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    大阪桐蔭を倒す方法はあるのか ベスト8に残った高校「勝てる条件」満たす2チーム

     いよいよベスト8が出そろった夏の甲子園。休養日を1日挟み、準々決勝の4試合は18日に行われるが、これまでの戦いぶりから優勝の行方と見どころを探ってみたいと思う。  まず最大の注目はやはり3度目の甲子園春夏連覇を目指す大阪桐蔭(大阪)だ。旭川大高(北北海道)との1回戦では序盤で3点をリードされる展開となったものの、2本のホームランなどで逆転勝ち。改めて初戦の難しさは感じたが、ここぞという場面で長打、ホームランが飛び出すあたりはさすがというべきだろう。続く聖望学園(埼玉)との2回戦は25安打、19得点で大勝。3回戦の二松学舎大付(東東京)戦も中盤以降は相手の粘りに追加点を奪うことはできなかったが、4対0と危なげなく勝利している。  強打がクローズアップされることが多い大阪桐蔭だが、今年のチームの強みは安定した投手陣にある。センバツで優勝を果たした後、春の大阪府大会と近畿大会、そして夏の大阪大会とここまでの甲子園と公式戦20試合を戦っているが、失点はわずかに17で、0点に抑えて勝った試合は12を数える。単純に計算すると1試合で1点とるのも難しいということになるのだ。旭川大高との試合で3失点を喫したエースの川原嗣貴も二松学舎大付戦では完封勝利としっかり調子を上げてきている。安定感では川原以上のものがある前田悠伍(2年)と、この夏大きく成長した別所孝亮(3年)も控えており、この3人から大量点を奪うことは考えづらいだろう。  そんな大阪桐蔭に勝つ方法となれば、やはりロースコアの展開に持ち込むというのが現実的である。参考になるのは今年のチームが公式戦で唯一の黒星を喫した春の近畿大会決勝の智弁和歌山(和歌山)戦だ。この試合で智弁和歌山は1回に先頭打者ホームランと、タイムリーエラーで3点を先制。その後の反撃を小刻みな継投でしのぎ、3対2で逃げ切っている。そして大きなポイントとなったのが長打を防いだことだ。4回までには3本のツーベースを浴びたが、5回以降に許した4安打はすべて単打となっている。  大阪桐蔭はノーアウト一塁だと意外とオーソドックスに送りバントをしてくることが多く、そこでしっかりアウトをとるということも当然重要になってくる。長打を多く許さないだけの投手陣と、きっちりした守備で最少失点に食い止めるということが大阪桐蔭に勝つための絶対条件となりそうだ。  ではこのような条件を満たすチームの候補としてはどこが挙げられるだろうか。投手陣の強さという意味ではやはり近江(滋賀)と仙台育英(宮城)の2校を推したい。センバツ準優勝の近江はエースの山田陽翔(3年)の存在がやはり大きい。ここまで3試合に先発し、24回を投げて34奪三振をマークしており、長打は5本しか打たれていない。センバツの決勝戦は準決勝で左足に受けた死球の影響で早々に降板となったが、万全な状態であればある程度大阪桐蔭打線を抑え込むことも期待できるだろう。  ただ問題なのは大阪桐蔭と対戦するまでに山田の状態が維持できるかという点だ。ここまで既に376球を投じており、3回戦ではそれまでの2試合と比べてストレートの平均球速は落ちていた。理想は準々決勝で山田を温存して勝ち上がることだが、これまでの試合を見るとそれは考えづらい。打線が奮起して、山田の登板イニングを減らすことができるかが重要になりそうだ。  力のある投手の数という意味では仙台育英が圧倒的だ。初戦の鳥取商(鳥取)との試合では5人の投手が登板し、全員が最速142キロ以上をマークして零封。続く明秀日立(茨城)との試合は終盤までリードを許す苦しい展開だったが、4人の継投で逆転勝ちをおさめている。山田ほど突出した投手はいないが、全員がストレートの速さだけでなくコントロール、変化球のレベルも高い。左右の異なるタイプを揃えているというのも強みだ。チームを指揮する須江航監督も打倒・大阪桐蔭のために投手を整備してきたと話しており、準決勝以降で対戦が実現すれば面白い展開になる可能性は高いだろう。  準々決勝で大阪桐蔭と対戦することになった下関国際(山口)も侮れない。左の古賀康誠(3年)から右の仲井慎(3年)への継投というパターンが確立されており、チーム全体での守備の意識の高さも目立つ。初戦で富島(宮崎)の好投手、日高暖己(3年)を攻略してきたことも大きな自信となっているはずだ。  チームとしての総合力を考えると、やはり大阪桐蔭が頭一つ以上リードしている感は否めない。しかし一発勝負のトーナメントでは何が起こるかわからないというのもまた事実である。残る7試合全てが持てる力を十分に発揮した好ゲームとなることを期待したい。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    “ダミー会社”通じて買い取り 旧統一教会の大阪の拠点はもともと市の施設 住民「今も不安」

     世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と、政治や行政との関係が取り沙汰されているが、大阪市が所有していた施設を旧統一教会が“ダミー会社”を通じて2011年に買い取り、拠点施設にしていた。当時、市議会などでも指摘されていたが、市は「当時は問題なかった」としている。  日本一の高層ビル「あべのハルカス」(大阪市阿倍野区)から地下鉄で1駅。幹線道路から路地を入ると、閑静な住宅街にれんが色を基調とした6階建ての建物が立っている。最上階はドーム形の豪華な造りだ。  入り口には、大きな表札のような置物があり、「世界平和統一家庭連合 大阪家庭教会」という文字と、同施設のシンボルマークがついている。  旧統一教会を20年近く信仰し、この建物に出入りしていたこともあるという元信者によれば、 「中は入り口に旧統一教会の創始者、文鮮明の大きな写真が飾られ、3階には立派な礼拝堂がありました。日曜日には信者が集い、祈りがささげられます。他の地域の教会は雑居ビルや民家というところもありますが、大阪家庭教会はすごく豪華です。渋谷(東京都)にある本部の次くらいに立派じゃないかと思います」  とのこと。  これだけの土地と建物を、旧統一教会はいつ、どうやって手に入れたのか。不動産登記を閲覧すると、興味深い内容が書かれていた。  1996年に完成した建物は、地上6階、地下1階、延べ床面積は約3300平方メートル。そして、登記の冒頭には「公立学校用地」とある。この建物は、かつて大阪市教職員互助組合の「阪南パラドーム」という研修や福利厚生の施設だったのだ。  50年以上、近所に住んでいるという男性は、 「(売却するという話が出た)当時、税金で作った学校の先生の施設を、『統一教会という怪しいところに売ったらアカン』と、反対の声が出ていた。署名も5千人以上集まり、『統一教会反対』などの看板を立てた住民もいたが、大阪市は聞く耳を持たなかった」  と当時を振り返り、憤慨する。  大阪市教育委員会によれば、 「20年ほど前に、市の財政を改善するための無駄の見直しがありました。必要性がない施設などの処分を検討する委員会が設置され、阪南パラドームも対象となりました。あまり利用がなかったからと推測されます。それを一般競争入札に付したところ、民間企業が落札し、そのまま売却となりました」  と説明する。  つまり、ぜいたくな施設で職員厚遇といった批判を受け、2006年に廃止。その後、一般競争入札の流れになった。  大阪市の資料や不動産登記などによれば、08年3月に7億5千万円でY社に売られた。阪南パラドームの総工費は約20億円と大阪市議会には出ており、半額以下での売却だった。その4カ月後には賃貸で旧統一教会が入居、11年に旧統一教会へ売却されている。  Y社の商業登記を確認すると、目的欄には毛皮、宝石、インテリア、呉服、絵画の販売と記されている。  前出の地元住民の記憶では、当初はY社の看板がかかっていたという。 「会社なのに、社員らしい人はまばら。日曜日になると大勢の人がやってくる。貼りだされたポスターなどから、旧統一教会ではないかとうわさになったのです。気がつくと、Y社が旧統一教会に貸していた」  全国霊感商法対策弁護士連絡会の加納雄二弁護士は、Y社の商業登記を見ながら、 「Y社は旧統一教会のダミー会社の疑いが極めて濃い。登記の役員欄から旧統一教会の信者、関係者である人物が何人も入っています」  と指摘する。加納弁護士が、そのことを示す書類を見せてくれた。  霊感商法で信者からペンダントを58万円で買わされたという被害者の代理人として、被害額を取り戻すための交渉をした際、返済するのは旧統一教会ではなく、信者のA氏が社長を務める会社がすることで合意。書類にサインした会社のA社長は、Y社の商業登記でも役員となっていた。  当時、施設の周辺住民から、退去を求める陳情書が市議会に提出されており、議会でもこの件について、旧統一教会と関係のある会社に市有財産を売却するのは問題ではないかと、論議されたことがある。  08年10月に開かれた議会の委員会で質問に立った田中ひろき市議は、 「教育委員会の阪南パラドームの土地が建物つきで一般競争入札に付されて、Y社という会社が落札して売却先となった。この会社が現在、建物を統一教会に貸していることが判明し、近隣の住民の方が大変不安に感じ、大阪市が統一教会を退去させるよう指導してほしい、ということがその陳情書には書かれてあったわけです」  などと指摘した。  さらに、「所有権がY社に移ってから1カ月後に、Y社は事業目的に、不動産の売買、賃貸、仲介及び管理と貸し会場の経営を追加していた」として、「これは初めから出来レースというか、ぐるだったのではないかと。地域住民が不安に思うのも仕方がないと感じるわけです。高値であれば少々チェックが甘くても売却すればいいという状況に今なってるとは思うんですけれども、市長自身、どう思われますか」などと述べ、Y社への売却について追及した。  加納弁護士ら弁護士連絡会も、「かねて自治体に、旧統一教会やそのダミー会社との関係を断つように申し入れをしていた」などとして、民間会社との売買契約を解除するよう大阪市に申し入れた。  その点について、改めて市に聞くと、 「一般競争入札の参加資格などは教育委員会とは別の部署でチェックします。そこで問題がないとの判断だったのでY社が落札となりました。Y社の役員欄を確認すれば、旧統一教会との関連性がわかった、とのご指摘ですが、当時はそういうルールは大阪市になかったようです」  と繰り返した。大阪市の話では、手続き上、問題はないのかもしれない。  しかし、田中市議は、 「Y社は、落札するとすぐに、不動産賃貸業などを登記に加えた。最初から、旧統一教会の施設にする目的で落札したのは明らか。大阪市は市有財産を売却するなら、もっと厳しくチェックすべきではなかったのか。周辺では、今も不安に感じている住民がいる。そこに、安倍元首相の事件です。より不安になりますよ」  と話し、現在も反社会的な活動の拠点になってはいないか、との不安が拭えないという。  加納弁護士がこう指摘する。 「旧統一教会が、何億円もする施設を買えたというのは、刑事事件にもなっている霊感商法や、信者にうそを言って献金させたカネがあるからです。登記を見ると抵当権の設定もないので、旧統一教会は現金で買っていると見られます。市民の貴重な税金で造った施設が旧統一教会に激安で渡っているのではないか。その施設がまた、強引な献金、霊感商法の舞台となりかねない。行政の責任は軽くない」  市民の財産を売却する際は、細心の注意を払う必要があるはずだ。今後に向けて改善策を講じてほしい。 (AERAdot.編集部・今西憲之)

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    爆笑問題の太田光さん、光代さん夫婦の番組を見て鈴木おさむが改めて自分の妻との距離感を考えた

     放送作家・鈴木おさむさんが、今を生きる同世代の方々におくる連載『1970年代生まれの団ジュニたちへ』。今回は、夫婦の距離感について。 * * *  NHK「ふたりのディスタンス」という番組があります。気になる「ふたり」に密着して、そのふたりならではの「距離」を見つめる番組。コロナ禍でも撮影できる。コロナ禍だからこそ、その距離感がおもしろくなる番組。僕は視聴者として見ているだけなのだが。  過去3回放送されていて、今回が4回目。なんと今回は爆笑問題の太田光さんと、妻の光代さん。夫婦でありながらタレントと社長という関係でもある二人。僕も自分が構成している番組で何度か夫婦の物語を取り上げさせていただいた。  この夫婦にしかない空気感。そして、ピンチをチャンスとして切り抜けてきた物語が僕は大好きだ。そんな二人の距離感はどんなものなのだろうと興味深く見た。  なんと結婚32年目だそうです。僕と妻は20年目なので、夫婦としても大先輩になります。  光さんの印象。普段は寡黙。  で、家の中での二人を撮影していたが、リビングで光代さんが話しているときに、光さんはずっと自分の部屋。まるで家にいないみたいに。それが日常だと言っていた。想像は出来たが想像以上の個人プレー。だけど、仲が悪い感じもしないし、なんだか愛しさはあって、それがこの二人の距離感なのかなと感じる。  番組内で、二人は10年ぶりの夫婦旅行に出かける。熱海の温泉宿でカメラは意識させない距離で撮影。  近くのビーチを歩く時に、先に歩く光さんを追いかけて、光代さんが腕を組む。これが日常かもしれないし、テレビカメラがあるから、意識したのかもしれないが、逆に言うと、カメラがいたことを利用したのかもしれないとも思った。こういう風でいたいと。  光代さんが言っていた言葉で胸に刺さった言葉がある。「空気みたいになりたくない」と。夫婦は年を重ねて空気みたいな存在になっていくのが理想とされているところもあったと思う。だけど光代さんは、そういう風になりたくないと。だからかき回すところもあると。僕は結婚して20年。たしかに意識しないと空気みたいになる瞬間って結構ある。  息子を授かり現在7歳。子供のことで今は一緒に話したり考えたりすることも多いのだが、光代さんの言葉を聞き、ふと考える。子供が大きくなったら、自分たちはどうなるんだろうと。  空気みたいな存在になるかもしれないと。  僕と妻の大島美幸は交際0日で結婚して、最初は、妻は僕に敬語で話していた。僕を「おさむさん」と呼び僕は「大島」と呼んでいた。だけどあるとき妻が「これじゃあ仲良くならないから、呼び方を変えよう」と言った。妻を「みいたん」と呼び僕を「むうたん」と呼ぶと妻が決めた。なかば罰ゲームみたいだったが、一週間もたつと妻の敬語は消えて二人の距離感は一気に変わった。あの時、妻が提案してくれたからその距離感が出来た。  結婚して20年を振り返ると、妻がなんだかんだで、かき回してくれていたんだなと気づく。  太田夫婦の「距離感」を見て、これからは僕もかき回す努力をしなければと思った。  番組内で二人でトランプやって熱くなっているシーン。なんだか泣けたな・・・。 ■鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。パパ目線の育児記録「ママにはなれないパパ」(マガジンハウス)、長編小説『僕の種がない』(幻冬舎)が好評発売中。漫画原作も多数で、ラブホラー漫画「お化けと風鈴」は、毎週金曜更新で自身のインスタグラムで公開、またLINE漫画でも連載中。「インフル怨サー。 ~顔を焼かれた私が復讐を誓った日~」は各種主要電子書店で販売中。コミック「ティラノ部長」(マガジンマウス)が発売中。原案・脚本を担当した「運命警察」(テレビ東京)がOA中。

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    ミッツ・マングローブ「国葬にふさわしい『人』でなく『国』」

     ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「安倍晋三元首相の国葬」について。 *  *  *  先月からテレビのリモコンが見当たりません。外に持ち出すはずもなく、要するにテレビのリモコンが見当たらなくなるぐらい家が散らかっているということです。よってここ数週間、家でテレビを観ていません。世の中の出来事はネットニュース頼み。おまけに、尻に敷いても壊れないと評判の拡大鏡を足で踏み潰してしまったため、スマホの画面もよく見えず、世間で何が起こっているかほとんど把握できていない状態です。  そんな情報弱者に成り下がった女装オカマの耳にも、先に亡くなった安倍元首相の国葬に対する賛否の声は聞こえてきます。安倍さんほどの人でなくとも、誰かが亡くなった直後というのは、様々な感情論も含め「喪失ハイ」に陥りがちなので、しばらく経ったらある程度の「揺り返し」が起きるのは予想していましたが、日本人としては聞き慣れない「国葬」なる言葉にやたらと敏感な人がなんと多いことか。  言ってみれば「国葬」も、国を挙げてのイベントという意味ではオリンピックや万博(厳密にはどちらも都市開催ですが)と同じです。ただこればかりは、何年もかけて議論するような案件ではありません。仮に是非を考えるのであれば、果たして今の日本に「国を挙げてのイベントを催す必要性があるかないか」だと思います。  前回の国葬は1967年。吉田茂元首相が亡くなった時でした。この頃の日本と言えば、その3年前に初めてオリンピックが開催され、新幹線や首都高が開通。まさに敗戦からの復興と経済成長を国単位で実感し、それを諸外国に見せつける「大義」があった時代です。無論、吉田茂も安倍晋三も同じくらい偉大な首相であったことに変わりありません。しかし、ふたりの決定的な違いは、政治的功績でも国際的知名度でも任期や人気でもなく、この「時代」の差なのではないでしょうか。  オリンピックや万博が国を挙げた「村興し」であるように、「国葬」もまたその国の勢いや結束力を顕示する側面の強いものです。そういった意味で、今の日本は「元首相の国葬」を出すような国なのかどうか。迷うべきポイントはそこであって、安倍さんが国葬にふさわしい人か否かを判断するのであれば、いっそ国民投票でもしないことには公平な答えなど出ないでしょうし、そんな時間はないからこそ、現職総理の鶴の一声で決まるわけです。  私はなんでもかんでも「税金の無駄だ!」と主張するような貧しい精神の持ち主ではありませんが、そもそも日本の国葬を体験したこともないですし、どちらかというと「昔のもの」「不安定な国のもの」というイメージが強い国葬故に、「今さら思い出したように国葬?」という気持ちがないわけではありません。一方で、「オリンピックを自国開催するよりかは有意義だ」とも思います。  ちなみに「国葬」とは別に、天皇ならびに上皇が崩御した際に発せられる「大喪」という儀式が日本にはありますが、今回この「大喪」と「国葬」を混同したり並列で捉えている人も少なくないようです。そこだけははっきりと区別・認識しておいて頂きたいものです。ましてや政治学者を名乗る方なのであればなおさら。落ち着きましょう。 ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する※週刊朝日  2022年8月19・26日合併号

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    187票差で杉並区初の女性区長、岸本聡子さんの異色経歴 「男社会に風穴あけなきゃダメ」

    「学生時代に、週刊朝日でバイトしたことがあったんですよ。まだ携帯がない時代で、何かあった時に記者のポケベルを鳴らして呼び出す仕事をしていたんです。懐かしいな」  気さくな笑みを浮かべて話すのは、2022年6月に東京都杉並区長選で初当選した岸本聡子さん(47)だ。大学卒業後、オランダとベルギーで約20年暮らし、国際シンクタンクの職員として公共政策の研究に携わった。区長選への出馬を表明したのは今年4月。区内に移り住んだのも同月だ。行政職や議員の経験もなく、一見無謀に見える挑戦。だが、支援者らと繰り広げた草の根の選挙活動が注目を集め、投票日前日にはその氏名がTwitterでトレンド入りするほどの話題に。最終的に現職の区長をわずか187票差で破り、接戦を制した。  たとえ区民であっても、区議選挙に出たり、ましてや区長に立候補する発想は浮かびづらいものだ。「区長って、誰でもなれるんでしょうか?」そんな記者の素朴な問いかけも、軽んじることなくまっすぐに答える。 「25歳以上であれば、誰でもなれますよ。私自身、選挙に出る前は公職選挙法も読んだことがありませんでした。選挙上の細かいルールを学ぶ必要はありますし、『供託金』という預け金も必要になってきます。でも、それはどちらかといえばテクニカルな話。選挙を通して実現したいことが明確であれば、誰にでも門戸は開かれています」  岸本さんの「区長への道」は、いかにして開かれたのだろうか。  東京都大田区に生まれ、大学時代までを横浜市で過ごした。日本大学文理学部に入学すると、環境NGO「A SEED JAPAN」に入り、若者たちによる地球温暖化防止キャンペーンなどに邁進する。4年時に代表に就任し、卒業後はそのまま、団体の専従スタッフとなった。当時から政治への関心は高かったのだろうか。 「いえいえ、それはもっともっと後の話です。環境運動にも生物多様性、気候変動、オゾン層と色んなテーマがあって、提言をしたりイベントを開いたりと、『運動』というよりサークル活動に近い感覚でした。みんなで一つの事を成し遂げることが楽しくて、会社に入ることも全然考えられなくて。今思えば、行政職を目指す道もあったと思いますが、そんな計画性もなかったです」  環境NGOでの活動を通じ、「環境的レイシズム(環境的人種差別)」という概念に出会い、衝撃を受けた。有色人種、女性、子どもなど、経済力の弱い社会的マイノリティほど、原子力発電所や軍事基地の近くに住まざるを得ない傾向が高く、汚染や健康の被害も集中しやすいという考え方だ。環境問題を考えるうえで、科学的要因に限らず政治的な力関係への着目が重要だと気づいた経験は「運動を続けた原動力でもあり、その後の政治活動にもつながった」と振り返る。  01年、長男の出産を機にパートナーの母国であるオランダのアムステルダムに移住。10年代に入り、地域から民主主義を志向する「ミュニシパリズム」と呼ばれる運動がアルゼンチン、スペイン、イタリアなど世界各国で広がる様子を目の当たりにし、地方自治に関心を持つようになった。「外国人」として地域活動に関わることができる範囲への限界を感じていた折、杉並区政の刷新を考える住民らが立ち上げた市民団体「住民思いの杉並区長を作る会」から、区長選出馬の打診を受ける。 「面白いことに、選挙権は3カ月住民票がないと与えられないんですが、立候補は住民票さえあればいつでもできるんです。最初は『杉並区に住んでるわけでもないし、無理無理』と何度も断っていたんですが、支援者の方々がネットで調べて『出られるよ』と教えてくださって。選挙時期もかなり近づいていたので、とりあえず住民票を杉並に移して住み始めたという感じです」  約20年間の海外生活を経て、暮らし始めたのは東京・西荻窪。駅周辺に個人経営の飲食店や雑貨店が立ち並び、「ニシオギ」の愛称で親しまれる人気のエリアだ。 「うちからちょっと歩くと昔ながらの豆腐屋や肉屋が並んでいて、タイムスリップしたような衝撃を受けました。元々、東京にはあまりいいイメージがなかったんですが、一発で街が好きになりました」  選挙戦では、区立施設の統廃合や駅前再開発、大規模道路拡幅計画など、住民の合意が得らない計画の抜本的な見直しを訴えた。 「(政策については)私がゼロから考えたわけではありません。住民思いの杉並区長を作る会が何年も議論をしてできていた政策集があり、まずはそこから出発しました。土台があったとはいえ、伝え方は試行錯誤でした。選挙は正解がない世界。何の経験もないから、これはやるべきかことか、正しいことをやっているのか、何もかもがわからないんです」  それでも、毎日街頭に立って演説をしていると、立ち止まってもらったり、質問をされたりすることも増えていく。街宣と街宣の間には「タウンミーティング」という名前で地域住民とディスカッションを重ねながら、政策集をバージョンアップしていった。  無名の新人候補を支援すべく、歴史教科書問題、児童館廃止などの問題に関わってきたグループ、環境カフェ、地域の保育士など様々な団体や個人が連なり、ともにアイデアを練った。その中で生まれたのが「サポメンひとり街宣」。岸本さんが街頭宣伝に出ているときは、支援者の誰かが、代わりに駅前で応援演説に立つというスタイルだ。 「(ひとり街宣は)自然発生的に生まれたものです。選挙戦が始まった時、支援者の方々には『無名候補なんだから、とにかく住民に顔を知ってもらうことが大切』と言われていて。そんな状態を見かねて、その中のお一人が『それなら私がポスター持って立っています』と申し出てくださったんです。そうしたら『じゃあ僕も、私も』とスタイルが広がって行きました」  演説時はマイクを回して聴衆が質問や意見を述べる時間を作るなど、傾聴と対話を大切にした。学生時代、「A SEED JAPAN」で岸本さんと活動したファシリテーターの青木将幸さんは、選挙初日、永福町駅前で岸本さんの演説を聞いた際の印象をこう語る。 「同じ団体で活動していた時代から、さっちゃん(岸本さん)は先輩後輩関係なく、どんな人にも対等に話ができる人でした。聴衆の中には初めてマイクを握る方も多く、初めは戸惑う様子もありましたが、候補者に聞く姿勢があることがわかり、だんだん『この人は話して大丈夫だな』という、安心感のようなものがその場に広がっていきました」  こうした姿勢の理由を、本人はこう話す。 「選挙では、たとえ誰も聞いていなくても人前で話すという、拷問のようなことを何週間もやらないといけません。今までもレクチャーや会議で話すことはありましたが、目の前には人がいたので、最初は苦痛でした。足を止めて聞いてくださる方が増えていくにつれ、せっかくなので皆さんから質問を出してほしいなと思ったんです。例えば教員なら教育、保育士なら保育、看護士なら医療と、それぞれの分野で話したいことがある。マイクを回していくと、もうなんでもかんでも話題が出てくるんですよね。そうした中で、少しずつスタイルが出来上がっていきました」  当選後の今、勝因をこう振り返る。 「とにかく色んな立場の人たちが関わってくれた選挙でした。その人たちにとって『自分ごと』になったということが一番大きかったと思っています」  就任後の報道では、「杉並区初の女性区長」という点も強調された。過去に記者が取材をした中では、性別にのみ注目が当たることを当の本人が快く思っていないケースもあった。「岸本さんの場合はどうですか?」と聞いてみると、あっけらかんと答えた。 「むちゃくちゃ強調したいです(笑)。こないだ、省庁発の学習イベントに参加したんですが、講師は25人全員が男性だったんです。もしこれが国際的な会合であれば、性別はもちろんのこと、人種のバランスも考慮しないといけない。でも、日本の社会はこの状態が当たり前に粛々と続いてきたんだなと思ったのね。そのくらい男社会なんだから、風穴あけなきゃダメでしょ、ぐらいの気持ちでいます」  当選後は日本外国特派員協会で会見を開くなど、海外メディアからの関心も高い。杉並区というローカルな単位から、今後どのような変革が起こるのか。いま、世界からの注目が集まる。 (本誌・松岡瑛理) ※週刊朝日オンライン限定記事

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    野手で「上位候補は2人」か 夏の甲子園で評価を上げた“ドラフト候補”は誰だ

     熱戦が続いている夏の甲子園だが、8月13日の大会第8日に全出場校が登場したこともあって、スカウト陣の視察はひと段落したことになる。昨年の風間球打(明桜→ソフトバンク1位)のような目玉は不在と言える大会だったが、投手で最高の評価を得た選手と言えばやはり山田陽翔(近江)になるだろう。  1回戦では冨田遼弥(鳴門)との好投手対決を制して8回を13奪三振、四死球0、2失点(自責点は1)と好投。続く2回戦の鶴岡東戦では3回に2本のホームランを浴びて一時は逆転を許したものの、中盤以降は立ち直り、12奪三振で3失点完投と見事なピッチングを見せた。ストレートの最速はどちらの試合も自己最速に迫る148キロをマーク。中盤以降も球威が落ちることなく、アベレージのスピードも十分で、さらに真上から腕が振れるため上背以上にボールの角度が感じられる。  そしてストレート以上に素晴らしかったのが変化球だ。ツーシーム、カットボール、スプリットとスピードがあって打者の手元で変化するボールを見事に操ることができており、多くの三振を奪えるのはこの変化球の質と精度が高いことが大きな要因となっている。上背の無さを指摘する声もあるが、これだけスピードがあって変化球のレベルも高く、さらに大舞台でも十分な結果を残しているとなれば2位以内の上位指名で消える可能性は高いだろう。  山田に比べると完成度は落ちるものの、スケールの大きさを見せたのが武元一輝(智弁和歌山)、川原嗣貴(大阪桐蔭)、田中晴也(日本文理)の3人だ。武元は初戦で国学院栃木に敗れたものの、最速148キロをマークしており、恵まれた体格から投げ込むストレートは威力十分。少し肘の位置が低いため上背の割に角度はないが、球持ちが長く、打者の手元でも勢いが落ちなかった。川原は初戦の旭川大高戦でツーランを浴びるなど3失点と少し苦しんだが、それでも試合をしっかり作って見せた。まだ細身だが188cmの長身から投げ下ろすボールは角度があり、コントロールも安定している。田中は新潟大会でできた右手のまめの影響で本来の力を発揮することはできなかったが、それでも最速148キロをマークし、潜在能力の高さは見せた。昨年と比べて制球力が上がった点も成長である。  他の投手では日高暖己(富島)、猪俣駿太(明秀日立)、有馬伽久(愛工大名電)、宮原明弥(海星)、生盛亜勇太(興南)、別所孝亮(大阪桐蔭)、森本哲星(市立船橋)、森下瑠大(京都国際)なども素材の良さが目立った。日高、森本、森下はプロ志望とのことで、最後までリストに残す球団も出てくるだろう。  野手で上位候補になりそうなのが浅野翔吾(高松商・外野手)と松尾汐恩(大阪桐蔭・捕手)の2人だ。浅野は初戦の佐久長聖戦で2打席連続ホームランを放ち、そのパワーを十分に見せつけた。特に1本目は逆風の中で右中間の最深部まで運んだものであり、高校生ではなかなか見ることのできない打球だった。少し守備で緩慢な動きがあったのは気になるものの、俊足と強肩も兼ね備えており、またその運動能力の高さを生かして内野への転向も視野に入れて指名を検討する球団も出てきそうだ。  一方の松尾も1回戦で3安打を放つと、続く2回戦の聖望学園戦で2打席連続ホームランを含む4安打5打点と大活躍。浅野と比べると細身だが、体の回転の鋭さ、リストの強さは圧倒的なものがあり、打球を飛ばすコツを知っているように見える。さらに守備面でも2.00秒を切れば強肩と言われるイニング間のセカンド送球で度々1.7秒台をマーク。これはプロでもトップクラスの数字である。キャッチング、ブロッキングなども秋、春から着実に成長している印象だ。少し選手としてのタイプは違うが、大阪桐蔭からは森友哉(西武)以来となる捕手の1位指名も期待できるだろう。  この2人に続く存在となりそうなのが戸井零士(天理・遊撃手)、前田一輝(鳴門・外野手)、黒田義信(九州国際大付・外野手)の3人だ。戸井は1回戦で左右に打ち分けて3安打をマーク。2回戦では相手のファインプレーに阻まれて1安打に終わったものの、度々鋭い当たりを放った。守備も堅実で、打てるショートとして評価が高い。  前田は190cmの大型外野手。1回戦で山田の148キロをとらえてタイムリースリーベースを放ち、さすがのパワーを見せた。力任せではなく、バランスの良いスイングも長所。また投手としても軽々140キロを超えるスピードをマークしており、強肩も魅力だ。黒田はスピードが魅力の外野手。2試合で1安打に終わり、打撃ではアピールができなかったが、セーフティバントでの一塁到達で3.7秒台をマークするなどその脚力は素晴らしいのがあった。まだ細身だけに、しっかり鍛えれば長打力もついてくるだろう。  他の野手では山浅龍之介(聖光学院・捕手)、片野優羽(市立船橋・捕手)、渡部海(智弁和歌山・捕手)、野田海人(九州国際大付・捕手)など捕手に好素材が多かった。特に春からの成長ぶりを見せたのが山浅だ。捕球から送球の動きが速く、コントロールも素晴らしいものがある。またバッティングも長打力がアップし、度々外野の後方へ大きい当たりを放った。プロ志望なら指名の可能性は高いだろう。  大会前は目玉不在というのがもっぱらの評判だったが、それでも山田、松尾、浅野など注目された選手が圧倒的なパフォーマンスを見せており、全体的にも楽しみな選手が多い大会だったという印象だ。10月のドラフト会議でも、ここから多くの選手が指名されることも期待できそうだ。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    海外で働くチャンスを得たが出産年齢で悩む35歳女性に鴻上尚史が示した大人が「人生を決断」する方法

     会社の海外就労制度の権利を得たが出産年齢を考えて悩む35歳女性。夫も後ろ向きな態度ななか、人生の決断をどう決めるべきか問う相談者に、鴻上尚史がまず伝えた「悩むことと考えることを区別する」の原則とは? 【相談154】出産と海外就労制度のはざまで胸が苦しくなります(35歳 女性 豆太郎)  鴻上さん、こんにちは。いつも的確なアドバイスで、尊敬しています。  私は社会人11年目で、これまで仕事をがむしゃらにやってきました。楽しく、やりがいもあり、このまま成長を目指していきたいです。がんばってきた甲斐があってか、来年度、海外の事務所で働く海外就労権利を会社からもらうことができました。海外就労制度は新入社員時代からいつかは行きたいと思う憧れの制度で、希望者が全員行けるわけではないので、いつか選ばれたいと思いながら働いてきました。  ただ、私は現在35歳。期間は1年なので、帰ってきたら37歳です。結婚して2年目です。夫はいつか子どもが欲しいと思いながら私がプロジェクトに邁進しているのを見て、そのプロジェクトが終わるまではと待ってくれていたようです。  海外渡航の権利をもらえたこと、行きたいことを伝えると、賛成も反対もしていないような反応で、部屋にこもってしまいました。子どものことは直接言われていませんが、きっとそのことを考えていると思います。  私自身、周りの友達がどんどん出産し、焦りの気持ちも大きく、芸能人であっても同世代の人の出産を見ると少し気持ちが沈みます。ただ、やはり海外で挑戦したいのです。  子どもがいないことを一生後悔するのか、海外赴任しなかったことをずっと後悔するのか、考え始めると嬉しいはずの権利が枷となって胸が苦しくなります。  鴻上さんは人生の決断をどうやって決めてきましたか。教えてほしいです。 【鴻上さんの答え】 豆太郎さん。大変ですね。この質問を、自分のことのように感じて胸を痛めている人も多いと思います。 「鴻上さんは人生の決断をどうやって決めてきましたか」という質問ですね。  この連載でも書きましたが、僕は「悩むことと考えることを区別する」という原則で20代を過ごしました。  悩むと時間だけは過ぎていきます。が、やれることはなにも浮かびません。が、考えれば、少なくともやることは浮かびます。それがうまくいくかどうか分かりませんが、とりあえずなにかやってみようと思うことが浮かぶのです。  ところが、30代になると、ちゃんと考えているのに、分からなくなることがでてきました。「悩むことと考えること」の対立ではなく、「考えることと考えること」が対立するようになったのです。  どちらも同じぐらい正しくて間違っていると感じることです。どちらを選んでも同じぐらい後悔するだろうと思えることです。  これが「大人の課題」なのだと思いました。「悩むことと考えることを区別する」のは「青春の課題」で、「考えることと考えることを区別する」のが本格的な「大人の課題」だと思ったのです。 「どっちを選ぶのが正しいんだよお!」と人前で叫び出したい誘惑をぐっとこらえ、分かってるもんねーなんて顔をして、ドキドキしながら選択していくことが増えていきました。  さて、豆太郎さん。「考えることと考えること」を区別するようになって、結局、僕がしたことは二つの「考えること」の違いを考え抜くことでした。  つまりは、じっくりゆっくりとことん考えて、ほんの少しの小さな違いを見つけ出すということです。諦めず、粘り強く、いろんな角度で考えて、二つの「考えること」のささいな違いを見つけ出そうとしたのです。  豆太郎さんのケースなら、「海外で働くこと」と「子供をつくること」のどちらも切実な願いです。  これが「青春の課題」なら、じっくり考えれば、「自分はどちらを希望しているのか」が明確になってきます。世間体とか親の期待とかプライドとか、いろんなものがじっくりと考えることでゆっくりとはがれていくのです。  でも、「大人の課題」は、どちらも同じぐらい希望していると結論するのです。  そうなったら、次に考えるのは「二つは絶対に両立しないのか?」です。  豆太郎さんは36歳で海外に1年行きます。そのままだと妊活は37歳以降になるということですね。でも、37歳以降だと、妊娠は絶望的なのでしょうか。  37歳以降で妊娠の可能性はゼロでしょうか? だとすれば、どちらかを選ばなければなりません。  でも、僕は37歳以降でも、妊娠の可能性は全然ゼロではないと思います。  もちろん、35歳で妊活を始めた方がいろいろと有利かもしれません。でも、35歳で妊活を始めても、結局、妊娠したのは37歳だった、というケースも珍しくないと思います。  妊活の種類も問題になるでしょう。月に一回の妊活でなんとかなるのか、どちらかのコンディションが問題で人工授精を考えなければいけないレベルなのか、それも調べておく大切な問題だと思います。  もし、月に一回の妊活でなんとかなるレベルなら、例えば海外に行くけれど、最後の3カ月、夫が毎月定期的に豆太郎さんと会うという方法もあるかなと思います。夫の負担は大きいですが、観光旅行とか息抜きをかねて来てもらって、お互い、がんばるのです。それでうまくいけば、36歳のうちに妊娠できるのではないかと思います。  豆太郎さん、どうですか? 僕はこうやって「人生の決断」を決めてきました。  もちろん、考えても考えても、どちらが正しいか分からないということはあります。どちらも希望していて、どちらも大切だと思って、でも二つは両立しないケースです。  そういう時は、僕は考えることをやめて、もちろん、悩むこともやめて、あっけらかんと運に身を任せます。 「道を歩いていて次に出会う人が男性ならA案、女性ならB案」とか「サイフから100円玉を取り出して、製造年が偶数ならA案、奇数ならB案」とかです。  これは冗談ではなく、本当に何回か、こういうやり方で人生の決断をしました。だって、考えても考えても、二つの違いが分からないのなら、考えるだけムダですし、そのことで苦しむのはバカバカしいと僕は思っているのです。  どちらを選んでも、同じぐらいもう片方を選ばなかったことを後悔するのなら、そもそも、後悔してもムダだっ!と思っているのです。  でも、これは、本当に「考えて考えて、いろんな人の意見も聞いて、いろいろと調べ尽くした」後の方法です。  考えるのが面倒くさいから飛びつく方法ではないのです。  どうですか、豆太郎さん。僕はこんなふうに人生の決断をしてきました。「大人の課題」は、本当に難しく、正解は簡単には見つかりません。  だからといって、そのことに苦悩して、押しつぶされるのは人生に対してもったいないと思います。どんな決断をするにしても、「考え抜いたんだから、これでいいの!」と胸を張れたら素敵だと思っているのです。  豆太郎さんが後悔のない決断ができますように。 【追記】 この回答に対して、「一冊の本」の編集長より「夫と話し合うということは言及しないのでしょうか」というサジェスチョンをもらいました。もちろん、夫と話して、お互いが納得できる落とし所が見つかれば素敵です。そうなれば、何の問題もありません。でも、話し合っても話し合ってもお互いが歩み寄れず、お互いの希望が完全にぶつかる時は「大人の課題」だと考えます。その場合の考え方を僕は答えたのです。ですから、まずは「夫とたくさん話す」というのは大前提です。はい。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    巨人がBクラス転落も、他球団からは「うらやましい」の声

     借金生活で逆転優勝が厳しくなった巨人。エースとして長年活躍してきた菅野智之が6勝6敗と波に乗れず、救援陣も「勝利の方程式」が確立できていない。今年故障で3度戦線離脱した主将・坂本勇人の「ショートの後継者」も頭を悩ませる問題だ。  ただ、長期的視点で考えると悲観することばかりではない。  他球団のチーム編成部の関係者は「巨人は将来が楽しみな若手が多い。特に投手陣はエースになれる可能性を秘めた素材がゴロゴロいてうらやましい。彼らが大成できるかは1軍の舞台で投げ続けられるかにかかっている。巨人は外部からの補強に積極的な球団なので、即戦力の投手が加入したら若手の登板機会が減ってしまう。少し時間がかかるかもしれませんがじっくり育てた方がいいと思います」と指摘する。  確かに、今季は新しい力が躍動している。ドラフト1位・大勢は抑えに抜擢されて28セーブの大活躍。新人王だけでなく最多セーブ投手の記録も十分に狙える位置につけている。また、堀田賢慎、堀田賢慎、赤星優志、大勢、平内龍太、山崎伊織、直江大輔がプロ初勝利をマーク。1シーズンでプロ初勝利7人はプロ野球最多記録だ。プロ4年目で自身初の2ケタ勝利を挙げた戸郷翔征を含め、若手の成長株たちが次々に頭角を現している。  スポーツ紙記者は「戸郷、山崎伊、堀田、直江はそれぞれタイプは違いますが直球に力があり、チームの柱にならなければいけない投手たちです。戸郷は22歳、山崎伊は23歳、堀田は21歳と年齢が近い。直江も戸郷と同学年の22歳です。斎藤雅樹、桑田真澄、槙原寛己が『史上最強の3本柱』を結成したように、生え抜きの投手たちで先発ローテーションの中心を担ってほしいですね」と期待を込める。  巨人はFA市場に積極的に参入してきた歴史がある。他球団のエースや4番打者を獲得することは大きなプラスアルファが期待できる。近年では、2020年オフにFA権を行使した井納翔一(DeNA)をヤクルトと争奪戦の末、獲得に成功している。  ただ、上記の選手たちが期待通りの活躍をしたかと言えば疑問だろう。中日で最優秀防御率のタイトルを2度獲得した野口茂樹は巨人在籍3年間でわずか1勝のみ。門倉健も巨人でプレーした2年間で1勝に終わった。野上亮磨も3年間で5勝止まり。救援で活路を見いだしたかにみえたが、右肩痛により昨年限りで現役引退を決断した。井納も背水の陣を迎えている。移籍1年目の昨年は5試合登板で0勝1敗、防御率14.40の大誤算。今季は6月22日のDeNA戦で暴投を含む4球連続ボールの四球で即降板、ファーム降格を命じられる試練を味わった。新型コロナウイルスの感染者がチーム内に続出した影響で8月2日に再昇格し、救援登板した6日のヤクルト戦で移籍後初勝利を飾ったが、15日に登録抹消された。 「FA権を行使する選手は実力的に峠を越えた選手が多い。活躍しても最初の1、2年でその後は不良債権と化してしまうケースが珍しくありません。それなら生え抜きの選手を育てた方が長期で活躍できる。毎年のようにFAで選手が退団しても強い西武がチーム作りの好例です。野手も増田陸、中山礼都を筆頭に楽しみな若手が多い。今年は低迷していますが、若返りの過渡期なのでじっくり腰を据えて育成に神経を注いだ方が良いでしょう」(スポーツ紙デスク)  戸郷、山崎伊、堀田、直江…未来のエース候補の若武者たちが「投手王国」を再構築できるか。(梅宮昌宗)

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    9時間前

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    足の裏にできたほくろ、爪に出現した黒い線は危険!見落としやすい皮膚がんは?

    足の裏にできたほくろ、爪に出現した黒い線、いんきんたむし(陰部の水虫)だと思って水虫の薬を塗り続けても治らない病変……、これらはいずれも皮膚がんの疑いがあります。近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授の大塚篤司医師が見落としやすい皮膚がんについて解説します。 *  *  *  皮膚は特殊な医療機器を使わずとも肉眼で観察することができる臓器です。つまり、病院に行かないでも自分で観察し、おかしな病変を見つけることができます。そのため、皮膚がんは比較的早期発見がしやすいがんなのですが、それでも進行してから見つかる皮膚がんもあります。今回は見落としやすい皮膚がんについて説明したいと思います。  まず、ほくろのがんと呼ばれる悪性黒色腫(メラノーマ)です。足の裏にできたほくろは危険と聞いたことがある人は多いのではないでしょうか? ほくろのがんは皮膚であれば体中どこにでもでき、日本人は足の裏にできやすいことが知られています。  例えば、子どものころにはなかったほくろが足の裏にでき、だんだんと大きくなってきたという場合、また、左右が非対称でいびつな場合、一度皮膚科専門医に診察してもらったほうが良いでしょう。足の裏にかかわらず大きさが6ミリを超えるほくろは注意が必要です。鉛筆の裏で隠せないサイズが6ミリを超えますので、目安にしてください。  次に爪に黒い線が入った場合です。これも悪性黒色腫の可能性があります。爪の根元から先にかけて黒い線が出現し、徐々に幅が広がってくる場合があります。ほくろが爪の根元にできてもこのような現象が起きるのですが、大人になってから爪に黒い線が入るのは悪性の場合があります。こういうタイプの皮膚がんがあると知らなければ気がつきません。とくにけがの後、治りにくい爪の変化には注意が必要です。  けがといえば、高齢の人が頭をぶつけたあとにできる内出血も悪性腫瘍の場合があります。血管肉腫というがんです。このがんは非常に進行がはやく、肺に転移しやすいのが特徴です。若い人にできるのは珍しいのですが、高齢の人で外傷後の治りにくい内出血は、注意が必要です。目安としては1カ月、内出血がひかずに広がってきたら皮膚科専門医に診てもらうのが良いでしょう。  あわせて高齢者に注意が必要なのが、乳房外パジェット病という皮膚がんです。これは外陰部やわきの下にできる皮膚がんで、いんきんたむし(陰部の水虫)と誤診されやすいがんです。いんきんたむしだと思って水虫の薬を塗り続けていたが治らず、赤かった皮膚病変が次第にジュクジュクしはじめたとなれば、乳房外パジェット病の可能性があります。陰部に赤みだけでなく、色が白く抜ける部分があったり、腫瘍が出てくるとこの病気をかなり疑います。何カ月も治らない陰部の湿疹はもしかしたら、がんかもしれません。  皮膚がんは基本的に自分で気がつけるため、早期発見が可能です。しかし、今回紹介した皮膚がんはどれも痛くありません。痛くないためについつい放置し進行してしまうケースがあります。その他注意すべき点は、足の裏や背中など普段見ることがないような部位にできた場合や、皮膚がんと思わずに放置してしまう場合です。皮膚がんは早期発見すれば手術で完治可能ながんです。ぜひ定期的なセルフチェックをしてください。

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    9時間前

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    気長に成長を待つだけの「黄金のポートフォリオ」とは? 国際分散投資のプロが教える60代からの資産運用(上)

     モノの値段が上がるインフレの流れが鮮明になってきた。銀行預金に頼っていると、利息がつかないから物価上昇に負けてお金が「目減り」してしまう。それを防ぐにはお金に働いてもらう資産運用が必要になるが、投資経験のない人は何をやっていいかわからないだろう。 「60代からでも安心してできる運用方法がありますよ」  こう話すのは、最難度の米CFA証券アナリスト資格も持つ資産運用アドバイザーの尾藤峰男さんだ。米株を中心に、もう25年も世界市場の動きをウオッチしている。 「もっともやってはいけないのが短期投資です。アメリカのネット株が好調だからといって、いきなり『GAFAM』などの人気株を買ったりしてはいけません。歳はとっていても、長期投資のスタンスをしっかり守ることが大切です」  尾藤さんの「長期」は徹底している。時間軸は「75歳」や「80歳」など年齢を特定するのではなく、「亡くなるまでの時間軸」で投資にあたること、投資対象によっては一時的に値下がりすることはあるが、売らずにずっと持ち続けることが鉄則だ。 「具体的には、広く世界に分散投資します。株式、債券、不動産投資信託(リート)の3つを投資対象にし、国内、海外にわけて配分するのです。広く分散しておけば、下がるものがあっても、さほど下がらないものや、逆に上がるものがあるというふうにリスクを分散できます。また、外国に投資しておけば、今のような円安になっても安心です」(尾藤さん)  購入するのは、それ自体幅広い銘柄を投資対象にしている「投資信託」である。 「長期投資では市場全体の値動きに連動して価格が動く『インデックス型』の投資信託がいいでしょう。長期投資は運用コストを低くしておくことがとても重要ですから、投資信託でいえば毎年、残高の一定割合を引かれる『信託報酬』が安いものを選ぶようにしてください」(同)   世界に広く分散し、商品は信託報酬の低いインデックス型の投資信託を使うことはわかった。問題はこれらの配分比率である。円グラフをご覧いただきたい。これが尾藤さんが60代に勧める配分割合だ。投資の世界ではポートフォリオと言っている。 「50代なら日本、先進国、新興国を合わせて株式に7割を投資してもいいのですが、年齢が上がった分、リスクを減らすために株式の配分を6割に抑えています。それと今は金利が動かないため債券市場にうま味がないので、不動産の割合を厚めにしています」(同)  国際分散投資のプロが7つの資産を投資対象として考えた、いわば「黄金のポートフォリオ」。この割合でインデックス型の投資信託を買ったら、あとは気長に「成長」を待つだけ。普通なら、値上がりする分株式の割合が増えてくるが、気にする必要はない。 「10年、20年かけて増やすことをめざしてください」(同)  もちろん、お金が必要になれば、株式が増えていればその一部を売却して使っても構わない。あくまで柔軟に構えることが、老後の投資の知恵なのだ。(本誌・首藤由之)  ※週刊朝日オンライン限定記事

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    10時間前

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    「増配株投資」で年金補完収入 狙い目は「8銘柄」! 国際分散投資のプロが教える60代からの資産運用(下) 

     国際分散投資を得意とする資産運用アドバイザーの尾藤峰男さん。前回は「株・債券・不動産投資信託(リート)」の3つを投資対象に、国内・海外のインデックス型の投資信託を使って長期の国際分散投資をする方法を教えてもらった。そのさいに、それぞれの配分割合を「黄金のポートフォリオ」として紹介した(https://dot.asahi.com/wa/2022080200077.html)が、もう一つ、長期投資の考え方をベースにした“尾藤流”の投資法があるという。 「『個別株投資』というと、それだけで抵抗感を示す方がいらっしゃるかもしれませんが、これは対象を『グローバル優良企業』に絞っているので、ご安心ください。誰でも聞いたことのある外国企業の株式で行う投資法です」(尾藤さん)  株式といっても、売買による「値上がり益」は狙わない。“尾藤流”はひたすら保有し続けるだけだ。会社は利益が出ていれば、四半期ごとに株主に『配当金』を出す。その配当金を享受することで利益を出していくのである。 「すると、大きな利益を得るには、長く持っていれば大きく報われる株式を持つ必要があります。自社株買いや配当政策など、株主還元政策についてしっかりとした方針を持っている会社の株式を選ばなければなりません」(同)  アメリカには、毎年、配当金を増やし続けている「増配企業」がいっぱいある。日用品の「P&G」は66年、清涼飲料水の「コカ・コーラ」60年、日用品の「ジョンソン・エンド・ジョンソン」60年……。これらは、半世紀以上も連続して「増配」を続けている企業だ。 「こうした増配株式を業種をいくつかに分散させて持つのです。企業研究ができていれば、キャッシュフローを生み出す力が強く、今後の成長が楽しみで毎年『増配』を続けていきそうな会社がわかります。そういう企業の株式を加えて保有していけば、利益を大きく伸ばせる可能性が出てきます」(同)  手数料が安いので株式はネット証券で購入するのがいいという。一度にまとまった数量を買ってもいいし、小さく始めて積み上げていってもいい。尾藤さんが今、これら企業研究の過程を経て自信を持って推奨できるとするのが次の8銘柄だ。 ・アップル・ホーム・デポ・ジョンソン・エンド・ジョンソン・P&G・マクドナルド・マイクロソフト・ナイキ・ビザ  先述したような長年連続して配当を増やしている「増配株式」に、配当を始めてまだ年数がたっていないIT大手のアップルやマイクロソフト、上場してまだ10数年のカードのビザなどを加えている。  長年、増配を続けている企業は、これからさらに、新しい企業はこれからずっと「増配」を続けていくと見ているのだ。配当金を株価で割ると「配当利回り」が得られるが、増配株式は持っているだけで配当利回りがどんどん上がっていく。 「私のお客さんの中には、グローバル優良株の配当がどんどん増えていって、年金収入を上回っている方がいっぱいいます」(同)。とすると、年間で「ウン」百万円。自分なりに企業研究して納得できれば、この8銘柄をセットとして保有するのも悪くない。(本誌・首藤由之) ※週刊朝日オリジナル記事

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    10時間前

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    医師が語る注意すべき薬 必要のない人にも処方されがち

     新型コロナウイルス感染症の流行で、外出自粛による受診控えや、治療の中断を余儀なくされた人もいるだろう。  持病を放置してはならないが、飲む必要がない人にまで薬が出されることも少なくない。薬には副作用があり、特に慢性疾患の場合は薬の処方が長期化し、別の疾病を引き起こすこともある。  医薬品に関する調査・研究を行っているNPO法人「医薬ビジランスセンター(薬のチェック)」理事長で内科医の浜六郎医師はこう指摘する。 「薬剤によって、糖尿病や高血圧など治療目的の病気(合併症)を減らす効果があっても、がんなど別の病気が増えて死亡者がかえって増えることがあります。治療の評価項目として、私たちが最も重視しているのは別の病気による死亡も含む『総死亡』です」  人を対象とする臨床試験の多くは数カ月から5年程度行っているが、慢性疾患用の薬剤は10年以上服用することも少なくない。つまり、臨床試験では薬を長期間服用した場合に起こり得る「害」はわからないのだ。  浜医師がここで例に挙げるのは糖尿病の治療用の薬である「SGLT2阻害剤」だ。腎臓からブドウ糖を排出させ、血糖値を下げる作用がある。 「SGLT2阻害剤は動物実験で発がん性が疑われ、長期的に使えばがんによる死亡が増える可能性があるが、試験はごく短期間しか行っていません。尿量も増えて脱水症状を起こし、脳梗塞を起こしやすくなります」  浜医師らは、ランダム化比較試験を適切に行っているか、被験者に偏りはないか、症例報告や観察研究、動物を対象とした毒性試験データなどを総合的に分析した結果、使うとかえって害があったり、あまり効果が期待できなかったりする薬をまとめた。  コロナ禍で、家庭でも使える初めての飲み薬として期待されたモルヌピラビルは、初期データでは入院・死亡リスクを半減させると発表されていたが、最終データでは有効性が約30%にとどまった。  浜医師は臨床試験が適切に行われなかった疑いも指摘する。糖尿病や慢性腎臓病などコロナが重症化する危険因子がある被験者が、プラセボ(偽薬)群よりモルヌピラビル投与群のほうが約40%低かったことがわかったという。  風邪などで発熱すると、解熱剤として処方されるのが、非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)だ。浜医師がNSAIDsなどで解熱するときに注意すべき点を語る。 ■薬物に頼らない改善方法が理想 「高体温にはウイルスを減らす効果がある。熱を下げると一時的に体は楽になりますが、かえって治りが遅くなるので解熱剤として使ってはいけません。頭痛がひどいときだけ非ピリン系鎮痛剤のアセトアミノフェン(カロナールなど)を服用し、一気に平熱まで下げないこと。関節痛の場合、薬の半減期が40~50時間の長時間作用型は効果が持続することがメリットとされていますが、それだけ副作用の害も出やすく、特に高齢者には危険です。半減期が14時間くらいのナプロキセンのほうが適切です」 「生活習慣病」の糖尿病や高血圧、高コレステロール血症は、そもそも「正常ではない」と診断される基準値が厳しすぎるという問題点があり、安易に薬が処方されやすい。  糖尿病(2型)は、失明の大きな原因である網膜症、腎症、心筋梗塞などの合併症が心配。治療には血糖値を下げるさまざまな薬が使われているが、長期的な血糖の状態を示すヘモグロビンA1cは、基準値(4.6~6.2%)まで一気に下げると危険だという。 「低血糖になるほうが怖い。動悸、震えなどの症状が表れ、重症化すると昏睡状態になります。インスリンを補って、ヘモグロビンA1cを7~8%の範囲で緩やかにコントロールするべきです。程度に応じた糖質制限食を基本としてインスリン分泌量を減らし、十分な睡眠とストレス解消を心掛けるなど、薬剤に頼らない改善法が理想です」(浜医師)  血圧もかねて「正常ではない」と診断される範囲が厳しすぎるとの指摘があり、治療の必要のない人にも薬が処方されがちだ。日本高血圧学会は正常血圧の範囲を、収縮期120mmHg/拡張期80mmHg未満とし、140/90以上だと高血圧と診断される。浜医師がこうアドバイスする。 「高齢になれば血管が硬くなるので、血圧を上げることで組織に十分な血液を供給している。下げすぎはかえって危険です。英国のガイドラインでは、160/100未満ならば降圧剤は不要。降圧剤をどうしても使わざるを得なくなったら、比較的安全なACE阻害剤か利尿剤の中から1種類だけ使うことを勧めます」  血液中のコレステロールが多いと、動脈硬化の原因になるといわれている。総コレステロールの基準値は130~220(mg/dl)だ。「悪玉」と称されるLDLコレステロールが140以上だと、脂質異常症と診断される。浜医師が言う。 「いまやコレステロール値が高めの人のほうが長生きだということがわかっている。免疫力が弱まるので、無理に下げる必要はない」 (本誌・亀井洋志)※週刊朝日  2022年7月15日号より抜粋

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    年々増加する「セックスレス妊活」 性外来の医師が指摘する深刻な課題とは

     約5.5組に1組が不妊治療の検査や治療を受けたことがある時代であるにもかかわらず、不妊は未だ当事者が「身近な人にこそ話しづらい」と悩むテーマだ。こうした当事者のさまざまな“孤独”を掘り下げながら、不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」。第1回前編では、妊活したいけれども「性交ができない」と悩む37歳女性の実例を紹介したが、後編では、年々増加傾向にある “セックスレス妊活”について。 前編も読む→【「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み】 *  *  *  今、性交を試みても「できない」という夫婦が少なくないという。“セックスレス”が聞かれるようになって久しい今、“セックスレス妊活”という言葉も聞かれるようになった。  一般的な不妊症の定義は「妊娠を希望し、避妊せずに性交しているのに一年以上妊娠しない状態」だが、性交できない人の不妊外来受診が珍しくない現在。ここで言う「性交できない」は、いわゆるセックスレスではなく、「性交したくても何らかの理由でできない」状態を指す。  夫婦のどちらか、あるいはどちらもが性交の経験がなく、対処法が分からずに深刻に悩んでいるケースもあれば、「友人みたいな関係で性交する気分にならないけれど、子どもが欲しい」という声も珍しくない。 「“妊娠を希望しているが、性交ができない”という悩みを抱えて訪れる方が多い」  とは、元日本性科学会理事長で、性機能障害に悩むカップルが数多く訪れる性外来で、30年にわたってカウンセリングを行っている婦人科の大川玲子医師。こうしたカップルは増加傾向にあるものの、相談できる場所が少ないのが深刻な課題だという。 「できれば“子どもを自然に授かりたい”という思いで、性交ができるようになりたいという方が多いものの、セックスに関するカウンセリングを行なっている病院はかなり数が絞られます。晩婚化が進む中、妊娠を望むなら、性交の段階であまり時間をかけていられないという判断から、いきなり不妊治療を選ばれる方も少なくない」(大川医師)  大川医師の性外来を訪れる女性の多くが、体の問題はないのに挿入を伴う性交渉ができない“挿入障害”を抱えている。妊娠したくても挿入できないことが切実な問題となって駆け込まれる方がほとんどだという。 「挿入障害は、性器を含めたスキンシップは問題なくできるのに、膣に触れられそうになると突然体をこわばらせてしまうような状態です。基本的に心因性の疾患になります」(大川医師)  相談者に共通している不安が、「処女膜は最初の性交渉で破れ、血が出る」という“処女膜神話”への過度なとらわれだという。これが「性交渉=出血するほどの痛みを伴う」という思い込みを生み、女性に強い恐怖感を抱かせていることが多い。その結果、性交渉しようとすると骨盤底筋、特に膣周囲の筋肉を、本人の意思とは無関係に収縮させ、膣を閉じてしまうのだという。 「無意識の力というのは強いもので、女性が仮に“力ずくで挿入して欲しい”と思っても、実際は足を閉じて全身で抵抗するので挿入できません」(大川医師) 「性交ができない」という性機能障害における治療の柱の一つが、不安や緊張、恐怖によって抑制された性反応を取り戻す心理的なものになる。性行為の際の体の反応や、不安や恐怖が挿入を妨げる仕組みについても、医師から説明を受ける。加えて、個々の症状に合わせて苦手な行為を少しずつ練習し、抵抗感を減らす行動療法を行う。挿入障害の場合には、挿入への過度な恐怖を取り除くため、挿入の練習を段階的に行い、徐々に慣らしていく。 「行動療法では、まずは自分の指を膣に入れてみることから始めます。初めは膣の入り口に触れただけで、痛いと手を離してしまう人もいますが、落ち着いて感覚に集中すると“痛いのではなく、違和感だ”と気づく。違和感を我慢して練習していくうちに、指を通じて膣の構造を感じ取れるようになる」(大川医師)  性機能障害は、不安や緊張が引き起こすことが多く、体に意識を向けてリラックスすることも重要だ。ただ「リラックスしなくては」という思いがかえって緊張させる場合もある。緊張感が拭えない人には、「手や足が重い、温かい」など副交感神経が優位のリラックス状態を思い浮かべ、意識を体に向ける「自律訓練法」を取り入れることもある。  本番であがってしまうアスリートなども取り入れている手法で、訓練によって実際に温感などを得てリラックスした状態になれる。このほか、膣の無意識収縮を和らげる方法には、尿もれ予防などで知られる“骨盤底筋運動”も組み合わせると良いとされる。  挿入障害の場合、月経が順調で排卵もあれば、前編で紹介したAさんのようにシリンジ法を取り入れるのも妊活の一つの手だ。クリニックで販売しているところもあれば、通販サイトなどでも手軽に手に入る。シリンジを用いることで、タイミング法のハードルを下げることにもつながるため、性交が問題なくできるカップルでも活用する例が少なくないという。 「シリンジ法は自宅でできますし、結果は膣内射精と変わりません。私の患者さんでも、排卵のタイミングでシリンジ法を行うようになって、数回で妊娠した方もいます」(大川医師)  女性の性機能障害は、なぜ起こるのだろうか。患者の特徴には、思春期の頃から性的な話題をタブー視し、性=悪いことといったイメージを強く持った人が多い傾向にあるという。大川医師は言う。 「そうした意味では、教育環境にも原因がある。例えば挿入障害における処女膜神話など、教育の中で性交や性反応について正確な情報を教える流れができていないことで、誤った情報が先走っている傾向もある。それが性交渉へのマイナスな向き合い方につながっているようにも感じます」  一方、挿入障害を抱える人が婦人科を訪れた場合、子宮や卵巣、膀胱、直腸などがある骨盤内部と膣を触診する「内診」が高いハードルになることがある。診察器具も含めて性器への挿入を恐怖と感じる人も少なくない。 大川医師の性外来にも、不妊外来での内診ができず、「不妊症としての検査や治療ができない」という理由で来院する人が増えていると言う。妊婦健診の中でも、婦人科検診が終始できないという人もいる。不妊外来 で多くの患者と接する千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「婦人科の診察に対して、緊張する人や不安が大きい女性はたくさんいます。不安感が強い人は、事前に伝えてもらえると、患者さんによって診察方法を変える対応もできるので、怖がらずにぜひ相談してほしい」  千村医師のクリニックでは、挿入障害の患者が訪れた場合、膣の萎縮や閉塞を緩和させる目的の「膣ダイレーター」を用いて、自宅で練習する指導なども行っている。また子宮頸癌検診や膣内部の視診などにも用いられる「膣鏡」と呼ばれる診察器具の小さなサイズを用いて、診察の中で少しずつ慣らしていくこともあるそうだ。千村医師は言う。 「性交渉が毎回できることが当たり前ではないという認識を持つことも大事。“子どもを作るために性交できるようにならないといけない”と思うと、余計に追い詰められかねません」  晩婚化が進む中、性交実現のために要する期間があまりに長期化すると、妊娠そのものが難しくなってしまいかねない。前出の大川医師の性外来では、治療を一年で “卒業”する人もいれば、10年にわたって通っている人もいるという。そうした中で、「性交ができるかどうかより、妊娠を優先したい」と、人工授精や体外受精など、性交によらない妊娠の技術を持つ不妊治療クリニックに切り替える人も少なくない。 「性外来を受診する人が、内診ができる程度になると、性交より妊娠を優先する人も多い。その時に、性外来も並行して続けたいという希望を持つ人もいますが、原則として並行しての治療はお勧めしていません。不妊治療はかなり集中力を要しますし、性外来での治療も自己との闘いで神経を使うからです」(大川医師)  生殖医療が発達し、性交渉がなくても妊娠に至るケースが増えている現在。晩婚化が進む中で、妊娠という目的のみを考えると、性交渉ができる・できないに関わらず、一足飛びで進みたくなる気持ちも当然理解できる。  その一方で、性の診療という分野からは、「性交=妊娠のためだけのもの」という流れになりすぎていないかと懸念する声も聞かれる。この葛藤は、“子どもは自然に授かりたい”という自然派信仰的な思いと、生殖医療である不妊治療との間に揺れる、当事者のせめぎ合いにも通ずるものがある。そのせめぎ合いを抱えるのは、女性のみならず男性も然りで――。(次の記事に続く) 前編はこちら→【「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み】

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    他球団が欲しがる「巨人の中堅2人」 トレードなしで起用も増えず「もったいない」の声も

     現在セ・リーグでBクラスに沈んでいる巨人。新型コロナウイルスの集団感染で多くの選手が離脱して苦しい状況ではあるが、ここからの巻き返しに注目が集まる。そんな中、石川慎吾、重信慎之介と能力的には高く評価されているものの、なかなか出場機会が回ってこない中堅2人が存在する。  選手層の厚いチームという事情もあり、常時出場は難しいかもしれない。加えて、若手への切り替えを図る球団方針もある。出場機会が減ってしまうのは理解できるが、あまりにチャンスが少ない。他球団へ行けばレギュラー争いに加わることのできる実力があると言われているだけに「もったいない」の声も多い。  開幕から調子に乗り切れない巨人はペナント争いで首位から13ゲーム差の5位。先述のようにオールスター前にはコロナ禍の直撃を受け、7月19日からの4日間で首脳陣、選手、スタッフを含め計73人が陽性判定を受けた。  優勝争いは非常に厳しい状況ではあるが、今はチームが若返りの時期でもあり、有望株たちの奮起も期待されている。野手では坂本勇人の後継者と言われる中山礼都、レギュラー定着が期待される増田陸に加え、秋広優人、菊田拡和など有望株は少なくない。一方、投手でも大卒ルーキーの大勢がストッパーとして活躍し、赤星優志、山崎伊織、堀田賢慎など開花の兆しを開幕当初に見せていた将来のエース候補は多い。 「良い素材が多いのは間違いないが中心選手になるには数年かかる。若手の積極起用が苦戦にもつながっている部分もある。編成面も任される原辰徳監督は数年先を考えているのでしょう。オフの積極補強がなかったのを見ても、球団方針として決定事項なのかもしれない」(在京球団編成担当) 「(若手が期待通り成長すれば)将来的に黄金時代が来るかもしれない。しかし巨人は常勝を宿命づけられている球団。ファン、スポンサーなどが(勝てない)現状に対して不満を持っている場合も多い。中堅クラスの実力者をなぜ使わないのかという声も聞こえる。石川、重信はその最たる例です」(大手広告代理店関係者)  数年後を見据えヤングジャイアンツを育成するのはごもっとも。しかし巨人のファン、そしてスポンサーなどは「常に勝利」を求めている。結果を出せる可能性がある実力者を起用すべきとの意見もある。  そして、二軍などで結果を出しながらも「起用されない選手」の筆頭が石川だ。  石川は16年オフのトレードで日本ハムから巨人に移籍。加入1年目となった17年には99試合に出場して、57安打、5本塁打、20打点と存在感を見せたが、それ以降はなかなか出場機会を増やせないでいる。だが、先述のようにファームでは常に結果を残し続けており、一軍で使われないのが不思議な気もするほどだ。 「打撃はレギュラークラス。特に飛距離はトップクラスで逆方向の打球も簡単にスタンドインさせる。東京ドーム外野席上部看板にもバンバン当てています。外野守備も決して悪くなく標準以上でもある。出番は少ないですが確実に仕事をこなせるメンタルの強さもある」(巨人担当記者)  石川は今季もこれまで一軍の出場は13試合と少ないが、打率.353(17打数6安打)とハイアベレージをキープしている。新型コロナウイルスの影響で選手も大量に離脱しており、ここからチームの救世主的な存在となれるのか。  また、石川と同じ外野手の重信も実力がありながら出場機会に恵まれない選手の一人だ。早稲田大時代から安打製造機として知られ、15年のドラフト2位で巨人に入団。即戦力として期待されながらも、なかなかレギュラー奪取には至らず中堅の域に差し掛かっている。 「早稲田の先輩であるヤクルトの青木宣親のような活躍を期待されたが伸び悩んでいる。大学時代の活躍から、将来的にはメジャー挑戦もという声も上がったほどの選手だった。試合に出れば確実に結果を残すが、パフォーマンスが安定しないところもある。チーム編成上の影響もありレギュラー奪取とまではいかない状況が長く続いている」(巨人担当記者)  今のところ巨人ではともに一軍当落線上の選手にはなってしまってはいるが、他球団からの評価も高い。7月31日のトレード期限までに動きはなかったが、「試合に出さないのであれば欲しい」という声も多くあるようだ。 「石川は代打だけでは惜しい。スタメンで4打席立てばシーズン25本塁打は期待できる。重信は実戦タイプで伸び代もまだ感じる。試合に出続け経験を積めば大学時代のような存在感を示すことができる可能性もある」(在京球団編成担当)  これからのチームを担う若い選手を育てなければいけないチーム事情もある。かつての坂本や岡本和真などは若手時代から我慢して使い続けたことで、現在のような確固たる地位を築くことができた。だが、常勝チームがゆえに勝つことも求められる。そうなった場合、やはり石川、重信のような選手も積極的に起用しなければいけないような気もするが……。 「全ては原監督の考え方次第。これだけ苦戦をしても若手中心の起用法に変化はない。今後も同様ならば石川と重信の立ち位置も変わらないので、トレードの可能性も出てくる。2選手との交換でポイントを絞って戦力補強をしつつ若手育成をするのが現実的ではないか」(巨人担当記者)  巨人は今、ピンチを迎えている。球団史上2度目となるシーズン最下位の可能性もでてきた。若手へのシフトも重要だが、目先の1勝も大きな意味を持つ状況になっている。新型コロナウイルスの影響で離脱した選手が多い中で、石川、重信の起用は増えるのか。また、シーズンオフのトレードなど、名門チームでくすぶる中堅2人の今後はどうなっていくのだろうか。

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    厳しいお叱りの言葉が、ストーンと心に入ってきた先輩の一言とは? 部下や後輩に注意する際に気をつけたいこと

     なぜラジオは3時間の生放送でも聞き続けられるのか? ラジオDJとして25年、第一線で活躍し続ける秀島史香さんですが、実は「もともと緊張しがちで人見知りで心配性」といいます。そんな秀島さんだからこそ見つけられた、誰でも再現できる「人が聞き入ってしまう会話のレシピ」を一冊に詰め込んだ『なぜか聴きたくなる人の話し方』からの連載。今回は、部下や後輩に厳しい言葉をかけたとき、最後に付け加えたい言葉ついてご紹介します。 *  *  *■しんどいときほど、思いやりの言葉  ラジオ番組で話題を選ぶとき、バランスに気を配ります。 「聞いててよかった」とあたたかい気持ちになってくれたら、という思いで、番組のフリートークでは、小さな笑いを誘うようなハッピーな話題を優先して取り上げています。  とはいえ、現実には「うれしい」「楽しい」ことばかりではありません。私もあなたも、誰もが何かしらの悩みや不安を抱えているもの。リスナーからも「闘病中です」「失業して、就職活動中です」「パートナーと別れました」「親の介護が大変で」といったメールが日々寄せられますし、「そうだよね、誰しも、生きていれば悩みは尽きないよねえ」とつくづく思います。  だからこそ「甘い」だけじゃなく、「酸い」出来事についても、「話したいことがあれば、教えてくださいね」という姿勢でいます。さまざまな人のあらゆる話を持ち寄ってもらって、ひとりひとりの「こんなことがありました」という思いに耳を傾けるのがラジオですしね。 「テーマ以外でも、どんなお便りでも、送ってくださいね」というスタンスでいると、「私にもそんなことがあったな」「わかります。同じ気持ちです」「大変でしたね」というメールが寄せられ、あたたかい空気が番組内で生まれます。聞いている人たち同士、見えないけれどそれぞれの場所でお互いを思い合い、近くに感じる不思議な連帯感です。  その際、大切にしているのが、話す順番です。私が担当する番組『SHONAN by the Sea』では、ちょっとシリアスな話をしたあとは、ホッとなごむような話題をはさんで、曲やお知らせへつなぐという流れを意識しています。いろいろあるけれど日曜の朝ぐらい、ゆっくりと一息ついてもらって、少しでも前向きな気持ちになってもらいたいから。  よくお笑いの理論として耳にするのが「緊張と緩和」という言葉です。シリアスな話で緊張感が高まったあとに、一緒にクスッと笑える話で気持ちをほどいてリラックス。一本調子になるのではなく、話題や雰囲気に緩急をつけることによって、相手の心に印象を残せます。これは、友人同士の気軽な雑談でも、仕事でも、どんな種類の話にも応用できます。  20代の頃、職場の先輩から、こんなお叱りをもらったことがありました。 「秀島の話はとにかくまどろっこしい! ライブレポートでも新作紹介の話でも、最後の最後まで結論を引っ張りすぎ! まずは、よかったのか、そうでなかったのか、最初に言わないと。聞いている人はもどかしい気持ちになるよ!」と。はい。本当におっしゃる通りです……。身を縮こまらせて聞いていました。  その先輩は局内でも「ハッキリものを言う厳しい仕事人」というイメージで通っていましたし、その指摘もズバリ的を射たもので、こちらはただただ神妙な面持ちで聞くばかり。「本当に怖いなあ」と思いながら体もカチコチになっていました。  でも、最後の一言で、そのアドバイスがストーンと心に入ってきたのです。 「ま、けどね、私だって最初からできてたかっていったら、そうでもないし(笑)。まだこれからなんだから、意識していけば大丈夫よ!」  痛いところを突かれっぱなしだった厳しいアドバイスのあと、このフォローの一言のあたたかさ。それまでの緊張が一気に緩み、「ダメダメな後輩になんてやさしい配慮……」と、涙が出そうになりました。 ■ピンと張ったあとは、ほどいて締める  その後、私も年齢を重ね、自分が後輩を指導する立場になって、「叱るほうだってしんどいのだな」と、実感するようになりました。相手にも自分にも決して楽しい話ではありませんし、自分も通ってきたからこそ「きっとつらいだろうなぁ」と先回りして感情移入してしまったり。そんなときこそ、言うべきことだけ言って「はい、終わり」よりも、最後に、張り詰めた緊張をふっとほどく一言を加えてみてください。 <私も落ちこぼれの暗黒時代があったのよ><いつでも相談に乗るから、無理しないで遠慮なく声をかけてね><どうしようもないときは、話を聞くから、ランチでも飲みにでも行こう!>  真剣に注意したあと、その姿勢を急に崩すのは照れ臭いと感じるかもしれません。しかし、そのちょっとした一言があるからこそ相手の気持ちも救われますし、素直に受け入れられます。「はい、ここまでね!」と気持ちよく区切りがつけられ、しこりも残りません。  立場やキャリアは違えど、基本は、相手への思いやりと敬意。言うべきことを言ったら、最後にちゃんと緩める。さあ、一緒に笑い飛ばして次へと進みましょう。 【ここまで聴いてくれたあなたへ】叱りっぱなし、怒りっぱなしになっていませんか? (構成/小川由希子)

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    10年間の不妊治療をやめたら自然妊娠、2度の流産…授かれなかったその先にあるもの

    不妊治療を「やめる」——治療を続ければ続けるほど、時間も労力も金額もかさみ、その決断は途方もない葛藤と向き合う。不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」の最終回の第4回前編に引き続き、10年にわたる不妊治療をやめた当事者のリアルな体験談。不妊治療をやめる決心をしてから、見えてきたものとは? 【前編も読む】44歳で10年に渡る不妊治療やめた「何が何でも妊娠しなければ」の抜けられない呪縛 *  *  *  神奈川県在住の渡邉雅代さん(51)は、7年前、44歳の時に、10年間にわたる妊活と不妊治療を子どもを授からないままに終えた。  長年にわたって苦しい思いを続けながら、多額をかけて向き合ってきた治療の転機は42歳の時。医師から「このまま治療を続けても難しいと思う」「夫婦二人の生活について話してみたらどうか」という“宣告”だった。  医師からの言葉には頭が真っ白になったが、治療をやめることより、治療を続けている方がどこか楽である自分にも気づいていた。まるでベルトコンベアーに乗っているかのように、医師から言われるスケジュール通りに治療を受けていることで得られる、空虚な安心感。もはやそこに自分の感情はなく、心とからだが分断されている感覚だった。医師からの言葉は、そんな自分に立ち止まって考えるきっかけをくれた。  雅代さんは夫に「もう一度だけチャンスをください」と話し、最後の体外受精に臨んだ。夫も「気の済むまでやればいい」と背中を押した。落ち着いた精神状態を取り戻し、心身ともに整えて“ラスト”に臨もうと、毎日ヨガを続けて自分自身と向き合うように。  次第に体調が整い、穏やかになっていく中で、タイミングをはかってチャレンジすると、自然妊娠した。喜ぶのも束の間で流産し落ち込んだが、自分に自信を取り戻すことができた。  その一年後、44歳の時にまた自然妊娠。心臓の動きを見ることができたが、安定期に入る直前に、またも流産した。強い生理痛のような鈍くて重い痛みが続き、自宅で自然排出した経験は、まるで出産のようで、雅代さんにとって宝物になった。その日の夜は、手の平サイズの“我が子”と一緒に寝たことも、大切な思い出だ。  こうした経験を機に、どこか吹っ切れた自分がいた。子どもを持つことを諦めたわけではなかったが、「このまま自然に任せよう」と思えた。雅代さんは自然と、治療から離れていった。同時に、自分のように辛い経験をしている不妊治療の当事者をサポートする側にまわりたいと願うようになった。  その後、一念発起してヨガインストラクターの資格を取得。さらに不妊当事者の心のサポートを行うべく、心理やカウンセリングを学び、不妊ピア・カウンセラーとしても活動するようになった。雅代さんは、治療中の失敗体験から、自分のことを否定したり、女性として失格だと思い込む思考の癖がついていた。だが真剣に学びを深める過程で、自分だけが抱いていると思っていた治療中の“黒い感情”やネガティブな思いは、妊娠を望んで頑張っている時期特有の自然な心理なのだと知り、浄化される思いだった。  気づくと、妊娠だけを朝から晩まで考えていた10年から解放され、今の自分を受け入れることができていた。雅代さんは現在、妊活ヨガセラピストとして、ヨガやカウンセリングを通じて、不妊当事者を支援する活動を行っている。 「子どもが欲しかった事実は一生あるし、消さなくても良い。子どもが欲しくて頑張った時間は、人生において何よりも頑張った時間で、私にとっても宝物です。心の底から望んでも思い通りにいかないこともあって、それでも自分の気持ち次第で目に見える景色を変えられるのだと気づけました」(雅代さん)  夫はこうした雅代さんの変化を、ずっとそばで見守ってきた。治療から解き放たれる過程の中で、落ち着いて夫と話すと、辛かったのは自分だけではなく、夫も辛いながらも自分を支えてくれていたことを実感した。  夫は夫で、治療中に追い詰められ、変わっていく雅代さんを前に、養子という選択肢も考えていたことを後から知った。今は「夫婦二人で幸せになろう」と互いを支え合いながら、新たな一歩を踏み出している。 「不妊は夫婦にとって困難な問題ですが、絆も深まると実感しています。今が辛い人も、今がずっと続くわけじゃない。不妊の悩みはどうしても一人で抱え込んで追い詰められがちですが、今はオンラインでのカウンセリングも手軽にできる時代。私のように心身が壊れてから気づく前に、うまく利用してほしい」(雅代さん)  不妊治療で目指すものは、言わずもがな妊娠・出産。だがどれだけ願っても、それが叶わないことがある。治療を始めてステップアップを重ね、何度も挑戦するが、妊娠できない――。揺れ動く感情と戦いながら、「次こそは」と信じて挑戦を繰り返すうちに、「もしかしたらこのまま妊娠できないのではないか」という不安がよぎる瞬間は、当事者なら誰もが持つ経験かもしれない。だが治療をやめる選択肢が頭に浮かんできても、やめどきを決めるのはとても難しいのが現実だ。 「私たちからは、治療をやめる選択肢の提示はしても、“やめましょう”と勧めることはありません」  とは、これまで数多くの患者を診てきた杉山産婦人科の杉山力一理事長。治療を始める際には、各種検査を通じ、体の状態や妊娠の可能性について数字をもとに説明するが、治療のやめどきを決めるのはあくまで患者自身。中には妊娠の可能性がかなり低くても、「通うことで落ち着くから」と長年にわたって通院を続ける患者もいるという。 「やめるか続けるかは、患者さん自身が納得して決めることが大事だと思っています。やめどきは非常に難しい問題ですが、保険適用の範囲内を一つの目安として、年齢や回数の上限を決めるという方もいます」(杉山理事長)  自分自身が納得して決断を下すには、時間も必要だ。不妊外来で日々患者と接する千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「ギリギリになってからやめどきを考えると、現実をなかなか受け入れられず、強い絶望感を抱く方もいる。そうならないためにも、やめどきはなるべく早い段階から夫婦で相談し、時間をかけて納得してほしい」  とは言え、不妊治療のやめどきがなかなか決められず、悩み苦しむ人たちは数多い。「そんな人たちを、これまで数え切れないほど見てきました」とは、自身も不妊治療をやめた経験を持ち、現在不妊当事者をサポートするNPO法人Fineを運営する松本亜樹子さん。松本さんによれば、不妊治療を長年にわたって頑張っている人に共通することとして「真面目で努力家」という面があるという。 「これまでの人生で、努力して夢を叶えてきた方が多く、不妊となって初めて“人生で努力が報われないこともある”という壁にぶつかってしまう。頑張れば努力は必ず報われるという経験値を持っているからこそ、報われないのは“自分の努力が足りないせいだ”と思ってしまい、さらに自分を追い込んで頑張ってしまう」(松本さん)  そうした中で、知らず知らずのうちに自分の感情に蓋をし、治療の「結果」ばかりにこだわるようになる。無論、頑張った分、結果を出したいというのは誰しもが持つ感情だろう。だがなかなか思うようにいかず、自分を見失いそうになった時こそ、原点に立ち返る発想が大事だという。 「“結果を出したい”という気持ちは当然のことですが、“妊娠しなかった”ということもまた一つの結果。“妊娠はしなかった”けれど、その後の人生は自分次第で切り開ける。今、治療中の方の多くも、きっと子どもを得ることだけが人生の目的ではないはずです。治療によって“結果を出せなかった患者”で終わるのではなく、“今の生活という結果を得た”という認識に切り替えられたら、その後の人生のスタンスが随分違ってくる」(松本さん)  不妊治療中には、妊娠できないことで自己否定や自己嫌悪の感情が強く生まれ、自分のコントロールが効かなくなるケースも少なくないという。さらにパートナーや家族、友人など、近い存在の人にこそ本音が言いづらいという場合もある。そんな時は、カウンセラーを頼るのも一つだ。最近は不妊治療を行う病院やクリニックでも、カウンセラーの窓口があるところも増えてきた。松本さんが立ち上げたNPO法人Fineには、自身も不妊治療の経験を持つピア・カウンセラーもいる。 「私は大丈夫と思っている人ほど、ギリギリのところまで頑張った結果、心が折れてしまうことがある。なかなか周囲に話しづらいテーマであっても、見ず知らずの人に話すことで楽になれる面もある。女性のみならず、治療中に孤立しがちな男性もぜひ気軽に利用してほしい」(松本さん)  不妊治療が広がり、当事者の声が聞かれるようになったからこそ、治療のスタートが早くなっている動きもある。 「以前に比べて、不妊治療のスタートが早くなってきている印象」 とは、産婦人科医の宋美玄医師(丸の内の森レディースクリニック)。不妊治療の広がりを受け、「妊娠を考えるなら早く行動に移さないと」と、20代のうちからクリニックを訪れる人が増えているという。 「卵子の老化についての認識も広がる中で、“若いから不妊治療は不要”という認識が覆ってきています」(宋美玄医師) 必死で治療に向き合い、その体験を隠すことなく声をあげた人の動きによって、偏見が少しずつ緩和され、治療へのハードルも下がっている面があるのかもしれない。  不妊治療——そこにはさまざまな思いや葛藤が交錯する。治療が広がる現在も、依然として話しづらいテーマであるがゆえに、当事者は深い悩みを抱えて孤立しがちだ。多様性が叫ばれて久しい時代、妊娠や出産も、はたまた子どもを持つか持たないかも、それぞれの考えや形があってしかるべき。妊活も不妊治療も、「こうあるべき」から逃れた時、より生きやすい世の中になるのではないだろうか。(松岡かすみ) 【この連載の第1回目を読む→】「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み

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    大阪桐蔭から5人、夏の甲子園“未出場”の選手も 「U18日本代表」の20人予想してみた

     夏の甲子園も大詰めを迎えているが、大会が終わるとU18W杯(9月9日~/アメリカ・フロリダ)が行われる予定となっている。センバツ高校野球終了後には一次候補の29人が発表されているが、例年の流れから考えるとここから残る選手はそれほど多くはない。  過去には森下暢仁(2015年・大分商)、佐々木朗希(2019年・大船渡)など甲子園でプレーしていない選手が選ばれているケースもあるが(森下は1年夏に控え選手として出場)、基本的にはその年の春、夏の甲子園、特に夏に出場した選手が中心となることが多い。  下級生については秋の新チームがスタートしていることもあって選びづらいということもあるが、例年であれば翌年以降のことを考えてか2人程度が選ばれている。またチームの指揮を執る馬淵史郎監督(明徳義塾)は手堅い野球をすることを考えると、投手であればコントロール、野手であれば守備と走塁を重視するのではないだろうか。以上のことを考えて、U18侍ジャパンの20人のメンバーを予想してみた。 *  *  * 【投手】有馬伽久(愛工大名電3年)山田陽翔(近江3年)川原嗣貴(大阪桐蔭3年)前田悠伍(大阪桐蔭2年)武元一輝(智弁和歌山3年)吉村優聖歩(明徳義塾3年)香西一希(九州国際大付3年)宮原明弥(海星3年) 【捕手】山浅龍之介(聖光学院3年)松尾汐恩(大阪桐蔭3年) 【内野手】金田優太(浦和学院3年)緒方蓮(横浜2年)山田空暉(愛工大名電3年)伊藤櫂人(大阪桐蔭3年)藤森康淳(天理3年)尾崎悠斗(九州国際大付3年) 【外野手】石川ケニー(明秀日立3年)海老根優大(大阪桐蔭3年)浅野翔吾(高松商3年)黒田義信(九州国際大付3年) 3月に発表された一次候補と今回の夏の甲子園に出場したメンバーから選んだ。春夏の甲子園未出場の選手となると過去にはドラフト1位候補と言えるレベルでないと選ばれておらず、今年はそこまでの目玉はいないという判断だ。投手であれば斎藤優汰(苫小牧中央3年)、野手では内藤鵬(日本航空石川3年)、西村瑠伊斗(京都外大西3年)などが候補となりそうだが、馬淵監督の目指す野球を考えると少しタイプは異なると判断した。  まず投手で選考の可能性が高いのが山田陽翔(近江3年)と前田悠伍(大阪桐蔭2年)の2人だ。ともに一次選考のメンバーにも入っており、夏の甲子園でも見事な投球を見せている。スピードはもちろんだがコントロール、変化球が素晴らしく、試合を作れるだけに先発の中心として期待できるだろう。同じく一次選考に選ばれて夏の甲子園でも活躍した投手では川原嗣貴(大阪桐蔭3年)と香西一希(九州国際大付3年)の2人も当てはまる。特に香西はスピードこそ120キロ台後半ながら抜群のコントロールと投球術が武器で、馬淵監督が好むタイプの投手と言えそうだ。  重宝されやすいサウスポーでは有馬伽久(愛工大名電3年)と吉村優聖歩(明徳義塾3年)の2人を加えた。有馬はコントロールが安定しており、先発でもリリーフでも投げられるのが大きい。また打撃もよく、外野手の控えとしても期待できる。吉村は変則サイドで他にはいないフォームと球筋が魅力で、左の強打者相手には威力を発揮するだろう。残る2人は迷ったが、あまりいない剛腕タイプで打撃も良い武元一輝(智弁和歌山3年)と、夏の甲子園で抜群の安定感を見せた宮原明弥(海星3年)を選んだ。打撃も良い投手も多く、山田と武元は指名打者としての起用も考えられる。  捕手の山浅龍之介(聖光学院3年)と松尾汐恩(大阪桐蔭3年)は一次選考にも選ばれているが、この夏の甲子園でも攻守ともに頭一つリードしている印象で、迷いなく選出した。正捕手は松尾になりそうだが、投手との相性を考えて使い分けることも面白いだろう。  内野手は6人。ファーストには投手もできる山田空暉(愛工大名電3年)、サードは走攻守高いレベルで揃った伊藤櫂人(大阪桐蔭3年)を選び、あとは基本的に二遊間が本職の選手とした。藤森康淳(天理3年)は抜群のスピードと守備範囲の広さが魅力のセカンド。金田優太(浦和学院3年)は夏の甲子園出場は逃したが、強打のショート。同じショートでは戸井零士(天理3年)も考えたが、投手もできるという点で金田を選んだ。緒方蓮(横浜2年)、尾崎悠斗(九州国際大付3年)は二遊間のバックアップ要員。ともに抜群の守備力があり、馬淵監督が好むタイプの選手である。  外野手は4人。浅野翔吾(高松商3年)、海老根優大(大阪桐蔭3年)は打撃に注目が集まるが、脚力と肩の強さも申し分ない。特に海老根の強肩はプロでもトップレベルの迫力がある。石川ケニー(明秀日立3年)も強肩が魅力で投手も務める。黒田義信(九州国際大付3年)は夏の甲子園では不発だったが、スピードは抜群で代走要員としても期待でき、また下級生の頃にサードを守っていたこともプラスだ。  夏の甲子園期間中にも新型コロナウイルスの陽性によるメンバー変更が頻繁にあったが、国際大会でも同様のことが起こる可能性はあり、いつも以上にユーティリティが重要になる。そのことも考慮して投手でも打撃の良い選手、野手でも投手ができる選手を多く選んだが、果たして馬淵監督はどのような決断を下すのだろうか。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    22時間前

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    【前編】22歳元女性自衛官が実名・顔出しで自衛隊内での「性被害」を告発 テント内で男性隊員に囲まれて受けた屈辱的な行為とは

     元女性自衛官が実名・顔出しで、訓練中に受けた性被害をYouTubeで告白したことが話題を呼んでいる。五ノ井里奈さん(22)は、陸上自衛隊に所属していた2021年の6月~8月、複数の上官から集団でセクハラを受けたという。上長に被害を訴えても取り合ってもらえず、自衛隊内の捜査機関に被害届を出しても、検察からは不起訴とされた。現在は検察審査会に不服申し立てをし、結果を待っている。五ノ井さんは、AERA dot.の単独インタビューに応じ、「日常的に起きているセクハラの被害から、残された女性隊員を守りたい」と、自身の受けた体験を語った。 *  *  * 五ノ井さんが陸上自衛隊に入隊したのは、2020年4月。小学生の頃から女性自衛官に憧れ、20歳のときに自衛隊の門をたたいた。教育期間は順調にこなし、その時までは、思い描いていた自衛官の姿に誇りとやりがいを持っていた。  だが、その後に配属される中隊名が発表されたときから、風向きが変わった。女性の先輩隊員から、こんな忠告を受けたのだ。 「あそこの中隊はセクハラとパワハラがひどいから気をつけろ」  五ノ井さんが配属された東北方面の中隊は、隊員58人の中で女性は5人。1人は育休中だったので、実質的に女性隊員は4人しかいなかった。同部屋の女性隊員からも「セクハラは覚悟して」と言われたので警戒はしていたものの、すぐにそれが現実のものとなった。 「2020年秋ごろ、勤務中に、男性隊員が『柔道しようぜ!』と言いながら技をかけてくるのですが、腰をつかまれて“バック”のような体制にされて腰を振ってくるんです。それを女性隊員が目撃していました。廊下を歩いていると、急に抱きつかれることも日常的にありました」(五ノ井さん)  部屋に戻ると、女性隊員同士でこうした行為を報告しあった。だが女性隊員は圧倒的少数。自分の身を守るだけで精いっぱいの場合もある。  2021年6月24日。山に入って訓練をしていた時、新人の五ノ井さんは夕食や酒のつまみを作る役割を任されていたので、天幕で料理を作っていた。天幕とは2~3人用のテントのことで、山での訓練では寝床として使用されていた。天幕で酒盛りをし、定員より多い男性隊員が入れ代わり立ち代わり入ってきて、多いときには5、6人くらいの隊員がぎゅうぎゅうになって座っていた。料理を作るためにいた五ノ井さんはその輪の中に入れられ、胸をもまれ、キスをされ、男性隊員の陰部を下着越しに触らせられた。  逃げられないと思った五ノ井さんは、別の天幕にいる女性隊員にLINEで「はやく来てください」と助けを求めた。女性隊員からは「オオカミなってる??w」と返事がきた。「オオカミ」とは、男性がお酒を飲んで暴走し、理性をコントロールできない状態のこと。「はい」と返せば、女性隊員は助けに来ないと思い、五ノ井さんは「なってません とりあえず早く来てください」と再度助けを求めた。だが、その女性隊員は「今来たらやばい」という別のLINEも受け取っていたことから、結局、五ノ井さんのいる天幕には来なかった。女性隊員はその直後に退職した。  状況としては“見捨てられた”ようなものだが、五ノ井さんはこの女性隊員の気持ちもわかると話す。 「女性隊員が自分の身を守るためには、来ないのが正解なんです。夜遅い時間に男性隊員のストレス発散に使われて、自分だって危ない目にあう可能性があるんですから、行きたくない気持ちにもなりますよ」(同)  五ノ井さんからLINEを受け取った元女性隊員は当時の状況をこう証言する。 「LINEを受け取った前日に、私も同じ天幕で宴会に参加して、同じようなセクハラを受けていました。その時は、男性隊員から膝に乗って接待しろとか、頬にキスしろと強要されました。ある男性隊員から次の日は『覚悟しとけ』と言われ、もう何をされるかわからないので、五ノ井さんに助けを求められた時に行くことができませんでした。止めに行きたい気持ちはあったのですが、止めに入ったら(次は)自分に来るので、怖くて助けられませんでした」  元女性隊員自身も「ほぼ毎日抱きしめられる」などのセクハラを受けており、五ノ井さんが日常的に被害にあっている場面も目撃していたという。元女性隊員によると、この部隊は2018年から女性隊員が入るようになり、その時から、「セクハラがヤバイ」として悪評が立っていた。セクハラをしているグループの中心は、20代後半の男性隊員数名で、他の隊員は上下関係から、逆らうことができず、ただ見ているだけだったという。  だが、この日のセクハラ事件は、中隊でも問題となった。事件を目撃していた誰かが、中隊長に報告したからだ。すぐに「中隊長に告げ口したのは誰か」と、犯人捜しが始まり、被害者である五ノ井さんが疑われた。加害者からは、「セクハラじゃなくて、コミュニケーションの一部だもんな」と声をかけられた。事情聴取として曹長から呼び出された五ノ井さんは「何もありません。大丈夫です」と報告した。問題が大きくなり、組織に居づらくなるのを避けようとしたからだ。 「自衛隊には厳しい上下関係があって、その場の空気に合わせなければならない。和を乱せば、無視や陰口を言われますから」(同) ■セクハラを超えた性被害を受けて限界に  この日以降、五ノ井さんは気持ちを押し殺しながら日常的なセクハラに耐えてきたが、昨年8月に我慢の限界に達する出来事が起きた。  8月3日から地方で約1カ月間の訓練があった。訓練場所に到着した日の夜、部屋で食事の準備をしていた五ノ井さんは、男性隊員から「料理はいいから接待しろ」と言われ、男性隊員十数人の輪の中に座らされた。宴会だったので、隊員らは酒を飲んでいた。  一曹Eと二曹Yが格闘の話をしていたところに、男性隊員S三曹が部屋に入ってきた。するとEは、Sに「五ノ井に首をキメて倒すのをやってみろ」と命令した。Sは、五ノ井さんの首に両手を当てて、そのままベッドに押し倒すような技をかけた。 「この時、Sさんが暴走し始めたのです。股を無理やりこじ開け、腰を振りながら陰部を押し当ててきました。一人で『あんあん』とあえぎ声みたいな声を出して、それを見ている周りの男性隊員たちは笑っていました。特にEとYはこっちを見ながら確実に笑っていました」(同)  続いて、2人目の男性隊員Kも「首をキメて」押し倒し、Sと同様の動きをした。さらに続いた。3人目男性隊員Rは同様に押し倒した後、五ノ井さんの両手首を押さえつけながら、何度も腰を振ってきた。 「全力で抵抗しようと、手首に力を入れて振りほどこうとしましたが、男性の力にはかないません。諦めて、終わるのを待つしかありませんでした。終わって体を起こすと、周りの男性隊員たちはこっちを見ていました」(同)  コトが終わると、Rからは「五ノ井って案外力が強いな」と言われた。五ノ井さんが抵抗していたことはわかっていたのだ。  一旦話題が収まったにもかかわらず、再び一曹Eが格闘技の話を面白おかしくしはじめて、「あれ、首をキメて倒すのどうやるんだっけ?」と笑いながら言い出した。すると、再びSが、五ノ井さんの首に両手を当てて押し倒し、腰を振ってきた。五ノ井さんの引きつった顔を見たSは「これ誰にも言わないでね」と口止めしてきたという。 「もう限界でした。訓練場所は、すぐに抜け出せる環境ではありませんでしたが、先輩の女性隊員と中隊長Mに相談して、帰りたいとお願いしました」(同)  先輩女性隊員は、最初は味方してくれたが、男性中隊長が「訓練は訓練だ」と言うと、「そうだよ、訓練は訓練だから」と態度を変えた。訓練はあと20日以上続く。これ以上耐えられないと感じた五ノ井さんは、訓練から抜けることを懇願した。だが、セクハラを受けたことが理由では、6月の時のように告げ口したと思われてしまう。母親が倒れたことにして、実家に帰れることになった。  この時、先輩女性隊員からは「一応、嘘ついていることは心の隅にでも置いておいてね」と言われた。エスカレートする性被害から逃れるための苦渋の判断にもかかわらず、被害者である五ノ井さんに非があるような言い方に聞こえた。 ■被害届を出すも不起訴処分  この8月の性被害の後、適応障害と診断され、五ノ井さんは休職することになった。被害については、まず、自衛隊の総務・人事課にあたる「一課」にセクハラ被害を報告した。だが、一課からは「8月のセクハラの件を見たという証言が得られなかった」と回答された。次に、自衛隊の犯罪捜査に携わる警務隊(防衛相の直属組織)に強制わいせつ事件として被害届を出した。 「警務隊の現場検証では、人形を使って再現しました」(同)  検察庁の捜査をへて、22年5月31日付で判決が出た。結果は、不起訴処分。五ノ井さんが不起訴の理由を尋ねると、検察官は「複数の自衛官を取り調べたところ、五ノ井さんを『首ひねり』という技で倒すところは見たけれども、腰を振るようなわいせつ行為をしているところは見ていない」という供述だったと説明された。そして「被疑者を有罪にするにはそれなりの証拠が必要だ」とも言われたという。 「その場で見ていた人がたくさんいたのに、なぜか腰を振ったという証言は出てこない。単に技をキメて押し倒しただけで、どうして笑いが起きるのでしょうか。その続きがなかったら、笑うわけがない」(同)  五ノ井さんは6月7日付で、検察審査会に不服申し立てをしている。  自衛隊内部では、この事件をどう捉えているのか。AERA dot.は五ノ井さんが配属された東北方面の部隊に事実確認すると、広報担当は「現在、部隊で調査中のため回答は差し控える」と答えた。調査結果がいつ出るかは未定だという。また、五ノ井さんが報告を上げた「一課」にも確認をしたが、「その件は一課長が対応したが、いまは不在」とのこと。代わりに対応した指令業務室の担当者は「事実を調査中のため、予断を持って回答することは差し控えたい」と回答した。なお、被疑者の処罰については、「判明した事実に基づき、厳正に対処する」とした。 (AERA dot.編集部 岩下明日香) ※「後編」では、五ノ井さんがセクハラを受けてもすぐに辞めなかった理由、顔と名前を出して告発に踏み切った経緯などを明かす。

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    10年間の不妊治療をやめたら自然妊娠、2度の流産…授かれなかったその先にあるもの

    不妊治療を「やめる」——治療を続ければ続けるほど、時間も労力も金額もかさみ、その決断は途方もない葛藤と向き合う。不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」の最終回の第4回前編に引き続き、10年にわたる不妊治療をやめた当事者のリアルな体験談。不妊治療をやめる決心をしてから、見えてきたものとは? 【前編も読む】44歳で10年に渡る不妊治療やめた「何が何でも妊娠しなければ」の抜けられない呪縛 *  *  *  神奈川県在住の渡邉雅代さん(51)は、7年前、44歳の時に、10年間にわたる妊活と不妊治療を子どもを授からないままに終えた。  長年にわたって苦しい思いを続けながら、多額をかけて向き合ってきた治療の転機は42歳の時。医師から「このまま治療を続けても難しいと思う」「夫婦二人の生活について話してみたらどうか」という“宣告”だった。  医師からの言葉には頭が真っ白になったが、治療をやめることより、治療を続けている方がどこか楽である自分にも気づいていた。まるでベルトコンベアーに乗っているかのように、医師から言われるスケジュール通りに治療を受けていることで得られる、空虚な安心感。もはやそこに自分の感情はなく、心とからだが分断されている感覚だった。医師からの言葉は、そんな自分に立ち止まって考えるきっかけをくれた。  雅代さんは夫に「もう一度だけチャンスをください」と話し、最後の体外受精に臨んだ。夫も「気の済むまでやればいい」と背中を押した。落ち着いた精神状態を取り戻し、心身ともに整えて“ラスト”に臨もうと、毎日ヨガを続けて自分自身と向き合うように。  次第に体調が整い、穏やかになっていく中で、タイミングをはかってチャレンジすると、自然妊娠した。喜ぶのも束の間で流産し落ち込んだが、自分に自信を取り戻すことができた。  その一年後、44歳の時にまた自然妊娠。心臓の動きを見ることができたが、安定期に入る直前に、またも流産した。強い生理痛のような鈍くて重い痛みが続き、自宅で自然排出した経験は、まるで出産のようで、雅代さんにとって宝物になった。その日の夜は、手の平サイズの“我が子”と一緒に寝たことも、大切な思い出だ。  こうした経験を機に、どこか吹っ切れた自分がいた。子どもを持つことを諦めたわけではなかったが、「このまま自然に任せよう」と思えた。雅代さんは自然と、治療から離れていった。同時に、自分のように辛い経験をしている不妊治療の当事者をサポートする側にまわりたいと願うようになった。  その後、一念発起してヨガインストラクターの資格を取得。さらに不妊当事者の心のサポートを行うべく、心理やカウンセリングを学び、不妊ピア・カウンセラーとしても活動するようになった。雅代さんは、治療中の失敗体験から、自分のことを否定したり、女性として失格だと思い込む思考の癖がついていた。だが真剣に学びを深める過程で、自分だけが抱いていると思っていた治療中の“黒い感情”やネガティブな思いは、妊娠を望んで頑張っている時期特有の自然な心理なのだと知り、浄化される思いだった。  気づくと、妊娠だけを朝から晩まで考えていた10年から解放され、今の自分を受け入れることができていた。雅代さんは現在、妊活ヨガセラピストとして、ヨガやカウンセリングを通じて、不妊当事者を支援する活動を行っている。 「子どもが欲しかった事実は一生あるし、消さなくても良い。子どもが欲しくて頑張った時間は、人生において何よりも頑張った時間で、私にとっても宝物です。心の底から望んでも思い通りにいかないこともあって、それでも自分の気持ち次第で目に見える景色を変えられるのだと気づけました」(雅代さん)  夫はこうした雅代さんの変化を、ずっとそばで見守ってきた。治療から解き放たれる過程の中で、落ち着いて夫と話すと、辛かったのは自分だけではなく、夫も辛いながらも自分を支えてくれていたことを実感した。  夫は夫で、治療中に追い詰められ、変わっていく雅代さんを前に、養子という選択肢も考えていたことを後から知った。今は「夫婦二人で幸せになろう」と互いを支え合いながら、新たな一歩を踏み出している。 「不妊は夫婦にとって困難な問題ですが、絆も深まると実感しています。今が辛い人も、今がずっと続くわけじゃない。不妊の悩みはどうしても一人で抱え込んで追い詰められがちですが、今はオンラインでのカウンセリングも手軽にできる時代。私のように心身が壊れてから気づく前に、うまく利用してほしい」(雅代さん)  不妊治療で目指すものは、言わずもがな妊娠・出産。だがどれだけ願っても、それが叶わないことがある。治療を始めてステップアップを重ね、何度も挑戦するが、妊娠できない――。揺れ動く感情と戦いながら、「次こそは」と信じて挑戦を繰り返すうちに、「もしかしたらこのまま妊娠できないのではないか」という不安がよぎる瞬間は、当事者なら誰もが持つ経験かもしれない。だが治療をやめる選択肢が頭に浮かんできても、やめどきを決めるのはとても難しいのが現実だ。 「私たちからは、治療をやめる選択肢の提示はしても、“やめましょう”と勧めることはありません」  とは、これまで数多くの患者を診てきた杉山産婦人科の杉山力一理事長。治療を始める際には、各種検査を通じ、体の状態や妊娠の可能性について数字をもとに説明するが、治療のやめどきを決めるのはあくまで患者自身。中には妊娠の可能性がかなり低くても、「通うことで落ち着くから」と長年にわたって通院を続ける患者もいるという。 「やめるか続けるかは、患者さん自身が納得して決めることが大事だと思っています。やめどきは非常に難しい問題ですが、保険適用の範囲内を一つの目安として、年齢や回数の上限を決めるという方もいます」(杉山理事長)  自分自身が納得して決断を下すには、時間も必要だ。不妊外来で日々患者と接する千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「ギリギリになってからやめどきを考えると、現実をなかなか受け入れられず、強い絶望感を抱く方もいる。そうならないためにも、やめどきはなるべく早い段階から夫婦で相談し、時間をかけて納得してほしい」  とは言え、不妊治療のやめどきがなかなか決められず、悩み苦しむ人たちは数多い。「そんな人たちを、これまで数え切れないほど見てきました」とは、自身も不妊治療をやめた経験を持ち、現在不妊当事者をサポートするNPO法人Fineを運営する松本亜樹子さん。松本さんによれば、不妊治療を長年にわたって頑張っている人に共通することとして「真面目で努力家」という面があるという。 「これまでの人生で、努力して夢を叶えてきた方が多く、不妊となって初めて“人生で努力が報われないこともある”という壁にぶつかってしまう。頑張れば努力は必ず報われるという経験値を持っているからこそ、報われないのは“自分の努力が足りないせいだ”と思ってしまい、さらに自分を追い込んで頑張ってしまう」(松本さん)  そうした中で、知らず知らずのうちに自分の感情に蓋をし、治療の「結果」ばかりにこだわるようになる。無論、頑張った分、結果を出したいというのは誰しもが持つ感情だろう。だがなかなか思うようにいかず、自分を見失いそうになった時こそ、原点に立ち返る発想が大事だという。 「“結果を出したい”という気持ちは当然のことですが、“妊娠しなかった”ということもまた一つの結果。“妊娠はしなかった”けれど、その後の人生は自分次第で切り開ける。今、治療中の方の多くも、きっと子どもを得ることだけが人生の目的ではないはずです。治療によって“結果を出せなかった患者”で終わるのではなく、“今の生活という結果を得た”という認識に切り替えられたら、その後の人生のスタンスが随分違ってくる」(松本さん)  不妊治療中には、妊娠できないことで自己否定や自己嫌悪の感情が強く生まれ、自分のコントロールが効かなくなるケースも少なくないという。さらにパートナーや家族、友人など、近い存在の人にこそ本音が言いづらいという場合もある。そんな時は、カウンセラーを頼るのも一つだ。最近は不妊治療を行う病院やクリニックでも、カウンセラーの窓口があるところも増えてきた。松本さんが立ち上げたNPO法人Fineには、自身も不妊治療の経験を持つピア・カウンセラーもいる。 「私は大丈夫と思っている人ほど、ギリギリのところまで頑張った結果、心が折れてしまうことがある。なかなか周囲に話しづらいテーマであっても、見ず知らずの人に話すことで楽になれる面もある。女性のみならず、治療中に孤立しがちな男性もぜひ気軽に利用してほしい」(松本さん)  不妊治療が広がり、当事者の声が聞かれるようになったからこそ、治療のスタートが早くなっている動きもある。 「以前に比べて、不妊治療のスタートが早くなってきている印象」 とは、産婦人科医の宋美玄医師(丸の内の森レディースクリニック)。不妊治療の広がりを受け、「妊娠を考えるなら早く行動に移さないと」と、20代のうちからクリニックを訪れる人が増えているという。 「卵子の老化についての認識も広がる中で、“若いから不妊治療は不要”という認識が覆ってきています」(宋美玄医師) 必死で治療に向き合い、その体験を隠すことなく声をあげた人の動きによって、偏見が少しずつ緩和され、治療へのハードルも下がっている面があるのかもしれない。  不妊治療——そこにはさまざまな思いや葛藤が交錯する。治療が広がる現在も、依然として話しづらいテーマであるがゆえに、当事者は深い悩みを抱えて孤立しがちだ。多様性が叫ばれて久しい時代、妊娠や出産も、はたまた子どもを持つか持たないかも、それぞれの考えや形があってしかるべき。妊活も不妊治療も、「こうあるべき」から逃れた時、より生きやすい世の中になるのではないだろうか。(松岡かすみ) 【この連載の第1回目を読む→】「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み

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    ミッツ・マングローブ「国葬にふさわしい『人』でなく『国』」

     ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「安倍晋三元首相の国葬」について。 *  *  *  先月からテレビのリモコンが見当たりません。外に持ち出すはずもなく、要するにテレビのリモコンが見当たらなくなるぐらい家が散らかっているということです。よってここ数週間、家でテレビを観ていません。世の中の出来事はネットニュース頼み。おまけに、尻に敷いても壊れないと評判の拡大鏡を足で踏み潰してしまったため、スマホの画面もよく見えず、世間で何が起こっているかほとんど把握できていない状態です。  そんな情報弱者に成り下がった女装オカマの耳にも、先に亡くなった安倍元首相の国葬に対する賛否の声は聞こえてきます。安倍さんほどの人でなくとも、誰かが亡くなった直後というのは、様々な感情論も含め「喪失ハイ」に陥りがちなので、しばらく経ったらある程度の「揺り返し」が起きるのは予想していましたが、日本人としては聞き慣れない「国葬」なる言葉にやたらと敏感な人がなんと多いことか。  言ってみれば「国葬」も、国を挙げてのイベントという意味ではオリンピックや万博(厳密にはどちらも都市開催ですが)と同じです。ただこればかりは、何年もかけて議論するような案件ではありません。仮に是非を考えるのであれば、果たして今の日本に「国を挙げてのイベントを催す必要性があるかないか」だと思います。  前回の国葬は1967年。吉田茂元首相が亡くなった時でした。この頃の日本と言えば、その3年前に初めてオリンピックが開催され、新幹線や首都高が開通。まさに敗戦からの復興と経済成長を国単位で実感し、それを諸外国に見せつける「大義」があった時代です。無論、吉田茂も安倍晋三も同じくらい偉大な首相であったことに変わりありません。しかし、ふたりの決定的な違いは、政治的功績でも国際的知名度でも任期や人気でもなく、この「時代」の差なのではないでしょうか。  オリンピックや万博が国を挙げた「村興し」であるように、「国葬」もまたその国の勢いや結束力を顕示する側面の強いものです。そういった意味で、今の日本は「元首相の国葬」を出すような国なのかどうか。迷うべきポイントはそこであって、安倍さんが国葬にふさわしい人か否かを判断するのであれば、いっそ国民投票でもしないことには公平な答えなど出ないでしょうし、そんな時間はないからこそ、現職総理の鶴の一声で決まるわけです。  私はなんでもかんでも「税金の無駄だ!」と主張するような貧しい精神の持ち主ではありませんが、そもそも日本の国葬を体験したこともないですし、どちらかというと「昔のもの」「不安定な国のもの」というイメージが強い国葬故に、「今さら思い出したように国葬?」という気持ちがないわけではありません。一方で、「オリンピックを自国開催するよりかは有意義だ」とも思います。  ちなみに「国葬」とは別に、天皇ならびに上皇が崩御した際に発せられる「大喪」という儀式が日本にはありますが、今回この「大喪」と「国葬」を混同したり並列で捉えている人も少なくないようです。そこだけははっきりと区別・認識しておいて頂きたいものです。ましてや政治学者を名乗る方なのであればなおさら。落ち着きましょう。 ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する※週刊朝日  2022年8月19・26日合併号

    週刊朝日

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    “ダミー会社”通じて買い取り 旧統一教会の大阪の拠点はもともと市の施設 住民「今も不安」

     世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と、政治や行政との関係が取り沙汰されているが、大阪市が所有していた施設を旧統一教会が“ダミー会社”を通じて2011年に買い取り、拠点施設にしていた。当時、市議会などでも指摘されていたが、市は「当時は問題なかった」としている。  日本一の高層ビル「あべのハルカス」(大阪市阿倍野区)から地下鉄で1駅。幹線道路から路地を入ると、閑静な住宅街にれんが色を基調とした6階建ての建物が立っている。最上階はドーム形の豪華な造りだ。  入り口には、大きな表札のような置物があり、「世界平和統一家庭連合 大阪家庭教会」という文字と、同施設のシンボルマークがついている。  旧統一教会を20年近く信仰し、この建物に出入りしていたこともあるという元信者によれば、 「中は入り口に旧統一教会の創始者、文鮮明の大きな写真が飾られ、3階には立派な礼拝堂がありました。日曜日には信者が集い、祈りがささげられます。他の地域の教会は雑居ビルや民家というところもありますが、大阪家庭教会はすごく豪華です。渋谷(東京都)にある本部の次くらいに立派じゃないかと思います」  とのこと。  これだけの土地と建物を、旧統一教会はいつ、どうやって手に入れたのか。不動産登記を閲覧すると、興味深い内容が書かれていた。  1996年に完成した建物は、地上6階、地下1階、延べ床面積は約3300平方メートル。そして、登記の冒頭には「公立学校用地」とある。この建物は、かつて大阪市教職員互助組合の「阪南パラドーム」という研修や福利厚生の施設だったのだ。  50年以上、近所に住んでいるという男性は、 「(売却するという話が出た)当時、税金で作った学校の先生の施設を、『統一教会という怪しいところに売ったらアカン』と、反対の声が出ていた。署名も5千人以上集まり、『統一教会反対』などの看板を立てた住民もいたが、大阪市は聞く耳を持たなかった」  と当時を振り返り、憤慨する。  大阪市教育委員会によれば、 「20年ほど前に、市の財政を改善するための無駄の見直しがありました。必要性がない施設などの処分を検討する委員会が設置され、阪南パラドームも対象となりました。あまり利用がなかったからと推測されます。それを一般競争入札に付したところ、民間企業が落札し、そのまま売却となりました」  と説明する。  つまり、ぜいたくな施設で職員厚遇といった批判を受け、2006年に廃止。その後、一般競争入札の流れになった。  大阪市の資料や不動産登記などによれば、08年3月に7億5千万円でY社に売られた。阪南パラドームの総工費は約20億円と大阪市議会には出ており、半額以下での売却だった。その4カ月後には賃貸で旧統一教会が入居、11年に旧統一教会へ売却されている。  Y社の商業登記を確認すると、目的欄には毛皮、宝石、インテリア、呉服、絵画の販売と記されている。  前出の地元住民の記憶では、当初はY社の看板がかかっていたという。 「会社なのに、社員らしい人はまばら。日曜日になると大勢の人がやってくる。貼りだされたポスターなどから、旧統一教会ではないかとうわさになったのです。気がつくと、Y社が旧統一教会に貸していた」  全国霊感商法対策弁護士連絡会の加納雄二弁護士は、Y社の商業登記を見ながら、 「Y社は旧統一教会のダミー会社の疑いが極めて濃い。登記の役員欄から旧統一教会の信者、関係者である人物が何人も入っています」  と指摘する。加納弁護士が、そのことを示す書類を見せてくれた。  霊感商法で信者からペンダントを58万円で買わされたという被害者の代理人として、被害額を取り戻すための交渉をした際、返済するのは旧統一教会ではなく、信者のA氏が社長を務める会社がすることで合意。書類にサインした会社のA社長は、Y社の商業登記でも役員となっていた。  当時、施設の周辺住民から、退去を求める陳情書が市議会に提出されており、議会でもこの件について、旧統一教会と関係のある会社に市有財産を売却するのは問題ではないかと、論議されたことがある。  08年10月に開かれた議会の委員会で質問に立った田中ひろき市議は、 「教育委員会の阪南パラドームの土地が建物つきで一般競争入札に付されて、Y社という会社が落札して売却先となった。この会社が現在、建物を統一教会に貸していることが判明し、近隣の住民の方が大変不安に感じ、大阪市が統一教会を退去させるよう指導してほしい、ということがその陳情書には書かれてあったわけです」  などと指摘した。  さらに、「所有権がY社に移ってから1カ月後に、Y社は事業目的に、不動産の売買、賃貸、仲介及び管理と貸し会場の経営を追加していた」として、「これは初めから出来レースというか、ぐるだったのではないかと。地域住民が不安に思うのも仕方がないと感じるわけです。高値であれば少々チェックが甘くても売却すればいいという状況に今なってるとは思うんですけれども、市長自身、どう思われますか」などと述べ、Y社への売却について追及した。  加納弁護士ら弁護士連絡会も、「かねて自治体に、旧統一教会やそのダミー会社との関係を断つように申し入れをしていた」などとして、民間会社との売買契約を解除するよう大阪市に申し入れた。  その点について、改めて市に聞くと、 「一般競争入札の参加資格などは教育委員会とは別の部署でチェックします。そこで問題がないとの判断だったのでY社が落札となりました。Y社の役員欄を確認すれば、旧統一教会との関連性がわかった、とのご指摘ですが、当時はそういうルールは大阪市になかったようです」  と繰り返した。大阪市の話では、手続き上、問題はないのかもしれない。  しかし、田中市議は、 「Y社は、落札するとすぐに、不動産賃貸業などを登記に加えた。最初から、旧統一教会の施設にする目的で落札したのは明らか。大阪市は市有財産を売却するなら、もっと厳しくチェックすべきではなかったのか。周辺では、今も不安に感じている住民がいる。そこに、安倍元首相の事件です。より不安になりますよ」  と話し、現在も反社会的な活動の拠点になってはいないか、との不安が拭えないという。  加納弁護士がこう指摘する。 「旧統一教会が、何億円もする施設を買えたというのは、刑事事件にもなっている霊感商法や、信者にうそを言って献金させたカネがあるからです。登記を見ると抵当権の設定もないので、旧統一教会は現金で買っていると見られます。市民の貴重な税金で造った施設が旧統一教会に激安で渡っているのではないか。その施設がまた、強引な献金、霊感商法の舞台となりかねない。行政の責任は軽くない」  市民の財産を売却する際は、細心の注意を払う必要があるはずだ。今後に向けて改善策を講じてほしい。 (AERAdot.編集部・今西憲之)

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    爆笑問題の太田光さん、光代さん夫婦の番組を見て鈴木おさむが改めて自分の妻との距離感を考えた

     放送作家・鈴木おさむさんが、今を生きる同世代の方々におくる連載『1970年代生まれの団ジュニたちへ』。今回は、夫婦の距離感について。 * * *  NHK「ふたりのディスタンス」という番組があります。気になる「ふたり」に密着して、そのふたりならではの「距離」を見つめる番組。コロナ禍でも撮影できる。コロナ禍だからこそ、その距離感がおもしろくなる番組。僕は視聴者として見ているだけなのだが。  過去3回放送されていて、今回が4回目。なんと今回は爆笑問題の太田光さんと、妻の光代さん。夫婦でありながらタレントと社長という関係でもある二人。僕も自分が構成している番組で何度か夫婦の物語を取り上げさせていただいた。  この夫婦にしかない空気感。そして、ピンチをチャンスとして切り抜けてきた物語が僕は大好きだ。そんな二人の距離感はどんなものなのだろうと興味深く見た。  なんと結婚32年目だそうです。僕と妻は20年目なので、夫婦としても大先輩になります。  光さんの印象。普段は寡黙。  で、家の中での二人を撮影していたが、リビングで光代さんが話しているときに、光さんはずっと自分の部屋。まるで家にいないみたいに。それが日常だと言っていた。想像は出来たが想像以上の個人プレー。だけど、仲が悪い感じもしないし、なんだか愛しさはあって、それがこの二人の距離感なのかなと感じる。  番組内で、二人は10年ぶりの夫婦旅行に出かける。熱海の温泉宿でカメラは意識させない距離で撮影。  近くのビーチを歩く時に、先に歩く光さんを追いかけて、光代さんが腕を組む。これが日常かもしれないし、テレビカメラがあるから、意識したのかもしれないが、逆に言うと、カメラがいたことを利用したのかもしれないとも思った。こういう風でいたいと。  光代さんが言っていた言葉で胸に刺さった言葉がある。「空気みたいになりたくない」と。夫婦は年を重ねて空気みたいな存在になっていくのが理想とされているところもあったと思う。だけど光代さんは、そういう風になりたくないと。だからかき回すところもあると。僕は結婚して20年。たしかに意識しないと空気みたいになる瞬間って結構ある。  息子を授かり現在7歳。子供のことで今は一緒に話したり考えたりすることも多いのだが、光代さんの言葉を聞き、ふと考える。子供が大きくなったら、自分たちはどうなるんだろうと。  空気みたいな存在になるかもしれないと。  僕と妻の大島美幸は交際0日で結婚して、最初は、妻は僕に敬語で話していた。僕を「おさむさん」と呼び僕は「大島」と呼んでいた。だけどあるとき妻が「これじゃあ仲良くならないから、呼び方を変えよう」と言った。妻を「みいたん」と呼び僕を「むうたん」と呼ぶと妻が決めた。なかば罰ゲームみたいだったが、一週間もたつと妻の敬語は消えて二人の距離感は一気に変わった。あの時、妻が提案してくれたからその距離感が出来た。  結婚して20年を振り返ると、妻がなんだかんだで、かき回してくれていたんだなと気づく。  太田夫婦の「距離感」を見て、これからは僕もかき回す努力をしなければと思った。  番組内で二人でトランプやって熱くなっているシーン。なんだか泣けたな・・・。 ■鈴木おさむ(すずき・おさむ)/放送作家。1972年生まれ。19歳で放送作家デビュー。映画・ドラマの脚本、エッセイや小説の執筆、ラジオパーソナリティー、舞台の作・演出など多岐にわたり活躍。パパ目線の育児記録「ママにはなれないパパ」(マガジンハウス)、長編小説『僕の種がない』(幻冬舎)が好評発売中。漫画原作も多数で、ラブホラー漫画「お化けと風鈴」は、毎週金曜更新で自身のインスタグラムで公開、またLINE漫画でも連載中。「インフル怨サー。 ~顔を焼かれた私が復讐を誓った日~」は各種主要電子書店で販売中。コミック「ティラノ部長」(マガジンマウス)が発売中。原案・脚本を担当した「運命警察」(テレビ東京)がOA中。

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    大阪桐蔭を倒す方法はあるのか ベスト8に残った高校「勝てる条件」満たす2チーム

     いよいよベスト8が出そろった夏の甲子園。休養日を1日挟み、準々決勝の4試合は18日に行われるが、これまでの戦いぶりから優勝の行方と見どころを探ってみたいと思う。  まず最大の注目はやはり3度目の甲子園春夏連覇を目指す大阪桐蔭(大阪)だ。旭川大高(北北海道)との1回戦では序盤で3点をリードされる展開となったものの、2本のホームランなどで逆転勝ち。改めて初戦の難しさは感じたが、ここぞという場面で長打、ホームランが飛び出すあたりはさすがというべきだろう。続く聖望学園(埼玉)との2回戦は25安打、19得点で大勝。3回戦の二松学舎大付(東東京)戦も中盤以降は相手の粘りに追加点を奪うことはできなかったが、4対0と危なげなく勝利している。  強打がクローズアップされることが多い大阪桐蔭だが、今年のチームの強みは安定した投手陣にある。センバツで優勝を果たした後、春の大阪府大会と近畿大会、そして夏の大阪大会とここまでの甲子園と公式戦20試合を戦っているが、失点はわずかに17で、0点に抑えて勝った試合は12を数える。単純に計算すると1試合で1点とるのも難しいということになるのだ。旭川大高との試合で3失点を喫したエースの川原嗣貴も二松学舎大付戦では完封勝利としっかり調子を上げてきている。安定感では川原以上のものがある前田悠伍(2年)と、この夏大きく成長した別所孝亮(3年)も控えており、この3人から大量点を奪うことは考えづらいだろう。  そんな大阪桐蔭に勝つ方法となれば、やはりロースコアの展開に持ち込むというのが現実的である。参考になるのは今年のチームが公式戦で唯一の黒星を喫した春の近畿大会決勝の智弁和歌山(和歌山)戦だ。この試合で智弁和歌山は1回に先頭打者ホームランと、タイムリーエラーで3点を先制。その後の反撃を小刻みな継投でしのぎ、3対2で逃げ切っている。そして大きなポイントとなったのが長打を防いだことだ。4回までには3本のツーベースを浴びたが、5回以降に許した4安打はすべて単打となっている。  大阪桐蔭はノーアウト一塁だと意外とオーソドックスに送りバントをしてくることが多く、そこでしっかりアウトをとるということも当然重要になってくる。長打を多く許さないだけの投手陣と、きっちりした守備で最少失点に食い止めるということが大阪桐蔭に勝つための絶対条件となりそうだ。  ではこのような条件を満たすチームの候補としてはどこが挙げられるだろうか。投手陣の強さという意味ではやはり近江(滋賀)と仙台育英(宮城)の2校を推したい。センバツ準優勝の近江はエースの山田陽翔(3年)の存在がやはり大きい。ここまで3試合に先発し、24回を投げて34奪三振をマークしており、長打は5本しか打たれていない。センバツの決勝戦は準決勝で左足に受けた死球の影響で早々に降板となったが、万全な状態であればある程度大阪桐蔭打線を抑え込むことも期待できるだろう。  ただ問題なのは大阪桐蔭と対戦するまでに山田の状態が維持できるかという点だ。ここまで既に376球を投じており、3回戦ではそれまでの2試合と比べてストレートの平均球速は落ちていた。理想は準々決勝で山田を温存して勝ち上がることだが、これまでの試合を見るとそれは考えづらい。打線が奮起して、山田の登板イニングを減らすことができるかが重要になりそうだ。  力のある投手の数という意味では仙台育英が圧倒的だ。初戦の鳥取商(鳥取)との試合では5人の投手が登板し、全員が最速142キロ以上をマークして零封。続く明秀日立(茨城)との試合は終盤までリードを許す苦しい展開だったが、4人の継投で逆転勝ちをおさめている。山田ほど突出した投手はいないが、全員がストレートの速さだけでなくコントロール、変化球のレベルも高い。左右の異なるタイプを揃えているというのも強みだ。チームを指揮する須江航監督も打倒・大阪桐蔭のために投手を整備してきたと話しており、準決勝以降で対戦が実現すれば面白い展開になる可能性は高いだろう。  準々決勝で大阪桐蔭と対戦することになった下関国際(山口)も侮れない。左の古賀康誠(3年)から右の仲井慎(3年)への継投というパターンが確立されており、チーム全体での守備の意識の高さも目立つ。初戦で富島(宮崎)の好投手、日高暖己(3年)を攻略してきたことも大きな自信となっているはずだ。  チームとしての総合力を考えると、やはり大阪桐蔭が頭一つ以上リードしている感は否めない。しかし一発勝負のトーナメントでは何が起こるかわからないというのもまた事実である。残る7試合全てが持てる力を十分に発揮した好ゲームとなることを期待したい。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み

     今や、約5.5組に1組が不妊治療の検査や治療を受けたことがある時代。今年4月から不妊治療が保険の適用対象になったことで、より治療の間口が広がった側面もある。こうした中、不妊は未だ当事者が「身近な人にこそ話しづらい」と悩むテーマだ。  センシティブな内容であるがゆえに、誰にも言えない深い悩みを抱え、孤独の中に佇んでいる人は依然として多い。こうした当事者のさまざまな“孤独”を掘り下げながら、不妊治療の今を探る短期連載「不妊治療の孤独」。第一回前編は、妊活したいけれども「性交ができない」と悩む37歳女性の実態から――。 *  *  * 「妊娠の入り口にも立てていないことを、ずっと誰にも言えませんでした」  東京都在住の会社員、A子さん(37)。3年間の交際期間を経て、3歳年上の夫と結婚したのは6年前、A子さんが31歳、夫が34歳の時のことだ。自他共に認める仲良し夫婦で、互いを信頼し合っている。週末には二人で外食を楽しんだり、一緒にランニングしたり、どこにでもいる幸せそうな夫婦だ。  夫婦はある一点だけ、人に言えない悩みを抱えていた。それは、「性交ができない」という悩みだった。  身体的に何か問題があるわけではない。性欲もあるし、スキンシップも嫌いじゃない。問題は、“挿入”の一点のみ。それ以外、つまり挿入を伴わない性交であれば、何の問題もないのだ。  具体的には、こんな具合だ。A子さんは、挿入に対する恐怖感が強く、いざという時に体がこわばって萎縮してしまう。反射的に足に力が入ったり、股が閉じてしまうこともしばしばで、どうしても力を抜いて臨めない。  夫からどれだけ「大丈夫だよ」「リラックスして」と優しく声をかけられても、「絶対に痛いに違いない」という思い込みはどうしても拭えず、それが原因で、実はこれまで挿入を伴う性交は誰とも経験がない。  A子さんが怖がることで、夫との性交も、自然と途中でやめることになる。何度も挑戦はしてきたが、うまくいかないことが続き、「そのうちできるようになるよ」と辛抱強く待ってくれていた夫も、いつしか「無理にやらないといけないことじゃないから」と、挑戦から遠ざかるようになっていた。  誰に迷惑をかけるわけでもない、あくまで二人の間の問題だ。交際期間を含め、誰にも悩みを打ち明けたことはない。性交ができなくても、互いへの愛情に変化があるわけではなく、穏やかな日常を過ごしていた。  ところが、その誰にも言えない悩みが、A子さんが35歳の誕生日を迎えた頃から深刻味を帯びてきた。夫婦ともに「子どもが欲しい」という気持ちが強まっていたからだ。  街で子どもを見かけたら、「かわいいね」「うちも子どもがいたら楽しいだろうね」「私たちは……」という会話に自然となる。A子さんの後に結婚した友人も含め、同年代はベビーラッシュ。  子を持つ友人とランチをすれば「少しでも早く産んだ方が、子育てがラクだよ」、「35歳を過ぎたら妊娠率が下がるらしいから、早めに妊活を始めた方がいいよ」などと、悪気のないアドバイスが向けられる。「早く孫の顔が見たい」という親や親戚からの無邪気な声もプレッシャーだ。  そんな中、A子さんは「私たちは妊娠するステップの“入り口”にも立てていない」と焦りを募らせるようになった。  私たち夫婦のように「性交できない」という同じような悩みを持って妊活している人がいないのか、ネットで探したこともある。妊活のノウハウとして出てくるのは排卵日近辺に性交する「タイミング法」をはじめとした、性交ができる前提の情報ばかり。 「自分たちの状態がいかにマイノリティなのか、思い知らされたような気がした」  というA 子さんは同時に、年齢とともに卵子の老化が進むことや、タイムリミットという壁が存在することも知り、余計に焦りに火がついた。 「子どもが欲しいなら、性交ができるようにならないといけない」  思いが強まる中で、しばらく遠のいていた挑戦から、再チャレンジの日々が始まった。「何とかできるようになりたい」との一心で挑戦を重ねるも、どうしてもうまくいかない。このままだと時間が経つばかりで、自然に子どもを授かることは難しいままだ。  藁をもすがる思いで門を叩いたのが、不妊治療を行うクリニックだった。不妊治療を専門とするクリニックに、性交を一度もしたことがない夫婦が行くハードルも「相当なものだった」(A子さん)が、ネットの口コミで「些細なことにも耳を傾けてくれる先生」とあったのが背中を押した。  3年間の交際期間、6年間の夫婦生活の中で、一度も性交が実現していないこと。自分たちなりに試行錯誤を続けているが、どうしてもうまくいかないこと。妊娠を希望するようになって、今の状況に強い焦りを感じていること……。相手はいくら医師と言えども、初対面の他人に話すには、とても勇気がいる内容だった。  医師はゆっくりうなずきながら、顔色ひとつ変えずに話を聞いていた。その後、医師から発せられた言葉は意外なものだった。 「珍しいことではありません。今、そういう方がとても多いんですよ」  医師が言うには、同じように性交ができないという悩みを抱えて相談に訪れる夫婦は決して少なくないという。主に女性側の問題である「挿入障害」や、男性側の問題である「勃起障害」や「射精障害」、さらに性的な興奮が起きないなど、いわば性反応がうまく起こらない状態を総称して「性機能障害」と呼ばれることを知った。  A子さんの場合には、典型的な挿入障害にあたり、少しずつ慣らしていくことで改善されるケースも少なくないという。 「ただ年齢を考えると、あまり悠長なことを言っていられないのも事実です。性交渉の代わりになる手段を並行して試すことから始めましょう」  医師から提案されたのが、採取した精液を、針のない注射器=シリンジを使って膣に注入する「シリンジ法」と呼ばれる方法だ。Amazonなどの通販サイトなどでも手軽に入手することができ、ここ数年で妊活に使用するカップルが増えている。  タイミング法と同じく、排卵日近辺に行うことで、性交渉と同程度の確率で妊娠が期待できるという。使用するシリンジを見ると、膣内に入る部分は柔らかなゴム製で、太さは女性の指より細い程度。A子さんも「これなら、私でも大丈夫かもしれない」と思えた。実際、シリンジは問題なく挿入することができたことから、シリンジを用いたタイミング法に挑戦し始めている。A子さんは言う。 「いつまでも挿入ができない私は“異常”なのだと落ち込んでいましたが、先生の言葉で救われた。シリンジ法でネット検索すると、たくさんのカップルが活用している方法のようで、必ずしも性交しなくても妊娠の手段はあることに、まずは一安心。どうかこの方法で妊娠してほしいと願っています」(A子さん)  複数の医師によれば、性機能障害を持つカップルに共通するのは、性交はうまくいかずとも夫婦仲が良いこと。妊娠したいという希望を機に、医療機関を受診するケースが多い。不妊治療の浸透によって、不妊相談が一般的になってきた中で、「性交ができない」という悩みが表面化しやすくなったこともある。不妊外来で患者と向き合う千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)も言う。 「今の時代、“性交と妊活は別物”と考えた方がうまくいきやすいかもしれません」  晩婚化や女性の社会進出、共働き、現代の生活習慣、デジタルの普及……「性交ができない」妊活の背景には、さまざまな問題が絡み合っているようだ。こうした中で、「子どもは自然に授かるべきもの」と思い込み過ぎると、時に自分たちを追い詰めてしまうことにもなるかもしれない。  A子さんが受診した医師が「珍しいことではない」と言うように、性交を試みてもできない夫婦は少なくない。後編では、性交をパスして妊活に進む「セックスレス妊活」の葛藤や悩みについて。(松岡かすみ) 後編も読む→【年々増加する「セックスレス妊活」 性外来の医師が指摘する深刻な課題とは】

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    年々増加する「セックスレス妊活」 性外来の医師が指摘する深刻な課題とは

     約5.5組に1組が不妊治療の検査や治療を受けたことがある時代であるにもかかわらず、不妊は未だ当事者が「身近な人にこそ話しづらい」と悩むテーマだ。こうした当事者のさまざまな“孤独”を掘り下げながら、不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」。第1回前編では、妊活したいけれども「性交ができない」と悩む37歳女性の実例を紹介したが、後編では、年々増加傾向にある “セックスレス妊活”について。 前編も読む→【「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み】 *  *  *  今、性交を試みても「できない」という夫婦が少なくないという。“セックスレス”が聞かれるようになって久しい今、“セックスレス妊活”という言葉も聞かれるようになった。  一般的な不妊症の定義は「妊娠を希望し、避妊せずに性交しているのに一年以上妊娠しない状態」だが、性交できない人の不妊外来受診が珍しくない現在。ここで言う「性交できない」は、いわゆるセックスレスではなく、「性交したくても何らかの理由でできない」状態を指す。  夫婦のどちらか、あるいはどちらもが性交の経験がなく、対処法が分からずに深刻に悩んでいるケースもあれば、「友人みたいな関係で性交する気分にならないけれど、子どもが欲しい」という声も珍しくない。 「“妊娠を希望しているが、性交ができない”という悩みを抱えて訪れる方が多い」  とは、元日本性科学会理事長で、性機能障害に悩むカップルが数多く訪れる性外来で、30年にわたってカウンセリングを行っている婦人科の大川玲子医師。こうしたカップルは増加傾向にあるものの、相談できる場所が少ないのが深刻な課題だという。 「できれば“子どもを自然に授かりたい”という思いで、性交ができるようになりたいという方が多いものの、セックスに関するカウンセリングを行なっている病院はかなり数が絞られます。晩婚化が進む中、妊娠を望むなら、性交の段階であまり時間をかけていられないという判断から、いきなり不妊治療を選ばれる方も少なくない」(大川医師)  大川医師の性外来を訪れる女性の多くが、体の問題はないのに挿入を伴う性交渉ができない“挿入障害”を抱えている。妊娠したくても挿入できないことが切実な問題となって駆け込まれる方がほとんどだという。 「挿入障害は、性器を含めたスキンシップは問題なくできるのに、膣に触れられそうになると突然体をこわばらせてしまうような状態です。基本的に心因性の疾患になります」(大川医師)  相談者に共通している不安が、「処女膜は最初の性交渉で破れ、血が出る」という“処女膜神話”への過度なとらわれだという。これが「性交渉=出血するほどの痛みを伴う」という思い込みを生み、女性に強い恐怖感を抱かせていることが多い。その結果、性交渉しようとすると骨盤底筋、特に膣周囲の筋肉を、本人の意思とは無関係に収縮させ、膣を閉じてしまうのだという。 「無意識の力というのは強いもので、女性が仮に“力ずくで挿入して欲しい”と思っても、実際は足を閉じて全身で抵抗するので挿入できません」(大川医師) 「性交ができない」という性機能障害における治療の柱の一つが、不安や緊張、恐怖によって抑制された性反応を取り戻す心理的なものになる。性行為の際の体の反応や、不安や恐怖が挿入を妨げる仕組みについても、医師から説明を受ける。加えて、個々の症状に合わせて苦手な行為を少しずつ練習し、抵抗感を減らす行動療法を行う。挿入障害の場合には、挿入への過度な恐怖を取り除くため、挿入の練習を段階的に行い、徐々に慣らしていく。 「行動療法では、まずは自分の指を膣に入れてみることから始めます。初めは膣の入り口に触れただけで、痛いと手を離してしまう人もいますが、落ち着いて感覚に集中すると“痛いのではなく、違和感だ”と気づく。違和感を我慢して練習していくうちに、指を通じて膣の構造を感じ取れるようになる」(大川医師)  性機能障害は、不安や緊張が引き起こすことが多く、体に意識を向けてリラックスすることも重要だ。ただ「リラックスしなくては」という思いがかえって緊張させる場合もある。緊張感が拭えない人には、「手や足が重い、温かい」など副交感神経が優位のリラックス状態を思い浮かべ、意識を体に向ける「自律訓練法」を取り入れることもある。  本番であがってしまうアスリートなども取り入れている手法で、訓練によって実際に温感などを得てリラックスした状態になれる。このほか、膣の無意識収縮を和らげる方法には、尿もれ予防などで知られる“骨盤底筋運動”も組み合わせると良いとされる。  挿入障害の場合、月経が順調で排卵もあれば、前編で紹介したAさんのようにシリンジ法を取り入れるのも妊活の一つの手だ。クリニックで販売しているところもあれば、通販サイトなどでも手軽に手に入る。シリンジを用いることで、タイミング法のハードルを下げることにもつながるため、性交が問題なくできるカップルでも活用する例が少なくないという。 「シリンジ法は自宅でできますし、結果は膣内射精と変わりません。私の患者さんでも、排卵のタイミングでシリンジ法を行うようになって、数回で妊娠した方もいます」(大川医師)  女性の性機能障害は、なぜ起こるのだろうか。患者の特徴には、思春期の頃から性的な話題をタブー視し、性=悪いことといったイメージを強く持った人が多い傾向にあるという。大川医師は言う。 「そうした意味では、教育環境にも原因がある。例えば挿入障害における処女膜神話など、教育の中で性交や性反応について正確な情報を教える流れができていないことで、誤った情報が先走っている傾向もある。それが性交渉へのマイナスな向き合い方につながっているようにも感じます」  一方、挿入障害を抱える人が婦人科を訪れた場合、子宮や卵巣、膀胱、直腸などがある骨盤内部と膣を触診する「内診」が高いハードルになることがある。診察器具も含めて性器への挿入を恐怖と感じる人も少なくない。 大川医師の性外来にも、不妊外来での内診ができず、「不妊症としての検査や治療ができない」という理由で来院する人が増えていると言う。妊婦健診の中でも、婦人科検診が終始できないという人もいる。不妊外来 で多くの患者と接する千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「婦人科の診察に対して、緊張する人や不安が大きい女性はたくさんいます。不安感が強い人は、事前に伝えてもらえると、患者さんによって診察方法を変える対応もできるので、怖がらずにぜひ相談してほしい」  千村医師のクリニックでは、挿入障害の患者が訪れた場合、膣の萎縮や閉塞を緩和させる目的の「膣ダイレーター」を用いて、自宅で練習する指導なども行っている。また子宮頸癌検診や膣内部の視診などにも用いられる「膣鏡」と呼ばれる診察器具の小さなサイズを用いて、診察の中で少しずつ慣らしていくこともあるそうだ。千村医師は言う。 「性交渉が毎回できることが当たり前ではないという認識を持つことも大事。“子どもを作るために性交できるようにならないといけない”と思うと、余計に追い詰められかねません」  晩婚化が進む中、性交実現のために要する期間があまりに長期化すると、妊娠そのものが難しくなってしまいかねない。前出の大川医師の性外来では、治療を一年で “卒業”する人もいれば、10年にわたって通っている人もいるという。そうした中で、「性交ができるかどうかより、妊娠を優先したい」と、人工授精や体外受精など、性交によらない妊娠の技術を持つ不妊治療クリニックに切り替える人も少なくない。 「性外来を受診する人が、内診ができる程度になると、性交より妊娠を優先する人も多い。その時に、性外来も並行して続けたいという希望を持つ人もいますが、原則として並行しての治療はお勧めしていません。不妊治療はかなり集中力を要しますし、性外来での治療も自己との闘いで神経を使うからです」(大川医師)  生殖医療が発達し、性交渉がなくても妊娠に至るケースが増えている現在。晩婚化が進む中で、妊娠という目的のみを考えると、性交渉ができる・できないに関わらず、一足飛びで進みたくなる気持ちも当然理解できる。  その一方で、性の診療という分野からは、「性交=妊娠のためだけのもの」という流れになりすぎていないかと懸念する声も聞かれる。この葛藤は、“子どもは自然に授かりたい”という自然派信仰的な思いと、生殖医療である不妊治療との間に揺れる、当事者のせめぎ合いにも通ずるものがある。そのせめぎ合いを抱えるのは、女性のみならず男性も然りで――。(次の記事に続く) 前編はこちら→【「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み】

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    海外で働くチャンスを得たが出産年齢で悩む35歳女性に鴻上尚史が示した大人が「人生を決断」する方法

     会社の海外就労制度の権利を得たが出産年齢を考えて悩む35歳女性。夫も後ろ向きな態度ななか、人生の決断をどう決めるべきか問う相談者に、鴻上尚史がまず伝えた「悩むことと考えることを区別する」の原則とは? 【相談154】出産と海外就労制度のはざまで胸が苦しくなります(35歳 女性 豆太郎)  鴻上さん、こんにちは。いつも的確なアドバイスで、尊敬しています。  私は社会人11年目で、これまで仕事をがむしゃらにやってきました。楽しく、やりがいもあり、このまま成長を目指していきたいです。がんばってきた甲斐があってか、来年度、海外の事務所で働く海外就労権利を会社からもらうことができました。海外就労制度は新入社員時代からいつかは行きたいと思う憧れの制度で、希望者が全員行けるわけではないので、いつか選ばれたいと思いながら働いてきました。  ただ、私は現在35歳。期間は1年なので、帰ってきたら37歳です。結婚して2年目です。夫はいつか子どもが欲しいと思いながら私がプロジェクトに邁進しているのを見て、そのプロジェクトが終わるまではと待ってくれていたようです。  海外渡航の権利をもらえたこと、行きたいことを伝えると、賛成も反対もしていないような反応で、部屋にこもってしまいました。子どものことは直接言われていませんが、きっとそのことを考えていると思います。  私自身、周りの友達がどんどん出産し、焦りの気持ちも大きく、芸能人であっても同世代の人の出産を見ると少し気持ちが沈みます。ただ、やはり海外で挑戦したいのです。  子どもがいないことを一生後悔するのか、海外赴任しなかったことをずっと後悔するのか、考え始めると嬉しいはずの権利が枷となって胸が苦しくなります。  鴻上さんは人生の決断をどうやって決めてきましたか。教えてほしいです。 【鴻上さんの答え】 豆太郎さん。大変ですね。この質問を、自分のことのように感じて胸を痛めている人も多いと思います。 「鴻上さんは人生の決断をどうやって決めてきましたか」という質問ですね。  この連載でも書きましたが、僕は「悩むことと考えることを区別する」という原則で20代を過ごしました。  悩むと時間だけは過ぎていきます。が、やれることはなにも浮かびません。が、考えれば、少なくともやることは浮かびます。それがうまくいくかどうか分かりませんが、とりあえずなにかやってみようと思うことが浮かぶのです。  ところが、30代になると、ちゃんと考えているのに、分からなくなることがでてきました。「悩むことと考えること」の対立ではなく、「考えることと考えること」が対立するようになったのです。  どちらも同じぐらい正しくて間違っていると感じることです。どちらを選んでも同じぐらい後悔するだろうと思えることです。  これが「大人の課題」なのだと思いました。「悩むことと考えることを区別する」のは「青春の課題」で、「考えることと考えることを区別する」のが本格的な「大人の課題」だと思ったのです。 「どっちを選ぶのが正しいんだよお!」と人前で叫び出したい誘惑をぐっとこらえ、分かってるもんねーなんて顔をして、ドキドキしながら選択していくことが増えていきました。  さて、豆太郎さん。「考えることと考えること」を区別するようになって、結局、僕がしたことは二つの「考えること」の違いを考え抜くことでした。  つまりは、じっくりゆっくりとことん考えて、ほんの少しの小さな違いを見つけ出すということです。諦めず、粘り強く、いろんな角度で考えて、二つの「考えること」のささいな違いを見つけ出そうとしたのです。  豆太郎さんのケースなら、「海外で働くこと」と「子供をつくること」のどちらも切実な願いです。  これが「青春の課題」なら、じっくり考えれば、「自分はどちらを希望しているのか」が明確になってきます。世間体とか親の期待とかプライドとか、いろんなものがじっくりと考えることでゆっくりとはがれていくのです。  でも、「大人の課題」は、どちらも同じぐらい希望していると結論するのです。  そうなったら、次に考えるのは「二つは絶対に両立しないのか?」です。  豆太郎さんは36歳で海外に1年行きます。そのままだと妊活は37歳以降になるということですね。でも、37歳以降だと、妊娠は絶望的なのでしょうか。  37歳以降で妊娠の可能性はゼロでしょうか? だとすれば、どちらかを選ばなければなりません。  でも、僕は37歳以降でも、妊娠の可能性は全然ゼロではないと思います。  もちろん、35歳で妊活を始めた方がいろいろと有利かもしれません。でも、35歳で妊活を始めても、結局、妊娠したのは37歳だった、というケースも珍しくないと思います。  妊活の種類も問題になるでしょう。月に一回の妊活でなんとかなるのか、どちらかのコンディションが問題で人工授精を考えなければいけないレベルなのか、それも調べておく大切な問題だと思います。  もし、月に一回の妊活でなんとかなるレベルなら、例えば海外に行くけれど、最後の3カ月、夫が毎月定期的に豆太郎さんと会うという方法もあるかなと思います。夫の負担は大きいですが、観光旅行とか息抜きをかねて来てもらって、お互い、がんばるのです。それでうまくいけば、36歳のうちに妊娠できるのではないかと思います。  豆太郎さん、どうですか? 僕はこうやって「人生の決断」を決めてきました。  もちろん、考えても考えても、どちらが正しいか分からないということはあります。どちらも希望していて、どちらも大切だと思って、でも二つは両立しないケースです。  そういう時は、僕は考えることをやめて、もちろん、悩むこともやめて、あっけらかんと運に身を任せます。 「道を歩いていて次に出会う人が男性ならA案、女性ならB案」とか「サイフから100円玉を取り出して、製造年が偶数ならA案、奇数ならB案」とかです。  これは冗談ではなく、本当に何回か、こういうやり方で人生の決断をしました。だって、考えても考えても、二つの違いが分からないのなら、考えるだけムダですし、そのことで苦しむのはバカバカしいと僕は思っているのです。  どちらを選んでも、同じぐらいもう片方を選ばなかったことを後悔するのなら、そもそも、後悔してもムダだっ!と思っているのです。  でも、これは、本当に「考えて考えて、いろんな人の意見も聞いて、いろいろと調べ尽くした」後の方法です。  考えるのが面倒くさいから飛びつく方法ではないのです。  どうですか、豆太郎さん。僕はこんなふうに人生の決断をしてきました。「大人の課題」は、本当に難しく、正解は簡単には見つかりません。  だからといって、そのことに苦悩して、押しつぶされるのは人生に対してもったいないと思います。どんな決断をするにしても、「考え抜いたんだから、これでいいの!」と胸を張れたら素敵だと思っているのです。  豆太郎さんが後悔のない決断ができますように。 【追記】 この回答に対して、「一冊の本」の編集長より「夫と話し合うということは言及しないのでしょうか」というサジェスチョンをもらいました。もちろん、夫と話して、お互いが納得できる落とし所が見つかれば素敵です。そうなれば、何の問題もありません。でも、話し合っても話し合ってもお互いが歩み寄れず、お互いの希望が完全にぶつかる時は「大人の課題」だと考えます。その場合の考え方を僕は答えたのです。ですから、まずは「夫とたくさん話す」というのは大前提です。はい。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    医師が語る注意すべき薬 必要のない人にも処方されがち

     新型コロナウイルス感染症の流行で、外出自粛による受診控えや、治療の中断を余儀なくされた人もいるだろう。  持病を放置してはならないが、飲む必要がない人にまで薬が出されることも少なくない。薬には副作用があり、特に慢性疾患の場合は薬の処方が長期化し、別の疾病を引き起こすこともある。  医薬品に関する調査・研究を行っているNPO法人「医薬ビジランスセンター(薬のチェック)」理事長で内科医の浜六郎医師はこう指摘する。 「薬剤によって、糖尿病や高血圧など治療目的の病気(合併症)を減らす効果があっても、がんなど別の病気が増えて死亡者がかえって増えることがあります。治療の評価項目として、私たちが最も重視しているのは別の病気による死亡も含む『総死亡』です」  人を対象とする臨床試験の多くは数カ月から5年程度行っているが、慢性疾患用の薬剤は10年以上服用することも少なくない。つまり、臨床試験では薬を長期間服用した場合に起こり得る「害」はわからないのだ。  浜医師がここで例に挙げるのは糖尿病の治療用の薬である「SGLT2阻害剤」だ。腎臓からブドウ糖を排出させ、血糖値を下げる作用がある。 「SGLT2阻害剤は動物実験で発がん性が疑われ、長期的に使えばがんによる死亡が増える可能性があるが、試験はごく短期間しか行っていません。尿量も増えて脱水症状を起こし、脳梗塞を起こしやすくなります」  浜医師らは、ランダム化比較試験を適切に行っているか、被験者に偏りはないか、症例報告や観察研究、動物を対象とした毒性試験データなどを総合的に分析した結果、使うとかえって害があったり、あまり効果が期待できなかったりする薬をまとめた。  コロナ禍で、家庭でも使える初めての飲み薬として期待されたモルヌピラビルは、初期データでは入院・死亡リスクを半減させると発表されていたが、最終データでは有効性が約30%にとどまった。  浜医師は臨床試験が適切に行われなかった疑いも指摘する。糖尿病や慢性腎臓病などコロナが重症化する危険因子がある被験者が、プラセボ(偽薬)群よりモルヌピラビル投与群のほうが約40%低かったことがわかったという。  風邪などで発熱すると、解熱剤として処方されるのが、非ステロイド抗炎症剤(NSAIDs)だ。浜医師がNSAIDsなどで解熱するときに注意すべき点を語る。 ■薬物に頼らない改善方法が理想 「高体温にはウイルスを減らす効果がある。熱を下げると一時的に体は楽になりますが、かえって治りが遅くなるので解熱剤として使ってはいけません。頭痛がひどいときだけ非ピリン系鎮痛剤のアセトアミノフェン(カロナールなど)を服用し、一気に平熱まで下げないこと。関節痛の場合、薬の半減期が40~50時間の長時間作用型は効果が持続することがメリットとされていますが、それだけ副作用の害も出やすく、特に高齢者には危険です。半減期が14時間くらいのナプロキセンのほうが適切です」 「生活習慣病」の糖尿病や高血圧、高コレステロール血症は、そもそも「正常ではない」と診断される基準値が厳しすぎるという問題点があり、安易に薬が処方されやすい。  糖尿病(2型)は、失明の大きな原因である網膜症、腎症、心筋梗塞などの合併症が心配。治療には血糖値を下げるさまざまな薬が使われているが、長期的な血糖の状態を示すヘモグロビンA1cは、基準値(4.6~6.2%)まで一気に下げると危険だという。 「低血糖になるほうが怖い。動悸、震えなどの症状が表れ、重症化すると昏睡状態になります。インスリンを補って、ヘモグロビンA1cを7~8%の範囲で緩やかにコントロールするべきです。程度に応じた糖質制限食を基本としてインスリン分泌量を減らし、十分な睡眠とストレス解消を心掛けるなど、薬剤に頼らない改善法が理想です」(浜医師)  血圧もかねて「正常ではない」と診断される範囲が厳しすぎるとの指摘があり、治療の必要のない人にも薬が処方されがちだ。日本高血圧学会は正常血圧の範囲を、収縮期120mmHg/拡張期80mmHg未満とし、140/90以上だと高血圧と診断される。浜医師がこうアドバイスする。 「高齢になれば血管が硬くなるので、血圧を上げることで組織に十分な血液を供給している。下げすぎはかえって危険です。英国のガイドラインでは、160/100未満ならば降圧剤は不要。降圧剤をどうしても使わざるを得なくなったら、比較的安全なACE阻害剤か利尿剤の中から1種類だけ使うことを勧めます」  血液中のコレステロールが多いと、動脈硬化の原因になるといわれている。総コレステロールの基準値は130~220(mg/dl)だ。「悪玉」と称されるLDLコレステロールが140以上だと、脂質異常症と診断される。浜医師が言う。 「いまやコレステロール値が高めの人のほうが長生きだということがわかっている。免疫力が弱まるので、無理に下げる必要はない」 (本誌・亀井洋志)※週刊朝日  2022年7月15日号より抜粋

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    ”薄毛ダンディー”になれば人生が変わる!カットと小物の一工夫で植毛・増毛いらず

     若い頃はあんなにフサフサしていたのに、いまは鏡を見るのもイヤ・・・。そんな悩みにもだえる男性は少なくない。だけど薄毛でも目立たない人や、むしろかっこいい人だっている。その差は一体、何なのだろう。実は、髪形やファッションをほんの少し見直すだけで、印象はガラリと変わるんです。この夏、勇気を出して新たな世界へ飛び出してみませんか? 「薄毛に悩む男性の為に」をコンセプトにした美容院がある。東京・渋谷に本店があるヘアサロン「INTI(インティ)」。その福岡店(福岡市)に勤め、毛髪診断士の資格も持つ美容師の堀本俊治さんは、遠くは広島や鹿児島からもやってくる男性たちの薄毛の悩みに向き合ってきた。 「一般の美容院で納得のいく髪形にならなかった人もいれば、そもそも恥ずかしさのせいで美容院に行けなかった人もいます。自分で髪を切ったものの、見えるところしか切れておらず、『どうしてこうなった?』という状態に陥っているケースもままあります」  初回のカウンセリングでは、「どんな髪型にすればいいかわからない」「なんとかして下さい」とゼロからのアドバイスを求められることがほとんど。スマホの画面になりたい髪形のイメージを出してくれるお客もいるが、「できないと思うんですけど・・・」という枕詞は鉄板だ。なかには緊張と不安のあまり、スマホを持つ手が震える人もいるという。  だが、どんなタイプの薄毛でも、あるルールを守ればかっこよくなれる。堀本さんが言う。 「薄毛の人の髪形を考えるうえでの大原則は、髪の量を均一にすることです。髪が多い部位と少ない部位があると違和感が生まれ、少ない部位がより目立ってしまいます」  髪が残っている部分を守りたい気持ちは分かるが、状況を見ながら思い切ってハサミを入れるのが肝心だとか。それでは、薄毛の定番である(1)M字タイプ(2)O字タイプ(3)U字タイプについて、それぞれカバー方法の例を見てみよう。 (1)M字タイプは額の左右の生え際が後退していく。前髪を伸ばしてまっすぐ下ろすと、真ん中だけ髪が多く、左右はスカスカになってしまう。そこで、あえて短く切って厚みを出しつつ、毛を横に流す=写真1。前髪は、毛が落ちている位置に視線を集める特性がある。顔の外に向かって毛流れを作ることで、視線をおでこから外す効果がある。 (2)O字タイプは頭頂部が薄くなる。髪が薄いところにつむじがある場合、ヘアセットで髪が残っているエリアに移すのが有効だ。濡れた髪をドライヤーで乾かしながらつむじの位置を調整し、薄毛をカバーするようにつむじを中心とした渦巻き状の毛流れを作る。プロの技だが、慣れれば自分でもできる。 (3)U字タイプはM字とO字がくっつき、薄毛の範囲が広い。側頭部と後頭部から髪を持ってきて被せ、髪が浮かないようスプレーを使って念入りにセットする。  U字が進行してカバーが難しくなった人や、薄毛は隠さなくていいから自然に見せたい人は、短く刈り込むのがおすすめだ。  残った毛が伸びたままだと疲れて見え、清潔感も失われてしまう。髪全体の密度が均一になるように刈り込み、美しいシルエットを作れば、“きちんと整えています”感が生まれる。  反対に、薄毛の人におすすめできないアレンジが、ジェルを使ったウェットなスタイルだ。  濡れた質感の髪は、分け目ができやすく、頭皮も透けて見えやすい。また、アイドルのような毛束感のある仕上がりにすると、髪自体が目を引き、カバーできていない薄毛があると目立つリスクがある。キメキメよりも、ナチュラルかっこいいを目指すのが正攻法だ。  思い切ってパーマやカラーを入れるのもアリ。「『髪は傷むと抜けるのでは?』と勘違いしている方も多いですが、関連性はないのでご心配なく」と、堀本さん。むしろパーマで癖毛にすると髪が強く見え、薄毛部分を隠すために別の場所から髪をぐいっと持ってきてもなじみやすいという。また、タレントの所ジョージさんや小堺一機さんのように明るい髪色に染めたり、白髪にしたりすると、頭皮の青白い色味と同化して、薄さが目立ちにくくなるそうだ。髪を茶色に染めたうえで日焼けサロンで頭皮を焼き、さらになじませる人もいるというから、驚きだ。  カットや仕上げはプロにお任せするとして、日頃の手入れも大切。  短く刈り込んだ髪形を除き、たいていはドライヤーやワックスを使ったセットが欠かせない。ただし、トリートメントには要注意。髪が柔らかくなるとボリュームが失われてぺったんこになってしまう。多少髪がごわつくような、石けん成分が主体のシャンプーで洗髪したほうが、ヘアスタイルがきまりやすくなるという。  堀本さんは「ヘアスタイルを変えるだけで、人生は変わる」と言い切る。「あるお客さんは薄毛を隠すため、ヘルメットや帽子をかぶる工場作業員として働いていましたが、今は夢だったバーテンダーをしていますよ」  服飾ジャーナリストの山本晃弘さんは、「髪は薄くなったらカリっと短く」が持論。30代前半から30年近く、坊主スタイルを貫いている。こだわりはサイドを短くしてトップを少し残すこと。ベストな状態を保つため、月3~4回は散髪に行く。 「人は”差”に目が行くものです。髪が薄くなったところを残し、ある程度生えているところを削ると、うまくいきます。そもそも細い毛をふにゃりと伸ばして様になる人は、ほんの一握り。リリー・フランキーさんのようなキャラクターが立ったおしゃれ上級者でない限り、基本的にだらしなく見えます。でもきれいに刈ってしまえば、誰でも清潔感が出せる。自分や周囲の受け止め方も、『はげてしまった』ではなく『意図的に坊主にしている』というポジティブなものに変わります」  髪のボリュームが少ないぶん、ひげを生やしたり、眼鏡や帽子などの小物を活用したりして、顔まわりにアクセントをつけるとぐっとバランスがよくなる。  山本さんも「ひげはほおや首まで生やすと山賊みたいになるから、口まわりを中心に残す」「メタルフレームの眼鏡は主張が弱い。顔の印象を変えるならセルフレーム(プラスチック素材)」というように、自分なりのルールを確立してきた。  薄毛は工夫次第で目立たなくなり、個性としても生かせる。一人で解決できなければ、プロに相談を。なじみの床屋さんでも、通りがかりの眼鏡屋さんでも、快く相談に乗ってくれるはずだ。  それにしても、世間ではなぜ「薄毛=恥ずかしい」とみなされるのだろう。山本さんに疑問をぶつけると、こんな答えが返ってきた。 「ハゲがダメというのは、社会の問題です。若さは素晴らしい、現役でバリバリ働く人はえらいとされる世の中では、老化の象徴である薄毛やシワは恐怖の対象となる。日本ではいまだに、リタイア後も人生をエンジョイする男性像が浸透していません。でも、仕事がなくなっても髪が減っても人生は続くし、あなたはあなた。いつまでも自分らしくハッピーに過ごすために、おしゃれは大きな力になります。『この年になって誰に見せるの?』じゃない。きちんと磨かれて輝く自分の姿は、自分自身を励ますんです」 (本誌・大谷百合絵) ※週刊朝日オリジナル記事

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    甲子園で打ちまくり! 「プロ入りはせず」も“超高校級”と呼ばれた強打者たちの記憶

     甲子園大会では、毎年超高校級の強打者たちがプロのスカウトから熱い視線を送られているが、彼らの中には、甲子園で活躍したにもかかわらず、最終的にプロに行かなかった選手もいる。  2000年夏、チーム大会最多安打100、同本塁打11など、記録ラッシュの“史上最強打線”で全国制覇した智弁和歌山の4番打者・池辺啓二もその一人だ。  2年夏の99年に5番センターとして甲子園デビューを飾った池辺は、翌00年も春夏連続出場し、春は2試合連続弾を記録して準優勝に貢献。全国の頂点に立った最後の夏も、3回戦のPL学園戦で1点リードの3回に効果的な2ランを放つなど、29打数12安打9打点1本塁打の打率.414と4番の重責をはたし、“天才打者”と呼ばれた。  高校卒業後、慶大に進学した池辺は、自主性を重んじる大学の練習になじめず、居残り練習をしなくなるなど、「楽なほうへ流された」結果、下級生のときは活躍できなかった。  だが、3年のときに「これではいけない」と危機感を抱き、高校時代同様、練習量を増やしたのが功を奏し、4年の春にベストナイン、秋にはリーグ優勝も経験した。  社会人・新日本石油ENEOS時代には10年間で都市対抗優勝5回、社会人ベストナイン3回と“ミスター社会人”の称号にふさわしい活躍を演じたが、ドラフトで指名する球団はなかった。  社会人2年目の06年の大学・社会人ドラフトでは、ソフトバンクが獲得候補に挙げていたが、日本ハムが指名するとみられた専大の外野手・長谷川勇也が5巡目まで残っていたことから、池辺の指名がなくなったといわれる。  あくまで結果論だが、「日本一チームの4番」だった高校時代にプロを志望していれば、その後の運命も変わっていたかもしれない。  駒大苫小牧の夏連覇に貢献し、大会最速146キロ右腕・涌井秀章(現楽天)からサイクル安打を記録したのが、林裕也だ。  04年夏、初戦の佐世保実戦で念願の甲子園初勝利を挙げた駒大苫小牧は、3回戦でも日大三に7対6と打ち勝ち、準々決勝で優勝候補の横浜と対戦した。  7番セカンドで出場した2年生の林は、2回に涌井からバックスクリーンに先制ソロを放つと、3回にも左越えにタイムリー二塁打、5回にも右翼線にタイムリー三塁打と長打を連発し、7回2死一、二塁の4打席目はダメ押しの5点目となる左前タイムリー。併せて大会史上5人目のサイクル安打も達成した。 「サイクル安打は試合後に知りました。それよりも有名な横浜に勝てたことがうれしい」と語った林は、準決勝から打順も3番に上がり、大会通算18打数10安打8打点1本塁打、打率.556の好成績で北海道勢初の優勝に貢献。主将になった翌05年夏も前年と同じ18打数10安打をマークし、1948年の小倉以来、57年ぶりの連覇を実現した。  駒大進学後も1年春からレギュラーになり、3年春に50打数20安打7打点1本塁打の打率.400で首位打者を獲得。筆者は当時の林を神宮で見る機会があったが、観戦2試合で決勝三塁打を含む8打数5安打2打点。投手から見て、どこに投げても打たれるようなイメージで、大学生の中にセミプロがまじってプレーしているようなオーラが感じられた  だが、首位打者になったシーズンを最後にチームは2部降格。林も打撃不振に陥り、イップスに悩まされるなど、しだいに輝きを失っていく。  大学卒業後は東芝でプレーし、都市対抗に9度出場したが、18年限りで現役を引退。母校・駒大のコーチに就任した。  前出の池辺同様、高校の時点でプロ志望だったら、平田良介(大阪桐蔭)らとともに第1回高校生ドラフトの指名選手に名を連ねていたかもしれない。  春夏の甲子園でサイクル安打を記録した選手は、玉川寿(土佐)、沢村通(大阪桐蔭)ら7人いるが、いずれも球史に残る好打者ながら、第1号の平安・杉山真治郎(元大映)以外プロ入りしていないのも、甲子園七不思議のひとつと言えるだろう。  林同様、甲子園で安打を量産したのが、10年に史上6校目の春夏連覇を達成した興南の主将で3番打者・我如古盛次だ。171センチ、68キロと小柄ながら、思い切りの良いバッティングを売りに、春は23打数13安打5打点の打率.565、夏も25打数12安打7打点の.480と打ちまくった。 「がねこ」という独特の読み方もインパクトがあり、今でも“興南のがねこ”を覚えているファンも多いはずだ。  夏の準決勝、報徳学園戦、4回を終わって0対5という悪い流れを変えたのが、準々決勝まで16打数5安打と春に比べて調子が今ひとつの我如古のバットだった。  チームが5回に2点を返し、反撃の狼煙を上げた直後、自らの中前タイムリーで3点目を叩き出し、1点差に追い上げた7回にも中越えに同点タイムリー三塁打を放つなど、5打数4安打2打点と“安打製造機”の本領を発揮した。  そして、決勝の東海大相模戦でも、我如古は6回の左越え3ランなど4打数3安打4打点の大当たり。沖縄県勢初の春夏連覇に貢献するとともに、甲子園年間25安打の新記録も樹立した。  立大時代にも4年春に5番打者として打率.317をマークした我如古は、卒業後も東京ガスで野球を続けたが、プロ入りすることなく、18年限りで引退した。  このほか、85年の準優勝・宇部商の主砲で、PL学園・清原和博と最多本塁打を争った藤井進、01年に3試合連続本塁打を放ち、V戦士になった日大三・原島正光、駒大苫小牧時代に田中将大(現楽天)と同期で、4番・主将を務めた本間篤史らも記憶に残る強打者だった。(文・久保田龍雄) ●プロフィール久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。

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    野手で「上位候補は2人」か 夏の甲子園で評価を上げた“ドラフト候補”は誰だ

     熱戦が続いている夏の甲子園だが、8月13日の大会第8日に全出場校が登場したこともあって、スカウト陣の視察はひと段落したことになる。昨年の風間球打(明桜→ソフトバンク1位)のような目玉は不在と言える大会だったが、投手で最高の評価を得た選手と言えばやはり山田陽翔(近江)になるだろう。  1回戦では冨田遼弥(鳴門)との好投手対決を制して8回を13奪三振、四死球0、2失点(自責点は1)と好投。続く2回戦の鶴岡東戦では3回に2本のホームランを浴びて一時は逆転を許したものの、中盤以降は立ち直り、12奪三振で3失点完投と見事なピッチングを見せた。ストレートの最速はどちらの試合も自己最速に迫る148キロをマーク。中盤以降も球威が落ちることなく、アベレージのスピードも十分で、さらに真上から腕が振れるため上背以上にボールの角度が感じられる。  そしてストレート以上に素晴らしかったのが変化球だ。ツーシーム、カットボール、スプリットとスピードがあって打者の手元で変化するボールを見事に操ることができており、多くの三振を奪えるのはこの変化球の質と精度が高いことが大きな要因となっている。上背の無さを指摘する声もあるが、これだけスピードがあって変化球のレベルも高く、さらに大舞台でも十分な結果を残しているとなれば2位以内の上位指名で消える可能性は高いだろう。  山田に比べると完成度は落ちるものの、スケールの大きさを見せたのが武元一輝(智弁和歌山)、川原嗣貴(大阪桐蔭)、田中晴也(日本文理)の3人だ。武元は初戦で国学院栃木に敗れたものの、最速148キロをマークしており、恵まれた体格から投げ込むストレートは威力十分。少し肘の位置が低いため上背の割に角度はないが、球持ちが長く、打者の手元でも勢いが落ちなかった。川原は初戦の旭川大高戦でツーランを浴びるなど3失点と少し苦しんだが、それでも試合をしっかり作って見せた。まだ細身だが188cmの長身から投げ下ろすボールは角度があり、コントロールも安定している。田中は新潟大会でできた右手のまめの影響で本来の力を発揮することはできなかったが、それでも最速148キロをマークし、潜在能力の高さは見せた。昨年と比べて制球力が上がった点も成長である。  他の投手では日高暖己(富島)、猪俣駿太(明秀日立)、有馬伽久(愛工大名電)、宮原明弥(海星)、生盛亜勇太(興南)、別所孝亮(大阪桐蔭)、森本哲星(市立船橋)、森下瑠大(京都国際)なども素材の良さが目立った。日高、森本、森下はプロ志望とのことで、最後までリストに残す球団も出てくるだろう。  野手で上位候補になりそうなのが浅野翔吾(高松商・外野手)と松尾汐恩(大阪桐蔭・捕手)の2人だ。浅野は初戦の佐久長聖戦で2打席連続ホームランを放ち、そのパワーを十分に見せつけた。特に1本目は逆風の中で右中間の最深部まで運んだものであり、高校生ではなかなか見ることのできない打球だった。少し守備で緩慢な動きがあったのは気になるものの、俊足と強肩も兼ね備えており、またその運動能力の高さを生かして内野への転向も視野に入れて指名を検討する球団も出てきそうだ。  一方の松尾も1回戦で3安打を放つと、続く2回戦の聖望学園戦で2打席連続ホームランを含む4安打5打点と大活躍。浅野と比べると細身だが、体の回転の鋭さ、リストの強さは圧倒的なものがあり、打球を飛ばすコツを知っているように見える。さらに守備面でも2.00秒を切れば強肩と言われるイニング間のセカンド送球で度々1.7秒台をマーク。これはプロでもトップクラスの数字である。キャッチング、ブロッキングなども秋、春から着実に成長している印象だ。少し選手としてのタイプは違うが、大阪桐蔭からは森友哉(西武)以来となる捕手の1位指名も期待できるだろう。  この2人に続く存在となりそうなのが戸井零士(天理・遊撃手)、前田一輝(鳴門・外野手)、黒田義信(九州国際大付・外野手)の3人だ。戸井は1回戦で左右に打ち分けて3安打をマーク。2回戦では相手のファインプレーに阻まれて1安打に終わったものの、度々鋭い当たりを放った。守備も堅実で、打てるショートとして評価が高い。  前田は190cmの大型外野手。1回戦で山田の148キロをとらえてタイムリースリーベースを放ち、さすがのパワーを見せた。力任せではなく、バランスの良いスイングも長所。また投手としても軽々140キロを超えるスピードをマークしており、強肩も魅力だ。黒田はスピードが魅力の外野手。2試合で1安打に終わり、打撃ではアピールができなかったが、セーフティバントでの一塁到達で3.7秒台をマークするなどその脚力は素晴らしいのがあった。まだ細身だけに、しっかり鍛えれば長打力もついてくるだろう。  他の野手では山浅龍之介(聖光学院・捕手)、片野優羽(市立船橋・捕手)、渡部海(智弁和歌山・捕手)、野田海人(九州国際大付・捕手)など捕手に好素材が多かった。特に春からの成長ぶりを見せたのが山浅だ。捕球から送球の動きが速く、コントロールも素晴らしいものがある。またバッティングも長打力がアップし、度々外野の後方へ大きい当たりを放った。プロ志望なら指名の可能性は高いだろう。  大会前は目玉不在というのがもっぱらの評判だったが、それでも山田、松尾、浅野など注目された選手が圧倒的なパフォーマンスを見せており、全体的にも楽しみな選手が多い大会だったという印象だ。10月のドラフト会議でも、ここから多くの選手が指名されることも期待できそうだ。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    44歳で10年に渡る不妊治療やめた 「何が何でも妊娠しなければ」の抜けられない呪縛

     不妊治療を「やめる」——その決断は、途方もない葛藤と向き合う、とても困難なものだ。治療を続ければ続けるほど、時間も労力も金額もかさみ、その分簡単にはやめられなくなる。「次こそはできる」と奮い立たせることを繰り返すうちに、「できるまではやめられない」という思いになる人は多い。だが「やめる」という選択肢によって生まれる“何か”もある。  不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」の最終回の第4回前編では、10年にわたる不妊治療をやめた当事者のリアルな体験談をお届けする。 【連載第1回を読む→】「妊活したいけど1回も性交していない…」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み *  *  * 「不妊治療をやめるときは、子どもを授かった時。まさか子どもを授からないまま、治療を終えることになるとは思っていませんでした」  神奈川県在住の渡邉雅代さん(51)。7年前、44歳の時に、10年にわたる妊活と不妊治療を子どもを授からないままに終えた。  34歳で元Jリーガーの夫と結婚。結婚当初から子どもが欲しいと考えていたものの、そこまで焦りもなく、「避妊をやめたらすぐに授かるだろう」と考えていた。ところがしばらくして不正出血があったことから、職場近くの産婦人科を訪問。検査の結果、特に問題は見られなかったが、「妊娠を考えているならタイミング法から始めましょう」と自然な流れで産婦人科医の指導のもと、不妊治療がスタートした。  不妊治療を始めた当初、夫はあまり協力的ではなかった。 「不妊治療なんてしなくても(子どもは)できるでしょ」 と、タイミング法についてもどこか懐疑的な目を向ける。夫は「この日」というタイミングを避けるように飲み会を入れるなど、大事な日に不在ということが増えていった。  一方の雅代さんは、毎月の生理が来るたびに落ち込む日々。消極的な夫に対し、「お願いだから、してください」と土下座したこともある。大事な日に不在にしたり、「今日は無理」だという夫に対して怒りが収まらず、発狂するように怒鳴り散らした日もある。  性交がうまくいかなかった日には無念の思いがこみ上げ、「なんでできないの!」と責めるなど、治療を始めるまではなかった内容の喧嘩が続くようになった。「俺は種馬か?」「そこまでして子どもが欲しいのか?」という夫に対し、「プライドをかなぐり捨ててでも子どもが欲しい」の一点張りで雅代さんは粘った。次第にタイミング法の限界を感じ、愛情表現の延長線上では子どもは授かれないという現実と突きつけられているようで、辛くなった。  人工授精にはどこか抵抗を感じ、先延ばしにしていたが、そんな日々が2年経っても妊娠しないことから、雅代さんは36歳で不妊治療専門クリニックへ転院し、人工授精にトライ。ところが7回挑んでも妊娠せず、「もう体外受精しかない」と思うようになった。  体外受精は、治療費も精神的な負担も、これまでとは桁違い。それまで自分とは無縁の存在だと思っていたことから、進むには高いハードルがあった。だが、ここまできたら進むしか道はないと決心し、38歳で初めての体外受精に臨んだ。  雅代さんの中で、体外受精は“最後の砦”というイメージで、「体外受精まですれば、まず授かるはず」と信じ込んでいる自分がいた。医師からは、「38歳での体外受精の妊娠率が決して高くはないこと」「加齢によって卵子は老化し、数も減っていくこと」を告げられ愕然としたものの、妊娠への期待は揺るがなかった。だから1回目の体外受精があっけなく失敗に終わった時から、一気にメンタルが急降下。そこから長くて暗いトンネルに突入することになる。 「なぜ体外受精を先延ばしにしてしまったのか」「取り返しがつかないことをしてしまった」——卵子の老化や年齢による妊娠の確率などは無意識のうちに見て見ぬ振りをし、都合の良い情報だけを取捨選択してきた自分を責めた。  同時に、全神経が妊娠に集中する生活がスタートした。目覚めの基礎体温で一喜一憂することから始まり、漢方薬やサプリメント、週2回の鍼治療、はたまた迷信や神頼み――妊娠できない自分のからだは「あてにならない」と、外からの“何か”で妊娠に足りないものを補おうと精一杯だった。    体外受精を繰り返し、心身ともに追い込まれる中で、周りに本音を言える人はいなかった。不妊治療は「恥ずかしいもの」だという意識がどこかにあり、子どもがいる友人たちとは自然と遠ざかった。  周りの妊娠を喜べず、年賀状やSNSでかわいい赤ちゃんや子どもの写真を見ると不快に感じてしまう自分がいる。電車の中でお腹の大きい妊婦やベビーカーに乗った赤ちゃんに遭遇すると、「どうして私だけ……」という感情が溢れ、涙が止まらなくなることもあった。  悲しみや妬み、敗北感や劣等感で心が支配され、朝から晩まで妊娠について考える毎日。生理が来るたびに喪失体験を繰り返す中で、自分を責めに責めた。心のコントロールもできなくなり、まるで自分が他人に乗っ取られたようだった。  そんな中にあっても、治療費のためにフルタイムで仕事は続けた。自分の給料は全て治療につぎ込み、足りない分は夫に出してもらう。治療費がかさむたびに、「何が何でも妊娠しなければ」という気持ちも強まった。   そのうち、頭痛やめまい、耳鳴りといった症状があらわれるようになり、仕事や病院から帰ると気絶するように横になる日々が続いた。一度横になると、なかなか起き上がることができない。どこかで自分が壊れ始めていることは感じていたが、「来月赤ちゃんができたら全部元に戻る」「今だけ我慢したらいい」と、呪文のように自分に言い聞かせていた。  度重なるからだの不調が深刻なものになり、耳鼻科と内科を受診すると、心療内科を勧められた。その時初めて、精神的な不具合がからだに支障をきたしていることを知った。結局、心療内科には行かなかったが、不妊治療のために通っている病院で、看護師によるカウンセリングを一度受けた。  だが、心に寄り添うというよりは、治療の進め方の説明など、話す内容は医師とほとんど同じもので、二回目のカウンセリングを受けようとは思わなかった。  この頃には、押し寄せる焦りや不安、落胆などの感情を抑えるので精一杯で、目の前の夫の気持ちなど考える余裕がなかった。夫に弱音を吐きたい時もあったが、「そんなに辛いなら治療をやめたら?」と言われることを恐れて、弱みだけは絶対に見せられない自分もいた。  そうした中で夫と治療の話をすると、互いに感情的になってしまうため、自分の伝えたいことは手紙に書いて渡すようになった。この頃、家の中でもなるべく顔を合わさないように過ごしていた二人だったが、手紙を介したやり取りによって、少しずつ距離が元に戻っていった。  長く続いた暗闇を抜ける転機は、42歳で訪れた。医師から「このまま治療を続けても難しいと思う」「夫婦二人の生活について話してみたらどうか」と告げられた。自分でも薄々察していた、“治療の終わり”が具体的になった瞬間だった。  “治療の終わり”が見え、暗闇を抜ける転機を迎えたところで、43歳で自然妊娠――しかし……。(後編に続く) 【後編はこちら→】10年間の不妊治療をやめたら自然妊娠、2度の流産…授かれなかったその先にあるもの

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    不妊治療に「不自然につくった子どもであんたは幸せ?」実母からのひと言が突き刺さる

     今や、体外受精で産まれる子どもは14人に1人。約5.5組に1組が不妊治療の検査や治療を受けたことがある時代だ。にもかかわらず、職場での理解にはまだまだ高いハードルがある。短期集中連載「不妊治療の孤独」第3回前編では、職場の上司の偏見との戦い、治療と仕事の両立の葛藤を追ったが、家族や友人など、むしろ近しい人たちから理解されない辛さもあるという。 *  *  *  不妊治療がどのようなものなのかを理解していない人も多く、悪気はなくとも当事者にとってはキツい一言となってしまったり、治療と仕事との両立に悩む声も多い。働く女性患者が多く訪れる不妊外来で多くの患者と向き合う千本友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「仕事と治療との兼ね合いに悩まれる方は依然として多い。働いている場合、どうしても休みを取って通院する必要が出てきますが、治療について職場に言えないという方もいます」  4月からの保険適用拡大によって患者数が増え、病院での待ち時間が長くなっている傾向もある。  不妊治療の人気クリニックとして知られ、患者の9割近くが体外受精に進むという杉山産婦人科では、仕事を続けながら通院できる体制として、朝8時から受付をスタートし、週3日は夜7時まで診療受付を対応。土日祝日も人工授精や体外受精の診療を受け付けている。不妊治療を行う病院の中でも格段に手厚い診療体制を持つものの、4月以降は患者が増え、待ち時間が延びている傾向にあるという。 「不妊治療は通院回数が多い上に、長期間に及ぶため、仕事を辞めざるを得ないケースが少なくありません。仕事をしながらでも不妊治療を受けやすい環境作りのために、私たちも国への働きかけを行っていますが、現状ではなかなか改善されていない。にも関わらず、患者さんに“明日もう一度来られますか?”と聞くと、9割以上が“大丈夫です”と答えます。子どもが欲しいという一心で、ご自身で何とか仕事をやりくりして通われているのが実情ではないでしょうか」(杉山力一理事長)  今年6月にキャリアデザインセンターが行った調査によると、不妊治療のための休暇制度があれば「使いたい」と答えた人は約7割なのに対し、職場に不妊休暇制度が「ない」と答えた人が67.4%を占めた。仕事をしながらの不妊治療で最も辛いことは、「急な通院で職場に迷惑をかけてしまう」(80.6%)。次いで「投薬や通院の負担で体調・体力的に辛い」(75.8%)、「働いても治療費に消えていくので金銭的に辛い」(66.1%)という声が聞かれた。  自身も不妊治療体験者で、不妊体験者を支援するNPO法人Fineを立ち上げ活動している松本亜樹子さんは言う。 「これだけ不妊治療が広がっているのに、職場で不妊治療が理解されずに悩んでいる人は本当に多い。職場の理解が得られないために、治療について誰にも言えず、仕事との両立ができない事態に追い込まれる人が少なくありません」  “不妊治療をしていることを職場に知られたくない”という声も少なからず聞かれる。前出のAさんも、職場で上司からの心ない言葉に傷つき、「言うんじゃなかった」と後悔した一人だ。「治療している」と公表したことで、「休むたびに職場の目が気になった」というBさんのような声もある。松本さんは言う。 「職場で治療していることを告げた場合、結果を報告せざるを得ないことが大きなストレスになることも多い。治療がうまくいったらまだ良いのですが、ダメだった時にも報告する流れになってしまう。上司への報告が、妊娠できない辛さを増長させてしまうことにもつながる」  家族や友人など、近しい存在からの理解が得られない辛さも聞かれる。  岡山県在住のDさん(39)。3年にわたって不妊治療を続け、心身ともに疲弊していた頃、それまで治療について話していなかった母に初めて、治療中であることを話した。「一刻も早く孫を」と望んでいるとばかり思っていた母から出たのは、意外な言葉だった。 「子どもは授かりものだから、できる時はできるし、できない時はできない。それも自然の摂理でしょう。針を刺したり、第三者が受精させたり、そんな不自然につくった子どもって、どうなんだろう……。あんたはそれで本当に幸せなの?」  子どもが欲しい、その一心で辛い治療と向き合ってきた3年を否定されたような気がした。無論、母に悪気はないのは重々分かっている。「それでも」とDさんは言う。 「不妊治療が存在しなかった時代を生きた親世代に、不妊治療を理解してほしいと思ってもどうしても難しい部分がある。やっぱりこれは、治療を経験した当事者にしかわかり得ない世界だと痛感しました」  だが、“当事者”が必ずしも良き理解者になるとも言い切れない。5年にわたる不妊治療中、同じく不妊治療に取り組む学生時代からの友人と励ましあいながら乗り越えようと奮闘してきたEさん(40)。Eさんが治療を始めて2年後、同い年の友人も治療に取り組むことに。当事者同士でしか分かち合えない治療の葛藤や苦しみを、長年にわたる友人と共有できる安心感と喜びは大きかった。だがそんな期間は半年間と短いものだった。友人が早々と妊娠し、治療から“卒業”していったからだ。 「妊娠した友人は、“妊娠のためにはこうすべき、ああすべき”と、完全にアドバイスモードに切り替わって……。私の方が治療期間が長い分、なかなかそれを受け入れられない自分がいました」(Eさん)  追い討ちをかけたのが、妊娠した友人が、不妊治療によって子どもを授かったことを周囲にひた隠しにしていることだった。例えば共通の友人とグループで集まる時、Eさんは不妊治療中であることを明かしているが、妊娠した友人は「私が不妊治療していたことは絶対に言わないで」とEさんに釘を刺し、あくまで“自然に”授かったように装う。「不妊治療は、そんなにまで隠したいことなんだ」と思うと、未だ治療の渦中でゴールが見えない自分が惨めに思えて仕方なかった。 「これだけ不妊治療や妊活という言葉が浸透しても、実際のところ、不妊治療に対する偏見の目は存在する」  とは前出の松本さんだ。その証に、Eさんの友人のように、不妊治療で授かったことを「隠す」人は決して少なくないという。松本さんは言う。 「不妊治療を経て妊娠したら、途端に治療について口をつぐむ方が多い。それは世間の偏見の目から、産まれてくる子どもを守るためでもあると思います。ですが本来、偏見の目をなくすためには、まずは治療をしている当事者が、不妊治療がどのようなものなのか、その実態を周囲にきちんと伝える努力も必要。隠したり中途半端に伝えることを続けていると、世間の理解はなかなか広がらない」  不妊治療の当事者が、自分の体験を声に出して伝えることは、とても勇気のいることだろう。それでも「これから治療に臨む、一人でも多くの人のために」と体験を話してくれる人もいる。次回は、不妊治療をやめる選択をした、ある当事者の話から――。(次の記事に続く) 【前編はこちら】不妊治療と仕事の両立の難しさ 上司からの「いつ頃子どもできそう?」に涙があふれて

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    東大、コロナ感染での試験欠席に厳しい「救済策」 学生から「留年する」「学費が……」の悲痛の声

     東大のコロナ対応を巡り、学生から悲痛な声が上がっている。大学側は「コロナ感染の虚偽申請」があることを理由に、感染して試験を欠席した学生のための追試を廃止した。その結果、その後の進路に大きく影響しそうな学生が出ているという。日本のトップの大学で何が起きているのか。 「進路に影響が出てしまう。本当にショックです」  こう話すのは、東京大学教養学部(文科3類)の女子学生Aさんだ。Aさんは7月の定期試験の期間中に、コロナに感染した。39度以上の高熱が続き、ひどい倦怠(けんたい)感もあったという。自宅療養の期間中に予定されていた試験は四つ。すべて欠席することになった。  教養学部ではこれまで、コロナの感染者、濃厚接触者、疑似症がある学生たちについて、定期試験が受験できない場合、全ての科目で100点満点の代替措置(追試)を行ってきた。  しかし、6月6日、教養学部はコロナ感染に関する追試を一部の科目以外は廃止、追試がある科目でも75点を上限とすることになった。  これは定期試験を受けられなかった1、2年生にとっては、その後の進路にかかわるのだ。大半の東大生は1・2年次は教養学部に所属し、3年次に法学部、経済学部、理工学部など各学部に進学する。希望の学部・学科に行くためには、1・2年次の成績が重要になってくるのだ。  Aさんは欠席した4科目のうち、2科目は追試があったが、もう2科目については追試がなかった。なんとか1科目については特別に受けられたが、もう1科目については「学部から認められていない」として断られたという。Aさんはこう語る。 「追試が受けられた2科目についてはどんなに頑張っても通常の75%しか点数が取れない。もう一つの科目は、追試がないので0点。目指していた進路は厳しいかなと思い始めました。コロナの高熱でうなされているときも『進路はどうしよう』『一生懸命勉強してきたのに』ってずっと考えていました。今後の計画が狂ってきている」  なぜ感染者らに対する追試を廃止したのか。東大に尋ねると、 「進学選択制度において学生間の成績の公平性を厳密に担保する必要がある」  と強調する。  教養学部が在学生向けに出した通知によると、廃止した最も大きな理由として、<(コロナの)虚偽申請をした学生が学修時間をより多く確保した上で、通常の定期試験同様に100点満点で評価される機会を得る><この状況は、進学選択制度の前提となる成績の公平性を確保する上で大きな課題である>と説明している。  教養学部のこの対応によって、今後の進路に何かしらの影響が出るとみられる学生は、Aさんだけではない。  東京大学教養学部学生自治会の調査によると、今回の定期試験の追試がなくなった学生が、少なくとも27人確認できた。21人がコロナに感染し、5人が濃厚接触者、1人は疑似症状のため欠席。そのうち「進路選択に影響が出るだろう」と答えたのが12人、そのうち2人は「留年するだろう」と答えた。  学生自治会にもこんな声が届いていた。  文科3類・2年生<(試験当日に)コロナか風邪か判断がつかず迷ったが、症状がある場合は出席を控えるよう大学から要請されており、公共交通機関の利用は控えるべきだと判断し、試験を欠席した。二つの教科について成績は0点。人気の学科に進むことが難しくなり、他の進路を選ばざるを得なくなってしまった>  理科1類・1年生<家族を通じてコロナに感染。人気の高い学科にいくことを念頭に、高い平均点を取るために努力していたが、5科目が上限75点の追試になってしまい、80点台などの平均点を目指すのは非常に難しくなった。自主留年して、来年度に100点を上限とした試験に臨むこともいとわないとの気持ちだったが、家庭の事情などで授業料のことを考えると……>  学生自治会長の長谷川恭平さんは「留年したり、成績が悪くなったりすれば、奨学金を打ち切られる学生もいる。問題は深刻だ」と訴える。  先のAさんは学部の対応にこう疑問を投げかける。 「大学は虚偽申請する学生がいることで成績が不公平になるといっていますが、いったいどのくらいの虚偽申請があったのでしょうか。コロナ感染者らに対する追試がなくなったことで、不公平な成績をつけられた学生のほうが多いのではないかと思います」  ほかにもコロナによる欠席で、問題が起きているケースがある。 「コロナに感染したため、欠席した授業の代替措置をお願いしましたが、冷たくあしらわれました。このままでは留年です」  こう話すのは教養学部2年(理科3類)の杉浦蒼大さん(19)だ。  春学期の必修授業「基礎生命科学実験」の成績が「不可」に。同授業の次の開講は来年度になる。秋からの医学部の授業が始まる予定だったが、この「不可」によって受けることができなくなった。来年の医学部への進学もできず、留年が決まった形だ。  杉浦さんは今年5月にコロナに感染し、その影響で2回の授業に出席できなかった。2回目の欠席をした授業の翌日、症状が落ち着いてきたこともあり、コロナ感染による欠席をメールで教員に申し出た。  すると、1回目の欠席については授業日から1週間以上経っていたため、教員から「経過日数的に対応できません」とされ、2回目の欠席については補講が認められ、出席の扱いとなった。  最終的に全6回の授業のうち、欠席は計2回(うちコロナ以外の欠席が1回)、授業後に毎回出される課題は5回提出した(うち2回は遅れて提出)。結果、成績は「不可」に。  杉浦さんはコロナによる1回目の欠席が成績に響いたのではないかと思い、改めてコロナ感染であったことを説明し、教員や学部に確認を求めた。  学部側からの回答は、 ・授業への出席だけではなく、毎回の提出課題の内容が重要視される。 ・杉浦さんの提出課題の評価には低い評点しか与えられなかった。 ・課題の提出期限を過ぎて提出することなども減点の対象となっており、そういったことが複数回確認されている。 ・その結果、仮に1回目が出席で、課題が満点だったとしても、授業全体の成績評価は不可だった。  などとする内容だった。  杉浦さんは、欠席の連絡について、 「授業前に欠席連絡をしないと原則、補講は受けられないルールでしたが、コロナ感染者に関しては後日の欠席連絡でも補講を実施していました。ただ、その連絡の期日は授業ガイダンスの資料などには明記されていませんでした。期日がしっかりと書かれていれば、感染してかなり苦しい状況でしたが、その期日内に何とか連絡はしていたかもしれません」  と語った。そして、課題の評価についても、 「提出課題の評価が低いということでしたが、納得できないので、コロナ感染時の課題を含めどのような採点が行われたのか教えてほしいと頼みましたが、教えてもらえませんでした。これでは何がダメだったのかわかりません」  と疑問を呈した。  教養学部に、学生らが持つ疑問について質問した。  虚偽申請がこれまでどのくらいあったかについては、 <情報を公開しておりませんので、お答え致しかねます>  との回答だった。  欠席の連絡が1週間以上ないと補講が受けられないことが明記されていたかどうかについては、 <補遺(全受講生が閲覧する資料)3ページの【成績評価など】に、「体調不良などの場合は、必ず実験担当教員に申告し、オンライン課題を希望する場合は受講希望日を1週間以内に上記フォーム(欠席連絡フォーム)から連絡すること」と記載しています>  などと回答した。明言はしなかったが、補講が受けられないとまでは書かれていないようだ。  提出した課題の採点状況を学生に伝えない理由に関しては、 <授業ごとに授業内容や試験・レポート内容を踏まえて、可能かつ適切な範囲で、学生の学習に資するかたちでフィードバックを行うことを推奨していますが、採点結果を公表することを必須とはしていません>  とのこと。  文部科学省は各大学などに「新型コロナの影響下にある学生に寄り添った対応」を求めている。コロナというこれまでに経験したことのない事態で、学生の不安を取り除き、学びを確保することが社会的な要請だ。東大と学生の間に大きな溝が生まれている。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫)

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    21時間前

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    【前編】22歳元女性自衛官が実名・顔出しで自衛隊内での「性被害」を告発 テント内で男性隊員に囲まれて受けた屈辱的な行為とは

     元女性自衛官が実名・顔出しで、訓練中に受けた性被害をYouTubeで告白したことが話題を呼んでいる。五ノ井里奈さん(22)は、陸上自衛隊に所属していた2021年の6月~8月、複数の上官から集団でセクハラを受けたという。上長に被害を訴えても取り合ってもらえず、自衛隊内の捜査機関に被害届を出しても、検察からは不起訴とされた。現在は検察審査会に不服申し立てをし、結果を待っている。五ノ井さんは、AERA dot.の単独インタビューに応じ、「日常的に起きているセクハラの被害から、残された女性隊員を守りたい」と、自身の受けた体験を語った。 *  *  * 五ノ井さんが陸上自衛隊に入隊したのは、2020年4月。小学生の頃から女性自衛官に憧れ、20歳のときに自衛隊の門をたたいた。教育期間は順調にこなし、その時までは、思い描いていた自衛官の姿に誇りとやりがいを持っていた。  だが、その後に配属される中隊名が発表されたときから、風向きが変わった。女性の先輩隊員から、こんな忠告を受けたのだ。 「あそこの中隊はセクハラとパワハラがひどいから気をつけろ」  五ノ井さんが配属された東北方面の中隊は、隊員58人の中で女性は5人。1人は育休中だったので、実質的に女性隊員は4人しかいなかった。同部屋の女性隊員からも「セクハラは覚悟して」と言われたので警戒はしていたものの、すぐにそれが現実のものとなった。 「2020年秋ごろ、勤務中に、男性隊員が『柔道しようぜ!』と言いながら技をかけてくるのですが、腰をつかまれて“バック”のような体制にされて腰を振ってくるんです。それを女性隊員が目撃していました。廊下を歩いていると、急に抱きつかれることも日常的にありました」(五ノ井さん)  部屋に戻ると、女性隊員同士でこうした行為を報告しあった。だが女性隊員は圧倒的少数。自分の身を守るだけで精いっぱいの場合もある。  2021年6月24日。山に入って訓練をしていた時、新人の五ノ井さんは夕食や酒のつまみを作る役割を任されていたので、天幕で料理を作っていた。天幕とは2~3人用のテントのことで、山での訓練では寝床として使用されていた。天幕で酒盛りをし、定員より多い男性隊員が入れ代わり立ち代わり入ってきて、多いときには5、6人くらいの隊員がぎゅうぎゅうになって座っていた。料理を作るためにいた五ノ井さんはその輪の中に入れられ、胸をもまれ、キスをされ、男性隊員の陰部を下着越しに触らせられた。  逃げられないと思った五ノ井さんは、別の天幕にいる女性隊員にLINEで「はやく来てください」と助けを求めた。女性隊員からは「オオカミなってる??w」と返事がきた。「オオカミ」とは、男性がお酒を飲んで暴走し、理性をコントロールできない状態のこと。「はい」と返せば、女性隊員は助けに来ないと思い、五ノ井さんは「なってません とりあえず早く来てください」と再度助けを求めた。だが、その女性隊員は「今来たらやばい」という別のLINEも受け取っていたことから、結局、五ノ井さんのいる天幕には来なかった。女性隊員はその直後に退職した。  状況としては“見捨てられた”ようなものだが、五ノ井さんはこの女性隊員の気持ちもわかると話す。 「女性隊員が自分の身を守るためには、来ないのが正解なんです。夜遅い時間に男性隊員のストレス発散に使われて、自分だって危ない目にあう可能性があるんですから、行きたくない気持ちにもなりますよ」(同)  五ノ井さんからLINEを受け取った元女性隊員は当時の状況をこう証言する。 「LINEを受け取った前日に、私も同じ天幕で宴会に参加して、同じようなセクハラを受けていました。その時は、男性隊員から膝に乗って接待しろとか、頬にキスしろと強要されました。ある男性隊員から次の日は『覚悟しとけ』と言われ、もう何をされるかわからないので、五ノ井さんに助けを求められた時に行くことができませんでした。止めに行きたい気持ちはあったのですが、止めに入ったら(次は)自分に来るので、怖くて助けられませんでした」  元女性隊員自身も「ほぼ毎日抱きしめられる」などのセクハラを受けており、五ノ井さんが日常的に被害にあっている場面も目撃していたという。元女性隊員によると、この部隊は2018年から女性隊員が入るようになり、その時から、「セクハラがヤバイ」として悪評が立っていた。セクハラをしているグループの中心は、20代後半の男性隊員数名で、他の隊員は上下関係から、逆らうことができず、ただ見ているだけだったという。  だが、この日のセクハラ事件は、中隊でも問題となった。事件を目撃していた誰かが、中隊長に報告したからだ。すぐに「中隊長に告げ口したのは誰か」と、犯人捜しが始まり、被害者である五ノ井さんが疑われた。加害者からは、「セクハラじゃなくて、コミュニケーションの一部だもんな」と声をかけられた。事情聴取として曹長から呼び出された五ノ井さんは「何もありません。大丈夫です」と報告した。問題が大きくなり、組織に居づらくなるのを避けようとしたからだ。 「自衛隊には厳しい上下関係があって、その場の空気に合わせなければならない。和を乱せば、無視や陰口を言われますから」(同) ■セクハラを超えた性被害を受けて限界に  この日以降、五ノ井さんは気持ちを押し殺しながら日常的なセクハラに耐えてきたが、昨年8月に我慢の限界に達する出来事が起きた。  8月3日から地方で約1カ月間の訓練があった。訓練場所に到着した日の夜、部屋で食事の準備をしていた五ノ井さんは、男性隊員から「料理はいいから接待しろ」と言われ、男性隊員十数人の輪の中に座らされた。宴会だったので、隊員らは酒を飲んでいた。  一曹Eと二曹Yが格闘の話をしていたところに、男性隊員S三曹が部屋に入ってきた。するとEは、Sに「五ノ井に首をキメて倒すのをやってみろ」と命令した。Sは、五ノ井さんの首に両手を当てて、そのままベッドに押し倒すような技をかけた。 「この時、Sさんが暴走し始めたのです。股を無理やりこじ開け、腰を振りながら陰部を押し当ててきました。一人で『あんあん』とあえぎ声みたいな声を出して、それを見ている周りの男性隊員たちは笑っていました。特にEとYはこっちを見ながら確実に笑っていました」(同)  続いて、2人目の男性隊員Kも「首をキメて」押し倒し、Sと同様の動きをした。さらに続いた。3人目男性隊員Rは同様に押し倒した後、五ノ井さんの両手首を押さえつけながら、何度も腰を振ってきた。 「全力で抵抗しようと、手首に力を入れて振りほどこうとしましたが、男性の力にはかないません。諦めて、終わるのを待つしかありませんでした。終わって体を起こすと、周りの男性隊員たちはこっちを見ていました」(同)  コトが終わると、Rからは「五ノ井って案外力が強いな」と言われた。五ノ井さんが抵抗していたことはわかっていたのだ。  一旦話題が収まったにもかかわらず、再び一曹Eが格闘技の話を面白おかしくしはじめて、「あれ、首をキメて倒すのどうやるんだっけ?」と笑いながら言い出した。すると、再びSが、五ノ井さんの首に両手を当てて押し倒し、腰を振ってきた。五ノ井さんの引きつった顔を見たSは「これ誰にも言わないでね」と口止めしてきたという。 「もう限界でした。訓練場所は、すぐに抜け出せる環境ではありませんでしたが、先輩の女性隊員と中隊長Mに相談して、帰りたいとお願いしました」(同)  先輩女性隊員は、最初は味方してくれたが、男性中隊長が「訓練は訓練だ」と言うと、「そうだよ、訓練は訓練だから」と態度を変えた。訓練はあと20日以上続く。これ以上耐えられないと感じた五ノ井さんは、訓練から抜けることを懇願した。だが、セクハラを受けたことが理由では、6月の時のように告げ口したと思われてしまう。母親が倒れたことにして、実家に帰れることになった。  この時、先輩女性隊員からは「一応、嘘ついていることは心の隅にでも置いておいてね」と言われた。エスカレートする性被害から逃れるための苦渋の判断にもかかわらず、被害者である五ノ井さんに非があるような言い方に聞こえた。 ■被害届を出すも不起訴処分  この8月の性被害の後、適応障害と診断され、五ノ井さんは休職することになった。被害については、まず、自衛隊の総務・人事課にあたる「一課」にセクハラ被害を報告した。だが、一課からは「8月のセクハラの件を見たという証言が得られなかった」と回答された。次に、自衛隊の犯罪捜査に携わる警務隊(防衛相の直属組織)に強制わいせつ事件として被害届を出した。 「警務隊の現場検証では、人形を使って再現しました」(同)  検察庁の捜査をへて、22年5月31日付で判決が出た。結果は、不起訴処分。五ノ井さんが不起訴の理由を尋ねると、検察官は「複数の自衛官を取り調べたところ、五ノ井さんを『首ひねり』という技で倒すところは見たけれども、腰を振るようなわいせつ行為をしているところは見ていない」という供述だったと説明された。そして「被疑者を有罪にするにはそれなりの証拠が必要だ」とも言われたという。 「その場で見ていた人がたくさんいたのに、なぜか腰を振ったという証言は出てこない。単に技をキメて押し倒しただけで、どうして笑いが起きるのでしょうか。その続きがなかったら、笑うわけがない」(同)  五ノ井さんは6月7日付で、検察審査会に不服申し立てをしている。  自衛隊内部では、この事件をどう捉えているのか。AERA dot.は五ノ井さんが配属された東北方面の部隊に事実確認すると、広報担当は「現在、部隊で調査中のため回答は差し控える」と答えた。調査結果がいつ出るかは未定だという。また、五ノ井さんが報告を上げた「一課」にも確認をしたが、「その件は一課長が対応したが、いまは不在」とのこと。代わりに対応した指令業務室の担当者は「事実を調査中のため、予断を持って回答することは差し控えたい」と回答した。なお、被疑者の処罰については、「判明した事実に基づき、厳正に対処する」とした。 (AERA dot.編集部 岩下明日香) ※「後編」では、五ノ井さんがセクハラを受けてもすぐに辞めなかった理由、顔と名前を出して告発に踏み切った経緯などを明かす。

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    山本耕史「鎌倉殿」「競争の番人」の悪役っぷりが高評価 主役を食う存在に上り詰めたワケ

     現在放送中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)で主人公・北条義時(小栗旬)の盟友である三浦義村を演じている山本耕史(45)。義時のよき相談相手であり、そのクールな役どころが好評を得ている。義時が最後に相対する敵は、尾上松也演じる後鳥羽上皇と目されていたが、脚本を手掛ける三谷幸喜氏はスポーツ紙の取材に対し「ラスボス的な存在で主人公に立ちはだかるのはこの男(義村=山本)かもしれません」と構想を明かしていた。 「三谷さんのお気に入り俳優として、三谷作品には欠かせない存在となっている山本さんですが、2004年に放送された『新選組!』では土方歳三を演じて、近藤勇役の香取慎吾に劣らない話題を集めました。今回の大河でも、主人公の頼りになる存在として人気を得ていますが、これから敵対する存在になっていくということでますます注目を集めそうです」(テレビ情報誌の編集者)  敵役といえば、現在、大ヒット中の映画「シン・ウルトラマン」での外星人・メフィラス役も注目を集めている。外見は人間そのものだが、地球征服を企む外星人という役どころで、長いセリフを流ちょうに淡々と話し、不気味さを漂わせる演技力はさすがのひとこと。SNSやクチコミサイトでも、主役を食うほどの存在感と絶賛の声が相次いでいる。 「劇中で山本さんが口にしていた『○○、私の好きな言葉です』というフレーズが『メフィラス構文』として、SNSで大流行していますよね。一度は言ってみたくなるほど中毒性があるようで、大喜利状態で挙げる人が続出していました。山本さんは7月から始まった月9ドラマ『競争の番人』(フジテレビ)でも、納入業者いじめや価格カルテルに手を染める悪徳実業家役を好演しています。貫禄のある悪役がすっかりハマっており、SNSでも『イイキレっぷりクズっぷりだったなあ』『悪い顔最高』と大評判です」(同)  0歳から赤ちゃんモデルを務め、10歳のとき「レ・ミゼラブル」で舞台デビューした山本。これまで数多くの現場を経験し、高い演技力が認められたということか。どんな憎い役でも魅力的に見えてしまうからすごい。 「堀北真希さんとの“交際0日婚”の印象の強い山本さんですが、幼少期から場数を踏んできただけあって、演技力は同年代の俳優ではトップクラスです。『ひとつ屋根の下』(1993年)では車椅子の少年、18歳の時の初主演ドラマ『さんかくはぁと』(1995年)では女装と、若くして難役にもチャレンジし、10代で実力派俳優としての片鱗をすでに見せていました。名バイプレイヤーとはまた違い、主役を食う演技をするタイプの稀有な存在です。年をとっても屈託のない優しさやあどけない表情が残る一方、瞬間的に狡猾さや不気味さをうまく表現できる俳優です。40代なかばを過ぎ、ようやく世間でも評価されてきた印象です」(女性週刊誌の芸能担当記者) ■北関東に移住し家庭円満!?  一方、プライベートでは2015年に12歳年下の女優・堀北真希(現在は引退)と結婚を発表したことで世間を騒がせた。以前から堀北に何度もアタックするもそのたびに撃沈。再共演を機に演技のアドバイスをしたためた、手紙を40通送るなど猛アタックし、結婚までこぎつけたことを各所で明かしている。 「山本さんといえば結婚前は松たか子さんやスザンヌさん、上原多香子さんとの熱愛やデートが写真週刊誌で報じられ、芸能界で有名なプレイボーイでした。その後、堀北さんと電撃婚をするわけですが、一時は別居報道などもありました。しかし、2019年に第2子が誕生してからというもの、夫婦仲はすごく良く、家庭円満だそうです。昨年からは家族で北関東に移住し、山本さんは2拠点生活をしていと報じられましたが、堀北さんがしっかり家庭を支えているからこそ、山本さんも仕事に専念できているのでしょう」(女性週刊誌の芸能担当記者)  ドラマウォッチャーの中村裕一氏は、そんな山本の魅力についてこう分析する。 「自分が前面に出るのではなく、一歩引いた位置で芝居をさせたらピカイチの俳優です。三谷幸喜脚本の『新選組!』『鎌倉殿の13人』を見ても分かるように、ナンバー2のポジションが実に良く似合うと共に、作り手からの信頼が非常に厚いこともうかがえます。近年、悪役の印象が強いのは、彼の演技がそれだけお茶の間に印象を残した証拠に他ならず、彼からしたら『してやったり』なのではないでしょうか。いい意味でクセやアクがないからどんな役でもハマるし、それでいて“山本耕史らしさ”はしっかり視聴者に伝わっているところがすごい。本人的には『これでいいだろう』などとは微塵も思ってないでしょうし、まだまだ底の知れないミステリアスな“怪優”として、年齢を重ねても活躍し続けることは間違い無いと思います」  芸歴45周年を迎えた今年、映画「KAPPEIカッペイ」では特攻服にリーゼントといういで立ちで突き抜けた終末の戦士を、映画『鋼の錬金術師 完結編 復讐者スカー/最後の錬成』では、ほぼスキンヘッドに、筋肉隆々の肉体という姿でアレックス・ルイ・アームストロング少佐を熱演。どんな役柄でも自分のものにしてしまう、山本耕史の進化にますます期待がふくらむ。(高梨歩)

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    安倍元首相銃撃事件でジャーナリスト・青木理氏が感じた「不気味な兆候」とは

    安倍晋三元首相が選挙演説中に銃撃され、死亡するという前代未聞の事件から一夜が明けた。犯行の動機や背景はいまだ謎に包まれているが、「安倍三代」(朝日新聞出版)の著書があるジャーナリストの青木理氏は今回の事件をどう捉えたのか。緊急インタビューした。 *  *  * まず大前提として、どのような政治信条があろうと、その政治家にいくら批判があろうと、今回のようなテロを断じて容認することはできません。改めて言うまでもないことであり、問題はその先にあります。  そのうえで元首相が凶弾に倒れた衝撃的な事件を考えると、これはやはり不気味な兆候と捉えるべきなのか。だとすれば、なんとしてもそれを押しとどめる必要があります。  昨年亡くなったノンフィクション作家の半藤一利さんと生前対談した際、半藤さんが「社会が戦争に向かう危険な兆候」をいくつか挙げていたのを思い出します。(1)被害者意識と反発が国民に煽られる、(2)言論が不自由になる、(3)教育が国粋主義に変わる、(4)監視体制が強化される、(5)ナショナリズムが強調される、そして(6)テロの実行が始まるーー。  当時は重大テロなど起きていませんでしたが、その他の要素はかなり揃ってしまっているのではありませんか、と尋ねる私に、半藤さんはこう即答しました。「ええ、しかもそのスピードは戦前より速い」と。  私もそうですが、昭和史の探索に生涯を捧げた半藤さんは、皮相なナショナリズムや排外的風潮が強まる昨今のこの国の政治を危ういものと捉え、強く憂いていました。今回はそうした風潮を煽る側だった元首相がテロの凶弾に襲われたわけですが、それはいったいなぜだったのか。現時点では判然とせず、犯行の動機や背景の解明を待つしかありませんが、少なくとも半藤さんのいう「危険な兆候」の最後のピースを埋めてしまうような結果につなげるわけにはいきません。  ですから、今回のテロに政治やメディアは決して萎縮せず、と同時に犯行の動機や背景の解明を急いでそれと向き合い、テロの土壌となった課題や問題点が浮かびあがったなら、その改善に全力で取り組むべきでしょう。  拙著「安倍三代」でも記しましたが、安倍氏は少なくとも政界入りする前の青年時代には、強い政治信条や信念を持っていた形跡はまったくありません。母方の祖父である岸信介氏に強い敬慕の念を抱いているようでしたが、しかし戦前に特高警察に抗った父方の祖父・安倍寛氏のような胆力や反骨心、あるいは戦中に特攻隊を志願しながら生きながらえた父・安倍晋太郎氏のような歴史観もバランス感覚もなく、名門政治一家の跡取りとして生を受けた“おぼっちゃま”にすぎないという印象を持ちました。  これは妻の昭恵さんも言っていましたが、その期待に応えるため、自らが描く偉大な政治家像を「演じていた」側面もあったでしょう。そんな安倍氏は、首相として7年8カ月という歴代最長政権を成し遂げましたが、客観的に見てそれに見合う“レガシー”を遺したとはいえません。だから首相退任後も影響力を保持しようと躍起になり、自らの政権を否定するような動きには公然と横槍を入れたのかもしれません。  その振る舞いは見苦しいものだったと私は思いますが、そうした途次、しかも重要な国政選挙の最中、まさかこのような形で命を奪われるとは、誰一人として想像していなかった。凶行の動機や背景に重大な意味が潜んでいるのか、それとも突発的で政治的背景の薄い単独犯なのかはともかく、首相の座を目前にしながら病に倒れた父・晋太郎氏と同じ67歳で世を去ったことに、奇妙な符合のようなものも感じます。  繰り返しますが、今回のようなテロは決して容認できません。ただ、人の衝撃的な死は、時にすべてを一色に塗りつぶしてしまいかねない力を持ちます。過去は美化され、冷静な批評や批判を許さない風潮にも覆い尽くされてしまう。それもまた極めて危険なことであり、今回の事件をそういう意味での社会の“曲がり角”にしてもならず、安倍氏の政治姿勢や政治手法がもたらした「功罪」の「罪」がなんであったかも、あらためてきちんと見つめ直されなければならないと思います。  また、今後は「テロ対策」などが声高に叫ばれることも予想されますが、それを契機として例えば警察による監視体制ばかり強まれば、それもまた自由な社会を窒息に追い込んでしまいかねません。投票日が目前に迫った参院選を「弔い合戦」のように矮小化することも避けるべきです。元首相の死を悼むことと、政治への評価は分けて考えなければならない。そのためには、まさに言論の砦たるメディアとメディア人の役割が問われています。(構成=AERA dot.編集部・作田裕史)

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    年々増加する「セックスレス妊活」 性外来の医師が指摘する深刻な課題とは

     約5.5組に1組が不妊治療の検査や治療を受けたことがある時代であるにもかかわらず、不妊は未だ当事者が「身近な人にこそ話しづらい」と悩むテーマだ。こうした当事者のさまざまな“孤独”を掘り下げながら、不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」。第1回前編では、妊活したいけれども「性交ができない」と悩む37歳女性の実例を紹介したが、後編では、年々増加傾向にある “セックスレス妊活”について。 前編も読む→【「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み】 *  *  *  今、性交を試みても「できない」という夫婦が少なくないという。“セックスレス”が聞かれるようになって久しい今、“セックスレス妊活”という言葉も聞かれるようになった。  一般的な不妊症の定義は「妊娠を希望し、避妊せずに性交しているのに一年以上妊娠しない状態」だが、性交できない人の不妊外来受診が珍しくない現在。ここで言う「性交できない」は、いわゆるセックスレスではなく、「性交したくても何らかの理由でできない」状態を指す。  夫婦のどちらか、あるいはどちらもが性交の経験がなく、対処法が分からずに深刻に悩んでいるケースもあれば、「友人みたいな関係で性交する気分にならないけれど、子どもが欲しい」という声も珍しくない。 「“妊娠を希望しているが、性交ができない”という悩みを抱えて訪れる方が多い」  とは、元日本性科学会理事長で、性機能障害に悩むカップルが数多く訪れる性外来で、30年にわたってカウンセリングを行っている婦人科の大川玲子医師。こうしたカップルは増加傾向にあるものの、相談できる場所が少ないのが深刻な課題だという。 「できれば“子どもを自然に授かりたい”という思いで、性交ができるようになりたいという方が多いものの、セックスに関するカウンセリングを行なっている病院はかなり数が絞られます。晩婚化が進む中、妊娠を望むなら、性交の段階であまり時間をかけていられないという判断から、いきなり不妊治療を選ばれる方も少なくない」(大川医師)  大川医師の性外来を訪れる女性の多くが、体の問題はないのに挿入を伴う性交渉ができない“挿入障害”を抱えている。妊娠したくても挿入できないことが切実な問題となって駆け込まれる方がほとんどだという。 「挿入障害は、性器を含めたスキンシップは問題なくできるのに、膣に触れられそうになると突然体をこわばらせてしまうような状態です。基本的に心因性の疾患になります」(大川医師)  相談者に共通している不安が、「処女膜は最初の性交渉で破れ、血が出る」という“処女膜神話”への過度なとらわれだという。これが「性交渉=出血するほどの痛みを伴う」という思い込みを生み、女性に強い恐怖感を抱かせていることが多い。その結果、性交渉しようとすると骨盤底筋、特に膣周囲の筋肉を、本人の意思とは無関係に収縮させ、膣を閉じてしまうのだという。 「無意識の力というのは強いもので、女性が仮に“力ずくで挿入して欲しい”と思っても、実際は足を閉じて全身で抵抗するので挿入できません」(大川医師) 「性交ができない」という性機能障害における治療の柱の一つが、不安や緊張、恐怖によって抑制された性反応を取り戻す心理的なものになる。性行為の際の体の反応や、不安や恐怖が挿入を妨げる仕組みについても、医師から説明を受ける。加えて、個々の症状に合わせて苦手な行為を少しずつ練習し、抵抗感を減らす行動療法を行う。挿入障害の場合には、挿入への過度な恐怖を取り除くため、挿入の練習を段階的に行い、徐々に慣らしていく。 「行動療法では、まずは自分の指を膣に入れてみることから始めます。初めは膣の入り口に触れただけで、痛いと手を離してしまう人もいますが、落ち着いて感覚に集中すると“痛いのではなく、違和感だ”と気づく。違和感を我慢して練習していくうちに、指を通じて膣の構造を感じ取れるようになる」(大川医師)  性機能障害は、不安や緊張が引き起こすことが多く、体に意識を向けてリラックスすることも重要だ。ただ「リラックスしなくては」という思いがかえって緊張させる場合もある。緊張感が拭えない人には、「手や足が重い、温かい」など副交感神経が優位のリラックス状態を思い浮かべ、意識を体に向ける「自律訓練法」を取り入れることもある。  本番であがってしまうアスリートなども取り入れている手法で、訓練によって実際に温感などを得てリラックスした状態になれる。このほか、膣の無意識収縮を和らげる方法には、尿もれ予防などで知られる“骨盤底筋運動”も組み合わせると良いとされる。  挿入障害の場合、月経が順調で排卵もあれば、前編で紹介したAさんのようにシリンジ法を取り入れるのも妊活の一つの手だ。クリニックで販売しているところもあれば、通販サイトなどでも手軽に手に入る。シリンジを用いることで、タイミング法のハードルを下げることにもつながるため、性交が問題なくできるカップルでも活用する例が少なくないという。 「シリンジ法は自宅でできますし、結果は膣内射精と変わりません。私の患者さんでも、排卵のタイミングでシリンジ法を行うようになって、数回で妊娠した方もいます」(大川医師)  女性の性機能障害は、なぜ起こるのだろうか。患者の特徴には、思春期の頃から性的な話題をタブー視し、性=悪いことといったイメージを強く持った人が多い傾向にあるという。大川医師は言う。 「そうした意味では、教育環境にも原因がある。例えば挿入障害における処女膜神話など、教育の中で性交や性反応について正確な情報を教える流れができていないことで、誤った情報が先走っている傾向もある。それが性交渉へのマイナスな向き合い方につながっているようにも感じます」  一方、挿入障害を抱える人が婦人科を訪れた場合、子宮や卵巣、膀胱、直腸などがある骨盤内部と膣を触診する「内診」が高いハードルになることがある。診察器具も含めて性器への挿入を恐怖と感じる人も少なくない。 大川医師の性外来にも、不妊外来での内診ができず、「不妊症としての検査や治療ができない」という理由で来院する人が増えていると言う。妊婦健診の中でも、婦人科検診が終始できないという人もいる。不妊外来 で多くの患者と接する千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「婦人科の診察に対して、緊張する人や不安が大きい女性はたくさんいます。不安感が強い人は、事前に伝えてもらえると、患者さんによって診察方法を変える対応もできるので、怖がらずにぜひ相談してほしい」  千村医師のクリニックでは、挿入障害の患者が訪れた場合、膣の萎縮や閉塞を緩和させる目的の「膣ダイレーター」を用いて、自宅で練習する指導なども行っている。また子宮頸癌検診や膣内部の視診などにも用いられる「膣鏡」と呼ばれる診察器具の小さなサイズを用いて、診察の中で少しずつ慣らしていくこともあるそうだ。千村医師は言う。 「性交渉が毎回できることが当たり前ではないという認識を持つことも大事。“子どもを作るために性交できるようにならないといけない”と思うと、余計に追い詰められかねません」  晩婚化が進む中、性交実現のために要する期間があまりに長期化すると、妊娠そのものが難しくなってしまいかねない。前出の大川医師の性外来では、治療を一年で “卒業”する人もいれば、10年にわたって通っている人もいるという。そうした中で、「性交ができるかどうかより、妊娠を優先したい」と、人工授精や体外受精など、性交によらない妊娠の技術を持つ不妊治療クリニックに切り替える人も少なくない。 「性外来を受診する人が、内診ができる程度になると、性交より妊娠を優先する人も多い。その時に、性外来も並行して続けたいという希望を持つ人もいますが、原則として並行しての治療はお勧めしていません。不妊治療はかなり集中力を要しますし、性外来での治療も自己との闘いで神経を使うからです」(大川医師)  生殖医療が発達し、性交渉がなくても妊娠に至るケースが増えている現在。晩婚化が進む中で、妊娠という目的のみを考えると、性交渉ができる・できないに関わらず、一足飛びで進みたくなる気持ちも当然理解できる。  その一方で、性の診療という分野からは、「性交=妊娠のためだけのもの」という流れになりすぎていないかと懸念する声も聞かれる。この葛藤は、“子どもは自然に授かりたい”という自然派信仰的な思いと、生殖医療である不妊治療との間に揺れる、当事者のせめぎ合いにも通ずるものがある。そのせめぎ合いを抱えるのは、女性のみならず男性も然りで――。(次の記事に続く) 前編はこちら→【「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み】

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    「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み

     今や、約5.5組に1組が不妊治療の検査や治療を受けたことがある時代。今年4月から不妊治療が保険の適用対象になったことで、より治療の間口が広がった側面もある。こうした中、不妊は未だ当事者が「身近な人にこそ話しづらい」と悩むテーマだ。  センシティブな内容であるがゆえに、誰にも言えない深い悩みを抱え、孤独の中に佇んでいる人は依然として多い。こうした当事者のさまざまな“孤独”を掘り下げながら、不妊治療の今を探る短期連載「不妊治療の孤独」。第一回前編は、妊活したいけれども「性交ができない」と悩む37歳女性の実態から――。 *  *  * 「妊娠の入り口にも立てていないことを、ずっと誰にも言えませんでした」  東京都在住の会社員、A子さん(37)。3年間の交際期間を経て、3歳年上の夫と結婚したのは6年前、A子さんが31歳、夫が34歳の時のことだ。自他共に認める仲良し夫婦で、互いを信頼し合っている。週末には二人で外食を楽しんだり、一緒にランニングしたり、どこにでもいる幸せそうな夫婦だ。  夫婦はある一点だけ、人に言えない悩みを抱えていた。それは、「性交ができない」という悩みだった。  身体的に何か問題があるわけではない。性欲もあるし、スキンシップも嫌いじゃない。問題は、“挿入”の一点のみ。それ以外、つまり挿入を伴わない性交であれば、何の問題もないのだ。  具体的には、こんな具合だ。A子さんは、挿入に対する恐怖感が強く、いざという時に体がこわばって萎縮してしまう。反射的に足に力が入ったり、股が閉じてしまうこともしばしばで、どうしても力を抜いて臨めない。  夫からどれだけ「大丈夫だよ」「リラックスして」と優しく声をかけられても、「絶対に痛いに違いない」という思い込みはどうしても拭えず、それが原因で、実はこれまで挿入を伴う性交は誰とも経験がない。  A子さんが怖がることで、夫との性交も、自然と途中でやめることになる。何度も挑戦はしてきたが、うまくいかないことが続き、「そのうちできるようになるよ」と辛抱強く待ってくれていた夫も、いつしか「無理にやらないといけないことじゃないから」と、挑戦から遠ざかるようになっていた。  誰に迷惑をかけるわけでもない、あくまで二人の間の問題だ。交際期間を含め、誰にも悩みを打ち明けたことはない。性交ができなくても、互いへの愛情に変化があるわけではなく、穏やかな日常を過ごしていた。  ところが、その誰にも言えない悩みが、A子さんが35歳の誕生日を迎えた頃から深刻味を帯びてきた。夫婦ともに「子どもが欲しい」という気持ちが強まっていたからだ。  街で子どもを見かけたら、「かわいいね」「うちも子どもがいたら楽しいだろうね」「私たちは……」という会話に自然となる。A子さんの後に結婚した友人も含め、同年代はベビーラッシュ。  子を持つ友人とランチをすれば「少しでも早く産んだ方が、子育てがラクだよ」、「35歳を過ぎたら妊娠率が下がるらしいから、早めに妊活を始めた方がいいよ」などと、悪気のないアドバイスが向けられる。「早く孫の顔が見たい」という親や親戚からの無邪気な声もプレッシャーだ。  そんな中、A子さんは「私たちは妊娠するステップの“入り口”にも立てていない」と焦りを募らせるようになった。  私たち夫婦のように「性交できない」という同じような悩みを持って妊活している人がいないのか、ネットで探したこともある。妊活のノウハウとして出てくるのは排卵日近辺に性交する「タイミング法」をはじめとした、性交ができる前提の情報ばかり。 「自分たちの状態がいかにマイノリティなのか、思い知らされたような気がした」  というA 子さんは同時に、年齢とともに卵子の老化が進むことや、タイムリミットという壁が存在することも知り、余計に焦りに火がついた。 「子どもが欲しいなら、性交ができるようにならないといけない」  思いが強まる中で、しばらく遠のいていた挑戦から、再チャレンジの日々が始まった。「何とかできるようになりたい」との一心で挑戦を重ねるも、どうしてもうまくいかない。このままだと時間が経つばかりで、自然に子どもを授かることは難しいままだ。  藁をもすがる思いで門を叩いたのが、不妊治療を行うクリニックだった。不妊治療を専門とするクリニックに、性交を一度もしたことがない夫婦が行くハードルも「相当なものだった」(A子さん)が、ネットの口コミで「些細なことにも耳を傾けてくれる先生」とあったのが背中を押した。  3年間の交際期間、6年間の夫婦生活の中で、一度も性交が実現していないこと。自分たちなりに試行錯誤を続けているが、どうしてもうまくいかないこと。妊娠を希望するようになって、今の状況に強い焦りを感じていること……。相手はいくら医師と言えども、初対面の他人に話すには、とても勇気がいる内容だった。  医師はゆっくりうなずきながら、顔色ひとつ変えずに話を聞いていた。その後、医師から発せられた言葉は意外なものだった。 「珍しいことではありません。今、そういう方がとても多いんですよ」  医師が言うには、同じように性交ができないという悩みを抱えて相談に訪れる夫婦は決して少なくないという。主に女性側の問題である「挿入障害」や、男性側の問題である「勃起障害」や「射精障害」、さらに性的な興奮が起きないなど、いわば性反応がうまく起こらない状態を総称して「性機能障害」と呼ばれることを知った。  A子さんの場合には、典型的な挿入障害にあたり、少しずつ慣らしていくことで改善されるケースも少なくないという。 「ただ年齢を考えると、あまり悠長なことを言っていられないのも事実です。性交渉の代わりになる手段を並行して試すことから始めましょう」  医師から提案されたのが、採取した精液を、針のない注射器=シリンジを使って膣に注入する「シリンジ法」と呼ばれる方法だ。Amazonなどの通販サイトなどでも手軽に入手することができ、ここ数年で妊活に使用するカップルが増えている。  タイミング法と同じく、排卵日近辺に行うことで、性交渉と同程度の確率で妊娠が期待できるという。使用するシリンジを見ると、膣内に入る部分は柔らかなゴム製で、太さは女性の指より細い程度。A子さんも「これなら、私でも大丈夫かもしれない」と思えた。実際、シリンジは問題なく挿入することができたことから、シリンジを用いたタイミング法に挑戦し始めている。A子さんは言う。 「いつまでも挿入ができない私は“異常”なのだと落ち込んでいましたが、先生の言葉で救われた。シリンジ法でネット検索すると、たくさんのカップルが活用している方法のようで、必ずしも性交しなくても妊娠の手段はあることに、まずは一安心。どうかこの方法で妊娠してほしいと願っています」(A子さん)  複数の医師によれば、性機能障害を持つカップルに共通するのは、性交はうまくいかずとも夫婦仲が良いこと。妊娠したいという希望を機に、医療機関を受診するケースが多い。不妊治療の浸透によって、不妊相談が一般的になってきた中で、「性交ができない」という悩みが表面化しやすくなったこともある。不妊外来で患者と向き合う千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)も言う。 「今の時代、“性交と妊活は別物”と考えた方がうまくいきやすいかもしれません」  晩婚化や女性の社会進出、共働き、現代の生活習慣、デジタルの普及……「性交ができない」妊活の背景には、さまざまな問題が絡み合っているようだ。こうした中で、「子どもは自然に授かるべきもの」と思い込み過ぎると、時に自分たちを追い詰めてしまうことにもなるかもしれない。  A子さんが受診した医師が「珍しいことではない」と言うように、性交を試みてもできない夫婦は少なくない。後編では、性交をパスして妊活に進む「セックスレス妊活」の葛藤や悩みについて。(松岡かすみ) 後編も読む→【年々増加する「セックスレス妊活」 性外来の医師が指摘する深刻な課題とは】

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    北島三郎門下、演歌界の大物・大江裕の裏の顔?「水ダウ」神回の裏側をチャンス大城が明かす

     今、チャンス大城が熱い!らしい。初の半生記『僕の心臓は右にある』を読んだお笑い芸人のみなみかわが自身のTwitterで<もうめちゃくちゃおもろいです、ほんまに映画化してください>と投稿。さらにナイツの塙亘之も<めちゃくちゃ面白い。腹ちぎれる>と投稿したりと、絶賛の嵐だ。7月31日(日)に芳林堂書店高田馬場店にて行われた、発売記念トーク&サイン会は会場が満員になるほど大盛況! タケトやインタレスティングたけしをゲストに迎えた、爆笑トーク会の模様を、特別に一部公開する。 *  *  *タケト:チャンスさんは意外と現金なので、拍手が多い方がノリノリでお話してくれます(笑)。皆さん、大きな拍手でお迎えくださいね。はい。それでは呼び込みましょう。チャンス大城さんです。どうぞ。 チャンス大城:あ、どうもチャンス大城です。よろしくお願いします。あの、はい。じゃあ、恒例のイリオモテヤマネコの顔をしながら、フクロウの鳴き声をします。続いて、鳩時計の音……。 タケト:こんなに多くのみなさんに来ていただいてありがたいですね。あと、チャンスさんのお客さんは女性の方も多いのでびっくりしました。しかも、赤ちゃん連れのファンの方までいらっしゃいますよ。 チャンス大城:ほんまありがたいですね。 ■演歌歌手の大江裕さんは実際、どんな反応だったか タケト:まずは皆さん、やっぱり「水曜日のダウンタウン」の裏話を聞きたいですよね? 「大江裕なら裏の顔がどんなにヤバくても、さほど違和感なく受け入れちゃう説」(2022年7月13日放映)とか。あの放送、めちゃくちゃ面白かったです。怖さと面白さのはざまにあるような企画でしたね。 チャンス大城:あとで話をして分かったんですけど、大江さんって、ほんまはすごく腰が低い人なんですけどね。この収録のときは、裏でマネージャーにブチ切れたりしてて「ほんま性格悪い奴やな」って思ったの。でもね、ちょっと「もしかしたら悩んでんのかな」とも思ったんですよ。だから、なんとかしてあげられないかな、って思ったのよ。僕の経験上ね。  それでね、すごく広い海に一緒に行ったときに「このすごく広い海に比べればおれらの悩みなんて大したことないな」って言ったの。でも、あんまり大江さんには響いてなかった。それでどうしようかな、と思ったときに、犬の出来立てホヤホヤのうんこがあった。だからね。犬のうんこを踏んで「うんこがついても洗って取ればええねん」って伝えたの。 タケト:実は、めちゃくちゃいい話なんですね。「いくら汚れたって、洗えば綺麗になるからいいんだよ」みたいな。だけど、唐突過ぎて全然わからなかったです。 チャンス大城:大江さんも仕掛け人だったはずなのに、めちゃくちゃ引いていたからね。うんこ踏んだとき。「それ、どういう意味ですか??」って。ちなみに、今日履いているのは、うんこ踏んだ時の靴なんです。 (ファンから拍手) タケト:「うんこ踏んだ時の靴です」って言って、拍手が起こるのも意味わからないですけどね(笑)。今日来てくれているのは、めちゃくちゃいいお客さんですね。 チャンス大城:この靴がうんこ踏んだ時にめちゃくちゃアップになったでしょ。これはアシックスの靴なんですけど、後日アシックスさんからお礼の連絡をいただきましたよ。同級生の友だちがアシックスの社員さんなんですけど、「俺と仲良くしてるから」って理由で本社の人から呼び出しされて、「あそこのアップでかしたぞ。ようやった」って褒められたらしいんです。「今、問い合わせがめっちゃ来てるで!」って。それでお礼の連絡が来たの。  でもその同級生に「いやいや。宣伝になったとは言っても、めっちゃうんこ踏んでんで」って言ったのよ。そしたら「うんこを踏んだとて、ようやったって」。おれはそんな「とて」の使い方をはじめて聞いたけど(笑)。  でもね。あのロケの前日に、たばこの吸い殻を300本拾っていたんです。徳を積む、じゃないですけど。やっぱり神様が俺のそういう姿を見てくれていて、うんこを道端に置いておいてくれたんかもしれないな。放送からちょっと経ってから、千原ジュニアさんからは「お前、噂になってんで。お前、あの日の朝、道端にうんこしたらしいな」って、楽屋で聞いたんですけど(笑)。 タケト:自作自演を疑われているじゃないですか(笑)。でも、あの企画は、普通だったら「大江さんにビビらされる」っていうので終わるはずなのに、チャンスさんの方がビビらせるっていうのがすごいですよね。普通に考えたら、カメラが止まるたびに大江さんの記憶がリセットされて「はじめまして」って毎回挨拶するのは完全におかしいし怖いですよね。おれだったらビビっちゃうと思うんです。そんな状況から、うんこをわざわざ踏んで、相手の心を開かせようなんて絶対思わないです(笑)。 ■明石家さんま師匠のファンに囲まれ「一緒に待ちません?」 チャンス大城:そういえば昨日、新幹線で新大阪に行ったら、一般の方から「はじめまして。大江裕です」って声をかけられました。最近多いんですよ。この間も、新大阪駅で10人くらいの方に囲まれたんですよ。そしたら全員、明石家さんま師匠のファンで。「うわ! チャンスさんや。嬉しい。向上委員会観てます」って声をかけてくださって。それで続けて何を言われんのかと思ったら「あと1時間後にさんまさんが新大阪駅に来るから、一緒に待ちません?」って。「なんで俺も一緒に待たなあかんねん」って(笑)。  でもその後、その人たちが改札のところまで一緒に来て、お見送りしてくれたんです。それで仲良くなって話を聞いていたら、病気療養をされている奥さまがいるという方から、「うちの妻はチャンスさんの防犯ブザーの物まねが本当に好きなので、よかったら動画を撮らせてください」って。そんなこと言われたら「もちろん、全力でやりますわ」ってなりますよね。  で、実際にやったら、警備員の人が飛んできちゃいましたよ。そりゃ、異常を知らせる音の物まねですからね。「なにかありました?」っていう警備員さんの質問に「チャンス大城の口真似です」って言ってくれた方がいたんですけど、警備員をだませてしまうくらいクオリティーが上がっているんか、とちょっと驚いてしまいました。 (取材・構成/書籍編集部・増田侑真)

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    10年間の不妊治療をやめたら自然妊娠、2度の流産…授かれなかったその先にあるもの

    不妊治療を「やめる」——治療を続ければ続けるほど、時間も労力も金額もかさみ、その決断は途方もない葛藤と向き合う。不妊治療の今を探る短期集中連載「不妊治療の孤独」の最終回の第4回前編に引き続き、10年にわたる不妊治療をやめた当事者のリアルな体験談。不妊治療をやめる決心をしてから、見えてきたものとは? 【前編も読む】44歳で10年に渡る不妊治療やめた「何が何でも妊娠しなければ」の抜けられない呪縛 *  *  *  神奈川県在住の渡邉雅代さん(51)は、7年前、44歳の時に、10年間にわたる妊活と不妊治療を子どもを授からないままに終えた。  長年にわたって苦しい思いを続けながら、多額をかけて向き合ってきた治療の転機は42歳の時。医師から「このまま治療を続けても難しいと思う」「夫婦二人の生活について話してみたらどうか」という“宣告”だった。  医師からの言葉には頭が真っ白になったが、治療をやめることより、治療を続けている方がどこか楽である自分にも気づいていた。まるでベルトコンベアーに乗っているかのように、医師から言われるスケジュール通りに治療を受けていることで得られる、空虚な安心感。もはやそこに自分の感情はなく、心とからだが分断されている感覚だった。医師からの言葉は、そんな自分に立ち止まって考えるきっかけをくれた。  雅代さんは夫に「もう一度だけチャンスをください」と話し、最後の体外受精に臨んだ。夫も「気の済むまでやればいい」と背中を押した。落ち着いた精神状態を取り戻し、心身ともに整えて“ラスト”に臨もうと、毎日ヨガを続けて自分自身と向き合うように。  次第に体調が整い、穏やかになっていく中で、タイミングをはかってチャレンジすると、自然妊娠した。喜ぶのも束の間で流産し落ち込んだが、自分に自信を取り戻すことができた。  その一年後、44歳の時にまた自然妊娠。心臓の動きを見ることができたが、安定期に入る直前に、またも流産した。強い生理痛のような鈍くて重い痛みが続き、自宅で自然排出した経験は、まるで出産のようで、雅代さんにとって宝物になった。その日の夜は、手の平サイズの“我が子”と一緒に寝たことも、大切な思い出だ。  こうした経験を機に、どこか吹っ切れた自分がいた。子どもを持つことを諦めたわけではなかったが、「このまま自然に任せよう」と思えた。雅代さんは自然と、治療から離れていった。同時に、自分のように辛い経験をしている不妊治療の当事者をサポートする側にまわりたいと願うようになった。  その後、一念発起してヨガインストラクターの資格を取得。さらに不妊当事者の心のサポートを行うべく、心理やカウンセリングを学び、不妊ピア・カウンセラーとしても活動するようになった。雅代さんは、治療中の失敗体験から、自分のことを否定したり、女性として失格だと思い込む思考の癖がついていた。だが真剣に学びを深める過程で、自分だけが抱いていると思っていた治療中の“黒い感情”やネガティブな思いは、妊娠を望んで頑張っている時期特有の自然な心理なのだと知り、浄化される思いだった。  気づくと、妊娠だけを朝から晩まで考えていた10年から解放され、今の自分を受け入れることができていた。雅代さんは現在、妊活ヨガセラピストとして、ヨガやカウンセリングを通じて、不妊当事者を支援する活動を行っている。 「子どもが欲しかった事実は一生あるし、消さなくても良い。子どもが欲しくて頑張った時間は、人生において何よりも頑張った時間で、私にとっても宝物です。心の底から望んでも思い通りにいかないこともあって、それでも自分の気持ち次第で目に見える景色を変えられるのだと気づけました」(雅代さん)  夫はこうした雅代さんの変化を、ずっとそばで見守ってきた。治療から解き放たれる過程の中で、落ち着いて夫と話すと、辛かったのは自分だけではなく、夫も辛いながらも自分を支えてくれていたことを実感した。  夫は夫で、治療中に追い詰められ、変わっていく雅代さんを前に、養子という選択肢も考えていたことを後から知った。今は「夫婦二人で幸せになろう」と互いを支え合いながら、新たな一歩を踏み出している。 「不妊は夫婦にとって困難な問題ですが、絆も深まると実感しています。今が辛い人も、今がずっと続くわけじゃない。不妊の悩みはどうしても一人で抱え込んで追い詰められがちですが、今はオンラインでのカウンセリングも手軽にできる時代。私のように心身が壊れてから気づく前に、うまく利用してほしい」(雅代さん)  不妊治療で目指すものは、言わずもがな妊娠・出産。だがどれだけ願っても、それが叶わないことがある。治療を始めてステップアップを重ね、何度も挑戦するが、妊娠できない――。揺れ動く感情と戦いながら、「次こそは」と信じて挑戦を繰り返すうちに、「もしかしたらこのまま妊娠できないのではないか」という不安がよぎる瞬間は、当事者なら誰もが持つ経験かもしれない。だが治療をやめる選択肢が頭に浮かんできても、やめどきを決めるのはとても難しいのが現実だ。 「私たちからは、治療をやめる選択肢の提示はしても、“やめましょう”と勧めることはありません」  とは、これまで数多くの患者を診てきた杉山産婦人科の杉山力一理事長。治療を始める際には、各種検査を通じ、体の状態や妊娠の可能性について数字をもとに説明するが、治療のやめどきを決めるのはあくまで患者自身。中には妊娠の可能性がかなり低くても、「通うことで落ち着くから」と長年にわたって通院を続ける患者もいるという。 「やめるか続けるかは、患者さん自身が納得して決めることが大事だと思っています。やめどきは非常に難しい問題ですが、保険適用の範囲内を一つの目安として、年齢や回数の上限を決めるという方もいます」(杉山理事長)  自分自身が納得して決断を下すには、時間も必要だ。不妊外来で日々患者と接する千村友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「ギリギリになってからやめどきを考えると、現実をなかなか受け入れられず、強い絶望感を抱く方もいる。そうならないためにも、やめどきはなるべく早い段階から夫婦で相談し、時間をかけて納得してほしい」  とは言え、不妊治療のやめどきがなかなか決められず、悩み苦しむ人たちは数多い。「そんな人たちを、これまで数え切れないほど見てきました」とは、自身も不妊治療をやめた経験を持ち、現在不妊当事者をサポートするNPO法人Fineを運営する松本亜樹子さん。松本さんによれば、不妊治療を長年にわたって頑張っている人に共通することとして「真面目で努力家」という面があるという。 「これまでの人生で、努力して夢を叶えてきた方が多く、不妊となって初めて“人生で努力が報われないこともある”という壁にぶつかってしまう。頑張れば努力は必ず報われるという経験値を持っているからこそ、報われないのは“自分の努力が足りないせいだ”と思ってしまい、さらに自分を追い込んで頑張ってしまう」(松本さん)  そうした中で、知らず知らずのうちに自分の感情に蓋をし、治療の「結果」ばかりにこだわるようになる。無論、頑張った分、結果を出したいというのは誰しもが持つ感情だろう。だがなかなか思うようにいかず、自分を見失いそうになった時こそ、原点に立ち返る発想が大事だという。 「“結果を出したい”という気持ちは当然のことですが、“妊娠しなかった”ということもまた一つの結果。“妊娠はしなかった”けれど、その後の人生は自分次第で切り開ける。今、治療中の方の多くも、きっと子どもを得ることだけが人生の目的ではないはずです。治療によって“結果を出せなかった患者”で終わるのではなく、“今の生活という結果を得た”という認識に切り替えられたら、その後の人生のスタンスが随分違ってくる」(松本さん)  不妊治療中には、妊娠できないことで自己否定や自己嫌悪の感情が強く生まれ、自分のコントロールが効かなくなるケースも少なくないという。さらにパートナーや家族、友人など、近い存在の人にこそ本音が言いづらいという場合もある。そんな時は、カウンセラーを頼るのも一つだ。最近は不妊治療を行う病院やクリニックでも、カウンセラーの窓口があるところも増えてきた。松本さんが立ち上げたNPO法人Fineには、自身も不妊治療の経験を持つピア・カウンセラーもいる。 「私は大丈夫と思っている人ほど、ギリギリのところまで頑張った結果、心が折れてしまうことがある。なかなか周囲に話しづらいテーマであっても、見ず知らずの人に話すことで楽になれる面もある。女性のみならず、治療中に孤立しがちな男性もぜひ気軽に利用してほしい」(松本さん)  不妊治療が広がり、当事者の声が聞かれるようになったからこそ、治療のスタートが早くなっている動きもある。 「以前に比べて、不妊治療のスタートが早くなってきている印象」 とは、産婦人科医の宋美玄医師(丸の内の森レディースクリニック)。不妊治療の広がりを受け、「妊娠を考えるなら早く行動に移さないと」と、20代のうちからクリニックを訪れる人が増えているという。 「卵子の老化についての認識も広がる中で、“若いから不妊治療は不要”という認識が覆ってきています」(宋美玄医師) 必死で治療に向き合い、その体験を隠すことなく声をあげた人の動きによって、偏見が少しずつ緩和され、治療へのハードルも下がっている面があるのかもしれない。  不妊治療——そこにはさまざまな思いや葛藤が交錯する。治療が広がる現在も、依然として話しづらいテーマであるがゆえに、当事者は深い悩みを抱えて孤立しがちだ。多様性が叫ばれて久しい時代、妊娠や出産も、はたまた子どもを持つか持たないかも、それぞれの考えや形があってしかるべき。妊活も不妊治療も、「こうあるべき」から逃れた時、より生きやすい世の中になるのではないだろうか。(松岡かすみ) 【この連載の第1回目を読む→】「妊活したいけど1回も性交していない……」結婚6年目夫婦の他人に言えない深い悩み

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    5打席連続本塁打のヤクルト村上宗隆 王貞治や松井秀喜との違いは?

     西武ライオンズの元エースで監督経験もある東尾修氏は、5打席連続本塁打の偉業を成し遂げたヤクルトの村上宗隆について語る。 *  *  *  ヤクルトの村上宗隆がプロ野球新記録となる5打席連続本塁打を達成した。点差の離れた場面で気軽に勝負してくれる状況でもなかった。まだ22歳。この選手の成長曲線はまだ上向いているようにみえる。  偉業のスタートとなった7月31日の阪神戦では、1本目は0-2の七回に、左横手投げの渡辺の外角スライダーを、左翼席中段へ運んだ。2本目は1-2の九回1死。守護神の左腕・岩崎の初球、内角高め141キロ直球を右翼席へ同点ソロ。そして3本目は同点の延長十一回2死一塁。石井の浮いてきた116キロのカーブを逃さない決勝弾。阪神からすれば、特に十一回の場面は勝負を避けるべきだったとの意見もあるだろう。ただ、失投を逃さない、しかも打ち気にはやることなく、しっかりと変化球に体勢を崩されることなくとらえた村上をほめるしかない。  そして迎えた8月2日の中日戦。初回に柳のカーブを右翼席に運ぶと、三回には柳のチェンジアップに崩されながら左中間席へ。特に5打席連発となった一球は、柳の失投ではない。本人は「体勢を崩されたけれど、左手の感覚も右手のフォロースルーもよかった。もしかしたら入るんじゃないかと」と話したが、体の力がバットに伝わらないほど投手方向に体が出されたらノーチャンス。粘り腰というか、右手でボールを押し込むところまでパワーは残っていた一打だった。  王貞治さんや松井秀喜といった従来のホームランバッターは、どちらかというと「アウトサイドイン」(外から内)にバットを出す。松井はメジャーに行って少し変わったが、外角球なら巻き込むように打って、左打者ならライトスタンドに運ぶ打ち方だった。だが村上は違う。「インサイドアウト」でバットを出し、インパクトの瞬間に球にパワーを伝える。ボールの飛ぶ方向はどこだっていい。左翼方向でも右翼方向でも打球はスタンドに届く。その「強さ」とともに緩急にも崩れない「柔らかさ」もある。  もはやボールの緩急だけでは抑えきれないだろう。変則投手気味であったり、少しでも長くボールを持ったり、クイックを入れたりして投球フォームの緩急も混ぜないといけない。こちらの変化に少しでも崩れてくれることを待つ。それぐらい手がつけられない状況だ。  今はリーグ優勝だけでなく、3位以内はクライマックスシリーズ進出がかかる。セは3位までなら全球団にチャンスがある。9月、秋が深まると村上との勝負を避ける四球は確実に増える。相手は勝つために徹底してくるようになる。村上もそれはわかっているだろう。各打席を見ても、1球で仕留める意識は、甘い球をファウルにした時の悔しがり方でわかる。  バレンティンが60本塁打した時は、8月に18本塁打したという。投手の疲労がピークに達している8月に、いかに失投を逃さず量産できるか。村上にとって、プロ野球の記録を塗り替えるシーズンにする大切な月となる。 東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝※週刊朝日  2022年8月19・26日合併号

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    【ゲッターズ飯田】8月の開運のつぶやき「現状に満足することから人生はスタートする」銀のカメレオン座

     占いは人生の地図のようなもの。芸能界最強の占い師、ゲッターズ飯田さんの「五星三心占い」が、あなたが自分らしく日々を送るためのお手伝いをします。12タイプ別に、毎週月曜日にその日の運勢、毎月5のつく日(毎月5、15、25日)に開運のつぶやきをお届けします。 【タイプチェッカー】あなたはどのタイプ?自分のタイプを調べる 【金の羅針盤座】何があっても明るく、元気に、前向きに生きる。それを続けると幸せになれる 【銀の羅針盤座】感謝が足りない人は、心も生活も考えも貧しくなる 【金のインディアン座】失敗だと決めたのは自分。失敗は経験で、今後に活かせば、大事な通過点 【銀のインディアン座】ラクを求めすぎると尊敬されない 【金の鳳凰座】嫌な人に関わるヒマはない。やるべきことを見失わずに、前に進めばいい 【銀の鳳凰座】忘れようとするほど思い出す。ただ好きなことを見つけて熱中すればいい 【金の時計座】互いに生きて会えるだけでラッキー 【銀の時計座】人生は己が主役だが、最高の脇役になってみると別の主役に重宝されるもの 【金のカメレオン座】感謝は一度したら終わりではなく、一生するもの 【銀のカメレオン座】現状に満足することから人生はスタートする 【金のイルカ座】運のいい人は多少の不運に鈍感で、小さな幸運に敏感に生きている 【銀のイルカ座】1日にひとつくらい、苦手や不得意なことに挑戦をすると運気がよくなる ※毎週月曜日に占いが届きます!AERA dot.の公式LINEの友達申請はこちら↓↓↓https://lin.ee/trWiCvV

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    海外で働くチャンスを得たが出産年齢で悩む35歳女性に鴻上尚史が示した大人が「人生を決断」する方法

     会社の海外就労制度の権利を得たが出産年齢を考えて悩む35歳女性。夫も後ろ向きな態度ななか、人生の決断をどう決めるべきか問う相談者に、鴻上尚史がまず伝えた「悩むことと考えることを区別する」の原則とは? 【相談154】出産と海外就労制度のはざまで胸が苦しくなります(35歳 女性 豆太郎)  鴻上さん、こんにちは。いつも的確なアドバイスで、尊敬しています。  私は社会人11年目で、これまで仕事をがむしゃらにやってきました。楽しく、やりがいもあり、このまま成長を目指していきたいです。がんばってきた甲斐があってか、来年度、海外の事務所で働く海外就労権利を会社からもらうことができました。海外就労制度は新入社員時代からいつかは行きたいと思う憧れの制度で、希望者が全員行けるわけではないので、いつか選ばれたいと思いながら働いてきました。  ただ、私は現在35歳。期間は1年なので、帰ってきたら37歳です。結婚して2年目です。夫はいつか子どもが欲しいと思いながら私がプロジェクトに邁進しているのを見て、そのプロジェクトが終わるまではと待ってくれていたようです。  海外渡航の権利をもらえたこと、行きたいことを伝えると、賛成も反対もしていないような反応で、部屋にこもってしまいました。子どものことは直接言われていませんが、きっとそのことを考えていると思います。  私自身、周りの友達がどんどん出産し、焦りの気持ちも大きく、芸能人であっても同世代の人の出産を見ると少し気持ちが沈みます。ただ、やはり海外で挑戦したいのです。  子どもがいないことを一生後悔するのか、海外赴任しなかったことをずっと後悔するのか、考え始めると嬉しいはずの権利が枷となって胸が苦しくなります。  鴻上さんは人生の決断をどうやって決めてきましたか。教えてほしいです。 【鴻上さんの答え】 豆太郎さん。大変ですね。この質問を、自分のことのように感じて胸を痛めている人も多いと思います。 「鴻上さんは人生の決断をどうやって決めてきましたか」という質問ですね。  この連載でも書きましたが、僕は「悩むことと考えることを区別する」という原則で20代を過ごしました。  悩むと時間だけは過ぎていきます。が、やれることはなにも浮かびません。が、考えれば、少なくともやることは浮かびます。それがうまくいくかどうか分かりませんが、とりあえずなにかやってみようと思うことが浮かぶのです。  ところが、30代になると、ちゃんと考えているのに、分からなくなることがでてきました。「悩むことと考えること」の対立ではなく、「考えることと考えること」が対立するようになったのです。  どちらも同じぐらい正しくて間違っていると感じることです。どちらを選んでも同じぐらい後悔するだろうと思えることです。  これが「大人の課題」なのだと思いました。「悩むことと考えることを区別する」のは「青春の課題」で、「考えることと考えることを区別する」のが本格的な「大人の課題」だと思ったのです。 「どっちを選ぶのが正しいんだよお!」と人前で叫び出したい誘惑をぐっとこらえ、分かってるもんねーなんて顔をして、ドキドキしながら選択していくことが増えていきました。  さて、豆太郎さん。「考えることと考えること」を区別するようになって、結局、僕がしたことは二つの「考えること」の違いを考え抜くことでした。  つまりは、じっくりゆっくりとことん考えて、ほんの少しの小さな違いを見つけ出すということです。諦めず、粘り強く、いろんな角度で考えて、二つの「考えること」のささいな違いを見つけ出そうとしたのです。  豆太郎さんのケースなら、「海外で働くこと」と「子供をつくること」のどちらも切実な願いです。  これが「青春の課題」なら、じっくり考えれば、「自分はどちらを希望しているのか」が明確になってきます。世間体とか親の期待とかプライドとか、いろんなものがじっくりと考えることでゆっくりとはがれていくのです。  でも、「大人の課題」は、どちらも同じぐらい希望していると結論するのです。  そうなったら、次に考えるのは「二つは絶対に両立しないのか?」です。  豆太郎さんは36歳で海外に1年行きます。そのままだと妊活は37歳以降になるということですね。でも、37歳以降だと、妊娠は絶望的なのでしょうか。  37歳以降で妊娠の可能性はゼロでしょうか? だとすれば、どちらかを選ばなければなりません。  でも、僕は37歳以降でも、妊娠の可能性は全然ゼロではないと思います。  もちろん、35歳で妊活を始めた方がいろいろと有利かもしれません。でも、35歳で妊活を始めても、結局、妊娠したのは37歳だった、というケースも珍しくないと思います。  妊活の種類も問題になるでしょう。月に一回の妊活でなんとかなるのか、どちらかのコンディションが問題で人工授精を考えなければいけないレベルなのか、それも調べておく大切な問題だと思います。  もし、月に一回の妊活でなんとかなるレベルなら、例えば海外に行くけれど、最後の3カ月、夫が毎月定期的に豆太郎さんと会うという方法もあるかなと思います。夫の負担は大きいですが、観光旅行とか息抜きをかねて来てもらって、お互い、がんばるのです。それでうまくいけば、36歳のうちに妊娠できるのではないかと思います。  豆太郎さん、どうですか? 僕はこうやって「人生の決断」を決めてきました。  もちろん、考えても考えても、どちらが正しいか分からないということはあります。どちらも希望していて、どちらも大切だと思って、でも二つは両立しないケースです。  そういう時は、僕は考えることをやめて、もちろん、悩むこともやめて、あっけらかんと運に身を任せます。 「道を歩いていて次に出会う人が男性ならA案、女性ならB案」とか「サイフから100円玉を取り出して、製造年が偶数ならA案、奇数ならB案」とかです。  これは冗談ではなく、本当に何回か、こういうやり方で人生の決断をしました。だって、考えても考えても、二つの違いが分からないのなら、考えるだけムダですし、そのことで苦しむのはバカバカしいと僕は思っているのです。  どちらを選んでも、同じぐらいもう片方を選ばなかったことを後悔するのなら、そもそも、後悔してもムダだっ!と思っているのです。  でも、これは、本当に「考えて考えて、いろんな人の意見も聞いて、いろいろと調べ尽くした」後の方法です。  考えるのが面倒くさいから飛びつく方法ではないのです。  どうですか、豆太郎さん。僕はこんなふうに人生の決断をしてきました。「大人の課題」は、本当に難しく、正解は簡単には見つかりません。  だからといって、そのことに苦悩して、押しつぶされるのは人生に対してもったいないと思います。どんな決断をするにしても、「考え抜いたんだから、これでいいの!」と胸を張れたら素敵だと思っているのです。  豆太郎さんが後悔のない決断ができますように。 【追記】 この回答に対して、「一冊の本」の編集長より「夫と話し合うということは言及しないのでしょうか」というサジェスチョンをもらいました。もちろん、夫と話して、お互いが納得できる落とし所が見つかれば素敵です。そうなれば、何の問題もありません。でも、話し合っても話し合ってもお互いが歩み寄れず、お互いの希望が完全にぶつかる時は「大人の課題」だと考えます。その場合の考え方を僕は答えたのです。ですから、まずは「夫とたくさん話す」というのは大前提です。はい。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    安倍元首相銃撃事件でジャーナリスト・青木理氏が感じた「不気味な兆候」とは

    安倍晋三元首相が選挙演説中に銃撃され、死亡するという前代未聞の事件から一夜が明けた。犯行の動機や背景はいまだ謎に包まれているが、「安倍三代」(朝日新聞出版)の著書があるジャーナリストの青木理氏は今回の事件をどう捉えたのか。緊急インタビューした。 *  *  * まず大前提として、どのような政治信条があろうと、その政治家にいくら批判があろうと、今回のようなテロを断じて容認することはできません。改めて言うまでもないことであり、問題はその先にあります。  そのうえで元首相が凶弾に倒れた衝撃的な事件を考えると、これはやはり不気味な兆候と捉えるべきなのか。だとすれば、なんとしてもそれを押しとどめる必要があります。  昨年亡くなったノンフィクション作家の半藤一利さんと生前対談した際、半藤さんが「社会が戦争に向かう危険な兆候」をいくつか挙げていたのを思い出します。(1)被害者意識と反発が国民に煽られる、(2)言論が不自由になる、(3)教育が国粋主義に変わる、(4)監視体制が強化される、(5)ナショナリズムが強調される、そして(6)テロの実行が始まるーー。  当時は重大テロなど起きていませんでしたが、その他の要素はかなり揃ってしまっているのではありませんか、と尋ねる私に、半藤さんはこう即答しました。「ええ、しかもそのスピードは戦前より速い」と。  私もそうですが、昭和史の探索に生涯を捧げた半藤さんは、皮相なナショナリズムや排外的風潮が強まる昨今のこの国の政治を危ういものと捉え、強く憂いていました。今回はそうした風潮を煽る側だった元首相がテロの凶弾に襲われたわけですが、それはいったいなぜだったのか。現時点では判然とせず、犯行の動機や背景の解明を待つしかありませんが、少なくとも半藤さんのいう「危険な兆候」の最後のピースを埋めてしまうような結果につなげるわけにはいきません。  ですから、今回のテロに政治やメディアは決して萎縮せず、と同時に犯行の動機や背景の解明を急いでそれと向き合い、テロの土壌となった課題や問題点が浮かびあがったなら、その改善に全力で取り組むべきでしょう。  拙著「安倍三代」でも記しましたが、安倍氏は少なくとも政界入りする前の青年時代には、強い政治信条や信念を持っていた形跡はまったくありません。母方の祖父である岸信介氏に強い敬慕の念を抱いているようでしたが、しかし戦前に特高警察に抗った父方の祖父・安倍寛氏のような胆力や反骨心、あるいは戦中に特攻隊を志願しながら生きながらえた父・安倍晋太郎氏のような歴史観もバランス感覚もなく、名門政治一家の跡取りとして生を受けた“おぼっちゃま”にすぎないという印象を持ちました。  これは妻の昭恵さんも言っていましたが、その期待に応えるため、自らが描く偉大な政治家像を「演じていた」側面もあったでしょう。そんな安倍氏は、首相として7年8カ月という歴代最長政権を成し遂げましたが、客観的に見てそれに見合う“レガシー”を遺したとはいえません。だから首相退任後も影響力を保持しようと躍起になり、自らの政権を否定するような動きには公然と横槍を入れたのかもしれません。  その振る舞いは見苦しいものだったと私は思いますが、そうした途次、しかも重要な国政選挙の最中、まさかこのような形で命を奪われるとは、誰一人として想像していなかった。凶行の動機や背景に重大な意味が潜んでいるのか、それとも突発的で政治的背景の薄い単独犯なのかはともかく、首相の座を目前にしながら病に倒れた父・晋太郎氏と同じ67歳で世を去ったことに、奇妙な符合のようなものも感じます。  繰り返しますが、今回のようなテロは決して容認できません。ただ、人の衝撃的な死は、時にすべてを一色に塗りつぶしてしまいかねない力を持ちます。過去は美化され、冷静な批評や批判を許さない風潮にも覆い尽くされてしまう。それもまた極めて危険なことであり、今回の事件をそういう意味での社会の“曲がり角”にしてもならず、安倍氏の政治姿勢や政治手法がもたらした「功罪」の「罪」がなんであったかも、あらためてきちんと見つめ直されなければならないと思います。  また、今後は「テロ対策」などが声高に叫ばれることも予想されますが、それを契機として例えば警察による監視体制ばかり強まれば、それもまた自由な社会を窒息に追い込んでしまいかねません。投票日が目前に迫った参院選を「弔い合戦」のように矮小化することも避けるべきです。元首相の死を悼むことと、政治への評価は分けて考えなければならない。そのためには、まさに言論の砦たるメディアとメディア人の役割が問われています。(構成=AERA dot.編集部・作田裕史)

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    「朝日ジャーナル」が報じた旧統一教会「霊感商法」の実態 原価3万円の壺を147万円で売りつけ

     安倍晋三元首相の銃撃事件をきっかけに、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の「霊感商法」の実態が注目されている。だが、それらは35年前、「朝日ジャーナル」が徹底的なキャンペーン報道で迫ったテーマだった。霊感商法の手口や原価などを振り返る。  旧統一教会による霊感商法の実態をいち早く社会に知らしめたのは、朝日新聞社が発行していた週刊誌「朝日ジャーナル」(1992年休刊)だった。86年12月5日号で「豊田商事をしのぐ冷血の手口 霊感商法の巨大な被害」とのタイトルで始まった追及キャンペーンは、およそ1年間で10回にわたって続けられた。当時、「開運商法」などと呼ばれていた行為に霊感商法という呼称を定着させたのも同誌だ。  霊感商法の一般的な手口は、街頭や戸別訪問などで「手相を見てあげます」「姓名判断をしましょう」などと言って接近し、象牙の印鑑を売る。だが、印鑑は入り口に過ぎず、「占いの偉い先生が特別に見てくれる」などと誘い、「霊場」と呼ばれるマンションの一室や、展示会に連れ出す。先生は「悪霊がついている」などと不安をあおり、法外な値段で壺や多宝塔を売り込むというものだ。  86年12月5日号で紹介されたケースを紹介する。北九州市に住むB子さん(60)の被害金額は、3700万円に上った。 <B子さんにとってこたえたのは、「お宅は絶家の家系です」といわれたことだった。息子の命が危ないといわれた。それは本当かもしれないと、彼女は思った。一九七七年三月、同市の公務員五人が火事で殉職した。B子さんの夫もその一人だった。夫の非業の最期が、息子の姿に重なってみえた。もうひとつ、彼女が震えあがったことがある。「焼け死んだ人は、霊界で痛みが三○倍になる」と聞かされたことだ。  八四年七月下旬、B子さん宅を増田都子という女性が訪れ、手相をみた。このとき印鑑を三万円で買った>  その後、霊場に連れていかれ、600万円の多宝塔を押しつけられ、高麗人参1ダースを96万円で契約。さらに、先生(霊能者)から3千万円を神に捧げるよう促された。 <三千万円を受領した後、先生は「霊薬と壺をあげましょう」といって、「高麗人参三四三個」「高麗大理石三個」預かりという保管書を発行してくれた。つまりB子さんに三千万円を献金させたあと、人参、壺の正常な売買があったように偽装したのである>  当時、取材班の一人だった藤森研・元朝日新聞編集委員が説明する。 「霊感商法の手口について、脱会者に何人も会って聞いています。印鑑の販売員たちは客の家族構成や預貯金など身辺情報を巧みに聞き出し、先生に事前に伝えてある。だから初対面でもお見通しなのです」  霊場で先生は「ご先祖様に祈って聞いてきます」などと言って中座する。別室で先生は「タワー長」と呼ばれる上司に客の状況を報告し、説得のための言葉や、出させる金額を相談しているのだ。一方、被害者について藤森氏はこう語る。 「40代、50代の女性が多かった。夫に先立たれるなど不幸や不安の最中に訪問を受けるケースが目立った。被害者に会うことが長期間にわたる取材のパッション(情熱)になっていきました」  霊感商法を警察が摘発し、統一教会との関係をあぶり出した事例もある。  83年に青森県で50歳の女性に対し、「亡夫の霊」「水子の霊」が出たと脅した霊感商法グループのA(36)、B子(31)、C(31)の3人が有罪となった恐喝事件だ。87年1月30日号で詳しく報じているが、手口のひどさが際立つ。  被害者は青森県内に住むP子さん。農家に嫁いだが生計は苦しく、2児をもうけた後は、中絶をくり返さざるを得なかった。前夫はがんで亡くなり、6年後に再婚した現在の夫も交通事故で脳挫傷を負い、言語障害の後遺症のため仕事ができなくなった。  82年秋、自宅に「グリーンヘルス」という会社の印鑑販売員がやってきて「私の会社の印を使えば運が開ける」などと言った。P子さんは印鑑3本セットと実印を購入。販売員は2時間ほどいて、P子さんの身の上話を聞いて帰っていった。  83年7月、Aから電話があり、「前に印鑑を買ってもらったグリーンヘルスの者だ。先生があなたの先祖を拝んだら、悪い霊がいっぱいついていた」などと言われ、先生に会うよう執拗に勧められた。夫とともに連れていかれたのはホテルの一室。和室に祭壇が飾られ、壺が置かれていた。  先生役のB子は「あなたが堕ろした子どもや病死した前夫が成仏できずに苦しんでいる」「全財産を投げ出して成仏させないと不幸が続く」などと脅し、財産を問いただしてきた。P子さんは夫の交通傷害保険として1200万円が入り、預金してあると打ち明けた。  先生は「全部出しなさい。そうすれば霊を成仏させてやる」と迫った。 <いつ入室したのか、一人の男がいて、どなり声をあげて暴れ始めた。「前夫の霊が乗り移った」と。この男がCである。  Cは室内を走り回り、「みな殺しにするぞ。成仏させてくれるのか、くれないのか」とわめきながらP子さんに何度もまとわりついた。押し倒し、殴りかかる。Aがそのたびに引き離す役回りをした。夫もまとわりつかれたが抵抗できなかった。P子さんは気味悪さと恐ろしさで体がふるえた>  P子さんと夫は、午前10時半ごろから午後8時ごろまでホテルの一室に監禁され、脅され続けた。 <「長時間にわたって、部屋の中で責められ、疲れきっていた」P子さんは、とうとううなずいてしまった。翌日、Aらに銀行に連れて行かれ、定期預金を解約して一二○○万円を渡した。なぜかそれから二、三日のうちに、Aが頼みもしない「一和高麗人参濃縮液」三ダースを自宅に置いて行った。P子さんは、八月二日、警察へ届け出た>  84年1月、青森地裁弘前支部でA、B子、Cの3被告にそれぞれ懲役2年6カ月、執行猶予5年の判決が言い渡された。  警察がA宅を捜索したところ、統一教会の教理解説書『原理講論』や、国際勝共連合の機関誌「世界思想」などが見つかった。B子宅の洋服タンスの中には教団の創始者である文鮮明氏の写真があったとされる。 「被疑者と統一教会とのつながりについて」と題する警察捜査報告書(83年11月27日付)には、次のように記されていた。 <Aが所属するグリーンヘルスという会社は、世界基督教統一神霊協会(統一教会)および主義思想を同じくする、異名同体の国際勝共連合の思想教育を受けた者の集りであることは本年一一月一五日に被疑者宅を捜索した際、同所で事情聴取したH(三一)、M(三七)、N(三一)らの申し立てから、明らか>  霊感商法の商品は、統一教会の本部がある韓国でつくられていた。当時、壺や多宝塔の製造元だったのは「一信石材工芸」、高麗人参濃縮液を製造していたのは「一和」。ともに統一教会の関連企業だった。前出の藤森氏は渡韓し、両社の本社や工場などを訪れた。 「壺などの原価がわかったことが大きな成果だった」と藤森氏は語る。  一信石材工芸の事業報告書によると、86年の販売実績は花瓶が2万3900個で約33億、石塔が2454個で約72億ウォン。ほぼすべてが輸出されていた。その多くが日本向けと見られている。  当時、1ウォン=0.2円(現在は0.1円)で1個あたりの平均価格を計算すると、壺が約3万円、石塔が60万円程度。一方、86年に神奈川県消費生活課がまとめた被害の実態によれば、霊感商法による1個あたりの平均購入額は、壺147万円、多宝塔911万円。法外な値段で売りつけていたことが実証された。  高麗人参濃縮液は、一和本社内の売店で1瓶買うと、30グラム入りで6100ウォン(約1200円)。日本の霊感商法では300グラム入りがだいたい8万円で売られており、6~7倍の価格になる(87年3月27日号)。  ちなみに、キャンペーン報道が続いていた87年春、朝日ジャーナルの編集長は筑紫哲也氏から伊藤正孝氏に交代した。筑紫氏は同年4月10日号の巻頭コラム「多事争論」で、こう警告している。 <「霊感商法」についての本誌の“突出報道”に対して相手方が社に行った激しい抗議のなかに、私のような人物を編集長に据えておく非を責める文言があったが、私が去ってもさして何も変わらないことをやがて悟ることになるだろう> (本誌・亀井洋志)※週刊朝日  2022年8月19・26日合併号より抜粋

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    【前編】22歳元女性自衛官が実名・顔出しで自衛隊内での「性被害」を告発 テント内で男性隊員に囲まれて受けた屈辱的な行為とは

     元女性自衛官が実名・顔出しで、訓練中に受けた性被害をYouTubeで告白したことが話題を呼んでいる。五ノ井里奈さん(22)は、陸上自衛隊に所属していた2021年の6月~8月、複数の上官から集団でセクハラを受けたという。上長に被害を訴えても取り合ってもらえず、自衛隊内の捜査機関に被害届を出しても、検察からは不起訴とされた。現在は検察審査会に不服申し立てをし、結果を待っている。五ノ井さんは、AERA dot.の単独インタビューに応じ、「日常的に起きているセクハラの被害から、残された女性隊員を守りたい」と、自身の受けた体験を語った。 *  *  * 五ノ井さんが陸上自衛隊に入隊したのは、2020年4月。小学生の頃から女性自衛官に憧れ、20歳のときに自衛隊の門をたたいた。教育期間は順調にこなし、その時までは、思い描いていた自衛官の姿に誇りとやりがいを持っていた。  だが、その後に配属される中隊名が発表されたときから、風向きが変わった。女性の先輩隊員から、こんな忠告を受けたのだ。 「あそこの中隊はセクハラとパワハラがひどいから気をつけろ」  五ノ井さんが配属された東北方面の中隊は、隊員58人の中で女性は5人。1人は育休中だったので、実質的に女性隊員は4人しかいなかった。同部屋の女性隊員からも「セクハラは覚悟して」と言われたので警戒はしていたものの、すぐにそれが現実のものとなった。 「2020年秋ごろ、勤務中に、男性隊員が『柔道しようぜ!』と言いながら技をかけてくるのですが、腰をつかまれて“バック”のような体制にされて腰を振ってくるんです。それを女性隊員が目撃していました。廊下を歩いていると、急に抱きつかれることも日常的にありました」(五ノ井さん)  部屋に戻ると、女性隊員同士でこうした行為を報告しあった。だが女性隊員は圧倒的少数。自分の身を守るだけで精いっぱいの場合もある。  2021年6月24日。山に入って訓練をしていた時、新人の五ノ井さんは夕食や酒のつまみを作る役割を任されていたので、天幕で料理を作っていた。天幕とは2~3人用のテントのことで、山での訓練では寝床として使用されていた。天幕で酒盛りをし、定員より多い男性隊員が入れ代わり立ち代わり入ってきて、多いときには5、6人くらいの隊員がぎゅうぎゅうになって座っていた。料理を作るためにいた五ノ井さんはその輪の中に入れられ、胸をもまれ、キスをされ、男性隊員の陰部を下着越しに触らせられた。  逃げられないと思った五ノ井さんは、別の天幕にいる女性隊員にLINEで「はやく来てください」と助けを求めた。女性隊員からは「オオカミなってる??w」と返事がきた。「オオカミ」とは、男性がお酒を飲んで暴走し、理性をコントロールできない状態のこと。「はい」と返せば、女性隊員は助けに来ないと思い、五ノ井さんは「なってません とりあえず早く来てください」と再度助けを求めた。だが、その女性隊員は「今来たらやばい」という別のLINEも受け取っていたことから、結局、五ノ井さんのいる天幕には来なかった。女性隊員はその直後に退職した。  状況としては“見捨てられた”ようなものだが、五ノ井さんはこの女性隊員の気持ちもわかると話す。 「女性隊員が自分の身を守るためには、来ないのが正解なんです。夜遅い時間に男性隊員のストレス発散に使われて、自分だって危ない目にあう可能性があるんですから、行きたくない気持ちにもなりますよ」(同)  五ノ井さんからLINEを受け取った元女性隊員は当時の状況をこう証言する。 「LINEを受け取った前日に、私も同じ天幕で宴会に参加して、同じようなセクハラを受けていました。その時は、男性隊員から膝に乗って接待しろとか、頬にキスしろと強要されました。ある男性隊員から次の日は『覚悟しとけ』と言われ、もう何をされるかわからないので、五ノ井さんに助けを求められた時に行くことができませんでした。止めに行きたい気持ちはあったのですが、止めに入ったら(次は)自分に来るので、怖くて助けられませんでした」  元女性隊員自身も「ほぼ毎日抱きしめられる」などのセクハラを受けており、五ノ井さんが日常的に被害にあっている場面も目撃していたという。元女性隊員によると、この部隊は2018年から女性隊員が入るようになり、その時から、「セクハラがヤバイ」として悪評が立っていた。セクハラをしているグループの中心は、20代後半の男性隊員数名で、他の隊員は上下関係から、逆らうことができず、ただ見ているだけだったという。  だが、この日のセクハラ事件は、中隊でも問題となった。事件を目撃していた誰かが、中隊長に報告したからだ。すぐに「中隊長に告げ口したのは誰か」と、犯人捜しが始まり、被害者である五ノ井さんが疑われた。加害者からは、「セクハラじゃなくて、コミュニケーションの一部だもんな」と声をかけられた。事情聴取として曹長から呼び出された五ノ井さんは「何もありません。大丈夫です」と報告した。問題が大きくなり、組織に居づらくなるのを避けようとしたからだ。 「自衛隊には厳しい上下関係があって、その場の空気に合わせなければならない。和を乱せば、無視や陰口を言われますから」(同) ■セクハラを超えた性被害を受けて限界に  この日以降、五ノ井さんは気持ちを押し殺しながら日常的なセクハラに耐えてきたが、昨年8月に我慢の限界に達する出来事が起きた。  8月3日から地方で約1カ月間の訓練があった。訓練場所に到着した日の夜、部屋で食事の準備をしていた五ノ井さんは、男性隊員から「料理はいいから接待しろ」と言われ、男性隊員十数人の輪の中に座らされた。宴会だったので、隊員らは酒を飲んでいた。  一曹Eと二曹Yが格闘の話をしていたところに、男性隊員S三曹が部屋に入ってきた。するとEは、Sに「五ノ井に首をキメて倒すのをやってみろ」と命令した。Sは、五ノ井さんの首に両手を当てて、そのままベッドに押し倒すような技をかけた。 「この時、Sさんが暴走し始めたのです。股を無理やりこじ開け、腰を振りながら陰部を押し当ててきました。一人で『あんあん』とあえぎ声みたいな声を出して、それを見ている周りの男性隊員たちは笑っていました。特にEとYはこっちを見ながら確実に笑っていました」(同)  続いて、2人目の男性隊員Kも「首をキメて」押し倒し、Sと同様の動きをした。さらに続いた。3人目男性隊員Rは同様に押し倒した後、五ノ井さんの両手首を押さえつけながら、何度も腰を振ってきた。 「全力で抵抗しようと、手首に力を入れて振りほどこうとしましたが、男性の力にはかないません。諦めて、終わるのを待つしかありませんでした。終わって体を起こすと、周りの男性隊員たちはこっちを見ていました」(同)  コトが終わると、Rからは「五ノ井って案外力が強いな」と言われた。五ノ井さんが抵抗していたことはわかっていたのだ。  一旦話題が収まったにもかかわらず、再び一曹Eが格闘技の話を面白おかしくしはじめて、「あれ、首をキメて倒すのどうやるんだっけ?」と笑いながら言い出した。すると、再びSが、五ノ井さんの首に両手を当てて押し倒し、腰を振ってきた。五ノ井さんの引きつった顔を見たSは「これ誰にも言わないでね」と口止めしてきたという。 「もう限界でした。訓練場所は、すぐに抜け出せる環境ではありませんでしたが、先輩の女性隊員と中隊長Mに相談して、帰りたいとお願いしました」(同)  先輩女性隊員は、最初は味方してくれたが、男性中隊長が「訓練は訓練だ」と言うと、「そうだよ、訓練は訓練だから」と態度を変えた。訓練はあと20日以上続く。これ以上耐えられないと感じた五ノ井さんは、訓練から抜けることを懇願した。だが、セクハラを受けたことが理由では、6月の時のように告げ口したと思われてしまう。母親が倒れたことにして、実家に帰れることになった。  この時、先輩女性隊員からは「一応、嘘ついていることは心の隅にでも置いておいてね」と言われた。エスカレートする性被害から逃れるための苦渋の判断にもかかわらず、被害者である五ノ井さんに非があるような言い方に聞こえた。 ■被害届を出すも不起訴処分  この8月の性被害の後、適応障害と診断され、五ノ井さんは休職することになった。被害については、まず、自衛隊の総務・人事課にあたる「一課」にセクハラ被害を報告した。だが、一課からは「8月のセクハラの件を見たという証言が得られなかった」と回答された。次に、自衛隊の犯罪捜査に携わる警務隊(防衛相の直属組織)に強制わいせつ事件として被害届を出した。 「警務隊の現場検証では、人形を使って再現しました」(同)  検察庁の捜査をへて、22年5月31日付で判決が出た。結果は、不起訴処分。五ノ井さんが不起訴の理由を尋ねると、検察官は「複数の自衛官を取り調べたところ、五ノ井さんを『首ひねり』という技で倒すところは見たけれども、腰を振るようなわいせつ行為をしているところは見ていない」という供述だったと説明された。そして「被疑者を有罪にするにはそれなりの証拠が必要だ」とも言われたという。 「その場で見ていた人がたくさんいたのに、なぜか腰を振ったという証言は出てこない。単に技をキメて押し倒しただけで、どうして笑いが起きるのでしょうか。その続きがなかったら、笑うわけがない」(同)  五ノ井さんは6月7日付で、検察審査会に不服申し立てをしている。  自衛隊内部では、この事件をどう捉えているのか。AERA dot.は五ノ井さんが配属された東北方面の部隊に事実確認すると、広報担当は「現在、部隊で調査中のため回答は差し控える」と答えた。調査結果がいつ出るかは未定だという。また、五ノ井さんが報告を上げた「一課」にも確認をしたが、「その件は一課長が対応したが、いまは不在」とのこと。代わりに対応した指令業務室の担当者は「事実を調査中のため、予断を持って回答することは差し控えたい」と回答した。なお、被疑者の処罰については、「判明した事実に基づき、厳正に対処する」とした。 (AERA dot.編集部 岩下明日香) ※「後編」では、五ノ井さんがセクハラを受けてもすぐに辞めなかった理由、顔と名前を出して告発に踏み切った経緯などを明かす。

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    過去10年で「戦力外」→「戦力」になった男たち NPBで“選手再生”が際立つチームは

     7月末でプロ野球のトレード期間は終了。7月に3件のトレードが成立したが、例年に比べると少なく、また昨年オフにFAで移籍した選手も又吉克樹(中日→ソフトバンク)の1人だけと、NPBの移籍市場は静かな動きに終始した印象だ。  そうなると次に各チームが動くのはオフとなるが、FAやトレードでは自由契約となった選手を上手く戦力にするのも補強の一つだ。過去には他球団に拾われて復活したベテランや才能が開花した若手も確かに存在している。そこで今回は過去10年間に、戦力外となりながら他球団で戦力となった選手をピックアップして紹介したいと思う。  まず実績のある投手で復活した例では久保裕也(巨人→DeNA→楽天)の名前が挙がる。2015年オフに巨人を退団し、DeNAに移籍したが、そこでもわずか9試合の登板に終わり、2年連続で自由契約となった。しかし翌年楽天に入団すると、移籍1年目には中継ぎで3勝をマーク。故障により一度育成契約となったものの、翌年5月には支配下として復帰し、そのシーズンから2年間はブルペン陣を支える貴重な存在となった。引退後は楽天で二軍投手コーチを務めているが、卓越した投球術や度重なる故障を乗り越えた経験は若手投手の指導にも生かされるだろう。  そして久保以上に実績のある投手では五十嵐亮太(ソフトバンク→ヤクルト)が挙げられる。ヤクルトでは2004年に最優秀救援投手のタイトルを獲得し、その後メジャーを経てソフトバンクでも長く活躍。しかし2018年に椎間板ヘルニアの影響もあって23試合の登板に終わり、オフには戦力外となったが、そこで手を挙げたのが古巣のヤクルトで、実に10年ぶりの復帰となった。そしてこの年は低迷するチームの中でもブルペン陣の柱として活躍。40歳の大ベテランながら45試合に登板して5勝4ホールド、防御率2.98と見事な復活を果たして見せたのだ。翌年はコンディションが上がらず、引退試合のみでの登板に終わったが、五十嵐の存在があったことが、現在のヤクルト投手陣の底上げに繋がった部分もあったはずだ。  実績のあった野手では森本稀哲(DeNA→西武)、渡辺直人(西武→楽天)、藤田一也(楽天→DeNA)などが挙げられる。森本はFAで日本ハムから横浜(当時)に移籍したものの結果を残せずに2013年オフに戦力外となり退団。翌年は西武でプレーし、外野のスーパーサブとして99試合に出場して37安打を放った。在籍は2年だったものの、明るいキャラクターもあって人望は厚く、引退試合ではチームメイトが必死に繋いで森本に打席を回したシーンを覚えているファンも多いだろう。  渡辺は2017年オフに西武を退団し、古巣である楽天に復帰。復帰1年目には7年ぶりのホームランも放つなど、69試合の出場を果たしている。翌年は大きく成績を落としたが、2020年もコーチ兼任として現役を続行。試合出場は引退試合の1試合に終わったが、コーチとしてもチームを支え、2021年以降は専任コーチとなっている。藤田は昨年オフに現役続行を志願して今年古巣のDeNAに復帰。昨年は一軍出場がなかったが、今年は既に30試合に出場し(8月11日終了時点)、守備力とミート力が健在であることを示している。  一方で実績のない投手が戦力外からの移籍をきっかけに戦力となった例も目立つ。最近では今野龍太(楽天→ヤクルト)、近藤弘樹(楽天→ヤクルト)、田中豊樹(日本ハム→巨人)などの名前が挙がる。中でも圧倒的な存在感を示しているのが今野だ。楽天では6年間の在籍でわずか15試合の登板に終わったものの、ヤクルトでは1年目から20試合に登板して防御率2.84と好成績を収めると、昨年はチーム3位となる64試合に登板するフル回転の活躍で優勝、日本一にも大きく貢献した。今年もここまでいずれもチームトップタイとなる37試合登板、15ホールドとブルペンには欠かせない存在となっている。  近藤はドラフト1位でのプロ入りながらわずか3年で戦力外となり、ヤクルトに育成選手として入団。キャンプ、オープン戦で結果を残して開幕前に支配下登録されると、開幕から14試合連続無失点を記録するなど22試合に登板して11ホールド、防御率0.96と見事な成績を残した。肩の故障で昨年5月から戦列を離れているが、復帰を望むファンの声は多い。  田中も日本ハムではわずか4年の在籍で2019年オフに戦力外となったが、巨人では二軍で結果を残して育成契約から這い上がり、昨年まで2年連続で30試合以上に登板している。昨年オフに右肘を手術した影響で今年は再び育成契約となっているが、過去2年間の実績を考えれば来年以降再び支配下への復帰の可能性も十分にあるだろう。  こうして見てみると投手ではリリーフ、野手では守備力の高い選手が戦力となっているケースが目立つ。また野村克也監督時代から“再生工場”と言われていたヤクルトは現在も上手く戦力外となった選手を引き上げていることがよく分かるだろう。今年オフには現役ドラフトも実施予定だが、どんな形であれ移籍した球団で復活、覚醒する選手が今後も多く出てくることを期待したい。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

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    安倍晋三氏は「神輿」に乗った右派のプリンス ジャーナリスト・青木理が迫る実像

     安倍晋三元首相の銃撃事件は多くの人に衝撃を与えた。晋三氏の父方の系譜をたどった『安倍三代』の著者でジャーナリストの青木理さんとともに、「三代目世襲政治家・安倍晋三」の実像に迫った。AERA 2022年8月15-22日合併号の記事から紹介する。 *  *  * ──安倍晋三氏の国葬に反対する意見の一つに、政治家としての評価が定まっていない、との指摘があります。晋三氏をどう評価していますか。  私は政治記者ではありませんから、晋三氏が政界をどう遊泳し、自らの政治姿勢をどう固めたかは知りません。ただ、政界入りするまでを知る何十人もの同級生、友人、恩師、上司、同僚らに会って話を聞くとひどく凡庸で飛び抜けたところのない「いい子」。たまたま名門世襲政治一家に生まれたお坊ちゃまにすぎず、そうでなければ政治家になることもなかったでしょう。実際、小学校から大学、そして“政略入社”した会社員時代を含め、彼が政治家を志すに至ったと捉え得るようなエピソードは皆無でした。『安倍三代』で描いた通り、祖父寛氏や父晋太郎氏にはエピソードが詰まっていましたが、取材を尽くしても晋三氏には一切ない。それどころか政界入りするまでの段階で、右とか左とかの以前の話として、彼の口から政治的な話を聞いた人自体が一人もいないのです。ある意味、ゾッとするほど空っぽでした。 ■右傾化する時代の気配、風をとらえ巧みに乗った ──晋三氏は小中高、大学まで東京の成蹊学園でエスカレーター式に進学。就職も「政略入社」。政治家になった後も、右派政治家や宗教右派の神輿に乗ってきた人という印象があります。  彼自身がどう考えていたかはともかく、右派にとっては恰好(かっこう)の神輿(みこし)だったでしょう。私の取材に応じた妻昭恵氏は、夫が首相に上り詰めたことを「天のはかり」「天命」といった独特の表現で評してましたが、戦後日本の右派政治に大きな足跡を残した岸信介の孫という圧倒的ブランドをまとって名門政治一家に生を受けた彼を、政界内外の右派はプリンスとして育てた。ひょっとすれば彼自身、右傾化する時代の気配を読んでそれをあおり、巧みに乗った面もあったのかもしれません。 ──晋三氏が日本を右傾化させたのか、右傾化した日本社会の神輿に晋三氏が乗ったのか。  双方でしょう。僕の取材体験を重ねあわせれば、2002年に史上初めて行われた日朝首脳会談は、政治家としての彼と戦後日本の大きな転機になりました。故金正日(キムジョンイル)総書記が日本人拉致の事実を認め、謝罪した。このときソウルで取材していた私に先輩記者が漏らした台詞(せりふ)は印象的でした。「中国や朝鮮半島との関係の中で、日本が戦後初めて“被害者”になったな」と。つまり、戦後一貫して加害者として謝罪や反省を求められた日本の立ち位置が変わった。もちろん拉致は断じて許されざる国家犯罪とはいえ、それに手を染めた北朝鮮はいくら罵(ののし)っても構わない対象となり、同時に戦後も一貫して燻(くすぶ)っていた朝鮮半島への差別心なども噴き出した。「いつまで謝罪を求められるんだ」という鬱屈(うっくつ)に歴史修正主義的な風潮までが一挙に噴出するバックラッシュ現象が起きたのです。  その対象は直ちに韓国や在日コリアンにも広がり、マンガ『嫌韓流』の発刊が05年、在特会(在日特権を許さない市民の会)の出現が06年。その契機になった会談と以後のムードに乗って晋三氏が政界の階段を一気に駆け上ったのは象徴的でした。彼が右傾化をあおった面は間違いなくあるけれど、彼自身が時代の風を捉え、それに巧みに乗ったともいえるというゆえんです。 ■戦後の歴代内閣の約束事、片っ端から破壊した ──『安倍三代』を取材、執筆されたのは安保法制の議論がピークのときでしたが、その後、晋三氏に対する評価で変わった部分はありますか。  変わりません。今回のような形で亡くなったのは痛ましくても、それと政治家としての評価は別です。特に僕が問題視しているのは、戦後の歴代政権がかろうじて堅持してきた大切な約束事を片っ端から破壊した点です。  いわゆる安保法制でいえば、公権力の行使者を縛る憲法の解釈を一内閣の閣議決定でひっくり返した。その過程では、内閣法制局長官を自らに都合のいい人物にすげ替えた。政府からの独立性が求められる日銀総裁やNHK会長などもそう。そして国権の最高機関たる国会では百何十回も嘘(うそ)をつき、少数派でも一定の有権者の支持を得て議席を占める野党を「悪夢」などと罵り、権力監視が役割のメディアを露骨に選別し、敵とみなしたメディアには陰に陽に圧力をかける。挙げればキリはありませんが、歴代の政権がかろうじて堅持してきた民主主義の矜持(きょうじ)を次々なぎ倒して平然としていた。その罪はあまりに重い。 ──『安倍三代』でインタビューに応じた、成蹊大学の宇野重昭・元学長が同様の指摘をしていますね。教え子の一人だった晋三氏について「はっきり言って彼は、首相として、ここ2、3年ほどの間に大変なことをしてしまった」と語り、安保法制に関しては「憲法解釈の変更などによって平和国家としての日本のありようを変え、危険な道に引っ張り込んでしまった。国民も、いつかそう感じる時がくるでしょう」と述べています。台湾有事が話題になっていますが、安保法制に基づく「存立危機事態」が適用されるようなことがあれば、そのとき国民は晋三氏の負の遺産を思い知ることになるのでしょうか。  ええ、アベノミクスなる経済政策なども同様でしょう。これは安倍政権だけの責任ではないものの、長期の経済低迷から抜け出せず、産業構造改革もイノベーションも起きないまま、ひたすら金融緩和に突き進んで日銀は国債を膨大に抱え込んだ。各国の中央銀行が利上げに舵(かじ)を切り、円安が急進展しても日銀が動かないのは、もはや手足を縛られて動けないのが実態でしょう。やってる感だけは振りまいて何の成果もなかった対ロ、対北外交などを含め、安倍政権には誰もが認める政治的遺産などないというのが実情です。 (構成/編集部・渡辺豪)※AERA 2022年8月15-22日合併号より抜粋

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    メジャー戦力外の筒香嘉智 現地メディアが「ファンの諸君、朗報だ!」と辛辣報道の理由

    「パイレーツファン諸君、朗報だ!」  8月3日(現地時間:以下同)、ピッツバーグ・パイレーツの筒香嘉智がDFA(事実上の戦力外通告)になった。この報を聞いたパイレーツ専門メディア『バックス・ダグアウト』は、このように喜びを表現した。DFAを受けたのはトレード期間を終えた翌日。パイレーツのデレク・シェルトン監督は「適切なタイミングだったと思う」と、地元紙『ピッツバーグ・ポスト・ガゼット』にコメントしている。  筒香は、今季50試合出場も29安打、19打点、打率.171と低迷。期待された長打はまったく出ず、ホームランはわずか2本だった。打撃や投球、守備などを総合して選手の貢献度を表す指標のfWARは-1.3。同指標を提供するファングラフス社の中でも、これは1355人中1353人目の数字。球団に所属する選手では最下位だ。大谷のfWARは5.8で総合2位なので、逆に筒香が今までMLBにいたことが奇跡だったとも言える。  筒香は今年、パイレーツと400万ドル(約5億3970万円)の単年契約を結んでいた。昨年8月にロサンゼルス・ドジャース傘下から自由契約を経てパイレーツに加入した筒香は、マイナーで磨き直した打撃で、43試合出場で8本塁打、25打点、長打率.535と覚醒。その打力は高く評価され、ロックアウト前の11月29日にパイレーツと再契約。『CBSスポーツ』からは「ヨシを連れ戻したのは賢い考えだ」と称賛され、今季は開幕から4番打者となり、一塁手のレギュラーにも抜擢された。  しかし、筒香は現地からの期待を全て裏切った。シーズンが始まると、筒香の打撃は試合を重ねるに低迷。シーズン序盤から全く打てず、スポーツメディア『DK・ピッツバーグ・スポーツ』(4月28日)からは「ひどいとしか言いようがない」と言われ、パイレーツ専門メディア『ラム・バンター』からは、「若手の出場機会を奪う障害だ」(5月30日)と痛烈な批判を浴びた。  当時、不振の原因として指摘されていたのは、「打球速度と打球角度の低下」と「引っ張る確率の低下」であった。地元紙『ピッツバーグ・ポスト・ガゼット』は、4月19日の記事で次のように述べている。「(筒香は)昨季から平均打球速度が時速4.9マイル(約7.8キロ)遅くなり、打球角度は1.9度も低下している。ボールを引っ張る確率は昨季の35.6%から今季は14.3%にまで減少している」。さらに、「打球方向が変わったのも、スイングの遅れに原因がある」とも指摘された。  しかし、急激な打撃低下は、ケガの影響が原因でもあった。筒香は5月27日、「腰部の筋肉損傷」で負傷者リスト(IL)に入っている。本人によれば、腰の痛みは開幕3試合目からあり、ILに入るまで治療薬を飲みながらプレーしていたとも話している。戦列復帰まで42日も要するほど重傷だったこともあり、序盤の低迷理由を知った現地メディアの中には同情を寄せるものもいた。  しかし、いくらケガの影響があったとしても、復帰後の1カ月で何も改善しなかった筒香を誰も擁護できなくなった。7月の月間成績は、15試合で9安打4打点、0本塁打に19三振。打率/出塁率/長打率は、それぞれ.158/.172/.175。全ての数字で最悪の選手となり、現地での信用は完全に地に落ちた。  そんな筒香だが、DFA後は後どうなるのか。シーズンは終了まで2カ月近くあるが、残念ながらMLBに残るのは難しいだろう。DFAを受けた選手は次の4つの選択肢が与えられる。1つ目はトレード、2つ目はウェーバー公示、3つ目は解雇、あるいは、マイナー降格。しかし、パイレーツは5日、筒香を自由契約にすると発表している。3日のDFA後、パイレーツは筒香をウェーバー公示にかけたが、獲得の意思を示したMLB球団はいなかったようだ。また、筒香はマイナー降格を受け入れなかったようで、退団の道を選んでいる。  ただ、この結果はすでに予見されていた。米移籍情報サイト『MLBトレード・ルーマーズ』の3日掲載の記事には、次のよう書かれている。 「トレード期間が終わった今、パイレーツに残る唯一の選択肢は、アウトライト・ウェーバー(40人枠から外すが、当該選手を支配下としてマイナーに残すこと)か、ウェーバー公示だ。今季年俸400万ドルのうちまだ140万ドル(約1億9000万円)の負担が残っていることを考えると、どちらにしてもウェーバーで引き取り手がいないことは確実だ」  昨年、筒香がドジャースやパイレーツに移籍できたのは、最初に所属していたタンパベイ・レイズが2年1200万ドル(約16億円)の年俸を全て負担したから。あとの2球団は当時の最低保証年俸57万500ドル(約7700万円)のうちシーズンの残り日数で割った分の支払いだけで済んでいた。つまり、去年は格安かつ試す価値もまだあったので、引き取り手も見つかった。  しかし、今回はそうならなかった。パイレーツは資金力がなく、もし移籍先が見つかっても球団に年俸の残り分の負担を求めただろう。『MLBトレード・ルーマーズ』はその問題を指摘し、獲得する球団はいない、と予想していた。  そうでなくても、筒香はこの3年の通算成績は、18本塁打、打率.191、長打率.339で、MLBで通用しないのが明らかになっている。それにケガのリスクも抱えていることも知られてしまった。  しかも、今MLBはトレード期限を終えたばかり。どこも戦力整理はもう済んでいる状態だ。これが秋山翔吾(広島カープ)がシンシナティ・レッズを退団した時(4月5日)のようにシーズンの早い段階であれば、筒香も他球団とマイナー契約を結ぶチャンスがあったかもしれなかったが、今だと望みは薄いだろう。ただ、こうなってしまったのも、筒香がこれまで与えられたチャンスを生かせなかったからだ。  筒香に残された選択肢は現時点ではほとんど残っていない。引き続きアメリカでマイナー契約ができる球団を探すか、あるいは日本球界に復帰か。(なお日本プロ野球の補強期限は7月31日までのため、今季復帰は不可)筒香は8日、アメリカに残って自主トレを続けながらMLB(マイナー)からのオファーを待つと表明しているようだ。しかし、地元紙『ピッツバーグ・ポスト・ガゼット』によれば、筒香がアメリカに残ることはもうないと予想している。同紙は、5日の記事で筒香の今後を次のように予想している。 「ピッツバーグでのヨシ・ツツゴウ時代はどうやら終焉を迎えたようだ。筒香の退団はかなり予想できた。彼は海外(日本)でプレーすることを望んでいるのかもしれない。パイレーツ傘下インディアナポリスには、すでに一塁手で使いたい選手がいる」  同紙によれば、パイレーツ傘下はすでに将来に向けてマイナー選手の育成に舵を切っているため、筒香には居場所がないことを指摘。また、野球専門メディア『コール・トゥー・ザ・ペン』も8月8日の記事で、「ここまでは、日本プロ野球に復帰して現役を続行するだろう。故郷に帰る可能性は高いようだ」と伝えている。現地メディアの見解では、アメリカに残れる可能性がほぼなくなっている筒香。はたして今後どんな決断をするのか。その動向が注目される。(澤良憲/YOSHINORI SAWA)

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    ミッツ・マングローブ「国葬にふさわしい『人』でなく『国』」

     ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「安倍晋三元首相の国葬」について。 *  *  *  先月からテレビのリモコンが見当たりません。外に持ち出すはずもなく、要するにテレビのリモコンが見当たらなくなるぐらい家が散らかっているということです。よってここ数週間、家でテレビを観ていません。世の中の出来事はネットニュース頼み。おまけに、尻に敷いても壊れないと評判の拡大鏡を足で踏み潰してしまったため、スマホの画面もよく見えず、世間で何が起こっているかほとんど把握できていない状態です。  そんな情報弱者に成り下がった女装オカマの耳にも、先に亡くなった安倍元首相の国葬に対する賛否の声は聞こえてきます。安倍さんほどの人でなくとも、誰かが亡くなった直後というのは、様々な感情論も含め「喪失ハイ」に陥りがちなので、しばらく経ったらある程度の「揺り返し」が起きるのは予想していましたが、日本人としては聞き慣れない「国葬」なる言葉にやたらと敏感な人がなんと多いことか。  言ってみれば「国葬」も、国を挙げてのイベントという意味ではオリンピックや万博(厳密にはどちらも都市開催ですが)と同じです。ただこればかりは、何年もかけて議論するような案件ではありません。仮に是非を考えるのであれば、果たして今の日本に「国を挙げてのイベントを催す必要性があるかないか」だと思います。  前回の国葬は1967年。吉田茂元首相が亡くなった時でした。この頃の日本と言えば、その3年前に初めてオリンピックが開催され、新幹線や首都高が開通。まさに敗戦からの復興と経済成長を国単位で実感し、それを諸外国に見せつける「大義」があった時代です。無論、吉田茂も安倍晋三も同じくらい偉大な首相であったことに変わりありません。しかし、ふたりの決定的な違いは、政治的功績でも国際的知名度でも任期や人気でもなく、この「時代」の差なのではないでしょうか。  オリンピックや万博が国を挙げた「村興し」であるように、「国葬」もまたその国の勢いや結束力を顕示する側面の強いものです。そういった意味で、今の日本は「元首相の国葬」を出すような国なのかどうか。迷うべきポイントはそこであって、安倍さんが国葬にふさわしい人か否かを判断するのであれば、いっそ国民投票でもしないことには公平な答えなど出ないでしょうし、そんな時間はないからこそ、現職総理の鶴の一声で決まるわけです。  私はなんでもかんでも「税金の無駄だ!」と主張するような貧しい精神の持ち主ではありませんが、そもそも日本の国葬を体験したこともないですし、どちらかというと「昔のもの」「不安定な国のもの」というイメージが強い国葬故に、「今さら思い出したように国葬?」という気持ちがないわけではありません。一方で、「オリンピックを自国開催するよりかは有意義だ」とも思います。  ちなみに「国葬」とは別に、天皇ならびに上皇が崩御した際に発せられる「大喪」という儀式が日本にはありますが、今回この「大喪」と「国葬」を混同したり並列で捉えている人も少なくないようです。そこだけははっきりと区別・認識しておいて頂きたいものです。ましてや政治学者を名乗る方なのであればなおさら。落ち着きましょう。 ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する※週刊朝日  2022年8月19・26日合併号

    週刊朝日

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    「山上容疑者は家庭がしっかりしていれば」旧統一教会系の自民議連トップ 奥野議員が激白

     旧統一教会と自民党との関係についてさまざまな指摘があるなか、旧統一教会の友好団体と自民党の国会議員らでつくる「日本・世界平和議員連合懇談会(平和議連)」の会長代行、奥野信亮衆院議員は「何が問題なのかわからない」と主張する。本当に問題はないのだろうか? 奥野議員がAERAdot.に詳細を語った。  平和議連は、元閣僚を含む自民党議員が役員を務め、会員数は80人を超える(総会資料から)。今年6月の総会では、平和議連の顧問で、旧統一教会の友好団体である世界平和連合の会長などを務める梶栗正義氏が講演。翌月に控えた参院選についても話し合った。  総会で配られた資料にはアンケート用紙も入っており、質問には「次期参議院選挙の地方区で、世界平和連合の応援を希望する議員がおられればお聞き下さい」と書かれていた(7月29日のAERAdot.で詳報https://dot.asahi.com/dot/2022072900086.html)。  選挙協力などが、結果的に旧統一教会の会員獲得につながりかねないとの批判の声は大きく、岸信夫防衛相など関係した議員からは「関係を見直す必要がある」などと声が出始めている。  それでも奥野議員はなぜ「問題ない」と強調するのだろうか。主な一問一答は下記の通り。 * * * ――この議連はどういう議連なのか?  日本・世界平和議員連合懇談会は、旧統一教会とは無関係です。我々は世界平和連合とお付き合いをしている。なぜ付き合っているかというと、世界の政治社会情勢を教えてくれるから。世界平和連合は、世界を平和にしたい、そのためには家庭が第一といっている。それはその通りだと思う。  付き合い始める前に、文鮮明氏とかかわりがあるのかと尋ねたら、世界平和連合側が「ない」といった。だから、なぜ世界平和連合との関係を問題視しているか、私にはわからない。 ――わからない?  この議連は、議員が集まって、世界平和を追求していくということ。これは間違いのない取り組み。統一教会とは関係はない、と確認した。  世界平和連合を通じて、外国の国会議員との交流もある。世界平和連合から「海外からの議員に会ってくれ」と言われたら会っている。おかしい団体とは思っていない。  世界平和を実現するためには、家庭が第一。そこに共感した。家庭がしっかりすることが、世界平和につながると思っている。山上容疑者は家庭がしっかりとしていれば、こういうことは起こらなかったのではないかと個人的には思う。 ――世間は旧統一教会と関係があると見ているが?  世界平和連合に尋ねたら、「関係がない」と言った。私と話すときは、文鮮明氏の話は一切出てきません。文鮮明氏の統一教会が問題を起こしたことは知っています。それ以来、私も良い感情を持っていません。だから、「かかわりがあるなら世界平和連合とはかかわりをもたない」と言った。 ――具体的な活動は?  世界平和連合と付き合うなかで、世界の政治社会情勢について学ばせてもらえる。アメリカの国会議員やカナダの国会議員など、付き合うチャンスがあるからプラスだと思っている。 ――選挙については?  世界平和連合が選挙応援をしてくれるというから、「この人を応援してくれ」と言ったことがある。「当落線上にいて、票が少し足りないから、応援してくれ」と。参議院議員が多いですね、選挙区が広いので。 ――応援とは具体的に票? それとも運動員?  どういう形かはわからないが、結果として、良い結果をもたらすケースが多い。 ――今回の参院選では、旧統一教会が井上義行氏を応援したと聞いたが?  統一教会じゃなくて、世界平和連合では? ――伊達忠一元参院議員が、北海道テレビの取材で安倍元首相に旧統一教会の票を頼んだと言っている。  そこは認識の違いがある。伊達氏の中では旧統一教会という認識なのかもしれない。世界平和連合が今回は井上氏を応援するという話は、事前に私も聞いていた。前回支援を受けた宮島善文氏は今回、降りると。それを聞いて、私は「大事にすればいいのに」と思った。この件について、安倍元首相からは何も聞いてない。 ――会長代行、事実上のトップですよね?  そう。井上氏の支援は前の会長のときに決まった話だと思う。 ――前の会長は誰?  それは言えない。 ――いま会長がいないのはなぜ?  それは色々あって。私は短期間だけと言われている。3、4カ月で交代すると思う。 ――票を差配しているとなると、自民党と組織的にかかわっているようにも見えるが?  自民党とのかかわりではない。あくまでも議員とのかかわり。私の場合は、うちのおやじからのかかわりで付き合っている。「国際勝共連合」だけど、秘書によると、おやじは支援してもらっていたようだ。世界平和連合から「おやじさんにはずいぶん協力してもらった」と言われことがある。おやじと勝共連合の関係は強かった。関わり始めたいきさつは、それぞれの議員で違うと思う。  議連の相手としては、世界平和連合としてしか付き合っていない。私は文鮮明氏が嫌いだと言っているから。私には、世界平和連合と統一教会の関係はまったく見えない、出てこない。「国際勝共連合」についてはたまに出てくるが。 ――今年6月の総会の案内状には「80人を超える入会」とある。これは自民党だけ?  全員自民党の議員だ。皆、世界平和に焦点を当てて、家庭が第一ということに賛同して参加している。脇のメリットとして、選挙の応援もある。なかには、それが目当ての議員もいるかもしれないが。  私は衆議院の比例だから、個人名を書いてもらうことはない。だから、世界平和連合から一度も応援をしてもらったことはない。 ――今年6月の議連の総会では、奥野議員が「この懇談会に入っていればしっかり(選挙で)応援してくれる」という趣旨の発言をしたと聞いたが。  もし少し票が足りない場合は言ってくれといったかもしれない。選挙の応援の話は普通に話している。世界平和連合は選挙応援で何も言ってこない。「票を持ってこい」とか「小選挙区は自民でいいけど、比例は~」とかはない。  自民党と関係を持つことが、プラスになると思っているのではないか。向こうから政策について強く押し付けてくることはないが、自分たちの考え方はこうだ、というのは言ってくる。それは共感できるところなので、受け入れている。  * * *  最後も奥野議員は、「世界平和連合と統一教会は関係のない団体と認識している。何が問題なのかわからないというのが率直な考えです」と改めて強調し、今後も議連を続けていく考えを示した。 (聞き手・吉崎洋夫)

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    【ゲッターズ飯田】8月15日の運勢は?「夏の疲れが一気に出てきそうな日」銀の鳳凰座

     占いは人生の地図のようなもの。芸能界最強の占い師、ゲッターズ飯田さんの「五星三心占い」が、あなたが自分らしく日々を送るためのお手伝いをします。12タイプ別に、毎週月曜日にその日の運勢、毎月5のつく日(毎月5、15、25日)に開運のつぶやきをお届けします。 【タイプチェッカー】あなたはどのタイプ?自分のタイプを調べる 【金の羅針盤座】わからないことはそのままにしないで、詳しい人に教えてもらいましょう。ただ、「どうしたら相手が気分よく教えてくれるか」を考えて、質問の言葉を選んでみること。話しかけるタイミングもはかるように。 【銀の羅針盤座】手放すことで気持ちが楽になる日。なんでも背負い込まないで、任せられるところは、ほかの人に譲ったりお願いしたりしましょう。いい意味で甘えられるようになれるといいでしょう。 【金のインディアン座】自分の気持ちや意見をうまく伝える方法を考えてみるといい日。実際に試してみることで学べることがあるでしょう。夜は疲れやすくなったり、体調を崩したりしやすいので気をつけましょう。 【銀のインディアン座】今日中に達成できそうな新しい目標を掲げてみるといい日。小さなことで十分なので、何をするか決めて、クリアできたら自分をほめるようにしましょう。できなかったときは、何が原因かをきちんと考えてみることが大事。 【金の鳳凰座】自分の信じた方法や進め方が、評価されたり、いい結果につながりそうな日。今日は、諦めないで粘ることや、辛抱強く続けてみる姿勢が大事。不満点やマイナス面ばかりに目を向けないようにしましょう。 【銀の鳳凰座】夏の疲れが一気に出てきそうな日。暑さ対策をしっかりすることが大切です。今日は、日焼け止めや日傘を持って出かけたほうがよさそう。こまめな水分補給も忘れずに。 【金の時計座】頑張って結果を出している友人や同期を見習うことが大切。成果を残している事実は認めて、学べるところを見つけるようにしましょう。その人の言葉遣いや行動をしっかりチェックしてみましょう。 【銀の時計座】小さな失敗をして恥ずかしい思いをしそうですが、人は、恥ずかしい思いをするたびに強く図太くなっていくもの。失敗にも、プラス面があることを覚えておくといいでしょう。 【金のカメレオン座】日中は勢い任せでも問題がなさそう。夕方あたりからは集中力が低下したり、やる気がなくなってしまう出来事が起きそうです。自分の不勉強な部分はしっかり認めて反省するようにしましょう。 【銀のカメレオン座】何事も一歩踏み出してみることが大切な日。難しく感じる原因や、うまくいかない理由をしっかり追求してみましょう。「自分の至らない点や弱点の克服」を、今後の課題にするといいでしょう。 【金のイルカ座】嫌な感じになったときほど、しっかり原因を見つけることが大切。他人や周囲に責任を押しつけていると、同じことを繰り返すだけ。学べることや自分の至らない点をきちんと認めて、改善するよう心がけましょう。 【銀のイルカ座】不確かな情報に振り回されないように気をつけましょう。情報源は一体どこなのか、信用していいのかなどを念入りに調べ、落ち着いて判断すること。誤った情報を拡散させることのないように。 ※毎週月曜日に占いが届きます!AERA dot.の公式LINEの友達申請はこちら↓↓↓https://lin.ee/trWiCvV

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    “ダミー会社”通じて買い取り 旧統一教会の大阪の拠点はもともと市の施設 住民「今も不安」

     世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と、政治や行政との関係が取り沙汰されているが、大阪市が所有していた施設を旧統一教会が“ダミー会社”を通じて2011年に買い取り、拠点施設にしていた。当時、市議会などでも指摘されていたが、市は「当時は問題なかった」としている。  日本一の高層ビル「あべのハルカス」(大阪市阿倍野区)から地下鉄で1駅。幹線道路から路地を入ると、閑静な住宅街にれんが色を基調とした6階建ての建物が立っている。最上階はドーム形の豪華な造りだ。  入り口には、大きな表札のような置物があり、「世界平和統一家庭連合 大阪家庭教会」という文字と、同施設のシンボルマークがついている。  旧統一教会を20年近く信仰し、この建物に出入りしていたこともあるという元信者によれば、 「中は入り口に旧統一教会の創始者、文鮮明の大きな写真が飾られ、3階には立派な礼拝堂がありました。日曜日には信者が集い、祈りがささげられます。他の地域の教会は雑居ビルや民家というところもありますが、大阪家庭教会はすごく豪華です。渋谷(東京都)にある本部の次くらいに立派じゃないかと思います」  とのこと。  これだけの土地と建物を、旧統一教会はいつ、どうやって手に入れたのか。不動産登記を閲覧すると、興味深い内容が書かれていた。  1996年に完成した建物は、地上6階、地下1階、延べ床面積は約3300平方メートル。そして、登記の冒頭には「公立学校用地」とある。この建物は、かつて大阪市教職員互助組合の「阪南パラドーム」という研修や福利厚生の施設だったのだ。  50年以上、近所に住んでいるという男性は、 「(売却するという話が出た)当時、税金で作った学校の先生の施設を、『統一教会という怪しいところに売ったらアカン』と、反対の声が出ていた。署名も5千人以上集まり、『統一教会反対』などの看板を立てた住民もいたが、大阪市は聞く耳を持たなかった」  と当時を振り返り、憤慨する。  大阪市教育委員会によれば、 「20年ほど前に、市の財政を改善するための無駄の見直しがありました。必要性がない施設などの処分を検討する委員会が設置され、阪南パラドームも対象となりました。あまり利用がなかったからと推測されます。それを一般競争入札に付したところ、民間企業が落札し、そのまま売却となりました」  と説明する。  つまり、ぜいたくな施設で職員厚遇といった批判を受け、2006年に廃止。その後、一般競争入札の流れになった。  大阪市の資料や不動産登記などによれば、08年3月に7億5千万円でY社に売られた。阪南パラドームの総工費は約20億円と大阪市議会には出ており、半額以下での売却だった。その4カ月後には賃貸で旧統一教会が入居、11年に旧統一教会へ売却されている。  Y社の商業登記を確認すると、目的欄には毛皮、宝石、インテリア、呉服、絵画の販売と記されている。  前出の地元住民の記憶では、当初はY社の看板がかかっていたという。 「会社なのに、社員らしい人はまばら。日曜日になると大勢の人がやってくる。貼りだされたポスターなどから、旧統一教会ではないかとうわさになったのです。気がつくと、Y社が旧統一教会に貸していた」  全国霊感商法対策弁護士連絡会の加納雄二弁護士は、Y社の商業登記を見ながら、 「Y社は旧統一教会のダミー会社の疑いが極めて濃い。登記の役員欄から旧統一教会の信者、関係者である人物が何人も入っています」  と指摘する。加納弁護士が、そのことを示す書類を見せてくれた。  霊感商法で信者からペンダントを58万円で買わされたという被害者の代理人として、被害額を取り戻すための交渉をした際、返済するのは旧統一教会ではなく、信者のA氏が社長を務める会社がすることで合意。書類にサインした会社のA社長は、Y社の商業登記でも役員となっていた。  当時、施設の周辺住民から、退去を求める陳情書が市議会に提出されており、議会でもこの件について、旧統一教会と関係のある会社に市有財産を売却するのは問題ではないかと、論議されたことがある。  08年10月に開かれた議会の委員会で質問に立った田中ひろき市議は、 「教育委員会の阪南パラドームの土地が建物つきで一般競争入札に付されて、Y社という会社が落札して売却先となった。この会社が現在、建物を統一教会に貸していることが判明し、近隣の住民の方が大変不安に感じ、大阪市が統一教会を退去させるよう指導してほしい、ということがその陳情書には書かれてあったわけです」  などと指摘した。  さらに、「所有権がY社に移ってから1カ月後に、Y社は事業目的に、不動産の売買、賃貸、仲介及び管理と貸し会場の経営を追加していた」として、「これは初めから出来レースというか、ぐるだったのではないかと。地域住民が不安に思うのも仕方がないと感じるわけです。高値であれば少々チェックが甘くても売却すればいいという状況に今なってるとは思うんですけれども、市長自身、どう思われますか」などと述べ、Y社への売却について追及した。  加納弁護士ら弁護士連絡会も、「かねて自治体に、旧統一教会やそのダミー会社との関係を断つように申し入れをしていた」などとして、民間会社との売買契約を解除するよう大阪市に申し入れた。  その点について、改めて市に聞くと、 「一般競争入札の参加資格などは教育委員会とは別の部署でチェックします。そこで問題がないとの判断だったのでY社が落札となりました。Y社の役員欄を確認すれば、旧統一教会との関連性がわかった、とのご指摘ですが、当時はそういうルールは大阪市になかったようです」  と繰り返した。大阪市の話では、手続き上、問題はないのかもしれない。  しかし、田中市議は、 「Y社は、落札するとすぐに、不動産賃貸業などを登記に加えた。最初から、旧統一教会の施設にする目的で落札したのは明らか。大阪市は市有財産を売却するなら、もっと厳しくチェックすべきではなかったのか。周辺では、今も不安に感じている住民がいる。そこに、安倍元首相の事件です。より不安になりますよ」  と話し、現在も反社会的な活動の拠点になってはいないか、との不安が拭えないという。  加納弁護士がこう指摘する。 「旧統一教会が、何億円もする施設を買えたというのは、刑事事件にもなっている霊感商法や、信者にうそを言って献金させたカネがあるからです。登記を見ると抵当権の設定もないので、旧統一教会は現金で買っていると見られます。市民の貴重な税金で造った施設が旧統一教会に激安で渡っているのではないか。その施設がまた、強引な献金、霊感商法の舞台となりかねない。行政の責任は軽くない」  市民の財産を売却する際は、細心の注意を払う必要があるはずだ。今後に向けて改善策を講じてほしい。 (AERAdot.編集部・今西憲之)

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    NHK受信料「死後も請求」が話題に、遺族が悩む故人のサブスク解約の対処法

     亡くなった人の銀行口座からNHK受信料が引き落とされ続けていたことが判明。NHKは死後も支払いを止めてくれないのか……春先、そんなことが話題になった。しかし、こうした事態が起こるのはNHKだけではない。各種サブスクサービスが花盛りな昨今、遺族に請求が届くケースは今後ますます増えてくる。もし家族や親しい間柄の人が定額制サービスの契約を残して亡くなってしまったら、遺族はどう対応するのが正しいのだろうか?(ライター/ジャーナリスト 古田雄介) 亡くなった人の口座から、NHK受信料が引き落とされ続けていた  急死した一人暮らしの親戚の遺品を整理した際にNHK受信料が引き落とされ続けていることが判明。支払いを止めて、死後の支払い分を取り戻すために悪戦苦闘をした……春先、そんな苦労をした人のツイートがネットで話題になった。  亡くなった人がテレビを見ているわけがないのに、支払いを止めてくれない。当人以外が手続きするとなると手間は本人のとき以上で、事態を収めて損失を取り戻すには膨大な書類と交渉が必要になる。遺族側からすると実に不条理な状況といえる。ただ、筆者はこの話題を知ったときに既視感を覚えた。似た事例をサブスクリプション界隈でもよく耳にしているからだ。 定額制サービスからすると、契約者の生死は分からない  毎月、あるいは年単位で一定の支払いが発生する(お金が引き落とされる)という点では、最近増えているネットの各種サブスクリプションサービスも同じである。NHKにもサブスクリプションサービスにも、契約者の生死を自動で検知する仕組みは存在しない。継続支払いの設定になっているなら、遺族や代理人からの連絡がない限り、契約者の身に何が起きても変わらず支払いが続くのが一般的だ。  だから、残された側は頑張って対応窓口を突き止めて、事態を説明したり必要な書類をそろえたりするしかない。  NHKの場合は、解約手続きには全国共通の窓口として「NHKふれあいセンター(営業)」を設けているほか、払込用紙などに記載している各地域の放送局や営業センターでも対応している。いずれも電話対応が原則となっており、受付時間が限定されている上、つながりにくいという声もある。ただ、対応窓口としては比較的見つけやすいほうだ。  苦労するのは、ヘルプページから解約の方法にすらたどり着けない場合だ。  あるサブスクサービスは、奥まったところに置かれた解約メニューに2段階認証を設定しており、認証を経ても翻意を促すキャンペーンページをスクロールしないと手続きが進めない構造になっていた。ページ下段の「解約します」を押してもなお次のアンケートページで翻意できる作りになっていて、そこでもう一度「解約します」と意思表明することでようやく解放される。契約者本人でも相当面倒で、遺族の立場では到底達成できそうにない。  こうした状況を踏まえてか、5月25日に可決・成立した改正消費者契約法では、定額制サービスを提供する事業者の努力義務として「解除権行使に必要な情報提供」が盛り込まれた。将来的には運営元に直接アプローチすればほぼ問題なく解約できるようになるかもしれない。業界全体での今後の改善を期待したい。  ここまで読んで、個別に手続きするよりも、銀行やクレジットカードなどの自動引き落とし先を止めたほうが手っ取り早いと思った人もいるだろう。しかし、むしろそちらのほうが茨(いばら)の道かもしれない。そこが本記事で伝えたいところだ。 サブスクの支払いがあるからとクレジットカードを退会できないケース 「自動引き落とし先をストップすれば、継続的な支払いが止まる」という認識は、残念ながら甘い。  筆者は5年ほど前からデジタル遺品に関する相談をサイトで受け付けているが、過去にこんな話を本人から聞いたことがある。 中部地方に暮らすAさん(60代)は、1年前に実家で一人暮らしをしていた兄を亡くした。遺品整理を進めるなかで、祖父の代からの不動産や生命保険の確認など難題がいくつも現れたが、なかでも手を焼いたのがクレジットカードの退会手続きだったという。  クレジットカード会社の窓口は、事情を伝えても「債権が残っているので退会できない」と譲らない。毎月1200円ほどの引き落としがあり、その債権が止まないと退会手続きに進めないのだという。それでいて、プライバシー保護の観点から債権の詳細は教えられないとのこと。  閉口するしかなかったが、粘り強く交渉しているうちに支払い元の情報が少しずつ見えてきた。手元の情報と照らし合わせたところ、どうやら動画配信サービスと英会話アプリの月額課金が残っていると判明。それぞれのサービスに掛け合って解約したところ、ようやくクレジットカードを退会することができたそうだ。  また、長年相続関連の仕事をしているBさんからは、亡くなった家族の銀行口座を凍結したところ、その後も毎月500円の出金が続いた事例があり、対応に苦労したとの話も聞いた。こちらも定額サービスの自動引き落としによるものらしい。 定額制サービスの料金のほとんどが銀行かクレジットカード経由で支払われる  NHK受信契約の約8割が自動引き落としで支払われているように、定額制サービスの対価の多くは銀行やクレジットカード会社を経由している。それゆえに見落としがちだが、定額制サービスの提供元と自動引き落とし先は別物であり、情報も共有されない。  ただでさえややこしい定額支払いの停止手続きが、自動引き落とし先という新たなステークホルダーが加わることで、さらにややこしくなってしまっているのだ。 銀行の原則は「口座を凍結したら振替も停止」  間に挟まった自動引き落とし先では、何が起こっているのか。主要な銀行とクレジットカード会社に実情を尋ねてみた。  まず銀行はメガバンクとネット銀行を含めた全国規模の8行に情報提供をお願いし、5行から回答を得た。  口座の持ち主の死亡が遺族等によって知らされると、銀行は口座を凍結する。口座振替のある口座はその後どうなるのか。回答を得た銀行ではいずれも「停止する」との回答だった。 「預金者死亡の連絡を受けた場合、債権の有無に関わらず、ご預金等のお引き出し、ご入金についてはお取扱いができなくなり、口座振替も停止となります」(みずほ銀行)  出金が続く可能性があるとすれば、相続人から口座振替の継続の希望を受けたシチュエーションだが、それも例外的な処理といえる。三菱UFJ銀行は「事前に特定の明細について、従来通り被相続人の口座からの引き落としを希望する依頼書を相続人全員の署名の上受入れしている場合、その明細のみ支払いを許容する手続きもございます」という。  ただ、これは銀行側の都合だ。定額制サービスを提供する運営元は契約者の生死を確認できないし、銀行から伝える義務もない。実際、凍結後に請求が届くことも珍しくないという。  それでも、「生前お支払いに当社のデビットカードを登録されており、相続開始後に請求が到着した場合、故人口座には請求できないため、当社では原則として当該請求を加盟店(請求元)に返却する対応を行います」(ソニー銀行)といったスタンスが一般的といえる。 個別の事情に応じて柔軟な対応をしてもらえることも  一方で、三菱UFJ銀行が特定の明細のみ支払いを継続するケースを認めているように、個別の事情に応じて柔軟に対応している様子もうかがえる。  Bさんから聞いた事例は5行とも経験がないようだった。しかし、別の金融機関が何らかの事情から特殊な措置として、そうした措置を行っている可能性も否定できない。 ただ一般論としては、凍結中は原則として口座振替を継続しないのは確かなようだ。そして、銀行側から定額制サービスの運営元へ、契約者の生死に関わる情報が自動で伝わるような流れも確立されていない。 クレジットカードは退会後も請求が継続しうる  クレジットカードも主要な8社にアプローチし、6社から回答を得た。  こちらも契約者の生死を知りようがないため、遺族等から連絡がない限りは自動引き落としの処理が継続することになる。死亡の連絡を受けたら退会の手続きを進めることは可能だが、預金口座の凍結のように直ちに処理するわけではない。あくまで遺族等の希望に基づいて処理を進めるというスタンスだ。  いずれもカードも定額制サービスとの契約は事前に解約した上での退会を促しているが、イオンカードが「支払い義務(債権)が残っている場合であっても退会は可能です」というように、回答を得た中では債権が残った状態でも退会手続きを止めるケースはなかった。  Aさんのケースは特殊事例なのかもしれない。ただし、あるカード会社は匿名で「支払い義務が残ったまま退会されると後々面倒なことになることも。それを防ぐための対応としてはあり得る措置といえます」と見解を教えてくれた。 サービスを停止せずにクレジットカードを退会するとどうなるのか  注意したいのは退会後だ。債務ありの状態で退会すると、その債務の請求が後日届くことになる。クレジットカードは決済と請求までタイムラグがあるため、単発の決済であっても翌々月支払いということも普通にあるし、定額制サービスの契約が継続している場合は数カ月先まで請求が届くということも起きてしまう。 「基本的にはカード解約後にカード支払いをご利用いただけませんが、サブスク等については、ご利用先に契約解除の連絡をしていただくまで利用が継続する場合がございます」(セゾンカード)  クレジットカードを退会しても、退会前にした買い物や契約には影響を及ぼさない。「各種サービス料金の支払契約は、あくまでお客様とサービス提供業者間で取り交わされたものです。第三者である弊社はその契約関係には入り込むことはできかねます」という三井住友カードの回答が端的だ。  この原則に従えば、遺品整理時に気付かれなかった定額制サービスの支払いはその後も延々と続くことになる。しかし、何年も請求が続いて困ったという声は聞かない。今回得た回答でも、数カ月先までの請求が続くというタイムスケールで言及する企業が大半だった。年額支払いの請求が絡んで、せいぜい2年弱だ。  どうやら、現実としては半永久的に請求が続くというわけでもないらしい。  あるカード会社は「退会後に定額制の請求が続く場合は、債権を回収管理する部門があり、そこから退会したお客様やご遺族に契約解除や支払い方法の変更を促しています。それと同時に、水面下では定額制の提供元にも停止をお願いすることもありますが、応じてくれるか否かはまちまちです」と明かす。  つまるところ、支払いが滞った後のスタンスは定額制サービスがどう動くかにかかっているといえる。 引き落としが止まった後に郵送で請求書が届くケースも  定額制サービスを提供する立場からすると、契約者が亡くなった後にいつまで請求を続けるかは判断が難しい。何しろ生死を正確につかめる手段はない。  そのため、遺族からの申請をきっかけに契約を終了するとしているケースが多いようだ。   NHKも解約の届け出があった日を解約日とすることを原則としている。遺族等により要望があった場合は住民が亡くなった日までさかのぼっての解約とする措置も個別に応じているが、それは例外的な対応だ。例外ゆえに、契約者の死亡やその後の利用状況を含む多くの証明が必要になるなど手続きは煩雑になってしまう。  しかし、口座振替やカード退会で支払いが滞った際は、請求書を郵送する形で支払いを促すケースも増えている。葬儀を終えた数カ月後に故人名義の請求書が届いたという話は、ここ数年でよく耳にするようになった。支払い滞納分を含めても数千円程度という比較的少額の請求も珍しくない。  一方で、お金の流れが滞った時点で解約とみなすケースもある。典型例はマイクロソフトだ。同社はオフィススイートアプリやクラウドサービスなどを定額制で提供している。その契約者が亡くなった場合は、遺族等が代理でログインしてサービスの停止を申請することを認めているが、IDとパスワードが分からない場合は「お客様の銀行口座やクレジットカードの停止、承認の取り消し、または銀行への通知を行うことで停止することができます」と明言している。  定額制サービスのすべてがマイクロソフト型の対応をしてくれれば、口座の凍結やカード退会で一網打尽が可能だが……。残念ながら、いまのところはサービスごとに対応がバラバラだ。 もし、故人が契約していた定額制サービスを解約することになったら  以上を踏まえて、遺族の立場から、故人が残した定額制サービスの契約はどうしたらいいのか対応を考えたい。  理想を言えば、すべての定額制サービスを個別に調べて、それぞれに沿った形で解約や引き継ぎを進めていくのが安全だ。しかし、あまたのサブスクや定額制サービスを利用している人の全契約を正確につかむのは難しいだろう。Apple IDやGoogleアカウント、通信キャリアの月額支払いにまとめられたサブスクなどは、お金の流れからたどっても個別に探すのは至難の業だ。それぞれの契約に気付けたとしても、故人のアカウント名を突き止め、解約の窓口をそれぞれ調べて、それぞれに必要な書類をそろえるとなると相当骨が折れる。  正直、定額制サービスの提供元が求める手続きのすべてを遺族が完遂するのは不可能だと思う。だとすれば、現実との折衷案を組み立てるしかないだろう。 (1)通常の遺品整理の過程で特定できた定額制サービスは、個別に解約や名義変更などの手続きをする。(2)その上で、口座の凍結やカードの退会を済ませる。(3)その後にさまざまな形で請求が届くことを想定し、1~2年程度はアクションがあるたびに個別に支払いや解約などを進める心構えだけしておく。  2022年6月時点では、この3段構えの対策が現実的ではないかと思う。 古田雄介ライター/ジャーナリストふるた・ゆうすけ/1977年生まれ。建設現場の施工管理と葬儀社スタッフを経て2002年から現職。故人とインターネット、遺品とデジタルの関係性の調査をライフワークとしている。著書に『ネットで故人の声を聴け』(光文社新書)や『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた』(日本加除出版/伊勢田篤史氏との共著)などがある。HP:https://www.ysk-furuta.com/Twitter:https://twitter.com/yskfuruta

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    不妊治療に「不自然につくった子どもであんたは幸せ?」実母からのひと言が突き刺さる

     今や、体外受精で産まれる子どもは14人に1人。約5.5組に1組が不妊治療の検査や治療を受けたことがある時代だ。にもかかわらず、職場での理解にはまだまだ高いハードルがある。短期集中連載「不妊治療の孤独」第3回前編では、職場の上司の偏見との戦い、治療と仕事の両立の葛藤を追ったが、家族や友人など、むしろ近しい人たちから理解されない辛さもあるという。 *  *  *  不妊治療がどのようなものなのかを理解していない人も多く、悪気はなくとも当事者にとってはキツい一言となってしまったり、治療と仕事との両立に悩む声も多い。働く女性患者が多く訪れる不妊外来で多くの患者と向き合う千本友香里医師(さくら・はるねクリニック銀座)は言う。 「仕事と治療との兼ね合いに悩まれる方は依然として多い。働いている場合、どうしても休みを取って通院する必要が出てきますが、治療について職場に言えないという方もいます」  4月からの保険適用拡大によって患者数が増え、病院での待ち時間が長くなっている傾向もある。  不妊治療の人気クリニックとして知られ、患者の9割近くが体外受精に進むという杉山産婦人科では、仕事を続けながら通院できる体制として、朝8時から受付をスタートし、週3日は夜7時まで診療受付を対応。土日祝日も人工授精や体外受精の診療を受け付けている。不妊治療を行う病院の中でも格段に手厚い診療体制を持つものの、4月以降は患者が増え、待ち時間が延びている傾向にあるという。 「不妊治療は通院回数が多い上に、長期間に及ぶため、仕事を辞めざるを得ないケースが少なくありません。仕事をしながらでも不妊治療を受けやすい環境作りのために、私たちも国への働きかけを行っていますが、現状ではなかなか改善されていない。にも関わらず、患者さんに“明日もう一度来られますか?”と聞くと、9割以上が“大丈夫です”と答えます。子どもが欲しいという一心で、ご自身で何とか仕事をやりくりして通われているのが実情ではないでしょうか」(杉山力一理事長)  今年6月にキャリアデザインセンターが行った調査によると、不妊治療のための休暇制度があれば「使いたい」と答えた人は約7割なのに対し、職場に不妊休暇制度が「ない」と答えた人が67.4%を占めた。仕事をしながらの不妊治療で最も辛いことは、「急な通院で職場に迷惑をかけてしまう」(80.6%)。次いで「投薬や通院の負担で体調・体力的に辛い」(75.8%)、「働いても治療費に消えていくので金銭的に辛い」(66.1%)という声が聞かれた。  自身も不妊治療体験者で、不妊体験者を支援するNPO法人Fineを立ち上げ活動している松本亜樹子さんは言う。 「これだけ不妊治療が広がっているのに、職場で不妊治療が理解されずに悩んでいる人は本当に多い。職場の理解が得られないために、治療について誰にも言えず、仕事との両立ができない事態に追い込まれる人が少なくありません」  “不妊治療をしていることを職場に知られたくない”という声も少なからず聞かれる。前出のAさんも、職場で上司からの心ない言葉に傷つき、「言うんじゃなかった」と後悔した一人だ。「治療している」と公表したことで、「休むたびに職場の目が気になった」というBさんのような声もある。松本さんは言う。 「職場で治療していることを告げた場合、結果を報告せざるを得ないことが大きなストレスになることも多い。治療がうまくいったらまだ良いのですが、ダメだった時にも報告する流れになってしまう。上司への報告が、妊娠できない辛さを増長させてしまうことにもつながる」  家族や友人など、近しい存在からの理解が得られない辛さも聞かれる。  岡山県在住のDさん(39)。3年にわたって不妊治療を続け、心身ともに疲弊していた頃、それまで治療について話していなかった母に初めて、治療中であることを話した。「一刻も早く孫を」と望んでいるとばかり思っていた母から出たのは、意外な言葉だった。 「子どもは授かりものだから、できる時はできるし、できない時はできない。それも自然の摂理でしょう。針を刺したり、第三者が受精させたり、そんな不自然につくった子どもって、どうなんだろう……。あんたはそれで本当に幸せなの?」  子どもが欲しい、その一心で辛い治療と向き合ってきた3年を否定されたような気がした。無論、母に悪気はないのは重々分かっている。「それでも」とDさんは言う。 「不妊治療が存在しなかった時代を生きた親世代に、不妊治療を理解してほしいと思ってもどうしても難しい部分がある。やっぱりこれは、治療を経験した当事者にしかわかり得ない世界だと痛感しました」  だが、“当事者”が必ずしも良き理解者になるとも言い切れない。5年にわたる不妊治療中、同じく不妊治療に取り組む学生時代からの友人と励ましあいながら乗り越えようと奮闘してきたEさん(40)。Eさんが治療を始めて2年後、同い年の友人も治療に取り組むことに。当事者同士でしか分かち合えない治療の葛藤や苦しみを、長年にわたる友人と共有できる安心感と喜びは大きかった。だがそんな期間は半年間と短いものだった。友人が早々と妊娠し、治療から“卒業”していったからだ。 「妊娠した友人は、“妊娠のためにはこうすべき、ああすべき”と、完全にアドバイスモードに切り替わって……。私の方が治療期間が長い分、なかなかそれを受け入れられない自分がいました」(Eさん)  追い討ちをかけたのが、妊娠した友人が、不妊治療によって子どもを授かったことを周囲にひた隠しにしていることだった。例えば共通の友人とグループで集まる時、Eさんは不妊治療中であることを明かしているが、妊娠した友人は「私が不妊治療していたことは絶対に言わないで」とEさんに釘を刺し、あくまで“自然に”授かったように装う。「不妊治療は、そんなにまで隠したいことなんだ」と思うと、未だ治療の渦中でゴールが見えない自分が惨めに思えて仕方なかった。 「これだけ不妊治療や妊活という言葉が浸透しても、実際のところ、不妊治療に対する偏見の目は存在する」  とは前出の松本さんだ。その証に、Eさんの友人のように、不妊治療で授かったことを「隠す」人は決して少なくないという。松本さんは言う。 「不妊治療を経て妊娠したら、途端に治療について口をつぐむ方が多い。それは世間の偏見の目から、産まれてくる子どもを守るためでもあると思います。ですが本来、偏見の目をなくすためには、まずは治療をしている当事者が、不妊治療がどのようなものなのか、その実態を周囲にきちんと伝える努力も必要。隠したり中途半端に伝えることを続けていると、世間の理解はなかなか広がらない」  不妊治療の当事者が、自分の体験を声に出して伝えることは、とても勇気のいることだろう。それでも「これから治療に臨む、一人でも多くの人のために」と体験を話してくれる人もいる。次回は、不妊治療をやめる選択をした、ある当事者の話から――。(次の記事に続く) 【前編はこちら】不妊治療と仕事の両立の難しさ 上司からの「いつ頃子どもできそう?」に涙があふれて

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    旧統一教会「霊感商法」を本格追及した朝日ジャーナル名物記者への非道な抗議と嫌がらせ電話の「中身」

     7月8日に安倍晋三元首相銃撃事件が起こってから1カ月が経った。逮捕された山上徹也容疑者の動機について、犯行直後は「母親が“ある宗教団体”にのめり込んで多額の寄付をしたことで家庭が崩壊。恨みがあったと供述した」などと報じられた。その後、同月11日に世界平和統一家庭連合(旧統一教会)が会見を開くまで宗教の団体名を報じるマスコミはほとんどなかった。なぜ、多くの報道機関は旧統一教会の名前を出すことを躊躇したのか? その理由について、1980年代に「朝日ジャーナル」で霊感商法を鋭く追及した元朝日新聞記者、藤森研さんが実体験をもとに語った。 *   *   *  7月29日、全国霊感商法対策弁護士連絡会は日本外国特派員協会で会見を開いた。代表世話人の山口広弁護士は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る問題について、メディアをこう批判した。 「私はもう日本のテレビと新聞はレベルダウンが著しいと思っています。なんですか! 『特定の宗教団体』としか言わないじゃないですか。月曜日(7月11日)に、Unification Church(旧統一教会)が記者会見するまで、もうとっくに外国の新聞ではUnification Churchの問題を言ってますよ。あるいはネットにはたくさん流れてますよ。(中略)本当に悲しいですよ」  確かに事件翌日、旧統一教会とのつながりを報じたのはブルームバーグやBBCなどの海外メディアが多かった。日本のメディアでは「現代ビジネス」がいち早く安倍氏と旧統一教会の接点を書いた。しかし、日本の大手マスコミの動きは鈍かった。  これについて藤森研さんは、「非常に歯がゆいというか、違和感を覚えました」と語った。 ■犯罪すれすれの抗議  藤森さんはこの事件が起きた際、安倍元首相の死に対して謹慎が求められたような、内向きの空気をまず全般的にメディアに感じたという。 「一例を挙げれば、ほぼすべてのテレビのコメンテーターは『とても許されないことですが』と、免罪符の言葉を口にしてから、事件についてこわごわと話し始めた。つまり、その背景についてぐいぐいと迫っていく気持ちが萎縮していた。それが特定宗教の団体名を出さないことに直接結びついたかどうかは別にして、一種の萎縮の空気をすべての報道に感じました」  さらに藤森さんは、「これは推測ですが」と、前置きしたうえで、こう語った。 「まだ教団と山上容疑者との関係が確定していないにもかかわらず旧統一教会の名前を出すことで、彼らから抗議されることを恐れたのでしょう」  報道機関が抗議を受けるのは日常茶飯事である。ある意味、抗議慣れしているメディアが、なぜなのか? 「かつて、旧統一教会について批判的な記事を書いて、表立って抗議されたことはたくさんありました。それでも言うことを聞かないと、教団は『裏の手』も大変熱心に使う。旧統一教会がそういう団体であることをメディアによっては認識しているわけです」  旧統一教会が80年代ごろからメディアに対して行ったのは、「抗議」などという生易しいものではなかった。会社への直接抗議にとどまらず、記者本人の家に押しかけたり、家族の生活を脅かしたりするなど、犯罪すれすれの行為を組織的に行ってきた。そんなこともあって各メディアは腰が引けたのではないか、と藤森さんは推測する。 ■記者の家を見張る信者  1980年代、旧統一教会が印鑑や壺(つぼ)などを高額な値段で売りつける「霊感商法」が社会問題となった。そのきっかけとなったのが1986年に「朝日ジャーナル」で藤森さんらが始めた霊感商法追及キャンペーンだった。 「それまでは『開運商法』などと呼ばれていたんです。こんなにひどいことをやっているのに『開運』はないだろう、と。そこで、仲間とも相談して、追及キャンペーンでは『霊感商法』と名づけました」 「朝日ジャーナル」は断続的に旧統一教会を批判する記事を掲載してきた。それに対して旧統一教会は「信者が勝手に行っていることで、教会は関係ない」として編集部に抗議した。しかし、抗議の“効果”がないとわかると、教団は次第に記者本人や家族を標的にするようになった。 「86年12月ごろ、霊感商法追及キャンペーンを始めてすぐのころでした。当時、僕は東京・三鷹の借家に住んでいた。家主の息子が『未明から変なワンボックスカーが向かいに停まっている。中には屈強な若者が何人か乗っていてこちらをずっと見ているよ』って、知らせてくれた。それが嫌がらせ、個人攻撃の始まりでした」  休日、家にいると嫌がらせ電話がかかってきた。 「『この世界で飯を食えなくしてやるからな』とか、いろいろなことを言うわけです。それから、なぜか娘の名前を知っていた。『〇〇ちゃん、元気? ふふふ』。心配になって、下校時に迎えに行った。そんな電話がじゃんじゃん続いた」 ■「サタン」と呼ばれて  のちに脱会信者から話を聞くと、「僕は彼らの中では『サタン』と呼ばれていたようです。そりゃサタンが気を悪くするよと、冗談を言ったものですが」。 「仲間に嫌がらせ電話について相談すると、受話器録音装置を持って、駆けつけてくれた。それで『さあ、証拠をとっているからどんどん言え』って言ったら、無言電話に変わった。それでも1日100本以上かかってくる。仕方ないので、電話機を布団蒸しにした」  こんなこともあった。  最初はワゴン車の中にいた男たち。だが次第に家の入り口をうろつくようになった。 「あまりにもひどいので、こちらも攻勢に出ることにしました。カメラを持って出て行って、証拠を収集するからと言って、バチバチ写した。そうしたら、50メートルくらい離れた公園から見張るようになった」  ある日、その見張りを巻いてそっと横から近づき、腕をつかむと大騒ぎになった。 「男は『藤森さん、何するんだよ! 警察呼ぶぞ』って言うから『いい考えだ、一緒に行こう』と、駅前の交番に向かって歩いていった。途中、『電話させてください』って言うから、公衆電話で立ち止まったら、電話かけるふりして突然100メートル11秒ぐらいの感じで逃げていった」  87年半ばになると新聞やテレビも霊感商法追及キャンペーンを始め、大々的に報じられるようになった。 「このとき報じたメディアも統一教会から抗議を受けているはずです」と、藤森さんは言う。  秋になると、国会でも霊感商法が問題視され、旧統一教会は次第に霊感商法から手を引くようになる。 ■オウム真理教と重なる手口  藤森さんによると、旧統一教会の活動は大きく、三つの時期に分かれると言う。 「60年代、70年代は宗教団体であることを隠して大学生らを勧誘して洗脳し、信者にしていった。これが原理運動で、いわば『人の収奪』です。80年代は霊感商法による『金の収奪』の時期です。それでメディアは大騒ぎをするし、警察も乗り出してきたので、彼らは90年代から『内向』の時期に入るんです。それが今に至るまでずっと続いている」  内向の初期である90年代にはタレントの桜田淳子や山崎浩子らの『合同結婚式』がワイドショーで取り上げられたが、それらは教団を追及、糾弾するという姿勢では報道されなかった、と藤森さんの目には映った。 「内向の時期に入った彼らが何をやったかというと、真面目な善男善女を洗脳して『かたい信者』にしてしまうんです。教団に引っ張り込む騙しの手口はそれほど変わらないんですが、信者として『もう大丈夫だな』と判断したところで、全財産を献財させる」  そのやり口は、かつてオウム真理教が信者に対して行ったことと、ある面ではよく似ていると藤森さんは言い、こう続ける。 「今回の(安倍元首相銃撃)事件でぼくがハッとしたのは、山上容疑者のような『2世』の問題です。それまでまったく気がつかなかった」  霊感商法が下火になったとき、旧統一教会に対する追及を止めたことに対して「あれでよかったのかな、という思いをいま持っていることは事実です」と吐露する。 「原理運動や霊感商法のときは、被害者がやがて加害者になった――そういう構造だったんです。ところが2世は純粋な被害者です。教団に洗脳された親のもとで育った子どもたちがあんな苦労してるなんて、思いもしなかった。この2世の問題を放置してきた社会やメディアも、ある意味、加害者側にいると思います。そのことを今回の事件で一番強く感じています」 ■瞬間風速で終わらせない  最後に、7月11日に旧統一教会が会見を開いて以降、マスコミの報道姿勢についてはどう感じているのか? 「この問題を瞬間風速、一過性で終わらせるのではなくて、きちんと伝えようとする姿勢が伝わってきます。おせじではなくて、本当にそう感じています。特に日本テレビが頑張っている。『情報ライブ ミヤネ屋』とか。それからTBS、テレビ朝日も頑張っている。でも、なんといっても偉いのは、ジャーナリストの鈴木エイトさんです。彼は、このような事態にならない間も1人で取材を続けてきた。その姿を見ていると、ウォッチし続けることはつくづく大切だと改めて思う。敬意を持って彼を迎え入れ、伝えようとする番組の姿勢も立派だと思います」 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)

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