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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    華原朋美が47歳でバースデー婚 会見が「アムロちゃんと同じ衣装」だった真意

     90年代を代表する歌姫“朋ちゃん”こと歌手の華原朋美が47歳の誕生日を迎えた8月17日、結婚を発表した。お相手は華原の専属マネジャーで、マネジメントを手がける事務所の40代社長で、オンラインで行われた記者会見では冒頭から「毎日が幸せですね。抱き合った時に、肌と肌が合う!」と幸せ全開で報告した。 夫とは2018年のイベントの仕事で知り合い、昨年8月に前所属事務所を辞めフリーになった後に連絡をもらい、11月に再会したという。「(夫のアプローチが)すごく情熱的だった。情熱的な心を感じたので会うことにした」といい、「そして会ってみると“一瞬でこの人となら”と。『この人と手をつないで、いろんなところに行ったら楽しいんだろうな』とか『この人と一緒においしいご飯を食べに行ったら、もっとおいしくなるのかな』とか『うちの息子も喜ぶんだろうな』とか、そういうことばっかり考えた。実は話は聞いてなかった」と“ひと目ぼれ”だったと告白。 その後は乗馬に行くなどして距離を縮め、今年2月に「結婚も前提として」と告げられ、華原も「優しさも含めて、本当にこんなことあるんだ。この人しかいないと思って」交際をスタートさせた。2歳になる長男もとても懐いているそうで「パパと一緒に遊ぶのが大好き」だという。 1995年にデビューし「I BELIEVE」「I’m proud」などミリオンヒットを連発し、紅白歌合戦にも5度出場した輝かしい時代から一転、度重なる騒動を経て2000年には休養。「07年には所属事務所から契約解除され、復帰するまで5年もかかりました。その間、睡眠導入剤や精神安定剤などに依存していたとも報じられ、緊急搬送騒動や恋愛スキャンダル、激太りなど、いつしかスキャンダルでしか話題にならないお騒がせタレントのような存在になってしまっていました」(スポーツ紙記者) それでも母親になってからは、必死に子育てをして仕事も一生懸命しようとしていたという。「頑張ろうとすればするほど、気持ちが前のめりになって、ちょっと不安定になってしまうこともあり、それがまた誤解されることもあって、本人は心細く辛い時期もあったようです。そんな彼女を支えてくれたのがマネジャーだったということでしょうね」(同前) 今年デビュー26周年を迎えるにあたって、華原はこう抱負を語った。「26年間の中でいろいろなことがあって、でも今はすべて幸せに思える自分が生まれました。すごく悔しい、悲しい、つらいとかありましたけど今は全く結婚したことで自分の人生が、こんなふうに急展開するんだという気持ちになっています」 ちなみにツイッターでは、華原の会見での衣装が24年前の安室奈美恵&SAMの結婚会見の時とそっくりと話題になった。「黒のタートルにバーバリーのミニスカートというほぼ同じコーディネート。かつての“ライバル”だったアムロちゃんと同じ衣装にしたのは、まだどこか対抗心というか、意識している部分を残しているのかもしれません。本人は会見で『7キロダイエットはうそ、ホントは2キロだけ』とも明かしていたように、自分の気持ちをストレートに表現してしまう性格は変わっていないと思いました」(女性誌記者) 親子3人で過ごすのがうれしくて、料理をするのも楽しいと話す華原。今度こそ、朋ちゃんスマイルがずっと続くことを願いたい。(坂口友香)

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    【独自】コロナ「幽霊病床」第5波ピーク時に3割の尾身理事長JCHOは補助金311億円 岸田首相が解消へ 

     新型コロナの感染者が急減する一方で、第6波に備えて岸田文雄首相が医療体制の強化に動き始めた。全国で11万人以上の自宅待機者があふれた第5波では、ピーク時にコロナ即応病床と申告し、多額の補助金を受け取っていながら実際は使用されなかった「幽霊病床」が多く存在し、問題化した。  政府分科会会長の尾身茂氏が理事長を務める独立行政法人地域医療機能推進機構(JCHO)傘下の病院でも次々と「幽霊病床」問題が発覚。岸田政権からJCHOの姿勢に厳しい目が向けられ始めている。  「この夏の感染拡大時にコロナ病床が十分に稼働しなかった反省も踏まえ、いわゆる幽霊病床を見える化し、感染拡大時の使用率について8割以上を確保する具体的方策を明らかにする」  10月15日午前、岸田首相は新型コロナウイルス感染症対策本部を開催し、こう述べた。AERAdot.が入手した岸田首相が出席した会議資料には以下の記述があった。 <いわゆる「幽霊病床」の実態把握。感染拡大時の コロナ用の病床の使用率について、少なくとも8割を確保する具体的な方策を明らかにする> <国立病院機構法、地域医療機能推進機構(JCHO)法に基づく『要求』をはじめ、公的病院に関する国の権限を発動し、公的病院の専用病床をさらに確保する>  国立病院機構法と地域医療機能推進機構法には、厚労相が公衆衛生上重大な危害が生じるおそれがある緊急の事態に、国立病院とJCHOに対して必要な措置をとるように求めることができるが、こうして名指しするのは異例だ。  冒頭の岸田首相の発言の前日14日、尾身氏は官邸を訪れ、岸田首相に対しコロナ対策をレクチャーしたが、尾身氏が理事長を務めるJCHOや国立病院機構などが議題の対象に上げられた形だ。 「尾身氏は岸田首相にリーダーシップのあり方をレクチャーされていましたが、政府としてはJCHOの幽霊病床の補助金問題に強い問題意識を持っています。会議ではJCHOも名指されています。尾身氏は岸田首相と会談後、記者団に対し『首相は病院のコロナ貢献を可視化する方針だ』などとレクしていました。しかし、実際に政府が行うのは『貢献』ではなく、『非貢献』の可視化で、JCHOもターゲットになっています」(官邸関係者)  尾身氏が理事長のJCHOの「幽霊病床」の補助金問題はAERAdot.がこれまで追及してきた問題だ。 ◆尾身氏が認めたJCHOの「幽霊病床」  幽霊病床とはピーク時にコロナ即応病床と自治体に申告し、多額の補助金を受け取っていながら実際はコロナ患者を受け入れず、空床のままにしていることだ。政府はコロナ用の病床確保策として、新たに重症患者向けの病床を確保した病院に1床あたり1950万円、中等症以下の病床に900万円を補助している。また「病床確保支援事業」では新型コロナ専用のベッド1床につき1日7万1千円の補助金が出る仕組みになっている。  AERAdot.が8月28日に報じた「『国会で言う』西村大臣を黙らせる尾身会長への違和感 天下り公的病院コロナ病床は1割強」という記事では、自宅療養者が連日あふれ、尾身氏が国会で「医療ひっ迫」を訴える中、JCHO傘下の都内5つの病院のコロナ病床はわずか1割強。都内の都立病院などの5割強に比べ、少なすぎる実態を報じた。  さらに9月1日には「【独自】コロナ病床30~50%に空き、尾身茂氏が理事長の公的病院 132億円の補助金『ぼったくり』」との記事で、都内に自宅療養者が溢れている8月末時点で、JCHO都内病院のコロナ病床が30%も幽霊病床にも関わらず、多額の補助金を受け取っている実態を特報した。  尾身氏はこの時のAERAdot.の取材に対して、30%の空床などを認めた。さらに、9月18日には自身のインスタグラムで「#ねえねえ尾身さん」と題したライブ放送を行い、こう釈明した。 「補助金のぼったくりの話ですけども、看護師さんなんかを確保するのに難しいという理由はあったにせよ、実際に確保した、計画した病床よりも、実際に入れた患者が少なかったという事実はあるわけですね。この事実に関しての補助金の扱い方については、国や自治体が方針を示すと思いますから、その方針、判断に従って、適切な行動をとりたいと思っています」  AERAdot.では9月24日には「【独自】尾身理事長の医療法人がコロナ補助金などで311億円以上の収益増、有価証券運用は130億円も増加」とJCHOがコロナ補助金で300億円以上もの収益を得ていたことを報じた。 ◆厚生労働省と東京都が幽霊病床の補助金返還も  政府や東京都はとりわけJCHOなど公的病院の幽霊病床を問題視。厚労省は10月1日に<正当な理由がなく入院受入要請を断ることができないこととされていることを踏まえ、医療機関において万が一適切に患者を受け入れていなかった場合には、病床確保料の返還や申請中の補助金の執行停止を含めた対応を行う>と通知を出した。  東京都も5日、議会で「受入れ実績や病床使用率が低い医療機関には書面で理由を確認していく」、「必要に応じて医療機関に補助金の返還による精算を求めるなど、補助金に係る業務を適切に執行していく」と補助金の返還を求める姿勢を示している。  財務相の諮問機関である財政制度等審議会でも11日、JCHOが名指しされ、補助金問題が議題にあがった。会議に提出された資料によると、JCHOのコロナ関係の補助金は311億円で、「補助金が利益率の改善に寄与した」と報告されている。財務省も多額の補助金が幽霊病床に支払われていることについて問題視しており、補助金のシステムを改善する構えだ。  こうした状況の中、新たな可視化の対象となっているのが、9月30日からコロナ病床を50床に増やし、コロナ専門病院となったJCHO傘下の東京城東病院だ。  AERAdot.が厚労省関係者から入手した資料によると東京城東病院では確保病床50床に対して受け入れ患者数は3人、空床率94%だった(10月13日時点)。都内にある他のJCHO傘下の4病院では、確保病床165床に対し、受け入れ患者は6人となっていた(空床率96%)。  コロナの感染者数は急激に収束しており、10月15日時点で都内のコロナ入院患者は413人と少なくなっている。厚労省幹部はこう問題視する。 ◆取材に「回答控える」と尾身氏 「JCHOで問題なのは、政府からの再三の要請にも関わらず、半年遅れの9月末になって城東病院をようやくコロナ専門病院にし、病床を増やしたことです。理事長の尾身氏が開設すると公表した8月末時点で、感染のピークはすでに過ぎており、9月末には感染者数が下火になることは専門家であれば十分に予測できる立場だった。今は却って幽霊病床が増え、補助金だけを受け入れる形になっている」  JCHOに補助金をどれだけ受給しているのか、幽霊病床の分の補助金を返還する意思はないのか。理事長の尾身氏に質問とともにインタビューを申し込んだ。しかし、広報担当から「個別にいただいたご質問等にはお答えすることはいたしかねます」、「JCHOにおける新型コロナウイルス感染症対応への取組みについては、当機構のHPに掲載しております」と回答があった。  専門家はどうみるか。医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏はこう語る。 「コロナの患者を受け入れなくても補助金を出すという厚労省の制度設計にも問題はあったが、補助金についてどう対応するのか尾身氏は説明責任を果たすべきでしょう。また、JCHOは厚労省が所管する独立行政法人で、本来であれば率先して患者を受け入れないといけない。尾身氏はより一層受け入れの姿勢を明確に示すべきです」  (AERAdot.編集部 吉埼洋夫)

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    6時間前

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    河北麻友子、初対面の出川哲朗に「本番以外では、テッちゃんって呼ぶ!」

     今年1月に結婚し、幸せいっぱいのモデル河北麻友子さん。作家・林真理子さんとの対談では、これからの目標を明かしてくれました。 【河北麻友子の人生の分岐点「ニューヨークで育って、死ぬと思っていた」】より続く *  *  * 林:河北さんがブレークしたのは「ViVi」ですよね。 河北:たぶんそうだと思います。 林:最近、人気になる女性の有名人って、女性誌から火がつく方、多いですね。私服がカワイイとか、私物がカワイイとか。 河北:「ViVi」の専属モデルをやってたときは、私服企画とかが年に2回ぐらいありました。 林:ニューヨーク風着こなしをしなきゃいけないとか、期待度大きいですよね。 河北:ああ、そうかもしれないですね。 林:ニューヨークの女の子って、どういう格好してるんですか。 河北:ニューヨークは日本ほどトレンド、トレンドというわけじゃなくて、わりとみんな自由なんです。日本って「こういうのがはやってる」ってなると、街なか全員それ一色になるじゃないですか。あっちはみんな個性的なので、その人に合った格好をするという傾向が強いですね。 林:ジーンズも多いですか。 河北:基本的にカジュアルな服装が多いです。日本人はふだんからヒールはいたりとかしてますけど、あんまりそういう人は多くない気がします。 林:私、バラエティー番組で河北さんを見て、対応の仕方が物おじせずハキハキしてて、今までの子とはなんか違うなと思ってましたけど、ニューヨーク生まれのニューヨーク育ちだと聞いて、なるほどなと思いました。大御所にもぜんぜん臆することなく。 河北:ラッキーでした。出川(哲朗)さんと初めてお会いしたときに、「私、本番以外では、テッちゃんって呼ぶ!」みたいなことを言った覚えがあって。今思えば「なんだ、この小娘」と思われてもおかしくないのに、出川さんは「おまえ、おもしろいな」みたいな感じで受け止めてくださって、出会いに恵まれました。 林:日本の芸能界ってどうでした? なじめました? 河北:なじめてるかどうかわからないですけど、でもまあ、何とかやれてます。「あの子はニューヨークにいたから」とか「帰国子女だから」とかいうのが、ある種バリアーとして働いてくれているというか、それに守られてる感じはしますね。 林:なるほど。英語の番組もやってるし、ニューヨーク帰りってなると、日本人は「ははッ、参りました」って感じになるから、ちょっと別枠になるんでしょうね。このあいだ、このページに美波さんという女優さんにゲストで出ていただいたんですけど、いま公開中の「MINAMATA」という映画で、ジョニー・デップと共演してるんです。 河北:え~っ、すごい! 林:彼女はお父さんがフランス人で、英語もできるので、奈良橋陽子さんにすすめられてオーディションを受けて、ジョニー・デップの相手役に決まったそうです。河北さんもニューヨークで育って、英語ペラペラなんだから、オーディションを受けてハリウッドに、という考えはあるんですか。 河北:オーディションは少しずつ受けさせていただいてます。英語を使っていろいろお仕事ができたらいいなと思ってますね。 林:日本の芸能界で英語をしゃべれる人って、大人になって勉強した方はわりといらっしゃるけど、ネイティブな人ってそんなにいませんよね。 河北:少ないかも、ですね。 林:河北さんは強力な武器を持ってるんですから、ぜひ世界に挑戦してほしいですよ。 河北:したいですね、チャンスがあれば。 林:美波さんがおっしゃってたのは、今、海外の映画はアジア人の需要がすごく多いって。有色人種を何パーセント出さなきゃいけない、みたいな決まりがあったりするみたいですね。だから河北さんみたいに、言葉の壁がない人にとってはすごいチャンスですよね。 河北:そうですね。私も頑張りたいです。 林:でも、海外のお仕事は何カ月も留守にしなきゃいけないから、ご主人、ちょっと寂しいかも。 河北:相談してみます、半分一緒に来てくれないかって(笑)。彼にもお仕事があるので、そう簡単にはいかないと思いますけど。 林:日本でもドラマや映画、ガンガンやっていくつもりですか。 河北:やりたいです。チャンスがあれば。 林:プライベートで奥さんになったし、演技の幅が広がっていろんな役ができそうな気がするけど。 河北:(事務所のスタッフに)そうおっしゃってますので、お願いします(笑)。 (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木敏雄) 河北麻友子(かわきた・まゆこ)/1991年、アメリカ・ニューヨーク出身。オスカープロモーション所属。2003年、第9回全日本国民的美少女コンテストでグランプリ・マルチメディア賞W受賞。モデルや女優など、幅広く活躍。「世界の果てまでイッテQ!」「BeauTV~VOCE」などのテレビ番組、「河北麻友子のマユコレ!」などのラジオ番組のほか、太田胃散「太田胃散整腸薬」、ライオン「Ban」、青山商事「ザ・スーツカンパニー2021春夏レディス」などCM出演も多数。※週刊朝日  2021年10月22日号より抜粋

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    6時間前

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    小室圭さんのロン毛を見てストンと胸に落ちた 私は眞子内親王の新しい人生を応援します

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、眞子さまの結婚について。*  *  * 小室圭さんのロン毛を見て、いろんなことがストンと胸に落ちた。   日本中が好奇の目を向けている中でのロン毛での帰国は、小室さんの圧勝が決まった瞬間のように見えた。多くの人の想定を超える空気の読めなさと(誰が小室さんがロン毛で帰国することを予想できただろう)、垣間見える尋常ではない深く強い自己肯定感。こういう人でなければ、何の後ろ盾もない一般男性が皇室の女性にプロポーズするなど、無理なことなのだと理解した。  おそらく眞子内親王には、それが分かっていたのではないだろうか。もう二度と、こんな男性は現れない、恋愛感情がいつか終わることなど百も承知、賛成されていないのも百も承知、とんでもない間違いを犯している可能性も百も承知、耳に入れたくない「言いたい放題」があることなど眞子内親王自身が百も承知だろう。それでもこの機会を逃したら一生ここから出る機会はないに等しい。出られたとしても、もうそれは10年、20年後のことかもしれない。少なくとも眞子内親王と恋愛し、無謀とも思えるプロポーズをするような2人目の「一般男性」が現れる可能性は限りなく低いだろう。「生きていくために必要な選択」というのは、眞子内親王にとって大げさでない真理なのだ。  改めて、皇室の女性たちが置かれている特殊で残酷な環境に思いを馳せずにはいられない。日本のプリンセスは結婚したとたんに「一般人」にならなければいけないという、女性だけに科せられた罰のような制度がある。罰のような制度にもかかわらず、女性が皇室にとどまることは“空気”として許されていない。とはいえ一人で勝手に出ていくことはできず、現実的には男性と結婚することで出ていかねばならない。  そのような現在の皇室そのものが性差別も甚だしい前近代的な制度であるにもかかわらず、「皇室は特別ですから」と放置され続けてきた。眞子内親王の結婚をめぐるさまざまな事柄が私たちに見せたのは、皇室の女性たちが強いられる制限が、もはや人権問題の域に入っていることなのかもしれない。東京のど真ん中に、憲法24条が無効の性差別が横行している巨大な村があるようなものだ。その村から女が自力で出るためには結婚という方法しかなく、その自力すら認められるのは非常に難しい。  眞子内親王と小室さんの結婚を応援している若い女友だちの話を聞くと、自分の人生を内親王の人生と重ねている女性が少なくないことに驚く。 「眞子さまには、幸せになってほしいです。私も眞子さまと同じで、結婚しか家を出る方法がありませんでした」  内親王より少し年上のその女性は、「家柄」を自慢するような家に育ち、親が思う「適齢期」の頃には「ゼクシィ」が山のように積まれ続け「結婚しろ」のプレッシャーを感じるようになった。ひとり暮らしを希望したが「とんでもない」と聞き入れられることは一切なく、「なにはともあれ結婚」と言われ続けた。大学時代から付き合っていた男性(アルバイトで生活をつなぐミュージシャン)との結婚を心から望んでいたが、「あり得ない」と一蹴され、親戚にすすめられた見合いで公務員の男性と結婚したのは29歳の時。夫に恋愛感情を持つことは一切ないが、そうでもしなければ自分の人生は始められなかったと言う。結婚して初めて、自分が選んだ食器をテーブルに並べた時の解放感は今でも忘れられないと言う。これ、100年前の話じゃなくて、今の東京での話だ。  健康に不安を抱えるシングルマザーの母親に育てられた別の女性は、母を一人にできないという思いで、今も高齢の母親と暮らしている。結婚する機会はあったが、どの男性も母親が嫌い、ののしり、否定し、一晩の旅行すら許されず結局諦めてきた。今は強い後悔をしている。結婚すればよかった、ほんとうはそれしか母親から離れる機会は私にはなかった、と。  また父親や親戚からの性暴力を継続的に子供時代から受けている女性は、家を出るための結婚を急ぐこともある。女のひとり暮らしなど到底許されない支配的で暴力的な空気のなか、家を安全に出られる唯一の手段が結婚という場合もあるのだ。  眞子内親王は、旧宮家でもなく、お見合いでもなく、「お家柄」でもなく、誰にすすめられたわけでもない一般男性と自らの強い意思で恋愛をした戦後初めてのプリンセスだ。そういう女性に、今、日本の若い女性たちが共感を寄せている背景に、日本を生きる女性たちが沈められている暗い沼の存在が他人ごとではないからかもしれない。内親王の決断は「家を出るため」の唯一の手段に見えるからかもしれない。それなのに、その意思を貫くために約1億5000万円の一時金を辞退したり、日本以外の国で暮らすことを選択したりする状況に追い込んだものは何なのだろう。  小室さんのロン毛。女性の自由と権利を搾取するシステムそのもののおかしさを超越した破壊力。私は初めて、小室さんを好きだと思った。もうこういう破壊力を持つ人しか、日本のプリンセスを自由にできないのかもしれない。眞子内親王の新しい人生を応援します。 ■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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    瀬戸内寂聴の病状を秘書が明かす「咳がひどく、とてもしんどそう」

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。 *  *  * ◆横尾忠則「創造するということは透明人間になること」  セトウチさんのピンチヒッター、まなほ君へ。  先週に続いて今週もよろしくお願いしますよ。センセはこの際、ゆっくり身体も頭も休めていただくとして、さて、どうしましょう。あなたの疑問のセンセがおっしゃる「嘘を書くのが小説家」と言って、作家の身辺の事実を面白おかしく「創作」してしまって、あなたが「違いますよ!」と反論したくなる、さあ困りましたね。  僕も絵を描く合間にエッセイを書くことがありますが、それを職業にしているわけではないので、気分転換と健康のための趣味と考えています。絵は本性がそのまま表れてしまうので嘘のつきようがありません。正直になろうと思わなくても、絵そのものが正直なのです。絵は自己の思いに忠実です。  じゃ、それに対して、エッセイで嘘でも書くか、ということになりますが、このエッセイというのも絵に似ていて嘘がつけません。その点、「嘘を書くのが小説家」という小説家はいいですね。絵は嘘の思いや考えを持っているとそのまま絵に反映してしまうので、心の中身をそのまま露出しているようなものです。絵は常にバレバレです。  小説家の中でも小説と混同してしまっているのか、エッセイでも嘘を書く人もいるようです。小説で嘘をつかれても、それが創造された表現であればあるほど、その嘘が光り輝いて芸術になることがありますが、小説家は頭のいい人が多いので、日常生活そのものも創造領域に組み込んで、そこでも嘘をつく。この嘘は人を騙(だま)す目的も多少あるとしても、どこかで受け線を狙った妙な大衆意識がそうさせるようです。  中でも売れっ子作家になると常にスポットが当たっていないと自己の存在意識が危ぶまれるようです。だから、ついあることないことをしゃべって注目を求めるのです。僕の知っているある有名な小説家は毎日、新聞に、テレビ欄でも広告でもいい、自分の名前が出ていると、その一日は安泰なのです。業の深い職業ですよね。  だからスポットに当たるためにはエッセイでも嘘をついてしまうのです。でもエッセイは特別面白おかしく書く必要などなく、ありのままの心情を正直に自然体で書くのが一番好感が持たれます。エッセイで嘘を書くと途端に文章が曇ります。ですからエッセイで嘘を書いていると、その人が次第に曇って行きます。芸術は透明であるべきです。エッセイはその透明を計る測定器みたいなものだと思います。  まなほ君のエッセイが面白く評判がいいのは、あるがままの自分を晒け出して自己の想いに忠実に書いているので評価されているのです。面白く書こうという気持ちがないので面白いのです。  最後に僕の好みを書いておきますが、僕は日本特有の私小説というジャンルの小説がどうも好きになれないのです。それはその吐き出し方が違うんじゃないかな、ということです。生活をバラすことで週刊誌的興味はありますが、本当に自己の不透明性を吐き出すのは、自我滅却性を目的にしないと、逆に不透明なものになりかねません。ものを創造するということは結局透明人間になることではないでしょうか。 ◆瀬戸内寂聴「少しの間でしたが、ゆっくり休めたと思います」  横尾先生へ。  瀬戸内の様子はおかげさまでだいぶ良くなりました。  小説家として20代から書き続けてきた瀬戸内は、もう全身が作家になっているのでしょうから、ペンをおくということは、私で言うと歯磨きをしないくらい違和感のあることのような気がします。書くことは仕事でもあり、日々の習慣です。  来客もなく、対面取材やテレビ取材も受けておらず、執筆の仕事と時々電話取材を受けるという一見、ゆったりと過ごしているようですが、原稿の締め切りをすべて放り投げて、本当の意味で「何もしない」ということが、病気にもならない限りないのだとわかりました。少しの間でしたが、ゆっくり休めたのかと思います。  私が朝、瀬戸内に会っても、体がしんどいのか目をつぶり、横になったままぽつりぽつりと私が話しかけることに応えます。私に背を向けたままなので、私もだんだん面白くなくなって、「先生、目を開けて私の顔を見て下さい」と言うと、「まなほの顔見たって仕方がない。何かいいことでもあるの?」ですって。確かに、いいことなんてありませんけど。  今回は痰も絡むような咳がひどく、咳き込むととてもしんどそうでした。背中を叩いてと言われ、叩くと「痛いよ!」と怒られ、思わず笑ってしまいました。今は何しても役に立ちそうにありません。  横尾先生の絵とエッセイは嘘がつけないというお話、とても興味深いものでした。絵も心の中身をそのまま露出しているようなもの、そう思うと横尾先生の作品を見る目がまた変わります。いつも横尾先生の絵を拝見しますと、私には思いもつかない世界が広がり、圧倒されます。「ここに骸骨!?」「こんなところに男の子がいる!」など穴が開くほど見てしまいます。  私のエッセイへのお褒めの言葉を聞き、とても嬉しかったです。ありがとうございます!  私自身、嘘をつけない人間で、例えば自分の身長が「165cm」となっていると、「いいえ、違います! 『163cm』です!」と訂正したり、三人姉妹なのですが、瀬戸内が「お姉さんが一番綺麗だと思う」と言うと、「違います、これは正真正銘、三人の中では私がダントツです! これはきっと誰もがそう思うでしょう」などと、本気で言います。(これは嘘とは言わず、ただの思い込みなのでしょうか)  なんとなく、そういうことにしておこう、という緩やかな気持ちが持てず、「違う!」と反論や訂正をしたくなるのです。話を盛ったり、面白おかしく事実と違うことがどうしても書けず、そのままのことしか書けません。  実生活では口が悪く、素直になれないので、書く時ぐらいは素直でありのままでいたいと思っているからです。  横尾先生は絵もお描きになりますし、書くこともされる。反対に苦手なことはありますか? 例えば、料理だったり、運動だったり。特にお料理をされるのか、とても興味深いです。瀬戸内が昔、北京で生活し、主婦だった時は毎日食事を作っていたと言います。餃子やタンメンが上手だそうです。  長い付き合いのある横尾先生は瀬戸内の手料理を召し上がったことはありますか? まなほ※週刊朝日  2021年10月22日号

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    「S&P500」か「全米株式」で迷う… 失敗しない米国株投信の選び方は?

    「つみたてNISA」で一番人気を誇る米国株のインデックス型投資信託。同じ米国株投資信託でも、S&P500と全米株式ならどちらが良い?  純資産総額で見ると「S&P500」が圧倒的だが、そもそも全米株式の投信は数が少ない。選び方のヒントを紹介する。 ■S&P500は31年で10倍以上も上昇  1990年から31年間のチャートを見ると、米国株の代表的指数、S&P500は10倍以上も上昇している。伸び方が強烈すぎて、日経平均株価の値動きがほぼ横ばいに見えてしまうほどだ。  米国株人気は「つみたてNISA」でも絶大。S&P500に連動する投資信託(以下、投信)の代表格は「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」と「SBI・V・S&P500インデックス・ファンド」だ。  米国株投信の大多数がS&P500に連動している中、米国市場に上場するほぼすべての株式に連動した成績を目指す投信もある。こちらの代表は「楽天・全米株式インデックス・ファンド」だ。  S&P500と全米株式の違いと選び方のポイントについて、三菱UFJ国際投信の野尻広明さんに取材した。 ■年4回銘柄入れ替えを検討するS&P500 「S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスが算出しているのがS&P500です。時価総額や財務の健全性、取引のしやすさを示す流動性に加え、業績、業種のバランスを考慮して選んだ大型株500銘柄を、時価総額ベースで指数化しています。  不定期ながら主に四半期ごとに銘柄入れ替えが検討されています。不振企業を外し、有望な企業を加えるのです。そのため、米国を代表する大型優良企業が常に組み入れられています」  一方、全米株式の投信は米国株3828銘柄(2021年6月30日現在)を組み入れた「CRSP USトータル・マーケット・インデックス」が対象指数。CRSP(シカゴ大学証券価格調査センター)という団体が算出している。  時価総額1500万ドル(約16億5000万円)以下で流動性の低い銘柄は対象外だが、小型株も含めてほぼすべての米国株を時価総額ベースで指数化している。  つまり小型株の成長や衰退の影響も受けるということだ。全体相場が小型株も含めて好調なら全米株式のほうがS&P500より好成績となるだろうが、全体相場が悪いと小型株は大型株以上に売られやすい傾向がある。 「S&P500」と「全米株式」、両者の組み入れ上位銘柄はほぼ同じ。全米株式のほうが大型株の組み入れ比率が低い分、小粒な成長株が多く組み入れられていることになる。  たとえば、ここ数年で株価が急上昇した電気自動車のテスラがS&P500に採用されたのは2020年12月。それ以前は全米株式インデックスのほうにだけ組み入れられていた。とはいえ、小型株の中には不振企業も多く、指数の足を引っ張る可能性も否定できない。  ここ5年でいえばS&P500と全米株式の5年間のパフォーマンスの差は0.05%(2021年8月末現在)で、S&P500のほうがわずかに上だった。誤差の範囲内である。  エリートぞろいの500社か、「良い子も悪い子もまとめて」買うか。結局は好みで選べばいいという結論になるが、せっかく500の優良企業を選んでくれているのだから、素直にS&P500に乗ればよいのではないだろうか。 ■冷戦が続く間は米国株最強か  では、米国株投信とともに人気の「全世界株式」投信とS&P500なら、どちらを選ぶべきか? 米国株一辺倒で投資するのはリスクがある、でも全世界株式投信よりも現状のリターンは米国株のほうが上……。ファイナンシャルプランナーの西原憲一さんに聞いた。 「今はイケイケの米国も、20年先は衰えているかもしれません。しかし、最近の米中冷戦や自国IT企業への締めつけなどを見ると、中国の未来は米国以上に多難という考え方もあります。  米国の一人勝ちが10年は続くと考えるなら、現在の『勝ち馬』といえるS&P500に便乗するのも悪くはない。全世界株式とS&P500を半分ずつでも」  そう、別に投資信託は1本しか買えないわけではない。ネット証券であれば100円単位で買えるのだから、迷うなら両方買ってしまえばよいのである。  なお、アエラ増刊「AERA Money 2021秋号」では、つみたてNISAで買える米国株の投信(S&P500、全米株式)全10本を、規模/コスト/リターン/運用効率/リスクの5項目で忖度なしに100点満点で独自採点。そのランキング結果を公表している。 *  *  * 野尻広明(のじり・ひろあき)/三菱UFJ国際投信 デジタル・マーケティング部 シニアマネジャー。格安インデックス投信の「eMAXIS Slim」シリーズに立ち上げから関与。投信そのものの運用にも精通する「投信博士」的存在 (編集・文/綾小路麗香、伊藤 忍) ※『AERA Money 2021秋号』から抜粋 

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    落ち込んだやぎ座に効果的なのは、ふたご座の押しかけ太陽的な直球勝負 しいたけ.さんがアドバイス

     AERAの連載「午後3時のしいたけ.相談室」では、話題の占い師であり作家のしいたけ.さんが読者からの相談に回答。しいたけ.さんの独特な語り口でアドバイスをお届けします。 *  *  * Q:結婚して10年ほどです。私はふたご座、旦那はやぎ座。私は、悩みを引きずることは少なく軽口を言って過ごしていますが、旦那は仕事などで問題が起きたとき、どんよりと重い雰囲気をまとっています。私の軽い冗談もなかなか通じない相手に、何を言ってあげたらいいのでしょうか。(女性/会社員/40歳/ふたご座) A:やぎ座は本当に繊細なところがあります。ターボがかかっているときには奇跡みたいな仕事量をこなしますが、何かのきっかけで心が折れてしまうと地下50メートルの世界にこもってしまう。そういう性質がどの星座よりも強いです。ふたご座のあなたとの組み合わせは素晴らしいと思います。隣で軽口を言ってくれる存在に、やぎ座が救われることは多々あるはずです。でもダメージが大きくて「おこもりレベル」がかなり深いときは、その軽口では手出しができない状態になってしまう。本人はそこに浸って現実逃避しているので、あなたのほうがむしろつらいのではと思います。  それをどうやったら軽減できて、そして最終的に相手にとっても救いになることができるか。それはあなたが怒ることだと思います。「あなたは間違っている」と旦那さんに言ってあげること。  もちろんフォローも必要です。「あなたはちゃんとやっているし、そんなあなたのことを私は誇りに思っている。でもそうやってこもってしまうのは間違ってると思う」。回り道じゃなくて、そう直球で投げるべきだと思います。  人間って自分の悪いところを自分で見つけて修正していくのには限界があります。正面から「あなたは間違っている」と言ってあげるのは、パートナーじゃなければできない役割です。  ただ、それを伝えるときに気をつけてほしいことが一つあります。それは、「私はこう思う」と、いわゆるI think thatの構文で伝えること。「普通こうでしょ」「みんなこうなのにあなたは変」ではなく「私の勝手な意見だけど、あなたは間違ってると思う」という伝え方をしてください。 「話したら楽になるよ」と相手の話を聞く必要はありません。共感し合っていたら、身が持ちません。  こもってしまう人には、「あなたがそれを続けていたら、私がつまらない。いい加減にして」と言って、暗黒面から帰ってきてもらいましょう。相手が「いいから放っておいて」と言っても、「いつまでやるの? 今日の12時になったら気分は晴れるの?」って、ドアの前に梨を持っていったりしてください。「あなたが地下から出てくるまで私はやめない」と意思表示すると、やぎ座も諦めます。  あなたのような人は、やぎ座にとって太陽のような存在。押しかけ太陽で構わないからその役割を演じ切って。「太陽は曇るのが嫌だから、お前も晴れろや」って求めていいんです。 しいたけ./占い師、作家。早稲田大学大学院政治学研究科修了。哲学を研究しながら、占いを学問として勉強。「VOGUE GIRL」での連載「WEEKLY! しいたけ占い」でも人気※AERA 2021年10月18日号

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    自民64議席減の予測 石原伸晃 下村博文、萩生田光一も当落線上か

     天下分け目の衆院選が近づきつつある。新総裁のもとでイメージを一新した自民党に、野党は今回もしてやられるのか……いや、そうとも限らない。過去のデータを分析すると、野党共闘の成立次第で勝敗はガラッと変わることがわかってきた。 *  *  *  コロナ禍の拡大で国民から総スカンを食らった菅義偉政権。衆院議員の任期満了が10月21日に迫るなか、自民党は近年では最大の危機を迎えていた。ジャーナリストの二木啓孝氏は言う。 「8月ごろに自民が実施した衆院選の情勢調査は『60議席±10減』という衝撃的な結果だった。二階俊博幹事長が8月末にその資料を持って菅義偉首相と官邸で面会。この数字が退陣の決定打になったと言われています」  次期衆院選の定数は465。過半数確保には233議席が必要だ。自民の現有議席は275で、43議席減らすと自民単独過半数割れ。また、公明党の現有議席は29。自公両党で合計72議席減ると与党過半数割れとなる。自民にとって“政権からの転落”が現実味を帯びていたのだ。  進退窮まった菅首相は9月3日に総裁選不出馬を正式表明。11月までに実施される衆院選は新しい首相・総裁のもとで実施されることとなった。その後は連日、メディアをジャックした「総裁選ショー」で菅政権の失政は“リセット”され、またも与党は安泰……という結果になるのだろうか。  だが、次の衆院選は前回と決定的に違う点がある。前出の二木氏は言う。 「2017年の衆院選で与党が圧勝したのは、選挙直前に民進党(当時)が希望の党と立憲民主党に分裂し、混乱の中で共産党との選挙協力も進まず、野党候補者が乱立したから。今回は前回ほど野党候補者の分裂選挙にはならない。自民は決して安泰ではなく、『どれだけ負けを減らせるか』の戦いになるでしょう」  そこで本誌は、17年衆院選で仮に野党候補者の一本化ができていた場合、選挙結果がどうなっていたかをシミュレーションした。なお、国会で与党寄りのスタンスをとり、立憲らと明確に距離を置く維新の会は、野党候補の票に合算していない。  その結果は衝撃的なものだった。野党の合算票が、勝利した与党候補者の票を上回った小選挙区は64。なかには、石原伸晃元幹事長(東京8区)、下村博文政調会長(東京11区)萩生田光一文部科学相(東京24区)、上川陽子法相(静岡1区)など、現職大臣や要職経験者といった“大物議員”も複数含まれていた。  さらに、17年衆院選と19年参院選で与野党が拮抗した選挙区や、保守分裂選挙になりそうな選挙区など13選挙区を抽出した。この合計77選挙区が、与党の「“落選危機”リスト」だ。仮にこれらの選挙区をすべて落とせば、「自公で過半数割れ」もあり得る。  個別の選挙区事情を見ても、与党が安泰でないことがわかる。永田町関係者は言う。 「香川1区の平井卓也デジタル担当相は、立憲の小川淳也衆院議員と拮抗している。小川氏を主人公にしたドキュメンタリー映画がヒットしたことで、メディアへの露出も増えた。与野党逆転があるかもしれない」  東京9区は菅原一秀前経産相が違法な寄付で略式起訴され自民を離党。自民は候補者を立てられず不戦敗の公算大だ。  石原伸晃氏だけではなく、弟の宏高衆院議員(東京3区)もリスト入りしている。 「東京3区は立憲の松原仁衆院議員が保守層にも浸透している。野党一本化が実現すれば、伸晃氏と一緒に兄弟で危ない」(自民党関係者)  広島3区からも目が離せない。二木氏は言う。 「河井克行元法相の選挙買収事件を受け、公明の斉藤鉄夫副代表が候補者になりましたが、選挙戦で手足になる主だった自民系地方議員のほとんどは河井氏から現金をもらっていて活動ができない。4月の参院広島選挙区の再選挙も野党候補が勝利している。斉藤氏はかなり厳しい」  野党が決して非力でないことは、次のデータからも読み取れる。  17年衆院選で全国の比例得票数は、自公が計約2553万票なのに対し、立憲・希望・社民・共産は計約2611万票で野党が上回っていた。  19年参院選の結果を見ても、リストにある宮城、秋田、長野、静岡、愛知、滋賀、京都、大分は野党の合算票のほうが多い。東京は与党が上回ったが、得票率の差はわずか1.8ポイント。同じく与党合算票が上回った千葉と神奈川も、その差は5ポイント未満だ。北海道では、知名度の高い高橋はるみ前北海道知事が自民から出馬した影響で選挙区票は与党が上回ったが、比例票は野党のほうが多かった。  もちろん、野党がその“潜在能力”を発揮するには、まだまだ突破しなければならない壁がある。  一つは自民党新総裁が誕生した際の「ご祝儀相場」だ。昨年、菅首相が誕生したときも内閣支持率は一気に6割以上まで回復した。政治アナリストの大濱崎卓真氏は言う。 「メディアでは総裁選ばかり取り上げられ、野党の存在感は埋没している。しかし、総裁選後は臨時国会が開かれ、代表質問も実施される可能性が高い。野党は総選挙に向け、早めに争点を設定しておく必要があります」  最大の問題は、野党が候補者を一本化できるかだ。現在、次期衆院選の289選挙区のうち、立憲の候補が共産、社民、れいわと競合する選挙区が70以上残っている。前出の大濱崎氏は言う。 「菅首相の不出馬表明で与党有利な状況になり、共産や国民も比例票狙いで候補者を多く立てたいという考えが強くなっている。あと1カ月程度でどの程度まとまるかです」  野党候補の一本化を目指すため、立憲の平野博文選対委員長は9月24日、同党の小沢一郎衆院議員に共産党との交渉役を依頼した。過去の失敗から学習し、力を結集できるのか。それ次第で、11月以降の政治風景は激変する。(本誌・西岡千史、池田正史) ※週刊朝日  2021年10月8日号

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    小室圭さんはひと足先に米国へ 眞子さまの病状説明で宮内庁はなぜ「批判」と言わず、「誹謗中傷」と強調したのか

     秋篠宮家の長女、眞子さま(29)と小室圭さん(30)は、今月26日に婚姻届を提出し、記者会見を行う。結婚の日が迫るなか、小室家と小室さんの母、佳代さんの元婚約者との間の金銭トラブルは解決しておらず、儀式なし一時金なしの異例の結婚。だが、宮内庁の空気は明るいようなのだ。 *      *  *  18日午前、小室圭さんが秋篠宮ご夫妻へのあいさつのため赤坂御用地にある秋篠宮邸を訪れる。この日に眞子さまとも3年2カ月ぶりに再会するという。  眞子さまと小室さんの結婚は、女性皇族の結婚時に通例行われる結婚に伴う儀式は行わず、皇籍を離脱するに伴う一時金も受け取らない「異例婚」だ。  秋篠宮さまは、昨年の誕生日の記者会見で、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と定めた憲法を引き合いに出し、結婚を認めると発言した。   一方で、金銭トラブルに対して国民が納得し、祝福する状況にはない以上、「納采の儀」など家同士の儀式にあたることを行わないというのが、一貫したスタンスだった。  黒田清子さんと黒田慶樹さんのように結婚後も晩さん会や祭祀に夫婦で出席するような親戚づきあいは、小室家とは行わないのではないか、とみられていた。    それだけに、小室さんが秋篠宮ご夫妻に直接会い、あいさつを行うか否かは、関心事のひとつでもあった。 「意思を通したけじめはつけるべきだ、というのが秋篠宮さまのお考え。一方で、眞子さまが後ろ指をさされることのないよう、ご両親としてできることはしてあげたいということでしょう」(宮内庁OB)  もうひとつの関心事は、米国への出発の日だ。  26日の結婚と記者会見を終えたら、小室さんは早々に日本を発ち米国での勤務に戻る――。そうした見方が有力になっている。  眞子さまは、皇籍から抜けて民間人となったあとにパスポート取得の手続きに入るため、2週間程度は日本に滞在する必要がある。小室さんが先に出発したあとは、眞子さまはひとりで出発までの準備を行うことになりそうだ。  26日に眞子さまは結婚の手続きを済ませた後、「小室眞子さん」として記者会見に臨むことになる。予定されているのは、都内の老舗ホテルだ。  思い起こせば、05年に黒田清子さんと黒田慶樹さんが挙式と披露宴、記者会見を行ったのは、帝国ホテルだった。白のシルクのロングドレスに真珠のネックレスをつけた清子さんは、「扇の間」で会見に望んだ。黒田さんとほほ笑みながら見つめ合い、こう述べた。 「黒田家の一人として、新しい生活に臨んで参りたいと思います」   清子さんの場合と異なり、眞子さまと小室さんの記者会見では、場所の選定は重要なポイントになる。金銭トラブルが解決しないまま結婚することに、国民感情として納得がいかないという空気が強いからだ。 「そうした国民感情に配慮したなかでの記者会見だけに、紀宮さまと同じ帝国ホテルで行えば、ぜいたくと批判されかねない。かといって、参加するテレビや大手メディア、雑誌や外国のプレスに対応できる会場である必要がある。『身の丈に合っている』と受け止められる場所であることが重要です」(前出のOB) そもそも天皇や皇族の記者会見は、宮内記者会があらかじめ提出した質問に対して準備した内容を回答する。その場で自由に質疑ができる関連質問もあるものの、そう厳しい質問が出ることはないのが一般的だ。 眞子さまと小室さんの記者会見は、小室さんの母親と元婚約者との金銭トラブルの説明の場としてもとらえられている。  その金銭トラブルは、結婚まで2週間を切ったいまも解決にはほど遠い状況だ。  小室家の代理人弁護士が、一部メディアの取材に、<圭さんが母親に代わってX氏と話をすることを提案し、先日お返事をいただいたので方法等について調整中です>  と回答すれば、元婚約者サイドは、「了承はしていない」とのコメントを公表するなど、事態は泥沼化する一方だ。    だが宮内庁は、金銭トラブルなど、もはや気にもかけていないような空気だという。  皇室の事情に詳しい人物は、こう明かす。 「結婚の日取りも決まって、やれやれホッとしたという空気に満ちていた。『結婚前に金銭問題にめどをつけなければいけない』といった焦りはまるで感じなかった」  この宮内庁の様子について、次のように分析する。 「というのも、金銭問題に対して国民の納得と結婚への祝福を得られていないまま突き進むことへのけじめが、異例の『儀式なし婚』となった訳です。すでにある種のペナルティを課したうえで結婚を決めた。だとすれば、何が何でも結婚前に、解決しなければならない理由はなくなったということです」  加えて、会見自体はそう厳しいものにはならないとみられている。  布石になっているのは、10月1日の会見だ。  永井良三皇室医務主管と精神科医でNTT東日本関東病院の秋山剛医師が同席し、「複雑性PTSD」と診断されたと公表した。 小室圭さんの母親の金銭トラブルに対する批判が続く中、眞子さまが、結婚に関するご自身や家族、相手とその家族への誹謗(ひぼう)中傷と感じられるできごとを長期にわたり反復的に体験したことが原因だという。眞子さまに診断を下した秋山医師は「結婚されることで、誹謗中傷と感じられる出来事がなくなれば改善が進む」と話した。  この説明に対して、一部の国民は「誹謗中傷」という言葉に敏感に反応した。誹謗中傷とは、<根拠のない悪口を言いふらして、他人を傷つけること>を指すからだ。  宮内庁の会見に同席した医師は、眞子さまが「誹謗中傷と感じる出来事」について「週刊誌報道」「ネット上のコメント」が含まれると述べているが、具体的にどの部分が「事実に基づかない誹謗中傷」であるのかを明らかにしていない。   また、宮内庁は出した眞子さまの病状と診断について説明した文章では、「批判」という言葉を一度も使っていない。  代わりに、「誹謗中傷」の単語を6度用いている。  なぜ、宮内庁は、「批判」ではなく「誹謗中傷」という言葉を選んだのか。  思い起こされるのは、1993年、皇后であった美智子さまが59歳の誕生日に公表した文書回答だ。  昭和から平成の世に移るなかで、平成流皇室に対する批判の矛先は、美智子さまに向けられた。  10月20日、誕生日の祝賀行事に出発しようとしていた美智子さまは、突然倒れて声を失った。  最終的な引き金となったのは、皇太子妃決定過程に関連した人物からの手紙という指摘もあり、皇后バッシングで声を失ったという単純な構図ではないようだ。  それでも、バッシングは美智子さまを苦悩に追いやった原因のひとつだ。   宮内記者会からの、「最近目立っている皇室批判記事についてどう思われますか」という質問に対して、美智子さまは文書でこう回答を寄せた。 <どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。今までに私の配慮が充分でなかったり、どのようなことでも、私の言葉が人を傷つけておりましたら、許して頂きたいと思います。 しかし事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます。批判の許されない社会であってはなりませんが、事実に基づかない批判が、繰り返し許される社会であって欲しくはありません。幾つかの事例についてだけでも、関係者の説明がなされ、人々の納得を得られれば幸せに思います。>   「批判」とは、<人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること>(大辞泉)。対して、「バッシング」は、<打ちのめすこと。手厳しく非難すること>(同)。「批判」は、ある程度の事実に基づいた意見であり、「バッシング」は、ちょっとした根拠をもとに相手を打ちのめすニュアンスだ。  美智子さまは文書回答で、「どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います」と答えている。 「つまり、今回、眞子さまが複雑性PTSDと診断された背景について、宮内庁が『批判』という言葉を使えば、『ある程度、耳を傾け、受け止めなければならない』という含みを持ってしまう。宮内庁は、『批判』ではないと強調したかったのでしょう。だが、誹謗中傷という言葉は報道や国民を萎縮させる表現で、宮内庁がたやすく使ってよい言葉ではなかった」(前出の人物)  26日に行われる、「小室眞子さん」と小室圭さんの記者会見。メディアと「小室夫妻」のやり取りが、表面をなぞったような言葉で終わってほしくはない。 ふたりから、金銭問題について国民が納得のゆく説明がなされるのか。眞子さまは、「ねえね」と慕った黒田清子さんのようにほほ笑んで、「新しい生活に臨んで参りたいと思います」と口にすることができるのか。  眞子さまは、内親王として歩んだ30年の矜持を胸に会見に臨む。 (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    8時間前

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    「医師国家試験」合格率が唯一100%の大学は? 学費「実質ゼロ」、1期生は尾身茂会長

     医学生が医師免許を手に入れるために突破しなければならない関門・医師国家試験。2021年、この合格率が100%だった大学がただ一つある。学費は実質ゼロ円という全国的にも珍しい制度を持つ、自治医科大学だ。なぜ合格率が高いのか、そこには切実な理由があった。その秘密に迫った。 *  *  *  2021年3月、9058人が医師国家試験に合格した。合格率は91.4%。大学別の合格率ランキングを見ると、医学部を擁する60大学が合格率9割を超えている。このランキングのトップで、唯一受験者全員が合格したのが自治医科大学(栃木県下野市)だ。9年連続で1位の「常連トップ校」。さらに2年連続、合格率100%を誇る。過去9年間で合格率はすべて99%を超え、全国平均を大きく上回る。  自治医科大は1972年、当時問題視されていたへき地などでの医師不足の解消を目的に、自治省(総務省の前身)の旗振りで栃木県に設立された。全国の都道府県が共同出資した学校法人によって運営されており、私立大学の形式をとっている。入学試験は、1次試験(マークシート式試験と面接)を各都道府県で実施し、2次試験(記述式試験と面接)を大学で行う。入学後は入学金や学費の全額2300万円が貸与される。そして卒業後、各都道府県知事が指定するへき地などの医療機関で一定年数勤務すると、その返還を免除される。つまり学費は「実質ゼロ円」だ。  同大では、特別補講が春、夏、そして国家試験直前の冬に行われる。国家試験対策には大学全体で力を入れており、学生は国家試験合格のための予備校などは基本的には利用しないという。同大医学教育センター長の岡崎仁昭教授はこう話す。 「本学の入学生は、各都道府県から2、3人が選抜されています。地域医療にとって、医師が一人でも欠けるのは非常に痛い。各都道府県からお預かりした志望者はみんな合格させ、6年後に医師として出身地にお返しするという思いで、大学全体がチームで教育に取り組んでいます」  5、6学年に進級試験として課す「総合判定試験」は、教員たちが半年ほどかけて、医師国家試験出題基準に準拠した問題に徹底的にブラッシュアップする。毎年、新作の問題を作成しているうえに、学生に復習を促すため解答だけではなく解説集も作成するなど、周到に練られている。  通常の授業のカリキュラムも、他大学の医学部とは異なるという。 「自治医科大の最大の特徴は、長期にわたる充実した臨床実習。80週という期間は全国の医学部でトップクラスです」(岡崎教授、以下同)   医学部で行われる臨床実習(病院の各診療科を回り、診療を体験する実習)は、5年次から行われることが多いが、自治医科大では4年次からはじまる。臨床実習に進むには、全国の医学生が受ける「共用試験」とよばれるコンピューターを用いた客観試験および実技試験に合格する必要があるが、自治医科大ではほかの大学よりも半年から1年ほど早く、3年次の最後に受ける。  こうした速習カリキュラムを組みながらも、入学初年次の教育は手厚い。 「高校時代に物理と化学は勉強したが生物を勉強していないという学生がいるのですが、医学には生物学の基礎知識が必要。そうした学生に対応するため、医科物理学、生体構成化学、医科生物学の三つを統合した『生命科学』という科目を設けています。また演習教育に関しては、臨床医の先生に講師をお願いして、1年次から学生の臨床に対するモチベーションを上げるようにしています」  勉強は「医学教育センター」がサポート。岡崎教授を含めた3人の専任教員が、成績下位者に対して面談を行うほか、授業が終わった午後6時から夜間補講を開く。学生を指名して症状や治療法について問い、スムーズに口頭で回答できるまで何度でもやり直すという徹底ぶり。自治医科大の名物として知られている。  また6年生に対しては、臨床医の教員がメンターとなり、一部屋7、8人の「勉強会室」を担当・指導。月1回、学習支援部会を開いて面倒を見ている。さらに教員に対しても年10回程度のファカルティ・ディベロップメント(研修会)を開くなど、双方へのサポートを欠かさない。 「全寮制をとっていることもあり、みんなで勉強するという空気が初年次から醸成されています。ほかの大学では、どうしても孤立してしまう学生が出て、それが留年や退学につながってしまうことも。しかし自治医科大では、一度も留年せずに6年間の標準修業年限で卒業する学生の割合が、95%を超えています」   医師国家試験の合格率が全体的に高い理由としては、「留年して高額の学費を払い続けることはできないため学生が必死に勉強する」「大学が合格の見込みが低い勉強不足の学生には受験させないよう進級・卒業要件を厳しくしている」などがあると、教育関係者は指摘する。  なお自治医科大の卒業生には、政府の新型コロナ対策分科会会長を務める尾身茂氏がいる。尾身氏は慶應義塾大学法学部に入学後、大学2年の時に手に取った本『わが歩みし精神医学の道』がきっかけで医学部を志し、自治医科大の1期生として入学した。そこで送った青春時代について次のように振り返っている。 「夏になれば、日光宇都宮マラソン、夜になるとラウンジでの宴会、訪中団を結成し文化大革命進行中の中国訪問、冬の軽井沢山荘での三日三晩の徹夜麻雀。それぞれが青春を謳歌した。勿論遊んでばかりいた訳ではない。皆やるべき時には勉強にも集中した。試験の前になると、学生寮は不夜城と化す。空腹が募る深夜になると、タイミングよく、本屋の社長さんからお汁粉が届く。1期生だけで学生の数も少なく、教職員の方と学生たちの関係は緊密で、教授の家に夜遅く勝手に押しかけては酒を強要することもしばしば」(自治医科大学HP「卒業生VOICE」)   未来の医師を育てる大学としてトップを走り続ける自治医科大。有名な卒業生が活躍する様子を、岡崎教授はどう見ているのだろう。 「医学部の教育は、国家試験の成績向上だけでなく、卒業生がどのような医者になり、どう頑張っているかが大事な結果だと思います。1期生の尾身先生は離島で地域医療を担い、その後はWHOでの経験を生かし、今は日本で感染対策の指揮を執っている。自治医科大は国際的に通用する地域医療の担い手を育てることが使命ですが、まさにそれを実践している。私は自治医科大の7期生ですが、こうした先輩を非常に誇らしく思います」  (白石圭)

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    車の真横を特急電車が走っていた? いまでは見られない「道路併用」高速電車

     1960年代、都民の足であった「都電」を撮り続けた鉄道写真家の諸河久さんに、貴重な写真とともに当時を振り返ってもらう連載「路面電車がみつめた50年前のTOKYO」。今回は特別編として私鉄の特急電車が街中の電車道を走るという珍しい話題を取り上げる。 *  *  *  大手私鉄にはその発足が路面電車で、時代の要請に応じて高速電車に進化していった路線が多く見受けられる。関東では京王電鉄や京浜急行電鉄の高速電車が路面区間を走る光景が昭和30年代まで散見された。  筆者の学生時代には、さすがにこのような光景は減少していたが、名古屋鉄道(以下名鉄)犬山線、近畿日本鉄道(以下近鉄)奈良線、山陽電気鉄道(以下山陽電鉄)の一部区間には路面走行区間が残されていた。行き交う自動車を横目に特急電車が泰然と道路を走る情景を紹介しよう。 ■道路併用の犬山橋を渡る特急電車  冒頭の写真は風光明媚な木曽川に架けられた鉄道と道路併用の犬山橋を渡る名鉄特急電車。特急「みはま」は岐阜県の新鵜沼から知多半島の河和を結ぶ座席指定特急(座席指定料金250円)で、名鉄のエースだった7500系パノラマカーが充当されていた。  道路併用区間がある名鉄犬山線の犬山遊園~新鵜沼は地方鉄道法に準拠して敷設され、1926年10月に開通している。地方鉄道法では道路上に軌道を敷設することができないが、木曽川に架橋する鉄道橋を鉄道道路併用橋とすることが愛知県、岐阜県、名古屋鉄道の三者で合意され、例外的な認可を受けて架橋されたのが犬山橋だった。  優美な三連トラス橋の犬山橋は全長223m、幅員16mで、犬山遊園~新鵜沼の駅間距離700mのうち橋梁部が三割強を占めている。「犬山橋上の複線線路中心間隔が3mしかなく、上下線電車の行き違いができなかった」という説があるが、橋上で電車が行き交っていた記録が存在することから確証はない。ただし、橋上の運行速度は対向列車との接触防止の観点から時速25キロに制限されていた。  モータリゼーションや列車密度の進捗で犬山橋が鉄道と道路輸送のネックとなってきたことから、鉄道と自動車の通行を分離するため、新たに犬山橋の下流に並行する全長253.5mの道路橋「ツインブリッジ」が2000年3月に架橋された。これにより従来の犬山橋は鉄道専用橋に改修され、道路上を走る名鉄特急の姿は過去のものとなった。 ■奈良名物「油阪の併用軌道」  路面電車が走らない奈良市内にも、近鉄奈良線の油阪~近畿日本奈良(きんきにっぽんなら/現在は近鉄奈良に改称)に道路併用区間があり、愛好者からは「油阪の併用軌道」と呼ばれ、奈良名物になっていた。  次のカットは油阪の併用軌道を走る近鉄奈良線の特急電車。併用軌道は大宮通りに敷設されており、奈良線特急が終着を目前にした高天交差点にさしかかるシーンだ。写真の820系は1961年に製造された車体長18m、車体幅2.45mの奈良線用高性能車で、同系の800系と共に上本町~近畿日本奈良を30分で結ぶ特急(特急料金不要)に充当されていた。マルーンにステンレスの帯をきりりと締めた外観で、鹿のイラストを配した特急ヘッドマークがお似合だった。  近鉄奈良線の出自は大阪電気軌道が1914年に上本町~奈良30800mを開業したことに始まる。軌道法に準拠して敷設され、軌間は1435mm、電車線電圧は600V(1969年1500Vに昇圧)だった。大阪電気軌道は関西急行鉄道を経て、1944年に南海鉄道との合併で設立した近畿日本鉄道となり現在に至っている。関西急行鉄道時代の1942年に軌道から地方鉄道に切替えられた。奈良線は生駒山を貫通する生駒トンネルの掘削断面が狭かったため、1964年に新生駒トンネルが開通するまで、狭幅の車両で運行されていた。  1969年に併用軌道区間の油阪~近畿日本奈良を地下化する工事が進捗し、12月9日に油阪駅が廃止され、翌日に別線ともいえる地下新線と新大宮駅が開業。新大宮~近畿日本奈良が地下線に移行し、半世紀を超える併用軌道の運行に終止符が打たれた。 ■神戸市内の路上を走る特急電車  路面電車仕様の兵庫電気軌道を前身とする山陽電鉄には、兵庫~西代、須磨~東垂水、明石市内の一部に道路併用区間が存在したが、須磨地区や明石市内は1940年代までに専用軌道に切替えられていた。筆者が訪れた1964年には、山陽電鉄の起点である電鉄兵庫(1943年に兵庫から改称)駅から西代駅の手前まで、約2000mの併用軌道が残存していた。  写真は長田駅を発車して電鉄兵庫駅に向かう山陽電鉄の特急電車。画面左奥の木造駅舎が長田駅で、下りホームには電鉄明石(現在は山陽明石に改称)方面に向かう820系電車が写っている。画面右先の電鉄兵庫方面交差点には神戸市電尻池線とのダイヤモンドクロスがあり、電車線電圧1500Vと600Vの異電圧が交差するデッドセクションの通過シーンはファン垂涎の見どころだった。  特急(特急料金不要)に充当された2000系(2014編成)は1962年に登場した3扉仕様のステンレスカーで、当時の最新車だった。ステンレス無塗装車体の窓下と裾に巻かれた細い赤帯が印象に残る。  最後のカットが電鉄兵庫駅を発車して電鉄姫路(現在は山陽姫路に改称)に向かう特急電車。この2006編成は同じ2000系でも普通鋼で製造され、山陽電鉄標準塗装のクリームとブルーの外観だった。駅に隣接した交差点には交通信号もなく、日傘を差した婦人が軌道敷内で電車の通過を待つ、長閑な光景が記録されていた。画面の背後が5線4面のホームを持つ電鉄兵庫駅で、山陽電鉄の起点とはいえ、神戸市の中心部を外れたマイナーなターミナルだった。  山陽電鉄の歴史は、前述の兵庫電気軌道が兵庫~須磨5900mを開通させた1910年に始まる。軌間1435mm、電車線電圧600Vで、軌道法に準拠して敷設された。後年神戸姫路電気鉄道を併合した宇治川電気と合併し、1933年に山陽電気鉄道となった。  1968年、神戸高速鉄道東西線(阪急三宮・阪神元町~高速神戸~西代)の開業にともなって、4月6日限りで電鉄兵庫~西代が廃止され、開業以来続いた併用軌道の運行が終了した。ちなみに、当時は電鉄兵庫~電鉄明石が軌道法に準拠しており、専用軌道区間の西代~電鉄明石は1977年に地方鉄道に変更された。 ■撮影:1981年12月8日 ◯諸河 久(もろかわ・ひさし)1947年生まれ。東京都出身。写真家。日本大学経済学部、東京写真専門学院(現・東京ビジュアルアーツ)卒業。鉄道雑誌のスタッフを経てフリーカメラマンに。著書に「都電の消えた街」(大正出版)、「モノクロームの軽便鉄道」(イカロス出版)など。2021年4月に「モノクロームの国鉄情景」をイカロス出版から上梓した。 ※AERAオンライン限定記事

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    親子「二人三脚」の中学受験にひそむ落とし穴 中学入学後に伸びる子、苦しむ子の違いとは

     27年にわたり中学受験指導を行っているベテラン塾講師・矢野耕平さんが、実際にかかわった受験生の実例や、自身で足を運んで取材した私立中高の様子をもとに、中学受験や学校選びのヒントをつづります。受験するなら知っておきたい、私立中学と中学受験の「リアル」とは――。 *  *  * ■「ギリギリ合格」の子が中学では成績上位に  先日、とある男子進学校に通う中学生Aくんの母親が1学期の成績報告を兼ねて、わたしの塾を来訪してくれた。その彼の通う学校は首都圏最難関レベルと形容できる一流の進学校であり、学力的に学年の上から3分の1の位置にいれば、東京大学合格は間違いないと言われているところだ。  その母親はこう切り出した。 「1学期の成績結果が出たあとに、同級生のお母さんたちと話す機会があったのです。そこで判明したんですが、中学受験時に親が徹底してわが子の学習管理をしていたところほど、成績的に苦しんでいるみたいですね」  そして、母親が成績表を見せてくれた。1学年200人以上在籍しているのだが、Aくんの総合順位は1ケタという良好な結果。わたしはびっくりしてしまった。中学入試の得点結果は開示されないので確かなことは言えないが、Aくんはこの学校におそらくギリギリで合格できたのだろうと思っていたからだ。  そんなわたしの驚きの表情を見た母親はほほえんで、こんなふうに言葉を継いだ。 「矢野先生が知っている通り、わたしは息子の中学受験勉強には一切タッチしませんでした。そう周囲に言うと驚かれるのですが……。振り返れば、息子は毎日塾の自習室にこもって、分からない問題があればその場で解決しようとしていましたね。その経験がいま生かされているように感じています。わたしのような『意識の低い』親だったからこそ、いま本人はのびのびと学びを楽しめているのかもしれない」  そんな母親の冗談交じりの話を耳にしながら、わたしは拙著『令和の中学受験 保護者のための参考書』(講談社+α新書)に書いたことをふと思い出した。その部分を引用してみよう。 <神奈川県の有名男子進学校で教鞭を執る友人と食事をしていたとき、彼からこんな問いかけがありました。 「ウチの学校は偏差値70を超えるだけあって、入学当初の生徒たちは本当に優秀だよ。あの入試問題で合格点を上回ったのだから。でもね、毎年のことだけれど、中学校1年生の夏休み明けには、学力が『伸びる子』と『落ちる子』に二極分化する。どうしてそうなるのか? 両者の違いって分かる? ヒントは小学生のときの学習姿勢……いや、学習環境といってよいかもしれない」 (中略)  彼が言いたいのはこういうことです。  保護者が子のスケジュール管理のみならず、教材の整理整頓、取り組んだ課題の丸つけや、ときには子に寄り添って解説してやる……。そんなふうに中学受験を「二人三脚」で乗り切ったようなご家庭の子は、中学入学後に学力が低迷するというのです。  一方、親がわが子の中学受験勉強から適度な距離を保ち、子どもが自ら学習にコツコツ励んでいる……そういうご家庭の子は中学入学以降にさらに学力を高めていくらしいのです。> ■教育の目的は「自立」にある  使い古された言い回しではあるが、「親」の役割とはその漢字の字形から「木の上に立ってわが子を見守る」ことと言われている。また、漢文学者の白川静氏が編纂した『字通』によると、「親」とは「新しい位牌を拝する」形であるという。自分の父母が亡くなった際に、そのありがたみを身に染みて感じられる瞬間を切り取って、この漢字が生まれたのかもしれない。  上記2点の事柄が示唆しているものは何だろうか。  わが子より長生きしたいと願う親はまずいないだろう。子より先に親がこの世から立ち去るのが常である。  親はなぜわが子を「教育」しようとするのだろうか。わたしはこう考える。いまわの際で「わが子は立派になったし、もう自分がそばにいなくても大丈夫だろう」と思えるようにするためではないか、と。こう考えると、「親」という漢字に含まれた二つの意味がすっと入ってくる。  これは別に親に限った話ではない。たとえば、会社で上司が部下を「教育」するのは、上司が無意識的に「自分がこの会社を去っても、部下がしっかりやってくれるだろう」という期待を抱きたいがためではないか。  そう考えると、わが子の「成長」とは結局は「自立」を指し示していることが理解できるだろう。  中学受験に話を戻そう。  中学受験勉強に取り組むわが子を目の前にして、日々途方に暮れている親も多いだろう。 「家に帰って『勉強しなさい!』と大声で叱責されるまでわが子は何もしようとしない」 「ウチの子はあまりにも幼稚なので、受験勉強に付き添いたくはないのだけれど、仕方なく面倒を見ているのです」 「本当にだらしのない子で、親が学習管理をしたり、教材・プリント類を整理してやったりしないと、机の上がぐちゃぐちゃになって何を学ぶべきか分からなくなってしまう」  こういう悩みを抱えている親にとって、わたしの申し上げることはただの「理想論」にしか聞こえないのだろう。  確かに子どもの成熟度は千差万別であり、何が何でも「自立」させられるように親がわが子をいますぐにでも突き放せというつもりは全くない。  ただ、親は「わが子の教育の目的は自立にある」という価値観を心の片隅に常に置いてほしい。それだけで、わが子の日々の学習への接し方、進路の考え方、塾の活用法などに多少なりとも変化が生まれるのではないか。  中学受験で第1志望校に合格できるか否か。親がこの点を気にするのは当たり前である。  しかしながら、中学入学後にわが子がいかに「自立」していけるのか。こういう観点のほうが第1志望校合格よりもよっぽど大切なことだとわたしは確信している。 (矢野耕平)

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    ビギナーにもおすすめ!「先進国株式」投信の意外なポイント、買い方のコツは?

     投資信託を選ぶとき「米国株一辺倒は避けたい」「でも、全世界株式投信に入っている中国などのアジア株もちょっと……」という人は多い。  そんな人は先進国株式の投信がいい。ビギナーにもおすすめできるド定番だ。 ■先進国株式は「除く日本」が一般的  S&P500や全世界株式の投信の人気に押され気味だが、先進国株式の投信も良い投信だ。ある意味、米国株と全世界株式の「中道路線」といった立ち位置。米国株に偏りすぎず、かといって新興国のリスクがない。  SMBC日興証券の濡木寛子さんが先進国株式投信の特徴を教えてくれた。 「先進国株式のインデックス型投信は、米国株比率が約70%のものがほとんどで、全世界株式のインデックス型投信の約50%に比べると高めです。  米国株以外の約30%を、イギリスやフランスなど主にヨーロッパの先進国に分散投資しています」 「つみたてNISA」で買える先進国株式の投信は全部で18本ある(2021年6月18日現在、金融庁)。  投信の規模を表す純資産総額で見ると、トップ3は以下のようになる。 ・1位/ニッセイアセットマネジメント「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」 ・2位/三菱UFJ国際投信「eMAXIS Slim 先進国株式」 ・3位/みずほ系列のアセットマネジメントOne「たわらノーロード先進国株式」  この3本で約6500億円もの資金を集めている。いずれも信託報酬が0.1%台と低く、ビギナーにも人気だ。 ■MSCIコクサイとFTSEはかなり違う 「つみたてNISAで買える先進国株式投信の大半は『MSCIコクサイ・インデックス』を指数としています。 『MSCIコクサイ』にはもともと日本株が入っていません。唯一、『SBI・先進国株式インデックス・ファンド』だけが『FTSEデベロップド・オールキャップ・インデックス』に連動していて、こちらは日本に加えて韓国も入っています。  MSCIの大型株、中型株主体の運用と異なり、FTSEには小型株も幅広く組み入れられています。銘柄数も5704銘柄と、MSCIの1559銘柄に比べて約3.6倍以上です」  同じ先進国株式投信でも、「SBI・先進国株式」のFTSE指数には日本株が8%以上も入っている。そして米国株の比率が58%台と、MSCIコクサイの72%台に比べて低い。 ■1万円×15年のつみたて結果で大差   MSCIコクサイを指数として採用している「eMAXIS Slim 先進国株式インデックス」とFTSEを指数とする「SBI・先進国株式インデックス・ファンド」を、過去のデータからつみたて成績を比較するとーー。 「過去のデータ試算ではありますが、MSCIコクサイに連動した『eMAXIS Slim』の運用成績のほうが高いですね。15年間では20%以上の差がついています」  毎月1万円を15年間、つみたて続けると、MSCIコクサイのeMAXIS Slim先進国株式は510万5966円。FTSEのSBI・先進国株式インデックス・ファンドは472万1060円になっていた。  自分で入金したお金は1万円×12カ月×15年間で180万円なので、いずれも驚異的な増え方だが、細かく比較すればMSCIコクサイのほうが、より伸びたということだ。  MSCIコクサイのほうが成績がよい理由は、15年間絶好調だった米国株の比率が10%以上高いせいか、日本株が入っていないせいか……。  なお、先進国株式投信の中で2030年まで信託報酬が無料という点を売りにした「野村スリーゼロ先進国株式投信」も話題だ。2031年からは0.11%の信託報酬がかかるが、1年リターンも18本中トップの46%である。  4~5年前まで海外株式の投信といえばMSCI連動の先進国株式投信がド定番だった。米国株式や全世界株式の投信が発売されたのはここ数年で、先進国株式投信は「先輩」。運用実績が長い点も評価できる。  なお、アエラ増刊「AERA Money 2021秋号」では、つみたてNISAで買える「先進国株式」の投信全18本を、規模/コスト/リターン/運用効率/リスクの5項目で忖度なしに100点満点で独自採点。そのランキング結果を公表している。 *  *  * 濡木寛子(ぬれき・ひろこ)/SMBC日興証券 アセットマネジメント・保険マーケティング部 課長。資産運用に関するマーケティング業務を担当。投資信託の仕組みや運用手法にも詳しい (編集・文/綾小路麗香、伊藤 忍) ※『AERA Money 2021秋号』から抜粋 

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    “お金絡み”で交渉が一転暗礁も…プロ野球入りを「突然拒否」した男たち 

     今年で57回目を迎えたドラフト会議。近年は入団を拒否する選手もほとんどいなくなり、過去10年間でも、2011年の日本ハム1位・菅野智之(現巨人)と16年の日本ハム6位・山口裕次郎(現JR東日本)の2人だけだ(育成は除く)。  だが、ドラフト草創期から1970、80年代にかけては、諸々の事情から入団を拒否する選手も少なくなかった。  ゴルファー転向を理由に入団を断ったのが、71年のヤクルト3位・尾崎健夫だ。  徳島海南高時代は全国でも屈指の本格派右腕だったが、プロゴルファー・尾崎将司の弟で、指名直後も「プロ野球入りか、ゴルファー転向かは五分五分の線」と迷っていた。  ヤクルト側は「陥落は時間の問題」と獲得に自信を深めたが、ここで兄の“ジャンボ”から「待った!」がかかる。 「健夫は野球選手よりもゴルファーのほうに素質がある」と考えた兄は、「野球に比べてゴルファーは寿命が長いし、収入だって力をつければ野球に負けない。それに野球の場合、故障やケガをすれば、それでおしまいという危険をはらんでいる」と自らの西鉄選手時代の経験もまじえて、弟を説得した。  かくして、指名から5日後の11月24日、尾崎は「正直言って(野球に未練)ありますが、ゴルフで成功した兄が“お前は運動神経が抜群だから、ゴルファーとして絶対に成功する”と言いますから、それを信じています」と正式にゴルファー転向を表明した。  プロ野球人気全盛時代にドラフト上位指名を蹴り、ゴルファーに転向するというニュースは、当時大きな驚きをもって迎えられたが、尾崎がゴルファー転向後、“ジェット”の愛称で、弟・直道を加えた“尾崎3兄弟”で活躍しているのはご存じのとおり。この選択は正解だったと言えるだろう。  次は1980年代。74年から90年まで各球団の指名人数枠が6人以内(78~80年は4人以内)に制限された結果、指名拒否は減ったが、その一方で、80年代後半には、ドラフト前にプロ拒否を表明した大学ナンバーワン左腕・志村亮(慶大)や86年の大洋2位指名の捕手・石井章夫(慶大)ら、六大学の有力選手の拒否が相次いだ。  一度はプロ入りに心が揺れながら、指名後に一転入団拒否したのが、89年のヤクルト3位・黒須陽一郎(立大)だ。  ベストナイン3度受賞の強打者で、89年秋に主将として立大の23年ぶりVに貢献した黒須は、野球部のない日本興業銀行への就職を内定させ、プロには行かないとみられていた。  だが、最後まで進路に悩んでいた黒須は、ドラフト直前、立大の先輩にあたるヤクルト・片岡宏雄スカウト部長に相談し、「どうしても野球が捨てられない」と指名してくれるよう頼んだ。  当初ヤクルトは黒須を獲得する予定はなかったが、後輩の頼みとあって、片岡部長は渋る野村克也監督を説得し、1位・西村龍次、2位・古田敦也の次の3位で指名した。  指名直後、黒須は「ヤクルトは長嶋(一茂)先輩もいますし、希望の球団です。前向きに考えたい」と語り、スポーツ紙もライバルの巨人1位・大森剛(慶大)、ロッテ1位・小宮山悟(早大)とともに、プロでの活躍を期待する論調で報じた。  ところが、間もなく黒須は再び興銀入社へと心変わりし、ヤクルトも12月14日、ついに獲得を断念。面目を失った片岡部長は「これからは野球のことは一切語るな」と釘を刺したという。  この一件以来、ヤクルトは現在まで社会人経由などの出身選手を除き、立大の選手を指名していない。  最後に2000年代にあった入団拒否劇を紹介する。  00年、オリックスは「契約金ゼロ枠」という新しい試みをスタートさせた。プロ入りを志望しながら、ドラフトにかかるかどうか微妙なレベルの選手にチャンスを与えるのが目的で、入団時の契約金はゼロだが、入団後の1軍登録日数に応じて上限2千万円の出来高契約金を支払うというもの。  対象は5位以下の指名選手。同年は5位から9位までの5人が該当したが、皮肉にも契約金ゼロが原因で、5位・開田博勝(三菱重工長崎)との交渉が暗礁に乗り上げてしまう。  柳川高時代は夏の甲子園ベスト8、法大時代も3年時に日本一、社会人でも主将として都市対抗準優勝に貢献した開田は、この年のドラフトで指名された全86選手中、一番の俊足でもあり、上位指名されてもおかしくなかった。  指名直後は「開幕1軍に入れるよう頑張る」と入団に前向きだった開田だが、指名後の交渉でも契約金ゼロの条件が変わらないということが事前によく伝わっていなかったのが、ボタンのかけ違いを生んだといわれる。  話し合いは平行線を辿り、12月7日、オリックスは獲得を断念。25歳の開田は、結果的に最初で最後のプロ入りのチャンスを逃した。同年は1位・内海哲也(現西武)が入団拒否しているので、繰り上げて4位相当にするなど、融通を利かせることはできなかったのだろうか?  現在の育成枠とは異なり、年齢的に猶予のない大学、社会人選手を球団側に都合の良い条件で大量指名する方式は、ファンからも「無責任では?」と非難の声が上がり、「本人にとっても、チームにとってもメリットがない」という理由から、わずか3年で廃止されている。(文・久保田龍雄) ●プロフィール久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。

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    高校ラグビー界に現れた“怪物選手”たち 現役の日本代表で期待の星も!

     大分で23日に行われるオーストラリア代表ワラビーズ戦を皮切りに秋の国際試合シーズンを戦うラグビー日本代表がこのほど決まった。サクラのジャージーを目指して宮崎市での合宿でしのぎを削ってきた候補選手の中でも大きな話題となったのが、将来の代表を担う期待がかけられた「ナショナル・デベロップメント・スコッド(NDS)」として招集されたワーナー・ディアンズ(東芝ブレイブルーパス東京)だ。  身長202センチと国内では規格外の大型ロックは、昨冬に東大阪市花園ラグビー場で開かれた全国高校大会でファンの注目を集め、今年3月に流通経済大学柏高校を卒業したばかり。残念ながら今回の代表メンバーには選ばれなかったが、来年1月に始まる新リーグ「リーグワン」の1部に属する強豪で鍛えられ、日本代表の大黒柱へと成長することが期待されている。  現在では早稲田大学の河瀬諒介の父親として知られる摂南大学総監督の河瀬泰治氏も、現役時代は大阪工大高校(当時)入学時から「怪童河瀬」と全国にその存在が響き渡った高校生ラガーマンだった。その後、明治大学、東芝府中(当時)でも常に活躍を続け、日本代表の中心選手として活躍した。  ディアンズも含め、河瀬泰治氏のように高校時代から名前を知られ、日本代表の主力として活躍することを期待される選手は多い。  今回、ディアンズと同じくNDSとして候補合宿に参加した福井翔大(埼玉パナソニックワイルドナイツ)は3年前に東福岡高校のキャプテンとして花園で活躍。監督に「高校ラグビー界の清宮君(プロ野球日本ハムの清宮幸太郎選手)かな」と評されたことから、大会中には「清宮級怪物」という見出しがスポーツ紙に踊った。卒業後は大学には進学せずトップリーグ(当時)の強豪にプロ選手として加入。2017年度のU20代表に唯一の高校生として選ばれた逸材は順調に成長し、今度はチームの最年少選手として見事に初代表を射止めた。  東福岡には高校時代からトップカテゴリーで活躍する大器が多い。東京オリンピックのラグビー競技(7人制)日本代表の藤田慶和(埼玉パナソニックワイルドナイツ)は高校3年時にセブンズ(7人制)日本代表の一員として国際統括団体のIRB(現ワールドラグビー)が主催する世界大会に出場。卒業直前には当時のエディー・ジョーンズヘッドコーチが初めて選んだ15人制の日本代表にも選ばれ、その後、2015年のワールドカップに出場した。また、藤田の1年先輩で元日本代表の布巻峻介(同)も高校時代にセブンズの日本選抜に選ばれて国際大会に出場している。  また、今回のNDSに追加招集された梶村祐介(横浜キヤノンイーグルス)は報徳学園高校時代にジョーンズヘッドコーチの目にとまり、花園出場前の3年時に日本代表合宿に呼ばれたことがある。昭和の時代では、高校生で代表候補合宿に呼ばれた藤原優氏(日川高校―早稲田大学―丸紅)が、いわば怪物高校生の元祖。野性味あふれるパワフルな走りで「アニマル藤原」と呼ばれたウイングはその後日本代表の中心選手となり、世界選抜にも選ばれている。  ただし、高校時代の評価とその後の活躍が必ずしもマッチするわけではない。  ジェミー・ジョセフヘッドコーチ体制の日本代表にあって、唯一無二の絶対的司令塔の立場にある田村優(横浜キヤノンイーグルス)は、國學院栃木高校時代に全国大会に出場しているものの、高校日本代表には選ばれていない。さらにU20日本代表も「本番」となる国内開催のU20世界選手権を前に外された。能力がようやく正しく評価されて再びサクラのジャージーを着たのはジョーンズヘッドコーチ体制になった2012年。それ以降は常に日本代表に名を連ねている。  また、日本代表として日本協会がキャップ対象とした国際試合で計65トライをあげて世界記録を更新、ワールドラグビーのラグビー殿堂入りも果たしている「世界のトライ王」大畑大介氏(東海大仰星高校―京都産業大学―神戸製鋼)も、高校3年時の高校日本代表には当初選ばれておらず、他の選手の負傷辞退によって追加招集された。  現在、全国各地で花園の予選が進行中だ。今シーズンはどんな怪物や大器が現れるのだろう。また、将来の日本代表を担う才能がどこに隠れているのか。2027年のワールドカップでサクラのジャージーを着る選手が必ずどこかにいるはずだ。

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    ソフトバンク次期監督人事  基本線の小久保ヘッドは本当に「適任」なのか?

     工藤公康監督の今季限りでの辞任の意向が報道されて以降、王者ソフトバンクが次期監督の人事で揺れている。  小久保裕紀ヘッドコーチが“既定路線”通りに監督に昇格すると思いきや、ここに来て他の後任候補の名前も挙がっている。今季低迷の原因、そして小久保ヘッドに対する現時点での評価が見て取れる。  今季は苦しんでいるものの、ソフトバンクはNPBで最も豊富な戦力を保有しているということは間違いない。昨シーズンには巨人のV9以来となる4年連続の日本一を果たし、今季も開幕前にはダントツの優勝候補と予想されていた。しかし蓋を開けてみると主力選手が相次いで故障離脱。投手陣ではエース千賀滉大、抑えの森唯斗、打線ではグラシアルなどチームの中核を欠き、本来の戦いが最後までできなかった。 「今季の低迷に関して責める声は聞こえてこない。投打の柱がいない状況では、百戦錬磨の工藤監督でも無理だったということ。オフの補強を含め、戦力を整えて(工藤監督の下で)再び来シーズンに勝負をかけると見られていたから驚きだった。正式発表はまだだが辞任の意向は固めている。一途で頑固な性格なので気持ちは変わらないはず。名将の後を継ぐ次期監督には、かなりの手腕が求められます」(ソフトバンク担当記者)  工藤監督は15年シーズンから指揮を執り、3度のリーグ優勝と5度の日本一を達成。結果とともに野球理論、人間性などを球団側から高く評価されていた。今季の低迷は故障者が続出したことが原因だったことは明白で、球団側も慰留に努めたが、工藤監督は責任を取る形で辞任を決心したと見られる。  今季から小久保ヘッドを招聘して次期監督へのレールを敷いたばかり。数年は工藤監督の下で帝王学を学び、指揮官の役割を継承させるはずだったのが、プランが狂い監督選びが難航している。監督としての経験値など、球団内部には小久保ヘッドの監督昇格は時期尚早という声があるのも事実だ。 「今季、攻撃面の選手起用などは小久保ヘッドに一任されていた。チームの調子が上がらない中、従来のレギュラー陣に固執し過ぎて打開策を見い出せなかった。長丁場のシーズンを任せるには経験不足を露呈してしまった。また時間が経過しているとはいえ過去の女性問題、脱税問題に不安を抱いている関係者がいるのも事実。盟主を自認する球団としては慎重にならざるを得ない」(スポーツ新聞野球担当記者)  小久保ヘッドの現役時代の実績、リーダーシップは文句のつけようがない。引退後も13年10月に常設化された侍ジャパンの初代監督に就任。17年の第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ではチームを準決勝進出に導いた。しかし今季は調子が上がらない松田宣浩、今宮健太など昨年までのレギュラー陣を多く起用し、シーズン中に流れを変えられなかった。一本気な性格が逆効果になっているようにも見えた。  小久保ヘッドの他に、後任候補として名前が挙がっているのが、かつて同チームを率いた秋山幸二氏だ。 「前監督の秋山氏を挟み、万全の体制で小久保監督誕生という可能性も浮上している。投手出身の工藤監督、野手出身の秋山監督の下で指揮官としての幅を広げ『小久保野球』を作り上げて欲しいということだろう」(スポーツ新聞野球担当記者)  秋山氏は05年にソフトバンク二軍監督に就任し、松田、本多雄一(現一軍内野守備走塁コーチ)といった、のちの中心選手を育て上げた。08年オフに王貞治監督(当時)を継ぎ一軍監督に就任すると、監督通算6年間でリーグ優勝3度(10年、11年、14年) 、日本一2度(11年、14年)、Aクラス5度と安定した成績を残した。現在はソフトバンクだけでなく、もう一つの古巣・西武の次期監督としても名前が挙がっていると噂されている。  また、過去にチームの主力選手として活躍した城島健司氏も候補の一人だ。 「城島の待望論は強い。セ、パ両リーグと、メジャーリーグを経験した選手としての実績。工藤監督など先輩方から叩き込まれ勉強を重ねた野球理論。世間に対して発信力もある明るい性格。名監督になるだけの資質、カリスマ性を兼ね備えている。本人は否定するが、監督打診をしている他球団もあるという話も聞く。ソフトバンクは絶対に手放せない人材」(ソフトバンク担当記者)  城島はソフトバンクの前身であるダイエーが弱小球団から強くなった歴史を知っている。現役最後の所属チームは阪神となったが、ホークスファンからすると九州の宝物という認識があるのは間違いない。今では“釣り人”としての暮らしを楽しんでいるが、20年には球団会長付特別アドバイザーに就任。将来的に指揮官としてソフトバンク復帰の可能性はゼロではない。そして監督就任を望む声は多く、小久保ヘッド、秋山氏とともに名前が挙がっているが……。 「小久保ヘッドのホークス愛は強い。現役時代、不可解な形で巨人移籍を経たことで球団への思いは増した。ヘッドコーチ就任時の『恩返しをできる機会を頂いた』という言葉は本物。来年だけ考えればいくつか選択肢もあるが、近い将来、監督として手腕を発揮して欲しい気持ちは誰もが持っている。小久保監督でホークス黄金時代が続くことが丸く収まるシナリオですけどね」(スポーツ新聞野球担当記者)  小久保ヘッドは、19年間の現役生活で16年間ホークスのユニホームを着た。03年オフに巨人へ無償トレードで移籍したが、06年オフにはFA権を行使しソフトバンクとなったホークスへ再び戻った。他チームでプレーしたこらこそ、ホークスへの良さを再認識したのだろう。 「攻めよ。勝ちたいなら」(9月16日、孫正義オーナーのツイッター)  優勝が遠のき諦めムードが漂う中、オーナーの発言が話題になった。このツイートはオーナーの「勝ちたい」という純粋な思いで現在も変わらないはず。工藤監督以下、選手、関係者も同様だ。  チームはリーグ優勝こそ逃したが、僅かながらクライマックスシリーズ進出の可能性もある。残りゲームで選手たちはどんなプレーを見せてくれるのか。そして、今季の悔しい思いを継いで監督となるのは誰なのか。オフに向けてソフトバンクの動向から目が離せない。

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    【沖昌之】道端でゴロンとする三毛猫 朝から急がずゆっくりいきましょ?

     主に外猫を撮影し、猫の自然な姿をとらえた写真が人気の猫写真家・沖昌之さん。「今週の猫しゃあしゃあ」では、そんな沖さんが出会った猫たちを紹介します。今回は「疲れているなら、ちょっと休んだらよろし。」をお届けします。 *  *  *  早朝、空がゆっくりと白みだしました。この時間帯は光量が足りないので、動きのある写真は撮影が難しいのですが、猫の黒目が真ん丸になるので好きな時間帯です。この三毛猫さんは、近づいて撮影しようとして僕が四つん這いになると、いつも逃げてしまいます。撮影できないことも多いのですが、この日は道の隅っこで、僕のことも気にせずごろんごろん。かわいらしいポーズが撮れました。 沖昌之/猫写真家。主に外猫を撮影し、猫の自然な姿をとらえた写真が人気。写真集に『必死すぎるネコ』『明日はきっとうまくいく』など。 ※AERA 2021年10月18日号

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    自民64議席減の予測 石原伸晃 下村博文、萩生田光一も当落線上か

     天下分け目の衆院選が近づきつつある。新総裁のもとでイメージを一新した自民党に、野党は今回もしてやられるのか……いや、そうとも限らない。過去のデータを分析すると、野党共闘の成立次第で勝敗はガラッと変わることがわかってきた。 *  *  *  コロナ禍の拡大で国民から総スカンを食らった菅義偉政権。衆院議員の任期満了が10月21日に迫るなか、自民党は近年では最大の危機を迎えていた。ジャーナリストの二木啓孝氏は言う。 「8月ごろに自民が実施した衆院選の情勢調査は『60議席±10減』という衝撃的な結果だった。二階俊博幹事長が8月末にその資料を持って菅義偉首相と官邸で面会。この数字が退陣の決定打になったと言われています」  次期衆院選の定数は465。過半数確保には233議席が必要だ。自民の現有議席は275で、43議席減らすと自民単独過半数割れ。また、公明党の現有議席は29。自公両党で合計72議席減ると与党過半数割れとなる。自民にとって“政権からの転落”が現実味を帯びていたのだ。  進退窮まった菅首相は9月3日に総裁選不出馬を正式表明。11月までに実施される衆院選は新しい首相・総裁のもとで実施されることとなった。その後は連日、メディアをジャックした「総裁選ショー」で菅政権の失政は“リセット”され、またも与党は安泰……という結果になるのだろうか。  だが、次の衆院選は前回と決定的に違う点がある。前出の二木氏は言う。 「2017年の衆院選で与党が圧勝したのは、選挙直前に民進党(当時)が希望の党と立憲民主党に分裂し、混乱の中で共産党との選挙協力も進まず、野党候補者が乱立したから。今回は前回ほど野党候補者の分裂選挙にはならない。自民は決して安泰ではなく、『どれだけ負けを減らせるか』の戦いになるでしょう」  そこで本誌は、17年衆院選で仮に野党候補者の一本化ができていた場合、選挙結果がどうなっていたかをシミュレーションした。なお、国会で与党寄りのスタンスをとり、立憲らと明確に距離を置く維新の会は、野党候補の票に合算していない。  その結果は衝撃的なものだった。野党の合算票が、勝利した与党候補者の票を上回った小選挙区は64。なかには、石原伸晃元幹事長(東京8区)、下村博文政調会長(東京11区)萩生田光一文部科学相(東京24区)、上川陽子法相(静岡1区)など、現職大臣や要職経験者といった“大物議員”も複数含まれていた。  さらに、17年衆院選と19年参院選で与野党が拮抗した選挙区や、保守分裂選挙になりそうな選挙区など13選挙区を抽出した。この合計77選挙区が、与党の「“落選危機”リスト」だ。仮にこれらの選挙区をすべて落とせば、「自公で過半数割れ」もあり得る。  個別の選挙区事情を見ても、与党が安泰でないことがわかる。永田町関係者は言う。 「香川1区の平井卓也デジタル担当相は、立憲の小川淳也衆院議員と拮抗している。小川氏を主人公にしたドキュメンタリー映画がヒットしたことで、メディアへの露出も増えた。与野党逆転があるかもしれない」  東京9区は菅原一秀前経産相が違法な寄付で略式起訴され自民を離党。自民は候補者を立てられず不戦敗の公算大だ。  石原伸晃氏だけではなく、弟の宏高衆院議員(東京3区)もリスト入りしている。 「東京3区は立憲の松原仁衆院議員が保守層にも浸透している。野党一本化が実現すれば、伸晃氏と一緒に兄弟で危ない」(自民党関係者)  広島3区からも目が離せない。二木氏は言う。 「河井克行元法相の選挙買収事件を受け、公明の斉藤鉄夫副代表が候補者になりましたが、選挙戦で手足になる主だった自民系地方議員のほとんどは河井氏から現金をもらっていて活動ができない。4月の参院広島選挙区の再選挙も野党候補が勝利している。斉藤氏はかなり厳しい」  野党が決して非力でないことは、次のデータからも読み取れる。  17年衆院選で全国の比例得票数は、自公が計約2553万票なのに対し、立憲・希望・社民・共産は計約2611万票で野党が上回っていた。  19年参院選の結果を見ても、リストにある宮城、秋田、長野、静岡、愛知、滋賀、京都、大分は野党の合算票のほうが多い。東京は与党が上回ったが、得票率の差はわずか1.8ポイント。同じく与党合算票が上回った千葉と神奈川も、その差は5ポイント未満だ。北海道では、知名度の高い高橋はるみ前北海道知事が自民から出馬した影響で選挙区票は与党が上回ったが、比例票は野党のほうが多かった。  もちろん、野党がその“潜在能力”を発揮するには、まだまだ突破しなければならない壁がある。  一つは自民党新総裁が誕生した際の「ご祝儀相場」だ。昨年、菅首相が誕生したときも内閣支持率は一気に6割以上まで回復した。政治アナリストの大濱崎卓真氏は言う。 「メディアでは総裁選ばかり取り上げられ、野党の存在感は埋没している。しかし、総裁選後は臨時国会が開かれ、代表質問も実施される可能性が高い。野党は総選挙に向け、早めに争点を設定しておく必要があります」  最大の問題は、野党が候補者を一本化できるかだ。現在、次期衆院選の289選挙区のうち、立憲の候補が共産、社民、れいわと競合する選挙区が70以上残っている。前出の大濱崎氏は言う。 「菅首相の不出馬表明で与党有利な状況になり、共産や国民も比例票狙いで候補者を多く立てたいという考えが強くなっている。あと1カ月程度でどの程度まとまるかです」  野党候補の一本化を目指すため、立憲の平野博文選対委員長は9月24日、同党の小沢一郎衆院議員に共産党との交渉役を依頼した。過去の失敗から学習し、力を結集できるのか。それ次第で、11月以降の政治風景は激変する。(本誌・西岡千史、池田正史) ※週刊朝日  2021年10月8日号

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    小泉進次郎氏、国民の人気なかった? 「好きな政治家」調査でトップ10入らず

     本誌が実施した「好きな政治家、嫌いな政治家」アンケート。総裁選でタッグを組んだ「小石河連合」の人気の差が出た結果となった。河野太郎氏は1位、石破茂氏は4位に入ったが、小泉進次郎氏はトップ10圏外だった。 *  *  * 「国民の人気が高い」というのは、この人の枕詞だったはず。ところが小泉進次郎氏は「好き」9票でランクインできず。「嫌い」も圏外だが14票で「好き」を上回った。  総裁選で「小石河」と呼ばれたが、河野、石破両氏とは決定的な差が出た。どうしてこんなことに? 「嫌い」の理由を見てみよう。 「国民のことをまったく考えておらず、自分のことしか考えていない」(46歳・東京都・女性)、「無能」(63歳・神奈川県・男性)、「自分ファースト」(51歳・東京都・男性)、「親の七光り。見ててイライラする」(24歳・北海道・男性)、「ただの目立ちたがり屋で無能」(72歳・東京都・女性)、「人気取り。国民を愚民とばかにしている」(51歳・東京都・女性)などさんざん。 「父は純一郎さんだし、イケメンで、鳴り物入りで政界入りしたから、女性のファンも多かった。でも実際はからっぽでした。菅さんが辞めるとき、なんでお前が泣いてるんだと思った人は多いでしょう。自分に酔っているだけの人ですし、嫌われる勇気もありません」(作家の鈴木涼美さん) 「政治の世界では、挨拶だけがうまい“司会議員”というのがいますが、それに近いのでは。器ではないことが、入閣してばれました」(政治ジャーナリストの角谷浩一さん)  しばらく要職に就くことはなさそうだし、ぜひともこの間に精進してほしい。(本誌・菊地武顕)※週刊朝日  2021年10月22日号

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    「好きな政治家」トップは河野氏「嫌いな政治家」は安倍氏 岸田首相は圏外

     人の話をよく聞くことを特技とする総理大臣が誕生した。ならば総理、本誌読者の声を真剣に聞いていただけまいか。永田町にいてはわからない国民の感覚を知ることができるから。ご自身の存在感の希薄さを認めるのは嫌かもしれないけれど。 *  *  *  やはり河野太郎氏は強かった──。  本誌が行った「好きな政治家、嫌いな政治家」アンケート。「好き」の1位に輝いたのは、先の自民党総裁選で敗れた河野氏だった。その他にも「好き」にランクインした政治家の名前を見て、政治ジャーナリストの角谷浩一さんが驚きの声を上げた。 「永田町の常識と国民の感覚とのズレを感じます。政界にいる人たちでは予想できない顔ぶれ。皆、ブレない人であるのがポイントですね。反タカ派が多く、全体のトレンドとして“安倍疲れ”があるのではないでしょうか」  河野氏が好きな理由として、以下のような声が届いた。「一番政務に取り組んでいる」(26歳・徳島県・男性)、「改革してくれそうだ」(56歳・神奈川県・男性)、「行動力と発言力と誠実さ」(65歳・福岡県・男性)、「発信力があり革新的」(82歳・福岡県・男性)  総裁選で河野氏支持に回った石破茂氏も「好き」で4位にランクイン。 「政権与党にいながらも総理や政府に物申す姿勢を持っている」(46歳・秋田県・男性)、「真剣だから」(70歳・栃木県・女性)、「国民に寄り添ってくれる。流されない人」(60歳・岐阜県・女性)  さて人気の河野氏を抑えて総理総裁の座に就いた岸田文雄氏だが、なんと「好き」9票、「嫌い」2票で、ともに十傑の圏外。つまりはちっとも関心がないということ。「嫌い」ランキングで金銀銅に輝いた歴代首相と違い、悪役ですらない。  作家の鈴木涼美さんはこの結果を見て、 「岸田さんは、まるで『半沢直樹』に出てくる体制側の悪の手下みたいです。国民が感想を持てないような人が、総理になるシステムを見直すべきでしょう。そういえば子どものころに見ていた総裁選でも、一番印象の薄い人が勝っていましたよね。小渕(恵三)さんとか。私たちのあずかり知らないところで首相が決まってしまうんです」  岸田氏を嫌う数少ない人は理由として「森友問題」(29歳・東京都・女性)を挙げていた。なかには「従来の政治手法とは異なる価値観を持っている可能性が高い」(76歳・千葉県・男性)と期待する人もいるのだから、声は声でも国民の声を聞いてほしいものだ。  そんな岸田政権を誕生させた元首相ふたりが、「嫌い」ランキングを爆走。1位の安倍晋三氏と2位の麻生太郎氏は、3位の菅義偉氏に圧倒的な差をつけている。  安倍氏を嫌う理由として届いた声は「自己保身が甚だしく説明責任を果たしていない」(42歳・東京都・男性)、「国を私物化」(32歳・東京都・女性)、「嘘を嘘と思わず、まるで真実のように嘘をつく」(70歳・福岡県・男性)、「官邸主導で官僚を骨抜きにして政治を駄目にした」(56歳・東京都・女性)、「安倍、麻生ともに坊ちゃん育ち。しょせん庶民の生活なんてわかりはしない」(80歳・神奈川県・男性)など。  もっとも安倍氏の名誉のため、「好き」でも5位に入っていることを付け加えたい。  さてこうした国民の指摘についてどう考えるか。安倍晋三事務所にコメントを求めるファクスを送ったが、残念ながら(当たり前か)期日までに返事はもらえなかった。  一方の野党だが、共産党政治家の人気が高い。志位和夫氏が2位、小池晃、田村智子両氏が同数の6位に入っている。衆参両院の定数は合わせて710。共産党の議員が25人しかいないことを考えれば、「好き」の十傑に3人がランクインしていることは驚異的だ。  とりわけ女性読者からの人気が高い。男女別に回答を集計すると、女性は志位・田村両氏で「好き」の1位2位を独占した。  この快挙(!?)に関する党のコメントをもらいたく、参院補選告示で慌ただしい7日に国会を訪ねた。応じてくれたのは、志位委員長その人。 「女性の方の期待をいただいたのは、大変光栄です。ここ1、2年、ジェンダー平等を求める非常に強いうねりが起こっていると思うんですね。党を挙げて、ジェンダー平等の問題に取り組んできました。それが評価いただいているとすれば、嬉しいです」  ランクインした他党の政治家についてもコメントを求めたが、「それは勘弁してください」と、まんざらでもない表情でかわされてしまった。  それに対して立憲民主党は……。来たる総選挙でも枝野幸男、蓮舫両氏が前面に出るのだろう。しかし「好き」「嫌い」ともに6位の枝野氏と、「好き」は圏外で「嫌い」で5位の蓮舫氏が選挙の顔でよいのだろうか。 「このふたりは挑発的、攻撃的で、キンキン怒っているイメージがついています。文句ばっかり、反対ばっかり言っている様子が頭に残っているんですね」(角谷さん)  大きなお世話かもしれないが、いっそ選挙の顔を長妻昭、小川淳也両氏に変えてみてはどうか。  長妻氏は「好き」の3位。「現状に満足することなく変化を与えられると思うから」(42歳・東京都・男性)、「物事の説明ができる。筋が通っている」(60歳・東京都・男性)、「異なる多様な意見にも耳を傾け謙虚に学ぼうとするから」(62歳・東京都・女性)など。  昨年公開されたドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で、一躍知名度と好感度が上がった小川氏。女性だけの回答に限ると、「好き」で3位にランクインする。 「自分の仕事をしていると思う。パフォーマンスではなく」(62歳・兵庫県・女性)、「言動が的を射ている。自身の言葉で話す」(50歳・東京都・女性)、「明るく誠実そう」(70歳・兵庫県・男性)  前述の田村氏と小川氏の名を挙げて「国会でデータに基づいた論理性のある質疑をするから。生活者の目線で考えてくれるから」(58歳・東京都・女性)、「国民のことを真剣に考えてくれている」(59歳・北海道・女性)という声もあった。  女性の声が届きにくいといわれる日本の政治。女性政治家に期待する声が多いが、単純に女性政治家だからよいというわけでもなさそうだ。女性読者が「好き」だと選んだ政治家の中で、十傑に入っている女性は田村氏と小池百合子氏、高市早苗氏の3人。反対に「嫌い」では、稲田朋美、杉田水脈、三原じゅん子、蓮舫各氏の計4人がランクイン。  自民「嫌い」3氏については「誠実さが感じられない」(51歳・神奈川県)、「そもそも勉強不足」(50歳・東京都)、「日本会議系だから」(38歳・東京都)、「差別主義」(51歳・東京都)、「品格と勤勉さの欠如」(53歳・神奈川県)と、やや感情的なコメントが寄せられた。 「稲田氏が二階氏を上回る4位に入ったのには驚きました。以前、安倍さんとベッタリだったイメージが強いのでしょう。今はそういうこともなく普通に活動しているんですけど」(角谷さん) 「田村さんのように、女性に人気の女性政治家はとても貴重。それとは対照的に、自民党の女性は女性の支持を得られていません。というのも男性権力者に魂を売った彼女たちは、私たち女性のことを男性よりもわかっていないから。でも彼女たちが悪いというわけではなく、そうしなければ役職につけない自民党の体質が問題なんだと思います」(鈴木さん)  このアンケートは本誌公式ツイッターとAERA dot.で募集したもの。回答数が136と少なく「それだけ今の政治には関心がないのでしょう」(角谷さん)というなか、真摯に答えてくれた読者の声である。  ここで紹介した感覚が、永田町の常識になる日はくるのだろうか。(本誌・菊地武顕)※週刊朝日  2021年10月22日号

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    ゆたぼん「仲良し」のへずまりゅうを擁護も「犯罪の解釈が間違っている」と疑問の声

     元迷惑系ユーチューバーのへずまりゅうが19日、バトゥール東京(歌舞伎町)で行われた素人異業種格闘技戦「hatashiai」に参戦。格闘技デビューを果たしたが、キックボクシングルールで、外国人ファイターのジャスティンに2R15秒、TKO負けを喫した。 「力の差は歴然でした。へずまはレスリングで過去に国体に出場した経歴があると聞いていました。キックボクシングルールは不利だったかもしれませんが、そもそも体が絞れていないため、動きにキレもなかった。一方でジャスティンはRIZIN出場を目指す選手です。筋肉隆々とした体でパンチも的確だった。ちょっと実力差がありすぎましたね。話題作りには良かったかもしれませんが」(格闘技ライター) へずまは会計前に魚の切り身を食べた窃盗やTシャツが偽物だとクレームをつけたとして業務威力妨害などの罪に問われた。 名古屋地裁岡崎支部に8月、懲役1年6か月、保護観察付きの執行猶予4年の一審判決を言い渡されたが、へずまは控訴している。今月3日に自身のツイッターで「控訴」と書かれた紙を持った自身の写真とともに、「裁判無罪やないし不服のぷんぷんやから今日控訴したわ!ひろゆきさんも去年擁護してくれてたし無罪じゃろうがオラ」と投稿していた。また、「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」(立花孝志党首)が19日、へずま(本名・原田将大氏)を参院山口選挙区補欠選挙に擁立することを発表して大きな反響を呼んだ。 様々な話題に対して世間からの風当たりは強いが、エールを送っている人間がいる。小学校に続き、中学校も通わないことを宣言した不登校ユーチューバー・ゆたぼんだ。へずまが今回の格闘家デビューを前に、19日に動画を更新。「へずまっち、hatashiaiに出て戦うことになってんな!ほんまは応援に行きたかってんけど、頑張ってな。応援してるで。メントスコーラでKO勝ちや!」と激励のメッセージを送った。    ゆたぼんによると、へずまはゆたぼんのアンチだったが、沖縄で開催されたゆたぼんの講演会に感銘を受けて意気投合。何度もYouTubeでコラボするなど交流が続いている。 ゆたぼんは「へずまっちはアカンことしてしまったから、へずまっちのことを悪く言う人もおるかもしれんけど、それも今は謝って反省もしてるねんから、もうそれ以上言うのはやめといてあげてな!」と呼びかけた上で、「それにへずまっちはちゃんと自分の顔を出して色んな挑戦をして失敗したってだけやし、匿名で誹謗中傷コメントしている奴らの方がダサいしカッコ悪いし、卑怯千万極まりないと思うわ!」と語気を強めた。 動画の最後に、「へずまっちみたいに色んな挑戦をしていたら失敗してしまうこともあるかもしれへんけど、その失敗から学んで、またいろいろ挑戦していったらいいと思う。俺も頑張るで。また遊ぼうな!」とエールを送った。 ユーチューバーを取材するライターはこう反論する。「ゆたぼんは仲のいいへずまを擁護したかったのでしょうが、へずまの犯罪行為で損失を受けた店に対して想像力を張り巡らさなければいけません。『色んな挑戦をして失敗しただけ』と誤解されるような解釈は間違っていると思います」 へずまの精力的な活動が理解される日は来るだろうか。信頼を失うのは簡単だが、取り戻すのは極めて難しいことを認識しなければいけないだろう。(牧忠則)

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    中日・立浪新体制はいばらの道か「今のフロント体制では厳しい」の指摘

     野球評論家の立浪和義氏が中日の来季監督に就任することが、メディアで一斉に報じられた。与田剛監督就任3年目の今季は5位に低迷。大野雄大、柳裕也と球界を代表するダブルエースを擁し、セットアッパー・又吉克樹、守護神・R.マルティネスと「勝利の方程式」を確立している。チーム防御率3.23はリーグトップ。それでも勝てない原因は、深刻な貧打だ。  本拠地が広いナゴヤドームで守備力を重視した野球を志向するのは当然だ。だが、それにしても得点が入らなさすぎる。今季のチーム総得点は392。セリーグの5球団が500得点を超えている中、断トツのリーグ最下位だ。核になる選手が少なすぎる。他球団でもレギュラーを張れるのはヒットメーカーの大島洋平、4番・ビシエド、今季急成長した正捕手の木下拓哉ぐらいか。中心選手にならなければいけない高橋周平は打率.257、5本塁打で、遊撃の守備力は申し分ない京田陽太も打率.258、3本塁打と物足りない。主力として期待された阿部寿樹、平田洋介はファーム暮らしで、44歳の福留孝介に頼らざるを得ないのが現状だ。  ただ、与田監督には同情の声も。 「貧打はシーズン前から分かり切っていた課題です。それなのに、補強した野手の新外国人は年俸5000万円のガーバーだけ。打率.156、0本塁打、1打点と期待外れの成績で5月中旬以降はファーム暮らしが続いています。FA補強にも参戦しないし、本気でチームを強化する姿勢がフロントから伝わってこない。与田監督も色々テコ入れしてきましたが、今の戦力では限界がある。立浪氏が監督になっても、フロントが変わらなければ厳しいと思います」(スポーツ紙記者)  今秋のドラフトでは1位・ブライト健太(上武大)、2位・鵜飼航丞(駒大)、6位・福元悠真(大商大)と大学生の野手3人を指名。即戦力獲得で打線を強化したいという思いは伝わってきたが、12球団で唯一の育成ドラフト指名なしに、「低予算なら将来を見据えて、一芸に秀でた金の卵を育成枠で獲るべきでは」と疑問の声が上がった。  最大の強化ポイントは打撃力だ。立浪氏は現役時代に日本記録の487二塁打を樹立するなど、プロ通算2480安打をマーク。中日一筋22年間で、最後の2年間は兼任コーチでプレーした。今年の春季キャンプでは臨時コーチを務め、根尾昂や岡林勇希ら若手に熱心に指導する姿が。卓越した野球理論に基づく指導法は選手たちから「わかりやすい」と評判だった。  立浪氏はCBCテレビの公式YouTubeチャンネル・燃えドラchで中日OBの井端弘和氏と対談。「強竜復活へ!来季のドラゴンズ構想」というテーマで自身の考えを語っている。  伸び悩む高橋周平に対し、「思い切って(打ち方を)変える時だよね。元々ボールを飛ばせるなん選手だから。最低20本塁打、(打率)3割ぐらいのところを目指せるようなスタイルに変えないと。今年いい意味で成績悪かったので思い切って変えられる」、「根尾は打てるようになってきたらどっかで使いたい。外野でもショートでもセカンドでも。まずバッティングの形ができてこないとその選択肢ができてこない」など発言。「レギュラーは大島とビシエドぐらいでしょう」と語り、補強ポイントとして「外野手で打てる大砲」と強調した。  立浪新体制で、「強竜復活」なるか。現場だけでは限界がある。フロントのバックアップも不可欠だ。(牧忠則)

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    80歳を超えた二階氏、麻生氏は後進に道を譲るべき? 自民党若手と亀井静香氏に“本音”を聞いた

     自民党で長きにわたり権力を握ってきた二階俊博前幹事長(82)と麻生太郎副総裁(81)。2人はすでに80歳を超えてすでに「長老議員」の域に入っているが、いまだ派閥の領袖として若手・中堅議員への影響力は大きく、次期衆院選への出馬も決まった。衆院選の比例代表では「73歳定年制」という自民党独自のルールがあるが、この撤廃を求めるベテラン議員と堅持しようとする若手議員との間では意見が対立してきた。総選挙も間近に迫るなか、党内で長老議員が幅をきかせ続ける現状について、自民党の若手議員はどう思っているのか。現職の若手や自民党OBに聞いた。 *  *  * 「次の衆院選に私が立候補するのは、当たり前のことだ」  二階氏は今月2日、和歌山県内のホテルで後援会関係者ら400人を集めた会合を終え、記者団にこう述べた。当選12回。直近まで歴代最長となる5年超も幹事長として権勢を振るい、これまで自民党総務会長や経産相も歴任した二階氏だが、いまだ権力欲は衰えない。11日に自民党が発表した次期衆院選の1次公認候補(小選挙区)にも選出され、正式に出馬が決まった。だが、二階氏が出馬の意向を示すと、ネットでは「いつまで権力にしがみつくのか」「若い議員に道を譲るべきだ」といった批判も噴出した。  次期衆院選を機に、伊吹文明元衆院議長(83)、大島理森衆院議長(74)、塩崎恭久元官房長官(70)など、引退を表明した自民党の大物議員も多い。その一方で、二階氏や麻生氏は80歳を超えてもなお、後進に道を譲る様子はない。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は、その理由をこう推察する。 「二階さんはこれから何かを成し遂げようというよりも、党内ににらみを利かせるために政界に残る判断をしたのでしょう。麻生さんもそうですが、官僚出身でない親分肌の党人派の人たちは、こういうことをやりたがる。二階さん、麻生さんの顔色をうかがいながら仕事をするのに疲れている若手・中堅議員は党内にたくさんいるはずです」  一方、80歳を機に政界を引退した元建設相の亀井静香氏(85)は、立候補を続ける二階氏の気持ちは「わかる」として一定の理解を示す。 「まだあいつは82歳だし、鼻たれ小僧だよ。今は議員も100年時代。逃げ出しちゃ駄目だし、二階には頑張ってほしい。特に今の与党は、若い連中がモヤシみたいに頼りないからね。そういう時には年寄りがしゃしゃり出て、『お前たちは何してんだ!』って背中を押さなければいけないんだよ」  和歌山3区で盤石の地盤を築いてきた二階氏であれば、次の総選挙でもまず負けはしないだろう。自民党も小選挙区では年齢制限を設けていないため、年齢に関係なく立候補することができるが、角谷氏は「負の側面もある」と話す。 「重鎮が『俺はまだやれる』と言えば、地元の有権者は当選させようと票を集めてしまう。だから、選挙で落ちることはほとんどない。『まだ元気なのだから、どんどん働いてもらえばいい』という意見は一見正しいように思えますが、政治家が一つの選挙区にしがみつけば、有権者の選択肢はそれだけ狭まるわけです。候補者も次第に権力のうまみだけを吸いたがるようになったりと、良いことばかりではありません。後進からすれば『あなたが牛耳っている限り、若い人が物を言いにくい』『ゆっくり休んで、後は私たちに任せてください』と思っている人も多いと思いますよ」  自民党は衆院選比例代表では「73歳定年制」の独自ルールを設けている。比例代表は名簿順でベテラン議員の方が有利になる傾向があるため、「世代交代」を促すのが狙いだ。  このルールが生まれたのは小泉政権時代。当時から長老議員の引き際は議論になっていたが、制度を設けた2003年には早速、引退をめぐる象徴的な騒動が起きた。当時85歳で比例の単独候補だった中曽根康弘氏(故人)に、小泉純一郎氏は「定年制」を理由に立候補を断念するよう勧告した。だが、中曽根氏は「これは政治的テロだ」として憤慨。議論が巻き起こったが、結局、中曽根氏が矛をおさめる形で同年に引退した。小泉氏は後に「嫌なことを言いに行くのは気が重かった」と述懐している。  昨年6月にも衛藤征士郎衆院議員(80)らベテラン議員が「政府が人生100年時代を唱える中で、年齢によって差別を行うのはおかしい」として、二階幹事長(当時)らに定年制廃止を求める要望書を提出。衛藤氏は「(二階氏は)当然じゃないか」と同意を示していたと記者団に語った。  こうした動きに、自民党青年局は、「(定年制撤廃は)世代交代に逆行している」として反発。当時の青年局長だった小林史明衆院議員(38)が下村博文選対委員長(当時)に定年制の維持を申し入れた。今年1月や8月にも、牧島かれん青年局長(44、現・デジタル相)が定年制厳守の申し入れをするなど、世代間の対立が続いている。  では、来るべき総選挙を前に自民党の若手議員はどう感じているのか。当選2回の三谷英弘衆院議員(45)はこう語る。 「定年制は、有権者からの期待に応えていくために必要な制度。この制度には、若い方をもっと登用してほしいという有権者の気持ちが反映されている。(政治の世界は)やはりどうしても高齢者ばかりになりがちなので、老壮青のバランスをとるために、党が決めた定年制をしっかり守っていただきたい」  二階氏、麻生氏ら重鎮が小選挙区で出馬を続けることはどう思っているのか。 「有権者から『国のためにこの人は必要だ』と思われるから当選するわけですから、それについては私がとやかく言えません。長年地盤を守ることも大変だと思いますし、80歳を超えても多くの方に応援してもらえるということは、それはそれで、すごいことだと思います」  その上で、党の未来についてこう話す。 「ご高齢の先生方に党内でいろんな仕事をされてしまうのか、それとも若手がご高齢の方を押しのけて仕事していくのかは、自民党の中にいるわれわれ次第。ご高齢の先生方に打ち勝っていく若い力をつけるためにも、党内で声を上げ、存在感を示していく必要があります。その意味で、若手の福田(達夫)さんが党総務会長に登用されたのは良いことだと思います」  当選3回以下の若手議員らでつくる「党風一新の会」に所属する衆院議員(50代)も、定年制については「厳守するべきです。中曽根さんをはじめ、歴代の議員たちも断腸の思いで勇退なさったわけだから、その決断を引き継いで尊重しなければならない」との考えだ。  また、当選3回の別の衆院議員(40代)も「(定年制は)そのまま堅持するべきです。経験豊富な議員が出ることにもメリットがありますが、それだと硬直化してしまう。党の若返りを図る意味でも、必要な制度だと思います」と述べた。  一方、前出の亀井氏は、定年制に反対意見を示す。 「赤ちゃんのくせにさ、『お父ちゃんお母ちゃんはもういらない』というのと一緒じゃないか。親だって、赤ん坊を捨てるわけにはいかない。もう親が必要ないなら、いなくなればいいんだけれど、子供が育たないとしょうがない。若い奴が育たないと引くに引けない。俺は今、社員2000人の会社を引き継いでいるけど、これも放っておけないんだよ」  だが、二階氏、麻生氏の2人は、その役割が果たせていないとも話す。 「今のままの2人だったら、引っ込んだほうがいい。老害になるよ。老害にならないためにはまず、あいつら自身が滝に打たれて考えなければいけないね。それで自らの歴史観、国家観をしっかりと持って、次世代に伝えていくべきだ」(亀井氏)  角谷氏は最後にこう語る。 「(長老議員が)権力がなければ仕事ができないと思っているのであれば、それ自体が問題です。議員バッジを付いていなくても、世のため人のために尽くしてきた人であれば、社会に貢献できるはずです」  80歳を超えた長老議員に権力を預けたままにしておくのか、若い世代による刷新力を期待するのか。「生まれ変わった自民党を国民に示す」と語った岸田首相の手腕が試される。(AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    公認争いで負け続ける「二階派」が壊滅状態に? 衆院選で元閣僚らが軒並み落選危機

     14日、衆議院が解散した。臨戦モードに突入したが、二階派の議員の多くが窮地に陥っている。参議院から鞍替えした林芳正元文部科学相と山口3区で公認を争っていた二階派の重鎮・河村建夫元官房長官が引退を表明。その他にも小選挙区で公認を争っていた二階派の鷲尾英一郎氏(新潟2区)や細野豪志氏(静岡5区)が党から公認を受けられない事態になっている。自民党関係者からは「パワーバランスが崩れた」との声があがる。 *  *  *「岸田首相に二階氏が降ろされてから、河村さんも弱気で『厳しいかも』と漏らしていた」  こう語るのはある自民党幹部だ。山口3区では、文部科学相や農林水産相などを歴任した林芳正氏が、参議院から衆議院へ鞍替え。二階派の重鎮で官房長官などを務めた河村建夫氏と公認争いを繰り広げていた。河村氏は衆議院議長のポストも狙っており、選挙区は譲らないとみられていたが、14日、衆院選には出馬せずに引退する意向であると報じられた。先の幹部はこう語る。 「河村氏には降りるように何度も説得があったが、二階氏が幹事長ということでずっと強気だった。二階氏が降ろされたあとも本人は『もう1期は』とも話していたが、このままいけば保守分裂は確実。メディアに『内紛だ』と報じられイメージが悪くなる恐れがあった中で、党としては河村さんの英断に助けられた思いだ」  引退の背景には林氏の選挙攻勢に追いやられた面もあるようだ。ある県議はこう語る。 「河村さんの後ろ盾である二階氏が幹事長を降りてしまったうえに、林さんは3区の県議をガッチリかためており、河村さんは四面楚歌(そか)に近い状況だった。林さんは今回が勝負とばかりに徹底して河村さんの人脈、票田に食い込んで切り崩していた。河村さんも応戦してはいたが、林さんの勢いに押されていた。ダメ押しが岸田政権誕生でしたね。衆院選で当選すれば、林さんは将来の総裁候補でしょうから。やっぱりそちらに流れますよね」  河村氏の他にも、公認争いをしていた二階派の議員は苦戦を強いられている。新潟2区では細田派の細田健一氏と二階派の鷲尾恵一郎氏が争っていたが、鷲尾氏が比例に回った。静岡5区では無所属の細野豪志氏が岸田派の吉川赳氏と争っていたが、公認は吉川氏に決まった。ある自民党関係者はこう見る。 「明らかにパワーバランスが崩れた。二階(俊博)さんが幹事長だったら、同じようなことにはならなかったはず。公認争いをしているその他の選挙区でも影響があるのではないか」  いまだに公認が決まっていないのは、北海道7区と群馬1区。北海道は二階派の伊東良孝氏と旧竹下派の鈴木貴子氏、群馬1区では二階派の中曽根康隆氏と細田派の尾身朝子氏が争っている(表)。北海道7区については、鈴木氏が比例に回る形で調整が進んでいるという報道が出ている。  政治アナリストの大濱崎卓真さんは北海道7区についてこう見る。 「鈴木氏は前回の衆院選では比例で当選、前々回は民主党から出馬し、伊東氏と戦って敗れている。鈴木氏が外務副大臣に起用されたことを見ると、党本部としては育てていきたいと思っているのでしょう。父の宗男氏がロシアや維新の会とのパイプを持っており、大切にしたい。しかし、伊東氏からすれば選挙区を譲ることはできず、なかなか調整がつかない状況でした」  群馬1区についてはどうか。 「前回は中曽根氏が比例で、小選挙区は尾身氏が出て勝っている。尾身氏には不祥事などはなく、降ろす理由はありません。中曽根氏は、大宰相・中曽根康弘元首相の孫ということで、小選挙区への強いこだわりがうかがえますが、二階氏の力も弱まっており、今回も中曽根氏が比例に回ると思います。福田康夫元首相の息子で総務会長に抜擢された群馬4区の福田達夫議員(細田派)とはだいぶ差がついた印象です」(同)  また、公認が得られた二階派議員でも、野党共闘が進む中で、厳しい戦いを強いられそうな選挙区は多い。17年の衆院選の結果から分析すると、要職を経験したベテラン議員ですら、軒並み落選危機にある(表)。  秋田2区の金田勝年元法相は、立憲民主党の緑川貴士氏と一騎打ちの構図になっている。17年衆院選の自民党と野党の得票数を見ると、金田氏は約7万4千票、緑川氏は約8万6千票となっている。  金田陣営の関係者は「法務大臣時代のつたない答弁で悪いイメージがついたまま、払拭できていない」と暗い表情だ。17年に法相を務めていた際、いわゆる「共謀罪」をめぐる国会の論戦で、金田氏は「私はちょっと、私の頭脳というんでしょうか、ちょっと対応できなくて申しわけありません」などと答弁し、批判が殺到した過去がある。先の関係者はこう語る。 「秋田県民からすると、岸田さんが首相になったインパクトはない。菅さんが秋田出身でしたからね。緑川氏は田舎の遠いところまで入って行って“どぶ板”選挙をしていると聞いており、脅威です。特に田舎は握手などで投票先が決まったりしますからね。金田は元官僚でエリートだったせいか、そこまではやれないんですよ。ただ、金田はこれまでも厳しい選挙で勝ってきた。地元に雇用をつくってきた実績などをしっかりとアピールして、誰が地元にために働いてきたか訴えていきたい」  同じく過去の失言が尾を引いているのは、千葉8区の桜田義孝元東京五輪・パラリンピック担当相だ。競泳の池江璃花子選手が白血病を公表した際に「本当にがっかりしている」と発言したり、少子化問題に関して「子どもを3人くらい産むようお願いしてもらいたい」などと述べ、たびたび物議をかもした。地元の自民党関係者はこう見る。 「今回は当選できないのではないか。失言がテレビでも連日話題になっていて、そのイメージが払えていない。致命的ですよ。(地元の)柏として恥ずかしくない人を選ばないといけないという意識が高まっているように感じます。(菅政権に比べて)政権の支持率は上がっていますが、ここでは政治家個人の資質が問題になっている」  17年の選挙結果をみると、野党共闘が成立している京都1区の勝目康氏、奈良1区の小林茂樹氏は野党の合計票が上回っており、二階派の両議員は苦戦を強いられそうだ。大濱崎さんはこう見る。 「二階さんの士気が下がっており、厳しい戦いになる選挙区も出てきている。今回の選挙結果で、党内の勢力図もさらに変わってくると思います」  岸田政権で冷遇される続ける二階派議員たちの末路やいかに。(AERA dot.編集部・吉崎洋夫、今西憲之)

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

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    「S&P500」か「全米株式」で迷う… 失敗しない米国株投信の選び方は?

    「つみたてNISA」で一番人気を誇る米国株のインデックス型投資信託。同じ米国株投資信託でも、S&P500と全米株式ならどちらが良い?  純資産総額で見ると「S&P500」が圧倒的だが、そもそも全米株式の投信は数が少ない。選び方のヒントを紹介する。 ■S&P500は31年で10倍以上も上昇  1990年から31年間のチャートを見ると、米国株の代表的指数、S&P500は10倍以上も上昇している。伸び方が強烈すぎて、日経平均株価の値動きがほぼ横ばいに見えてしまうほどだ。  米国株人気は「つみたてNISA」でも絶大。S&P500に連動する投資信託(以下、投信)の代表格は「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」と「SBI・V・S&P500インデックス・ファンド」だ。  米国株投信の大多数がS&P500に連動している中、米国市場に上場するほぼすべての株式に連動した成績を目指す投信もある。こちらの代表は「楽天・全米株式インデックス・ファンド」だ。  S&P500と全米株式の違いと選び方のポイントについて、三菱UFJ国際投信の野尻広明さんに取材した。 ■年4回銘柄入れ替えを検討するS&P500 「S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスが算出しているのがS&P500です。時価総額や財務の健全性、取引のしやすさを示す流動性に加え、業績、業種のバランスを考慮して選んだ大型株500銘柄を、時価総額ベースで指数化しています。  不定期ながら主に四半期ごとに銘柄入れ替えが検討されています。不振企業を外し、有望な企業を加えるのです。そのため、米国を代表する大型優良企業が常に組み入れられています」  一方、全米株式の投信は米国株3828銘柄(2021年6月30日現在)を組み入れた「CRSP USトータル・マーケット・インデックス」が対象指数。CRSP(シカゴ大学証券価格調査センター)という団体が算出している。  時価総額1500万ドル(約16億5000万円)以下で流動性の低い銘柄は対象外だが、小型株も含めてほぼすべての米国株を時価総額ベースで指数化している。  つまり小型株の成長や衰退の影響も受けるということだ。全体相場が小型株も含めて好調なら全米株式のほうがS&P500より好成績となるだろうが、全体相場が悪いと小型株は大型株以上に売られやすい傾向がある。 「S&P500」と「全米株式」、両者の組み入れ上位銘柄はほぼ同じ。全米株式のほうが大型株の組み入れ比率が低い分、小粒な成長株が多く組み入れられていることになる。  たとえば、ここ数年で株価が急上昇した電気自動車のテスラがS&P500に採用されたのは2020年12月。それ以前は全米株式インデックスのほうにだけ組み入れられていた。とはいえ、小型株の中には不振企業も多く、指数の足を引っ張る可能性も否定できない。  ここ5年でいえばS&P500と全米株式の5年間のパフォーマンスの差は0.05%(2021年8月末現在)で、S&P500のほうがわずかに上だった。誤差の範囲内である。  エリートぞろいの500社か、「良い子も悪い子もまとめて」買うか。結局は好みで選べばいいという結論になるが、せっかく500の優良企業を選んでくれているのだから、素直にS&P500に乗ればよいのではないだろうか。 ■冷戦が続く間は米国株最強か  では、米国株投信とともに人気の「全世界株式」投信とS&P500なら、どちらを選ぶべきか? 米国株一辺倒で投資するのはリスクがある、でも全世界株式投信よりも現状のリターンは米国株のほうが上……。ファイナンシャルプランナーの西原憲一さんに聞いた。 「今はイケイケの米国も、20年先は衰えているかもしれません。しかし、最近の米中冷戦や自国IT企業への締めつけなどを見ると、中国の未来は米国以上に多難という考え方もあります。  米国の一人勝ちが10年は続くと考えるなら、現在の『勝ち馬』といえるS&P500に便乗するのも悪くはない。全世界株式とS&P500を半分ずつでも」  そう、別に投資信託は1本しか買えないわけではない。ネット証券であれば100円単位で買えるのだから、迷うなら両方買ってしまえばよいのである。  なお、アエラ増刊「AERA Money 2021秋号」では、つみたてNISAで買える米国株の投信(S&P500、全米株式)全10本を、規模/コスト/リターン/運用効率/リスクの5項目で忖度なしに100点満点で独自採点。そのランキング結果を公表している。 *  *  * 野尻広明(のじり・ひろあき)/三菱UFJ国際投信 デジタル・マーケティング部 シニアマネジャー。格安インデックス投信の「eMAXIS Slim」シリーズに立ち上げから関与。投信そのものの運用にも精通する「投信博士」的存在 (編集・文/綾小路麗香、伊藤 忍) ※『AERA Money 2021秋号』から抜粋 

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    ソフトバンクの工藤監督退任 小久保ヘッドが後任有力候補もファンのイチオシは「あるコーチ」

     ソフトバンク・工藤公康監督が今季限りで退団することが、メディアで一斉に報じられた。  指揮官としての実績は際立っている。就任1年目の15年、17年、20年と3度のリーグ制覇。CSを勝ち抜いた18、19年と2度の「下克上」を合わせ、昨季までの7年間で5度の日本一に導いている。2年契約最終年の今季は5年連続日本一を目指したが、故障者が続出したことが大きな誤算だった。エース・千賀滉大、4番・グラシアル、守護神・森唯斗と主力が次々に離脱。黄金時代を支えてきた松田宣浩、今宮健太らレギュラーメンバーも打撃不振や故障で陰りが見られるようになり、若返りもなかなかうまくいかなかった。  12球団トップの8度優勝と得意にしていた交流戦で5勝9敗4分、球団史上最低勝率,357と失速。9月30日の西武戦(ペイペイドーム)から引き分けを挟み8連敗と勝負所で王者らしい戦いを見せられず、優勝争いから脱落した。  工藤監督は勉強熱心で知られていた。相手を綿密に分析し、コロナ禍の前は多忙な合間を縫ってオフに渡米。トレーニング施設を回るなど最先端の理論を勉強し、選手たちに飛躍するための助言を送り続けた。とりわけ、大きな功績はバッテリーを12球団屈指の陣容に育て上げたことだろう。  育成枠で入団した千賀滉大、石川柊太をエースに育て上げ、救援陣も若手を積極的に登用。ピンチを抑えることで自信をつけ、パフォーマンスも上がる。チーム内のハイレベルな競争が強さの源だった。正捕手は育成枠出身の甲斐拓也を据え、日本を代表する捕手に成長を遂げた。  後任は小久保裕紀ヘッドコーチが有力候補と見られる。 「侍ジャパンで監督を務めた小久保コーチは今季から入閣して野手陣の強化を期待されましたが、難しさを感じたでしょう。今季は貧打が深刻な時期が長く、上昇気流に乗れない一因になった。若手は三森大貴が台頭し、リチャードもシーズン終盤に出てきて自慢の長打力を発揮していますが潜在能力を発揮しきれていない若手が多いのが現状です」(福岡のテレビ局関係者)  小久保ヘッドコーチに対し、ソフトバンクファンからは手厳しい評価が目立つ。次期監督の有力候補にあげられていることに、SNS、ネット上では「どうしても小久保監督にしたいなら来年3軍監督、再来年2軍監督、そして3年後なら。繋ぎは秋山(幸二)さんに何とかお願いして欲しい。それくらいしないとホークスファン納得しないよ」、「現時点で小久保監督では暗黒時代に陥ります。経験を積ませるためにWBCの監督に据えたのだろうと思いますが、短期決戦は弱かった。ホークスが世代交代の過渡期とは言え、硬直化したスタメンで、長丁場も弱かった。負けが込んで若手も育てられないという最悪の結果です」などのコメントが相次ぐ。  秋山幸二元監督の再登板、内部昇格なら楽天で19年に監督を務め、最下位から3位に躍進させた実績を持つ平石洋介打撃コーチを推す声が多い。 「平石コーチは選手とコミュニケーションを密に取り、人心掌握術に長けている。野球脳も高く、質の高い野球を目指す姿勢で志が高い。楽天では1年限りで監督を退団しましたが、『もう少し見たかった』と楽天ファンから惜しむ声が多かった。現役時代に目立った実績はないですが、指導者としては非常に優秀な人材です」(スポーツ紙記者)  工藤監督の後任に選ばれるのは果たして――。(牧忠則)

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    【独自】美智子さま、雅子さま、眞子さま…繰り返される皇室女性の悲劇「宮内庁は変わるべきだ」の声

     秋篠宮家の長女・眞子さまの複雑性PTSDとの診断公表は衝撃的だった。振り返れば美智子上皇后は声を失われ、雅子皇后は「適応障害」と、皇室の女性の悲しみは30年経ても続いている。批判報道だけが原因なのだろうか。ジャーナリスト・友納尚子氏が宮内庁のあり方を問う。 【前編/眞子さまの「儀式行わない」意向も、天皇陛下は「朝見の儀」を望んでいた】より続く *  *  *  結婚の正式発表の会見には、皇嗣職大夫と医務主管と並んで、眞子さまを診断した精神科医も同席。病名は「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」だった。精神科医は、その原因について「秋篠宮ご一家や小室さんとその家族への誹謗中傷と感じられることを長期的に体験したこと」だと説明した。  さらに「誹謗中傷がなくなれば、症状は改善する」と医師は忠告した。 「今回の眞子さまのご病気の発表は、もちろんご本人も承諾されてのことだったと思いますが、慶事の発表に水を差すようなトーンとなってしまいました。誹謗中傷がなくなれば回復すると述べる忠告だけにとどまり、眞子さまが病気と向き合われているご様子やサポート体制について説明されなかったため、理解が得られにくかった」と宮内記者は明かす。「昨年までは眞子さまが精神科医にご相談されていることはなかったようなので、ご結婚間近のこのタイミングの発表となると、眞子さまのご体調は、会見に耐えうるのだろうかと、ますます注目されています」  皇族が治療を必要とする精神疾患にかかられたならば一大事である。ましてや結婚を控えられている眞子さまとあれば、報道は熱を帯びていっても無理はない。  皇嗣職大夫が「守りきれなかった」と会見で声を詰まらせる場面もあったというが、宮内記者らは冷静だったという。  結婚の延期から始まり、婚約者の親族の金銭トラブル、さらに金銭トラブルを説明する文書の発表、結婚一時金辞退、儀式を執り行わないこと、そして正式な結婚発表と同時の眞子さまのご病気公表──。一体、いくつの歴史上初の“前代未聞”があっただろうか。そのたびに騒動はより大きくなった。「守りきれなかった」というが、この4年間で見えたのは対症療法的な宮内庁の対応であり、長期的な視野からの「守りきる」具体的な動きは伝わってこなかった。  眞子さまが精神疾患だと発表されて、すぐに頭に浮かんだのは、今も病と向き合われている雅子皇后のことだ。病名は違っても雅子さまに与える影響や、同じ「複雑性PTSD」に苦しまれている人たちのことも気になった。  振り返れば、雅子さまは10年以上もバッシング記事にさらされてきた。火の粉は皇太子(現天皇)や幼い愛子さまにまで及び、雅子さまは「自分のことなら我慢するけれど、陛下や愛子のことまで言われるのはつらい」と吐露されていたという。  宮内庁は、こうした雅子さまの苦しみと悲しみのお気持ちを、眞子さまに繰り返させないために積極的に策を練り、「守りきる」ことはできたのではないだろうか。 「宮内庁は、官僚人事なので長くお仕えするということはありません。天皇家や秋篠宮皇嗣家といった独立した組織にそれぞれお仕えしていますので、長官に報告を上げるのはすべて終わってからです。そこに難しさがあるのです」(宮内庁職員)  陛下も皇太子時代から、何十年もの間、相談できるような有識者を探しておられたというが、いまだにそのような人物はおそばにいない。  宮内庁参与ではなく、もっと身近で進言も厭わない人物を本気で探すか、宮内庁の中に問題が起きた時に対処する専従班を配置するなど根本的な構造改革を行えるかが問われている。そうでなければ同じような悲劇を繰り返すだけではないだろうか。  雅子さまも「力が入らない」「怖い夢を見る」などのご体調の不調を訴えられて、自ら公務先の医者などに相談してから、やっと主治医が着任したのは皇太子(現天皇)の「人格否定発言」のあった04年。同年7月に病名「適応障害」の発表となるまでには、雅子さまが体調の変化を訴えられてから、実に3年も要した。  皇太子当時の陛下は主治医と相談しながら、雅子さまの治療に向けての環境作りをなさり、サポートをされてきた。雅子さまの場合、皇室という限られた環境下での治療という難しさがあった。  眞子さまは皇籍離脱をされて、海外生活を送るという違いはあるが、病名だけでみると、雅子さまの適応障害よりも治療に時間がかかるとされ、日本から出れば治るというものでもないという。専門医は語る。 「眞子さまが海外に出られてからも、あれだけ騒がれた小室さんの動向をメディアが放っておくとは思えません。眞子さまが海外で治療を続けるには、多忙な弁護士事務所に通う小室さんだけで支えられるのでしょうか」  正式な結婚発表時での病名公表は、「海外に行けばメディアの露出も減るだろう」という短絡的な判断ではなかったか。同時に雅子さまの精神疾患も理解しているのだろうかと疑問に思う。  雅子さまはご病名発表後も公務を欠席したことなどから「仮病」「わがまま」と批判され続けた。  驚いたのは、当時の情報源のひとつに、宮内庁幹部が関与していたとされることだ。批判はご夫妻の別居や離婚、ひいては廃太子による皇位継承順位の変更という暴論にまで至ったが、宮内庁は黙認したままだった。  そんな中、当時の皇太子はお一人で公務などを黙々と続けられた。こうした記事を掲載する雑誌広告が目に触れないよう、陛下は主要な国内外の記事だけを切り取って雅子さまに渡された時期もあったという。  さらに遡れば、美智子上皇后陛下の声が出なくなったのは、1993年10月の誕生日の朝だった。原因は、週刊誌などによるバッシング報道にストレスを感じている中、親しい友人からの手紙に皇太子妃決定過程に関わることが記されていたことも追い打ちをかけたともいわれた。  美智子さまのお悲しみ、雅子さまと眞子さまのご病気。30年近く経っても同じことが繰り返されている。これからは、自由を求める皇族方がもっと増えるだろう。宮内庁が「お仕え」するだけの組織であり続けるならば、その変化を受けとめきれなくなる。そうなれば国民の信頼を失い、皇室離れに繋がりかねない。  眞子さまのご結婚は、宮内庁のあり方にも警鐘を鳴らし、変化のきっかけになるのではないか。4年間の苦しみを繰り返してはならないと思う。(ジャーナリスト・友納尚子)※週刊朝日  2021年10月22日号より抜粋

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    奥田民生「ユニコーンは微妙な売れ方が丁度よかった」 活動の秘訣は“君が君が精神”

     8月に発表された「ツイス島&シャウ島」は、ベテランバンド、ユニコーン16枚目のオリジナルアルバムだ。AERA 2021年10月18日号で、奥田民生と川西幸一と手島いさむが語り合った。 *  *  * ――テーマはずばり“ロックンロール”だ。2年ぶり16枚目のオリジナルアルバム「ツイス島&シャウ島」は、そんな伝家の宝刀を抜いたことで、遊び心があふれる軽快な仕上がりになった。 手島:このご時世ですので、僕らも楽しんで一曲一曲ていねいにかつ、皆さんにも肩の力を抜いてもらえるようなものを作りましょう、というところから始まりました。 奥田:ロックンロールのフォーマットには、例えばAメロが1回しか出てこないとかがあったりするので、さっとやってさっと終わる感が出たりしましたね。結果、曲が短くなりました。 ■曲に必要なものだけ 手島:最近曲を作っていると、みんないろいろと凝っちゃって、曲が長くなりがちだったんです。ユニコーンの場合、ライブも想定して、イントロやアウトロの長さも全部プロデュースしてるわけなんです。あまり広くわかっていただけない芸術的な部分はあるにしても、要はこちらからすると必要なものしか曲に入ってない。だけど、“ロックンロール”っていうテーマを付けたことで、必要なものしか入ってないんだけど、スリムになりましたね。 川西:メンバーそれぞれ、その“ロックンロール”に当てた年代や狙ったところが、いろいろ違ったのが面白かったですね。ABEDONが作った「RRQ」は、ロックンロールクイズを掲げておきながら、別にクイズじゃないっていう(笑)。 手島:「このシュールさがやっぱりユニコーンなんだ」と、いままで鍛え上げられたお客さんたちにはわかってもらえると思います。新しい人たちにいきなりこれを「わかってほしい」っていうのは無理な話だと思いますけど(笑)。 ――楽曲がコンパクトなスタイルになったことによって、レコーディングにはどんな影響があったのか。 奥田:楽器の数は少なくなって、レコーディング時間もコンパクトになりましたけど、「あの時代のあのバンドのあの音を再現したい」ということになって、セッティングに時間はかかりましたね。ベーシックに録っておいて、後でミックスとかで音をいじるよりも、一発でそのままその音を出せるなら出したいので。だから、その趣味の部分のための準備に一番時間がかかるという(笑)。 手島:ナチュラルにその音が出るのがまた、味だったりするからね。だから、演奏する時はいつもより何も考えなかったですね。弾く回数も少ないですよ。 ■経験でできるように ――収録曲のひとつで、奥田が手掛けた「ロックンローラーのバラード」には波の音やカモメの鳴き声が使われている。 奥田:イントロや間奏でやることが思い浮かばなくて(笑)。 手島:俺ギターソロ弾いたけど、「なんか違うわ!」って言われて、「そうか~い」って。そうしたら、やっぱり消されてた(笑)。 奥田・川西:あははは。 手島:若い頃だったら、そこで「なんでやなんでや!」とかごねそうなものなんですけど、もうそういうのもないんですよ。 川西:「お邪魔しました!」と言って、さっと去るよね(笑)。 奥田:若い頃に意識していた、「きちんといい音で録らなければいけない」ということより、偶然性やアドリブ性の方が今は好きなんですよね。何かをみっちり考えて決めてもあまり意味がない、ということが経験として増えてくる。その場でポンッて考えたことが、よい/悪いというより、「その日、そうだった」みたいな。そのほうが後で聴いても楽しかったりするし、ライブもその日だけのものじゃないですか。  ライブとレコーディングがだんだんくっついてきた感じがあります。若いうちは、「これをやれ」と言われても準備が必要だったりしたけど、経験によってできるようになったことがたくさんある。 手島:好き勝手やればいいっていうもんじゃない、ベテランバンドならではの自由さってあるんですよね。だんだん生き方が狭まってきたかと思いきや、逆に広がってるんです。 ――2009年の再始動から、コンスタントに活動を続けている。 奥田:「100万枚売れ」とか誰にも言われないし、自分たち自身にもそういう気持ちが微塵もない(笑)。だから、余計なことを考えずにやりやすいし、ある程度形もある。阿部(ABEDON)も言っていたけど、ユニコーンは微妙な売れ方をしたのが、ちょうどよかったんですよ。 手島:売れに売れているのにそんなにお金が入ってこなくて、写真撮られて叩かれるポジションだと、割に合わんなあと思うわけですよ。でも僕らは、普段は割と普通に扱われて、ライブに出ていくとお客さんが喜んでくれる。最高だと思ってます。ただ、活動してるところが3Aだと厳しいものがあるので、メジャーリーグにいないと、とは思っていますね。 ■お互いの君が君が精神 ――バンド活動における秘訣はなんだろうか。 奥田:メンバー間で責任をなすりつけ合ってるんです。阿部はその中では頑張ってるほうだけど、あいつも急に放棄する時あるし。お互い「どうぞどうぞ」っていう“君が君が精神”が秘訣だと思います(笑)。 手島:でも、気付いたらいつの間にか一番前に立たされてることあるよね。「あれ?」って。 奥田:みんな、なすりつけ合いにも慣れてきてるから、誰かを急に前に出すみたいなことも全然やるんですよ。 川西:すごく自由に楽しめているので、僕はあまり先のことは考えてないんですね。次にどういうツアーや作品ができるかな、という楽しみはあるけど、それよりもっと先のことを考えても、どうなるかわからない。だから少し先のことでベストだと思うことをやろうと。若い頃にあった必死さがなくなって、余計に面白くなってるのかな。もちろん、若い頃はその必死さが必要で、今みたいなテンションでやっていてもダメだっただろうとは思います。 奥田:コロナ禍でこれまでやってきたことができなかったりするし、体調もより気をつけなきゃいけない。そういう状況下で、やれるうちにやりたいことはやりたいなと思います。 手島:何か新しいアイデアを思いついたら、やれるうちにやったほうがいいしね。 川西:難しいことは起きているけど、うまくやっていければいいですよね。僕たちもファンクラブ向けに何度も配信をやったけど、それはこういう世の中にならなければ、やってなかったわけだし。結局、ポジティブにものをとらえて前に進んだ方が良い、という考え方は昔と変わってないですね。 (構成/ライター・小松香里)※AERA 2021年10月18日号

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    親子「二人三脚」の中学受験にひそむ落とし穴 中学入学後に伸びる子、苦しむ子の違いとは

     27年にわたり中学受験指導を行っているベテラン塾講師・矢野耕平さんが、実際にかかわった受験生の実例や、自身で足を運んで取材した私立中高の様子をもとに、中学受験や学校選びのヒントをつづります。受験するなら知っておきたい、私立中学と中学受験の「リアル」とは――。 *  *  * ■「ギリギリ合格」の子が中学では成績上位に  先日、とある男子進学校に通う中学生Aくんの母親が1学期の成績報告を兼ねて、わたしの塾を来訪してくれた。その彼の通う学校は首都圏最難関レベルと形容できる一流の進学校であり、学力的に学年の上から3分の1の位置にいれば、東京大学合格は間違いないと言われているところだ。  その母親はこう切り出した。 「1学期の成績結果が出たあとに、同級生のお母さんたちと話す機会があったのです。そこで判明したんですが、中学受験時に親が徹底してわが子の学習管理をしていたところほど、成績的に苦しんでいるみたいですね」  そして、母親が成績表を見せてくれた。1学年200人以上在籍しているのだが、Aくんの総合順位は1ケタという良好な結果。わたしはびっくりしてしまった。中学入試の得点結果は開示されないので確かなことは言えないが、Aくんはこの学校におそらくギリギリで合格できたのだろうと思っていたからだ。  そんなわたしの驚きの表情を見た母親はほほえんで、こんなふうに言葉を継いだ。 「矢野先生が知っている通り、わたしは息子の中学受験勉強には一切タッチしませんでした。そう周囲に言うと驚かれるのですが……。振り返れば、息子は毎日塾の自習室にこもって、分からない問題があればその場で解決しようとしていましたね。その経験がいま生かされているように感じています。わたしのような『意識の低い』親だったからこそ、いま本人はのびのびと学びを楽しめているのかもしれない」  そんな母親の冗談交じりの話を耳にしながら、わたしは拙著『令和の中学受験 保護者のための参考書』(講談社+α新書)に書いたことをふと思い出した。その部分を引用してみよう。 <神奈川県の有名男子進学校で教鞭を執る友人と食事をしていたとき、彼からこんな問いかけがありました。 「ウチの学校は偏差値70を超えるだけあって、入学当初の生徒たちは本当に優秀だよ。あの入試問題で合格点を上回ったのだから。でもね、毎年のことだけれど、中学校1年生の夏休み明けには、学力が『伸びる子』と『落ちる子』に二極分化する。どうしてそうなるのか? 両者の違いって分かる? ヒントは小学生のときの学習姿勢……いや、学習環境といってよいかもしれない」 (中略)  彼が言いたいのはこういうことです。  保護者が子のスケジュール管理のみならず、教材の整理整頓、取り組んだ課題の丸つけや、ときには子に寄り添って解説してやる……。そんなふうに中学受験を「二人三脚」で乗り切ったようなご家庭の子は、中学入学後に学力が低迷するというのです。  一方、親がわが子の中学受験勉強から適度な距離を保ち、子どもが自ら学習にコツコツ励んでいる……そういうご家庭の子は中学入学以降にさらに学力を高めていくらしいのです。> ■教育の目的は「自立」にある  使い古された言い回しではあるが、「親」の役割とはその漢字の字形から「木の上に立ってわが子を見守る」ことと言われている。また、漢文学者の白川静氏が編纂した『字通』によると、「親」とは「新しい位牌を拝する」形であるという。自分の父母が亡くなった際に、そのありがたみを身に染みて感じられる瞬間を切り取って、この漢字が生まれたのかもしれない。  上記2点の事柄が示唆しているものは何だろうか。  わが子より長生きしたいと願う親はまずいないだろう。子より先に親がこの世から立ち去るのが常である。  親はなぜわが子を「教育」しようとするのだろうか。わたしはこう考える。いまわの際で「わが子は立派になったし、もう自分がそばにいなくても大丈夫だろう」と思えるようにするためではないか、と。こう考えると、「親」という漢字に含まれた二つの意味がすっと入ってくる。  これは別に親に限った話ではない。たとえば、会社で上司が部下を「教育」するのは、上司が無意識的に「自分がこの会社を去っても、部下がしっかりやってくれるだろう」という期待を抱きたいがためではないか。  そう考えると、わが子の「成長」とは結局は「自立」を指し示していることが理解できるだろう。  中学受験に話を戻そう。  中学受験勉強に取り組むわが子を目の前にして、日々途方に暮れている親も多いだろう。 「家に帰って『勉強しなさい!』と大声で叱責されるまでわが子は何もしようとしない」 「ウチの子はあまりにも幼稚なので、受験勉強に付き添いたくはないのだけれど、仕方なく面倒を見ているのです」 「本当にだらしのない子で、親が学習管理をしたり、教材・プリント類を整理してやったりしないと、机の上がぐちゃぐちゃになって何を学ぶべきか分からなくなってしまう」  こういう悩みを抱えている親にとって、わたしの申し上げることはただの「理想論」にしか聞こえないのだろう。  確かに子どもの成熟度は千差万別であり、何が何でも「自立」させられるように親がわが子をいますぐにでも突き放せというつもりは全くない。  ただ、親は「わが子の教育の目的は自立にある」という価値観を心の片隅に常に置いてほしい。それだけで、わが子の日々の学習への接し方、進路の考え方、塾の活用法などに多少なりとも変化が生まれるのではないか。  中学受験で第1志望校に合格できるか否か。親がこの点を気にするのは当たり前である。  しかしながら、中学入学後にわが子がいかに「自立」していけるのか。こういう観点のほうが第1志望校合格よりもよっぽど大切なことだとわたしは確信している。 (矢野耕平)

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    19時間前

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    終末期患者の願いを「かなえるナース」 結婚式、旅行、帰省の付き添いも

     その願い、かなえます──。終末期の患者にとって外出はリスクにもなる。でも、娘のウェディング姿が見たい、温泉に入りたいといった希望を持つ人もいる。そんな思いを実現するための訪問看護サービスがある。その名も「かなえるナース」。 *  *  *  7月のとある午後、一台の介護タクシーが横浜市内の結婚式場に到着した。介助する看護師に付き添われ車いすで降りてきたのは、礼服を着た歯朶山(しだやま)孝男さん(63)。 「お父さん、ありがとう」  そう言って傘を差し出し、歯朶山さんを出迎えたのは、ウェディングドレス姿の三女、上野美佳さん(25)。この日、身内だけで小さな結婚式を挙げる。  歯朶山さんは進行した肺がんを患い、脳への転移も確認されている。積極的な治療をする段階は過ぎ、現在は神奈川県内のホスピスで療養する。  歯朶山さんのひざの上には、1カ月前に白血病で急逝した妻みどりさん(享年60)の遺影が置かれている。式は「母の望みだったんです」と、美佳さんの姉は話す。  この結婚式をサポートし、医療的なケアが必要な歯朶山さんの介助をバックアップしたのが、看護師による新しい訪問看護サービス「かなえるナース」を手がける株式会社ハレ(東京都港区)だ。  代表取締役で看護師でもある前田和哉さん(35)に、結婚式の依頼があったのは式の1週間前だった。そこから何度か打ち合わせをし、ドレスやブーケ、ウェディングフォトに加え、患者が利用する革製の車いす、介護タクシーの手配などの準備を整えた。  前田さんらが聞いた主治医の話では、末期がんの歯朶山さんの脳は腫瘍(しゅよう)で圧迫されている可能性が高く、意識がない日が何日かあったという。 「看護師の目からみても外出が許可されるかどうか、微妙な状態でした。ところが、美佳さんの挙式の話が具体的になると、歯朶山さんの容体が徐々によいほうに変わってきたのです」(前田さん)  意識がはっきりしている時間が増え、大好きなチャーハンやコーラを口にできるほどにまで回復した。この変化には家族も驚くほどだった。  当日はハレの看護師らが歯朶山さんに付き添い、体調管理にも目を配っていたが、周りの心配をよそに容体は安定。痛み止めも酸素ボンベも使うことはなかった。挙式の間も体調を崩すことなく、ウェディングドレス姿の美佳さんを、ときに目に涙を浮かべながら、誇らしげに見つめていた。  念願のバージンロードを父と歩いた美佳さんは、「今日、こうして父が来られただけでも本当に感謝です……」と声を詰まらせた。  挙式後、前田さんが病室に挙式の家族写真を届けた。ベッドサイドに飾られているみどりさんの遺影の横に、美佳さんの結婚式の写真が加わった。  前田さんがハレを立ち上げ、終末期患者のサポート事業を始めたのは2018年。きっかけは末期がんの義母に、ウェディングフォトをプレゼントしたことだった。 「写真館でメイクをし、ウィッグをかぶってドレスに着替えた義母は、とてもうれしそうでした。このときに、終末期であっても患者さんにはやりたいことがあるはず、これまで培った救急看護や訪問看護などの経験を生かせば、こうした患者さんの希望をかなえるお手伝いができるのではないかと考えたのです」  現行の訪問看護でできる(健康保険が使える)サービスは、「療養を手助けする」という目的に限られ、また訪問も「自宅に1時間半まで」という縛りがある。かなえるナースでは、これを自由診療にすることで縛りをなくした。  旅行や帰省の付き添いなどもできるため、「死ぬ前に一度、両親に会っておきたい」「仲たがいした親との関係を修復したい」といった若い患者からの依頼も多い。30年以上疎遠になっていた両親に会いに、沖縄まで行ったがん患者に付き添ったこともある。この患者は家族と和解した2日後に亡くなったという。  ほかにも、おいしいそばを食べたいという患者には都内から長野県まで車を走らせ、温泉に入りたいという患者には浴槽から脱衣場まで酸素ボンベのチューブを伸ばすなどして対応した。もう少し手軽なことであれば、お墓参りや花見、ペットと過ごしたいから自宅に一時的に帰りたいという依頼などもある。 「サービスの使い方は自由です。終末期の患者さんが中心となりますが、看護師がいればかなえられることを無制限にサポートします」(同)  かなえるナースの料金は時間あたりで、別途、出張費や交通費などがかかる。結婚式であればウェディングドレスやヘアメイク、ブーケ、車いすの手配などはサービスの中に含まれる。  冒頭の上野さんの結婚式にも関わった、終末期の患者や介助が必要な人のサービスに詳しい医師の伊藤玲哉さん(トラベルドクター代表取締役CEO)は、「海外も含め、こうしたサービスは基本的にはNPOなどが寄付を募り、ボランティアのようなかたちで実施しているケースがほとんどです」と話す。  有名なのは「メイク・ア・ウィッシュ」で、日本にも法人がある。これは難病などの子どもの願いをかなえるものだ。 「終末期の患者さんへのサポートに関しては、例えば、オランダやドイツ、北欧では介護タクシーが旅行の移動をサポートして支援していますが、規模はあまり大きくなく、車で移動できる範囲に目的地も限定されているようです」(伊藤さん)  日本でも訪問看護のサービスの枠組みの中でされていたり、一般企業のCSR事業の一環として取り組みが始まったりしている。ただ、伊藤さんによると「入れ替わりが激しい」とのこと。  終末期の患者の旅行をかなえるには、準備にかかる人的・時間的コストや大きな責任が伴い、これらを限られた時間内で実施しなければならない。「情熱だけでは続けていけない事業」(同)という。  では、かなえるナースに関わる看護師はどう思っているのだろうか。2年ほど前にハレの社員となり、今回、歯朶山さんに付き添った看護師の小渕智絵さん(34)は、このサービスに関わる理由を、「自分がやりたい看護がこれだったから」と明るく答える。  小渕さんは、大学病院や美容外科のプライベートクリニックなどを経て、沖縄の市民病院に派遣看護師として赴いた。そこで知り合った関係者を通じてハレに入社した。 「終末期の患者さんの願いをかなえるサービスをビジネスでやっていると聞いて、しっかり働きたいと思いました。ボランティア活動だったらやっていなかったかもしれません」(小渕さん)  収入は美容外科に勤めていたころとは比べものにならないほど大きく減った。だが、それに勝る経験を得ているという。何より代えがたいのは、病棟に勤務していたころのように雑務に追われ、患者といる時間が取れないということがない、という点。一日の依頼であれば24時間、つきっきりでみることができる。  とはいえ、主治医の同意を得て、事前に必要な医療ケアについて打ち合わせをしていても、終末期の患者を外出させるのは大きなリスクだ。しかも自分の経験と技術だけが頼りだ。小渕さんは「医療機関で働いているときより責任は重い。緊張感も何倍も強いです」とも言う。 「でも、ある患者さんが言ったんです。『生きていると、こんな良いことがあるのね』って。こういう言葉をいただくと、どんなにたいへんなことも忘れちゃいます」(同)  ハレは4年目を迎えたが、この事業を継続するための課題は少なくない。その一つは、こうした取り組みがまだ多くの人に知られていないことだ。  前田さんは潜在的なニーズはあると考える一方で、「終末期という重要な時期に患者さんをお預かりする。次から次へとご依頼を受けるような性質の事業ではない」とも話す。  二つめは主治医の理解だ。依頼があっても実際に請け負えるのはごく一部。断念する理由の多くは患者の体調の急変だが、主治医が反対するケースもある。家族が希望を伝えても、主治医が「そうですねぇ……」と首をかしげた段階であきらめてしまうという。  しかし、終末期の患者の思いをかなえることは、残された家族の精神的な安定にもつながる。  末期がんの母(当時84)のために「かなえるナース」を利用し、自宅で子どもの結婚パーティーを開いた木村茂子さん(61)。親族の反対がなかったわけではないが、「やってよかった」と笑顔を見せる。 「看護師さんがつきっきりでみてくれたので安心でしたし、何かあったら在宅医を呼べる態勢も整っていました。私たち家族にもいい思い出がいっぱい残りました。母が亡くなって寂しいですが、生ききったという感じがして、悔やまれることはないです」(木村さん)  厚生労働省の「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書(2018年)」によると、最近5年間で身近な人の死を経験した人のうち、心残りがあると答えたのは42.5%。理由で多かったのは、「あらかじめ身近で大切な人と人生の最終段階について話し合えていたら」「大切な人の苦痛がもっと緩和されていたら」だった。がん患者や家族の精神的なケアを行う精神腫瘍医の清水研さん(がん研有明病院)は言う。 「大切な人の体力がだんだん落ちていき、亡くなっていく場面をみれば、誰でも不安になりますし、何かしてあげたいという気持ちが湧いてくるのは自然なことです」  一方で、実際に何かをしたという結果よりも、むしろ「それまでのプロセスを大事にしてほしい」と言う。結婚式や旅行などはあくまでも海面に見えている氷山の上の部分であり、海面の下の大きな氷の塊、つまり亡くなりゆく人に対して寄り添うことだったり、対話をすることだったりが、重要なことだという。 「そのためには、終末期よりも前、もっというと健康なときからお互いによく話し合っておくことだと思います」(清水さん) (山内リカ)※週刊朝日  2021年10月22日号

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    高校ラグビー界に現れた“怪物選手”たち 現役の日本代表で期待の星も!

     大分で23日に行われるオーストラリア代表ワラビーズ戦を皮切りに秋の国際試合シーズンを戦うラグビー日本代表がこのほど決まった。サクラのジャージーを目指して宮崎市での合宿でしのぎを削ってきた候補選手の中でも大きな話題となったのが、将来の代表を担う期待がかけられた「ナショナル・デベロップメント・スコッド(NDS)」として招集されたワーナー・ディアンズ(東芝ブレイブルーパス東京)だ。  身長202センチと国内では規格外の大型ロックは、昨冬に東大阪市花園ラグビー場で開かれた全国高校大会でファンの注目を集め、今年3月に流通経済大学柏高校を卒業したばかり。残念ながら今回の代表メンバーには選ばれなかったが、来年1月に始まる新リーグ「リーグワン」の1部に属する強豪で鍛えられ、日本代表の大黒柱へと成長することが期待されている。  現在では早稲田大学の河瀬諒介の父親として知られる摂南大学総監督の河瀬泰治氏も、現役時代は大阪工大高校(当時)入学時から「怪童河瀬」と全国にその存在が響き渡った高校生ラガーマンだった。その後、明治大学、東芝府中(当時)でも常に活躍を続け、日本代表の中心選手として活躍した。  ディアンズも含め、河瀬泰治氏のように高校時代から名前を知られ、日本代表の主力として活躍することを期待される選手は多い。  今回、ディアンズと同じくNDSとして候補合宿に参加した福井翔大(埼玉パナソニックワイルドナイツ)は3年前に東福岡高校のキャプテンとして花園で活躍。監督に「高校ラグビー界の清宮君(プロ野球日本ハムの清宮幸太郎選手)かな」と評されたことから、大会中には「清宮級怪物」という見出しがスポーツ紙に踊った。卒業後は大学には進学せずトップリーグ(当時)の強豪にプロ選手として加入。2017年度のU20代表に唯一の高校生として選ばれた逸材は順調に成長し、今度はチームの最年少選手として見事に初代表を射止めた。  東福岡には高校時代からトップカテゴリーで活躍する大器が多い。東京オリンピックのラグビー競技(7人制)日本代表の藤田慶和(埼玉パナソニックワイルドナイツ)は高校3年時にセブンズ(7人制)日本代表の一員として国際統括団体のIRB(現ワールドラグビー)が主催する世界大会に出場。卒業直前には当時のエディー・ジョーンズヘッドコーチが初めて選んだ15人制の日本代表にも選ばれ、その後、2015年のワールドカップに出場した。また、藤田の1年先輩で元日本代表の布巻峻介(同)も高校時代にセブンズの日本選抜に選ばれて国際大会に出場している。  また、今回のNDSに追加招集された梶村祐介(横浜キヤノンイーグルス)は報徳学園高校時代にジョーンズヘッドコーチの目にとまり、花園出場前の3年時に日本代表合宿に呼ばれたことがある。昭和の時代では、高校生で代表候補合宿に呼ばれた藤原優氏(日川高校―早稲田大学―丸紅)が、いわば怪物高校生の元祖。野性味あふれるパワフルな走りで「アニマル藤原」と呼ばれたウイングはその後日本代表の中心選手となり、世界選抜にも選ばれている。  ただし、高校時代の評価とその後の活躍が必ずしもマッチするわけではない。  ジェミー・ジョセフヘッドコーチ体制の日本代表にあって、唯一無二の絶対的司令塔の立場にある田村優(横浜キヤノンイーグルス)は、國學院栃木高校時代に全国大会に出場しているものの、高校日本代表には選ばれていない。さらにU20日本代表も「本番」となる国内開催のU20世界選手権を前に外された。能力がようやく正しく評価されて再びサクラのジャージーを着たのはジョーンズヘッドコーチ体制になった2012年。それ以降は常に日本代表に名を連ねている。  また、日本代表として日本協会がキャップ対象とした国際試合で計65トライをあげて世界記録を更新、ワールドラグビーのラグビー殿堂入りも果たしている「世界のトライ王」大畑大介氏(東海大仰星高校―京都産業大学―神戸製鋼)も、高校3年時の高校日本代表には当初選ばれておらず、他の選手の負傷辞退によって追加招集された。  現在、全国各地で花園の予選が進行中だ。今シーズンはどんな怪物や大器が現れるのだろう。また、将来の日本代表を担う才能がどこに隠れているのか。2027年のワールドカップでサクラのジャージーを着る選手が必ずどこかにいるはずだ。

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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    ソフトバンク次期監督人事  基本線の小久保ヘッドは本当に「適任」なのか?

     工藤公康監督の今季限りでの辞任の意向が報道されて以降、王者ソフトバンクが次期監督の人事で揺れている。  小久保裕紀ヘッドコーチが“既定路線”通りに監督に昇格すると思いきや、ここに来て他の後任候補の名前も挙がっている。今季低迷の原因、そして小久保ヘッドに対する現時点での評価が見て取れる。  今季は苦しんでいるものの、ソフトバンクはNPBで最も豊富な戦力を保有しているということは間違いない。昨シーズンには巨人のV9以来となる4年連続の日本一を果たし、今季も開幕前にはダントツの優勝候補と予想されていた。しかし蓋を開けてみると主力選手が相次いで故障離脱。投手陣ではエース千賀滉大、抑えの森唯斗、打線ではグラシアルなどチームの中核を欠き、本来の戦いが最後までできなかった。 「今季の低迷に関して責める声は聞こえてこない。投打の柱がいない状況では、百戦錬磨の工藤監督でも無理だったということ。オフの補強を含め、戦力を整えて(工藤監督の下で)再び来シーズンに勝負をかけると見られていたから驚きだった。正式発表はまだだが辞任の意向は固めている。一途で頑固な性格なので気持ちは変わらないはず。名将の後を継ぐ次期監督には、かなりの手腕が求められます」(ソフトバンク担当記者)  工藤監督は15年シーズンから指揮を執り、3度のリーグ優勝と5度の日本一を達成。結果とともに野球理論、人間性などを球団側から高く評価されていた。今季の低迷は故障者が続出したことが原因だったことは明白で、球団側も慰留に努めたが、工藤監督は責任を取る形で辞任を決心したと見られる。  今季から小久保ヘッドを招聘して次期監督へのレールを敷いたばかり。数年は工藤監督の下で帝王学を学び、指揮官の役割を継承させるはずだったのが、プランが狂い監督選びが難航している。監督としての経験値など、球団内部には小久保ヘッドの監督昇格は時期尚早という声があるのも事実だ。 「今季、攻撃面の選手起用などは小久保ヘッドに一任されていた。チームの調子が上がらない中、従来のレギュラー陣に固執し過ぎて打開策を見い出せなかった。長丁場のシーズンを任せるには経験不足を露呈してしまった。また時間が経過しているとはいえ過去の女性問題、脱税問題に不安を抱いている関係者がいるのも事実。盟主を自認する球団としては慎重にならざるを得ない」(スポーツ新聞野球担当記者)  小久保ヘッドの現役時代の実績、リーダーシップは文句のつけようがない。引退後も13年10月に常設化された侍ジャパンの初代監督に就任。17年の第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ではチームを準決勝進出に導いた。しかし今季は調子が上がらない松田宣浩、今宮健太など昨年までのレギュラー陣を多く起用し、シーズン中に流れを変えられなかった。一本気な性格が逆効果になっているようにも見えた。  小久保ヘッドの他に、後任候補として名前が挙がっているのが、かつて同チームを率いた秋山幸二氏だ。 「前監督の秋山氏を挟み、万全の体制で小久保監督誕生という可能性も浮上している。投手出身の工藤監督、野手出身の秋山監督の下で指揮官としての幅を広げ『小久保野球』を作り上げて欲しいということだろう」(スポーツ新聞野球担当記者)  秋山氏は05年にソフトバンク二軍監督に就任し、松田、本多雄一(現一軍内野守備走塁コーチ)といった、のちの中心選手を育て上げた。08年オフに王貞治監督(当時)を継ぎ一軍監督に就任すると、監督通算6年間でリーグ優勝3度(10年、11年、14年) 、日本一2度(11年、14年)、Aクラス5度と安定した成績を残した。現在はソフトバンクだけでなく、もう一つの古巣・西武の次期監督としても名前が挙がっていると噂されている。  また、過去にチームの主力選手として活躍した城島健司氏も候補の一人だ。 「城島の待望論は強い。セ、パ両リーグと、メジャーリーグを経験した選手としての実績。工藤監督など先輩方から叩き込まれ勉強を重ねた野球理論。世間に対して発信力もある明るい性格。名監督になるだけの資質、カリスマ性を兼ね備えている。本人は否定するが、監督打診をしている他球団もあるという話も聞く。ソフトバンクは絶対に手放せない人材」(ソフトバンク担当記者)  城島はソフトバンクの前身であるダイエーが弱小球団から強くなった歴史を知っている。現役最後の所属チームは阪神となったが、ホークスファンからすると九州の宝物という認識があるのは間違いない。今では“釣り人”としての暮らしを楽しんでいるが、20年には球団会長付特別アドバイザーに就任。将来的に指揮官としてソフトバンク復帰の可能性はゼロではない。そして監督就任を望む声は多く、小久保ヘッド、秋山氏とともに名前が挙がっているが……。 「小久保ヘッドのホークス愛は強い。現役時代、不可解な形で巨人移籍を経たことで球団への思いは増した。ヘッドコーチ就任時の『恩返しをできる機会を頂いた』という言葉は本物。来年だけ考えればいくつか選択肢もあるが、近い将来、監督として手腕を発揮して欲しい気持ちは誰もが持っている。小久保監督でホークス黄金時代が続くことが丸く収まるシナリオですけどね」(スポーツ新聞野球担当記者)  小久保ヘッドは、19年間の現役生活で16年間ホークスのユニホームを着た。03年オフに巨人へ無償トレードで移籍したが、06年オフにはFA権を行使しソフトバンクとなったホークスへ再び戻った。他チームでプレーしたこらこそ、ホークスへの良さを再認識したのだろう。 「攻めよ。勝ちたいなら」(9月16日、孫正義オーナーのツイッター)  優勝が遠のき諦めムードが漂う中、オーナーの発言が話題になった。このツイートはオーナーの「勝ちたい」という純粋な思いで現在も変わらないはず。工藤監督以下、選手、関係者も同様だ。  チームはリーグ優勝こそ逃したが、僅かながらクライマックスシリーズ進出の可能性もある。残りゲームで選手たちはどんなプレーを見せてくれるのか。そして、今季の悔しい思いを継いで監督となるのは誰なのか。オフに向けてソフトバンクの動向から目が離せない。

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    「医師国家試験」合格率が唯一100%の大学は? 学費「実質ゼロ」、1期生は尾身茂会長

     医学生が医師免許を手に入れるために突破しなければならない関門・医師国家試験。2021年、この合格率が100%だった大学がただ一つある。学費は実質ゼロ円という全国的にも珍しい制度を持つ、自治医科大学だ。なぜ合格率が高いのか、そこには切実な理由があった。その秘密に迫った。 *  *  *  2021年3月、9058人が医師国家試験に合格した。合格率は91.4%。大学別の合格率ランキングを見ると、医学部を擁する60大学が合格率9割を超えている。このランキングのトップで、唯一受験者全員が合格したのが自治医科大学(栃木県下野市)だ。9年連続で1位の「常連トップ校」。さらに2年連続、合格率100%を誇る。過去9年間で合格率はすべて99%を超え、全国平均を大きく上回る。  自治医科大は1972年、当時問題視されていたへき地などでの医師不足の解消を目的に、自治省(総務省の前身)の旗振りで栃木県に設立された。全国の都道府県が共同出資した学校法人によって運営されており、私立大学の形式をとっている。入学試験は、1次試験(マークシート式試験と面接)を各都道府県で実施し、2次試験(記述式試験と面接)を大学で行う。入学後は入学金や学費の全額2300万円が貸与される。そして卒業後、各都道府県知事が指定するへき地などの医療機関で一定年数勤務すると、その返還を免除される。つまり学費は「実質ゼロ円」だ。  同大では、特別補講が春、夏、そして国家試験直前の冬に行われる。国家試験対策には大学全体で力を入れており、学生は国家試験合格のための予備校などは基本的には利用しないという。同大医学教育センター長の岡崎仁昭教授はこう話す。 「本学の入学生は、各都道府県から2、3人が選抜されています。地域医療にとって、医師が一人でも欠けるのは非常に痛い。各都道府県からお預かりした志望者はみんな合格させ、6年後に医師として出身地にお返しするという思いで、大学全体がチームで教育に取り組んでいます」  5、6学年に進級試験として課す「総合判定試験」は、教員たちが半年ほどかけて、医師国家試験出題基準に準拠した問題に徹底的にブラッシュアップする。毎年、新作の問題を作成しているうえに、学生に復習を促すため解答だけではなく解説集も作成するなど、周到に練られている。  通常の授業のカリキュラムも、他大学の医学部とは異なるという。 「自治医科大の最大の特徴は、長期にわたる充実した臨床実習。80週という期間は全国の医学部でトップクラスです」(岡崎教授、以下同)   医学部で行われる臨床実習(病院の各診療科を回り、診療を体験する実習)は、5年次から行われることが多いが、自治医科大では4年次からはじまる。臨床実習に進むには、全国の医学生が受ける「共用試験」とよばれるコンピューターを用いた客観試験および実技試験に合格する必要があるが、自治医科大ではほかの大学よりも半年から1年ほど早く、3年次の最後に受ける。  こうした速習カリキュラムを組みながらも、入学初年次の教育は手厚い。 「高校時代に物理と化学は勉強したが生物を勉強していないという学生がいるのですが、医学には生物学の基礎知識が必要。そうした学生に対応するため、医科物理学、生体構成化学、医科生物学の三つを統合した『生命科学』という科目を設けています。また演習教育に関しては、臨床医の先生に講師をお願いして、1年次から学生の臨床に対するモチベーションを上げるようにしています」  勉強は「医学教育センター」がサポート。岡崎教授を含めた3人の専任教員が、成績下位者に対して面談を行うほか、授業が終わった午後6時から夜間補講を開く。学生を指名して症状や治療法について問い、スムーズに口頭で回答できるまで何度でもやり直すという徹底ぶり。自治医科大の名物として知られている。  また6年生に対しては、臨床医の教員がメンターとなり、一部屋7、8人の「勉強会室」を担当・指導。月1回、学習支援部会を開いて面倒を見ている。さらに教員に対しても年10回程度のファカルティ・ディベロップメント(研修会)を開くなど、双方へのサポートを欠かさない。 「全寮制をとっていることもあり、みんなで勉強するという空気が初年次から醸成されています。ほかの大学では、どうしても孤立してしまう学生が出て、それが留年や退学につながってしまうことも。しかし自治医科大では、一度も留年せずに6年間の標準修業年限で卒業する学生の割合が、95%を超えています」   医師国家試験の合格率が全体的に高い理由としては、「留年して高額の学費を払い続けることはできないため学生が必死に勉強する」「大学が合格の見込みが低い勉強不足の学生には受験させないよう進級・卒業要件を厳しくしている」などがあると、教育関係者は指摘する。  なお自治医科大の卒業生には、政府の新型コロナ対策分科会会長を務める尾身茂氏がいる。尾身氏は慶應義塾大学法学部に入学後、大学2年の時に手に取った本『わが歩みし精神医学の道』がきっかけで医学部を志し、自治医科大の1期生として入学した。そこで送った青春時代について次のように振り返っている。 「夏になれば、日光宇都宮マラソン、夜になるとラウンジでの宴会、訪中団を結成し文化大革命進行中の中国訪問、冬の軽井沢山荘での三日三晩の徹夜麻雀。それぞれが青春を謳歌した。勿論遊んでばかりいた訳ではない。皆やるべき時には勉強にも集中した。試験の前になると、学生寮は不夜城と化す。空腹が募る深夜になると、タイミングよく、本屋の社長さんからお汁粉が届く。1期生だけで学生の数も少なく、教職員の方と学生たちの関係は緊密で、教授の家に夜遅く勝手に押しかけては酒を強要することもしばしば」(自治医科大学HP「卒業生VOICE」)   未来の医師を育てる大学としてトップを走り続ける自治医科大。有名な卒業生が活躍する様子を、岡崎教授はどう見ているのだろう。 「医学部の教育は、国家試験の成績向上だけでなく、卒業生がどのような医者になり、どう頑張っているかが大事な結果だと思います。1期生の尾身先生は離島で地域医療を担い、その後はWHOでの経験を生かし、今は日本で感染対策の指揮を執っている。自治医科大は国際的に通用する地域医療の担い手を育てることが使命ですが、まさにそれを実践している。私は自治医科大の7期生ですが、こうした先輩を非常に誇らしく思います」  (白石圭)

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    20時間前

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    刑期を終え“銭湯のオヤジ”になった柔道元金メダリストの内柴正人「五輪直前、高藤直寿から相談受けた」

     東京五輪もいよいよ大詰め。今大会では日本柔道チームが五輪史上最多の9個の金メダルを獲得するなど、目覚ましい活躍を見せた。 そんな後輩たちの活躍を、熊本県八代市内の銭湯の従業員として、テレビ越しに見守る金メダリストがいた。男子柔道66キロ級で、2004年のアテネ・08年の北京と2連覇を果たした内柴正人氏(43)だ。 内柴氏は現在、銭湯「つる乃湯 八代店」に勤務。“あの事件”を機に柔道界を遠ざかり、栄光と挫折を知ったアスリートは、新たな人生をどう歩み、後輩たちの活躍をどう見たのだろうか。「日本開催で金ラッシュは嬉しいです。凄いとしか言いようがない」 後輩たちの活躍について、内柴氏は嬉しそうに感想を語る。「皆が五輪を見れるように」と、自宅にあったテレビを銭湯の休憩スペースに設置した。ディスタンスを保ちつつ、常連客やスタッフらと観戦することもある。「これだけ多くの階級で金メダルを取れるというのは、歴史的にもないこと。個々の強さもありますが、一人一人の力を引き出すチームジャパンの監督も見事ですし、チームの雰囲気も良かったのだと思います」 当初は五輪観戦に対して、心に壁のようなものがあったという。職場の上司からも、「いろいろなことがあったし、お前は大会を見るのも嫌だろう」と気遣われた。「どうしても、『戦いたい』と思ってしまうんです。引退した選手は誰もが思うことかもしれませんが、普通は引退したら、指導者をやりながら大人になっていきます。僕は指導者としての時間がとても短く終わってしまったので、まだ子供のまま。五輪の舞台はもう僕が入れない世界ですから、モヤモヤをコーチとして選手に託すこともできない」 2連覇の功績が認められ、内柴氏は紫綬褒章を2度受勲するなど、数々の栄誉に輝いた。だが2011年、教え子だった女子柔道部員への準強姦容疑で警視庁に逮捕され、事態は一変。「合意の上」として裁判で争ったが、14年には最高裁で上告が棄却され、懲役5年の実刑判決を受けた。この件によって数々の栄誉賞ははく奪され、五輪2連覇の男の名声は地に落ちた。内柴氏は過去を振り返り、後悔をにじませる。「反省するべき点ばかりです。自分が起こしたことの悪い部分は反省して、裁判で結果が出た以上は、最後までまっとうしようと。実家の父や家族についても、しつこくカメラに追い回されて憔悴していましたし、たくさん心配をかけたと思います」 事件を機に、地位やお金、離婚で家族も失った内柴氏。精神的にも追い詰められ、うつになって薬を飲むこともあったという。刑務所での服役中は、紙に柔道に関する思いを書き連ねて過ごした。そうしないと、自分を保てなかったからだ。「自分の柔道は終わったというのは分かっていたんですけど、当時の僕には柔道のほかに経験や知識がなかったので、新しいことを考えることもできず……。柔道のことを書きなぐること以外に、自分を保つ方法がなかった。吊り手の位置から、膝の使い方、腰の角度まで、技を全部分解してみたり、柔道で感じたことや身に付けたことを自問自答したりして、すべて文字に起こしてました。それでどうにかこうにかって感じです」 17年の出所後は、もう一度自分の人生を立て直すことに目を向けた。「健全な精神は肉体から宿る」の考えにのっとり、たとえ柔道ができなくても体を動かすことをしようと、「柔術」のジムに弟子入り。師範の家に住み込み、トレーニングに打ち込んだ。そこでキルギスの柔道連盟の関係者に出会った縁で、18年7月から19年12月まで、キルギス柔道連盟の総監督として指導。異国の教え子を率い、世界選手権に進出した。「帰国後に、格闘技イベント『RIZIN』に誘ってもらったこともあったのですが、スポンサーから許可がおりないといった事情があって、思うように活動できなかった。そんな時、今勤めさせてもらっているお風呂屋さんの社長に、『地元に貢献できるお風呂屋さんで、一社会人として勝負しませんか』と声をかけていただいて。そのお風呂は自分が現役時代から使っていた場所で、愛着がありました。実家を離れて東京で長く暮らしてきたので、熊本で年老いた父と過ごす時間を大切にしたかったし、地元での暮らしも良いんじゃないかと」 現役時代は柔道ばかりで、前妻にはたくさん苦労をかけたという内柴氏。今は新たな妻と1歳の子供がいて、地元で家族と一緒にいる時間を大事に過ごすようになったという。ただ、40代にして“異業種中の異業種”ともいえる銭湯での社会人デビューは、苦労の連続だった。「『いらっしゃいませ』と言う経験がなかったので、自分にできるのか不安でした。あとは、損得勘定も一から勉強して。一から学ぶのが大変だったんですけど、新しいことができるようになるのは楽しいですね」 仕事における師範は、社長と本店のマネージャーだ。ボイラー技士2級と危険物取扱者の資格も取得。モーターなど機械の不具合があれば分解し、まずは自分で直せないか試みる。「一生懸命修理して、次の日の朝、自動運転でお湯が湯舟に入っていく姿を見ると、感動するんです。それこそ、柔道時代に苦労していた減量に成功した時と同じくらい嬉しい。普通に働くことのすばらしさを実感しています」 働きぶりが認められ、現在は八代店の店長として1店舗を切り盛り。売り上げを計算し、スタッフのシフトを作り、人が足りないところには自分が入り、機械が壊れれば修理もする。いわば何でも屋だ。 内柴氏の方向転換には、家族の反対もあった。「妻をはじめ家族は今でも、僕には『柔道にこだわって、いけるところまでいってほしい』と言ってくれるんです。銭湯に就職する時には全く違う分野だったので、なんで?と残念がられて。指導者として柔道に関わってほしいというのはひしひしと感じます」 それでも銭湯で働くことを選んだことには、こんな思いがある。「今は自分で働いて力をつけていく時期。生活の基盤さえしっかり作って誰にも文句言われないぐらいしっかり仕事を頑張れば、だんだんと社会に受け入れてもらえるようになる。環境は、自分の頑張り次第で作っていけると信じてやっています」 そんな内柴氏は、東京五輪で活躍する後輩たちをどう見たのか。五輪開催前の6月末、60キロ級で金メダルを獲得した高藤直寿選手から「五輪、是が非でも取りたいので相談させてもらってもいいですか」と連絡を受けた。「1度会って30分ほどのスパーリングをし、組んでみて感じたことをアドバイスしました。例えば、待っている時間が長いように見受けられたので『得意技があるのはわかるけど、自分からプレッシャーをかけて試合全体の流れを自分から作ったほうがいいかもよ』といったことです。あとは、1度タイトルを取るとコーチから『チャンピオンなんだから』と、アドバイスをもらう機会は少なくなりがち。僕自身も孤独になった経験をしました。そこで、コーチに自分がどういう練習をしたいかを伝え、試合の時にコーチにかけてもらう言葉の内容まで、自分から提案するようにしていたんです。そうした自分の経験を伝えました」 高藤選手の戦いがどうしても気になってしまった内柴氏は、五輪への心の壁はありつつも、テレビをつけて観戦した。画面越しの高藤選手は、決勝戦で台湾の楊勇緯選手との延長戦を粘り強く戦い抜き、60キロ級で今大会第1号となる金メダルに輝いた。「高藤選手の活躍が、僕の五輪への拒絶心、壁のようなものを払しょくさせてくれました。おかげで今大会は、本当に五輪を楽しむことができています。五輪経験者でタイトルを取った僕が五輪を楽しまなかったらどうするんだという気持ちになれたんです」 今は仕事に励みつつ、グラップリングルールを採用した(打撃を禁止とし、投げや関節、絞め技などの組み技のみ有効とする)格闘技イベント「QUINTET」に出場しながら、グラップリングと柔術の経験を積んでいる。柔術は、始めて3年で茶帯だ。「柔術とグラップリングに関しては、素人に毛の生えたようなもの。柔道では相手の心の中が見えることもありましたが、柔術とグラップリングに関しては、一手先・二手先までしかわからない。でも、柔道で学んだ教わり上手は生きています」 才能のある次世代選手が次々と輩出される柔道界。柔道に対して未練はないのだろうか。「もちろん柔道はやりたいですが、僕が表に出ると目立ってしまいます……。今は週に1度、地元の大学生に教えるくらいです。日本では難しいので、もしも柔道を諦めきれなくなったら、もしかしたらまた海外に行ってしまうかもしれないですが、それは0・2%の可能性の話。メダリストにとって、現役引退後は日本の柔道トップ選手を育てるのも一つの夢かもしれないですが、今は仕事を頑張りつつ、新しく始めた柔術・グラップリング、それに柔道の3競技で、地元の方々と関わりたいという目標にシフトチェンジしました」 当初は自分が社会に出ることを許すだろうかという葛藤があった内柴氏だが、今では地元の支えを感じている。「QUINTETに出るようになってから、顔なじみのお風呂の常連さんが応援してくれますし、店舗スタッフのみんなが僕のトレーニングの時間を作るためにシフトを融通してくれることもあります。店舗の一角で練習しているんですが、そこに柔術のジムの先生や、大学の柔道部の学生などが集まってくれて、一緒に汗を流してくれます。地元の支えがなければ、僕は立ち直れていなかったと思います。阿部一二三選手がチャンピオンになって感謝の言葉を述べていましたが、僕も熊本県の皆さんやいろんな方々に本当に感謝して、一日一日を過ごさせてもらっています」 地元の支えもあって、かつての金メダリストは第二の人生を歩み始めている。五輪の後輩たちの活躍は、そんな彼の活力源になっているようだ。(取材・文=AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    自民64議席減の予測 石原伸晃 下村博文、萩生田光一も当落線上か

     天下分け目の衆院選が近づきつつある。新総裁のもとでイメージを一新した自民党に、野党は今回もしてやられるのか……いや、そうとも限らない。過去のデータを分析すると、野党共闘の成立次第で勝敗はガラッと変わることがわかってきた。 *  *  *  コロナ禍の拡大で国民から総スカンを食らった菅義偉政権。衆院議員の任期満了が10月21日に迫るなか、自民党は近年では最大の危機を迎えていた。ジャーナリストの二木啓孝氏は言う。 「8月ごろに自民が実施した衆院選の情勢調査は『60議席±10減』という衝撃的な結果だった。二階俊博幹事長が8月末にその資料を持って菅義偉首相と官邸で面会。この数字が退陣の決定打になったと言われています」  次期衆院選の定数は465。過半数確保には233議席が必要だ。自民の現有議席は275で、43議席減らすと自民単独過半数割れ。また、公明党の現有議席は29。自公両党で合計72議席減ると与党過半数割れとなる。自民にとって“政権からの転落”が現実味を帯びていたのだ。  進退窮まった菅首相は9月3日に総裁選不出馬を正式表明。11月までに実施される衆院選は新しい首相・総裁のもとで実施されることとなった。その後は連日、メディアをジャックした「総裁選ショー」で菅政権の失政は“リセット”され、またも与党は安泰……という結果になるのだろうか。  だが、次の衆院選は前回と決定的に違う点がある。前出の二木氏は言う。 「2017年の衆院選で与党が圧勝したのは、選挙直前に民進党(当時)が希望の党と立憲民主党に分裂し、混乱の中で共産党との選挙協力も進まず、野党候補者が乱立したから。今回は前回ほど野党候補者の分裂選挙にはならない。自民は決して安泰ではなく、『どれだけ負けを減らせるか』の戦いになるでしょう」  そこで本誌は、17年衆院選で仮に野党候補者の一本化ができていた場合、選挙結果がどうなっていたかをシミュレーションした。なお、国会で与党寄りのスタンスをとり、立憲らと明確に距離を置く維新の会は、野党候補の票に合算していない。  その結果は衝撃的なものだった。野党の合算票が、勝利した与党候補者の票を上回った小選挙区は64。なかには、石原伸晃元幹事長(東京8区)、下村博文政調会長(東京11区)萩生田光一文部科学相(東京24区)、上川陽子法相(静岡1区)など、現職大臣や要職経験者といった“大物議員”も複数含まれていた。  さらに、17年衆院選と19年参院選で与野党が拮抗した選挙区や、保守分裂選挙になりそうな選挙区など13選挙区を抽出した。この合計77選挙区が、与党の「“落選危機”リスト」だ。仮にこれらの選挙区をすべて落とせば、「自公で過半数割れ」もあり得る。  個別の選挙区事情を見ても、与党が安泰でないことがわかる。永田町関係者は言う。 「香川1区の平井卓也デジタル担当相は、立憲の小川淳也衆院議員と拮抗している。小川氏を主人公にしたドキュメンタリー映画がヒットしたことで、メディアへの露出も増えた。与野党逆転があるかもしれない」  東京9区は菅原一秀前経産相が違法な寄付で略式起訴され自民を離党。自民は候補者を立てられず不戦敗の公算大だ。  石原伸晃氏だけではなく、弟の宏高衆院議員(東京3区)もリスト入りしている。 「東京3区は立憲の松原仁衆院議員が保守層にも浸透している。野党一本化が実現すれば、伸晃氏と一緒に兄弟で危ない」(自民党関係者)  広島3区からも目が離せない。二木氏は言う。 「河井克行元法相の選挙買収事件を受け、公明の斉藤鉄夫副代表が候補者になりましたが、選挙戦で手足になる主だった自民系地方議員のほとんどは河井氏から現金をもらっていて活動ができない。4月の参院広島選挙区の再選挙も野党候補が勝利している。斉藤氏はかなり厳しい」  野党が決して非力でないことは、次のデータからも読み取れる。  17年衆院選で全国の比例得票数は、自公が計約2553万票なのに対し、立憲・希望・社民・共産は計約2611万票で野党が上回っていた。  19年参院選の結果を見ても、リストにある宮城、秋田、長野、静岡、愛知、滋賀、京都、大分は野党の合算票のほうが多い。東京は与党が上回ったが、得票率の差はわずか1.8ポイント。同じく与党合算票が上回った千葉と神奈川も、その差は5ポイント未満だ。北海道では、知名度の高い高橋はるみ前北海道知事が自民から出馬した影響で選挙区票は与党が上回ったが、比例票は野党のほうが多かった。  もちろん、野党がその“潜在能力”を発揮するには、まだまだ突破しなければならない壁がある。  一つは自民党新総裁が誕生した際の「ご祝儀相場」だ。昨年、菅首相が誕生したときも内閣支持率は一気に6割以上まで回復した。政治アナリストの大濱崎卓真氏は言う。 「メディアでは総裁選ばかり取り上げられ、野党の存在感は埋没している。しかし、総裁選後は臨時国会が開かれ、代表質問も実施される可能性が高い。野党は総選挙に向け、早めに争点を設定しておく必要があります」  最大の問題は、野党が候補者を一本化できるかだ。現在、次期衆院選の289選挙区のうち、立憲の候補が共産、社民、れいわと競合する選挙区が70以上残っている。前出の大濱崎氏は言う。 「菅首相の不出馬表明で与党有利な状況になり、共産や国民も比例票狙いで候補者を多く立てたいという考えが強くなっている。あと1カ月程度でどの程度まとまるかです」  野党候補の一本化を目指すため、立憲の平野博文選対委員長は9月24日、同党の小沢一郎衆院議員に共産党との交渉役を依頼した。過去の失敗から学習し、力を結集できるのか。それ次第で、11月以降の政治風景は激変する。(本誌・西岡千史、池田正史) ※週刊朝日  2021年10月8日号

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    【2021ドラフト採点簿】セ・リーグで“最も良い”指名ができたチームは?

     新型コロナウイルスの影響で、昨年に続いてリモートという形で行われた2021年のプロ野球ドラフト会議。支配下77人、育成で51人の合計128人が指名される結果となったが、チームの将来に適した指名ができた球団はどこだったのか、採点してみたいと思う。今回はセ・リーグ編だ。 *  *  * ■DeNA:90点  競合を避けることなく高校生では1番人気となっていた小園健太(市立和歌山)に入札して引き当てたのが何よりも大きい。親会社がDeNAになってから初の高校生投手の1位指名だが、将来の太い柱として期待できる素材だ。5位の深沢鳳介(専大松戸)も高校生では完成度の高いタイプだけに、この2人の加入は将来のチームにとって大きなプラスである。少し気になるのが2位の徳山壮磨(早稲田大)、4位の三浦銀二(法政大)が最終学年で調子を落としているところ。元々力のある投手だが、不調の投手を2人揃えたところは不安が残る。一方の野手は粟飯原龍之介(東京学館)、梶原昂希(神奈川大)とスケールのある選手を2人揃えた。ともに少し時間はかかりそうなタイプだが、現在の野手の充実ぶりを考えると納得がいく指名だった。 ■阪神:80点  1位では小園健太(市立和歌山)を外したものの、同程度の評価を受けていた森木大智(高知)を指名できたことで大きなマイナスは感じられない。2位の鈴木勇斗(創価大)、3位の桐敷拓馬(新潟医療福祉大)も中央球界ではないものの実力派の大学生サウスポー。5位の岡留英貴(亜細亜大)も本格派サイドスローでこの秋に評価を上げてきており、投手陣の底上げについては狙い通りの指名ができた印象だ。野手も強打が魅力的な外野手の前川右京(智弁学園)、豊田寛(日立製作所)の2人と、ディフェンス力が光る捕手の中川勇斗(京都国際)と特徴のある選手を指名。大化けが期待できるスケール型のプレイヤーはいないものの、バランスの良い指名だった。 ■巨人:70点  支配下の7人のうち6人が投手という徹底した指名となった。エースの菅野智之に衰えが見られ、今年は投手に好素材が多いということを考えると中日の野手偏重指名よりも理解はできる。ただ1位の翁田大勢(関西国際大)、2位の山田龍聖(JR東日本)はともにストレートは素晴らしいが、トータルで試合を作る能力という意味ではまだまだであり、即戦力と考えるのは極めて危険だ。現場とスカウト陣の今後の育成プランについてのやり取りが重要になるだろう。評価したいのは4位以下で指名した高校生投手3人だ。いずれも大型だが馬力よりもセンスを感じるタイプで、上手くフィジカル面を鍛えれば大化けが期待できる。彼らの中から将来のエース候補を育てられるかが大きなポイントとなるだろう。 ■ヤクルト:65点  1位では隅田知一郎(西日本工大)を外して同じ大学生左腕の山下輝(法政大)を指名。3位の柴田大地(日本通運)、5位の竹山日向(享栄)と投手3人はストレートの力が持ち味で、現在のチームに不足しているタイプだけに貴重な戦力となることが期待される。ただ少し気がかりなのが3人とも故障歴があるというところ。ヤクルトは伝統的に投手の故障が多く、素材が良くても短命という選手も目立つ。アマチュア時代の実績もそこまである投手ではないだけに、長い目での戦力と考える必要があるだろう。野手は若返りが必要な外野の手当てとして丸山和郁(明治大)、右でパンチのある選手として小森航大郎(宇部工)を指名したのは悪くないが、捕手も1人は狙ってもらいたかった。 ■広島:60点  1位では隅田知一郎(西日本工大)、山下輝(法政大)を外したものの、上位で黒原拓未(関西学院大)、森翔平(三菱重工West)と徹底してサウスポーにこだわった。チーム事情を考えれば分からなくもないが、森下暢仁、栗林良吏、森浦大輔と大学生、社会人投手の上位指名が続いているだけに、高校生投手にももう少し目を向けても良かったのではないだろうか。一方の野手は鈴木誠也のメジャー移籍に備えて中村健人(トヨタ自動車)、末包昇大(大阪ガス)と社会人の右打者を2人獲得。ただともに力はあるが、プロの変化球への対応には不安が残る。左投手と右の強打者というポイントは押さえているが、全体的には可もなく不可もなくという指名だった。 ■中日:55点  歴史的な貧打解消を狙い、6人中5人が野手という指名となった。ある意味狙いは分かりやすいと言えるが、極端な偏りにはやはり不安を感じる。1位のブライト健太(上武大)、2位の鵜飼航丞(駒沢大)、6位の福元悠真(大阪商業大)は全員が右打ちの外野手というだけでなく、長打力はあるものの確実性には乏しいという点も共通しており、分かりやすい表現をすれば0か100かというタイプである。3人のうちだれか1人でも戦力になれば御の字という考え方もあるが、やはりバランスには欠けた指名だった印象が強い。高校生の2人の野手でバランスを取り、左のリリーフとして石森大誠(火の国サラマンダーズ)を補強できたのはプラスだが、もう少し純粋にその年に評価が高い選手を狙う姿勢も欲しかった。 (文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    ソフトバンクの工藤監督退任 小久保ヘッドが後任有力候補もファンのイチオシは「あるコーチ」

     ソフトバンク・工藤公康監督が今季限りで退団することが、メディアで一斉に報じられた。  指揮官としての実績は際立っている。就任1年目の15年、17年、20年と3度のリーグ制覇。CSを勝ち抜いた18、19年と2度の「下克上」を合わせ、昨季までの7年間で5度の日本一に導いている。2年契約最終年の今季は5年連続日本一を目指したが、故障者が続出したことが大きな誤算だった。エース・千賀滉大、4番・グラシアル、守護神・森唯斗と主力が次々に離脱。黄金時代を支えてきた松田宣浩、今宮健太らレギュラーメンバーも打撃不振や故障で陰りが見られるようになり、若返りもなかなかうまくいかなかった。  12球団トップの8度優勝と得意にしていた交流戦で5勝9敗4分、球団史上最低勝率,357と失速。9月30日の西武戦(ペイペイドーム)から引き分けを挟み8連敗と勝負所で王者らしい戦いを見せられず、優勝争いから脱落した。  工藤監督は勉強熱心で知られていた。相手を綿密に分析し、コロナ禍の前は多忙な合間を縫ってオフに渡米。トレーニング施設を回るなど最先端の理論を勉強し、選手たちに飛躍するための助言を送り続けた。とりわけ、大きな功績はバッテリーを12球団屈指の陣容に育て上げたことだろう。  育成枠で入団した千賀滉大、石川柊太をエースに育て上げ、救援陣も若手を積極的に登用。ピンチを抑えることで自信をつけ、パフォーマンスも上がる。チーム内のハイレベルな競争が強さの源だった。正捕手は育成枠出身の甲斐拓也を据え、日本を代表する捕手に成長を遂げた。  後任は小久保裕紀ヘッドコーチが有力候補と見られる。 「侍ジャパンで監督を務めた小久保コーチは今季から入閣して野手陣の強化を期待されましたが、難しさを感じたでしょう。今季は貧打が深刻な時期が長く、上昇気流に乗れない一因になった。若手は三森大貴が台頭し、リチャードもシーズン終盤に出てきて自慢の長打力を発揮していますが潜在能力を発揮しきれていない若手が多いのが現状です」(福岡のテレビ局関係者)  小久保ヘッドコーチに対し、ソフトバンクファンからは手厳しい評価が目立つ。次期監督の有力候補にあげられていることに、SNS、ネット上では「どうしても小久保監督にしたいなら来年3軍監督、再来年2軍監督、そして3年後なら。繋ぎは秋山(幸二)さんに何とかお願いして欲しい。それくらいしないとホークスファン納得しないよ」、「現時点で小久保監督では暗黒時代に陥ります。経験を積ませるためにWBCの監督に据えたのだろうと思いますが、短期決戦は弱かった。ホークスが世代交代の過渡期とは言え、硬直化したスタメンで、長丁場も弱かった。負けが込んで若手も育てられないという最悪の結果です」などのコメントが相次ぐ。  秋山幸二元監督の再登板、内部昇格なら楽天で19年に監督を務め、最下位から3位に躍進させた実績を持つ平石洋介打撃コーチを推す声が多い。 「平石コーチは選手とコミュニケーションを密に取り、人心掌握術に長けている。野球脳も高く、質の高い野球を目指す姿勢で志が高い。楽天では1年限りで監督を退団しましたが、『もう少し見たかった』と楽天ファンから惜しむ声が多かった。現役時代に目立った実績はないですが、指導者としては非常に優秀な人材です」(スポーツ紙記者)  工藤監督の後任に選ばれるのは果たして――。(牧忠則)

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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    眞子さまへの複雑性PTSD診断は“勇み足“? 精神科医・和田秀樹氏が語るこれだけの疑問

     眞子さま(29)と小室圭さん(29)の結婚を宮内庁が発表した。それと同時に公表されたのが、眞子さまが「複雑性PTSD」と診断されていたということだ。しかし、この診断に対して、複雑性PTSDに詳しい精神科医の和田秀樹氏が「診断は“勇み足”ではないか」と疑問を投げかけた。 ――複雑性PTSDとは何でしょうか。  PTSD(心的外傷後ストレス障害)というのは、単発的な出来事によって、発症するものです。例えば、レイプなどの暴行を受けた、目の前で人が死ぬのを見たなど、いわゆるトラウマになるような出来事があって、発症します。  それに対して複雑性PTSDは反復的、長期的なトラウマによって引き起こされるものです。例えば、長期間苛烈ないじめや虐待を受けていたり、民族対立の中、常に怖い思いをしていたとかです。 ――PTSDとは症状が違うのでしょうか。  PTSDより複雑性PTSDのほうがより深刻な症状が出ます。  人とうまく付き合えなくなったり、感情が不安定になったりします。また、「解離症状」というのが出て、記憶が飛んで、おかしな行動が出るなどの症状があったりします。  人格が変わってしまったり、意識レベルにもかかわるもので、「パーソナリティ障害」や「多重人格」(解離性同一性障害)といったものです。 私も複雑性PTSDの患者を診ていますが、仕事に就けない人も多いです。 ――眞子さまも複雑性PTSDということだが、どう捉えたか。  実際に診ていないのでわからないですが、直前まで公務をされていたことを踏まえると、「適応障害」のほうが近いと思います。  先ほど述べましたが、複雑性PTSDは虐待を受けてきたような人が、仕事も就けず、性格も安定しないなどの症状が出るほど深刻なものです。  皇室にいることで一般人では言われないようなことを多く言われる、多数書かれるという状況です。その状況に適応できていないということのほうが、症状として近いのではないでしょうか。 ――そうなると、宮内庁が「複雑性PTSD」を発表した意図はどこにあると思いますか。  複雑性PTSDは同じトラウマを何度も受けることで症状がどんどん悪くなりますので、これ以上小室さんのネガティブなことを書くと眞子さまの症状が重くなる、ということを警告しているのだと思います。  ただ、複雑性PTSDは虐待レベルのひどいときに起こるものです。診断基準を見てもらえればわかりますが、悪口を言われた程度でそう診断されるのには疑問です。診断した医師の“勇み足”のようにも見えます。 ――宮内庁の発表では「誹謗中傷と感じられるできごとがなくなれば、複雑性PTSDの改善が進むと考えられます」とありました。  それで症状が良くなるのであれば、やはり適応障害というのがより適切な診断と思います。  複雑性PTSDは本当に気の毒なほど虐待を受けてきた人が多い。長期的なカウンセリングが大事なもので、そのように簡単に治るものではないです。 ――アメリカに行っても大丈夫なのでしょうか。  本当に複雑性PTSDなら、アメリカに行ったほうがいいです。日本では治療ができる専門家が少ないのが現状です。アメリカの方が治療できる医師が多いです。  ただ、今回の発表を受けて思ったのは、「複雑性PTSDが軽いものなんだ」という誤解はしてほしくないということですね。 ――複雑性PTSDで苦しんでいる方はどのくらいいるのでしょうか。  2020年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待の件数は20万件を超えています。そう考えると、児童虐待を受けていた人は毎年累積していて、相当数(おそらく100万人以上)が複雑性PTSDで苦しんでいることが伺えます。 一度複雑性PTSDになると、治らないことも多いです。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫)

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    【独自】美智子さま、雅子さま、眞子さま…繰り返される皇室女性の悲劇「宮内庁は変わるべきだ」の声

     秋篠宮家の長女・眞子さまの複雑性PTSDとの診断公表は衝撃的だった。振り返れば美智子上皇后は声を失われ、雅子皇后は「適応障害」と、皇室の女性の悲しみは30年経ても続いている。批判報道だけが原因なのだろうか。ジャーナリスト・友納尚子氏が宮内庁のあり方を問う。 【前編/眞子さまの「儀式行わない」意向も、天皇陛下は「朝見の儀」を望んでいた】より続く *  *  *  結婚の正式発表の会見には、皇嗣職大夫と医務主管と並んで、眞子さまを診断した精神科医も同席。病名は「複雑性PTSD(心的外傷後ストレス障害)」だった。精神科医は、その原因について「秋篠宮ご一家や小室さんとその家族への誹謗中傷と感じられることを長期的に体験したこと」だと説明した。  さらに「誹謗中傷がなくなれば、症状は改善する」と医師は忠告した。 「今回の眞子さまのご病気の発表は、もちろんご本人も承諾されてのことだったと思いますが、慶事の発表に水を差すようなトーンとなってしまいました。誹謗中傷がなくなれば回復すると述べる忠告だけにとどまり、眞子さまが病気と向き合われているご様子やサポート体制について説明されなかったため、理解が得られにくかった」と宮内記者は明かす。「昨年までは眞子さまが精神科医にご相談されていることはなかったようなので、ご結婚間近のこのタイミングの発表となると、眞子さまのご体調は、会見に耐えうるのだろうかと、ますます注目されています」  皇族が治療を必要とする精神疾患にかかられたならば一大事である。ましてや結婚を控えられている眞子さまとあれば、報道は熱を帯びていっても無理はない。  皇嗣職大夫が「守りきれなかった」と会見で声を詰まらせる場面もあったというが、宮内記者らは冷静だったという。  結婚の延期から始まり、婚約者の親族の金銭トラブル、さらに金銭トラブルを説明する文書の発表、結婚一時金辞退、儀式を執り行わないこと、そして正式な結婚発表と同時の眞子さまのご病気公表──。一体、いくつの歴史上初の“前代未聞”があっただろうか。そのたびに騒動はより大きくなった。「守りきれなかった」というが、この4年間で見えたのは対症療法的な宮内庁の対応であり、長期的な視野からの「守りきる」具体的な動きは伝わってこなかった。  眞子さまが精神疾患だと発表されて、すぐに頭に浮かんだのは、今も病と向き合われている雅子皇后のことだ。病名は違っても雅子さまに与える影響や、同じ「複雑性PTSD」に苦しまれている人たちのことも気になった。  振り返れば、雅子さまは10年以上もバッシング記事にさらされてきた。火の粉は皇太子(現天皇)や幼い愛子さまにまで及び、雅子さまは「自分のことなら我慢するけれど、陛下や愛子のことまで言われるのはつらい」と吐露されていたという。  宮内庁は、こうした雅子さまの苦しみと悲しみのお気持ちを、眞子さまに繰り返させないために積極的に策を練り、「守りきる」ことはできたのではないだろうか。 「宮内庁は、官僚人事なので長くお仕えするということはありません。天皇家や秋篠宮皇嗣家といった独立した組織にそれぞれお仕えしていますので、長官に報告を上げるのはすべて終わってからです。そこに難しさがあるのです」(宮内庁職員)  陛下も皇太子時代から、何十年もの間、相談できるような有識者を探しておられたというが、いまだにそのような人物はおそばにいない。  宮内庁参与ではなく、もっと身近で進言も厭わない人物を本気で探すか、宮内庁の中に問題が起きた時に対処する専従班を配置するなど根本的な構造改革を行えるかが問われている。そうでなければ同じような悲劇を繰り返すだけではないだろうか。  雅子さまも「力が入らない」「怖い夢を見る」などのご体調の不調を訴えられて、自ら公務先の医者などに相談してから、やっと主治医が着任したのは皇太子(現天皇)の「人格否定発言」のあった04年。同年7月に病名「適応障害」の発表となるまでには、雅子さまが体調の変化を訴えられてから、実に3年も要した。  皇太子当時の陛下は主治医と相談しながら、雅子さまの治療に向けての環境作りをなさり、サポートをされてきた。雅子さまの場合、皇室という限られた環境下での治療という難しさがあった。  眞子さまは皇籍離脱をされて、海外生活を送るという違いはあるが、病名だけでみると、雅子さまの適応障害よりも治療に時間がかかるとされ、日本から出れば治るというものでもないという。専門医は語る。 「眞子さまが海外に出られてからも、あれだけ騒がれた小室さんの動向をメディアが放っておくとは思えません。眞子さまが海外で治療を続けるには、多忙な弁護士事務所に通う小室さんだけで支えられるのでしょうか」  正式な結婚発表時での病名公表は、「海外に行けばメディアの露出も減るだろう」という短絡的な判断ではなかったか。同時に雅子さまの精神疾患も理解しているのだろうかと疑問に思う。  雅子さまはご病名発表後も公務を欠席したことなどから「仮病」「わがまま」と批判され続けた。  驚いたのは、当時の情報源のひとつに、宮内庁幹部が関与していたとされることだ。批判はご夫妻の別居や離婚、ひいては廃太子による皇位継承順位の変更という暴論にまで至ったが、宮内庁は黙認したままだった。  そんな中、当時の皇太子はお一人で公務などを黙々と続けられた。こうした記事を掲載する雑誌広告が目に触れないよう、陛下は主要な国内外の記事だけを切り取って雅子さまに渡された時期もあったという。  さらに遡れば、美智子上皇后陛下の声が出なくなったのは、1993年10月の誕生日の朝だった。原因は、週刊誌などによるバッシング報道にストレスを感じている中、親しい友人からの手紙に皇太子妃決定過程に関わることが記されていたことも追い打ちをかけたともいわれた。  美智子さまのお悲しみ、雅子さまと眞子さまのご病気。30年近く経っても同じことが繰り返されている。これからは、自由を求める皇族方がもっと増えるだろう。宮内庁が「お仕え」するだけの組織であり続けるならば、その変化を受けとめきれなくなる。そうなれば国民の信頼を失い、皇室離れに繋がりかねない。  眞子さまのご結婚は、宮内庁のあり方にも警鐘を鳴らし、変化のきっかけになるのではないか。4年間の苦しみを繰り返してはならないと思う。(ジャーナリスト・友納尚子)※週刊朝日  2021年10月22日号より抜粋

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    小泉進次郎氏、国民の人気なかった? 「好きな政治家」調査でトップ10入らず

     本誌が実施した「好きな政治家、嫌いな政治家」アンケート。総裁選でタッグを組んだ「小石河連合」の人気の差が出た結果となった。河野太郎氏は1位、石破茂氏は4位に入ったが、小泉進次郎氏はトップ10圏外だった。 *  *  * 「国民の人気が高い」というのは、この人の枕詞だったはず。ところが小泉進次郎氏は「好き」9票でランクインできず。「嫌い」も圏外だが14票で「好き」を上回った。  総裁選で「小石河」と呼ばれたが、河野、石破両氏とは決定的な差が出た。どうしてこんなことに? 「嫌い」の理由を見てみよう。 「国民のことをまったく考えておらず、自分のことしか考えていない」(46歳・東京都・女性)、「無能」(63歳・神奈川県・男性)、「自分ファースト」(51歳・東京都・男性)、「親の七光り。見ててイライラする」(24歳・北海道・男性)、「ただの目立ちたがり屋で無能」(72歳・東京都・女性)、「人気取り。国民を愚民とばかにしている」(51歳・東京都・女性)などさんざん。 「父は純一郎さんだし、イケメンで、鳴り物入りで政界入りしたから、女性のファンも多かった。でも実際はからっぽでした。菅さんが辞めるとき、なんでお前が泣いてるんだと思った人は多いでしょう。自分に酔っているだけの人ですし、嫌われる勇気もありません」(作家の鈴木涼美さん) 「政治の世界では、挨拶だけがうまい“司会議員”というのがいますが、それに近いのでは。器ではないことが、入閣してばれました」(政治ジャーナリストの角谷浩一さん)  しばらく要職に就くことはなさそうだし、ぜひともこの間に精進してほしい。(本誌・菊地武顕)※週刊朝日  2021年10月22日号

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

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    山本太郎氏が東京8区出馬断念した裏事情 小沢グループと立憲幹部の調整不足か

     衆院選で東京8区から出馬宣言していたれいわ新選組の山本太郎代表が10月11日、発言を撤回し、波紋を呼んでいる。8日に出馬宣言し、たった4日間で断念に追い込まれた「山本劇場」の舞台裏を取材した。 「まあ、うちが批判を浴びそうだったので、山本氏が降りてくれて助かった」  立憲民主党(以下は立民)の幹部は胸をなで下ろした。横浜市で行った断念表明の演説で山本氏は東京8区から出馬表明に至るまでの経過をこう明かした。 「無理やり山本太郎が東京8区に侵攻してきた。それは違います。『東京8区でどうでしょう?』。こうお言葉をいただいたのは、実は立憲民主党からです。2019年11月29日です。ずいぶん前でしょう。『山本さんが手を打つなら候補者を下げることもやぶさかではない』と。話し合いに参加したのはうちの党の人間、向こうは政治家でした」  2年近く前に立民から東京8区から出馬の打診があったというのだ。山本氏はその後も水面下で話し合いを続けていたという。  9月末に立民の平野博文選対本部長は、野党共闘の候補者調整で小沢一郎氏に協力を依頼した。小沢氏が生活の党時代、山本氏は政党「生活の党と山本太郎となかまたち」の共同代表に就いたこともあり、近い関係にある。その後、小沢氏と山本氏と平野氏と立民幹部らが会談した。 「その時の話し合いでも、山本氏は東京8区から出馬でどうか、という話がでて、概ねそれでいいんじゃないかとまとまり、今の候補者は降ろそう、他党にもそれで調整しようという方向性になった。ただ正式決定ではなかった」(小沢氏に近い関係者)  だが、山本氏はこの話し合いを「決定」と認識し、それが8日の出馬宣言につながったという。山本氏は立民とのやり取りの音声データもあると主張している。 「山本氏は東京8区から出馬するつもりで、ポスターなど出馬準備までしていた」(れいわ新選組関係者)  しかし、立民の枝野幸男代表は山本氏の出馬宣言に苦言を呈した。 「困惑している。できれば降りていただきたい」  山本氏も「枝野代表が言っているのは、山本太郎エイリアンが入ってきてちょっと勘弁してよ、ということでしょう」と理解したという。  立民では東京8区は吉田晴美氏が野党統一候補になる方向で調整が進んでいた。立民は”想定外”の山本氏の出馬宣言に動かざるを得なかった。前出の立民幹部がこう語る。 「山本氏の話が本当なら、もっと早く東京8区から出馬宣言をしてもよかったのに…。得意のサプライズ狙いでぎりぎりに表明したことが仇になった。吉田氏を呼び出して、来年の参院選はどうか、と立民幹部が説得していたが、難航していた」  山本氏のれいわ陣営でも想定外だったのは、吉田陣営の反発があまりに強かったことだ。 「#吉田はるみだと思ってた」というデモが開かれ、東京8区の吉田氏の支援者が活発に動き出したのだ。 「山本氏が入ってきたら、体を張ってでも演説させない」という吉田氏の支援者もいたという。れいわ新選組関係者がこう話す。 「山本氏はあまりに地元の反発が強いことに驚き、調整不足だったと痛感していた」  そして山本氏は枝野氏の一連の発言に不信感を抱くようになったという。 「(これまでの経緯から)どうやって辻褄を合わせるのか。最後の最後、生みの苦しみで、こちら(山本氏)が譲りましたという形が作られようとしている。そんなの野党共闘ではない。批判されるのは、(枝野)代表だ。代表には説得するという気概がなく、混乱だけ生み出した」  そして山本氏は東京8区出馬を断念した経緯をこう説明した。  「このまま、混乱したまま選挙に突入する? 無理ですよ。じゃあ、どうすればいいか。話は簡単です。私が下りればいい。東京8区から出馬を下りることにした。お騒がせをした。いきなり、れいわが悪という共闘はない。この混乱、私が下りて収束させて次に進もうと言いたい」  しかし、山本氏は次の選挙区については、語らなかった。自民党幹部はこう警戒する。 「山本氏の東京8区は怖いと思っていたが、出馬断念で助かった。ただ、以前から萩生田光一経産相の地盤である東京24区(八王子市)からの出馬もささやかれている。山本氏の破壊力、無党派層の票を一気に持っていくパワーが東京全体にも波及しかねない。昔、東京8区で出馬したときも公示前日にサプライズ表明した。野党共闘のジョーカーである山本氏の動きからは目が離せない」 (AERAdot.編集部 今西憲之)

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    渡部建、49歳になって仕事ゼロでもなぜか余裕 復帰を焦らなくてもいい「うらやましい理由」

     昨年6月までは8本のレギュラー番組を抱える売れっ子だったアンジャッシュの渡部建(49)だが、不倫騒動で芸能活動を自粛して以降、復帰の道筋は見えてこない。  渡部の近況を報じた週刊誌「FLASH」(9月28日・10月5日号)によると、普段は総額35万円のハイブランドコーデで“主夫”をこなしているという。  一方、一家の大黒柱となった佐々木希(33)は、三池崇史監督が演出を手掛ける舞台「酔いどれ天使」に出演中だ。東京公演の千秋楽を迎えた20日には、3歳の長男がサプライズで花束をプレゼントしてくれたことをインスタグラムで報告した。 「佐々木は4億円のマンションをキャッシュで購入し、息子を年間の授業料が200万円以上といわれる幼稚園へ転園させたことが報じられました。10月からは舞台の大阪公演が始まりますが、今の彼女は精力的に仕事をこなしています。もちろん佐々木が仕事の間は渡部が家事と育児をこなしているそうです」(女性誌記者)  渡部の復帰に関しては昨年末の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(日本テレビ系)への出演情報が流れたことで、渡部も慌てて“謝罪会見”を開いたが、これが完全に裏目に。しどろもどろの受け答えに終始し、結局、騒動を蒸し返されるだけに終わった。 「『ガキ使』の出演はお蔵入り、さらに『有吉反省会』(同・9月で終了)の最終回にサプライズ出演のうわさも流れましたが、これは有吉本人が否定しました。渡部自身は、テレビへの未練はあると思いますが、実際、以前のような形で復帰するのは難しいと感じているようですね。昨年の会見で懲りたというか、このまま表舞台に出たところで、一生“トイレ不倫”は言われ続けるでしょうし、忘れた頃にまた蒸し返されたり、あるいは別の女性が告白したりという不安は絶えないでしょう。YouTubeでの復帰なども、オファーはあったみたいですがすべて断っているそうで、今は静かに暮らしたいそうです」(テレビ関係者)  スポーツ紙記者も「宮迫(博之)さんのケースを目の当たりにしているので、YouTubeなどでも露出は控えたいようです」と話す。 「得意のグルメも今では、イメージダウンで厳しいですし、相方の児嶋一哉のYouTubeが好評なので、その邪魔をしたくない、という思いもあるのかもしれません。一方で佐々木の仕事は順調で、今の舞台の演技も好評なので、すでに映画やドラマのオファーも来ているようです。佐々木も渡部には『復帰は焦らなくていい』と話しているそうですし、渡部にしてみれば、やっと生活のリズムが落ち着いてきたところなのではないでしょうか。今は将来的なことも考え、子どもの送り迎えや家のことをこなす合間に、資格取得のための勉強も始めたという話もあります」  23日に49歳を迎えた渡部だが、1年後の50歳でも芸能界復帰はしていない可能性もありそうだ。もう復帰とは別の道を歩むための準備を始めたのかもしれない。(坂口友香)

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    赤木雅子さんの“総理への手紙”が生んだ奇跡 森友問題が衆院選で最も重視するテーマ1位に

     1通の手紙が今、話題を呼んでいる。便せんに1枚と少々。短いけれど手書きで丁寧に思いをつづっている。 「内閣総理大臣 岸田文雄様 私の話を聞いてください。」  こういう書き出しで始まる文面は、すぐに深刻な内容に変わる。 「私の夫は三年半前に自宅で首を吊り亡くなりました。亡くなる一年前、公文書の改ざんをした時から体調を崩し、身体も心も壊れ、最後は自ら命を絶ってしまいました。」  当時、安倍政権を揺るがせた財務省の公文書改ざん事件。森友学園への国有地巨額値引きが不透明だと国会で追及される中、取引に関連する決裁文書を改ざん。安倍晋三総理(当時)の妻、昭恵さんの名前が書かれていたのをすべて消した。これを現場の近畿財務局で実行させられた職員、赤木俊夫さん(享年54)が、1年間苦しみぬいた末、改ざんを告発する文書を残し、命を絶った。ところが… 「財務省の調査は行われましたが、夫が改ざんを苦に亡くなったことは(調査報告書に)書かれていません。なぜ書いてないのですか?」 「夫は改ざんや書き換えをやるべきではないと本省に訴えています。それにどのように返事があったのか、まだわかっていません。夫が正しいことをしたこと、それに対して財務省がどのような対応をしたのか調査してください。」  最後に改めて総理に訴えかける。 「正しいことが正しいと言えない社会はおかしいと思います。岸田総理大臣ならわかってくださると思います。第三者による再調査で真相をあきらかにしてください。赤木雅子」  手紙の送り主、赤木雅子さん(50)は、改ざん事件で犠牲になった近畿財務局職員、赤木俊夫さんの妻だ。夫を死に追い詰めた改ざん事件の真相解明をめざし、国と、改ざんを指示した佐川宣寿元財務省理財局長を相手に、裁判で闘っている。 ◆総理への手紙を出した後の赤木雅子さんの1週間  今なぜ“総理への手紙”を出したのか? それから1週間の怒涛の展開とともにお伝えする。  始まりは、立憲民主党副代表の辻元清美議員から、人づてに寄せられた申し出だった。 「国会の代表質問で森友事件の再調査を取り上げます。赤木雅子さんの言葉を直接岸田総理に伝えたいと思いました。もしも総理に訴えたいことがありましたら、私から伝えさせていただけませんか?」  辻元議員はそれまで雅子さんとのやり取りはなかった。うかつに政治に巻き込んではいけないと、連絡を控えていたそうだ。でも今回、総理大臣が岸田氏に代わり、「人の話を聞くのが得意」と述べたことから、雅子さんの言葉を何とか総理に伝えたいと考えたという。  総理大臣に直接言葉を伝えてもらえるとは、ありがたいことだ。しかも代表質問はNHKのテレビで全国に生中継される。またとないチャンスだけれども、雅子さんには不安の方が強かった。辻元さんは国会でもネットでもよく誹謗中傷のような攻撃を受けている。総理への訴えを託したら雅子さんも攻撃されるかもしれない。申し訳ないと思いつつ、丁重にお断わりした。  でも、これを機会に雅子さんは真剣に考えた。総理大臣に直接、思いを伝えるというアイディアはすごくいい。人に任せず自分で出せばいいのでは?…いや、それでも「総理に直接手紙なんか出して」と批判されるかもしれない。夫を亡くし独り暮らしになった雅子さんは、常に不安と孤独の中にいる。怖い気持ちと、かすかな希望。どうしよう…数日間、迷いに迷った末、朝の目覚めの後、神戸市内の自宅でコーヒーを味わいながら決めた。 「やっぱりやってみよう。手紙を送るだけなら、すぐできる」  いったん決断すると、雅子さんの行動は早い。その日の午前中、予約していた歯の治療を受けながら頭の中で文案を練った。治療が終わるとすぐに手元のスマホで入力。自宅に帰って便せんに丁寧に書き始めた。やはり手書きの方が思いがこもるから。でも2回書き損じた。3回目でようやく書き上げると、記録用に写真とコピーをとった。再び自宅を出て郵便局へ。間違いなく届いたことを確認するには、郵便局で配達証明付きで送るのがいい。森友学園の小学校の名誉校長を務めていた安倍昭恵さんにお手紙を出す時にもそうした。  朝、決めて、夕方には手紙を出す。即断即決即実行。10月6日、水曜日のことだった。この日から、雅子さんが思いもよらぬ勢いで事態が進展してゆく。  速達で出したから着くのは早い。翌7日午前10時23分に総理大臣官邸に届いたことが配達証明で確認できた。約1時間後の午前11時半、雅子さんは大阪で弁護士と記者会見。岸田総理宛に手紙を送ったことを明らかにした。手紙のコピーを掲げて文面を読み上げた。「岸田さんならわかってくれる」という言葉にどういう思いを込めたのか、質問が出た。よくぞ聞いてくれました、という表情で答える雅子さん。 「総裁選の時、岸田さんは最初、再調査をするような発言をしていました。でもすぐに変わりました。誰かから何か言われたんでしょうか? 本当は再調査すべきだと思っているから最初そう言ったんだと思います。正しいことが正しいと言えない社会はおかしい。それが誰よりわかるはずだから、こう書きました」  会見の後、雅子さんは弱気なつぶやきをもらした。 「みんな、どれだけ記事にしてくれるかなあ?」  そんな心配は皆無だった。早くもお昼のニュースで“総理への手紙”がオンエア。テレビも新聞も各社次々に記事を出し、ネットにも流れた。一時はヤフーのトップニュースにあがるほどの勢いだった。 ◆予想外に大きかった総理への手紙の反響  この日、岸田総理大臣は参院補選の応援で静岡にいた。手紙について記者団に問われた総理は…「お手紙まだちょっと手元に届いておりません。受け取った上で対応を考えたい」  次の日、8日は国会で岸田総理大臣の所信表明演説が行われる日。雅子さんは初めて傍聴に訪れた。衆議院の本会議場、一段高い所にある傍聴席で、総理の演説にじっと耳を傾けた。  演説中、自民党議員の席から盛んな拍手が、野党議員の席からはヤジがとばされる。その時、雅子さんの耳にこんな言葉が飛び込んできた。 「再調査はどうした!」  はっとして野党席を見つめた。今、誰かが「再調査」と言った。「人の話を聞く力がある」と自認する岸田総理にとって、もっとも聞きたくないヤジの一つだろう。その言葉が国会の議場に響いたことが純粋にうれしかった。演説中、再調査に関するヤジは少なくとも3回聞こえた。  その日、手紙の記事を見た辻元議員から連絡があった。公開された赤木雅子さんの手紙を、代表質問で全文読み上げてもいいだろうかという打診だった。総理に回答を迫るという。“総理への訴え”を託すのを断ったのに、そこまでしてくれるなんて…雅子さんは再び即断した。 「辻元さんにお礼を伝えに行きます」  誹謗中傷への怖さより、大切なことがある。帰りの新幹線から見えたきれいな夕焼け雲も、励ましてくれるようだった。 ◆大阪で初めて対面した辻元議員の素顔  翌9日、午後6時半、大阪府高槻市。雅子さんは辻元議員の地元事務所を初めて訪れた。ここ数日、初めてのことだらけだ。辻元議員は総選挙を前に大阪府豊中市で応援演説をしていて、少し遅れるという。豊中といえば因縁の場所。森友学園に8億円値引きして売却されたあの国有地があるところだ。  しばらくすると、「すみませ~ん、お待たせしちゃって」とお詫びしながら部屋に入ってきた辻元議員。室内の雰囲気がさっと明るくなったように雅子さんは感じた。 「こちらこそ、お忙しい所にいきなりお時間をとっていただいて」  向かい合ってあいさつするやいなや、辻元議員が雅子さんの口元を指して笑顔を見せた。 「あ~っ、同じや!」 「そうですね」  二人とも同じピンクの不織布マスクをつけていたのだ。 「どこで買うたん?ネットやろ?」 「いくらやった?〇〇円ちゃう?」  ポンポン飛び出る、いかにも大阪人らしい言葉に、初対面の固さが一気にうちとけた。辻元議員はバリバリの大阪弁で笑かしてくれるが、ご本人はとてもスマートだ。雅子さんは見とれてしまった。手元を見ると、スマホのカバーもピンク、その他の身の回りの品もピンク。 「男が中心の政界で頑張っているけど、本当は可愛い人なんだな」  なんだかほっとした。そこでふと気がついた。 「私は辻元さんのように攻撃されるのが怖かったけど、辻元さん自身は怖くない。怖いのは攻撃してくる人たちなんだ」  やがて辻元議員が雅子さんの目をじっと見ながら心配するように語り掛けた。 「一人で暮らしてるの?」  その言葉に雅子さんは、お互い一人で闘う女性としての心遣いを感じた。辻元さんも攻撃されれば傷つくし怖いこともあるだろう。雅子さんも同じだ。政界も裁判も財務省も、周りは男だらけ。男性たちに囲まれる圧迫感、攻撃される恐ろしさ。女性同士だからわかりあえる。 「私の裁判人生に、やっと女性が現れた…」  そう思うと気持ちが落ち着いた。…帰りに、辻元議員おススメの地元中華料理店の餃子をいただくのも忘れなかった。  週明けの10月11日。赤木雅子さんは朝早くから新幹線で東京へ向かっていた。この日、衆議院本会議で行われる代表質問を傍聴するためだ。報道各社には事前に、立憲民主党の辻元清美議員が代表質問で雅子さんの“総理への手紙”を読み上げること、それを傍聴した後、取材に応じることを伝えていた。 ◆冷やかだった麻生前財務大臣の反応  でも、どのくらい取材に来てくれるだろう? 麻生前財務大臣は先月の記者会見で再調査について「読者の関心があるのかねえ?」と冷ややかに語った。世間の関心があるのか、雅子さんにも自信がなかった。  ところが報道各社から次々に問い合わせの電話が入る。議場に着くと取材席のテレビカメラが傍聴席の雅子さんを狙っている。かなり関心がありそうだ。  午後3時過ぎ、辻元議員は代表質問で、赤木雅子さんと初めて面会したことを明かした。その時に受け取った“総理への手紙”のコピーを取り出し、全文を読み上げて紹介した。傍聴席の雅子さんは身じろぎもせず、じっと手元のハンカチを握りしめたまま聞いていた。  辻元議員の質問には普段、自民党議員のヤジが激しく飛ぶが、手紙の朗読中、議場は静まり返り、誰一人ヤジを飛ばす議員はいなかった。手紙を読み終えると辻元議員は岸田総理に向き直った。 「どんな思いでお手紙を出したのですか?と(雅子さんに)お聞きすると、『岸田総理は人の話を聞くのが得意とおっしゃっていたから、私の話も聞いてくれるかと思い、お手紙を出しました』とおっしゃっていました。総理はこのお手紙、どのように受け止められましたか? 総理、お手紙で求めていらっしゃる『第三者による再調査』、実行されますか?」  岸田総理は答えた。 「御指摘の手紙は拝読いたしました。その内容につきましては、しっかりと受けとめさせていただきたいと思います」  手紙を読んだことを認めたが、対応については…。 「今現在、民事訴訟で法的プロセスに委ねられていて、返事などは慎重に対応したいと思っています」 「財務省で事実を徹底的に調査し、自らの非を認めた調査報告書を取りまとめています。検察の捜査も行われ、結論が出ています」 「本件については、これまでも国会などにおいて、さまざまなお尋ねに対して説明を行ってきたところであると承知をしており、今後も必要に応じてしっかり説明をしてまいります」  要するに、安倍政権、菅政権と同じ。「調査は尽くした。問題はない」を繰り返し、最後は「裁判中なので」と逃げる。再調査を行う気がかけらもないことはよくわかった。ところが雅子さんの感想は少し違った。 「岸田さんの答弁は言葉が丁寧ですね。そこが安倍さんや麻生さんとは違います。内容はゼロ回答なんだけど、何だか今後に期待できるような気がしてしまいます」  だから、代表質問が終わった後の報道各社の取材でもこう答えている。 「再調査にむけて前向きな返答を頂けなかったことは、本当に残念です。だけど(岸田総理の)考えが変わる時がくるんじゃないかと思うので、期待してまだ待っていようと思いました」  雅子さんの手紙は議場の議員たちの心も揺さぶったようだ。内容に「胸を打たれた」という声が、与野党双方の議員から辻元議員に寄せられている。手紙のことは報道で知っていても内容まで詳しく知らない議員がほとんどで、「全文を読み上げてもらってよかった」とも言われたという。 ◆赤木雅子さんと会い、うつむく財務省職員  偶然ってあるものだ。取材対応が終わると、赤木雅子さんはとある用事で都内のある建物のエレベーターに乗った。乗り合わせた5人の男性の首から身分証が下がっている。それを見て雅子さんは気づいた。 「この人たち、財務省の人たちだ」  そこで雅子さん、彼らに向き直るといきなり「すみません、皆さん財務省の方ですか?」と問いかけた。戸惑いながらも「ええ」と答える男性たち。すると雅子さんが笑顔で踏み込んだ。 「私の夫も財務省に勤めていたんですよ」  筆者は横で見ていて「ここで寸止めするんだろうな」と思った。だがそれは甘かった。最後にとどめの一撃が。 「夫は亡くなったんですけどね。3年半前に」  これで彼らも、目の前にいる女性が誰か、はっきりわかっただろう。返事もなく、うつむきながら、先にエレベーターから降りていった。  翌12日、雅子さんの代理人弁護士のもとに、財務省近畿財務局から文書が届いた。8月に雅子さんが提出した情報開示請求に対する回答だ。裁判の資料とするため、財務省が改ざんの調査報告書をまとめる際に使ったすべての文書と、事件の捜査で検察庁に提出したすべての文書を開示するよう求めていた。  しかし回答は、すべて「不開示」。まさにゼロ回答。岸田総理の答弁と同じだ。これより先、岸田総理は「裁判の中で、財務省として丁寧に対応するよう、私からも財務省に指示を出した」とも発言している。そこにこの回答、雅子さんもあきれた。 「丁寧に出した答えがこれです。何度も聞かされてきたフレーズです」 ◆衆院選挙で最も重視するテーマ1位に森友問題  ところが話はこれで終わらない。ヤフーニュースの中の「みんなの意見」というコーナーで現在、「衆院選、あなたが最も重視するテーマは?」というアンケート調査が行われている。12日の時点で12万人余が投票(締め切りは31日)。その結果を見ると… 1位…「森友問題の再調査」 3万2000人余 27.2% 2位…「外交・安全保障」 2万4000人余 20.5% 3位…「経済・成長戦略」 1万5000人余 12.4% 4位…「コロナ経済・補償対策」 1万人余 8.7% 5位…「憲法改正」 8000人余 6.8% https://news.yahoo.co.jp/polls/domestic/42663/result  森友再調査がダントツのトップ。普段なら選挙の最重要テーマになりそうな項目をはるかに上回っての1位だから、何か原因がないとありえない。  この調査が始まったのは10月5日だ。その後、事態を大きく動かしうる出来事と言えば…6日に出した赤木雅子さんの“総理への手紙”しかないだろう。  勇気を出して手紙を書いた。それがマスコミで大きく報じられた。国会の代表質問で全文が読み上げられ、その様子がNHKのテレビ中継で全国に流れた。代表質問2日目の12日、共産党の志位委員長も“総理への手紙”を取り上げた。共同通信の世論調査では「再調査すべき」という回答が6割以上を占めた。流れは今も続いている。 ◆わずか1週間で”亡霊”を呼び覚ます  国有地の巨額値引きと、取引を記した公文書の改ざん。森友事件は4年前に発覚し、3年前にまじめな公務員の命を奪った。  その後、忘れられかけていた事件が今、“亡霊”のように蘇っている。それは犠牲者の妻、赤木雅子さんが出した“総理への手紙”がきっかけだ。わずか1週間で“亡霊”を呼び覚まし、日本中に共感が広がっている。奇跡の1週間だ。  奇跡による“亡霊”の復活を怖れているのは、事件を“なかったこと”にしたい人たち。その筆頭が、安倍晋三元総理ではないか。  手紙を出して1週間となるきょう13日、赤木雅子さんは大阪地裁で国と佐川氏を相手の裁判に臨む。翌14日に衆議院が解散。日本は総選挙に突入していく。多数の人々が支持する「森友再調査」が実際に選挙の最重要争点になれば、本当に“奇跡”が起きるかもしれない。 (相澤冬樹) ◆あいざわ・ふゆき NHKで31年、記者。現在は無所属で週刊文春、ヤフーニュースなど各種メディアに執筆。各地で取材・講演中。

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    80歳を超えた二階氏、麻生氏は後進に道を譲るべき? 自民党若手と亀井静香氏に“本音”を聞いた

     自民党で長きにわたり権力を握ってきた二階俊博前幹事長(82)と麻生太郎副総裁(81)。2人はすでに80歳を超えてすでに「長老議員」の域に入っているが、いまだ派閥の領袖として若手・中堅議員への影響力は大きく、次期衆院選への出馬も決まった。衆院選の比例代表では「73歳定年制」という自民党独自のルールがあるが、この撤廃を求めるベテラン議員と堅持しようとする若手議員との間では意見が対立してきた。総選挙も間近に迫るなか、党内で長老議員が幅をきかせ続ける現状について、自民党の若手議員はどう思っているのか。現職の若手や自民党OBに聞いた。 *  *  * 「次の衆院選に私が立候補するのは、当たり前のことだ」  二階氏は今月2日、和歌山県内のホテルで後援会関係者ら400人を集めた会合を終え、記者団にこう述べた。当選12回。直近まで歴代最長となる5年超も幹事長として権勢を振るい、これまで自民党総務会長や経産相も歴任した二階氏だが、いまだ権力欲は衰えない。11日に自民党が発表した次期衆院選の1次公認候補(小選挙区)にも選出され、正式に出馬が決まった。だが、二階氏が出馬の意向を示すと、ネットでは「いつまで権力にしがみつくのか」「若い議員に道を譲るべきだ」といった批判も噴出した。  次期衆院選を機に、伊吹文明元衆院議長(83)、大島理森衆院議長(74)、塩崎恭久元官房長官(70)など、引退を表明した自民党の大物議員も多い。その一方で、二階氏や麻生氏は80歳を超えてもなお、後進に道を譲る様子はない。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は、その理由をこう推察する。 「二階さんはこれから何かを成し遂げようというよりも、党内ににらみを利かせるために政界に残る判断をしたのでしょう。麻生さんもそうですが、官僚出身でない親分肌の党人派の人たちは、こういうことをやりたがる。二階さん、麻生さんの顔色をうかがいながら仕事をするのに疲れている若手・中堅議員は党内にたくさんいるはずです」  一方、80歳を機に政界を引退した元建設相の亀井静香氏(85)は、立候補を続ける二階氏の気持ちは「わかる」として一定の理解を示す。 「まだあいつは82歳だし、鼻たれ小僧だよ。今は議員も100年時代。逃げ出しちゃ駄目だし、二階には頑張ってほしい。特に今の与党は、若い連中がモヤシみたいに頼りないからね。そういう時には年寄りがしゃしゃり出て、『お前たちは何してんだ!』って背中を押さなければいけないんだよ」  和歌山3区で盤石の地盤を築いてきた二階氏であれば、次の総選挙でもまず負けはしないだろう。自民党も小選挙区では年齢制限を設けていないため、年齢に関係なく立候補することができるが、角谷氏は「負の側面もある」と話す。 「重鎮が『俺はまだやれる』と言えば、地元の有権者は当選させようと票を集めてしまう。だから、選挙で落ちることはほとんどない。『まだ元気なのだから、どんどん働いてもらえばいい』という意見は一見正しいように思えますが、政治家が一つの選挙区にしがみつけば、有権者の選択肢はそれだけ狭まるわけです。候補者も次第に権力のうまみだけを吸いたがるようになったりと、良いことばかりではありません。後進からすれば『あなたが牛耳っている限り、若い人が物を言いにくい』『ゆっくり休んで、後は私たちに任せてください』と思っている人も多いと思いますよ」  自民党は衆院選比例代表では「73歳定年制」の独自ルールを設けている。比例代表は名簿順でベテラン議員の方が有利になる傾向があるため、「世代交代」を促すのが狙いだ。  このルールが生まれたのは小泉政権時代。当時から長老議員の引き際は議論になっていたが、制度を設けた2003年には早速、引退をめぐる象徴的な騒動が起きた。当時85歳で比例の単独候補だった中曽根康弘氏(故人)に、小泉純一郎氏は「定年制」を理由に立候補を断念するよう勧告した。だが、中曽根氏は「これは政治的テロだ」として憤慨。議論が巻き起こったが、結局、中曽根氏が矛をおさめる形で同年に引退した。小泉氏は後に「嫌なことを言いに行くのは気が重かった」と述懐している。  昨年6月にも衛藤征士郎衆院議員(80)らベテラン議員が「政府が人生100年時代を唱える中で、年齢によって差別を行うのはおかしい」として、二階幹事長(当時)らに定年制廃止を求める要望書を提出。衛藤氏は「(二階氏は)当然じゃないか」と同意を示していたと記者団に語った。  こうした動きに、自民党青年局は、「(定年制撤廃は)世代交代に逆行している」として反発。当時の青年局長だった小林史明衆院議員(38)が下村博文選対委員長(当時)に定年制の維持を申し入れた。今年1月や8月にも、牧島かれん青年局長(44、現・デジタル相)が定年制厳守の申し入れをするなど、世代間の対立が続いている。  では、来るべき総選挙を前に自民党の若手議員はどう感じているのか。当選2回の三谷英弘衆院議員(45)はこう語る。 「定年制は、有権者からの期待に応えていくために必要な制度。この制度には、若い方をもっと登用してほしいという有権者の気持ちが反映されている。(政治の世界は)やはりどうしても高齢者ばかりになりがちなので、老壮青のバランスをとるために、党が決めた定年制をしっかり守っていただきたい」  二階氏、麻生氏ら重鎮が小選挙区で出馬を続けることはどう思っているのか。 「有権者から『国のためにこの人は必要だ』と思われるから当選するわけですから、それについては私がとやかく言えません。長年地盤を守ることも大変だと思いますし、80歳を超えても多くの方に応援してもらえるということは、それはそれで、すごいことだと思います」  その上で、党の未来についてこう話す。 「ご高齢の先生方に党内でいろんな仕事をされてしまうのか、それとも若手がご高齢の方を押しのけて仕事していくのかは、自民党の中にいるわれわれ次第。ご高齢の先生方に打ち勝っていく若い力をつけるためにも、党内で声を上げ、存在感を示していく必要があります。その意味で、若手の福田(達夫)さんが党総務会長に登用されたのは良いことだと思います」  当選3回以下の若手議員らでつくる「党風一新の会」に所属する衆院議員(50代)も、定年制については「厳守するべきです。中曽根さんをはじめ、歴代の議員たちも断腸の思いで勇退なさったわけだから、その決断を引き継いで尊重しなければならない」との考えだ。  また、当選3回の別の衆院議員(40代)も「(定年制は)そのまま堅持するべきです。経験豊富な議員が出ることにもメリットがありますが、それだと硬直化してしまう。党の若返りを図る意味でも、必要な制度だと思います」と述べた。  一方、前出の亀井氏は、定年制に反対意見を示す。 「赤ちゃんのくせにさ、『お父ちゃんお母ちゃんはもういらない』というのと一緒じゃないか。親だって、赤ん坊を捨てるわけにはいかない。もう親が必要ないなら、いなくなればいいんだけれど、子供が育たないとしょうがない。若い奴が育たないと引くに引けない。俺は今、社員2000人の会社を引き継いでいるけど、これも放っておけないんだよ」  だが、二階氏、麻生氏の2人は、その役割が果たせていないとも話す。 「今のままの2人だったら、引っ込んだほうがいい。老害になるよ。老害にならないためにはまず、あいつら自身が滝に打たれて考えなければいけないね。それで自らの歴史観、国家観をしっかりと持って、次世代に伝えていくべきだ」(亀井氏)  角谷氏は最後にこう語る。 「(長老議員が)権力がなければ仕事ができないと思っているのであれば、それ自体が問題です。議員バッジを付いていなくても、世のため人のために尽くしてきた人であれば、社会に貢献できるはずです」  80歳を超えた長老議員に権力を預けたままにしておくのか、若い世代による刷新力を期待するのか。「生まれ変わった自民党を国民に示す」と語った岸田首相の手腕が試される。(AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    【独自】眞子さまの「儀式行わない」意向も、天皇陛下は「朝見の儀」を望んでいた

     婚約内定発表から4年、秋篠宮家の長女・眞子さま(29)の結婚が正式に発表された。結婚一時金を受け取らず、関連儀式は行わないとされる。そうした中、天皇陛下は、単に挨拶だけではない理由で儀式を望んでいたという。ジャーナリスト・友納尚子氏が綴る。 *  *  *  小室圭さん(30)との結婚を控えた眞子さまは、宮内庁による正式発表(10月1日)以降、皇族としての最後の務めを粛々となさっていた。  12日には、昭和天皇が眠る武蔵野陵と香淳皇后が眠る武蔵野東陵を参拝。曽祖父母への結婚のご挨拶をされた眞子さまは、今後、上皇、上皇后両陛下、天皇、皇后両陛下、皇族方と順番に私的な挨拶をなさる予定だという。高橋美佐男上皇侍従次長は、8日の会見で眞子さまについて、「上皇后陛下にとって、眞子さまはより近いところにいた。(結婚なさる)幸せを願われないはずがない。健康を害していらっしゃるということは驚かれたと思うし、ご心配されている」と述べた。  眞子さまの結婚騒動で、的確な判断をなさる美智子上皇后(86)が沈黙されているのは、気になるところだったが、上皇侍従次長は、「眞子さまの内心の問題、心の問題であり、自分で考えを深めるためには、周囲からの雑音が無いように見守ることが大事と当初からのお考えなので、一切自分たちは何も言わないし、尋ねることもしないという姿勢を貫いていらっしゃいます」と語る。  上皇、上皇后へのご挨拶の日程は決まっていないというが、眞子さまも初孫として可愛がっていただいてきたお礼をお伝えしたいと願われているといわれる。  同日、眞子さまに、日本人移住110周年にあたる2018年に訪問されたブラジル政府から、日本と両国を繋ぐ深い敬意、友情、親近感の証しとして、「リオ・ブランコ勲章大十字型賞」が贈呈された。同年のブラジル訪問は、眞子さまの公務の中でも、思い出深いものの一つだとされる。11日間に五つの州と14の都市を回り、各地での記念行事に臨席され、2国間の友好親善に貢献された。  眞子さまは、皇族としてこれまで何年にもわたって公務に尽くされてきた。過密なスケジュール、長期滞在の外国訪問、厳しい気候の中での長時間のご臨席などもあった。やがて皇室を離れる女性皇族には、単発的な公務が多くなりがちだといわれるが、その分、集中力が問われることも多かった。  今回、眞子さまは結婚一時金を受け取らないと言われたが、これまで伝えられていなかった貢献ぶりや決して自由とは言えない生活を強いられてきたことを考えれば、受け取られても良かったのではないかと思う。  実際の皇族の仕事というのは決して楽なものではないということを、取材を通じて実感する。  眞子さまは17日、最後の祭祀にご出席。後日、宮中三殿に結婚報告をなさるという。結婚会見の当日は、小室さんとお二人で出席。気になるのは小室さんの髪形の変化ではなく、4年前の婚約内定会見時のように、一連の騒動を吹き飛ばしてしまうお二人の仲睦まじい姿が見られるかどうかだ。そうであって欲しいと、待ち望んでいる国民もいる。  このところの赤坂御用地内にある秋篠宮邸では、夜遅くまで灯りがついているという。眞子さまが引っ越しの荷物をまとめられたり、小室さんとやり取りをなさったりされているためだ。新居となる米ニューヨーク州のマンションに荷物を送られるのは、26日の婚姻届提出後だが、必要最低限のもの以外は引っ越し先で揃えるので、荷物は意外に少ないといわれる。  秋篠宮家の次女の佳子さま(26)は、荷物が積まれた部屋の外から眞子さまのご様子を、そっとうかがっていることが多くなったそうだ。仲が良い姉妹は、これまで学校のことやおしゃれのこと、友人のことなどたくさんの話をしてこられた。佳子さまにとって眞子さまは、よき理解者であり、頼りになる存在だった。希望を胸に旅立つ眞子さまの姿はうれしくもあるが、少しお寂しい気持ちもあるのではないだろうか。 「長らくお会いできなくなることへの実感が、日を追うごとに迫ってきておられるのではないでしょうか」と秋篠宮家関係者は語った。  眞子さまのご結婚についての正式発表は、慶事とは思えない後味の悪さがあったが、宮内庁関係者は、いまだその話題となると色よい対応をしない。結婚一時金を受け取らず、儀式は行わないという妥協点で、事態を収めようとしているかのようにも見える。  結婚に関する儀式は、「国民からの理解」の有無を問わず行っていただきたかったと思う。眞子さまのご意思や両陛下、秋篠宮皇嗣同妃両殿下のお気持ちがあるのはもちろんだ。しかし、厳粛な儀式に臨まれるお二人の姿を国民が見られれば、一連の騒動を払拭できた可能性もあったかもしれない。  儀式とは、簡単に立ち入ることができない厳かなものであり、喧しい俗世の声を静粛に導く力があるからだ。  天皇陛下(61)も当初は「朝見の儀」を望まれていたという。「朝見の儀」とは、眞子さまが天皇、皇后両陛下にこれまでのお礼とお別れの挨拶をされて、陛下からお言葉を頂く儀式で、皇族方もそろって参列される。陛下が執行に心を寄せられたのは、挨拶の重要さだけではなく、正式な儀式を経たほうが、いつか眞子さまが皇室に連なる仕事に携わる時に、戻りやすいのではないかとのご配慮だったとされる。  皇室関連の行事や執務を担う皇族の人数は圧倒的に少ない。天皇の妹で眞子さまが「ねえね」と呼ぶ元皇族の黒田清子さん(52)は、都庁職員の黒田慶樹さん(56)と正式な儀式を経て挙式し、結婚後も伊勢神宮祭主として活動されている。  秋篠宮家の「儀式を行わない」という意思は固かったといわれる。さらに眞子さまが精神疾患だということも、天皇陛下のご意思の方針転換に繋がったようだった。陛下は同様の精神疾患の雅子皇后(57)と歩まれてきただけに、眞子さまに無理はさせたくないとのお気持ちも強かったのかもしれない。(ジャーナリスト・友納尚子) >>【後編/美智子さま、雅子さま、眞子さま…繰り返される皇室女性の悲劇「宮内庁は変わるべきだ」の声】へ続く※週刊朝日  2021年10月22日号

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    King Gnuの井口理が東京藝大の恩師と対談 「バンドやりたい」と告げたときは泣きそうだった

     King Gnuのボーカル、井口理さんがホストを務めるAERAの対談連載「なんでもソーダ割り」。今回のゲストは、井口さんの学生時代の恩師・櫻田亮先生(東京藝術大学音楽学部声楽科 教授)です。クラシック歌手を志し、国内最高峰とされる東京藝大の門を叩いた井口さん。毎週のレッスンを通じて紡がれた二人の絆とは。AERA2021年10月11号に掲載した“歌うこと”をめぐる師弟対談、スタートです。 *  *  * 井口 ご無沙汰しています。直接お会いするのは3、4年ぶりですね。 櫻田 あれはKing Gnuがものすごい勢いで売れ始めた直後ぐらいのタイミングだったかな。 井口 はい。卒業する櫻田門下生を送る会でした。たしか上野のアメ横の飲み屋でしたよね。 櫻田 突然やってきたから本当にびっくりした。「お前大丈夫なのか? こんなところにきて」って(笑)。 井口 久しぶりに先生の顔を拝ませてもらおうと思ったんです。学生時代にあれほどお世話になったのに、卒業してからは全く挨拶できていなかったので。 櫻田 今日はどこまで話していいの? 色々と思い起こしてみたんだけど。 井口 いやいやいや(笑)。 櫻田 井口は学生の頃からムードメーカー的なところがあったよな。 井口 ははは! 櫻田 門下生を中華の食べ放題に連れて行くと、みんな注文しすぎて、毎回最後に井口がひどい目に遭ってね。 井口 はい、みんなの食べ残しを全部食べてました(笑)。懐かしいです。 櫻田 ハメを外した井口を説教したこともあったね。「人に迷惑をかけちゃいけないよ」って。 井口 うわ~、あの件ですね。 櫻田 まあでも、後にも先にもあの1回だけだったからね。基本的にはすごくまじめな学生でした。 井口 その節はご迷惑をおかけしました! 櫻田 ふふふ。当時の僕は教員1年目で、最初に受け持った井口たちにはやっぱり特別な思い入れがあって。初めて顔を合わせた時のこともよく覚えてる。「細っ!」って思ったから。 井口 細かったですね、たしかに(笑)。今より15キロぐらい痩せていました。僕が今でも鮮明に覚えているのは、「実はバンドをやりたくて、クラシックのほうには進みません」って先生に言いに行った日があって。 櫻田 覚えてるよ。あれは3年生の時だよね。 井口 はい。大学院を目指すのか目指さないのかっていうタイミングで。すごく緊張しながら、バンドのCDを持って先生のところへ行きました。 櫻田 あの時、そんなに緊張してたのか。 井口 ガチガチで泣きそうでした。ある種の裏切りでもあるから、一体どんなふうに言われるんだろうって。でも、先生の生き方というか、考え方の自由さだと思うんですけど、すぐ一言目に「頑張りなよ」と言ってくれて。声楽家っていうのは、クラシックのみならずいろんなジャンルの歌を歌えてこそだよと言ってくださったのが、ものすごく励みになりました。 櫻田 井口の話を聞いて思ったのは「同じ音楽じゃん」ってこと。クラシックではなくても、これからも音楽をやりたいと思ってくれているんだから、止める理由なんて一切ない。それに、同じ音楽でも好きなジャンルで伸び伸びやるほうが絶対に力が出るはずなので。 井口 そうやって優しく背中を押してくれた先生の言葉が、その後の僕を支えてくれたんです。 櫻田 でも、バンド活動をやりながらクラシックの勉強をするのは、きっとキツかったよな。声の出し方とか、歌う時のフレーズの作り方とかがずいぶん違うじゃない? そういうギャップをよくこなしていたなと思う。 井口 確かにキツかったんですけど、先生からクラシックを教えてもらうのはすごく楽しかったし、自分の身になると思ったからできたんです。もし櫻田先生じゃなかったら、たぶん僕は途中で大学を辞めていたと思います。 ◯さくらだ・まこと/1968年、北海道生まれ。テノール歌手。東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程修了。欧州の音楽祭や、バッハ・コレギウム・ジャパンの公演など、国内外で活躍中。2013年から東京藝大で教鞭を執っている ◯いぐち・さとる/1993年、長野県伊那市生まれ。2017年、4人組バンドKing Gnuを結成、ボーカルとキーボードを担当。19年、アルバム「Sympa」でメジャーデビュー。音楽活動のみならず、俳優としてドラマや映画にも出演している (構成/編集部・藤井直樹) ※10月11日発売の「AERA10月18日号」では、対談の続きを掲載しています。

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    【2021ドラフト採点簿】パ・リーグには12球団唯一の“満点”評価のチーム

     新型コロナウイルスの影響で、昨年に続いてリモートという形で行われた2021年のプロ野球ドラフト会議。支配下77人、育成で51人の合計128人が指名される結果となったが、チームの将来に適した指名ができた球団はどこだったのか、採点してみたいと思う。今回はパ・リーグ編だ。 *  *  * ■西武:100点  1位で4球団が競合した隅田知一郎(西日本工大)を引き当て、2位でも佐藤隼輔(筑波大)の指名に成功。左の先発投手がいないチーム事情を考えると、この2人を指名できただけでかなりの高得点をつけられる。また隅田、佐藤にとっても先発左腕が不足していることでチャンスが多くなるというのもプラスだろう。更に3位では大学ナンバーワン捕手の古賀悠斗(中央大)を指名できたことも大きい。そして完成度の高い3人を指名できたことに加えて評価できるのが下位でスケールの大きい選手を指名している点だ。羽田慎之介(八王子)、黒田将矢(八戸工大一)の2人は完成度こそ低いもののポテンシャルの高さは高校球界でも上位で、6位の中山誠吾(白鴎大)も粗削りだが西武が得意とする強打者タイプである。トータルで見て12球団最高評価とした。 ■ソフトバンク:90点  事前に公表していた風間球打(明桜)の単独指名に成功したことがまず大きい。ストレートの威力、角度は大学生、社会人を含めてもナンバーワンの迫力であり、メジャー移籍も噂される千賀滉大の後釜としてぴったりの人材である。また3位で指名した木村大成(北海)も高校生サウスポーではトップと言える存在で、この左右の両輪を指名できたことで投手陣の未来は一気に明るくなった。世代交代が急務の野手でも東京六大学を代表する大砲の正木智也(慶応大)を指名。最初はプロのボールに苦労しそうだが、飛ばす力は間違いないだけに将来の中軸候補として期待したい。4位の野村勇(NTT西日本)、5位の大竹風雅(東北福祉大)は少し意外な指名だったが、お家芸の育成でも好素材の高校生と実力派の大学生を上手く指名しており、またここから次代の育成の星が誕生することも期待できそうだ。 ■日本ハム:90点  支配下では12球団で最も多い9人を指名。3年連続Bクラスが濃厚ながら、目先の補強ではなく、将来のチームを考えた指名に見えたところは高く評価できる。その象徴的な指名が1位の達孝太(天理)と2位の有薗直輝(千葉学芸)だ。ともに少し時間がかかるタイプに見えるがポテンシャルの高さは高校球界でもトップクラスであり、将来のエース、中軸候補として期待できる。更に4位の阪口樂(岐阜第一)、5位の畔柳亨丞(中京大中京)、7位の松浦慶斗(大阪桐蔭)も将来性は抜群で、チームのスケールを大きくしようという意欲が感じられた。大学生と社会人も実力者揃い。特に北山亘基(京都産業大)は8位で指名できたのが不思議な投手で、早くから戦力として期待できる。トータルで見ても非常に納得のいく指名だった。 ■オリックス:80点  投手陣はリリーフ、野手はセンターラインの強化という狙いがよく見えた指名だった。1位の椋木蓮(東北福祉大)は今年の候補の中でもリリーフタイプとしてトップとも言える投手で、コンスタントに150キロを超えるスピードだけでなく高い制球力も備えている。早くから一軍のブルペンに加わることも期待できそうだ。下位で指名した横山楓(セガサミー)、小木田敦也(TDK)の2人もリリーフで力を発揮できるタイプだ。一方の野手は野口智哉(関西大)と池田陵真(大阪桐蔭)は打撃、福永奨(国学院大)と渡部遼人(慶応大)は守備と特長がはっきりした選手を指名した。特に野口は最終学年で守備が大きくレベルアップしており、あらゆるポジションを守れるのも長所だ。左の強打者タイプが欲しかったチーム事情にマッチした選手と言えるだろう。有望株の多かった高校生投手を育成まで含めて1人も指名しなかったのは少し気になったが、全体的にはチーム事情に合った力のある選手をしっかり指名できた印象だ。 ■ロッテ:70点  1位でいきなり高校生捕手の松川虎生(市立和歌山)を指名。将来の正捕手候補が必要なチーム事情はよく分かるが、かなり思い切った指名に踏み切った。2位でも強打者タイプの池田来翔(国士舘大)を指名したが、こちらも少し順位が高い印象だ。この上位2人だけを見ると高得点はつけづらいが、幸運だったのが3位で社会人ナンバーワン投手の広畑敦也(三菱自動車倉敷オーシャンズ)を指名できたことだ。即戦力という意味では今年の候補の中ではトップと言える存在で、来年からローテーション入り、もしくは勝ちパターンのリリーフとしても期待できる。下位で指名した秋山正雲(二松学舎大付)と八木彬(三菱重工West)も特徴のある投手で、特に八木はリリーフとして即戦力の期待がかかる。全体的に有望選手が少ないと見られていた野手を早めに確保し、3位以下で残っていた力のある投手を指名するという流れはある程度成功したと言えそうだ。 ■楽天:60点  1位から3位まで強打者タイプの野手を揃えるという思い切った指名に踏み切った。レギュラーに中堅からベテランが揃っていることを考えると理解はできる指名だが、過去を振り返ると中川大志、西田哲朗、内田靖人、岩見雅紀と上位で獲得した強打者タイプが軒並み停滞しているという点は大きな不安要素である。また続いて指名した泰勝利(神村学園)、松井友飛(金沢学院大)の投手2人も典型的な未完の大器タイプだ。投手も野手と同様に粗削りな選手が主力へと成長した例が少ないだけに、こちらも不安が残る。どの選手も“大器”の部分に目を向ければ非常に魅力のある人材であり、チームとしても大きなチャレンジをしているという点は評価できるが、選手の完成度の部分を軽視した指名という印象は否めない。分かりやすい表現で言うと、とにかくハイリスクハイリターンに徹したドラフトだった。 (文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員

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    「専業主婦に戻りたいのに夫に反対されます」悩む52歳女性に鴻上尚史が指摘した“仕事を辞めても解決しない問題”とは

     高校事務でのパートの仕事がとても辛く、仕事を辞めたいと嘆く52歳女性。専業主婦に戻りたいが夫に「ワガママだ」と反対されている相談者に、鴻上尚史が一つずつ紐解く「家事」と「子育て」と「生きがい」とは。 【相談120】専業主婦に戻りたいというのはそんなにワガママな事なのでしょうか?(52歳 女性 ゆみゆう)  いつも楽しく拝見しております。実はパート事務員をしているのですが、仕事がとても嫌です。結婚前はOLをして、仕事がとても楽しくて、今もその時の同僚と会ったりするほど、いい思い出でした。でも子育ても一段落し、友人に紹介してもらった高校事務でのパートの仕事がとても辛いです。条件がとてもよく、人間関係もそこそこです。ずっと専業主婦で23年ぶりに復帰、パソコン入力、電話対応、その他事務処理を再びしていますが、以前とは違う気持ちで、一切爽快感がありません。  でもお金を貰っているので、失敗出来ない、必死でしないとと思ったら、2年前に胃潰瘍になりました。それでも失敗するので、自己嫌悪に陥って寝られない時もあります。友達の紹介の手前と、子供の教育費等辞めたくても辞められず今に至っています。主人に訴えても、根性がない、辞めるなら俺も辞めたい、その代わり趣味の茶道もやめてしまえと、毎日のように言われて苦痛です。専業主婦に戻りたいというのはそんなにワガママな事なのでしょうか? 【鴻上さんの答え】 ゆみゆうさん。胃潰瘍になってしまいましたか。大変ですね。  相談の文章からも、ゆみゆうさんが混乱している雰囲気が感じられます。  問題を整理しますね。  まず、「専業主婦に戻りたいというのはそんなにワガママ」かどうかですね。 「ワガママ」というのは、「自分のことしか考えてない」ということですよね。「専業主婦」に戻ることは、ゆみゆうさんとしては、「自分のことしか考えてない」ことになりますか?  僕にはそうは思えないですね。専業主婦に戻ったとしたら、ゆみゆうさんは夫と子供のために家事一般をするわけですね。これは、立派な労働ですね。  一時期、「家事労働を賃金に換算したらいくらになるか」という議論がさかんに行われました。考え方はいくつかあって、「家事をしている間に仕事に出ていたらどれぐらいの収入になるか」とか「家事代行サービスだと考えたら料金はいくらか」「それぞれの仕事を専門職に頼んだらいくらになるか」など、実証的なアプローチもされました。  子供が幼いかどうか、何人いるのかどうかなど、家庭の事情で家事労働の賃金はかなり幅が出るのですが、それでも、月に20万円から30万円ぐらいの金額ではないかと判断する例が多く見られました(もちろん、もっと多い金額や少ない金額を言う人もいます。ネットでググれば、さまざまな考え方と出合うと思いますから、ゆみゆうさんが納得できる考え方を見つけられたらと思います)。  どんな考え方、計算の仕方であれ、専業主婦は無償の労働ではなく、家事労働としてちゃんと考えられるものだということははっきりしています。  ですから、「専業主婦に戻る」ことが「ワガママ」だというのは、夫と子供のためには一切の家事労働をしないという前提でない限り、当たらないと僕は考えます。  で、次の問題ですね。  専業主婦に戻ることがワガママでなくても、そうできない理由を、ゆみゆうさんは「友達の紹介の手前と、子供の教育費等」と書いていますね。  二つならべて書いていますが、これはまったく別の話ですね。「友達の紹介」は、最終的に友達に頭を下げればすむ話だと僕は思います。それで「私の紹介した仕事を辞めるなんて、私の顔に泥を塗るのね! あなたとはもう絶交!」と怒る友達なら、そんな友人関係はやめた方がいいと思います。そんな友人より、胃潰瘍に苦しんだ身体を優先すべきです。  が、「子供の教育費」は、別です。ゆみゆうさんが働かなければ、子供の教育費が足らなくなり、十分なチャンスを子供に与えられなくなるのなら、ゆみゆうさんも夫もつらいんじゃないですか?  ゆみゆうさん。どうですか? ゆみゆうさんのパートで稼ぐお金がなくなったとしたら、子供の教育にどれぐらい影響しますか? 塾のお金とか参考書とか資格試験などの受験料、将来の学費など、ゆみゆうさんの稼ぐお金が必要ですか? それとも、たいした影響はありませんか? 現在、および未来にどれくらい影響があるか、夫と話しましたか? 「根性がない、辞めるなら俺も辞めたい」と、夫が怒るのは、「専業主婦は楽」というイメージに振り回されて、ただ感情的になっているだけですか? それとも、具体的に子供の教育に影響が出るのを分かっていて、「専業主婦に戻りたい」と言っているゆみゆうさんを許せないから怒っているのですか?  もし、夫の給料だけで子供の教育費もなんとかなるのなら、専業主婦は賃金に換算できる正当な家事労働で、決してワガママなんかじゃないと、頑張って夫を説得するのがいいと思います。ネットに例がありますが、こまかく時間を出して(炊事に何分、掃除に何分、買い物に何分等)感情的ではなく、具体的に実証的に粘り強く夫に語るのです。  けれど、冷静に話し合って、子供の充分な教育費のためには、どうしてもパートの給料が必要だという結論に達したとしたら、僕のアドバイスは以下のようなものです。 「今の仕事を続けながら、なるべく早く、別の仕事を見つける」です。  条件は「今の職場よりはストレスがない仕事」「今の職場よりは楽しくできる仕事」です。  給料の条件は下がるかもしれませんが、それも夫と話し合って、「最低限、教育費のためにどれぐらい稼げばいいか」が判断基準になると思います。  このまま、嫌な職場で仕事を続けていたら、また身体を壊す可能性が高いと思います。そうなったら、どんなに今のパートの給料がよくても、結果的にはマイナスになってしまうでしょう。  今、ゆみゆうさんは、とにかく仕事が嫌で、家庭に戻りたいという気持ちが強烈なので、冷静に考えられないのではないかと心配します。  本当は、専業主婦に戻るにしろ、あらたな職場を探すにしろ、「これからの生きがいは何か?」ということを考えることが大切だと僕は思っています。 「子育ても一段落」した今、子供の教育費を稼ぐという当面の目標を実行しながら(またはそんなことをする必要がない場合でも)、ゆみゆうさんの次の人生の目標を考えるといいんじゃないかと感じます。 「子育て」という生きがいの次ですね。教育費のために働かなければいけない場合は、次の仕事が生きがいになったら、こんなに素敵なことはないと思います(小さなことでも人に頼られたり、自分じゃなきゃできないことがあったり、感謝されたりすると、それは生きがいになりますからね)。  専業主婦に戻った場合は、「子育て」の次に、なんらかの生きがいを見つけるといいと思います。  ゆみゆうさん。そんな考え方で、まずは夫と話してみませんか? ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    【写真特集】あっ、カモを落としちゃった!大慌ての眞子さま 「失敗」で見せた驚くほど豊かな表情

     秋篠宮家の長女、眞子さま(29)は、感情をあらわにしないロイヤルスマイルがお上手だ。そんな眞子さまも、ふとした瞬間に、驚くほど豊かな表情を見せることがある。ビックリして慌てたり、失敗をして恥ずかしそうに苦笑いをしたり、表情が豊かに変える眞子さまの貴重なショットを紹介する。  笑顔が絶えない眞子さまの公務の場といえば、鴨場での接遇だ。眞子さまが最初に鴨場での接遇を行ったのは、二十歳の成人を迎えた2011年冬のこと。毎年、この時期に鴨場での接遇を重ねているが、生き物相手に苦戦する様子が伝わってくる。 眞子さまが22歳の冬には、こんな出来事があった。〈2013年末、埼玉・越谷の宮内庁「埼玉鴨場(かもば)」。皇室が明治時代から続けてきた接遇の場で、眞子さまは外国大使のホスト役を務めていた。 この日のハイライト、カモを空高く飛びだたせる「放鳥」場面。眞子さまが抱えたカモはバタバタと暴れ、空を舞うことなく地面を走っていった。慌てて後を追う眞子さま。一生懸命な姿が、いつしか周囲の空気を和らげていく。眞子さまらしさが垣間見えた。〉(朝日新聞デジタル2017年9月4日配信記事) 暴れて飛び立つカモを追いかける眞子さまからは、「あ~、飛んで行っちゃった」というセリフが聞こえそうだ。 口に手を当てて、困ったように笑う眞子さま。その後ろには、優しく微笑む各国の大使や夫人の様子が写っている。 2017年、同じ埼玉県の鴨場で、ふたたびアクシデントが起こる。 26歳になった眞子さまは、外国大使らと日本伝統のカモ猟を行っていた。いざ、カモを空高く飛びたたせようと放鳥する場面で、なんと眞子さまは、手にしたカモをポトンと落としてしまう。写真には、逆さまに落ちてゆく鴨の黄色い脚が映っている。 その後、落としたカモが池に歩いてゆく様子を、手を合わせて心配そうに見守る眞子さまの姿が見て取れる。うしろでは、眞子さまを笑顔で見守りながらも、パシャリとスマホで撮影する外国大使の男性の姿も。 初々しい仕草を見せていた眞子さまも、2019年に行われた千葉県の新浜にある鴨場で行った接遇では、ずいぶん様になっていた。 妹の佳子さまを、優しくサポートしていた。お二人の笑顔が印象的な一枚だ。

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    2000人に聞いた「妻が夫に言われて許せない言葉」とは 2位は「何が言いたいの?」 1位は?

     脳科学研究者の黒川伊保子さんの著書『妻のトリセツ』がベストセラーになったのは、約3年前。だが、依然として妻は夫の一言に幻滅し、コミュニケーションはすれ違ったままだ。そこで、AERA dot.とYahoo!ニュースは「夫(パートナー)に言われてもっとも許せなかった言葉」を調べる共同アンケートを実施。既婚者、事実婚の女性2000人から回答を得た。すると、夫(パートナー)の何げない一言に「許せない!」という妻の叫びが浮かび上がってきた。 (調査は9月7日から10日にかけて実施。対象はYahoo! クラウドソーシングユーザー2000人)*  *  * 神奈川県に住むAさん(39)は、夫婦共働きで、1歳年上の夫と小学4年生の長男と3人暮らし。現在はほぼリモートワークだが、週に1度、会議で会社に行く日は、帰宅後、夫の態度にイラっとするという。 「会社であれこれたまった業務を片付けると、だいたい帰宅は19時過ぎ。こっちは疲れて帰ってきてるのに、夫は毎回のように無神経なことを言うので、本当に腹が立つんです」  Aさんが帰宅してリビングに入ると、まず目に入るのは、夫がハイボール片手に薄くほほえみながら携帯を見ている姿。これは、インスタグラムでおもしろ画像を見ている時の夫の顔の特徴だ。一方、長男はYouTubeでゲーム実況に夢中。Aさんが「宿題は? 明日の学校の準備は?」と聞くと「まだー!」。ベランダには取り込まれずに夜風で冷たくなった洗濯物がはためている。この時点で、すでに気持ちはげんなりしている。  さらに、夫に「お風呂は?」と質問すると「え? まだだけど?」と携帯から目を離さずに答える。Aさんは疲れた体のまま、洗濯物を取り込み、風呂掃除をし、お湯をはり、リビングのテーブルを片付け……。徐々に増していくストレス。イライラ、イライラと動き回るAさんに、夫はソファに寝転び、携帯をスクロールしながらこんな一言を放つ。 「ねぇ、遅くなる日はカレーでいいよ」  あ然とするAさん。そして今日も夫にキレてしまう。 「はぁぁ? この時間からカレーを作れと? そのカレーでいいよ、の『で』って何だよ? どこからか自動でカレーが出てくるのかよ!」  Aさんが憤るように、夫が何げなくつける「で」は妻からかなり評判が悪い。実際、アンケートでも「(そうめんやカレーなど簡単なもの)~でいいよ」は3位にランクイン。  この「で」が余計であり、料理や家事を軽んじられていると感じる妻は、7・9%もいた。 「妊娠中だということもあり、体を動かすこと自体が大変な中、“〇〇でいいよ”のフレーズを毎日毎日聞いています。夫は気を遣っているつもりなのか、それとも自覚がないのか……イライラしても状況は改善するわけでもないので流していますが、気になります」(40代/静岡県)「パートで疲れて帰ってきてもすぐに夕食の支度をしなければならないのに、私が“疲れた~”とため息をつくと、夫は“パスタでいいよ”と言われることがよくあります。準備から後片付けまであるのに、とても軽く考えていることが“で”に表れていて、とっても腹立つ!」(40代/千葉県)  この「で」問題はかなり溝が深いようで、アンケートへの具体的な理由の自由記入には「丸投げ感があってイラつく」「苦労をわかっていない」「敬意がない」「下に見られている感じ」「で、なら自分でやれよ!」などの意見が続出。夫側からしてみたら気遣いをしているつもりなのかもしれないが、「は? 気を遣っているつもり?」と一刀両断する記述もあり、妻からのイライラが伝わってきた。 ■第1位の言葉は夫の「主体性のなさ」に怒り  第2位は、夫婦の会話がそこで終わってしまいかねない、致命的な一言!  「何を言っているかわからない/で、何が言いたいの?」   話をまともに聞こうとしない夫の態度に憤りの声を上げた妻は、全体の8・0%を占めた。 「人と話す機会が減っているので、今日あったことを話すと“一気に話されても、その話す過程が長ったらしくて、で、結局、何が言いたいの?”と言われてとても傷ついた」(20代/京都府)「今後のこと。お金のこと。子供をつくるか、つくらないか。ちゃんと話し合いたいのに、いつも私の言葉が難しいとか理解できないとか言って話にならない。もう疲れました」(40代/岡山県)「夫が私の言動で腹が立ったことがあったらしく、そこを指摘された。私はその言い方に腹が立ち、文句を言ったところ“で、何が言いたいの? また俺が悪いってこと? はぁ!?”とあきれたような言い方をされて、めっちゃ腹が立った!」(30代/北海道)   聞いてもらいたい事、2人にとって大事な事を話したいのに、そこで夫から放たれる「で、何が言いたいの?」には、まるで会話をシャットダウンされた絶望感がある。腹が立つだけでなく、悲しんだり、傷ついたりしていることも理解してほしいところだ。  そして、第1位となったのは、ある種、夫やパートナーの頼りなさからくる言葉だ。 「どっちでも任せるよ」  夫婦の大事な決断も委ねてくるようなこの言葉には、10・4%、つまり10人に1人以上が「許せない」と答えた。 「生活している中でいろいろ決断しなければならないことがあるじゃないですか。そういう事を相談すると、夫は“任せるわ”と判断をいつも丸投げ。仕方なく私が考え抜いて“こうしたらどうだろうか”と提案すると、それには“わかった。じゃあ、それで!”と。その後、思うように進まない時は“あの時、おまえが言ったから!”と責め、うまくいった時は“最終決断は俺がしたからな”と言ってくる」(50代/兵庫県)「旅行にと言うので、行き先や、やりたいことをいくつか提案したら“任せるよ~”と。行きたいと言ったのはそっちだろ!」(40代/山口県)「夫は頻繁にこの言葉を使う。面倒な事に関わりたくない、責められたくない、責任から逃れたい……とても頼りない。最近は、インコの巣箱の話で“任せるよ”と言われて、聞かなきゃよかったと思った」(40代/東京都)  家の購入、大型家電の買い替え、妊活、子どもの進路、旅行、お互いの両親のことなど大きな決断もさることながら、「何、食べたい?」と聞いた時ですら「任せるよ~」となると、四六時中この言葉を浴びせられている気がしなくもない。 ■女性から男性に求める像はひと昔前に戻っている  なぜ妻は夫に“任せるよ”と言われると、ここまで憤るのか。夫婦問題研究家の岡野あつこさんはこう分析する。 「コロナ禍で誰しも不安な時代、女性から男性に求める像が『頼りたい』『男らしい』『一家の大黒柱でいてほしい』など、ひと昔前の男性像に逆戻りしている傾向があります。『任せるよ』と大事な決断を相手に委ねるというのは、女性が男性に求めている像の真逆で、ここぞという時に頼りたいのに頼れない。また、一方で『任せるよ』と発する夫からしてみると、相手を立てて、いい事を言っていると思っている。この気遣いと“お前の意見を尊重しているんだぞ”という態度が、妻からしたら頼りなさ以外の何物でもない。なぜ多くの女性が韓国ドラマに魅了されるかといえば、“男性は女性に何かあった時は必ずしっかり助けてくれる”という王道を外していないからです」  ちなみに、4位から10位は以下の通り。 4位 家事するだけなら楽だよね/主婦は気楽でいいよね(専業主婦を見下す)=7・0%5位 俺より稼いでいないくせに(経済的優位性をアピール)=6・8%6位 お前さ~(下に見るような呼称)=6・3%7位 老けたんじゃない? 太ったんじゃない?(容姿への指摘)=6・0%8位 何でできないの?(能力を見下す)=5・7%9位・同率10位 味が薄い/まずい/量が多い(料理の味付けボリュームの注文)=4・9%(家事・育児を)手伝うよ・ゴミ散らかっているよ・ごはんまだ?(家事育児の主体性のなさ)=4・9%  全体の傾向を見て、岡野さんは改めてこう話す。 「男女平等世代からすると、例えば第6位の“お前”という言葉は、妻と夫の立ち位置の問題で、普段から上目線の人から言われるからムカつくわけです。腹が立たない“お前”もありますが、それは信頼関係が元になっている。離婚の危機にある夫婦のグループLINEに私を入れて3人で会話をすることがありますが、今の人は言葉尻で怒ってしまう傾向にあります。夫の“バカだな~”に妻は“バカって言われた! バカって!!!”みたいな感じです。同じ言葉でも相手に愛があるのか、理解し合っているのかで言葉の捉え方が変わってくるのです」  リモートワークやステイホームで家にいる時間が長くなった今、妻は夫が放つ無神経な「一言」により敏感になっていることは間違いないだろう。(AERA dot.編集部・太田裕子) ※この記事はAERA dot.とYahoo!ニュースによる共同企画です。

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    小室圭さんのロン毛を見てストンと胸に落ちた 私は眞子内親王の新しい人生を応援します

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、眞子さまの結婚について。*  *  * 小室圭さんのロン毛を見て、いろんなことがストンと胸に落ちた。   日本中が好奇の目を向けている中でのロン毛での帰国は、小室さんの圧勝が決まった瞬間のように見えた。多くの人の想定を超える空気の読めなさと(誰が小室さんがロン毛で帰国することを予想できただろう)、垣間見える尋常ではない深く強い自己肯定感。こういう人でなければ、何の後ろ盾もない一般男性が皇室の女性にプロポーズするなど、無理なことなのだと理解した。  おそらく眞子内親王には、それが分かっていたのではないだろうか。もう二度と、こんな男性は現れない、恋愛感情がいつか終わることなど百も承知、賛成されていないのも百も承知、とんでもない間違いを犯している可能性も百も承知、耳に入れたくない「言いたい放題」があることなど眞子内親王自身が百も承知だろう。それでもこの機会を逃したら一生ここから出る機会はないに等しい。出られたとしても、もうそれは10年、20年後のことかもしれない。少なくとも眞子内親王と恋愛し、無謀とも思えるプロポーズをするような2人目の「一般男性」が現れる可能性は限りなく低いだろう。「生きていくために必要な選択」というのは、眞子内親王にとって大げさでない真理なのだ。  改めて、皇室の女性たちが置かれている特殊で残酷な環境に思いを馳せずにはいられない。日本のプリンセスは結婚したとたんに「一般人」にならなければいけないという、女性だけに科せられた罰のような制度がある。罰のような制度にもかかわらず、女性が皇室にとどまることは“空気”として許されていない。とはいえ一人で勝手に出ていくことはできず、現実的には男性と結婚することで出ていかねばならない。  そのような現在の皇室そのものが性差別も甚だしい前近代的な制度であるにもかかわらず、「皇室は特別ですから」と放置され続けてきた。眞子内親王の結婚をめぐるさまざまな事柄が私たちに見せたのは、皇室の女性たちが強いられる制限が、もはや人権問題の域に入っていることなのかもしれない。東京のど真ん中に、憲法24条が無効の性差別が横行している巨大な村があるようなものだ。その村から女が自力で出るためには結婚という方法しかなく、その自力すら認められるのは非常に難しい。  眞子内親王と小室さんの結婚を応援している若い女友だちの話を聞くと、自分の人生を内親王の人生と重ねている女性が少なくないことに驚く。 「眞子さまには、幸せになってほしいです。私も眞子さまと同じで、結婚しか家を出る方法がありませんでした」  内親王より少し年上のその女性は、「家柄」を自慢するような家に育ち、親が思う「適齢期」の頃には「ゼクシィ」が山のように積まれ続け「結婚しろ」のプレッシャーを感じるようになった。ひとり暮らしを希望したが「とんでもない」と聞き入れられることは一切なく、「なにはともあれ結婚」と言われ続けた。大学時代から付き合っていた男性(アルバイトで生活をつなぐミュージシャン)との結婚を心から望んでいたが、「あり得ない」と一蹴され、親戚にすすめられた見合いで公務員の男性と結婚したのは29歳の時。夫に恋愛感情を持つことは一切ないが、そうでもしなければ自分の人生は始められなかったと言う。結婚して初めて、自分が選んだ食器をテーブルに並べた時の解放感は今でも忘れられないと言う。これ、100年前の話じゃなくて、今の東京での話だ。  健康に不安を抱えるシングルマザーの母親に育てられた別の女性は、母を一人にできないという思いで、今も高齢の母親と暮らしている。結婚する機会はあったが、どの男性も母親が嫌い、ののしり、否定し、一晩の旅行すら許されず結局諦めてきた。今は強い後悔をしている。結婚すればよかった、ほんとうはそれしか母親から離れる機会は私にはなかった、と。  また父親や親戚からの性暴力を継続的に子供時代から受けている女性は、家を出るための結婚を急ぐこともある。女のひとり暮らしなど到底許されない支配的で暴力的な空気のなか、家を安全に出られる唯一の手段が結婚という場合もあるのだ。  眞子内親王は、旧宮家でもなく、お見合いでもなく、「お家柄」でもなく、誰にすすめられたわけでもない一般男性と自らの強い意思で恋愛をした戦後初めてのプリンセスだ。そういう女性に、今、日本の若い女性たちが共感を寄せている背景に、日本を生きる女性たちが沈められている暗い沼の存在が他人ごとではないからかもしれない。内親王の決断は「家を出るため」の唯一の手段に見えるからかもしれない。それなのに、その意思を貫くために約1億5000万円の一時金を辞退したり、日本以外の国で暮らすことを選択したりする状況に追い込んだものは何なのだろう。  小室さんのロン毛。女性の自由と権利を搾取するシステムそのもののおかしさを超越した破壊力。私は初めて、小室さんを好きだと思った。もうこういう破壊力を持つ人しか、日本のプリンセスを自由にできないのかもしれない。眞子内親王の新しい人生を応援します。 ■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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