
「夫婦でペアローン」に3つの落とし穴 マンションの「資産価値が下がらない」は幻想か
(写真はイメージ/gettyimages)
家があまりに高すぎて――。マンション価格の高騰と共働き世帯の増加により、すっかり一般的になった「ペアローン」。だが、専門家は「3つの落とし穴」を警戒する。何がリスクとなりうるのか。高騰する住まいと向き合う現代人を追った連載の2回目。
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「ペアローン」はいまやスタンダード
「夫婦でペアローンを組む例は、いまやスタンダードになりつつあります」
こう話すのは、住宅ローンに詳しく、これまで数多くの住宅購入希望者の相談に乗ってきたファイナンシャルプランナーの有田美津子さんだ。
ペアローンとは、1つの物件に対して、夫婦や親子がそれぞれ契約者となり、原則として同じ金融機関から住宅ローンを借りる方法で、夫や妻がそれぞれ相手の連帯保証人になる。会社員を中心に利用者が増えており、首都圏で新築マンションを買った既婚の共働き世帯では、54%が夫婦の「ペアローン」で契約しているという調査結果(リクルート「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」)もある。
都心のファミリータイプは中古で1億円近く
背景には、マンション価格の高騰と、共働き世帯の増加がある。今年、不動産経済研究所が発表した2023年の新築マンション平均価格は、東京23区が前年比39.4%上昇の1億1483万円と、1974年以降で初めて1億円を突破した。首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の平均価格も、同28.8%上昇の8101万円だ。
「中古マンションでも、都心のファミリータイプになれば1億円近くします。1億円を超えるマンションを検討する会社員は普通にいます。夫婦でペアローンを組んで借入額を増やして物件を購入する人が、私の相談者にも増えています」(有田さん)
35年ペアローンで繰り上げ返済に励む
有田さんの相談者でペアローンを組むのは、30代半ば〜40歳前後の共働きで、世帯年収は1500万円前後というケースが多い。基本的には35年ローンを組み、定年時までになるべく返済できるよう、繰り上げ返済に励むという。
ペアローンの場合、8千万〜1億円程度の物件を、8千万円なら4千万円ずつ、あるいは5千万と3千万などの配分でローンを組む。夫婦ともに同程度の収入があるケースが多く、2人合わせた貯金額は「1千万円程度だと少ないほうで、2千万〜3千万円ほど」(同)という。その中から、教育費や生活資金、諸費用を確保したうえで頭金を算出し、ローンを組む。
「夫婦が同じぐらい稼いでいるので、子育ての負担も、ローンを組むリスクも、何事も2等分して考える方が多い印象です」(同)
8千万~1億円の物件に落ち着く
都内での物件探しは、人気の沿線の駅近など、立地を重視し、築浅の物件を23区内で探すところからスタートする。だが、人気エリアは高すぎて買えないことが多く、現実的な資金計画を前に、少しずつ条件の優先順位を下げていく。
「23区内にこだわる人が多いですが、最終的に8千万〜1億円の物件に落ち着くケースが多い」(同)
ペアローンの最大のメリットは、借入額を増やせることにある。夫1人の収入では5千万円しか借りられない場合でも、同じ収入の妻がペアローンでもう5千万円を借りることで、1億円の物件にも手が届くことになる。
住宅ローン減税も2人分
住宅ローン減税を2人分受けられるというメリットもある。物件の種類によって控除対象となる金額の上限は変わるが、1人あたり最大で455万円の還付を受けられる。
「晩婚化や晩産化の影響から、住宅の購入年齢も上がっていますが、40代から35年ローンを組むと定年退職してからも返済が続くことになる。希望の返済期間やローン額、金利で借りられない場合があります。ペアローンであれば借りられる額も高くなり、良い審査結果が出やすい」(同)
増える「こんなはずじゃなかった」
一方で、気になるのがリスクだ。借入額が多いということは、多額のローンを背負うということでもある。
「実際、こんなはずじゃなかった、という相談も増えています」(同)
有田さんによれば、ペアローンには3つのリスクがある。
1つ目が、購入後の「収入の減少」だ。住宅を購入後に子どもが生まれ、子育てのために夫婦どちらかが働くペースを落とせば、計画通りの返済は難しくなってしまう。
実際に子育てが始まると…
「出産後も共働きを続ける前提でペアローンを組む人が多い。ですが、実際に子育てが始まると、“働き方を変えたい”“子育ての時間を確保するために、一度仕事から離れたい”というケースも増えています。子育て後も仕事が続けられることを十分に確認したうえで、ペアローンを検討することが望ましいのですが……」(同)
子育てのみならず、病気で思うように働けなくなるなど、状況が変わった時に返済が難しくなることもある。
「正社員として働きたくても働けなくなる可能性もあれば、金利が上がったり、教育費が想定よりかさんだりと、予想外の事態が起こることも考えられます。ある程度は収入の減少も想定して、それでも返済できる額がいくらなのかをよく考えることが必要です」(同)
もし離婚したら「ペアローン」はどうなる?
2つ目のリスクが、購入後の「離婚」だ。離婚率は年々上がる傾向で、直近20年ほどの特殊離婚率は約35%だ。3組に1組が離婚すると考えれば、購入時には円満な関係でも、返済期間中に離婚する可能性は十分ある。
ペアローンはお互いが連帯保証人になるのが前提で、共有名義となる。そのため、物件を売却などしない限り、離婚後も連帯保証人は解消できない。また、売却する場合も賃貸に出す場合にも、双方の合意が必要になる。
「ペアローンで購入した物件に、離婚後も夫婦どちらかが住み続けるなら、単独ローンに切り替える必要があります。夫婦2人の収入を基準にローンを組んでいれば、単独で返済を続けるのは困難なケースが少なくありません。売却するにしても、価格が高いタイミングで売却できるとは限らず、ローン残高を返済できない可能性もあります」(同)
3つ目のリスクが、配偶者との「死別」だ。単独ローンの場合、契約者が死亡すると、保険で住宅ローンが完済される。だが、ペアローンの場合は一般的に、どちらかが死亡しても、もう片方のローンは残るため、返済を続けなければならない。
「相続が発生した場合、子どもがいないと、配偶者の親族と共有名義になる可能性もあります。今後はこうした『想定外の事態』に関するトラブルも増えてくるかもしれません」(同)
上限ギリギリで組んだ「ペアローン」の影響は
ペアローンを組む夫婦の増加が、今後、どのような事態を引き起こすのか――。
上限ギリギリで組んだペアローンが、「相対的な消費を冷え込ませている」と指摘する声もある。前回の記事のA子さんは、旅行や外食を控えるなど、以前より生活費を切り詰めることになった。
「ローンのために他の消費を諦める。あるいは子どもを持つことを諦めるといった影響も考えられます。つまり、ペアローンを組むことにより、人生の送り方が決まってしまう側面もある。よく考えることが必要です」(東京カンテイ・井出武さん)
資産価値が上がる前提での購入は「勧めない」
また、ペアローンを組む人々の多くが念頭に置いているのが、物件の資産性だ。首都圏の新築マンション契約者を対象にした調査(リクルート「2023年首都圏新築マンション契約者動向調査」)によれば、住宅の購入理由(3つまでの限定回答)は「子どもや家族のため、家を持ちたいと思ったから」が36%と最も高いが、次いで32%を占めるのは「資産を持ちたい、資産として有利だと思ったから」だ。
だが、有田さんはこうした傾向にも「リスクもよく考えて」と釘をさす。
「資産価値が上がる前提で、物件を買うことはお勧めしません。投資的な発想と、自分が住む家とは、分けて考えたほうがいい。住宅は投資ではなく、『そこで安心して幸せに暮らすために買うもの』で、購入にかかる費用はそのためのコストと割り切って考えるべきです」
低金利時代に不動産価格は上昇する傾向
前出の井出さんも、「安定を求めてマンションを買っても、この先、それがリスクになることも十分考えられる」と指摘する。これまで住宅ローン金利が低く維持されてきたが、今後は上がる可能性もある。
「ここ10年ほどの傾向だけを見れば、『マンションの資産価値は下がらない』と考えがちですが、そうとは限らない。過去を見ても、低金利時代に不動産価格が上昇し、金利を上げる際にこの動きが逆転する傾向にあります。遠くない将来、今の状況と全く逆の循環になってもおかしくない」(井出さん)
安易にペアローンに飛びつくのではなく、慎重に検討したほうがよさそうだ。
では今、平均的な所得の層は、どんな物件を買っているのか。年代別のローンの組み方のコツと併せて、次回の記事で解説する。