渡辺豪
大学・大学院の社会人向けプログラムが多様化 背景に学び直しで存在感増す「女性とシニア」
高知大学土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業の実験体験会の様子。地域社会に溶け込み、新たな商品やビジネスモデルを創造できる人材が輩出している(写真:高知大学土佐FBC提供)
かつて大学院などで学び直しをする社会人学生は40代までの男性中心だったが、現在は女性やシニアの存在感が増している。学び直しに意欲的な社会人の層の多様化により、大学・大学院の社会人向けプログラムが充実している。AERA 2024年7月8日号より。
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「想像以上の大変さでした」
都内のシンクタンクに勤務しながら、2年前に筑波大学大学院を修了した荒井絵理菜さん(30)はこう振り返る。
職場には大学院進学に伴う就労規定がなく、人事部や上司と交渉し、給与水準を維持したまま、週5日勤務のうち1日を大学院の受講や研究にあてる制度を新設してもらった。しかしこの制度だと、5日分の仕事を4日間で圧縮して対応しなければならず、休日や夜間も講義や研究課題に打ち込むのが前提。このため、録画で聴講できるオンライン講義は夜間や休日にまとめて2倍速でチェックするなど、効率的な時間の使い方に腐心する日々だったという。
荒井さんが大学院に在籍した2年間、最も留意していたのが「健康の維持」。体調を崩せば、仕事との両立どころではなくなるからだ。
「あとですべて自分にはね返ってくると考えた時、ベストなコンディションをキープする重要性に気づき、生活習慣を徹底的に見直しました」
起床時間は毎朝5時と決めた。軽い運動のあと、この日の優先順位を頭の中で整理する。生活リズムを崩さないよう飲み会も控えた。
女性とシニアの存在感
そんなストイックな生活を経て、得られた成果は何だったのか。論文発表などの実績や実務力のアップにとどまらない、と荒井さんは言う。
自分の限界を乗り越えた自信。支えてくれたゼミの友人たちとのつながり。喜びも悲しみも充実した時間の中にこそある、という気づき……。
「変化を恐れず、世界を面白がる力をもてるようになったと感じています。これは目先のメリットやデメリットという価値観でははかれない、一生ものの財産だと思います」
青山学院大学のワークショップデザイナー育成プログラムの様子(写真:青山学院大学社会情報学部提供)
「学ぶ姿勢」はポジティブに生きる糧にもなる。
今春から東京大学公共政策大学院で学ぶ都内の会社員女性(39)は、保育園と小学校の子の育児も抱える。子どもを寝かしつけてから毎日深夜2時頃まで勉強という超ハードな日々。授業帰りの電車内で寝落ちすることも。だが、疲れていても充実感はある。
「やりたかった勉強、情熱をもって学べる分野だから続けられているのだと思います。だから、時間効率重視でサクサクこなすのはもったいない、という気持ちもどこかにあるんです」
録りためたNHKの朝ドラ「虎に翼」を観るのが一番の息抜き。ヒロインの奮闘や成長に勇気をもらい、自身を鼓舞するエネルギー源にもなっている。
大学院などで学び直しをする社会人学生の中で今、存在感を増しているのが女性とシニアだという。
「かつては40代までの男性が中心でしたが、今はほとんどの分野で男女差は少なくなっています。50~60代のシニアも珍しくありません」
こう話すのは、リカレント教育の専門家、リクルート進学総研の乾喜一郎主任研究員だ。
働く女性の増加や、定年後も働くのが当たり前になる中、学び直しに意欲的な社会人の層は多様化している。それに伴い、大学側も社会人向けプログラムを充実させ、求める学生像を明確に打ち出すようになったのが、ここ数年の「最大の変化」だと乾さんは指摘する。逆の言い方をすれば、十分な準備やリサーチを行うことで自分の関心や目的、好みに合致する、納得のいく学びの場と出合える可能性が高まっている、というわけだ。
履修証明プログラムが
社会人向けの学びの場として近年、充実度を増しているのが「履修証明プログラム」だ。再就職やキャリアアップに役立つプログラム、体系的な知識や技術の習得を目指す課程など、一定のまとまりのある学習プログラムを各大学が開設している。修了者には学校教育法に基づく履修証明書が交付される。
青山学院大学のワークショップデザイナー育成プログラムもその一つ。ワークショップデザイナーとは「コミュニケーションの場づくりの専門家」。会社組織、医療、福祉、教育、地域コミュニティー、アートなどさまざまな場で、コミュニケーションを基盤とした参加体験型活動プログラム(ワークショップ)の企画運営を専門として行う人材の養成が目的だ。約3カ月間、計120時間の授業はオンラインのみのコースも選べる。
立教セカンドステージ大学の授業の様子(写真:立教セカンドステージ大学提供)
50歳以上のシニアのために創設されたのが立教大学の「立教セカンドステージ大学」。人文学的教養の修得を基礎とし、「学び直し」「再チャレンジ」「異世代共学」を目的に掲げる。修業年限は1年で、学部学生と一緒に全学共通科目を受講したり、学部学生の授業にコメンテーターとして参加したりするなど、若い世代との交流の機会もある。すべての受講生がゼミに所属し、担当教員の指導を受けながら修了論文を作成する。
高知大学の土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業も履修証明プログラムだ。主に高知県内の社会人向けに、食品産業における生産・加工・流通・販売を総合的につなげることができる専門人材「フードビジネスクリエーター」を育成する。
社会人の学び直しには専門職を対象にしたニッチな分野も用意されている。日本福祉大学には、里親支援に関心のある人を対象にした人材養成プログラムや、性犯罪の被害者のケアをする看護師を対象にした人材養成プログラムがある。
公開講座やセミナーも
学びの入り口になりそうなのが大学で開催している一般向けの公開講座やセミナーだ。興味のあるテーマや内容のプログラムがあればお試しで参加し、「面白そう」と感じた講師が担当する社会人向けの大学院などを探すのもいい。
中でも丁寧なキャリア支援で注目されるのは、武庫川女子大学のリカレント教育「ムコノアプラス」だ。幅広くDX人材を育成しキャリアアップや成長分野への移動を支援するため、仕事に必要なスキルに特化した150以上の専門講座をそろえる。プロのカウンセラーが常駐し、受講中のキャリア相談や仕事の悩みにも応じ、転職先や再就職先の紹介も行う。
大学院で本格的に学ぼうとする場合気になるのは学費。乾さんによると、通学が必要な大学院の場合、入学金と授業料を合わせて2年間で250万~350万円が相場。オンラインや通信制の大学院だと2年間で50万~100万円で収まることが多いという。ただし、仕事につながる大学院の修士課程の場合、社会人学生は国の「専門実践教育訓練給付金」(2年間で最大112万円)を受給することが可能だ。乾さんは「雇用保険に3年以上加入するなどしていれば認められる、この給付金制度は絶対に活用すべき」と強調する。
社会人向け大学院は一般的に間口が広いのも特徴という。
「研究計画書や職務経歴書と面接がベースです。ビジネス系は特に仕事で培ってきた問題意識が重視されるため、専門科目や英語をガチガチに勉強する必要はありません」(乾さん)
(編集部・渡辺豪)
※AERA 2024年7月8日号より抜粋
AERA
2024/07/06 08:00