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    【独自】石原伸晃事務所がコロナ助成金約60万円を受給 「確認の上で申請」と釈明するも専門家から疑問の声

     岸田文雄首相から内閣参与に抜擢された石原伸晃元自民党幹事長がコロナ禍で収入の総額が減っていないにもかかわらず、雇用調整助成金・緊急雇用安定助成金を受給していたことがAERAdot.の取材でわかった。  石原氏は10月の衆院選で落選したが、今月3日に内閣官房参与に任命され、SNSで「なぜ民意で落選した人間が起用されるのか」、官邸関係者からも「ただの人になった石原氏を起用なんてピントがズレまくっている」などと激しい批判が起こったばかりだが、新たに疑問の声があがりそうだ。  雇用調整助成金・緊急雇用安定助成金とは、新型コロナの影響で事業活動の縮小を余儀なくされた場合に、休業手当などの一部を事業主に助成する制度のことだ。  厚労省によると「新型コロナの影響で事業活動が縮小している」、「最近1か月間の売上高が前年同月比5%以上減少している」「休業手当を支払っている」などの条件を満たすと、一人一日あたり原則1万3500円を上限に支給されることになる。「政治団体も条件を満たせば、受け取ることができる」(担当者)という。  11月に公表された石原氏の東京都第八選挙区支部の2020年の収支報告書を見ると、収入の欄に雇用安定助成金として約23万円(4月分)、18万円(4月分)、18万円(5月分)が記載されていた。計60万8千円にのぼる。コロナ禍で収入が減っていれば受け取ることは可能だが、収入の総額を見ると、20年(1~12月)は約4200万円。19年(1月~12月)の収入総額を見ても、約3900万円で資金に窮しているようには見えない。  雇用安定助成金を管轄する厚労省の担当者は「全体で収入が増えていても、ひと月の収入が前年比5%以上減り、休業手当を出していれば、支給対象になる」という。  政治資金問題に詳しい神戸学院大の上脇博之教授はこう指摘する。 「政治団体も助成の対象になっているのは驚きますね。寄付金や政治資金パーティ、政党交付金が主な収入で、毎年収入は不安定です。月によっては収入が減っているように見せることもできます。本来であれば、コロナ禍で売り上げが減った企業を対象にした助成金制度であり、現役の衆院議員の事務所が申請するとは驚きです。政党交付金を受けている政治団体は対象から除外するべきだと思います」  この助成金に関してはこれまでも企業による不正受給の問題が指摘されていた。厚労省によると、11月末までに390件、約30億円もの不正申請や受給が発覚している。  官邸関係者によると「不適切に受給していなかったか情報収集をしているところ」という。  約60万円の助成金の受給について、事実関係を石原氏の事務所に尋ねると、以下の回答がFaxで届いた。 「どんな情報をもとにご質問をされているのか存じ上げませんが、支部において所管当局に確認した上で申請しているところです」  担当者に受給の経緯について詳しい説明を再度、求めたが、「Faxでの回答が全てです」と言うのみだった。  この件について石原氏本人はどう説明するのか。注目が集まりそうだ。 (AERAdot.編集部 吉崎洋夫)

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    2時間前

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    Snow Manが明かす“触れてしまった”メンバーの秘密

     昨年コロナウイルス感染の影響から、出場辞退を余儀なくされた紅白歌合戦への改めての“初”出場を決めたSnow Man。そんな彼らが12月1日に発売した5枚目のシングル「Secret Touch」にちなんで、質問をぶつけてみた。 *  *  * Q&A(1)「Secret Touch」にちなんで、触れてしまったメンバーの秘密(2)カップリング曲「僕の彼女になってよ。」の歌詞「君の香水のにおいがする」にちなんで、好きな香り(3)カップリング曲「My Sweet Girl」の歌詞「Don’t tell lies」にちなんで、ついてしまった嘘(4)3年目の個人的な目標 ■深澤辰哉(1)えー、むずいな秘密。渡辺翔太は、寝癖がけっこうひどい。やっぱりパーマをかけたことでより味が出るんですよ。片っぽそり立ってて。片っぽぺったんこみたいな。今日の朝もそうだったんで、かわいらしい部分があります(照れた渡辺「ありがとうございます」)。(2)石鹸。爽やか系の石鹸のにおい。だから香水で言うと、グリーンなんとかみたいなやつ(渡辺「石鹸でグリーン?」)。あんのよ、爽やかなの。香水は持ってるけど、あんまつけないですね。アロマは家に、木(スティック)さしてにおい嗅ぐやつは持ってますけど。(4)レギュラー番組はもちろん持ちたいですけど、持つんだったら、まずは個人じゃなくてグループがいいです。グループのほうが、MCをまわすとか、俺が勉強できる場が多いから。個人だとまわされるほうになるし、バラエティーとか同じ番組にたくさん出演させていただけたらうれしいなと思います。 ■佐久間大介(1)ふんむーふんむー。むっず!(阿部「俺がオニオンスライスにハマっているというひそかな秘密を教えてあげてもいいよ」)。うわ、まじかよー、知っちゃった(阿部「鰹節のっけてあるやつ」)。そういえば、こいつ、ひそかに宅配注文のときオニオンスライス頼んでる(笑)。(2)金木犀。蓮が練り香水くれました。俺が好きだっていうのを知ってて、一番本物に近いにおいを見つけて。記念とかじゃなく、何でもないときに。実際にマスクにつけたりして使ってます。普段から香水はつけないんですけど、好きなお店のバスボムとか石鹸を棚に入れてます。クローゼットに入れるだけで、すごくにおいがつく。(3)嘘はないけど、メンバーに対しての冗談とかいたずらはめっちゃある。でも、やりすぎて覚えてない(笑)。(4)声優でアニメのレギュラーとかやりたいなと思っています。やっぱり、ずっと関わっていきたい仕事として声優があるので。 ■渡辺翔太(1)深澤さんの靴下に毛玉が思った以上にくっついている。たまたま見かけちゃったんですよね(深澤「あー、それまちがいねえわ。俺ずっと同じ靴下はいてるから。もう半年くらい。愛着わいてるから」)。(2)柑橘っぽい感じですかね。それに緑っぽさ。ウッドな感じも入ってるの好きですね。家だとそういうにおいで、自分がつけるときは爽やかな、石鹸じゃないですけど、そっち系ですね。(4)雑誌のソロの表紙をいっぱいやっていきたいですね。やっぱ美容系とか強い雑誌だとうれしいです。家の棚に、自分一人だけの表紙の雑誌を積んでってるんですよ。もちろん自分が見るように並べてるわけじゃなくて、見えないところに。で、重ねるたびに、あ、これ一人で何冊目だ、みたいな(深澤「目標にもなるよね」)。ちょっと優越感がある(笑)。まだ6、7冊ぐらいなんで、どんどん積んでいきたいなあと思ってます。 ■宮舘涼太(1)向井はみんなといるときはガヤガヤして面白おかしく盛り上げるんですけど、二人っきりになると急にかっこつけます。なんか、けっこうスマートになるんですよ。しゃべり方とか。「せやねん」(眉毛をぴくっと動かしながら)とか。さぶいなって思う(笑)。(2)僕はローズですね。家のアロマディフューザーもそうですし、香水もそうですし。たまーにつける感じで。(3)いまライブ中で、振付をちょっと間違えたんだけど、あたかも間違えてないかのようにごまかしたっていう。まだ誰にも言われてないから、小さな嘘をつき通せたってことかなと。ほかのメンバーも時々あるんじゃないかなあ。目撃はしてますけどね。(4)よりバラエティー番組に出て、いろんな方に名前と個性を知ってもらいたいかな。あとは夢でもある時代劇とか、ドラマや舞台の主演とか、大きなステージに上がっていけたらなとは思います。 ■岩本照(1)コンサートの本番前、目黒がシャワーに入るのが一番遅い。早い人が衣装着て準備してるときに風呂上がり。秘密っていうか、普段見ない姿として「あ、こういうペースで生きてるんだ」って(目黒「みんなよりたぶん遅い時間で過ごしてる」)。(2)白樺の香りが好きですね。「ヴィヒタ」っていう、白樺を切ってサウナで使うものがあるんですよ。サウナ好きなんで、そのにおいが落ち着く。(3)俺、嘘つかない……(懸命に考えて)嘘じゃないけど、何年か前の曲の振り起こししたときに、メンバーが「こんなのあったっけ?」って言うのに「こうだよ!」って返したんだけど、後で映像見直したら指摘された通りだった(笑)。でも、今はこっちのほうがいいと思うから、って変えちゃうかな(目黒「進化だよね」)。(4)振付をやらせてもらっていて。今後はジャニーズとは関係ないところでも作品づくりができたらいいなと思います。 ■阿部亮平(1)何かあったかな……(佐久間「<さっきのお返しに>俺がひそかにトリュフにハマっていること教えてあげてもいいよ」)。マジ? じゃあ、それが俺が握っている佐久間の秘密です(笑)。(2)香水、持っているんですけど、つけ忘れちゃうんですよね。爽やかなにおいが好きで、グリーンティーとか、柑橘類とか。昔から勉強に集中するときはシトラス系がいいかなと思って香水を買うんですけど、つける習慣がまったく身につかないです。(4)今年はテレビや新聞で、気象予報士についてのお仕事がすごく増えたんです。今まではなかなか気象予報士の資格が直接仕事に結びつくことがなかったんですよ。この資格を持っているということで知っていただいて、クイズ番組に出始めるきっかけになったりはしていたんですけど。だからもうちょっと、気象予報士のお仕事をより確実なものにしていけたらいいですね。 ■向井康二(1)んーーなんやろなあ。だてさん秘密おれにバレたことない?(宮舘「いや、俺も考えてたんだよ、今」)。あ、あるよ!だてさん家でいつもバスローブって言ってるやん? けっこう前やけど、家でTシャツでした!(宮舘「それ、たまたまの話じゃん(笑)」)。たまたまですけど、白Tでした! ショックでした! バスローブ着ていてほしかったですねー。(2)場所によるけど、香水やと、ちょっと清潔感のある石鹸系の香りが好き。寝る前とか、みかんやね。ブラッドオレンジが好き。メンバーカラーとは関係なく、においがね。(女の子がつけるとしたら?)いやおれなんでもええけど、無臭がいいんだよね、いちばんは。あとはサボン系がいい。高級感のない香りが好き。(3)えーあるでーいっぱい。メンバーと出かける約束してたんやけど、おれがね、忘れてて。忘れてないふりをしました。誰とは言わない。バレちゃう(笑)。 ■目黒蓮(1)佐久間くんと俺、滝沢歌舞伎のときは、お風呂ですごい会う機会が多くて、「風呂友だー!」って盛り上がってたんですけど、フタを開けてみたら、佐久間くんよりも岩本くんのほうが会う回数が多い(笑)。いまライブのツアー中なんですけど、なんなら一回もシャワーで会ったことない。時間とかぜんぜんちがうんでしょうね。だから、「風呂友」じゃないんじゃないかな、って(笑)。(2)僕は佐久間くんと同じです。金木犀が好きですね。なんか、その時期のこと思い出す。木の下でサッカーやったなあとかって(ラウール「あったあった、一緒にやったね」)。してないよ!(3)俺、嘘つけないんだよなー(ラウール「<小声で>眉毛ないんじゃない?」)。あ、嘘じゃないんですけど、ここの眉毛(左の眉頭)がないんですよ。ケガして。それをメイクで描いて隠してもらってる(ラウール「目黒蓮じゃなくて眉毛蓮が嘘ついてる!」)。 ■ラウール(1)向井さんが車で学校まで送ってくれたんですよ。僕は助手席に乗ってて、信号が赤になって止まるときにブレーキでキューッてなるじゃないですか(体を前かがみに)。それをこうやって(手を横に出して)おさえてくるんですよ。びっくりしましたね。なんやねんこれ!って(笑)。やさしさですね。(2)ミルクのにおいが好き。あとは人肌のにおい。目黒くんの(ぐっと近寄って)人肌(目黒「いや、人肌に触れる距離感に来ないじゃん」)。でも人肌いいですね。たぶんちっちゃいころから好きなんだと思います。(3)嘘かぁ……最近、キャラクターに憑依するのが好きです。ふざけちゃうっていうか。自分を偽っている、っていうことなら、嘘って言える?(4)ファッションをもっと、という思いはありますね。これだけは専門的に極められるな、って。ショーに出たりとか。服を着て、カッコよく見せるということに、すごく自信はあるんで。 (取材・構成/本誌・大谷百合絵、直木詩帆、秦正理、伏見美雪) >>【関連記事/Snow Man「2022年は今年以上に、お客さんと会う機会を」】はこちら>>【関連記事/Snow Manがメンバーにあげたいクリスマスプレゼントと、そのお返しは?】はこちら※週刊朝日  2021年12月10日号

    週刊朝日

    9時間前

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    「誰かがやってくれるだろう」の「誰か」になってしまう…モヤモヤ抱える25歳女性に鴻上尚史が提案した“二択”

     組織の理不尽に同調しても一緒に行動してくれない同僚たちにモヤモヤした気分になると訴える25歳女性。このままか、他の生き方があるかと問う相談者に、鴻上尚史が提案したのは「自分のため」にする二つの選択肢とは? 【相談125】「誰かがやってくれるだろう」の「誰か」になってしまうことが多くモヤモヤします(25歳 女性 うめ)  私は子どもの頃から「誰かがやってくれるだろう」の「誰か」になってしまうことが多いです。 「誰か」になること自体が嫌なわけではなく、そういうときの周囲の「○○がやってくれるだろう」「自分は関わらなくていい」という無関心さや当事者意識のなさに、つい心がモヤモヤしてしまいます。  現在、私が働いている会社は、サービス残業が多く、私はそれを改善すべき問題だと思っています。しかし、プライベートに話せば、「あれはおかしいよね」「変えていかなきゃいけないよね」と多くの同僚が口を揃えて言いますが、私のように何か具体的な改善策を考えようとしたり、勤務管理の部署に相談しようとする人は誰一人いません。  私が自分たちにできる小さな改善案を提案しても、口頭では「それいいね」と言いながら、一緒に実行してくれる人はなかなかいません。  組織を変えることはできないと諦めてしまっているようです。  おそらく、多くの同僚が心の奥では、私が一人で「サービス残業は問題である」と会社に訴えていることを悪くは思っていないと思います。  しかし、同時に「そういう組織から逸脱する行動はあいつに任せて自分たちはおとなしくしておこう」と思っているのではないかと私には感じられて、モヤモヤします。  私はこれからの人生もこのモヤモヤと戦いながら、みんなの代わりに意見を言う人になるべきでしょうか?  それとも、他の生き方があるのでしょうか?  ぜひ鴻上さんのご意見を伺いたいです。 【鴻上さんの答え】 うめさん。もやもやしますね。僕もどちらかというと、「『誰かがやってくれるだろう』の『誰か』」になることが多いです。  ある組織に参加して、「これっておかしくない?」と感じ、なんとなく周りに話すと、多くの人が「おかしい」と感じている。じゃあ、変えようと言っても、なかなか周りは動かない。しょうがないので、自分がまず「これ、おかしいと思います」と手を挙げると、その「おかしさ」で恩恵を受けていた人達からにらまれる。でも周りの人は無反応だったりスルーしたりする――ということが何度かありました。  うめさんと同じように、周囲の「無関心さや当事者意識のなさ」に、もやもやするだけじゃなくて、腹が立ったり、憤ったり、絶望しそうになったりしました。  自分は無駄なことをしているんだろうか。自分は独りで勝手に盛り上がって、意味のないことをしているんだろうか。でも、プライベートで話をすると多くの人は僕の提案に賛成してくれるのに。ああ、どうしたらいいんだろうと。  で、ある時、腹を括りました。  自分はどっちがもやもやするかを考えたのです。 「あきらかにおかしいと思っているんだけど、周りが無関心だから自分も黙った時」に感じるもやもやと、「おかしいと思って言ったのに、周りが無関心だったり人任せだった時」に感じるもやもやを比べたのです。  そして、「発言しても、周りが無関心だったり人任せだった時」のもやもやより、「自分も周りと同じように黙った時」のもやもやが大きい時は、発言しよう、行動しようと決めたのです。  どんなテーマでも常に、どっちのもやもやが大きいかを考えて行動するようにしました。  別の言い方をすれば、「自分が納得してないから発言する」か「周りの人のために発言するか」の違いです。  僕は、「周りの人のために発言する」のではなく、「自分が納得してないから発言する」ことにしたのです。  そうすると、自分の発言によって周りが何らかの恩恵を受けたとしても(例えば「サービス残業」の廃止ですね)、それに対して何の反応がなくても、問題だとは思わなくなったのです。  周りのためではなく、自分が納得しないから行動しただけですから。それぐらい「自分が納得しているかどうか」を大切にしようと思ったのです。  まあ、性分だと思います。自分で「あきらかにおかしい」と思っていることは、黙っていられないのです。 『ほがらか人生相談』なんてタイトルの人生相談をずっと続けてますから、僕のことをいつも穏やかに微笑んでいるおじさんだと思っている人もいるかもしれませんが、とんでもないです。  僕は、テーマによっては、周りがびっくりするぐらい簡単にヒートアップします。この連載をずっと読んでいる人なら分かるでしょうが、「ブラック校則」とか「強制的夫婦同姓」とか「同性婚が認められないこと」とか、他にも世間の理不尽さに直面すると、周りが無関心だろうが人任せだろうが関係なく、一気に燃えます。  もちろん、大人ですから、頭はカッカしてても、言い方は考えます。なるべく、自分の言いたいことは伝わるように、いろんな表現を探ります。 「周りが無関心だから自分も黙った時」のもやもやは絶対に経験したくないと思うから、発言するのです(だから逆に言えば、「周りの人が納得していない」状態でも、「自分が納得している」場合は、発言や行動の必要を感じないということです。でももちろん、他の人の意見を聞いたり、説得されたり、頼まれたりしたら、気持ちが変わることはありますが)。  うめさん。独りで「サービス残業」を問題にしようとするうめさんは素晴らしいと思います。上司からにらまれることもあるかもしれません。でも、「おかしい」ことを「おかしい」と言ううめさんのような行動が、私達の生きる状況を改善していくんだと思います。  うめさんの孤独な戦いが、みんなを幸せにするのです。  おおげさではなく、そう思います。だって、うめさんは自分の個人的な利益ではなく、多くの人がプライベートでは賛成していることを問題にして、行動しようとしているのですから。  それでね、うめさん。 「私はこれからの人生もこのモヤモヤと戦いながら、みんなの代わりに意見を言う人になるべきでしょうか?」と書かれていますが、「みんなの代わり」と思って発言し続けるのは大変だと思います。 「みんなの代わり」「みんなのため」と思っている限り、期待した反応が返ってこなくて、虚しさや苦しさとぶつかるでしょう。  ですから僕のように「みんなのため」ではなく、「自分が納得しないから」と考えるのはどうですか?  自分として絶対にスルーできないこと、無視したり黙ったりしたら、ずっともやもやに苦しめられそうなことを発言し、行動するのです。 「他の生き方があるのでしょうか?」とも、うめさんは書かれていますが、常に「もやもやの量」を比較して発言するかどうかを判断するというのは、ある意味「他の生き方」とも言えるし、今までの生き方の整理だとも言えるでしょう。  常に考えることは、「周りの反応」ではなく「自分の納得」。そうやって生きていく人生はけっこう素敵なんじゃないかと思います。  これが僕のアドバイスです。  ただね、うめさん。周りがどんなに無関心に見えても、うめさんの行動をちゃんと見ている人はいると僕は思います。そして、言葉や態度に表すかどうかは別として、間違いなく「サービス残業をなくそう」と言っているうめさんに感謝していると思います。  その思いは、きっとどこかでうめさんを助けたり、幸せにしたり、うめさんにポジティブな影響を与えるだろうと思います。僕はそう信じています。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    5時間前

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    「愛子さまのお気に入りは子どもの頃から変わらない」天皇一家の追っかけ主婦が語る激写20年

     愛子さまはあどけなさがあったのに、成人皇族になられて、大人びてステキな女性になられ、うれしいですね」  こう話すのはカメラを片手に天皇ご一家を28年半、追っかけてきた主婦の吉田比佐さんだ。  12月1日に20歳の誕生日を迎え、成年皇族となった愛子さま。5日には成年の祝賀行事が行われ、愛子さまのドレス姿が初お披露目となる。  5日午前は長袖で淡い色味の「ご参拝服」を身につけて皇居の宮中三殿を参拝される。その後、襟元の詰まった長袖のドレス「ローブ・モンタント」に着替えられ、天皇陛下から勲章を受けとられるという。  午後は襟元の開いた「ローブ・デコルテ」に勲章、ティアラを着用した正装姿で、両陛下に挨拶される予定だ。 「愛子さまが身につける髪飾りのティアラが話題になりましたが、ティアラには女性としてすごく憧れますね。車の中の皇族を撮る時にはティアラをしているかどうかは、私たち追っかけにとっては大きいです。ティアラをしているお姿ってなかなか見れないので、”きょうはティアラをしているかもしれない”って思うと、疲れていてもがんばって、撮影ポイントに並ぼうという気になりましたね」  今回、愛子さまはコロナ禍の影響を配慮し、天皇陛下の妹(紀宮さま)で、結婚して皇籍を離脱した黒田清子さんが所有するものを借用する。 「眞子さん、佳子さまのティアラもそれぞれ2800万円もする豪華なものでしたけれど、私の見た印象では、黒田清子さんのティアラはクラシックな印象でした。清子さんのティアラのデザイン方が好き、愛子さまはお似合いになると思います」  吉田さんは過去、ティアラをつけた皇族の撮影経験もある。 「ディアラをつけられるのは特別な日だけですね。新年の祝賀の行事の時とか、外国からお客さまが来る時の接待で宮中晩餐会にお出になられる時です」  吉田さんが、追っかけを始めたのはまだ愛子さまが生まれるずっと前、1993年6月9日の両陛下のご成婚パレードからだ。 「ご成婚パレードでは、雅子さまが1000個のダイヤをちりばめた豪華なティアラをして、ローブ・デコルテの衣装を身にまとっていました。とてもステキな写真が撮れました」  そのお姿が脳裏から離れず、雅子さまを追いかけるようになった。 「愛子さまもローブ・デコルテを新調なさるそうですね。格式のあるロングドレスで、襟元や背中が大きくカットされているそうです。愛子さまがお召しになるとどんな感じになるのかとても楽しみです」  愛子さまを生まれたばかりの幼少期から見守り続けた吉田さんは20年の歳月をこう振り返る。 「愛子さまが赤ちゃんの頃、私たちは仲間うちで“愛子ちゃま”と呼んでいました(笑)。雅子さまに抱っこされている姿が、今でもきのうのことのように目に浮かびます」  天皇陛下と雅子さまの結婚会見のとき、記者から「お子さまは何人くらい?」 と質問され、雅子さまは「家族でオーケストラが作れるような子供の数ということはおっしゃらないでください、と(陛下に)申しました」とジョークで返した。 「陛下も愛子さまも音楽がお好きです。実際に陛下がヴィオラ、愛子さまがチェロを演奏するオーケストラのコンサートに参加された時、雅子さまがご覧になっていましたね」  愛子さまは文武両道でスキー、水泳なども、お好きだという。 「御所の中では陛下と一緒にジョギングをしたりしているそうです。毎年、夏になると、ご家族で下田(静岡県)や那須(栃木県)にご静養に行かれるのですが、下田の御用邸の裏手には海があって、愛子さまはいつも真っ黒になって東京に帰って来ていましたね」  愛子さまファッションには特徴があるという。 「愛子さまは夏場には、ワンピースをけっこう着てらして、ふわっとしたフレアスカートのワンピースをよく見かけましたね。冬は赤いセーターを着たり、ピンクのブラウスを着たり、全体にフェミニンです。先日、20歳のお誕生日に愛犬の由莉(ゆり)ちゃんと一緒の映像でも、茶系のふわっとしたスカートだったので、そういう服装がお気に入りでいらっしゃるところは、子供の頃と変わらないなと思いました」  愛子さまは学習院中等科時代に”激やせ”し、体調が心配されたこともあった。 「あの時はダイエットしているやせ方とはちょっと違うのかなと思いました。雅子さまの体調にも波があって、愛子さまもお母様のことを心配されていたのではないかと思います。雅子さまは新皇后になってから、自信が取り戻せたのではないでしょうか」  2019年11月9日に行われた「天皇陛下ご即位をお祝いする国民祭典」では、嵐のパフォーマンスが行なわれ、一家団欒で楽しむ様子が放映された。 「雑誌で読んだんですが、愛子さまは嵐の相葉雅紀君の”推し”だそうですね。カラオケも歌われるのだとか」  吉田さんは94年5月、会社員の夫と結婚した。結婚前から追っかけをしていたから、夫は理解があり、朝早くから出かけても何も言わないという。  コロナ禍のステイホームにより、雅子さまや愛子さまのお出かけが減った。加えて、天皇陛下ご一家は今年9月、赤坂御所から皇居に引っ越した。 「これまでは、ご一家が赤坂御所と皇居の行き帰りを張っていれば、写真が撮れたんですが、皇居に住まわれるようになると、皇居内での宮中行事が多いですから、シャッターチャンスも減ってしまいました」  吉田さんは今年7月から就職し、平日はフルタイムで働き、平日は追っかけが難しくなったが、できる限り続けたいという。 「愛子さまは車の中でも、窓を開けてお手ふりしてくれますよ。ニコッと笑う愛子スマイルが、かわいらしい。あの笑顔を見ると、こちらも気持ちが安らぎます。これからも雅子さまとともに、愛子さまのご公務の様子も拝見できたら、嬉しいなと思っています」  愛子さまの祝賀行事の撮影現場に吉田さんはもちろん、カメラ片手に出かけるという。どんな愛子さま笑顔が撮れるのか。 (AERAdot.編集部 上田耕司)

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    Snow Man「2022年は今年以上に、お客さんと会う機会を」

     2020年1月のCDデビュー以来、次々とミリオンセールスや記録を達成。昨年コロナウイルス感染の影響で出場辞退を余儀なくされた紅白歌合戦への改めての“初”出場も先ごろ発表されるなど、破竹の快進撃を続けるSnow Man。デビュー1年9カ月にしてようやく開催できた初の有観客での全国ライブツアーや、12月1日に発売された通算5枚目のシングル「Secret Touch」について、そして3年目を迎える2022年に挑戦したいことなど、ボケとツッコミ満載のトークで語ってくれた。 *  *  * ──新曲「Secret Touch」の推しポイントを教えてください。 佐久間:歌詞がね、すごいエモいんでございます。君の視線に何度も触れたっていう、可視化されていないものに対して触れたっていう言い回しが、すごくおしゃれだなと思って好きですね。 阿部:お、かっこいい。 ラウール:僕の推しポイントもいいですか? 僕は、ラストのサビの、帰り道の夕陽のように、っていうのが、あったかい感じがしてすごく素敵で。 向井:たしかに歌詞いいよね。めめは? めめのドラマ(放送中の「消えた初恋」)の主題歌ですから。 目黒:2番の、康二かな? 康二が歌ってるところ? サビ前の。 向井:おれや、おれ。「夜空に想い託した~♪」のとこでしょ。 目黒:あそこの歌詞がすごく好きです。 向井:歌詞ね。歌詞と? ラウール:歌詞「が」好き。 目黒:夜空が好き。 向井:え、歌詞と歌声が好き? ありがとうございます。うれしいです。 ──カップリング曲についてはいかがですか。「君の彼氏になりたい。」の続編にあたる「僕の彼女になってよ。」も話題です。 深澤:これは舘様(宮舘さん)から聞きたいね。 向井:だてさんが提案した曲やからね。 宮舘:前の曲が大好評をいただいたので、続編があったら面白いんじゃないかなと。時間経過があって、けっこう発展してるのか、それともまだもじもじしてるのかっていう。そういう要素を残した曲ができたらなって、ぱっと思い浮かんだことを汲み取っていただいて。 佐久間:アンサーソングっていろんな方向性があるじゃないですか。それを話し合ったうえで最終的に作家さんに書きやすいほうでお願いしました。 ラウール:同じ作家さんにお願いしたんですよね。 目黒:SHIROSEさんにね。WHITE JAMの。 佐久間:そうしたら最高のものができました。映像(MV)も撮ったんですけどすごくいい感じで、ファンの方みんなが好きなものになってるなと。また深澤が盛れてましたね。 向井:けっこう揺れてたよ、現場。盛れ盛れって。 深澤:いえい! 目黒:深澤無双?(笑) 阿部:今回どっちもMVいいよね。「Secret Touch」も、ああいうセット組むのSnow Manだと初じゃない? 佐久間:あれ素敵だったわマジで、シチュエーションが。 目黒:あれ、2番がまたけっこういいんだよね。 ラウール:2番は演出で雨が降ってきたり、衣装チェンジしたりね。 ──今回の曲の振付は? ラウール:もしかしたら俺が(振りを)つけるかもしれない。 一同:あはははははは! 向井:それはわかんないからね。 阿部:康二のパターンもある。 向井:おれのパターンもある。振付師してるから。 ラウール:え? なにを振付したんでしたっけ? 向井:Snow Manの曲。「P.M.G.」(向井・深澤・宮舘の3人によるユニット曲)。……あの、シーンってなるの、やめてもらっていいですか。 一同:あははは! 深澤:いやー、はいはい、すごいいい振りを考えてもらって(笑)、ありがとうございます。あ、渡辺さんどうですか、クリスマスソングとか。 渡辺:「Christmas wishes」は、何曲か聴かせてもらって決めたんですけど、いっぱいある先輩たちのクリスマスソングのなかに僕たちも入れたらいいなって思いで、一番定番の曲を選んだつもりなんで。聴きなじみもすごくいいと思うし、早く聴いてもらいたいなって。カラオケにもかなりいいかなと。 ラウール:あ、カラオケソング多いね。4曲ともいっちゃってください! 目黒:「My Sweet Girl」もいっちゃってほしいね。 ラウール:歌唱力自慢が歌い上げるのを聴きたいですよね。 ──有観客でのライブツアーも、ついに始まりました。 渡辺:デビューして初の有観客ライブなんで、やっぱ景色が印象的だった。1年半以上、カメラしかいないのが続いていた環境に、お客さんがいて。 目黒:楽しかったです。デビューライブも無観客で配信だったから。本番で(せりあがりの)台下行ったときに、奥に人いるな!って気配を感じて、おー、懐かしいなって感覚を思い出して。 ラウール:客席がバーッて見えたとき、グッときました。いままでCDがミリオン(セールス)いったよ、とか、記録を作ってくれた方たち、デビューしてから1年9カ月支えてくれた方たちが、生で自分の目に映るというのが、すごく新鮮で。願い続けたことが叶(かな)った感じがありましたね。 岩本:やっぱり、お客さんを生で感じられるのはいいよね。制限あるなか、みんな声出したいけど出さずに我慢しながら、でも楽しんでくれてる感じが伝わってくるんで。残りの公演もね、みんなが健康に過ごせればいいかなって思いますよね。 ──3年目の2022年に挑戦していきたいことは? 佐久間:深澤くんがずっと(MCとして話を)振ってるだけなんで、これは深澤くんいきましょう。 深澤 あ、いや。 岩本:お前、MVで自分が盛れてた話しかしてねーだろ(笑)、ちゃんと話せ! ……アニメの実写映画やりたい、って言うなよ?(22年3月、9人での主演映画「おそ松さん」公開予定) 深澤:じゃあ、いっぱいあるんですけど、「それスノ」(冠番組「それSnow Manにやらせて下さい」)ゴールデンで。もちろん、いまの時間帯も素晴らしいし、いろんな方に見ていただけるのでうれしいですけど。 佐久間:目指すはゴールデンだよな! よっしゃー決まった! 深澤:あと一番は、次はやっぱり、ライブやるときは(観客も)声出せる環境でやりたいなと。 阿部:間違いない! 深澤:あと温泉行きたい。 向井:間違いない! 岩本:からの? ラウール:さらに? 佐久間:もうひとつ言うなら? 深澤:もうひとつ? えーー。 阿部:いっぱいあるって言ったからね。 深澤:まあ俺30だから、来年。 一同:おおー。 阿部:還暦の半分ね。 深澤:30なんで、記念なんで、免許取ります! 一同:(ぱらぱらと拍手) 岩本:これ、あと5年くらい聞きますよ(苦笑)。 佐久間:こいつはねえ、口だけなの。行かないの。ずっと言ってるから。 ──ラウールさんが先に取ってしまうのでは? 深澤:いやいや、一緒に行くんだよな! ラウール:まあ……、もう取ってます、実は。(※冗談です) 向井:え! 深澤:おいラウール、約束が違うぞ。一緒にさあ、車乗るって言ったよな? ラウール:ごめん! も、申し訳ない! 一同:あははははは! 岩本:まああの、やっぱり来年は今年以上に、舞台とかお客さんと会う機会をなるべく多く。今回のライブに来られなかった方もたくさんいると思うんで、2021年より2022年のほうがたくさんいろんなとこでイベントできたよねって時間を過ごせたらいいなって思ってます。 (取材・構成/本誌・大谷百合絵、直木詩帆、秦正理、伏見美雪) >>【関連記事/Snow Manがメンバーにあげたいクリスマスプレゼントと、そのお返しは?】はこちら>>【関連記事/Snow Manが明かす“触れてしまった”メンバーの秘密】はこちら※週刊朝日  2021年12月10日号

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    『鬼滅の刃』宇髄天元が引き継いだ煉獄杏寿郎の“遺志”――炭治郎たちに見せる「柱」としての背中

    【※ネタバレ注意】以下の内容には、今後放映予定のアニメ、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。いよいよアニメ版『鬼滅の刃』の遊郭編が始まった。待望の新シリーズでは、美しい「音柱」宇髄天元が登場する。煉獄杏寿郎の死によって悲しみにくれる炭治郎たちは、“ド派手な”宇髄のペースに巻き込まれ、いつものにぎやかさを取り戻していく。情熱的だった煉獄と冷静で飄々(ひょうひょう)とした宇髄。タイプは違えども、炭治郎たち後輩剣士への思いは「柱」として同じであった。煉獄から宇髄、そして炭治郎たちへ継承された“遺志”とは――。<本連載が一冊にまとめられた「鬼滅夜話」が発売されました> *  *  * ■煉獄杏寿郎の喪失がもたらした悲しみの“闇”  炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)の命が、「上弦の参」の鬼・猗窩座との死闘によって失われてしまった。鬼によってもたらされた暗い“闇”が、煉獄家と鬼殺隊にも押し寄せる。  それでも、炭治郎、伊之助、善逸は訓練に励んだ。煉獄が言い遺した「君たちを信じる」という言葉を裏切らないためにも、心を奮い立たせ、なんとか立ち直ろうとしていた。しかし、彼らが無理をしているのは明白だった。そんな炭治郎たちの前に現れたのが、煉獄とはまったくタイプの違う「音柱」だった。 ■夜の“闇”を斬り裂く「ド派手」な宇髄天元 『鬼滅の刃』遊郭編の公式HPのトップ画像には、「鬼棲む夜を、斬り裂き進め」というコピーが添えられている。これは鬼滅が『週刊少年ジャンプ』(集英社)に連載されていた当時(2017年51号)のカラー扉のアオリ文だった。  この言葉の通り、夜の“闇”を斬り裂いて、周りをパッと明るくするような、派手な「柱」が登場する。音柱・宇髄天元(うずい・てんげん)だ。198センチ・95キロというたくましい身体、大きな2本の日輪刀、金の腕輪、宝石で飾られた額飾り、目元のメーク、ネイル。そして人が振り返るほど美しい宇髄の顔立ちは、初登場時から際立っていた。 ■宇髄天元の不思議な再登場シーン  柱合会議では「派手派手だ」という決めゼリフとともに、炭治郎と禰豆子の処刑に賛同し、宇髄は強烈なインパクトを残していた。そして、「遊郭編」での宇髄の登場シーンでは、遊郭捜査のために、女性隊士を無理やり連れ出そうとしている場面が描かれる。  胡蝶(こちょう)しのぶの邸宅・蝶屋敷にいる女性隊士・アオイと、隊士ですらない少女“なほちゃん”を遊郭に潜入させようとしたため、宇髄は蝶屋敷の女性たちに泣かれ、非難されている。  だが宇髄は、蝶屋敷の女の子たちの涙の懇願を無視し、その場に駆けつけて難詰する炭治郎たちを威圧した。宇髄の気迫は相当のものだったが、それでも、炭治郎・伊之助・善逸は蝶屋敷の女の子たちのために引かなかった。 <アオイさんの代わりに俺たちが行く>(竈門炭治郎/8巻・第70話「人攫い」) <今帰った所だが 俺は力が有り余ってる 行ってやってもいいぜ!>(嘴平伊之助/8巻・第70話「人攫い」) <アアアアアオイちゃんを放してもらおうか たとえアンタが筋肉の化け物でも俺は一歩もひひひ引かないぜ>(我妻善逸/8巻・第70話「人攫い」)  自分たちが代わりに任務に同行すると宣言したのだ。 ■宇髄天元の思惑  この3人の決意の言葉を聞くと、宇髄は急に炭治郎たちの提案をあっさりと受け入れる。 <……あっそォ じゃあ一緒に来ていただこうかね>(宇髄天元/8巻・第70話「人攫い」)  元・忍としての宇髄の情報収集能力を考えると、炭治郎たちの留守を見計らうこと、女の子たちを静かに連れて行くことなど簡単だったはずだ。それを宇髄は「わざわざ」彼らが任務から帰ってきた時に蝶屋敷にやってきて、目につきやすいように「派手に」騒いでいる。  煉獄の最期の戦いの場にいた“あの3人”に、鬼殺隊の隊士として、真の決意があるのであれば、自分の任務に同行させてもよいという思いがあったのではないだろうか。 ■煉獄杏寿郎の「遺言」に対する思い  煉獄の死後、駄々をこねるのを我慢するようになった善逸、普段以上に無茶な鍛え方をする伊之助。そして炭治郎は、この2人の親友がそばにいることで、なんとか悲しみに耐えていた。 <胸を張って生きろ 己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと 心を燃やせ>(煉獄杏寿郎/8巻・第66話「黎明に散る」)  彼らは煉獄の遺志をついで、強い剣士にならなくてはならない。もう誰も死なせてはならないのだ。宇髄は煉獄の訃報に際し、炭治郎・善逸・伊之助の戦いぶりについても報告を受けていたと思われる。彼らが嘆き、悲しみ、それでも鬼殺隊の一員として強くなろうとしていることも把握していたはずだ。そして、宇髄はあらためて彼らの強い正義の心を確信する。  宇髄の思いが炭治郎たちの思いと重なり合う。誰も死なせてはならない。鬼の脅威から「か弱き人たち」を守らなくてはならない。 <勝つぜ 俺たち鬼殺隊は>(宇髄天元/10巻・第88話「倒し方」) ■音柱・宇髄天元の流儀  物語が進むにつれて、宇髄は炭治郎たちを遊郭に潜伏させながらも、細かな情報収集は自らが率先して行い、後輩剣士たちに無理をさせようとはしない。  だが遊郭に潜んでいた「上弦の鬼」は予想以上に強く、宇髄と炭治郎たち鬼殺隊は苦戦を強いられる。鬼との戦いのなかで、こんな思いが宇髄の胸中を駆け巡った。 「俺は煉獄のようにはできねえ」  そう、自分は煉獄のように後輩たちに優しく語りかけたりはできない。権力者の影として生きてきた「忍」の家系の自分と、代々鬼狩りを輩出してきた家系である「煉獄家」とは、歩んできた人生も違う。  しかし「後輩たちの盾となる」という柱としての矜持は、煉獄と同じくらい強いものがあった。鬼との戦いの終盤では、文字通り「自分の体を犠牲にして」炭治郎たちを守る。  宇髄は敵である鬼から後輩剣士をバカにされた時、大きな声で叫んだ。 <人間様を舐めんじゃねえ!! こいつらは三人共 優秀な俺の“継子”だ>(宇髄天元/10巻・第88話「倒し方」)  懸命に戦う後輩たちへの嘲笑を宇髄は許さない。そんな姿が、“あの時の”煉獄杏寿郎を思い出させる。  負けるわけにはいかない、新しい「ド派手」な戦いが始まった。宇髄天元の戦いの流儀に、これからわれわれはどんどん魅了されることだろう。 ◎植朗子(うえ・あきこ)1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が11月19日に発売されると即重版となり、絶賛発売中。

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    Snow Manがメンバーにあげたいクリスマスプレゼントと、そのお返しは?

     12月1日に通算5枚目のシングル「Secret Touch」をリリースしたSnow Man。カップリング曲「Christmas wishes」にちなんで、メンバーにクリスマスプレゼントにあげたいもの(2020年)と、そのお返し(2021年)を考えてもらった。 *  *  * ■深澤辰哉&岩本照深澤:照には、自分のリアルな銅像。自分の体をずーっと見て、いまこういう感じか、って確かめ……岩本:(隣のテーブルから突然)あんまいらないな、それ!深澤:え? ええええ?  ラウール:びっくりした。いま一瞬、岩本くんがみんなに自分の銅像をプレゼントしたのかと思った!(笑)岩本:それに俺が何を返すか? じゃあ、ふっかの似顔絵を描いて返します。 ■岩本照&佐久間大介岩本:佐久間がほしいもの? ……なんか、フィギュアとかが置けて、照明とかでよりキレイに見せられる、アクリルボックスみたいなものをほしがるんじゃないかな? 佐久間:お返しは80キロのダンベルかな。阿部:それ、もはやバーベルじゃん!佐久間:なかなかないと思うんで。それを片手で上げたいだろうなって。阿部:重いね、いろんな意味で(笑)。 ■阿部亮平&ラウール阿部:ラウールにあげたいのは、サングラスですね。もっといろいろな表情見られるかなって。なんなら南国とかニューヨークに佇んでサングラスしてるラウールを撮っていただきたいな。 ラウール:お返しはカラーサングラスじゃないですか? メンバーカラーの緑とかの。阿部ちゃんは、けっこう真面目なイメージがあるので、ちょっとやんちゃな一面も見てみたいなって。 ■ラウール&目黒蓮ラウール:めめのほしいもの? あーわかりますね。普通に。あれじゃないの。こたつ。目黒:はい、残念! お疲れさまでした!ラウール:え、マジで? なに? ヒント!目黒:時間がほしい。 目黒:ラウールには服あげます。新しいの選んで買って、それを。ラウール:お古でいいよ。おさがりちょうだい! ぜんぜん着られるし。着てくるから。(目黒に苦笑でスルーされ)嫌わないでよ~!  ■目黒蓮&阿部亮平目黒:阿部ちゃんは、スマホの充電器がほしいんじゃないかな。僕が充電器いっこ、借りパクしたんで。いま少ないはずなんで(真顔で)。 阿部:借りパクされた充電器、その後、返してくれたんですよ。お返しには新しいスマホをプレゼントします(笑)。めめは、僕と一緒なんですけど、携帯をどこに置いたか忘れがちだから。 ■佐久間大介&宮舘涼太佐久間:だてさまには、リアルクリスマスツリーだね。深澤:あー、似合いそう。佐久間:家に行ったとき、あっても、違和感なにもない。ちゃんといろいろときれいに飾り付けしてるの。  宮舘:すごい迷惑ですね。送り返します。で、「おいなんだよ返されたよ」と思いきや、そこにね、佐久間の、推しっていうんですか、フィギュアを飾れるようにしとく。オタククリスマスツリー。 ■宮舘涼太&渡辺翔太宮舘:翔太がほしいもの? なんだろうなあ。なんか、業務用の、肌を整える機械みたいなもの。お店にある機械のようなレベルの。でも、いくらするんだろう?(笑) 渡辺:お店で使ってるやつだったら絶対いいに決まってるんで、その上位モデルをそのままお返しします。宮舘:返品されました? あ、グレードが上がってる? うれしいです、はい(真顔)。 ■渡辺翔太&向井康二渡辺:康二にあげたいもの。カメラ。え、高い?(笑) じゃあストラップにします。おしゃれさを大事にしてるっぽいんで、僕なりの観点でのおしゃれなやつ。オレンジ色が入っているものとか。 向井:何をもらったとしても、おれがあげたいのは、いい寝間着。ちょっと薄い、もこもこ生地の。あのひとハーフパンツで寝てるんで、冷やさないように。脚もかいたりするんで、あのひと。 ■向井康二&深澤辰哉向井:ふっかさん、何がほしいんやろ。ドライヤーやと思うんやけど。でももう買ったかなあ。……あ。癒やし。癒やしじゃない? ふっかさんもおれも、いまいま、癒やしがほしい。 深澤:癒やし? 肩マッサージ、たしかに頼んでもないのにいつも勝手にしてくるんですけど。まあ気持ちは伝わったんで、お返しするならレンズじゃないですか。いくらでも好きなやつ買いますよ。 (取材・構成/本誌・大谷百合絵、直木詩帆、秦正理、伏見美雪) >>【関連記事/Snow Man「2022年は今年以上に、お客さんと会う機会を」】はこちら>>【関連記事/Snow Manが明かす“触れてしまった”メンバーの秘密】はこちら※週刊朝日  2021年12月10日号

    週刊朝日

    9時間前

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    創価学会女性会員が語る「私が甘利明元幹事長に票を入れなかった理由」

     先の衆院選では、自民党の甘利明前幹事長(72)が現役の幹事長で初めて、自身の選挙区で落選した。敗因の一つとして、連立を組む公明党の支持が広がらなかったことも挙げられている。甘利氏が公明党から推薦を得られたのは、3次推薦の10月16日。公示日の3日前だった。投開票前の読売新聞(10月29日付)は「甘利は自民支持層の9割弱を固めたが、公明支持層からの支持が6割弱と伸び悩む」と報じていた。公明党の支持母体である創価学会員はどう感じていたのか。選挙区を取材した。 *  *  * 小田急線大和駅から、歩いて約15分。「創価学会大和文化会館」へ行ってみると、クレーン車が建材を吊り上げていた。現場の作業員は「今は、会館の建て替え工事をしています」と教えてくれた。  現地の看板には建物の用途として「礼拝所」とあり、注文者は「創価学会」と記されていた。近くの飲食店のおかみはこう話す。 「創価学会の人たちが、よく店の前を通りますよ。信者の人が4~5人でうちの店で食事してくれることもあります。いつも選挙があると『よろしくお願いします』と頼まれるんですが、今回の選挙では頼まれませんでしたね」  甘利氏の選挙区である神奈川13区は大和市、座間市、海老名市、綾瀬市の4市にまたがる。選挙は甘利氏と立憲民主党の太栄志(ふとり・ひでし)氏の一騎打ちとなったが、太氏が5529票差で勝利した。  得票数を市別にみると、4市の中で、甘利氏が勝ったのは綾瀬市のみで1勝3敗。太氏は大和市で約6800票、座間市で約800票、海老名市で約900票の差をつけた。  太氏の選挙対策委員長兼事務局長を務めた佐竹百里綾瀬市議は選挙結果をこう分析する。 「甘利さんは地主や農家に強いんです。綾瀬市は電車の駅がないので、(商店主より)地主や農家の方が多いから甘利さんが有利です。今回はその綾瀬市で追い上げて差を詰められたのと、大和市で引き離したのが勝利につながったと思います」  実際、太氏が最も票差をつけたのも大和市だった。太氏の陣営関係者は「(甘利氏が勝った)綾瀬市は公明党市議の動きも活発でしたが、大和市の学会員の動きが鈍かったように思う。大和市の創価学会員の動きが勝敗を分けたところもあるのではないか」と話す。  勝敗を分けたという、その大和市(人口約24万人)で、創価学会婦人部に所属する飲食店経営の女性はこう振り返る。 「私たちの選挙は”口コミ”なんです。今回の衆院選は、(どの選挙区も)公明党議員は接戦になると言われていましたから、友人や知人に、けっこう頑張って電話しました」  この女性は「聖教新聞」と「公明新聞」の2紙を取り、選挙のたびに公明党を応援しようと熱心に選挙活動を続けてきた。第3次推薦とはいえ、公明党も甘利氏に推薦を出していたが、女性は甘利氏は応援できないと感じていたという。 「知人には『比例は公明党で』とお願いしましたが、『小選挙区は甘利さんで』とはお願いしませんでした。私が甘利さんには入れたくなかったからです。甘利さんはお金にまつわる不信感があるし、親の代から衆院議員でテングになっているから、私のまわりでも評判が悪い。甘利さんには正義がない。だから友達にも勧められないんです。子供たちにも説明できないでしょう」(同)  5年前のUR(都市再生機構)をめぐる口利き金銭授受疑惑について、甘利氏は改めて説明責任を求められたが、「まったく一点の曇りもありません」と言うばかりで、街頭演説でも具体的な説明は避け続けた。 「街頭演説でも何だか覇気がなくて、ぐずぐず言っているだけで、モヤっとした疑惑は残ったままでした」(同)  創価学会は婦人部を中心に金銭スキャンダルへの拒否感が強い。こうした甘利氏の態度が、創価学会員に嫌われた可能性は十分にある。選挙中、甘利陣営の幹部も記者に「甘利さんはもともと公明党とはそんなにベッタリではない」と説明していた。地区の学会幹部からは、甘利氏支援の指示などはなかったのか。 「そんな指示は下りてこなかったですね。比例では公明党を応援しましょう、小選挙区は自分で自由に選んでくださいというのが基本姿勢なので、自主投票なんです。だから、甘利さんと書いた人も、太さんと書いた人もいる。私は入れる人がいなくて、究極の選択で、白票で出しました」(同)  大和市でも、コロナ禍で閉業に追い込まれた飲食店は多い。それに対する甘利氏の対応にも不信感を抱いているようだ。 「みんな飲食店は大変だったのに、甘利さんは一度も回って来なかった。うちの近くでも体力のない店はつぶれていった。これ以上厳しくなったら困るんです」(同)  この女性は、公明党議員を応援するために地方に行くこともあるという。 「地方へ行くのは、たとえば自分の故郷で、同級生や知り合いに公明党を勧めるためです。公明党は子育て支援に熱心でとてもいい政策を出している。ただ公明党からお金が出るわけではなく、みんな手弁当で応援しているんです。お友達に頼む以上、自分がヘンだと思う人は推せないですよね」(同)  甘利氏は比例で復活当選したが、幹事長は辞任に追い込まれた。後任には茂木敏充前外相(66)の就任が決まった。 「小選挙区で審判がくだって落ちたのに、比例でゾンビみたいに復活するなんて、今の選挙制度もおかしいと思います」(同)  大和市で、居酒屋を営む40代の女性もこう語る。 「祖父母の代から創価学会ですが……私は今回は、白票で出しました。甘利さんが何を言っているのか、よく知らないので」  甘利氏は10月31日に出演した選挙特番で「全国から落選運動を強烈にやられ、誤解が広がった」と語った。こうした居丈高な姿勢が、創価学会員にも見透かされたのだろう。(AERA dot.編集部・上田耕司)

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    結婚5年半「一度も肉体関係がない」と告白した36歳女性 鴻上尚史がいくつもの質問で浮かび上がらせた“悩みの本質”

     結婚して5年半、「私は怖がり、痛がりで、一度も性交がない」と告白した36歳女性。「私のような者は存在するのか」と苦しむ相談者に、鴻上尚史がまず訊ねた「大切な質問」とは。 【相談124】結婚して5年半になります。交際以来、一度も肉体関係がありません(36歳 女性 こに)  鴻上さん、はじめまして。悩みに悩み、ご相談させて頂きます。私は、結婚して5年半になる女性です。25歳の頃、夫とお付き合いをはじめて、5年3カ月ほどで結婚に至りました。共働きですが、休日が重なることが多く、物理的にも常にすれ違いということはありません。また、夫婦仲は良く、お互いに仕事のグチをこぼしあったり、家事を協力して行ったりと、どこにでもいる夫婦だろうと思います。  ただひとつのことを除いては……。実は、交際が始まってからこれまでずっと、一度も肉体関係がないのです。もっといえば、生まれてから一度も、夫に限らず、私はそういった体験がありません。私は、とにかく怖がり、痛がりで、一番の原因はそこだろうと思うのです。あとは、分からないというのも正直なところです。どうして自分はこんななのだろう、情けない、辛い、悲しい、申し訳ない、悔しい、どこかおかしいのではないか……そういった思いが常にあり、毎日苦しいです。  子どもが欲しいという気持ちも強く、年齢のこともあるので焦りもかなりあり、夫と共に、少しずつそういったことにつながるようなスキンシップをとるようにしていますが、なぜ他の人が当たり前にできることが自分だけできないのかと辛いです。これまでに性的なことでトラウマになるような体験はありません(レイプや痴漢など)。  このことは、夫と信頼できる元同僚一人しか知らず、親や親戚は、そんなことは夢にも思っていないと思います。子どもができにくいのかなと思っていると思います。職場の上司にも子どもが欲しい旨は伝えており、気にせず休んだらいいんだからとあたたかい言葉を頂いています。まわりを騙しているようで心苦しいです。よく若いカップル(女性側)の話で、結婚までは性行為をしたくない、恐怖があるという話を聞きます。子どもが欲しくても、身体のことでできないという方がいらっしゃるのは、もちろん知っています。  しかし、結婚し、仲が悪いわけでもなく、トラウマがあるわけでもなく、物理的に時間がないわけでもなく……行為が何年も、1回も、できないという私は、異常だと思います。どうにかできるようになりたい、子どもも欲しい、その気持ちは確かであり非常に強いものなのです。世の中に、私のような者は存在するのでしょうか。できずに一生を終えることもありうるのでしょうか……。夫は、自分がうまくリードできてない、毎晩スキンシップを重ねていくなかで前進していると自分は思っている、大好きだということは言ってくれています。 【鴻上さんの答え】 こにさん。大変な相談ですが、じつは、この文章だけではまだよく分かりません。「私は、とにかく怖がり、痛がりで」と書かれていますが、具体的にどういう風にできないのかが分かりません。「分からないというのも正直なところです」と書かれていますが、自分の精神状態が分からないのか、身体的な理由が分からないのか、何がどう分からないのかが重要だと思います。  先に言えば、肉体関係を持たなくても子供を作ることは可能です。ネットで調べれば、すぐにいろんな方法が出てきます。ですから、子供を作るために肉体関係を持たなければ、と焦ることはないと思います。  それよりは、「どうしてできないのか?」をゆっくりと探っていくことが大切だと思います。  こにさん。僕はカウンセリングを受けることをお勧めします。恥ずかしいと思われるかもしれませんが、僕に相談しても、結局、一人で悶々としていては、解決の方法は見つからないと思います。  どのレベルで肉体関係が持てないのか、そもそも肉体関係に興味がないのか、肉体関係を持とうとするとどういう精神状態になるのか。身体的にはどんな拒否反応を見せるのか。 「LGBTQ+」の分類に、「アセクシュアル」があります。「恋愛感情の有無に関わらず、他者への性的欲求を経験しない人」です。恋愛感情も性的欲求も感じない人もいれば、恋愛感情はあるけれど、性的欲求をまったく感じない人もいます。統計的には、一定数、アセクシュアルの人はいて、別に珍しいことではないのです。  こにさんは、性的欲求はありますか? それとも、「肉体関係は必要だ」と頭で思っているけれど、具体的な欲求はあまり感じませんか? 「夫婦は肉体関係があるもの。ないことはとてもおかしい」と頭から決めつけて、自分の欲求とか感覚を無視していますか? それとも、はっきりとした性的欲求はありますか? 大切な質問ですが、マスターベーションはしますか? したことはありませんか?  ね、尋ねたいことは山ほどあるのです。ですから、この相談の文章だけだと何も分からないのです。  こにさんのような状態は、珍しくないと思います。みんな、性的なことは恥ずかしいから黙っているだけです。ぜひ、メンタルクリニックか心療内科、精神科のカウンセリングを受けることをお勧めします。  僕に相談のメールを送れたんです。カウンセリングを受けるのは、あとちょっとした勇気です。  ぜひ、一人で悩まず、相談して下さい。きっと、何かが見えてくると思いますよ。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    愛子さまが借りるティアラ、清子さんからの理由は「格」の違い 秋篠宮家へは逆風やまず

     天皇・皇后両陛下の長女、愛子さまが12月1日に20歳の成年を迎える。  とくに話題を集めたのは、愛子さまがティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて祝賀行事にのぞむ、異例の成年式となることだ。宮内庁は、「コロナ禍で国民生活に影響がでていることに配慮した愛子さまが、両陛下と相談した決めた」と説明している。 「どうも、何をとってもタイミングが悪く秋篠宮家への逆風になってしまう」  そうため息をつくのは、皇室に長く仕えた人物だ。秋篠宮家の長女、眞子さんが小室圭さんと結婚したのちに渡米したばかり。  渡米前に国内で滞在したのは、渋谷区の東京メトロ外苑前駅近くにある長中期滞在者向けの高級サービスアパートメントだった。結婚によって皇籍から離れたばかりの元内親王に、所轄する警察の警備がつくのは当然のことだ。とはいえ、外出の度に報じられた結果、特別な警備体制に注目が集まった。  そしてNYでの新居の豪華さも報じられている。英タブロイド紙のデイリー・メールなどの海外紙によれば、小室夫妻の住まいは、セントラルパークやタイムズスクエアに近いヘルズ・キッチン地区にあるタワーマンションだ。2017年に建てられたばかりで、24時間対応のロビーやフィットネスルームにヨガスタジオ。スパやゴルフシュミレーションセクションなどを備えた豪華な仕様だという。  小室さんのLawClerk(法務助手)の年収は600万円程度と見られている。一方で、海外紙によれば、ワン・ベッドルームとはいえ家賃は、月額約4800ドル(55万円)と安くはない。  宮内庁関係者の間でも、眞子さんの結婚と米国移住が無事にすんではればれしたという空気と同時に、小室夫妻の先行きを案じる声もわずかに漏れてくるようだ。  そんなタイミングで宮内庁が公表したのが、愛子さまが「借りたティアラ」で祝賀行事に臨むというニュースだった。  女性皇族にとって、成人を迎えた誕生日は宮殿行事デビューの日でもある。まず皇室の祖神・天照大神などが祭られる宮中三殿に参拝し、宮殿で天皇陛下から宝冠大綬章が授与される。 ローブデコルテの正装に新調したティアラとネックレス・ブレスレット・イヤリング・勲章どめの宝飾品5点を身に着け、両陛下にあいさつするのが恒例だ。  内親王だった眞子さんの場合、ティアラと宝飾品は「和光」で2856万円、佳子さまは「ミキモト」で2793万円をかけて制作された。大正天皇のひ孫にあたる三笠宮家や高円宮家の女王方の場合は、1500万円前後だ。  ティアラなどの宝飾品は、ぜいたくをするために制作するわけではない。成年皇族は公務を担うようになり、宮殿行事や外国からの国賓や賓客を接遇する晩さん会など国際親善の場では、勲章とともに正装を持って迎えるのが礼儀だからだ。  皇后や皇太子妃は代々受け継がれるティアラなどを所有している。そのなかには、平成の時代に皇后が故・秩父宮勢津子さまから譲り受けたティアラなどもある。つまり、他の宮妃や最近では眞子さまのティアラも宮内庁に預けられている。  女性皇族の所有していたティアラもあるなかで、なぜ愛子さまは清子さんより「借りる」形になったのか。  眞子さんをはじめ、最近の女性皇族が成年を迎えた際に新調したティアラは、いずれも宮内庁が管理する公金で制作されている。そのため、公金で作られた眞子さんのティアラは、離脱とともに宮内庁に預けられた。  一方で、黒田清子さんが成年を迎えた時に、新調されたティアラと宝飾品は、天皇家の私的なお金であるお手元金で制作された。  元宮内庁関係者は、ティアラを公金で支払うようになったのは、三笠宮家の彬子さまのときからではないか、と話す。 「明治以降の近代皇室においては、天皇家も宮家も相応の財産を持っていたこともあり、宝冠など装身具は私的な費用で賄っていました。黒田清子さんのティアラもその流れだったと記憶しています。日常費で制作したものは、扱いがあいまいなところもある。昔の皇族のように、『娘に持たせてあげたい』、と結婚先で大切に保管されているものもあると聞きます」  お手元金で制作した黒田清子さんのティアラは、ご本人のものだ。そのため、「借用」という形になった。  さらには、前述したように、内親王と女王というご身位の違いによって、ティアラの金額も異なる。 「眞子さんの結婚のタイミングは、ギリギリまで読めませんでした。加えて、同じ内親王でも、天皇家の娘である愛子さまと、皇嗣家の眞子さんと佳子さまでは立場も異なる。同じ皇女である清子さんのティアラが格という点でも、相応しかったのでしょう」(皇室の事情に詳しい人物)  異例続きとなったのは、ティアラだけではない。  女性皇族、特に内親王は、二十歳の成年を迎えた際と結婚して皇籍を離れる際に会見を開き、記者の質疑に答えるのが恒例だった。  いまのところ、愛子さまの記者会見は、日程が決まっていない。成年の会見は、その成長を国民が感じる大切な機会でもある。  眞子さんが皇室を離れたいま、愛子さまへの期待は、高まっている。 (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    崖っぷちの石原伸晃が野党を“無理筋”口撃 石原ブランドは失墜?

     今回の衆院選、自民党“大物”の落選危機で注目されるのが東京8区。自民の石原伸晃元幹事長に、立憲の新人・吉田晴美氏が挑む。  第一声から波乱含みだった。石原氏がマイクを握った途端、通りかかった女性が「何にも役に立ってないじゃないか!」と罵声を浴びせた。  ヤジをやり過ごした石原氏は「私は10回、杉並区で選挙をさせていただきましたが、文句をつけられたのは今日が初めて」と語り、こう続けた。 「これはなぜか。共産党と立民党(立憲民主)が野合して連合している。先ほどの女性のように、自分の主張と相いれない者は排除する、邪魔をする、そういうことが当たり前だと思っている人たちが一緒になって政権だけを取ろうと思ってやってきたわけです」  いくら何でも“無理筋”な口撃は、焦りの裏返しか。石原陣営からは「非常に厳しい戦い」との言葉が連発された。  野党候補が乱立した2017年衆院選では、石原氏が約9万9千票を獲得したのに対し、吉田氏は約7万6千票。希望の党候補の約4万1千票、共産候補の約2万2千票を足すと、結果は逆転する。石原陣営の選対幹部は危機感を語る。 「やはり統一候補で、単純合計すれば多いのは事実。それは私たちにどうにかできることではないので、より多い票を目指すことに尽きます」  一方の吉田氏は、「八百屋の娘」と庶民派をアピールし、こう訴えた。 「アベノミクスから8年。株価が倍になり、豊かな人々が潤ったが、私は下からのボトムアップの景気回復を目指したい」  公示前、れいわ新選組の山本太郎代表が同区からの出馬を撤回するなどゴタゴタもあったが、22日には山本氏が応援演説に立ち和解ムードに。  吉田氏を直撃すると、 「メディア対応も全然慣れてなくて、すみません。最近の選挙は中盤、後半でガラッと変わることがある。危機感を持ってやっています」と、表情を引き締めた。  吉田氏の応援に駆けつけた世田谷区長の保坂展人氏に話を聞いた。保坂氏は09年衆院選で11万7千票を集めながら、石原氏に及ばなかった。 「この10年あまり、石原氏の得票数が落ちてきています。私が戦った当時は父・慎太郎氏が都知事で、高円寺の阿波おどりにやってきて『息子をよろしく』とやったものです。今やその石原ブランドもかつての勢いはありません」  一方の山本氏は、比例東京ブロックで出馬。「れいわニューディール」と銘打ち、消費税廃止や最低賃金1500円などを訴える。街頭演説では、若年層が目立つ聴衆に、 「山本太郎をみなさんのミサイルとして国会に撃ち込んで頂きたい」  と訴え、好反応を得ていた。演説後、同じく「分配」を主張している岸田首相について問うと、 「成長してからの分配と言っているので、いまの日本社会が全く見えていない。無理だと思います」  とぴしゃり。その発信力で、国政復帰を果たせるか。(本誌・秦正理、亀井洋志、大谷百合絵)※週刊朝日  2021年11月5日号

    週刊朝日

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    「名古屋の風俗王」逮捕でわかったコロナ特需の風俗店と暴力団の持ちつ持たれつの関係

     コロナ禍で特需となっている風俗店が暴力団の資金源になっているという。愛知県警は12月5日、風俗店で働く女性を勧誘した職業安定法違反(有害業務の募集)の容疑で、風俗店グループ「ブルーグループ」の実質的経営者である佐藤義徳容疑者(64)ら3人を逮捕した。    佐藤容疑者は愛媛県松山市で実質的に経営している風俗店で、店のスタッフと共謀し、2020年11月、12月にスカウトから紹介を受けた18歳と19歳の女性2人に対し、店で働くよう勧誘したという。佐藤容疑者は、愛知県や四国などで広く風俗店などを経営。 「名古屋の風俗王」として知られ、店名に「ブルー」という名前がつくことが多いことで「ブルーグループ」と呼ばれていた。六代目山口組の司忍組長の出身母体「弘道会」との関係は有名で愛知県警作成の<弘道会壊滅戦略>というチャート図には<佐藤義徳グループ>と紹介され、六代目山口組幹部と<韓国旅行に行く><弘道会の資金源と思われる>と記されている。  佐藤容疑者は六代目山口組の最高幹部の詐欺容疑の共犯として2011年に逮捕された。また2014年、佐藤容疑者は愛知県警の警察官をそそのかし情報を漏洩させた地方公務員法違反などで実刑判決を受けている。  その時の名古屋地裁の公判で佐藤容疑者は、名古屋市内に建築を予定していた家について「六代目山口組(司組長の)家じゃないか」と疑われていたことを認めていた。  また愛知県警の警察官の自宅などを探り、「ビビらせろ」などと部下に指示していたことも、立証されている。 「弘道会の有力な資金源である佐藤容疑者の逮捕は、暴力団壊滅の大きなポイントになる。佐藤容疑者の前に松山市の風俗店のスタッフが先に逮捕されていた。そこからの内偵捜査で佐藤容疑者の関与がわかった。今、風俗店はコロナの影響もあって儲かるそうだ。暴力団も警察の監視強化で、苦しい中、風俗店は有力な資金源になっているとされる。事実、佐藤容疑者の松山市の関係先をガサしたところ、億単位の現金が発見された。それも1億、2億円じゃない金額だ。これから、佐藤容疑者とつながりが深い弘道会に捜査を拡大していけるかだ」(捜査関係者)    佐藤容疑者と同じく、東海地方で風俗店を経営しているグループのオーナーはこう話す。 「コロナ禍で当初は、まったくお客さんがいませんでした。しかし、次第にコロナが当たり前のようになって、お客さんが増え始めた。その理由は接客にあたる女性にありますね。コロナ禍で仕事を失った若い女性が風俗業界に転職してくるのです。コロナ前なら、キャバクラ、ラウンジなど水商売もあったが、すっかりダメになってしまった。働ける選択肢が大幅に減ってしまったため、容姿端麗な若い女性が増えているので風俗店のレベルが高くなっている。だから、リピーターも増えているので好況なのです。名古屋のような大都市や地方でも同じような傾向があります。これまで名古屋なら車で2、3時間のところに住む女性を出迎えに行き、寮に住まわせて働いてもらうということもあった。それぐらいしないと、女性が集まらなかった。それが今は募集したらすぐ集まります」  だが、その一方で兵庫県尼崎市にある遊郭「かんなみ新地」は兵庫県警の規制強化からか11月末に一斉に閉店して70年余りの歴史に幕を閉じた。山口組傘下の元組長だった作家の竹垣悟さんはこう語る。 「愛知県警が佐藤容疑者を立件する、兵庫県警がかんなみ新地を閉鎖に追い込んだのには理由がある。それだけ風俗店が暴力団と密接であり、大きな資金源という裏返しですね。昔から風俗店はさまざまなトラブルがあり、早く解決するなら少々のカネがかかろうが警察より暴力団を使うという業界でした。佐藤容疑者が捕まっても、かんなみ新地がなくなっても、また新しい勢力が出てくるのが風俗業界です。そのバックにいるのが、暴力団ですわ。暴力団から見ても、風俗業界は安定した稼ぎになる業界ですから。持ちつ持たれつというところでしょう」 (AERAdot.編集部 今西憲之)

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    大食いで月収700万 フードファイターMAX鈴木の「クズ生活」からの大逆転劇

     1時間でラーメンを35杯食べる人間がこの世にいるのをご存じだろうか。フードファイターのMAX鈴木(41)だ。テレビ東京が定期的に放送する人気シリーズ「大食い王決定戦」で2015年にデビューすると、それまで絶対王者だったジャイアント白田の記録を塗り替え、新人にして初優勝、一気に注目を浴びた。その後、17、20年大会でも優勝し、2015年に開設したYouTubeチャンネルの登録者数は60万人を超える(2021年12月時点)。数年で日本最強のフードファイターの座にまで上り詰めた鈴木だったが、ギャンブルに明け暮れ借金は数百万、女性関係も派手で家もない、そんな状態が数年続いたドン底の時代があったという。なぜ、鈴木はフードファイターとして成功できたのか。本人がAERA dot.のインタビューに応じた。 *  *  * ――大食いに目覚めたきっかけを教えてください。  僕が大食いに目覚めたのは2014年です。きっかけは大食いアイドル・もえあずちゃん(もえのあずき)。当時、僕は彼女の大ファンだったので、定期的にブログを覗いていたんです。すると、彼女がいろんなお店の大食いメニューにチャレンジしていたので、興味が湧いたんです。あるお店では、チャレンジの成功失敗に関わらず、顔写真を店内に貼ってくれるということだったので、「もしチャレンジしたら、もえあずちゃんの写真の横に自分の写真が貼られるかもしれない」という期待もありました。ちなみに、初めて僕がチャレンジしたのは「油そば特盛4杯2.8キロ」。チャレンジしてみると、意外と簡単にペロリと食べることができました。これには自分でも驚きました。それまで自分が大食いだなんて一度も思ったことありませんでしたから。大食いって成功すると、周囲の人たちがめちゃくちゃ褒めてくれるんです。「君!すごいね!」って。それまでの僕は、借金まみれで、夢も希望もない生活を送っていたので、人に褒められるのが嬉しくてたまらなかったんです。それから、いろんな大食いメニューを探して、チャレンジするような生活になりました。 ――大食いにハマるまではどのような生活を送っていたのでしょうか?  一言でいうと、クズみたいな生活でした。パチンコやスロットなどのギャンブルをやりまくっていて、消費者金融からの借金は数百万。ちなみに鈴木家はギャンブル家系で、父親は競輪、競馬、オートレスなどが大好きでしたので、その影響も大きかったんでしょうね。20代の頃はとくにひどかった。仕事はというと、トラックの運転手やガラスの施工、ピザ屋の配達などで稼いたお金はすべてギャンブルに使っていました。だから借金は膨らむ一方。最終的には家賃すらも払えなくなったので、女の子の家を転々とするようになりました。今の嫁さんと出会った時の月給も5万円でした。何度も言いますが、ほんとうにクズでしたね。大食い王決定戦に出場したのは、「そんな生活を何とか変えたい」そんな一心でした。 ――「大食い王決定戦」では3度優勝。どんなトレーニングをしているのですか?  基本的には3カ月前からトレーニングを開始します。例えば、20分でカレーを8キロ食べるとか、一日で体重を10キロ増やすとか、30分ひたすら激熱のラーメンを食べるとか、そんなトレーニングを週に3日のペースで続けていきます。胃って気を抜くとすぐに小さくなってしまうので、大食いをする間隔をあけちゃ駄目なんです。おそらく3日あけただけでも全然食べられなくなってしまう。それにトレーニングでは3、4キロを食べるだけでは不十分。8、9キロ以上は食べる必要があります。「胃が小さくなる」ってことに関しては、つねに強迫観念みたいなものがあります。正直かなりきついんですけど、これを続ければ優勝できるんです。 ――それだけ食べると、かなり身体に負担があるように思います。  大食いは下手すると死んでしまう可能性があります。過去にも、大食い番組を真似した中学生が死亡するといった事件もありました。僕は「大食い選手」と「フードファイター」の2種類に分けられると考えています。「大食い選手」は分かりやすくいうと「エンタメ」です。できるだけキレイに食べて、YouTubeでも汚い部分は編集で見せない。でも「フードファイター」は「スポーツ」です。キレイに食べることなどは考えずに、目の前に出てきた料理をとにかく早く食べる、編集もできるだけノーカットで見せる、そういう違いです。 ――最近はテレビの露出やYouTubeチャンネルの登録者数も増えました。  人生がガラッと変わりました。まったくの別物です。優勝の影響もありますが、やはりYouTubeが軌道にのったのは大きかったです。僕が本格的にYouTubeを始めたのは18年頃なんですが、ちょうどそのタイミングで「大食い」と「YouTube」のブームが重なったんです。ほんとうに運が良かったと思います。これまでの僕は頑張ってもせいぜい月給35万円くらいでしたが、今では、好きな家にも住めて、好きな時計や車も買えて、何不自由のない生活を送れています。YouTubeだけの収益で、これまでの最高額は月収700万円くらいです。もちろん、その月の動画再生数回数や広告の単価によっても変動はかなり大きいので、月収200万円のときもありますが、借金まみれだった頃を考えると比較になりません。 ――動画再生数を一定に保つための工夫などはありますか?  ブームにしっかりのることです。大食いはニッチな世界だし、やれることってほぼ決まっているんです。だから、大食いファンの中で検索されている人気ワードっていうのをしっかり見極めて、それを動画にすればある程度安定した数字は残せる。一時期でいえば「ラーメンショップ」などがそうでした。だから、仲が良いYouTuberをみたりするのは参考になるし、登録者数は少ないけど面白いYouTuberを見つけたら、どんどん真似するようにはしています。 ――ご家族はフードファイターという仕事はどう捉えていますか?  大食いをしていると、生きるか、死ぬかの境界線みたいなものを、つねに感じているので、やはり嫁さんは心配しています。基本的に、嫁さんは僕のYouTubeを見ません。僕が苦しそうにしているのがつらいみたいです。そりゃそうですよね、僕も逆の立場だったらきっと見ていられないと思います。これだけ食べているわけなので、もしかしたら明日喉に何かをつまらせて死んでしまう可能性もある。だから身体にどこか不調はないのか、半年に一度は必ず人間ドックに通っています。それが、大食いを続けさせてもらうための嫁さんからの条件の一つなんです。ただ、鈴木家では「50歳で大食いは引退する」という新たな条件が先日追加されました。僕は嫁さんには逆らえないので従います(笑)。 ――なぜ、そこまでして大食いを続けるのでしょうか?  僕にとって大食いはお金を稼げる唯一の方法だし、唯一誇れるものなんです。時折、YouTubeの数字などを気にしすぎてメンタルがやられそうになりますが、お礼を言ってくれる方もいるんです。白米をあまり食べなかった子どもが僕の動画を見て食べられるようなったとか、僕の動画をきっかけになかなか心を開いてくれなかった患者と打ち解けることができたって言ってくれたがんの研修医の方もいます。数年前まで、クズみたい生活を送っていた僕が、こんなに人の役に立てるんだって。そういうコメントを見た時は、一人でボロボロと泣いています。こういう人たちの言葉は、間違いなく僕を支えてくれていますね。 ――最後に、今後の目標を教えてください。  大食いって、まだまだ日本には文化としては根付いてないと思うんです。大食いに成功しても「すごい」と言われることはあっても、リスペクトされることはない。やはりまだまだ色物としてみられているので、何とかその現状を変えるっていうのが目標です。あと、世界で最も知名度のある早食いの大会「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」で優勝すること。これも僕の夢なので絶対達成したい。50歳まで、あと9年。引退するまで、まだまだ強くなりたい! (聞き手・構成/AERA dot.編集部・岡本直也)

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    横浜FC・三浦知良が出場機会求めて移籍模索も「JFLでもレギュラー厳しい」の指摘

     J2に降格することが決まった横浜FCの元日本代表FW三浦知良(54)が来季も現役続行の意向を示し、出場機会を求めて移籍も視野に入れていることが報じられている。  今季リーグ戦の出場はJ1最年長出場記録を54歳12日に更新した3月10日の浦和戦の1分間のみ。カップ戦も3試合出場のみだった。2006年から横浜FCに所属して今季がプロ36年目。ゴールはJ2時代の17年3月の群馬戦以来4年間遠ざかっている。 「サッカーに対するストイックな姿勢は頭が下がります。若手の良きお手本ですし、カズさんを慕う選手は多くいる。ただプレーヤーとして考えた時、ここ数年は戦力になっていないのが現実です。54歳という年齢を考えれば現役を続けているだけでも凄いですが、スピード、体力的、瞬発力は正直戦えるレベルではない。ある程度走れなければ技術は生かされない。出場機会を求めて横浜FCを退団し、カテゴリーをJ3、JFLに下げてもレギュラーで出場することは厳しいと思います。JFLは恵まれた練習環境ではないチームが多いですが、試合を見てもらえばわかる通り、選手たちはよく走るしハードなコンタクトプレーも多い。もちろん、カズが来ればスポンサー獲得や観客動員が見込めるのでラブコールを送るチームが多いでしょう。ただ、選手としての評価より、広告塔の意味合いが強いのが現実です」(スポーツ紙記者)  サッカーへの情熱は消えない。それは否定されるべきではないだろう。だからこそ引き際が非常に難しい。  サッカー解説者のセルジオ越後氏は、自身のYouTubeチャンネルで、「【辛口激励!】カズよ、裸の王様になるな!」というタイトルの動画を3日に配信。サッカーが日本国内でマイナーだった時代からカズが先駆者として築き上げた偉大な実績を紹介し、「Jリーグ発足時のヴェルディ川崎でも活躍して引っ張った。ブラジルはもちろん、国内でもカズダンスとか話題を作った」、「みんなよりも目立つというプロフェッショナリズムは、プレーだけではない。MVPに選ばれた時、真っ赤なスーツで来たよね。スーパースターの感覚を持っている。意識も高いしね。東北の震災のチャリティーゲームで得点して。何世代もカズという名前を覚えている」と称賛した。  ただ、現在のカズに関しては厳しい言葉を投げかける。 「プレーヤーとしてはもう無理ですよね。だって1シーズンで1点も取らないFWって、あるいは試合出る本数が少ない。これは責任問題じゃないですかね、雇っているほうの。世界のプロはもっと厳しい。貢献しないなら、1年ごとに契約して清算されるのが世界共通ですね。特別扱いというのは、若い選手らに『俺はもっと頑張ったのに戦力外になった。カズさんはずっと続いたな』って。そうならないように気をつけないといけない。彼に責任はない」  カズが広告塔としてメディアに出ることで、横浜FCの財源になりチームの戦力アップにつながっていることを指摘した上で、「プロの世界で彼が今まで苦労して、挫折とか、W杯行けなかったとか、契約ゼロとかそこから這い上がってきた男がこれでいいのかと、僕はちょっと個人的に思う。引退してチームのオーナーになるとか、もっと彼に相応しいポストがあってもいいんじゃないかなと思う」と疑問を投げかけた。  カズのファンからも現役続行に関して賛否両論の声が上がる。前人未到の年齢でプレーし続けるレジェンドは文字通り、ボロボロになるまでプレーするのか。(西川秀之)

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    女子フィギュアの“ロシア一強”に終止符を! 台頭する日本の新星スケーターたち

     現在フィギュアスケートの女子シングルでは、圧倒的な強さをみせるロシア勢が世界を牽引している。だが高難度ジャンプに挑む日本の少女たちには、近い将来ロシア勢に対抗し得る存在となる可能性がある。  10月30日に13歳の誕生日を迎える島田麻央は、今季のフリーで、チェスの天才少女を描くドラマ「The Queen’s Gambit」の曲を使っている。スピード感あふれるダイナミックな旋律は、並外れたジャンプの才能を持つ島田にぴったりだ。  10月10日、近畿選手権・ノービスA(6月30日時点で11~12歳のクラス)女子に出場した島田は4回転トウループに挑み、1.90の加点がつく出来栄えで決めている。今年3月の京都府選手権に続き、2回目となる成功だった。過去に4回転を成功させた日本女子は安藤美姫と紀平梨花の二人だが、安藤と紀平は4回転サルコウを跳んでおり、4回転トウループを跳んだ日本女子は島田が初めてということになる。また10月23日に行われた全日本ノービス選手権でも4回転トウループを着氷させており、もう習得済みだと言っていいだろう。  島田は昨季、全日本ノービス選手権でトリプルアクセルにも挑んでおり(回転不足で転倒)、歴代最高得点を出して優勝している。さらに全日本ジュニア選手権でも3位に入り表彰台に乗ったが、これはノービスの女子としては2000年に安藤美姫が3位に入って以来20年ぶりとなる快挙だった。  ジャンプを降りた後も姿勢を美しく保ち、すべての要素を丁寧に行う島田の演技には、真面目な性格がにじみ出ている。島田は2022年北京五輪には既定の年齢に満たず出場できないが、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪での活躍が期待される。  島田が素質を開花させたのは、昨年2月に東京から京都に転居してからだ。東京に父を残し、母と妹と一緒に京都に引っ越してきたのは、木下アカデミーで練習するためだった。 「スケートをもっともっと頑張るために(京都に)来たので、『毎日練習を一生懸命やらないと』と思っています」(島田)  宮原知子や紀平を指導した濱田美栄コーチに師事し、優秀な仲間と恵まれた環境で自分を磨く日々が、島田の快進撃につながっている。  昨季の全日本ジュニアで2位に入ったのも、木下アカデミー所属のスケーターだった。現在16歳の吉田陽菜はトリプルアクセルを武器にしており、シニアを含めても日本屈指といえる安定感を誇る。昨季の全日本ジュニアでもトリプルアクセルを決めており、「先生に『思っていたようなアクセルが跳べていた』と言われたので、その時はすごく嬉しかった」と喜びを語っている。しかし、続けて「その後に『トリプルアクセルを2本入れられるように練習しなきゃ』と言われた」とも口にしており、濱田コーチが常に上を目指すよう導いていることがうかがわれた。  そしてその言葉通り、今年10月の近畿選手権・ジュニアに出場した吉田は、2本のトリプルアクセルを成功させている。しかも1本目は後ろに3回転トウループをつけて決めており、これは世界的にも跳ぶ選手が少ないコンビネーションジャンプだ。また快活な印象を与えるきびきびした滑りも、吉田の魅力になっている。  昨季の全日本ジュニアで、吉田は「ノービスの選手は安定感もあるしすごく上手なので、負けたくはないですが、応援もしている。年齢は違うかもしれないですけれども、お互いいい刺激になって、頑張っていけたら」と語っている。北京五輪シーズンである今季、あえてジュニアに残る選択をした吉田は、次の大舞台を見据えているのではないだろうか。  切磋琢磨して成長し続ける少女たちが、2026年のイタリアで、日本代表としてロシア勢に真っ向勝負を挑むかもしれない。(文・沢田聡子) ●沢田聡子/1972年、埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。シンクロナイズドスイミング、アイスホッケー、フィギュアスケート、ヨガ等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。「SATOKO’s arena」

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    「2億円」が「400万円」に急降下も…球史に残る“大減俸”の憂き目にあった男たち

     プロ野球選手の年俸は、活躍度に応じて上昇カーブを描いていくが、ケガなどで活躍できなかったシーズンは、大物選手といえどもダウンは免れず、時には野球協約で定められている減額制限(25%。年俸1億円以上の選手は40%)を超える大幅ダウンの憂き目にあうこともある。そんな球史に残る大減俸を紹介する(金額はいずれも推定)。  前年の2億円から98%ダウンの400万円という超ド級の大減俸を味わったのが、中村紀洋だ。  2006年オフ、オリックスとの年俸交渉で左手首の故障が公傷と認められず、60%の減額提示に納得できない中村は、翌07年1月まで6回の交渉を行ったが合意に達せず、ついに自由契約となった。  中村は他球団から声がかかるのを待ちながら、孤独な自主トレを続けたあと、2月12日から中日のテスト生としてキャンプに参加。同25日、合格が決まり、育成選手として年俸400万円から再スタートすることになった。 「やっとユニホームが着られるだけでうれしい。野球小僧として頑張りたい」と意欲を新たにした中村だったが、これだけの大減俸となると、税金対策もハンパではない。同年に納める所得税は、前年の2億円をベースに約40%の8000万円程度となるため、「税金が心配で。蓄えないですよ。何が何でも1軍に上がらないといけない」と必死だった(その後、3月23日に契約金と出来高なしの年俸600万円で支配下選手契約)。  同年、中村が打率.293、20本塁打、79打点と結果を出し、チームの日本一に貢献したのは、“野球小僧効果”に加えて、「何とかして税金を払わなければ」という切羽詰まった事情も大きく後押ししたと言えなくもない。  同様のパターンでは、17年オフにソフトバンク退団後、中日にテスト入団した松坂大輔も、4億円から96%ダウンの年俸1500万円と大減俸を味わっている。  一方、所属球団は変わっていないのに、契約更改で80%を超える大減俸を受けた選手も少なくない。  巨人時代の小笠原道大もその一人だ。  FA移籍6年目の12年、出場わずか34試合、打率.152、4打点といずれも自己ワーストの成績に終わった小笠原は、4億3000万円から84%ダウンの7000万円でサインした。  3億6000万円もの大減俸は、同一球団在籍の選手では、10年オフの松中信彦(ソフトバンク)、11年オフの清水直行(DeNA)の2億円を大幅に上回る史上最大の減額だった。10年オフに2年契約を結んだ小笠原は、前年の成績ダウンにもかかわらず、年俸が変わらなかった分、一気にそのリバウンドが来た形だ。 「2年(主力で)やってませんのでね、大方の予想はしていましたけど、契約してもらえるだけで良かったという気持ちで、サインをして、もう来季に頑張ろうという、心一新にして、真っさら状態というか、ゼロからのスタートというか、もう一度スタートを切る感じでやっていきたい」。  そう言って、出直しを誓った小笠原だったが、すでに39歳と年齢的にピークを過ぎていたこともあり、翌13年も22試合出場で終わり、シーズン後、中日に移籍した。  この小笠原を超える大減俸となったのが、15年オフの巨人・杉内俊哉だ。  11年オフにソフトバンクからFA移籍し、巨人と4年20億円の大型契約を結んだ杉内は、契約最終年の15年も前半に6勝を挙げたが、7月後半に右股関節故障で戦線離脱。10月に手術を受け、そのままシーズンを終えた。  さらに翌16年も前半戦の登板が絶望であることから、5億円から4億5000万円(90%)ダウンの5000万円プラス出来高でサインした。  在籍4年間で計39勝と“5億円プレーヤー”に見合う成績を残せず、「球団やチームメイトに迷惑をかけ、ファンの皆様の期待を裏切ってしまった」と申し訳なく思った杉内が自ら基本年俸を抑え、出来高をつける契約を申し出たもの。  ただし、設定された出来高をすべてクリアすれば、減額分もある程度カバーできる契約内容だった。  杉内自身も「来年以降も巨人軍の背番号18に恥じないピッチングをお見せしていけるよう頑張っていきたい」と復活を期したが、その後も17年に左肩を痛めるなど苦闘の日々が続き、18年まで3年間、1軍登板がないまま、「これ以上は僕のわがままになってしまう」と現役引退。最終年の年俸は2500万円まで下がっていた。  最後に登場するのは、史上最大級の減俸にもめげず、現役生活の最後にもうひと花咲かせた中日・岩瀬仁紀だ。  15年オフ、3億円から2億5000万円(83%)ダウンの5000万円でサインしたが、この時点では、まだ杉内の契約更改が済んでいなかったので、前出の小笠原に次ぐ「史上2番目の大減俸」と報じられた。  前人未到の通算402セーブを挙げた史上最強守護神も、同年は左肘故障で1軍登板ゼロ。「今年1年は何もしていないので、そのぐらいの額になることを覚悟していました」と素直に現実を受け入れた。  そして、「ケガで終わりたくなかった。来年、『あのとき辞めなくて良かった』と思いたい」と現役続行にかけた岩瀬は、翌16年に引退危機を乗り越えると、17年は50試合に登板し、年俸も7500万円にアップ。  さらに43歳になった現役最終年の18年も48試合に登板し、NPB史上最多の通算1002試合登板を達成。通算セーブも「407」まで更新し、見事有終の美を飾った。(文・久保田龍雄) ●プロフィール久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。

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    日本人に多い「腸を汚すうどん」の食べ方、残念4NG

     世界的に著名な自然療法士でオステオパシストのフランク・ラポルト=アダムスキー氏。1992年に発表された「アダムスキー式腸活メソッド」は、Google.itの食事法(ダイエット)部門(2017年)で「最も検索されたキーワードのベスト3」に選出されるほど、本国イタリアのみならず、ドイツ、フランス、スペイン、ポルトガル、ベルギー、トルコなど、世界中で話題になっている。  日テレ系列「世界一受けたい授業」(5月22日放映)でも紹介され、「アダムスキー式腸活メソッド」をすべて解説した『腸がすべて:世界中で話題!アダムスキー式「最高の腸活」メソッド』は、日本でも9万部を超えるベストセラーになっており、大きな反響を呼んでいる。  訳者の森敦子氏が本書の翻訳を通して感じたのは、「食べ物は『何を食べるか』ではなく、『何と組み合わせて食べるか』が大事」ということ。では、アダムスキー氏の提唱する「最高の腸を手に入れるための組み合わせ」はどうやって食卓に取り入れればいいのだろうか? 今回は、本書の翻訳を手掛けた森氏が「日本人に多い『腸を汚すうどん』の食べ方」について解説する。 うどんも「食べ方次第」で腸の負担に?  急に寒くなったので、風邪気味という人もいらっしゃるかもしれません。また、年末のイベントシーズンで胃腸がお疲れ気味という人も多いのではないでしょうか。  体が弱っているときには、あたたかい「うどん」がおいしく感じられますよね。数ある麺のなかでも、うどんは消化が良く、「胃への負担が軽い」といわれているので、胃腸を休めたいときにぴったりです。  あたたかいうどんは体を芯から温めてくれるので、「腸の冷えの予防」にもつながり、本当なら、とても「腸にいい食材」です。  ところが、今話題の「アダムスキー式腸活法」では、「食べる物」だけでなく「食材の組み合わせ」が大事だと考えられています。  胃腸にやさしいはずのうどんも、「一緒に食べる物の組み合わせ」を間違えば、むしろ「腸への負担」になりかねないと考えられているのです。  せっかく「胃腸にいい」「体を休めよう」と思って食べたうどんが、「腸の汚れ」につながってしまうなんて、非常にもったいないし、残念ですよね。  そこで今日は、私たち日本人がやりがちな「『腸を汚す』うどんの食べ方4大NG」を紹介したいと思います。  そもそも「アダムスキー式腸活法」というのは、食品を「下りてくるのが速い食品(ファスト)」と「下りてくるのが遅い食品(スロー)」に分け、この2種類を同時に摂取しないことで「腸のつまりを防ぐ」腸活法です。  このメソッドに従うと、うどんの材料である「小麦粉」は「スローの食材」に分類されます。  また、だし汁に使われる「かつお」「煮干し」「昆布」も「スローの食材」。ほかに、「米」「肉」だいたいの「野菜」も「スローの食材」に含まれます。  一方で、「ファストの食品」には、「フルーツ」や「ヨーグルト」そして、「トマト」などのごく一部の野菜が含まれます。  したがって、「『スローの食品』のうどん」を食べるときには、こうした「ファストの食材」との組み合わせを避けたほうがいいと、アダムスキー式腸活法では考えられているのです。  それでは、「ファストの食材」を使った「うどん」にはどんなものがあるのか、具体的に見ていきましょう。 「うどん(スロー)×唐辛子(ファスト)」は避ける 【NG例1】「カレーうどん」 「カレーうどん」を食べると体が芯から温まるのですが、このカレーに入っている「唐辛子」は、アダムスキー式腸活法では「ファストの食品」に分類されています。  そのため、これを「スローの食品」である「うどん」と同時に食べるのは、残念ながら、アダムスキー式腸活法ではNGになります。 「腸を通過する速度」が違う2種類の食品を同時に消化管に入れることになるので、腸の中で渋滞が起き、腸に長時間滞在した食べ物が腐敗して「腸の汚れ」の原因になると、アダムスキー式腸活法では考えるからです。  ランチだと、うどんにミニ丼の「カレーライス」がついていることもありますが、これもお腹のなかで「カレーの唐辛子(ファスト)」と「うどん(スロー)」が混ざる原因になってしまうので、アダムスキー式腸活法では避けたほうがいい、とされているのです。 「うどん×唐辛子」の組み合わせがNGということは、「うどんに唐辛子入りの薬味をかける」のもNGとなります。 【NG例2】うどんに「一味・七味」をかける 「一味」や「七味」には唐辛子が使われているので、「『スローの食材』のうどん」にはかけるのを避けたほうがいいということなります。  また、お店ではトッピングなどで「明太子」を選べることもありますが、これも唐辛子が使われているので、うどんとの組み合わせはNG。「たらこ」であれば、「魚卵」は「小麦粉」と同じ「スローの食品」なので、安心して組み合わせられます。  薬味で辛みを足したいときには、「しょうが」がおすすめです。しょうがは「ニュートラル」と呼ばれる「『スロー』とも『ファスト』とも組み合わせられる食材」ですので、うどんと組み合わせても「腸の汚れ」の原因になりません。  また、しょうがには少量でも体を温める効果があるので、寒い冬に冷えを予防するのにもぴったりの薬味です。 「小麦×フルーツ」の組み合わせは要注意 【NG例3】うどんに「ゆず」をかける  冬の薬味としては、香りのいい「ゆず」もおいしいのですが、「ゆず」や「みかん」は「フルーツ」の仲間なので、アダムスキー式腸活法では「ファストの食品」に分類されます。そのため、「『スローの食材』のうどん」に「『ファストの食材』のゆず」をかけるのは、残念ながらNGと考えられています。  ゆずのほかにも、「うどん×かんきつ類」の組み合わせは意外と多く、「天ぷらうどん」に「レモン」が添えられていたり、夏には「すだち」や「かぼす」をのせたうどんがあったりします。  ですが、「腸の汚れ」を避けたいのであれば、「小麦×フルーツ」の組み合わせは避けたほうがいいと、アダムスキー博士は話しています。  また、「ねぎ」などの「野菜」は、ほとんどが「スロー」または「ニュートラル」なので「うどん」に入れてOKなのですが、なかには少しだけ例外があります。  じつは、「トマト」「かぼちゃ」「ピーマン」「ししとう」といった野菜は、野菜の中でも「ファストの食品」に、アダムスキー式腸活法では分類されているのです。 【NG例4】「かぼちゃ」「ピーマン」「ししとう」の天ぷらうどん  そのため、「かぼちゃ」「ピーマン」「ししとう」といった「ファストの野菜」の入った「天ぷらうどん」は、アダムスキー式腸活法ではNGだと考えられています。  同じ野菜の天ぷらでも、「ごぼう」「にんじん」「さつまいも」「れんこん」「しいたけ」などは「スローの野菜」で、「なす」と「玉ねぎ」は「ニュートラルの野菜」なので、うどんと一緒に食べて問題ありません。また、「えび」「ちくわ」「いか」といった魚介類、「鶏肉」などの肉類も「スロー」なので、心配無用です。  天ぷらうどんを食べるときは、具に「ファストの食材」が入らないようにするのがコツなんですね。  免疫力を維持するカギは「腸に汚れをため込まない」こと「今日はうどんを食べて胃腸を休ませたい」というときに、食材の組み合わせを間違えた結果、「腸を汚す食べ方」になってしまうと、本末転倒ですし、もったいないですよね。  むしろ、「『腸の汚れ』はさらなる体調の悪化を招きかねない」とアダムスキー博士は話しています。「腸の汚れ」がたまると、「下痢」や「便秘」など、「便のトラブル」が起こりやすくなるだけでなく、「腸の壁が吸収してくれるはずの栄養」が上手に体に取り込めなくなるのだそうです。  また、腸には「体内の毒素」を排出する働きもあるので、体の中で出た「有害な成分」が体外に排出されなくなるとも話しています。 『腸がすべて』の監修をつとめた澤田肝臓・消化器内科クリニック院長である澤田幸男先生は、「腸は病気から生命を守る、人体最大の免疫システム」と話しています。  腸は「健康のかなめ」です。みなさんも、「腸をきれいに保つ食事の仕方」を心がけることで、元気に年末年始を過ごしてくださいね。 (森敦子: 翻訳家 医学監修:澤田幸男/医学博士、澤田肝臓・消化器内科クリニック院長)

    東洋経済

    8時間前

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    【追悼】瀬戸内寂聴が最愛の66歳年下秘書にクビ宣言?!生前明かした手紙の秘密

     作家瀬戸内寂聴さんが11月11日、亡くなっていたことがわかった。99歳だった。朝日新聞デジタルが報じた。故人をしのび、最愛の秘書、瀬尾まなほさんとの対談を再掲する。※肩書や年齢等は当時。 *  *  *  作家の瀬戸内寂聴さんを支える66歳年下の秘書、瀬尾まなほさんが『寂聴先生、ありがとう。』を6月に出版。8年間寄り添ってきた寂聴さんへの思いを3年かけて執筆した。対談では、まなほさんが出した手紙に寂聴さんが返事を書かなかった理由が初めて明かされた。 まなほ(以下、ま):今月8日に結婚式を挙げました。私がバージンロードを歩いてチャペルの前まで行ったとき、先生が大きな声で「きれいだよー!」と叫んでくれたのがすごくうれしかったです。 寂聴(以下、寂):車椅子にも乗らず、杖もつかず、ちゃんと出席できました。華やかで和やかな式で、まなほは格別きれいでした。 ま:2、3年前までは、この場に先生が来られることを二人とも想像できなかったので、夢がかなったという思いです。「次は赤ちゃんだね」と言ってくれました。 寂:新郎も優しそうないい男。まなほのほうが威張ってると思いますから、尻に敷くんじゃないでしょうか(笑)。 ま:今回の本では、前作が出てから自分に起きたことを書いています。講演もするようになったり、テレビに出るようになったり、本を出してからガラッと変わりました。それと結婚のこと。 寂:もう31歳でしょ? 赤ちゃんを産むには、若いときほど楽なの。 ま:彼と出会ったとき「これだ!」というのはなかったんですけど、適齢期っていうのと、赤ちゃんが欲しいっていうのはずっとあったので、ちょうどいいタイミングで結婚したいと思える人に出会えたから、それはよかったです。 寂:お世話してくださる人が随分いらして、お見合いも何度もしてるんですよ。とてもいいお話ばかり来たんだけど、結婚っていうのは条件じゃなくて「好き」という気持ちでしょ。昔と違うからね。私たちが若いころは、お見合いしたらその人と結婚しなきゃいけない。でも今は、自由恋愛だから。 ま:彼を選んだ理由としては……私は押しに弱いので、自分から行けないんですよ。押されてっていうのもあるし、フィーリングです。話してて楽しい人がいい、というのが一番にあって、今の彼にはあてはまりました。 寂:彼のことは、決まってから紹介された。見せないのよ、私がまた反対すると思って。 ま:彼と先生は仕事でも会ってたんですけど、全くそういうふうに思ってなくて。 寂:そう、お相手とは思わなかったの。寂庵にはいろんな人が出入りするからね。どれだかわからなかったの。 ま:先生がおしゃべりだから私、言わなかったんです。「しゃべらないでください」とお願いすると、「言われたくなかったら寂庵辞めろ」とか言うんですよ! 寂:だって、私がおしゃべりってことは、天下みんな知ってるから。ここでしゃべったことは、明日にはもう全国に広まるね。 ま:彼のことはちゃんと大切にずっと持っていて、いざ、というときに言いました。それでも私は「言わないでね。言ったらだめ」って言ったのに、先生は言いまくってましたけどね(笑)。 寂:「これを言っちゃあね、まなほが怒るからね、内緒よ」って言うの。お相手はハンサムですよ。ああ、ハンサムだからこの人「うん」って言ったんだな、って思った。だけどね、外から見ただけでは中身はわからないっていじわる言ってやる。ま:そう、それで「顔がいいから、たぶんすぐ女ができるよ」って……そんなことばっかり言われてます。でも、ブサイクだったら陰でボロクソ言ってると思う。イケメンお好きですもんね。 寂:だって見るだけでもいいじゃない? ご飯がおいしいよ。お相手はまなほのおかしいところを理解してるみたいなの。私がまなほといて笑うでしょ。その人も、まなほのおかしいところを笑うんだって。それなら大丈夫、と思って。 ま:あらためて彼が寂庵に挨拶に来たときに、「あ、あなただったの、よかった!」って言ってくれたんです。 寂:それはご挨拶で。あっはっは(笑)。 ま:こういうふうに、私にいじわる言うのが大好きなんですよ! 見てください、このうれしそうな顔。寂しいとか思わないんでしょう。 寂:ちっとも。二人で来たら、かえって今度はにぎやかになるんじゃないですか。 ま:結婚後も働かせてもらいます。今は京都で二人で暮らしてます。 寂:生きてる間に結婚式出られてよかったな、と思います。だって私はもう97歳よ。いつ死んでもおかしくない。 ま:週刊朝日と同じ年なんですって! 寂:いいねぇ、週刊朝日。このごろちょっと暇だとベッドで寝たいの。横になって読むには、重い本は読めない。だから週刊誌にとても詳しいんだよ、私! 端から端まで全部読むの。 ま:朝起きたらベッドから雑誌が落ちてますよね。読んでる途中に落ちたのかな。時々、表紙の俳優さんやジャニーズでも、先生が「あ、この子かわいいね」と思う人いますよね。  この本には、先生からもらった手紙の返事も載せました。これまで何度も先生に手紙を書いてきたけど、ずっと返事はもらってなかった。それを、当時連載していた文芸誌「群像」の小説『死に支度』を通じてもらったんです。小説に登場するモナ(私)宛てで。 <私の所から早く巣立って、自分の中に眠っている可能性の種を育てて、鮮やかな大輪の花を咲かせなさい。死なない私はモナが九十二のお婆さんになっても、傍についていてあげます> 寂:まなほに宛てて書いたって一銭にもならない(笑)。 ま:たぶん本当にただ忙しくて、「せっかくだから、ここで手紙の返事を書こう。そしたらお金にもなるし、まなほも喜ぶし」とひらめいたんじゃないですかね(笑)。 寂:まなほは文才が初めからある。手紙が素直でね、とてもいいの。この人にこう書きなさい、なんて言ったことない。 ま:一度私が手紙を書いたときに先生の部屋をのぞいたら、「あんた本当優しいね」ってちょっと泣いてたことがあったんですよ。 寂:目がかゆかったんじゃない? ま:そういうことしか言わないんだから~。でも、それはすごく覚えています。先生は、「秘書も書く仕事もどっちもできないから、秘書を辞めて書く仕事に専念しなさい」って言ってくれたけど、先生を見てるから書くことだけで生きていける自信は全くないし、まして小説も書けない。どうしても書くことで生きていく覚悟ができない、ってこの本の中で書いたんです。 寂:でもね、初めての本が売れて、すごいお金が入ってきたの。借りたいぐらいよ。だからやっていけますよ。運もいいのね。1冊だけでこれだけ売れたってことはすごいことなの。おもしろくなかったら人は買いません。おもしろいから読んでくれたんですよね。 ま:先生は今日もわざと私にいやなこと言って、私が耳を引っ張ったら「そんなのクビだ」って。そんなやりとり、毎日ですよ。もう8年一緒にいます。 寂:8年って感じ、しないね! ま:いつも2、3年って言われる(笑)。だけどこの本では、先生はかまわれすぎるのが嫌、基本一人が好き、とも書いています。 寂:そう、一人が好きなの。スタッフたちは午後5時に帰ってしまうから、夜は一人です。 ま:先生が「夜ぐらい一人にさせて」と言ったんです。周りの人から見たら、97歳を一人にするなんてけしからんって怒られるかもしれないんですけど、本人がそれを望んでいたら、私たちはむげにそれを断れない。一人で夜な夜な台所に来てお菓子食べて、お酒も飲んで、自由にしていますよ(笑)。 寂:ちょっとほっとするの。 >>【後編】「瀬戸内寂聴が明かす、寂庵のスタッフが“若返る”理由」へ続く (構成/本誌・緒方 麦) ※週刊朝日  2019年7月5日号より再掲

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    岸田政権のグタグタぶりがオミクロン株対応で露呈「諸悪の根源は官邸、お友達人事で各省が不信」

     新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の感染拡大に慌てた政府が日本に到着する国際線の新規予約を12月末まで止めるよう、すべての航空会社に要請するも、たった3日で撤回した問題が波紋を広げている。  岸田政権の発足後、初めて迎えた本格的なコロナ対応だったが、航空会社や利用者の混乱を招く結果となった。裏で何が起きていたのか。 「国際線新規予約停止要請では、官邸はもとより政府内が大混乱しました。国交省所管の独断、と報じられていますが、諸悪の根源は官邸の機能不全です」(官邸関係者)  オミクロン株に対応するための水際対策として政府は11月29日、12月から1日あたりの入国者数の想定を5千人から3500人に引き下げることを公表。同日に国交省航空局が一律に国際線新規予約の停止要請を出し、日本航空(JAL)と全日空(ANA)などは12月1日までに予約を止めた。  すると、長期の出張などで帰国の航空便を予約していない人たちが戻れなくなる上、政府内でも事前調整が出来ていなかったため、大混乱。12月2日に急遽、取りやめを発表した。官邸内でもあらゆる情報が錯綜し、情報の真贋を確かめることに追わる始末だったという。 「戦犯の一人は木原誠二官房副長官(補佐官)です。そもそも木原副長官は、財務省出身の中でもひときわエリート意識が高く、独善的に仕事を進めるので、省庁横断的な根回しや情報共有などの調整役としては能力に欠けています。専門分野である『新しい資本主義』など経済政策には注力しているが、コロナやワクチンは省庁任せ。国交省のなすがまま、放置したために、こういう事態になった。国交省の事務方の暴走という方向へ責任転嫁していますが、 本当にそうであれば、関係部署の職員が処分される話です。こうした官邸の対応に霞ヶ関からも疑問の声が出始めています。今回の対応のまずさは、自民党の重鎮らも怒っていると聞きます」(同前)  官邸のグタグタぶりに危機感を抱いた岸田文雄首相は3日、側近の寺田稔元総務副大臣を首相補佐官、盟友である石原伸晃元幹事長を内閣官房の参与に起用すると発表した。 「寺田さんは安全保障を木原副長官から引き継ぐ形になります。木原副長官にこれ以上、任せられないと、岸田首相が同じ広島が地盤で岸田派側近である寺田さんを抜擢した。しかし、寺田さんだけでは現在、政権が抱える重大な目詰まりを解決するのは困難です。それなのに落選し、派閥会長を辞職し、ただの人になった石原氏を参与(観光立国担当)に起用なんてピントがズレまくっています。石原氏は安倍元首相とも仲がいいので、岸田首相はパイプ役を期待しているようですが、こうしたお友達人事で各省の不信感や離反が起こりはじめています」(前出の官邸関係者)  今回の騒動は木原副長官だけではなく、斉藤国交相の対応も大問題だったという。自民党幹部はこう指摘する。 「斉藤国交相は、衆院選期間中に開いた個人演説会の出席者にトラック協会が現金を渡していた疑惑や資産等補充報告書に1億円超の記載漏れが報じられ、メディア対応に四苦八苦。省内の動きにすら目を配れていなかった。所管大臣なのに事前に話を知らない、という大失態を演じたのは、国交省幹部に軽んじられている証左です。公明党は遠山清彦元財務副大臣が東京地検特捜部から取り調べを受けるなど不祥事続きで、政権や霞が関で軽んじられています」(自民党幹部)  そもそも岸田官邸には安倍・菅政権の時代、懐刀だった杉田和博元官房副長官のような霞が関に睨みの利く、存在感のある人物はいないという。 「岸田官邸全体として言えるのは、どこか人任せ。結局、何より問題なのは、政権中枢にコロナ対策を本当に理解した人材がいないことです」(同前)  岸田政権のこうした機能不全はオミクロン株などコロナ対応にも影響が出ているという。 「特にワクチンでは、前倒し供給にかかるファイザーとの調整にも木原副長官ら官邸幹部が政治案件として関与しようという意識が薄く、厚労省任せとなり、難航しています」(同前)  堀内詔子ワクチン担当相、山際大志郎コロナ対策担当相も存在感が薄く、政治力でワクチン交渉を打破する、という気迫もないという。 「それでもやっている感を演出することには熱心で、6日に行われる首相の所信表明でも『ワクチン供給前倒し』の話をねじ込んだ。『日本ならできる、いや、日本だからできる』のような気合だけで中身の無いフレーズが岸田首相の所信表明で随所に盛り込まれる予定で、実務を任されている厚労省も困惑気味です。岸田政権のグタグタぶりで今後、大きな危機を招かないか心配です」(前出の官邸関係者)  政治ジャーナリストの角谷浩一氏はこう指摘する。 「国交省幹部の独断と官邸や斎藤大臣は言いわけしているが、岸田官邸が機能不全になっているのは明らかです。今はオミクロン株の騒ぎと燃料の値上げで航空会社はどこも大変な時期。政治の不手際で大きな打撃を与えた。そもそも岸田内閣は肝心かなめのコロナ対策を誰が司令塔となってやるのか、曖昧になっている。菅政権の時は、田村憲久前厚労相、河野太郎前ワクチン担当相、西村康稔前コロナ担当大臣の存在感はあり、連携は必ずしもうまくいっていなかったが、政治力はそれなりにあった。だが、岸田内閣はコロナ司令塔の顔になる人材が見当たらない。ワクチン確保のため、きちんとチームを作らないと大変なことになる」 (AERAdot.取材班)

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    若さを補って創造性を高める? アンチエイジングで注目の「NMN」、飲用で体の変化は

     老化研究の第一人者・米ワシントン大学の今井眞一郎教授が、気鋭の音楽家・渋谷慶一郎さんと初対面。今井教授が研究している、老化を抑えて寿命を延ばす可能性がある物質「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」について語り合った。実際にNMNサプリを引用している渋谷さんは、飲むことで夜に「抗しがたい眠気」に襲われると語るが、一方でその効果についても明かす。AERA 2021年12月6日号から。 *  *  * 【前編:日本人研究者が効果を明らかにした「抗老化物質」 摂取で「抗しがたい眠気」も】より続く 渋谷:脳や体にはダメージがないですよね。NMNの研究は、薬などの研究と比べると脳へのアプローチが違うんですか。 今井:手法的にそんなに違うことをやっているわけではないんです。でも、老化はすごく長い時間にわたって少しずつ起こる現象なので、アプローチや見る視点がちょっと違うんです。乱暴なたとえになりますが、薬は状態が弱っているところをグッと引き上げますが、老化の場合は日々少しずつ落ちていくものを落ちないようにするアプローチが重要になります。ですから、本来足りなくて弱っているところに補充して、もともとあった状態に戻すということになるんです。 渋谷:脳や体力へのダメージのなさというのが新しいなと。今までなら、徹夜で作業をするときは滋養強壮剤やコーヒーを飲んだりしていましたが、後で必ずダメージが襲ってきて倍くらい疲れてしまう。もっと言うと、「このステージ、作品のために全てを懸けるんだ」という時に、アーティストは相当な無理を自分に課してきた歴史があって。それが極端な形になるとドラッグや過剰なストレス、死というような悲劇、神話にもなっていました。 疲労中は感動しない  ただ、このような創造かダメージかという古典的な二項対立とNMNは根本的に異なっています。要するにダメージもダウンタイムもなく、調子が良く疲れにくくなるけど、抵抗できない眠気がやってくるので寝るしかない。それは元々体内にある成分を補充するというシンプルなサイクルだからなのかな?と思うのですが。 今井:頭や体が疲れていたり、弱っていたりすると、どんなにいいものを聞いても感動しませんよね。だから疲れというものが極力ない状態に置く、常に感受性の高い状態に置くというのが重要なのはよく分かります。 渋谷:はい。たとえばピアノの「ラ」の音を押したとき、「この音を初めて聞く」とマインドコントロールしてから曲を作り始めるとうまくできるんですが、それを可能にするのは端的に疲れがない状態です。だからワーカホリックな友人にNMNを薦めると非常に反応が良いです。 今井:ということは、NMNやNADが司る生体への作用が、芸術家の創造性にも影響を与える可能性がありますね。人間の感性を若々しく保つことによって、創造性を高める働きもあるのかもしれないと思いました。 渋谷:はい、それはあると思います。僕は今年、新作のオペラを発表して、来年公開の大きな映画音楽を1本作り、これからドバイ万博で新作のアンドロイド・オペラを発表します。こんな量の仕事はNMNがなかったら難しかったのではと思います。 今井:それはうれしいですね。私たちの研究が創造性の分野にも寄与できるのは、とても励みになります。 (構成/編集部・大川恵実)※AERA 2021年12月6日号より抜粋

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    「愛子さまのお気に入りは子どもの頃から変わらない」天皇一家の追っかけ主婦が語る激写20年

     愛子さまはあどけなさがあったのに、成人皇族になられて、大人びてステキな女性になられ、うれしいですね」  こう話すのはカメラを片手に天皇ご一家を28年半、追っかけてきた主婦の吉田比佐さんだ。  12月1日に20歳の誕生日を迎え、成年皇族となった愛子さま。5日には成年の祝賀行事が行われ、愛子さまのドレス姿が初お披露目となる。  5日午前は長袖で淡い色味の「ご参拝服」を身につけて皇居の宮中三殿を参拝される。その後、襟元の詰まった長袖のドレス「ローブ・モンタント」に着替えられ、天皇陛下から勲章を受けとられるという。  午後は襟元の開いた「ローブ・デコルテ」に勲章、ティアラを着用した正装姿で、両陛下に挨拶される予定だ。 「愛子さまが身につける髪飾りのティアラが話題になりましたが、ティアラには女性としてすごく憧れますね。車の中の皇族を撮る時にはティアラをしているかどうかは、私たち追っかけにとっては大きいです。ティアラをしているお姿ってなかなか見れないので、”きょうはティアラをしているかもしれない”って思うと、疲れていてもがんばって、撮影ポイントに並ぼうという気になりましたね」  今回、愛子さまはコロナ禍の影響を配慮し、天皇陛下の妹(紀宮さま)で、結婚して皇籍を離脱した黒田清子さんが所有するものを借用する。 「眞子さん、佳子さまのティアラもそれぞれ2800万円もする豪華なものでしたけれど、私の見た印象では、黒田清子さんのティアラはクラシックな印象でした。清子さんのティアラのデザイン方が好き、愛子さまはお似合いになると思います」  吉田さんは過去、ティアラをつけた皇族の撮影経験もある。 「ディアラをつけられるのは特別な日だけですね。新年の祝賀の行事の時とか、外国からお客さまが来る時の接待で宮中晩餐会にお出になられる時です」  吉田さんが、追っかけを始めたのはまだ愛子さまが生まれるずっと前、1993年6月9日の両陛下のご成婚パレードからだ。 「ご成婚パレードでは、雅子さまが1000個のダイヤをちりばめた豪華なティアラをして、ローブ・デコルテの衣装を身にまとっていました。とてもステキな写真が撮れました」  そのお姿が脳裏から離れず、雅子さまを追いかけるようになった。 「愛子さまもローブ・デコルテを新調なさるそうですね。格式のあるロングドレスで、襟元や背中が大きくカットされているそうです。愛子さまがお召しになるとどんな感じになるのかとても楽しみです」  愛子さまを生まれたばかりの幼少期から見守り続けた吉田さんは20年の歳月をこう振り返る。 「愛子さまが赤ちゃんの頃、私たちは仲間うちで“愛子ちゃま”と呼んでいました(笑)。雅子さまに抱っこされている姿が、今でもきのうのことのように目に浮かびます」  天皇陛下と雅子さまの結婚会見のとき、記者から「お子さまは何人くらい?」 と質問され、雅子さまは「家族でオーケストラが作れるような子供の数ということはおっしゃらないでください、と(陛下に)申しました」とジョークで返した。 「陛下も愛子さまも音楽がお好きです。実際に陛下がヴィオラ、愛子さまがチェロを演奏するオーケストラのコンサートに参加された時、雅子さまがご覧になっていましたね」  愛子さまは文武両道でスキー、水泳なども、お好きだという。 「御所の中では陛下と一緒にジョギングをしたりしているそうです。毎年、夏になると、ご家族で下田(静岡県)や那須(栃木県)にご静養に行かれるのですが、下田の御用邸の裏手には海があって、愛子さまはいつも真っ黒になって東京に帰って来ていましたね」  愛子さまファッションには特徴があるという。 「愛子さまは夏場には、ワンピースをけっこう着てらして、ふわっとしたフレアスカートのワンピースをよく見かけましたね。冬は赤いセーターを着たり、ピンクのブラウスを着たり、全体にフェミニンです。先日、20歳のお誕生日に愛犬の由莉(ゆり)ちゃんと一緒の映像でも、茶系のふわっとしたスカートだったので、そういう服装がお気に入りでいらっしゃるところは、子供の頃と変わらないなと思いました」  愛子さまは学習院中等科時代に”激やせ”し、体調が心配されたこともあった。 「あの時はダイエットしているやせ方とはちょっと違うのかなと思いました。雅子さまの体調にも波があって、愛子さまもお母様のことを心配されていたのではないかと思います。雅子さまは新皇后になってから、自信が取り戻せたのではないでしょうか」  2019年11月9日に行われた「天皇陛下ご即位をお祝いする国民祭典」では、嵐のパフォーマンスが行なわれ、一家団欒で楽しむ様子が放映された。 「雑誌で読んだんですが、愛子さまは嵐の相葉雅紀君の”推し”だそうですね。カラオケも歌われるのだとか」  吉田さんは94年5月、会社員の夫と結婚した。結婚前から追っかけをしていたから、夫は理解があり、朝早くから出かけても何も言わないという。  コロナ禍のステイホームにより、雅子さまや愛子さまのお出かけが減った。加えて、天皇陛下ご一家は今年9月、赤坂御所から皇居に引っ越した。 「これまでは、ご一家が赤坂御所と皇居の行き帰りを張っていれば、写真が撮れたんですが、皇居に住まわれるようになると、皇居内での宮中行事が多いですから、シャッターチャンスも減ってしまいました」  吉田さんは今年7月から就職し、平日はフルタイムで働き、平日は追っかけが難しくなったが、できる限り続けたいという。 「愛子さまは車の中でも、窓を開けてお手ふりしてくれますよ。ニコッと笑う愛子スマイルが、かわいらしい。あの笑顔を見ると、こちらも気持ちが安らぎます。これからも雅子さまとともに、愛子さまのご公務の様子も拝見できたら、嬉しいなと思っています」  愛子さまの祝賀行事の撮影現場に吉田さんはもちろん、カメラ片手に出かけるという。どんな愛子さま笑顔が撮れるのか。 (AERAdot.編集部 上田耕司)

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    なぜ小室眞子さんは圭さんに必死だったのか 秋篠宮さまのよそよそしさから読み解く

    「夫の方については」「面会していた時間が20分位」「何か印象に残ることというのは特にありません」――。  秋篠宮さまの56歳の誕生日会見で国民が感じたのは、長女眞子さんの夫、小室圭さんへのよそよそしさだった。   もともと秋篠宮さまは、記者会見において家族を名前で呼ぶことはほとんどない。眞子さんや佳子さま、悠仁さまについても「長女」「次女」、「長男」といった呼び方をしていた。  一方、小室圭さんについては、婚約が発表された2017年や翌18年の誕生日会見では、<小室さんの印象ですけれども>、<小室さんに関わること、これが毎週のように週刊誌等で報道されていることはー>と自然な流れで名前を出していた。それが、令和の世に移った翌19年は、<小室家とは連絡は私は取っておりません>と、どこか他人行儀な表現を選び、翌20年の会見では、「小室」という名前すら出さなかった。  そして今年。圭さんは、長女の夫という「家族」になったとはいえ、圭さんを「夫の方」と呼び、圭さんが結婚前にあいさつに訪ねてきたひとときを、「面会していた時間は20分位」と話し、距離感を感じさせる表現だった。  圭さんが秋篠宮邸を訪問した10月18日、秋篠宮夫妻は、千鳥ヶ淵戦没者墓苑秋季慰霊祭への臨席という公務があった。とはいえ、数日後に結婚する娘の結婚相手と食事をともにすることもなく終了したという現実は何を物語るのか。  秋篠宮さまは先の会見で、結婚に伴う儀式を行わなわないと判断を下したのは「私の独断」だと明かした。さらに、皇室の行事が「非常に軽い」印象を与えてしまったと、苦渋をにじませた。  儀式を行わなかった理由は、小室さんが金銭トラブルについて春に公表した28枚の文書にあった。 <この春に娘の夫がかなり長い文書を出したわけですね。(略)あれを読んでどれぐらいの人が理解できるか><これはもう私の独断です、私の個人の考えとして、あれを読んでみんながすぐに状況を整理して納得できるというものではないと私は判断しました>  さらに、10月26日の結婚会見についても、自身が思う形とは異なっていたと胸中を吐露した。 <双方向での会見という形にしてほしかった><私としては自分の口からそのことについて話をして、そして質問にも答える,そういう機会があった方が良かった>  秋篠宮さまが口にしたように、金銭トラブルについての説明も本来は、小室さんが自分の口から説明すべきものだろう。小室圭さんが内親王の結婚相手として祝福できる存在足り得なかったことも、会見の言葉から伝わってくる。 こうした父親の気持ちをよそに、眞子さんは、圭さんに留学を進言しただけでなく、金銭トラブルについても一貫してかばい続けた。  なぜ、内親王がここまで必死になったのだろうか。  眞子さんとよく世間で比べられる黒田清子さんの場合も実は、結婚相手へ相当の配慮があったという。   清子さんは、当時の天皇ご夫妻の長女。内親王のなかでも、身位の高い皇女という立場だ。清子さんもまた、結婚相手である黒田慶樹さんに関する細かな情報を公表することについて、積極的ではなかった。  上皇后美智子さまや皇后雅子さまが結婚した時代は、結婚相手の家系図が報道されるのは、当たり前という感覚であった。両親はもちろん親族の職業や出身地なども詳細に、国民の知ることとなった。 「しかし清子さんからは、黒田慶樹さんと結婚するにあたり、相手がどういう人であるといった細かなことまで、自分たちから情報を提供することは、好ましくない、という考えであった」(当時の事情を知る人物)  清子さんが相手の情報をつまびらかにすることに難色を示した背景には、「皇族という立場の自分と結婚してくれる相手なのだから、迷惑をかけたくない」という考えがあったのだという。  多くの女性皇族にとって、結婚は皇室の外に出る平和的な手段でもある。ある皇族女性は、「皇室から出るためには結婚しかない」と吐露したという。佳子さまも、早く皇室を出て民間で暮らしたいとの考えを持っているとの話も聞こえてくる。  皇室に仕えてきた人物は、こう分析する。 「皇族と結婚する相手は、マスコミに追いかけられ、プライバシーもない生活に巻き込まれる。そうしたリスクを受け入れても自分と結婚してくれる相手は、できる限り守りたいという心情をお持ちになるのは、自然なことです。秋篠宮さまの会見からは、小室圭さんに対する複雑な心境が明確に伝わりました。一方で、眞子さんは、世間には不自然に思えるほど相手をかばい続けました。逆にいえば、皇族が『私のような立場にある女性と結婚してくれる相手』という心情にならざるを得ないほど、追い込まれている現実がある、ということでしょう」  秋篠宮さまも、眞子さんの結婚が「皇室に影響を与えた」と懸念を口にしていた。眞子さんの結婚騒動は、皇室と国民の距離の変化を世間に知らしめた。  若い世代の皇族は、令和という時代のなかで「皇室にあるべき姿」を模索しなければならないのだろう。 (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    武豊騎手が「ウマ娘」ブームを語る 「よみがえってうれしい」と語った悲劇の競走馬とは

     ゲームアプリ『ウマ娘 プリティーダービー』は、実在した競走馬を美少女キャラに擬人化したコンテンツで、「Yahoo!検索大賞」や「Google Play ベスト オブ 2021」の「ベストゲーム 2021」を受賞するなど、競馬好きの中高年から若年層まで幅広い層から人気を集めている。この一大ムーブメントを「相棒」である騎手はどのように感じているのか。サイレンススズカやスペシャルウィークをはじめ、長年多くの名馬に乗ってきたレジェンド騎手の武豊さん(52)は、このブームにを喜び、NHKの番組内でもビデオメッセージを寄せていた。武さん本人にインタビューし、「ウマ娘が競馬界にもたらしたもの」について語ってもらった。 ――「ウマ娘」のブームで、競馬人気も高まっています。影響を感じてますか? ウマ娘の話題は本当によく耳にしますし、すごい影響力だなと思っています。実際、僕の周りでも、中学生ぐらいの知人の息子さんから、僕が過去に出ていたレースのことなど質問をされるようになりました。僕が乗ってきた馬たちも、たくさんキャラクターになっているからです。ウマ娘がなかった頃は、子どもたちと競馬の話をあまりしたことがなかったのに、急にいろいろ聞いてくるようになってびっくりしています。今の中学生は、スペシャルウィークやディープインパクトのレースを見たことがない世代。その世代が過去の馬に興味を持ってくれるのは、すごいことですよね。 ――ナイスネイチャなど、ウマ娘のモデルになった引退馬への寄付が倍増するといった現象も起きています。 現役時代の彼らを知らなくても、ウマ娘をきっかけにその馬のことを調べてもらえて、馬が脚光を浴びているのは嬉しいですね。引退後の馬も、支援があれば救われる。いろんなところにいい影響が出ていると思います。 ――競走馬が美少女に擬人化されることについて、当初はどんな印象を抱いていましたか? ウマ娘の立ち上げ当時、僕も「何か協力できることがあれば」ということで少し関わらせていただいたのですが、実は最初に話を聞いた時は、あまりピンとこなかったんです(笑)。馬がアニメのキャラクターになって、女の子が競馬場を駆けるというのは想像がつかなかったし、最初に登場キャラの絵を見たときは、なんだか不思議な感じでした(笑)。自分が乗ってきた馬ですから、擬人化したキャラと同一視するにはなかなか時間がかかりましたね。 ――実際の馬の特徴が、キャラの能力や性格に反映されているところもウマ娘の魅力ですね。 かつてライバル同士だった馬が作中のストーリーでもライバルとして扱われていたり、馬の個性が細部まで表現されていたりして、さすがだなと思いました。たとえばウオッカだと、寝つきが良いといった特徴まで再現されていて、面白い。おそらくですが、実際にウマ娘のコンテンツを作っている方たちは、若い頃に競馬を楽しんでいて、知っている馬たちを遊び心たっぷりに、そして細かいところまで再現してくれたのでしょう。競馬愛を感じます。 ――作中では、武さんが騎乗してきた馬も多数登場します。 立ち上げのときも「実際どういう馬でしたか」といったことを聞かれて、スペシャルウィークなど、馬について少し情報をお伝えさせていただきました。ウマ娘のおかげで僕自身も、「ああいう馬だったな、こういう馬だったな」と、過去に乗ってきた馬たちに思いを馳せることができました。たとえば、僕がたくさん乗ってきたバンブーメモリー(作中では風紀委員長を務め、直球勝負のレースを見せる)は30年以上前に活躍していた馬ですし、懐かしさを感じます。そして、サイレンススズカは足を骨折した1998年の天皇賞(秋)のレースを最後に活躍が止まってしまったので、それがウマ娘の姿でよみがえってくれたのは、僕としてはとてもうれしいです。 ――武さん自身も、アニメ第5話に実況として登場します。 騎手の自分が、まさかアニメのキャラとして解説する日が来るとは思いもしなかったです。登場したのは1回でしたが、小学4年生ぐらいの女の子から、「あ、ウマ娘のおじさんだ」って声をかけられて。ウマ娘がきっかけで知ってもらえているのはなんだか新鮮ですし、微笑ましいです。 ――レースの投票サイト「JRA IPAT」への年代別アクセス数も、20代ユーザーが今年3月ごろから急増し、60代と並ぶ水準に達しています。かつて「若者の競馬離れ」と言われていた状況もすっかり変わりましたね。 若者の獲得は競馬界の課題でしたから、そういう意味では、多くの若者が競馬に参加しているのを聞いてうれしく思っています。やはり、大きなきっかけの一つがウマ娘でしょう。ウマ娘が新たな入り口となって、今まで競馬に興味がなかった人も楽しんでくれるようになりました。新たな競馬ファンが増えれば、その方々から様々な声や要望も出てくるでしょうし、我々も気づけることがあると思います。競馬界は、より良い方向に変わっていけるはずです。 ――ウマ娘以外でも、藤田菜七子さんのような騎手が活躍していることもブームをけん引しています。 彼女をきっかけに競馬を知った人もたくさんいるはず。藤田さんをはじめ、女性ジョッキーの活躍が目立つようになり、雰囲気も明るい感じになりましたね。男女一緒に勝敗を競うスポーツも珍しいですし、そこが競馬の魅力の一つだと思います。 ――スタンドの客層も変わりました。競馬界も、女性限定のリラックススペース「UMAJO SPOT」を開設したり、子ども向けの遊具を充実させるなどし、女性や家族連れが足を運びやすい環境を作ることに注力しています。 スタンドも綺麗になり、女性だけのグループやファミリーでも行きやすい雰囲気になりました。昔はおじさんばかりでしたから、だいぶ色が変わったなと思います。家族連れで来て、子どもたちに楽しんでもらえる姿を見ると嬉しくなります。 ーーウマ娘のブームで、スタンドの雰囲気もさらに変わりそうですね。 今後どうなるのか楽しみです。ウマ娘のブームはコロナの時期と重なったので、しばらくは無観客でしたし、今も入場制限をしているので、競馬場での影響はまだダイレクトに感じられていません。コロナが落ち着いて、今後は競馬場で「ウマ娘」とコラボしたイベントのようなものができるようになればいいなと思います。 ――最後に、競馬ファンへのメッセージをお願いします。 ウマ娘をきっかけに、競馬を見に来てくれたら嬉しいですし、これが一時のブームにとどまらず、ファンが定着して未来の競馬界を後押ししてくれていることを願っています。そのためにも、僕らはいいレースをすることで、来てくれた皆さんを楽しませたい。そして今後も、アニメ・ゲームで活躍できるような新キャラを、自分たちのレースでどんどん作っていきたいなと思っています!(構成/AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    巨人・中田翔の“大幅減俸”は必至 高額だった年俸はどこまで下がるのか

     巨人・中田翔にとって“勝負のオフ”がやってきた。選手として来シーズンへ向けた巻き返しとともに、大幅減俸も予想される契約更改も待ち構えている。  途中加入にも関わらず、今シーズン低迷した球団のシンボルのような存在になってしまった男は、この先どのようにチーム内で扱われるのだろうか……。  中田は今シーズン、日本ハムで後輩選手への暴力事件を起こし、その後巨人が引き取る形でトレード移籍した。周囲からの厳しい批判もあった中で入団早々から試合に出場したがシーズン最後まで期待に応えることができなかった。巨人移籍後は34試合に出場し、打率.154、3本塁打、7打点。ヤクルトとのCSファイナルステージでは、3試合目の9回2アウトから代打で出場し、明らかなボール球に手を出して空振り三振。今季を象徴しているような不甲斐ない幕切れとなった。 「良い打者だから大きな期待をしていた。しかし状態が悪いまま時間だけが過ぎチームも下降線を辿った。身体の調子も良くないという話もあったがすべてが上手くいかなかった。今のままでは来年も同じになるからオフの間に心技体をしっかり整えて欲しい。頼れるのは自分しかいない」(巨人OB) 「獲得自体に賛否両論があったのは事実。やってしまったことは良くないし移籍の過程などに納得いかない人がいるのも理解できる。でも結局のところプロは結果で取り返すしかない。結果を出していれば周囲を黙らせることもできたと思うのですが……。来季に関して球団内を含め誰もが注目しているはずです」(巨人関係者)  前所属の日本ハムが無期限出場停止の処分が下されたのにも関わらず、巨人移籍後は即座に試合に出場した。一連の経緯が明確ではなかったため世間の逆風が吹き荒れた。また高額な旧年俸を引き継いだ契約条件も大きな話題になった。  中田は今年が日本ハム時代に結んだ3年契約の3年目で、年俸は3億4000万円(以下金額は推定)。巨人は参稼報酬(年俸)期間となる2月1日から11月30日までのうち、移籍決定後の8月20日から11月30日までの103日分を日割り計算して支払うこととなった。巨人が支払う額は約3分の1に当たる約1億1500万円ほどだ。 「結果だけを見れば高すぎる。獲得自体がギャンブルだったから。タラレバになるが大活躍をしてCSを突破し、日本シリーズに進出できていれば安い買い物だった。複数年契約は今年までだから今オフは年俸を大幅に下げ、単年契約で本人に自覚を持たせないとダメ。そこまで徹底しないと中田自身が野球選手として終わる。中途半端な処遇では他選手だって納得いかないだろうしね」(巨人OB) 「原辰徳監督や編成部がどのように判断するか。昨年は108打点で打点王を獲得したものの、これまでケガに苦しむ年もあり、年間通じての出場と活躍は期待できないという声もある。減俸は当然だが、どのくらいになるかに注目が集まります。チーム全体の士気にも関わることで今オフ最大の関心ごとになります」(巨人担当記者)  今季は日本ハムと巨人でトータル73試合に出場。打率.177、7本塁打、20打点(日本ハムでは39試合に出場。打率.193、4本塁打、13打点)と大幅に成績が落ち込んだ。不祥事もあり、精神的なダメージの影響などもあったのは間違いないが、球界を代表する強打者の成績としてはあまりにも物足りない。また過去に左第5中手骨の亀裂骨折(13年)、右内転筋筋挫傷(17年)、右手母指球部挫傷(19年)など故障での離脱も少なくなかった。今年も急性腰痛で6月にチームを離脱している。コンディション面での不安も大きく野球協約の減額制限(元の年俸1億円を超える場合は40%)を超えての減俸になることは避けることはできないだろう。  過去に巨人では15年オフに杉内俊哉が5億円から5000万円へ90%の大減俸があった(この時は右股関節の手術をしたばかりで翌年に復帰が見込めないためだった)。その他にも高橋由伸が11年オフに3億5000万円から1億7000万円(51%減)、小笠原道大が12年オフに4億3000万円から7000万円(84%減)、中島宏之が19年オフに1億5000万円から2000万円(87%減)というケースもあった。 「年俸3億4000万円から減額制限40%減の2億400万円は確実。過去の例を見ても場合によっては1億円台前半ということすらも考えられ、中田にとって厳しいオフとなるでしょう。しかし全権を任される原監督の期待と信頼は変わらない。開幕に向けて一塁や外野でチャンスは与えられるはず。そこでレギュラーに定着し、シーズンで結果を残せば来オフに減額分も取り返せる。中田にとってここからが勝負です」(巨人担当記者)  今季はキャリアで最悪のシーズンとなってしまったが、来季の年齢は33歳と打者としては円熟期を迎えている中田。かつて侍ジャパンの4番を任された大砲がこのままキャリアを終えることはないはずだ。ここから再び球界を代表する打者として活躍する姿を見せてくれることに期待したい。

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    【ゲッターズ飯田】12月6日の運勢は?五星三心占い「苦労が報われる」金の時計座

     占いは人生の伴走者。芸能界最強の占い師、ゲッターズ飯田さんの「五星三心占い」が、あなたが自分らしく日々を送るためのお手伝いをします。12タイプ別に、毎週月曜日にその日の運勢、毎月5のつく日(毎月5、15、25日)に開運のつぶやきをお届けします。※年内は開運のつぶやきは12月15日、25に配信。 【タイプチェッカー】あなたはどのタイプ?自分のタイプを調べる 【金の羅針盤座】生活リズムを変えるとやる気がわいてきます。好奇心の赴くままに行動すると、貴重な経験ができるかもしれません。少し勇気を出して、気になっていた人に話しかけてみるのもいいでしょう。 【銀の羅針盤座】身近にある不用品を片付けておきましょう。すぐに使わない資料や道具は、机や棚にしまって。もう使わないものは捨ててください。ただし大切なものが混在しているかも。捨てる前によく確認を。  【金のインディアン座】難しそうなことでも「できない」と決めつけるのはNG。「誰かがやっているなら自分もできるかも」と気楽に考えて挑戦すると、よい結果が出るでしょう。何事も簡単にはできません。プロとして働く自分に自信をもって。 【銀のインディアン座】新しい仕事が舞い込んできそう。いままでのメンバーとは違うチームを組む場合もあるでしょう。遠慮したり臆したりせずに流れに乗って、新しい環境を楽しみましょう。大きな成長が期待できます。 【金の鳳凰座】想像していなかった人から助けを求められそう。手を貸すと感謝されて、今後よい関係を築けます。ほかにも頼られることが増える予感。できる限り協力するとよいでしょう。 【銀の鳳凰座】疲れがたまりそう。小さなことでイライラして、不機嫌な態度が表に出てしまいます。深呼吸をして、心を落ち着かせるようにしましょう。仕事で疲れているのは自分だけではないことを忘れないで。 【金の時計座】これまでの苦労が報われます。ただし、ここで手を抜くと運気の流れを逃してしまいます。小さなことにも本気で取り組みましょう。大きなチャンスをつかめます。 ※毎週月曜日に占いが届きます!AERAdot.の公式LINEの友達申請はこちら↓↓↓https://lin.ee/trWiCvV 【銀の時計座】寝坊や忘れ物など、自分でも信じられないようなミスをしてしまうかも。早めの行動と確認作業を怠らなければ、トラブルを回避できます。小さな段差につまずいて転ばないように要注意。 【金のカメレオン座】午前中は集中力を発揮できます。昼食後は、眠気が襲ってやる気を失ってしまう予感。気が抜けているときに限って、重要な仕事が入ってきます。いつまでもボーッとしていないで気を引き締め直してください。 【銀のカメレオン座】今後を大きく左右する日。突然辞令が出たり、仕事の流れが大きく変わる出来事が起きたりしそうです。商談や契約がうまくまとまり、自信がつくことも。何事も先回りして行動するといいでしょう。 【金のイルカ座】予想外のアクシデントに巻き込まれてしまうかも。自分とは関係のないことで責任を負わされてしまうことも。反論すると言い訳をしていると思われるので、グッと我慢して冷静に解決策を考えて。 【銀のイルカ座】判断ミスをしやすい日。周囲からのアドバイスを素直に聞き入れなかったことが原因かも。耳の痛い言葉を無視せず、しっかり反省しましょう。相手が部下や後輩であっても、正しいと思う意見は真摯に受け止めてください。 (『ゲッターズ飯田の五星三心占い2022』より一部抜粋) ※毎週月曜日に占いが届きます!AERAdot.の公式LINEの友達申請はこちら↓↓↓https://lin.ee/trWiCvV

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    22時間前

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    愛子さまが借りるティアラ、清子さんからの理由は「格」の違い 秋篠宮家へは逆風やまず

     天皇・皇后両陛下の長女、愛子さまが12月1日に20歳の成年を迎える。  とくに話題を集めたのは、愛子さまがティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて祝賀行事にのぞむ、異例の成年式となることだ。宮内庁は、「コロナ禍で国民生活に影響がでていることに配慮した愛子さまが、両陛下と相談した決めた」と説明している。 「どうも、何をとってもタイミングが悪く秋篠宮家への逆風になってしまう」  そうため息をつくのは、皇室に長く仕えた人物だ。秋篠宮家の長女、眞子さんが小室圭さんと結婚したのちに渡米したばかり。  渡米前に国内で滞在したのは、渋谷区の東京メトロ外苑前駅近くにある長中期滞在者向けの高級サービスアパートメントだった。結婚によって皇籍から離れたばかりの元内親王に、所轄する警察の警備がつくのは当然のことだ。とはいえ、外出の度に報じられた結果、特別な警備体制に注目が集まった。  そしてNYでの新居の豪華さも報じられている。英タブロイド紙のデイリー・メールなどの海外紙によれば、小室夫妻の住まいは、セントラルパークやタイムズスクエアに近いヘルズ・キッチン地区にあるタワーマンションだ。2017年に建てられたばかりで、24時間対応のロビーやフィットネスルームにヨガスタジオ。スパやゴルフシュミレーションセクションなどを備えた豪華な仕様だという。  小室さんのLawClerk(法務助手)の年収は600万円程度と見られている。一方で、海外紙によれば、ワン・ベッドルームとはいえ家賃は、月額約4800ドル(55万円)と安くはない。  宮内庁関係者の間でも、眞子さんの結婚と米国移住が無事にすんではればれしたという空気と同時に、小室夫妻の先行きを案じる声もわずかに漏れてくるようだ。  そんなタイミングで宮内庁が公表したのが、愛子さまが「借りたティアラ」で祝賀行事に臨むというニュースだった。  女性皇族にとって、成人を迎えた誕生日は宮殿行事デビューの日でもある。まず皇室の祖神・天照大神などが祭られる宮中三殿に参拝し、宮殿で天皇陛下から宝冠大綬章が授与される。 ローブデコルテの正装に新調したティアラとネックレス・ブレスレット・イヤリング・勲章どめの宝飾品5点を身に着け、両陛下にあいさつするのが恒例だ。  内親王だった眞子さんの場合、ティアラと宝飾品は「和光」で2856万円、佳子さまは「ミキモト」で2793万円をかけて制作された。大正天皇のひ孫にあたる三笠宮家や高円宮家の女王方の場合は、1500万円前後だ。  ティアラなどの宝飾品は、ぜいたくをするために制作するわけではない。成年皇族は公務を担うようになり、宮殿行事や外国からの国賓や賓客を接遇する晩さん会など国際親善の場では、勲章とともに正装を持って迎えるのが礼儀だからだ。  皇后や皇太子妃は代々受け継がれるティアラなどを所有している。そのなかには、平成の時代に皇后が故・秩父宮勢津子さまから譲り受けたティアラなどもある。つまり、他の宮妃や最近では眞子さまのティアラも宮内庁に預けられている。  女性皇族の所有していたティアラもあるなかで、なぜ愛子さまは清子さんより「借りる」形になったのか。  眞子さんをはじめ、最近の女性皇族が成年を迎えた際に新調したティアラは、いずれも宮内庁が管理する公金で制作されている。そのため、公金で作られた眞子さんのティアラは、離脱とともに宮内庁に預けられた。  一方で、黒田清子さんが成年を迎えた時に、新調されたティアラと宝飾品は、天皇家の私的なお金であるお手元金で制作された。  元宮内庁関係者は、ティアラを公金で支払うようになったのは、三笠宮家の彬子さまのときからではないか、と話す。 「明治以降の近代皇室においては、天皇家も宮家も相応の財産を持っていたこともあり、宝冠など装身具は私的な費用で賄っていました。黒田清子さんのティアラもその流れだったと記憶しています。日常費で制作したものは、扱いがあいまいなところもある。昔の皇族のように、『娘に持たせてあげたい』、と結婚先で大切に保管されているものもあると聞きます」  お手元金で制作した黒田清子さんのティアラは、ご本人のものだ。そのため、「借用」という形になった。  さらには、前述したように、内親王と女王というご身位の違いによって、ティアラの金額も異なる。 「眞子さんの結婚のタイミングは、ギリギリまで読めませんでした。加えて、同じ内親王でも、天皇家の娘である愛子さまと、皇嗣家の眞子さんと佳子さまでは立場も異なる。同じ皇女である清子さんのティアラが格という点でも、相応しかったのでしょう」(皇室の事情に詳しい人物)  異例続きとなったのは、ティアラだけではない。  女性皇族、特に内親王は、二十歳の成年を迎えた際と結婚して皇籍を離れる際に会見を開き、記者の質疑に答えるのが恒例だった。  いまのところ、愛子さまの記者会見は、日程が決まっていない。成年の会見は、その成長を国民が感じる大切な機会でもある。  眞子さんが皇室を離れたいま、愛子さまへの期待は、高まっている。 (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    結婚5年半「一度も肉体関係がない」と告白した36歳女性 鴻上尚史がいくつもの質問で浮かび上がらせた“悩みの本質”

     結婚して5年半、「私は怖がり、痛がりで、一度も性交がない」と告白した36歳女性。「私のような者は存在するのか」と苦しむ相談者に、鴻上尚史がまず訊ねた「大切な質問」とは。 【相談124】結婚して5年半になります。交際以来、一度も肉体関係がありません(36歳 女性 こに)  鴻上さん、はじめまして。悩みに悩み、ご相談させて頂きます。私は、結婚して5年半になる女性です。25歳の頃、夫とお付き合いをはじめて、5年3カ月ほどで結婚に至りました。共働きですが、休日が重なることが多く、物理的にも常にすれ違いということはありません。また、夫婦仲は良く、お互いに仕事のグチをこぼしあったり、家事を協力して行ったりと、どこにでもいる夫婦だろうと思います。  ただひとつのことを除いては……。実は、交際が始まってからこれまでずっと、一度も肉体関係がないのです。もっといえば、生まれてから一度も、夫に限らず、私はそういった体験がありません。私は、とにかく怖がり、痛がりで、一番の原因はそこだろうと思うのです。あとは、分からないというのも正直なところです。どうして自分はこんななのだろう、情けない、辛い、悲しい、申し訳ない、悔しい、どこかおかしいのではないか……そういった思いが常にあり、毎日苦しいです。  子どもが欲しいという気持ちも強く、年齢のこともあるので焦りもかなりあり、夫と共に、少しずつそういったことにつながるようなスキンシップをとるようにしていますが、なぜ他の人が当たり前にできることが自分だけできないのかと辛いです。これまでに性的なことでトラウマになるような体験はありません(レイプや痴漢など)。  このことは、夫と信頼できる元同僚一人しか知らず、親や親戚は、そんなことは夢にも思っていないと思います。子どもができにくいのかなと思っていると思います。職場の上司にも子どもが欲しい旨は伝えており、気にせず休んだらいいんだからとあたたかい言葉を頂いています。まわりを騙しているようで心苦しいです。よく若いカップル(女性側)の話で、結婚までは性行為をしたくない、恐怖があるという話を聞きます。子どもが欲しくても、身体のことでできないという方がいらっしゃるのは、もちろん知っています。  しかし、結婚し、仲が悪いわけでもなく、トラウマがあるわけでもなく、物理的に時間がないわけでもなく……行為が何年も、1回も、できないという私は、異常だと思います。どうにかできるようになりたい、子どもも欲しい、その気持ちは確かであり非常に強いものなのです。世の中に、私のような者は存在するのでしょうか。できずに一生を終えることもありうるのでしょうか……。夫は、自分がうまくリードできてない、毎晩スキンシップを重ねていくなかで前進していると自分は思っている、大好きだということは言ってくれています。 【鴻上さんの答え】 こにさん。大変な相談ですが、じつは、この文章だけではまだよく分かりません。「私は、とにかく怖がり、痛がりで」と書かれていますが、具体的にどういう風にできないのかが分かりません。「分からないというのも正直なところです」と書かれていますが、自分の精神状態が分からないのか、身体的な理由が分からないのか、何がどう分からないのかが重要だと思います。  先に言えば、肉体関係を持たなくても子供を作ることは可能です。ネットで調べれば、すぐにいろんな方法が出てきます。ですから、子供を作るために肉体関係を持たなければ、と焦ることはないと思います。  それよりは、「どうしてできないのか?」をゆっくりと探っていくことが大切だと思います。  こにさん。僕はカウンセリングを受けることをお勧めします。恥ずかしいと思われるかもしれませんが、僕に相談しても、結局、一人で悶々としていては、解決の方法は見つからないと思います。  どのレベルで肉体関係が持てないのか、そもそも肉体関係に興味がないのか、肉体関係を持とうとするとどういう精神状態になるのか。身体的にはどんな拒否反応を見せるのか。 「LGBTQ+」の分類に、「アセクシュアル」があります。「恋愛感情の有無に関わらず、他者への性的欲求を経験しない人」です。恋愛感情も性的欲求も感じない人もいれば、恋愛感情はあるけれど、性的欲求をまったく感じない人もいます。統計的には、一定数、アセクシュアルの人はいて、別に珍しいことではないのです。  こにさんは、性的欲求はありますか? それとも、「肉体関係は必要だ」と頭で思っているけれど、具体的な欲求はあまり感じませんか? 「夫婦は肉体関係があるもの。ないことはとてもおかしい」と頭から決めつけて、自分の欲求とか感覚を無視していますか? それとも、はっきりとした性的欲求はありますか? 大切な質問ですが、マスターベーションはしますか? したことはありませんか?  ね、尋ねたいことは山ほどあるのです。ですから、この相談の文章だけだと何も分からないのです。  こにさんのような状態は、珍しくないと思います。みんな、性的なことは恥ずかしいから黙っているだけです。ぜひ、メンタルクリニックか心療内科、精神科のカウンセリングを受けることをお勧めします。  僕に相談のメールを送れたんです。カウンセリングを受けるのは、あとちょっとした勇気です。  ぜひ、一人で悩まず、相談して下さい。きっと、何かが見えてくると思いますよ。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    若さを補って創造性を高める? アンチエイジングで注目の「NMN」、飲用で体の変化は

     老化研究の第一人者・米ワシントン大学の今井眞一郎教授が、気鋭の音楽家・渋谷慶一郎さんと初対面。今井教授が研究している、老化を抑えて寿命を延ばす可能性がある物質「NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)」について語り合った。実際にNMNサプリを引用している渋谷さんは、飲むことで夜に「抗しがたい眠気」に襲われると語るが、一方でその効果についても明かす。AERA 2021年12月6日号から。 *  *  * 【前編:日本人研究者が効果を明らかにした「抗老化物質」 摂取で「抗しがたい眠気」も】より続く 渋谷:脳や体にはダメージがないですよね。NMNの研究は、薬などの研究と比べると脳へのアプローチが違うんですか。 今井:手法的にそんなに違うことをやっているわけではないんです。でも、老化はすごく長い時間にわたって少しずつ起こる現象なので、アプローチや見る視点がちょっと違うんです。乱暴なたとえになりますが、薬は状態が弱っているところをグッと引き上げますが、老化の場合は日々少しずつ落ちていくものを落ちないようにするアプローチが重要になります。ですから、本来足りなくて弱っているところに補充して、もともとあった状態に戻すということになるんです。 渋谷:脳や体力へのダメージのなさというのが新しいなと。今までなら、徹夜で作業をするときは滋養強壮剤やコーヒーを飲んだりしていましたが、後で必ずダメージが襲ってきて倍くらい疲れてしまう。もっと言うと、「このステージ、作品のために全てを懸けるんだ」という時に、アーティストは相当な無理を自分に課してきた歴史があって。それが極端な形になるとドラッグや過剰なストレス、死というような悲劇、神話にもなっていました。 ■疲労中は感動しない  ただ、このような創造かダメージかという古典的な二項対立とNMNは根本的に異なっています。要するにダメージもダウンタイムもなく、調子が良く疲れにくくなるけど、抵抗できない眠気がやってくるので寝るしかない。それは元々体内にある成分を補充するというシンプルなサイクルだからなのかな?と思うのですが。 今井:頭や体が疲れていたり、弱っていたりすると、どんなにいいものを聞いても感動しませんよね。だから疲れというものが極力ない状態に置く、常に感受性の高い状態に置くというのが重要なのはよく分かります。 渋谷:はい。たとえばピアノの「ラ」の音を押したとき、「この音を初めて聞く」とマインドコントロールしてから曲を作り始めるとうまくできるんですが、それを可能にするのは端的に疲れがない状態です。だからワーカホリックな友人にNMNを薦めると非常に反応が良いです。 今井:ということは、NMNやNADが司る生体への作用が、芸術家の創造性にも影響を与える可能性がありますね。人間の感性を若々しく保つことによって、創造性を高める働きもあるのかもしれないと思いました。 渋谷:はい、それはあると思います。僕は今年、新作のオペラを発表して、来年公開の大きな映画音楽を1本作り、これからドバイ万博で新作のアンドロイド・オペラを発表します。こんな量の仕事はNMNがなかったら難しかったのではと思います。 今井:それはうれしいですね。私たちの研究が創造性の分野にも寄与できるのは、とても励みになります。 (構成/編集部・大川恵実)※AERA 2021年12月6日号より抜粋

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    巨人なのに非紳士的…他球団のファンも激怒した“ずるい”プレーと発言

    「巨人軍は常に紳士たれ」とチーム憲章にあるように、巨人の選手たちは、社会人の模範になるような行動が求められている。グラウンドでも当然紳士らしくフェアプレー精神に則り……と思いきや、ところがどっこい、過去には、紳士とは大違いの“ずるいプレー”も何度となく演じているのだ。  失点を防ぐために守備妨害を演出したとしか思えないプレーが見られたのが、昨年9月17日の阪神戦だ。  1回表、2点を先行された巨人は、なおも2死満塁のピンチで、木浪聖也の打球は、高くバウンドして、二塁方向へ。セカンド・若林晃弘が前進して捕球に行ったが、タイミング的に内野安打になりそうに見えた。  すると、若林は左手のグラブをヒョイと一塁方向に差し出した。そこには若林との接触を避けようとスピードを落とした一塁走者・陽川尚将の姿があった。  打球を処理するはずのグラブで陽川に接触している間に、ボールは後方へと抜けていった。これを見た森健次郎二塁塁審は、守備妨害を取り、陽川にアウトを宣告した。  矢野耀大監督が抗議したが、「打球を処理する守備優先」という鉄則がある以上、どうにもならない。結果的にルールの盲点を突いた形の巨人は3点目を阻止したものの、自ら当たりに行ったような若林の不自然な動きが物議を醸したのは言うまでもない。  解説者の巨人OB・篠塚和典氏はさすがに言葉を選びながら「若林はうまく演技してますね」と評したが、阪神OBの関本賢太郎氏は「僕には悪質な……故意にぶつかりに行ったように見えましたけどねえ」と批判した。  ネット上でも「どこが守備妨害だよ笑」などの非難コメントが相次ぎ、巨人の3投手も、怒りを闘志に変えた猛虎打線に滅多打ちにされて計11失点と大炎上。目先の1点阻止にとらわれた代償は高くついた。  フライを落球したにもかかわらず、あたかも捕球したかのように演技し、審判の目を欺く事件が起きたのが、11年4月20日の阪神戦だ。  2対2の7回、阪神は鳥谷敬の犠飛で1点を勝ち越し、なおも2死一、三塁で、ブラゼルが二塁後方に高々と飛球を打ち上げた。  セカンド・脇谷亮太が背走しながら捕球したかに見えたが、次の瞬間、ボールがグラブからポロリとこぼれ、地面に落下した。だが、土山剛弘一塁塁審の立ち位置からは、死角になって見えない。直後、しゃがみ込んだ姿勢の脇谷が右手にボールを握りながら、直接捕球をアピールすると、土山塁審は「アウト!」をコール。安打と判定されていたら、阪神は1点を追加していただけに、「そりゃないよ!」である。  真弓明信監督が「(判定は)微妙じゃないだろう。(土山塁審は)たぶん見えていない。二塁塁審も見る場所が悪過ぎる」と抗議したが、VTRにボールが地面に落ちた瞬間がはっきり映っているにもかかわらず、判定は変わらなかった。  そして、この誤審が試合の流れをも変えてしまう。8回、巨人は長野久義の幸運な三塁強襲二塁打などで3点を挙げ、逆転勝ち。踏んだり蹴ったりの阪神側は「(地面に)落ちているよ。お客さんも見ている。アンパイアで負けたと言われても仕方がない」(木戸克彦ヘッドコーチ)とカンカンだった。  さらに脇谷の「VTR?テレビの映りが悪いんじゃないですか?」の新聞コメントが、虎党の怒りを倍加させた。「審判が判定したのだからアウト」ならまだしも……。   当時、テレビメーカーが「映りが悪くなることはない」と反論したことも懐かしく思い出される。  生還を阻止せんとばかりに、三塁ベース上で走者を上から押さえつけるプロレスまがいのプレーで騒然となったのが、00年6月8日の阪神戦だ。  5対3とリードの阪神は、8回にも平尾博司の二塁打で無死二塁のチャンスをつくり、次打者・ハートキーは投前に送りバント。河本育之は素早く処理し、三塁に投げたが、悪送球となり、ボールはファウルグラウンドを転がっていった。  二塁走者の平尾はこの間に十分本塁を狙えるはずだったが、なんと、捕球に失敗したサードの元木大介が、三塁にヘッドスライディングした平尾の上からのしかかるようにして押さえつけているではないか。「どさくさに紛れて押さえ込まれた」(平尾)。これでは動くに動けない。  ここで平尾の救出に向かったのが、伊原春樹三塁コーチ。怒りをあらわにして突進すると、あっという間に元木を突き飛ばし、平尾に「早く本塁に行け!」と指示した。「思わず手が出ちゃった。クセ者の元木がなかなかどかないから」(伊原コーチ)。  ところが、今度は巨人・長嶋茂雄監督がベンチを飛び出し、伊原コーチの行為がインプレー中だったことを理由に、守備妨害で平尾をアウトにするよう要求。騒ぎはさらにヒートアップした。  だが、井野修三塁塁審は「すべてのプレーが終了したうえで判断すれば、一番悪いのは元木」と走塁妨害を適用し、生還を認めた。  結局、この6点目がモノを言い、阪神は1点差で逃げ切ったが、元木のプレーは「ずるい」と言われてもしょうがないものだった。  元木といえば、ほかにも隠し球や併殺阻止の万歳スライディングなど、“ずる賢いプレーのデパート”的存在。紳士の球団では、異色のプレーヤーだった。(文・久保田龍雄) ●プロフィール久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。

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    戦力外通告を受けたけど… 他球団でまだまだ“活躍できそう”な選手は誰だ!

     10月11日に行われたドラフト会議では支配下、育成合わせて128人の選手が指名を受けたが、プロ野球の世界に入ってくる選手がいるということは逆にユニフォームを脱ぐ選手もいるということである。既に各球団では俗に言う“戦力外通告”が行われており、ここ数日は引退試合のニュースも増えている。しかしその一方で他球団での現役続行を希望する選手も少なくない。今回は現時点で自由契約が発表された選手の中から、まだ戦力になる可能性を秘めた選手がいないか探ってみたいと思う。  まず投手で申し分ない実績を誇るのが吉田一将(オリックス)だ。2013年のドラフト1位で入団すると、1年目には先発として5勝をマーク。2年目のシーズン途中から中継ぎに転向すると、2016年には5勝21ホールド、2018年にも3勝21ホールドとブルペン陣を支える存在となった。2019年以降は年々成績を落とし、今年は二軍でも防御率7点台と結果を残すことができず、プロ入り後初となる一軍登板なしに終わったが、通算226試合に登板している実績は貴重である。何かきっかけをつかめばまだ復活する可能性も十分にありそうだ。  投手では渡辺雄大(ソフトバンク)と三ツ間卓也(中日)の2人も面白い。渡辺は青山学院大では実績はなかったものの、BCリーグの新潟で力をつけて26歳となる2017年のドラフト育成6位でソフトバンクに入団。二軍、三軍で実績を残して昨年8月に支配下登録されている。その後は肘の故障もあって一軍登板は3試合にとどまったものの、今年も二軍では34試合に登板して防御率1.67と安定した成績を残している。左のサイドスローから投げ込むスライダーは打者の手元で鋭く変化し、左バッターにはかなり厄介なボールとなっている。戦力外が報じられたのは今朝で、今後についての意向は不明だが、貴重な左の中継ぎとして需要の高い選手であることは間違いない。青山学院大時代の同期である杉本裕太郎(オリックス)が今年大ブレイクを果たしただけに、渡辺もここからもう一花咲かせることを期待したいところだ。  三ツ間は渡辺と同じくBCリーグの武蔵で力をつけて2015年の育成ドラフト3位で中日に入団。1年目のオフに支配下登録されると2017年には35試合に登板して2勝11ホールド、2019年にも29試合に登板して2勝4ホールドとブルペン陣を支える1人として結果を残している。また昨年7月のヤクルト戦では延長戦でベンチにいた野手を使い果たしていたため、代打として出場して話題となった。今年は二軍でも29試合に登板して防御率は4.05に終わっているが、チームトップタイとなる5セーブをマーク。WHIPも0.98と投球内容自体は決して悪くない。本人も現役続行の意思を表明しており、中継ぎ陣の苦しい球団にとっては狙い目の選手となりそうだ。  野手で圧倒的な実績を誇るのが藤田一也(楽天)だ。プロ入り8年目の2012年シーズン途中にDeNAから楽天に移籍したことをきっかけに才能が開花。これまで2度のベストナインと3度のゴールデングラブ賞に輝き、パ・リーグを代表するセカンドとして長年活躍を見せている。2019年以降は浅村栄斗の加入もあって出場機会が減少し、今年は一軍出場なしに終わった。功労者ということでチームもポストを用意していたとのことだが、本人は現役続行を希望して自由契約となっている。  多くのファンを魅了してきたセカンドの守備力は天下一品で、二軍では3割近い打率もマークしているようにまだまだ力が衰えているわけではない。若手の内野手のお手本としてプレー以外でもチームのプラスになることが考えられるだけに、オファーを出す球団が出てくることも十分にありそうだ。  野手では武田健吾(中日)も注目の存在だ。今年は打率1割台だったものの、シーズンを通じて一軍に帯同し、93試合に出場するなど貴重な戦力となっていただけに、戦力外となったニュースには驚きの声も多かった。オリックス時代の2017年には97試合に出場して61安打、打率.295という成績も残しており、元々パンチ力のある打撃にも定評のある選手である。今年で27歳と年齢的にもまだ若いだけに、外野手が手薄な球団が獲得を検討する可能性もありそうだ。  一度戦力外となってから他球団との契約を勝ち取ることは容易なことではないが、今年もシーズン開幕後に宮国椋丞(DeNA)が育成契約で入団して支配下登録され、古巣の巨人を相手に勝利もマークしている。今後も戦力外となる選手の発表はまだしばらく続くことになりそうだが、1人でも多くの選手が鮮やかな復活を遂げることを期待したい。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員

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    藤浪晋太郎、武田翔太、神里和毅…「トレード要員」で他球団から評価が高い選手

     各球団が来季に向けて秋季キャンプで現有戦力の底上げを図る中、トレードも補強戦略の1つだ。今年は開幕前に巨人とヤクルトの間で田口麗斗と廣岡大志のトレードを敢行。ロッテはシーズン途中にトレードで獲得した国吉佑樹、加藤匠馬が優勝争いを繰り広げるチームに不可欠な戦力として活躍した。  復活が待たれる阪神・藤浪晋太郎は依然として他球団の評価が高い。高卒1年目から3年連続2ケタ勝利とエース格として稼働したが、制球難に悩まされて投球フォームを崩すと、その後の17~20年の4年間で計9勝のみ。  今年はオープン戦で快投を続け、プロ9年目で自身初の開幕投手に抜擢されたが、制球が不安定で4月下旬に登録抹消された。その後は救援に配置転換されたが結果を残せず、9月に登録抹消されて以降はファーム暮らし。21試合登板で3勝3敗4ホールド、防御率5.21と不本意な結果に終わった。 「パリーグの複数球団が調査していると聞いています。藤浪は巨人からロッテに移籍して輝きを取り戻した沢村拓一(レッドソックス)と重なる部分があります。制球難は技術的な問題が当然あると思いますが、精神的な部分も影響しているように感じます。環境を変えることで劇的に変わる可能性がある。あれだけのスピードボールを投げられる投手はなかなかいない。同期入団の大谷翔平(エンゼルス)に引けを取らない潜在能力を秘めているので、このまま伸び悩むのは惜しい」(スポーツ紙デスク)  他球団が今季途中にトレードで調査をしていたのがソフトバンク・武田翔太だ。高卒ルーキーの12年に8勝1敗、防御率1.07をマーク。15年に13勝、16年に14勝とエースへの階段を順調に駆け上がっていたように見えたが、近年は度重なる故障に加えて好不調の波が激しく、先発ローテーションに定着できていない。今季は12試合登板で4勝5敗、防御率2.68。7月10日にファーム降格すると、再昇格しないままシーズンを終えた。 「縦に大きく割れるドロップカーブ、縦と横の2種類のスライダーを軸にした投球スタイルで良い時は手も足も出ない。ソフトバンクは先発の軸として稼働したマルティネスが退団したので、武田をトレードで出すことは考えづらいですが、他球団に行けばエースで復活する可能性を秘めた素材です。出血覚悟で欲しい球団は多いでしょう」(スポーツ紙記者)  野手では俊足巧打が持ち味のDeNA・神里和毅の評価が高い。プロ2年目の19年に自己最多の123試合出場で打率.279、6本塁打、15盗塁をマークするなどリードオフマンとして打線を牽引したが、昨季は88試合出場で打率.191、4本塁打、15打点、4盗塁。中堅のレギュラーを桑原将志に奪われ、楠本泰史、関根大気も台頭している。  外野の中で神里の序列が下がっているが、走攻守3拍子揃ったプレースタイルでこのまま出場機会が失われるのは惜しい。最下位に沈んだDeNAは投手陣の再建が急務になっている。先発陣は大貫晋一の6勝が最多とコマ不足が深刻だ。神里をトレードで放出して、先発要員を補強する可能性は十分考えられる。  楽天から巨人に加入したウィーラー、高梨雄平が新天地で輝きを取り戻したように、トレードで野球人生が大きく変わる可能性がある。今オフに野球ファンが驚くトレードが成立するかもしれない。(安西憲春)

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    15歳の茶トラ愛猫の看取りと旅立ち 「ここにおるよー」瀕死の借りぐらし猫が喪失感を埋めた

     飼い主さんの目線で猫のストーリーを紡ぐ連載「猫をたずねて三千里」。今回お話を聞かせてくれたのは、福岡県在住のヨガ講師、児玉妙子さん。自営業の夫と高齢猫とのんびり暮らしていた夏の終わり、家の前で一匹の三毛猫と出会いました。その猫は顔に大けがを負っていて、獣医師によると「傷口からしてエンジンルームでの事故」だそうです。前編・後編にわけて掲載します。今回は後編。保護から2ケ月が過ぎると、その猫と猫をとりまく環境に変化がおきました。  >>【前編:振り返った猫を見て「まさか顔に穴?」 ガリガリの一匹を保護した夫婦「どうか猫バンバンを」】から続く  <前編の記事のあらすじ> 顔に穴が空いてように大きなけがを負った野良猫。車のエンジンルームに入って事故にあったと思われました。傷は深く、生々しく治癒していない上に、病気もあり、相当厳しい状態。それでも児玉さん夫婦は見捨てることができず、保護することを決めました。先住猫いたので、隔離しながらの生活です。児玉さん夫婦は、まだ名前をつけることができず、親しみを込めて「あいつ」と呼んでいました。 *  *  * 保護から2ケ月、「あいつ」に変化が起きました。 「あいつ」は玄関でひとりでいる時に、にゃあにゃあと鳴くようになったのです。ごはんをあげる時の狂わんばかりのトーンとは違う感じの声です。人恋しい、とでもいうような。  もしかしたら、わが家にきて、外の生活では感じなかった「さみしい」という感情に出会ってしまったのかもしれません。大けがをしてしんどい時に、そばに人間でもなんでもいた方が気がまぎれるとか、そんな感じなのでしょうか。  前編でも紹介したとおり、家には15歳の「きな」という茶トラのおばあちゃん猫がいました。大けがを負った「あいつ」は、白血病ウイルスは陰性、猫エイズが陽性でした。傷がひどいので、「きな」といきなり接触させないように隔離していたのです。だから「あいつ」は玄関のケージで生活していました。  にゃあにゃあという声が玄関から聞こえると胸が痛みました。始終そばにはいられないし、まだまだ(傷の具合からしても)「きな」と一緒にできません。そこがすごくつらかった……。でも「こちらも最大限尽くすので、君も早く傷を治して、私たちや『きな』と思いきり一緒にいられるようにがんばれ」と思うようにしました。  完治するまで(お金も時間も)どれくらいかかるかわからないけど、「きれいになった顔の写真が撮れる日が早くきたらいいなあ」と思うようにもなりました。  獣医の先生は「どうなるかわからないが、鼻ぺちゃのパグみたいになるかもしれない」とおっしゃいました。私は、ニュータイプの猫さんになるかもな、と。もちろん、どんな見た目でも気にしません。猫である時点でもう、かわいいのだから。  とにかく助けた以上はなんとか命をつなぎたいし。私にできることがあれば、精いっぱいやってあげたい。まさに、これは献身のヨガ。バクティヨガです。何でも修行に結びつけてしまいますが(笑) ◆ 先住猫と同居はかなわなかったけど 一字もらって命名 「あいつ」と出会ったのは8月の終わり。9月、10月と「あいつ」が玄関のケージ内でけがの治癒に向けてがんばる一方で、部屋にいるおばあちゃん猫「きな」の状態が悪くなっていきました。もともと「きな」は慢性腎臓病を患っていたのですが、11月になり容体が悪くなり、半月ほど点滴を受けるなどして、闘病を続けました。  悟り開き系の女子猫と、おばあちゃん猫は、“合う”かもなんて同居を夢みましたが、残念ながら叶わず、「きな」は先日、息をひきとりました。  「きな」は15年前、以前住んでいたアパートの前で出会った野良の茶トラでしたが、茶トラの雌というのは珍しいそうです。わがまま放題のお姫様で、気が強くて……でも優しく、美しかった。  じつは私たち夫婦は、1月にも、茶トラの「まる」という雄猫を14歳で亡くしているんです。「まる」は、私と夫の目の前を走る車に急にぶつかり、保護した猫でした。まるで、体を張って「僕を拾って」とアピールするようでした。  『ラブストーリーは突然に』という歌がありますが、猫との出会いもいつも突然に訪れる。そして別れはいつも悲しいもの。  「まる」の最期は(都合で)夫だけで看取り、「きな」の最期は私がしっかり看取りました。ひとりぼっちで逝かせなかったことはよいのですが、いざいなくなると想像以上の喪失感でした。私たち夫婦には子どもがいませんが、子どもが巣立った後はこんな感じかなと……。  けれど「あいつ」がおなかをすかせています。「ここにおるよー」と鳴きます。「あいつ」のお世話をさせていただけるのだから、ぼんやりしてもいられません。 「きな」が旅立ったあと、「あいつ」の正式な名前を決めました。  それまで呼んでいた「あいつ」の“つ”と、「きな」の“な”をもらい、「つな」としました。  これは想像ですが、「きな」は体が悪くなる前に、扉越しに「つな」に猫語で話していたんじゃないかな。 「私、だいぶ腎臓が悪いんよ、こいつら夫婦のこと頼むよ。こいつら、猫おらんかったらダメだから」  ……そう思えるほどのがんばりを、「つな」は「きな」亡き後に、見せてくれました。 ◆「つな」の頑張りと、わたしからのお願い  12月に入り、「つな」との生活は、3カ月を越えました。獣医の先生も驚いていました。  かさぶたが取れて傷が少しよくなったので、ケアも前進。今は「つな」を洗面台に連れていき、洗浄ボトルにいれた水で顔の傷口を洗い流すようにしています。洗った後は赤ちゃん用のおしりふきで優しくぬぐい、そこに抗生剤入りの軟膏を塗り、目薬も差すようになりました。 ふつう、猫は一つの場所にとどまるのが苦手だと思うのですが、「つな」は洗面所でもおとなしくして、やはり動じません。  ただ、少し前に病院に行った時。先生が、「傷は治ってきているが、基礎疾患もあるし、年を越すのは難しいかも。怪我が治る前に病気で逝くかもな」とつぶやいたのです。  余命を突き付けられた感じです。  でも余命はあまり気にしていません。  毎日お世話をしてきて、人間とは違う猫の生命力のすごさを身に染みて感じているから。  もし「つな」が先生のいうように年を越せなかったとしても……寒くないようにして、ごはんを食べて、最期の時までゆっくりと過ごしてくれればうれしいし、もっと生きてくれるのは大歓迎。  そもそも、「つな」は、事故がなければ地域猫として、(病気を抱えながらも)外で今も自由に暮らしていたはずです。大けがを負ったのは、車=人間のせいだと思っています。  私は「つな」のけた外れのファイトを称えたいと同時に、事故に遭ったことに意味を付けたかった。だから、少し衝撃的な話だけれど、このコーナーに応募しました。  これから寒くなるにつれて、外にいる多くの猫さんが、暖を取るためにタイヤの間やエンジンルームに入りやすくなります。どうか、車に乗ったらエンジンをかける前に、車のボンネットをバンバンと叩いて猫さんに知らせる(車から出す)「猫バンバン」をしてみてください。  「つな」と私からの、お願いです。  (水野マルコ) >> 【前編:振り返った猫を見て「まさか顔に穴?」 ガリガリの一匹を保護した夫婦「どうか猫バンバンを」】を読む 【猫と飼い主さん募集】「猫をたずねて三千里」は猫好きの読者とともに作り上げる連載です。編集部と一緒にあなたの飼い猫のストーリーを紡ぎませんか? 2匹の猫のお母さんでもある、ペット取材歴25年のベテラン・水野マルコ記者が飼い主さんから話を聞いて、飼い主さんの目で、猫との出会いから今までの物語をつづります。虹の橋を渡った子のお話も大歓迎です。ぜひ、あなたと猫の物語を教えてください。記事中、飼い主さんの名前は仮名でもOKす。飼い猫の簡単な紹介、お住まいの地域(都道府県)とともにこちらにご連絡ください。nekosanzenri@asahi.com 連載一覧はこちら>>

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    ゴマキ弟、朝倉未来の無償サポートで首のタトゥー除去も「腹に愛犬5匹のタトゥー」で賛否両論

     元モーニング娘。・後藤真希さんの実弟で元アイドルの後藤祐樹さんが格闘家・朝倉未来の無償サポートを受け、自身の首に入っていたタトゥーを消したYouTube動画が大きな反響を呼んでいる。  後藤はAbemaで配信された「朝倉未来にストリートファイトで勝ったら1000万円」で朝倉さんに挑戦したが、試合開始45秒で敗北。左目を腫らして痛々しい姿だった。  その後に、後藤さんと朝倉が互いのYouTube動画で対談企画が実現。朝倉が11月30日に公開したYouTube動画では、朝倉からの「ヤンキー路線にいたんですよね?」という質問に対し、「元々アイドルになる前から若干グレてはいたんですけど。芸能界に入って、そういうカセではないですけど、ヤンチャできない時期があって、芸能界を辞めてから反動が一気に」とアイドル時代に3回も謹慎を食らったことや、逮捕されて刑務所で服役した後に更生のきっかけとなったエピソードなどを赤裸々に語った。  対談の中で後藤さんが企画に応募した理由の一つに話題が及んだ。鯉のタトゥーが首の左側に入っており、消すことが亡き母との約束だったが、金銭的に厳しく今まで消去することができなかったという。朝倉は後藤さんのタトゥーを無償で消去してくれるクリニックがあると紹介した。動画では、後藤がクリニックで首と指に入れたタトゥーを消す施術を受ける様子も公開。痛みを伴うが完全に消去するまで何度も施術を受ける必要があり、「自分がノリで入れた入れ墨の最後のケジメなので頑張ります」と誓った。  ネット上では「朝倉未来って改めてすごいなと思った。普通はここまでやらないよ」、「心が揺さぶられました。天国のお母さんも喜んでいるんじゃないかな」など感動したというコメントが多く寄せられたが、一方で違った見方もあった。  後藤さんは今年に入ってから腹に愛犬5頭のタトゥーを入れている。この様子はYouTube動画でも投稿され、7月に配信されたタトゥーを入れた彫師との対談で、「今のワンちゃんたちと生活している中で、もともと入れ墨が好きなので、ワンちゃんをものとして残せるものはないかなとずっと考えていたんですよ。ワンちゃん自身を自分の体に刻みたいなと」と思いを語っている。 「亡くなった母親の願いが首の入れ墨を消すこと、金銭面的に厳しくて消すことが出来なかった…なのに腹部に巨大な犬5匹のタトゥーを入れることは出来たんだ?不思議だね。これを美談みたいに語ってる意味が分からない」と疑問を呈するコメントのほか、「数年前から消したいって話してたのにまだ消してないってことにびっくりしたよ。こういうのは自分で消す費用貯めて消すから意味が合うんだと思うけど…過去の後悔を人の金で尻拭いしてもらうって、結構だらしない。ノリでタトゥー入れてた頃と何も変わってないんだなと感じる」という指摘もあった。 「朝倉未来に落ち度はないと思います。後藤さんの奥さんに高級な洗濯乾燥機をプレゼントした動画も大きな反響を呼びましたが、挑戦してくれた後藤さんの勇気を称えると共に心配をかけた奥さんに何かをプレゼントしたいという純粋な気持ちだったと思います。タトゥーの件は捉え方が難しいですね。首のタトゥーはなかなか隠せないから除去したかったのか…。お腹のタトゥーは良くて首はなぜダメなのか、お腹のタトゥーを入れるお金で首のタトゥーを消せなかったのかなど、視聴者が色々な事を疑問に思ったのかもしれません」(スポーツ紙芸能担当記者)  亡き母の願いだった首のタトゥーを消すことで、新たなスタートが切れるだろうか。(松木歩)

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    よりよく老いるには「70歳が分かれ道」? 帯津医師の見解

     西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「70歳が分かれ道」。 *  *  * 【プラス】ポイント(1)よりよく老いるためには70代が重要になってくる(2)70代をプラスにとらえられるかどうかが分かれ目(3)70代だからこそできることを見つけ大切にしよう 『70歳が老化の分かれ道』(和田秀樹著、詩想社新書)という本を読みました。けっこう売れているらしいです。確かに、タイトルが気になりますね。  この本の「まえがき」にこうあります。 「人生100年時代ということが語られて久しくなりましたが、(中略)健康寿命の延びは、平均寿命の延びに追いついておらず、男女とも75歳に届いていません。要するに、70代をうまく生きないと、長生きはできてもよぼよぼとしたり、介護を受ける期間の長い高齢者になってしまうということです」  私は老化に抵抗するアンチ・エイジングには反対ですが、よりよく老いるのに、70代が重要だという考えには、賛成します。70代をどうとらえるかによって、その後の人生が変わってくると思うのです。  作家の五木寛之さんは、『百歳人生を生きるヒント』(日経プレミアシリーズ)という本のなかで、「百歳人生の後半五十年において、七十代は、まさに『人生の黄金期』といえるのではないでしょうか。あるいは、再来の青春といっていいのかもしれません」と語っています。実はご本人も、50代、60代には心身に不調があったが、70代になって少しずつ治まってきて、元気になったというのです。  そういう70代だからこそ、「七十の手習い」をしたらいいと、五木さんは勧めています。ご本人は若い頃には勉強が嫌いだったのに、50代で大学の聴講生になってみたら、学ぶことのおもしろさに目覚めたというのです。それは歳をとることの効用のひとつで、70歳になって大学に顔を出すというのは悪くない。世のため、人のためでなく、純粋に自分の楽しみのために学ぼうというのです。  また、70代には新しいことにチャレンジしようと、五木さんは言います。ご本人は「百寺巡礼」の企画に挑戦しました。百もの寺を巡る体力があるだろうかと不安だったのですが、だめだったら仕方がないと開き直って第一歩を踏み出したそうです。そうしたら、お寺を巡るたびに、心身が充実して、気力体力が整ってきたというのです。  五木さんのすごいところは、あくまで70代をプラスにとらえているところです。それができるか、できないかが、その後の人生の分かれ目だと思います。  私自身は、がん患者さんよりも一歩でも二歩でも死に近いところに自分を置こうと「今日が最後の日と思って生きたい」と考えていたのですが、60代のときは無理でした。70歳を過ぎて、やっとその心境になったのです。長年続けている太極拳も70代になってから、本当に価値がわかるようになってきました。  70代だからこそできることがあります。それを大切にしましょう。 帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中※週刊朝日  2021年12月10日号

    週刊朝日

    22時間前

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    眞子さまと小室圭さんは結婚後、皇居に足を踏み入れることはできるか “サーヤ”黒田清子さんご夫婦との違い

     秋篠宮家の長女、眞子さま(29)との結婚を控えた小室圭さん(30)は18日、秋篠宮邸がある東京都港区の赤坂御用地を訪れ、秋篠宮ご夫妻に結婚のあいさつをした。眞子さまは22日に天皇・皇后両陛下、25日に上皇・上皇后両陛下に結婚の報告をするという。皇室ジャーナリストの神田秀一氏にこれらの予定ついて、その意味を読み解いてもらった。  小室さんは18日午前8時前、横浜市内の自宅マンションからスーツ姿で出てきた。右手にはカバン、左手には白い紙袋2つを持っていた。   「秋篠宮家に持っていく手土産とご夫妻や宮内庁に見せるための書類などが入っていたのではないでしょうか。アメリカで用意した手土産かもしれませんが、どんな中身かはわかりません」   後頭部で縛っていたロン毛は短く整えられていた。  「小室さんは髪型でいろいろと騒がれましたし、秋篠宮家に正式な挨拶に行くのですから、きちんとした髪型にしたのでしょう。皇室であのような頭髪であいさつをする慣習はないんですよね。民間人が皇族に会うのですから、切らざるを得なかったのでしょう」    神田氏が着目したのは小室氏を出迎えた黒いワゴン車。午前9時15分ごろ、赤坂御用地の巽門(たつみもん)へと入って行った。  「車には、宮内庁発行の門鑑(もんかん)がステッカーとしてついていましたね。ということは宮内庁が、小室さんが秋篠宮ご夫婦に会いに行くことを認めたのです。アメリカから帰国し、結婚を進める上で、あいさつだけはしておかなければ、という小室さんの考えと、宮内庁の意見が一致したのでしょうね」    8日後に迫った結婚。秋篠宮ご夫妻は、2人の結婚を認めたのだろうか。  「憲法の規定により、日本人であれば両性の合意に基づく結婚そのものをダメだとは言えない。秋篠宮ご夫妻も宮内庁も政府も同じ考えです。しかし、結婚は認めるものの、その前に解決しなくてはいけないこと、あるいは報告を受けなければいけないことがいろいろあると思います。それは今のところ未解決のままなので、秋篠宮さまとしては『挨拶にはおいでになってもかまいません。聞くことは聞きましょう。いらっしゃるというのなら待っております』というスタンスで、そこまでは許したのだと思います」    眞子さまと小室さんは3年2カ月ぶりに再会した。  「私の得た情報では、小室さんが秋篠宮ご夫妻にあいさつしをして30分後くらいに、秋篠宮邸のどこか別室で眞子さまと小室さんが会うことを許してもらえたと聞いています。眞子さまの部屋かもしれませんね。佳子さまがいらっしゃったかもしれませんが、2人だけの可能性が高いと思います」   眞子さまは22日、皇居・御所を訪れ、天皇、皇后両陛下に結婚を報告し、25日には東京都港区の仙洞仮御所を訪れ、上皇陛下と美智子さまにも結婚を報告する予定だ。現時点でそれに小室さんが同席する予定はない。  「一般の結納にあたる『納采の儀』も行っていませんし、皇籍を離脱する際に支給されるはずの『一時金』も眞子さまは辞退なさった。小室家を巡る諸問題も解決されていないので、天皇・皇后両陛下は眞子さまからの結婚報告を受けても、『体に気をつけて、元気で』とか『健康でお幸せな日々をお祈り致します』とお伝えするのにとどまるのではないでしょうか。『おめでとう』とおっしゃることはできないと思いますよ」   眞子さまは26日に婚姻届を自治体に提出し、皇籍を離脱する予定。今後、皇室との距離はどうなるのだろうか。  「皇室としての結婚を許したわけではないけれども、2人の意思で一緒になるならば致し方ないということ。もう2度と皇居に足を踏み入れることが許されなくなる可能性はありますね。サーヤの愛称で親しまれた黒田清子(さやこ)さんも結婚して皇籍を離脱しましたが、お相手の黒田さん一家には何の問題もないし、清子さんは皇室とゆかりのある伊勢神宮の祭主を務めているので、皇籍離脱後も皇居を訪れています。けれども、眞子さまの場合は、黒田さんご夫婦と同じようにはならないでしょう」    26日に予定されている記者会見はどのようなものになるのだろうか。  「報道陣と宮内庁の係官が合わせて50人くらい集まるのではないかと聞きます。警備も、コロナ対策も万全なホテルというのは限られてきます。宮内記者会、雑誌協会、外国人記者クラブで合計3問くらいの質問ではないか。それ以上、質問の声を上げ続ける記者がいるかもしれませんが、『本日の会見は終了します』と打ち切るでしょう。政治家でも誰でも、長く話すとボロが出るものですから」   会見に先立ち提出される自治体への婚姻届けについて、神田氏は次のように推測する。  「秋篠宮家から命令を受けた職員が、小室夫妻になる2人の代理人として、自治体の戸籍係のところに持って行くというふうに聞いています」   会見後、 眞子さまは年内にも渡米し、ニューヨークで新生活を始めるとみられている。お2人の行く末は……。  「ヨーロッパの王室ではこのくらいのことはあるレベルのことのようですが、日本の皇室では前代未聞の事態で、眞子さまは離婚しても、もう皇族には戻れません。幸福になるか、不幸になるかはチャレンジしてみなければわからないですね。結果は誰にもわかりません」 (AERAdot.編集部 上田耕司』

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    「なぜ、サッカー界に大谷翔平級の選手がいないのか?」セルジオ越後が語る意外な理由

     もしも、サッカー界に大谷翔平級の選手がいたら……。米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平(27)が野球界で活躍すればするほど、こんな妄想をしてしまう。日本サッカー史においては、プロ化から約30年経ってもなお「世界を驚嘆させるようなスーパースター」は輩出されておらず、最優秀選手賞「バロンドール」の日本人受賞者も現れないままだ。  プロサッカー選手の間でも、大谷のようなスター選手のサッカー界での出現を熱望する声は挙がっていた。大谷は昨シーズン、投打の二刀流で大活躍し、コミッショナー特別表彰など数々の栄誉ある賞を獲得。“ファンタジスタ”でとして、敵チームのファンをも熱狂させた。その活躍ぶりは、サッカーでいう「メッシ級」であると言っても過言ではないだろう。  サッカー界ではなぜ、日本人選手から世界を魅了するようなスーパースターが現れないのか。両競技における世界競技人口の違いは大前提として、他に考えられる要因はあるはずだ。セルジオ越後氏やワールドサッカーマガジン元編集長に話を聞いた。  まず考えられるのは、ほかの競技への「人材の分散」だろう。数々のプロスポーツを擁し、特に野球と人気を二分する日本において、優秀な才能や身体能力を持つ選手がほかの競技に分散してしまうことは、想像に難くない。  「ワールドサッカーマガジン」元編集長で、現在はフリーのサッカーライターをしている北條聡氏も、「日本では野球という大きな競合相手がいるので、運動能力の高い子は野球にも流れてしまう。人材がなかなかそろわない」と話し、こう続ける。  「最近はサッカーでもようやく、イングランド・プレミアリーグのアーセナルで活躍する冨安健洋選手(DF)のような、サイズとスピードを併せ持った大型選手が台頭するようになりました。体格や身体能力に恵まれた人材がもっとサッカーに流れてくるようになれば、話が変わってくると思います」  サッカーは日本においても屈指の人気スポーツだが、ファンタジスタを多数輩出してきたブラジルやイタリアなどの「サッカー大国」と比べると、その地位は相対的に見劣りする。 「プロ化して以降、サッカーも競技人口が増えているものの、サッカー大国とは言えません。メッシやクリスチアーノ・ロナウドを輩出しているポルトガルやアルゼンチンでは、圧倒的にサッカーが人気ですから。もし、大谷選手がドイツやイタリアで生まれていたら、サッカーをやっていた可能性も十分ありますし、それこそクリロナみたいな選手になっていたかもしれない。逆に、メッシやクリロナが日本で生まれていたら、野球をやっていたかもしれないですよね」(北條氏) 北條氏によれば、スターの存在が、その競技のさらなる活性化を促してきたという。 「ブラジルやアルゼンチンでは昔から、ペレやマラドーナなどのスーパースターが輩出されてきて、彼らがアイコン役となって人材を呼び込んできた。その点、日本の子どもたちは大谷選手の活躍を見て、『俺も大谷みたいになりたい』と言って野球を始める人が増えそうですよね」  サッカー解説者のセルジオ越後氏にも話を聞いた。セルジオ氏は“プロ入り前”の段階である「高校スポーツ」に着目。高校スポーツを取りまとめる機関は文科省だ。セルジオ氏は「文科省の管轄のままでは、強くならない」と指摘する。 「日本の学校には、“選手”がいない。皆、“生徒”なのです。文部科学省が推進している以上、いかに勉強させるかが最優先ですし、スポーツは二の次。6・3・3制度の中で生徒としてスポーツをしている限り、いつまでたっても選手にはなれません」  ならば、クラブチームに入ればいい、という指摘もある。 「ですが、日本は学歴社会。中学まではクラブでも、高校からスポーツ推薦で私立高校に入学し、大学の推薦枠を狙う人も多い。日本ではプロになれなかった場合におびえて、学歴をキープする人も多いのです。中学卒業後にブラジルに渡った三浦知良さんのように、早くからレベルの高い海外に出ることも成長につながりますが、海外に出て成功するのは一握りなので、みな尻込みしてしまう。Jリーグができてどれだけ年数がたっても、学校に依存している現状ではダメ。特に国際競争力の激しいサッカーでは、文科省が仕切っている限り、100年経っても外国に追いつくことはないと思います」  セルジオ氏は高校サッカーをめぐる組織の在り方についても手厳しい。こう指摘する。 「野球には高野連(日本高等学校野球連盟)という独立した組織があるのに、サッカーは高体連(全国高等学校体育連盟)として、ほかのスポーツの中にひとくくりにされています。僕は海外から来たとき、なぜ野球だけが独立しているのか不思議だったのです。(レベル向上において)高野連の果たしてきた役割は大きいですし、サッカーと扱いが大きく違う。それなら、サッカーも野球にならって『高校サッカー連』を作るべきではないでしょうか」  その上で、セルジオ氏は世界的スターの不在について、日本人に不足しているある能力を指摘する。 「特にストライカーには、クリエイティビティーが求められます。これは、教えられて身につくものではありません。ペレやマラドーナ、ネイマールも幼いころはストリートサッカーで大人も子どもも一緒になって、自分の頭で考えながらプレーし、センスを養いました。でも日本ではクラブチームでも授業のような形で、教えられたことをこなすだけ。これでは自分で考えてプレーするのではなく、教えられたことを忠実にこなす選手ばかりが生まれてしまう」  サッカー界においても、グローバル化の波はすっかり浸透した。大陸を渡り、欧州のクラブチームに優秀な選手が一極集中している。前出の北條氏も、「現状では、欧州に早い段階で渡るのが、個人のレベルを上げる一番の近道」と話す。10歳でスペインに渡った久保建英が頭角を現したのは、その象徴だ。  だが、日本人にとっては「地理的な要因」が、欧州に渡る際の障壁になる。 「ヨーロッパでは隣の国の育成システムで育ち、その選手が代表チームで活躍するという流れがありますが、それは地理的に近いからこそできること。南米も、ヨーロッパが比較的近いので戻ってきやすい。ですが、日本の場合はヨーロッパと離れているので、久保みたいなことをするのはハードルが高い。なかなかできることではありません」(北條氏)  いくつかの要素が挙がったが、これらは一例にすぎず、実際は様々な要素が複雑に絡み合っているのだろう。北條氏は、最後にこう話す。 「大谷選手は何もない文脈から生まれたわけではなく、日本がWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で世界一になるような実力を持ち、戦前からの歴史があるような競技だったからこそ。そう考えれば、サッカーはプロができて、たかだか30年ほど。ブラジルのようなサッカー大国では、偉大な先達から脈々と資産が受け継がれていますが、日本では、後の世代が先輩たちをどんどん追い抜いているような状況で、まだまだ発展途上。世界的スターが出ないというのは、ないものねだりなのかもしれません」 (AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    日本はなぜ、フランスのように動物愛護法で犬猫を守れないのか 繰り返される政争

     冷たい雨が降っていた9月2日、長野県松本市内の山中にある繁殖業者「アニマル桃太郎」の繁殖場では早朝から、長野県警の捜査員らによる家宅捜索が行われていた。2階建ての建屋の中には、繁殖用の犬約500匹が狭いケージに詰め込まれていた。  犬たちの激しい鳴き声が響き渡る中、トイプードルやポメラニアン、柴犬などが次々に運び出されてくる。遠目にも、多くが薄汚れていて、長毛種では体が毛玉に覆われているものもいるのがわかる。防護服に身を包んで出入りする捜査員の一人は、「中は臭くて息ができない。吐きそうだ」と話した。  同県警は11月4日、十数年以上前から犬の繁殖業を営んでいた男ら2人を動物愛護法違反(虐待)容疑で逮捕した。劣悪な環境で衰弱させたり、病気になったのに適切な処置をしなかったりして362匹を虐待した疑いがある。男らは、市内2カ所で計約1千匹を飼育し、繁殖した子犬を埼玉県内のペットオークション(競り市)を利用してペットショップに販売していたという。  フランスで11月18日、2024年以降にペットショップでの犬猫の販売を禁じる動物愛護法が成立した。一方で日本では、アニマル桃太郎のような劣悪な繁殖業者が長く営業を続け、そこで繁殖された子犬や子猫が全国のペットショップで売られている。日本でも、繁殖業者やペットショップに対する規制の強化は、過去4回の動物愛護法改正のたびに議論されてきた。だが、ペット関連の業界団体の激しい抵抗により、思うように規制強化が進んでこなかった現実がある。  12年の動物愛護法改正の際には、幼すぎる子犬・子猫の心身の健康を守るため、生後56日を超えるまで販売を禁じる「8週齢規制」の導入が検討された。  8週齢規制には、ペットショップでの販売状況を適正化する効果も期待されていた。子犬・子猫にぬいぐるみのようなかわいさがあるとされる生後40~50日ごろにショップ店頭に陳列できなくなり、消費者の衝動買いを抑制できる。  離乳後も一定期間、繁殖業者のもとで飼育しなければならないため、人手やスペースの問題から、これまでのような大量繁殖はしにくくなるとも見られている。  米、英、フランス、ドイツなど欧米先進国の多くで以前から導入されていた。特に英国イングランドでは20年から、生後6カ月未満の子犬・子猫を大手業者が売買するのを原則禁止。実質的にペットショップでの展示販売を困難なものにすると、期待されている。  日本でも子犬・子猫の大量繁殖、大量販売が行いにくくなると危機感を募らせたペット業界は強く反発した。このときの改正では結局、動物愛護法の本則に8週齢規制が盛り込まれたのだが、二つの「附則」がつけられ、「骨抜き」にされてしまった。  法律上は8週齢規制が実現したはずなのに、附則により、販売禁止の期間が当初3年間は生後45日まで、4年目からは生後49日までとされたのだ。しかも、「別に法律で定める」ことがない限り、販売禁止期間は56日にはならない。「全国ペット協会」や「ペットフード協会」、「ジャパンケネルクラブ」などの業界団体が一致団結してこぞって反対。政治家らに強く働きかけた結果だった。  19年の4度目の動物愛護法改正の際にも、ペット関連の業界団体は積極的に動いた。このときのテーマは大きく二つ。8週齢規制の完全実施と、ペットショップや繁殖業者の飼育環境について数値を盛り込んだ具体的な規制(数値規制)を導入することだった。ペット業界は、ペットフード協会の石山恒会長(当時)が中心となって16年、全国ペット協会など10団体とアニコム損害保険など業界関連企業6社(いずれも当時)による新団体「犬猫適正飼養推進協議会」を設立。人と資金を結集して規制強化に反対した。  一方、超党派の「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」(会長=尾辻秀久参院議員)が中心となって改正案を取りまとめていく過程で、演出家の宮本亞門さんや音楽評論家の湯川れい子さん、俳優の浅田美代子さん、とよた真帆さん、杉本彩さん、ミュージシャンの世良公則さんら影響力のある著名人が次々と規制の重要性を発信。社会的に、規制導入を後押しする声が高まった。こうした流れを受けて、19年に入るとペットショップチェーン大手のコジマやAHB、ペッツファーストが次々と規制に賛成の姿勢を表明。マイクロチップ装着義務化を目指していた日本獣医師会も、8週齢規制容認に転じた。  ペット業界側も自民党の政治家に多額の献金をするなどして働きかけを強めたが、19年6月、改正動物愛護法が成立。環境省令による数値規制導入が実現することとなり、8週齢規制の附則も削除された。ただ「どんでん返し」もあった。8週齢規制について、岸信夫衆院議員が会長(当時)を務める「日本犬保存会」と遠藤敬衆院議員が会長を務める「秋田犬保存会」が反対の姿勢を堅持。法案を取りまとめる最後の段階で、超党派議連側が譲る形で、柴犬や秋田犬など日本犬6種についてだけ、生後49日を超えれば繁殖業者が消費者に直接販売できるよう、またも「附則」がつけられてしまった。  犬猫適正飼養推進協議会は法改正後も粘った。数値規制の具体的な内容は省令で定めることになったため、今度は、その規制水準を巡ってロビー活動を始めた。19年11月、中央環境審議会動物愛護部会に出席した石山会長は、犬の寝床の大きさとして「高さ=体高×1・3」「幅=体高×1・1」という、犬がほとんど身動きできない数値を主張するなど激しく抵抗。「犬や猫に携わる多くの人々の営みに重大な影響を及ぼす」などとして、政治家に働きかけたり、複数のメディアに意見広告を掲載したりした。  こうしたなかで環境省は昨年、英国やドイツ、フランスなどの規制のあり方を参考にしつつ、国内の動物行動学の専門家からの知見を集めて、省令を取りまとめた。従業員1人あたりの上限飼育数を繁殖用の犬では15匹、猫では25匹までとし、メスを交配に使えるのは原則6歳までにするなど、一定の前進は見られた。  ただ、特に問題視されていた、繁殖業者が狭いケージに入れっぱなしにする詰め込み飼育への対策としては、平飼い用ケージの面積を体長30センチの犬なら最低「1・62平方メートル」とし、そこに2匹まで入れられるという内容になった。すべての犬の飼い主を対象に規制を定めるドイツでは、体高50センチまでの小型犬用の平飼いケージの広さは、1匹あたり最低「6平方メートル」と規定。また、業者を規制対象とするフランスでは、犬1匹あたり最低「5平方メートル」だ。日本の規制は、これらの半分にも満たない。  さらに交配の上限年齢やケージの面積(容積)については、施行までに1年の猶予期間を設定。従業員1人あたりの上限飼育数に至っては、完全施行を24年6月まで先送りした。ペット業界への影響を考慮した結果だ。    そのうえ環境省は、従業員の数え方に関して法定労働時間(1日8時間、週40時間)を持ち出し、その時間内で2人以上の職員が週に計80時間労働すれば、30匹の繁殖犬を飼育することが可能だとした。仮に、Aさんが1日8時間×5日(週40時間)、Bさんが1日4時間×5日(週20時間)、Cさんが1日4時間×5日(週20時間)働くとする。ある1日を切り出してみれば、Aさん1人で30匹の繁殖犬の面倒を見ている日もあれば、午前中4時間はBさん1人、午後の4時間はCさん1人で引き継ぐ日もありうる。環境省動物愛護管理室は「1人しかいない状態は望ましくない。勤務が偏っているような業者があれば、自治体は指導してほしい」としているが、「保育士の配置基準などと比べ、明らかに変則的な解釈」(細川敦史弁護士)になっている。  ペット関連の業界団体の力が強い日本において、19年の動物愛護法改正は、大きな前進だったことは確かだ。だがそれでも、フランスをはじめとする欧米先進国のように、ペットショップにおける大量販売、ひいては繁殖業者による大量生産を困難にし、優良な繁殖業者(ブリーダー)からの直売に誘導していこうとするほどの規制水準にはならなかった――というのが現実だ。  8週齢規制も数値を盛り込んだ新省令も今年6月に施行されている(新省令の一部を除く)。これらの規制をもってしても繁殖業者やペットショップによる飼育環境が改善されなければ、次の動物愛護法改正では、繁殖業について許可制導入が視野に入ってくると考えられる。消費者の意識の高まりが、不買運動などにつながる可能性も否定はできない。その先には、今回フランスが決断したような、ペットショップでの犬猫の販売禁止が議論の俎上(そじょう)にのることもあるかもしれない。  一方でペット業界も、巻き返しをはかってくるだろう。今年春以降、競り市の業界団体「ペットパーク流通協会」や一部の大手ペットショップチェーンなどが、自民党を支持する職域団体結成の動きを見せている。入会を呼びかける文書を入手すると、そこには「次回の法改正に向けて、ペット業界も(中略)政治的な活動が可能な組織を、検討しております」「これ以上の不利益な法律になることは避けなければなりません」「建設業や医療、保育、理容業などに続く、全国組織を形成していきます」などと書かれていた。  動物愛護法は施行後5年をめどに、見直しが行われる。5度目の改正に向けた議論は、早ければ24年にも始まると見られる。 (朝日新聞 文化くらし報道部 太田匡彦)

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    巨人、オフの補強戦略はいかに “2人の候補”が限られた選択肢の中で浮上か

     今オフ巨人はどういった補強に動くのか。阪神の梅野隆太郎など大物FA選手の残留が相次ぐなか、限られた状況で戦力を強化する必要性に迫られている。  東京五輪の影響もあり例年より約1カ月遅れで日本シリーズが終わった。従来ならストーブリーグでは巨人が話題の中心になることが多いが、今年は慎重に編成を進めているようで、今のところは静けさを保っている。 「シーズン負け越しで出場したクライマックスシリーズ(CS)で敗退。昨オフ、巨人が獲得に動くと見られていたFAの山田哲人、石山泰稚、小川泰弘の中心3選手が揃って残留したヤクルトに完敗を喫した。一方で代わりにFAで獲得した選手たちが期待外れだったこともあり、今オフの補強には慎重になっているようです」(巨人担当記者)  移籍の可能性が濃厚とも見られていたFA選手たちが残留したヤクルトは20年ぶりの日本一。逆に巨人はFAで獲得した井納翔一、梶谷隆幸の2人が怪我などもあり苦しんだ。外国人選手も期待通りの活躍は見せられず、補強のすべが裏目に出てリーグ3連覇を逃す要因となった。球団編成部とすれば面目丸潰れの状態で同じ失敗は繰り返せない。 「外国人選手はオーナーも興味のあるところだし、1つ2つ要求されるというのは皆さんもご存じのものはあったと思いますね。僕がそこ(FA補強)の部分というのは答えをパンと出してしまうのはおかしな話」(11月15日/巨人・原辰徳監督)  オーナーへのシーズン終了報告後、原監督は新たな外国人選手の獲得は否定しなかったがFA補強に関しては言葉を濁した。コロナ禍で球団経営が厳しいのは巨人も同様であり従来のような大型補強は難しい状況。コスパなど考慮した上で効率的な補強戦略を念頭に置いているように見える。  今季はチーム防御率3.63(リーグ4位)、チーム打率.242(同5位)と投打ともに苦しんだが、やはり打撃力より投手力を上げる方が確実性が高い。投手陣の強化へ向け今シーズンFA権を取得していた先発投手の広島・大瀬良大地、九里亜蓮の獲得に興味があったとされるが2人とも残留。現在は失点を防ぐための守備力があり、かつ攻撃面でも得点にも貢献できる選手の獲得に方向転換したようだ。  そこで浮上しているのが日本ハムから自由契約(ノンテンダーFA)となった大田泰示と、広島3連覇の立役者となったものの、若手の台頭もあり出場機会を失いつつある田中広輔だという。 「大田と田中は補強ポイントに合致する。大田は俊足強肩強打の外野手で丸佳浩、松原聖弥とトリオを組めば鉄壁な外野陣になる。明るい性格でムードメーカー役にもってこい。田中は打力こそ落ち気味だが、内野ならどこでもできる守備力と足は衰えていない。真面目な性格もチームに好影響を及ぼすはず」(在京球団編成担当)  大田は08年にドラフト1位で巨人に入団し、松井秀喜の背番号「55」を引き継ぐなど将来を嘱望されたが、期待に応えられないまま16年オフに日本ハムへトレードで移籍。日本ハムでは徐々に成績を上げ、19年には打率.289、20本塁打、77打点とキャリアハイをマークした。しかし、今季は76試合の出場で打率.204、3本塁打、20打点と移籍後ワーストの成績に終わった。  一方、田中は13年ドラフト3位で広島に入団。17年には盗塁王(35個)と最高出塁率(.398)のタイトルを獲得し、WBC日本代表にも選出されるなど球界を代表する内野手となった。しかし今季はプロ入り後最少となる81試合の出場にとどまり、打率.206、2本塁打、8打点、1盗塁と低迷。昨オフに2年契約を結び、まだ1年契約が残っているが状況次第ではトレードで移籍の可能性もゼロではない。 「ここ数年は成績が出ていないが使い勝手の良い選手。2人とも原監督の直系後輩ということも大きい(神奈川・東海大相模高卒、田中は東海大でも後輩にあたる)。大田は放出された巨人との関係が取り沙汰されるがノンテンダーという扱いを受けた後だけに贅沢は言えない。田中も小園海斗ら若手の台頭で試合出場機会がさらに減ることが確実」(在京球団編成担当)  大田は今季の年俸が1億3000万円(以下、金額は全て推定)と決して安くはないが、状況的に割安での獲得も可能だろう。田中も昨オフに2年総額4億円の契約を結んでいるが現状レギュラーではなく、トレードの交換条件等によっては交渉の余地があると見られる。 「原監督は2選手のことを高く評価しています。大田は自らの野球教室で見つけ出した逸材で常に気にかけていた。また坂本勇人が腰痛などコンディション維持が難しくなっている中で、田中のように二遊間を任せられる内野手が必要。梶谷の人的補償で巨人からDeNAに移籍した同タイプの弟・俊太を重宝したことでもわかる。2選手とも本来の実力を発揮できれば優勝へのキーマンになれるはずです」(巨人担当記者) 「巨人は日本ハム、広島と太いパイプを持っていていざという時に頼れる関係性。(日本ハムには)08年の二岡智宏の不祥事の際は引き受けてもらい、逆に今季は暴力事件の中田翔を引き取った。また広島は一岡竜司が移籍(13年オフに大竹寛の人的補償)して大ブレークを果たした。長野久義(18年オフに丸佳浩の人的補償)も欠かせない存在になっている。巨人フロント、選手には両球団に好印象があり仮に交換要員になっても嫌がる選手は少ないはず。動くなら今ではないか」(在京球団編成担当)  大田に関しては他球団も興味を持っていて争奪戦は必至。田中は1年契約が残っており獲得には大きな“見返り”を伴う。そういった意味でも両選手をチームに招き入れるためのハードルは決して低くはない。とはいえ、今年悔しい結果に終わった巨人が動かずにオフを過ごすとは考えにくい。ストーブリーグの巨人はどのような補強をするのか。今後の動向に注目したい。

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    「無限列車編」で煉獄杏寿郎が魘夢と直接戦わなかったワケ 植朗子

    【※ネタバレ注意】以下の内容には、映画、今後放映予定のアニメ、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。 14日、『鬼滅の刃』のアニメ「無限列車編」第5話が放送された。いよいよ無限列車編も後半にさしかかる。列車に乗り込んだ炭治郎たちは、鬼・魘夢との激闘の最中に、大きなダメージを負った。この任務には、炎柱である煉獄杏寿郎が同行していたが、彼は後輩剣士たちの援護にまわり、魘夢にとどめをさしたのは炭治郎だった。なぜ鬼殺隊実力者である煉獄が、直接、魘夢の首を斬らなかったのか。そこには煉獄の深い思慮があった。<本連載が一冊にまとめられた「鬼滅夜話」が11月19日に出版されます> ■「炎柱」が無限列車に赴いた理由  まず、無限列車に炎柱・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)が赴いた理由について考えたい。鬼を滅殺するための組織・鬼殺隊(きさつたい)の戦闘の要は、「柱」と呼ばれる者たちだとされている。 「柱とは 鬼殺隊の中で 最も位の高い9名の剣士である 柱より下の階級の者たちは恐ろしい早さで殺されてゆくが 彼らは違う」(6巻・第45話「鬼殺隊柱合裁判」より)  コミックス15巻には「柱は警備担当地区が広大」で多忙であると説明されており、柱が派遣されるほどの現場は、相当な危険が予想されるところばかりだ。 <短期間のうちにこの汽車で40人以上の人が行方不明となっている! 数名の剣士を送り込んだが全員消息を絶った! だから柱である俺が来た!>(煉獄杏寿郎/7巻・第54話「こんばんは煉獄さん」)  無限列車には、鬼の実力者「十二鬼月」のうち「下弦の壱」にランキングされている鬼の魘夢(えんむ)が潜んでいた。下位クラスの鬼とは違い、血鬼術(けっきじゅつ=鬼の特殊能力)も予想以上に強力なものだった。 ■煉獄の柱としての資質の高さ  煉獄杏寿郎は、無限列車内で大量の弁当を食べ、後輩剣士たちとにぎやかに会話を交わしている。一見すると和やかな雰囲気であるが、はじめて列車に乗って興奮している伊之助(いのすけ)に対して、煉獄は「危険だぞ!いつ鬼が出てくるかわからないんだ!」と注意をうながしている。煉獄が警戒を怠らず、高い緊張感を持っていることが、このセリフからよくわかる。  炭治郎が自分の新技である「ヒノカミ神楽(かぐら)」のルーツを探すために質問しても、「だが知らん!」「この話はこれでお終いだな!!」と煉獄に一蹴されている。 <待ってください そしてどこ見てるんですか>(竈門炭治郎/7巻・第54話「こんばんは煉獄さん」)  こんなふうに炭治郎は、煉獄への相談を続けようとするが、煉獄の注意は列車内にいる鬼の気配を探ることに向けられていた。煉獄が目の焦点を炭治郎にだけ集中させなかったのは当然のことで、これは煉獄の危機管理能力の高さを示している。柱と一般隊士との意識の違いである。 ■魘夢の能力・煉獄杏寿郎の実力  しかし、煉獄がこれほど注意をはらっていても、彼らは魘夢の血鬼術(けっきじゅつ=鬼の特殊能力)に翻弄されてしまう。慎重な性格の魘夢は、自らは鬼殺隊の前になかなか姿をあらわさず、手先である人間を使って、煉獄たちを夢の中へと引きずりこんだ。  それでも煉獄と魘夢の実力差は歴然としていた。コミックス7巻の説明によると、「通常 眠り鬼の術に落ちている時 人間は体を動かすことができない」はずなのだが、煉獄は攻撃されそうになった時、「動けるはずのない術の中で」動くことができている。  煉獄の剣技、集中力の高さ、能力から考えても、彼が魘夢に直接とどめをさすことは十分に可能だった。だが、煉獄はそれを炭治郎たちに任せた。一体なぜか。 ■煉獄杏寿郎の戦い方  高速で走る列車。8両編成の長い車両。日輪刀を振りづらい狭い通路。200人の人質。魘夢は列車全体を支配しており、車内のいたるところに人間を襲う触手を発現させていた。煉獄には乗客全員の命を守る、という責務があった。それゆえ、煉獄の判断は早かった。 <俺は後方5両を守る!残りの3両は黄色い少年と竈門妹が守る 君と猪頭少年は その3両の状態に注意しつつ 鬼の頸を探せ>(煉獄杏寿郎/7巻・第60話「二百人を守る」)  煉獄の実力なら、一気に先頭車両まで駆けて、魘夢の「頸の骨」を見つけることもできた。しかしその間、炭治郎たちでは、乗客を守り切ることができない。実際に炭治郎は、車両を守っている最中に「目の前の人たちを守るので精一杯だ まずいぞ どうする」と焦っている。  この状況では、鬼を倒すことよりも乗客を守ることの方がはるかに難しいと煉獄は一瞬で理解した。そのため、煉獄は、炭治郎と伊之助に魘夢を任せて自分は車両を守ることに専念した。「乗客を1人も死なせない」という信念と共に。 ■「守りながら戦うこと」の難しさ  煉獄の判断は正しかった。善逸と禰豆子は3両の乗客を守り切り、炭治郎と伊之助は魘夢の弱点を発見して、その首を斬ることができた。煉獄は「8両編成の車両に分散している200人の乗客すべて」の命を守り切ったのだった。  しかし、この魘夢戦直後に、それ以上の実力者である「上弦の参」の鬼・猗窩座(あかざ)がやってくる。炭治郎、伊之助、善逸の実力では、猗窩座と渡り合うことは不可能。その場では、煉獄杏寿郎だけが、猗窩座と互角に戦うことができる唯一の人物だった。 <動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!!待機命令!!>(煉獄杏寿郎/8巻・第63話「猗窩座」)  煉獄は1人で戦うならば、猗窩座とも十分に渡り合うことができただろう。しかし、傷ついた後輩剣士たちをかばいながら、2体目の十二鬼月と戦うのは困難を極めた。敵であるはずの猗窩座に「弱者に構うな杏寿郎!! 全力を出せ 俺に集中しろ!!」と苦言を呈されているほどだ。 ■強く優しかった“煉獄さん”  魘夢戦において、炭治郎は自分ができることに専念し、鬼の首を斬ることができた。しかし、猗窩座戦で炭治郎は何もすることができなかった。煉獄と猗窩座が到達している「地点」に、今の炭治郎では及ばなかったのだ。炭治郎は、母と弟妹の死以降、はじめて「自分が何もできないまま」に人を死なせてしまう。さらには、「自分を守るために死にゆく人」を目撃することになる。  猗窩座との戦いで致命傷をおった煉獄は、泣き叫ぶ炭治郎を優しく呼び寄せ、語りかける。列車内で聞かされていた「ヒノカミ神楽」の情報が、自分の生家になら残っているかもしれないと告げるために……。重傷の激痛に耐える中、命が燃え尽きようとするその時に、煉獄は最後まで後輩剣士のことを思いやっていた。  無限列車における煉獄の判断は、常に「人を救うこと」を最優先になされた。だからこそ、魘夢との戦いでは後方支援に回り、猗窩座戦では身を挺して炭治郎たちを守った。  この後、激化する鬼との死闘の中で、鬼殺隊の隊士たちは、それぞれに煉獄杏寿郎の姿を思い出す。それが力となって、今後もたくさんの人たちを救い続けるのだった。 ◎植朗子(うえ・あきこ)1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた『鬼滅夜話』(扶桑社)が11月19日に発売予定。

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    なぜ小室眞子さんは圭さんに必死だったのか 秋篠宮さまのよそよそしさから読み解く

    「夫の方については」「面会していた時間が20分位」「何か印象に残ることというのは特にありません」――。  秋篠宮さまの56歳の誕生日会見で国民が感じたのは、長女眞子さんの夫、小室圭さんへのよそよそしさだった。   もともと秋篠宮さまは、記者会見において家族を名前で呼ぶことはほとんどない。眞子さんや佳子さま、悠仁さまについても「長女」「次女」、「長男」といった呼び方をしていた。  一方、小室圭さんについては、婚約が発表された2017年や翌18年の誕生日会見では、<小室さんの印象ですけれども>、<小室さんに関わること、これが毎週のように週刊誌等で報道されていることはー>と自然な流れで名前を出していた。それが、令和の世に移った翌19年は、<小室家とは連絡は私は取っておりません>と、どこか他人行儀な表現を選び、翌20年の会見では、「小室」という名前すら出さなかった。  そして今年。圭さんは、長女の夫という「家族」になったとはいえ、圭さんを「夫の方」と呼び、圭さんが結婚前にあいさつに訪ねてきたひとときを、「面会していた時間は20分位」と話し、距離感を感じさせる表現だった。  圭さんが秋篠宮邸を訪問した10月18日、秋篠宮夫妻は、千鳥ヶ淵戦没者墓苑秋季慰霊祭への臨席という公務があった。とはいえ、数日後に結婚する娘の結婚相手と食事をともにすることもなく終了したという現実は何を物語るのか。  秋篠宮さまは先の会見で、結婚に伴う儀式を行わなわないと判断を下したのは「私の独断」だと明かした。さらに、皇室の行事が「非常に軽い」印象を与えてしまったと、苦渋をにじませた。  儀式を行わなかった理由は、小室さんが金銭トラブルについて春に公表した28枚の文書にあった。 <この春に娘の夫がかなり長い文書を出したわけですね。(略)あれを読んでどれぐらいの人が理解できるか><これはもう私の独断です、私の個人の考えとして、あれを読んでみんながすぐに状況を整理して納得できるというものではないと私は判断しました>  さらに、10月26日の結婚会見についても、自身が思う形とは異なっていたと胸中を吐露した。 <双方向での会見という形にしてほしかった><私としては自分の口からそのことについて話をして、そして質問にも答える,そういう機会があった方が良かった>  秋篠宮さまが口にしたように、金銭トラブルについての説明も本来は、小室さんが自分の口から説明すべきものだろう。小室圭さんが内親王の結婚相手として祝福できる存在足り得なかったことも、会見の言葉から伝わってくる。 こうした父親の気持ちをよそに、眞子さんは、圭さんに留学を進言しただけでなく、金銭トラブルについても一貫してかばい続けた。  なぜ、内親王がここまで必死になったのだろうか。  眞子さんとよく世間で比べられる黒田清子さんの場合も実は、結婚相手へ相当の配慮があったという。   清子さんは、当時の天皇ご夫妻の長女。内親王のなかでも、身位の高い皇女という立場だ。清子さんもまた、結婚相手である黒田慶樹さんに関する細かな情報を公表することについて、積極的ではなかった。  上皇后美智子さまや皇后雅子さまが結婚した時代は、結婚相手の家系図が報道されるのは、当たり前という感覚であった。両親はもちろん親族の職業や出身地なども詳細に、国民の知ることとなった。 「しかし清子さんからは、黒田慶樹さんと結婚するにあたり、相手がどういう人であるといった細かなことまで、自分たちから情報を提供することは、好ましくない、という考えであった」(当時の事情を知る人物)  清子さんが相手の情報をつまびらかにすることに難色を示した背景には、「皇族という立場の自分と結婚してくれる相手なのだから、迷惑をかけたくない」という考えがあったのだという。  多くの女性皇族にとって、結婚は皇室の外に出る平和的な手段でもある。ある皇族女性は、「皇室から出るためには結婚しかない」と吐露したという。佳子さまも、早く皇室を出て民間で暮らしたいとの考えを持っているとの話も聞こえてくる。  皇室に仕えてきた人物は、こう分析する。 「皇族と結婚する相手は、マスコミに追いかけられ、プライバシーもない生活に巻き込まれる。そうしたリスクを受け入れても自分と結婚してくれる相手は、できる限り守りたいという心情をお持ちになるのは、自然なことです。秋篠宮さまの会見からは、小室圭さんに対する複雑な心境が明確に伝わりました。一方で、眞子さんは、世間には不自然に思えるほど相手をかばい続けました。逆にいえば、皇族が『私のような立場にある女性と結婚してくれる相手』という心情にならざるを得ないほど、追い込まれている現実がある、ということでしょう」  秋篠宮さまも、眞子さんの結婚が「皇室に影響を与えた」と懸念を口にしていた。眞子さんの結婚騒動は、皇室と国民の距離の変化を世間に知らしめた。  若い世代の皇族は、令和という時代のなかで「皇室にあるべき姿」を模索しなければならないのだろう。 (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    愛子さまが借りるティアラ、清子さんからの理由は「格」の違い 秋篠宮家へは逆風やまず

     天皇・皇后両陛下の長女、愛子さまが12月1日に20歳の成年を迎える。  とくに話題を集めたのは、愛子さまがティアラを新調せず、叔母の黒田清子さんのティアラを借りて祝賀行事にのぞむ、異例の成年式となることだ。宮内庁は、「コロナ禍で国民生活に影響がでていることに配慮した愛子さまが、両陛下と相談した決めた」と説明している。 「どうも、何をとってもタイミングが悪く秋篠宮家への逆風になってしまう」  そうため息をつくのは、皇室に長く仕えた人物だ。秋篠宮家の長女、眞子さんが小室圭さんと結婚したのちに渡米したばかり。  渡米前に国内で滞在したのは、渋谷区の東京メトロ外苑前駅近くにある長中期滞在者向けの高級サービスアパートメントだった。結婚によって皇籍から離れたばかりの元内親王に、所轄する警察の警備がつくのは当然のことだ。とはいえ、外出の度に報じられた結果、特別な警備体制に注目が集まった。  そしてNYでの新居の豪華さも報じられている。英タブロイド紙のデイリー・メールなどの海外紙によれば、小室夫妻の住まいは、セントラルパークやタイムズスクエアに近いヘルズ・キッチン地区にあるタワーマンションだ。2017年に建てられたばかりで、24時間対応のロビーやフィットネスルームにヨガスタジオ。スパやゴルフシュミレーションセクションなどを備えた豪華な仕様だという。  小室さんのLawClerk(法務助手)の年収は600万円程度と見られている。一方で、海外紙によれば、ワン・ベッドルームとはいえ家賃は、月額約4800ドル(55万円)と安くはない。  宮内庁関係者の間でも、眞子さんの結婚と米国移住が無事にすんではればれしたという空気と同時に、小室夫妻の先行きを案じる声もわずかに漏れてくるようだ。  そんなタイミングで宮内庁が公表したのが、愛子さまが「借りたティアラ」で祝賀行事に臨むというニュースだった。  女性皇族にとって、成人を迎えた誕生日は宮殿行事デビューの日でもある。まず皇室の祖神・天照大神などが祭られる宮中三殿に参拝し、宮殿で天皇陛下から宝冠大綬章が授与される。 ローブデコルテの正装に新調したティアラとネックレス・ブレスレット・イヤリング・勲章どめの宝飾品5点を身に着け、両陛下にあいさつするのが恒例だ。  内親王だった眞子さんの場合、ティアラと宝飾品は「和光」で2856万円、佳子さまは「ミキモト」で2793万円をかけて制作された。大正天皇のひ孫にあたる三笠宮家や高円宮家の女王方の場合は、1500万円前後だ。  ティアラなどの宝飾品は、ぜいたくをするために制作するわけではない。成年皇族は公務を担うようになり、宮殿行事や外国からの国賓や賓客を接遇する晩さん会など国際親善の場では、勲章とともに正装を持って迎えるのが礼儀だからだ。  皇后や皇太子妃は代々受け継がれるティアラなどを所有している。そのなかには、平成の時代に皇后が故・秩父宮勢津子さまから譲り受けたティアラなどもある。つまり、他の宮妃や最近では眞子さまのティアラも宮内庁に預けられている。  女性皇族の所有していたティアラもあるなかで、なぜ愛子さまは清子さんより「借りる」形になったのか。  眞子さんをはじめ、最近の女性皇族が成年を迎えた際に新調したティアラは、いずれも宮内庁が管理する公金で制作されている。そのため、公金で作られた眞子さんのティアラは、離脱とともに宮内庁に預けられた。  一方で、黒田清子さんが成年を迎えた時に、新調されたティアラと宝飾品は、天皇家の私的なお金であるお手元金で制作された。  元宮内庁関係者は、ティアラを公金で支払うようになったのは、三笠宮家の彬子さまのときからではないか、と話す。 「明治以降の近代皇室においては、天皇家も宮家も相応の財産を持っていたこともあり、宝冠など装身具は私的な費用で賄っていました。黒田清子さんのティアラもその流れだったと記憶しています。日常費で制作したものは、扱いがあいまいなところもある。昔の皇族のように、『娘に持たせてあげたい』、と結婚先で大切に保管されているものもあると聞きます」  お手元金で制作した黒田清子さんのティアラは、ご本人のものだ。そのため、「借用」という形になった。  さらには、前述したように、内親王と女王というご身位の違いによって、ティアラの金額も異なる。 「眞子さんの結婚のタイミングは、ギリギリまで読めませんでした。加えて、同じ内親王でも、天皇家の娘である愛子さまと、皇嗣家の眞子さんと佳子さまでは立場も異なる。同じ皇女である清子さんのティアラが格という点でも、相応しかったのでしょう」(皇室の事情に詳しい人物)  異例続きとなったのは、ティアラだけではない。  女性皇族、特に内親王は、二十歳の成年を迎えた際と結婚して皇籍を離れる際に会見を開き、記者の質疑に答えるのが恒例だった。  いまのところ、愛子さまの記者会見は、日程が決まっていない。成年の会見は、その成長を国民が感じる大切な機会でもある。  眞子さんが皇室を離れたいま、愛子さまへの期待は、高まっている。 (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    「愛子さまのお気に入りは子どもの頃から変わらない」天皇一家の追っかけ主婦が語る激写20年

     愛子さまはあどけなさがあったのに、成人皇族になられて、大人びてステキな女性になられ、うれしいですね」  こう話すのはカメラを片手に天皇ご一家を28年半、追っかけてきた主婦の吉田比佐さんだ。  12月1日に20歳の誕生日を迎え、成年皇族となった愛子さま。5日には成年の祝賀行事が行われ、愛子さまのドレス姿が初お披露目となる。  5日午前は長袖で淡い色味の「ご参拝服」を身につけて皇居の宮中三殿を参拝される。その後、襟元の詰まった長袖のドレス「ローブ・モンタント」に着替えられ、天皇陛下から勲章を受けとられるという。  午後は襟元の開いた「ローブ・デコルテ」に勲章、ティアラを着用した正装姿で、両陛下に挨拶される予定だ。 「愛子さまが身につける髪飾りのティアラが話題になりましたが、ティアラには女性としてすごく憧れますね。車の中の皇族を撮る時にはティアラをしているかどうかは、私たち追っかけにとっては大きいです。ティアラをしているお姿ってなかなか見れないので、”きょうはティアラをしているかもしれない”って思うと、疲れていてもがんばって、撮影ポイントに並ぼうという気になりましたね」  今回、愛子さまはコロナ禍の影響を配慮し、天皇陛下の妹(紀宮さま)で、結婚して皇籍を離脱した黒田清子さんが所有するものを借用する。 「眞子さん、佳子さまのティアラもそれぞれ2800万円もする豪華なものでしたけれど、私の見た印象では、黒田清子さんのティアラはクラシックな印象でした。清子さんのティアラのデザイン方が好き、愛子さまはお似合いになると思います」  吉田さんは過去、ティアラをつけた皇族の撮影経験もある。 「ディアラをつけられるのは特別な日だけですね。新年の祝賀の行事の時とか、外国からお客さまが来る時の接待で宮中晩餐会にお出になられる時です」  吉田さんが、追っかけを始めたのはまだ愛子さまが生まれるずっと前、1993年6月9日の両陛下のご成婚パレードからだ。 「ご成婚パレードでは、雅子さまが1000個のダイヤをちりばめた豪華なティアラをして、ローブ・デコルテの衣装を身にまとっていました。とてもステキな写真が撮れました」  そのお姿が脳裏から離れず、雅子さまを追いかけるようになった。 「愛子さまもローブ・デコルテを新調なさるそうですね。格式のあるロングドレスで、襟元や背中が大きくカットされているそうです。愛子さまがお召しになるとどんな感じになるのかとても楽しみです」  愛子さまを生まれたばかりの幼少期から見守り続けた吉田さんは20年の歳月をこう振り返る。 「愛子さまが赤ちゃんの頃、私たちは仲間うちで“愛子ちゃま”と呼んでいました(笑)。雅子さまに抱っこされている姿が、今でもきのうのことのように目に浮かびます」  天皇陛下と雅子さまの結婚会見のとき、記者から「お子さまは何人くらい?」 と質問され、雅子さまは「家族でオーケストラが作れるような子供の数ということはおっしゃらないでください、と(陛下に)申しました」とジョークで返した。 「陛下も愛子さまも音楽がお好きです。実際に陛下がヴィオラ、愛子さまがチェロを演奏するオーケストラのコンサートに参加された時、雅子さまがご覧になっていましたね」  愛子さまは文武両道でスキー、水泳なども、お好きだという。 「御所の中では陛下と一緒にジョギングをしたりしているそうです。毎年、夏になると、ご家族で下田(静岡県)や那須(栃木県)にご静養に行かれるのですが、下田の御用邸の裏手には海があって、愛子さまはいつも真っ黒になって東京に帰って来ていましたね」  愛子さまファッションには特徴があるという。 「愛子さまは夏場には、ワンピースをけっこう着てらして、ふわっとしたフレアスカートのワンピースをよく見かけましたね。冬は赤いセーターを着たり、ピンクのブラウスを着たり、全体にフェミニンです。先日、20歳のお誕生日に愛犬の由莉(ゆり)ちゃんと一緒の映像でも、茶系のふわっとしたスカートだったので、そういう服装がお気に入りでいらっしゃるところは、子供の頃と変わらないなと思いました」  愛子さまは学習院中等科時代に”激やせ”し、体調が心配されたこともあった。 「あの時はダイエットしているやせ方とはちょっと違うのかなと思いました。雅子さまの体調にも波があって、愛子さまもお母様のことを心配されていたのではないかと思います。雅子さまは新皇后になってから、自信が取り戻せたのではないでしょうか」  2019年11月9日に行われた「天皇陛下ご即位をお祝いする国民祭典」では、嵐のパフォーマンスが行なわれ、一家団欒で楽しむ様子が放映された。 「雑誌で読んだんですが、愛子さまは嵐の相葉雅紀君の”推し”だそうですね。カラオケも歌われるのだとか」  吉田さんは94年5月、会社員の夫と結婚した。結婚前から追っかけをしていたから、夫は理解があり、朝早くから出かけても何も言わないという。  コロナ禍のステイホームにより、雅子さまや愛子さまのお出かけが減った。加えて、天皇陛下ご一家は今年9月、赤坂御所から皇居に引っ越した。 「これまでは、ご一家が赤坂御所と皇居の行き帰りを張っていれば、写真が撮れたんですが、皇居に住まわれるようになると、皇居内での宮中行事が多いですから、シャッターチャンスも減ってしまいました」  吉田さんは今年7月から就職し、平日はフルタイムで働き、平日は追っかけが難しくなったが、できる限り続けたいという。 「愛子さまは車の中でも、窓を開けてお手ふりしてくれますよ。ニコッと笑う愛子スマイルが、かわいらしい。あの笑顔を見ると、こちらも気持ちが安らぎます。これからも雅子さまとともに、愛子さまのご公務の様子も拝見できたら、嬉しいなと思っています」  愛子さまの祝賀行事の撮影現場に吉田さんはもちろん、カメラ片手に出かけるという。どんな愛子さま笑顔が撮れるのか。 (AERAdot.編集部 上田耕司)

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    1年に3日しか休めなかった心臓外科医が、働き方も診療の質も劇的に改善させた「業務改革」とは

     忙しい医師の世界のなかでも、とりわけ多忙と言われる心臓血管外科医。神奈川県の菊名記念病院・心臓血管外科部長の奈良原裕医師も、これまで「年に3日しか休みがない」という生活を送っていた。こうした働き方では「医療の質も担保できない」と危機感を覚えた奈良原医師は、業務改革に取り組み、働き方のみならず診療の質を向上させることにも成功した。会社員を経て医学部に入り、38歳で心臓外科医になったという“異色”の医師は、どうやって心臓血管外科を変えていったのか。<<前半・偏差値38、文系卒だった会社員が29歳で国立大医学部へ 心臓外科医になるまでの半生>>から続く *  *  * 北陸新幹線の佐久平駅から車で30分。長野県佐久穂町立千曲病院に、奈良原医師は毎週金曜日、東京から片道2時間半かけて日帰りで勤務する。 「佐久穂町は意外と近いですからね。以前は、片道3時間半かけて新潟県・松之山や5時間半かけて北海道・木古内に日帰りで診療に行っていました」  奈良原医師は、中央大学法学部を卒業後、一般企業での4年半の社会人経験を経て、29歳で医学部に合格。35歳で卒業後、激務ゆえ学会では「30歳以下でなることが望ましい」と言われるという心臓血管外科医を38歳からめざしたという“異色”のキャリアをもつ。  現在、常勤先である菊名記念病院の心臓血管外科部長として多忙な日々を送るなか、奈良原医師は週に1回、医師不足の町へと日帰りで診療を行っている。だがそれができるまでには、10年にわたる心臓血管外科の業務改革が必要だったという。 ■「1ヶ月のうち91%は病院で過ごしていた」  10年前、菊名記念病院心臓血管外科は、奈良原医師とその上司の2人で切り盛りしていた。病院のそばに住んではいたものの、家に帰ることはほとんどなく、病院に泊まることもしばしばだった。 「振り返ってみると、1ヶ月のうち91%は病院で過ごしていたようです。一番ひどい年は、年間の休みは3日だけ。そのうち1日は地方の結婚式に、残りの2日間は学会に出席していました」  奈良原医師が同病院で働き始めた2008年ごろ、患者の50%以上は救急患者だった。救急で来るということは当然、緊急性が高いため、すぐに治療しなければならない。夜中に飛び起きて手術、外来で待合室に患者がいても手術を優先する、という日常生活を送っていた。手術が終わっても一段落とはいかない。重症患者の場合、術後の不整脈や再出血など、さまざまな対応をしなければならなかった。  重症ゆえに日曜日も入院患者の様子を見る必要があった。別の診療科の医師がすぐ対応できるほど、心臓手術後の患者の対応は「甘くない」という。結局、週7日で勤務する日々が続いていた。 「1人の患者に対する業務量はかなり多い。忙し過ぎれば医療の質が落ちる可能性もあるし、場合によっては安全性も担保できないかもしれない。このままではだめだ、という危機感がありました」 ■起死回生のFacebookで「いいね」3000超え  そこで上司と一緒に始めたのが、Facebookでの情報発信だ。「当時、病院がSNSで情報発信するのは珍しかった」と奈良原医師は振り返る。内容は、診療に当たって日頃思っていることや一緒に働く仲間のこと、今日食べたランチなど心臓血管外科医の日常をありのままにつづるというもの。これを写真とともに投稿したFacebook記事には3000以上の「いいね」がつき、先駆的な試みとして医療系のメディアで紹介されることもあった。 「発信の目的は自分たちを知ってもらうこと。私たちの人となりを見てもらって、患者さんや他院から少しでも信頼していただけたらと。その結果、こんな先生がいるからここで手術してもらってはどうですかと、他院から患者さんたちが次第に紹介されるようになりました。紹介患者さんの手術は緊急ではなく予定された手術としてスケジュールが組めるので、看護師さんたちも含めて仕事がやりやすい。仕事の予定が立つというのは、救急患者ばかりのそれとは負担感が全く違います。結果的に、手術後の患者さんの病状も安定していることが多くなります」  手術前の診療にも良い影響があった。紹介で来院した患者と話すと、「先生のことはFacebookでよく見ています」「このあいだ投稿していたお弁当、おいしそうでしたね」と話が始まる。初対面でもうち解けた雰囲気で、患者との信頼関係をつくることができた。  さらにFacebookを見た医療関係者のなかから、この病院で働きたいという若手があらわれた。働き方改革だけでなく、仲間を増やすこともできたという。  休みがほぼない状況で働きつづけて10年。二人の部下ができたおかげでやっと週に1日の休日を手に入れた。しかし奈良原医師は「休みができたからには、何か世の中のためになることをやりたい」と考え、空いた時間を地域医療に使うことにした。社内で評価されることを第一に考えて働いていた会社員生活を捨て、人のために働きたいと思って医師の道へ――。そのときの思いが自分を突き動かしたという。 「地方では、6、70代、場合によっては80代の先生が一人で頑張って医療を支えているところも多い。また、必要な専門医が不在なため医療が不十分となっている地域もあります。そこで医師不足で困っているところのお手伝いをしようと考えました」  全国自治体病院協議会という団体に相談し、2016年、新潟県十日町市の松之山診療所で診療を始めた。 「ある先生がたった一人でやっている診療所なのですが、その先生は午前中に別の診療所で働き、午後にそこから車で1時間近くかかる松之山診療所に来るという働き方をしていました。医師が足りていないため、そうせざるをえないようでした。週に1日だけでも支援してくれるとありがたいということで、毎週金曜日に日帰り診療に行くことになりました」 ■都市部と地方の交流で医療格差を解決したい  地方では「こんな遠いところまで日帰りで来てくれる医師はいないだろう」という発想になりがちだと奈良原医師は言う。 「だからニーズがあるのに、それを上手く生み出せていません。でも今は、新幹線をはじめとして交通も発達しているから、都市部から地方に日帰りすることも可能です。また、会社もそうですが、4月になって人が入れ替わると、組織が活性化しますよね。外部の医師との交流が生まれることは、地方にとってもいい効果があると思っています」  奈良原医師は今、自身のSNSで、佐久穂町への日帰り診療の様子を発信し続けている。診療のことだけでなく、食べたものや町で行われたイベントについてなど、話題はごく身近なものも多い。 「都市部と地方の医師の交流が進めば、医師の偏在や地域間医療格差の解決につながるのではないかと、本気で思っています。どちらの医師にとっても、またそこで暮らす患者さんたちにとっても良い流れになったらいいなと思って、楽しみながら日帰り診療を続けています」 (白石圭) <<前半・偏差値38、文系卒だった会社員が29歳で国立大医学部へ 心臓外科医になるまでの半生>>から続く

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    巨人・中田翔の“大幅減俸”は必至 高額だった年俸はどこまで下がるのか

     巨人・中田翔にとって“勝負のオフ”がやってきた。選手として来シーズンへ向けた巻き返しとともに、大幅減俸も予想される契約更改も待ち構えている。  途中加入にも関わらず、今シーズン低迷した球団のシンボルのような存在になってしまった男は、この先どのようにチーム内で扱われるのだろうか……。  中田は今シーズン、日本ハムで後輩選手への暴力事件を起こし、その後巨人が引き取る形でトレード移籍した。周囲からの厳しい批判もあった中で入団早々から試合に出場したがシーズン最後まで期待に応えることができなかった。巨人移籍後は34試合に出場し、打率.154、3本塁打、7打点。ヤクルトとのCSファイナルステージでは、3試合目の9回2アウトから代打で出場し、明らかなボール球に手を出して空振り三振。今季を象徴しているような不甲斐ない幕切れとなった。 「良い打者だから大きな期待をしていた。しかし状態が悪いまま時間だけが過ぎチームも下降線を辿った。身体の調子も良くないという話もあったがすべてが上手くいかなかった。今のままでは来年も同じになるからオフの間に心技体をしっかり整えて欲しい。頼れるのは自分しかいない」(巨人OB) 「獲得自体に賛否両論があったのは事実。やってしまったことは良くないし移籍の過程などに納得いかない人がいるのも理解できる。でも結局のところプロは結果で取り返すしかない。結果を出していれば周囲を黙らせることもできたと思うのですが……。来季に関して球団内を含め誰もが注目しているはずです」(巨人関係者)  前所属の日本ハムが無期限出場停止の処分が下されたのにも関わらず、巨人移籍後は即座に試合に出場した。一連の経緯が明確ではなかったため世間の逆風が吹き荒れた。また高額な旧年俸を引き継いだ契約条件も大きな話題になった。  中田は今年が日本ハム時代に結んだ3年契約の3年目で、年俸は3億4000万円(以下金額は推定)。巨人は参稼報酬(年俸)期間となる2月1日から11月30日までのうち、移籍決定後の8月20日から11月30日までの103日分を日割り計算して支払うこととなった。巨人が支払う額は約3分の1に当たる約1億1500万円ほどだ。 「結果だけを見れば高すぎる。獲得自体がギャンブルだったから。タラレバになるが大活躍をしてCSを突破し、日本シリーズに進出できていれば安い買い物だった。複数年契約は今年までだから今オフは年俸を大幅に下げ、単年契約で本人に自覚を持たせないとダメ。そこまで徹底しないと中田自身が野球選手として終わる。中途半端な処遇では他選手だって納得いかないだろうしね」(巨人OB) 「原辰徳監督や編成部がどのように判断するか。昨年は108打点で打点王を獲得したものの、これまでケガに苦しむ年もあり、年間通じての出場と活躍は期待できないという声もある。減俸は当然だが、どのくらいになるかに注目が集まります。チーム全体の士気にも関わることで今オフ最大の関心ごとになります」(巨人担当記者)  今季は日本ハムと巨人でトータル73試合に出場。打率.177、7本塁打、20打点(日本ハムでは39試合に出場。打率.193、4本塁打、13打点)と大幅に成績が落ち込んだ。不祥事もあり、精神的なダメージの影響などもあったのは間違いないが、球界を代表する強打者の成績としてはあまりにも物足りない。また過去に左第5中手骨の亀裂骨折(13年)、右内転筋筋挫傷(17年)、右手母指球部挫傷(19年)など故障での離脱も少なくなかった。今年も急性腰痛で6月にチームを離脱している。コンディション面での不安も大きく野球協約の減額制限(元の年俸1億円を超える場合は40%)を超えての減俸になることは避けることはできないだろう。  過去に巨人では15年オフに杉内俊哉が5億円から5000万円へ90%の大減俸があった(この時は右股関節の手術をしたばかりで翌年に復帰が見込めないためだった)。その他にも高橋由伸が11年オフに3億5000万円から1億7000万円(51%減)、小笠原道大が12年オフに4億3000万円から7000万円(84%減)、中島宏之が19年オフに1億5000万円から2000万円(87%減)というケースもあった。 「年俸3億4000万円から減額制限40%減の2億400万円は確実。過去の例を見ても場合によっては1億円台前半ということすらも考えられ、中田にとって厳しいオフとなるでしょう。しかし全権を任される原監督の期待と信頼は変わらない。開幕に向けて一塁や外野でチャンスは与えられるはず。そこでレギュラーに定着し、シーズンで結果を残せば来オフに減額分も取り返せる。中田にとってここからが勝負です」(巨人担当記者)  今季はキャリアで最悪のシーズンとなってしまったが、来季の年齢は33歳と打者としては円熟期を迎えている中田。かつて侍ジャパンの4番を任された大砲がこのままキャリアを終えることはないはずだ。ここから再び球界を代表する打者として活躍する姿を見せてくれることに期待したい。

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    武豊騎手が「ウマ娘」ブームを語る 「よみがえってうれしい」と語った悲劇の競走馬とは

     ゲームアプリ『ウマ娘 プリティーダービー』は、実在した競走馬を美少女キャラに擬人化したコンテンツで、「Yahoo!検索大賞」や「Google Play ベスト オブ 2021」の「ベストゲーム 2021」を受賞するなど、競馬好きの中高年から若年層まで幅広い層から人気を集めている。この一大ムーブメントを「相棒」である騎手はどのように感じているのか。サイレンススズカやスペシャルウィークをはじめ、長年多くの名馬に乗ってきたレジェンド騎手の武豊さん(52)は、このブームにを喜び、NHKの番組内でもビデオメッセージを寄せていた。武さん本人にインタビューし、「ウマ娘が競馬界にもたらしたもの」について語ってもらった。 ――「ウマ娘」のブームで、競馬人気も高まっています。影響を感じてますか? ウマ娘の話題は本当によく耳にしますし、すごい影響力だなと思っています。実際、僕の周りでも、中学生ぐらいの知人の息子さんから、僕が過去に出ていたレースのことなど質問をされるようになりました。僕が乗ってきた馬たちも、たくさんキャラクターになっているからです。ウマ娘がなかった頃は、子どもたちと競馬の話をあまりしたことがなかったのに、急にいろいろ聞いてくるようになってびっくりしています。今の中学生は、スペシャルウィークやディープインパクトのレースを見たことがない世代。その世代が過去の馬に興味を持ってくれるのは、すごいことですよね。 ――ナイスネイチャなど、ウマ娘のモデルになった引退馬への寄付が倍増するといった現象も起きています。 現役時代の彼らを知らなくても、ウマ娘をきっかけにその馬のことを調べてもらえて、馬が脚光を浴びているのは嬉しいですね。引退後の馬も、支援があれば救われる。いろんなところにいい影響が出ていると思います。 ――競走馬が美少女に擬人化されることについて、当初はどんな印象を抱いていましたか? ウマ娘の立ち上げ当時、僕も「何か協力できることがあれば」ということで少し関わらせていただいたのですが、実は最初に話を聞いた時は、あまりピンとこなかったんです(笑)。馬がアニメのキャラクターになって、女の子が競馬場を駆けるというのは想像がつかなかったし、最初に登場キャラの絵を見たときは、なんだか不思議な感じでした(笑)。自分が乗ってきた馬ですから、擬人化したキャラと同一視するにはなかなか時間がかかりましたね。 ――実際の馬の特徴が、キャラの能力や性格に反映されているところもウマ娘の魅力ですね。 かつてライバル同士だった馬が作中のストーリーでもライバルとして扱われていたり、馬の個性が細部まで表現されていたりして、さすがだなと思いました。たとえばウオッカだと、寝つきが良いといった特徴まで再現されていて、面白い。おそらくですが、実際にウマ娘のコンテンツを作っている方たちは、若い頃に競馬を楽しんでいて、知っている馬たちを遊び心たっぷりに、そして細かいところまで再現してくれたのでしょう。競馬愛を感じます。 ――作中では、武さんが騎乗してきた馬も多数登場します。 立ち上げのときも「実際どういう馬でしたか」といったことを聞かれて、スペシャルウィークなど、馬について少し情報をお伝えさせていただきました。ウマ娘のおかげで僕自身も、「ああいう馬だったな、こういう馬だったな」と、過去に乗ってきた馬たちに思いを馳せることができました。たとえば、僕がたくさん乗ってきたバンブーメモリー(作中では風紀委員長を務め、直球勝負のレースを見せる)は30年以上前に活躍していた馬ですし、懐かしさを感じます。そして、サイレンススズカは足を骨折した1998年の天皇賞(秋)のレースを最後に活躍が止まってしまったので、それがウマ娘の姿でよみがえってくれたのは、僕としてはとてもうれしいです。 ――武さん自身も、アニメ第5話に実況として登場します。 騎手の自分が、まさかアニメのキャラとして解説する日が来るとは思いもしなかったです。登場したのは1回でしたが、小学4年生ぐらいの女の子から、「あ、ウマ娘のおじさんだ」って声をかけられて。ウマ娘がきっかけで知ってもらえているのはなんだか新鮮ですし、微笑ましいです。 ――レースの投票サイト「JRA IPAT」への年代別アクセス数も、20代ユーザーが今年3月ごろから急増し、60代と並ぶ水準に達しています。かつて「若者の競馬離れ」と言われていた状況もすっかり変わりましたね。 若者の獲得は競馬界の課題でしたから、そういう意味では、多くの若者が競馬に参加しているのを聞いてうれしく思っています。やはり、大きなきっかけの一つがウマ娘でしょう。ウマ娘が新たな入り口となって、今まで競馬に興味がなかった人も楽しんでくれるようになりました。新たな競馬ファンが増えれば、その方々から様々な声や要望も出てくるでしょうし、我々も気づけることがあると思います。競馬界は、より良い方向に変わっていけるはずです。 ――ウマ娘以外でも、藤田菜七子さんのような騎手が活躍していることもブームをけん引しています。 彼女をきっかけに競馬を知った人もたくさんいるはず。藤田さんをはじめ、女性ジョッキーの活躍が目立つようになり、雰囲気も明るい感じになりましたね。男女一緒に勝敗を競うスポーツも珍しいですし、そこが競馬の魅力の一つだと思います。 ――スタンドの客層も変わりました。競馬界も、女性限定のリラックススペース「UMAJO SPOT」を開設したり、子ども向けの遊具を充実させるなどし、女性や家族連れが足を運びやすい環境を作ることに注力しています。 スタンドも綺麗になり、女性だけのグループやファミリーでも行きやすい雰囲気になりました。昔はおじさんばかりでしたから、だいぶ色が変わったなと思います。家族連れで来て、子どもたちに楽しんでもらえる姿を見ると嬉しくなります。 ーーウマ娘のブームで、スタンドの雰囲気もさらに変わりそうですね。 今後どうなるのか楽しみです。ウマ娘のブームはコロナの時期と重なったので、しばらくは無観客でしたし、今も入場制限をしているので、競馬場での影響はまだダイレクトに感じられていません。コロナが落ち着いて、今後は競馬場で「ウマ娘」とコラボしたイベントのようなものができるようになればいいなと思います。 ――最後に、競馬ファンへのメッセージをお願いします。 ウマ娘をきっかけに、競馬を見に来てくれたら嬉しいですし、これが一時のブームにとどまらず、ファンが定着して未来の競馬界を後押ししてくれていることを願っています。そのためにも、僕らはいいレースをすることで、来てくれた皆さんを楽しませたい。そして今後も、アニメ・ゲームで活躍できるような新キャラを、自分たちのレースでどんどん作っていきたいなと思っています!(構成/AERA dot.編集部・飯塚大和)

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    眞子さまと小室圭さんは結婚後、皇居に足を踏み入れることはできるか “サーヤ”黒田清子さんご夫婦との違い

     秋篠宮家の長女、眞子さま(29)との結婚を控えた小室圭さん(30)は18日、秋篠宮邸がある東京都港区の赤坂御用地を訪れ、秋篠宮ご夫妻に結婚のあいさつをした。眞子さまは22日に天皇・皇后両陛下、25日に上皇・上皇后両陛下に結婚の報告をするという。皇室ジャーナリストの神田秀一氏にこれらの予定ついて、その意味を読み解いてもらった。  小室さんは18日午前8時前、横浜市内の自宅マンションからスーツ姿で出てきた。右手にはカバン、左手には白い紙袋2つを持っていた。   「秋篠宮家に持っていく手土産とご夫妻や宮内庁に見せるための書類などが入っていたのではないでしょうか。アメリカで用意した手土産かもしれませんが、どんな中身かはわかりません」   後頭部で縛っていたロン毛は短く整えられていた。  「小室さんは髪型でいろいろと騒がれましたし、秋篠宮家に正式な挨拶に行くのですから、きちんとした髪型にしたのでしょう。皇室であのような頭髪であいさつをする慣習はないんですよね。民間人が皇族に会うのですから、切らざるを得なかったのでしょう」    神田氏が着目したのは小室氏を出迎えた黒いワゴン車。午前9時15分ごろ、赤坂御用地の巽門(たつみもん)へと入って行った。  「車には、宮内庁発行の門鑑(もんかん)がステッカーとしてついていましたね。ということは宮内庁が、小室さんが秋篠宮ご夫婦に会いに行くことを認めたのです。アメリカから帰国し、結婚を進める上で、あいさつだけはしておかなければ、という小室さんの考えと、宮内庁の意見が一致したのでしょうね」    8日後に迫った結婚。秋篠宮ご夫妻は、2人の結婚を認めたのだろうか。  「憲法の規定により、日本人であれば両性の合意に基づく結婚そのものをダメだとは言えない。秋篠宮ご夫妻も宮内庁も政府も同じ考えです。しかし、結婚は認めるものの、その前に解決しなくてはいけないこと、あるいは報告を受けなければいけないことがいろいろあると思います。それは今のところ未解決のままなので、秋篠宮さまとしては『挨拶にはおいでになってもかまいません。聞くことは聞きましょう。いらっしゃるというのなら待っております』というスタンスで、そこまでは許したのだと思います」    眞子さまと小室さんは3年2カ月ぶりに再会した。  「私の得た情報では、小室さんが秋篠宮ご夫妻にあいさつしをして30分後くらいに、秋篠宮邸のどこか別室で眞子さまと小室さんが会うことを許してもらえたと聞いています。眞子さまの部屋かもしれませんね。佳子さまがいらっしゃったかもしれませんが、2人だけの可能性が高いと思います」   眞子さまは22日、皇居・御所を訪れ、天皇、皇后両陛下に結婚を報告し、25日には東京都港区の仙洞仮御所を訪れ、上皇陛下と美智子さまにも結婚を報告する予定だ。現時点でそれに小室さんが同席する予定はない。  「一般の結納にあたる『納采の儀』も行っていませんし、皇籍を離脱する際に支給されるはずの『一時金』も眞子さまは辞退なさった。小室家を巡る諸問題も解決されていないので、天皇・皇后両陛下は眞子さまからの結婚報告を受けても、『体に気をつけて、元気で』とか『健康でお幸せな日々をお祈り致します』とお伝えするのにとどまるのではないでしょうか。『おめでとう』とおっしゃることはできないと思いますよ」   眞子さまは26日に婚姻届を自治体に提出し、皇籍を離脱する予定。今後、皇室との距離はどうなるのだろうか。  「皇室としての結婚を許したわけではないけれども、2人の意思で一緒になるならば致し方ないということ。もう2度と皇居に足を踏み入れることが許されなくなる可能性はありますね。サーヤの愛称で親しまれた黒田清子(さやこ)さんも結婚して皇籍を離脱しましたが、お相手の黒田さん一家には何の問題もないし、清子さんは皇室とゆかりのある伊勢神宮の祭主を務めているので、皇籍離脱後も皇居を訪れています。けれども、眞子さまの場合は、黒田さんご夫婦と同じようにはならないでしょう」    26日に予定されている記者会見はどのようなものになるのだろうか。  「報道陣と宮内庁の係官が合わせて50人くらい集まるのではないかと聞きます。警備も、コロナ対策も万全なホテルというのは限られてきます。宮内記者会、雑誌協会、外国人記者クラブで合計3問くらいの質問ではないか。それ以上、質問の声を上げ続ける記者がいるかもしれませんが、『本日の会見は終了します』と打ち切るでしょう。政治家でも誰でも、長く話すとボロが出るものですから」   会見に先立ち提出される自治体への婚姻届けについて、神田氏は次のように推測する。  「秋篠宮家から命令を受けた職員が、小室夫妻になる2人の代理人として、自治体の戸籍係のところに持って行くというふうに聞いています」   会見後、 眞子さまは年内にも渡米し、ニューヨークで新生活を始めるとみられている。お2人の行く末は……。  「ヨーロッパの王室ではこのくらいのことはあるレベルのことのようですが、日本の皇室では前代未聞の事態で、眞子さまは離婚しても、もう皇族には戻れません。幸福になるか、不幸になるかはチャレンジしてみなければわからないですね。結果は誰にもわかりません」 (AERAdot.編集部 上田耕司』

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    戦力外通告を受けたけど… 他球団でまだまだ“活躍できそう”な選手は誰だ!

     10月11日に行われたドラフト会議では支配下、育成合わせて128人の選手が指名を受けたが、プロ野球の世界に入ってくる選手がいるということは逆にユニフォームを脱ぐ選手もいるということである。既に各球団では俗に言う“戦力外通告”が行われており、ここ数日は引退試合のニュースも増えている。しかしその一方で他球団での現役続行を希望する選手も少なくない。今回は現時点で自由契約が発表された選手の中から、まだ戦力になる可能性を秘めた選手がいないか探ってみたいと思う。  まず投手で申し分ない実績を誇るのが吉田一将(オリックス)だ。2013年のドラフト1位で入団すると、1年目には先発として5勝をマーク。2年目のシーズン途中から中継ぎに転向すると、2016年には5勝21ホールド、2018年にも3勝21ホールドとブルペン陣を支える存在となった。2019年以降は年々成績を落とし、今年は二軍でも防御率7点台と結果を残すことができず、プロ入り後初となる一軍登板なしに終わったが、通算226試合に登板している実績は貴重である。何かきっかけをつかめばまだ復活する可能性も十分にありそうだ。  投手では渡辺雄大(ソフトバンク)と三ツ間卓也(中日)の2人も面白い。渡辺は青山学院大では実績はなかったものの、BCリーグの新潟で力をつけて26歳となる2017年のドラフト育成6位でソフトバンクに入団。二軍、三軍で実績を残して昨年8月に支配下登録されている。その後は肘の故障もあって一軍登板は3試合にとどまったものの、今年も二軍では34試合に登板して防御率1.67と安定した成績を残している。左のサイドスローから投げ込むスライダーは打者の手元で鋭く変化し、左バッターにはかなり厄介なボールとなっている。戦力外が報じられたのは今朝で、今後についての意向は不明だが、貴重な左の中継ぎとして需要の高い選手であることは間違いない。青山学院大時代の同期である杉本裕太郎(オリックス)が今年大ブレイクを果たしただけに、渡辺もここからもう一花咲かせることを期待したいところだ。  三ツ間は渡辺と同じくBCリーグの武蔵で力をつけて2015年の育成ドラフト3位で中日に入団。1年目のオフに支配下登録されると2017年には35試合に登板して2勝11ホールド、2019年にも29試合に登板して2勝4ホールドとブルペン陣を支える1人として結果を残している。また昨年7月のヤクルト戦では延長戦でベンチにいた野手を使い果たしていたため、代打として出場して話題となった。今年は二軍でも29試合に登板して防御率は4.05に終わっているが、チームトップタイとなる5セーブをマーク。WHIPも0.98と投球内容自体は決して悪くない。本人も現役続行の意思を表明しており、中継ぎ陣の苦しい球団にとっては狙い目の選手となりそうだ。  野手で圧倒的な実績を誇るのが藤田一也(楽天)だ。プロ入り8年目の2012年シーズン途中にDeNAから楽天に移籍したことをきっかけに才能が開花。これまで2度のベストナインと3度のゴールデングラブ賞に輝き、パ・リーグを代表するセカンドとして長年活躍を見せている。2019年以降は浅村栄斗の加入もあって出場機会が減少し、今年は一軍出場なしに終わった。功労者ということでチームもポストを用意していたとのことだが、本人は現役続行を希望して自由契約となっている。  多くのファンを魅了してきたセカンドの守備力は天下一品で、二軍では3割近い打率もマークしているようにまだまだ力が衰えているわけではない。若手の内野手のお手本としてプレー以外でもチームのプラスになることが考えられるだけに、オファーを出す球団が出てくることも十分にありそうだ。  野手では武田健吾(中日)も注目の存在だ。今年は打率1割台だったものの、シーズンを通じて一軍に帯同し、93試合に出場するなど貴重な戦力となっていただけに、戦力外となったニュースには驚きの声も多かった。オリックス時代の2017年には97試合に出場して61安打、打率.295という成績も残しており、元々パンチ力のある打撃にも定評のある選手である。今年で27歳と年齢的にもまだ若いだけに、外野手が手薄な球団が獲得を検討する可能性もありそうだ。  一度戦力外となってから他球団との契約を勝ち取ることは容易なことではないが、今年もシーズン開幕後に宮国椋丞(DeNA)が育成契約で入団して支配下登録され、古巣の巨人を相手に勝利もマークしている。今後も戦力外となる選手の発表はまだしばらく続くことになりそうだが、1人でも多くの選手が鮮やかな復活を遂げることを期待したい。(文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員

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    巨人なのに非紳士的…他球団のファンも激怒した“ずるい”プレーと発言

    「巨人軍は常に紳士たれ」とチーム憲章にあるように、巨人の選手たちは、社会人の模範になるような行動が求められている。グラウンドでも当然紳士らしくフェアプレー精神に則り……と思いきや、ところがどっこい、過去には、紳士とは大違いの“ずるいプレー”も何度となく演じているのだ。  失点を防ぐために守備妨害を演出したとしか思えないプレーが見られたのが、昨年9月17日の阪神戦だ。  1回表、2点を先行された巨人は、なおも2死満塁のピンチで、木浪聖也の打球は、高くバウンドして、二塁方向へ。セカンド・若林晃弘が前進して捕球に行ったが、タイミング的に内野安打になりそうに見えた。  すると、若林は左手のグラブをヒョイと一塁方向に差し出した。そこには若林との接触を避けようとスピードを落とした一塁走者・陽川尚将の姿があった。  打球を処理するはずのグラブで陽川に接触している間に、ボールは後方へと抜けていった。これを見た森健次郎二塁塁審は、守備妨害を取り、陽川にアウトを宣告した。  矢野耀大監督が抗議したが、「打球を処理する守備優先」という鉄則がある以上、どうにもならない。結果的にルールの盲点を突いた形の巨人は3点目を阻止したものの、自ら当たりに行ったような若林の不自然な動きが物議を醸したのは言うまでもない。  解説者の巨人OB・篠塚和典氏はさすがに言葉を選びながら「若林はうまく演技してますね」と評したが、阪神OBの関本賢太郎氏は「僕には悪質な……故意にぶつかりに行ったように見えましたけどねえ」と批判した。  ネット上でも「どこが守備妨害だよ笑」などの非難コメントが相次ぎ、巨人の3投手も、怒りを闘志に変えた猛虎打線に滅多打ちにされて計11失点と大炎上。目先の1点阻止にとらわれた代償は高くついた。  フライを落球したにもかかわらず、あたかも捕球したかのように演技し、審判の目を欺く事件が起きたのが、11年4月20日の阪神戦だ。  2対2の7回、阪神は鳥谷敬の犠飛で1点を勝ち越し、なおも2死一、三塁で、ブラゼルが二塁後方に高々と飛球を打ち上げた。  セカンド・脇谷亮太が背走しながら捕球したかに見えたが、次の瞬間、ボールがグラブからポロリとこぼれ、地面に落下した。だが、土山剛弘一塁塁審の立ち位置からは、死角になって見えない。直後、しゃがみ込んだ姿勢の脇谷が右手にボールを握りながら、直接捕球をアピールすると、土山塁審は「アウト!」をコール。安打と判定されていたら、阪神は1点を追加していただけに、「そりゃないよ!」である。  真弓明信監督が「(判定は)微妙じゃないだろう。(土山塁審は)たぶん見えていない。二塁塁審も見る場所が悪過ぎる」と抗議したが、VTRにボールが地面に落ちた瞬間がはっきり映っているにもかかわらず、判定は変わらなかった。  そして、この誤審が試合の流れをも変えてしまう。8回、巨人は長野久義の幸運な三塁強襲二塁打などで3点を挙げ、逆転勝ち。踏んだり蹴ったりの阪神側は「(地面に)落ちているよ。お客さんも見ている。アンパイアで負けたと言われても仕方がない」(木戸克彦ヘッドコーチ)とカンカンだった。  さらに脇谷の「VTR?テレビの映りが悪いんじゃないですか?」の新聞コメントが、虎党の怒りを倍加させた。「審判が判定したのだからアウト」ならまだしも……。   当時、テレビメーカーが「映りが悪くなることはない」と反論したことも懐かしく思い出される。  生還を阻止せんとばかりに、三塁ベース上で走者を上から押さえつけるプロレスまがいのプレーで騒然となったのが、00年6月8日の阪神戦だ。  5対3とリードの阪神は、8回にも平尾博司の二塁打で無死二塁のチャンスをつくり、次打者・ハートキーは投前に送りバント。河本育之は素早く処理し、三塁に投げたが、悪送球となり、ボールはファウルグラウンドを転がっていった。  二塁走者の平尾はこの間に十分本塁を狙えるはずだったが、なんと、捕球に失敗したサードの元木大介が、三塁にヘッドスライディングした平尾の上からのしかかるようにして押さえつけているではないか。「どさくさに紛れて押さえ込まれた」(平尾)。これでは動くに動けない。  ここで平尾の救出に向かったのが、伊原春樹三塁コーチ。怒りをあらわにして突進すると、あっという間に元木を突き飛ばし、平尾に「早く本塁に行け!」と指示した。「思わず手が出ちゃった。クセ者の元木がなかなかどかないから」(伊原コーチ)。  ところが、今度は巨人・長嶋茂雄監督がベンチを飛び出し、伊原コーチの行為がインプレー中だったことを理由に、守備妨害で平尾をアウトにするよう要求。騒ぎはさらにヒートアップした。  だが、井野修三塁塁審は「すべてのプレーが終了したうえで判断すれば、一番悪いのは元木」と走塁妨害を適用し、生還を認めた。  結局、この6点目がモノを言い、阪神は1点差で逃げ切ったが、元木のプレーは「ずるい」と言われてもしょうがないものだった。  元木といえば、ほかにも隠し球や併殺阻止の万歳スライディングなど、“ずる賢いプレーのデパート”的存在。紳士の球団では、異色のプレーヤーだった。(文・久保田龍雄) ●プロフィール久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2020」(野球文明叢書)。

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    助っ人「ベスト3」と「ワースト3」を選出 今季の働きを査定!【セ・リーグ編】

     日本シリーズも終わり、プロ野球は年間の表彰と契約更改、来季に向けての動きが話題となる時期となった。チームの命運を握ることが多い外国人選手も退団、新入団、移籍含めて様々な動きが出てきているが、今年の活躍が目立った選手と、期待に応えられなかった選手をそれぞれ3人ずつ選定してみたいと思う。今回はセ・リーグ編だ。 *  *  * ■セ・リーグベスト3:オースティン(DeNA) 成績:107試合113安打28本塁打74打点1盗塁 打率.303  コロナ禍でチーム合流は遅れたものの、中軸として十分な役割を果たし、セ・リーグの野手では最も活躍が目立った選手と言えるだろう。来日2年目で日本の野球に慣れたということもあってか、持ち味の長打力だけでなく確実性も向上し、規定打席には未到達ながら打率3割もクリアした。打つだけでなく守備、走塁での献身的なプレーも目立つ。唯一気になるのは故障が多いところ。コンディションさえ万全で、1年を通じて中軸に定着すれば打撃タイトル争いに絡む可能性も高いだろう。 ■セ・リーグベスト2:マクガフ(ヤクルト) 成績:66試合3勝2敗31セーブ14ホールド 防御率2.52  来日3年目でキャリアハイとなる成績を残し、チームのリーグ優勝と日本一にも大きく貢献した。開幕当初は中継ぎだったが、石山泰稚の不調もあってシーズン途中からは抑えを任されて30セーブをクリア。とにかくタフで東京五輪でもアメリカ代表としてフル回転しながらも、シーズン終盤でもその球威は落ちることがなかった。外国人投手でありながらクイックや牽制が上手く、走者を背負ってから強いというのも大きな長所だ。日本に来てから着実にレベルアップを果たしており、来年も守護神としての活躍が期待される。 ■セ・リーグベスト1:スアレス(阪神) 成績:62試合1勝1敗42セーブ0ホールド 防御率1.16  ソフトバンク時代の故障から鮮やかに復活し、2年連続でセ・リーグの最優秀救援投手に輝いた。防御率は1.16で、1.00を切れば超一流と言われるWHIPは0.77をマーク。ストレートはコンスタントに160キロ前後をマークし、コントロールで自滅することもない。制球力を表す指標で、3.50を上回れば優秀と言われるK/BBでも7.25と他のリリーフ投手の追随を許さない圧倒的な数字を残してみせた。パドレスが早々に獲得したのもうなずける活躍で、阪神にとっては来年その穴を埋めることが大きな課題となるだろう。 ■セ・リーグワースト3:クロン(広島) 成績:42試合30安打6本塁打16打点0盗塁 打率.231  マイナーリーグではホームランを量産した長打力が期待されて契約。コロナ禍の中でも年明け早々に来日していち早く日本の野球に対応しようという姿勢も好感が持てたが、シーズンが始まると変化球に対応することができずに三振を量産。6月に二軍降格となると、そのまま一軍復帰を果たすことができずに退団となった。かつてチームで活躍したエルドレッドと似たタイプだったが、スイングがワンパターンで、ボールになる変化球を見極めることができなかったのが低迷の要因と言えそうだ。 ■セ・リーグワースト2:ガーバー(中日) 成績:12試合7安打0本塁打1打点0盗塁 打率.156  マイナーリーグでの好成績と、外野手としての守備力が期待されて入団。一軍初出場となった試合でいきなり初安打をマークしたが、その後は全く快音が聞かれずに打率は2割を大きく下回り登録抹消。二軍でも積極的に起用されたが打率は2割を超えるのがやっとで、ホームランもわずかに1本と結果を残すことができず、9月に家庭の事情で帰国すると、そのまま退団となった。長打力が不足しているチームの救世主として期待されたが、スイングの力強さやヘッドスピードもそれほど感じられず、広いバンテリンドームではとてもホームランを量産できるようなタイプには見えなかった。ビシエド以降、なかなか安定して打てる外国人野手を獲得できていないのは中日の大きな課題である。 ■セ・リーグワースト1:テームズ (巨人) 成績:1試合0安打0本塁打0打点0盗塁 打率.000  韓国球界のNCでは2年連続で40本塁打をマークするなど主砲として活躍。その後メジャー復帰を果たすと、ブルワーズでは2017年に31本塁打、2019年に25本塁打を放つなど長打力を発揮し、その実績が買われて巨人に入団した。二軍では9試合の出場ながら打率5割をマークして格の違いを見せつけたが、一軍初出場となった4月27日のヤクルト戦で守備の時にアキレス腱を断裂。長期治療が必要となり、シーズン中の復帰は絶望ということでわずか2打席の出場で退団となった。試合中のアクシデントによるケガという不運は仕方のない部分はあるが、もし万全の状態で1年間プレーしていれば、巨人のチーム成績ももう少し上向いていた可能性はありそうだ。  テームズ以外にもわずかな試合しか出場することなくチームを退団となった選手が目立ち、また打撃成績の上位はほとんどが日本人選手と全体的に野手が苦戦したシーズンという印象だ。来季に向けて既に新外国人選手の獲得を発表している球団も出てきているが、来年はタイトル争いに加わるような助っ人選手が野手、投手ともに現れることを期待したい。 (文・西尾典文) ●プロフィール西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員

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    小室圭さん帰国便同乗者が目撃した姿「彼はまるでエグゼクティブ」 自宅前では深々とお辞儀

    颯爽と歩きながら、小室圭さんがアメリカから帰国した。日本の地を踏むのは2018年8月に渡米して以来、3年2か月ぶりだ。  成田空港は多数の報道関係者が集まっており、ピリピリムード。報道陣に対して、カメラのフラッシュ禁止、声掛けも禁止といった規制が敷かれていた。報道関係者からは「どうして?」と不満の声も漏れていた。  午後3時20分過ぎ、成田空港に飛行機が到着。一般客が飛行機から降りたあと、小室さんが、報道陣の前に姿を現した。警護と思われる男性やキャビンアテンダント(CA)の女性などに囲まれていた。キャリーバックを転がしながら、白マスクに、濃紺のスーツ、ストライプの入ったシャツ、ノーネクタイといういで立ちで、髪の毛は後ろに縛っていた。  飛行機から出てきた小室さんは報道陣に一礼したあと、新型コロナウイルスの抗原検査、そして入国手続きに進んだと見られる。  小室さんは機内でどのような様子だったのか。偶然、同乗していた男性(51)に話を聞くことができた。 「私がファーストクラスで座っていると、ドアが閉まるギリギリになって小室さんが搭乗してきました。まるでエグゼクティブのようでした。後ろの髪を結っていたので、すぐに彼だとわかりましたね。彼一人に女性CAが2人くらいついて、会話しながら案内されて入ってきました」  当初はエコノミークラスのチケットを買ったと報じられていたが、この男性はこう語る。 「右の列のビジネスクラスの前方の席で、窓際に座っていましたね。私の席から右斜め後ろのほうの席でした。ただ、カーテンでファーストクラスとは仕切られていたので彼の表情などはわからなかったです」  男性は飛行機から降りた後、抗原検査のために、大きめの部屋に移ったという。40分ほどその部屋に滞在したが、そこに小室さんの姿はなかった。 「今か今かと待っていたのに、残念でした」(男性)  そのころ、到着ロビーには多数の報道陣のほか、「皇室系Youtuber」といったタスキをかけた人物や一般客も小室さんの姿を一目見ようと集まっていた。その数、50~60人ほど。  津田沼から来たという白髪交じりの一般男性は手にハンディカムを持ち、小室さんを待ち構えていた。妻に頼まれて自宅で見るために撮りに来たという。  しかし、小室さんは一般客が使う到着ロビーを通らず、地下駐車場から車に乗り込み、成田空港を後にした。「地下駐車場から空港を出たらしい」と男性に知らせると、「こんなに待っていたのに……」と不満げな様子だった。  小室さんを乗せた乗用車が向かった先は、母・佳代さんが住む横浜の自宅だった。自宅前は朝から報道陣が詰めかけ、警察は臨時の派出所を設置し、周辺警備に当たるなど、ものものしい雰囲気が漂っていた。夕方には100人を超える報道陣が押し寄せており、ベランダから様子を一目見ようとする住民の姿も見られた。  19時過ぎ、小室さんを乗せた車が到着。警察が後部座席のドアを開け、車から出てきた。小室さんは、報道陣から「どんなお気持ちですか」と声を掛けられたが、反応は示さず、自宅マンションの入り口で2回ほど深々とお辞儀をして、黒いスーツを着た男性らと中に消えていった。  近くに住む60代の男性はこう語る。 「ヘリコプターの音がすごくて『何事か』と思って見に来た。3年前の婚約会見後のときと同じような状況だと感じましたね。小室さんがニューヨークに行ってからは、静かになっていたんだけど……。またしばらく騒々しくなるのかなと思っています。どの家庭も問題を抱えていますし、小室さんと眞子さまも早くアメリカで幸せになってほしいですね」    小室さんは今後、自宅で2週間の隔離を終え、その後、記者会見に臨むと見られている。果たして何を語るか。注目が集まる。 (AERAdot.編集部/上田耕司、飯塚大和、吉崎洋夫)

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    愛子さまと雅子さまの髪形には意味があった? “お揃いヘア”卒業に見た2人の「強さ」

     愛子さまが成人する。その際に注目するのが、ヘアスタイルだ。髪形には、愛子さまの思いや雅子さまとの距離感などが投影されてきたようなのだ。 AERA 2021年12月6日号から。 *  *  *  天皇陛下と皇后雅子さまの長女愛子さまが12月1日、20歳の誕生日を迎える。大学の授業の関係で、成年の行事は1日と5日に分けて行うという。  5日に宮中三殿の参拝、勲章(宝冠大綬章だそうだ)親授などを経て、上皇ご夫妻にあいさつ、その後、宮殿で皇族方や三権の長から祝賀を受ける。  行事にあたり、愛子さまは参拝服、ローブ・モンタント、ローブ・デコルテと3着を新調したという。どんなデザインなのか、とても楽しみだ。が、それ以上に私が注目しているのは、愛子さまのヘアスタイルだ。  秋篠宮家の佳子さま(2014年に成人)と眞子さま(小室眞子さん、11年に成人)は、そろって長い髪をアップにして式に臨んだ。紀宮さま(黒田清子さん、1989年に成人)は、顎のラインでまっすぐに切り揃えたボブスタイルだった。愛子さまはこのところ、髪の毛を伸ばしているようだ。やはりアップにするのだろうか……。  などと思うのは、愛子さま、そして雅子さま、お二人にとって髪形はとても大きな意味を持つ──勝手にそうとらえているからだ。ある時からずっと、お二人はそっくりのロングヘアになった。写真をさかのぼると、愛子さまが先に伸ばし、雅子さまが追いかけたことがわかる。「適応障害」という病を得た雅子さま。学校に行きづらい時期もあった愛子さま。お二人そっくりの髪形は、皇室という場所で悩みながら生きる母娘の「絆」の象徴のように思っていた。 ■おでこ見せロングヘア  ところが今年4月、愛子さまは腰近くまであった髪をばっさり切り、肩までのボブヘアになった。その日、愛子さまが乗っていた車の隣には雅子さまがいて、ロングヘアをまとめる定番の髪形だった。ああ、もうお揃いは完全に卒業なのだとしみじみした。お二人がそれぞれの「強さ」を得た、と思えたのだ。  まずは簡単に、愛子さまのヘアスタイル史を振り返ってみる。  06年4月、学習院幼稚園の入園式に出席した愛子さまは、制帽から肩下10センチほどの髪を見せている。お隣で微笑む雅子さまの髪は、肩まで届いていない。それから2年、08年の学習院初等科の入学式。愛子さまの髪はさらに長くなり、前髪を上げておでこを見せている。雅子さまも前髪を上げたロングヘア。お揃いヘアでの入学式。  雅子さまのお誕生日に公表される写真を見てみると、07年にはお二人お揃いになっている。つまり06年から1年かけて、雅子さまが愛子さまお好みのロングヘアに追いつき、以後それをキープしているということになる。お揃いの「おでこ見せロングヘア」は愛子さまが5歳の時からの定番なのだ。 ■つらい状況の風除け  あの当時を振り返ると、雅子さまの「適応障害」が公表されたのが04年。その年と翌年は、お誕生日にも写真が公表されないという事態だった。06年に皇太子さま(当時)も一緒にオランダを私的訪問、雅子さまと愛子さまが「笑っている」ことが話題になったりした。その時、雅子さまはまだ肩くらいの髪、その横で長い髪を可愛く編み込んだ愛子さまがはしゃいでいた。  07年以降のお二人そっくりの髪形は、つらい状況に耐える風除けのようにも見えた。雅子さまには髪を娘と同じ長さにすることが心の支えだったろうと思う。10年、初等科2年の愛子さまに不登校問題が起きた時も、お揃いヘアの雅子さまが毎日のように付き添った。が、中等科でも不登校が報じられる。  愛子さまの「生きづらさ」のようなものの深刻さは、15歳になった16年のお誕生日写真にはっきり写っていた。折れそうなほど痩せた姿だった。「生きにくさ」はどこから来るのか。「生まれた時から男の子でないことが自己否定につながっている」と指摘してくれた女性がいて、目から鱗が落ちたのは令和になる直前だった。それはさておき。  翌17年、高等科に入学してから愛子さまは元気になっていった。お代替わりに向けて雅子さまの活動も確実に増えた。愛子さまは「前髪ありのロングヘア」が定番になり、時に顔の両横に長い髪を一筋垂らすこともあり、「今どきの女の子だなあ」とホッとした記憶がある。  20年、学習院女子高等科の卒業式はコロナ禍もあり、愛子さま1人で報道陣の前に立った。堂々とした受け答えの後、式場に向かう後ろ姿には、ポニーテールが揺れていた。 ■19歳の春ボブに変身  そして今年4月、愛子さまはボブヘアへと大変身した。30センチ近くは切ったであろう思い切りの良さに、愛子さまの強さを感じた。愛子さまは皇室を「自分の場所」としたのだろう、と。皇后となった雅子さまもきっと同じ思いに違いない、とも。  などという勝手な解釈より、愛子さまの言葉だ。聞ける日が近い。成人にあたっての記者会見が開かれるのが、内親王の恒例だ。いつになるのか、宮内庁は発表していない。来年以降という報道もあったが、愛子さまが初めて国民に対して思いを語る場となる。これからと将来、両方を語ることになるだろう。  愛子さまは「女性皇族」としての自分をどうとらえているのだろう。眞子さんが儀式なし、一時金辞退という結婚を選択したのは、女性皇族と一個人とのせめぎ合いの結果だったように思う。「天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる」とだけ皇室典範で定められている女性皇族。公務に励んでも、その先に待っているのが何なのか、すごく曖昧な存在だ。愛子さまは、「天皇家の長女」という立場と、「愛子」という一個人としての立場をどう捉えているのだろう。(コラムニスト・矢部万紀子)※AERA 2021年12月6日号より抜粋

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    偏差値38、文系卒だった会社員が29歳で国立大医学部へ 心臓外科医になるまでの半生

    「会社の上司ではなく、目の前にいる人のためになる仕事をしたい」――私立大文系卒の営業職だった27歳男性が、仕事に疑問を感じてめざしたのは医師だった。現在、神奈川県横浜市の菊名記念病院で心臓血管外科部長を務める奈良原裕医師(51)。大手企業での安定を捨て、1年半の浪人生活で会社員時代の蓄えをほぼ使い切り、29歳で高知大医学部に合格。6年間の勉強の末に医師免許を手にした後も、年齢的に厳しいとされる30代後半で心臓血管外科医の道を選んだ。奈良原医師はどのような思いで勉強をしてきたのか。その半生を語ってもらった。<<後編・1年に3日しか休めなかった心臓外科医が、働き方も診療の質も劇的に改善させた「業務改革」とは>>に続く *  *  * 私は中央大学法学部を卒業後、石油会社に勤めていました。医師になる道を考え始めたのは社会人4年目になったころです。東京・品川のオフィスで深夜11時ごろに残業を終えた私は、同期と一緒に近くの牛丼屋に入りました。そのカウンターで、「医者になりたいな」という言葉がポロッとこぼれたのです。  仕事は評価されていました。任された業務の範囲は広く、支店長室のソファをベッド代わりにして何日も会社に寝泊まりしていました。上司からは一番上の評価をもらっていたと聞いています。けれども、そんなワーカホリックな日々の中で、いかに上司から褒められるかを目標にする生き方に、次第に違和感を覚えるようになりました。  石油は社会や経済を支える基盤となる重要なエネルギーです。もちろん、それを取り扱う仕事の社会的使命はとても大きい。しかしその一方で、自分がやっているのは、目の前のお客さんに少しでも高い金額を提示して商品を販売し、利益を出すということでした。自分の目の前にいる人ではなく、自分の後ろにいる、自分を評価する人の方向を見て仕事をしていることに、疑問をもち始めたのです。  結局自分は、中学・高校生時代にやっていたことを繰り返しているのだと思いました。学生時代は一生懸命勉強しました。でもなぜ数学の公式を使えるようにならなければならないのか、なぜ歴史を覚えなければならないのか、その理由までは考えなかった。仕事も同じでした。意味や背景まではそこまで深く考えず、とにかくやっていた。大学では法学部に進みましたが、付属校時代に勉強した結果として偏差値の高い学部に内部進学できたというだけで、法律の勉強をしたいという気持ちからではありませんでした。その延長戦が社会に出てからもずっと続いていたのです。  それでも自分は間違ってはいないと思っていました。しかし、そんな毎日が続いていたある日、兄が自殺しました。その理由を私はまったくわかりませんでした。というよりも、兄のことが何もわかっていませんでした。いや、兄だけでなく父、母、祖母のことも。目の前の一番大切な家族のことを気にしない生き方になっていること気がつき、27歳の9月、新卒で4年半勤めた三菱石油(現ENEOS株式会社)を退職しました。  目の前の人のためになるような、そんな仕事をしたいと思いました。そこで行き着いたのが医療従事者です。医師、看護師、介護士……そのなかでも指揮官である医師をめざしました。学費が比較的かからない国立大の医学部を目標にして予備校に入ったのですが、私が置かれたのは8クラスあるうち下から2番目のクラスで、国立の医学部に受かる人はほぼいないと言われていました。 ■模試は「E判定」、偏差値は38  そもそも私は付属校からの内部進学組だったので、受験というものを知りませんでした。過去に大学受験をしたことのない社会人からすると、センター試験の出願の仕方すらわかりません。また、学校の教科書も持っていないので、出題範囲もまったくわからない。まず大学受験の仕組みを知るのに3、4カ月はかかったと思います。  10月に受けた模試は当然E判定。数学の偏差値は38。その年の受験は、センター試験も6割程度しか得点できず、医学部には箸にも棒にも掛からぬ結果でした。そこからまた浪人生活が始まりました。ただ、受験は2回までにしようと思っていました。1年間かけて受からなかったら医師はあきらめて、別の医療従事者をめざそうと思っていました。  後にも先にも、この時が一番勉強したと思います。会社員時代はデータを使って顧客分析や商圏分析をしていたので、それにならって受験勉強も分析していました。細かい勉強計画表を作り、どの科目を何時間勉強したのか、1週間ごとに計画と実績の差をチェックしていました。  部屋中には物理の公式や化学式などを書いた紙を貼っていました。トイレにも貼って、そこにこもって暗記をしたり。勉強は受験に向けて追い上げていくといったものではなく、最初から限界ぎりぎりのスケジュールで取り組んでいました。集中力を保ちながら勉強できるのは一日最大16時間。これを続けるのは本当に大変でした。当時のノートを見ると、文字がびっしり書かれていて、ちょっと狂気じみているようにも感じます。  同棲していた妻は、ピリピリしていた私を横目にいつも長いコードの付いたヘッドホンをしてテレビを見ていました。お笑い番組を見ながら、私の勉強を妨げないように笑いを押し殺していたのを覚えています。妻とは会社を辞めて医学部浪人を始めると決めたころに付き合い始めました。よくそんな人と付き合ったものですね(笑)。  志望校は高知大医学部に決めました。一番の理由は学力的に合格が狙えそうだったからですが、理由はそれ以外にもありました。予備校の友人の兄が高知大医学部出身で、新聞販売店に住み込みで働きながら勉強して合格したというのです。その話に感銘を受け、第1志望が決まりました。 ■「受かるまで外さない」つけた腕時計  浪人中はずっと、トライアスロンの人がよく使っているタイマー機能付きの腕時計をつけていました。お風呂や休憩も時間を区切るために、「受かるまで外さない」と決めたのです。当時27、8歳で、10個下の現役高校生よりはメンタルも落ち着いている。そんな私が重い決意で勉強をすれば受かるはずだ、という妙な自信がありました。  しかし模試は最後までE判定で、これで医学部に受かるのは奇跡でした。ところがその年のセンター試験は数学が難化したり、難解な現代文で大量失点する人が出たりして「荒れた」のです。その結果、8割ちょっとの得点でなんとかボーダーラインを超えることができました。2次試験を受験し、妻と一緒に合格の通知を受け取ったときは、正直、信じられませんでした。何か採点ミスなどが発覚して、合格が取り消されるのではないか……医学部合格から22年が経ち手術を執刀している今ですら、そう思うことがあります。  4月からはすぐに高知での生活となるため、アパートや中古車などを1日で準備しました。妻は高知についていくことになんのためらいもなかったようです。その後、学部1年生の時に結婚することになりました。  高知大の医学部には他に再受験生が2人いましたが、私が一番年上でした。でも基本的には、ごく普通に周りの同級生と同じように過ごしていました。空手道部に入りましたが、中では当然、先輩後輩の関係がありました。会社員時代の蓄えは受験生時代に底を突きかけていたため、朝は新聞配達のアルバイトをし、学校に行って勉強や解剖の実習をし、夕方は酒屋さんで配達のアルバイトをしていました。妻も喫茶店でアルバイトをしていました。  進級試験、卒業試験、そしてそのあとの医師国家試験など、勉強は1回目の大学時代よりずっと大変だったと思います。しかし、仕事を辞めて挑戦した医学部受験のときのほうがもっと大変でした。  研修医としての2年間も楽しく過ごしました。目の前にいる患者さんに感謝されるのは本当にうれしいですね。当時、主治医として診療に当たっていた患者さんのなかには、いまでも年賀状やお手紙をやりとりしている人もいます。外科の後期研修医として行った横浜の病院も、1年だけではありましたが思い出深いものでした。 ■「30歳以下が望ましい」心臓血管外科に転身  医学部時代、私が一番好きだったのは心臓手術だったので、心臓血管外科医をめざしました。しかし日本心臓血管外科学会では、心臓血管外科医になるのは30歳以下が望ましいと言われています。体力的な問題もありますし、比較的、一人前になるまでの階段が長いという要因もあると思います。そのため、一度は心臓血管外科医をあきらめました。しかし外科の後期研修をしていく中で、その気持ちが抑えられず、研修先の病院を変えました。  38歳だった私は、現役医学部生から心臓血管外科医になった人と比べると10歳も年上ですが、上司は私を現役同様の新人として扱ってくれました。これまでの経験が生かせる職場ではまったくなかったので、教えを請う立場であることをわきまえるのは極めて大切なことだと思っています。  実は、会社を辞めて医師をめざすときも、研修医後に外科へ進むときも、そして心臓血管外科医を目指すときもすべて、家族・友人・知人の皆に反対されました。今さらそんなこと出来るわけがないだろうと思われたのだと思います。私はこれまで、みんなが右を向いたら右を、左を向いたら左を、少しでも早く向こうとする人間でした。でもあるときから、人が右を向こうと左を向こうと自分の見たい方向を見るようになりました。会社を辞めて、医師をめざそうと思ったところが、人生の転換点だったように思えます。 (構成/白石圭) <<後編・1年に3日しか休めなかった心臓外科医が、働き方も診療の質も劇的に改善させた「業務改革」とは>>に続く

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    15歳の茶トラ愛猫の看取りと旅立ち 「ここにおるよー」瀕死の借りぐらし猫が喪失感を埋めた

     飼い主さんの目線で猫のストーリーを紡ぐ連載「猫をたずねて三千里」。今回お話を聞かせてくれたのは、福岡県在住のヨガ講師、児玉妙子さん。自営業の夫と高齢猫とのんびり暮らしていた夏の終わり、家の前で一匹の三毛猫と出会いました。その猫は顔に大けがを負っていて、獣医師によると「傷口からしてエンジンルームでの事故」だそうです。前編・後編にわけて掲載します。今回は後編。保護から2ケ月が過ぎると、その猫と猫をとりまく環境に変化がおきました。  >>【前編:振り返った猫を見て「まさか顔に穴?」 ガリガリの一匹を保護した夫婦「どうか猫バンバンを」】から続く  <前編の記事のあらすじ> 顔に穴が空いてように大きなけがを負った野良猫。車のエンジンルームに入って事故にあったと思われました。傷は深く、生々しく治癒していない上に、病気もあり、相当厳しい状態。それでも児玉さん夫婦は見捨てることができず、保護することを決めました。先住猫いたので、隔離しながらの生活です。児玉さん夫婦は、まだ名前をつけることができず、親しみを込めて「あいつ」と呼んでいました。 *  *  * 保護から2ケ月、「あいつ」に変化が起きました。 「あいつ」は玄関でひとりでいる時に、にゃあにゃあと鳴くようになったのです。ごはんをあげる時の狂わんばかりのトーンとは違う感じの声です。人恋しい、とでもいうような。  もしかしたら、わが家にきて、外の生活では感じなかった「さみしい」という感情に出会ってしまったのかもしれません。大けがをしてしんどい時に、そばに人間でもなんでもいた方が気がまぎれるとか、そんな感じなのでしょうか。  前編でも紹介したとおり、家には15歳の「きな」という茶トラのおばあちゃん猫がいました。大けがを負った「あいつ」は、白血病ウイルスは陰性、猫エイズが陽性でした。傷がひどいので、「きな」といきなり接触させないように隔離していたのです。だから「あいつ」は玄関のケージで生活していました。  にゃあにゃあという声が玄関から聞こえると胸が痛みました。始終そばにはいられないし、まだまだ(傷の具合からしても)「きな」と一緒にできません。そこがすごくつらかった……。でも「こちらも最大限尽くすので、君も早く傷を治して、私たちや『きな』と思いきり一緒にいられるようにがんばれ」と思うようにしました。  完治するまで(お金も時間も)どれくらいかかるかわからないけど、「きれいになった顔の写真が撮れる日が早くきたらいいなあ」と思うようにもなりました。  獣医の先生は「どうなるかわからないが、鼻ぺちゃのパグみたいになるかもしれない」とおっしゃいました。私は、ニュータイプの猫さんになるかもな、と。もちろん、どんな見た目でも気にしません。猫である時点でもう、かわいいのだから。  とにかく助けた以上はなんとか命をつなぎたいし。私にできることがあれば、精いっぱいやってあげたい。まさに、これは献身のヨガ。バクティヨガです。何でも修行に結びつけてしまいますが(笑) ◆ 先住猫と同居はかなわなかったけど 一字もらって命名 「あいつ」と出会ったのは8月の終わり。9月、10月と「あいつ」が玄関のケージ内でけがの治癒に向けてがんばる一方で、部屋にいるおばあちゃん猫「きな」の状態が悪くなっていきました。もともと「きな」は慢性腎臓病を患っていたのですが、11月になり容体が悪くなり、半月ほど点滴を受けるなどして、闘病を続けました。  悟り開き系の女子猫と、おばあちゃん猫は、“合う”かもなんて同居を夢みましたが、残念ながら叶わず、「きな」は先日、息をひきとりました。  「きな」は15年前、以前住んでいたアパートの前で出会った野良の茶トラでしたが、茶トラの雌というのは珍しいそうです。わがまま放題のお姫様で、気が強くて……でも優しく、美しかった。  じつは私たち夫婦は、1月にも、茶トラの「まる」という雄猫を14歳で亡くしているんです。「まる」は、私と夫の目の前を走る車に急にぶつかり、保護した猫でした。まるで、体を張って「僕を拾って」とアピールするようでした。  『ラブストーリーは突然に』という歌がありますが、猫との出会いもいつも突然に訪れる。そして別れはいつも悲しいもの。  「まる」の最期は(都合で)夫だけで看取り、「きな」の最期は私がしっかり看取りました。ひとりぼっちで逝かせなかったことはよいのですが、いざいなくなると想像以上の喪失感でした。私たち夫婦には子どもがいませんが、子どもが巣立った後はこんな感じかなと……。  けれど「あいつ」がおなかをすかせています。「ここにおるよー」と鳴きます。「あいつ」のお世話をさせていただけるのだから、ぼんやりしてもいられません。 「きな」が旅立ったあと、「あいつ」の正式な名前を決めました。  それまで呼んでいた「あいつ」の“つ”と、「きな」の“な”をもらい、「つな」としました。  これは想像ですが、「きな」は体が悪くなる前に、扉越しに「つな」に猫語で話していたんじゃないかな。 「私、だいぶ腎臓が悪いんよ、こいつら夫婦のこと頼むよ。こいつら、猫おらんかったらダメだから」  ……そう思えるほどのがんばりを、「つな」は「きな」亡き後に、見せてくれました。 ◆「つな」の頑張りと、わたしからのお願い  12月に入り、「つな」との生活は、3カ月を越えました。獣医の先生も驚いていました。  かさぶたが取れて傷が少しよくなったので、ケアも前進。今は「つな」を洗面台に連れていき、洗浄ボトルにいれた水で顔の傷口を洗い流すようにしています。洗った後は赤ちゃん用のおしりふきで優しくぬぐい、そこに抗生剤入りの軟膏を塗り、目薬も差すようになりました。 ふつう、猫は一つの場所にとどまるのが苦手だと思うのですが、「つな」は洗面所でもおとなしくして、やはり動じません。  ただ、少し前に病院に行った時。先生が、「傷は治ってきているが、基礎疾患もあるし、年を越すのは難しいかも。怪我が治る前に病気で逝くかもな」とつぶやいたのです。  余命を突き付けられた感じです。  でも余命はあまり気にしていません。  毎日お世話をしてきて、人間とは違う猫の生命力のすごさを身に染みて感じているから。  もし「つな」が先生のいうように年を越せなかったとしても……寒くないようにして、ごはんを食べて、最期の時までゆっくりと過ごしてくれればうれしいし、もっと生きてくれるのは大歓迎。  そもそも、「つな」は、事故がなければ地域猫として、(病気を抱えながらも)外で今も自由に暮らしていたはずです。大けがを負ったのは、車=人間のせいだと思っています。  私は「つな」のけた外れのファイトを称えたいと同時に、事故に遭ったことに意味を付けたかった。だから、少し衝撃的な話だけれど、このコーナーに応募しました。  これから寒くなるにつれて、外にいる多くの猫さんが、暖を取るためにタイヤの間やエンジンルームに入りやすくなります。どうか、車に乗ったらエンジンをかける前に、車のボンネットをバンバンと叩いて猫さんに知らせる(車から出す)「猫バンバン」をしてみてください。  「つな」と私からの、お願いです。  (水野マルコ) >> 【前編:振り返った猫を見て「まさか顔に穴?」 ガリガリの一匹を保護した夫婦「どうか猫バンバンを」】を読む 【猫と飼い主さん募集】「猫をたずねて三千里」は猫好きの読者とともに作り上げる連載です。編集部と一緒にあなたの飼い猫のストーリーを紡ぎませんか? 2匹の猫のお母さんでもある、ペット取材歴25年のベテラン・水野マルコ記者が飼い主さんから話を聞いて、飼い主さんの目で、猫との出会いから今までの物語をつづります。虹の橋を渡った子のお話も大歓迎です。ぜひ、あなたと猫の物語を教えてください。記事中、飼い主さんの名前は仮名でもOKす。飼い猫の簡単な紹介、お住まいの地域(都道府県)とともにこちらにご連絡ください。nekosanzenri@asahi.com 連載一覧はこちら>>

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    【独自】小室圭さん、米大手事務所から断られていた 弁護士が語る“厳しい現実”

    「小室圭さんの実力では無理だと思います」 こう話すのは、全米で「トップ100」と呼ばれる大手弁護士事務所(ビッグロー)のパートナー弁護士のA氏。専門は、海外企業同士のM&Aなど。米国を拠点に世界を飛び回り、収入も桁違い。この姿こそ、小室さんが思い描く将来でもあるようだ。 昨年の秋ごろ、A氏の事務所に、働かせてほしい、と小室さんの「経歴書」のようなレジュメが別の弁護士を通じて届いたという。小室さんは、ニューヨークなど大都市での弁護士の仕事を探しており、ビッグローか、その下の規模のミッドローでM&Aなどをやりたいという。 A氏がそのレジュメを見て思ったのが、冒頭の言葉だ。なかでも、A氏が首をかしげたのがニューヨークのフォーダム大ロースクール(法科大学院)への留学の部分だ。「疑問なのは、彼がLLM(法学修士)のコースに入ったことです。しかも1年学んだ後に、JD(法務博士)コースに編入している。大きな事務所を目指してて、こんな動き方をするなんて聞いたことがない」 LLMとJDというのは、ロースクールでのコース名だ。米国の大学には法学部がなく、弁護士を目指す人は、大学卒業後にJDに入る。ここで3年間学び、事務所に入るのが一般的なパターンだという。 一方、LLMは、法律の資格を持つ外国人留学生が多いといい、「表現として正しいかわかりませんが、キャリアに“箔(はく)をつける”ようなイメージです」。 A氏によると、米国で弁護士となるのに重要なのはJDでの1年目だ。「米国での就職活動は、2年生の終わりの夏休みで終わります。事務所のサマープログラム(インターン)で働き、その後よほどのことがない限り、その事務所からオファーを受けて就職します。どの事務所のプログラムに入れるかは、1年時の成績で決まります。だから学生の競争も壮絶です。本を隠すなどの足の引っ張り合いもあります。小室さんはその1年をLLMに入っています」 ビッグローのインターンの募集は、ハーバードやエール、コロンビアといった有名大学で公募し、最初の書類選考で成績優秀者に絞り、次の面接で決まる。A氏が言う。「採用された学生には、1年目から19万数千ドル(2千万円以上)の給与が支払われます。それも5年くらいは半人前で、彼らから利益は出ません。それでも欲しい人材ということなんです。だから相当厳選します。原則でいえば、ビッグローはインターン以外の方法では採用しないです」 チャンスをつかめる学生は、ほんの一握りだ。小室さんは、そもそもLLMに入った時点で、希望するビッグローへの道は閉ざされたといっていい。なぜLLMに入ったのだろうか? A氏が話す。「こう言っては何ですが、彼の経歴に目を見張るモノはありません。あるとすれば眞子さまのフィアンセという一点。それでも奨学金を取得できたり、JDへ編入したり、弁護士が出てきて仕事を探したり。知恵をつけている人がいるんでしょう」 では、ビッグローは無理でも、M&Aは他でもできるのだろうか?「米国には約43万の事務所がありますが、M&Aの70%超は『トップ100』が扱っています。小室さんが弁護士として働くにはM&Aにこだわらないことですね。移民法の弁護士などは圧倒的に多い。日本人も多いです。もうからないので人気はないのですが」 そして、こう続けた。「詳しいことは申し上げられませんが、彼の『経歴書』を見る限り、とても“権威”が好きなんだと思います。M&Aも彼からすれば格好良く見えるんでしょうけど、実際は相当厳しい世界です。パートナー弁護士になるのは10年後くらい。それまで生き残っているのはわずかです。彼がそもそも弁護士という職業に向いているのか……。野心家だと思うので、ベンチャーのような起業家とかが向いているような気がします」(本誌・矢崎慶一)※週刊朝日  2021年9月17日号に加筆

    週刊朝日

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    「芸能界嫌い」だった2世・村上虹郎 コンプレックスをバネにつかんだ居場所

     連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(NHK)で主人公・安子(上白石萌音)に恋心を抱く幼なじみ役を好演しているのは俳優の村上虹郎(24)だ。思いは届かず、兄の稔(松村北斗)と結婚した安子を「義姉(ねえ)さん」と呼ぶシーンが11月22日(第16話)に放送されると多くの視聴者がこれに反応。同日朝のツイッタートレンド上位に「義姉さん」がランクインするほどだった。  17歳で俳優デビューを果たし、CMにドラマ、映画と引っ張りだこの村上。今夏の映画『孤狼の血 LEVEL2』では、ヤクザ組織に送り込まれるチンピラ役で気迫の演技を見せ、話題を呼んだ。  周知の通り、俳優の村上淳と歌手のUAを父母に持つ2世俳優だ。幼少の頃は父母ともに忙しく、ほぼ祖母に育てられたとバラエティー番組で明かしていたことも(「しゃべくり007」日本テレビ・2018年11月12日放送)。同番組内では、両親に対して「育ててくれてなかったという恨みがあった」と吐露し、「漠然と『芸能界嫌い』って思っていました」とも発言している。 「父親である淳さんは当時、役を家に持ち帰ることがあったそうです。『卑猥なセリフを言う役』を演じたとき、家にでも虹郎さんに対してそのキャラで接してしまっていたらしく、『前の奥さん(UAさん)にすごく怒られた』と語っていました。虹郎さんが小学2年生のときに2人は離婚したのですが、その後、月に1回ほど淳さんと会うことで、『親父ってこういう人なんだ』と次第に理解を示したそうです」(テレビ情報誌の編集者)  離婚後は母親に引き取られた村上だが、高校生のときに自ら望んでカナダのモントリオールへ留学。当時の心情について「親から逃げて逃げて逃げ続けたダサい時期があって、居場所がなくなっていくんですよね」と語っていた(「情熱大陸」・18年11月25日放送)。しかし、続けて「親から逃げていたわけじゃなく、本当は自分から逃げていた。弱かったから」と冷静に自己分析する姿もあった。 「留学中に淳さんから『ある監督が虹郎に会ってみたいと言っている。俳優業に興味はないか?』と誘いを受けたそうなんです。それがデビュー作『2つ目の窓』でメガホンを取った河瀬直美監督だった。でもフタを開けたら、指名での出演ではなくオーディションを受けなくてはならず、しかも結果はまさかの落選。悔しすぎた虹郎さんは『なんでもいいです、雑用させてください』と懇願し、運よく河瀬組の美術部に在籍できることになったといいます。そこで働く姿を見た河瀬監督から『主人公やる?』と声がかかり、大逆転で主人公を演じることになった。本当に珍しいケースです」(同)  この主人公抜擢に河瀬監督は「親の七光ではない」と言っているが、村上本人も2世であることにコンプレックスを抱いているようだ。過去にインタビューで両親のことは好きで、誇りに思うと前置きしつつも「名無し草からやりたかった」と述べている(「エンタメOVO」4月23日配信)。 「ファッション誌のインタビューでも『こういう環境(著名な両親を持つこと)に生まれなければなぁというのは常に思っています』とも話していたのですが、その理由に『役者は匿名性があった方がいい』と持論を述べています。親の顔が知られているのは役者として弱点であり、ハンディだとも思っているそうです。そういったこともあり、海外に向けた作品にも意欲的なようです。出演したドラマ『今際の国のアリス』(Netflix)が多くの国で配信されたこともあり、インスタグラムのフォロワー数の3分の2が外国人だとも明かしていました。留学経験もあるので英語も堪能ですし、今後は海外進出でどんどん知名度をあげていくでしょう」(同)  ドラマウオッチャーの中村裕一氏は、村上の魅力と今後をこう分析する。 「現在放送中の『カムカムエヴリバディ』では、自分の想いをグッと抑えて安子と兄の結婚を祝福する弟の役を好演しています。弟の役といえば、映画『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)で柳楽優弥が演じた暴力的で破滅的な主人公、泰良の弟・将太役も印象に残っています。まっすぐで太い眉、強い意志を秘めたまなざしと固く結んだ口元に、俳優としてのポテンシャルの高さを感じます。その存在感と表現力に、もはや『七光』『2世』のレッテルなどまったく必要ありません。国内の評価など気にせず、積極的に世界へ飛び出し、その名の通り虹色に輝く他に代わりのいない表現者に成長してほしいですね」  朝ドラだけでなく、今年公開の映画だけで4本に出演するなどまさに飛ぶ鳥を勢いで活躍中の村上。七光以上の輝きを見せる彼から今後も目を離せない。(高梨歩)

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    家を買うのが早すぎた?「子ども部屋を見ると悲しくなる」 戸建て購入37歳共働き夫婦の後悔

     晩婚化に伴い、マイホーム購入の平均年齢が上がっている。金融機関が貸してくれる時代とはいえ、ローンは早めに完済したほうがベターだ。それでも人生は予期せぬことが起こりうるもの。リアルな事例や最近の不動産事情を探った連載「それでも夫婦は東京に家を買う」。今回は、20代で計画的に購入した夫婦の事例から、戸建てを検討する際にどんなことを考慮すべきなのか。専門家に聞いた。 *      *  *「家を買うのが早すぎたのかもしれない……」  神奈川県で夫と2人で住んでいるAさん(37)は、10年前に家を建てたことを悔やみ始めている。  Aさんは「若い頃から将来設計をしっかり立てておきたいタイプだった」というように、25歳での結婚を機に、ファイナルシャルプランナーに収入に応じたライフプランを相談。「住宅ローンのことを考えても、家を買うなら早いに越したことはない」というアドバイスのもと、27歳で新築一戸建てを購入した。  夫婦ともに地方出身で、広々とした戸建で育ってきたことから、マンションは選択肢になかったという。カフェ風のお洒落なインテリアを実現したいとの思いから、注文住宅でそのこだわりを実現した。 「これから子どもを産んで家族も増えるはず」  広めの子ども部屋も構え、期待で胸を膨らませながらマイホームでの暮らしを満喫していた。  ところが翌年、Aさんにがんが発覚。幸い大事には至らずに済んだが、手術を経て子どもができづらい体になってしまった。気づけば、高校や大学の同級生らは出産ラッシュ。 「今、子ども部屋を見ると、何とも言えず悲しい気持ちになります」(Aさん)  戸建てへのこだわりを優先した分、交通の便は犠牲にしていた。共働きで、満員電車に揺られ、片道約1時間半かけて都心へ通う日々。駅から家まで徒歩25分と距離が遠く、家から駅までは自転車が欠かせない。退院後に長時間通勤は正直、つらかった。  昨年からのコロナ禍で「戸建てでよかった」と思い直したかというと、そうでもない。確かに、残業が多く深夜帰宅が当たり前だった日常は、コロナの影響で一変した。夫婦ともにテレワークが基本となり、出社は月1~2回。感染状況が比較的落ち着いている今もテレワーク中心であることは変わらず、以前に比べて格段に自由な時間が増えた。  プライベートを充実させようと、海辺に引っ越した同僚もいるという。Aさん夫婦が家を建てたのは住宅街。特段、緑の多いエリアでもない。 「今の家は、都心への通勤を考えて、自分たちが無理ない範囲で戸建が持てるエリアということで決めた場所。都心へのアクセスも周辺の環境も、言ってみれば中途半端な郊外の住宅地です。こんな状況になるなら、もっと自然豊かな場所に住むか、仕事中心のライフスタイルに合わせて都心のマンションという選択肢でも良かった」(Aさん) ◆ 商業施設が撤退する地域は値段に響く  人生、いつ何が起きるか分からないのは万人に共通すること。専門家にも相談し、長い目で見て良かれと判断し、早めに行動したAさんのような人でも、予測できない事態に後悔することがある。どんなことに留意すべきなのか。Aさんのケースを検証しながら、ポイントを整理していこう。 「家を買う時には、『もし自分がそこで住めなくなったら』という仮定をして考えてみることが大事です」   不動産コンサルタントの午堂登紀雄さんは、Aさんの例についてこう指摘する。想定外のことが起こり、もし自分がそこで住めなくなった場合は、人に「売る」か「貸す」か、どちらかの選択肢しかない。 「だからこそ、何かあったら『売れる』、もしくは『貸せる』物件を選ぶ視点が必要です」(同)  ここで改めてAさんの家の立地について整理しよう。Aさんの家は、最寄り駅から徒歩25分。晴れた日は自転車で駅まで向かい、駅に隣接する駐輪場に駐車する。雨の日はバスを利用するか、急いでいる時はタクシーを呼んで駅まで向かうこともあった。最寄り駅から都心のターミナル駅までは、乗り換え1回を挟み、1時間超かかる。通勤時間帯には郊外から通勤する乗客がひしめき、特に朝のラッシュ時間の満員電車は過酷な状況だった。  午堂さんは言う。 「駅から徒歩15分を超えた立地や、バスを利用しなくてはいけない立地など、アクセスの悪さは想像以上に売る時の値段に響いてきます。また郊外のニュータウンなどの高齢化が進む地域や、周辺の商業施設が撤退するなど衰退が進む地域も要注意。いざという時に売りにくくなり、資産価値が低下しやすい」 ◆ 実は「建売住宅」のほうが次に売りやすい  主に都市部で売れる物件の条件については、前回の記事に詳述しているが、Aさんの場合はマンションでなく戸建であることもポイントだ。戸建には思わぬリスクもあるという。 「一般的に戸建は、建物が木造であることが多いため、鉄筋コンクリート造であるマンションに比べ、価格が下落するスピードが早い。また、木造住宅の価値は、築20~24年前後でほぼゼロと評価されることから、土地だけの価格になってしまうことが多いのです」(午堂さん)  その土地代も、手放したいと考えるときには価値が下がってしまうこともある。例えば郊外の新築一戸建を買って数十年が経過した後、売却したいと考え、土地部分の価格のみで売りに出す。しかしなかなか買い手が現れないために土地部分の価格も下げることを余儀なくされ、結果的に大幅に資産価値を下落させてしまうケースもよく見られるという。  さらに、こだわりを実現するための「注文住宅」という点にも、意外な落とし穴が潜んでいる。実は一戸建の場合、一見ぜいたくなほど細部にこだわった注文住宅より、建売業者が建てたよくある間取りの建売住宅の方が売りやすい場合も多いという。これまで6千件を超える不動産取引を行ってきた不動産コンサルタントの後藤一仁さんは言う。 「なぜなら建売業者は、建物を建てる前に、そのエリアの需要の傾向や価格相場などのマーケット調査をし、それを基に万人に受けるであろう外観デザインや間取り、建具、設備、内装などにしていることが多いからです。自分仕様にこだわって建てた注文住宅が、リセール時の買い手に気に入ってもらえれば良いのですが、その個性が逆に買い手を狭めてしまい、結果的に売りにくくなってしまうことがあります。住宅においてはある意味、“個性のなさ”が買い手を限定させず、売りやすさを高めるとも言えます」 (松岡かすみ) >>【後編:マイホームは「子ども部屋なし」がトレンド?! 勉強部屋に風呂なしアパートを借りる賢い選択】に続く

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    木下富美子都議のポスターはがされ、「続けてほしい」どころか「ろくでもない」 地元の有権者と区議に聞いた

     今年7月、東京都議選の期間中に無免許運転で当て逃げ事故を起こし、書類送検された木下富美子都議(55)。都議会は2度の辞職勧告をするも、木下氏は“雲隠れ”を続けていたが、11月9日に4カ月ぶりに登庁した。木下氏は記者団に「ぜひ続けて欲しい、また力を貸してほしいという声があることも事実」と辞職しない考えを示したが、本当に「続けて欲しい」という声はあるのか。木下氏の選挙区である板橋区で有権者の声を聞いた。 *  *  * 木下氏が事故を起こしたのは板橋区の高島平の交差点付近。高島平で商店を営む女性店主は壁を指しながら「この前の都議選では木下都議に投票しました」と言い、こう続けた。 「うちの店の壁には木下さんの選挙ポスターを貼っていたんです。木下都議が店にやって来て『ここへいつものように貼らせてください』とお願いされたので、OKしました」  だが、今もうポスターが剥がされていた。 「店の誰かが剥がしたみたいですね。こんなことになって、もったいない。木下都議は一生懸命にやろうとしていたのに残念だなと思います」  木下氏は博報堂勤務などをへて、2017年7月の都議選で板橋区選挙区から出馬し初当選。今年7月の都議選で再選した。  板橋区内に住む60代の女性経営者は「7月の選挙のちょっと前に木下都議からフェイスブックの友達申請がきた」と語る。 「商店街の新年会では、木下さんから『何か困りごとがあったら相談の連絡をください』と名刺をいただきました。だけどそんなのは社交辞令。この辺で、木下さんに『続けて欲しい』なんて声は聞いたことがありません。逆に、まだ居座ろうとする態度に対して『ろくでもない』という声を聞きます」  先の都議選で、木下氏を支援していた板橋区議は複雑な心境を吐露する。 「いろんなところから(非難の)電話がかかって来て、ひどい目にあっています。(木下氏には)こっちが謝ってもらいたいくらいです。あんなことをやって、まだ議員をやっていること自体がおかしいじゃないですか」  木下氏に対して「ぜひ続けて欲しい」という区民の声は本当にあるのか。 「(初当選後から)都議はいろいろな人から相談ごとなどを聞いてきたでしょうから、『100%ない』とは言えません。ただ、今回はそもそも免停中に人身事故を起こしたというのですから、言語道断です」(同)  警視庁は9月、道路交通法違反や自動車運転死傷処罰違反の疑いで木下氏を書類送検した。今年5~6月にかけても、都内で無免許運転を6回した疑いもあると報じられた。  10月12日、こうした事態を受けて板橋区議会では、木下氏に対する非難決議を全会派一致で可決した。別の板橋区議は非難決議に踏み切った理由をこう話す。 「木下都議は板橋区選出の都議ですから、私たち区議も何か行動を起こそうということで、非難決議に至りました。普段は、無所属や野党系会派の議員は反対することも多いのですが、今回は全会一致でした」  一連の木下氏の行動については強い口調でこう批判する。 「板橋区民もあきれています。普通の感覚じゃないですし、とても理解できない。『続けて欲しい』という声があると言うけど、“雲隠れ”していて区民と接触する機会もないのに、よくヌケヌケとそんなことが言えたものだと思います。木下都議を応援した区議は何人かいますが、その一人は『あんな人とは思わなかった。今では応援したことが恥ずかしい』と言っていました」(同)  記者は木下氏に直接話を聞こうと、豊島区内にある自宅を訪ねた。3階建てで、壁にはツタがからまる瀟洒な建物だ。「KINOSHITA」という表札も出ている。外にはバイクや自転車のほか、観葉植物の鉢がいくつか置いてあった。当日は不在のようだったので、近所の人に話を聞いたが、事故以前には、木下氏が都議をしていることを知っている人はほとんどいなかった。 「木下さんは娘さんと2人暮らしだったはずですが、あの事件で騒がれてから、見なくなりましたね。ホテル暮らしをしているみたいですよ」(近所の住民)  別の近隣住民は、木下氏の様子をこう話す。 「娘さんが小学生の頃、よくうちにあがって犬と遊んでいました。母親(木下氏)は働いていてあまり家にいないらしく、うちでおやつや食事も食べていったこともあります。でも母親は外で会ってもあいさつもせず、知らん顔でした。ゴミ出しの日以外なのにゴミを捨てたり、正直、あまりいい印象はありません」  木下氏は問題発覚後に都民ファーストの会を除名になったが、その後、一人会派「SDGs東京」を立ち上げた。小池百合子都知事は9月17日の定例会見で「私自身も応援したことは大変恥じるべきことだと思っております」と語った。都議会関係者は「小池氏も毅然とした対応を取るべきだ」と話す。 「(木下氏は)7月2日に事故を起こしていますが、小池知事は翌日の3日に木下氏の選挙の応援に入って当選を後押しした。小池知事は自身がいつ、どういう形で事故を知ったのかという経緯をつまびらかにして、木下都議に直接引導を渡す必要があると思います」  居直りを続ける木下氏に対して、東京都には苦情が殺到している。議会局によると、11月12日16時時点で、4297件もの苦情があったという。 「内容は『早く辞めてくれ』という苦情や、議員歳費を返上すべきという意見が非常に多い。12日以降もかなり問い合わせが来ており、件数を集計できる状態にない」(担当者)  木下氏に「ぜひ続けてくれ」という声はあるのか聞くと、「うちの方では全く承ってない」(同)とのことだった。  木下氏は18日午前に議会運営委員会に出席を要請され、各会派からの質問に答えることになっていたが、前日に本人から議会局に「体調が再悪化した」として、欠席を伝えるメールが届いたという。  はたして、木下氏は板橋区民や区議の声をどう受け止めているのか。自分自身で進退を決める時期にきている。(AERA dot.編集部・上田耕司)

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    オミクロン株警戒も空港検疫に“穴”? 「抗原検査ではなくPCR検査をすべき」と専門家指摘

     新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」の世界的な感染拡大を受け、政府は矢継ぎ早に水際対策の強化に乗り出している。しかし、専門家のあいだで、対策の要である空港検疫の「穴」を指摘する声が上がっている。現在、PCR検査ではなく抗原定量検査を行っているからだ。厚生労働省は「PCRと同等に検査の精度は高い」「PCRは現場への負担が強い」と説明するが、「変異株の侵入を阻止するにはPCRが適切」と識者は批判する。 *  *  * 「東京五輪がないと、ここまで対応が早いのかと驚いています」  こう話すのは、関西福祉大の勝田吉彰教授(渡航医学)だ。  オミクロン株の感染が各国で急拡大していることを受け、岸田文雄首相は29日に外国人の入国禁止を発表。日本人帰国者についても、国が指定する宿泊施設での待機を求める対象国を14カ国・地域から44カ国・地域に強化した。  翌30日にナミビアから帰国した入国者のオミクロン株への感染が初めて確認されると、従来、陽性者と同乗していた乗客については前後2列以内に座った人たちが濃厚接触者の対象になっていたが、同乗者70人全員を濃厚接触者とした。さらに12月1日にペルーからの帰国者が2例目の感染者として報告されると、日本に到着する国際線の新規予約を当面停止するよう各航空会社に要請。その後、予約停止の要請については「混乱を招いた」「予約状況や需要動向にきめ細かく対応していく」などと軌道修正した。  勝田教授はこう話す。 「安倍・菅政権と打って変わって、水際対策に迅速に対応しているのは評価できます。変異株が入ってくるのを100%防ぐことは不可能です。少しでも入ってくるのを遅らせて、感染流行のピークを抑え、医療現場などが対策するための時間を稼ぐことが重要になってくる。これまで感染拡大を防いでこられなかった強い反省があるのでしょう。ただ、重症化しにくいなどのデータがわかり被害想定が軽くなりそうであれば、対策を柔軟に緩和することも必要です」  評価の声があがる一方で、水際対策の「穴」を指摘する専門家もいる。現在、海外から日本に入国する際、空港では感染の有無を確認するため、「抗原定量検査」を実施。抗原定量検査で陽性であったり、判定ができなかったりした場合にPCR検査をしている。これに対し「なぜ初めからより精度の高いPCR検査をしないのか」という指摘だ。  自民党外交部会長の佐藤正久参議院議員は<南ア方面等からの入国者には、水際対策で抗原定量よりPCR検査を多用する柔軟性も必要>などとツイッターで発言。立憲民主党の石垣のりこ参議院議員も<水際で、最も精度の高いPCR検査を国が責任もって行うしかない>と問題提起している。  抗原定量検査とは、専用の機器を使い、ウイルスのもつ特徴的なたんぱく質(抗原)の量を調べる検査のことだ。9月に薬局での販売が承認された抗原検査キットは「抗原定性検査」と呼ばれるもので、抗原があるかどうかを調べる。「定量」検査の方が「定性」検査よりも精度は高いが、PCRには及ばないとされている。  空港の検疫はもともとPCR検査が実施されていたが、昨年7月、抗原定量検査に変更した経緯がある。厚生労働省の担当者によると変更の理由は「PCRと同等程度の感度と特異度(検査の精度のこと)があることと、現場への負担を考慮したものだ」という。  PCR検査は結果が出るまでに数時間かかる一方で、抗原定量検査は30分程度で結果が出るとされる。また、PCRは専門のスタッフが鼻などに綿棒を入れて、粘液を採取する一方で、抗原定量検査は唾液で簡単にサンプルを採取することができる。また、PCR検査は手間に加えて、専門スタッフの感染リスクもあった――。こうした理由で、空港で多くの入国者を検査するためには「抗原定量検査が実効性がある」(担当者)というのが厚労省の言い分だ。  これに対し、PCR検査に詳しい国立遺伝学研究所の川上浩一教授は「抗原定量検査とPCRの感度は明らかに違う。抗原定量検査ではすり抜けが出てしまう」と指摘する。  空港検疫で使われている検査機器と検査キットは富士レビオ(本社:東京都)の「ルミパルス」という製品だ。医薬品の審査などを担う厚生労働省の独立行政法人・医薬品医療機器総合機構が公表している資料を見ると、PCRでは24件を陽性と判定したところをルミパレスの試薬では22件を陽性、2件を陰性とした。また、PCRでは301件を陰性と判定したところを、この試薬は陰性を293件、陽性を8件と判定している。判定が不一致となったのは全て回復期の検体だった。  政府は「同等の感度」と評価しており、専門家のなかでも「PCR検査ができるなら越したことはないが、抗原定量検査の精度は十分に高い」という声もある。しかし、川上教授はこう指摘する。 「国立感染症研究所が出した研究結果でも、PCRのほうが約1千倍感度が高いという結果です。ウイルス保有量が検出限界以下の感染者を見逃す可能性があることを指摘しています。いずれにしろ、感染しているのに陰性となる『偽陰性』、感染していないのに陽性となる『偽陽性』が出てくる懸念があるということです。海外からのオミクロンのような変異株の侵入を阻止するには、PCRがより適切です」  さらにPCR検査の現場への負担については、川上教授は「PCR検査は唾液でもできるし、結果が出るまで50分~1時間」という。試薬製造大手のタカラバイオの担当者も「負担は大きくない」とし、次のように説明する。 「従来のPCR検査はサンプルの前処理だけで1時間かかっていたが、当社の検査キットでは10分以内でできるようになった。検査結果は1時間以内に出ます。また、唾液を採取するだけで検査ができるため、スタッフの感染リスクも大幅に抑えられています。製品の価格は1回あたり約1千円と安いのも特徴です」(担当者)  医療現場でPCR検査を扱う専門家はどう見るか。新型コロナ患者の診療を行っているインターパーク倉持呼吸器内科の倉持仁院長は「空港検疫でPCR検査は可能だ」と主張する。倉持氏のクリニックではPCR検査機器が8台あり、フル稼働させれば1日6千人分の検査はできるという。 「空港検疫をPCRから抗原定量検査に変えた当初に言われていた検査スピードの差は、ほぼないと見ています。検査結果が出るまでの待機所を用意して、迅速に検査ができる体制を整えれば、空港でもPCR検査はできる。要は、やる意思があるかないかの問題。空港検疫の穴をふさぐべきです」  厚労省も「PCRにするべきという議論が出てくれば、当然検討せざるを得ない」(担当者)という。水際対策をより強化するためには、検査方法についても考える視点が必要だろう。 (AERAdot.編集部・吉崎洋夫)

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    結婚5年半「一度も肉体関係がない」と告白した36歳女性 鴻上尚史がいくつもの質問で浮かび上がらせた“悩みの本質”

     結婚して5年半、「私は怖がり、痛がりで、一度も性交がない」と告白した36歳女性。「私のような者は存在するのか」と苦しむ相談者に、鴻上尚史がまず訊ねた「大切な質問」とは。 【相談124】結婚して5年半になります。交際以来、一度も肉体関係がありません(36歳 女性 こに)  鴻上さん、はじめまして。悩みに悩み、ご相談させて頂きます。私は、結婚して5年半になる女性です。25歳の頃、夫とお付き合いをはじめて、5年3カ月ほどで結婚に至りました。共働きですが、休日が重なることが多く、物理的にも常にすれ違いということはありません。また、夫婦仲は良く、お互いに仕事のグチをこぼしあったり、家事を協力して行ったりと、どこにでもいる夫婦だろうと思います。  ただひとつのことを除いては……。実は、交際が始まってからこれまでずっと、一度も肉体関係がないのです。もっといえば、生まれてから一度も、夫に限らず、私はそういった体験がありません。私は、とにかく怖がり、痛がりで、一番の原因はそこだろうと思うのです。あとは、分からないというのも正直なところです。どうして自分はこんななのだろう、情けない、辛い、悲しい、申し訳ない、悔しい、どこかおかしいのではないか……そういった思いが常にあり、毎日苦しいです。  子どもが欲しいという気持ちも強く、年齢のこともあるので焦りもかなりあり、夫と共に、少しずつそういったことにつながるようなスキンシップをとるようにしていますが、なぜ他の人が当たり前にできることが自分だけできないのかと辛いです。これまでに性的なことでトラウマになるような体験はありません(レイプや痴漢など)。  このことは、夫と信頼できる元同僚一人しか知らず、親や親戚は、そんなことは夢にも思っていないと思います。子どもができにくいのかなと思っていると思います。職場の上司にも子どもが欲しい旨は伝えており、気にせず休んだらいいんだからとあたたかい言葉を頂いています。まわりを騙しているようで心苦しいです。よく若いカップル(女性側)の話で、結婚までは性行為をしたくない、恐怖があるという話を聞きます。子どもが欲しくても、身体のことでできないという方がいらっしゃるのは、もちろん知っています。  しかし、結婚し、仲が悪いわけでもなく、トラウマがあるわけでもなく、物理的に時間がないわけでもなく……行為が何年も、1回も、できないという私は、異常だと思います。どうにかできるようになりたい、子どもも欲しい、その気持ちは確かであり非常に強いものなのです。世の中に、私のような者は存在するのでしょうか。できずに一生を終えることもありうるのでしょうか……。夫は、自分がうまくリードできてない、毎晩スキンシップを重ねていくなかで前進していると自分は思っている、大好きだということは言ってくれています。 【鴻上さんの答え】 こにさん。大変な相談ですが、じつは、この文章だけではまだよく分かりません。「私は、とにかく怖がり、痛がりで」と書かれていますが、具体的にどういう風にできないのかが分かりません。「分からないというのも正直なところです」と書かれていますが、自分の精神状態が分からないのか、身体的な理由が分からないのか、何がどう分からないのかが重要だと思います。  先に言えば、肉体関係を持たなくても子供を作ることは可能です。ネットで調べれば、すぐにいろんな方法が出てきます。ですから、子供を作るために肉体関係を持たなければ、と焦ることはないと思います。  それよりは、「どうしてできないのか?」をゆっくりと探っていくことが大切だと思います。  こにさん。僕はカウンセリングを受けることをお勧めします。恥ずかしいと思われるかもしれませんが、僕に相談しても、結局、一人で悶々としていては、解決の方法は見つからないと思います。  どのレベルで肉体関係が持てないのか、そもそも肉体関係に興味がないのか、肉体関係を持とうとするとどういう精神状態になるのか。身体的にはどんな拒否反応を見せるのか。 「LGBTQ+」の分類に、「アセクシュアル」があります。「恋愛感情の有無に関わらず、他者への性的欲求を経験しない人」です。恋愛感情も性的欲求も感じない人もいれば、恋愛感情はあるけれど、性的欲求をまったく感じない人もいます。統計的には、一定数、アセクシュアルの人はいて、別に珍しいことではないのです。  こにさんは、性的欲求はありますか? それとも、「肉体関係は必要だ」と頭で思っているけれど、具体的な欲求はあまり感じませんか? 「夫婦は肉体関係があるもの。ないことはとてもおかしい」と頭から決めつけて、自分の欲求とか感覚を無視していますか? それとも、はっきりとした性的欲求はありますか? 大切な質問ですが、マスターベーションはしますか? したことはありませんか?  ね、尋ねたいことは山ほどあるのです。ですから、この相談の文章だけだと何も分からないのです。  こにさんのような状態は、珍しくないと思います。みんな、性的なことは恥ずかしいから黙っているだけです。ぜひ、メンタルクリニックか心療内科、精神科のカウンセリングを受けることをお勧めします。  僕に相談のメールを送れたんです。カウンセリングを受けるのは、あとちょっとした勇気です。  ぜひ、一人で悩まず、相談して下さい。きっと、何かが見えてくると思いますよ。 ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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