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プロ野球選手の神童伝説 野球以外でも“凄い身体能力”を発揮した男たち
久保田龍雄 久保田龍雄
プロ野球選手の神童伝説 野球以外でも“凄い身体能力”を発揮した男たち
阪神・島田海吏(画像は阪神タイガースからの提供写真)  プロ野球選手ともなれば、子供の頃から飛び抜けた運動能力を発揮し、野球はもとより、異種競技でも「神童」「天才」と呼ばれた者も多く存在する。  今季でプロ3年目を迎える中日・根尾昂もその一人だ。  岐阜県吉城郡河合村(現飛騨市)出身の根尾は、河合小学校2年のときに、3歳年上の兄の影響を受け、地元の古川西クラブに入団したのが野球人生のスタートだった。  古川中時代には、飛騨高山ボーイズの投手兼遊撃手として活躍し、3年時に最速146キロをマーク。“スーパー中学生”として注目された。  その一方で、小学5年のときに全国小学生陸上大会の100メートルで全国5位。中学2年のときにはスキーの回転競技で、2位に合計タイムで1分近い差をつけて全国優勝し、イタリアで開催された国際大会にも出場するなど、スポーツ万能の身体能力をいかんなく発揮した。  スキーは野球よりずっと早く2歳のときから親しんでおり、もし野球の道に進んでいなければ、アルペンスキーの日本代表として冬季五輪に出場していたかもしれない。  さらに中学時代は、学業でもオール5の秀才だったことから、“飛騨の神童”と呼ばれ、高校進学に際しては、慶応高からも勧誘を受けていた。将来は慶大医学部に進んで両親と同じ医師になる選択肢もあったはずだが、本人は中3の夏前に大阪桐蔭高への進学を決めた。  試合のたびに岐阜の山奥から名古屋まで車で送り迎えしてくれた両親のために「プロ野球選手になって恩返ししたい」という気持ちからだった。  プロ入り後の根尾は、2年間通算で25打数2安打0打点の打率0割8分とまだ結果を出していないが、高校時代に同期だったロッテ・藤原恭大の昨季の活躍に「負けたくない」と刺激を受け、3年目の開花を期している。  陸上競技では、根尾以上の実績を誇る選手も少なくない。よく知られているのが、阪神の外野手・島田海吏だ。  熊本・鶴城中学時代は、軟式野球部に所属しながら、俊足を買われて陸上の大会にも出場。県大会の男子100メートルでは、11秒01の好タイムで優勝している。  さらに3年時の10年には、ジュニアオリンピックの100メートルにも出場し、準決勝4位で惜しくも敗退したものの、同組だった後のリオデジャネイロ五輪銀メダリスト・桐生祥英を0秒19上回る11秒41を計時。17年のドラフト指名時に“桐生に勝った男”として話題になった。  もっとも、島田自身は「あのとき桐生はけがをしていたので、勝ったうちに入らないですよ」と、“勝った男”と呼ばれることに困惑しており、桐生も「あれ?オレ、(全中200メートル優勝者の)日吉(克美)以外に負けましたっけ?」とまったく覚えていなかった。  今季はレギュラー獲りをはたして、「彼に名前を覚えてもらえる選手になる」の目標を達成したいところだ。  陸上の実績では島田以上と言えるのが、今季ドラフト2位で日本ハムに入団した“足のスペシャリスト”五十幡亮汰だ。  埼玉・長野中時代は陸上部に所属しながら、東京神宮シニアの外野手としてプレーしていた異色の経歴の持ち主。もともと陸上は、「プロ野球選手になる」夢を実現するのに役立つと考えて始めたそうだが、その陸上でも類まれな才能が花開く。  3年時の13年8月、全日本中学陸上選手権大会の200メートル決勝で、当時城西大城西中に在籍していたサニブラウン・アブデル・ハキームを0.04秒上回る21秒81で優勝。翌日行われた100メートル決勝でも、サニブラウンを0.05秒上回る10秒92で見事二冠に輝いた。  サニブラウンは19年に100メートルで日本最速の9秒97をマークしており、五十幡も陸上を続けていれば、今でも良きライバルだったかもしれない。  だが、佐野日大高進学後は、野球一本に専念。小学3年のときに癌で他界した母との「夢を叶えて」という約束を守るためだった。  かくして、“サニブラウンに勝った男”は、“陸上界から消えた天才”となったが、五十幡は中大でも1年春からレギュラーとなり、ベストナイン2度、通算25盗塁の活躍で、見事プロ入りの夢を実現。「盗塁の技術はまだまだ」と謙遜するが、今度は周東佑京(ソフトバンク)に勝つことが目標となる。  楽天・藤平尚真も、千葉市リトルシニアのエースとして最速144キロをマークする一方、大貫中学では陸上部の助っ人として13年のジュニアオリンピックの走り高跳びで190センチを記録して優勝している。  かつての名選手では、中学時代は2カ月で野球部を辞め、陸上部に所属していた江夏豊も、砲丸投げの近畿大会2位の実績で知られ、陸上の才能にも優れた野球選手は枚挙にいとまがない。  近年は水泳の経験者も多い。前田健太(ツインズ)は小学3年のときに背泳ぎの西日本チャンピオンになり、炭谷銀仁朗(巨人)も小学4年のときにバタフライでジュニアオリンピックに出場。ほかにも菅野智之、小林誠司(いずれも巨人)、則本昂大、松井裕樹(いずれも楽天)、大谷翔平(エンゼルス)、藤浪晋太郎(阪神)ら有名選手の名前が次々に挙がる。  昔は「水泳は投手の肩に良くない」が半ば常識だったが、寒暖差が少ない屋内プールなら、ほぼ問題はないといわれる。前田も「肩甲骨が柔らかいのは、水泳の影響もあるのかな?」と語っており、“水泳界の神童”が後の大投手というパターンもトレンドになりつつある。(文・久保田龍雄) ●プロフィール 久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。
dot. 2021/02/21 16:00
「執筆にプレッシャー」音楽雑誌の編集者、“細野晴臣”の音楽史通し“日本”の音楽史を紐解く
角田奈穂子 角田奈穂子
「執筆にプレッシャー」音楽雑誌の編集者、“細野晴臣”の音楽史通し“日本”の音楽史を紐解く
門間雄介(もんま・ゆうすけ)/1974年、埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。「ぴあ」「ロッキング・オン」での雑誌編集、「CUT」の副編集長を経て、2007年に独立。本書が初の単著(撮影/写真部・張溢文)  AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。「書店員さんオススメの一冊」では、売り場を預かる各書店の担当者がイチオシの作品を挙げています。  細野晴臣本人に「もうこれ以上、話すことはないです。」と言わせた評伝『細野晴臣と彼らの時代』。松本隆や坂本龍一など、多数の音楽家と関係者による証言、膨大な資料の分析を通じて、日本のポップミュージックと時代を浮き彫りにした一冊だ。著者の門間雄介さんに、同著に込めた思いを聞いた。 *  *  *  細野晴臣さんは言わずと知れた日本のロック&ポップス界の立役者。研究書も多数発行されているが、門間雄介さん(46)の評伝『細野晴臣と彼らの時代』はひと味違う。  細野さんの足跡をたどりながら、人生に深く影響し、ときに離れ、有機的に関係する音楽家たちの生き様が巧みな筆致で描かれている。しかも登場する人々の多くは、日本を代表するアーティストだ。 「膨大な資料を検討する間に細野さんの個人史を描くことは、日本の音楽史を扱うことにもなると気づき、執筆のプレッシャーが増しました」  企画が立ったのは8年前。書きたい思いがつのり、細野さんに直談判した。学生時代から「はっぴいえんど」のファンで、音楽雑誌の編集者時代にはエッセンスを受け継ぐ若手アーティストを積極的に紹介していたからだ。  本は細野さんのソロアルバムに刺激されて音楽を始め、のちに細野さんから「未来をよろしく」と託された星野源さんのエピソードから始まる。 「細野さんは今も素敵な音楽を発表し、演奏し続けています。だから過去を美化したり、懐古したりする閉じた本にしたくなかった。細野さんをよく知らない方や若い世代が読んでも創造性を刺激される内容にしたかったんです」  盟友である大瀧詠一さんとの出会いや交わされた会話、「YMO」のメンバーである坂本龍一さんと細野さんが幼少期、すぐそばに住んでいたこと、バンド結成やレコーディングなど、エピソードの描写はかなり細かい。 「心残りは突然、亡くなったことで、大瀧さんからお話をうかがえなかったことです。細野さんには一度につき1時間半から2時間かけて、何十回か取材しましたが、一番楽しそうにお話しされていたのが大瀧さんとの思い出でした。話された時間も長くて。それくらい細野さんと大瀧さんの絆は強くて深かったんです。お二人の関係がこの本の柱になっていったのも、自然な流れでした」  細野さんは門間さんに「音楽は単なる自己表現ではつまらない」と語った。音楽は自分を越え、時代を経て受け継がれていくべきだという考えがあるからだ。  門間さんもこの本に対して「自分の著書というより、細野さんが生きた時代をそのまま伝えていく役割を担っている感覚で書いた」と話す。 「だから、読者の感想を聞いてみたいですし、『この本を若い人に読んでほしい』という感想をいただいたりすると、すごくうれしいんです」 (ライター・角田奈穂子) ■東京堂書店の竹田学さんオススメの一冊 『「逃げおくれた」伴走者 分断された社会で人とつながる』は、「いのち」の普遍的価値を確認することができる一冊。東京堂書店の竹田学さんは、同著の魅力を次のように寄せる。 *  *  *  ホームレスなどの困窮者支援を長年続ける著者は、自身を「逃げおくれた伴走者」と語る。厳しい支援の現場から逃げる勇気がなく、困難のさなかにいる他者と出会ったことの責任を抱え、迷い悩みながら活動を続けてきたという。本書はウェブに発表した文章や牧師である著者の説教、コロナ状況下でのオンライン対談が収められている。  著者は東日本大震災、相模原障害者殺傷事件やコロナ禍などに触れ、路上で出会った人びとの記憶も呼び起こしながら、「いのち」の普遍的価値を確認し、傷つけ合いながら他者とともに生きざるをえない人間の弱さを肯定する。自己責任論が隅々まで浸透し、無縁社会化した現代に抵抗し、そこからの脱却を希求する実践と言葉は、優しく、ユーモラスで力強い。まさに今、多くの人びとの魂に沁(ルビ:し)みる言葉が本書には詰まっている。 ※AERA 2021年2月22日号
読書
AERA 2021/02/21 11:32
伊勢谷友介容疑者は大麻逮捕の瞬間、「驚いていたが、抵抗せず、冷静だった」【2020年ベスト20 9月8日】
伊勢谷友介容疑者は大麻逮捕の瞬間、「驚いていたが、抵抗せず、冷静だった」【2020年ベスト20 9月8日】
伊勢谷友介容疑者(C)朝日新聞社  2020年も年の瀬に迫った。そこで、AERA dot.上で読まれた記事ベスト20を振り返る。  12位は「伊勢谷友介容疑者は大麻逮捕の瞬間、『驚いていたが、抵抗せず、冷静だった』」(9月8日配信)だった。(※肩書年齢等は配信時のまま) *  *  * 「自宅で大麻が見つかったため現行犯逮捕した」(捜査関係者)  捜査関係者によると警視庁組織犯罪対策5課は8日、大麻取締法違反(所持)容疑で俳優の伊勢谷友介容疑者(44)を現行犯逮捕した。  別の事件の内偵捜査の過程で伊勢谷容疑者が浮上していて警視庁が行動確認等を行っていたとみられている。  そして今日、東京・目黒区碑文谷の伊勢谷容疑者の自宅を捜査員が尋ねたところ、室内のテーブルから乾燥大麻数袋が見つかったため現行犯逮捕されたという。  その際に伊勢谷容疑者は「今は何も言えない、自分のものかも、言えない。弁護士が来てから、話します」 と話したという。  前出の捜査関係者はこう話す。 「以前から大麻を所持との情報があり内偵していた。密売人などのスジからだ。間違いなく所持しているとのことで、ガサをしたところ、乾燥大麻やパイプのような大麻を吸う用具も発見された。伊勢谷容疑者は捜索に非常に驚いていた だが声をあらげたりすることはなく、抵抗もなく、冷静に任意同行に応じた」  伊勢谷容疑者はモデル、俳優として活躍し数々のテレビドラマ、映画に出演。去年は映画「翔んで埼玉」にも出演した。来年公開予定の吉永小百合主演の映画「いのちの停車場」にも出演が決まっており、今月4日から撮影がスタートしていた。 (本誌取材班) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2020/12/26 18:00
ガス点検強盗、アポ電空き巣…増加する新手口の対策法
ガス点検強盗、アポ電空き巣…増加する新手口の対策法
ガス点検強盗に遭いケガをした男性 (c)朝日新聞社 巧みに切り込みを入れられたキャッシュカード (c)朝日新聞社  コロナ禍での年末年始、帰省控えで一人暮らしの高齢者宅は、特殊詐欺やガス点検強盗などに注意してほしい。最近はまた新たな手口が報告され、すでに被害者が出ている。電話で巧みに家の外におびき出し、その隙に空き巣に入る、「アポ電空き巣」とでもいうべき手口が秋口から増えている。 *  *  *  10月15日、横浜市磯子区の無職女性宅に孫を名乗る男から電話がかかってきた。「仕事の書類を間違った場所に送ってしまい、お金が必要になった」と言われ、女性は現金100万円を用意して、近くの店で孫を待った。  しかし、約束の時間が過ぎても孫は現れない。おかしいと思って帰宅すると、窓ガラスが割られており、タンス預金約1200万円が盗まれていた。調べによると、女性は以前に電話で「孫」から「急にお金が必要になった。自宅にいくらある?」などと問われ、答えてしまったようで、外におびき出された隙を狙われた可能性が高い。  11月17日には同市南区の80代女性宅から貴金属などが入った金庫が盗まれたが、この事件でも息子を装う人物から電話があり、女性は自宅に多額の現金があると答えていたという。犯行グループは女性の留守を狙って空き巣に入ったとみられる。  これら「アポ電空き巣」と同様の手口の「アポ電詐欺」も発生している。  埼玉県北部の88歳の女性は10月、おいを名乗る男から電話を受けた。「仕事の契約書をなくして、お金を補填(ほてん)しなければいけない。いくらか用意できないか」と言われ、200万円なら用意できると伝えると、男は「封筒に入れて準備しておいて」と言って電話を切った。すぐに郵便局の集配人を名乗る男から電話があり、「これから荷物を取りに行くので、ご自宅のポストに入れておいてください」と言われ、現金入りの封筒をポストに。その数十分後には封筒はなくなっていた。  詐欺・悪徳商法ジャーナリストの多田文明氏は早くから「アポ電空き巣」の増加傾向に警鐘を鳴らしていた。 「アポ電空き巣は10年ほど前からあった手口ですが、近年は家に現金があることを確認したら、家人がいても強盗に入っていた。今は巧妙化して、家を空けさせて盗みに入る。強盗と違い、顔を見られずにすむ新たな手口といってもいいです」  かといって、従来の手口がなくなったわけではない。警視庁によると、「キャッシュカードが悪用されている」とだまし、カードに切り込みを入れて使用できないと誤解させ持ち去る「キャッシュカード切り込み詐欺」による被害は、管内で2020年1月から9月末までに239件、金額5億円超。  また、同様にだました上で、キャッシュカードを封筒に入れて保管するよう指示し、事前に用意した別のカード入りの封筒とすり替える「キャッシュカードすり替え詐欺」では、同期間に642件、金額は11億円超にのぼる。  その手口を、実際の犯行事例で紹介しておこう。  6月にキャッシュカード切り込み詐欺に遭った東京都目黒区の70代女性は、警察を名乗る男から「大阪のコンビニ店であなたの口座から60万円が引き出された」という電話を受け、気が動転。問われるままに暗証番号を答えてしまった。  数時間後、自宅に来た警察職員を名乗る女が「犯罪に使われたので破棄する」と言い、女性のキャッシュカード8枚とクレジットカードにハサミを入れ、「裁判所に持っていく」と言って封筒に入れて持ち去ったという。こうして盗まれたカードで計1600万円余りが引き出された。  カードに切り込みを入れても、磁気テープやICチップなどが傷つかなければ、ATMで使用できるという盲点を利用した手口だ。  3月にキャッシュカードすり替え詐欺に遭った川崎市の80代女性は、警察を名乗る男から「口座が不正に利用されている」と電話で知らされた。その後に自宅を訪れた男は、用意した封筒にカードと暗証番号を書いた紙を入れさせ、「悪用されないように封印する」と言い、印鑑を取りに行かせている隙に封筒をすり替えて詐取。盗んだカードでATMから現金300万円超を引き出した。多額の引き出しに気付いた銀行が女性に確認して事件が発覚した。  多田氏によると、振り込め詐欺などの特殊詐欺の被害は20年に入って関東圏などの都市部で減少傾向になり、関西圏や地方部で増えたという。「関東圏では詐欺への警戒心が強まり、ターゲットの地域を変えてきたのでしょう」と多田氏。  代わって首都圏で増えたのが「ガス点検強盗」だった。多田氏は「強盗ですが、これは特殊詐欺の延長線上にある手口」という。  強盗容疑で11月末に逮捕された男は、8月に川崎市の60代女性宅にガス点検を装い2人組で侵入。女性の両手足を粘着テープで縛って「金を出せ」と脅し、現金とキャッシュカードを奪い、ATMで現金50万円を引き出した疑い。県警によると、男はほかにも複数の強盗に関与していた疑いがもたれている。  ガス点検強盗は夏以降、首都圏で頻発しており、都内では9月22日に世田谷区の80代夫婦宅、同23日には足立区の団地の70代男性宅で発生している。電気の検針と偽って侵入するケースもあり、手口はどれも共通している。 「2人組で来てガスの点検と偽り、ドアを開けたら粘着テープで拘束する、SNSなどを使って仲間を募るなど、マニュアルを使っている点からも詐欺グループの犯行だと考えられます」  多田氏はこう分析したうえで、犯行グループが次々と新たな手口を編み出す理由をこう指摘する。 「コロナ禍における給付金、ドコモ口座の不正出金などのニュースに合わせて、すぐに新しい手口を考え出してきました。それがメディアで紹介されるころにはまた新しい手口を使っている」  このコロナ禍で在宅率が高まり、出てきたのがガス点検強盗だった。 「しかし、その手口も警戒され始めてアポ電空き巣が出た。今度は外におびき出してしまえという考え方です。おそらく今もまた、新たな手口を考えているはずです」  次々と繰り出される新手の詐欺・強盗から身を守る方法はあるのか。  多田氏によると、電話に対しては、常に留守電にしておき、相手を確認してから出る。口座情報や家族構成などには答えないなど、まずは基本的な対策を徹底する。  ガス点検強盗はとにかく家に上げないこと。扉を開ける前にドアチェーンをした状態で応対し、ガス会社などに確認する。追い返しても押し入られることがあるので、窓などの戸締まりも忘れないことだという。  それでも新手の詐欺を見抜くのは難しいという。多田氏が指摘する。 「年末年始は手元にお金を置きがちなので特に注意が必要です」  人を見たら泥棒と思えということだとしたら、いやな世の中になったものだ。(本誌・鈴木裕也) ※週刊朝日  2021年1月1‐8日合併号
週刊朝日 2020/12/24 08:02
草野球からプロ入りも…「その経歴でなぜ?」とざわついた過去のドラフト指名
久保田龍雄 久保田龍雄
草野球からプロ入りも…「その経歴でなぜ?」とざわついた過去のドラフト指名
1999年のドラフトで西武からドラフト4位指名を受けた猪爪義治(OP写真通信社)  10月26日に行われたドラフト会議で、オリックスが育成6位で指名した内野手・古長拓(BCリーグ・福島)は、身長164センチの小兵で、26歳という年齢に加え、今季は36試合出場で打率1割5分5厘、0本塁打、2打点と、打撃成績もパッとしない。堅実な守備がセールスポイントで、監督に逆らうことも辞さない“我の強さ”が評価されたそうだが、ツイッターでトレンド入りするなど、ファンの間でも「なぜ指名されたの?」と注目の的になった。  だが、過去にも、古長同様、プロ入り前にこれといった実績がなかったにもかかわらず、サプライズ指名された選手がいる。  古長同様に、指名直後、「イノツメって誰だ?」と会場がざわめいたのが、1999年の西武4位・猪爪義治だ。  まったくのノーマークだったのも道理。試合で投げるのは、年間数試合のみ。それも近所の草野球の試合で、助っ人に駆り出されるときだけだった。  埼玉工大深谷高時代は、背番号10の控え投手で、130キロ程度の直球を横と上から投げ分ける変則右腕だった。  3年夏の県大会では、5回コールド勝ちした初戦の狭山経済高戦で1失点完投。チームが敗れた5回戦の大宮東高戦でも先発しているが、当時はドラフトで指名されるレベルの投手ではなかった。  高校卒業後、建築現場やうどん店でアルバイトするフリーター生活の一方で、プロ入りを目指して、週に3、4日、知人のスポーツインストラクターが組んだ練習メニューをもとに、行田市の実家近くの公園でトレーニングを続けた。  巨人など4球団のテストを受けたが、不合格。そんななかで、高校時代の猪爪から「何かを感じた」西武の前田俊郎スカウトが、助っ人として出場した草野球の試合も見に行くなど、熱心に見守りつづけていた。  そして、ドラフト直前に極秘でテストしたところ、横手から140キロの速球を投げたことが決め手となり、“隠し玉”指名が決まった。  猪爪は2年間、1軍のマウンドに上がることなく、01年オフに退団したが、実は同期にもう一人、「誰だ?」と話題になった隠し玉がいた。6位指名で、準硬式出身の青木勇人(同大)である。  青木はご存じのとおり、01年に46試合にリリーフ登板して4勝を挙げるなど、広島時代も含めて11年間、活躍した。  その広島も、14年にアマでほとんど実績のなかった薮田和樹(亜大)を2位指名している。  岡山理大付高時代は、肘を痛め、3年夏の県大会も2試合2イニングの登板にとどまった。亜大でも1年先輩の九里亜蓮(現広島)や同期の山崎康晃(現DeNA)の陰に隠れ、リーグ戦でも、3年春に2試合1回0/3、打者4人に投げただけ。同年の全日本大学野球選手権で2イニング投げ、勝利投手になったのも含めて、公式戦登板はわずか3試合。4年のときは、肩痛で1試合も登板できなかった。  ふつうならドラフトにかかるはずがないのだが、ひょんなことから、プロ入りへの道が開ける。  広島でタクシーの運転手をしていた母が、偶然松田元オーナーを客として乗せ、「ウチの息子が亜大で野球をしていて、すごく速いボールを投げるんですよ」と売り込んだのが縁で、亜大OBの松本有史スカウトが出動。その潜在能力が高く評価され、“隠し玉”として指名されたのだ。  1年目に巨人からプロ初勝利を挙げた最速156キロ右腕は、17年に15勝3敗3ホールド、防御率2.53の好成績で、最高勝率のタイトルを獲得。広島のV2に大きく貢献した。  ちなみに亜大は、薮田の同期・大下佑馬も社会人経由でヤクルト入り。与田剛(現中日監督)、弓長起浩(元阪神)、川尻哲郎(元阪神など)、久本祐一(元中日など)ら、大学時代はあまり登板機会に恵まれなくても、社会人で素質開花した投手が多いのも大きな特徴だ。  甲子園常連校の出身ながら、公式戦で一度も投げていないのに、92年、広島に8位指名されたのが、仙台育英高の左腕・高橋顕法だ。  同校は、高橋の在校中、91年夏を除いて春夏の甲子園に4回出場しているが、肘や腰など故障続きだった高橋は、ベンチ入りすら叶わなかった。これでは、いくら名門校の部員でも、大学や社会人からは声がかからない。卒業後も野球を続けたかった高橋は、最後の手段として広島の入団テストを受けて合格。巨人のドラ1・松井秀喜(星稜高)の同期生として、全体の最後の78番目に指名された。  広島ではウエスタンで3年間通算0勝3敗、防御率9.79と結果を出せず、戦力外通告を受けたが、95年オフ、広島時代に指導を受けた古沢憲司2軍投手コーチの伝手で阪神にテスト入団。翌96年にウエスタンで先発ローテ入り、6勝8敗1セーブ、防御率3.96と活躍し、ジュニアオールスターにも出場した。98年5月10日のヤクルト戦で1軍初登板をはたしたが、同年限りで任意引退。現在は仙台六大学リーグの宮城教育大の監督を務めている。  仙台育英は、高橋以外にも、17年の阪神1位・馬場皐輔(高校時代は背番号10)や矢貫俊之(元日本ハム‐巨人)、巨人で売り出し中の松原聖弥ら、在校中は控え投手、または補欠、ベンチ外だったのに、プロ入りの夢を叶えた選手を輩出している。  BCリーグはもとより、大学、社会人、高校にも、“第2の古長”と呼べそうな“埋もれた逸材”がたくさんいるはずだ!(文・久保田龍雄) ●プロフィール 久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。
dot. 2020/12/19 16:00
「完全犯罪だと思っていた」35歳女性遺体遺棄の29歳保育士の狡猾な手口
「完全犯罪だと思っていた」35歳女性遺体遺棄の29歳保育士の狡猾な手口
警視庁に逮捕された保育士の佐藤喜人容疑者(C)朝日新聞社  約2カ月半前から行方不明になっていた東京・豊島区の会社員・富塚沙織さん(35)の遺体を山中に遺棄した疑いで警視庁に逮捕された保育士の佐藤喜人容疑者(29)の”鬼畜”過ぎる素顔が次々と明らかになっている。  富塚さんが行方不明になったのは、9月24日のことだった。行方不明になる理由がなく、警察が防犯カメラを確認すると、夜、帰宅する富塚さんの背後をうろつく男がいたことが判明。それが、佐藤容疑者だった。9月25日、佐藤容疑者が富塚さんの自宅アパートに車で乗りつけたことも確認されていた。  富塚さんの遺体を、栃木県那須町にある親族の別荘地に運んだとみられる。2日後、27日には再び、別荘地を訪れ、その時は9時間も滞在。捜査関係者がこう話す。 「27日にスコップで穴を掘って埋めたと供述している。また、富塚さんを尾行して、家にカギをかけなかったことを確認して、押し入った。『騒がれたので、首を絞めて殺害した』とも話している。佐藤容疑者は、完全犯罪だと思っていたようだ。任意同行を求めた時も埼玉県の親族宅にいて『何でだろう』ととぼけたことを言っていた」  佐藤容疑者はフリーランスの保育士で、豊島区内の認可保育園に週5、6日ほど勤務していた。働いていた認可保育園の園長はこう話す。 「佐藤容疑者は、昨年からここで働いており、逮捕前日もごく普通に勤務していた。勤務態度はまじめですよ。事件を知らされて本当に驚いた」  佐藤容疑者のSNSの自己紹介には、児童福祉や保育の大学、専門学校に通って、保育士の資格を取得したと記されている。 <子ども達のことを第一に考えていきたい> <将来の夢は自分の園を持って、児童養護施設などの福祉施設を自然の中につくる>  自身の将来をこう綴っていた。  だが、犯行は保育士とは思えない狡猾さだった。 「富塚さん宅のスーツケースに遺体を入れて、運び出した。その時、財布や自宅のカギも盗んだ。『スーツケース、財布がなければ、どこか遠くに旅行に行ったと偽装できる』などと説明している。佐藤容疑者は、犯行動機はカネが目的と話をしている。だが、佐藤容疑者の周辺では、わいせつ事件がいくつかあり、似た人物が確認されるなど関与が疑われている」(前出の捜査関係者)  佐藤容疑者の先のSNSではこう記されていた。 <資金を貯めて40歳になるまでに自然の中に児童養護施設を創りたい>  これが富塚さんを狙った動機なのだろうか? (本誌取材班) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2020/12/08 21:36
殺気だつ草津町傍聴席「犬だってしねぇよ」 セクハラを背中で浴び続けた気分になった
北原みのり 北原みのり
殺気だつ草津町傍聴席「犬だってしねぇよ」 セクハラを背中で浴び続けた気分になった
新井議員のリコールを求めるポスターがあちこちに貼られている。有効投票の過半数で新井議員は失職する。 「せっかくだから町長室を見ていけばいいじゃないか」と傍聴席の町長支援者に声をかけられ、散会後入れてもらった。 作家の北原みのりさん  作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、群馬県草津町で賛否が問われている女性議員に対する解職請求(リコール)について。議会を傍聴してきた感想をまとめた。 *  *  *  町長からの性被害を訴えた草津町議員に対するリコールの賛否を問う住民投票が12月6日に迫っている。  衆院議員の杉田水脈氏の辞職を求める声に14万筆近く集まっても、国会議員を辞職させることはできない。一方、地方議員となると、辞職勧告や懲罰のハードルが下がるのだろうか。  乳児を議場に入れた熊本市の緒方夕佳議員が、のどあめをなめたと出席停止処分を受けたのは2018年。宮古島への自衛隊誘致に反対し「(自衛隊がくると)婦女暴行事件が起こる」とSNSに記した石嶺香織市議(当時)が辞職勧告を受けたのは2017年(SNSについては後に謝罪のうえ撤回)。徳島県藍住町では、水道光熱費が少なすぎて居住実態がないと断定され西岡恵子さんが2度(2010年、2014年)同じ理由で議員を失職させられている(議決取り消しを求めて提訴し勝訴確定)。最近ではSNSに議会での同僚議員の様子を(質問をしなかったなど)を記した埼玉県日高市の田中まどか議員も辞職勧告を受けた。  女性ばかり記したが、もちろん男性議員も辞職勧告などを受けている。とはいえそもそも絶対数が少ない女性議員への懲罰が目立つのと、港区議員の公然わいせつや、女性職員の机を物色して刑事事件になった富山市議などの例が直近ではあるが、のどあめをなめたとか、光熱費が少なすぎるというのとは次元が違いすぎるじゃないか。 ■ 町議会の傍聴をしてきた  そういうなか、草津町で今起きていることは、もしかしたら地方議会の「今」の問題なのかもしれない。リコールの賛否を問う住民投票まで時間がないなか、12月1日、草津町議会を傍聴するため草津に向かった。  この日、議会で多くの時間を費やしたのは、町長からの性被害を告発した新井祥子議員の処分についてだった。町長は新井議員を名誉毀損で刑事・民事ともに訴え、5000万円を要求している。議会で新井議員はうそつきと断定され、議員等が率先してリコール運動を導いた。    12人の傍聴席は全て埋まっていた。私を含めて5人の女性が傍聴していたが(偶然だが、この問題に関心を持つ女性が東京から私を含めて4人いた)、傍聴席の約半数が女性であることは珍しいという。そのためか町長は傍聴席を意識するように「今日は新井議員の応援団が来ているから」と2度ほど言い、自らの潔白を強く語りかけるように長い発言を繰り返した。  休憩を挟んで議場に戻ろうとしていた男性議員たちが「傍聴席のヤツラ! 今日はやりにくい」と大声で言っているのが聞こえた。「ヤツラ」と言うんだな……と驚いたが、普段から傍聴している人によると、「今日は議場がいつもより穏やか」とのことだった。いつもは新井議員への嘲笑や暴言、叱責が激しいといい、この日は傍聴席の女性が圧になっていたのは確かのようだ。  一方、傍聴席は殺気だっていた。70代くらいの男性たちが前列に座る私たちの背後から、「こっちにだって選ぶ権利あるんだよ」「誰があんな女と」「犬だってしねぇよ」と声を浴びせたり、「(性被害が)本当なら(時間的に)町長はニワトリだ」と盛り上がったりもしていた。ニワトリの意味は、すぐ射精するとのことらしい。コケッコッコーと言っては笑っていた。セクハラを背中からずっと浴び続けた思いになる。 ■ 女性が被害者、男性が加害者という“風潮”  町長とは散会後、話す機会を頂いた。率直にリコールはやりすぎではないかと問うと、町長は「それは主観の問題」と答え、逃げられたように感じたが、いわゆる「ガハハ」な下品系ではなく、初対面の私に敬語を崩さないビジネスマン的雰囲気の人である。  町長室に入って座って話しましょうと言われたが、町長室前の立ち話でお願いし、20分ほど話した。その後、礼を言い立ち去る時、「町長室に入ったら犯されちゃうって警戒されちゃったね」と、支援者たちがふざけているのが聞こえた。思わずカッとくるのを抑えながら、階段を駆け下りた。    町長は「最近は女は被害者、男は加害者という風潮がある」と議会で話していた。私との会話の中でもそう語っていた。その風潮を新井議員が利用しているという主張だ。「私に犯されたなら証拠だしなさい」といら立つように新井議員に迫ってもいた。そういう町長に同調するように傍聴席でも「女が被害を受けたといえばそれでいいのか」と吐き捨てる男性の姿もあった。  セクハラがセクハラと理解されない日常で、声をあげた女性を全力でたたきつぶそうとするその拳の強さを思い知る。 「女は被害者、男は加害者という風潮」は、実は男性社会が作ってきたレイプ神話だ。逆説的だが、そういう“風潮”があるからこそ、女はいくらでもうそをつき男をおとしめられるのだという“神話”が再生産されてきた。 「女性はいくらでもうそをつける」という杉田議員発言の背後には、こういう被害者意識を深める男性たちのいら立ちがあるのだろう。  加えて今の「風潮」を言うなら、被害者の訴える声をまずは疑わずに静かに聴く、ことである。それが今の国際基準の、“被害者中心主義”というものだ。もちろん、男女問わずに。犯された証拠を出せ、出せないなら犯されていないのだという論理で追い詰めることは、そもそも性暴力に無知であることを露呈するだけでしかない。 ■ 女性議員1人以下の地方議会は45%  女性議員がゼロ、またはたった1人の議会は日本全体で45%にもなる。宮古島市の石嶺さんは26人中一人の女性議員(当時)で、藍住町の西岡さんも16人中1人(当時)、日高市の田中議員は16人中2人のうち1人。新井議員もたった1人の女性議員だ。女性がいないことが、「あたりまえ」の極端な男性社会が日本の地方に根深くあり、深く根を張り続けてきた。その弊害が、今、少しずつ可視化されてきているのかもしれない。  1日の草津町議会が散会したのは午後3時を過ぎていた。温泉は大好きなのに、入る気分になれずそのまま東京に戻った。  帰路ずっと「傍聴席のヤツラ」という男性の声が追いかけてきた。あからさまな物言いに驚きながらも、でも、「ヤツラ」がいることが、この国の民主主義には大切なのかもしれないとも思う。中からも、外からも、こもった空気を入れかえ優しい風を感じるために、この国の窓をあけたい。 ■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表
北原みのり
dot. 2020/12/03 16:00
【現代の肖像】映画監督・白石和彌 不条理にもがく人間の有り様を映す
【現代の肖像】映画監督・白石和彌 不条理にもがく人間の有り様を映す
納得がいくロケ地を粘り強く探し続ける。選ぶのは郊外が多く、その土地の空気感が映画に滲み出る(撮影/松永卓也) 「ひとよ」の舞台となったタクシー会社。実際のタクシー会社の建物をほぼそのまま使い、ブルーシートで周囲を覆い撮影した。公開後、プロデューサーとともにロケ場所を提供してくれた人々へ挨拶にまわる監督は意外に少ない(撮影/松永卓也) 若松プロの先輩監督・井上淳一と新宿にある映画人のサロン的なバーで言葉を交わす。日本の映画界を取り巻く状況は世知辛い。のちに、ミニシアターをコロナ禍の影響から守る運動も2人は担うことになる(撮影/松永卓也) 昨年11月に大分県別府市で開かれた、第3回Beppuブルーバード映画祭で「彼女がその名を知らない鳥たち」の上映が行われた。原作となる小説などを積極的に探したり、映画会社などに企画を持ち込んだりしたことはほとんどない(撮影/松永卓也) いちばん好きな映画を聞かれると、白石は巨匠・小林正樹の「上意討ち 拝領妻始末」(1967年)と「切腹」(62年)を挙げた。「時代劇はいつか撮ってみたい」(撮影/松永卓也 ※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。  2013年に「凶悪」で映画監督としての地位を確立すると、「孤狼の血」「凪待ち」「ひとよ」など、話題作を世に出してきた。  映画とは「理不尽なもの、不条理なものを描くためにある」と、白石和彌は言う。だから、暴力的な表現も蓋をせず描く。  師事した若松孝二の「反権力」の精神も引き継いだ。表現の自由が危ぶまれる日本に危機感を抱き、理不尽さに声をあげる。  薄日が差す昨年12月のある日、白石和彌(しらいし・かずや)(45)は、茨城県のうら寂しい田舎町を早足で歩いていた。工場群がむこうに見え、煙突が吐き出す煙が空をどんより重くさせている。住宅地の中に、キャバクラや居酒屋が密集する一角がふいにあらわれる。ここは、その1カ月前に公開された白石の映画「ひとよ」の撮影地だ。白石はお世話になった人へ挨拶をしがてら、映画のロケ地を案内してくれた。  「ひとよ」は、佐藤健(31)、松岡茉優(25)、鈴木亮平(37)が演じる3兄妹の母親役の田中裕子(65)が、家族に暴力を振るう夫を、経営しているタクシー会社のタクシーで轢(ひ)き殺すところから始まる。一夜にして運命が変わってしまった母と子どもたちが、15年後に再会し、それぞれが抱える事情をぶつけあいながら、再生していく物語だ。  白石は、作品の舞台となるタクシー会社、劇中で佐藤がエロ本を万引きするコンビニ、松岡が働くキャバクラ、鈴木が勤める電気屋と、次々と回っていく。映画の世界観に合うタクシー会社を見つけるのには半年かかり、クランクインをあきらめる寸前だったという。さらに、田中のスケジュールは1年待った。 「映画の冒頭、豪雨のなかで夫を轢き殺したシーンで、田中裕子さんが着るタクシー会社の制服のネクタイが曲がっていたんです。その感じがいいなと思っていたら、実は縫いつけてあった。すごいなと思いました。ネクタイの曲がり方一つでそれまでの経緯をあらわしている。ぼくは情念の女優として田中さんが日本でいちばんだと思っている。待ったかいがありましたね」  ■小学校のとき両親が離婚、変化に気持ちが追いつかず  映画監督の若松孝二に師事し、2010年「ロストパラダイス・イン・トーキョー」で長編映画デビュー。13年に「凶悪」で数々の監督賞を受賞して注目を集めると、17年の「彼女がその名を知らない鳥たち」でブルーリボン賞監督賞を受賞。翌年も「サニー/32」「孤狼の血」「止められるか、俺たちを」で同賞を2年続けて受賞している。「ひとよ」もまた、19年に「キネマ旬報ベスト・テン日本映画監督賞」を受賞した。今、白石作品には著名俳優たちがこぞって出演したがる。  「日本で一番悪い奴ら」や「孤狼の血」「ひとよ」など、多くの白石作品に出演した俳優の音尾琢真(44)は人気の理由をこう述べる。 「どの役も、ちゃんとキャラクターが立つような演出をしている感じがするんです。メインの俳優が存在感を出すのではなく、その物語を生きる人になっている。主役も脇役も関係なく、どの役もおもしろくしようという思いが白石さんにはあって、役者は違和感なく演じられるんです。他の監督だと、主役を引き立てるためだけの脇役だったりとか、抵抗を感じる役柄も多いのですが」 「ひとよ」の原作は、劇団「KAKUTA」を主宰する桑原裕子(43)の舞台である。桑原は映画化に際し、この作品を単なるヒューマンドラマや、家庭内暴力や母親の病理といった社会派ドラマにしてほしくなかったという。 「白石さんの『凶悪』は、バイオレンスで恐ろしいシーンがいくつも出てくる一方で、市井の人々の現実的な闇も出てきます。私は何度も見返せないくらいつらいんですが、こういう暗闇を知っている人は、その人たちが本来求める光や温もりも見ているはずだと思うんです。白石さんは、あくまで“人間の有り様”を描く方だと思うので、信頼していました」  白石の映画には、必ずと言っていいほど暴力シーンが出てくる。「ひとよ」もまた、どこか殺伐とした郊外に生きる現代の家族のなかに、見えにくい暴力が存在する。  白石自身はノンフィクションを好み、作品は有名事件よりも市井の事件が多い。「凶悪」は獄中にいる死刑囚が、殺人事件の真相を雑誌編集部に手紙で告発するという実話をもとにした作品だが、これでもかというほど血が流れ、人間の命がおもちゃのように扱われる。「孤狼の血」は抗争中の暴力団と警察の血なまぐさい闘いを描いた。「ロストパラダイス・イン・トーキョー」や「麻雀放浪記2020」「凪待ち」など、映画の題材は多岐にわたり、タブーとされているテーマや、人間の本性をむき出しにしたような映画の方が多い。その中に暴力描写がある。 「映画ってものは理不尽なもの、不条理なものを描くためにあると、物心ついたときからずっと思ってきましたから。エンターテインメントとしての暴力をこれでもかってぐらい描くことは好きです。でも、暴力を肯定しているわけではないんです。暴力って理不尽なものについてまわるでしょう。それに蓋をしないだけ。映画の題材は何でもいいんです」  1974年に札幌で生まれた。小学校低学年の一時期は名古屋に住んだが、父は一つの仕事が長続きせず、母はキッチンドランカーで酒浸りの生活をしていた。両親のケンカが絶えなかった。ある日、白石は告げられる。「今日から別々に暮らすから」。両親の離婚が決まったのだ。白石は母と弟と共に、母親の郷里の旭川市に移り住んだ。名字も母方の「白石」に変わった。 「当時の鬱々とした気分は今でも鮮やかに思い出すことができる。普通に生きていても、子どもにはあらがえない壁や不条理が、とつぜん立ち現れる。突き詰めると、それは精神的な暴力だと感じていました」  離婚で父の存在が家庭になくなると、その変化に気持ちがついていかなかった。両親の離婚を、友だちに話すことができなかった。映画と出会ったのは、このころだ。  ■上京して「映像塾」へ入塾、深作欣二などの謦咳に接す  新しい自宅から徒歩5分ほどの幹線道路沿いでは、母方の祖父母と叔母が食堂を営んでいた。そのすぐ前にはバス停があり、常に人が集まっていた。そのせいだろう、映画会社がポスターを食堂に貼らせてほしいと頼んできて、そのお礼に映画の上映券を毎月くれた。小学生だった白石はその券で祖父母や叔母に連れられて、もっぱらメジャーな洋画を観るようになる。それが映画にのめりこんでいくきっかけになった。  レンタルビデオ店が一世を風靡していたこの時代、中学生のときは日活ロマンポルノにはまった。高校に上がるまで洋画、邦画問わず、店にある作品を観まくった。それにあきたらず映画専門誌を読むようにもなり、とくに撮影現場のレポートにひきつけられた。 「映画には俳優だけでなく、作り手がいるという当然のことを認識するようになった。撮影現場訪問記がとくに好きだった。故・相米慎二監督の撮影現場で助監督が右往左往している様子がレポートされていたりして、“ああ、お祭りをやっているんだな、楽しそうだな”という感覚になり、映画の作り手として自分もそこに加わりたいと強く思うようになった。他の道へ進むという選択肢はまったく思い浮かばなかったんです」  高校を卒業すると、札幌の映像技術系の専門学校に通ったが、カメラマン養成を主軸に置いた学校だったせいか、映画論を闘わせるような相手は得られなかった。卒業後に「そんなに映画が好きなら」と母親が背中を押してくれたこともあり、北海道を出た。  最初は埼玉県所沢市にアパートを借りて、ファミレスなどでアルバイトをしながら、95年、映画監督の中村幻児(72)が主宰していた映像クリエーター養成機関「映像塾」に入った。学費が安かったことが選んだ理由の一つだったが、映画表現を志す者の梁山泊(りょうざんぱく)のような空間で、20代から40代までの人が全国から幅広く集まり、のちにともに仕事をする脚本家などとも知り合った。  白石はこの頃から小林正樹らが監督した古い日本映画をはじめ、「ATG」(日本アート・シアター・ギルド)や「シネフィル」系の、インディペンデントで前衛的な作品も観るようになった。映像塾では映画制作のイロハを学び、深作欣二や若松孝二など錚々(そうそう)たる講師陣が映画論をぶった。彼らの謦咳に接し、白石は「映画とは社会の理不尽を描くものだ」という考え方を固めていくようになる。  ■若松孝二から教えられた映画は「権力側から描くな」  あるとき、若松が助監督を探していると聞く。若松は60~70年代に「暴力革命」を妄信する若者たちや、犯罪やセックスを積極的に描き、一部で熱狂的人気を得ていた。ずっと若松作品を観てきた白石は、まっさきに手を挙げた。  95年、白石は東京・代々木にあった若松プロに通うようになる。出会った当初に若松から言われたことを今も覚えている。 「おまえ、誰か殺したいやつはいないのか?」  若松との仕事は大変だった。助監督として現場に入って間もなく、白石はミスをしてしまった。若松からは「俺の視界に入るな!」と怒鳴られた。それからも、「お前、集中力がない」「なんでできないのか」と、白石としてはしっかりやっているつもりでも怒られた。理不尽だと感じることもあった。若松は思ったことを何でも口に出してしまう人だった。何人ものスタッフがやめていく中で、白石もまたやめようと思う日もあったが、少し経つと「メシ行くか」と若松が声をかけてくる。憎めない人でもあった。  若松プロに専属で所属した2年間で、白石は若松から「権力側から描くな」と徹底的に教えられた。 「ぼくが若松プロに入った時期が遅かったせいもありますが、暴力革命を賞賛するような空気はなかったし、ぼくもそれに共感したわけではない。若松さんも、暴力による革命は、内ゲバのように別の暴力を生み出してしまうことを知っていたと思う。世の中で起きていることをちゃんと描き、怒りとやさしさを持ち、悲しめる人間たれということを教わった」  その後、行定勲(51)や犬童一心(59)などの作品にも携わり、10年、白石は「ロストパラダイス・イン・トーキョー」で長編映画の監督デビューを果たす。映画を観た若松からは「よかったよ」と声をかけられた。13年、「凶悪」で数々の映画賞を取ると、白石はアウトローを得意とする監督として一気に認知度を高める。「凶悪」で脚本を担当した高橋泉(46)は、白石をこう評価する。 「若松さんが直に権力に向かい合っているとしたら、白石さんは権力に翻弄される人や、多層化して複雑化した社会を介して権力というものに向かい合っていると思う」  高橋が白石と映画のロケハンのために、ある殺人事件現場に行ったときのこと。ふと、白石の姿が見えなくなった。捜すと、白石は被害者が殺害されたであろう場所に手を合わせていたという。 「本気で向き合おうとしているなと思った。ぼくらは撮り終えたら忘れていくものですが、彼はそうじゃないなと。ニュースで死刑執行のテロップが流れると、白石さんは“どきっとする”って言ってました。自分が映画で描いた事件の加害者じゃないかと思うそうです」  ■暴力は時代で変わる、時代に合った撮り方を  若松プロの先輩で、映画監督の井上淳一(54)は、白石の自伝的短編映画「マンドリンの女」を例えに出して、白石をこう分析する。 「両親のケンカが絶えなくて、お母さんがいつも酔っ払ってる家族が描かれてます。けれども、そんな家庭は“普通”じゃないという、社会の価値観に圧倒的な違和感があるんじゃないかな。普通の家族っていったい何だっていう。どんな家庭もどこかいびつだし、“普通”だと思っている日常の、薄い膜を隔てたところには常に暴力が隠れている」  白石は、暴力描写の過激さをふくめ、若松からの影響を自他ともに認めている。しかし、若松がテーマとして取り上げた「暴力革命」を、白石は世代的にリアルに感じられなかった。今のような複雑化した時代には、その時代に即した演出や撮り方があると考えている。 「暴力は時代によってかたちを変えて続いていきます。ドメスティックバイオレンスだったり、民族差別や性暴力、児童虐待、障がい者へのヘイトクライムだったり。ぼくは社会のさまざまな不条理のなかで、弱い立場に追いやられている人、うまく生きてこられなかった人、生きることができない人、社会の底辺であえいでいる人とか、もがいている人とか、外れてしまった人を描きたいんです」  12年10月12日、若松は深夜にタクシーにはねられ、5日後にこの世を去った。76歳だった。このとき白石の一つの青春が終わった。だが、強い反権力性を貫いた若松の魂は引き継がれている。  昨年、ミキ・デザキが監督した慰安婦をテーマにした映画「主戦場」の「KAWASAKIしんゆり映画祭」での公開が直前で中止に追い込まれた。上映に対して抗議を受けた共催の川崎市が、主催者に懸念を伝えた結果だった。白石は即座に若松プロとともに「過剰な忖度により『表現の自由を殺す行為』」として記者会見を開き、同映画祭で上映予定だった「止められるか、俺たちを」を取り下げた。 「若松さんならどうしただろうと思ったんです。だから近くの会場で無料で上映した。抗議の意思は行動に移す必要があると考えています。公金を使うことに対する批判もあったようですが、そもそも公金とはいろいろな考えの人が出した税金です。それを公権力や一部の声、インターネットの顔の見えない人間たちの悪意に怯えてやめるなんておかしい」  メディアの横並び風潮にも強い嫌悪感を示す。白石作品の常連俳優、ピエール瀧が昨年3月に薬物使用で逮捕されたとき、瀧が組む音楽ユニット「電気グルーヴ」の音楽が配信停止になるなど、メディアが一斉にピエール瀧という存在を消した。そんな中で白石は、瀧の出演する「麻雀放浪記2020」を、東映の協力を得てそのまま上映したのだ。 「薬物依存は病気なので治療するものです。クスリをやった人間をメディアのなかで抹殺してとりつくろおうとするだけで、問題と向き合おうとしない。もう思考停止ですよ。人間が堕ちていったり、再生したり、贖(あがな)ったり、生き直していくということを描いて、社会に問うのがメディアの中でのぼくらの役割なのに」  理不尽や不条理な出来事は誰の身にも降りかかってくる。白石もそのことをよく知っているのだろう。若松の他にもう一人、白石は大事な人を失っている。自分と弟を育ててくれた母親だ。白石が35歳ほどのときに、還暦をむかえたばかりの母が交通事故に遭い世を去った。相手はヘッドライトをつけていない不注意運転で、道路を横断中にはねられた。 「ぼくにとってすごく大切な2人が、たまたま同じ死に方をしました。人間は予想できない突然のことと、隣り合わせで生きているんです」  若松は撮影中いつもこう吠えていた。「民衆に対して刃(やいば)をつきつける」。ぼくもいつもそう思っていますよ、と白石は静かに言った。(文中敬称略)      * ■しらいし・かずや 1974年 北海道札幌市生まれ。愛知県名古屋市で一時期暮らしたが、両親の離婚にともない北海道旭川市に引っ越し、シングルマザーとなった母親に育てられる。地元の高校卒業後、札幌の映像技術系専門学校を経て、上京。   95年 映画監督・中村幻児主宰の映像塾に3期生として参加。のちに師事する監督・若松孝二を含め、深作欣二、崔洋一、阪本順治など諸監督の映画論に触れた。若松プロダクションで助監督としてスタートしてからは、行定勲、犬童一心などの作品にも参加した。 2010年 「ロストパラダイス・イン・トーキョー」で長編作品の監督デビュー。   13年 「凶悪」が公開。原作は『凶悪 ―ある死刑囚の告発―』(「新潮45」編集部編)。この映画で日本アカデミー賞優秀監督賞など、数々の賞を総なめにする。   16年 「日本で一番悪い奴ら」公開。原作となった『恥さらし―北海道警悪徳刑事の告白』(講談社文庫)の著者・稲葉圭昭は元北海道警警部で、数々の違法捜査に関与し、覚醒剤取締法違反、銃刀法違反の罪で懲役9年となった。この映画にも出演した俳優・音尾琢真の父親は、稲葉の元同僚であったことがのちに判明。   17年 「牝猫たち」「彼女がその名を知らない鳥たち」公開。   18年 「サニー/32」「孤狼の血」「止められるか、俺たちを」が公開。「止められるか、俺たちを」は、若松プロを舞台に描かれた。「サニー/32」は、長崎県佐世保市で04年に起きた小学校同級生殺人事件をモチーフにして、インターネットで加害者が神格化される異常な現実を描いた。   19年 「麻雀放浪記2020」「凪待ち」「ひとよ」が公開。現在、薬物依存者のリハビリ施設「ダルク」の取材を進めている。 ■藤井誠二 1965年、愛知県生まれ。ノンフィクション作家。『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』で沖縄書店大賞沖縄部門受賞。最新刊に『路上の熱量』。 ※AERA 2020年5月25日号 ※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。
AERA 2020/11/05 16:00
作家として「ジャーナリズム」を背負いたい…映画「罪の声」原作・塩田武士の決意に主演の小栗旬、星野源も感嘆
作家として「ジャーナリズム」を背負いたい…映画「罪の声」原作・塩田武士の決意に主演の小栗旬、星野源も感嘆
(左から)塩田武士、小栗旬、星野源(撮影/写真部・東川哲也) 映画「罪の声」は10月30日公開。著者が15年の歳月をかけて完成させた同名原作小説の世界観を忠実に再現 (c)2020 映画「罪の声」製作委員会  事件を語る人の表情も、声も、すべてが生々しさに満ちていた。昭和最大の未解決事件をモチーフに書き上げられた塩田武士のミステリー小説『罪の声』が映画化された。事件を追いかける新聞記者・阿久津英士を小栗旬、事件に巻き込まれる曽根俊也を星野源が演じる。原作者である塩田武士を交えた3人が、10月30日の映画公開を前に、作品への思いを明かした。全文はAERA 2020年11月2日号に掲載されている。 *  *  *  小栗旬演じる阿久津と星野源演じる曽根は、それぞれ異なる方向から事件を追いかけてく。作中では、2人が対峙するさまざまな関係者の「声」によって、少しずつ事件の全貌と犯人の正体が明らかになる。事件の証言者を演じるのは、橋本じゅん、塩見三省、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子など、いずれも円熟したベテラン俳優たちだ。 小栗旬(以下、小栗):映画の中で、阿久津は毎日のように違う人に取材に行くんですけど、実際の撮影でも日替わりでたくさんの先輩方と共演させていただきました。皆さん本当に十人十色の個性があって、刺激的でした。特に印象深かったのは宇崎竜童さんとの共演シーンです。そのとき僕は36歳、宇崎さんは73歳で、年が倍以上離れていたんです。「俺が宇崎さんと同じレベルになるには、あともう一回自分の人生を生きなきゃダメなんだ」と思ったことを覚えています。  取材を進める阿久津は、やがて「テープの声の子ども」の一人である曽根の元にたどり着く。小栗が星野と共演するのは、2015年のドラマ「コウノドリ」以来だ。映画では、今回が初共演となる。 小栗:源ちゃんとは、プライベートでは何度か会ってるんだけどね。 星野源(以下、星野):ただ2人きりでというより、たくさんの友達がいる中で話すみたいな感じで。 小栗:しかもそういうときは大体、俺がベロベロに酔っぱらってる(笑)。 星野:そうそう(笑)。だから今回の撮影で「やっとシラフの旬君と話せる」って感じでした。 小栗:共演して、ようやくお互いのことを深く知れた感じがします。 星野:当たり前だけど、飲んでるときとは全然違いました(笑)。旬君は「そっとその場所にいる」感じでしたね。丁寧にお芝居に臨む人だなと。 小栗:現場での過ごし方は、源ちゃんと似てるとこがあるかもね。なんか「普通にいる」みたいな。気負うことなく、自然に、静かに仕事に集中する感じ。 星野:しゃべっててもしゃべらなくても、気を使わずにいられる安心感があった。居心地がとても良かったです。 ■個性より役になり切る  作中で出会った阿久津と曽根は、激しくぶつかり合う。報道によって、家族との平穏な日々が壊されることを恐れ、事件について口を閉ざす曽根。阿久津は、「真実を明らかにすることに意義がある」と説得を試みるが、曽根は「面白おかしく記事にして、子どもの未来はどうなるんです!?」と喝破する。  はたして被害者の心情や生活を乱してまで、事件の真相を報じる価値はあるのか。ここから阿久津は、新聞記者として、事件にどう向き合うべきかを考え始める。 小栗:改めて自分の仕事の意義や向き合い方を問われると、どう答えていいか難しいですよね。僕は小学生のときから俳優の仕事を始めましたけど、当時は本当にシンプルで、有名になりたいとか、内田有紀さんに会いたいなとか(笑)。 星野:めちゃくちゃいい理由(笑)。 小栗:ただ今思うのは、小さい頃からドラマや映画が好きで、ポジティブな影響を受けてきたので、やはり何らかの形で「お返し」はしたいんです。例えば、社会に対して何かのメッセージを伝えるときも、僕は小栗旬として発言するのではなく、役者として作品を通じて主張したいと思っています。「罪の声」のように、さまざまな問いを含んだ作品に一つのピースとして参加して、観た人の価値観や感情に前向きな変化を与えられたら、それは役者冥利に尽きますね。まあ、あくまで意義の一つですけど。一方で、単純にエンターテインメントとして楽しんでもらいたいという気持ちも、もちろんあります。 星野:俳優や音楽をやっていて思うのは、「自分をどんどん消していきたい」ということです。自分の個性を出すよりも、役になり切って自意識やエゴから解き放たれたい。 小栗:うんうん。わかる。 星野:「しっかりその役を生きられたな」と思うときほど、実は演じたときの記憶が残っていなかったりするんです。そういうときはとても気持ちがいいですね。改めてスクリーンで作品を観たとき、すごく新鮮に感じられて、逆に自分が生きた証しがつかめる気がします。音楽でも、ライブで盛り上がりが最高潮に達したときは、自分とお客さん、演奏しているミュージシャンたちの“自他”の境目がなくなる感覚があるんです。だから「自分なくし」が、僕の仕事への向き合い方ですね。 塩田武士(以下、塩田):私は新聞記者を10年やっていましたが、記者時代は書けないことだらけでした。「これを書いたほうが伝わるのに」と思っても、いろいろな制約があって書けない。ジャーナリズムは事実を伝えていますが、実際に世に出る情報は「編集」されたものなんです。多くの事実は、この編集作業によって8割方カットされてしまう。だから、その残りの8割の部分を書くのが、小説家の役割だと考えています。私は、良いフィクションというのは、過去、現在、未来の軸が通っているものだと思います。時代の価値観の変遷や構造の変化といったものを、どれだけ身近に感じられるように展開できるかという点に小説の意義がある。作家が、過去、現在、未来に一本の軸を通すことで、バラバラだった情報が「生きた資料」となって後世に残っていきます。 星野:めちゃめちゃ考えてる! 小栗:塩田さんの話はやっぱ面白いね! 塩田:いや、お二人に比べて圧倒的に暇なだけですよ(笑)。でも、現代の作家が何を背負っているか改めて考えたときに、私は「情報」だと思うんです。かつて、松本清張や山崎豊子は「戦争」を背負っていました。私は現代の作家として「ジャーナリズム」を背負いたいと考えています。 ■「その後」を歩む人の声  新聞記者としての使命を背負う阿久津と、事件の「加害者」としての運命を背負わされてしまった曽根。正反対の方向から事件に引き寄せられ、歩みを共にするようになった2人は、やがてテープに声を録音された残りの2人の子どもたちの、悲しく壮絶な生涯を知ることになる。  実際の事件でも、テープに録音された子どもの声が使われたが、もしも今、当時の子どもたちに会えたとしたら、3人はどんな言葉を交わしたいのだろう。 塩田:時間が許されるのであれば1カ月くらい話をしたいですね。小説を執筆したときも、実際に事件現場の周辺で聞き込み調査をしたのですが、調べるほどわからないことだらけなんです。だから何か言葉をかけるというよりかは、事実を確かめたい。そしてどんな人生を歩んできたのか、じっくり聞いてみたいです。 小栗:僕は……会えたとしても、たぶん何も聞かないと思います。もしも僕が、自分の声が吹き込まれたテープを見つけたとしたら、正直「なかったことにしたい」と思う気がするんですよ。真相に踏み込むのが怖いというか。そう考えると、当時の子どもが今、自分の目の前に現れたとしても、ほかの友人と同じように当たり前の会話をして、「会えて楽しかった」と思ってもらえるのがいちばんいいかなって。 塩田:人間性が出ますね(笑)。私は土足で踏み込むから。小栗さんの話を聞いて、「自分、最低やな!」って思いました。 星野:いやいや、塩田さんは作家ですし。 小栗:それが仕事だから! 塩田:それはそうなんですが……。 星野:……僕も自分から進んでは聞かないかな。当事者が事件のことをどう思っているかは、その人にしかわからないことだから。ただ、相手が話したいと思うのなら聞きたいですね。 小栗:あくまで疑似体験ではあるんですけど、被害者を前に事件の核心に迫るシーンで、精神的に結構食らってしまったんですよね。被害者が味わってきた苦しみもわかるし、仕事とはいえ壮絶な過去に踏み込んで話を聞かなければならない阿久津のつらさもわかって、どっちもつらいよなあって……。だから僕はやっぱり、あの体験はリアルではしたくない。一度ふたを開けてしまったら、相手がすべてを語り尽くすまで聞き届ける覚悟がないとだめだと思うんです。  小説のあとがきに、塩田は「『子どもを巻き込んだ事件なんだ』という強い想いから、本当にこのような人生があったかもしれない、と思える物語を書きたかった」と記している。 塩田:モチーフとなった事件は、劇場型犯罪として半ば神格化されたまま歴史が止まっています。でも、実際に何も知らない子どもが犯罪に加担させられている上に、犯人は青酸ソーダの入った菓子を実際にばらまいている。死者は出ていませんが、たくさんの子どもの命が奪われる可能性も十分にありましたし、愉快な犯罪でもなんでもない。私が小説を書いたのは、当時の報道では伝えられなかった、この事件の「罪の重さ」を改めて問い直すためでもあるんです。  どんな事件にも、被害者の苦しみがあり、また加害者家族の苦しみがある。その罪の重さは、事件の報道が終わったあとも、ずっと心に残り続けるのだ。事件から35年の時を経て、「その後」の人生を歩む人々の声が、この映画からいま、聞こえてくる。(ライター・澤田憲) 塩田武士(しおた・たけし)/1979年、兵庫県生まれ。小説家。2010年に『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。『罪の声』で第7回山田風太郎賞、『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。21年には『騙し絵の牙』も映画化される 小栗旬(おぐり・しゅん)/1982年、東京都生まれ。俳優。10代から多くのドラマ・映画に出演しているほか、蜷川幸雄演出の舞台にも数多く主演。公開待機作に映画「新解釈・三國志」「Godzilla vs. Kong(原題)」。2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に主演することが決まっている 星野源(ほしの・げん)/1981年、埼玉県生まれ。音楽家・俳優・文筆家。ソロデビュー10周年を迎え、10月21日にシングル・ボックス「Gen Hoshino Singles Box “GRATITUDE”」を発売。2021年1月には新春スペシャルドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が放送される ※AERA 2020年11月2日号より抜粋
AERA 2020/10/30 17:02
小栗旬・星野源と原作者・塩田武士が語る 『罪の声』映画化という「覚悟のいるチャレンジ」
小栗旬・星野源と原作者・塩田武士が語る 『罪の声』映画化という「覚悟のいるチャレンジ」
映画「罪の声」のメガホンを取ったのは「いま、会いにゆきます」の土井裕泰、脚本は「逃げるは恥だが役に立つ」の野木亜紀子。俳優陣も豪華で、「考え得る限り、最高」と塩田さん(撮影/写真部・東川哲也) 映画「罪の声」は10月30日公開。著者が15年の歳月をかけて完成させた同名原作小説の世界観を忠実に再現 (c)2020 映画「罪の声」製作委員会  昭和最大の未解決事件をモチーフにした映画「罪の声」。真実の点と点を小説という手法で結びつけた物語の映像化に、二人の俳優はどう挑んだのか。10月30日の映画公開を前に、原作者を交えて語り合った。AERA 2020年11月2日号に掲載された記事を紹介する。 *  *  *  事件を語る人の表情も、声も、すべてが生々しさに満ちていた。塩田武士のミステリー小説『罪の声』は、昭和59年から60年にかけて実際に起きた劇場型犯罪をモチーフに書き上げられた。この作品の映画化にあたり、事件を追いかける新聞記者の阿久津英士を演じた小栗旬は、「開けてはいけないと言われている扉を開けてしまったような興奮と不安を持った」とコメントしている。 小栗旬(以下、小栗):原作を読んだとき、フィクションとはいえ、これが真実だったんじゃないかと思えるほどのリアリティーを感じました。だから、この作品を映画化すると聞いたときは「覚悟がいるチャレンジになるな」と直感しましたね。 ■リアリティーある怖さ  物語は、京都で老舗テーラーを営む曽根俊也(星野源)が、父の遺品の中から古びたカセットテープを見つけるところから始まる。テープに吹き込まれていたのは、子どもの頃の自分の声。しかしそれは、35年前に日本を震撼させた「ギンガ・萬堂事件」で、犯人が身代金の受け渡し指示に使った録音テープの“男児の声”と、まったく同じものだった──。 星野源(以下、星野):僕は、このプロローグのくだりを聞いたときに、鳥肌が立ったんです。モチーフとなった事件も、幼い頃にテレビで報じられているのを見た記憶があります。事件に利用された子どもがまだどこかで生きていて、しかも自分と同世代であるという事実に、すごくリアリティーのある怖さを感じました。 塩田武士(以下、塩田):実際の犯行でも、3人の子どもの声を吹き込んだテープが使われています。いちばん年少の子は、私と同じ関西出身で、しかもほぼ同い年。小学生のとき、道ですれ違っていてもなんらおかしくはないんです。さらに、これだけの劇場型犯罪で、多くの証言や遺留品があるのに、真相はまったくわかっていません。私は作家として、リアリティーのある小説を書きたいと常々考えていますが、こうした題材は一生のうちにいくつも巡り合えるものではないと思っています。 ■小道具一つひとつまで  犯人グループは食品会社社長の誘拐を皮切りに、スーパーの陳列棚の商品に毒物を混入するなどして複数の食品会社を脅迫。身代金の要求を繰り返したほか、ミステリー映画さながらに新聞社に挑戦状を送り付けるなどして、社会を騒然とさせた。  ところがその後、犯人グループは身代金を受け取らないまま、突如として事件の終結を宣言。結局、被疑者不詳のまま、事件は時効を迎える。作中に登場する大日新聞記者の阿久津は、この未解決事件を追う特別企画班に選ばれ、当時の関係者への聞き込みを命じられる。 小栗:僕は原作を読んで、阿久津というキャラクターには塩田さんの血が色濃く流れていると感じたんですよ。それで撮影が始まって少ししてから、塩田さんと食事をご一緒させていただいて、新聞記者時代の話を聞かせてもらったりしました。そこで聞いた体験談や塩田さんの人となりが、阿久津ににじみ出ればいいな、と。 塩田:物語の中で、阿久津が犯人の手がかりを求めてイギリスのヨークという街に取材に行くシーンがあるんです。やっぱり、小栗さんが歩くとかっこいいんですよ。ヨークの美しい街並みを背景にしても負けない存在感があって、そんなところは記者時代の私とはまったく違いましたね(笑)。  新聞記者である阿久津と並行する形で、星野演じる曽根もテーラーの仕事を続けながら、テープに残された自分を含む「3人の子どもたちの声」の秘密に迫っていく。演じる際は、テーラーから醸し出される「凛とした佇まい」を意識したという。 星野:撮影現場では、数時間でしたが、本物のテーラーの方から作業内容を習うことができました。自宅でその動画を見ながら、ダイニングテーブルの上に型紙を広げて、チョークで寸法を書く練習もしました。布地にアイロンをかけるシーンは、服のシワを伸ばしていく気持ち良さが画面から伝わるといいですね。そしてとにかく、セットがリアルですごい。 塩田:試写を観たとき、小道具の一つひとつまですごく気を使って再現しているのがわかりました。観た瞬間、これは半端じゃないと思いましたね。 星野:曽根が店主を務めるテーラーのお店は、実際に京都の空き地にセットを建てたんです。 小栗:セットじゃなくて、現実にあるお店で撮影させてもらったような感じがするよね。 星野:もう、ロケに行ったんじゃないかってくらい。感動して、めちゃめちゃ写真を撮っちゃった(笑)。 (ライター・澤田憲) 塩田武士(しおた・たけし)/1979年、兵庫県生まれ。小説家。2010年に『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。『罪の声』で第7回山田風太郎賞、『歪んだ波紋』で第40回吉川英治文学新人賞を受賞。21年には『騙し絵の牙』も映画化される 小栗旬(おぐり・しゅん)/1982年、東京都生まれ。俳優。10代から多くのドラマ・映画に出演しているほか、蜷川幸雄演出の舞台にも数多く主演。公開待機作に映画「新解釈・三國志」「Godzilla vs. Kong(原題)」。2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に主演することが決まっている 星野源(ほしの・げん)/1981年、埼玉県生まれ。音楽家・俳優・文筆家。ソロデビュー10周年を迎え、10月21日にシングル・ボックス「Gen Hoshino Singles Box “GRATITUDE”」を発売。2021年1月には新春スペシャルドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」が放送される ※AERA 2020年11月2日号より抜粋
AERA 2020/10/29 17:00
世界20億ダウンロードTikTokで「米中けんか」 情報提供の疑念が拭い切れない理由
井上有紀子 井上有紀子
世界20億ダウンロードTikTokで「米中けんか」 情報提供の疑念が拭い切れない理由
若年層から支持を得るTikTokは、「買収」など米国の動き次第で、日本でも影響を受ける可能性がある。はたしてどちらに転ぶのか(撮影/写真部・戸嶋日菜乃) AERA 2020年9月21日号より  ダンス動画などで10代を中心に世界中で人気のアプリ「TikTok」に、政治家たちが注目し始めた。国をあげてのさまざまな目論見に、交渉ばかりが踊る。米国事業の買収にオラクルの名前もあがったが、今後、はたしてどうなるのか。 *  *  *  テンポよく切り替わる動画が人気のアプリをめぐり、世界の動きがどうも鈍い。  日本でも若者を中心に広く使われている中国産の動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」を排除する動きが、米国内で進められている。米トランプ政権は8月14日、開発・運営元の中国企業バイトダンスに、TikTokの米国事業を売却するよう正式に命じた。  トランプ大統領の逆鱗に触れた理由──それは、ユーザー情報の流出という懸念だ。大統領選挙を前に、「利用者のデータが中国政府に渡りかねない」「安全保障上の問題がある」などと主張し、米国でTikTokを実質的に使用禁止にする大統領令を発出するに至った。  売却の交渉には米マイクロソフトや米ウォルマート、米ツイッターなど大手企業が動きを示すなど、買い手は複数挙がった。  これには、TikTok側も黙ってはいない。  8月24日、バイトダンスとTikTokの米国法人が、「表現の自由を侵害している」などと米政府を相手に提訴。また中国政府も、AI(人工知能)や音声認識などの技術を中国から海外に移す場合は政府の承認を必要とする輸出規制強化を打ち出し、TikTokがこれに当たると見られたことで、米国内の売却交渉は大きくずれ込むともいわれている。 ■インドでも利用禁止に  さながら米中殴り合いのけんかのようだが、これに先立ち、6月にはインド政府もTikTokをはじめとする50種類以上の中国製アプリの利用を禁じていた。インド国内でも大人気だったが、政府は国民のプライバシーについての情報が国外に持ち出されているなどと主張。その動向が注視されていた。  米調査会社によれば、TikTokアプリのダウンロード数は世界で20億回を突破。近年、段違いの成長を見せ、日本でもその影響力は計り知れない。  しかし、だ。  ユーザー層は圧倒的に若者中心ということもあり、TikTokという名前は聞いたことがあっても「使ったことがない」「詳しく知らない」という人も多いはず。ここで、少しだけおさらいしよう。  そもそもTikTokとは、ショートムービーをシェアして楽しむアプリ。ティーンを中心に支持を集め、15~60秒の動画を次々と流し見でき、撮影した動画を簡単に編集、配信することも可能だ。フォロワーを多く集める「TikToker」と呼ばれる人気のユーザーもいる。  こんな現象もある。  数々の音楽配信チャートで上位にランクインするシンガー・ソングライター瑛人さんの楽曲「香水」。これも、TikTokがきっかけで人気に火がついた。「君のドルチェ&ガッバーナーの~」のフレーズにあわせて「歌ってみた」「弾いてみた」などの動画が次々とアップされ、たちまち人気者となった。昨年には人気グループ、嵐の公式アカウント開設が大きな話題になるなど、インスタグラムやツイッター同様、いまや世界のセレブたちがこぞって使う。 ■日本でも自主的な規制  日本で人気が急伸したのは2018年ごろから。一般ユーザーだけでなく、若者をターゲットにした企業のプロモーションも目立つようになる。19年3月には、日本共産党もアカウントを開設。若年層へのアピールを目的として、同党の志位和夫委員長が淡々とピアノを奏でる動画を投稿していた。  つまり、個人ユーザーに限らず、さまざまな分野の企業や団体がTikTokの影響力にあやかりたいのだ。それほどまでに存在感が高まっていた。  だが、冒頭の米政府の対応を受け、日本でも、自主的な規制の動きが出ている。  埼玉県や大阪府、神奈川県などが「情報流出に不安の声がある」として自治体アカウントの使用を停止した。また自民党の議員連盟は7月末、会合で「安全保障上の問題がある」として、中国アプリの制限を検討するように政府に提言するとした。 ■停止されたアカウント では、当のTikTok側は一連の動きをどう見ているのか。バイトダンス日本法人の広報担当者は本誌の取材に対し、8月中旬、騒動について文書でこう回答した。 「すでに透明性レポートで明らかにしているとおり、中国政府にユーザーデータを提供したことはなく、また要請されたとしても提供することはありません。今後も引き続き、日本のユーザーや関係機関の皆さまにしっかりと説明責任を果たしてまいります」  ただ、本当に中国政府の影響を受けないと言い切れるのか。これまでも、懸念はあった。  昨年11月、米国在住の女子高生がメイク動画に見せかけて、中国当局によるウイグル人の弾圧を非難する投稿をしたところ、アカウントは一時停止となった。批判を受けて、TikTokは「人為的なミス」と謝罪した。今年8月には、バイトダンスが、インドネシアのニュースアプリ上で中国政府に批判的とみられるコンテンツを検閲していたと報じられている。  ITジャーナリストの三上洋さんは、中国企業ならではの事情があるという。 「中国には、政府から要請があった場合、企業は情報を提出しなければならない『国家情報法』があります。運営側がいくら否定しても、疑念は拭い切れないでしょう」  TikTokは、中国とのつながりが「薄い」とアピールしてきた。他の中国産アプリと比べても世界中にユーザーがいるTikTokには、一見して「中国の影」は感じられない。  三上さんは「成り立ちからして、他の中国アプリとはスタンスが違う」と話す。17年に米国の音楽アプリを買収して世界でシェアを広げた一方で、中国国内ではTikTokとは別のアプリ「抖音(トウイン)」として展開している。  利用者の情報についても、サーバーは米国とシンガポールに置いている。さらに今年6月、米国法人のCEOに米ウォルト・ディズニーの幹部だったケビン・メイヤー氏を迎え入れ、いっそう欧米色を強めた。 「TikTokと同時に大統領令で使用禁止を突き付けられた中国アプリ『微信(ウィーチャット)』は、中国政府が通信内容を検閲しているといわれています。実際に、天安門事件の追悼集会の写真を投稿して、アカウントが一時ブロックされた記者もいました。ですが、TikTokには中国政府が介入している証拠がない。彼ら側からすると、トランプ大統領から、いちゃもんを付けられたというところでしょう」  と三上さんは指摘する。 ■買収額は数兆円規模  前述の米国法人CEOに就任したばかりのメイヤー氏も、わずか3カ月足らずの8月下旬に辞任。米政府の厳格な対応などが影響しているといわれている。  ひとつの人気アプリがきっかけで、国をも巻き込んでの大ごとに発展したが、その買収額は数兆円規模とも報じられている。世界戦略という歩みを止めたくないはずだが、野望の見直しは避けられない。  日本にはどのような影響を与えるのか。前出のバイトダンス日本法人広報担当者は、本誌の取材に「日本の運営は現状変わらず行ってまいります」と明らかにしたが、三上さんは今後をこう分析している。 「米国でどんな買収が繰り広げられるかによって、今後の日本での展開は変わってくるでしょう。完全に売却した場合、著作権の問題で、日本ではTikTokというアプリ名やサービス内容が使えなくなる可能性があります。売却が一部、または売却しなかった場合、米国企業が運営するグーグルプレイやアップストアから、ダウンロードできなくなることもありえるでしょう」 (ライター・井上有紀子) ※AERA 2020年9月21日号
AERA 2020/09/15 08:00
「自民党の議席は大幅に後退しかねない」“無敗の男”が菅政権の弱点を指摘/中村喜四郎インタビュー
「自民党の議席は大幅に後退しかねない」“無敗の男”が菅政権の弱点を指摘/中村喜四郎インタビュー
中村喜四郎(なかむら・きしろう)/1949年生まれ。27歳で初当選し、建設相などを歴任。ゼネコン汚職事件で逮捕・失職も2005年に国政復帰。当選14回、衆院茨城7区(撮影/本田雅和)  自民党総裁選に注目が集まる中、新生立憲民主党は存在感を示せないでいる。だが14回当選、選挙で負け知らずの中村喜四郎議員は全く違う構図が見えると語る。その戦略は──。AERA 2020年9月21日号の記事を紹介する。 *  *  *  枝野幸男氏(56)を代表とする新生立憲民主党が、9月15日に誕生する。149人を擁する野党第1党だ。  この新党に中村喜四郎氏(71)が参加した。建設相などを務め「将来の首相候補」とされるも、1994年にゼネコン汚職で逮捕。同年自民党を離党して以来、26年ぶりの主要政党への復帰となる。14回当選、かつて自民党総務局長として選挙実務を仕切った男が、今度は「野党共闘」の裏で汗をかく。「ダメな民主党に戻っただけ」との声もあるが、今度の新党の「違い」は、自民党から密かに警戒されるこの男の存在かもしれない。新党の展望、菅政権との戦い方を聞いた。 ──菅義偉内閣が16日にスタートします。菅政権の行方をどう見ますか?  安倍政権の「負の遺産」も背負い込むことになる。今までは、安倍さんを神輿に乗せ、大参謀として指揮をとる凄腕の官房長官だった。だから派閥も雪崩をうった。しかし、名宰相になるかと言えば、全く別問題。安倍政権では、最大派閥細田派が足もとを支え、二階俊博幹事長、麻生太郎副総理をはじめ各派閥の利害関係がそれなりに均衡を保ってきた。しかし菅さんは無派閥。均衡が崩れたとき、誰が抑えますかね。 ──早くも「早期解散」論が広がっています。  安倍晋三首相の解散・総選挙は、国民に何を問いたいのかわからない場合がほとんどだった。3年前は「国難突破」解散、その前は「消費税を上げない」解散。菅さんは何を争点とするか。迎え撃つ野党として、国民に問う争点を明確にしなければならない。  自民党の議席は大幅に後退しかねない。20か30議席減らした場合、与党の組み替えなど、政局が一気に流動化する可能性もある。選挙で言えば、野党にとって石破茂さんが一番手強い。安倍さんのアンチテーゼとしての存在に振ってくる「懐の深さ」がかつての自民党にはあった。田中角栄首相退陣後、国民の批判をかわすため、クリーンイメージの三木武夫首相を押し出すなど、絶妙なバランス感覚があった。今回は継承内閣。野党としては攻めやすい。 ──自民党内の空気は全く違います。立憲民主党の合流選挙が告示される前ではありますが、朝日新聞の世論調査(9月2、3日)では、「誰が首相にふさわしいか」との質問で菅さんが38%(前回3%)。自民党の政党支持率も40%(同30%)に上がり、立憲民主党は3%(同5%)存在感がありません。  地元を歩くと、有権者の声はマスコミの世論調査とは全く違いますがね。安倍政権の公文書改ざんや新型コロナ対策の失敗に、厳しい批判が多い。その調査結果は選挙まで続くか。急激に上がった数字は急激に下がることもある。 ──中村さんは「野党が共闘すれば小選挙区100議席も可能」と公言しています。その戦略は?  3年前は、野党が立憲民主党と希望の党に分かれたが、それでも289の小選挙区のうち59の選挙区で野党(系)候補が当選。当時の希望と立憲、共産、社民4党の票を単純に合わせると、84の選挙区で、野党が自民・公明の与党を上回った。今度の総選挙は、維新も与党入りする可能性があるので、3年前の比例票をこの3党で合わせると2892万票。一方で野党4党を合わせると2611万票。その差はわずか281万票、9.8%の差しかない。共産党も合わせた4党で選挙をやると、全く違う構図が浮上する。小選挙区で100議席をとり、比例区も合わせて200議席台にのせれば、全465議席の衆院の過半数が見えてくる。 ──共産党と本当に連携できるかという疑問もあります。  野党4党で話を重ねるうちに、共産党は変わってきました。「野党共闘で行くしかない」との方向へ舵を切った。これまで新潟、埼玉、高知、東京の4都県の知事選を、4野党が協力して戦い、「1勝3敗」。うまくいかない部分もあるが、各党とも手応えは感じている。私が呼びかけ、4党の党首にお酒も入れた懇談会を4~5回、幹事長・書記長や政調会長懇談も合わせると8~9回はやったかな。  ただし、政権が射程に入ってきたら、憲法、外交、防衛問題などを突き詰めることになる。責任ある政権ができないとなれば分かれるしかないが、現段階で共産党を排除する理由は全くない。 (構成/朝日新聞社・菅沼栄一郎) ※AERA 2020年9月21日号より抜粋
AERA 2020/09/14 17:35
伊勢谷友介容疑者は大麻逮捕の瞬間、「驚いていたが、抵抗せず、冷静だった」
伊勢谷友介容疑者は大麻逮捕の瞬間、「驚いていたが、抵抗せず、冷静だった」
伊勢谷友介容疑者(C)朝日新聞社 「自宅で大麻が見つかったため現行犯逮捕した」(捜査関係者)  捜査関係者によると警視庁組織犯罪対策5課は8日、大麻取締法違反(所持)容疑で俳優の伊勢谷友介容疑者(44)を現行犯逮捕した。  別の事件の内偵捜査の過程で伊勢谷容疑者が浮上していて警視庁が行動確認等を行っていたとみられている。  そして今日、東京・目黒区碑文谷の伊勢谷容疑者の自宅を捜査員が尋ねたところ、室内のテーブルから乾燥大麻数袋が見つかったため現行犯逮捕されたという。  その際に伊勢谷容疑者は「今は何も言えない、自分のものかも、言えない。弁護士が来てから、話します」 と話したという。  前出の捜査関係者はこう話す。 「以前から大麻を所持との情報があり内偵していた。密売人などのスジからだ。間違いなく所持しているとのことで、ガサをしたところ、乾燥大麻やパイプのような大麻を吸う用具も発見された。伊勢谷容疑者は捜索に非常に驚いていた だが声をあらげたりすることはなく、抵抗もなく、冷静に任意同行に応じた」  伊勢谷容疑者はモデル、俳優として活躍し数々のテレビドラマ、映画に出演。去年は映画「翔んで埼玉」にも出演した。来年公開予定の吉永小百合主演の映画「いのちの停車場」にも出演が決まっており、今月4日から撮影がスタートしていた。 (本誌取材班) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2020/09/08 19:09
被害男性は100人以上 中学教師らの性的暴行事件の闇 自宅からわいせつ写真を大量に押収
被害男性は100人以上 中学教師らの性的暴行事件の闇 自宅からわいせつ写真を大量に押収
大阪府警本部(C)朝日新聞社  中学教師のおぞましい犯罪が明らかになった。  大阪府警は9月3日、SNSで知り合った男性8人に睡眠薬入りの酒を飲ませ、性的暴行を加えた準強制性交等や準強制わいせつの疑いで、大阪市立我孫子南中学校の元教師、北條隆弘容疑者(42)と元会社員、矢上大助容疑者(44)を逮捕した。  2人は10年ほど前に同性愛者の出会い系サイトで知り合ったという。事件が発覚したのは、2人が当初、東京のホテルで犯行に及んだこと。警視庁に被害届が出され、2人を特定し、逮捕して捜索したところ、大量の写真が出てきた。そこで、さらなる犯行がわかり、大阪府警が捜査に着手したのだ。犯行の手口を捜査関係者がこう話す。 「SNSを通じて、中学校の教師である北條容疑者が『学校の授業で使用する、スーツ姿の写真撮影に協力してくれる人』という名目で募集をかける。謝礼は1万円。そして、応募してきた男性を大阪市内の自宅に呼びよせる。ドアをあけたり、おじぎをしたり、歩いているところなどの写真を撮影して相手を信用させる。食事の風景も必要と、写真をとり、酒を飲ませる。その隙に、睡眠薬を混ぜた酒にすり替え、飲ませる。意識を失ったところを、2人でわいせつ行為に及んでいた」  大阪府警が調べたところ、2人の自宅などから100人以上が被害にあったとみられる写真が押収された。北條容疑者は大阪府警だけで5件、警視庁で2件。矢上容疑者は大阪府警が2件、警視庁で1件、すでに逮捕、起訴されている。なぜ、このような犯行が実行できたのか? 「8年ほど前に矢上容疑者が不眠症だといって、医者から睡眠薬を入手。それを使って、わいせつ行為の犯行をはじめた。それを北條容疑者に自慢すると『自分もやりたいから、10錠5000円で譲ってほしい』と睡眠薬を買い、犯行に及ぶようになった。2人の性的な好みから、スーツ姿の若い男性と限定。中には、被害者の免許証など個人が特定できるものを映しながら、性行為している卑劣な動画も押収されている。北條容疑者は、わざわざスマホ用の自撮り棒を使って、わいせつ行為を撮影していた。立件されているのは2017年から2019年までの犯行。しかし、実際にはもっと前からやっている」(前出の捜査関係者)  こういう事件なので100人以上の被害者の中で被害届を出したのは9人しかいなかったという。矢上容疑者は以前、埼玉県に在住していたこともあった。北條容疑者は募集後、上京して東京でホテルを借りて、犯行に及んだとされる。  北條容疑者は事件発覚まで大阪市内の中学校の教師として10年ほど教えていたが、大阪市は事件後に懲戒免職処分にした。数年前まで、北條容疑者と一緒に仕事をしていたという教師はこう話す。 「出身も大阪市内で、地元のことにも詳しく、教育熱心な先生で生徒からも慕われていた。確かに結婚している様子はなかったが、同性愛者というのは今回の報道で知りました。今年1月、2月頃から急に学校に来なくなったそうで、体調が悪いのかと心配していたら、こんな事件を起こしていたと聞き、本当に驚くばかりです」 (本誌取材班) ※週刊朝日オンライン限定記事
週刊朝日 2020/09/05 12:09
“最貧打線”が予想外の爆発! 一度きりの甲子園で「奇跡の大躍進」果たした高校は?
久保田龍雄 久保田龍雄
“最貧打線”が予想外の爆発! 一度きりの甲子園で「奇跡の大躍進」果たした高校は?
浦和市立の打者は「低打率魂を見せてこい」に奮起 (c)朝日新聞社  甲子園初出場でいきなりベスト4入りし、“さわやか旋風”を巻き起こしたのが、1988年の浦和市立だ。  甲子園に出たこと自体が“奇跡”だった。同年の埼玉は、高校通算56本塁打の山口幸司の大宮東を筆頭に、川口工、埼玉栄などの実力校がひしめき合い、ノーシードの無印校・浦和市立は「1回ぐらいは勝ちたい」が当初の目標だった。  初戦でいきなり第7シードの所沢北と当たったが、「負けてもともと」の伸び伸びプレーが3対1の勝利につながった。  エース・星野豊も、丁寧に低めを突いて打たせて取る投球術で、5回戦で川越工、準々決勝で埼玉栄を連続完封。準決勝の川口工戦では、打線が奮起して1対4の劣勢から逆転勝ち。決勝でも市立川口を7対1と圧倒し、夢にも思わなかった甲子園切符を手にした。  チーム打率2割5分9厘は、出場49校中最低ながら、甲子園でも「無欲」「挑戦者」を合言葉に、神がかり的な快進撃が続く。  初戦の佐賀商戦、中村三四監督が「低打率魂を見せてこい」とユーモアたっぷりにハッパをかけると、なんと15安打の5得点で甲子園初勝利。「100点取られるかも」(そう手克尚主将)と思った2回戦の常総学院戦でも二桁安打を記録し、6対2で快勝。3回戦の宇都宮学園戦も、星野の投打にわたる活躍で延長10回、2対1と競り勝った。  さらに準々決勝の宇部商戦では、同点の9回裏1死二、三塁のピンチで、中村監督は「一番楽しい場面。思い切って勝負しろ」と指示する。直後、星野は4、5番を投ゴロ、二ゴロに仕留め、延長11回の末、7対3と勝ち上がった。  準決勝の広島商戦も、0対2の6回2死から内野安打を足場に連続長打で同点に追いつく粘りを見せたが、その裏、巧妙なバント攻めで2点を勝ち越され、“ミラクルの夏”も、ついに幕となった。  たった一度の甲子園で優勝し、現在も勝率10割をキープしているのが、65年の三池工だ。チームを率いた原貢監督は、言わずと知れた巨人・原辰徳監督の父である。  練習の大半を打撃練習に割いて作り上げた強打のチームは、福岡大会準決勝でセンバツ出場の小倉に7対0と大勝するなど、チーム打率3割3分3厘をマークして、初の甲子園へ。出発時は「第1戦だけ勝てばいい」が目標だった。  初戦でいきなり優勝候補の高松商と当たり、3回にエラーで先制される苦しい展開も、6回に四球、盗塁、内野安打に敵失を絡めて同点。その後は2年生左腕・上田卓三が低めを丁寧に突き、センバツ4強左腕・小坂敏彦との投手戦に。そして、小坂に疲れが見えた延長13回、池田和浩のサヨナラタイムリーが飛び出した。  甲子園初勝利で波に乗ったチームは、2回戦の東海大一戦で22安打を放ち、11対1と大勝。準々決勝の報徳学園戦も、1対2の9回1死から幸運なボークで追いつき、延長10回にサヨナラ勝ち。準決勝の秋田戦は、連投疲れの上田が3点を許す大苦戦も、5回に瀬口健の満塁の走者一掃の三塁打で逆転すると、9回無死満塁のピンチも本塁併殺で切り抜け、4対3で逃げ切った。  そして、決勝の相手は、大会屈指の本格派・木樽正明と黒潮打線の銚子商。スタミナが心配された上田だったが、打者のタイミングを外す頭脳的な投球で、木樽と互角に投げ合う。  両チーム無得点で迎えた7回、三池工は内野安打と四球で2死一、二塁のチャンスに、8番・穴見寛が左前タイムリー。さらに捕逸で1点を加えた。上田も8回2死二塁のピンチをかわし、2対0で完封。原監督は「よもや勝てるとは思わなかった。選手には“甲子園に来て暴れろ。それから結果を見よ”と言った」と無欲の勝利を強調した。  2年前に死者458名の悲惨な爆発事故が起きた炭鉱の町は、地元チームの快挙に大きな勇気を貰い、沸き返った。  その後、原監督は、東海大一戦が縁で東海大の創立者・松前重義氏に招かれ、系列校の東海大相模で一時代を築いたのは、周知のとおりだ。  公立の進学校で、1日2時間しか練習できないハンデを克服し、甲子園でユニホームの色にちなんだ“青い旋風”を起こしたのが、94年の長崎北陽台だ。  エースで4番の松尾洋和を中心とする守りのチームは、長崎大会準々決勝で佐世保実、準決勝で長崎南山の強豪に僅差で守り勝ち、決勝も海星に7対3と快勝。無欲がもたらした甲子園に、26歳の宮原更三監督は「選手の練習に対する集中力が実を結んだ。甲子園では楽しく、思いきり戦います」とコメントした。  1回戦の関東一戦は、松尾の得意球・カーブが決まらなかったことが、幸運を呼ぶ。直球とスライダーを多投したところ、ビデオで松尾を研究し、カーブを狙っていた関東一打線は意表をつかれ、終わってみれば2対0の完封勝利。2回戦は宿毛との初出場同士対決を4対1で制し、3回戦も中越に3対2と競り勝ち、あれよあれよという間に8強入り。  準々決勝の樟南戦では、連投疲れの松尾が制球を乱し、自慢の守備も乱れて、5対14と大敗したが、5回で降板後、9回に再びマウンドに立った松尾は「普通のチームの僕らがここまで来られた。それだけで十分です」と胸を張った。  93年に宮崎県小林市内の高校として初の甲子園出場をはたした小林西も、エースで4番の笹山洋一が県大会から1人で投げ抜き、甲子園でも学法石川、長崎日大、高知商を破って8強入り。準々決勝で常総学院に延長10回の末、3対6で敗れたが、9回2死から同点に追いつく粘りは見事だった。(文・久保田龍雄) ●プロフィール 久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」(野球文明叢書)。
dot. 2020/08/22 16:00
漫画のようなエピソードも! “無名校”を甲子園に導いたプロ野球選手たち
久保田龍雄 久保田龍雄
漫画のようなエピソードも! “無名校”を甲子園に導いたプロ野球選手たち
渋谷高校時代の中村紀洋 (c)朝日新聞社  プロで活躍した選手の中には、無名校出身ながら、地方大会で大車輪の働きを見せ、チームを甲子園に導いた“伝説の球児”も何人かいる。  創立74年目の府立高で甲子園初出場の悲願を実現させたのが、渋谷の2年生・中村紀洋(元近鉄-ドジャース-オリックス-中日-楽天-横浜)だ。  1990年夏の大阪大会は、センバツVの近大付と同4強の北陽の“2強”を、上宮、PL学園などの実力校が追う展開。前年の4強・渋谷もダークホース的存在ながら、私学強豪の厚い壁を破って甲子園に出場するのは、至難の業とみられていた。  ところが、近大付が5回戦、北陽も準決勝で相次いで敗れる大波乱の結果、比較的組み合わせに恵まれた渋谷は、準決勝までの6試合中5試合までが3点差以内という接戦、また接戦を制して決勝まで勝ち上がった。相手は、2年連続の甲子園を狙う上宮。エース・宮田正直(元ダイエー)、中村豊(元日本ハム-阪神)、西浦克拓(元日本ハム)の3、4番など、後にレギュラー6人がプロ入りしており、下馬評は圧倒的に上宮有利だった。  だが、初回、4番・中村の左越え先制2ランがチームを乗せる。追いつかれた直後の3回にも、バックスクリーンへ2打席連続弾となる特大3ランを放ち、試合の主導権をガッチリ握った。  中村は4回から投げるほうでも堂々の主役となる。5回戦から4日連続でマウンドを守りつづけてきたエース・喜多重厚の疲労が3回終了時点でピークに達すると、「あとはオレに任せろ」とばかりに三塁からマウンドへ。  3回戦の茨木戦で5回1/3を投げて以来、2度目の登板は、先頭の5番・久保孝之(元ダイエー)にいきなり左越えソロを浴びたが、「かえってスッキリした」と開き直る。さらに2安打を許し、2死一、三塁のピンチも、1番・市原圭(元ダイエー-中日-近鉄)を中飛に打ち取り、最少失点で切り抜けた。  その後はカーブが面白いように決まり、5回から8回まで毎回の5奪三振。3点リードの9回も、2安打とエラーで1点を許したが、後続を三ゴロ併殺と一ゴロに打ち取り、6対4で逃げ切り。大阪の府立高では、82年の春日丘以来の夏の甲子園出場を決めた。  長谷至康監督も「優勝したなんて、まだ信じられません」と目を白黒させた奇跡的快挙。中村自身もプロ入り後、「上宮戦でのホームランが一番思い出に残っている」と回想している。  校名と名字が同じ“銚子の銚子”と話題になったのが、79年夏に甲子園初出場をはたした市銚子のエース、4番、主将の銚子利夫(元大洋-広島)だ。  同年の千葉大会は、春の関東大会Vの銚子商が本命で、東海大浦安の高野光(元ヤクルト-ダイエー)、千葉日大一の長冨浩志(元広島-日本ハム-ダイエー)、千葉工の関根浩史(元大洋)、千葉商の高田博久(元日本ハム-大洋)らプロ注目の好投手が目白押しだった。  そんな群雄割拠のなか、長い間、全国区の強豪・銚子商の陰に隠れていた市銚子は、前年秋に内野手から投手にコンバートされた銚子が、最後の夏に成長。  4回戦で東海大浦安を1対0と完封し、準々決勝の千葉商戦では1対1の延長16回に自らサヨナラ2ランを放つなど、全6試合を一人で投げ抜き、43奪三振、失点わずか4の力投で、見事甲子園切符をゲットした。  そして、甲子園の1回戦、高知戦でも、銚子は4回に本塁打を放ち、3対2とリードしたが、6回に打球を左アゴに受けるアクシデントで昏倒し、病院送りとなる不運……。「甲子園に出るなら、継投より大きな柱を持つチームにしないと」という監督の方針で、控え投手を用意していなかったため、急造のリリーフが打たれ、逆転負け。ワンマンチームの弱点を露呈する結果に泣いた。  98年夏、第80回大会を記念して初めて1県2代表となった埼玉で、上位10数校が横一線の“戦国”西埼玉を制したのが、久保田智之(元阪神)が捕手、4番、リリーフエースの一人三役を務める滑川(現滑川総合)だった。 “滑川の大魔神”の異名をとる久保田は、2、3回戦でリリーフを務め、打っても2試合で6打数4安打2打点と投打にわたって勝利に貢献。準々決勝の西武台戦では、1対0の8回1死一、二塁で、左中間に勝利を決定づける2点タイムリー三塁打。準決勝の聖望学園戦でも、1回に鳥谷敬(現ロッテ)の四球を足場に1点を先行された直後、1死一、三塁のチャンスに同点犠飛を打ち上げ、2、3回の味方の大量得点につなげた。  そして、決勝の川越商(現市立川越)戦は、息詰まる投手戦となったが、この日捕手に専念した久保田は、中学時代からバッテリーを組むエース・小柳聡をよくリードし、散発の5安打に抑える。滑川はわずか4安打ながら、3回に幸運なバントエラーで挙げた1点を守り切り、甲子園初出場の夢を実現した。 「甲子園ではぜひ盗塁を刺してアピールしたい」と捕手らしい抱負を語った久保田だったが、1回戦の境戦では、独特のトルネード投法で打者8人から4三振を奪うなど、阪神時代にジェフ・ウイリアムス、藤川球児とともに“JFK”と並び称されたリリーフエースの片鱗を見せつけている。  ちなみに同年、東千葉代表として甲子園にやって来た八千代松陰のエース・多田野数人(元インディアンス-日本ハム)も、出場55校中最低のチーム打率1割9分6厘と打線の援護に恵まれないなか、4回戦の東京学館戦を除く決勝までの5試合を完封。自らの右腕でチームを初の夏の甲子園に導いている。(文・久保田龍雄) ●プロフィール 久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」(野球文明叢書)。
dot. 2020/08/08 16:00
「治安」から見た「住みたい街」ランキング! リスクが高いのは?#コロナとどう暮らす
吉崎洋夫 吉崎洋夫
「治安」から見た「住みたい街」ランキング! リスクが高いのは?#コロナとどう暮らす
犯罪率が低い街ランキング 刑法犯認知件数は、各都道府県警が発表している資料から。人口は総務省「2019年1月1日住民基本台帳人口」を利用。犯罪率は人口1千人あたりに1年間に起こった刑法犯の認知件数。首都圏は東京、神奈川、千葉、埼玉、関西圏は大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山 (週刊朝日2020年8月7日号より) 犯罪率が高い街ランキング 刑法犯認知件数は、各都道府県警が発表している資料から。人口は総務省「2019年1月1日住民基本台帳人口」を利用。犯罪率は人口1千人あたりに1年間に起こった刑法犯の認知件数。首都圏は東京、神奈川、千葉、埼玉、関西圏は大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山 (週刊朝日2020年8月7日号より)  移住を考える人が、新型コロナウイルスの感染拡大による生活設計の変更で増えている。自分が移り住む地域は安全か。国の公表資料を基にしながら独自にランキングをまとめた結果を踏まえ、考えてみよう。  編集部では2大都市圏(首都圏と関西圏)の犯罪率を調べた。警察庁OBで危機管理を専門とするY,s LABの屋久哲夫社長は「犯罪は地域の取り組みで刻々と変化する。どんな犯罪が何時頃どこで起きているか関心を持ち、自衛につなげるべきです」と言う。  ランキングを見ながら各地域について説明しよう。  全体的に中心部での犯罪率が高い。首都圏1位は千代田区(東京都)。通勤などで多くの人が入ってくる結果、犯罪の数も多くなっていると見られる。警視庁が公開している犯罪の種類別件数を見ると、万引きや自転車盗が多い。商業施設や駅周辺などで事件が起きていることがうかがえる。  犯罪認知件数が一番多かったのは新宿区(東京都)だ。強盗などの凶悪犯、暴行や傷害などの粗暴犯が多い。発生場所を見ると、買い物客ら大勢の人でにぎわう新宿駅東口一帯の「新宿3丁目」や、日本一の歓楽街と呼ばれる「歌舞伎町」で件数が多い。  関西圏で犯罪率が高かったのは大阪市中央区だ。道頓堀や心斎橋など大阪を代表する繁華街がある。犯罪の種類で見ると、自転車盗や万引き、置き引きなどの窃盗犯、傷害などの粗暴犯、強盗などの凶悪犯が他の地域と比べて多い。  屋久氏は、こう話す。 「希望の街が絞れたら警察署のホームページなどで犯罪の状況を調べるといい。女性一人か、小さな子どもがいるかなど自分の生活状況に照らして確認するといいです。その上で実際に街を歩き、防犯カメラの有無や街灯が多いかなどを確認する。そう意識するだけで、犯罪に遭うリスクを下げることができると思います」  犯罪率の低い街を見ていこう。首都圏では川崎市(神奈川県)の宮前区と麻生区が1、2位に入った。川崎市といえば、治安の悪いイメージを持つ人も多いが、実態は異なる。タワーマンションなどが建ち、人口が増加。住みやすい街として人気を集めている。  関西圏では、有田市(和歌山県)や養父市(兵庫県)など中心部から離れた静かな街が目立つ一方で、4位の京丹後市(京都府)では40基以上の防犯カメラを設置するなど犯罪のない街づくりに取り組んでいる。  警備大手ALSOK(東京都)でコミュニティー向けの防犯講座などを担当する瀬戸拓郎さんは指摘する。 「田舎であれば犯罪も少ないが、逆に空き巣などに狙われたりするので注意が必要です。また、不法投棄や落書きなどがあると犯罪につながると言われています。地域一体となって、そういう犯罪の芽を潰そうとしているか見ることが大切です」  どの街でも犯罪は起きる。まずは自分の住みたい街のリスクを見極めよう。(本誌・吉崎洋夫、松岡瑛理) ※週刊朝日  2020年8月7日号
週刊朝日 2020/08/04 11:30
度を越した“殺戮攻撃”の数々…史上最凶の悪役レスラー「ミスター・ポーゴ」は伝説の男
度を越した“殺戮攻撃”の数々…史上最凶の悪役レスラー「ミスター・ポーゴ」は伝説の男
多種多様な凶器を使用してプロレスファンを震撼させたミスター・ポーゴを覚えているか?※写真はイメージ (c)朝日新聞社 『極悪大王』ミスター・ポーゴ。  インディ団体を中心に存在感を発揮してきた大ヒール。ファイトスタイルは単純明快、悪の限りを尽くして相手を痛めつける。  デスマッチ自体が縮小傾向に感じる今日だが、ポーゴが築いてきた狂乱の世界はいまだ色あせない。使用した凶器、攻撃の類は尋常でなく考えただけで戦慄が走る。  プロレス人気復活が叫ばれる。『戦い』『肉体美』『エンタメ要素』などが絡んだ、世間に伝わるわかりやすいファイトが脚光を浴びている。  著名雑誌『スポーツグラフィック・ナンバー』(文藝春秋)内でも大々的な特集が組まれたほど。表紙はアントニオ猪木とオカダ・カズチカ(新日本プロレス)。「ベストバウトをぶっ飛ばせ!」という企画内容で、過去の名勝負を振り返るものだ。しかしこの中でデスマッチは取り上げられていない。 「デスマッチ=邪道(=プロレスではない)」という考えが主流だった。  そこへ大仁田厚が立ち上げたFMWなどが旗振り役になり、業界や世間に対して存在価値を訴え続けた。固定観念を打ち破り、団体によってはメジャー団体に準ずるほどの人気を誇るものも現れた。その時にヒールの中心として常に暴れていたのが、ポーゴだった。 『極悪大王』は経歴も異色だった。柔道のスポーツ推薦で入学した中央大(同期入学のジャンボ鶴田は一般入試での入学)を1年で中退し角界入り。序二段まで進んだがケガで廃業。その後、新日本入りし、デビュー戦は藤波辰巳と戦った。  1シリーズのみで新日本退団後は渡米しケンカファイトなどを会得。のちの世界的レスラーとの接点も多く、リック・フレアーと行動を共にしたり、ザ・ファンクス(テリー&ドリー)、ダスティ・ローデスなどと対戦。ハーリー・レイスとは金網デスマッチの経験もある。  帰国後は国際プロレスを経て新日本にも参戦。ケンドー・ナガサキと組み、藤波辰巳&木村健悟のIWGPタッグ王座にも挑戦した。  その後は地元の工場で働いていた時期もあったが、FMWからのオファーで参戦し極悪ファイトが本格化。W★ING、WAR、IWAジャパン、大日本など多くの団体で存在感を発揮。00年、埼玉県本庄市に新団体WWSを旗揚げするとともに、故郷の伊勢崎市市議会議員にも立候補するなどした。  信じられないような殺戮攻撃が代名詞。イス攻撃などは当たり前。多種多様な凶器を使用、通常の生活ならば刑事事件に発展するような攻撃もおこなった。 『ビッグファイヤー(火炎噴射)』は、ポーゴを一躍、有名にした反則攻撃。口に含んだ油に火をつけ吹き付けて攻撃するもの。ポーゴ以前もザ・シークなどが火炎攻撃をおこなっていたが、持ち込んだ火種などを使用するものだった。口から火をダイレクトに吹きつけるという意味でも斬新だった。 「ロックバンド・KISSのステージ・パフォーマンスを参考にした」「WWFリッキー・スティムボートのパフォーマンスを見て」など、使用のきっかけには諸説ある。  遠くからでも視認性が抜群であり、天井付近まで燃え上がる炎に、会場全体が悲鳴に包まれた。今では多くの会場において消防法等の関係で火器使用は禁止されているが、ポーゴ全盛時代は後楽園ホールなどでもよく見かけられた光景だった。また地方会場などでは、わざわざ会場屋外へ出てまで火を吹いた。  決着をつけるため多用したのが『チェーン絞首刑』。相手の首にチェーンを巻きつけ、トップロープ越しに場外へ吊るしてKOするもの。相手が失神してしまうため、吊るされた瞬間にレフリーは試合を止めることも多かった。  チェーンといえば、ブルーザー・ブロディが入場の際に振り回す演出道具として有名。同じく『キングコング』を名乗る、真壁刀義(新日本)も首に巻いて入場したり、腕に巻いてラリアットすることもある。しかしポーゴの場合は、直接的な首絞め道具として使用していたのが特徴だ。  本来、首絞め攻撃は『チョーク』と呼ばれる反則。しかしFMW以降のデスマッチ系団体では、試合形式によって反則も許容されていた。賛否両論が渦巻いた部分でもあったが、身を削った戦いを繰り広げていたことの証明でもある。  凶器を詰め込んだカバンを入場時には持参。中には鎖鎌やノコギリといった凶器もあり、常識では考えられないものがぎっしりだった。  その鎖鎌やノコギリを使用して相手を出血をさせるための攻撃には、場内中から悲鳴が上がった。とくに鎖鎌の使用頻度は高く、当初はホームセンターで売っているようなものだったのが次第にグレードアップ。柄部分にチェーンを装着した改良型も登場。しまいにはチェーンに数々の刀剣をぶら下げた『ヤマタノオロチ』と呼ばれるものまで登場した。 「凶器じゃねえ、武器と呼べ」  武器の開発に余念がなく、製造する秘密基地『ムジナの穴』の存在まで公表していた。  ポーゴは17年、腰の手術中に不整脈による脳梗塞で66歳で亡くなった。当時もイレギュラーながら試合もおこなっており、現役選手として生涯を閉じた。  ヒールという役割を守り通したポーゴは、リング外でも悪役であることを忘れない男だった。  生前、都内某所でポーゴを見かけたというファンによると、ポーゴはトークイベントの最寄り駅から会場まで、武器の入ったバッグを持ち、外にはみ出したチェーンを引きずるように歩いていたとのこと。すると警察官に呼び止められ職務質問をされていたという。すぐに解放されたそうだが、試合と関係ない路上においても『極悪大王』ミスター・ポーゴを貫いていた。ちなみに、警察官はポーゴを知っていたようで、それが早期の解放に繋がったようだ。  プロレスとは究極のエンターテインメント。鍛え抜かれた肉体のぶつかり合いは、まさに『キング・オブ・スポーツ』だ。  ポーゴらがおこなう凶器使用などのデスマッチ路線は、それらの真逆にある。しかし常人が決して真似することのできないエンタメという部分では、優劣つけられない同じプロレスだ。  何かと世知辛い世間、非日常を感じさせる存在は貴重だ。ポーゴに匹敵するような極悪レスラーをまた見たいものである。様々なカタチのプロレスが存在した方が楽しい。(文・山岡則夫) ●プロフィール 山岡則夫/1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌『Ballpark Time!』を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、編集・製作するほか、多くの雑誌、書籍、ホームページ等に寄稿している。Ballpark Time!公式ページ、facebook(Ballpark Time)に取材日記を不定期更新中。現在の肩書きはスポーツスペクテイター。
dot. 2020/07/20 17:00
観客“ブチギレ”で大混乱も… 夏の甲子園、地方大会で起きた信じがたい「大誤審」
久保田龍雄 久保田龍雄
観客“ブチギレ”で大混乱も… 夏の甲子園、地方大会で起きた信じがたい「大誤審」
不利な判定にも負けず試合に勝利した小山台の選手たち (c)朝日新聞社  誤審に怒ったスタンドのファンがグラウンドに乱入するという、高校野球にあるまじき騒動が起きたのが、1980年の埼玉大会決勝、川口工vs熊谷商だ。  事件が起きたのは、1対2とリードされた川口工の5回の攻撃中。1死から6番・瀬川誠が中前安打で出塁し、次打者・坪山耕也の2球目に二盗を試みた。  捕手・石塚順一が二塁に送球し、クロスプレーとなったが、ベースカバーに入ったショート・福島雅也が落球したことから、セーフと思われた。  ところが、二塁塁審の判定はなぜか「アウト!」。川口工の大脇和雄監督は、国府田等主将を二塁に走らせ、「落球しているからセーフ」とアピール。いったんベンチに引き揚げかけた瀬川も二塁ベース上に戻ったが、審判団が協議した結果、「タッチ後に落球したのであり、タイミングはアウト」という理由で却下した。  だが、塁審は福島の後方に立っていて、死角で落球が見えなかったことに加え、福島は落球後に遅れて空タッチにいっているように見えるので、落球がなくてもセーフのタイミングだった。  納得のいかない判定に、スタンドから空き缶や紙くずが投げ込まれ、激昂した3、4人のファンがグラウンドに乱入し、一、二塁間で審判に食ってかかった。緊迫した好ゲームが一転して大荒れの事態に。この騒ぎで試合は約10分間中断した。 「これが高校野球です。商売でやっているわけじゃないんですから(判定は受け入れるべき)」というテレビ中継解説者のコメントもなかなか味があった。  そして、再開直後、皮肉なことに、坪山は右翼線に二塁打を放つ。もし、二盗がセーフだったら、2対2の同点になっていたところだった。  結局、この回は無得点に終わり、その裏、気持ちの整理がつかないエース左腕・関叔規が力み、球が高めに浮くところを連打されて2点を失った。「冷静になれ。落ち着くんだ」という大脇監督のアドバイスにもかかわらず、選手たちは二塁封殺プレーに際してスパイクを上げて滑り込んだり、本塁上のクロスプレーでも喧嘩腰に近い強引なタッチの動きを見せるなど、怒りに任せたようなラフプレー、接触プレーも相次いだ。  2対7で敗れ、3年ぶりの甲子園出場を逃した試合後、国府田主将は「5回表で瀬川が生きていたら、同点だったのに、あのときから流れが変わり、チームが力んでしまった。熊谷商は甲子園で頑張ってほしい」とエールを送りながらも、「でも、5回のジャッジは納得できない」と悔しそうな表情だった。  川口工とは対照的に、一度は敗戦(ゲームセット)を宣告されながら、思いがけず誤審が覆ったことによって奇跡の逆転勝利を引き寄せ、甲子園への道が開けたのが、77年の酒田工だ。  山形大会準々決勝の米沢商戦、3対4で迎えた9回表、酒田工は1死満塁のチャンスに兵頭守が右飛を打ち上げた。三塁走者・高橋保がタッチアップからホームイン。土壇場で同点に追いついたかにみえた。  ところが、三塁を狙った二塁走者・青塚司が中継のセカンドからの送球でタッチアウトになったことから、球審はタッチアウトが高橋のホームインより早かったと判断。酒田工の得点を認めず、ゲームセットを宣告した。  だが、スタンドから見ても、ホームインのほうが早かったのは明らか。一部始終を見ていた控えの審判が誤審を指摘し、協議の結果、4対4の同点で試合続行となった。  そして、この判定変更で九死に一生を得た酒田工は延長10回2死一塁、本多昭洋の右中間二塁打で5対4と勝ち越して逆転勝ち。この勢いで準決勝、決勝も勝ち抜き、見事甲子園初出場。初戦の都城戦では青塚がヒーローとなり、甲子園初勝利を挙げた。  前年10月の大火で中心街が広範囲にわたって焼失する被害を受けた酒田市は、春のセンバツで酒田東、夏は酒田工と連続して地元校の快挙に大きな勇気をもらうことになった。 「ファウル」の判定が「ホームラン」に変わったと思ったら、再び「ファウル」に訂正。こんな二転三転の判定に右往左往させられたのが、18年の東東京大会準々決勝、小山台vs安田学園だ。  1対1の同点で迎えた8回表1死、小山台の1番・松永和也が左翼ポール際に大飛球を打ち上げた。ホームランかファウルか際どい弾道だったが、三塁塁審は「ファウル」とジャッジした。  ところが、福嶋正信監督が「ポールを巻いていませんか?」と再確認を要請すると、4人の審判団は協議の末、最終的に球審が「本塁打」と判定。直後、松永はダイヤモンドを1周して勝ち越しのホームを踏んだ。  すると、今度は安田学園・森泉弘監督が「ファウルだと確信したので、納得できません」と選手をベンチに引き揚げさせ、控え選手を通じてジャッジの説明を求めた。  そこで、左翼ポールがよく見える一塁側ベンチ横で観戦していた控えの審判も加わり、5人で再協議したところ、「ファウルではないか?」という控え審判の意見が決め手となり、当初の「ファウル」判定で落ち着いた。  とはいえ、協議のたびに二転三転する判定にスタンドも目を白黒。「リプレー検証はできないのか?」の声も出た。  打ち直しとなった松永は、フルカウントから清水雅孝のカーブを見逃し、三振に倒れたが、試合は延長10回の末、小山台が6対4で勝利。判定では負けたが、試合には勝った。(文・久保田龍雄) ●プロフィール 久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」(野球文明叢書)。
dot. 2020/07/11 16:00
なんと相場の5倍…厚労省が“時価”で優先提供したエタノール
秦正理 秦正理
なんと相場の5倍…厚労省が“時価”で優先提供したエタノール
PCR検査キット (c)朝日新聞社 緊急事態宣言の解除のタイミングについて (週刊朝日2020年7月3日号より) 今の医療現場の状況 (週刊朝日2020年7月3日号より)  本誌では4月に続き、すべての都道府県で緊急事態宣言が解除された(5月25日)後の6月上旬、全国の医師に緊急アンケート第2弾を実施。医師専用のコミュニティーサイトを運営するメドピア社の協力を得て、3日間で約1500人から回答を得た。前回と同様、回答した医師のほとんどは感染症の専門家ではなく、さまざまな回答が寄せられた。  まずは、緊急事態宣言の解除時期について。最後に宣言が解除された1都3県と北海道では、北海道や神奈川で解除の目安となる基準を一部、満たしていなかったが、「総合的判断」(専門家会議座長の脇田隆字国立感染症研究所長)で解除となった。  そのためか、北海道と1都3県での解除のタイミングは、その他の(それぞれの医師が住む)地域に比べて、「早い」とする回答が多かった。理由は、「解除すると勘違いする人間が多い。慎重にしてほしかった」(神奈川・50代・一般内科)、「もう少し感染者の動向を見てから決めるべきだ。現に新たな流行がさっそく見られている」(石川・30代・内分泌科)など。  他方、「新型コロナが恐ろしい感染症であるとは思えないので、国は宣言など出すべきではなかった」(千葉・50代・消化器内科)という回答もあった。  医療現場の状況は、逼迫(ひっぱく)していた4~5月よりも「少し余裕が出てきた」という回答が多く、全体の半数ほど。新型コロナが流行する前の状態に近いとする回答も2割あった。  入手が困難だったマスクや手指消毒用のアルコールに関しては、まだ半数近くが「足りていない」と回答。入手も困難だという。  アルコールでは、こんな“事件”もあった。  厚生労働省は3月、新型コロナ対策として、医療機関に手指消毒用エタノールの優先供給を実施した。ところが、「濃度が低い」「値段が高い」といった問題が発生した。そのいきさつを、埼玉県川越市の住宅街でクリニックを開業する、ゆきさだクリニックの行定英明院長(50代)が話す。 「“時価”で優先的に配りますと言われて申し込んだところ、値段が相場の5倍もする。キャンセルをしようとしても、それはできない、と言われました。そもそも時価って、銀座のすし屋じゃあるまいし」  同様のクレームは「政府が斡旋(あっせん)したアルコールは、1リットル4500円と超々高額。普通は500ミリリットルで286円。こんな政府で大丈夫なのか」(京都・50代・一般内科)と、回答にも寄せられていた。  行定院長は最終的に発注をキャンセルできたというが、アベノマスクといい、今回の国の対応には首をかしげるばかりだ。  政府の対応の遅さや、議事録が作成されていなかった件などを指摘する声が目立った一方で、「よくやっている」という回答もあった。 ■薬は効果不明 早期で可能性も  実際に感染者を診察したことがあると答えた医師は2割。前回のアンケートの倍近くになった。  そうなると聞きたいのが効果についてだ。現時点では新型コロナ治療薬は開発されていないが、抗エボラウイルス薬として作られたレムデシビルが、国内初の新型コロナ薬として承認された。抗インフルエンザウイルス薬のアビガン、吸入ステロイド薬のオルベスコなども、臨床研究・試験中だ。  感染者を診たと答えた医師のうち、レムデシビルを使ったことがあったのは6%、アビガンは31%。使用していないが61%だった。使わなかった理由には、「専門病院に転院」「専門医が代わって診察」「軽症」などが挙がっていた。  効果については、「ある」「ない」「分からない」で、意見が割れていたが、アビガンでは「軽症からの悪化は防いでくれる」という回答もあった。  新型コロナ感染者を受け入れていた獨協医科大学病院(栃木県壬生町)の呼吸器・アレルギー内科の武政聡浩准教授は、アビガンの使用経験がある。感触は、「早期に使うほど効果が上がる印象だった」という。 「アビガンは中国で軽症例によかったというデータも出ています。もっと初期感染のときにアビガンを使えるようだったら、有用性が出たと思います」 ■PCRは医師の判断ですべき  専門家会議に対する意見で多く挙がっていたのが、PCR検査体制への不満だ。そこで、検査体制についても単独で調査した。  今でこそ医師会などの協力のもとで、地域にPCRが受けられる発熱外来や検査センターなどができつつあり、医師が必要と判断した感染疑いの人は、以前より簡単に検査を受けられるようになった。厚労省によると、6月17日現在、検査センターは全国に203カ所あり、そのほか独自で行っている医療機関がある。だが、今もこうした体制が整っていない地域もあり、「いまだに保健所でブロックされている」(東京・40代・一般内科)という回答もあった。  前出の武政准教授も、PCRに対しては疑問を感じている一人だ。 「個人的には、韓国のようにドライブスルーを利用してやったほうがよい。それができない日本の情けなさ。保健所の問題というよりも、PCRが制限されていたのを政府が解決しなかったことのほうが問題です」  ただ、PCRの実施については、「増やすべき」「増やさなくていい」と正反対の意見がある。  前者では「医師が疑わしいと思う症例、クラスター疑い症例は全例行うべき」(大阪・50代・呼吸器内科)、「医療機関が疑わしいと考えた症例にはきちんとPCRを施行できるようにしてほしい」(宮城・30代・消化器内科)など。  もちろん、PCRも万全ではない。実際、「陰性というので診ていたら、何回もしてから陽性になったものが多い」(神奈川・60代・アレルギー科)ということも。それでも「性能の限界はあるが、検査数は増やすべきだった」(北海道・40代・小児科)という。  後者では、「PCRをむやみに増やすべきではない」(東京・60代・一般内科)、「PCRや抗体検査をすればよいというものではない。受け皿を考えて検査しないと、さらなる混乱を招くだけ」(千葉・40代・総合診療科)などがあった。(本誌・山内リカ、秦正理) ※週刊朝日  2020年7月3日号
新型コロナウイルス病気
週刊朝日 2020/06/28 16:00
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