプテンシーで社会課題に取り組む HiRAKU代表取締役・廣瀬俊朗
ラグビーで磨いたキャプテンシーで社会課題に取り組む HiRAKU代表取締役・廣瀬俊朗 ずっとキャプテンだったけど、実は先頭に立つタイプではない。舞台裏から楽しい場をつくっていきたい(撮影/小山真司)    ラグビーW杯フランス大会が開幕した。ラグビーの隆盛を支えてきた一人が、HiRAKU代表取締役で元ラグビー日本代表キャプテンの廣瀬俊朗だ。2016年に引退。その後、MBAを取得し、自らの会社「HiRAKU」を立ち上げ、精力的に活動をしてきた。お金ではない。社会のため、誰かのために何かできないかを、常に考えている。廣瀬のキャプテンシーは今でも健在だ。 *  *  * 「ワールドカップ(W杯)2023フランス大会」を直前に控えた8月、廣瀬俊朗(ひろせとしあき・41)は降ってくる仕事に忙殺されていた。  現役を引退して7年、ラグビーの隆盛をひたすら願う廣瀬は、日本代表の壮行会、W杯がらみの大小イベント、テストマッチのテレビ解説といったスケジュールを詰め込み、応援サポーターとして全国を飛び回っていた。  さかのぼること4年半──。  自らの会社「HiRAKU」を立ち上げたばかりの2019年3月に舞い込んできた話もまた、廣瀬にとっては、ラグビー界のためにやらなければならない仕事だった。  社会人ラグビーに材をとったテレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」(TBS系)への出演である。依頼してきたのは、それまでも数々の話題作を世に送り出してきていた演出の福澤克雄。芝居経験ゼロの廣瀬は、悩みに悩んだ。 「ただ、何に悩んでいるかと考えてみたら、まるで知らない世界に対する怖さだった。あ、それはダメだ、ラグビー界に貢献できるようなお話をいただいて、ラグビーを知ってもらういい機会だし、とやらせてもらったんです」  しかし、いざ現場に入ってみると、想像していたよりずっとセリフ量は多く、準主役級の扱いで出演シーンも少なくなかった。 「気を遣(つか)っていただいて、当初標準語だったセリフは関西弁に変えてもらったんですが、僕の関西弁は北大阪なので、ちょっと優しすぎるということで、まさかの南の大阪弁を練習することになったんです。とにかくひたすら状況をイメージしながら、車や電車の中でひとりぼそぼそとセリフを覚えてました」 文武両道を目指して 合宿中も参考書は手放さず  廣瀬が驚いたのは、放送後の反響だった。現役時代には何十何百という試合に出て、イベントにも参加してきたのに、たった1、2回のテレビドラマの放送だけで街行く人に声をかけられたりして、世間の認知度がまるで変わっていたのだ。 【こちらも話題】 ラグビーW杯 エディ・ジョーンズ、バーナード・フォーリーが語る日本代表の挑戦 https://dot.asahi.com/articles/-/200972 8月に東京都府中市で行われた商工まつりで、車いすラグビー体験イベントに参加。W杯前には、「GPSアート」という手法を使って日本全国を「エールカー」で回り、道中1万3千人のラグビーファンからエールを集めた(撮影/小山真司)    この年、会社を始動させた廣瀬は、まずは「W杯2019」を日本でどう盛り上げていくかのPRに傾注しようとしていた。ついで、教育、食、スポーツを軸に事業展開していこうと漠然と考えていた。労苦はともなったものの、ドラマ出演は、これから事業を立ち上げて発信していこうというときに、大きなステップとなっていた。  体育教師の父、音楽教師の母の勧めで廣瀬がラグビーを始めたのは、5歳のときだった。 「無理やりラグビースクールに連れて行かれたんで、最初は全然好きじゃなかった。でもそこは、あまり勝ち負けにこだわるスクールではなくて、友だちもできてだんだん楽しくなっていった」  中学に上がると、ラグビー部に所属しつつ、休みの日にはスクールに通う日々が始まる。北野高校、慶応義塾大学理工学部機械工学科へと進んでからもラグビーを続けた。廣瀬は、そのいずれでも、周囲から推されてキャプテンを任されていた。  慶應義塾體育會蹴球部(たいいくかいしゅうきゅうぶ)(慶応義塾大学ラグビー部)で同期だった北村誠一郎は廣瀬のプレーをこう評する。 「高校代表で初めて会ったときから、プレー中の判断力は抜群でした。身体は大きくないのにコンタクトはものすごく強かった。周りの状況もよく見て冷静にプレーしていた。大学4年でキャプテンになってからも、誰かを強く鼓舞したり、声を荒らげたりするのは見たことがない。ただ、たとえば、ケガ人が出て誰を補填するかというときなどには、迷うことなく即決していた。判断が速く、たぶん、その理由も明快だったんだと思う」  廣瀬が中学時代から意識してきたのは、「文武両道」だ。勉強にもスポーツにも全力であたり、全うする。そのために、効率よく勉強時間を1日のうちにちりばめ、集中して打ち込んだ。北野高校から慶応に進むにあたっては、評定平均4.1以上が必要な指定校推薦枠を狙い、練習以外の時間はほぼ勉強時間に割いた。高校日本代表の合宿、海外遠征がある中でも、参考書は手放さなかった。  大学卒業後は、ラグビーをやめて大学院で振動工学の研究室に入るつもりだった。 「ただ、引退試合で当たった関東学院がすごく強くて、めっちゃいい雰囲気だった。それは自分の味わったことのない世界で、もっとラグビーを知りたい、やりたいってなってしまったんです」  廣瀬が選んだのは、東芝だった。 鎌倉・長谷寺近くにある廣瀬がオーナーの「カフェ スタンド ブロッサム」。「甘酒はすごい身体にいいんだけど、認知度が低くて。日本のいいものを世界に広めていくことも使命だと思っています」(撮影/小山真司)   「東芝ブレイブルーパスにはまだ慶応から誰も入っていなくて、僕が初めてというのも選んだ理由でした。合同練習で参加させてもらったときからいい雰囲気だったし、慶応のシステマチックなラグビーと違って、個人の判断でボールを動かしたりして有機的で面白そうだと思ったんです」 リーダーシップを取るため嫌われることを恐れぬ決意  2004年にチームに加わった廣瀬は、3年後の07年にキャプテンを任される。  だが、26歳のキャプテンの前には、これまでぶつかったことのないような壁が次々と現れ始める。  廣瀬が初めてキャプテンを任された年、東芝はトップリーグのベスト4で敗退している。  シーズンの終わりに廣瀬は部員からアンケートをとり、インタビューを行った。成績不振に終わったシーズンを振り返り、何を感じていたかを忌憚(きたん)なく書いてもらったのだ。  結果は散々だった。曰(いわ)く「リーダー不在だった」「何考えているのかわからへん」「ついていきたいリーダーじゃなかった」……。 「ここまで書かれるのかとショックでした。ただ、前のキャプテンのときに頑張ってきた人たちが、頑張れなくなっている理由って、どっちにあるって考えたら、僕なんですね。自分が何を大事にしているか、どういうチームをつくりたいかがちゃんと伝えられていないんだと反省しました。社会人になると年上もいるし、自分より上手(うま)い人もいて、プレーだけじゃリーダーシップはとれないんです。嫌われることを恐れず、言うべきことは言おう、というところからスタートしました」  キャプテン廣瀬は、中高大とガツガツ言うことは避けて、部員の意見を聞きながらうまくまとめていく、というスタイルを貫いてきた。相手を尊重し、話を聞き、衝突を避けて穏便にというタイプだったのだ。しかし、雑多な幅広い層が集まってくる東芝に来て、前に出るところでは出ないと思いは通じない、ということも痛感したのだ。  キャプテン2年目を迎えると、チームは少しずつまとまりを見せ始め、調子を上げていく。  そんなある日、チームの外国人選手がタクシーの運転手とトラブルを起こしたというニュースが飛び込んでくる。企業チームが最も避けなければならない不祥事だった。 【こちらも話題】 ラグビーW杯で優勝狙う日本代表、勝ち上がるには? エディー・ジョーンズ元代表監督らが語るポイント https://dot.asahi.com/articles/-/201138 朝5時半か6時に起きて白湯を飲んだ後、7キロから10キロほどランニングするのが日課。「走りながら音楽を聞いたり、ニュースをインプットしたり、考え事をする貴重な時間」。近くの海岸にもよく出る(撮影/小山真司)    結局、当該部員は退部し、叱責はあったものの廃部は避けられた。しかし、事件は続いた。  マイクロソフトカップの決勝戦、対三洋電機ワイルドナイツ戦を数日後に控えた09年2月、今度は、ドーピング検査でひとりの選手から薬物の陽性反応が出たのだ。 「ついに部はこれでなくなるかもと覚悟しました。なんで、自分がキャプテンのときにこんなことが続けて起きなあかんねん、とネガティブになってました。ファンにも先輩にも申し訳なくて」  監督、部長は謹慎、選手たちも3日間自宅待機の処分。世間からのバッシングもあったが、会社からはトップリーグ決勝戦への出場は認められた。廣瀬は、部員たちを前に、「すごい状況やけど、ラグビー部を守るためにも、あるいは一生懸命ラグビーをやってきたことをお客さんに見てもらう意味でも、チャンスやから、決勝戦で頑張ろう。勝って示そう」と涙ながらに訴えた。   それは、廣瀬のラグビー人生でも忘れられない一戦となった。 「チーム一丸となって、あんなに集中したことはないというぐらい集中できた。結果は17対6。自分のパフォーマンスも最高で、きれいにすいすいと走れる、いわゆるゾーンに入っている感じでした。試合後、両チームのファンからかけられた温かい言葉もとにかくありがたくて、ラグビーというスポーツがさらに好きになっていた」 怒りの声も上がる中で選手会を立ち上げる  12年3月、サントリーの監督、エディー・ジョーンズから東京・分倍河原駅近くのタリーズに呼び出され、廣瀬はこう言われた。 「1年間、代表のキャプテンをやってほしい。日本のラグビーはもう二十何年も勝ってなくて、ボトムまできているから、あとは上がるだけだから。それを一緒につくっていこう」  エディーは4月から日本代表監督に就任することになっていた。15年のW杯イングランド大会を念頭においてのことだった。 「エディーさんのラグビーは新鮮でした。トレーニングと食生活、睡眠を変えるだけでこんなにもパフォーマンスは上がるのかと思いました。体重も増えたし。ただ、練習は味わったことないぐらいきつかった。試合よりきつい状況をつくるというのがエディーさんのやり方でしたから」  日本代表と東芝の先輩で、代表キャップ数98を誇る大野均(45)は、W杯直前に行われた代表合宿をこう振り返る。 「街から離れたホテルで息抜きもできず、梅雨時で太陽も出ず、みんな精神的にきつかった。そのときトシは、『きついけど、この合宿を乗り越えたら、人として徳を積める気がするんですよ。修業としてやっています』と言ったんです。ああ、そういう考え方もあるのか、俺もそれでやってみようと思いました。トシは常に自分をちょっと居心地の悪いところに意識的に置こうとする。それが成長するために必要だということをわかっている人間なんです」 (文中敬称略)(文・一志治夫) ※記事の続きはAERA 2023年9月18日号でご覧いただけます 【こちらも話題】 五郎丸歩「明日は静岡でトウモロコシ収獲」 地域の農業体験をラグビー集客に繋げる取り組み https://dot.asahi.com/articles/-/201137
『千と千尋の神隠し』のカオナシは当初モブキャラだった―― 「裏ジブリ」あなたはどこまで知っている?
『千と千尋の神隠し』のカオナシは当初モブキャラだった―― 「裏ジブリ」あなたはどこまで知っている? 『スタジオジブリ物語 (集英社新書)』鈴木 敏夫 集英社  ジブリ作品の中でも世界中で爆発的ヒットとなった映画『千と千尋の神隠し』。同作では"カオナシ"という不気味なキャラクターがストーリー後半で際立ってくるのだが、制作当初はモブキャラだったことをご存じだろうか。そもそもこの映画のストーリーは当初、「湯婆婆を倒したあとに姉の銭婆を倒すアクションもの映画」になる予定だったのだそうだ。「一見、最初のストーリーのほうが分かりやすいし、そのほうがヒットすると考える人もいるかもしれません。(中略)でも、大ヒットする映画にはならない。なぜなら、そこには"現代との格闘"がないからです」 上記は書籍『スタジオジブリ物語』(集英社新書)に記された文章です。同書は鈴木敏夫プロデューサー責任編集のもと、藤津亮太氏(元ジブリの出版部に所属していて現在はアニメ評論家)とジブリ所属の野中晋輔氏が執筆した。同書では歴代ジブリ作品の企画・立案から宣伝方法まで、各作品ごとに詳細に書き記されている。まさに「裏ジブリ決定版」といったところではないだろうか。 ジブリスタジオの歴史や、ジブリに関わった人々(高畑 勲氏や庵野秀明氏、押井 守氏など)についても、その人となりを含めたエピソードが綴られており興味深い。鈴木プロデューサーが編集責任というだけあって、宮崎 駿氏の意外な一面が多く語られているのも面白い。 先述した『千と千尋の神隠し』のように、作品の意外なエピソードも同書にはたくさん記されている。例えば『もののけ姫』に出てくるタタラ場の責任者・エボシ御前は、企画段階で「エボシは命を落とすことにしたらどうか」という案が出されていたという。もしそうなっていたら物語の雰囲気もガラリと変わっていたかもしれない。 「すごいな、面白いな」と何とはなしに観ていたジブリ作品。しかし各作品にしっかりとしたテーマがあることがわかり、「そういうことか!」と腑に落ちる点も多くある。例えば『魔女の宅急便』は「そのくらいの才能(飛べるだけ)なら誰でもある。それで食べていけるのか?」という現代に絡めたテーマが根底にある。「最初の出発点として考えたのは、思春期の女の子の話を作ろうということでした。しかもそれは日本の、僕らのまわりにいるような地方から上京してきて生活しているごくふつうの女性たち」(同書より) また公開前に「子供には難解すぎるのでは?」という評価の多かった『もののけ姫』について、宮崎氏はこう語っている。「『作品はメッセージやテーマのためにあるのではない。一言や二言で語れるのなら映画をつくる必要はない。子供が何を受け取ってくれたかは、もっと後になってはっきりするのではないか』(中略)興行的に成功したことについても『それは社会現象であって、作品が本当に支持されたとは言えない』とつとめて冷静に構える」(同書より) 私がジブリ作品を初めて見たのは小学生の頃だったが、不思議なのは何年たっても作品が色褪せないことだ。時代背景や国などが曖昧に描かれているのも要因のひとつだとは思うが、年齢を重ねると子供の頃とは違った感情移入ができる。それはジブリ作品がただのファンタジーではなく、見ている人たちが知らず知らずのうちに作品に込められたテーマを感じ取っているからではないか。 各作品のテーマは、歴代ジブリ作品に共通する普遍的テーマ「生きる」につながっている。同書にあるように歴代ジブリ作品のキャッチコピーは「生きること」に焦点を置いたものが多い。「生きろ。」(『もののけ姫』)、「生まれてきてよかった。」(『崖の上のポニョ』)、「4歳と14歳で、生きようと思った。」(『火垂るの墓』)などなど。また『風の谷のナウシカ』の原作漫画の最後は「生きねば」というセリフで締めくくられている。「それはおそらくこの30年が、『生きるとは何か』を何度も問い直さざるをえない時代だったからでしょう」(同書より) 『紅の豚』制作中には湾岸戦争が勃発。さらに『コクリコ坂から』制作時には東日本大震災が起きている。「宮さんのコンテが進まないことと世界情勢の変化には関係があると、何とはなしに思っていました」と鈴木プロデューサーは語っていた。宮崎氏、ひいてはスタジオジブリにとって「生きること」と「戦争」は常にリンクしているテーマなのだろう。そしてそれは世界中の人々にとっても解決が難しい永遠のテーマでもある――。 同書は「ジブリのすべてが詰まっている」と言っても過言ではない。「表のジブリ」から「裏ジブリ」まで網羅したい人にはぜひ読んでほしい一冊だ。
紀子さま教育熱心の“風評” ご友人は悠仁さまの進学先に「東大の『と』の字も聞いたことはない」
紀子さま教育熱心の“風評” ご友人は悠仁さまの進学先に「東大の『と』の字も聞いたことはない」 結核予防会の総裁として結核予防全国大会に出席した紀子さま=2023年2月   紀子さまが57歳の誕生日を迎えた。公表した文書回答で注目を集めたのは、宮邸の改修工事に関わる部分であった。最近、秋篠宮家を取り巻く風評について紀子さまの友人に聞いていてみると――。 *   *   * 「質問にお答えする前に、まず宮邸についてご説明します」  宮内記者会からは、秋篠宮鄭の改修後も分室における次女の佳子さまの「ひとり暮らし」や改修費用について質問が出されていた。紀子さまの回答は、この文章で始まった。  そして工事にあたり、設計段階から秋篠宮さまと紀子さまが宮内庁に2点の希望を出していたと説明を続けた。  設計士による旧秩父宮邸の意匠を大切にすること、必要最小限の予算で改修を行うことである。   秋篠宮邸の改修については当初から、風当たりが強かった。宮邸のシャンデリアや大理石の大部分は、旧秩父宮邸の資材を使用したのだが、週刊誌には「欧州産の資材を希望した」などと書かれた。 十分な仕様ではなかった  紀子さまの古くからの友人は、こう話す。 「ぜいたく品を希望する姿は、紀子さまの普段のご様子からはほど遠い話です」  紀子さまは文書回答で、改修後の秋篠宮邸は、私室部分が2割、公室部分が3割、事務所部分が5割を占めると説明した。この友人も、私的な改修に費用がかかったわけではないと話す。 「改修費用が30億円と巨額のように報じられましたが、工事前の秋篠宮邸は手狭なスペースでした。皇位継承順位は陛下に次ぐものであっても、東宮でもなく宮家でしたので宮邸は接遇に十分な仕様ではなく、公室部分の工事は必要です。また、改修工事の大部分は職員の方の事務所スペースの整備に関するものだと聞いています」   そして佳子さまの「ひとり暮らし」については、改修の規模や経費をおさえるために家族で相談し、分室の眞子さんと佳子さまの部屋を活用することにしたと説明。私的な事柄かつセキュリティー面から説明を控えてきたとある。  つまり、「ひとり暮らし」ありきではないということだ。  そして質問は、悠仁さまの進路にも触れた。  紀子さまの回答は、学校生活を含めて、 「自分らしく学びを深め、さまざまな経験を重ねながら、自らの関心や探究心を大切にしていってほしい」という無難な内容ではあった。  悠仁さまといえば、小学生の頃から東大進学の可能性が報じられてきた。高校からは東大の一般、推薦入試のいずれも高い実績を持つ筑波大付属高校に進学したことから、世間の関心もより高まった。  筆者も悠仁さまがまだ小学生に入学したばかりの時期に、宮務主管として秋篠宮家を支えていた故・日野西光忠氏からこんな話を聞いたことがある。   【あわせて読みたい】 17歳の悠仁さまは「根っからの研究者」 皇位継承者としての成長ぶりを“稲の先生”も実感 https://dot.asahi.com/articles/-/200901 多様性を尊重する校風  秋篠宮さまとの食事の席で、悠仁さまの教育話で盛り上がった。東大出身の日野西氏は、「目指せ東大」と冗談交じりに伝えた。秋篠宮さまはただ笑っていたという。  悠仁さまは現在、高校2年生。大学受験にも本腰を入れる時期である。やはり東大は選択肢に入っているのだろうか。  初めての地方公務、「2023かごしま総文」に臨み、地元の高校生と交流する悠仁さま=2023年7月    先の友人はとんでもない、といわんばかりに首を振る。 「少なくとも妃殿下から東大の『と』の字も耳にしたことはありません。筑波大付属へ進学したのも、あの学校は勉強一色といった雰囲気ではなく、生徒の個性や興味を多様性を尊重する校風が大きかったのではないでしょうか。校風。お姉さま方が国際基督教大学(ICU)に進んだのも多様性を尊重する校風に魅力を感じたのでしょう」  紀子さまの文書回答によれば、悠仁さまのトンボや稲の栽培への関心はまだ続いているようだ。こうしたご興味を踏まえて、秋篠宮さまが08年より客員教授を務める東京農大といった大学名も取り沙汰された。 「まだ進路はお決まりではないでしょう。他にもより没頭する分野を見つけるかもしれません。ご両親は勉強にはあまりタッチなさらない。悠仁さまご自身も昔から関心のある事については調べものなどに没頭するタイプだと聞いています」  いま秋篠宮家は何を発信しても批判の材料にされるなど、逆風のなかにある。  職員への当たりが強いといった記事も絶えないが、 「すくなくとも私が宮邸に伺う際は、職員の方とも和やかです。誰に対しても上から物を言う方ではないと感じています」   この友人は心を痛めているという。 紀子さまとは気づかず 「よく働く人だな」  最近のことだが、私的な会合に足を運んだ紀子さまは、率先してお茶を紙コップに入れて配り、終始目配りをしていた。会合が終わった後も手早くごみや椅子を片付けていたという。  紀子さまはマスクをしていたため、その場にいた人の多くは、「よく動く人だな」といった認識で、紀子さまとは気づいていなかったのだという。 「あまりにも秋篠宮家や妃殿下に対して心ない言葉や事実と異なる話ばかりが流れています。妃殿下も、『皆さん(メディア)もお仕事だから』と反論も抗議もなさらない。こうした状況がはやく改善されることを願うばかりです」  紀子さまとつきあいのある知人らも同じ気持ちだという。  紀子さまは57歳の誕生日を迎えた。高齢化が進む皇室で、機動力のある秋篠宮家が公務の主軸を担ってきた。コロナ禍で自粛していた式典や催しが復活し、次女の佳子さまも公務の数がぐっと増えた。皇嗣家妃として秋篠宮家を取り仕切り、佳子さまそして皇位継承順位2位である悠仁さまの母として多忙な一年が続きそうだ。 (AERA dot.編集部・永井貴子)   【こちらも話題】 紀子さま57歳に 教育方針は「普通の子と同じように」 眞子さん、佳子さまに示した母の姿 https://dot.asahi.com/articles/-/200982
「保管クリーニング」は洗わず放置されている? 「カビ」が生え「シワ」だらけの実態を業者が告発
「保管クリーニング」は洗わず放置されている? 「カビ」が生え「シワ」だらけの実態を業者が告発 便利な「保管クリーニング」だが、業者によっては“放置”されていることもある。画像はイメージ(GettyImages)    クリーニングに出した服を、そのまま店舗で一定期間預かってくれる「保管クリーニング」。近年、首都圏を中心に人気を集めており、「家に収納スペースがない」「次のシーズンまで服を管理するのは面倒」という人には、もってこいのサービスだ。しかし、業者によっては、服を預かってから半年間も洗たくせず、汗や皮脂がついたまま放置しているケースがあるようだ。保管クリーニング商品の洗たくを下請けした経験のある業者たちが、口々にその実態を明かした。 *  *  * 「7~8割の服に、フワフワと白や緑のカビが生えていました」  そう振り返るのは、関東地方でクリーニング業を営むヤマダさん(仮名)。一昨年秋、業界大手の「宅配クリーニングのX」(仮名)から、保管クリーニング商品500~600点を洗たくしてほしいと依頼があった。しかし、店に届いた服を見ると、カビだらけ。預かり伝票を見ると、客からは半年前の春先に受け取ったものだった。 「汚れたまま、温度や湿度が管理されていない密閉状態で保管したことで、カビが広がったんだと思います」と、ヤマダさん。社員は「これ、大丈夫なんですかね?」と困惑していたが、結局カビをきれいに洗い落として、期日までに納品した。だがヤマダさんは、「職業倫理的に、お客さんから預かった商品をこんなふうに扱う会社とはもう関わりたくない」と話す。 【あわせて読みたい】 布団に大量発生していた「黒くて小さな虫」 調べてみるとダニではなく意外な“害虫”だった!  数年前の秋、同じくXから保管クリーニング商品を引き受けたタナカさん(仮名)は、「カビが生えていただけでなく、くっきりシワがついていた」と証言する。 「4トントラックで、コートなどの冬物がどかんと1500点ほど届いたんですけど、袋にぎゅうぎゅう詰めで。洗った後になかなかシワが伸びなくて、厳しかったです。プロが見れば、袋に詰められたまま、長期間置きっぱなしにされていたんだろうとわかりますよ」  社員からは、「仕上げるのがこんなに大変なのに、単価が低くて、たいして利益が出ない。次は無理して受けなくていいんじゃないですか?」と進言されたという。  同じく、Xから衣類を引き受けたことのあるサトウさん(仮名)も、「預かってから数カ月以上洗わないなんて、さすがにないですよ!」とあきれ返る。  サトウさんは自身の店でも保管クリーニングを提供している。衣類は、保管状態が悪いとカビが生えて落ちなくなったり、虫食いのリスクが高くなったりするため、預かったら1ヵ月以内には洗たく・仕上げの作業をし、ハンガーにかけてエアコン完備の部屋に保管しているという。  2年ほど前、サトウさんの店で、Xが約4カ月保管していた衣類を引き受けたところ、やはりカビが生えていたそうだ。Xの担当者に報告すると、そのまま洗うように指示されたという。サトウさんは、こう苦言を呈す。 「もしカビが残っていることに気づかずにお客さんに返してしまったら大問題になるので、返却前の検品作業にすごく手間がかかった。商品管理について信用できない企業の仕事は、もう受けません」 【あわせて読みたい】 敷布団も洗える!進化するコインランドリーが女性に大人気  これら下請け業者の声を、Xはどう受け止めるのか。運営会社のY社に取材を申し込むと、「株式会社Yは、株式会社Zが全株式を取得し、事業の詳細の把握や改善に着手している途中であり、現時点では取材を辞退せざるを得ない」(※原文は社名実名)と、Z社と連名の文書が届き、回答を拒否された。  前出のタナカさんは、X側の事情について、こう推察する。 「Xは、店舗に行く必要のない宅配クリーニングの業態で、ネットを中心に急激に人気が出た。設備や人手の準備ができていないのに、全国から大量の商品が集まった結果、衣類を適切な環境で保管できなかったのでしょう。下請け業者のなかには、『十分な金額をもらえないなら、それなりの仕事しかしない』と考える業者がいてもおかしくない。悪い口コミが命取りになるこの業界で、品質が安定しないのは、大きなリスクになると思います」  一方、サトウさんは、「Xに限らず、商品の保管環境に問題がある企業はほかにもあるのでは」と疑っている。「きちんとした保管庫を年中稼働させるのは、光熱費などかなりのコストがかかりますから。以前業界紙で、防虫剤や脱酸素剤を入れた袋に衣類を詰めて保管している企業の事例を見たことがあります」  クリーニング業界の健全化を目指す「NPO法人クリーニング・カスタマーズサポート」の鈴木和幸理事長は、「業者が意図的に洗たくを先送りしている側面もある」と話す。 「クリーニング業界は、繁忙期と閑散期の差が激しいんです。大量の冬服が出される春先と、夏や秋の閑散期では、入荷量が4~5倍ちがうこともザラ。なので、保管クリーニング商品の洗たくを閑散期に散らせば、工場の稼働率を一定にキープできるメリットがあります。さらに保管料までとれるのだから、業者によっては、相当“おいしい”商品なのです」  それでは、クリーニング業法をもとに、業者の衛生管理指針などを定める厚生労働省は、この実態をどう受け止めるのか。生活衛生課の担当者に、前出のヤマダさん、タナカさん、サトウさんの証言を伝え、見解を求めると、こう返ってきた。 「各事案の詳細を把握していないので、衛生上問題があるか判断することは難しい。ただしクリーニング業法は、洗たく物の処理方法について顧客への説明義務を定めているので、『いつ洗うのか』をふくめ、顧客の合意を取ることは最低限必要だと考えます」  利用者の大半は、「すぐに洗たくされて清潔な倉庫で保管されている」と思っているはずだ。大切な洋服をカビだらけにされる実態があるとしたら、消費者への“裏切り”にほかならない。 (AERA dot.編集部・大谷百合絵)
盗んで心の穴を埋める「クレプトマニア」 医師「真面目で融通の利かない人こそ注意」
盗んで心の穴を埋める「クレプトマニア」 医師「真面目で融通の利かない人こそ注意」 店内に設置された防犯カメラの映像。犯行の一部始終が録画されており、捜査機関に被害を報告する際に貴重な資料になる場合が多い(写真:関係者提供)    クレプトマニア──。盗癖、盗症などと呼ばれ、ややもすると犯罪行為の正当化とも受け取られかねない生きづらさを抱えた者たちの姿に迫る。AERA 2023年9月11日号より。 *  *  *  犯罪とわかっていても、盗まずにはいられない──。  都内の警備会社でいわゆる“万引きGメン”として勤務する30代の男性は、盗癖、盗症のある「クレプトマニア」を「珍しくない」としながら、彼らの抱えた問題にこんな見解を示す。 「窃盗は許容できませんが、加害者たちの話に耳を傾けると、その人なりの背景が見えてきます」  顔色の悪い初老の女性の万引き犯のケースでは、体調が悪そうなので注目していると、弁当をいくつも盗み始めた。女性は末期がんだと言い、「食べられないのはわかっているけど、盗むと健康だった頃に戻れる気がする」と話していたという。  Gメンの間では有名な話もある、と男性は話す。ある女性は優秀な万引きGメンで、メディアにも取り上げられるほど活躍していた。しかし大切な人を続けて亡くしたことを機に、仕事を辞めてしまった。その後、女性は万引き犯となり何度も捕まっていたという。  現場に立つからこそ得た視点もある。 「彼らが心に開いた穴を埋め合わせるように盗んでいると思える場面さえあります。社会が万引きという結果だけに罰を与え、刑事罰によって盗む手を止められたとしても、心の穴は開いたままです。そのまま放置された人は、自傷等に向かう気がしてなりません」(男性) 他人に頼れない性格  クレプトマニア当事者だった高橋悠さんは、現在、治療が奏効して無事に社会生活を送っている。筆者の前に現れた高橋さんはいかにも誠実で真面目な、自律的な人物に思えた。万引きの常習者、というイメージとの乖離(かいり)を感じる。 「私は昔から白黒はっきりさせないと気が済まない不器用な性格で、他人に頼ることができませんでした。加えて、出生時の性は女性ですが性自認が男女双方に当てはまらないXジェンダーで、幼い頃から窮屈な思いをしていました。両親はそんな私を温かく育ててくれ、褒めてくれたこともあったと思いますが、当時負けん気が強すぎた私は、その言葉を素直に受け入れることができませんでした」  小学校時代は歯に衣着(きぬ)せぬ優等生的存在であり、同級生から一目置かれていたが、転居先の中学校は規模の小さい“ムラ社会”的な要素が強く、細やかな気遣いが求められた。 万引きの被害が発覚したあと、店側が盗られた商品を把握・管理・処理するために発行するレシート。万引きGメンの間では通称"ジャーナル"と呼ばれている(写真:関係者提供)       「同級生たちが流行のアイドルの話題で盛り上がるのに相槌を打ったり、部活で真面目にやらない層に合わせてキャプテンとして振る舞わなければならなかったり、苦痛に感じることが多くありました。結局、摂食障害となり、中学生の頃に入院しました」 「お金を使うのが怖い」  その後、学生時代は自らの性自認について理解してくれる周囲に恵まれた。中学時代から患っていた摂食障害は完治こそしていないものの、精神的な安定を得られた。だがそれは就職を機に暗転する。 「成人式も紋付き袴(はかま)を着て出席した私ですが、社会人になって周囲に理解を求めることがどうしてもできませんでした。『女性として振る舞わなければ』という意識があったと思います」  最初に就職した職場は典型的なブラック企業だった。就労形態を勝手に変更されたり、ハラスメントを受けたりすることは日常的だった。何とか逃れてたどり着いた転職先では、それを取り戻すかのように「認められたい」という思いから自ら長時間労働にのめり込み、うつ病を発症した。  皮肉にも会社側が高橋さんの労働時間を調整する配慮を行ったことが、クレプトマニアへの引き金になってしまう。 「時間があれば『摂食障害』について調べていました。そんなときに摂食障害とクレプトマニアの関係について書かれた本に出合いました。ちょうど労働時間の減少で給料が下がり、前職で不当な収入減少を経験していることもあって、『お金を使うのが怖い』と思うようになってしまったんです。本に書かれたことが自分のことのようで、クレプトマニアに近づいているという認識を持つようになりました」  クレプトマニアを身近なものとして自覚し始めた高橋さんは、結果として、パン一つを盗んだ経験から万引きを重ねることになる。 「万引きがバレて逮捕されたこともありますが、取り調べのときに『次はどうやったらバレずに盗めるか』と対策を考えている始末でした。通院先の主治医と交わした『万引きをしたら正直に申告する』という約束も反故(ほご)にし、自助グループにも更生したような顔をして参加していました」 被害者の気持ちを知り  高橋さんが万引きをやめたのは、自身が窃盗被害に遭った経験が大きいという。クレプトマニア治療で有名な赤城高原ホスピタル(群馬県)に入院したとき、同じ病気で入院している患者による院内窃盗があった。被害者の気持ちを知ったことを契機に「盗(と)りたい」という気持ちが薄れていったという。 ますだ・ゆうすけ/早稲田メンタルクリニック院長。「精神科医がこころの病気を解説するCh」(YouTube)を運営(写真:本人提供)    高橋さんは、盗みへの依存という経験をこのように振り返る。 「思い返すと、常に何かに熱中することで私は人生をやり過ごしてきました。学生時代は部活だったり受験勉強だったり、社会人になってからは仕事だったり。その対象が万引きになっても、金銭の枯渇恐怖から抜け出せずにどんどん依存していきました。クレプトマニアは罪の意識が希薄だと言われます。私自身、『盗ってもいいだろう』くらいに考えていました。相手の立場を推し量ることができていませんでした」  精神科医としてYouTubeを通じて心の問題について発信している早稲田メンタルクリニック院長の益田裕介さんは、クレプトマニアを「我慢の病気」と指摘する。 「日常生活においてストレスが限界に達し、頭が何も考えられない状態になったときに、盗った瞬間だけ光明を感じるといわれています。しかしまたすぐに罪悪感に襲われ、自己肯定感も下がってしまい、日々の生活でストレスを補充していきます」 心の不調和が必ずある  もちろん、普通に生きる人々もストレスを感じるが、うまく発散している。益田さんは、クレプトマニアの人々が最も違う点は、「他人に頼る、打ち明ける」ことが極めて苦手であることだと指摘する。 「万引きという犯罪のイメージと異なり、もともと真面目で融通の利かない人こそ注意したい病気です」  盗りたくないが、盗らざるを得ない。そんな人々に社会はどう向き合うべきか。日常臨床に加えてさまざまな疾患を抱える人たちの患者会を組織する益田さんは、こんな見解を示す。 「現代社会は個人の行為を自己責任に帰す傾向があります。資本主義による競争社会では“みんな平等”という建前を守るために、それは必要なのかもしれません。しかし実際には発達障害などの生きづらさを抱えるがゆえに衝動性を我慢できない人や、さまざまな特性を抱えながら生きている人が大勢います。彼らは総じて、日常生活における悩みを同定する力が弱く、自分が何にストレスを抱えているのかわからないままに依存症に陥ります」  さらに続ける。 「万引きにしても薬物にしても、『犯罪だから』と厳罰を与えるのではなく、もっと具体的に生活をアシストしてあげる制度を整えることが求められると思います」  万引きという逸脱の根源には、ときに本人にさえ知りえない心の不調和が必ずある。逸脱を忌避すれば社会の表層は行儀の良さが維持されるが、個人が抱えるやるせない気持ちの置き場はなくなる。必要なのは逸脱を許さない態度ではなく、それぞれの背景と向き合って解決していく社会の覚悟かもしれない。(ノンフィクションライター・黒島暁生) ※AERA 2023年9月11日号
シニアの筋トレは「筋力と同時にバランス感覚の強化が重要」 転倒しにくい体作り プロがアドバイス
シニアの筋トレは「筋力と同時にバランス感覚の強化が重要」 転倒しにくい体作り プロがアドバイス シニアが安全かつ効果的に筋力をアップするにはポイントがあります ※写真はイメージです (c)GettyImages  人生100年時代、自立した生活を長く送るためには、要介護状態になるのを避ける、できるだけ遅らせることが重要です。そのカギのひとつは、立ち上がるときや転倒の防止に必要な「筋力」にあります。本連載では、年齢を重ねた親と子が一緒に考え、取り組んでいきたい「シニアの筋トレ」についてお届けしていきます。5回目は、高齢者が安全かつ効果的に筋力アップするための方法について、プライベートジムを運営するライザップ社のシニア会員向けプログラムの実践例も参考にしながら紹介していきます。 *  *  * 第1回:人生100年時代は「筋力」が財産 「指輪っかテスト」で転倒・骨折リスクをチェックしよう 第2回:シニアは「肥満」より「やせ」に注意 「健診の高い数値も、必ずしも一律に下げる必要はない」と専門家 第3回:シニアでも「体力アップ」はできる 今の体力年齢が分かる「テスト」と「計算式」を開発者が紹介 第4回:10年で2、3歳しか老けない高齢者は何が違うの? 老年科学者がすすめる「健幸華齢(けんこうかれい)」とは  これまでの連載で、高齢者が介護の要らない動けるからだを保ち、健康寿命を延ばすためには、筋力が衰えないように鍛えることが欠かせないことがわかりました。今回はいよいよ、どうやって筋力アップをしていけばよいのか、高齢者に適した方法、具体的な内容に迫っていきたいと思います。  高齢期に入って体力の低下が進み、特に筋力が低下すると、歩行や階段の上り下りの動作でふらついたり、とっさの際に障害物を避けられなくなったり、日常生活での動きがスムーズにおこなえなくなったりします。こうした老化による体の衰えを自覚するようになると、「もう年だから」と自分で決めつけてしまって諦めたり、家族からも「もう無理するな」と言われたりして、体力作りに挑戦する気持ちも失っていってしまいがちです。  しかし、体力は急にがくっと低下するのではなく、徐々に低下するものです。そして、いくつになっても始めるのに遅すぎることはありません。体力の衰えを感じたらできるだけ早い段階で、「老化の速度にブレーキをかける気持ち」に切り替えることが重要になります。シニアが体力づくり、筋肉トレーニングを始めるに当たって、まず大切なことは、人生を最後まで前向きに「生き抜く気持ちのスイッチ」をONにすることなのです。  次に、高齢者に適した運動として、どのようなプログラムを組むべきなのか考えてみましょう。60歳以上になると、日常生活を円滑に過ごすための体力「生活関連体力」の重要度が高くなっていきます。そのため、「筋力と同時に、バランス感覚・上手に細やかに動く力・すばやさ・柔軟性などの『調整力』を強化することが非常に重要になる」と、スポーツ医学の第一人者で筑波大学名誉教授の田中喜代次氏は話します。調整力のトレーニングには、複合的な動きを必要とする運動を取り入れるとよいそうです。それによって、転倒しにくいからだを作ることができ、転倒したときの骨折防止、認知症の予防などにも役立つそうです。 「調整系のトレーニングの中で、安全性と有効性の両方を満たす種目として、水中運動(アクアビクス)や水泳がおすすめです。ただ、いつでもどこでもできる種目ではないので、例えばシニアが気軽に取り組めるグラウンドゴルフ(目標頻度:週3日)に、筋トレ(同:週3日)とテレビ・ラジオ体操または「シルバーリハビリ体操」(同:毎日)を組み合わせるとよいでしょう。グラウンドゴルフの代わりに、卓球、バドミントン、太極拳、ボウリング、ダンスなどを楽しむことも有効です」(田中氏)  ポイントとして、過去に経験のない種目を始めれば、ゼロからのスタートとなり、やればやるほど上達し、熱中できて習慣化する人が多いそうです。  筋力をつけるには、けがをしない範囲で少し無理をする(負荷をかける)ことが必要です。その際の注意点として、高齢者の場合には、体力強化に向けた「攻めの姿勢」と、転倒やけがなどの事故を防止するための「守りの姿勢」のバランスをとることが大切です。 「筋トレやジョギングをおこなう場合には、強度(筋力の出力度、ジョギングなら速度)を徐々に高めることが効果的で、筋力アップ・筋量アップ・ジョギングのタイムの短縮が期待できます。その一方で、ケガの確率が上がらないようにするために、適量のトレーニングを計画的にこなし、常に身体のケアを怠らないことが肝要です。シニアの場合、負荷のかかる運動は、週に3回、1回20分くらいが適切でしょう」(田中氏)  高齢者が鍛えたい筋肉としては、まず脚があげられます。歩いたり、からだを起こしたり、移動させたりする能力の維持のため欠かせません。主なものとして、大腿四頭筋(だいたいしとうきん、太ももの前側の筋肉)、ハムストリングス(太ももの裏側の筋肉)、下腿三頭筋(かたいさんとうきん、ふくらはぎの筋肉)、前脛骨筋(ぜんけいこつきん、すねの筋肉)、腸腰筋(ちょうようきん、上半身と下半身をつなぐからだの中心部の筋肉)などがあげられます。 「ただし、強化すべき筋肉は、その人が健康か否か、どんなスポーツを楽しみ続けたいか、車いすや杖を常用しているのかなどによっても個々に異なりますので、それぞれの人に合ったトレーニングメニューを選ぶべきでしょう」(田中氏)    おなか回りをスッキリさせたいなど、ダイエットを目的に運動する高齢者もいるでしょう。もっと切迫した悩みとしては、減量して健康的になるため、そして将来介護を受けたくない、自分の足で歩き続けたい、趣味の旅行を楽しみたいなど、さまざまな思いがあると思います。  そこで、テレビCMなどでおなじみのライザップ社に話を聞いてみました。同社は若い人や働き盛りの人のダイエット、筋トレだけでなく、高齢者向けの筋力強化プログラムにも力を入れています。同社のシニアプログラムは健康寿命の延伸のため、とくに足腰の強化に力を入れているといいます。プログラムの開発に携わった同社の川本裕和(かわもと・ひろかず)さんに、その特徴について聞きました。 「高齢者は、筋力の衰えだけでなく、柔軟性の衰えが起きやすくなっています。シニアプログラムでは通常の筋力強化トレーニングに加えて、瞬発的な筋力、筋持久力、バランス能力を鍛えるため、柔軟運動やバランスマット上でのトレーニングを取り入れています。あわせて高齢者の運動にあたっては、安全管理が必須です。ライザップでは会員一人ひとりに専属トレーナーがつき、それぞれに合った正しいトレーニング方法をマンツーマンで指導しますが、トレーニングの間は常に転倒防止に配慮しながら補助をおこないます」  高齢者は持病を持っていることが多く、疾患によって運動が悪影響を及ぼすこともあるため、事前のカウンセリングでのチェックは必須で、必要に応じて医師のチェック、指導を受けることが勧められます。ご自宅で運動を始めてみるときも、かかりつけ医に注意事項など相談してから始めると、安心して安全に取り組めますね。  運動は一人で始めても長続きさせることがなかなか難しいものです。「気持ちのスイッチ」をONにするために、パートナーや親子で一緒に取り組む、友人作りもかねて運動サークルなどに加入してみるのもいいでしょう。ジムなどでプロのトレーナーの指導を受けられるのであれば、より安全のサポートが受けられたり、第三者目線からの変化に気づかせてもらえたり、ほめてもらえることでモチベーションアップにつながったりするといいます。自分に合った方法で、成功体験を重ねていきながら、運動を楽しみ、続けていけるとよいでしょう。 (取材・文/坂井由美) 【取材した専門家】 筑波大学名誉教授 田中喜代次氏 ライザップ 川本裕和さん
「行動を管理される」イメージを払しょく? 高齢者施設でApple Watch装着のメリット
「行動を管理される」イメージを払しょく? 高齢者施設でApple Watch装着のメリット 入居者はApple Watchを常につけ、ヘルスケア情報を記録している    Apple Watchに代表される「スマートウォッチ」は、単に時間を見るだけでなく、スケジュール管理やメールなどの通知機能、電子マネーでの支払いなど多彩な機能を持っている。中でも注目されるのがヘルスケアの機能だ。その機能を活用する老人ホームがあると聞いて、その使われ方を見に行ってみた。 *  *  * 元気なまま過ごすためにApple Watchを導入  神奈川県横須賀市にある「マゼラン湘南佐島」がその老人ホームだ。高級リゾートとして知られる佐島マリーナのほど近くにあり、横須賀の海に面した風光明媚な高台に建っている。部屋からの眺望もすばらしく、高級リゾートのような作りだ。そのため、自分の室内でゆったりと過ごすことを求めてやってくる人もいるという。  だが同施設は、高級ホテル的な場所を目指して作られたものではない。 「この施設の最大の特徴は、入居している皆さんが元気のまま時間を過ごしていただくことです」と、総支配人の稲葉淳さんは話す。  健康を維持するために、体を動かすイベントがひらかれるなど、できるだけ活動的な生活を送れるような仕組みが施されている。加えてスマートウォッチの活用を活用することで入居者ひとりひとりの健康管理の徹底がなされている。  取材の日にも、92歳になる女性が医師とのミーティングをしていた。とてもお元気そうだ。 「先日は釣りもしたんですよ」  そうにこやかに笑う。その左手にはApple Watchが着けられていた。 室内からの眺め。相模湾を一望する高台にある  こちらの施設では、入居者全員が、入浴時以外にはApple Watchをつけて生活することが推奨されている。その目的は、入居者のヘルスケア情報を記録するためだ。Apple Watchには身に着けている間の、移動した歩数はもちろん、心拍数、呼吸数の変化、歩いている時の安定性などを記録し続けている。これらの記録を施設側が把握し、入居者に対するアドバイスやコミュニケーションの材料として使っているという。 スマートウォッチはヘルスケア情報を「点」から「線」に変える  Apple Watchのようなスマートウォッチをつけ続けてもらうことは、医学的に見るとどのような価値があるのだろうか。 慶應義塾大学医学部 循環器内科の木村雄弘医師    慶應義塾大学医学部循環器内科の木村雄弘医師は次のように説明する。 「日常的に無理のない運動を継続することは良いことですし、それを可視化できることには、とても大きな意味があります」  一方でこうも話す。 「Apple Watchが収集する家庭生活の情報は、病院で医療機器を使って行う検査データとは違うものです。その点を理解して活用すべきです」  重要なのは「だから意味がない」という話ではない、ということだ。 「日常生活で無意識に収集されたヘルスケアデータが、どう変化しているかを知ることはとても大切なことです。これを見ることで、生活プランを具体的に相談することができます。また、ご自身が自分の生活パターンの変化に気がつくこともできます。病院検査の時の情報だけを『点』で評価するのではなく、ライフログを『線』で評価し、家庭生活の見守りにつなげることが、Apple Watchを装着し続ける意義だと思います」 施設内で「活動」すると、それに合わせてコインがもらえる    老人ホームのような施設で、日常的なヘルスケア情報を把握しておくことは重要だ。しかし、本人からのヒヤリングだけでは情報が「点」になってしまう。常に装着しておき、データを蓄積していくことが重要なのである。 スマートウォッチを付け続けるモチベーション  一方、Apple Watchのようなスマートウォッチをつけ続けるというと、窮屈さを感じる人もいるだろう。特に「デジタルツールを必須にする」という言葉からは、「行動を管理される」というマイナスのイメージを持つかもしれない。  だが、こちらの施設では、その点をある工夫で解決している。  マゼラン湘南佐島を運営する株式会社SOYOKAZE未来ビジネス開発部長の白木優史さんは、「Apple Watchを使い続けてもらうにはモチベーションが重要。それがなければ外してしまうことも多い」と話す。確かに、「健康のため」と言われても、毎日充電が必要な時計をつけ続けるのは大変だ。  そのためこちらでは、単にヘルスケア情報を記録するためではなく、自ら活発に行動するためのモチベーションづくりを行う仕組みも導入している。具体的に言えば、スマートウォッチに記録された歩数や参加したイベントに合わせて「コイン」がたまり、それを施設内にあるカフェなどで実際のお金と同様に使うことができるというものだ。こちらは、株式会社アツラエが開発した「Personal Aile」というアプリケーションを使っている。ちなみにここで発生するコインの原資は、システム運用費の中に含まれているそうだ。  前出の女性はApple Watchを示しながら、「これのコインでランチを買うのが楽しみなんです」と笑う。  だから、歩く・動くことが健康維持だけではなく「稼ぐ」ことにもなっている。自分が健康的に体を動かし続けることがそのまま施設内での価値になるというのが、ここの特徴である。  コインでできるのは、本当にちょっとしたことで、施設の中だけでしか使えないものだ。しかし、自分の力で稼いでなにかができる、というのは、モチベーションに大きな影響をもたらす。このことは、同所に入居している人々にとってはまさに「やりがい」につながる。  この施設の場合には、日常の行動とヘルスケア記録を「モチベーション」と組み合わせたことで、老人ホームの中で自然に使えるシステムになっているのが興味深い。  単に歩いた歩数を知るだけなら、シンプルな万歩計でいいかもしれない。だが、ソフトやサービスを組み合わせることで単に「歩数を記録する」以上のこともできるようになる。マゼラン湘南佐島の例は、スマートウォッチはどのように使うと価値が高まるのか、良い例を示しているといえそうだ。 ●西田宗千佳(にしだ・むねちか) ITジャーナリスト。1971年、福井県生まれ。IT、通信産業、電機会社などの分野を中心に、新聞、雑誌、ネットメディアなどに執筆活動をしている。著書に『世界で勝てるデジタル家電』、『デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか 「スマホネイティブ」以後のテック戦略』、『メタバース×ビジネス革命 物質と時間から解放された世界での生存戦略』など。  
天龍さんが語る“追悼テリー・ファンク”「俺もテリーになりたい」レスラーが憧れたレスラー
天龍さんが語る“追悼テリー・ファンク”「俺もテリーになりたい」レスラーが憧れたレスラー 天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子) 「環軸椎亜脱臼(かんじくつい・あだっきゅう)に伴う脊髄症・脊柱管狭窄症」であるということがわかり、長らく入院生活を送っていた天龍さん。6月22日に退院し、すぐにイベント出演など、精力的に活動を再開。8月23日に亡くなったことが明らかになったテリー・ファンクさん(享年79)にまつわる思い出を語ってもらいました。   * * *  テリーが亡くなってしまったことに関しては、信じられないの一言だ。あんなに天真爛漫なテリーが、あの世に行ってしまうなんて……。    俺がプロレスに転向したのも、テリー対ジャンボ鶴田のNWAタイトルマッチを観て、「プロレスって面白いな」と思ったのが大きな要因だった。それだけ、テリーは俺のプロレス人生に大きな影響を与えた人だ。最後に会ったのは俺の引退試合で、まさかアメリカから来てくれるとは思っていなくて、本当に嬉しかったよ。    テリーとの出会いは1976年のアマリロ。プロレスに転向してすぐに、ドリー・ファンクにプロレスのイロハを教えてもらっていた頃、たまたまディック・スレイターと一緒に試合会場に顔を出したテリーにコーチをしてもらったのが最初だ。    コーチと言っても、技の入り方とか、本当に基本的なことだけで、トータルで2時間もなかったと思う。当時のテリーはNWAチャンピオンで忙しくて、アマリロにもほとんどいなかった。チャチャっと教えてもらった後は、ジャンボと一緒にテリーの試合を観て、テクニックや試合運びを見様見真似で覚えたもんだ。 【人気記事はこちら】 天龍源一郎が語る“古希” 70歳にして早逝したジャンボ鶴田に思いを馳せる https://dot.asahi.com/articles/-/103015     2月の誕生日ショットはこちら!(天龍源一郎オフィシャルInstagramより)/天龍源一郎が主峰するプロレス団体・天龍プロジェクト 9月10日(日)『Osaka Crush Night2023』 9月21日(木)『STILL REVOLUTION』 大会情報、チケットのお求めは天龍プロジェクト各種SNS、HPなどでご確認いただけます。◆天龍プロジェクト公式Webショップ→https://www.tenryuproject.jp/   俺もジャンボもテリーになりたい    俺やジャンボもそうだけど、あの頃はテリーのようになりたいというレスラーがごまんといたよ。彼のスタイルは“型破り”の一言に尽きる。プロレスって「アン・ドゥ・トロワ、アン・ドゥ・トロワ」とリズムよくやっている印象もあると思うが、それをしっちゃかめっちゃかにしたのがテリーだ。    予定調和じゃない試合運びで、見ていて面白いし、ファンも興奮したと思う。しかも、しっちゃかめっちゃかとはいえ、対戦してみるとこっちのすべてを受けて入れてくれるからすごくやりやすい面もあった。俺のスタイルと合っていたね。    なんせ、俺もテキサス仕込みだからね。ただ、全日本プロレスでトップを取るようになってからはスタイルが変わったような気がする。おそらくジャイアント馬場さんに「ちゃらんぽらんじゃなくて、もっとどっしりしたプロレスを若手とやってくれ」というようなことを言われたんだじゃないかな。そうなると、テリーのよさも無くなってしまって、少しもったいなかったね。    テリーといえばローリング・クレイドルのインパクトも強かったね。大きい相手を回して、股裂き状態にしてギブアップも取れる技。俺も憧れてドリーに頼み込んで教えてもらったけど、見るのは簡単でやるのは難しいもんで、結局4回くらいしか使わなかったのは、前回話した通りだ(笑)。あの技は体幹が強くないとできない。相撲で鍛えた体幹とはまた別の力が必要になるんだ。   テリーの一番すごいところは?    技はもちろんだけど、テリーで一番すごいと思うのは、観客の気持ちをつかむのが上手いことだ。観客を盛り上げたり、自分の方につけたりできるのは、持って生まれたものか、場数の多さかはわからんないけど、彼は超一流だ。ファンク家というプロレス一家に生まれたからというのもあるだろうね。 【前回の記事はこちら】 天龍さんが語る“基本・基礎”下手なプロレスは雪の上のウンコ! ドリー・ファンク直伝の大技の行く末は? https://dot.asahi.com/articles/-/199641    それから、ファンサービスも超一流。日本ではブッチャーにフォークで刺されたことがきっかけで人気が爆発して、ホテルには出待ち、入り待ちファンが30~50人くらい来ていたよ。テリーはそんなファン一人一人にサインをしたり、写真を撮ったりしていたりと、ファンサービスは徹底的にしていた。    そもそも、アメリカではプロレスはボクシングや空手の猿真似の“モンキービジネス”と呼ぶ人もいるが、日本のファンはみんな好意的だ。だから、テリーに限らず、アメリカから来たレスラーはファンに受け入れられることで、ファンへの対応も変わるんだ。テリーはそういうレスラーの見本ともなっていた。    さらに彼はファンだけでなく、レスラー仲間からの信望も厚かった。裏表がない性格で、試合で暴れて、私生活もそのまま、やんちゃ坊主という感じだった。なんでもあっけらかんとしていて、包み隠さない性格というよりも、包み隠せないタイプ。感情の起伏が激しくて、すぐに考えていることがわかってしまう。   テリーは何に対しても「OK」    それでも、彼の試合スタイルや試合後のコミュニケーションの取り方、みんなで一緒に飲んだり、意外とプロレスの話を真正面から真面目に語ったりすることもあり、選手からも好かれていた。彼へのジェラシーで悪く言うレスラーも中にはいたけど、テリーへの心の底からの悪口は誰からも聞いたことがない。それくらい、選手からも親しまれていたんだ。    テリーはなにに対しても無頓着で、これは馬場さんから聞いたんだけど、ファイトマネーに関しても「OK,OK」と言うだけで、交渉したり揉めたりすることは一度もなかったんだって。アメリカのレスラーは普通、ギャランティに関してはシビアになるもんだけど、テリーとドリーはそういうことが一切なかったそうだ。 【こちらも話題】 天龍源一郎が語る“プロレス技” 俺がしゃがれ声になったのは強烈な一撃を食らったから https://dot.asahi.com/articles/-/13223    それから、テリーのことでよく思い出すのは、自宅があるアマリロから6~7時間かかる試合会場でのこと。その日はテリーがNWAチャンピオンとして挑戦を受けるのだが、うっかりチャンピオンベルトを家に忘れてきてしまった。タイトルマッチなのにベルトがないと観客も納得しないし、プロモーターにも怒られるから大変だ。   やっぱりテリーはハチャメチャ     そこでテリーは、メインの試合で遅い出番だということもあって、大急ぎで自宅に戻って、なんと3時間で帰ってきた! あれにはびっくりしたよ! 一体、どれだけ飛ばせばそんな時間で往復できるんだ……。やっぱりテリーはハチャメチャだ!    テリーはアマリロだろうが、カンザスシティみたいな大都市だろうが、日本だろうが、どこにいてもテリー・ファンクだった。それは出会ってから今まで、一度もその印象は変わらない。    俺がグリーンボーイのときも、全日本プロレスでのし上がったときも接し方は変わらなかったし、誰とでも同じように接する。だから、みんな憧れてテリーの真似をしたがるんだ。試合スタイルも試合後の振る舞いも、いつでもテリー・ファンクで、彼の裏話は一切出てこない。だって、裏の顔なんてないんだから。テリー・ファンク、彼は本物の“ビッグ・テクサン”だよ。   (構成・高橋ダイスケ)  
斎藤工が得た気づき「家とは究極のパンドラの箱」、そして「家族を持つことは遠のいた」
斎藤工が得た気づき「家とは究極のパンドラの箱」、そして「家族を持つことは遠のいた」 齊藤工(さいとう・たくみ、右):1981年、東京都出身。モデル活動を経て、2001年俳優デビュー。初の長編監督作「blank13」(18年)は、国内外の映画祭で8冠に輝く/神津凛子(かみづ・りんこ):1979年、長野県生まれ。2018年に『スイート・マイホーム』で第13回小説現代長編新人賞受賞。その他の著作に『ママ』『サイレント 黙認』、最新刊は『オイサメサン』(撮影/山本倫子)    齊藤工が第13回小説現代長編新人賞受賞作『スイート・マイホーム』を映画化。家族に潜む恐怖を描き出した原作者の神津凛子と語り合った。AERA2023年9月11日号から。 *  *  * ——神津凛子による小説『スイート・マイホーム』が齊藤工によって映画化された。舞台は極寒の地・長野。スポーツインストラクターの賢二(窪田正孝)は、寒がりな妻ひとみ(蓮佛美沙子)と娘のために念願のマイホームを購入。まほうの家を謳う新居はまさに暖かくて快適、なはずだったが……。 ジャンルは“人間” 齊藤工(以下、齊藤):原作を2019年に恐る恐る読みました。強烈な読書体験でした。この作品はミステリーやホラーといったジャンルで括ることはできない。あえて言うなら人間。何かが宿っている作品だと思いました。映画化するにあたっても、神がかった何かが一瞬でも宿ってほしいという願いは、一貫して持ち続けていました。 神津凛子(以下、神津):映像化の話は、この小説が本になって店頭に並び始めて間もなく、いただいたんです。夢のようでした。主人公が窪田正孝さんと聞いた時は、そもそもファンだったのでとてもうれしかったです(笑)。 齊藤:スポーツジムのトレーナーであり、神津先生も「グッドルッキング・ガイ」と書かれている説得力。美しい膜みたいなものをめくったところで、一種の“おぞまし”をしっかり持てる人となると、演じられる俳優は限られてくる。窪田さんはすごく自然な流れで浮かびました。キャスティングでは先生が背中を押してくださいました。コミュニケーションを取らせていただくたびに、「この方向で間違ってない」と進む力をもらい続けていたように思います。 神津:それは良かったです。私は完成映画を見て、自分が書いた小説が映画になったというよりも、「この話、知ってる!」というような感覚で没入していました。齊藤監督の映画には必ず、「このシーンを見るためにこの映画を見たのではないか」と思う場面があるので、本作でもそんな瞬間があるんだろうな、と期待していました。 撮影/山本倫子   齊藤:実際、ありましたか? 神津:ありました。ラストシーンです。ここで話せないのが残念ですが。 天井を見ているうちに 齊藤:物語は最初から家の中で始まって、家の中で完結しようと思っていたんですか。 神津:書き始めたらそうなった、という感じです。私は高校生の時は長野でもすごく寒い地域に住んでいたんです。肌が切れるくらい寒かった。その頃からずっと暖かい家に住みたくて、実は、小説に出てくる「まほうの家」と似たような構造の家を実際に建てたんですよ。それで、住み始めてから漠然と怖い話を書いてみたくなって。寝る時に天井を見ているうちに、「こういうところに人がいたら怖いよね」と思ってしまった(笑)。家の中に怖いものがいるんだろうな、お化けかな、人間かなって思いながら書いていったら、賢二たちが勝手に出てきてああなった、という感じです。 齊藤:僕は家が新築というところがすごく新しいと思いました。日本古来の、家にすみ着いた歴史みたいなものに基づいたホラーやサスペンスはありますが、新築はない。確かに真新しさの怖さというのはありますよね。今回、運良く住宅展示場で壊される前提のモデルハウスが見つかったので、そこで撮影させていただいたんですが、誰も生活していない空間の空虚感、その怖さを非常に感じました。 神津:ありがとうございます。私は書く時、俯瞰して見ている感じが多いんです。カメラで追って見て書いているみたいな感覚。一人だけに感情移入して書くということはありません。でも、今回取材でいろいろなご意見をお聞きして思ったのですが、何も意識せずに書いてあの結末になったのですが、「そんなにひどい話だったかな」って(笑)。 齊藤:僕は安息地である家の中を心の目が照らした時に、そこに映っているものは他人が見てはいけない究極のタブーが詰まったパンドラの箱で、実はそれが各家庭にあるのではないかと思っているんです。この作品に出合って、さらに家族を持つということが遠のいた気がします(笑)。悪い意味ではなくて、「これでなければダメ」という型にハマる必要がないのではないかと思いました。先生が生み出したキャラクターたちが織りなす、太い芯のあるドラマは、多くの人がどこか心当たりのある、自分の身のまわりに起こり得る何かにつながっていくのではないかと思います。先生にとっての理想の家とは? 念願のマイホームを建てた賢二夫婦だが、次々と奇妙なことが起こり始める……。映画「スイート・マイホーム」は全国公開中 (c)2023『スイート・マイホーム』製作委員会 神津凛子/講談社   神津:何があっても帰れる場所で、どういう状態でも帰りたいなと思えるところ。逆にどういう状態でも迎えてあげられるところかな。 映らないものが大半 齊藤:僕は「サザエさん」のエンディングではないですけど、家族が平和の象徴みたいなもので、家族イコール家。家の輪郭が家族というイメージを持っています。2010年代くらいまでは、比較的、結婚や家庭を持つことがゴールという作品が多かったと思うんですが、ここ十数年はそこからが本当のドラマだという作品が多くなりました。 神津:そうかもしれませんね。齊藤監督が今回、映画化で得たことは何ですか。 齊藤:コロナ禍を経て感じたのは、映像業界はもちろん全ての業界が一度ストップしたような、脈が途切れた時間でした。俳優だけではなく映画館も機能性を失っている中で、多くの作品が中断したり白紙になったり。そんな状況でこの組が動き続けることは、映画界全体の大きな車輪が少しでも動き出す何かになるのではないかと思っています。  映画は映っているものだけではなく、映らないものが大半です。映ってない部分の人たちの生活と現場が動くことがつながっていることを、このタイミング、この作品だから強く認識できました。今、別の現場に俳優として入っていますが、アシスタントの人たちに非常に目がいくようになりました。コロナ禍のタイミングで映画作りをさせていただいたことは、今後の人生に大きな影響をいただいたと思います。 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2023年9月11日号
熱中症で救急搬送、65歳以上が約6割 「高齢者の室内熱中症リスクが顕在化」と専門家
熱中症で救急搬送、65歳以上が約6割 「高齢者の室内熱中症リスクが顕在化」と専門家 連日の暑さに行き交う人も疲れ気味。全国の平均気温は6月が歴代2位、7月が1位の高さ。8月も最高気温35度以上の猛暑日が続いた(撮影/写真映像部・上田泰世)    連日の酷暑から熱中症になる人が後を絶たない。特に高齢者が救急搬送される割合が高く、室内での熱中症にも警戒が必要だ。AERA 2023年9月11日号より。 *  *  * 「歴代と比較して圧倒的に高い。夏全体で見ても異常だった」  8月28日に行われた気象庁の「異常気象分析検討会」。会長の中村尚・東京大学教授はこの夏の気温についてこう話した。  とにかく、暑い。「異常」との評価には、誰もが納得するのではないか。検討会によると、7月16日から8月23日の日中の最高気温は、全国915観測地点のうち106地点で観測史上1位を記録。また、6月から8月の日本の平均気温が、これまで最高だった2010年を上回り、1898年以降で最も高くなる見込みも明らかにした。  最近の夏が、昔よりどれほど暑いのか。別のデータもある。  気候変動を研究している東京大学大気海洋研究所准教授の今田由紀子さんは、猛暑で有名な埼玉県熊谷市と鳩山町、群馬県館林市の3地点における「1900~49年」「50~99年」「2000~22年」の、7月と8月の月最高気温を分析した。  その結果、1900~49年ではその3地点で「50年に一度」の猛暑は38度前後だったが、2000年以降だと38度という気温は「3年に一度」よりも頻繁に起きているものだという。 「100年ほど前なら『猛暑』だった気温が、もはや珍しくなくなっていると言えます。ちなみに2000年以降で『50年に一度の猛暑』と言えば、40度前後の暑さです」(今田さん) 室内熱中症が顕在化  異常に高い気温は、私たちの体にも大きな危険をもたらす。7月28日に最高気温35.5度を記録した山形県米沢市で、部活帰りの中学1年の女子生徒が熱中症の疑いで亡くなるなど、熱中症になる人が後を絶たない。  総務省消防庁によると、今年7月に熱中症が原因で救急搬送されたのは全国で3万6549人。これは統計を取り始めた08年以来、2番目に多い数。搬送された初診時に死亡したのは44人だった。 「最も顕在化しているリスクは、高齢者の室内熱中症です」 AERA 2023年9月11日号より    こう話すのは、岡山大学教授(公衆衛生学)の伊藤武彦さん。総務省の発表でも、救急搬送された人のうち65歳以上の高齢者が約57%を占める。 「死に至る例もありますが、日々暑い環境で過ごすことによる脱水で血が固まりやすくなり、血栓が脳に飛んで脳梗塞を起こすといった例も多いです。この猛暑で室内を適切な温度に下げるのはエアコンがないと難しいですが、一人暮らしだったり、認知機能が低下したりでエアコンを正しく使えず、リスクが増すケースも少なくありません」 生活保護に夏季加算を  高齢者の熱中症では、別の課題も出てきている。生活困窮者支援に取り組むNPO法人「ほっとプラス」理事の藤田孝典さんは、年金暮らしの高齢者世帯について、「まさに毎日のように『エアコンどうしようか問題』が頻発する現場だ」と話す。 「少ない年金で生活をしている人の中には、電気代や物価高を気にしてエアコンのスイッチを入れなかったり、壊れたまま修理していなかったりという人が多い。『熱中症で搬送された』という家族などからの相談が6月末から9月は頻繁にあります」  厚生労働省は一定の条件を満たす生活保護世帯に対し、上限6万2千円までエアコン購入費の支給を認めている。しかし、支給を認めるかどうかの実務を担う自治体の判断にはばらつきもあると藤田さんは言う。 「生活保護世帯の人たちは受給に対し控えめで、申し訳ない気持ちがある。救急搬送されてやっと、『じゃあ申請を』となりがち。さらなる周知が必要です。また、生活保護制度では暖房費の必要性から冬場に『冬季加算』がありますが、現状で夏場のエアコンを控える人に使用を促す意味で、『夏季加算』も絶対に必要だと思います」  この夏の異常な暑さは、もはや社会の仕組みを変えないと「命が守れない時代」が来ていることを突き付けている。(編集部・小長光哲郎) ※AERA 2023年9月11日号より抜粋

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