「幸齢者」になりたい! 達人が示す「人生後半戦」の極意
綾小路きみまろさん
「人間万事塞翁が馬」──。何が幸せをもたらすかは、後になってみなければわからない。齢(よわい)を重ねて充実した生活を送る「幸齢者」たちは人生の何に重きを置き、どんな日常から今の境地にたどり着いたのか。幸せのヒントを探した。
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■この年になって人生もうひと花咲いた “幸せの好循環”手に入れた大崎博子さん
公園を散歩する大崎さん(写真・林ひろし)
御年89。雨の日以外は毎朝、仲間と太極拳を楽しみ、1日8千歩歩く。気の置けない友人と楽しむ趣味のマージャン、おしゃれにも気を使い、毎晩の晩酌は欠かさない。娘や孫に影響されてファンになった東方神起やBTSの動画を見て、韓流ドラマに熱中する──。もうすぐ卒寿を迎える女性が、そんな日々をツイッターでつぶやいている。現在、フォロワー数は17万人超え。今年2月には初の著書『89歳、ひとり暮らし。お金がなくても幸せな日々の作りかた』(宝島社)を出版し、あっという間に増刷された。
まさに“スーパーおばあちゃん”としか言いようがない、それが大崎博子さんだ。
「日課のウォーキングをしていると、“本を読んだよ”とか“ツイッター見てるよ”と声をかけられることが増えました。とてもうれしく思います。この年になると昔からの友達のほとんどは“あちら側”に行っちゃってるのに、私はまだこうして元気で好きなことをして、新しいお友達までできて、幸せです。この年になって人生にもうひと花が咲いた感じ。自分でもすごいことだと思います」
大崎さんは78歳のときパソコンを習い始めた。ツイッターを始めたのもそのころだ。娘に「おもしろいから」と言われてやってみたが、当初は娘以外に誰も反応してくれなくて、おもしろいとは思わなかった。
「ところが、その後に起きた東日本大震災で、電話がつながらなかったのにツイッターなら連絡が取れることがわかって、本格的に利用し始めたんです。原発事故への怒りをツイートしたら、ネットニュースで取り上げられて、一気にフォロワー数が増えたんです」
週刊朝日 2022年8月19・26日合併号より
それ以来、日常のこと、自身の戦争体験についてつぶやくたびにフォロワー数が増えていった。
「ウォーキングや太極拳、マージャン、オシャレやお掃除も大好き。それにツイートしたり本を書いたり……私は好きなことばかりをしているわけですが、そのおかげで若い友達もたくさんでき、それがまた幸せを生む。でもそれができるのは健康だから。健康だからこそ幸福を感じられるんだと思っています。だって、どこか痛いところがあったら、晩酌だって楽しめない。健康なら医療費も少なくて済むから、お金だってあんまりかからないのよ。年金で十分」
大崎さんに、幸せのために重要と考えられる五つの要素とその重要度を5段階で評価してもらったのが、「幸福チャート」だ(以下同)。健康だから趣味を楽しめる、趣味を楽しむから友達もできる、趣味を通して体も心も健康になる。
年を重ねてなお新たな出会いや気づきを得ている大崎さんは、「幸せの好循環」を手に入れたようだ。
■TikTokでぎこちないダンスが大ウケ 「幸せ」お裾分けする岡山の「おじキュン!」
前列左がりょうちゃん(黄)、右がみのちゃん(赤)、後列左がとーちゃん(緑)、右がけんちゃん(青)
幸せを周囲にお裾分けする立場の人は、どんな幸福観を持っているのだろうか。そんな疑問がわき、いま若者に人気のSNS「TikTok」で流行のダンスを披露している、岡山県和気町の中高年グループ「おじキュン!」に話を聞いた。
メンバーはそれぞれ、カラーの腹巻き姿で話題の「きつねダンス」などを披露する。赤腹巻きのみのちゃん(67)、黄腹巻きのりょうちゃん(66)、青腹巻きのけんちゃん(52)、緑腹巻きのとーちゃん(52)の4人だ。
総再生数は1600万回、フォロワー数4万人超で、多くのメディアに取り上げられた。
そもそものきっかけは、少子高齢化がいや応なく進む和気町で、自分たちの手でどうにかして町おこしができないかという、とーちゃんの思いに賛同して4人が集まったこと。今年1月に「おじキュン!」を結成し、ぎこちないダンスを披露したところ大きな反響があった。
週刊朝日 2022年8月19・26日合併号より
塾講師をしながら町議会議員を務めるりょうちゃんはその反響を喜ぶ。
「ネットの力を痛感しました。あっという間に再生回数が伸びていく。町を歩いていて話しかけられたり、一緒に写真を撮りたいと言われたり、うれしい限りです(笑)。次も頑張ろうというやりがいも得られました」
りょうちゃんは去年、2度目の結婚をした。
「それは幸せなことですよ。この年で伴侶を見つけられたというのは大きな喜び。おじキュン!での喜びとはまた別の幸せです。この年になると自分の幸せよりも、周りの人が笑顔になったり喜んでくれたりするほうが幸せを感じられますから」
自分が町に貢献しているという実感が得られるのがうれしい。そう話してくれたのは、庭園業を営むとーちゃん。
「SNSを使った新たなチャレンジのために、4人で集まって練習するのが部活動みたいで楽しい。メディアにも紹介され、地元のイベントに出演したり、他県の自治体からもお声がけいただいたりするなど、町の認知度アップに少しは貢献できて、やってよかったと幸せな気持ちです」
やはり町議会議員のみのちゃんは、生きがいがお金より大切だと言う。
「みんなに楽しんでもらえて、おじキュン!はもう生きがいだね。お金なんかよりずっと大事。今は和気町と子供たちの将来を考えるのが一番幸せ」
畳材料総合卸業を営むけんちゃんは、今後の夢をこう語る。
「和気町と同じように高齢化問題を抱えている自治体で、いろんなおじキュン!が誕生したらいいなぁと思う。そうなったら全国大会を開きたいね」
いかにも楽しそうに話す「おじキュン!」。動画から「幸せ」感がみなぎっているのは、彼ら自身が奉仕と生きがい、仲間から得られる喜びにあふれているからだった。
■「幸福度」ランク1位埼玉・鳩山町 「陸の孤島」で見えたつながる仕掛け
多くの高齢者が利用する「はとタク」
高齢者にとっての幸せとは何だろう。それを確かめるため、埼玉県鳩山町を訪れた。人口約1万3千人の鳩山町は、不動産会社「大東建託」が昨年発表した調査「街の幸福度ランキング」で見事、全国1位に輝いた。しかし、高齢化率が高く、“陸の孤島”とも称されるこの町がなぜ1位に?
実際に見て回ると、住民同士がつながる仕掛けがたくさんあることに気づいた。
週刊朝日 2022年8月19・26日合併号より
たとえば週1回、町内の4施設で行われる「地域健康教室」。毎回多くの町民が集まり、体を動かす。高度成長期に多くの住人が移り住んだニュータウン地区には、集会所や町おこしカフェ、シェアオフィスなどを集めた施設「コミュニティ・マルシェ」が2017年に開設された。
施設内のカフェでは趣味や特技を商品として売ることができるショップも併設されている。
公共交通が充実しておらず、「陸の孤島」と揶揄(やゆ)される半面、町民は原則、町内のどこへ行くにも1回200円の「はとタク」を利用できる。
手押し車を使って「マルシェ」にやってきた92歳の女性は、15年ほど前に夫を亡くして現在はニュータウンで一人暮らしをしているという。
「今日は買い物よ。あとはね、ちょっとおしゃべり(笑)。お友達とお茶飲んでね。そういう場所があるのは幸せね。はとタクのおかげでこの年になっても動けるのよ。そういう意味では幸せだと思うわ。この年でお友達にお茶に誘われるのって、幸せなことよ~。なるべく出歩いて、お話しして、足腰と頭を使ってる。コロナで子供や孫が来られないことだけが幸福とはいえない点ね」
ニュータウン地区で飲食店を経営している70代後半の女性は「コロナで商売は上がったりだよ」と言って笑う。店まで案内してもらい店内で話を聞いた。
「夫がこの店を残してくれて、常連さんがいまだに来てくれるのは幸せだよ。それから同級生はみんなもう定年で引退しているけど、私はこの年でまだ働けるからね。それも幸せだね。儲(もう)かってはいないけど(笑)。いまだに店に来てくれる常連さんと話すのが一番の楽しみ。それができるのも店をやっていたから。ただね、コロナ前は宴会もちょくちょくあったわけよ。宴会は楽しいね、儲かるし(笑)。人と人の距離を遠ざけるコロナが早く収まるなら、足腰が立つ限りまだ店を続けたいね」
年齢を重ねても幸せでいるために、地域のコミュニケーションが大事だと痛感した。
あなたはどんなとき、どんなことに幸福を感じ、今はどれだけ満たされているだろうか。自分だけの「黄金比」を見つけよう。(本誌・鈴木裕也)
■「人生は70代から」 苦労人・綾小路きみまろがたどり着いた幸福観
綾小路きみまろさん
もうすぐ72歳になります。ワクチン接種に行くと「高齢者の方はこちら」と書かれた札がある。それを見ながら進んでいる自分も高齢者なんだなと実感している今日このごろです。
私は定年退職のない仕事をしていますから、60代の10年間もブレークしたころと同じようにあっという間に過ぎていきました。だから年を取ったという実感がないんです。でも舞台から離れると、50代のころとは体調が違うなと思うんですね。何が一番違うかというと気力です。
私は70代という年代はラストチャンスだと思っていて、『人生は70代で決まる』という本を5月に出しました。その最後のチャンスを生かすには健康が第一。健康あってこその趣味であり、友達であり、コミュニケーションなわけです。ただし、健康なだけではチャンスは生かせません。前に進むための体力と気力が大切だと思っているんです。
週刊朝日 2022年8月19・26日合併号より
生きがいや趣味を楽しみたくても年を取ると長続きしません。若いときに“老後にこんなことをしよう”と考えていて、実際に年を取ったらできないことがたくさんあるんです。
私は60代で健康を意識してジョギングを始めました。でも70代になってひざが痛くなってやめました。ウォーキングを始めました。諦めました。今度はエアロバイクです。毎日40分漕(こ)いでいます。今度は腰を痛めました。焦らずほどほどに続ける気力と、それができる体力。それがないとチャレンジはできません。
下積み時代から40年、幸福観も変わってきます。下積み時代のころは「満たされてない幸せ」があったんです。「テレビに出てやる」「世に出るぞ」という目標やチャンスを待つ喜びがあったからです。燃えるものがあるということで幸せだったんです。
70代の今は違います。たどり着いた幸せというのでしょうか。新しいチャレンジをするのが難しくなりますよね。だから、手の届く幸せをほどほどに楽しもうと思うんです。
お金では幸せをつかめるとは限らない。70代になるまでの生きざまです。生きざま次第で手が届くものが違ってくるので、60代を大事に生きてほしいですね。(談)※週刊朝日 2022年8月19・26日合併号
週刊朝日
2022/08/18 07:00