西崎彩智
汚玄関に汚風呂に汚部屋。片づけたら自分に自信が持てた
靴箱のないかつての玄関。雑多なものが積み上がって、まるで物置のようになっていました/Before
5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。
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case.19 片づいた部屋は社会とつながっている夫+子ども2人/経理事務
「普通のお母さんができることが、できるようになりたかった」と、その女性は片づけ前を振り返ります。自営業の夫と子ども2人の4人家族。子どもが小さいころにアパート2軒分を1軒に改装した家に引っ越し、近くに住む義父をサポートしながら暮らしています。
娘のアレルギー治療のため遠方まで通い、おやつは素材にこだわって手作り。不登校の息子を気にかけながら義父の家と行き来するなど、ここ数年は家族のケアに集中してきました。結果、収納の少ない家は少しずつ、物であふれていったと女性は言います。彼女自身もアレルギー体質でホコリに弱く、片づけはますますあきらめがちに。
「娘のために片づけたい、明日はやろう、と思うのにできなくて。自分が嫌で仕方なかった」
散らかった物を箱に入れてみるものの、その箱をどこに置けばいいのか、と迷う。作業台のないキッチンで作った料理をこぼしてしまう。洗濯済みの服をまた洗う。うまくいかないイライラが彼女を悩ませました。娘も不安定になりやすく、いら立ちは母に向かいます。家族仲はいいはずなのに、みんなの疲労が限界でした。
あるとき、夫の会社が事務員を採用する話を耳にします。彼女は夫の仕事をずっと手伝いたかった。だけど、この状態で家を空けていいものかと自分にストップをかけてきたのでした。
「夫の会社に自分の場所はないんだ……」
会社どころか家族の役にも立てていない。自己嫌悪でいっぱいだったとき、前から気になっていた家庭力アッププロジェクトへの参加を決めました。
夫と靴を置く棚を作ったら、ドアを開けるだけで感じていたストレスがなくなりました/After
家の問題は大きく2つ。要らない物が多すぎることと、そもそも収納が少ないこと。最初は徹底して不用品を処分します。独身時代の物から育児用品まで。タンスに入り切らず帰る場所もない靴下は、片方だけのものもたくさんありました。処分に困る10年前の液体洗剤も、一つひとつ処分しました。
収納問題の改善には夫が大活躍。もともと、毎日のように深夜帰宅という生活の中でも、できる家事は率先してやる人でした。プロジェクトへの参加を伝えると、彼は快く応援してくれて、彼女に尋ねました。「ママは今、一番どうなりたいの?」と。
彼女の答えは、「理想は人の役にたてる人になりたい。でも私はそんなレベルじゃないから、家族の役にたてるようになりたい」。夫は、「それでいいんだよ。たくさんやりたい事を考えるんじゃなくて、1つのやりたいことをやり続けた結果、いろんなものがついてくる。余裕ができたら次のステップに移れるから、がんばれ」と言ってくれました。
夫の気持ちと力を借りて、収納は手作りすることにしました。休日にホームセンターやインテリアショップを周り、収納ケースやDIY用の木材を購入。見ていた息子も率先して手伝ってくれて、今まで「何もしてくれない」と思っていたけれど、本当は役に立ちたかったんだ、と実感したそうです。
脱衣所がなかったお風呂場には、ツーバイ材で突っ張りタイプの棚を設置。あらかじめサイズを計測した収納ケースはぴったりフィットして、下着やタオルを置く場所ができました。靴が積み上がっていた玄関にも、壁一面に家族の靴を置ける棚を作りました。
夫がひとり事務所で夜なべして、洋服掛けと引き出し入れが一体になった収納を作ってくれたこともありました。娘の部屋には迷子になりがちなプリント類をしまう棚を。家全体が整っていくと、見ていた娘も「片づけたい」と言いはじめ、母と協力して自分の部屋を片づけました。ホコリまみれになってはシャワーを浴びることを繰り返し、体調と家中の物と向き合って、家族みんなで片づけをやり切りました。
ごちゃごちゃしていた収納周り(左)は、夫が夜なべして作った収納のおかげですっきり(右)
彼女は今、朝の用事を済ませると夫の事務所に行って仕事を手伝っています。キッチンに作業台ができたことで料理も効率よくできるようになり、なかなか続かなかった夫のお弁当も毎日ちゃんと作っています。出かける前には、ごみ捨て、排水溝の掃除、洗濯、お弁当作り、洗い物……。ある日の投稿では「普通のお母さんができてる。自分に花丸」と自分に自信が持てた様子でした。
「以前は『中が見えるから玄関をあまり開けないで』と子どもたちに言っていました。本当にかわいそうなことをしたと思います。いまはドアを開けるストレスがありません」
家事がラクになったのはもちろん、開けっ放しにしても大丈夫、という軽い心が彼女を外へ向かわせたのだと思います。
うれしいことはまだありました。最終日は夫からサプライズ。「ママが頑張ったから、今日は焼き肉にしたよ」と、肉と野菜を買って駅まで迎えに来てくれたんです。家を片づけてから、夫は夜中に自分の食器を洗い、最後に入ったお風呂も洗う。以前よりやってくれることが増えました。
息子は自分の部屋を片づけるのはもちろん、お昼に使った食器を洗うようになりました。娘はイライラが減ったせいか、片づけが進むとともに勉強に集中するようになり、高校受験を控えた最後の期末テストで先生に太鼓判をもらいました。プリントや片割れの靴下を探す必要も、なくなりました。
彼女自身は、なりたかった自分になれたことで外ともっとつながれるようになりました。お呼ばれしてばかりだったママ友を家に招いたときは、急な日程の前倒しにも慌てず、娘の部屋のドアが少し開いていても気にせず楽しめました。娘の部屋がちゃんと片づいていたからです。
「あの時、一歩踏み出したことで、私の世界は変わりました。洗濯物が各部屋にきれいに帰っていくのが楽しい。キッチンにいても階段を登っているときも、玄関を開けた瞬間も楽しい。うまく表現できないけどいい感じです」
心に余裕ができたからでしょう。彼女は当たり前の幸せを感じ、周りと気持ちの交換が素直にできるようになりました。表情も以前より軽く、柔らかくなったように感じています。
※AERAオンライン限定記事
AERA
2022/03/15 07:00