元サッカー選手の丸山桂里奈さん・本並健治さん夫妻。丸山さんは知人にITP患者さんがいて、診察に付き添ったことも

国の指定難病、「特発性血小板減少性紫斑病」(Idiopathic Thrombocytopenic Purpura、略称「ITP」)という病気を知っていますか。ITPの発症や治療などについて、患者さんのお話をもとに制作したマンガ動画がアルジェニクスジャパン株式会社のYouTube公式チャンネルで現在公開されています。ITPの症状や患者さんの生活について、元サッカー選手で日本代表として活躍した丸山桂里奈さん・本並健治さん夫妻が、大阪大学医学部血液・腫瘍内科招へい教授の柏木浩和先生に聞きました。

柏木:今回の座談会にあたり、丸山さん・本並さんには「特発性血小板減少性紫斑病(ITP)患者さん、マチコさんのストーリー」のマンガ動画をご覧いただいたのですが、この病気についてはご存じでしたか?

丸山:実は私の知人に、ITP患者の人がいるんです。病院での検査や診察に付き添ったこともあり、動画を見たときは「同じ病気だ!」と思いました。

本並:僕は、病名は聞いたことがあったのですが、症状などについては知らないことも多かったです。あらためて、ITPはどのような病気なのでしょうか。

柏木:血液中の血小板の数が減り、その結果、出血のリスクが高まる疾患です。血小板は出血を止める役割を果たしているので、血小板が足りなければ出血しやすくなったり、血が止まりづらくなったりするというわけです。

 健康な人なら血小板の数値は15万~40万/µLほどですが、ITPの患者さんは数値が低く、症状が出ていなくても血液検査で判明するケースも多いんですよ。

本並:血小板の数が減ってしまうのは、なぜでしょうか。

柏木:それは、免疫の仕組みの異常によるものです。免疫は本来、体内に侵入したウイルスを攻撃して体を守っていますが、何らかの原因で血小板を攻撃する「自己抗体」がつくられ、血小板が減ってしまう。なぜこの自己抗体ができるのか、その原因ははっきりと分かっていません。

 このようにITPはまだ全容が解明されておらず、国の指定難病になっていて、現在、患者さんは約2万5000人と考えられています(※1)

※1「成人特発性血小板減少性紫斑病治療の参照ガイド 2019改訂版」

足のアザや口内の血豆、脳出血。長引く月経が診断につながることも

丸山:患者さんの年齢や性別などに特徴はありますか。

柏木:すべての世代や性別において発症する可能性はありますが、特に6歳以下のお子さんと、20~34歳の女性や高齢者に多く見られます(※1)。ただ、お子さんの場合、多くは半年以内に治るのに対して、大人の場合は慢性になるケースが大半です。

丸山:私の知人も高齢で、今も治療中です。動画「マチコさんのストーリー」では、ITPを発症したマチコさんは、体にアザができたりしていて知人と同じ症状だと思ったのですが、これはITPの一般的な症状なのでしょうか。

柏木:そうですね。動画の「マチコさん」は、私が診ている特定の患者さんの例ではありませんが、一般的な症状です。

 ITPの特徴的な症状として、血小板の数が2万~3万/µL以下になると、足に点々とした出血斑や、「紫斑」とよばれるアザができます。さらに、舌に血豆ができたり、歯茎からの出血や血尿、血便、もっと重篤になると脳出血を起こしたりするリスクもあります。

 また女性の場合は、月経時の出血が長引くことも。月経がなかなか終わらず出血が続いたことで、病院を受診し、診断につながるケースも見られます。

大阪大学医学部 血液・腫瘍内科 招へい教授
柏木浩和先生

大阪大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科、同大学医学部附属病院輸血部部長などを歴任。長年にわたりITPをはじめとする血小板減少症の研究を行い、「ITP診断参照ガイド」作成委員会の委員も務めている

ピロリ菌の除菌で、血小板の数値が改善

本並:どのような治療が行われているのでしょうか。

柏木:まず行うのが、ピロリ菌の検査と除菌です。

丸山:胃の粘膜の中にいる、あのピロリ菌ですよね? なぜITPとピロリ菌が関係あるのでしょうか。

柏木:実は、ピロリ菌検査が陽性のITP患者さんの場合、ピロリ菌を除菌すると、約半数の人は血小板の数値が改善することが分かっているんです(※1)

 その理由については、まだ解明されていないのですが、ピロリ菌に対する抗体が血小板にも何らかの作用を及ぼしているのではないか、と考えられています。

本並:では、ピロリ菌の検査が陰性の人や除菌しても改善しない人には、その後どのような治療が行われるのでしょうか。

柏木:血小板の数値や症状によって変わってきますが、血小板数が2万~3万/µL以下で出血症状が強い場合は、すぐに治療を始めるケースが多いですね。

 通常、最初に行われる治療は副腎皮質ステロイドの投与です。ただ、ステロイドは長期間使用すると様々な副作用が表れるおそれがあるため、徐々に減量していくのですが、それに伴い血小板数も減ってしまうケースがあります。

 そういった場合に行われていたのが、脾臓摘出です。脾臓の中で血小板が破壊されるため、脾臓を摘出すると、3分の2ほどの患者さんは血小板の数値が改善するのです(※1)

丸山:脾臓は、摘出しても体に大きな影響はないのでしょうか。

タレント
丸山桂里奈さん

元サッカー選手。日本代表FWとして2011年、女子サッカーの世界大会優勝に貢献し、国民栄誉賞を受賞した。現役引退後は、タレントとして活躍。20年に結婚し、23年2月、第1子を出産

柏木:大人の場合は、ほとんど影響がないと言われています。また、10年ほど前から血小板の産生を促す薬や、自己抗体を作りだす「Bリンパ球」を攻撃・破壊する薬などが使えるようになり、新たな選択肢が増えました。

 こういった様々な治療法があり、年齢や持病、ライフスタイルに応じ、患者さんと相談して決めていきます。

通院治療で病気とつきあう。スポーツや妊娠・出産も可能

本並:動画の「マチコさん」は緊急入院していましたが、入院する必要はありますか。

柏木:「マチコさん」のように、血小板数が極めて少なく、脳出血などの重篤な出血のリスクが高い場合は、入院し、免疫グロブリン製剤を大量に5日間連続で投与することがあります。これは、重篤な段階を一時的にしのぐための治療法です。

 退院後は、血小板の数値を見ながら必要に応じて投薬による治療を続けます。治療薬には内服薬、注射薬、点滴薬とありますが、定期的な通院のみで、病気とうまくつきあいながら生活している患者さんはたくさんいらっしゃいます。

丸山:仕事や家事など、毎日の生活に支障はないのですか。

柏木:血小板数が3万/µL以上あれば、日常生活では大きな問題はありません。基本的に普段どおりの生活を行えます。

本並:出血が止まりにくいということですが、ITP患者さんは、スポーツはできるのでしょうか。僕らのようにサッカーをすることはできますか。

柏木:これは、年齢、スポーツの種類、目的によって変わってきます。小児のガイドラインでは、ボクシングや柔道、ラグビーなど体に強い衝撃が与えられるスポーツは高リスク、サッカーや野球は中間リスク、テニスや水泳、ジョギングなどは低リスクと分類され、それぞれのリスクに応じて目安となる血小板数も示されています(※2)

※2「日本小児血液・がん学会 2022 年小児免疫性血小板減少症診療ガイドライン」

 成人では、以前のお二人のようにプロとしてプレーするとなると話は別ですが、日常的に楽しむ程度であれば、高リスクのスポーツは血小板数が10万/µL、中間リスクのスポーツは5万~8万/µL以上が目安で、低リスクのスポーツなら血小板数が3万~5万/μL以上あれば問題ないと考えますが、主治医の先生とよくご相談ください。

「ITPの患者さんはスポーツをやってはいけない」と思われがちですが、何でもかんでも制限する必要はないんですよ。

丸山:20~34歳の女性に多いとのことで、妊娠・出産への影響も気になるのですが……。

柏木:妊娠するとITPが悪化するケースは多く、薬を用いて妊娠と並行して治療を行います。また、分娩時にはやはり大量出血のリスクがあるため、一定の血小板数が必要になり、免疫グロブリン大量療法などで一時的に数値を上げる措置を取ることもありますが、適切な治療を行うことで、妊娠・出産は十分可能です。

社会に理解が広がることが、患者さんの不安軽減につながる

丸山:患者さんからは、他にどのような悩みが多く聞かれますか。

柏木:やはり日常生活を送るなかで感じる不安が大きいことでしょう。風邪をひいた後、急に血小板の数値が下がることがあるので、普段から感染症に気をつけ、大きなケガをしないように気を配っている方は多いです。

 血小板の数値は病院で検査しなければ分からないので、検査結果を見て一喜一憂する患者さんもいらっしゃいます。

丸山:私の知人を見ていても、不安は強いだろうなと感じます。もちろん、家族も同様ではありますが、病気の全容が解明されていないこともあり、患者さん本人の気持ちは、計り知れないですね。

本並:「マチコさんのストーリー」では、ITPを発症したマチコさんの夫が、マチコさんを支えていました。もし、自分がその夫の立場だったら、何ができるでしょうか。不安な気持ちに寄り添うなど、メンタル的なケアでしょうか。

サッカー解説者
本並健治さん

元サッカー選手。日本代表GKとして国際Aマッチに出場。2012年、日本女子サッカーリーグ 「スペランツァFC大阪高槻」の監督に就任。現在は都内の私立中学校・高等学校で指導中

柏木:ええ、精神面でのご家族の支えは重要です。また、患者さんは投薬によって免疫力が下がっている場合があるので、インフルエンザなどの感染症をうつさないよう、ご家族はまずご自身の体調を整えてほしいですね。

丸山:「マチコさん」と同様、我が家も小さい子どもがいるので、どうしても外でウイルスをもらってくるし、熱を出すこともあります。そういった場合も、子どもの看病はパートナーが積極的に取り組むのがよさそうですね。

本並:「症状がなく、血液検査の結果で判明した患者さんもいる」とのことでしたので、健康診断をきちんと受けるのも大事だと思いました。僕らは仕事柄、体のケアには気を使っていて、定期的に健康診断は受けていますが、それはこれからも続けたいです。

 また、患者さんがひとりで抱え込まないように、周囲や社会がITPに関する正しい知識を持つことも大事ですね。

丸山:ITP患者さんも、この病気や症状について知っている人が周りにいることで少しでも安心できるのではないかと感じました。

 今回、柏木先生に教えていただいて勉強になりましたし、「マチコさんのストーリー」の動画はとても分かりやすかったので、こういった情報を周囲に伝えていきたいです。

柏木:ぜひそうしていただけるとうれしいですね。9月はITP啓発月間ですので、この機会に社会に理解が広がっていくことを願っています。

9月のITP啓発月間に向けて対談した3人。正しい情報を周囲に伝えていくことも、やさしい社会につながる大事な一歩に

全国9つのラジオ局で、ITPの情報を発信

ITP啓発月間の9月中に、全国9つのラジオ局(TBSラジオ、MBSラジオ、NACK5、STVラジオ、東北放送、東海ラジオ、中国放送、RKB毎日放送、熊本放送)で、医師とパーソナリティーによる対談を実施し、ITPに関する基本情報を紹介予定。

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