
「女性科学者」に関する記事一覧



女性数学者38歳が東大数理科学研究科にもたらした変化 「数学の魅力をたくさんの女子へ」
「数理女子」というウェブページ(http://www.suri-joshi.jp/)がある。副題は「数学の魅力をたくさんの女子へ」。その生みの親・育ての親の一人が東京大学大学院数理科学研究科准教授の佐々田槙子さん(38)だ。数学界にいる人たちがジェンダーや社会の問題について気軽に語れるオンライン談話会の世話人もしている。「日本のほとんどの数学者って、数学の話以外、誰がどこの大学に移ったっていうような話しかしない」と以前感じ、できるところから働きかけを始めた。東大数学科卒、既婚、2児あり。日本を変えるチャレンジを果敢に続ける佐々田さんに聞いた。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)

「日本では肩に力が入っていたな」 女性生物物理学者47歳がデンマークで研究生活を続ける理由
御手洗菜美子さん(47)は2009年からデンマークのコペンハーゲン大学ニールス・ボーア研究所の准教授を務めている。九州大学の助教から転じた。「私は日本にいたとき直接的に女性差別的なことを言われたことはない。でも、ほかの女性がそういう扱いをされるのを見てきた」。だから、スキを見せたら自分も同じ扱いをされると肩に力が入っていたと、デンマークに行ってから気づいたという。かの地の研究グループの男女比はほぼ半々。仕事で日本を訪れた機会に東京でインタビューすると、「ずっとデンマークで研究生活を続けます」ときっぱり語った。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)



「医学部か東大か」親と意見合わず3年間引きこもりも科学の道へ 女性公衆衛生学者がこだわる「命題」とは
「新型コロナクラスター対策専門家」というツイッターアカウントの「なかのひと」になった堀口逸子さんは、長崎大学歯学部卒、歯科医師免許を持つ公衆衛生学者である。昨年11月には、かわいらしい漫画がついた本『好きなものを食べてやせる食生活』(池田書店)を出版した。本を出したときは東京理科大学薬学部教授だったが、この3月で退職し、現在は非常勤の職を掛け持ちしながら「フリーの研究者」として活動する。内閣府食品安全委員会をはじめ政府の委員をいくつも務めてきた。「八面六臂の活躍」と形容したくなる、そのパワーはどこから湧いてくるのだろう。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)

初投稿日「偽アカ疑惑」にどう対処? 新型コロナクラスター対策専門家「なかのひと」公衆衛生学者の使命と挑戦
内閣府食品安全委員会の委員を務めていた公衆衛生学者の堀口逸子さんは、新型コロナのパンデミックが始まったときリスクコミュニケーションの最前線に立った。クラスター対策班で感染動向の分析をした西浦博・北海道大学教授(当時、現・京都大学教授)から、「若い人に情報を届けるのを手伝ってほしい」と頼まれたからだ。それならSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)だと、旧知のエキスパートたちに声をかけてチームを作り、「新型コロナクラスター対策専門家」というツイッターアカウントの「なかのひと」になった。国家的緊急事態のなかで、研究者としてツイッター発信にどう取り組んだのだろう。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)

「かわいいは世界の争いをなくす」女性感性工学者 69歳 東大を出ても「女性は高卒待遇」から大学教授に
芝浦工業大学名誉教授の大倉典子さんは、「かわいい工学」の第一人者である。東京大学大学院の工学系研究科修士課程を修了して日立製作所の中央研究所に就職したのは、男女雇用機会均等法が施行される前。民間企業の多くは大卒女子の募集をしていなかった。給料も高卒扱いとは就職後に知ったのだという。そんな差別的な扱いを、労働組合も問題だとは考えなかった。はた目から見れば、社会の理不尽さに翻弄された20代である。そこから、大学教授として「かわいい工学」を創始して発展させるまで、どんな道を歩んだのだろう。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)

なぜ50歳を過ぎて「かわいい工学」を? 「日本ではB級グルメ的でも世界は認めている」芝浦工大名誉教授
芝浦工業大学名誉教授の大倉典子さんは、世界で初めて「かわいい」を研究対象にとり上げた工学者である。東京大学大学院の工学系研究科修士課程を修了して1979年に日立製作所の中央研究所に就職した。そこで進められていた植物工場の研究に興味を持ったからだ。入社試験は高卒向けを受けた。男女雇用機会均等法が1986年に施行される前は、民間企業の多くが大卒女子を募集していなかった。子どもの預け先が見つからなくて5年で退職、それから紆余曲折を経て芝浦工大教授になったのは45歳のとき。感性工学者として確かな歩みを始めたのは50歳を過ぎてからだった。それにしても、「かわいい工学」とは何なのか。そんなユニークな学問をなぜ始めたのだろう。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)



「いつも男の人を養っちゃう」女性物理学者が2度の離婚を経て手に入れた「恵まれているなぁ」と実感する日々
理化学研究所(理研)に勤める物理学者の大竹淑恵さんは、中性子(ニュートロン)という粒子を使って、橋や道路などのインフラの内部を「透視」する技術の開発をリードする研究者だ。自ら「遅咲き」という。30代後半から心身の不調に悩まされ、研究が軌道に乗ったのは50代に入ってから。60歳になって2度目の結婚に終止符を打ち、食生活を一新し、トレーニングにも励むようになった。これからも大好きな物理の研究を元気に続けたいからだ。今は仕事に、趣味に、充実した日々を送る。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)
特集special feature




「一国の主にならないと」と1人目の夫が後押し 同志社大教授、女性生命科学者64歳の人生ドラマ
同志社大学生命医科学部教授の野口範子さんは、生命科学者として体の中の活性酸素の研究を続けつつ、「サイエンスコミュニケーター養成副専攻(SC副専攻)」を2016年にスタートさせた。「理系の学生にコミュニケーションのノウハウを教えるのではなく、理系と文系の学生が一緒に社会における科学の問題を議論する場を作りたかった」。周囲の理解が乏しくてもやり抜くことができたのは、子育てと研究の両立に苦闘する中で、持って生まれた胆力がさらにパワーアップされたからなのかもしれない。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子)


「夫は子育ての戦友」東工大教授の女性細胞生物学者60歳が開けた風穴 妻のほうが教授の夫婦帯同雇用
山中伸弥教授(京都大学)が開発したiPS細胞を使って糖尿病患者を救う治療法をつくりだそうとしているのが、東京工業大学大学院生命理工学院教授の粂昭苑さんだ。患者に必要なのはインスリン、それを分泌する膵臓の細胞を実験室で効率よくつくるにはどうすればいいか。昭苑さんは、その研究を長年続けてきた。夫の和彦さんは名古屋市立大学大学院薬学研究科教授。実は、2002年に前職の熊本大学発生医学研究センターの教授に就任したとき、和彦さんは同センターの助教授(現在は准教授と呼ぶ)に採用された。同じ研究室で妻が教授で夫が助教授というケースは、日本初ではなかっただろうか。