1961年、当時まだ存在しなかったサブスクリプション・サービスの「有線音楽放送」を祖業とし、現在はコンテンツ配信事業や店舗サービス事業、通信・エネルギー事業などにも注力している株式会社U-NEXT HOLDINGS。2023年からはいち早く生成AIの業務利用に着手した。リスクの観点から業務利用においては意見がわかれている生成AI。なぜ導入に踏み切ったのか、どのように活用しているのか、生成AIの業務利用を推進する執行役員の住谷猛氏と、AI業務改革支援部のメンバーに話を聞いた。

「使うリスクよりも使わないリスクのほうが大きいと考えています」と語るのは、株式会社U-NEXT HOLDINGS(以下、U-NEXT.HD) 執行役員CISO(最高情報セキュリティ責任者)の住谷猛氏。

 使う・使わないを議論している会社も多い生成AIの業務利用。U-NEXT.HDでは、すでにグループ全社の50%を超える社員が活用している。

 着手からのスピードは早かった。2023年5月に代表取締役社長CEOの宇野康秀氏が、業務効率化と生産性向上を目的に生成AIの活用を推進することを宣言。翌月にはプロジェクトが始動し、9月にAI専門の部署「AI業務改革支援部」を創設。11月には社内環境にあわせて開発した生成AI「Buddy(バディ)」のテスト版が完成し、12月に正式リリース、と瞬く間に展開した。

「Buddy」は、指示や質問を入力すると会話形式で回答が生成される業務アシスタントAIだ。Microsoftのクラウドサービスで提供されている「Azure Open AI Service」のAIモデル「GPT-4」を利用して開発され、会議や商談の音声をテキスト化、要約・要素抽出、文書作成、アイデア出し、コード生成など、幅広い業務に活用できる。

「世の中の変化、技術の進化が速いのでそこに対応するスピードが大切。『Buddy』は社員に向けたサービスということもあり、スピード重視で開発し、使いながら意見をもらって改善していくプロセスを回しています。おそらく数年内には生成AIは企業になくてはならないものになるでしょう。今の取り組み方の差が、企業の競争優位性に大きな影響を与えると考えています」(住谷氏)

開発にあたってはとにかくスピードを重視した。「メンバーにも『スピード、スピード』しか言いませんでした」と住谷氏

完璧を求めると生成AIの利活用が進まなくなってしまう

 多くの企業が導入にあたって情報漏えいのリスクを懸念しているが、「Buddy」は社内情報の入力は社内接続に限定し、かつ入力情報は生成AIが学習しない仕様にしている。もう一つ、生成AIの導入にあたって不安視されている精度については、回答の裏付けや、不適切な表現が含まれていないかなどの確認を徹底し、回答をそのまま利用する場合は「生成AIにより作成しました」と明記するなどのルールを設けるとともに、全社員に対して定期的なセミナーを実施している。

 住谷氏は、「生成AIに完璧は求めない」と断言する。

「社員が使えば使うほど生成AIによるアウトプットの精度も上がります。それに、仮に8割が効率化されているのであれば、残り2割がハルシネーション(誤情報)であったとしても、そこは人間が判断すればいいこと。完璧を求めると生成AIの利活用が進まなくなってしまいます」(住谷氏)

 AI業務改革支援部では、全国にある主要拠点に赴き、ワークショップ「Buddyゼミ」を開催。また、社内SNSで活用の情報を発信したり、グループ会社ごとに利用方法や疑問点などを継続的にヒアリングしたりと「Buddy」の利用率向上に尽力している。

 さらに、オウンドメディア「AIとハタラクラボ」を立ち上げ、生成AIとともに働くことのリアルな声を発信して社外にPR。「U-NEXT.HDは生成AIの活用が進んでいる」という評価を社外で定着させることで、社員の行動変容を加速させることがねらいだ。「AIとハタラクラボ」の記事制作にももちろん「Buddy」が活用されており、記事の最後に「執筆、編集作業と所要時間」として、すべて人間の手で作業した場合の想定時間と、生成AIを使ったことによって何%の時間を削減できたかを明記している点がユニークだ。

主要拠点でワークショップ「Buddyゼミ」を開催し、その参加者がエバンジェリストとなりさらに利用する社員が増えていったという

年間約50万時間もの業務時間削減を見込む

 では、実際に業務にどのように生かされているのだろうか。AI業務改革支援部のメンバーは次のように語る。

「主に企画のアイデア出しや概要作りに『Buddy』を使っています。『Buddy』から返ってきた回答はそのまま利用するのではなく、改めて精査する必要はありますが、作業に着手するまでのスピードが大幅に上がり、作業時間も圧倒的に短縮されました。意外性のあるアイデアが出てくることが多いので、企画の幅も広がりました」(AI事業開発チーム チームリーダーの芝田龍正氏)

「『AIとハタラクラボ』というタイトルを考えるときも『Buddy』に手伝ってもらいました。『Buddy』のアイデアの精度としては8割くらいですが、自分1人では1週間はかかりそうな100以上ものアイデアを数時間で出せる」(「AIとハタラクラボ」編集長の大谷悠介氏)

 U-NEXT.HDでは、『Buddy』の活用によって社員1人あたりの業務時間を年間約100時間削減できると想定し、グループ全社員約5000人×約100時間=年間約50万時間もの業務時間削減を見込んでいる。開発を手がける長谷川直登氏は、「社員から機能についてさまざまな要望が来ています。まだ生成AIの発達が社員の要望に追いついていませんが、生成AIの期待値がかなり上がっていると感じています」と語る。

生成AIによって業務時間が削減されると新たな時間が生まれ、働く以外のことに使う時間も増える。「働くことの価値観が変わる可能性もある」と住谷氏は語る

働く人に求められるスキルセットが大きく変わる

 U-NEXT.HDでは「Buddy」の機能拡張と改善を続け、利用率100%をめざす。「Buddy」が進化するとともに、社員の使い方も熟練していけば、業務効率化と生産性は従前と比べようがないほど爆発的に上がるだろう。住谷氏は、それよりもさらに先にある、生成AIとともに働く未来を見据えている。

「生成AIによって仕事が楽になる一方で、『生成AIによって自分の仕事がなくなるのではないか』という意見もありますが、人間の仕事がなくなることはないと考えています。ただし、働く人に求められるスキルセットは大きく変わるでしょう。調査や文書化などこれまで『仕事ができる』とされてきた人に必要なスキルは生成AIが行えばいい。その代わり、イマジネーション(想像)とクリエーション(創造)が求められる。自分に与えられた課題を生成AIを使ってどのように解決するのか、プランを組み立てて必要なプロセスを実行していく能力、そして最終的な判断ができる能力が人間に求められるようになります。実は、生成AIが登場する前から仕事はそこが一番大切。その点がよりフォーカスされるようになるということだと思います」

 常に未来を見据え、エンターテインメントとテクノロジーで、未来をもっと新しくすることをめざすU-NEXT.HDは、生成AIによる業務改革の次のフェーズとして、今後は生成AIを活用した新たなビジネスモデルの創出やサービスの高度化にも力を入れていく。

※Microsoft、Azure は米国 Microsoft Corporation の米国及びその他の国における登録商標または商標です。

ニュースリリース:「U-NEXT HOLDINGSの社内生成AI『Buddy』、全社展開後約9か月で利用率が50%を突破!」