【Vol.25】地域や企業と協働しビジネスの理論と実践を往復
ホスピタリティを学ぶため
ニューヨークの大学院へ
畑山:ビジネスマネジメント(BM)学群は、日本のビジネスの中心地・新宿で、地域や企業・団体と連携した、さまざまな実践的教育を行っています。学生たちは志望する業界や就きたい仕事について深く理解し、ビジネスの実務も体験していますね。五十嵐先生は今春、学群長に就任しました。BM学群の方向性について今、感じることは。
五十嵐:他のどんな大学とも異なる学びの場であると感じています。いわゆる「経営系」の学部ともまた異なるんですよね。業種について学ぶ「ビジネスプログラム」と、スキルや機能について学ぶ「マネジメントプログラム」の両面から学ぶことにより、専門性と多様性を得ることができます。ビジネスの領域とマネジメントの領域のそれぞれに4つずつ、計8つの科目群があります。BM学群独自の教育・研究を、各分野でプロフェッショナルな道を歩んでこられた教員と共に実現しています。
畑山:五十嵐先生ご自身のルーツを教えてください。学生時代、早稲田大学では法学を専攻していたそうですね。
五十嵐:はい。将来司法の道に進むことを視野に入れ、法職課程教室にも通っていたんです。ところが、アジアやアメリカへ貧乏旅行に出かけるうち、観光業界に興味がわくようになりました。旅行会社で働くという選択もありましたが、顧客に対して直接サービスを提供したいという思いがあり、海外にもホテルを展開する企業に就職しました。
畑山:当時はまだ「ホスピタリティ」という概念が一般的でなかったのでは。
五十嵐:まったくそうです。私自身、法学部出身なので、ホスピタリティの「ホ」の字もかじっていなかった(笑)。ホスピタリティを体系立てて学ぶとなると国内では叶わず、欧米に行くしかありませんでした。そこでまずは、会社の中で現場の仕事に専念しました。周囲には、海外で仕事をした上司が多く、若手をいろいろと応援してくれる雰囲気があったんです。そこで「学びに行かせてください」と直談判し、会社を休職扱いにして、ホテルマネジメントを学びにニューヨークへ留学する機会をもらいました。就職後、ちょうど3年が経った頃でした。
畑山:英語は得意だったのですか。
五十嵐:いえいえ、当時は得意ではなかったです。宿泊予約を受ける場面では電話でのやり取りが多く、海外の方々からかかってくると本当に苦労しました……。それでニューヨークでは、大学院と並行して附属の英語スクールでも学びました。
畑山:そうした経験を積まれると、ご自身の仕事への取り組み方もまた変わってくるでしょうね。
五十嵐:そうかもしれません。自社のニューヨークオフィスでインターンシップなどの経験を経て、外国の人たちと一緒に働く好機に恵まれました。90年代は日本のバブルがはじけ、会社の仕組みにもいろいろと変化が生じることになりました。携わっていた大きなプロジェクトが一区切りついた時、「さてこの後どうしようかな」と思っていました。ちょうどその頃、日本国内でも観光学部を擁する大学が立ち上がり始め、たまたま教員募集をしていた北海道の私立大学で採用され、会社を退職してそこで働くことにしました。
都心のキャンパスで
ビジネスの理論と実践を身に付ける
畑山:それはまた大きな決断をされたのですね。「実業界」と「アカデミック」、「実践」と「学術」のそれぞれを経験し、五十嵐先生は今、どんなことを感じていますか。
五十嵐:今後の教育においても、それらの融合・往復をぜひ図っていきたいと思っています。新宿キャンパスは2019年に開設され、BM学群と大学院(経営学学位プログラム)の学生がこの地で学びを深めています。さまざまな「オンキャンパス実習」の場として活用されるうえ、新宿にキャンパスを構えたことで、都心にある各企業との連携講座が実現し、ビジネスの最新の視点に触れることができます。また、学術的視点を持って仕事を捉え直すべく、多くの社会人たちが新宿キャンパスに学びに来ています。
そこで体系立てて考えられたものを、実践で応用する。あるいは、教員たちが学生にやって見せて、成果が目に見える場が増えると良い――そんなふうに思っています。BM学群では「理論」と「実践」のうち、「実践」にあたる実務や就業体験を「実習・演習科目」で行います。それらは必修科目になっており、インターンシップや国内・海外ビジネス研修、ビジネス演習、フィールドトリップ、航空輸送産業実習があります。ビジネスの現場について「知る・わかる・できる」を経験し、教室で学ぶ理論も理解したバランスのとれた人材を育成します。
畑山:「理論」と「実践」のどちらもじっくり身に付けることができるのが、BM学群の最大の特徴なのですね。ところで、コロナ禍を経てホスピタリティに関わる業界は大変な苦労をしましたよね。そのあたりを先生はどうご覧になっていますか。
五十嵐:この業界で「飯を食わせてもらった」一員として、ホスピタリティに関わる業界で働く人たちを何とか救いたい、応援したい。それが自分の研究で実現できればと考えています。コロナ禍でたくさんの退職者が出たホテル業界に関して言うと、インバウンドが回復しつつありますが働き手が戻らず、人手不足に陥っています。単純に賃金を上げたら人が集まるかというと、そうでもない。
働き手となる皆さんのモチベーションはどこにあるのか、考え直す時期に来ているのかもしれません。もともとホスピタリティ産業界はコロナ禍以前から、「生産性が低い」「給料が安い」と言われてきました。今後、どんな対策を練っていく必要があるのか。たとえばAIなど先進技術の活用も考えられますが、ホスピタリティはやはり、人的な対応を避けて通れません。その中に、どんなイノベーションが起こせるのか研究し、見つめていきたいところです。
畑山:たとえば飲食業の方々は営業停止を命じられても、家賃や人件費がかかる。そうした人たちの「ホスピタリティのサステナビリティ」――ホスピタリティを維持発展させることが重要であると、今回のコロナ禍で痛感しました。この先、どんな状況になったとしても、それがうまく回っていかないといけない。先生の携わる研究分野は、大変大事なものだと思っています。「働き方改革」と関連した視点は、いかがでしょうか。
五十嵐:私の研究やアンケート調査において、サービス業の分野は「まだまだ改善が必要だな」という印象を抱かせる結果が出ることもあります。こういった業界は特に女性が多く働いています。女性の働き方改革のうえでも対策は急務ですし、一人ひとりの仕事へのモチベーションの上げ方にも関わってくると思います。つまり「顧客満足」と共に、「従業員満足」が大事。そこは今後、しっかり考えていくべきところだと思います。
「学而事人」に通じる
ホスピタリティの概念
畑山:BM学群自体について、五十嵐先生が今、考えておられる改善点、改革が必要なところは。
五十嵐:地域や企業・団体との繋がりをもっと持つことと、それから桜美林大学の卒業生との連携ですね。我々教員たちのモチベーションも保ちつつ、学群長としてはBM学群で教育・研究を進めておられる一人ひとりの教員のプロモーションをしっかり進めていきたいと考えています。ここには各業界のプロフェッショナルたちが集結していますから。
畑山:この学群の特徴は、実業界で活躍された方々と、アカデミックの道を歩んでこられた方々の双方がいらっしゃるところですね。最後に、五十嵐先生のゼミではどんなことを実践されているのですか。
五十嵐:「ホスピタリティマネジメント」は私の研究テーマでもあり、ゼミの共通テーマでもあります。私のゼミを目指してくる学生の多くは、ホテルやブライダル業界への就職を希望しています。ゼミではそれらの業界の企業に対して商品を企画したり、関東地方にある温泉地の温泉協会に観光振興策をプレゼンしたりと、学んだことを生かせるような実践的な取り組みを行っています。それから、ホスピタリティマネジメントの実証的研究、アンケート調査を実施しながら、業界の労働条件をどう改善できるか、学生と共に考えています。
畑山:桜美林学園のモットーである「学而事人(学んだことを人々や社会のために役立てる)」という教えと、考え方が合致しますね。
五十嵐:そうですね。そもそもの「ホスピタリティ」という概念と、大いに関連する考え方であると改めて感じているところです。
五十嵐元一
桜美林大学 ビジネスマネジメント学群 学群長
1991年、早稲田大学法学部卒業。1991~2002年、全日空エンタプライズ株式会社(株式会社エーエヌエー・ホテルマネジメント、株式会社エーエヌエーホテル東京に組織変更=当時)勤務。1994~96年、New York University School of Continuing Education 修了Master of Science in Hospitality Industry Studies. 2002~06年、札幌国際大学観光学部講師、2005~08年、同大学キャリア支援部次長。2006年、北海学園大学大学院経営学研究科経営学専攻博士課程修了博士(経営学)。2006~09年、札幌国際大学観光学部助教授・准教授。2008~10年、同大学観光学部観光学科学科長。2009~10年、同大学観光学部教授。2009~10年、同大学観光学部観光ビジネス学科学科長。2010~15年、桜美林大学ビジネスマネジメント学群助教授・准教授。2011~13年、杏林大学外国語学部非常勤講師。2016~17年、専修大学経営学部非常勤講師。2015年~、桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授。2018~21年、同大学ビジネスマネジメント学群長補佐。2021~24年、同大学ビジネスマネジメント学類長。2024年4月より現職
文:加賀直樹 写真:今村拓馬
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