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家事の手抜きまで理詰めの材料科学研究者(42) 研究も子育ても「完全につながっている」
家事の手抜きまで理詰めの材料科学研究者(42) 研究も子育ても「完全につながっている」   材料科学者・桂ゆかりさん(42)  材料科学の世界では、より性能の良い、または、より扱いやすい、要するに少しでも優れた材料を求めて世界中の研究者が実験を重ねている。それを報告する論文からグラフを集めて実験データを抽出し、データベースを作る。この構想を打ち出し、仲間を引き入れ2015年からプロジェクトを動かしてきたのが茨城県つくば市にある物質・材料研究機構(NIMS)主任研究員の桂ゆかりさんだ。「他人の論文のデータを集めるなんて研究とはいえない」という声もあったなかで、「これは必要」と確信して進んできた。メーカー研究者の夫とともに小6と小5の子どもを育てる。「原理に立ち返って考えるのが大事というのは、研究も子育ても同じ」。家事と料理の手抜き法も理詰めで考えて実践中だ。(聞き手・構成/科学ジャーナリスト・高橋真理子) *  *  * ――「論文からグラフを集める」と聞くと簡単そうですが、論文は膨大にあり、実際に集めるのは大変そうです。  材料科学とデータ科学を融合させた「マテリアルズ・インフォマティクス」を日本でも広めようというプロジェクト「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ」がNIMSを拠点に始まったのが2015年で、私はその初期メンバーになったんです。それまでは超電導物質や熱電材料(熱を電気に、あるいは逆に電気を熱に変える材料)の研究をしてきました。当時は東京大学柏キャンパスにある新領域創成科学研究科の助教になったばかりで、そのままNIMSの客員研究員も兼任し、そのとき初めてデータ科学やデータベースを勉強して、考えついたのが「論文から実験データを集める」という、まだ誰もやっていないことです。 ――あらゆる論文の実験データが1カ所にまとまっていたら研究者は助かりますね。  はい、それができると新しいことが見えてくるはずだと思いました。まず共同研究に誘ったのが、日本熱電学会の仲間だった大阪大学博士課程2年(当時)の熊谷将也さん。彼は高専で情報科学を学んでから大学に進学したので、ウェブ開発ができた。彼にデータ収集用のウェブシステムを作ってもらい、さらに熱電学会の研究者や学生さんを巻き込んで、熱電材料のデータベースを作っていきました。  データ収集は基本的に手作業です。グラフを正しく理解してデータを抽出するのは人間のほうが確実なんです。論文を読解してデータの説明を記入するところまでやります。これが自発的に進むように、作業にやりがいを感じてくれる人を集め、データを入れやすいシステムを作り、きちんとお給料を出す仕組みを考えました。2017年にはシステムの改善版を開発したので、より作業しやすくなりました。 桂さんたちが作ったデータベースは「Starrydata」と名づけられ、公開されている。熱電材料以外の材料のデータ収集も進む  作ったデータベースは無償で公開しています。実験データは著作物(表現物)ではないので著作権的に問題はないんですが、大学や研究機関が出版社と結ぶ購読契約では論文の営利目的の利用が禁じられているので。有償化するべきとも言われたのですが、そもそも、データベースの本当の目的は、世界の材料研究が効率化して、もっと良い材料を世の中に送り出せるようになることです。それが私にとっての「ど真ん中」の目的。論理的に追求した本質的な目的です。  どんな場面でも全部自分で考え抜いて判断するようにしていれば、たとえ自分のことを否定する人が出てきても、全然、心はぶれないです。ちゃんと言い返せます。 「こんなのは研究とはいえない」 ――否定する人がいたんですね。 「こんなのは研究といえない」と私に言う人はいました。私から見れば、この研究の価値が理解できないんだな、と。だから、若い人たちには「こんなのは研究として認めてもらえないだろう、と思う研究テーマが新しい研究分野です」と伝えています。 ――それはいいアドバイスですね。実際、データベース開発が研究として認められて、NIMSの主任研究員(任期なし)になった。  そういうことになります。東大工学部応用化学科を卒業して大学院で博士号を取ってから11年あまりは任期付きのポストでした。最初にポスドク(博士号取得後研究員)として行ったのは理化学研究所(埼玉県和光市)です。そこで熱電材料の研究をするようになり、よく知られている12種類を選んで熱電特性の理論計算結果を比較して発表したら、それまでこういう比較をした人がいなかったみたいで、熱電学会であたたかく受け入れていただきました。  理研は3年で終わり、次に東大の実験系のポスドクを2年やり、理論系のポスドクになって1年たったときに女性専用の助教の枠が取れたというお話をいただいた。私がそれまでやってきた材料を幅広く研究していて、前から行きたいと思っていた研究室です。実験もやるし、理論もやるし、半々の感じも私がやってきたことと合っていた。 ――女性枠への抵抗みたいなものはなかったですか?  最初は少しありました。でも女性を増やすという目的で新しい助教ポストが追加されたことで、助教1人体制だった研究室が2人体制になったので、1人あたりの負担が減って良かったです。それに、自分が将来十分に成果を出せるか不安だった頃に、「いざとなれば女性枠も使えるだろうからなんとかなる」と思えたことで、研究職をやめることを全く検討せずに済みました。 ――ポスドクのときは不安が大きかったですか?  う~ん、振り返ってみれば、それほどでもないかなと思います。2年や3年といった短い任期はマイナスに思われがちなんですけど、私は気兼ねなくいろんな研究室を体験できる機会としてすごく楽しみました。理論系の研究室は難しくて怖そうだなと思っていたんですが、任期が切れるときに応募してみたら受かりました。入ってみると、意外とのんびりしていて、実験データであれば正しいと思っている。実験系にいた私からすれば「実験データでもそんなに信用できないときはあるよ」って言いたくなった(笑)。やっぱり、違う文化のところに入ってみるって大事ですね。全然違う視点が生まれるので。 休日の桂ゆかりさん。後ろにいるのが夫と子どもたち=2023年10月、埼玉県のショッピングモール ――結婚されたのはいつですか?  ポスドク1年目です。彼は応用化学科の同級生で、メーカーに就職しました。一緒に学生実験をよくやったんですけど、私が失敗しても楽しそうに笑っていたので、私はへこまずに済んだ。ケンカを買わないところがすごいんです。だから何でも一緒に楽しんでやっていけそうだなって思って。実際そうでした。楽しそうに家事と子育てをやっています。 うまくいくようやり方を変える ――どんなふうに?  平日は夫が子どもたちの朝食の準備をします。私がやり残した部屋の後片付けもして、土日は朝、昼、晩の食事を全部作り、少年団の手伝いをして、子どもたちを明るく楽しませながら宿題や学校の準備を見てくれています。  私は研究者として、マニュアル通りではなく、うまくいくように理詰めでやり方を変えちゃうことが結構多いんですよね。だから、子育てもマニュアル通りでなく、目的を達成するやり方を自分で考えています。子育てには理想がたくさんあって、全て完璧にできればいいんだけど、それは難しい。一番大事なのは子どもが自分や他人の命を守れるようにすることだと思うんです。本当に危ないときに危ないって理解してもらうには、そういうときだけ大人が怖く怒りだすのがわかりやすい。だから、小さいうちは些細なことではなるべく怒らないようにしていました。  また、注意するときにはできるだけ正しい理由を探すのが大事だと思いました。たとえば、散歩していて、子どもがよそのうちの植木の枝をプチっと折ったとしますよね。そのときに大人が言いがちなのは「木が痛い痛いでしょ、かわいそうでしょ」みたいなことですが、これだと後で矛盾するんですよ。植木屋さんが登場したときに(笑)。だから正しい理由は「このおうちの木だから折っちゃだめだよ」で、それを一瞬で思いつくようにしないと。 ――え~、それは難しそう。  はい、難しいです。でも研究者として申請書を書いたりプレゼンをしたりしていると、なんでこれはこうなのか、どうしたら相手に伝わるのかって常に考えている。一番正しそうな理由を探すスピードは身についたような気がします。 ――へえ、研究者であることが子育てに役立っていると。  はい、完全につながっているように感じています。子どもが4歳くらいになると「なんで、なんで」ってよく聞くと思うんですけど、そこで適当な理由を作ってごまかそうとしないで、なるべく科学的に嘘のないように教えるようにしたんです。そうしたら子どもたちは、私の教えた法則を組み合わせて、教えていないことでも「なんで」って聞く前に勝手に理由を推測してくれるようになってました。 料理もはじめはシンプルに  料理については、手作りが大事だという考え方もあるし、手料理も作っています。でも同時に、子どもたちが自分で料理を作れる自信を持つのも大事だと思い、簡単に作れておいしい料理を教えました。小1ではカレーライス。これは炊飯器のご飯に冷たいレトルトカレーをかけるだけです。小2では冷凍パスタ。これで電子レンジの使い方をマスターできました。小3では冷凍おかずセット。小4ではひき肉を塩だけで炒めただけの料理。はじめは最小限の材料でシンプルに作らせて、ほかのものを入れたらもっとおいしくなるかも、って想像させてみることで、「ジャガイモを細かく切っていれてみよう」「固めてハンバーグにしよう」など、自分で考えて工夫しながら楽しく料理してくれるようになりました。 ――なるほど。 物質・材料研究機構の玄関にある元素周期表の前に立つ桂ゆかりさん  洗濯もどんどん手抜きになって、子どものパジャマは保育園時代にやめてしまったんです。パジャマを着る習慣も大事だと思うのですが、毎朝、「早く着替えて」とケンカするのはきつくて。ケンカのない生活を優先して、シワにならないスポーツウェア中心の生活にして、夜寝たときの服のままで保育園に行ってもらうように。 ――へえー、とっても合理的!  職場に行くと、子育ての話をできる方がたくさんいて楽しいです。今は男性の研究者も楽しそうに子育てをしている人たちが多くて、女性じゃないと話が合わない、みたいなことはないですね。 ――そのあたりはここ10年ほどの間にガラリと変わりましたね。  はい、先人の方たちの努力のお陰だと思っています。 ――ご自身の子ども時代はどんなふうだったのですか?  宇宙が好きでした。といってもギリシャ神話には興味がなく、今思うと世界の全体構造が知りたかったんだと思います。小さいときは周りの大人から「おとなしい」とか「もっとお友達と遊んだほうが楽しいよ」とか言われたので、自分は人とうまく話せない人なんだと思っていました。  中学卒業後に父親の仕事の関係でオーストラリアのシドニーに行きました。オーストラリアの学校は2月が新学期で11月に終わるので、4月に現地の中3に編入して、高3まで3年10カ月過ごしました。親からは英語は3カ月たったら自然にしゃべれるようになるなんて言われていたけど、全然そんなことはなかった。結局、自分が覚えたものしかしゃべれるようにならないという当たり前のことに気づきました(笑)。  すぐに適応できたのが、数学でした。日本に比べたらとても簡単な問題だったので、最初のテストで学年1位を取ってしまいました。「今度の転校生はすごい」と噂になり、友達からも先生たちからも頼ってもらえた。英語ができなくて世話されてばかりだった自分にとって、人から頼られることはとても大事で、数学や物理、化学の授業をすごく楽しみました。  そのままオーストラリアの大学に行くこともできたんですが、やっぱり母国語でコミュニケーションしたかった。現地の人はとても優しかったんですが、それは私の英語力が足りないからじゃないか、このまま深いドロドロした人間関係を知らないまま育ってしまって大丈夫だろうかって思いました。 得意・不得意は環境次第 ――それで、帰国して東大の試験を受けたら合格した。  帰国子女枠で、何とかギリギリ通していただけた感じでした。理科I類だったのでクラスのほとんどは男子でしたが、気の合う理系の人にたくさん出会えて楽しかった。ただ、好きだった数学は、難しすぎて嫌いになった。逆にオーストラリアでは英語が苦手だったのに、日本に来たら英語が得意な人として扱われたので、英語が好きになって得意になりました。得意とか不得意とかは、環境次第なのだとつくづく思いました。 ――確かに。  理系に進むと決めたきっかけは、高2のときのシドニー工科大学での職業体験です。5日間で5つの研究室を体験して、研究職って何でもありで面白いと思った。東大に入ったら周りの学生の数学のレベルについていけず、学生実験も手順通りに要領よくできず、研究職は無理かもと思った。でも研究室に入ってみると、自分で計画して実験するのには向いていて、英語論文は早く読めるし、プレゼンを作るコツもわかったので、研究職でもいけるかもと思うようになった。 データベースを利用して新しい材料開発に結びつける研究の一端をパソコン画面に示す 桂ゆかりさん  研究室は男子校のようなところで、人間関係では苦労しました。高校のときに経験できなかった分、人付き合いの本などを読んで勉強もして、一生懸命気を使って楽しく盛り上げようと頑張ってました。最初はうまくいっていたのですが、途中からは思いもよらぬ誤解をされたり、自分の悪口が広まったりして……。 ――それは女性が少ないから?  いや、男女は関係なく、単純に人間関係が濃すぎただけだと思います。だから、すれ違いとか、いろいろ発生するんですよね。でもここで、期待通りのドロドロの人間関係を体験できたので、それは今もすごい糧になっています。 能力生かす研究テーマを考えた  科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)の革新材料開発という研究領域で私たち5人の共同研究が2019年に採択されました。実はその前年にメンバーの1人が申請書を書いたら通らなかったんです。それで、私が、メンバー一人ひとりの能力を多く生かせるような研究テーマを考えたら、「それでいこう、桂さんが研究代表者で」ってなった。そして私が申請書を書き直して出したら通りました。  人にどう思われるか気にしすぎていた頃の人間観察が、チームづくりのシミュレーションに利用できて、みんなが生き生きと研究できる仕組みを作れるようになった気がしています。 ――その共同研究はどういうものですか?  新しい無機材料を探す研究をデータ科学で効率化するものです。何千個もの試料を大量合成したり、新しい合成方法を使ったりして新規材料を見つけて、最終的に役に立つデバイスの開発を目指します。原子の並び方を想像しやすくするアプリを作ったり、私たちが作ってきたデータベースの機械学習を取り入れたりして、材料科学の世界の全体像を眺めながら研究できるようにしたいと思っています。 ――データベースを使った新しい材料科学が生まれてきているわけですね。  はい、データベースも今は熱電材料がメインですが、ほかの材料科学分野にも広げて、ゆくゆくは材料科学全体の実験データを集めてみんなが研究に活用できるようにしたいと考えています。 【お知らせ】11月11日(土)、オンラインセミナー「研究者に聞く仕事と人生-アエラドットの連載から学ぶ」が東京理科大理数教育センター主催で開催されます。 桂ゆかり(かつら・ゆかり)/1980年東京生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程修了、工学博士。2009~2012年理化学研究所基幹研究所基礎科学特別研究員、2012~2014年東大大学院理学系研究科特任研究員、2014~2015年東大大学院工学系研究科特任研究員、2015~2020年東大大学院新領域創成科学研究科助教、2020年11月~国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)主任研究員。
【下山進=2050年のメディア第10回】メディアが買収可能だからこそ可能になった『ハルメク』の再生劇
【下山進=2050年のメディア第10回】メディアが買収可能だからこそ可能になった『ハルメク』の再生劇 ハルメクでの全社集会で。山岡朝子(左)は、「ハルメク」各号ごとの獲得読者数、維持率を報告、全社に共有される。右は社長の宮澤孝夫。(撮影/写真映像部・上田泰世)    主婦と生活社からハルメクに移籍した山岡朝子は、編集者とは「創ると売るの両輪を回すこと」だと考えていた。主婦と生活社時代には、日本国内のビジネス・スクールに通いMBAを取得したりもしている。  その山岡は移籍したハルメクで前編集長の最後の号の雑誌づくりを注意深く見ることになった。  これは、面接のために過去のバックナンバーをみていて感じたことでもあったが、「病気」の企画が多いのが気になった。他にも介護や年金など、確かに高齢者の雑誌だが、60代、70代といえども今はみな若い。ヘアやファッション、料理や恋愛などにむしろ興味があるのではないか?  編集長が「高齢者は情報弱者ではない。うちは問題提起をして読者に考えさせる」と言っているのにも違和感を感じた。実際に企画会議でも、こういう運動があり社会的意義があるのでぜひとりあげたい、といった企画が次々に出されていた。  会社では以前から一般のシニア女性を毎回違う顔ぶれで呼んで、新聞広告の案についての感想を聞くという「座談会」というのが行われていた。  しかし、ここに編集部門からは誰も出席していないのだった。出席しているのは主催しているマーケティング部の人間だけ。  山岡は、編集部員に「行ってみない?」と誘ってみたが、「ああいうのは、行っても意味がない」と冷淡だった。そのかわり編集部では、有識者に雑誌を読ませて感想を聞く“有識者会議”なるものを開いているのだということだった。前編集長は、マーケティング部の介入をいやがっていた。  山岡は「座談会」の方に編集部門からは一人出てみて、これは企画の宝庫だと感じた。参加しているのは、ハルメクをまだ講読していない潜在読者の50歳以上の女性だ。  毎回違うメンバーがアウトソースしている会社から選ばれてくる。定期購読誌というのは書店売りをしていない。つまり実物を読者がみて買うというものではない。新聞広告がすべてだ。その新聞広告をA案、B案と見せていくのだが、当然その中でどういう企画なのかということを説明する。そうすると、さまざまな反応がある。そこをつかまえて企画のヒントにできる。 ハルメク、2023年10月号の目次。第三特集では「人生100年の恋愛事情」を。    また、ハルメクは物販の他にコミュニティ部門というのがあり、旅行なども企画販売している。そこで伊豆の河津桜を見る旅というのがあったので、参加をしてみた。特別列車に乗って河津桜を見ながらお弁当を食べる。  このときシニアの女性の間で話題になっていたのは羽生結弦の試合の結果だった。「どうなったのかな」。スマホを持っているのに、それをなんで調べないのか不思議だったが、ちょっと話をしてみて理解した。そもそもスマホの使い方がよくわかっていないのだった。 「スマホの使い方」はハルメクの定番のヒット企画となって定着する。  こうして「シニア女性の悩みを聞いてそれを解決する」というコンセプトのもとに誌面の企画をやっているうちに、年間5万部を上回るペースで部数も上昇していった。それにつれて編集部の空気も山岡を信頼するものに変わっていく。  山岡は新聞社で行われているような有識者会議なるものをすぐにやめた。「座談会」には編集部員が競ってでるようになる。  社長の宮澤は山岡にこんなことを聞くようになっていた。 「君は生涯一編集者になるつもりなのか。それともこのあと経営のほうに興味があるのか?」  そして2020年のある日、山岡は7階にある社長室に呼ばれ仰天するような提案を宮澤から受けるのだ。  J-STARは、2012年に会社をノーリツ鋼機に売っていた。ノーリツ鋼機はもともとはフィルム写真の周辺機器をつくっていた会社だが、フィルム市場の縮小とともに新規事業を探して「ハルメク」の前身の会社を買ったのだが、事業の重点を移すため、「ハルメク」を売りたいのだという。 「次にどんなオーナーがくるかわからない。私たちで会社を買おうと思う。マネージメント・バイアウトだ」  宮澤によれば、2009年にこの会社に移ってきてから二人三脚でやってきた元SMBC日興証券の土屋淳一と数人のエンジェル投資家で、会社を買うというのだ。その後、上場して資金を回収し、投資を拡大することをもくろんでいるという。  そこで相談なのだという。 「今、投資家がハルメクという会社に投資をするということは、山岡がいればこそだ。山岡がいずれいなくなる可能性があるとなっては、投資を呼び込めない。山岡も株を何パーセントか買って株主になってくれないか」  一株100円。山岡は自分の出せる資金2400万円を投じて24万株を買うことを決意する。株全体の3パーセントにあたる。宮澤は、約244万株を銀行借入などで取得し、筆頭株主になった。その10カ月後の2021年6月に山岡は取締役に昇進する。  ハルメクホールディングスは、2023年3月に東京証券取引所グロース市場に上場した。公募価格は1720円。初値は1900円を超えた。  上場をしたのは、規模が拡大しているためにシステム投資に資金を必要としていることもあった。また、新聞社は、紙の定期購読で部数が上向いているということで、せっせと山岡を研修会に招いているのだが、会社としては、あと10年もすれば市場はまた大きく変わると考えている。現在の50歳は社会に出たときにウィンドウズ95が発売になっている。シニア女性ということで、現在は紙で読者をとっているが、いずれウエブにうつっていくだろう。そのために、デジタル有料版である「ハルメク365」を始めている。これに対する投資も必要だ。  山岡は、新聞社に呼ばれて話をすることはありがたいことだと考えている。しかし時々、本当にこの人たちは変わろうという気があるのか、と疑問に思うこともあるそうだ。  ハルメクの再生劇は、実はメディアの買収が可能だということから始まっている。オーナーが創業したシニア女性向けの通販と雑誌の会社を、ファンドが買収したところから、大きく変わることができ、最終的には、自分たちの会社として独立することができた。  日本の新聞社の場合、日刊新聞法という法律があって、株式の譲渡を定款によって制限できることから、買収がきわめて難しい。  言論の自由を守るためと導入された規制だが、しかし、それが、ずっと同じタイプの人たちがメディアを経営するということになり、変化を阻んでいる。  そういったところから根本的に考えることでしか、「ハルメク」の事例は、いくら話を聞いても参考にはならない。    下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。 ※AERA 2023年10月23日号
2350億円の無駄では済まない「大阪万博」 中止こそが日本を救うと断言できる3つの理由 古賀茂明
2350億円の無駄では済まない「大阪万博」 中止こそが日本を救うと断言できる3つの理由 古賀茂明 古賀茂明氏    大阪・関西万博中止が日本のためだというと、巨額の財政負担の話だと思うかもしれない。  確かに、万博の会場建設費用は、当初の1250億円が1850億円に引き上げられ、さらにこれが2350億円に増額される見込みだ。当初の1.8倍というのだから、いい加減にしろという声が上がるのも無理はない。  この他にも、カジノ開業も含めて、土地の整備費で当初予定になかった土壌汚染対策などの790億円を大阪市が負担することになったことが、「嘘つき」という批判を浴びた。  交通インフラ整備でも、万博へのアクセス道路となる高速道路の工事費は、当初の1162億円が2.5倍に膨らむ。大阪メトロの延伸工事でも250億円が346億円に増額されるなど、公的負担は拡大の一途だ。  つい最近も、警備費が増額されると発表されたが、なぜか国が200億円支出するということになった。  ここまでは、万博に直接関わる経費の問題だが、こんな大金を使って万博を開催して何の役に立つのかという声は大阪だけでなく、むしろ全国に広がっている。  そもそも、今どき万博なんて発想が古い。万博はオワコン。昭和のオヤジのノスタルジア。子育て支援などもっと有意義な使い道があるだろう。日本の財政は火の車なのに。などという批判が人々の心をとらえている。私もそのとおりだと思う。 【こちらも話題】 岸田首相が5分間のあいさつで維新・吉村知事に知らしめた“上下”関係 万博遅れで緊急会合 https://dot.asahi.com/articles/-/200351  今回は、そうした批判に加えて、さらに別の視点からみても大阪・関西万博は直ちに中止すべきだということを指摘したい。  本題に入る前に、「需給ギャップ」が最近ニュースになっているのをご存じだろうか。  今、自民党では、20兆円規模の補正予算が必要だという声が高まっている。そんなお金はないので、また国債を発行して借金を膨らませるということだ。  不景気で国民の生活が困窮しているとき、その原因が、国全体の供給力に比べて需要の方が足りなくて、モノやサービスが売れないということなら、需要を増やさなければならない。そのために政府が意図的に公共事業などの支出を増やして需要を創出することで景気を浮揚するということが正当化される。  これを少し抽象化すると、需要から供給を差し引いた「需給ギャップ」がマイナスなら、国による財政出動が正当化されるという考え方になる。  日本の需給ギャップは、長いことマイナスが続き、不景気が続いてきたと言われる。そこで、政府が補正予算などを組んで需要不足を解消するということが正当化されてきた。その結果、財政赤字が拡大し、公的債務も1200兆円にまで膨らんだのだ。   しかし、最近になって、この需給ギャップがほぼ解消したというデータが、内閣府からも日銀からも発表され、ニュースになった。   【こちらも話題】 日本はもはや稼げる国ではない 割り切って「人材加工立国」「出稼ぎ立国」を目指すべき 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/203318  前の説明から分かるとおり、需給ギャップがゼロなら、ここで需要を人為的に追加すると、需要超過になるということを意味する。  需要超過になれば、ただでさえ上がっている物価はさらに上がる。人手不足も加速する。その結果、例えば、公共事業予算1000億円を補正予算で1100億円に増やしても、物価が上がり、また人手不足が加速して、結局追加した100億円分は資材費と人件費の上昇分に消えて、建設できるものは元々予定していたものと変わらないということが起きる。増えるのは国の借金100億円だけだ。  そして、インフレが加速すれば、国民生活はさらに苦しくなる。つまり、補正予算はない方が良かったということになるわけだ。  では、需給ギャップがゼロの場合、補正予算は一切不要なのかというとそうでもない。  例えば、災害で壊れたインフラを造り直す予算は追加する必要がある。また物価高で苦しむ人がいれば、それが限度を超えているという人だけを対象に支援のための措置を実施することも必要だ。  しかし、需要全体を増やすのは望ましくないので、不要不急の公共事業は先送りし、それによって需給バランスを保ち、不要な物価上昇を避けることができる。借金の拡大も生じない。   【こちらも話題】 岸田首相が「投資で儲けろ」とけしかける「資産政策3連発」が招く“円安地獄”で庶民はもっと貧しくなる 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/202793  経済対策というと、やみくもにお金を使うことだけ考える人が多いが、現在のように需給バランスが取れている状況では、真に緊急を要する予算を増やす一方で、そうでないものを先送りするという歳出削減も併せて行う必要があるのだ。  前置きが長くなったが、ここから万博の話に戻ろう。  現在、需給ギャップが概ねゼロというのは経済全体の話だが、実は、建設土木分野では、以前から、明らかに需要超過の状態が続いている。資材価格も上がり、人手不足も深刻だ。このため、マンションも戸建て住宅も建設コストが上がり、家を買いたいという庶民にはとても手が出ない状況になっている。店舗や工場建設のコストも同様だ。  こんなときに、開幕に間に合わないのは確実と言われる万博のパビリオンの建設を何が何でも間に合わせようということになればどうなるか。当然、全国から業者や労働者を集めて突貫工事になる。そうすると、例えば、熊本で進んでいるTSMCの巨大工場建設や札幌で進むラピダスの工場建設などの工事との競争になり、ただでさえ高い工事費用は天井知らずに上がる可能性が極めて高い。住宅建設にも、また、民間のその他の工場や店舗などの建設にも影響は波及する。  住宅価格が上がれば売れ行きにブレーキがかかり、また、庶民は住宅をますます買えなくなる。設備投資を先延ばししたり規模を縮小したりする企業も増えるだろう。これはもちろん、日本経済全体にとってマイナスだ。   【こちらも話題】 国に忖度して森友事件を隠蔽する裁判所の愚 赤木雅子さんが私に送った「決意のメール」古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/202212  万博をやっても、終われば取り壊すだけ。大阪万博でも太陽の塔は残ったが、それ以外は一時的な夢をみる空間として機能しただけだ。  一方、住宅建設をすれば、住民の住生活向上に貢献し、工場建設が進めば、新しい産業や雇用が生み出される。  しかも、万博は巨額の財政赤字を残すのに対して、民間投資なら公的債務は増えず、産業活動が拡大すれば借金ではなく税収が増える。だから万博をやめれば日本のためになると言えるのだ。  万博に関してはもう一つ懸念がある。それは、労働基準法に定められた残業規制を緩和しろという圧力が高まっていることだ。人手不足の中で工期を短縮するために一人の労働者により長く働いてもらいたいということなのだが、そんなことをすれば、労働者の健康を守り、人間的な暮らしを保障するために最低限の規制をするという労働基準法の目的に真っ向から反することになる。  大阪・関西万博は、国家の一大事業だからというのだが、そのために労働者の健康や安全を犠牲にしろという主張が出てくること自体、この万博がいかに時代錯誤の産物かを物語っている。  大阪・関西万博のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」だが、そのために労働者が「いのちを削る」ことになるのだ。開いた口が塞がらない。   【こちらも話題】 ジャニー喜多川氏の行為は「レイプ犯罪」 テレビ局も損害賠償金を負担し責任者は辞職せよ 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/201671  主催する協会や自民党の要望に対して、さすがに維新や政府は今のところ慎重姿勢だ。しかし、現場の規制当局が取り締まりを行おうとしたときに、万博の開幕に間に合わなくても良いのかというような圧力がかかることは十分あり得る。こうしたことにも十分目を光らせていくことが必要だ。  最後に、もう一つ心配がある。  万博は夢を広げると言うが、実は、その逆になるのではないかという心配だ。現在のところ、世界の目を引くような万博の目玉はほとんどない。空飛ぶ車がデビューすると言っていたが、今や、世界中で空飛ぶ車が飛び始めている。  企業の新技術や新製品の紹介は、昔と違い、万博などなくても日夜世界中で行われる展示会やネット配信で拡散されている。大阪・関西万博よりも、中国の一都市で開かれている様々な展示会の方がはるかに夢があり先進的なものになるかもしれない。  万博に大した魅力がないとなれば、日本の「終わり」を宣伝することになりかねない。それでは、「祭典」どころか「葬儀」ではないか。 「維新の威信がかかっている」などという冗談を言っている場合ではない。  どう考えても、万博はやめるべきだ。もちろん、早ければ早いほど傷は浅くてすむ。  と言っても、2025年4月の開幕まであと1年半。ここまで来てやめるのは無理だと思う人も多いだろう。  しかし、つい最近、国の威信をかけた巨大プロジェクトの一部をやめたというニュースが世界の注目を集めたことをご存じだろうか。   【こちらも話題】 辺野古基地移設「最高裁」判決は沖縄差別 国が司法と組んで「黙らせる」狡猾手口 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/201089 イギリスのスナク首相    10月4日、イギリスのスナク首相はHS2(ハイスピード2)と呼ばれる次世代高速鉄道計画の縮小を発表した。当初は、最高時速360キロでロンドンからバーミンガムへ、さらに西側はマンチェスター、東側はリーズなどまでを結ぶ壮大な計画だった。  スナク首相は、建設コストの上昇などを理由にバーミンガム以北の路線全ての建設中止を決めた。削減予算は6兆5000億円。これを北部や中部などの新しい交通プロジェクトに充てるという。北部地域活性化の最大の目玉であり、国の威信をかけて進めていたHS2の建設を途中でやめるというのは、日本で言えば、東北北部、北陸、上越などの新幹線計画をやめたというのに等しいインパクトだ。  大阪・関西万博と比べると政治姿勢の違いが際立つ。特に、イギリスでは総選挙が近づいていて、これだけの大型プロジェクトを途中で半分程度にまで縮小するという決断は、相当勇気のいることだ。  日本では、貰えるものは何でも貰おうと国民が考えるのに対して、イギリスでは、無駄なものは造らずもっと意味のあるものに使って欲しいという賢い国民が多いのだろう。  そう考えると、大阪の住民、そして日本の国民の民度が問われているのかもしれない。  10月11日には、札幌市と日本オリンピック委員会が2030年の冬季五輪招致を断念するという発表を行った。34年以降の招致は諦めていないようだが、背景に市民の理解が得られないということがある。そういう意味では、日本にも少しは希望があるのかなと思える話だ。  大阪でも、これに続いて、万博、そしてカジノまで、「やめる」という勇気ある決断を住民が後押しすることを期待したい。   【こちらも話題】 「木原事件」の本丸は木原氏ではない 捜査中止にはより高いレベルで政治的な指示があったはず 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/199875
四十肩の激痛で苦しんだ筆者が、整形外科医に聞いたメカニズムと予防法
四十肩の激痛で苦しんだ筆者が、整形外科医に聞いたメカニズムと予防法 (写真はイメージ/GettyImages)  イテテテテテテテ!ある日、突然襲った肩の激痛。数時間経っても全く治まる気配はありません。病院に行って診てもらうと「四十肩」という診断が。寝ても覚めてもジンジンと痛みが続き、何かの拍子に肩をぶつけると新たな激痛が走る。集中力は低下し、仕事が手につかない……。経験者である筆者が、発症原因と予防法、そして手術で治す方法はあるのか、専門医に聞きました。(取材・文/一般社団法人日本文章表現協会代表理事 西田延弘) 子どもと久々のキャッチボール その時、思わぬ悲劇に襲われる  四十肩(五十肩とも)は、肩の腱板に炎症が起こる「腱板炎」や、上腕二頭筋の一部のスジに炎症が起こる「上腕二頭筋長頭腱炎」などの症状の俗称で、ざっくりまとめた病名としては「肩関節周囲炎」という名前がついています。その名前の通り、40代になると発症する人が増える症状です。  40代で発症したら四十肩、50代なら五十肩というわけではありません。40〜50代でかかる人が多いのでこの俗称がついていて、60代でかかっても四十肩(五十肩)と呼ばれます。  典型的な四十肩としては「癒着性肩関節包炎」が挙げられます。これは、関節包という肩関節を包む膜に炎症が起こり、最終的には癒着してぶ厚くなってしまう状態になる症状です。  医療法人藍整会なか整形外科理事長の樋口直彦先生によると、「関節包に炎症が起こって癒着してしまうと、肩が上がらなくなったり少し動かしただけで激痛が走ったりします。癒着がはがれない限り、極端に狭くなった肩の可動範囲が広がることはありません」とのこと。かなり厄介な状態です。  実は筆者も、四十肩を複数回繰り返した経験者。最初の発症は、まさに40歳になって間もなくの頃でした。子どもと久しぶりにキャッチボールをしていたところ、少し強めに力を入れてボールを投げた瞬間、激痛が走りました。 寝ても覚めても疼痛や鈍痛 肩はどこにもぶつけたくない! 「この場合は、癒着が生じて可動範囲が狭くなっていた肩関節が無理に動かされたことによって、痛みが生じたと考えられます。それまでは大きく肩を動かすことがなかったので、可動範囲が狭くなっていたことに気づかなかったのでしょうね」  症状には個人差がありますが、四十肩の症状としては疼痛(じくじくと繰り返す痛み)や鈍痛があり、寝ても覚めてもその痛みは続きます。何かの拍子に肩をぶつけると、激痛が走ります。90度以上腕を上げられなくなったりもします。つまり「前へならえ」ができなくなるのです。 「深刻な肩の痛みと可動範囲が狭くなることによって、痛む側の手では物を持ち上げるのが難しくなります。日常生活では、例えば洗濯物が干しづらくなったり、背中に手が回せないので背中のファスナーの開閉ができなくなったりという不便が生じます」  常時疼痛が続くわけですから、当然集中力も減退します。仕事に身が入らなくなり、その効率も低下します。一刻も早く治したいところですが、なかなか治らないのがこの症状の特徴。半年から1年、症状によってはそれ以上治癒に時間がかかる場合もあります。 どんな人が四十肩になりやすい? 運動習慣との関係は?  肩の関節包に炎症が起こって癒着してしまう原因は何なのでしょうか? 「炎症が起こって癒着する原因は、老化に伴って筋肉や腱の柔軟性が失われてスムーズに動かなくなるからだと言われていますが、実際のところははっきりしていません」  筆者は右利きなので、先に挙げたキャッチボールで発症した際には右肩に痛みが走ったのですが、その後しばらくして左肩も発症しました。なので、利き腕かどうかは関係がないようなのですが、過去に運動で肩を酷使した人がなりやすいとか、あまり運動をしていない人がなりやすいという情報もあります。実際のところはどうなのでしょうか。 「肩をあまり動かさない生活をしている人がなりやすいということは、言えるでしょう。現代の日本では、パソコンに向かって仕事をすることが多くなっていますが、この作業では肩はほとんど動かしません。余暇などでゲームを楽しむにしても、ほぼ同じ姿勢でコントローラーだけを指で動かしますよね。そんな生活が、肩を動かす機会を奪っているのです」  肩を動かすということは、腕を“大きく”動かすということです。会社で事務系の仕事をしている人は、日常的に腕を大きく動かすことはあまりないのではないでしょうか。通勤時に電車の吊り革につかまったりはしますが、このときも腕をバンザイするほどには上げないでしょう。入浴時も、昔は洗面器を使って頭からお湯をかぶっていたものですが、最近ではシャワーを使うので腕を高く上げる動作に至らない人も……。 オトナの男が泣くほど痛いリハビリ でも続けなければ治らない  不幸にも四十肩になってしまった場合の治療法について、あらためて聞きました。 「まず、レントゲンやMRI、エコーで患部の状況を確認します。しかし、残念ながら四十肩の場合は、はっきりとした異常を見つけられない場合も多いのです。そこで注射や薬の処方で痛みを緩和しながらリハビリを行い、根気よく治療していくことが必要になります。リハビリは最初は痛くて辛いものですが、徐々に痛みは引いていきます。途中で投げ出さずに、続けていくことが必要です」  四十肩のリハビリは、最初は涙が本当に出てくるぐらいに痛いものです。しかし、続けなければ根治は望めません。 「あまりに症状がひどい場合には、手術を行うこともあります。クリーニング手術と呼ばれるもので、癒着した組織をはがす手術です。手術を行った直後は肩が動かせなくなる状態になりますが、2~3週間程度で普通に動かせるようになり、その後のリハビリで通常よりも早く治癒していきます」 「手術なんて大げさな」と思われるかもしれませんが、痛みがずっと続く状態から早く逃れたくて手術を受ける人も多いようです。その場合も術後のリハビリは必須で、根気よく治療をしていく必要があります。  しかし、忙しい中で週に何度もリハビリを受けるのは難しいもの。リハビリの方法をネットなどで調べて、自分で行ってもよいものでしょうか。 ストレッチ、ラジオ体操…肩を動かす習慣を 「通院してリハビリを受けながらご自分でも自宅でリハビリを行うのは、ぜひとも行っていただきたいことです。しかしながら、通院をせずにご自分の判断だけでリハビリのような運動を行うのはおすすめできません。なぜなら、四十肩だと思っていたものが、実は腱板断裂だったというようなことがあるからです」  腱板断裂は、上腕の骨と肩甲骨とをつなぐ腱が切れてしまっている状態です。これに対して放置したり、誤った処置をしたりすると、悪化する可能性があります。 「必ず整形外科で診断を受けるようにしてください」  では、四十肩にならないための効果的な予防法はあるのでしょうか。 「原因がはっきりとしていない、そして炎症が起こっている患部がさまざまだというのが四十肩の特徴ですので、これさえやっていれば大丈夫だという予防法はありません。しかし、癒着性肩関節包炎の場合は、肩を動かさずにいると発症しやすいことは確かです。日常生活の中にストレッチを取り入れる、ラジオ体操を毎日行うなどで、肩を動かす習慣を作ることが大切でしょう」  一般人口の2~5%が罹患すると言われる四十肩。50代男性の4人に1人が罹患し、加齢とともにその割合は増えていくとも言われています。パソコンの普及や生活習慣の変化によって、今後ますます罹患する人が増えていく可能性があり、四十肩は「現代病」のひとつであるとも言えるかも知れません。  まずは、肩を動かす運動を日常生活へ取り入れて習慣化を。そして、もしも発症した場合は、整形外科を受診して根気よくリハビリで治療を。正しい予防と治療で、痛みのない笑顔の生活を実現しましょう。 (監修 樋口直彦 医療法人藍整会なか整形外科理事長)
残念な“定年後おじさん”がすぐに嫌われる理由 現役時代の肩書を手放せない人は要注意
残念な“定年後おじさん”がすぐに嫌われる理由 現役時代の肩書を手放せない人は要注意 写真はイメージです(GettyImages)    定年退職したあと、一緒に人生を楽しめる友達はいますかー? 定年後、特に男性は友達作りに難儀し、悠々自適どころか逆に寂しい生活を送ってしまう人が少なくない。現役世代でも、会社や仕事関係にしか人づきあいがない人は、孤独生活の予備軍かもしれない。なぜ、友達ができないのか。どうすればいいのかーー。定年後や老後の「孤独問題」に詳しい精神科医に実態と「処方箋(せん)」を聞いた。  ある企業で管理職を務めていた男性Aさんのケース。  定年を迎え、職場で送る会を開いてもらった際、元部下からこんな温かい言葉をもらった。 「会社の近くに来ることがあったら、ぜひ寄ってくださいね」  退職後はのんびり暮らしていたAさんだが、3カ月もするとそんな生活に飽きてきた。 「一緒に遊ぶやつもいないし、やりたいことも、行くところもないな」  そんな時に、思い出したのが元部下の言葉。Aさんは人とのつながりを求め、かつての職場へと向かった。 だが……。 元部下の本音は  受付で過去の肩書と名前を伝えたが、受付の担当者が替わっていて、自分が誰なのか把握してくれていなかった。かつて在籍した部署に連絡してもらうと、あの元部下がやってきて、よそよそしそうに5分ほど立ち話をしただけで去っていった。温かさはこれっぽっちも感じられなかった。  あとになって、この元部下が職場で発した言葉を、人づてに聞かされた。 「Aさん、本当に来ちゃったよ……」  もう、まったく気にかけてくれない。その現実を知ったAさんは、“海よりも深く”傷つき、孤独感にさいなまれたという。 「特に男性は、Aさんのように定年後に友達ができず、孤独に陥っている人がたくさんいます。退職が区切りにならず、元管理職だから、OBだからこれからも温かく迎え入れてくれるだろうと、過去との連続性を勝手に持たせてしまう傾向が強いのです」  そう指摘するのはこうした定年後や高齢者の「孤独問題」に詳しい精神科医の保坂隆さんだ。   【こちらも話題】 年金繰り下げ受給に不都合な「独身おじさん寿命短い」問題 未婚男性の半数は67歳までに亡くなる事実 https://dot.asahi.com/articles/-/14406  保坂さんによると、女性は「ママ友」という言葉がある通り、保育園、小学校など子どものステージが変わるごとに、母親同士のつながりが生まれやすい。  一方、仕事に邁進(まいしん)してきた男性は、どうしても仕事や職場のつながりが中心になってしまいがちだ。「パパ友」という言葉もあるが、定着している感はない。現役世代でも、職場や仕事関係にしか友達がいない人は、はっきり言って孤独生活の予備軍である。 「生物学的に見ても、動物のオスは一匹で生きる強さを求められますが、人間も同じなのではないでしょうか。一人で強く生きなければならない、と考えるのが、男性の特性かもしれません」(保坂さん)  保坂さんは「執着」と、その対義に当たる「手放す」という2つの言葉をキーワードに挙げる。 “ただのBさん”であることを自覚できない  40年もの長期間、仕事に打ち込んだ男性は、定年後も過去を手放せず執着しがちだ。  友達作りのチャンスが訪れても、かつての肩書を誇らしげに語ったり、仕事の武勇伝を一方的に話したり、相手はまったく興味がなく面白くもない話をしてしまうので、関係が深まらない。  とあるシルバー人材センターで働く60代男性の話。  この春、会社の役員だったという男性Bさんが入って来て一緒に作業をする機会があったのだが、過去の肩書を誇らしげに語った揚げ句、仲間たちに仕事の指示を始めたという。 「僕らはいつ、あなたの部下になったんですか?と思いましたね。自分が上、という態度が露骨で、すぐに嫌われましたよ」と男性は苦笑いするが、保坂さんによると、こんな残念な男性がごまんといるそうだ。 「〇〇社のBです、と肩書がアイデンティティーになってしまい、手放せない典型的な例です。定年退職後は、〇〇市に住んでいる『ただのBさん』でしかなく、ゼロからの出発なのに、それが自覚できないんです。こうした人はまず友達ができませんよね」(保坂さん)  一方で、友達がいて幸せ度の高い人とはどんな人なのか。   【こちらも話題】 「独身おじさん友達いない」問題が意外に深刻 「会社以外ではいつも一人ぼっち」の中年男性はどうすればいいのか https://dot.asahi.com/articles/-/15305  保坂さんによると、医学的見地からも「ソーシャル・サポート」がある、つまり人と人との支え合いができている中高年や高齢者は心理面を含む健康度が高い。一方で、ソーシャル・サポートがない人は病気になりがちだという。  ソーシャル・サポートは、会うと癒やされたりホッとする「情緒的サポート」▽風邪をひいた時に連絡をくれて買い物をしてきてくれるなどの「手段的サポート」▽こんな集まりがあるから行こうかと誘ってくれたり、役所のこの窓口にいけば良いアルバイト先を紹介してくれるよ、などと教えてくれる「情報的サポート」の3つに大別される。 「弧独力」を身に付ける  保坂さんは、「3つそれぞれに当てはまる友達がいる人は、より健康で充実した暮らしをしていると考えられます」として、こう続ける。 「私は『孤独力』という言葉を使っていますが、一人で生きる力は身に付けるべきだと思います。友達もちゃんといて、『一人で』と『みんなで』を自由に行き来できるようになることを意味しています。この『孤独力』があって友達もいるという状態が、定年後に非常に大切なことだと考えます」  では、友達がいない人はどうすればいいのか。そもそも、それを教えてくれる友達がいないのだ。  まずは過去を手放し、「ただの人」だという自覚をしっかり持つことが大事だ。現役時代の肩書や自慢話など、誰も求めてはいない。これは鉄則である。 「第二歩」として  そのうえで保坂さんは、まずは近所ですれ違う人や、行く先でよく会う人に、声を出してあいさつすることが友達づくりの第一歩だと指摘する。 「女性は近所に会話ができる人が何人もいるのに、男性はまったくいないケースが多いんです。私自身も、会釈はしても、声は出さないことがありました。思い切って声を出してあいさつすると、あいさつを返してくれたり、向こうからしてきてくれたりするようになるので関係作りのきっかけになります」  第二歩は、集団に入ってみることだ。集団といっても、れっきとした組織である必要はない。   【こちらも話題】 「独身おじさん友達いない問題」をもっと考える 素直に明るく「さみしい!」の謎 https://dot.asahi.com/articles/-/4220  保坂さんが通っているスポーツジムでも、スタジオのプログラムに参加している中高年の男性は参加者たちと交流ができて、ジムの外でも飲み会を開くなどしている。 まずは参加すること 「もくもくと走ったり筋トレをしたりしていても、つながりはできません。お酒やお食事での交流が好きな方は多いですから、まずは思い切って参加してみることで、違う世界が見えてくるかもしれません」(保坂さん)  最後に、男性として独立心を持ち、一人で生き抜く強さを一生懸命、身につけようとしてきたあなたへ。 「何でも俺一人で、ではなく、誰かに助けてもらってもいいんじゃないかなって、発想や価値観を変えてみることが大切です。『みんなで』につながる一歩ですよね」(保坂さん)  人間、一人では生きていけない。そんな弱さを素直に認める勇気が、大切なのだろう。 (AERA dot.編集部・國府田英之)   【こちらも話題】 性欲ムキ出し、痛い若作り…「職場の迷惑おじさん」たち https://dot.asahi.com/articles/-/27597
「なぜユダヤ人は不人気なのか」親日家イスラエル人が明かす胸の内 全世界から批判されても戦う理由
「なぜユダヤ人は不人気なのか」親日家イスラエル人が明かす胸の内 全世界から批判されても戦う理由   イスラエル軍による地上侵攻が近い――。米国は武装組織ハマスへの報復を支持。一方で、パレスチナに同情を寄せる日本人は少なくない。ガザ地区を封鎖して電気や水の供給を止めるのは国際法違反だと非難する声は欧州からも聞こえてくる。こうした冷ややかな「空気」を、イスラエル人はどのように受け止めているのか。日本に留学経験がある軍事史家で、国立ヘブライ大学教授のダニ・オルバク氏がAERAdot.に緊急寄稿。胸の内を明かした。 英文はこちら「Why Israel is unpopular」 *  *  *  2023年10月7日土曜日の朝は、イスラエルでは祝祭日となるはずだった。ユダヤ教の大型連休の終わりは、ユダヤ教の経典であるトーラー(律法)の巻物を持って踊ることで祝われる。若者たちの多くは、自然が豊かなイスラエル南部のガザの国境付近で野外パーティーを開いて休日を祝うことを好んでいる。  この朝、ハマスの1500人以上の武装勢力が国境を越えてイスラエルに侵攻し、数十の軍事基地や村落、キブツ(集団農村)を占拠したのだ。彼らは自然保護団体を襲撃し、いくつかの大きな町に侵入した。事実、大虐殺の最中だった。  100人以上の人質を取っただけでなく、ハマスのテロリストたちは、遭遇したすべてのユダヤ人とアラブ人も民間人と兵士を問わず、組織的に殺害した。これはテロではなく、大虐殺である。  現在、イスラエルとアメリカの公式情報源によって確認されているように、小さな赤ん坊の斬首、村人を生きたまま焼き殺した。夫の目の前で妻を殺害などおぞましい行為があった。ナチス時代のホロコーストを生き延びた高齢者は自宅のベッドで撃たれた。あるハマスの過激派は若いベドウィン(遊牧民族)の少女に40発の銃弾を撃ち込んだ。飼い主を守ろうとした忠実な家族の犬は、冷酷に撃たれた。レイプの報告や証言もある。ベエリやクファル・アザのようないくつかの村では、人々は溝に押し込まれ殺された。  イスラエルにとって、これは単なるテロ組織との闘いではなく、むしろISISに似たグループとの闘いなのだ。日本の読者は、フリージャーナリスト後藤健二氏が2015年、シリアでISISに拘束され殺害された事件を覚えているだろう。同じような悲劇が先週の土曜日にイスラエル南部で1200人に起こったのだ。 日本の冷淡な対応に驚き、失望 人びとの善意が利用されている  イスラエルに対する国際的な支援は世界中から寄せられている。バイデン大統領は明確な連帯を表明し、他の敵が第二戦線を開くのを阻止するために米海軍機動部隊を派遣した。英国、フランス、イタリア、ドイツ、インドもイスラエルに味方している。ロシアの侵略と命がけで戦っている自由主義国家ウクライナも、ゼレンスキー大統領や最前線で戦うウクライナの戦士たちが連帯と支援のメッセージを送り、イスラエルに毅然とした態度で臨んだ。  このような背景から、日本研究者であり、日本に留学し、日本とその国民に深い憧れを抱いている多くのイスラエル人は、日本政府の冷淡な対応に驚き、失望している。日本政府は、ハマスの大量虐殺行為に対する非難と、民間人を殺害したイスラエルの対応に対する同様の「懸念」との「バランス」をとっていた。この反応の背後にある中東における日本の利益(原油?)については、今のところ言及しない。日本の外務省が在外邦人や在外大使館の安全を案じていることは明らかであり、それは理解できる。そこには日本人の善意があるかもしれない。  しかし、私たち全員が考えなければならないより深い問題がある。人々の善意がテロリストや大量殺人者に利用されることがあるということだ。例えば、パレスチナ難民を助けたいという寛大で善意の日本人から寄付された土嚢袋は、ハマスによってイスラエルへの侵攻を隠すために使われた。土嚢袋の中には、「パレスチナ難民に自由に配るための日本人からの寄付」と書かれているものまであった。日本や世界中の人々の善意と寛大さが、ハマスの大義名分のために使われたのだ。 ハマスが人道的扱いを過度に要求する理由 背景に第二次世界大戦の苦い記憶  第二次世界大戦の恐怖の後、欧米やアジア、特に日本では、多くの人々が戦争そのものを悪として糾弾し、平和、和解、人権を強調する崇高な世界観を採用した。紛争中に罪のない市民を守ることは、利己的な国家利益や軍事的優位を求める些細な野心よりも最優先されるようになった。そのため、ハーグ条約とジュネーブ条約に基づく武力紛争法は、「国際人道法」(IHL)と改名された。以前は、武力紛争法は戦争の惨禍を制限するための相互取り決めであるとされていた。たとえ国同士が遺憾ながら戦うことがあっても、一方はライバルの国民や捕虜を保護すべきであり、逆もまた然りであった。しかし第二次世界大戦後、各国が戦争法に違反するのを防ぐため、国際裁判所はこれらの人道法の多くは慣習的かつ無条件的なものであると裁定した。たとえ敵国が同じことをしなくても、私たちはその国の民間人を保護すべきなのである。  戦争法違反が比較的軽微だった時代には、少なくとも部分的には機能していた。しかし、ここ数十年、殺人テロ組織はこのルールを自分たちに有利なように利用してきた。ハマスがイスラエル南部で行ったように、彼らは民間人を虐殺し、自分たちの都合のいいように戦争のルールを無視し、罪のない民間人の陰に隠れ、善意の人々の人道的感情を享受することで、報復から身を守ることができた。  イスラエルは、その歴史のほとんどの期間、存亡の危機に直面してきたため、国際人道法違反を繰り返し非難された(※編注:ヨルダン川西岸のイスラエルによる入植活動は国際法違反とされ、日本政府は即時かつ完全に凍結されるべきとの立場)。残念ながら、こうした非難が真実のケースもあった。イスラエル軍の歴史を通じて、遺憾な残虐行為があり、その多くは処罰された。しかし、ハマスのような組織との戦争で、ハマス側が「人道的」扱いを過度に要求することは、罪のない人々や難民への人道支援を装って、そのような集団が武装することを許す盾となった。  何年もの間、ハマスが人口密集地からイスラエルに向けてロケット弾を発射し、さまざまな残虐行為を働いた。しかし、国際的な圧力により、イスラエルはガザの住民に水、電気、燃料、食料を供給せざるを得ないし、そうしてきた。ハマス側はこれらの資源を自国民の支援や再軍備に使い、民間人の犠牲を恐れる「人道主義」を利用して、イスラエルのあらゆる対応を制限した。   イスラエル軍は人間性を保持する でもハマスに崇高な意図は通用しない  イスラエルが不人気なのは、そのような人々の善意を隠れ蓑にした武装組織に直面したとき、イスラエル自国の民間人の命を守るために敵に攻撃をしなければならない場面が多かったからだ。それでも、イスラエルは長年にわたり、海外でさらに不人気になることを恐れて、ガザに水、電気、燃料、食糧を提供し、人道危機を防ぐために軍事的対応を制限してきた。惜しむらくは、その代償は許容範囲だろうと考えていたことだ。この過ちの結果、少なくとも1,200人のイスラエル人が残酷に殺害され、もしハマスが国際社会から再び支援を受けることが許されるなら、さらに多くの人々が殺害されるだろう。  第二次世界大戦のトラウマから生まれた「人道主義」は、パレスチナの人々やガザ地区の住民にとっても不利益をもたらした。ハマスが自らを守り、回復し、再軍備するのを助け、ガザとこの地域を、一時的な停戦を挟んだ終わりのない戦闘の連鎖へと追いやったのだ。  日本、ヨーロッパ、アメリカ、そしてイスラエルでさえも、多くのアナリストは、戦争への憎悪に忠実に、パレスチナ問題は対話と和平協定によってのみ解決できると考えていた。長い目で見れば、これは確かに真実である。パレスチナの人々は、地球上の他のすべての国と同じように、尊厳と良い生活をするに値する。  しかし、最近の出来事は、ハマスがイスラエルのすべてのユダヤ人と多くのアラブ人を絶滅させることを目的とし、この大義を推進するためにはいかなる合意や譲歩も利用する集団には、そのような崇高な意図は通用しないことを示している。これらの目標は、『我が闘争』におけるヒトラーの意図と同じように、イスラエルとパレスチナ自治区の代わりにパレスチナにイスラム国家を最終的に創設し、イスラエルの抹殺または解散を求めている。ハマスの憲法ともいえる「ハマス条約」に明確に記されている。このような組織との外交が無益である理由を理解するには、これらの文書を読む必要がある。  いうまでもなく、イスラエルは武力衝突の国際ルールを順守すべきである。私たちイスラエル人の多くが激怒しているように、敵のやり方を採用し、罪のない民間人に危害を加えてはならない。イスラエル軍の倫理規定には、"兵士は戦時においても人間性を保持する "と書かれている。イスラエル国防軍は、決して意図的に民間人を標的にすべきではなく、わが戦線の背後に避難しようとするガザの人々や投降した敵戦闘員を保護する義務がある。   民間人が密集する環境での戦争は民間人に避けられない危険を伴う。イスラエル軍は人道的回廊を作り、ハマスに属さない難民のための安全地帯を設けるべきだ。しかし、過去の誤った「人道主義」によって、作戦を早々に中止させたり、ハマスの標的への爆撃を制限したり、敵に電気、水、燃料を供給させたりすることは許されない。ハマスが自らの行動の結果から逃れられるようなことがあってはならない。ハマスの回復と再武装を許すことは、イスラエル人にとって存亡の危機であり、パレスチナ人にとっても、長期的には悲惨な結果をもたらすかもしれない。 指導者の罪を裁くことはこの地域のすべての人に有益だ  多くのアラブ人やパレスチナ人も、ハマスの所業に恐怖を感じている。アラブ人とドルーズ(イスラム系宗教団体)はイスラエル軍、警察、病院、その他の重要なサービスに従事している。アラブの町は連帯を示すためにユダヤ人被害者に避難所を提供した。イスラエルのアラブ人の多くは、ハマスに殺害された親族を追悼している。戦争が終わった後は、ガザの平和な住民のために、近代的な住居やインフラを備えた町を再建する絶好の機会となる。ハマスの問題をISISの問題のように扱うこと、つまりこの組織を解体し、指導者を逮捕し、人道に対する罪で裁くことは、この地域のすべての人々にとって有益なことだ。  私の推測では、ガザでの戦争の悲惨な現実が世界中のテレビ画面に映し出される中、イスラエルは、この苦い現実の結果を無視することを選ぶ多くの人々の間で不人気であり続けるだろう。しかし、ホロコーストから70年後、イスラエル人とユダヤ人は、不人気という代償を払ってでも、自分たちの家族を守らなければならない。私の願いは、平和を愛する日本や世界中の人々が、時には悪をなだめるのではなく、悪と戦わなければならないということを徐々に理解していくことである。  有名なアメリカ映画『グリーンマイル』では、主人公が残忍な殺人犯に言及し、彼がどのように被害者を操ったかを説明している: "彼は彼らを殺すために、彼らの互いへの愛を利用した"。ISISやハマスのような集団が、私たちの平和と人道への愛を悪用するのを許してはならない。少なくともイスラエルには、もはやそんな余裕はない。 【英文はこちら】 「Why Israel is unpopular」 Professor Danny Orbach, Hebrew University of Jerusalem 〇Danny Orbach ダニ・オルバフ 1981年イスラエル生まれ。ヘブライ大学歴史・アジア研究学科教授。ハーバード大学で博士号(歴史学)取得。専門は軍事史、日本および中国近現代史。イスラエル軍情報部に勤務後、テルアビブ大学、東京大学、ハーバード大学で歴史学と東アジア地域学を学ぶ。歴史学者、評論家、政治ブロガーとして、独、日本、中国、イスラエルと中東の歴史に関する考察を精力的に発表している。邦訳『暴走する日本軍兵士―帝国を崩壊させた明治維新の「バグ」』(2019、朝日新聞出版)がある。
中高年登山者の低体温症対策は「あんパン」と引き返す勇気 身近な紅葉の山で遭難事故が起きる理由
中高年登山者の低体温症対策は「あんパン」と引き返す勇気 身近な紅葉の山で遭難事故が起きる理由 紅葉で染まった那須の朝日岳=2014年10月、那須町湯本、友田雄大撮影    全国各地で紅葉のシーズンが始まった。その矢先の10月7日、栃木県那須町の朝日岳(1896メートル)で、60~70代の男女4人が低体温症で死亡する山岳事故が起きた。悪天候や判断ミス、不十分な装備などが遭難の要因とみられるが、そもそも中高年は低体温症にかかりやすく、登山には慎重な姿勢が求められると専門家は指摘する。 *   *   * 「危険なところがなく、普段なら体力的にも技術的にも問題なく登れる山です」  事故があった朝日岳について、栃木県山岳・スポーツクライミング連盟の植木孝指導委員長は言う。  そんな山で10月6日昼過ぎ、「同行者が動けなくなった」と相次いで警察に救助要請があった。警察や消防が救助に向かったが、風速40メートルに迫る強風と氷点下の気温に阻まれ、登山者までたどりつくことができなかったという。    この日は、どのような気象状況だったのか。   10月6日午前6時の天気図。西高東低の冬型の気圧配置になっている=気象庁提供    6日朝は、日本の東にある低気圧が急速に発達し、さらに北海道西部にあった低気圧が南下。北海道から東北にかけての広い地域で、台風並みの暴風が吹き荒れた。さらに、この時期としては強い寒気が南下し、富士山を除く全国各地で初の冬日となった。  6日が西高東低の「冬型」の気圧配置となり、北日本や東日本を中心に強い風が吹くことは、前日のニュースでも取り上げられていた。  しかし、植木さんによると、遭難者のリュックサックは夏のハイキングを思わせる小さなものだったという。おそらく雨具はあっても防寒具は持っていなかったのではないかと、植木さんは推測する。 「でも、装備よりも問題なのは天候の判断ミスです。天気予報を見れば、冬型が強まって山では雪混じりの強い北西風が吹くことは容易にわかったはずです。登山を2日後に延期すれば、楽しい山登りになったはずなのに……」      さらに植木さんは生死を分けた「分岐点」として、ふもとの駐車場から登り、稜線に到達した地点にある「峰の茶屋」を挙げる。 「ここから朝日岳までは吹きさらしの岩場が続き、避難できるところはありません。なので、峰の茶屋が安全に帰れた最後の分岐点です。吹きさらしの中を歩き始めてすぐに『もうダメだ』と、引き返せばよかったのですけれど、その判断ができなかったのでしょう」   1人が倒れると全員が  なぜ、これほどの悪天候に関わらず、途中で引き返したり、そもそも登山を延期したりできなかったのだろうか。 山岳医療救助機構の大城和恵さん=本人提供    山岳医療救助機構の大城和恵医学博士は、一般論として、 「グループで登山に行くと、それぞれの予定を合わせたり、すでに交通機関や宿を手配していたりするので、日程変更をするのに躊躇してしまう。それにみんなで行くと『引き返そう』と言い出しづらいこともあると思います」  と話す。  低体温症が恐ろしいのは、本人が低体温症になって危機的状況に陥っていることに気づかないことだ。単独行で低体温症になっても本人が気つかず、救助を求めることなく意識が低下して亡くなってしまう。  大城さんの調査によると、2011~15年の間に起きた山岳遭難で、81人が低体温症で亡くなった。ところが、このうち、本人が救助を求めたのはたった1件しかない。ほかは同行者や、動けなくなった人を見つけた登山者による通報。もしくは、家族からの捜索願いだった。 「低体温症になると、脳の温度が下がって判断力が失われます。助かった人の話を聞くと、『何かをすることが面倒になって、どうでもよくなった』と言う」  実際、亡くなった人のザックの中身を調べると、防寒着や食べ物がそのまま残されていることがあるという。    しかし、集団登山であっても、低体温症による犠牲者を増やすリスクがある。 「今回、同行者から救助要請がありましたが、風雨を遮る『シェルター』のような装備なしで、動けなくなった人に寄り添っていると、その人も一緒に低体温症になってしまう」  動けなくなった同行者にどう対応すればいいか、判断は非常に難しいという。     山岳医療救助機構の大城和恵さん=本人提供   経験や技術への過信は禁物  低体温症の対策は、そうなることを未然に防ぐことが重要だという。  まずは何かを食べて、体温を保つことだ。カロリーを十分にとらないと、行動できなくなるだけでなく、体温も維持できなくなる。 「特に炭水化物をとると、効率的にエネルギーに変わります。私が好きなのはあんパンで、あんこにはブドウ糖が含まれているので吸収が非常に早い。パン生地はデンプン質なのでゆっくりと効いてくる。それをこまめに食べ続けることが重要です」  エネルギーは筋肉の伸縮によって消費され、体温が高まる。ところが、中高年になると、筋肉量が低下し、体温を上げる力が弱まっていく。先の調査では、低体温症で亡くなった登山者の多くが60代、70代だったという。 「歳をとると体温調節機能が低下し、低体温症のリスクが増すことを理解しておく必要があります。これまでの経験や技術を過信することは危険です」    体を雨や汗で濡らさないことも重要だ。濡れた衣服に接触していると、乾燥している状態より約20倍も体温を奪われやすい。  防水性と透湿性、防風性を兼ね備えた「ゴアテックス」のような素材を用いた雨具がよく見られるが、秋はそれほど寒くないので中が蒸れて濡れやすい。風を防ぐ効果もあるが、顔や袖まわりの隙間から風は吹き込んでくるので、悪天候では雨具だけでは耐えられない。  これからの季節はダウンジャケットやフリース、セーターなどの防寒具が必要になる。   必須は食料とシェルター  低体温症になる危険性が高い場所は、木々のない、吹きさらしの稜線だ。  大丈夫だと思って進んでも、天候が急変したり、落石などのトラブルで行動不能になったりして、稜線から抜け出せなく場合もある。長時間、吹きさらしの中にいると、訓練を積んだ山岳救助隊などでも低体温症の危険にさらされる。  そこで威力を発揮するのが、テントやシェルターだ。風速20メートルを超えるような風の中でテントのポールを立てるのは難しいが、避難することで体温を維持できる。  しかし、日帰り登山にテントを持っていく人はほとんどいないだろう。「ツェルト」と呼ばれる軽量の簡易テントもあるが、風にあおられて外気が入りやすい。     DKシェルター=山岳医療救助機構のYouTubeより  そこで山岳医療救助機構は、独自に開発した「DKシェルター」の普及を進めている。   DKシェルター=山岳医療救助機構のYouTubeより DKシェルター=山岳医療救助機構のYouTubeより   DKシェルター=山岳医療救助機構のYouTubeより    1、2人用で重さは189グラム。詰めれば3人まで入れる。より大型のサイズもある。大城さんによると、山岳救助隊でも使われており、風速30メートルくらいまでは耐えられる。実験では、中に人が入ると体温によって10分で室温が5度上がったという。    さらにお湯を魔法瓶水筒に入れて持っていき、プラスチックバッグに移して湯たんぽにして体幹(胸)を温めると、低体温症からの回復に大きな効果がある。 「夏山登山でも最低限必要なのは食料とシェルターで、これからの季節は湯たんぽができる準備をしておいたほうがいいと思います」   簡単に行けても「身近」な環境ではない  警察庁などによると、今年7~8月に全国で起きた山岳遭難は、昨年同時期よりも70件多い738件。遭難者数は昨年より23人多い809人で、いずれも統計が残る1968年以降で最多となった。  そして遭難者のうち、60代、70代がそれぞれ全体の2割超を占めたという。  夏場の山岳遭難はここ数年、増えている。警察庁は新型コロナ下で「密」を避けるレジャーとして登山が注目され、さらに行動制限が解除されたことで登山を楽しむ人が増えたとみているという。  しかし、登山の初心者や久しぶりに山に登る人にとって、標高が高い場所までロープウェイで簡単に行ける山は人気があるが、ふだんの生活と同じ感覚のまま、山の自然環境に飛び込んでしまう危険性があると、大城さんは指摘する。 「北海道の大雪山・旭岳もロープウェイで行ける山ですが、あそこも山頂駅から山頂までは吹きさらしの登山道で、低体温症になってしまう人が多い。簡単に行ける場所なので、身近に感じるかもしれませんが、その気象環境は身近なものではありません。危険性が潜んでいることを十分に認識してほしい」 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)  
夏井いつきが指南! 生誕156年、正岡子規の「よもだ」の魅力とは?
夏井いつきが指南! 生誕156年、正岡子規の「よもだ」の魅力とは? 正岡子規(近現代PL/アフロ)   「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」。10月14日は、この句の作者、正岡子規の誕生日。この男、なにが凄いのか? 同郷の俳人・夏井いつきさんが、俳優・奥田瑛二さんととことんその魅力について語り合った『よもだ俳人子規の艶』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、紹介する。 *  *  * 【『よもだ俳人子規の艶』の記事はこちら】 #1 “子規とエロス”に奥田瑛二もどハマり?  #2 瀬戸内寂聴からの無茶ぶり「一筋縄ではいかなかった」 #3 奥田瑛二がホームレス状態だった不遇時代を語る #4 子規が歩いた遊郭の取り壊しに「何ともったいない」 #5 夏井いつきが奥田瑛二の監督的視点に感嘆 #6 誕生日にあえて吉原へ「あの侘しさといったら…」 #7 「子規の姿勢は映画監督と重なる。意図された技に近い」 #8 子規の俳句は『ハリー・ポッター』の絵画と同じ? #8 奥田瑛二が我流で句作を三十年続ける“快感”とは? #10 奥田瑛二がほれ込んだ「正岡子規のダンディズム」 #11 生誕156年、正岡子規の「よもだ」の魅力とは? 「よもだ」という勲章  正岡子規が生まれたのは伊予の国(現・愛媛県松山市)。私が今、暮らしているのも伊予の松山。俳都松山とも名乗っている。  伊予の言葉に「よもだ」というのがある。 「あの人は『よもだ』じゃけん」とか「『よもだ』ぎり言いよる」とか、そんな使い方をする。「へそ曲がり」というか、「わざと滑稽な言動をする」というか、そんなニュアンスだ。  皆さんは、子規の有名な横顔の写真をご存じだろうか。  陰気臭い顔して、真横を向いて、特徴ある後頭部がぐりんと突き出している、あの白黒の写真だ。明治時代に写真を撮ることは贅沢の極みであったろうに、なぜ、横を向く? 誰もがそう思うに違いない。  松山市立子規記念博物館名誉館長であった天野祐吉さんが「ソッポを向く人」という題名で子規について書かれた文章がある。 【こちらもおすすめ!】 『よもだ俳人子規の艶』関連記事はこちら   正岡子規の自画像。こちらもソッポを向いている   (略)もっとも、そのころになると、ぼくも少しはアタマが働くようになってきて、この人がソッポを向いているのは、別に奇をてらっているんじゃない、この人の生き方の一つの表現なんだろうと思うようになった。 「ソッポを向く」ことは「よもだ」に通じるものではあるが、「よもだ」という言葉は一筋縄ではいかない複雑な意味を内包している。天野さんは、「よもだ」という言葉について、別の文献で以下のように分析しておられる。 標準語で言うのはとてもむずかしい。が、乱暴を承知で言ってしまうなら、「反骨の精神をおとぼけのオブラートでつつんだような気質」ということになるだろうか。  そうなのだ。まさにこれが「よもだ」の真髄というヤツだ。 「よもだ」は、単純に短所というわけではなく、人とは違った視点を持ったり、人が気づかないところに目がいったりする長所もある。なにクソ、迎合してたまるか。やると決めたことはやるのだ、という不屈の精神も含んでいる。  普通の社会生活においては面倒くさい性格だと思われるが、新しいことを切り開くには必要な資質ともいえる。そういう意味では、子規はかなりの「よもだ」であった。  修辞を捻くり回す旧守派を陳腐と断じ、西洋画からヒントを得た「写生」という技法を提唱する。俳句のみならず、短歌や文章の革新運動を進める。批判されても微動だにもせず、倍返しの熱量で議論を戦わせる。  とはいえ、そこには常にほのぼのとしたユーモアがあり、愛さずにはいられない人間味で、周りの人々を魅了する。  若くして罹患した死病(結核菌による脊椎カリエス)の床には、仲間や弟子がいた。伝染する病にもかかわらず、子規の病床は子規を慰めようと、金魚玉を携えてくる者、扇風機のようなものを持ってくる者など引きも切らずに誰かがいた。「よもだ」の子規を、誰もが愛していた。 【こちらもおすすめ!】 『よもだ俳人子規の艶』関連記事はこちら  今回、俳優であり映画監督でもある奥田瑛二さんに初めてお目にかかった。週刊誌選句欄の選者も務める彼は、俳人でもある。腰を据えて話してみると、この男、筋金入りの「よもだ」であることが分かった。  俳句を愛する者同士、子規について語り合おうという企画なのだから、子規の秀句名句を深掘りするものだと思っていたら、彼がいきなり取り出したのは、傾城や遊女を詠んだ句群。自ら、それらを「艶俳句」と名付け、それら一句一句から広がっていく映画的世界観について熱弁を振るい出した。  子規が先輩の一念にくっついて遊郭に行った記述があることや、遊女を詠んでいる句があることは知っていたが、こんなに沢山詠んでいることは今回初めて知った。それもこれも、奥田瑛二という堂々たる「よもだ」との出会いがあってこその発見だった。  そもそも、何かを表現する世界に身を置く者は、多かれ少なかれ「よもだ」でなければやっていけないのではないか。表現上のオリジナリティを追求するとなれば、人と同じ方向を向いていては見つけられない。究極のリアリティに徹するとなれば、呆れられるような集中力で一つのことに拘る必要もある。表現者にとって「よもだ」とは、一種の勲章であるのかもしれない。 夏井いつきさんと奥田瑛二さん 【『よもだ俳人子規の艶』の記事はこちら】 #1 “子規とエロス”に奥田瑛二もどハマり?  #2 瀬戸内寂聴からの無茶ぶり「一筋縄ではいかなかった」 #3 奥田瑛二がホームレス状態だった不遇時代を語る #4 子規が歩いた遊郭の取り壊しに「何ともったいない」 #5 夏井いつきが奥田瑛二の監督的視点に感嘆 #6 誕生日にあえて吉原へ「あの侘しさといったら…」 #7 「子規の姿勢は映画監督と重なる。意図された技に近い」 #8 子規の俳句は『ハリー・ポッター』の絵画と同じ? #8 奥田瑛二が我流で句作を三十年続ける“快感”とは? #10 奥田瑛二がほれ込んだ「正岡子規のダンディズム」 #11 生誕156年、正岡子規の「よもだ」の魅力とは?   ●夏井いつき(なつい・いつき) 1957年愛媛県生まれ。俳人。俳句集団「いつき組」組長。8年間の中学校国語教師を経て俳人へ転身。94年「第8回俳壇賞」、2000年「第5回中新田俳句大賞」受賞。創作活動に加え、「句会ライブ」や講演など、俳句の種まき運動の傍ら、MBS「プレバト!!」など各メディアで幅広く活躍。15年より初代俳都松山大使。主な著書に、『句集 伊月集 鶴』『夏井いつきのおウチde俳句』(共に朝日出版社)、『夏井いつきの世界一わかりやすい俳句の授業』(PHP研究所)、『子規365日』(朝日文庫)、『瓢簞から人生』(小学館)など。
「面白いか」「応援したいか」が仕事の原動力 経営学者・入山章栄
「面白いか」「応援したいか」が仕事の原動力 経営学者・入山章栄 学術とビジネス、日本と世界を軽やかに行き来し、自由な空気をまとう(撮影/植田真紗美)    経営学者・早稲田大学大学院、早稲田大学ビジネススクール教授・入山章栄。気鋭の経営学者として、ビジネスパーソンを始め多くの人が、入山章栄の思考を、アドバイスを聞きたいと列をなす。人の話をよく聞き、対話を大事にする。面白いと感じた人同士をつなげることも好きで、多動的に行動してきた。この「多動的」な行動が、経営学には難しいと言われる理論構築の基盤になった。知の探索と深化のために、東奔西走の日々だ。 *  *  * 「今、最もアポが取れない経営学者」。入山章栄(いりやまあきえ・50)を知る人なら、異論はないだろう。  本業は、早稲田大学ビジネススクールの教授。しかし、大学での講義やゼミ指導、自身の研究に費やす時間以外に、企業のアドバイザーや社外取締役としての活動、「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)などメディアの出演・発信の予定で、入山のスケジュールは数カ月先まで埋まり、西へ東へ奔走する。  例えば、6月のある半日に密着すると、午前10時から早稲田の研究室で、テレビ番組用のコメント収録を1時間ほど。事前にオンラインで取材をした地方の中小企業5社の経営戦略について解説する内容だ。終わるや否やタクシーに飛び乗って、東京・浜松町のロート製薬のオフィスへ。4年前から社外取締役を務める同社の取締役会に参加するのかと思いきや、「YouTube収録をする」と言う。 「大企業が抱える課題は“対話不足”。社内の仲間がどんな思いでどんな事業に携わっているのか、生の言葉を交換し合うコミュニケーションが、既存の技術や知識の結合を生み、イノベーションの種になる」。そんな入山の提案で始まった社内配信番組では、自ら聞き役となる。  また、あるときは文化放送のスタジオに深夜まで籠(こも)る。ナビゲーターを務めるラジオ番組「浜松町 Innovation Culture Cafe」では、各界で注目する実業家や文化人をゲストに呼んでトークを展開する。テーマや人選も、入山が自ら企画に参加している。もともとラジオ好きという理由もあるが、「対話を公開する」という営みそのものが、日本の社会の活性化につながると信じている。  ゼミも授業もディスカッション中心。入山の解説は録画して事前に共有。観た前提で、学生全員で議論をする。国内外のアントレプレナーを呼んで、活動の情熱や志をひたすら語ってもらう授業は名物企画となっている。 国際機関で働く妻と子どもたちが暮らすマニラと東京で2拠点生活。愛犬の散歩は入山の日課だ。「歩いたり、車で運転したりするルートをあらかじめ決められるのは苦手。自分で道を探したいタイプです」(撮影/植田真紗美)   どんなアイデアも肯定 相手を緊張させない  入山の周辺に必ずあるもの。それは賑(にぎ)やかな「対話」だ。  話し好きの入山だが、よく観察すると、入山自身が話す割合は決して多くない。  肯定的な相槌(あいづち)や大袈裟(おおげさ)なほどのリアクションで相手の話を促し、会話の輪の中で発言が少ない人にさりげなく意見を求める。「学者は話が長い」と言われるが入山はむしろ逆。主役を自分以外に渡し、「ファシリテーター」として立ち回る名人だ。また、自分が面白いと感じた人同士をつなげて、新しい化学反応が生まれるのを見守るのも大好きだ。  例えば、キリン、ファンケル、マルイなど異業種の大企業数社が入山を講師に呼ぶ合同研修、通称「入山塾」でも、主役は参加者。企業同士がお互いの統合報告書に対して「忖度(そんたく)のない指摘」をし合い喧喧諤諤(けんけんがくがく)盛り上がる様子を、入山はニコニコしながら眺めているらしい。  ロート製薬の取締役会では、同じく社外取締役の米良はるか(レディーフォー社長)の推薦で、深い議論が必要な議案では臨時に議長役を務め、同社会長の山田邦雄(67)や役員の話を引き出していく。目薬の開発から発展し、化粧品分野での新規事業も成功させた山田は独自の発想力を発揮するリーダーとして知られるが、入山は「唯一の弱点」を嗅ぎ取っていた。 「天才肌の経営者ならではの悩みとして、自分の“頭の中”を社員にそのまま伝えるだけでは不十分で、大胆な成長戦略を実践しにくいもどかしさがある。思いやビジョンを言語化して伝達することが必要だと感じた」  同時に山田以外の役員の思考も表に出し、擦り合わせていく。「数十年後、社会にとってこの会社がどんな存在であってほしいか?」、そんな問いを投げかけて、掻き回す。  一方の山田は、入山の印象について「とにかく明るくて、いい意味で学者らしくない」と語る。「変わったアイデアでも肯定してくれるので、つい余計に喋(しゃべ)ってしまう。入山さんをビックリさせるくらいの報告をしようと、我々も刺激を受けています」 ラジオやYouTube番組の企画や人選も自ら進んで携わり、スポンサーも取ってくる。仕事を選ぶ基準は「面白いか」と「応援したいか」。深く共感できる相手には、つい「なんでもやりますよ」と言ってしまう(撮影/植田真紗美)    国内の大手シンクタンクを経て米ピッツバーグ大学で経営学博士号を取得し、ニューヨーク州立大学でアシスタントプロフェッサーとして従事。国際的な学術誌に論文を多数発表してきた入山は、世界を舞台に学術的バックボーンを磨いてきた“本物”の研究者である。それでいて、相手に緊張感を抱かせない柔らかさを併せ持つ。  誰に対してもオープンで快活。ガンダム愛やチャーハン愛も語り出したら止まらない。相手が社長だろうと学生だろうと「さん付け」の呼び方で区別せず、「なるほどね」「めちゃめちゃいいっすね」を連呼する。相手の意見を受け入れて、リスペクトを言葉にして表現し、手を叩(たた)いて笑う。おおらかな受容力を放つから、日に日に「私たちも入山先生にこんなお願いができないだろうか」と並ぶ人の列が長くなるのだろう。  今でこそ社交的に飛び回る入山だが、意外にも子ども時代は内向的だったという。  東京都調布市に生まれ、「勘と運だけで受かった」東京学芸大学附属大泉小学校へ。低学年までは快活な少年だったが、些細(ささい)な出来事がきっかけで次第に孤立するようになり、将来の夢も長く持てなかった。2キロほどあった通学路をボーッと下を向いて歩く暗い少年。近所の大人たちにはそう覚えられていたという。集団が苦手で、大手塾は1日でやめて家族経営の個人塾に入った。 数カ月前、自分の行動指針について考えて浮かんだ三つの言葉は「自由・自律・自責」だった。1年間のサバティカル(在外研究期間)を終えて、11月からゼミを再開する(撮影/植田真紗美)   世界に通用する仕事を 経営学博士号目指し留学  中学に入ると野球部に入り、キャプテンを任されたことをきっかけに徐々に性格も外向きに。真面目に勉強すれば模試で全国1位をとるほど成績はよかったが、なんのために勉強するのかという目的は見いだせなかった。  高校では「マイナースポーツのほうが勝率が高くなる」と転向したハンドボールに打ち込み、見事に都大会上位に進んだが、3年夏のインターハイが終わると燃え尽き症候群に。授業をサボって麻雀(マージャン)に頻繁に通い、気づけば成績は学年最下位に落ち込んだ。あわや留年というところを切り抜け、1浪して慶應義塾大学経済学部へ。しかしながら、試験科目が少ないという消極的な理由で選んだ大学生活では低空飛行を続けていた。  転機となったのは、3年次の履修説明会で“憧れるべき存在”に出会ったことだった。その人、木村福成(65)は、ウィスコンシン大学で博士号を取得し、ニューヨーク州立大学で教鞭(きょうべん)をとった国際派の経済学者。国際経済学への誘いを英語混じりで語る木村の姿を、シンプルに「かっこいい」と21歳の入山は見つめていた。世界とつながり、世界に通用する仕事に打ち込みたいという目標が芽生えた瞬間だった。  大学院修士課程修了後は、三菱総合研究所へ。アジア市場研究部に所属し、自動車メーカーや政府機関向けの調査研究に5年携わった。元同僚で先輩にあたる河村憲子は、会社員時代の様子をこう語る。 「当時、入山君はロン毛だったんです。型にはまらない自由な雰囲気から『王様』と呼ばれていました。外見は軽くても根は真面目で、人の話にもちゃんと耳を傾け、注意や説明を受けると柔軟に行動を変える素直さがありました。いわゆる“愛されキャラ”でしたね」  海外出張は年に数回あったが、入山はもっと深く世界とつながりたかった。そのために手っ取り早い方法は「留学だ」と閃(ひらめ)いた。博士号留学を目指し、米ジョージタウン大学大学院の入学も許可されたが、経済学を深めるイメージを持てずに辞退。恩師だった故・佐々波楊子(慶應義塾大学名誉教授)に相談したところ、「これからはMBA(経営学修士)の時代よ」と助言を受けた。  その言葉を素直に受け、経営学について調べてみた結果、数学ではなく自然言語でデータ解析をする学問手法であることに「自分に合う」と直感した。「人と同じ選択はしたくない」というこだわりを持つ入山にとって、修士課程のMBAではなく、あえて博士号に挑戦することは魅力だった。まして、海外で経営学博士号を修めた学者は同世代にほとんどいない。入山が好きな「レア化」の優位性が見えた。その読みどおり、安定した職を捨て、リスクをとった30歳の決断は、後に「気鋭の経営学者」と称され引っ張りだことなる入山のキャリアを決定づけるものとなった。 (文中敬称略)(文・宮本恵理子) ※記事の続きはAERA 2023年10月16日号でご覧いただけます
インデックス「全世界株式」投資信託、結局どれが一番いいのか
インデックス「全世界株式」投資信託、結局どれが一番いいのか 全世界株式vs米国S&P500の資金流入(図の解説は本文末尾に)   2022年の米国株の下落も影響したのか、全世界株式の人気がS&P500を上回る月があった。その魅力はどこに。買うべき投資信託7本も紹介。アエラ増刊「AERA Money 2023秋冬号」より。  新NISAでつみたてるインデックス型投資信託(以下、投信)の筆頭候補は、世界中の株に分散投資ができる「全世界株式」だと本誌は考えている。  2023年までのつみたてNISAでは米国の「S&P500」がダントツ人気だ。  中でも、「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)」は2023年8月14日に純資産総額2兆5000億円を突破し、日本の公募投信(除くETF)でナンバーワンの規模を誇っている。  米国株100%の投信の次に人気なのが全世界株式。その代表格「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」は純資産総額が1兆4000億円を超えている(2023年8月末現在)。全世界株式は国内投信全体で見ると3位。  2022年にはS&P500に陰りが見られた。米国の物価高とそれに伴う金利上昇で、この年のS&P500はドルベースで年間19%も下落したのだ。  ただ、その下落は長く続かず。2023年1〜6月のS&P500は高金利をものともせず16%も上昇した。この半年の上昇率は2000年代で過去2番目に高い。 「さすが米国株!」という勢いを見せているが、ここ10年間、世界最強だった米国株の勢いにかすかな衰えが見えるのも確か。  そうした状況はつみたてNISAなどを経由した資金純流出入額(設定額から解約・償還額を引いた金額)にも反映されるものなのだろうか。  そこで、低コストかつ正直な運用に定評のある「eMAXIS Slim」シリーズを運用する三菱UFJアセットマネジメントのデジタル・マーケティング部の野尻広明さんに貴重なデータを公開してもらった。 【こちらも話題】 「SBI証券vs楽天証券」新NISAの開発中画面を公開! 見やすさ・使いやすさ比較 https://dot.asahi.com/articles/-/202572 ■オルカンは低解約率 「2023年6月時点で、『eMAXIS Slim』シリーズの『全世界株式(オール・カントリー)』の純流入額は611億円。  一方、『米国株式(S&P500)』は583億円。全世界株式が米国株式を上回りました。5月も、全世界株式のほうが米国株式より少し上という結果でした」 本記事が丸ごと読める「AERA Money 2023秋冬号」はこちら​​​   野尻広明(のじり・ひろあき)三菱UFJアセットマネジメント デジタル・マーケティング部グループマネジャー。2011年に慶應義塾大学大学院卒業後、三菱UFJ投信(当時)に入社。投資のようにコツコツと週末に散歩をするのが楽しみだそう(撮影/写真映像部・加藤夏子)    なお、7月は米国株市場の好調を受け、S&P500への純流入額が全世界株式を抜いている。  S&P500は米国株の調子がいいと買われ、下がると買われなくなる傾向が強いようだ。値段が下がった局面で買ったほうが効率的だと思うが……。  では、全世界株式の解約率は? 「投信全体やシリーズの他の投信と比べても、比較的小さいです。このことから、全世界株式は相対的につみたて投資の対象にしている方が多いことが予想されます」  そもそも全世界株式に連動する投信の長所は?  野尻さんが語る「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」(以下、オルカン)の魅力は3つだ。 (1)「オルカン」1本で世界中の株式に分散投資できる (2)低コストで運用できる(長期投資においてコストは大切) (3)純資産総額1兆円超の安定感「オルカン」なら①の分散投資が1本の投信を買うだけでできる 「『全世界株式』は世界経済の成長とともに多くの危機を乗り越えながら力強く推移してきました。 『オルカン』に投資すれば、投資対象国・地域を分散しつつ世界経済の成長を幅広く享受できます。 2023年7月末は米国株式の比率が59.7%ですが、過去をさかのぼると、時代とともに投資する国・地域の顔ぶれや投資比率は変わってきました。 新NISAでは非課税期間が無期限になることもあり、『その時代に応じて先進国と新興国に幅広く分散投資する』という全世界株式の運用方針が、長期投資のメリットとして意識されやすいのではないでしょうか」  難しいことは何一つ考えず、これ1本をつみたて投資して、ほったらかしで運用していれば、将来報われる可能性が高い。  この点が「オルカン」をはじめ、全世界株式に連動するインデックス型投信の大きな魅力だろう。  いつまでも非課税の運用が可能な新NISAでは、(2)の運用コストの低さもポイントになる。 「オルカン」の信託報酬は年率0.05775%(税込み/以下同)。コストの大切さを確かめるため三菱UFJアセットからもらった信託報酬計算シートを使って試算をしてみた。  仮に、信託報酬0.1%の低コスト投信と信託報酬2%の高コスト投信が、どちらも年率5%で値上がりしたとしよう。  両者に100万円を投資した場合、20年後の運用評価額は低コスト投信が286万円、高コスト投信は191万円。  リターン自体は同じにもかかわらず、信託報酬の差だけで最終的な利益に1.5倍近い差がついてしまうのだ。 信託報酬0.1%と2%で比較するのは極端すぎるが、0.5%ほど差がつくと利益面で気になるレベルに。 国別比率と上位10銘柄は三菱UFJアセットマネジメントの月次レポートより。銘柄名はカタカナ表記にして掲載。ケイマン諸島には台湾セミコンダクターなどが登記をしている。2023年7月末現在   「全世界株式かS&P500か」という論争は根強いが、現在の全世界株式投信における米国株の組み入れ比率は約60%。  米国株式、全世界株式と並んで人気なのは先進国株式だが、こちらの米国株比率は約70%。  要するに、現状は米国株を自分の運用の中にどのくらい組み入れるかというグラデーション(段階的変化)の差にすぎない。  全世界株式投信の中で一番人気の「オルカン」の国別比率は米国株が59.7%。続いて日本株5.5%、英国株が3.5%(上の円グラフ参照)。  繰り返しになるが、全世界株式の国の構成比率は「ずっとこのまま」ではない。もし今後、米国株が失速したら、他の勢いのある国や地域の比率が高まっていくだろう。  全世界株式が連動しているMSCI ACWIオール・カントリー・ワールド・インデックス)という指数は、そのような仕組みで作られているのだ。  本誌が持つ資料によると、バブル期の1989年10月31日に、ACWIの日本株の組み入れ比率は40.19%でナンバーワンだった。  この月の米国株比率は32.05%。日本株は米国株より8%以上も上回っていた。  このことからもわかるように、全世界株式に連動する投信を1本持っていれば、国を選ばなくていい。 「米国株の勢いがなくなったら……」などという、プロでも正解がわからない不安に悩む必要もない。  組み入れ比率上位の企業についても同じ。2023年7月末現在、「オルカン」の組み入れ2837銘柄のうち、最も多く入っているのは米国アップルで4.5%。  この先アップルの業績が悪化し、別の企業が強くなったら、その企業がトップになるように指数の比率自体を自動的に調整してくれる。  実例としては、フェイスブックの親会社であるメタ・プラットフォームズ。  現在、「オルカン」の組み入れ比率で10位以内だが、2022年はネット広告の不振などにより株価が急落した。その影響でメタは一時、トップ10から脱落していたのである。 本記事が丸ごと読める「AERA Money 2023秋冬号」はこちら​​​​ 新NISAのつみたて投資枠対象の全世界株式インデックス型投資信託は他にもあるが特に低コストのものを選んだ。信託報酬は年率、税込みで実質的な運用コストの合計、上限(「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」の信託報酬は2023年9月8日以降。1年リターン(2023年7月31日現在)は分配金等も考慮したトータルリターン。2023年8月23日現在で取得可能なデータを掲載   ■「オルカン」がいい  全世界株式投信の中で、新NISAで買うなら? 野尻さんに取材しているから言うわけではないが、純資産総額では約1兆4000億円超の「オルカン」がいい。  さすがにここでは正式名称をもう一度書こう。「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」である。  純資産総額が大きいほうがコスト面などでもスケールメリットが働きやすく、運用も安定しやすい。鉄板の1本である。  ただ絶対に「オルカン」でなければいけないわけではない。  主要ネット証券(SBI証券、楽天証券、マネックス証券、松井証券、auカブコム証券)ならどこでも新NISAに対応として取り扱っているが、金融機関によっては「オルカン」の取り扱い自体がないからだ。 「オルカン」以外で低コストの全世界株式の投信7本を表にまとめた。すべて新NISAのつみたて投資枠の対象投信(もちろん成長投資枠でも買える)だ。  信託報酬は、「たわらノーロード全世界株式」が0.1133%。そのほかの投信も十分に低い。 「楽天・全世界株式インデックス・ファンド」や「SBI・V・全世界株式インデックス・ファンド」のように、米国市場に上場する全世界株式に連動したETFをまるっと買うことで、全世界株式への連動を目指す投信もある。  なお、この2本以外は、まっすぐに約3000銘柄の株を買ってくれている。  2023年に入って「オルカン」のライバルになりそうな投信も登場した。 「Tracers MSCIオール・カントリー・インデックス(全世界株式)」は日興アセットマネジメントの運用で、信託報酬0.05775%+その他費用0.03%以内。 「はじめてのNISA・全世界株式インデックス(オール・カントリー)」は野村アセットマネジメントの運用で、同0.05775%(特記されたその他費用はなし)。  いずれも低いが、今は純資産総額が小さい。「オルカン」も信託報酬は0.05775%以内で、先ほど述べたスケールメリットの安心感もある。現状は「オルカン」が無難だろう。 ■老後も株式100%?  なお、全世界株式に連動する投信の中には、日本株を除いたものもある。新NISAのつみたて投資枠でも「eMAXIS Slim 全世界株式(除く日本)」など日本株を除いたものが選べる。  なぜわざわざ日本株を除いた全世界株投信があるのか。その理由は「特定口座などで別途、日本株をたくさん持っているので、もうこれ以上は日本株に投資しなくていい」というニーズなどがあるためだ。  新NISAの成長投資枠で日本株に投資したい人もいるだろう。  そういう人は、つみたて投資枠で「全世界株式(除く日本)」に連動するインデックス型投信をつみたてつつ、成長投資枠で日本株を買うなどすればいい。  ただ、本誌としては、「どの国がイケていそうか、考える必要もない」のが全世界株式のよさだと考える。よってわざわざ日本株を抜かなくてもいいというスタンスだ。  新NISAは、極論すると死ぬまで非課税運用が可能だ。だからこそ、老後のどの時点で、どのように新NISAの資産を取り崩して、生活費などに充てていくのかを考えておきたい。  投資の教科書には「老後は株式の比率を下げ、債券などのローリスクな資産を増やしましょう」などと書いてある。  全世界株式の投信は、長期運用に役立つとはいえ「株式100%」。ローリスクとはいえない。老後もずっと持っていていいのか? 「一般的には60代、70代になると定期的な収入が減ります。運用で過度なリスクを取ると生活の基盤を失うことになりかねません。  一方、人生100年時代ですから、老後も一定期間は投資を続けたほうがいい面もあります。重要なのは、預金も含めた資産全体を見て調整することです。 『オルカン』に投資しながら取り崩し(売却)をしていくのも、リスクを下げる手法の一つです。新NISAの資産がどのくらいまでならマイナスになっても受け入れられるか、ということも併せて考えましょう」 ***** 野尻広明(のじり・ひろあき)/三菱UFJアセットマネジメント デジタル・マーケティング部グループマネジャー。2011年に慶應義塾大学大学院卒業後、三菱UFJ投信(当時)に入社。投資のようにコツコツと週末に散歩をするのが楽しみだそう 【全世界株式vs米国S&P500の資金流入図の解説】「eMAXIS Slim」シリーズの2大人気投資信託「米国株式(S&P500)」と「全世界株式(オール・カントリー)」の月次資金純流出入額の推移(設定来から2023年6月末まで)。左軸は米国株式と全世界株式を合計した純流入額、右軸は米国株式と全世界株式の各月の純流入額合計に占める、米国株式の純流入額の割合。ここ数年、米国株式と全世界株式の純流入額の比率は8対2ほどだったが、全世界株式が追い上げ、2023年5月と6月は全世界株式が逆転。データ提供/三菱UFJアセットマネジメント 編集/綾小路麗香、伊藤忍 ※『AERA Money 2023秋冬号』から抜粋 【こちらも話題】 パックン×エミンユルマズ対談「会社を辞めてFIRE後、本当に引退してるのかな?」 https://dot.asahi.com/articles/-/202567
欧米で進む生成AIの利活用とその規制。生成AI全盛の時代を生き抜く知識やスキルセットとは?
欧米で進む生成AIの利活用とその規制。生成AI全盛の時代を生き抜く知識やスキルセットとは? Google Japanのリーガルチームへの出向経験もあり、テクノロジーに関する法分野を得意とする輪千弁護士。プロフィール画像は本人の写真データを基に画像生成AIにて作成 「世界中で生成AIの利用が急速に拡大しており、特に欧米では既に生成AIに関する規制や執行に乗り出しています」  こう話すのは『ゼロからわかる 生成AI法律入門 対話型から画像生成まで、分野別・利用場面別の課題と対策』(朝日新聞出版)の編著者で、現在ドイツ在住の弁護士・輪千浩平さん。生成AI が侵害する可能性のある著作権やプライバシーなどの権利、利益の保護と、イノベーションの促進をどう両立させていくか。欧米の最新の規制の動向、そして早晩やって来る「AIの時代」に備え、今日のビジネスパーソンが持つべきスキルセットを輪千さんに解説してもらった。 *  *  * 世界各国で始まる生成AIの規制―規制に積極的なEU  特にChatGPTが一般にリリースされてから、世界中で、生成AIが持つ経済的、社会的なインパクトに一層注目が高まっています。生成AIの導入が急速に拡大するに伴って、著作権やプライバシーの問題に対する懸念も生じており、特に欧米では既に生成AIに関する規制や執行に乗り出しています。生成AIに対するアプローチはそれぞれの国で大きく異なっているのが現状です。  例えば、EUは、生成AIを含むAI全般に関して、厳格なルールを設定し、制裁金などを通じて積極的に執行をしていく方針といえます。直接AI自体を包括的に規制する法律は現時点ではまだありません。ただ、欧州議会は、今年6月に、包括的なAIの規制法となる「AI Act(AI法)」の法案を採択しています。今後欧州理事会等との調整が必要となりますが、この法律は、早ければ年内に合意がなされ、2026年頃から適用される見込みです。  EUのこうした動きは、個人データの処理について企業に厳しい義務を課したGDPR(EU一般データ保護規則)と似ているところがあります。GDPRは、EU域外の企業にも適用される場合があり、高い制裁金が課されていることからも、世界中の企業がGDPRに合わせた対応を行わざるを得ませんでした。結局、GDPRをベンチマークとした法規制を各国が追って導入することとなり、GDPRが個人データに関するグローバルスタンダードを実質的に形成したという側面があります。EUは、GDPR に加えて、デジタル市場法やデジタルサービス法など、続々とデジタル分野の規制法を成立させており、AIの分野においても、いち早くグローバルスタンダードを確立しようとする狙いがあります。  そして、EUでは、既存の法律に基づいた執行も既に始まっています。今年3月にイタリアのデータ保護当局が「ChatGPT(チャットGPT)」の使用を一時的に禁止して世界的なニュースになりましたが、これはGDPRを適用して執行したものです。他の国のデータ保護当局もGDPRに基づいて調査や規制の執行に乗り出しているというのが現状です。今後はGDPRのようなAIに関連する既存の個別の法律で対応だけではなく、直接規制するAI法に基づいた執行もできるようになるわけです。 アメリカ・英国における生成AIの規制―紛争は既に起きているものの、自主規制に委ねる  これに対して、アメリカは、生成AI自体を直接規制する法律はなく、今のところは業界の自主規制に委ねています。EUのAI法案のようにAIを広く規制するような連邦レベルの法律は、具体的な成立目途は現時点ではありません。  アメリカは、テクノロジー(テック)企業が経済をリードしており、伝統的にはテック企業に対して、寛容な法体制を取ってきたところもあります。例えば、通信品位法という法律では、SNSなどのプラットフォーム事業者において、ユーザーのコンテンツについて幅広い免責を定めていました。生成AIについても、過度な規制について、慎重な姿勢をとっているのが現状です。  今年の6月に、連邦議会上院民主党トップのチャック・シューマー氏が、AI規制のフレームワークについて提案したといった動きはありますが、今の時点では、法案の成立について具体的な見込みが立っているわけではありません。アメリカでは、連邦レベルでの個人データ保護法もいまだ成立するに至っておらず、AI規制についても今後の動きはまだ不透明なところがあります。ただ、カリフォルニアなど、AIを規制するための州法の議論が始まっているところも一部あります。個人データ保護法が各州でバラバラに制定されてきているのと同様に、今後それぞれの州においてAIを規制する法律が制定される可能性があります。 輪千弁護士はじめ、生成AIの相談に日々触れる弁護士たちの知見を結集した「入門書」  今年7月、バイデン大統領がAIの大手企業7社のトップたちと会談し、AIシステムについての自主的規制をすることに合意を取り付けました。ただ、この合意には法的拘束力はなく、現状は業界の自主的な取り組みに委ねているのが現状です。  ただ、生成AIに対する世論の警戒感は日本よりも強い。例えば、今年3月には、AI開発の一時停止を求める声明が、イーロン・マスクやAppleの共同創業者等から公表されたことも話題になりました。仕事が奪われる脅威だけでなく、AIが人類を超えるということに対する警戒感も示されています。今年5月にハリウッドで始まった米脚本家組合(WGA)などのストライキでも、生成AIの利用が大きな論争の一つであり、いまの時代をめぐる象徴的な紛争と言えます。  そして、既にアメリカでは、生成AIサービスを提供する企業に対して、著作権法違反やプライバシー侵害などを理由とした集団訴訟が続々と起こされています。たとえば、作家たちが、勝手に自分たちの著作物が収集され、生成AIの学習に使われ、著作権が侵害されたといった主張がなされています。  このようにアメリカでは、生成AIについて、既に紛争や個別の訴訟が大規模に発生しつつありますが、政府はAIの過度な規制についてはやや慎重な姿勢をとっているのが現状といえそうです。今後、連邦、州レベルでの法規制の動きや集団訴訟の動向など、追っていく必要があります。  ちなみにですが、英国政府は、AI規制については、EUとは違う路線をとろうとしており、“pro-innovation”(プロイノベーション)、イノベーションを積極的に促進する立場をとることを明確にしています。その意味では、EUよりは米国に近い路線をとっているといえるかもしれません。ブレグジット後、EUから離れた立場を利用して、EUほど厳しい規制をとらず、より柔軟な独自のポジションを構築しようとしています。  アメリカや英国が今後具体的にどのような法規制に着地するのかはまだわかりません。ただ、アメリカや英国のアプローチは、EUのAI法案による規制よりも、よりビジネス寄りのものになると言われています。 生成AI全盛の時代において必要とされる知識・スキルセットとは  生成AIをめぐる問題は複雑です。生成AIは手軽に利用することができますが、著作権や個人データの処理など様々な法的なリスクが関係してきます。そして、こうした問題は、国内にとどまらず、国境を越えて発生することになり、外国の規制や国際的な動きも無視ができません。お話してきたとおり、生成AIをめぐる各国のアプローチも様々で、日々状況が変わっています。  テクノロジーは今後も急速に発達することが見込まれています。5年、10年後、どのようなことが実現できるようになっているのかを予測するのも簡単ではありません。  しかし、生成AIの利用をずっと避け続けることはできません。こうしたテクノロジーは、日々の生活や業務に着実に影響を与えてきています。今後、生成AIのテクノロジーの発展に伴って、あらゆる業界における仕事内容やキャリア形成にインパクトを与えていくことは間違いないと思います。例えば、私自身の弁護士業務についても、大きく変わっていくところもありそうです。将来的には、特にエントリーレベルの仕事、たとえば簡単なリサーチなどは、生成AIに一部代替できるところも増えていくかもしれません。  そういう「AIの時代」において、ビジネスパーソンに求められるスキルセットはやはり変わっていくでしょう。仕事も、生成AIに任せるところは任せ、人にしかできないところに集中していくことになるかもしれません。ビジネスも最終的には「人」であるので、たとえば、「対話力」であったり、適切な情報を収集して「判断する力」といったものはこれからも重要なのだと思います。  また、先が読めない時代であるからこそ、柔軟に新しい変化に適応していくこと、オープンであることも大切なマインドセットであると思っています。こうしたスキルセットを磨いていくためにも、どんどん生成AIを試していったほうがいいわけです。生成AIなどの新しいテクノロジーについても、その利活用によって生じるリスクや法的な課題などについて自分で適切な情報を収集し、判断し、活用しておくことは、今日のビジネスパーソンにとって重要なスキルの一つになっていると思います。 輪千浩平(わち・こうへい) 森・濱田松本法律事務所シニア・アソシエイト(弁護士) 2013年東京大学法学部卒業、2015年東京大学大学院法学政治学研究科中退、2015年弁護士登録。2022年スタンフォード大学ロースクールLL.M. in Law, Science & Technology修了。AIなどの最先端のテクノロジーやプラットフォームに関する規制など米国におけるテクノロジー法務の最新の動向を学ぶ。Google Japanのリーガルチームへの出向経験もあり、知的財産やデータ、セキュリティなど、テクノロジーに関する法分野全般を幅広に取り扱う。欧州におけるテクノロジー法務を得意とするBird & Bird法律事務所(ロンドン・デュッセルドルフオフィス)に出向し、GDPRなどの個人データに関する規制からAI規則案(AI Act)まで、欧州の最前線の実務もカバーしている。
「だから秋田県は嫌われる!」クマ被害続いても駆除に抗議電話 専門家「言葉の暴力受ける必要なし」
「だから秋田県は嫌われる!」クマ被害続いても駆除に抗議電話 専門家「言葉の暴力受ける必要なし」 クマが出た秋田市の現場近くの寺にはこんな貼り紙が    秋田県美郷町が県と協議し、作業小屋に長時間立てこもっていたクマ3頭を駆除したことに対し、県や町に抗議が殺到。そのさなかの10月9日、さらに県内でクマによる人身被害が2件発生した。リスクの大きさがあらためて浮き彫りになった形だが、県や町には10日になっても抗議の電話が続いているという。専門家は「執拗(しつよう)な電話はカスハラであり言葉の暴力です。堂々と切っていいルールを作るべきだ」と指摘している。  県と町が協議して、地元の猟友会がクマ3頭を駆除したのは10月5日のこと。その後、県と町には「責任者の名前を言え!」などと数百件の抗議電話やメールが殺到し、通常業務に支障をきたす事態に追い込まれていた。    そうした対応に追われるさなかの9日午前、今度は秋田市の住宅街で60~80代の男女4人がクマに襲われ、けがをした。午後には、市内の公園でクマの目撃情報を受けて警戒していた猟友会の70代男性が、クマに襲われてけがをした。男性は襲われた際に猟銃を発砲し、親子2頭を駆除した。    これだけの被害が続いていた状況でも、県や美郷町によると、連休明けの10日になっても朝から抗議の電話が続いたという。件数こそ減少傾向にあるが、対応に追われ通常業務に支障をきたしているという。 人の命を第一に守っている  県自然保護課の担当者は、   「全国の中でも、秋田県は人の生活圏とクマの行動圏が近い。さらに、今年は餌が不足していて、人の生活圏に入ってくる危険が大きいのです。秋田県に住む方や同じ東北の方は事情を分かってくださっていますが、県外の、特に西日本など遠い地域から電話してくる方はこうした事情をまったくご存じないようです。人の命を第一に守っているということを理解していただきたいと思っています」  と気丈に話す。    5日の駆除後の状況についてAERA dot.で報じた際も、30分もの長時間にわたって罵声を浴びせるような電話があると紹介した。 【あわせて読みたい】 「責任者の名前を言え!」 クマ3頭駆除に秋田県や町に抗議殺到 長時間電話で職員に疲れ https://dot.asahi.com/articles/-/203166 秋田県美郷町のクマが見つかった作業小屋前で対応にあたる警察官ら=10月4日   「公務員は奴隷ではない」  10日になっても長時間の電話で激しい言葉を浴びせてきたり、公務員としての資質を問うてきたり、なかには「秋田県はクマに優しくない。だから秋田県は嫌われるんだ」といった内容や、相変わらず「責任者の名前を言え!」と迫ってくるものもあるという。  仮に動物愛護の気持ちが根底にあったとしても、こうした抗議電話をかけることが正しい対応と言えるのだろうか。    危機管理とコミュニケーションに詳しい東北大特任教授の増沢隆太さんは、 「30分、40分もの執拗な長電話はカスハラ(カスタマーハラスメント)に当たると考えます。電話を受けた職員が心を病んでしまう恐れもあり、言葉による暴力です」  と厳しく批判する。  県の担当者は、 「私たちから電話を切ることはできない」  と苦しい胸の内を明かすが、増沢さんは、 「クレームのような電話に対しては、こうしたケースでは職員から電話を切っても良い、といったルールを作って、職員が疲弊することを防ぐべきです。今回のケースでも暴言だったり、無関係の内容だったりする電話をしてくる人がいるようですが、暴言を受けたら切る、『無関係の話は対応できません』と言って切るなど、ルール化したらいい。言葉の暴力を受ける必要などまったくありません。公務員は奴隷ではないのです」  と毅然(きぜん)とした対応を取ることを勧める。 他の自治体でも起こる可能性  全国的にクマによる人身被害が多発している状況で、今後、駆除する判断を迫られる自治体もあるだろう。  増沢さんは、 「秋田県や美郷町で起きたことが、他の自治体でも起こる可能性があります」  と指摘する。 「というのも、電話をしてくる人は、ハラスメントの自覚はなく、『世直し』といったゆがんだ正義感を抱き、正しいことをしていると信じ切っているケースが目立つからです」(増沢さん)  増沢さんは、こうした電話を受けた際は「発表の通りです。それ以上は答えられません」とだけ答えたり、電話をかけ直すと伝えて相手の名前や電話番号を聞いたりするなどの対策を取ることを推奨する。 「匿名というひきょうな手段が、カスハラを助長するためです」    増沢さんの言葉通り、長電話を受け続けることが公務員の本業ではない。電話が鳴りやまなければ、県民や町民のために必要な公務が、どんどん置き去りにされてしまうということを忘れてはならない。 (AERA dot.編集部・國府田英之)  
極貧時代が名曲を生み出している!? 海外アーティストたちの赤裸々すぎる私生活を覗く
極貧時代が名曲を生み出している!? 海外アーティストたちの赤裸々すぎる私生活を覗く 『不道徳ロック講座 (新潮新書)』神舘 和典 新潮社  ミュージシャンやタレントなど、人に見られる仕事をしている人たちにとってスキャンダルは致命的だろう。それはどの国においても共通して言えることだが、日本と海外ではそもそもの考え方が違うようだ。 今回みなさんに紹介するのは『不道徳ロック講座』(新潮社)。著者は音楽ライターとして多くの日本人アーティストのインタビューを手がけてきた神舘和典氏である。同書では世界的アーティストの赤裸々エピソードを、自伝や本人公認の伝記・インタビューをもとに紹介しており、神舘氏が冒頭でこのように語るほど刺激的な話ばかりだ。「日本の状況しか知らずに海外アーティストのバイオグラフィやインタビュー記事を読むと驚かされる。その多くが赤裸々。『えっ、そんなこと活字で残しちゃっていいの?』と心配になるレベルのエピソードが語られている」(同書より) 同書では「性」「薬」「酒」「貧乏」の4つのテーマ別にエピソードがまとめられている。それぞれのテーマに関係のある海外アーティストたちが登場するが、そのそうそうたる顔ぶれにまず驚かされる。誰もが一度は耳にしたことがあるようなアーティストばかりだ。最初の「性」で"ロック界の性豪"として登場するのが、ザ・ローリング・ストーンズのヴォーカリスト、ミック・ジャガー氏である。「ロック・スターは恋愛に奔放だ。目の前に魅力的な女性が現れたら遠慮などしない。拒否されようが、ライバルと争うことになろうが突き進む」(同書より) ミック氏にとって、有り余るエネルギーを放出して自分を維持するためにセックスは必要不可欠なのだ。関係が報じられた有名人は20人以上で、同時期に複数の女性との交際は当たり前のこと。友人やバンドメンバーの妻や恋人、ファン、自分の家で働くお手伝いさん、女性のみならず男性とも関係があり、自分の視野に入る存在に次々と関係を迫る。異常とも思えるような恋愛遍歴だが、その経験から数々の名曲が誕生しているのである。「個人的な恋愛体験を作詞・作曲にいかすのはミック・ジャガーに限ったことではない。多くのアーティストが、この手法で音楽をつくり、歌い、演奏してきた」(同書より) 次に紹介するのは、"音楽で女性にアプローチする第一人者"として、好きな女性のための曲を多く生み出してきたエリック・クラプトン氏である。実はクラプトン氏は同書でたびたび登場する。「性」では6年かけて親友の妻との愛を成就させ、その後に離婚。「薬」と「酒」では、ドラッグ依存からアルコール依存になり、愛息の死をきっかけに最悪の健康状態から社会復帰するまでのエピソードが紹介されている。「クラプトンは、セックス、ドラッグ、アルコール、すべてに溺れた。ただし、命の危険が近づくと、必ずどこからか救いの手が差し伸べられる。そして、名曲をつくる。(中略)多くの人が放っておけない何かをこの人が持っているとしか思えない」(同書より) クラプトン氏がトップアーティストとして駆け抜けているのは彼の人徳はもちろんだが、危機的状況も乗り越えられるタフさゆえだろう。タフさでいえば、同書の「貧乏」で登場する、のちに"クイーン・オブ・ポップ"と称されることになるマドンナ氏もそのひとりだ。 マドンナ氏は19歳のときにダンサーを目指し、わずかなお金で単身ニューヨークに向かった。そこからの想像を絶する極貧生活が紹介されている。部屋にゴキブリ、廊下には薬物中毒者が多くいる最悪の場所で生活していたことや、空腹でゴミ箱をあさって食べ物を探していたエピソードには驚かされる。そのような環境の中、マドンナ氏がダンサーからミュージシャンに転向し、活躍のステージを上げていく様は読んでいて清々しい。「何もかも怖かったわよ。不安にかられて突っ走ってきたようなものよ。いつも自分に言い聞かせてたわ。これは難しい、恐ろしい、でもなんとかしようって」(同書より) マドンナ氏の意志の強さが今の大成功につながっているのだろう。同書を読むと大物アーティストたちの赤裸々すぎるプライベートに驚かされるが、一般人にはないメンタルの強さと感覚を持ち合わせているからこそ大成功してきたんだろうと納得させられる。そして、どんな危機的状況であってもあまりネガティブを感じさせないところは流石だ。大物アーティストたちの刺激的な背景からあの名曲たちが生まれたと思うと、今までとは違った気持ちで曲が聞けそうだ。
日本人のがんで最も多い「大腸がん」を防ぐには? 医師「運動は効果的」 運動不足で酒好き・肉好きは要注意
日本人のがんで最も多い「大腸がん」を防ぐには? 医師「運動は効果的」 運動不足で酒好き・肉好きは要注意        日本人がかかるがんのうち、最も多いのが大腸がんです(2019年、国立がん研究センターがん情報サービス『がん統計』全国がん登録)。比較的治りやすく、ほかのがんと比べて生存率が高いですが、死亡数を見ると女性は1位、男性も肺がんに次いで多いのが現状です。大腸がんになりやすい人や早期発見の方法、治療の進歩などについて、解説します。  本記事は、2024年2月下旬に発売予定の『手術数でわかる いい病院2024』で取材した医師の協力のもと作成し、先行してお届けします。 *  *  *  国立がん研究センターのデータによると、生涯で大腸がんにかかる人は男性で10人に1人、女性で12人に1人と推定されています。20~30代でかかる人もいますが、40代から増え始め、高齢になるほどかかりやすくなります。  大腸がんは、肛門につながる直腸にできる「直腸がん」と盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸にできる「結腸がん」があります。結腸がんの中でも日本人に特に多いのが、S状結腸がんです。S状結腸と直腸は、便をためておく貯蔵タンクのような役割があり、便と接触する時間が長いことから、がんが発生しやすいと考えられています。  2019年に結腸がんと診断された人は、10万3338人(男性5万4875人、女性4万8463人)、直腸がんと診断された人は、5万2287人(男性3万2997人、女性1万9290人)。結腸がんのほうが2倍近く多いことがわかります。大腸がんは、近年増加しているがんの一つですが、特に結腸がんの増加が目立っています。原因としては、赤身肉もしくは加工肉の摂取など、食生活の欧米化が指摘されています。喫煙、飲酒、肥満も大腸がんの危険因子となるほか、最近は大腸がんに関わる腸内細菌が存在することもわかってきています。大腸がんになりやすい人について、東京大学医学部附属病院消化器内科教授の藤城光弘医師はこう話します。 「運動は大腸がんの予防に効果的であることがわかっています。運動習慣がなくて肥満ぎみの人、お酒を飲む人、肉をよく食べる人は大腸がんになりやすいといえます。大腸がんの5%程度は遺伝性なので、血縁者に大腸がんの人がいる場合もリスクが高くなります」 ごく早期のがんを見つけるなら内視鏡検査が有効  大腸がんは、早期発見の意義が非常に大きいがんです。なぜなら早期のステージⅠで治療できれば、5年生存率は99%近くで、ほぼ治るといえるからです(全国がんセンター協議会加盟施設の生存率共同調査)。さらに早期であれば、おなかを切らずに肛門から器具を挿入してがんを切除する内視鏡治療で治る可能性が高くなります。大腸がんを早期に発見するには、どうすればいいのでしょうか。 「便潜血検査(検便)で陽性の結果が出たり、自覚症状があったりした場合に消化器内科を受診し、治療すれば、大腸がんで命を落とす危険性は減ります。しかし内視鏡治療だけで治るような早期のがんを見つけるには、便潜血検査や自覚症状だけでは難しく、大腸内視鏡検査を受ける必要があります。50歳を超えたら一度は大腸内視鏡検査を受けてほしいと思います」と藤城医師。  便潜血検査は、40歳以上の人は、年に1回受けることが推奨されています。自宅で便の一部を採取するだけの簡便な検査で、がんがどうかを見分けられます。    また、大腸がんの自覚症状は、血便が出る、便が細くなるといった便の異常のほか、おなかが張ったり、腸が狭くなることで便秘や下痢になったりすることがあります。進行すると腸閉塞を起こすこともあります。  一方、大腸内視鏡検査は内視鏡を肛門から挿入し、大腸全体を内側から観察する方法です。大腸がんは大腸の内側にある粘膜の表面から発生し、進行すると外側へと侵入していきます。大腸内視鏡検査は粘膜やその下の粘膜下層にとどまっているがんを見つけられるのがメリットです。  しかし大腸内視鏡検査に対して、抵抗がある人も少なくありません。検査を受けたことがない人は「恥ずかしい」「痛そう」というイメージがあったり、過去に検査を受けたことがある人は「痛かったから二度とやりたくない」「前処置薬(下剤)を飲むのがつらかった」という経験があったりする人が多いようです。  最近は「カプセル内視鏡」や「大腸3D-CT」など、内視鏡を肛門から挿入する必要がない検査方法も登場しています。カプセル内視鏡検査は、事前に下剤を飲む必要はありますが、カメラを内蔵したカプセルをのみ込むだけで腸内を観察できます。大腸3D-CT検査は、炭酸ガスを肛門から入れて、特殊なCT装置による撮影によって、3次元画像を作ることができます。下剤は必要ですが、通常の大腸内視鏡検査の半分量程度です。 「どちらも精度の面で内視鏡検査と同レベルといえるような代用検査には至っていません。近年は内視鏡の機器が進歩して負担なく挿入しやすくなったほか、鎮静剤を使う、下剤の量を減らすといった対応も可能です。心配な人は検査を受ける病院で相談してみてください」(藤城医師)  内視鏡検査は、腺腫(良性ポリープ)が見つかったら、その場で切除できることもメリットです。腺腫はがん化することがあり、切除することで大腸がんによって死亡する確率を下げることがわかっています。このため腺腫が見つかれば、大腸がん予防のために切除するのが一般的です。 【こちらも話題】 【病院ランキング】大腸がん内視鏡治療数全国トップ40病院 2位はがん研有明、1位はNTT東日本関東病院 https://dot.asahi.com/articles/-/197894 肛門を残すための工夫が進歩  がんが粘膜内、または粘膜下層まで入り込んでいるが軽度(1mm)にとどまっている場合、内視鏡治療の対象となります。それ以上深く入り込んでいる場合はリンパ節に転移している可能性が高くなるため、手術が選択されます。手術の場合、肛門に近い直腸がんであれば、肛門と直腸を切除するのが基本となるため、人工肛門(肛門の代わりとなる便の出口)を造る必要があります。がんのある位置と肛門の間にある程度距離があり、自分の肛門を残せたとしても排便回数が増えるなど、排便機能が低下しやすくなります。つまり、内視鏡治療か手術かの選択は、直腸がんの場合は特に、治療後の生活を左右するのです。 「粘膜下層に1mm以上入り込んでいそうな場合でも、まず内視鏡治療を実施し、切除したがんの病理検査の結果、リンパ節転移の危険性が高ければ手術をするという選択肢もあります」(藤城医師)  虎の門病院消化器外科特任部長の上野雅資医師は、肛門を残せるかどうかは、がんがある位置だけではなく「肛門括約筋の機能や職業などによっても変わる」と話します。 「例えば高齢で肛門括約筋の機能が低下している場合、職業柄頻繁にトイレに行けない場合などは、排便をコントロールできる人工肛門のほうが適していることもあります」  大腸がんは、再発率が低く、手術で完全に切除できれば、治りやすいがんといえます。手術の方法は、ロボット手術を含めた腹腔鏡手術が主流になっています。おなかに開けた小さな穴から器具を挿入して操作し、がんがある腸管やリンパ節を切除します。腹腔鏡手術は傷が小さく、回復が早いのがメリットですが、上野医師は「直腸がんでぎりぎり肛門を残す術式『ISR(括約筋間直腸切除術)』を実施する場合、腹腔鏡手術のメリットを生かせる」と言います。 「ISRは、排便をコントロールする肛門括約筋を傷つけずに、ぎりぎりのところで残す難度の高い手術です。神経や組織を確認しながら丁寧に操作していくことが必要なので、腹腔鏡手術での拡大視が特に有効です。また、ロボット手術では、さまざまな角度からメスを動かせるので、腹腔鏡の達人でなくても、それが可能と期待されています」 【こちらも話題】 【病院ランキング】大腸がん手術数全国トップ40病院 2位はがん研有明、1位は県立静岡がんセンター https://dot.asahi.com/articles/-/197889  ロボット手術は2018年に直腸がん、2022年には結腸がんでも健康保険が適用されるようになりました。  現在、直腸がんに関しては手術をせずに肛門を残す「watch&wait」という治療が、世界的に注目されています。ステージⅡ~Ⅲの肛門に近い直腸がんの場合に術前に薬物治療と放射線治療をすると、3~4割の人はがんが消失することがわかってきました。この場合、手術をせずに経過をみます。 「がんが再び出てきたら、その段階で手術をします。海外のデータでは手術が必要になるのは、4人に1人くらいです。その多くは治療後2年以内にがんが出てきています。現在日本は虎の門病院などの先進的な病院で臨床試験として安全性や有効性を確認していますが、今後広く普及していくことは間違いないと思います」(上野医師)  大腸がんは、手術ができない進行がんに対しての薬物治療の進歩も著しく、使用できる薬の種類が大幅に増えています。上野医師によると「薬物治療がうまくいき、手術ができるようになる患者さんも増えている」とのこと。最近では遺伝子検査によって遺伝子変異を多く持つ「MSI-high」タイプであることが判明した人は、免疫チェックポイント阻害薬だけでがんが消失することも明らかになりました。今後も特異的な遺伝子変異を対象とした新しい薬が登場する見込みで、ますます治る大腸がんが増えていくことが期待できます。 (文/中寺暁子)   【取材した医師】 東京大学医学部附属病院 消化器内科教授 藤城光弘医師 東京大学医学部附属病院 消化器内科教授 藤城光弘医師   虎の門病院 消化器外科特任部長 上野雅資医師 虎の門病院 消化器外科特任部長 上野雅資医師  
数時間しか眠らない「ショートスリーパー」は健康に問題ないのか 最適な睡眠をめぐる謎
数時間しか眠らない「ショートスリーパー」は健康に問題ないのか 最適な睡眠をめぐる謎 数時間眠れれば十分という人もいる(写真はイメージです)=gettyimages    大人は6時間以上、小学生は9~12時間の睡眠を――。厚生労働省は2日、心身の健康づくりのための「睡眠指針」の案を公表した。寝苦しい夜が続いた夏が過ぎ、心地よく寝られる季節。しかし、数時間眠れば十分という「ショートスリーパー」もいる。「人生の3分の1は眠って過ごす」とよく言われるが、「短眠」は健康に問題ないのか。 *   *   *  厚労省の国民健康・栄養調査(2019年)によると、1日の平均睡眠時間が6時間未満の人は男性37.5%、女性40.6%。さらに5時間未満の人は男性で8.5%、女性9.1%いた。  経済協力開発機構(OECD)の調査(21年版)では、日本人の平均睡眠時間は7時間22分で、33カ国の中で最も短かった。  睡眠時間が7時間前後であれば、生活習慣病やうつ病の発症・死亡リスクが最も低くなるとされている。  厚労省の検討会は、適正な睡眠時間には個人差があることもふまえ、成人は6時間以上、1~2歳児は11~14時間、3~5歳児は10~13時間、小学生9~12時間、中学・高校生は8~10時間が推奨される睡眠時間とした。      睡眠時間が短くなれば、健康上のリスクも高くなる。しかし、そこには個人差があると、睡眠に詳しい筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の大石陽准教授は指摘する。 「もともと7~8時間寝る人が5~6時間の睡眠を続けると、糖尿病や肥満になりやすい因子が上がるなど、不健康になるというのはほぼ間違いありません」  しかし、もともと4~5時間しか寝ない人もいる。そんな人たちが「ショートスリーパー」と呼ばれる。米国睡眠医学会の定義では、睡眠時間が6時間未満かつ健康で、睡眠に対して不満を抱えていない人をショートスリーパーとしている。 「なぜ、ショートスリーパーが存在するのかは、わかりません。ただ、健康であれば問題ないはずで、ショートスリーパーは寿命が短い、といったエビデンスは私が知るかぎりありません」     【こちらも話題】 質のいい睡眠をとる9のポイント 残暑の不調を乗り切る快眠法を専門家に聞く 注目の「リカバリーウェア」も https://dot.asahi.com/articles/-/201006   筑波大の大石陽准教授      ショートスリーパーのほとんどは先天性のものだが、まれに脳梗塞で脳を損傷して躁(そう)病を発症し、短眠になる人もいるという。 「躁病の症状の一つは、眠気が少なくなることです。つまり、睡眠量が少なくても大丈夫になる。ただ、本当に脳のある部分を損傷するとショートスリーパーになるかは、わかっていません。人でそのような研究をするのは難しく、調べられていないのです」   なぜ睡眠が必要なのか  人間は人生の約3分の1を眠って過ごす、と言われる。動物も寝る。  ところが、なぜ生物に睡眠が必要なのか、まだ明らかになっていないという。 「睡眠中は他の動物に襲われるリスクが高まる。にもかかわらず、眠らずにはいられない。ということは、脳は睡眠中、相当重要なことをしているにちがいない。ところが、頭の中で何が起こるのか、いまだによく分かっていない」  と大石さんは語る。  人間の脳は、約800億の神経細胞が複雑なネットワークをつくっている。その機能を調べていくのは、現代でも容易なことではないのだという。    大石准教授らは5年ほど前、睡眠を制御する仕組みを研究する過程で偶然、ショートスリーパーのような「短眠マウス」をつくり出すことができた。脳の神経の一部を壊したところ、睡眠時間が減少したのだ。  通常のマウスは1日に12時間ほど眠るが、短眠マウスはその半分ほどしか眠らない。そのマウスに異常は出なかったのか。 「非常に元気に生きています。全然眠そうじゃない。病気になりやすくて、寿命が短い、という感じもありません」  このことは大石准教授を驚かせた。というのも、マウスにとって睡眠は必須で、「睡眠がなくなると死ぬ」というのが定説だったからだ。 「1980年代に『ネズミを眠らないようにすると、どうなるか』、かなり熱心に研究が行われました。すると、2~4週間で死んでしまった。人間も睡眠を削ると健康を害します。ところが、われわれの短眠マウスには特に問題は見られません」   【こちらも話題】 不眠症気味なら「寝なきゃ」「早めにベッドに入る」はNG 睡眠の悩みに精神科医の答えは? https://dot.asahi.com/articles/-/195316   筑波大の大石陽准教授     重要なのは質と量  「良質」な睡眠が、健康維持には欠かせないと言われる。  睡眠の機能が明らかになっていないため、どのような睡眠が「良質」かは明確ではないものの、睡眠には「質」と「量(時間)」の両方が重要だと考えられているという。  睡眠中は、成長ホルモンが分泌される深い睡眠と、浅い睡眠を繰り返す。眠りについて1時間ほどで、起こそうとしてもなかなか起きない、最も深い睡眠に入る。  睡眠時間が短いショートスリーパーにも深い睡眠の時間があることから、この時間が重要であることがうかがえるという。 「例えば、寝る直前に何かを食べたり、パソコンの画面を見るとよくないというのは、消化などにエネルギーを奪われたり、目に対する刺激によって、眠りが浅くなるから。十分な睡眠をとるには深い睡眠に干渉するような因子を避けるというのは、ある程度、合理的な話です」  ちなみに、コーヒーや茶などに含まれるカフェインには、眠気覚ましの効果はあっても、睡眠の代わりにはならないという。 「カフェインは、睡眠作用のある脳内物質アデノシンをブロックすることで眠気を止めます。一時的な眠気解消にはなりますが、睡眠の効果はないでしょう」    一方、睡眠不足で不健康にはなっても、逆に寝たいだけ寝ても健康を害することはないという。 「悪影響は、起きて活動する時間が減ることくらいではないでしょうか。結局のところ、主観で健康だと思える睡眠時間が一番いいと思います」  実は筆者の妻は毎日3~4時間しか眠らない典型的なショートスリーパーである。結婚以来、「こんなに睡眠時間が短くて大丈夫か、早死にしないか」と思っていたが、杞憂だったようだ。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)
患者数が20年間で2倍以上増えた「膵がん」 特に気をつけたい3つのリスク因子 遺伝、糖尿病、あと1つは?
患者数が20年間で2倍以上増えた「膵がん」 特に気をつけたい3つのリスク因子 遺伝、糖尿病、あと1つは?        早期発見が難しく、診断されたときにはすでに手術ができないケースが多い膵(すい)がん。しかしがん薬物治療の進歩などによって、近年は手術ができる人、治る人が増えてきています。膵がんになりやすい人や気をつけたい症状、治療の進歩などについて、解説します。  本記事は、2024年2月下旬に発売予定の『手術数でわかる いい病院2024』で取材した医師の協力のもと作成し、先行してお届けします。 *  *  *  2019年に膵がんと診断された人は、4万3865人(男性2万2285人、女性2万1579人。「国立がん研究センターがん情報サービス『がん統計』全国がん登録」)。2000年には約2万人だったので、20年の間に2倍以上増えていることがわかります。膵がんは高齢になるほどかかりやすくなるので、人口の高齢化による影響はありますが、その影響を除いたデータ(年齢調整罹患率)でも、増加していることがわかっています。高齢化の影響を除いた死亡率をみると、がん全体では減少していますが、男性では膵がんの死亡率だけが増加しています。40年近く膵がんの手術を専門としている、県立静岡がんセンター総長の上坂克彦医師も「驚くほど増えている」と話します。 「人口の高齢化以外の明らかな原因はわかりませんが、膵がんの危険因子を考えると、生活習慣の影響があるのではないでしょうか」  膵がんの危険因子としては、喫煙や飲酒、肥満などがありますが、上坂医師が強調するのは三つの危険因子です。 「一つは生活習慣病の代表である糖尿病です。『鶏が先か、卵が先か』の議論もあるのですが、糖尿病の人は膵がんになりやすく、膵がんの人は糖尿病になりやすくなります。健診などで指摘されたことはなかったのに突然糖尿病と診断された、もしくはすでに糖尿病を発症していて急に悪化したという人は、膵がんを発症しているサインかもしれないので、要注意です。糖尿病の人は、定期的に膵臓をチェックしてもらうことも大事です」  膵臓は食物の消化に関わる膵液を分泌するほか、血糖値を調節するホルモンである、インスリンを分泌する働きがあります。膵がんが発生すると、インスリンを分泌する働きに影響が出て、急に糖尿病を発症したり、悪化したりすることがあるのです。また、糖尿病の人はそうではない人に比べて、膵がんになる確率が約2倍になるとも言われています。  二つ目が膵臓にできる「のう胞(液体のたまった袋)」です。 「膵がんの多くは膵管の細胞ががん化してできます。膵臓に膵管内乳頭粘液性腫瘍という、のう胞状の腫瘍ができると、それ自体ががん化したり、膵管内乳頭粘液性腫瘍がない部分の膵臓に膵がんが発生したりするリスクが高くなります。のう胞は、人間ドックなどで受ける腹部の超音波検査で見つかります。のう胞が見つかればCTやMRI検査で詳しく診て、膵管内乳頭粘液性腫瘍と診断、もしくはその疑いが強ければ3~6カ月後に再度確認し、その後も定期的に経過を観察していきます」  三つ目は遺伝で、特に両親、兄弟姉妹、子どものうち、いずれかに膵がんになった人がいる場合です。2人以上いる場合は「家族性膵がん」といって、膵がんを発症するリスクがさらに高くなります。この場合、どのくらいの頻度で、何の検査を受ければいいのかというところまでは確立されていませんが、定期的に超音波検査などで膵臓をチェックしてもらうと安心です。 危険因子に注意していれば早期発見の可能性が高くなる  上坂医師が三つの危険因子を強調するのは、これらのことに気を付ければ、膵がんを早く見つけられるかもしれないからです。膵がんを治す最も有効な方法は、手術です。しかし膵がんと診断された時点でがんが進行していることが多く、手術ができるのは2~3割程度。早期発見のための効果的な検診方法がなく、痛みなどの自覚症状が出て受診したときには進行しているケースが多いのが現状です。  ただし、自覚症状の中でもからだが黄色くなる黄疸(おうだん)で見つかる場合は、手術ができる段階であることもあります。膵臓の中でもからだの右側、十二指腸に接している膵頭部にがんができた場合、胆汁の流れが悪くなり、血液中に胆汁があふれ出て黄疸になるためです。   術前・術後の抗がん剤治療によって、生存率が上昇  超音波検査や血液検査の「血中膵酵素、腫瘍マーカー(CEA、CA19-9など)」の値などによって、膵がんが疑われたら、CTやMRI検査、超音波内視鏡検査(先端に超音波画像装置がついた内視鏡を使用する検査)を受け、組織を採取するなどして診断します。  膵がんの治療では、まず画像から「手術可能」「手術可能境界」「手術不能」に分類し、手術ができるかどうかを検討します。がんの大きさのほか、主要な血管を巻き込んでいないか、肝臓などに転移がないかどうかといったことが判断の基準となります。手術可能境界とは、手術が可能か、不可能かのボーダーラインのことで、手術をしたとしても、わずかにがんを取り残す可能性が高い状態です。  膵がんの代表的な手術である「膵頭十二指腸切除」は、膵頭部のほか、十二指腸、胆管、胆のうとともに周囲のリンパ節や神経を切除したのち、膵臓や胆管を再建する大がかりで難度が高い手術となります。一方「膵体尾部切除」は、からだの左側にある膵尾部や膵体部、脾臓を切除する方法で、再建の必要がないので膵頭十二指腸切除に比べると難度が低く、近年は腹部に小さな穴を開けて手術する腹腔鏡手術やロボット手術も導入されています。  膵がんは手術ができても、術後に再発するケースが少なくありません。しかし、薬物療法の進歩によって、手術後の5年生存率が大きく伸びています。 「約10年前から『S-1』という抗がん剤を術後に半年間使用することがスタンダードになり、術後の5年生存率が20%程度だったところから、40%以上にまで伸びました。2019年には術前にも抗がん剤治療をすることで、さらに生存率が上がることがわかり、術前の抗がん剤治療も広く実施されるようになってきました」(上坂医師)  また、切除可能境界の場合でも、術前に抗がん剤単独、もしくは放射線治療を加えることでがんを取り残さずに切除できる確率が高くなり、その場合は最初から切除可能と診断されて手術をしたケースと同程度の5年生存率になることがわかってきています。さらに手術不可能と診断されても、抗がん剤治療によって手術ができるようになる例も少しずつ増えています。 「治療が進歩し、選択肢が増えたことで、膵がんになっても治る患者さん、長生きできる患者さんが着実に増えています。膵がんと診断されても諦めずに自分のがんの状況、治療方針を医師からよく聞いて、しっかり治療を受けてほしいと思います」(上坂医師) (文/中寺暁子)   【取材した医師】 県立静岡がんセンター総長 上坂克彦医師 県立静岡がんセンター総長 上坂克彦医師    
快眠できるか否かは「技術の差」と専門家 「気持ちいい朝」を迎えるため意識すべきこと
快眠できるか否かは「技術の差」と専門家 「気持ちいい朝」を迎えるため意識すべきこと ※写真はイメージ(写真:gettyimages)    コロナ規制の緩和による生活習慣の変化や、異常としか言いようのない夏の暑さでみなさん、ヘバっていませんか。少しずつ気候が良くなり、夜が長くなる「睡眠の秋」こそ、「快眠」で心身をリカバリーしたい。AERA 2023年10月9日号より。 *  *  *  どれくらいの時間、眠ればいいのか。中年になると代謝も落ちてくるが、それをネガティブにとらえず、「代謝の高い頃の睡眠を目指さない」ことも大事だと作業療法士で睡眠外来の経験も豊富な菅原洋平さんは話す。 「代謝が落ちているのに、『若い頃のようにたくさん眠れない』と悩む必要はないんです。自分の年齢の代謝率に見合った睡眠が取れれば十分です」  見合った睡眠とは。それは長さではなく、自分の寝たいタイミングで寝られて、起きたいタイミングで起きられているか。起きたいタイミングより早く起きてしまうといったことがないか、がポイントだと言う。 味方でも敵でもある光 「長い睡眠ではないけれど、気持ちいい朝を迎えられる満足度の高い睡眠かどうか。加齢で代謝率が低下し、体が持続的に緩やかにエネルギーを使っていくモードに切り替わっているのだから、睡眠に対する考え方も一緒に変えていくことが大事です」  気持ちのいい朝を迎える眠り。では、そのために大事なポイントとは。睡眠が専門の医師で、RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニック理事長の白濱龍太郎さんは、「光」と「情報過多」だと指摘する。 「光というものが、睡眠にとっては味方であり、敵でもあると理解することが大事です。朝、起きたら光を浴びることが大事な一方で、寝る前は『スマホワールド』に取り込まれないよう、スマホを見過ぎてブルーライトを浴びないことが大事。また私たちは動物として、もうオーバーフローしている可能性があります。必要以上の情報が目から入り、脳の中を駆け巡っている。その結果、交感神経が走りっぱなし。これではうまく眠れません。余計な情報を入れ過ぎて考え過ぎないよう、情報にフィルターをかけることを意識する。これも睡眠にとって大切です」  秋の夜長、睡眠について見直すにはいいタイミングかもしれない。そして快眠を目指そうとすれば知るべきこともたくさんありそうだ。菅原さんは「睡眠の改善をめざすなら、その過程を楽しみに変えること」を勧める。 「睡眠に対して、それが義務だとか、きちんと取らなければいけないものみたいに捉える方が多いんです。睡眠が目的化し、『睡眠さえ取れれば……』と。でも、『睡眠が取れて何がしたいのか』の方が重要です」 AERA 2023年10月9日号より   「知的探求心を持って」  自分のやりたいことがあり、そのパフォーマンスを上げる一つの術として、睡眠がある。その睡眠を上手に使えるかどうかは技術の差。それを高めるなら、生物としての仕組みを知り、使いこなせるようになるために「知的探求心を持ってやるべきだ」と、菅原さんは言う。 「不眠症などからの改善過程で『何か面白くなってきた』という人は、たいてい再発しません。睡眠を取ることは目的ではなく、あくまでも手段。これから一生やっていく睡眠というもののやり方を、『楽しいな、もっと追求したいな』と思うこと。これがいちばん大事だと思います」 (編集部・小長光哲郎) ※AERA 2023年10月9日号より抜粋
パックン×エミンユルマズ対談「会社を辞めてFIRE後、本当に引退してるのかな?」
パックン×エミンユルマズ対談「会社を辞めてFIRE後、本当に引退してるのかな?」 タレントのパックンさんと経済評論家のエミン・ユルマズさん(撮影/小山幸佑)   「パックンマックン」のパックンことパトリック・ハーランさんとエコノミストのエミン・ユルマズさんの対談。アエラ増刊「AERA Money 2023秋冬号」より。  ラジオ番組の収録をきっかけに知り合い、「どこかのメディアで対談したいね」と意気投合していた、パックンさんとエミン・ユルマズさん。タレントと経済の専門家––––。  二人の本業は異なるが、流暢(りゅうちょう)な日本語で経済や資産運用の情報を発信するという共通点はある。一方、投資手法やお金の使い方については、それぞれの持論があるようだ。 (パックン)もう私は30年、日本にいるよ。エミンさんは何年? (エミン)25年ほどになるかな? パックンは日本の会社で働いたことあるの? (パックン)あるよ。専門学校付属の英会話学校。日本のみなさんと同じスタッフルームで働いてたよ。朝礼に参加して、ラジオ体操もやってた。なんで英語を教える前に準備運動が必要なんだ、って思いながら。 (エミン)パックンはよく言われる「失われた30年」を経験したわけだね。 (パックン)失われていないと私は思っているんだけど(笑)。 (エミン)実は私も(笑)。パックンと同じく「失われた」は違うと思う。 日本人はバブルのピークのときと比べているよね。それはおかしい。 だって、異常だからバブルと言われるわけでしょ。比べるならバブル期直前の1985年と今、とか。 (パックン)その通りだ。ただ、失われたものが一つもないわけじゃない。 たとえば日本のブランド力。1980年代には自動車や電機メーカーがすごかった。銀行などの金融関係も世界有数だった。  この30年、アメリカではアップル、グーグル、フェイスブックなどの会社が生まれて成功したけど、日本はGAFAMに匹敵する企業やサービスが一つもできてないんだよ。 本記事が丸ごと読める「AERA Money 2023秋冬号」はこちら​ 編集部注:GAFAMはグーグル(親会社はアルファベット)、アップル、フェイスブック(メタ・プラットフォームズ)、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトの頭文字をとった造語で「ガーファム」と読む。なお、この対談はお二人が話した口調のままをお伝えするため、正式名称で記載していない社名などがあります 「副業もいいけど好きな仕事、本業で儲かるようになるのが理想」   (エミン)それ、日本が乗れてない産業なんだよ。じゃあ、アメリカ以外の国が乗れたかっていうと、そうでもない。 (パックン)日本の電機メーカーや半導体がイマイチな点はどう見ていますか? (エミン)実は半導体って、アメリカが強いんです。特許も初期の研究もアメリカ。 日本は1980年代後半のDRAM(半導体記憶装置)で注目されたけど、DRAMからロジック(CPU=中央演算処理装置)に市場が移った。 もともと日本が半導体産業をリードしていたというのは誤解かも。 (パックン)半導体を作っていなくても、半導体を使う製品そのものがよければいいのでは? そういえば日本に来たとき、「パナソニック(当時、松下電器産業)って日本企業なの!」って驚いたよ。 (エミン)おっしゃる通り。ソニーだってトランジスタラジオから「ウォークマン」など、世界をリードする商品を作っていたよね。 「iPod」だって、ソニーはアップルと同等の技術を持っていたのに先に出せなかったんだ。惜しすぎるよ。 (パックン)なんだか悔しいよね。 (エミン)イノベーション(技術革新)を生むアイデアを出せる人間がその時代に存在するかどうか、って大きいと思う。 たとえば、スティーブ・ジョブズがいなくなった今のアップルが「iPhone」の次を担う大ヒット商品を出せるかはわからない。 (パックン)複数のアップル商品を連携させたエコシステムには新商品が加わっているけどね、アップルウォッチとか。 (エミン)私はアップルウォッチ、つけているよ。どのくらい運動したか見ている。歩数とか心拍数とか。 (パックン)私は普通の時計だから心拍数がすぐにわからないな。エミンさんは? いま心拍数を見れば、この対談がどんなにエキサイティングか、わかる。 (エミン)心拍数70。 (パックン)そこそこ高めだね(笑)。 ――S&P500や全世界株式の投資信託をつみたてている人が多いですが、お二人の資産運用はどんな感じですか?   「一攫千金で何もせず暮らそうと思うと失敗するよ」   (パックン)日本で稼いだお金で投資信託をコツコツ買い、ずっと持ってます。私の人生そのものが「丸ごと日本」でリスクを取っているので、資産運用の投資信託は他の国でいいかなと。  大半はアメリカのS&P500や全米株式。先進国株式や新興国株式、セクター別の投資信託も持ってます。 (エミン)私は日本の個別株投資が好きで、それが専門でもある。『会社四季報』を読み込むのが楽しみ。S&P500のような指数に連動する投資信託もいいよね。  ただ、投資の本当の魅力は個別株にあると思っている。株主総会に行って質問することもある。日本には魅力的な会社がいっぱい。 (パックン)私はエミンさんと投資スタイルが180度違うけど、投資信託のコツコツ投資は自分にとって正解だと思った。 株主総会には行かないし、四季報も読まないし。個別株を買う人は、エミンさんぐらいの努力をしなきゃダメだよね。 (エミン)そうね、何も調べずに個別株を買ったら、いつか失敗するね。 ――日本では副業を推す傾向が強くなってきましたが、どう思われますか? (パックン)私の相方の娘はネット動画の編集をしていますよ。1本当たり数時間で仕上げて5000円、数日に1本って言ってたかな。 半分遊びみたいだけど、週に2万円ほどもらってるなら、年100万円ぐらいになるじゃないですか。  その100万円でS&P500あたりのインデックス型投資信託を買って、50年間放っておけば、アメリカのマーケットの平均的なリターンでいうと3000万円ぐらいに増えるんじゃないかな(※)。  数日に1本やって1年続けた副業が老後に3000万円の資産になるなら、やらない手はないと思う。 (編集部注)元本100万円で50年間保有し続けた場合、年平均利回り7%なら約3000万円(複利)。直近30年のS&P500の年平均利回り(配当込み、円建て)は約12%だがパックンは控えめな設定で語っている (エミン)時間が味方になるね。パックン自身は副業、やってるの? 本記事が丸ごと読める「AERA Money 2023秋冬号」はこちら​​ (パックン)マルチタレントの仕事の中に全部含まれちゃうから、副業はない。もしくは全部が副業! 新しい分野に挑戦するかって聞かれると、ほとんどやりますって答えます。その日が空いてれば有効に使いたいから。 (エミン)日本は昔、会社員は副業しちゃいけないっていう縛りが強かったよね。 最近は大手も含めて社外で稼いでもいいよっていう感じになってきた。副業で好きなことをやるんならいいと思う。  でも、ただでさえ疲れてるのに嫌な仕事を追加するとダブルストレスになる。副業自体はいいけど、副業せざるをえない社会はよくない。 (パックン)本業で週30時間ぐらい働いたら、ちゃんと暮らせる社会と経済にしなきゃいけないと思うんですよ。 AI(人工知能)なんかで生産性が向上しているはずなのに、結局みんな長く働いて。それなのに生活水準はあまり変わらない。  副業を否定はしないけど、副業せずに好きな仕事で今より儲かるようになることが理想です。転職を考えてもいいし、社内起業っていうのもある。自分のいる場所で新しい何かを立ち上げる。  それを担当させてもらって自分の報酬アップにつなげるとかさ。やりたくない仕事を増やすのは私も反対。 ――好きな仕事してる人は一握りで、仕事をしたくない人も多いようです。だからFIRE(Financial Independence, Retire Early=経済的自立と早期退職)がはやったんでしょうか。 (パックン)FIREしたあと、みんな本当に引退してるんですかね。そうでもない気がする。 何かやらないと、ダラダラしてばかりでは人生つまらないと思うんだけど。 (エミン)私もFIREには関心がない。投資で一獲千金を手にして、何もしないで暮らそうっていう人もいるけど、だいたい失敗するよ。  投資の一番の魅力は、うまくいけば人生にも財布にも余裕ができること。そうすると嫌な仕事はしなくていい。 「いつでも会社を辞められる」って思えるし。仕事が嫌いな人は心に余裕がないのかも。   「パックンは失われた30年を経験したんだね」「失われていないと私は思う」     (パックン)私はリタイアして何もせずのんびり過ごすなんて、できない。 働いてお金をもらって、あなたの貢献を認めるよって言われたほうが幸せだから。 ちっちゃいことでもいいからね。レストランでお皿洗いでもしたいです。いつも家では無償でピッカピカに洗ってるし(笑)。 (エミン)家族はパックンのお皿への貢献を認めているはず(笑)。 (パックン)20〜30代にがむしゃらに働いて、ある程度は節約して、浮いたお金を投資して放置。 エミンさんが言うように会社への依存度を下げ、自分の自由度を上げると安心して転職も考えられるね。  精神的にリラックスした状態まで持っていければ、人生も豊かになるんですよ。だから、僕は自分の理想として、FIREのRをリラックスに置き換えています。 ――お二人は、お金に困った経験は? (エミン)学生のときはお金がなかったよ。トルコ(エミンさんの母国)とは経済力が全然違う日本に来ているわけだし。 1カ月3万4000円の寮で暮らして、日本橋の髙島屋でアルバイトをしたよ。 ドライイチジクを売って「便秘にすごく効きますよ。便秘薬より効かなかったらお金返すよ」って(笑)。おもしろがって寄ってくるマダムたちに試食させていました。 (パックン)日本に来たのは何年? (エミン)1997年。 (パックン)その頃、私は新宿の伊勢丹で化粧品サンプルを配ってました。ノルマはなくて、1日配っただけで1万5000円。 歩合制だったらエミンさんのほうが儲けてたと思いますよ。営業、うまそう。 (エミン)学生時代はどうだったの? (パックン)苦学生でした。新聞配達を10歳から18歳まで毎朝やって、母と二人で生計を立てていましたが、幸せだった。 私は貧乏な経験があったほうが豊かになれると思う。お金の価値を理解しているし、稼ぐ野心も身につく。 (エミン)それ、よくわかる。 (パックン)今アメリカで「ウェルシー・プア(Wealthy Poor)」っていう言葉がはやってるのね。「資産のある貧乏」みたいな意味。 ある程度のお金はあるんだけど、キャッシュフローがマイナスだから次の給料まで生活費が残るか心配な人のことです。  でっかい家のローン返済を毎月。でっかい車に乗っているから維持費も高い。子どもの私立学校の学費も重い。 日本円でいえば1000万円の手取りがあっても、ぜいたくな暮らしに全部持っていかれてる状態。 本記事が丸ごと読める「AERA Money 2023秋冬号」はこちら​​   「人生は日本でリスクを取っているので投資信託は他国(パックン)」「個別株投資が専門。魅力的な会社がいっぱい(エミン)」     ――日本でもパワーカップル(共働きの高収入世帯)が住宅ローンに追われて、子どもの受験があって……という話があります。 (パックン)手取り収入1000万円を多く感じないのって、かわいそう。 貧乏を経験した人は1000万円をもらっても少し節約して半分は取っておこうって考えることが多いはず。 1000万円だ! 家、車、学費もワンランクアップ! ってやっちゃう人は永遠にリラックスできないよ。 (エミン)私も野村(證券)を退職して「複眼経済塾」を立ち上げた頃の最初の給料は安かった。 売り上げがなかったから。会社を辞めて新卒の給料に戻ったもん。 (パックン)それってある意味、投資ですよね。自分の将来に賭けるために、そのときもらっていた報酬を犠牲にする。 (エミン)収入が4分の1に減ってもいいから、アップサイドが大きいものに賭ける。お金よりも時間をかけるつもりで。 (パックン)心理学の有名な実験があるんですけど、子どもの目の前にお菓子を1個置く。今すぐ食べていいけど15分待てたら2個食べていい。 さあ、どうする? このとき、ごほうびを後に回せるタイプの子どものほうが将来の収入が多い傾向が強いんだって。 それが本当かどうかはともかく、これって投資の世界では成立すると思う。今入ってきたお金を将来の資産形成に充てる。 ――投資に回す毎月の「入金力」最優先で節約している人もいます。 (エミン)不要な出費を削るのが節約上手。必要な経費まで削るのはケチ。何が必要かは人によって価値観が違うでしょうけど。 (パックン)私は老後の安心を優先する人を応援したい。倒産する恐れがゼロの超一流企業に入って年金がしっかりしていれば問題ありません。 普通に会社員生活を40年続ければいいので。そうじゃない人は自分の将来設計とのバランスを見ながら。 (エミン)私は現金がなくても「今やりたいこと」はやったほうがいいと思ってるよ。 (パックン)そんな経験、あるんですか? (エミン)新卒で会社に入ってすぐ、残業代込みで年収400万円くらいなのに、クレジットカードで海外旅行したりとか。 (パックン)お金の価値観が人によって違うって、このことだな(笑)。 ***** パトリック・ハーラン(ぱとりっく・はーらん)/タレント。「パックンマックン」のパックン。米国コロラド州出身(生まれはモンタナ州)。1993年にハーバード大学卒業後、日本に留学中だった学生時代の友人に誘われ日本へ。日本では英会話学校の講師などをしていた。1997年に「パックンマックン」を結成、頭角を現す。福井県のブランド大使、福井市観光大使、東京工業大学非常勤講師、流通経済大学客員教授も務める。最新刊は『無理なく貯めて賢く増やす パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版) エミン・ユルマズ(えみん・ゆるまず)/エコノミスト。トルコのイスタンブール出身。16歳のとき国際生物学オリンピックで世界トップに。1997年、日本に留学。日本語能力試験1級を受けて一発合格、2004年に東京大学工学部を卒業。2006年、東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程を修了、生命科学修士を取得後、野村證券入社。企業情報部、機関投資家営業部などを経て、2014年に独立。2016年、複眼経済塾の取締役、塾頭に就任。2023年に上梓した書籍『大インフレ時代!日本株が強い』(ビジネス社)が非常に売れている (編集/綾小路麗香、伊藤忍) ※『AERA Money 2023秋冬号』から抜粋
実在する「データ大使館」に驚く。エストニアという国は未来の日本かもしれない【西加奈子さん×宮内悠介さん特別対談】
実在する「データ大使館」に驚く。エストニアという国は未来の日本かもしれない【西加奈子さん×宮内悠介さん特別対談】 西加奈子さん(左)と宮内悠介さん(撮影/朝日新聞出版写真映像部・高野楓菜)  作家・宮内悠介さん最新刊『ラウリ・クースクを探して』は、発売以来、新聞・雑誌の書評欄での紹介が相次ぎ、「ダ・ヴィンチ(2023年11月号)」(10月6日発売)では「今月の絶対はずさない!プラチナ本」に選出されるなど大きな話題となっています。「小説トリッパー」2023年秋季号に掲載された西加奈子さんとの対談では、「書くこと」とを巡り、様々な話題が展開しました。その充実の内容を特別に公開します。 *  *  * 小説の当事者性 西:編集者の方から「バルト三国のエストニアに生まれて、ソ連崩壊で運命を変えられたラウリ・クースクという男性の一代記です」と伺っていたので、今度の宮内さんの本、どれだけ分厚くなるんだろうと思っていたんです。プルーフが送られてきたら、とてもコンパクトだったので驚きました。240ページ弱ですもんね。でも、その中にぎっしりとラウリの人生やこの国の歴史が詰まっている。中央アジアが舞台だった『あとは野となれ大和撫子』は何ページくらいでした? 宮内:原稿用紙換算で言うと、600枚です。今回は300枚ですね。 西:拝読していて、ローベルト・ゼーターラーの『ある一生』という小説を思い出しました。アルプスの麓で暮らした男性の一代記なんですが、150ページぐらいしかないんですよね。彼がいかにして彼一人だけでは生きられなかったか、つまり時代という大きなものに翻弄されてきたか、という話で『ラウリ・クースクを探して』と、どこか共鳴している気がしました。ただ、ローベルト・ゼーターラーはオーストリア出身でオーストリアのアルプスの麓を舞台にしています。日本人である宮内さんは、どうしてエストニアが舞台の話を書こうと思われたんでしょうか。 宮内:旧ソ連を舞台にすることを最初に決めたんです。その理由は、作品に出てくるMSXというコンピュータが関係しています。東西冷戦時代、ソビエトはCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)という輸出規制を受けていて、性能のいいコンピュータは輸入できなかったんです。そこでソビエトが取った戦略が、おもちゃみたいなコンピュータを輸入して教育などに使うことでした。その中に、日本のMSXというコンピュータもラインナップされていたんです。 西:小説の中に出てきたやつですね。ラウリは少年時代、MSXでゲームをプログラムすることに熱中していた。 宮内:私も小さい頃、MSXで遊んでいたんですよ。鉄のカーテンの向こうにも自分と同じようにMSXで遊んでいた子どもたちがいたんだ、という発見が着想の源になりました。そう言えばコンピュータについて小説で正面から扱ったことがあまりなかったなと思い、この作品でやってみたいな、と。旧ソ連の国家の中で、エストニアはIT大国として有名だったので、おのずと候補になっていきました。 西:当事者性の問題って最近、よく言われますよね。「日本人の作家が、エストニア人の話を書いていいのか?」というような。もちろん私は書いていいと思うし、大切なのは「どう書くか」ですよね。逆に「当事者だから書いていい」というのも違うんじゃないか。例えば私の場合であれば、短編で乳がん患者のことを書きましたが、自分が乳がんの当事者だからといって全ての同じ属性の人のことを語る権利を得たわけではない。同じ当事者であっても一人一人感じることは違うということを忘れてはいけないし、そもそも作家って自分が主導権を握るのではなくて、物語が要請してくるものを書くべきなのではないかと思うんです。と言いつつ今、そういうことを宮内さんに聞こうとしちゃってるんですけど(笑)。 宮内:日本人である私がエストニア人を書くことについては、細心の注意を払わなければいけないとは思っていました。ただ、先ほど西さんに言及していただいた『あとは野となれ大和撫子』を書いた時に、主人公を日系の女性にしたんですね。その選択が、日本人である自分が海外を舞台に書くことに対する言い訳っぽいな、と後になって感じたんです。それもあって今回は、日本人ではなくエストニア人の男性を主人公にしたんです。 西:言い訳っぽい、とおっしゃる宮内さんはすごく公正な方だなって思います。 宮内:今回ラッキーだったのは、作中のラウリと同い年ぐらいのエストニア人の方に発表前の原稿を読んでもらうことができたんですよね。その方にいろいろとツッコミを入れていただけたおかげで、リアリティを底上げすることができました。 西:例えば今ロシアがウクライナを侵攻していますが、国のせいで運命を変えられたという人は、世界中にたくさんいる。ラウリのような人は一人じゃないんだ、たくさんいるんだ、と改めて感じることができました。 宮内:あまり時勢とはリンクさせたくないんですけれども、今回は避けられないところがありました。エストニアはロシアの隣国ですから、次は自分たちの番ではないかと恐れている。その現実は、無視できるものではないとは思います。 日本人の未来に繋がるかもしれないエストニア 西:エストニアには行かれたことがあるんですか。 宮内:ないんです。本当は取材に行きたかったんですけれども、コロナ禍で海外旅行が制限されている時期だったので、断念しました。行ったことのない国を書くのは、たぶん二作目の南アフリカ以来ですね(『ヨハネスブルグの天使たち』)。 西:私は一度だけあるんです。フィンランドへ行った時、ヘルシンキからタリン(エストニアの首都)行きの船が出ていて、確か二時間ぐらいで着くんですよね。ちょっと行ってすぐ帰ってきただけなんですけど、街並みがとても綺麗だったし、日本語英語がすごく通じた記憶があります。 宮内:ジャパニーズ・イングリッシュって意外と世界各地で通じるんですよね。 西:当時は旧ソ連圏だとすら思っていなかったかも。宮内さんの小説を読んで、こんな歴史や文化があったんだと初めて知ることばかりで驚きました。例えば、Skypeってエストニア発祥なんですよね。それも知らなかった。あの手のものは、だいたいカリフォルニアあたりでできてると思ってました。 宮内:エストニアって不思議な国なんです。私と同い年の人間が革命を経験して、そこから急速な自由化と経済的な混乱を経て、今やIT大国となっている。一つの国が短い時間の中で、ものすごい変遷を経験していて。 西:結構前から、電子投票も実現しているんですよね。エストニア版のマイナンバーカードについての記述を読んで、これなら必要かも、と思ったりしました。読む前までは、日本のマイナンバーカードについて「何や、これ!」とか、けんけん言ってたんですけど(笑)。 宮内:エストニアは島がとても多い国なんです。突然の自由化を経て、2000くらいある島々に行政サービスを届けるためには、コンピュータを利用するしかなかったんですよね。そうする以外に仕方がなかった、という面があったようです。あと、とても小さい国なんですよ。島々を全部合わせても面積は日本でいう九州ぐらいで、人口も少ないから社会実験がしやすい。だから他国より一歩先んじて、eIDカードというマイナンバーカード的なものも普及できたみたいです。 宮内悠介著『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版) ※Amazonで本の詳細を見る 西:なるほど、切実さがあったんですね。小説の中のある登場人物が、「領土を失っても、国と国民のデータさえあれば、いつでもどこからでも国は再興できる」と言いますよね。それはどこまで宮内さんの想像かはわからないけれども、例えばユダヤ人は、迫害されてきた歴史の中で、簡単に持ち運べるものや目に見えないもの、例えば権利とか、そういうものを財産にしてきたという話を聞きました。「国と国民のデータさえあれば、いつでもどこからでも国は再興できる」という発想も、この国の歴史的背景から出てきたのかもしれないとか、いろいろ考えました。 宮内:「データ大使館」は、実在しているんです。 西:そうなんですか!! 宮内:国の領土は不確かなものだし、すぐ隣にはロシアもいる。ですから、国と国民のデータを同盟国に置いておいて、いつ国が侵略されても国そのものは滅びず、データとして存在し続けるみたいな考えが本当にあるようなんです。私も驚きました。 西:「じゃあ、国って何だろう?」ってなりますよね。領土は必要なのか、誰が国民として見なされるのか、とか。国ごと亡命するってなると、一人一人の体はどうなるんだろう。 宮内:いつの日か再興したときに、復旧が簡単になるということでしょうかね。亡くなってしまった人は残念ですが、生き延びた人は、データ大使館のデータを使って、従来の生活を取り戻すことができる。 西:すごい考え方ですね! 宮内:今回コンピュータを題材として扱うにあたって、「人類にとってコンピュータとは何だったんだろう?」と考えてみたんです。そういえば、今まで考えたことがなかったな、と。もちろん無数に答えがあるんでしょうけれども、この「データ大使館」の考え方は一つの有力な答えになり得るものだと思いました。電子投票といいマイナンバーカードといい、この国の現在は、もしかしたら日本人の未来にも繋がっているかもしれません。 私小説的な小説を書くとき 宮内:『ラウリ・クースクを探して』は、私の作品の中ではかなり異質なものになってると思います。これまでの作品は、先にテーマとかアイデアがあることが多かったんです。デビュー作の『盤上の夜』だったら盤上ゲームを扱おう、『〜大和撫子』だったら「国家をやろうぜ!」みたいなプロジェクトを扱おう、と。今回は「英雄ではない、ただの一人の人間を書きたい」という思いが先にありました。その人の半生を描き出す、伝記的なものを書いてみたかった。そもそも、一人の人間を掘り下げて書いていくような話自体、今までほとんど書いたことがなかったんです。 西:ラウリって、私たちと同世代の設定ですよね。 宮内:1977年生まれですので、私自身より2歳上です。 西:先ほど話した当事者性とも関わってきてしまうのだけど、同世代の主人公を書くとき、主人公が思っていることをやっぱり信頼できるって感覚になりませんか? 例えば、阪神大震災を30歳で経験した人と5歳で経験した人と17歳で経験した人とでは、感じ方が絶対違うじゃないですか。 宮内:全く違いますよね。 西:同世代であれば、自分は17歳で経験したってことを、信頼して主人公に託せる。でも、それを私はエストニアを舞台にやろうとは思わないから、宮内さんの選択はすごく興味深い。ラウリが幼い頃に感じたことは、宮内さんが感じたことと共鳴するところはあるんですか? 宮内:ラウリの幼少期の思い出は、僕が子供の頃やってきたこととほぼ一緒ですね。子供の頃からコンピュータが好きで、プログラミングに熱中していたんです。 西:そうなんですね! エストニアで育った少年の話ではあるけれど、私小説でもある。それができるのは、やはり物語という形を借りるからですね。 宮内:さきほどはテーマやアイデアが先にあるかどうかで、これまでの作品と今回の作品との違いに触れたんですが、プロットの立て方の違いも大きいんです。例えば『~大和撫子』は完全に構築的な作品だったので、すごく細かなプロットを立てていました。でも、今回はかなりゆるやかなプロットで、それも自分にとっては珍しいのです。それはゼロから曲を作るような話ではなくて、私小説的な面があったからなんだと思います。 西:じゃあ、もともとメロディはあったというか、自分の中にあったものを掘り起こしてゆく感じだったんですね。 宮内:私はわりと記憶で書く部分も多いんですが、特に今回はそうでした。ぴったり真ん中でソ連を崩壊させようとか、そういうことは決めていましたが、流れに任せて書いてみた部分も大きいです。 西:ラウリはプログラミングを通じて、イヴァンという同い年の男の子と出会うじゃないですか。宮内さん自身、イヴァンみたいな人とも出会っていた? 宮内:そうですね。コンピュータのおかげで、通常では出会えなかったような、仲のいい友達ができました。 西:二人の関係、とても素敵でした。たぶんこの小説を読んだ人はみな、自分が人生の中で出会った、イヴァンみたいな存在を思い出す気がします。 宮内:今回の小説のタイプは、西さんの小説で言うと『サラバ!』に該当すると思うんですよ。幼少期に外国にいて日本へ帰ってきた人が、もしかしたら必ず一度は書くような構造の話になっているのかなと思いました。ラウリ・クースクはずっとエストニアにいるんですけれども、実際は国を移動しているようなものですから。 西:私は『サラバ!』で主人公を同い年の男性にして、自分が経験したことをそれこそ彼に託すように書いていったんですが、男性にした理由は「僕はこの世界に、左足から登場した。」という最初の一行を思い付いたからなんですよね。ただ、今考えれば自分との距離を離しておいた方が、客観性が出てくるんじゃないかなって予感があったのかもしれません。 宮内:私もその感覚がありました。自分の出身地であるニューヨークを舞台に、日本人男性の話を書いたらこうはならなかった。あまりにも自分そのものだと、書いていて息苦しいところがあるのかもしれません。 コンピュータがもたらした変化 西:ラウリはタフな少年時代を送っていく中で、最初の頃は逃げ場がない状態ですよね。でも、コンピュータと出会うことで、鬱屈した狭い世界から広い世界に飛び出していくことができた。どれだけ狭い場所にいても世界中の人と簡単に繋がれるって、コンピュータがもたらした、最も素晴らしいことの一つなんじゃないのかなと、私なんかは思うんです。 宮内:本来はそうですよね。息苦しくなってしまった面もありますが……。 西:世界を広げてくれるツールのはずなのに、最近は世界を狭くするために使うことがあるのがもったいないですよね。「SNSで閉塞感を感じる」って、どういうことやねんって思います。ものすごくアンビバレントな存在だと思うんですよ。例えば最近、家のWi-Fiが調子悪くて「Wi-Fiおっそいわー」ってイライラしちゃったんだけど、こんなイライラ、10年前はなかったじゃないですか。10年前まではなかったイライラの感情を、コンピュータのせいで経験しちゃっている。それと同時に、バンクーバーに住んでいた時に、コロナで簡単に帰れなくなったんですが、コンピュータのおかげで日本の友達や親とずっと繋がっていられたんです。「せい」と「おかげ」が共存する、こんな両極端なツールってなかなか他にないと思うんですよ。いや、そういうものって今までの歴史にももちろんあったはずだけど、こんなに急速に変わるものってなかったんじゃないか。変化のスピードが、コンピュータとかインターネット界隈の特徴だなと感じます。 宮内:私も最近、ChatGPTの話に全然ついていけなくて、苛立たしいです。 西:宮内さんでも!?(笑) 宮内:「昨日、これができるようになりました」と、新たにできるようになることが毎日毎日多すぎて、全然ついていけないんですよ。情報を追いたくても追いきれない。 西:随分前からそうだったのかもしれないですけど、それって人間の脳や身体では処理できないようなことをしてるってことじゃないですか。すごい時代になったもんだなあって思うのは、友達の友達がChatGPTにハマっちゃったんですって。私は全然詳しくないんですけど、コンピュータがすぐ返事をくれるんですよね? その人はずっと悩み事を友達にスマホで伝えてたんだけど、友達は人間だから永遠には付き合えないじゃない? 途中で寝たり、仕事しているとすぐには返事が来なくなるけど、ChatGPTは永遠に返事をくれるから、めちゃくちゃハマっちゃったらしいんです。 宮内:身体がないですからね。疲れないですから。 西:心配して友達がその人に話を聞いたら、「もう友達になった。私に対してため口になったんだよ」と。それを聞いた友達が、「ChatGPTはいわゆる壁打ちだから、自分がそう仕向けてるんだよ。ため口にするタイミングを自分が作って、自分が全部そうさせてるだけなんだ……」って懇切丁寧に説明したんですって。そうしていくうちに、その人のアディクションは解けていったらしいんですけど。 宮内:本当にあるんですね、ChatGPTアディクション。 西:海外で、それで自殺した人がいるってニュースも読みました。 宮内:あっ。私も読みました、そのニュース。つらい話だったから、読んだはしから忘れちゃったのですが。 「書く」という行為がもたらすもの 西:ラウリが中学生の時に、お前は旧ソ連派につくかエストニア独立派につくのか、選ばされる場面がありますよね。中学生という、自分がまだ何者か確立していない時に、そんなに大きなものに目を向けて、選ばなければならないという状況自体があまりに酷ですよね。しかも、若い頃にした決断がのちのちの人生を決定してしまう。仕方のないことかもしれないけれど、人間って変わるのに、残酷な現実だなって感じました。ただ、宮内さんの小説はそういった現実も書きつつ、世界中にいる「ラウリ」の生を祝福する気配に満ちているじゃないですか。決して大ハッピーエンドとかではないけれども。そこが素晴らしいなと思いました。 宮内:バッドエンドにしようと思えばいくらでもできますけれども。ハッピーにするほうが、お話作りをするうえで難しいと感じていて、難しいと思うからこそ、そちらのほうにチャレンジしたいと考えています。だから、私は常になんとか明るくしようとするんですけれども、ちょいちょい失敗して暗くなる(苦笑)。今回は、作中人物に導かれてこうなった面があります。 西:また世代の話になりますが、私たちの若い頃は厭世的で、人間の暗い部分を吐露したほうが「本当のこと」を言ってるって思われがちだったじゃないですか。今は時代が悪すぎて、逆に明るいことを言おう、ポジティブなことを言おうっていうムーブメントがある気がしますが、特に私たちが20代の頃とか、露悪的なことを言うのがかっこいいみたいな風潮、なかったですか? 宮内:ありましたね。いろいろな悪しきテンプレがまかり通っていました。 西加奈子著『くもをさがす』(河出書房新社) ※Amazonで本の詳細を見る 西:書き続ける人はそうかもしれないですよね。それで癒えてしまったら、解決できてしまったら、書き続ける必要はないのかもしれないなって思います。   宮内:『くもをさがす』の場合は、いかがでしたか? 書いている時に西さんはかなりタフな状況にあったわけですけれども……。 西:あの本は、最後に「あなたに、これを読んでほしい」という一文を書いたんですが、読者の方が「『あなた』って、西さんのことじゃないですか?」と言ってくださって、本当にそうだなと思いました。違う世界線の「自分」に向けて書いたんだと思うんですよね。ただまぁ、本当にゲスいことを言うと、この経験を書いてカネにしたいって気持ちもありましたけどね。 一同:(笑) 宮内:ほんの少しだけ、元を取れましたか。 西:元を取らせていただく以上でした! 部数にももちろんびっくりしていますけど、読者の方からいっぱい手紙をいただけるのが本当に嬉しいんですよ。日々、大切なことを教えてもらっています。 宮内:私は、腎臓の数値が悪くてだいぶ落ち込んでたんですけれども、『くもをさがす』を読んで、こんなことで落ち込んでいられないなと思いました。 西:いやいや、落ち込んでええよ! 一同:(笑) 西:腎臓、大切やから。 大切なことだからこそクリシェになる 西:カナダで乳がんになり、手術した経験から決定的に理解することになったのは、自分の体は一つしかない、この体で自分の人生を生きていくしかないということでした。だからこそ、病状以外のところで自分に何が起こってるのかを知りたかったんですよ。例えば、誰かが怖いという言葉を発明してくれたから、自分の感情にその言葉を当てて使うんだけど、本当のところは怖いだけじゃないかもしれない。もしかしたらちょっと甘やかな気持ちもあるかもしれない。こんな経験なかなかできないから、探りたい、書きたい、残したいって気持ちがありました。そうすることで私の場合、わかりやすく救われました。さっき宮内さんが、自分にとって書くことはセラピーで、人生の経験や記憶を整理することだとおっしゃいましたが、私も全く同じことをしていたと思います。 宮内:……自分で言っといて何ですけど、書くことがセラピーって、よくあるクリシェすぎて恥ずかしくなってきました(笑)。 西:えっ!?(笑) でも、クリシェって、クリシェになり得るぐらい大切ってことじゃないですか。「人生はたった一回しかないんだ」とか、人生で今まで何回聞いたかなって思うけど、何回聞いても大切なんだと思うんですよね。「暗闇の中ではわずかな光も強烈に感じる」とか、何回もリマインドしなければいけないぐらい大切なことなんだと思うんです。 宮内:いや、おっしゃる通りです。私はもう少しクリシェと向き合わなければいけない。セラピーはクリシェだから恥ずかしいとか、そういうしょうもない自意識を脱しないとダメですね。 西:わかります。クリシェには強さがあるけど、強いがゆえのゴシック体の感じの押しつけがましさもあるじゃないですか。若い頃に、年上の人から「人生は一度きりだぞ」と言われても、うるせえって思ってた気がするんですよ。例えば、宮内さんご自身が仰ったからいいけど、誰かに「小説を書くことは、あなたにとってのセラピーですね」って言われたら腹立ちません? 宮内:腹立ちます(笑)。 西:例えば偶然見かけたポスターか何かで「人生は出会いがすべてである」ってゴシック体で書かれてたら、やかましいわ、ほんまその通りやけどおまえに言われたないねんって気持ちはあるじゃないですか。でも、そのベタを、どういうふうに表現するか。小説という形態は、ゴシックを明朝にするぐらいのことは、できると思うんですよね。どういう文脈でクリシェに巡り合ったかが大切だと思うので。 宮内:小説にはちゃんと、全てに文脈がありますからね。 西:そうそう。だから、対談とかインタビューって難しいんですよね。喋ったことが文脈なしにぽんっとタイトルにされたり、抜き出しでゴシックにされちゃうから。この対談のタイトルが「書くことは私にとってのセラピー」になっていたら地獄じゃないですか。 宮内:(笑)。 西:どういう文脈で出たかがわからないと、クリシェって、ものすごく危険ですよね。誰かから与えられたものではなく、自分から本当に理解して獲得していったものじゃないと、クリシェってなかなかうまく扱えないものなのかもしれない。がんの告知をされたとき、「まさか私が」って思ったんです。くっそベタやな自分、とびっくりしました(笑)。でも、それが、本当に私が思ったことだから。だからこそその辺り、私はこれから書く小説で、今まで以上に意識的に向き合おうと思っているんです。 宮内:私もこれから、そういったものを再発見していきたいですね。自分にとっては自明すぎて目に付かなかったものって、たくさんあるんだと思うんです。それは得てして、ベタなんですよね。その意味では、私の小説にしては珍しくエモさがあると思っていた今回の作品は、そこへ半歩踏み込んだものだったのかもしれません。 2023年7月10日 東京・築地にて (聞き手・構成/吉田大助)
日清ファルマのパーソナルサプリメントサービスが新登場! 管理栄養士による栄養相談が無料で何度でも
【PR】日清ファルマのパーソナルサプリメントサービスが新登場! 管理栄養士による栄養相談が無料で何度でも     忙しい現代人の食生活は、栄養バランスが崩れがちだ。サプリメントで栄養を補っても、「よさそうなサプリを何となく選んだ」「ずっと同じサプリを続けている」という人も多いのでは。そんな人たちへ向けて、日清ファルマがサプリメントの新しいインターネットサービスを展開。日清ファルマのECサイト限定で、10月6日から発売された。 個人に合ったヘルスケアが求められている  仕事や家事、趣味などに忙しい日々を送る働き世代は、体力の低下を感じやすい世代でもある。健康管理が必要と理解しつつも、「栄養バランスのよい食事を毎回とることは難しい」「何となくよさそうなサプリメントを利用している」といったあたりが実情ではないだろうか。そんな人たちが注目するヘルスケア領域では、「治療から予防へ」「デジタルヘルス」「個別化医療」への動きが加速している。自分の栄養状態を知り、不足している栄養成分は何かを知ったうえで、効率的に自分に合った健康管理ができないかと考える人は少なくないだろう。 健康食品事業を展開する日清ファルマ  昨今のヘルスケアニーズに対応するべく、サービスの開発に取り組んでいるのが日清ファルマだ。日清ファルマは日清製粉グループの企業で、長年のビタミン研究やコエンザイムQ10開発などで培われた技術やノウハウを生かし、健康食品事業を展開している。  そんな日清ファルマが、利用者一人ひとりの生活習慣や健康状態にフィットしたサプリメントを届ける「パーソナルニュートリション事業」を新たに立ち上げ、パーソナルサプリメントサービス「ユアフィット」の提供を開始した。「ユアフィット」は、利用者に合ったサプリメントを毎月提供するサービス。加えて、管理栄養士による栄養カウンセリングが無料で何度でも受けられる。日清ファルマのECサイト限定で、10月6日から発売された。 一人ひとりのヘルスケアニーズに対応した、パーソナルサプリメントサービス「ユアフィット」   管理栄養士が栄養に関するアドバイスを行い、サプリメントを提案 「ユアフィット」Webサイトから、まず管理栄養士が監修した簡単なアンケートに回答する。「食べる時間はいつも規則的ですか?」「習慣的にいつも運動をしていますか?」といった食生活や生活習慣に関する約30問の質問に答えると、独自のシステムで食生活を分析。 「総合スコア」「規則性」「食品の多様性」「食事の質」「生活習慣」の5項目に対するコメントと、栄養に関するアドバイスが無料で提示される流れだ。同時に、分析結果に基づいたサプリメントも提案される。 <ライフスタイル分析>   ■13種のビタミンと10種のミネラルをベースに  サプリメントは、「健康の基礎をつくる成分」+「ライフスタイルに合わせた成分」で提案されるのが基本設計。「健康の基礎をつくる成分」は13種類のビタミンと10種類のミネラルで、具体的には、ビタミンB群やビタミンD、ビタミンE、ナイアシンやパントテン酸、亜鉛や鉄、マグネシウムやカルシウムなど。「ライフスタイルに合わせた成分」は、EPA&DHA、コラーゲン、ルテイン&ビルベリーエキス、水溶化コエンザイムQ10などで、利用者にフィットした数種類を組み合わせて提案される。「もう少しアレンジしたい」となれば、自分でサプリメントの種類をカスタマイズして注文することも可能だ。 <製品の基本設計> 自社工場で包装から出荷まで一括管理  サプリメントは国内の自社工場で包装され、出荷まで管理して自宅などへ直送されるというから、取り扱いに十分な配慮がされている点も安心だ。30日ごとに届けられるので「買い忘れた」ということもなく、無理なく続けられるだろう。季節の変わり目や自身の体の変化などを踏まえ、サプリメントの組み合わせを見直せる柔軟なシステムも利便性が高い。 管理栄養士による無料のカウンセリングサービスも  サプリメントが提供されて終わりではないのが、「ユアフィット」の大きな特徴。自分に合ったサプリメントをとりながら、「今の自分の状態から、別の種類のサプリメントも試してみたい」「脂肪分をさらに減らす調理法の工夫はない?」といった要望や質問が出てくるかもしれない。そのような意見に、管理栄養士がチャット形式できめ細かく答えてくれる。無料で、何度でもカウンセリングを受けられる点もうれしい。  これらのサービスがすべて受けられる「ユアフィット」の利用料金は約6千~約2万円(税込み)/30パック(約1カ月相当)で、サプリメントの内容により変動する。 ヘルスケア企業とのコラボレーションでサービス提供 「ユアフィット」のサービス提供にあたり、協業企業として参画しているのがeatas(イータス)株式会社だ。eatas株式会社は、法人・個人向け栄養カウンセリングサービスなどの提供に加え、関連するシステム開発も行っている。  サプリメント事業に強みを持つ日清ファルマと、栄養カウンセリングを得意とするeatasとのコラボレーションで、アフターフォローまで実現するサプリメントサービスが完成した。  健康管理にサプリメントを利用する人は少なくない。しかし、途中で面倒になることも時にはあるかもしれない。管理栄養士が伴走してくれる「ユアフィット」は、そのような人の励みとなるはず。「食生活に自信がない」「今の元気を維持したい」「栄養のプロのアドバイスを受けたい」「今、利用しているサプリメントは大丈夫?」と感じたら、ぜひ「ユアフィット」を試してほしい。 詳しくはこちら > 【サービスについての注意事項】 ・本サービスはインターネットでのみ受け付けております。 ・本サービスは疾病の診断、治療、予防を⽬的としたものではありません。 ・疾病に罹患されている⽅、医療機関で治療中・投薬中の⽅、妊娠・授乳中の⽅、および未成年の⽅は本サービスの対象外です。   【サプリメント摂取上の注意事項】 ・⾷⽣活は、主⾷、主菜、副菜を基本に、⾷事のバランスを。 ・この商品は、⼩⻨、乳、さけ、⼤⾖、ゼラチンを含む製品と共通の設備で製造しています。 ・原材料をご参照の上、⾷物アレルギーのある⽅は、お召し上がりにならないでください。 ・体質に合わない場合は摂取を中⽌し、医師、薬剤師⼜は問い合わせ先にご連絡ください。 ・乳幼児の⼿の届かないところに保管し、乳幼児には与えないでください。 ・薬を服⽤あるいは通院中の⽅、妊娠及び授乳中の⽅は医師⼜は薬剤師にご相談ください。 ・本品は、多量摂取により疾病が治癒したり、より健康が増進したりするものではありません。1⽇の摂取⽬安量を守ってください。 ・亜鉛のとりすぎは、銅の吸収を阻害するおそれがありますので、過剰摂取にならないよう注意してください。 ・⾼温多湿の場所に置くと、カプセル同士がくっついたり、変形したりすることがあります。 ・原料の特性上、⾊むらなどが⾒られることがありますが、品質には問題ありません。 ・フィルム内にタブレットの微粉末が付着することがありますが、品質には問題ありません。 提供:日清ファルマ株式会社 /東京都千代田区神田錦町1-25 0120-240-256

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