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“盗撮警察官”が急増も処分理由を「異性関係」にする警察庁の意識の低さ 撮影罪施行から1年の現状
“盗撮警察官”が急増も処分理由を「異性関係」にする警察庁の意識の低さ 撮影罪施行から1年の現状
昨年、羽田空港に掲示されたポスター。「盗撮行為は、法律で罰せられることとなりました」などと書かれていた=2023年7月、羽田空港第2ターミナル    盗撮を取り締まる「性的姿態等撮影罪(以下、撮影罪)」の施行から7月で1年を迎える。警察庁は5月30日、昨年1年間の全国の盗撮行為の検挙人員が4660人に上り、過去最多を更新したと発表した。盗撮に関する社会の目が年々厳しくなり、新たな罪名ができて取り締まることが可能になった一方で、取り締まるはずの警察官による盗撮が急増していることが、情報開示請求などから明らかになった。  撮影罪が施行されたことで、相手の同意なしに性的な部位や下着を撮影すると、3年以下の懲役または300万円以下の罰金が科される。これまで、全国一律で盗撮を取り締まる法律はなく、自治体の迷惑防止条例などで取り締まってきたが、都道府県によって処罰対象が異なるため、一貫した取り締まりが難しかった。  警察庁によると、2019年に3166人だった盗撮の検挙人数は、3024人(20年)、3501人(21年)、3982人(22年)と増加。そして、撮影罪が施行された23年には迷惑防止条例違反と撮影罪違反を合わせて4660人が検挙され、過去最多を更新した。 警察官も盗撮に手を染め  この5年で計1万8333人にのぼる。平均すると1年当たり3667人(小数点以下は四捨五入)が検挙されていることになる。  そして、警察官が盗撮に手を染めているケースが多い実態も浮かび上がってきた。  筆者は昨年12月、全国47都道府県の警察本部に対し、懲戒処分記録などの情報公開を請求した。警察が開示した処分記録には、「不適切行為をしたため」とだけ書かれ、盗撮の事実が伏せられているのも多いため、記録のほかに新聞で報道された内容なども調べて人数を独自に集計した。  その結果、2019~23年の5年間で、少なくとものべ94人の警察官が盗撮で処分を受けていたことがわかった。平均すると、1年当たり18.8人が盗撮で処分されていることになる。多かったのは、大阪府警の16人、神奈川県警の11人、福岡、愛知両県警の7人と続く。 【こちらもおすすめ】 「カリスマ撮り師」を盗撮容疑で御用 12年間で1億5千万円の売り上げ 「熟練した腕を試したかった」 https://dot.asahi.com/articles/-/13172?page=1   過去5年間の各警察本部の警察官や職員による盗撮件数(警視庁は黒塗りとなっており、盗撮と確認することはできなかった)    ただ、前述した数字は、警察が公開した資料や、新聞報道などに基づくものであり、実際にはこれより多くの人数が処分されていることがわかる。  例えば、和歌山県警は処分理由の多くを「公務の信用を失墜する行為をしたもの」としており、具体的にどのような不祥事を起こしたかは明らかにしていない。島根県警も同様だ。勤務していた警察署の女性用仮眠室に盗撮目的でカメラを仕掛けた警察官の処分の記録について、筆者に開示された資料には「当該職員は、令和4年7月19日から同月20日までの間、島根県内において、私行上の信用失墜行為をしたものである。」としか書かれておらず、新聞記事を参照しなければ何が理由で処分されたのかわからないようになっていた。 和歌山県警は処分理由の多くを、「公務の信用を失墜する行為をしたもの」とだけ説明。不祥事の詳細を明らかにしない警察本部は他にもあった 島根県警は、警察署の女性用仮眠室に盗撮目的でカメラを設置した警察官の処分について、「私行上の信用失墜行為」との説明だけ    そして、前述したが、全国の都道府県警で盗撮による処分件数が最も多かったのは、職員数が2万人を超える大阪府警だった。過去5年間、年平均で3.2人が処分されている。次に多いのが職員数約1万7千人の神奈川県警、さらに1万4千人超の愛知県警、1万2千人超の福岡県警が多かったことを考えると、職員数の多さが処分件数の多さに比例していることは明白だ。 警視庁は集計不可  そうなると、大阪府警の倍以上の職員数を抱え、首都・東京を守る警視庁が一番多いのだろう、と推測ができる。しかし、警視庁に情報開示請求をして出てきた資料からは、盗撮で処分された職員数を集計することはできなかった。黒塗りにしてわからないようにしてあるからだ。  ここに2023年1月17日付けの警視庁職員の懲戒処分説明書がある。大手紙の元警視庁担当記者は「規則違反した警察官が処分される際に作成される文書で、規則違反の内容と、処分内容が書かれています」と語る。  文書の右上に「適用条文」という欄があり、どのような法律や規則に違反したかが記されている。例えばそこに、「刑法第235条(窃盗)」などと書かれていれば、モノを盗んだのだろうと推測することはできた。   【あわせて読みたい】 スイミングクラブでは3歳女児も被害に…「子どもに接する仕事」で“わいせつ事件”が多発するのはなぜなのか https://dot.asahi.com/articles/-/12573?page=1  ただ、氏名や所属などの個人情報はもちろん、違反の具体的な内容は黒塗りにされている。いわゆる「のり弁」と呼ばれる行政文書だ。「職員は、正当な理由がないのに」という言葉以降は、日付を含めほとんどが黒塗りで隠され、具体的にどのような違反を犯したのかはわからない状態だ。  盗撮であれば「迷惑防止条例」の中に含まれるはずだが、それが盗撮なのか、痴漢なのか、また別の行為なのかは、黒塗りにされていてわからないようになっていた。 警視庁の懲戒処分説明書。内容はほぼ黒塗りで、何をして処分されたのかは不明だ  また、警視庁は、懲戒処分の記録を2年で破棄しており、22年より以前の記録については入手できていない。  ということで、22年と23年の2年間を確認した。「強制わいせつ・痴漢・盗撮等」が理由で処分された警察官は19人いた。前述したとおり、その内訳はわからないが、迷惑防止条例違反などで処分されたのは、少なくとものべ13人いた。残りは住居侵入、青少年育成条例違反、セクシュアル・ハラスメント、公然わいせつ、児童買春、強制性交で処分された警察官がそれぞれ1人ずついる。   性犯罪目的の住居侵入  住居侵入事案については、警視庁は行為の目的別に分類を行っているとみられる。例えば、建造物侵入と窃盗を理由に22年9月16日に懲戒免職処分となった巡査について、規律違反の分類は「窃盗・詐欺・横領等」となっている。また、住居侵入を理由に22年9月16日に減給10分の1(6カ月)の懲戒処分となった巡査部長については、規律違反の分類は「その他」となっている。つまり、同じ住居侵入でも、「強制わいせつ・痴漢・盗撮等」が理由で処分された事案に関しては、性犯罪目的の住居侵入だったと予想することができる。  警察官による盗撮は今年に入ってからも、大阪府警と埼玉県警、鹿児島県警の巡査部長、千葉県警の巡査がそれぞれ、盗撮で逮捕されたり、処分を受けたりしたことが報じられている。鹿児島県警の前生活安全部長が国家公務員法違反(守秘義務違反)の疑いで逮捕された事件では、本部長が警察官の不祥事を「隠ぺい」したと指摘された(本部長は否定)。 【あわせて読みたい】 鹿児島県警の「闇」 隠ぺいの背景に“不倫”、セクハラ、パワハラ…5年間で増えた不祥事 https://dot.asahi.com/articles/-/224859?page=1  相次ぐ警察官による盗撮と、それを隠そうとする体質は警察庁にも見て取れる。警察庁は今年2月、2023年に懲戒処分を受けた全国の警察官と警察職員が266人だったと発表した。主な理由を区分して公表しており、一番多かったのは「異性関係」(89人)だった。ここには、「不倫」のほかに、盗撮や痴漢などの性犯罪も含まれている。不倫と、そうした性犯罪を一緒にして「異性関係」という言葉でまとめているのだ。  盗撮を取り締まる法律ができて1年が経ち、「日本版DBS」(子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないか確認する制度)の創設を盛り込んだ法案も成立に向け、審議が進んでいる。性犯罪の深刻さが社会でも改めて浮き彫りになるなかで、取り締まる側の警察組織の意識は薄いと言わざるを得ない。 (田代秀都)  
盗撮警察官盗撮警視庁
dot. 2024/06/16 08:30
池田小の不審者対策に学ぶ「さすまたがあるから大丈夫」ではない 子どもの命を守る「本質」とは
米倉昭仁 米倉昭仁
池田小の不審者対策に学ぶ「さすまたがあるから大丈夫」ではない 子どもの命を守る「本質」とは
大阪教育大付属池田小学校は、不審者対応訓練の後、反省会を行った(2020年)    校内に侵入した男が児童8人を殺害し、教員を含む15人を負傷させた大阪教育大学付属池田小学校事件から6月8日で23年がたつ。学校に不審者が侵入する事案は後を絶たず、6月4日には埼玉県所沢市の小学校に両手にはさみを持った女(22)が侵入した。池田小襲撃事件の教訓とは何か。 *   *   * 咄嗟の対応力問われる  5月27日、池田小では不審者対応訓練が行われた。眞田巧校長はこう打ち明ける。 「訓練の詳細が事前にわからないので、毎年、訓練が始まると『どうしよう、どうすべきか』と考えながらやっています」  池田小の訓練は実戦さながらで、咄嗟の対応力を問われる。訓練の詳細な内容は、それを立案する学校安全主任など、ごく一部の教員にしか明かされない。校長といえど、例外ではない。 「不審者役の侵入経路や状況は毎回変わります。突然、校内にブザーが鳴り響いたり、教員が持つ笛の音だけが聞こえたりする。しかし、不審者役がどこで何をしているのかはまったくわからない」  池田小に赴任して初めて訓練に参加する教員は、どう対応していいかわからず、戸惑ってしまうほどだ。  不審者を見つけた教員は対策本部となる職員室に携帯電話などで状況を知らせる。本部は110番・119番通報や児童の避難の必要性を判断するとともに、複数の教員に現場に駆けつけるように指示を出す。場合によっては、「さすまた」などを使って不審者役の動きを封じ、児童を遠ざける。 複数のさすまたを使って不審者を取り押さえる訓練の様子。大池田小で不審者対応訓練 (2023年)  関係者以外を学校に入れない  今年の訓練の様子は、「教員らがさすまたを使って不審者の動きを押さえる動作などを確認した」「さすまたを使って不審者を制圧」などと報じられた。  ただし、当の池田小が事件の教訓をもとに作成した危機管理マニュアル「学校安全の手引き」には、さすまたの使用についてほとんど触れられていない。  不審者対策の本質は別にある。池田小が不審者対策として最も重視するのは、「学校の敷地内に関係者以外の人間を絶対に入れない」ことだ。 学校の防犯、「ここに注意」 枚岡署が教職員向け対策動画(付属池田小事件20年で、2023年、大阪府)   大阪教育大学付属池田小学校の眞田巧校長。教員はこのようにIDカードともに緊急事態を伝える笛を携帯している   ID着用を徹底する 「不審者に気をつけよう」とはよく聞く言葉だ。だが、実際の不審者は「ごく普通の人」に見えることも多く、外見だけで「不審者」と判断することは困難だ。そのため、池田小では教員や保護者、業者にIDカードの着用を徹底させている。 「実際に起こりうる事態を想定し、今回もIDカードをつけていない人に声がけをする訓練をしました」  池田小の入り口は警備員が配置された正門の1カ所で、そこでIDカードの着用を求められる。さらに玄関の事務職員がIDカードを確認し、声がけをしたうえで玄関ドアのロックを解除する。 「保護者が出先から来校するなどしてIDカードを忘れたときは、来校者用のIDカードを正門で受け取りますが、その際には、顔見知りの保護者であっても事務職員が名前と児童のクラスを確認します」  もし仮に、校内にIDカードを着用していない人がいれば、教員は声をかけ、注意する。それに従わない場合は、躊躇なく非常ボタンや防犯ブザーを鳴らす。 保護者が学校を訪れる際にIDカードをつけることは不審者侵入対策の基本である=東京都内、米倉昭仁撮影   うっかり忘れは「恥」  そこで欠かせないのが保護者の協力だ。一人でも「IDカードをつけるのが面倒だ」という保護者がいれば、安全管理体制は崩壊してしまう。 「池田小では保護者を含めた学校関係者全員で子どもたちの安全を守っていくという意識が浸透しています。来校の際、うっかりIDカードを忘れると、『恥』と感じる文化が根づいています」  しかし、不審者が何らかの方法でIDカードを入手したり、偽造したりする可能性もある。綿密に計画して学校に侵入した事件もある。 「来校者用のIDカードをつけている人には、念のために教員が声をかけるように徹底しています。たとえ保護者であっても、不審な動きをしたり、教員の指示に従わなかったりする場合は『不審者』として対処します」  保護者だとわかっていても声がけをする学校の意図について、保護者からも理解が得られているという。 演劇のような訓練は危険  大阪教育大学・学校安全推進センターの藤田大輔センター長によると、学校への侵入者による事件を防ぐためには、教員だけでなく、児童生徒や保護者、地域住民の視点や協力が欠かせないという。  マスクやサングラスをして大声を出し、刃物を振り回しながら校内に侵入してくる――そんなわかりやすい不審者は実際にはいない。教員が不審者にさすまたを向ければ、死にもの狂いで抵抗して切りつけてくるかもしれない。しかし、予定調和のシナリオに沿った演劇のような訓練が少なくない。 大阪教育大学・学校安全推進センターの藤田大輔センター長    ある高校の教員らは、不審者対応訓練後、「こんな訓練で十分ですか。先生たちは本当にこれでいいと思っていますか」と、生徒会の役員たちから不安を訴えられたという。  池田小の「学校安全の手引き」には、こう書かれている。 「訓練しているから大丈夫、という考えは本当に危険です。かえって油断してしまうような訓練はするべきではありません」 さすまたなら4、5本必要  池田小襲撃事件の後、全国の学校に置かれるようになったさすまたも「油断を生む原因になりかねない」と、藤田さんは指摘する。 「さすまたは、不審者1人に対して4、5本ないと役に立たない。本数があるから、教員たちはみなで不審者に立ち向かおうとなる。でも、1、2本しかなかったら、誰が対応するのかと躊躇してしまうでしょう」  校内に死角がないか、いつも同じ教員が点検しているのでは危険性を見落とすこともある。学校は児童生徒や保護者、地域住民に意見を求め、批判も受けとめる姿勢を持つことが重要だという。 PTAの協力が欠かせない  2022年に閣議決定された国の「第3次学校安全の推進に関する計画」は、学校安全の主要指標に、児童生徒が安全点検に参加する活動を行っていることや、PTAの参画状況を挙げている。  また、学校安全の中核を担う教員の明確化も求めている。 「池田小のように『学校安全主任』を置くことです。1人の教員にその仕事を押しつけるのではなく、PTAや地域の方に参加してもらい、役割を分担して、問題意識や情報を共有していくことが重要です」(藤田さん)  児童生徒は、教員や保護者、地域の人々から「大切にされている」と実感する必要があるという。 「子どもたちの自尊感情や自己肯定感が増し、危険に対する感知力も高まります」(同) 門扉は閉まっているのが当たり前 「見知らぬ大人から声をかけられたら、不審者と思え」という安全教育は、大人を信じられない子どもを増やすと藤田さんは指摘する。 「10年後、20年後も、地域の子どもたちの安全は自分たちが守るんだ、という住民意識を育てていくべきです」(同)  教員だけでは学校の安全を守ることができない。「もしかしたらうちの学校でも」と、常にわがこととしてとらえることが大切だという。 「校門の門扉は閉まっていることが当たり前。それをPTAや地域の人にも理解してもらい、協力してもらうことが大切です」(同) 訓練   (AERA dot.編集部・米倉昭仁)
池田小不審者対策さすまた
dot. 2024/06/08 08:00
草なぎ剛と清原果耶が初共演 清原の芝居を見て「つい言っちゃった」言葉とは
古谷ゆう子 古谷ゆう子
草なぎ剛と清原果耶が初共演 清原の芝居を見て「つい言っちゃった」言葉とは
昨年の撮影以来の久しぶりの対面。相思相愛な二人の対談は笑顔が絶えず、和やかに進んだ(撮影:植田真紗美)    映画「碁盤斬り」で共演した二人。「娘役が清原さんだったから役を演じられた」という草なぎ剛と、「いつか共演できたら」と願っていたという清原果耶が撮影を振り返った。AERA2024年5月20日号より。 *  *  * ――舞台は江戸時代。身に覚えのない罪を着せられた浪人・柳田格之進(草なぎ)は、娘のお絹(清原)と長屋で暮らしていた。ある日、冤罪事件の真相を知らされた格之進はある決断をする。お絹は父のため、遊郭に身売りする覚悟を決める──。静かに復讐に燃える男を、草なぎはどんな思いで演じていたのか。 草なぎ:「こんなに可愛い娘がいるのに遊郭に出すなんて、格之進は何をしているんだ!」と思いながら僕は演じていましたよ。そんなふうに思わせてくれたのは、ほかでもなく清原さんだったから。 清原:本当ですか? ありがたいです。 草なぎ:現場でも言ったよね。上から目線の言い方になってしまうけれど、「清原さん、あなた素敵だよ」って。 清原:そうでした、言っていただきました。 草なぎ:ラストの方のシーンでのお芝居を見たときに、本当にそう思って。俳優さんに「よかったよ」なんて、おこがましくて言えないけれど、つい言っちゃった。 清原:すごく嬉しくて、いまでも覚えています。 草なぎ:涙を流すシーンなのだけれど、感極まった感じが本当に素敵で。その瞬間、「愛すべき娘だな」と思ったもん。清原さんは人当たりが良くて、性格もいいなと感じるから、会ったときから自然と会話をしていたね。 草なぎ剛(くさなぎ・つよし、左):1974年生まれ、埼玉県出身。映画出演作に「山のあなた 徳市の恋」「台風家族」「まく子」「ミッドナイトスワン」など/清原果耶(きよはら・かや):2002年生まれ、大阪府出身。近年の主な出演作に映画「1秒先の彼」、舞台「ジャンヌ・ダルク」など。映画「青春18×2 君へと続く道」が公開中(撮影/植田真紗美)※映画「碁盤斬り」(監督:白石和彌)は5月17日から全国公開/   空間を支配する力 ――物語においては、親子ではあるものの同志のような、共犯関係にあるような、不思議な関係性が垣間見える。 草なぎ:清原さんの持つグルーヴがいいなと、最初から感じていて。父と娘が不思議と仲が良くて、いい始まり方だな、とも感じていました。清原さんは現場では(共演者の一人である)中川大志君と熱心に囲碁の練習をしていたよね。 清原:役にあやかって、勉強していましたね。やるからには、中川さんに勝ちたいという気持ちもあって。 草なぎ:カットがかかる度に、二人で本気で囲碁をしていたよね。清原さんは吸収力がすごい。僕はコーヒーを飲みながら、そんな二人を眺めていたけれど(笑)。 清原:以前もお伝えさせていただいたのですが、私は草なぎさんが主演をされた映画「ミッドナイトスワン」が大好きで。まさか草なぎさんの娘役として現場でご一緒できるとは想像もしていなかったので、毎日緊張していました。現場に入られると「父上がいらした、今日も頑張ろう」と。役柄のうえでも「父上のためなら腹を括ろう」と思っていました。 草なぎ:清原さんはエネルギーを持っている方で、内側から湧き出る娘としての思いが伝わってきた。僕にとっても、格之進という人間にとっても、こんなに可愛い娘がいるから奮闘できた、というのもあると思う。格之進にとって大切なシーンでも、やはり清原さんの顔を思い出しながら演じていたから。清原さんのグルーヴがとても良かったから、スッと世界観に入ることができた。 ――清原が感じた、草なぎの持つ“すごさ”とはどのようなものだったのだろう。 清原:私が言うのもおこがましいのですが、“空間の支配力”がすごいな、と感じていました。草なぎさんがいらっしゃると、空気の色がガラッと変わる気がするんです。いい意味で緊張感があり、自然と背筋が伸びる。私の目には、草なぎさんというより「格之進」という人物として映っていました。「ちゃんと父上についていかないと」と思いながら毎日、片足を震わせながら現場にいた気がします。  私が感情を表に出すハードなシーンの後に、草なぎさんは撮影用に用意されていたお出汁をサッと出して「これ、飲むといいよ」と言ってくださいましたよね。涙を流すシーンの後に、お出汁をいただいて「草なぎさんの温かさが、しみるな」と。とてもありがたかったです。 草なぎ:清原さんって、思わず周囲が何かをしたくなってしまう人なのだと思う。芝居でもそう。俳優さんは皆さん、魅力的な方が多いけれど、特別な何かを持っているというか。「あなたには素晴らしい華がある」と言いたい。 清原:現場で集中し、あまり話さなくなると「怖いね」と言われてしまうことがあって、それが最近の悩みだったので、そう言っていただけてありがたいです。 草なぎ:その集中力も、きっと魅力なんだよ。集中している時と、現場で「差し入れのお煎餅を食べちゃおうかな?」「甘いものは食べない方がいいかな?」なんて言いながら迷っている等身大の女の子のところもあって、役を演じている時とのギャップも魅力的。 清原:いまから雷が落ちるのではないか、と思うくらい褒めていただいています(笑)。うれしいです。 熱量を感じてほしい ――緊張感のある物語ではあるが、どこか凛とした美しさがある。二人はでき上がった作品を観てどんなことを感じたのだろう。 清原:私は自分が出演する作品を試写で観る際は、あら探しをしてしまうタイプで。1回目はどうしても「これで良かったのかな」「でも、あの場ではこうするしかなかったかな」と考えながら、気づけば観終わっていた感じです。 草なぎ:そういうふうに観るんだね。何度か繰り返しみれば、客観的に観られるようになるの? 清原:なにも考えずに観られるようになるのは、2、3回目からですかね。 草なぎ:今回は、とくに碁盤のシーンではワンシーンワンシーンにすごく時間をかけて撮っていて「あんなふうに撮れば、こんな感じになるんだ」と注目するポイントも多かったね。  最初は優しいトーンで話が始まるけれど、やがて格之進が復讐に燃えていく場面から、映画のトーンが変わり熱量を帯びてくる。そうしたところから、観客の方々がなにかを感じてくれたらいいなって。 今度はバディものを 草なぎ:映像が綺麗だから、江戸時代に行ってみたいとも思った。ふわーっと穏やかに始まるけれど、これまでの白石和彌監督の作品同様、「静かなままでは終わらないぞ」と感じさせる側面もあり、気づけば引き込まれていくと思う。 清原:振り返ると、とにかく贅沢な現場だったな、と。いつか、どこかでお会いできたら、と思っていた草なぎさんと親子役で、かつ人間味あふれる作品のなかでご一緒させていただけた。一期一会の出会いだったなと思います。 草なぎ:今度、共演することがあったら刑事もの、バディものもいいんじゃない? 清原さん、殺陣の練習もしているって聞いたし、体が動くんじゃない? 清原:体を動かすのは好きで、アクションも好きです。そんな日を楽しみに、頑張りたいと思います。 (構成/ライター・古谷ゆう子) ※AERA 2024年5月20日号
草なぎ剛清原果耶
AERA 2024/05/20 10:30
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板垣聡旨 板垣聡旨
“闇名簿”ブローカー「これ以上の話は命の危険がある」 “ルフィ一”一派に流れた名簿とは
名簿リストの中には、高額預金者のリストまで存在していた。預金額が漏洩していることにつながる  個人情報が蓄積された“闇名簿”なるものが存在し、犯罪グループはそれを基に強盗や詐欺の狙い先を決めているという。名簿には、個人の氏名、住所、家族構成や、どんな通販商品を買ったのか、資産はどのくらいあるのか、といった情報が書き込まれている。なぜそんな詳細なデータを大量に集めることが可能なのか。取材を進めると、「ルフィ事件」でも使われたとみられる闇名簿について、詳細を知る男性に接触ができた。 ※【前編/“闇名簿”で選ぶ強盗の狙い先 家族構成、預貯金額……小遣い稼ぎに漏らされる企業の個人情報】では強盗の被害者や闇バイトに手を出した当時の高校生、特殊詐欺の元リーダー格の話から、犯行時の生々しい様子や闇バイトの募集手口、闇名簿の入手方法を明らかにした。 「これが闇名簿です」  企業から情報漏洩(ろうえい)されたデータなど大量の個人データを含んだ闇名簿を売っているという30代後半のブローカーB氏が、名簿の一部を見せてくれた。 「まずはリスト。お客さんにわかりやすくするため、僕がどんな情報を持っているのかをまとめた、いわゆる闇名簿の“メニュー”みたいなものです」  そう言って目の前に出してくれた名簿には、ネットショップでの化粧品購入者やネット通信の契約者、競馬の馬券購入者、サプリ購入者……など、名簿の属性が書かれたリストが967件並んでいた。それぞれ、氏名、住所、電話番号などが書かれているか、いないかを、「○」「×」で記している。 3都県の住民票が  きわめつきは住民票だ。東京都、神奈川県、埼玉県で、それぞれ三十数万件以上ある。家族構成、職業、預貯金の有無、これまでに特殊詐欺の被害に遭ったかどうかの「○」「×」など。 上から、埼玉県、東京都、首都圏以外、千葉県、神奈川県といった住民票データが記載されており、その総件数は176万225件に上る。また、各名簿には氏名や住所のほか、電話番号、生年月日も記載されている  リストのすべての件数を合わせると、延べ数千万件分という信じられないような数字になる。  そのうちの一つをじっくりと見させてもらった。 「これは、とある商材を購入したリスト。氏名や住所、電話番号のみ。うちなら、その家の資産額がわかるリストもありますよ。個人情報がダダ漏れですから、こんなリストを作るのは簡単ですよ。売れる金額はケースバイケースですが、1人あたりのクレジットカード情報だけで数千円で売れることもあります。闇名簿でもうけた金で高い時計や芸術品を買って、また転売して金を増やしています」  B氏は、屈託もてらいもなく、さらっとそう話した。  実際、個人情報が流出したというニュースは頻発しているといっていい。 【あわせて読みたい】 “ルフィ”の連続強盗事件は「政治案件」になっていた? フィリピンのマルコス大統領来日の裏 https://dot.asahi.com/articles/-/13239?page=1 有料放送を視聴している会員リストは5万件の個人情報を含んでいるという    直近に起きた規模が大きな例でいえば、NTT西日本の子会社の元派遣社員が約928万件の顧客情報を不正流出させていたことを、昨年10月、NTT西日本社が公表した。流出したのは、氏名や住所、電話番号などだ。また、被害に遭った顧客69企業・団体のうち、少なくとも29は自治体だった。      この事件をめぐって、岡山県警が今年1月31日、山田養蜂場(岡山県鏡野町)の顧客情報を名簿業者に渡したとして、不正競争防止法違反(営業秘密領得、開示)の疑いで、兵庫県芦屋市の63歳の男を逮捕した。逮捕容疑は、NTT西日本の子会社に勤務時、山田養蜂場の顧客の氏名や住所、電話番号など約3万2800人分の個人データをノートパソコンにダウンロードし、東京都内の名簿販売業者にメールで送信したというもの。一部報道によると、それらのデータの売却額は約2万円だったという。 特殊詐欺に関与した消防士の自宅から……  また、LINEヤフーは今月、第三者による不正アクセスで、同社やグループ会社の従業員らの個人情報が13万件以上流出したことがあると明らかにした。同社は昨年11月にLINEアプリの利用者情報など計約44万件の個人情報が外部に流出した恐れがあると発表している。その後の調査のなかで、新たに不正アクセスによる漏えいが発覚し、計約50万件以上に広がった。11月当時で流出したのは、利用者の年代や性別、通話の利用頻度など20項目を超える情報だった。  2022年12月には、特殊詐欺に関与したとして逮捕された20代の消防士の自宅から、消防署が保管する高齢者名簿のコピーが押収されていたことを東京消防庁が明らかにした。流出したのは、東京都中野区に居住する70歳以上の高齢者約1万6千世帯分の名簿で、その一部のコピーが警視庁の家宅捜索で見つかった。  過去の大量の個人情報流出といえば、2014年に通信教育大手のベネッセコーポレーション(岡山市)で、外部会社の元派遣社員が約3500万件分の個人情報を名簿業者3社へ売却していたことが明らかになった。 【こちらも読まれています】 闇バイトは「朝7時半に朝礼」「拠点は日本食が出る食堂つき」 詐欺の「かけ子」が語る「ルフィ」の手口 https://dot.asahi.com/articles/-/13275?page=1 カードに関する個人情報は3万件を超えていた    政府の個人情報保護委員会が2018年に公表した、名簿の販売業者などに関する実態調査では、不正に入手した個人情報が複数の「名簿屋」に転売され、そうした個人情報の売買が犯罪行為を誘発する原因として問題があるとしている。    一方で、ニュースには出ない隠れた部分で行われている小規模な売買も怖い。 「行政関係者が流してしまうケースもあるけど、民間ではネット通販会社の人や不動産営業マン、あとは新聞販売所に勤めていた人とかかな。とくに金融関係なんて『ザル』に近いです。いわゆる不良社員が、お金欲しさに顧客の預貯金額などが書いてある名簿を平気で売ってくる。そういうのは、そこらへんのチンピラでも簡単に掲示板で買える」  と話すB氏。さらに、こう続けた。 「あと、実際にその闇名簿が使えるものかどうかも、チェックすることがある。例えば、“たたき(強盗)”に入るとき、受け子や出し子に実際にその家に行かせて、人の出入りを確認させる。警察官を装って自宅へ行かせて、防犯のため、と言って話を聞く。そこで、実際に名簿の人物がいるのか、在宅の時間やタンス貯金の話も聞き出す」 信用金庫職員「名簿が流れている」と告白  昨年12月下旬。ある信用金庫に勤める20代の男性と接触した。その男性は信用金庫の内情をこう説明した。 「ほんとはダメなんですけど、営業をするときに信用金庫のデータベースからお客様リストを紙に印刷して持ち出すんです。本来、上司の判子は必要だけど、別に判子なしで持ち出しても何も言われないし、上司も見て見ぬふりです。もちろんそのリストには、氏名や住所のほか、預貯金額が書かれています」  そして、そのリストを悪用してしまう人がいると話した。 「営業成績があまり良くないと、不動産営業の人とこのリストを共有してしまう人がいるんですよ。不動産営業をかけたあと、信用金庫の職員が行くとローンの商談がうまく進んでしまうケースもあって。不動産営業側にとってみれば不動産の成約にもつながるから、両者ともおいしい思いができるんです」 【あわせて読みたい】 「逮捕されて安堵した」 懲役5年4カ月を受けた“闇バイト”主犯が語る罪悪感と恐怖心 https://dot.asahi.com/articles/-/1076?page=1  そして、 「その不動産営業の人が、受け取った信用金庫のお客様リストをどうしているかについては、僕たちはわかりません」  と語った。  金融機関による個人情報の外部への流出もたびたび、事件化している。  2020年9月、野村証券の元社員が元部下だった社員に働きかけ、法人の顧客情報275社分を外部の証券会社へ流したことが明らかになった。2009年には、三菱UFJ証券の元社員が顧客情報約148万人分を流出させたことが明らかになった。当時の裁判資料などによると、元社員は借金の返済目的で4社の名簿販売業者へ顧客情報を13万円で売却した。流出した顧客情報は90社以上に転売されたという。 「ルフィ事件」で闇名簿を流したのは?  さらに取材を続けていくと、「ルフィ事件に使用された名簿」について話を聞くことができた。事件にはかかわっていないが、逮捕された事件関係者と面識があるという男性だ。  男性は、一連の広域強盗事件でどのような形で闇名簿がルフィ側に渡ったのかについて語った。 「ルフィ一派に闇名簿を流したのは、『JPドラゴン』というフィリピンで暗躍する組織です。日本人の元暴力団や半グレなどで構成されていて、現地で賭博行為などの仕切りをしていました。もともと、特殊詐欺のリストがあって、そこには保有財産が書かれていましたから。それを強盗に使えないかと考え、今回の犯行に至ったのです」  男性の話によれば、ルフィ事件で逮捕された下部の一人である今村磨人(きよと)被告=強盗致死傷罪などで起訴=がフィリピンで収容されていたビクタン収容所に、JPドラゴンのメンバーが訪れて何度も面会していたという。そうして接触を重ねながら、JPドラゴン側がルフィ側とリストを共有し、犯罪の手助けを行っていたというのだ。 フィリピンから成田空港に到着した今村磨人被告(当時は容疑者)=2023年2月7日    このリストはどうやって名寄せされ、誰から購入したものなのか。  質問すると、 「これ以上の話はできない。命の危険がある」  と言われ、それ以上の証言を得ることはできなかった。 【こちらもおすすめ】 妻の手紙から「大好きだよ」の言葉がなくなった 特殊詐欺の主犯格だった42歳男性の後悔 https://dot.asahi.com/articles/-/1077?page=1  警視庁組織犯罪対策部の関係者は、 「JPドラゴンの存在は認知している。ただ、人の入れ替わりが激しい面があり、具体的な実態把握ができていない面もある」  と話した。  ダダ漏れしていく個人情報。私たちはどうすれば、被害を防げるのか。  警視庁で20年以上、セキュリティー対策に関連する仕事をしてきた防犯コンサルタントの松丸俊彦さんは、 「情報化社会のこの時代、個人情報の流出は絶対に避けられない」  と言い切る。 「私たちの個人情報はどこかで必ず流出しています。それを悪用し、チンピラまでもが強盗を行ってしまうのが現実です。その認識を持つことが大切で、なにか家に不審な人が訪れたり、または不審な電話やメールがきたりしたら疑うことが大切です。電話での企業アンケートとかももちろん危険です。相談できる人がいないときは、『警察相談ダイヤル #9110』へ電話をかけるのも一つの手でしょう」  闇バイトの背景にある個人情報流出。それを悪用する反社会的組織。自分や身内の情報が、あの闇名簿のどこかにあるかもしれない、と考えると、ぞっとした。 個人名、住所が書かれた名簿が闇の世界で売買されている   (AERA dot.編集部・板垣聡旨) まつまる・としひこ 警視庁に計23年在籍した。うち、3年間は領事として在南アフリカ日本大使館に勤務。その後、警視庁に復帰し、防諜対策(カウンターインテリジェンス)及び在京大使館のセキュリティアドバイザーを担当した
ルフィ特殊詐欺闇バイト
dot. 2024/05/08 11:00
“闇名簿”で選ぶ強盗の狙い先 家族構成、預貯金額……小遣い稼ぎに漏らされる企業の個人情報
板垣聡旨 板垣聡旨
“闇名簿”で選ぶ強盗の狙い先 家族構成、預貯金額……小遣い稼ぎに漏らされる企業の個人情報
ネットの掲示板に出ていた闇バイトの募集。「回収」は受け子として現金などを取りにいくことだという    闇バイトで集められた集団による強盗や特殊詐欺などの事件が後を絶たない。その背景には、大量の個人情報が蓄積された“闇名簿”なるものが存在し、犯罪グループはそれを基に狙い先を決めているのだという。強盗の被害者や闇バイトに手を出した高校生、特殊詐欺の元リーダー格の話から、犯行時の生々しい様子や闇バイトの募集手口、闇名簿の入手方法を聞いた。【後編】では、個人情報がどういう流れで流出し、どのような過程で闇名簿が出来上がっていくのかを、名簿を作って売買するブローカーに聞いた。 「なぜ私の家が狙われたのかわからない」  昨年1月、連続強盗事件の被害にあった関東地方に住む70代の男性はそう話し、当時の様子を振り返った――。  午前0時過ぎ、男性は1階の寝室で妻と寝ていた。突然、寝室のガラスが割れる音が聞こえ、ほぼ同時に妻が悲鳴を上げた。1人が押し入ってきたが、暗くてはっきり見えず、両肩を押さえつけられると口を粘着テープでふさがれた。男は力強く、体格は大きいと感じた。妻は口のほか、手足も粘着テープで縛られていた。  男に、 「静かにしろ! 大声を出すな、カネを出せ」   と言われ、財布のある洗面所に案内した。 手足を粘着テープで  電気をつけると、男はマスクをして、手に金づちをもっていた。強盗に襲われた、ということを実感し、恐怖感がおそってきた。  数万円の紙幣を財布から取り出して手渡した際、「これだけか?」と言われ、「これしかない」と答えたときに包丁を手に持った男が洗面所に現れた。男性の印象では、2人とも似たような格好だった気がするが、細かい着衣は覚えていない。  その後、妻がいる部屋に連れていかれ、手足を粘着テープで縛られた。そこで、男が3人いることを確認した。金庫の場所とカギのありかを聞かれ、場所を伝えた。男の気配がなくなったと感じたときに、自分で粘着テープをはがし、スマホから110番通報した。固定電話の線は切られていた。 【あわせて読みたい】 「ルフィ」らも利用した? 特殊詐欺グループの犯行支える「道具屋」とは 闇バイトで名義貸しも https://dot.asahi.com/articles/-/194726?page=1 ネットの掲示板に出ていた闇バイトの募集。“バイト”する場所や時間などが書かれている。応募する人は、この後、秘匿性の高いテレグラムで連絡を取り合うという(写真は一部加工しています)    時計を見ると午前2時48分。金庫の中を確かめると、現金はなく、入れてあった預金通帳は残っていた。現金数万円が取られたが、不幸中の幸いで、妻ともにけがはなかった。  事件から約半年後の7月、茨城県警はいずれも19歳の無職の男3人を強盗致傷と住居侵入の疑いで逮捕した。  男性の自宅は2階建てのごく一般的な一軒家だ。周囲は畑で住宅はまばら。  男性は、 「うちは資産家というわけではありません。私も一般的な勤め人でしたし、狙われる理由がわかりません。T字路の角で逃げやすい家に見えたからか……」  ただ、気になることと言えば、事件が起きる数日前から、若い男女が乗る見慣れない車両が何度も家の前を通っていたことだ。事件後は一切見なくなったという。  なぜ狙われたかについては「心当たりがない」と繰り返した。  栃木県足利市でも昨年1月に強盗事件が発生した。50代の男性が被害に遭い、現金300万円などが奪われた。  被害男性の関係者は事件の詳細をこう語る。 「実はね、その日だけ大金が置いてあったの。冠婚葬祭の支払いがあったから。だから犯人は家に大金が置いてあったことを知っていたのでは」  2022年10月~23年1月に連続強盗事件が全国で起きた。警視庁の発表によれば、指示役は「ルフィ」「キム」などと名乗り、SNS上などで闇バイトとして実行役を募り、強盗や窃盗、詐欺などの指示をしていた。  強盗事件は悪質で、栃木や埼玉、広島、山口など14都道府県で確認されているほか、1月に東京都狛江市で起きた強盗事件では90歳の女性が実行犯によって殺害されている。  こうした闇バイトに手を染めるのは、元々の“ワル”だけではない。 高校生が闇バイトで 「まさか闇バイトとは思わなかったんです」  そう話すのは、闇バイトに応募し、強盗の現場に行ったという18歳の男性だ。  2022年夏ごろ、ツイッター(現、X)で「#即日日払い #高額」で検索し、募集先に何の疑いもなく気軽に連絡した。相手からは秘匿性の高い通信手段のテレグラムでやりとりするよう伝えられた。 【こちらもおすすめ】 闇バイトで「テレグラムはお持ちですか」 証拠の復元が進むもiPhone初期化が捜査の壁 https://dot.asahi.com/articles/-/12934?page=1 「身分証、住所の詳細、家族構成を送るように言われ、自宅の前でバイクの免許証を自撮りして送りました」  持ち物としてサングラス、マスク、ハンマーを持ってある駅に行くように言われ、バイト内容を聞いていくと強盗であることが想像できた。 「ヤバイと思ったので、やめます、と伝えたけど、『今さら抜けられると思うなよ』『自宅がわかっている。責任取ってもらうぞ』などと脅されて後にひけなくなりました。『たれ込んだらどうなるかわかっているよな』とも言われて、警察に相談するのも怖くてできませんでした。自分が捕まる可能性もあるかもしれないと思うとなおさら……」  言われた日時に指定された駅に行った。午後10時を過ぎていた。集まったのは計4人。1人が白のバンで来た。そこから現場に向い、指示された通りに強盗の犯行に及んだ。5万円の報酬をその日に手に入れた。 「その2週間後の早朝、警察が自宅に来て逮捕されました」  男性はいわゆる普通の家庭に育ち、普通科の高校に通う生徒だった。グレているわけではなく、ゲームで遊ぶための金が欲しかったという理由で、すぐに現金を手に入れられる闇バイトに手を出してしまった。約1年、少年院で過ごしたという。   闇バイトに申し込んだ相手に特性を尋ねる文面が送られてくる “バイト”内容を示す文面   闇バイト募集に テレグラムを使ってコンタクトを取ると、提出書類などが送られてきた。自宅前自撮りなどを撮らせて、後で逃げようとしても「素性が割れている」と脅し、闇バイトから逃れなくする   闇バイト募集の掲示板からアクセスし、テレグラムでコンタクトを取ると、提出書類などが送られてくる。持ち物チェックリスト   闇名簿流出の背景、ぞんざいに扱われる個人情報の実態  昨年12月、記者は新宿・歌舞伎町のあるバーで、闇バイトに詳しい人物と会った。  40代男性のA氏。これまで特殊詐欺のリーダー格として2~3年稼働し、2千万円以上を手にしたという。2015年に詐欺容疑で逮捕され、実刑判決を受けた。その後は「足を洗った」と話す。  A氏によると、一連の強盗事件の背景には闇名簿が存在するという。  A氏は、 「その名簿であらかじめ襲う先を定めて、闇バイトを発注する」  と説明した。 「闇名簿には氏名、年齢、住所、職業のほか、家族構成から電話番号までが入力され、なかには貯金額まで書いてある」  闇名簿は、それを専門に扱うブローカーから買うのだという。自分たちでさらに詳しい情報を付け加えた名簿を作るケースもあるという。  なぜそこまで詳細な名簿をつくることが可能なのか。 【あわせて読みたい】 「普通の主婦」がなぜ特殊詐欺の“受け子”になってしまうのか 専門家が語る「自分をだます」心の動きとは https://dot.asahi.com/articles/-/41016?page=1  A氏が詳細を話した。 「名寄せをしているから。例えば、その辺にある名簿屋から名前と都道府県しか書かれていない名簿を入手したら、それをより詳しいものにするため、ほかで手に入れた名簿の個人情報と合わせてアップデートしていくんです」 「その辺にある名簿屋」というのは、国から認定を受けた正式な名簿屋で、違法なことをしているわけではない。高校の同窓会名簿などのように、団体、組織が正式に作ったものを扱っている。 「そういう人がいるから案外簡単なものです」  A氏は個人情報を手に入れる方法について、 「企業から情報漏洩されたデータを闇サイトで購入したり、会社員が小遣い稼ぎに、会社保有の個人情報をブローカーに売ったものを買ったり。そういう人がいるから案外簡単なものです」  と話した。  取材を進めていくと、実際に闇名簿を売っているブローカーにたどりつくことができた。30代後半のB氏。見せてもらった名簿には、驚くほどの莫大な人数と、詳細な個人情報が記されたリストがあった。B氏は、それらがどうやって作られていくのか、どのように広まっていくのか……など、実態について語った。 カードに関する個人情報は3万件を超えていた   (AERA dot.編集部・板垣聡旨) (後編/“闇名簿”ブローカー「これ以上の話は命の危険がある」 “ルフィ一”一派に流れた名簿とはに続く)  
闇名簿闇バイト特殊詐欺
dot. 2024/05/08 11:00
ドラマ「ふてほど」の撮影の舞台となった大学はどこ? 全国「ロケ地大学」ランキング
ドラマ「ふてほど」の撮影の舞台となった大学はどこ? 全国「ロケ地大学」ランキング
ドラマ「不適切にもほどがある!」のロケ地となった情報経営イノベーション専門職大学  話題になったドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS、以下「ふてほど」)を見ていた大学生が驚いた。 「この建物を見たことがある。もしかしたら、うちの大学ではないのか」  情報経営イノベーション専門職大のことである。 * * *  同校広報担当の奥絵里香さんをたずねた。 「最終回で仲里依紗さんが演じる渚が元夫に子どもを預けて、ほかの男性とデートに向かったシーンで、キャンパスが使われています。ドラマの制作スタッフが撮影地を探していたところ、わたしたちの大学を見つけてくださったようで、撮影に協力しました。まだ開校5年目で、新しい校舎の間からは東京スカイツリーが見えます。眺めがよく地域の方の憩いの場ともなっています。これを機に多くの方に大学を知っていただけるとうれしいですね」 「ふてほど」の撮影は東京都墨田区で行われることが多く、同区内にある情報経営イノベーション専門職大が選ばれたようだ。  これまで同校は、「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」(TBS、2022年)、「全力!クリーナーズ」(朝日放送、2022年)の撮影にも使われている。   情報経営イノベーション専門職大は2020年に開校したまだ新しい大学だ。“国際社会と地域社会でイノベーションを起こす人材の育成”を掲げている。同校は墨田区初の大学であり、アサヒビールなど区内に本拠地がある企業との産学連携にも力を入れている。 「ふてほど」の撮影は、東京情報デザイン専門職大(東京都江戸川区)でも行われた。第2話「 一人で抱えちゃダメですか?」である。  同校入試広報部の小宮幸太郎さんが話す。 「渚が、託児所との間を何回も往復していたシーンで、大学の渡り廊下が使われました。わたしどもは昨年開校したばかりの大学で、校舎はピカピカです。注目されたドラマに使われて多くの人に見てもらえるのはありがたいです。いま、コマーシャル、ドラマ、PV撮影依頼が多数寄せられています」  情報経営イノベーション専門職大、東京情報デザイン専門職大の校舎がドラマの撮影に使われたのは、新しい建物であり、デザイン面でも最新で見栄えが良いからといえる。 テレビドラマ、映画のロケ地に使われた大学ランキング/朝日新聞出版「大学ランキング2025」より。◎2024年1月/ウェブサイト「全国ロケ地ガイド:ドラマ・映画・特撮の撮影場所案内」から集計 ロケ地に使われることが多い大学ランキング 「大学ランキング」(朝日新聞出版)では、毎年、「テレビドラマ、映画のロケ地ランキング」を掲載している。ここ数年、トップは埼玉県立大だ。なぜドラマ制作者に人気があるのか。キャンパスの見栄えの良さで、他大学を圧倒するからだ。 それもそのはず、埼玉県立大のキャンパスを建築設計したのは、山本理顕氏である。今年、建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」を受賞したほどの、日本を代表する建築家だ。  2023年には、「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」「Dr.チョコレート」(以上、日本テレビ)、「ラストマン―全盲の捜査官―」(TBS)の撮影に使われている。「相棒」(テレビ朝日)とは相性がとても良く、少なくとも4回以上、ロケ地となった。   なお、埼玉県立大の大学ホームページによると、撮影による施設使用の許可がおりるのは、学内行事のない土日祝日、授業期間外の夏季、春季休業期間中となっている。撮影使用料(1時間あたり)は、ムービー撮影(映画、ドラマなど)で、4万9500円(税込み)だ。 ドラマのロケ地に選ばれることが多い埼玉県立大学    ランキング7位の創価大も撮影協力に積極的だ。2023年には「それってパクリじゃないですか?」「ブラッシュアップライフ」(以上、日本テレビ)、「あたりのキッチン!」(東海テレビ)、「特捜9 season 6」(テレビ朝日)、2024年には「Eye Love You」(TBS)、「うちの弁護士は手がかかる」(フジテレビ)のロケ地に使われている。  創価大出身の市議会議員が喜んでいる。   「創価大学が、放送中のドラマ『Eye Love You(アイラブユー)」のロケ地になっています。多治見市議会議員の片山たつみです。多治見愛の次は母校愛です。前回は『あたりのキッチン』で紹介しましたが、今回もまた、ドラマで使われています。韓国の俳優のチェ・ジョンヒョプさんが演じるテオが通う創智大学です。『創』の字が使ってあり、なんだかうれしいです。ドラマを観ていると、チェさんだけでなく、中川大志さんや二階堂ふみさん、山下美月さんもここに来ているようです。また、エキストラとして、大学生役の方も多く出演してるので、おそらく創大生も多く含まれているかと思われます。全くうらやましい限りです」(片山氏のウェブサイト 2024年 2月 26日)  コロナが明けてから、多くの大学がキャンパスをテレビドラマ、映画のロケ地に貸し出すようになった。しかし、ドラマ、映画ならば何でもOKというわけではない。その内容に厳しい制約を課す大学がある。  一橋大は「本学のイメージを損なう撮影は許可できない」として、具体的に「構内でナイフ・包丁等を振り回すような暴力的なシーンや、殺人が起きるシーン」を許可していない。また、「制服警官を演じる撮影は許可できない」とある(大学ウェブサイト)。とはいっても事件ものがすべてNGというわけではない。かつて東野圭吾原作の映画、ドラマ「ガリレオⅡ」「容疑者Xの献身」の撮影に使われた。  立教大がドラマ制作者と交わす「撮影ルール」には次の一文がある。「本学学生や職員による撮影風景の見物を拒否しないこと(許可なく見物者を排除しないこと)」。人気俳優が登場するドラマは野外ロケでも見学は制限される。大学にすれば、学生や教職員は大学関係者として撮影見学を認めてほしい、という思いなのだろう。  ドラマ、映画で大学キャンパスと思しきシーンを見かけて、それに魅了されたならば、エンドロール(最後の出演者、協力などの字幕)の「撮影」をチェックしてみよう。大学選びのきっかけになるかもしれない。 (文/教育ジャーナリスト・小林哲夫)
大学ランキングふてほどロケ地
dot. 2024/05/03 11:00
森永卓郎×森永康平 親子で語る庶民の暮らしがよくならない「最大の原因」「格差の元凶」
秦正理 秦正理
森永卓郎×森永康平 親子で語る庶民の暮らしがよくならない「最大の原因」「格差の元凶」
経済アナリスト森永卓郎(66・左):1957年、東京都生まれ。獨協大学経済学部教授。著書に『ザイム真理教』『書いてはいけない──日本経済墜落の真相』他多数/経済アナリスト森永康平さん(39):1985年、埼玉県生まれ。マネネCEO。著書に『スタグフレーションの時代』他、森永卓郎との共著に『親子ゼニ問答』(写真:森永康平さん提供)    ともに経済アナリストである森永卓郎さんと森永康平さん親子は、日本経済をどう見るのか。「年収300万円時代」の到来を予言した父と、人生の大半が「失われた30年」だった息子が語り合った。AERA 2024年3月25日号より。 *  *  * 森永卓郎さん(以下、卓郎):私は、今起こっている現象は人類史上最大のバブルだと思っています。もうすぐ弾けて、その後とてつもない恐慌が世界を襲う。バブルというのは世界同時に起こるんです。今回のバブルはもう世界共通なんですね。  1920年代末のアメリカは自動車と家電のバブルでした。自動車産業のビッグ3や家電企業に異常な株価がついた。それはいつか崩壊します。1929年10月24日の「暗黒の木曜日」に暴落が起こって、3年弱で株価が10分の1になった。今、その時代と同じようなバブルが起きているので、今の株価も10分の1くらいまで落ちるだろうと見ています。それだけじゃなく、私は今回のバブル崩壊をきっかけに、資本主義そのものが終わると思っています。  マルクスが予言していましたが、資本主義の限界がどこに来るかというと、四つある。ひとつは異常、ないし許容しがたいほどの格差が生まれる。二つめが地球環境が破壊される。三つめがブルシットジョブ、「クソどうでもいい仕事」が爆発的に増える。四つめが少子化。これはもうみんな来ているわけです。 バブル庶民は無関係 森永康平(以下、康平):僕は今の日本の株価水準がバブルだとは思っていません。バブル時とは現在の日本企業の稼ぐ力や稼ぐ額が全然違うので。生活実感と株価が乖離しているとよく言われるんですが、生活実感を表すのが日経平均株価ではないので、そもそも比較することがおかしい。 卓郎:80年代後半のバブルの時も、庶民は関係なかったんだよ。バブルだったのは金融と不動産と商社とメディアだけです。バブルだから国民全体の暮らしが良くなるということはない。それはバブルが1630年代に初めて起きてから、一貫してそうだと思います。 1991年7月の東京証券取引所(写真:Haruyoshi Yamaguchi/アフロ)    実質賃金が低下していて、個人としての生活水準はずっと悪くなっているという今の経済状況の一番の元凶は、財務省だと思っています。消費税を含めて手取りを見ると、1988年よりも今の方が少ないんですよ。手取りは名目ベースでも減っているんです。  庶民の暮らしがよくなっていない最大の原因は、財務省が増税と社会保険料のアップをやってきたから。逆に言うと、消費税を撤廃したりすれば庶民の暮らしはよくなるんです。 康平:緊縮的な政策はもちろん、それ以外で言うと、バブル崩壊以降の処理をミスったこと。景気がいい時は銀行が用もないのにお金を貸し付けてきたのに、バブルが崩壊して一番お金が必要になると、逆に貸しはがしをしたわけですよね。そうすると、銀行には頼るべきではないという考えになるんですよ。  平時では人件費を抑えて利益をいっぱい出して、それを何かあった時のための資金にしようとするわけですよね。ただ、バブル崩壊みたいなことって、そんなに頻繁に起こるわけじゃない。なのに、もしものためにといって毎年人件費を上げないで利益を繰り越して内部留保を増やして備えるということをずっとやってきたわけですよね。  そうすると何も生み出さないお金が貯まっていくので、外国の投資家からすると非常に非効率な経営をしていると映るわけです。貯めているお金を投資に回せ、もっと効率的に金を使えと。そのようなお金の使い方ができないんだったら、お前らは経営陣から外すぞと圧力をかけられるので、すいませんでしたということで配当を出す。それで本来人件費に回っていてよかったはずのものが、配当という形で株主に出ていってしまっている。そういう問題点はあると思います。  それは今も続いていて、例えば法人企業統計を見てみると、1人当たりの給料も1人当たりの役員報酬もほとんど横ばいなのに、配当だけはおかしなぐらい右肩上がりで上がり続けている。本来だったらもうちょっと労働者がもらえているであろう人件費が、配当に回されちゃっている。それが今の格差社会を生み出している元凶。そこはたぶん親父と同じだと思うけど。 バブルの象徴のようにいわれるディスコ「ジュリアナ東京」だが、開店はバブル崩壊後の1991年5月だ=1992年3月、東京都港区(写真:Fujifotos/アフロ)   強引な不良債権処理 卓郎:ちょっとだけ違うんですよ。銀行を悪者にすることもできるけれども、さっき言った財務省の緊縮政策と両輪でやったのが、アメリカの圧力に屈したということなんですね。特に小泉政権時に当時のブッシュ米大統領の圧力で、不良債権処理を強引にやらされたわけです。  不良債権って、バブル期に調子に乗って誰も来ないようなテーマパークを作ったといったようなイメージを持つ人が多いけど、それは数パーセントに過ぎないんです。不良債権の大部分は、担保割れだったんですね。  バブル崩壊で大都市の不動産価格がオーバーシュートして下がり3分の1以下になった。その結果の担保割れにどう対処するかというと、一つはその企業を全部潰してしまえというのと、もう一つはいずれ価格は戻るんだから放っておけばいい。小泉政権は片端から潰しにいった。  つまり小泉政権の時に不良債権処理をしなければ日本経済ははるかによくなっていた。やらなくていいことをやって従業員を失業者にして、日本の大切な企業資産を二束三文でハゲタカに売り飛ばしたわけです。だから日本の経済力が大きく落ちた。  そして1985年の日本航空123便の墜落事件以降、対米全面服従路線が始まるんですよ。典型的なのが、85年のプラザ合意で、為替を2倍の円高にさせられたんですね。翌86年に日米半導体協定を結ばされて、それまで5割だった世界シェアが今1割を切るところまで落ちた。  その後日米構造協議があって、片っ端からアメリカの要求をのまされるようになる。そして「年次改革要望書」という、アメリカがここに何か書けば日本は全部服従しなきゃいけないという日本経済の「デスノート」なんですが、小泉内閣のときにそこにいたる流れが作られました。そんなことをやっていたら、経済は落ちるに決まってるわけです。10年以内にベスト10からも落ちると思う。 (構成/編集部・秦正理) ※AERA 2024年3月25日号より抜粋
株高バブル超え森永卓郎森永康平
AERA 2024/03/23 10:30
3年ぶりの活動再開「伊勢谷友介」 業界人は歓迎ムードも気になる女性関係
雛里美和 雛里美和
3年ぶりの活動再開「伊勢谷友介」 業界人は歓迎ムードも気になる女性関係
伊勢谷友介    3月22日公開の映画「ペナルティループ」で俳優に復帰し、3年ぶりに活動を再開した伊勢谷友介(47)。大麻取締法違反罪で懲役1年、執行猶予3年の有罪判決を受けたが、昨年12月に執行猶予期間が明けた。今年に入り自伝「自刻像」(文藝春秋)を出版したり、映画に出演したりするなど着々と復活を遂げている。復帰については「まだ早い」という声はあるものの、さる映画ライターはこう話す。 「伊勢谷さんはビジュアルがいいだけでなく、トークもうまい。実際に彼と会って好印象を抱く人も多いんですよ。事務所から独立した際も、自力でスポンサーを探し、活動を継続させました。今回の不祥事でも、勾留中には迷惑をかけた関係者や俳優仲間に謝罪の手紙を書いていたようですし、周囲の人間への気遣いがうかがえます。大麻事件の直後も、吉永小百合さんをはじめ、芸能界の大御所が応援コメントを発表するなど、共演者や関係者からも早期復帰を望む声が多かった。今回の映画出演も、そうした周囲の意向があったからでしょう」  逮捕直後、吉永小百合は主演映画「いのちの停車場」撮影現場会見で「何とか乗り越えて、また撮影の現場に戻ってきてほしい」と会見でエールを送った。また、映画「翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~」のプロモーションでトーク番組に出演したGACKTは「映画『飛んだ伊勢谷友介~琵琶湖より愛を込めて~』が全国公開中です」「伊勢谷くん戻ってきて~!」と、執行猶予中の伊勢谷に向けてジョークを交えて呼びかけたことも話題となった(フジテレビ系「人志松本の酒のツマミになる話」2023月11月24日放送)。 保釈され、東京湾岸署を出る伊勢谷友介   問題行動と社会貢献の矛盾  執行猶予期間が明けるまで活動を自粛し、ケジメをつけた伊勢谷だが、復帰には心配事もある。 「復帰作の舞台あいさつで、共演の山下リオと親密そうなやりとりを見せていたのが気になりました。女性関係に関してはヤンチャなイメージがありますからね。無名のモデル時代から、人気絶頂の広末涼子や長澤まさみ、森星などそうそうたる女優やモデルと浮名を流してきました。広末との交際時には、女子大生との“二股疑惑”が報じられるなど、女性関係がだらしないというイメージがあります。過去には、2013年に『週刊文春』が、交際相手に対してエアガンを撃つなどの“DV疑惑”があったと報じました。その後に交際して半同棲状態にあったタレントも、彼のワイルドさに耐えられず逃げだしたと報道されました」(女性週刊誌の記者)  女性関係に問題を抱えつつも、芸能界では順調なキャリアを歩んできた伊勢谷。俳優のかたわら、30代で法人を設立してSDGsを推進する活動を展開するなど、社会貢献にも熱心なことでも知られている。 「起訴された際、弁護団は伊勢谷さんがこれまで“社会彫刻”に当てはまる活動をしてきたと主張して、情状酌量を求めました。これは『人間は未来の社会幸福に向けて貢献することができるし、しなければならない』というドイツの美術家が提唱した概念だとか。つまり、彼にとってこのようなテーマを実践することが人生の軸となっていたようです。ただ、裏では違法薬物を摂取し、女性へのDV疑惑などもあったわけですから、自身のうしろめたさを償う意味で社会貢献を行っていたという見方もされかねません。復帰した今、伊勢谷さんにはこれまで以上の品行方正さが求められるでしょう」(前出の映画ライター) 映画監督としても活躍していた   コアなファンが多い  一方で、復帰後の伊勢谷の芸能活動については明るいと見る向きもいる。 「刑事事件を起こした俳優の起用は大きなリスクですが、伊勢谷さんならぜひ撮りたいという制作者も多い。コンプライアンスに厳しい大企業がスポンサーとして絡んでくるメジャー作品は難しいかもしれませんが、インディペンデント系の作品や配信系であれば話は別。作家性の高い作品で活躍する可能性は高いでしょう。また、伊勢谷さんには熱心なファンも多い。インスタグラムのフォロワーは40万人超え、活動自粛中に立ち上げた有料ファンクラブの会員数も3万人を超えと言われています。ファンに絞った活動をしていく路線も考えられます」(前出の記者)  芸能評論家の三杉武氏は俳優としての伊勢谷をこう評価する。 「伊勢谷さんといえば、力石徹役を演じた2011年の映画『あしたのジョー』で役作りのためにプロボクサー顔負けの過酷な減量に挑戦し、体脂肪率3%近くまで体を絞ったことが話題になりました。また、現代劇だけでなく時代劇でも存在感を放っており、2009年のNHKスペシャルドラマ『白洲次郎』の主人公・白洲次郎役や15年放送の井上真央さん主演の大河ドラマ『花燃ゆ』での吉田松陰役などが印象深いですね。映画監督としても活動されていますが、仕事に対するスタンスは真面目でひたむきというイメージを持っている業界人も多く、過去の共演者やスタッフから“復活”を後押しする声が上がるのもうなずけます」  役者としてのストイックさには定評がある伊勢谷。復帰後の活躍を期待する声は少なくないようだ。 (雛里美和)
伊勢谷友介大麻
dot. 2024/03/22 11:00
維新地方議員の不祥事続く 700万円超の着服でパチンコ、キャバクラ……「町議の仕事、暇なんで」
今西憲之 今西憲之
維新地方議員の不祥事続く 700万円超の着服でパチンコ、キャバクラ……「町議の仕事、暇なんで」
日本維新の会の馬場伸幸代表(右)と大阪維新の会の吉村洋文代表=2022年9月、大阪市北区    昨年の統一地方選で大躍進した「維新」。大阪以外にも伸長して、首長と地方議員は774人と選挙前から約1・7倍にも膨れ上がった。だが、公職選挙法で定める居住要件を満たしていなかったり、横領事件を起こしたりと、不祥事が次々と噴き出している。  昨年12月5日、大阪府の池田市議会では午前10時から本会議が開催される予定だった。  午前9時38分、池田市に隣接する箕面市の一戸建ての家のガレージから白い乗用車が数十メートルバックして出てきた。切り返して向かった先は池田市議会。  9時50分ごろ、乗用車は池田市役所の駐車場に入ると、車を降りた男性は急ぎ足で市議会に向かった。大阪維新の会(当時)の胡摩窪(ごまくぼ)亮太市議だ。  昨年春の統一地方選で、初当選したばかりの胡摩窪氏について、 「箕面市に住んでいるのに、なぜ池田市議選に出馬するのか」  という情報が寄せられたのは、統一地方選と同じ時期だった。 箕面市の一戸建ては  胡摩窪氏が池田市議選に立候補した際、市選挙管理委員会に届け出た住所は池田市にある賃貸マンションだった。不動産情報サイトによれば、家賃は3万5千円から5万円程度となっている。  筆者は、そのマンションに昨年6月から30回以上も足を運んだ。朝昼晩と1日に3度訪ねたこともあったが、胡摩窪氏の姿を見ることも、インターホンへの返答もなかった。周辺を歩いてみたが、胡摩窪氏が日常、使っている白い乗用車が駐車していることもなかった。  そんな時、胡摩窪氏が箕面市の一戸建てに住んでいるとの情報を得た。その住宅を訪ねると、胡摩窪氏の白い乗用車が駐車していた。  しかし一戸建てなのに表札がない。近所の人に聞くと、 「ご夫婦とお子さんでお住まいですよ」  というので、池田市議会のホームページにある胡摩窪氏の写真を示しながら、 「この人が住んでいますか?」  と尋ねたところ、 「この人とそっくりですね。けど、胡摩窪という名前ではなく、〇〇さんですよ。もう1年以上前からいるんじゃないかな」  と教えてくれた。 【あわせて読みたい】 たかまつななが聞く「万博が赤字だったらどう責任を取るんですか?」 日本維新の会・馬場代表の答えとは https://dot.asahi.com/articles/-/214061?page=1  胡摩窪氏が、届け出ている池田市のマンションに住まず、箕面市に居住しているとなると、公職選挙法に抵触する可能性がある。  同法では、市町村議会の議員に立候補するためには、 〈引き続き三箇月以上市町村の区域内に住所を有する者〉  などの要件を満たす必要があると規定されているからだ。 居住実態を尋ねると激怒  12月5日、市議会が終わり、駐車場に胡摩窪氏が現れたのは、午後3時48分。胡摩窪氏に名刺を渡し、 「箕面市〇〇の〇丁目〇番の一戸建てから朝、車で出ましたよね」  と聞くと、 「はい、そうです。そこから出発しました」  と答えた。そこで、 「池田市には住んでおらず、箕面市に住んでいるのではないか」  と尋ねると、 「彼女の家と池田市のマンションを行き来している」  という。そこで、 「池田市のマンションに30回以上行った。朝昼晩と行ったこともあるがインターホンで返事があったことは一度もない。池田市に居住実態はあるのか」  と重ねて尋ねると、突然、胡摩窪氏は激怒し、 「警察行きましょ。それプライベートなことや。警察呼びますわ。来てください」  と声を荒げた。 警察に行くのかと思いきや  こちらは、市議という公人に居住実態を質問しているだけで、まったく胡摩窪氏のプライベートなどには触れていない。池田市役所の向かいには大阪府警池田署があるので、そちらに向かうのかと思ったら、胡摩窪氏が向かったのは池田市役所の3階、秘書課や市長室があるフロア。胡摩窪氏がそこから警察を呼ぶのかと思いきや、 「同じ維新だから」  と瀧澤智子市長を伴って現れた。私は瀧澤市長に胡摩窪氏とのやりとりを説明して、 「警察を呼ぶなら、早く呼んでください」  と瀧澤市長に求めた。横から胡摩窪氏は、 「威圧的に質問したのは、脅迫、名誉棄損だ」  などと繰り返す。こちらはしっかり記録をとっているが、威圧的に質問などしていない。公職者の居住実態を尋ねているだけだ。すると、秘書課の職員4人ほどが立ち上がって、私を取り囲むように近づいてきた。 【こちらもおすすめ】 吉村洋文知事が絶賛する「5mで1億円」の大阪万博リング 大半は接着剤で貼り合わせた集成材 https://dot.asahi.com/articles/-/209963?page=1  池田市では2020年秋に、当時の冨田裕樹市長が市役所内に家庭用サウナなどを持ち込んだことが問題となり、「サウナ市長」の名前が全国で知られる事態になった。その際も筆者は池田市の副市長らに取材をしたが、取り囲まれるようなことはなかった。 「こういうやり方は、マスコミ、記者に圧力を加えているのではないか」 「私の取材が威圧的というなら、早く警察呼べばどうなのか」  と胡摩窪氏と瀧澤市長に訴えると、 「いや、威圧的ではなかった。警察は呼びません」  と、なぜか胡摩窪氏は態度を変えたのだった。 「大阪維新の会を離党しました」  胡摩窪氏は、今年1月になって維新を抜けて無所属となった。  瀧澤市長も、X(旧ツイッター)で、 〈この度、ごまくぼ亮太池田市議会議員が一身上の都合により1月30日付けで大阪維新の会を離党しました〉  と書いている。離党という重大な問題なのに、具体的な理由については一切触れていない。  池田市議の一人が、こう話す。 「胡摩窪氏が居住実態のことでAERA dot.さんに直撃取材されて、あたふたしていたという話はすぐに市役所内で広がった。以前から出ていたウワサでしたが、あの慌てぶりから本当だったのかと思った。それ以外にも維新の中でトラブルを起こして離党に追い込まれたと聞いている」  維新では、「居住要件」を満たさない不祥事が続いている。  昨年の統一地方選では、茨城県の龍ケ崎市議選で初当選した日本維新の会の村井将重氏が、居住要件を満たしていないと判断され、昨年10月に県選挙管理委員会が当選無効を決定した。村井氏は今年1月に議員辞職した。  埼玉県でも、昨年4月の県議選で初当選した日本維新の会の中村美香氏が居住要件を満たしていないとして、県選管が7月に当選無効を決定した。中村氏は決定を不服として訴訟を続けている。  このほか、2015年の京都府の城陽市議選で当選した維新の党公認候補も、居住実態がないとして当選無効になっている。 【あわせて読みたい】 吉村洋文知事の3つの大言壮語 「空飛ぶクルマ」も視界不良で苦境続きの大阪・関西万博 https://dot.asahi.com/articles/-/204094?page=1  日本維新の会は昨年11月、地方議員選挙における居住要件の撤廃などを含めた「選挙等改革推進法案」を衆議院に提出している。居住要件を満たさない違反者を次々出しながら、その要件を撤廃させようという法案提出には、批判の声もある。  元東京地検検事の落合洋司弁護士は、 「維新も野党第2党というほどの国会議員を抱えているのだから、地方議員の“身体検査”もしっかりやるべき。出馬前に電気やガス、水道の支払い状況をチェックすれば居住実態はすぐにわかる。提出した法案で居住要件に触れているとなれば、党利党略と思われかねない」  と話している。  維新の地方議員の不祥事はまだある。  2月14日、奈良地裁の法廷に姿を見せた大柄の男性。 「被害者の自治会の皆さまには申し訳ないです」  と消え入りそうな声で答えたのは、奈良県斑鳩町の前町議で日本維新の会所属だった大森恒太朗被告だ。昨年10月、斑鳩町の神南自治会から自治会費を着服したとして業務上横領罪で起訴された。着服したとされる自治会費は754万円にものぼった。 着服額は700万円以上  大森被告は、神南自治会で会計担当をしていた。 「地元から出た町会議員で、しかも維新が選挙で公認していた。大森にも、維新にも裏切られた」  と話すのは、神南自治会役員の清水修一さん。  起訴状によると、大森被告が会計担当という立場を悪用して自治会の預金を勝手に使いはじめたのは2023年3月から。預金通帳を見ると定期預金は解約され、普通預金からも10万円、20万円と頻繁におろされていた。  4月の斑鳩町議選で、大森被告は維新から出馬して再選。その後、大森被告の着服は700万円を超すまでに膨れ上がった。  発覚のきっかけは大森被告が、会計の引き継ぎの際にクリーニング代などと称して出してきた領収書。法被のクリーニングに使ったという説明だったが、 「調べると架空の領収書でした。問い詰めると『400万円くらい使った』『ギャンブルにつぎ込んだ』と自白。その足で警察に相談に行き、さらに調査すると子供会費170万円を含め700万円以上も着服していた」(清水さん) 【こちらも読まれています】 「馬場代表のガバナンスが効かない」と元検事が指摘 維新の議員に不祥事が起きやすいわけ https://dot.asahi.com/articles/-/203554?page=1 維新から選挙に出た時の大森恒太朗被告(左)    大森被告は、着服した自治会費をパチンコや競輪、競馬、キャバクラなどに使っていたという。その理由を問われると、 「町議の仕事は暇なんで、パチンコとかしていました」  と話したそうだ。清水さんは、 「町議が暇で自治会費を横領してパチンコや競馬にというのであきれて言葉もありません。大森被告は大量のコピー代の領収書も出しており、日付から町議選の費用に自治会費をあてていた可能性もある。子供会は大森被告がやりましょうという提案ではじまったが、そこにまで手を付けた。最初から着服するつもりで会計になったのかと疑いたくなる。大森被告の着服で、お金が足らず、昨年の秋祭りは中止に追い込まれました」  と怒りはおさまらない。  保釈後、葬儀関係の仕事をしているという大森被告。父親が400万円は肩代わりして弁済したが、まだ350万円ほど不足している。  大森被告は法廷で、 「ギャンブル依存症の治療をしたい」 「月6万円を返済していきたい」  などと反省の弁を述べた。 化粧品を買ってメルカリで販売  しかし清水さんは、 「月に6万円返してもらっても5年ほどかかります。当然、利息もつきますからもっと金額は増えます。お祭りも神社の修復も、子供会活動もできない。自治会のメンバーからは公認した維新に請求したい、責任をとってほしいという声もある」   兵庫維新の会は今年2月、同会の経理を担当していた宝塚市の田中美由紀市議が党費を不正に支出したとして、除名処分と辞職勧告を行った。田中氏は2月16日付で議員辞職した。  同会によると、田中氏は2019年1月から2022年11月まで、兵庫維新の会の経理を担当。領収書を偽造するなどして80万円相当を着服したという。 「田中氏は架空の支出伝票、領収書でカネを引き出していた。カネはネイルサロン、エステ、美容院などに使ったそうだ。着服したカネで化粧品などを買ってメルカリに出品もして、現金化。職員の給料にも手を付けていた。宝塚市議会は全議員の過半数が女性市議ということで注目されていたのに、こんなことになってしまい申し訳ない限り。普段は活発でしっかり仕事をしてくれると、会計を田中市議ひとりに任せきりにしていたことが被害を広げた」  と兵庫維新の会所属の市議はいう。  田中氏は昨年4月の統一地方選ではじめて宝塚市議に当選したばかり。ブログには、グリーンがイメージカラーの維新にあって白いスーツで選挙戦を戦ったことについて、 〈何色にも染まらないという意味を込めて「白」がイメージカラー〉  と記していたが、黒く染まってしまった。 (AERA dot.編集部 今西憲之)
維新不祥事
dot. 2024/02/21 06:30
岸田首相の震災対応「10点未満」が約4割 新年会参加に「冷淡でぞっとした」【1000人アンケート】
吉崎洋夫 吉崎洋夫
岸田首相の震災対応「10点未満」が約4割 新年会参加に「冷淡でぞっとした」【1000人アンケート】
避難者と言葉を交わす岸田文雄首相(右手前)=2024年1月14日  能登半島地震の発生から早くも1カ月が過ぎたが、現在も住民の1万人以上が避難生活を続けている。当初、SNSでは「初動が遅い」「後手に回っている」などと批判が起きていたが、現在、国会でも、政府の当初の対応について同様の指摘がされている。岸田文雄首相は「迅速に取り組んだ」と答弁しているが、国民の感覚としてはどうだったのだろうか。AERAdot.では緊急にアンケートを実施し、岸田首相の対応などについて尋ねた。【前編】 *   *   *  アンケートの募集期間は1月17日から22日で、1204件の回答を集めた。回答者の内訳は、女性が35%、男性が55%、答えたくない・無回答などが10%だった。  質問は「岸田首相の自衛隊派遣のタイミングについて、どう感じたか」「岸田首相が被災地を訪れたのは1日14日だったが、このタイミングについてどう思うか」「岸田首相の震災対応について点数をつけるとしたら何点か(最高は100)」など。    岸田首相の自衛隊派遣のタイミングについては、「遅かった」が74%と最多だった。「早かった」は9%、「早くも遅くもなかった」が17%だった。岸田首相と回答者の認識には大きな差があった。 「遅かった」と回答した人たちに「なぜ遅いと感じたのか」を記述で回答してもらったところ、 「初動の段階(震災から3日間)で自衛隊を大量投入していればもっと多くの命を救えたはず。今回の地震は対応が遅いと意味で人災の側面もあると思う」(50代、男性、北海道) 「毛布、防災トイレ、水などはすぐに必要な物資とわかっているわけだから、大型ヘリでどんどん上から落とせばいいのに、何をのらりくらりしていたのか? 外国からの援助も止めていたが、すぐにやってもらえばいいと思う」(50代、女性、東京都) 「予算も自衛隊も様子見しながらの逐次投入! この遅れがなければ助けられた命があったはず」(70代以上、男性、埼玉県)  などの回答があった。自衛隊の派遣、救援物資の輸送、予算手当まで多くの点で岸田首相の対応が後手に回ったという印象を受けたようだ。  岸田首相の姿勢や意識の問題を指摘する声も多数あった。 「東日本大震災は手探りながらも政府や知事が本気で災害に立ち向かっていると感じられたし、ベストを尽くしたのではないかと。今回は、岸田政権や馳知事からそういうものは全く感じられない。岸田首相は新年会に出席している間、生き埋めになられている被災者のこととか頭に浮かばなかったのだろうか」(50代、男性、東京都) 「救命に必須な、発災から1月3日あたりまでの首相の動きがとても鈍かった。新年会に出たりインタビューで改憲のことを言ったり、気持ちが被災地に向いていないように感じた。何としても人々を救うという決意も方策も乏しかった」(60代、女性、滋賀県) 「裏金のことがあって災害のことにまで頭が回らない。自分のことでいっぱいいっぱいだったのではないでしょうか」(60代、女性、富山県) 「早くも遅くもなかった」と回答した人からは、 「自衛隊の初動については大きな遅延がないのに、人的な投入量が圧倒的に不足していた。死者が増えたのは人災の面も否めない」(50代、埼玉県) 「これだけの大きな災害なので誰がやっていても同じ。遅い、早いはつけられない」(70代以上、福井県、女性) 「自衛隊員の投入状況を熊本地震と比較し、少なくて遅いと批判することが見受けられるが、地理的条件や、自衛隊の配備状況など勘案して発言するべきである」(60代、男性、長野県)  などの記述があった。 「早かった」と回答した人からは、 「自衛隊の派遣は、石川県の馳知事が1月1日に首相官邸で要請を行い、その後首相が速やかに受理したものと理解しているので〈早かった〉と考えている」  といった声があった。   【こちらも話題】 「岸田さんは江戸より備えてない」と怒っていい 災害時、為政者は何をすべきか 北原みのり https://dot.asahi.com/articles/-/210936    岸田首相が被災地を訪れたのは発災から約2週間たった1月14日だった。このタイミングについては、「早かった」は2%、「適切だった」は17%にとどまった。「遅かった」は68%だった。「その他」(記述回答)では「遅すぎた」などの回答もあり、これらの回答をあわせると71%もの人が「遅かった」と回答していた。 「遅かった」と回答した人たちの記述回答を見ると、 「総理は国の長として責任があるため、早々に現地入りすべきであった。ヘリを使って行くべきであった」(30代、女性、茨城県) 「震度7がどの程度のものかという政治家の想像力が決定的に欠けている。地震の翌朝には首相自ら、または無理であれば知事をヘリコプターで派遣すべき。まず状況を把握しなければ対策は打てない」(60代、男性、東京都)  などとトップ自らが迅速に現場の状況を把握する重要性を指摘する声が多数あった。  岸田首相が被災者の救助や救命、支援が急がれるタイミングで、新年会に出席したり、テレビ出演していたりしたことに対し、不信感を持った人も多かったようだ。 「首相は現地入りする代わりに経団連の新年会に出るとは。東京でさえ揺れを感じたのに、責任ある立場にいて、心ある人間なら居ても立っても居られないのかと思ったが、あまりに冷淡でぞっとした」(50代、東京都) 「国のトップは甚大な災害の状況を一刻も早く把握し、対策をする必要がある。そのための首相。なのに、岸田首相は被災地に視察にもいかず、新年会をハシゴし、テレビ出演してニコニコと自民党総裁選への抱負を語っていた。その間に倒壊した家屋の下で救助を待つ人がどんどん死んでいった」(50代、男性、富山県)  他方で「適切だった」と答えた人からは、 「岸田さんにはもっとはっきりとした言葉で話をして欲しい。例えば、現地入りが遅いと言われたことに対しても、『混乱を招きかねないため、もう少し事態が把握できてから現地入りする』など」(30代、男性、沖縄) 「東日本大震災の杜撰な対応の二の舞にだけはならないよう気を付けていると感じる」(20代以下、男性、東京都)  といった声があった。   【こちらも話題】 裏金事件で支持率急落も岸田首相は意気軒昂 秋の自民党総裁選までに狙う「大逆転」シナリオ 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/212650    岸田政権の今回の震災対応を100点満点で評価すると何点か。  結果は10点未満の点数をつけた人の割合が38%で最多となった。10点以上30点未満の人が19%、30点以上50点未満が15%だった。50点未満の点数をつけた人が7割強に及んでいる。  評価の高いほうをみると、50点以上70点未満が15%、70点以上90点未満が8%、90点以上が5%となっている。  石川県に住む人たちからも厳しい声があった。  10点と回答した60代の女性は「被災者の命や生活に関心がない、ひどい政権だ」、0点と回答した70代以上の男性は「痛みを同じレベルで考えていない」と回答していた。  国会での岸田首相の答弁に改めて注目したい。   【こちらも話題】 〈1カ月を過ぎて〉【緊迫の被災地ルポ】ラジオから聞こえる死者数がどんどん増えて…能登半島地震の発生翌々日に現地入りの記者が見た光景 https://dot.asahi.com/articles/-/213181
岸田首相能登半島地震
dot. 2024/02/07 11:00
京アニ放火殺人犯行前10数分間の「ためらい」の意味 死刑判決の青葉被告「あまりに暗い半生」
今西憲之 今西憲之
京アニ放火殺人犯行前10数分間の「ためらい」の意味 死刑判決の青葉被告「あまりに暗い半生」
防犯ビデオに映った事件直前の青葉真司被告(提供)    死者36人、重軽傷者32人――。2019年7月に起きた京都アニメーション放火殺人事件。戦後では最悪の犠牲者を出した殺人事件とみられている。殺人などの罪に問われた青葉真司被告(45)に対し、京都地裁は1月25日、死刑を言い渡した。筋違いの勝手な思い込みが動機となり、多くの人命を奪った青葉被告が犯行直前の「10数分間」に考えていたこととは。そして、青葉被告とフリースクール時代に一緒に学んだという男性が、これまでの裁判で見た青葉被告の現在とのギャップとは。 「主文を言い渡します」と裁判長が告げると、青葉被告は背筋を伸ばし、うなずいた。 「被告人を死刑に処する」  裁判長がそう言い渡すと、青葉被告はもう一度、うなずいた。  判決は「非人間的で理不尽な犯行」とし、「犯行当時は心神耗弱、心神喪失状態だった」との弁護人の主張を退け、責任能力があったと判断した。  判決によると、青葉被告は京アニ作品に感動し、小説家になりたいと思い、応募するも落選。その後、京アニ作品を見た時に「作品をパクられた」と思い込み、犯行に及んだ。  これまでの裁判では、放火直後に現場に駆け付けた京都府警の警察官と青葉被告のやりとりを録音した音声が公開された。  警察官に「なんでやった? 言え」と問われ、青葉被告は絶叫するように「パクられた」「小説、小説パクられたからやった」と瀕死(ひんし)の状態で答えた。  この妄想が大きな動機の一つ。そして、裁判ではもう一つの“動機”が明らかになった。 加藤智大元死刑囚に傾倒 「かねて共感していた秋葉原の殺傷事件を参考にした。京都アニメーションに打撃を与えるため、メッセージ性のある事件を計画した」  判決でも認定されたが、青葉被告は法廷でも秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大(ともひろ)元死刑囚に傾倒していた。  2008年6月、日曜の正午過ぎの東京・秋葉原の繁華街に、加藤元死刑囚がトラックで突っ込み、5人をはね、ナイフで通行人を無差別に襲った。男女7人が死亡、10人が重軽傷を負った。死刑判決が15年に確定し、22年7月に刑が執行された。 【あわせて読みたい】 平成の重大殺人事件から「時代の歪み」を読み解く https://dot.asahi.com/articles/-/127854?page=1 現場検証が始まったときの京都アニメーション第1スタジオ(2019年7月19日)  加藤元死刑囚の犯行に影響を受けた理由について青葉被告は、 「(加藤と同様に)自分も20歳を越えて仕事を転々とした。郵便局などの仕事をクビになった。そして加藤は事件を起こした。なんかしら共感、そういうなんか類似点じゃございませんが、人ごととは思えなかった」  と法廷で語っていた。子供のころに両親が離婚し、幼少期は「不遇だった」と述べていた。この点については判決でも、 「幼少期の虐待や派遣切り等の境遇が似ている秋葉原無差別殺傷事件の犯人にかねて共感していたものであるが、その共感もあって、大量殺人を選択したと考えられる」  としている。 第1スタジオ前の路地で10数分間  青葉被告は、犯行の3日前に埼玉から京都に入り、京アニ第1スタジオ周辺の下見を繰り返した。ガソリンやライターなどを買い、犯行に向けた準備を進めた。京アニのスタッフが最も多くいるであろう午前10時過ぎに第1スタジオ前に到着すると、一度、玄関のドアが開くかを確認した。  しかし、すぐに犯行には及ばなかった。  第1スタジオ前の路地で10数分間、青葉被告は考え込んだという。 「加藤被告も(犯行前に)考えている。やはりためらうものです」 「その時、頭抱えて、両手を額に持っていって考えた。その間に放火殺人をやろうかどうか考えた。やはりそれだけ大きなことを考える場合、単純にやるかでは済む問題ではない」  加藤元死刑囚は自身の著書「解」(批評社)で、 <頭では(トラックで)突っ込むつもりなのに、体がブレーキをかけた> <思いとどまろうか>  とそのときの心境を吐露している。  だが、青葉被告は決行した。 「なんか自分の人生はあまりに暗い半生。一方、京都アニメーションは光の階段を上っている。小説も実らずパクられた」 「自分のような悪党でも、完全に良心がないかというと、そんなわけではない。良心の呵責(かしゃく)を抱えたままでしたことを、正直申し上げておきます」  検察側は第1スタジオ前の「10数分間のためらい」があったことを、 「青葉被告には計画性があり、妄想はない。完全責任能力を有する」  と有罪立証の大きな柱としていた。 【あわせて読みたい】 「一人で死ね」は自分に返る「『死刑になりたくて…』」著者が感じた希死念慮の行方 https://dot.asahi.com/articles/-/4598?page=1  昨年12月、青葉被告の公判に、遠く東京から傍聴しようとやってきたプログラマーの男性がいる。青葉被告より1つ年下の男性は、どうしても青葉被告を一目見ておきたいと、夜行バスに飛び乗ったという。  青葉被告は、生まれ育った埼玉県で中学時代に不登校となり、フリースクールに通っていた。この男性も、青葉被告と同じフリースクールで一緒に過ごしたことがあったという。  当時の青葉被告についてこう語る。 「僕の知っている青葉被告は、先生を独占するように質問して鉛筆を走らせる、という勉強熱心なやつでした。勉強嫌いの生徒が多いなか、よく机に向かっていました。国語がよくできた印象があります。フリースクールに来なくなる生徒がいると、青葉被告は家を探し出して『一緒に行こう』と誘うほどでした」  その後の青葉被告との関係については、 「フリースクールを出て、定時制高校に通うようになっていたときも、何度か会って音楽やゲームのことを教えてくれました。その後は20年以上も会っていないです。消息もわからなかった。事件から2週間ほど経った時に昔の友人から教えてもらいました。こんな凶悪事件を起こすなんて、あまりにギャップがあり過ぎました」  法廷での青葉被告は、車いすでマスクをしており、細かな表情はうかがえない。 「青葉真司、聞いてるか」  男性は、 「青葉被告の耳がやけどで収縮というか、ただれて小さくなっていて、やけどのひどさを感じました。犠牲になった方々は、もっと苦しかったのでしょう。青葉被告の表情からは、フリースクール時代の面影、雰囲気、優しさはまったく感じなかったです」  と話し、沈痛な表情を浮かべていた。  法廷での青葉被告は、反省のない発言、態度を繰り返し、時には「死ねということか!」と逆切れするような場面もあった。  男性が傍聴した日は、犠牲になった遺族や被害者らの意見陳述が行われていた。  被害者は、 「青葉真司、聞いてるか。生きていたいのに生きられなかった人がいて、あんたはまだ生きてる」  と語気を強めた。 【こちらもおすすめ】 京アニ放火殺人事件「パクられた程度」に遺族は絶句 青葉被告が主張した作品3シーンとは https://dot.asahi.com/articles/-/201197?page=1 京アニの犠牲者を悼む人々(2019年)  その様子を見た男性は、 「あれだけ言われても青葉被告はなにも感じていない様子でした。昔の彼じゃない。生きて罪を償ってほしいと思っていましたが……」  と静かに語った。  昨年12月7日の論告求刑で、青葉被告は最後に意見を求められ、「もう、付け加えて、ということはありません。それだけです」と述べていた。  加藤元死刑囚は先の著書で、 <自分のことしか考えていない後悔がある。被害者のことに思いが至っていなかった> <誤った手段を使った>  と記している。  判決で、 「やりすぎた、小説でそこまですることはなかったと被告は述べたが、真摯(しんし)な反省はない」  と断罪された青葉被告は、裁判長の言い渡しをどのような思いで聞いていたのだろう。 (AERA dot.編集部・今西憲之) 【あわせて読みたい】 京アニ事件初公判  青葉被告は弁護側の陳述に満足そうな表情 遺族は「いい加減にしろ」 https://dot.asahi.com/articles/-/200600?page=1
青葉真司被告京アニ死刑
dot. 2024/01/26 07:00
【年末年始に読みたいご当地本】北海道「ヒグマ」、岩手「大谷翔平」、長崎「キリシタン」…地方出版社ならではの一冊
【年末年始に読みたいご当地本】北海道「ヒグマ」、岩手「大谷翔平」、長崎「キリシタン」…地方出版社ならではの一冊
ジュンク堂書店池袋本店9階「ふるさとの棚」の北海道コーナー。定番の旅行書のほか、エッセイなども(撮影:高鍬真之)    新型コロナ明け初めての正月。控えていた帰省を考えている読者は多いだろう。そこで地域に根差して出版活動をしている地方出版社の本を47都道府県ごとに紹介する。AERA 2024年1月1-8日合併号より。 *  *  *  東京・池袋のジュンク堂書店池袋本店9階。特設コーナー「ふるさとの棚」には、北海道から沖縄まで47都道府県で地方色豊かな本を発行している地方出版社の作品がずらりと並んでいる。  その数、ざっと4500冊。これほど揃えたコーナーを持つ書店は他になく、読書人にとって聖地中の聖地。東京出張のたびに足を運ぶ地方在住のファンも少なくない。 「その地域ならではの視点や資料を用いた書籍ばかりで、土地土地の息吹を感じられます。2023年はNHK連続テレビ小説『らんまん』のモデルになった牧野富太郎氏関連や発災100年だった関東大震災にまつわる書籍が比較的動いていましたね」(同店・森暁子(さとこ)副店長)  この「ふるさとの棚」を支えているのが東京都新宿区に本社を構える地方・小出版流通センターだ。地方出版社と社員数人の小規模出版社の書籍や雑誌を専門に扱う取次会社である。 「取引先企業は約1100社。出版不況により作品が絞られて10年ほど前に比べて500点ほど減ってはいますが、今でも取扱点数は年間3千点を超えています」(同社・川上賢一社長) ご当地ならではの魅力  両社への取材と、地方出版社の作品限定のコンテスト「ブックインとっとり・地方出版文化功労賞」(主催・ブックインとっとり実行委員会、共催・鳥取県図書館協会ほか)の受賞作を参考にして選んだ。点数が多いので、さらに4作に絞って紹介したい。  23年に36回目を迎えたブックインとっとり・地方出版文化功労賞は、最優秀賞である地方出版文化功労賞の該当作はなかったが、奨励賞に『小学生が描いた昭和の日本 児童画五〇〇点 自転車こいで全国から』(編著/鈴木浩、発行/石風社)と『CAFE´ モンタン』(編・制作/萬鉄五郎記念美術館ほか、発行/杜陵高速印刷出版部)の2作。そして特別賞に『鹿児島 錫山鉱山遺構目録』(著・写真/志賀美英、発行/南日本新聞開発センター)が選ばれた。 「作品の質は当然ですが、資料性や出版社が出す意義なども考慮して受賞作を決めております。著者へのリスペクトはもちろんのこと、それを世に出す一歩を共に歩む出版社の背中を押すために行っている面もあります」(実行委員長・中川玄洋氏) 『小学生が描いた~』は、1969年から1970年にかけて北海道から沖縄まで120カ所もの小学校を自転車(!!)で巡って500点の児童画を収集し、都内で展示した青年の実話。絵は現在、インターネットで公開され、描いた本人に返却され始めているという。 短歌ブームの火付け役 『CAFE´ モンタン』は岩手県盛岡市で1960年代から70年代にかけて一世を風靡した、同名の画廊バーの初代マスター・小瀬川了平氏と芸術家たちの交友、足跡を描いた佳作だ。  資源経済学と鉱床学が専門の志賀美英・鹿児島大名誉教授の労作『鹿児島 錫山鉱山~』。同山は1655年に発見されて以来、旧薩摩藩の財政を支えた。そして1988年に閉山するまでの約330年間、国内屈指の錫鉱山として名を馳せた。歴史をたどり、遺構、遺跡を丹念にまとめた。  2022年1~6月に山梨日日新聞で連載して話題となった同名シリーズを単行本化したのが『Fujiと沖縄』(編・発行/山梨日日新聞社)。地元紙ならではの地道な取材が生んだ佳作で、連載は第22回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞(公共奉仕部門)はじめ数々の社会派文学賞を受賞している。  異彩を放つのは九州・福岡市の出版社「書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)」。優れた短歌集や文学ムックで知られ、年齢・性別を問わない現在の短歌ブームの火付け役とも言われている。(ライター・高鍬真之) 年末年始に読みたいご当地本 【北海道】 『ヒグマは見ている』/内山岳志/北海道新聞社/2023年 【東北】 青森 『青函連絡船の人びと』/本橋成一・佐藤滋/津軽書房/2016年 岩手 『BIG FLY 大谷翔平プレイバック2023』/岩手日報社/2023年 『CAFE モンタン』/萬鉄五郎記念美術館・平澤広・五十嵐佳乙子・高橋峻/杜陵高速印刷出版部/2022年【第36回地方出版文化功労賞奨励賞】 秋田 『WHO医師のアジア放浪記』/遠田耕平/無明舎出版/2023年 宮城 『あいたくてききたくて旅にでる』/小野和子/PUMPQUAKES/2019年 山形 『森に暮らす』/黒田三佳/山形会議パブリッシング/2022年 福島 『祈りの碑』/長島雄一/歴史春秋出版/2020年 【関東】 茨城 『いばらぎじゃなくていばらき』/青木智也/茨城新聞社/2004年 栃木 『田中正造と足尾鉱毒事件を歩く 改訂』/布川了・堀内洋助/随想舎/2009年 群馬 『連赤に問う』/上毛新聞社/2022年 埼玉 『旧鎌倉街道探索の旅〈1〉上道・山ノ道編』/芳賀善次郎/さきたま出版会/2017年 千葉 『ホントのコイズミさん YOUTH』/小泉今日子/303BOOKS/2022年 東京 『文学する中央線沿線』/矢野勝巳/ぶんしん出版/2023年 神奈川 『よこはま野毛太郎』/星羊社/2023年 【中部】 山梨 『Fujiと沖縄』/山梨日日新聞社/2023年 長野 『雪のくに移住日記』/星野秀樹/信濃毎日新聞社/2023年 新潟 『入門田中角栄(新装版)』/新潟日報社/新潟日報メディアネット/2016年 富山 『定本納棺夫日記』/青木新門/桂書房/2006年 石川 『加賀友禅のきほん』/加賀友禅文化協会/橋本確文堂/2023年 福井 『キイロスズメバチのくる家』/増永迪男/日野川図書/2022年 静岡 『ヒロインズ』/ケイト・ザンブレノ/C.I.P.BOOKS/2018年 愛知 『スットン経』/諏訪哲史/風媒社/2021年 岐阜 『やっぱ岐阜は名古屋の植民地!?』/松尾一/まつお出版/2007年 三重 「季刊NAGI 95号」/月兎舎/2023年 【近畿】 滋賀 『もんぺおばさんの田舎料理帖』/中井あけみ/能美舎/2022年 京都 『味つけはせんでええんです』/土井善晴/ミシマ社/2023年 大阪 『いっとかなあかん店 大阪』/江弘毅/140B/2017年 兵庫 『認知症世界の歩き方』/筧裕介/ライツ社/2021年 奈良 『年がら年中饅頭祭』/太鼓打源五郎/京阪奈情報教育出版/2022年 和歌山 『秘密事相』/池口恵観/高野山出版社/2022年 【中国・四国】 鳥取 『鳥取駅旅』/今井出版/2022年 島根 『石見銀山史伝』/田中博一/ハーベスト出版/2023年 岡山 『昭和・平成・令和 岡山県高校野球風雲録』/石原正裕/吉備人出版/2023年 広島 『瀬戸内レモン』/川久保篤志/溪水社/2018年 山口 『本とみかんと子育てと』柳原一徳/みずのわ出版/2021年 香川 『愛するよりも愛されたい』/佐々木良/万葉社/2022年 愛媛 『渋柿の木の下で』/中村英利子/アトラス出版/2021年 徳島 『生誕100年 瀬戸内寂聴物語』/柏木康浩/徳島新聞社/2023年 高知 『きんこん土佐日記 第1巻』/村岡マサヒロ/高知新聞社/2006年 【九州】 福岡 『暴れ川と生きる』/澤宮優/忘羊社/2022年 『小学生が描いた昭和の日本』/鈴木浩/石風社/2022年【第36回地方出版文化功労賞奨励賞】 佐賀 『少弐氏の興亡と一族』/市丸昭太郎/佐賀新聞社/2020年 長崎 『キリシタンの里』/吉永友愛/長崎文献社/2018年 熊本 『別冊アルテリ 顔』/渡辺京二/アルテリ編集室/2019年 大分 『大分方言語録』/大分合同新聞社/2014年 宮崎 『廃仏毀釈百年 改訂版』/佐伯恵達/鉱脈社/2003年 鹿児島 『鹿児島 錫山鉱山遺構目録』 志賀美英/南日本新聞開発センター/2022年【第36回地方出版文化功労賞特別賞】 沖縄 『オキナワノスタルジックタウン』/ぎすじみち/ボーダーインク/2022年 ※AERA 2024年1月1-8日合併号
読書
AERA 2023/12/31 10:30
サリン事件被害者の支援NPOが活動終了 手探りで組み立てた「支援モデル」将来世代へ
サリン事件被害者の支援NPOが活動終了 手探りで組み立てた「支援モデル」将来世代へ
築地駅(後方)から地上に運び出されて手当てを受ける乗客=1995年3月20日午前9時7分、東京・築地で    28年前の地下鉄サリン事件で「被害者への支援」を手探りで続けてきたNPOが活動を終える。スタッフは、今後もいつ起きるか分からない事件への対応を「風化にあらがって語り継ぐ」。AERA 2023年11月27日号より。 *  *  *  埼玉県から東京の職場に通勤していた男性(69)が、28年前の春の朝、息苦しさと後頭部の激痛でうずくまったのは、地下鉄人形町駅の階段を下り始めた時だった。  ひとつ前の小伝馬町で日比谷線が停まった。築地駅で大きな事故が起きている、と車内放送があったので、ホームに降りた。後からわかったことだが、前の電車で見つかったポリ袋を乗客が蹴りだしたホームには、猛毒の液体から気化した無臭のサリンが充満していた。  その時点では「事件」にほとんど気づいていない乗客の波の中で、都営線への乗り換えを急ぐ男性は、地上に出て人形町駅へ、ひと駅歩いたのだ。  その朝は天気が良かったのに「いやに暗いな」と感じた。瞳が縮む「縮瞳」が始まっていた。当時、40歳を超えたばかりの働き盛りの体力で、何とか会社までたどり着いた。 「完治」のはずが  あちこちの地下鉄でたいへんな事件が起きた、と会社のテレビが騒いでいた。「自分の症状もこれが原因か」と会社近くの病院に急いだ。「瞳孔が縮んでいます」と診断され、入院することに。瞳孔検査をする人が他にもいた。祝日だった翌日は休み、水曜日から出勤した。  数カ月間病院に通って「完治した」と言われた。労災保険を扱う労働基準監督署にも「完治」を報告した。目が熱を持ち、疲れが残りやすかったが、「いつまでも回復しないと言ってたら、会社からはじき出される。住宅ローンもいっぱい残っていた」。  病院から遠ざかった。  NPO法人「リカバリー・サポート・センター」(RSC)から連絡があったのは7年後だった。「神経眼科」を紹介された。 「その眼科で救っていただいた。サリンの後遺症だと診断を受けた。自分の気のせいではなかった」。男性は、今も症状が残り、年2回通院している。  当時、診療にあたった若倉雅登医師は言う。「RSCの皆さんが来られて、被害者の方は普通の病院では異常なしと言われるけれど、こんなに多いのだから何かあるはずだ、と」。若倉医師は、一般の眼科とは異なり、「脳と目の関係」を調べる神経眼科が専門だった。以後、2010年までに295人のサリンの症状を確認した。       NPO法人「リカバリー・サポート・センター」は、毎年3~5日、被害者に無料検診を続けてきた。写真はセルフケア講習会の様子(写真:RSC提供)   「人類の歴史上経験のない化学テロによる健康被害に対し、国、医療、メディアは鈍感過ぎた。簡単に『異常なし』という医療の姿勢はとくに問題だ」。若倉氏は昨年の講演会で、改めて訴えた。  事故の対応に当たった医者や弁護士、ジャーナリストらは、取り急ぎ、事故の翌年から公共施設を借りて検診を始めた。当初66人だった検診者は、5年で300人を超えた。NPOの設立総会にこぎつけたのが2001年。翌年、認証された。 鈍かった国の動き  そのRSCが今月18、19日の無料検診を最後に、活動を終える。「登録する被害者が100人を切ったのをめどに、スタッフが高齢化したこともあって、休止を決めた」と理事長の木村晋介弁護士は言う。  犯罪被害者に対する国家支援の立ち上がりは、日本では欧米に比べかなり遅く、通り魔殺人等の被害軽減に支給される「犯罪被害者給付制度」(1981年施行)があるだけだった。  地下鉄サリン事件などの無差別殺傷事件を契機に、被害者に対する支援を求める社会的な機運が急速に高まった。2001年に給付制度を拡充した「改正犯罪被害者等給付金支給法」が成立。給付金と同時に待ったなしとされたのが、PTSDをはじめ被害者への精神的なケアだ。  山城洋子さん(現事務局長)は、設立総会の少し前から、RSCの運営を手伝い始めたが、何より「被害者同士が互いに話をできる場づくり」を急ぐ必要があると痛感していた。  10年目事業として「メモリアル・ウォーキング・ケア」を05年に実現。駅に近づけなかった被害者が少なからず、地下鉄駅まで下りて、献花をできるようになった。「お互いの会話が生まれ、交流が始まるまではなお、積み重ねが必要だった」と山城さんは言う。国家の混乱を狙った犯罪だったが、被害者支援にあたる国の動きは鈍かった。代わって、民間団体が動いた。  厚労相の経験がある立憲民主党の長妻昭政調会長は「現場を一番よく知る支援団体の皆さんが、意見やデータをぶつけて、国会議員や政府を突き上げた。自分たちにも反省がある。そうしたご指摘で支援団体を支援する法整備にもつながった」。RSCのインタビューに答えた。  木村理事長は二十余年の経験で、「被害者に寄り添う対応ができるのは民間」と感じていた。 「オウム真理教犯罪被害者等給付金」の給付が08年に始まった。警察庁が、申請した被害者に対して「本当に被害を受けたのか、犯人調べをするかのように」(木村理事長)当時の状況を事情聴取した。申請者らは、一斉にRSCのスタッフに警察庁の「乱暴な調べ」を訴えた。 AERA 2023年11月27日号より    医師らは、これまでの検診のデータも踏まえ、警察庁らに説明。警察側も、事件発生以来の検診実績を認め、RSCに給付金裁定を依頼した。そのうえで77人の被害者が集団申請した。 「治療が無料となるサリン手帳(健康管理手帳)が発行された04年も、政府は広報が十分でなく、当初は3人しか申請がなかった。私たちが被害者に伝え、64人が集団申請した」  手探りで組み立ててきた「被害者支援モデル」は、JR福知山線脱線事故(05年、乗客106人が死亡、562人が負傷)にも共有された。両団体の会合では、RSCから毎年の集団検診の経験について「カルテなどの被害の証拠散逸を防いでいる」(山城さん)と伝えられた。 「終わっていない」  地下鉄サリン事件の「14人目」の被害者が亡くなったのは、3年前のことだ。重い後遺症と闘ってきた浅川幸子さん(享年56)が20年3月に、サリン中毒による低酸素脳症で亡くなった。 「サリン事件は終わっていない」。RSCの下村健一理事は痛感する。30年近く経っても、検診には時々初診の被害者が訪れた。  RSCは昨年、「事件後に生まれた若者」たち二十余人と5人の被害者を招き、「事件といま」をリモートで語り合ってもらった。 「(地下鉄の)ホームにできた(サリンの)水たまりを、ビチャビチャ歩いた」「胸に鉛が入ったように、急に呼吸ができなくなった」。語り部たちの言葉に、「自分もいつでも被害者に、との思いに背中がひんやりした」(20歳)、「どんな言葉で語り部さんたちは傷ついてしまうのか」。さまざまな語りの中で、「風化にあらがう語り継ぎ」(下村理事)を将来世代に託した。 (ジャーナリスト・菅沼栄一郎) ※AERA 2023年11月27日号
地下鉄サリン事件オウム真理教
AERA 2023/11/25 10:30
SKY-HIさんがAERAの表紙とインタビューに登場 「みんなが幸せになるためにシステムと闘う」/『AERA』11月27日発売
SKY-HIさんがAERAの表紙とインタビューに登場 「みんなが幸せになるためにシステムと闘う」/『AERA』11月27日発売
 11月27日発売のAERA 12月4日号の表紙はSKY-HIさんです。ラッパー、プロデューサー、経営者という多彩な肩書きを持ち、日本のエンタメシーンに新しい風を次々と吹き込むSKY-HIさん。見据えるものは何なのか、深い思いを語ったインタビューは必見です。巻頭特集は「ほったらかし新NISA」。来年1月からスタートする新NISAですが、なんだか難しそうと敬遠している人もいるでしょう。そんな方々に、ほったらかしておいても大丈夫な実用情報をお届けします。1テーマを掘り下げる「時代を読む」では「教育虐待」を取り上げました。子どもを追い詰める教育熱はなぜ生まれるのかじっくり考えます。将棋の棋士の多角的な面に迫る連載「棋承転結」には、藤井聡太八冠の師匠である杉本昌隆八段が登場。藤井八冠誕生の喜びなどを語っています。大好評連載「松下洸平 じゅうにんといろ」は世界的フラワーアーティストのニコライ・バーグマンさんをゲストに迎えた、全4回中2回目の対談です。ほかにも、多彩な記事が詰まった一冊をぜひご覧ください。   表紙&インタビュー:SKY-HI 表紙に登場するSKY-HIさんは、事務所の垣根を越えるダンス&ボーカルプロジェクト「D.U.N.K.」を立ち上げました。事務所の壁や先輩後輩の壁を取り払い、自由で楽しい雰囲気の中パフォーマンスできる舞台だと言います。「良い音楽が広がるためには健全なインフラがないといけない。業界の構造を正常化することは本当に大事」「みんなが幸せになるというシンプルなことのために、システムと闘い続けてきた」と語ります。その結晶とも言える「D.U.N.K.」の2回目が12月に開催されます。BE:FIRSTのSOTAさんと世界的ダンサーのRIEHATAさんのコラボ、SKY-HIさんとNissyさんの10年以上ぶりのステージなど話題が盛りだくさんです。変革を起こし続けるSKY-HIさんの今が詰まったインタビューです。そして撮影はもちろん蜷川実花。妖艶な光に包まれたアートな雰囲気の表紙とグラビアをぜひ誌面でご確認ください。 巻頭特集:ほったらかし新NISA 来年1月に始まる「新NISA」。「これだけやって放置すればOK」という、忙しい人もズボラな人も実践できるノウハウを詰め込みました。1月からスタートするには、申し込みの締め切りが12月上旬~中旬(クレジットカード積み立て)という金融機関も多く、今こそ考えるときです。ほったらかしておいても比較的安心できる商品はなにか、投資するにはどの数値に注目すべきか、初心者にもわかりやすくアドバイスしています。専業投資家テスタさんの「保有50銘柄」を一挙公開し、持ちっぱなしでいい高配当株を紹介する記事、金融機関の窓口でセールストークに騙されないための注意点を網羅した記事、全国の地銀62行のおすすめ投資信託を紹介する記事もあり、新NISAスタート前に必ずチェックしたい内容になっています。 時代を読む:教育虐待 教育の名のもとに行われる虐待。その結果、肉親の命を奪う事件まで起きています。ここまで子どもを追い詰める教育熱が生まれるのはなぜなのでしょうか。記事に出てくる一例では、有名大学を卒業し弁護士になった父親が、わが子にも同じ道を歩ませようと、小学校時代から過剰な勉強を課し、成績が思うようにならないと暴力を振るい子どもを追い詰めます。専門家は「大人たちに自分の信じている価値観を疑ってほしい。競争に勝ち、お金と高い地位を得ることが本当にすごいことでしょうか」と語りかけます。子育てやこの社会について考えさせられる内容です。 棋承転結:師匠・杉本昌隆八段が語る藤井聡太八冠 連載「棋承転結」に今号から4回登場するのは、藤井聡太八冠の師匠として知られる杉本昌隆八段です。振り飛車の名手で実力派の棋士として知られている杉本八段ですが、「藤井八冠の師匠」という肩書きのほうが先行する場合が多いです。そのことについても「それはしょうがないです」と笑う、温和でユーモアに富んだ人柄がにじみ出ています。藤井八冠誕生の喜びについても率直に語ったインタビュー。ぜひ全回シリーズでお読みください。 松下洸平×ニコライ・バーグマン 大人気連載「松下洸平 じゅうにんといろ」は、世界的フラワーアーティストのニコライ・バーグマンさんがゲスト。ニコライさんが考案し、世界的に人気を博しているフラワーボックスの誕生の経緯について、松下さんが興味津々に質問します。「花が好きで、自分でも時々買って帰って、自宅に飾っています」という松下さんと、花にまつわるトークです。ニコライさんの東京・南青山のフラッグシップストアで撮影した、おしゃれでシックな写真の数々も必見です。 ほかにも、 ・佐藤優・特別寄稿 池田大作の死と創価学会の今後 ・ガザ紛争の最新状況 戦闘停止合意の裏のせめぎあい ・イスラエルとパレスチナ 壁の向こうへのメッセージ ・阪神、オリックス 優勝パレードとファン気質の違い ・大腸がんで死なない X JAPANのHEATHさんも急逝 ・補導員のパトロール今も必要? PTAから強制選出の理不尽 ・GACKT×二階堂ふみ×杏 映画「翔んで埼玉」鼎談 ・上野樹里×林 遣都 自分を肯定する気持ちを ・武田砂鉄 今週のわだかまり ・ジェーン・スーの「先日、お目に掛かりまして」 ・大宮エリーの東大ふたり同窓会 初の東大出身力士・須山さん回を振り返り ・現代の肖像 一龍斎貞鏡・講談師 などの記事を掲載しています。 ※発売日の11月27日(月)正午からは、公式X(@AERAnetjp)と公式インスタグラム(@aera_net)で、最新号の内容を紹介する「#アエライブ」を行います。ぜひこちらもチェックしてください。 AERA(アエラ)2023年12月4日号 定価:470円(本体427円+税10%) 発売日:2023年11月27日(月曜日)
AERA 2023/11/24 17:40
この内閣は「つまらない」 だけど永田町をサバイブする女性大臣の今後を見守りたい 北原みのり
北原みのり 北原みのり
この内閣は「つまらない」 だけど永田町をサバイブする女性大臣の今後を見守りたい 北原みのり
  9月13日、記念撮影に臨む岸田文雄首相(前列中央)と閣僚ら  作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、内閣改造と、史上最多タイとなる5人の女性大臣の激震の人生について。 *   *  *  内閣改造。何一つ心動かされない。いったい、この静けさは何だろう。もしかしたら、これまでの人生で、最も心動かされない内閣改造かもしれない。政治家ってこんなに、つまらない女性とつまらない男性の集まりでしたっけ……と、ある意味、新鮮さを感じるほどでもある。  たとえ問題だらけの組閣や内閣改造であっても、たとえ紅一点の内閣であっても、赤い絨毯が敷かれた階段にずらりと新大臣たちが並ぶ時は、それなりの威圧感、それなりの面白さがあってしかるべき瞬間だったはずだ。百戦錬磨の狡猾な妖怪クラスの怖さを放つ老人や、ここは高級クラブなのか……と目を疑うドレスや着物で登場する女性といったお決まりの存在もいない。史上最多タイの女性の数……と言われても、だから何?とフェミニストらしからぬことを、思わずこぼしてしまいそうだ。   だいたい「選ばれた」5人の女性大臣に期待できることが思いうかばない。面白みに欠けるし、個性が薄すぎるし、彼女たちがこれまで「何を語ったか」「何をしてきたか」が分からない。上川陽子氏(外務大臣)の起用を「法務大臣時代にだれよりも死刑執行をしてきた。肝が据わっている」と言っている評論家がいて驚いたが、上川さんが「やってきたこと」として目立っているのは、それくらい、ということだろう。そのつまらなさは男性大臣にも言えることで、一言で言えば、この内閣は「つまらない」。それは岸田さんの個性というものなのかもしれない。  とはいえである。これほど女性が差別されている国で、大臣までにもなる女性たちの人生が面白くないはずはない。「つまらなさ」の陰に、きっと「女性ならでは」の人生が隠されているはずである。  たとえば復興大臣となった土屋品子氏。参議院議長などを歴任した父を持ち、サラブレッド二世として期待されていた政治家でもある。衆議院議員として8期も政治家をやっている超ベテランなのに、大臣になるのは初めてというのは、フツーの男性議員ではなかなか味わわない不遇であったろう。政治家になる前は料理家で、昨年くらいまでYouTube上の「品子のさわやかクッキング」で、ペパーミント寒天の作り方などオリジナル料理のレシピを披露している。いきいきと楽しそうである。聖心女子大学を卒業した後に料理専門学校に入っているくらいだから、本当はその道で生計を立てる人生を生きたかったのではないかと思われる。  土屋氏の父親は自らの資金管理団体をめぐる政治資金規正法違法事件で埼玉県知事を辞職しているが、土屋氏は父親の力添えで(と噂されるようななか)、テレビさいたまで自分の名前を冠した料理番組を持っていた。約40年前に新潟放送で流れていた「品子のさわやかクッキング」を観たが、若い頃の土屋氏が緊張した面持ちで「おもてなし料理」を披露している。良くも悪くも父親の庇護のもとキャリアを積んできた女性である。驚くのは、父親の同事件では、土屋氏の姉が有罪判決を受け自己破産していることだ。逮捕され自己破産までした姉、父の庇護で政治家として大臣までようやく上り詰めた妹。土屋姉妹の物語もまた長編ドラマになるような物語かもしれない。  若い加藤鮎子氏(こども政策担当大臣)も、今回私は初めて知ったが、「ゲス不倫」で話題になった宮崎謙介・元衆議院議員と結婚していた時期があるという。宮崎氏は「加藤」と姓を変え、加藤紘一氏の地盤を引きつぐことも期待されていたのだろうが、結局、女性問題で離婚し(と関係者談レベルで拡散されている)、加藤氏が父親の跡を継ぐような形で政治家になった。もしかしたら「総理の娘」になれたかもしれない人生を生きながら、父親の人間関係を引き継ぎ、「婿」だった男を切り、政治家となっていく。彼女がどんな政治家を目指しているのかはまったく見えてはこないが、やはりフツーではない人生の宿命を生かされているのを感じる。  女が政治家になる太い道、それは父親が政治家であったこと、である。今回の5人の中で政治家の父親がいないのは高市早苗氏(経済安保担当大臣)と上川氏だけであるが、そういう意味で、高市氏と上川氏の孤独、それ故のたくましさは他の3人とは別格にも見える。  つまらない中にも、やはり女の人生の激しさはある。男の勢力争いに巻き込まれる娘の人生もある。  内閣発足後第一の失言となった「女性ならではの感性」について、岸田さんは文書で、「政策決定における多様性の確保が重要であることや、今回任命された女性大臣に、その個性と能力を十分に発揮して職務に取り組んでいただきたいという趣旨を述べた」と意味不明な回答をしているが、そんな前時代的な感性がはびこる永田町で、女性議員たちはサバイブしている。「女性ならでは」味わう理不尽と激震の人生を生き抜いてきた5人の女性大臣の今後を、見守っていきたい。
dot. 2023/09/20 16:00
京アニ事件初公判  青葉被告は弁護側の陳述に満足そうな表情 遺族は「いい加減にしろ」
今西憲之 今西憲之
京アニ事件初公判  青葉被告は弁護側の陳述に満足そうな表情 遺族は「いい加減にしろ」
京都地裁 平成以降では国内で最悪の犠牲者を出した殺人事件の裁判が始まった。京都市伏見区の京都アニメーション(以下、京アニ)第1スタジオが2019年7月に放火され、36人が死亡、32人が重軽傷を負った事件で、殺人や現住建造物等放火などの罪で起訴された青葉真司被告(45)の裁判員裁判の初公判が5日、京都地裁であった。 *  *  *  午前10時半過ぎ、法廷に姿を見せた青葉被告。犯行時、全身に大やけどを負い、生死をさまよった青葉被告は、リクライニングができる大きめの車いすを刑務官に押してもらう形で入廷した。  顔はやけどの跡なのか少し赤みを帯び、右目の上や右耳には焼けただれたような跡があった。後頭部も、やけどのせいか脱毛症のようになっていた。  2020年5月の逮捕時はほとんど動かせなかった首は、横に向けて傍聴席を気にするなど、回復しているように感じた。  検察官が起訴状を読み上げた後、公訴事実を認めるか否かを問われると、青葉被告は車いすで証言台の前に出て、 「(起訴状に)書いてあることは私のしたことに間違いありません。事件当時、こうするしかないと思っていた。こんなたくさんの人が亡くなるとは思ってませんでした。現在はやりすぎだと思っています」  反省や謝罪の言葉はなく、事実関係だけは認めた。 火は瞬く間に燃え広がった。京アニスタジオ(2019年) アニメ「ツルネ」を見て「パクられた」  青葉被告の弁護士は、事件当時、青葉被告は心神喪失もしくは心神耗弱で、 「よいこと、悪いことの判断がつかない状態」  だったと、無罪あるいは減刑を主張。責任能力を争う意向を示した。  犯行動機について、検察側は冒頭陳述で、 「事件の本質は筋違いの恨みによる復讐(ふくしゅう)。青葉被告は自身が書いた小説を盗用されたと一方的に思い込んで京アニに恨みを募らせた」  と述べた。  青葉被告は人間関係がうまくいかず、「人と関わらずに身を立てられる小説家」を志した。京アニが主催する京都アニメーション大賞に2つの小説を応募したが、落選した。 「10年越しで書いた小説は渾身の力作で金字塔。俺もやれるんだと自信満々で応募した作品が落選。それがパクられていることがわかり、恨みを募らせた」  弁護側の冒頭陳述によると、青葉被告が「パクられた」と思い込んだ作品は、「ツルネ―風舞高校弓道部―」だった。 「ツルネ」は京都アニメーション大賞で審査員特別賞を受賞した原作小説をもとにした京アニの作品。高校の弓道部を舞台に青春模様を描いた内容で、2018年10月からテレビアニメとして放送された。青葉被告は「ツルネ」のテレビ放送をみて、 「パクられた」  と思い込むようになったという。 京アニの犠牲者を悼む人々(2019年)  弁護側の冒頭陳述によると、青葉被告は、インターネットの匿名掲示板「2チャンネル」で京アニの女性監督と思われる人物から「作品のアドバイスをしてもらった」と思い、女性監督に「好意」を抱くようになり、 「作品を女性監督にあげてもいいと思うようになった」  と入れ込んだ。しかしこの人物から、 「『浮気性』『レイプ魔』などと言われた」  ことにより混乱した。  京アニの公募に出した作品が、女性監督のブログに使われていたとも思い込み、青葉被告は、 「心が乱れ、それまで大事にしていた、小説のネタを書いていたノートを燃やした」  という。このことを弁護士が法廷で陳述したとき、青葉被告は満足そうに3度、大きくうなずいた。  検察側は、弁護側が訴えるインターネット掲示板での女性監督とのやりとりや、小説を「パクられた」とする主張については、 「青葉被告は掲示板のやり取りで女性監督が好意的だと思っていたが、実際には別人で完全な妄想」 「だが、犯行は妄想に支配されたものではなく、完全責任能力がある」  と述べた。 大宮駅での無差別殺人も計画  検察側の冒頭陳述によると、青葉被告は犯行1カ月前には6本の包丁を購入し、自宅に近い埼玉県の大宮駅で無差別殺人を計画したが、直前で断念していた。  その後、「人生がうまくいかないのは京アニや女性監督のせい」だと妄想し、京アニを直接襲うべく計画を始めた。  犯行3日前に埼玉県から京都に向かった青葉被告は、京アニの本社やスタジオなどの下見をかさね、最も規模が大きく、従業員が多そうな第1スタジオを狙うことを決めた。ホームセンターでガソリンを入れる携行缶やバケツ、ライターなどを用意した。 「女性監督だけではなく、他の京アニ社員も連帯責任」 「クリエイターが机の前で製作に励んでいる朝10時ごろが一番だ」  事件当日、午前10時過ぎ、第1スタジオの玄関に一度入って中の様子をうかがった青葉被告は、外に出てガソリンを携行缶からバケツに移し替えるときに、 「犯行を逡巡した。しかし、バケツを持って再度、中に入ってガソリンをまき、ライターで火をつけて大火災を起こした」  その瞬間、青葉被告は、 「死ね」  と叫んで火をつけたという。 「殺された人は戻らない」  5日は朝から京都地裁前の京都御苑内の広場に、傍聴券を求めて長い列ができた。  京アニのファンという20歳代の女性は、兵庫県からやってきたという。 「事件では好きなクリエイターが亡くなった。なぜ青葉被告はあんなひどいことをやったのか許せない。その真相を知りたいと思ってきました」  事件の被害者遺族やけがを負った人など約50人が被害者参加制度などによって、法廷のやりとりに耳を傾けた。ある被害者は、 「青葉被告は刑務官に車いすを押してもらっていい身分だ。殺された人は戻ってこない。謝罪もないし、いい加減にしろ」  と無念そうに話した。  今後、青葉被告の被告人質問などの審理を重ね、来年1月25日に判決が言い渡される予定だ。 (AERA dot.編集部 今西憲之)
京アニ
dot. 2023/09/05 20:21
「ギフテッド=天才」ではない 「発達障害」と混同する特性と行動の誤解を専門家が解く
「ギフテッド=天才」ではない 「発達障害」と混同する特性と行動の誤解を専門家が解く
一時自分を発達障害と誤解していてギフテッドの立花奈央子さん(40)  高いIQや突出した才能を持つ一方で、周囲とのなじめなさや複雑な悩みを抱えていることも多い「ギフテッド」。授業中に立ち歩いたり、集中しなかったりする挙動から、発達障害と混同されることも多いといわれている。ギフテッドと発達障害の違いはどこにあるのか、【前編】に続き発達心理学や教育心理学が専門である上越教育大学の角谷詩織教授にその判断のポイントを聞いた。<阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・再編集> <【前編】4歳で進化論、8歳で相対性理論…なぜ「ギフテッド」は学校に馴染めない? 発達心理学者が解説>から続く *  *  * ■「ギフテッド=天才」ではない ギフテッドの子どもが興味のあるものを目の前にした時の例えを角谷教授がしてくれた。「空腹で倒れそうな時に、目の前にクッキーが現れて、それをむさぼるようなもの」なのだという。私は、それほど強烈な好奇心が生まれたことはなかったが、自分ではコントロールが容易ではないほどの感情なんだと想像した。  同時に、ギフテッド=天才といった誤ったイメージを指摘した。 「小学校に入る前に外国語が話せるようになる、相対性理論を完全に理解する、など超人的な才能を見せる子どもがギフテッドだと誤解されているように感じます」  メディアで取り上げられるのも、若くして英語や数学の検定に合格した子どもや飛び級で大学に入学した子どもなどで、華やかで実年齢と大きく乖離(かいり)した結果を残した子どもがフォーカスされやすい。珍しいがゆえに、ニュースとして取り上げられてしまうのだ。私自身も、当初ギフテッドに抱いた印象はそうした「超人」だった。  このような情報を見聞きするうちに、「ギフテッド=人並み外れた超人的な才能を持った天才」といったイメージが先行しているのかもしれない。しかし、そうした超人的な才能があるのはギフテッドの中でもごく一部で、極めてまれな存在なのだという。 上越教育大学の角谷詩織教授 「学校の先生が『教師人生でそんな才能の子どもを見たことがない』とつぶやいたと聞いたことがあります。この先生の感覚は決して間違っておらず、ギフテッドのイメージが超人的なものに限定されてしまったことに誤解の原因があると思います」と角谷教授。  つまり、超天才がギフテッドだと誤解をしてしまうと、学校の先生たちは自分たちの教え子の中にギフテッドがいるにもかかわらず、気づかない可能性があるということになる。   角谷教授によると、ギフテッドとされる子どもは様々な才能において3~10%程度いるとされている。35人がいる教室では、1~3人のギフテッドがいることになる。「教師人生で見たことがない」どころか、今の教え子の中にもギフテッドがいるかもしれないのだ。ギフテッドのうち、9割を占めるのがIQ120~130の人で、「人並み外れた超人的な才能を持った天才」とイメージされるIQ160を超えるような人は、ギフテッドの中でもごくごくわずかだという。 「学校の先生であれば、毎年ギフテッドに出会っている可能性が高い。想像よりも多くの子どもたちが『学校の勉強は知っていることばかりでつまらない』という悩みや自分の特性を理解されずに困っている可能性があります」 ■授業に愛想をつかす場合も IQ120~130の人たちは目に見える異能ぶりを発揮するものなのだろうか。 「IQ120前後の子どもが何らかの特定の教科で目をみはるほどの才能を発揮しているということはほとんどないでしょう。なんとなく、頭は良さそうで面白いところに気づくとか、ちょっと変わっているとかそんな子どものほうが多いだろうと思います。学校の勉強に愛想をつかしてしまった場合、小学3~4年生ごろまでに学業不振の兆候を見せ始めることもあると言われています。知的な素質がありつつ、学校の成績は散々だというギフテッドもいるわけです」  ギフテッドの子どもは、授業の半分から4分の3を「ただ待って過ごしている」という研究もある。現在、日本の公立の学校では、子どもを選抜し、個々の才能を伸ばすことに特化した英才教育は行われていない。今の制度を大きく変えずに教育現場でできる工夫というのはあるのだろうか。 「ギフテッドの中で最も多数派のIQ130前後の子どもたちへの教育をそんなにがちがちに構えないでほしいなと思います」  そう話す角谷教授が、ヒントになりそうな1本の動画を紹介してくれた。ギフテッドの子どもたちが授業を受ける14分の動画だった。  イギリスのある学校。5~6人の幼い子どもたちがグループになり、教員とアルファベットが書かれた絵本を手にたどたどしく読み上げる。もう少し大きな子どもたちのクラスでは、1枚の絵を見ながらどのようなシチュエーションなのか想像を繰り広げる。算数の授業では、数字が書かれたカードを手に九九を学ぶなか、2桁のかけ算の方法を発表したあどけない表情の男の子もいた。 「ギフテッドが特異な才能や深刻な困難を顕著に併せ持つと構えすぎて固まってしまう先生もいるかもしれませんが、かなり身近にいそうな子どもだと感じてもらえるのではないでしょうか。他の児童よりも少し進んでいる場面もありますが、今の教育体制でもできそうだなと感じる要素がたくさんあるはずです」  知的レベルや関心のあることが似た子どもたちを同じグループにして活動してみると、どのレベルの子のグループでも、学習効果を上げることが実証されているという。  例えば、授業中に関係のない本を読んでいる子どもがいた場合、どのように声をかけるのが正解だろうか。 「本をしまいましょう」 「今、何の時間ですか」  そんな声かけが想像つく。だが、こうした声かけは追い詰めることになるのだという。  そうではなく、今読んでいる本と授業の内容を結びつけて質問してみたり、授業の中身に少しレベルの高いものを入れてみたりするなどで反応は変わってくるそうだ。 「もちろん、授業中に関係のない本を読んでいてよいということではなく、その望ましくない行動をなくすには、どのように働きかけたらよいのか、どのような環境設定をしたらよいのか工夫する必要があるということです」と角谷教授は付け加えた。 ■発達障害との違いは?  ギフテッドとよく混同されるものとして、発達障害がある。 「私たち大人は、講習会や研修会などで、知っていることばかりの内容だったらどのような行動をとりますか?」  そう角谷教授に尋ねられた。居眠りする、携帯をいじる、会場を出る、内職をする。大人でも様々な行動をとるだろう。ギフテッドも授業でわかりきった内容ばかりが展開されたら……。どうやったら、退屈な時間をやり過ごせるのか。そんな気持ちを想像した。  授業中に立ち歩いたり、集中しなかったりする様が、発達障害があると誤認される場合があるのだという。どのような違いがあるのだろうか。  角谷教授によると、障害の場合は、脳の機能障害が問題とされる行動を引き起こす原因となる。ギフテッドの場合、限られた状況や場面でそうした行動に出ることがある。例えば自身に興味のない授業では集中せずに、ぼーっとしているように見えるが、関心のある授業では積極的に挙手をするといったことが考えられる。  また、不適切とされる言動について本人なりに筋の通った説明ができるか、本人の意図が背後にあるかが、障害を伴うものかどうかの判断のポイントになるという。  ギフテッドの単語が認知されるようになった現在でも、ギフテッドの特性というものはまだまだ知られていないのが現状だろう。私自身も取材を始めるまでは、「頭が良い」という一面的な部分しかわからず、ほとんどその特性を理解していなかった。ギフテッドの行動が理解できずに悩む人もいるかもしれない。 「ギフテッドの、一見、才能とは関係のなさそうに見える特性と知的才能との関係を知っていただきたいです。人の揚げ足をとろうとしている、ミスを探していると受け取られがちかもしれませんが、自分のほうが知っていると優劣をつけたくて言っているのではないのです。情報を知ったり共有したりするのが楽しくて、純粋な興味関心からの言動なのです。周囲がそうした特性を知り、行動を認めてあげることが重要です」 ●阿部朋美(あべ・ともみ)1984年生まれ。埼玉県出身。2007年、朝日新聞社に入社。記者として長崎、静岡の両総局を経て、西部報道センター、東京社会部で事件や教育などを取材。連載では「子どもへの性暴力」や、不登校の子どもたちを取材した「学校に行けないコロナ休校の爪痕」などを担当。2022年からマーケティング戦略本部のディレクター。 ●伊藤和行(いとう・かずゆき)1982年生まれ。名古屋市出身。2006年、朝日新聞社に入社。福岡や東京で事件や教育、沖縄で基地や人権の問題を取材してきた。朝日新聞デジタルの連載「『男性を生きづらい』を考える」「基地はなぜ動かないのか 沖縄復帰50年」なども担当した。
ギフテッド書籍朝日新聞出版の本
dot. 2023/06/19 16:00
4歳で進化論、8歳で相対性理論…なぜ「ギフテッド」は学校に馴染めない? 発達心理学者が解説 
4歳で進化論、8歳で相対性理論…なぜ「ギフテッド」は学校に馴染めない? 発達心理学者が解説 
IQ154のギフテッド、小林都央さん(11)  高い知能や、さまざまな領域で特別な才能を有する「ギフテッド」。近年テレビなどでも見ることが増えてきている。高いIQや、さまざまな分野で突出した能力がある人が多く「天才」のイメージで紹介されることが多いが、すべてのギフテッドが成功しているわけではない。ではギフテッドとは何か。ギフテッドに関する専門書の翻訳を手がけ、発達心理学や教育心理学が専門である上越教育大学の角谷詩織教授にギフテッドについてきいた。<阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・再編集> *  *  * ■彼らが感じる困難  ギフテッドとはどのような人たちなのか。  専門家に話を聞きながら、ギフテッドの特性について考えていきたい。  2021年に発足した文部科学省の有識者会議は、特定の分野に特異な才能のある当事者や保護者、教員、支援団体職員らにアンケート調査を実施。980件の事例が寄せられた。調査結果には、驚くような才能が並ぶ一方、学校での苦悩も列挙されている。その一部を紹介する。 【特異な才能】 ・中学に入り、ハングルを読み書きし中国語を聞き取る。スペイン語、フランス語を自学 ・英単語は一度聞けば覚えられる ・4歳で進化論を理解、8歳で量子力学や相対性理論を理解 ・6歳で初めてピアノを弾いた時に両手で弾けた。聞いた音楽を「耳コピ」できる ・6歳でアフガニスタン紛争やカンボジア内乱、中国文化大革命、国連の意義などを毎日、お風呂の中で考えている ・2歳で歌を作り、4歳で絵本を作った。小5の現在はアプリを作成中 ・4歳で九九を暗記、6歳で周期表を暗記 【学校で経験した困難】 ・授業が面白くないと我慢の限界がくる。学校脱走を重ね、不登校に ・鉛筆で書く速度と、脳内の処理速度が釣り合わず、プリント学習にストレスを感じた ・同級生の共感が得られず孤独。思ったことを発言すると教師や同級生が驚くので、嫌になる 上越教育大学の角谷詩織教授 ・教師の期待に疲れて不登校になった時に見放さないでほしかった ・学校ではみんなと違う部分が強調され、いじめの対象となりやすい ・(先生に)ギフテッドの知識がなく、担任が代わるたびに子どもの特性を説明しなければならない  こうした個性を持った子どもたちは、いずれも「ギフテッド」にあたるのか。  文部科学省の有識者会議では、その定義をめぐって、会議の中でたびたび議論が交わされた。 「特異な才能を定義することで、それを伸ばすことに教育の力点が置かれるようになりかねない」 「枠組みをもって定義していくだけでは拾えないもの(能力)が数多くある」  委員らからそうした指摘があった。22年秋にまとめられた提言では、IQ(知能指数)などをもとにして才能を定義すると、高IQの人を選抜する動きが出てくるとして、「定義はしない」と結論づけた。そのうえで、提言では「特異な才能のある児童生徒の抱える困難を丁寧に把握し、それぞれの環境や条件に応じて適した対応を柔軟に講じることが必要」とした。  海外のギフテッド教育の基準も国や地域によって異なり、IQ130以上を対象にする国もあれば、独自の基準を設ける国や地域もある。  ギフテッドに関する専門書の翻訳を手がけ、発達心理学や教育心理学が専門である上越教育大学の角谷詩織教授に話を聞くと、世界的なおおよその共通理解となっている定義を教えてくれた。 ・並外れた才能ゆえに高い実績をあげることが可能な子ども ・実際目に見えて優れた成果をあげている子どもだけでなく、潜在的な素質のある子どもも含む ・才能の領域は、知的能力全般、特定の学問領域、創造的思考や生産的思考、リーダーシップ、音楽、芸術、芸能、スポーツに及ぶ ・有資格の専門家(教師、医師、臨床心理士、芸術やスポーツの専門家等)により判定された子ども ■IQとは何か?  では、専門家はどのように判定しているのだろうか。才能の一つの指標とされているIQとはどうやって導き出すのか。  国内では、精神科や心療内科などで知能検査を受けることができる。臨床心理士や公認心理師らが1時間程度かけ、一対一で検査をする。検査の内容は、知識を問うものではなく、様々な領域での知的能力を測る。  国内でも広く利用されているのは、「ウェクスラー式知能検査」という方式で、70年以上前にウェクスラーというアメリカの心理学者が開発した。その5回目の改訂版を「WISC-V」(ウィスク・ファイブ、Wechsler Intelligence Scale for Children-Fifth Edition)といい、現在、知能検査として世界中で最も用いられている。10種類の基本的な検査と、必要に応じて行う6種類の補助的な検査で構成されている。この検査を受けることで、全般的な知的能力と、主要指標という次の5つの領域(改訂前の「WISC-IV」では4領域)の得点などを知ることができる。 (1)言語理解指標(言語による理解力や推理力、思考力) (2)視空間指標(空間認識力や統合、合成などの能力) (3)流動性推理指標(視覚対象物の関係を把握、推理する力) (4)ワーキングメモリー指標(一時的に情報を記憶しながら処理する能力) (5)処理速度指標(視覚情報を処理するスピード)  どの能力に長けているかは、人によって異なり、すべての領域で全般的に高い人もいれば、一部の領域が得意な人もいるという。なお、同種の成人向けの検査は「WAIS」(ウェイス、Wechsler Adult Intelligence Scale)と呼ばれている。 ■高1が小6のクラスにいるようなもの  文部科学省の調査でも、取材したギフテッドの当事者の方々の話からも「周囲とのなじめなさ」が浮かび上がる。なぜギフテッドの人たちがそうした苦悩を抱えるのか。角谷教授はこんなことを教えてくれた。 「知的な才能のあるギフテッドの子どもは、平均的に2~4学年、知的レベルが進んでいると言われています。これは、小学6年生が小学2年生のクラスに所属していること、高校1年生が小学6年生のクラスに所属していることに相当します」  知的レベルの異なる学年のクラスで過ごす居心地の悪さを想像すると、「周囲とのなじめなさ」も納得できる。 「高校1年生に対して、小学6年生の授業をまじめに膝の上に手を置いて聞くようにと言って、その通りにするでしょうか。高校1年生に対して、休み時間は6年生と意気投合して仲良く遊ぶように言って、そうできるでしょうか」  取材したギフテッドの当事者の方からは「授業はつまらない」「集団の中で異物ととらえられた」といった声を聞いた。当事者たちがそう話す理由も角谷教授の話を聞いて合点した。ぼーっとしているように見える子どもがいれば、教員は「やる気がない」と判断するかもしれない。教員を質問攻めする子どもがいれば、「嫌がらせをしようとしているのかもしれない」と感じるかもしれない。でも、ギフテッドの子どもたちからすると、純粋な知的欲求からくる行動であって、そこには他者を責めるような意図はないのだという。 「授業に集中できない、ルールを守れない、集団行動ができない、わがままなど、教員から見ると『なぜだ?』と思う行動があるかもしれません。でも、その行動が見られる子どもが悪いわけでもなく、教員としての力量が足りないからでもない。ギフテッドの、一見、才能とは無関係に見えるような特性が、実は知的能力の高さと関係があることが理解できると、なぜそのような行動をとるのか筋が通るような体験をすると思います」 (年齢は2023年3月時点のものです) ※<【後編】「ギフテッド=天才」ではない 「発達障害」と混同する特性と行動の誤解を専門家が解く>に続く ●阿部朋美(あべ・ともみ)1984年生まれ。埼玉県出身。2007年、朝日新聞社に入社。記者として長崎、静岡の両総局を経て、西部報道センター、東京社会部で事件や教育などを取材。連載では「子どもへの性暴力」や、不登校の子どもたちを取材した「学校に行けないコロナ休校の爪痕」などを担当。2022年からマーケティング戦略本部のディレクター。 ●伊藤和行(いとう・かずゆき)1982年生まれ。名古屋市出身。2006年、朝日新聞社に入社。福岡や東京で事件や教育、沖縄で基地や人権の問題を取材してきた。朝日新聞デジタルの連載「『男性を生きづらい』を考える」「基地はなぜ動かないのか 沖縄復帰50年」なども担当した。
ギフテッド書籍朝日新聞出版の本
dot. 2023/06/19 16:00
人生に失望した36歳「ギフテッド」男性はなぜ転職先で成果を出せたのか 「社会性が低い」の誤解
人生に失望した36歳「ギフテッド」男性はなぜ転職先で成果を出せたのか 「社会性が低い」の誤解
吉沢拓さん  高い知能や、さまざまな領域で特別な才能を有する「ギフテッド」。その1人、吉沢拓さん(36)はギフテッドのことをこう話す。「スポーツカーで公道を走ろうとすると、ブレーキを踏みながらヨロヨロと走ることになります。走りやすい道を用意してくれる人や、助手席に乗ってくれる人など、アクセルを踏み続けられる環境が必要」 彼は高度な洞察力や正義感ゆえに人間関係に苦悩し、自殺未遂にまで至った経験がある。そんな彼がどのようにして自分の特性を認め、前を向くことができたのか。その背景には、自分を肯定してくれたある人物との出会いがあった。<阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・再編集> ※【前編】<36歳「ギフテッド」男性が社会で味わった絶望 「頭が悪い」「使えない」と上司や医師が人格否定>より続く *  *  * ■能力ゆえの悩み、初めて肯定された  人間関係に苦しみ、3社目の会社に転職。人事データの分析を担った。自身の存在意義を探し求めるため、まっすぐ自分の道を進んで何が起きるか見届けようとした。  上司が吉沢さんの考えをよく思っていないからなのか、すでに経営層まで承認を得た企画を進めようとすると、上司から計画を変更するよう圧力をかけられた。自分の成果を横取りされたこともあった。多様性と公正をうたう会社の理念に従って、「人として間違っている」と感じた行動には異議を主張し会社にも訴えた。だが、「あなたは間違っていないし、周囲に問題があるのはわかるが、対応するこちらの立場と労力も考えてほしい、うまくやってくれ」と突き放され、状況は変わらなかった。  別の同僚からは「私は静かに業務をしたいので、あなたが上司や同僚と衝突するのは迷惑だ。私は『サラリーマン』ができる」とも言われた。面談の内容がねじ曲げられ風評を流されることもあった。匿名で行っていた発信活動を同僚に発見され、アウティングの被害にも遭った。 「人間には自分のための能力と社会のための能力があります。その中で自分の行動基準や能力は、社会に向けたものに偏ってしまっていると感じます」と吉沢さん。 「自分の能力で社会に役立てられている部分はあると感じていますが、なかなか自分には返ってきません。遠くの人に喜ばれ、近くの人に嫌われます。遠くからは応援されるが、みんな近づいてきてはくれません。そういう世の中の構図に失望しましたが、それを自身で確かめられたことに満足もしました」  苦しくても、正しいと思う行動を取り続けることができた。そんな自分の矜持を保てているうちに死のうと考えた。  2020年12月、自殺を企てた。未遂となり、翌日から仕事を休職した。 「最期まで魂の形を保ちたい、胸を張れる自分でいたい」。その思いから、遺書にはつらかったことや恨みではなく、周囲への感謝だけを書き残した。  もともとは、人間とは、社会とは、自分とは――。そういった抽象的な問いかけを探求するために、自分をいろいろな企業に投げ込んで実験してきた。その答えを出した以上、もはや何のために生きているのかわからず、頭は真っ白な状態だった。心理検査やカウンセリングを経て、自分とは何か、どのような特性なのかを調べているうちに、ギフテッドにたどりついた。  東京大学大学院総合文化研究科で「ギフテッド創成寄付講座」を開いている池澤聰さんに出会った。そこで初めて、吉沢さんの悩みが「能力があるからこその悩みなんです」と言われた。 「初めて自分を肯定してくれる人で、とにかく『助かった』という感覚でした。少しずつ自分を許していってもいいかなと思えるようになりました」 ■自分の「取り扱い説明書」を渡す  そこから、ギフテッドについて調べ、自分がこれまで周囲と折り合えずに苦悩してきたのは、ギフテッドゆえの特性からくるものだとわかった。  頭も心もセンサーが敏感で、正義感が強い。視野が広く、日常にある疑問や矛盾に気がつきやすい。説明書は読まず、触って覚える。枠の中にはめ込まれるのが苦手で、自分で創造するのが得意。自分の特性とはどういうものなのかがクリアになっていった。  休職中でどん底の状態だったが、勤務先に戻ることは現実的でなかったため、転職活動を始めた。開き直って、履歴書には、心に負荷がかかって休職していること、自身にギフテッドという特性があるということも書き加えた。  IT企業の1次面接を受けることになり、面接担当者からは、ギフテッドについて聞かれた。ギフテッドというのはどういう特性なのか。能力を発揮するためには、どういう支援が必要なのか。吉沢さんは、正直な思いを伝えた。 「自分が過去に成功したのは、いずれも人とやり方は違ってでも、勝手に動かせてもらえた時でした。不躾なお願いですが、もしご一緒することになったらそうさせてほしいです」  最終面接でもギフテッドの話題になり、面接担当者からは「会社にもそういう人はたくさんいると思うよ」と言われた。吉沢さんは、「当たり前の存在として見てもらえる」と安心できたという。  入社してからは、自分の取り扱い説明書を渡した。 「自分はプロジェクトのようなチームを組む動きより、人より先を一人で突っ走って成果を形にします。つなぎ役はそれが得意な人にお願いします」と伝えた。そうした吉沢さんの得意分野を活かしたことで、成果も出ている。社内の個人MVPにノミネートされたり、人事データを分析する外部のコンペで表彰を受けたりした。  ただ、こうした能力の発揮の形を会社に認めてもらうのには課題を感じた。長所を活かし短所を周りにフォローしてもらうという働き方が減点対象となり、周囲と同じ働き方を目指すことがキャリアとして求められた。今後、社内で多様な能力が活かされるためのモデルケースになれるよう対話を続けているが、まだまだ壁は厚いと感じている。 ■なじまなくたっていい  ギフテッドは、「知能が高くて、社会性が低い」という誤ったイメージを持たれがちだ。「本当に頭が良い人は周囲とうまくやるはずだ」という批判を向けられることもあるかもしれない。しかし、知能が高く、視野が広いからこそ、方法や目指すゴールが周囲と異なるのかもしれない。  ギフテッドの特性として、複雑で論理的な洞察力や正義感などがあることがこれまでの研究で指摘されている。吉沢さんの仕事の目的は、上司の顔色をうかがうことや社内政治をすることではなく、会社や社会が良い方へ向かうこと。まっすぐに最適な方法を模索することを周囲が理解できなかったのではないか。  吉沢さんはギフテッドをスポーツカーで例えてくれた。 「スポーツカーで公道を走ろうとすると、ブレーキを踏みながらヨロヨロと走ることになります。走りやすい道を用意してくれる人や、助手席に乗ってくれる人など、アクセルを踏み続けられる環境が必要」だという。「自由に走れる環境があれば、勝手に走る」。それがギフテッドなのだという。  なんでもバランスよくできる優等生に憧れるかもしれないが、それを目指す必要はない。大谷翔平選手が将棋を指せる必要はないし、藤井聡太さんが時速160キロのボールを投げられる必要もない。 「多様性」をうたう会社も多いが、本当の意味で「人と違う」ということを認めてくれる会社はそう多くはないのかもしれない。扱いづらい、周囲の意見を理解できないなどとすでに排除されているギフテッドもいれば、自身が周囲から浮くことを恐れて才能を隠しているギフテッドもいるかもしれない。  これからギフテッドが浸透し、採用しようという会社が出てきた時には、ギフテッドの特性や得意不得意があるということを知ってほしいという。 「ギフテッドはなんでもできる夢の人材ではありません。優秀なのではなく、特殊ということを知ってもらいたいです。扱いづらい点もあるかもしれません。会社として必要な能力と思ってもらい、能力を守って活かす方法を考えてもらえれば、お互いに良い結果を与え合う関係になれるのではないでしょうか」  現在は、東京大学大学院のギフテッド創成寄付講座で、当事者として研究協力をしたり、講演会で適応に苦しんだ体験を話したりしている。自分と同じように苦しむ人を減らすため、第三者が声をかけやすいよう名前と顔を出すことを選んだ。 「人と違うことは決して悪いことではない。だから人と同じになろうとするのではなく、人と違う自分のことを認め、嫌いにならずにいてあげてほしい。そして、周囲の方々には、伸ばそう、教えようとするのではなく守ってあげることを大事にしてほしい」 (年齢は2023年3月時点のものです) ●阿部朋美(あべ・ともみ)1984年生まれ。埼玉県出身。2007年、朝日新聞社に入社。記者として長崎、静岡の両総局を経て、西部報道センター、東京社会部で事件や教育などを取材。連載では「子どもへの性暴力」や、不登校の子どもたちを取材した「学校に行けないコロナ休校の爪痕」などを担当。2022年からマーケティング戦略本部のディレクター。 ●伊藤和行(いとう・かずゆき)1982年生まれ。名古屋市出身。2006年、朝日新聞社に入社。福岡や東京で事件や教育、沖縄で基地や人権の問題を取材してきた。朝日新聞デジタルの連載「『男性を生きづらい』を考える」「基地はなぜ動かないのか 沖縄復帰50年」なども担当した。
ギフテッド書籍朝日新聞出版の本
dot. 2023/06/18 10:00
36歳「ギフテッド」男性が社会で味わった絶望 「頭が悪い」「使えない」と上司や医師が人格否定
36歳「ギフテッド」男性が社会で味わった絶望 「頭が悪い」「使えない」と上司や医師が人格否定
吉沢拓さん  高い知能や、さまざまな領域で特別な才能を有する「ギフテッド」。世間では「天才児」のイメージも少なくない。しかし現実には、さまざまな才能があるがゆえに、周囲との軋轢に悩みながら社会を生きる当事者もいる。吉沢拓さん(36)は小学生時代、算数オリンピックの全国大会に出場し、学校でも前例がないほどの高IQを出した。自由な校風の中高、研究に没頭できる大学時代を経て、社会に出たところ、そこで、会社の上司や同僚との人間関係に絶望するほどの苦難を味わった。その半生を紹介する。<阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部抜粋・再編集> *  *  * ■沈黙の全校集会  学校になじめないギフテッドを取材してきたが、会社ではどのような苦労があるのだろうか。そう考えていた時に、出会ったのが吉沢拓さん(36)だった。  ブログやツイッターで情報発信されている吉沢さんは、壮絶な経験をつづっていた。社会人になってから3度の長期休暇、自殺未遂を経験した。周囲との「ずれ」は、自分ができないからなんだ――。そう絶望した中で、自身がギフテッドであると知ったという。ぜひ会って話を聞きたいと思い、取材を依頼した。  初めて吉沢さんと出会ったのは、クリスマスムードに包まれた2022年12月のことだ。勤務先のIT企業は、東京の高層ビルにある。若者でごった返す道をかき分け、オフィスにたどりついた。  無人の受付機で来館の手続きを済ませると、すぐに吉沢さんが駆け寄ってきてくれた。細身の黒いスーツに身を包み、きれいにセットされたパーマヘア。清潔感あふれる姿からは、都会のビジネスパーソンのにおいがした。 「普段はこんな格好しないんですよ」  はにかみながらそう教えてくれた。  苦難の連続である社会人生活の前に、幼少期の吉沢さんについて、まず聞いてみた。  小学校低学年の時は、折り紙に没頭。大人向けの難しい本を見ながら、80センチ四方の紙から巨大な作品を作り上げた。習い事のピアノではソナタを弾けるものの、耳で聞いたものを再現するやり方で、譜面は読めないままだったという。  そして、小学生の時から、周囲との「ずれ」を感じていたという。算数オリンピックでは全国大会に出場し、出題されたある問題に魅了された。「こんな問題がこんなシンプルな方法で解けた。僕はそれが素晴らしいと思った」と全校集会で報告すると、聞いていた児童たちは黙り込んだ。算数の解き方をうれしそうに力説するものの、その内容は同級生には理解できなかったのかもしれない。 「それが初めて盛大にスベった経験で、すごくよく覚えています」  吉沢さんはそう言って苦笑いする。  小学校で行われたIQテストの結果は、80年の歴史がある小学校の児童でも前例がないほどの高い数値で、母親が学校に呼び出されたという。理解がゆっくりの児童に合わせた授業の進め方が合わず、いつの間にか学校が嫌いになっていた。 「なんとなく、周りとは合わないな、うまくいかないなと思っていました。自分が面白いって思うことを言うと、怪訝な顔をされたこともあります」  そんなことが積み重なり、授業中に教室を飛び出すことが何回もあった。屋上に行って、一人で泣いていたこともある。高学年のころから、学校にはあまり行かなくなったという。  一方で、自分で教材を進める方針の塾ではぐんぐんと吸収していき、10歳で中学の範囲までの勉強を終わらせた。楽しかった塾が居場所となり、模試では全国ランキングに入る点数を取り、表彰された。 ■自由な中高、楽な大学から一転  中学受験で、校則がなく自由な校風の進学校に合格。数学がおもしろくなくなり、勉強に割く時間は徐々に減っていったものの、数学や物理は自然と点数が取れた。日本史や世界史は苦手だったが、成績は学年の中で真ん中くらい。 「中高の時は、周りに賢い子がいっぱいいたので、会話のレベルがずれるというのはありませんでした。でも、クラスや部活ではなじめない。絡んでくる相手に『なんや!』と神経質な態度で接してしまうこともあった」と話す。  だが、自分の「居場所」が他にあった。インターネットで知り合った年上の友人たちのおかげで寂しい思いはしなかった。インターネットでやり方を調べて独学でサイトを作り、ゲームに熱中。多くの時間をインターネットで過ごすようになったのだという。  大学では、情報工学系のコースに進学した。 「授業も自分で選べ、他人に気を使わなくていい。生活が自分で完結していて、授業の単位を取れば文句を言われることもない。自分一人で研究でき、とても楽だった」  自分が興味を持ったシステムをつくることが評価の対象となり、とんとん拍子で卒業した。「社会をのぞいてみたい」と思い、研究職ではなく、就職を選んだ。  社会人生活では、視野の広さを活かした仕事ぶりが評価される一方、従来通りのやり方を踏襲する上司や同僚からは疎まれることもあった。学生時代の話をテンポ良く語ってくれた吉沢さんの表情が、真剣になっていった。 ■上司の「当たり前」が理解できず……  社会人になりたてのころは順調だったという。研修では、チームを組んでシステム開発をする場面があった。システムエンジニアとして入社していた吉沢さんはチームのメンバーを牽引してプログラムを作成。最優秀のリーダーとして、表彰された。  変化があったのは、現場に配属されてから。「配属されると、『半沢直樹』で見た世界が広がっていました。お気に入りとそうでない部下への扱いの差が大きく、『お前本当に使えないな』と言われることもありました」  自分以外の人が怒鳴られる場面も我慢できなかった。上司が大声で誰かの名前を呼び出すたびに吉沢さんも席を外し、トイレに逃げ込んだ。  システムエンジニアといっても、やることは議事録の作成や委託先の管理だった。議事録をつくるにも、上司やチームに「お伺い」を立てないといけない社風だった。上司から言われた通りに委託先へ依頼すると、委託先の人たちが倒れていく。どうすれば委託先の人も作業がしやすいのかを考え、働きやすい環境を提案。すると、委託先からは感謝された。  次第に、社内での調整や人間関係が複雑な社風についていけなくなった。上司が思い描いている通りの行動をしないと怒られ、上司の言う「当たり前」が理解できない。「自分はダメな人間なんだ。頭が悪いからわからないんだ」と考えるようになり、精神科を受診した。「うつ状態」と診断され、薬を飲んでも回復しない。長期休暇をとり、どんどん投薬の量が増えていった。  人事コンサルティングの会社に転職しても、順調とはいかなかった。「前例踏襲」を当たり前とする会社にとって、「前例」にとらわれずにより良い成果を求める吉沢さんの発想は、歓迎されなかったようだ。  より効率の良いシステム管理の方法を委託先と検討していると、不要な作業や発注方法に問題があることがわかった。その問題を解決することで委託先の品質が改善し、信頼係を築いた。本質的な解決に導けたことに手応えを感じていたが、「どっちの味方なんだ。厳しく取引先を管理しろと言っただろう。言われたことをやってない」と上司から怒られた。 ■がんばった時ほど「頭が悪い」  自分のアイデアや課題を解決するための踏み込んだ思考をもとに主体的に動くと、上司や先輩たちの考えと合わなくなり、低評価を受ける。「人の気持ちが理解できない」「思考能力がない」「自分の頭が悪いことを受け入れろ」とののしられることもあり、体調が悪化。休職した。経緯を聞いた重役と他の上司からは「あなたのような人材が会社に必要だ」と言ってもらえた。嬉しい半面、「だったら、なぜ守ってもらえないのか」という悔しさも入り交じった。  上司と吉沢さんの間には、見えている視点や仕事のやり方に大きな違いがあった。吉沢さんには、保身のためにやり方を変えようとしない上司の思考が見て取れた。一方で、上司や周囲の人には、会社やグループ企業全体のことを考えて提案する吉沢さんの考え方は理解できなかったのかもしれない。  吉沢さん自身は、上司や同僚と衝突するたびに悩んだ。「自分は正しいことをしているはずという思いと、自分ができないから悪いんだという葛藤をずっと続けてきた」という。  自分の能力を発揮できたと感じた時ほど「頭が悪い」「使えない」と批判された。既存の方法にとらわれずに効率の良い方法を考えようとすると、受け入れてもらえない。そんな思いがずっと頭をめぐった。  休職した時には、産業医にも相談へ行ったという。すると5分も話さないうちに「あなたはきっと境界性パーソナリティー障害で、人に興味のない人格障害」と言われた。それをかかりつけ医に相談すると、精神科病院への入院を勧められた。その診断に納得できず、外部の心理検査を受診。周囲とのなじめなさの原因は、境界性パーソナリティー障害などではなく、吉沢さんのIQの高さにあると判明した。  仕事場でも、医師からも、自分の人格や能力を否定されることを言われ続け、自分を支えることが難しくなってきた吉沢さん。このころには、趣味の音楽でイベントを開催してなんとか自分を保っていた。計画的に人をまとめて動かすのは得意だったため、手応えも感じていた。多くの人に楽しんでもらえる場を作れることに、喜びを見いだしていた。しかし、心身への負担も大きく、酸素が足りないなか、海面でもがくような感覚だったという。 (年齢は2023年3月時点のものです) ※<【後編】人生に失望した36歳「ギフテッド」男性はなぜ転職先で成果を出せたのか 「社会性が低い」の誤解>に続く ●阿部朋美(あべ・ともみ)1984年生まれ。埼玉県出身。2007年、朝日新聞社に入社。記者として長崎、静岡の両総局を経て、西部報道センター、東京社会部で事件や教育などを取材。連載では「子どもへの性暴力」や、不登校の子どもたちを取材した「学校に行けないコロナ休校の爪痕」などを担当。2022年からマーケティング戦略本部のディレクター。 ●伊藤和行(いとう・かずゆき)1982年生まれ。名古屋市出身。2006年、朝日新聞社に入社。福岡や東京で事件や教育、沖縄で基地や人権の問題を取材してきた。朝日新聞デジタルの連載「『男性を生きづらい』を考える」「基地はなぜ動かないのか 沖縄復帰50年」なども担当した。
ギフテッド書籍朝日新聞出版の本
dot. 2023/06/18 10:00
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