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「健康」に関する記事一覧

食事の前に撮影、洗濯機にアラーム… 認知症の一人暮らし21の困りごとと対策
食事の前に撮影、洗濯機にアラーム… 認知症の一人暮らし21の困りごとと対策 認知症の人は何もできない──なんて思っていませんか。症状や進行具合にもよりますが、自分でできることはたくさんあるのです。日々の暮らしを支えるのが、失敗から考えた工夫と、パソコンや携帯電話などのIT機器。週刊朝日MOOK「家族で読む予防と備え すべてがわかる認知症2017」では、51歳でアルツハイマー型認知症と診断され、現在、ケアハウスで暮らす佐藤雅彦さん(63歳)に、困りごとの解決法を聞きました。
大声、暴力…認知症の人の困った症状には理由があった! 専門医に聞く対応のポイント
大声、暴力…認知症の人の困った症状には理由があった! 専門医に聞く対応のポイント デイサービスや外出を嫌がる、大声を出したり、暴れたりする……。認知症の人を介護している家族の多くはこうした症状の対応に苦労していることでしょう。しかし、気持ちの持ち方で楽に対応できることが増えます。主に軽症から中等症の認知症ケアのポイントについて東京慈恵会医科大学精神医学講座教授、繁田雅弘医師にうかがいました。
南果歩・独占初告白「人生で一番の試練のときだった」 夫と乳がん治療を語る
南果歩・独占初告白「人生で一番の試練のときだった」 夫と乳がん治療を語る いくつになっても笑顔が素敵な南果歩さんが、好評発売中の週刊朝日増刊Reライフマガジン「ゆとりら秋冬号」の表紙に登場。50代を迎え、乳がんを患い、最近はプライベートでも大激震があった。それでもいつでも前向きな南さんに、いまの心境をじっくりと聞いた。

この人と一緒に考える

竹内涼真「一歩突き抜けてもいいのかな」 人気沸騰で「陸王」にプレッシャーは…
竹内涼真「一歩突き抜けてもいいのかな」 人気沸騰で「陸王」にプレッシャーは… デビューして5年目。今年はNHKの朝ドラ「ひよっこ」や「過保護のカホコ」で一躍注目の俳優となった竹内涼真。現在放送中の日曜劇場「陸王」でも、物語のキーパーソンとなる陸上選手・茂木裕人を演じて話題を呼んでいる。そんな彼が、好評発売中のReライフマガジン「ゆとりら秋冬号」のスペシャルインタビューで今の思いを語った。
朝粥はいいことだらけ! 道元が考えた「10の効用」
朝粥はいいことだらけ! 道元が考えた「10の効用」 帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「死を生きる」(朝日新聞出版)など多数の著書がある 朝粥が消化によくて、体にいいのは間違いない(※写真はイメージ)  西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。帯津氏が、貝原益軒の「養生訓」を元に自身の“養生訓”を明かす。
耳が遠い人ほど認知症になりやすい!? 医師に聞いたその理由とは
耳が遠い人ほど認知症になりやすい!? 医師に聞いたその理由とは 加齢とともに低下する聴力。「みんなそうだから」「仕方ない」とあきらめてしまう人も多い。でも、聞こえの悪さが認知症につながるとしたら……。それでも「年のせいだから」と放っておきますか? 週刊朝日MOOK「家族で読む予防と備え すべてがわかる認知症2017」では、聞こえと認知機能の関係を医師に尋ねた。
「体に良さそうな食品」のメーカーが必死に隠す不都合な真実
「体に良さそうな食品」のメーカーが必死に隠す不都合な真実 お菓子やジャンクフードなど、明らかに体に悪そうな食品ではなく、いかにも「ヘルシー」に見える食品を食べ続けたら、心身に大きな不調をきたした……。オーストラリアでの壮大な人体実験を通して見えてきた、食品の不都合な真実とは?20万人以上の臨床経験と、生化学×最新医療データ×統計データから、医学的エビデンスに基づいた本当に正しい食事法をまとめた牧田善二氏の新刊『医者が教える食事術 最強の教科書』から、内容の一部を特別公開する。

特集special feature

    豊田真由子議員「耳鳴り」の深刻度とは? 重症化でうつ病発症も
    豊田真由子議員「耳鳴り」の深刻度とは? 重症化でうつ病発症も 地元の埼玉県で18日、記者会見を開き、「耳鳴りが…」と右耳を押さえ、うずくまる一幕もあった豊田真由子衆院議員(42)。耳鳴りは、全人口の10~15%は感じているといわれ、日常生活に支障をきたすほどの症状がある人は、そのうちの数%だ。患者数は多いにもかかわらず、根治的な治療法は確立されていない。しかし、近年、苦痛を軽減する治療が登場している。
    妻をがんで亡くし自身も… 元国立がんセンター総長が患者を支援する理由
    妻をがんで亡くし自身も… 元国立がんセンター総長が患者を支援する理由 がんにかかった患者やその家族などへの支援を目的とした「がんサバイバー・クラブ(日本対がん協会)」が、2017年6月1日に発足した。好評発売中の週刊朝日ムック「胃がんと診断されました」では、設立の趣旨や支援内容、今後の展開など、具体的な取り組みを取材した。
    座ると「ひざが三つ」!? 道鏡が女帝に寵愛された理由
    座ると「ひざが三つ」!? 道鏡が女帝に寵愛された理由 歴史上の人物が何の病気で死んだのかについて書かれた書物は多い。しかし、医学的問題が歴史の人物の行動にどのような影響を与えたかについて書かれたものは、そうないだろう。 『戦国武将を診る』などの著書をもつ日本大学医学部・早川智教授は、歴史上の偉人たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたことについて、独自の視点で分析。医療誌「メディカル朝日」で連載していた「歴史上の人物を診る」から、道鏡の症例を紹介する。 * * * 【弓削道鏡 (700?~772年)】  神武天皇以来2600余年というのはいくら何でも吹きすぎだが、日本の皇統は古墳時代から連綿と続いている。王朝交代説もあるが具体的な証拠はない。その皇統が最大の危機に陥ったのは奈良時代末期、称徳天皇の下で権勢を振るった弓削道鏡と宇佐八幡宮神託事件だろう。  壬申の乱で皇位を獲得した天武天皇の直系曽孫・聖武天皇は、初めて臣下である藤原氏出身の光明子を皇后とし、基王を皇太子としたが、病で早世したため妹の阿倍内親王を立太子した。  阿倍内親王は天平勝宝元年(749年)に父からの譲位により孝謙天皇として即位、父帝の没後、橘奈良麻呂の乱を治めて9年間統治した。天平宝字2年(758年)病気であった光明皇太后に仕えるため退位したが、藤原仲麻呂の乱を機に淳仁天皇を廃して称徳女帝として重祚した。  孝謙女帝が上皇であった時に、寵愛を受けたのが弓削道鏡である。物部氏一族の弓削氏の出自とも天智天皇の末裔ともいう。奈良仏教の一つ法相宗を極め、サンスクリット語や禅にも通じた。  天平宝字5年(761年)、平城宮改修のため近江国保良宮に遷宮した時、病を得た孝謙上皇を看病して信頼を得た。藤原仲麻呂失脚後は太政大臣禅師、さらに法王となり、政界宗教界ともに総攬するようになった。さらに、宇佐八幡宮より道鏡を皇位に就けよという神託が伝えられた。しかし、和気清麻呂がこの神託が虚偽であることを上申、称徳天皇の没後、道鏡も失脚し配流先の下野国で没した。
    「徳川家康の死因は天ぷらの食べ過ぎ」じゃなかった!? 現代の医師が診断
    「徳川家康の死因は天ぷらの食べ過ぎ」じゃなかった!? 現代の医師が診断 歴史上の人物が何の病気で死んだのかについて書かれた書物は多い。しかし、医学的問題が歴史の人物の行動にどのような影響を与えたかについて書かれたものは、そうないだろう。  日本大学医学部・早川智教授の著書『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)はまさに、名だたる戦国武将たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたことについて、独自の視点で分析し、診断した稀有な本である。本書の中から、早川教授が診断した徳川家康の症例を紹介したい。 * * * 【徳川家康(1542~1616)】  医学系の学会にはさまざまな国から研究者を招待することが多い。日本に何度も来ている教授連中はスシ、サシミ好きが多いが、東欧や東南アジア出身で生魚には抵抗がある人も少なくない。その点、今まで天ぷらでもてなしてハズレはない。特にお座敷天ぷらのカウンターは興味津々のようだが、天ぷらも、過食は命に関わることもある。 ■戦国の最終勝者  徳川家康は三河国の小領主・松平広忠の子として天文11年(1542年)岡崎城に生まれた。幼名は竹千代、6歳の時に父の命で駿府へ送られるが、その途中織田信秀配下に捕らえられて尾張へ、2年後に人質交換で駿府へ移される。今川義元の下で元服し、松平次郎三郎元信と名乗り、その後蔵人佐元康と改めた。父の死後は義元の軍師でもあった太原雪斎の指導を受けた。永禄3年(1560年)、桶狭間の戦いで義元が討たれると、前線にあった元康は、今川軍が放棄した岡崎城に入り自立する。  今川氏真と断交し信長と同盟、翌年には元康の「元」の字を取って家康と名を改め三河を統一する。信長には妻と最愛の長男信康を殺害、切腹させられるなど理不尽な仕打ちも受けたが、上洛支援や朝倉・浅井の連合軍を姉川で破るなど誠実に尽くす。天正10年(1582年)、宿敵武田を滅ぼした後、駿河拝領の礼のため安土城の信長を訪れ、さらに堺で遊覧中に本能寺の変に遭遇する。すんでの所を京都の商人、茶屋四郎次郎清延の案内で脱出。
    ミケランジェロも悩まされた「帝王病」とは? 現代の医師が診断
    ミケランジェロも悩まされた「帝王病」とは? 現代の医師が診断 歴史上の人物が何の病気で死んだのかについて書かれた書物は多い。しかし、医学的問題が歴史の人物の行動にどのような影響を与えたかについて書かれたものは、そうないだろう。 『戦国武将を診る』などの著書をもつ日本大学医学部・早川智教授は、歴史上の偉人たちがどのような病気を抱え、それによってどのように歴史が形づくられたことについて、独自の視点で分析。医療誌「メディカル朝日」で連載していた「歴史上の人物を診る」から、偉大な芸術家・ミケランジェロを紹介する。 * * * 【ミケランジェロ (1475~1564年)】  ヴァチカン宮殿にあるローマ教皇の書斎「署名の間」には有名なラファエロの「アテネの学堂」の壁画がある。中央には天上を指差すプラトンと地上を指差すアリストテレスが、階段には定規を持つユークリッド、ハーモニーを吟ずるピタゴラスら、ギリシャ古典時代の大学者が描かれている。 ■芸術家をモデルに  画中の人物は、作者と同時代の尊敬する芸術家にモデルをとったという。実際、プラトンは老齢のレオナルド・ダ・ヴィンチの自画像にそっくり。アリストテレスは、大先輩ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti)をモデルにしている。階段下で頬杖をついて物思いにふける中年男性は、万物流転を説いたヘラクレイトスとされる。これもモデルは同じである。最初のデッサンにはないことから、尊敬する巨匠を目の当たりにし、書き加えたという。威風堂々たるアリストテレスよりこちらのほうが、鼻の曲がったミケランジェロの自画像に似ている。  米国ジョージタウン大学の循環器科医Espinelはヘラクレイトスとされる人物の右膝の皮下に黄白色の結節があること、ミケランジェロが尿路結石に苦しんだ記録があることから、これが痛風結節であるという仮説を提唱した。 「アテネの学堂」が描かれた1510年はミケランジェロ35歳。脂の乗り切った時期である。自ら鎧をまとって戦うことで有名な教皇ユリウス2世は、ミケランジェロを招き、システィーナ礼拝堂の天井画を描くよう命じた。「アテネの学堂」とほぼ同時期であることから、ラファエロはミケランジェロを頻繁に見る機会があったことになる。
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