
天皇陛下と皇后雅子さま、首相を乗せる「政府専用機」 仏料理メニューに「急な」運航依頼も…元機長がインドで「驚いた」出来事とは?
「政府専用機」で英国へ向けて出発する天皇陛下と皇后雅子さま=2024年6月22日、東京・羽田空港
天皇、皇后両陛下は6月末、国賓として招かれた英国を「政府専用機」で訪れた。「空飛ぶ官邸」として首相の外遊に使われ、「VIP専用」のイメージがある航空機だが、通常の民間機とはどんな違いがあるのか。食事のメニューから“特殊事情”まで、政府専用機のパイロットらに聞いてみた。
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6月22日午後6時(現地時間)ごろ、天皇、皇后両陛下を乗せた政府専用機が、英国・ロンドン郊外のスタンステッド空港に到着。タラップからゆっくりと降りたおふたりは、出迎えたチャールズ国王の側近らと握手を交わした。
おふたりが乗っていた航空機は、ボーイング社の「B777-300ER」。全日空や日本航空の国際線などで使われている機体で、全長は約73メートル、約150人が搭乗可能だ。
しかし、全日空や日本航空のマークはなく、日の丸の国旗が掲げられている。この航空機が、防衛省が管理し、航空自衛隊の特別航空輸送隊が運用している「政府専用機」だ。
政府専用機は、内閣総理大臣や各省庁の大臣、天皇陛下や皇族らが、公務のために海外を訪問する際に使われる航空機だ。
両陛下も搭乗する政府専用機は、ボーイング社の「B777-300ER」。全長およそ74mの機体には150人が搭乗可能で、値段は1機約370億円(写真提供・防衛省航空自衛隊)
航空自衛隊によると、皇室では天皇、皇后両陛下や皇太子ご夫妻、皇嗣ご夫妻以外の皇族が使ったことはほとんどなく、1999年にモロッコのハッサン2世の葬儀のために高円宮憲仁さまが搭乗されたときだけだという。
30年ほど前までは民間機をチャーターしていたが、緊急時などの対応が難しいため、政府は1993年から2機の特別輸送機を政府専用機として導入した。
故障などのトラブルに備えて、2機が同時に飛ぶのが原則だ。最近では、2021年に菅義偉首相(当時)がG7サミットのために英国へ向かおうとした際、羽田空港で機内の照明に不具合が見つかり、予備機に乗り換えている。
両陛下も搭乗する政府専用機の内部。「秘書官区画」は総理大臣の秘書官らが控えるスペースで、シートはベッドにもなるという(写真提供・防衛省航空自衛隊)
食事のメニューは?
政府専用機は通常、北海道にある航空自衛隊の千歳基地(千歳市)に置かれている。
航空幕僚監部で、政府専用機などの運航を調整・支援する運用支援・情報部運用支援課に所属する永野雄三さん(48)は、政府専用機の機長経験もある。永野さんによると、パイロットはもちろん、機内サービスを担当する客室乗務員もすべて、北海道・千歳基地の特別航空輸送隊に所属している航空自衛官だ。
パイロットは、輸送機のパイロット経験者を基準に選ばれる。そして異動が決まると、民間航空会社で数カ月の研修を受けて、機長や副操縦士の資格を取得することになるという。
機内で天皇陛下に出される食事は、栃木県の御料牧場から運ばれたもの――そんな噂がささやかれたこともあったが、食事は民間機と同じケータリングサービスを利用している。
VIPの食事は民間機のファーストクラスと同程度のもので、日本料理やフランス料理などが一品ずつ、皿に盛り付けされて提供される。VIP以外の搭乗者の食事は、民間機のビジネスクラスと同程度のメニューだという。
機内には、総理や天皇や皇族が使う部屋や会議室、事務作業室があり、旧型機では同行記者の取材に答える記者会見のスペースなどもあった。機内の詳しい情報はセキュリティ確保のために一部をのぞき、非公開とされている。
政府専用機の内部にある「随行員区画」。ビジネスクラス使用で21席ある。天皇、皇后の海外訪問では、首相・外相経験者が首席随員を務めることが多いという(写真提供・防衛省航空自衛隊)
政府専用機の「依頼」は突然に
政府専用機は民間機と異なり、定期的な運航のスケジュールはない。内閣官房や宮内庁から防衛省が「依頼」を受け、運航の予定が定まっていくのが基本だ。
たとえば皇室メンバーの海外訪問は、数年前から調整が始まり、相手国から「招待状」が届く。ある程度の予定は見えているが、正式決定されて「依頼」が来るのは日程の直前になることも多い。
天皇、皇后両陛下の英国訪問は6月22日からだったが、政府の閣議決定を経て、正式に訪英が決まった6月4日以降に「依頼」が届くことになったという。
エリザベス英女王の国葬への参列を終え、政府専用機で英国を出発する天皇陛下と皇后雅子さま。王室の国葬や戴冠式の際には、世界各国から賓客の航空機が空港に集中する=2022年9月19日、ロンドン、スタンステッド空港
そして、海外の王族の葬儀など、「依頼」が突然やってくることもある。
2022年の英国・エリザベス女王の葬儀に天皇、皇后両陛下が参列された際、政府専用機の副操縦士として携わった機長の市橋正樹(42)さんは、
「先輩からは、どこの国の王族の容態が良くないといったニュースが流れたら急な弔問運航の依頼が来る可能性が高いので準備するように、と教えられました」
と話す。
両陛下も搭乗する政府専用機内部に設けられた報道関係者用の「一般区画」。民間機のプレミアムエコノミー仕様で85席あり、無線通信も利用可能(写真提供・防衛省航空自衛隊)
世界各国の航空機が集結した英女王の葬儀
定期的な運航はないが、要人を乗せているだけに到着時間の「厳守」が求められる。
英国に向かった両陛下を乗せた政府専用機が、ロンドン郊外のスタンステッド空港に到着した際、空港には英国の王室関係者が出迎えた。
市橋さんが話す。
「気象条件が悪かろうが、出発が遅れようが、安全かつ『定時』に到着しなければいけません。到着後のセレモニーの準備をして待っている相手国の関係者を待たせるわけにはいきませんし、早く着いても『もう着いたのか』と相手国をバタバタさせてしまいます」
両陛下が参列したエリザベス女王の葬儀には各国の要人500人が、秋篠宮ご夫妻が出席したチャールズ国王の戴冠式では2200人が、世界中から英国に集まった。
市橋さんは、当時の空港の様子をこう振り返る。
「世界各国から一斉に、王族や国賓の乗った航空機が集結するわけです。スタンステッド空港やヒースロー空港などには膨大な数の航空機が着陸してくるため、万が一の事態が決して起こらないよう身構えましたし、慎重な操縦が求められました」
訪問中だったインドから夜中、極秘裏に出発し、ウクライナのキーウ中央駅に到着した岸田文雄首相ら。政府専用機に乗り込んでいた航空自衛隊の職員も「総理は戻らない。そのまま帰ってくれ」と告げられ驚いたという(写真提供・内閣広報室)
さらに現在は、ロシアによるウクライナ侵攻のためにロシアの上空が飛行できなくなっている。欧州にはアラスカ方面へ迂回する必要があり、通常より2時間ほど余計に時間がかかっていることが、現場を悩ませているという。
「岸田総理は戻って来なかった」
公式行事などの日程はしっかり決まっていても、思いもしなかったことは起こる。
2023年3月21日、岸田首相がウクライナを電撃訪問し、首都キーウでゼレンスキー大統領との首脳会談が実現した。
この直前、岸田首相は19日から22日の日程でインドを訪問。政府専用機には、前出の永野さんも乗り込んでいた。
そして、インドで予定されていた岸田首相の日程が終わったが、岸田首相がなかなか戻って来ない。実はそのとき、極秘にチャーターした民間のビジネスジェット機でウクライナへ向かっていたのだった。
「我々も当然、電撃訪問は知らされておらず、『総理は戻らない。そのまま帰ってくれ』と言われて。私の任務のなかで、総理不在で運航をしたのは初めてでした」
そして「VIP専用」というイメージがある政府専用機には、在外日本人を救援する役割も担っている。
2013年1月にアルジェリアで起きた日本人の拘束事件では日本人7人と9人の遺体を、16年7月にバングラデシュ・ダッカであったテロ事件では7人の遺体とその家族などを運んでいる。
「たとえば今ならイスラエルですが、常に世界情勢を見て、海外にいる邦人を救うために待機をしています。そうした部分も知っていただけたらうれしいですね」
と市橋さんは話す。
フィリピンに向かう政府専用機内で地図を見ながら歓談する天皇、皇后両陛下(現・上皇ご夫妻)=2016年1月
皇室の運航では「お茶会」が
平成の天皇陛下(上皇さま)と美智子さま(上皇后さま)が政府専用機でフィリピンを訪問してから1カ月ほど経った2016年2月24日、機長や客室乗務員、運航計画を立てる職員ら約100人が、皇居での「お茶会」に招かれた。そして両陛下から、ねぎらいの言葉をかけられたという。
平成の時代に皇室に仕えた人物によると、裏方も含めた多くの人たちの力で「訪問」が成り立っていることに感謝を伝えたいとの両陛下のお気持ちだったという。
コロナ禍もあって、令和に入ってからは「お茶会」はないが、「宮内庁を通じて感謝の言葉が伝えられました」(市橋さん)。
政府専用機が飛ぶ機会は、コロナ禍では年数回まで減っていたが、昨年度は14回まで増えた。さらに今後、活躍の機会は広がっていきそうだ。
(AERA dot.編集部・永井貴子)