以前の青年K氏は、規模拡大しないことには食べていけない衝動に駆られて、農地の貸し手がいると聞けば、まっさきに集めるのに汗を流してきた。現地に様子を見るために行なってみると、農地の質は悪くトラクターや田植え機は入ることができない、水はけも悪いなどという農地ばかりのことにも耐え、ともかく集めるだけ集めることを繰り返してきた。
そうして集めた借地が240か所、17ヘクタールなのである。しかしどんなに頑張っても240か所を1人でこなすことには負担が大きすぎ、泣く泣く苦労して集めた7ヘクタールの借地権を他に譲ることにした。つまりは仕方のない規模縮小である。
各地に分散する17ヘクタールの農地を耕すには高性能の大型農業機械が必要だが、17ヘクタールをいくらうまく使ってもそのコストをまかなうことはできない。日本農業特有の問題、農地面積規模と農業機械コストの矛盾を克服することは不可能であることを身をもって知ったのだった。
いまは残った10ヘクタールを使い、青年K氏は稲作・もぎ取りイチゴハウスなどを営む。経営農地の大半は借地なので地代を払い、地主が返せといえば返さなければならないし、そのたびに、農地法が定める許可を得るための申請書作成には無視できない時間がかかる。
一般に、都市近郊の地主農家は農地を売りたがらない。農地を農外用途に転用売却することが念頭にあるので、貸すにしても地代水準にこだわりがある。地方や農地の条件次第では、地代がただでも借り手がいないことも珍しくはないが、都市近郊では、貸借はまだ有償である。10アール当たりの地代の基準額は、1万円程度が一般的である。10アール当たり売上が10万円程度に過ぎないのに、その10%が消える。
もし農地法のような厳しい農地の所有制限がなければ、青年K氏はどのような行動を選んだだろうか。おそらく、農業にもっと条件のいい土地をもっと自由に集めて、少なくとも効率の悪い240区画もの農地の分散状態は避けることができたのではなかろうか。