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中日は今や最も“入りたくない球団”に? 根尾の育成方針ブレブレ “お金ない”イメージも
中日は今や最も“入りたくない球団”に? 根尾の育成方針ブレブレ “お金ない”イメージも 中日・根尾昂  中日は過去10年間でAクラスは1度(2020年に3位)だけと苦しんでいるが、低迷期を脱出するために欠かせないのが若手の成長だ。  だが、有望な若手は多いものの、思ったように育ってこず「良い素材が中日に入団しても伸び悩んでしまう」と語るアマチュア球界関係者がいるほど。また、その他の要因も絡み最近ではドラフト候補の選手たちに中日が“不人気”になっているという声もある。  これからのチーム浮上のため、そしてドラフト候補に対する悪いイメージ払拭のため、選手の育つ環境があるところを見せておきたいところだが……。  若手が成長しない球団というイメージの象徴となってしまっている選手が、2018年のドラフトで4球団競合の末に入団した根尾昂だ。 「鳴り物入りでのプロ入りから鳴かず飛ばずの状態が続き『根尾も中日ではダメか』という雰囲気が出始めた。以前から若手の周辺環境に問題があるという声も聞こえる」(在京球団編成担当)  色々と若手が伸び悩む原因は考えられるが、根尾の場合よく挙げられるのはブレてしまった育成プランだ。  根尾は高校時代は投手としての評価も高かったが、プロ入り後は遊撃手一本に絞ってプレーすることを決意。だが、外野手へコンバートされるなどポジションが定まらず、昨年途中からは投手へ転向となった。球団の育成方針がコロコロと変わってしまったことが成長を阻害したとも考えられる。 「監督が交代した時期に入団したことも良くなかった。歴史を見ても中日の監督選びは球団内の力関係の構図そのもの。監督が代われば編成、強化を含めて体制が一変してしまう。根尾に関しても育成方針がブレてしまった」(名古屋在住スポーツライター) 【おすすめ記事】 勝てないだけが理由じゃない なぜ中日ファンは「ナゴヤドーム」に行かないのか https://dot.asahi.com/articles/-/85039  与田剛前監督は投手としての可能性に見切りをつけ野手に専念させるつもりだった。しかし昨年就任した立浪和義監督は投手としての才能を以前から高く評価している。野球選手として最も伸び盛りの時期にどっちつかずならば、「成長しろ」と言っても難しい部分は当然あるはずだ。  根尾の他にも、石川昂弥、鵜飼航丞、ブライト健太らドラフト上位で入った選手たちの飛躍が今後期待されるが、中日は若手の成長を阻む“誘惑”があるチームとしても知られている。 「タニマチによる夜の接待が多いのは、阪神だけではない。中日も二軍クラスであっても地元で英雄扱いされ、連れ回して面倒を見たい人は多い。若手選手の伸び悩みやチーム全体の甘さに繋がっているという人は多い」(中日担当記者) 「名古屋は土地柄、見栄を張りたがる人が多い。中日の選手と知り合いならば大きなステータスとなる。またナゴヤ球場に隣接する選手寮は繁華街から近くて遊びに出やすい。一軍本拠地が市内から遠くて不平が多いだけに皮肉を感じる」(中日担当記者)   根尾に関しては“私生活”の部分に心配はないようで、「一人暮らしを始めて彼女もいるらしく、腰を落ち着けて野球に専念できている。素晴らしいセンスの持ち主だから、野球のみに集中して1日も早く一軍のローテーション投手になって欲しい」(中日OB)という声もあるが、グラウンド外の環境も新たに入団する選手にとって重要な要素の一つだろう。  また、中日はリーグ優勝9度を誇る名門球団ではあるが、長期の低迷期に入り、今や“弱小球団”のイメージも定着しつつある。 「今の若い選手は現実的なので中日へのイメージは両極端。弱い球団だから入りたくない選手がいれば、早い段階からレギュラーになれるチャンスと捉える選手もいる。球団スカウトは今まで以上に(入団前の)選手の本音を確認する必要がある」(在京球団編成担当)  そして近年は補強費を抑えているイメージもあり、資金力が豊富ではないという印象がどうしてもつきまとう。活躍した選手には“大盤振る舞い”をするソフトバンクとは対極的な存在だ。まだ成長段階の若手が多いこともあるが、今年の球団別の平均年俸はセ・リーグで最下位(全体では11位)となっている。 「球団自体は何とか回せているものの親会社の中日新聞社の経営が厳しい。新聞産業が斜陽な中、同業他社と同様に不動産ビジネスに本腰を入れ始めた。球団に投入する資金は限られており多額のお金は使えない。大型補強や大判振る舞いは今後も難しいだろう」(中日担当記者)  とはいえ、ドラフトで入る球団は選ぶことはできない。今ではフリーエージェント(FA)やメジャーへの移籍があるため、そこへ向けて中日で頑張ればよい話でもある。中日もそういった選手を後押しできる環境を揃えることで“入りたい球団”になることもできるだろう。 「希望球団があっても最後は本人次第。プロは試合に出続け、チームが上位争いできるように貢献することが重要。給料は上がり、FAなどで他球団やメジャーリーグに挑戦もできる。しっかり野球に取り組んで勝つしかない。中日に最も足りていない部分」(中日OB)  今年も昨年に続き最下位争いとなってしまっている中日だが、立浪監督のもとでチームが強くなることを待ち望んでいる名古屋のファンは多い。そのためには若手が成長する以外に道はない。彼らが活躍して強くなれば、チームのイメージも大きく変わり、入りたくない球団から入りたい球団に変わるはずだ。
無趣味な人間は虚しいのか 心理学者が語る「つまらない人生」だと思わなくていい理由
無趣味な人間は虚しいのか 心理学者が語る「つまらない人生」だと思わなくていい理由 定年してから始める趣味があってもいい(写真はイメージです、Getty Images)    平日は家と会社の往復。休日はやることもなく惰眠をむさぼるだけ。自分のことだと思った人も少なくないのではないだろうか。そんな何もない日々を「つまらない人生」だと思う必要はないと、心理学者の榎本博明氏はいう。新著『60歳からめきめき元気になる人 「退職不安」を吹き飛ばす秘訣』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、解説する。 *  *  * 趣味のない人間になったのは、頑張ってきた証拠  昔からやりたいことなんかなかったし、今とくにやりたいことも思いつかないという人もいるだろう。  そこで気持ちが萎縮し、自己嫌悪に陥る人もいる。「なんてつまらない人間なんだ。なんてつまらない人生なんだ」と。自分が無趣味な人間だと気づいて、何だか虚しくなったという人もいる。  人から「趣味は何ですか?」と尋ねられ、言葉に詰まってしまい、これはまずいと思い、趣味を探し始めたという人もいるが、つまらない人間だと思われないように、偽の趣味を想定して答えるようにしているという人もいる。これを趣味偽装というそうだ。あまりに変わった趣味を偽装して、興味をもたれてしまうと、質問されても実際はやっていないので答えに窮してしまうが、ありふれた無難な趣味を想定すれば、それ以上突っ込まれるリスクもない。ほんとうは趣味はあるのだが、あまりに変わっているので人に言いたくないため、趣味偽装をしているという人もいるようだ。  いずれにしても、趣味がないからといって、「つまらない人生だ」などと全否定することはない。趣味がないのは仕事一途に頑張ってきた証拠とも言える。  ここでようやく仕事一途の生活から解放されたのだから、はじめのうちは戸惑いも大きいかもしれないが、焦らずゆっくりと、やりたいこと、お気に入りの過ごし方を模索していけばいい。  なかなか見つからず迷うのは、それだけ一生懸命に働いてきたからなのだということを念頭に置いて、ここでじっくり迷うことができるのは贅沢なご褒美なのだと思えばいい。  仕事以外にどうしてもやりたいことが見つからないという人もいるはずだ。その場合は、やりたいことと仕事がたまたま一致していたわけで、やりたいことをして稼いでこられたのだから、虚しいどころか充実した仕事人生だったと言ってよいだろう。 趣味探しに躍起になる人たち  そのように自分を納得させようと思っても、やっぱり趣味もない人生なんて淋しいという人もいる。  周囲の友だちはどうしているのかと尋ねてみると、多くの人は何らかの趣味に手を染めている。  若い頃に楽器演奏をしていた人は、同好者を見つけてオヤジバンドをしている。  現役時代からゴルフをしていた人は、暇になったんだからとゴルフ三昧の生活を楽しんでいる。  学生時代にテニスをしていたという人は、体力維持も兼ねてテニス教室に通って、定期的にテニスをしている。  現役の頃から美術館めぐりが趣味だったという人は、時間ができたので自分でも描いてみたいと思い、絵画教室に通っている。  そういう人たちと比べて、自分にはとくに趣味がなく、無性に虚しくなってきたという人もいる。だが、そのような人はけっして少数派ではないはずだ。むしろオヤジバンドやゴルフ三昧生活を楽しんだり、テニス教室や絵画教室に通ったりしている人の方が、圧倒的に少ないのではないか。  でも、せっかく仕事生活から解放されたのだから、何か趣味を見つけて楽しみたい、打ち込める趣味があればもっと心豊かな人生になるのではないか、と思うのももっともである。  本来、趣味というのは、無理に探すものではなく、やらずにはいられないもののはずである。無理にやろうとすることなど趣味とは言えない。しかし、仕事一筋の生活の中で、仕事以外のことで自発的に動くことがなくなり、やりたいことが思い浮かばないというのも、よくあることである。  そこで、趣味探しを多少頑張ってみるのも、まあ悪くない。そんな人たちのための趣味の教室や通信講座を探してみても、音楽、園芸、絵画、囲碁、俳句・短歌、歴史、文学など、いくらでもある。  とくに音楽や絵画、園芸には興味がないし、囲碁・将棋を始めようとも思わないという人でも、仕事上の調べ物をするのが好きだったという人なら、歴史とか文学とかの調べ物には結構はまるかもしれない。  自己実現というのは、これまで開発されていない自分の能力も刺激して、全面的に生きることを指す。職業生活で論理能力がとくに磨かれたという人の場合、感覚面や感情面が十分に磨かれていないことがある。その場合は、あえて苦手な絵画や音楽に挑戦することで感覚面を刺激したり、朗読や演劇に挑戦することで感情面を刺激したりするのも、自己実現に近づくことになるかもしれない。  ただし、無理は禁物である。苦手な能力をあえて開発しようとするよりも、得意な能力を活かして新たな領域にチャレンジする方が無難である。 榎本博明 えのもと・ひろあき  1955年東京都生まれ。心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。『「上から目線」の構造』(日経BPマーケティング)『〈自分らしさ〉って何だろう?』 (ちくまプリマー新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『自己肯定感という呪縛』(青春新書)など著書多数。
人間は「教育」がなければ生きられない それは生き延びるために獲得した本能的生存戦略だ
人間は「教育」がなければ生きられない それは生き延びるために獲得した本能的生存戦略だ ※写真はイメージです(Getty Images)    親は、自分の遺伝子を受け継いだ子の幸福を願い、自分にできる最良のことをしてあげたいと思う。子どものために親が与えられるものには、もちろん衣食住という基本的なものがまず挙げられる。行動遺伝学の第一人者・安藤寿康氏は、新著『教育は遺伝に勝てるか?』(朝日新書)の中で、人間が生きるために必要不可欠なものとして、もう一つ「教育」をあげた。その内容を、同著から一部を抜粋、再編集し、紹介する。 *  *  * 【『教育は遺伝に勝てるか』の内容を読む】 #1 ジェットコースターと肝試し、怖がる“遺伝子”は別 #2 子の成長は遺伝で決まる 「親の育て方しだいではない」 #3 人間は「教育」がなければ生きられない #4 学力への影響は「遺伝」が50%、「環境」が30% #5 ふたごを調べて分かった、学力にかかわる4つの項目 #6 遺伝的素質を発揮できない子どもたちに経済的サポートを #7 子どもの問題行動と親の厳しさの因果関係 #8 「非行」は環境の影響「犯罪」は遺伝が関わる #9 どんな子も教育環境から遺伝的才能を開花させる #10 “テスト”は百害あって一利なし #11 都会と田舎、家庭の裕福さは自由さに関係するか? #12 行動遺伝子学から考える未婚・既婚での“女性の自由度”の差  親が子どもに幸福のために与えるものが「教育」だというと、学校に行かせることとか、塾やおけいこごとに通わせることだと考える方がいるかもしれません。しかしここで私が言おうとしている親が行う教育とは、学校にかかわることよりももっと広いものを考えています。そもそも教育の科学的定義は「独力で学ぶこともできない知識やスキルを他者が学ぶのを、わざわざ手助けしてあげること」というもので、ヒト以外にはそれを行っている種はほとんどいない、ヒト特有の行動なのです。それというのも、ヒトは教育がなければ生きていけない動物だからです。  その中にはもちろん学校教育も含まれます。しかし学校が教えてくれないたくさんのことがあります。基本的な衣食住の「衣」にしても、ただ服を買って与えておけばよいのではなく、パジャマの着方、脱ぎ方、靴に右と左があることなど、鳥が誰からも教わることなく空を飛んだりクモが巣をつくれるように、遺伝的に本能で知っているわけではありません。直立二足歩行や母国語など、意図的に教えなくとも子どもが自ら獲得できる能力もありますし、ものによっては他人がやっているのを、見様見真似で独力で学べる勘の良い子もいたりはしますが、ヒトが文化を通じて生み出して使っている知識のほとんどは、一つひとつを教えてあげねばなりません。私たちは一人前になるまでにどれだけ多くの知識やスキルを身につけねばならないのでしょう。これらの多くは家庭あるいは家庭のようなところで、親または親のような役割を果たしてくれる人から教わります(「家庭のような」「親のような」と言ったのは、なんらかの事情で実親ではない大人に育てられたり、児童養護施設などで生きる子どもたちもたくさんいるからです。ただこれ以降はそれらをすべて「家庭」「親」とまとめて呼ぶことにします)。  親は着替えやトイレやお箸の上げ下ろしや挨拶の仕方など、日常生活で必要な知識やスキルだけでなく、さらに生きてゆくのに役に立つ、親が自らの経験で学んださまざまな知恵や知識も、子どもとの生活の中で、意識するとしないとにかかわらず、教えてゆきます。それは自営業で培った仕事の極意や歌舞伎のお家芸ばかりではありません。「教える」という人間の営みは、学校でなされることである以前に、本来、生殖や食物分配と同じく、生物としてのヒトが生き延びるために獲得した本能的ともいうべき生存ストラテジーなので、ヒトは知らず知らずそれを行っています。それは損得を超えた利他的な行為、ヒトであればどんな悪人でも、どんな自分勝手な人でも他者に対して自然にもつ愛情の発露であり、これを古代ギリシャの哲学者プラトンは「エロス」と名づけました。エロスは、その情念が肉体に向かえば性愛に、そして魂に向かえば愛智(「フィロソフィア」、つまり哲学と同じ意味の、知を求める心)と教育となってあらわれると考えたのです。 映画『万引き家族』で語られた「教育」  このことを鮮烈に描いていると私が強く感じたのが、2018年カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞し、日本アカデミー賞でも8部門最優秀賞を受賞した是枝裕和監督の映画『万引き家族』です。この映画の中で、幼いころにどこからか連れて来てしまったらしい血のつながっていない子どもに万引きの手口を教え、家族ぐるみで万引きを繰り返して生計を立てる父親の姿が描かれます。リリー・フランキー扮する、生きることに不器用なこの父親は、しかし子どもへの愛情だけは哀しいほどに純粋で素直で、それが本当の家族愛とは何かを問うこの映画のテーマにも結びついています。やがてこの犯罪は暴かれ、家族はみな警察の取調べを受けることになります。ここで「子どもに万引きをさせるのはうしろめたくなかったですか」と正論で諭すように問い詰める刑事に、この父親を演ずる男が「オレ……、ほかに教えられることがないんです」とうつろにつぶやく場面に、私は嗚咽をこらえることができませんでした。もちろんこんな教育は非倫理的です。しかし財産も教養もないこの惨めな男が、子どもに与えることのできる唯一の知識が万引きの手口だったという、教育の生物学的本質の生む愛情の表し方のあまりの哀しさに、心を強く打たれたのでした。  とはいえこれは教育のかなりデフォルメされたすがたであることは言うまでもありません。親はふつう、賢く感受性豊かな子に育てようと、絵本の読み聞かせをしてあげたり、家庭教師や塾や予備校にお金を出すなどのいろいろな工夫をします。あるいは何か才能をみつけるためいろいろなおけいこごとに通わせたり、少しでも多様な経験をさせようとアクティヴィティーに参加させたりするかもしれません。  親が心を砕いて子どものために用意するこうした教育的な働きは、果たしてどのくらい期待通りの結果に結びつくのでしょうか。   【『教育は遺伝に勝てるか』の内容を読む】 #1 ジェットコースターと肝試し、怖がる“遺伝子”は別 #2 子の成長は遺伝で決まる 「親の育て方しだいではない」 #3 人間は「教育」がなければ生きられない #4 学力への影響は「遺伝」が50%、「環境」が30% #5 ふたごを調べて分かった、学力にかかわる4つの項目 #6 遺伝的素質を発揮できない子どもたちに経済的サポートを #7 子どもの問題行動と親の厳しさの因果関係 #8 「非行」は環境の影響「犯罪」は遺伝が関わる #9 どんな子も教育環境から遺伝的才能を開花させる #10 “テスト”は百害あって一利なし #11 都会と田舎、家庭の裕福さは自由さに関係するか? #12 行動遺伝子学から考える未婚・既婚での“女性の自由度”の差 安藤 寿康 あんどう・じゅこう  1958年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、同大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。慶應義塾大学名誉教授。教育学博士。専門は行動遺伝学、教育心理学、進化教育学。日本における双生児法による研究の第一人者。この方法により、遺伝と環境が認知能力やパーソナリティ、学業成績などに及ぼす影響について研究を続けている。『遺伝子の不都合な真実─すべての能力は遺伝である』(ちくま新書)、『日本人の9割が知らない遺伝の真実』『生まれが9割の世界をどう生きるか─遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋』(いずれもSB新書)、『心はどのように遺伝するか─双生児が語る新しい遺伝観』(講談社ブルーバックス)、『なぜヒトは学ぶのか─教育を生物学的に考える』(講談社現代新書)、『教育の起源を探る─進化と文化の視点から』(ちとせプレス)など多数の著書がある。
「座り込み」が米軍を断念させる 辺野古の抗議現場に響く、悲しい反戦歌から紐解く沖縄の歴史
「座り込み」が米軍を断念させる 辺野古の抗議現場に響く、悲しい反戦歌から紐解く沖縄の歴史 かつて座り込んだ場所で取材に応じる佐々木末子さん    2022年「2チャンネル」創設者として知られる「ひろゆき」こと西村博之氏のツイートによって、ネット上では辺野古に注目が集まった。辺野古の米軍新基地建設に反対する「座り込み」はSNSの「ネタ」となり、「笑うものたち」は後を絶たない。しかしジャーナリストの安田浩一氏は、真剣な怒りを無効化させる「笑い」を醜悪だと強く非難する。人々は闘うことで、怒りを表現することで世のなかを変えられるのか。安田氏の新著『なぜ市民は"座り込む"のか――基地の島・沖縄の実像、戦争の記憶』(朝日新聞出版)から一部を抜粋、再編集し紹介する。 *  *  * 【こちらも話題】 #1 論破王ひろゆき氏にネタにされる辺野古の「座り込み」 #2 辺野古の抗議現場に響く、悲しい反戦歌から紐解く沖縄の歴史 #3 「高齢者の『集団自決』」から浮かび上がる差別と排除の思想 #4 2人の元自民党幹事長が語った戦争と平和への想い #5 朝鮮人虐殺はなぜ“なかったこと”にされるのか #6 ネットのデマにちりばめられた「プロ市民」なる文言 #7 基地をめぐる沖縄と本土の温度差は無自覚で残酷 「座り込み」が動かした歴史 「基地反対の座り込みなんて意味がない」「金もらってやらされてるだけ」――“ひろゆき騒動”を端緒にそのような声がネット上であふれるなか、どうしても会いたい人がいた。  佐々木末子さん(74)。「座り込み」によって、沖縄の歴史を変えたひとりである。  私は佐々木さんが通っている市民団体の事務所を訪ねた。  話を聞きたいのはもちろんだが、お願いごとがあった。  言いたくてうずうずする。でも、いまじゃない。そんな葛藤を繰り返しながら、佐々木さんの話を聞くこと約2時間。ようやく私は切り出した。  歌っていただけませんか――。  おそるおそる私が懇願すると、佐々木さんは少しばかり困った表情を見せた。 「歌えるかなあ。人前で歌うなんて何十年ぶりだし」  照れたような表情を見せる。そりゃあそうだ。いきなり訪ねてきた記者を前に、歌を披露することなど躊躇して当然だった。  でも、佐々木さん、居ずまいを正した。咳ばらいをひとつ。あっ、歌ってくれるんだ。 〈東シナ海 前に見て わしらが生きた土地がある この土地こそは わしらがいのち 祖先譲りの宝物〉  静かな、しかし海面にじわじわと波紋が広がるような、優しく潤うるんだ歌声だった。 「一坪たりとも渡すまい」  基地建設に抵抗する農民の歌だ。1967年に完成したこの歌は、いまも辺野古の新基地建設に抗議する現場で響く。辺野古だけではない。理不尽に怒る沖縄の人々の間で、半世紀以上にわたって歌い継がれてきた。  歌詞を書いたのは佐々木さんだ。まだ10代の頃だった。 「怒りと悲しみが入り混じった頭のなかで、歌詞がぱっと浮かんだ。思いをみんなに伝えたかった」  昆布土地闘争――当時、沖縄を揺るがせた闘いのなかで、この歌、「一坪たりとも渡すまい」は生まれたのだった。  沖縄を統治していた米軍が、具志川村(現うるま市)昆布地区の土地約2万1千坪を接収すると通告したのは66年1月のことだった。  村の多くの土地は、終戦直後からすでに軍用地として米軍に奪われていた。海岸には当時で7千トン級の船が横付け可能な米軍桟橋が設置され、航空用燃料タンクの施設などが並んでいた。  そんな場所へ、米軍は強制収用をちらつかせながら土地の提供を求めてきたのである。ベトナム戦争が激化していた時期でもあった。米軍は同戦争に必要な軍需物資の集積所として使用するため、桟橋に近い昆布地区の土地を必要とした。 「サトウキビと芋が採れるだけの畑が広がっていました」と佐々木さんは述懐する。  もともと決して豊かとは言えない人々が暮らす集落だった。戦前はほとんどの家庭から南洋(サイパンやパラオなど)への出稼ぎ者を出している。そうした出稼ぎ者の送金で、昆布地区は細々と開墾を続けてきたのだ。  戦後、南洋各地から出稼ぎ者が命からがら集落に戻ってきた。戦争ですべてを失った人々は、それでも廃墟となった沖縄での再興を誓い合った。  国に、戦争に、人々は翻弄された。それでもようやく、貧しくとも生活が落ち着いてきたその矢先に、米軍は荒地で育まれた小さな幸せさえ奪おうとした。土地を寄越こせ、さもなくば強制接収すると恫喝したのである。農民たちの闘いは66年の年明けから始まった。  村民集会を開いて土地の明け渡し拒否を決議し、接収予定地での座り込みを続けた。  接収に反対する地元の農民で結成した「昆布土地を守る会」の会長は、佐々木さんの父、佐久川長正さんだった。土地所有者の多くは戦争で夫を失った女性たちで、「ちゃーないがや(どうなるかね)、長正」と佐久川さんは村の皆から頼りにされていた。  だが、闘いが始まったばかりの頃、佐々木さんは「傍観者でしかなかった」という。 「だって、アメリカに勝てるとは思えなかった。その頃の米兵はやりたい放題で、車でひき逃げしたって罪に問われない。警察も手を出すことのできない特権階級でした。それに比べて、昆布の人たちは何の権力も持たない素朴な農民ばかりでした。どうすればそんな特権階級相手に勝てるというのでしょう。土地を奪われる悲しみはあったけれど、何をしたって無駄かもしれないという、諦めも抱えていたんです」  それでも、あらゆる理不尽に翻弄され続けてきた農民たちは諦めなかった。偵察に来る役所の人間を、米軍人を追い返し、座り込みを続けた。  佐々木さんも徐々にその思いを理解するようになる。 「これはただ単に土地を守るというだけの運動じゃないんだ、人間の尊厳を懸けた闘いなんだって、座り込む人々の悲痛な表情を見ながら、そう考えるようになったんです」  決定的なできごとがあったのは66年12月30日の夜。約20人の米兵に闘争小屋が襲われた。指笛の合図とともに小屋に向かって一斉に石が投げ込まれ、支援団体の旗が軒並みへし折られた。やりたい放題の米兵に対し、農民たちは手も足も出なかった。  佐々木さんはその夜のことをはっきり覚えている。 「お月様が血の色に染まったんです」  そう振り返る。 「その日はお月様のきれいな夜だったんです。うっとりしながらそれを眺めていたときでした。そんなときに米兵が襲いかかってきました。笑いながら投石を続ける米兵たちを、私はこわくて、ただ見ているしかなかった。そしたらね、青白く光るお月様が、急に真っ赤に変わったんです。私の目が血走っていたのかもしれません。とにかく、真っ赤な血の色に染まったお月様が夜空にあった。泣きましたよ。怖くて、悲しくて、悔しくて」  そして、ベトナムではさらに残酷な戦争がおこなわれていることを考えた。 「この土地を、ベトナム戦争に加担させてはダメだと強く決意したんです」  佐々木さんが仲間とともに伊江島を訪ねたのは翌67年のことだった。  同じように土地闘争を闘ってきた伊江島の人たちから話を聞くためだった。  伊江島でも米軍の土地接収に抗議する熾烈な闘いが繰り返されてきた。それはまさに、「銃剣とブルドーザー」による土地の強奪だった。伊江島の闘いを非暴力で貫き、島民たちの信望を集めたのが平和運動家の阿波根昌鴻さん(故人)だった。  島を訪ねた佐々木さんたちに、阿波根さんは「おそれるな」と励まし、非暴力抵抗運動を貫くことがいかに大事なのかを伝えた。 「米兵も同じ人間だと阿波根さんは言うのです。だからこそ、徹底して非暴力で、しかし諦めない闘いをするのだと伝えてくれました。優しくて強い人でした」  座り込む。ただひたすら座り込む。そして絶対に諦めない。そんな昆布の闘いは、阿波根さんの教えが根底にある。  そしてもうひとつ。佐々木さんが衝撃を受けたのは、伊江島の闘いのなかで生まれた曲「陳情口説」だった。 〈わが土地ゆ 取て軍用地 うち使てぃ(わが土地を奪って軍用地に使ってます)〉 の歌詞で知られる「陳情口説」を島の人が三線で披露してくれた際に、「心がザワザワした」のだという。  伊江島から戻る船のなかで決意した。 「昆布の闘いを、同じように歌にしなければならないと思ったんです」  帰宅して、ギター片手に曲もつくった。そしてできたのが「一坪たりとも渡すまい」だった。歌は昆布から沖縄各地へ、そして全国の闘いの場所で、歌われるようになった。  歌の2番では〈われらは もはや だまされぬ〉と昆布の人々の決意を示し、最後の3番で米軍のベトナム爆撃を非難した。  すべてが昆布につながり、そして世界に広がる、悲しい反戦歌なのである。  昆布の人々は、座り込んで歌った。スクラムを組んで歌った。米軍から投石を受けても、何者かによって闘争小屋が燃やされても、それでも諦めなかった。奪われないために、守るために、そして社会を変えるために、人々は座り続け、歌い続けた。  そして――素手で闘った農民たちは勝ったのである。  71年7月7日、米軍は土地接収の断念を発表した。66年の最初の通告以来、強制接収を可能とする「即時占有譲渡命令書」を17回も通告しながら、米軍はまさに「一坪たりとも」奪うことができなかったのだ。  昆布闘争の勝利は、沖縄の民衆史にとっても輝ける記録として刻印される。  だが――いま、佐々木さんの表情はさえない。  歌が生まれてから56年。その間、さまざまな現場で歌い継がれてきた。いまも、辺野古で歌声が響き渡る。 「その現実に、打ちのめされているんです。まだ、歌わなければいけないのかと」  米軍基地をめぐって闘争が続く。その現実は、以前と変わらぬ不平等と不均衡、そして沖縄への差別が続いていることを意味する。  さらに。 「たとえば、ひろゆきさんの件。辺野古を訪ねて、運動の現場にいる人を笑った。デマを交えて、闘いを侮蔑した。そのことが……」  一瞬の間を置いてから、佐々木さんはぽつりと漏らした。 「許せないんです」 「座り込み」という言葉をめぐる不毛な議論が端緒だったが、その後、本土の「識者」をも巻き込み、「運動のあり方」「座り込みの是非」といった方向に流れた。  許しがたいのは、そこに乗じて運動に関するデマが飛び交うことだけでなく、何よりも、少なくない者が「運動」そのものを嘲笑したことにある。  佐々木さんは、しょげかえったような声で話す。 「昆布闘争のときだって、批判はあった。暴力による脅しもあった。でも、笑われたことは……なかった」  私たちはいま、そんな時代を生きている。生真面目に語るほど、被害者が被害を訴えるほど、理不尽に対して抵抗するほど、嘲りの言葉が返ってくる。  だが、忘れてはなるまい。  社会を変えてきたのは嘲笑ではなく、怒りと信念である。 「尊厳が奪われない限り、私たちは負けないと思うのです」  そんな佐々木さんの控えめな言葉こそ、私は社会を変える大きな力になるのだと信じている。  だからあえて私は叫ぶ。何度でも繰り返す。  笑うな。必死に生きている人を嘲るな。   【こちらも話題】 #1 論破王ひろゆき氏にネタにされる辺野古の「座り込み」 #2 辺野古の抗議現場に響く、悲しい反戦歌から紐解く沖縄の歴史 #3 「高齢者の『集団自決』」から浮かび上がる差別と排除の思想 #4 2人の元自民党幹事長が語った戦争と平和への想い #5 朝鮮人虐殺はなぜ“なかったこと”にされるのか #6 ネットのデマにちりばめられた「プロ市民」なる文言 #7 基地をめぐる沖縄と本土の温度差は無自覚で残酷 ●安田浩一(やすだ・こういち) 1964年静岡県生まれ。「週刊宝石」「サンデー毎日」記者を経て2001年からフリーに。事件、労働問題などを中心に取材・執筆活動を続ける。12年、『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』で第34回講談社ノンフィクション賞受賞。15年「ルポ 外国人『隷属』労働者」(「G2 Vol.17」[講談社]掲載)で第46回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞。著書に『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)、『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(朝日文庫)、『団地と移民 課題最先端「空間」の闘い』(角川新書)、『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社未来ライブラリー)など。
泉房穂氏が費用膨張の大阪・万博を大批判「大きな税金を投じたツケは国民に回ってくる」
泉房穂氏が費用膨張の大阪・万博を大批判「大きな税金を投じたツケは国民に回ってくる」 泉房穂氏    2025年の大阪・関西万博の費用が当初の見積もりより大幅に膨れ上がっていることについて、批判の声が強まっている。元明石市長の泉房穂氏(59)もその一人で、費用膨張に疑問を呈したツイートが話題になった。国民からすれば税金が余計に使われるのだからたまったものではないが、万博や東京五輪などの大イベントは、なぜ決まりごとのように見積もりが大きく外れるのか。泉氏に見解を聞いた(後編では、自民党女性局の子育て支援などについて学んだというフランス研修について)。  大阪万博の会場建設費は国、大阪府・市、民間で3等分する。当初は1250億円を見積もっていたが、その後1850億円に修正。ここにきて、再度上振れする可能性が取りざたされている。費用が膨張すれば、それだけ多くの税金が投入されることになる。  日本政府が出展するパビリオン「日本館」についても、当初の入札予定価格より9億円高い76億円で清水建設が随意契約した。これについて泉氏は、 「そんなに気前よく税金を使って、大丈夫なのかと不安になる。その負担がまた国民に回ってこないことを切に願う」  とツイートしていた。 数字の見せ方なんてどうだってできる ――東京五輪も大阪万博も、費用が膨張するのはなぜなのか 「建築資材の高騰などの要因があることは確かでしょう。ただ、それ以前に行政が出す金額なんて信用してはあかんですよ」 ――信用してはいけないとは 「見積もりの数字の見せ方なんてどうだってできますから。箱もので言えば、イニシャルコスト(建設費などの初期費用)だけを見せるのか、ランニングコスト(維持管理費)も含めた数字を出すのかで、大きく変わります。国民・市民からの理解を得ないといけませんからね。批判が予想されるときには小さい数字を見せて、逆に政府や自治体が、頑張ってますよ、お金をたくさん使ってますよ、とアピールしたいときには数字を大きくする。そういうものだと思います」 ――東京五輪や大阪万博は、数字をあえて小さくしたと 「これだけ大きなイベントならもっとシビアに見積もりを出して示せるはず。そのうえで、イベントをやる社会的意義や国民にとっての経済効果、税金を使う理由をしっかり説明すべきですが、していませんよね。批判が大きくならないよう、極端に安く見せたい、という動機に基づいた数字を出しただけでしょう」 ――東京五輪は、逮捕者まで出てしまいました 「驚きもしません。お金もうけのためにイベントをやっているのですから。耳が痛いかもしれませんが、五輪も万博もマスコミがイベントの盛り上げ役に回ってしまっている。見積もりの根拠を独自に検証したりせず、発表をそのまま記事にしてしまっている。そして忘れたころに金額が上がって、やっと報じたときにはもう手遅れ。大イベントの盛り上げ役に回ってしまっているメディアの現状は、大きな問題だと思います。誰に向いて仕事をしてるねんって」 ――とはいえ、経済効果を期待する声はあります 「1964年の東京五輪に合わせて東海道新幹線が開通したように、高度成長期は大イベントと公共工事がいい意味でリンクしていたのだと思います。国や地元経済を何とかしようと、大イベントをやってお金の動きを作ろうとするのは政治家が考えがちなことで、悪意があっての発想ではありません。ですが、給料が長く上がらず、増税や物価高などで使えるお金が減って国民が疲弊している今、五輪や万博が国民を元気にし、国民にとっての経済成長につながるかというと、私は強く疑問に思いますね」 お金を使うことが目的化 ――泉さんはカジノにも反対されていますね 「五輪も万博もカジノも全部発想は同じ。お金を使って施設作って、工事やって雇用を生んで……という。発想が古いし、短絡的です」 現在の万博予定地   ――五輪も万博も開催する必要自体がなかったと 「やる必要はありません。五輪にしても、スポーツが感動を生むことは事実ですが、あれほどの大金を投じてまでやる意味があるのかということ。生活が大変な国民がたくさんいるなかで、税金の使い道はほかにあるでしょう。例えるなら、家で子どもが腹をすかして泣いているのに、親は庭をあれこれ整備してきれいにして、そこに人を集めて派手にパーティーをやっているという状況。そんな金があるなら子どもに飯を食わしたれよって思いませんか」 ――大阪万博は成功するのか 「そもそも主催者側は成功する必要を感じていないのでは? 入場料が7500円なんて高すぎて行こうと思う人はそうそういないんじゃないかと思いますが、仮に入場者数が少なく終わったとしても『質の高い万博でした』なんて総括して、成功を“作る”ことができますからね。成功か否かではなく、大きなお金を使うことが目的化しているのだと思います」 ――ツイートした意図は 「政治とマスコミに対する怒りですよ。大イベントで潤う時代じゃないのに、いまだに方針を転換できない。税金は国民のためにこそ使うべき。大イベントに大きな税金を投じたつけは、最終的に国民に回ってくるのです」 (聞き手/AERA dot.編集部・國府田英之) 【後編】自民党女性局の“フランス研修”が子育て支援だなんて「ただの言い訳」  
大量の汗が対人関係に悪影響 手のひら、わきの下… 多汗症がうつ傾向や不安障害を引き起こすことも
大量の汗が対人関係に悪影響 手のひら、わきの下… 多汗症がうつ傾向や不安障害を引き起こすことも ※写真はイメージです(写真/Getty Images)  日常生活に支障をきたすほど、大量の汗が出る「多汗症」。多汗症であっても健康上の問題はなく、治療方法は限られていましたが、近年は多汗症が社会活動や対人関係に影響を及ぼすことなどが認められ、健康保険が適用される薬も増えてきました。多汗症の診断や治療について、専門の医師に聞きました。この記事は、週刊朝日ムック「手術数でわかるいい病院」編集チームが取材する連載企画「名医に聞く 病気の予防と治し方」からお届けします。「多汗症」全3回の2回目です。 *  *  *   「多汗症」1回目の記事:「汗を大量にかく人とかかない人の違いは? 発汗機能は2歳までに決まる説も 多汗症チェックリスト」はこちら。  暑くもないのに日常生活に支障をきたすほど大量の汗が出るのが、「多汗症」です。汗は暑いときや運動したときに体温調節のために出る「温熱性発汗」と緊張したとき、驚いたときなど精神的な刺激によって出る「精神性発汗」があります。特定の部位に過剰な汗をかく局所多汗症は、主に精神性発汗によるものです。  大量の汗が出る部位として多いのが、手のひらや足の裏、わきの下、頭、顔です。部位によって、発症の時期や症状などに特徴があります。    多汗症は背景に病気がない限り、放置しても健康上の問題はありませんが、どのような場合に病院を受診すればいいのでしょうか。発汗異常症を専門とする愛知医科大学病院皮膚科教授(特任)の大嶋雄一郎医師はこう説明します。 「大量に汗をかいても、本人が困っていなければ治療の対象になりません。しかし日常生活に支障をきたし本人が困っている場合は、治療の対象になるので皮膚科を受診することをおすすめします」  多汗症は明らかな原因がある「続発性多汗症」と原因がない「原発性多汗症」に分けられます。続発性多汗症の原因には、薬剤性、循環器疾患、がん、感染症、内分泌・代謝疾患、末梢神経障害などの病気があります。大人になって突然発症した場合、左右どちらかだけに症状が出る場合、寝汗が大量に出るといった場合は、続発性多汗症の可能性があります。  明らかな原因がないまま6カ月以上症状が続き、次の6項目のうち2項目以上が当てはまる場合、原発性多汗症と診断され、治療の対象となります。   塗り薬やシートタイプの外用剤が保険適用に  多汗症の治療は、症状が出ている部位によって異なります。最近は外用(塗り薬)の抗コリン薬に保険が適用されるようになり、第一に選択されるケースが増えています。わきの下の場合、2020年にゲル状の塗り薬(ソフピロニウム)、22年にシート状のタイプ(グリコピロニウム)が使用できるようになりました。さらに23年6月からは手のひらの多汗症にも、ローション状の塗り薬(オキシブチニン)が保険適用されています。  緊張などによって汗をかくのは、交感神経の働きが活発になることで、アセチルコリンという神経伝達物質が放出され、それが汗腺(かんせん)にある受容体に結合して、発汗が促されるためだと考えられています。抗コリン薬はアセチルコリンが、汗腺の受容体と結合するのを妨げる作用があるため、発汗を抑えることが期待できます。内服の抗コリン薬も使用できますが、口渇、排尿障害、ドライアイなど全身性の副作用があり、外用薬のほうがこうした副作用を抑えられることが、明らかになっています。  外用の抗コリン薬は、1日1回、毎日継続して使用するのが基本です。一般的に使用して1週間後くらいから効果が出始めます。わきの下の場合、ジェル状のタイプとシート状のタイプを選択できますが、どのように選ぶのでしょうか。 「多汗症の患者さんは、すでに市販の『汗ふきシート』を使用したことがある人が多いので、シート状のタイプだと使いやすいようです。ただし、シート状のタイプは薬剤が手につくので、その手で目をこすってしまうとドライアイなどの副作用が出る可能性があります。このため、使用後は必ず手を洗う必要があります。一方、ゲル状の塗り薬は付属の容器を使って塗るので、手を使わずにすむというメリットがあります。手に湿疹などがある人は、ゲル状のタイプが向いています」(大嶋医師)  抗コリン薬以外の塗り薬として、塩化アルミニウム製剤を使用する場合もあります。塩化アルミニウム製剤は、汗腺の穴をふさぐ作用がある塩化アルミニウムを20~50%使用したアルコール溶液、あるいは水溶液です。自費診療となり、院内で独自に調合する「院内製剤」として処方されます。 「外用の抗コリン薬が使用できなかったころは、塩化アルミニウム製剤が第一に選択されることが多かったのですが、引っ越しなどで病院を変えると全く同じ薬を処方してもらいにくいというのが難点でした。外用の抗コリン薬は、全国各地の病院で同じ薬を処方してもらえるほか、皮膚がかぶれるといった副作用も塩化アルミニウム製剤に比べて少ない傾向があります」(大嶋医師)    なお、塩化アルミニウム製剤は、市販の制汗剤にも使用されています。病院で処方してもらう場合は、症状に合わせて塩化アルミニウムの濃度を調整してもらえる場合があります。 外用剤以外の治療方法もある  わきの下の多汗症で、塗り薬に効果がない場合、または皮膚がかぶれて使用できない場合は、「ボツリヌス毒素製剤」を注射する方法もあります。重症の場合に限り、保険が適用されます。また、手のひらや足の裏の多汗症は、「水道水イオントフォレーシス」という治療も保険が適用されます。水を入れた専用の容器に手や足を入れ、弱い電気を流し、汗腺の働きを低下させる治療法です。週に1回程度通院して治療を受ける必要があります。  頭部や顔面の多汗症の場合、塗り薬は肌荒れを起こしやすいこともあり使いにくく、内服の抗コリン薬がよく使用されます。  多汗症治療(主に手掌<しゅしょう>多汗症)の最終手段としては、胸部の交感神経節を切除する「交感神経遮断術」という手術方法もあります。 多汗症がうつ傾向や不安障害を引き起こすことも  多汗症の人は、うつ傾向や不安障害など精神的な症状を併発するケースもあることが明らかになっています。人前に立ったとき、初対面の人と会ったときなどに緊張して汗が出て、さらにそのことによって、余計に人目が気になって緊張するという悪循環を起こします。こうしたことから、社会活動や対人関係に悪影響が及び、その状態が続くと、精神的な症状を発症することがあるのです。多汗症を治療すると、こうした精神的な症状も改善する場合があることもわかっています。皮膚の病気と精神疾患の関連に詳しい、はしろクリニック院長の羽白誠医師はこう話します。 「精神的な症状も併発している場合、多汗症の治療だけでは、効果が出ないケースもあります。その場合、精神的な症状に対しても治療することで、多汗症の症状がよくなることもあります。また、最初から多汗症と精神的な症状の両方を治療したほうがいいケースもあります。精神的な症状に対する治療は、向精神薬などを使用することもありますが、根本的な対策として自律訓練法などを指導することもあります」  自律訓練法は、手や腕の力を抜いて、手の温感などを意識して感じるようにする訓練法で、緊張や不安を和らげることが期待できます。 「多汗症の人は、緊張しやすい、不安を感じやすいといった傾向があります。多汗症の治療と同時に、自律訓練法などで精神を落ち着かせる方法を身につけておくと、緊張する場面などで役立ちます」(羽白医師)  多汗症の治療は、一般的に皮膚科で実施されますが、新しい薬が多く、すべての皮膚科で同様の治療を受けられるとは限りません。多汗症を診療しているかどうか、ホームページなどで確認してから受診することをおすすめします。 (文/中寺暁子) 愛知医科大学病院 皮膚科教授(特任) 大嶋雄一郎医師 1999年、愛知医科大学医学部医学科卒。刈谷総合病院、トヨタ記念病院などを経て現職。専門は発汗異常症。日本皮膚科学会認定専門医・指導医、日本発汗学会理事、日本ボツリヌス治療学会代議員。 愛知医科大学病院 皮膚科教授(特任) 大嶋雄一郎医師 愛知医科大学病院 愛知県長久手市岩作雁又1-1   はしろクリニック 院長 羽白誠医師 1986年、大阪大学医学部医学科卒。箕面市立病院、関西労災病院、大阪大学大学院医学研究科非常勤講師、国立大阪病院、大阪警察病院などを経て、2010年から現職。日本皮膚科学会認定専門医、日本心身医学会心身医療専門医、日本皮膚科心身医学会理事長。 はしろクリニック 院長 羽白誠医師 はしろクリニック 大阪府大阪市北区梅田1-2-2-200大阪駅前第2ビル2階 連載「名医に聞く 病気の予防と治し方」を含む、予防や健康・医療、介護の記事は、WEBサイト「AERAウェルネス」で、まとめてご覧いただけます
「メタボです、やせてください」と言われたら“食べ物の色”に気をつけて!管理栄養士が教えるNG習慣
「メタボです、やせてください」と言われたら“食べ物の色”に気をつけて!管理栄養士が教えるNG習慣 写真はイメージ(Gettyimages) 健康診断や人間ドックで「メタボ」と診断され、ダイエットをするようにと指導を受ける人も多いのでは。ダイエットというと、まず頭に浮かぶのは、カロリー制限や食事制限ではないでしょうか。しかし、ただカロリーや食事を抑えるだけだと、一時的に体重が減ったとしても、その後リバウンドしてしまったり、体調を崩してしまったりと結果的にダイエットに失敗するケースが多いのも事実です。今回のテーマは「メタボ脱却ダイエット術」。メタボになりやすい10の食習慣と、脱メタボのためのダイエット術のポイントを5つ、お伝えしていきます。(管理栄養士 岡田明子) 食事制限やカロリー計算はもう古い?メタボな人にありがち、食習慣の特徴10  単純にカロリー制限や食事制限をすると、脂肪を分解して燃焼させるための栄養までも不足してしまうため、結果的にダイエット失敗に陥りがちです。「若い頃は体重が増えても、食事を制限して運動をすればやせられたのに、歳を取ってやせにくくなった」と感じている方も多いのでは。年齢とともに基礎代謝が低下するため、食事制限や運動を頑張ってもなかなかやせられないというのは、年齢も関係しているのです。    歳を取ると太りやすくなり、やせにくくなる。しかしこれを放っておけば、メタボ(メタボリックシンドローム)という生活習慣病の前段階の状態になり、糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病にもなりかねません。 【メタボな人にありがち、食習慣の特徴10】 (1)ごはん、麺類などの炭水化物が好き (2)野菜をあまり食べない (3)インスタント食品や加工食品をよく食べる (4)早食いやドカ食いをしがち (5)水分を水やお茶以外で取ることが多い (6)水をあまり飲まない (7)お酒をほぼ毎日飲む (8)甘いお菓子やアイスクリームが好き (9)夕食が20時以降になる (10)食事の時間が不規則  上記の特徴が1つでも当てはまる方は、今の食習慣を見直す必要があります。とはいえ、今までの食習慣を一気に変えるのは難しいでしょう。しかし、ポイントを抑えて実践していけば、太らない食習慣にシフトしていくことができます。 メタボ脱却ダイエット術5つのポイント (1)GI値が低い、茶色っぽい炭水化物を選ぶ    GI値とは、Glycemic Indexの略で、食後血糖値の上昇度を示す指数です。つまりGI値が高い食品を食べると血糖値が急上昇しやすく、GI値が低い食品を食べると血糖値が緩やかに上昇します。    血糖値が急上昇すると、インスリンというホルモンが過剰分泌され、脂肪を蓄えやすくなります。減量したいのであれば、インスリンの分泌をなるべく抑えることが大切なので、GI値が低い食品を選ぶことが重要なのです。    同じ炭水化物でも、精製してある白米と未精製の玄米では、血糖値の上がり方が違ってきます。GI値が低い食品は食物繊維を多く含むものが多いので、炭水化物を選ぶ時は、玄米や発芽玄米、全粒粉パン、全粒粉パスタ、蕎麦などの色が濃いもの(茶色っぽいもの)を選びましょう。最近では、外食でもこうした主食を選ぶことができることがありますし、コンビニでもGI値が低い炭水化物を使用した商品が販売されています。   (2)色を意識して食べる    バランスの良い食事をとることが、ダイエットにつながることは分かっていても、実践することが難しいという方も少なくありません。毎回毎回、主食、主菜、副菜と揃えて食べるのは難しいですし、面倒ですよね。そこで、簡単にバランスを整えて食べることができる方法が「色」を意識して食べることなのです。   白…ご飯やパンなどの主食 茶…肉や魚などのタンパク質、シイタケやシメジなどのキノコ類 赤…トマトやニンジンなどの野菜 緑…ブロッコリーやピーマン、ホウレンソウなどの野菜 黒…ヒジキやワカメなどの海藻類  特に男性は白(主食)が多くなりがちなので、赤や緑(野菜)を補うことを意識するところから始めてみましょう。 (3)食事時間を楽しむ~早食い、ながら食べをやめる  最近は、スマートフォンを見ながら食事をしている「ながら食べ」の方が増えてきました。また、昔からの習慣で、あまり噛まずに食べる早食いや、朝食を食べずに昼食をガッツリ食べたり、夕食の時間が遅くなったりと空腹がMAXの状態で食べることにより、ドカ食いの習慣が付いてしまっている方もいます。これらの食べ方は、食事に集中していなかったり、楽しんで食べていなかったりするために起こる食行動です。    食材の味を楽しんだり、目で感じたり、よく噛んで時間をかけて食べることが満腹感にもつながります。1日のうちの1回でも良いので、食事を楽しむ時間を取ってみましょう。   (4)水を飲む習慣をつける    私たちの身体の約60%は水分から成り立っています。水分を水以外の清涼飲料水やジュースやコーヒーで取っている方は、水を飲む習慣を付けるだけでも、摂取する糖質を減らすことができ、水分代謝が良くなりやせやすくなります。  また、お酒を毎日飲む方は、最低でもお酒と同量の水分補給が必要です。お酒(アルコール)を肝臓で分解する際に水分が大量に必要になるため、お酒を飲んだら水を取るように意識しましょう。  外食や飲み会の機会や、食事を選ぶことができない状況が多い方にとっては、毎回、食事をコントロールするのは現実的に難しいかと思います。そういう時は、3日単位で食事を調整すれば問題ありません。食べる時は食べて、調整できるときは、(1)(2)を意識してみる。無理なく続けられる方法こそがメタボ脱却への近道です。    メタボ気味の方や太りやすい方には、食べ方に特徴があります。ここで挙げた5つのダイエットの方法を、まずは1週間意識してみると、何かしらの変化を感じられるはずです。無理なダイエット方法ではなく、少しの意識で体は変わっていきます。
気合と努力で「勉強」する人はほとんど挫折する 無理しなくても「勉強」できる仕組みを作れ
気合と努力で「勉強」する人はほとんど挫折する 無理しなくても「勉強」できる仕組みを作れ ※写真はイメージです(Getty Images)   「人間は基本的に、ダメな生き物です」というのは、最近『9割の「努力」をやめ、真に必要な一点に集中する勉強の戦略』(朝日新聞出版)を上梓した岡健作さん。努力と気合だけで、毎日勉強するのは、多くの人にとっても難しいことです。ではどうするか、岡さんは同書の中で、「そういう人のための『仕組み』があると説きます。その仕組みがどんなものか、同書から一部抜粋、再編集して紹介します。 *  *  * ダメな人間でも「仕組み」でカバーできる  人間は基本的に、ダメな生き物です。  スイッチが入って、とつぜん人が変わったようにがんばれる。ごくまれにはあるかもしれませんが、そんなことはほとんど起こりません。  夏休みの宿題をコツコツやれずにためてしまっていた人は、何もしなければ大人になってもそのままです。がんばれないタイプの人は、基本的にはずっとがんばれません。  でも、世の中は普通に回っています。それは彼らのほとんどが、最終的にはなんとかやるべきことをやれているから。  というのも、そういう人のために「仕組み」があるからです。  宿題をためてしまったタイプの人でも、夏休みが明けた後に学校に行けば、普通に勉強できていました。それは、学校という「仕組み」があるからです。  授業の時間が決まっていて、周りもみんな勉強している。学校にはそんな「勉強せざるを得ない環境」が整っています。つまり、自動的に勉強できているわけです。  社会人でもそうです。サボり癖がある人も、会社にいけば自動的に仕事をします。  最近はリモートワークも増えてきていて、「出社」をしない人でも、成果物の期限が設定されていたり、進捗のチェックがあったりするので、自動的に仕事をするようになります。 勉強をするためには、「線路」が必要だ  また人間は、思っているよりもずっと「感覚的」に動いています。  一説によると、人間の脳は1日に数万~数十万回の意思決定をすると言われています。 仕組みを作ると自動的に勉強するようになる    そのすべてを、きちんと考えて判断するなんて負担が大きすぎます。そもそも不可能ですので、無意識のうちに取捨選択してしまっていることが大半です。  また、人間は、どうしても感情の方が優位に働いてしまいがちです。  怒ったり、悲しんだりするときには、理性的な判断がなかなかつかないものですよね。  では、このように感情的で、制御が利かないような自分の行動を、どうやってコントロールすればいいのでしょうか。  ここで大切になってくるのは、「仕組み」を作ることです。つまり、頭で考えなくても「感情に任せて、自然に進んでもそうなるよね」といった仕組みを作っておくべきです。 「習慣化せず、気合でがんばる」のは、F1レーサーのように、最高速まで加速しながら、方向転換にもものすごいエネルギーを使おうとしているようなものです。加速をしながらハンドル操作までするのは、F1レーサーのようにごく限られた人が鍛錬を重ねて、やっと可能になります。  そもそも、人はミニ四駆や電車のように、意外とまっすぐにしか進めないものです。ミニ四駆や電車が曲がれるのは、コースや線路自体が曲がっているからです。そうすると、本当はただまっすぐ進んでいるだけなのに、自然と曲がれるようになる。  人間にも、そういう「線路」のような仕組みが必要なのです。  目標が決まっている勉強であれば、そのゴールから逆算して、あらかじめレールのような仕組みを作っておけばいいのです。そうすれば、レールの上を加速しているだけで、いつの間にか、目標を達成できるようになります。 条件反射的な行動を「自分ルール」で課してみる  仕組み作りをするときにも、役に立つテクニックは存在します。  その中でもとくにおすすめするのが「If-thenプランニング」です。 「もし(if)○○したら、そのときは(then)××する」と自分ルールを作って、条件付けをすることで、勉強の道筋をつける方法です。  ・電車に乗ったら→単語アプリを開く  ・朝コーヒーを淹れたら→机に向かう  ・ベッドに入ったら→ノートで復習する  このような感じで、行動のルールを決めておきます。  すると、前のアクションをきっかけに、次のアクションへと自然に移ることができるようになります。  たとえば、「電車に乗る」という刺激を受ければ、「あっ、単語アプリを見なくちゃ!」という気持ちが自動で生まれることになります。  この「if-then」の流れが定着すれば、やる気やモチベーションはもはや必要ありません。条件反射のように、スムーズに勉強に取りかかれるようになるからです。 「朝食を摂ったら→歯を磨く」「7時半になったら→家を出る」のと同じように、勉強が「当たり前の習慣」として身につくようになります。  コロンビア大学のハルベーソン教授による調査では「if-thenプランニング」を実行した人は、目標の達成率が3倍も高まった、と報告されています。  簡単に使えるテクニックなので、生活の中のちょっとしたことから、まずは組み込んでいくと効果を実感できるでしょう。仕事が終わって家に着いたら、手洗いうがいをした後に単語帳を開く、などまずは簡単なところから始めてみましょう。 「ご褒美」はかなり有効な勉強法  習慣化には、さらに「報酬系」を刺激するという方法もあります。  身近な例で言うと、「ダイエットをがんばったから、この日はケーキを食べよう」みたいに、いわゆるチートデイのようなものを、勉強でも設定してみましょう。  そもそも、報酬系とは「インセンティブ(ご褒美)」があることで何かの行動を誘発できる、脳の中にある神経系のことです。  たとえば、私が運営していた予備校では、自習室に一回来るごとに、ラジオ体操のようにスタンプを一つ押してもらえます。そして、スタンプをいくつか集めることで、ちょっとした賞品がもらえる仕組みです。そのスクールに通っているのは中高生なので、外国製の文房具なんかをあげると、彼らはすごく盛り上がって、自習室に進んで来るようになります。  そうやって「自習室に来ると良いことがある」と思えると、報酬系が刺激され、結果的に勉強が継続しやすくなります。  社会人なら「単語を◯個覚えたら、あのお菓子を食べてもいい」とか「参考書を◯問解いたら、楽しみにしていたドラマを観ていい」など、自分でご褒美を決めてみましょう。SNSで「がんばった」と言う「だけ」で承認を得るような報酬は危ないものですが、行動とセットにした報酬をうまくつかうことは、習慣化を手助けしてくれます。   ●岡 健作(おか・けんさく)  スタディーハッカー 代表取締役社長  1977年生まれ、福岡出身。同志社大学(文学部英文学科)在籍中から英語教育に関わる。大手学習塾の講師・教室長を経て、2010年に京都で恵学社(現:スタディーハッカー)を創業。“Study Smart”(学びをもっと合理的でクールなものに)をコンセプトに、第二言語習得研究(SLA:Second Language Acquisition)などの科学的な知見を実際的な学びの場に落とし込んだ予備校を立ち上げる。予備校で培った英語指導ノウハウを活かした社会人向けの英語のパーソナルジムENGLISH COMPANYを2015年に設立。その他、学びやスキルアップにまつわるアプリ開発なども行っている。著書に『TOEIC(R)テスト科学的攻略法』(秀和システム)『逆転合格を実現する 医学部受験×パーソナルトレーナ』(幻冬舎新書)などがある。  
日大アメフト部の違法薬物問題はなぜ起きた? 悪質タックルからの「再建」を担った専門家の見解
日大アメフト部の違法薬物問題はなぜ起きた? 悪質タックルからの「再建」を担った専門家の見解 日本アメリカンフットボール協会(JAFA)のコンプライアンス委員を務める、追手門学院大の吉田良治・客員教授(写真・本人提供)  乾燥大麻と覚醒剤成分を含む錠剤を所持していたとして、日本大学アメリカンフットボール部の部員(21)が警視庁に逮捕された。日大アメフト部といえば、2018年5月の試合中に危険なタックルで相手選手を負傷させたとして問題になり、チームの刷新が図られたはずだった。アメフト部の再建のために「正しい生き方」を選手たちに考えてもらうプログラムに取り組んだ専門家は「大学スポーツでは部員が4年で入れ替わる。再建プログラムが継続されていれば……」と嘆く。 *   *   *  5年前、チームの再出発のため、日大アメフト部の依頼を受けて再建に取り組んだのが、日本アメリカンフットボール協会(JAFA)のコンプライアンス委員を務める追手門学院大学の吉田良治客員教授だ。  18年、悪質タックル問題で廃部の危機に立たされた日大アメフト部の橋詰功監督は、吉田さんに再建プログラムを求めた。それは「日々正しい生き方を実践し続ける」というもので、単なる再発防止策ではなかったという。 「半年間、プログラムを提供して、その後は選手個人がそれを継続することを期待しました。私が行ったのはプログラムを通じての問いかけであって、『正しい生き方』とは何か、それをどうやって実践につなげていくか、その答えは君の中にあると、伝えました。プログラムの効果はそれなりにあったと思います」  再建プログラムには110人の選手とマネジャーのほか、監督、コーチ、さらにチームをサポートするOBも参加したという。  しかし、年ごとに部の顔ぶれは入れ替わっていく。  そして再び事件は起きてしまった。   【より深く知るために】 日大アメフト部 「悪質タックル」問題をめぐる経緯を振り返る https://dot.asahi.com/articles/-/197871  吉田さんは今回の部員の逮捕について、どう思うのか。 「当時のようなプログラムが現在まで継続して行われていれば、もしかしたら事件は起こらなかったかもしれません。そういう機会を与えてもらえなかったという意味では、かわいそうだな、と思います」  スポーツに全てを注ぐ生活を送る学生たち。その一方で、社会性、特に犯罪に対する免疫が欠落する危険性が生じる。 日本大学の本部=東京都千代田区 「パソコンに例えれば、ウイルス対策ソフトのない状態でインターネットにつながっている状態と変わりません。あらゆる犯罪組織の脅威に対して、なすすべなし、という状態だったと言えます。油断すれば選手は反社会的なダークサイドに陥ります。犯罪集団は彼らの社会的な未熟さをよく知っていますから。  日大は不祥事が起こってから頭を抱えるのではなく、日ごろから選手たちが健全な状態を保てるように対策をとっておくべきでした」 その場しのぎの再発防止策  これまでスポーツ界では、事件があるたびに再発防止策がとられてきた。 「しかし、その多くが、再発防止を行った、というためのアリバイづくり、『その場しのぎの念仏』にすぎませんでした」  と、吉田さんは言い切る。  従来型の再発防止策は「法律と罰」に依存したもので、その効果が疑問視されてきた。つまり、法律を破れば罰を受ける。だから罪を犯すな、というものだ。 「再発防止の講習を受ければ、一時的に効果はあるかもしれませんが、長続きしません。要するに、選手自らが正しい人生を歩んでいきたいという意識を持たないかぎり、不祥事は減りません」  名門・米ワシントン大学でアメフトのコーチを務めた経験を持つ吉田さんによれば、日大に提供したプログラムは「健全な状態でスポーツ活動や社会生活を送りましょう」というもので、米国大学のアスリートであれば、誰でもごく普通に受けるものだという。  米国では裏社会がアスリートを、賭博行為や禁止薬物使用などの犯罪に巻き込んでいこうとする。だから大学は学生たちに、社会のなかでどうすれば正しい生き方を実践できるのか、プログラムや機会をきちんと提供しているという。      ところが、日本のスポーツ界でそのような取り組みは、ほとんど行われてこなかった。 「スポーツに打ち込めば健全な精神が育まれる、というのは指導者の思い込みにすぎません。閉鎖された空間でアメフト漬けになっているような生活では、それ以外のことはわからない。大麻や覚醒剤に手を出すことが悪いことだと知っていても、友人に誘われると手を出してしまう。人間的にまだまだ未熟なわけですから。 【より深く知るために】 日大アメフト部 「悪質タックル」問題をめぐる経緯を振り返る https://dot.asahi.com/articles/-/197871  そういう善悪も含めて、社会経験が乏しいアスリートに対して社会に貢献する経験を積む環境を整えることはとても大切です」 指導者やチームの責任は  残念ながら、他大学でもアメフト部の不祥事は続いている。昨年は同志社大の性的暴行事件、今年は慶応義塾大と明治大で未成年飲酒が発覚した。  しかし、JAFAのコンプライアンス委員である吉田さんに対して、委員会からは何の要請も来ないという。同志社大のアメフト部については再建を手助けしたが、それは日大から移籍した橋詰監督の要請によるものだった。  ただ、悪質タックル問題とは異なり、その責任を指導者やチームが負うべきなのかが今後の焦点の一つになってくると見る。 「報道によると、乾燥大麻と覚醒剤成分を含む錠剤は部員の部屋で発見されました。アメフト部専用の寮ですから、ある程度は部の責任が追及されるのは仕方ないでしょう。ただ、個人レベルの犯罪であれば、チーム全体でどこまで責任を負わなければならないのか、という話になってくると思います。指導者が学生の私生活を含めて、24時間365日管理するのは無理ですから。  ただ、薬物に関わった部員が他にいないのか、部内で薬物所持や使用を知りながら隠ぺいしていたかなど、捜査を継続するために一定期間部活動を停止する必要はあると思います」      かつて日大アメフト部の故篠竹幹夫監督は、選手と寝起きを共にしながらチームの黄金時代を築いた。 「仮に篠竹さんのような人が監督をしていれば、選手の私生活にまで目を光らせて、今回のような事件は起こらなかったかもしれません。ただ、スポーツをするために大学に来ているんだから、スポーツ以外のことに目を向ける必要はないんだ、みたいな風土もあった。それでは、社会で生きるためのライフスキルを身につける機会が失われてしまいます」 うみを出し切れるのか  一方、吉田さんが首をかしげるのは、日大の上層部の対応だ。  当初は「大麻のような植物片が見つかった」という報道があったが、その後、明らかに乾燥大麻らしきものがビニール袋に小分けされていた、との報道もある。日大は早い段階で大麻だと気づきながら、それを警察に伝えずに2週間も放置していた可能性が指摘されている。  8月2日、林真理子理事長は「違法薬物は見つかっていない」と発言して批判を浴びたが、発言当時、理事長には正しい情報が伝えられていなかった可能性もある。 「大学のトップとして、学生を信じたい気持ちはわかります。もし、一部の人は事実を知っていたけども、理事長は聞かされていなかったのであれば、責められるのはかわいそうだと思います。結局、林理事長はお飾りの存在で、黒幕がいる、ということでしょう」      2年前、脱税事件で逮捕された元日大理事の井ノ口忠男氏は、田中英寿元理事長の側近として学内で強い影響力を誇示していたとされる。  井ノ口元理事は日大アメフト部のOBで、悪質タックル問題が起きたとき、選手に口封じを図った。第三者調査委員会は、井ノ口元理事を「理事の立場にありながら隠蔽工作を行い、真相解明を妨害した」と厳しく断じた。  そのような体質が残っていないか、吉田さんは懸念する。  昨年、理事長に就任した林氏は日大改革の象徴である。7月の記者会見で、改革は「今は6合目」と語った。本当にうみを出し切れるのか。今回の事件が正念場になりそうだ。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)
「立憲民主党に存在意義ってあるんですか?」 崖っぷちの泉健太代表に本音を直撃した
「立憲民主党に存在意義ってあるんですか?」 崖っぷちの泉健太代表に本音を直撃した 立憲民主党の泉健太代表(右)にインタビューするたかまつなな  いま、立憲民主党に厳しい視線が注がれている。朝日新聞が2023年7月15~16日に実施した世論調査では、政党支持率は11%。日本維新の会の17%を下回り、野党第1党の座も危ぶまれている。約1年半前に代表に就任した泉健太代表に反発する動きも出てきたなかで、今後の党運営はどうするのか。もっといえば、今の立憲民主党にはどんな存在意義はあるのか。時事YouTuberの「たかまつなな」が泉氏に直球の質問をぶつけた。(対談の様子は、記事最後にリンクがある動画でもご覧いただけます) *  *  * 自民党との違いは? ――そもそも立憲民主党は何を理念にした政党なんでしょうか。  党の名前にあるように立憲主義です。法律や憲法は、国民を縛るためにあるのではなく、権力者にきちんと法を守らせるため、ルールを守らせるためにある。僕らは権力者が元気な国をつくるのではなく、国民が元気な国をつくるということで、立憲主義を掲げています。あとは、政治家の2世、3世、経済界や富裕層から議員が出ている自民党に比べると、庶民の党、生活者の党です。人を大事にする、一人一人の多様性を大事にすることを基本とする政党です。 ――岸田文雄首相もどちらかというとリベラル寄りですよね。岸田政権が、リベラルな政策をどんどん取り込んでいく中で、自民党政権とのはっきりした違いはどこにあるんでしょうか?  自民党はとてもうまくて、ある意味、主義主張がない政党です。世の中の動きが変わって政権を取るような勢力が入ってくると、その勢力の政策を取ってしまう。最近では子ども政策がそうで、僕らは民主党のころから「チルドレンファースト」で、子ども手当の所得制限はなしと言ってきた。当時はそれが自民党との違いだったんですよね。でも、10年たつと、自民党が「所得制限なし」と言ってくる。すると違いは消えてしまうわけです。  明確な違いということでは、視点が違います。働き方改革にしても経済政策にしても、自民党は基本的にトリクルダウン、上からこぼれ落ちていく政策を取っていますが、下からボトムアップで経済政策を考えているのが立憲民主党です。国家予算が100兆円ぐらいあるときに、自民党の政策は、国の予算全体の中で防衛費が5%だったものを10%にすると。僕らは子育て予算が3~4%だったものを倍にしていくと。優先順位が全然違います。 たかまつなな(左)と泉健太氏   子ども政策、教育改革に力を入れる ――子育てにお金を割いていくということですか?  子ども政策にもっと力を入れなければいけないというのが立憲民主党ですし、児童手当を増やすのは僕らも言ってきたことですが、高等教育は無償化をちゃんとやる予算を付けないといけない。いまだに卒業時点で数百万円の“借金”をしている若者が多い。そうなると、若者は物を買ったり自分に投資をしたりすることができず、縮こまって生きていかなきゃいけないわけです。  若い人たちの待遇についても、最近ようやくいくつかの企業で初任給をボンと上げる機運が出てきたのはいい動きだと思うんですけど、非正規雇用の人と正規雇用の人の有配偶者率には、歴然とした差がある。僕らが訴える子ども・若者支援というのは、児童手当の引き上げだけではなくて、高等教育の無償化と給食費の無償化、そして非正規の正規化。これが大事だと訴えています。 維新は自民より急進的な政党 ――日本維新の会が、先の参議院選挙の比例代表区で立憲民主党の票を抜いたことはけっこう衝撃的でした。維新が野党第1党になる可能性も高いと思いますが、維新との違いを教えてください。  もともと維新の会は、大阪の自民党の青年部的なところから、ある種クーデターというか分派して生まれた政党です。例えば去年の参院選のときだと、核共有の話を出してきましたよね。日本が核を共有するということは、日本周辺まで危険にするもので、立憲民主党としては採用しないという結論が出ています。自民党でも去年議論をして「核共有はさすがに暴論だよね」となりました。でも、維新は「核共有を掲げます」ということですから、僕らからすると自民党の向こうの丘にいるような、自民党よりもかなり大胆で急進的なことを言っている政党だと思っています。 立憲民主党に存在意義はあるのか ――ちょっとおうかがいしづらいんですが、今の立憲民主党の存在意義ってどこにあると思いますか。事前に周りに意見を聞いたら、存在意義がないのではという意見がすごく多かったのです。権力を監視するなら共産党があるし、現実的な政策提言なら国民民主党、維新があるし、政権交代できるきざしもありません。 泉健太氏    すぐに政権交代ができないと存在意義がないということになると、全ての野党の存在意義がなくなってしまいます。僕らはできるだけ早い段階で政権交代をやっていきたいとは思っています。(権力の)監視という意味では、共産党でいいのかというと、たぶんそうじゃないと思うんですね。共産党は政権を担うことはたぶんイメージされていなくて、共産主義の観点で(政権与党を)監視をしているのに対して、僕らは自由主義、資本主義、民主主義の前提で、自民党のやっている政策を監視するので、監視のポイントが違うと思います。  エネルギー問題も、立憲民主党は原子力発電所をゼロにしていきたいとは言っていますが、急に止めるのは現実的ではありません。まず他のエネルギーを増やさなきゃいけないし、省エネを実現していかなきゃいけないし、安定供給をしていかなきゃいけない。そういうことを着実にやりながら、将来的に原子力に依存しない国をつくりますよ、ということを示しています。  その意味では確かに維新とも国民民主党とも共産とも違うんですけど、僕らのこの道は多くの方々に理解してもらえるし、いずれは政権を託してもらえるんじゃないかと考えています。そういう意味で、僕らには絶対、存在意義があると思っています。 足元が揺らぐ立憲民主党 ――最近、報道を見てげんなりしたのが、泉さんが次期衆院選で、日本維新の会や共産党との選挙協力を「やらない」とした方針に対して、立憲民主党の中から「野党候補の一本化」を求める声が上がり、党所属衆院議員96人のうち、53人が賛同した(6月16日時点)というニュースです。党の理念ではなく、選挙に勝つことしか考えていない議員が多いと感じましたが、どう思いますか? (野党候補の一本化は)他の野党が一緒にやろうと思っているかどうかがとても大事ですが、今の野党は残念ながらそこまでではなくて、それぞれが「やります」と言っている状況です。その状況では、立憲民主党は他の政党に頼っている暇はないということで、僕は他とはやりませんと話しました。 たかまつななと泉健太氏    ただ、今は解散が先送りになったので、改めて各政党に対してもう一回問い直しをしなきゃいけないとは思っています。今のままだと自民党や公明党ばかり勝ってしまうので、そうではない形をつくるべきだという提案をしてみて、候補者を調整することが必要だという話になれば、それは可能性としてはあり得るかなと思っています。 ――ずばり、政権交代はできると思いますか。  できます。ただ、すぐにかどうかは難しいところはありますね。 ――道筋はどのように考えていらっしゃいますか。  政権交代は人がいないと始まらないので、できる限りたくさん候補者に集まってもらう。まずそこが大事です。 衆院選で150議席の獲得はできるのか ――次の衆院選で「150議席獲得できなければ、この立場にない」とおっしゃいました。その真意は何ですか? 泉さん自身は党の顔にふさわしいと思っていらっしゃいますか?  ふさわしいも何も、今、党代表ですから党の顔ですし、当然ふさわしいと思って代表選に出たのでそう思っています。150議席と言ったのは、できるからですね。やれるはずだと思っている。かつての民主党が衆議院選挙で177議席取ったことがあります。今の立憲民主党は、イメージでは「左」という感じが強いかもしれないけど、立憲民主党と国民民主党が合流している政党なので、すでに、かなり前の民主党的な幅を持った現実的、中道的な政党になっています。あとはそれをどれだけわれわれがちゃんと外に伝えられるかだと思います。  また、(党が)バラバラに見られないかどうかも大事です。「防衛費ばかりじゃなくて、教育や子育てこそ大事でしょ」と国民の生活が第一だと考えている有権者の方は本当はもっといらっしゃるので、その皆さんのお眼鏡にかなう立憲民主党であれば、僕は150(議席)は取れると思っています。あとはもう本当に立憲民主党自身がそうなれるかどうか。そのための努力はしていきます。 たかまつななと泉健太氏   若者とちゃんと対話するために ――若者の中で政治が自分たちに向いてくれていないという思いはすごくあると思います。例えば、シルバー民主主義はどうしたら解消できると思いますか。  政治全体を変えるために、政治家が街頭でビラを配るときに、大人だけに配るのをやめませんかっていう話です。本当は(ビラを)もらいたい若者がいるのに、政治家によっては、制服を着ている若者に渡さないで、次の大人に渡そうとする人がいるわけです。これは大間違いだと思っていて、それで若者が社会人になった途端に「どうもこんにちは」って渡すような政治家は、そもそも若い人たちの方を向いていない。まず政治家が若者と真剣に向き合うことが大事です。  あと、主権者教育としていくつかの県議会でやっているのは、各会派から1人ずつ集まって学校に行って、県議会とは何かみたいなことを語る。私立学校で、政党の公開討論会をやって模擬投票をするときに、僕らも必死にアピールするんです。こういうことは、政治家を鍛える上でとても大事だし、若い人たちとちゃんと対話をする意味でも大事だと思います。 ――最後に、立憲民主党への陳情などを含めて、自分たちをこう使ってくださいみたいなものがあれば教えてください。  Twitterで「#立憲ボイス」というのがあって、これは僕も見ています。誰でも立憲民主党に意見が言えますので、ぜひそれを皆さん使ってください。国会に来て具体的に教えてとか、オンラインで一回やりとりして教えてとか、そういうことをできる時代なので、感度がある政治家かどうか、皆さんに選んでいただけたらと思いますね。 (取材・構成/たかまつなな)
オジサンたちが求める会社に代わる“自分の居場所” 自治体も危惧、イオンも場所を提供
オジサンたちが求める会社に代わる“自分の居場所” 自治体も危惧、イオンも場所を提供 イオン葛西店の4階の通路はシニア層向けのウォーキングコースになっており、シニア層が集まる    定年退職し、人間関係が希薄になった人々が自らの居場所を求めている。心地よい居場所をもつにはどうしたらいいのか、心理学者の榎本博明氏がアドバイスを送る。新著『60歳からめきめき元気になる人 「退職不安」を吹き飛ばす秘訣』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。 *  *  * 居場所の有無によって生きがい感が違ってくる  居場所があるかどうかで健康度や幸福度が違ってきて、それが生きがい感にも影響するというのは、生活者として実感するところではあるが、心理学的研究等によっても明らかになっている。その場合は、かかわる人がいるかどうかで居場所の有無が測定されている。  日頃からかかわる人がいるということは、その人と一緒にいる場が心の居場所になっていることを意味する。物理的に家があっても、家族との間に温かい心の交流がなければ心地よい居場所にはならない。  居場所を求めて競輪の場外車券売り場にほぼ毎日通うという74歳の男性がいる。5年ほど前から風邪のときや腰が痛いとき以外は、ゴールデンウィークもお盆もほぼ毎日、年間350日は通っているという。妻を亡くし、長年勤めた会社も辞めて年金生活に入った頃、家に閉じこもるのはいけないと思い、わずかな小遣いで日中を過ごす場所を探し、たどり着いたのが車券売り場だった(朝日新聞 2019年12月4日夕刊)。  ある車券売り場の運営会社によれば、会員数5400人の平均年齢は70歳を超え、ほとんどが年金生活者だという。一日の平均来場者数は700人ほどだが、偶数月の15日の後に増える。年金支給日が来ると増えるというのは、まさに60代以上の人たちの居場所になっていることの証拠と言える(同紙)。  ある自治体では、公民館や図書館で一日中新聞などを読んでいる定年後の男性たちがいることから、「男の居場所」の会が発足した。会員の平均年齢は80歳で、毎週1回の定例会のほかに、分科会やスポーツサークルが14もあり、自由に参加できる。分科会には、ヨーガやハイキング、歴史散歩、城めぐりなどがある。会長によれば、みんな地域に友だちができたと喜んでいる、前職については何も言わないのがルールなので上下関係がなく心地よいのだという(朝日新聞 2022年7月2日朝刊)。  イオンは、全国9店で早朝のラジオ体操向けの場などを提供している。東京の葛西店では、1周180メートルのウォーキングコースを設置し、無料で利用できるようにしているが、毎日100人以上が集まるという(同紙)。やはり高齢者の居場所になっているのだろう。  店内の人工的なコースを歩くだけでは物足りない、それなら街中や川辺などを散歩する方が気持ちいいという人もいるだろう。それももっともなことだが、人工的なウォーキングコースに集まる人たちは、仲間との交流を求めているのではないか。  カルチャーセンターや大学等の社会人向けの講座に通う人たちもいる。学期ごとに興味のある講座を探し、教室に通うだけでも良い刺激になる。通う場があるというだけでも居場所感が得られるが、そこで受講している人たちとの交流が生まれれば、ますますその感が高まる。  大学の社会人向け講座に7年間通っているという60代後半の男性は、退職した後、ただ家でのんびりするという気にはなれず、座学だけでなく実習もある農業系の講座に通っている。実習で土に触れるのは気持ちよく、そこでの学びを活かして、家の庭で農作物をつくるようになったという。  さらには、受講生の中には何年も前から通い続けている人たちもいて、そういう人が音頭を取って交流が盛んに行われるため、授業後も仲間たちとの賑やかなおしゃべりや気持ちのふれあいがあり、会社に代わる格好の居場所になっているという。 自分の居場所はどこにあるのかと考え込んでしまうとき  居場所をもつことが大切なのだとわかり、何とか居場所づくりをしたいと思っても、具体的にどうしたらよいのかわからないという人も少なくない。  会社勤めをしていた頃は居場所づくりなど意識したことがなかったが、今改めて考えてみると、勤めていた頃は自然に居場所ができていたのだと気づいたという人もいる。勤めていた頃は、職場の仲間と一緒に昼食を取りながらおしゃべりしたり、ときには仕事帰りに一緒に飲みに行ったりしていた。退職した途端にそうした日常が消え失せてしまった。自然に顔を合わせてしゃべるという機会がないし、ましてや自然に連れ立って食事に行く機会もない。わざわざ電話やメールで誘いかけない限り、会って話すこともないし、一緒に食事したり飲みに行ったりすることもない。組織を去っていった者に向こうから声をかけることもなかなかないだろうし、こっちから誘って忙しいなか無理してつきあってもらうのも心苦しいし、結局誘うのもためらわれ、勤めていた部署の仲間たちとはまったくつきあいがなくなってしまった。職場がなくなったことで仲間との交流もなくなり、改めて振り返ると、今の自分には居場所がないことに気づいた。そのように淋しい胸の内を語る人も少なくない。  元々職場の人と個人的に食事に行ったり飲みに行ったりすることはなかったという人も、退職してみると、職場が居場所になっていたのだと気づいたという。とくに個人的につきあうことがなくても、毎日顔を合わせていれば挨拶だけでなくちょっとした言葉を交わすこともあった。どうでもいいような雑談をしながら笑うくらいでも気が紛れるし、そんな相手がいる職場は自分にとって心地よい居場所だったのだ。ところが、退職して職場を失ってからは、雑談どころか挨拶する相手もいない。これはちょっとまずいのではないかと思い始めたという。  それでも家庭で配偶者と親しく話したり、一緒に仲良く出かけたりするようなら良いのだが、先述のように家庭にも気持ちよく言葉を交わす相手がいないようだと、どこにも居場所がなくなってしまう。そのことを意識したとき、自分がこの世界から疎外されているかのような感覚に襲われるのではないだろうか。  そんなときは、つまり職場もなく家庭も居場所になっていないときは、地域に居場所をつくるようにするといいなどと言われる。だが、これまで家を出たら通勤するだけで、近所で過ごすことなどなかったのに、これからは地域に根を張るようになどと急に言われても、それはなかなか難しい。  勤めていた頃から近所づきあいがあった人はよいが、そのような人は圧倒的な少数派だろう。そうでない人は、しゃべったこともない近所の人に突然声をかけても、おかしな人だと警戒されかねないし、どうすべきか戸惑ってしまうのではないか。  とくに自分から話しかけるのが苦手で、いつも人から声をかけられるのを待つタイプは、いきなり地域に居場所をつくるというのは難しいだろう。  何が何でも新たな人間関係を築かなければならないというわけではない。べつに人とかかわらなくても、家の中に自分の空間をつくったり、行きつけの喫茶店や図書館などを居場所にしたり、美術館・博物館やギャラリーめぐりを楽しんだりして、心地よい居場所とするのもよいだろう。心地よい居場所をもつには、肩の力を抜くことも必要だ。 榎本博明 えのもと・ひろあき  1955年東京都生まれ。心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。『「上から目線」の構造』(日経BPマーケティング)『〈自分らしさ〉って何だろう?』 (ちくまプリマー新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『自己肯定感という呪縛』(青春新書)など著書多数。  
メーガン妃を残して単独来日のヘンリー王子 王室離脱した王子の身辺警護どうなる? 主催者を直撃した
メーガン妃を残して単独来日のヘンリー王子 王室離脱した王子の身辺警護どうなる? 主催者を直撃した メーガン妃とヘンリー王子(写真:AP/アフロ)    イギリスのヘンリー王子(38)が9日、東京都内で行われるスポーツ振興団体のイベントに出席するため、4年ぶりに来日する。2020年3月にメーガン妃(41)とともに王室を離脱して私人となってからは、初の来日となるだけに、身辺警護はどうなるのかも注目される。  王室離脱後、ヘンリー王子とメーガン妃はアメリカでのセレブ生活が話題を集めてきた。だが、一部報道では、ヘンリー王子がアメリカの生活になじめずに“別居”しているのではとも報じられている。今回、メーガン妃は来日しない。  相変わらず私生活が話題になっていることもあり、王室を離脱したとはいえ、ヘンリー王子への注目度はいまだに高い。もし英国政府から外交ルートで警備の要請がなかった場合、日本の警察は身辺警護をするのだろうか。  テロ対策に詳しい公共政策調査会研究センター長の板橋功氏はこう語る。 「身辺警護について、ヘンリー王子とどのような契約が交わされているかにもよりますが、まずは、王子を招聘した主催者がセキュリティーを考えないといけない。ハリウッドスターが来日した際には、ほとんどが身辺警護専門の民間警備会社を雇っています。ただ、私人であっても、英国大使館から何らかの要請がある可能性はあります。たとえば、皇族の身分を離れた小室眞子さん、圭さん夫妻はアメリカのニューヨーク市に住んでいますが、ニューヨーク市警がかなり注意を払っているという話は聞きます」  昨今、日本では安倍晋三元首相銃撃事件が起こったり、選挙演説中に岸田文雄首相に爆発物が投げ込まれるなど、公人を狙った犯罪が目立つようになった。 「かつての日本では一般人が銃器や爆発物を手に入れることは難しかったが、今はネットなどで製造方法が簡単にわかるようになり、手製の爆発物や銃器が容易に作れるようになりました。安倍氏の事件も岸田氏のケースも、容疑者は両方とも『ローンウルフ』です。つまり、1人で計画して1人で爆発物を造り、一人で実行する。それゆえ、未然に探知することは難しいのです」 アメリカで暮らすメーガン妃とヘンリー王子(写真:AP/アフロ)    民間警備会社の役員も、日本での要人の身辺警護の難しさをこう話す。 「警備会社の職員は相当訓練されており、警視庁の元SPなども雇っています。特殊警棒は持てますし、防弾チョッキ、防刃チョッキも着用でき、その場で犯人を制圧すれば、警察に引き渡すこともできます。しかし、犯人が銃を持っていた場合は、正直、お手上げです。銃で対抗できないので、もし犯人からホールドアップを要求されたら手を挙げないといけない。警察のSPと比べると、民間のボディーガードはかなり防御力が落ちると言わざるを得ません」  外交ルートで身辺警護の要請がなかった場合、日本の警察は動かないとの報道もあるが、現実的にはどうなるのか。 「日本の警察は、どこからも要請がないのに勝手に身辺警護をすることはないと思います。ただし、イベント会場に所轄の警察官を派遣することはあるかもしれません。人が多く集まる場所には、雑踏警備が必要になり、これは警察の仕事になります。2001年に兵庫県明石市で発生した花火大会歩道橋事故では、兵庫県警の警備体制の不備が問題となりました。それ以降、雑踏警備は警察にとって重要な任務の一つになっています。ヘンリー王子が出席するチャリティーイベントでも人が多く集まるのであれば、雑踏警備は当然、主催者とともに警察の仕事になります」(板橋氏)  では、主催者側はどう対応するのか。イベントを主催する国際スポーツ振興協会(ISPS)の担当者はAERA dot.の取材にこう回答した。 「イベントは3000人の入場者を予定しています。何かあったら警察も動けるように、警視庁と警察庁に連絡済みです。しかし、ヘンリー王子は王籍を離れた私人であり、警視庁も警察庁も、規則上、身辺警護はできません。それでも、社会的責任を鑑み、ISPSは警察と連携を密に取っています。その上で、会場周辺の警備は、ISPSが信頼できる民間警備会社に依頼してます。さらに、優れた身辺警護のプロを、数人配備しています。一方、身辺警護は、ヘンリー王子側が依頼した、優秀な警備会社が警護をするはずです。そのため、王子がいつ、どの便で来日し、どこに宿泊するかなどは一切公表されていません。われわれにも、知らされていません。これらは、セキュリティー上の対策であると同時に、パパラッチ対策でもあると思います。費用については、王子周辺の身辺警護は、王子側が支払い、会場警備はISPSが支払います」 メーガン妃とヘンリー王子(写真:Backgrid/アフロ)    王室離脱前の19年11月にも、ヘンリー王子は単身で来日。横浜国際総合競技場でラグビーワールドカップのイングランドチームの出場する決勝戦を応援し、観戦に来ていた秋篠宮ご夫妻と会話を交わした。  ヘンリー王子は王室を離脱しても、王位継承権はあり、王位継承順位は5番目となる。皇室ジャーナリストの神田秀一氏はこう指摘する。 「イギリスの王室と日本の皇室はつながりが深い。天皇陛下や眞子さん、佳子さまも、イギリスの大学に留学経験があります。昨年9月の女王エリザベス2世の国葬には天皇陛下や雅子皇后陛下も参列されました。もしも、ヘンリー王子に何かあれば日本のみならず、イギリス、アメリカでも大騒ぎになるでしょうし、日英関係にもヒビが入ります。国際的にも日本の治安に対する信用がガタ落ちになる。そうならないように、身辺警護は必要だと思います」  日本の信用を落とさないためにも、厳重なセキュリティーを期待したい。 (AERA dot.編集部・上田耕司)
「泣き虫愛ちゃん」福原愛の元夫が人前で泣く時代 ミッツ・マングローブ
「泣き虫愛ちゃん」福原愛の元夫が人前で泣く時代 ミッツ・マングローブ ミッツ・マングローブ  ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの連載「今週のお務め」。8回目のテーマは「福原愛さん」について。 *   *    * 「日本三大・愛ちゃん」といえば福原愛・杉山愛・はるな愛ですが、中でも幼少期から国民的アイドルとして、長らく「愛ちゃん界」のトップに君臨してきた福原愛さんが、何やら前の旦那と揉めています。 やれ「家族を捨てて新しい男に走った!」だの、「連れ去った子供を返せ!」だの、いわゆる昔で言うところの「ザ・泥沼離婚」というやつです。  先日離婚が成立した広末涼子さんのケースしかり、今回も元夫が記者会見を開き、妻(元妻)の不貞や不実を涙ながらに訴える姿を見て、改めて「男女の立ち位置もずいぶん変化したな」と実感させられました。あの「泣き虫愛ちゃん」が男を泣かせるようになったなんて……。  古くは「江利チエミ・高倉健」「松田聖子・神田正輝」「大地真央・松平健」「中山美穂・辻仁成」など、女性側にまつわる様々な「強さ」が夫婦生活破綻の要因になったと思われるケースはたくさん見てきましたが、どうも最近は「男性側の弱さ」ばかりが目立つように感じるのは、私の思考が古いからでしょうか?  かつて女優の大原麗子さんが森進一さんと離婚した際、「ウチには男がふたり居たんです」と自身の結婚生活を表した名言を放ちました。あれから40年。時代とともに女性の社会的地位も上がり、炊事洗濯子育てをするだけが「妻の生き方」ではなくなりました。その一方で、昔気質な「男の甲斐性」は経済的にも道徳的にも弱まるばかりです。  もともと「理想の夫婦像」なんてものは、外で経済活動をする男を粛々と働かせるために、女が(時に我慢をしながらも)上手く手綱を引いてバランスを保ってきた賜物なのだとすれば、そんな幻想に価値がなくなりつつある現代において、広末さんや愛ちゃんの元夫たちのように「女に泣かされる男」は今後も増えていくことでしょう。  しかし、「人前で泣く男」を男が支持するわけがありません。男同士の優劣・勝負というのは「瞬発性(知力・体力・精力・経済力ともに)の有無」で決まります。故に、長々と情や理屈に訴えるようなタイプを認めてしまっては、自らの男らしさを否定することにも繋がるのです。かと言って、女性の味方をしない男は、女や社会から総スカンを食らってしまう。まさに男全体が負のスパイラルに陥っている状態。  そして、相変わらず奔放に社会で活躍する既婚女性というのは、「家や子供を投げ出して無責任だ」と目の敵にされます。男の敵は男ではありませんが、女の敵は依然として女です。  私は男ですが、特に女性の味方をしなかったところで何らかの支障が生じるタイプの男ではないからなのか、広末さんや愛ちゃんを見ていると、「行くとこまで行ったれ!」と心から思えて仕方ありません。 「親のせいだ」「男のせいだ」「学校のせいだ」「社会のせいだ」と自分の人生を憂い続けている人たちというのは、現状の自分を打破しない限り、一生何かに誰かに責任追及して生きていくだけです。聞く耳など持つ必要はないでしょう。  おふたりぐらいの魅力があれば、男はもちろん、その内に女たちからの支持も、再び獲得する日が必ずや訪れると信じています。     福原愛さんについてのコラムはこちらも! ミッツ・マングローブ「愛ちゃんと呼ばせる福原愛の熟魔性」 https://dot.asahi.com/articles/-/110354  ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する
8月号 近畿大学教授、ジャーナリスト 奥田祥子 Okuda Shoko 「男らしさ」の呪縛はおそろしく深い
8月号 近畿大学教授、ジャーナリスト 奥田祥子 Okuda Shoko 「男らしさ」の呪縛はおそろしく深い 『シン・男がつらいよ――右肩下がりの時代の男性受難』 朝日新書より発売中 「あぁー」「はぁー」「ふぅー」――。言葉とも感嘆詞ともとれる、こんな男性の哀愁漂う深いため息を何千回、いや何万回、耳にしたことだろう。取材を始めた当時、男というものがこれほどまでに沈黙を好み、また突如として怒りや悲しみ、不安などネガティブな感情を露わにする生き物とは思いもよらなかった。  二十数年前、新聞記者をしていた頃、社会で優位に立ち、強いと思い込んでいた男性が、職場や家庭でさまざまな悩みを抱え、誰にも打ち明けられずに苦悩している姿を目の当たりにし、激しく心揺さぶられた。男性の生きづらさの本質を探究する道程の始まりだった。  支配されている男たちが増えている――。男性全てが支配する側にいるのではない。本書のメインテーマである。  この四半世紀にもわたって実質賃金の下落傾向が続くうえ、出世の象徴でもある管理職ポストは減る一方だ。近年はハラスメントの訴えに怯えるなど、男性を取り巻く環境はますます深刻化している。「男らしさ」のジェンダー(性)規範を実現できないばかりか、特に女性活躍推進法施行以降、ポジティブ・アクション(積極的差別是正措置)の不適切な運用により、管理職登用などで女性に活躍の場を奪われたと捉え、苦しみを募らせる男性も増えている。  男たちの多くは、女性や権威を保持する少数派の男性らから支配されている。と同時に、自らに「男らしさ」の枷をかけ、己の中にある「男はこうあらねばならない」という性規範に支配されている。  タイトルの『シン・男がつらいよ』には、そんな男たちの複雑で重層的な心理・思考と社会構造の問題を、従来にない新たな視点で再考したいという意味を込めた。最初の著書である『男はつらいらしい』(2007年刊)から早16年、男性の生きづらさを追い続けてきた己の軌跡を顧みながらの作業でもあった。  本書では、支配される側の男性に焦点を合わせ、対女性、男性間の権力構造、母親の呪縛、親世代の価値観の押しつけ――という切り口で、最長で二十数年に及ぶ継続取材事例を取り上げ、その社会的、心理的要因を考察している。取材者総数は、男性だけでも1500人近くに上る。多数のケースの長時間に及ぶ「語り」のデータを分析してテーマごとに分類し、代表的な事例を紹介している。  後輩女性社員が経験を積み、能力を発揮できるよう尽力してきたメーカー勤務の40歳の男性は、功を焦って上司が強行した行き過ぎた女性優遇のあおりを受けて左遷され、「『女性活躍』の名のもとに強行された“男性差別”だ」と涙ながらに訴えた。  建設会社で部長まで務めた61歳の男性は、定年後の再雇用で、かつての部下から陰湿ないじめを受け、同期入社の役員からは蔑まれ、「会社で権力を失い、奈落の底に突き落とされた」と憤りと悔しさで声を震わせた。  母親に嘘の病で振り回されても、「この世でたった一人、自分の存在を認めてくれる母に必要とされることが生きる支え」と苦しい胸の内を明かしたのは、商社勤務の50歳の男性。出世競争に敗れ、家庭でも居場所をなくし、自己を見失っていた時期の出来事だった。  就職活動で、根性や強靭な肉体など旧来の「男らしさ」を求められる「就活セクシズム」に遭った男子大学生は、社会人になるというのは「おやじ世代の古い価値観を無理やり背負わされることなのか」と焦燥感を吐露した。  男性にも、ジェンダー平等が必要である。女性は男性優位の社会構造のもとで抑圧されてきたが、男性も女性や他の男性に対して優位に立ち、強く、権威を保持しなければならないという社会的重圧を受け、長時間労働や私生活の犠牲を強いられ、性規範からの逸脱への厳しい世間の目にさらされてきた。  組織としての数値目標を達成するために“数合わせ”で女性を管理職に登用するなど、過剰な女性優遇が、男性に対する差別に発展しかねないリスクがあることも看過できない問題だ。  育児など家庭でのケア役割負担の大きさや、経済的自立の困難といった女性問題は、男性との関係性において生じている。男性が「男らしさ」規範から解放され、生きづらさが軽減されれば、女性も働きやすく、生きやすくなる。  本書に登場するのは、どこにでもいる市井の人々である。あなたの上司・同僚・部下であり、夫・息子・父であり、あなた自身であるかもしれない。欧米に大きく立ち遅れている男性のためのジェンダー平等政策を、日本でどう進めていくべきかについても提案している。真のジェンダー平等実現に向け、多角的に考える一助になれば幸いである。
中学受験の難関「長文読解が解き終わらない問題」 国語以外の教科や高校・大学入試でも
中学受験の難関「長文読解が解き終わらない問題」 国語以外の教科や高校・大学入試でも 中学受験に向けた模試や入塾テストでは、国語の長い問題文が使われることが多い。試験時間内に読み切れず、飛ばし読みする子も少なくない(写真/GettyImages)    受験生たちを苦しめる長文読解。中学受験の大手塾が今年度実施した小学6年の国語の問題用紙には、B4サイズの紙5ページにわたって問題文が掲載されていることが判明した。一方で、受験を控えた中高生たちは「国語以外」の長文にも苦しんでいるという。AERA 2023年8月7日号の記事を紹介する。 *  *  *  実は読む量が増えているのは、中学受験や国語に限ったことではない。高校受験や大学受験の他の教科でも起きている。  新英語教育研究会で研究をしながら、都内の中学校で教壇に立つ吉岡潤子さんはこう語る。 「都立高校の英語の長文問題が長すぎるために、丁寧に読んでいると問題を解ききれない子が続出しています。結局、出題された段落だけを読み解答するテクニックが身につき、長文を読む力が育たなくなっているのです」 数学も国語力がないと  パターン化された問題を解くために、問題に関連する段落だけを読んで解答するようなテクニックを対策として教えなければならず、本来の英文を深く読み取る力は育てづらくなっているという。  数学も例外ではない。代々木ゼミナールで京大数学を教える竹内充さんは言う。 「数学のテストだから数学の能力が問われていると思っていると、合格はできません。まず、国語ができないとダメなんです。論理的に答えを導かなければなりませんから、それには読解力が必要です」 「大学入学共通テスト」も同様だ。2023年の数学・Aの入試においては、1問は選択式であったものの、「太郎と花子の対話文問題」が2問も出題された。 「国語力がないと解き終わらない。せめて『太郎と花子』問題は、数学・A、数学・Bとで1問ずつにしてほしい。数学のテストなのですから」(竹内さん)  あらゆる科目で読むことが重視される中、善方さんは学校の国語の授業の見直しが必要だと言う。入試だけでなく、仕事や生活の上でも、情報処理能力は必須だ。多量な文章でも誤読せず、ポイントでは精密に読んで理解し、処理する能力を、私たちは身につけなければならない。しかし、今の学校教育では、それは身につかないというのだ。 読み切れる量にすべき  実は国語教師の間でも「今日の授業は、なんの役に立つのか」ということが長年議論されている。「文章読解の方法」を教えるのではなく、具体的な文章の意味内容や心情をなぞる授業は、「内容主義、心情主義」などと言われ、批判の対象となっている。例えば新美南吉著の『ごん狐』の授業で、ごんや兵十の気持ちを理解することはできる。しかしその読解は次の物語文の読解に生かされることはない。つまり「一般性、普遍性のあるルール」を学んでいないのだ。算数に例えるなら、公式を教えずに、ひたすら問題を解かせるようなものだ。 AERA 2023年8月7日号より    国語の問題を「テクニック」で解くことに対する批判は根強いが、都内で長年、「β(ベータ)国語教室」を運営し、『全教科対応! 読める・わかる・解ける超読解力』の著書もある善方威さんは「誤読をしないための原則を知ることは、テクニック以前の問題」と言う。母語ゆえになんとなく読めた気になったまま誤読している受験生は多いが、善方さんが運営する教室で効果が実証されている問題文の読み方があるという。 「生徒の読解力が下がっているのではありません。求められる読解力が、高くなってしまったのです」(善方さん)  高度な読解力を身につけるためには、まず精読ができなければならない。飛ばし読みのクセがつかないよう、読み切ることができる分量の出題をすべきではないだろうか。(ライター・黒坂真由子) ※AERA 2023年8月7日号より抜粋
母娘の確執 解消されずに恋愛や結婚に支障をきたすケースも 心理カウンセラーのアドバイスは?
母娘の確執 解消されずに恋愛や結婚に支障をきたすケースも 心理カウンセラーのアドバイスは? (写真はイメージ/GettyImages)  大人になってからも、結婚や子育てのことまで口を出す過干渉な母親との関係に悩んでいる女性は多い。心理カウンセラーで「自分中心心理学」を提唱する心理相談研究所オールイズワン代表の石原加受子さんは、「母と娘の関係は生まれた時から対等ではありません。娘は大人になっても『いい子』を演じてしまうのです」と話す。石原さんが監修した『心理学でわかる 女子の人間関係・感情辞典』(朝日新聞出版)から、母親と娘の関係へのアドバイスを紹介する。 *  *  *  そもそも、「過干渉」とはどういうことを言うのか、おわかりでしょうか。ピアノを欲しがる子どもに、借金してまで最高級グランドピアノを買うのは過保護。「ピアノよりバイオリンのほうがいいわよ」とバイオリンを買うのが過干渉です。  つまり過干渉とは、本人がやりたいことを禁じたり、欲しがらないものを強制したりすること。過干渉で育てられた子は自分の願いより親の望みを叶えるクセがつき、成人しても「自分がやりたいこと、欲しいものがわからない」と悩み苦しむのです。  女の子が生まれて初めて経験する女性同士の関係は、母親と娘の関係ですが、これがかなりのクセモノです。母娘の確執が解消されていないがために、恋愛や結婚に支障をきたすケースも数多く見られます。  子どもは大人の保護がなければ生きていけません。「かわいくない」と思われて見捨てられたらおしまいなので、大人の言うことが納得できなくても従わざるを得ません。最初から対等な関係ではないのです。  この力関係から脱出するための人生最大のチャンスが反抗期です。親離れ・子離れの儀式のようなもので、ここをきちんと通過すると、自立した別々の人格として対等な関係がもてるようになります。  しかし、親があまりに高圧的だったり不在だったりして反抗期をやり損なった娘は、いつまでも『いい子』であることから卒業できません。  母親からすれば、こんな『いい子』である娘をいつまでも手放したくありません。ですから何かにつけて小言を言ったり世話を焼いたりする『過干渉』、病気など娘が断りにくいことを理由にしばしば呼びつける『同情による支配』などを使って、娘が自分から離れていかないようにします。  「早く結婚しなさい」など自立を促しているように聞こえる言葉にも「いい子だから私の言う通りにするのよ」という真意が隠れています。  娘が反発するのはわかっています。それでもやめられないのは、たとえ口論になったとしても『何もないよりマシ』だから。ただし、本人はこのことに気づいていません。 母娘は「どうしてわかってくれないの!」と傷つけ合う  このような母娘は、物理的に離れていても心理的にはベッタリくっついた状態なので、相手が自分の気持ちをわかってくれて当然だという思いがどこかにあります。  だからこそ互いの主張が食い違うたびに「どうしてわかってくれないの!」とイライラがつのり、傷つけ合ってしまいます。   人間は傷つけられると必ず仕返ししたくなります。どちらかがストップするまで報復の応酬は永遠に続きます。祖母から母、母から娘、娘から孫へと世代を超えて受け継がれるケースも少なくありません。  母娘の確執をこじらせないためには「そういうことをされると私は傷つく」と、お互いが率直に自分の気持ちを伝える必要があります。  しかし、私たちの多くは“本音を伝える言葉”を知りません。成長過程で本音を言って怒られた経験が心の傷となり、いつのまにか自分の気持ち(感情)自体がわからなくなっているのです。 (構成 生活・文化編集部 端 香里)
“衝動の奴隷”になってしまう現代人 孤独が蔓延する社会で満たすべき「4つの基本的欲求」
“衝動の奴隷”になってしまう現代人 孤独が蔓延する社会で満たすべき「4つの基本的欲求」 おなかがすいた、のどが渇いたなどの生理的欲求は生物の基本的な欲求のひとつです。※写真はイメージです(Getty Images)    人の心に潜むさまざまな欲望。そのなかには心の健康に欠かせない欲求があると、心理学者の榎本博明氏は語る。新著『60歳からめきめき元気になる人 「退職不安」を吹き飛ばす秘訣』(朝日新書)から一部抜粋、再編集し、紹介する。 *  *  * 健康に生きていくうえで満たすべき基本的欲求  欲に目がくらむとか、欲望に負けるなどという言い方があり、また禁欲という言葉もあるように、欲を好ましくないものとみなし、欲を抑え克服することで立派な人間になっていけるという考え方がある。  それに対して、心理学者マズローは、欲求というのはけっして悪いものでも抑えるべきものでもなく、満たすべきものだという。そして、人間が健康に生きていくうえで満たすべき基本的欲求として、「生理的欲求」、「安全の欲求」、「所属と愛の欲求」、「承認と自尊の欲求」の4つをあげている。  そして、これら4つの基本的欲求の間に階層構造を想定している。下層にある欲求ほど低次元の欲求であると同時に、まず満たすべき基本的な欲求ということになる。下層の欲求がある程度満たされると、それより上層の欲求が人を動かすようになる。これが有名なマズローの「欲求の階層説」である。  最下層に位置づけられているのが「生理的欲求」である。生理的欲求とは、飢えを避けようとする食欲、渇きを癒そうとする水分補給の欲求、疲労を回復しようとする休養や睡眠の欲求など、生命の維持のために最低限必要不可欠な欲求が中心であり、性欲や刺激欲求、活動欲求なども含む。  あらゆるものを失った人間にとっては、生理的欲求が他のどんな欲求よりも優先すべき動機となるとマズローは言う。たしかに飢えに苦しむ者にとっては、生存のために空腹を満たすことが何よりも喫緊の課題であり、そんなときには自由を得ること、恋人をつくること、自尊心をもつことなど、とりあえずはどうでもよくなってしまう。極端な場合は、盗んででも、人を騙してでも、食い物を手に入れない限り生きていけないということだってあり得る。そんな状況では、自尊心もへったくれもない。    食べることに必要以上に執着したり、セックスなどの刺激や快楽に溺れたりする人の場合、より上位の欲求が満たされないために、下層の欲求段階に退行しているとみることができる。心の世界を共有できる親しい友だちができたり、愛情を向け合う恋人ができたりすると、生理的欲求への固着から解放されるかもしれない。何かで自信がもてるようになると、生理的欲求への依存度は自然に低下するものだ。  このように、下位の欲求がある程度満たされると、より上位の欲求の追求が始まる。上位の欲求の追求が挫折続きになると、退行が生じ、下位の欲求充足に甘んじるようになる。そこでエネルギーを補給しているといった面もあるが、そこに固着してしまうと、より上位の欲求を求めるという方向に向かわず、成長が止まってしまう。  生理的欲求がそこそこ満たされると、安全を求めるようになる。「安全の欲求」とは、身の安全や生活の安定を求める欲求、恐怖や不安を免れたいという欲求、混乱を避け秩序を求める欲求などである。具体的には、病気、事故や災害、失業、犯罪や治安の悪さなどを避けようという欲求である。  現代の豊かで平穏な時代には、野獣や暴漢に襲われたり、犯罪に巻き込まれたりすることは稀であり、戦争が起こったり恐慌に見舞われたりということも滅多にない。地震などの天災は免れようがないし、交通事故も毎日そこらじゅうで起きているが、自分が被害に遭う確率はきわめて低い。  だが、生活の安全や安定は、そのような劇的な出来事によって脅かされるだけではない。見慣れないもの、未知なものごとに対して身構えるのも、安全の欲求のあらわれと言える。貯蓄をしたり、保険を掛けたりするのも同様である。  慣れないことに迂闊に手を出すと痛い目に遭うこともある。銀行預金の数倍も儲かると言われ、慣れない投資に手を出して酷い目に遭ったという人は数え切れない。安全の欲求は、そうしたリスクを避けさせてくれる。  どんな会社でも、いつか倒産する可能性がまったくないわけではない。会社の方針に我慢できなくなって辞めることも絶対にないとは言えない。上司に逆らってクビになる可能性だってゼロではない。病気になってしばらく稼げなくなることもあるかもしれない。そう考えて、貯蓄をしたり、保険を掛けたりする。そうすることで日々安心して暮らせるのである。  安全の欲求がある程度満たされると、「所属と愛の欲求」が前面に出てくる。所属と愛の欲求とは、所属集団を求めたり、友だちや恋人・配偶者を求めたりする欲求である。  マズローは、生理的欲求や安全の欲求が満たされると、それまでと違って友だち、あるいは恋人や配偶者、子どものいない淋しさを痛切に感じるようになるという。そして、愛情に満ちた関係を求め、家族・仲間集団・職場といった居場所となる所属集団を求めるようになり、居場所を手に入れるためにあらゆる努力をする。  現代の都会生活では、生まれ育った顔見知りばかりの近隣社会で暮らすということは滅多になく、むしろ隣人と言葉を交わすこともないという人が多い。親の転勤やマイホームの取得に伴って引っ越すことで、転校したり近所の友だちと離ればなれになったりするのも珍しいことではない。自分自身の進学や就職、あるいは転勤・転職に伴って引っ越すこともある。  このような移動性社会には、孤独が蔓延している。根無し草のような頼りなさを感じ、どこかに落ち着きたい、心から安らげる居場所がほしいと思う。人との触れ合いを求めたり、居場所となる所属集団を求めたりするのも、当然の心理といえる。  所属と愛の欲求がある程度満たされると、「承認と自尊の欲求」があらわれる。承認と自尊の欲求とは、他者から認められたい、高く評価してほしい、自尊心をもちたいといった欲求である。  ここには2つの側面がある。1つは、名声、評判、社会的地位など、他者から承認され、尊敬されることを求める欲求である。もう1つは、強さ、達成、成熟、自尊心など、自分に対して自信と誇りをもちたいといった欲求である。  ほんとうの意味での自信をもつというのは、現代人にとって最重要課題と言える。人から認めてほしいという気持ちはだれもが強くもっている。  しかし、人からの評価にとらわれすぎると、人の顔色を窺い、人の反応に一喜一憂し、気持ちが落ち着かない。どっしりと構えて生活することができない。期待通りの反応が得られないと、「自分はダメだ」と落ち込んだり、「なんで認めてくれないんだ」「褒めてくれてもいいのに」と不満をもつことになる。人からどう思われているかが気になるあまり、自由に振る舞えないという人も少なくない。  自分を大きく見せようとする人間も、承認と自尊の欲求に突き動かされながらも、心の中では自信がないのだ。だから、虚勢を張ってでも人からの承認を求めずにはいられない。  そして、4つの基本的欲求がそこそこ満たされると、その上層に位置づけられる「自己実現の欲求」が頭をもたげてくる。自己実現というと活躍することや成功することと勘違いしている人が少なくないようだが、それは違う。  以上のように、マズローの欲求の階層説に基づいて考えると、現代人の心の状態や行動パターンが手に取るようによくわかる。基本的な欲求が満たされないとき、人は自分を見失い、衝動の奴隷になっていく。 榎本博明 えのもと・ひろあき  1955年東京都生まれ。心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。『「上から目線」の構造』(日経BPマーケティング)『〈自分らしさ〉って何だろう?』 (ちくまプリマー新書)『50歳からのむなしさの心理学』(朝日新書)『自己肯定感という呪縛』(青春新書)など著書多数。
義理の母親はなぜ家事や子育てに口出ししてくるのか? 過干渉な義母の心理を専門家が解説
義理の母親はなぜ家事や子育てに口出ししてくるのか? 過干渉な義母の心理を専門家が解説 (写真はイメージ/GettyImages)  義理の母親に、料理の味つけや子どもに与える小遣いの金額など、家事や子育てに口を出されて困っている人も多いのではないだろうか。心理カウンセラーで「自分中心心理学」を提唱する心理相談研究所オールイズワン代表の石原加受子さんは、「『私が○○なんだから、あなたも○○するべき』という価値観の押し付けは、嫁姑の間でも頻繁に見られます」と話す。石原さんが監修した『心理学でわかる 女子の人間関係・感情辞典』(朝日新聞出版)から過干渉な姑の心理と対処法を紹介する。 *  *  *  実家を捨てて他家に嫁ぐという感覚が強かった時代には、使用人のようにコキ使うなど露骨な嫁いじめがみられたが、現代の嫁姑問題は、姑の過干渉によって引き起こされることが多い。  具体的には、子どもに与える小遣いの金額や食べ物の質など、育児方針の違い。ほかに料理の味つけ、同居するかしないかでもめる、というおなじみのパターンも健在だ。  義母が過干渉にならないようにするには、夫が姑である母親との間に明確な線を引き、妻と子どもとの絆を強め、夫婦の信頼関係を築いたほうが早い。  嫁姑問題の解消には夫の協力が不可欠であるが、「母親の悪口」を言うと反発されて夫婦ゲンカになる。義母には夫の母親としての敬意を払おう。夫には母親と明確な線を引いてもらい、自分の意見を言う必要があるときは、夫に任せるよりも、自分で率直に伝えるほうが、こじれない。いざというときのためにも、日頃から、感謝の気持ちは伝えていきたい。 ■嫁姑問題の根本にあるのはオトコの取り合い  「私が○○なんだから、あなたも○○するべき」という価値観の押し付けは、嫁姑の間でも頻繁に見られます。共働きの是非や子育て方法、箸の上げ下げにいたるまで、あらゆることが対立の材料になりえます。  嫁姑問題の根本にあるのは、息子であり夫であるオトコの取り合いです。彼がきちんと間に立って、自分の考えを明確にすれば解決できるはずですが、面倒がって放置するケースがほとんど。「嫁と姑は仲が悪くて当たり前」という刷り込みも影響しているかもしれません。  女性は一般的に細かなことによく気がつき、親しい人に対しても嫉妬したり、心のどこかで「私のほうが勝っている」と思っていることもあります。この競争心をうまく使えば自分の魅力や才能に磨きをかけることができますが、相手への攻撃に使うと人間関係が壊れてしまいます。 (構成 生活・文化編集部 端 香里)
ベッドで血を吐きアルコール依存症と診断された女性が「ストロング系」を“着火剤”と話すわけ
ベッドで血を吐きアルコール依存症と診断された女性が「ストロング系」を“着火剤”と話すわけ   写真はイメージです(Getty Images)    夏の暑い時期、冷たいビール、サワーでのどをうるおす機会も増えるだろう。ただ、家飲みをする場合は注意も必要だ。アルコール度数の高い「ストロング系」商品が登場して久しいが、最近は主流の度数7~9%を上回る12~13%の高アルコール商品まで販売されている。安く早く酔えるからと気軽に飲み続けた結果、いつのまにか飲む量がコントロールできなくなりアルコール依存症に陥った事例も少なくない。「依存症に陥る強力な着火剤だった」と振り返る、当事者の女性に話を聞いた。  首都圏で実家暮らしをしている加納早織さん(41=仮名)は、美術系の学校を卒業し、広告会社などで働いてきた。服装もおしゃれで、雰囲気は年齢より若く見える。はきはきと話す彼女の姿に、アルコール依存の面影は感じられない。  だが、わずか半年前。朝から晩まで酒に溺れていた加納さんは、翌朝、自宅のベッドで血を吐き救急搬送された。アルコールの大量摂取による急性膵炎(すいえん)と診断され、その後約1カ月間入院した。 「毛布をつかんで、息が苦しくてもがいたのは覚えています。家族が『救急車を呼ぶね!』と言っているのは聞こえましたが、答えることすらできなくて……」  加納さんはその時のことをそう振り返る。  20代の学生時代、飲酒は友人たちと食事をする際にたしなむ程度だったという。社会人になり、仕事で怒られるなどしてストレスがたまったときなどは、同僚たちと憂さ晴らしで飲みに行き、酔うことが徐々に増えていった。とはいえ、よくある社会人の「ヤケ酒」の範囲内だった。  “転落”するきっかけは30代に入ったころ。しばらくの間、酒からは遠ざかっていたが、派遣社員として新たに勤めた職場で、仕事や人間関係のストレスにさらされるようになり、酒に頼りたくなった。久しぶりに飲もうと飲食店に入ったが、酔った男性客にしつこく話しかけられ、余計ストレスがたまった。  誰にも邪魔されない「家飲み」をしようと決め、初めて手を出したのがストロング系だった。コンビニで350ミリリットルの缶を1本だけ買って家で飲んだ。それを選んだ理由は、値段が安いのにちゃんと酔えそうで、なによりおいしそうだったから。缶のデザインも気に入り、女性一人で購入する抵抗感もなかった。 「実際に飲んだら酔いが早く、気分が良くなって、『これだよ~』って思ってしまったんです。ジュース感覚で飲みやすい味に感じた」(加納さん)  すぐに500ミリリットルを買うようになり、数日で一晩に飲む本数は2本、3本と、どんどん増えていった。  飲む量が急激に増えていっていることは自覚していたが、自分で量を減らすことはできなかった。記憶をなくしたりはしないのだが、ついにはストロング系だけでは飽き足らず、ウォッカを混ぜて飲むようになり、“壊れた”飲み方をする日々が長く続いた。  そして昨夏、派遣先の都合で仕事を辞めると、飲み方が一気に崩壊した。朝からストレートでウォッカを飲むようになり、自分の部屋で吐きながら飲み続けた。約半年後、ついにはベッドで血を吐いたのである。  退院後、アルコールの専門外来を受診して依存症と診断され、断酒に取り組みはじめた加納さん。だが、「できるかも」と思えたころにまたストロング系に手を出した。 ストロング系が国内でどれだけ飲まれているか 「ご飯を作りながらちょっとだけ飲みたくなってしまい500ミリリットルの缶を1本だけ飲んで、まったく大丈夫だと思ったから翌日は2本飲んで……。1週間後には朝からウォッカを飲む状態に戻ってしまい、すぐに専門外来に連絡をしました」  それから3カ月。医師の勧めで「断酒会」に参加するようになり、一滴も飲まない日々を過ごしている。  ストロング系じゃなくても、加納さんが依存症になっていた可能性はある。ただ、興味深い論文がある。  慶応大の吉岡貴史特任助教(前福島県立医大臨床研究イノベーションセンター)と岡山県精神科医療センター臨床研究部の宋龍平医師は昨年2月、ストロング系が国内でどれだけ飲まれているかや、問題飲酒との関連についてインターネットで調査。回答のあった約2万8千人のうち、56%がストロング系飲料を「飲んだことがある」と答えた。  さらに、このうち現在も習慣的に飲酒している約1万5千人について調べると、ストロング系を「現在も飲んでいる人」は、「飲んだことがない人」に比べ、健康に悪影響を及ぼす「問題飲酒」に当たる人が2倍以上いることが分かった。  加納さんも、当事者としてこう感じている。 「最初に飲み方がおかしくなったきっかけも、スリップ(再飲酒)したきっかけもストロング系だったことを考えると、依存症に陥る強力な“着火剤”になるものだとは感じています。ストロング系をきっかけに、深みにはまっていく人や、さらなる深みに落ちていく人。さらに、そこから脱出しかけている人をまた深みに引き戻してしまう危険性があることは間違いないです」  アルコール依存症専門の心療内科「さくらの木クリニック秋葉原」の倉持穣院長が、こう指摘する。 「臨床的な実感としてですが、ストロング系がアルコール依存症の発症や進行に大きくかかわっている患者さんは多いと思います。最近、外来にやってきた患者さんにもストロング系がきっかけで一気に酒量が増えてしまった人や、短時間に何本も飲んでしまうという方が数多くいます」 ストロング系1本で男性は上限近く、女性は上限超  倉持院長によると、そもそもアルコールは大麻より強力な依存性薬物で、長期間飲み続けると、欲求が満たされたときに活性化し快感をもたらす、脳の「報酬系」という回路に変化が生じ、次第に飲酒をコントロールすることができなくなっていく。  厚生労働省が定める、生活習慣病のリスクを高める1日平均の純アルコール(お酒の量×アルコール度数×0・8)の摂取量は、男性が40グラム以上、女性が20グラム以上。500ミリリットル(度数9%)のストロング系1本(36g)で男性は上限に近くなり、女性は簡単に上限を超えてしまう。  倉持院長は、ストロング系に手を出しやすく、ハマりやすい点についていくつかの理由を挙げる。 ▽安く早く酔えてお得 ▽若者向けのイメージを作りだしている ▽酒臭さがなく、人工甘味料・香料を加えたり強炭酸にしたりして飲みやすくしている ▽フレーバーを季節ごとに変えるなど消費者の購買意欲を上手に刺激している ▽「プリン体ゼロ」「糖類ゼロ」など健康に配慮しているかのような記載がある  普通の酒好きは、急激なスピードで依存症へと引き込まれていく。倉持院長がこう指摘する。 「どんなお酒でも飲み過ぎてはいけませんので、ストロング系でなければ依存症の危険性がないということでは決してありません。それでも、ストロング系が高リスクなのは明白で、専門医の間では長く問題視されてきました。にもかかわらず、いまだに悪ノリのような商品まで開発されてしまっています。売らんがための商品開発や宣伝の陰で、悲惨な目に遭っている人がたくさんいることは知っていただきたい事実です」  企業側が売るのをやめればいいと考えることもできるが、話はそう単純ではないようだ。倉持院長は、こうした商品が生まれた構造的な問題にも触れる。 仕組みを考える必要がある  ビールの酒税が高かったため、低価格で売れるものを求めて各社が開発したのが発泡酒。その発泡酒が人気となって発泡酒の酒税も上がった結果、同じ流れで酒税が安いままだったストロング系に注力するようになった、との指摘があるのだ。 「販売側の責任だけを問うのではなく、アルコールの量に比例して課税する制度にするなど、安くて手軽に買える高アルコール商品が生まれにくい仕組みを考える必要があるのではないでしょうか」(倉持院長)   アルコール依存に陥れば、本人が苦しむだけではなくその家族にも大きな負担がかかる。前出の加納さんも、ストロング系に気軽に手を出し「これだよ~」とまどろんだあの夜、その先に苦しむ事態が起きようとは夢にも思わなかったのだ。 (AERA dot.編集部・國府田英之)
『白い巨塔』のような経験も「恨んでも仕方ない」 女性実験化学者74歳が築いたキャリアと自負
『白い巨塔』のような経験も「恨んでも仕方ない」 女性実験化学者74歳が築いたキャリアと自負 西川惠子さん  昨年、文化功労者に選ばれた千葉大学名誉教授の西川惠子さんは、「特殊な液体」の構造を自ら開発した装置と手法で明らかにしてきた。東京大学に進学後、博士課程を3カ月で飛び出し、学習院大学へ。助手として在籍すること17年、横浜国立大学教育学部の助教授として転出し、さらに良い研究環境を求めて千葉大学大学院の教授になった。ポジションが上がるにつれ、当時の女性研究者の多くが体験した苦労を味わうことになる。 >>【前編:東大の博士課程を3カ月で飛び出した 女性実験化学者74歳の人生を動かした20代での決断】からの続き * * * ――学習院大学に勤めていたときに結婚されたのですね。お相手はどんな方ですか?  東大佐佐木研(東大の大学院時代に所属していた研究室)の同級生です。彼は修士を終えて、化学会社に就職しました。もとから就職するつもりだったようで、「私が働くから、博士課程に行けば?」と言ってみたんですが、「いい」と言った。私が学習院大に行った3カ月後に結婚しました。彼の職場は神奈川県の足柄にあって、民間会社のほうが朝早いからと新居は(神奈川県)厚木市に構えました。(東京都豊島区)目白の学習院までは1時間半ぐらいかかる。大変でしたよ。  学習院大に行って3年目に娘が生まれたんですが、おなかが大きくなると通勤が本当に大変で、3カ月だけ東京にアパートを借りました。生まれたあとは、乳児を預かってくれる保育園もなかったので1年半ぐらい(静岡県)三島市の私の実家に預けました。土日は私が車を運転して厚木から三島に行く生活です。1歳になった4月から自宅近くの保育園に預けましたけど、子どもにとってもストレスなんでしょう。しょっちゅう病気して、そのたびに母に来てもらった。実家の母には本当に世話になりました。 ――お子さんはお1人ですか?  ええ、これ以上はムリと思いました。職場の近くに住めたらもう少し違ったと思いますが、別居は夫が許してくれなかった。子育てには苦労しましたけど、学習院大の方たちはよく理解してくださった。研究室コンパのときは子どもを連れていったこともありましたよ。 学習院時代は娘を研究室コンパに連れていったこともあった=1980年ごろ、学習院大学理学部物理化学研究室の談話室で  ただ、学習院大には助手からそのまま助教授に昇格できないというルールがあった。どこか別の大学でポストを探さないといけない。十数の大学に応募書類を出して、ようやく横浜国大の教育学部の助教授に採用していただけた。着任が1991年です。結晶学会賞をいただいたのが1988年ですから、それが効いたのだろうと思います。  ここにいるとき、「超臨界流体」という文部省(当時、現・文部科学省)の科学研究費(科研費)の重点領域研究が始まって、京都大学の教授から一緒に研究しませんかと声をかけていただいた。 ――超臨界流体とは何ですか?  物質には、固体、液体、気体の3態がありますよね。温度と圧力を上げていくと、臨界点を超えた温度・圧力領域では気体とも液体とも違う流体になります。それを超臨界流体と呼びます。特徴は、液体と気体を混ぜたように分子が不均一に分布していること。分子同士の間に隙間がいっぱいある感じです。そして、その分子の塊と隙間は、非常に短い時間で生成消滅を繰り返しています。まさに「ゆらぎが大きい」状態です。  炭素材料というのも穴がいっぱいあって、吸着剤などに利用されていますよね。あるとき、「穴(隙間)がある」というところが共通しているからと炭素材料の研究者が誘ってくれて、共同研究を始めたんです。それが千葉大の教授でした。  その先生が、千葉大が大学院を拡充してポストができたので、と私に声をかけてくださった。教育学部では十分な研究ができないため、教育学部ではないところに移りたいと思っていたところだったので喜んで応募し、採用が決まりました。しかし、反対が強かった。 ――え、千葉大の中で、ですか?  ええ、その当時は教育・研究組織の改革の真っ只中で、組織改革に無関心な先生方には、「新しくできた大学院担当の教員」である私は異質の存在だったようです。新しい組織を運営するシステムもまだ出来上がっていなかった。小さな実験室を一部屋だけ与えられましたけど、教授室はなかった。私や大学院生が研究する部屋が必要なので、空き部屋を使わせてくださいと事務官と交渉する毎日でした。それに、私は、学部には入れない状態でした。 ――はい? 大学院の教授だけれど、学部での教育はできないということですか?  そうです。でも、大学ではよくある話で、大体の女性は何とかセンターの講師や助教授というような格好で入って、講座とか研究室を持たせてもらえないケースが多い。それに近い形になったわけです。当時、女性が大学で教員や研究者として職を得る場合、新しくできた組織や新規のポジションしかありません。大抵の場合、組織改革などで侃々諤々の議論をしているところなので、新任者を迎える準備ができていない。こうした意味でも女性研究者は苦労してきたと思います。 特定領域研究「イオン液体の科学」物理化学班国際ワークショップ参加者の記念写真=2007年8月、千葉県木更津市 ――それでも、千葉大で研究をスタートさせたんですよね?  最初は横浜国大からついてきた大学院生と外部から入ってきた大学院生がいただけで、卒業研究生は2年間ゼロでした。2年後に「女性科学者に明るい未来をの会」から猿橋賞をいただいて、徐々に学部の講義を担当できるようになり、卒研生も受け入れられるようになりました。  その後、米国で「イオン液体」というものが注目されているようなので、日本でも研究グループをつくってみようという話が出てきた。 ――イオン液体とは何ですか?  陽イオンと陰イオンだけから構成される「塩(えん)」で、常温常圧で液体になっているものです。 ――「塩(えん)」って、まさに「お塩(しお)」のように普通は固体ですよね。  ええ、そうなんですが、なかには液体になるものがある。1990年代に空気中で安定で100℃以下で液体になる塩(えん)が合成され、それ以後「夢の新材料」として大きな注目を集めました。私は、「液体科学の革命」と位置づけています。  私は調整型の人間なんです。自分についてこいっていうリーダーシップが前面に出るタイプではない。そうすると、錚々たるメンバーがいて、誰を立ててもケンカになるというような局面で「西川さん、代表をやって」となるんです。このときもそういう流れになって、私が「イオン液体の科学」という科研費特定領域研究の代表になりました。研究が採択される前の2005年にイオン液体研究会というのをつくり、世話人代表にもなりました。  2006年に分子科学会という学会をつくったときに初代会長になったのも、同じような流れです。 ――そうやって、学術の世界で実績を積み重ねてこられたから、文化功労者に選ばれたんですね。  正直に言って、同じくらいの学術的業績を持つ男性はたくさんいらっしゃると思いますよ。ただ、男性ではあまりやらないユニークなことをやってきた、という自負はあります。溶液や超臨界流体の構造を「ゆらぎ」の視点から研究する人はいなかった。私は「ゆらぎ」を測れる方法論をつくり、「ゆらぎ」を手掛かりに人が気づかない視点で研究を進めていきました。それに、ある時期までは女性ということで非常に差別されましたけれど、今はいい意味で目立つようになったんだと思います。  これはあまり話すべきことではないかもしれませんが、千葉大から別の大学に移る話が出たことがあって、そこの大学の人事委員会を通って最後に学科の皆さんから承認を得る段階でダメになった。何があったかというと、反対運動をされた方がいました。たぶん、退官された先生の専門を受け継ぐような後任者を望んだのでしょうね。 2023年の猿橋賞授賞式で特別講演をする西川惠子さん=2023年5月28日、学士会館  研究分野の少し異なる私の悪口を書いた封書を学科の皆さんに郵送したんです。 ――いわゆる怪文書ですか。  ええ。私に声をかけてくれた方が教えてくださった。ただ、自分の関係者や自身が最高と思っている専門分野の方に後を継がせたいという話はどこでもありますよね。『白い巨塔』の時代から変わらない。とはいえ、女性が講座や研究室を持つことの難しさを実感しました。私はたまたまみこしに乗せられて、そして引きずり降ろされたんですけど、それはもう私の責任でも何でもない。今となっては、反対運動をされた方の立場も理解できます。恨んでも仕方のないことです。 ――そうですね。振り返って、一番苦労したことは何でしょうか?  何でしょうね。やっぱり家庭との両立ですかね。夫にも娘にも本当に苦労をかけたなと思いますね。夫は6年前にがんで亡くなりました。娘は、小学生のころに「私は絶対に専業主婦になる」って言ったんです。やっぱり寂しい思いをしたんでしょうね。この一言が一番のショックでしたね。 ――それでお嬢さんは専業主婦になったのですか?  いえ、働きながら子どもを2人育てています(笑)。大きくなったら、わかってくれるようになった。でも、自分の母親のことを知られるのはすごく嫌がります。誰それの娘だって言われるのは嫌みたいですね。 ――わかる気がします。  私は大御所の先生に引っ張り上げられるというようなことはなかったんです。恩師の佐佐木先生にも「君には何もできなくて悪かったね」と言われました。でも、自分の大学外の多くの先生たちといろんな繋がりができて、そういう方たちにたくさん助けてもらった。それでここまで来られたのだと思います。 ――後輩の女性たちに贈る言葉はありますか?  今は非常に恵まれている方と、大変な方と、両方いますね。女性を応援してくれる動きにあんまり甘えないで、ちゃんと自分を見つめてくださいということですかね。 西川研出身者が中心となって開いた文化功労者顕彰祝賀会で挨拶する西川恵子さん=2023年春、学士会館 >>【前編:東大の博士課程を3カ月で飛び出した 女性実験化学者74歳の人生を動かした20代での決断】から読む 西川惠子(にしかわ・けいこ)/1948年静岡県沼津市生まれ。東京大学理学部化学科卒、同大学院修士課程修了。1981年理学博士(東京大学)。1974年8月~1991年3月学習院大学理学部助手、1991~1996年横浜国立大学教育学部助教授、1996~2014年千葉大学大学院教授、2014年4月~2018年8月日本学術振興会監事、2019年4月~2023年3月公益財団法人豊田理化学研究所フェロー、2023年4月~千葉大学グランドフェロー。千葉大学名誉教授。日本結晶学会賞(1988年)、猿橋賞(1998年)、日本化学会賞(2012年)などを受け、2022年瑞宝中綬章、文化功労者。  

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