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    いつも「会話泥棒」されてしまうと悩む54歳女性に鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法

     いつでも「会話泥棒」をされてしまう、と悩む54歳女性。母との関係が影響しているのかと惑う相談者に、鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法。 【相談145】会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。どうしたら自分の話を聞いてもらえるでしょうか(54歳 女性 ことり)  わたしの悩みは自分の話を聞いてもらえないことです。  自分の話をしているのに相手の話になってしまう事は誰でもあるかと思います。  例えば「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」と自分が言ったとします。相手は「そうなんだ! わたしもこないだ体調悪くて病院行ったんだよね。頭がすごく痛くてさ……」と、相手の話になってしまうのです。いわゆる会話泥棒というやつです。  わたしは会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。頻度が高すぎて、自分の話を充分聞いてもらったと満足した事がありません。  会話泥棒されると、またかと諦めてしまって相手の話を聞く側に回ってしまうせいもあると思います。 「体調がどんな風に悪かったのか」「病院で何と言われたのか」  など、相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します。しかし相手はしてくれず自分の話ばかりします。  最近は諦めて、相手の話を聞かず(質問しないで)相手の話が途切れたら自分の話をするようにしています。でもそうすると話が広がらないんですよね。  人に相談すると、「聞き上手でいいじゃない」と言われますが、わたしは人の話を聞くために生きてるわけではありません。たまには自分の話を満足いくまで聞いてもらいたいのです。  思い返せば、自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのではと思います。母にはちゃんと話を聞いて欲しいと伝えた事がありますが、わたしが望むような聞き方をしてくれません。わたしが上司にパワハラを受けて相談しても、自分の習い事の先生に似たような事をされた話をされました(その場で「わたしの話を聞いてください」と言いました)。  以前自分の話ばかりする人が相談されていましたが、その人が羨ましいです。その人の話を聞いてくれる相手がいて。  わたしはこのまま自分の話を聞いてもらえた、という満足感なしで生きていかなければならないのでしょうか。どうしたら自分の話を聞いてもらえるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 ことりさん。「会話泥棒」という表現、僕は初めて知りました。そんな言い方があるんですね。  ことりさんは素敵な人だと思いますよ。それは、「相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します」と書かれているからです。  会話はキャッチボールだから楽しいんですよね。相手の言葉を受けて、投げ返して、また相手が返してくる。ただ、相手が一方的に投げてるだけで、こっちはボールを受けるだけだと何も楽しくないですよね。 「会話泥棒」されない一番確実な方法は、「面白い球を投げる」ことです。「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」ではなく「昨日体調が悪くて病院に行ったら、病院がコンビニになってた」です。これなら、たいていの人は「どういうこと!?」と聞いてくれます。  でも、話芸のプロでない限り、いつもいつも面白い話ができるとは限りません。  ちなみに僕は「うむ。これは誰が聞いても面白いと思うぞ」という話だけ他人にすることにしています。逆に言うと「身辺雑記」みたいな「なんでもない話」は、友達相手でもほとんどしないようにしています。しないで心の中で自分につぶやきます。僕自身、なんでもない話を振られても困ってしまうからです。「昨日、洗濯したんだ」「朝からダルいんだ」なんて言われても「そうですか」としか言えないのです。  でも、関心のある相手なら別ですね。好きだったり、興味があると「朝からダルいんだ」と言われたら、「どうしたの?」とか「働き過ぎ?」と聞きますね。  でも、もし相手が僕に関心がないと、僕が「朝からダルいんだ」と言っても、相手は困るだろうなと思っています。だから、よっぽどの相手以外には、自分からはこのレベルの話はしないのです。  でも一般的には、こういう「なんでもない話をちゃんとキャッチボールできる関係」が、本当の友達関係だと思います。  でね、ことりさん。きつい言い方ですが、ことりさんの話を「会話泥棒」する人は、ことりさんになんの関心もなく、ただ「自分の話を言いたい」つまり「発散したい」だけの人だと思います。友人のふりをしていますが、友人じゃないんですね。 「話が広がらないこと」を悲しむことりさんは、ちゃんと「キャッチボールしようという意識」がある人です。でも、自分にしか関心がない人にはそういう意識もないので、いくら話を振っても話題は広がりません。  目的は、キャッチボールではなく、発散だからです。自分の球を投げ続けて「あー、すっきりした」と思う人です。そういう人は、ことりさんのキャッチボール相手には向かないと思います。「自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのでは」と書かれていますが、これはちょっと意味が分かりません。母の呪いなら分かりますが、そんなこともないでしょう。  ですからことりさんが「会話泥棒」されない方法としては、「とびっきり面白い話をする」か「友達を選ぶ」じゃないかと思います。  ことりさんの周りに、キャッチボールの意識がある人がいれば素敵だし、「あなたの話をちゃんと聞くから、私の話も聞いてね」とか「今日は私の話をちゃんと聞いて。昨日は、あなたの話をちゃんと聞いたでしょう」というような言い方が通じる人を見つけるのです(または通じるように粘り強く会話するのです)。やがて、そういう人がキャッチボールの面白さを感じてくれれば、楽しい会話が続くようになると思います。だって、発散の楽しさより、キャッチボールの楽しさの方が間違いなく大きいのです。楽しい方を選ぶのが人間なんですから。ことりさんにぴったりの「キャッチボール相手」が見つかるように願っています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    18時間前

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    1兆円突破、日本人の「S&P500買い」が止まらない 一方で米国では株価が下落

     金融庁のつみたてNISA対象インデックス投信、全183本を独自調査。日本人には米国株が人気だが、実のところ現地米国の株価は下落している。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * 「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、インデックスファンドとして初の純資産総額1兆円突破」。このリリースが出たのは今年2月10日のことだ。信託報酬=運用コストが0.0968%と激安な投資信託(以下、投信)の“1兆円乗せ”は話題になった。 「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)は直近で1兆1千億円台になりました。純資産総額はトヨタやソニーのような個別株でいうと時価総額のようなもの。投信の“中身”(株式や債券、海外の場合は為替も加味)が上がり、投資家の資金が集まり続けると、純資産総額も右肩上がりになります」(三菱UFJ国際投信デジタル・マーケティング部の野尻広明さん) ■営業推奨なしで売れた  投信といえば証券会社の営業担当者が顧客に薦めて買ってもらうパターンが主流だった。実は現在も信託報酬1~2%の投信が大半で、低コスト投信は全体(約6千本)の5~6%しか存在しない。そして低コスト投信はネット証券を中心に販売されており、おすすめしてくれる営業担当者はいない。つまり一般の人が自分の意思でお金を出し、中身の株価も上がった結果が1兆円という巨大な純資産総額につながっているわけだ。  eMAXIS Slimに限らず、ここ数年は米国株の投信を買う人が急増している。2018年に始まった「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の動向を見てみよう。つみたてNISA対象の投信の中でインデックス型183本の純資産総額をすべて調べ、上位からランキングしてある。  トップ3はすべて米国株100%の投信だ。4位には世界中の株を詰め合わせた「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」がランクイン。こちらの米国株比率は約6割で、米国一辺倒の投資にリスクを感じる人に選ばれている。全世界株式=オール・カントリーを略した“オルカン”という呼び方も浸透。  5位の「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は日本を除く先進国の株が入った投信で米国株比率は約7割。13年12月に運用を開始しており、つみたてNISA対象の中では大御所的な優良投信だ。  このランキングはアエラ増刊「アエラマネー2022夏号」(発売中)のデータを最新に更新したもの。同誌が1年前に同じ調査をしたときは「ニッセイ日経225インデックスファンド」もベスト5に入っていた。 ■円安で基準価額アップ  そもそもつみたてNISAとは、毎月約3万3千円を上限に投信を積み立てる制度だ。本来、投信を売却すると利益から20.315%の税金が差し引かれることになっているが、つみたてNISAは非課税。18年の開始以降、預金オンリーだった投資ビギナーも次々と積み立てを始めている。  初めての投資なら自国、つまり日本株の投信に目が行きそうなものだが、選ばれているのは米国株投信。理由は恐らく「単純に、儲かっていたから」だろう。どの投信を積み立てるか決めるとき、たいていの人は過去の成績を見る。米国株の投信はここ数年で一番利益が出ている──じゃあ、それにしようという単純な流れである。  米国株投信の中でも特に人気なのは「S&P500」という米国の代表的な500社が入った指数に連動する投信だ。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾンなどの株が入っている。 「S&P500の値動きを振り返ると1年で18.7%、3年で70.7%(4月末起点/配当込み円換算ベース)です。先進国株式や全世界株式など、投資家に支持されている他の指数と比べて高いパフォーマンスを記録しています」  ここで気になることがある。年初から米国のS&P500はインフレ懸念などにより一時11%も下がった。その後もウクライナ問題が勃発し、5月現在で年初からの下落率は20%近くに達している。だが、日本のS&P500の投信は今年3月から4月にかけて基準価額が急上昇。S&P500指数とはほぼ真逆に動いた。 「その理由の一つは『円安』です。日本のS&P500の投信は、組み入れ銘柄の株価、配当金などを日々の為替レートで円換算して基準価額が算出されます。ご存じの通り、3月から4月にかけてドル/円レートは円安に進み、一時130円台をつけました。為替分が値上がりに反映されている形です」  つまり日本人が一般的に投信を通じて見ているS&P500は「円建て」ということ。裏を返せば、現状の為替が円高方向に振れると逆の現象が起きる。米国株の株価が下がり、さらに円高ならダブルパンチ。株価が上がっていたとしても円高では、投信の基準価額はたいして上がらない。つい1年と少し前、21年の1月末時点では1ドル=105円を割っていた。ここからの揺り戻しが怖い気もする。 ■積み立てをやめない  もっとも、ゴールデンウィーク前から5月にかけて株価下落はさらに進み、日本のS&P500投信(円建て)の基準価額も下がっている。投資上級者にいわせれば「この程度の下げは、そよ風くらいのもの」だがビギナーは精神的につらいだろう。  投信の積み立ては、同じ金額でも安いときに多くの口数を買い、高いときに口数を少なく買うことで将来の大きな果実を得られる仕組み。ここ数年、米国株は調子が良すぎた。長期投資なら積み立てをやめないことが何よりも大切だ。(ジャーナリスト・向井翔太、編集部・中島晶子) ※AERA 2022年5月30日号

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    「小池栄子さんの政子、素敵です」“先輩”岩下志麻が語る「鎌倉殿の13人」

    「鎌倉殿の13人」では義時を支える北条政子役、小池栄子の演技が好評だが、昭和のドラマファンにとって大河、北条政子といえば「『草燃える』の岩下志麻!」ではないだろうか。岩下さんに北条政子、そして「鎌倉殿」について聞きました。 *  *  *  私が北条政子を演じさせていただいた大河ドラマ「草燃える」の放送が1979年だったから、あれからもう40年以上経つんですね。  今でも私に対する「北条政子」のイメージが強いようで、最近は特に「鎌倉殿の13人」が、同じ時代を描いているからかしら、よく「岩下さんの政子、見ていました」って、お声をかけられます。  たくさんの役を演じてきましたけど、政子は特別な思い入れのある役です。  映画や他のドラマは短期集中で2、3カ月で撮影するでしょう。でも大河ドラマは1年間、同じ人間を演じなければならない。その1年間は政子になって政子の人生を生きるというか、政子が自分の体に乗り移ったような状態になっていました。  最後のシーンを撮り終わった後、楽屋に戻ったら全身から力が抜けてしまって。しばらく虚脱状態で、動けなくなってしまったんです。それぐらい、政子が自分の中に生きていたんですね。  政子のイメージは「強い人」「嫉妬深い人」といったところかと思うんですが、とても愛情深い人だったんだと思います。頼朝に対しても、子供たちに対しても。だから「亀の前事件」(※政子が頼朝の愛妾の家を焼き討ちした)を起こしたりしてしまう(笑)。  ただそれも真面目で一本気だからなんですね、頼朝を心から信じていたからこそ、裏切りが許せなかった。強い愛情の裏返しなんです。  頼朝が亡くなった後も、尼将軍として頼朝のつくった鎌倉を守らなければって、毅然(きぜん)と対応します。  当時は乳母の存在が大きくて。頼家も実朝も乳母たちに育てられたので、子供たちをとても愛しているんだけど、気持ちが伝わらない。娘の大姫には先立たれてしまいますしね。  だから政子は母親として大変哀しい人生を送ったと思います。 「草燃える」は永井路子先生の原作で、日本の歴史上珍しく波瀾(はらん)万丈な生涯を送る女性を、いろいろな面から描かれた。  そのぶん演じるのは大変だとは思ったのですが、だからこそ演じてみたいとも思ったんですね。  そういえば私、政子を演じた後、なぜか鎌倉や伊豆に行くことが多かったんです。プライベートの旅行で。伊豆に行くと落ち着くというか、懐かしい気持ちがして。 ■史実解釈が斬新 三谷さんの脚本  政子のお墓や鶴岡八幡宮がある鎌倉にももちろん行きましたけど、やっぱり(北条家のあった)伊豆が落ち着くんです。当時の女性は実家を大事にしていたからかしら、不思議ですね。 「草燃える」の頼朝は石坂浩二さん、義時は松平健さんでした。石坂さんはとにかく博識で鎌倉時代や政子についてなんでも知っていらして。 「政子はとても頭の良い女性なんです」って、逸話を話してくださって、とても演じやすくしていただきました。そして源氏の棟梁(とうりょう)としての品格というか風格もあって、頼朝にぴったりでした。  松平さんは時代劇がとてもよく似合う方だと思いました。最初は若々しい義時も、どんどん年を経て老獪(ろうかい)になっていきます。それに合わせて松平さんも髭(ひげ)を白くして声のトーンを落として、見事に老け役を演じていらっしゃいましたね。  今放送している「鎌倉殿の13人」も、毎週欠かさず見ています。  三谷幸喜さんの脚本は「政治の現実を捉えている」と感心して見ています。かつ現代的ですよね。北条家の面々が家族で言い合ったりするところや、くすっと笑わせてくれるところなど、さすがです。史実にあったシーンでも三谷さんなりの解釈で描かれている。そこが三谷さんならではで、おもしろいです。 「草燃える」になかったシーンも印象に残りました。義時がひたすら八重さんを思って、やっと結ばれたでしょう。ああ、よかったなーと思って(笑)。ああいった三谷さんが創作された部分も斬新です。  小池栄子さんの政子も、とても素敵。頼朝への愛がいっぱいで。嫉妬するところも小池さんが演じると、かわいくて応援したくなります。  私が演じた政子の映像も見ていただいたみたいですが、気にしないでほしいと思います。小池さんなりの政子をつくればいいんですから。これから尼将軍の演説シーンもあるし、子供たちに先立たれてしまう悲劇も待っているけれど、小池さんならきっと魅力的に演じられると思います。  これからも視聴者として、三谷さんのつくり出すお話と小池さんの政子を拝見することを、楽しみにしています。 (聞き手 本誌・工藤早春)※週刊朝日  2022年5月27日号

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    場所もジャンルも垣根を分けないことが自分流 ピアニスト・音楽家、角野隼斗

     ピアニスト・音楽家、角野隼斗。昨年10月のショパンコンクールでセミファイナルに進出、世界にピアニストとして角野隼斗の存在が周知された。クラシックだけではない。YouTubeでは「かてぃん」の名前で、さまざまなジャンルの音楽を配信し、登録者数は98万人を超える。一つのことだけではおさまりきらない好奇心と、それを最高のレベルにまで持っていく探究心。新しい音楽の世界の幕が上がる。 *  *  *  乳白と漆黒の鍵盤の上で、美しい手が舞うように動いている。演奏の主は、優雅で夢見るようなまなざしの青年だ。細く、長い指先が時折、緊張で小刻みに震える。その震えが、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたホールで進行中のドラマを伝える。  昨年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田(そりた)恭平、小林愛実(あいみ)と二人の日本人入賞者が出たことで話題を集めたが、同時にセミファイナルに進んだピアニスト、角野隼斗(すみのはやと)(26)の存在が世界に周知される節目でもあった。 「上品で華やか」「ショパンにそっくり」「クラシック界の殻を打ち破る光明」「彼をどう評価するかで審査員も評価される」……。  コンクール主催者が配信するYouTubeの公式サイトでは、ファーストラウンドから他の参加者を圧倒する259万回の再生数を示し、コメントが続々と付いた。セミファイナルまでの全3ラウンドの再生数は、優勝したブルース・リウの全4ラウンド454万回を超える482万回。  正統の雰囲気を湛(たた)えながら洒脱(しゃだつ)で現代的、さらに理知的な角野のショパンは、権威の継承ではなく、今、この瞬間をともに生きている聴衆に差し出された、ピアノの新しい地平だった。 「クラシック、ジャズ、ポップス、ゲーム音楽と、垣根を分けないで、自分の興味のおもむくままにピアノを弾いてきた。そのアプローチが、ピアノの神髄(しんずい)であるショパンに通用するのか。コンクールでは、それに挑む気持ちがありました」  角野が語るように、彼は「角野隼斗」と「Cateen(かてぃん)」という二つの名前を使い分けながら、ジャンルを超えた活動を行っている。舞台はホール、スタジオ、ストリート、自宅とさまざま。ソロあり、ライブあり、コラボありと、形態も自在だ。とりわけ登録者数98万2千人、総再生回数1億回を超えるYouTubeのチャンネルはホームであり、配信という21世紀のテクノロジー&メディアなしに、角野の音楽は語れない。 ■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う  私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。 「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」  ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。  2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。 「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」  弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。 「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」  生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。  4歳でピティナ・ピアノコンペティション全国大会に初入賞。6歳で、門下からピアニストが輩出していた金子勝子(84)に師事し、以後、内外の主要コンクールで次々と成果を収めた。そんな角野の存在は“神童”が集まる教室でも際立っていたと、金子は証言する。 「腕や手首のしなやかな筋力、長く細い指と、抜群の集中力。リズム感、テンポ感、フレーズ感、音色と小さいころから彼ならではのものがあり、勉強もできる。天からさまざまなものを授かっていましたね」  開成中学、高校に在学中は、数学の研究者か音楽家のどちらかが、将来に対するざっくりしたイメージだった。東大か、藝大か、進学先を迷ったが、周囲に藝大を受ける友人は一人もいない。 「だったらみんなと一緒に塾に通って、帰りにうどん食ったりしながら、勉強したい」  ということで、14年に東京大学理科一類に入学。工学部計数工学科数理情報工学コースで、音声情報処理を、さらに同大大学院で機械学習を用いた自動採譜と自動編曲を専攻。修士1年の時には、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)に留学し、最先端の音楽情報処理を研究した。 ■ピアノにバンドにゲーム 別の人格を持って楽しむ  この時までは、人生の針は数学方面に振れていた。IT企業でのインターンシップも行い、就職の準備も万全。世の母親が理想とする息子である。  だが、一筋縄ではいかない角野の感性は、ただ一つの道だけを自分に許さなかった。常に複数のチャネルを持ち、すべてを最高レベルで追求して、楽しみ尽くす。彼の脳と身体には、幼児のころから、その原理が刻まれていたのだ。  学齢期の前から、クラシック音楽と並行してリズムマシーンに親しみ、そこから「ダンスダンスレボリューション」「jubeat(ユビート)」などの音楽ゲーム(音ゲー)に夢中になっていた。「かてぃん」は、中学生の時に「太鼓の達人」用に作ったハンドルネーム。平仮名4文字という制約の中で、本名の要素をあえてはずして付けたものだ。  中3でショパン国際ピアノコンクールin ASIA中学生部門金賞を受賞するが、一方で、ロックバンドを組んでドラムを叩き、また自作のボカロや音ゲーの曲、ゲームのプレイ動画をニコニコ動画やYouTubeに投稿して楽しんでいた。 「再生数300回という世界。それでも、リアルとは別の人格を持って、知らない人たちからコメントをもらう。そのやり取りが新鮮で面白くて」  大学受験を直前に控えた高3の12月にはeスポーツの公式大会「コナミ・アーケード・チャンピオンシップ」に出場し、全国ベスト8に入賞。そうかと思えば、大学院時代はフランス留学の直前に、国内のピアニスト登竜門「ピティナ・ピアノコンペティション特級」に出場してグランプリを受賞(優勝)。360度の視界に、壁というものは存在しなかった。  しかし、本人の見方はまた別だった。 「研究者になりたい気持ちはあるけど、ピアノも捨てきれない。でも、クラシックには本気で打ち込んでいなかった引け目がある。そのころのフェイスブックを読み返すと、ネガティブで、悩んでいて、迷走していた自分がいます」 (文中敬称略)(文・清野由美) ※記事の続きは「AERA 2022年5月23日号」でご覧いただけます。

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    「医学部進学」報道の芦田愛菜は芸能界に残るのか 医者と女優という「悩ましい二者択一」

     3歳で芸能界に入り、6歳のとき「マルモのおきて」で連ドラ初主演。日本を代表する“天才子役”として活躍し続けてきた芦田愛菜(17)。現在は都内の超有名私立女子高に在籍し、彼女の夢である「病理医」を目指して学業と芸能活動を両立させているが、このほど「医学部への進学が内定」との報道があり、世間をざわつかせた。ハイレベルな学業と両立を続けてきた芦田愛菜だが、医学部進学となれば芸能活動に割ける時間は極端に少なくなる。 「芦田さんが通う超有名私立女子高は、内部進学で医学部に進むには学内でトップ5に入らなければいけないと言われているほど狭き門。さらに、医学部生になれば毎日授業や実習があり、より忙しくなるのは目に見えています。引退説までささやかれていますが、しばらくは芸能活動も続けるでしょう。現在、『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』のみ司会としてレギュラー出演していますが、おそらく収録は2週に一度。医学部生もバイトぐらいはするわけですから、これぐらいの仕事量なら今後もこなせるはずです。芦田さんは子役専門の事務所に所属しているため、学業を優先しやすい環境にあります。大学に入ってすぐさま引退ということははないと思いますが、学業優先でやっていくことは間違いないでしょう」(芸能関係者)  6月17日からは主演映画「メタモルフォーゼの縁側」の公開も控えている芦田。2年ぶりの主演映画とあって、女優としてもより注目される作品になりそうだ。 「今も学業優先で忙しいなか、今回の映画を撮影したようですが、映画だと2カ月くらい連日のように撮影が入ってしまう。医学部に入ってしまうと、まとまった時間が取れないので、映画に出演することも難しくなるでしょう。本作が最後の主演映画になる可能性もあります。ちなみに、最後の連ドラ主演は2016年の『OUR HOUSE』までさかのぼり、映画よりもさらに時間が奪われる連ドラ主演は今後も難しいかもしれません。芦田さんは6歳で主演を勝ち取りブレークしましたが、以降はいわゆる代表作には恵まれてない。元子役たちが避けては通れない試練とも言えますが、優秀な彼女の場合、学業を優先するあまりチャンスが少なかった面もある。私たちはまだ女優・芦田愛菜の“真の実力”を見ていないとも言えるのではないでしょうか」(ドラマ脚本家) ■10代からの圧倒的支持  一方、「このまま天才子役のイメージで終わるのはもったいない」と言うのは、スポーツ紙の芸能担当記者だ。 「愛菜ちゃんが実家のある兵庫県の小学校に通っていた頃、当然ながら彼女は関西弁でした。そして、お母さんと新幹線で東京の収録現場に通うことになるのですが、名古屋を過ぎて東京が近づくにつれ、どんどんキレイな標準語になっていったというエピソードが本人から語られたことがあります。映画やドラマの制作スタッフからも、歴代の天才子役の中でも、女優としてのセンスは群を抜いていたという声はよく聞きます。愛菜ちゃんの読書量は小学校時代から年間60冊を超え、中学になってからは年間300冊以上を読み続けているとか。学生として相当優秀であったのは明らかです。つまり、愛菜ちゃんは学業が優秀すぎるあまり、芸能活動続行が難しくなりつつある。いま、神木隆之介や伊藤沙莉など元子役たちの再ブレークで、“子役は短命”という芸能界のジンクスが崩れつつある。愛菜ちゃんには元天才子役の代表として、ぜひこの流れをリードしてほしいですね」  TVウオッチャーの中村裕一氏は芦田愛菜についてこう述べる。 「マーケティング会社が4月に発表した高校生を対象にしたアンケートの『同世代で憧れている、目指している人』部門で、人気ユーチューバーと彼女が同率1位だったことが大きな話題を呼びました。また今月発表された、現役高校生対象の『人生相談したい芸能人』というリクルートの調査でも、マツコ・デラックスやひろゆきを抑えて堂々の1位に輝きました。それだけ若い世代が注目する存在なのです。もはや単なる『子役出身』という肩書を超越しつつあることは間違いないでしょう。俳優やタレントとしてさらなる活躍を望む声が非常に多いとは思いますが、このまま芸能界から潔く去ったとしても、それが伝説となり、彼女の名前は末永く私たちの記憶に刻まれるのではないでしょうか」  彼女の才能がこのまま消えゆくのはあまりにも惜しい。大人になった芦田愛菜の覚醒を期待せずにはいられない。(藤原三星)

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    22時間前

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    ウクライナ停戦への道 自民・石破元幹事長「このままでは独ソ戦の再現に…」

     泥沼化しつつあるロシアによるウクライナ侵攻。ウクライナ軍の各地での奮闘は称賛に値するものの、かといって、国際社会はこのまま双方の命が失われ続けることを容認していいのか。本当に停戦という選択肢はないのか、今一度考えてみたい。 *  *  *  戦闘が長期化しつつあるウクライナ情勢だが、日本はNATO(北大西洋条約機構)諸国と歩調を合わせ、ロシアへの経済制裁を実施している。  岸田文雄首相は19日、ウクライナを支援するためにこれまで3億ドル(約380億円)の借款を行っていたが、倍増してさらに3億ドルを追加支援することを表明。記者団にこう語った。 「わが国は祖国のために奮闘するウクライナとともにある。今後もG7、国際社会と連携しながら強く支援していく」  岸田首相は23日の日米首脳会談でもこうした方針を打ち出す。ウクライナを支援するムードが高まるなか、当初あった「即時停戦」という選択肢は遠のいているようにも見える。  自民党の石破茂元幹事長は、このような状況に警鐘を鳴らす。 「このままでは、無辜(むこ)の市民がどんどん犠牲になっていきます。国際社会の責務は、一刻も早く戦闘を停めさせ、これ以上の犠牲者を出さないということに尽きます。ロシアに対しても、命令で戦場に駆り出された若い兵隊たちがこれ以上、死なないで済むようにすることを優先すべきではないでしょうか。日中戦争当時、中国を懲らしめるという意味の『暴支膺懲(ようちょう)』というスローガンがありましたが、いま永田町ではロシア非難一色で『暴露膺懲』の様相になっています。ロシアの行為は厳しく非難されるべきですが、それは人命が失われる事態を防いでからでも可能です」  戦局は転機を迎えている。最大の激戦地となったウクライナ南東部の要衝、マリウポリが事実上、陥落。現地の製鉄所に立て籠もって抗戦していたアゾフ連隊を中心とする戦闘部隊の多くは投降し、ロシア側の拘置施設に移送されたとみられている。  2014年にロシアが併合したクリミア半島は飛び地であり、東部の親ロ派支配地域とつなぐ回廊を確保するためにも、ロシア側にとってマリウポリの制圧は欠かせなかった。港を再開し、ロシアからの海上輸送の拠点にする意向だ。さらに攻撃対象として視野に入れるのが南部のオデーサだが、ロシア軍はドンバス地方全域で戦闘を続けているものの、ウクライナ側の強い抵抗に遭い苦戦を余儀なくされている。  国連職員として世界各地で紛争処理に当たってきた、東京外国語大学教授の伊勢崎賢治氏はこう力説する。 「いまならば、ロシア、ウクライナ両国が戦闘をやめる口実が成り立ちます。即時停戦を実現するべきです。ロシアはクリミアにつながるマリウポリを陥落させ、プーチン大統領はネオナチと名指ししていたアゾフ連隊を降伏させたことで『非ナチス化』の大義名分になる。国内向けに軍事作戦の成果があがったと言えます。ウクライナは各地でロシア軍を押し返し、ゼレンスキー政権を転覆してウクライナ全土を占領しようとしたロシアの野望を阻止したと言えます。このまま戦闘を続けても、死者が増えるばかりです」  もっとも、伊勢崎氏はロシアにウクライナ一国を占領統治するほどの軍事力があるとは見做していなかった。プーチン氏にも当初からその意図はなく、だからこそ首都キーウから撤退したと見る。 「米国ですら、20年もかけてアフガンの占領統治に失敗し、撤退したのです。ロシアに異国を征服する力はありません。ロシアの狙いは、オデーサまで落とし、黒海沿岸を制圧してウクライナを内陸国にしてしまうことです。ウクライナは小麦など穀物の輸出大国ですから、黒海を通じた航路が使えなくなるので経済的にもダメージを与えることができる。また、この一帯はすごい量の原油が眠っているのです。しかし、いまの戦況を見ればその目的も難しくなっています。厭戦気分も高まっているはずです」 ■国連が機能したスエズ動乱停戦  戦局は今後、さらにロシアに不利になっていくとみられる。米国のバイデン大統領は「武器貸与法」を成立させ、長期的なウクライナへの軍事支援を可能にした。すでに米国は対戦車ミサイルや地対空ミサイルなどを供与。ドイツも対空戦車50台を提供している。  ここまで来たらウクライナ側の「勝利」を目指すべきだという声も出てきているが、前出の石破氏はこう指摘する。 「ロシアが怖いのは、いつも総力戦で膨大な死者を出しながら戦争に勝ってきたことです。ナポレオンのロシア遠征の時もそうだったし、第2次世界大戦の独ソ戦では2500万人もの死者を出しています。人命が損なわれることに対する抵抗感が低いと言わざるを得ず、だからこそ、今回の紛争でも自分たちが『勝った』と言えるまで、戦闘を続ける恐れがあるのです」  では、具体的にどう停戦を促すのか。ここで考慮すべきは国連の活用だ。  今のところ有効な手を打てていない国連だが、本来はもっと大きな役割を果たせるはずだという。石破氏が好事例として挙げるのが、1956年の第2次中東戦争時の国連の対処だ。エジプトのナセル大統領が突如として、スエズ運河の国有化を宣言し、運河で利益を得ていたイギリスが怒り、フランス、イスラエルとともにエジプトに侵攻した(スエズ動乱)。 「イギリスもフランスも常任理事国ですから、国連安保理は機能不全になりました。そこで当時、カナダのピアソン外相の働きかけで国連のハマーショルド事務総長が緊急総会を開き、停戦、撤兵決議を行った。国連が本腰を入れたことでイギリスとフランスも従わざるを得ず、停戦が成立したのです。国連は国連緊急軍を現地に派遣して、停戦監視を行いました。国連は無力でないことがわかります。では、いま日本がなすべきことは何か。こうした歴史的経緯や国際法を精査して、国際社会とともに、まずは停戦状態をつくることに尽力すべきです。口を極めてロシアを非難しても何も解決しません」(石破氏)  スエズ動乱時の国連緊急軍が今日の国連平和維持活動(PKO)の原点になっているわけだが、今回は停戦をより困難にする要素がある。ロシア軍にはシリアの傭兵が投入されているし、チェチェン共和国のカディロフ首長の私兵組織「カディロフ部隊」はキーウ近郊のブチャでの民間人虐殺に関わったとされる。ウクライナにも傭兵や志願兵が多く存在する。前出・伊勢崎氏が説明する。 「こうした正規軍ではない人たちは、軍法の管轄下にないから戦争犯罪を起こしやすいのです。停戦合意が成立しても命令を聞かない恐れがあります。戦争が長引けば長引くほど、両国政府の指揮命令系統が利かなくなる。どんなに心情的に納得できないにしても、停戦合意を進めるにあたっては、戦争犯罪はいったん棚上げするのが定石です。早急に停戦監視団を投入する必要があります。講和後、速やかに中立性のある捜査機関によって、戦争犯罪の証拠集めをするのです」 ■停戦交渉難航にアメリカの影?  ところで、日本にできること、という点に関しては、東京大学名誉教授の和田春樹氏(ロシア史)をはじめとする14人の歴史学者が3月、「日本はロシアと安定的な関係にある中国、インドと協力して、ロシアとウクライナに戦闘停止を呼びかけ、公正な仲裁者になること」を要請する声明を発表した。  和田氏らは駐日ロシア大使館のガルージン大使を訪ね、即時停戦の必要性を訴えている。  和田氏はこう話す。 「大使はプーチン氏の忠実な代弁者であり、軍事作戦の正当性を主張しました。けれども、『停戦交渉がまとまってくると、誰かがウクライナのスカートの裾を踏むのだ』という言い方をしました。明らかに米国のことを指しているのですが、停戦交渉に応じる考えはあると感じました」  和田氏が悔やむのは3月末の停戦交渉が合意に至らなかったことだ。ウクライナ側の条件は、NATOに加盟しない代わりに新たな集団的な安全保障の枠組みを構築すること、クリミアの主権については今後15年間協議するというものだった。 「ロシアはその条件を歓迎したから、キーウから撤退したのです。G7はクリミア併合に対して経済制裁をしていたから、この条件は妥協的すぎると米国が反対したと考えられます」  まもなくブチャの民間人虐殺が発覚して、戦闘はますます激化していく。  和田氏が続ける。 「ロシアは途方もなく広い国境を持っているので、他国から侵略を受けることを過剰に恐れている国です。ソ連崩壊後、NATOが東方に拡大したことは正しかったのか、ということも検証しなければなりません。ロシアとウクライナは300年以上、一つの国でした。30年前に分離しましたが、これからも隣どうしで存在していかなければならないのです」  欧米は武器提供するから戦えという。停戦は積極的に呼びかけない。血を流し続けるのは、ウクライナの国民だ。それは残酷ではないのか。(本誌・亀井洋志)※週刊朝日  2022年6月3日号

    週刊朝日

    4時間前

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    ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント

     ロシア軍によるウクライナ侵攻では、東部ドンバス地方を中心に激戦が続いている。攻防のポイントとなるのは、地域を流れるドネツ川だ。ウクライナ内務省所属の親衛隊は18日、ロシア軍を阻止する目的でドネツ川に架かる橋を爆破する衝撃的な映像を公開した。川をめぐる戦いの構図は昔とちっとも変わらない。危険な渡河作戦を推し進めようとする軍の上層部、恐ろしい運命に見舞われると知りながら川を渡る兵士たち――。橋を奪い合う激戦の数々は戦争映画にも描かれてきた。防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんによれば、戦場の橋にはそれ死守する特別な部隊が必ず配置され、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際は橋を爆破して進軍を阻むと話す。 ※記事前編<<「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった>>から続く *   *   *  大昔から何度も戦争を経験してきた欧州では、川をめぐり、どのような攻防が繰り広げられてきたのか? 「例えば、第一次世界大戦でドイツがフランスに攻め込んだ戦いというのはほぼ川が関係していています。ドイツ西部を南北に流れるライン川とフランスのセーヌ川を挟んだ地域での川の奪い合いです。有名な『マルヌの戦い』『エーヌの戦い』『ソンムの戦い』などは川の名前に由来しています。あと、サン=カンタン運河を巡って争った『サン=カンタンの戦い』というのもあります」  1918年、第一次世界大戦が終結すると、フランスはドイツとの国境付近に「マジノ線」と呼ばれる防御ラインを築いたが、その外側にはライン川とモーゼル川が流れていた。つまり、川を障壁として生かしたものだった。  39年、第二次世界大戦が勃発。進撃を続けるドイツ軍の勢いを最初に止めたのは、旧ソ連軍だった。東部戦線で最大の激戦となったスターリングラード攻防戦である。「これはボルガ川とドン川を巡る戦いでもありました」。44年2月、この戦いに敗れたドイツ軍は後退を余儀なくさる。 ■連合軍とドイツ軍の橋の奪い合い  同年6月には西側からも連合国側の反撃が始まった。「ノルマンディー上陸作戦」である。 「これはフランス北部のノルマンディー海岸への上陸作戦でしたが、ここにも川が関わっています。映画『史上最大の作戦』にも描かれていますが、最初に空挺部隊がパラシュートで降下して、上陸地点の両端と背後を流れる川の橋を確保したんです。上陸した連合軍はその橋を渡ってドイツ軍を撃破していきました」  映画「遠すぎた橋」で描かれたのは44年9月に行われた「マーケット・ガーデン作戦」だった。 「連合軍がドイツ国内に進撃する際、ライン川は別として、いちばん大きな障壁となったのがオランダの川や運河です。そこで空挺部隊を川の近くに降下させ、橋を確保し、その後に本隊がざぁーっと渡るという作戦を行った。しかし、この作戦は失敗に終わりました」  さらに石津さんは、映画「レマゲン鉄橋」を挙げた。 「後退するドイツ軍は連合軍がドイツに入ってこられないように国境付近を流れるライン川に架かる橋を次々と落としたんです。そしてドイツ軍撤収のために最後まで残されたのがレマゲン鉄橋でした。結局、ドイツ軍はさまざまな事情によってこの橋を破壊できず、連合軍に確保されてしまいます」  45年4月25日、西側から進撃するアメリカ軍と、東側からの旧ソ連軍がドイツ東部を流れるエルベ川で合流した。ベルリンが陥落したのはそのわずか1週間後だった。 ■橋を死守できなければ爆破  このように戦争の歴史を振り返ってみても、侵攻する側にとっては、チョークポイント(敵を締め上げるポイント)である橋を押さえることが重要となってきた。そのため、本隊が無事に橋を渡れるように、進軍の前には必ず先遣部隊を出して偵察し、あわよくば橋の確保を目指す。 「先遣隊は、これまであった橋がいまも架かっているか、爆弾が仕掛けられていないか。敵兵がどう配置されているか、偵察します。もし、橋が爆破されていれば、修理できるか、あるいは、上流や下流に橋を架けられそうな場所があるかなど、すべてを調べます」  一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。 「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」  では、それら橋はどのように守られているのか? 「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」 ■橋を渡る危険性の認識  4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。  しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。 「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」  ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。  ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。 <渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>  さらに英国防省は、こうも述べていた。 <このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>  支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。  ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか? (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    内田樹「日韓併合時代を素材にした『娯楽作品』を作る韓国・作らない日本」

     哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。 *  *  *  ミン・ジン・リーの小説『パチンコ』がドラマ化されて、配信されている。日韓併合の頃の釜山の漁村から始まる一人の韓国人女性の一生を描いた話である。シリーズ1の終わりまで観(み)た。質の高いドラマだと思う。気になるのは、日本社会で生きるコリアンたちの苦闘を活写したこの物語について日本のメディアがほとんど論及していないことである。  李氏朝鮮末期から日本の敗戦による植民地支配の終わりまでの朝鮮半島を舞台にしたドラマや映画は韓国ではすでに多く作られている。日韓併合や植民地時代のレジスタンスを素材にした「ミスター・サンシャイン」や「シカゴ・タイプライター」はNetflixで世界に配信されて多くの視聴者を獲得した(どちらも面白かった)。  むろんどの作品でも日本人は迫害し、収奪する「ワルモノ」として描かれていることに変わりはない。それでも作品ごとに両国のはざまにあって葛藤する人々の相貌(そうぼう)は深みを帯びてきている。話を単純な「勧善懲悪」に落とし込むだけでは済まないということを隣国のクリエーターたちは理解し始めているように思われる。  翻ってわが国にはこの時代の朝鮮半島の歴史的出来事を素材にした「娯楽作品」を作り上げる動きが見られない。大院君や閔妃や金玉均や福沢諭吉や内田良平や宮崎滔天が出てくる群像ドラマがあれば、この時代の半島情勢が「善玉悪玉論」で説明できるほど単純なものではないということを視聴者は知るはずである。両国の人々の葛藤と混乱、真率な素志と悲惨な結果の落差を知って、「誰の言い分が正しいのかわからなくなった」という感想を得るだけでも、歴史について何も知らないよりはましである。  韓国は「隣国日本とのかかわりの歴史をエンターテインメントとして物語る」という事業にすでに四半世紀にわたって取り組んでいる。日本は何もしていない。両国民が過去を振り返った時、そこに見えるものの「解像度」にはすでに歴然とした差が生じている。「自分たちはかつて隣人にとって何者だったのか」という問いをネグレクトした日本人に果たして外交というような難事業が果たせるのか。 内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数 ※AERA 2022年5月30日号

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    3時間前

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    浜矩子「アホノミクスの大将の“禁断の発想”が空恐ろしい 中央銀行は政府の腰巾着にあらず」

     経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。 *  *  * 「日銀は政府の子会社」  アホノミクスの大将、安倍晋三氏がこう言った。5月9日に大分市で開かれた講演会の場においてのことだ。  実は、彼がこれを言うのは今に始まったことではない。2017年刊行の拙著『どアホノミクスの断末魔』(角川新書)でも触れたので、一部を抜粋しよう。<17年3月7日付の日本経済新聞に「日本国債」という特集シリーズの2回目が掲載された。その中に次のくだりがある。「『政府と日銀は親会社と子会社みたいなもの。連結決算で考えてもいいんじゃないか』昨年秋、首相は与党議員にこんなアイデアまで語った」>。筆者はこの新聞記事を発見して、アホノミクスの大将が財政と金融の一体運営をたくらんでいると確信した。  これは禁断の発想だ。ルール違反である。日本銀行法第3条は「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」と定めている。それなのに、アホノミクスの大将は日銀を政府の子会社だと言い、したがって、政府の思うままに日銀に国債を売りつけていいのだと主張している。しかも、ある時払いの催促無しでいい。そう言わんばかりの発言もしたらしい。  このような危険思想を抱いている人物が、ついこの前まで日本国の首相を務めていたのである。改めて空恐ろしくなる。中央銀行は、経済の世界における民主主義の守護神だ。筆者はそう考えている。政府の言い成りにならない中央銀行の存在は、実に貴重だ。だからこそ、気骨ある中央銀行総裁は、独裁体制の下で必ず目の敵にされる。  本来なら、金融と財政は良きパートナーであるはずだ。その関係とはどのようなものか。それは、お互いに独自の個性と主張を持つ者同士の協働だ。良質の刑事物芝居に登場する刑事さんコンビのイメージである。時としてぶつかるが、事件解決にかける情熱においては完全に一致している。  ところが、アホノミクスの大将が書きたがっている刑事ドラマにおいては、金融刑事は財政刑事の腰巾着だ。こんな台本を書かせてはならない。ドラマ化させてはならない。不規則発言者には厳しい処分が必要だ。 浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演 ※AERA 2022年5月30日号

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    17時間前

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    参院選出馬の「水道橋博士」が明かした「妻の涙」と「たけしからのメッセージ」

     夏の参院選にれいわ新選組からの出馬を表明したお笑いコンビ・浅草キッドの水道橋博士(59)。選挙では「反スラップ訴訟」「消費税ゼロ」などを訴えていくとされるが、本当に政治家になる覚悟はあるのか。また、かつて自身が批判していた「タレント候補の出馬」について今はどう思っているのか。その他、師匠であるビートたけしの反応なども含めて、数々の疑問を本人に直接聞いた。 *  *  * 水道橋博士が「出馬表明」したのは、都内でトークショーが行われた18日のこと。れいわ新選組の山本太郎代表からの「れいわで一緒に参議院選戦ってくれるかな」という問いかけに対して「ああ戦います、はい戦います」と答えたのだが、本人の口からは一度も「出馬します」というストレートな言葉は聞かれなかった。  そこで、インタビュー冒頭で改めて聞いてみた。ズバリ、本当に次の参院選に出馬するんですよね? 「えーと、まぁ確実にすると思うんですが……。れいわさんも山本太郎代表の“独裁”ではなく、党できちんと会議をへて候補者を決める過程を踏むので、ワンクッション置かせてもらっている状態です」  では「れいわ」のことはいったん脇において、水道橋博士さんのお気持ちはどうなんでしょうか? 「れいわさんに誘われてなかったら出馬してないですね」  じゃあ、出馬しますと言ってよろしいんですね? 「出馬します」  やっと、スッキリと答えてくれた。  出馬への懸念材料としては、供託金の問題があるという。参院選の立候補に必要な供託金は、選挙区での出馬は300万円、比例区なら600万円と高額で、得票数が一定の水準に達しなければ没収されてしまう。れいわ新選組がこの供託金を負担してくれることが、出馬の条件だという。 「れいわさんが選挙分析をして『水道橋では票が取れないので、供託金は払えない』というなら出馬はしないと思います。その場合、他党から『供託金を払いますから出てください』と言われれば、それはやぶさかではありません。ウチの家計には供託金を払えるような余裕はないので、(今回の出馬は)予定していなかった行動なんです」  出馬を考えたのは、本当にごく最近のことだという。15日、川崎市の溝の口駅前で山本氏の街頭演説があった。そこに博士は「自称ジャーナリスト」として訪れ、山本氏に質問した。 「4月25日かな、松井一郎・大阪市長から訴状が届きました。名誉毀損の裁判を5月30日、大阪地裁でやるんですが、裁判費用は莫大(ばくだい)にかかります。被告になってテレビ、ラジオに出られないということになれば、政敵をテレビ、ラジオに出演させないために訴える方法があるわけです。反スラップ訴訟の法律をつくりたい。れいわさんで今後、反スラップ訴訟の立法化について努力してくれるかをお聞きしたい」  2月13日、博士はツイッターで松井市長を批判したYouTube動画を紹介した。これに対して、松井市長は「水道橋さん、これらの誹謗中傷デマは名誉毀損の判決が出ています。言い訳理屈つけてのツイートもダメ、法的手続きします」とツイッターで応戦。本当に訴訟沙汰に発展したという経緯がある。  博士はこの訴訟について、権力を持つ地位にある者が弱い者の口を封じるために訴訟を起こす「スラップ訴訟」だと主張しているのだ。  博士の質問に対して、山本氏はこう答えた。 「(水道橋さんは)自称ジャーナリストから政治家になったらどうですか。自分自身がスラップの被害者であるならば、その立場に立って立法していくというのはかなり説得力のある話なんです。(供託金は)うちから出しますから、うちから出てください。どうでしょう?」  博士はまんざらでもない様子で「検討します」と応じた。  これが発端となり、博士の「出馬」が現実味を帯びた。 「立候補は(山本氏とのかけあいで生じた)偶然の産物です。それから3日間、出馬のための調整をしました」  博士が最初に相談したのは、妻と娘だった。 「妻には(街頭演説翌日の)16日に打ち明けました。泣いていましたね。本当にかわいそうでした。そういうことが好きなタイプの女性ではないので。妻は『家計の持ち出しになるのは絶対に嫌だ』『子どもの教育費を残してほしい』ということをずっと言っていました」  娘はこう言ったという。 「私も公の仕事に就きたいという希望があるから、パパ、人の道を汚したり、後ろ指をさされるようなことがあったら困ります」  師匠のビートたけしとは「出馬表明」前日の17日午後、直接会って相談したという。その時の様子をこう明かす。 「芸人仲間の原田専門家と2人で待ち合わせ場所へ行きました。実に2年半ぶりの再会になりました。たけしさんはもう75歳なので体調はどうかと思っていましたが、非常にお元気な様子でした。話したのは30分くらいです。たけしさんは政治的な活動には、冷ややかなんです。ご自身も出馬などはなさらないので。私からは『大阪の松井市長に訴えられていて、反スラップ訴訟をやらないことには、僕はただ干上がるだけなので、出馬させてほしい。ただし、たけしさんが芸人として出馬はするなとおっしゃるのであれば、出馬はやめます』と申し上げました」  たけしはこう答えたという。 「おまえのことはおまえで決めていいよ。ただし、オレは一切関係ないし、一切の応援はしない」  たけしとは部屋を出て別れた。 「たけしさんの後ろ姿は、がんばれよと言っているようで、かっこよかったです」  たけしの承諾が得られたことで、18日の「出馬表明」となったわけだが、それを報じた記事のコメントやSNSでは批判も巻き起こった。 「タレントとして仕事が減ったから報酬の高い国会議員になろうとしている」「選挙をネタにしたいだけ」などの批判も少なくなかった。こうした声について、どう思っているのだろうか。 「客観的にみれば、そう受け取れるでしょうし、(批判は)傾聴に値するというか、そう思われるだろうなとは思います。僕もタレント候補に対しては、以前からかなり批判してきましたから。ネットで発信する限り、自分を全否定されたり、気を病むくらいの矢が放たれてきたりすることは当然のことだと思っています」  選挙をネタにしたいだけという書き込みについては、 「芸人は選挙もネタにすればいいんじゃないですか。(立川)談志師匠がそうであったようにね。『囃(はや)されたら踊れ』というのが芸人ですから」  参院選で最も強く訴えたいことは「反スラップ訴訟」だという。  前述のように、博士は松井市長から名誉毀損で訴えられているが、2月13日のツイートから訴訟に発展するまでの間には、直接話をしようと試みたこともあった。  松井市長が現れる応援演説に出向き、本人にも声をかけたが、ほとんど反応はなかったという。 「知り合いのジャーナリストに聞いたところ、松井市長はジャーナリストだったらいつでも会いますと言っているようでしたので、即座に肩書を“自称ジャーナリスト”に変えて、なぜ僕を訴えようとするのかを松井市長に質問しに行っているんです。公人だから、そうして声をかけられることもあると思うのですが、なぜか反応はしてくれませんでしたね。僕は、絶対に向こう(松井市長)が大後悔するところまでやります。芸人という職業をバカにしてああいうこと(訴訟)をしているわけで、僕はそんなにヤワじゃないぞということは絶対に見せたいですね」  選挙戦では、反スラップ訴訟を軸に「反維新」の包囲網を広げていくつもりだという。また、アントニオ猪木元参院議員が30年以上前に「スポーツ平和党」を旗揚げして参院選に出馬した時のスローガン、「国会に卍固め、消費税に延髄斬り」も口にしている。 「それはほんとにギャグで言っているだけなんですが、あまり響かないので、もうみなさん、覚えていないのかなと思いました。経済政策としては、消費税ゼロとインボイス反対を訴えていきたいです」  参院選までおよそ2カ月。水道橋博士は客寄せの“タレント候補”で終わるのか、はたまた旋風を巻き起こす新人議員となるのか。これからの活動で試される。(AERA dot.編集部・上田耕司)

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    「体罰は選手ではなくコーチにメリットがあるだけ」 指導者養成の授業で誤った認識を矯正

     行き過ぎた「勝利至上主義」の結果、しばしば起こる暴力問題。子どもを守るためには、指導者の教育も必要となってくる。AERA 2022年5月30日号の記事を紹介する。 *  *  *  過熱した「指導」は、しばしば罵声や暴言、時に暴力となる。2012年12月に大阪市立桜宮高校でバスケットボール部の男子生徒が顧問から暴力を受け、自殺した。これを契機として翌13年、日本体育協会(現・日本スポーツ協会)など5団体は「暴力行為根絶宣言」を採択し、以降はスポーツ指導における暴力行為は少なくなったとされる。  それでも、日本スポーツ協会の「暴力行為等相談窓口」には暴力・暴言・パワハラなどで多い年には200件を超える相談が寄せられている。  サッカーの場合、チームで活躍した選手が市や県のトレーニングセンター(トレセン)に呼ばれ、さらにJリーグクラブのジュニアユースにスカウトされたり、将来の年代別日本代表候補にも通ずるナショナルトレセンに選ばれたりするルートが確立されているため、より過熱しやすい。神奈川県で長く少年サッカーチームの指導にあたり、県サッカー協会のU-12(12歳以下)委員も務めた早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘(しょうへい)研究員の桑原昌之さんはこう話す。 「神奈川にはU-12登録チームが約500あり、競争状態です。チームにとってトレセンに選手を送れるのは売りになるし、トップ層になるほど保護者もヒートアップする。全国大会などの活躍がトレセンやその先につながるので、目先の勝利ばかり目指してしまいがちです」  一昔前と比べると罵声は減ったというが、チームの型や戦術に子どもたちを当てはめようとするケースは今も珍しくない。 「勝利至上主義のチームだと、『おまえ、使えないな』などという言葉が飛び交う。そうすると子どもはコーチの顔色ばかりうかがい、スポーツを楽しめません。サッカーにせよほかの競技にせよ、本来は一生楽しめるのに、『もういやだ』とやめてしまう子が少なくないんです」  一方、指導者として桑原さんが大切にしてきたのは、シュートにせよドリブルにせよ、子どもの好きなプレーを磨くことだ。 「戦術はほとんど教えないから、低学年のうちは自由に攻めて守って、ボロボロにやられます。でも、だんだんと自分でボールを運ぶ力、自分から動いてパスをもらう力が身についてくる。それぞれの個性を生かしてプレーできるようになり、低学年のうちは全く歯が立たなかったチームに勝つようになるんです」  暴力や暴言に走らない指導者を養成する取り組みも続く。日本スポーツ協会ではコーチ育成のための「モデル・コア・カリキュラム」をまとめ、全国の体育系大学でカリキュラムに基づいた教育が行われている。大阪体育大学でも16年から暴力に頼らない指導理念や思考判断を学ぶ「運動部指導実践論」を開講し、より深く学ぶセミナーも実施してきた。同大の土屋裕睦(ひろのぶ)教授(スポーツ心理学)は言う。 「体罰は悪ですが、指導者に悪意はなく学びが十分でないだけというケースは少なくありません。私たちにも、これまでコーチ育成をトレーニングの技術論中心に行ってきた反省がありました」 ■最初は体罰容認の声も  講座では、学生たちが議論しながら学びあっていく。同大で学ぶ学生の大半は各スポーツのトップ層で、講座開始時のアンケートでは教育のための体罰を容認する声も一定数ある。 「『あのとき先生が殴ってくれたから今の自分がある』と考える学生もいます。それでも、ほとんどの学生が最後には体罰は選手ではなくコーチにメリットがあるだけと気づく。指導者は未来のスポーツを預かる存在です。目先の勝敗ではなくその子の成長や幸せを考えた指導をすれば、それが次世代に受け継がれ、スポーツの価値を守ることにもつながります」(土屋教授) (編集部・川口穣) ※AERA 2022年5月30日号より抜粋

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    眞栄田郷敦「苦労したい」と語る理由とアメリカでの最終目標とは

     5月16日から始まるNHKの夜ドラ「カナカナ」で主演を務める眞栄田郷敦さん。人気コミックのドラマ化で、居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。今回の役どころと今後の展望について語った。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  * ――ドラマ「カナカナ」で、ケンカには強いが天然、という居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。人の心が聞こえる不思議な能力を持つ5歳の少女・佳奈花(加藤柚凪)と織りなす心温まるコメディーだ。 眞栄田郷敦(以下、眞栄田):「カナカナ」は4月からNHKで新しく始まったドラマ枠の第2弾です。新しい枠に挑戦させてもらうことにワクワクしています。ドラマを盛り上げていきたいので、自分たちでも何かやろうと、TikTokを撮ったり、主題歌にあわせて踊る動画を撮ったり。ドラマの撮影はすごく大変なので、多くの人に見てもらいたい。出演者は本当にいいメンバーで、そういう工夫も楽しくやっています。 誰よりも持っておこう ――地上波の連続ドラマでは初主演を務める。 眞栄田:主演ではありますが、皆さん先輩ばかり。年が下でも芸歴は先輩の方もいて、僕としては「(主役だから)引っ張っていくぞ」というより、「この作品に対する思いを誰よりも持っておこう」というくらいの意識で現場にいます。 ――演じるにあたり、重要だったのが「見た目だった」という。 眞栄田:マサは見た目と心のギャップがすごく大きい。このドラマに入る前は髪の毛がちょっと長かったこともあって、マサのイメージがわきませんでした。でも、髪を切ったり、特殊メイクで傷をつけてもらったり。見た目が変わったことで、すんなりマサが入ってきたんです。  マサはとにかくまっすぐ演じています。彼は他のキャラクターとの感覚のズレというか、リアクションのズレが面白い。みんなとは全然違うリアクションを取るところがあります。脚本を読みながら、「マサならどうするかな」と妄想しています。  マサは見た目は強面ですが、もともとがすごくいいヤツ。カナ(佳奈花)と出会ったことで、成長というか変化していく。そのエモーショナルなところも、大切にしています。 ――カナとの絆は物語のカギでもある。演じる加藤柚凪との絆はどう築いているのか。 眞栄田:めちゃめちゃ仲いいですよ。普段からマサ、カナで呼び合っています。昨日(取材の前日)はセットの撮影が最後だったんですが、指輪をもらったんです。「プロポーズ?」って聞いたら、「違う!」って(笑)。僕から関係を築いたというよりは、柚凪ちゃんから娘と父親というか、後輩先輩というか、そんな関係性を築いてくれた。人見知りしない子で、最初のうちから似顔絵や折り紙などをくれていました。いつも楽しくやっています。  僕は子どもが好きなので、違和感なくすんなり入れました。ただ、マサは「子どもだから」ということはなく、誰にでも平等みたいなところがあります。だけど話を重ねるごとにどんどん普通のお父さんになっていく。その様も魅力だと思います。 背中押してもらった ――2019年、映画「小さな恋のうた」で俳優としてデビューした。コロナ禍でも出演依頼は途切れることがない。この三余年で、俳優としての意識を変えた人や作品との出会いがあった。 眞栄田:デビュー作は僕にとってすごく大きかった。この作品に出会わなかったら、絶対に役者をやってないと思うし、やりたいとも思わなかった。「小さな恋のうた」のプロデューサーや監督、いろいろな人との出会いやご縁があって背中を押してもらい、「やってみよう」と踏み出せたことが大きかったと思います。  現場での居ずまいや作品に向かう姿勢を学んだのは、昨夏のドラマ「プロミス・シンデレラ」です。二階堂ふみさんと共演させていただいたことが大きかったと思います。 ――特に感じ入ったのは、二階堂の「俳優としてのスタンス」だったと振り返る。 眞栄田:二階堂さんは周りをよく見ている方でした。何より「自分はこうしたい」という意見を持っている。もし、例えば話の流れをよくするために、台本に辻褄の合わないことがあったとしたら、「それでは気持ちがつながらない」ということもきちんと話す。「その通りだな」と思うことが何度もありました。  それは作品をより良くするための主張で、彼女が監督とディスカッションしている姿を見て、僕も演じる側として自分の意見を伝えようと思ったんです。監督といい意味でぶつかり、ディスカッションする。その結果、台本以上のシーンができあがったら、みんながハッピーになるでしょう。士気が高まり、現場の雰囲気も良くなります。ポジティブなスパイラルができるという体験をして、そういうふうに仕事をしたいと思うようになりました。 海外でも認められたい 眞栄田:デビュー後しばらくはわからないことばかりで、もらった台本をそのまま演じるのが精いっぱいでした。でも、演じるということは、浅いことではなくて。自分の意志をしっかり持ってぶつかりたいと思いましたし、制作の方々と対等にディスカッションできるよう準備をして現場に臨みたいと思っています。 ――将来の目標を尋ねると、意外にも「生活できるお金を稼いで、贅沢(ぜいたく)でなくても自由に生活できればいいな」と堅実な答えが返ってきた。だが、「役者としての目標は違う」と話す。 眞栄田:最終的には海外でも認められたいという目標があります。その前に、日本で認められることはもう絶対です。外国で認められるとはイコール、アメリカで認められるということになるのかな。アカデミー賞もありますし。アメリカでアメリカの俳優たちと対等に芝居ができる。その上で評価をいただくというのがやはり最終目標です。 ――これから演じてみたい役を尋ねると、こう即答した。 眞栄田:苦労したいですね。苦労する役ってなんだろう。たとえばハンデがあるとか、みんなが見たことがない役とか。僕は出演作を自分で決めていますが、新しい自分、見たことのない表情や芝居を見せることを大切にしています。なので、演じたことのない役は全部やりたいというのが正直なところです。苦労する役はやったことがないですし、体験したことがないから刺激になる。面白いと思いますし、間違いなくやりがいがあり、成長できると思うんです。 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    稲垣えみ子「自然のおすそ分けにすがって生きると、日常をウキウキと楽しめる」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  コロナのせいだろうか。戦争のせいだろうか。1日の始まりをしみじみ有難く思う。具体的に言えば、朝4時過ぎにパッチリと目が覚めてパッと布団から出てしまう。あ、年のせい?  ま、そのすべてが少しずつ影響しているんだろうが、最も大きな理由はそのいずれでもなく、単に朝も早よから「明るい」から。  ついこの間までの、どうにも布団から出難かった寒く暗い朝を思えば、掃除もはかどるし洗濯物も乾くし何ともおトク感満載。でもこのお恵みも夏至(今年は6月21日)を過ぎればどんどん細っていくのであり、そう思えば今のうちに貪り尽くしておかねばと焦りもする。ぐずぐず布団にこもっている場合じゃないんである。  ま、それだけのことなんですけどね。  でもよく考えると「それだけのこと」で毎年ウキウキしている自分に笑えるし、なかなかいい線いってるじゃないかとも思う。だって少なくともこの楽しみは私が生きている限り、ミサイルが飛んでこようが年金制度が崩壊しようが、誰に奪われることなく永遠に続くのだ。人は楽しみがあれば生きていける。生涯の安全保障を得たも同然である。  とはいえ自力でこんな娯楽に気づいたわけではなく、全ては会社を辞めて小さな家に引っ越しモノ持たぬ生活へ突入せざるをえなかった際、エアコンもカーテンもやめて太陽の動向にストレートに支配されるようになったおかげである。何しろエアコンなしってことは外気と連動して暮らすってことだから外気の影響を遮断するカーテンの意味ないのよ。むしろ太陽の恵みをカーテンに邪魔されたくないと思ったことが奏功した。  今にして思えば、私は自然を征服することを諦め、自然のおすそ分けにすがって生きることを選択したのである。無論そこには厳しさもあるが、厳しさがまた楽しさも生む永遠の循環。全くよくできている。何より自然を敵に回したところで長い目で見れば勝てるはずもない。私は最強の勝ち馬に乗ったのだ。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2022年5月23日号

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    2年3カ月ぶりの現場復帰の佳子さま ダンス自主トレと「かーぽん」にかかる秋篠宮家の重責

     秋篠宮家の次女、佳子さま(27)が宮中行事や参拝などを除き、会場に出向く公務としては2年3カ月ぶりに姿を見せた。今年の秋に28歳を迎える佳子さまは、落ち着きを増していた。ダンスの練習も封印し、公務に専念する内親王に期待がかかる。コロナ禍でリモート公務が中心であった令和の皇室も、徐々にその姿が見えてきた。 *  *  *  5月7日、東京都千代田区で開催された『森と花の祭典―「みどりの感謝祭」』の式典。この式典は、これまで秋篠宮ご夫妻から眞子さんへ、そして佳子さまへ引き継がれたものだ。   2019年に出席したときの眞子さんは、式典に相応しい淡いグリーン色のワンピースで出席していた。今回、新たに名誉総裁となった佳子さまも、薄いグリーン地に白とピンクの立体刺繍の花があしらわれた装いを選んだ。皇室の装いには、ときに相手への敬意や祝福のメッセージが込められている。  佳子さまのあいさつも、その声は以前よりもやわらかく落ち着いた印象だ。 「わたくしもこの祭典をきっかけに、森林や草花の果たす大きな役割について、改めて考えております」  あいさつを終えると、若々しい新名誉総裁に会場から拍手が寄せられた。  画面を通じたリモート公務が続く2年間ではあったが、皇嗣家を支える内親王としての存在感が増している。 ■皇室を出たいという思い  事情を知る人物によれば、佳子さまは大学を終えたら皇室を出たいとの思いを抱いていたという。実際、皇室典範第十一条には、皇族の離脱を可能とする規程もある。 <年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる> 「そうはいっても卒業する頃には、現実問題として皇室会議を経て離脱するのはそうたやすいことではないと、理解はされたようです。それで結婚することで、皇室を出たいとの考えをお持ちになったようです」(前出の人物)  しかし、姉の眞子さんは小室圭さんと結婚してニューヨーク生活を送るなかでも、英米日のメディアやパパラッチに写真や映像を盗み撮りされ、その画像をネットでさらされる日々が続いている。小室夫妻が2021年11月に、ニューヨークに到着したときなどは、2人が空港から新居に到着するまで追いかけられ、住まいの建物の写真付きで報じられた。  たとえ結婚して日本を離れても、安住の地ではない。そうした光景を目にした佳子さまは、 「姉が気の毒で、悔しくて涙が出た」  そう漏らしたという。  眞子さんの結婚問題が終わってもなお、秋篠宮家への風当たりは続いている。皇嗣家の唯一の内親王となった佳子さまは、公務の重責も増している。 ■かーぽんは大切なメンバー  そうした佳子さまの心の拠りどころの一つは、大学生の頃からレッスンを続けているダンススクールだ。  2017年秋から英・リーズ大学への留学を経験した佳子さまだが、留学へ出発する前日もダンススクールのレッスンに駆けつけるほどの熱心さを見せ、新型コロナがまん延する前は、何度か発表会にも出演している。昨年も同スクールの発表会は行なわれたものの、もちろんレッスンも出演も一切控えている。  スクールの仲間や講師から佳子さまは「かーぽん」と呼ばれ、温かく受け入れられている。小学生の幼い子どもらも顔を合わせると、「かーぽん、かーぽん」と慕っていたという。  コロナ禍で顔を出すことはできなくとも、「かーぽんは、大事なメンバー」、なのだという。  21年度も発表会があった。もちろん、かーぽんは出演しなかった。それでも、発表会前には「出なくても練習しておきなね」と、演目のダンス動画が佳子さまに渡された。  佳子さまはヒップホップからジャズの要素のある踊りまで幅広く踊る。舞台に出たときは、肌色のアンダーウェアを着用していたものの、お腹が開いたデザインの「へそ出し衣装」は皇族に相応しくないと批判も受けたこともあった。  皇族が新しいことを始めれば、注目を浴び、ときには批判の対象になることもある。  上皇ご夫妻の長女、黒田清子さんが内親王であった頃、日本舞踊の名取級の踊り手として舞台に立っている。古典のイメージのある日舞。実は当時は、ちょっとした衝撃であったようだ。  2005年3月30日付の朝日新聞には、こう表現されている。 <日本舞踊は現在でこそ古典化したが、元は近世に生まれた庶民の芸能。皇女による日本舞踊は、日舞界にとって一つの事件だった>  佳子さまにとって精神的な支えの一つであるダンス。 「誰にでも、仕事とはまた別に、心の支柱になるものはある。いまは公務に専念しても、踊る喜びは覚えていて欲しい」(スクール関係者) (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    「ウクライナに勝利を!」中国ネットユーザーの間で広まる「反プーチン」のなぜ

     ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から2週間以上が経過した。いまだ平和的な解決には程遠い情勢だが、ここに来て中国の出方に注目が集まっている。ともに強権国家で、中ロ関係の結束が固いことはよく知られているが、一方で中国にとってウクライナも友好国のひとつ。3月1日には、ウクライナ外相が中国の王毅外相と電話会談を行い、仲介を求めたことが明らかとなっている。  侵攻に関し、今のところ中国は表立って支持はせず、「ロシア側の決断を尊重する」と言うにとどまっている。国連総会の緊急特別会合での対ロ非難決議も、中国はインドやベトナムとともに棄権し、「反対」には回らなかった。  こうした中、中国国内のネット上では興味深い現象も起こっている。中国でも今回のウクライナ情勢について、国営メディアなどは大きく報じており、中国版Twitter(微博)でもウクライナ情勢に関連する見出しが連日トレンド入りしている。また微博では当初、ロシアの軍事侵攻を支持する内容のコメントが多く寄せられていたのだが、徐々に反戦を訴える内容やロシアを批判する内容のコメントが増えてきているのだ。  まず多いのは、反戦を訴える投稿だ。 「もう攻撃するのを止めて。平和を願う」「早く停戦するべき。被害を受けるのは一般市民ばかりなのだから」  さらに、ロシア軍への批判も多く寄せられている。 「ロシア軍は早く自分の国に帰れ」「ロシアが他国を侵略した。支持者は金で買われたのか?」「ロシアは本当に恥知らずだ」  なかには、プーチン大統領を名指しで非難するユーザーも。 「まさにプーチン帝国主義だ」「プーチンは正真正銘の侵略者だ」  このように、中国ではロシアに厳しい言葉がSNS上で飛び交っているが、いまのところ当局からの大規模な削除にはいたっていない。いったいなぜなのか。中国ネット事情に詳しいライターの広瀬大介氏は言う。 「政府の方針と異なる政治的なコメントは通常、監視当局によって削除されることが多いのですが、今回は削除されずに残っているケースも多い。最近はウクライナ支持のコメントが目立っています。子供の救出シーンやゼレンスキー大統領の演説など、全て中国語に翻訳されリアルタイムで紹介されており、中国国内のネットユーザーをうまく味方に付けようというウクライナの戦略が奏功しているのだと思います。在中国ウクライナ大使館の公式微博アカウントには応援コメントが殺到し、ロシアを非難する声明に万単位の『いいね』がついています。寄付を募る投稿はさすがにコメント欄が閉鎖されていましたが、3400回以上リツイートされているので、実際に寄付した中国人もいると予想されます」 ■中国はロシアを信用していない  SNS以外でもウクライナ寄りの報道が少なくない。中国メディア「東方網」(2月24日)は、ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まった直後、現地の中国人留学生がウクライナ人の大家によって地下室にかくまわれた話を感動的に伝えている。さらに、「中国網易新聞」(3月3日)は、106名の現地中国人が大使館によって手配された大型バスで国境を超えポーランドに脱出した出来事について、「現地ウクライナ警察が警察車両でバスを安全に誘導してくれた」と報じ、中国のネットユーザーからは感謝の言葉が多く寄せられているのだ。  そもそもウクライナと中国は密接な関係にあり、現在、6000人以上の中国人が留学やビジネスのため滞在しているという(在ウクライナ中国大使館発表)。経済的な結びつきも深く、両国の貿易額は193億ドルにも上り、トウモロコシは823万トン、大麦は321万トンが中国へ輸入されているが、これらは中国の全輸入量の3割を占めている(2021年度、中国税関発表)。また軍事的関係も深く、中国初の空母「遼寧」はウクライナから購入したことは有名な話だ。さらにウクライナは「一帯一路」の要所に位置していることから、中国資本による投資も活発化していた。  中国事情に詳しいジャーナリストの周来友氏はこう述べる。 「ウクライナ侵攻を巡っては、中国国民は二分化されている印象です。知識や教養のある大卒以上の人は、ウクライナの肩を持つ人が多く、政府の反米プロパガンダを信じる層はロシアを擁護する傾向にある。ソ連崩壊後、ウクライナから多くの技術者が中国に渡り、情報や技術を提供しました。それがいかに現在の中国の科学・軍事技術の発展に寄与したかを知識のある人は知っており、シンパシーを感じている層が多いのです。一方、中国政府がどっちつかずの態度を取っているのは、根底にロシアへの不信感があります。中ロは蜜月関係にあると思われがちですが、アメリカと戦うために“仕方なく”仲良くしているという側面もある。1対1ではアメリカに勝てないことは、中国政府も重々承知していますからね。しかし、本音ではソ連時代に国境紛争を繰り返し、旧ソ連に領土を譲歩したり奪われた記憶も強く残っています。習近平国家主席としては、全面的にロシアに追随せず逃げ道を作っているという状況でしょう」  中国民衆の間で高まるウクライナ支持の声に、果たして、習近平指導部はどう出るのか。(山重慶子)

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    【数字オンチでもわかる】決算書を見る時、最初に押さえるべき超重要ポイント

     5月に入り、企業が次々と3月期の「決算短信」を公表しています。決算の要点をまとめたもので、経営状態が気になる投資家たちは真っ先に目を通します。しかし、その情報はどのようにすれば手に入るのでしょうか? そして、どこをどう読めば、何がわかるのでしょうか?『100分でわかる! 決算書「分析」超入門2022』より、一部を抜粋して紹介します。 *  *  * 決算情報を得る方法は「決算短信」と「有価証券報告書」の2通りがあり、上場している会社なら、どちらもネットで簡単に見られます。まずは決算短信で会社の大まかな経営状況をつかむのが、決算書を読み解くコツです。 ◎決算短信(単に「短信」とも) そのものズバリ決算の要点を短くまとめたもの。年1回の本決算時だけでなく、四半期(3カ月)ごとに公開されるため、会社の経営状態をタイムリーに知れるのがメリット。また冒頭に重要な数字がまとめられているので、わかりやすいのが特徴です。各社のウェブサイトにある「投資家向け(IR)情報」のページから閲覧できるほか、各証券取引所が提供している「適時開示情報閲覧サービス(TDnet)」からも見ることができます。  決算短信は会社の決算がいち早く公開されるもので、投資家は真っ先に目を通します。皆さんも、はじめに決算短信の「サマリー(概要)」欄に目を通すことをお勧めします。 ■決算短信のサマリーを読む  表1は、架空の企業である「朝夕電機」のサマリーです。実際の決算短信でも、最初にこのようなサマリーがあり、その年の経営成績、財政状態、キャッシュ・フローなどの要点が1ページでまとめられています。  では、このサマリーから、試しに朝夕電機の業績を分析してみましょう。  まずは(1)連結経営成績の欄をみると、当期は売上高が7.2%アップした一方で、営業利益は11.9%ダウン。そのため営業利益率は、前期から1.9ポイント下がっています。収益性が落ちているように感じられます。  続いて(2)連結財政状態をみると、総資産が前期から4654億円(24.5%)も増える一方、自己資本比率は6.1ポイント低下。つまり負債(他人資本)が大きく増えたことがわかります。  最後は(3)連結キャッシュ・フローの状況です。営業CFが前期から微増にとどまったのに対し、投資CFは2.9倍に膨らみ、4352億円もの大幅なマイナスに。資金流出をカバーするために、財務CFで2222億円を外部から調達。輸血が欠かせない状態です。  さて、ここまでざっと業績のポイントをみた限りでは、あまり調子がよくないように感じられます。 ■超重要ポイント:「疑問」を持ちながら読む  ただし、これだけで判断を下すことはできません。これはまだ朝夕電機の表面をなぞったに過ぎません。さらに詳しくサマリーをみると、概要ではわからない「5つのギモン」が浮かび上がってきます。  実はこのギモンこそが、決算書を素早く、的確に読み解くための“道標”となってくれます。サマリーを読むのは、会社の全体像をとらえると同時に、財務三表それぞれの“読みどころ”を知る作業でもあるのです。  今回は【表1】中の[ギモン1]と[ギモン2]について、朝夕電機の損益計算書を分析してみましょう。 [ギモン1]なぜ、売上が増えたのに営業利益は前期から減少したのか? [ギモン2]営業利益が減ったのに当期純利益が増加した要因はなにか? ■数値の「増減率」と収益・費用の「内訳」に注目  表2は、損益計算書から主要な項目を抜き出してまとめたものです。「数字がずらりと並んでいて、どこをみればいいのかわからない……」と思われるかもしれません。そんなときは、数値の「増減率」に注目しましょう。増減率が大きい項目は、その背後に会社の好不調の原因が隠れているものです。 --------------------------------<【表2】概要> 売上高=20年3月期:1,277,096/21年3月期:1,368,907/増減率:7.2 売上総利益=20年3月期:366,154/21年3月:395,218/増減率:7.9% 販売費及び一般管理費=20年3月期:230,526/21年3月期:275,679/増減率:19.6%  (うち、研究開発費=20年3月期:68,412/21年3月期:99,351/増減率:45.2%) 特別利益=20年3月期:919/21年3月期:28,846/増減率:31.4倍  (うち、関係会社株式売却益=20年3月期:―/21年3月期:19,789/増減率:―) ※金額の単位は百万円 --------------------------------  上からみていくと、まず売上高が前期から7.2%増えたのと同時に、売上総利益も7.9%増加。そのため粗利率は、前期からほぼ変わっていません。つまり商品の競争力や付加価値が落ちたわけではなさそうです。 では、[ギモン1]なぜ営業利益は減ったのか。  その答えは、売上総利益と営業利益の「間」にあります。販売費及び一般管理費(販管費)の増減率をみると、前期から19.6%の大幅アップ。理由を探るため、販管費の内訳を調べると、研究開発費が310億円(45.2%)も増えていることがわかりました。  実は朝夕電機は、ここ数年、家電製品の売上が伸び悩む一方で、半導体事業の売上が2ケタ増加を続けています。そこでより高性能の製品を開発するため、当期は半導体事業に500億円もの研究開発費を投じたのです(こうした詳しい情報は、実際には有価証券報告書や投資家向け説明資料に記載されています)。  では、[ギモン2]営業利益が減少したのに、なぜ当期純利益は伸びたのでしょうか。  再び増減率に目を向けると、特別利益が前期から31倍も増えています。内訳をみると、前期にはなかった「関係会社株式売却益」が198億円も計上されていることがわかりました。  朝夕電機は、半導体を強化する一方で、年々コストが膨らみ利益率が低下しているモバイル事業を2020年6月に1200億円で売却。その売却益の一部(*)が特別利益の項目に計上され、当期純利益を押し上げていたのです。  得意分野(半導体)を伸ばし、苦手分野(モバイル)をなくすのは、体に例えると、より速く走るために肉体改造をしてフォームを改良するようなもの。今はその過渡期なのです。 *子会社を売却した場合、売却額から子会社の簿価を差し引いた「差額」が、利益(株式売却益)と認識されて損益計算書に計上される。朝夕電機の場合、簿価1000億円のモバイル事業を1200億円で売却したため、差額の200億円(売却手数料除く)が、関係会社株式売却益として計上された (佐伯良隆)

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    4時間前

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    ランドセルが重い! 子どもの肩や腰への悪影響は? 負担を軽くする方法を医師が解説

     子どものランドセルを持ったときに、その重さに驚く保護者は多い。成長段階にある子どもが毎日重いランドセルを背負うことに、身体的な悪影響はないのか。ランドセルが子どもの体に与える影響について整形外科医に聞いた。 *  *  *  約15年前と比べると、小学校の教科書のページ数は約47%も増加している(一般社団法人教科書協会『教科書発行の現状と課題』2021年度版。道徳、英語は除く)。授業時間が増加したほか、わかりやすさや学びやすさを重視して、レイアウトなどが工夫されているためだ。  こうした中でランドセルの重さを懸念する声が上がり、文部科学省は2018年、全国の教育委員会などに対して、児童の携行品の重さや量に配慮するよう、通知を出している。工夫例の一つとして「家庭学習で使用する予定のない教材等について、児童生徒の机の中などに置いて帰る」といった“置き勉”など挙げている。  しかし2020年には小学校での英語教育が必修化され、さらに最近ではタブレット端末の導入が急速に進み、小学生が持ち歩く荷物はますます増えている。成長期の子どもが毎日重いランドセルを背負うことで、体にはどのような影響があるのか。東京慈恵会医科大学附属第三病院整形外科教授の大谷卓也医師によると、ランドセルの肩ベルトを支える肩の部分や背中から腰にかけての脊椎(せきつい)への負担が大きいという。 「こうした部分に痛みや周囲の筋肉疲労が出やすく、慢性化すると治りにくくなることが危惧されます。高齢者のようにすぐに骨や関節に障害が出るわけではありませんが、大きな負荷がかかった状態が数年にわたって継続すれば、それも否定できなくなります」  さらに最近は“子どもロコモ”と呼ばれるように、運動能力や体力の二極化が懸念されている。「ロコモ」は「ロコモティブシンドローム」の略称で、運動器の障害のために「歩く」「立つ」といった移動機能が低下している状態のことを指し、本来は高齢者を対象とした概念だ。しかし最近はゲームの普及や外遊びの場が減っていることなどから運動不足の子どもが増え、片足でしっかり立つ、手をまっすぐ挙げる、しゃがみこむなどの基本動作ができない子どもが急増し、こうした現象は“子どもロコモ”と呼ばれている。さらに新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛などの影響が、運動不足に追い打ちをかけた。  同じ重さのランドセルでも、ロコモの状態になっている子どもにとっては一層の負担となる。 「こうした身体的な負担は、二次的に子どもの精神的負担となり、通学やひいては学校生活そのものが憂うつになるといった悪影響も懸念されます。体への負担を軽くする工夫をとり入れるなど、配慮が必要です」(大谷医師)  国語や算数などの主要教科の教科書やタブレットは家庭学習で使用することが多く、現状では荷物の量は減らしにくい。重量は同じでも荷物の入れ方や背負い方を工夫することで、少しでも子どもの体への負担を軽くしたい。以下は、体への負担を軽くする工夫をまとめたものだ。参考にしてほしい。 体への負担を軽くする工夫 ※出典:日本医師会「健康ぷらざ」No.553 ・軽いランドセルを選ぶ。牛皮や人工皮革のほか、ナイロン製などもあるので、素材を考慮する ・可能なら、ランドセル以外のバックパック(リュックなど)も利用する ・荷物をランドセルの背中に近い側に入れて、動かないように固定すると、重さを感じにくくなる ・肩ベルトの長さを調整し、ランドセルが背中にぴったりつくようにすると、歩きやすい ・胸用ベルト(※)を利用して、肩や背中だけではなく、胸でも重さを支えるようにして、重さを分散する ・腰用ベルト(※)を利用すると、腰にも重さが分散するうえ、ランドセルが安定する ※胸用ベルトや腰用ベルトは、ランドセルに後付けする商品としても販売されている (文/中寺暁子)

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    16時間前

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    サンナ・マリン首相 単独インタビュー 「国と未来を守るための決断」の背景とは

     AERAは5月11日、フィンランドのサンナ・マリン首相に単独インタビューを行った。首相がニーニスト大統領とともにNATOについて「フィンランドはただちに加盟申請しなければならない」とする共同声明を発表した日の前日だ。中立の立場を取ってきたフィンランドがNATO加盟に踏み切った背景とは。AERA 2022年5月30日号の記事から。(全3回の1回目) *  *  * ──北大西洋条約機構(NATO)への加盟申請について、「議会や政府、関係機関と検討中」と慎重に言葉を選びながらも、マリン首相は「私たちはきわめてすぐに決断するだろう」と力強く語った。実際、5月18日、申請した。 マリン首相:主な理由はロシアのウクライナ侵攻です。これが、ヨーロッパの安全保障環境をすべて変えました。私たちは、ロシアが隣国に、ウクライナに、極めて侵略的に振る舞っているのを目の当たりにしています。このようなことがフィンランドで絶対起きないようにしたいのです。 ──決断の背景には、フィンランドの地理的状況や歴史がある。フィンランドは1300キロあまりにわたってロシアと国境を接している。1809年から1917年まではロシア領であり、第1次世界大戦中にロシア革命の際に独立した。だが、第2次世界大戦中には2度にわたってソ連の侵攻を受けて、領土を一部割譲した。 マリン首相:私たちは勇敢であらねばならないし、フィンランド国民の安全と未来を守るために、今、決断しなければならないのです。そのためにフィンランド国内で広く合意をとりつける努力もしてきました。隣国スウェーデンとも調整してきました。 ──フィンランドは第2次世界大戦後の48年、「友好協力相互援助条約」をソ連と締結。外交や軍事で強い制約を受け、EU(欧州連合)の前身、欧州共同体(EC)にも加盟できなかった。 ソ連崩壊後の95年、EUに加盟したがNATO加盟を見送るなど、常にロシアの意向を気に掛ける外交を強いられてきた。 マリン首相:フィンランドはEUの構成国であり、EUは日本や米国、イギリスなどと協調しています。そしてもちろん国連の加盟国でもあります。私たちはロシアの行動を非難し、次の二つのことをせねばなりません。ロシアに制裁を加え、ウクライナを支援し続けることです。  私たちは皆ウクライナを助け、武器を供与し、経済的・人道的な援助を続けなければなりません。戦争が続く限り、支援し続けなくてはならないのです。フィンランドでは、ウクライナから逃れてきた多くの人たちを迎え入れていますし、彼らに必要なすべてのサービスや働く機会を提供しています。私たちの連帯は強い。戦争が終わったら、ウクライナが自分たちの社会を立て直せるよう、助けなくてはなりません。 ■国民の防衛意識強い ──フィンランドは18歳以上の男子には約6カ月以上の兵役(民間役務の選択も可能)を課し、終了後も訓練に招集されることもある。防衛費は国内総生産(GDP)の2%近くにのぼる。首都ヘルシンキには広大な地下シェルターがめぐらされ、歴史的、地理的なリアリズムに向き合う国民の防衛意識は強い。  フィンランドがNATOへの加盟を正式決定すると、ロシアはどう反応するのか。ロシア外務省はすでに、大統領と首相のNATO加盟申請の声明を受け、「外交政策の過激な変更だ」と声明を発表。4月と5月、ロシア軍機がフィンランド領空を2度にわたり侵犯したとフィンランドメディアは発表した。 マリン首相:私たちの決断に対して、ロシアがどんな行動をしかねないかわかりません。しかし、私たちは自分たちの利益に基づいて決断しなければなりませんし、その権利があります。決断は誰に対抗するものでもありません。 ──NATO加盟申請という重大決断の直前の訪日だった。本誌インタビュー後の11日の夕刻、マリン首相は岸田文雄首相と会談を行った。そこでも話題の中心はウクライナ問題だった。会談後の記者会見で、マリン首相はこう述べている。 「ロシアの侵攻に対する日本の協力、リーダーシップを高く評価しています。対応は全世界で行うべきです。日本も制裁をして、ウクライナを支援しています。フィンランドがNATOに加盟申請する可能性について、岸田総理に申し上げました。もしフィンランドが歴史的なステップを踏むのであれば、それはフィンランド国民の安全を守るためです。NATO加盟で共通の価値観を支える国際社会全体が強化されるはずです」  3日間の訪日後、15日にはフィンランドはNATO加盟を申請するとの政府方針を決定した。  18日、フィンランドはスウェーデンと同時にNATOへの加盟を申請。ストルテンベルグ事務総長は、温かく歓迎し、早急に結論を出す旨を述べた。NATOは6月末の首脳会議で新たな安全保障戦略を議論する。 (構成/朝日新聞編集委員・秋山訓子)※AERA 2022年5月30日号より抜粋

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    4時間前

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント

     ロシア軍によるウクライナ侵攻では、東部ドンバス地方を中心に激戦が続いている。攻防のポイントとなるのは、地域を流れるドネツ川だ。ウクライナ内務省所属の親衛隊は18日、ロシア軍を阻止する目的でドネツ川に架かる橋を爆破する衝撃的な映像を公開した。川をめぐる戦いの構図は昔とちっとも変わらない。危険な渡河作戦を推し進めようとする軍の上層部、恐ろしい運命に見舞われると知りながら川を渡る兵士たち――。橋を奪い合う激戦の数々は戦争映画にも描かれてきた。防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんによれば、戦場の橋にはそれ死守する特別な部隊が必ず配置され、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際は橋を爆破して進軍を阻むと話す。 ※記事前編<<「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった>>から続く *   *   *  大昔から何度も戦争を経験してきた欧州では、川をめぐり、どのような攻防が繰り広げられてきたのか? 「例えば、第一次世界大戦でドイツがフランスに攻め込んだ戦いというのはほぼ川が関係していています。ドイツ西部を南北に流れるライン川とフランスのセーヌ川を挟んだ地域での川の奪い合いです。有名な『マルヌの戦い』『エーヌの戦い』『ソンムの戦い』などは川の名前に由来しています。あと、サン=カンタン運河を巡って争った『サン=カンタンの戦い』というのもあります」  1918年、第一次世界大戦が終結すると、フランスはドイツとの国境付近に「マジノ線」と呼ばれる防御ラインを築いたが、その外側にはライン川とモーゼル川が流れていた。つまり、川を障壁として生かしたものだった。  39年、第二次世界大戦が勃発。進撃を続けるドイツ軍の勢いを最初に止めたのは、旧ソ連軍だった。東部戦線で最大の激戦となったスターリングラード攻防戦である。「これはボルガ川とドン川を巡る戦いでもありました」。44年2月、この戦いに敗れたドイツ軍は後退を余儀なくさる。 ■連合軍とドイツ軍の橋の奪い合い  同年6月には西側からも連合国側の反撃が始まった。「ノルマンディー上陸作戦」である。 「これはフランス北部のノルマンディー海岸への上陸作戦でしたが、ここにも川が関わっています。映画『史上最大の作戦』にも描かれていますが、最初に空挺部隊がパラシュートで降下して、上陸地点の両端と背後を流れる川の橋を確保したんです。上陸した連合軍はその橋を渡ってドイツ軍を撃破していきました」  映画「遠すぎた橋」で描かれたのは44年9月に行われた「マーケット・ガーデン作戦」だった。 「連合軍がドイツ国内に進撃する際、ライン川は別として、いちばん大きな障壁となったのがオランダの川や運河です。そこで空挺部隊を川の近くに降下させ、橋を確保し、その後に本隊がざぁーっと渡るという作戦を行った。しかし、この作戦は失敗に終わりました」  さらに石津さんは、映画「レマゲン鉄橋」を挙げた。 「後退するドイツ軍は連合軍がドイツに入ってこられないように国境付近を流れるライン川に架かる橋を次々と落としたんです。そしてドイツ軍撤収のために最後まで残されたのがレマゲン鉄橋でした。結局、ドイツ軍はさまざまな事情によってこの橋を破壊できず、連合軍に確保されてしまいます」  45年4月25日、西側から進撃するアメリカ軍と、東側からの旧ソ連軍がドイツ東部を流れるエルベ川で合流した。ベルリンが陥落したのはそのわずか1週間後だった。 ■橋を死守できなければ爆破  このように戦争の歴史を振り返ってみても、侵攻する側にとっては、チョークポイント(敵を締め上げるポイント)である橋を押さえることが重要となってきた。そのため、本隊が無事に橋を渡れるように、進軍の前には必ず先遣部隊を出して偵察し、あわよくば橋の確保を目指す。 「先遣隊は、これまであった橋がいまも架かっているか、爆弾が仕掛けられていないか。敵兵がどう配置されているか、偵察します。もし、橋が爆破されていれば、修理できるか、あるいは、上流や下流に橋を架けられそうな場所があるかなど、すべてを調べます」  一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。 「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」  では、それら橋はどのように守られているのか? 「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」 ■橋を渡る危険性の認識  4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。  しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。 「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」  ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。  ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。 <渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>  さらに英国防省は、こうも述べていた。 <このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>  支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。  ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか? (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    22時間前

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    場所もジャンルも垣根を分けないことが自分流 ピアニスト・音楽家、角野隼斗

     ピアニスト・音楽家、角野隼斗。昨年10月のショパンコンクールでセミファイナルに進出、世界にピアニストとして角野隼斗の存在が周知された。クラシックだけではない。YouTubeでは「かてぃん」の名前で、さまざまなジャンルの音楽を配信し、登録者数は98万人を超える。一つのことだけではおさまりきらない好奇心と、それを最高のレベルにまで持っていく探究心。新しい音楽の世界の幕が上がる。 *  *  *  乳白と漆黒の鍵盤の上で、美しい手が舞うように動いている。演奏の主は、優雅で夢見るようなまなざしの青年だ。細く、長い指先が時折、緊張で小刻みに震える。その震えが、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたホールで進行中のドラマを伝える。  昨年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田(そりた)恭平、小林愛実(あいみ)と二人の日本人入賞者が出たことで話題を集めたが、同時にセミファイナルに進んだピアニスト、角野隼斗(すみのはやと)(26)の存在が世界に周知される節目でもあった。 「上品で華やか」「ショパンにそっくり」「クラシック界の殻を打ち破る光明」「彼をどう評価するかで審査員も評価される」……。  コンクール主催者が配信するYouTubeの公式サイトでは、ファーストラウンドから他の参加者を圧倒する259万回の再生数を示し、コメントが続々と付いた。セミファイナルまでの全3ラウンドの再生数は、優勝したブルース・リウの全4ラウンド454万回を超える482万回。  正統の雰囲気を湛(たた)えながら洒脱(しゃだつ)で現代的、さらに理知的な角野のショパンは、権威の継承ではなく、今、この瞬間をともに生きている聴衆に差し出された、ピアノの新しい地平だった。 「クラシック、ジャズ、ポップス、ゲーム音楽と、垣根を分けないで、自分の興味のおもむくままにピアノを弾いてきた。そのアプローチが、ピアノの神髄(しんずい)であるショパンに通用するのか。コンクールでは、それに挑む気持ちがありました」  角野が語るように、彼は「角野隼斗」と「Cateen(かてぃん)」という二つの名前を使い分けながら、ジャンルを超えた活動を行っている。舞台はホール、スタジオ、ストリート、自宅とさまざま。ソロあり、ライブあり、コラボありと、形態も自在だ。とりわけ登録者数98万2千人、総再生回数1億回を超えるYouTubeのチャンネルはホームであり、配信という21世紀のテクノロジー&メディアなしに、角野の音楽は語れない。 ■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う  私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。 「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」  ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。  2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。 「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」  弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。 「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」  生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。  4歳でピティナ・ピアノコンペティション全国大会に初入賞。6歳で、門下からピアニストが輩出していた金子勝子(84)に師事し、以後、内外の主要コンクールで次々と成果を収めた。そんな角野の存在は“神童”が集まる教室でも際立っていたと、金子は証言する。 「腕や手首のしなやかな筋力、長く細い指と、抜群の集中力。リズム感、テンポ感、フレーズ感、音色と小さいころから彼ならではのものがあり、勉強もできる。天からさまざまなものを授かっていましたね」  開成中学、高校に在学中は、数学の研究者か音楽家のどちらかが、将来に対するざっくりしたイメージだった。東大か、藝大か、進学先を迷ったが、周囲に藝大を受ける友人は一人もいない。 「だったらみんなと一緒に塾に通って、帰りにうどん食ったりしながら、勉強したい」  ということで、14年に東京大学理科一類に入学。工学部計数工学科数理情報工学コースで、音声情報処理を、さらに同大大学院で機械学習を用いた自動採譜と自動編曲を専攻。修士1年の時には、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)に留学し、最先端の音楽情報処理を研究した。 ■ピアノにバンドにゲーム 別の人格を持って楽しむ  この時までは、人生の針は数学方面に振れていた。IT企業でのインターンシップも行い、就職の準備も万全。世の母親が理想とする息子である。  だが、一筋縄ではいかない角野の感性は、ただ一つの道だけを自分に許さなかった。常に複数のチャネルを持ち、すべてを最高レベルで追求して、楽しみ尽くす。彼の脳と身体には、幼児のころから、その原理が刻まれていたのだ。  学齢期の前から、クラシック音楽と並行してリズムマシーンに親しみ、そこから「ダンスダンスレボリューション」「jubeat(ユビート)」などの音楽ゲーム(音ゲー)に夢中になっていた。「かてぃん」は、中学生の時に「太鼓の達人」用に作ったハンドルネーム。平仮名4文字という制約の中で、本名の要素をあえてはずして付けたものだ。  中3でショパン国際ピアノコンクールin ASIA中学生部門金賞を受賞するが、一方で、ロックバンドを組んでドラムを叩き、また自作のボカロや音ゲーの曲、ゲームのプレイ動画をニコニコ動画やYouTubeに投稿して楽しんでいた。 「再生数300回という世界。それでも、リアルとは別の人格を持って、知らない人たちからコメントをもらう。そのやり取りが新鮮で面白くて」  大学受験を直前に控えた高3の12月にはeスポーツの公式大会「コナミ・アーケード・チャンピオンシップ」に出場し、全国ベスト8に入賞。そうかと思えば、大学院時代はフランス留学の直前に、国内のピアニスト登竜門「ピティナ・ピアノコンペティション特級」に出場してグランプリを受賞(優勝)。360度の視界に、壁というものは存在しなかった。  しかし、本人の見方はまた別だった。 「研究者になりたい気持ちはあるけど、ピアノも捨てきれない。でも、クラシックには本気で打ち込んでいなかった引け目がある。そのころのフェイスブックを読み返すと、ネガティブで、悩んでいて、迷走していた自分がいます」 (文中敬称略)(文・清野由美) ※記事の続きは「AERA 2022年5月23日号」でご覧いただけます。

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    いつも「会話泥棒」されてしまうと悩む54歳女性に鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法

     いつでも「会話泥棒」をされてしまう、と悩む54歳女性。母との関係が影響しているのかと惑う相談者に、鴻上尚史が提案した「キャッチボール相手」を見つけるための2つの方法。 【相談145】会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。どうしたら自分の話を聞いてもらえるでしょうか(54歳 女性 ことり)  わたしの悩みは自分の話を聞いてもらえないことです。  自分の話をしているのに相手の話になってしまう事は誰でもあるかと思います。  例えば「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」と自分が言ったとします。相手は「そうなんだ! わたしもこないだ体調悪くて病院行ったんだよね。頭がすごく痛くてさ……」と、相手の話になってしまうのです。いわゆる会話泥棒というやつです。  わたしは会話泥棒される頻度が、とても高いと感じています。頻度が高すぎて、自分の話を充分聞いてもらったと満足した事がありません。  会話泥棒されると、またかと諦めてしまって相手の話を聞く側に回ってしまうせいもあると思います。 「体調がどんな風に悪かったのか」「病院で何と言われたのか」  など、相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します。しかし相手はしてくれず自分の話ばかりします。  最近は諦めて、相手の話を聞かず(質問しないで)相手の話が途切れたら自分の話をするようにしています。でもそうすると話が広がらないんですよね。  人に相談すると、「聞き上手でいいじゃない」と言われますが、わたしは人の話を聞くために生きてるわけではありません。たまには自分の話を満足いくまで聞いてもらいたいのです。  思い返せば、自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのではと思います。母にはちゃんと話を聞いて欲しいと伝えた事がありますが、わたしが望むような聞き方をしてくれません。わたしが上司にパワハラを受けて相談しても、自分の習い事の先生に似たような事をされた話をされました(その場で「わたしの話を聞いてください」と言いました)。  以前自分の話ばかりする人が相談されていましたが、その人が羨ましいです。その人の話を聞いてくれる相手がいて。  わたしはこのまま自分の話を聞いてもらえた、という満足感なしで生きていかなければならないのでしょうか。どうしたら自分の話を聞いてもらえるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 ことりさん。「会話泥棒」という表現、僕は初めて知りました。そんな言い方があるんですね。  ことりさんは素敵な人だと思いますよ。それは、「相手に関心があれば質問できるし、実際にわたしは質問します」と書かれているからです。  会話はキャッチボールだから楽しいんですよね。相手の言葉を受けて、投げ返して、また相手が返してくる。ただ、相手が一方的に投げてるだけで、こっちはボールを受けるだけだと何も楽しくないですよね。 「会話泥棒」されない一番確実な方法は、「面白い球を投げる」ことです。「昨日体調が悪くて病院行ったんだ」ではなく「昨日体調が悪くて病院に行ったら、病院がコンビニになってた」です。これなら、たいていの人は「どういうこと!?」と聞いてくれます。  でも、話芸のプロでない限り、いつもいつも面白い話ができるとは限りません。  ちなみに僕は「うむ。これは誰が聞いても面白いと思うぞ」という話だけ他人にすることにしています。逆に言うと「身辺雑記」みたいな「なんでもない話」は、友達相手でもほとんどしないようにしています。しないで心の中で自分につぶやきます。僕自身、なんでもない話を振られても困ってしまうからです。「昨日、洗濯したんだ」「朝からダルいんだ」なんて言われても「そうですか」としか言えないのです。  でも、関心のある相手なら別ですね。好きだったり、興味があると「朝からダルいんだ」と言われたら、「どうしたの?」とか「働き過ぎ?」と聞きますね。  でも、もし相手が僕に関心がないと、僕が「朝からダルいんだ」と言っても、相手は困るだろうなと思っています。だから、よっぽどの相手以外には、自分からはこのレベルの話はしないのです。  でも一般的には、こういう「なんでもない話をちゃんとキャッチボールできる関係」が、本当の友達関係だと思います。  でね、ことりさん。きつい言い方ですが、ことりさんの話を「会話泥棒」する人は、ことりさんになんの関心もなく、ただ「自分の話を言いたい」つまり「発散したい」だけの人だと思います。友人のふりをしていますが、友人じゃないんですね。 「話が広がらないこと」を悲しむことりさんは、ちゃんと「キャッチボールしようという意識」がある人です。でも、自分にしか関心がない人にはそういう意識もないので、いくら話を振っても話題は広がりません。  目的は、キャッチボールではなく、発散だからです。自分の球を投げ続けて「あー、すっきりした」と思う人です。そういう人は、ことりさんのキャッチボール相手には向かないと思います。「自分の母が話を聞いてくれなくてその恨み?が友達にも反映されてるのでは」と書かれていますが、これはちょっと意味が分かりません。母の呪いなら分かりますが、そんなこともないでしょう。  ですからことりさんが「会話泥棒」されない方法としては、「とびっきり面白い話をする」か「友達を選ぶ」じゃないかと思います。  ことりさんの周りに、キャッチボールの意識がある人がいれば素敵だし、「あなたの話をちゃんと聞くから、私の話も聞いてね」とか「今日は私の話をちゃんと聞いて。昨日は、あなたの話をちゃんと聞いたでしょう」というような言い方が通じる人を見つけるのです(または通じるように粘り強く会話するのです)。やがて、そういう人がキャッチボールの面白さを感じてくれれば、楽しい会話が続くようになると思います。だって、発散の楽しさより、キャッチボールの楽しさの方が間違いなく大きいのです。楽しい方を選ぶのが人間なんですから。ことりさんにぴったりの「キャッチボール相手」が見つかるように願っています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    12時間前

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    1兆円突破、日本人の「S&P500買い」が止まらない 一方で米国では株価が下落

     金融庁のつみたてNISA対象インデックス投信、全183本を独自調査。日本人には米国株が人気だが、実のところ現地米国の株価は下落している。AERA 2022年5月30日号の記事から紹介する。 *  *  * 「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、インデックスファンドとして初の純資産総額1兆円突破」。このリリースが出たのは今年2月10日のことだ。信託報酬=運用コストが0.0968%と激安な投資信託(以下、投信)の“1兆円乗せ”は話題になった。 「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)は直近で1兆1千億円台になりました。純資産総額はトヨタやソニーのような個別株でいうと時価総額のようなもの。投信の“中身”(株式や債券、海外の場合は為替も加味)が上がり、投資家の資金が集まり続けると、純資産総額も右肩上がりになります」(三菱UFJ国際投信デジタル・マーケティング部の野尻広明さん) ■営業推奨なしで売れた  投信といえば証券会社の営業担当者が顧客に薦めて買ってもらうパターンが主流だった。実は現在も信託報酬1~2%の投信が大半で、低コスト投信は全体(約6千本)の5~6%しか存在しない。そして低コスト投信はネット証券を中心に販売されており、おすすめしてくれる営業担当者はいない。つまり一般の人が自分の意思でお金を出し、中身の株価も上がった結果が1兆円という巨大な純資産総額につながっているわけだ。  eMAXIS Slimに限らず、ここ数年は米国株の投信を買う人が急増している。2018年に始まった「つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の動向を見てみよう。つみたてNISA対象の投信の中でインデックス型183本の純資産総額をすべて調べ、上位からランキングしてある。  トップ3はすべて米国株100%の投信だ。4位には世界中の株を詰め合わせた「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」がランクイン。こちらの米国株比率は約6割で、米国一辺倒の投資にリスクを感じる人に選ばれている。全世界株式=オール・カントリーを略した“オルカン”という呼び方も浸透。  5位の「<購入・換金手数料なし>ニッセイ外国株式インデックスファンド」は日本を除く先進国の株が入った投信で米国株比率は約7割。13年12月に運用を開始しており、つみたてNISA対象の中では大御所的な優良投信だ。  このランキングはアエラ増刊「アエラマネー2022夏号」(発売中)のデータを最新に更新したもの。同誌が1年前に同じ調査をしたときは「ニッセイ日経225インデックスファンド」もベスト5に入っていた。 ■円安で基準価額アップ  そもそもつみたてNISAとは、毎月約3万3千円を上限に投信を積み立てる制度だ。本来、投信を売却すると利益から20.315%の税金が差し引かれることになっているが、つみたてNISAは非課税。18年の開始以降、預金オンリーだった投資ビギナーも次々と積み立てを始めている。  初めての投資なら自国、つまり日本株の投信に目が行きそうなものだが、選ばれているのは米国株投信。理由は恐らく「単純に、儲かっていたから」だろう。どの投信を積み立てるか決めるとき、たいていの人は過去の成績を見る。米国株の投信はここ数年で一番利益が出ている──じゃあ、それにしようという単純な流れである。  米国株投信の中でも特に人気なのは「S&P500」という米国の代表的な500社が入った指数に連動する投信だ。アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾンなどの株が入っている。 「S&P500の値動きを振り返ると1年で18.7%、3年で70.7%(4月末起点/配当込み円換算ベース)です。先進国株式や全世界株式など、投資家に支持されている他の指数と比べて高いパフォーマンスを記録しています」  ここで気になることがある。年初から米国のS&P500はインフレ懸念などにより一時11%も下がった。その後もウクライナ問題が勃発し、5月現在で年初からの下落率は20%近くに達している。だが、日本のS&P500の投信は今年3月から4月にかけて基準価額が急上昇。S&P500指数とはほぼ真逆に動いた。 「その理由の一つは『円安』です。日本のS&P500の投信は、組み入れ銘柄の株価、配当金などを日々の為替レートで円換算して基準価額が算出されます。ご存じの通り、3月から4月にかけてドル/円レートは円安に進み、一時130円台をつけました。為替分が値上がりに反映されている形です」  つまり日本人が一般的に投信を通じて見ているS&P500は「円建て」ということ。裏を返せば、現状の為替が円高方向に振れると逆の現象が起きる。米国株の株価が下がり、さらに円高ならダブルパンチ。株価が上がっていたとしても円高では、投信の基準価額はたいして上がらない。つい1年と少し前、21年の1月末時点では1ドル=105円を割っていた。ここからの揺り戻しが怖い気もする。 ■積み立てをやめない  もっとも、ゴールデンウィーク前から5月にかけて株価下落はさらに進み、日本のS&P500投信(円建て)の基準価額も下がっている。投資上級者にいわせれば「この程度の下げは、そよ風くらいのもの」だがビギナーは精神的につらいだろう。  投信の積み立ては、同じ金額でも安いときに多くの口数を買い、高いときに口数を少なく買うことで将来の大きな果実を得られる仕組み。ここ数年、米国株は調子が良すぎた。長期投資なら積み立てをやめないことが何よりも大切だ。(ジャーナリスト・向井翔太、編集部・中島晶子) ※AERA 2022年5月30日号

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    稲垣えみ子「自然のおすそ分けにすがって生きると、日常をウキウキと楽しめる」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  コロナのせいだろうか。戦争のせいだろうか。1日の始まりをしみじみ有難く思う。具体的に言えば、朝4時過ぎにパッチリと目が覚めてパッと布団から出てしまう。あ、年のせい?  ま、そのすべてが少しずつ影響しているんだろうが、最も大きな理由はそのいずれでもなく、単に朝も早よから「明るい」から。  ついこの間までの、どうにも布団から出難かった寒く暗い朝を思えば、掃除もはかどるし洗濯物も乾くし何ともおトク感満載。でもこのお恵みも夏至(今年は6月21日)を過ぎればどんどん細っていくのであり、そう思えば今のうちに貪り尽くしておかねばと焦りもする。ぐずぐず布団にこもっている場合じゃないんである。  ま、それだけのことなんですけどね。  でもよく考えると「それだけのこと」で毎年ウキウキしている自分に笑えるし、なかなかいい線いってるじゃないかとも思う。だって少なくともこの楽しみは私が生きている限り、ミサイルが飛んでこようが年金制度が崩壊しようが、誰に奪われることなく永遠に続くのだ。人は楽しみがあれば生きていける。生涯の安全保障を得たも同然である。  とはいえ自力でこんな娯楽に気づいたわけではなく、全ては会社を辞めて小さな家に引っ越しモノ持たぬ生活へ突入せざるをえなかった際、エアコンもカーテンもやめて太陽の動向にストレートに支配されるようになったおかげである。何しろエアコンなしってことは外気と連動して暮らすってことだから外気の影響を遮断するカーテンの意味ないのよ。むしろ太陽の恵みをカーテンに邪魔されたくないと思ったことが奏功した。  今にして思えば、私は自然を征服することを諦め、自然のおすそ分けにすがって生きることを選択したのである。無論そこには厳しさもあるが、厳しさがまた楽しさも生む永遠の循環。全くよくできている。何より自然を敵に回したところで長い目で見れば勝てるはずもない。私は最強の勝ち馬に乗ったのだ。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行 ※AERA 2022年5月23日号

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    「小池栄子さんの政子、素敵です」“先輩”岩下志麻が語る「鎌倉殿の13人」

    「鎌倉殿の13人」では義時を支える北条政子役、小池栄子の演技が好評だが、昭和のドラマファンにとって大河、北条政子といえば「『草燃える』の岩下志麻!」ではないだろうか。岩下さんに北条政子、そして「鎌倉殿」について聞きました。 *  *  *  私が北条政子を演じさせていただいた大河ドラマ「草燃える」の放送が1979年だったから、あれからもう40年以上経つんですね。  今でも私に対する「北条政子」のイメージが強いようで、最近は特に「鎌倉殿の13人」が、同じ時代を描いているからかしら、よく「岩下さんの政子、見ていました」って、お声をかけられます。  たくさんの役を演じてきましたけど、政子は特別な思い入れのある役です。  映画や他のドラマは短期集中で2、3カ月で撮影するでしょう。でも大河ドラマは1年間、同じ人間を演じなければならない。その1年間は政子になって政子の人生を生きるというか、政子が自分の体に乗り移ったような状態になっていました。  最後のシーンを撮り終わった後、楽屋に戻ったら全身から力が抜けてしまって。しばらく虚脱状態で、動けなくなってしまったんです。それぐらい、政子が自分の中に生きていたんですね。  政子のイメージは「強い人」「嫉妬深い人」といったところかと思うんですが、とても愛情深い人だったんだと思います。頼朝に対しても、子供たちに対しても。だから「亀の前事件」(※政子が頼朝の愛妾の家を焼き討ちした)を起こしたりしてしまう(笑)。  ただそれも真面目で一本気だからなんですね、頼朝を心から信じていたからこそ、裏切りが許せなかった。強い愛情の裏返しなんです。  頼朝が亡くなった後も、尼将軍として頼朝のつくった鎌倉を守らなければって、毅然(きぜん)と対応します。  当時は乳母の存在が大きくて。頼家も実朝も乳母たちに育てられたので、子供たちをとても愛しているんだけど、気持ちが伝わらない。娘の大姫には先立たれてしまいますしね。  だから政子は母親として大変哀しい人生を送ったと思います。 「草燃える」は永井路子先生の原作で、日本の歴史上珍しく波瀾(はらん)万丈な生涯を送る女性を、いろいろな面から描かれた。  そのぶん演じるのは大変だとは思ったのですが、だからこそ演じてみたいとも思ったんですね。  そういえば私、政子を演じた後、なぜか鎌倉や伊豆に行くことが多かったんです。プライベートの旅行で。伊豆に行くと落ち着くというか、懐かしい気持ちがして。 ■史実解釈が斬新 三谷さんの脚本  政子のお墓や鶴岡八幡宮がある鎌倉にももちろん行きましたけど、やっぱり(北条家のあった)伊豆が落ち着くんです。当時の女性は実家を大事にしていたからかしら、不思議ですね。 「草燃える」の頼朝は石坂浩二さん、義時は松平健さんでした。石坂さんはとにかく博識で鎌倉時代や政子についてなんでも知っていらして。 「政子はとても頭の良い女性なんです」って、逸話を話してくださって、とても演じやすくしていただきました。そして源氏の棟梁(とうりょう)としての品格というか風格もあって、頼朝にぴったりでした。  松平さんは時代劇がとてもよく似合う方だと思いました。最初は若々しい義時も、どんどん年を経て老獪(ろうかい)になっていきます。それに合わせて松平さんも髭(ひげ)を白くして声のトーンを落として、見事に老け役を演じていらっしゃいましたね。  今放送している「鎌倉殿の13人」も、毎週欠かさず見ています。  三谷幸喜さんの脚本は「政治の現実を捉えている」と感心して見ています。かつ現代的ですよね。北条家の面々が家族で言い合ったりするところや、くすっと笑わせてくれるところなど、さすがです。史実にあったシーンでも三谷さんなりの解釈で描かれている。そこが三谷さんならではで、おもしろいです。 「草燃える」になかったシーンも印象に残りました。義時がひたすら八重さんを思って、やっと結ばれたでしょう。ああ、よかったなーと思って(笑)。ああいった三谷さんが創作された部分も斬新です。  小池栄子さんの政子も、とても素敵。頼朝への愛がいっぱいで。嫉妬するところも小池さんが演じると、かわいくて応援したくなります。  私が演じた政子の映像も見ていただいたみたいですが、気にしないでほしいと思います。小池さんなりの政子をつくればいいんですから。これから尼将軍の演説シーンもあるし、子供たちに先立たれてしまう悲劇も待っているけれど、小池さんならきっと魅力的に演じられると思います。  これからも視聴者として、三谷さんのつくり出すお話と小池さんの政子を拝見することを、楽しみにしています。 (聞き手 本誌・工藤早春)※週刊朝日  2022年5月27日号

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    眞栄田郷敦「苦労したい」と語る理由とアメリカでの最終目標とは

     5月16日から始まるNHKの夜ドラ「カナカナ」で主演を務める眞栄田郷敦さん。人気コミックのドラマ化で、居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。今回の役どころと今後の展望について語った。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  * ――ドラマ「カナカナ」で、ケンカには強いが天然、という居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。人の心が聞こえる不思議な能力を持つ5歳の少女・佳奈花(加藤柚凪)と織りなす心温まるコメディーだ。 眞栄田郷敦(以下、眞栄田):「カナカナ」は4月からNHKで新しく始まったドラマ枠の第2弾です。新しい枠に挑戦させてもらうことにワクワクしています。ドラマを盛り上げていきたいので、自分たちでも何かやろうと、TikTokを撮ったり、主題歌にあわせて踊る動画を撮ったり。ドラマの撮影はすごく大変なので、多くの人に見てもらいたい。出演者は本当にいいメンバーで、そういう工夫も楽しくやっています。 誰よりも持っておこう ――地上波の連続ドラマでは初主演を務める。 眞栄田:主演ではありますが、皆さん先輩ばかり。年が下でも芸歴は先輩の方もいて、僕としては「(主役だから)引っ張っていくぞ」というより、「この作品に対する思いを誰よりも持っておこう」というくらいの意識で現場にいます。 ――演じるにあたり、重要だったのが「見た目だった」という。 眞栄田:マサは見た目と心のギャップがすごく大きい。このドラマに入る前は髪の毛がちょっと長かったこともあって、マサのイメージがわきませんでした。でも、髪を切ったり、特殊メイクで傷をつけてもらったり。見た目が変わったことで、すんなりマサが入ってきたんです。  マサはとにかくまっすぐ演じています。彼は他のキャラクターとの感覚のズレというか、リアクションのズレが面白い。みんなとは全然違うリアクションを取るところがあります。脚本を読みながら、「マサならどうするかな」と妄想しています。  マサは見た目は強面ですが、もともとがすごくいいヤツ。カナ(佳奈花)と出会ったことで、成長というか変化していく。そのエモーショナルなところも、大切にしています。 ――カナとの絆は物語のカギでもある。演じる加藤柚凪との絆はどう築いているのか。 眞栄田:めちゃめちゃ仲いいですよ。普段からマサ、カナで呼び合っています。昨日(取材の前日)はセットの撮影が最後だったんですが、指輪をもらったんです。「プロポーズ?」って聞いたら、「違う!」って(笑)。僕から関係を築いたというよりは、柚凪ちゃんから娘と父親というか、後輩先輩というか、そんな関係性を築いてくれた。人見知りしない子で、最初のうちから似顔絵や折り紙などをくれていました。いつも楽しくやっています。  僕は子どもが好きなので、違和感なくすんなり入れました。ただ、マサは「子どもだから」ということはなく、誰にでも平等みたいなところがあります。だけど話を重ねるごとにどんどん普通のお父さんになっていく。その様も魅力だと思います。 背中押してもらった ――2019年、映画「小さな恋のうた」で俳優としてデビューした。コロナ禍でも出演依頼は途切れることがない。この三余年で、俳優としての意識を変えた人や作品との出会いがあった。 眞栄田:デビュー作は僕にとってすごく大きかった。この作品に出会わなかったら、絶対に役者をやってないと思うし、やりたいとも思わなかった。「小さな恋のうた」のプロデューサーや監督、いろいろな人との出会いやご縁があって背中を押してもらい、「やってみよう」と踏み出せたことが大きかったと思います。  現場での居ずまいや作品に向かう姿勢を学んだのは、昨夏のドラマ「プロミス・シンデレラ」です。二階堂ふみさんと共演させていただいたことが大きかったと思います。 ――特に感じ入ったのは、二階堂の「俳優としてのスタンス」だったと振り返る。 眞栄田:二階堂さんは周りをよく見ている方でした。何より「自分はこうしたい」という意見を持っている。もし、例えば話の流れをよくするために、台本に辻褄の合わないことがあったとしたら、「それでは気持ちがつながらない」ということもきちんと話す。「その通りだな」と思うことが何度もありました。  それは作品をより良くするための主張で、彼女が監督とディスカッションしている姿を見て、僕も演じる側として自分の意見を伝えようと思ったんです。監督といい意味でぶつかり、ディスカッションする。その結果、台本以上のシーンができあがったら、みんながハッピーになるでしょう。士気が高まり、現場の雰囲気も良くなります。ポジティブなスパイラルができるという体験をして、そういうふうに仕事をしたいと思うようになりました。 海外でも認められたい 眞栄田:デビュー後しばらくはわからないことばかりで、もらった台本をそのまま演じるのが精いっぱいでした。でも、演じるということは、浅いことではなくて。自分の意志をしっかり持ってぶつかりたいと思いましたし、制作の方々と対等にディスカッションできるよう準備をして現場に臨みたいと思っています。 ――将来の目標を尋ねると、意外にも「生活できるお金を稼いで、贅沢(ぜいたく)でなくても自由に生活できればいいな」と堅実な答えが返ってきた。だが、「役者としての目標は違う」と話す。 眞栄田:最終的には海外でも認められたいという目標があります。その前に、日本で認められることはもう絶対です。外国で認められるとはイコール、アメリカで認められるということになるのかな。アカデミー賞もありますし。アメリカでアメリカの俳優たちと対等に芝居ができる。その上で評価をいただくというのがやはり最終目標です。 ――これから演じてみたい役を尋ねると、こう即答した。 眞栄田:苦労したいですね。苦労する役ってなんだろう。たとえばハンデがあるとか、みんなが見たことがない役とか。僕は出演作を自分で決めていますが、新しい自分、見たことのない表情や芝居を見せることを大切にしています。なので、演じたことのない役は全部やりたいというのが正直なところです。苦労する役はやったことがないですし、体験したことがないから刺激になる。面白いと思いますし、間違いなくやりがいがあり、成長できると思うんです。 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    日本で上がる「ウクライナは白旗あげたらいい」の声に戦場ジャーナリストが現地から激怒した理由

     ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンやボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。ウクライナに入国した直後のこの街で彼が感じたのは、「平穏」に侵食する恐怖と孤立だった。 *  *  * ――ウクライナ西部にある街、リビウ。美しい街並みはユネスコの世界遺産に登録され、歴史の深さを感じさせる。3月5日、ジャーナリストでジャパンプレス代表の佐藤和孝さんがリビウに入り、取材を続けている。 佐藤:日本で思っているよりも、ウクライナ全土が戦地になっているわけではありません。ロシアに近いハリコフやマリウポリ、キエフは激しい状況ですが、今のリビウはマーケットにも食料が並んでいるし、電気やガス、水道も滞りなくある。でも、会社はやっていないし、学校も幼稚園から大学まで休校です。  リビウはウクライナ各地からのハブになっていて、ポーランドに脱出する人や安全な地方に避難する人たちが集まっています。そうした人たちをケアするために、市民は炊き出しや物を配るボランティア活動に従事している。空からの攻撃を想定して戦車や装甲車をカモフラージュしたり、火炎瓶を作ったりしている人もいる。街は戦時下というより、準戦時体制に入っています。そういった意味でリビウは平穏には見えるけれど、戦火をひしひしと感じている雰囲気です。 ――佐藤さんはこれまで、アフガニスタンをはじめ、チェチェン、イラクなど数々の紛争地を取材し、街に暮らす市井の人の声を伝えてきた。リビウでも、衝撃的な出会いがあった。 佐藤:町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。普段は台所用品を作っていたけれど、今は戦車や装甲車が街に侵入しないためのバリケード、そして兵士たちがつける「ドッグタグ」を作っている。普通、ドッグタグには名前や生年月日、血液型や国籍、そしてナンバーが刻まれています。でも、彼が作っていたのはナンバーしか書いていない、名前のないドッグタグでした。  僕がリビウで話を聞いた人たちは、国を守るために戦争に行くと話しました。当然亡くなる人も出てきます。その人たちが無名のドッグタグをつけている。それを見たとき、切なくなった。一人の存在が、番号だけっていうのは……。 腹の底から怒りを覚え ――その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、「行きたい」と答えた。 佐藤:でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、「そりゃ怖い」と。「でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること」「だから戦う」と言った。  日本のどこかの評論家だかで、「ウクライナは白旗をあげたらいい」と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。  自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。  この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。  なのに、「10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい」なんて馬鹿なことを言っている。このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます。 大勢と一人「命」の重さ ――世界はロシアに対しての制裁を強化し、それはウクライナ国民の励みにもなっている。だが、課題もあると指摘する。 佐藤:西側諸国といわれる国が自分たちの味方になってくれていることはよく認識していて、それが戦うモチベーションの一つになっていることも否めません。でも、じゃあ我々はそれを続けていけるのかということも問われてくる。  応援の仕方は色々あるのだと思いますが、ウクライナへの武器の供与以上のことをすると第3次世界大戦になってしまう。世界の指導者のなかには、自分たちが火の粉をかぶらないためにウクライナを犠牲にしてもいいと考える人たちもいる。この問いが正しいかはわかりませんが、大勢の命と一人の命のどっちが大事かということになるかもしれない。そうならないように、外交なども含め世界は動かないといけない。  この戦争は長期化すると思います。だって、多くの人たちが戦う意志を持っている。自分たちの国を自分たちの血をもって守ろうとしている。その魂は消えません。アフガニスタン侵攻でも、ソ連軍が入って10年で撤退を余儀なくされた。結局、勝てないんです。 「核」撃てばロシア消滅 ――ロシア軍がシリアで兵士を募集しているとも報じられ、行き詰まりが見えている。 佐藤:兵士の数が多くても、戦闘経験のない人間は現場では使えません。「ワグネル」といわれる傭兵集団がいますが、彼らは戦闘経験が豊富です。つまり、人の殺し方を知っているということです。シリアの兵士も同じで、人を殺すことに慣れている。そういう人間を使って、なんとかウクライナを制圧したいと思っているんでしょうね。  でも、キエフでロシア軍が政府機関などを押さえたとしても、周りは敵だらけです。ロシア軍にとっても危険なことで、市街戦やゲリラ戦になってくる。長く続けば戦闘意欲やモチベーションもなくなっていくでしょう。  この戦争を長期的に遂行する経済的な裏付けがロシアにあったかというと、難しいんじゃないですか。もともとGDPも低いし、経済制裁もある。中国が助けるといっても限度があります。ロシアにも反対派の人がたくさんいるし、今やっていることは「きょうだい殺し」です。多くの国民は心を痛めているんじゃないかと僕は思う。  ただ、国内世論が反プーチンに傾くほど、彼はますます弾圧しなければならなくなる。今後プーチンはウクライナ、世界、そしてロシア国内とも戦わなければいけなくなります。その覚悟を彼は持っているのか。核があると脅かしますが、それを撃てばロシアも消滅します。  プーチンはルーマニアのチャウシェスクのような形で終わってしまうかもしれません。止められるのはロシア人しかいないと僕は思っています。 世界に見えない街や村 ――様々な国を歩いてきたが、これまで見た戦場とは「質」が違うという。 佐藤:アフガニスタンやイラク、シリアというのはある地域の戦争です。僕のなかでは、世界大戦になるというようなものではなかった。ユーゴスラビアの戦争は世界大戦の可能性を秘めていましたが、各地に火の粉が及ばないようにヨーロッパ各地もいろいろと手を打ちました。  今度はロシアの正規軍が自分たちの論理だけで他国に侵攻し、第3次世界大戦の可能性もはらんだ非常に危機的な状況だと思います。今までの現場とは質が全く違う。だから世界は必死になっているんだけど、行き詰まり感も出てしまっている。  キエフやハリコフから避難してきた人たちは、とにかく攻撃が激しいと口をそろえます。狙撃兵までいるから、外に出られず命からがら逃げてきたと。でも、そういった街や村には記者もいないので、世界に見えていないんです。やりたい放題になって、どんどん残虐な方向に向かってしまう。今後、キエフでも取材したいと思っています。 ◯佐藤和孝(さとう・かずたか)1956年生まれ。独立系通信社「ジャパンプレス」代表。山本美香記念財団代表理事。80年からアフガニスタンで取材を行い、その後も様々な紛争地を取材した。近著に『タリバンの眼 戦場で考えた』など (構成/編集部・福井しほ) ※AERA 2022年3月21日号から

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    「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった

     古今東西、戦場では「川」を巡る争いが繰り広げられてきた。攻撃型ドローンや対戦車ミサイル、ジャベリンなど、最新兵器が注目されることが多いウクライナの戦場でも、それは変わらない。いま東部ドンバス地方ではドネツ川を挟んだ激戦が続いている。川を巡る攻防戦に詳しい防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんに聞いた。 *   *   *  5月12日にウクライナ国防省が公表した写真は衝撃的だった。  上空からの映像には川が流れ、その周辺には焼け焦げたロシア軍の戦闘車両が多数確認できる。川に架けられた浮き橋は破壊されて沈み、対岸に上陸したロシア軍の戦車や装甲車両は引き返すこともできず、川岸に追い詰められたようにかたまった状態で撃破されている。  米政策研究機関「戦争研究所」などによると、ロシア軍がドネツ川に浮き橋を架け、ウクライナ軍が支配する対岸に進撃を開始したのは同月11日。しかし、その動きを察知していたウクライナ軍は橋の周囲に敵軍が集結したタイミングを狙って集中砲火を浴びせた。この一方的な戦いによって500人あまりのロシア兵が亡くなり、80以上の戦車や装甲車両などが破壊され、1個大隊戦術群がほぼ全滅したという。 ■橋は「敵を締め上げるポイント」  石津さんによれば、戦場の川に架かる橋は「チョークポイント」であるという。 「チョーク(choke)というのは『首を締め上げて窒息させる』という意味です。要するに、橋というのは『敵を締め上げるポイント』なのです」  どのように展開した軍隊であっても、川を越える際には必ず橋を渡らなければなければならない。 「かつて、ナポレオンがロシアに遠征してモスクワ占領に失敗した際、川を渡って退却するところを集中的に狙われて敗北を喫しています。川を渡れる場所は限られていますから、それをよく知るパルチザン(民兵)にとっては格好の標的となりました。つまり、昔から軍隊というのは渡河するときがもっとも脆弱(ぜいじゃく)なのです」  ドネツ川でのウクライナ軍の攻撃もまさにロシア軍のチョークポイントを狙ったものだった。  ウクライナは、戦争が始まるかなり以前からロシア軍の侵攻ルートを予測し、河川などの自然防御線をどう生かすか「綿密に練り上げてきたに違いない」と石津さんは推測する。  その典型的な例が、首都キエフの攻防戦だった。2月24日、ロシア軍の侵攻直後にウクライナ軍はキーウ北側を取り囲むように流れるイルピン川の橋を爆破。さらにこの川のダムを放流し、周辺を水浸しにした。水攻めによる足止めもあり、ロシア軍の戦車部隊はついにキーウに入ることなく退却した。 ■架橋や水攻め「工兵部隊」  水攻めは日本の戦国時代においても、城郭の攻略などで行われてきた。 「戦国時代の日本や中世のヨーロッパの城や要塞というのは、その一角か二角にうまく河川を利用しています。大川(旧淀川)や寝屋川を生かした大阪城はまさにそうです。その城を攻めるために、川をせき止め、堤防を決壊させる水攻めなどが行われました」  戦国時代で水を使ったもっとも有名な攻城戦といえば、足守川の流れを引き込んで包囲した「備中高松城の水攻め」(1582年)だろう。一方、イルピン川を溢れさせ、ロシア軍を足止めしたキーウ攻防戦は、その逆のパターンだった。  備中高松城攻めは、治水など土木工事に精通した羽柴秀吉がその腕前を発揮したものだったが、現代の戦場で活躍するのが「工兵部隊」である。 「どうやって川を渡るかというと、土木エンジニアの集団である工兵部隊が出て行って、冒頭のロシア軍の浮き橋のように、川に即席の橋を架ける。さらに工兵部隊は敵が迫ると橋を爆破して追撃を防ぐ。それを直すのも彼らです。重要な役割なので、どこの国の軍隊でも工兵部隊にはかなりの人数が配置されています」  何度も戦争を続けてきた欧州諸国にとって、川をめぐる攻防がいかに重要であるかを示す“部隊”となっている。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁) ※記事後編<<ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント>>に続く

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    22時間前

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    「医学部進学」報道の芦田愛菜は芸能界に残るのか 医者と女優という「悩ましい二者択一」

     3歳で芸能界に入り、6歳のとき「マルモのおきて」で連ドラ初主演。日本を代表する“天才子役”として活躍し続けてきた芦田愛菜(17)。現在は都内の超有名私立女子高に在籍し、彼女の夢である「病理医」を目指して学業と芸能活動を両立させているが、このほど「医学部への進学が内定」との報道があり、世間をざわつかせた。ハイレベルな学業と両立を続けてきた芦田愛菜だが、医学部進学となれば芸能活動に割ける時間は極端に少なくなる。 「芦田さんが通う超有名私立女子高は、内部進学で医学部に進むには学内でトップ5に入らなければいけないと言われているほど狭き門。さらに、医学部生になれば毎日授業や実習があり、より忙しくなるのは目に見えています。引退説までささやかれていますが、しばらくは芸能活動も続けるでしょう。現在、『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』のみ司会としてレギュラー出演していますが、おそらく収録は2週に一度。医学部生もバイトぐらいはするわけですから、これぐらいの仕事量なら今後もこなせるはずです。芦田さんは子役専門の事務所に所属しているため、学業を優先しやすい環境にあります。大学に入ってすぐさま引退ということははないと思いますが、学業優先でやっていくことは間違いないでしょう」(芸能関係者)  6月17日からは主演映画「メタモルフォーゼの縁側」の公開も控えている芦田。2年ぶりの主演映画とあって、女優としてもより注目される作品になりそうだ。 「今も学業優先で忙しいなか、今回の映画を撮影したようですが、映画だと2カ月くらい連日のように撮影が入ってしまう。医学部に入ってしまうと、まとまった時間が取れないので、映画に出演することも難しくなるでしょう。本作が最後の主演映画になる可能性もあります。ちなみに、最後の連ドラ主演は2016年の『OUR HOUSE』までさかのぼり、映画よりもさらに時間が奪われる連ドラ主演は今後も難しいかもしれません。芦田さんは6歳で主演を勝ち取りブレークしましたが、以降はいわゆる代表作には恵まれてない。元子役たちが避けては通れない試練とも言えますが、優秀な彼女の場合、学業を優先するあまりチャンスが少なかった面もある。私たちはまだ女優・芦田愛菜の“真の実力”を見ていないとも言えるのではないでしょうか」(ドラマ脚本家) ■10代からの圧倒的支持  一方、「このまま天才子役のイメージで終わるのはもったいない」と言うのは、スポーツ紙の芸能担当記者だ。 「愛菜ちゃんが実家のある兵庫県の小学校に通っていた頃、当然ながら彼女は関西弁でした。そして、お母さんと新幹線で東京の収録現場に通うことになるのですが、名古屋を過ぎて東京が近づくにつれ、どんどんキレイな標準語になっていったというエピソードが本人から語られたことがあります。映画やドラマの制作スタッフからも、歴代の天才子役の中でも、女優としてのセンスは群を抜いていたという声はよく聞きます。愛菜ちゃんの読書量は小学校時代から年間60冊を超え、中学になってからは年間300冊以上を読み続けているとか。学生として相当優秀であったのは明らかです。つまり、愛菜ちゃんは学業が優秀すぎるあまり、芸能活動続行が難しくなりつつある。いま、神木隆之介や伊藤沙莉など元子役たちの再ブレークで、“子役は短命”という芸能界のジンクスが崩れつつある。愛菜ちゃんには元天才子役の代表として、ぜひこの流れをリードしてほしいですね」  TVウオッチャーの中村裕一氏は芦田愛菜についてこう述べる。 「マーケティング会社が4月に発表した高校生を対象にしたアンケートの『同世代で憧れている、目指している人』部門で、人気ユーチューバーと彼女が同率1位だったことが大きな話題を呼びました。また今月発表された、現役高校生対象の『人生相談したい芸能人』というリクルートの調査でも、マツコ・デラックスやひろゆきを抑えて堂々の1位に輝きました。それだけ若い世代が注目する存在なのです。もはや単なる『子役出身』という肩書を超越しつつあることは間違いないでしょう。俳優やタレントとしてさらなる活躍を望む声が非常に多いとは思いますが、このまま芸能界から潔く去ったとしても、それが伝説となり、彼女の名前は末永く私たちの記憶に刻まれるのではないでしょうか」  彼女の才能がこのまま消えゆくのはあまりにも惜しい。大人になった芦田愛菜の覚醒を期待せずにはいられない。(藤原三星)

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    17時間前

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    すでに十数回の大統領暗殺を阻止…プーチンをイラつかせるイギリス特殊部隊「SAS」の仕事ぶり

     なぜロシア軍はウクライナの掌握に苦戦しているのか。在英ジャーナリストの木村正人さんは「情報戦を支える英米の存在は大きい。イギリスの英特殊空挺部隊(SAS)も陰でウクライナ軍を支えており、すでにゼレンスキー大統領の暗殺は十数回阻止されている。その役割は大きいとみられるが、決して表には出てこない」という――。 ウクライナを救い続けるイギリスの特殊部隊「SAS」とは  ロシアによるウクライナ侵攻がいまだ終息の兆しを見せない中、英大衆紙によると、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は強力な防諜網により十数回の暗殺計画を生き延び、複数の工作員を殺害した(同大統領顧問)という。  既に報じられているように、数だけで見ればウクライナ軍に対してロシア軍の規模は圧倒的だ。にもかかわらず首都キエフはいまだ陥落せず、むしろロシア軍の侵攻をはねのけている。  そのウクライナ軍を支えているとされるのが、英特殊空挺部隊(SAS)だ。  SASは、要請さえあればすぐにゼレンスキー大統領を救出できるよう、70人が米海軍特殊部隊(ネイビーシールズ)150人と共に、バルト三国の一つ、リトアニアの僻地にある軍事基地で夜間訓練を重ね、スタンバイしているという。  そのSASとは何者なのか。ゼレンスキー氏と連日のように電話で連絡を取るボリス・ジョンソン英首相のマックス・ブレイン報道官は16日、筆者の質問に「SASについてはお答えできない」とだけ語った。 特殊任務の実態については「藪の中」  SASはただ訓練を重ねているだけではない。  ロシア軍侵攻前に100人以上のSAS隊員などがウクライナに送り込まれ、軍事顧問として同国の特殊部隊に対空・戦車ミサイルの使い方や狙撃、破壊工作などの訓練を施していると報じられた。暗殺防止策も含まれているのは想像に難くない。  関与しているのは現役部隊だけにとどまらない。イラクやアフガニスタンで戦ったSASの退役軍人による精鋭チーム十数人も欧州諸国の資金で民間軍事会社に雇われ、ウクライナ入りしたとされる。さらに十数人が現地に向かったという。  13日にはウクライナ軍が外国人義勇兵の訓練に使用としているポーランド国境近くのヤーヴォリウ軍事基地がロシア軍の攻撃を受け、少なくとも35人が死亡、うち3人は元英軍兵士だと英紙デーリー・テレグラフは伝えた。これについてもブレイン報道官は「英政府は確認していない」と口を固く閉ざした。  SASの特殊任務については情報公開が求められる時代になっても、依然として厚いベールに覆われている。表沙汰になると外交問題や自国を巻き込んだ戦争に発展する恐れがあるからだ。すべてが「藪の中」だ。 キエフに潜伏する400人の傭兵暗殺部隊  アメリカのバイデン政権はロシア軍の侵攻前、「ロシア軍は殺害または収容所送りにするウクライナ人のリストを作成しているとの信頼できる情報がある」とミシェル・バチェレ国連人権高等弁務官に伝えた。ゼレンスキー氏は「私はロシアの一番のターゲットで、家族は二番目だ」と公言する。  ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は大軍でウクライナに攻め入ればゼレンスキー政権は瓦解し、キエフ市民に歓喜の声で迎えられると信じていた。しかし元コメディアンのゼレンスキー氏はオンラインで感動的な演説を繰り返して世界中を味方につけ、「悪役」プーチン氏を孤立させた。ゼレンスキー氏はプーチン氏にとって今や不倶戴天の敵である。  プーチン氏最大の目標はゼレンスキー氏を取り除き、親露派の傀儡政権をキエフに樹立することだ。英紙タイムズによると、ロシア民間軍事会社ワグナーグループの傭兵やチェチェン共和国の特殊部隊がウクライナに送り込まれたが、ロシア情報機関の連邦保安局(FSB)内の反戦グループがウクライナ側に通報し、暗殺計画はいずれも未遂に終わったとされる。  ワグナーグループの傭兵は2カ月近く、ゼレンスキー氏暗殺と政権転覆を企て、ウクライナに潜伏している。彼らはキエフだけで400人が潜伏しているとされ、24人の重要人物を追跡しているという。ウクライナ侵攻のスキをついて暗殺を実行、特務終了後は露特殊部隊スペツナズと合流し、キエフから脱出する手はずだった。 ゼレンスキー大統領の生死が戦争の行方を左右する  また、英紙タイムズによると、ロシア連邦を構成するチェチェン共和国のラムザン・カディロフ大統領の特殊部隊も、ゼレンスキー氏に近づく前に排除されたと報じられている。ロシア軍はウクライナ軍の後方を取るため主要都市にヘリで空挺部隊を展開させるが、ヘリが撃墜されるなど死傷者が多数出ている模様だ。ロシア連邦国家親衛隊もキエフ西郊に送り込まれ、市街戦に備えている。  ロシア軍にとって最大の目標はゼレンスキー氏を生け捕りにするか、殺害してしまうかだ。祖国防衛の先頭に立つ指導者を失えばウクライナ軍や義勇兵の士気は落ちる。アメリカから「キエフを離れて安全な場所に移動した方がいい」とアドバイスされたゼレンスキー氏は「必要なのは逃げるための乗り物ではなく弾薬だ」と一蹴したとされる。  ロシア軍の侵攻が始まったばかりの2月25、26日には大統領府などキエフ中心部からSNSに投稿していたゼレンスキー氏だが、その後は場所が特定されないよう注意を払っている。米政府はゼレンスキー氏に安全な衛星電話を提供し、連絡を取り合う。ゼレンスキー氏の生死が戦争の行方を左右すると言っても過言ではない。 体力、決断力、知性が求められるエリート部隊  ゼレンスキー氏から要請があれば、すぐ救出に動けるよう訓練を始めたのが、第2次世界大戦中、北アフリカ戦線を後方から撹乱するために創設された英SASと、国際テロ組織アルカイダ最高指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を潜伏先のパキスタンで殺害した「ネイビーシールズ」だ。両者とも軍の精鋭を集めたエリート中のエリート部隊である。   特殊部隊の元祖とも言える英SASの選抜試験は極めて厳しい。主に陸軍と海兵隊からの応募者は極限の肉体的・心理的試験に合格しなければならない。合格するのはごく一握りだ。  英ウェールズのブレコン・ビーコンズ連山における5回の時間制限付き行軍、装備を身につけたままの水泳、ジャングルでのサバイバルコース、捕獲回避や尋問への抵抗に関する試験が含まれる。決断力、持久力、適応力、知性など求められる資質は多岐にわたる。SASに配属された隊員は現場で直面する困難に対応するため継続的に過酷な訓練を繰り返す。 第2次世界大戦中に結成された「一匹狼」軍団  SASの歴史を振り返っておこう。  第2次世界大戦中の1941年、英軍は北アフリア戦線で「砂漠の狐」と恐れられていたエルビン・ロンメル将軍率いるドイツアフリカ軍団に苦しめられていた。英陸軍士官だったデービッド・スターリング(1915~90年)はドイツ軍の空挺部隊を見て、敵の後方に高度な訓練を受けた少数の精鋭部隊を落下させれば、ドイツ軍の航空戦力を破壊できると思いついた。  スターリングは優等生タイプではなく、長身で怠惰だったことから「巨大なナマケモノ」と呼ばれていた。エベレストへの初登頂や芸術家になることを夢見る夢想家だった。  第2次世界大戦で戦闘機や爆撃機、戦車など工業力が勝敗を分ける傾向が一層強まる中、スターリングは鍛え抜いた強靭な肉体と不屈の魂を兼ね備えた少数部隊による後方撹乱こそが戦況を変えると信じて疑わなかった。  スターリングは試しに自ら輸送機からパラシュートで落下した際、傘のセルが破れ、着地の衝撃で両足を痛めた。療養中にドイツアフリカ軍団の後方の砂漠が無防備になっていることに気づき、後方からドイツ軍の航空戦力を破壊する作戦を立案した。カイロの中東総司令部首脳に直訴してSASの結成を許される。  後方撹乱を遂行するため自分の判断で動ける「一匹狼」の兵士が集められた。短期間で過酷な訓練が行われ、負傷者が続出した。初出撃となった同年11月、最大級の暴風雨に襲われ、55人のうち生還できたのは21人。作戦は大失敗に終わった。しかし迎えのトラックが合流地点まで無事往復できたことから、地上から相手の後方に回る作戦に切り替える。 スローガンは「挑戦する者だけが勝利する」  SASは米製小型四輪駆動車ジープで砂漠を駆け巡り、ドイツ軍の航空機を次々と爆破する。ドイツ軍は砂漠から敵が現れるとは想像していなかったのだ。大胆不敵に出没したスターリングは43年1月、敵に捕らえられるが、それまでに地上で250機以上の敵機、数百台の車両、大量の貯蔵物資を破壊した。  英軍の指揮官バーナード・モントゴメリー陸軍元帥はスターリングを「この野郎はかなり、かなり、かなりイカれている。しかし戦争はしばしば、そんなイカれた野郎を必要とするのだ」と荒っぽい言葉で称賛した。スターリングの独創的な発想と不屈の行動力は大戦の流れを変えたのだ。  SASのスローガンは「挑戦する者だけが勝利する」だ。大戦が終わるといったん解散されたが、冷戦が始まるとすぐに復活した。マラヤ(現マレーシア)危機、オマーンでの反乱、ボルネオ作戦に従軍したほか、北アイルランド紛争ではアイルランド共和軍(IRA)のテロリスト壊滅作戦を展開する。しかし秘密任務のためSASの存在が表に出ることはなかった。 SASの名を世界にとどろかせた「イラン大使館占拠事件」  SASの名を世界中にとどろかせたのは1980年にロンドンで起きた駐英イラン大使館占拠事件である。イランの囚人解放と自分たちの出国を求める6人のイラン人武装グループが26人を人質に取って大使館に立て籠もった。武装グループは人質5人を解放したものの、6日目に1人を殺害した。  このためSASが屋上から降下して窓から突入、武装集団6人のうち5人を殺害した。作戦で人質1人が犠牲になったが、残り全員が無事解放された。この様子は世界中にテレビ中継された。  82年のフォークランド紛争など、SASはイギリスが関与したほとんどの戦争や紛争に派遣されている。96~97年の在ペルー日本大使公邸占拠事件でも英SASの6人がペルー当局にアドバイスするため現地に飛んでいる。  SASは空挺部隊だけでなく舟艇部隊、偵察部隊、信号部隊の4チームからなる。一騎当千の精鋭が集められ、どんな状況でも隠密裡の監視、偵察、人質救出、潜入捜査、テロ・反乱対策の特殊任務を遂行できるよう想像を絶する厳しい訓練が課される。 常に5歳児並みの装備を担ぎ、排泄物すら残さない  SASの下級隊員は他部隊の上級隊員に匹敵するほど高い能力を有する。4週間、補給なしで行動できるよう3~5歳児と同じ重量の装備を担いで行動する。  敵に見つからないよう砂漠やジャングルなど状況に合わせて身体をカムフラージュし、排泄物も回収して現場に残さない。フォークランド紛争では砂糖とミルクを混ぜた粉末を水で溶かして最後の7日間、飢えをしのいだ。語学や射撃、サバイバル能力に長けている。  駐英イラン大使館占拠事件当時、SAS司令官だったピーター・ドゥ・ラ・ビリエール氏(87)は「ジャングルや砂漠、ロンドンでの対テロ作戦は体力的にもタフであることが求められる。全員が非常に厳しい試験に合格した強者だ。決然として自分の意思を持った人物でなければならない。何か魔法があると考えられるが、そんなことはない。非常に苦しい訓練のたまものだ」と語っている。 戦闘に長けた「人情味あふれる鬼軍曹」  一見すると、米アクション映画『ランボー』そのままの「戦闘マシーン」のイメージだ。最近では英メディアに登場する元SAS隊員も増えてきた。過酷な訓練と任務に耐えてきただけに、人情味にあふれる鬼軍曹のイメージを漂わせる元隊員もいる。  シエラレオネで人質救出作戦に加わったフィル・キャンピオン氏(53)は著書『Born Fearless』がベストセラーになり、退役軍人のための慈善活動に取り組んでいる。  ウクライナへ支援物資を送る作業を手伝ったキャンピオン氏はSNSで「前線の兵士に渡す食料であろうと、道端の老人に渡す毛布であろうと、どんな小さなものでも助けになる。あなた1人じゃない、イギリスの私たちもあなたのことを心配しているとメッセージを送ることができる」とより多くの人に寄付するよう呼びかけている。  しかしイギリスの若者がウクライナでの戦闘に参加することについては「戦場は地雷原のようなもので、さまざまな問題を引き起こす恐れがある。だからウクライナに行って戦うことは勧めない」と警告を発している。それでも現地に行くなら間違ってもフォロワーを増やそうとSNSで発信するようなバカな真似はしないよう釘を刺した。  ロシア軍に居場所を教えることになるからだ。キャンピオン氏は「恐怖の捕虜収容所に放り込まれたり、人質としてビデオカメラの前に立たされたりする恐れがある。なぜウクライナに行きたいのか、その主な理由を明確にすることだ。本当に重要な理由がない限りウクライナに行って戦わない方がいい」とアドバイスしている。 木村 正人(きむら・まさと)在ロンドン国際ジャーナリスト京都大学法学部卒。元産経新聞ロンドン支局長。元慶應大学法科大学院非常勤講師。大阪府警担当キャップ、東京の政治部・外信部デスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。Facebook /Twitter 

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    2度目のデジタル敗戦は決まりだ 古賀茂明

     2001年1月、 政府IT 戦略本部は、 「e―Japan戦略」 を策定し、5年以内に世界最先端のIT 国家になるという目標を掲げた。  しかし、成果は上がらず、20年に生じたコロナ禍では、国民は日本の「デジタル敗戦」を実感し、自民党政府もそれを認めざるを得なかった。世界中がDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展を競う中、日本も再チャレンジとばかりに鳴り物入りで「デジタル庁」が創設されたのは21年9月。しかし、早くもこの組織には全く期待できないと思わせる出来事が続いている。   まず、デジタル庁事務方トップの石倉洋子デジタル監がもう辞めてしまった。どうしてなのか?  日経新聞によれば、今年3月末にかけて、10人近くの民間出身者が退職した。また、幹部から「新しい霞が関文化をつくるはずが苦労をかけてしまった」という謝罪文が職員に送られたそうだ。その背景には、「優秀な」官僚が「兼務」という形であらゆる案件に絡み、官僚流の厳格な根回しや報告が求められ、不毛な業務は「ほかの役所と比べても異常な水準」に達したという事情がある。これを私の31年の官僚生活の経験から解説しよう。  各省庁から出向した官僚は、出身省庁の利権を守るのが仕事だ。そこで、「兼務」という形で、本来の担当以外の情報を取り、いざというときには横やりを入れる。万が一にも親元官庁に迷惑がかからないようにと、重箱の隅をつつくように、お役所仕事で細かいことに注文を付ける。民間人は嫌気がさして当然だ。  石倉氏は、こうした無駄な仕事をなくすのが仕事だが、官僚の「本能」的な行動を抑えるのは至難の業。牧島かれん大臣にもそんな能力はない。  さらに深刻なのは、デジタル庁の機能不全が国民の不利益に直結していることだ。その典型が、マイナンバーカードに健康保険証の機能を付けたマイナ保険証をつくって利用すると、初診料、再診料、調剤料の窓口負担がそれぞれ21円、12円、9円高くなるという驚くべき愚策の実施である。  厚労省は、マイナ保険証対応の病院が儲かるようにと、マイナ保険証利用時の診療報酬を増やす制度を要求した。これに対し、デジタル庁はそれが大問題だとわかっていたが、結局、牧島大臣が押し切られたのだ。マイナ保険証利用で国民は損をする。普及に水を差すのは確実だ。  デジタル庁がもたつくのを見て、萩生田光一経産相は、「デジタル庁がもっと大きな絵を描いてくれるのかなという気もあったが」と嫌味を言い、本来はデジタル庁がやるべき社会インフラのデジタル化の工程表作りを経産省で行うと宣言した。経産省がデジタル庁の利権を大臣と山分けする動きである。  これでは、石倉氏が辞めたくなるのは当然だが、実は、こうなるのは最初から分かっていた。職員の大半が各省庁から出向した官僚で、彼らは親元の利権を守る。民間出身者は官僚たちを説得するだけでほとんどのエネルギーを消耗し、結局は何もできない。民間人を9割とし、残り1割の官僚は官邸が1本釣りで集め、民間人の意見を通すべく出身省庁を説得するという体制にすべきだが、岸田政権にはやる気も能力もない。2度目のデジタル敗戦はほぼ決まりと言って良いだろう。 ※週刊朝日  2021年6月3日号より

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    21時間前

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    賛否両論の韓国大統領夫人の「白ワンピ」 ドン小西の評価は?

     2022年5月、尹錫悦氏が韓国の20代大統領に就任し、ファーストレディーとなった金建希夫人。5月10日、大統領就任式後の晩餐会に夫と出席した出で立ちを、ファッションデザイナーのドン小西さんがチェックした。 *  *  *  大統領就任式での話題は、やっぱり美魔女夫人だよ。就任式から晩餐会まで、全身白で登場したことを清潔でまっさらな決意が見えるみたいに、いいほうにとらえる声もあったよな。でもあたしは、ぜんぜんそうは思わないね。それより、真っ白い布に、小さなブローチをつけていっちょ上がり!って……安直すぎだっつうの。  たしかにこんなシンプルな白ドレス、誰でも着られるわけじゃない。お人形さんみたいなビジュアルのこの人が似合うでしょと言わんばかりに着ても、勘違いではないだろうね。たださ、デザインといい、色といい、恐ろしいほどコンサバで、遊びもなければ、自由さもなし。初の公式の場で、少しでも自分らしさを見せようとする余裕だって、ひとかけらも見えないもんな。  最初、政治経験のない大統領に新しさも期待したけど、この妻の服を見ると、推して知るべ……いえいえ、その人気で大統領をもり立ててくださいって。 ■評価は……?(※満点は5DONです) 2DON! 「正直、白のドレスにキュンとしますけど」 (構成/福光恵)※週刊朝日  2022年5月27日号

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    17時間前

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    「ゴルバチョフ氏の愚は繰り返さぬ」鈴木宗男氏が語るプーチン大統領の論理

     ウクライナに侵攻したロシア。プーチン大統領は何を考えているのか。AERA2022年3月14日号では「ウクライナとロシアの現実」を緊急特集。彼と4回会ったことがあるという鈴木宗男・参議院議員に聞いた。 *  *  *  プーチン大統領の考えを理解するには、東西冷戦が終結した頃からの歴史を俯瞰する視点が必要です。  1989年にベルリンの壁が崩壊し、ブッシュ(父)米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長の間で東西ドイツの統一に向けた議論が始まりました。その時、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大はしない、と米国はソ連に約束しました。  文書化されていませんが、当時のベーカー米国務長官の回顧録『シャトル外交 激動の四年』(新潮文庫)にも、1990年2月9日のベーカー国務長官とゴルバチョフ氏の会談で「1インチたりとも拡大しない」と伝えた場面が紹介されています。  ゴルバチョフ氏は西側を信頼し、ワルシャワ条約機構を91年に解体したのです。  この頃、KGB職員として東ドイツにいたのがプーチン氏でした。ところがNATOはその後、東方拡大を進めました。  プーチン氏は一方的に約束を反故にしてきた米国の信義違反を繰り返し批判してきました。ゴルバチョフ氏はノーベル平和賞を受賞しましたが、結果として「弱いロシア」になってしまった。プーチン大統領には、西側を善意に解釈したゴルバチョフ氏の愚は繰り返さない、という強い決意と覚悟があります。  NATOに加盟した旧ソ連の国々にはロシアに照準を向けたミサイルが配備されています。ウクライナまでNATOに加盟する事態をロシアは看過できません。  しかし、今の日本のメディアを見ていると、「ウクライナが善、ロシアが悪」という構図の報道ばかりが目につきます。これはちょっと短絡的すぎる。ウクライナのゼレンスキー大統領に何らの過ちもなかった、というのは公平な見方ではないと思います。  ウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」で続く紛争をめぐっては、「ミンスク合意」という和平の道筋があります。2014年に欧州安全保障協力機構(OSCE)が支援し、ウクライナ、ロシアとドネツク、ルガンスクの4者が署名した停戦合意と、15年にドイツとフランスが仲介した「ミンスク2」という包括的な和平合意です。  この和平合意を履行しなかったのは、19年に大統領に選出されたゼレンスキー氏です。彼は、自分はミンスク合意に署名していないと言い始めたり、昨年10月に攻撃ドローンを飛ばしたりしたことが、現在に至る緊張状態の発端になっています。米国も今年に入り「ロシアは明日にも侵攻する」といった情報を世界に流し続けました。  プーチン氏には「挑発」と映ったはずです。米国は本来、ロシアとウクライナの間に話し合いの場を設け、ミンスク合意の履行を双方に促すのが役割だったはずです。ロシアが侵攻に踏み切ったのは、この間、話し合いに応じようとしなかったゼレンスキー氏がミンスク合意を履行しないことが明白になったからだと思います。  ロシアが侵攻する前の動きを時系列で見れば、プーチン氏は話し合いを求めたが、それに応じなかったのはゼレンスキー氏です。  ミンスク合意をウクライナが履行していればこんな事態は起きなかった。ゼレンスキー氏が大統領になるまでは散発的な戦闘は起きても、紛争の拡大は抑えられてきましたから。外交は積み重ねです。過去の約束は守るのが基本です。米国が言っていることがすべて善、ロシアは悪という単純な分け方は危険です。  私は今回のロシアの侵攻、力による現状変更、主権侵害は認められるものではないという前提でお話ししています。ただ、ここに至るにはそれなりの経緯がある、ということを知ってもらいたいのです。  プーチン氏の目的は、ウクライナの中立化だと思います。紛争を抱えている国はNATOに入れません。ドネツクやルガンスクで紛争が続いていますから、ウクライナはもともとNATOに加盟できる状況ではありません。プーチン氏が求める中立化は、NATOに加盟しないというのにとどまらない、スイス、オーストリアのようなイメージをしているのではないでしょうか。  私はプーチン氏に4回会ったことがあります。  1999年にキルギスで日本人技師4人が誘拐された事件が起きた直後のアジア太平洋経済協力会議(APEC)で、当時首相だったプーチン氏と初めて面談しました。当時、プーチン氏は恩着せがましく外交カードとして利用することなく、事件の解決に尽力してくれました。強面と言われますが、人情家だと思います。  また、56年の日ソ共同宣言の有効性を認めた指導者は、ソ連、ロシア時代を通じてプーチン氏が初めてです。日本は北方領土や平和条約締結という政治課題がなければ、米国と一体でいいと思います。しかし、日本の国益を踏まえれば、ゼレンスキー氏ともプーチン氏ともバランスの取れたトップ外交を展開すべきだと思います。  長い目で見れば、中国の東アジアでの覇権主義的な動きを抑えられるのは米国ではなく、ロシアではないでしょうか。ロシアは世界一のエネルギー資源大国です。2050年のカーボンニュートラルに向けても、当面はロシアのLNG(液化天然ガス)が必要です。  いかほどの経済制裁をしても事態は収まりません。いま必要なのは一にも二にも話し合いです。 ○鈴木宗男氏(すずき・むねお)1948年、北海道足寄町生まれ。日本維新の会所属の参院議員。小渕内閣で内閣官房副長官を務めた。北方領土問題の解決に取り組んでいる。 (構成/AERA編集部・渡辺豪)

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    ウクライナを支援する義勇兵「ジョージア軍団」の高い戦力 ロシアのしたたかな手口は見破られていた

     当初、ロシア系住民の保護などを口実にウクライナに侵攻したロシア。その前例となったのが、2008年、旧ソ連の構成国だったジョージアへの侵攻だ。黒海の東岸にあたるジョージアは、黒海の北岸に位置するウクライナとの間にロシアを挟み、北側にそのロシア、南側にはトルコやアゼルバイジャンと隣接する、人口が370万人ほどの国だ。同国出身の慶應義塾大学SFC研究所上席所員として国際政治を研究するダヴィド・ゴギナシュヴィリ博士は「2008年があったからこそ、今回、ウクライナやアメリカはロシアの動きを予測できた。それによって戦いへの準備を進めたことで、いまロシアに対して善戦している」と分析する。 *   *   *  世界中から約2万人の義勇兵の応募があったといわれているが、その国際部隊の中核を担うのがジョージア人部隊、通称「ジョージア軍団」だ。ゴギナシュヴィリ博士はこう説明する。 「司令官のマムカ・マムラシュビリ氏は14歳のとき将校だった父親とともにロシア軍と戦った。2008年にロシアがジョージアに侵攻した際にも参戦しました。非常に経験豊富な軍人です」  ロシアがウクライナ領クリミア半島を併合した14年、マムラシュビリ氏はジョージア軍団を創設した。 「今回のウクライナ侵攻ではロシア軍と戦っているジョージア人は非常に多いです。元防衛大臣が一人の兵士として戦っていますし、現職の国会議員も義勇兵として加わっています」 ■ジョージアを支えたウクライナ  かつてロシアと戦火を交えたジョージアの人々は、ウクライナに対して強い親近感がある。だが、それだけではない。「恩返しの気持ちもある」とゴギナシュヴィリ博士は言う。 「90年代初頭、ロシアが介入した戦争の際、ウクライナ人が志願兵として、ジョージア側で戦ってくれた。難民を輸送するヘリコプターも支援してくれました」  さらに、今回の侵攻について、「ジョージア人は、ウクライナ人のためだけの戦いとは認識していない」と言う。 「ジョージアとロシアの国境をプソウ川が流れているのですが、昔、ウクライナ義勇兵たちは『プソウ川でロシア軍を食い止めなければ、いずれ、(ウクライナの)ドニエプル川で戦わなければならなくなる』と言っていました。それがまさにいま、現実となっています。だからジョージア人は、今度はウクライナでロシアを止めなければ、また祖国でロシアと戦わなければならなくなる、という気持ちが強いんです」 ■ジョージア人のデジャヴ  今回の侵攻は、14年にウクライナ東部のドネツク、ルガンスク地方の親ロシア派をロシアが支援し始めたことに端を発する。だが、「あのときジョージア人は、ロシアがまた同じことをウクライナでやり始めた、と思った人が多かったのです」と話す。  その理由は、こうだ。  08年、ロシアはジョージアに侵攻した。名目は、ジョージアのアブハジア地方、南オセチア地方の親ロシア系住民を守るため、だった。  ゴギナシュヴィリ博士は、こう話す。 「このときの戦争は5日間で終わった、と言われますが、それはロシア正規軍との戦いで、実際にはそのずっと以前からロシアはさまざまな手口を使ってジョージアを攻めてきた」  それこそが今回のウクライナ侵攻のひな形ともいえる「ハイブリッド戦争」と指摘する。どういうことか。 「ハイブリッド戦争は、軍事力だけでなくプロパガンダや世論操作などを積極的に活用して、相手の社会を不安定化させるのが狙いです。そこに軍隊を投入するのですが、正規軍だけでなく、『非正規の軍隊』を使うのです」 ■ジョージアに「ロシア平和維持軍」の皮肉  それを象徴するようなジョージアとロシアの戦いは、1991年にも起きていた。  同年、ジョージアは旧ソ連から独立。ところがすぐに、ガムサフルディア初代大統領に対して「民族主義者」とレッテルをはるプロパガンダが強く流された。それらによって火がついた民族主義は、アブハジア人とオセット人が多く住むアブハジアと南オセチアで燃え上がった。 「例えば、ロシア軍から武器を供給された武装勢力により、アブハジアにある重要な鉄道が繰り返し攻撃された。それを防ぐため、沿線にジョージア軍が駐留するようになると、『アブハジア人を殺すための軍隊だ』というプロパガンダがロシア側から流されて、戦闘が拡大していった。でも、ジョージア軍と戦ったアブハジア人は少なくて、多くはロシアから潜入した武装組織だったのです」  ジョージア政府は、武装組織ではなくロシアを相手に戦っていると国際社会に訴えた。なのに、「無視された」とゴギナシュヴィリ博士は言う。 「撃墜したロシアの戦闘機を撮影して世界中に公開したにもかかわらず、大した反応はなかった」  そして93年9月、ジョージア軍とアブハジア武装勢力との間で停戦合意が結ばれた。仲介したのは、素知らぬ顔したロシアだった。 「非常に皮肉だったのは、ロシアがジョージアに『平和維持軍』を駐留させることになったことです」と、ゴギナシュヴィリ博士は苦笑いする。 ■「NATO加盟」目指して亀裂深まる  一方、ジョージアは親欧米路線を強めていく。04年からは北大西洋条約機構(NATO)への加盟を明確に目指すようになった。ロシアとの関係はますます悪化していった。その亀裂が決定的となったのは08年4月、NATOサミットでジョージアとウクライナの将来的な加盟を認めたことだった。 「そこでロシアは、いまのうちにジョージアを叩いておかないと、と判断したのでしょう」  同年に突如、標識のない「正体不明の軍事組織」からの攻撃が始まった。ジョージアは攻撃を止めるようロシア平和維持軍に訴えたが、まったく動く気配がない。すると、ジョージア国内で「反撃すべし」との世論が徐々に高まり、8月、ジョージア軍が反撃を開始した途端、大規模な戦闘に発展した。 「国境付近で演習していたロシアの陸海空軍が全面的に侵攻を開始した。首都トビリシも空爆にさらされた」  停戦後、ロシアはアブハジアと南オセチアの独立を一方的に承認。両国を防衛するとして、軍を駐留させた。 「このように、ロシアはジョージアに対して独立したころから巧妙な攻撃を仕掛け、08年に侵攻したわけですが、国際社会からは完全に無視された。でも、今回はそこが大きく違う。ウクライナはジョージアのケースをよく学んだと思います」 ■反撃とどまったゼレンスキー大統領  ゼレンスキー大統領は戦争が始まりそうな状況になって以降、ドネツク、ルガンスクでいくら親ロ勢力から挑発的な攻撃を受けても“反撃命令”を下さなかった。 「もし、そこで反撃していたら、もっと早い段階で戦争が始まっていたでしょう。2月末に侵攻が始まるまでの数カ月間、ゼレンスキー大統領は国際社会の団結に向けて、働きかけた。それはとても正しい作戦だったと思います」  開戦までに時間を稼ぐことができたおかげで、ウクライナは対戦車・地対空ミサイルなど、大量の武器をアメリカなどから受け取ることができた。  加えて、多くの義勇兵が世界中から集まる下地ができた。 「義勇兵の参戦は単に戦力を高める、というだけではなく、ウクライナ側の士気を高めるという意味でも非常に重要な役割を果たすと思います」  ロシアは08年のジョージアでの「5日間戦争」と同様に、比較的短期間の作戦を想定していた可能性が高い。そのため、戦闘が長引くにつれ、燃料や食料の補給がおぼつかなくなっている 「現状を見るかぎり、ロシアは戦闘力を維持するための補給や支援活動に完全に失敗している。明らかに自滅的な誤算ですよ」  ゴギナシュヴィリ博士はこれらの要素を分析したうえで、こう続ける。 「いま、われわれは全力で、ウクライナを支援しないといけないと思います。もし、ウクライナが敗北したら、自由民主主義世界が大きなダメージを受けます」 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    就寝中に2回以上トイレに行く「夜間頻尿」 多尿の原因に心不全、睡眠障害、糖尿病も

    中高年の頻尿は「年だから仕方ない」ととらえられがちだが、過活動膀胱や前立腺肥大症などが原因のケースも多い。生活に支障をきたすようになったら、原因疾患の存在を探り、適切な治療を受けることが頻尿の改善につながる。 *  *  *  頻尿は昼間に8回以上行く場合、夜間頻尿は就寝中に1回以上行く場合と定義されている。しかし、夜、1回トイレに起きるという人は少なくない。そのため、臨床の場では、2回以上を夜間頻尿とすることが多い。  50代後半から患者数が急増する頻尿は、加齢がおもな誘因だが、その背景には、過活動膀胱と、男性では前立腺肥大症が存在することが多い。どちらも適切な治療を受ければ改善が可能で、頻尿も軽快する見込みが高い。  頻尿によって生活に支障をきたすようになったら、受診を考慮しよう。まずかかりつけ医に相談して、基本的な診断・治療を受ける。改善がみられないようであれば、泌尿器科や排尿機能外来、女性の場合はウロギネ外来などを紹介してもらうといいだろう。  診断には、医師の指導のもとで、飲水量、尿量、回数などを記入する「排尿日誌」が有効だ。自分の水分摂取量や尿量が明らかになって、頻尿の診断・治療に役立てられる。特に夜間頻尿の診断・治療では、排尿日誌が必要になる。めんどうがらずに記入を習慣化したい。  頻尿の代表的な原因疾患として、過活動膀胱と前立腺肥大症があげられる。受診時には問診や、「過活動膀胱症状質問票」「国際前立腺症状スコア」などを用いて、症状を明らかにし、診断に導く。 ■原因疾患の改善で頻尿も軽快する 【過活動膀胱】  過活動膀胱は、膀胱が過敏になって、過剰に活動してしまうイメージだ。女性に好発するが、男性にも発症する。40歳以上の約12・4%(8人に1人)、80歳以上では約50%にみられる。推定患者数は約1千万人というデータもあり、身近な病気といえる。  頻尿のほかに、▼突然尿意が起きて我慢できない(尿意切迫感)▼そのためトイレに間に合わず、尿が漏れてしまう(切迫性尿失禁)といった症状を伴うのが特徴だ。  多くは原因が特定できない「特発性」で、第一の誘因は、加齢によって膀胱容量が小さくなること、膀胱と尿道括約筋の連携機能の低下、骨盤底の脆弱化などが考えられている。  骨盤底とは、膀胱や直腸、女性の場合は子宮など、骨盤内にある臓器を下から支えている筋肉・筋膜・靱帯などの総称だ。中高年になると骨盤底が緩み、支えていた臓器が下に下がって、尿道括約筋の締める力が低下してしまう。そのため、過活動膀胱の症状があらわれる。また、過活動状態になった膀胱は、尿が十分たまりきっていないのに尿意を感じ、頻尿になる。  治療は薬物療法と、行動療法が中心になる。  薬物療法は、膀胱容量を増大させるβ3作動薬と、異常な膀胱収縮を抑制する抗コリン薬を服用する。山田泌尿器科クリニック院長の山田拓己医師は次のように話す。 「抗コリン薬は副作用として口渇があるため、水を余分に飲んでしまって、それが夜間頻尿につながることもあります。そのため、効き目が穏やかで副作用の少ないβ3作動薬から始めて、効果がみられない場合に抗コリン薬を用います」  行動療法としては、トイレに行くまでの時間を少しずつ延ばしていく「膀胱訓練」があげられる。過活動膀胱では尿意を覚えても、実際には膀胱がいっぱいになっていることは少ないので、尿意を感じてから5分、10分とがまんして、排尿間隔を徐々にあけていく。  緩んでしまった骨盤底を鍛え直す「骨盤底筋訓練」も推奨されている。 【前立腺肥大症】  前立腺は男性特有の臓器で、膀胱の出口付近にある。クルミくらいの大きさで、多くは50代ごろから肥大が顕著になる。尿道を浮輪のように取り囲んでいるため、肥大すると尿道や膀胱の出口を締め付ける。そのため、▼尿に勢いがない、力まないと出ないなどの排尿症状▼頻尿や過活動膀胱症状である蓄尿症状▼残尿感などの排尿後症状、などのような症状が起きてくる。  治療は薬物療法と手術になる。  薬物療法は、前立腺の平滑筋の緊張を緩めるα1ブロッカーやPDE5阻害薬、前立腺細胞の増殖を抑える5α還元酵素阻害薬などを用いる。過活動膀胱症状が強い場合にはβ3作動薬や抗コリン薬を併用する。  薬物療法で効果がみられない場合には、前立腺の摘除手術を考慮する。 ■全身疾患が原因で夜間頻尿になる場合も  頻尿のなかでも、夜間頻尿を訴える人は多く、質のよい睡眠を持続することができないため、悩みは深刻だ。高齢になると一般的に眠りは浅くなり、目を覚ますたびにトイレに行くという人もめずらしくない。  多くは過活動膀胱や前立腺肥大症の治療、水分摂取量の見直しなどでトイレの回数を減らすことができるが、注意が必要なのは、全身疾患が原因となっているケースだ。  睡眠障害の一つである睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、眠りが浅くなるだけでなく、夜間の尿量を増やす(夜間多尿)ことがわかっている。就寝中に呼吸が一時的に止まるなどの症状がないか確認することが必要だ。  また、心不全や慢性腎臓病(CKD)、高血圧、糖尿病なども夜間多尿の原因となりうる。原因疾患が存在する場合は、その治療が不可欠だ。  なお、男性の難治性の夜間頻尿(夜間多尿)で、心不全や腎不全がないなどの条件を満たすケースでは、デスモプレシンという抗利尿薬が用いられることもある。日本大学板橋病院病院長の高橋悟医師はこう話す。 「かつては、夜間頻尿は最も頻度が高く、悩みが深く、最も治りにくいとされてきました。いまは男性に限ってですが、難治性のものも改善が可能になりました」  原因となっている疾患を治療することで、トイレに行く回数を減らすことは可能だ。特に夜間頻尿では、全身性の疾患が隠れているリスクが高い。あまりがまんせず、受診することが肝要だ。 (文・別所 文) ※週刊朝日2022年5月27日号より

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    22時間前

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    浜矩子「アホノミクスの大将の“禁断の発想”が空恐ろしい 中央銀行は政府の腰巾着にあらず」

     経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。 *  *  * 「日銀は政府の子会社」  アホノミクスの大将、安倍晋三氏がこう言った。5月9日に大分市で開かれた講演会の場においてのことだ。  実は、彼がこれを言うのは今に始まったことではない。2017年刊行の拙著『どアホノミクスの断末魔』(角川新書)でも触れたので、一部を抜粋しよう。<17年3月7日付の日本経済新聞に「日本国債」という特集シリーズの2回目が掲載された。その中に次のくだりがある。「『政府と日銀は親会社と子会社みたいなもの。連結決算で考えてもいいんじゃないか』昨年秋、首相は与党議員にこんなアイデアまで語った」>。筆者はこの新聞記事を発見して、アホノミクスの大将が財政と金融の一体運営をたくらんでいると確信した。  これは禁断の発想だ。ルール違反である。日本銀行法第3条は「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」と定めている。それなのに、アホノミクスの大将は日銀を政府の子会社だと言い、したがって、政府の思うままに日銀に国債を売りつけていいのだと主張している。しかも、ある時払いの催促無しでいい。そう言わんばかりの発言もしたらしい。  このような危険思想を抱いている人物が、ついこの前まで日本国の首相を務めていたのである。改めて空恐ろしくなる。中央銀行は、経済の世界における民主主義の守護神だ。筆者はそう考えている。政府の言い成りにならない中央銀行の存在は、実に貴重だ。だからこそ、気骨ある中央銀行総裁は、独裁体制の下で必ず目の敵にされる。  本来なら、金融と財政は良きパートナーであるはずだ。その関係とはどのようなものか。それは、お互いに独自の個性と主張を持つ者同士の協働だ。良質の刑事物芝居に登場する刑事さんコンビのイメージである。時としてぶつかるが、事件解決にかける情熱においては完全に一致している。  ところが、アホノミクスの大将が書きたがっている刑事ドラマにおいては、金融刑事は財政刑事の腰巾着だ。こんな台本を書かせてはならない。ドラマ化させてはならない。不規則発言者には厳しい処分が必要だ。 浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演 ※AERA 2022年5月30日号

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    11時間前

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    新型コロナワクチン 4回目で「終わり」ではない 効果とさらなる追加接種の可能性

     5月下旬から、新型コロナウイルスワクチンの4回目接種が始まる。今回の接種対象は限定的だが、秋にはより幅広い人を対象にした接種が再び始まる可能性がある。AERA 2022年5月30日号から。  *  *  *   新型コロナウイルスワクチンの4回目接種が、5月下旬から各地で始まる。4回目が必要と判断されたのは、3回目の追加接種から時間が経つと、感染した時に症状が出るのを防ぐ発症予防効果が下がってくるからだ。  英国健康安全保障庁(HSA)によると、検査で感染が判明した人のワクチン接種状況などを基に分析したオミクロン株に対する実世界でのワクチンの発症予防効果は、最初の2回の接種がファイザー社製ワクチンだった場合、3回目接種の直後は6割以上に上がった。しかし、20週間以上経つと、発症予防効果はほとんどなくなった。  英国では3回目接種にはファイザー社製かモデルナ社製のワクチンを使っている。モデルナ社製の方がやや発症予防効果は高い傾向にあるが、大差はない。  最初の2回がモデルナ社製だった場合は、3回目接種後19週間目までのデータしかないが、やはり時間と共に効果が下がった。  ただし、重症化を防ぐ効果は、3回目接種から時間が経ってもそれほど大きくは下がらない。英HSAによると、急性呼吸器疾患の症状が出て2日以上入院するのを防ぐ効果は、65歳以上の場合、接種から15週間以上経っても約85%あった。  一方、18~64歳の人では、3回目接種直後は約91%あった効果が、15週間以上経つと約67%に落ちた。もともと重症化するリスクが低い世代なので、実際よりも効果が低く出ている可能性があるという。 ■接種対象は限定的  英HSAによると、50歳以上の人の死亡を防ぐ効果は、2回目接種から25週間以上経つと約48%に落ちたが、3回目接種で90%以上に上がり、10週間以上経っても、その効果は約88%あった。  こういった現状を考慮し、イスラエルや欧米などは、高齢者など重症化リスクの高い人を対象に4回目の接種を始めた。  日本政府も海外の動向を踏まえ、4回目の接種の開始を決めた。接種対象は3回目接種までに比べて限定的で、3回目から5カ月以上経った、重症化リスクの高い人だ。  具体的には、60歳以上の人全員と、18歳以上で肺や心臓、腎臓、肝臓などに慢性の病気を持つ基礎疾患のある人、免疫抑制剤を飲んでいたり抗がん剤治療をしていたりして免疫が抑制された状態にある人、BMI30以上の肥満の人などが対象だ。  4回目接種の効果はまだデータが限られている。ほとんどが、世界に先駆けて3回目接種を始め、昨年末からは4回目接種も始めたイスラエルからの報告だ。イスラエルの4回目接種の対象は、60歳以上の人に加え、18歳以上で重症化リスクの高い人、医療従事者らだ。  ワイツマン科学研究所などの研究チームは、保健省のデータベースに登録されている60歳以上の約125万人のデータを分析し、今年4月、米医学誌「ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」で発表した。4回目接種をした人は、3回接種の人に比べ、重症化を防ぐ効果が接種後36~42日目には4.3倍高かった。これは、ワクチンの重症化予防効果約77%に相当する。  一方、感染を防ぐ効果は、接種後22~28日目には2倍高かった(ワクチンの感染予防効果約50%に相当)が、接種後50~56日目には1.1倍(同約9%)に低下した。  同じ研究チームによる、専門家による評価の終わっていない論文によると、4回目接種から2カ月後でも、重症化を防ぐ効果は3回接種の人の約3倍に保たれていた。  60歳未満の人に対する4回目接種の効果は、基礎疾患のある人も含めてまだデータがない。  副反応については、4回目接種がすでに始まった国から3回目と異なるような副反応が起きたという報告は、これまでのところない。  イスラエルのシェバ医療センターなどの研究チームは、4回目接種を受けた医療従事者の副反応を米医学誌に報告した。60歳より上の人に限ると、4回目にファイザー社製ワクチンを打った人(79人)のうち接種部位の痛みや腫れなど局所的な副反応が起きた人は約70%、モデルナ社製(47人)では約81%いた。また、発熱や倦怠感など全身の副反応が起きた人は、ファイザー社製で約35%、モデルナ社製で約53%だった。 ■60歳以上は努力義務  厚生労働省の研究班によると、3回目接種としてファイザー社製ワクチンを打った医療従事者のうち60歳以上の人219人では、接種部位に痛みのあった人は9割、全身の倦怠感を感じた人は5割以上いた。モデルナ社製を打った60歳以上の44人では、接種部位に痛みのあった人が9割以上、全身の倦怠感を感じた人が6割近くいた。  単純な比較はできないが、4回目接種後の一般的な副反応は、3回目接種の後より多いことはなさそうだ。ただし、もっと大勢が4回目接種を打てば、若い男性の心筋炎などのように、非常にまれな副反応が出てくる可能性はある。  予防接種法は、予防接種業務を担う自治体には接種対象者に接種を呼びかける「接種勧奨」をするよう求めている。一方、接種対象者や、対象者が子どもの場合はその保護者に、できる限り接種を受けるようにする「努力義務」を課している。新型コロナウイルスワクチンの最初の2回の接種と3回目の追加接種は、12歳以上の全員に努力義務が課されている。  一方、4回目接種は60歳以上には全員に努力義務が課されているが、60歳未満の基礎疾患がある人については課されておらず、自治体の接種勧奨のみが課されている。 「わかりにくい状況になっているのは、4回目接種の効果について科学的な根拠が限られているからです。3回打てば、多くの人は重症化を防ぐのに必要な免疫が獲得でき、ある程度の期間持続します。それに対し、副反応を考えると、3回目の接種までとは異なり、広くあまねく接種を推奨する、ということにはなりませんでした」 ■1回は追加接種を  厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会の分科会長代理を務める中野貴司・川崎医科大学教授(小児科)はこう説明する。  日本は3回目接種のスタートは欧米より遅かったが、接種率は欧米の一部の国を超えつつある。首相官邸によると、5月19日現在、国民の約57%、うち65歳以上の人は約89%が3回目接種を終えている。  欧米では4回目接種よりも確実に最低1回の追加接種を打つよう呼びかけることに力を入れている。加えて秋以降には、再びワクチンを打つ必要が出てくる可能性を視野に入れ、検討が始まりつつある。  欧州医薬品庁と欧州疾病対策センターは4月6日、4回目接種に関する声明で、新型コロナウイルス感染症のような呼吸器感染症を起こすウイルスは冬に流行しやすいことを踏まえ、秋以降のワクチン接種についてこう述べた。 「今後、(すでに接種した)ワクチンの重症化予防効果がどれだけ低下し、新規感染者がどれだけ増えるのかによるものの、秋から冬にかけて、高齢者に限らずあらゆる年代の人に追加接種をする必要性が出てくる可能性がある」  米国や英国でも、政府の諮問機関などが秋以降にさらなる追加接種が必要になる可能性があると言及しており、政府内で検討が始まっている。(科学ジャーナリスト・大岩ゆり) ※AERA 2022年5月30日号

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    20時間前

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    皇后雅子さま 赤十字大会で「うっかり」ハプニングと衣装のリメイクが意味すること

     5月19日、皇后雅子さまが全国赤十字大会に出席した。単独の皇居外での公務は2019年8月のナイチンゲール記章授与式に出席して以来、2年9カ月ぶりであった。ご体調も良く、この日、とびきりの笑顔を見せた雅子さま。実は、雅子さまは衣装をリメイクすることも多いのだ。 *  *  * 「私の娘の愛子と同じ年の21歳ですよね。すごくしっかりしていますね」 「あ、オハイオ州!」   雅子さまは会場を出る際、奉迎に立った青少年赤十字卒業生奉仕団の大学生らの緊張を解こうとするかのように、和やかなムードで話しかけた。  19日、渋谷区の明治神宮会館で全国赤十字大会が3年ぶりに開催された。日本赤十字社の名誉総裁を務める雅子さまは、副総裁の紀子さまや他の妃殿下とともに出席した。 ■体調の好調ぶりが伝わる場面が何度も  日本赤十字社と皇后のつながりは深い。  1912年に明治天皇の皇后であった昭憲皇太后は、赤十字の活動のために現在の3億5千万円相当にあたる10万円を寄付した。これにより「昭憲皇太后基金」が設立された。  第一次世界大戦の勃発が迫るなかで、各国の赤十字社は戦場での救護に追われていた。加えて地震や台風、火災などの自然災害の脅威にもさらされるなかでの国際基金の設立は画期的なことであった。この基金は現在も、世界中の赤十字の活動に使われている。  1947年には、香淳皇后が日本赤十字社の名誉総裁に就任。以来、歴代皇后がその役を務める。  皇后の重要な公務のひとつであり、雅子さまが皇居の外で単独で務める公務としては、2年9カ月ぶりだった。  この日は体調の良さが伝わる場面が何度もあった。  記事冒頭の写真は、追っかけ大学生の阿部満幹さんが帰路につく雅子さまを撮影した一枚だ。注目したいのは、雅子さまがしっかりとカメラ目線であることだ。  体調の悪いときは、人の視線を避けることが多かった。「最近は、しっかりと目線を合わせてくださいます。僕も、カメラ目線の写真を撮影できる機会が増えました。この日は晴天に恵まれて、太陽の日差しがちょうどスポットライトのように皇后さまを照らしていました。なにより、笑顔は自信に満ちていらしゃいました」 ■「うっかり!」ハプニングの皇后雅子さま  大会では皇后が日赤の事業に貢献した13名に有功章を授与する。久しぶりの単独公務で雅子さまも緊張していたのだろうか。  こんなシーンもあった。  受章者はまず壇上で一礼して、さらに名誉総裁である皇后雅子さまの前に一礼したのち授与される。  1人目の受章者が、雅子さまの前に歩を進めた。ところが、受章者が2度目の礼をする前に、雅子さまが有功章を渡しかけてしまうというハプニングも。  5人目の受章者は、車椅子で壇上に上がった。雅子さまが、身体をかがめて視線を合わせながら授与するその姿は、国民とともに歩んだ平成の皇室を彷彿とさせた。  この全国赤十字大会で名誉総裁を務める皇后は、平成の時代から白を基調に紺などのブルー系の差し色が入ったスーツを着ることが多い。名誉総裁の皇后や名誉副総裁に就く皇族妃は、赤十字社の赤色の記章を胸に付ける。記章が目立つようにとの配慮だと思われる。  2019年5月に催された前回の大会のときも雅子さまは、白を基調に紺のアクセントが入ったスーツを着こなしている。  令和皇室の色がにじむのは、この日の雅子さまの着こなしだ。  この日、追っかけで集まった皇室ファンの間でも、「雅子さまのスーツは新調されたものでは?」と話題になっていた。その通り、スーツは新調されている。  しかし、帽子はリメイクだ。  事情を知る関係者がこう話す。 「皇后さまのスーツの襟と袖口とポケットには、夏らしく紺のオーガンジーの素材が使われています。同じ紺のオーガンジー生地を二重に重ねて、前からお使いになっていた帽子のリボンの部分を張り替えて、今回は着用されました。皇太子妃時代から、リメイクなさることは少なくないのです」  リメイクといえば、昨年12月に二十歳の成年を迎えた愛子さまは、ティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて成年の儀式に臨んだ。サイズを合わせるために多少の手直しは、必要だったと思われる。  コロナ禍で厳しい生活を送る国民に配慮し、両陛下と相談して決めたと公表され、海外紙なども「思慮深いプリンセス」と令和の天皇ご一家を絶賛した。  皇后雅子さまと内親王の愛子さまが国民の生活に心を寄せた結果、意識的に衣装などのリメイクをなさっている部分もあるだろう。 「たしかに、お持ちの衣装をきれいに大切にお使いです。リメイクされることも少なくありません」  天皇ご一家を知る関係者はそう話すが、一方で、別の理由もあると言う。 ■オーダーメイドに耐えうる皇族方の体力  天皇や皇族方が公務で着用する衣装は、オーダーメイドでデザイナーが仕立てる。そのためには、採寸や仮縫いなどに要する時間もあり、発注するご本人も体力が必要だ。  雅子さまは、まだご体調に波があり、オーダーで仕立てるのが難しい時期もあった。また、公務への出席がギリギリまで判明しないため、長い間、新しい衣装を作らず、昔の衣装のサイズ直しをしたり軽いリフォームを施して着用することも少なくなかった。 「その意味では、今回スーツをオーダーなさったのは、ご体調がよい状況が続いた証しですね」(宮内庁関係者)  大会が終わり、会場となった渋谷区の明治神宮会館を出発した。車から手をふる雅子さまは、ひと目姿を見ようと集まった人びとに、とびきりの笑顔を見せた。 (AERAdot.編集部・永井貴子)

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    ミュージカル界の帝王・山口祐一郎を鼓舞させた“医療関係者からの手紙”

    「ミュージカル界の帝王」、山口祐一郎さん。作家・林真理子さんとは長年のお付き合いということで、対談が始まるとすぐに、会話は大盛り上がりでした。 *  *  * 林:ご無沙汰しております。 山口:林さんとは、青春時代に楽しいひとときを過ごさせていただきました。 林:はい、だから私もお会いするのを楽しみにしていました。  今回、山口祐一郎さんがホストになって、縁のあるゲストの方々をお招きして、劇場に来たお客さんにトークと歌で楽しんでいただくイベント(「My Story,My Song ~and YOU~」5月19~22日 シアタークリエ)をなさるんですね。 山口:実は2年前に帝国劇場で、今まで初めての試みとしてトークショー(「My Story ─素敵な仲間たち─」)をおこなったんですよ。当時は今よりももっとミュージカルやコンサートなどに対する制限が厳しくって、集まって何かするものはすべて延期、中止という風潮だったんですよね。それでも「こういうつらいときだからこそ劇場に来たい」という方がたくさんいらっしゃるわけじゃないですか。 林:当時はいろんな舞台が中止になって、とても残念でしたよ。 山口:そうですよね。それで、「(コロナの状況で)稽古ができないのなら、歌なしでトークだけのショーにしよう」と考えて企画されたのが、帝劇の舞台機構を使って、奥にひそんでいる劇場そのものの魅力を前面に出したトークショーだったんです。裏方さん、大道具さん、照明さん、音響さんたちの力を総動員して、せり(舞台の床の一部が上下する装置)とか盆(床が回転する装置)も全部使って。 林:オーケストラとか歌は、そのときどうしたんですか? 山口:オーケストラもないし、歌もありません。そういうのができない状態でしたからね。 林:すごいですね。お客さん、たくさんいらしたんですか。 山口:満杯になりました。当時、コロナ禍ですでに医療現場が疲弊しきっていた時期だったのですが、そのトークショーのあと、僕、医療関係の方からお手紙をいただいたんですよ。「コロナになって1年、泣いたり笑ったりすることもありませんでしたが、劇場に来て山口さんの話を聞いていたら、泣いている自分に気づいて。そんな自分に、途中から笑っちゃいました」というんです。それを読んで、ああそうか、緊張したギリギリの状態で医療に励んでおられる方が、劇場に来てふと我に返れる瞬間があったんだな、と思ったんです。それから、「よし、チャンスがあったら何でもやろう」と思いました。 林:なるほど、そうやって勇気づけられた人がたくさんいたんですね。素晴らしいです。 山口:それで、その延長として開催されるのが、今回のシアタークリエのコンサートなんです。 林:(チラシを見ながら)1部が山口さんとゲストの方とのトーク、2部がミニコンサートで、皆さんでミュージカルナンバーを歌うわけですね。保坂知寿さんは私も存じ上げてますが、石川禅さんや上口耕平さんという方たちは……。 山口:今まで一緒に舞台に立ってきた皆さんです。いつも勇気やパワーはお客様やこの仲間たちからいただいています。コロナ禍を経て再会できて温かな気持ちでショーをお届けします。 林:これはインターネットで配信もなさるんですか? 山口:千秋楽の配信が決まりました。たとえば大学に入った若い人なんかは、「やった! 東京に来たぞ。バイトしながら学生生活を楽しむぞ」と思ったら、大学に行けなくて、授業もリモートばっかり、学生用の小さなワンルームに閉じ込められてるなんてこともあるわけじゃないですか。そんな人たちが、僕らのネット配信を見て「私ももうちょっと頑張ろう」と思ってくれたらそれでいいんです。 林:なるほど。それにしても山口さん、久しぶりにお目にかかったら、相変わらず背が高くて(186センチ)カッコいいですね。 山口:つい先日は、篠山紀信さんにプログラム用の撮影をしていただいたので、多少おなか周りなど、気にして毎日を過ごしていました。(ポスターを示し)これは帝劇の屋上です。 林:素敵じゃないですか! 篠山さん、やっぱりさすがですね。 山口:篠山さんは中学高校の先輩でして、初対面でしたが男子校の同窓会のようで、フレンドリーに撮影していただきました。ありがたいですね。こうやって撮っていただいた作品を見ると、新しいミュージカルのストーリーが生まれてきそうですね。 (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年5月27日号より抜粋

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    クロちゃんが絶対やってはいけない"筋トレ"行い医師が警告「このままでは歩けない体になる」 

     安田大サーカスのクロちゃんが、気になるトピックについて"真実"のみを語る連載「死ぬ前に話しておきたい恋の話」。今回のテーマは「筋トレ」。自身のSNSで、ジムでの筋トレの様子を頻繁にアップしているクロちゃん。実は昔から体を鍛えることが好きだったクロちゃんだが、一時は間違った筋トレをやりすぎて、ドクターストップがかかった経験もあるという。そこまでしてクロちゃんが筋トレを続ける理由とは? *  *  * あんまり信じてもらえないんだけど、ボクは週3回のペースでジムに通っている。SNSなどでは「ウソつくな!」とかって散々いわれるんだけど本当だからね(笑)。 ジムに通う日は、朝4時に起きて、支度をして、4時半には自宅を出るのがルーティン。ジムまでの移動は基本、徒歩。1時間弱かかるんだけど、これもトレーニングの一貫だと思っている。到着するのは5時半頃。午後からよりも、朝のほうが空いていて、器具もいろいろ使えるから、トレーニングがしやすいんだよね。 ベンチプレスやダンベル、ハイプーリーなどを使って、主に上半身を鍛えるトレーニングに今は取り組んでいる。ちなみに下半身は、あまり鍛えないのがボクのこだわり。下半身のトレーニングをやりすぎると、2~3日疲れが取れなかったりするからね。ボクは、散歩が好きで日頃からよく歩いているから、そこで下半身の筋力は十分カバーできているはずなんだ。だって、仕事のスケジュールが問題なければ、ジムからも徒歩で帰ったりもするからね。午前中で1万歩以上を歩くなんてことも決して珍しいことじゃない。健康的な生活で良いでしょ? そもそもボクは昔からジムが大好き。通いはじめたのは大学生の頃だから、もう25年以上になる。当時は、体重が108キロまで増えてしまっていて、「体重が煩悩の数なんてヤバい」って焦ったのが通い始めるきっかけ。その時は「とにかく痩せたい」って精神的にもかなり自分を追い込んでいたから、筋トレ以外にも、エアロビやヨガなども取り入れてめちゃくちゃ頑張った。そのおかげで、ダイエットは大成功。108キロもあった体重がなんと66キロまで落ちたんだ。  この時の成功体験と、自分の身体が変わっていくさまがたまらなく面白くて、ボクはすっかりジムにハマってしまった。ピークに鍛えていた頃は、130キロのベンチプレスも持ち上げることができたし、一時は3つのジムを掛け持ちしていたこともある。当時はなぜか「ジムを掛け持ちすること」が、ステータスのように感じていた。ただ、掛け持ちしていたといっても、うまく使い分けていたのかって聞かれたら、全然そんなことはない。トレーニングも独自のメニューをこなしていたから、効率も悪かったし、体にも負担がかかりすぎていた。  ジム初心者の方に言っておきたいけど、間違ったトレーニングをやり続けるのは、けっこう危険だよ。しらずしらずのうちに、自分の身体が悲鳴をあげている可能性があるからね。かなり昔の話だけど、ボクは「花の慶次」っていう漫画に出てくる、片腕だけ異常に太いキャラクター「岩兵衛」に憧れて、"右腕"だけを集中的にトレーニングをしていたら、ドクターストップがかかったことがある(笑)。 今、振り返っても、たしかに、あれは、ちょっとやりすぎていた。 暇さえあれば、右腕がパンパンになるまで、ずーっと筋トレしていたからね。握力ボールとかであれば5~6時間以上は平気でやり続けてしまうくらい……。 当然、右腕はだんだん太くなっていった。「岩兵衛」のように、右腕と左腕の太さの"差"をつけたかったのもあって、左腕はまったく鍛えずにいたんだけど、結局、これがダメだった。 ある日、朝起きたら、突然、体に激痛が走ったんだよね。あまりの痛さで布団からまったく出られないくらいに……。これはボクもびっくりした。あまりの痛さに「これはダメだ」って思って、急いで病院に駆け込んだ。お医者さんからは「(右腕のみの筋トレをやりすぎて)身体の左右のバランスが非常に悪くなっています。このまま続けていると、最悪の場合、歩けない体になる可能性もありますよ」と告げられた。衝撃的だった。今考えると、なんて恐ろしいことをしていたのかと怖くなるよ。 熱中しすぎると、周りが見えなくなって、とことん突き詰めてしまうのがボクの悪いクセだなってことを改めて感じた瞬間だった。その時の無理なトレーニングの影響で、いまだにボクの身体のバランスは少しおかしい。正面からボクを見るとよく分かるけど、右肩のほうが左肩よりもじゃっかん下がってしまっているからね。たぶん、これはもうなおらない。  やっぱり、トレーニングはきちんと正しい方法で行わなくちゃ駄目だね。あと、絶対無理はしちゃいけない。 だから、今では専属のトレーナーさんもちゃんとつけているし、無理なトレーニングして、自分を追い込むこともしていない。結局、それがいちばん効率も良いし、なんといっても、ジムに「長く通い続けること」の秘訣(ひけつ)なんだよね。  ボクは、ジムって「通い続けること」に意味があると思う。もちろん無理のない範囲で。  やっぱり人間、健康がいちばん。ボクは昨年コロナになって、それが身にしみてわかった。残りの人生、できるだけ長く健康でいるために、ある程度の体力や持久力、免疫力を、適度な運動することで、つねに維持しておきたいっていうのが、ボクがジムに通う最大の理由なんだよね。 あと、ボクの場合、「水曜日のダウンタウン」(TBS系)で無人島に突然連れていかれたり、いきなりプロレスの試合に出ることになったりなどのハードな仕事も多いから、それに耐えられるための体作りっていう目的ももちろんある。どんな仕事でも、プロとして絶対NGは出したくないからね。 それに、シンプルに、運動するのってやっぱり気持ちいいよ。ジムに興味があるけど「どうしようかな」って迷っている人は、週1回でもいいから、無理のない日程を決めて、とにかく一度通ってみるといい。そこで自分を追い込む必要なんかまったくないし、嫌なら休んだっていい。 これはボクだけの感覚かもしれないけど、「ジムに通っている」ってことでだけで、自己満足度が勝手にあがって、自分に少し自信がついたり、気分転換にもなったりするんだよね。 友達や恋人と一緒に通うのだってきっと楽しいと思う。ボクも、いつかは恋人とジムデートしてみたい。ボクは、筋トレの知識も豊富だから、いろいろとアドバイスができると思うからね。 健康的な体を維持することがもちろん大前提だけど、余力があれば、プロレスラーのオカダカズチカさんや棚橋弘至さんみたいなたくましい身体づくりも目指したい。女性に頼られるような強い男ってやっぱり憧れちゃうんだよね。今は昭和のプロレスラー体型っていわれるから、なんか嫌なんだ。 しかし、これだけジム通っているのに、なぜ、もう少し痩せないんだろう……。不思議だよね? 明日も筋トレ頑張るしん。 ◎クロちゃん/1976年12月10日生まれ。広島県出身。2001年4月に団長安田、HIROと「安田大サーカス」を結成。スキンヘッド、強面には似合わないソプラノボイスが特徴(構成/AERA dot,編集部・岡本直也)

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    4630万円誤送金で脚光浴びた「フロッピーディスク」 絶滅どころか公的機関でいまだ“現役”の事情

    「えっ、いまだにフロッピーディスクを使っているの?」  そう思った人も少なくないだろう。  山口県阿武町で誤って1世帯に4630万円を振り込んだ、いわゆる誤送金問題。18日夜、県警は同町の田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕したが、誤送金に至る過程で、町役場から銀行に依頼データの入ったフロッピーディスク(FD)を渡したことが報じられると、「旧石器時代」「時代遅れ過ぎる」など、驚きや嘆きの声がSNSに上がった。ところが取材してみると、絶滅していたかのように思われたFDは、一部の中央省庁や役所、銀行、企業ではいまも日常的に使われていることがわかった。それぞれの事情を聞いた。 *   *   *  山口県阿武町からFDでの振り込みを依頼された山口銀行などを傘下に持つ「山口フィナンシャルグループ(FG)」にたずねると、「山口銀行は、FDなどによる振り込みおよび口座振替依頼データの授受については昨年5月末日を持って廃止させていただいております」と言う。  ところが、山口銀行はFDによる振り込みデータの受け渡しを現在も行っている。なぜか。 「新規の受付は行っておりませんが、既存のお客様から、FDでの振り込みを継続させてほしい、というご要望があれば、対応せざるを得ないという状況です」  山口銀行は、これまでFDで振り込みを依頼してきた顧客に対して、同行のインターネットバンキングを通じて振り込みをしてもらえるように交渉してきた。 「ただ、昔からずっとお取引していただいているお客様の利便性の観点からすると、FDを廃止するのは難しい側面があります」  担当者はすんなりとはいかない事情を、そう説明する。 ■東京の区役所でもFD  一方、東北地方のある銀行によると、FDでの引き落としは「公官庁から依頼されることが多い」と関係者は言い、こう続ける。 「県内では、市役所や町村役場でFDを使っているところが多いです。税金や国民年金、国民健康保険料の引き落としなどです。そんなわけで、私どももそれを引き受けざるを得ませんでした」  この銀行では半年ほど前から県内の各市町村に打診して今年中にFDの取り扱いを終了し、すべてインターネットバンキングに切り替える予定だ。 「理由としては、FD自体を新しく購入するのが困難になってきたこと。それから銀行に置かれた読み取り装置のメンテナンスが難しくなったこと。万が一、故障してしまったら、市町村の担当者の方が窓口に来られても手続きが滞ってしまいますから。そんなわけで、FDの取り扱いを終了させていただくことになりました」(同)  知るほどに驚く、FDの“現役”利用。だが、それは地方の市町村だけではない。  東京都千代田区は今年3月まで介護保険や障害者介護、生活保護に関する給付金の振込みにFDを使用していた。使用を終了した理由を会計室の担当者にたずねると、こう説明する。 「これまでFDを繰り返し使ってきたのですが、いずれ破損したり経年劣化で使えなくなったりすることも考えられます。もうメーカーもFDの製造を打ち切ったという話も聞いておりました。それらもあって使用を徐々に縮小し、昨年度末をもって、最終的にFDの取り扱いをやめたわけです」  ちなみに、国内大手のFDメーカーだったソニーが国内販売を終了したのは、2011年3月である。もう10年以上前のことだ。 「FDはいまとなっては記憶容量が少ないですし、持ち運びの際にどうしてもセキュリティーの問題も生じます。これからは庁内の端末に入力したデータはインターネット経由でやりとりを行います」(千代田区担当者) ■行政サービスの一環として  霞が関の中央省庁もFDを使っている。その一つが、厚生労働省だ。  厚労省は医薬品や医療機器メーカーから送られてきた製品に関する申請書類を審査する。そこでいまも続けられているのが書類データをFDで提出する「FD申請」だ。 「制度の名称としては『FD』とありますが、実際、9割9分はCDかオンラインの申請です。過去の名残というか、通称として『FD申請』という名前が使われています」  同省医薬品審査管理課の担当者はそう説明するが、こうも胸の内を明かす。 「ただ、こちらとしてはせめてCDで出してくださいとお願いしてはいるんですけれど、『どうしてもCDは使えない』という方が、ごく少数ですがいらっしゃいます。行政サービスとしてはうちのFDドライブが生き続けるかぎりはFDを受け付けざるを得ないという事情があります。できれば、持ち込まれるメディアはCDに統一したいのですが、メーカーさんのことを考えると、世の中からFDが枯渇するまでは止められないですね」  FD本体は極めて薄い磁気記憶媒体であるため、CDやDVDなどと比べて故障しやすい。 「気づかないうちに磁気に触れてデータがとんでしまうことがあります。それでも、CDを使うように強制することはできません。あくまでお願いベースです」(厚労省担当者) ■保証期間はとっくに過ぎている  ちなみに、現在インターネット上などで販売されているFDのほとんどは10年以上前に製造された未使用在庫品である。メーカーもこんな長い期間、使われ続けるとは想定していなかっただろう。当然のことながら、保証期間はとっくに過ぎている。  パソコンの周辺機器の老舗メーカー、ロジテックが「最後のWindows対応のUSB外付け型FDドライブ」の販売を終了して、久しい。ただ、パソコン用品メーカーの大手のエレコムに聞くと、FDを収納するプラスチックケースは「数量は少ないですが、現在もコンスタントに売れている状況です」と言う。  昭和に輝いたテクノロジーの産物FDだが、令和のこの時代でも根強く使われていることがわかった。コレクションとして私的に使うのはいいが、触ったことも見たこともない若年層も多い中で公的機関が業務で使用するのは、そろそろ潮時ではないだろうか。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    投資信託は最悪どこまで下がる? S&P500と全世界株式の30年検証

     2021年までの絶好調相場から一転、米国株は2022年に入り軟調といっていい。そもそも株式市場には暴落が付きものだ。アエラ増刊「AERA Money 2022夏号」では、過去30年の実績から見て「どれくらい下がる可能性があるのか」を検証している。  株価の暴落といえば数年に1回はあるもの。だが暴落が止まらなかったことは一度もない。投資ビギナーはまず、過去の暴落でどのくらい下がったか、どのくらいで回復したかを知っておこう。  取材をお願いしたのは、セゾン投信代表取締役会長CEOの中野晴啓さん。セゾン投信は「セゾン資産形成の達人ファンド」をはじめとする投資信託(以下、投信)の運用会社だ。同社の運用する3本の投信の資産総額は2022年3月に5000億円を突破した。  今回は米国株の代表的な株価指数「S&P500」と、世界中の株式に投資する「全世界株式」の値動きを捉えた指数「MSCIオール・カントリー・ワールド・インデックス」を教材とした。  それぞれの過去30年の暴落局面を調べてみると、ワースト3は次の通り。3位がやや予想外の結果だった。 1位 リーマン・ショック 2位 ITバブル崩壊 3位 コロナ・ショック   最も下落率の大きいリーマン・ショックのとき、「全世界株式」は1年4カ月にわたって56.2%も下落。暴落前の高値を回復するのに6年8カ月かかっている。  リーマン・ショックの震源地となった米国のS&P500は、1年4カ月かけて52.6%下落、戻るまでに5年5カ月かかった。 「30年以上、資産運用の世界で生きてきた私にとってもリーマン・ショックは過去最大の暴落でした。資産運用の歴史の中では下落率50%超、すなわち投資金額が半値になるような暴落がたまにある、と考えておきましょう」(中野さん)  下落しはじめてから回復までの期間で見ると、S&P500が2000年のITバブル崩壊以降、6年9カ月かかっているのが最長だ。  つまり60歳になっていざ換金をはじめようとした矢先に下落がはじまって、そのまま下げ止まらなかった場合、「すっかり元に戻るまで7~8年くらいかかることもある」ということ。 「株価というのは、デコボコ、ギザギザした値動きを繰り返すものです。何がきっかけで暴落が起こるかは誰にもわかりません。  ただ、結果的に株式市場は3つの暴落を乗り越えて右肩上がりで上昇しています。長い時間軸で見れば、株価は成長に見合った水準に収まっていくものなのです」  2021年までは米国株を中心に株式市場の調子がよすぎた。そのせいもあり「S&P500などに投資していれば儲かる」という油断(?)も生じていた。  2022年に入ってから米国株は下がり、ウクライナ危機もあり、投資ビギナーの間には動揺が見られた。 「株価が下がっているときは、多くの投資家が『この下落がずっと続くかも』と不安になります。しかしどんな暴落もいずれ終わる」  つみたて中は悩む必要はない。いつか終わるなら「今月は安く買えてラッキー」と思いながらつみたて続ければいい。では、運悪く老後を迎える前後にリーマン・ショックのような大暴落が起こったら、どうすればいいのか。 「老後は運用資産のすべてを現金化しなければいけない、という『思い込み』は捨ててください」  でも、年金は原則65歳スタート。60歳で定年の会社も多い。5年間、嘱託社員などで会社に残るか、別の仕事をしないと、年金も何もお金は入ってこない。 「『運用資産を取り崩すときは全額を換金しないとダメ』なんてルールはありません。60歳以降に自分が働かないなら、お金に働いてもらって育て続けましょう。老後も運用(保有)を続けながら必要な分だけ取り崩すのです」 ■預金や年金もあるから  世の中には「60歳まで積極的に投資、60歳以降はハイリスクな投資は終了。できれば預金」という考え方が常識化している。  しかし老後は長いのだ。先ほど「S&P500はITバブル崩壊から元に戻るまで6年9カ月、つまり回復まで7~8年くらいかかることもある」と述べたが、60歳時点で資産が投信のみ、預金は0円という人は少ないだろう。  65歳からは年金もある。投信だけを見て不安になるのもおかしな話。預金や年金もセットにして考えたい。そして人生100年と考えれば、60歳で投資終了というのは早すぎる。 「長期投資に一番必要なのは、おおらかさです。買うときも売るときも、淡々と機械的に。下がったら怖いとか、売ったあとに上がって『もっと儲かったのに』という強欲から離れるためにも自然体でいきましょう。  投資についていろいろ考えすぎず、自分の人生にとって、本当に楽しみなことに貴重な時間を使ってください」  (編集・文/綾小路麗香、伊藤 忍) ※『AERA Money 2022夏号』から抜粋

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    90分でも60分でもなく…「10分間のカセットテープ」が今一番売れているワケ

     カセットテープはこの先なくなってしまうのか。マクセル ライフソリューション事業本部の三浦健吾さんは「デジタル化で需要は落ちているが、長年ご愛用いただいているお客様がいる。今一番人気なのは“10分のテープ”だ」という。詳しく話を聞いた――。 1989年には年間5億本以上の需要があった  カセットテープが全盛期を迎えたのは、1980年代だ。背景には、1970年代にラジオ受信機とカセットテープレコーダーが一体となった「ラジオカセットレコーダー(ラジカセ)」が、一般家庭に普及したことがある。  ラジオ番組から流れてくるお気に入りの音楽を録音する「エアチェック」や、屋外にラジカセを持ち出して環境音を録音する「生録」など、カセットテープはさまざまな用途で使われるようになっていった。  その後も売り上げを伸ばし、バブル経済が絶頂を迎えていた1989年には国内で年間約5億本以上の需要があったという。  その後、CDやMDなどのデジタル録音ができる記録媒体が主流となったことで、カセットテープ人気は徐々に陰りを見せていった。  2000年代以降は、iPodに代表されるMP3音楽プレーヤーの登場に続き、インターネットを介した音楽のダウンロードやストリーミングといったデジタル音源が浸透してきたことで、カセットテープの需要は全盛期と比べると大きく減少してしまった。 コアなファンとシニア世代に根強い人気  しかし、スマホやPCで音楽を聴くのが一般化した現在でも、「カセットテープはコアなファンに愛され続けている」とマクセル ライフソリューション事業本部で事業企画部長を務める三浦健吾さんは話す。 「カセットテープは、深みのある音やアナログ特有の音質が特徴で、今のデジタル音源のように『0』と『1』の信号で統一された音質では味わえない独特の良さがあります。1970年代以降のカセットテープ全盛期を過ごしたオールドファンやシニア世代の方には、今でもカセットテープの存在はなじみ深く、根強い人気があると感じています」  マクセルは1966年にカセットテープ生産を始めた。市場の成長を牽引してきたことから、特に50~60代以降のシニア層には「マクセル=カセットテープ」のイメージが強く残っているという。  いち早く日本にカセットテープの需要を作り、時代とともに移り変わるニーズに合わせて「ハイポジション」や「メタルポジション」といった技術を発展させるなど、マクセルブランドを着実に築き上げてきたわけだ。 一番売れているのは「10分テープ」  現在は、全盛期に比べ需要が減っていることもあり、同社が販売しているカセットテープは「UR」シリーズのみとなっている。  それも、カセットテープ全盛期に見られた150分や120分のテープは取り扱っておらず、90分から10分までの4種類のタイムバリエーションで展開しているそうだ。 「全盛期に比べてカセットテープの需要が見込めなくなったことで、品質の高いテープ原反の入手も難しくなっており、現在は90分、60分、20分、10分と4種類のタイムバリエーションに絞っています」  そんななか、4種類の長さのうち「10分テープ」が意外なニーズにはまって一番人気を誇っているという。  それがシニア世代を中心としたカラオケ需要だ。 「カセットテープが登場した頃は、60分や90分が主流でしたが、1980年代にカラオケブームが盛り上がりを見せ、その需要に応えるために10分のカセットテープを発売しました。歌を練習するのに、10分という長さはちょうど良く、さらには巻き直しも楽なのでカラオケの練習に都合がいい。その名残が今でもあるため、シニア世代を中心に10分テープが最も多く売れているんです。また、テープレコーダーも再生ボタンを押すだけのシンプルな操作で手間いらずなので、スマホなどの最新機器に慣れていないシニア世代でも使いやすいというのが、支持されている理由だと考えています」 「ニッチな需要」に応え続けたい  そのほか、英会話の勉強やカラオケ大会へ提出する際のデモ音源など、シニア世代の勉強や娯楽目的に10分テープは有効活用されているという。  しかし、コロナ禍の影響でカラオケの需要が減っていることもあり、苦しい状況に立たされているのは否めない。  三浦さんは「新型コロナウイルスの影響で生活様式も変化し、直近では復調の兆しが見えてきているので、これからもできるだけニッチな需要に応えられるようにビジネスを継続していきたい」と話す。  カセットテープ自体は全盛期ほどの勢いにはないものの、近年の「昭和レトロ」ブームや70~80年代に流行した「シティ・ポップ」が再評価されていることで、若年層にもカセットテープの“真新しさ”が注目されてきている。 若年層にもカセットテープの魅力を訴求する  マクセルもカセットテープの需要を喚起すべく、マーケティング手法を変えている。昔のように大々的にテレビCMを打つのではなく、若者に受け入れられるような工夫を凝らして、カセットテープが根絶しないように企業努力をしているそうだ。  「最近では、音楽アーティストがカセットテープで楽曲を出すなど、アナログへの回帰が注目されていると思っています。デジタル音源やストリーミングにはない味のある音や、カセットテープならではの懐かしさを楽しむコアな音楽ファンにも見直されてきていると感じています。こうした状況を踏まえて、2020年には若年層に手に取ってもらえるようなパッケージのデザインに刷新し、試行錯誤しながらカセットテープの魅力を絶やさないように努力しています」 アナログもデジタルも、顧客満足度の高い製品開発を続けたい  インターネット環境が急速に広まり、テクノロジーが進化したことで、情報の記録はクラウドサーバーでの管理が当たり前になった。  それでも、カセットテープやCD、MD、DVDといったハードウェアの記録媒体もしばらくは残り続けることだろう。  全国の量販店のPOSデータをもとに、パソコンやデジタル家電関連製品の年間販売数No.1を決める「BCN AWARD」という賞(※)がある。マクセルはCDメディア部門、DVDメディア部門、BDメディア部門の3部門で5年連続年間販売台数シェアのトップを誇っている。 ※BCNが全国の量販店のPOSデータを日次で収集・集計した「BCNランキング」に基づき、パソコン関連・デジタル家電関連製品の年間(1月~12月)販売台数第1位のベンダーを表彰するもの。  いわば記録媒体のリーディングカンパニーとして、今後も記録メディア事業をライフソリューション事業部のひとつの顔として据えながら、コンシューマー事業を展開していくという。 「記録メディア事業はマクセルにとってルーツであり、今後もお客様のニーズに合わせて顧客満足度、価値の高い製品を提供していければと思っています。それが長年トップでやってきている会社の使命であり、市場の牽引役としてこれからも尽くしていきたい。また、弊社としては除菌消臭器やシェーバーなどの健康・理美容製品が新しい事業の柱にもなっているので、お客様のライフスタイルや志向が多様化するなか、お客様の声に真摯に向き合い、柔軟に対応をしていきながら、アナログからデジタルまで顧客満足度の高い製品開発を行っていきたいと考えています」 古田島 大介(こたじま・だいすけ)フリーライター1986年生まれ。ビジネス、ライフスタイル、エンタメ、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている。

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    ウクライナ侵攻「川」をめぐる攻防戦 「史上最大の作戦」「レマゲン鉄橋」映画が伝えるチョークポイント

     ロシア軍によるウクライナ侵攻では、東部ドンバス地方を中心に激戦が続いている。攻防のポイントとなるのは、地域を流れるドネツ川だ。ウクライナ内務省所属の親衛隊は18日、ロシア軍を阻止する目的でドネツ川に架かる橋を爆破する衝撃的な映像を公開した。川をめぐる戦いの構図は昔とちっとも変わらない。危険な渡河作戦を推し進めようとする軍の上層部、恐ろしい運命に見舞われると知りながら川を渡る兵士たち――。橋を奪い合う激戦の数々は戦争映画にも描かれてきた。防衛省防衛研究所・戦史研究センター長の石津朋之さんによれば、戦場の橋にはそれ死守する特別な部隊が必ず配置され、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際は橋を爆破して進軍を阻むと話す。 ※記事前編<<「川」でロシア軍を撃破するウクライナ キーウ攻防戦は秀吉「備中高松城の水攻め」の逆パターンだった>>から続く *   *   *  大昔から何度も戦争を経験してきた欧州では、川をめぐり、どのような攻防が繰り広げられてきたのか? 「例えば、第一次世界大戦でドイツがフランスに攻め込んだ戦いというのはほぼ川が関係していています。ドイツ西部を南北に流れるライン川とフランスのセーヌ川を挟んだ地域での川の奪い合いです。有名な『マルヌの戦い』『エーヌの戦い』『ソンムの戦い』などは川の名前に由来しています。あと、サン=カンタン運河を巡って争った『サン=カンタンの戦い』というのもあります」  1918年、第一次世界大戦が終結すると、フランスはドイツとの国境付近に「マジノ線」と呼ばれる防御ラインを築いたが、その外側にはライン川とモーゼル川が流れていた。つまり、川を障壁として生かしたものだった。  39年、第二次世界大戦が勃発。進撃を続けるドイツ軍の勢いを最初に止めたのは、旧ソ連軍だった。東部戦線で最大の激戦となったスターリングラード攻防戦である。「これはボルガ川とドン川を巡る戦いでもありました」。44年2月、この戦いに敗れたドイツ軍は後退を余儀なくさる。 ■連合軍とドイツ軍の橋の奪い合い  同年6月には西側からも連合国側の反撃が始まった。「ノルマンディー上陸作戦」である。 「これはフランス北部のノルマンディー海岸への上陸作戦でしたが、ここにも川が関わっています。映画『史上最大の作戦』にも描かれていますが、最初に空挺部隊がパラシュートで降下して、上陸地点の両端と背後を流れる川の橋を確保したんです。上陸した連合軍はその橋を渡ってドイツ軍を撃破していきました」  映画「遠すぎた橋」で描かれたのは44年9月に行われた「マーケット・ガーデン作戦」だった。 「連合軍がドイツ国内に進撃する際、ライン川は別として、いちばん大きな障壁となったのがオランダの川や運河です。そこで空挺部隊を川の近くに降下させ、橋を確保し、その後に本隊がざぁーっと渡るという作戦を行った。しかし、この作戦は失敗に終わりました」  さらに石津さんは、映画「レマゲン鉄橋」を挙げた。 「後退するドイツ軍は連合軍がドイツに入ってこられないように国境付近を流れるライン川に架かる橋を次々と落としたんです。そしてドイツ軍撤収のために最後まで残されたのがレマゲン鉄橋でした。結局、ドイツ軍はさまざまな事情によってこの橋を破壊できず、連合軍に確保されてしまいます」  45年4月25日、西側から進撃するアメリカ軍と、東側からの旧ソ連軍がドイツ東部を流れるエルベ川で合流した。ベルリンが陥落したのはそのわずか1週間後だった。 ■橋を死守できなければ爆破  このように戦争の歴史を振り返ってみても、侵攻する側にとっては、チョークポイント(敵を締め上げるポイント)である橋を押さえることが重要となってきた。そのため、本隊が無事に橋を渡れるように、進軍の前には必ず先遣部隊を出して偵察し、あわよくば橋の確保を目指す。 「先遣隊は、これまであった橋がいまも架かっているか、爆弾が仕掛けられていないか。敵兵がどう配置されているか、偵察します。もし、橋が爆破されていれば、修理できるか、あるいは、上流や下流に橋を架けられそうな場所があるかなど、すべてを調べます」  一方、今回のウクライナ軍の戦い方を見ると、「これは相当入念に準備してきたことを感じますね」と石津さんは口にする。 「軍事的なセオリーからすれば、開戦時には橋などの重要施設にはロシア軍の空挺部隊や特殊部隊がバーッと降りていって、確保するはずなんです。ところが、今回はそれがあまり見られなかった。ということは、それをウクライナ側がそれを予測して、阻止した、ということでしょう」  では、それら橋はどのように守られているのか? 「敵の来襲が予想される橋の前方には2重、3重の防御陣地が築かれます。もちろん、後方にも。さらに橋を守る特別な部隊が必ず配置されます。つまり、最後まで橋を死守しなさい、というわけです。そこには先の工兵部隊もいて、敵の攻撃に持ちこたえられなくなった際には橋を爆破して進軍を阻みます」 ■橋を渡る危険性の認識  4月上旬、ロシア軍はウクライナの首都キーウ方面から撤退した。同月20日、特別軍事作戦は東部のドンバス地方などの完全制圧を目指す「第2段階」に入った、とロシア軍幹部は表明した。  しかし、1カ月が経過したいまもロシア軍は支配地域を広げることができず、ドネツ川の手前で足止め状態にある。 「ロシア軍が川に簡易的な橋を架けて渡ろうとしても、ウクライナ軍からすれば、そこだけを攻撃すればいいわけですから、渡河するのはなかなか難しいと思われます」  ロシア軍にとって大きな脅威になっているのが、米国がウクライナに提供した最新鋭の榴弾砲だ。この砲弾はGPSによって誘導され、数十キロ離れた防御陣地からの砲撃でも目標地点に正確に着弾する。  ロシア軍がドネツ川で大規模な渡河作戦に失敗した際、戦争研究所は辛辣にこうコメントした。 <渡河部隊の指揮官は開戦2カ月後にウクライナの砲兵能力の向上がもたらす危険性を認識できなかったか、単に無能か、部隊を統制できなかった可能性がある>  さらに英国防省は、こうも述べていた。 <このような状況で河川横断を実施することは非常に危険な作戦であり、ロシアの司令官がウクライナ東部での作戦を進展させるよう圧力をかけていることを物語っている>  支配地域を押し広げ、軍事作戦の成果を国民に強調したいプーチン政権。しかし、ドネツ川を渡ろうとすればウクライナ軍の高性能の榴弾砲によって狙い撃ちにされ、兵員や装備を失っていく。「行くべきか、行かざるべきか」、ロシアの現場指揮官は大変なジレンマだろう。  ウクライナ侵攻という「ルビコン川」を渡ってしまったプーチン大統領。この戦いの決着をどうつけるつもりなのだろうか? (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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    4630万円誤送金を使い切った24歳男の“罪の重さ” 弁護士が指摘する「実刑」の年数

    山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4630万円(463世帯分)を誤って振り込んだ問題で、振り込みを受けた無職、田口翔容疑者(24)が18日、県警に電子計算機使用詐欺容疑で逮捕された。異例の展開となった今回の逮捕劇だが、田口容疑者の刑罰はどの程度の重さになるのか、専門家に見解を聞いた。 *  *  * 報道によると、田口容疑者は4月12日、自分名義の口座に町が入金した4630万円が誤りによるものだと知りながら、スマートフォンを操作して、オンライン決済で決済代行業者の口座に400万円を振り替えた疑いがある。  そもそも、「電子計算機使用詐欺」とはどのような罪なのか。  人を欺いて財物をだまし取る罪は詐欺罪に当たる。一方で電子計算機使用詐欺罪は、ATMや電子決済などで、コンピューターなどに虚偽情報や不正な指令を与えて不法な利益を得る罪のことだ。法定刑は詐欺罪と同じく10年以下の懲役となっている。  刑事裁判官の経験を持つ片田真志弁護士(古川・片田総合法律事務所)は、「例えば銀行窓口で同じ行為を行った場合は、人をだましたとして詐欺罪になります。今回はスマホ決裁を用いたことで電子計算機使用詐欺罪が適用されたことになります」と解説する。  果たして、田口容疑者はどの程度の刑事罰が待っているのか。  片田弁護士によると、どの程度の金額を返済できるか。また、町側に示談の余地があるかが焦点になるという。 「まったく返済できない場合、実刑となり懲役3年前後の判決がくだる可能性が高いと考えられます。一方で、全額返済した場合には執行猶予が付くことになるでしょうし、全額までいかなくても相当額を返済する内容で町側が示談に応じた場合は、執行猶予がつく可能性が出てきます」(片田弁護士)  そもそもは町側のミスが発端だが、情状に影響はするのか。 「たまたま財布を拾ってそのお金を使ってしまった場合と似ており、田口容疑者も最初から町から不正に金銭を得ようと計画していたのではありません。その点は、量刑に影響すると思います」(片田弁護士)  一部報道では、田口容疑者は振り込まれた金を「ネットカジノで全部使った」と供述したとされる。詐欺を働いた動機については量刑にどの程度影響するのか。 「例えば殺人罪の場合、介護による苦しみの末の犯行か、怨恨(えんこん)かで量刑は大きく変わってきます。ただ、財産犯はそれとは違い、動機が遊興目的でも仮に生活苦だったとしても、量刑への影響は限定的と考えられます」  片田弁護士は、今後の展開をこう予測する。 「例えば田口容疑者側から半額程度の返済による示談が提案されたとしても、全国的に大きく報道されていること、また、地方自治体である町側が容易には債権の一部放棄に応じないことを考えると、『半額程度で折り合いをつけ示談に応じる』ということは、町としてはしづらいのではないでしょうか」  田口容疑者の代理人は、返還方法について「(田口容疑者が)働いて返すしかない」と話しているというが、裁判にかかる費用も含め、市民の税金が戻ってくるかは依然として不透明だ。(AERA dot.編集部・國府田英之)

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    参院選出馬の「水道橋博士」が明かした「妻の涙」と「たけしからのメッセージ」

     夏の参院選にれいわ新選組からの出馬を表明したお笑いコンビ・浅草キッドの水道橋博士(59)。選挙では「反スラップ訴訟」「消費税ゼロ」などを訴えていくとされるが、本当に政治家になる覚悟はあるのか。また、かつて自身が批判していた「タレント候補の出馬」について今はどう思っているのか。その他、師匠であるビートたけしの反応なども含めて、数々の疑問を本人に直接聞いた。 *  *  * 水道橋博士が「出馬表明」したのは、都内でトークショーが行われた18日のこと。れいわ新選組の山本太郎代表からの「れいわで一緒に参議院選戦ってくれるかな」という問いかけに対して「ああ戦います、はい戦います」と答えたのだが、本人の口からは一度も「出馬します」というストレートな言葉は聞かれなかった。  そこで、インタビュー冒頭で改めて聞いてみた。ズバリ、本当に次の参院選に出馬するんですよね? 「えーと、まぁ確実にすると思うんですが……。れいわさんも山本太郎代表の“独裁”ではなく、党できちんと会議をへて候補者を決める過程を踏むので、ワンクッション置かせてもらっている状態です」  では「れいわ」のことはいったん脇において、水道橋博士さんのお気持ちはどうなんでしょうか? 「れいわさんに誘われてなかったら出馬してないですね」  じゃあ、出馬しますと言ってよろしいんですね? 「出馬します」  やっと、スッキリと答えてくれた。  出馬への懸念材料としては、供託金の問題があるという。参院選の立候補に必要な供託金は、選挙区での出馬は300万円、比例区なら600万円と高額で、得票数が一定の水準に達しなければ没収されてしまう。れいわ新選組がこの供託金を負担してくれることが、出馬の条件だという。 「れいわさんが選挙分析をして『水道橋では票が取れないので、供託金は払えない』というなら出馬はしないと思います。その場合、他党から『供託金を払いますから出てください』と言われれば、それはやぶさかではありません。ウチの家計には供託金を払えるような余裕はないので、(今回の出馬は)予定していなかった行動なんです」  出馬を考えたのは、本当にごく最近のことだという。15日、川崎市の溝の口駅前で山本氏の街頭演説があった。そこに博士は「自称ジャーナリスト」として訪れ、山本氏に質問した。 「4月25日かな、松井一郎・大阪市長から訴状が届きました。名誉毀損の裁判を5月30日、大阪地裁でやるんですが、裁判費用は莫大(ばくだい)にかかります。被告になってテレビ、ラジオに出られないということになれば、政敵をテレビ、ラジオに出演させないために訴える方法があるわけです。反スラップ訴訟の法律をつくりたい。れいわさんで今後、反スラップ訴訟の立法化について努力してくれるかをお聞きしたい」  2月13日、博士はツイッターで松井市長を批判したYouTube動画を紹介した。これに対して、松井市長は「水道橋さん、これらの誹謗中傷デマは名誉毀損の判決が出ています。言い訳理屈つけてのツイートもダメ、法的手続きします」とツイッターで応戦。本当に訴訟沙汰に発展したという経緯がある。  博士はこの訴訟について、権力を持つ地位にある者が弱い者の口を封じるために訴訟を起こす「スラップ訴訟」だと主張しているのだ。  博士の質問に対して、山本氏はこう答えた。 「(水道橋さんは)自称ジャーナリストから政治家になったらどうですか。自分自身がスラップの被害者であるならば、その立場に立って立法していくというのはかなり説得力のある話なんです。(供託金は)うちから出しますから、うちから出てください。どうでしょう?」  博士はまんざらでもない様子で「検討します」と応じた。  これが発端となり、博士の「出馬」が現実味を帯びた。 「立候補は(山本氏とのかけあいで生じた)偶然の産物です。それから3日間、出馬のための調整をしました」  博士が最初に相談したのは、妻と娘だった。 「妻には(街頭演説翌日の)16日に打ち明けました。泣いていましたね。本当にかわいそうでした。そういうことが好きなタイプの女性ではないので。妻は『家計の持ち出しになるのは絶対に嫌だ』『子どもの教育費を残してほしい』ということをずっと言っていました」  娘はこう言ったという。 「私も公の仕事に就きたいという希望があるから、パパ、人の道を汚したり、後ろ指をさされるようなことがあったら困ります」  師匠のビートたけしとは「出馬表明」前日の17日午後、直接会って相談したという。その時の様子をこう明かす。 「芸人仲間の原田専門家と2人で待ち合わせ場所へ行きました。実に2年半ぶりの再会になりました。たけしさんはもう75歳なので体調はどうかと思っていましたが、非常にお元気な様子でした。話したのは30分くらいです。たけしさんは政治的な活動には、冷ややかなんです。ご自身も出馬などはなさらないので。私からは『大阪の松井市長に訴えられていて、反スラップ訴訟をやらないことには、僕はただ干上がるだけなので、出馬させてほしい。ただし、たけしさんが芸人として出馬はするなとおっしゃるのであれば、出馬はやめます』と申し上げました」  たけしはこう答えたという。 「おまえのことはおまえで決めていいよ。ただし、オレは一切関係ないし、一切の応援はしない」  たけしとは部屋を出て別れた。 「たけしさんの後ろ姿は、がんばれよと言っているようで、かっこよかったです」  たけしの承諾が得られたことで、18日の「出馬表明」となったわけだが、それを報じた記事のコメントやSNSでは批判も巻き起こった。 「タレントとして仕事が減ったから報酬の高い国会議員になろうとしている」「選挙をネタにしたいだけ」などの批判も少なくなかった。こうした声について、どう思っているのだろうか。 「客観的にみれば、そう受け取れるでしょうし、(批判は)傾聴に値するというか、そう思われるだろうなとは思います。僕もタレント候補に対しては、以前からかなり批判してきましたから。ネットで発信する限り、自分を全否定されたり、気を病むくらいの矢が放たれてきたりすることは当然のことだと思っています」  選挙をネタにしたいだけという書き込みについては、 「芸人は選挙もネタにすればいいんじゃないですか。(立川)談志師匠がそうであったようにね。『囃(はや)されたら踊れ』というのが芸人ですから」  参院選で最も強く訴えたいことは「反スラップ訴訟」だという。  前述のように、博士は松井市長から名誉毀損で訴えられているが、2月13日のツイートから訴訟に発展するまでの間には、直接話をしようと試みたこともあった。  松井市長が現れる応援演説に出向き、本人にも声をかけたが、ほとんど反応はなかったという。 「知り合いのジャーナリストに聞いたところ、松井市長はジャーナリストだったらいつでも会いますと言っているようでしたので、即座に肩書を“自称ジャーナリスト”に変えて、なぜ僕を訴えようとするのかを松井市長に質問しに行っているんです。公人だから、そうして声をかけられることもあると思うのですが、なぜか反応はしてくれませんでしたね。僕は、絶対に向こう(松井市長)が大後悔するところまでやります。芸人という職業をバカにしてああいうこと(訴訟)をしているわけで、僕はそんなにヤワじゃないぞということは絶対に見せたいですね」  選挙戦では、反スラップ訴訟を軸に「反維新」の包囲網を広げていくつもりだという。また、アントニオ猪木元参院議員が30年以上前に「スポーツ平和党」を旗揚げして参院選に出馬した時のスローガン、「国会に卍固め、消費税に延髄斬り」も口にしている。 「それはほんとにギャグで言っているだけなんですが、あまり響かないので、もうみなさん、覚えていないのかなと思いました。経済政策としては、消費税ゼロとインボイス反対を訴えていきたいです」  参院選までおよそ2カ月。水道橋博士は客寄せの“タレント候補”で終わるのか、はたまた旋風を巻き起こす新人議員となるのか。これからの活動で試される。(AERA dot.編集部・上田耕司)

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    佳子さまの装いは「満点以上」とマナー解説者が絶賛 耳を出したハーフアップにした理由とは

     森林づくりの功労者を表彰する「第31回森と花の祭典―みどりの感謝祭式典 “感じよう みどりの恵みと 木のぬくもり” 」の式典が7日、東京都千代田区で行われ、秋篠宮家の次女・佳子さまが出席された。前回は姉の小室眞子さんが出席し、コロナ禍で3年ぶりの式典となった今回は佳子さまが初めて臨まれた。そのときの佳子さまの装いが「壇上のフラワーアレンジメントとマッチしてすごい!」という。 *  *  *  写真を見れば一目瞭然、その日の佳子さまの装いは、まさに「華」があった。 「グリーンがベースでピンクと白い花柄の刺繍があしらわれたセットアップに、同系色のノーカラージャケットを羽織られていました。足元はベージュのパンプス、手元には小ぶりのベージュのクラッチバックと白の手袋をお持ちになっていました。髪型は耳をしっかり出し、後ろでまとめたハーフアップにパールのイヤリングにパールのネックレスをされていました」(皇室記者)  この装いと身だしなみを「満点以上の高得点」と絶賛するのは大手企業のマナーコンサルティングを長年務めるマナー解説者の西出ひろ子さん。西出さんがまず挙げるのが髪型だ。 「まず髪型ですがハーフアップにしていらっしゃって、耳を出すというのは、すっきりときちんとした印象になるのと、おじぎをしたときに髪が顔にかかることがない。だらりと髪の毛が顔にかかるのは、清楚感や清潔感に欠けると思う方もいるのでハーフアップというのはとても大事ですね」  続けて、その装いも素晴らしいと言う。 「お若い方がカチッとしたフォーマルを着てしまうと年齢よりもかなり老けて見えたり、服に着られてしまう感じになるのをレースの花柄のモチーフのセットアップが解消しています。とても、可愛らしく、でもきちんとした印象もある素敵なフォーマルの装いだと思いました。また、ピンクにグリーンの差し色もあり、“みどりの感謝祭”への気持ちを表すのにぴったりです」(西出さん)  さらに、西出さんが感心したポイントが靴とバッグの色選び。 「一番感心したのはパンプスとバッグの色を同色にしていること。これは、フォーマルなマナーで重視されていることです。基本的なことですが、あまり浸透していないことなので、佳子さまはさすがだと思いました。足元にベージュを選ばれているのも素晴らしい。全体的な色味から黒い靴や茶色の靴は合わせないと思いますが、今回の佳子さまのような淡い色の服に黒い靴を合わせている方も正直多いです。統一感のあるベージュになさっていることで高得点過ぎるといいますか、身だしなみというマナーにおいて満点以上の着こなしです!」(西出さん)  さらに、佳子さまは、式典の壇上にある花も味方に付けていた。 「ステージに飾られた生花が佳子さまのジャケットの下のセットアップの色合いに合わせられたようでした」(皇室記者)  1枚目の写真が生花を背にした佳子さまだが、たしかに「華」がある。ここ数年、秋篠宮家と言えば眞子さんの話題ばかり取り上げられることとなってしまったが、佳子さまのファッションから紐解くとしっかり大人の階段を上っているようだ。年代を追って振り返ってみる。 【1】姉妹でお揃いコーデが定番だった 2007年8月31日、佳子さまと遊ぶ、もうすぐ1歳をむかえられる悠仁さま。この時12歳の佳子さまは眞子さま(当時)と似た感じのジャケットスタイルで初々しい。佳子さまがもっと幼い頃は姉妹で全身同じコーデだったり、色違いのワンピースだった。 【2】佳子さまのファッションに変化が! 2007年御用邸近くの葉山しおさい公園を訪れ、日本庭園の池の鯉に餌を与え楽しげな佳子さまと眞子さま(当時)。この頃から、姉妹お揃いからは卒業!? 真っ白なダウンにミニスカート、足元はボアブーツで。姉の眞子さまのセーターがトラディショナルなアーガイル柄のタートルなのに対し、妹・佳子さまは襟元ゆったりなタートルが対照的。 【3】グッとおしゃれ度が増しカジュアル路線に 2012年9月6日で6歳になった秋篠宮家の長男・悠仁さまと眞子さま(当時)と佳子さま。この年に大流行したダンガリーシャツにパッチワークのワンピースを合わせたスタイル。ダンガリーシャツは裾を結んでご自分なりのアレンジをきかせている。当時は、赤文字系ファッション誌できれいめファッションが取り上げられた最後の年で、その後、ナチュラル・カジュアルへ転換していったのがこの頃。 【4】同じ入学式スタイルでもこんなに違う 左は2013年4月学習院大学文学部教育学科へ入学式に向かう佳子さま。右は2015年、前年にAO入試で合格した国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科の入学の1枚。スーツは同じだが、高校卒業後すぐの入学式とその2年後、真っ黒ストレートヘアから少し明るい髪色でふんわり毛先を遊ばせたスタイルに変身している。 【5】母と娘たちコートの着こなしも様々 2017年2月28日ベトナムへ出発する天皇、皇后両陛下(当時)を見送る紀子さま、眞子さま(当時)、佳子さまは3者3様のコートスタイル。佳子さまはダブルブレストコートでウエストに切り返しがあり脚長効果も。つばがやや広めのしっかりした帽子で小顔効果もありスタイルよく見える。 【6】真っ白なワンピーススーツで外国訪問へ 2019年9月15日オーストリアとハンガリーを公式訪問するため、羽田空港を出発する秋篠宮家の次女佳子さま。光沢のある真っ白なワンピーススーツで清楚な感じもしつつ、程よいフレアスカートでかっちり過ぎず23歳らしいフレッシュな印象に。よく見るとストッキングもナチュラルベージュではなく光沢がある白っぽいものにしていて、そのコーデは完璧過ぎる! 【7】アイテムのチョイスが絶妙 2019年12月の25歳のお誕生日前に公開された秋篠宮邸の庭を散策する佳子さま。佳子さまが着ているダッフルコートと言えば紺色かキャメルカラーが定番。それを鮮やかなスカイブルーで、しかもショート丈のチョイスはかなりのオシャレ上級者!? 写真では見えにくいがワイドパンツとのコーデをしていて年齢相応の大人カワイイも演出。 【8】「姉が主役」のため落ち着いた装い 2021年10月26日眞子さま(当時)を見送る秋篠宮ご夫妻と佳子さま。あまりに有名になってしまった姉妹のしばしのお別れのシーンだが、嫁ぐ姉に寄り添う佳子さまはグッとシックな装い。「この日は姉が主役」とTPOをわきまえられた気持ちの表れも感じられる。  前出の西出さんは、着こなしにはTPOをわきまえることの大切さを指摘する。 「身だしなみや服装において、一般的に大事なことはTPOです。私はマナーの専門家として“P”をさらに2つ加えていてTPPPOと言っております。TはTIME(時間)、PはPLACE(場所)、私が加えるPの一つ目はPERSON(人)。どんな人と一緒にいるか、どんな相手と接するのかによって服装や身だしなみが変わります。もう一つのPはPOSITION(立場)です。例えば、結婚式の服装で言うと、親族なのか友人なのか立場で変わりますよね。この2つのPがとても大事なのかなと思っています。佳子さまの今回の式典の話しに戻すと、今回の“みどりの感謝祭”というのは、樹木や草花を大切にしていく気持ちが、しっかり服装に表れていたなと思いました」(西出さん)  佳子さまの今回の装いを見ても、ファッションの変遷をたどってみてもなかなかの上級者なのかもしれない。(AERAdot.編集部・太田裕子)

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    山口祐一郎「きっかけは4番目の父親」 歌の才能を見抜かれ

     1981年に「劇団四季」の「ジーザス・クライスト=スーパースター」で主演デビューした山口祐一郎さん。退団後も大作に出演し続け、「ミュージカル界の帝王」と呼ばれる山口さんが、作家・林真理子さんと対談。生い立ち、この道に進んだきっかけなど、「ここだけの話」がいっぱいです。 *  *  * 林:こんな素敵な山口さんをお産みになったお母さま、すごくきれいな方なんですってね。 山口:きれい、に近い(笑)。 林:お顔はお母さまに似てるんですか。男の子はお母さんに似るっていうから。 山口:でも僕、父親と母親が5人いるんですよ。 林:えっ、5人いらっしゃる? 山口:DNAは、もちろん1番目の両親なんですけど、その後親がどんどん代わっていきまして……。最初の父親と母親は鹿児島の同じ高校の先輩後輩だったんですよ。父親は野球部で、その年のホームラン王。もう1回勝ったら甲子園に行けたのに、負けて行けなくて、その1年後輩が母親だったんです。父親は東京六大学で野球を始めたんですけど、祖父に「野球選手にさせるために大学に行かせたんじゃない」と言われて野球をやめさせられちゃって、ふつうの学生をやってたんですよ。母親のほうは映画のニューフェースに受かって、1年後に東京に出てきて、文学座の研究生になったんです。 林:まあ、そうなんですか。 山口:元野球部の大学生と、文学座に通っている女優の卵が、参宮橋の小さなアパートで一緒に住んだら、そこは劇団四季の稽古場から100メートルぐらいしか離れていない場所で……。 林:私、そのすぐ近くに住んでたんですよ。駅前のカレー屋の2階に住んでたんです。 山口:えっ、ほんとに? 林:「ザ・ベストテン」で「追っかけマン」が「きょうは劇団四季の稽古場からの中継で、野口五郎さんが歌います」と言ったので、そのとき私、こたつで見てたんだけど、すっごい勢いで駆けだして行ったの覚えてますよ(笑)。 山口:劇団四季の稽古場って、当時は外からの音も聞こえるくらいでしたからね。そうそう、その参宮橋で両親が一緒に暮らしていて、父親が大学を卒業するときに山口祐一郎クンが生まれたんですよ。でも、祖父は鹿児島で土木関係の会社を経営していた人。父親はそこの跡取りだから、「大学を卒業したとたんに子どもだなんて、このバカヤロー! アメリカの大学に行ってこい!」と言われちゃった。それで、父親はひとりで、カリフォルニア大学のバークレー校に留学させられたんです。 林:当時はすごいことですよね。 山口:それからもいろいろとあって両親ともどんどん代わって、それで5人。ミュージカルを始めるきっかけになったのは音大を出た4番目の父親でした。実は僕が高校生のときに、その人が僕の声を聞いて「ちょっと声を出してみな」って言うんです。学生のときは剣道ばっかりでしたから、歌なんか一度も歌ったことはなくて。剣道で「ウワー」って掛け声はずっと出してましたけどね。そう言われて声を出したら「すごい! 歌やれよ。そんな“楽器”めったにない」って言われたんです。 林:ええ、ええ。 山口:じゃあやってみようかと思って、そのころ岩崎宏美さんが出ていたテレビの番組があったんです。そこに応募して受かったら仕事にしよう、落ちたらサラリーマンになろうと思ったんですけど、応募して一回歌ったら受かっちゃったんですよ。 林:すごい。 山口:受かったら、そのテレビ局が音楽の学校に行かせてくれるんですが、そこの音楽の先生が劇団四季の作曲をされていて。その方が「ミュージカルのほうに行きなさい」とおっしゃって、浅利(慶太)先生のところに連れていってくれたんです。 林:まあ、そうだったんですか。私、劇団四季の「キャッツ」の初演(1983年)見ましたよ。山口さん、ラム・タム・タガーをやったんですよね。私、そのときお手洗いに行ったら、私に気づいた若い女の子が「山口祐一郎さんステキでしょう? 林さんのいちばんのタイプだと思いますよ」ってコーフンして言うんです。それで私は「山口祐一郎さん」というお名前を知ったんです。 山口:ありがとうございます。 林:ところで、最初のご両親は、まだご健在なんですか。 山口:いや、コロナの前に父親も母親も亡くなりました。 林:私、どういうわけか、劇場のお手洗いに行くと山口祐一郎さんの情報をファンの人が教えてくれるんですよ(笑)。いつかも「山口さんは、お母さんがあまりにも素敵すぎて結婚なさらないんですよ」という話を聞きました。 山口:さっきも言ったように、父親も母親も5人でしょう。「社会通念上のシステムに拘束される現代人って何なんだろう」みたいなことが自動的に教育されちゃったんですよね。「形じゃないんじゃない?」みたいなことが。 林:なるほど……。でも、いろんなことが落ち着いて、いまから結婚してお子さんをつくるのもいいかもしれない。 山口:今年僕、66歳ですよ。いまさら子どもは……。弟も妹もいっぱいいますしね。僕ってプライベートがないんです。「どこそこの劇場にいる」って常に告知されて、そこに行くと僕がいるから、僕の知らない弟たち、妹たちが、「お兄さん」って言って来るんですよ。あるタイミングから僕、自分の実人生がなくなって。僕が過ごしてきたのは、全部舞台の上。死神とかヴァンパイアとか、人じゃない役を演じたこともたくさんあるわけですが、そんな虚構の世界が自分の人生なんです。自分の夢が現実になり、現実になった夢の中に生きているという感じでしょうか。 林:それはこういう容姿と才能に恵まれた人の運命ですね。 >>【前編】ミュージカル界の帝王・山口祐一郎を鼓舞させた“医療関係者からの手紙” (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年5月27日号より抜粋

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    ミュージカルの帝王・山口祐一郎 「100%予想できない展開」楽しんでほしい

     俳優・山口祐一郎が東京・日比谷のシアタークリエで公演を行う。コロナ禍で試行錯誤するなかで、改めて得た気付きがあるという。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  *  新型コロナウイルスは生き方を変えた。コロナ禍でミュージカル公演が軒並み中止となった2020年秋のこと。「自分たちの日常がなくなってしまう」と、ミュージカルの帝王・山口祐一郎(65)は、演劇の殿堂・帝国劇場で初めてのトークショー「My Story~素敵な仲間たち」に出演した。 「どういう形で皆様に出会う機会があるのか、スタッフの皆さんで検討する中、トークショーならコロナ対策に関しても対応しやすいのではないか、と実現しました。とは言っても、トークショーで帝劇が満席になって、大勢の方に配信でも観てもらえるなんて、自分でも思っておらず驚きました」 ■普段以上のやりとり  ミュージカル公演では数カ月どころか年単位で準備を進める。稽古場で流した汗が本番で結実する。だが、トークショーでは稽古場での時間がないだけに、 「稽古分の汗が本番中の冷や汗にならないか心配していましたが(笑)、お客さまと大変楽しく過ごすことができました」  このトークショーでの気付きは大きかった。マスクをしていても、皮膚感覚で観客の熱を感じた。五感は置かれた環境によって順応すると知った。マスクで顔の動きもわからないかと思っていたら大間違い。1千人以上の人が白いマスクをしていたが、表情がはっきりわかった。 「コロナ前とは違いますが、普段以上のキャッチボールが客席とできたような気がします。新しい発見でした」  コロナ禍を通じ、改めて自身が恵まれた環境で演じてきたことにも気付かされた。  例えば公演後、欧州や米国からやってきた演出家たちは、静かに見ている日本の観客が気になるらしい。「何か大きなミステイクがあったのではないか。何があったか本当のことを教えてくれ」と尋ねられた。そう聞く彼らに、「この小さな島国の日本では、こうやって感情を表現するんです。能や狂言をぜひご覧になってください」と答えた。 ■佇まいで心情わかる 「日本人は何かをしているから人の感情を感じるというより、ただ佇んでいるだけでもその人がどういう心情にいるかを理解するんですよね。日本は世界中のどの劇場よりも、お客さまとのコミュニケーションが普段と変わらず行われる。私はそういう特殊な恵まれた幸せな場に立っているのだ、と感じました」  そんないくつもの発見を経て、今回、東京・日比谷のシアタークリエで、さらに内容をグレードアップした「My Story,My Song~and YOU~」を開催する。「これまで出演したミュージカルナンバーで、普段なかなか聞くことのできない歌を披露する」と言う。千穐楽はオンラインでも生配信する予定だ。 「役者も演出・制作スタッフさん方もバンドさんも、みんな一緒にやってきました。クリエで魅力的な時間と空間をお客さまに楽しんでもらいましょうと企画する時に、みんながやりたいことがあっという間に山積みになりました。その中から面白いものを選んで構成しています。トークでも、ゲストはみんな一緒に仕事をしてきた仲間です。前回もそうでしたが、何か金脈に当たるとみんなでそこを掘っちゃうんです。今回もどんなトークになるか、私にも全くわかりません。100%予想できない展開になるはずです(笑)。それを私自身が心から楽しんでいる様子やコンサートの雰囲気、エネルギーを、配信でご覧になるお客さまも含め、皆さんにも楽しんでいただけたらと思っています」 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    ミスを指摘されると不機嫌になる性格に悩む28歳女性 自己分析もできている相談者に鴻上尚史が示した“その先”とは

     ミスを指摘されると不機嫌になる性格に悩む28歳女性。「性根が短気でプライドが高く負けず嫌い」と自己分析する相談者に、鴻上尚史が投げかけた一歩踏み込んだ質問とは? 【相談144】ミスを指摘されると不機嫌になってしまいますが、どうこの性格を治していいかわかりません(28歳 女性 どど)  ミスを指摘されると不機嫌になってしまいます。  何故不機嫌になってしまうのかを考えたところ、性根が短気でプライドが高く負けず嫌いなので、周りを見下して心の安定を図っていることに気づきました。  気づいたはいいのですが、相変わらず同僚や後輩にミスを指摘されるとあからさまに不機嫌になってしまい、どうこの性格を治していいかわかりません。  どうやったら周りを見下さずに済むか、せめてすぐ不機嫌になったり、イライラしたりせずに過ごしたいです。知恵を貸していただけないでしょうか。 【鴻上さんの答え】 どどさん。そうですか。不機嫌になる理由は「性根が短気でプライドが高く負けず嫌いなので、周りを見下して心の安定を図っている」からだと気づいたのですね。素晴らしい自己分析だと思います。  持て余す感情に対して、うまくつきあっていくためには、理性しかないと僕は思っています。  つまりは、「どうして自分はこうするのか?」「どうしてこう感じるのか?」を突き詰めていくしか、賢く生きる道はないと思っているのです。  でね、どどさん。もう一歩踏み込んで、「どうして、性根が短気でプライドが高く負けず嫌い」なのか、考えてみませんか? 「そういう性格だから」というのは、あまり賢明な答えではないと思います。そういう性格になった理由を探ろうとしているのです。  ちゃんと自己分析できるどどさんですから、じっくり考えたら答えが出ると思います。ここで終わってもいいぐらいなんですが、それだと「ほがらか人生相談」にメールを送ってくれた意味がないでしょうから、僕の判断を書きますね。  どどさんが「性根が短気でプライドが高く負けず嫌い」なのは、「どどさんが自分自身に自信がないから」だと僕は思います。自分に自信がないから、他人にミスを指摘されると、自分自身そのものを否定されたような気持ちになって怒ってしまうんだと思います。短気でプライドが高く、負けず嫌いなのも、自分に自信がなく、常に不安で自分を守ろうとしているからだと思うのです。  だって、自信のあることや得意なことは、突っ込まれてもたいして動揺しないでしょう? どどさんは何が得意ですか? 高校時代、なにかクラブ活動してました? もしバスケが得意だったら、ミスの指摘もアドバイスもちゃんと聞いたんじゃないですか? でも、もしライバルが現れて、レギュラーから補欠に落とされそうになったら、不安になって、ミスの指摘にいらついたんじゃないですか?  そうするとね、どどさん。この性格を変えていくためには、「自分に自信を持つこと」となります。  自分に自信を持てば、短気でもなくなり、ミスを指摘されても簡単には怒らなくなるんじゃないでしょうか。  え? そんなことができたら苦労はしない? たしかに「自分に自信を持つ」ことは、先進国の中で、「自尊感情」がトップレベルで低い日本人には、なかなか難しいことです。でも、そうなることが、一番確実な解決方法だと思います。  では、どうしたら「自分に自信を持てる」ようになるかですね?  それは、職場でひとつひとつ「勝ち味」を積み重ねていくことだと僕は思います。「成功体験」とか「自分をほめること」と言ってもいいです。どんなに小さなことでもいい、誰かの「ありがとう」とか「助かります」なんていう感謝の言葉でもいい、毎日、ちゃんと会社に遅刻しないで行っていることでも、満員電車に耐えていることでもいい、とにかくなんでも自分をほめる理由を見つけて、自分自身でかみしめるのです。それが「勝ち味」です。  もし、どどさんが毎日毎日、失敗ばかりして怒鳴られていたら、この方法は難しいです。でも、普段はちゃんと仕事をしていて、たまにミスをするぐらいなら、普段ちゃんと仕事している自分をうんとほめるのです。ほめて、自分に自信をつけていくのです。自分へのご褒美も忘れないように。毎朝、ちゃんと起きている自分をほめるために、美味しい物を食べるとか、スーパー銭湯に行くとか、マッサージを受けるとか、ご褒美をかみしめてください。  そうすれば「周りを見下して心の安定を図」る必要もなくなると思います。  時間はかかりますが、これが一番確実な「ミスの指摘に簡単に不機嫌にならない方法」だと僕は考えます。どどさん、どうですか? ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    場所もジャンルも垣根を分けないことが自分流 ピアニスト・音楽家、角野隼斗

     ピアニスト・音楽家、角野隼斗。昨年10月のショパンコンクールでセミファイナルに進出、世界にピアニストとして角野隼斗の存在が周知された。クラシックだけではない。YouTubeでは「かてぃん」の名前で、さまざまなジャンルの音楽を配信し、登録者数は98万人を超える。一つのことだけではおさまりきらない好奇心と、それを最高のレベルにまで持っていく探究心。新しい音楽の世界の幕が上がる。 *  *  *  乳白と漆黒の鍵盤の上で、美しい手が舞うように動いている。演奏の主は、優雅で夢見るようなまなざしの青年だ。細く、長い指先が時折、緊張で小刻みに震える。その震えが、古色蒼然(こしょくそうぜん)としたホールで進行中のドラマを伝える。  昨年10月、ワルシャワで開催された第18回ショパン国際ピアノコンクールは、反田(そりた)恭平、小林愛実(あいみ)と二人の日本人入賞者が出たことで話題を集めたが、同時にセミファイナルに進んだピアニスト、角野隼斗(すみのはやと)(26)の存在が世界に周知される節目でもあった。 「上品で華やか」「ショパンにそっくり」「クラシック界の殻を打ち破る光明」「彼をどう評価するかで審査員も評価される」……。  コンクール主催者が配信するYouTubeの公式サイトでは、ファーストラウンドから他の参加者を圧倒する259万回の再生数を示し、コメントが続々と付いた。セミファイナルまでの全3ラウンドの再生数は、優勝したブルース・リウの全4ラウンド454万回を超える482万回。  正統の雰囲気を湛(たた)えながら洒脱(しゃだつ)で現代的、さらに理知的な角野のショパンは、権威の継承ではなく、今、この瞬間をともに生きている聴衆に差し出された、ピアノの新しい地平だった。 「クラシック、ジャズ、ポップス、ゲーム音楽と、垣根を分けないで、自分の興味のおもむくままにピアノを弾いてきた。そのアプローチが、ピアノの神髄(しんずい)であるショパンに通用するのか。コンクールでは、それに挑む気持ちがありました」  角野が語るように、彼は「角野隼斗」と「Cateen(かてぃん)」という二つの名前を使い分けながら、ジャンルを超えた活動を行っている。舞台はホール、スタジオ、ストリート、自宅とさまざま。ソロあり、ライブあり、コラボありと、形態も自在だ。とりわけ登録者数98万2千人、総再生回数1億回を超えるYouTubeのチャンネルはホームであり、配信という21世紀のテクノロジー&メディアなしに、角野の音楽は語れない。 ■数学も音楽も好き 東大か藝大かで迷う  私自身、角野を知ったのはYouTubeの動画だった。「かてぃん」名義で、彼と同じくピアニスト&ユーチューバーの「よみぃ」とコラボした「ナイト・オブ・ナイツ」。電子音で構成されるゲーム音楽をグランドピアノ2台で再現する試みで、2人が超高速で繰り出す音の連打が衝撃的だった。1970年代後半、クラシックの音楽教育を受けた坂本龍一は、電子楽器を用いることでテクノポップというイノベーションを起こしたが、時代が一巡して今、角野はそれをピアノで表現する。その倒置の中の先進性。ショパンが登場した際に、シューマンが放ったセリフがよみがえった。 「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」  ショパンコンクール以降、角野の人気と知名度は、リアルの世界でもぐんぐんと上がっていった。  2021年大みそかのNHK紅白歌合戦では、上白石萌音の伴奏を務め、年明けにはショパンとガーシュインを引っ提げた全国9カ所のツアーを完遂。THE FIRST TAKEでmilet(ミレイ)と共演し、ゆずのアルバム「PEOPLE」にピアノで参加。NTTドコモのCMに綾瀬はるかと出演し、4月開始のNHK「サタデーウオッチ9」では、番組内のすべての音楽を担当。4月にドイツでハンブルク交響楽団とバルトークのピアノ協奏曲第3番を共演したかと思えば、帰国後はブルーノート東京でジャズ・デイに参加。来る7月には「FUJI ROCK FESTIVAL ’22」への出演、9月にはポーランド国立放送交響楽団と全国ツアー……と、快進撃はとどまるところを知らない。 「飽きるのが怖い。同じ所に留まりたくない。その気持ちが僕を突き動かしています。今のところ、毎回、反省点がある。それってもっと上に行けるということ。だから、進まない理由がないんです」  弾丸のようなスケジュールをこなしながら、たたずまいは涼しげで、発言はどこか覚めている。ラフマニノフの大曲「パガニーニの主題による狂詩曲」「ピアノ協奏曲第2番」をオーケストラと演奏した直後も、疲弊した様子は一切見せず、楽屋で若い指揮者と音楽談議に興じていた。 「いや、アタマの中は興奮し切っているんです。ただ、それを表に出さない。中高の時にそういうマナーを身に付けてしまっていて」  生まれた時から常にピアノがそばにあった。桐朋学園大学ピアノ科を卒業し、ピアノ教師として実績を上げていた母、角野美智子の手ほどきで、自宅のグランドピアノに向かったのは3歳の時。それ以前から数字に対する興味が強く、時計の読み方や簡単な計算は幼稚園に上がる前に覚え、小学校低学年のころには、大学受験レベルの楽理も、すべて習得していたという。  4歳でピティナ・ピアノコンペティション全国大会に初入賞。6歳で、門下からピアニストが輩出していた金子勝子(84)に師事し、以後、内外の主要コンクールで次々と成果を収めた。そんな角野の存在は“神童”が集まる教室でも際立っていたと、金子は証言する。 「腕や手首のしなやかな筋力、長く細い指と、抜群の集中力。リズム感、テンポ感、フレーズ感、音色と小さいころから彼ならではのものがあり、勉強もできる。天からさまざまなものを授かっていましたね」  開成中学、高校に在学中は、数学の研究者か音楽家のどちらかが、将来に対するざっくりしたイメージだった。東大か、藝大か、進学先を迷ったが、周囲に藝大を受ける友人は一人もいない。 「だったらみんなと一緒に塾に通って、帰りにうどん食ったりしながら、勉強したい」  ということで、14年に東京大学理科一類に入学。工学部計数工学科数理情報工学コースで、音声情報処理を、さらに同大大学院で機械学習を用いた自動採譜と自動編曲を専攻。修士1年の時には、フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)に留学し、最先端の音楽情報処理を研究した。 ■ピアノにバンドにゲーム 別の人格を持って楽しむ  この時までは、人生の針は数学方面に振れていた。IT企業でのインターンシップも行い、就職の準備も万全。世の母親が理想とする息子である。  だが、一筋縄ではいかない角野の感性は、ただ一つの道だけを自分に許さなかった。常に複数のチャネルを持ち、すべてを最高レベルで追求して、楽しみ尽くす。彼の脳と身体には、幼児のころから、その原理が刻まれていたのだ。  学齢期の前から、クラシック音楽と並行してリズムマシーンに親しみ、そこから「ダンスダンスレボリューション」「jubeat(ユビート)」などの音楽ゲーム(音ゲー)に夢中になっていた。「かてぃん」は、中学生の時に「太鼓の達人」用に作ったハンドルネーム。平仮名4文字という制約の中で、本名の要素をあえてはずして付けたものだ。  中3でショパン国際ピアノコンクールin ASIA中学生部門金賞を受賞するが、一方で、ロックバンドを組んでドラムを叩き、また自作のボカロや音ゲーの曲、ゲームのプレイ動画をニコニコ動画やYouTubeに投稿して楽しんでいた。 「再生数300回という世界。それでも、リアルとは別の人格を持って、知らない人たちからコメントをもらう。そのやり取りが新鮮で面白くて」  大学受験を直前に控えた高3の12月にはeスポーツの公式大会「コナミ・アーケード・チャンピオンシップ」に出場し、全国ベスト8に入賞。そうかと思えば、大学院時代はフランス留学の直前に、国内のピアニスト登竜門「ピティナ・ピアノコンペティション特級」に出場してグランプリを受賞(優勝)。360度の視界に、壁というものは存在しなかった。  しかし、本人の見方はまた別だった。 「研究者になりたい気持ちはあるけど、ピアノも捨てきれない。でも、クラシックには本気で打ち込んでいなかった引け目がある。そのころのフェイスブックを読み返すと、ネガティブで、悩んでいて、迷走していた自分がいます」 (文中敬称略)(文・清野由美) ※記事の続きは「AERA 2022年5月23日号」でご覧いただけます。

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    日本で上がる「ウクライナは白旗あげたらいい」の声に戦場ジャーナリストが現地から激怒した理由

     ポーランド国境にほど近い、ウクライナ西部の街に入ったジャーナリストの佐藤和孝さん。これまでもアフガニスタンやボスニアなど様々な紛争地で取材を行ってきた佐藤さんに、AERAはインタビュー。ウクライナに入国した直後のこの街で彼が感じたのは、「平穏」に侵食する恐怖と孤立だった。 *  *  * ――ウクライナ西部にある街、リビウ。美しい街並みはユネスコの世界遺産に登録され、歴史の深さを感じさせる。3月5日、ジャーナリストでジャパンプレス代表の佐藤和孝さんがリビウに入り、取材を続けている。 佐藤:日本で思っているよりも、ウクライナ全土が戦地になっているわけではありません。ロシアに近いハリコフやマリウポリ、キエフは激しい状況ですが、今のリビウはマーケットにも食料が並んでいるし、電気やガス、水道も滞りなくある。でも、会社はやっていないし、学校も幼稚園から大学まで休校です。  リビウはウクライナ各地からのハブになっていて、ポーランドに脱出する人や安全な地方に避難する人たちが集まっています。そうした人たちをケアするために、市民は炊き出しや物を配るボランティア活動に従事している。空からの攻撃を想定して戦車や装甲車をカモフラージュしたり、火炎瓶を作ったりしている人もいる。街は戦時下というより、準戦時体制に入っています。そういった意味でリビウは平穏には見えるけれど、戦火をひしひしと感じている雰囲気です。 ――佐藤さんはこれまで、アフガニスタンをはじめ、チェチェン、イラクなど数々の紛争地を取材し、街に暮らす市井の人の声を伝えてきた。リビウでも、衝撃的な出会いがあった。 佐藤:町工場の若社長として働く30歳の青年がいました。普段は台所用品を作っていたけれど、今は戦車や装甲車が街に侵入しないためのバリケード、そして兵士たちがつける「ドッグタグ」を作っている。普通、ドッグタグには名前や生年月日、血液型や国籍、そしてナンバーが刻まれています。でも、彼が作っていたのはナンバーしか書いていない、名前のないドッグタグでした。  僕がリビウで話を聞いた人たちは、国を守るために戦争に行くと話しました。当然亡くなる人も出てきます。その人たちが無名のドッグタグをつけている。それを見たとき、切なくなった。一人の存在が、番号だけっていうのは……。 腹の底から怒りを覚え ――その青年には7歳と3歳の子どもがいる。あなたも銃を持って戦争に行くのかと問いかけると、「行きたい」と答えた。 佐藤:でも、これまでに戦ったことのない青年です。恐怖について聞くと、「そりゃ怖い」と。「でも、自分が死ぬよりも怖いのは、この国が消滅すること」「だから戦う」と言った。  日本のどこかの評論家だかで、「ウクライナは白旗をあげたらいい」と言った人がいるんでしょう。大馬鹿者ですよ。だったらウクライナに来て、みんなにそう言いなさいと思う。  自分の国、文化や歴史がなくなるんですよ。安全圏で何もわかっていない、命を懸けたこともない人がこれから命を懸けようとしている人たちに向かって言える言葉じゃない。  この国はロシアに踏みにじられてきました。ソ連崩壊でようやく独立国家になったのに、またそのときに戻ってしまう。そうならないために血を流すことを彼らは厭わない。ゼレンスキーも含め、名もない人たちの気概がこの国を勇気づけているんです。  なのに、「10年後にはプーチンが死んでいるだろうから、その後、国に帰ったらいい」なんて馬鹿なことを言っている。このままだと、10年でこの国はなくなるんです。腹の底から怒りを覚えます。 大勢と一人「命」の重さ ――世界はロシアに対しての制裁を強化し、それはウクライナ国民の励みにもなっている。だが、課題もあると指摘する。 佐藤:西側諸国といわれる国が自分たちの味方になってくれていることはよく認識していて、それが戦うモチベーションの一つになっていることも否めません。でも、じゃあ我々はそれを続けていけるのかということも問われてくる。  応援の仕方は色々あるのだと思いますが、ウクライナへの武器の供与以上のことをすると第3次世界大戦になってしまう。世界の指導者のなかには、自分たちが火の粉をかぶらないためにウクライナを犠牲にしてもいいと考える人たちもいる。この問いが正しいかはわかりませんが、大勢の命と一人の命のどっちが大事かということになるかもしれない。そうならないように、外交なども含め世界は動かないといけない。  この戦争は長期化すると思います。だって、多くの人たちが戦う意志を持っている。自分たちの国を自分たちの血をもって守ろうとしている。その魂は消えません。アフガニスタン侵攻でも、ソ連軍が入って10年で撤退を余儀なくされた。結局、勝てないんです。 「核」撃てばロシア消滅 ――ロシア軍がシリアで兵士を募集しているとも報じられ、行き詰まりが見えている。 佐藤:兵士の数が多くても、戦闘経験のない人間は現場では使えません。「ワグネル」といわれる傭兵集団がいますが、彼らは戦闘経験が豊富です。つまり、人の殺し方を知っているということです。シリアの兵士も同じで、人を殺すことに慣れている。そういう人間を使って、なんとかウクライナを制圧したいと思っているんでしょうね。  でも、キエフでロシア軍が政府機関などを押さえたとしても、周りは敵だらけです。ロシア軍にとっても危険なことで、市街戦やゲリラ戦になってくる。長く続けば戦闘意欲やモチベーションもなくなっていくでしょう。  この戦争を長期的に遂行する経済的な裏付けがロシアにあったかというと、難しいんじゃないですか。もともとGDPも低いし、経済制裁もある。中国が助けるといっても限度があります。ロシアにも反対派の人がたくさんいるし、今やっていることは「きょうだい殺し」です。多くの国民は心を痛めているんじゃないかと僕は思う。  ただ、国内世論が反プーチンに傾くほど、彼はますます弾圧しなければならなくなる。今後プーチンはウクライナ、世界、そしてロシア国内とも戦わなければいけなくなります。その覚悟を彼は持っているのか。核があると脅かしますが、それを撃てばロシアも消滅します。  プーチンはルーマニアのチャウシェスクのような形で終わってしまうかもしれません。止められるのはロシア人しかいないと僕は思っています。 世界に見えない街や村 ――様々な国を歩いてきたが、これまで見た戦場とは「質」が違うという。 佐藤:アフガニスタンやイラク、シリアというのはある地域の戦争です。僕のなかでは、世界大戦になるというようなものではなかった。ユーゴスラビアの戦争は世界大戦の可能性を秘めていましたが、各地に火の粉が及ばないようにヨーロッパ各地もいろいろと手を打ちました。  今度はロシアの正規軍が自分たちの論理だけで他国に侵攻し、第3次世界大戦の可能性もはらんだ非常に危機的な状況だと思います。今までの現場とは質が全く違う。だから世界は必死になっているんだけど、行き詰まり感も出てしまっている。  キエフやハリコフから避難してきた人たちは、とにかく攻撃が激しいと口をそろえます。狙撃兵までいるから、外に出られず命からがら逃げてきたと。でも、そういった街や村には記者もいないので、世界に見えていないんです。やりたい放題になって、どんどん残虐な方向に向かってしまう。今後、キエフでも取材したいと思っています。 ◯佐藤和孝(さとう・かずたか)1956年生まれ。独立系通信社「ジャパンプレス」代表。山本美香記念財団代表理事。80年からアフガニスタンで取材を行い、その後も様々な紛争地を取材した。近著に『タリバンの眼 戦場で考えた』など (構成/編集部・福井しほ) ※AERA 2022年3月21日号から

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    「アラサーちゃん」作者・峰なゆかが描く“ぶっちゃけすぎ妊婦ライフ”

    ドラマ化もされた人気漫画『アラサーちゃん』の著者である峰なゆかさんが、異色の「育児漫画」を出版した。峰さんの妊婦時代の経験から、誰も書けなかった本音を赤裸々に描いた『わが子ちゃん』(扶桑社)は、これまでの育児漫画とは一線を画した意欲作だ。慈悲と優しさにあふれた「聖母」のような妊婦像を押し付けてくる社会に対して、ウィットに富んだ毒を含む表現を駆使しながらあらがい、本音で生きようとする「妊婦・峰なゆか」の姿は痛快ですらある。著者本人に、数々のエピソードの裏話を聞いた。 *  *  * 取材場所のカフェに現れた峰さんは、トレードマークだった黒髪のロングヘアを鮮やかなピンクアッシュに染めていた。その理由を聞くと、 「小さい子どもがいると、無遠慮に話しかけてくる人が多くて、それがイヤなんですよ。髪を派手にすれば話しかけられないと思って染めたんですけど、効果てきめんでした」  育児中の女性に“あるある”の悩みを吐露しながらも、ユーモラスな返しが、いかにも峰さんらしい。  4月に出版した『わが子ちゃん』(1巻)では、峰さんの妊娠から出産前までが描かれている。世間から押し付けられる妊婦のイメージや“正しい”とされる妊婦マインドをことごとく蹴散らし、独特の表現で女性の「本音」をつづった。  執筆は出産したその日からスタートさせたという。 「みんなが『産んだら(妊娠中の苦労や)痛みを忘れちゃうよ』と言うので、忘れないうちに書かなきゃと思い、産んだ30分後にはiPadを開いてメモしていました。私の場合、妊娠中からつわりがひどくて、これを漫画にしてお金に変えないとやってられないな、と思っていたんです」  作品には妊婦の心の内を赤裸々に描いた場面が数多くあるが、序盤から、表立っては語られづらい「流産」についても触れている。妊娠初期で流産する確率は約15%もあることを踏まえたうえで、これをおなかに銃口を向けられた「ロシアンルーレットと同じ確率」(6分の1)と表現した。 「本当に流産した人が見た時にどう思うのかな、などいろいろ考えました。でも、妊娠初期は肉体的なつらさだけではなく、流産するかもしれないという精神的な不安はかなり大きいんです。誰もがそう感じているはずなのに、でも、みんな書かない。だから伝わりやすく描く必要があると思ったんです」  もしも流産した時に自身の心が壊れないように、妊娠初期は胎児に愛情を持たないようにしていたことも描いた。 「中には『母親としての自覚がない』と怒る人がいるかもしれません。でも、読者の方からは『わかる!』という反応が多くて、みんな同じような心境だったことが改めてわかりました」  安定期に入る前は「食べづわり」に悩まされた。街中で路地に隠れておにぎりをほおばったり、カップ麺を作るお湯が沸く時間すら待てずに硬い麺を食べたりしたことも。その姿を見たパートナーの「チャラヒゲ」からは、「妊婦さんは2人分食べなきゃね」と励まされたが、これに峰さんの心はざわつく。 「その時は妊娠7週目で、胎児はまだ1センチほどですよ。なのに2人分食べなきゃね、なんてありえないでしょう。食べたら吐いてしまうつわりは心配されるのに、『食べづわり』は、食欲旺盛で元気なだけ、と思われがちなので、そのつらさが周囲に伝わりにくいことを痛感しました」  そんなつらい日々のなかでも、たまに「食べづわり」がこない日があると、今度は胎児がおなかの中で亡くなっているのではないかという不安に襲われた。 「産婦人科に行って『死んでいるかもしれないので診てください』なんて言うのは気まずいし、先生には言いにくいですよね。不安になってすぐ診てもらいたいというときでも、病院に行くのも時間がかかるし、予約が埋まっていれば診てもらえるかもわからないし。将来的には、エコーの機械が自動販売機みたいに街中に設置してあって、500円入れたら、すぐに胎児の心音が聞けるような世の中になったらいいのにと思います」  育児雑誌や自治体のパンフレットに掲載されている“常識”も、峰さんとっては違和感だらけだった。たとえば「授乳はママにしかできません」「パパはできることを手伝いましょう」などの記述は、当然のように母親と父親の役割を決めつけるものだと感じていた。作品では、「チャラヒゲ」に育児雑誌の記事を読ませて不適切な箇所を添削させる、という場面が出てくるが、このエピソードは読者からとても反響が大きかったという。 「母乳の生産はできなくても、(搾乳をしたり、粉ミルクを用意したりすれば)授乳自体は父親にもできます。本当に間違った情報がたくさん載っているんですが、今でもそれを目にする度に赤ペンで直したくなります(笑)」 「アラサーちゃん」を執筆していた時は、昼夜逆転の生活だったというが、“わが子ちゃん”が産まれてからは、夜9時には寝るのが習慣になった。 「わが子ちゃん(現在2歳)が、保育園に行っている間しか仕事ができない状況になってからは、その時間で集中して書くようになりました。独身時代は1日1時間半くらいしか書いていなかったので、逆に仕事する時間は長くなりましたね(笑)」 「わが子ちゃん」には、妊婦体験をした男性の安易な共感への批判や、妊婦がおじさんからいかに「なめられているか」を痛感した体験など、他では読めないエピソードが満載だ。女性が共感できるのはもちろん、男性は女性の本音を探る参考書としても使えるかもしれない。(AERA dot.編集部 岩下明日香)

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    眞栄田郷敦「苦労したい」と語る理由とアメリカでの最終目標とは

     5月16日から始まるNHKの夜ドラ「カナカナ」で主演を務める眞栄田郷敦さん。人気コミックのドラマ化で、居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。今回の役どころと今後の展望について語った。AERA 2022年5月23日号から。 *  *  * ――ドラマ「カナカナ」で、ケンカには強いが天然、という居酒屋店主で元ヤンキーのマサを演じる。人の心が聞こえる不思議な能力を持つ5歳の少女・佳奈花(加藤柚凪)と織りなす心温まるコメディーだ。 眞栄田郷敦(以下、眞栄田):「カナカナ」は4月からNHKで新しく始まったドラマ枠の第2弾です。新しい枠に挑戦させてもらうことにワクワクしています。ドラマを盛り上げていきたいので、自分たちでも何かやろうと、TikTokを撮ったり、主題歌にあわせて踊る動画を撮ったり。ドラマの撮影はすごく大変なので、多くの人に見てもらいたい。出演者は本当にいいメンバーで、そういう工夫も楽しくやっています。 誰よりも持っておこう ――地上波の連続ドラマでは初主演を務める。 眞栄田:主演ではありますが、皆さん先輩ばかり。年が下でも芸歴は先輩の方もいて、僕としては「(主役だから)引っ張っていくぞ」というより、「この作品に対する思いを誰よりも持っておこう」というくらいの意識で現場にいます。 ――演じるにあたり、重要だったのが「見た目だった」という。 眞栄田:マサは見た目と心のギャップがすごく大きい。このドラマに入る前は髪の毛がちょっと長かったこともあって、マサのイメージがわきませんでした。でも、髪を切ったり、特殊メイクで傷をつけてもらったり。見た目が変わったことで、すんなりマサが入ってきたんです。  マサはとにかくまっすぐ演じています。彼は他のキャラクターとの感覚のズレというか、リアクションのズレが面白い。みんなとは全然違うリアクションを取るところがあります。脚本を読みながら、「マサならどうするかな」と妄想しています。  マサは見た目は強面ですが、もともとがすごくいいヤツ。カナ(佳奈花)と出会ったことで、成長というか変化していく。そのエモーショナルなところも、大切にしています。 ――カナとの絆は物語のカギでもある。演じる加藤柚凪との絆はどう築いているのか。 眞栄田:めちゃめちゃ仲いいですよ。普段からマサ、カナで呼び合っています。昨日(取材の前日)はセットの撮影が最後だったんですが、指輪をもらったんです。「プロポーズ?」って聞いたら、「違う!」って(笑)。僕から関係を築いたというよりは、柚凪ちゃんから娘と父親というか、後輩先輩というか、そんな関係性を築いてくれた。人見知りしない子で、最初のうちから似顔絵や折り紙などをくれていました。いつも楽しくやっています。  僕は子どもが好きなので、違和感なくすんなり入れました。ただ、マサは「子どもだから」ということはなく、誰にでも平等みたいなところがあります。だけど話を重ねるごとにどんどん普通のお父さんになっていく。その様も魅力だと思います。 背中押してもらった ――2019年、映画「小さな恋のうた」で俳優としてデビューした。コロナ禍でも出演依頼は途切れることがない。この三余年で、俳優としての意識を変えた人や作品との出会いがあった。 眞栄田:デビュー作は僕にとってすごく大きかった。この作品に出会わなかったら、絶対に役者をやってないと思うし、やりたいとも思わなかった。「小さな恋のうた」のプロデューサーや監督、いろいろな人との出会いやご縁があって背中を押してもらい、「やってみよう」と踏み出せたことが大きかったと思います。  現場での居ずまいや作品に向かう姿勢を学んだのは、昨夏のドラマ「プロミス・シンデレラ」です。二階堂ふみさんと共演させていただいたことが大きかったと思います。 ――特に感じ入ったのは、二階堂の「俳優としてのスタンス」だったと振り返る。 眞栄田:二階堂さんは周りをよく見ている方でした。何より「自分はこうしたい」という意見を持っている。もし、例えば話の流れをよくするために、台本に辻褄の合わないことがあったとしたら、「それでは気持ちがつながらない」ということもきちんと話す。「その通りだな」と思うことが何度もありました。  それは作品をより良くするための主張で、彼女が監督とディスカッションしている姿を見て、僕も演じる側として自分の意見を伝えようと思ったんです。監督といい意味でぶつかり、ディスカッションする。その結果、台本以上のシーンができあがったら、みんながハッピーになるでしょう。士気が高まり、現場の雰囲気も良くなります。ポジティブなスパイラルができるという体験をして、そういうふうに仕事をしたいと思うようになりました。 海外でも認められたい 眞栄田:デビュー後しばらくはわからないことばかりで、もらった台本をそのまま演じるのが精いっぱいでした。でも、演じるということは、浅いことではなくて。自分の意志をしっかり持ってぶつかりたいと思いましたし、制作の方々と対等にディスカッションできるよう準備をして現場に臨みたいと思っています。 ――将来の目標を尋ねると、意外にも「生活できるお金を稼いで、贅沢(ぜいたく)でなくても自由に生活できればいいな」と堅実な答えが返ってきた。だが、「役者としての目標は違う」と話す。 眞栄田:最終的には海外でも認められたいという目標があります。その前に、日本で認められることはもう絶対です。外国で認められるとはイコール、アメリカで認められるということになるのかな。アカデミー賞もありますし。アメリカでアメリカの俳優たちと対等に芝居ができる。その上で評価をいただくというのがやはり最終目標です。 ――これから演じてみたい役を尋ねると、こう即答した。 眞栄田:苦労したいですね。苦労する役ってなんだろう。たとえばハンデがあるとか、みんなが見たことがない役とか。僕は出演作を自分で決めていますが、新しい自分、見たことのない表情や芝居を見せることを大切にしています。なので、演じたことのない役は全部やりたいというのが正直なところです。苦労する役はやったことがないですし、体験したことがないから刺激になる。面白いと思いますし、間違いなくやりがいがあり、成長できると思うんです。 (フリーランス記者・坂口さゆり) ※AERA 2022年5月23日号

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    佐藤勝利、堂本光一との「SHOCK」秘話 「『迷惑かけてよ』と言ってくれた」

     昨秋、初の単独主演舞台を成功させるなど、活躍の幅を広げる佐藤勝利さん。今回挑んだのは、自身が初めて生で触れたエンタメ作品で、何度も劇場に足を運んだと公言する、堂本光一さん主演の「Endless SHOCK」とそのスピンオフ「─Eternal─」だ。憧れの舞台を踏むにあたって明かした思いは。また、得意だという料理についても語ってくれた。 *  *  * ──「Endless SHOCK」の出演オファーがあった昨年11月から、先行して稽古を始めたとか。  去年の秋、僕の主演舞台(「ブライトン・ビーチ回顧録」)があって、その舞台のためにボイトレをしていたんです。そのとき、ミュージカル発声、舞台発声のすごさに気づいて。僕はもともと舞台や演劇が好きだったのもあって、僕の目指したい発声が少しずつ見えてきて、練習するうちに、もしかしたら、そこにたどり着けるかなあと思えたんです。それで、舞台が終わった後も週2ぐらいでトレーニングを続けていたんですよ。  ちょうどその時期に、「SHOCK」のお話をいただいたので、続けてきたボイトレに加えて、まずはダンスをやって振りを覚えていきました。「SHOCK」での歌のトレーニングもあったので、ほぼ毎日のように何かしらやってきましたね。  こういうものって頑張ればいいという話でもないんですが、ただ、僕は実力が伴っていないという不安のほうが大きくて、それを埋めたいという気持ちがありました。練習することで、一歩ずつ怖さがなくなっていく。基礎、土台がなかったら舞台もできない、と思って早めから準備をしてきたんです。でも、そうやって「型」だけになっていくのを、今回座長(堂本光一)に壊してもらえた感じですね。それが、製作発表前日の電話でした。 ──どんな話を?  僕の中で「Endless SHOCK」というものの存在が大きすぎて……。「迷惑かけちゃいけない」っていう思いがあって、だから「型」が重要だと思っていたんです。そうしたら、光一くんが「そんなのどうでもいいよ、迷惑かけてよ」って言ってくれて。  もちろん前提として、「型」を習得していないと破るものがないので、練習は絶対に裏切らないっていうのは、光一くんが一番わかってて。でも、練習したものをただ披露するだけでは、人の心なんて動かない、ってことだと思うんです。「型」って、個性とは真逆のものですしね。このままだと僕が「型」で止まりそうで、何も破れそうもなかったんだと思うんですよ。だからこそ「迷惑かけてよ」って言ってくれたんだと思います。 ──ライバル役は感情の起伏が激しい役です。どう演じたいですか?  ライバル役との向き合い方としては、的の真ん中を射ぬこうとは思っていなくて。この役で、基準点や平均点を取りにいこうとは思っていません。失敗はマイナス点かもしれないけど、そうだとしても、そのほうが面白くて、真ん中っていうのが一番つまんないのかなと思います。自分としてもそう思うし、光一くんと話して、求められているものもそういうことなのかな、と思いました。  僕は、その役が言いたいことだったり、心が動いたからこの行動に出た、という流れだったりをすごく大事にしたい。もちろんセリフで説明はできるけど、セリフ、言葉っていうのは形だから。その役がどういう気持ちでそのセリフを言うのかとか、心がまずスタートにないと、っていう思いはありますね。  ライバルは激しい役だけど、ただ暴れればいいってもんじゃないかな、とは思っています。でも、考えすぎたら考えすぎたで、小さくまとまってる、って言われそうな気もするし……。とはいえ、わざとふざけるとか、変わったことをやってみるとか、そういうのは苦手なので。 ──勝利さんも感情のアップダウンは激しい?  基本的には、そんなことないと思うんですけど。ただ、感情が動いたときの振れ幅はすごく大きいですね。すっごい落ちるときは落ちるし、すっごい上がるときは上がる。でも、それが普段からずっとあるってわけじゃなくて、ずっと振れているような感じはないですね。何かがあって落ち込んだときは、あんまり人に話さないタイプです。いろんな経験してきたから、耐性は強いと思っているんです。 ──ところで、料理が得意だとか。いつから始めたんですか?  タイミング的にはコロナがはやるちょっと前くらいに。食べること自体すごく好きだし、それでふと、米炊けるようになりたいな、と思ったんです。最初のうちはカレーとか作ったと思うんですけど。始めたころは炊飯器で炊いてたんですが、そのうちなんか違うな、と思って、土鍋で炊き始めたんです。ボタン一つで炊けちゃうと、なんでできたかわからない。アナログで、一からやるようになったのは、なぜそうやって米が炊けるのかがわかるから。そのほうが楽しめるんですよね。  最近は、パスタを作ることが多いかな。もちろん買ってきたソースもおいしいけど、やっぱり自分で作りたい。トマトベースのものとかが多いかな。リゾットなんかも、プロのシェフが作っている動画を見て、見よう見まねで作ってみたこともあります。レストランで出すような料理を家で再現してみたいな。 ──誰かに振る舞ったことはありますか?  ありますよ。友達とか、家族に。驚いてくれたり、喜んでくれたりして、うれしいです。これまで、ドームに立ったり、アリーナに立ったりとか、すごい大勢の人に喜んでもらうのは、得意というか……ずっとそうやって仕事をしてきたので、経験のあることじゃないですか。ただ、一対一で人と話をするときも、料理でもそうですけど、目の前の人に喜んでもらうことって、すごい難しいなあと思っていて。  料理って、僕の場合趣味なので、振る舞う相手は小さな世界になっちゃいますけど。でも、その一人、家族でも、親でも誰でもそうですけど、一人に料理振る舞ったら、すっごい喜んでくれるじゃないですか。だから、それもやっぱりやりがいの一つかなと。  普段ライブもグループでやっているわけで、自分一人で、一人に向けて歌ったり踊ったりすることって、ないじゃないですか。僕としては、一人ひとりに届くように、という気持ちはあるんですが……。だから、難しいんです、一人を一人で喜ばせるって。  それができるな、って感じたから、料理ができるっていうのは本当にすてきなことだなって。相手の喜ぶ姿を見て、自分もうれしくなれるから、すごくいいものだな、と思いますね。 (構成/本誌・直木詩帆) ※週刊朝日  2022年5月20日号

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    ヤクルト内川聖一ここまで出番なし 同じ“アラフォー2人”と対照的に苦しい立場に

     ヤクルトの内川聖一に出番が回ってこない状況が続いている。同じ“アラフォー”である先発左腕の石川雅規、外野手の青木宣親はチームに欠かせない存在となっているのとは対照的だ。球史に残る安打製造機はこのままバットを置いてしまうのだろうか……。 「DeNA戦の雨天中止は大きい。(仮に内川が今年で引退したら)最後に神宮で古巣との対戦が実現できる可能性が出てきた。シーズン終盤、満員御礼になってテレビ中継も数字が期待できそう。そこでヤクルトが優勝争いに絡んでいれば最高です」(在京テレビ局スポーツ担当者)  4月29日から神宮で予定されていたヤクルトとDeNAの連戦は3試合中2試合が雨天中止となった。コロナ禍の中ではあるが、観客の人数制限などが解除され迎えたゴールデンウィーク。書き入れ時の水入りに本来は頭が痛いところだが、関係各所からはこんな声が聞こえてきた。  打撃技術は天才とも称される内川だがここ数年は苦しんでいる。ソフトバンクでの最後のシーズンとなった2020年には二軍で3割を超える打率を残したが、キャリアで初めて一軍での出場なくシーズンが終了。昨シーズンはヤクルトに移籍して再起を誓ったが、一軍では38試合で打率.208と低迷し、日本一となったチームの中で存在感を示すことができなかった。  今季もここまで一軍での出場はないが、08年の横浜時代に右打者としてはシーズン最高となる打率.378で首位打者を獲得し、2000本安打も達成した39歳の“レジェンド”は技術的にはまだまだできる余力を残しているはずだ。 「ミート力など技術的な部分の問題はない。年齢的な衰えや視力の低下も心配されるが、ある程度は技術でカバーできる。出場機会が与えられないことが問題。メンタル部分の波があることが知られているので、一軍のベンチに入れにくい部分もあるのかもしれない」(在京球団編成担当者) 「二軍戦には継続的に出場して打率(.270)も悪くはない。コンディションは良さそうですが一軍に呼ばれる気配はない。高津臣吾監督は調子の良い若手を起用するため、誰もが必死にやっている。チーム一丸の姿勢が首位争いにつながっている中、無理して内川を呼ぶ必要はないのでしょう」(ヤクルト担当記者)  対照的に40歳を超えても試合に出場し続け、チームで貴重な存在となっているのが石川、青木という2人の大ベテランだ。  石川は42歳で迎えた今季も開幕からローテーションを守っている。3度目の先発となった4月23日の阪神戦(神宮)ではシーズン初勝利を挙げ、通算の勝利数を178まで伸ばした。大卒の新人として入団してから21年連続で勝利でマークし、通算200勝という大記録も見えてきた。 「一般人と変わらない体格(身長167cm、体重73kg)でここまでやっているのがすごい。とにかく練習熱心で研究を怠らない。練習から戻ってくるのも最後の時が多く記者などは待ちくたびれる人もいる。投手だけでなく野手にも貪欲に質問して取り入れられるものを探している。実績あるベテランなのに若手に対して偉そうな態度を取ることがないのもすごい」(ヤクルト球団関係者)  不惑の40歳を迎えた青木も存在感は変わらない。打撃は開幕から調子が上がらず打率2割を切ることもあったが、少しずつ持ち返してきた。4月30日のDeNA戦(神宮)ではNPB通算1500試合出場を達成し、レジェンドに相応しい勲章がまた1つ加わった。 「淡々と準備をして試合に臨む姿には、学ぶところも多いです。尊敬するイチロー選手もそうでしたが達観した域にたどり着いたように見える。自身の調子が悪くチームの雰囲気も下がり気味の時に丸刈りにするなど、自分からネタになって盛り上げたりもしてくれる。野球の技術はもちろん、そういう姿勢がチームに好影響を与えています」(ヤクルト球団関係者)  若きエース奥川恭伸が上半身のコンディション不良で離脱し、復帰時期が未定。来日2年目の助っ人サンタナは開幕から好調を維持していたが、左半月板のクリーニング手術のため長期離脱となった。投打の主力が相次いで離脱する非常事態が起こったが石川、青木の踏ん張りがチームを支えている。本来なら内川もこの中に入らなければいけないはずの選手だが……。 「内川の実績も2人(石川、青木)に負けていない。本人のモチベーション次第ではプレー以外でもできることもあるはず。仮に今季限りだったとしても惜しまれながら注目を浴びた状態で最後まで走り抜けて欲しい」(在京テレビ局スポーツ担当者)  両リーグでの首位打者だけでなく、侍ジャパンの一員として世界一にも貢献。日本球界で一時代を築いた名選手であることに間違いはない。しかし現役晩年は苦しむ姿が目立つようになった。だが、華々しい引き際を見せ、記録と記憶の両方に残る選手になって欲しい。そのためには野球選手として、ここからのプレーや振る舞いには大いに注目したい。時代は変わり40歳という年齢でも一線でプレーできるような時代にもなった。内川の天才的打撃をまだ見たいというファンは多いはずだ。

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    田端信太郎×テスタ対談「客になりたい企業と社員になりたい企業は違う」

     リクルート、ライブドア、LINE、ZOZOなど「超ホット」な企業を渡り歩いてきた田端信太郎さんと、50億円トレーダーのテスタさんが会った。田端さんはツイッターで歯に衣着せない発言で有名、YouTubeも絶好調。テスタさんは相変わらずコツコツと株の利益を積み上げている。一見、住む世界が違う二人のおもしろ対談。 *  *  * 編集部:田端さんはリクルートでフリーマガジン『R25』を立ち上げ、ライブドアのメディア事業部長として「ライブドアニュース」、LINEで法人ビジネス全般を軌道に乗せてこられました。 テスタ:どれも社会の中心になっていった企業や事業ばかり。狙って転職されたんですか? 田端:半分は、狙っていましたね(笑)。ぶっちゃけ、会社員って、倒産でもしない限りダウンサイドリスク<損する可能性>はないじゃないですか。勤務先が大変なことになっても僕が大変なことになるわけじゃないでしょ。 テスタ:確かに。 田端:「ライブドアに東京地検が入ってきたとき、僕、その現場にいましたからね」という体験は、振り返ると「お金じゃ買えない、すべらない話」みたいなもの。 テスタ:それにしても、先見の明がないと、なかなか狙って転職できるものではないですよね。 編集部:田端さんが転職したら、その企業の株を買うと儲かりそう? 田端:いやいや、客になりたい企業と社員になりたい企業は違うんですよ。たとえばサイバーエージェント。ネット広告事業で国内トップ、最近ではゲーム事業の『ウマ娘』が大ヒットしてますよね。 田端:サイバーエージェントの藤田晋さんは非常に素晴らしい社長だと尊敬しています。株を買うならライブドアではなくサイバーエージェントの株を買っていたと思う。でも当時はライブドアに入社しようと思った。なんだか、おもしろそうだなと。はい、勘です(笑)。 テスタ:「客になりたい企業と社員になりたい企業は違う」。名言。  テスタ:ライブドア・ショックから16年以上経ちますが、僕は当時、投資をはじめて1年目でした。あのときのことははっきり覚えています。なぜ堀江さんが逮捕されたのか、よくわからない。あの事件はベンチャー企業の発展に水を差したような気がします。 田端:その視点、大事ですよね。僕のような当事者が「あの頃のライブドアに比べたら今のベンチャーは……」なんて言うと、単なる「おっさん語り」になっちゃう。 テスタ:そんなことは(笑)。 田端:最近ようやく、ネット産業は少し「整って」きましたよね。僕がライブドアに入社した頃って、新卒で入社するっていうと親から反対されがちでしたから。 テスタ:整って安定感が増した分、おもしろみがなくなった? 田端さんは会社員時代からツイッターで自由に意見を言って、炎上もたくさん。今も遠慮なしに発信してますよね。だからおもしろい。 田端:遠慮することもあるんですよ! 言いたいことの半分ぐらいしか言っていません。ライブドアにいたときも、ZOZOで前澤友作さんの下で働いていたときも、「自由にやっていいよ」と言われていたけど。ツイッターは、炎上しても絶対やめません。 テスタ:前澤友作さんは実際のところ、どんな方ですか? 田端:経営者というより、バンドマン。いやロックスター。いい意味でも悪い意味でも無邪気な悪ガキがそのまんま大人になって、資産数千億円の大富豪になりました~って感じです。 テスタ:悪ガキ(笑)。でもアパレル初のネット通販事業、宇宙旅行……と誰もやらなかったことにチャレンジするのがすごい。田端さんも地道にコツコツやるより、新しいことを見つけて飛びつくほうが楽しいタイプですか? 田端:うーん、粘り強くはないかな。たとえば「ユニクロ」は20年くらい前に「ヒートテック」を作って、地道に改良を積み重ねて、今のヒートテックブランドを作り上げました。そういうの、僕にはゼロとは言わないけど……飽き性かもしれない。 テスタ:同じです! 自分も本当に飽き性で、株以外のことは長続きしないんですよ。 田端:僕も株が好きで15年ぐらいやっていますけど、デイトレードは下手なの。かといって長期保有するのも苦手で、株を買ってもせいぜい半年くらいで手放す。暗号資産も初期に1ビットコイン5万円で10ビットコインくらい買いましたけど、30万円くらいまで値上がりしたときに売りました。 テスタ:株はたくさんの会社の仕事ぶりを見て投資するわけじゃないですか。だから、いつも新しいことに触れられる。「へぇ、こんな新しい業界や商品があるんだ」と知るとワクワクします。僕がやっていることは株の売買ですが、その時々で見える景色が常に新しい。それが飽きない理由かも。 田端:ここ3年はナスダックのハイテク株が調子よくて、日本でもS&P500やナスダックの投資信託が人気ですよね。それもまた、2000年代のITバブルの再放送を見ているようだなと。 テスタ:一般の人に株がはやればはやるほど、そろそろ相場は天井かな……と思ってしまいます。 田端:投資って常に「自分が間違っている可能性がある」というプレッシャーに身をさらすことですよね。心の中で勝手に割安で有望だと判断している株が値下がりしたとき、「自分じゃなくて、マーケットが間違っている」と思う時点で、投資家としては終わっているわけじゃないですか。 テスタ:それ、一番あかんやつですね(笑)。 田端:企業の社長も消費者や投資家から忖度(そんたく)なしの罵声やマジレス(真剣な返信)を浴び続けながらまともな経営を続ける必要がある。頭が柔軟じゃないと、投資家も経営者も務まりません。 テスタ:凝り固まったら終了。怖いなぁ。 田端:ユーチューブの配信で「ちょっと難しいことしゃべったら、再生回数落ちる。ほんと視聴しているやつ、バカばっかり」と言ったらおしまいですから(笑)。俺は正しい、周りが間違っているなんて、どの世界でもありえない。 編集部:「バカばっかり」って言いそうな雰囲気あるのに、実は謙虚な人なんですね? 田端:やめて!(笑) テスタ:田端さんって「お金欲しい!」っていう感じがしないですよね。もちろんお金に興味ないとか無欲とかではないと思いますが、お金至上主義じゃないというか。 田端:わかります、その表現(笑)。お金、ねえ。ゲームのスコアみたいなものかな。スコアは上げたいけど、ゲームでズルして勝っても楽しくない。「カネがすべてだ」というのも違う気がするし、かといって「カネなんてぜ~んぜん関係ない」というのもウソだし。 テスタ:お金=ゲームのスコア。すごくよくわかる! 田端:死ぬときに人生を振り返って「あのとき、お金のことなんか気にせず、アレをやっておけばよかった」という後悔はしたくない。 テスタ:たとえばどんな? 田端:僕には今、息子とアメリカをキャンプで横断するっていう夢があるんです。今年、長男が中2になるんですけどね。費用は1カ月200万~300万円。 テスタ:何かをやるやらないで迷うときの理由がお金だったら、金銭的に多少苦労したとしても、やったほうがいいですよね。これツイッターで言うと「あなたはお金があるからそういうことが言える」って燃えそうですけど(笑)。 田端:いい薪に(笑)。ま、でもテスタさんはもうお金なんかどうでもいいんじゃないの? テスタ:僕は株の成績を上げたいというだけ。成績が上がったら、自然とお金がついてくる、という感じになっています。自分の予想が当たるとうれしいし、はずれると悔しい。「どうすればもっと株のトレードがうまくなるんだろう」、もうそれだけ。昔は生活費を稼ぐために株式投資をしていたのに、いつの間にか。 田端:一般人が考える「贅沢(ぜいたく)」って10億円あったら、だいたいできるんですよ。資産がすでに数十億円から数千億円もある人は、個人で思いつく贅沢は実現できる。 テスタ:その通り、個人的な贅沢は10億円で足りますね。じゃあ大金があれば、世の中を変えることができるかというと、数千億円を持っていても足りない。 田端:足りない! 確かに! テスタ:お金持ちといえば、テスラのイーロン・マスク。 田端:イーロン・マスクはレジェンドというか、いまだに型にはまらない感じがすごい! テスタ:成功した経営者ってだんだん行儀よくなっていくものですが、イーロンさんだけは違いますね。田端さんがおっしゃってた前澤さんみたいに無邪気なのかな。 田端:そうかも(笑)。昨年も、格差問題解消のために自分が創業したテスラの株を売って税金を払ったほうがいいか、ツイッターのフォロワー(当時約6200万人)にアンケートして大騒ぎになりましたね。そのアンケート結果を受けて本当に株を売りましたから。しかも、振り返ると一番の高値近辺で完璧に売り抜けた格好。 テスタ:「計算ずくだ」という人と「いや、そうじゃない」という人がいましたね。じゃあ実際はどうだったのか、全くわからないところが、これまたすごい。 田端:天然の天才なのか、天然に見せることが天才的にうまいのか。メイクしているように見せないためのメイクっていうか(笑)。世の中の金持ち批判に対する駆け引きみたいなところはあるでしょうけど。スケールが違いすぎる。 田端:暗号資産の中でも「ビットコイン」だけはアリかも、もう売っちゃったけど(笑)。ビットコインという名前のブランド力は、携帯用ラジカセが何でもかんでも「ウォークマン」と呼ばれるようになったくらい強い。 テスタ:ウォークマン、懐かしい。 田端:もし中央銀行の信頼性がなくなればお金の価値はなくなる。キャッシュレス時代の今、そのお金も紙切れですらなく、単なるコンピューター上のデータ。それに比べたらビットコインのように「発行数量の上限が決まっている」というルールのほうが、よほど厳格な気がします。 テスタ:確かに、発行数量がもう増えないというビットコインは希少性が上がっていくのかも。まあ僕はこれからも日本株中心でやっていきますが(笑)。 (編集・文/安住拓哉、編集部・中島晶子) ※この記事は抜粋版です。「AERA Money2022夏号」で全5ページにわたる全文をお読みいただけます。

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