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    現役引退する松坂大輔の妻・柴田倫世への誹謗中傷「度を超えている」と球界で怒りの声

    「平成の怪物」の現役最後の登板。全盛期の姿には程遠い。それでも懸命に右腕を振る西武・松坂大輔の姿に心を揺さぶられた。  19日の日本ハム戦。親交のあるEXILEの「real world」が登場曲で流れる。背番号18がマウンドに歩を進めると、スタンドから大きな拍手が注がれた。投球練習では右足でプレートの土を払う仕草。全国の野球少年がまねたルーティンを見るのもこれが最後だ。代名詞のワインドアップから投げ込む。横浜高の後輩・近藤健介に投じた5球の最速は118キロ。私たちが想像していた以上に松坂の体はボロボロだった。鮮烈なプロデビューを飾った1999年4月の日本ハム戦。片岡篤史に155キロの直球で空振り三振を奪った。引退登板でも対戦相手に思いを込めた直球を投げ、現役生活に幕を下ろした。  横浜高でエースとして3年春夏の甲子園で全国制覇を達成。98年ドラフト1位で3球団競合の末、西武に入団すると、3年連続最多勝など8年間で108勝を積み上げ、レッドソックスでも2007年に15勝、08年に18勝と、28歳の時点で通算141勝をマークした。第1回、第2回大会と連覇を飾ったWBCでも日本のエースとして2大会連続MVPに輝いた。だがその後は右肩、右ひじなど度重なる故障に苦しんだ。日本球界復帰した15年からのソフトバンク在籍3年間で未勝利。中日に移籍初年度の18年に6勝をマークしてカムバック賞を獲得したが、19年は右肩の故障が響いて未勝利に。古巣・西武に14年ぶりに復帰した昨年は7月上旬に右手のしびれを取るため、内視鏡による頸椎周辺の内視鏡手術を受けたが完治せず、昨季、今季と1軍登板なし。現役後半の13年間は度重なる故障で計29勝に終わった。  松坂は最後の登板前に行われた記者会見で、引退を決断した胸中を語っている。「キャンプが始まって、もうそろそろ打撃投手をやって、ファームの試合に投げられそうだね、というところまできた。そんな話をした矢先に、ブルペンでの投球練習の中で何の前触れもなく、右打者の頭のほうにボールが抜けた。それがちょっと抜けたんではなく、とんでもない抜け方をして。そういう時、投手は抜けそうだなと思えば指先の感覚で引っかけたりするんですけど、それができないぐらい感覚がなかった。そのたった1球でボールを投げることが怖くなってしまった」。  投げることが大好きだった男が投げることに恐怖を感じた。その苦しみは想像できないものだろう。  よどみなく話していた松坂が珍しく感情をあらわにしたのは家族に質問が及んだ時だった。しばらく言葉が出ず、目に涙があふれた。「辞めると報告したとき、泣いていた。妻に電話をしたら息子がいて『長い間お疲れさまでした』と言ってもらった。いい思いをさせてあげられたかもしれないけど、家族なりにストレスもあったと思う」  松坂が年俸に見合う働きができなかった現役後半はネット上で批判を超えた誹謗中傷のコメントが常態化して見られるようになった。松坂だけではない。04年12月に結婚した元日本テレビアナウンサー・柴田倫世さんに向けられた誹謗中傷の書き込みも多く見られた。  西武OBは松坂の心境を慮る。  「自分自身に向けられた批判なら結果を出していないからと割り切れる部分はあるが、家族に向けて見るに耐えられないコメントが大量に書き込まれるのは本当に辛かったと思う。大輔から笑顔が消えたのはケガで思うような球が投げられなかったからだけではない。奥さんや家族に対しての書き込みは明らかに度を超えていた。心もボロボロだったと思います」  松坂は引退会見でこう語っている。 「これまでは叩かれたり、批判されることに対して、それを力に変えて跳ね返してやろうってやってきたけど、最後はそれに耐えられなかった。もう最後、本当に心が折れたというか、今まではエネルギーに変えられたものが…受け止めて跳ね返す力がもうなかったですね」   西武OBのG.G.佐藤氏は19日に自身のツイッターで、「松坂大輔ほど実績があって、お金を稼いでる人でも誹謗中傷を相手に心を折る。それくらい誹謗中傷っていうのは恐ろしい。誹謗中傷は止めよう。そして、悪意がなくても投稿する前に『これは相手が傷付かないかな?』と一旦考えよう」と呼びかけた。  結果が出なければ批判されるのはスター選手の宿命といえる。ただ、松坂や家族に対して人格否定のようなコメントがSNS上で数えきれないほど見られたのも事実だ。批判と誹謗中傷は違う。SNSの無い時代だったら、これほどのストレスは受けなかっただろう。松坂が記者会見で語った言葉を受け止めなければいけない。(松木歩)

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    19時間前

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    訪れるべき「戦国最強」の山城を歴史研究家が格付けランキング! 2位は信長「安土城」、1位は?

     日本全国には3~5万の城があるとされ、その多くが山城だという。週刊朝日ムック『歴史道 Vol.17』では、城関連の著書も多い歴史学者・小和田泰経氏に自身が訪れた山城を「遺構の保存状態」「防御力」「登りやすさ」「交通アクセス」の4つの基準で採点してもらい、戦国最強で「訪れるべき」山城ベスト50を選出してもらった。ここでは、同率で4位となった城からトップ5を見ていこう。 ※ランキングの採点方法日本全国に数多く残る山城。その中から、小和田氏がもう一度訪ねたいと願う「戦国の山城」を、編集部が独自に選んだ以下の4つの項目で採点してもらった(採点は、小和田氏の主観によるもので、訪れる時期や季節によっても大きく印象が変わります)。●遺構の保存状態……曲輪(郭)や石垣、石塁、土塁、空堀、堀切、切通などが良好に保存されているか否かで採点。●城の防御力……軍事要塞として築かれた山城。曲輪や空堀、土塁などが城の防御力を高める配置になっているか否かで採点。●アクセス……最寄り駅からの交通の便や、高速道路からの利便性。また、山頂部まで車で行けるかなどを総合し、多角的に採点。●登りやすさ……城内散策路の整備状況や駐車場の場所。さらに案内板の設置などを含めて採点。 *  *  *  第4位 備中松山城(岡山県/92点)天守が現存する唯一無二の山城  戦国時代に備中松山城をおさえたのは、三村家親である。しかし、三村家親は、備前の宇喜多直家と争い、暗殺されてしまう。このころ、備中には西から毛利輝元、東から織田信長の勢威が拡大してきていた。家親の子元親は毛利氏に従っていたが、元亀三年(1572)、足利義昭の仲裁で毛利氏と宇喜多氏が和睦すると、織田信長に寝返った。三村元親にとって、毛利氏についた宇喜多直家は父の仇だったためである。結局、松山城は毛利・宇喜多軍によって落とされ、以後は毛利氏の支城となる。  関ヶ原の戦い後、毛利輝元が周防・長門へ転封されると、備中は幕府領となり、総代官として入った小堀正次・政一が松山城に入って修築された。さらに、松山藩主となった水谷氏によって現在も残る天守などが建てられている。  城は高梁川の東岸にあたり、麓からの高さが350mほどの小松山に築かれている。相当な山城であるため、山上での作事が困難であったのだろう。天守と二重櫓のほか、建物はすべて平櫓である。ただし、山上の主郭部は三ノ丸・厩曲輪・二ノ丸・本丸・後曲輪・水ノ手門脇曲輪の6曲輪から構成されており、防御力は高い。しかも、麓には石垣造りの御根小屋があり、中腹には中太鼓ノ丸や下太鼓ノ丸といった出丸を構えていた。 【遺構の保存状態 24点/城の防御力 25点/交通アクセス 21点/登りやすさ 22点】 *  *  * 第4位 岩村城(岐阜県/92点)戦国時代の山城を近世城郭へと変貌させた  伝承では、鎌倉時代に加藤景廉の子景朝が築いたというが確かなことはわかっていない。戦国時代には、加藤氏の後裔にあたる遠山氏の居城となっていた。  岩村は、東濃の要衝で、信濃・三河の国境にも近い。戦国時代の城主遠山景任は、信濃から進出を図る武田信玄に攻められ、織田信長の支援を受けて抵抗を続けたが病没。そのため、城は武田氏の支配下に入り、長篠の合戦後、信長が奪取している。そして、信長の家臣河尻秀隆や森長可・忠政兄弟によって改修された。  岩村城が築かれている城山の標高は717mで、江戸時代まで存在していた山城の中では最も高い。ただし、麓からの高さは150mほどである。縄張は、頂上に本丸をおき、二之丸・八幡曲輪などを階段状に配す。本丸は櫓・多聞櫓などで囲まれるなど堅固であった。しかも、本丸の南東には出丸を設け、背後を固めている。  江戸時代には、東濃の要衝として松平(大給)氏の居城となった。ただし、居館などは山麓に移されたため、藩庁の機能は山上の主郭部には存在していない。  岩村城は、遠山氏時代の縄張を踏襲し、曲輪を石垣造りとしている。いわば、中世の縄張が生きている近世城郭だった。出丸まで林道が通っているが、遺構の破壊に配慮されているのも評価が高い。 【遺構の保存状態 24点/城の防御力 25点/交通アクセス 21点/登りやすさ 22点】 *  *  * 第3位 月山富田城(島根県/93点)毛利元就も攻め落とせなかった難攻不落の城  月山富田城は、交通アクセスが良ければ、第1位に選ばれてもおかしくない名城である。  城は、出雲の富田に所在し、麓からの高さが150mほどの月山に築かれているため、月山富田城という。この時代、富田は水上交通が盛んで、船で中海から飯梨川をさかのぼり富田城下まで来ることができたという。山陽方面に抜ける陸上交通の要衝でもあり、出雲の中心地であった。室町時代には、戦国大名となった尼子氏の居城となる。そして、出雲・石見・因幡・伯耆など11カ国を支配する拠点となった。  月山の山頂に主郭部があり、中腹に山中御殿や千畳敷、山麓に里御殿などを配置していた。南北1キロメートル、東西1キロメートルに及ぶ巨大な山城である。登城路は菅谷口・御 子守口・塩谷の三つが存在した。谷筋を通る登城路は、尾根に設けられた曲輪群によって守られており、いずれも山中御殿につながっていた。 山上の主郭部は、本丸・二ノ丸・三ノ丸が連郭式に配置されている。山中御殿から「七曲がり」とよばれる登城路を通らないと、この主郭部には到達できない。つまり、山中御殿を死守すれば、主郭部に侵入される恐れはなかったのである。  また、万が一山中御殿が攻略されても、三の丸から「七曲がり」を登る敵を迎え撃つことが可能だった。「七曲り」は文字通り、道が幾重にも折れ曲がっており、そこを側射するわけである。 主郭部は総石垣の曲輪であるため、侵入されにくい。もし三ノ丸まで侵入されても、二ノ丸と本丸の間には大きな堀切が敵を阻んだ。加えて、本丸から北東に向かう尾根筋には、多くの小曲輪があり主郭部の背後を固めていた。  月山富田城を本拠に中国地方に覇を唱えた尼子氏であったが、勢力を拡大する毛利元就が永禄八年(1565)に、3万5000で城を包囲すると、一年半におよぶ籠城のすえ、降伏開城した。  このとき、毛利軍は、菅谷口・御子守口・塩谷口の三方から月山富田城を攻撃している。これに対し、降伏はしたものの、尼子氏は城を守り切った。その攻防の舞台となった虎口は堅固に守られており、見逃せないポイントとなっている。  もっとも、現状の遺構は、尼子氏時代のものではない。尼子氏の降伏後、月山富田城は毛利氏の支配下におかれる。そして、関ヶ原の戦い後に毛利氏が退去すると、替わって堀尾吉晴が入城した。この堀尾氏の時代に城は改修され、近世城郭として完成したのである。  慶長十二年(1607)、堀尾氏は松江に居城を移す。その後、月山富田城は廃城となっている。 【遺構の保存状態 25点/城の防御力 25点/交通アクセス 20点/登りやすさ 23点】 *  *  *  第2位 安土城(滋賀県/94点)築城後わずか6年で焼失した織田信長の居城  安土城は、観音寺城を本拠とする六角氏の支城であった。実際、観音寺城が築かれた繖山の麓に位置する。しかし、六角氏は永禄十一年(1568)、織田信長による上洛に抵抗した末、観音寺城を放棄して脱出。こののち、南近江を制した信長が近世城郭として完成させた。  城は、琵琶湖に突き出た麓からの高さが100mほどの安土山に築かれている。最高所に本丸を置き、周辺に二ノ丸・三の丸を配す。そして、この本丸・二ノ丸・三ノ丸を守るように、家臣団の屋敷地が配置されていた。なお、曲輪の名称や家臣の邸宅は、江戸時代の絵図によるもので、当時、どのような曲輪名であったのかは不明であり、家臣の屋敷についても、実証されているわけではない。  本丸・二ノ丸・三ノ丸とされる曲輪群で構成される主郭部は、周囲を多門櫓で囲まれており、防御は堅い。その中央に五重六階地下一階の天主が建てられていた。こうした本格的な天主が建てられたのは、歴史上、安土城が最初とされる。  また、黒金門跡は、桝形構造となっている。これは、近世城郭における虎口の到達点であり、安土城に採用されている意味は、見逃せないポイントとなる。  本丸には、大手道・百々橋口道など、複数の登城路が通じていた。百々橋口からの登城路は、城内に創建された寺院である摠見寺の境内を通る。宗教に無関心であったとも言われる織田信長だが、仏教による守護を求めていたのは間違いあるまい。というのも、この摠見寺は、信長自身が創建したものだからである。  天正十年(1582)の本能寺の変後、安土城は焼失。織田信長の次男信雄が火を放ったともいわれるが、確証はない。すでに山崎の戦いで明智光秀が敗北したあと、安土城を守備していた光秀の家臣が敗走する際に自焼したものであろう。  なお、焼失したといっても、城域のすべてが焼失したわけではない。信長の嫡孫秀信が入城し、織田氏の居城となる。天正十三年、豊臣秀吉の養子豊臣秀次が近くに八幡山城を築城し、安土城は廃城となった。天守など建造物の遺構は失われているが、石垣の保存状態は良好なので満点としている。  現在、整備されているのは主郭部だけであり、本来の城域はもっと広い。そのうえ、観音寺城を詰の城と考えることができれば、その防御力は格段にあがるため、防御力も満点とした。 【遺構の保存状態 25点/城の防御力 25点/交通アクセス 22点/登りやすさ 22点】 *  *  *  第1位 鳥取城(鳥取県/96点)江戸時代・近世城郭へ改修された悲運の城  今回、「戦国の山城ベスト50」の第1位に選んだのは、悲劇の城として知られる鳥取城である。  天正八年(1580)、織田信長の命をうけた羽柴秀吉が因幡に侵入して鳥取城を攻撃すると、城主の山名豊国は秀吉に降伏した。しかし、これを不服とする家臣らは、安芸の毛利輝元に支援を要請し、山名豊国を追放。こうして鳥取城は、城将として派遣された吉川経家を中心に、織田方と戦うことになったのである。  羽柴秀吉は、天嶮の要害として知られていた鳥取城を力攻めすることを避け、兵糧攻めを行う。餓死者も続出したこの攻城戦は、後世、「飢え殺し」と呼ばれる。翌天正九年、3カ月ほど続いた籠城戦の末、ついに吉川経家は降伏開城した。  その後、秀吉の側近宮部継潤が城主となり、継潤の死後は子の長房が受け継ぐ。しかし、慶長五年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍石田三成に通じたとして、鳥取城は東軍に攻められ開城した。  関ヶ原の戦い後、姫路城主となった池田輝政の弟長吉が6万石で入封し、この池田長吉によって近世城郭に改修された。さらに元和三年(1617)には池田輝政の孫光政が因幡・伯耆32 万5000石で入封し、城の規模が拡張されている。  多くの山城では、山頂付近に曲輪が集中するが、鳥取城の曲輪は山頂から麓にかけて配置されている。そのため、山頂一帯の山上ノ丸と山麓一帯の山下ノ丸という2元構造なっていた。  山上ノ丸は、麓からの高さが240mほどの久松山山頂に築かれている。天守が建てられていた本丸のほか、二ノ丸・三ノ丸といった主郭部が連郭式に連なる。さらに、この主郭部は出丸によって防御されていた。  山下ノ丸は、久松山の山麓におかれ、幅25mほどの内堀によって守られていた。実質的な本丸に相当するのが天球丸で、このほか二ノ丸・三ノ丸などが階段状に配置されている。 山上ノ丸と山下ノ丸との間にも、無数の曲輪が設けられ、さらには斜面の移動を阻む竪堀や登石垣も構築されている。山下の丸を落とさない限り、敵は山上ノ丸に攻め込むことはできなかった。こうした点も踏まえ、防御力は満点とした。  ただ、山上ノ丸は防御力が高いものの、政庁としては利用しにくい。一方、山下ノ丸は政庁としては利用しやすいが、防御力は低い。しかし、鳥取城では山上ノ丸と山下ノ丸が一体化しており、それぞれの長所を生かすことができた。鳥取城は、戦国時代から江戸時代にかけて、最先端の技術を取り入れながら改修されている。時代による石垣の積み方の違いも、この城の見どころのひとつである。 江戸時代に、山上ノ丸が重要視されることはなくなった。しかし、有事の際には、利用するつもりだったのである。 【遺構の保存状態 24点/城の防御力 25点/交通アクセス 23点/登りやすさ 23点】 ◎監修・文/小和田泰経(おわだ・やすつね)1972年、東京都生まれ。歴史研究家。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期退学。専門は日本中世史。著書に『家康と茶屋四郎次郎』(静岡新聞社)、『戦国合戦史事典 存亡を懸けた戦国864の戦い』(新紀元社)など。 ※週刊朝日ムック『歴史道 Vol.17』では、戦国最強の山城「ベスト50」を徹底解説しています

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    22時間前

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    夫婦生活は小さな嘘で回っている? さんま御殿を見て「妻よ、ありがとう」鈴木おさむ

     放送作家・鈴木おさむさんが、今を生きる同世代の方々におくる連載『1970年代生まれの団ジュニたちへ』。今回は、結婚20年目を迎えた夫婦生活について。 *    *  * 先日、妻が「踊る!さんま御殿!!」という番組に出ていた。その回は、いろんな奥様が集まり夫への不満を言いまくるやつです。  妻は日ごろたまっている不満を、この手のテレビ番組で言うのだが、本当に僕に言ってないやつが多い。つまり僕は番組で知ることが多いのです。今回もそうでした。しかも、かなり痛い所を突いてきます。  まずは僕が打ち合わせに行くと言って出て行って、帰ってくると酔っているという話。「打ち合わせに行ってなんで酔って帰ってくるんだよ」と。これにはスタジオの奥様方も凄く頷いていました。妻はお酒を飲みません。だから、どうしても理解してもらえないのですが、打ち合わせには色んな種類がありますよね。リモート打ち合わせ。会議室での打ち合わせ。会食しながらの打ち合わせ。お酒を飲みながらの打ち合わせ。  妻には「会食しながらの打ち合わせ」と「お酒を飲みながらの打ち合わせ」がなかなか理解してもらえません。これ旦那さんあるあるなんじゃないでしょうか。妻からすると「飯食いながら打ち合わせしなくていいだろ」とか「酒飲みながら打ち合わせになんねえだろ」。そして、「打ち合わせと言ってるけど、本当は酒飲みたいだけなんだろ?」と思ってるはずなんです。  だから、「お酒を飲んで打ち合わせ」のあと、家に帰る時に、僕は酔ってない顔を作ります。なるべく妻に「飲んできたの?」と思われないような顔を作っているつもりでした。  そして「また飲んできたの?」と言われた時には、本当は5杯以上飲んでいるときも「うん、2杯だけ」と小さな嘘をついてしまいます。一杯だと嘘過ぎるだろと思って、3杯減らして2杯にする。  僕と妻は結婚して20年。子供は6歳。子供には嘘をつくな!と教育しなきゃいけない立場なんですが、夫婦生活はこういう小さな嘘で結構回っているものです。  妻は番組で、お風呂の苦情も言っていました。僕は朝と昼、必ずお風呂に入ります。目が覚めないからです。  妻が怒ってるのは、僕がお風呂を出た後に、掃除してこないことです。妻は「お風呂、掃除してきてね」と言いますが、僕はシャワーで流して終わりにしてしまいます。  妻は「掃除」とリクエストしていますが、僕は「流す」で終わりにしてしまう。本当は掃除しなきゃと思っているんですよ。だけど、流すことしかできない。なんでだろ?と聞かれても答えが出ない。でも、結局のところ、それって甘えているってことなんでしょうね。いや、そうなんです。  妻がやってくれると思うからこそ、流すだけで終わらしちゃうんですよね。僕は流してるからOKだと思ってましたが、こないだの番組を見る限り、OKじゃなかったんですね。  こうやって妻が我慢していることをテレビを通して知れるだけ幸せかもしれません。  あえて言わないけど、小さな我慢と許しをたくさんしてくれているから、成立しているんだなと20年目のスタートで気づく。  妻よ、申し訳ない。そしてありがとう。これからも。こんな僕をお許しください。 ■鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。パパ目線の育児記録「ママにはなれないパパ」(マガジンハウス)が好評発売中。毎週金曜更新のバブル期入社の50代の部長の悲哀を描く16コマ漫画「ティラノ部長」と毎週水曜更新のラブホラー漫画「お化けと風鈴」の原作を担当し、自身のインスタグラムで公開中。コミック「ティラノ部長」(マガジンマウス)は10/4に発売になった。「お化けと風鈴」はLINE漫画でも連載スタート。YOASOBI「ハルカ」の原作「月王子」を書籍化したイラスト小説「ハルカと月の王子様」が好評発売中。長編小説『僕の種がない』(幻冬舎)が発売中。

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    15時間前

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    水野美紀が明かす「ザ・マスクド・シンガー」の裏側と、わが子のオリジナルソングの驚くべきクオリティー

     42歳での電撃結婚。伝説の高齢出産から4年。母として、女優として、ますますパワーアップした水野美紀さんの連載「子育て女優の繁忙記『続・余力ゼロで生きてます』」。今回は、なぜか決勝まで勝ち進んでしまった、Amazonプライムビデオのオリジナル番組「ザ・マスクド・シンガー」の裏側をそっとお教えします。 *  *  * どうも。ローズです。  Amazonプライムビデオの「ザ・マスクド・シンガー」という番組。  12人のセレブ(←これむずがゆいのな)がマスクを被って歌って競うという番組。  なぜか私がここにキャスティングされて、名だたる歌手の皆さんおられる中、決勝まで勝ち進むという番狂わせを演じたのであります。  マスクっていうか、全員、ほぼ着ぐるみ。  最初に連絡をもらって企画書を見た時の感想は「ん?」。  え、歌うの? 姿を隠して? で、競うの?……へえーーーー。ん?  この感覚、あの時に似ている。「浦安鉄筋家族」のドラマの企画書を最初に見た時の感覚に似ている。  あの時も「え?……ドラマ化?……どうやって?」と思ったものだ。  プロデューサーから電話で「大丈夫! 君なら羽ばたける!!」とよくわからない説得をされ、出演が決まってしまった。  今回の企画、歌手だけじゃなくてスポーツ選手や役者など様々なジャンルの出演者を集めて闘うらしい。 「役者は顔で踊って顔で歌え」  これは昔、古田新太先輩に教わった教訓である。しかし、マスクを被ってしまってはそれができない。どうしたものか。  1カ月以内に、どの曲を歌うか決めなくてはならなかった。全員が、決勝まで進んだ場合の、全6曲を選ばなくてはならない。  曲の許可を取ったり、オーケストラでオケの録音をしたりするので準備に時間がかかるらしく、とにかくすぐに歌う曲を決めてくれという感じだった。  しかし一体どんな番組なのか、どんなメンバーでやるのか分からない事だらけで結局、何も決められないまま最初の打ち合わせの日をむかえた。 「水野さんのマスクは、ローズです」  最初に衣装とマスクのイラストを見せられた。 「女優なんで」  なぜ女優だからローズだったのかは今だに分からない。  しかし、ここで私はふと思った。 「そうだ、芝居仕立てにしよう」 「あの、小道具とか共演者とかって用意していただけますか?」  すると、 「ダンサーさんがたくさんいるので自由に使えますし、小道具もいくらでも用意できますよ」  ここから一気に構想が固まっていった。  まずは1曲目「ラヴ・イズ・オーヴァー」。で、別れのシーンからスタートしよう! 「便器って出せますか? 便器の蓋だけでも大丈夫だと思うんですけど……」「用意できます。蓋だけじゃなくてちゃんと便器を用意しましょう」  ディレクターさんは大変心強い言葉をくれる。 「それじゃあフル便器でお願いします!」  二曲目で、シングルマザーになって、三曲目で、よりを戻して、だけどまた浮気される。 「あの、この曲のあとに、ラヴ・イズ・オーヴァーのサビをくっつけたりしてもいいですか」「確認します。大丈夫だと思いますよ」  四曲目で、戦争勃発。 「殺陣をやりたいんですが、殺陣師の方を呼んでいただくことはできますか?」  そうこうして、ものの二時間くらいの打ち合わせで、ローズのストーリーの概要は出来上がった。  しかしここからが大変だった。歌詞とストーリーを優先してランダムに曲を選んだはいいが、ほぼ歌ったことのない曲もある。歌えるのか、私。  そうして本番までの、約1カ月半。全力の歌練習がはじまった。  ユーチューブでボイトレのチャンネルを見まくってボイトレ。移動の車で歌って、ママチャリ漕ぎながら歌って、料理しながら歌って、夜中にコタツに頭を突っ込んで歌って、仕事の隙間にスタジオノアの個室をおさえて歌って、録音して聴いて、歌って録音して聴いて。  ところが不思議なもんで、「ラヴ・イズ・オーヴァー」を死ぬほど練習したあとに「プライド」を歌うとぜんぜん歌えなくなってるし、「また君に恋してる」を死ぬほど練習したあとに「キャッツアイ」歌おうとするとぜんぜん歌えないし。  ジャンルとか音程とか無視して歌詞優先で選んだことで、えらい大変なことになってしまったのである。  しかし、「下手だな」と、歌が気になってしまったらストーリーが伝わらない。もう、必死に練習した。 「4曲目まで勝ち進めたらばんばんざいだねえー」  なんてスタッフとは話していたのだが、なんとローズはうっかり決勝まで勝ち進み、クリスタル・ケイさん、土屋アンナさん相手に、決勝ではバラードを歌い上げたのである。  これはこれでなかなかの地獄。  終わってみれば、「あれは夢だったんじゃないだろうか」と思うような日々だった。  とんでもなく緊張した。  長くやってると、たまに面白いお仕事が舞い込んでくるもんだ。  おかげでうちの子、すっかり歌が好きになって、しょっちゅうオリジナルソングを歌うようになった。 「あおーい おそらーにー とんでーいこう そしてあおいー そらから とんでいこーねー どーぱーひとつぶー あえるぶつー あえるつぶとぶてぶたーーー ぶたーーいそぶ ぶたーーひとつぶたーー」  今日も元気だ。 ■水野美紀(みずのみき)俳優。ドラマ・映画・舞台で活躍中。<出演情報>Amazonプライムビデオ「ザ・マスクド・シンガー」が配信中。作・演出・出演した舞台『2つの「ヒ」キゲキ』のDVDの予約を10/31まで受付中(https://2hikigeki.official.ec)。レギュラー番組は、フジテレビ系バラエティ「突然ですが占ってもいいですか?」毎週水曜22:00~、読売テレビ「水野美紀の映画生活(シネマライフ)」毎週金曜22:54~<関西ローカル> http://www.ytv.co.jp/cinemalife/ 【書籍『水野美紀の子育て奮闘記 余力ゼロで生きてます。』好評発売中】

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    19時間前

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    うつ病、不安症になってない? 精神科医が教える「心の疲れ」6つのチェックポイント

     新型コロナウイルスの流行によって社会が大きく変化し、職場や家庭環境が大きく変わった方も多いでしょう。変化は心に負担をかけるため、自分では気づかなくても、心に疲れがたまっている人もいるのではないでしょうか。今回は心の疲れの解消法について、精神科医の大野裕先生にお聞きしました。前編・後編にわたってお伝えします。(セルフドクターWebより転載) *  *  * 環境変化で負荷がかかる心の健康に目を凝らして  新型コロナウイルスの流行により「新しい生活様式」が提唱されるなど、社会が大きな変化を迫られました。それに伴い、職場や家庭環境が大きく変わった方も多いのではないでしょうか。  環境が揺れ動く時期に気をつけたいのが「心の健康」です。特別疲れることをしていないのになぜか気持ちが暗くなる… …そんなことはありませんか? 今までは旅行で日常を離れたり、友達とのおしゃべりでストレスを発散していたりする人も多いでしょう。でも最近は、今までと同じ形で気分転換をすることが難しくなり、気分が塞いでしまうという声も耳にします。  心の疲れはなかなか自覚するのが難しいものです。ストレスがたまってきたなと感じたら、「どんな物事で気分が塞ぎ、何があると気分が晴れるのか」など、自分の心の動きをキャッチし、認識することが第一歩となります。私たちには、心の疲れを回復させる力が備わっています。この力は日々の暮らしに取り入れ習慣化することで、鍛えることもできます。ストレスが多い暮らしの中でも、心の回復力を高める習慣を身につけ、スーッと軽やかな日々を過ごしましょう。 <心の疲れをチェックしてみよう> 過去30日の間にどれくらいの頻度で次のことがありましたか。(全くない=0点、少しだけ=1点、ときどき=2点、たいてい=3点、いつも=4点) 1.自分が神経過敏になっていると感じましたか? (  点) 2.自分がそわそわ、落ち着かなくなっていると感じましたか?(  点) 3.気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか? (  点) 4.何をするのも面倒だと感じましたか?(  点) 5.絶望的だと感じましたか?(  点) 6.自分は価値のない人間だと感じましたか?(  点) 合計9点以上の人は、うつ病や不安症の可能性が高いと考えられます。 引用:大野裕他「一般人口中の精神疾患の簡便なスクリーニングに関する研究」※うつ病や不安症の診断は、専門医による診察が必須です。このチェックリストはあくまで参考とし、心配な方は近隣の医療機関(精神科や心療内科など)を受診してください。 自分のことを「もっと知る」ことが心の疲れを取るファーストステップ  新しい出来事が起きた時、その捉え方には人それぞれの個性があります。楽観的な人がいれば心配性な人もいます。同じ人でもその時の体調などの影響を受けて捉え方が変化します。  環境の変化や新しい出来事に遭遇すると、人はまずマイナス面を認知する習性があります。人間は古の歴史の中で、新しい出来事に慎重になることで自分を脅かす存在を回避し、生命を維持してきたのです。しかし、マイナス面を認知した後、別の新しい情報をキャッチして整理していくことで、可能性や切り抜け方が見えてきます。マイナス思考は人間として自然なことですが、うつ病や不安症ではその思考から抜け出せず、苦しくなって生活に支障が出てくるのです。大野先生は「お互いに寄り添って自分の気持ちや考えを話し合い、別の視点を得ることで心が和らぐ。それが会話がもたらすよい影響です」と話します。  しかし新型コロナウイルスの影響もあり、今までのように人と気兼ねなく会話をするのが難しいのが現状です。そんな時に試してもらいたいのが、出来事と感情を関連づけてメモしていく方法です(図「7つのコラム」参照)。人と会えない時も、物事を客観的な視点で捉えることで、心の疲れの原因に気づくきっかけとなります。繰り返すことで悲観的な考えへのとらわれに気づき、心の疲れにも少しずつ対処できるようになります。 <「7つのコラム」の書き方>  落ち込みや不安がある時は、原因となることの発生から素直な思考を下の図の順番に書き出してみましょう。誰かに相談しているような客観的な視点を得るための方法の1つです。 「笑う門には福来る」は本当! 行動が意識を変える  心が疲れると「もう何もしたくない」と無気力になることがあります。これ以上傷つかないように自分の中に閉じこもり、行動を起こさないようにしてしまうのです。心の疲れは精神のエネルギー不足の状態なので休息が必要なこともありますが「少し落ち着いたら、体を動かしてみると、心が上向きになっていきます」と大野先生。うつ病の治療の1つに「行動活性化」という方法があります。これは気分転換になる行動をとることで心を元気にする方法です。「脳は、行動をして初めて次のことをする意欲が湧くようになっています。気分を意識的に変えるのは難しいですが、行動はすぐにでも変えられる。まず行動すれば、心は後からついてくる。これが行動活性化です」。 <行動と心の関連メモ> 「朝起きて顔を洗い、朝食を食べた」。このような当たり前の生活には普段意識を向けないものです。しかし、日々の行動を意識すると「〇〇をしたら気分が明るくなることが多い」などの傾向が見えてくるはず。観察を繰り返していると「自分の気分を明るくする行動」が選び取れるようになるのです。日々のなんでもない行動が? と思うかもしれませんが、意外と行動と気持ちは連動しているもの。手帳やスマホで行動と心の動きをチェックして、新たな発見をしてみましょう! 【後編に続く】心が疲れたら「行動」を変えるのが有効! 精神科医がすすめる「8つの行動習慣」とは? 監修/大野 裕先生(おおの・ゆたか)精神科医。1978年慶應義塾大学医学部卒業と同時に、同大学の精神神経学教室に入室。コーネル大学医学部、ペンシルべニア大学医学部を経て、慶應義塾大学教授を務めた後、2011年より独立行政法人(現・国立研究開発法人) 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター センター長に就任。現在は顧問。一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長などを務める。著書に、『心が晴れるノート』(創元社)など。 セルフドクターHP

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    「御三家」に毎年合格者を出す私立小の教育とは? 中学受験に強い私立小が人気の理由

     今年も首都圏の私立小学校の入試が始まった。近年の志望校選びは多様化し、あえて大学までのエスカレーター式でなく、中学受験に強い小学校を選ぶ親が増えている。志願者数を伸ばしている「受験校」タイプの代表格は、毎年開成や麻布といった「御三家」や、名門大学の付属中に合格者を送り出している洗足学園小学校(川崎市)だ。同小に2人の息子を通わせ、難関中に合格させた母親・川野ゆりこさん(仮名)に小学校生活について聞いた。 *  *  *  穏やかで気品のある川野さんは、神奈川県育ち。15歳と13歳の息子は現在、最難関私立大学の付属中学に通っている。お子さんたちの小学校選びは、「中学受験が前提」だったという。 「夫が中学受験経験者で『精神的にも学力的にも得るものが大きかった』と考えており、息子たちにもそういう経験をしてほしかったのです。洗足学園小は男女全員が中学受験をすると聞き、見学しました」  JR南武線の武蔵溝ノ口駅から線路沿いを南に歩いて約10分、系列の音楽大学と同じ敷地内に洗足学園小はある。初めて学校を訪れた川野さんは、「ガリ勉一色」のイメージとは違って、元気いっぱいで楽しそうな子どもたちの姿にひきつけられた。 「勉強も遊びも真剣に取り組む学校という印象を受け、こちらに通えば将来の選択肢が広がるのでは、と感じました」  ■基礎学力を鍛える日記漢字と筆算検定   洗足学園小には、低学年から無理なく中学受験のための基礎学力を伸ばす独自カリキュラムがあった。そのひとつが、1年生の3学期から始まる「日記漢字」だ。毎日ノートの右側1ページにその日の出来事を書き、左側1ページに好きな漢字を練習する。 「新聞記事の感想を書いて提出するお子さんもいて、記述力、漢字力が鍛えられました。毎日提出し、その日帰るまでに先生がコメントを書いてくださいます。その内容から、学校でどのように過ごしているのか垣間見ることができました。兄弟合わせて6年間で100冊以上にもなり、大切に保管しています」  もうひとつが計算力を高める「筆算能力検定」である。20~40題ぐらいの問題を5分で解くというもので、1年生の秋から月1回のペースで行われる。 「20級から始まって、最後の『超人級』になると、大人でも解けないほどの難しさです。息子たちはだんだん級が上がるのがうれしいようで、友達と競争しながらゲーム感覚でやっていました」  中学受験では4科目の入試を行う学校が多い。洗足学園小では3年生になると国算の2科目、5年生からは国算理社の4科目の模擬試験が校内で実施される。 「本番を半年後に控えた6年生の2学期からは、過去問演習もありました。さらに校内には『進路サポートルーム』があって、卒業生が寄付した過去問集が何十年分も蓄積されています。常駐の先生に志望校選びを相談することもできて心強かったです」 ■小学校の友達は一生の財産  川野さんの息子2人は、進学塾にも通っていたという。10~12歳という多感な年齢に、遊びたくならないのだろうか。川野さんは、「洗足学園小に入学させていちばん良かったのは、中学受験という厳しい体験を、一緒に乗り越える友達ができたこと」と話す。   また校内では「一生懸命勉強することはかっこいいこと。みんなでがんばろう」という雰囲気が醸成されていたという。 「さらに受験対策勉強だけではなく、3~6年生で長野県・黒姫高原のロッジに行き、縦割りグループでカレーライスを作ったり、ゲームをしたりして楽しむ宿泊行事もありました。小学校時代の友達との交流は、一生続くことでしょう。その人脈が、洗足学園小で得られた、最高の財産だと思います」  洗足学園小に代表されるように、難関中学への進学実績が高い私立小が、志願者数を伸ばしている背景について、創立52年の大手幼児教室ジャック幼児教育研究所の吉岡俊樹理事は、「中学~大学という先々の受験を『弊害』ではなく、『成長のチャンス』と肯定的にとらえ、きちんとした学習指導を小学校側に求めるご家庭が増えている」と分析する。 「こうしたご家庭は、職業選択や大学だけは子ども本人に決めさせたい。そのときに受験に耐えうる学力がついているか。そうした観点で小学校を選びます」(吉岡理事)  「受験校」と呼ばれる私立小の多くは進学実績をホームページで公開している。親や子が「お受験」で選抜される一方で、学校も親たちに「この小学校こそ」と選ばれなくてはならないのだ。 ■「受験校」にもさまざまなタイプがある  吉岡理事は、「中学受験に有利か」という軸で人気が高まっている私立小学校として、洗足学園小のほかに、5年生までに6年間の学習カリキュラムを終わらせて、6年生から受験対策が始まる品川翔英小学校(東京都品川区、小野学園から2020年に改称)や、「高い学力」を掲げ、ICT(情報通信技術)教育も先進的な宝仙学園小学校(東京都中野区)を挙げる。  ほかにも、クリスチャンスクールである目黒星美学園小学校(東京都目黒区)は、5年生から男女別のクラス編成となり、男子の難関中学への進学実績が高いのが特徴だ。 「意外かもしれませんが、目黒星美学園小は中学受験のための先取りカリキュラムは組んでいません。学校では情操教育で心を育み、受験勉強は塾で、といったすみ分けスタイルが支持されています」(吉岡理事)  穏やかでのびのびタイプの男子が多いという。  中学受験を見据えた小学校選びといっても、幼少のうちから12歳に成長したわが子の姿を想像するのは難しいかもしれない。先入観にとらわれずに、子どもに合った学校を探したい。 (文/柿崎明子、澤田聡子) ※『AERA English特別号「英語に強くなる小学校選び2022」の内容に加筆し再構成しました

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    21時間前

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    「忠犬系男子」町田啓太 気遣い&謙虚さに共演者も“うっとり”するモテっぷり

     10月14日にスタートした江口のりこ主演ドラマ「SUPER RICH」(フジテレビ系)に出演中の町田啓太(31)。江口演じるベンチャー企業社長の波瀾万丈な半生を描く作品で、町田は周囲から“忠犬”と言われるほど社長に尽くす、秘書的存在の宮村空役を演じている。  これまでNHK連続テレビ小説「花子とアン」やNHK大河ドラマ「西郷どん」、ドラマ「中学聖日記」(TBS系)など数々の連ドラに出演し、正統派のイケメン俳優という印象のある町田。昨年10月期に放送された“チェリまほ”こと深夜ドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(テレビ東京系)で、同性の同僚に恋をするエリート役を自然かつコミカルに演じ、高い評価を得てさらに知名度がアップした。  その流れに乗って、2019年に発売されたファースト写真集「BASIC」(光文社)も増刷され、昨年12月には売り上げが累計5万部を突破。町田に対するSNS上の声を見ても、「町田啓太を今のうちに知っておけてよかった」「今まで見てきた芸能人の中でダントツのイケメン」「忠犬系男子…楽しみ」と、女性ファンはさらに増えているようだ。 「劇団EXILEのメンバーということに加え、整った顔立ちと抜群のスタイルで、“どこから見てもかっこいい”と、ビジュアルが注目されがちですが、その人柄も女性を惹きつけています。得意な家事について聞かれると『全部!』と返答。特に洗濯が好きで、洗濯物を干しているとすがすがしい気分になるそうです。また、なるべく部屋をきれいに保つため掃除もサボらないとか。そんな清潔感もポイントが高い」(テレビ情報誌の編集者)  非の打ちどころがないルックスでありながら、町田の場合は、謙虚さも垣間みえるところが好感度につながっている。 「ダウンタウンDX」(日本テレビ系、2019年3月14日放送)では、共演経験のある上白石萌音が「現場の女性スタッフ、みんなメロメロ」と、町田のモテエピソードを披露。これに町田は首を振って否定すると、上白石は「こうやって謙遜されますけど、もう認めちゃった方がいいと思うんですよ」と言い、さらに同番組で共演していた関口メンディーが「モテてんの本当に認めなくて、謙虚ハラスメントっていうか……」と、町田の謙虚さを指摘。また、「ウチのガヤがすみません!」(日本テレビ系、2019年3月26日放送)でも、高校時代の先生から「ダンスコンクールでは出待ちの女の子が100人弱はいた」と、高校生の頃のモテぶりを明かされるも、町田は「そんなことないです。先生方が盛ってくださった」と謙遜していた。 「謙虚さの中に相手への気遣いもあるので、性別を問わず好かれているのでしょう。以前WEBマガジンで明かしていたエピソードなのですが、撮影現場で弁当の量が足りず『ちょっと足りなかったな』とつぶやくと、大先輩が『自分の分も食べていいよ』と言ってくれたので、ありがたく弁当をもらったとか。すると、翌日からも『あげるよ! お腹空いてるでしょ』と弁当を勧められ、その時はおなかが一杯だったのに『はい!空いてます!』とウソをついて苦しみながら食べたと語っていました」(同)  演技に関しても先輩からの評価は高いようだ。女性週刊誌の芸能担当記者は言う。 「現在放送中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で、町田は土方歳三役を演じていますが、9月に放送された『あさイチ』(NHK総合)で主演の吉沢亮が“うっとり”した場面として町田の殺陣のシーンを挙げていました。あまりにもかっこいいので、渋沢喜作役を演じている高良健吾と『土方が出てきたら土方に持っていかれるね』という話になり、2人で『どうするか……』と会議をしたというエピソードがありました。そんな町田ですが、顔が整いすぎているので『かっこいい俳優』という認識で止まっていた人も多いはず。しかし、知名度が上がっていくと同時に、演技力に加え、謙虚さなど人の良さもジワジワと伝わってきたことから、ファンが増え続けているのでしょう」  ドラマウオッチャーの中村裕一氏は、町田の魅力と今後についてこう分析する。 「清潔感あふれる端正な顔立ちと、笑った時にクシャッとなる目尻の愛らしさ。大人っぽいルックスと子どものような笑顔のギャップが、多くの人の心をわしづかみするのだと思います。3年前の出演作『女子的生活』では、主演の志尊淳演じるトランスジェンダー・みきと共同生活をする大学の同級生・後藤を好演。有村架純主演の『中学聖日記』では、有村演じる主人公の婚約者として見事な演技を披露しました。今は多くのファンからの『こうあってほしい』という理想になるべく寄り添う時期だと思いますが、俳優としてはそのイメージを大胆に裏切って、冷酷に相手を追い込む非情なキャラクターや、常にドタバタして落ち着かないコミカルな役なども見てみたいところです」  ルックスだけでなく人間としても魅力的な町田。さらなるブレークが期待できそうだ。(丸山ひろし)

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    19時間前

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    自民64議席減の予測 石原伸晃 下村博文、萩生田光一も当落線上か

     天下分け目の衆院選が近づきつつある。新総裁のもとでイメージを一新した自民党に、野党は今回もしてやられるのか……いや、そうとも限らない。過去のデータを分析すると、野党共闘の成立次第で勝敗はガラッと変わることがわかってきた。 *  *  *  コロナ禍の拡大で国民から総スカンを食らった菅義偉政権。衆院議員の任期満了が10月21日に迫るなか、自民党は近年では最大の危機を迎えていた。ジャーナリストの二木啓孝氏は言う。 「8月ごろに自民が実施した衆院選の情勢調査は『60議席±10減』という衝撃的な結果だった。二階俊博幹事長が8月末にその資料を持って菅義偉首相と官邸で面会。この数字が退陣の決定打になったと言われています」  次期衆院選の定数は465。過半数確保には233議席が必要だ。自民の現有議席は275で、43議席減らすと自民単独過半数割れ。また、公明党の現有議席は29。自公両党で合計72議席減ると与党過半数割れとなる。自民にとって“政権からの転落”が現実味を帯びていたのだ。  進退窮まった菅首相は9月3日に総裁選不出馬を正式表明。11月までに実施される衆院選は新しい首相・総裁のもとで実施されることとなった。その後は連日、メディアをジャックした「総裁選ショー」で菅政権の失政は“リセット”され、またも与党は安泰……という結果になるのだろうか。  だが、次の衆院選は前回と決定的に違う点がある。前出の二木氏は言う。 「2017年の衆院選で与党が圧勝したのは、選挙直前に民進党(当時)が希望の党と立憲民主党に分裂し、混乱の中で共産党との選挙協力も進まず、野党候補者が乱立したから。今回は前回ほど野党候補者の分裂選挙にはならない。自民は決して安泰ではなく、『どれだけ負けを減らせるか』の戦いになるでしょう」  そこで本誌は、17年衆院選で仮に野党候補者の一本化ができていた場合、選挙結果がどうなっていたかをシミュレーションした。なお、国会で与党寄りのスタンスをとり、立憲らと明確に距離を置く維新の会は、野党候補の票に合算していない。  その結果は衝撃的なものだった。野党の合算票が、勝利した与党候補者の票を上回った小選挙区は64。なかには、石原伸晃元幹事長(東京8区)、下村博文政調会長(東京11区)萩生田光一文部科学相(東京24区)、上川陽子法相(静岡1区)など、現職大臣や要職経験者といった“大物議員”も複数含まれていた。  さらに、17年衆院選と19年参院選で与野党が拮抗した選挙区や、保守分裂選挙になりそうな選挙区など13選挙区を抽出した。この合計77選挙区が、与党の「“落選危機”リスト」だ。仮にこれらの選挙区をすべて落とせば、「自公で過半数割れ」もあり得る。  個別の選挙区事情を見ても、与党が安泰でないことがわかる。永田町関係者は言う。 「香川1区の平井卓也デジタル担当相は、立憲の小川淳也衆院議員と拮抗している。小川氏を主人公にしたドキュメンタリー映画がヒットしたことで、メディアへの露出も増えた。与野党逆転があるかもしれない」  東京9区は菅原一秀前経産相が違法な寄付で略式起訴され自民を離党。自民は候補者を立てられず不戦敗の公算大だ。  石原伸晃氏だけではなく、弟の宏高衆院議員(東京3区)もリスト入りしている。 「東京3区は立憲の松原仁衆院議員が保守層にも浸透している。野党一本化が実現すれば、伸晃氏と一緒に兄弟で危ない」(自民党関係者)  広島3区からも目が離せない。二木氏は言う。 「河井克行元法相の選挙買収事件を受け、公明の斉藤鉄夫副代表が候補者になりましたが、選挙戦で手足になる主だった自民系地方議員のほとんどは河井氏から現金をもらっていて活動ができない。4月の参院広島選挙区の再選挙も野党候補が勝利している。斉藤氏はかなり厳しい」  野党が決して非力でないことは、次のデータからも読み取れる。  17年衆院選で全国の比例得票数は、自公が計約2553万票なのに対し、立憲・希望・社民・共産は計約2611万票で野党が上回っていた。  19年参院選の結果を見ても、リストにある宮城、秋田、長野、静岡、愛知、滋賀、京都、大分は野党の合算票のほうが多い。東京は与党が上回ったが、得票率の差はわずか1.8ポイント。同じく与党合算票が上回った千葉と神奈川も、その差は5ポイント未満だ。北海道では、知名度の高い高橋はるみ前北海道知事が自民から出馬した影響で選挙区票は与党が上回ったが、比例票は野党のほうが多かった。  もちろん、野党がその“潜在能力”を発揮するには、まだまだ突破しなければならない壁がある。  一つは自民党新総裁が誕生した際の「ご祝儀相場」だ。昨年、菅首相が誕生したときも内閣支持率は一気に6割以上まで回復した。政治アナリストの大濱崎卓真氏は言う。 「メディアでは総裁選ばかり取り上げられ、野党の存在感は埋没している。しかし、総裁選後は臨時国会が開かれ、代表質問も実施される可能性が高い。野党は総選挙に向け、早めに争点を設定しておく必要があります」  最大の問題は、野党が候補者を一本化できるかだ。現在、次期衆院選の289選挙区のうち、立憲の候補が共産、社民、れいわと競合する選挙区が70以上残っている。前出の大濱崎氏は言う。 「菅首相の不出馬表明で与党有利な状況になり、共産や国民も比例票狙いで候補者を多く立てたいという考えが強くなっている。あと1カ月程度でどの程度まとまるかです」  野党候補の一本化を目指すため、立憲の平野博文選対委員長は9月24日、同党の小沢一郎衆院議員に共産党との交渉役を依頼した。過去の失敗から学習し、力を結集できるのか。それ次第で、11月以降の政治風景は激変する。(本誌・西岡千史、池田正史) ※週刊朝日  2021年10月8日号

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    ミッツ・マングローブ「白鵬引退で見えた日本人の貧しい品格」

     ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「白鵬引退」で感じたこと。 *  *  *  テレビの大相撲中継を観なくなってどのくらい経つでしょうか。実家にいた頃は、場所中は常にNHKがついており、何気なく「結びの一番」まで観るのが習慣だったため、今場所は誰が好調で、番付はどのようになっているかぐらいはいつも把握できていました。先日、「横綱・白鵬が引退」というニュースに母親が大騒ぎをする横で、大相撲に対する熱量がだいぶ薄れてしまったことを実感した次第です。  白鵬が横綱になったのが2007年。私が実家を出たのも確か2007年。よって私の「大相撲の記憶」が、それ以前の朝青龍や魁皇や千代大海あたりで途切れているのも合点がいきます。あれから14年もの間、白鵬はずっと綱を張り続け、大相撲界を牽引してきたのかと思うと、遅ればせながら彼がどれほど強い力士だったのかが分かると同時に、歴史的にもとんでもない時代を見過ごしてきてしまったのだと後悔の気持ちでいっぱいになります。何でも数字でしか物事を評価できない日本人の気質はあまり好きではありませんが、それでも改めて白鵬が打ち立てた記録の数々を見るにつけ、「なんでこんなに凄いことが起こっていたのに、私は大相撲を観ずにいられたのか?」と不思議になるほど、彼の残した数字は突き抜けている。  もちろん彼が長らく横綱に在位し、歴代最多の優勝回数を重ねていたのは知っていました。と同時に、その相撲や言動が様々な物議を醸していることも目や耳に入ってはいました。実はここに、私の心が大相撲から離れていった要因があるのです。  かつて曙や朝青龍もそうでしたが、「外国人力士」と言われる人たちが角界を席巻するとともに、急に世間が「横綱の品格」なんて言葉を声高に叫び始めるあの感じが、どうにもこうにも気持ち悪かった。  日本の国技のひとつでもある相撲に、一定の保守的な価値観や規律を課すのは確かに大事です。しかし、朝青龍や白鵬に対する否定や批判は、ただの「やっかみ」にしか見えないものが多かったように思うのです。ひたすら強い外国人に対して「品格」などという荒唐無稽とも言える概念を振りかざすって、それこそ品位や民度に欠ける行為じゃないのか? ましてや勝負の世界なのに、です。  白鵬さんの気質を見聞きする限り、必ずしも万人が付き合いやすい人柄ではなかったようですが、そこを非難する人たちには「わがままと気まぐれはスターの必須要素」であるという根本的な現実を受け入れる度量が圧倒的に足りていない。天下人(スター)の魅力というのは「はみ出ている」ところにこそあるのに、どうしてそれを叩くことしか能がないのか。他人に謙虚さばかりを求めるのは、世の中が経済的にも精神的にも貧しい証拠です。それでいて「近頃は圧倒的スターがいなくてつまらない」などとわがままを抜かす。  どうせ何年かすれば、世間は「史上最強の横綱・白鵬」を手放しに讃え、下手すりゃ憐れむ風潮すら出てくるのでしょう。しかし「白鵬に対する仕打ち」は、日本をさらに「スターの生まれにくい国」にしてしまった気がします。これは取り返しのつかない損失です。 ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する※週刊朝日  2021年10月22日号

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    新庄剛志 匂わせツイートで日ハム監督にザワつく 電撃古巣復帰の可能性は

     新庄剛志は再び北海道に戻ってくるのか。  成績不振に加えグランド外でのゴタゴタが続く日本ハムの“救世主”となり得る男の動向に注目が集まっている。 「長崎で生まれ福岡で育ち、大阪、ニューヨーク、サンフランシスコ、ニューヨーク。次は北海道に住みます。背番号は1です。ファイターズの新庄をよろしくお願いします」(新庄)  2003年11月19日、選手として日本ハムに入団する時の発表も記憶に残るものだった。  メジャーリーグ挑戦からの国内復帰が確実視されており、この発言の翌日(11月20日)に予定されていた日本ハムとの初交渉後に正式に入団が発表されると見られていた。事前に話し合いは綿密に行われていただろうが、野球と無縁の映画試写会における“フライング発表”に周囲は仰天だった。 「フライング? お約束? どちらかはわからないが相当のインパクトだった。北海道への本拠地移転を翌年に控える中、球界やスポーツ界だけでなく世間に対しても強烈な印象を植え付けた。日本ハムは新庄とともに他球団のビッグネーム獲得を目論んだが失敗。メジャーでも存在感を見せつけた新庄を球団の顔として押し出すため必要もあったのでしょう。試写会で共演した格闘家のボブ・サップよりも目立っていました」(在京テレビ局スポーツ担当者)  当時、北海道初のNPB球団誕生に向け、スター選手が獲得候補としてリストアップされた。しかしフリーエージェント(FA)としてオフを迎えていたダイエー(現ソフトバンク)の村松有人などとの交渉は早々に決裂と報道された。そんな中、日本ハムへの加入を決意したのが新庄だった。  入団後はグラウンド内外で存在感を示した。在籍した3年間で357試合に出場して打率.268、60本塁打、198打点をマーク。さらにゴールデングラブ賞3回、ベストナイン1回を獲得し、06年には日本一となったチームの原動力となった。また球場でのパフォーマンスなども注目を集め、日本ハムをチケットの入手すら難しいほどの人気球団に変貌させた。革新的な球団経営もNPBにおける成功例として業種の壁を超えて話題になり、その中心にはいつもこの男の存在があった。 「雰囲気を良くする明るさがクローズアップされるが、勝負に挑むメンタリティを植え付けた。グラウンド上では練習から楽しんでプレーする。そうすれば辛い練習も前向きに頑張れる。そして結果が出なくても気持ちをしっかり切り替える。準備、練習量の凄さを誰もが知っている。それが浸透してチーム力の底上げになった。本人は嫌がるけど間違いなくチームリーダーだった」(日本ハム球団関係者)  新庄が退団してから約15年の時が経ち、日本ハムは苦境に立たされている。今季も低迷が続き3年連続のBクラスは確定的で、グラウンドの外でも中田翔の暴力事件や、球団公式ツイッターが公開した動画に人種差別的な発言が入りこんでいると指摘されるなど、負の側面ばかりが目立つ。 「(新庄は)今の日本ハムには絶対に必要な存在。表には出さないが野球に対する愛情や厳しさを誰よりも持っている。北海道移転から長い時間が経ち、チーム内にマンネリ感も漂う。時代の変化もあり、選手の管理や操縦方法も難しくなっている。周囲が文句を言えないほどの存在感、カリスマ性を持つ新庄がいれば強烈な刺激になるのは間違いない」(日本ハム担当記者) 「ひらめき重視の天才型と言われるが常に考えてプレーしていた。例えば、外野守備が歴代トップクラスと評価されるのは身体能力や才能だけでなく、データなど状況判断をしっかりしていたから。そういった確かな野球のベースがあるのに加え、誰もを楽しませる明るい性格もある。気に入ったグラブを手入れして長年使い続けるような野球に対する真摯な姿勢もある。良い手本、指導者になるはずです」(日本ハム球団関係者)  一時期は野球の現場を離れていたが、昨年は12球団合同トライアウトに参加。結果的にオファーを出す球団はなく、球界復帰は断念したがその挑戦は大きな話題となった。また最近は野球関連のイベントなどに出席することもあり、再び情熱が湧いてきたという声が聞かれる。 「日本ハムや北海道に対する思い入れは相当のものがある。公の場でコメントはしないがチームの現状に悔しがっているという話も聞く。稲葉篤紀氏を新監督として招聘する話も出ているが、チームを根本的に変革するためにも新庄コーチは大歓迎。ダメならば臨時コーチや球団プロデューサーなど、どのような形でも良いので関わって欲しい」(日本ハム担当記者)  昨年のトライアウトでも着用したのは他球団のものではなく日本ハムのユニフォームだった。新庄の奥底には古巣への思いと愛情が残っているのは間違いない。 「日本に戻ってきた理由がここにある」  10月18日、新庄が自身のツイッターに投稿したつぶやきが野球ファンを騒がせている。ヘッダー画像も工事中の日本ハム新球場に変更され、様々な憶測が飛び交う。  今季限りで10年間チームを指揮した栗山英樹監督が退任が決まり、日本ハムは転換期を迎えている。イメージ回復を狙う古巣球団だけでなく、球界、日本中を明るくするためにも新庄の日本ハム復帰は大歓迎だ。

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    13時間前

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    30歳でひきこもり脱却の男性の生きづらさ ドラッグストア品出し早朝バイトは「もっと早くやっておけば」

     中高年のひきこもりが社会問題となっている。長いひきこもり期間を経験しても、周りのサポートなどにより、再び外で働き始めることができるケースはある。就労は大きな一歩だが、それがゴールというわけではない。問題は、それを継続できるかどうか。社会生活に復帰して数カ月がたち、不安や悩みを抱えながら日々を送る吉野亮介さん(仮名、31歳)を取材した。 *  *  * 夜明け前、亮介さんは寝ている家族を起こさないようにそっと身支度をして、台所でバナナを一本食べて家を出た。外はまだ暗い。自転車にまたがると、ペダルを無心でこぐ。暑い日は汗が噴き出ることもあるが、人気のない道を走るのは快適だ。  亮介さんは朝3時に起き、4時には家を出るのが日課だ。アルバイト先のドラッグストアには自転車で片道約1時間。始発前だから仕方のない移動手段ともいえるが、電車に乗ることに不安がある亮介さんにとっては、自転車通勤も苦にならない。仕事は、朝5時すぎから10時までの「品出し」。働き始めてもうすぐ4カ月になる。これまで、遅刻や欠勤は一日もないという。早朝の通勤も含めて楽ではない仕事だ。 「たいしたことじゃないですよ。これくらいのことだったら、もっと早くやっておけばよかった。逆に後悔の気持ちが止まらなくて、キツイときもあります」  亮介さんは、「ひきこもり経験者」だ。  ◆ 30歳を機に「いよいよ何とかしなくては」  亮介さんは、小さいときからおとなしく、「暗い」「何を考えているかわからない」と言われる子だった。ときどき、人の話を理解できないことがあり、自分の気持ちを話すのも苦手。何か少しでも「失敗した」と思うと、頭が真っ白になってしまう。唯一、緊張せず話せる相手は母親だけで、「大丈夫、亮介は普通だよ」という言葉が心の支えだったという。  高校1年のときから不登校ぎみになり、家にひきこもることが多くなった。その後専門学校に入学したが、やはり途中で通えなくなった。だんだんと友人に会うこともなくなり、外に出かけることも少なくなった。何度かアルバイトをしたこともあるが、突然パニックになったり、言われたことがうまくできなかったりして、どれも続かなかったという。  30歳になるのを機に、「いよいよ何とかしなくては」と焦るようになった。ネットで、就労の困難な若者を支援している団体を探し、勇気を出して自ら連絡をした。  亮介さんが頼ったのは、「一般社団法人福岡わかもの就労支援プロジェクト」だ。「コーチ」と呼ばれる支援者との面談や、就労訓練を経て、2か月半後に就職活動を開始。面接では今までひきこもっていたことも正直に話し、「とにかく仕事がしたい」と伝えた。ほどなく、今の職場にアルバイトとして採用になった。  亮介さんが担当する品出しは、基本的に開店前の仕事なので、接客をすることはほとんどない。コミュニケーションをとるのは職場の人たちだけだ。人との会話に自信のない亮介さんだが、幸い、理解のある優しい上司や同僚に恵まれて、今のところはなんとかやれているという。 「職場は60代くらいの人が多いので、安心感があります。自分から話しかけることはできないけれど、ときどき、『言い方がキツイ人もいるけど、気にしないで』『早く就職が決まるといいね』などと話しかけてくれるのがうれしいです」(亮介さん)  初めて給料をもらった日は、家族にプレゼントを買って帰った。父親には茶わん、母親には箸、姉には本の栞を。ふだんは寡黙な父親が、「もったいなくて使えないね」と言って微笑んでくれた。 ◆「今も、生きているのはつらいです」  端からみると順調に社会復帰を果たしているように見える亮介さんだが、本人は決してそうは思っていない。  失敗をして怒られたり、うまく会話ができなかったりと、自分のふがいなさに落ち込むこともしばしばだ。体力には自信があったのに、帰宅後はぐったりして何もできなくなることもある。 「毎日、自分のやるべきことをこなすだけで精いっぱい。周りから『次は正社員』といわれても、自信はないし、新しいことに挑戦したり、やりたいことを考える余裕は全くないです」(亮介さん)  亮介さんが自信を持てない大きな理由のひとつは、「強迫行為」と思われる自身の行動に若いときから悩まされてきたことも大きい。強迫行為とは、無意味で不合理であると自覚しながらも、意志に反して、一定の行為を繰り返してしまうことをいう。亮介さんの場合は、スマホのスクロールなどを延々と続けてしまうことがよくある。ひたすら歩くことがやめられなくなったり、電車で降りる駅に着いてもまた引き返してしまい、乗り続けてしまったりすることもあるという。  もうひとつの悩みは、子どものころから、授業の内容が頭に入らなかったり、人から何か言われても「流れてしまって」理解できなかったりすることだ。テレビを観ていても、言葉が頭に入らないので楽しめない。  お店で品出ししているときにも、たまに客から突然話しかけられると焦ってしまう。「こういう商品が欲しい」と言われても、あまり内容を理解できないので、すぐに担当者を呼びに走る。  友達はいない。子どものころ仲良くしていた友達にも、「こんな自分と話しても楽しくないだろうと思って」連絡できずにいる。  思い切って心療内科を受診してみたこともある。医師に、「一度ちゃんと検査をしてみては」と勧められたが断った。もし「発達障害」などが検査によって明らかになれば、障害者枠での就職の可能性や公的な支援があることもわかっているが、自分がその事実と向き合うことができるのか、よくわからない。 「今も、生きているのはつらいです」と亮介さんは言う。  実は、社会生活へ踏み出すことができても、亮介さんのように「生きづらさ」を抱えるひきこもり経験者は実は少なくない。  たとえば、今年6月に刊行された「ひきこもり白書2021」(一般社団法人ひきこもりUX会議)で紹介されている調査結果。2019年秋に実施した調査で、6歳~85歳、北海道から沖縄まで全都道府県から1,686名ものひきこもりや生きづらさを抱える人々が回答している。「あなたは生きづらさを感じたことがありますか」という設問に対して、「過去にひきこもりだったことがあり、現在はひきこもりではない人」のうち、「現在生きづらさを感じる」と答えている人は80.7%にのぼっている。 ◆ 人が、居場所になる  社会生活を送るうえで、不安や悩みは相変わらずある。けれど、亮介さんは少しずつ確実に前進しているようだ。取材でも、回を重ねるごとに表情が豊かになり、会話がスムーズになってきたのを感じた。  何よりも、亮介さんにはいくつもの「居場所」がある。  亮介さんのたったひとつの趣味は、18歳のときに始めたボクシングだ。週1回汗を流すのは気分転換になるという。途中休んだ時期もあったが、同じジムに通い続けて10年以上。今でもジムのスタッフや生徒たちの会話には入っていけないし、話しかけられてもうまく返すことができない。だから、あいさつ以外に言葉を交わすことはほとんどない。しかし、たとえ会話がなくても、ボクシングジムに行けば一緒に汗を流せる仲間がいることは大きい。  何よりいつも穏やかに見守ってくれる家族がいる。毎日仕事が終わるころには、母から「おつかれさま」のLINEスタンプが届く。家に帰ると、食卓にはおにぎりが置いてある。シャワーを浴びてからおにぎりを食べるのは、ホッとするひとときだ。  最近飼い始めた猫も、心を癒してくれる存在だ。あるとき道路の真ん中に倒れているのを、父が見つけて病院に連れていったのがきっかけだ。猫は毎朝3時ちょうどに部屋にやってきて、亮介さんを起こしてくれるのだという。  職場の人たちも、毎朝亮介さんを待っている。「一般社団法人福岡わかもの就労支援プロジェクト」での定期的な面談は終了したけれど、「困ったことがあったら、いつでも来なさい」と言ってくれるコーチとはラインでつながっている。  私も亮介さんの居場所のひとつになりたくて、ライン友達になってもらった。亮介さんから初めての返信には、こんな言葉があった。 「朝の自転車通勤中に見上げる夜空の星は、いつもきれいです」 (取材・文/臼井美伸) 臼井美伸(うすい・みのぶ)/1965年長崎県佐世保市出身、鳥栖市在住。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。ペンギン企画室代表。http://40s-style-magazine.com『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)https://www.amazon.co.jp/dp/4594085687/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_fJ-iFbNRFF3CW

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    21時間前

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    人見知りの壁を突破する方法は「この人は素晴らしい人だ」という思い込み しいたけ.さんがアドバイス

     AERAの連載「午後3時のしいたけ.相談室」では、話題の占い師であり作家のしいたけ.さんが読者からの相談に回答。しいたけ.さんの独特な語り口でアドバイスをお届けします。 *  *  * Q:面接などでは社交的な演技ができるのですが、普段はとても人見知りで、心まで乗っ取られる感じです。いろんな人に出会えているのに、自分の人見知りな性格のせいで相手に楽しい思いをしてもらえず、損しているなと思うことが多いです。しいたけ.さんは優しいから人見知りは直さなくていいと言ってくださるでしょうか。(会社員/18歳/うお座) A:ご相談ありがとうございます。うお座は人見知りなところがありますよね。  確かに30歳を超えて自分の居場所ができてくると、無理に人と仲良くしなくてもいいし、人見知りのままでよくなってきます。「人見知り」が魅力になるのは、その人が実力を発揮して2周ぐらいした後かもしれません。仕事がバリバリできるのに人見知りで照れちゃう場面があったりすると、それはすごく人間的な魅力に映りますよね。  でも10代、20代までの人見知りは、本人にとってはやっぱり不利になってしまう。特に年齢が若いときは、仕事の場でもプライベートでも自己PRをしていかなければいけないことが多いからです。  でも人見知りはある程度は直していけるので、希望を持ってください。人見知りの人が訓練して社交術を身に付けると、それはもう最強に近いですよね。人の痛みもわかるし、場を盛り上げることもできる。攻守のバランスがいい人間になれるように思います。  ではその訓練はどうすればいいのか。それは、目の前にいる相手、話さなければいけない相手を「この人は素晴らしい人生を歩んできた人だ」と思い込むことです。嘘でもいいんです。5分ぐらい話して、どうやらそうでもないらしいとわかっても(笑)、この人は素晴らしいに違いないと敬って対応してください。  すると、自然と相手への礼儀が生まれます。礼儀って自分を守ってくれるもの。盾になってくれます。  人見知りの人が、自分の壁を突破して自分を出していく行為って、自己PRみたいなものです。自己PRには、周りが見えなくなるという罠があると僕は思っています。普段はよく周りが見えている人でも、自己PRに夢中になってしまうと発言を外してしまったり、いらない一言を言ってしまったりするみたいな、そういう罠にはまりがち。  でも、相手が素晴らしい人間だと思うと、相手ベースで物事を判断していけます。相手のことがもっとクリアに見えてきて、この一言は言ってもいいなとかその場の空気も見えてくる。  そういう社交術やテクニックをまじめに追求するのも面白いと思います。20代までは、仕事でもコミュニケーションでも、負けを突きつけられて、自分が勝てるものは何だろうって悩んでしまうし、毎日真剣に考えると思います。でもその時間は決して無駄じゃないから。動物ドキュメンタリーとかを見ると、自分に適した生き方のヒントや勇気をもらえるので、おすすめです。 しいたけ./占い師、作家。早稲田大学大学院政治学研究科修了。哲学を研究しながら、占いを学問として勉強。「VOGUE GIRL」での連載「WEEKLY! しいたけ占い」でも人気 ※AERA 2021年10月25日号

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    1時間前

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    親が自宅売却!? 不動産トラブルにあわないために注意すべきこと

     強引な不動産業者に執拗に迫られて自宅売却の契約書にサインしてしまった──。そんなシニアが増えているという。不動産をどうするのか、早めに解決しておかないと、想定外のトラブルに巻き込まれることになる。 *  *  *  80代で一人暮らしの女性は今年初め、訪ねてきた不動産業者に自宅マンションの売却を執拗に勧誘された。突然の訪問で契約書に署名押印させられてしまったが、書面など一切受け取っておらず後悔している。  女性側からの相談を受けた国民生活センターによると、女性は不動産業者が訪ねてきたとき、介護サービス業者と間違ってドアを開けてしまった。業者2人がマンションの売却を執拗に勧め、朝10時から夜9時半まで居座った。翌日も朝10時から押しかけて夜7時半まで売却を勧誘、「売却すれば入居する施設を探してあげる」と言われて根負けして、「売値を200万~300万円上乗せしてくれるなら」と応じ、2300万円で売ることになった。後になって後悔し、契約はなかったことにしたいという。  別の80代の女性のケースは、要介護認定を受けて一人で暮らしていた昨年半ばのこと。不動産業者からお得な話があると長時間勧誘され、自宅マンションの売却と賃貸借契約にサインをした。  この女性は当初、業者の電話勧誘に応じ、訪問を受け入れたところ、業者2人が来て「1千万円で買い取り、その後は13万円の家賃を払って住み続けられ、管理費や修繕費、固定資産税がかからず有利」と勧誘された。最初は断ったが、「マンションが古いので早く決めないと売れなくなる」などと夜11時ごろまで粘られてしまい、契約書にサインしてしまった。あとで解約したいと業者に伝えたが解約してもらえず、国民生活センターに相談したという。  国民生活センターの担当者は「業者は宅地建物取引業法に基づき、うまく勧誘している。長時間にわたる勧誘だったといっても、自宅内での勧誘になると、(録画や録音がない限り)証拠がありません。高齢者の方にはひどい事例があると知っていただいて、自宅には業者を入れないでいただきたい」と話す。  高齢者への自宅売却の勧誘については、国土交通省や消費者庁も注意を呼びかけている。自宅の売却ではクーリングオフができない。国民生活センターなどは、一人で対応せず、わからないこと、望まない内容には契約せず、きっぱり断るようアドバイスしている。  クーリングオフとは、訪問販売や電話勧誘などのように、突然に契約を迫られて応じた場合、一定の期間内なら、契約を解約できる制度。不動産のクーリングオフは宅建業法で、業者側が売り主の場合のみを定めており、消費者が売り主となる場合は適用がない。また、貴金属などの訪問販売のクーリングオフについて定める特定商品取引法は、物品を売る場合には適用があるが、不動産の売買は対象外となっている。  一方、宅建業法では、不確実な将来利益の断定的な判断を提供する行為や、威迫する行為、私生活などの平穏を害するような方法で困惑させる行為を禁止している。冒頭の高齢女性たちのケースは、いずれかに該当しそうにもみえる。しかし、突然の訪問・勧誘を受けた高齢者が、音声の録音などをしていない限り、これらに該当すると立証するのは難しそうだ。 ◆元気なうちから検討しておく  トラブルの背景には、高齢者の自宅をめぐるさまざまな問題がある。  そもそも、高齢者が一人暮らしとなると、ずっと自宅に住み続けられなくなることがある。老人ホームや介護施設に入所すると、自宅は空き家になる。あるいは老後の生活資金のため、自宅を処分したり、ほかに移って自宅を貸し出すなど、資金の捻出を迫られることもある。さらに、相続人がいなかったり、いても親族同士が相続でもめることがある。高齢者が所有権を持ったまま認知症になると、本人が亡くなるまで、親族などの相続予定者は大規模修繕や売却といった処分ができなくなる──。  こうした問題を子どもや親族と早めに解決しておかないと、前述のような想定外のトラブルに巻き込まれることになる。  では高齢者の自宅はどうしておくべきか。高齢者の子どもたちからの相談はよくあるというのはワーススタイルホーム(東京都渋谷区)代表の浜田昭平さん。親が住んでいた不動産に、相続人が住むケースは昨今、少なくなっているという。そうした場合は、所有権を持つ親が不動産を現金化しておくのが一番いいが、元気なうちから自宅をどうするか、検討しておくといいという。 「住み続けたいばかりに、意思決定の遅い人がトラブルになりやすい。本人だけでなく、まわりの人も考えてあげるべきです。売るつもりがなくても、自宅がいくらになるのか、業者と対等の関係で、強い消費者のうちに情報収集しておくといい」(浜田さん)  不動産関連業者と取引をせず、情報収集だけなら費用がかからないことが多い。自宅の価値がいくらぐらいか、試算してくれる人はいるので、「不動産のことで親身になってくれる人がいるといい」(同)。  自宅の問題が本格化するのは、1947~49年に生まれた「団塊の世代」から相続するケースが増えてくる今後5~10年とみているのが、不動産コンサルタントで、さくら事務所(東京都渋谷区)会長の長嶋修さん。 「相続でもめることがあり、多くの場合は遺言がない。自宅に思い入れがあり、できれば自宅で最期を迎えたい。晩年は自宅を処分しづらく、売るでもなく、そのままになりやすい。子どもからは言いづらく、親が自宅をどうするのか、亡くなる前に決めておくのがいい」(長嶋さん)  老人ホームなどに入所し、自宅が空き家になると、さまざまな問題が出てくる。「空き家問題は自分のことにならないとピンとこない」というのはNPO法人の空家・空地管理センター(埼玉県所沢市)理事の伊藤雅一さん。 「長寿化で実家が空かない。子どもたちは先に実家を出て、核家族化が進んでしまった。親が認知症になると、亡くなるまで相続できず、実家の問題が突然、迫ってくる」(伊藤さん) ◆あっという間に困窮者に転落  空き家になった自宅は子どもたちにとって重荷になる。子どもたちは忙しく、親が生きている間は自宅の荷物を片づけられない。自宅の面倒をみる人が誰もなく、庭は草ぼうぼう、屋根や壁が傷むなど、建物が崩れ落ちそうになることもある。そうした自宅問題の相談を受けている伊藤さんは「みなさん、手遅れ感がある」と話す。  伊藤さんが勧めるのは、いい立地の空き家なら、親の荷物を片づけて貸し出し、お金を生む資産にしておくこと。自宅は修繕費や固定資産税などがかかるが、その費用を捻出できる。 「売るにも、貸すにも、直すのも、つぶすのにも手間や費用がかかり、悩んでいる人もいる。自宅は必要なのか不要なのかで、対応の費用や手続きが違ってくる。どこかのタイミングで、家族たちが早めに議論しておくのがいい」(同)  生活費のため、自宅を処分せざるを得ない高齢者もいる。ファイナンシャルプランナーの豊田真弓さんによると、所得水準の高かった人が引退しても現在の生活費を圧縮できないケースがある。 「1部上場企業などに勤めていた方などで、退職金を住宅ローン返済にあてるつもりで、教育ローンまで抱えていると、手元のお金はなくなってしまう。引退後に生活費を圧縮できないと、あっという間に困窮者に転落します。困窮者支援をしている友人から、対象者には身なりのきちんとした方が一定数いると聞いています」(豊田さん)  老後の生活費のため、自宅に住み続けたまま売却するリースバックという手法がある。売却先の業者から自宅を賃貸借するもの。浜田さんによると、売却額は低め、賃借料は高めの仕組みで、「自宅の相場感をつかみながら、安い部分と高い部分を許容できるか」がポイントになるという。長嶋さんは「売却額は相場の6、7割の低めの評価。家賃を払い続けるので、長生きするリスクは本人にかかってくる。売却額よりも、払い続ける家賃が多くなる可能性がある」と話す。  もう一つは、リバースモーゲージで、自宅を担保にして、お金を借りるもの。死ぬまで自宅に住み続け、まとまった現金が手に入り、生存中は金利だけを支払う。本人が亡くなったときに、相続人が自宅を売却するなどで借入金を返済する。 「貸す側には長生きされるリスクがあり、担保評価は控えめになる」(長嶋さん)  浜田さんは、自宅を売却したらいくらになり、同じような物件を借りると家賃がいくらになるか、相場感がないと、リバースモーゲージが妥当なのかの判断がつかないと話す。 「リースバックもリバースモーゲージも比較的、新しい仕組み。弁護士などの第三者に、どういうリスクがあるのか、尋ねてみるのもいい」(長嶋さん)  自宅をどうしたいのか、手遅れになると、相続人や周辺住民に面倒な問題になってしまう。親族や周囲の人たちと早めに相談できるといい。(本誌・浅井秀樹)※週刊朝日  2021年10月29日号

    週刊朝日

    1時間前

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    下重暁子が岸田氏ら歴代総理に「なぜこんなに小粒になったのか」

     人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、歴代総理大臣について。 *  *  *  日本の第一〇〇代総理大臣の名は、岸田文雄。記念すべき国会での代表質問をテレビで聞いた。  質問は野党代表が立憲民主党の枝野幸男代表。私にとっての関心事である選択的夫婦別姓について、総理からは、国民の間には色々な意見があるから、慎重に考えていくといった内容だった。  まずこれでは進展が難しかろう。世界で選択制すら認めていないのは、日本ぐらいだというのに。この問題は単に姓の問題ではなく、ジェンダーや個に関わる根本的な考え方の違いなのだ。  もう一つショックを受けたのは、モリカケだけではなく日本学術会議の任命問題も、もう前総理の時代に決まったことだと切り捨てた。学問の自由すら保障出来ないなら、この政権も期待薄だ。  今回ノーベル物理学賞に輝いた眞鍋淑郎博士のように、今後も日本の頭脳は海外に流出し続けるだろう。何より調和が第一という日本の社会の中では、自由な発想や研究がやりにくいからだ。彼は遠まわしに、しかしはっきりと批判した。  たまたま東京新聞に出ていた初代伊藤博文から、岸田現総理まで一〇〇代六十四人の顔を、つくづくながめてみる。明治、大正はともかく昭和になってからの総理は、名前や顔も忘れている人物も多い。そして、時代を経て今に至るまでだんだん印象稀薄になり、人物が小さくなっている。  特にここへ来て菅、岸田……と将来どうなるのかと心配になってくる。  要は、はっきりして欲しいのだ。自分の考えを明確にして、実行する力と責任を持っているかどうかが顔に表れる。  一〇〇代の総理のうち、戦後だけ見ても、吉田茂をはじめ、石橋湛山にしろ、評判は別にしても岸信介にしろ、その顔つきたるや、一目見て忘れられない。三角大福など、みなそれなりに個性的で、中曽根康弘ぐらいまでは堂々と自己主張があった。  なぜこんなに小粒になってしまったのだろうか。それは個人の問題ではなく、日本政治のあり方そのものを示していると思えて仕方ない。そしてそうしたリーダーに率いられる日本国と日本人一人一人が、小粒になったといわれても仕方ない。  河野太郎さんにしても、調和など気にせず自分の考えのままに突っ走れば道は開けたかもしれぬ。国民は内心、調和より突破を求めているのだから。  一〇〇代の写真を前にしてつくづく思う。「人は見かけによらない」というが、その思想行動は顔に表れる。だいたい顔や声、話し方、行動を見ていればわかってくる。テレビより、固定された一枚の顔写真の方がむしろ物語ることもある。  それには見る側の目も試されているのだから、自分の目を養っておかねばならない。  まもなく行われる総選挙。私たち一人一人の個としての物を見る目を大いに発揮して、人の話に耳傾けるより、自分のカンを信じよう。ゆめゆめ、調和など最初に考えてはならぬ。  自分の目でじっと見つめよう。「人は見かけによる」のだ。 下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中※週刊朝日  2021年10月29日号

    週刊朝日

    1時間前

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    小泉進次郎氏は「ぬるま湯」、山本太郎氏は苦戦? 関東の選挙区の行方は

     解散から投開票まで17日という戦後最短の短期決戦となる今回の衆院選。政治ジャーナリストの野上忠興氏と角谷浩一氏に、北海道・東北地方・関東地方の選挙区の情勢を聞いた。 *  *  * ■北海道・東北  それでは、全国の選挙区の情勢を見ていこう。  北海道では自民が苦戦を余儀なくされそうだ。もともと旧民主党系の候補が強い傾向があるが、前回の衆院選で自民は全12選挙区のうち半分の6議席を獲得した。今回は、野上氏はわずか3勝、角谷氏も4勝止まりに終わると見る。 「共産が独自候補を立てていた3、4、9区は、最終的に擁立を見送りました。共産は比例北海道ブロックでの議席確保が悲願ですから、立憲系の労働組合が比例で共産の協力に回るという棲み分けができると早くから聞いていました」(野上氏)  維新の鈴木宗男参院議員の長女で、自民の比例代表選出の貴子氏は7区で出馬を検討したが、候補者調整の結果、今回も比例に回ることになった。  角谷氏がこう語る。 「安泰なのは12区の武部新氏だけです。4、5、7区は自民が僅差でとれそう。9区の元スピードスケート選手、堀井学氏は失速気味です。もともと元民主党代表の鳩山由紀夫氏の選挙区で踏ん張ってきたが、この間の政府の支持率低下のあおりと野党が一本化したことから、このままいけば立憲に明け渡すことになりそうです」  東北は近年、TPP(環太平洋経済連携協定)の批准問題や農協改革などを巡って、たびたび“農家の反乱”が起き、自民の候補者は苦杯をなめさせられてきた。自民が苦戦する選挙では、県都を取りこぼす「1区現象」が起きやすいが、岩手、宮城、福島の各1区で立憲候補が優勢に選挙戦を進めている。  注目選挙区は、秋田2区。法相を務めた際に国会での答弁能力の欠如が批判された金田勝年氏は前回、わずか1672票差で緑川貴士氏に競り勝った。だが、1万3642票を獲得した共産が候補擁立を見送ったため、落選の危機だ。  農村地帯においては、コロナ禍による外食産業の営業自粛で、業務用野菜の需要が激減。さらにコメの値下がりが見込まれ、減収を心配する生産者の不満が高まっている。野上氏がこう予測する。 「160万票とされる農民票の自民党離れが加速する可能性があります。農家の反乱は東北のみならず、米作地帯の北海道や北信越にも広がるかもしれません。政府の対策は後手に回っており、衆院選を前に慌てて支援策に乗り出しています」 ■関東  北関東は、群馬4区では自民の総務会長に抜擢された福田達夫氏が堅調だ。群馬5区は組織運動本部長に就いた小渕優子氏も敵なしの状況。  立憲の枝野幸男氏は地元・埼玉でどれだけ仲間を勝たせられるかが正念場となる。前回は15選挙区のうち自民が12選挙区を制したが、今回は圧勝とはいかないようだ。5区の枝野氏のほか、6区の大島敦氏、7区の小宮山泰子氏らが安定した戦いを見せている。1区の自民・村井英樹氏は前回、立憲の武正公一氏に約3万票差をつけて当選した。だが、今回不出馬の共産候補が約3万3600票を集めており、武正氏に上乗せすると逆転する。  神奈川は、麻生自民党副総裁の側近として知られる1区の松本純氏が注目される。緊急事態宣言下に銀座のクラブに繰り出した“銀座3兄弟”の長男格。自民を離党し、無所属で立つため比例復活を当てにすることもできず、苦戦を強いられることになりそうだ。  11区の小泉進次郎氏は、総裁選で河野太郎氏を支持したことで、岸田文雄政権では当面、冷遇か。ただし、選挙では相変わらず盤石のようだ。 「環境相として実力不足が露呈して、評価を落としました。レジ袋の有料化にはプラごみ削減の効果はないと自分で認めてしまった。強固な地盤に守られ、地元でちやほやされて厳しい審判に晒されない。政治家として伸びないのは、そのせいではないか」(角谷氏)  首都・東京では「石原兄弟」の当選に黄信号がともる。3区の宏高氏は前回、立憲の松原仁氏に約1万3千票差で逃げ切ったが、約4万5千票を取った共産が立候補を取り下げると、形勢は一気に逆転する。  8区は、伸晃氏と吉田晴美氏の事実上の一騎打ちとなった。この間、れいわ新選組の山本太郎代表が参戦しかけたが、撤回。続いて、共産も候補を取り下げた。角谷氏が舞台裏を解説する。 「山本氏は実際に立憲と話がついていました。当初、吉田氏と共産の話し合いが進んでおらず、山本氏ならば共産も乗りやすいだろうということでしたが、完全に立憲側の調整ミス。山本氏は頼まれたのに追い出された格好で恥をかかされた」  山本氏は結局、比例東京ブロックからの出馬に。 「小選挙区での参戦なら野党の重点選挙区の一つになっていたと思うと、もったいない。比例で票を集めるのは一筋縄ではいかない。当落はボーダーラインというところでしょう」  東京9区は、公職選挙法違反事件で公民権停止となった菅原一秀氏の後釜に、自民は比例東京の安藤高夫氏を据えた。だが立憲の新人、山岸一生氏が優勢か。  15区は、カジノ汚職事件で収賄などの罪に問われ、東京地裁で懲役4年の実刑判決が言い渡された秋元司氏が立候補する注目選挙区。無所属の柿沢未途氏が優勢だが、首相指名選挙で岸田氏に票を投じ、「立憲民主・無所属」の会派から退会したばかり。今回、自民が無所属の今村洋史氏とともに推薦を決めた。自民幹部の一人がこう語る。 「柿沢氏には誘いの声をかけていますが、本人も自民に来たいという気持ちがあるのか、まんざらでもない様子です」  18区の菅直人氏vs.長島昭久氏の旧民主党対決も火花を散らす。19年に自民入りした長島氏が、首相経験者の地元に“討ち入り”をかける構図だ。 「前回、次点候補をわずか1046票差でしのいだ菅氏にとっては、長島氏は手ごわい相手にちがいありませんが、首相経験者の菅氏がやや有利と見ます」(野上氏) (本誌・亀井洋志、秦正理、池田正史) ※獲得議席予測、各選挙区の当落予測については調査の結果ではありません。公示日前に識者2人が予想しました。※週刊朝日  2021年10月29日号より抜粋

    週刊朝日

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    「グレイシー」の名は消えてしまうのか…近年、総合格闘技で存在感示した一族の選手たち

     10・11=10月11日は格闘技ファンには忘れられない日付だ。24年前となる1997年のこの日、高田延彦がヒクソン・グレイシーに敗れPRIDEが始まった。両者の再戦は翌98年、同じ10月11日に行われ、再びヒクソンが勝利。ヒクソン、敵役としてのグレイシー柔術がPRIDEを生み出した。  当時世界最大の格闘技イベントだったPRIDEだが、現在その座を奪ったUFCの誕生にもグレイシー一族が関わっている。1993年11月12日、ヒクソンの兄ホリオン・グレイシーが仕掛けた第1回UFCでヒクソンの弟ホイスが優勝。その過激なルールとケン・シャムロック、ジェラルド・ゴルドーといった選手が敗れたことで日本でもセンセーショナルに報じられた。  細身で決して強く見えないホイスはその後も敵役としてPRIDEにおけるヒクソンのようにUFCを牽引。第1回UFC優勝後に放った「兄は私の10倍強い」という言葉に関係者が目をつけ、ヒクソンの第1回来日ファイトに繋がった(94年7月、VALE TUDO JAPAN)。グレイシーの存在なしに現在の格闘技の隆盛はなかったし、UFCとPRIDE、2大ブランドの起爆剤となったのは間違いない。  PRIDEは高田とヒクソンの対戦がきっかけとなり誕生したが、その戦いは高田の弟子の桜庭和志とヒクソンの親族であるグレイシー一族との戦いに形を変え継続される。高田に続いて船木誠勝を破り敵役としての存在を極めたヒクソンだが、桜庭がPRIDEでホイラー、ホイス、ヘンゾ、ハイアンとグレイシー一族を次々破ったことでプロレスファンの溜飲を下げた。桜庭はグレイシー・ファミリーとの戦いで格闘技界を超えたスターとなり、PRIDEも一般層に届くブームとなった。  だが、グレイシー一族の後にヴァンダレイ・シウバが桜庭のライバルとして台頭、さらに新たな柔術の使い手としてアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが登場し、エメリヤーエンコ・ヒョードル、ミルコ・クロコップといったスター選手も続々生まれ、グレイシーはメインストーリーの担い手から外れていく。  グレイシー柔術始祖の一人であるエリオを父に持つヒクソン、ホイスを第2世代とするなら、その後戦いの場に出るファイターは彼らの息子世代である第3世代に移っていく。  93年のUFC誕生を機に柔術は世界的なスポーツとして広がり、2000年代に入るともはや柔術界においてもグレイシーは絶対的存在感を示せなくなっていたが、その中で異質の強さを発揮したのがホジャー・グレイシー。エリオの兄で柔術を広めたカーロス・グレイシーを祖父に持つホジャーは判定決着がほとんどの柔術において一本勝ちを量産。期待と幻想を担い2006年に総合格闘技(MMA)でデビューする。  MMAでも一本勝ちで進んだホジャーだが、5戦目で右フックを浴びKOでキング・モーに初黒星(11年1月、ストライクフォース)。その後UFCと契約を結ぶが、優勢な1Rをしのがれると、消耗から寝技で優位な展開を作れず判定負け(13年7月)。その後はONE Championshipと契約しライトヘビー級王者となったが(16年5月)、柔術・グラップリング同様の強さをMMAでは示すことができなかった。  日本では戦極での1試合にとどまったホジャーに対し、日本で4試合を行い着実に勝利してステップアップしたのがヒクソンの息子クロン・グレイシー。第2戦(15年12月)からRIZINを舞台とすると山本アーセンを皮切りに所英男、川尻達也の両ベテランをリアネイキドチョークで撃破、UFC出場を引き寄せた。  初戦こそRIZIN同様リアネイキドチョークで勝利したクロンだが(19年2月、アレックス・カサレス)、第2戦は寝技に持ち込めずカブ・スワンソンに判定負け(19年10月)。その後は試合を行っていない。  柔術同様、MMAにおいてもグレイシーの栄光は過去のものとなりつつあるが、その中において気を吐いているのがネイマン・グレイシー。ヘンゾを叔父に持つネイマンはグレイシーらしく9戦全勝8一本勝ちというレコードでベラトール・ウェルター級王者のローリー・マクドナルド戦(19年6月)までこぎつけた。  この試合は敗れ王座戴冠とはならなかったが、今年9月に行われた直近の試合では、かつてヴァンダレイ・シウバにも打撃を指導したハファエル・コルデイロとヘンゾをセコンドに従え、ヒジと連打でキャリア初の打撃TKO勝ち。変化と進化の芽生えを感じさせる戦いを披露した。  UFC誕生から間もなく30年、柔術とMMA、どちらにおいてもグレイシーの先行優位性はすでに保たれなくなっている。クロンもネイマンも柔術以外の要素(打撃や様々なトレーニング)を取り入れ、その上で苦闘を送っている。ルーツの柔術を守りながら、新たなものを取り入れ磨く――MMAにおけるグレイシー柔術の現状、あるべき姿を彼らが象徴的に表しているのかもしれない。

    dot.

    13時間前

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    【独自調査】「東京選挙区」の激戦区を徹底分析 落選危機の大物候補たち

     19日、第49回衆議院選挙が公示され、投開票まで12日間の選挙戦がスタートした。AERA dot.では自由民主党と立憲民主党がそれぞれ調査した各選挙区の情勢調査を独自入手。激戦となる東京選挙区を分析すると、野党共闘で苦戦しそうな自公の候補者、野党でも落選危機にある大物候補者が浮かび上がってきた。17年衆院選の得票数をもとに、独自入手した情勢調査、専門家の分析も加えて「東京選挙区」のゆくえを探った。 ※本記事は公示前の調査、識者の分析になります。 *  *  *「吉田の知名度が上がった。まさに『雨降って地固まる』だ」  こう自信をのぞかせるのは東京8区の立憲関係者だ。「吉田」とは立憲候補者の吉田晴美氏のことだ。  8区は、れいわ新選組の山本太郎代表が出馬表明をして騒動となった選挙区だ。8区では、17年衆院選で野党(立憲、日本共産党、希望の党)が得た票を全て合わせると13万9000票となり、自民党元幹事長の石原伸晃氏が獲得した9万9000票を大きく上回る。野党の候補者が一本化できれば自民重鎮・石原氏に勝てる可能性が高いと、野党共闘の象徴と目されていた。  そもそも、立憲陣営では吉田氏で一本化の調整を進めていたが、8日に山本氏が出馬表明したことで状況が一変。吉田氏の陣営からは「聞いてない」と反発の声があがり、野党共闘を望む支持者からも「なぜ吉田さんではないのか」とSNSなどで抗議の声が上がった。あまりの反発の強さに、山本氏も8区からの出馬を取りやめ、結局は東京から比例代表として出ることになった経緯がある。先の立憲関係者はこう語る。 「正直、山本さんが出たからと言って当選するとは限らなかった。彼は8区で活動してきたわけではない。吉田のほうが地元でしっかりと活動してきたから、反自民の受け皿になると思う。石原さんも今回は余裕がないんじゃないかな」  石原陣営の様子はどうか。石原氏のツイッターを見ると、19日だけで10件も投稿があった。投稿された動画では「今回の戦いは民共・野合連合と自公・保守中道政権との厳しい戦いです」と野党の選挙協力を批判しながらも、厳しい戦いになるという認識を示すものも。陣営からも強い危機感がうかがえる。自民党関係者はこう語る。 「山本氏は選挙区民に浸透していないから、正直、出てきたら戦いやすかった。吉田氏は今回の騒動で全国的に注目されて、同情票も入るのでは。パワーアップして出てきた感じだね。石原本人も今までは他の議員を応援する側だったけど、今回の選挙は12日間、選挙区に張り付くと本人が言っていた。危機感をもって臨んでいる」  自民の苦戦が予想される東京選挙区は、8区だけではない。選挙アナリストの岡高志さんは「野党共闘の結果、野党が大きく議席を伸ばす可能性が高い」とみる。AERA dot.の分析でも同様の結果が出た。  AERA dot.が独自入手した自民と立憲の情勢調査は、自民は10月上旬、立憲は8月末から9月初旬かけて、各候補者の支持率を算出している。まず、それを基に他の候補者を5ポイント以上上回る候補者を「優勢」、反対に差をつけられている候補者を「劣勢」、5ポイント以内の場合は「拮抗」と分類した。調査時点で複数の野党候補者がいる選挙区もあるが、野党共闘した選挙区では、野党(立憲、共産、社民、れいわ)の各候補者の支持率を合算している。  さらに、17年衆院選の各選挙区の各政党・候補者の得票数も加味した。こちらも同じように、野党共闘になった選挙区では、野党(立憲、共産、社民、希望)の得票を合算している。なお、情勢調査も得票も、野党共闘になっていない選挙区では合算はしていない。  これらのデータをまとめたのが上の表だ。与野党激戦となっている選挙区の情勢を見ていこう。  25区の自民の井上信治氏は、立憲の島田幸成氏と拮抗している。井上氏は菅内閣で国際博覧会担当大臣、内閣府特命担当大臣を務めた人物だ。  17年の得票数は井上氏が11万2000票、野党票を合計した島田氏が10万4000票となっている。立憲の情勢調査では井上氏の支持率が「優勢」だが、自民の調査では「拮抗」している。その理由について、島田陣営の立憲関係者は「勢いは感じているが、相手は現職の前大臣で簡単ではない」とみる。  一方、井上陣営の方ではこんな声が上がっている。 「野党共闘と言っても、単純な足し算にはならない。共産のコアな支持層からは『なんで共産から候補者を出さないんだ』と後ろから突かれていると聞いている。ただ、初めての野党共闘で、脅威は脅威。楽勝にはならない。大臣でコロナ禍ということもあり、地元回りはなかなかできていなかったが、菅政権が終わる頃から地元を回って、有権者の反応は良かった。うちは正々堂々と、横綱相撲で戦っていくだけだ」  5区では自民の若宮健嗣氏も接戦となりそうだ。若宮氏は岸田内閣で内閣府特命担当大臣を務める。17年衆院選では若宮氏が約10万1000票だったが、立憲の手塚仁雄氏は野党共闘により14万4000票と大きく上回る。自民の情勢調査では若宮氏の支持率が上回り「優勢」な状況だが、立憲の調査では「拮抗」している。  14区では自民の松島みどり氏も安泰ではない。松島氏は14年の第2次安倍改造内閣で法務大臣を務めた人物だが、17年の得票数を見ると、松島氏は10万4000票だが、立憲の木村剛司氏の方は野党共闘によって10万9000票とほぼ同じ票数になっている。自民、立憲の情勢調査でも「拮抗」という結果だ。  選挙アナリストの大濱崎卓真さんはこう見る。 「14区は、自民と野党が五分五分の情勢と見ています。自民候補の松島さんは、この4年間はこれといった不祥事もない。それでも負けるとなると、他の競合する選挙区でも自民が落とすことになるかもしれない。14区の結果はひとつのメルクマールになると思います」  連立与党の公明党も大激戦となりそうだ。東京12区からは、公明の太田昭宏前代表の後任として、岡本三成氏が出馬している。それに対して野党統一候補は、共産の池内沙織氏だ。共産は公明の宿敵でもある。  17年の得票を見ると、公明の岡本氏が11万2000票に対し、野党票を合算した池内氏は8万3000票となっている。この選挙区では立憲の調査はなかったが、自民の調査では数字は拮抗しており、支持率ではやや池内氏がリードしている状況だ。前出の岡さんはこう分析する。 「7月の都議選では公明は議席を減らすと言われていたが、結果は全員当選した。ここぞというときの組織力がある。それに対して共産も組織力があり、加えて、池内さんは個性的で印象の強い方です。公明の岡本さんは新人ですから、印象の点では後れを取っているのではないか。組織力に加えて、候補者のパーソナリティーがどこまで浸透するかが、勝負の分かれ目になりそうです」  野党も安泰というわけではない。18区では、立憲の菅直人元首相と、自民の長島昭久氏が火花を散らす。長島氏は17年の衆院選では希望の党から東京21区で出馬し、自民の対抗馬がいるなかで9万2000票を取って当選している。今回は自民から出馬し、18区にくら替えとなった。18区での自民の得票は9万5000票だ。  それに対し、菅氏は前回9万6000票だが、わずか1146票差の辛勝だった。相手が保守層から支持が厚い長島氏に変わるだけに予断を許さない状況だ。実際、情勢調査を見てみると、立憲調査では菅氏が「優勢」となるが、自民の調査では「拮抗」している。  1区では、かつて民主党代表などを務めた、立憲の海江田万里氏も接戦だ。17年衆院選の得票を見ると、海江田氏が9万6000票、自民の山田美樹氏が9万3000票だった。立憲の調査では海江田氏が「優勢」だが、自民調査では「拮抗」している。  選挙関係者からは「投開票までに一波乱、二波乱、確実にある」という声が上がる。接戦区から目が離せない状況が続きそうだ。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫/今西憲之)

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    23時間前

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    心が疲れたら「行動」を変えるのが有効! 精神科医がすすめる「8つの行動習慣」とは?

     心が疲れていると感じた時、その気分は簡単に変えられませんが、行動は意識的に変えられます。心を回復させる行動を日々の習慣に取り入れてみましょう! 前編「うつ病、不安症になってない? 精神科医が教える「心の疲れ」6つのチェックポイント」に続き、後編として、心を回復させる8つの行動習慣について、精神科医の大野裕先生にお聞きしました。(セルフドクターWebより転載) *  *  * (1)毎日決まった時間に起床。暮らしにリズムを取り入れよう  心と体は一心同体。生活のリズムが上手に整えられると、心にもよい影響が出てきます。特に意識したいのは、起床時間。就寝時間を決めても簡単には寝つけません。朝起きる時間を同じにしてみましょう。毎朝、同じ時間に体内時計がリセットされることで、生活のリズムが整い、体も心も調子が整ってきます。まずはここからスタートしてみましょう!  朝食を食べることと朝日を浴びることで体内時計がリセットされます。朝起きたらまずはカーテンを開けて太陽の光を浴び、朝食を食べて胃腸を働かせましょう。 (2)不安な気分が続く時は、ちょっと立ち止まってひと呼吸  ざわざわとした気分がしずまらない時や不安な気分の時は、「今ここ」に意識を集中させて心を安定させる「マインドフルネス」がおすすめです。不安になると、人は浅くて速い呼吸をする傾向があります。深くゆっくりとした腹式呼吸をすると、不安を和らげることができます。習慣的に行うと、思考や感情に振り回されにくくなる効果もあります。 <腹式呼吸のやり方>1.ゆっくり1,2,3と数えて息を吸い込む2.同じだけ息を止める3.ゆっくり1,2,3と数えて息を吐く4.息を吐き切ったら、ゆっくり1,2,3と数える間、息を止める (3)始めてみたら意外とスッキリ!体を動かしてみよう  掃除をする気力がなかったのに、いざ始めると止まらなくなり、終わってみると気分もスッキリ。そんな経験はありませんか? これぞ行動が気分を変えている証拠。気分が塞いできたら、散歩をするなど簡単に体を動かしてみましょう。でも「体を動かさないといけない」という決まりにすると、かえってストレスに。気が向いた時に取り組むぐらいの軽い心持ちでチャレンジしましょう。  疲れていて運動が難しい時はベッドの上でストレッチするだけでもOK。無理をせず、心地いいなと感じられればOKです。 (4)五感を研ぎ澄ましてリラックスしよう  いろいろ考え込んでしまい、悩みが堂々巡りしてしまうことがありますよね。そんな時は普段使っていない感覚を使ってみましょう。新しい行動や感覚を体験することで、脳は次なる動きを求めるようになります。結果、新たな視点が得られるかもしれません。例えば、食べたことのない外国の料理を食べてみる(味覚)、新しいアロマに挑戦してみる(嗅覚)などがおすすめです。  散歩中に目に入る、木や花の香り、その日の空気の香りを楽しんでみましょう。毎日続けることで、季節の移り変わりや植物の生長など、身近な変化が心地よい刺激になるかもしれません。  風の音、車の音、子どもの声。慣れているはずの街の雑踏も、聞き分けるといろいろな音が混じり合っています。音に集中することで、ざわざわした気分がすっと落ち着く瞬間を意識してみましょう。 (5)日常から離れていつもの自分と距離をとる  旅行による心の変化は、気分転換という意味だけではなく「今までの自分」と距離をとって「ちょっと違う自分」を育てる意味があります。旅先で触れた価値観によって今までの自分の考え方を客観的に捉えるきっかけにつながります。近場のお出かけでも、新しい体験になるような場所であれば旅行と同じ効果があります。  旅行が難しい時は通勤路などで「初めての道」を選んでみましょう。身近にある非日常からも、新しい発見があるかもしれません。 (6)初めてのことにトライする  仕事や子育て、介護などに精一杯取り組んでいる人は、一段落した時に無気力になってしまうことがあります。1つのことに集中するのはよいことですが、考え方が固定化して客観性がもてなくなることも。そんな時は新しい趣味や初めての習い事などにトライしてみましょう。物事の見方が広がることで、考え方にも柔軟性が生まれ、自分を客観的に見る手がかりになっていくのです。 (7)他の考え方はない?会話で考え方を点検し合おう  考え方の幅が狭くなっている時は「自分は何に傷ついたのか、その時どう感じたのか」を意識的に周りの人に話してみましょう。他の人の視点や考え方を聴き、自分の考え方の再点検を重ねると、新しい見方ができるようになります。気持ちや考え方が整理されていく過程を体感してみて。もし一人の時に悩んだらこの過程を思考の中で再現してみましょう。  オンラインコミュニケーションはすでにニューノーマルになりつつありますが、空気感や表情などのニュアンスが伝わり切らず、ストレスになることも。感染症対策をしながら、やはり直接のコミュニケーションも意識的に! (8)1日1回アウトプット  スマホやパソコンから日々たくさんの情報が得られる現代。脳はすでにオーバーフロー状態です。体だけではなく心も、入れるだけではなくしっかり出す、インプットとアウトプットの循環が必要です。常に情報が入ってくるスマホをオフにし、今日の出来事や感じたこと、自分の正直な気持ちを紙に書き出す時間を作りましょう。日記などを読み返してみると心の整理にもつながります。 【前編から続く】うつ病、不安症になってない? 精神科医が教える「心の疲れ」6つのチェックポイント 監修/大野 裕先生(おおの・ゆたか) 精神科医。1978年慶應義塾大学医学部卒業と同時に、同大学の精神神経学教室に入室。コーネル大学医学部、ペンシルべニア大学医学部を経て、慶應義塾大学教授を務めた後、2011年より独立行政法人(現・国立研究開発法人) 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター センター長に就任。現在は顧問。一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長などを務める。著書に、『心が晴れるノート』(創元社)など。 セルフドクターHP

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    現役引退する松坂大輔の妻・柴田倫世への誹謗中傷「度を超えている」と球界で怒りの声

    「平成の怪物」の現役最後の登板。全盛期の姿には程遠い。それでも懸命に右腕を振る西武・松坂大輔の姿に心を揺さぶられた。  19日の日本ハム戦。親交のあるEXILEの「real world」が登場曲で流れる。背番号18がマウンドに歩を進めると、スタンドから大きな拍手が注がれた。投球練習では右足でプレートの土を払う仕草。全国の野球少年がまねたルーティンを見るのもこれが最後だ。代名詞のワインドアップから投げ込む。横浜高の後輩・近藤健介に投じた5球の最速は118キロ。私たちが想像していた以上に松坂の体はボロボロだった。鮮烈なプロデビューを飾った1999年4月の日本ハム戦。片岡篤史に155キロの直球で空振り三振を奪った。引退登板でも対戦相手に思いを込めた直球を投げ、現役生活に幕を下ろした。  横浜高でエースとして3年春夏の甲子園で全国制覇を達成。98年ドラフト1位で3球団競合の末、西武に入団すると、3年連続最多勝など8年間で108勝を積み上げ、レッドソックスでも2007年に15勝、08年に18勝と、28歳の時点で通算141勝をマークした。第1回、第2回大会と連覇を飾ったWBCでも日本のエースとして2大会連続MVPに輝いた。だがその後は右肩、右ひじなど度重なる故障に苦しんだ。日本球界復帰した15年からのソフトバンク在籍3年間で未勝利。中日に移籍初年度の18年に6勝をマークしてカムバック賞を獲得したが、19年は右肩の故障が響いて未勝利に。古巣・西武に14年ぶりに復帰した昨年は7月上旬に右手のしびれを取るため、内視鏡による頸椎周辺の内視鏡手術を受けたが完治せず、昨季、今季と1軍登板なし。現役後半の13年間は度重なる故障で計29勝に終わった。  松坂は最後の登板前に行われた記者会見で、引退を決断した胸中を語っている。「キャンプが始まって、もうそろそろ打撃投手をやって、ファームの試合に投げられそうだね、というところまできた。そんな話をした矢先に、ブルペンでの投球練習の中で何の前触れもなく、右打者の頭のほうにボールが抜けた。それがちょっと抜けたんではなく、とんでもない抜け方をして。そういう時、投手は抜けそうだなと思えば指先の感覚で引っかけたりするんですけど、それができないぐらい感覚がなかった。そのたった1球でボールを投げることが怖くなってしまった」。  投げることが大好きだった男が投げることに恐怖を感じた。その苦しみは想像できないものだろう。  よどみなく話していた松坂が珍しく感情をあらわにしたのは家族に質問が及んだ時だった。しばらく言葉が出ず、目に涙があふれた。「辞めると報告したとき、泣いていた。妻に電話をしたら息子がいて『長い間お疲れさまでした』と言ってもらった。いい思いをさせてあげられたかもしれないけど、家族なりにストレスもあったと思う」  松坂が年俸に見合う働きができなかった現役後半はネット上で批判を超えた誹謗中傷のコメントが常態化して見られるようになった。松坂だけではない。04年12月に結婚した元日本テレビアナウンサー・柴田倫世さんに向けられた誹謗中傷の書き込みも多く見られた。  西武OBは松坂の心境を慮る。  「自分自身に向けられた批判なら結果を出していないからと割り切れる部分はあるが、家族に向けて見るに耐えられないコメントが大量に書き込まれるのは本当に辛かったと思う。大輔から笑顔が消えたのはケガで思うような球が投げられなかったからだけではない。奥さんや家族に対しての書き込みは明らかに度を超えていた。心もボロボロだったと思います」  松坂は引退会見でこう語っている。 「これまでは叩かれたり、批判されることに対して、それを力に変えて跳ね返してやろうってやってきたけど、最後はそれに耐えられなかった。もう最後、本当に心が折れたというか、今まではエネルギーに変えられたものが…受け止めて跳ね返す力がもうなかったですね」   西武OBのG.G.佐藤氏は19日に自身のツイッターで、「松坂大輔ほど実績があって、お金を稼いでる人でも誹謗中傷を相手に心を折る。それくらい誹謗中傷っていうのは恐ろしい。誹謗中傷は止めよう。そして、悪意がなくても投稿する前に『これは相手が傷付かないかな?』と一旦考えよう」と呼びかけた。  結果が出なければ批判されるのはスター選手の宿命といえる。ただ、松坂や家族に対して人格否定のようなコメントがSNS上で数えきれないほど見られたのも事実だ。批判と誹謗中傷は違う。SNSの無い時代だったら、これほどのストレスは受けなかっただろう。松坂が記者会見で語った言葉を受け止めなければいけない。(松木歩)

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    17時間前

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    自民64議席減の予測 石原伸晃 下村博文、萩生田光一も当落線上か

     天下分け目の衆院選が近づきつつある。新総裁のもとでイメージを一新した自民党に、野党は今回もしてやられるのか……いや、そうとも限らない。過去のデータを分析すると、野党共闘の成立次第で勝敗はガラッと変わることがわかってきた。 *  *  *  コロナ禍の拡大で国民から総スカンを食らった菅義偉政権。衆院議員の任期満了が10月21日に迫るなか、自民党は近年では最大の危機を迎えていた。ジャーナリストの二木啓孝氏は言う。 「8月ごろに自民が実施した衆院選の情勢調査は『60議席±10減』という衝撃的な結果だった。二階俊博幹事長が8月末にその資料を持って菅義偉首相と官邸で面会。この数字が退陣の決定打になったと言われています」  次期衆院選の定数は465。過半数確保には233議席が必要だ。自民の現有議席は275で、43議席減らすと自民単独過半数割れ。また、公明党の現有議席は29。自公両党で合計72議席減ると与党過半数割れとなる。自民にとって“政権からの転落”が現実味を帯びていたのだ。  進退窮まった菅首相は9月3日に総裁選不出馬を正式表明。11月までに実施される衆院選は新しい首相・総裁のもとで実施されることとなった。その後は連日、メディアをジャックした「総裁選ショー」で菅政権の失政は“リセット”され、またも与党は安泰……という結果になるのだろうか。  だが、次の衆院選は前回と決定的に違う点がある。前出の二木氏は言う。 「2017年の衆院選で与党が圧勝したのは、選挙直前に民進党(当時)が希望の党と立憲民主党に分裂し、混乱の中で共産党との選挙協力も進まず、野党候補者が乱立したから。今回は前回ほど野党候補者の分裂選挙にはならない。自民は決して安泰ではなく、『どれだけ負けを減らせるか』の戦いになるでしょう」  そこで本誌は、17年衆院選で仮に野党候補者の一本化ができていた場合、選挙結果がどうなっていたかをシミュレーションした。なお、国会で与党寄りのスタンスをとり、立憲らと明確に距離を置く維新の会は、野党候補の票に合算していない。  その結果は衝撃的なものだった。野党の合算票が、勝利した与党候補者の票を上回った小選挙区は64。なかには、石原伸晃元幹事長(東京8区)、下村博文政調会長(東京11区)萩生田光一文部科学相(東京24区)、上川陽子法相(静岡1区)など、現職大臣や要職経験者といった“大物議員”も複数含まれていた。  さらに、17年衆院選と19年参院選で与野党が拮抗した選挙区や、保守分裂選挙になりそうな選挙区など13選挙区を抽出した。この合計77選挙区が、与党の「“落選危機”リスト」だ。仮にこれらの選挙区をすべて落とせば、「自公で過半数割れ」もあり得る。  個別の選挙区事情を見ても、与党が安泰でないことがわかる。永田町関係者は言う。 「香川1区の平井卓也デジタル担当相は、立憲の小川淳也衆院議員と拮抗している。小川氏を主人公にしたドキュメンタリー映画がヒットしたことで、メディアへの露出も増えた。与野党逆転があるかもしれない」  東京9区は菅原一秀前経産相が違法な寄付で略式起訴され自民を離党。自民は候補者を立てられず不戦敗の公算大だ。  石原伸晃氏だけではなく、弟の宏高衆院議員(東京3区)もリスト入りしている。 「東京3区は立憲の松原仁衆院議員が保守層にも浸透している。野党一本化が実現すれば、伸晃氏と一緒に兄弟で危ない」(自民党関係者)  広島3区からも目が離せない。二木氏は言う。 「河井克行元法相の選挙買収事件を受け、公明の斉藤鉄夫副代表が候補者になりましたが、選挙戦で手足になる主だった自民系地方議員のほとんどは河井氏から現金をもらっていて活動ができない。4月の参院広島選挙区の再選挙も野党候補が勝利している。斉藤氏はかなり厳しい」  野党が決して非力でないことは、次のデータからも読み取れる。  17年衆院選で全国の比例得票数は、自公が計約2553万票なのに対し、立憲・希望・社民・共産は計約2611万票で野党が上回っていた。  19年参院選の結果を見ても、リストにある宮城、秋田、長野、静岡、愛知、滋賀、京都、大分は野党の合算票のほうが多い。東京は与党が上回ったが、得票率の差はわずか1.8ポイント。同じく与党合算票が上回った千葉と神奈川も、その差は5ポイント未満だ。北海道では、知名度の高い高橋はるみ前北海道知事が自民から出馬した影響で選挙区票は与党が上回ったが、比例票は野党のほうが多かった。  もちろん、野党がその“潜在能力”を発揮するには、まだまだ突破しなければならない壁がある。  一つは自民党新総裁が誕生した際の「ご祝儀相場」だ。昨年、菅首相が誕生したときも内閣支持率は一気に6割以上まで回復した。政治アナリストの大濱崎卓真氏は言う。 「メディアでは総裁選ばかり取り上げられ、野党の存在感は埋没している。しかし、総裁選後は臨時国会が開かれ、代表質問も実施される可能性が高い。野党は総選挙に向け、早めに争点を設定しておく必要があります」  最大の問題は、野党が候補者を一本化できるかだ。現在、次期衆院選の289選挙区のうち、立憲の候補が共産、社民、れいわと競合する選挙区が70以上残っている。前出の大濱崎氏は言う。 「菅首相の不出馬表明で与党有利な状況になり、共産や国民も比例票狙いで候補者を多く立てたいという考えが強くなっている。あと1カ月程度でどの程度まとまるかです」  野党候補の一本化を目指すため、立憲の平野博文選対委員長は9月24日、同党の小沢一郎衆院議員に共産党との交渉役を依頼した。過去の失敗から学習し、力を結集できるのか。それ次第で、11月以降の政治風景は激変する。(本誌・西岡千史、池田正史) ※週刊朝日  2021年10月8日号

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    小泉進次郎氏は「ぬるま湯」、山本太郎氏は苦戦? 関東の選挙区の行方は

     解散から投開票まで17日という戦後最短の短期決戦となる今回の衆院選。政治ジャーナリストの野上忠興氏と角谷浩一氏に、北海道・東北地方・関東地方の選挙区の情勢を聞いた。 *  *  * ■北海道・東北  それでは、全国の選挙区の情勢を見ていこう。  北海道では自民が苦戦を余儀なくされそうだ。もともと旧民主党系の候補が強い傾向があるが、前回の衆院選で自民は全12選挙区のうち半分の6議席を獲得した。今回は、野上氏はわずか3勝、角谷氏も4勝止まりに終わると見る。 「共産が独自候補を立てていた3、4、9区は、最終的に擁立を見送りました。共産は比例北海道ブロックでの議席確保が悲願ですから、立憲系の労働組合が比例で共産の協力に回るという棲み分けができると早くから聞いていました」(野上氏)  維新の鈴木宗男参院議員の長女で、自民の比例代表選出の貴子氏は7区で出馬を検討したが、候補者調整の結果、今回も比例に回ることになった。  角谷氏がこう語る。 「安泰なのは12区の武部新氏だけです。4、5、7区は自民が僅差でとれそう。9区の元スピードスケート選手、堀井学氏は失速気味です。もともと元民主党代表の鳩山由紀夫氏の選挙区で踏ん張ってきたが、この間の政府の支持率低下のあおりと野党が一本化したことから、このままいけば立憲に明け渡すことになりそうです」  東北は近年、TPP(環太平洋経済連携協定)の批准問題や農協改革などを巡って、たびたび“農家の反乱”が起き、自民の候補者は苦杯をなめさせられてきた。自民が苦戦する選挙では、県都を取りこぼす「1区現象」が起きやすいが、岩手、宮城、福島の各1区で立憲候補が優勢に選挙戦を進めている。  注目選挙区は、秋田2区。法相を務めた際に国会での答弁能力の欠如が批判された金田勝年氏は前回、わずか1672票差で緑川貴士氏に競り勝った。だが、1万3642票を獲得した共産が候補擁立を見送ったため、落選の危機だ。  農村地帯においては、コロナ禍による外食産業の営業自粛で、業務用野菜の需要が激減。さらにコメの値下がりが見込まれ、減収を心配する生産者の不満が高まっている。野上氏がこう予測する。 「160万票とされる農民票の自民党離れが加速する可能性があります。農家の反乱は東北のみならず、米作地帯の北海道や北信越にも広がるかもしれません。政府の対策は後手に回っており、衆院選を前に慌てて支援策に乗り出しています」 ■関東  北関東は、群馬4区では自民の総務会長に抜擢された福田達夫氏が堅調だ。群馬5区は組織運動本部長に就いた小渕優子氏も敵なしの状況。  立憲の枝野幸男氏は地元・埼玉でどれだけ仲間を勝たせられるかが正念場となる。前回は15選挙区のうち自民が12選挙区を制したが、今回は圧勝とはいかないようだ。5区の枝野氏のほか、6区の大島敦氏、7区の小宮山泰子氏らが安定した戦いを見せている。1区の自民・村井英樹氏は前回、立憲の武正公一氏に約3万票差をつけて当選した。だが、今回不出馬の共産候補が約3万3600票を集めており、武正氏に上乗せすると逆転する。  神奈川は、麻生自民党副総裁の側近として知られる1区の松本純氏が注目される。緊急事態宣言下に銀座のクラブに繰り出した“銀座3兄弟”の長男格。自民を離党し、無所属で立つため比例復活を当てにすることもできず、苦戦を強いられることになりそうだ。  11区の小泉進次郎氏は、総裁選で河野太郎氏を支持したことで、岸田文雄政権では当面、冷遇か。ただし、選挙では相変わらず盤石のようだ。 「環境相として実力不足が露呈して、評価を落としました。レジ袋の有料化にはプラごみ削減の効果はないと自分で認めてしまった。強固な地盤に守られ、地元でちやほやされて厳しい審判に晒されない。政治家として伸びないのは、そのせいではないか」(角谷氏)  首都・東京では「石原兄弟」の当選に黄信号がともる。3区の宏高氏は前回、立憲の松原仁氏に約1万3千票差で逃げ切ったが、約4万5千票を取った共産が立候補を取り下げると、形勢は一気に逆転する。  8区は、伸晃氏と吉田晴美氏の事実上の一騎打ちとなった。この間、れいわ新選組の山本太郎代表が参戦しかけたが、撤回。続いて、共産も候補を取り下げた。角谷氏が舞台裏を解説する。 「山本氏は実際に立憲と話がついていました。当初、吉田氏と共産の話し合いが進んでおらず、山本氏ならば共産も乗りやすいだろうということでしたが、完全に立憲側の調整ミス。山本氏は頼まれたのに追い出された格好で恥をかかされた」  山本氏は結局、比例東京ブロックからの出馬に。 「小選挙区での参戦なら野党の重点選挙区の一つになっていたと思うと、もったいない。比例で票を集めるのは一筋縄ではいかない。当落はボーダーラインというところでしょう」  東京9区は、公職選挙法違反事件で公民権停止となった菅原一秀氏の後釜に、自民は比例東京の安藤高夫氏を据えた。だが立憲の新人、山岸一生氏が優勢か。  15区は、カジノ汚職事件で収賄などの罪に問われ、東京地裁で懲役4年の実刑判決が言い渡された秋元司氏が立候補する注目選挙区。無所属の柿沢未途氏が優勢だが、首相指名選挙で岸田氏に票を投じ、「立憲民主・無所属」の会派から退会したばかり。今回、自民が無所属の今村洋史氏とともに推薦を決めた。自民幹部の一人がこう語る。 「柿沢氏には誘いの声をかけていますが、本人も自民に来たいという気持ちがあるのか、まんざらでもない様子です」  18区の菅直人氏vs.長島昭久氏の旧民主党対決も火花を散らす。19年に自民入りした長島氏が、首相経験者の地元に“討ち入り”をかける構図だ。 「前回、次点候補をわずか1046票差でしのいだ菅氏にとっては、長島氏は手ごわい相手にちがいありませんが、首相経験者の菅氏がやや有利と見ます」(野上氏) (本誌・亀井洋志、秦正理、池田正史) ※獲得議席予測、各選挙区の当落予測については調査の結果ではありません。公示日前に識者2人が予想しました。※週刊朝日  2021年10月29日号より抜粋

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    うつ病、不安症になってない? 精神科医が教える「心の疲れ」6つのチェックポイント

     新型コロナウイルスの流行によって社会が大きく変化し、職場や家庭環境が大きく変わった方も多いでしょう。変化は心に負担をかけるため、自分では気づかなくても、心に疲れがたまっている人もいるのではないでしょうか。今回は心の疲れの解消法について、精神科医の大野裕先生にお聞きしました。前編・後編にわたってお伝えします。(セルフドクターWebより転載) *  *  * 環境変化で負荷がかかる心の健康に目を凝らして  新型コロナウイルスの流行により「新しい生活様式」が提唱されるなど、社会が大きな変化を迫られました。それに伴い、職場や家庭環境が大きく変わった方も多いのではないでしょうか。  環境が揺れ動く時期に気をつけたいのが「心の健康」です。特別疲れることをしていないのになぜか気持ちが暗くなる… …そんなことはありませんか? 今までは旅行で日常を離れたり、友達とのおしゃべりでストレスを発散していたりする人も多いでしょう。でも最近は、今までと同じ形で気分転換をすることが難しくなり、気分が塞いでしまうという声も耳にします。  心の疲れはなかなか自覚するのが難しいものです。ストレスがたまってきたなと感じたら、「どんな物事で気分が塞ぎ、何があると気分が晴れるのか」など、自分の心の動きをキャッチし、認識することが第一歩となります。私たちには、心の疲れを回復させる力が備わっています。この力は日々の暮らしに取り入れ習慣化することで、鍛えることもできます。ストレスが多い暮らしの中でも、心の回復力を高める習慣を身につけ、スーッと軽やかな日々を過ごしましょう。 <心の疲れをチェックしてみよう> 過去30日の間にどれくらいの頻度で次のことがありましたか。(全くない=0点、少しだけ=1点、ときどき=2点、たいてい=3点、いつも=4点) 1.自分が神経過敏になっていると感じましたか? (  点) 2.自分がそわそわ、落ち着かなくなっていると感じましたか?(  点) 3.気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか? (  点) 4.何をするのも面倒だと感じましたか?(  点) 5.絶望的だと感じましたか?(  点) 6.自分は価値のない人間だと感じましたか?(  点) 合計9点以上の人は、うつ病や不安症の可能性が高いと考えられます。 引用:大野裕他「一般人口中の精神疾患の簡便なスクリーニングに関する研究」※うつ病や不安症の診断は、専門医による診察が必須です。このチェックリストはあくまで参考とし、心配な方は近隣の医療機関(精神科や心療内科など)を受診してください。 自分のことを「もっと知る」ことが心の疲れを取るファーストステップ  新しい出来事が起きた時、その捉え方には人それぞれの個性があります。楽観的な人がいれば心配性な人もいます。同じ人でもその時の体調などの影響を受けて捉え方が変化します。  環境の変化や新しい出来事に遭遇すると、人はまずマイナス面を認知する習性があります。人間は古の歴史の中で、新しい出来事に慎重になることで自分を脅かす存在を回避し、生命を維持してきたのです。しかし、マイナス面を認知した後、別の新しい情報をキャッチして整理していくことで、可能性や切り抜け方が見えてきます。マイナス思考は人間として自然なことですが、うつ病や不安症ではその思考から抜け出せず、苦しくなって生活に支障が出てくるのです。大野先生は「お互いに寄り添って自分の気持ちや考えを話し合い、別の視点を得ることで心が和らぐ。それが会話がもたらすよい影響です」と話します。  しかし新型コロナウイルスの影響もあり、今までのように人と気兼ねなく会話をするのが難しいのが現状です。そんな時に試してもらいたいのが、出来事と感情を関連づけてメモしていく方法です(図「7つのコラム」参照)。人と会えない時も、物事を客観的な視点で捉えることで、心の疲れの原因に気づくきっかけとなります。繰り返すことで悲観的な考えへのとらわれに気づき、心の疲れにも少しずつ対処できるようになります。 <「7つのコラム」の書き方>  落ち込みや不安がある時は、原因となることの発生から素直な思考を下の図の順番に書き出してみましょう。誰かに相談しているような客観的な視点を得るための方法の1つです。 「笑う門には福来る」は本当! 行動が意識を変える  心が疲れると「もう何もしたくない」と無気力になることがあります。これ以上傷つかないように自分の中に閉じこもり、行動を起こさないようにしてしまうのです。心の疲れは精神のエネルギー不足の状態なので休息が必要なこともありますが「少し落ち着いたら、体を動かしてみると、心が上向きになっていきます」と大野先生。うつ病の治療の1つに「行動活性化」という方法があります。これは気分転換になる行動をとることで心を元気にする方法です。「脳は、行動をして初めて次のことをする意欲が湧くようになっています。気分を意識的に変えるのは難しいですが、行動はすぐにでも変えられる。まず行動すれば、心は後からついてくる。これが行動活性化です」。 <行動と心の関連メモ> 「朝起きて顔を洗い、朝食を食べた」。このような当たり前の生活には普段意識を向けないものです。しかし、日々の行動を意識すると「〇〇をしたら気分が明るくなることが多い」などの傾向が見えてくるはず。観察を繰り返していると「自分の気分を明るくする行動」が選び取れるようになるのです。日々のなんでもない行動が? と思うかもしれませんが、意外と行動と気持ちは連動しているもの。手帳やスマホで行動と心の動きをチェックして、新たな発見をしてみましょう! 【後編に続く】心が疲れたら「行動」を変えるのが有効! 精神科医がすすめる「8つの行動習慣」とは? 監修/大野 裕先生(おおの・ゆたか)精神科医。1978年慶應義塾大学医学部卒業と同時に、同大学の精神神経学教室に入室。コーネル大学医学部、ペンシルべニア大学医学部を経て、慶應義塾大学教授を務めた後、2011年より独立行政法人(現・国立研究開発法人) 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター センター長に就任。現在は顧問。一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長などを務める。著書に、『心が晴れるノート』(創元社)など。 セルフドクターHP

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    「まさかの落選危機も…」官邸と与党が心配する岸田内閣の現職3閣僚

     自民党は衆院選に向けて、第2次公認を発表した。二階派と清和政策研究会(細田派)、麻生派などで保守分裂か、と注目されていた群馬1区や福岡5区などの小選挙区の候補者が決定している。  党内で公認争いが激化していた小選挙区の調整は、甘利明幹事長と遠藤利明選対本部長が中心になっていた。だが、公認直前には麻生太郎副総裁も加わった。 「15日に官邸で麻生氏、甘利氏、遠藤氏が岸田首相と断続的に会談して、候補者を調整していました。岸田首相はずっと険しい表情でしたね」(自民党幹部)  岸田内閣が発足し、わずか10日で解散となり、選挙に突入するという異例の短期決戦。組閣から間がないので、現職閣僚が苦戦している小選挙区がいくつもある。  特に自民党、官邸が「負けたら大変なことになる」と力を入れるのが、初入閣した大臣たちの選挙区だ。  西銘恒三郎・復興相(竹下派)の沖縄4区、山際大志郎・経済再生担当相(麻生派)の神奈川18区だという。  西銘氏は当選5回で父親の順治氏は沖縄県知事、衆院議員を務めた政治一家だ。しかし、地元の自民党県議は険しい表情だ。 「西銘氏が復興相になったのは追い風だ。これで挽回したい」    自民党が10月に実施した世論調査では西銘氏と立憲民主党の新人、金城徹氏は差がわずかで、大接戦となっている。立憲の世論調査の数字では、金城氏が西銘氏に対し、わずかに優勢という数字だった。西銘氏は過去5回の当選の中で、4回は小選挙区で当選、1回は比例復活している。 ◆西銘復興相と「オ-ル沖縄」立憲新人が接戦の沖縄4区  2009年に旧民主党政権が誕生した選挙では、比例復活もできなかった。相手の金城氏は元那覇市議で議長も務めた。元沖縄県知事の翁長雄志氏(故人)と近く、市議時代は自民党から出馬したこともあった。保守と革新が呉越同舟の「オール沖縄」からの支援も受けている。 「もともとは西銘氏の強固な地盤でしたが、沖縄で強い革新票は確実に金城氏がとるでしょう。金城氏は自民党にいたこともあり、西銘氏支援の保守層にも食い込んでいる。それが接戦になっている要因の一つです」(立憲幹部)  17年の衆院選で自公政権が圧勝した中でも、沖縄は小選挙区4つのうち1つしかとれなかった。それを死守したのが、西銘氏だった。今回もデッドヒートを勝ち抜くことができるのか?  一方、経済再生担当相の山際氏の地盤、神奈川18区は、立憲元職の三村和也氏と日本維新の会の新人、横田光弘氏の3人が争う構図だ。 ◆山際経済再生担当相と立憲元職が激戦  山際氏は当選5回。自民党の世論調査では山際氏が立憲の三村氏や維新の横田氏より優勢となっている。しかし、山際氏と三村氏には、わずかな差しかないという。また立憲の世論調査では、山際氏と三村氏は接戦となっている。17年の衆院選では、山際氏が希望の党から出馬した三村氏に5万票ほどの差をつけて圧勝した。 「前回のように、圧勝してほしいですが、現状では1票差でもいいので小選挙区当選が目標です」(山際陣営の地方議員)  立憲の三村氏はかつて菅義偉前首相の神奈川2区が地盤だった。09年に民主党と政権交代を果たした選挙では、菅氏を約500票差まで追い込み、比例復活当選を果たし、バッジをつけた。  その後、選挙区を何度か変更し、今回は前回(希望の党)と同じ神奈川18区から出馬となった。 「これまで選挙区が定まらなかったが、神奈川18区で連続しての出馬となり、三村氏の名前が浸透してきた。また野党共闘で共産党候補がいない。世論調査でも立憲や共産党の支持者から確実に数字がとれている。神奈川18区の政党支持率も自民と立憲の差はわずかで、いい勝負をしている。山際氏という現職閣僚に勝てる小選挙区として重点を置いている」(立憲の幹部)  神奈川18区は川崎市高津区など北部に位置するが、8月の横浜市長選が微妙に影響している。菅氏が必勝を期して送り込んだ、小此木八郎氏が落選し、立憲が推した山中竹春氏が勝利した。 「川崎市は横浜市に隣接する都市部。まだ8月の横浜ショックが尾を引いて自民党と訴えても反応が鈍い。山際氏は経済再生担当相とコロナも担当する。多忙でしょうが、頻繁に地元に帰ってもらわないと厳しい」(山際陣営の地方議員)  そして現職閣僚でもう一人、苦しい選挙戦となっているのが、連立与党・公明党の斉藤鉄夫国交相だ。これまで斉藤氏は比例中国ブロック選出だった。  だが、19年の参院選で自民党の河井克行、案里夫妻が広島県選挙区の地方議員や有権者に計2900万円をばらまいた公職選挙法違反事件が起こった。法相まで務めた克行被告は、1審の有罪判決で議員辞職。そこに名乗りを上げたのが斉藤氏だった。広島3区で当選してきた克行被告は、約8万5千票を獲得していた。 ◆議員辞職した河井元法相の広島3区 自民動かず、焦る公明  17年の衆院選で公明党が広島3区の比例代表でとったのは、約2万5500票。広島市議選などの結果からも公明党の基礎票は2万5千票とみられる。そこに6万票の上積みが必要で自民党の協力なくして、当選はない。  また、公明党の小選挙区立候補は原則、比例代表との重複立候補はしないので、斉藤氏は勝ち抜くしかないのだ。  最新の自民党の世論調査を見ると、斉藤氏が立憲の新人、ライアン真由美氏に大きな差をつけている。だが、今夏の世論調査ではライアン氏が僅差だが斉藤氏を上回っていた。  立憲の世論調査では、斉藤氏とライアン氏はまったくの横並びだった。公明党幹部は浮かない顔でこう話す。 「斉藤氏が勝つには自民党さんに頑張ってもらうしかない。だが、河井夫妻の事件があって正直、動きは鈍い」  自民党広島県連から河井夫妻の事件に関与した県議や市議らに対し、「一切、衆院選には関わるな」とお達しが出ているという。 「岸田首相も以前、河井夫妻の事件に関係した地方議員は処分という趣旨の話をしている。公明党が何を言っても動きようがありません。岸田首相が手のひら返しで斉藤氏を応援しろと言っても、やる気はしませんね。有権者の目線も冷たいです」(自民党の広島県議)  だが、斉藤氏も黙っていることもできず、河井夫妻の事件に関与した地方議員にも声をかけて応援を要請するという歪な展開になっている。  立憲幹部は自信ありげに言う。 「自民党は動いていない。それで公明党は必死になっており、政権与党の足並みが乱れている。ライアン氏は広島3区で長く活動しており、国交相を新人が破るという大番狂わせも十分、可能性がある」  広島3区からは他にも日本維新の会が新人の瀬木寛親氏、「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」の矢島秀平氏、無所属の大山宏氏と玉田憲勲氏も立候補を表明している。広島3区は中選挙区時代、岸田首相の地元でもあった。  そこで指導力を発揮できなければ、「自公政権に亀裂が入りかねない」(自民党幹部)という声もでている。 (AERAdot.編集部 今西憲之)

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    訪れるべき「戦国最強」の山城を歴史研究家が格付けランキング! 2位は信長「安土城」、1位は?

     日本全国には3~5万の城があるとされ、その多くが山城だという。週刊朝日ムック『歴史道 Vol.17』では、城関連の著書も多い歴史学者・小和田泰経氏に自身が訪れた山城を「遺構の保存状態」「防御力」「登りやすさ」「交通アクセス」の4つの基準で採点してもらい、戦国最強で「訪れるべき」山城ベスト50を選出してもらった。ここでは、同率で4位となった城からトップ5を見ていこう。 ※ランキングの採点方法日本全国に数多く残る山城。その中から、小和田氏がもう一度訪ねたいと願う「戦国の山城」を、編集部が独自に選んだ以下の4つの項目で採点してもらった(採点は、小和田氏の主観によるもので、訪れる時期や季節によっても大きく印象が変わります)。●遺構の保存状態……曲輪(郭)や石垣、石塁、土塁、空堀、堀切、切通などが良好に保存されているか否かで採点。●城の防御力……軍事要塞として築かれた山城。曲輪や空堀、土塁などが城の防御力を高める配置になっているか否かで採点。●アクセス……最寄り駅からの交通の便や、高速道路からの利便性。また、山頂部まで車で行けるかなどを総合し、多角的に採点。●登りやすさ……城内散策路の整備状況や駐車場の場所。さらに案内板の設置などを含めて採点。 *  *  *  第4位 備中松山城(岡山県/92点)天守が現存する唯一無二の山城  戦国時代に備中松山城をおさえたのは、三村家親である。しかし、三村家親は、備前の宇喜多直家と争い、暗殺されてしまう。このころ、備中には西から毛利輝元、東から織田信長の勢威が拡大してきていた。家親の子元親は毛利氏に従っていたが、元亀三年(1572)、足利義昭の仲裁で毛利氏と宇喜多氏が和睦すると、織田信長に寝返った。三村元親にとって、毛利氏についた宇喜多直家は父の仇だったためである。結局、松山城は毛利・宇喜多軍によって落とされ、以後は毛利氏の支城となる。  関ヶ原の戦い後、毛利輝元が周防・長門へ転封されると、備中は幕府領となり、総代官として入った小堀正次・政一が松山城に入って修築された。さらに、松山藩主となった水谷氏によって現在も残る天守などが建てられている。  城は高梁川の東岸にあたり、麓からの高さが350mほどの小松山に築かれている。相当な山城であるため、山上での作事が困難であったのだろう。天守と二重櫓のほか、建物はすべて平櫓である。ただし、山上の主郭部は三ノ丸・厩曲輪・二ノ丸・本丸・後曲輪・水ノ手門脇曲輪の6曲輪から構成されており、防御力は高い。しかも、麓には石垣造りの御根小屋があり、中腹には中太鼓ノ丸や下太鼓ノ丸といった出丸を構えていた。 【遺構の保存状態 24点/城の防御力 25点/交通アクセス 21点/登りやすさ 22点】 *  *  * 第4位 岩村城(岐阜県/92点)戦国時代の山城を近世城郭へと変貌させた  伝承では、鎌倉時代に加藤景廉の子景朝が築いたというが確かなことはわかっていない。戦国時代には、加藤氏の後裔にあたる遠山氏の居城となっていた。  岩村は、東濃の要衝で、信濃・三河の国境にも近い。戦国時代の城主遠山景任は、信濃から進出を図る武田信玄に攻められ、織田信長の支援を受けて抵抗を続けたが病没。そのため、城は武田氏の支配下に入り、長篠の合戦後、信長が奪取している。そして、信長の家臣河尻秀隆や森長可・忠政兄弟によって改修された。  岩村城が築かれている城山の標高は717mで、江戸時代まで存在していた山城の中では最も高い。ただし、麓からの高さは150mほどである。縄張は、頂上に本丸をおき、二之丸・八幡曲輪などを階段状に配す。本丸は櫓・多聞櫓などで囲まれるなど堅固であった。しかも、本丸の南東には出丸を設け、背後を固めている。  江戸時代には、東濃の要衝として松平(大給)氏の居城となった。ただし、居館などは山麓に移されたため、藩庁の機能は山上の主郭部には存在していない。  岩村城は、遠山氏時代の縄張を踏襲し、曲輪を石垣造りとしている。いわば、中世の縄張が生きている近世城郭だった。出丸まで林道が通っているが、遺構の破壊に配慮されているのも評価が高い。 【遺構の保存状態 24点/城の防御力 25点/交通アクセス 21点/登りやすさ 22点】 *  *  * 第3位 月山富田城(島根県/93点)毛利元就も攻め落とせなかった難攻不落の城  月山富田城は、交通アクセスが良ければ、第1位に選ばれてもおかしくない名城である。  城は、出雲の富田に所在し、麓からの高さが150mほどの月山に築かれているため、月山富田城という。この時代、富田は水上交通が盛んで、船で中海から飯梨川をさかのぼり富田城下まで来ることができたという。山陽方面に抜ける陸上交通の要衝でもあり、出雲の中心地であった。室町時代には、戦国大名となった尼子氏の居城となる。そして、出雲・石見・因幡・伯耆など11カ国を支配する拠点となった。  月山の山頂に主郭部があり、中腹に山中御殿や千畳敷、山麓に里御殿などを配置していた。南北1キロメートル、東西1キロメートルに及ぶ巨大な山城である。登城路は菅谷口・御 子守口・塩谷の三つが存在した。谷筋を通る登城路は、尾根に設けられた曲輪群によって守られており、いずれも山中御殿につながっていた。 山上の主郭部は、本丸・二ノ丸・三ノ丸が連郭式に配置されている。山中御殿から「七曲がり」とよばれる登城路を通らないと、この主郭部には到達できない。つまり、山中御殿を死守すれば、主郭部に侵入される恐れはなかったのである。  また、万が一山中御殿が攻略されても、三の丸から「七曲がり」を登る敵を迎え撃つことが可能だった。「七曲り」は文字通り、道が幾重にも折れ曲がっており、そこを側射するわけである。 主郭部は総石垣の曲輪であるため、侵入されにくい。もし三ノ丸まで侵入されても、二ノ丸と本丸の間には大きな堀切が敵を阻んだ。加えて、本丸から北東に向かう尾根筋には、多くの小曲輪があり主郭部の背後を固めていた。  月山富田城を本拠に中国地方に覇を唱えた尼子氏であったが、勢力を拡大する毛利元就が永禄八年(1565)に、3万5000で城を包囲すると、一年半におよぶ籠城のすえ、降伏開城した。  このとき、毛利軍は、菅谷口・御子守口・塩谷口の三方から月山富田城を攻撃している。これに対し、降伏はしたものの、尼子氏は城を守り切った。その攻防の舞台となった虎口は堅固に守られており、見逃せないポイントとなっている。  もっとも、現状の遺構は、尼子氏時代のものではない。尼子氏の降伏後、月山富田城は毛利氏の支配下におかれる。そして、関ヶ原の戦い後に毛利氏が退去すると、替わって堀尾吉晴が入城した。この堀尾氏の時代に城は改修され、近世城郭として完成したのである。  慶長十二年(1607)、堀尾氏は松江に居城を移す。その後、月山富田城は廃城となっている。 【遺構の保存状態 25点/城の防御力 25点/交通アクセス 20点/登りやすさ 23点】 *  *  *  第2位 安土城(滋賀県/94点)築城後わずか6年で焼失した織田信長の居城  安土城は、観音寺城を本拠とする六角氏の支城であった。実際、観音寺城が築かれた繖山の麓に位置する。しかし、六角氏は永禄十一年(1568)、織田信長による上洛に抵抗した末、観音寺城を放棄して脱出。こののち、南近江を制した信長が近世城郭として完成させた。  城は、琵琶湖に突き出た麓からの高さが100mほどの安土山に築かれている。最高所に本丸を置き、周辺に二ノ丸・三の丸を配す。そして、この本丸・二ノ丸・三ノ丸を守るように、家臣団の屋敷地が配置されていた。なお、曲輪の名称や家臣の邸宅は、江戸時代の絵図によるもので、当時、どのような曲輪名であったのかは不明であり、家臣の屋敷についても、実証されているわけではない。  本丸・二ノ丸・三ノ丸とされる曲輪群で構成される主郭部は、周囲を多門櫓で囲まれており、防御は堅い。その中央に五重六階地下一階の天主が建てられていた。こうした本格的な天主が建てられたのは、歴史上、安土城が最初とされる。  また、黒金門跡は、桝形構造となっている。これは、近世城郭における虎口の到達点であり、安土城に採用されている意味は、見逃せないポイントとなる。  本丸には、大手道・百々橋口道など、複数の登城路が通じていた。百々橋口からの登城路は、城内に創建された寺院である摠見寺の境内を通る。宗教に無関心であったとも言われる織田信長だが、仏教による守護を求めていたのは間違いあるまい。というのも、この摠見寺は、信長自身が創建したものだからである。  天正十年(1582)の本能寺の変後、安土城は焼失。織田信長の次男信雄が火を放ったともいわれるが、確証はない。すでに山崎の戦いで明智光秀が敗北したあと、安土城を守備していた光秀の家臣が敗走する際に自焼したものであろう。  なお、焼失したといっても、城域のすべてが焼失したわけではない。信長の嫡孫秀信が入城し、織田氏の居城となる。天正十三年、豊臣秀吉の養子豊臣秀次が近くに八幡山城を築城し、安土城は廃城となった。天守など建造物の遺構は失われているが、石垣の保存状態は良好なので満点としている。  現在、整備されているのは主郭部だけであり、本来の城域はもっと広い。そのうえ、観音寺城を詰の城と考えることができれば、その防御力は格段にあがるため、防御力も満点とした。 【遺構の保存状態 25点/城の防御力 25点/交通アクセス 22点/登りやすさ 22点】 *  *  *  第1位 鳥取城(鳥取県/96点)江戸時代・近世城郭へ改修された悲運の城  今回、「戦国の山城ベスト50」の第1位に選んだのは、悲劇の城として知られる鳥取城である。  天正八年(1580)、織田信長の命をうけた羽柴秀吉が因幡に侵入して鳥取城を攻撃すると、城主の山名豊国は秀吉に降伏した。しかし、これを不服とする家臣らは、安芸の毛利輝元に支援を要請し、山名豊国を追放。こうして鳥取城は、城将として派遣された吉川経家を中心に、織田方と戦うことになったのである。  羽柴秀吉は、天嶮の要害として知られていた鳥取城を力攻めすることを避け、兵糧攻めを行う。餓死者も続出したこの攻城戦は、後世、「飢え殺し」と呼ばれる。翌天正九年、3カ月ほど続いた籠城戦の末、ついに吉川経家は降伏開城した。  その後、秀吉の側近宮部継潤が城主となり、継潤の死後は子の長房が受け継ぐ。しかし、慶長五年(1600)の関ヶ原の戦いで西軍石田三成に通じたとして、鳥取城は東軍に攻められ開城した。  関ヶ原の戦い後、姫路城主となった池田輝政の弟長吉が6万石で入封し、この池田長吉によって近世城郭に改修された。さらに元和三年(1617)には池田輝政の孫光政が因幡・伯耆32 万5000石で入封し、城の規模が拡張されている。  多くの山城では、山頂付近に曲輪が集中するが、鳥取城の曲輪は山頂から麓にかけて配置されている。そのため、山頂一帯の山上ノ丸と山麓一帯の山下ノ丸という2元構造なっていた。  山上ノ丸は、麓からの高さが240mほどの久松山山頂に築かれている。天守が建てられていた本丸のほか、二ノ丸・三ノ丸といった主郭部が連郭式に連なる。さらに、この主郭部は出丸によって防御されていた。  山下ノ丸は、久松山の山麓におかれ、幅25mほどの内堀によって守られていた。実質的な本丸に相当するのが天球丸で、このほか二ノ丸・三ノ丸などが階段状に配置されている。 山上ノ丸と山下ノ丸との間にも、無数の曲輪が設けられ、さらには斜面の移動を阻む竪堀や登石垣も構築されている。山下の丸を落とさない限り、敵は山上ノ丸に攻め込むことはできなかった。こうした点も踏まえ、防御力は満点とした。  ただ、山上ノ丸は防御力が高いものの、政庁としては利用しにくい。一方、山下ノ丸は政庁としては利用しやすいが、防御力は低い。しかし、鳥取城では山上ノ丸と山下ノ丸が一体化しており、それぞれの長所を生かすことができた。鳥取城は、戦国時代から江戸時代にかけて、最先端の技術を取り入れながら改修されている。時代による石垣の積み方の違いも、この城の見どころのひとつである。 江戸時代に、山上ノ丸が重要視されることはなくなった。しかし、有事の際には、利用するつもりだったのである。 【遺構の保存状態 24点/城の防御力 25点/交通アクセス 23点/登りやすさ 23点】 ◎監修・文/小和田泰経(おわだ・やすつね)1972年、東京都生まれ。歴史研究家。國學院大學大学院文学研究科博士課程後期退学。専門は日本中世史。著書に『家康と茶屋四郎次郎』(静岡新聞社)、『戦国合戦史事典 存亡を懸けた戦国864の戦い』(新紀元社)など。 ※週刊朝日ムック『歴史道 Vol.17』では、戦国最強の山城「ベスト50」を徹底解説しています

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    20時間前

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    心が疲れたら「行動」を変えるのが有効! 精神科医がすすめる「8つの行動習慣」とは?

     心が疲れていると感じた時、その気分は簡単に変えられませんが、行動は意識的に変えられます。心を回復させる行動を日々の習慣に取り入れてみましょう! 前編「うつ病、不安症になってない? 精神科医が教える「心の疲れ」6つのチェックポイント」に続き、後編として、心を回復させる8つの行動習慣について、精神科医の大野裕先生にお聞きしました。(セルフドクターWebより転載) *  *  * (1)毎日決まった時間に起床。暮らしにリズムを取り入れよう  心と体は一心同体。生活のリズムが上手に整えられると、心にもよい影響が出てきます。特に意識したいのは、起床時間。就寝時間を決めても簡単には寝つけません。朝起きる時間を同じにしてみましょう。毎朝、同じ時間に体内時計がリセットされることで、生活のリズムが整い、体も心も調子が整ってきます。まずはここからスタートしてみましょう!  朝食を食べることと朝日を浴びることで体内時計がリセットされます。朝起きたらまずはカーテンを開けて太陽の光を浴び、朝食を食べて胃腸を働かせましょう。 (2)不安な気分が続く時は、ちょっと立ち止まってひと呼吸  ざわざわとした気分がしずまらない時や不安な気分の時は、「今ここ」に意識を集中させて心を安定させる「マインドフルネス」がおすすめです。不安になると、人は浅くて速い呼吸をする傾向があります。深くゆっくりとした腹式呼吸をすると、不安を和らげることができます。習慣的に行うと、思考や感情に振り回されにくくなる効果もあります。 <腹式呼吸のやり方>1.ゆっくり1,2,3と数えて息を吸い込む2.同じだけ息を止める3.ゆっくり1,2,3と数えて息を吐く4.息を吐き切ったら、ゆっくり1,2,3と数える間、息を止める (3)始めてみたら意外とスッキリ!体を動かしてみよう  掃除をする気力がなかったのに、いざ始めると止まらなくなり、終わってみると気分もスッキリ。そんな経験はありませんか? これぞ行動が気分を変えている証拠。気分が塞いできたら、散歩をするなど簡単に体を動かしてみましょう。でも「体を動かさないといけない」という決まりにすると、かえってストレスに。気が向いた時に取り組むぐらいの軽い心持ちでチャレンジしましょう。  疲れていて運動が難しい時はベッドの上でストレッチするだけでもOK。無理をせず、心地いいなと感じられればOKです。 (4)五感を研ぎ澄ましてリラックスしよう  いろいろ考え込んでしまい、悩みが堂々巡りしてしまうことがありますよね。そんな時は普段使っていない感覚を使ってみましょう。新しい行動や感覚を体験することで、脳は次なる動きを求めるようになります。結果、新たな視点が得られるかもしれません。例えば、食べたことのない外国の料理を食べてみる(味覚)、新しいアロマに挑戦してみる(嗅覚)などがおすすめです。  散歩中に目に入る、木や花の香り、その日の空気の香りを楽しんでみましょう。毎日続けることで、季節の移り変わりや植物の生長など、身近な変化が心地よい刺激になるかもしれません。  風の音、車の音、子どもの声。慣れているはずの街の雑踏も、聞き分けるといろいろな音が混じり合っています。音に集中することで、ざわざわした気分がすっと落ち着く瞬間を意識してみましょう。 (5)日常から離れていつもの自分と距離をとる  旅行による心の変化は、気分転換という意味だけではなく「今までの自分」と距離をとって「ちょっと違う自分」を育てる意味があります。旅先で触れた価値観によって今までの自分の考え方を客観的に捉えるきっかけにつながります。近場のお出かけでも、新しい体験になるような場所であれば旅行と同じ効果があります。  旅行が難しい時は通勤路などで「初めての道」を選んでみましょう。身近にある非日常からも、新しい発見があるかもしれません。 (6)初めてのことにトライする  仕事や子育て、介護などに精一杯取り組んでいる人は、一段落した時に無気力になってしまうことがあります。1つのことに集中するのはよいことですが、考え方が固定化して客観性がもてなくなることも。そんな時は新しい趣味や初めての習い事などにトライしてみましょう。物事の見方が広がることで、考え方にも柔軟性が生まれ、自分を客観的に見る手がかりになっていくのです。 (7)他の考え方はない?会話で考え方を点検し合おう  考え方の幅が狭くなっている時は「自分は何に傷ついたのか、その時どう感じたのか」を意識的に周りの人に話してみましょう。他の人の視点や考え方を聴き、自分の考え方の再点検を重ねると、新しい見方ができるようになります。気持ちや考え方が整理されていく過程を体感してみて。もし一人の時に悩んだらこの過程を思考の中で再現してみましょう。  オンラインコミュニケーションはすでにニューノーマルになりつつありますが、空気感や表情などのニュアンスが伝わり切らず、ストレスになることも。感染症対策をしながら、やはり直接のコミュニケーションも意識的に! (8)1日1回アウトプット  スマホやパソコンから日々たくさんの情報が得られる現代。脳はすでにオーバーフロー状態です。体だけではなく心も、入れるだけではなくしっかり出す、インプットとアウトプットの循環が必要です。常に情報が入ってくるスマホをオフにし、今日の出来事や感じたこと、自分の正直な気持ちを紙に書き出す時間を作りましょう。日記などを読み返してみると心の整理にもつながります。 【前編から続く】うつ病、不安症になってない? 精神科医が教える「心の疲れ」6つのチェックポイント 監修/大野 裕先生(おおの・ゆたか) 精神科医。1978年慶應義塾大学医学部卒業と同時に、同大学の精神神経学教室に入室。コーネル大学医学部、ペンシルべニア大学医学部を経て、慶應義塾大学教授を務めた後、2011年より独立行政法人(現・国立研究開発法人) 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター センター長に就任。現在は顧問。一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長などを務める。著書に、『心が晴れるノート』(創元社)など。 セルフドクターHP

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

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    【独自調査】「東京選挙区」の激戦区を徹底分析 落選危機の大物候補たち

     19日、第49回衆議院選挙が公示され、投開票まで12日間の選挙戦がスタートした。AERA dot.では自由民主党と立憲民主党がそれぞれ調査した各選挙区の情勢調査を独自入手。激戦となる東京選挙区を分析すると、野党共闘で苦戦しそうな自公の候補者、野党でも落選危機にある大物候補者が浮かび上がってきた。17年衆院選の得票数をもとに、独自入手した情勢調査、専門家の分析も加えて「東京選挙区」のゆくえを探った。 ※本記事は公示前の調査、識者の分析になります。 *  *  *「吉田の知名度が上がった。まさに『雨降って地固まる』だ」  こう自信をのぞかせるのは東京8区の立憲関係者だ。「吉田」とは立憲候補者の吉田晴美氏のことだ。  8区は、れいわ新選組の山本太郎代表が出馬表明をして騒動となった選挙区だ。8区では、17年衆院選で野党(立憲、日本共産党、希望の党)が得た票を全て合わせると13万9000票となり、自民党元幹事長の石原伸晃氏が獲得した9万9000票を大きく上回る。野党の候補者が一本化できれば自民重鎮・石原氏に勝てる可能性が高いと、野党共闘の象徴と目されていた。  そもそも、立憲陣営では吉田氏で一本化の調整を進めていたが、8日に山本氏が出馬表明したことで状況が一変。吉田氏の陣営からは「聞いてない」と反発の声があがり、野党共闘を望む支持者からも「なぜ吉田さんではないのか」とSNSなどで抗議の声が上がった。あまりの反発の強さに、山本氏も8区からの出馬を取りやめ、結局は東京から比例代表として出ることになった経緯がある。先の立憲関係者はこう語る。 「正直、山本さんが出たからと言って当選するとは限らなかった。彼は8区で活動してきたわけではない。吉田のほうが地元でしっかりと活動してきたから、反自民の受け皿になると思う。石原さんも今回は余裕がないんじゃないかな」  石原陣営の様子はどうか。石原氏のツイッターを見ると、19日だけで10件も投稿があった。投稿された動画では「今回の戦いは民共・野合連合と自公・保守中道政権との厳しい戦いです」と野党の選挙協力を批判しながらも、厳しい戦いになるという認識を示すものも。陣営からも強い危機感がうかがえる。自民党関係者はこう語る。 「山本氏は選挙区民に浸透していないから、正直、出てきたら戦いやすかった。吉田氏は今回の騒動で全国的に注目されて、同情票も入るのでは。パワーアップして出てきた感じだね。石原本人も今までは他の議員を応援する側だったけど、今回の選挙は12日間、選挙区に張り付くと本人が言っていた。危機感をもって臨んでいる」  自民の苦戦が予想される東京選挙区は、8区だけではない。選挙アナリストの岡高志さんは「野党共闘の結果、野党が大きく議席を伸ばす可能性が高い」とみる。AERA dot.の分析でも同様の結果が出た。  AERA dot.が独自入手した自民と立憲の情勢調査は、自民は10月上旬、立憲は8月末から9月初旬かけて、各候補者の支持率を算出している。まず、それを基に他の候補者を5ポイント以上上回る候補者を「優勢」、反対に差をつけられている候補者を「劣勢」、5ポイント以内の場合は「拮抗」と分類した。調査時点で複数の野党候補者がいる選挙区もあるが、野党共闘した選挙区では、野党(立憲、共産、社民、れいわ)の各候補者の支持率を合算している。  さらに、17年衆院選の各選挙区の各政党・候補者の得票数も加味した。こちらも同じように、野党共闘になった選挙区では、野党(立憲、共産、社民、希望)の得票を合算している。なお、情勢調査も得票も、野党共闘になっていない選挙区では合算はしていない。  これらのデータをまとめたのが上の表だ。与野党激戦となっている選挙区の情勢を見ていこう。  25区の自民の井上信治氏は、立憲の島田幸成氏と拮抗している。井上氏は菅内閣で国際博覧会担当大臣、内閣府特命担当大臣を務めた人物だ。  17年の得票数は井上氏が11万2000票、野党票を合計した島田氏が10万4000票となっている。立憲の情勢調査では井上氏の支持率が「優勢」だが、自民の調査では「拮抗」している。その理由について、島田陣営の立憲関係者は「勢いは感じているが、相手は現職の前大臣で簡単ではない」とみる。  一方、井上陣営の方ではこんな声が上がっている。 「野党共闘と言っても、単純な足し算にはならない。共産のコアな支持層からは『なんで共産から候補者を出さないんだ』と後ろから突かれていると聞いている。ただ、初めての野党共闘で、脅威は脅威。楽勝にはならない。大臣でコロナ禍ということもあり、地元回りはなかなかできていなかったが、菅政権が終わる頃から地元を回って、有権者の反応は良かった。うちは正々堂々と、横綱相撲で戦っていくだけだ」  5区では自民の若宮健嗣氏も接戦となりそうだ。若宮氏は岸田内閣で内閣府特命担当大臣を務める。17年衆院選では若宮氏が約10万1000票だったが、立憲の手塚仁雄氏は野党共闘により14万4000票と大きく上回る。自民の情勢調査では若宮氏の支持率が上回り「優勢」な状況だが、立憲の調査では「拮抗」している。  14区では自民の松島みどり氏も安泰ではない。松島氏は14年の第2次安倍改造内閣で法務大臣を務めた人物だが、17年の得票数を見ると、松島氏は10万4000票だが、立憲の木村剛司氏の方は野党共闘によって10万9000票とほぼ同じ票数になっている。自民、立憲の情勢調査でも「拮抗」という結果だ。  選挙アナリストの大濱崎卓真さんはこう見る。 「14区は、自民と野党が五分五分の情勢と見ています。自民候補の松島さんは、この4年間はこれといった不祥事もない。それでも負けるとなると、他の競合する選挙区でも自民が落とすことになるかもしれない。14区の結果はひとつのメルクマールになると思います」  連立与党の公明党も大激戦となりそうだ。東京12区からは、公明の太田昭宏前代表の後任として、岡本三成氏が出馬している。それに対して野党統一候補は、共産の池内沙織氏だ。共産は公明の宿敵でもある。  17年の得票を見ると、公明の岡本氏が11万2000票に対し、野党票を合算した池内氏は8万3000票となっている。この選挙区では立憲の調査はなかったが、自民の調査では数字は拮抗しており、支持率ではやや池内氏がリードしている状況だ。前出の岡さんはこう分析する。 「7月の都議選では公明は議席を減らすと言われていたが、結果は全員当選した。ここぞというときの組織力がある。それに対して共産も組織力があり、加えて、池内さんは個性的で印象の強い方です。公明の岡本さんは新人ですから、印象の点では後れを取っているのではないか。組織力に加えて、候補者のパーソナリティーがどこまで浸透するかが、勝負の分かれ目になりそうです」  野党も安泰というわけではない。18区では、立憲の菅直人元首相と、自民の長島昭久氏が火花を散らす。長島氏は17年の衆院選では希望の党から東京21区で出馬し、自民の対抗馬がいるなかで9万2000票を取って当選している。今回は自民から出馬し、18区にくら替えとなった。18区での自民の得票は9万5000票だ。  それに対し、菅氏は前回9万6000票だが、わずか1146票差の辛勝だった。相手が保守層から支持が厚い長島氏に変わるだけに予断を許さない状況だ。実際、情勢調査を見てみると、立憲調査では菅氏が「優勢」となるが、自民の調査では「拮抗」している。  1区では、かつて民主党代表などを務めた、立憲の海江田万里氏も接戦だ。17年衆院選の得票を見ると、海江田氏が9万6000票、自民の山田美樹氏が9万3000票だった。立憲の調査では海江田氏が「優勢」だが、自民調査では「拮抗」している。  選挙関係者からは「投開票までに一波乱、二波乱、確実にある」という声が上がる。接戦区から目が離せない状況が続きそうだ。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫/今西憲之)

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    岸田首相の大誤算 衆院選で「自民40議席」減、単独過半数割れの予測も

     第49回衆議院議員選挙(10月19日公示、31日投開票)がついに幕を開けた。岸田文雄新首相を誕生させ「看板掛け替え」からの「奇襲解散」に打って出た自公政権に対し、野党は候補者を一本化させる共闘体制で臨む。新政権が長期政権となるか、短命に終わるかを占うことにもなりそうなこの一戦、全289小選挙区の勝敗を予測した。 *  *  *  岸田文雄首相は内閣発足からわずか10日後の10月14日、衆議院を解散した。解散から31日の投開票まで17日間という戦後最短の短期決戦となる。  選挙を急ぐ理由について、岸田氏は会見などで、「できるだけ早くコロナ対策、経済対策を行うために一日も早く国民の審判を仰がなければならない」と説明している。  だが、この言葉を額面どおりに受け取る者はいないだろう。政権の顔を変え、内閣支持率が前政権よりも上昇する「ご祝儀相場」が下がらないうちに、大慌てで選挙戦に持ち込んだのだ。新型コロナの流行がいったん収まっているタイミングも岸田氏にとっては天の恵みだ。  とはいえ、朝日新聞の世論調査では、岸田内閣の支持率は45%。政権発足当初としては、この20年間で最低水準だ。30%を切った前政権からは多少回復したとはいえ、“奇襲作戦”も目論見どおり「追い風」にまではなりそうにない。  ご祝儀相場効果が不発に終わった要因は、言うまでもなく党・閣僚人事が響いている。安倍晋三元首相や麻生太郎副総裁への配慮と、総裁選の論功行賞を重視。金銭授受疑惑を抱える甘利明幹事長を含めた「3A」支配に、国民がウンザリしているからだろう。  政治ジャーナリストの野上忠興氏が指摘する。 「政権発足当初の内閣支持率は60%程度が相場ですから、岸田丸は船出から前途多難です。人事の問題もありますが、岸田氏自身のインパクトの弱さが影響しています。コロナ対策や経済政策にしても、もっと国民にわかりやすい言葉で具体的な政策を語ればいいのですが、学者か評論家のような固い話ばかりです」  相変わらずの「国会軽視」も露呈した。衆院選を控え、岸田内閣の政治姿勢を国民に詳らかにするため、野党は予算委員会開催を求めたが、政府・与党は拒否した。  野上氏が続ける。 「予算委員会を開けば、甘利氏の『政治とカネ』の問題はじめ、森友・加計問題や桜を見る会などの疑惑を野党は徹底的に追及してくるでしょう。格差是正の観点から、総裁選で看板政策に掲げた金融所得課税の強化について、『当面は触ることを考えていない』と早々に引っ込めたことも問われることになる。イメージダウンを恐れたのではないでしょうか」  所信表明演説に対する代表質問で、岸田氏はアベノミクスを評価し、「民主党政権の失敗から学んだ」などとくり返した。立憲の森ゆうこ副代表に「まるで安倍元総理が乗り移っているように見えた」と一喝される始末だ。  では、衆院選ではどのような結果が待ち受けているのか。本誌は政治ジャーナリストの野上氏と角谷浩一氏に、各政党の獲得議席数と全選挙区の当落予測を依頼した。  その結果、自民は「37議席減」(野上氏)、「33議席減」(角谷氏)と、いずれも大きく議席を減らす予想となった。 「コロナ禍で行われる今回の選挙は、集会が行えるかなど通常と条件がかなり異なる。それだけ、予想外の結果が出る可能性があります」(角谷氏)  今後の情勢次第では40議席減、よもやの単独過半数(233議席)割れも視野に入る。  岸田氏は9月末の自民党総裁就任会見で、衆院選の勝敗ラインを「与党で過半数」と設定して予防線を張ったが、40議席も減らしたら「勝利宣言」などあり得ず、大誤算というほかないだろう。角谷氏がこう話す。 「コロナ禍で生活が苦しくなった人は数多くいますが、第6波を前に、岸田政権はコロナ対策について明確な処方箋を出せていない。大盤振る舞いした東京五輪は、収支すらよくわかっていない。安倍・菅政権のツケは支払われておらず、有権者の怒りは都市部を中心に根強い。岸田氏は『未来選択選挙』と言っていますが、誰もそうは捉えていないのではないか」  自民と連立を組む公明は、九つの選挙区に立てた候補者全員の当選と、比例区で800万票の獲得を目標に据える。  だが、党勢の陰りは明らかで、2017年の衆院選では比例区の獲得票数は697万票と、現行の選挙制度で初めて700万票を割った。支持母体の創価学会がコロナ禍で政治活動を制限せざるを得なくなり、フレンド票の発掘もままならない。公明の全盛期を支えた学会員の高齢化も進む。  岸田氏が安全保障政策で“タカ派”路線を打ち出したことも、公明=学会票離れを加速させる可能性がある。対中国強硬姿勢に加えて敵基地攻撃能力の保有の容認、憲法改正にも言及するなど「アベ化」が止まらない。  公明の元幹部が語る。 「自公が対峙していた時代でも、宏池会の大平正芳氏や木曜クラブ(田中派)の田中角栄氏とは関係がよかった。両派閥ともハト派でしたからね。学会の集票力の低下に加え、いまの岸田氏の主張には乗りにくいですよね。自民への支援票を棄権する人は少なくないはず」  一方の野党は、立憲民主が議席を伸ばし、「27議席増」(野上、角谷両氏)となった。野党共闘のために多くの選挙区での独自候補の擁立を見送った共産は比例区で議席増が見込まれそうだ。日本維新の会は大阪を中心に自民と互角以上に戦い、議席を大きく増やしそうだ。  だが、特に野党第1党の立憲に望まれるのは“善戦”ではなく、政権交代を目指す“激戦”だ。  にもかかわらず、立憲の枝野幸男代表はテレビの報道番組で、司会者から衆院選で政権交代を実現する確率を聞かれると、米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手を引き合いに「大谷選手の打率(2割5分7厘)ぐらいの可能性はあるというつもりで頑張っている」と語った。角谷氏が厳しい目を向ける。 「本気で勝つ気があるのか。何が何でも勝つという気概がなければならないのに、これでは政権が取れるわけがない。野党第1党のポジションが居心地いいということなのでしょう。衆院選で勝つためには、菅義偉氏を総理の椅子から引きずり下ろし、総裁選でお祭りムードを盛り上げた自民のほうがよほど努力しています。本気度のちがいが出てしまっています」  つまるところは、勝者なき衆院選になるのか。(本誌・亀井洋志、秦正理、池田正史) ※獲得議席予測、各選挙区の当落予測については調査の結果ではありません。公示日前に識者2人が予想しました。※週刊朝日  2021年10月29日号より抜粋

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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    水野美紀が明かす「ザ・マスクド・シンガー」の裏側と、わが子のオリジナルソングの驚くべきクオリティー

     42歳での電撃結婚。伝説の高齢出産から4年。母として、女優として、ますますパワーアップした水野美紀さんの連載「子育て女優の繁忙記『続・余力ゼロで生きてます』」。今回は、なぜか決勝まで勝ち進んでしまった、Amazonプライムビデオのオリジナル番組「ザ・マスクド・シンガー」の裏側をそっとお教えします。 *  *  * どうも。ローズです。  Amazonプライムビデオの「ザ・マスクド・シンガー」という番組。  12人のセレブ(←これむずがゆいのな)がマスクを被って歌って競うという番組。  なぜか私がここにキャスティングされて、名だたる歌手の皆さんおられる中、決勝まで勝ち進むという番狂わせを演じたのであります。  マスクっていうか、全員、ほぼ着ぐるみ。  最初に連絡をもらって企画書を見た時の感想は「ん?」。  え、歌うの? 姿を隠して? で、競うの?……へえーーーー。ん?  この感覚、あの時に似ている。「浦安鉄筋家族」のドラマの企画書を最初に見た時の感覚に似ている。  あの時も「え?……ドラマ化?……どうやって?」と思ったものだ。  プロデューサーから電話で「大丈夫! 君なら羽ばたける!!」とよくわからない説得をされ、出演が決まってしまった。  今回の企画、歌手だけじゃなくてスポーツ選手や役者など様々なジャンルの出演者を集めて闘うらしい。 「役者は顔で踊って顔で歌え」  これは昔、古田新太先輩に教わった教訓である。しかし、マスクを被ってしまってはそれができない。どうしたものか。  1カ月以内に、どの曲を歌うか決めなくてはならなかった。全員が、決勝まで進んだ場合の、全6曲を選ばなくてはならない。  曲の許可を取ったり、オーケストラでオケの録音をしたりするので準備に時間がかかるらしく、とにかくすぐに歌う曲を決めてくれという感じだった。  しかし一体どんな番組なのか、どんなメンバーでやるのか分からない事だらけで結局、何も決められないまま最初の打ち合わせの日をむかえた。 「水野さんのマスクは、ローズです」  最初に衣装とマスクのイラストを見せられた。 「女優なんで」  なぜ女優だからローズだったのかは今だに分からない。  しかし、ここで私はふと思った。 「そうだ、芝居仕立てにしよう」 「あの、小道具とか共演者とかって用意していただけますか?」  すると、 「ダンサーさんがたくさんいるので自由に使えますし、小道具もいくらでも用意できますよ」  ここから一気に構想が固まっていった。  まずは1曲目「ラヴ・イズ・オーヴァー」。で、別れのシーンからスタートしよう! 「便器って出せますか? 便器の蓋だけでも大丈夫だと思うんですけど……」「用意できます。蓋だけじゃなくてちゃんと便器を用意しましょう」  ディレクターさんは大変心強い言葉をくれる。 「それじゃあフル便器でお願いします!」  二曲目で、シングルマザーになって、三曲目で、よりを戻して、だけどまた浮気される。 「あの、この曲のあとに、ラヴ・イズ・オーヴァーのサビをくっつけたりしてもいいですか」「確認します。大丈夫だと思いますよ」  四曲目で、戦争勃発。 「殺陣をやりたいんですが、殺陣師の方を呼んでいただくことはできますか?」  そうこうして、ものの二時間くらいの打ち合わせで、ローズのストーリーの概要は出来上がった。  しかしここからが大変だった。歌詞とストーリーを優先してランダムに曲を選んだはいいが、ほぼ歌ったことのない曲もある。歌えるのか、私。  そうして本番までの、約1カ月半。全力の歌練習がはじまった。  ユーチューブでボイトレのチャンネルを見まくってボイトレ。移動の車で歌って、ママチャリ漕ぎながら歌って、料理しながら歌って、夜中にコタツに頭を突っ込んで歌って、仕事の隙間にスタジオノアの個室をおさえて歌って、録音して聴いて、歌って録音して聴いて。  ところが不思議なもんで、「ラヴ・イズ・オーヴァー」を死ぬほど練習したあとに「プライド」を歌うとぜんぜん歌えなくなってるし、「また君に恋してる」を死ぬほど練習したあとに「キャッツアイ」歌おうとするとぜんぜん歌えないし。  ジャンルとか音程とか無視して歌詞優先で選んだことで、えらい大変なことになってしまったのである。  しかし、「下手だな」と、歌が気になってしまったらストーリーが伝わらない。もう、必死に練習した。 「4曲目まで勝ち進めたらばんばんざいだねえー」  なんてスタッフとは話していたのだが、なんとローズはうっかり決勝まで勝ち進み、クリスタル・ケイさん、土屋アンナさん相手に、決勝ではバラードを歌い上げたのである。  これはこれでなかなかの地獄。  終わってみれば、「あれは夢だったんじゃないだろうか」と思うような日々だった。  とんでもなく緊張した。  長くやってると、たまに面白いお仕事が舞い込んでくるもんだ。  おかげでうちの子、すっかり歌が好きになって、しょっちゅうオリジナルソングを歌うようになった。 「あおーい おそらーにー とんでーいこう そしてあおいー そらから とんでいこーねー どーぱーひとつぶー あえるぶつー あえるつぶとぶてぶたーーー ぶたーーいそぶ ぶたーーひとつぶたーー」  今日も元気だ。 ■水野美紀(みずのみき)俳優。ドラマ・映画・舞台で活躍中。<出演情報>Amazonプライムビデオ「ザ・マスクド・シンガー」が配信中。作・演出・出演した舞台『2つの「ヒ」キゲキ』のDVDの予約を10/31まで受付中(https://2hikigeki.official.ec)。レギュラー番組は、フジテレビ系バラエティ「突然ですが占ってもいいですか?」毎週水曜22:00~、読売テレビ「水野美紀の映画生活(シネマライフ)」毎週金曜22:54~<関西ローカル> http://www.ytv.co.jp/cinemalife/ 【書籍『水野美紀の子育て奮闘記 余力ゼロで生きてます。』好評発売中】

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    17時間前

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    「忠犬系男子」町田啓太 気遣い&謙虚さに共演者も“うっとり”するモテっぷり

     10月14日にスタートした江口のりこ主演ドラマ「SUPER RICH」(フジテレビ系)に出演中の町田啓太(31)。江口演じるベンチャー企業社長の波瀾万丈な半生を描く作品で、町田は周囲から“忠犬”と言われるほど社長に尽くす、秘書的存在の宮村空役を演じている。  これまでNHK連続テレビ小説「花子とアン」やNHK大河ドラマ「西郷どん」、ドラマ「中学聖日記」(TBS系)など数々の連ドラに出演し、正統派のイケメン俳優という印象のある町田。昨年10月期に放送された“チェリまほ”こと深夜ドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」(テレビ東京系)で、同性の同僚に恋をするエリート役を自然かつコミカルに演じ、高い評価を得てさらに知名度がアップした。  その流れに乗って、2019年に発売されたファースト写真集「BASIC」(光文社)も増刷され、昨年12月には売り上げが累計5万部を突破。町田に対するSNS上の声を見ても、「町田啓太を今のうちに知っておけてよかった」「今まで見てきた芸能人の中でダントツのイケメン」「忠犬系男子…楽しみ」と、女性ファンはさらに増えているようだ。 「劇団EXILEのメンバーということに加え、整った顔立ちと抜群のスタイルで、“どこから見てもかっこいい”と、ビジュアルが注目されがちですが、その人柄も女性を惹きつけています。得意な家事について聞かれると『全部!』と返答。特に洗濯が好きで、洗濯物を干しているとすがすがしい気分になるそうです。また、なるべく部屋をきれいに保つため掃除もサボらないとか。そんな清潔感もポイントが高い」(テレビ情報誌の編集者)  非の打ちどころがないルックスでありながら、町田の場合は、謙虚さも垣間みえるところが好感度につながっている。 「ダウンタウンDX」(日本テレビ系、2019年3月14日放送)では、共演経験のある上白石萌音が「現場の女性スタッフ、みんなメロメロ」と、町田のモテエピソードを披露。これに町田は首を振って否定すると、上白石は「こうやって謙遜されますけど、もう認めちゃった方がいいと思うんですよ」と言い、さらに同番組で共演していた関口メンディーが「モテてんの本当に認めなくて、謙虚ハラスメントっていうか……」と、町田の謙虚さを指摘。また、「ウチのガヤがすみません!」(日本テレビ系、2019年3月26日放送)でも、高校時代の先生から「ダンスコンクールでは出待ちの女の子が100人弱はいた」と、高校生の頃のモテぶりを明かされるも、町田は「そんなことないです。先生方が盛ってくださった」と謙遜していた。 「謙虚さの中に相手への気遣いもあるので、性別を問わず好かれているのでしょう。以前WEBマガジンで明かしていたエピソードなのですが、撮影現場で弁当の量が足りず『ちょっと足りなかったな』とつぶやくと、大先輩が『自分の分も食べていいよ』と言ってくれたので、ありがたく弁当をもらったとか。すると、翌日からも『あげるよ! お腹空いてるでしょ』と弁当を勧められ、その時はおなかが一杯だったのに『はい!空いてます!』とウソをついて苦しみながら食べたと語っていました」(同)  演技に関しても先輩からの評価は高いようだ。女性週刊誌の芸能担当記者は言う。 「現在放送中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で、町田は土方歳三役を演じていますが、9月に放送された『あさイチ』(NHK総合)で主演の吉沢亮が“うっとり”した場面として町田の殺陣のシーンを挙げていました。あまりにもかっこいいので、渋沢喜作役を演じている高良健吾と『土方が出てきたら土方に持っていかれるね』という話になり、2人で『どうするか……』と会議をしたというエピソードがありました。そんな町田ですが、顔が整いすぎているので『かっこいい俳優』という認識で止まっていた人も多いはず。しかし、知名度が上がっていくと同時に、演技力に加え、謙虚さなど人の良さもジワジワと伝わってきたことから、ファンが増え続けているのでしょう」  ドラマウオッチャーの中村裕一氏は、町田の魅力と今後についてこう分析する。 「清潔感あふれる端正な顔立ちと、笑った時にクシャッとなる目尻の愛らしさ。大人っぽいルックスと子どものような笑顔のギャップが、多くの人の心をわしづかみするのだと思います。3年前の出演作『女子的生活』では、主演の志尊淳演じるトランスジェンダー・みきと共同生活をする大学の同級生・後藤を好演。有村架純主演の『中学聖日記』では、有村演じる主人公の婚約者として見事な演技を披露しました。今は多くのファンからの『こうあってほしい』という理想になるべく寄り添う時期だと思いますが、俳優としてはそのイメージを大胆に裏切って、冷酷に相手を追い込む非情なキャラクターや、常にドタバタして落ち着かないコミカルな役なども見てみたいところです」  ルックスだけでなく人間としても魅力的な町田。さらなるブレークが期待できそうだ。(丸山ひろし)

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    17時間前

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    二階氏が後継めぐり水面下で暗闘 広島3区は公明・斉藤氏への自民「全力支援」がカギ

     10月19日公示、31日投開票の日程で火ぶたを切った衆院選。政治ジャーナリストの野上忠興氏と角谷浩一氏に、北信越・東海・関西・中国地方の選挙区の情勢を聞いた。 *  *  * ■北信越・東海  北信越では、新潟5区の元知事対決が注目だ。野上氏、角谷氏ともに米山隆一氏に軍配を上げる。  角谷氏が言う。 「米山氏は妻の作家・室井佑月さんとの二人三脚が功を奏しています。女性問題は相当に痛手だったはずですが、怯まずツイッターでの発信力を発揮。弁護士としての弁舌も有利に働いています」  福井2区は、国対委員長に就任した高木毅氏が過去に女性の下着泥棒疑惑が報じられた(高木氏は否定)。そんな汚名もどこ吹く風、無風で当選を重ねてきている。意外な一面を角谷氏が明かす。 「前任の森山裕氏は野党の国対をなだめながら収めるタイプでしたが、高木氏は『戦う国対』タイプだそうです。立憲の安住淳・国対委員長に言い負かされるのではないかと心配する人もいますが、『とんでもない、高木さんはきついですよ』という評価を聞きます」  静岡5区では、二階派会員で自民党入りを目指す無所属・細野豪志氏が、自民前職の吉川赳氏とぶつかる。過去、3度の直接対決で細野氏がいずれも勝ちを収めているが、吉川氏は首相派閥の宏池会。二階派との代理戦争の様相だが、後ろ盾だった二階俊博氏の幹事長退任は細野氏にとってはマイナスか。  静岡8区は、塩谷立氏の苦戦は不可避だという。野上氏が語る。 「当選9回で閣僚経験もあり、清和会(細田派)の事務総長を務めた重鎮ですが、すでにかつての存在感もなく、県連関係者の間にも落選の可能性ありとの見方が少なくありません」  愛知11区は、トヨタ労組出身の無所属・古本伸一郎氏が不出馬を決めた。自民党との連携を模索する全トヨタ労連の意向に沿った形だが、ライバルの“消失”で自民の八木哲也氏が有利か。 ■関西・中国  京都1区は、自民・伊吹文明氏が引退。角谷氏は「後継の元総務官僚の勝目康氏は知名度に乏しい」として、共産の穀田恵二氏に勝機あり、と見る。  大阪は全19選挙区のうち、維新が10選挙区前後で有利な情勢で自民を圧倒しそうだ。公明も大阪の4選挙区、兵庫の2選挙区で手堅く勝ち上がりそうだ。  和歌山3区の二階氏は、岸田文雄政権の発足とともに無役になった。 「二階氏は息子に譲りたいという気持ちを持っているようですが、今回、二階派が窮地に立たされたことで辞めるに辞められない状態です。自身の引退とともに、地盤が重なる参院幹事長の世耕弘成氏が衆院に鞍替えしてくる恐れもある。世耕氏は『世襲なら衆院選に出馬する』と揺さぶっているだけに、直前まで目が離せません」(角谷氏)  全国的な注目を集めるのが、広島3区。公職選挙法違反の罪で実刑判決を受けた河井克行被告の選挙区だ。  与党は公明の斉藤鉄夫副代表に候補を一本化。斉藤氏は岸田内閣で国土交通相に就任した。角谷氏はこう予測する。 「自民県連は支部を公明に取られてしまうことになるから、斉藤氏の名前を書けないでしょう。現職大臣が落選となれば大ごとですが、最終的には、ライアン真由美氏が勝つのではないかと思います」  当初から斉藤氏の苦戦が予想されたことから、「閣僚ポストを与えて下駄を履かせた」との見方も広がっている。また、公明では異例となる比例との重複立候補も検討されているというから、かなりの念の入れようだ。  一方、野上氏は「広島は岸田氏の地元であり、自民県連も公明=学会と話をまとめざるを得ません。自民末端まで公明候補で動くかは疑問ですが、斉藤氏の落選までは考えにくい」と見る。  地元政界関係者が語る。 「確かに、いまも自民県連の一部に反発はありますが、さすがに表立って反旗を翻すわけにはいかない。ただ、公明や学会とはあまりなじみがない土地柄です。いま、地元を走るJR芸備線が利用者減のため廃線も含めて検討されていますが、存続を求める声もある。7月に赤羽一嘉国交相(当時=公明)が大雨被害の視察に訪れた際、『安易に廃線なんてことはしないでくれ』とJR西日本にクギを刺したのですが、これは斉藤氏へのバックアップのためとも言われています」  山口3区は、前職の河村建夫氏と、参院から鞍替えする林芳正氏との激突が話題となっていた。  自民県連関係者が語る。 「総理の座を狙う林氏の圧勝と見られていましたが、河村氏も『打倒・林』でやる気満々でした」  だが、自民執行部は保守分裂選挙を回避するため、河村氏に立候補見送りを打診。秘書の長男を比例で処遇する案も伝えられた。 「河村氏は、実弟の田中文夫・萩市長らと親族会議を行って受け入れを決め、みんなで号泣したそうです」(県連関係者) (本誌・亀井洋志、秦正理、池田正史) ※獲得議席予測、各選挙区の当落予測については調査の結果ではありません。公示日前に識者2人が予想しました。※週刊朝日  2021年10月29日号より抜粋

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    22時間前

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    室井佑月「いじめを無くせ」

     作家・室井佑月氏は、学校や教育委員会が設置する調査委員会で、被害者側の意向が考慮されていない実態に憤る。 *  *  *  子供のいじめがなくならない。なにしろこの国の大人がいじめが好きだからな。例えば、低賃金労働者に生活保護者を叩(たた)かせたり。それを煽(あお)ってるいじめの主犯者がいるけれど、そっちは問題にされない。メディアを使った大掛かりないじめだ。  大津市で2011年、いじめを受けた中学2年の男子生徒が自殺してから10年がたった。  あの事件は悲惨だった。自殺に追い込まれた生徒は、蹴飛ばされたり殴られたりするのはしょっちゅうで、自慰行為を強要され、昆虫などを食べさせられ、金をゆすられ、自殺の予行までさせられていた。子供のいるあたしは恐怖を感じた。  いじめというより、犯罪だ。しかし、いじめた側は当時未成年の同級生で、遊びの延長でいじめ行為をしたらしい。なぜ、そこまで同級生を苦しめることができたのだ? しかもそれは彼らにとって楽しかったことなのか?  10月8日の毎日新聞に「遺族が委員推薦 4自治体都道府県・政令市いじめ自殺調査委」という記事が載っていた。 「いじめが原因と疑われる児童生徒の自殺などで全国の学校や教育委員会が設置する調査委員会の間で、被害者側の意向を考慮する仕組みが広がっていない。47都道府県と20政令指定都市のうち、被害者側が調査委の委員を推薦できる規定があるのは、わずか4自治体」だという。  少なすぎないか。毎日新聞がアンケートを実施して、都道府県・政令市教委、66自治体から回答を得た。被害者側がいじめの調査委委員を推薦できる規定があると回答したのは、たったの4自治体。 「大津市の生徒自殺を巡っては(中略)、市教委が事実を公表しなかったことが批判を浴びた。一連の問題をきっかけに『いじめ防止対策推進法』が13年に施行。自殺などが起きた場合の調査委設置などについて定めたが、委員の選定方法の規定はない。このため、調査内容や情報開示の在り方に不信を募らせ、遺族が推薦した弁護士などが調査に参加できる仕組みを求めるケースが相次ぐ」  どうして「いじめ防止対策推進法」ができたのか、それを考えたらいじめの調査に関して、これはおかしい。本当に教育に携わる人たちは、死ぬほど追い詰められた子供たちの側に立っているのか。というか、普段から子供たちの側に立っているのか。  なにか問題が起きた場合、責められぬよう、隠蔽(いんぺい)できるものなら隠蔽できるよう、その余地を残しておきたいみたいだ。できることなのに、しない。やらなきゃならないことなのに、やらない。それはもう命を絶った子供やその遺族に対するいじめだと思う。 室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中※週刊朝日  2021年10月29日号

    週刊朝日

    22時間前

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    城郭考古学者が選ぶ「絶対に攻めたくない山城」ベスト10! 1位は埼玉「杉山城」、2位は?

     一見、「天守や櫓がなく、土と山だけ」と思われがちな山城。しかし開発にさらされがちな平城等に比して保存状態が良く、ほぼ往時の姿をとどめている山城も多い。週刊朝日ムック『歴史道 Vol.17』では、「戦国の山城の歩き方」を特集。3人の専門家に「オススメの山城」を推薦してもらった。今回の推薦者は、城郭考古学者で山城ファンの千田嘉博さん。選定のテーマは「絶対に城攻めしたくない山城」だ。 *  *  * ――山城にもさまざまな楽しみ方があると思います。当時の武将の視点で、「絶対攻めたくない城」をご紹介ください。  城はとても美しく壮大で、鑑賞するのはとても楽しいです。しかしそもそも城は戦いのために構築されたもので、第一に求められる機能は防御・反撃力です。今回は、その点で極めて優れた山城をご紹介します。実際に足を運べば、おそらく「もう助からない」「絶対死ぬ」と感じますが、堅固な城を造って自分たちの村や所領を守ろうと努力した先人たちの思いを、ぜひ想像してみてください。  なお、山城の定義はあいまいですので、ここでご紹介する城には、一般的には平山城と言われているものも含んでいます。 ――よろしくお願いします。  まず、“戦国の土づくりの城の教科書”と呼ばれているのが、埼玉県の嵐山町にある杉山城です。それほど大きな城ではありませんが、本丸を頂点に各尾根に曲輪を階層的に設け、入口付近には必ず横矢をかけ、初期段階の馬出しも重ねています。おそらく攻めたとしても理路整然と効率的に弓矢や鉄砲の餌食になったでしょう。  福島県の会津美里町にある向羽黒山城も、ものすごい山城です。山の頂上の本丸から麓まで、まるで迷路のように横堀、竪堀を縦横無尽に巡らし、山の中段も曲輪と堀と土塁を複雑に配置している。城を守っている兵も道に迷うのではないかという複雑堅固な山城です。軍事要塞に必要な要素を全部詰め込んでいて、攻めても生きて帰れる気がしません。  見た目の凄さでいえば、群馬県東吾妻町にある岩櫃城です。太古の昔から信仰の対象となってきた巨大な岩山である岩櫃山に守られた、まさに鉄壁の城で、戦意喪失は間違いありません。 ――この険しい岩山は、とても攻められませんね。  しかし、実は城があるのはこの垂直岩盤の上ではなく横なんです。岩櫃山がある側から攻められる心配はないので、その方向は堀をあまり整備していません。しかし、その反対側を見ると、山頂の本丸の周囲には横堀をめぐらすなど、守りが重視されていますし、東側の山麓を流れる吾妻川は堀の役割を果たしています。この岩櫃城ほど、天然の地形を巧みに利用した山城は珍しいと思います。  愛知県新城市にある古宮城は、武田方の軍事拠点で、当時の技術の粋を凝らした城です。それほど高い山ではないのですが、完全に堀で囲み、山中にも縦横無尽に横堀をいれ、さらに山のほぼど真ん中に巨大な堀を設けて山を真っ二つにするという大土木工事がなされています。まさに武田流の理想の城を具現化した山城です。古宮城は、巨大勢力の境界域にあった「境目の城」でしたが、長篠合戦ののちは軍事的役割を終えて廃城となったので、武田氏当時の姿がよく保存されていて、「土の城でもこれだけスゴイことができるのか」と体感することができます。  新潟県上越市の春日山城は、全国の山城のなかでも、その巨大さ壮大さでは並ぶものがありません。行けども行けども曲輪が連なっていて、上杉謙信の毘沙門堂がある中心部まで、到底たどりつけません。山中に堀は少ないのですが、何しろ切岸の落差がものすごいので、とても攻める気にはなれません。 ――ほかに特徴的な山城で、「攻めたくない」城は?  日本列島にあった城の多様性を示す、北海道と沖縄の城も入れたいと思います。北海道上ノ国町の勝山館は蠣崎氏の拠点城郭で、和人の城としては最大級のものです。コシャマインとの戦いを経験した蠣崎氏は、防御を重視して夷王山の山上に城を移したと考えられています。山上からは中世の港だった大澗湾を見下ろす立地で、港を押さえる城でもあったことが分かります。尾根上にはいくつもの屋敷が立ち並ぶ、壮大な北の山城です。  沖縄県の今帰仁村にある今帰仁城は、沖縄を代表する山城の一つです。琉球王国成立前の三山時代に北山王が拠点とした城で、山上の断崖絶壁を利用した堅固な城です。曲線を描く城壁の石垣がひときわ美しいのですが、敵に対してあらゆる場所で横矢がきいていて、攻め手からすれば、まことに恐ろしい石垣です。 ■千田嘉博さん「城攻めしたくない山城」ベスト10 1位 杉山城土の城の芸術品ともいわれる緻密な縄張りで知られる山城。遺構の残存状態は良好で、堀や土塁、馬出しなどが一目でわかる。 2位 向羽黒山城東北地方随一の規模を誇る山城。技巧の限りを尽くした複雑な縄張りが特徴で、歴代城主の蘆名氏、蒲生氏、上杉氏の手が入っている。 3位 高崎山城別府湾を望む高崎山に築かれた城。豊後の守護大名大友氏の詰城と考えられている。山頂付近には土塁や主郭の跡が残っている。 4位 岩櫃城天険の要害である岩櫃山に築かれた山城。豪壮な岩山は見るものを圧倒する。主郭部分周辺の巨大な竪堀も見どころ。 5位 古宮城武田氏と徳川氏の勢力圏が接する境界域に築城された境目の城。白鳥神社の神域が含まれているため城跡の保存状態は良好。 6位 春日山城越後長尾(上杉)氏の居城。巨大な山城で、本丸下には無数の曲輪が段状に築かれていて、攻め落とすことは極めて難しい。 7位 今帰仁城沖縄の城(グスク)を代表する一つ。城壁に上ると、中国や西欧の城と同じく城壁で守る城であることがよくわかる。 8位 勝山館夷王山山麓の台地上に建つ山城。主郭内部には中央通路があり、その左右には掘っ立て柱建物が並んでいたことが発掘により判明した。 9位 岡豊城長宗我部氏の居城。畝状空堀群が特徴的。帯曲輪の城壁の外側は土で、内側に石垣を用いる特異な構造を見ることができる。 10位 信貴山城松永氏の居城で、織田信忠に攻め落とされたが、山頂から延びる複数の尾根に築かれた曲輪群は見事で、技術的には優れた山城である。 ◎千田嘉博(せんだ・よしひろ)/1963年生まれ。城郭考古学者。奈良大学教授。主に中近世の城郭の考古学的研究に取り組む。主な著書は『信長の城』(岩波新書)、『真田丸の謎』(NHK出版新書)、『城郭考古学の冒険』(幻冬舎新書)など。 (インタビュー構成/安田清人)

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    ミッツ・マングローブ「白鵬引退で見えた日本人の貧しい品格」

     ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「白鵬引退」で感じたこと。 *  *  *  テレビの大相撲中継を観なくなってどのくらい経つでしょうか。実家にいた頃は、場所中は常にNHKがついており、何気なく「結びの一番」まで観るのが習慣だったため、今場所は誰が好調で、番付はどのようになっているかぐらいはいつも把握できていました。先日、「横綱・白鵬が引退」というニュースに母親が大騒ぎをする横で、大相撲に対する熱量がだいぶ薄れてしまったことを実感した次第です。  白鵬が横綱になったのが2007年。私が実家を出たのも確か2007年。よって私の「大相撲の記憶」が、それ以前の朝青龍や魁皇や千代大海あたりで途切れているのも合点がいきます。あれから14年もの間、白鵬はずっと綱を張り続け、大相撲界を牽引してきたのかと思うと、遅ればせながら彼がどれほど強い力士だったのかが分かると同時に、歴史的にもとんでもない時代を見過ごしてきてしまったのだと後悔の気持ちでいっぱいになります。何でも数字でしか物事を評価できない日本人の気質はあまり好きではありませんが、それでも改めて白鵬が打ち立てた記録の数々を見るにつけ、「なんでこんなに凄いことが起こっていたのに、私は大相撲を観ずにいられたのか?」と不思議になるほど、彼の残した数字は突き抜けている。  もちろん彼が長らく横綱に在位し、歴代最多の優勝回数を重ねていたのは知っていました。と同時に、その相撲や言動が様々な物議を醸していることも目や耳に入ってはいました。実はここに、私の心が大相撲から離れていった要因があるのです。  かつて曙や朝青龍もそうでしたが、「外国人力士」と言われる人たちが角界を席巻するとともに、急に世間が「横綱の品格」なんて言葉を声高に叫び始めるあの感じが、どうにもこうにも気持ち悪かった。  日本の国技のひとつでもある相撲に、一定の保守的な価値観や規律を課すのは確かに大事です。しかし、朝青龍や白鵬に対する否定や批判は、ただの「やっかみ」にしか見えないものが多かったように思うのです。ひたすら強い外国人に対して「品格」などという荒唐無稽とも言える概念を振りかざすって、それこそ品位や民度に欠ける行為じゃないのか? ましてや勝負の世界なのに、です。  白鵬さんの気質を見聞きする限り、必ずしも万人が付き合いやすい人柄ではなかったようですが、そこを非難する人たちには「わがままと気まぐれはスターの必須要素」であるという根本的な現実を受け入れる度量が圧倒的に足りていない。天下人(スター)の魅力というのは「はみ出ている」ところにこそあるのに、どうしてそれを叩くことしか能がないのか。他人に謙虚さばかりを求めるのは、世の中が経済的にも精神的にも貧しい証拠です。それでいて「近頃は圧倒的スターがいなくてつまらない」などとわがままを抜かす。  どうせ何年かすれば、世間は「史上最強の横綱・白鵬」を手放しに讃え、下手すりゃ憐れむ風潮すら出てくるのでしょう。しかし「白鵬に対する仕打ち」は、日本をさらに「スターの生まれにくい国」にしてしまった気がします。これは取り返しのつかない損失です。 ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する※週刊朝日  2021年10月22日号

    週刊朝日

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    30歳でひきこもり脱却の男性の生きづらさ ドラッグストア品出し早朝バイトは「もっと早くやっておけば」

     中高年のひきこもりが社会問題となっている。長いひきこもり期間を経験しても、周りのサポートなどにより、再び外で働き始めることができるケースはある。就労は大きな一歩だが、それがゴールというわけではない。問題は、それを継続できるかどうか。社会生活に復帰して数カ月がたち、不安や悩みを抱えながら日々を送る吉野亮介さん(仮名、31歳)を取材した。 *  *  * 夜明け前、亮介さんは寝ている家族を起こさないようにそっと身支度をして、台所でバナナを一本食べて家を出た。外はまだ暗い。自転車にまたがると、ペダルを無心でこぐ。暑い日は汗が噴き出ることもあるが、人気のない道を走るのは快適だ。  亮介さんは朝3時に起き、4時には家を出るのが日課だ。アルバイト先のドラッグストアには自転車で片道約1時間。始発前だから仕方のない移動手段ともいえるが、電車に乗ることに不安がある亮介さんにとっては、自転車通勤も苦にならない。仕事は、朝5時すぎから10時までの「品出し」。働き始めてもうすぐ4カ月になる。これまで、遅刻や欠勤は一日もないという。早朝の通勤も含めて楽ではない仕事だ。 「たいしたことじゃないですよ。これくらいのことだったら、もっと早くやっておけばよかった。逆に後悔の気持ちが止まらなくて、キツイときもあります」  亮介さんは、「ひきこもり経験者」だ。  ◆ 30歳を機に「いよいよ何とかしなくては」  亮介さんは、小さいときからおとなしく、「暗い」「何を考えているかわからない」と言われる子だった。ときどき、人の話を理解できないことがあり、自分の気持ちを話すのも苦手。何か少しでも「失敗した」と思うと、頭が真っ白になってしまう。唯一、緊張せず話せる相手は母親だけで、「大丈夫、亮介は普通だよ」という言葉が心の支えだったという。  高校1年のときから不登校ぎみになり、家にひきこもることが多くなった。その後専門学校に入学したが、やはり途中で通えなくなった。だんだんと友人に会うこともなくなり、外に出かけることも少なくなった。何度かアルバイトをしたこともあるが、突然パニックになったり、言われたことがうまくできなかったりして、どれも続かなかったという。  30歳になるのを機に、「いよいよ何とかしなくては」と焦るようになった。ネットで、就労の困難な若者を支援している団体を探し、勇気を出して自ら連絡をした。  亮介さんが頼ったのは、「一般社団法人福岡わかもの就労支援プロジェクト」だ。「コーチ」と呼ばれる支援者との面談や、就労訓練を経て、2か月半後に就職活動を開始。面接では今までひきこもっていたことも正直に話し、「とにかく仕事がしたい」と伝えた。ほどなく、今の職場にアルバイトとして採用になった。  亮介さんが担当する品出しは、基本的に開店前の仕事なので、接客をすることはほとんどない。コミュニケーションをとるのは職場の人たちだけだ。人との会話に自信のない亮介さんだが、幸い、理解のある優しい上司や同僚に恵まれて、今のところはなんとかやれているという。 「職場は60代くらいの人が多いので、安心感があります。自分から話しかけることはできないけれど、ときどき、『言い方がキツイ人もいるけど、気にしないで』『早く就職が決まるといいね』などと話しかけてくれるのがうれしいです」(亮介さん)  初めて給料をもらった日は、家族にプレゼントを買って帰った。父親には茶わん、母親には箸、姉には本の栞を。ふだんは寡黙な父親が、「もったいなくて使えないね」と言って微笑んでくれた。 ◆「今も、生きているのはつらいです」  端からみると順調に社会復帰を果たしているように見える亮介さんだが、本人は決してそうは思っていない。  失敗をして怒られたり、うまく会話ができなかったりと、自分のふがいなさに落ち込むこともしばしばだ。体力には自信があったのに、帰宅後はぐったりして何もできなくなることもある。 「毎日、自分のやるべきことをこなすだけで精いっぱい。周りから『次は正社員』といわれても、自信はないし、新しいことに挑戦したり、やりたいことを考える余裕は全くないです」(亮介さん)  亮介さんが自信を持てない大きな理由のひとつは、「強迫行為」と思われる自身の行動に若いときから悩まされてきたことも大きい。強迫行為とは、無意味で不合理であると自覚しながらも、意志に反して、一定の行為を繰り返してしまうことをいう。亮介さんの場合は、スマホのスクロールなどを延々と続けてしまうことがよくある。ひたすら歩くことがやめられなくなったり、電車で降りる駅に着いてもまた引き返してしまい、乗り続けてしまったりすることもあるという。  もうひとつの悩みは、子どものころから、授業の内容が頭に入らなかったり、人から何か言われても「流れてしまって」理解できなかったりすることだ。テレビを観ていても、言葉が頭に入らないので楽しめない。  お店で品出ししているときにも、たまに客から突然話しかけられると焦ってしまう。「こういう商品が欲しい」と言われても、あまり内容を理解できないので、すぐに担当者を呼びに走る。  友達はいない。子どものころ仲良くしていた友達にも、「こんな自分と話しても楽しくないだろうと思って」連絡できずにいる。  思い切って心療内科を受診してみたこともある。医師に、「一度ちゃんと検査をしてみては」と勧められたが断った。もし「発達障害」などが検査によって明らかになれば、障害者枠での就職の可能性や公的な支援があることもわかっているが、自分がその事実と向き合うことができるのか、よくわからない。 「今も、生きているのはつらいです」と亮介さんは言う。  実は、社会生活へ踏み出すことができても、亮介さんのように「生きづらさ」を抱えるひきこもり経験者は実は少なくない。  たとえば、今年6月に刊行された「ひきこもり白書2021」(一般社団法人ひきこもりUX会議)で紹介されている調査結果。2019年秋に実施した調査で、6歳~85歳、北海道から沖縄まで全都道府県から1,686名ものひきこもりや生きづらさを抱える人々が回答している。「あなたは生きづらさを感じたことがありますか」という設問に対して、「過去にひきこもりだったことがあり、現在はひきこもりではない人」のうち、「現在生きづらさを感じる」と答えている人は80.7%にのぼっている。 ◆ 人が、居場所になる  社会生活を送るうえで、不安や悩みは相変わらずある。けれど、亮介さんは少しずつ確実に前進しているようだ。取材でも、回を重ねるごとに表情が豊かになり、会話がスムーズになってきたのを感じた。  何よりも、亮介さんにはいくつもの「居場所」がある。  亮介さんのたったひとつの趣味は、18歳のときに始めたボクシングだ。週1回汗を流すのは気分転換になるという。途中休んだ時期もあったが、同じジムに通い続けて10年以上。今でもジムのスタッフや生徒たちの会話には入っていけないし、話しかけられてもうまく返すことができない。だから、あいさつ以外に言葉を交わすことはほとんどない。しかし、たとえ会話がなくても、ボクシングジムに行けば一緒に汗を流せる仲間がいることは大きい。  何よりいつも穏やかに見守ってくれる家族がいる。毎日仕事が終わるころには、母から「おつかれさま」のLINEスタンプが届く。家に帰ると、食卓にはおにぎりが置いてある。シャワーを浴びてからおにぎりを食べるのは、ホッとするひとときだ。  最近飼い始めた猫も、心を癒してくれる存在だ。あるとき道路の真ん中に倒れているのを、父が見つけて病院に連れていったのがきっかけだ。猫は毎朝3時ちょうどに部屋にやってきて、亮介さんを起こしてくれるのだという。  職場の人たちも、毎朝亮介さんを待っている。「一般社団法人福岡わかもの就労支援プロジェクト」での定期的な面談は終了したけれど、「困ったことがあったら、いつでも来なさい」と言ってくれるコーチとはラインでつながっている。  私も亮介さんの居場所のひとつになりたくて、ライン友達になってもらった。亮介さんから初めての返信には、こんな言葉があった。 「朝の自転車通勤中に見上げる夜空の星は、いつもきれいです」 (取材・文/臼井美伸) 臼井美伸(うすい・みのぶ)/1965年長崎県佐世保市出身、鳥栖市在住。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。ペンギン企画室代表。http://40s-style-magazine.com『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)https://www.amazon.co.jp/dp/4594085687/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_fJ-iFbNRFF3CW

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    19時間前

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    「適応障害になりやすい人」に共通する たった一つのマズい習慣

     これほど心を軽くしてくれる処方箋が、いまだかつてあったでしょうか。精神科医のバク先生が上梓した『生きづらいがラクになる ゆるメンタル練習帳』には、生きづらさを解消してくれるヒントが詰め込まれています。自身も発達障害やうつなどに苦しんできたというバク先生は、世の中に溶け込み擬態する方法を学べば、悩みの多くは「悩まなくてよかった」と思えるようになると語ります。今回は本書の発売を記念し、適応障害になりやすい人、ストレスで心が折れてしまいやすい人に共通する特徴と、その対処法について聞いてみました。(取材・構成/川代紗生、イラスト/ナカニシヒカル、撮影/石郷友仁) ストレス原因に過剰反応してしまう「適応障害」とは ──最近ではコロナ禍の影響もあってか、ストレスが溜まって調子を崩してしまう、という人も増えてきました。「適応障害」で仕事に行けなくなった、という話もよく耳にします。「適応障害」とはそもそも、どんな病気なのでしょうか。 バク先生(以下、バク):いろいろな要素があるのですが、いちばん特徴的なのは「ストレスの原因がはっきりしている」ことですね。たとえばブラック企業で激務が続いている、上司から暴言を吐かれる、学校でいじめられている……。そのせいで日常生活に支障が出るほど落ち込んでいる、というのが適応障害です。ストレス原因がはじまってから3ヵ月以内にメンタルや行動がおかしくなれば、適応障害と診断される可能性が高いですね。 ──仕事で嫌なことがあって落ち込む……というのは誰でも経験することなのかなと思うのですが、そういった日常的なメンタルの低下とは何が違うのでしょうか? バク:「ストレスの原因に対して、反応が大きすぎる」ことも適応障害の定義のひとつです。誰だってストレスがあればお腹が痛くなったり、嫌いな上司に怒られたら「はあ、怒られた、嫌な気分だなあ」と落ち込んだりしますよね。  でも、たとえばちょっとした注意をされた瞬間に大号泣してしまって、涙がずっと止まらないとか、過剰な反応をしている場合は、適応障害の可能性が高いです。  なかには、タンスの角に小指をぶつけたことがきっかけで適応障害に気付く人もいますよ。 ──えっ!? 角に小指をぶつけただけで!? どういうことですか? バク:要するに、本人が気がついていないうちにストレスが限界まで溜まっていたんですよね。心の中にストレスが溜まるコップみたいなものがあるとしたら、表面張力でギリギリ保っているような、もういつ溢れるかわからない状態が続いていた。それが、小指をぶつけて痛みを感じたというストレスによって「痛っ! こんなにがんばってるのに、なんで小指ぶつけなきゃいけないの……」「何やってももうダメだ……」みたいに一気に溢れてしまい、発症した。こういうこと、実はよくあるんですよ。 ──なるほど。では、ふだんは平気そうに見える人、メンタルが強そうに見える人でも、突然発症する可能性もあるんですね。 バク:全然ありますよ。誰でもなる可能性がある病気です。「あの人は何をやっても強いよね」と言われるような人でも、やっぱり折れるときは折れます。 「精神疾患は心の風邪」とよく言われますが、私はむしろ「心の骨折」という表現のほうが近いな、と思っていて。事故にあって骨折してしまう日って、予測できないじゃないですか。それと同じで、心が折れる日は突然来るんです。そして一度折れてしまったら、元気なときと同じ状態にはなかなか戻りません。病院に行き、しっかりと時間をとってリハビリする必要があります。  よく「〇〇さんは同じ目にあっていたのに大丈夫だったよ」と根性論でなんとかしようとする人がいますが、人それぞれ置かれた環境が違うので、全く同じ出来事に遭遇しても、みんなに同じ症状が現れるとは限らないんですよ。  同じ事故にあったとしても、みんながみんな骨折するとは限らないのと同じです。当たり所しだいで、軽症で済む人もいれば、重症になってしまう人もいる。他人が我慢しているからといって、自分も我慢しないといけないというのは間違いです。  他人と比較して落ち込んだり、自分と同じ環境ではない他人と自分を同じ目線で見たりするのは止めましょう。しんどいことから逃げることは、立派な防衛手段の一つなんです。 メンタルを強くしたければ、心にガンジーを宿らせろ ──適応障害になりやすい人や、ストレス耐性が弱い人の特徴はありますか? バク:真面目な人ですね。もっと言うと、「真に受けすぎてしまう人」。たとえば、「うっせー、ブス!」と悪口を言われたときに、「やっぱり私はブスなんだ……。ブスじゃなくなるにはどうしたらいいんだろう……」と信じて、それを改善しようとしてしまう人です。 ──なるほど。 バク:冷静に考えると、他人にそんなひどい言葉をかけてくる人の話なんて、本気で聞く必要はまったくないんですよ。たとえば、私もTwitterで自分にとっては文句なのかな? と思うようなリプやコメント、引用リツイートをもらうことがあるのですが、まったく気にしていません。 「ああ、この人は辛いんやな、私に文句言ってスッキリしたか、よかったな。明日も晴れるとええな」とか「ああ、きっとこうすることでしかこの世に立っていられないくらい、大変なんだろうなあ。この人が生きることに私は役立てているんだな」と思うようにしているんです。 ──気持ちを切り替えられるのはすごいですね。私もそういうメンタルの強さを手に入れたいな……と思うのですが、訓練で鍛えられるものでしょうか?「意識しないようにしたいのに、どうしても気になっちゃう……」という人も多いような気がしますが、バク先生ははじめからそのような心構えをお持ちでしたか? バク:鍛えられますよ。私も生きづらさを抱えていましたが、工夫をして少しずつ成功体験を重ねることで、イライラすることもずいぶん減りました。  おすすめなのは、本にも書いた方法ですが「〇〇用の自分」という「着せ替えの仮面」を用意すること。子どものころ、「ごっこ遊び」ってやったでしょう? あんな感じで、無理なくかぶれそうな仮面を用意しておくんです。  ちなみに私は、「Twitter用の自分」として、マザーテレサやガンジーの仮面を持っています。 ──ガンジーの仮面をかぶるんですか! バク:はい。あ、この人にはガンジーかぶろうかな、みたいな。何を言われても「ああ、あなたの苦しみが、私に文句を言うことで少しでも晴れるといいなと思っていますよ……」と心の中で言い続けるんです。それを続けていたら、マジでガンジーは心に宿るんですよ。 ──(笑)。 バク:だから、合言葉は「いつも心にガンジーを」。ガンジーじゃなくとも、マザーテレサとかプリキュアとかマツコ・デラックスとか松岡修造とか、自分が「この人の仮面をかぶりたいな」という人でいいです。  私は、とある友達とLINEで「お嬢様ごっこ」をする遊びを続けているのですが、それも楽しいですよ。 「あらあら、それははしたなくてよ」「私ったらこんなことで動揺していたらダメね」「上流階級の私が下々の者たちに余裕のない姿は見せられませんわ」  と、お嬢様の仮面をかぶっていたら、たいがい何も気にしなくなりますね。  そういうごっこ遊びを続けていると仮面をかぶるスピードもめちゃくちゃ早くなるので、騙されたと思ってやってみてください。 勝手に生み出した「他人の価値」に振り回されるな ──いやー、面白い。1ヵ月とか続けるだけでも、かなり変わりそうですね! バク:変わりますよ。他人に対しての関わり方も変わります。私、職場でやたらきついこと言ってくる人は、だいたいチワワかスピッツみたいな小型犬だと思ってますからね。「あー、この人はチワワなんやな」「自分に余裕がないからキャンキャン吠えてくるんやな」と。これも一つの防衛手段ですよね。  要するに、同じ土俵にあがっちゃダメなんですよ。同じ土俵で戦う価値がない生き物が吠えてるだけなのに、それにいちいち構う必要ないんですよ。  だから、職場でひどいことを言われてすぐに真に受けてしまうとか、ストレスを感じてしまうという人は「部長ちゃんは今イライラしてるんでちゅかね~?」くらいに思っておけばいいと思います。 ──そうか、いちいち「ああ、私のせいだ、直さなきゃ」と思わなくていいんですね。 バク:真に受ける必要ないですよ。直す必要もないです。どうせ、ひどいことを言ってくる人の意見ですから(笑)。  生きづらさを抱えている人は、みんな自分の根本的な性格や考え方をがんばって変えようとして、結果、疲れ果ててしまうんですよね。でも、人間の本性はそんなに簡単には変わりませんし、変える必要もないんです。  重要なのは、「周囲に溶け込む擬態」の工夫をすること。「自分らしさ」を貫く必要はなく、表面上「私はこの社会でうまくやっています!」と見えるように擬態して、世の中に適応すればそれでいいんですよ。勝手に生み出した「他人の価値」を相手に独り相撲をして、感情に波風立てるなんて馬鹿みたいじゃないですか。  今回の本を読んで、ひとりでも多くの人が自分のために生きられるようになったらいいなあと、心からそう思います。

    ダイヤモンド・オンライン

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    自民64議席減の予測 石原伸晃 下村博文、萩生田光一も当落線上か

     天下分け目の衆院選が近づきつつある。新総裁のもとでイメージを一新した自民党に、野党は今回もしてやられるのか……いや、そうとも限らない。過去のデータを分析すると、野党共闘の成立次第で勝敗はガラッと変わることがわかってきた。 *  *  *  コロナ禍の拡大で国民から総スカンを食らった菅義偉政権。衆院議員の任期満了が10月21日に迫るなか、自民党は近年では最大の危機を迎えていた。ジャーナリストの二木啓孝氏は言う。 「8月ごろに自民が実施した衆院選の情勢調査は『60議席±10減』という衝撃的な結果だった。二階俊博幹事長が8月末にその資料を持って菅義偉首相と官邸で面会。この数字が退陣の決定打になったと言われています」  次期衆院選の定数は465。過半数確保には233議席が必要だ。自民の現有議席は275で、43議席減らすと自民単独過半数割れ。また、公明党の現有議席は29。自公両党で合計72議席減ると与党過半数割れとなる。自民にとって“政権からの転落”が現実味を帯びていたのだ。  進退窮まった菅首相は9月3日に総裁選不出馬を正式表明。11月までに実施される衆院選は新しい首相・総裁のもとで実施されることとなった。その後は連日、メディアをジャックした「総裁選ショー」で菅政権の失政は“リセット”され、またも与党は安泰……という結果になるのだろうか。  だが、次の衆院選は前回と決定的に違う点がある。前出の二木氏は言う。 「2017年の衆院選で与党が圧勝したのは、選挙直前に民進党(当時)が希望の党と立憲民主党に分裂し、混乱の中で共産党との選挙協力も進まず、野党候補者が乱立したから。今回は前回ほど野党候補者の分裂選挙にはならない。自民は決して安泰ではなく、『どれだけ負けを減らせるか』の戦いになるでしょう」  そこで本誌は、17年衆院選で仮に野党候補者の一本化ができていた場合、選挙結果がどうなっていたかをシミュレーションした。なお、国会で与党寄りのスタンスをとり、立憲らと明確に距離を置く維新の会は、野党候補の票に合算していない。  その結果は衝撃的なものだった。野党の合算票が、勝利した与党候補者の票を上回った小選挙区は64。なかには、石原伸晃元幹事長(東京8区)、下村博文政調会長(東京11区)萩生田光一文部科学相(東京24区)、上川陽子法相(静岡1区)など、現職大臣や要職経験者といった“大物議員”も複数含まれていた。  さらに、17年衆院選と19年参院選で与野党が拮抗した選挙区や、保守分裂選挙になりそうな選挙区など13選挙区を抽出した。この合計77選挙区が、与党の「“落選危機”リスト」だ。仮にこれらの選挙区をすべて落とせば、「自公で過半数割れ」もあり得る。  個別の選挙区事情を見ても、与党が安泰でないことがわかる。永田町関係者は言う。 「香川1区の平井卓也デジタル担当相は、立憲の小川淳也衆院議員と拮抗している。小川氏を主人公にしたドキュメンタリー映画がヒットしたことで、メディアへの露出も増えた。与野党逆転があるかもしれない」  東京9区は菅原一秀前経産相が違法な寄付で略式起訴され自民を離党。自民は候補者を立てられず不戦敗の公算大だ。  石原伸晃氏だけではなく、弟の宏高衆院議員(東京3区)もリスト入りしている。 「東京3区は立憲の松原仁衆院議員が保守層にも浸透している。野党一本化が実現すれば、伸晃氏と一緒に兄弟で危ない」(自民党関係者)  広島3区からも目が離せない。二木氏は言う。 「河井克行元法相の選挙買収事件を受け、公明の斉藤鉄夫副代表が候補者になりましたが、選挙戦で手足になる主だった自民系地方議員のほとんどは河井氏から現金をもらっていて活動ができない。4月の参院広島選挙区の再選挙も野党候補が勝利している。斉藤氏はかなり厳しい」  野党が決して非力でないことは、次のデータからも読み取れる。  17年衆院選で全国の比例得票数は、自公が計約2553万票なのに対し、立憲・希望・社民・共産は計約2611万票で野党が上回っていた。  19年参院選の結果を見ても、リストにある宮城、秋田、長野、静岡、愛知、滋賀、京都、大分は野党の合算票のほうが多い。東京は与党が上回ったが、得票率の差はわずか1.8ポイント。同じく与党合算票が上回った千葉と神奈川も、その差は5ポイント未満だ。北海道では、知名度の高い高橋はるみ前北海道知事が自民から出馬した影響で選挙区票は与党が上回ったが、比例票は野党のほうが多かった。  もちろん、野党がその“潜在能力”を発揮するには、まだまだ突破しなければならない壁がある。  一つは自民党新総裁が誕生した際の「ご祝儀相場」だ。昨年、菅首相が誕生したときも内閣支持率は一気に6割以上まで回復した。政治アナリストの大濱崎卓真氏は言う。 「メディアでは総裁選ばかり取り上げられ、野党の存在感は埋没している。しかし、総裁選後は臨時国会が開かれ、代表質問も実施される可能性が高い。野党は総選挙に向け、早めに争点を設定しておく必要があります」  最大の問題は、野党が候補者を一本化できるかだ。現在、次期衆院選の289選挙区のうち、立憲の候補が共産、社民、れいわと競合する選挙区が70以上残っている。前出の大濱崎氏は言う。 「菅首相の不出馬表明で与党有利な状況になり、共産や国民も比例票狙いで候補者を多く立てたいという考えが強くなっている。あと1カ月程度でどの程度まとまるかです」  野党候補の一本化を目指すため、立憲の平野博文選対委員長は9月24日、同党の小沢一郎衆院議員に共産党との交渉役を依頼した。過去の失敗から学習し、力を結集できるのか。それ次第で、11月以降の政治風景は激変する。(本誌・西岡千史、池田正史) ※週刊朝日  2021年10月8日号

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    眞子さまの結婚どう思う? 瀬戸内寂聴が27歳スタッフに質問した結果

     半世紀ほど前に出会った99歳と85歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。*  *  *■横尾忠則「スジ金入りの肉体的朦朧体、大観より本格派です」 セトウチさん 耳が聴こえなくなったと言うと、「きっと作品が変るわよ」と、ベートーベンじゃあるまいし、変なことおっしゃると、その時はそう思いましたが、本当に変ったんです。その変り方が理に適(かな)っているといえば適っている。つまり聴こえないことは、音の輪郭が失くなることです。そうなると音が朦朧(もうろう)となって、横山大観の朦朧体の絵のように音がボケて聴こえるんです。耳がボケると、日常生活もボケて、曖昧模糊(あいまいもこ)となって、したことと、してないことの区別もわからなくなるんです。つまり虚実の区別ができなくなって、夢で見た仕事の依頼を、本当に依頼されたと思って、やっちゃったりするんです。ボケの症状に似てるけれど、ボケ老人になったんではなく耳のせいだと理解しているので、そこはまだ理性がコントロールしています。 ハイ、絵の話だったです。大観は思想で朦朧体を描きましたが、僕はスジ金入りの肉体的朦朧体なので、思想のようなチョロコイ考えではなく、肉体的ハンデキャップによる堂々たる自然体派です。大観よりこっちの方が本格派です。そんなわけでセトウチさんの大予言は的中しました。 先っきも言いましたが境界線が失くなるということは自由のキャパシティも拡張したことになります。近代人は何でもかんでも境界線を引いて、全てを分業化します。縄文時代はひとりの人間が、多面的に物事をこなしていました。狩猟(しゅりょう)も農業も、漁業も工芸も、子育ても、教育もひとりでするという、境界線をはずした労働生活です。現代のような役割分担などしません。正に多義的です。越境した狩猟社会です。 難聴が与えてくれた神の恩寵です。だから病気の高徳です。僕が度重なる病気によって救われてきたということはこういうことです。神は人間に色々な苦難を与えますが、病気は罪ほろぼしでもカルマ落としでもなんでもないのです。人間の進化向上のためのカリキュラムだと思えばどうでしょう。難聴のほかに、腱鞘炎(けんしょうえん)にもなりました。もう、セトウチさんの「幻花」のような繊細(せんさい)な描写の絵など描けません。今は太い筆やハケを握りしめて、キャンバスにバンバン叩きつけるように描いています。それも痛いので、左手で描きます。左手は思うような形が取れません。幼児の絵より下手くそになります。でも、デュビュッフェは幼児の絵のマネをして、幼児風に描きますが、そんな意図的なことをしなくても、僕の左手はそのまま幼児以上に下手に描けます。これもハンデキャップから来た自然体です。 今書いている手紙では、前にも同じことを書きましたかね。境界を越えると時間差もなくなって、やったことと、やらないことの区別がわからなくなるのです。いよいよ本格派老人です。100歳老人のセトウチさんにも負けていません。ただ僕はセトウチさんのように年齢には拘っていません。拘っているのは他人の方で、今行っている展覧会では「85歳、85歳」と年齢を売り物にされています。歳のことは言うな! アーティストには年齢はないのです。昨日の続きが今日、今日の続きが明日です。原始社会では年齢など無関係です。アーティストは原始人です。■瀬戸内寂聴「私もヨコオさんに負けないように!」 ヨコオさん 何だか、ずいぶん久しぶりにこの往復手紙を書いているような気がします。 それにしても相変わらずコロナは豪勢を極め日本はおろか、世界的にその力を奮っています。 コロナのせいで、人に会えず、寂庵はずっと門を閉めっぱなしです。コロナになる前はもちろん、一も二もなく門内に入ってもらっていました。 大抵遠く九州や東北から来られた人で、まだ生きている私に逢えたと言って、抱きついて泣き出します。もちろん、私は丁寧にお迎えして、写経などしてもらい、お茶菓子を一緒に食べて、しばらくその人のお話を聞きます。つきあいの人もあれば、寂庵の信者を自称する人もあり、初めて門内に入ったという人もいます。「まさか、門内に入れてもらえると思わなかった」と泣き出す人もあれば、「生きている寂聴さんに逢えた!」と、子供のように足を踏み鳴らす人もいる。「とても百歳には見えない!」と誰もが感嘆してくれるが、終日ベッドに横になり、本ばかり読んで、一日を過ごしている私の毎日の状態など話せない。私は、人に逢っている間だけは、必死になって元気らしさを演じ、声を張り上げる。客の帰る時は、長い廊下の途中で、へばってしまい、さっさと歩く客の跡がおえない。 ──だって百だもの……──と、私は廊下の途中で、ペシャンコに座り込み、つくづく、自分に向かって言う。 食事だけは時間が来ると、しゃきっと体がのび、食卓の自分の位置に早々と座り込んでいる。「あら、お昼はもう召し上がりましたよ!」 スタッフの一人が、わざと大きな声を張り上げる。「私のスパゲティは、どうしてこんなに美味しいのだろうなんて、お世辞までいただいて」「そうよ、ほんとに! でも今ここに座ったのは、食べるためでなくて、眞子さんの結婚をどう思うかって、寂庵で一番若い二十七歳のP子の意見を聞きたいのよ」「ああ、眞子さん、ほんとに、よかったですね。大体、みんなあんまりこの結婚に意地悪すぎましたよ。でも、どうして一時金を眞子さんは辞退なさるのかしら? 貰う権利のあるお金でしょう? あんまり弱気にならない方がいいと思うけど……」 ヨコオさん、今、寂庵の中は、こんなにのんびりしています。耳が聞こえないのは、私も同然です。テレビの時なんか、びっくりするほど大きな声にしてくれるので、何とか会話が出来ています。鶯も、秋の夜の虫の音も、私の耳にはさっぱり聞こえません。ヨコオさんとTELしてるのを横で聞いてる人があれば、どんなにおかしいでしょうね。耳だけでなく体のあちこちがどしどし衰えてきます。 そのうち、きっと、自分の死んだこともわからなくなって、──ヨコオさんにTELして!──など叫んでる日が来るのでしょうね。でも目がよく見えているので、一日に二冊は厚い本を読み切っています。ヨコオさんの展覧会、ますます人気上昇でおめでとうございます。私もヨコオさんに負けないよう、あっとこれまでと変わった小説を二つくらい書き残して死にたいものですね。 では、また。※週刊朝日  2021年9月17日号

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    「まさかの落選危機も…」官邸と与党が心配する岸田内閣の現職3閣僚

     自民党は衆院選に向けて、第2次公認を発表した。二階派と清和政策研究会(細田派)、麻生派などで保守分裂か、と注目されていた群馬1区や福岡5区などの小選挙区の候補者が決定している。  党内で公認争いが激化していた小選挙区の調整は、甘利明幹事長と遠藤利明選対本部長が中心になっていた。だが、公認直前には麻生太郎副総裁も加わった。 「15日に官邸で麻生氏、甘利氏、遠藤氏が岸田首相と断続的に会談して、候補者を調整していました。岸田首相はずっと険しい表情でしたね」(自民党幹部)  岸田内閣が発足し、わずか10日で解散となり、選挙に突入するという異例の短期決戦。組閣から間がないので、現職閣僚が苦戦している小選挙区がいくつもある。  特に自民党、官邸が「負けたら大変なことになる」と力を入れるのが、初入閣した大臣たちの選挙区だ。  西銘恒三郎・復興相(竹下派)の沖縄4区、山際大志郎・経済再生担当相(麻生派)の神奈川18区だという。  西銘氏は当選5回で父親の順治氏は沖縄県知事、衆院議員を務めた政治一家だ。しかし、地元の自民党県議は険しい表情だ。 「西銘氏が復興相になったのは追い風だ。これで挽回したい」    自民党が10月に実施した世論調査では西銘氏と立憲民主党の新人、金城徹氏は差がわずかで、大接戦となっている。立憲の世論調査の数字では、金城氏が西銘氏に対し、わずかに優勢という数字だった。西銘氏は過去5回の当選の中で、4回は小選挙区で当選、1回は比例復活している。 ◆西銘復興相と「オ-ル沖縄」立憲新人が接戦の沖縄4区  2009年に旧民主党政権が誕生した選挙では、比例復活もできなかった。相手の金城氏は元那覇市議で議長も務めた。元沖縄県知事の翁長雄志氏(故人)と近く、市議時代は自民党から出馬したこともあった。保守と革新が呉越同舟の「オール沖縄」からの支援も受けている。 「もともとは西銘氏の強固な地盤でしたが、沖縄で強い革新票は確実に金城氏がとるでしょう。金城氏は自民党にいたこともあり、西銘氏支援の保守層にも食い込んでいる。それが接戦になっている要因の一つです」(立憲幹部)  17年の衆院選で自公政権が圧勝した中でも、沖縄は小選挙区4つのうち1つしかとれなかった。それを死守したのが、西銘氏だった。今回もデッドヒートを勝ち抜くことができるのか?  一方、経済再生担当相の山際氏の地盤、神奈川18区は、立憲元職の三村和也氏と日本維新の会の新人、横田光弘氏の3人が争う構図だ。 ◆山際経済再生担当相と立憲元職が激戦  山際氏は当選5回。自民党の世論調査では山際氏が立憲の三村氏や維新の横田氏より優勢となっている。しかし、山際氏と三村氏には、わずかな差しかないという。また立憲の世論調査では、山際氏と三村氏は接戦となっている。17年の衆院選では、山際氏が希望の党から出馬した三村氏に5万票ほどの差をつけて圧勝した。 「前回のように、圧勝してほしいですが、現状では1票差でもいいので小選挙区当選が目標です」(山際陣営の地方議員)  立憲の三村氏はかつて菅義偉前首相の神奈川2区が地盤だった。09年に民主党と政権交代を果たした選挙では、菅氏を約500票差まで追い込み、比例復活当選を果たし、バッジをつけた。  その後、選挙区を何度か変更し、今回は前回(希望の党)と同じ神奈川18区から出馬となった。 「これまで選挙区が定まらなかったが、神奈川18区で連続しての出馬となり、三村氏の名前が浸透してきた。また野党共闘で共産党候補がいない。世論調査でも立憲や共産党の支持者から確実に数字がとれている。神奈川18区の政党支持率も自民と立憲の差はわずかで、いい勝負をしている。山際氏という現職閣僚に勝てる小選挙区として重点を置いている」(立憲の幹部)  神奈川18区は川崎市高津区など北部に位置するが、8月の横浜市長選が微妙に影響している。菅氏が必勝を期して送り込んだ、小此木八郎氏が落選し、立憲が推した山中竹春氏が勝利した。 「川崎市は横浜市に隣接する都市部。まだ8月の横浜ショックが尾を引いて自民党と訴えても反応が鈍い。山際氏は経済再生担当相とコロナも担当する。多忙でしょうが、頻繁に地元に帰ってもらわないと厳しい」(山際陣営の地方議員)  そして現職閣僚でもう一人、苦しい選挙戦となっているのが、連立与党・公明党の斉藤鉄夫国交相だ。これまで斉藤氏は比例中国ブロック選出だった。  だが、19年の参院選で自民党の河井克行、案里夫妻が広島県選挙区の地方議員や有権者に計2900万円をばらまいた公職選挙法違反事件が起こった。法相まで務めた克行被告は、1審の有罪判決で議員辞職。そこに名乗りを上げたのが斉藤氏だった。広島3区で当選してきた克行被告は、約8万5千票を獲得していた。 ◆議員辞職した河井元法相の広島3区 自民動かず、焦る公明  17年の衆院選で公明党が広島3区の比例代表でとったのは、約2万5500票。広島市議選などの結果からも公明党の基礎票は2万5千票とみられる。そこに6万票の上積みが必要で自民党の協力なくして、当選はない。  また、公明党の小選挙区立候補は原則、比例代表との重複立候補はしないので、斉藤氏は勝ち抜くしかないのだ。  最新の自民党の世論調査を見ると、斉藤氏が立憲の新人、ライアン真由美氏に大きな差をつけている。だが、今夏の世論調査ではライアン氏が僅差だが斉藤氏を上回っていた。  立憲の世論調査では、斉藤氏とライアン氏はまったくの横並びだった。公明党幹部は浮かない顔でこう話す。 「斉藤氏が勝つには自民党さんに頑張ってもらうしかない。だが、河井夫妻の事件があって正直、動きは鈍い」  自民党広島県連から河井夫妻の事件に関与した県議や市議らに対し、「一切、衆院選には関わるな」とお達しが出ているという。 「岸田首相も以前、河井夫妻の事件に関係した地方議員は処分という趣旨の話をしている。公明党が何を言っても動きようがありません。岸田首相が手のひら返しで斉藤氏を応援しろと言っても、やる気はしませんね。有権者の目線も冷たいです」(自民党の広島県議)  だが、斉藤氏も黙っていることもできず、河井夫妻の事件に関与した地方議員にも声をかけて応援を要請するという歪な展開になっている。  立憲幹部は自信ありげに言う。 「自民党は動いていない。それで公明党は必死になっており、政権与党の足並みが乱れている。ライアン氏は広島3区で長く活動しており、国交相を新人が破るという大番狂わせも十分、可能性がある」  広島3区からは他にも日本維新の会が新人の瀬木寛親氏、「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」の矢島秀平氏、無所属の大山宏氏と玉田憲勲氏も立候補を表明している。広島3区は中選挙区時代、岸田首相の地元でもあった。  そこで指導力を発揮できなければ、「自公政権に亀裂が入りかねない」(自民党幹部)という声もでている。 (AERAdot.編集部 今西憲之)

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

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    小泉進次郎氏は「ぬるま湯」、山本太郎氏は苦戦? 関東の選挙区の行方は

     解散から投開票まで17日という戦後最短の短期決戦となる今回の衆院選。政治ジャーナリストの野上忠興氏と角谷浩一氏に、北海道・東北地方・関東地方の選挙区の情勢を聞いた。 *  *  * ■北海道・東北  それでは、全国の選挙区の情勢を見ていこう。  北海道では自民が苦戦を余儀なくされそうだ。もともと旧民主党系の候補が強い傾向があるが、前回の衆院選で自民は全12選挙区のうち半分の6議席を獲得した。今回は、野上氏はわずか3勝、角谷氏も4勝止まりに終わると見る。 「共産が独自候補を立てていた3、4、9区は、最終的に擁立を見送りました。共産は比例北海道ブロックでの議席確保が悲願ですから、立憲系の労働組合が比例で共産の協力に回るという棲み分けができると早くから聞いていました」(野上氏)  維新の鈴木宗男参院議員の長女で、自民の比例代表選出の貴子氏は7区で出馬を検討したが、候補者調整の結果、今回も比例に回ることになった。  角谷氏がこう語る。 「安泰なのは12区の武部新氏だけです。4、5、7区は自民が僅差でとれそう。9区の元スピードスケート選手、堀井学氏は失速気味です。もともと元民主党代表の鳩山由紀夫氏の選挙区で踏ん張ってきたが、この間の政府の支持率低下のあおりと野党が一本化したことから、このままいけば立憲に明け渡すことになりそうです」  東北は近年、TPP(環太平洋経済連携協定)の批准問題や農協改革などを巡って、たびたび“農家の反乱”が起き、自民の候補者は苦杯をなめさせられてきた。自民が苦戦する選挙では、県都を取りこぼす「1区現象」が起きやすいが、岩手、宮城、福島の各1区で立憲候補が優勢に選挙戦を進めている。  注目選挙区は、秋田2区。法相を務めた際に国会での答弁能力の欠如が批判された金田勝年氏は前回、わずか1672票差で緑川貴士氏に競り勝った。だが、1万3642票を獲得した共産が候補擁立を見送ったため、落選の危機だ。  農村地帯においては、コロナ禍による外食産業の営業自粛で、業務用野菜の需要が激減。さらにコメの値下がりが見込まれ、減収を心配する生産者の不満が高まっている。野上氏がこう予測する。 「160万票とされる農民票の自民党離れが加速する可能性があります。農家の反乱は東北のみならず、米作地帯の北海道や北信越にも広がるかもしれません。政府の対策は後手に回っており、衆院選を前に慌てて支援策に乗り出しています」 ■関東  北関東は、群馬4区では自民の総務会長に抜擢された福田達夫氏が堅調だ。群馬5区は組織運動本部長に就いた小渕優子氏も敵なしの状況。  立憲の枝野幸男氏は地元・埼玉でどれだけ仲間を勝たせられるかが正念場となる。前回は15選挙区のうち自民が12選挙区を制したが、今回は圧勝とはいかないようだ。5区の枝野氏のほか、6区の大島敦氏、7区の小宮山泰子氏らが安定した戦いを見せている。1区の自民・村井英樹氏は前回、立憲の武正公一氏に約3万票差をつけて当選した。だが、今回不出馬の共産候補が約3万3600票を集めており、武正氏に上乗せすると逆転する。  神奈川は、麻生自民党副総裁の側近として知られる1区の松本純氏が注目される。緊急事態宣言下に銀座のクラブに繰り出した“銀座3兄弟”の長男格。自民を離党し、無所属で立つため比例復活を当てにすることもできず、苦戦を強いられることになりそうだ。  11区の小泉進次郎氏は、総裁選で河野太郎氏を支持したことで、岸田文雄政権では当面、冷遇か。ただし、選挙では相変わらず盤石のようだ。 「環境相として実力不足が露呈して、評価を落としました。レジ袋の有料化にはプラごみ削減の効果はないと自分で認めてしまった。強固な地盤に守られ、地元でちやほやされて厳しい審判に晒されない。政治家として伸びないのは、そのせいではないか」(角谷氏)  首都・東京では「石原兄弟」の当選に黄信号がともる。3区の宏高氏は前回、立憲の松原仁氏に約1万3千票差で逃げ切ったが、約4万5千票を取った共産が立候補を取り下げると、形勢は一気に逆転する。  8区は、伸晃氏と吉田晴美氏の事実上の一騎打ちとなった。この間、れいわ新選組の山本太郎代表が参戦しかけたが、撤回。続いて、共産も候補を取り下げた。角谷氏が舞台裏を解説する。 「山本氏は実際に立憲と話がついていました。当初、吉田氏と共産の話し合いが進んでおらず、山本氏ならば共産も乗りやすいだろうということでしたが、完全に立憲側の調整ミス。山本氏は頼まれたのに追い出された格好で恥をかかされた」  山本氏は結局、比例東京ブロックからの出馬に。 「小選挙区での参戦なら野党の重点選挙区の一つになっていたと思うと、もったいない。比例で票を集めるのは一筋縄ではいかない。当落はボーダーラインというところでしょう」  東京9区は、公職選挙法違反事件で公民権停止となった菅原一秀氏の後釜に、自民は比例東京の安藤高夫氏を据えた。だが立憲の新人、山岸一生氏が優勢か。  15区は、カジノ汚職事件で収賄などの罪に問われ、東京地裁で懲役4年の実刑判決が言い渡された秋元司氏が立候補する注目選挙区。無所属の柿沢未途氏が優勢だが、首相指名選挙で岸田氏に票を投じ、「立憲民主・無所属」の会派から退会したばかり。今回、自民が無所属の今村洋史氏とともに推薦を決めた。自民幹部の一人がこう語る。 「柿沢氏には誘いの声をかけていますが、本人も自民に来たいという気持ちがあるのか、まんざらでもない様子です」  18区の菅直人氏vs.長島昭久氏の旧民主党対決も火花を散らす。19年に自民入りした長島氏が、首相経験者の地元に“討ち入り”をかける構図だ。 「前回、次点候補をわずか1046票差でしのいだ菅氏にとっては、長島氏は手ごわい相手にちがいありませんが、首相経験者の菅氏がやや有利と見ます」(野上氏) (本誌・亀井洋志、秦正理、池田正史) ※獲得議席予測、各選挙区の当落予測については調査の結果ではありません。公示日前に識者2人が予想しました。※週刊朝日  2021年10月29日号より抜粋

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    自民党はどれだけ身内に甘いのか 暴言でも杉田水脈氏を比例公認から透けて見える本音

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、総選挙の比例代表公認から浮かび上がる自民党の姿勢について。 *  *  *「LGBTには生産性がない」「女性はいくらでも嘘をつける」などの暴言が大問題になった杉田水脈氏が、今回も、自民党の比例代表公認に名を連ねていて驚いた。立憲民主党の本多平直議員が、「14歳と性交して罪に問われるのはおかしい」と発言したことが問われ議員辞職にまで追い込まれたことを考えると、自民党はどれだけ身内に甘いのだろう。杉田氏の発言を本気で問題だと考えていたら、公認の選択はないはずだ。 「女性だけれど女性に厳しい」ことを売りにする政治家は、日本では珍しくない。というか、  今の自民党を見ていると、そういう女性議員が候補者に選ばれるのだということが分かる。杉田氏もそもそも、「慰安婦」にさせられた女性たちに対する暴言などで安倍元首相に引き上げられた人だと思われる。一貫して、性暴力問題に関しては被害者の声を「嘘」と決めつける発言を繰り返してきた。  私が杉田氏の国会質問を初めてきちんと見たのは、AV出演強要被害者に対する発言だった。AV出演強要被害や、JKビジネスの被害、若年層が性産業に取り込まれていく問題に政府がようやく取り組もうとしていることに対し、これは左翼のプロパガンダだと反対する声をあげていた。2018年3月9日の衆議院内閣委員会でのことだ。杉田氏は、AV出演強要がそもそも嘘であるかのように、こう語っている。 「この職業に就きたいという女性は多いんですよ。引く手あまたで(ここで杉田氏は笑っている)、すごく狭き門なんだそうです。(業者は)わざわざ嫌がる女の子を出すなんてことしない。そんなことする業者は必ずつぶれるわけで。やってるのは小さな業者。必ずしも相談件数全てが、だまされてひどい目にあった人ばかりではない」 「被害を受けた」と相談してくる女性のなかにも嘘をついている人がいると、杉田氏は国会で発言したのだった。  杉田氏が言うようにAVが「憧れの職業に就いた女性が自主的に自己表現をしている作品」であれば、どんなに良いだろうと私も思う。残念ながらそれは、長い時をかけてAV業界や、AVを観ている人たちが築き上げてきた妄想に過ぎない。  現実は残酷だ。モデルとしての将来をちらつかされ、気がつけば全くノーを言えない状況に追い込まれ死を願うような現実のなか、自傷するようにカメラの前で裸になる女性が無数にいる。そもそも「女性を強制出演させた」業者が簡単につぶれるような業界ではなく、だいたいが「強制」の概念そのものが都合よく解釈されている。たとえば、女性が業者と契約する時にはカメラが回るようになっている。これは「強制ではない」ことを証明するためのものだが、強制とは殴る蹴るなどの行為だけではない。心理的に追いつめられ、選択肢が他にない圧倒的に不利な状況に追いつめられることも「強制」だ。そして多くの被害者は、「怖くてノーを言えない」状況で被害にあっている。  杉田氏の発言は徹底的に業者に寄り添い、AVを観て、JKを「買う」側の立場に寄り添ったものだ。いったいそれは、何のためなのだろう。  杉田氏の著作は、単著も対談本も含めほぼ全て読んできた。もちろん最初から「こんな人」だったわけではない。1967年生まれの超バブル世代。就職にも苦労することなく、退職した後は西宮市の職員として、公務員として働きはじめる。政治的な関心が特に強かったわけではないが、当時の女性の多くがそうだったように土井たか子さんに憧れ、市役所前で演説をしていた土井さんに声をかけ妊娠中のお腹に触ってもらったエピソードなどもある。もともと自民党から出馬したわけでもなく、そもそも歴史問題を専門にしていたわけでもない。いったい、いつからだったのか。「『慰安婦』問題は左翼のねつ造だ! 日本を貶めるな」と声をあげる女性たちが、世に受け入れられ、ついには政権与党に認められるほどにまでになったのは。  「男女平等は、絶対に実現しえない反道徳の妄想」とまで言い切っている杉田水脈氏を、自民党はまた、公認する。日本の右傾化とぴったり寄り添い、歩みを揃えて自らもどんどん出世していった杉田氏は、これからも自民党に守られていくのだろうか。  ところで、杉田氏と同い年の女性国会議員に蓮舫氏がいる。杉田氏は蓮舫氏を意識しているのか、自著では蓮舫氏の振る舞い、発言、着物の着方についてまで厳しい意見を述べている。蓮舫氏が着物の胸に議員バッジをつけていたことに「高価な絹を使った着物に穴をあけるなんて」と大げさに驚き、「いくら日本人を装うとしても、にわか仕立てではボロがでる」とあざ笑う。そんな風にあらゆる方面で率先して、「女性の敵は女性」との役割を買ってでることで地位を安定させる戦略で、杉田氏は生き延びてきた。こういう人を大切に守ろうとする自民党に、ジェンダー平等など、はなからやる気のないテーマであることは明らかだ。

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    華原朋美が47歳でバースデー婚 会見が「アムロちゃんと同じ衣装」だった真意

     90年代を代表する歌姫“朋ちゃん”こと歌手の華原朋美が47歳の誕生日を迎えた8月17日、結婚を発表した。お相手は華原の専属マネジャーで、マネジメントを手がける事務所の40代社長で、オンラインで行われた記者会見では冒頭から「毎日が幸せですね。抱き合った時に、肌と肌が合う!」と幸せ全開で報告した。 夫とは2018年のイベントの仕事で知り合い、昨年8月に前所属事務所を辞めフリーになった後に連絡をもらい、11月に再会したという。「(夫のアプローチが)すごく情熱的だった。情熱的な心を感じたので会うことにした」といい、「そして会ってみると“一瞬でこの人となら”と。『この人と手をつないで、いろんなところに行ったら楽しいんだろうな』とか『この人と一緒においしいご飯を食べに行ったら、もっとおいしくなるのかな』とか『うちの息子も喜ぶんだろうな』とか、そういうことばっかり考えた。実は話は聞いてなかった」と“ひと目ぼれ”だったと告白。 その後は乗馬に行くなどして距離を縮め、今年2月に「結婚も前提として」と告げられ、華原も「優しさも含めて、本当にこんなことあるんだ。この人しかいないと思って」交際をスタートさせた。2歳になる長男もとても懐いているそうで「パパと一緒に遊ぶのが大好き」だという。 1995年にデビューし「I BELIEVE」「I’m proud」などミリオンヒットを連発し、紅白歌合戦にも5度出場した輝かしい時代から一転、度重なる騒動を経て2000年には休養。「07年には所属事務所から契約解除され、復帰するまで5年もかかりました。その間、睡眠導入剤や精神安定剤などに依存していたとも報じられ、緊急搬送騒動や恋愛スキャンダル、激太りなど、いつしかスキャンダルでしか話題にならないお騒がせタレントのような存在になってしまっていました」(スポーツ紙記者) それでも母親になってからは、必死に子育てをして仕事も一生懸命しようとしていたという。「頑張ろうとすればするほど、気持ちが前のめりになって、ちょっと不安定になってしまうこともあり、それがまた誤解されることもあって、本人は心細く辛い時期もあったようです。そんな彼女を支えてくれたのがマネジャーだったということでしょうね」(同前) 今年デビュー26周年を迎えるにあたって、華原はこう抱負を語った。「26年間の中でいろいろなことがあって、でも今はすべて幸せに思える自分が生まれました。すごく悔しい、悲しい、つらいとかありましたけど今は全く結婚したことで自分の人生が、こんなふうに急展開するんだという気持ちになっています」 ちなみにツイッターでは、華原の会見での衣装が24年前の安室奈美恵&SAMの結婚会見の時とそっくりと話題になった。「黒のタートルにバーバリーのミニスカートというほぼ同じコーディネート。かつての“ライバル”だったアムロちゃんと同じ衣装にしたのは、まだどこか対抗心というか、意識している部分を残しているのかもしれません。本人は会見で『7キロダイエットはうそ、ホントは2キロだけ』とも明かしていたように、自分の気持ちをストレートに表現してしまう性格は変わっていないと思いました」(女性誌記者) 親子3人で過ごすのがうれしくて、料理をするのも楽しいと話す華原。今度こそ、朋ちゃんスマイルがずっと続くことを願いたい。(坂口友香)

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    ドレスで旅立った母 新田恵利が在宅介護で6年半、頑張れた理由

     6年半もの間、母親を在宅で介護したタレントの新田恵利さん。介護中のエピソードや、頑張ることができた理由を明かす。 *  *  *  今年3月に母(享年92)を見送りました。腰椎(ようつい)の圧迫骨折がきっかけで要介護4になり、2014年の秋に始まった母の介護。家をリフォームしたり、おむつフィッターという資格を取ったり、介護と向き合って頑張ってきましたが、介護7年目の春に旅立ってしまいました。  天真らんまんの正直もので甘えん坊。私は結婚する際に夫に言いました。「私と結婚したらもれなく母と犬がついてきますよ」と。夫は快く承諾し、在宅介護に協力してくれました。母は夫のことが大好きでした。彼の言うことはよく聞いていました。食の好みも似ています。  在宅介護は大変です。何度も母とぶつかって互いに嫌な思いをしました。母娘だから遠慮がない。寝たきりの母を何度泣かせたことか。けんかした後は2階に上がり、夫に「また泣かせちゃったよ」。  本当は30分後ぐらいに下りたいけれど私にも意地がある(笑)。2時間後ぐらいに「じゃ、様子見てくる」って下りていく。母はけろっとしていますよ。  今年の1月はお雑煮も食べられましたが、2月になって少しずつ物が食べられなくなって、会話も単語だけに。傾眠が続くようになりました。  生命力が徐々に落ちていくのがわかりました。受け止めたくはなかったけれど、別れが近づいているなと。そこで2月から「エンディングドレス」を作り始めました。 「最期はウェディングドレスで旅立ちたい」という母との約束をかなえたくて。日々衰えていく母の介護をしながらエンディングドレスを作っていく日々はつらくて悲しくて。仕上げたら逝ってしまうようで。亡くなった日に作り上げました。  母がもし「施設に入りたい」と言えばそうしたかもしれませんが、最期まで家で良かったと思います。最期まで私たちを認識してくれていたのは救いでした。  ここまで介護を頑張れたのは、もちろん母のことが大好きだったのが一番ですが、三つあります。  一つ目は「(母が間違えたことをしても)決してたださず、ありのままを受け止める。母のやりたいようにさせた」ということ。無理に押し付けると遠回りになる。母には笑っていてほしかったから、お菓子しか食べないというときは「はい、はい」と受け入れました。  二つ目は、兄と協力し、一人で抱え込まずにすんだことです。  そして三つ目が「徹底して味方となる存在に愚痴を聞いてもらう」です。夫には「何にも言わないで。聞いてくれるだけでいい」と頼みました(笑)。解決策を聞きたいわけじゃない。ただただ聞いてほしいときに人生の味方がそばにいるというのは本当に救いです。どんなときも否定せず、「うん。うん」と笑顔で私を受け止めてくれた夫には感謝しかありません。  母を送ったばかりの今はまだまだ寂しいけれど、2人でこれから楽しい老後を送ろうね、と話しています。 >>【関連記事/元おニャン子・新田恵利さん 母親の介護を支えた夫の気づき 助言より「黙って聞く」】はこちら※週刊朝日  2021年10月22日号

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    うつ病、不安症になってない? 精神科医が教える「心の疲れ」6つのチェックポイント

     新型コロナウイルスの流行によって社会が大きく変化し、職場や家庭環境が大きく変わった方も多いでしょう。変化は心に負担をかけるため、自分では気づかなくても、心に疲れがたまっている人もいるのではないでしょうか。今回は心の疲れの解消法について、精神科医の大野裕先生にお聞きしました。前編・後編にわたってお伝えします。(セルフドクターWebより転載) *  *  * 環境変化で負荷がかかる心の健康に目を凝らして  新型コロナウイルスの流行により「新しい生活様式」が提唱されるなど、社会が大きな変化を迫られました。それに伴い、職場や家庭環境が大きく変わった方も多いのではないでしょうか。  環境が揺れ動く時期に気をつけたいのが「心の健康」です。特別疲れることをしていないのになぜか気持ちが暗くなる… …そんなことはありませんか? 今までは旅行で日常を離れたり、友達とのおしゃべりでストレスを発散していたりする人も多いでしょう。でも最近は、今までと同じ形で気分転換をすることが難しくなり、気分が塞いでしまうという声も耳にします。  心の疲れはなかなか自覚するのが難しいものです。ストレスがたまってきたなと感じたら、「どんな物事で気分が塞ぎ、何があると気分が晴れるのか」など、自分の心の動きをキャッチし、認識することが第一歩となります。私たちには、心の疲れを回復させる力が備わっています。この力は日々の暮らしに取り入れ習慣化することで、鍛えることもできます。ストレスが多い暮らしの中でも、心の回復力を高める習慣を身につけ、スーッと軽やかな日々を過ごしましょう。 <心の疲れをチェックしてみよう> 過去30日の間にどれくらいの頻度で次のことがありましたか。(全くない=0点、少しだけ=1点、ときどき=2点、たいてい=3点、いつも=4点) 1.自分が神経過敏になっていると感じましたか? (  点) 2.自分がそわそわ、落ち着かなくなっていると感じましたか?(  点) 3.気分が沈み込んで、何が起こっても気が晴れないように感じましたか? (  点) 4.何をするのも面倒だと感じましたか?(  点) 5.絶望的だと感じましたか?(  点) 6.自分は価値のない人間だと感じましたか?(  点) 合計9点以上の人は、うつ病や不安症の可能性が高いと考えられます。 引用:大野裕他「一般人口中の精神疾患の簡便なスクリーニングに関する研究」※うつ病や不安症の診断は、専門医による診察が必須です。このチェックリストはあくまで参考とし、心配な方は近隣の医療機関(精神科や心療内科など)を受診してください。 自分のことを「もっと知る」ことが心の疲れを取るファーストステップ  新しい出来事が起きた時、その捉え方には人それぞれの個性があります。楽観的な人がいれば心配性な人もいます。同じ人でもその時の体調などの影響を受けて捉え方が変化します。  環境の変化や新しい出来事に遭遇すると、人はまずマイナス面を認知する習性があります。人間は古の歴史の中で、新しい出来事に慎重になることで自分を脅かす存在を回避し、生命を維持してきたのです。しかし、マイナス面を認知した後、別の新しい情報をキャッチして整理していくことで、可能性や切り抜け方が見えてきます。マイナス思考は人間として自然なことですが、うつ病や不安症ではその思考から抜け出せず、苦しくなって生活に支障が出てくるのです。大野先生は「お互いに寄り添って自分の気持ちや考えを話し合い、別の視点を得ることで心が和らぐ。それが会話がもたらすよい影響です」と話します。  しかし新型コロナウイルスの影響もあり、今までのように人と気兼ねなく会話をするのが難しいのが現状です。そんな時に試してもらいたいのが、出来事と感情を関連づけてメモしていく方法です(図「7つのコラム」参照)。人と会えない時も、物事を客観的な視点で捉えることで、心の疲れの原因に気づくきっかけとなります。繰り返すことで悲観的な考えへのとらわれに気づき、心の疲れにも少しずつ対処できるようになります。 <「7つのコラム」の書き方>  落ち込みや不安がある時は、原因となることの発生から素直な思考を下の図の順番に書き出してみましょう。誰かに相談しているような客観的な視点を得るための方法の1つです。 「笑う門には福来る」は本当! 行動が意識を変える  心が疲れると「もう何もしたくない」と無気力になることがあります。これ以上傷つかないように自分の中に閉じこもり、行動を起こさないようにしてしまうのです。心の疲れは精神のエネルギー不足の状態なので休息が必要なこともありますが「少し落ち着いたら、体を動かしてみると、心が上向きになっていきます」と大野先生。うつ病の治療の1つに「行動活性化」という方法があります。これは気分転換になる行動をとることで心を元気にする方法です。「脳は、行動をして初めて次のことをする意欲が湧くようになっています。気分を意識的に変えるのは難しいですが、行動はすぐにでも変えられる。まず行動すれば、心は後からついてくる。これが行動活性化です」。 <行動と心の関連メモ> 「朝起きて顔を洗い、朝食を食べた」。このような当たり前の生活には普段意識を向けないものです。しかし、日々の行動を意識すると「〇〇をしたら気分が明るくなることが多い」などの傾向が見えてくるはず。観察を繰り返していると「自分の気分を明るくする行動」が選び取れるようになるのです。日々のなんでもない行動が? と思うかもしれませんが、意外と行動と気持ちは連動しているもの。手帳やスマホで行動と心の動きをチェックして、新たな発見をしてみましょう! 【後編に続く】心が疲れたら「行動」を変えるのが有効! 精神科医がすすめる「8つの行動習慣」とは? 監修/大野 裕先生(おおの・ゆたか)精神科医。1978年慶應義塾大学医学部卒業と同時に、同大学の精神神経学教室に入室。コーネル大学医学部、ペンシルべニア大学医学部を経て、慶應義塾大学教授を務めた後、2011年より独立行政法人(現・国立研究開発法人) 国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター センター長に就任。現在は顧問。一般社団法人認知行動療法研修開発センター理事長などを務める。著書に、『心が晴れるノート』(創元社)など。 セルフドクターHP

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    岸田首相の大誤算 衆院選で「自民40議席」減、単独過半数割れの予測も

     第49回衆議院議員選挙(10月19日公示、31日投開票)がついに幕を開けた。岸田文雄新首相を誕生させ「看板掛け替え」からの「奇襲解散」に打って出た自公政権に対し、野党は候補者を一本化させる共闘体制で臨む。新政権が長期政権となるか、短命に終わるかを占うことにもなりそうなこの一戦、全289小選挙区の勝敗を予測した。 *  *  *  岸田文雄首相は内閣発足からわずか10日後の10月14日、衆議院を解散した。解散から31日の投開票まで17日間という戦後最短の短期決戦となる。  選挙を急ぐ理由について、岸田氏は会見などで、「できるだけ早くコロナ対策、経済対策を行うために一日も早く国民の審判を仰がなければならない」と説明している。  だが、この言葉を額面どおりに受け取る者はいないだろう。政権の顔を変え、内閣支持率が前政権よりも上昇する「ご祝儀相場」が下がらないうちに、大慌てで選挙戦に持ち込んだのだ。新型コロナの流行がいったん収まっているタイミングも岸田氏にとっては天の恵みだ。  とはいえ、朝日新聞の世論調査では、岸田内閣の支持率は45%。政権発足当初としては、この20年間で最低水準だ。30%を切った前政権からは多少回復したとはいえ、“奇襲作戦”も目論見どおり「追い風」にまではなりそうにない。  ご祝儀相場効果が不発に終わった要因は、言うまでもなく党・閣僚人事が響いている。安倍晋三元首相や麻生太郎副総裁への配慮と、総裁選の論功行賞を重視。金銭授受疑惑を抱える甘利明幹事長を含めた「3A」支配に、国民がウンザリしているからだろう。  政治ジャーナリストの野上忠興氏が指摘する。 「政権発足当初の内閣支持率は60%程度が相場ですから、岸田丸は船出から前途多難です。人事の問題もありますが、岸田氏自身のインパクトの弱さが影響しています。コロナ対策や経済政策にしても、もっと国民にわかりやすい言葉で具体的な政策を語ればいいのですが、学者か評論家のような固い話ばかりです」  相変わらずの「国会軽視」も露呈した。衆院選を控え、岸田内閣の政治姿勢を国民に詳らかにするため、野党は予算委員会開催を求めたが、政府・与党は拒否した。  野上氏が続ける。 「予算委員会を開けば、甘利氏の『政治とカネ』の問題はじめ、森友・加計問題や桜を見る会などの疑惑を野党は徹底的に追及してくるでしょう。格差是正の観点から、総裁選で看板政策に掲げた金融所得課税の強化について、『当面は触ることを考えていない』と早々に引っ込めたことも問われることになる。イメージダウンを恐れたのではないでしょうか」  所信表明演説に対する代表質問で、岸田氏はアベノミクスを評価し、「民主党政権の失敗から学んだ」などとくり返した。立憲の森ゆうこ副代表に「まるで安倍元総理が乗り移っているように見えた」と一喝される始末だ。  では、衆院選ではどのような結果が待ち受けているのか。本誌は政治ジャーナリストの野上氏と角谷浩一氏に、各政党の獲得議席数と全選挙区の当落予測を依頼した。  その結果、自民は「37議席減」(野上氏)、「33議席減」(角谷氏)と、いずれも大きく議席を減らす予想となった。 「コロナ禍で行われる今回の選挙は、集会が行えるかなど通常と条件がかなり異なる。それだけ、予想外の結果が出る可能性があります」(角谷氏)  今後の情勢次第では40議席減、よもやの単独過半数(233議席)割れも視野に入る。  岸田氏は9月末の自民党総裁就任会見で、衆院選の勝敗ラインを「与党で過半数」と設定して予防線を張ったが、40議席も減らしたら「勝利宣言」などあり得ず、大誤算というほかないだろう。角谷氏がこう話す。 「コロナ禍で生活が苦しくなった人は数多くいますが、第6波を前に、岸田政権はコロナ対策について明確な処方箋を出せていない。大盤振る舞いした東京五輪は、収支すらよくわかっていない。安倍・菅政権のツケは支払われておらず、有権者の怒りは都市部を中心に根強い。岸田氏は『未来選択選挙』と言っていますが、誰もそうは捉えていないのではないか」  自民と連立を組む公明は、九つの選挙区に立てた候補者全員の当選と、比例区で800万票の獲得を目標に据える。  だが、党勢の陰りは明らかで、2017年の衆院選では比例区の獲得票数は697万票と、現行の選挙制度で初めて700万票を割った。支持母体の創価学会がコロナ禍で政治活動を制限せざるを得なくなり、フレンド票の発掘もままならない。公明の全盛期を支えた学会員の高齢化も進む。  岸田氏が安全保障政策で“タカ派”路線を打ち出したことも、公明=学会票離れを加速させる可能性がある。対中国強硬姿勢に加えて敵基地攻撃能力の保有の容認、憲法改正にも言及するなど「アベ化」が止まらない。  公明の元幹部が語る。 「自公が対峙していた時代でも、宏池会の大平正芳氏や木曜クラブ(田中派)の田中角栄氏とは関係がよかった。両派閥ともハト派でしたからね。学会の集票力の低下に加え、いまの岸田氏の主張には乗りにくいですよね。自民への支援票を棄権する人は少なくないはず」  一方の野党は、立憲民主が議席を伸ばし、「27議席増」(野上、角谷両氏)となった。野党共闘のために多くの選挙区での独自候補の擁立を見送った共産は比例区で議席増が見込まれそうだ。日本維新の会は大阪を中心に自民と互角以上に戦い、議席を大きく増やしそうだ。  だが、特に野党第1党の立憲に望まれるのは“善戦”ではなく、政権交代を目指す“激戦”だ。  にもかかわらず、立憲の枝野幸男代表はテレビの報道番組で、司会者から衆院選で政権交代を実現する確率を聞かれると、米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手を引き合いに「大谷選手の打率(2割5分7厘)ぐらいの可能性はあるというつもりで頑張っている」と語った。角谷氏が厳しい目を向ける。 「本気で勝つ気があるのか。何が何でも勝つという気概がなければならないのに、これでは政権が取れるわけがない。野党第1党のポジションが居心地いいということなのでしょう。衆院選で勝つためには、菅義偉氏を総理の椅子から引きずり下ろし、総裁選でお祭りムードを盛り上げた自民のほうがよほど努力しています。本気度のちがいが出てしまっています」  つまるところは、勝者なき衆院選になるのか。(本誌・亀井洋志、秦正理、池田正史) ※獲得議席予測、各選挙区の当落予測については調査の結果ではありません。公示日前に識者2人が予想しました。※週刊朝日  2021年10月29日号より抜粋

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    小泉進次郎氏、国民の人気なかった? 「好きな政治家」調査でトップ10入らず

     本誌が実施した「好きな政治家、嫌いな政治家」アンケート。総裁選でタッグを組んだ「小石河連合」の人気の差が出た結果となった。河野太郎氏は1位、石破茂氏は4位に入ったが、小泉進次郎氏はトップ10圏外だった。 *  *  * 「国民の人気が高い」というのは、この人の枕詞だったはず。ところが小泉進次郎氏は「好き」9票でランクインできず。「嫌い」も圏外だが14票で「好き」を上回った。  総裁選で「小石河」と呼ばれたが、河野、石破両氏とは決定的な差が出た。どうしてこんなことに? 「嫌い」の理由を見てみよう。 「国民のことをまったく考えておらず、自分のことしか考えていない」(46歳・東京都・女性)、「無能」(63歳・神奈川県・男性)、「自分ファースト」(51歳・東京都・男性)、「親の七光り。見ててイライラする」(24歳・北海道・男性)、「ただの目立ちたがり屋で無能」(72歳・東京都・女性)、「人気取り。国民を愚民とばかにしている」(51歳・東京都・女性)などさんざん。 「父は純一郎さんだし、イケメンで、鳴り物入りで政界入りしたから、女性のファンも多かった。でも実際はからっぽでした。菅さんが辞めるとき、なんでお前が泣いてるんだと思った人は多いでしょう。自分に酔っているだけの人ですし、嫌われる勇気もありません」(作家の鈴木涼美さん) 「政治の世界では、挨拶だけがうまい“司会議員”というのがいますが、それに近いのでは。器ではないことが、入閣してばれました」(政治ジャーナリストの角谷浩一さん)  しばらく要職に就くことはなさそうだし、ぜひともこの間に精進してほしい。(本誌・菊地武顕)※週刊朝日  2021年10月22日号

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    河北麻友子、初対面の出川哲朗に「本番以外では、テッちゃんって呼ぶ!」

     今年1月に結婚し、幸せいっぱいのモデル河北麻友子さん。作家・林真理子さんとの対談では、これからの目標を明かしてくれました。 【河北麻友子の人生の分岐点「ニューヨークで育って、死ぬと思っていた」】より続く *  *  * 林:河北さんがブレークしたのは「ViVi」ですよね。 河北:たぶんそうだと思います。 林:最近、人気になる女性の有名人って、女性誌から火がつく方、多いですね。私服がカワイイとか、私物がカワイイとか。 河北:「ViVi」の専属モデルをやってたときは、私服企画とかが年に2回ぐらいありました。 林:ニューヨーク風着こなしをしなきゃいけないとか、期待度大きいですよね。 河北:ああ、そうかもしれないですね。 林:ニューヨークの女の子って、どういう格好してるんですか。 河北:ニューヨークは日本ほどトレンド、トレンドというわけじゃなくて、わりとみんな自由なんです。日本って「こういうのがはやってる」ってなると、街なか全員それ一色になるじゃないですか。あっちはみんな個性的なので、その人に合った格好をするという傾向が強いですね。 林:ジーンズも多いですか。 河北:基本的にカジュアルな服装が多いです。日本人はふだんからヒールはいたりとかしてますけど、あんまりそういう人は多くない気がします。 林:私、バラエティー番組で河北さんを見て、対応の仕方が物おじせずハキハキしてて、今までの子とはなんか違うなと思ってましたけど、ニューヨーク生まれのニューヨーク育ちだと聞いて、なるほどなと思いました。大御所にもぜんぜん臆することなく。 河北:ラッキーでした。出川(哲朗)さんと初めてお会いしたときに、「私、本番以外では、テッちゃんって呼ぶ!」みたいなことを言った覚えがあって。今思えば「なんだ、この小娘」と思われてもおかしくないのに、出川さんは「おまえ、おもしろいな」みたいな感じで受け止めてくださって、出会いに恵まれました。 林:日本の芸能界ってどうでした? なじめました? 河北:なじめてるかどうかわからないですけど、でもまあ、何とかやれてます。「あの子はニューヨークにいたから」とか「帰国子女だから」とかいうのが、ある種バリアーとして働いてくれているというか、それに守られてる感じはしますね。 林:なるほど。英語の番組もやってるし、ニューヨーク帰りってなると、日本人は「ははッ、参りました」って感じになるから、ちょっと別枠になるんでしょうね。このあいだ、このページに美波さんという女優さんにゲストで出ていただいたんですけど、いま公開中の「MINAMATA」という映画で、ジョニー・デップと共演してるんです。 河北:え~っ、すごい! 林:彼女はお父さんがフランス人で、英語もできるので、奈良橋陽子さんにすすめられてオーディションを受けて、ジョニー・デップの相手役に決まったそうです。河北さんもニューヨークで育って、英語ペラペラなんだから、オーディションを受けてハリウッドに、という考えはあるんですか。 河北:オーディションは少しずつ受けさせていただいてます。英語を使っていろいろお仕事ができたらいいなと思ってますね。 林:日本の芸能界で英語をしゃべれる人って、大人になって勉強した方はわりといらっしゃるけど、ネイティブな人ってそんなにいませんよね。 河北:少ないかも、ですね。 林:河北さんは強力な武器を持ってるんですから、ぜひ世界に挑戦してほしいですよ。 河北:したいですね、チャンスがあれば。 林:美波さんがおっしゃってたのは、今、海外の映画はアジア人の需要がすごく多いって。有色人種を何パーセント出さなきゃいけない、みたいな決まりがあったりするみたいですね。だから河北さんみたいに、言葉の壁がない人にとってはすごいチャンスですよね。 河北:そうですね。私も頑張りたいです。 林:でも、海外のお仕事は何カ月も留守にしなきゃいけないから、ご主人、ちょっと寂しいかも。 河北:相談してみます、半分一緒に来てくれないかって(笑)。彼にもお仕事があるので、そう簡単にはいかないと思いますけど。 林:日本でもドラマや映画、ガンガンやっていくつもりですか。 河北:やりたいです。チャンスがあれば。 林:プライベートで奥さんになったし、演技の幅が広がっていろんな役ができそうな気がするけど。 河北:(事務所のスタッフに)そうおっしゃってますので、お願いします(笑)。 (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木敏雄) 河北麻友子(かわきた・まゆこ)/1991年、アメリカ・ニューヨーク出身。オスカープロモーション所属。2003年、第9回全日本国民的美少女コンテストでグランプリ・マルチメディア賞W受賞。モデルや女優など、幅広く活躍。「世界の果てまでイッテQ!」「BeauTV~VOCE」などのテレビ番組、「河北麻友子のマユコレ!」などのラジオ番組のほか、太田胃散「太田胃散整腸薬」、ライオン「Ban」、青山商事「ザ・スーツカンパニー2021春夏レディス」などCM出演も多数。※週刊朝日  2021年10月22日号より抜粋

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    元おニャン子・新田恵利さん 母親の介護を支えた夫の気づき 助言より「黙って聞く」

     親の介護をするとき、夫婦はどんな形が望ましいのか。自身の母親の介護を6年半続けたタレントの新田恵利さん(53)は、介護中の悩みや怒り、つらさ、悲しみなどを乗り越えられたのは、「夫の存在が大きかった」と言います。新田さんの地元、神奈川県の逗子海岸で、新田さんと夫の長山雅之さん(52)が、そろって介護の時の様子について語ってくれました。 ―1年前の新田さんへの取材では、「母が旅立った時、後悔しないように、そう思ってやっている」とおっしゃっていました。終わってみてどうですか? 新田恵利(以下、新田):はい。最後に温泉に連れて行ってあげたかったな、とか重箱の隅をつつくように振り返れば小さな悔いは出てきますが、でも「悔いはありません」。そう言い切れます。17歳の時、父が急死したので、それからずっと母を大切にしよう、母を守ろう、母が亡くなるその瞬間まで大切にしようと、そう生きてきました。 ―夫婦で旅行する時はいつもお母様がご一緒だったのですよね。 新田:母に「来る?」と聞くと、元気なときは100%「うん」でしたからね。母は夫のことが大好きで、夫も母を大好き。日々の生活も旅行も、いつも私たちは一緒でした。夫と付き合っている時から、「私と結婚したらもれなく母とワンコがついてくるよ」と彼には伝えていましたし(笑)、それを理解した上で私を受け入れ、母も私も大切にしてくれました。 長山雅之(以下、長山):(新田さんとお母さんの関係は)もう別物でしたからねー。私の母は実業家で恵利のお母さんとはタイプが違う。早くに離婚して、必死でした。私は家政婦に育てられたような感じです。ですから、いわゆる家庭のお母さんの愛情というのを、義母からいっぱい注いでもらった感じです。まだそばにいるような気がして、不思議な気持ちです。恵利と買い物に行っても「お母さんの分は?」というのがなくなってしまった今、とても寂しいです。 新田:母と夫は食の好みも一緒でした。母は彼をすごく信頼していて、私の話よりも素直に聞くんです。だいぶ前になりますが、彼が入院した時は、私の代わりに「枕をもっていってあげたい」とお見舞いに行って、戻ってから家で泣いていました。かわいそう、かわいそうって。母も不安だったんでしょうね。 ―そんな長山さんは、お母さまの旅立ちまで、恵利さんの介護に寄り添われました。 新田:私たち夫婦と兄、母は同じ一軒家に暮らしていました。1階に母と兄、2階が私たち夫婦です。母のために「顔出して」と言うと、夫はいつだって、「お母さん、どう?」とすぐに下りてくれました。それだけで母のテンションが上がったんです。 ―長山さんは、2年前までテレビ局にお勤めでしたね。 長山:はい。いまは独立してフリーの水中VRカメラマンです。 新田:夫は会社員時代も、仕事がある日でも、母の通院に付き添ってくれて、私が話を聞いて欲しい時は、翌朝が仕事で早い日も、私が「明日でいい、大丈夫」と言っても、「いいよいいよ。今話を聞くよ」と夜遅くまで聞いてくれました。私が大変な時は一番近くで見ているからわかるんでしょうね。何よりも優先してくれました。私も甘えて、何でも話していました。私のストレスのはけ口が夫でした(笑)。 長山:我慢したり苦しんだりする姿を見たくなかったからです。結婚したばかりの頃の恵利はすごく我慢をしていて、夜中の就寝中に「ざっけんじゃねーよ」なんて、昼間のうっぷんが寝言で出てきていたこともありました(笑)。それがその後は、「あなた間違ってる! 聞くだけでいいの。黙って聞いてて」て言うようになりましたからね~。 新田:解決策とか求めていないから、ただ聞いてくれるだけでよかったの。 ―長山さんはあえて何も言わずに聞いていたんですね。 長山:最初のうちは、どうしたらいいんだろうと、解決策ばかりを考えて聞いていましたが、だんだんそれよりも、「ちゃんと聞く」に集中する方がよっぽどいいと気づきました。 新田:そうそう。 長山:今日3回目の「くそばばあ」かな、て思いながら聞いていました(笑)。 新田:「(母を)泣かせてきた!」と言っても、驚きもせず笑顔で聞いてくれたよね。 長山:はい。聞きましたよ。 新田:たとえ私が悪かったとしても私の味方をしてくれるのがありがたくて。おかげで介護に煮詰まらず、やり遂げました。介護は大変です。一人で抱え込んでしまったら続かない。近くに理解者や、愚痴を言える相手をキープして、日々の悩みや苦しみをため込まないことが大切です。適切なアドバイスは、ケアマネジャーさんだったり、介護従事者の方だったりがしてくれます。日々の悩みは夫や家族などに、聞いてもらうのが一番だと思います。 長山:黙って聞く、だよね。 新田:はい。そうです。 長山:人を変えようとすべきではない。過去と人は変えられない。ならば今できることをやろう。そうやって生きるべきだと思っています。 ―長山さんは、恵利さんの介護から学ばれたことはありますか? 長山:恵利のやり切っている感じを見て、自分の方が悔いが残るな、と思いました。自分の母親(87)は、今は赤坂で一人暮らしをしています。義母を見送った体験を生かして、悔いのないようにしたいと思いました。恵利のおかげで、遠かった母親との距離が縮まり、隔週で赤坂に行くようになり、25年続いています。家族の愛を知り、人生の理想的な終わり方や見送り方を知り、大切な人との切ないながらも愛のある別れを体験しました。 新田:夫にも親を大事にしてほしい、と私が提案しました。それだけは強く言いました。これはすべての人に伝えたいのですが、介護でつながる絆があるということ、介護を通して見えるものがたくさんあるということ。これに気づいてほしいと思っています。 ―「おニャン子クラブ」のメンバーたちも介護の問題がふりかかる年頃ですね。 新田:私がぶっちぎりで早くに体験しましたが、みんなそろそろですね。私たち、そんな年になったんですよね。昔は10代だったファンの方も今は介護世代。楽しく「介護トーク」をしていますよ。これからもみんなで明るく楽しく年を重ね、介護を乗り越えていきたいですね。 ―6年半をふり返り、このほど出版された「悔いなし介護」(主婦の友社)には、「新田恵利流」の悔いなし介護の心得が詰まっていますね。  新田:「悔いなし介護」は、母が生きている時にほぼ書き終わっていて、見届けた話を最後に加えてまとめました。在宅でのみとりの魅力とか、見送った後のことは、これから発信していきたいと思っています。オフィシャルブログ「E-AREA」でも介護相談に乗っています。コロナが落ち着いたら少しずつ介護に絡めた講演活動も復活させていく予定です。 (聞き手/本誌・大崎百紀) >>【関連記事/ドレスで旅立った母 新田恵利が在宅介護で6年半、頑張れた理由】はこちら *週刊朝日オンライン限定記事

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    小室圭さんはひと足先に米国へ 眞子さまの病状説明で宮内庁はなぜ「批判」と言わず、「誹謗中傷」と強調したのか

     秋篠宮家の長女、眞子さま(29)と小室圭さん(30)は、今月26日に婚姻届を提出し、記者会見を行う。結婚の日が迫るなか、小室家と小室さんの母、佳代さんの元婚約者との間の金銭トラブルは解決しておらず、儀式なし一時金なしの異例の結婚。だが、宮内庁の空気は明るいようなのだ。 *      *  *  18日午前、小室圭さんが秋篠宮ご夫妻へのあいさつのため赤坂御用地にある秋篠宮邸を訪れる。この日に眞子さまとも3年2カ月ぶりに再会するという。  眞子さまと小室さんの結婚は、女性皇族の結婚時に通例行われる結婚に伴う儀式は行わず、皇籍を離脱するに伴う一時金も受け取らない「異例婚」だ。  秋篠宮さまは、昨年の誕生日の記者会見で、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と定めた憲法を引き合いに出し、結婚を認めると発言した。   一方で、金銭トラブルに対して国民が納得し、祝福する状況にはない以上、「納采の儀」など家同士の儀式にあたることを行わないというのが、一貫したスタンスだった。  黒田清子さんと黒田慶樹さんのように結婚後も晩さん会や祭祀に夫婦で出席するような親戚づきあいは、小室家とは行わないのではないか、とみられていた。    それだけに、小室さんが秋篠宮ご夫妻に直接会い、あいさつを行うか否かは、関心事のひとつでもあった。 「意思を通したけじめはつけるべきだ、というのが秋篠宮さまのお考え。一方で、眞子さまが後ろ指をさされることのないよう、ご両親としてできることはしてあげたいということでしょう」(宮内庁OB)  もうひとつの関心事は、米国への出発の日だ。  26日の結婚と記者会見を終えたら、小室さんは早々に日本を発ち米国での勤務に戻る――。そうした見方が有力になっている。  眞子さまは、皇籍から抜けて民間人となったあとにパスポート取得の手続きに入るため、2週間程度は日本に滞在する必要がある。小室さんが先に出発したあとは、眞子さまはひとりで出発までの準備を行うことになりそうだ。  26日に眞子さまは結婚の手続きを済ませた後、「小室眞子さん」として記者会見に臨むことになる。予定されているのは、都内の老舗ホテルだ。  思い起こせば、05年に黒田清子さんと黒田慶樹さんが挙式と披露宴、記者会見を行ったのは、帝国ホテルだった。白のシルクのロングドレスに真珠のネックレスをつけた清子さんは、「扇の間」で会見に望んだ。黒田さんとほほ笑みながら見つめ合い、こう述べた。 「黒田家の一人として、新しい生活に臨んで参りたいと思います」   清子さんの場合と異なり、眞子さまと小室さんの記者会見では、場所の選定は重要なポイントになる。金銭トラブルが解決しないまま結婚することに、国民感情として納得がいかないという空気が強いからだ。 「そうした国民感情に配慮したなかでの記者会見だけに、紀宮さまと同じ帝国ホテルで行えば、ぜいたくと批判されかねない。かといって、参加するテレビや大手メディア、雑誌や外国のプレスに対応できる会場である必要がある。『身の丈に合っている』と受け止められる場所であることが重要です」(前出のOB) そもそも天皇や皇族の記者会見は、宮内記者会があらかじめ提出した質問に対して準備した内容を回答する。その場で自由に質疑ができる関連質問もあるものの、そう厳しい質問が出ることはないのが一般的だ。 眞子さまと小室さんの記者会見は、小室さんの母親と元婚約者との金銭トラブルの説明の場としてもとらえられている。  その金銭トラブルは、結婚まで2週間を切ったいまも解決にはほど遠い状況だ。  小室家の代理人弁護士が、一部メディアの取材に、<圭さんが母親に代わってX氏と話をすることを提案し、先日お返事をいただいたので方法等について調整中です>  と回答すれば、元婚約者サイドは、「了承はしていない」とのコメントを公表するなど、事態は泥沼化する一方だ。    だが宮内庁は、金銭トラブルなど、もはや気にもかけていないような空気だという。  皇室の事情に詳しい人物は、こう明かす。 「結婚の日取りも決まって、やれやれホッとしたという空気に満ちていた。『結婚前に金銭問題にめどをつけなければいけない』といった焦りはまるで感じなかった」  この宮内庁の様子について、次のように分析する。 「というのも、金銭問題に対して国民の納得と結婚への祝福を得られていないまま突き進むことへのけじめが、異例の『儀式なし婚』となった訳です。すでにある種のペナルティを課したうえで結婚を決めた。だとすれば、何が何でも結婚前に、解決しなければならない理由はなくなったということです」  加えて、会見自体はそう厳しいものにはならないとみられている。  布石になっているのは、10月1日の会見だ。  永井良三皇室医務主管と精神科医でNTT東日本関東病院の秋山剛医師が同席し、「複雑性PTSD」と診断されたと公表した。 小室圭さんの母親の金銭トラブルに対する批判が続く中、眞子さまが、結婚に関するご自身や家族、相手とその家族への誹謗(ひぼう)中傷と感じられるできごとを長期にわたり反復的に体験したことが原因だという。眞子さまに診断を下した秋山医師は「結婚されることで、誹謗中傷と感じられる出来事がなくなれば改善が進む」と話した。  この説明に対して、一部の国民は「誹謗中傷」という言葉に敏感に反応した。誹謗中傷とは、<根拠のない悪口を言いふらして、他人を傷つけること>を指すからだ。  宮内庁の会見に同席した医師は、眞子さまが「誹謗中傷と感じる出来事」について「週刊誌報道」「ネット上のコメント」が含まれると述べているが、具体的にどの部分が「事実に基づかない誹謗中傷」であるのかを明らかにしていない。   また、宮内庁は出した眞子さまの病状と診断について説明した文章では、「批判」という言葉を一度も使っていない。  代わりに、「誹謗中傷」の単語を6度用いている。  なぜ、宮内庁は、「批判」ではなく「誹謗中傷」という言葉を選んだのか。  思い起こされるのは、1993年、皇后であった美智子さまが59歳の誕生日に公表した文書回答だ。  昭和から平成の世に移るなかで、平成流皇室に対する批判の矛先は、美智子さまに向けられた。  10月20日、誕生日の祝賀行事に出発しようとしていた美智子さまは、突然倒れて声を失った。  最終的な引き金となったのは、皇太子妃決定過程に関連した人物からの手紙という指摘もあり、皇后バッシングで声を失ったという単純な構図ではないようだ。  それでも、バッシングは美智子さまを苦悩に追いやった原因のひとつだ。   宮内記者会からの、「最近目立っている皇室批判記事についてどう思われますか」という質問に対して、美智子さまは文書でこう回答を寄せた。 <どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。今までに私の配慮が充分でなかったり、どのようなことでも、私の言葉が人を傷つけておりましたら、許して頂きたいと思います。 しかし事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます。批判の許されない社会であってはなりませんが、事実に基づかない批判が、繰り返し許される社会であって欲しくはありません。幾つかの事例についてだけでも、関係者の説明がなされ、人々の納得を得られれば幸せに思います。>   「批判」とは、<人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること>(大辞泉)。対して、「バッシング」は、<打ちのめすこと。手厳しく非難すること>(同)。「批判」は、ある程度の事実に基づいた意見であり、「バッシング」は、ちょっとした根拠をもとに相手を打ちのめすニュアンスだ。  美智子さまは文書回答で、「どのような批判も、自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います」と答えている。 「つまり、今回、眞子さまが複雑性PTSDと診断された背景について、宮内庁が『批判』という言葉を使えば、『ある程度、耳を傾け、受け止めなければならない』という含みを持ってしまう。宮内庁は、『批判』ではないと強調したかったのでしょう。だが、誹謗中傷という言葉は報道や国民を萎縮させる表現で、宮内庁がたやすく使ってよい言葉ではなかった」(前出の人物)  26日に行われる、「小室眞子さん」と小室圭さんの記者会見。メディアと「小室夫妻」のやり取りが、表面をなぞったような言葉で終わってほしくはない。 ふたりから、金銭問題について国民が納得のゆく説明がなされるのか。眞子さまは、「ねえね」と慕った黒田清子さんのようにほほ笑んで、「新しい生活に臨んで参りたいと思います」と口にすることができるのか。  眞子さまは、内親王として歩んだ30年の矜持を胸に会見に臨む。 (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    80歳を超えた二階氏、麻生氏は後進に道を譲るべき? 自民党若手と亀井静香氏に“本音”を聞いた

     自民党で長きにわたり権力を握ってきた二階俊博前幹事長(82)と麻生太郎副総裁(81)。2人はすでに80歳を超えてすでに「長老議員」の域に入っているが、いまだ派閥の領袖として若手・中堅議員への影響力は大きく、次期衆院選への出馬も決まった。衆院選の比例代表では「73歳定年制」という自民党独自のルールがあるが、この撤廃を求めるベテラン議員と堅持しようとする若手議員との間では意見が対立してきた。総選挙も間近に迫るなか、党内で長老議員が幅をきかせ続ける現状について、自民党の若手議員はどう思っているのか。現職の若手や自民党OBに聞いた。 *  *  * 「次の衆院選に私が立候補するのは、当たり前のことだ」  二階氏は今月2日、和歌山県内のホテルで後援会関係者ら400人を集めた会合を終え、記者団にこう述べた。当選12回。直近まで歴代最長となる5年超も幹事長として権勢を振るい、これまで自民党総務会長や経産相も歴任した二階氏だが、いまだ権力欲は衰えない。11日に自民党が発表した次期衆院選の1次公認候補(小選挙区)にも選出され、正式に出馬が決まった。だが、二階氏が出馬の意向を示すと、ネットでは「いつまで権力にしがみつくのか」「若い議員に道を譲るべきだ」といった批判も噴出した。  次期衆院選を機に、伊吹文明元衆院議長(83)、大島理森衆院議長(74)、塩崎恭久元官房長官(70)など、引退を表明した自民党の大物議員も多い。その一方で、二階氏や麻生氏は80歳を超えてもなお、後進に道を譲る様子はない。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は、その理由をこう推察する。 「二階さんはこれから何かを成し遂げようというよりも、党内ににらみを利かせるために政界に残る判断をしたのでしょう。麻生さんもそうですが、官僚出身でない親分肌の党人派の人たちは、こういうことをやりたがる。二階さん、麻生さんの顔色をうかがいながら仕事をするのに疲れている若手・中堅議員は党内にたくさんいるはずです」  一方、80歳を機に政界を引退した元建設相の亀井静香氏(85)は、立候補を続ける二階氏の気持ちは「わかる」として一定の理解を示す。 「まだあいつは82歳だし、鼻たれ小僧だよ。今は議員も100年時代。逃げ出しちゃ駄目だし、二階には頑張ってほしい。特に今の与党は、若い連中がモヤシみたいに頼りないからね。そういう時には年寄りがしゃしゃり出て、『お前たちは何してんだ!』って背中を押さなければいけないんだよ」  和歌山3区で盤石の地盤を築いてきた二階氏であれば、次の総選挙でもまず負けはしないだろう。自民党も小選挙区では年齢制限を設けていないため、年齢に関係なく立候補することができるが、角谷氏は「負の側面もある」と話す。 「重鎮が『俺はまだやれる』と言えば、地元の有権者は当選させようと票を集めてしまう。だから、選挙で落ちることはほとんどない。『まだ元気なのだから、どんどん働いてもらえばいい』という意見は一見正しいように思えますが、政治家が一つの選挙区にしがみつけば、有権者の選択肢はそれだけ狭まるわけです。候補者も次第に権力のうまみだけを吸いたがるようになったりと、良いことばかりではありません。後進からすれば『あなたが牛耳っている限り、若い人が物を言いにくい』『ゆっくり休んで、後は私たちに任せてください』と思っている人も多いと思いますよ」  自民党は衆院選比例代表では「73歳定年制」の独自ルールを設けている。比例代表は名簿順でベテラン議員の方が有利になる傾向があるため、「世代交代」を促すのが狙いだ。  このルールが生まれたのは小泉政権時代。当時から長老議員の引き際は議論になっていたが、制度を設けた2003年には早速、引退をめぐる象徴的な騒動が起きた。当時85歳で比例の単独候補だった中曽根康弘氏(故人)に、小泉純一郎氏は「定年制」を理由に立候補を断念するよう勧告した。だが、中曽根氏は「これは政治的テロだ」として憤慨。議論が巻き起こったが、結局、中曽根氏が矛をおさめる形で同年に引退した。小泉氏は後に「嫌なことを言いに行くのは気が重かった」と述懐している。  昨年6月にも衛藤征士郎衆院議員(80)らベテラン議員が「政府が人生100年時代を唱える中で、年齢によって差別を行うのはおかしい」として、二階幹事長(当時)らに定年制廃止を求める要望書を提出。衛藤氏は「(二階氏は)当然じゃないか」と同意を示していたと記者団に語った。  こうした動きに、自民党青年局は、「(定年制撤廃は)世代交代に逆行している」として反発。当時の青年局長だった小林史明衆院議員(38)が下村博文選対委員長(当時)に定年制の維持を申し入れた。今年1月や8月にも、牧島かれん青年局長(44、現・デジタル相)が定年制厳守の申し入れをするなど、世代間の対立が続いている。  では、来るべき総選挙を前に自民党の若手議員はどう感じているのか。当選2回の三谷英弘衆院議員(45)はこう語る。 「定年制は、有権者からの期待に応えていくために必要な制度。この制度には、若い方をもっと登用してほしいという有権者の気持ちが反映されている。(政治の世界は)やはりどうしても高齢者ばかりになりがちなので、老壮青のバランスをとるために、党が決めた定年制をしっかり守っていただきたい」  二階氏、麻生氏ら重鎮が小選挙区で出馬を続けることはどう思っているのか。 「有権者から『国のためにこの人は必要だ』と思われるから当選するわけですから、それについては私がとやかく言えません。長年地盤を守ることも大変だと思いますし、80歳を超えても多くの方に応援してもらえるということは、それはそれで、すごいことだと思います」  その上で、党の未来についてこう話す。 「ご高齢の先生方に党内でいろんな仕事をされてしまうのか、それとも若手がご高齢の方を押しのけて仕事していくのかは、自民党の中にいるわれわれ次第。ご高齢の先生方に打ち勝っていく若い力をつけるためにも、党内で声を上げ、存在感を示していく必要があります。その意味で、若手の福田(達夫)さんが党総務会長に登用されたのは良いことだと思います」  当選3回以下の若手議員らでつくる「党風一新の会」に所属する衆院議員(50代)も、定年制については「厳守するべきです。中曽根さんをはじめ、歴代の議員たちも断腸の思いで勇退なさったわけだから、その決断を引き継いで尊重しなければならない」との考えだ。  また、当選3回の別の衆院議員(40代)も「(定年制は)そのまま堅持するべきです。経験豊富な議員が出ることにもメリットがありますが、それだと硬直化してしまう。党の若返りを図る意味でも、必要な制度だと思います」と述べた。  一方、前出の亀井氏は、定年制に反対意見を示す。 「赤ちゃんのくせにさ、『お父ちゃんお母ちゃんはもういらない』というのと一緒じゃないか。親だって、赤ん坊を捨てるわけにはいかない。もう親が必要ないなら、いなくなればいいんだけれど、子供が育たないとしょうがない。若い奴が育たないと引くに引けない。俺は今、社員2000人の会社を引き継いでいるけど、これも放っておけないんだよ」  だが、二階氏、麻生氏の2人は、その役割が果たせていないとも話す。 「今のままの2人だったら、引っ込んだほうがいい。老害になるよ。老害にならないためにはまず、あいつら自身が滝に打たれて考えなければいけないね。それで自らの歴史観、国家観をしっかりと持って、次世代に伝えていくべきだ」(亀井氏)  角谷氏は最後にこう語る。 「(長老議員が)権力がなければ仕事ができないと思っているのであれば、それ自体が問題です。議員バッジを付いていなくても、世のため人のために尽くしてきた人であれば、社会に貢献できるはずです」  80歳を超えた長老議員に権力を預けたままにしておくのか、若い世代による刷新力を期待するのか。「生まれ変わった自民党を国民に示す」と語った岸田首相の手腕が試される。(AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    現役引退する松坂大輔の妻・柴田倫世への誹謗中傷「度を超えている」と球界で怒りの声

    「平成の怪物」の現役最後の登板。全盛期の姿には程遠い。それでも懸命に右腕を振る西武・松坂大輔の姿に心を揺さぶられた。  19日の日本ハム戦。親交のあるEXILEの「real world」が登場曲で流れる。背番号18がマウンドに歩を進めると、スタンドから大きな拍手が注がれた。投球練習では右足でプレートの土を払う仕草。全国の野球少年がまねたルーティンを見るのもこれが最後だ。代名詞のワインドアップから投げ込む。横浜高の後輩・近藤健介に投じた5球の最速は118キロ。私たちが想像していた以上に松坂の体はボロボロだった。鮮烈なプロデビューを飾った1999年4月の日本ハム戦。片岡篤史に155キロの直球で空振り三振を奪った。引退登板でも対戦相手に思いを込めた直球を投げ、現役生活に幕を下ろした。  横浜高でエースとして3年春夏の甲子園で全国制覇を達成。98年ドラフト1位で3球団競合の末、西武に入団すると、3年連続最多勝など8年間で108勝を積み上げ、レッドソックスでも2007年に15勝、08年に18勝と、28歳の時点で通算141勝をマークした。第1回、第2回大会と連覇を飾ったWBCでも日本のエースとして2大会連続MVPに輝いた。だがその後は右肩、右ひじなど度重なる故障に苦しんだ。日本球界復帰した15年からのソフトバンク在籍3年間で未勝利。中日に移籍初年度の18年に6勝をマークしてカムバック賞を獲得したが、19年は右肩の故障が響いて未勝利に。古巣・西武に14年ぶりに復帰した昨年は7月上旬に右手のしびれを取るため、内視鏡による頸椎周辺の内視鏡手術を受けたが完治せず、昨季、今季と1軍登板なし。現役後半の13年間は度重なる故障で計29勝に終わった。  松坂は最後の登板前に行われた記者会見で、引退を決断した胸中を語っている。「キャンプが始まって、もうそろそろ打撃投手をやって、ファームの試合に投げられそうだね、というところまできた。そんな話をした矢先に、ブルペンでの投球練習の中で何の前触れもなく、右打者の頭のほうにボールが抜けた。それがちょっと抜けたんではなく、とんでもない抜け方をして。そういう時、投手は抜けそうだなと思えば指先の感覚で引っかけたりするんですけど、それができないぐらい感覚がなかった。そのたった1球でボールを投げることが怖くなってしまった」。  投げることが大好きだった男が投げることに恐怖を感じた。その苦しみは想像できないものだろう。  よどみなく話していた松坂が珍しく感情をあらわにしたのは家族に質問が及んだ時だった。しばらく言葉が出ず、目に涙があふれた。「辞めると報告したとき、泣いていた。妻に電話をしたら息子がいて『長い間お疲れさまでした』と言ってもらった。いい思いをさせてあげられたかもしれないけど、家族なりにストレスもあったと思う」  松坂が年俸に見合う働きができなかった現役後半はネット上で批判を超えた誹謗中傷のコメントが常態化して見られるようになった。松坂だけではない。04年12月に結婚した元日本テレビアナウンサー・柴田倫世さんに向けられた誹謗中傷の書き込みも多く見られた。  西武OBは松坂の心境を慮る。  「自分自身に向けられた批判なら結果を出していないからと割り切れる部分はあるが、家族に向けて見るに耐えられないコメントが大量に書き込まれるのは本当に辛かったと思う。大輔から笑顔が消えたのはケガで思うような球が投げられなかったからだけではない。奥さんや家族に対しての書き込みは明らかに度を超えていた。心もボロボロだったと思います」  松坂は引退会見でこう語っている。 「これまでは叩かれたり、批判されることに対して、それを力に変えて跳ね返してやろうってやってきたけど、最後はそれに耐えられなかった。もう最後、本当に心が折れたというか、今まではエネルギーに変えられたものが…受け止めて跳ね返す力がもうなかったですね」   西武OBのG.G.佐藤氏は19日に自身のツイッターで、「松坂大輔ほど実績があって、お金を稼いでる人でも誹謗中傷を相手に心を折る。それくらい誹謗中傷っていうのは恐ろしい。誹謗中傷は止めよう。そして、悪意がなくても投稿する前に『これは相手が傷付かないかな?』と一旦考えよう」と呼びかけた。  結果が出なければ批判されるのはスター選手の宿命といえる。ただ、松坂や家族に対して人格否定のようなコメントがSNS上で数えきれないほど見られたのも事実だ。批判と誹謗中傷は違う。SNSの無い時代だったら、これほどのストレスは受けなかっただろう。松坂が記者会見で語った言葉を受け止めなければいけない。(松木歩)

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    「好きな政治家」トップは河野氏「嫌いな政治家」は安倍氏 岸田首相は圏外

     人の話をよく聞くことを特技とする総理大臣が誕生した。ならば総理、本誌読者の声を真剣に聞いていただけまいか。永田町にいてはわからない国民の感覚を知ることができるから。ご自身の存在感の希薄さを認めるのは嫌かもしれないけれど。 *  *  *  やはり河野太郎氏は強かった──。  本誌が行った「好きな政治家、嫌いな政治家」アンケート。「好き」の1位に輝いたのは、先の自民党総裁選で敗れた河野氏だった。その他にも「好き」にランクインした政治家の名前を見て、政治ジャーナリストの角谷浩一さんが驚きの声を上げた。 「永田町の常識と国民の感覚とのズレを感じます。政界にいる人たちでは予想できない顔ぶれ。皆、ブレない人であるのがポイントですね。反タカ派が多く、全体のトレンドとして“安倍疲れ”があるのではないでしょうか」  河野氏が好きな理由として、以下のような声が届いた。「一番政務に取り組んでいる」(26歳・徳島県・男性)、「改革してくれそうだ」(56歳・神奈川県・男性)、「行動力と発言力と誠実さ」(65歳・福岡県・男性)、「発信力があり革新的」(82歳・福岡県・男性)  総裁選で河野氏支持に回った石破茂氏も「好き」で4位にランクイン。 「政権与党にいながらも総理や政府に物申す姿勢を持っている」(46歳・秋田県・男性)、「真剣だから」(70歳・栃木県・女性)、「国民に寄り添ってくれる。流されない人」(60歳・岐阜県・女性)  さて人気の河野氏を抑えて総理総裁の座に就いた岸田文雄氏だが、なんと「好き」9票、「嫌い」2票で、ともに十傑の圏外。つまりはちっとも関心がないということ。「嫌い」ランキングで金銀銅に輝いた歴代首相と違い、悪役ですらない。  作家の鈴木涼美さんはこの結果を見て、 「岸田さんは、まるで『半沢直樹』に出てくる体制側の悪の手下みたいです。国民が感想を持てないような人が、総理になるシステムを見直すべきでしょう。そういえば子どものころに見ていた総裁選でも、一番印象の薄い人が勝っていましたよね。小渕(恵三)さんとか。私たちのあずかり知らないところで首相が決まってしまうんです」  岸田氏を嫌う数少ない人は理由として「森友問題」(29歳・東京都・女性)を挙げていた。なかには「従来の政治手法とは異なる価値観を持っている可能性が高い」(76歳・千葉県・男性)と期待する人もいるのだから、声は声でも国民の声を聞いてほしいものだ。  そんな岸田政権を誕生させた元首相ふたりが、「嫌い」ランキングを爆走。1位の安倍晋三氏と2位の麻生太郎氏は、3位の菅義偉氏に圧倒的な差をつけている。  安倍氏を嫌う理由として届いた声は「自己保身が甚だしく説明責任を果たしていない」(42歳・東京都・男性)、「国を私物化」(32歳・東京都・女性)、「嘘を嘘と思わず、まるで真実のように嘘をつく」(70歳・福岡県・男性)、「官邸主導で官僚を骨抜きにして政治を駄目にした」(56歳・東京都・女性)、「安倍、麻生ともに坊ちゃん育ち。しょせん庶民の生活なんてわかりはしない」(80歳・神奈川県・男性)など。  もっとも安倍氏の名誉のため、「好き」でも5位に入っていることを付け加えたい。  さてこうした国民の指摘についてどう考えるか。安倍晋三事務所にコメントを求めるファクスを送ったが、残念ながら(当たり前か)期日までに返事はもらえなかった。  一方の野党だが、共産党政治家の人気が高い。志位和夫氏が2位、小池晃、田村智子両氏が同数の6位に入っている。衆参両院の定数は合わせて710。共産党の議員が25人しかいないことを考えれば、「好き」の十傑に3人がランクインしていることは驚異的だ。  とりわけ女性読者からの人気が高い。男女別に回答を集計すると、女性は志位・田村両氏で「好き」の1位2位を独占した。  この快挙(!?)に関する党のコメントをもらいたく、参院補選告示で慌ただしい7日に国会を訪ねた。応じてくれたのは、志位委員長その人。 「女性の方の期待をいただいたのは、大変光栄です。ここ1、2年、ジェンダー平等を求める非常に強いうねりが起こっていると思うんですね。党を挙げて、ジェンダー平等の問題に取り組んできました。それが評価いただいているとすれば、嬉しいです」  ランクインした他党の政治家についてもコメントを求めたが、「それは勘弁してください」と、まんざらでもない表情でかわされてしまった。  それに対して立憲民主党は……。来たる総選挙でも枝野幸男、蓮舫両氏が前面に出るのだろう。しかし「好き」「嫌い」ともに6位の枝野氏と、「好き」は圏外で「嫌い」で5位の蓮舫氏が選挙の顔でよいのだろうか。 「このふたりは挑発的、攻撃的で、キンキン怒っているイメージがついています。文句ばっかり、反対ばっかり言っている様子が頭に残っているんですね」(角谷さん)  大きなお世話かもしれないが、いっそ選挙の顔を長妻昭、小川淳也両氏に変えてみてはどうか。  長妻氏は「好き」の3位。「現状に満足することなく変化を与えられると思うから」(42歳・東京都・男性)、「物事の説明ができる。筋が通っている」(60歳・東京都・男性)、「異なる多様な意見にも耳を傾け謙虚に学ぼうとするから」(62歳・東京都・女性)など。  昨年公開されたドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」で、一躍知名度と好感度が上がった小川氏。女性だけの回答に限ると、「好き」で3位にランクインする。 「自分の仕事をしていると思う。パフォーマンスではなく」(62歳・兵庫県・女性)、「言動が的を射ている。自身の言葉で話す」(50歳・東京都・女性)、「明るく誠実そう」(70歳・兵庫県・男性)  前述の田村氏と小川氏の名を挙げて「国会でデータに基づいた論理性のある質疑をするから。生活者の目線で考えてくれるから」(58歳・東京都・女性)、「国民のことを真剣に考えてくれている」(59歳・北海道・女性)という声もあった。  女性の声が届きにくいといわれる日本の政治。女性政治家に期待する声が多いが、単純に女性政治家だからよいというわけでもなさそうだ。女性読者が「好き」だと選んだ政治家の中で、十傑に入っている女性は田村氏と小池百合子氏、高市早苗氏の3人。反対に「嫌い」では、稲田朋美、杉田水脈、三原じゅん子、蓮舫各氏の計4人がランクイン。  自民「嫌い」3氏については「誠実さが感じられない」(51歳・神奈川県)、「そもそも勉強不足」(50歳・東京都)、「日本会議系だから」(38歳・東京都)、「差別主義」(51歳・東京都)、「品格と勤勉さの欠如」(53歳・神奈川県)と、やや感情的なコメントが寄せられた。 「稲田氏が二階氏を上回る4位に入ったのには驚きました。以前、安倍さんとベッタリだったイメージが強いのでしょう。今はそういうこともなく普通に活動しているんですけど」(角谷さん) 「田村さんのように、女性に人気の女性政治家はとても貴重。それとは対照的に、自民党の女性は女性の支持を得られていません。というのも男性権力者に魂を売った彼女たちは、私たち女性のことを男性よりもわかっていないから。でも彼女たちが悪いというわけではなく、そうしなければ役職につけない自民党の体質が問題なんだと思います」(鈴木さん)  このアンケートは本誌公式ツイッターとAERA dot.で募集したもの。回答数が136と少なく「それだけ今の政治には関心がないのでしょう」(角谷さん)というなか、真摯に答えてくれた読者の声である。  ここで紹介した感覚が、永田町の常識になる日はくるのだろうか。(本誌・菊地武顕)※週刊朝日  2021年10月22日号

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    小室圭さんのロン毛を見てストンと胸に落ちた 私は眞子内親王の新しい人生を応援します

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、眞子さまの結婚について。*  *  * 小室圭さんのロン毛を見て、いろんなことがストンと胸に落ちた。   日本中が好奇の目を向けている中でのロン毛での帰国は、小室さんの圧勝が決まった瞬間のように見えた。多くの人の想定を超える空気の読めなさと(誰が小室さんがロン毛で帰国することを予想できただろう)、垣間見える尋常ではない深く強い自己肯定感。こういう人でなければ、何の後ろ盾もない一般男性が皇室の女性にプロポーズするなど、無理なことなのだと理解した。  おそらく眞子内親王には、それが分かっていたのではないだろうか。もう二度と、こんな男性は現れない、恋愛感情がいつか終わることなど百も承知、賛成されていないのも百も承知、とんでもない間違いを犯している可能性も百も承知、耳に入れたくない「言いたい放題」があることなど眞子内親王自身が百も承知だろう。それでもこの機会を逃したら一生ここから出る機会はないに等しい。出られたとしても、もうそれは10年、20年後のことかもしれない。少なくとも眞子内親王と恋愛し、無謀とも思えるプロポーズをするような2人目の「一般男性」が現れる可能性は限りなく低いだろう。「生きていくために必要な選択」というのは、眞子内親王にとって大げさでない真理なのだ。  改めて、皇室の女性たちが置かれている特殊で残酷な環境に思いを馳せずにはいられない。日本のプリンセスは結婚したとたんに「一般人」にならなければいけないという、女性だけに科せられた罰のような制度がある。罰のような制度にもかかわらず、女性が皇室にとどまることは“空気”として許されていない。とはいえ一人で勝手に出ていくことはできず、現実的には男性と結婚することで出ていかねばならない。  そのような現在の皇室そのものが性差別も甚だしい前近代的な制度であるにもかかわらず、「皇室は特別ですから」と放置され続けてきた。眞子内親王の結婚をめぐるさまざまな事柄が私たちに見せたのは、皇室の女性たちが強いられる制限が、もはや人権問題の域に入っていることなのかもしれない。東京のど真ん中に、憲法24条が無効の性差別が横行している巨大な村があるようなものだ。その村から女が自力で出るためには結婚という方法しかなく、その自力すら認められるのは非常に難しい。  眞子内親王と小室さんの結婚を応援している若い女友だちの話を聞くと、自分の人生を内親王の人生と重ねている女性が少なくないことに驚く。 「眞子さまには、幸せになってほしいです。私も眞子さまと同じで、結婚しか家を出る方法がありませんでした」  内親王より少し年上のその女性は、「家柄」を自慢するような家に育ち、親が思う「適齢期」の頃には「ゼクシィ」が山のように積まれ続け「結婚しろ」のプレッシャーを感じるようになった。ひとり暮らしを希望したが「とんでもない」と聞き入れられることは一切なく、「なにはともあれ結婚」と言われ続けた。大学時代から付き合っていた男性(アルバイトで生活をつなぐミュージシャン)との結婚を心から望んでいたが、「あり得ない」と一蹴され、親戚にすすめられた見合いで公務員の男性と結婚したのは29歳の時。夫に恋愛感情を持つことは一切ないが、そうでもしなければ自分の人生は始められなかったと言う。結婚して初めて、自分が選んだ食器をテーブルに並べた時の解放感は今でも忘れられないと言う。これ、100年前の話じゃなくて、今の東京での話だ。  健康に不安を抱えるシングルマザーの母親に育てられた別の女性は、母を一人にできないという思いで、今も高齢の母親と暮らしている。結婚する機会はあったが、どの男性も母親が嫌い、ののしり、否定し、一晩の旅行すら許されず結局諦めてきた。今は強い後悔をしている。結婚すればよかった、ほんとうはそれしか母親から離れる機会は私にはなかった、と。  また父親や親戚からの性暴力を継続的に子供時代から受けている女性は、家を出るための結婚を急ぐこともある。女のひとり暮らしなど到底許されない支配的で暴力的な空気のなか、家を安全に出られる唯一の手段が結婚という場合もあるのだ。  眞子内親王は、旧宮家でもなく、お見合いでもなく、「お家柄」でもなく、誰にすすめられたわけでもない一般男性と自らの強い意思で恋愛をした戦後初めてのプリンセスだ。そういう女性に、今、日本の若い女性たちが共感を寄せている背景に、日本を生きる女性たちが沈められている暗い沼の存在が他人ごとではないからかもしれない。内親王の決断は「家を出るため」の唯一の手段に見えるからかもしれない。それなのに、その意思を貫くために約1億5000万円の一時金を辞退したり、日本以外の国で暮らすことを選択したりする状況に追い込んだものは何なのだろう。  小室さんのロン毛。女性の自由と権利を搾取するシステムそのもののおかしさを超越した破壊力。私は初めて、小室さんを好きだと思った。もうこういう破壊力を持つ人しか、日本のプリンセスを自由にできないのかもしれない。眞子内親王の新しい人生を応援します。 ■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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    河北麻友子の人生の分岐点「ニューヨークで育って、死ぬと思っていた」

     ニューヨークで生まれ育ちながらも、日本の芸能界で活躍する河北麻友子さん。作家・林真理子さんとの対談では、自身の転換期を語りました。 *  *  * 林:はじめまして。まあ、なんてお顔が小さいんでしょう。背が高いんですね。もっと小柄かと思っていましたけど。 河北:ほんとですか? 163センチです。 林:あら、ふつうですね。お顔が小さいから背が高く感じるのかな。このたびはご結婚おめでとうございます。 河北:ありがとうございます。 林:どうですか、新婚生活は。 河北:何も変わらないんですけど、隠さなくてもよくなったという部分では、気がラクになりました。 林:コロナのときも、一人でおうちにいるよりは、二人でいるほうが楽しいですよね。 河北:はい、ほんとにそうだと思いました。コロナのとき家でずっと一人だったら、耐え切れなかったと思います。 林:今はご主人とお酒飲みながらネットフリックス見て楽しく過ごしているんですね。 河北:はい。今は「サイコだけど大丈夫」という韓国ドラマにハマってます。 林:お料理とかもするんですか。 河北:します、します。料理は私も彼も好きなので、二人で料理したりとか。 林:河北さんはニューヨークからの帰国子女ですけど、日本の男の人はアメリカの人に比べてもの足りないとか、そういうことはなかったですか。 河北:もの足りないとかいうことはないですけど、愛情表現が少ないなとは思いますね。だから「もうちょっと愛情表現してほしい」って要望を出しています(笑)。 林:芸能界広しといえども、ニューヨーク出身って河北さんくらいだと思います。ロサンゼルス出身はわりといらっしゃるけど。新田真剣佑さんとか。 河北:ああ、そうですね。確かにニューヨーク出身という方には、お会いしたことがないです。 林:しかも、マンハッタンなんでしょう? マンハッタンってニューヨークの中心部だけど、現地の学校に通ってたんですか。 河北:はい。ふつうの現地の学校に行ってました。 林:子どものときからブロードウェーのミュージカルとか見てたんですか。 河北:はい、見てました。 林:「キャッツ」とか「オペラ座の怪人」とか? 河北:「キャッツ」は、メチャクチャ繰り返し見ました。「オペラ座の怪人」も2回ぐらい見に行きました。 林:そのときから、私もああいう世界に行こうと思ってたんですか。 河北:ぜんぜんそんなことはないんです。たまたま11歳のときに、日本で「美少女コンテスト」(「全日本国民的美少女コンテスト」)というのがあることを知ったんです。それまでは将来何になりたいとかも考えないで、ふつうに学校に通ってたんですけど、「美少女コンテスト」というのに出会って、その年の夏休みは日本に行く予定がなかったので、コンテストに受かったら日本に行けるんだと思って、それで写真だけ送ってみたんです。落ちても何かを失うわけでもないし。 林:そうしたらトントントンッて行っちゃったんだ。 河北:まず10万人の中から書類選考で千人に絞られて……。 林:えっ、10万人も応募があるんですか。 河北:はい。「10万人の中の千人に選ばれました」って電話があって、家族で「それってすごくない?」「もう行くしかないでしょう」という話になり、日本に行くことにしました。その千人は対面式の面接があるんです、東京で。 林:ニューヨークからの旅費とか主催者側が出してくれるわけ? 河北:えーと、どこまで出してくれたか覚えてないんですけど、千人からどんどん絞られてきて、本選大会は21人なんです。その21人に選ばれて本選大会に出られることになったんです。 林:すごいじゃないですか。 河北:びっくりしました。私はそのとき、ニューヨークに帰るというのが絶対条件というか、そのまま日本に住むことはまったく考えていなかったんです。ところが、まさかと思っていたグランプリを取れてしまって、そこから日本に行くことを考え始めました。 林:そのとき11歳というと、小学校6年生ですよね。 河北:はい。「ニューヨークに帰って、レッスンをしてください」と言われて、そのあといろんなレッスンを受ける中で、芸能活動をやってみようかなという気持ちにだんだんなってきたんです。それで16歳のときに日本に来ました。 林:「美少女コンテスト」って、スターをいっぱい生んでいますよね。米倉涼子さんもそうだし、上戸彩さんもそうだし。そのグランプリを取って、お父さまもお母さまもびっくりですか。 河北:それはもう、全員がびっくりです。めちゃくちゃシャイで人見知りだったので、まさか私がグランプリなんて誰も思ってなかったと思います。 林:お友達もびっくりですか。 河北:いや、私の周りにも学校にも日本人はぜんぜんいなくて、日本人は自分一人だったので、ニューヨークの子たちはほとんど知らないと思います。 林:ニューヨークの友達には「マユ」と呼ばれてたんですか。 河北:「マユコ」(ユにアクセント)って呼ばれてました。 林:ニューヨークで、日本の雑誌やテレビは……。 河北:ぜんぜん入ってきていませんでした。ただ、ケーブルテレビでフジテレビだけは見られたんですよ。それで好きな番組を定期的に見てました。 林:当時のフジテレビってどんなのですか。 河北:「HEY!HEY!HEY!」とか「スマスマ」(「SMAP×SMAP」)とか。 林:ああ、その時代ですか。日本への憧れはあったんですか。 河北:すごくありました。 林:ニューヨークの女の子って、大学はどこに行くんですか。 河北:ニューヨークから出る人が多いかもしれないですね。私はニューヨークで生まれて育って、ニューヨークで死ぬと思ってたんですけど、この仕事をすることになって、日本に来たのが高校1年生のときだったんです。そして堀越高校に入ったんですけど、「堀越史上一のバカ」と言われて(笑)。 林:えっ、うそうそ! それは日本語がちゃんとできなかったっていうことでしょう? 河北:そうなんです。そう言われていたので、あまり説得力はありませんが、アメリカにいたとき、成績は悪くないほうでした。 林:じゃあ、将来は東部の有名大学に行こうと……。 河北:もしあのままニューヨークにいたら、あたりまえのようにそうだったんじゃないかと思います。 (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木敏雄) 河北麻友子(かわきた・まゆこ)/1991年、アメリカ・ニューヨーク出身。オスカープロモーション所属。2003年、第9回全日本国民的美少女コンテストでグランプリ・マルチメディア賞W受賞。モデルや女優など、幅広く活躍。「世界の果てまでイッテQ!」「BeauTV~VOCE」などのテレビ番組、「河北麻友子のマユコレ!」などのラジオ番組のほか、太田胃散「太田胃散整腸薬」、ライオン「Ban」、青山商事「ザ・スーツカンパニー2021春夏レディス」などCM出演も多数。 >>【河北麻友子、初対面の出川哲朗に「本番以外では、テッちゃんって呼ぶ!」】へ続く ※週刊朝日  2021年10月22日号より抜粋

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