中学受験のせいで夫婦関係が危機に陥ったと考えるのではなく、中学受験のおかげで、夫婦として克服すべき課題が明確になったと考えるべきであろう。受験生がテストを受けて、克服すべき弱点を発見するのと同じである。

 それでもなお、パートナーでいる意味が見いだせないなら、発展的解消という意味での離婚も、大切な選択肢だ。

 両親の離婚を経験した子どもの立場からソウタさんは提言する。

「子どもには子どもの人生があるのだと認識する必要が親にあるのと同様に、親には親の人生があるのだと子どもも認識したほうがいい」

 離婚すべきか、すべきでないか。この問いに対し、子どものためにどちらを選ぶのが正解かと考えるのではなく、わが子にはどんな人生を歩んでほしいかと考えて、そういう人生をまず親自身が選択すればいいのではないか。

 離婚は悪であり極力避けるべきという思い込みに縛られていると、不本意な気分で人生をすごし続けることになりかねない。しかし、いざとなったら離婚も辞さずという前提に立ってもなお二人でいることを夫婦がともに選択するのなら、それは奇跡のような幸運なのかもしれない。

 結婚とは何か、夫婦とは何か、家族とは何か……。中学受験はときにそんな大きな問いまで私たちに突きつける。難問に挑まなければいけないのは子どもだけではないし、成長するのも子どもだけではないのである。(教育ジャーナリスト・おおたとしまさ)

AERA 2023年11月13日号