
「振り返ればあれは教育虐待だったかもしれない」…中学受験の渦中に親が追い詰められてしまう理由と“SOS”の出し方
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「詰め込み」「偏差値」というイメージが強い中学受験。「受験のための勉強は子どもの将来に役に立つの?」「難易度より、子どもを伸ばしてくれる学校を選びたい」といった悩みを抱えている親御さんも増えています。思い切って「偏差値」というものさしから一度離れて、中学受験を考えてみては――。こう提案するのは、探究学習の第一人者である矢萩邦彦さんと、「きょうこ先生」としておなじみのプロ家庭教師・安浪京子さんです。今回は、受験期の親の精神状態について、二人が語ります。
【相談】
我が家は中学受験をしてよかったと振り返っていますが、親の私も中学受験はしておらず、最初で最後の経験だったので、特に6年生の秋以降の精神状態が厳しかったです。志望校に合格するためには、大量の勉強が必要だ、という塾からの洗脳もあり、周りのお子さんもやっていたので自分の頭で判断することができず、ケンカをしつつやらせていました。同じような状況の方が今年もいると思います。お2人の先生のお考えをお伺いしたいです。(中1女子の母)
安浪:ご相談者の方が、あの時は精神状態が厳しかったと振り返っていらっしゃるのか、渦中にいるときからつらかったのかわかりませんが、渦中にいる時は、自分は本気なんだ、これが当たり前なんだ、と思ってしまって、親も子どもも精神状態がおかしくなっていることに気づかないことがありますよね。
矢萩:「塾からの洗脳」と書かれていますけれど、親御さんたちも中学受験の専門家じゃないし、たとえ自分が中学受験を経験していても、今とは違うじゃないですか。その中ではやっぱり塾の情報に頼らざるを得ない。だからこそ、塾が言っていることをそのまま受け取りがちです。とはいえ、塾がなんと言おうが、うちの家庭はこういう価値観ですよ、とかこの子はこういう子ですよ、ということが真ん中になければいけないと思うんですよね。塾はあくまで活用するものだし、受験も活用するもの。そういう視点で受験と付き合っていかないと。
「あんなにやらせなくてもよかった」
安浪:受験が終わってから親御さんから「先生、食事でもご一緒しませんか」とお誘いいただくことがあるんですが、多くの親御さんが「あれは教育虐待だったかもしれない、あんなにやらせなくてもよかった」って、口を揃えておっしゃるんですよね。
矢萩:僕は大手塾時代に時々子どもたちに勉強や生活に関するアンケートをとっていたんですが、最後に「親に暴力を振るわれたことはあるか」「それはいつか」と聞いていたことがあるんです。そうするとクラスの4分の3ぐらいが2週間以内に手を上げられたり、物を投げられたりしていました。もちろん度合いはあると思います。でも、中にはバッサリ切られた塾のカバンを持ってきた子もいて。「これどうしたの?」って聞いたら淡々と「親に刃物で切られた」とか言うんですね。たぶんもうお互い麻痺しちゃっている。
安浪:よく私は親向けのセミナーで「秋からは自分が知らない自分が出てくるから注意してください」と話しているんですが、まさにそれですね。
安浪京子さん
矢萩:そんなの手加減しているし、ちょっと脅しのためにやったんです、って親本人は思っていると思うんですが、はたから見れば普通じゃない状態になっていますよね。閉鎖された空間で、親子で追い詰められてしまう怖さです。普通に理性を保つことがすごく大事なんです。
安浪:今年の春、大学生になった教え子に会ったとき、その子が6年生の時の模試を見せたんです。彼女は難関国立大に進学したので全教科勉強しているんですが、理科の問題を見て「これ、今の私でも解けないかも」と言っていました。でもあの時は、これ解けない、偏差値53だ、とかピーピー言ってたんだよね、と言ったら「もう狂ってますね」ってドン引きしてました。でも、渦中にいるとわからないんですよね。
矢萩:やはり受験をしたからには「やってよかった」「この学校に行ってよかった」という経験をしてほしいです。僕自身もそうなんですが、周りにも「行かないほうがよかった」と言っている人は一定数います。それはすごくもったいないです。僕は自分の経験をプラスに転じられるようにしたい、と思って教育業界に行ったのですが、全員が全員プラスにできるわけではないし、やはりやらなくていい経験もありますから。
自分でも知らない自分が出てくる
安浪:そうですね。親も追い詰められると、先ほど話したように自分でも知らない自分が出てくることがある。極限状態になると、そうなることもあるんだ、ということを知っておくことが大事かと思います。そうしたら、「今の私、それかも」とちょっと客観的に自分を見て、立ち止まれるかもしれない。
矢萩:親がみて、これ以上頑張らせたらまずいな、という状態はわかると思うんです。訳もなく叫ぶようになってしまったとか、攻撃的になったとか、自暴自棄になってしまってしまったとか。何かそういうSOSのサインがあったときにはそれはまず親が気づいて助けてあげないといけない。塾から「この時期はみんな追い詰められるものです」と言われたとしても、「みんなそうだからしょうがない」と思ってしまうとまずいと思います。
矢萩邦彦さん
安浪:やはり親が追い詰められるのは、理想の状態、シンプルに偏差値や点数が届いていない時ですよね。親が偏差値や点数的に厳しいと思っていて、精神的にもつらくなっているのに、子どもに必死さがないのであれば、それは親がまずその志望校を手放すべきでしょうね。あるいは、子どもが必死でもこの成績じゃダメだ、って子ども自身がどんどん自信を失っていくケースもあります。そういうときは、親がいくら「それだけ頑張っているならもう十分だよ」と言ったところで子どもには響かない。そうなると先ほど矢萩さんがおっしゃったように子どもも奇声を発するとか、チックが出るとか、さまざまなSOSを発する子もいます。でもまだSOSを出しているうちはいいほうで、その次の段階まで進むと無反応になってしまうんですよね。
矢萩:ありますね。一度無反応になってしまうと、声がなかなか届かなくなる。自己防衛のために、文字通り心の扉を閉ざしてしまうんですね。
安浪:精神的に追い詰められた時は、あまり家庭だけで解決しようと思わないで、外にSOSを出してほしいです。塾の先生でもいいし今はフリーの相談窓口もいろいろあるし、こういった相談にお寄せいただくのもいいし。ただ、直前期になったらママ友に相談するのはあまりおすすめしません。異性の子どもだったらギリギリいいとしても、同性の子どもがいるママ友はたとえ志望校が全然違ったとしても距離を置いたほうがいいです。子ども同士で仲がいいのは問題ありませんが。
合格したら「はい、終わり」じゃない
矢萩: 何はともあれ、こういったSOSを発しない状態で中学受験を乗り切ったのであれば、それはもうそのまま人生の糧になると思います。あのときあれだけ頑張れたんだからこれからもいけるよ、みたいに自信にも繋げることができます。要は一線超えないようにメンタルを保つこと。そこだけ注意すればいい。もし子どものSOSを感じたら即、話を聴く。説得するのではなく、本心に耳を傾ける。SOSをスルーしてしまったのなら、気づいた時点でちゃんと向き合い、対話の中でつらかった過去に意味付けして呪縛を解き、未来に視点を移すことで糧に転じることができます。
安浪:親御さんで、9月ぐらいから心療内科で薬をもらう方は珍しくありません。不眠とかイライラとかですね。「これ更年期でしょうか」って先生に聞いたら、「ストレスですね」と言われたとか。特にお母さんは受験のサポートのために薬を飲んでまでやり過ごそうとするんですよ。自分より中学受験のほうが優位なんですよね。以前、入試の終わったお母様が「娘は素直なので、私が頑張れば何とかなると思っていました。でも、それがいかに傲慢な考え方か、全て終わった今ならわかります」とおっしゃっていました。中学受験ってどこまでも受験生本人のものなんです。たとえ入試までは引っ張っていけたとしても、合格したらはい、終わり、じゃない。この連載で何度も話題に出ているように、熱望校に進学しても、不登校になったり、学校を辞めたりする子もいます。繰り返しになりますが“中学受験で一丁アガリ”じゃないと、常に一歩引いて見ていただきたいと思います。
(構成/教育エディター・江口祐子)