今川秀悟
SNSで顔にアザの写真を公開し取材殺到も…「単純性血管腫」の26歳女性が抱えた葛藤
フォトグラファーとして活躍する彩さん(提供)
さかのぼること5年前。当時21歳の女子大生だった彩さんは、顔の右半分にアザがある自身の顔をインスタグラムに投稿したことで、取り巻く環境が大きく変わった。「単純性血管腫」という病気を抱えながら、メディアで取り上げられると、瞬く間に新聞、テレビ、ネットニュースと取材依頼が殺到。様々な媒体で紹介されたが、数カ月もするとメディアの前から姿を消した。
26歳となった彩さんは現在、フォトグラファーとして活動している。今回、取材に応じてくれた理由を明かしてもらった。
「当時はインスタグラムのフォロワー数が1日で1000人から3000人以上に増えるなど、スマホが壊れるかと思うぐらい、通知音が鳴り続けていました。ひたすら誰かが『いいね』を押してくれたり、フォロワーになったという連絡が来たり。そんな経験、人生でないじゃないですか。今だから言えるんですが、気持ちがいっぱいいっぱいになっちゃって。自分はそんな素晴らしい人間じゃないし、メディアで取り上げられると、そのスタンスで居続けないといけないと考えると怖くなって。『単純性血管腫がなくなったら声を掛けてもらえないんじゃないか』と不安になりました」
単純性血管腫は血管が拡張したり増殖したりすることによってできるもので、アザのように血の色が皮膚に浮き出て見える。彩さんは生まれついた時から顔の右半分に症状が出ていた。1歳の頃から病院で1年に3度の治療を受けてきたが、中学1年の時に自らの意思で治療をやめた。「効果が出ていた実感がわかなかったし、治療の痕を聞かれて説明するのが面倒くさくなって。一番の問題は気まずさだと思うんです。アザのことを触れていいのか、話しかけるほうも気にする。それなら、このままの印象で周りに慣れてもらえればいいかなって」と振り返る。
大学生の時に自身のインスタグラムで顔を露出し、メディアに出演したのも「私が表に出れば、気まずさ問題が解決されるかもしれない」という思いの延長線だった。だが、周囲の受け取り方は違った。「どんなつらい思いをしてきたか」、「アザを理由にいじめられたことがあるか」など聞かれる。「一番驚いたのは、ある取材の方から『結婚まで密着できる?』って聞かれて。私は自分みたいな人間が気にならない世界を望んでいるのに、『単純性血管症の人も結婚できる』というストーリーを敷かれているような気がして。顔にアザがあっても結婚する人はするし、しない人はしないじゃないですか。なんで自由に生きられないんだろうと……」
幼少期の彩さん(提供)
顔にアザがあるから大変な思いをして生きている――取材する立場としてこういった思い込み、先入観がゼロだったとは言い切れない。自戒しなければいけないと考えると、こちらの気持ちを見透かすように続けた。
「取材する方が私を見て、病気で大変な思いをしたっていうストーリーを作る気持ちは分かるんです。いじめの話で言えば、もしかしたら陰で言われていたかもしれない。でも、私は自分の容姿がいじめの原因だと思いたくなかった。見た目が原因で不幸を背負って生きていくのは嫌だなって。強がっていると捉えられるかもしれないけど、実際に容姿でいじめに悩んだというのはないんです」
小学校の時から、学校行事でも遊びでも常にリーダーだった。担当教諭から児童会長を勧められた時も、違和感を覚えなかった。部活動は金管クラブでトランペットのパートリーダーに。中学、高校はバスケ部で打ち込んだ。思春期の多感な時期に、アザがあったことが全く気にならなかったわけではない。試合で他校に行くと視線を感じる時もあった。しかし、思い悩むのとは違う。「見た目の問題で言えば、私だって身だしなみをあまりにも整えない方やだらしのない方が苦手だし、顔や見た目の好みもある。顔にアザがある人を怖いと思う人がいるのも現実です。無自覚レベルで恐怖心を持ったり気持ち悪いと思ったりする人に、『差別しないで』とは思わない。誹謗中傷するのはよくないですけど、相手がどう受け止めるかはコントロールできないですから」と思いを語る。
外見で心ない言葉を直接ぶつけられたこともあった。高校生の時に派遣のバイトで面接を受けた際には、担当者から「その顔でもできる仕事を探そうね」という趣旨の言葉を掛けられた。驚きのあまり、言葉を失った。「当時はまだ高校生だし、うまく立ち回る方法も分からない。怒ることすらできなかった。でも、この会社で働いてもうまくいかないなと感じて……。『有名になって恨みを晴らしてやろう』とちょっと思いましたけど」と笑う。
ただ、日本の社会で生きづらさを感じていたわけではない。小さい頃から考えが同世代の子どもたちより大人びていた。「いろいろな人が世の中にはいる」と達観して物事を考えるようになっていた。価値観が揺さぶられたのは、フィリピン・セブ島の語学学校でのインターンシップ体験だった。
「大学に入って、世界を回った方たちの話を聞いて自分も行ってみたいなと思って。セブ島で感じたのは楽に生きていいということでした。外国に行ったらアジア系の人や移民がたくさんいる。良い意味でも悪い意味でも固定観念がないんですよね。『顔にアザがあるのに表に出るのがすごいね』と一度も言われませんでした。ある一点の印象で『何とかなのにこうだよね』と言われるのが窮屈で。『アザがある私』を背負いすぎるとつらくなんです。表現が難しいけど、アザ抜きの自分という人間の時もある。変わることを許すというか、流動的でいい世界があることを知って暮らしやすかったですね」
5年前に、様々なメディアで取り上げられ、「アザがあるのに強く生きる女性」のアイコンとして注目された。本意でなかった部分は正直ある。だが、マイナスだけではない。病気を理解してくれる人が増え、同じ症状に悩む人たちにも出会えた。「取り上げていただいたことには感謝しているんです」と語る。ただ、月日の流れとともに心境に変化が生じるようになった。
「あの時は『個性を武器にしよう』と言っていましたけど、使うタイミングと度合いは気を付けたほうがいいかなと。同じ症状で個性として使いたくない人もいるし、無個性で悩んでいる人もいる。目立つことは嫌じゃないけど、自分がアイコンになるのは必ずしもいいとは言えない。いろんな人が声を上げたほうがいいと思いますし、私が目立たない社会が一番いいんですよ」
多様な価値観に触れたいと旅を続け、離島で数カ月間暮らしたことも。景色を撮り続け、興味を覚えたのが写真の世界だった。大学卒業後に、写真撮影や編集ソフトの勉強に取り組み、プロフォログラファーのアシスタントとして学ぶ日々。自身がフォトモデルを務める仕事もある一方で、モデル、俳優から撮影依頼が舞い込むなど仕事の幅を広げている。
「写真を撮ってほしい理由は様々だと思うんです。病気や障害で悩んでいる方が、私に頼みやすいなどの理由でお役に立てるなら喜んで撮影します。また、見た目を意識してきた私だからこそできる表現を、モデルや俳優、アーティストなどと共創できる機会をいただけることもうれしいです。人が前進して喜んでいる顔を見るのが好きなんです」
彩さんはフォトグラファーの話題に及んだ時が、最も楽しそうに映る。主役を輝かせることが性分に合っているのかもしれない。「スターの看板を背負う器じゃないんですよ」と苦笑いを浮かべる。
彩さんがインスタグラムに投稿したメッセージに、以下の文章が綴られていた。
「25年経って、ようやく私の顔にある #birthmark は、『他の誰かに対して“見た目で判断しないで”という訴えをするため』ではなく『私自身に対する、"本質を見抜けるひとになりなさい、見た目だけで判断してはいけないのよ" という自戒のマーク』なのかもしれないと思うようになった。だから、隠したり、消したりする運命を辿ってこなかったし、むしろ表現に使っているのだと思う。私は私と向き合ってるだけなのね。気づかせてくれてありがとう」
ありのままの自分を受け入れられる姿は、周囲を包み込む柔らかさがある。新型コロナウイルスの感染が収束し、今後は世界各国で活動したいという。未来への可能性は、無限に広がっている。
(今川秀悟)
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2023/04/24 11:00