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水がめの底に開いた大きな穴 日本のガソリン・電気・ガスの補助対策と同じ構図 田内学
水がめの底に開いた大きな穴 日本のガソリン・電気・ガスの補助対策と同じ構図 田内学 AERA 2024年11月18日号より    物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2024年11月18日号より。 *  *  *  永遠に水を汲み続ける罰というものが存在するそうだ。  ギリシャ神話に登場するダナイデスという娘たちは、水がめを満たすために水を汲み続けているのだが、底に大きな穴が開いているせいで、永遠に作業を終えられない。  この神話が、いまの日本の状況に思えてならない。  自民党の政権運営は混迷しそうだが、経済対策の大きな柱の一つはガソリンや電気代の物価高対策になりそうだ。  電気代が上がっても、政府がお金を払ってくれるなら、個人としては嬉しい。しかしながら、そのお金はダナイデスの水がめのように、海外に流れ続けることになる。  2年前、世界的にエネルギー価格が急上昇し、ガソリンや電気代の高騰が国民の生活を圧迫した。それ以来、激変緩和対策として、11兆円を超えるお金が投入されている。  痛みを抑えるには対症療法も必要だが、水がめの穴を小さくする対策も必要だ。それは長期的な財源の問題ではなく、エネルギーをどうやって確保するのかという問題だ。 たうち・まなぶ◆1978年生まれ。ゴールドマン・サックス証券を経て社会的金融教育家として講演や執筆活動を行う。著書に『きみのお金は誰のため』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など    日本のエネルギー自給率は約13%と極端に低く、大部分を輸入に頼っている。財源が国債であれ税金であれ、投入されたお金は、エネルギーの購入を通して、最終的に海外へ流れる。水がめの底には大きな穴が開いているのだ。  エネルギーの購入には大量のドルの購入が必要になる。それは、円の価値を押し下げ、結果的に食料品や資源など他の輸入物価も上昇させる。補助金によって表面的にはガソリンや電気代の高騰は収まるが、問題を別の輸入品に移し替えているだけだ。  根本的な解決のためには、エネルギー政策から逃げることはできない。  現在、日本の電力構成は火力発電が70%以上を占め、化石燃料に大きく依存している。この依存度を下げるためには、当然、他の発電方法に切り替える必要がある。しかしながら、太陽光発電は、地方では自然破壊や景観悪化の懸念から反対意見が多く、東京都が新築住宅に太陽光発電設置義務をもうけることについても反対の声が大きい。また、風力発電も自然環境への影響から計画の中止が相次いでいる。原子力発電も、安全性への懸念から再稼働に反対する声が依然として根強い。  エネルギー需要そのものを抑えるという方法もある。実際に昭和のオイルショックのときはそうやって乗り越えてきた。一人ひとりが節電に努めることもさることながら、省エネ技術の研究やエネルギー効率の向上も急務だろう。  このままでは、CO2排出量を抑える温暖化対策や脱炭素化に逆行するという問題もある。  補助金投入という鎮痛剤を飲み続けると、根本的なエネルギー政策についての議論が後回しにされ、環境負荷を減らす努力も鈍化してしまう。  持続可能なエネルギー政策を打ち出すことが、円安やインフレといった問題の解決につながる。国会での議論が、表面的な価格抑制や財源だけの話で終わらないことを願う。  繰り返しになるが、財源を確保しても、そのお金がじゃぶじゃぶと海外に流れていることを忘れてはいけない。エネルギー問題の解決に必要なのは、財源ではなく、水がめの穴を小さくすることだ。目先の物価高対策だけではなく、未来へのビジョンを示してほしい。 ※AERA 2024年11月18日号  
なぜ金持ちは「家計簿」を重視しないのか 元メガバンク支店長が教える「収入ー支出」より「資産ー負債」の考え方
なぜ金持ちは「家計簿」を重視しないのか 元メガバンク支店長が教える「収入ー支出」より「資産ー負債」の考え方 お金の専門家・菅井敏之さん(本人提供)  人生も中盤にさしかかり、いつまで生きるかわからないし、いつまで稼げるかもわからない……。90まで生きるかもしれないし、100を超えるかもしれない。物価高が続き、給料も上がらず、なんとなく生活が苦しい時代。長生きリスクが心配でこの先、お金に困らない生活を送るには、どうしたらいいのか。お金に関する「教えて!」を解決する短期集中連載。第一回のテーマは「お金が減らない生き方、暮らし方」。  答えるのは、元メガバンク支店長でお金の専門家・菅井敏之さん。48歳でリタイアし、現在は10棟のアパート経営で年間7000万円の不動産収入があるそう。聞き手は、貯蓄が苦手で「入った金は使うもの」がポリシーのバブル時代に青春を謳歌した女子、バブ子です。教えて、菅井さん! 夫なし、職なし、お金なし(僅か) 菅井:ある女性、美子さん(仮名、40代)のケースからお話しします。彼女は、海外赴任の夫とともに、海外を渡り歩いてきました。現地では働かず、友人を自宅に招いてお茶を飲んだり、お稽古事をしたり。優雅な海外生活でした。高身長、高収入、高学歴の「3高」の夫を持つ、容姿端麗な方です。しかし、人生が一転します。夫から「別れてほしい」と離婚を切り出されてしまいます。財産分与で得た額は、なんと500万円。夫の資産は1000万円の現金のみでした(理由は最後まで明かされず)。50を前にして、夫なし、職なし、お金なし(僅か)の生活に。長年染みついた贅沢な生活からの脱却は厳しいものがあります。50、60となっていざお金が必要となったとき、先立つものが何もないのは非常に危険。美子さんのように離婚までいかないまでも、夫が定年退職して収入が減っているのに生活レベルを落とせない人はたくさんいます。その結果、お金が湯水のようになくなっていく。とくにバブル世代の女子はキケン。お金を「管理」できない人が多い印象です。 ――み、耳が痛い…。どうすればいいのでしょう。 菅井:あたり前ですが、まず基本はきちんと収入と支出の「管理」をして、収入の中で暮らすということが大切です。そのうえで重要なのは、お金の話は「資産」を含めて見るということです。 ――なんだか難しいです。収入から支出を引いて、残りを貯蓄という発想はダメですか? 菅井:それは家計簿的な発想です。それだと見ているのは収入と支出だけで、いくら足りないと嘆き、もっと節約しようとか考えます。私が考える資産の種類は3つ。定期預金の利息や株の配当金を生む「金融資産」、家賃などの収入を生む「収益不動産」、そして「ビジネス力」です。ビジネス力は、あなたのスキルをお金に変える力のこと。収入は結果に過ぎません。お金持ちは、収入のもとになる「資産」を重視して、お金を管理しています。資産=負債+純資産で考えます。  ――そういう視点だと、毎月の住宅ローンの支払いがあったとしても、それは苦しさだけでなく、一戸建てなりマンションなりの資産があるという安心感に繋がりますね。 菅井:その通り。所有している不動産を新たなお金を生む可能性がある資産として考える。日々の生活ではどうしても「収入ー支出」に目が向きがちですが、「資産ー負債」で見た場合、思っている以上に純資産が大きくなっている人は多いのです。   「金融資産」、「収益不動産」、そして「ビジネス力」 ――おぉ、そうなんですね。バブリー女子としては、いろんなところに住んで引っ越しを繰り返して、自由に身軽に生きたいです。しかしそれもお金がかかり、最後にお金が残らないということに気づいてきました。 菅井:おぉ、さすがバブル女子……って褒めていませんよ(笑)。若い時から不動産資産を持たず貯金もしなければそうなりますね。日本の個人資産のおよそ6割は不動産です。私は不動産を含めた資産活用を勧めています。 ――もうあと10年早く、菅井さんの話を聞いて心を正しておけばよかったとも思いますが、今からでも遅くないですよね。 菅井:今後の生活設計を親や子どもといった家族全体、つまり「連結」で考えると可能性は広がります。親との連結ベースで寝かせている資産はありませんか?親の残した家だったり別荘だったり……。働いていない資産を動かして輝かせるのです。親がもつ資産を「連結」して考えると、道は拓けます。企業が親会社・子会社といったグループ全体で考えて経営するのと一緒です。 ――リスクが怖くて、銀行口座に寝かしたままの僅かな貯金で不安を感じているのが、なんとなくもったいないようにも思えてきました。 菅井:漠然と将来が不安なのは、将来自分に必要なお金や、そのために今どのくらい足りないのかがわからないからです。私は48歳で銀行を退職するときまでにアパートを6棟買いました。その分借金がありますが、資産もあります。バランスシートで見ているので、あまり不安もありません。お金に困らない生活ができるかどうか。それはお金を運んでくれる仕組みづくりをできるかできないかだと思います。不動産投資が怖いという気持ちもわかります。失敗も怖いですし、不動産価格だけでなく、変動金利が不安な方も多いと思います。私は不動産投資だけが良いと言っているわけではなく、その人にあった資産の増やし方というのがあると思うので、それを自分のスキルや個性にあわせて見つけてほしいと思っています。ポイントは、それを自分の持ち金の中で完結させて考えるのではなく、「資産を増やしたければ、他人のお金を使う」という点。資産をつくるためのポイントはいかに「銀行の力」を利用できるか、にかかっています。  ――借金をして資産を増やす。親の資金をグループ化して連結で考える。まるで企業の代表になって、会社を大きくするような感覚ですね。そういう視点が大切なのですね。  菅井:そうです。  ――借金をしてお金を回すという感覚がなかなかもてないバブ子には目から鱗。でもクレジットカードはどんどん使ってしまいます。  菅井:借金には2つ種類があります。いい借金と悪い借金です。新しいお金を運んでこない借金は悪い借金です。クレジットやカードローンは計画性が大切です。これで破綻した人も少なくないんです。年収1200万円で、月の手取りは50万円以上あるという人が毎月60万円以上を普通に使ってしまって。こっちで100万円、あっちで50万円。全部あわせて500万円ぐらいの借金を重ねた挙げ句、毎月の返済が回らなくなってしまう。カードローンが破綻への「最初の一歩」となるケースが非常に多い。 「稼ぐ力」だけでなく「管理する力」  ――どうすればお金に対する意識を変えられるのでしょうか。とても難しいです。  菅井:行員時代、お金が貯まる人とそうではない人の差をたくさん見てきました。たとえば「大企業にお勤めで年収が1300万円の45歳、だけど貯金ゼロ」という人もいれば、「中小企業のメーカー社員で年収は500万円。同じ45歳だけど預金が2000万円」という人。この違いは何か。お金を貯めるには、「稼ぐ力」だけでなく「管理する力」の両方を備えないといけないということ。私の周りには年収1200万円超なのに、貯金ゼロ、なんていう人がいっぱいいますよ。特にマスコミ(笑)。もう一度言いますね。一番大変なのは、バブルの意識が抜けないご主人任せの50代半ばから後半くらいのバブル女子なんです。  ――ガーン。次回、またお願いします。  次回の「教えて! 菅井さん」のテーマは、お金の借り方について。「家を買うのも、不動産投資も不安。銀行とどう付き合えばいいのか」です。 (構成・AERA dot.編集部・大崎百紀) 菅井敏之(すがい・としゆき)/1960年、山形県生まれ。学習院大学卒業後に、三井銀行(現・三井住友銀行)に入行。東京と横浜で支店長を務め、25年間銀行マンとして働く。48歳で早期退職。現在は10棟のアパート経営で年間7000万円の不動産収入を得ている。また、人気講師として全国で講演やセミナーを行っている。現在は帝国ホテル内でお金に関するさまざまな相談も受けている。著書に『お金が貯まるのは、どっち!?』(アスコム)など。お金の専門家・菅井敏之公式サイト「お金が貯まるのは、どっち!?」(https://www.toshiyukisugai.jp/profile.html)
【品田遊×pha】異色の二人が異色の対談!なぜ日記を書き続けられるのか、なぜ日付がないのか、謎に迫る
【品田遊×pha】異色の二人が異色の対談!なぜ日記を書き続けられるのか、なぜ日付がないのか、謎に迫る インターネットの話、日記の話ですぐに打ち解け合うphaさんと品田さん(撮影/中山圭)  2024年10月25日、東京・高円寺の蟹ブックスにて、『納税、のち、ヘラクレスメス』の刊行を記念し、品田遊さんとphaさんの異色対談が実現。ライター、小説家、漫画原作者、YouTuberとして幅広い分野で活躍する品田さんに対し、蟹ブックスのメンバーであり、元「日本一有名なニート」としても知られるエッセイストのphaさんが問いを投げかける。果たして品田さんはどう応じたのか。大きな盛り上がりを見せた注目の対談から一部を要約し、前後編でお届けする。 *  *  * pha:蟹ブックスでは、品田さんの前作の『キリンに雷が落ちてどうする』がとても売れ行きがよかったんですよね。それで気になって、僕も『ウロマガ』を読み始めたんですが、本当に面白くて、これだけとりとめがなく抽象的な内容を毎日次々と生み出せることにとても感心しました。 品田:ありがとうございます。実は私が書いている文章のロールモデルの中に、phaさんの文章が含まれているんです。インターネットの世界で活躍している方として、とても印象的でした。特に、Twitterの初期、2010年代前半のインターネットの雰囲気を感じていたとき、phaさんのシェアハウスに集まるネットの人たちが大きな存在として映っていて、無意識のうちに影響を受けていたのかもしれません。 pha:それはうれしいですね。今回の『納税、のち、ヘラクレスメス』を拝見すると、断片的な感じがとてもインターネット的な文章だと感じました。ネットから紙にすることで、何か変えたことはありますか? 品田:本にするには最低限の体裁を整える必要があると思っていましたが、整え過ぎるのは嫌だったので、基本的にはとりとめのないままにしておきました。 pha:なるほど、気楽に読めて疲れなくてとてもよかったです。 品田:ただ、連続したビックリマーク(!)はネット上の横書きでは問題ないのですが、紙の縦書きにするとおかしくなるので、そこは消すようにしています(笑)。 品田遊『納税、のち、ヘラクレスメス』(朝日新聞出版)>>書籍の詳細はこちら 自由な表現としての日記 pha:品田さんは日記を毎日欠かさず書いているのがすごいと思います。 品田:1週間に1回まとめて書くといったようなことができない性分のため、毎日書くようにしています。習慣にしてしまえば、どんなに眠くても寝る前に書くことができますよ。日によってはいたずら書きで終わらせる日もありますが、そこは甘えちゃっています。 pha:僕も日記は書いていますが、とりあえずメモだけ取っておいてやる気が起きたときにまとめるという感じで、4〜5日に1回のまとめ書きになっちゃってます。品田さんは、日記を読み返しますか? 品田:日記や本などはほとんど読み返さないです。自分がこんなことを書いていたのかということを直視することが苦手なんです。自分を鏡で見ることすら苦手なもので……。 pha:鏡を見られないと、動画出演のときなどは誰が見た目を整えてくれるんですか? 品田:誰もやってくれないので、髪型がいつもランダムです。動画のコメント欄をみると、「恐山の今日の髪型はすごいな」といったコメントがポツポツと来るので、髪型おかしかったんだって後で気付かされることもあります。そういえば、phaさんは、日記を読み返すことはあるのですか? pha:僕は、むしろ読み返すために日記を書いているといっていいくらいですね。過去にこういう1日があったんだということを思い出して、振り返りたいから書いているので、日付は必ず入れています。そういう意味では、日記なのに日付を取ってしまうという、品田さんの日記はあまり他にないものだな、と思いました。 品田:歌人の穂村弘さんが著した「にょっ記」という日記的なテイストのエッセイがあるのですが、こちらを読んだとき、日付が「○○月××日」というような形式で表現されていたんです。これに驚くと同時に、この独自のアプローチは素晴らしいと思い、私もあえて日記に日付を記載しないことにしました。 pha:『にょっ記』は本当かウソかわからないような雰囲気がいいですよね。本来日記は事実を書くものだけど、日付を入れないことによってそのへんを曖昧にできるんでしょうか。 品田:そうなんです。そのため日記が急に物語になるような展開もあったりします。 意外にも、phaさんと直接お話しするのは初めてだという品田さん(撮影/中山圭) “しゃあなし”で書き続ける理由 品田:phaさんは短歌を書きますよね? 私の周りにも短歌を書いている人はいるのですが、「何で書いているんですか?」と聞くと、皆一様に「何でですかね〜」と言うので、要領を得ない感じがしてしっくり来ないんです。まあ確かに私も、周りから「何で日記を書いているんですか?」と問われたら、「何なんすかねー」とお茶を濁すようなことしか言えないのですが。 pha:短歌なら短歌、日記なら日記という型があって、それが自分の中に身についていると、自然とその型に沿ったアウトプットが出てくるようになるんですよね。でもその型を共有してない人からすると、何でそうなるのだろう、と不思議に思われるんでしょうね。短歌は、僕は若い頃に型を身につけたので書ける感じです。 品田:私の場合、日記は書けるから書いているということと、書く約束をしたから書いているわけであって、実は半分“しゃあなし”という気持ちがあります。といいつつ、日記を書くことは、同じ“しゃあなし”でも、かなりストレスの少ない“しゃあなし”なのでやれている部分はありますね。 pha:心から書きたいとかではなく、“しゃあなし”だったんですね。意外。でも確かに、僕も心から日記を書きたいかというとそうでもなくて、でも書かなくなったら寂しいとか、書かないともったいない、とかそういう気持ちが出てきそう。実際やめたら、毎日書かずに寝ていいんだとか、日中も日記のことを考えなくていいんだとか、そう思って落ち着かなさそう(笑)。 品田:それわかります! もう日記を書かない生活のこと自体を忘れているので、周りの人たちは普段日記を書かないで寝ているんだなぁとか思ったりしますね。  私自身、締め切りに追われる生活を10年近くやっているので、普通に働いて、普通に家帰って生活している人たちって締め切りというものがない場合が多いんだなぁとかも考えることがありますね。もちろん、そのことを羨ましいと思っているわけではないのですが……どちらにも大変さはあると思いますけどね。 pha:そういった生活が良いのか、当たり前のように書くという生活が良いのか、もう我々はわからなくなっちゃいましたね。自分にやれることをやっていくしかない。 『パーティが終わって、中年が始まる』を刊行されたphaさん(撮影/中山圭) 仕事をくれる人のところに行くスタイル pha:インターネットをやっていく中で、どれに対して一番やる気を持っていますか? 品田:特にどれというのはないのですが、何事に対しても頼まれたら絶対にやるというところが私のモチベーションになっています。今振り返ってみれば、人に見せる用の文章を書き始めたのは高校生の頃でした。  演劇部に入ったときに、先輩から「お前は脚本を書け」と言われ、「書きます!」と言ったのが始まりです。もちろん、芝居の脚本なんて書いたことがありませんでしたが、「文章が書けそうに見える」と言われたので、「わかりました!」と二つ返事で引き受けることとなりました。  初期衝動というより、仕事として書く感覚がその頃から身についていたのかもしれません。また、この頃、演劇部のほかに文芸部も兼部していたのですが、そのとき書いていた合同誌の締め切りが定期的にあったため、こちらも「書け」と言われて当たり前のように「書く」という感覚がそのときすでに養われていましたね。 pha:意外と社会性のある環境下で書いてきたんですね。 品田:そうなんですかね。社会の後押しがないと構想の段階から甘えてしまい、エターナルな構想の中で安住してしまうところがあるので、「仕事をくれる人のところに行く」というスタイルが確立されたのかもしれません。  逆に、phaさんはどうですか? 今もコラムなどのお仕事で書かれていると思いますが、仕事がなくても定期的に書き続けることはできますか? pha:僕はわりと自分の中のモチベーションだけで書き続けられるタイプですね。むしろ仕事としてやるのは不純だ、と感じてしまう部分があったりします(笑)。でも、完全にひとりでやるより編集者といっしょに作ったほうが、遠くまで届くものができる感じもあるので、迷いますね。仕事もやりつつ、ときどき100%趣味で何かを作るのがいいのかも。人によってアプローチや仕事のやり方、きっかけが異なるというのは面白いですね。 ※後編「【品田遊×pha】異色の二人が異色の対談!実は悲観的な品田が、それでもテキスト文化を盛り上げたい理由」につづく (構成/中山圭)
「五星三心占い」で2025年の運勢丸わかり! ゲッターズ飯田が来年の運気を徹底解説
「五星三心占い」で2025年の運勢丸わかり! ゲッターズ飯田が来年の運気を徹底解説 げったーず・いいだ/これまでに7万5千人を超える人を、20年以上にわたり無償で占い続ける。その占いの勉強と実践のなかから「五星三心占い」を編み出す(写真:Gオフィス提供)    ゲッターズ飯田がこれまでの占いの勉強と実践のなかから編み出した占術「五星三心(ごせいさんしん)占い」。六つのタイプがあり、羅針盤座、インディアン座、鳳凰座、時計座、カメレオン座、イルカ座と、実際の星座に由来して名づけている。それぞれに 「金」「銀」があり、さらに、もっている欲望をかけ合わせた、全120タイプで細かく性格を分析し、運命を読み解く。AERA 2024年11月18日号より。 *  *  * 【探し方】 (1)表1で生まれた年と月の交差する位置の数字を調べる (2)(1)で調べた数字に自分の生まれた日を足す。61以上になった場合はその数字から60を引く (3)表2で自分の数字が当てはまったものがあなたのタイプ [例]1965年1月25日生まれの場合、表1で導かれる数字は51。それに25を足して76。数字が61以上になるので、 76から60を引いて16。西暦で奇数年生まれなので、銀のインディアン座 奇数・偶数年は西暦で判断する AERA 2024年11月18日号より AERA 2024年11月18日号より   金の羅針盤座(撮影/写真映像部・上田泰世)   金の羅針盤座「しっかり遊んで人生を楽しもう」 [開運3か条] 真面目に遊ぶ 不運を「この程度でよかった」と言う ドジや失敗は話のネタにする  正義感があり上品な人。礼儀正しく真面目で、規律やルールをきっちり守る。ただし好きなこと以外では抜けが多く、サボり魔な一面も。指導者や組む相手によって人生が変わる。ネガティブなので、楽観的な発言と行動を意識するといい。  25年は〈準備の年〉。しっかり遊んで人生を楽しむことで、ドンドン運気がよくなる。旅行や音楽ライブ、舞台などに行くのもおすすめ。ただ、思わぬミスをしやすくなるため、事前準備はしっかりと行い、事故や怪我にも要注意。  25年はミスが増えるが、隙を見せることでかえってかわいがられる場合もあるので、失敗談で笑いをとるくらい気楽に過ごそう。また、ふだん行かない場所へ行き視野を広げることも大切。お店ではあえて定番を外し、新しいものを選んで。 ラッキーカラー:ピンク、ブルー ラッキースポット:お笑いライブ、テーマパーク 銀の羅針盤座(撮影/写真映像部・上田泰世)   銀の羅針盤座「最高の運気がスタートする」 [開運3か条] 特技や好きなことをアピールする 運気がいい年だと信じて行動する 周囲の人の個性をほめる  生真面目でていねいな、品のある人。完璧主義者だが、言われないとやらないところも。ネガティブな情報に振り回されやすく、甘えん坊なのに人は苦手。好きなことが見つかると探究心や追求心に火がつき、スペシャリストになれる。  25年は、魅力と才能が注目される〈解放の年〉。運が味方する5年間が始まるので、積極的に行動しよう。また、人生を左右することになる先生や指導者も現れるとき。遠慮せずにいろいろな人に会い、学んでみたいことにチャレンジを。  25年をなんとなく過ごすと、翌年以降の運気の流れにうまく乗れなくなるため、大きな目標と小さな目標を掲げよう。運がいいからこそ縁が切れる人もいるが、別れることでやる気が出る場合も。過去を引きずらず、前へ進むことが大事。 ラッキーカラー:イエロー、朱色 ラッキースポット:おいしいお店、美術館 金のインディアン座(撮影/写真映像部・上田泰世)   金のインディアン座「12年に1度のもっとも輝ける年」 [開運3か条] 挨拶やお礼は自ら笑顔でする 新しい出会いと買い物を楽しむ 早寝早起きをする  明るく陽気な楽観主義者。好奇心旺盛で、心は中学2、3年生のまま。おしゃべりだが、ベースがアホなので言ったことをすぐ忘れる。自由を好み、ベッタリした関係は苦手。知り合いを増やすことで人生が好転していくタイプ。  25年は運を味方につけられる〈開運の年〉。積み重ねてきたことの結果が出て輝けるとき。チャンスも巡ってくるので、つかめば大きな幸せが手に入る。もしこの年いい結果が出ない場合は、環境を変えるなどして気持ちを新たに挑戦を。  25年は、スタートを切るにも最高の年。習い事を始めたら、なんとなく続けられるペースで4年以上は継続を。4~5月は、12年に1度だけもっとも運気のいい「開運の月」が続く。次の12年に向けて目標と人生設計を考えよう。 ラッキーカラー:オレンジ、黄緑 ラッキースポット:デパート、水族館 銀のインディアン座(撮影/写真映像部・上田泰世)   銀のインディアン座「期待に応え調子に乗ろう」 [開運3か条] 調子に乗る 評価は素直に受け止める 付き合いの長い人を信じて行動する 「人は人、自分は自分」と、超マイペース。心は永遠に中学生のままで、妄想や空想が好き。三つのことを同時進行できるマルチタスクの星をもつ。社会に出てから本領を発揮し、仕事が楽しくなると人生が急激におもしろくなってくる。  25年は〈幸運の年〉。頑張ってきて良かったと思える出来事が次々と起こり、仕事で重要なポジションを任されることもある。周囲の期待に応えられるよう努めることで、道がひらける。一方、努力をしてきていないと厳しい結果が出る場合が。満足できないなら、生き方や考え方を変えていこう。  25年は過去の縁がつながるとき。懐かしい人に会ってみると、話が盛り上がり新たな展開も期待できる。ここから3年間は絶好調の運気なので、調子に乗れるだけ乗ってみよう。 ラッキーカラー:濃いレッド、ピンク ラッキースポット:牧場、温泉 金の鳳凰座(撮影/写真映像部・上田泰世)   金の鳳凰座「注意が必要な守りの一年」 [開運3か条] 現状維持をする マイナス面を見るよりプラス面を探す 体力があると過信しない  忍耐力があり、意志が強い人。じっくりゆっくり考えてから行動し、決めたことは貫き通す。情熱的なぶん、執着もしやすい。ひとりでいる時間が多く、口下手な面も。思い込みが激しいため、「運がいい」と思い込むとうまくいく。  25年は、12年中もっとも注意が必要な〈乱気の年〉。自分の不慣れなことや苦手なこと、弱点や欠点が見えてくるので、人生の課題だと思ってゆっくり克服していこう。また、体にも気をつけること。体力はあるが、過信しないように。  25年は、23~24年の流れをできるだけ変えないことが大切。ただし、人から任されたことは引き受け、流れに逆らわないように。予想外のトラブルが起きやすくなるが、いろいろと予想しておくことで回避できる場合も多い。 ラッキーカラー:モスグリーン、グレー ラッキースポット:森林浴、展望台 銀の鳳凰座(撮影/写真映像部・上田泰世)   銀の鳳凰座「上半期は攻め下半期は守る」 [開運3か条] 上半期は行動し、下半期は現状を守る 計算しながら買い物をする これまで支えてくれた人に感謝する  自分の意志を貫き通し、人の言うことを聞かない超頑固者。慎重で簡単には動かないが、道が決まると習得に時間がかかる技術でも身につけられる。交友関係は狭く、集団のなかではサポート役として活躍し、信頼を得るタイプ。  25年は〈ブレーキの年〉。考え方やこれまでの努力など、すべてのことに答えが出る。年末まで全力で取り組めば、最高の1年に。とくに上半期は攻めの姿勢で行動を。結婚や引っ越し、転職、投資、高額な買い物などもこの時期に。  下半期になると、運気にゆっくりブレーキがかかりはじめるため、徐々に守りに入ろう。人間ドックを受けるなど、健康にも気を使うこと。これまでの頑張りが買われ出世の話がきたら、不慣れなポジションでも素直に引き受けて。 ラッキーカラー:ライトブルー、ライトオレンジ ラッキースポット:海、博物館 金の時計座(撮影/写真映像部・上田泰世)   金の時計座「次へ進むための区切りがつく」 [開運3か条] 大掃除をして不要な物を処分する 人との別れを覚悟する 上半期は視野を広げる  人にやさしく、人間関係を築くのが上手。相手を喜ばせることに幸せを感じる庶民派。誰とでも対等かつ平等に接することが正しいと信じており、権力を振りかざすような人は嫌い。気配りができるが、そのぶんストレスをためやすい。  25年は〈整理の年〉。考え方や生き方、人間関係などが大きく変わり、良くも悪くもひと区切りつく。現実を受け止め、ときには諦めることも肝心。直感的に「流行る!」と思うものの情報を集めてみると、進むべき道が見えてくるはず。  26年からは、新たな山登りが始まるような運気なので、25年は不要な荷物を下ろすとき。「執着しない」をテーマに、過去の栄光も、嫌な出来事も、ここで手放そう。もう使わない物は処分し、悪い癖や悪習慣も断ち切るように。 ラッキーカラー:ラベンダー、イエロー ラッキースポット:草原、おしゃれなカフェ 銀の時計座(撮影/写真映像部・上田泰世)   銀の時計座「不慣れや苦手を乗り越える」 [開運3か条] 意外な人脈を楽しむ ポジティブな言葉を使う ひとりで楽しめる趣味をつくる  人との関わりが好きな博愛主義者。世話好きでお人好しだが、根は甘えん坊。人の意見に振り回されやすい面も。サポート役についたり、対等なパートナーがいると能力を発揮する。運気のいいときと下降気味のときで心の振れ幅が大きい。  25年は、これまで積み重ねてこなかったことが表に出てくる〈裏運気の年〉。不慣れなことや苦手なことを、ひとつずつ乗り越えていくとき。他人の雑なところも見えてくるため、人間観察をする一年にしてみよう。注意したいのが健康面。食生活を改善し、体に異変を感じたら早めに病院へ。  一方で、25年は隠れた裏の個性や才能を輝かせることができ、縁のなかったような人に出会える運気。宝くじや馬券が当たる可能性もあるが、この年だけの特殊なことだと思おう。 ラッキーカラー:パープル、グリーン ラッキースポット:植物園、プラネタリウム 金のカメレオン座(撮影/写真映像部・上田泰世)   金のカメレオン座「経験を増やし人脈を広げよう」 [開運3か条] 考える前に行動する 初対面の人にたくさん会う 変化を楽しむ  学習能力が高く、コツコツ努力できる人。現実的で、大人の心をもっている。カメレオンのように真似がうまく、周囲の人に似てくるため、輝いている人のそばにいると自然と輝ける。新たなことを取り入れるのは苦手で、考え方はやや古い。  25年は〈チャレンジの年〉の2年目。とにかく動いて、体験や経験を増やそう。自分に必要な人に出会える時期でもあるので、フットワークを軽くして人脈を広げるように。 「変化」の流れが必ずやってくる25年は、これまでと似たような生活を送らないよう意識し、変化を楽しんでみよう。転職や引っ越し、イメチェンをするにもいい運気。真似のうまさを生かして習い事を始めても。好奇心に従って挑戦を繰り返すことで、自分の進みたい道が見えてくるはず。 ラッキーカラー:ダークオレンジ、グレー ラッキースポット:果樹園、博物館 銀のカメレオン座(撮影/写真映像部・上田泰世)   銀のカメレオン座「新たに変化していく年」 [開運3か条] 「新しい」に注目して生活する とりあえずやってみる いろいろな人に会う  要領よく立ち回ることができ、几帳面で器用。周囲の人の影響を受けやすいため、人脈や交友関係によって人生が変わってくる。肝心なときに優柔不断になりやすく、家族に甘えすぎるところも。目標が定まるとすごい底力を発揮する。  25年は〈チャレンジの年〉の1年目。視野が広がり、経験が増えるとき。少しでも興味がわくことがあれば行動に移そう。交友関係も変化するため、昔の友人知人に執着せず、何かを極めている人や向上心のある人の近くにいるように。  25年からの3年間は、坂道を駆け上がるような運気。「新しい」に注目し、店では新商品や新メニューを選んでみよう。一流の先生のもとで習い事を始めるのもおすすめ。たとえうまくいかなくても、そこから学ぶことが大切。 ラッキーカラー:紺色、ベージュ ラッキースポット:動物園、博物館 金のイルカ座(撮影/写真映像部・上田泰世)   金のイルカ座「きちんと休み心身にゆとりを」 [開運3か条] しっかり仕事をしてしっかり休む 負けは素直に認める 睡眠時間は8時間以上とる  負けず嫌いの頑張り屋。仲間意識が強く、明るく話し上手だが、本当は好き嫌いが激しい。目立つポジションについてこそ輝けるタイプ。雑用や苦手なこと、面倒を避けるところがあるが、頑張っている人をライバルに設定すると燃える。  25年は〈リフレッシュの年〉。22年頃から新しい挑戦をしたり環境が変わって頑張ってきた人ほど、疲れて限界を感じてしまうことがあるので、無理をせず調子を整えよう。負けず嫌いな性格だが、25年は勝ちを譲ってしっかり休むこと。  体調を崩しやすい25年は、用事を詰め込まず、あえて何もしない時間をつくるのもいい。睡眠時間をできるだけ増やし、人間関係での争いや面倒なことは気にしないように。運気が良くなる26年に備え、心身にゆとりをもっておこう。 ラッキーカラー:明るいレッド、パープル ラッキースポット:森林、美術館 銀のイルカ座(撮影/写真映像部・上田泰世)   銀のイルカ座「今後の6年間が決まるとき」 [開運3か条] 覚悟を決めて動き出す 得意を見つける 異文化に触れ、価値観の違う人と話す  華やかで遊び心があり、自然と人を引き寄せる人気者。話がうまく、教養を身につけると才能が開花する。人間関係に運命を左右されるため、いろいろな人に会うことが大事。場を盛り上げて目立つのはいいが、挨拶やお礼を忘れずに。  25年は〈健康管理の年〉。運気を登山に例えると、中腹にさしかかったあたり。ここでの頑張りや取り組み方、覚悟によって今後6年間が決まる。自分の向き不向き、得意・不得意を分析し、現実的で具体的な目標をしっかり掲げよう。また、体の変化には敏感になり、生活リズムも整えること。  遊びの延長で物事を極められるので、25年に先のことを決めるときほど、「正しい」よりも「楽しい」を選ぼう。自分も周囲も笑顔になる方法を探すと、運を味方につけられる。 ラッキーカラー:エメラルドグリーン、紺色 ラッキースポット:テーマパーク、劇場 (編集協力/吉田真緒) ※AERA 2024年11月18日号  
「医療は総合力が重要なのです」 徳田虎雄の主治医、湘南鎌倉総合病院院長・小林修三の命の支え方
「医療は総合力が重要なのです」 徳田虎雄の主治医、湘南鎌倉総合病院院長・小林修三の命の支え方 徳田虎雄の「生命だけは平等だ」の理念を受け継ぎ、「やさしい病院」を追い求める(写真/倉田貴志)    湘南鎌倉総合病院院長、小林修三。湘南鎌倉総合病院は、徳田虎雄が創設した徳洲会グループで、「24時間・年中無休の救急診療」を受け継いでいる。その院長である小林修三は、徳田の最期を主治医の一人として看取った。内科医として、日々、患者へも向き合う。救急は外科医が花形になるが、それを支える内科も麻酔科も重要。院長として総合力を高め、健康と命を支えていく。 *  *  * 今年7月初旬、徳洲会湘南鎌倉総合病院のA棟15階の特別室で、小林修三(こばやししゅうぞう・69)は重大な判断に直面していた。14年間、主治医として診てきた患者の治療が限界にさしかかったのだ。  患者の名は、徳田虎雄。傘下に77の病院と、4万3千人以上の職員を抱える徳洲会グループの創設者だ。小林が徳洲会に入職したときの総帥でもある。  徳田は「生命だけは平等だ」と唱え、ゼロから巨大病院グループを築いたが、60代で難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。全身の筋肉がやせ細り、力を失った。気管を切開して人工呼吸器をつけ、胃ろうで栄養を補給する。  小林が医療チームを率いて主治医に就いたころ、徳田はベッドの背もたれを上げ、秘書が持つ透明な文字盤にギロリ、ギロリと視線を向けていた。視線の先の文字を秘書が一つずつ指して周囲に意思を伝える。徳田は声も出ず、身体も動かない状態で、病院運営の指令を発していたのだ。  やがて体力が衰え、腎不全となり、2017年に人工血液透析が装着される。腎臓内科医の小林は、緻密な全身管理をして徳田の命をつないだ。  その徳田の寿命が尽きかけていた。  小林は、特別室の隣室で徳田の親族と会い、病状を説明した。終末期の「インフォームド・コンセント(説明と納得・同意)」にとりかかる。その場で、いたずらな延命処置はしないと決まる。  7月10日午後8時15分、徳田は86年の生涯を閉じた。ようやく全身不随という肉体の檻(おり)から徳田の魂は解放されたのだった。 朝会で患者の待ち時間について訓話。待っている患者への説明の大切さを強調する(写真/倉田貴志) 入院患者の回診風景(写真/倉田貴志)   人の死からは逃れられない 人生の幕引きも考える  小林は、親族と交わしたインフォームド・コンセントについて、こう語る。 「徳田先生は、まぎれもない傑物です。ご家族に、まず申し上げたのは、ご本人の尊厳を重んじましょうということです。それで、強く、美しいままお見送りしようとなりました。医師は、人が亡くなる場面から逃れられません。嫌な商売ですが、先逝く方に人生の幕をどう下ろしていただくか、そのエンディングの舞台を設(しつら)える者でもあります。みんなが拍手をして、あなたはよくやった、すばらしい、ありがとうと言える場を提供するのも、われわれの仕事の一つです」  徳田が逝った翌日も、湘南鎌倉総合病院には救急患者が次々と運び込まれ、669床のベッドはほぼ埋まった。徳田が掲げた「24時間・年中無休の救急診療」は徳洲会の旗艦病院に受け継がれている。  院長の小林は、そのかじ取りに全力を傾ける。  毎朝、7時に自宅を出て迎えの車に乗り、大好きなクラシック音楽を聴きながら出勤する。病院に着くと、書類の山に目を通し、8時から講堂の「朝会」に出て職員を前にスピーチをおこなう。  私が取材で密着した日、小林は朝会を終えると、腎臓内科病棟の入院患者の診療検討会(カンファレンス)に加わり、部下の医師たちの治療法を厳しくチェックした。10時30分、数人の若い医師を引き連れて病棟の回診に出る。70代の糖尿病性腎症の女性患者と向き合い、こう語りかけた。 「おはようございます。元気そうじゃないですか。どうですか、あ、足がつったの。この病気で足がつるのはね、そろそろ腎臓が音を上げているサインです。でもね、ここからが再スタートですよ。いいですか。第二の人生の始まりですよ」  女性患者は、糖尿病の合併症で腎臓が機能せず、血液中の老廃物や余分な水分を尿として排泄(はいせつ)できなくなっていた。体外の人工腎臓に腕の血管から取り出した血液を送って浄化して戻す人工透析に踏みきるかどうか迷っていた。人工透析は、一度始めたら止められない、生涯つづく治療法なのだ。  患者の不安を小林は和らげようとする。 「透析ライフという言葉があります。1回4時間、週3回の透析が必要ですが、それ以外の時間をあなたらしく過ごしてほしい。いまお読みのその本は? へぇ、辻仁成の『冷静と情熱のあいだ』。恋愛小説ですね。音楽がお好きですか。カントリー&ウエスタンのファン! おー、透析を始めてもライブハウスに行けるよう、われわれも支えます。一緒にやっていきましょう……」 腎臓内科病棟に入院中の三十数人の患者全員のカンファレンス(写真/倉田貴志)    小林は、患者を包み込むように第二の人生に誘う。回診後、小林は口惜(くちお)しそうに言った。 「いまの患者さん、生活動作もしっかりしていたでしょ。ご本人、腎臓移植を希望していたんです。でも、ドナーとつながらなかった。もしも移植できたら、いつでも好きなときにカントリーソングを六本木のライブハウスに聞きに行けますよ」  脳死したら腎臓を提供すると表明しているドナー希望者は少なくない。問題は医療体制だという。 「日本では、突発的な脳死の臓器提供に即応できる移植医が少ないし、手術を支える麻酔科、術後のICU(集中治療室)、入院管理の腎臓内科の支援力が弱い。医療は外科が花形に見えますが、総合力が重要なのです。まだまだですよ」  と小林は話しながら足早に次の病室へ向かった。  物腰が柔らかく、穏やかに患者に接する小林だが、妻の孝子(61)は「根は短気です」と言う。 「最近はアンガーマネジメントを覚えたらしく、怒りがわくと、家では自室にこもってから出てきます(笑)。夫は大阪生まれでわたしは東京。彼の大阪弁はユーモアがあって、とてもいいんです。なのに標準語を使いたがる。何言うてんのぉ、と叱られると腹も立ちませんが、何言ってるんだい、とか言われると冷たい感じでしょ。もっと大阪弁を使えばいいのに、と思ってます」  小林は、大阪のど真ん中、四ツ橋の近くにあった料亭旅館(のち廃業)に生まれた。お座敷から三味線の音が聞こえ、母は長唄の師匠、父は貿易会社も営んでいた。  旅館のぼんぼんは、小6のときに家庭教師の大阪大学医学部の学生からベートーベンの交響曲第5番「運命」と第8番のLPレコードをプレゼントされ、聴いてみた。「世のなかにこんなすごい音楽があったのか」とぶっ飛ぶ。クラリネットに魅せられた。家庭教師のように大学の交響楽団に入ってクラリネットを演奏したいと憧れる。  高校は府立の進学校、天王寺高校に進み、浜松医科大学に第1期生として入学した。浜松医大は新設されたばかりでオーケストラはなく、浜松の室内管弦楽団に入った。 自宅近くの公園で、目に入れても痛くない孫たちと過ごすひと時が最高のリラックスタイム(写真/倉田貴志)    大学の医学部は、各診療科の教授を頂点に助教授(准教授)、講師、助手、研修医と、上意下達の強固なピラミッドで構成されている。  小林は、博士号を取り、卒業後も大学病院の医局に残った。ピラミッドのてっぺんを目ざして臨床と研究に打ち込む。86年に友人を介して知り合った孝子と結婚し、翌年、長女が生まれた。妻と幼い子を連れてテキサス大学に留学する。 収賄事件に巻き込まれ アカデミアに愛想が尽きる  小林を迎え入れた腎臓病理学の世界的権威、ベンカタッチャラム(愛称ベンケ・84)は、「勤勉で科学的好奇心が旺盛な修三は、自ら進んで腎臓病が移植や透析を必要とする末期段階に至るメカニズムの解明に努めました」と述べる。とくに助言はせず、「地位に関係なく、オープンな交流のなかで事実を語りなさいとだけ伝えた」と言う。ベンケ自身、南インドのケララ州で生まれ、米国で学問を究めている。その秘訣(ひけつ)を弟子に教えた。  小林は米国留学中に次女も授かり、研究が波に乗った。そこにピラミッドの頂から「帰国せよ」と声がかかる。仕方ない、大学病院に戻って患者を診ながら研究に打ち込もうと思った。  だが、いったん大学病院に復帰した後、次の赴任先に指定されたのは静岡県・伊豆の片田舎の病院だった。小林はキャリアを断たれて、茫然(ぼうぜん)とする。魂が抜けたような小林にベンケはぶ厚い3巻セットの自著にサインをして贈った。その3巻本は小林の宝物となる。 「修三は臨床分野の経験を広げなければならないとわたしも感じていた。だから励ました。彼の選択は正しかったのです」とベンケはふり返る。 民間では日本最大の病院グループ・徳洲会の旗艦病院の陣頭指揮を執る。小林の秘書・後藤順子は「院長は舞台の演出家のような周到さで皆を導く」と言う(写真/倉田貴志)    小林は、アカデミアを出て、伊豆の病院に移り、「世のなか」への目をひらく。「ごみ屋敷」の独居老人を往診し、医療の現実を知る。救急患者の受け入れへと動いた。 (文中敬称略)(文・山岡淳一郎) ※記事の続きはAERA 2024年11月18日号でご覧いただけます
「日本人が歯を失う原因第1位」毎日3回歯を磨いているのに歯周病になる人の意外な共通点
「日本人が歯を失う原因第1位」毎日3回歯を磨いているのに歯周病になる人の意外な共通点 ※写真はイメージです(gettyimages)    歯周病を予防するにはどうすればいいか。医師の各務康貴さんは「口腔ケアを歯ブラシで済ませている人は注意が必要だ。歯ブラシを使った歯磨きだけでは、60%しか歯垢を落としきれない」という――。 歯周病の怖さは「歯を失う」だけではない  歯は食事を楽しむことはもちろん、発音や顔の印象にも大きく関わっています。そんな大切な歯を失う原因の第1位の「歯周病」に、日本の成人の約8割がかかっていることはご存じでしょうか? 出典 = 公益財団法人8020推進財団「第2回 永久歯の抜歯原因調査 報告書」P29より加工    歯周病とは、歯の周りの骨や組織が細菌によって破壊される病気です。最初は歯茎の炎症から始まり、放置するとやがて歯を支える骨を破壊します。特に働き盛りの世代では、忙しさの中で口腔ケアが不十分になりやすく、気づかないうちに歯周病が進行してしまうことも少なくありません。  しかし、歯周病が恐ろしいのは単に歯を失うリスクだけではありません。実は全身の健康にも深く関係しています。  実際に私が救急医として勤務していた際、糖尿病などの病気と歯周病が同時に発生し、その影響で相互に病状が悪化していた患者を数多く見ました。歯と身体はお互いに影響することで、深刻な状態を引き起こすことがあります。 妊婦が歯周病になると、出産に影響  では、歯周病と全身の関係には具体的にどのようなものがあるのでしょうか? 重要な血管が傷つく  歯周病菌が歯ぐきの血管を通じて全身に広がることで、血管の炎症を引き起こしたり、心臓の中に菌の塊を作って心臓や脳の血管をふさいでしまうことがあります。  また、糖尿病の患者は免疫力が低下しているため、歯周病が進行しやすくなると同時に、歯周病の慢性的な血管の炎症が血糖値の上下を激しくするという悪循環を引き起こします。 認知症の進行に影響  近年、歯周病と認知症、特にアルツハイマー型認知症の進行を助長する可能性が示されてきています。歯周病による慢性的な炎症や酵素が悪影響を与えるとみられ、関連性が研究されています。 低体重児・早産のリスク  若い女性にとっても歯周病のリスクは無視できません。妊娠中はエストロゲンという女性ホルモンのバランスの変化で歯周病にかかりやすくなると言われてます。  歯周病にかかることによって、低体重児および早産のリスクが7倍ほど高くなることも明らかになっています。これは、タバコやアルコール、高齢出産よりもはるかに高いリスクです。 歯周病の全身への影響(出典=hanaravi)   歯周病菌の「大好物」は炭水化物  歯周病は生活習慣が一番大きく関係します。以下のような生活習慣の方は、特に歯周病になりやすい傾向があります。ご自身の生活習慣を見直すきっかけにしていただければと思います。 ①間食の多い人やタバコを吸っている人  間食が好きで、糖分の多い食べ物や飲み物を頻繁に飲んだり食べたりする人は、歯周病のリスクが高まります。  炭水化物は歯周病菌のエサになりやすく、口のなかに食べ物のカスが残る時間が長いと歯周病菌の繁殖を助長します。そのため、間食の回数を減らすか、間食後にすぐ歯磨きを行うなどして口の中を清潔に保つことが重要です。  また、喫煙者も非喫煙者に比べて歯周病のリスクが非常に高いことが知られています。タバコに含まれる有害物質は歯茎の血流を悪化させ、歯周病菌に対する抵抗力を低下させます。また、喫煙による歯茎の色の変化や出血が少なくなるため、症状が進行していても気づきにくい傾向があります。 歯ブラシをしても40%の汚れが残る ②「歯ブラシのみ」で口腔ケアを済ませている人  口腔ケアとして最も一般的なのは、歯ブラシを使った歯磨きだと思います。しかし、実は、歯ブラシを使った歯磨きだけだと、60%しか歯垢を落としきれないと言われています。1日3回、食後に歯ブラシをしていても落としきれない40%の歯の汚れが積み重なることによって、歯周病に繋がってしまいます。  歯垢をきっちり落とすために、デンタルフロス(歯間ブラシでも可)を使うことが理想的です。1日3回フロスをするのが大変であれば、夜1回だけでも十分効果があります。 ③次の歯医者の受診日が決まっていない人  歯医者の定期健診を受けてない人は歯周病になりやすいです。歯肉に隠れている歯の部分は完璧に磨くことができないので歯垢がたまり、歯石になってしまいます。  そういった歯石を歯磨きで落とすことはできないので、歯科医院の定期健診で掃除をする必要があります。私の経験では、1年以上歯科検診に行っていない方は、ほぼ歯周病だと思ってよいと思います。 フッ素で「歯の健康」の基礎固めを  色々問題となる生活習慣を挙げてきましたが、実はなんとなく知っていたというものではなかったでしょうか?  一番難しいことは今の生活習慣を変えることですので、ここでは理想的な対策は一旦置いておいて、まずは一歩踏み出すための実践的な改善策に絞ってお伝えしたいと思います。 ・歯科医院に行く  まずは1回「歯のメンテナンスをしたくて」などの理由で歯科医院にいってみましょう。そうすればお口の状況に合わせて今後どうすれば良いか教えてくれると思います。 ・フッ素入り歯磨き粉で歯周病を予防  歯磨き粉を選ぶ際には、フッ素が含まれているものを選びましょう。フッ素は、歯の表面を酸に溶けにくい状態に修復し、歯周病菌から歯を守ってくれます。歯の表面が酸で溶けると、歯周病菌が侵入しやすくなりますが、フッ素によって強固な歯を作ることで、虫歯や歯周病の予防につながります。  昨今、ホワイトニング歯磨き粉が人気ですが、ホワイトニング効果があまり期待できないものも多いように感じます。気づかずに歯周病になってしまっている状態でホワイトニングをしても本末転倒なので、まずはフッ素入りの歯磨き粉で歯周病予防をし、歯の健康を基礎からしっかり固めるほうが効果的でしょう。 ・夜は歯磨きに加えてフロスを活用  自宅では歯磨きの一環としてフロスを活用して、歯と歯の間にたまった汚れを取り除くことが効果的です。ドラッグストアやコンビニでどれでも良いのでまず買ってみましょう。使い方はYouTubeなどで見て真似するのがよいでしょう。  フロスを使用する際は歯磨き前に使うほうが効果的です。フロスで先に汚れを取り除くことで、歯磨き粉の成分が歯に直接届きやすくなるからです。 ジェットウォッシャーとフロス(出典=リリモアクリニック内科歯科HP)   歯と歯茎の境目の汚れは水圧で洗い流す  もし、1日1回のフロスでもめんどくさいという方は、より簡易なジェットウォッシャーを使ってみましょう。  ジェットウォッシャーとは、細い水流を使って歯と歯の間や歯と歯茎の間を洗浄する手のひらサイズのガジェットです。通販サイトで3000円くらいの価格から販売されているので、手頃に始められます。  歯周病の要因となる歯と歯茎の境目の汚れは、歯ブラシやフロスで取り除くことが難しく、ジェットウォッシャーの水圧で洗い流すことで、より効果的に口腔ケアをすることができます。  歯周病は、初期段階では自覚症状がないため、気づかぬうちに進行してしまっているケースも少なくありません。  日本人の8割がかかっているという厚労省の調査からも、「自分は歯周病だ」という前提で治療を進めたほうが良いでしょう。毎日の口腔ケアや定期的な歯科検診、そして適切な生活習慣の見直しによって、予防しましょう。  本記事で紹介した、一歩を踏み出すための実践的な対策から取り入れていただき、日常生活の中で歯周病を防ぎ、全身の健康を保ちましょう。 (各務康貴 医師)
大谷翔平と藤井聡太「天才の親」に共通する、たった1つの心構えとは?
大谷翔平と藤井聡太「天才の親」に共通する、たった1つの心構えとは?     昨今、多くの親が他者との競争を煽るような声かけをしてしまい、わが子の個性をつぶす結果になっているケースが増えている。そんな中、前人未到の道を突き進む大谷翔平さんや藤井聡太さんの両親の子育ての姿勢には共通するものがあったのだ。子を超一流に育て上げた「親としての姿勢」とは?本稿は、辻秀一『メンタルドクターが教える 個性を輝かせる子育て、つぶす子育て』(フォレスト出版)の一部を抜粋・編集したものです。 超一流選手たちの育ちを探る! 彼らの両親に共通する姿勢とは  メジャーリーガー大谷翔平さんのような人物に育ってほしいと多くの親は考えているかもしれません。大谷翔平さんのバッティングやピッチングや大きな身体は真似できないでしょうが、彼の持つ人間性や非認知的スキルやあり方を少しでも自分の子どもに持ち合わせてほしいという願いがあるでしょう。  大谷翔平さんのご両親の子育て論などはまったく知りませんが、おそらく「アートな子育て」だったのではないかと推察されます。  週刊誌「週刊現代」にこんな記事があったのは有名です。  大谷翔平さんら多くの「超一流選手」の親を取材し、書籍『天才を作る親たちのルール』(文藝春秋)を著したスポーツライターの吉井妙子氏は、「両親たちの姿勢には共通点がある」と語っています。 「それは、頭ごなしに怒らないこと、そして子どもの考えを否定しないことでした。『なぜできないのか』『お前はダメだ』と言われた瞬間、子どもは強烈なコンプレックスを植え付けられてしまう。その2つを『しない』ことが、子どもたちの個性を大きく育てているのです」(「週刊現代」2021年12月11・18日号)  まさに、この2つをしてしまうことは、「認知的思考で期待があるから怒る」「正しさを主張するから否定する」わけです。つまり、大谷翔平さんの親はもちろん、自分らしく個性をつぶされることなく生きているアスリートたちの親は、間違いなく「非認知的でアート的な子育て」を実践しているのです。  特別な厳しさが彼らを超一流にしたのではなく、誰もができる「非認知的な脳による生き方を大切にした子育て」と言えます。 将棋界の至宝・藤井聡太は どのようにして育てられたのか?  大谷翔平さんと同じくらい、多くの日本人が注目する若者の1人が将棋名人の藤井聡太さんです。彼の親もまた、「非認知的なアプローチの価値観」を持った子育てをされた方なのではないかと推察されます。 「親は親、子どもは子ども」という意識のもとで、子どもの「好きなこと」「やりたい」という意欲を重んじ、「余計な口出しはしない」という原則を徹底されたそうです。  藤井聡太さんのご両親は、「息子がなにかに集中しているときは絶対に止めないように心がけていた」というのは有名な話です。  普通であれば、「ご飯の時間だよ」「お風呂に入りなさい」などと、予定を重んじる大人たちは、生活のリズムに合わせて中断させたくなるでしょう。しかし、子ども自身で区切りがつくまで声をかけなかったと言います。「子どもに対して見通して待つ」を実践していたことになります。  中学校に上がると、藤井聡太さんが熱中したのは、英語や数学などの「主要教科」ではなく、地理だったそうです。 「藤井さんは、他科目はそっちのけで山や川の名前ばかり熱心に覚えていたそうです。でも、ご両親は『もっと英語を勉強しなさい』とか、『数学をやりなさい』ということは言わなかった」(前出)  との取材記事もありました。  藤井聡太さんが負けて泣くのを止めなかったときのご両親の対応も、信じて個性をつぶさない対応のように感じます。床にひっくり返るほどの泣き虫だった藤井さんを、お母さんは気が済むまで泣かせたそうです。  これも、「応援」「信じる」「見通して待つ」といった非認知的な姿勢を感じます。  まさに子どもの感情を大切にしている証のように思います。子育てを、認知的に、マーケティング的に見ていると、これらのことが簡単ではなくなるでしょう。  親もまた、誰かに育てられて、社会の中で大人として生きているので、認知的なアプローチを他人や子どもにしてしまうのは、人間の性(さが)でもあります。でも、大谷翔平さんも藤井聡太さんも特別だからと言って、うちの子どもは大谷翔平や藤井聡太とは違うとあきらめてしまうのはやめましょう。 KEYWORD 「する」より「しない」。 《声かけサンプル》 「ぐずぐずしないで、もっと早くしなさい!そもそも何でやってないの?ちゃんとやらないとダメでしょ!」  より 「みんなと同じじゃなくてもいいよ。無理にみんなに合わせてやらなくてもいいんだよ」 これからの時代に必要な 「FLAP人財」とは何か?  これまでの日本の文科省の進める教育の主体は、認知的に優れた人づくりでした。  学校教育のほとんどは、偏差値と受験を中心としたこの認知的な脳のトレーニングだったと言えるでしょう。すなわち、外的な課題に対して、対応・対策・対処できる能力です。  私は大企業とかでサラリーマンとして働いたことはないですが、おそらくそこで必要な能力のほとんどは、ほぼ認知的な脳の使い方です。外界に向けて、上司やルールや結果や目標や命令に合わせて仕事をしていることも少なくないと聞きます。ただ近年、日本の国力がどんどん低下していっているように感じるのは、私だけでしょうか?  そんな中、三菱総合研究所が「これからの時代に必要なあり方」として、「FLAP人財」なるものを提唱しています。  FLAPとは、Find(知る)、Learn(学ぶ)、Act(行動する)、Perform(活躍する)のことを言います。  欧米をはじめとする、個性を大切にする先進国での人財教育方針にもマッチする考え方としても知られています。  私が一番大切だと思っているのは、Find(知る)です。  何を知るのかと言うと、「自分自身」です。すなわち、非認知的な脳を働かせて、自分自身を見つめ、内観することです。 「自分は何を感じているのだろうか?」「自分はどんな感情を持っているのか?」「それは、どんな価値観があるからなのか?」「自分は何が好きなのか?」「『自分らしさとは?』などの個性を重視すること」  などなど、アート思考にもつながる脳の使い方をFindと考えています。 「Find」こそが ブレずに生きていく礎  認知的な脳は、このFindが苦手です。内ではなく、外へ、外へとマーケティングする思考だからです。  Findこそ、本当は生きる力の源であり、自分がブレずに生きていく礎のはずです。  ところが、私が見る限り、今の日本の学校教育は、FindのないFLAP教育のような気がしています。それこそが認知的な教育です。  決められた試験範囲、定められた条件の中で、Learnし、Actionし、そしてPerformanceすれば、私のように医学部も入れてしまいます。  自分よりも外界を中心にした学び方、行動の仕方で動いて、そこから生まれたパフォーマンスとしての結果のみが、その人の価値だとされる社会的な仕組みが、今までの世の中です。  このLAPサイクルを回せば、偏差値や学歴の中で勝ち抜ける構造になっています。  そのような人が大企業で“LAPer”として働き、企業の中で偉くなっているように思うのです。  必要な能力は決められた中で、「ただ耐える力」だったり、「頑張り我慢する力」のように思うのですが、どうでしょうか?  学校と社会がそうだから、家庭の子育てもその準備のために、認知的にマーケティングのような子育てで、“LAPer”を育て続けていていいのでしょうか?  それとも、これからの時代は“LAPer”はデジタルやAIに淘汰されていくと考え、家庭の子育てだけでもFindを重んじるアート的な子育て方針に転換していくのか?  ここまでお読みの皆さんはいかがですか? まずは家庭の中で 「FLAP人財育成」を実践!  社会はすぐには変われないので、家庭教育だけではシフトチェンジはできないでしょう。  しかし、少なくとも将来に備えて、認知的な思考だけでなく、非認知的な思考も大事にして、自身をFindし、その上でLAPしていけるような子育てをしていこうではありませんか。  子育ては、時間のかかる作業です。社会が変わってからマーケティング的に、そんな社会に合わせて急に子育てのポイントを変えたとしても手遅れです。  親と保護者の責任において、子どもたちのためにも、今から自分らしく個性を大事にした生きる力を育んでいきたいものです。 KEYWORD 「LAP」より「Find」。 《声かけサンプル》 「言われたとおりにしなさい!つべこべ言わずにやればいいのよ。宿題、もうやったの?」  より 「あなたは何がしたいの?あなたは今日、どんなことを感じたの? あなたの感じる好きなことをまずは大事にしてほしい!」
古田敦也、谷繁元信、高橋由伸…最初の監督就任では苦戦した名選手たちの“再登板”あるのか
古田敦也、谷繁元信、高橋由伸…最初の監督就任では苦戦した名選手たちの“再登板”あるのか 古田敦也氏が再びプロ野球の球団を指揮する日は来るのか…  今オフはプロ野球界で監督人事が盛んとなったが、将来的に“再登板”があるのか気になる人物たちがいる。古田敦也氏(元ヤクルト)、谷繁元信氏(元中日)、高橋由伸氏(元巨人)の3氏だ。いずれも最初に監督を任された際は結果を残せなかったが、球史に残る名選手たちだけに再びプロ野球チームを指揮することを望む声は多い。  球界だけではなくスポーツ界では「名選手、名監督にあらず」と言われる。もちろん川上哲治氏(元巨人)や野村克也氏(元ヤクルトほか)、森祇晶氏(元西武ほか)など選手、監督の両方で結果を出した人物も存在するが、指揮官としては失敗した名選手も多い。名球会入りを果たしている“ミスタードラゴンズ”の立浪和義監督も2022年から古巣の中日を指揮したが、3年連続最下位とチームを浮上させることはできずに今季限りでチームを去った。 「(古田、谷繁、高橋の3氏は)現役時代は各々が球界を代表する名選手だったが、指導者としての経験不足は否めなかった。監督就任に向けての準備不足も露呈、結果にも現れてしまった」(スポーツ新聞野球担当デスク)  古田氏には今でも毎年のように監督待望論が浮上する。球史に残る名捕手として活躍し、卓越した野球理論は誰もが認めるところで、古巣・ヤクルト以外の球団にも“候補”として取り沙汰されることも多いが……。 「前回の監督を務めた時は球界も過渡期で時代が古田氏に追いついていない感じもあった。野村氏に徹底的に教え込まれた野球脳の高さは球界トップクラス。今なら勝てて人気のあるチームを作れるはず」(ヤクルトOB)  2006年から2年間にわたってヤクルトで選手兼任として監督を務めた。グラウンド外でも、「Fプロジェクト」を立ち上げファンサービスに取り組むなど期待が高まった。しかし成績は2006年が3位、翌年は最下位と低迷したのに加えフロントとの対立もあったと噂される。 「(今年は古巣ヤクルトの)春季キャンプで臨時コーチを務めるなど、野球への情熱は衰えていない。しかし現在はテレビ地上波での出演も多く高収入がある。余程の好条件でない限り可能性は低いのではないか」(スポーツマネージメント会社関係者) 「また会いましょう」と挨拶してから17年が経った。一時は「楽天やソフトバンクで監督就任」という噂も流れたが実現には至っていない。来年8月には60歳を迎えるため、この先も「現場復帰はないのでは?」という意見も少なくないようだ。  谷繁氏は低迷が続く中日で再登板を望む声もあった。また今季セ・リーグ3位から“下剋上”で日本一となったDeNAの監督に就任する可能性も囁かれていたが……。 「中日は切り札・立浪前監督でも立て直しができず谷繁監督待望論も湧き上がったが、井上一樹二軍監督の内部昇格となった。(谷繁氏は)監督解任時の流れに納得していなかったという話もあり、今後も中日で指揮官に就任する可能性はないのではないでしょうか」(中日関係者)  谷繁氏は2001年オフにFAで横浜(現DeNA)から中日に移籍、球界を代表する名捕手として活躍した。2014年から中日で選手兼任監督となり、専任となった2016年の8月には成績不振で休養(事実上の解任)となった。指揮した3年間でいずれもBクラスと指揮官としては苦戦が目立った。 「横浜に生活拠点を戻してからはDeNAとの関係性も良い。今季、日本一を逃すことがあれば、谷繁監督誕生の可能性も高かったと言われる」(スポーツマネージメント会社関係者)  DeNAの本拠地・横浜スタジアムで開催される試合ではイニング間に谷繁氏をモデルとした「たにしげるくん」人形が現れイベントが行われる。また4月9日には野球殿堂入りセレモニーが横浜スタジアムで開催されるなど関係性は抜群。DeNAが日本一となったことで三浦大輔監督の続投となったが、次期指揮官の候補なのは確かだ。  高橋氏は監督復帰へ向け、ファンや関係者から常に大きなラブコールを受けている。 「ヨシノブは生え抜きで実績、人気ともに球団史に残るスター。現役続行の意向を翻意させて監督を任されたと言われ、当時は戦力的にどん底の状態で結果を出せという方が無理だった。泥を被ったままで居させるわけにはいかないと思う」(巨人OB)  高橋氏は2015年に現役引退すると同時に監督に就任。2016年から指揮を執った3年間の順位は2位、4位、3位とそこまで悪くはないが、2017年には球団ワーストの13連敗を喫するなど、失敗のイメージもついている。 「巨人が迷走していた次期で、人気面を考慮しての監督起用とも言われた。順位だけを見ればそこまで悲観する必要もなく、岡本和真を我慢して起用することで経験を積ませた実績もある。時期がくれば再登板も現実味を帯びる」(スポーツマネージメント会社関係者)  巨人は今シーズン阿部慎之助監督が就任1年目でリーグ優勝を果たしたため、今後、数年は現体制が続くはず。しかしその後に関しては誰が監督になってもおかしくない。現在49歳の高橋氏に再び大役が回ってくる可能性は低くない。 「3人は非常に頭が良い。(選手時代は)長きにわたって結果を出し続けられたのは考えて野球をプレーできていたから。監督としての第1次政権はうまく行かなかったが、そこで学んだものを今後に生かせるはず。次回、監督になった時には同じような失敗はしないだろう」(スポーツ新聞野球担当デスク)  関係者の間では3人の評価は下がっておらず、むしろ期待の声が聞かれる。何よりもファンは彼らが現場に戻ってくるのを待っている。見慣れたユニホームを着て古巣を指揮する日はやってくるのだろうか。
大谷翔平「二刀流復帰」でドジャース連覇への道 唯一の懸念は「肘の手術の影響」
大谷翔平「二刀流復帰」でドジャース連覇への道 唯一の懸念は「肘の手術の影響」 ワールドシリーズ第4戦で13打席ぶりの安打を放ち、左手は上げずにポーズする大谷翔平。大谷は第2戦で盗塁を試みスライディングした際に左肩を脱臼した=2024年10月29日、米・ニューヨーク州、ヤンキースタジアム(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)    米プロスポーツ史上最高額での契約でロサンゼルス・ドジャースへ入団、米野球界初となるホームラン50本、50盗塁の「50-50」達成、そしてワールドシリーズ優勝。今季まさに頂点を極めた大谷翔平選手が、次に見据えるものは──。AERA 2024年11月18日号より。 *  *  *  大谷翔平という男は、いつも想像を超えてくる。  今年、ロサンゼルス・ドジャースでの1年目を迎え、新しい環境への順応や、これまで対戦経験のないナショナル・リーグの投手への対応に時間がかかるだろうと見られていた。さらに、シーズン開幕直後には、渡米時から大谷を支えてきた水原一平元通訳に違法賭博疑惑が浮上。生活面やコミュニケーション全般で頼りにしていた人物を失い、精神的ダメージなどでプレーに影響が出てもおかしくはなかった。  だが、大谷はそれをまるで感じさせることなく、メジャーリーグ史上初の「50本塁打・50盗塁」を成し遂げた。もちろん圧倒的な才能もあるが、逆境にあってこそ燃え上がるのが大谷である。ここ4年で3度目のMVP受賞もほぼ確実だろう。  大谷の「50-50」達成は、アメリカで野球界のみならず、スポーツ界のビッグニュースとして取り上げられた。スポーツトーク番組では、大谷が史上最高の野球選手ではないかとの議論が盛んになったほどだ。 「50-50」よりも「二刀流」  しかし、大谷の「50-50」達成は素晴らしいが、2021年から23年にかけての二刀流での活躍のほうが驚異的だったと、ロサンゼルスの地方紙、オレンジ・カウンティ・レジスターでエンゼルスの番記者を務め、大谷のMLB初年度から取材してきたジェフ・フレッチャーは語る。 「彼のパフォーマンスはずっと素晴らしかったのですが、エンゼルスが強いチームではなかったため、そこまで注目されていなかった。今年はドジャースに移籍したことで、より多くの人が彼を目にして注目を集めたのは嬉しいことですが、これまでの二刀流としての活躍のほうが、今年よりもはるかに印象的だったと思います」  私も同感だ。50本塁打・50盗塁は確かに素晴らしいが、近年では、41本塁打・73盗塁を記録したロナルド・アクーニャ・ジュニアや、2年連続で30-30を達成したボビー・ウィット・ジュニアなど、パワーとスピードを兼ね備えた選手が登場している。このため、将来的に50-50を達成する選手は出るかもしれない。しかし、投打の二刀流で圧倒的な成績を収める選手は、今後も現れないだろう。大谷はその偉業を3年間にわたって継続してきたのだ。  来季、大谷は投手として復帰することが見込まれている。エンターテインメントの聖地ロサンゼルスに本拠地を置く人気球団ドジャースで、再び二刀流での活躍を見せ、ポストシーズンでもその実力を発揮すれば、エンゼルス時代とは比べものにならないほど話題を呼ぶだろう。そして、二刀流の価値が、真に世間で評価されることになるかもしれない。 予測モデル超える存在  その大谷は、二刀流でどれほどの数字を残すのだろうか?  21年以降の大谷は、統計データから導き出される予測数値を上回る活躍を続けている。普通なら、年齢やプレースタイルが似ているメジャーリーガーの過去のデータから、「大活躍してMVPをとっても、次の年は成績が下がる可能性が高い」と予測される。例えるなら、サイコロを振って6が出たような幸運な活躍が続くのは難しいということ。  しかし大谷の場合、他の選手にとっての「6」が、彼にとっては「いつも通りの3」に過ぎないようなものだ。つまり、他選手と同じ基準で測ると予測が追いつかないほどの高い実力を、大谷は日常的に発揮している。従来の基準では測りきれない抜けた存在だということだ。  24年の大谷は、打撃力を端的に示すwRC+という指標で、メジャー平均を81%も上回る数値を記録している。大谷の上にいるのは、メジャー史上屈指の強打者であるヤンキースのアーロン・ジャッジだけ。現時点で、大谷は世界No.2の打者だということだ。  加えて、大谷は投手としても、世界で10指に入る実力がある。22年にはデータサイトFanGraphsの算出したWAR(選手が生み出した価値を表す指標)で、メジャーの投手全体で5位にランクインした。これまで通りの活躍を1年を通してできれば、25年もMVPは間違いない。現時点で、来年のMVPを予想しろと言われれば、専門家は真っ先に大谷の名前を挙げるだろう。  ただし、唯一の懸念は健康状態だ。特に、肘の手術が投球にどのような影響を及ぼすかは未知数である。 「トミー・ジョン手術を2回受けた投手の実績を見ると、術前と同じ成功を収めている選手は多くない」とフレッチャーは言う。 「ですから、彼が以前のような投球ができるかには疑問が残ります。個人的にはそう願っていますが、少し時間がかかるかもしれません。シーズンの初めは少し苦労するかもしれませんが、シーズン末までには調子を取り戻していくような形になるかもしれません」 夢の舞台で二刀流?  再び投手としてプレーすることで、今季急増した盗塁の数は減るだろう。盗塁には相手投手の癖を研究する時間と労力が必要だが、投球の準備に割かれる時間も増える。体力的な負担も軽減せざるをえない。何より、盗塁には怪我のリスクがある。  ワールドシリーズ第2戦で、スライディングの際に左肩を負傷したことは記憶に新しい。関節唇断裂の修復手術を受けたとドジャースは発表した。スプリングトレーニングが始まるまでには回復する見込みだというが、投手としての復帰時期に影響を与えるかもしれない。  大谷はワールドシリーズ制覇というドジャースに移籍した最大の理由でもある大きな目標を、1年も経たずに成し遂げた。しかし、ポストシーズンでの個人成績には、ファンだけでなく本人も物足りなさを感じたかもしれない。野球は運が大きく絡むスポーツであり、実力のある選手でも短期間のシリーズでは、結果が出ないことも珍しくない。  全米のスポーツファン以外が一斉に野球に注目するのは、ポストシーズンに限られる。その大舞台で、大谷が二刀流で圧倒する姿を世界中の野球ファンは見たいはずだ。  ドジャースは来季も優勝最有力候補と見られている。メジャーリーグは「打倒ドジャース」をテーマに回ることになるだろう。ドジャース包囲網と言えるかもしれない。そして、そのドジャースの中心をなすのは大谷で間違いない。  今季のドジャースは先発投手陣が不安定だったが、大谷が健康を維持しエース級の働きをすれば、連覇のかなりの追い風になる。先ほども述べたが、大谷がポストシーズンで二刀流の活躍をすれば、多くの人は、そこで初めて二刀流のすごさに気が付くのかもしれない。  ヤンキースとのワールドシリーズで、先発投手としてジャッジから三振を奪い、エースのゲリット・コールからホームランを打つ。そんな光景を想像してしまう。  ワールドシリーズのシャンパンファイトで、大谷はドジャースのアンドリュー・フリードマン編成本部長に「あと9回だ!」と声をかけた。契約残り9年間で毎年優勝する決意を表す言葉であった。大谷であれば、その夢を現実にしてしまうかもしれない。(在米ジャーナリスト・志村朋哉) ※AERA 2024年11月18日号  
野球をしている息子からやる気を感じられず虚無感を憶えている50歳女性に、鴻上尚史が伝えた「息子は人生の大きな瀬戸際にいる」の真意とは
野球をしている息子からやる気を感じられず虚無感を憶えている50歳女性に、鴻上尚史が伝えた「息子は人生の大きな瀬戸際にいる」の真意とは   鴻上尚史さん(撮影/写真映像部・小山幸佑)  野球をやる息子からやる気が感じられず、虚無感を憶える50歳女性。毎日、朝4時半に起きて作るお弁当も今では半分以上残す姿を見て、苛立ちが止まらないと話す女性に鴻上尚史は「息子は人生の大きな瀬戸際にいる」と話す。その真意とは。 *  *  * 【相談238】  尽くしたはずの息子からやる気が感じられず、無意味に思えてなりません(50歳 女性 くりーむ姉貴)  高校生の息子との関わり合い方についてご相談です。小学校から野球をやっている息子は、〇〇高校で野球をやりたいと進学しました。進学先には寮が無かったため高校近くにマンションを借りて通学しています。息子にはやりたいことを精一杯頑張って欲しいという思いから、生活面をサポートすべく息子と共に3 年間の期間限定で私も引越し、仕事をしながらここまで何とかやってきました。ちなみに、夫は仕事の都合上、引越しすることは出来ず別居しています。そもそも子育てに興味が無く、金銭面を含め全て私がやりくりをしています。  そんな覚悟を決めて始めた生活も半年が経った今、息子の野球に対する熱量や意識の低さにイライラが止まりません。丈夫な身体をと思い毎朝4 時半に起きて作る弁当も、入学当初はほぼ完食していたのに今では毎日半分以上残してきます。大量の残飯を見るたびに悲しい気持ちと怒りが湧き、ついキツイ言葉を投げてしまうのです。また、最近では練習も参加しているだけで意欲が感じられません。もともと気持ちを前面に押し出すタイプでは無いのですが、まるでヤル気を感じられないのです。  話を聞こうとしても、「別に何も無い」と思春期特有の男子で話になりません。そんな息子の姿を見ていると、何の為に私は頑張っているんだろうと全てが嫌になってしまいます。頑張っている息子を感じられればそれだけで良いのに。この先、息子とどう接していけば良いのでしょうか。 本連載の書籍化第5弾!『鴻上尚史のおっとどっこいほがらか人生相談』(朝日新聞出版) 【鴻上さんの答え】  くりーむ姉貴さん。大変ですね。毎朝、4時半に起きてお弁当を作っているんですね。それで仕事にも行かれてるんですよね。  なおかつ、夫は、「子育てに興味が無く、金銭面を含め全て」、くりーむ姉貴さんが支えられているんですね。  それは本当に大変でしょう。  せっかく引越して、がんばろうとしているのに、やる気を感じられない息子さんだと、嫌になってしまうんですね。  その気持ちは、ようく分かります。  くりーむ姉貴さん。息子さんは、入学した当初は、弁当も完食し、練習にも意欲を見せていたんですよね。  それが半年たって、だんだんと弁当を残したり、練習に意欲を見せなくなったんですよね。  ということは、息子さんは、練習をする中で、変わっていったということですかね。  練習で何があったんでしょうか。  確認しますが、息子さんは、4月、強い意欲を見せてましたね。レギュラーを夢見、甲子園を夢見て、希望に胸を膨らませていましたね。  野球が大好きな息子さんが、わざわざ越境していくという高校ですから、野球の名門校ですよね。  野球部員は何人ですか?名門校なら、各地から「逸材」が集まって、100人なんてのは普通ですよね。各学年、30人以上いるということですかね。30人、野球に自信のある人達が集まるのが、名門校たる所以ですね。  そういう環境の中で、息子さんは練習を始めたわけです。最初は無我夢中でしょう。先輩の言うことを必死に聞いて、先生の指示にとにかく従い、死に物狂いで部活を続けたでしょう。  でも、数カ月たつと、だんだんと周りが見え始めてくるんじゃないですか。1年生だけで、バッティングしたり、守備練習したりすることも少しはあるでしょう。  ゆっくりと、自分と周りの実力が見えてきたんじゃないでしょうか。  くりーむ姉貴さん。ここからは、僕の想像です。間違っているかもしれません。  でも、僕なら、息子さんの胸中をこう想像します。 【こちらも話題】 子育てを機に、ヒステリックになってしまった親友との関係に悩む41歳女性に、鴻上尚史が「必ず2人は話せるようになる」と伝えた真意とは https://dot.asahi.com/articles/-/234041  練習をしていく中で、自分の実力がだんだんと見えてきた。中学校の時は、自分の実力は間違いなく、周りより上だと思った。打率、得点率などの数字や守備のうまさが、それを明確に保証していた。  野球はデータのスポーツだから。  高校に入って、数字が自分の実力を突きつけてきた。  悔しいけれど、「こいつには、かないそうにない」という同級生がたくさんいる。  認めたくないけれど、それは「努力でなんとかなるレベルじゃない」という予感がする。  いや、小学校からやってきた野球で、そんなことは認めたくない。けれど、素材や素質や才能を感じると、自分とは違うと思う。  自分はどうしたらいいんだろう。ここまで来たのに。母親と二人暮らしまでして、ここに来たのに。このままだと、レギュラーになれない可能性がとても強い。それは、自分がずっと野球をやっていたからこそ、分かる。自分の実力と限界は、分かる。どうしたらいいんだ。  ……これが僕の想像です。もちろん、間違っているかもしれません。でも、野球以外に熱中していることがないのに、野球への意欲が減っているのなら、こう考えるのが一番近いんじゃないかと思っています。  もちろん、1年生ですから、「レギュラーから外れる」なんていうはっきりとした意識じゃないかもしれません。でも、「俺よりうまい奴が何人もいる」という意識に苦しめられるようになったんじゃないでしょうか。  そして、それは「努力でなんとかなるレベルじゃない」と思えたとしたら、やる気なんか出て来ないと僕は想像します。  だって、同級生に、高校生の時代の大谷翔平さんやイチローさんクラスとは言わなくても、プロ野球でバリバリやっていけるような人がいたら、「努力の前に、才能とか素材とか素質の問題だよなあ」と思ってしまうと感じるのです。  でもね、それを自分から口に出して認めるのは悔しいし、悲しいし、絶対嫌だと思います。  だから母親に聞かれても、「別に何も無い」としか言えないのだと思うのです。だって、「同級生に、自分よりうまい人が何人もいる。自分の実力は何十人もいる同級生の中で、下の方だった。レギュラーになれる可能性はない」なんてことは、悔しくて口にできるはずがないのです。自分の中で悶々と悩んでいても、それを口にすることは別です。 【こちらも話題】 過去に仕事場で露骨に悪口を言われ、反論できなかった自分に怒りがこみ上げると話す46歳女性に、鴻上尚史が贈った「反論の場数を踏む方法」の真意とは https://dot.asahi.com/articles/-/235521  まして、「自分よりうまい人がたくさんいる」と言ってしまったら、弁当を残すだけで「キツイ言葉を投げて」くる母親だから、何を言われるか分からない。「どうして弱気になるの!」とか「なんのためにここまで来たの!」なんて言われるだけだろう。だから、何も言えない。  母がどれだけ自分の生活を犠牲にして、努力して、無理して支えてくれているか、よく分かっている。だからこそ、何も言えない。このまま、どうしていいか分からない。言ってしまったら母に申し訳なさすぎる。  その気持ちの表れが、大量の残飯じゃないかと思うのです。育ち盛りが残すのですから、悩んでいるというメッセージのような気がします。  どうですか、くりーむ姉貴さん。  えっ? レギュラーになれるかどうかなんて、やってみなければ分からない? そうですね。それは半分、真実ですね。でも、やる前から分かっていることもあります。  資本主義下の「物語」は、売れることが大前提ですから、「がんばれば夢はかなう」というテーマを押し出します。「がんばっても夢はかなわない」というストーリーを突きつけられると、多くの人は怒ります。特に、感情移入しているキャラクターであればあるだけ、最後の最後に「夢はかないませんでした」で終わると、「ふざけるな!」と多くの人は反発します。  だから、売れる作品になればなるほど「不可能と思われた夢がかなう」という物語を創ります。不可能と思われることと夢とのギャップがあればあるほど、ヒットの規模は大きくなります。  でも、じつは僕達は、「がんばっても夢はかなわないことがある」ということを知っています。知ってますが、見ないようにします。 「がんばれば夢はかなう」という考え方があまりにも強くなりすぎると何が起こるかというと、「夢をかなえなかった人はがんばらなかった人だ」という思い込みが生まれます。  僕は、高校野球で、野球場のベンチではなく、観客席でユニホームを着て応援する野球部員を見ると、いろんな感情が込み上げてきます。  ここまでよくがっばった、悔しいだろう、レギュラーになりたかっただろう、でも声を限りに応援している姿はすごいと、泣きそうな気持ちになるのです。  彼らは、決してがんばらなかった人達ではありません。がんばったけれど、夢がかなわなかったのです。 【こちらも話題】 次男を亡くしてから、長男の家族に興味が持てなくなってしまったという56歳女性に、鴻上尚史が「無理に孫を愛する必要はない」と伝えた真意とは https://dot.asahi.com/articles/-/234089  でも、がんばっても夢はかなわないと早めに気付く人もいます。だから、この道でがんばることはやめようと、別の生き方を選ぶ人達です。それが間違っているとか、負け犬だとか誰も言えないでしょう。すべての人には、向き不向きがあるのです。  くりーむ姉貴さん。  これは僕の勝手な想像です。  でも、くりーむ姉貴さんの相談を読むと、僕としては、そう考えるしかないと思ってしまうのです。  僕の想像が当たっていたら、今、息子さんは激しく悩んでいるはずです。「このまま続けていいのか」「続けて可能性なんかあるのか」「どう見ても、悔しいけれどあいつらの方が才能も素材も素質も上だ。俺はどうしたらいいんだろう」  結論は、息子さんが出すしかないでしょう。くりーむ姉貴さんが何か言えば言うほど、よけい、頑なに、心を閉じていくと思います。  だって、自分の人生の大きな夢を諦めるかどうかの瀬戸際なんですから。  朝4時半に起きて作る弁当を残されることが耐えられなくなったら、弁当はやめたらどうでしょうか。息子さんの高校には、食堂とか購買部とかないですか? 「あんたが残すからもう作らない」ではなく「ママ、体調が優れないから早起きできないので、しばらくお弁当はなし」と伝えて、たっぷりと寝るのです。  それだけでも、イライラは少しは収まるんじゃないでしょうか。  もし、息子さんが本当に苦しそうに、練習を休んだり、学校を休み始めたりしたら、「野球部をやめてもいいんだよ」と言ってあげることは必要だと思います。 「私は、あなたが納得して選んだことなら、賛成するから」と付け加えて。  くりーむ姉貴さん、僕はこんなふうに考えます。間違っているかもしれません。でも、息子さんが野球が大好きなら、今、激しく迷い、苦しんでいることだけは間違いないと思います。 【こちらも話題】 自分を虐待していた母を理解しようと歩み寄るものの、罵声を浴びせられる36歳女性に鴻上尚史が指摘した「重要な気づき」とは https://dot.asahi.com/articles/-/238259 【鴻上さんへの相談、募集中!】あらゆる人間関係、組織のなかで、相談者の身に起きている困ったこと、身動きのとれない境遇、逃げ出したい状況など、すべての悩める事態に鴻上尚史さんが答えます。ぜひ、あなたの悩みをこちらからご投稿ください。※投稿に当たっては、注意事項を必ずお読みください。
「若者です。」で始まった一つの投稿から教えてもらった金融教育で一番重要なこと 田内学
「若者です。」で始まった一つの投稿から教えてもらった金融教育で一番重要なこと 田内学 AERA 2024年11月11日号より    物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2024年11月11日号より。 *  *  *  ユーチューブのコメント欄で、教育に一番重要なことを教えてもらった。「若者です。」から始まるその投稿を見たのはしばらく前のことなのだが、講演につかう資料を作りながらその重要性を改めて実感した。  今回、僕が基調講演を依頼されたのは、J−FLEC(金融経済教育推進機構)が主催する金融教育イベントだった。J−FLECは、今年発足したばかりの官民一体で金融教育を推進する団体の略称だ。金融教育とは、「お金や金融の仕組みを理解し、それを通じて自分の生活や社会全体の在り方を考える力を育む教育」とされている。つまり、個人の生活だけでなく、社会全体についても考える力を養うことが目的だ。  2022年からは高校でも金融教育が必修となり、カリキュラムも新しくなった。家庭科では「自分の生活」の視点から、社会科では「社会全体」の視点からお金について学ぶようになったのだ。  このように本来は幅広い範囲をカバーしている金融教育なのだが、実際には「自分のお金をどう増やすか」という部分ばかりに焦点が当てられている。  特に資産形成や金融商品の知識ばかりが強調され、この偏りは問題だと以前のコラムでも指摘した。J−FLECには全国銀行協会や日本証券業協会も参加しているので、金融商品を売り込む方向に偏らないか心配していた。しかし、実際に話をしてみると、むしろ銀行や証券会社の関係者たちが「金融教育=資産形成の勉強」という誤解を避けたいと考えていることが分かり、安心した。 たうち・まなぶ◆1978年生まれ。ゴールドマン・サックス証券を経て社会的金融教育家として講演や執筆活動を行う。著書に『きみのお金は誰のため』、高校の社会科教科書『公共』(共著)など    僕自身、メディアで金融教育について話す際には、社会全体の問題にどう向き合うかを中心に話している。たとえば、老後資金の話題では、「2千万円をどうやって貯めるか」という個人の資産形成に焦点が当たりがちだが、将来の労働力人口の減少こそが本質的な問題だ。いくらお金を貯めても、人手が不足すれば介護サービスなどを受けることが難しくなる。  お金は生活を支えるためのツールに過ぎず、それ自体が解決策ではない。少子化対策や技術革新による効率化など、社会全体の仕組みを改善する必要がある。  この話をユーチューブで発信したとき、さまざまなコメントが寄せられた。賛同の声も多かったのだが、同時に「そんな難しい話より、資産形成に取り組めばいいんだよ」という意見もあったりする。もちろん、個人の資産形成が重要であることは理解しているが、社会全体の課題とバランスを取ることも必要だ。  そうしたさまざまなコメントの中で最も印象的だったのが、冒頭で触れたコメントだった。「若者です。頑張ります。日本の未来は僕たちが変えます。」このメッセージには、桁違いに多くの「いいね」がつき、圧倒的な支持を受けていた。金融教育は日本ではまだ始まったばかりだが、「何を教えるか」だけでなく、「どういう人を育てるか」を忘れてはならない。そして、「いいね」が多くついた事実は、生徒たちにとっても「自分のお金のため」だけでなく、「未来の社会のため」に行動した方が、協力者が現れやすいことを示している。  若い人には、閉塞感のある日本の未来をぜひ変えてもらいたい。 ※AERA 2024年11月11日号
内々定でも福利厚生が使える企業急増中 ホテル宿泊、飛行機代割引…専門家が指摘する「入社後の危険性」とは
内々定でも福利厚生が使える企業急増中 ホテル宿泊、飛行機代割引…専門家が指摘する「入社後の危険性」とは 画像はイメージ(gettyimages)  人材確保のための競争が激しさを増す企業の採用活動。「手厚い住宅補助」「若手でも管理職になれる」など、さまざまな“特典”で学生の足を向けさせようと必死だ。そんななか、今話題となっているのは「内々定でも福利厚生が使える」企業だという。まだその企業にいくかどうかもわからない段階で福利厚生が利用できる仕組みとは。最前線の就活事情を取材した。 内定者でも使える会社の福利厚生 「内定後すぐに、内定先の会社の福利厚生で福岡に行ってきました」  そう話すのは、今年4月に新社会人になった深山隆司さん(23歳・仮名)。内定先の企業の福利厚生を使い、大学の友人との卒業旅行で福岡県にある大宰府や、広島県の厳島神社などに行ったという。深山さんが利用したのは、ホテルの宿泊料が定価の10%引きになるというもの。他にも、飛行機が10%引きの価格で利用できたり、レジャー施設の料金が半額で利用できたりする。 「昨年10月の内定式のときに、『内定している状態でも、内定式に出てからは福利厚生が使える』という説明を受けて、大学生の遊ぶ時間があるときに使えるのはいいなと思って利用しました。物価が値上がりして手が出しずらくなっているので、少しでも割り引いてくれるのは学生時代の自分としては使いやすかったです。社会人に比べ、お金がない学生にとってはすごくありがたかったですし、入ってからもそのサービスは使えるというのもあってその会社に入る決め手になりました」(深山さん)  深山さんが内定式で受けた説明では、ほかにも全国の飲食店やリゾートホテルの利用、スーツ購入代などで多くの割引サービスを受けることができる。回数制限などはなく、同じ施設の利用は、一定程度の期間さえ空いていれば何回でもサービスを受けることが可能だという。  福利厚生サービスなどを企業に提供する「リロクラブ」によると、内定者への福利厚生は10年前からすでに始まっていたという。 導入する企業は年々増加傾向に 「内定者向けの福利厚生が欲しいという各企業の人事担当者さんからの声を受けて、弊社では10年前くらいから新卒内定者向けの福利厚生サービスの提供を始めました。割引サービスなど『消費』に直結したものはもちろんのこと、最近ではSNSなどのセキュリティ研修を含むeラーニングなどを福利厚生の一環として導入する企業も非常に多い印象です」(広報担当者)  リロクラブによると、同社が福利厚生サービスを提供する企業の今年4月入社の“内定者”からの利用が最も多かったのは、ファストフードやファミレス、居酒屋などのカジュアルな飲食店での割引サービスで、カラオケ、スパ、サウナや日帰り入浴施設での割引、スーツやパソコンなどの購入費割引などが続いた。  さらに、近年では「内々定でも福利厚生サービスを使えるようにしたいという企業も増えている」という。 「2年ほど前までは、基本、内定者の福利厚生利用は内定式が終わる10月から、という形でサービスを提供していました。しかし、昨今は就活の早期化によって、内定式を迎えていない状態、いわゆる“内々定”でも福利厚生を使えるようにしたいという声も聞こえ、入社する前年の8月から使える福利厚生サービスの提供も始め、導入する企業は増えています」(リロクラブの担当者)  実際、8月から利用する内定者もいるといい、福利厚生に加え、「eラーニング」や「Excel」の研修を受ける内定者も多いようだ。  また、同社のサービスは中小企業が中心だが、最近は大企業からの問い合わせも多いという。前出の担当者がこう話す。 「大企業、中小企業に関わらず、内定者向けの福利厚生については問い合わせが増えており、導入する企業は毎年、前年比で約10%増の状態です」  内々定の段階で会社勤めをしているかのような気分を味わえるわけだが、学生がそうしたことを求めているのだろうか。  ある小売大手の人事担当者はこう話す。 「今は、大手企業が採用内定を出しても蹴られるのが当たり前の時代。大手、中小に関わらず、会社に入って自分自身が成長していくことをイメージできるか、入社して楽しみもいっぱいあるか、などを早い段階で学生に見せて学生の心をとらえる必要がある。今後もどんどん先手を打って人材確保に対応していく必要があります」 福利厚生は学生と企業の「接点」に  こうした動きについて、働き方評論家で千葉商科大准教授の常見陽平氏もこう語る。 「一連の企業の動きは、働く環境の魅力を見せ、内定した学生を囲い込む、という理由も一つですが、企業側が福利厚生の利用などを通して、『学生(内定者)と会社の接点』を持たせたいのだと思います。昔から、福利厚生は保養所の有無などで、大手と中小で差があるように感じられがちでしたが、今は加入すればアラカルトでメニューを選ぶことができる福利厚生アウトソーシングサービスなどを提供する会社も増え、両者の待遇差は昔に比べて縮まってきました。そのような変化も影響して、学生にアプローチしやすい一つの手段になってきているのだと思います」  さらに、常見氏は学生たちの企業の選び方にも着目する。 「内定を得た学生たちのいた環境も影響しています。特に今の学生は、コロナ禍で学生生活を過ごしたということもあり、入社する企業を選ぶ際にも、給与や福利厚生などの側面を見ている学生は多いです。そういった面もあり、企業側も福利厚生などのイメージしやすいものを実感してもらって、入社後の将来像などを身近に感じてもらうことも狙いの一つだと思います」  一方で、「学生側が福利厚生に着目しすぎると、入社後にギャップが生じやすくなるかもしれない」とも指摘する。 「先ほども述べましたが、福利厚生というのは企業の側面にすぎません。将来のビジョンやどんな仕事をしていけるのかとはまた別の話。過去に『ブラック企業』との呼び声が高かった企業が、働き方改革の一環で福利厚生を充実させ、『ホワイト企業』と言われるようになりましたが、実は企業の“ブラック体質”は残ったままで、新卒社員が入社後にギャップを感じてしまったという例もありました。企業選びの一つの要素になっていいとは思いますが、福利厚生の魅力だけにつられて決めてしまうのは良い選択とは言えません。総合的に見ていくことが大切です」  魅力に感じる福利厚生だが、会社選びは慎重に…。(AERA dot.編集部・小山歩)
女性誌「VERY」もターゲットが専業主婦と「働くママ」に 変化を続ける女性の姿
女性誌「VERY」もターゲットが専業主婦と「働くママ」に 変化を続ける女性の姿 女性たちの話には必ずと言っていいほど「母」が登場する。母みたいになりたい、違う生き方がしたいなど、それぞれの人生に大きな影響を与えている(撮影/写真映像部・上田泰世)    アエラが実施したアンケートで、専業主婦を選択した理由の中に「自分の母がこうだったから」と回答する人も多い。女性たちの生き方の選択に大きな影響を与える母の姿とは。AERA 2024年11月11日号より。 *  *  *  アエラが9月から10月にかけてオンラインで行った「専業主婦と働く女性」のアンケートで、“やむを得ず専業主婦になった” という人も多かった。 栃木県に住む女性(46)も、そのひとり。20代後半で結婚して2年後に長女を出産。3年後に次女、そのさらに3年後に三女を産んだ。幼い子どもはすぐに体調を崩すが、実家は遠方のため頼れない。子どものころから「ずっと続けられる仕事に就きたい」と思っていたが、長女の出産を機にやむを得ず退職。専業主婦生活になった。 女性は、娘たちには仕事をしてほしいと考えている。一方で「両立は大変すぎる」との思いもある。働き方の見直しや、一度退職しても正社員として戻りやすくするシステムなどを整えてほしい、という。  埼玉県に住む女性(57)は専業主婦の母を見て育ち、「絶対、専業主婦にだけはなりたくない」と思っていたという。父はあからさまな男女差別をする人ではなかったが、母が父を立てる雰囲気に違和感を覚えていた。「いま思うと、経済力が夫婦間の序列を生むような気がしたのだと思う」と振り返る。  女性は音楽大学を出て教師になり、別の学校の教師だった夫と結婚した。結婚を前に実家に挨拶に行くとき、夫が、夫の母からの助言を受けて「お嬢さんをください」と言おうとしていると聞いて「私は物じゃないんだから」と止めたという。それくらい、働いて自立した存在でありたいという意識は強かった。  だが、女性は結婚を機に退職した。教師生活が忙しすぎて「フルタイムで働きながら子育てをするのは無理」と感じていたからだ。  その後、2年ごとに長女、長男、次女と3人の子どもを出産。育児にかかりきりになった。母乳での子育ては手がかかるとはいえ、「働いていたときに比べるとずいぶん楽な生活をしているな」と感じていたという。 AERA 2024年11月11日号より   VERYの主役に変化  次女が1歳半ぐらいになった頃、家でピアノを教え始めた。生きがいが欲しかったという理由もあるが、ずっと心にあった「働く女性でいたい」との思いも強かった。職業欄に「主婦」ではなく「ピアノ教師」と書きたかった。  それ以来、「働く女性」との自負はあるものの、教え子が多くないため、夫の扶養から外れたことはない。それでも3人の子育ては誰かが担わなければならないし、自分以外に頼めば費用が発生するはずだ。だから「扶養家族」という言い方には違和感を覚えるし、役所や学校からの連絡が夫宛てにくることも「おかしいのでは」と感じるという。  女性の専業主婦願望などについて研究してきた跡見学園女子大学の石崎裕子准教授(社会学)は、女性雑誌「VERY」(光文社)を主な研究対象としている。1995年の創刊当時は専業主婦向けの内容だったのに対し、近年は「働くママ」もターゲットに。「いまは『主婦以外の私』も欲しいと感じている人が多いのでは」と分析する。  アンケートに答えてくれた女性たちの話を聞いていると、ほとんどが自身の母親の話になる。  静岡県に暮らし、8歳から2歳までの3人の子どもを育てる女性(42)は自営業で働く母親を見て育ったため、大人になったら「働くのが当たり前」と思っていた。だから、結婚した後も夫に金銭面ですべてを頼りたくなくて、財布は基本的には別にしてきたという。  そんな女性だが、約10年前、上司からのパワハラを受けて仕事を辞めて専業主婦になった。うつ病と診断され、3カ月ほど自宅で療養したが「ずっと家にいると逆にうつがひどくなりそう」とすぐに別の仕事を探したという。 母親の生き方が影響  一方、女性の妹は「お母さんが働いていて寂しかったから子どもにはそんな思いをさせたくない」と出産のタイミングで退職した。「妹が専業主婦になりたかったなんて知らなかったので驚きました」  女性はいま研究所で任期付き職員として働く。子どもたちと向き合う時間がなかなか取れないこともあり、「やりたいならやればいいよ」と自主性に任せてきた。「この習い事をするにはいくら必要で、そのためにはお母さんが何時間働かないといけないか」も伝える。そうすると子どもの習い事への真剣度も変わる気がするという。  一方、妹の子どもたちは「転ばないように」と育てられ、行儀が良く、何をするにも「お母さん、やっていい?」と尋ねる。  母親が働いているから、子どもも働く道を選ぶとは限らないものの、女性たちの生き方は次世代に大きな影響を与えているようだ。 (フリーランス記者・山本奈朱香) ※AERA 2024年11月11日号より抜粋  
大谷翔平の「取材拒否」映像が話題だが… 大谷がメディアと築く“超一流”の距離感
大谷翔平の「取材拒否」映像が話題だが… 大谷がメディアと築く“超一流”の距離感 ワールドシリーズでドジャースが優勝し、喜ぶ大谷(USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)    日本中がこれほどワールドシリーズに熱狂したシーズンはなかっただろう。大谷翔平、山本由伸を擁するドジャースがヤンキースを4勝2敗で撃破して世界一に。ドジャースの中継を行ってきたNHK-BSのほかに、フジテレビが地上波で全試合を緊急生中継して話題になった。  民放他局の制作スタッフは驚きを口にする。 「フジテレビは全試合を生中継しただけでなく、夜のゴールデンタイムにもダイジェストで放送したことに驚きました。同じ時間帯にDeNAとソフトバンクの日本シリーズが開催されているにも関わらず、裏番組でワールドシリーズを放送したケースは今まで聞いたことがない。それだけ、大谷の需要が高いと判断したのでしょう」 険しい顔でインタビュー拒否  大谷は第2戦で二盗を試みて左肩を痛めた状態だったが、「1番・指名打者」でスタメン出場を続けた。世界一が決まるとナインと共にマウンドに駆け寄って喜びを爆発させたが、その後の映像が物議を醸した。  チームメイトと喜びに沸く中で、大谷は球団関係者と思われる人物に話しかけられ、促された方向に歩き出そうとした。次の瞬間、先方にいる誰かの姿を見たようで険しい表情を浮かべ、踵を返してしまう映像だった。NHKや米国メディアのインタビューに応じる中、フジテレビに出演しなかったことから、「フジテレビのインタビューを拒否したときの映像では」と大きな反響を呼んだ。  現地で取材したスポーツ紙記者はこう振り返る。 「山本はフジテレビのインタビューに対応しています。大谷が険しい表情を浮かべた時のやり取りは分かりませんが、フジテレビのインタビューを断ったのは事実でしょう。フジテレビの中継でインタビュアーを務めた巨人OBの元木大介さんが右手を大きく振っていましたが、大谷は見向きもしませんでした。そりゃそうだよなと正直思いましたけど……」  大谷サイドが態度を硬化させる理由がある。ロサンゼルスに邸宅を購入したことを受け、フジテレビと日本テレビが5月に自宅前からのリポートや空撮を行った。近隣住民へのインタビューも行ったことで、自宅を特定される事態に。一連の報道が問題視される事態になった。 「ドジャース側は怒り心頭でしたね。自宅が特定されることによって、大谷が家族、愛犬と心身が落ち着く空間を奪われたわけですから。この報道以降、日本テレビとフジテレビの関係者は球場には出入りしていましたが、大谷の試合後の囲み取材、インタビューには姿がありませんでした」(前出のスポーツ紙記者) 記者会見に応じる大谷(USA TODAY Sports/ロイター/アフロ) 分け隔てなく接する大谷スタイル  大谷とメディアの関係にはルールがある。試合前、試合後に1対1で話しかける「ぶら下がり取材」は禁じられており、独自のネタをつかむのが難しい状況にある。自宅取材をしたテレビ局は、プライベートの大谷を知りたいという視聴者の思いに応えようという考えがあったかもしれないが、生活に支障を掛けるような報道は慎むべきだっただろう。  大谷がフジテレビのインタビューを受けなかったことが大きく取り上げられたが、現地で大谷を取材する通信社の記者は「彼がマスコミ嫌いと報じるメディアがあるが、それは違います」と語気を強める。 「大谷は米国、日本のメディアに分け隔てなく接する。誤解されないようにコメントに気を遣っているように感じるけど、こちらが聞きたいことをわざとはぐらかしてニヤッと笑ったり、おちゃめなところがある。気取った感じがなく、物腰は柔らかいですよ」  日本ハム時代から大谷を知るフリーライターも、「メディアとの関係が絶妙なんです。スーパースターになると、自分の気に入った記者にしか情報を流さない選手がいますが、大谷は違う。取材歴が長くても短くても同じスタンスで接する。こういう選手は非常に珍しい。大谷を何年も取材している記者でも、グラウンドを離れて会食に出掛けたという話を聞いたことがない。オンとオフをきっちり線引きしているということでしょう」 番記者と食事会をした松井秀喜氏  選手が記者と親しくなることは、決して悪いことではない。現役時代に巨人、ヤンキースで活躍した松井秀喜氏は試合後に、番記者たちと食事に行くことで知られていた。当時の巨人担当記者が振り返る。 「松井さんは記者を大事にしてくれて、番記者を集めて食事会をしたりしました。取材歴が浅い記者に対しても気を配っていた姿が印象的で、その記者は『松井さんって本当に凄い』と感激していました。悪口や陰口を一切言わないし、打撃不振の時に手厳しいことを書かれても『それが仕事だからね』と理解を示していた」 囲み取材に応じるアスレチックス時代の松井秀喜氏(AP/アフロ)    この元巨人担当記者は、大谷のスタイルも評価する。 「大谷のようなスタンスも素晴らしいと思います。メディアと一定の距離を取りつつ、強い信頼関係で結ばれている。お互いがプロフェッショナルな仕事をしていることを尊重している空気を感じます。松井さんと大谷に共通していることは、プレーだけでなく立ち振る舞いも超一流であること。愛される選手には理由がありますよ」 感情出したことで好感度アップ?  今回の一件で興味深いのは、視聴者の反応だ。取材拒否で険しい表情を見せる映像がネットで広まったが、大谷に批判的な反応は少ない。日本ハムに入団以来応援しているという30代の女性ファンは「大谷選手も嫌なことがあったら感情に出す。人間らしくていいと思いますよ。すごい活躍をして世界を代表するスターになりましたけど、神様じゃないですから。好感度がさらに上がりました」と話す。  ドジャースは、ワールドシリーズ第2戦で大谷が盗塁の際に痛めた左肩のけがは、当初発表された亜脱臼ではなく脱臼で、大谷が関節唇損傷の手術を行い、無事に成功したことを11月6日に発表した。来季に解禁予定の「投打の二刀流」への影響が気になるところだが、焦る必要はないだろう。  来季もメディアに注目されるシーズンとなる。大谷には、つかの間の休息をゆっくり過ごしてほしい。 (今川秀悟)
「やむを得ず専業主婦に」 育児や介護、夫の転勤など“誰かのために”仕事を辞める妻
「やむを得ず専業主婦に」 育児や介護、夫の転勤など“誰かのために”仕事を辞める妻 平日に子どもと公園でたっぷり遊んだ日、専業主婦でよかった、と思う。一方で、介護や子育てを理由に仕事を辞めざるを得なかったことにモヤモヤが募る(撮影/写真映像部・上田泰世)    結婚・出産後も仕事を続けるか。これは女性やその家族にとっても、その後の人生に大きな影響を与える選択である。アエラが実施したアンケートの結果は。AERA 2024年11月11日号より。 *  *  * アエラは9月から10月にかけて「専業主婦と働く女性」をテーマにオンラインでアンケートを行った。 「母が出産後からずっと専業主婦で、私も働かないのが自然の流れとして専業主婦をしています」(埼玉県、40歳)、「夫のお給料で生活していけたから」(愛知県、51歳)という人もいたが、「保育園に入れなかったため」(東京都、50歳)、「上の子が1年生のGW明けから小学校に行けなくなり、毎日『ママといたい』と泣くようになったことから仕事を一度辞めました」(神奈川県、40歳)と、やむを得ず専業主婦になったという人も多かった。  栃木県に住む女性(46)も、そのひとり。20代後半で結婚して2年後に長女を出産。3年後に次女、そのさらに3年後に三女を産んだ。幼い子どもはすぐに体調を崩すが、実家は遠方のため頼れない。子どものころから「ずっと続けられる仕事に就きたい」と思っていたが、長女の出産を機にやむを得ず退職。専業主婦生活になった。  子どもはかわいかった。でも、家事と育児だけをしている生活をもの足りなく感じ、「このままでいいのか」と悶々とする日々だったという。  両親は銀行員同士だったが、母は結婚を機に退社したと聞かされていた。「母が父より2~3歩下がっている姿を見ていて、違和感があった」。一方で、効率的に物事をこなし、コミュニケーション力も高い母親を見ていて「仕事を続けていたら、お母さんのほうが出世して社会貢献できていたのでは」と感じていたという。 誰かのために生きる  そんな両親を見てきたからこそ、同じ年の夫とは「友達のような関係で横に並んでいたい」と思っていたのに、専業主婦になると夫に対して引け目を感じてしまうことにも気づいた。 AERA 2024年11月11日号より    10年間専業主婦生活を送った後、三女が幼稚園に入るのを機にハローワークで仕事を探し、午前10時から午後3時勤務のパートに就いた。その後、子どもたちの成長とともに勤務時間を延ばしていき、契約社員を経て、現在は正社員として働いている。  仕事復帰後、初めて手にした給料の嬉しさをよく覚えている。「お母さんが稼いだお金」で家族にご馳走したという。  この女性は、NHKの連続テレビ小説「虎に翼」を見ていて、仕事と家庭の両立に苦労する主人公、寅子に共感したという。ただ、以前の自分だったら専業主婦の花江に自分を重ね合わせていただろう、と話す。 「介護や育児など抜け出せない状況があり、『誰かのために生きる』という生き方もあっていいと思うし、認められるべきだと思う。男性版の『花江』がいてもいいですよね」  女性の専業主婦願望などについて研究してきた跡見学園女子大学の石崎裕子准教授(社会学)は、こう指摘する。「子育てや家事、配偶者の転勤など様々な理由で仕事を辞める人がいるが、妻側が辞めることがほとんど。ただ、専業主婦としての経験が、再就職や起業、地域活動など次のキャリアを考えるきっかけになったという女性もいるだろう。本来は、誰もが、 仕事だけ、家庭だけではなく、その両方を行ったり来たりしたり、仕事や家庭以外の活動や学びなど複線的な生き方・働き方をすることができる社会が理想ではないか」  また、子どもに障害があるなどの理由で仕事を辞めざるを得ない人がいることについても「家庭で母親がひとりで抱え込むのではなく、社会で支える仕組みが必要」と話す。 (フリーランス記者・山本奈朱香) ※AERA 2024年11月11日号 より抜粋  
モルディブ発の自然派リゾートホテルを誌上体験!「シックスセンシズ 京都」で外せない四つのこと
モルディブ発の自然派リゾートホテルを誌上体験!「シックスセンシズ 京都」で外せない四つのこと シックスセンシズ 京都/妙法院や京都国立博物館、三十三間堂などがある文化的エリアに位置する。レストラン、スパ、アフタヌーンティーなどでデイトリップも可能。写真はレセプションロビー  世界中の旅人を魅了する京都で、外資系高級ホテルの参入ラッシュが続いていることをご存じだろうか。昨年からは、タイ発の「デュシタニ京都」、シンガポール発の「バンヤンツリー・東山 京都」、インド洋に浮かぶモルディブ発の「シックスセンシズ 京都」と、アジア系のラグジュアリーリゾートホテルが目立つ。いずれも日本初進出の地として、京都を選んだ。  毎年、「一生に一度は泊まりたい!」と思わせる極上のホテル100軒の最新情報を届けてくれるASAHI ORIGINAL「今、行きたい日本の憧れホテルBEST100 2025年版」も、京都の外資系ホテルに大注目。ここでは、編集部が実際に足を運んでその魅力をリポートしている「シックスセンシズ 京都」の記事を公開したい。 *** 瑞々しい緑をたたえた中庭を囲むように、客室が配置されている。レセプションロビーからもレストランからも、中庭が望める。散策するのも楽しい  インド洋の楽園・モルディブからその歴史をスタートさせた「シックスセンシズ」は、1990年代からいち早くサステナビリティを体現していた自然派リゾートの先駆け的存在だ。絶海の孤島や森に閉ざされた山岳地帯など、人里離れた秘境で〝自然と共生するラグジュアリーホテル〟として名を馳せ、すべての施設に共通するウェルネス&サステナブルというコンセプトを、唯一無二のロケーションで提供してきた。  そんなシックセンシズが世界26番目の舞台として選んだのが、京都・東山。ローマに続く、二つ目の都市型リゾートとなる。自然豊かな東山と市街地の境に位置し、利便性も兼ね備える。長い休みをとることが難しい現代人にとって、市街地に誕生したウェルネスリゾートはひと時の癒やしを与えてくれるオアシスのような存在。忙しい日常を忘れ、心身ともに生まれ変わるリフレッシュ旅に出かけよう。 館内を満たす「香り」を楽しむ  レセプションロビーに入った瞬間に、穏やかな香りに包まれふっと心がほぐれる。館内を満たしているのは、アロマ調香デザイナーの齋藤智子氏による、檜(ひのき)や北山杉を使ったシグネチャーセントの香り。雨上がりの鞍馬山をイメージしたという心地よいアロマがゲストを出迎える。シックスセンシズの癒しの旅は、館内に一歩足を踏み入れたときから始まっているのだ。  ゲストはチェックインの際に、ウェルカムリチュアルとして、〝塗香(ずこう)〟を体験する。パウダー状のお香を手のひらに塗り、目を閉じてじっくりと香りを楽しむ。一時瞑想(めいそう)することで、体を清める意味合いがあるという。館内を流れるヒーリング音楽とあいまって、五感から心身をリラックスさせてくれる。  平安時代の〝雅〟をテーマとした館内は、繊細さと季節の移り変わりを大切にしたデザインでまとめられている。アースカラーの壁や床は、石や漆喰(しっくい)、樹木など、極力自然の素材を使用。細部にまでシックスセンシズの信条が表れている。自然素材に包まれた館内を歩き、ロビーから客室までアクセスする道のりも、これから始まる滞在への期待感を高めてくれる。 自分だけのプログラムで体を労わる ウェルネス施設も充実。浮遊した状態でストレッチなどのボディワークを行うワッツ専用のプールを備えるのは、数ある京都のホテルでもここだけ  地下1階は広大なウェルネスフロアとなっており、スパやプール、温浴施設が備えられている。4つの中核施設のほかに、24時間利用できるフィットネスジム、ティーラウンジ、ヨガなどを行うセンサリースタジオがある。  なかでも、多彩なウェルネス体験を提供する「シックスセンシズ スパ」は、シックスセンシズでの滞在の真骨頂と言っていい。まずは日本初導入という〝ウェルネス スクリーニング〟で健康状態をチェックする。  心拍数や血圧など約40項目の測定により、体が必要としているケアを導き出す。その結果により、専門スタッフが健康状態に合わせた最適なトリートメントプログラムを組んでくれる。スクリーニング後は「バイオハック リカバリー ラウンジ」にある最新マシンで旅の疲れを癒やし、個性豊かなウェルネスの旅を始めよう。 ベジタリアン料理でサステナブルを実践 レストランSekkiの信条は「160㎞圏内の食材を用いること」。エグゼクティブシェフの宍倉宏生氏自ら農家や漁師などとやりとりし、食材を仕入れている  滞在を彩る4つのグルメシーンも用意されている。「オールデイダイニングSekki(節気)」は、その名の通り二十四節気をテーマとしたシグネチャーレストラン。一年を春夏秋冬4つの季節に分け、さらにそれぞれを6つに分けた伝統的な暦である二十四節気の考えに則り、細やかな季節の移り変わりを捉えた料理を提供。朝食、アフタヌーンティー、ディナーと一日を通してヘルシーな料理を楽しむことができる。 メニューのなかから好きなものを好きなだけオーダーできる贅沢な朝食。ホテル敷地内のガーデンで栽培する採れたてのハーブや野菜を味わうことができる  Sekkiのメニューの約半数はプラントベースのベジタリアン料理。旬の野菜を使うことは、体にいいだけでなく、食材の廃棄量を減らすことにもなるという。廃棄食材を活用する取り組みを行っており、サステナビリティを学べる館内施設の「アースラボ」では廃棄食材を利用するワークショップも行っている。  ダイニングのほか、ヘルシーな自家製スイーツや焼きたてのペストリーを味わえる「Café Sekki(カフェ 節気)」、大阪の名店の初の支店となる「鮨 おおが東山」、カクテルバー「Nine Tails(ナインテイルズ)」があり、連泊でも飽きることはない。 「使い捨て」しないおこもりライフ 42平方メートルの室内空間に、広さ10平方メートルのバルコニーを備えたDeluxe King。ベッドボードの木製装飾は回転させて色を変えることができる  客室は、42平方メートルのものから238平方メートルのものまで81室。うち8室がスイートルームで、シンガポールのデザイン会社BLINK Design Groupがホテル全体のデザインを手掛けている。月のうさぎの伝承や「源氏物語」からインスピレーションを得た装飾などに遊び心が宿る。  室内のアメニティはもちろん環境に配慮されている。竹の歯ブラシにシートタイプのチューブレス歯磨きペースト、ヘチマのボディスポンジ、ガラスボトル入りの飲料水などが採用され、使い捨てのプラスチック製品は使用していない。ハンドメイドのマットレスや温度調節枕、100%コットンのシーツ、リカバリーウェアの TENTIALとのコラボレーションで生まれたオリジナルのナイトウェアなどで、心地よい眠りを約束してくれる。  もっとおこもり滞在を楽しむなら、サステナブルについて学べるアースラボに足を運ぼう。ここで客室の飲料水を自家浄水し、リサイクルできるガラスボトルに詰めている。蜜蝋ラップ作りや金継ぎ、廃棄食材を塗料に再利用する扇子絵付け体験などのワークショップも開催。サステナビリティを身近に感じることができる。 (ライター 若宮早希/写真 マツダナオキ/生活・文化編集部)
夫婦揃って「退職→1年半の旅」に出た人に起きた事 「人生を効率よく歩んでいかねば」の焦りに直面し…
夫婦揃って「退職→1年半の旅」に出た人に起きた事 「人生を効率よく歩んでいかねば」の焦りに直面し… 「その国の暮らしを知ること」が2人の旅の目的(提供写真)   病気、育児、介護、学業などによる離職・休職期間は、日本では「履歴書の空白」と呼ばれ、ネガティブに捉えられてきた。しかし、近年そうした期間を「キャリアブレイク」と呼び、肯定的に捉える文化が日本にも広まりつつある。 この連載では、そんな「キャリアブレイク」の経験やその是非についてさまざまな人にインタビュー。その実際のところを描き出していく。  キャリアブレイクは、かならずしも1人でとるものとは限らない。パートナーとともに離職・休職期間をとるというパターンもある。  今回は、同じタイミングに仕事を辞め、1年半、世界各国を旅した夫婦のエピソードを紹介したい。 「人生が決まってしまう」という不安  結婚をし、家を購入しようとハウスメーカーの話を聞いて、ローンも検討中。望んでいた人生のコースを、着実に歩んでいる……はずだった。  AIに関するスタートアップでコンサルタントとして働く中村拓哉さん(当時32歳、仮名)の頭には、「本当にこれでいいのか?」という疑問が浮かんでいた。 「当時は、焦っていました。仕事で成長をして、結婚して、家を買って、子どもをもって……。『人生を効率よく歩んでいかなければ』という感覚になっていた。  でも、ローンを組んだら、仕事は簡単には辞められなくなる。子どもができたら、気軽には旅にも行けなくなってしまうかもしれない。『人生が決まってしまう』ような不安がありました」(拓哉さん)  拓哉さんの頭の片隅にあったのは、大学生の頃の旅の記憶。バックパッカーとして訪れた南米に、魅了された。それ以来、ふたたび海外を旅したいという思いを胸に秘めていた。できるなら、今度はパートナーと一緒に。  妻の中村詩歩さん(当時28歳)は、IT企業でマーケティングやウェブディレクションの仕事をしていた。友達や家族から「子どもはどうするの?」と聞かれることもあり、「自分も、子どもを生んで、家を買って……というルートを歩むのかな」と思っていた。  けれど、現状に満足しているかといえば、そうではなかった。 「心から仕事を楽しめているわけではなかったんです。『仕事に必要なのは、我慢力だ!』という気持ちで働いていました。だから、『一度なにかを変えてみたい』という気持ちは、心のどこかにありましたね」(詩歩さん) 「いつか行けたら」なんて言っていられない  転機のきっかけとなったのは、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻だ。 「『どこにでも旅行できる時代を生きていると思ってたのに、行けないところが出てくるのか!』と、ショックを受けました。もう、『いつか行けたら』なんて言っていられない。『仕事を辞めて、海外に行かない?』って、妻に話したんです」(拓哉さん)  拓哉さんが「いつかまた海外に行きたい」と話しているのも何度も聞いていた詩歩さんにとって、突拍子もない提案ではなかった。お互いに貯めていた貯金もある。幸い、2人とも「もし帰ってきて、働きたかったら戻ってくればいい」と言ってくれる職場に恵まれたこともあり、旅に出ることを決意した。  2人の旅の目的は、その国の暮らしを知ること。観光もするが、それよりも、行く先々の土地の人が何を食べ、どんなことを話し、どんなふうに働き、暮らしているのかを知りたい。だからこそ、短期間であちこち移動するのではなく、「現地にどっぷりつかってみる」スタイルで旅をすることにした。  たとえば、訪れてみて気に入った土地があったら、長期間滞在してみる。可能ならホームステイをして、暮らしを体験。食事はなるべく、市場で現地の食材を買って自炊。さらに、現地の言葉で会話することが大事だと考え、南米に行く際にはグアテマラで2週間、スペイン語の語学学校に通った。  ルートや予算の計画は、きっちりとは立てなかった。その土地に着いてから、現地の人の話を聞き、3日分くらいの計画を決める。どの土地にどれくらい滞在するか、1カ月後にどの国にいるのかも、わからない。円相場も物価も大きく動いていたため、旅の予算も立てようがない。もともとあった貯金から、帰国後に最低限必要な金額だけ残しておくことを決めていた。 価値観を揺さぶる出会い  行く先々でのさまざまな人との出会いは、2人の価値観を大きく揺さぶった。  詩歩さんが印象に残っているのは、グアテマラで出会ったある日本人女性だ。 グアテマラのアティトラン湖の近くの村にて。マヤ系先住民の衣装を着る女性たち(提供写真)   「スペイン語を学ぶために留学に来ている女性がいました。年齢は21歳くらい。グアテマラに来てから半年くらいだそうで、1人で現地の市場に買い物に行って、ご飯を作って、すっかり現地となじんだ生活をしていて。私たちのことも『なにか困ったことあったら言ってくださいね!』と気にかけてくれるんです。彼女は行動力も自立心もすごくて、影響を受けましたね」(詩歩さん)  拓哉さんが思い出すのは、ペルーのアンデス山脈の麓町、ワラスでの光景だ。 「道端で、大きい風呂敷を持ったおばあちゃんたちが野菜を売っていたんです。そんなには売れていないのを見て、『この仕事で生活していけるのかな?』と心配しました。でも、あとでワラス在住の日本人に聞いたら、彼女たちは持ち家に住んでいるので家賃はかからないし、農作物は自給できるから食べることにも困らない。だから『たまに売れたらいい』くらいの気持ちなのでは、と。  それまで自分が当たり前だと思っていた、『家賃を払うために働くこと』や『懸命に働いて成長すること』が、実は当たり前じゃないんだと気づきました」(拓哉さん)  他にも、マラリアの研究をしながら、世界各地の研究所を転々としつつ旅をしているイタリア人女性、戦後パラグアイのイグアス地区に移住し、世界トップクラスの大豆農業を発展させた日本人たち、賃金が7倍であるカナダに家族で出稼ぎに来ていたメキシコ人たち……さまざまな出会いが、2人の価値観を揺さぶっていった。 メキシコのある村で、ふらっと入った雑貨屋(提供写真) コロンビアのハルディンという町の教会前広場で、コーヒーやビールを飲んでくつろぐ人たち(提供写真)   心の体質改善  旅をはじめて1年ほど経ったある日。2人はボリビアからパラグアイに向かうバスに揺られていた。ガタガタと揺れる車内で、拓哉さんは車窓の向こうで流れる景色を眺めながら、去年の今頃のことを思い返していた。「なんで俺、あんな頑張ってたんだろうなあ」と。 「去年の今頃は、周囲からのプレッシャーを感じながら盲目的に成長を目指して、その結果、燃え尽きたような感覚を感じていました。でも、『仮に仕事がうまくいかなかったとしても、そんなに大したことではなかったな』と思えたんです」(拓哉さん)  日本での現実から距離を置いた日々を過ごすうちに、拓哉さんと詩歩さんに、少しずつ変化が訪れていた。拓哉さんはその変化を、「心の体質改善」という言葉で説明する。 「日本にいたときは、上司からの評価や世間体など、『人からどう思われるか』を気にしすぎていた。それによって、楽しさや喜びといった感覚を押さえつけていたのだと思います。でも、旅をしているときは人の目を気にせずにいることができた。そしたら、純粋に楽しさや喜びを感じることができるようになってきたんです。『心が体質改善できた』という感覚でした」(拓哉さん)  詩歩さんも、同じような変化を感じていた。 「私も、日本にいたときは周りからの見え方を気にしていました。でも、旅のなかでやりたいことをやっている人とたくさん出会い、『もっと自分を大切にしてもいいのかもしれない』と思うようになったんです」(詩歩さん) 「人からどう思われるか」という思考から、少しずつ解放されていった2人のなかで、気づけば「帰国して、こういうことをしたい」という会話が増えていった。  もう十分、心の体質改善はできた。そろそろ日本に帰って、お互いにやりたいことをしよう――。2人は旅に区切りをつけることにした。  1年半の旅で、訪問した国は15カ国。タイ、ベトナム、フィリピン、シンガポールといった東南アジアの国々と、メキシコ、グアテマラ、アルゼンチン、チリ、ボリビア、パラグアイ、ブラジル、ペルー、コロンビアといった南米の国。そして北米のカナダ、アメリカだった。 夕焼けに染まるウユニ塩湖にて(提供写真)   資本主義的な社会をうまく泳いでいく  帰国後、拓哉さんはスタートアップでバックエンドエンジニアとして働き始めた。異業種からの挑戦だ。今後も旅をしたり、海外移住をしたりすることも考えているため、リモートで働きやすい職種を選んだという。  詩歩さんは、CGクリエーターになるために講座に通っている。前職のときからクリエーターの仕事には興味があったが、「センスがないと無理だろう」と諦めていた。しかし旅を通して、年齢に関係なくやりたいことに挑戦する人々と出会い、「人生は一度なのだから、やりたいことは早めにやろう」と思うようになったのだそうだ。  旅をきっかけに、やりたい仕事へと一歩を踏み出すことができた2人。しかし、帰国から半年ほどが経った今、状況は変わってきているのだと、拓哉さんは苦笑いしながら教えてくれた。 「東京で働いていると、ふたたび周囲の価値観に染まっていっている自分を感じます。成長して、給料を上げて、生活水準を上げて……といったように、常に上を目指していかなきゃいけないようなプレッシャーを、勝手に感じてしまうんです。『周りの目を気にしないようにしよう』と誓ったんですが……継続するのはむずかしいですね」(拓哉さん)  しかし拓哉さんは、「旅に行く前よりは、ずっといい状態になっています」と続ける。 「経済的に危機的な状況にある国も訪れたので、日本がいかに恵まれた国かということにも気がつきました。こんなに物が豊かで、治安が安定していて、清潔で、仕事の選択肢もある国はなかなかない。  たしかに、利益や成長を追い求める資本主義的な価値観を内面化しすぎることの危うさもあります。だからといってすべて否定するのではなく、そんな価値観に溺れず、どうやってこの社会をうまく泳いでいくのかが大事だと、今では思っています」  拓哉さんや詩歩さんのなかで、旅先で出会った人たちの存在が、今でも生きている。 「仕事で思い詰めそうになったら、『地球の裏側では、おばあちゃんがのんびりと路上で野菜売ってるんだよな』と思い出します。そうすると、『そんなに思い詰める必要ないな』と、楽になるんです。そんなふうに、旅を通して価値観のものさしをいくつも持てるようになりましたね」(拓哉さん) 2人が大事にしたいことに気づき、実践するきっかけに  最後に、パートナーと旅をすることについて、どう思うか聞いてみた。中村夫妻の旅は、2人の関係性にとってもいい影響をもたらしたそうだ。 「僕らの場合は旅の間に、『周りを気にしすぎず、無理せず、自分たちのペースで生きていく』ということを今後の人生のコンセプトにしようと話していて、今夫婦で実践できています。  いろいろな物事にふれる中で、人生で大切にしたいことに2人で気がついて、2人でそれを実践していける。それが、夫婦で旅をする意義なんじゃないか、と思っています」(拓哉さん)  キャリアブレイクは、ひとりの人生にとっても、2人の関係性にとっても、大きな転機になるようだ。 (山中 散歩 : 生き方編集者)
食べられる「ゼニゴケ」があるって本当? おいしくて地球温暖化も防ぐ“ゼニゴケ”の最新研究とは
食べられる「ゼニゴケ」があるって本当? おいしくて地球温暖化も防ぐ“ゼニゴケ”の最新研究とは 研究室で栽培中のゼニゴケと、石崎さん(左)と水谷さん  ジメジメした庭の片すみや道ばたに生えているコケ。このコケを食べるなんて、想像すらしないのがふつうですよね。そんな常識をくつがえし、コケのなかまである「ゼニゴケ」をおいしく、地球環境にもやさしい未来の食品として、世の中に送り出していこうという研究が進んでいます。小中学生向けのニュース月刊誌『ジュニアエラ2024年10月号』(朝日新聞出版)からお届けします。 神戸大学大学院の「植物の専門家」同士がコラボ  植物は5億年ほど前、水中で生活していた緑藻類(シャジクモやアオミドロのなかま)から進化して、陸上に進出した。それ以来、さまざまな植物が現れたが、最初の陸上植物に近い体のしくみを持っているのが「コケ植物」と考えられている。 植物のなかま分け。被子植物は花を咲かせ、種子のもとになる胚珠が子房におおわれている。裸子植物は、花は咲くが胚珠がむき出しになっている。シダ植物は、葉、茎、根の区別はあるが花はなく、胞子で増える。コケ植物は、花がないだけでなく、葉、茎、根の区別もない。コケ植物、シダ植物、裸子植物、被子植物の順に現れ、進化していった。  神戸大学大学院理学研究科教授の石崎公庸さんは「植物分子生物学」という分野の専門家で、コケ植物のゼニゴケを使って、植物がどのように環境に関わり、体のしくみを進化させてきたかを研究している。   神戸大学大学院農学研究科教授の水谷正治さんは、「植物代謝工学」という分野の専門家で、植物を使って有用な物質をつくる研究を行っている。研究では、植物の体内に特定の遺伝子を入れて目的の物質をつくらせるが、ふつうの植物では、1個の遺伝子を入れるだけで1年ぐらい時間がかかり、研究が効率よく進まないという悩みを抱えていた。  そんなある日、水谷さんは、石崎さんのゼニゴケの研究を知り、「自分の研究にゼニゴケが使えるのでは?」とひらめいた。ゼニゴケは成長が非常に速く、遺伝子を入れるのも簡単だとわかったからだ。 成長の速さに注目し、薬の原料などをつくるために活用 「私の研究の場合、ふつうの植物で1年かかるところが、ゼニゴケなら1カ月でできるのです。しかも、一度に遺伝子を五つ、六つと入れられます。ゼニゴケを有用な物質をつくる研究に使わない手はない!  そう思って3年前、石崎さんに共同研究の提案をしました」(水谷さん)  ゼニゴケは成長が速くてすぐに繁殖することから、盆栽などの世界では「厄介者」とされている。しかし、発想を転換すれば、そんなゼニゴケの特徴を役立つように利用できるというわけだ。 成長がとても速いゼニゴケ。3週間で重さが250倍にもなる。無性芽という状態のゼニゴケ9個体(右/30mg)が3週間で8000mg(左)になった  こうして二人の共同研究はスタートし、やがて二つの計画が立てられた。一つは、水谷さんの専門である、ゼニゴケにビタミン、ポリフェノール(※)、薬の原料などをつくらせる研究を進め、できた製品を販売していこうという計画。もう一つは、ゼニゴケを食品として広めていこうという計画だ。 ※ポリフェノール=植物が持つ苦みや渋み、色素の成分。老化やさまざまな病気を防ぐ効果があると考えられている。 研究室で育てたゼニゴケがおいしい理由は?  私たちの食べ物の大半は植物だ。米や麦、イモ類、野菜、果物などは、被子植物の実や茎・葉・根などを食べている。被子植物以外では、裸子植物(ギンナン、松の実など)、シダ植物(ワラビ、ゼンマイなど)がたまに食卓にのぼるが、コケ植物はまったく食べられていない。理由は、「まずいから」。自然の中で育っているゼニゴケは、虫やウイルスなどの病原体、乾燥などのストレスに抵抗するため、有毒成分を蓄えていることが多い。そのため、まずくて食べられないのだ。  一方、石崎さんが研究室で栽培しているゼニゴケは、30年ほど前、京都の宝ケ池で採集した株で、それが今も栽培され続けている。食品にしようとしているのは、このような研究室で栽培するゼニゴケだ。  安全・快適な研究室で特別な方法で育てているゼニゴケは、身を守る必要がないから、ストレスに抵抗するための有毒成分をつくらない。だから、野菜のように食べられるのだ。  生で食べるとレタスのようなシャキシャキ感があるという。天ぷらにしたり、クッキーの生地に練り込んで焼いたり、オムレツに入れたりするとおいしいと、試食した人たちにも評判だ。乾燥させてチップスにしたものは、のりのような味や食感があるそうだ。栄養面でも、ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富なほか、ホウレンソウの25倍以上の鉄分、健康に欠かせないとされるEPA、DHAなどの油も含んでいる。 食べられるゼニゴケ。生はレタスのようにシャキシャキしているという ゼニゴケ入りのオムレツ ゼニゴケの天ぷら ゼニゴケ入りのクッキー 少ない水や光で育ち、二酸化炭素も吸収。地球温暖化対策や宇宙食の可能性も  しかも、ゼニゴケは成長するときに、同じ栽培面積のスギ林と同じぐらい二酸化炭素を吸収するという。たくさん栽培すれば、地球温暖化を抑える効果も期待できるのだ。石崎さんによれば、「根がないゼニゴケは土を必要とせず、布の上で育てることもできます。光や水が少なくてすむので、10段ぐらい棚を重ねて栽培すれば、面積あたりスギ林の10倍ぐらい二酸化炭素を吸収できることになります」とのこと。  水谷さんは、こんな夢も思い描いている。 「二酸化炭素をたくさん出す工場に隣接した植物工場でゼニゴケを育てれば、二酸化炭素をそのまま吸収して、ゼニゴケを栽培できます。食品としてのゼニゴケだけでなく、ゼニゴケにビタミンなどをつくらせれば、そのまま食べる薬にもなるでしょう」  少ない水や光で育ち、二酸化炭素もたくさん吸収するゼニゴケのすぐれた特徴は、宇宙ステーションや宇宙船の中で栽培するのにも適していると考えられ、注目されている。  こんな話を聞かされると、ゼニゴケを食べてみたいと思うかもしれない。でも、自然に生えているゼニゴケは毒がある可能性があるので、絶対に食べてはいけない!  食品としてスーパーで売られるまでにはまだ数年かかりそうだが、辛抱強く待ってから味わおう! 庭の片すみなどに生えているゼニゴケ。毒がある可能性があり、まずくて食べられない (画像・データ提供 神戸大学大学院石崎公庸教授・水谷正治教授) 文/上浪春海
父母を立て続けに亡くした50代女性に グリーフケア研究の第一人者が伝えたい「何もしない日」
父母を立て続けに亡くした50代女性に グリーフケア研究の第一人者が伝えたい「何もしない日」 赤田ちづるさんと坂口幸弘さん    多死社会・高齢社会の今、「グリーフケア」が注目されている。グリーフとは、日本語で「悲嘆」という意味。大切な人を亡くした際、人は大きな悲しみや喪失感を抱える。  長年にわたりグリーフケアの研究と実践を行ってきた第一人者・坂口幸弘さんと赤田ちづるさんに、悲しみや喪失感と自分なりに向き合い、やがて再び歩き出すためのヒントを聞いた。  坂口さん、赤田さんの著『もう会えない人を思う夜に ―大切な人と死別したあなたに伝えたいグリーフケア28のこと−』(ディスカヴァー)から一部を抜粋、再編集し紹介する。  死別後は、大切な人を亡くした喪失感に加え、その死に関連したさまざまな問題に直面し、心身ともに疲れ果ててしまいがちです。  気持ちばかりがあせって、なかなか物事が思うように進まないこともあります。  父親と母親を立て続けに亡くした50代の女性は、ゆっくりと悲しむヒマもなく、遺産相続のことや、実家の処分に追われていました。煩雑な手続きがなかなかうまく進まないこともありましたが、実家がなくなることが寂しくて早く進めたくないという思いもありました。  そのような複雑な思いが重なり、心身ともに疲れ果てている様子でした。  心も体も疲弊しているときは、ゆるりと休むことを「今日の仕事」にしてみましょう。  何もしない日を作るのです。  目を閉じて横になるだけの時間を過ごしてみます。  何もしないことを難しく感じる人もいると思いますが、あえて休むことも長い人生の中で、ときには必要だったりします。  何もしない日を意識的に作って、のんびりと一日を過ごしてみてはいかがでしょうか。  先ほどの50代の女性は、壁に掛けているカレンダーに「お休み」と書き込むことから始めました。  やらなければならないことがたくさんあるときに、「今日は何もしない」と心に決めて、休むことはとても難しいことです。 美容院や買い物に  最初の頃は「お休み」と書いていても、実家の片づけをしたりして、うまく休むことができなかったそうです。  その後、「お休み」と決めた日には私どものところを訪ね、その帰りに美容院に行ったり買い物に出かけたりと、自分の時間を過ごされるようになりました。  何もせずに休むことに対して、少なからず罪悪感を覚える人もいるでしょう。もちろん置かれている状況しだいで、ゆっくり休むことが難しいこともあります。  しかし、自分の心や体の状態によっては、短い時間であっても、今ここでしっかりと休むことを優先したほうがいいこともあるものです。  ここでの休息が長い目で見たときに、結果として、その後の生活をいい方向に導くことになると思います。  ひとやすみすることは、体の休息だけでなく、心のやすらぎにつながります。少し立ち止まってみることで時間がゆっくりと流れるように感じ、これからを生きるための活力が少し戻ってくることがあります。  先ほどの女性は、「『お休み』をあえて作ることで、物事がうまく進んでいくようになった気がします」と話してくれました。  大切な人を亡くしたとき、自分の気持ちはだれにもわかってもらえないと感じることがあります。  まわりに人はいても、自分はひとりぼっちだと感じてしまうのです。  母親を心疾患で突然に亡くした40代の女性は、「私はひとりぼっちになりました」と私どものところに来られました。 「私の一番の理解者であった母が亡くなって、体の中にぽっかりと穴が空いてしまったようなのに、兄も夫も子どもたちも、そんな私の気持ちを気づかってもくれないんです。 自分から「助けて」と言ってみる  もう私のことを思ってくれる人はだれもいなくなりました。  母はいないのに、夫と子どもたちとは何も変わらない生活が続いていくことが苦しくて……。『大丈夫、大丈夫』と自分に言い聞かせることでなんとか日々を過ごしています」  このように気持ちを打ち明けてくれました。  自分に対して「大丈夫」といくら言い聞かせても、気がつくと限界を超えていることがあったりします。  「助けてほしい」「手伝ってほしい」という言葉は、簡単には言いにくいものかもしれません。身近な人であっても、心配をかけたくないという思いもあって、なおさら言いづらいこともあります。  一方、まわりの人もひどく落ち込んでいるあなたの姿を見て、力になりたいと思いつつも、どのように接していいかわからないでいる場合があります。あなたから頼られるのを待ってくれている人もいるのかもしれません。  先ほどの女性はある日、学生時代の友人に電話をして、自分の今の状況を話してみたそうです。  すると、こんな声が返ってきたとのことです。 「心配していたの。だけど、なんて声をかけていいかわからなくて、あなたからの連絡をずっと待っていたのよ」  それからは、ときおりその友人に電話をして話を聞いてもらうようになったといいます。  小学生のときに母が作ってくれたクッキーがとてもおいしかったことや、やっと買ってもらったキャラクターのレッスンバッグの前面に母がペンで大きく名前を書いてしまって、自分が大泣きしたのに母が大笑いしたことなど。そのような母との小さなエピソードを思い返し、話すことが、いつの間にか彼女の心をおだやかにしていきました。  自分では抱えきれない想いや困難がある場合には、信頼できるまわりの人に、自分から頼ってみることも大事ではないでしょうか。  だれかに頼ることは、人によっては簡単なことではないかもしれません。  ほかの人に迷惑をかけたくないと思う人もいれば、弱いところを見せたくないという人もいるでしょう。  年配の男性は頼り下手な印象がありますが、性別や世代による違い以上に、個人差が大きいように思われます。 どうしていいかわからない…  あなたからのSOSを待っている人が、すぐ近くにいるかもしれません。  思いきって頼ってみると、期待していたよりも大きな力になってくれることもあると思うのです。  ときおり私どものところに、「大切な人を亡くして悲しんでいる友人にどう声をかけたらいいのでしょうか」と相談に来られる人がいます。  力になってあげたいのにどうしていいかわからない……。周囲の人の正直な気持ちなのだと思います。  周囲に心配や迷惑をかけまいと過度に遠慮することが、相手のためになるとはかぎらないものです。  あなたに頼りにされることは、まわりの人にとってうれしいことである場合もあります。  だれもが人生の中で、大切な人の病気や死に直面するなど、つらく苦しい時期があります。  「お互いさま」という言葉があるように、いつか自分が今の経験を糧に、支えてくれた人や別のだれかを支えることができればいいのではないでしょうか。  今はあなたが助けてもらってもいいのです。 坂口幸弘(さかぐち・ゆきひろ) 関西学院大学「悲嘆と死別の研究センター」センター長。 同大学人間福祉学部人間科学科教授。専門は臨床死生学、悲嘆学。30年近くにわたり、死別後の悲嘆とグリーフケアについて研究・教育にたずさわる一方、ホスピスや葬儀社、保健所、市民団体などと連携し活動してきた。 赤田ちづる(あかた・ちづる) 関西学院大学「悲嘆と死別の研究センター」客員研究員。 上智大学グリーフケア研究所、関西学院大学大学院人間福祉研究科で学んだのち現職。 研究のかたわら、主に関西を拠点として、グリーフケアの実践活動や支援者の養成に広く取り組む。  
注意するとすねて部屋にこもる夫 ひろゆき・ゆか夫妻が苦言を呈したのは、妻だった!
注意するとすねて部屋にこもる夫 ひろゆき・ゆか夫妻が苦言を呈したのは、妻だった!      ひろゆきさんとゆかさんは、何もかもが合わないデコボコ夫婦。付き合い当初から喧嘩も絶えなかったそう。そんな経験をヒントに、渾身のアドバイスをお届けします。 *   *   *  ゆかさんひろゆきさんこんにちは。  すぐすねる夫に呆れています。私が「足音がドタドタうるさいから静かに歩いて」とか、「お風呂あがりも体が臭うから、もう少し丁寧に洗ってほしい」など、私がちょっとした注意をするたびに、すぐすねて引きこもってしまうのです。  機嫌の悪い時は平気で無視もしてくるようになり、最近は何か伝えるにしても恐る恐る顔色を窺うようになってしまいました。  もともと私は考えて考えて慎重に言葉を発するタイプなので、これ以上どうしたらいいのかわかりません。 こんな夫と、どう付き合っていけばいいのでしょうか?   ゆかの回答  素行の悪さを指摘するとすねる人って、面倒くさいですよね……。とはいえ、もし、相談内容に書かれているとおりの言い方をしているのであれば、すねる気持ちも多少は分からなくもないかな?と思いました。  指摘の仕方は結構大事です。  たとえば「足音がドタドタうるさいから静かに歩いて」ですが、「ドタドタ」といった効果音や「うるさい」という直接的な表現は、「文句を言われた」という被害者意識を生みそうですし、「静かに歩いて」も、何をもって「静か」とするかは人によって違いそうです。  そもそも「足音がうるさい」と何が困るのでしょう?  たとえば「夜中に足音で目が覚めてしまい、きちんと睡眠が取れず、翌日に影響する」のように、その行動によって生じる問題を明確にしてみてはどうでしょう。  逆に、「足音が大きくても、ドアを閉めていれば別に気にならない」、「足音が大きいと、だらしない感じがして見ていて何となく嫌」など、実は大して問題がないと気づいた場合は放っておきましょう。  次に「静かに歩いて」も、相手にとっては、それほどうるさく歩いているつもりはないかもしれません。素足ではなく靴下を履く、底の柔らかいスリッパを使う、絨毯を敷く……など、改善策も提案してみてはどうでしょう。  仮に相手の方が質問者さんの提案に不満だった場合は、本人に考えてもらっても良いと思います。     ゆかさん&ひろゆきさんの日々が描かれたコミックエッセイ『だんな様はひろゆき』(原作:西村ゆか、作画:wako)は6万部突破!    また、外ではきちんとやるけど、家庭では横柄といったタイプの人なら、「管理会社の人から連絡があって、下の階の人から足音が響くと苦情が入っている」など、第三者からの苦情といった形にすると素直に聞くかもしれません(バレない範囲で……)。 ・文句ではなく問題点を伝える ・それに対してどのような改善策が取れるのか考える ・すぐに改善しなくても怒らない  書くと育児っぽさがありますが、たとえ問題の原因が相手にあったとしても、良い年をした大人に対して、子どもを叱るような物言いをしたら、良い気分ではないと思います(そもそも子どもだって、頭ごなしに叱られたら素直に認めませんよね)。  価値観は人それぞれですし、悪意ではなく無意識の場合がほとんどだと思うのです。  言いたいことが沢山あったとしても、小言は一つずつにしたほうが良いものです。立て続けに言うと、いくらそこに正当性があっても「怒られた」、「文句言われた」と受け取られる率が高いのです。  ちなみに、体臭については、個人差もあるしデリケートな問題なので、既に臭いについては指摘済みであれば、さりげなくデオドラント製品を導入するなど、間接的な対応をする方が良いかなと思いました。 「ちゃんと洗って」も、ちゃんと洗った上でその状態かもしれませんし、意外と男性は、女性の臭いについては気を使って言わなかったりもしますよ。    最後に、ここまで問題の伝え方や改善策について長々と書きましたが、「すねる」、「機嫌が悪いと無視をする」という反応については、相手の課題です。  伝え方に工夫をすることはできても、相手の反応までコントロールはできません。そもそも大人なら自分のご機嫌は自分で取るものなので。  なので、自分の手にないボールのことまで気に悩むことはないと思います。     ひろゆきの回答  必要事項だけ伝えて、放っておけば良いと思います。  要望を伝えた後に、「部屋に戻るのではなく、なんらかの思い通りのリアクションが欲しい」という願望だと思うのですが、願望を満たしたいという欲望を押し付けてたら機嫌も悪くなるだろうなぁ……と思います。 「考えて考えて慎重に言葉を発するタイプ」であれば、問題が起きてないと思いますし、おいらが書いたような考え方も考慮出来ているはずです。  つまり、貴方は「考えて考えて慎重に言葉を発するタイプだと思い込んで、問題が起きた時は相手のせいにしたい人」なんですよね。  考えに考えた後であれば、「足音がうるさいから改善するにはどうすればいいか?」ではなく、自分が要望を伝えた後に思い通りのリアクションをさせたいという考えにはならないと思いますよ。   夫婦で話し合ってみた ゆか「短いよ! でも文字数は違えど、今回そこまで相違がなさそうな気がする」 ひろ「たまに、大人で無謬主義者の人いるよね」 ゆか「(こっそりと『無謬』をググって)むびゅう……自分正しいマンってことね」 ひろ「うん、自分に問題があるわけではない。相手や環境が悪いのである。と、本気で信じてる人。『考えて慎重に言葉を発するタイプなので、これ以上どうしたらいいのかわかりません』みたいな、自分はやれるべきことは全てやれているから、自分の落ち度はないと思い込んじゃう人」 ゆか「『考えて言葉を発しているつもりなのですが』とかならまだしも、『出来ること全部やり切りました!』って感じは確かにするね」 ひろ「例えば、小学生が『一生懸命頑張って考えたから、これ以上の方法はない』とか言い出したら、他にもいろんな考えがあるんじゃない?って、なると思うんだよね。 “努力して一生懸命頑張って考えた”ということと、“その考えが最良であるか?”は別のことなんだよね。  本当に“自分正しいマン”だとしたら、相手の人が不機嫌になるのも理解できるよなぁ……と」     ゆか「私がわかる方の言葉に言い換えてくれてありがとう。まぁでも、困り事を抱えて、それに対して自分なりにアクションをとって、状況が改善しなくて相談してきているから、『これ以上どうしたらいいかわかりません』の部分については本当なんじゃないのかね……とフォローも」 ひろ「そもそも、指摘をした後に引きこもってしまうのが、なぜ良くないのか?が、わからないんだよね。『同じ過ちを何度も繰り返します』とかなら、困るよねぇ……って理解できるんだけど。部屋に入りたい人が部屋に入るのがなぜ良くないのかわからない」 ゆか「質問者さん目線だと、 ①共同生活で問題が生じる ②問題を解決しようとすると、相手がすねる・無視する ③何も解決しない、どうしよう なんだけど、実は②のやり方に問題がある場合もあるし、そのことに質問者さんが気づいていない可能性もある」 ひろ「『ちょっとした注意をするたびに、すぐすねて引きこもってしまうのです』と、『最近は何か伝えるにしても恐る恐る顔色を窺うようになってしまいました』、要望はこの2つしか書かれてないんだよね。状況改善しないことを問題視してるわけじゃないのがポイント」 ゆか「自分が不都合だと思うことについて、問題意識を相手にも共有・認識してもらって、自分の要望に沿う形で改善してほしい、って思っている可能性はあるね。  でも、それを実現するには改善の仕方にスキがありそうだし、“すねる”とか“無視する”とか、本来他者がコントロールできない、相手の反応まで問題視しちゃってる」 ひろ「指摘をした後に、謝るとか殊勝な態度とかを期待してるとかだとしたら、求めすぎじゃね?と。  拗ねようが無視しようが、改善してればいいんじゃね?っていう態度じゃないと、他人と共同生活なんて出来ないと思うんだよね。考え方や趣向は違うんだから」 ゆか「謝らなくて良いから改善して欲しい派の自分としては、共同生活者である君の口からこの意見が聞けて嬉しい限りですね」     問題を指摘するだけでは揉める ひろ「『足音がうるさい』とかも、そもそも体重多い人とか、どう歩いたってうるさいじゃん。足音響かないタイプの構造の部屋に引っ越すしかない場合とかね。んで、疲れて帰って来て休もうとしてたら、歩き方で文句言われるとか、ストレスになると思うんだよね」 ゆか「前に私たちが日本で住んでいたマンションは、軽量鉄骨だったから、音がめちゃめちゃ響いて似たような問題があったね。そういえば」 ひろ「下の人が引っ越した話やな……」 ゆか「うるさいのは、君だったのにね」 ひろ「この場を借りて、すいませんでした……と」 ゆか「話を質問者さんに戻すと、単なる文句なのか、それで問題が発生しているのかで大分違うよね。例えば『深夜なのに走り回る』とか『足音で寝ている子どもが起きてしまう』とかなら問題だと思う」 ひろ「解決しなければいけない問題なのか?ってのと、文句を言うのと、解決法を出すのって違うんだよね。たとえば、これはおいらが深夜にゲームをしてて君から注意された話なんだけど(2024年9月4日掲載の記事「深夜に大音量でゲームを始め、飛び起きた私に「耳栓したら?」 ひろゆきとの夫婦喧嘩の仲直りのルール 西村ゆか&ひろゆきの夫婦のトリセツ」)。  おいら視点でいうと、対戦協力ゲームは友達がゲーム出来る時間じゃないと進められないものなんだよね。んで、働いてる友達が集まれるのは深夜になる。んで、ゲームがマッチングしやすいのも深夜になる。  あの当時、君はべつに家があって、おいらの家にも住んでるって状態だったのね。ほいで、おいらは自分の家しかない。エンタメに関わる仕事をしてるから、ゲームをやるのは趣味でもあり仕事でもある。  記事に書かれてない情報として、ヘッドホンでやってても、声を出すのは一緒だからうるさいと言われた。  んで、うちの場合、解決法は寝室が違う部屋に住むしかないなと思ったわけ」 ゆか「同棲中ではあったけど、まあ私の家もまだあったね。あの時は、お互いに“文句”を言い合っていただけなので、喧嘩にしかならなかったという感じだったと思う」     ひろ「騒音がうるさいというのはわかるんだけど、それを解決する方法を提示せずに『うるさい』と指摘をするだけだと揉めるだけなんだよね」 ゆか「今回の回答で書いたように、たとえば『素足ではなく靴下を履く、底の柔らかいスリッパを使う、絨毯を敷く』みたいな感じで、『こういう改善方法はどう?』って提案ができると良いと今は思うね」 ひろ「うん。提案することで、お互いの問題が解決する場合もあるんだけど、『問題点を指摘して、相手に殊勝な態度をとらせたい』ってのがゴールだと、相手方は、コミュニケーションとりたくなくなるよね……と」   注意をする前に観察する ゆか「『お風呂あがりも体が臭うから、もう少し丁寧に洗ってほしい』はどうかね」 ひろ「これもけっこう微妙なラインだと思ってて、おいら、アメリカの大学に通ってたときに寮だったから、ルームメイトが居たのね。んで、シャワーとトイレは共同。  日本人は日本人のことしか知らない人が多いから、ほぼ体臭がないのが当たり前だと思ってる人が多い。んでも、白人とか黒人とかは、固有の体臭がある人が多いのね。ルームメイトがシャワーを浴びて、部屋に帰ってくると、すでにその人の匂いがするわけ」 ゆか「フランスも臭いについては多様だね」 ひろ「ルームメイトはいつも香水を使ってたのね。そもそも香水文化が欧州から生まれたように、そういうDNAの元に生まれてる人は結構いる。んで、そういう人に対して『お風呂あがりも体が臭うから、もう少し丁寧に洗ってほしい』っていうのは、無理なお願いをしてることになる」 ゆか「なるほど」 ひろ「『耳の後ろを洗うとお金持ちになる』っていうユダヤの人のジンクスがあるけど、耳の裏を洗い忘れることが多いから、結果としてジンクスとして広まったのではないかという仮説を立てているおいら。  DNA的な問題でもなくて、本当に洗い忘れてる箇所があるなら、その箇所を指摘すべきだと思うんだよね。本人はちゃんと洗ってると思ってるのに『体が臭う』って言われたら、嫌味で言ってるのかと思う場合もあると思うんだよね」     ゆか「箇所ってさ、具体的にわからなくない?どうやって指摘するの?」 ひろ「いろんな箇所を嗅いで、どこがくさいのが探せばいいじゃん」 ゆか「なんか臭う、クンクンってことでしょ。むしろその方が相手に失礼じゃね?」 ひろ「体が臭うってのは、本人からはわからないことが多いから、漫然と言われるほうが対処不能なんだよね。一緒に風呂入って、どこを洗ってるのか確認するとか。匂いの箇所を当てるのは、本人にとってもメリットかもしれないじゃん。耳の裏みたいに本当にわかってない場合もある。  洗う箇所を観察して、全身をきちんと洗っててもくさいのだったら、それは指摘してもしょうがない体質的な問題だとわかるでしょ」 ゆか「逆に洗い方が本当に足りなかったら、この部分って言うのが明確になるしね」 ひろ「『耳の後ろ洗えてないから、洗ってあげる』とか言えば解決するじゃん。箇所がわかれば、次回からはそれを指摘すれば、相手も改善方法がわかる」   環境を変えるのが近道かも? ゆか「たしかに。ところで、騒音問題について今回の相談をもう少し深堀りしたいんだけど、我々が住んでた家の騒音問題については、私の方ではできる限りの改善策はしたんだよ。それこそ、回答で書いたような底の柔らかいタイプのスリッパ履くとか、椅子のカバーつけたり、絨毯敷くとかね。  でも、君はスリッパは嫌がって履かなかった。ひろゆき君なりに、歩き方については、多少は気をつけてたのかもしれない。だけど、結局下の階の人は、引っ越しちゃった。  で、これは自分たちで出来る改善の他に、建物の構造の問題もあった。構造は私たちで変更も改善もできない。なので、さっき君が書いていた『足音響かないタイプの構造の部屋に引っ越す』は案の一つだと思うんだよね」 ひろ「引っ越したほうが話が早いってパターンはあるね。うちは寝室が別なのも、活動時間帯と睡眠時間が合わないってのもあるし」 ゆか「うちの場合は、寝室を別にすることで騒音問題はだいぶ解決したよね。そもそも音に対する耐性も全く違うし、生活に密接に関わるところなので、お互いに譲れない部分でもあった。  ただ、そんな部屋数増やすお金はないよ!って人の場合は、どうすれば良いと思う?」     ひろ「引っ越しは、家賃上昇か、駅から遠くなるか、部屋が狭くなるか、通勤時間が長くなるか、なんらかのデメリットと引き換えになるけど、毎日のストレスを考えたら、差し引きでプラスになる場合もあるんでないかな。  駅から遠くなるか、部屋が狭くなるか、通勤時間が長くなるの場合は、経済的な負担はないし、会社員だと、定期券が出たりもするし」 ゆか「上であげたデメリットと、毎日のQOLの向上を天秤にかける感じだね。考えてみると、音も臭いも、毎日の生活に密接に関わるから、自分たちでできる改善の他にも、物理的に別の空間を増やすことで解消される場合もあるよね」 ひろ「ネズミの実験で、狭い部屋に詰め込むと共食いをはじめるというものもあったしね」 ゆか「価値観は多様なので、悪意の有無関係なく、その人にとっての不快は生じるしね」 ひろ「共同生活だと、それが死ぬまで続くストレスって考えちゃう人多いから」 ゆか「だね。それに、部屋別にしても、同じ空間にいたかったら一緒にいられるもんね。うちの居間みたいに」 ひろ「うほほ」   総括 ・文句ではなく問題点を明確にする ・大事なのは謝罪ではなく改善 ・相手の反応に対してまで口出さない ・互いのQOL維持のために別室持つのもアリかも   【お悩みを募集中!】 連載「西村ゆか&ひろゆきの夫婦のトリセツ」では、夫婦・パートナーにまつわるお悩みを募集しています。ご応募はこちらのフォーム から!(https://publications.asahi.com/feature/nishimura/)   西村ゆか/Webディレクター。東京北区出身。インターキュー株式会社(現GMOインターネットグループ株式会社)、ヤフー株式会社を経て独立。2015年よりフランス移住。著書に『だんな様はひろゆき』(wakoとの共著、朝日新聞出版)、『転んで起きて』(徳間書店)がある。 ひろゆき/1976年、東京都生まれ。1999年、インターネットの匿名掲示板「2ちゃんねる」を開設し、管理人になる。2005年、株式会社ニワンゴの取締役管理人に就任し、「ニコニコ動画」を開始。2009年に「2ちゃんねる」の譲渡を発表。2015年、英語圏最大の匿名掲示板「4chan」の管理人に。主な著書に、『論破力』(朝日新書)、『1%の努力』(ダイヤモンド社)などがある。   【こちらも話題】 深夜に大音量でゲームを始め、飛び起きた私に「耳栓したら?」 ひろゆきとの夫婦喧嘩の仲直りのルール 西村ゆか&ひろゆきの夫婦のトリセツ https://dot.asahi.com/articles/-/231832    

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