日大、経営陣はダメでも「就職力」はすごい 採用者数が全大学中トップの企業や職業は?
日本大学本部
2021年11月、日本大学理事長の田中英寿氏が所得税法違反の容疑で逮捕された。日大板橋病院の建て替えをめぐり、計約1億2000万円のリベート収入などを申告しなかった脱税容疑が問われている。
日大はこの事態を受けて、田中英寿氏の理事職解任を決定。新たに理事長に就任した加藤直人氏は「日本大学は田中前理事長と永久に決別し、その影響力を排除します」と宣言した。
この間、メディアは連日、3年前のアメフトの悪質タックル事件までさかのぼって日大の不祥事を伝えた。
日大の学生、そして、日大を志望する受験生は「日大は大丈夫なのか」と動揺しただろう。これから就職活動に臨む3年生のなかには、「日大ということで不利になるのではないか」と、不安を抱く者も少なくなかったようだ。
結論から言うと、不利になることはない。
もし、企業の採用担当者が日大の学生を色メガネで見るようなことがあれば、そちらのほうが間違っている、と思えばいい。
とはいっても、学生にすれば、不安はなかなか払拭できないだろう。
日大の就職支援担当者はウェブサイトで学生にこんなメッセージを送っている。
「私たち就職指導担当者は、在学生の皆様の就職活動への影響が最小限となるよう求人企業・団体に対しまして、大学としてお詫びするとともに、一人ひとりの学生は様々な困難な局面の中、勉学に励み真摯に学生生活を過ごしていることをご理解いただけるようお願いし、採用に当たっては従前どおりのご高配を賜れるよう努めております。
多くの企業・団体の採用担当者の方からは、ご理解を示していただき『採用にあたっては学生個人の資質により判断いたします』とのお言葉をいただいておりますので、学生の皆様は今までに培ってきた能力を存分に発揮して就職活動に臨んでください」(2021年12月8日 日本大学学生部生物資源科学部就職指導課)
大学を信じていいのではないか。
日大の学生はこれまで、「能力を存分に発揮して就職活動に臨んで」きた。それはデータでもしっかり裏付けられている。
就職先、国家試験合格などの進路に関わる実績をみると、ランキング1位あるいは上位となっている項目が多い。2020年の実績をみてみよう(就職先は大学通信、国家試験は所管官庁、社長は東京商工リサーチ調べ)。
◆進路(職種、業種)警察官129人(2位)消防官53人(3位)自衛官37人(1位)中学校教員150人(1位)高校教員103人(1位)キャビンアテンダント21人(20位)
◆進路(就職先)JR東日本57人(1位)JR東海23人(2位)第一生命保険23人(2位)富士電機13人(1位)いすゞ自動車28人(1位)三菱自動車工業29人(1位)SUBARU 28人(1位)日本通運10人(2位)大林組12人(1位)竹中工務店17人(1位)大成建設29人(1位)清水建設19人(1位)鹿島12人(2位)
◆国家試験合格(人)一級建築士162人(1位)技術士86人(3位)司法試験21人(13位)
◆国家試験合格(率)医師97.0%(11位)獣医師97.5%(3位)
◆社長の出身全企業2万1253人(1位)一部上場企業43人(7位)女性社長435人(1位)
※都道府県別(企業所在地)の社長:日大が1位の都県―――青森199人、岩手226人、秋田180人、山形367人、福島531人、茨城530人、栃木524人、群馬344人、埼玉1241人、千葉1108人、東京6986人、神奈川1687人、山梨224人、長野435人、岐阜217人、静岡859人、香川165人、高知88人、宮崎133人
自衛官採用ランキング/「大学ランキング2022」(朝日新聞出版)から
一級建築士合格ランキング/「大学ランキング2022」(朝日新聞出版)から
社長の出身大学ランキング/「大学ランキング2022」(朝日新聞出版)から
日大は就職支援センターで3年生向けに「公務員試験警察官・消防官講座」を行っており、全国各地の警察に多くの人材を送り出した。その担い手として新たに加わったのが、2016年設置の危機管理学部である。同学部は2020年に初の卒業生を出し、この年の就職先上位は、(1)警視庁12人、(2)東京消防庁5人、(3)陸上自衛隊2人、航空自衛隊2人、川口市2人、横須賀市2人ほか―――となっている(「大学ランキング 2022」)。
危機管理学部は、前理事長、田中英寿氏の肝いりで作られたといわれている。田中氏の生い立ちを描いた本にこんなくだりがある。
「英壽は、自ら手掛けて創設した『危機管理学部』に多大な期待を寄せた。これまで、英壽は危機管理に関して、常に想いを巡らせてきた。『世界を取り巻く状況はますます複雑化し、国家・社会・人間の安全を確保する総合的な危機管理能力を有する人材が求められる』」(『炎の男 田中英壽の相撲道』佐藤三武朗 幻冬舎 2020年)
なお、同書は、田中氏と「永久に決別し、その影響力を排除」すると宣言した加藤直人現学長・理事長の推薦文がオビに表記された、いわくつきの評伝である。
2018年、アメフト部で悪質タックル問題が起こったとき、同部は公式試合の出場資格停止処分を受け、監督やコーチが一新された。このとき大学の対応は後手にまわり、組織として危機管理がなされていないという批判を受けている。それは危機管理学部に対しても向けられた。揶揄するかのように。同学部の学生はさぞ、つらかったことだろう。
2020年、危機管理学部は初めて卒業生を出し、そのうち警視庁に12人が就職した。
今回、脱税問題で東京地検に起訴された田中英寿氏は、「国家・社会・人間の安全を確保する」人材育成の願いがかなったことを、自らの過ちを反省しつつ、喜んでほしいものだ。
人気企業就職者数ランキング(JR東日本)/「大学ランキング2022」(朝日新聞出版)から
就職先で企業別の大学ランキングをみると、大林組、竹中工務店、大成建設、清水建設で、日大が1位となっているのは目を引く。
なぜ大手建設会社に強いのだろうか。日大には建築学系の学科が3つ―――工学部建築学科(福島)、理工学部建築学科(東京)、生産工学部建築工学科(千葉)―――あるからだ。3学科の学年定員は628人を数え、他大学を圧倒するスケールの大きさが、日大の特徴である。
こうした「数の論理」は、一級建築士国家試験合格者数1位にも示された。建築業界に優れた人材を多く送り出しており、日大閥が幅を利かせている大手建築会社があるようだ。
大林組建築事業部に勤務する、理工学部建築学科OG(一級建築士)がこう話している。
「会社では、日大出身のOB、OG間で定期的に懇親会が行われています。人数と規模は社内でもトップクラスです。そこで出会った大学の先輩たちはいろいろな世代にわたり、それぞれ違うキャリアを辿ってきた人ばかり。大先輩から豊富な経験談を聞いたり、年代の近い先輩にはいろいろなことを相談できたり、同じ大学出身というだけで親近感が湧いてきます」(日大理工学部建築学科ウェブサイト)
中学校教員採用ランキング/「大学ランキング2022」(朝日新聞出版)から
高校教員採用ランキング/「大学ランキング2022」(朝日新聞出版)から
中学校教員、高校教員の採用者がいずれもトップなのは、ほぼすべての教科の教員を養成できる学部、学科がそろっているからだ。
英数国理社は文理、理工、法、経済、商学部などの卒業生が教壇に立てる。美術、音楽、体育は芸術、スポーツ科学部の卒業生が教えることができる。
日大の強みは、受験生の進路にかなう学部、学科、専攻、コースがどの大学よりも多く用意されていることだ。医、歯、薬、獣医系学科もある。ないのは看護、医療ぐらいだろうか。
日大の図体は最近の言葉でいえば「ハンパない」。
2021年、日大は学部学生数6万6036人(男子4万5335人、女子2万701人)を数える。日本でいちばん学生数が多い。2番目は早稲田大(3万7921人)なので、その規模は群を抜く(日大、早大いずれも大学ウェブサイトから)。
日大は数の論理をフルに活用して、それぞれの業界に多くの人材を送り出し、日大のネットワークを築き上げてきた。学生が就職活動をする際、OB・OGからの情報収集が有利に働くこともあろう。
日大は経営陣から逮捕者を出し、起訴されてしまった。大学という組織全体にとって、たいへんな不祥事である。また、田中英寿氏の独裁的といえるような大学運営が明るみに出た。こうした体質は教育機関として致命的である。早急な改善が求められる。
これまで日大の経営陣はあまりにもダメだった。アメフトの悪質タックル問題で経営陣交代する機会があったのに逸してしまった。自浄能力がなかった。
だからといって、日大の教育や研究がダメということではない。
日大には優れた教員がいる。意欲的な学生がいる。魅力的な授業を行っている。新しい研究テーマに挑戦している。どの学部もキラリと光るものがある。危機管理学部が名称で揶揄されるいわれはない。ここに挙げた就職実績、国家試験合格状況はその好例であろう。
日大の学生は一連の不祥事でがっくりしているかもしれない。しかし、自信と誇りをもってほしい。学生、教員のことばを紹介しよう。
日大スポーツ科学部3年、水泳部の池江璃花子さんは白血病から復活。「東京2020」での活躍は記憶に新しい。池江さんは、アメフトの悪質タックル問題が取りざたされ日大バッシングが起こるなか、同大学にAO入試で合格し、2019年に入学した。2021年10月、池江さんは水泳部の女子主将となり、こうコメントしている。
「この度、次年度の女子キャプテンを務めさせていただくことになりました。歴史ある日本大学水泳部の女子キャプテンになるという責任と誇りを持って、これから更に成長し、結果を出していけるように頑張りたいと思います」
日大文理学部教授で学部長を務める紅野謙介さんは、文理学部の公式ウェブサイトでこう呼びかけた。
「本学の校歌に『正義と自由の旗標のもとに 集まる学徒の使命は重し』という一節があります。『正義と自由』、今はその言葉が空虚に響きます。『自主創造』という言葉も、ほんとうにひとりひとりが自主的、創造的であったか、従順な機械になっていなかったかを問い直さないと、無意味なスローガンで終わるでしょう。しかし、形だけになった言葉を、実質あるものにするのはやはりそこに関わる人々です。ひとりひとりは愚かで弱い、無力な存在ですが、その愚かさや弱さの自覚に立ちながら、言葉を実のある言葉にしていかなければなりません。失敗と混乱から立ち直るなかでこそ人の真価が問われる。このことを心に刻み、これから先の緊急対応に当たって行く所存です。ひきつづき注視していただくとともに、学生、教職員の皆さんが落ち着いて勉学や仕事にあたられることを望んでいます」(2021年12月6日)
(教育ジャーナリスト・小林哲夫)
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2022/01/04 10:00