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    佳子さまの装いは「満点以上」とマナー解説者が絶賛 耳を出したハーフアップにした理由とは

     森林づくりの功労者を表彰する「第31回森と花の祭典―みどりの感謝祭式典 “感じよう みどりの恵みと 木のぬくもり” 」の式典が7日、東京都千代田区で行われ、秋篠宮家の次女・佳子さまが出席された。前回は姉の小室眞子さんが出席し、コロナ禍で3年ぶりの式典となった今回は佳子さまが初めて臨まれた。そのときの佳子さまの装いが「壇上のフラワーアレンジメントとマッチしてすごい!」という。 *  *  *  写真を見れば一目瞭然、その日の佳子さまの装いは、まさに「華」があった。 「グリーンがベースでピンクと白い花柄の刺繍があしらわれたセットアップに、同系色のノーカラージャケットを羽織られていました。足元はベージュのパンプス、手元には小ぶりのベージュのクラッチバックと白の手袋をお持ちになっていました。髪型は耳をしっかり出し、後ろでまとめたハーフアップにパールのイヤリングにパールのネックレスをされていました」(皇室記者)  この装いと身だしなみを「満点以上の高得点」と絶賛するのは大手企業のマナーコンサルティングを長年務めるマナー解説者の西出ひろ子さん。西出さんがまず挙げるのが髪型だ。 「まず髪型ですがハーフアップにしていらっしゃって、耳を出すというのは、すっきりときちんとした印象になるのと、おじぎをしたときに髪が顔にかかることがない。だらりと髪の毛が顔にかかるのは、清楚感や清潔感に欠けると思う方もいるのでハーフアップというのはとても大事ですね」  続けて、その装いも素晴らしいと言う。 「お若い方がカチッとしたフォーマルを着てしまうと年齢よりもかなり老けて見えたり、服に着られてしまう感じになるのをレースの花柄のモチーフのセットアップが解消しています。とても、可愛らしく、でもきちんとした印象もある素敵なフォーマルの装いだと思いました。また、ピンクにグリーンの差し色もあり、“みどりの感謝祭”への気持ちを表すのにぴったりです」(西出さん)  さらに、西出さんが感心したポイントが靴とバッグの色選び。 「一番感心したのはパンプスとバッグの色を同色にしていること。これは、フォーマルなマナーで重視されていることです。基本的なことですが、あまり浸透していないことなので、佳子さまはさすがだと思いました。足元にベージュを選ばれているのも素晴らしい。全体的な色味から黒い靴や茶色の靴は合わせないと思いますが、今回の佳子さまのような淡い色の服に黒い靴を合わせている方も正直多いです。統一感のあるベージュになさっていることで高得点過ぎるといいますか、身だしなみというマナーにおいて満点以上の着こなしです!」(西出さん)  さらに、佳子さまは、式典の壇上にある花も味方に付けていた。 「ステージに飾られた生花が佳子さまのジャケットの下のセットアップの色合いに合わせられたようでした」(皇室記者)  1枚目の写真が生花を背にした佳子さまだが、たしかに「華」がある。ここ数年、秋篠宮家と言えば眞子さんの話題ばかり取り上げられることとなってしまったが、佳子さまのファッションから紐解くとしっかり大人の階段を上っているようだ。年代を追って振り返ってみる。 【1】姉妹でお揃いコーデが定番だった 2007年8月31日、佳子さまと遊ぶ、もうすぐ1歳をむかえられる悠仁さま。この時12歳の佳子さまは眞子さま(当時)と似た感じのジャケットスタイルで初々しい。佳子さまがもっと幼い頃は姉妹で全身同じコーデだったり、色違いのワンピースだった。 【2】佳子さまのファッションに変化が! 2007年御用邸近くの葉山しおさい公園を訪れ、日本庭園の池の鯉に餌を与え楽しげな佳子さまと眞子さま(当時)。この頃から、姉妹お揃いからは卒業!? 真っ白なダウンにミニスカート、足元はボアブーツで。姉の眞子さまのセーターがトラディショナルなアーガイル柄のタートルなのに対し、妹・佳子さまは襟元ゆったりなタートルが対照的。 【3】グッとおしゃれ度が増しカジュアル路線に 2012年9月6日で6歳になった秋篠宮家の長男・悠仁さまと眞子さま(当時)と佳子さま。この年に大流行したダンガリーシャツにパッチワークのワンピースを合わせたスタイル。ダンガリーシャツは裾を結んでご自分なりのアレンジをきかせている。当時は、赤文字系ファッション誌できれいめファッションが取り上げられた最後の年で、その後、ナチュラル・カジュアルへ転換していったのがこの頃。 【4】同じ入学式スタイルでもこんなに違う 左は2013年4月学習院大学文学部教育学科へ入学式に向かう佳子さま。右は2015年、前年にAO入試で合格した国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科の入学の1枚。スーツは同じだが、高校卒業後すぐの入学式とその2年後、真っ黒ストレートヘアから少し明るい髪色でふんわり毛先を遊ばせたスタイルに変身している。 【5】母と娘たちコートの着こなしも様々 2017年2月28日ベトナムへ出発する天皇、皇后両陛下(当時)を見送る紀子さま、眞子さま(当時)、佳子さまは3者3様のコートスタイル。佳子さまはダブルブレストコートでウエストに切り返しがあり脚長効果も。つばがやや広めのしっかりした帽子で小顔効果もありスタイルよく見える。 【6】真っ白なワンピーススーツで外国訪問へ 2019年9月15日オーストリアとハンガリーを公式訪問するため、羽田空港を出発する秋篠宮家の次女佳子さま。光沢のある真っ白なワンピーススーツで清楚な感じもしつつ、程よいフレアスカートでかっちり過ぎず23歳らしいフレッシュな印象に。よく見るとストッキングもナチュラルベージュではなく光沢がある白っぽいものにしていて、そのコーデは完璧過ぎる! 【7】アイテムのチョイスが絶妙 2019年12月の25歳のお誕生日前に公開された秋篠宮邸の庭を散策する佳子さま。佳子さまが着ているダッフルコートと言えば紺色かキャメルカラーが定番。それを鮮やかなスカイブルーで、しかもショート丈のチョイスはかなりのオシャレ上級者!? 写真では見えにくいがワイドパンツとのコーデをしていて年齢相応の大人カワイイも演出。 【8】「姉が主役」のため落ち着いた装い 2021年10月26日眞子さま(当時)を見送る秋篠宮ご夫妻と佳子さま。あまりに有名になってしまった姉妹のしばしのお別れのシーンだが、嫁ぐ姉に寄り添う佳子さまはグッとシックな装い。「この日は姉が主役」とTPOをわきまえられた気持ちの表れも感じられる。  前出の西出さんは、着こなしにはTPOをわきまえることの大切さを指摘する。 「身だしなみや服装において、一般的に大事なことはTPOです。私はマナーの専門家として“P”をさらに2つ加えていてTPPPOと言っております。TはTIME(時間)、PはPLACE(場所)、私が加えるPの一つ目はPERSON(人)。どんな人と一緒にいるか、どんな相手と接するのかによって服装や身だしなみが変わります。もう一つのPはPOSITION(立場)です。例えば、結婚式の服装で言うと、親族なのか友人なのか立場で変わりますよね。この2つのPがとても大事なのかなと思っています。佳子さまの今回の式典の話しに戻すと、今回の“みどりの感謝祭”というのは、樹木や草花を大切にしていく気持ちが、しっかり服装に表れていたなと思いました」(西出さん)  佳子さまの今回の装いを見ても、ファッションの変遷をたどってみてもなかなかの上級者なのかもしれない。(AERAdot.編集部・太田裕子)

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    「いま勢いのある大学」1位は? 日大は不祥事の影響で増加率40位に

     2022年の私大入試が終わった。昨年はコロナ禍で多くの大学が志願者を減らしたが、今年は回復の兆しが見え始めた。「実志願者数」とその増加率から、人気を集めた大学を探った。 *  *  *  のべ志願者数は、たとえば1人の受験生が同じ大学の学部・学科を三つ併願した場合、3人と数える。近年、多くの大学で併願受験料の割引などが充実した結果、のべ志願者数が急増し、大学の人気が測れないという声があった。そこで本誌は2018年から、のべ志願者数の上位50大学を対象に実志願者数を独自に調べた。当初は非公表の大学もあったが、今年は全50大学が公表した。  さて、今年のランキングを見てみよう。  全体を通して目を引くのが、実志願者数の回復だ。昨年は新型コロナウイルスの感染拡大を背景に多くの大学が実志願者数を減らし、上位の有名私大でも前年比80%台が目立った。今年は、34の大学が前年比プラスとなった。ベネッセ教育情報センター長の谷本祐一郎さんは「志望校を決める昨年10~11月の段階で国内のコロナの新規感染者が1日数百人台に落ち着き、受験生の間で都市部の大学や規模の大きな私学に挑戦する意欲が復活したことも影響していたのでは」と指摘する。  首位には、前年2位の法政大が立った。2位は前年トップの明治大、3位は同4位の早稲田大が入った。法政大は増加率(前年比)も116%で、全体の2位につけている。同大入学センターでは「本学への期待の大きさとして大変うれしく思っている。充実した学部構成と多様な入試方式を用意しており、受験生が志願しやすかったのではないか」と話した。  実志願者数のランクを見る際に留意すべきは、募集人数の多い大学ほど上位になりやすいことだ。そこで今年は「いま勢いのある大学」を見るうえで増加率にも着目した。  首位は武蔵大。実志願者数ランクでは41位だったものの、前年比で123%と躍進した。22年に国際教養学部を開設したことが人気につながったとみられる。アドミッションセンター長の角田俊男さんは「国際教養学部では各学部に分かれていたグローバルプログラムが統合された。これまで多くの学部ではグローバルプログラムに入るための選考が入学後にあったが、同学部では希望の専攻を入学試験の段階で選べるため、受験生の安心感につながったのではないか」と分析する。  実志願者数ランクで13位だった東京理科大も、増加率で9位と健闘した。一般選抜試験で志願者が増えたのが、共通テスト(国語、外国語)の結果と独自試験を併用するC方式。入試課の担当者は「共通テストの平均点が低調だった年は志願者が伸びていない。今年は英語や国語の平均点変動が小幅だったことが志願者増加の一因となったのでは」と言う。  実志願者数では4位につけたが増加率で40位と、順位のギャップが大きかったのは日本大だ。 「昨年からの一連の不祥事(前理事長の逮捕・起訴)が実志願者数減の要因になっていると考えざるを得ない。教職員一丸となって学修・生活支援及び自己実現のための就職支援などを展開している。こうした姿勢を繰り返し発信していくことで信頼回復につなげたい」(入学課の担当者)  龍谷大も実志願者数で16位に対し増加率は50位。広報担当者は「昨年は入試制度改革が功を奏したが、その効果が一段落したこと、また浪人生の減少が想定以上に大きく影響した」と話す。  前出の谷本さんは、前年と数字を比べる際の注意点も指摘する。1年前に受験生が集まった大学は翌年度に敬遠される傾向があり、結果として合格ラインが下がる。そこで、その次の年は受験生が集まる。このため人気→不人気→人気という「隔年現象が起こりやすい」という。こうした傾向にも留意し、来年の順位に注目したい。(本誌・松岡瑛理)※週刊朝日  2022年5月6・13日合併号

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    稲垣えみ子「自分の『正しさ』ばかり考えていた時、人の助けと情けが身にしみた」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  とんでもないことをしでかしてしまった。  あろうことか夕食用のジャガイモの煮物を火にかけたまま外出。焦げ付いたイモの煙に気づいた隣の方の119番で間一髪火事に至らなかったものの、それは多くの方の機転で得られた幸運でしかなく、「うっかり」で済まされるはずもない。何かあれば取り返しがつかなかった。考えただけで震えが止まらなくなった。  なぜこんなことに。振り返れば、ずっと締め切り原稿で頭がいっぱいで、気もそぞろだった。要するに慢心していたのだ。人様に何かを発信するうちに自分の「正しさ」ばかり考えるようになり、浮き足立っていた。なのにそれに気づこうともしなかった。生きていく上でまず大事なことは、人を唸らせる文章を書いたり発言したりすることじゃない。最優先すべきは「火事を出さないこと」だ。人様の生活や命を危険にさらさないよう努力を尽くすことだ。そんな当たり前が全くわかっていなかった。それで正しい事を言うとかありえないだろう。でもそれが私だった。  そして、人の助けと情けがこれほど身にしみたことはない。隣の方始め、消防や警察の方の機敏な判断と行動で首の皮一枚で救われた。怒鳴られて当然なのに、怪我がなくて何より、お互い気をつけましょうと言ってくださった大家さんや近所の方々の優しさよ。酒屋のおかあさんは「怖かったでしょう」と肩に手を置いてくださった。その手の温かさ。そう私は自分が怖かった。同じ酒屋のおとうさんは「おじちゃんはいつもバイクに乗るとき、よし今日も絶対事故を起こさないぞって自分に言い聞かせているよ」と教えてくれた。その全てを一生忘れない。皆様こそが正しく偉大なのであった。  私はこれからどうするべきか。  今の私は何かが間違っているのだ。おそらくは人生の目標が。朝起きたら、その日を無事に過ごすのだと自分に言い聞かせること。外出時の火元の指差し確認。そして人に優しく。それを日々やりとげることが全てなんじゃないか。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行※AERA 2022年5月16日号

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    片づけたら家が「パワースポット」に変身 不登校の子も母も前進できた

     5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。 *  *  * case.22  収納にも親子関係にも余裕ができた 夫+子ども3人/会社員  「真ん中の子が、小学4年の2学期から体調を崩して登校できなくなって。原因は学校のストレスでした。うちの子に起きたことがショックで、そのときは受けとめきれなかった」  不登校のきっかけを振り返るのは、時短勤務で働く3人の子どものお母さん。子どもを気づかい、彼女は仕事と家事の傍ら、検査入院など療養を優先しました。体がよくなれば学校へ行けるだろうと願いながら。  「年が明けて回復はしたけど、パワーが十分じゃなくて。学校へ行く怖さや、周囲の目を気にして不安だったんです。でも、私は『もう行けるんじゃないの?』と思ってしまった」  親として言って聞かせなければと、言い方がきつくなることも。暗中模索でした。  視点が変わったのは、不登校の事例が書かれた書籍と出会ったとき。親の不安とか、焦りみたいな感情が子どもに伝わっているのだろうかと、自身に目を向けはじめた。  これまで家事に仕事に追われて殺気立ち、とっつきにくかったはず。不用品だらけの部屋でイライラ。SNSのミニマリストさんの部屋にあこがれ片づけはじめた。  子どもも少しずつ前進していました。5年生の1学期からは放課後登校、2学期からは週2~3回のペースで登校。  SNSを参考にして部屋はある程度はキレイになった。だけど決定打のようなものがつかめない。「自分はどう暮らしたいんだろう」。迷いが生まれた。  そんな時、家庭力アッププロジェクトを知りました。ふたをしてきた、どう生きていきたいのかを考える機会だと思った。やるなら会社のルールで時短勤務が使えなくなる今年度中がいい。45日間で道しるべを見つけようと参加したのです。  そして、子どもは5年生3学期には安定して登校するようになりました。  「冬休みを挟んだので、年明けに学校へ行けるかな、どうかな、と思っていたら、行くと言って。不用品がだいぶすっきりした年末には、私は片づけで頭がいっぱい。だから、学校へ行く、行かないに執着していませんでした。3月はほぼ出席です」  感情も、空間も、時間の使い方もまるごとリセットした45日間でした。  プロジェクトのはじめは、朝10分片づける”朝活”で、不用品を前に「本当に未来に持っていきたいか」自問自答をくり返します。彼女は長い間、床の間に鎮座していた、巨大ぬいぐるみが手放せました。結婚式ではゲストを迎えた思い出の品です。 「未来に必要かと聞かれたら、なくても思い出は消えないと思えて」 これが処分できたのなら、もっと減らせると思えました。  時間を決めて片づけるうちに決断力もついた。朝活では「その日のゴールを決めよう」と私が言うので、なんとなく手をつけてはダメなんだと10分でできることに集中。  すると、普段の家事もなんとなくしていたと気づいたとか。さっそく朝は10分で前の晩干した洗濯物を畳んでしまい、食洗機にある食器を片づけることを徹底。家事をルーティンにする課題では、ほかのあらゆる家事が、考えなくても回る決めごとを作りました。  家をパワースポットにしたい。どう暮らしたいのか見えてきました。自分も家族も安心できる心地いい部屋とは?  それを見つけるのが動線検証です。あちこちを散らかす家族の生活動線を観察し、どこに収納をつくったら無理なく片づけられるか検証します。家族との調和が必要な課題です。  はじめからうまくはいきませんでした。 「夫は『お母さん、片づけに取りつかれているから』って人ごとで。大量に物を処分して不審だったみたい」  軽くあつかわれてショック。本気度が伝わっていなかったと察し「そういう言う方はやめてほしい」と、本気なことを宣言します。影響された夫は、漫画本の整理を集中してやってくれました。  あやうく家族とぶつかりそうになるときも。  完璧だと思って作ったランドセル置き場が、夫は前のほうがいいと言うのです。動線もしっかり見極めたはずなのに。 「頑固なほうなんで、これまでならイラッとして、自分の案を押し切ったと思います。でも家族が嫌なら『みんなのパワースポット』ではないよねって。ゴールを思うと軌道修正できました」  やり直しにはなったけど、この会話をきっかけに真ん中の子は1階にあった学習机は2階でよいと言い、上の子は学習机はいらないとわかり、家族の実態にあった第3のアイデアが出たとか。  45日間で、リビングで読み散らかされていた漫画は、一軍だけ置かれすっきり。子どもは自分でもとに戻します。収納は、戸建の理想の6割収納をキープできています。  下の子は、寝る前片づけるお母さんを見て、おもちゃを自分で片づける習慣ができました。自分だけ頑張らなくても家が整い、家事はルーティンで回っている。負担が減ると子どもとの関係も変わっていきました。 「ありのままを受け止められるというか。前に下の子も少しネガティブになった時期があったんですが、『勉強イヤや』ってときは『そうは言うけどね』と言い聞かせていました。でも今は『そうやんな、体育と図工だけやったらいいのにな~』とか『足し算できるのに何回もやりたくないやんな』とか、余裕がある感じです」  真ん中の子はどうでしょう。 「お母さんお仕事何してるの?今日はお仕事どうだった?とか、今まで聞かなかったようなことも聞いてくれます」  子どももありのまま、気楽になんでも話せるようになったみたい。  たまに子どもが「うーん学校無理かも」という日は「いいよ、いいよ」と受け止めたり、頑張って登校したときに「楽しかった」と帰って来てホッとしたり。いいとき、悪いとき、ゆらぎを見守りながら過ごせています。  彼女の作業部屋には、おもちゃを飾った見せるタイプの収納があり、そこには余白がたっぷりありました。余分な物をそぎ落としたら、もう、人生は大丈夫だと思えた。 「時短勤務が解除になる前にリセットできてよかった」  心にゆとりを持って仕事も前進。人生の仕切り直しをやり終えた彼女を頼もしく思いました。  ◯西崎彩智(にしざき・さち)1967年生まれ。お片づけ習慣化コンサルタント、Homeport 代表取締役。片づけ・自分の人生・夫婦間のコミュニケーションを軸に、ママたちが自分らしくご機嫌な毎日を送るための「家庭力アッププロジェクト®」や、子どもたちが片づけを通して”生きる力”を養える「親子deお片づけ」を主宰。ラジオ大阪「西崎彩智の家庭力アッププロジェクト」(第1・3土曜日夕方)が2021年5月1日からスタート。フジテレビ「ノンストップ」などのメディアにも出演 ※AERAオンライン限定記事

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    ウクライナも尊重する憲法9条 古賀茂明

     フィンランドのマリン首相が訪日し、11日に岸田文雄首相と会談した。女性の首相で36歳という若さ。しかも、これまで貫いてきた非同盟政策を変更し、米欧の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するという歴史的大転換を進めていることで日本でも注目を浴びる「時の人」だ。  欧州では、同じく非同盟のスウェーデンやアイルランドでもNATO加盟の可能性が高まっている。また、永世中立のスイスが対ロシア経済制裁に加わり、同じ永世中立のオーストリアもアイルランドとともに、EU即応部隊(国際危機に対応するEUの軍隊)創設時には参加すると表明した。  このように欧州の中立国や非同盟諸国が国家の外交軍事政策の大転換を行うのを見ると、日本も憲法を改正して外交安保政策の大転換を図るべきだというタカ派の議論が勢いを増す。  そんな雰囲気を象徴するのが、「日本が(防衛)予算を増やさないとなったら“笑いもの”になる」という4月21日の安倍晋三元首相の発言だ。  しかし私は、これとは全く異なる見方をしている。ウクライナのゼレンスキー大統領の日本国会での演説にそのヒントがあった。彼は、世界各国の議会での演説で必ず武器提供を要請した。だが、G7の一角を占め米国の同盟国でもある日本に対してはなぜかこれをしなかった。その理由について、駐日ウクライナ大使は「われわれは(戦力不保持などを定めた)憲法9条や政治環境を認識している」と語っている。日本の憲法9条や「政治環境」、すなわち、戦争に加担することに非常に慎重な日本の世論を尊重したのだ。  日本の平和主義が憲法9条を通して世界に発信され、それが尊重されるというのは、単なる理想ではなく、現実に起きていることがわかる。そこで私は、先日会ったウクライナ人とその支援者の話を思い出した。日本に一番期待するのは何かと聞くと、ウクライナ人は日本が大好きだからこそ、戦争への協力ではなく今すぐ必要な人道援助と息の長い復興支援を期待するという答えだった。  そこには、防衛費を増額しないと「世界」の笑いものになるという世界とは全く異なる「別世界」がある。安倍氏の言う「世界」とは、欧米諸国の権力者たちの世界。各国の世論を作る国民の評価ではなく、バイデン米大統領らが「よくやった」と言ってくれるかどうかが基準だ。だが、それで日本の平和国家のイメージが傷つけばどうなるか。  中国との対立が激化した時、「あの平和主義の尊敬すべき日本」が中国に脅かされていると世界が見るのか、「あの米国のポチ日本」なら中国に敵視されるのは当然と見られるのか。それによって、中国の出方は全く異なってくるだろう。  憲法前文が「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と宣言し、9条で戦争放棄と戦力不保持を定めたのは、単なる理想主義ではない。国民の命と権利を守るには、その方が、強い軍隊で戦争による紛争解決の準備をするより有効だという極めて「現実主義的な選択」をしたのである。  安倍氏が理解できない憲法9条を、今まさに戦火の中にあるウクライナの人々が理解し尊重しようとしていることを日本人は良く知るべきだ。 ※週刊朝日  2022年5月27日号から

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    2年3カ月ぶりの現場復帰の佳子さま ダンス自主トレと「かーぽん」にかかる秋篠宮家の重責

     秋篠宮家の次女、佳子さま(27)が宮中行事や参拝などを除き、会場に出向く公務としては2年3カ月ぶりに姿を見せた。今年の秋に28歳を迎える佳子さまは、落ち着きを増していた。ダンスの練習も封印し、公務に専念する内親王に期待がかかる。コロナ禍でリモート公務が中心であった令和の皇室も、徐々にその姿が見えてきた。 *  *  *  5月7日、東京都千代田区で開催された『森と花の祭典―「みどりの感謝祭」』の式典。この式典は、これまで秋篠宮ご夫妻から眞子さんへ、そして佳子さまへ引き継がれたものだ。   2019年に出席したときの眞子さんは、式典に相応しい淡いグリーン色のワンピースで出席していた。今回、新たに名誉総裁となった佳子さまも、薄いグリーン地に白とピンクの立体刺繍の花があしらわれた装いを選んだ。皇室の装いには、ときに相手への敬意や祝福のメッセージが込められている。  佳子さまのあいさつも、その声は以前よりもやわらかく落ち着いた印象だ。 「わたくしもこの祭典をきっかけに、森林や草花の果たす大きな役割について、改めて考えております」  あいさつを終えると、若々しい新名誉総裁に会場から拍手が寄せられた。  画面を通じたリモート公務が続く2年間ではあったが、皇嗣家を支える内親王としての存在感が増している。 ■皇室を出たいという思い  事情を知る人物によれば、佳子さまは大学を終えたら皇室を出たいとの思いを抱いていたという。実際、皇室典範第十一条には、皇族の離脱を可能とする規程もある。 <年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる> 「そうはいっても卒業する頃には、現実問題として皇室会議を経て離脱するのはそうたやすいことではないと、理解はされたようです。それで結婚することで、皇室を出たいとの考えをお持ちになったようです」(前出の人物)  しかし、姉の眞子さんは小室圭さんと結婚してニューヨーク生活を送るなかでも、英米日のメディアやパパラッチに写真や映像を盗み撮りされ、その画像をネットでさらされる日々が続いている。小室夫妻が2021年11月に、ニューヨークに到着したときなどは、2人が空港から新居に到着するまで追いかけられ、住まいの建物の写真付きで報じられた。  たとえ結婚して日本を離れても、安住の地ではない。そうした光景を目にした佳子さまは、 「姉が気の毒で、悔しくて涙が出た」  そう漏らしたという。  眞子さんの結婚問題が終わってもなお、秋篠宮家への風当たりは続いている。皇嗣家の唯一の内親王となった佳子さまは、公務の重責も増している。 ■かーぽんは大切なメンバー  そうした佳子さまの心の拠りどころの一つは、大学生の頃からレッスンを続けているダンススクールだ。  2017年秋から英・リーズ大学への留学を経験した佳子さまだが、留学へ出発する前日もダンススクールのレッスンに駆けつけるほどの熱心さを見せ、新型コロナがまん延する前は、何度か発表会にも出演している。昨年も同スクールの発表会は行なわれたものの、もちろんレッスンも出演も一切控えている。  スクールの仲間や講師から佳子さまは「かーぽん」と呼ばれ、温かく受け入れられている。小学生の幼い子どもらも顔を合わせると、「かーぽん、かーぽん」と慕っていたという。  コロナ禍で顔を出すことはできなくとも、「かーぽんは、大事なメンバー」、なのだという。  21年度も発表会があった。もちろん、かーぽんは出演しなかった。それでも、発表会前には「出なくても練習しておきなね」と、演目のダンス動画が佳子さまに渡された。  佳子さまはヒップホップからジャズの要素のある踊りまで幅広く踊る。舞台に出たときは、肌色のアンダーウェアを着用していたものの、お腹が開いたデザインの「へそ出し衣装」は皇族に相応しくないと批判も受けたこともあった。  皇族が新しいことを始めれば、注目を浴び、ときには批判の対象になることもある。  上皇ご夫妻の長女、黒田清子さんが内親王であった頃、日本舞踊の名取級の踊り手として舞台に立っている。古典のイメージのある日舞。実は当時は、ちょっとした衝撃であったようだ。  2005年3月30日付の朝日新聞には、こう表現されている。 <日本舞踊は現在でこそ古典化したが、元は近世に生まれた庶民の芸能。皇女による日本舞踊は、日舞界にとって一つの事件だった>  佳子さまにとって精神的な支えの一つであるダンス。 「誰にでも、仕事とはまた別に、心の支柱になるものはある。いまは公務に専念しても、踊る喜びは覚えていて欲しい」(スクール関係者) (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    開成・元校長の柳沢幸雄さんがハーバード大の教壇で気づいた「流暢な英語」より大切なこと

     開成中学・高校の元校長で、現在は北鎌倉女子学園の学園長を務める柳沢幸雄さん。ハーバード大学でベストティーチャー賞に選ばれたこともある柳沢さんは、苦手だった英語をどのように克服したのでしょう。『AERA English2022』(朝日新聞出版)では、英語学習の原動力や、ハーバード大で英語で講義を行っていたときに大切にしていたことを聞きました。 *  *  *  中高時代は英語が大の苦手でした。とがっていた時期で、辞書に書いてあることを覚えるのは頭の無駄遣いとさえ思っていました。大学受験の時も先生から「英語ができれば安心なのに」と言われたくらいです。  最初に洗礼を浴びたのが、システムエンジニアとして日本ユニバック(現・日本ユニシス)に入社した時です。仕様書はすべて英語で書かれ、理解しなければプログラムは組めません。毎日大量の資料と格闘しました。ある時、日本企業に納入した機械がトラブルを起こし、アメリカと日本の社員が合同で対応することになりました。明らかに向こうに問題があるのに英会話ができないため言い返せない。「これではいけない」と、会社近くにあった日米会話学院で週5日、午後6時から9時まで集中して勉強することにしたのです。  授業は実用に特化しており、前日渡されたダイアログを暗記し、生徒同士ペアになってその内容を再現するというものでした。ライティングも重視し、論題に対してまず、「メインアイデア(主題)」「サポーティングデータ(主題を立証する事実)」「エグザンプル(例)」の順に構成するという「型」も徹底的にたたき込まれました。日本の国語の授業では、論理構造を教えてくれません。論理的な文章の書き方に、ここで初めて触れました。  入塾テストの成績が存外よくて、本来前期に受講するフォニックスを飛ばして、後期から始めたのですが、発音の構造だけは、しっかり学んでおくべきだったと今も思います。 ■水俣病の写真展が転機に海外での公害研究を志す  会社員時代に、ユージン・スミスの写真展で見た水俣病の子どもの写真に衝撃を受け、公害問題に取り組もうと決心しました。会社を辞めて、大学院に入り直し、大気汚染の研究で注目されたのですが、日本の企業や研究所からは相手にされなかった。公害問題は儲からないのです。  しかし、どうしても公害の研究をあきらめきれなかった。そこでターゲットを世界に広げて、研究成果を名刺代わりにアメリカ、ヨーロッパ、南米など、国際学会を渡り歩きました。学会発表の資料を事前に見て、めぼしい研究者が登壇するときには最前列に座り、最初に挙手して質問しました。「熱心なやつ」と目に留めてもらうもくろみもありましたが、後手に回ると前の人の質問を聞き取れず、同じことを質問してしまうかもしれないからです。そうしてハーバード大学の教授の目に留まり、ハーバードでの研究の道が開けたのです。  アメリカではペーパーバックを読んだり、映画の登場人物になりきってセリフを発話したり、それなりに英語の勉強をしましたが、アメリカ人よりうまくはなれません。そこで、ネイティブのように話せないのなら、相手に伝わるような手立てを工夫しようと発想を変えたのです。 ■工夫を重ねた講義がわかりやすいと評判に  教壇に立ってわかったのが、話の筋さえ通っていれば、学生に伝わるということ。大切なのは論理の明快さなのです。苦手な発音は、スライドを映して補おうと1回の講義に80枚ものシートを準備しました。  例えば「WATER」を発音する時に、スライド内の「WATER」と書かれた部分を同時に指し示す。すると学生は「これがユキオのWATERの音か」と理解してくれる。講義がわかりやすいと評判はよかったです。とくに英語を第二言語とする留学生には喜ばれました。  日本人は「流暢に話せること=英語ができる」と、思い込みがちですが、そうではないのです。明快な論理や、言いたいことを伝えるための工夫が大事なのです。  本来外国語は、洋楽とか洋画とか、好きなことをきっかけに学ぶのがいいと思います。ぼくの場合は公害研究をやりたくて英語を学んだ。強い動機があれば、苦手でも克服できるものです。 【柳沢幸雄さんのおすすめ英語学習教材・ツール】 ◇自分の考えを発信するために、論理的思考力、表現力を身につける『ロジカル・シンキング 論理的な思考と構成のスキル』(東洋経済新報社)東大大学院で学生を指導する時に使っていたテキスト。話の重複や漏れ、ずれをなくす技「MECE(ミッシー)」、話の飛びをなくす技術「So What?/Why So?」など、ロジカル・コミュニケーションについて学べる。 柳沢幸雄(やなぎさわ・ゆきお)北鎌倉女子学園学園長。1947年生まれ。東京大学工学部卒。民間企業を経て同大学院工学系研究科博士課程修了。米ハーバード大学大学院、東大大学院で教鞭を執った後、2011年から開成中学・高校校長。20年から現職。 (文/柿崎明子) ※『AERA English2022』から抜粋

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    “本家”よりも強そう?「森保ジャパン未招集メンバー」でベスト11作ってみた

     2018年9月の森保ジャパンの初陣からW杯最終予選終了までの計48試合に出場した選手は計90人。ベンチ入りのみで未出場の選手も含めると100人以上、昨夏まで兼任していた五輪代表も含めると、さらに多くの選手たちが「森保ジャパン」の名の下でプレーしてきた。だが、日本には“まだ招集されていない好選手たち”が多くいる。カタールW杯への準備に入る前に、「森保ジャパン未招集ベストイレブン」を作ってみたい。 *  *  *  最後尾のGKには、高丘陽平(横浜FM)を選ぶ。現在26歳。身長182センチとGKとしてはサイズ不足だが、それを抜群の反射神経と瞬発力で補い、高いセーブ能力を見せながら積極果敢な飛び出しでハイラインの裏をカバー。年齢を重ねる毎に安定感が増し、昨季はリーグ戦出場33試合中15試合でクリーンシートを達成した。何より、優れた足元の技術とキック精度を持ち、欧州ではスタンダードとなっている「ビルドアップに参加できるGK」である点を評価してゴールマウスを任せたい。  DFラインは4バック。CBにはまず、ドイツに渡って一気に評価を高めた伊藤洋輝(シュツットガルト)を置く。身長188センチの高さにサイドバックも対応可能なスピードもあり、左利きであることも大きな武器。磐田に在籍していた昨季までは舞台がJ2だったこともあって注目度が低く、東京五輪のメンバーにも選ばれなかったが、2021年6月の海外移籍を経て急成長。今年5月12日に23歳となる“逸材”には、今回のカタールW杯本大会での“サプライズ招集”も十分に考えられる。  もう一人のCBには、森重真人(FC東京)を選びたい。強さと巧さ、得点力を兼ね備え、北京五輪、W杯ブラジル大会にも出場した経験豊富なベテラン。2018年のW杯ロシア大会の本大会メンバーから漏れて以降は代表に呼ばれていないが、Jリーグではパフォーマンスを維持しており、昨年8月にはJ1通算400試合出場を達成。再び主将を務めることになった今季も、故障離脱するまで先発フル出場を続けながら8試合で4失点の堅守に貢献し、自ら2得点を奪う活躍を披露。今年の5月21日で35歳となるが、まだまだ健在だ。  続いてサイドバック。左には、吉田豊(名古屋)を指名したい。休むことなく上下動を繰り返し、攻守において粘り強いプレーが身上。決して華麗ではないが、対人能力が高く、攻撃参加も的確。プレーの安定感は特筆すべきもので、32歳となった今季もJリーグ屈指のサイドバックであることは間違いない。これまで長友佑都、中山雄太の2人以外に安西幸輝、小川諒也、杉岡大暉、山中亮輔らが森保ジャパンに招集されたが、吉田がサイドバックとしての総合力において彼らに引けを取っているとは思えない。  右サイドバックには、小池龍太(横浜FM)がいる。JFAアカデミー福島から当時JFLだった山口へ入団し、J3、J2とチームとともにステップアップ。J1・柏でも実力を証明し、ベルギーリーグを経て2020年から横浜FMでプレー。昨季はリーグ戦31試合出場4得点と働いた。基本技術のレベルとサッカーIQが非常に高く、サイドを駆け上がるだけでなく内側にポジションを取りながら多彩な役割をこなすことができる。現在26歳。A代表も世代別代表の経験もないが、国際舞台でも活躍できる力はすでに備えているはずだ。  ボランチの2人で、まずは橘田健人(川崎)を選ぶ。桐蔭横浜大から2021年に“王者”川崎に加入すると、大卒1年目から周囲の期待を上回る働きを披露。頭脳的かつハードなプレーで、外国人のシミッチからアンカーのポジションを奪い取り、Jリーグ優秀選手賞も受賞した。決して肉体的に恵まれているわけではないが、無尽蔵のスタミナと鋭い読みから激しくボールを奪い、前線へ入れるパスのタイミング、精度も優れている。まだ23歳。今後の成長が楽しみだが、今すぐにでも“未招集ベスト11”に入れる力がある。  もう一人は、樋口雄太(鹿島)。鳥栖の下部組織育ち。鹿屋体育大を経て2019年に鳥栖に“再”入団すると、2021年には背番号10を背負ってリーグ戦37試合に出場して6ゴール6アシストの活躍を見せた。巧みなボールタッチからのドリブル、パスともにセンス抜群で、今季から加入した鹿島でも開幕からレギュラーを掴み、中盤を幅広く動き回りながらチャンスを演出。特に右足のキック精度は特筆すべきもので、エリア外からのミドルシュートに加えて、セットプレーのキッカーとしても威力を発揮する。代表歴は2013年にU-17代表に選ばれたのみだが、25歳となったプレーメーカーの実力に疑いの余地なし。その名は今後、さらに広く知られることになるはずだ。  2列目には、アタッカーを3枚並べたい。左サイドは、ドイツで輝きを放つ奥川雅也(ビーレフェルト)。京都の下部組織育ちで“古都のネイマール”とも称されたドリブラー。19歳で海を渡り、左右両足を遜色なく使える“強み”を生かしながら鍛錬を積み、万能型のアタッカーへ進化しながら今季は8ゴールと得点能力も開花させている。現在26歳。2020年11月にA代表招集を受けながら所属クラブで新型コロナのクラスターが発生したことで招集取り消しとなった過去を持つように、“未招集組”としては真っ先にメンバーに入る。  トップ下には、森岡亮太(シャルルロワ)を置く。卓越した技術と広い視野、長短織り交ぜたパスに加えてと得点力も持つ司令塔。神戸時代の2014年に23歳でA代表デビューしたが、アギーレ体制で2試合、ハリルホジッチ体制で3試合に出場したのみで2018年3月を最後に招集なし。しかし、その間にもベルギーリーグで結果を残しながらプレーの幅を広げ、今年4月に31歳となった現在、その実力は間違いなく日本人トップクラス。時代が違えば代表の常連となっていてもおかしくない。  右サイドは、健在の“天才”家長昭博(川崎)に任せる。G大阪ユース時代から傑出した能力を見せ付けながら20代前半までは好不調の波があったが、30歳で移籍した川崎で持ち味が全開。“鬼”のキープ力を発揮しながら、落ち着き払ったプレーで攻撃にアクセントをつけ、オンリーワンの存在としてピッチ上に“違い”を作り出している。A代表はオシム時代に1試合、ザッケローニ時代に2試合に出場したのみだが、持っている能力は過去、現在の日本代表の中心選手たちと比べても全く遜色ない。  最後の1トップは、鈴木優磨(鹿島)で間違いない。2年半過ごしたベルギーリーグで計26得点を挙げ、復帰したJリーグでは開幕から貫禄かつ圧巻のプレーを披露。持ち味であったゴール前での嗅覚だけでなく、中盤、サイドと幅広く動き周りながら攻撃の起点となり、試合の流れを作っている。ストライカーに必要な強いメンタリティとリーダーシップを持つ男は、4月26日に26歳となったばかり。例え森保ジャパンに選ばれなくても選手としての価値が落ちることはなく、今後も数多くのゴールを叩き込んでくれるはずだ。  その他、清武弘嗣(C大阪)、酒井高徳(神戸)、遠藤保仁(磐田)、西川周作(浦和)といった元日本代表の面々や、原大智(シント=トロイデン)、角田涼太朗(横浜FM)といった若手たちも「森保ジャパン未招集組」として今回のベストイレブンに選びたかった選手たち。このことからも、Jリーグ発足30年を経た日本サッカーの選手層が分厚くなったことは、確かだと言える。その証をカタールW杯の舞台でしっかりと示してもらいたい。  以下、今回選出したメンバー。 【GK】高丘陽平(横浜FM) 【DF】伊藤洋輝(シュツットガルト)森重真人(FC東京)吉田豊(名古屋)小池龍太(横浜FM) 【MF】橘田健人(川崎)樋口雄太(鹿島)奥川雅也(ビーレフェルト)森岡亮太(シャルルロワ)家長昭博(川崎) 【FW】鈴木優磨(鹿島) (文・三和直樹)

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    老後の失敗を回避する方法 二世帯住宅からの住み替えは危険?

     子どもや孫のために暦年贈与をしたり、妻を思って自宅を夫婦の共有名義にしたり……良かれと思ってやったことが裏目に出ることもあるという。大切な老後資金が悲惨な末路をたどらないために、今すぐ知っておかなければいけないこととは? >>前編「生前贈与や特例利用で損も!? やってはいけない“老後資金の守り方”」より続く *  *  *  生前贈与を考える前に、人生の最終盤、どのような介護を受けたいのか、どこで最期を迎えたいのか、じっくり考えてから相続対策を考えるようにすると失敗しない。そう話すのは相続実務士で相続支援会社「夢相続」代表の曽根惠子さんだ。 「自宅を残すか、売却してそのお金で高齢者住宅に入るのか、その選択は難しいところ。また自宅を残そうと二世帯住宅を建てたり、アパート経営をしたりするとき、安易に借り入れをして負債を増やしてしまうことはお勧めできません」  子どもたちが住まないとしても家を残したいと思ったら、好立地であれば賃貸で他人に貸す方法もある。自分たちが高齢者住宅に入った後も放置せず、賃貸すれば評価額減により相続税が減らせて、小規模宅地等の特例も使える。  思いつきで財産を動かそうとせず、いくつかの選択肢からベストプランを選ぶようにすると失敗を回避できる。  この春に35年住み続けた一軒家を売却して、賃貸マンションに移り住む決断を下したというのは、社会保険労務士でファイナンシャルプランナーの井戸美枝さん。  夫婦2人ここで老後を過ごして、最期はそれぞれ介護施設に入ることを見越しての選択だったという。 「もしこの先、認知症になったら不動産の売却はできなくなりますので、マンションを買うのもやめました。不用品の処分が大変なので、体力のあるうちに移住しようと思いました」(井戸さん、以下同)  井戸さんは親を看取った後、死後の手続きや実家の片付けに奔走した経験がある。子どもには同じ思いはさせたくないと、自分たちの荷物は極力少なくして、取引のない休眠口座は解約しておくといった“終活”に着手しているという。 ■売却手続き大変 購入より賃貸に  住み替えでやってはいけないのは、住宅ローンを新しく組むこと。 「子どもが独立してから、夫婦2人で一軒家に住むのは広すぎるので、自宅を売却して駅近のマンションに住み替える人も増えていますが、ファミリータイプの物件やタワーマンションとか、高額な物件を購入して再び住宅ローンを組むような住み替えはやってはいけません。私たちも売却した資金でマンションの購入も考えましたが、また売却の手続きが大変なので賃貸にしました」  夫が定年退職を迎えて間もないときは、体力もあって元気なので、現役時代にやりたかった夢を実現させたいと思うかもしれない。その典型例は「田舎暮らし」。後期高齢者医療制度の対象になる75歳以降は、体力や気力が落ちてくるので、運転免許証の返納をする年齢に差しかかると、田舎暮らしは不便になる。  徒歩や自転車、公共交通機関が利用できる都心で生活するほうが高齢期は便利なケースもある。  また、テレビ等で定年退職後に地方に移住して農家レストランを開業した夫婦のエピソードなどを見ることがあるが、「起業はいいことばかりではないので成功例をうのみにするのは危険」と井戸さんは注意を促す。 「改正高年齢者雇用安定法で65歳から70歳まで働く機会を確保することが企業側の努力義務となり、年齢に関係なく働くチャンスが広がってきました。65歳以降、働いて収入を増やそうと、(1)継続または再雇用で同じ会社で働く、(2)別の会社に転職する、(3)起業するという三つの選択肢がありますが、起業で失敗する人もよく見かけます」  従業員が自分一人しかいないのに、退職金を注ぎ込んで株式会社を設立して事務所を構える。会社登記のコストだけでなく、毎月の事務所の維持費のほか、たとえば経理を税理士にお願いすればランニングコストが重くのしかかる。 「安く借りられる空き家物件が多く、融資が受けやすい今がチャンスですと乗せられても、月々固定費がかかるような仕事はお勧めではありません。喫茶店やパン屋さんを始めたいという人も意外と多いのですが、原材料費や燃料費が高騰しているのでオープンする時期は見極めたい」 ■受け取りの判断 損得より生活費  定年後は社会貢献がしたいと自宅の一室でコミュニティーカフェを始めたいという南関東地方に住む男性(60代半ば)は、新型コロナで事業計画が延期になったが、夢はまだ諦めていない。 「毎月の維持費は抑えられても、コロナで売り上げ確保の見通しが立たないので、まだ踏ん切りがつきません」(男性)  そして、定年後の働き方とともに気をつけたいのは、年金のもらい方。  今年4月から年金受給の開始時期は、「60~70歳の間」から「60~75歳の間」に拡大した。  受給年齢を繰り下げるほど年金が増額され、75歳から受給すると、65歳でもらう場合の84%も年金額が増える。65歳で年間約78万円の年金を受け取れる人は、10年受け取りを遅らせると、受給額は約143万円にもなる。  働き続けて年金を先送りしたほうが、もらえる年金額は増えるのだが、75歳まで待つよりも、70歳までの繰り下げを選択したほうがお得なケースがあるという。 「年金受給の損益分岐点は、もらい始めから11年10カ月程度が目安です。70歳と75歳まで繰り下げたケースを比較すると、1年間で受け取る額は当然75歳のほうが多いのですが、90歳まで生きることを前提としますと、75歳から受け取ると受け取り期間が短くなる分、一生涯で受け取る総額は少なくなります。損得よりも生活費でいくらかかるかで判断したい」(井戸さん)  さらに、厚生年金に20年以上加入歴がある人が、65歳になったときに配偶者や子どもを養っていると老齢厚生年金に「加給年金」がつく。妻が65歳になったら「振替加算」に切り替わる。  年の差夫婦であれば、老齢厚生年金を65歳から受け取り、老齢基礎年金を繰り下げる選択肢がベストだが、年の差が数カ月から2、3年しかない夫婦の場合は、加給年金を受け取る期間はすぐに終わるため、老齢厚生年金と老齢基礎年金をともに繰り下げたほうが、年金額が増えることもあるという。  ほかの経済事情を考えて、両方のケースをシミュレーションしてから決めたほうがいいという。  長い老後に備えるためにも、不用意に資金を使わないようにしたい。(ライター・村田くみ)※週刊朝日  2022年5月20日号より抜粋

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    <NISAの出口>60歳で相場暴落なら、積み立てた投資信託どうする?

     つみたてNISA、iDeCoなどで投資信託を積み立てる人が激増している。見よう見まねで資産運用を始めたはいいが、「出口問題」についてしっかり考えているだろうか。  出口問題=老後の売却(取り崩し)をどうするか問題のこと。投資は買うより売るほうが難しいのである。5月16日発売の「AERA Money 2022夏号」では、NISAの出口について詳細に解説している。  最悪なのは、いざ投資信託を取り崩そうとしたとき暴落に見舞われることだ。まずはリーマン・ショック後の株価の回復の仕方から「どうすればいいか」を学ぼう。  米国の株価指数、S&P500は2021年の1年間だけで27%も伸びた。それが2022年に入って様相は一変。ロシアがウクライナ侵攻を開始した2月24日には年初からの下落率が10%以上に達した(その後3月中旬から反発、4月上旬は下落)。 「60歳で退職。今年からNISAの投資信託(以下、投信)を取り崩そう」と思っていた矢先に、こういう下落があると売りたくなくなる。どうすればいいのだろう。  GMOクリック証券の谷口幸博さんが、暴落時の鉄則を語る。 「慌てて売らない。つみたて投資で、下落したとたんに売るほどもったいないことはありません」  2021年前半のような株価下落を見ると不安になり、つみたて投資自体をやめる人がいる。持っている投信や株式を売る人も多い。損失の拡大を防ぎたい一心だろうが、つみたて投資の場合、それは間違い。  相場が少し回復して、自分が投資した元本まで戻ったら「もう投資はこりごり。損することにおびえたくない。今なら損していないだけ儲けもの」と売る人もいる。 ■3年くらい様子を見る 「毎月定額で投信をつみたてている場合は、下がった分だけ安い基準価額でたくさんの口数を買えることになります。老後まで10年以上の時間がある現役世代は、下落をチャンスと捉(とら)えてください。リタイア間近な人も慌てて売らず、3年ほど様子見しましょう」  ここでリーマン・ショックが起こった2008年の1月から2021年12月末までの14年間、毎月1万円をS&P500に連動する投信につみたて投資をしたときのシミュレーションを行った。 「投資元本」とは財布から出したお金のこと。14年間で168万円だ。そして「資産額」は、財布から出したお金と投信自体が増えた分(または減った分)を合わせたもの。リーマン・ショック発生から3年も経つと、投資元本より資産額のほうが上回った。  この期間を振り返ると、リーマン・ショックで始まり、2015年8月に中国人民元切り下げによるチャイナ・ショック、2020年3月には新型コロナウイルス感染症拡大によるコロナ・ショックに見舞われている。  しかし14年に及ぶ毎月1万円のつみたてで、投資元本168万円は2021年末に657万円、つまり約4倍にまで増えた。  下げ相場に突入した2022年の数カ月は、長期投資において「ある一時期」でしかない。 「短期的な下げ局面だけをクローズアップした株価チャートを見ると、ひどい状態に見えます。ただ、数カ月の下落は14年間のつみたて期間から見れば『ごくごく短期間の小さな下げ局面』にすぎません。長期投資は10年、20年という長いスパンで行うもの。短期的な下げに惑わされて全体を見失わないようにしましょう」 ■生活費を預金で準備  では、60歳の定年退職の際にリーマン・ショックのような大暴落で大切なお金が半分になったらどうすべきなのか。  答えはやはり、「3年ほど待つ」だ。リーマン・ショック後のS&P500は高値から52.6%の暴落を5年5カ月で取り戻している。  最近は定年退職後も再雇用などで働く人が増えた。下落で目減りした老後資産を補てんすべく、働くのもいい。だが、できれば働きたくない人も多いだろう。 「もう働く気がない、もしくは働き口が見つからないことが心配なら、60歳までに運用資産とは別に、最低3年分の生活費を現預金で準備しておくのはどうでしょう」  投資の運用資産以外に生活費3年分をまかなう預金もない人は? 「その場合は、取り崩しが必要になる60歳を迎える3年ほど前から、運用資産の一部を少しずつ売却しておくのもいいでしょう。そうすれば、60歳で暴落に見舞われても、事前に現金化した資金で3年の様子見期間の生活費をまかなえます」  取り崩しにも準備期間が必要ということなのである。  最後に谷口さんの話をまとめよう。 1 慌てて売らない2 リタイア前ならつみたて続行3 リタイア後でも3年ほど待つ4 60歳時点で最低3年分の生活費を準備しておく5 下がり続ける相場はない  「老後を迎えたからといって、暴落時の安値で現金化するのはもったいない。下がり続ける相場はないのです」 (編集・文/綾小路麗香、伊藤 忍)  ※『AERA Money 2022夏号』から抜粋 

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    「これはラーメンじゃない」 批判された“TKM”がブレークした理由

     日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。埼玉で60年続く老舗町中華の3代目が愛するラーメンは、熊谷で大行列ができる人気店の“TKM”というシンプルすぎる一杯だった。 ■老舗の町中華がSNSでバズった理由  東武伊勢崎線の加須駅(埼玉県)から徒歩5分。60年以上も続く老舗の町中華がある。「かし亀」だ。老舗ながら、高級中華料理店出身の3代目店主・駒剛行さんの料理の腕と、あふれるアイデアで常に行列の人気店。連日、ツイッターやインスタグラムの投稿でファンがにぎわう、まさに令和を生きる町中華である。 「かし亀」がSNSでバズり始めたきっかけは、チャーハンの横に中華の一品ものを乗せた「デカ盛り」だ。「肉乗せチャーハン」を筆頭に「チャーシューチャーハン」「唐揚げチャーハン」など、人気メニューを次々チャーハンに合わせていった。  そして、もう一つの看板メニューは、駒さんが東岩槻(埼玉県)の名店「オランダ軒」で食べて衝撃を受けた「生姜醤油ラーメン」だ。スープを継ぎ足しながら作る“呼び戻し”の要領でスープを徐々に濃くして厚みを出し、2~3年かけて現在の形に完成した。  今ではラーメンファンとデカ盛りファンが集まる店としてすっかり人気に。だが、量が多く食べるのに時間がかかり、行列がどんどん長くなっていった。外で2時間待ちという事態になり、今では来店時に名前を書く記帳制にせざるを得なくなった。 「チャーシューチャーハンと生姜醤油チャーシューメンが一番出ているので、とにかくチャーシューをたくさん作ります。現在では1日30キロ出ています。豚のウデ肉を濃いめのタレで柔らかくなるまで煮て作るんです」(駒さん)  祖父が経営していた店を使っているため家賃もかからない。おのずと利益率は上がりそうだが、その代わり材料にこだわっている。 「お客さんに喜んでもらえればそれでOKだと思っています。喜んでくれたお客さんは口コミを広げてくれるので、CMや宣伝を打つ代わりに原価率をかけていると思えば安いものです。実家でやれることの良さを生かしていきます」(駒さん)  チャーシューが1日30キロも出る町中華とはそうそう聞いたことがない。昭和から続く町中華の止まらぬ進化を感じるお店である。  そんな「かし亀」駒店主が愛する名店は、埼玉・熊谷で“TKM”というメニュ-で大行列ができる店だ。誰でも考え付きそうで考え付かなかったアイデアメニュー誕生の秘密を追ってみたい。 ■「これはラーメンじゃない」批判も一転 名店店主がTKMを評価  JR高崎線・熊谷駅(埼玉県)から徒歩5分。およそラーメン屋とは思えぬポップな店先に大行列ができる店がある。「ゴールデンタイガー」だ。2018年のオープン以来、熊谷を代表する人気店としてその名が知られている。  店主の金澤洋介さんは埼玉県美里町出身。浦和学院高校出身で、野球部に所属。チームは甲子園にも出場した。金澤さんは惜しくもベンチからは外れてしまったが、野球漬けの毎日を過ごしていた。  そんな金澤さんがラーメンと関わるようになったのは、高校3年の9月。部活引退後、「本庄大勝軒」でアルバイトを始めたことがはじまりだ。  食べながら汗をかくのが嫌いでラーメンはあまり食べていなかった金澤さんだが、「本庄大勝軒」のもりそば(つけ麺)は違った。冷たい麺で食べるもりそばがおいしく、ここでアルバイトをしたいと思った。皿洗いが中心だったが、3カ月間働いた。  その後は工場に3年勤め、佐川急便の配達を3カ月、インテリア関係の仕事を1年と職を転々とした。「本庄大勝軒」にはバイトを辞めてからも定期的に訪れていた金澤さん。ある日、マスターとおかみさんに「いつラーメン屋をやるの?」と聞かれた。  このまま仕事を続けるか迷っていた頃、「本庄大勝軒」が2店舗目の「常勝軒」をオープンすると耳にする。50席ほどある大型店で、ここで頑張れば月100万円稼ぐことも夢ではないと思い、入社を決める。23歳の頃だった。 「常勝軒」はすぐさま繁盛店になった。金澤さんは無我夢中で店を回し、気がつけば接客が好きになっていた。 「お客さんとのコミュニケーションがとにかく楽しくて、この仕事って良いなと思いました。目の前で『おいしいね』とか『元気もらえるよ』を言ってもらえる幸せな職業ですよね。常連の多い地元に愛されるお店だったからこそ感じられたことかもしれません」(金澤さん)  オープンから3カ月後には店長に抜擢(ばってき)され、失敗も多かったが成長できた。従業員もたくさんいて、人の配置や人間関係も含め、店作りを学んでいった。「常勝軒」で8年働いた後は、群馬の系列店「景勝軒」に入り、エリアマネジャーとして各店を指導する立場になる。原価や人件費などの数字面も見られるようになった。  その後、妻の妊娠をきっかけに、金澤さんは独立を考え始める。 「ちょうどこの頃仕事に疲れている状況で、今のままだと子どもにこの顔を見せられないなと思ったんです。妻も背中を押してくれて、独立に向けて動き出すことになりました」(金澤さん)  そこで、店の定休日を利用して「金の舌」と名付けたイベントを開催。オリジナルのラーメンを提供することにする。ここで生まれたのが、「金の素」というメニューである。ゆでた麺を氷水で締め、醤油タレをかけて生卵を乗せたシンプルな一杯。店のまかないとして、具無し、スープ無しで麺とタレだけを絡めて食べていたのをヒントに作ったという。 「つけ麺をメインでやろうと思っていましたが、週1のイベントのために仕込むのがとにかく大変だったんです。スープを無しにして、麺とタレだけで作れれば理想だと考えて作りました。うまい麺があればスープは要らないのではという発想です」(金澤さん)  この「金の素」が、のちに「ゴールデンタイガー」を支える一杯になっていく。  こうして2018年3月、金澤さんは熊谷に「ゴールデンタイガー」をオープンする。33歳の時だった。店名は長男の虎太郎くんの名前から名付けた。店のポップな外観は、先輩のデザイナーに作ってもらった。  メニューはつけ麺と「TKM」。TKMは「タマゴカケメン」の略称で、「金の素」をブラッシュアップさせたものだ。「卵かけご飯」の「TKG」からヒントを得て付けた名前はアイデア賞といっていいだろう。艶やかな麺の上に浮かぶ黄色い卵の黄身。シンプルながら絵になる一杯だ。  このTKMが19年4月に大ブレークする。栃木県小山市で開かれた「ラーメン祭り」に出店した時である。ポスターにTKMの写真が載った時は、「これはラーメンじゃない」とばかにされたが、いざイベントが始まると、そのおいしさに他店の店主から絶賛の声が集まる。その後、名店の店主が限定メニューとして出し始めるなどTKM自体が広がっていった。 「よく言えばシンプル、悪く言えば手抜きに見えたのか、お客さんもあまり注文してくれないメニューでした。でも、イベント後に一気に忙しくなり、TKMを注文する人も増えましたね。続けることでリピーターも確実に増えていきました」(金澤さん)  つけ麺の材料で作ることができ、麺のゆで方もつけ麺と同じ。なのに、この唯一無二な一杯を作り上げたのは革命といえる。簡単そうに見えるが、シンプルさゆえにごまかしが利かない。麺をどう仕上げるかがすべてで、そこに全神経を集中して緻密(ちみつ)に作り上げた一品である。  このTKMを看板に掲げ、「ゴールデンタイガー」は一気に人気店に上り詰めた。20年10月からは麺を自家製麺に切り替え、よりうまさが際立つようになった。金澤さんはこれからもシンプルな一杯を極限まで磨き続ける。 「かし亀」駒店主は、このTKMの大ファンだ。 「とにかく麺がおいしい。かためですごくコシのある麺で、なかなかこういう麺には出会ったことがありません。シンプルなだけに細部まで磨き上げられていて、麺の太さ、弾力、のど越し、タレの絡みなど、どこをとっても最高の仕上がりです。私も家で何度も試作したことがありますが、なかなかうまく作れないんですよね」(駒さん) 「ゴールデンタイガー」金澤店主も、「かし亀」の町中華の域を超えた人気に感服する。 「インスタ映えの先駆者的なお店だと思います。そして映えだけでなくしっかりおいしい。ラーメン店ではなかなかできないメニュー数を毎日こなしていて、こだわりのすごい方だなと思います。オリジナリティーにあふれていて、見せ方も面白く、町中華の新たな形として大変勉強になるお店です」(金澤さん)  人気の町中華のデカ盛りメニューとシンプル・イズ・ベストなTKM。どちらも料理は味だけでなく、見た目も大事だということを教えてくれる。そして食べればさらに納得なおいしさ。ファンを夢中にさせる一杯は何より強い。(ラーメンライター・井手隊長) ○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho ※AERAオンライン限定記事

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    小沢健二「僕が歌詞を書くのも朗読も、大学の延長上にあるんです」 東大出身同士の大宮エリーと語り合う

     作家・画家の大宮エリーさんの連載「東大ふたり同窓会」。東大卒を隠して生きてきたという大宮さんが、同窓生と語り合い、東大ってなんだろうと考えます。2人目のゲストはシンガー・ソングライターの小沢健二さんです。 *  *  * 大宮:今まで小沢さんとお会いしても、大学の話なんてしたことなかったですよね。 小沢:全然ない、ない。 大宮:数年前に大カラオケ大会で会いましたね。誰の企画だったのかな。 小沢:あれは僕だったんです、実は。僕、パーティーが好きで。 大宮:相当盛り上がって、あれはエンターテインメントでしたね。小沢さんも歌ってくださって。 小沢:当時アメリカに住んでいて、日本のカラオケは特にクールだと思っていました。今もアメリカに家はあるので、帰れるなら帰りたいんですけど、コロナで帰れなくなって。 大宮:以前、東京オペラシティでのコンサートに行きましたよ。 小沢:ありがとうございます! 10年前のですね。曲と曲の間にすごく長い朗読をやって、朗読劇なんだか、コンサートなんだか(笑)。 大宮:すごいよかったです。影絵もあって、朗読も素晴らしくて。 小沢:僕はコンサートでMCするのが苦手なんです。ぱっとおしゃべりしてすごく面白いことを言うみたいなのもできない。だから、歌詞と同じように全部書いて全部読むんです。一昨年はインターネット番組で、1時間半朗読だけの配信をやったら、ものすごくたくさんの方が見てくれて、DVDも売れました。朗読は、それこそ大学の延長なんですよ。 大宮:そうなんですか!! 小沢:文学とか美学とか勉強するじゃないですか。そんな流れで、自然に朗読をするようになっていって。 大宮:うんうん。 小沢:もちろん、音楽でポップソングを作るのは得意だけど、それ以外の部分、劇っぽいこととか、哲学っぽいこととか朗読でやるようなことが元にあって、その昇華としてポップソングが出てくる。 大宮:みんな小沢さんの音楽も好きだけど、その哲学的な部分にひかれていたから、朗読もがっぷり四つで向き合うんでしょうね。 小沢:なんか変な話ですけど、それこそ、僕は東大文IIIそのまんまです。今もそうですけど、僕はかなり綿密に歌詞を書くので、そういう根気の良さとか、仕掛けっていうか。ここでこう言ってたことが、ここでこうなるみたいな書き方は。あと、哲学っぽいこと、歴史の上に立って考えたこと、教養学部っぽいことを歌詞に入れたくなるんです。 大宮:なんで東大を受けたんですか。 小沢:うん……いや、あんまり深くは考えてないかな。東大に入るのに必要なのは受験でしょ。でも受験に受かるのは小さな特技だよね。人間に100億通りくらいの属性があるなかで、記憶力がいい特技のある人の集まりっていうだけ。 大宮:うんうん。 小沢:大学のブランドとか大学名で云々、というやつは、あれは何にも意味がないんだなっていうことが、東大に入ると一番わかった。 大宮:入ってそう思いましたか。それとも社会に出てからですか。 小沢:入っているときかな。当時、ロック雑誌の撮影を中断してさ、「これから大学で授業なんで」って抜けるときとかすごい冷やかされた。だけども、実際には東大生とか東大教官の世間的なイメージなんて虚像で、大学に行けばみんなが普通に暮らしている。だから人に対する変な偏見もなくなって。 大宮:普通だという側面もあるけど、いい出会いもあるじゃないですか。 小沢:それはある。だから、今も感謝しているし、それこそ、大宮さんがふたり同窓会やりたい、みたいな気持ちもわかる。 ◯大宮エリー(おおみや・えりー)1975年、大阪府出身。99年、東京大学薬学部卒業。広告会社勤務を経て、独立。映画「海でのはなし。」で映画監督デビュー。クリエイティブのオンライン学校「エリー学園」を立ち上げる ◯小沢健二(おざわ・けんじ)1968年、神奈川県出身。93年、東京大学文学部卒業。代表曲に「ラブリー」「今夜はブギー・バック」「ぼくらが旅に出る理由」など。全国ツアー「So Kakkoii 宇宙 Shows」が6月3日からスタート ※AERA 2022年5月16日号

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    19時間前

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    久保建英は“微妙な”位置 日本代表W杯メンバー入り「当確」&「当落線上」の選手を考察

     サッカーW杯カタール大会の開幕まで約半年。森保一監督率いる日本代表が今後、本大会へ向けた強化と仕上げを行う中で、選手たちは熾烈な「メンバー入り」を争うことになる。6月に組まれている強化試合で序列が変わる可能性は大いにあるが、改めて現時点での「当確」とともに「当落選上」の選手たちを整理したい。  現時点での「当確」は11人か。予選突破を決めるまでの全9試合でゴールマウスを守った権田修一と、唯一無二のキャプテンシーでチームを牽引してきた吉田麻也。もはやワールドクラスの能力を持つといえる冨安健洋と故障から復帰すれば不動の右SBである酒井宏樹もメンバー入り間違いなし。中盤では、遠藤航は欠くことのできない「チームの心臓」であり、最終予選途中から採用した4-3-3システムにおいて高い機能性を示した守田英正、田中碧の2人も不可欠な存在だ。  そして、最終予選で救世主となった伊東純也、三笘薫の2人のドリブラーは間違いなく現チームのストロングポイントであり、日本人の中では傑出した得点能力を持つ南野拓実も外せない。さらに控えながらCBとアンカーを高いレベルでこなせる板倉滉も必ず連れて行くだろう。彼ら11人は、すでにドーハ行きの航空券を手渡されているといえるような存在だ。  さらに、当確は打てなくても「濃厚」といえる面々もいる。W杯での経験をチームに還元できるベテランGKの川島永嗣に対する森保監督の信頼は厚く、DF陣ではレギュラー不在時にも安定したプレーを見せた谷口彰悟と山根視来の2人は最終予選で能力の高さと連携面でも問題ない証拠を見せた。また、パフォーマンス対しての賛否はあった中でも起用され続けた長友佑都、その控えながら途中出場のカードとして重用された中山雄太も、森保監督はカタールに連れて行くだろう。  中盤では、インサイドハーフでもウイングでも起用可能な原口元気の汎用性が高く、メンバーには必ず入るはず。同様に、最前線で使い続けてきた大迫勇也をメンバー外とすることは考え難く、Jリーグでも進化した姿を見せている上田綺世の序列も高い。以上の8人は、まだ手渡されてはいないが、すでに記名済みのチケットが用意されているといえる面々だろう。  ここで前回大会までなら“残り4枠”という狭き門になるが、コロナ禍の影響が続く今回のW杯は、すでに定着している「1試合5人交代制」とともに、選手登録枠を「23人」から「26人」へと拡大される見通し。そうなれば「残り7枠」となり、随分と選択肢が増える。ポジション的には「GK」を1人、「3センター」の控えと「ウイング」も左右で1人ずつ欲しいところ。南野を前線のマルチロールと考えても、4-2-3-1にした際の「トップ下」に1人、さらに「最前線のFW」にもあと1人は必要。残る1人は、3バックにした際の「CB」もしくは「ウイングバック」、あるいは日本の将来を見据えた「育成枠」があるかも知れない。  そう考えた際、「GK」の残り1枠はシュミット・ダニエルと谷晃生の争いになる。ともに能力的には権田と遜色なく、シュミット・ダニエルには権田を10センチ上回る身長197センチの高さとベルギーリーグで強靭なフィジカルを持つFWと対峙してきた経験がある。谷も身長190センチと高さは十分で、21歳の若さとともに東京五輪で現在のDFラインの面々たちと戦い、スペインと対峙した経験がある。現時点で優劣の判断を下すのは難しく、6月シリーズの4試合の中でのパフォーマンスが重要な決定材料になりそうだ。  中盤の「3センター」の人選も悩みどころだろう。最終予選の途中まで2ボランチの主戦格だった柴崎岳と優れたポリバレント性を持つ旗手怜央が有力だが、ともに決め手を欠くことも事実。その他にも優れた選手は多く、森保ジャパンで招集歴のある橋本拳人や稲垣祥、あるいはスイスで結果を残している川辺駿やポルトガルでインサイドハーフとしての能力を開花させた藤本寛也もいる。さらにベルギーで活躍を続ける森岡亮太も対応可能な能力を持っているはずだが、果たして森保監督の構想に入っているのかどうか。Jリーグにも樋口雄太や橘田健人ら楽しみな人材が頭角を現しており、6月シリーズで初招集される選手がいるかどうかが大きな注目点だ。  左右の「ウイング」は激戦区といえる。伊東に続く右は、久保建英と堂安律の争い。久保には他の日本人にはないメンタリティーがあり、東京五輪で見せたような大舞台での強さも魅力になるが、堂安は代表漏れを経験してからオランダリーグで一気にギアを入れ替えたような活躍を披露しており、メンバー外にするのは非常に惜しい。一方、最終予選で「先発・南野」と「ジョーカー・三笘」の形が試合を重ねるごとに機能していった左は、中島翔哉の復帰や奥川雅也の抜擢を求める声があるが、ここまでの森保監督のチーム作りの流れを見る限りでは、浅野拓磨や前田大然のといったスピードタイプのFWがウイングとして起用される可能性の方が高そうだ。  現状ではオプションであるが、点を取りに行く際に必要になるであろう「トップ下」では、欧州カップ戦で躍動した鎌田大地の復権がありそうだ。だが、先述した森岡もトップ下が主戦場であり、南野も適正は左サイドよりもトップ下にある。“日本の至宝”である久保も、トップ下の方が多彩なプレーを表現できるが、現状では伊東と南野の控えであり、今後、堂安と鎌田が所属クラブでアピールを続ける傍ら、久保が来シーズンもベンチスタートの日々が続くようだと、ドーハ行きの飛行機に乗り遅れる可能性もある。 「最前線のFW」は、セルティックのスターとなった古橋亨梧が、大迫、上田に続く3人目としては有力。左サイドもこなせる点もメンバー入りへのプラス材料になる。同じく、前田大然のスプリント能力は非常に魅力的で、ドイツ、スペインを相手にした際の「前線からのプレッシング」においても必ず相手の脅威になる。そこに林大地や原大智のベルギー組、そしてJリーグで出色のプレーを続けている鈴木優磨が“サプライズ招集”されることはあるのか。いずれにしても、最終予選を戦った主要メンバーの中では、GKを除いて柴崎、旗手、久保、堂安、浅野、前田、鎌田、古橋が「当落線上」にあり、その中から最低2人は「落選」することになるだろう。  さらに6月シリーズでの新たに招集されると見られている伊藤洋輝と菅原由勢らがアピールに成功すれば、谷口、山根、長友、中山といった現状では「濃厚」と思われる守備陣の面々も「落選」する可能性はあり、佐々木翔や植田直通といった面々もチャンスはゼロではない。また、「5人交代制」を有効活用するためには、流れを変えられる攻撃陣の交代選手を多く用意すべきであり、対ドイツ、対スペインの戦略を練る中で3バックシステムへの変更を考えるのであれば、チーム編成も変わってくる。  果たして、森保監督はどのような「26人」を選んでカタール・ドーハの地へ向かうのか。アジア予選と本大会とでは戦い方が異なり、“弱者”である日本が決勝トーナメントに進出するためには、より挑戦的な戦いとメンバー選考が必要になる。まずは6月に組まれている4試合に注視し、残り半年の“サバイバルレース”の中で森保ジャパンが「強くなる」ことを願いたい。(文・三和直樹)

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    生前贈与や特例利用で損も!? やってはいけない“老後資金の守り方”

     近年、相続トラブルを防ごうと「贈与をしたい」と考える人が多い。 「贈与をしてしまうと取り返しがつかないことがあります。特に生前贈与は近々、特例の期限が来るものがあるので、慌てて実行すると、老後資金を減らすことになりかねません」  そう警鐘を鳴らすのは、相続実務士で相続支援会社「夢相続」代表の曽根惠子さん。  生きているうちに子どもや孫たちに財産を前渡しする「生前贈与」は、相続税対策の柱だが、2023年以降にルールが見直される可能性が高まっている。  21年度、22年度の「税制改正大綱」で示されている考え方が「相続税と贈与税の一体化」。真っ先にメスが入りそうなのが毎年、110万円までの贈与が非課税になる「暦年贈与」だ。ただ相続が発生したときには、被相続人が死亡前3年以内に行った贈与分は、相続財産に含めて相続税を計算する「持ち戻し加算」の仕組みになっている。  専門家の間では、暦年贈与そのものが使えなくなる、あるいは持ち戻し加算の期間は現在3年以内のところ、10年、15年に延長されると推測されている。 「贈与のルールが変更になる前に『駆け込み贈与をする最後のチャンス』と思って、無理に贈与をしてしまう人も多いのですが、もし贈与者が10年、15年以内に亡くなったらその間の贈与した額は相続財産に含まれる可能性もあるので、相続対策をしたつもりが、結局は税負担が増えてしまうということにもなります」(曽根さん)  また、親から子どもに暦年贈与をしたとき、後から「お金が必要になったので贈与はなかったことにしたい」とし、子どもが同意したとしても、贈与は取り消すことはできない。  慌てて財産を渡そうと思う前に、自分たちの介護が必要になったときの「住み替え」などを視野に入れながら、老後資金の計画を立てよう。また相続対策の順番は間違えないほうがいいと曽根さんはいう。  特に注意したいのは、贈与できる期間が決まっている一括贈与の特例。 「住宅取得等資金の贈与」は23年12月31日までに、一般住宅500万円、省エネ等住宅は1千万円まで非課税で贈与できるという制度。  北関東に住む男性(83)は、結婚した孫が住宅を建てるというので、頭金などに充ててほしいと500万円贈与した。ところが、後日、男性は脳梗塞になり倒れてしまい自宅での生活が難しくなり、高齢者住宅に移り住むことになったという。 「入居一時金などの費用は結局、男性の息子夫婦が支払うことになってしまいました。孫への資金援助をしなければと思っても後の祭りで、結局、男性の息子夫婦が介護費用の全額を負担したそうです」(男性の知人) 「教育資金の一括贈与」は1500万円まで、「結婚・子育て資金の一括贈与」は1千万円まで(結婚資金は300万円)の贈与が非課税になり、いずれも23年3月31日までの贈与分が対象となる。 ■「おしどり贈与」思わぬ損失にも  特例を使う場合は、領収証を金融機関に提出する手間があり、贈与者が死亡したときには残額は相続税の対象になる(教育資金は受贈者が23歳未満などであれば対象外)といったルールもあるので、期限まで1年を切った今、無理に特例を使わなくてもいいという。 「教育資金贈与の特例は、使途は教育資金に限られるので、贈与する人が亡くなったら余った分は相続税の課税対象になります。数十万円程度であれば、実費で支払えば、課税対象にはなりません」(曽根さん、以下同)  相続対象になる財産は自宅などの不動産がほとんどという人は意外と多い。「夫が先に死んだら妻が安心してこの家に住み続けられるように」と、生前に共有名義にする「おしどり贈与」も思わぬ損失につながる。 「夫が取得した不動産の名義を妻と共有名義にするとき、不動産登記、不動産取得税の費用がかかり、場所によっては100万円を超えるケースもあります。また、妻が取得した分の土地と建物の評価額が2千万円を超えますと、その分は贈与税がかかります。夫の死後、配偶者が引き継ぐ財産が1億6千万円以下であれば相続税はかかりませんので、夫が亡くなってから自宅の名義を妻に変更したほうが無難です」  今のうちに自宅の名義を子どもに変更しておきたいという人も多いというが、夫の死後、相続トラブルなどで子どもたちと仲違いして妻が住む場所を失う可能性もある。  自宅は相続が発生してから所有権を移転したほうが税金と諸費用は低く抑えることができるので、所有者(夫)の生前に慌てて名義変更をしないほうがいいという。(ライター・村田くみ) ※週刊朝日  2022年5月20日号より抜粋

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    南野15億円、久保12億円…サッカー日本代表「市場価格」ランキング! 選出されなかった冨安、古橋は?

     いよいよ決戦の時をむかえる。サッカーのワールドカップ(W杯)・カタール大会アジア最終予選が行われており、日本代表は24日、敵地でオーストラリア戦に挑む(日本時間18時10分開始)。日本が勝てば、本大会への出場権を得られるが、グループ屈指の強豪を相手に厳しい試合が予想される。招集メンバーには海外で活躍するリバプール(イングランド)の南野拓実や、セルティック(スコットランド)の旗手怜央らが選ばれた。他にも注目の選手は多い。成長著しいそんな彼らの“市場価格”はいくらなのか。さらに今後、価格を高めそうな選手は誰か――。 *  *  *  市場価格はドイツの移籍情報サイト「Transfermarkt(トランスファーマルクト)」を参照した。価格は3月22日調査時点の数字で、今後の活躍次第で市場価格が大きく変動する可能性はある。W杯を前にどんな選手が注目されているのか、指標の一つになる。  今回代表に招集されたメンバーのなかでランキングトップになったのは、名門リバプール(イングランド)の南野拓実(27)。市場価格はおよそ15億8千万円だった。圧倒的なスター選手を抱えるリバプールではベンチスタートになることが多く、移籍の噂も後をたたないが、俊敏力を生かした攻撃力には定評があり、いまや日本を代表するストライカーの一人だ。オーストラリア戦でもどのような活躍をするか注目が高い。  2位はシュツットガルト(ドイツ)の遠藤航(29)で約13億2千万円。3月に入ってからのクラブでの活躍は攻撃に守備に目をみはるものがあり、好調を持続している。  3位は、今大会に限らず日本代表の将来を背負って立つであろうマジョルカ(スペイン)の久保建英で、弱冠20歳ながら約11億8千万円となっている。現在は期限付きで世界屈指の強豪レアル・マドリード(スペイン)からマジョルカに移籍中。代表としてもW杯に向けて活躍が期待されている。 ■最終予選「絶好調」の伊東に熱視線  上位には高額な市場価格のついたメンバーが並ぶが、専門家の間で熱い注目を集めているのが、KRCヘンク(ベルギー)に所属する伊東純也(29)だ。市場価格は9億9千万。  伊東はこれまでのアジア最終予選で4戦連続となるゴールを決めており、ベルギーのリーグでも6得点をあげて存在感を出している。スポーツライターの栗原正夫氏は伊東の活躍についてこう語る。 「右サイドから突破してクロスを上げたり、鋭いドリプルから自らゴール前に入っていき、決めることもできる選手。現在所属しているヘンクからはイタリアやイングランドなどのトップリーグに移籍した選手も多く、伊東選手も、有力なチームに移籍する可能性は十分にあります」  もう一人注目を集めるのが、サンジロワーズ(ベルギー)に所属する三笘薫(24)だ。市場価格は3億3千万円になっている。  1月に足首を負傷し、前回は代表招集を見送られたが、2月にはクラブチームに復帰。今回、代表にも選出された。緩急がついた独特のステップのドリプルが魅力の選手で、昨年11月に行われたオマーンとの代表戦では後半から登場したものの、ドリブル突破から決勝ゴールをアシストし、存在感を見せた。  サッカー専門誌「ワールドサッカーマガジン」元編集長でライターの北條聡氏は、三笘をこう評価する。 「オマーン戦では流れを変えるプレーをしました。局面を打開でき、決定的な仕事ができる選手だと見ています。日本のクラブチームにいたときは攻撃的なポジションにいましたが、いまは守備面でも活躍し、評価も高まっている。強いチームには必ず1対1で勝てる選手がおり、そういう選手が日本にも出てきたという感じですね」 ■タレント豊富な中盤に旗手の「価値」  ランキング15位で1億5千万円の価格がつく旗手怜央(24)も大きく期待されている選手の一人だ。  今冬、川崎フロンターレからスコットランドの名門セルティックに移籍。デビュー戦でマンオブザマッチ(最優秀選手)に選ばれただけでなく、続く2戦目では初ゴールを決めるなど衝撃的なスタートを切った。現在はやや調子を落としているという指摘もあるが、依然として評価は高い。 「フロンターレにいたときには左のサイドバックや右のウイングでもプレーをしており、攻めも守りも高いレベルで出来るオールラウンドな選手。セルティックで実力をつけてきているし、代表選でも中盤で活躍する力は十分にある。今後評価を高めていくのは間違いないでしょう」(北條氏)  注目選手は枚挙にいとまがないが、今回、代表には招集されなかったものの有力・有望な選手は他にもいる。  日本人の市場価格で最も高額なのは、アーセナル(イングランド)の冨安健洋(23)で、33億円だった。今季スタートダッシュに失敗した名門アーセナルにシーズン途中から加入すると、スタメンとして実力を発揮してチームの浮上に大きな役割をはたした冨安。日本代表DFとして欠かせない存在だが、現在ケガのため代表から外れたと見られる。  フランクフルト(ドイツ)の鎌田大地(25)も評価が高い。現時点で冨安に次ぐ市場価格29億円をつけている。最近の試合でもゴールを決めるなど活躍を見せており、実力は申し分ないが、「森保監督は4-3-3のフォーメーションで鎌田のポジションをみつけられないと判断したのでは」(栗原氏)との声もある。  セルティックの古橋亨梧(27)も7億2千万円と高額な市場価格がついている。ファンのハートをつかんで離さないアグレッシブなプレーでゴールを量産していたが、先の冨安同様にケガで戦線離脱中だ。 ■海外が目をつけた日本選手  豪州戦でこうした選手たちの活躍が見られないのは寂しいかぎりだが、今回、代表に選出されていない選手のなかでも“要注目”の存在はいる。  今後有力な選手の一人として名前が上がるのが、遠藤と同じシュツットガルトに所属し、ディフェンシブなポジションで評価がうなぎのぼりの伊藤洋輝(22)だ。昨年、J2のジュビロ磐田からシュツットガルトにレンタル移籍をし、市場価格が急上昇。3億9千万円になっている。北條氏はこう語る。 「190センチ近く身長があり、かつ、スピードもある。左利きでキック力がありながらも精度の高いパスが出せるのも強みですね。レンタル移籍でドイツに行きましたが、買い取りオプションを行使するという話も出ています。今後、冨安とともに日本代表のDFとして活躍することもあり得る。ポテンシャルのかなりある選手です」  現在、鹿島アントラーズで活躍する鈴木優磨(25)も有望な選手だ。19年にシントトロイデンVV(ベルギー)に移籍し、翌年には17ゴールでチーム内の得点王となった。今年から古巣の鹿島アントラーズに戻ってきた。市場価格は2億6千万円と、これまでの選手と比べれば低めだが、前出の栗原氏はこう見ている。 「点も取れるし、センターでもサイドでも広いポジションをこなすことができる選手です。ポストプレーもこなす力強さもある。海外で活躍した経験も大きいです。ここまで招集するチャンスがありながら1度もメンバー入りしていないことを考えると森保監督好みではないのかもしれないですが、見てみたい選手ですね」  もう一人、活躍を見逃されているかもしれない有望な選手がいる。グラスホッパー(スイス)の川辺駿(26)だ。今季、サンフレッチェ広島から移籍し、主力として活躍している。その安定感のあるプレーが注目され、イングランド・プレミアリーグで「ウルブス」の愛称で知られ、くせ者揃いの選手が集まるウルヴァーハンプトン(イングランド)に移籍予定になっている。市場価格は1億7千万円だが、栗原氏はこう見る。 「今回招集された守田、遠藤、田中碧が機能しているので、川辺までチェックができていなかったかもしれませんね。ただ、代表に選ばれてもいい選手だと思います。予選を突破すれば、11月の本大会まで時間があるので、移籍先で活躍をすれば、この3人の間に割って入ってくることもあり得ます」  代表に選出されなかった選手を含め、国内で、世界で、活躍するプレーヤーはまだまだいる。まずはオーストラリア戦で注目の選手がどのような戦いを見せるか。期待しよう。 (AERAdot.編集部・吉崎洋夫)

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    上島竜兵さん、渡辺裕之さん 続く60代の急死に精神科医は「老人に着地していくことも必要」

     ダチョウ倶楽部のメンバーで、お笑い芸人の上島竜兵さんが5月11日未明、死去したことがわかった。その約1週間前の3日には、俳優の渡辺裕之さんが、横浜市の自宅で急死したと発表されたばかり。  10日、渡辺裕之さんの妻で女優の原日出子さん(62)は、所属事務所の公式ホームページを通じてコメントを発表した。 「(夫は)『眠れない』と体調の変化を訴えるようになり、自律神経失調症と診断され,一時はお薬を服用していましたが、またお仕事が忙しくなって、元気を取り戻したようでもありました。しかし、少しずつじわじわと、心の病は夫を蝕み、大きな不安から抜け出せなくなりました」  なぜ、このような悲しいことが起こるのか。上島さんは61歳、渡辺さんは66歳。両者とも60代の男性で、仕事も続けていたなど共通点は少なくない。  精神科医の片田珠美氏はこう語る。 「一般的に60代になると初老期うつ病を発症しやすいと言われています。これは50代から60代半ばの初老期に発症するうつ病で、何らかの喪失体験がきっかけになることが多い」  喪失体験とは、本人が大切なものを失ったと感じて「自分はもうダメだ」と思い詰めるような体験だという。 「例えば、コロナ禍の影響で経済的損失があったのならば、それは喪失体験です。思い通りに体が動かせなくなったとか、理想とする体形ではなくなったとかいう場合も、喪失体験と受け止められやすい」(片田氏)  精神科医の香山リカ氏も、「60代の初老期うつ病というのはけっこう起きやすいものです」と語る。 「60代で、それまで社会的にも活躍していたような男性だと、年齢的にも体力的にも、これからだんだんと高齢者になっていく中で、どのように自分を高齢者として着地させていくのかが大きな課題になります」  周りから「明るくて元気でタフ」、「頼りがいがある」、「いつまでも若い」というイメージで見られている人ほど、「老いてきた自分をなかなかみせられない」という葛藤が生じやすいという。 「60代でも、まだまだ元気で若く、新しいチャレンジをするというのは理想の生き方としてありますが、60代なりの老いの兆候や体の不調というのは誰にでも出てくるもの。少なくない人が年齢に関係なく、若さを保っている時代だからこそ、自分のイメージと現実のギャップに、想像以上に苦しんでいる人がたくさんいると思います」(香山氏)  老いるに老いられない時代。個人差もあるだろうが、「一生現役」と考える人も少なくない。 「老いの兆候があると、ものすごくショックを受けたり、それを自分で否定しようとしたりする人は少なくありません。そして、『いっそのことここで命を絶って終わりにしたほうがいい』『老いていく自分を自分で認められない』と考えてしまう」(香山氏)  それではどうしたらいいのか。 「エイジング(加齢)によって、体に痛みが出てきて動かしにくくなる。元気で明るくと思っていても、気分が上向かないこともある。肉体は衰え、気力もなくなって、記憶も低下するというのは、ある意味では自然の摂理です。いつまでも若い時みたいに元気で明るくいられるわけではありません。難しいことですが、そういう現実を少しずつ受け入れていくことが大切だと思います」(片田氏)  いくつになっても元気で若々しく美しい人というのはいるものだ。 「それは素晴らしいこととは思うんですけど、やっぱり60代、70代ということを自分で認めて、あんまり無理せずに老いていってもいいんじゃないかと思います。老いていく自分も面白いんじゃないの、と思います。うまく、老いというか老人に着地していくことも必要なんじゃないかと思います」(香山氏)  今回は60代の芸能人の急死が続いたが、男女差はあるのだろうか。 「どんな国でも、どんな文化でも、どんな時代をとっても、男性の自殺率が女性よりたいがい高いんです。これは男性の方が喪失体験に対して脆弱だからです」(片田氏)  厚生労働省が今年3月に公表した「令和3年中における自殺の状況」によると、昨年1年間に自殺した人は全国で2万1007人。これを年代別に見ると、50代が3618人と最も多く、60代は2637人、70代は3009人、80代以上は2214人だった。じつに、50代以上が1万1478人と、全体の半数以上を占める。男女別では、男性は1万3939人、女性は7068人と、男性の自殺者数が女性の2倍近い。  ともに老いていく伴侶はどう対応したらいいのだろうか。 「元気で若いイメージのまま、ポキッと折れてしまう人もいるので、少しでも歳を感じさせるような行動とか、見た目を含めた兆候とか、足腰が弱くなるとかが出てきたら『一緒に老いるんだし、当然じゃないの』と受け止める。『まだまだあなたはできるはず』と励ますばかりではなくて、夫と一緒に少しずつペースを緩めて生活していくくらいがいいと思います。『老いたあなたもステキよ』と、変化を楽しむ余裕が必要です」(香山氏) (AERAdot.編集部・上田耕司) ◆「日本いのちの電話」相談窓口◆厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけている。◆ナビダイヤル 0570・783・556(午前10・00~午後10・00)◆フリーダイヤル 0120・783・556(毎日:午後4・00~9・00、毎月10日:午前8・00~翌日午前8・00)

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    「堅あげポテト」や「ピザポテト」を開発したカルビーの“神”が「かなわない」ともらした“国民的おやつ”とは

     人気ポテトチップスを次々と開発した“神”と呼ばれる人がいる。カルビーの遠藤英三郎品質保証本部長だ。遠藤氏は、過去に「ピザポテト」や「堅あげポテト」、「ア・ラ・ポテト」など人気ポテトチップスを多数開発。SNSでは遠藤氏のことを「神」「創造神」などと称える声もある。ヒット商品はどのように開発されたのか、なぜ“ヒットメーカー”になれたのか、など本人に話を聞いた。 *  *  * ――様々なヒット商品を出していますが、最も思い入れのある商品は何ですか?   『堅あげポテト』です。開発からブランドの確立まで一番時間がかかりました。開発を始めたのは、1992年で、それまでポテトチップスは中高生がメインターゲットだったんです。でも、日本の人口の動きを見ると、この層は少子化でどんどん減っていくことが十分に予想できる。それで大人向けのポテトチップスを作ろうと。そこで注目したのが堅あげのポテトチップスでした。 ――「堅さ」に注目したのはどういうきっかけだったんでしょうか。遠藤さんの役割が大きかったのでしょうか。  その辺りは、私の発想というよりは、マーケティングの成果だったと思います。海外の市場を見ていたときに、昔から「釜揚げ製法」でつくられる堅いポテトチップスがあったんです。だけど、大量生産もできない製法で、一定のニーズはあったんですけど、メジャーな商品にはなり切れていない感じでくすぶっていたんです。しかも、日本ではまだ商品化されていない。それに着目して、食べ応えがあって、一部の消費者にとっては酒のつまみにも適したものになるなと思いました。 ――具体的に大変だったことは?  堅あげポテトが大量生産できないのは、低温でゆっくり揚げるためです。大量生産しようとすると、どうしてもあのカリッとした食感が出ず、我々の要求する品質を満たすことがなかなかできなかった。原料の問題もありました。通常のポテトチップスでは、ジャガイモを切った後、水やお湯でゆがいて糖分を抜きます。これをしないと、ポテトチップスが焦げ過ぎてしまうんです。しかし、『堅あげポテト』の製法では水で洗ったりすると堅さが出てこないんです。その課題を解決するために、高品質のジャガイモが必要になりました。安定して一定の量を確保できる品種が出てくるまで時間がかかりましたね。だから、当初は期間限定や地域限定で発売していました。最初からすごく売れたわけじゃないんです。  ――『堅あげポテト』のブランドはどう育ったのでしょうか。  ブランドで重要なのは、商品のコンセプトですが、これを決めるのにも時間がかかりました。発売当初は通常のポテトチップスで人気の味を堅あげポテトで色々と試しましたが、売れないんですよ。様々な味を出してしまうことで「堅あげ」の評価ではなくて、「味」の評価になってしまっていると思いました。まずは、「堅あげ」とはどんな特徴の商品かを知ってもらい、「堅あげ」の認知度を上げることがブランドとして重要と考え、うすしお味一本で勝負することにしました。これがある程度成功して、次に酒のつまみの需要を考えて、ブラックペッパー味を出しました。マーケット調査の結果、98年に、この商品の価値は「噛むほどうまい」ということが明確化でき、味はうすしお味とブラックペッパーの二つに決まりました。今では堅あげポテトも様々な味がありますが、10年くらいはうすしお味とブラックペッパー味の二つだけで売り続けていました。マーケティングや生産設備の検討、原料の確保とか色んな役割の方々のお蔭で、ブランドが育った感じですね。 ――カルビーに入社したきっかけは? ポテトチップスの開発をしたかったのでしょうか。  大学が農学部で、食品に携わる仕事はしたいと漠然と考えていました。企業と取引する仕事よりも、直接お客様の反応が見られる仕事のほうが楽しそうだなと思っていました。我々の時代は企業研究はそんなにやらなかったので、今ほど情報があったわけではないですが、カルビーは原料でジャガイモを扱っているイメージがあって、「質実剛健さ」のような雰囲気が魅力的に映ったんだと思います。泥臭い、土臭い感じですね。チョコとかおしゃれな感じのお菓子をつくっている会社じゃないところが、いいなと思ったところです(笑)。当時は「ポテトチップスをつくろう」とか、「お菓子をつくりたい」といった具体的なことは考えてなかったです。 ――そんな遠藤さんが、“国民的おやつ”のポテトチップスの開発に携わることになった理由は?  開発部には、入社して工場で4年働いたあとに、配属されました。そこで「ポテトチップスの新商品をつくれ」という課題が出て、最初に作ったのが「お好み焼きチップス」でした。これがよく売れたんですよ。当時の味は塩、のり、コンソメが主流で、珍しかったんです。そして次に開発に携わったのが、『ピザポテト』です。お好み焼きが売れたから、似たような切り口で安易に「次はピザかな」と思っていたんですよ。そんなときに上司にチーズフレークを渡されて、「これを使ってみよう」と思いついたんです。これが結果的に、他社がまねのできないロングセラー商品になりました。こうしてポテトチップス開発に深くかかわるようになりました。 ――大学での学びと、仕事の成果とのつながりはありますか。  私の場合はあまりないように思います。私は体育会で、テニスばかりやっていましたから。そういう意味では、継続する力ややり抜く力とかは身についたと思います。でも、農学部にいたことで、食品を扱う基礎は身に付いたと思います。研究では、栄養化学をやっていて、エサを食べさせたマウスのコレステロールがどう上がるかを調べていました。ポテトチップスの開発にかかわるようなことは学んでいないです。 ――ヒット商品を多数生み出しています。他の人よりも優れている点は何だと思いますか。  味覚も嗅覚も、私は人より優れているものは持っていないです。アイデアがすごいわけでもない。ただ、人に言われるのは、一つの物事をコツコツとこだわりながらやり抜くようなところはあるみたいです。例えば、堅あげポテトは、あのカリッとした「食感」にこだわりました。あの食感を出すために、生産設備の改善など、時間をかけて何度も行いました。より生産性を求めてより多く生産するために機械を揃えましたが、満足のいく堅さが出来なかったので、結局は元の生産方式に戻したこともありました。 『ピザポテト』を開発するときはチーズフレークを使ったあの見た目にこだわったんです。ピザの味だけなら、粉をふりかけるだけでも出せるんですが、チーズが溶けたような感じが重要だと考え、チーズのつぶつぶを残す製法にこだわりました。結果として、チーズがポテトチップスにまともにくっつかずかなり苦労をしました。堅あげポテトにしても、ピザポテトにしても、色々試していく中で結局は、手間がかかる手法を選んでいくんです。簡単な道を歩んだときにはそれなりの製品にしかならない。やはり、自分の感覚として「あ、この堅さだな」、「この見た目はおもしろい」と琴線に触れるものができるまで、徹底してこだわることが大切なんだと思います。こういうことをやっていると最初は全然儲からないんですよ。会社から「成果はどうか」と問われると、「ごめんなさい」となってしまうんですが、そこをどう耐えられるかも重要です。「巧(たくみ)から仕組みへ変えないとダメだ」と言われますが、その辺りは会社としてうまくやっていく素地がカルビーにはありました。 ――プライベートでは、ポテトチップスは食べていますか?  食べてますよ。最近は堅あげポテトが多いですね。家に買い置きがあります。当社の『かっぱえびせん』もよく食べます。他社の製品ですが、柿の種をよく食べています。Jリーグの試合を見るのが好きなんですが、テレビで見ながらちょこっと食べています。いずれもすばらしい商品です。 ――柿の種のどこに琴線が触れましたか。  柿の種とピーナッツの絶妙なバランスが私の琴線に触れました。あれにはかなわないです。柿の種とピーナッツの個々の美味しさもありますが、バランスが秀逸です。ロングセラー商品ですが、ブランドがブレないのも素晴らしいです。ブランドって、担当者が変わったり、同じ担当者でも長くやってきて飽きてくると、変えたくなるんですよね。そのブランドを理解して、そのブランドの中で変えられればいいんですが、「どうしちゃったんだろう、この商品は」みたいな悲劇はよく目にします。ブランドはお客様の心の中にあるもので、企業はその期待を裏切ってはいけない、ということを、堅あげポテトでもピザポテトでも強く意識していました。 ――かっぱえびせんの琴線はどこですか。  最初の食感とくちどけです。おまけにカルシムが取れるという栄養的なバランスも考えられている。創業者の松尾孝が、戦後の日本人の栄養不足を憂いて、当時の社会的課題を解決するためにかっぱえびせんをつくったと聞いています。カルビーの社名はカルシウムとビタミンB1を組み合わせたものです。その原点であるスナック菓子がかっぱえびせんなんです。このお菓子には絶対に勝てないですね。 ――「神」と呼ばれることはどう思いますか。  開発は一人でやれるものじゃなくて、いろんな人のアイデアが出て、いろいろな人や部署の協力があってはじめて成り立っているので、その辺は勘違いしていません。私はまぎれもない普通の人間です(笑)。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫)

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    「フルリモート求人」の落とし穴 「チャットで公開処刑」された38歳男性の場合

    「日本全国どこに住んでもOK!」をアピールするフルリモートの求人。少し前までなら考えられなかったような“転職なき移住”も一部企業では認められつつあり、テレワークの普及などから、“出社しない働き方”は浸透し始めている。これからの「働く」をAERAdot.と一緒に考える短期集中連載「30代、40代の#転職活動」。第2回目のテーマは、テレワークのリアル。その前編では、「フルリモート可」の求人に飛びつき転職した、ある男性の話から、隠れた実態が見えてきた。 【後編はこちら】憧れの「フルリモート職場」のシビアな現実 「安易に応募すると痛い目に」専門家が指摘 *  *  *  九州地方在住のAさん(38)。昨年、東京から地元である九州に、同郷の妻と子どもを連れてUターンした。「いずれは地元に帰りたい」と考えていたが、東京での仕事や生活も充実していたことから、Uターンは遠い未来のつもりだった。  そんな中、2年前に2人目の子どもが産まれた。妻も共働きで、2人目の出産後も「仕事を続けたい」という希望があったが、東京には頼れる身内もいない。子育て環境も踏まえて考えると、九州に引っ越す選択肢もありかもしれないと考えるようになった。時を同じくしてコロナが広がり始め、時間や場所にとらわれない新たな働き方が広がり始めたことも、決断の後押しになった。  問題は、仕事をどうするかだ。都市部から移住を考えるときに、多くの人にとって目下の課題となるのが、地方でどんな仕事をするかという点だ。当時、Aさんが勤めていたのはIT企業の営業職。リモート勤務は認められていたが、週に1~2日は出社が必要で、地元に引っ越すなら今の会社で働き続けることは難しい。「できれば地元に帰っても、IT分野でこれまで培った経験を生かしたい」と考えたAさんだが、地元企業には「これ」と思えるところがない。そこで目をつけたのが、出社を求められない“フルリモート求人”だった。  テレワークが広がる中、居住地を「国内であればどこでもOK」とする企業は少しずつ増えている。「基本的に出社しなくて可」という求人は、IT系の業種に多く見られる。背景には、IT人材の不足が指摘される中、柔軟な働き方ができることを求職者にアピールし、人材の獲得競争で優位に立ちたいという企業側の狙いもある。  Aさんは、そうしたIT企業数社のフルリモート求人に応募。結果的に、二度のオンライン面接とリアルの場での最終面接を経て、東京に本社があるIT企業で、フルリモート勤務可の職に就くことができた。入社して最初の2週間は、研修や手続きを兼ねて本社に出社。入社3週間目には九州にある自宅で、リモートワークをスタートさせた。  晴れて手に入れたフルリモート環境。だが入社してほどなく、オンラインでのコミュニケーションの難しさにぶち当たることになる。例えば、リモート環境では、同僚などに“ちょっとしたこと”が意外と聞きづらい。「電話で聞いた方が早いだろう」と思い、先輩社員や同僚の電話を鳴らすと、「電話だと作業が中断してしまうので、質問はなるべくチャットでお願いします!」と返ってくる。9割方の社員がリモートワークというAさんの勤務先では、会議以外のコミュニケーションは、基本的にチャットなのだ。  仕事の案件ごとに、それぞれの担当者で構成されるチャットルームが開かれており、定期的に上司が各ルームで繰り広げられている会話を“徘徊”し、チェックしてまわるのも常だ。時折、上司から「ルーム全体の熱量が低い」「質問するときはポイントを分かりやすく」「即レスで対応すること」などと指摘の声が飛んでくる。各チャットルームは、通知機能はないものの、全社員が見られる状態のため、そこで叱責されると“公開処刑”とも言える事態になる。  テキストでのコミュニケーションは、簡単な内容であっても意外と時間がかかるものだ。特に入社して間もないときは、ごく簡単な内容であっても、言葉のニュアンスに気を遣うことが多く、返信を書くにも時間がかかった。Aさんが返信を書く前に、チャットルームはどんどん次の話題に移っていき、ネット空間で置いてけぼりにされている感覚が生まれた。  オンラインでのコミュニケーションでは、とかく「要件のみで終わらせる」ことが重視されがちで、雑談がしづらいということも、フルリモートで働き始めてから分かったことだ。オンライン会議も、予定時間内に会議を終えることが前提でスタートされるため、タイムキーパー役が一人一人の発言時間を管理する。まどろっこしい説明を始めてしまうと、「要点を整理してからチャットで連絡して」と言われてしまう。よく言えば効率的、悪く言えばあまりにドライなコミュニケーション。Aさんは次第に、こうした“リモート流儀”に辟易する場面が増えていった。  これまでの環境であれば、こうした時にはガス抜きに、同僚と飲みに行って愚痴を発散させたいところだ。しかしフルリモート環境ゆえに、同僚はオンライン上にしかいない。入社1年が経った今も、気軽に愚痴を言えるような相手は会社にいないという。  無論、マイナス面ばかりではない。通勤に時間を取られることもなく、自宅で仕事ができる快適さもある。家族と一緒に自宅で朝昼晩と食事を共にすることができるし、自然豊かな環境で過ごせるメリットも大きい。都会に比べて物価の安い地方で、東京の給料水準の年収を稼ぐことができるのも大きな魅力だ。  ただ入社から1年経ち、入社前は良いことばかりに見えたフルリモート職にも、向き不向きがあるということが分かってきた。Aさんはすぐに仕事を変えるつもりはないが、並行して地元企業の求人もチェックするようになった。2人目の子どもが保育園に通い始めたら、地元企業に転職することも選択肢の一つだという。 「フルリモートで働いてみて、人と直接やり取りできるメリットは、やはり大きいと感じます。それにせっかく地元に戻ったのに、日々コミュニケーションを取る相手は他県の人ばかりというのも……と思うようになりました。金曜の夜に、同僚と気軽に飲みに行く楽しみも、僕にとってはかえがたい日常かもしれないとも感じます。転職はまだ検討段階ですが、結局はフルリモートを辞めるかもしれません」(Aさん)  フルリモート求人の誘い文句にある「基本出社ナシ」は、もちろんいいことばかりではない――。(松岡かすみ) 【続きを読む/後編】憧れの「フルリモート職場」のシビアな現実 「安易に応募すると痛い目に」専門家が指摘

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    帯津医師がコロナ下の診察室でも「マスクをしない」理由

     西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「診察室でのこだわり」。 *  *  * 【対等】ポイント (1)60年も医者を続けると、診察室でこだわりが生まれる (2)患者さんとはあくまで対等、戦友として寄り添う関係 (3)診察が済み、患者さんが立ち上がると、私も立ち上がる  60年も医者を続けてくると、自分なりの診療のスタイルといったものが出来上がります。スタイルというよりは、診察室でのこだわりのようなものでしょうか。  私のこだわりの一つ目は、患者さんを立って迎えるということです。椅子に座ったまま、「はい、どうぞ」といったことはしません。そういうのは、偉そうじゃないですか。普通、お客さんを迎えるのに、座ったままはないですよね。  次に白衣は着ません。白衣は、汚れたものから自分の服を守るためという感じがあります。患者さんは決して汚れた存在ではありません。  同様の理由から、私はコロナ下でも、診察室でマスクをつけませんでした。患者さんに対して、防御的になるのが、嫌なのです。医者であれば、マスクなしでも感染防止ができるはずです。病原体に対して専門家なのですから。  次には「視診」「触診」「聴診」「打診」を必ず行います。学生時代に徹底的に教え込まれたこの四つは、いまでも診断の基本として重んじています。最近の医者はこれをしない人もいるようですが理解できません。  顔の視診(眼瞼結膜や舌の視診を含む)、頸部の触診、胸背部の聴診と打診。腹部の触診、打診、聴診です。これらをしっかり行うことで多くの情報が得られます。  実は、この四つの診断の意味に本当に気づいたのは、診療に中国医学を取り入れてからです。中国医学では「望診」(見る)、「聞診」(音、匂いを知る)、「問診」(話を聞く)、「切診」(さわる)の四つが基本の診断です。西洋医学と似ているのですが、違うのは、見ることを重視するところです。同じ見るでも、西洋医学では部分的な変化や異常に気づくことが大事です。ところが、中国医学では、本当に顔やからだ全体を見るのです。そこからその人の歪みに気づくのです。つまり、中国医学の方は人間をまるごと見るのです。私は中国医学を知ってから、本当の意味で患者さんを見ることの重要さを知りました。  そして、患者さんとの関係はあくまで対等です。西洋医学は人間の三つの側面、「からだ」「こころ」「いのち」のうち、からだに着目するため、人を機械のように扱いがちです。医者は壊れた機械をなおす修理工の立場であって、上から目線になりがちなのです。しかし、こころ、特にいのちに着目すれば、主体はあくまで患者さん本人です。医者ができるのは、自らを癒やしていく患者さんに戦友として寄り添うことでしかないのです。  診察が済んで「ありがとうございました」と患者さんが立ち上がります。私も立ち上がって「お大事に!」。すると患者さんが「先生もお大事に!」。そのとき、私は医者を60年間続けてきた喜びをかみしめます。 帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中※週刊朝日  2022年5月20日号

    週刊朝日

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    氷川きよし「休養」で男性演歌界どうなる? 牽引役が不在の新時代に突入か

     まさに「転換期」かもしれない。男性演歌界の話である。“大御所”北島三郎さんは紅白を引退し、第一線から退いた。五木ひろしさんも一昨年を最後に紅白卒業、そして“プリンス”氷川きよしさんの休養。大物たちが次々と表舞台を去り、「次」を担うのは誰なのか。業界の事情通たちに大胆予測してもらった。 *  *  * 「氷川きよしの休養宣言は驚きでした。長年、“演歌界のプリンス”として人気も実力も文句なしなのに。これからっていう大事な時に活動休止を発表したのですから」  こう話すのは、演歌畑を長年取材し続けた芸能記者。「大事な時」というのは、演歌界が「次のリーダー」を最も必要としている時という意味だ。 「紅白のほか各地の劇場で続けていた座長公演からも次々と身を引いて、今はほぼ“引退状態”の北島三郎。次なる大物と誰もが認める五木ひろしも一昨年を最後に紅白を卒業してしまった。演歌界ではNHKの紅白歌合戦に出場することが一流の条件みたいなものですから、2人の大物が第一線を退いてしまったことになる。ならば、紅白にも連続出場を続ける“プリンス”氷川きよしが、いよいよ“キング”を継承するだろうと思っていたら……」  レコード会社で演歌を担当した後、独立して演歌歌手のプロモーションをしている事情通も「男性演歌界はリーダー不在の時代になった」と肩を落とす。 「あえてリーダーの条件を挙げれば、その人のファンでない人でも口ずさめるくらいのヒット曲があり、紅白に出場を続けていて、レコード大賞などの受賞経験があること。加えて親分肌な面があれば言うことなし、という感じでしょう」  では、その条件にかなうのは誰か? プロモーター氏は「氷川君が活動再開するまでは、リーダー不在の時代が続くのではないか」と予測する。 「北島さん、五木さんに次ぐ実力者として、すぐ頭に浮かぶのは細川たかしさん、吉幾三さんですが、細川さんには『北酒場』や『矢切の渡し』という大ヒットがあるけど、2015年を最後に紅白卒業を発表している。吉さんも『雪國』『酒よ』があるが、01年を最後に紅白から遠ざかっている。その点、氷川君には“♪やだねったら、やだね”の『箱根八里の半次郎』があり『一剣』でレコード大賞も取っているし、人気も申し分ない。活動休止は実に残念です」  別の条件を挙げて、細川、吉の2人に期待するという意見もある。東京・浅草のレコード店「ヨーロー堂」店主の松永好司さんだ。店の2階にあるステージでは、多くの演歌歌手が生歌を披露するキャンペーンをしており、店主は業界きっての演歌通である。 「僕は北島さんや五木さんがリーダーたり得たのは、後輩の育成に熱心だったからだと思う」  松永さんが指摘するとおり、北島は山本譲二を筆頭に、紅白出場も果たした「北島兄弟」の北山たけし&大江裕ら多くの弟子を育てた。五木も、座長公演で多くの若手をゲストに呼び、「この場を登竜門にしてほしい」とチャンスを与え続けている。 「細川たかしさんは彩青(りゅうせい)や杜(もり)このみなどの弟子を自分の事務所からデビューさせています。育成への気概がある人です。吉幾三さんも多くの若手演歌歌手に楽曲を提供することで育成に携わっています。リーダーの資格は十分あると思います」  冒頭の芸能記者も同じ考えだ。 「僕自身が期待しているのは吉幾三。やはり人気や知名度、ヒット曲もあり、過去には紅白に連続出場している。ただ、吉にはどうしても喜劇やバラエティーのイメージが付きまとい、キングとしては軽量級に見えてしまうのが最大のネックです。細川も、お笑い芸人から髪形とかで笑いのネタにされているせいで重量感がない。そう考えていくと、若手に期待するしかない」  現状では「紅白出場を続けている『演歌第6世代』の山内惠介と三山ひろしのどちらかに頑張ってもらうしかない」と話す一方で、「僕個人の期待としては、福田こうへい。歌のうまさは群を抜いていると思う」とも述べた。  ヨーロー堂の松永さんは「現在の実力という点では、山内さんと三山さんが次期リーダー候補の筆頭であることは間違いない」と話す。  ちなみに演歌の「第6世代」とは、21世紀になってデビューした個性派世代で、純烈や丘みどりなどが属する。  第1世代は春日八郎や三橋美智也のラジオ世代、第2世代は戦後歌謡の美空ひばりや島倉千代子、北島三郎と五木ひろしは歌謡曲が隆盛を迎えた第3世代に属する。第4世代はカラオケ時代の八代亜紀、吉幾三、石川さゆり、細川たかしなどで、第5世代には氷川きよしや水森かおりがいる。  第6世代の山内と三山は、ともに15年から7年連続で紅白に出場している若手のホープ。コンサートなどで熱狂的な“追っかけ”ファンが多数いる点も同じ。どちらも歌唱力には定評があり、甘いマスクの山内には昔のアイドルのような掛け声が飛び、三山は紅白でのけん玉ギネス挑戦などで、ともに知名度も高い。  だが、2人が北島・五木のような「キング」になれるかというと、まだ疑問符が付く。  取材した多くの演歌関係者が指摘するのは「誰もが知っているような大ヒット曲、歌い手の“看板”になるような持ち歌がない。最低でもレコード大賞受賞に匹敵するようなヒット曲が必要」という点だ。  前出のプロモーター氏は「そもそも山内も三山も、そして福田こうへいも自分が今後の演歌界を引っ張っていくなんて、思ってもいないのではないか」と話す。 「仮に自分が引っ張っていきたいなんて発言したら、猛反発を受けますよ。まだ若すぎます。間違いなく『生意気だ』と総スカンを食らいますね。『お前はあと10年、今の位置を保てると思っているのか?』となる。甘くない世界だし、上下関係も厳しい社会だとは、本人たちもよく知っている。氷川君だって、僕はまだ早いと思うくらいです。北島さんや五木さんのような大御所はもう現れない可能性だってあると思っています」(プロモーター氏)  東京・上野アメ横で53年間、演歌専門のレコード店「アメ横リズム」を営む代表の小林和彦さんは、それでも「将来の演歌のキング候補はすでにいる」と断言する。リズムでは毎週、小林さんが選んだ5曲を道行く人々に聞こえるようにかけ続けている。前を通る人々がその歌を耳にしたときの反応で、これから売れる曲や歌い手を的中させてきた。その小林さんがずばり、「次の時代を背負う人材」と太鼓判を押すのが真田ナオキだ。  真田は20年に「♪惚れちまったの俺」と歌うだみ声が印象的な「恵比寿」がヒットして、レコード大賞最優秀新人賞を受賞した第7世代の一人だ。 「デビュー前から注目していました。とにかくあの声質がいい。店頭で曲をかけた時、反応が最高レベルになる。ルックスもいい。声に“色”をつけるために唐辛子を食べ、酒でうがいをしたという苦労話も心に響く。将来は氷川きよしの上をいくのではないかと私は見ている。まだ先の話になるけど、次期キング最有力だと思う」(小林さん)  多くの演歌歌手のキャンペーンを見つめてきた前出のヨーロー堂、松永さんも「将来性なら真田君と辰巳ゆうと君が図抜けている。売り上げ的にも、ネット配信でもこの2人です。今後しばらくは山内惠介さんと三山ひろしさんがつないで、その後に次代のスターとして真田君、辰巳君が出てくるのではないでしょうか」と占う。  業界通の見立てはある程度共通しているようだ。つまり、キング不在の期間はしばらくあるが、将来的には第7世代がキングの座を射止めるという読みだ。  しかし、元NHKアナウンサーで紅白歌合戦の司会も務め、現在もいくつもの音楽番組の司会者として演歌歌手とも交流がある宮本隆治さんは、これに異論を唱える。 「北島さん、五木さんが引退したのは紅白歌合戦という一つの番組です。多くの人はそれを歌手活動の引退と思っていますが、正しくありません。北島さんも五木さんも5月に大きな公演が予定されています。まだ現役で、今も2人が男性演歌界を牽引(けんいん)していることは事実です」  そして男性演歌界の昔と今を「鉄道の路線」にたとえてわかりやすく説明してくれた。 「昔の男性演歌界は本線が2本しかなかった。北島線と五木線です。線路を走っているわけですから、後続の歌手は追い抜くのは難しかった。しかし、氷川君が3本目の線を作ったことで演歌鉄道業界は変わり始めた。これまでは国鉄2路線しかなかったものが、今は私鉄各社がいろんな車両で路線を延ばしている、そんな状態なのではないでしょうか」  誰かが業界を引っ張っていくというのではなく、それぞれが自分の路線の魅力をアップさせて、客足を伸ばそうとしているのが今の演歌界だということだ。休業が予定されている「氷川線」に代わり、近い将来、“路線価”が上がりそうなのが「第7世代線」ということなのかもしれない。(本誌・鈴木裕也)※週刊朝日  2022年5月20日号

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    佳子さまの装いは「満点以上」とマナー解説者が絶賛 耳を出したハーフアップにした理由とは

     森林づくりの功労者を表彰する「第31回森と花の祭典―みどりの感謝祭式典 “感じよう みどりの恵みと 木のぬくもり” 」の式典が7日、東京都千代田区で行われ、秋篠宮家の次女・佳子さまが出席された。前回は姉の小室眞子さんが出席し、コロナ禍で3年ぶりの式典となった今回は佳子さまが初めて臨まれた。そのときの佳子さまの装いが「壇上のフラワーアレンジメントとマッチしてすごい!」という。 *  *  *  写真を見れば一目瞭然、その日の佳子さまの装いは、まさに「華」があった。 「グリーンがベースでピンクと白い花柄の刺繍があしらわれたセットアップに、同系色のノーカラージャケットを羽織られていました。足元はベージュのパンプス、手元には小ぶりのベージュのクラッチバックと白の手袋をお持ちになっていました。髪型は耳をしっかり出し、後ろでまとめたハーフアップにパールのイヤリングにパールのネックレスをされていました」(皇室記者)  この装いと身だしなみを「満点以上の高得点」と絶賛するのは大手企業のマナーコンサルティングを長年務めるマナー解説者の西出ひろ子さん。西出さんがまず挙げるのが髪型だ。 「まず髪型ですがハーフアップにしていらっしゃって、耳を出すというのは、すっきりときちんとした印象になるのと、おじぎをしたときに髪が顔にかかることがない。だらりと髪の毛が顔にかかるのは、清楚感や清潔感に欠けると思う方もいるのでハーフアップというのはとても大事ですね」  続けて、その装いも素晴らしいと言う。 「お若い方がカチッとしたフォーマルを着てしまうと年齢よりもかなり老けて見えたり、服に着られてしまう感じになるのをレースの花柄のモチーフのセットアップが解消しています。とても、可愛らしく、でもきちんとした印象もある素敵なフォーマルの装いだと思いました。また、ピンクにグリーンの差し色もあり、“みどりの感謝祭”への気持ちを表すのにぴったりです」(西出さん)  さらに、西出さんが感心したポイントが靴とバッグの色選び。 「一番感心したのはパンプスとバッグの色を同色にしていること。これは、フォーマルなマナーで重視されていることです。基本的なことですが、あまり浸透していないことなので、佳子さまはさすがだと思いました。足元にベージュを選ばれているのも素晴らしい。全体的な色味から黒い靴や茶色の靴は合わせないと思いますが、今回の佳子さまのような淡い色の服に黒い靴を合わせている方も正直多いです。統一感のあるベージュになさっていることで高得点過ぎるといいますか、身だしなみというマナーにおいて満点以上の着こなしです!」(西出さん)  さらに、佳子さまは、式典の壇上にある花も味方に付けていた。 「ステージに飾られた生花が佳子さまのジャケットの下のセットアップの色合いに合わせられたようでした」(皇室記者)  1枚目の写真が生花を背にした佳子さまだが、たしかに「華」がある。ここ数年、秋篠宮家と言えば眞子さんの話題ばかり取り上げられることとなってしまったが、佳子さまのファッションから紐解くとしっかり大人の階段を上っているようだ。年代を追って振り返ってみる。 【1】姉妹でお揃いコーデが定番だった 2007年8月31日、佳子さまと遊ぶ、もうすぐ1歳をむかえられる悠仁さま。この時12歳の佳子さまは眞子さま(当時)と似た感じのジャケットスタイルで初々しい。佳子さまがもっと幼い頃は姉妹で全身同じコーデだったり、色違いのワンピースだった。 【2】佳子さまのファッションに変化が! 2007年御用邸近くの葉山しおさい公園を訪れ、日本庭園の池の鯉に餌を与え楽しげな佳子さまと眞子さま(当時)。この頃から、姉妹お揃いからは卒業!? 真っ白なダウンにミニスカート、足元はボアブーツで。姉の眞子さまのセーターがトラディショナルなアーガイル柄のタートルなのに対し、妹・佳子さまは襟元ゆったりなタートルが対照的。 【3】グッとおしゃれ度が増しカジュアル路線に 2012年9月6日で6歳になった秋篠宮家の長男・悠仁さまと眞子さま(当時)と佳子さま。この年に大流行したダンガリーシャツにパッチワークのワンピースを合わせたスタイル。ダンガリーシャツは裾を結んでご自分なりのアレンジをきかせている。当時は、赤文字系ファッション誌できれいめファッションが取り上げられた最後の年で、その後、ナチュラル・カジュアルへ転換していったのがこの頃。 【4】同じ入学式スタイルでもこんなに違う 左は2013年4月学習院大学文学部教育学科へ入学式に向かう佳子さま。右は2015年、前年にAO入試で合格した国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科の入学の1枚。スーツは同じだが、高校卒業後すぐの入学式とその2年後、真っ黒ストレートヘアから少し明るい髪色でふんわり毛先を遊ばせたスタイルに変身している。 【5】母と娘たちコートの着こなしも様々 2017年2月28日ベトナムへ出発する天皇、皇后両陛下(当時)を見送る紀子さま、眞子さま(当時)、佳子さまは3者3様のコートスタイル。佳子さまはダブルブレストコートでウエストに切り返しがあり脚長効果も。つばがやや広めのしっかりした帽子で小顔効果もありスタイルよく見える。 【6】真っ白なワンピーススーツで外国訪問へ 2019年9月15日オーストリアとハンガリーを公式訪問するため、羽田空港を出発する秋篠宮家の次女佳子さま。光沢のある真っ白なワンピーススーツで清楚な感じもしつつ、程よいフレアスカートでかっちり過ぎず23歳らしいフレッシュな印象に。よく見るとストッキングもナチュラルベージュではなく光沢がある白っぽいものにしていて、そのコーデは完璧過ぎる! 【7】アイテムのチョイスが絶妙 2019年12月の25歳のお誕生日前に公開された秋篠宮邸の庭を散策する佳子さま。佳子さまが着ているダッフルコートと言えば紺色かキャメルカラーが定番。それを鮮やかなスカイブルーで、しかもショート丈のチョイスはかなりのオシャレ上級者!? 写真では見えにくいがワイドパンツとのコーデをしていて年齢相応の大人カワイイも演出。 【8】「姉が主役」のため落ち着いた装い 2021年10月26日眞子さま(当時)を見送る秋篠宮ご夫妻と佳子さま。あまりに有名になってしまった姉妹のしばしのお別れのシーンだが、嫁ぐ姉に寄り添う佳子さまはグッとシックな装い。「この日は姉が主役」とTPOをわきまえられた気持ちの表れも感じられる。  前出の西出さんは、着こなしにはTPOをわきまえることの大切さを指摘する。 「身だしなみや服装において、一般的に大事なことはTPOです。私はマナーの専門家として“P”をさらに2つ加えていてTPPPOと言っております。TはTIME(時間)、PはPLACE(場所)、私が加えるPの一つ目はPERSON(人)。どんな人と一緒にいるか、どんな相手と接するのかによって服装や身だしなみが変わります。もう一つのPはPOSITION(立場)です。例えば、結婚式の服装で言うと、親族なのか友人なのか立場で変わりますよね。この2つのPがとても大事なのかなと思っています。佳子さまの今回の式典の話しに戻すと、今回の“みどりの感謝祭”というのは、樹木や草花を大切にしていく気持ちが、しっかり服装に表れていたなと思いました」(西出さん)  佳子さまの今回の装いを見ても、ファッションの変遷をたどってみてもなかなかの上級者なのかもしれない。(AERAdot.編集部・太田裕子)

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    「これはラーメンじゃない」 批判された“TKM”がブレークした理由

     日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。埼玉で60年続く老舗町中華の3代目が愛するラーメンは、熊谷で大行列ができる人気店の“TKM”というシンプルすぎる一杯だった。 ■老舗の町中華がSNSでバズった理由  東武伊勢崎線の加須駅(埼玉県)から徒歩5分。60年以上も続く老舗の町中華がある。「かし亀」だ。老舗ながら、高級中華料理店出身の3代目店主・駒剛行さんの料理の腕と、あふれるアイデアで常に行列の人気店。連日、ツイッターやインスタグラムの投稿でファンがにぎわう、まさに令和を生きる町中華である。 「かし亀」がSNSでバズり始めたきっかけは、チャーハンの横に中華の一品ものを乗せた「デカ盛り」だ。「肉乗せチャーハン」を筆頭に「チャーシューチャーハン」「唐揚げチャーハン」など、人気メニューを次々チャーハンに合わせていった。  そして、もう一つの看板メニューは、駒さんが東岩槻(埼玉県)の名店「オランダ軒」で食べて衝撃を受けた「生姜醤油ラーメン」だ。スープを継ぎ足しながら作る“呼び戻し”の要領でスープを徐々に濃くして厚みを出し、2~3年かけて現在の形に完成した。  今ではラーメンファンとデカ盛りファンが集まる店としてすっかり人気に。だが、量が多く食べるのに時間がかかり、行列がどんどん長くなっていった。外で2時間待ちという事態になり、今では来店時に名前を書く記帳制にせざるを得なくなった。 「チャーシューチャーハンと生姜醤油チャーシューメンが一番出ているので、とにかくチャーシューをたくさん作ります。現在では1日30キロ出ています。豚のウデ肉を濃いめのタレで柔らかくなるまで煮て作るんです」(駒さん)  祖父が経営していた店を使っているため家賃もかからない。おのずと利益率は上がりそうだが、その代わり材料にこだわっている。 「お客さんに喜んでもらえればそれでOKだと思っています。喜んでくれたお客さんは口コミを広げてくれるので、CMや宣伝を打つ代わりに原価率をかけていると思えば安いものです。実家でやれることの良さを生かしていきます」(駒さん)  チャーシューが1日30キロも出る町中華とはそうそう聞いたことがない。昭和から続く町中華の止まらぬ進化を感じるお店である。  そんな「かし亀」駒店主が愛する名店は、埼玉・熊谷で“TKM”というメニュ-で大行列ができる店だ。誰でも考え付きそうで考え付かなかったアイデアメニュー誕生の秘密を追ってみたい。 ■「これはラーメンじゃない」批判も一転 名店店主がTKMを評価  JR高崎線・熊谷駅(埼玉県)から徒歩5分。およそラーメン屋とは思えぬポップな店先に大行列ができる店がある。「ゴールデンタイガー」だ。2018年のオープン以来、熊谷を代表する人気店としてその名が知られている。  店主の金澤洋介さんは埼玉県美里町出身。浦和学院高校出身で、野球部に所属。チームは甲子園にも出場した。金澤さんは惜しくもベンチからは外れてしまったが、野球漬けの毎日を過ごしていた。  そんな金澤さんがラーメンと関わるようになったのは、高校3年の9月。部活引退後、「本庄大勝軒」でアルバイトを始めたことがはじまりだ。  食べながら汗をかくのが嫌いでラーメンはあまり食べていなかった金澤さんだが、「本庄大勝軒」のもりそば(つけ麺)は違った。冷たい麺で食べるもりそばがおいしく、ここでアルバイトをしたいと思った。皿洗いが中心だったが、3カ月間働いた。  その後は工場に3年勤め、佐川急便の配達を3カ月、インテリア関係の仕事を1年と職を転々とした。「本庄大勝軒」にはバイトを辞めてからも定期的に訪れていた金澤さん。ある日、マスターとおかみさんに「いつラーメン屋をやるの?」と聞かれた。  このまま仕事を続けるか迷っていた頃、「本庄大勝軒」が2店舗目の「常勝軒」をオープンすると耳にする。50席ほどある大型店で、ここで頑張れば月100万円稼ぐことも夢ではないと思い、入社を決める。23歳の頃だった。 「常勝軒」はすぐさま繁盛店になった。金澤さんは無我夢中で店を回し、気がつけば接客が好きになっていた。 「お客さんとのコミュニケーションがとにかく楽しくて、この仕事って良いなと思いました。目の前で『おいしいね』とか『元気もらえるよ』を言ってもらえる幸せな職業ですよね。常連の多い地元に愛されるお店だったからこそ感じられたことかもしれません」(金澤さん)  オープンから3カ月後には店長に抜擢(ばってき)され、失敗も多かったが成長できた。従業員もたくさんいて、人の配置や人間関係も含め、店作りを学んでいった。「常勝軒」で8年働いた後は、群馬の系列店「景勝軒」に入り、エリアマネジャーとして各店を指導する立場になる。原価や人件費などの数字面も見られるようになった。  その後、妻の妊娠をきっかけに、金澤さんは独立を考え始める。 「ちょうどこの頃仕事に疲れている状況で、今のままだと子どもにこの顔を見せられないなと思ったんです。妻も背中を押してくれて、独立に向けて動き出すことになりました」(金澤さん)  そこで、店の定休日を利用して「金の舌」と名付けたイベントを開催。オリジナルのラーメンを提供することにする。ここで生まれたのが、「金の素」というメニューである。ゆでた麺を氷水で締め、醤油タレをかけて生卵を乗せたシンプルな一杯。店のまかないとして、具無し、スープ無しで麺とタレだけを絡めて食べていたのをヒントに作ったという。 「つけ麺をメインでやろうと思っていましたが、週1のイベントのために仕込むのがとにかく大変だったんです。スープを無しにして、麺とタレだけで作れれば理想だと考えて作りました。うまい麺があればスープは要らないのではという発想です」(金澤さん)  この「金の素」が、のちに「ゴールデンタイガー」を支える一杯になっていく。  こうして2018年3月、金澤さんは熊谷に「ゴールデンタイガー」をオープンする。33歳の時だった。店名は長男の虎太郎くんの名前から名付けた。店のポップな外観は、先輩のデザイナーに作ってもらった。  メニューはつけ麺と「TKM」。TKMは「タマゴカケメン」の略称で、「金の素」をブラッシュアップさせたものだ。「卵かけご飯」の「TKG」からヒントを得て付けた名前はアイデア賞といっていいだろう。艶やかな麺の上に浮かぶ黄色い卵の黄身。シンプルながら絵になる一杯だ。  このTKMが19年4月に大ブレークする。栃木県小山市で開かれた「ラーメン祭り」に出店した時である。ポスターにTKMの写真が載った時は、「これはラーメンじゃない」とばかにされたが、いざイベントが始まると、そのおいしさに他店の店主から絶賛の声が集まる。その後、名店の店主が限定メニューとして出し始めるなどTKM自体が広がっていった。 「よく言えばシンプル、悪く言えば手抜きに見えたのか、お客さんもあまり注文してくれないメニューでした。でも、イベント後に一気に忙しくなり、TKMを注文する人も増えましたね。続けることでリピーターも確実に増えていきました」(金澤さん)  つけ麺の材料で作ることができ、麺のゆで方もつけ麺と同じ。なのに、この唯一無二な一杯を作り上げたのは革命といえる。簡単そうに見えるが、シンプルさゆえにごまかしが利かない。麺をどう仕上げるかがすべてで、そこに全神経を集中して緻密(ちみつ)に作り上げた一品である。  このTKMを看板に掲げ、「ゴールデンタイガー」は一気に人気店に上り詰めた。20年10月からは麺を自家製麺に切り替え、よりうまさが際立つようになった。金澤さんはこれからもシンプルな一杯を極限まで磨き続ける。 「かし亀」駒店主は、このTKMの大ファンだ。 「とにかく麺がおいしい。かためですごくコシのある麺で、なかなかこういう麺には出会ったことがありません。シンプルなだけに細部まで磨き上げられていて、麺の太さ、弾力、のど越し、タレの絡みなど、どこをとっても最高の仕上がりです。私も家で何度も試作したことがありますが、なかなかうまく作れないんですよね」(駒さん) 「ゴールデンタイガー」金澤店主も、「かし亀」の町中華の域を超えた人気に感服する。 「インスタ映えの先駆者的なお店だと思います。そして映えだけでなくしっかりおいしい。ラーメン店ではなかなかできないメニュー数を毎日こなしていて、こだわりのすごい方だなと思います。オリジナリティーにあふれていて、見せ方も面白く、町中華の新たな形として大変勉強になるお店です」(金澤さん)  人気の町中華のデカ盛りメニューとシンプル・イズ・ベストなTKM。どちらも料理は味だけでなく、見た目も大事だということを教えてくれる。そして食べればさらに納得なおいしさ。ファンを夢中にさせる一杯は何より強い。(ラーメンライター・井手隊長) ○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho ※AERAオンライン限定記事

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    2年3カ月ぶりの現場復帰の佳子さま ダンス自主トレと「かーぽん」にかかる秋篠宮家の重責

     秋篠宮家の次女、佳子さま(27)が宮中行事や参拝などを除き、会場に出向く公務としては2年3カ月ぶりに姿を見せた。今年の秋に28歳を迎える佳子さまは、落ち着きを増していた。ダンスの練習も封印し、公務に専念する内親王に期待がかかる。コロナ禍でリモート公務が中心であった令和の皇室も、徐々にその姿が見えてきた。 *  *  *  5月7日、東京都千代田区で開催された『森と花の祭典―「みどりの感謝祭」』の式典。この式典は、これまで秋篠宮ご夫妻から眞子さんへ、そして佳子さまへ引き継がれたものだ。   2019年に出席したときの眞子さんは、式典に相応しい淡いグリーン色のワンピースで出席していた。今回、新たに名誉総裁となった佳子さまも、薄いグリーン地に白とピンクの立体刺繍の花があしらわれた装いを選んだ。皇室の装いには、ときに相手への敬意や祝福のメッセージが込められている。  佳子さまのあいさつも、その声は以前よりもやわらかく落ち着いた印象だ。 「わたくしもこの祭典をきっかけに、森林や草花の果たす大きな役割について、改めて考えております」  あいさつを終えると、若々しい新名誉総裁に会場から拍手が寄せられた。  画面を通じたリモート公務が続く2年間ではあったが、皇嗣家を支える内親王としての存在感が増している。 ■皇室を出たいという思い  事情を知る人物によれば、佳子さまは大学を終えたら皇室を出たいとの思いを抱いていたという。実際、皇室典範第十一条には、皇族の離脱を可能とする規程もある。 <年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる> 「そうはいっても卒業する頃には、現実問題として皇室会議を経て離脱するのはそうたやすいことではないと、理解はされたようです。それで結婚することで、皇室を出たいとの考えをお持ちになったようです」(前出の人物)  しかし、姉の眞子さんは小室圭さんと結婚してニューヨーク生活を送るなかでも、英米日のメディアやパパラッチに写真や映像を盗み撮りされ、その画像をネットでさらされる日々が続いている。小室夫妻が2021年11月に、ニューヨークに到着したときなどは、2人が空港から新居に到着するまで追いかけられ、住まいの建物の写真付きで報じられた。  たとえ結婚して日本を離れても、安住の地ではない。そうした光景を目にした佳子さまは、 「姉が気の毒で、悔しくて涙が出た」  そう漏らしたという。  眞子さんの結婚問題が終わってもなお、秋篠宮家への風当たりは続いている。皇嗣家の唯一の内親王となった佳子さまは、公務の重責も増している。 ■かーぽんは大切なメンバー  そうした佳子さまの心の拠りどころの一つは、大学生の頃からレッスンを続けているダンススクールだ。  2017年秋から英・リーズ大学への留学を経験した佳子さまだが、留学へ出発する前日もダンススクールのレッスンに駆けつけるほどの熱心さを見せ、新型コロナがまん延する前は、何度か発表会にも出演している。昨年も同スクールの発表会は行なわれたものの、もちろんレッスンも出演も一切控えている。  スクールの仲間や講師から佳子さまは「かーぽん」と呼ばれ、温かく受け入れられている。小学生の幼い子どもらも顔を合わせると、「かーぽん、かーぽん」と慕っていたという。  コロナ禍で顔を出すことはできなくとも、「かーぽんは、大事なメンバー」、なのだという。  21年度も発表会があった。もちろん、かーぽんは出演しなかった。それでも、発表会前には「出なくても練習しておきなね」と、演目のダンス動画が佳子さまに渡された。  佳子さまはヒップホップからジャズの要素のある踊りまで幅広く踊る。舞台に出たときは、肌色のアンダーウェアを着用していたものの、お腹が開いたデザインの「へそ出し衣装」は皇族に相応しくないと批判も受けたこともあった。  皇族が新しいことを始めれば、注目を浴び、ときには批判の対象になることもある。  上皇ご夫妻の長女、黒田清子さんが内親王であった頃、日本舞踊の名取級の踊り手として舞台に立っている。古典のイメージのある日舞。実は当時は、ちょっとした衝撃であったようだ。  2005年3月30日付の朝日新聞には、こう表現されている。 <日本舞踊は現在でこそ古典化したが、元は近世に生まれた庶民の芸能。皇女による日本舞踊は、日舞界にとって一つの事件だった>  佳子さまにとって精神的な支えの一つであるダンス。 「誰にでも、仕事とはまた別に、心の支柱になるものはある。いまは公務に専念しても、踊る喜びは覚えていて欲しい」(スクール関係者) (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    氷川きよし「休養」で男性演歌界どうなる? 牽引役が不在の新時代に突入か

     まさに「転換期」かもしれない。男性演歌界の話である。“大御所”北島三郎さんは紅白を引退し、第一線から退いた。五木ひろしさんも一昨年を最後に紅白卒業、そして“プリンス”氷川きよしさんの休養。大物たちが次々と表舞台を去り、「次」を担うのは誰なのか。業界の事情通たちに大胆予測してもらった。 *  *  * 「氷川きよしの休養宣言は驚きでした。長年、“演歌界のプリンス”として人気も実力も文句なしなのに。これからっていう大事な時に活動休止を発表したのですから」  こう話すのは、演歌畑を長年取材し続けた芸能記者。「大事な時」というのは、演歌界が「次のリーダー」を最も必要としている時という意味だ。 「紅白のほか各地の劇場で続けていた座長公演からも次々と身を引いて、今はほぼ“引退状態”の北島三郎。次なる大物と誰もが認める五木ひろしも一昨年を最後に紅白を卒業してしまった。演歌界ではNHKの紅白歌合戦に出場することが一流の条件みたいなものですから、2人の大物が第一線を退いてしまったことになる。ならば、紅白にも連続出場を続ける“プリンス”氷川きよしが、いよいよ“キング”を継承するだろうと思っていたら……」  レコード会社で演歌を担当した後、独立して演歌歌手のプロモーションをしている事情通も「男性演歌界はリーダー不在の時代になった」と肩を落とす。 「あえてリーダーの条件を挙げれば、その人のファンでない人でも口ずさめるくらいのヒット曲があり、紅白に出場を続けていて、レコード大賞などの受賞経験があること。加えて親分肌な面があれば言うことなし、という感じでしょう」  では、その条件にかなうのは誰か? プロモーター氏は「氷川君が活動再開するまでは、リーダー不在の時代が続くのではないか」と予測する。 「北島さん、五木さんに次ぐ実力者として、すぐ頭に浮かぶのは細川たかしさん、吉幾三さんですが、細川さんには『北酒場』や『矢切の渡し』という大ヒットがあるけど、2015年を最後に紅白卒業を発表している。吉さんも『雪國』『酒よ』があるが、01年を最後に紅白から遠ざかっている。その点、氷川君には“♪やだねったら、やだね”の『箱根八里の半次郎』があり『一剣』でレコード大賞も取っているし、人気も申し分ない。活動休止は実に残念です」  別の条件を挙げて、細川、吉の2人に期待するという意見もある。東京・浅草のレコード店「ヨーロー堂」店主の松永好司さんだ。店の2階にあるステージでは、多くの演歌歌手が生歌を披露するキャンペーンをしており、店主は業界きっての演歌通である。 「僕は北島さんや五木さんがリーダーたり得たのは、後輩の育成に熱心だったからだと思う」  松永さんが指摘するとおり、北島は山本譲二を筆頭に、紅白出場も果たした「北島兄弟」の北山たけし&大江裕ら多くの弟子を育てた。五木も、座長公演で多くの若手をゲストに呼び、「この場を登竜門にしてほしい」とチャンスを与え続けている。 「細川たかしさんは彩青(りゅうせい)や杜(もり)このみなどの弟子を自分の事務所からデビューさせています。育成への気概がある人です。吉幾三さんも多くの若手演歌歌手に楽曲を提供することで育成に携わっています。リーダーの資格は十分あると思います」  冒頭の芸能記者も同じ考えだ。 「僕自身が期待しているのは吉幾三。やはり人気や知名度、ヒット曲もあり、過去には紅白に連続出場している。ただ、吉にはどうしても喜劇やバラエティーのイメージが付きまとい、キングとしては軽量級に見えてしまうのが最大のネックです。細川も、お笑い芸人から髪形とかで笑いのネタにされているせいで重量感がない。そう考えていくと、若手に期待するしかない」  現状では「紅白出場を続けている『演歌第6世代』の山内惠介と三山ひろしのどちらかに頑張ってもらうしかない」と話す一方で、「僕個人の期待としては、福田こうへい。歌のうまさは群を抜いていると思う」とも述べた。  ヨーロー堂の松永さんは「現在の実力という点では、山内さんと三山さんが次期リーダー候補の筆頭であることは間違いない」と話す。  ちなみに演歌の「第6世代」とは、21世紀になってデビューした個性派世代で、純烈や丘みどりなどが属する。  第1世代は春日八郎や三橋美智也のラジオ世代、第2世代は戦後歌謡の美空ひばりや島倉千代子、北島三郎と五木ひろしは歌謡曲が隆盛を迎えた第3世代に属する。第4世代はカラオケ時代の八代亜紀、吉幾三、石川さゆり、細川たかしなどで、第5世代には氷川きよしや水森かおりがいる。  第6世代の山内と三山は、ともに15年から7年連続で紅白に出場している若手のホープ。コンサートなどで熱狂的な“追っかけ”ファンが多数いる点も同じ。どちらも歌唱力には定評があり、甘いマスクの山内には昔のアイドルのような掛け声が飛び、三山は紅白でのけん玉ギネス挑戦などで、ともに知名度も高い。  だが、2人が北島・五木のような「キング」になれるかというと、まだ疑問符が付く。  取材した多くの演歌関係者が指摘するのは「誰もが知っているような大ヒット曲、歌い手の“看板”になるような持ち歌がない。最低でもレコード大賞受賞に匹敵するようなヒット曲が必要」という点だ。  前出のプロモーター氏は「そもそも山内も三山も、そして福田こうへいも自分が今後の演歌界を引っ張っていくなんて、思ってもいないのではないか」と話す。 「仮に自分が引っ張っていきたいなんて発言したら、猛反発を受けますよ。まだ若すぎます。間違いなく『生意気だ』と総スカンを食らいますね。『お前はあと10年、今の位置を保てると思っているのか?』となる。甘くない世界だし、上下関係も厳しい社会だとは、本人たちもよく知っている。氷川君だって、僕はまだ早いと思うくらいです。北島さんや五木さんのような大御所はもう現れない可能性だってあると思っています」(プロモーター氏)  東京・上野アメ横で53年間、演歌専門のレコード店「アメ横リズム」を営む代表の小林和彦さんは、それでも「将来の演歌のキング候補はすでにいる」と断言する。リズムでは毎週、小林さんが選んだ5曲を道行く人々に聞こえるようにかけ続けている。前を通る人々がその歌を耳にしたときの反応で、これから売れる曲や歌い手を的中させてきた。その小林さんがずばり、「次の時代を背負う人材」と太鼓判を押すのが真田ナオキだ。  真田は20年に「♪惚れちまったの俺」と歌うだみ声が印象的な「恵比寿」がヒットして、レコード大賞最優秀新人賞を受賞した第7世代の一人だ。 「デビュー前から注目していました。とにかくあの声質がいい。店頭で曲をかけた時、反応が最高レベルになる。ルックスもいい。声に“色”をつけるために唐辛子を食べ、酒でうがいをしたという苦労話も心に響く。将来は氷川きよしの上をいくのではないかと私は見ている。まだ先の話になるけど、次期キング最有力だと思う」(小林さん)  多くの演歌歌手のキャンペーンを見つめてきた前出のヨーロー堂、松永さんも「将来性なら真田君と辰巳ゆうと君が図抜けている。売り上げ的にも、ネット配信でもこの2人です。今後しばらくは山内惠介さんと三山ひろしさんがつないで、その後に次代のスターとして真田君、辰巳君が出てくるのではないでしょうか」と占う。  業界通の見立てはある程度共通しているようだ。つまり、キング不在の期間はしばらくあるが、将来的には第7世代がキングの座を射止めるという読みだ。  しかし、元NHKアナウンサーで紅白歌合戦の司会も務め、現在もいくつもの音楽番組の司会者として演歌歌手とも交流がある宮本隆治さんは、これに異論を唱える。 「北島さん、五木さんが引退したのは紅白歌合戦という一つの番組です。多くの人はそれを歌手活動の引退と思っていますが、正しくありません。北島さんも五木さんも5月に大きな公演が予定されています。まだ現役で、今も2人が男性演歌界を牽引(けんいん)していることは事実です」  そして男性演歌界の昔と今を「鉄道の路線」にたとえてわかりやすく説明してくれた。 「昔の男性演歌界は本線が2本しかなかった。北島線と五木線です。線路を走っているわけですから、後続の歌手は追い抜くのは難しかった。しかし、氷川君が3本目の線を作ったことで演歌鉄道業界は変わり始めた。これまでは国鉄2路線しかなかったものが、今は私鉄各社がいろんな車両で路線を延ばしている、そんな状態なのではないでしょうか」  誰かが業界を引っ張っていくというのではなく、それぞれが自分の路線の魅力をアップさせて、客足を伸ばそうとしているのが今の演歌界だということだ。休業が予定されている「氷川線」に代わり、近い将来、“路線価”が上がりそうなのが「第7世代線」ということなのかもしれない。(本誌・鈴木裕也)※週刊朝日  2022年5月20日号

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    【ゲッターズ飯田】5月16日の運勢は?「自分のできることや得意なことを見失わないで」銀の時計座

     占いは人生の地図のようなもの。芸能界最強の占い師、ゲッターズ飯田さんの「五星三心占い」が、あなたが自分らしく日々を送るためのお手伝いをします。12タイプ別に、毎週月曜日にその日の運勢、毎月5のつく日(毎月5、15、25日)に開運のつぶやきをお届けします。 【タイプチェッカー】あなたはどのタイプ?自分のタイプを調べる 【金の羅針盤座】寝坊や遅刻をしたり、時間や数字を間違えてしまうことがあるので、注意が必要な日。自分でも「やってしまった!」と思うような失敗があるかも。いつも以上に、ていねいに行動するよう心がけましょう。 【銀の羅針盤座】自分のことよりも、周囲や相手によろこんでもらえるよう動くといい日。今日のあなたの行いは、のちに幸運になって戻ってくるでしょう。気になる人には連絡をしておくと、うれしい返事が聞けそうです。 【金のインディアン座】仕事でチャンスがめぐってくる日。今日は油断せず、どんな仕事にも真剣に、かつ本気で取り組んでみて。その姿勢が、のちに運命を変えることになるかも。買い物をするにもいい日なので、ショッピングの時間もつくってみましょう。 【銀のインディアン座】周囲の人を素直にほめることを意識してみて。他人のいい部分をもっと見つけられるようになったり、あなたの味方となる人たちが集まるでしょう。長い付き合いの人や、支えてくれている仲間への感謝も忘れずに。【金の鳳凰座】他人の欠点が見えるときは、「相手は自分を映す鏡だ」と思って、我が身を振り返りましょう。嫌いだったり苦手な人ほど、自分とどこか似ている部分があるもの。よく観察して、気をつけるきっかけにしてみましょう。【銀の鳳凰座】午前中は失敗が少なく順調に過ごせそうですが、午後からは集中力が低下してミスが増えたり、余計なことを考えてしまいそう。こまめに休憩をはさみつつ、短時間で終えられるように集中しましょう。 【金の時計座】今日は、基本的なことや順序をしっかり守るようにしましょう。慣れているからと手順を飛ばしたり、雑な行動をしたりすると、不運を招いてしまうことがあるでしょう。【銀の時計座】うまくいかないことに目を向ける姿勢は悪くはありませんが、自分のできることや得意なことを見失わないで。勝手に過小評価して、勝手にやる気をなくさないようにしましょう。 【金のカメレオン座】いつもよりも少し早めの行動を意識するといい日。5分でも10分でも早く取りかかり、早めに終わらせることで、見られることや知れることがあるでしょう。 【銀のカメレオン座】悩んでいても時間が無駄になるだけ。何事も3秒以内に判断する練習をしてみると、優柔不断を少し克服できるようになるでしょう。小さなことから、「素早く判断」を意識してみて。 【金のイルカ座】疲れを感じたり、集中力が続かなくなってしまいそうな日。休み時間はできるだけゆっくりして、心身の疲れをとるようにしましょう。チョコレートを食べると、気持ちも頭も楽になりそうです。 【銀のイルカ座】しっかり聞いて、考えて、行動することが大切な日。学ぶ気持ちを忘れずに、自分を成長させるためには何が必要なのかを探しながら過ごしてみましょう。だんだんと、やるべきことが見えてくるはず。 ※毎週月曜日に占いが届きます!AERA dot.の公式LINEの友達申請はこちら↓↓↓https://lin.ee/trWiCvV

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    21時間前

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    稲垣えみ子「自分の『正しさ』ばかり考えていた時、人の助けと情けが身にしみた」

     元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  とんでもないことをしでかしてしまった。  あろうことか夕食用のジャガイモの煮物を火にかけたまま外出。焦げ付いたイモの煙に気づいた隣の方の119番で間一髪火事に至らなかったものの、それは多くの方の機転で得られた幸運でしかなく、「うっかり」で済まされるはずもない。何かあれば取り返しがつかなかった。考えただけで震えが止まらなくなった。  なぜこんなことに。振り返れば、ずっと締め切り原稿で頭がいっぱいで、気もそぞろだった。要するに慢心していたのだ。人様に何かを発信するうちに自分の「正しさ」ばかり考えるようになり、浮き足立っていた。なのにそれに気づこうともしなかった。生きていく上でまず大事なことは、人を唸らせる文章を書いたり発言したりすることじゃない。最優先すべきは「火事を出さないこと」だ。人様の生活や命を危険にさらさないよう努力を尽くすことだ。そんな当たり前が全くわかっていなかった。それで正しい事を言うとかありえないだろう。でもそれが私だった。  そして、人の助けと情けがこれほど身にしみたことはない。隣の方始め、消防や警察の方の機敏な判断と行動で首の皮一枚で救われた。怒鳴られて当然なのに、怪我がなくて何より、お互い気をつけましょうと言ってくださった大家さんや近所の方々の優しさよ。酒屋のおかあさんは「怖かったでしょう」と肩に手を置いてくださった。その手の温かさ。そう私は自分が怖かった。同じ酒屋のおとうさんは「おじちゃんはいつもバイクに乗るとき、よし今日も絶対事故を起こさないぞって自分に言い聞かせているよ」と教えてくれた。その全てを一生忘れない。皆様こそが正しく偉大なのであった。  私はこれからどうするべきか。  今の私は何かが間違っているのだ。おそらくは人生の目標が。朝起きたら、その日を無事に過ごすのだと自分に言い聞かせること。外出時の火元の指差し確認。そして人に優しく。それを日々やりとげることが全てなんじゃないか。 ◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行※AERA 2022年5月16日号

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    11時間前

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    上島竜兵さん、渡辺裕之さん 続く60代の急死に精神科医は「老人に着地していくことも必要」

     ダチョウ倶楽部のメンバーで、お笑い芸人の上島竜兵さんが5月11日未明、死去したことがわかった。その約1週間前の3日には、俳優の渡辺裕之さんが、横浜市の自宅で急死したと発表されたばかり。  10日、渡辺裕之さんの妻で女優の原日出子さん(62)は、所属事務所の公式ホームページを通じてコメントを発表した。 「(夫は)『眠れない』と体調の変化を訴えるようになり、自律神経失調症と診断され,一時はお薬を服用していましたが、またお仕事が忙しくなって、元気を取り戻したようでもありました。しかし、少しずつじわじわと、心の病は夫を蝕み、大きな不安から抜け出せなくなりました」  なぜ、このような悲しいことが起こるのか。上島さんは61歳、渡辺さんは66歳。両者とも60代の男性で、仕事も続けていたなど共通点は少なくない。  精神科医の片田珠美氏はこう語る。 「一般的に60代になると初老期うつ病を発症しやすいと言われています。これは50代から60代半ばの初老期に発症するうつ病で、何らかの喪失体験がきっかけになることが多い」  喪失体験とは、本人が大切なものを失ったと感じて「自分はもうダメだ」と思い詰めるような体験だという。 「例えば、コロナ禍の影響で経済的損失があったのならば、それは喪失体験です。思い通りに体が動かせなくなったとか、理想とする体形ではなくなったとかいう場合も、喪失体験と受け止められやすい」(片田氏)  精神科医の香山リカ氏も、「60代の初老期うつ病というのはけっこう起きやすいものです」と語る。 「60代で、それまで社会的にも活躍していたような男性だと、年齢的にも体力的にも、これからだんだんと高齢者になっていく中で、どのように自分を高齢者として着地させていくのかが大きな課題になります」  周りから「明るくて元気でタフ」、「頼りがいがある」、「いつまでも若い」というイメージで見られている人ほど、「老いてきた自分をなかなかみせられない」という葛藤が生じやすいという。 「60代でも、まだまだ元気で若く、新しいチャレンジをするというのは理想の生き方としてありますが、60代なりの老いの兆候や体の不調というのは誰にでも出てくるもの。少なくない人が年齢に関係なく、若さを保っている時代だからこそ、自分のイメージと現実のギャップに、想像以上に苦しんでいる人がたくさんいると思います」(香山氏)  老いるに老いられない時代。個人差もあるだろうが、「一生現役」と考える人も少なくない。 「老いの兆候があると、ものすごくショックを受けたり、それを自分で否定しようとしたりする人は少なくありません。そして、『いっそのことここで命を絶って終わりにしたほうがいい』『老いていく自分を自分で認められない』と考えてしまう」(香山氏)  それではどうしたらいいのか。 「エイジング(加齢)によって、体に痛みが出てきて動かしにくくなる。元気で明るくと思っていても、気分が上向かないこともある。肉体は衰え、気力もなくなって、記憶も低下するというのは、ある意味では自然の摂理です。いつまでも若い時みたいに元気で明るくいられるわけではありません。難しいことですが、そういう現実を少しずつ受け入れていくことが大切だと思います」(片田氏)  いくつになっても元気で若々しく美しい人というのはいるものだ。 「それは素晴らしいこととは思うんですけど、やっぱり60代、70代ということを自分で認めて、あんまり無理せずに老いていってもいいんじゃないかと思います。老いていく自分も面白いんじゃないの、と思います。うまく、老いというか老人に着地していくことも必要なんじゃないかと思います」(香山氏)  今回は60代の芸能人の急死が続いたが、男女差はあるのだろうか。 「どんな国でも、どんな文化でも、どんな時代をとっても、男性の自殺率が女性よりたいがい高いんです。これは男性の方が喪失体験に対して脆弱だからです」(片田氏)  厚生労働省が今年3月に公表した「令和3年中における自殺の状況」によると、昨年1年間に自殺した人は全国で2万1007人。これを年代別に見ると、50代が3618人と最も多く、60代は2637人、70代は3009人、80代以上は2214人だった。じつに、50代以上が1万1478人と、全体の半数以上を占める。男女別では、男性は1万3939人、女性は7068人と、男性の自殺者数が女性の2倍近い。  ともに老いていく伴侶はどう対応したらいいのだろうか。 「元気で若いイメージのまま、ポキッと折れてしまう人もいるので、少しでも歳を感じさせるような行動とか、見た目を含めた兆候とか、足腰が弱くなるとかが出てきたら『一緒に老いるんだし、当然じゃないの』と受け止める。『まだまだあなたはできるはず』と励ますばかりではなくて、夫と一緒に少しずつペースを緩めて生活していくくらいがいいと思います。『老いたあなたもステキよ』と、変化を楽しむ余裕が必要です」(香山氏) (AERAdot.編集部・上田耕司) ◆「日本いのちの電話」相談窓口◆厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけている。◆ナビダイヤル 0570・783・556(午前10・00~午後10・00)◆フリーダイヤル 0120・783・556(毎日:午後4・00~9・00、毎月10日:午前8・00~翌日午前8・00)

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    授業参観にTシャツとジーンズで行った夫に妻が激怒! 「親の服装」はどうすべきか論語パパがアドバイス

     小学2年生の息子を持つ40代の父親。授業参観に普段着で行ってしまい、「きれいな服を選ぶべきだ」と妻から叱責されました。「論語パパ」こと中国文献学者の山口謠司先生が、「論語」から格言を選んで現代の親の悩みに答える本連載。今回の父親へのアドバイスはいかに。 *  *  * 【相談者:8歳の息子を持つ40代の父親】  都内の公立小学校に通う息子を持つ40代の父親です。先日、入学以来、初めての対面の授業参観がありました。仕事の都合で行けない妻に代わって参加したのですが、Tシャツにジーンズという普段着だったので、妻から「信じられない。授業参観や懇談会などの学校行事には、デパートで買ったようなきれいな服を選ぶのが当たり前」と激怒されました。でも7割方の保護者がその辺のスーパーやコンビニに行くような普段着で来ていましたし、きれいな格好のほうが浮いてしまう感じでした。また、保護者のなかには持参したアウトドア用の折りたたみ椅子に座ったり、スマホをいじったりしている人もいて、私はその人たちに比べれば親としてきちんとふるまっていたと思います。授業参観は保護者の服装のお披露目の場ではなく、主役は子どもたちのはず。その感覚でいてはいけないのでしょうか。 【論語パパが選んだ言葉は?】 ・「子曰(い)わく、敝(やぶ)れたるおん袍(ぽう)を衣(き)、狐貉(こかく)を衣る者と立ちて、而(しか)も恥じざる者は、其(そ)れ由(ゆう)なるか」 「そこなわず求めず、何を用(もっ)てか臧(よ)からざらん。子路(しろ)終身(しゅうしん)之(こ)れを誦(しょう)す。子曰わく、是(こ)の道や、何(な)んぞ以(も)って臧しとするに足らん」(子罕第九) ・「敬(けい)に居(い)て簡(かん)を行う」(雍也第六) 【現代語訳】 ・孔子はおっしゃった。「やぶれてボロボロの粗末な綿入れを着て、狐や貉(むじな)の上等な毛皮を着た人と一緒に立っても恥ずかしいと思わないのは、子路だろう」 「他人に害を与えず、無理な要求もしていないのに、どうして不善が発生しようか」。子路(しろ)はいつもこの一節を口ずさんでいたが、孔子がおっしゃった。 「それだけでは十分とは言えない。我々の目指す道はもっと遠くにあるのだ」 ・自分の心持ちは慎み深くして、他人に対しては寛大に簡素に接する。 【解説】  対面で授業参観が行われるようになったことは、本当に喜ばしいことですね。子どもが授業に参加しているところを実際に見られることがどんなにありがたいことか、コロナ禍を通して我々は知ったのではないでしょうか。  さて、すでに、コロナ禍以前から「クールビズ」などによって、服装の簡素化は進んでいました。コロナ禍でZoomを使ったリモートワークが増えるにしたがって、スーツを着なくても商談や会議に出席することができるようになりました。  相談者さんが言うように、授業参観も「7割方の保護者がスーパーやコンビニに行くような普段着で、きれいな格好のほうが浮く」というのは新しい時代のスタイルなのではないかと思います。カジュアルな服装は、堅苦しくなく、くつろいだ気持ちも演出してくれますので、みんながカジュアルな服装だと、企画会議などでも、より自由な発想、より自由な発言ができると言われていますね。そういう点では、授業参観にも保護者が、カジュアルな服装で出席するのは、先生も子どもたちにも堅苦しくない雰囲気でいいことであるとは思います。  2500年前から人の生き方の規範として親しまれた『論語』の中でも、服装のことが話題に取り上げられている章句があります。 「子曰(い)わく、敝(やぶ)れたるおん袍(ぽう)を衣(き)、狐貉(こかく)を衣る者と立ちて、而(しか)も恥じざる者は、其(そ)れ由(ゆう)なるか」(子罕第九)  孔子の弟子のなかでも大変な志を持った子路は、ボロボロになった粗末なおん袍(綿入れ羽織)を着ていましたが、高い毛皮をまとった高位高官と会っても、まったく恥じたり、気後れしたりしない人物でした。  しかし孔子は、そんな子路を、見苦しいと思っていたに違いありません。どうしてそんな格好で立派な人物に会っても何とも感じないのかと、聞いたのでした。由(ゆう)とは子路の実名です。  子路は「こんな格好をしていたからって、他人を傷つけるわけでもない。無理な要求をしているわけでもないから、いいじゃないですか」と答えたのです。  孔子はこうたしなめました。「それだけではまだ十分ではない。我々の目指す道はもっと遠くにあるのだ」と。  カジュアルであるということには、もちろんいい点もありますが、それでいいのだとあまりにもくついだ状態が続くと、それに慣れて、心がたるんでしまうと孔子は考えたのです。  スーツは「ホワイトカラーの鎧」と言われることもあります。言い換えれば、スーツは、カジュアルな自分を、非日常の緊張した心に切り替えてくれる道具でもあったのです。古代から現代に至る服装、服飾の歴史を大観すると、簡素化していることに改めて気づかされます。それは繊維製造技術の発達とも無関係ではありませんが、技術の発達に伴って、心がすさむ方向に進むのは残念です。 『論語』には、立派な人の思考と行動のバランスについて「敬(けい)に居(い)て簡(かん)を行う」(雍也第六)という言葉があります。つまり、「自分の心持ちは慎み深くして、他人に対しては寛大に簡素に接する」という教えです。  相談者さんは、父親として授業参観に行くのに、「自分の服装と心とが一致しているのか」どうかを考えることが最も大事なことです。教室にいる先生、児童、保護者に安心感を与えつつ、自分の心は、「子どもを温かく見守る愛情でいっぱいである」という姿勢を、服装で表すことができるようなチョイスをしましょう。そのためには、やはり妻の意見を取り入れて、カジュアルすぎる服装ならば見直すべきでしょう。 【まとめ】  自分の心はあまりにくつろいだ状態よりも、慎み深く。服装と心が一致しているか見直そう 山口謠司(やまぐち・ようじ)/中国文献学者。大東文化大学教授。1963年、長崎県生まれ。同大学大学院、英ケンブリッジ大学東洋学部共同研究員などを経て、現職。NHK番組「チコちゃんに叱られる!」やラジオ番組での簡潔かつユーモラスな解説が人気を集める。2017年、著書『日本語を作った男 上田万年とその時代』で第29回和辻哲郎文化賞受賞。著書や監修に『ステップアップ 0歳音読』(さくら舎)『眠れなくなるほど面白い 図解論語』(日本文芸社)など多数。2021年12月に監修を務めた『チコちゃんと学ぶ チコっと論語』(河出書房新社)が発売。母親向けの論語講座も。フランス人の妻と、大学生の息子の3人家族。

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    片づけたら家が「パワースポット」に変身 不登校の子も母も前進できた

     5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。 *  *  * case.22  収納にも親子関係にも余裕ができた 夫+子ども3人/会社員  「真ん中の子が、小学4年の2学期から体調を崩して登校できなくなって。原因は学校のストレスでした。うちの子に起きたことがショックで、そのときは受けとめきれなかった」  不登校のきっかけを振り返るのは、時短勤務で働く3人の子どものお母さん。子どもを気づかい、彼女は仕事と家事の傍ら、検査入院など療養を優先しました。体がよくなれば学校へ行けるだろうと願いながら。  「年が明けて回復はしたけど、パワーが十分じゃなくて。学校へ行く怖さや、周囲の目を気にして不安だったんです。でも、私は『もう行けるんじゃないの?』と思ってしまった」  親として言って聞かせなければと、言い方がきつくなることも。暗中模索でした。  視点が変わったのは、不登校の事例が書かれた書籍と出会ったとき。親の不安とか、焦りみたいな感情が子どもに伝わっているのだろうかと、自身に目を向けはじめた。  これまで家事に仕事に追われて殺気立ち、とっつきにくかったはず。不用品だらけの部屋でイライラ。SNSのミニマリストさんの部屋にあこがれ片づけはじめた。  子どもも少しずつ前進していました。5年生の1学期からは放課後登校、2学期からは週2~3回のペースで登校。  SNSを参考にして部屋はある程度はキレイになった。だけど決定打のようなものがつかめない。「自分はどう暮らしたいんだろう」。迷いが生まれた。  そんな時、家庭力アッププロジェクトを知りました。ふたをしてきた、どう生きていきたいのかを考える機会だと思った。やるなら会社のルールで時短勤務が使えなくなる今年度中がいい。45日間で道しるべを見つけようと参加したのです。  そして、子どもは5年生3学期には安定して登校するようになりました。  「冬休みを挟んだので、年明けに学校へ行けるかな、どうかな、と思っていたら、行くと言って。不用品がだいぶすっきりした年末には、私は片づけで頭がいっぱい。だから、学校へ行く、行かないに執着していませんでした。3月はほぼ出席です」  感情も、空間も、時間の使い方もまるごとリセットした45日間でした。  プロジェクトのはじめは、朝10分片づける”朝活”で、不用品を前に「本当に未来に持っていきたいか」自問自答をくり返します。彼女は長い間、床の間に鎮座していた、巨大ぬいぐるみが手放せました。結婚式ではゲストを迎えた思い出の品です。 「未来に必要かと聞かれたら、なくても思い出は消えないと思えて」 これが処分できたのなら、もっと減らせると思えました。  時間を決めて片づけるうちに決断力もついた。朝活では「その日のゴールを決めよう」と私が言うので、なんとなく手をつけてはダメなんだと10分でできることに集中。  すると、普段の家事もなんとなくしていたと気づいたとか。さっそく朝は10分で前の晩干した洗濯物を畳んでしまい、食洗機にある食器を片づけることを徹底。家事をルーティンにする課題では、ほかのあらゆる家事が、考えなくても回る決めごとを作りました。  家をパワースポットにしたい。どう暮らしたいのか見えてきました。自分も家族も安心できる心地いい部屋とは?  それを見つけるのが動線検証です。あちこちを散らかす家族の生活動線を観察し、どこに収納をつくったら無理なく片づけられるか検証します。家族との調和が必要な課題です。  はじめからうまくはいきませんでした。 「夫は『お母さん、片づけに取りつかれているから』って人ごとで。大量に物を処分して不審だったみたい」  軽くあつかわれてショック。本気度が伝わっていなかったと察し「そういう言う方はやめてほしい」と、本気なことを宣言します。影響された夫は、漫画本の整理を集中してやってくれました。  あやうく家族とぶつかりそうになるときも。  完璧だと思って作ったランドセル置き場が、夫は前のほうがいいと言うのです。動線もしっかり見極めたはずなのに。 「頑固なほうなんで、これまでならイラッとして、自分の案を押し切ったと思います。でも家族が嫌なら『みんなのパワースポット』ではないよねって。ゴールを思うと軌道修正できました」  やり直しにはなったけど、この会話をきっかけに真ん中の子は1階にあった学習机は2階でよいと言い、上の子は学習机はいらないとわかり、家族の実態にあった第3のアイデアが出たとか。  45日間で、リビングで読み散らかされていた漫画は、一軍だけ置かれすっきり。子どもは自分でもとに戻します。収納は、戸建の理想の6割収納をキープできています。  下の子は、寝る前片づけるお母さんを見て、おもちゃを自分で片づける習慣ができました。自分だけ頑張らなくても家が整い、家事はルーティンで回っている。負担が減ると子どもとの関係も変わっていきました。 「ありのままを受け止められるというか。前に下の子も少しネガティブになった時期があったんですが、『勉強イヤや』ってときは『そうは言うけどね』と言い聞かせていました。でも今は『そうやんな、体育と図工だけやったらいいのにな~』とか『足し算できるのに何回もやりたくないやんな』とか、余裕がある感じです」  真ん中の子はどうでしょう。 「お母さんお仕事何してるの?今日はお仕事どうだった?とか、今まで聞かなかったようなことも聞いてくれます」  子どももありのまま、気楽になんでも話せるようになったみたい。  たまに子どもが「うーん学校無理かも」という日は「いいよ、いいよ」と受け止めたり、頑張って登校したときに「楽しかった」と帰って来てホッとしたり。いいとき、悪いとき、ゆらぎを見守りながら過ごせています。  彼女の作業部屋には、おもちゃを飾った見せるタイプの収納があり、そこには余白がたっぷりありました。余分な物をそぎ落としたら、もう、人生は大丈夫だと思えた。 「時短勤務が解除になる前にリセットできてよかった」  心にゆとりを持って仕事も前進。人生の仕切り直しをやり終えた彼女を頼もしく思いました。  ◯西崎彩智(にしざき・さち)1967年生まれ。お片づけ習慣化コンサルタント、Homeport 代表取締役。片づけ・自分の人生・夫婦間のコミュニケーションを軸に、ママたちが自分らしくご機嫌な毎日を送るための「家庭力アッププロジェクト®」や、子どもたちが片づけを通して”生きる力”を養える「親子deお片づけ」を主宰。ラジオ大阪「西崎彩智の家庭力アッププロジェクト」(第1・3土曜日夕方)が2021年5月1日からスタート。フジテレビ「ノンストップ」などのメディアにも出演 ※AERAオンライン限定記事

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    21時間前

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    「いま勢いのある大学」1位は? 日大は不祥事の影響で増加率40位に

     2022年の私大入試が終わった。昨年はコロナ禍で多くの大学が志願者を減らしたが、今年は回復の兆しが見え始めた。「実志願者数」とその増加率から、人気を集めた大学を探った。 *  *  *  のべ志願者数は、たとえば1人の受験生が同じ大学の学部・学科を三つ併願した場合、3人と数える。近年、多くの大学で併願受験料の割引などが充実した結果、のべ志願者数が急増し、大学の人気が測れないという声があった。そこで本誌は2018年から、のべ志願者数の上位50大学を対象に実志願者数を独自に調べた。当初は非公表の大学もあったが、今年は全50大学が公表した。  さて、今年のランキングを見てみよう。  全体を通して目を引くのが、実志願者数の回復だ。昨年は新型コロナウイルスの感染拡大を背景に多くの大学が実志願者数を減らし、上位の有名私大でも前年比80%台が目立った。今年は、34の大学が前年比プラスとなった。ベネッセ教育情報センター長の谷本祐一郎さんは「志望校を決める昨年10~11月の段階で国内のコロナの新規感染者が1日数百人台に落ち着き、受験生の間で都市部の大学や規模の大きな私学に挑戦する意欲が復活したことも影響していたのでは」と指摘する。  首位には、前年2位の法政大が立った。2位は前年トップの明治大、3位は同4位の早稲田大が入った。法政大は増加率(前年比)も116%で、全体の2位につけている。同大入学センターでは「本学への期待の大きさとして大変うれしく思っている。充実した学部構成と多様な入試方式を用意しており、受験生が志願しやすかったのではないか」と話した。  実志願者数のランクを見る際に留意すべきは、募集人数の多い大学ほど上位になりやすいことだ。そこで今年は「いま勢いのある大学」を見るうえで増加率にも着目した。  首位は武蔵大。実志願者数ランクでは41位だったものの、前年比で123%と躍進した。22年に国際教養学部を開設したことが人気につながったとみられる。アドミッションセンター長の角田俊男さんは「国際教養学部では各学部に分かれていたグローバルプログラムが統合された。これまで多くの学部ではグローバルプログラムに入るための選考が入学後にあったが、同学部では希望の専攻を入学試験の段階で選べるため、受験生の安心感につながったのではないか」と分析する。  実志願者数ランクで13位だった東京理科大も、増加率で9位と健闘した。一般選抜試験で志願者が増えたのが、共通テスト(国語、外国語)の結果と独自試験を併用するC方式。入試課の担当者は「共通テストの平均点が低調だった年は志願者が伸びていない。今年は英語や国語の平均点変動が小幅だったことが志願者増加の一因となったのでは」と言う。  実志願者数では4位につけたが増加率で40位と、順位のギャップが大きかったのは日本大だ。 「昨年からの一連の不祥事(前理事長の逮捕・起訴)が実志願者数減の要因になっていると考えざるを得ない。教職員一丸となって学修・生活支援及び自己実現のための就職支援などを展開している。こうした姿勢を繰り返し発信していくことで信頼回復につなげたい」(入学課の担当者)  龍谷大も実志願者数で16位に対し増加率は50位。広報担当者は「昨年は入試制度改革が功を奏したが、その効果が一段落したこと、また浪人生の減少が想定以上に大きく影響した」と話す。  前出の谷本さんは、前年と数字を比べる際の注意点も指摘する。1年前に受験生が集まった大学は翌年度に敬遠される傾向があり、結果として合格ラインが下がる。そこで、その次の年は受験生が集まる。このため人気→不人気→人気という「隔年現象が起こりやすい」という。こうした傾向にも留意し、来年の順位に注目したい。(本誌・松岡瑛理)※週刊朝日  2022年5月6・13日合併号

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    “本家”よりも強そう?「森保ジャパン未招集メンバー」でベスト11作ってみた

     2018年9月の森保ジャパンの初陣からW杯最終予選終了までの計48試合に出場した選手は計90人。ベンチ入りのみで未出場の選手も含めると100人以上、昨夏まで兼任していた五輪代表も含めると、さらに多くの選手たちが「森保ジャパン」の名の下でプレーしてきた。だが、日本には“まだ招集されていない好選手たち”が多くいる。カタールW杯への準備に入る前に、「森保ジャパン未招集ベストイレブン」を作ってみたい。 *  *  *  最後尾のGKには、高丘陽平(横浜FM)を選ぶ。現在26歳。身長182センチとGKとしてはサイズ不足だが、それを抜群の反射神経と瞬発力で補い、高いセーブ能力を見せながら積極果敢な飛び出しでハイラインの裏をカバー。年齢を重ねる毎に安定感が増し、昨季はリーグ戦出場33試合中15試合でクリーンシートを達成した。何より、優れた足元の技術とキック精度を持ち、欧州ではスタンダードとなっている「ビルドアップに参加できるGK」である点を評価してゴールマウスを任せたい。  DFラインは4バック。CBにはまず、ドイツに渡って一気に評価を高めた伊藤洋輝(シュツットガルト)を置く。身長188センチの高さにサイドバックも対応可能なスピードもあり、左利きであることも大きな武器。磐田に在籍していた昨季までは舞台がJ2だったこともあって注目度が低く、東京五輪のメンバーにも選ばれなかったが、2021年6月の海外移籍を経て急成長。今年5月12日に23歳となる“逸材”には、今回のカタールW杯本大会での“サプライズ招集”も十分に考えられる。  もう一人のCBには、森重真人(FC東京)を選びたい。強さと巧さ、得点力を兼ね備え、北京五輪、W杯ブラジル大会にも出場した経験豊富なベテラン。2018年のW杯ロシア大会の本大会メンバーから漏れて以降は代表に呼ばれていないが、Jリーグではパフォーマンスを維持しており、昨年8月にはJ1通算400試合出場を達成。再び主将を務めることになった今季も、故障離脱するまで先発フル出場を続けながら8試合で4失点の堅守に貢献し、自ら2得点を奪う活躍を披露。今年の5月21日で35歳となるが、まだまだ健在だ。  続いてサイドバック。左には、吉田豊(名古屋)を指名したい。休むことなく上下動を繰り返し、攻守において粘り強いプレーが身上。決して華麗ではないが、対人能力が高く、攻撃参加も的確。プレーの安定感は特筆すべきもので、32歳となった今季もJリーグ屈指のサイドバックであることは間違いない。これまで長友佑都、中山雄太の2人以外に安西幸輝、小川諒也、杉岡大暉、山中亮輔らが森保ジャパンに招集されたが、吉田がサイドバックとしての総合力において彼らに引けを取っているとは思えない。  右サイドバックには、小池龍太(横浜FM)がいる。JFAアカデミー福島から当時JFLだった山口へ入団し、J3、J2とチームとともにステップアップ。J1・柏でも実力を証明し、ベルギーリーグを経て2020年から横浜FMでプレー。昨季はリーグ戦31試合出場4得点と働いた。基本技術のレベルとサッカーIQが非常に高く、サイドを駆け上がるだけでなく内側にポジションを取りながら多彩な役割をこなすことができる。現在26歳。A代表も世代別代表の経験もないが、国際舞台でも活躍できる力はすでに備えているはずだ。  ボランチの2人で、まずは橘田健人(川崎)を選ぶ。桐蔭横浜大から2021年に“王者”川崎に加入すると、大卒1年目から周囲の期待を上回る働きを披露。頭脳的かつハードなプレーで、外国人のシミッチからアンカーのポジションを奪い取り、Jリーグ優秀選手賞も受賞した。決して肉体的に恵まれているわけではないが、無尽蔵のスタミナと鋭い読みから激しくボールを奪い、前線へ入れるパスのタイミング、精度も優れている。まだ23歳。今後の成長が楽しみだが、今すぐにでも“未招集ベスト11”に入れる力がある。  もう一人は、樋口雄太(鹿島)。鳥栖の下部組織育ち。鹿屋体育大を経て2019年に鳥栖に“再”入団すると、2021年には背番号10を背負ってリーグ戦37試合に出場して6ゴール6アシストの活躍を見せた。巧みなボールタッチからのドリブル、パスともにセンス抜群で、今季から加入した鹿島でも開幕からレギュラーを掴み、中盤を幅広く動き回りながらチャンスを演出。特に右足のキック精度は特筆すべきもので、エリア外からのミドルシュートに加えて、セットプレーのキッカーとしても威力を発揮する。代表歴は2013年にU-17代表に選ばれたのみだが、25歳となったプレーメーカーの実力に疑いの余地なし。その名は今後、さらに広く知られることになるはずだ。  2列目には、アタッカーを3枚並べたい。左サイドは、ドイツで輝きを放つ奥川雅也(ビーレフェルト)。京都の下部組織育ちで“古都のネイマール”とも称されたドリブラー。19歳で海を渡り、左右両足を遜色なく使える“強み”を生かしながら鍛錬を積み、万能型のアタッカーへ進化しながら今季は8ゴールと得点能力も開花させている。現在26歳。2020年11月にA代表招集を受けながら所属クラブで新型コロナのクラスターが発生したことで招集取り消しとなった過去を持つように、“未招集組”としては真っ先にメンバーに入る。  トップ下には、森岡亮太(シャルルロワ)を置く。卓越した技術と広い視野、長短織り交ぜたパスに加えてと得点力も持つ司令塔。神戸時代の2014年に23歳でA代表デビューしたが、アギーレ体制で2試合、ハリルホジッチ体制で3試合に出場したのみで2018年3月を最後に招集なし。しかし、その間にもベルギーリーグで結果を残しながらプレーの幅を広げ、今年4月に31歳となった現在、その実力は間違いなく日本人トップクラス。時代が違えば代表の常連となっていてもおかしくない。  右サイドは、健在の“天才”家長昭博(川崎)に任せる。G大阪ユース時代から傑出した能力を見せ付けながら20代前半までは好不調の波があったが、30歳で移籍した川崎で持ち味が全開。“鬼”のキープ力を発揮しながら、落ち着き払ったプレーで攻撃にアクセントをつけ、オンリーワンの存在としてピッチ上に“違い”を作り出している。A代表はオシム時代に1試合、ザッケローニ時代に2試合に出場したのみだが、持っている能力は過去、現在の日本代表の中心選手たちと比べても全く遜色ない。  最後の1トップは、鈴木優磨(鹿島)で間違いない。2年半過ごしたベルギーリーグで計26得点を挙げ、復帰したJリーグでは開幕から貫禄かつ圧巻のプレーを披露。持ち味であったゴール前での嗅覚だけでなく、中盤、サイドと幅広く動き周りながら攻撃の起点となり、試合の流れを作っている。ストライカーに必要な強いメンタリティとリーダーシップを持つ男は、4月26日に26歳となったばかり。例え森保ジャパンに選ばれなくても選手としての価値が落ちることはなく、今後も数多くのゴールを叩き込んでくれるはずだ。  その他、清武弘嗣(C大阪)、酒井高徳(神戸)、遠藤保仁(磐田)、西川周作(浦和)といった元日本代表の面々や、原大智(シント=トロイデン)、角田涼太朗(横浜FM)といった若手たちも「森保ジャパン未招集組」として今回のベストイレブンに選びたかった選手たち。このことからも、Jリーグ発足30年を経た日本サッカーの選手層が分厚くなったことは、確かだと言える。その証をカタールW杯の舞台でしっかりと示してもらいたい。  以下、今回選出したメンバー。 【GK】高丘陽平(横浜FM) 【DF】伊藤洋輝(シュツットガルト)森重真人(FC東京)吉田豊(名古屋)小池龍太(横浜FM) 【MF】橘田健人(川崎)樋口雄太(鹿島)奥川雅也(ビーレフェルト)森岡亮太(シャルルロワ)家長昭博(川崎) 【FW】鈴木優磨(鹿島) (文・三和直樹)

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    小沢健二「僕が歌詞を書くのも朗読も、大学の延長上にあるんです」 東大出身同士の大宮エリーと語り合う

     作家・画家の大宮エリーさんの連載「東大ふたり同窓会」。東大卒を隠して生きてきたという大宮さんが、同窓生と語り合い、東大ってなんだろうと考えます。2人目のゲストはシンガー・ソングライターの小沢健二さんです。 *  *  * 大宮:今まで小沢さんとお会いしても、大学の話なんてしたことなかったですよね。 小沢:全然ない、ない。 大宮:数年前に大カラオケ大会で会いましたね。誰の企画だったのかな。 小沢:あれは僕だったんです、実は。僕、パーティーが好きで。 大宮:相当盛り上がって、あれはエンターテインメントでしたね。小沢さんも歌ってくださって。 小沢:当時アメリカに住んでいて、日本のカラオケは特にクールだと思っていました。今もアメリカに家はあるので、帰れるなら帰りたいんですけど、コロナで帰れなくなって。 大宮:以前、東京オペラシティでのコンサートに行きましたよ。 小沢:ありがとうございます! 10年前のですね。曲と曲の間にすごく長い朗読をやって、朗読劇なんだか、コンサートなんだか(笑)。 大宮:すごいよかったです。影絵もあって、朗読も素晴らしくて。 小沢:僕はコンサートでMCするのが苦手なんです。ぱっとおしゃべりしてすごく面白いことを言うみたいなのもできない。だから、歌詞と同じように全部書いて全部読むんです。一昨年はインターネット番組で、1時間半朗読だけの配信をやったら、ものすごくたくさんの方が見てくれて、DVDも売れました。朗読は、それこそ大学の延長なんですよ。 大宮:そうなんですか!! 小沢:文学とか美学とか勉強するじゃないですか。そんな流れで、自然に朗読をするようになっていって。 大宮:うんうん。 小沢:もちろん、音楽でポップソングを作るのは得意だけど、それ以外の部分、劇っぽいこととか、哲学っぽいこととか朗読でやるようなことが元にあって、その昇華としてポップソングが出てくる。 大宮:みんな小沢さんの音楽も好きだけど、その哲学的な部分にひかれていたから、朗読もがっぷり四つで向き合うんでしょうね。 小沢:なんか変な話ですけど、それこそ、僕は東大文IIIそのまんまです。今もそうですけど、僕はかなり綿密に歌詞を書くので、そういう根気の良さとか、仕掛けっていうか。ここでこう言ってたことが、ここでこうなるみたいな書き方は。あと、哲学っぽいこと、歴史の上に立って考えたこと、教養学部っぽいことを歌詞に入れたくなるんです。 大宮:なんで東大を受けたんですか。 小沢:うん……いや、あんまり深くは考えてないかな。東大に入るのに必要なのは受験でしょ。でも受験に受かるのは小さな特技だよね。人間に100億通りくらいの属性があるなかで、記憶力がいい特技のある人の集まりっていうだけ。 大宮:うんうん。 小沢:大学のブランドとか大学名で云々、というやつは、あれは何にも意味がないんだなっていうことが、東大に入ると一番わかった。 大宮:入ってそう思いましたか。それとも社会に出てからですか。 小沢:入っているときかな。当時、ロック雑誌の撮影を中断してさ、「これから大学で授業なんで」って抜けるときとかすごい冷やかされた。だけども、実際には東大生とか東大教官の世間的なイメージなんて虚像で、大学に行けばみんなが普通に暮らしている。だから人に対する変な偏見もなくなって。 大宮:普通だという側面もあるけど、いい出会いもあるじゃないですか。 小沢:それはある。だから、今も感謝しているし、それこそ、大宮さんがふたり同窓会やりたい、みたいな気持ちもわかる。 ◯大宮エリー(おおみや・えりー)1975年、大阪府出身。99年、東京大学薬学部卒業。広告会社勤務を経て、独立。映画「海でのはなし。」で映画監督デビュー。クリエイティブのオンライン学校「エリー学園」を立ち上げる ◯小沢健二(おざわ・けんじ)1968年、神奈川県出身。93年、東京大学文学部卒業。代表曲に「ラブリー」「今夜はブギー・バック」「ぼくらが旅に出る理由」など。全国ツアー「So Kakkoii 宇宙 Shows」が6月3日からスタート ※AERA 2022年5月16日号

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    17時間前

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    帯津医師がコロナ下の診察室でも「マスクをしない」理由

     西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「診察室でのこだわり」。 *  *  * 【対等】ポイント (1)60年も医者を続けると、診察室でこだわりが生まれる (2)患者さんとはあくまで対等、戦友として寄り添う関係 (3)診察が済み、患者さんが立ち上がると、私も立ち上がる  60年も医者を続けてくると、自分なりの診療のスタイルといったものが出来上がります。スタイルというよりは、診察室でのこだわりのようなものでしょうか。  私のこだわりの一つ目は、患者さんを立って迎えるということです。椅子に座ったまま、「はい、どうぞ」といったことはしません。そういうのは、偉そうじゃないですか。普通、お客さんを迎えるのに、座ったままはないですよね。  次に白衣は着ません。白衣は、汚れたものから自分の服を守るためという感じがあります。患者さんは決して汚れた存在ではありません。  同様の理由から、私はコロナ下でも、診察室でマスクをつけませんでした。患者さんに対して、防御的になるのが、嫌なのです。医者であれば、マスクなしでも感染防止ができるはずです。病原体に対して専門家なのですから。  次には「視診」「触診」「聴診」「打診」を必ず行います。学生時代に徹底的に教え込まれたこの四つは、いまでも診断の基本として重んじています。最近の医者はこれをしない人もいるようですが理解できません。  顔の視診(眼瞼結膜や舌の視診を含む)、頸部の触診、胸背部の聴診と打診。腹部の触診、打診、聴診です。これらをしっかり行うことで多くの情報が得られます。  実は、この四つの診断の意味に本当に気づいたのは、診療に中国医学を取り入れてからです。中国医学では「望診」(見る)、「聞診」(音、匂いを知る)、「問診」(話を聞く)、「切診」(さわる)の四つが基本の診断です。西洋医学と似ているのですが、違うのは、見ることを重視するところです。同じ見るでも、西洋医学では部分的な変化や異常に気づくことが大事です。ところが、中国医学では、本当に顔やからだ全体を見るのです。そこからその人の歪みに気づくのです。つまり、中国医学の方は人間をまるごと見るのです。私は中国医学を知ってから、本当の意味で患者さんを見ることの重要さを知りました。  そして、患者さんとの関係はあくまで対等です。西洋医学は人間の三つの側面、「からだ」「こころ」「いのち」のうち、からだに着目するため、人を機械のように扱いがちです。医者は壊れた機械をなおす修理工の立場であって、上から目線になりがちなのです。しかし、こころ、特にいのちに着目すれば、主体はあくまで患者さん本人です。医者ができるのは、自らを癒やしていく患者さんに戦友として寄り添うことでしかないのです。  診察が済んで「ありがとうございました」と患者さんが立ち上がります。私も立ち上がって「お大事に!」。すると患者さんが「先生もお大事に!」。そのとき、私は医者を60年間続けてきた喜びをかみしめます。 帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中※週刊朝日  2022年5月20日号

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    21時間前

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    イーロン・マスクの母はモデル歴約60年 ドン小西がファッションチェック

     モデル、食生活コンサルタントとして活躍するメイ・マスク。1948年、   カナダ生まれ。南アフリカに転居し、15歳でモデルに。70年、結婚してイーロンら3児を出産するも離婚。ニューヨークでのイベントやファッションウィーク出席時のいでたちをファッションデザイナーのドン小西さんがチェックした。 *  *  *  モデル歴約60年、しかも息子は世界一の億万長者という変わりダネだもの。かっこいいシニアに見せなきゃと、スタイリストが寄ってたかって余計な足し算をしている楽屋が目に浮かぶよ。  例えば赤いドレス。今どき街にもあふれているゆる~いシルエットだけど、この手はベージュとかナチュラルな色が定番だよね。ところがこの年齢では持たないと思ったんだろう。上から下まで赤&黒のどぎついコントラストにしちゃって、違和感がハンパないって。一方、青のドレスも、白いベルトを異常に長くして、意外性と縦長効果を狙っているのがミエミエ。極めつきは、若者のストリートファッションそのまんまのコーデ。ヘアをタケノコみたいにおっ立てて、イタタタタ!  本当にカッコいいシニアのファッションは、重ねた年齢をコクや味わいに変えてくれるものだろ。若者のマネじゃなくて、若者にマネできないルックで、同年代に勇気をくださいって。 ■評価は……? 2DON! 「シニアのお手本目指してください」 (構成/福光恵)※週刊朝日  2022年5月20日号

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    17時間前

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    今村翔吾、女優との結婚に憧れ「有村架純さんを誘おうかなと思った」

     報道番組「Nスタ」(TBS系)にレギュラーコメンテーターとして出演する直木賞作家、今村翔吾さん。多くの連載を抱えながらテレビ出演もこなし、経営が傾いた書店の経営もする行動力に、作家・林真理子さんもすっかり驚いていたのでした。 >>前編「直木賞作家・今村翔吾が泣きそうになった教え子ギャルの言葉」より続く *  *  * 林:私は今村さんに勝手に親近感を持っていて、今村さん、作家なのにサービス精神があって、テレビとかいろいろお出になってるけど、私も直木賞とったころテレビにいっぱい出てたんですよ。それで悪口をいろいろ言われましたけど、今村さんはどうでしたか? 今村:先に林さんとかいろんな人が道を切り開いてくださってたから、作家がテレビに出ることに関しては、昔ほど抵抗がないというか、反応がなかったですね。僕自身、しゃべること嫌いやないし、ああいうのに出たら気持ちがリセットされて、また新たな気持ちで書けますので。 林:私のときとは時代が違いますもんね。でも、文化人のギャラって今もすごく安いでしょう。 今村:安いです(笑)。お金という意味では、書いてるほうが断然いいですよね。このあいだ僕、有名なバラエティー番組に出ませんかという話をいただいて……。 林:出たんですか。 今村:いや、自信がないこともあって、「ちょっと僕、無理です」ってお断りしました。意外と小心者なんですよ(笑)。 林:私が直木賞とったのが31歳のときだから、今村さん、まだヨチヨチ歩きのころですよね。そして今年38歳になって、デビューして5年? 今村:5年です。 林:5年で本をたくさん出して賞もいろいろとるって、すごいことですよ。しかも、いま連載8本やってるんですって? 8本の小説を同時に書いてるってこと? 今村:はい、そうです。 林:そんなこと可能なんですか。 今村:ただ、ようやく地方紙の連載が終わったので、それで7本になりました。 林:うそ! 新聞の連載もやってたの? 私、新聞連載と週刊誌の連載小説を同時にやってたとき、死ぬかと思いましたよ。 今村:僕も死ぬかと思いました。ちょっと後悔してます(笑)。 林:連載小説を7本かかえてるって、どういう日常なんですか。 今村:朝から深夜までずっと書いてますね。 林:資料を読んだりするのって、けっこう時間かかるでしょう。 今村:お風呂で読んだりします。お風呂で読めるようなグッズがあるんです。 林:今村さん、結婚してらっしゃるの? 今村:独身です。バツイチです。子どもはいませんが、デビューする前ぐらいにバツになって……。 林:家庭がないのがいいのかもしれない。奥さんとか子どもがいたらそういうわけにいかないかも。 今村:あと2、3年かもうちょっとぐらいは忙しくすると思うんで、もしそういう女性があらわれたら、最初に「今は何もできひんで」ということは言わなあかんって思ってますけどね。 林:結婚、しようとは思ってるんですね。 今村:しようとは思ってるんですけど、出会いがないんですよ。この前テレビ局に行ったら、有村架純さんが遠くから来たんです。絶対無理やけど、0.0001%に賭けて食事に誘おうかなと思ったら、ガードが堅すぎて、近づけない、近づけない(笑)。 林:向こうは気づいたんですか。 今村:ご挨拶ぐらいはしたんですけど、ガードが8人ぐらいついてるから、あれ突っ切っていけるやつはすごいと思って。でも、あのガードを突破していったら、男気を感じてくれたかもしれないですね(笑)。 林:どんな人が好きなんですか、たとえば女優さんでは。 今村:女優さんですか? あ、いや、あの……(しどろもどろになって)特定の女優さんというわけではないですけど、出会いとか、男の野心……(ハンカチで汗を拭きながら、同行した出版社の担当編集者に)助けろよ(笑)。 林:カワイイ、照れてる(笑)。 今村:僕、伊集院(静)さんみたいな方に憧れますね。 林:伊集院さんも女優さんと結婚したことで皆の憧れを集めましたから、今村さんも頑張りましょうよ。女優さんが主役の本を書いて、それが映画化されれば、その主演女優さんと……。 今村:そうか! 映画化とかドラマ化したときは、グッと行ったほうがいいんですね。勇気出すわ、そのときは。 林:映像化がチャンスですね。 今村:でも、「映像化しづらい。予算かかる」っていつも言われるんですよ、僕の本(笑)。 林:話が変わりますが、最近、本屋の店主になったそうですね。 今村:そうです。林さんの本も、しっかり仕入れさせていただきます(笑)。売れますもんね、林さんの本。 林:どこでやってるんですか。 今村:大阪の箕面で。 林:どのぐらいの大きさ? 今村:60坪ぐらいなので、町の本屋よりはちょっと大きいぐらいです。そこの店がたたまざるを得なくなったので、在庫も全部僕が買って継続しました。ぶっちゃけ、地方のマンション1棟分ぐらいはかかりました。 林:そんなにお金があったってすごいな(笑)。うちの近所に「幸福書房」というのがあって、15坪ぐらいかな。おじさんとおばさんがやってて、私も本屋の娘なんで、そこで私の本を買ってくれた人にサインしたり、せっせと応援してたんです。だけどやっぱりたたむことになって、いろんな人に「林さん、なんで助けてあげないの?」って言われたけど、私も家賃ぐらいは払えても、そこから経営をしていく自信がなくて……。 今村:僕もお金の問題だけやったら、たぶんやらなかったですよ。でも、そこは50年ぐらい続いてる地元の方もなじんでる本屋さんで、店名も変えずに、店長とか従業員の雇用も引き継いで、僕は広告塔的な部分をやって、壁紙も全部貼り替えて、書店の雰囲気をガラッと明るくしたんです。 林:売り上げは伸びた? 今村:はい。140%ぐらい。 林:すごい! 今村:でも、140%アップしたところで、正直、僕、そこから一円ももらってないんです。ただ、店長一人、社員一人で休みもなく回してたのが、何とかバイトも入れることができて、店長もようやく月6回休めるようになって、なおかつ売り上げが伸びてるんで、やってよかったなと思ってます。 林:なんていい人なんでしょう。感動しちゃった。その本屋さんで何かイベントやるとかいうときは言ってくださいよ。私、行きますから。交通費もいらない。 今村:ほんまですか? 林さんが来るとなったら、箕面の町がどよめきますよ。メッチャ喜んでくれると思います。 林:私は本屋の味方で、そういう心根にはほんと惚れちゃう。 今村:やったァ~!! めちゃくちゃ心強い。さすがうち(日本文芸家協会)の理事長!(笑) (構成/本誌・直木詩帆 編集協力/一木俊雄)※週刊朝日  2022年5月20日号より抜粋

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    生前贈与や特例利用で損も!? やってはいけない“老後資金の守り方”

     近年、相続トラブルを防ごうと「贈与をしたい」と考える人が多い。 「贈与をしてしまうと取り返しがつかないことがあります。特に生前贈与は近々、特例の期限が来るものがあるので、慌てて実行すると、老後資金を減らすことになりかねません」  そう警鐘を鳴らすのは、相続実務士で相続支援会社「夢相続」代表の曽根惠子さん。  生きているうちに子どもや孫たちに財産を前渡しする「生前贈与」は、相続税対策の柱だが、2023年以降にルールが見直される可能性が高まっている。  21年度、22年度の「税制改正大綱」で示されている考え方が「相続税と贈与税の一体化」。真っ先にメスが入りそうなのが毎年、110万円までの贈与が非課税になる「暦年贈与」だ。ただ相続が発生したときには、被相続人が死亡前3年以内に行った贈与分は、相続財産に含めて相続税を計算する「持ち戻し加算」の仕組みになっている。  専門家の間では、暦年贈与そのものが使えなくなる、あるいは持ち戻し加算の期間は現在3年以内のところ、10年、15年に延長されると推測されている。 「贈与のルールが変更になる前に『駆け込み贈与をする最後のチャンス』と思って、無理に贈与をしてしまう人も多いのですが、もし贈与者が10年、15年以内に亡くなったらその間の贈与した額は相続財産に含まれる可能性もあるので、相続対策をしたつもりが、結局は税負担が増えてしまうということにもなります」(曽根さん)  また、親から子どもに暦年贈与をしたとき、後から「お金が必要になったので贈与はなかったことにしたい」とし、子どもが同意したとしても、贈与は取り消すことはできない。  慌てて財産を渡そうと思う前に、自分たちの介護が必要になったときの「住み替え」などを視野に入れながら、老後資金の計画を立てよう。また相続対策の順番は間違えないほうがいいと曽根さんはいう。  特に注意したいのは、贈与できる期間が決まっている一括贈与の特例。 「住宅取得等資金の贈与」は23年12月31日までに、一般住宅500万円、省エネ等住宅は1千万円まで非課税で贈与できるという制度。  北関東に住む男性(83)は、結婚した孫が住宅を建てるというので、頭金などに充ててほしいと500万円贈与した。ところが、後日、男性は脳梗塞になり倒れてしまい自宅での生活が難しくなり、高齢者住宅に移り住むことになったという。 「入居一時金などの費用は結局、男性の息子夫婦が支払うことになってしまいました。孫への資金援助をしなければと思っても後の祭りで、結局、男性の息子夫婦が介護費用の全額を負担したそうです」(男性の知人) 「教育資金の一括贈与」は1500万円まで、「結婚・子育て資金の一括贈与」は1千万円まで(結婚資金は300万円)の贈与が非課税になり、いずれも23年3月31日までの贈与分が対象となる。 ■「おしどり贈与」思わぬ損失にも  特例を使う場合は、領収証を金融機関に提出する手間があり、贈与者が死亡したときには残額は相続税の対象になる(教育資金は受贈者が23歳未満などであれば対象外)といったルールもあるので、期限まで1年を切った今、無理に特例を使わなくてもいいという。 「教育資金贈与の特例は、使途は教育資金に限られるので、贈与する人が亡くなったら余った分は相続税の課税対象になります。数十万円程度であれば、実費で支払えば、課税対象にはなりません」(曽根さん、以下同)  相続対象になる財産は自宅などの不動産がほとんどという人は意外と多い。「夫が先に死んだら妻が安心してこの家に住み続けられるように」と、生前に共有名義にする「おしどり贈与」も思わぬ損失につながる。 「夫が取得した不動産の名義を妻と共有名義にするとき、不動産登記、不動産取得税の費用がかかり、場所によっては100万円を超えるケースもあります。また、妻が取得した分の土地と建物の評価額が2千万円を超えますと、その分は贈与税がかかります。夫の死後、配偶者が引き継ぐ財産が1億6千万円以下であれば相続税はかかりませんので、夫が亡くなってから自宅の名義を妻に変更したほうが無難です」  今のうちに自宅の名義を子どもに変更しておきたいという人も多いというが、夫の死後、相続トラブルなどで子どもたちと仲違いして妻が住む場所を失う可能性もある。  自宅は相続が発生してから所有権を移転したほうが税金と諸費用は低く抑えることができるので、所有者(夫)の生前に慌てて名義変更をしないほうがいいという。(ライター・村田くみ) ※週刊朝日  2022年5月20日号より抜粋

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    21時間前

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    急死の上島竜兵さんが残した「山ねこ」のボトル 「会計はいつも竜兵さん」後輩と通ったなじみの店主

     ダチョウ倶楽部のメンバーで、お笑い芸人の上島竜兵さんが11日未明、死去したことがわかった。東京都中野区の自宅で意識がなくなっているのを家族が発見。病院に搬送されたが、午前1時頃、死亡が確認されたという。  上島さんはお酒が好きだった。2015年から行きつけのカフェバーの30代のオーナーはこう語る。 「うちの店には週1回くらいのペースで飲みに来ていました。昔はウイスキーも飲んでいたんですが、そのうち宮崎県産のイモ焼酎『山ねこ』をロックでひたすら飲んでいましたね。食べ物はちょっとつまむぐらいで、もっぱら飲む方でした」  店内には、「上」と書かれた、上島さんが入れた「山ねこ」のボトルがあった。まだ少ししか飲んでいないままだった。 「ボトルが空になると次にまた入れるという感じでした。1人でも来ましたが、たいてい、後輩芸人を1人から3人連れて来ました。会計はいつも、竜兵さん。先輩、後輩がきっちりしていました」  長い付き合いのオーナーには素顔を見せることもあった。 「竜兵さんは自分を『出無精』だと言ってました。自宅で過ごすのが好きだった。『そんな自分を無理やり外に連れ出して、何かやらせる企画が面白いんじゃないか』とか冗談を言ってました」  上島さんは自宅での映画鑑賞を趣味にしていた。 「とくに渥美清さんが寅次郎を演じる『男はつらいよ』(シリーズ48作)がメチャメチャ大好きでした。何回も繰り返し見ていると話していました」  飲んでいても、お笑いの話をするのが常だった。 「『あいつのボケはダメ、こいつのツッコミはいい』という話とか、とにかくお笑いの仕事の話ばかりしていました」 たまに妻でタレントの広川ひかるさん(51)と夫婦でやって来ることもあったという。 「夫婦仲は良さそうでした。2人でずっとしゃべってましたから。ひかるさんのインスタを見ても、『今日は夫が料理を作ってくれた』とか書いてあって、仲のよさがうかがえました」  最後に店に来たのは2020年の秋頃。 「コロナ禍になって、竜兵さんの足が遠のいてました。また、コロナが落ち着いたら来ていただけるのかなと思っていたら、こんなことになってしまった」  上島さんの行きつけの喫茶店の店主(47)は「おとなしい人でした」と話す。 「うちには午後3時頃やってきて、ホットコーヒー(450円)の注文が多かったです。夏はアイスコーヒーでした。いつも砂糖もミルクも入れず、ブラックで飲みながら、スポーツ紙を読んでいました。テレビのお笑い番組でみるような感じではなく、気さくだけどおとなしい人でした。上島さんはタバコを吸うから、タバコのためにうちにやって来ていたんでしょう。2年前、受動喫煙防止条例が制定されてからは、店でタバコが吸えなくなり、上島さんもほとんどお見えにならなくなりました」(喫茶店店主)  上島さんが死去する4,5日前にあいさつを交わしたという。 「自宅マンション1階のエレベーターホールの周辺で見かけました。上島さんの方から『こんにちは』とあいさつしてきて、普段と変わらなかったです」  知人らによると、自身が出演したドラマの話をするのがとても好きだったという。「俳優・上島としての仕事も、もっと見たかった」という声も根強い。  所属事務所は11日、公式ホームページを通じて「あまりにも突然のことで驚きに堪えません。今まで上島竜兵を応援して下さった皆様には心から感謝いたします」とコメントを発表した。 (AERAdot.編集部・上田耕司) ◆「日本いのちの電話」相談窓口◆ 厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけている。◆ナビダイヤル 0570・783・556(午前10・00~午後10・00)◆フリーダイヤル 0120・783・556(毎日:午後4・00~9・00、毎月10日:午前8・00~翌日午前8・00)

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    久保建英は“微妙な”位置 日本代表W杯メンバー入り「当確」&「当落線上」の選手を考察

     サッカーW杯カタール大会の開幕まで約半年。森保一監督率いる日本代表が今後、本大会へ向けた強化と仕上げを行う中で、選手たちは熾烈な「メンバー入り」を争うことになる。6月に組まれている強化試合で序列が変わる可能性は大いにあるが、改めて現時点での「当確」とともに「当落選上」の選手たちを整理したい。  現時点での「当確」は11人か。予選突破を決めるまでの全9試合でゴールマウスを守った権田修一と、唯一無二のキャプテンシーでチームを牽引してきた吉田麻也。もはやワールドクラスの能力を持つといえる冨安健洋と故障から復帰すれば不動の右SBである酒井宏樹もメンバー入り間違いなし。中盤では、遠藤航は欠くことのできない「チームの心臓」であり、最終予選途中から採用した4-3-3システムにおいて高い機能性を示した守田英正、田中碧の2人も不可欠な存在だ。  そして、最終予選で救世主となった伊東純也、三笘薫の2人のドリブラーは間違いなく現チームのストロングポイントであり、日本人の中では傑出した得点能力を持つ南野拓実も外せない。さらに控えながらCBとアンカーを高いレベルでこなせる板倉滉も必ず連れて行くだろう。彼ら11人は、すでにドーハ行きの航空券を手渡されているといえるような存在だ。  さらに、当確は打てなくても「濃厚」といえる面々もいる。W杯での経験をチームに還元できるベテランGKの川島永嗣に対する森保監督の信頼は厚く、DF陣ではレギュラー不在時にも安定したプレーを見せた谷口彰悟と山根視来の2人は最終予選で能力の高さと連携面でも問題ない証拠を見せた。また、パフォーマンス対しての賛否はあった中でも起用され続けた長友佑都、その控えながら途中出場のカードとして重用された中山雄太も、森保監督はカタールに連れて行くだろう。  中盤では、インサイドハーフでもウイングでも起用可能な原口元気の汎用性が高く、メンバーには必ず入るはず。同様に、最前線で使い続けてきた大迫勇也をメンバー外とすることは考え難く、Jリーグでも進化した姿を見せている上田綺世の序列も高い。以上の8人は、まだ手渡されてはいないが、すでに記名済みのチケットが用意されているといえる面々だろう。  ここで前回大会までなら“残り4枠”という狭き門になるが、コロナ禍の影響が続く今回のW杯は、すでに定着している「1試合5人交代制」とともに、選手登録枠を「23人」から「26人」へと拡大される見通し。そうなれば「残り7枠」となり、随分と選択肢が増える。ポジション的には「GK」を1人、「3センター」の控えと「ウイング」も左右で1人ずつ欲しいところ。南野を前線のマルチロールと考えても、4-2-3-1にした際の「トップ下」に1人、さらに「最前線のFW」にもあと1人は必要。残る1人は、3バックにした際の「CB」もしくは「ウイングバック」、あるいは日本の将来を見据えた「育成枠」があるかも知れない。  そう考えた際、「GK」の残り1枠はシュミット・ダニエルと谷晃生の争いになる。ともに能力的には権田と遜色なく、シュミット・ダニエルには権田を10センチ上回る身長197センチの高さとベルギーリーグで強靭なフィジカルを持つFWと対峙してきた経験がある。谷も身長190センチと高さは十分で、21歳の若さとともに東京五輪で現在のDFラインの面々たちと戦い、スペインと対峙した経験がある。現時点で優劣の判断を下すのは難しく、6月シリーズの4試合の中でのパフォーマンスが重要な決定材料になりそうだ。  中盤の「3センター」の人選も悩みどころだろう。最終予選の途中まで2ボランチの主戦格だった柴崎岳と優れたポリバレント性を持つ旗手怜央が有力だが、ともに決め手を欠くことも事実。その他にも優れた選手は多く、森保ジャパンで招集歴のある橋本拳人や稲垣祥、あるいはスイスで結果を残している川辺駿やポルトガルでインサイドハーフとしての能力を開花させた藤本寛也もいる。さらにベルギーで活躍を続ける森岡亮太も対応可能な能力を持っているはずだが、果たして森保監督の構想に入っているのかどうか。Jリーグにも樋口雄太や橘田健人ら楽しみな人材が頭角を現しており、6月シリーズで初招集される選手がいるかどうかが大きな注目点だ。  左右の「ウイング」は激戦区といえる。伊東に続く右は、久保建英と堂安律の争い。久保には他の日本人にはないメンタリティーがあり、東京五輪で見せたような大舞台での強さも魅力になるが、堂安は代表漏れを経験してからオランダリーグで一気にギアを入れ替えたような活躍を披露しており、メンバー外にするのは非常に惜しい。一方、最終予選で「先発・南野」と「ジョーカー・三笘」の形が試合を重ねるごとに機能していった左は、中島翔哉の復帰や奥川雅也の抜擢を求める声があるが、ここまでの森保監督のチーム作りの流れを見る限りでは、浅野拓磨や前田大然のといったスピードタイプのFWがウイングとして起用される可能性の方が高そうだ。  現状ではオプションであるが、点を取りに行く際に必要になるであろう「トップ下」では、欧州カップ戦で躍動した鎌田大地の復権がありそうだ。だが、先述した森岡もトップ下が主戦場であり、南野も適正は左サイドよりもトップ下にある。“日本の至宝”である久保も、トップ下の方が多彩なプレーを表現できるが、現状では伊東と南野の控えであり、今後、堂安と鎌田が所属クラブでアピールを続ける傍ら、久保が来シーズンもベンチスタートの日々が続くようだと、ドーハ行きの飛行機に乗り遅れる可能性もある。 「最前線のFW」は、セルティックのスターとなった古橋亨梧が、大迫、上田に続く3人目としては有力。左サイドもこなせる点もメンバー入りへのプラス材料になる。同じく、前田大然のスプリント能力は非常に魅力的で、ドイツ、スペインを相手にした際の「前線からのプレッシング」においても必ず相手の脅威になる。そこに林大地や原大智のベルギー組、そしてJリーグで出色のプレーを続けている鈴木優磨が“サプライズ招集”されることはあるのか。いずれにしても、最終予選を戦った主要メンバーの中では、GKを除いて柴崎、旗手、久保、堂安、浅野、前田、鎌田、古橋が「当落線上」にあり、その中から最低2人は「落選」することになるだろう。  さらに6月シリーズでの新たに招集されると見られている伊藤洋輝と菅原由勢らがアピールに成功すれば、谷口、山根、長友、中山といった現状では「濃厚」と思われる守備陣の面々も「落選」する可能性はあり、佐々木翔や植田直通といった面々もチャンスはゼロではない。また、「5人交代制」を有効活用するためには、流れを変えられる攻撃陣の交代選手を多く用意すべきであり、対ドイツ、対スペインの戦略を練る中で3バックシステムへの変更を考えるのであれば、チーム編成も変わってくる。  果たして、森保監督はどのような「26人」を選んでカタール・ドーハの地へ向かうのか。アジア予選と本大会とでは戦い方が異なり、“弱者”である日本が決勝トーナメントに進出するためには、より挑戦的な戦いとメンバー選考が必要になる。まずは6月に組まれている4試合に注視し、残り半年の“サバイバルレース”の中で森保ジャパンが「強くなる」ことを願いたい。(文・三和直樹)

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    10時間前

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    南野15億円、久保12億円…サッカー日本代表「市場価格」ランキング! 選出されなかった冨安、古橋は?

     いよいよ決戦の時をむかえる。サッカーのワールドカップ(W杯)・カタール大会アジア最終予選が行われており、日本代表は24日、敵地でオーストラリア戦に挑む(日本時間18時10分開始)。日本が勝てば、本大会への出場権を得られるが、グループ屈指の強豪を相手に厳しい試合が予想される。招集メンバーには海外で活躍するリバプール(イングランド)の南野拓実や、セルティック(スコットランド)の旗手怜央らが選ばれた。他にも注目の選手は多い。成長著しいそんな彼らの“市場価格”はいくらなのか。さらに今後、価格を高めそうな選手は誰か――。 *  *  *  市場価格はドイツの移籍情報サイト「Transfermarkt(トランスファーマルクト)」を参照した。価格は3月22日調査時点の数字で、今後の活躍次第で市場価格が大きく変動する可能性はある。W杯を前にどんな選手が注目されているのか、指標の一つになる。  今回代表に招集されたメンバーのなかでランキングトップになったのは、名門リバプール(イングランド)の南野拓実(27)。市場価格はおよそ15億8千万円だった。圧倒的なスター選手を抱えるリバプールではベンチスタートになることが多く、移籍の噂も後をたたないが、俊敏力を生かした攻撃力には定評があり、いまや日本を代表するストライカーの一人だ。オーストラリア戦でもどのような活躍をするか注目が高い。  2位はシュツットガルト(ドイツ)の遠藤航(29)で約13億2千万円。3月に入ってからのクラブでの活躍は攻撃に守備に目をみはるものがあり、好調を持続している。  3位は、今大会に限らず日本代表の将来を背負って立つであろうマジョルカ(スペイン)の久保建英で、弱冠20歳ながら約11億8千万円となっている。現在は期限付きで世界屈指の強豪レアル・マドリード(スペイン)からマジョルカに移籍中。代表としてもW杯に向けて活躍が期待されている。 ■最終予選「絶好調」の伊東に熱視線  上位には高額な市場価格のついたメンバーが並ぶが、専門家の間で熱い注目を集めているのが、KRCヘンク(ベルギー)に所属する伊東純也(29)だ。市場価格は9億9千万。  伊東はこれまでのアジア最終予選で4戦連続となるゴールを決めており、ベルギーのリーグでも6得点をあげて存在感を出している。スポーツライターの栗原正夫氏は伊東の活躍についてこう語る。 「右サイドから突破してクロスを上げたり、鋭いドリプルから自らゴール前に入っていき、決めることもできる選手。現在所属しているヘンクからはイタリアやイングランドなどのトップリーグに移籍した選手も多く、伊東選手も、有力なチームに移籍する可能性は十分にあります」  もう一人注目を集めるのが、サンジロワーズ(ベルギー)に所属する三笘薫(24)だ。市場価格は3億3千万円になっている。  1月に足首を負傷し、前回は代表招集を見送られたが、2月にはクラブチームに復帰。今回、代表にも選出された。緩急がついた独特のステップのドリプルが魅力の選手で、昨年11月に行われたオマーンとの代表戦では後半から登場したものの、ドリブル突破から決勝ゴールをアシストし、存在感を見せた。  サッカー専門誌「ワールドサッカーマガジン」元編集長でライターの北條聡氏は、三笘をこう評価する。 「オマーン戦では流れを変えるプレーをしました。局面を打開でき、決定的な仕事ができる選手だと見ています。日本のクラブチームにいたときは攻撃的なポジションにいましたが、いまは守備面でも活躍し、評価も高まっている。強いチームには必ず1対1で勝てる選手がおり、そういう選手が日本にも出てきたという感じですね」 ■タレント豊富な中盤に旗手の「価値」  ランキング15位で1億5千万円の価格がつく旗手怜央(24)も大きく期待されている選手の一人だ。  今冬、川崎フロンターレからスコットランドの名門セルティックに移籍。デビュー戦でマンオブザマッチ(最優秀選手)に選ばれただけでなく、続く2戦目では初ゴールを決めるなど衝撃的なスタートを切った。現在はやや調子を落としているという指摘もあるが、依然として評価は高い。 「フロンターレにいたときには左のサイドバックや右のウイングでもプレーをしており、攻めも守りも高いレベルで出来るオールラウンドな選手。セルティックで実力をつけてきているし、代表選でも中盤で活躍する力は十分にある。今後評価を高めていくのは間違いないでしょう」(北條氏)  注目選手は枚挙にいとまがないが、今回、代表には招集されなかったものの有力・有望な選手は他にもいる。  日本人の市場価格で最も高額なのは、アーセナル(イングランド)の冨安健洋(23)で、33億円だった。今季スタートダッシュに失敗した名門アーセナルにシーズン途中から加入すると、スタメンとして実力を発揮してチームの浮上に大きな役割をはたした冨安。日本代表DFとして欠かせない存在だが、現在ケガのため代表から外れたと見られる。  フランクフルト(ドイツ)の鎌田大地(25)も評価が高い。現時点で冨安に次ぐ市場価格29億円をつけている。最近の試合でもゴールを決めるなど活躍を見せており、実力は申し分ないが、「森保監督は4-3-3のフォーメーションで鎌田のポジションをみつけられないと判断したのでは」(栗原氏)との声もある。  セルティックの古橋亨梧(27)も7億2千万円と高額な市場価格がついている。ファンのハートをつかんで離さないアグレッシブなプレーでゴールを量産していたが、先の冨安同様にケガで戦線離脱中だ。 ■海外が目をつけた日本選手  豪州戦でこうした選手たちの活躍が見られないのは寂しいかぎりだが、今回、代表に選出されていない選手のなかでも“要注目”の存在はいる。  今後有力な選手の一人として名前が上がるのが、遠藤と同じシュツットガルトに所属し、ディフェンシブなポジションで評価がうなぎのぼりの伊藤洋輝(22)だ。昨年、J2のジュビロ磐田からシュツットガルトにレンタル移籍をし、市場価格が急上昇。3億9千万円になっている。北條氏はこう語る。 「190センチ近く身長があり、かつ、スピードもある。左利きでキック力がありながらも精度の高いパスが出せるのも強みですね。レンタル移籍でドイツに行きましたが、買い取りオプションを行使するという話も出ています。今後、冨安とともに日本代表のDFとして活躍することもあり得る。ポテンシャルのかなりある選手です」  現在、鹿島アントラーズで活躍する鈴木優磨(25)も有望な選手だ。19年にシントトロイデンVV(ベルギー)に移籍し、翌年には17ゴールでチーム内の得点王となった。今年から古巣の鹿島アントラーズに戻ってきた。市場価格は2億6千万円と、これまでの選手と比べれば低めだが、前出の栗原氏はこう見ている。 「点も取れるし、センターでもサイドでも広いポジションをこなすことができる選手です。ポストプレーもこなす力強さもある。海外で活躍した経験も大きいです。ここまで招集するチャンスがありながら1度もメンバー入りしていないことを考えると森保監督好みではないのかもしれないですが、見てみたい選手ですね」  もう一人、活躍を見逃されているかもしれない有望な選手がいる。グラスホッパー(スイス)の川辺駿(26)だ。今季、サンフレッチェ広島から移籍し、主力として活躍している。その安定感のあるプレーが注目され、イングランド・プレミアリーグで「ウルブス」の愛称で知られ、くせ者揃いの選手が集まるウルヴァーハンプトン(イングランド)に移籍予定になっている。市場価格は1億7千万円だが、栗原氏はこう見る。 「今回招集された守田、遠藤、田中碧が機能しているので、川辺までチェックができていなかったかもしれませんね。ただ、代表に選ばれてもいい選手だと思います。予選を突破すれば、11月の本大会まで時間があるので、移籍先で活躍をすれば、この3人の間に割って入ってくることもあり得ます」  代表に選出されなかった選手を含め、国内で、世界で、活躍するプレーヤーはまだまだいる。まずはオーストラリア戦で注目の選手がどのような戦いを見せるか。期待しよう。 (AERAdot.編集部・吉崎洋夫)

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    汚玄関に汚風呂に汚部屋。片づけたら自分に自信が持てた

     5000件に及ぶ片づけ相談の経験と心理学をもとに作り上げたオリジナルメソッドで、汚部屋に悩む女性たちの「片づけの習慣化」をサポートする西崎彩智(にしざき・さち)さん。募集のたびに満員御礼の講座「家庭力アッププロジェクト®」を主宰する彼女が、片づけられない女性たちのヨモヤマ話や奮闘記を交えながら、リバウンドしない片づけの考え方をお伝えします。 *  *  * case.19 片づいた部屋は社会とつながっている夫+子ども2人/経理事務 「普通のお母さんができることが、できるようになりたかった」と、その女性は片づけ前を振り返ります。自営業の夫と子ども2人の4人家族。子どもが小さいころにアパート2軒分を1軒に改装した家に引っ越し、近くに住む義父をサポートしながら暮らしています。  娘のアレルギー治療のため遠方まで通い、おやつは素材にこだわって手作り。不登校の息子を気にかけながら義父の家と行き来するなど、ここ数年は家族のケアに集中してきました。結果、収納の少ない家は少しずつ、物であふれていったと女性は言います。彼女自身もアレルギー体質でホコリに弱く、片づけはますますあきらめがちに。 「娘のために片づけたい、明日はやろう、と思うのにできなくて。自分が嫌で仕方なかった」  散らかった物を箱に入れてみるものの、その箱をどこに置けばいいのか、と迷う。作業台のないキッチンで作った料理をこぼしてしまう。洗濯済みの服をまた洗う。うまくいかないイライラが彼女を悩ませました。娘も不安定になりやすく、いら立ちは母に向かいます。家族仲はいいはずなのに、みんなの疲労が限界でした。  あるとき、夫の会社が事務員を採用する話を耳にします。彼女は夫の仕事をずっと手伝いたかった。だけど、この状態で家を空けていいものかと自分にストップをかけてきたのでした。 「夫の会社に自分の場所はないんだ……」  会社どころか家族の役にも立てていない。自己嫌悪でいっぱいだったとき、前から気になっていた家庭力アッププロジェクトへの参加を決めました。  家の問題は大きく2つ。要らない物が多すぎることと、そもそも収納が少ないこと。最初は徹底して不用品を処分します。独身時代の物から育児用品まで。タンスに入り切らず帰る場所もない靴下は、片方だけのものもたくさんありました。処分に困る10年前の液体洗剤も、一つひとつ処分しました。  収納問題の改善には夫が大活躍。もともと、毎日のように深夜帰宅という生活の中でも、できる家事は率先してやる人でした。プロジェクトへの参加を伝えると、彼は快く応援してくれて、彼女に尋ねました。「ママは今、一番どうなりたいの?」と。  彼女の答えは、「理想は人の役にたてる人になりたい。でも私はそんなレベルじゃないから、家族の役にたてるようになりたい」。夫は、「それでいいんだよ。たくさんやりたい事を考えるんじゃなくて、1つのやりたいことをやり続けた結果、いろんなものがついてくる。余裕ができたら次のステップに移れるから、がんばれ」と言ってくれました。  夫の気持ちと力を借りて、収納は手作りすることにしました。休日にホームセンターやインテリアショップを周り、収納ケースやDIY用の木材を購入。見ていた息子も率先して手伝ってくれて、今まで「何もしてくれない」と思っていたけれど、本当は役に立ちたかったんだ、と実感したそうです。  脱衣所がなかったお風呂場には、ツーバイ材で突っ張りタイプの棚を設置。あらかじめサイズを計測した収納ケースはぴったりフィットして、下着やタオルを置く場所ができました。靴が積み上がっていた玄関にも、壁一面に家族の靴を置ける棚を作りました。  夫がひとり事務所で夜なべして、洋服掛けと引き出し入れが一体になった収納を作ってくれたこともありました。娘の部屋には迷子になりがちなプリント類をしまう棚を。家全体が整っていくと、見ていた娘も「片づけたい」と言いはじめ、母と協力して自分の部屋を片づけました。ホコリまみれになってはシャワーを浴びることを繰り返し、体調と家中の物と向き合って、家族みんなで片づけをやり切りました。  彼女は今、朝の用事を済ませると夫の事務所に行って仕事を手伝っています。キッチンに作業台ができたことで料理も効率よくできるようになり、なかなか続かなかった夫のお弁当も毎日ちゃんと作っています。出かける前には、ごみ捨て、排水溝の掃除、洗濯、お弁当作り、洗い物……。ある日の投稿では「普通のお母さんができてる。自分に花丸」と自分に自信が持てた様子でした。 「以前は『中が見えるから玄関をあまり開けないで』と子どもたちに言っていました。本当にかわいそうなことをしたと思います。いまはドアを開けるストレスがありません」  家事がラクになったのはもちろん、開けっ放しにしても大丈夫、という軽い心が彼女を外へ向かわせたのだと思います。  うれしいことはまだありました。最終日は夫からサプライズ。「ママが頑張ったから、今日は焼き肉にしたよ」と、肉と野菜を買って駅まで迎えに来てくれたんです。家を片づけてから、夫は夜中に自分の食器を洗い、最後に入ったお風呂も洗う。以前よりやってくれることが増えました。  息子は自分の部屋を片づけるのはもちろん、お昼に使った食器を洗うようになりました。娘はイライラが減ったせいか、片づけが進むとともに勉強に集中するようになり、高校受験を控えた最後の期末テストで先生に太鼓判をもらいました。プリントや片割れの靴下を探す必要も、なくなりました。  彼女自身は、なりたかった自分になれたことで外ともっとつながれるようになりました。お呼ばれしてばかりだったママ友を家に招いたときは、急な日程の前倒しにも慌てず、娘の部屋のドアが少し開いていても気にせず楽しめました。娘の部屋がちゃんと片づいていたからです。 「あの時、一歩踏み出したことで、私の世界は変わりました。洗濯物が各部屋にきれいに帰っていくのが楽しい。キッチンにいても階段を登っているときも、玄関を開けた瞬間も楽しい。うまく表現できないけどいい感じです」  心に余裕ができたからでしょう。彼女は当たり前の幸せを感じ、周りと気持ちの交換が素直にできるようになりました。表情も以前より軽く、柔らかくなったように感じています。 ※AERAオンライン限定記事

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    「いま勢いのある大学」1位は? 日大は不祥事の影響で増加率40位に

     2022年の私大入試が終わった。昨年はコロナ禍で多くの大学が志願者を減らしたが、今年は回復の兆しが見え始めた。「実志願者数」とその増加率から、人気を集めた大学を探った。 *  *  *  のべ志願者数は、たとえば1人の受験生が同じ大学の学部・学科を三つ併願した場合、3人と数える。近年、多くの大学で併願受験料の割引などが充実した結果、のべ志願者数が急増し、大学の人気が測れないという声があった。そこで本誌は2018年から、のべ志願者数の上位50大学を対象に実志願者数を独自に調べた。当初は非公表の大学もあったが、今年は全50大学が公表した。  さて、今年のランキングを見てみよう。  全体を通して目を引くのが、実志願者数の回復だ。昨年は新型コロナウイルスの感染拡大を背景に多くの大学が実志願者数を減らし、上位の有名私大でも前年比80%台が目立った。今年は、34の大学が前年比プラスとなった。ベネッセ教育情報センター長の谷本祐一郎さんは「志望校を決める昨年10~11月の段階で国内のコロナの新規感染者が1日数百人台に落ち着き、受験生の間で都市部の大学や規模の大きな私学に挑戦する意欲が復活したことも影響していたのでは」と指摘する。  首位には、前年2位の法政大が立った。2位は前年トップの明治大、3位は同4位の早稲田大が入った。法政大は増加率(前年比)も116%で、全体の2位につけている。同大入学センターでは「本学への期待の大きさとして大変うれしく思っている。充実した学部構成と多様な入試方式を用意しており、受験生が志願しやすかったのではないか」と話した。  実志願者数のランクを見る際に留意すべきは、募集人数の多い大学ほど上位になりやすいことだ。そこで今年は「いま勢いのある大学」を見るうえで増加率にも着目した。  首位は武蔵大。実志願者数ランクでは41位だったものの、前年比で123%と躍進した。22年に国際教養学部を開設したことが人気につながったとみられる。アドミッションセンター長の角田俊男さんは「国際教養学部では各学部に分かれていたグローバルプログラムが統合された。これまで多くの学部ではグローバルプログラムに入るための選考が入学後にあったが、同学部では希望の専攻を入学試験の段階で選べるため、受験生の安心感につながったのではないか」と分析する。  実志願者数ランクで13位だった東京理科大も、増加率で9位と健闘した。一般選抜試験で志願者が増えたのが、共通テスト(国語、外国語)の結果と独自試験を併用するC方式。入試課の担当者は「共通テストの平均点が低調だった年は志願者が伸びていない。今年は英語や国語の平均点変動が小幅だったことが志願者増加の一因となったのでは」と言う。  実志願者数では4位につけたが増加率で40位と、順位のギャップが大きかったのは日本大だ。 「昨年からの一連の不祥事(前理事長の逮捕・起訴)が実志願者数減の要因になっていると考えざるを得ない。教職員一丸となって学修・生活支援及び自己実現のための就職支援などを展開している。こうした姿勢を繰り返し発信していくことで信頼回復につなげたい」(入学課の担当者)  龍谷大も実志願者数で16位に対し増加率は50位。広報担当者は「昨年は入試制度改革が功を奏したが、その効果が一段落したこと、また浪人生の減少が想定以上に大きく影響した」と話す。  前出の谷本さんは、前年と数字を比べる際の注意点も指摘する。1年前に受験生が集まった大学は翌年度に敬遠される傾向があり、結果として合格ラインが下がる。そこで、その次の年は受験生が集まる。このため人気→不人気→人気という「隔年現象が起こりやすい」という。こうした傾向にも留意し、来年の順位に注目したい。(本誌・松岡瑛理)※週刊朝日  2022年5月6・13日合併号

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    「堅あげポテト」や「ピザポテト」を開発したカルビーの“神”が「かなわない」ともらした“国民的おやつ”とは

     人気ポテトチップスを次々と開発した“神”と呼ばれる人がいる。カルビーの遠藤英三郎品質保証本部長だ。遠藤氏は、過去に「ピザポテト」や「堅あげポテト」、「ア・ラ・ポテト」など人気ポテトチップスを多数開発。SNSでは遠藤氏のことを「神」「創造神」などと称える声もある。ヒット商品はどのように開発されたのか、なぜ“ヒットメーカー”になれたのか、など本人に話を聞いた。 *  *  * ――様々なヒット商品を出していますが、最も思い入れのある商品は何ですか?   『堅あげポテト』です。開発からブランドの確立まで一番時間がかかりました。開発を始めたのは、1992年で、それまでポテトチップスは中高生がメインターゲットだったんです。でも、日本の人口の動きを見ると、この層は少子化でどんどん減っていくことが十分に予想できる。それで大人向けのポテトチップスを作ろうと。そこで注目したのが堅あげのポテトチップスでした。 ――「堅さ」に注目したのはどういうきっかけだったんでしょうか。遠藤さんの役割が大きかったのでしょうか。  その辺りは、私の発想というよりは、マーケティングの成果だったと思います。海外の市場を見ていたときに、昔から「釜揚げ製法」でつくられる堅いポテトチップスがあったんです。だけど、大量生産もできない製法で、一定のニーズはあったんですけど、メジャーな商品にはなり切れていない感じでくすぶっていたんです。しかも、日本ではまだ商品化されていない。それに着目して、食べ応えがあって、一部の消費者にとっては酒のつまみにも適したものになるなと思いました。 ――具体的に大変だったことは?  堅あげポテトが大量生産できないのは、低温でゆっくり揚げるためです。大量生産しようとすると、どうしてもあのカリッとした食感が出ず、我々の要求する品質を満たすことがなかなかできなかった。原料の問題もありました。通常のポテトチップスでは、ジャガイモを切った後、水やお湯でゆがいて糖分を抜きます。これをしないと、ポテトチップスが焦げ過ぎてしまうんです。しかし、『堅あげポテト』の製法では水で洗ったりすると堅さが出てこないんです。その課題を解決するために、高品質のジャガイモが必要になりました。安定して一定の量を確保できる品種が出てくるまで時間がかかりましたね。だから、当初は期間限定や地域限定で発売していました。最初からすごく売れたわけじゃないんです。  ――『堅あげポテト』のブランドはどう育ったのでしょうか。  ブランドで重要なのは、商品のコンセプトですが、これを決めるのにも時間がかかりました。発売当初は通常のポテトチップスで人気の味を堅あげポテトで色々と試しましたが、売れないんですよ。様々な味を出してしまうことで「堅あげ」の評価ではなくて、「味」の評価になってしまっていると思いました。まずは、「堅あげ」とはどんな特徴の商品かを知ってもらい、「堅あげ」の認知度を上げることがブランドとして重要と考え、うすしお味一本で勝負することにしました。これがある程度成功して、次に酒のつまみの需要を考えて、ブラックペッパー味を出しました。マーケット調査の結果、98年に、この商品の価値は「噛むほどうまい」ということが明確化でき、味はうすしお味とブラックペッパーの二つに決まりました。今では堅あげポテトも様々な味がありますが、10年くらいはうすしお味とブラックペッパー味の二つだけで売り続けていました。マーケティングや生産設備の検討、原料の確保とか色んな役割の方々のお蔭で、ブランドが育った感じですね。 ――カルビーに入社したきっかけは? ポテトチップスの開発をしたかったのでしょうか。  大学が農学部で、食品に携わる仕事はしたいと漠然と考えていました。企業と取引する仕事よりも、直接お客様の反応が見られる仕事のほうが楽しそうだなと思っていました。我々の時代は企業研究はそんなにやらなかったので、今ほど情報があったわけではないですが、カルビーは原料でジャガイモを扱っているイメージがあって、「質実剛健さ」のような雰囲気が魅力的に映ったんだと思います。泥臭い、土臭い感じですね。チョコとかおしゃれな感じのお菓子をつくっている会社じゃないところが、いいなと思ったところです(笑)。当時は「ポテトチップスをつくろう」とか、「お菓子をつくりたい」といった具体的なことは考えてなかったです。 ――そんな遠藤さんが、“国民的おやつ”のポテトチップスの開発に携わることになった理由は?  開発部には、入社して工場で4年働いたあとに、配属されました。そこで「ポテトチップスの新商品をつくれ」という課題が出て、最初に作ったのが「お好み焼きチップス」でした。これがよく売れたんですよ。当時の味は塩、のり、コンソメが主流で、珍しかったんです。そして次に開発に携わったのが、『ピザポテト』です。お好み焼きが売れたから、似たような切り口で安易に「次はピザかな」と思っていたんですよ。そんなときに上司にチーズフレークを渡されて、「これを使ってみよう」と思いついたんです。これが結果的に、他社がまねのできないロングセラー商品になりました。こうしてポテトチップス開発に深くかかわるようになりました。 ――大学での学びと、仕事の成果とのつながりはありますか。  私の場合はあまりないように思います。私は体育会で、テニスばかりやっていましたから。そういう意味では、継続する力ややり抜く力とかは身についたと思います。でも、農学部にいたことで、食品を扱う基礎は身に付いたと思います。研究では、栄養化学をやっていて、エサを食べさせたマウスのコレステロールがどう上がるかを調べていました。ポテトチップスの開発にかかわるようなことは学んでいないです。 ――ヒット商品を多数生み出しています。他の人よりも優れている点は何だと思いますか。  味覚も嗅覚も、私は人より優れているものは持っていないです。アイデアがすごいわけでもない。ただ、人に言われるのは、一つの物事をコツコツとこだわりながらやり抜くようなところはあるみたいです。例えば、堅あげポテトは、あのカリッとした「食感」にこだわりました。あの食感を出すために、生産設備の改善など、時間をかけて何度も行いました。より生産性を求めてより多く生産するために機械を揃えましたが、満足のいく堅さが出来なかったので、結局は元の生産方式に戻したこともありました。 『ピザポテト』を開発するときはチーズフレークを使ったあの見た目にこだわったんです。ピザの味だけなら、粉をふりかけるだけでも出せるんですが、チーズが溶けたような感じが重要だと考え、チーズのつぶつぶを残す製法にこだわりました。結果として、チーズがポテトチップスにまともにくっつかずかなり苦労をしました。堅あげポテトにしても、ピザポテトにしても、色々試していく中で結局は、手間がかかる手法を選んでいくんです。簡単な道を歩んだときにはそれなりの製品にしかならない。やはり、自分の感覚として「あ、この堅さだな」、「この見た目はおもしろい」と琴線に触れるものができるまで、徹底してこだわることが大切なんだと思います。こういうことをやっていると最初は全然儲からないんですよ。会社から「成果はどうか」と問われると、「ごめんなさい」となってしまうんですが、そこをどう耐えられるかも重要です。「巧(たくみ)から仕組みへ変えないとダメだ」と言われますが、その辺りは会社としてうまくやっていく素地がカルビーにはありました。 ――プライベートでは、ポテトチップスは食べていますか?  食べてますよ。最近は堅あげポテトが多いですね。家に買い置きがあります。当社の『かっぱえびせん』もよく食べます。他社の製品ですが、柿の種をよく食べています。Jリーグの試合を見るのが好きなんですが、テレビで見ながらちょこっと食べています。いずれもすばらしい商品です。 ――柿の種のどこに琴線が触れましたか。  柿の種とピーナッツの絶妙なバランスが私の琴線に触れました。あれにはかなわないです。柿の種とピーナッツの個々の美味しさもありますが、バランスが秀逸です。ロングセラー商品ですが、ブランドがブレないのも素晴らしいです。ブランドって、担当者が変わったり、同じ担当者でも長くやってきて飽きてくると、変えたくなるんですよね。そのブランドを理解して、そのブランドの中で変えられればいいんですが、「どうしちゃったんだろう、この商品は」みたいな悲劇はよく目にします。ブランドはお客様の心の中にあるもので、企業はその期待を裏切ってはいけない、ということを、堅あげポテトでもピザポテトでも強く意識していました。 ――かっぱえびせんの琴線はどこですか。  最初の食感とくちどけです。おまけにカルシムが取れるという栄養的なバランスも考えられている。創業者の松尾孝が、戦後の日本人の栄養不足を憂いて、当時の社会的課題を解決するためにかっぱえびせんをつくったと聞いています。カルビーの社名はカルシウムとビタミンB1を組み合わせたものです。その原点であるスナック菓子がかっぱえびせんなんです。このお菓子には絶対に勝てないですね。 ――「神」と呼ばれることはどう思いますか。  開発は一人でやれるものじゃなくて、いろんな人のアイデアが出て、いろいろな人や部署の協力があってはじめて成り立っているので、その辺は勘違いしていません。私はまぎれもない普通の人間です(笑)。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫)

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    佳子さまの装いは「満点以上」とマナー解説者が絶賛 耳を出したハーフアップにした理由とは

     森林づくりの功労者を表彰する「第31回森と花の祭典―みどりの感謝祭式典 “感じよう みどりの恵みと 木のぬくもり” 」の式典が7日、東京都千代田区で行われ、秋篠宮家の次女・佳子さまが出席された。前回は姉の小室眞子さんが出席し、コロナ禍で3年ぶりの式典となった今回は佳子さまが初めて臨まれた。そのときの佳子さまの装いが「壇上のフラワーアレンジメントとマッチしてすごい!」という。 *  *  *  写真を見れば一目瞭然、その日の佳子さまの装いは、まさに「華」があった。 「グリーンがベースでピンクと白い花柄の刺繍があしらわれたセットアップに、同系色のノーカラージャケットを羽織られていました。足元はベージュのパンプス、手元には小ぶりのベージュのクラッチバックと白の手袋をお持ちになっていました。髪型は耳をしっかり出し、後ろでまとめたハーフアップにパールのイヤリングにパールのネックレスをされていました」(皇室記者)  この装いと身だしなみを「満点以上の高得点」と絶賛するのは大手企業のマナーコンサルティングを長年務めるマナー解説者の西出ひろ子さん。西出さんがまず挙げるのが髪型だ。 「まず髪型ですがハーフアップにしていらっしゃって、耳を出すというのは、すっきりときちんとした印象になるのと、おじぎをしたときに髪が顔にかかることがない。だらりと髪の毛が顔にかかるのは、清楚感や清潔感に欠けると思う方もいるのでハーフアップというのはとても大事ですね」  続けて、その装いも素晴らしいと言う。 「お若い方がカチッとしたフォーマルを着てしまうと年齢よりもかなり老けて見えたり、服に着られてしまう感じになるのをレースの花柄のモチーフのセットアップが解消しています。とても、可愛らしく、でもきちんとした印象もある素敵なフォーマルの装いだと思いました。また、ピンクにグリーンの差し色もあり、“みどりの感謝祭”への気持ちを表すのにぴったりです」(西出さん)  さらに、西出さんが感心したポイントが靴とバッグの色選び。 「一番感心したのはパンプスとバッグの色を同色にしていること。これは、フォーマルなマナーで重視されていることです。基本的なことですが、あまり浸透していないことなので、佳子さまはさすがだと思いました。足元にベージュを選ばれているのも素晴らしい。全体的な色味から黒い靴や茶色の靴は合わせないと思いますが、今回の佳子さまのような淡い色の服に黒い靴を合わせている方も正直多いです。統一感のあるベージュになさっていることで高得点過ぎるといいますか、身だしなみというマナーにおいて満点以上の着こなしです!」(西出さん)  さらに、佳子さまは、式典の壇上にある花も味方に付けていた。 「ステージに飾られた生花が佳子さまのジャケットの下のセットアップの色合いに合わせられたようでした」(皇室記者)  1枚目の写真が生花を背にした佳子さまだが、たしかに「華」がある。ここ数年、秋篠宮家と言えば眞子さんの話題ばかり取り上げられることとなってしまったが、佳子さまのファッションから紐解くとしっかり大人の階段を上っているようだ。年代を追って振り返ってみる。 【1】姉妹でお揃いコーデが定番だった 2007年8月31日、佳子さまと遊ぶ、もうすぐ1歳をむかえられる悠仁さま。この時12歳の佳子さまは眞子さま(当時)と似た感じのジャケットスタイルで初々しい。佳子さまがもっと幼い頃は姉妹で全身同じコーデだったり、色違いのワンピースだった。 【2】佳子さまのファッションに変化が! 2007年御用邸近くの葉山しおさい公園を訪れ、日本庭園の池の鯉に餌を与え楽しげな佳子さまと眞子さま(当時)。この頃から、姉妹お揃いからは卒業!? 真っ白なダウンにミニスカート、足元はボアブーツで。姉の眞子さまのセーターがトラディショナルなアーガイル柄のタートルなのに対し、妹・佳子さまは襟元ゆったりなタートルが対照的。 【3】グッとおしゃれ度が増しカジュアル路線に 2012年9月6日で6歳になった秋篠宮家の長男・悠仁さまと眞子さま(当時)と佳子さま。この年に大流行したダンガリーシャツにパッチワークのワンピースを合わせたスタイル。ダンガリーシャツは裾を結んでご自分なりのアレンジをきかせている。当時は、赤文字系ファッション誌できれいめファッションが取り上げられた最後の年で、その後、ナチュラル・カジュアルへ転換していったのがこの頃。 【4】同じ入学式スタイルでもこんなに違う 左は2013年4月学習院大学文学部教育学科へ入学式に向かう佳子さま。右は2015年、前年にAO入試で合格した国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科の入学の1枚。スーツは同じだが、高校卒業後すぐの入学式とその2年後、真っ黒ストレートヘアから少し明るい髪色でふんわり毛先を遊ばせたスタイルに変身している。 【5】母と娘たちコートの着こなしも様々 2017年2月28日ベトナムへ出発する天皇、皇后両陛下(当時)を見送る紀子さま、眞子さま(当時)、佳子さまは3者3様のコートスタイル。佳子さまはダブルブレストコートでウエストに切り返しがあり脚長効果も。つばがやや広めのしっかりした帽子で小顔効果もありスタイルよく見える。 【6】真っ白なワンピーススーツで外国訪問へ 2019年9月15日オーストリアとハンガリーを公式訪問するため、羽田空港を出発する秋篠宮家の次女佳子さま。光沢のある真っ白なワンピーススーツで清楚な感じもしつつ、程よいフレアスカートでかっちり過ぎず23歳らしいフレッシュな印象に。よく見るとストッキングもナチュラルベージュではなく光沢がある白っぽいものにしていて、そのコーデは完璧過ぎる! 【7】アイテムのチョイスが絶妙 2019年12月の25歳のお誕生日前に公開された秋篠宮邸の庭を散策する佳子さま。佳子さまが着ているダッフルコートと言えば紺色かキャメルカラーが定番。それを鮮やかなスカイブルーで、しかもショート丈のチョイスはかなりのオシャレ上級者!? 写真では見えにくいがワイドパンツとのコーデをしていて年齢相応の大人カワイイも演出。 【8】「姉が主役」のため落ち着いた装い 2021年10月26日眞子さま(当時)を見送る秋篠宮ご夫妻と佳子さま。あまりに有名になってしまった姉妹のしばしのお別れのシーンだが、嫁ぐ姉に寄り添う佳子さまはグッとシックな装い。「この日は姉が主役」とTPOをわきまえられた気持ちの表れも感じられる。  前出の西出さんは、着こなしにはTPOをわきまえることの大切さを指摘する。 「身だしなみや服装において、一般的に大事なことはTPOです。私はマナーの専門家として“P”をさらに2つ加えていてTPPPOと言っております。TはTIME(時間)、PはPLACE(場所)、私が加えるPの一つ目はPERSON(人)。どんな人と一緒にいるか、どんな相手と接するのかによって服装や身だしなみが変わります。もう一つのPはPOSITION(立場)です。例えば、結婚式の服装で言うと、親族なのか友人なのか立場で変わりますよね。この2つのPがとても大事なのかなと思っています。佳子さまの今回の式典の話しに戻すと、今回の“みどりの感謝祭”というのは、樹木や草花を大切にしていく気持ちが、しっかり服装に表れていたなと思いました」(西出さん)  佳子さまの今回の装いを見ても、ファッションの変遷をたどってみてもなかなかの上級者なのかもしれない。(AERAdot.編集部・太田裕子)

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    ある日突然「インド」に放り込まれた「女子高生」が思い知らされた“日本の現実” 

    タピオカとプリクラと部活と放課後のおしゃべり……日本でキラキラの女子高生ライフを送るはずだった未来は、突然のインド行きでもろくも崩れ去った。父親の転勤でいきなりインドに放り込まれたJKは、これまで何の興味もなかったインドでの暮らしに、ことごとく常識をくつがえされていく。日本のJKによる、おかしくて真面目なインド滞在記『JK、インドで常識ぶっ壊される』より一部を抜粋する。(表記は書籍と異なる部分があります) *  *  * ■期待と不安を胸の中に秘めて  寝返りを打とうとして、身体が窮屈に固定されていることに気づく。そうだ、飛行機に乗ってるんだった。  泣き枯らして重たいまぶたを開けてみると、きわめて人工的な照明がこれまた人工的な白い壁や天井に広がってできあがった、無機質な空間にいた。  あーあ、せっかくタダなんだからもう一本映画見ようと思ってたのに。  暗い機内、自分の頭上だけを照らすライト。そんなMVのワンシーンのような雰囲気に酔って、友だちからの手紙読んでたら泣けてきちゃって、そんでそのまま寝ちゃったんだ……。いつの間にかまわりの乗客ももう起きてるし。もったいないことをしたとひとり嘆いていると、着陸体勢に入るというアナウンスが響いた。 「まもなく、インディラ・ガンディー・国際空港に到着いたします」  濁点が多くゴツゴツとしたその名前が、固い重しのごとく胸に乗っかる。それによってぎゅっと凝縮された、不安と、緊張と、ほんのわずかな期待。さまざまなものが混ざり合った感情は、もうポジティブなのかネガティブなのかわからないほどに渦を巻いていた。  人生の節目。門出。呼び方は幾通りもあれど、ひとには誰にも環境ががらっと変わる時期がある。子どもや学生なら入学・卒業、年齢を重ねていけば結婚や出産、そして就職、転職、昇進、退職などがそれに当てはまる「イベント」だろう。そういうとき、大抵おめでとう、とまわりに言われる。節目や門出はおめでたいものだ。  飛行機に乗って国をまたいでいるまさにこの瞬間が、自分にとってのその「節目」なんだろうな、とぼんやり感じた。海外に引っ越すんだから、新生活が始まるんだから、門出にちがいない。十四歳で迎える人生の区切り、のはず。そのはずなのに、おめでたい気持ちがいまいちしない。  あと一年でつかめる「JK」という輝かしい称号を捨てて。居心地の良い友だちや部活動の輪を抜けて。  自分は一体、どこへ向かっているんだろう。  この無機質な空間に閉じ込められた八時間が終わる。そうしたら、自分がいるのは生まれ育った日本でも、どこの土地や海の上かわからない雲の合間でもない。  そこはもう、インドだ。 ■不意に浮かんできた「カースト」  飛行機の振動がおさまり、シートベルト着用サインが消えると、それを合図にまわりが一斉に立ち上がって荷物棚からかばんを下ろし始めた。自分も置いていかれないようにと必死におとなたちのまねをしながら頭の上に手を伸ばすものの、なかなかスーツケースをつかめそうにない。  見かねたCAさんが、代わりに取ってくれた。ドスンと音を立てて床に置かれたスーツケースを見ると、わたしの荷物だけHEAVYと書かれたラベルがついている。まるで、日本への未練をパンパンに詰め込んできたみたいだ。CAさんも一瞬、その重さにひるんだようだった。  ターミナルビル内に入っても目につくのはインド人(と思われる)空港スタッフばかりだ。  ここでは、乗客に比べてスタッフの割合が日本の空港よりも圧倒的に高く、日本の十倍もある人口の差は、この国に足を一歩踏み入れた瞬間から明らかだった。おそろいの制服を身にまとったスタッフが数人で群れて清掃をしていたり、電動カートにまたがっていたり、はたまた床に座り込んだりしている。  なんで座ってるの? と突っ込みたくなる気持ちを抑えながらよく見てみると、むらさきの制服を着た彼らとは別に、ワイシャツを着て首からIDを下げたスタッフもいる。制服のスタッフたちは、みなうつむきがちで床のあたりばかりに視線があるのに対して、ワイシャツのスタッフたちは、胸を張り英語で外国人の客と会話をしている。  その明らかな差に、「カースト」ということばが不意に浮かんだ。自分が住むことになる前から、インドといえばと言われて浮かべていた、数少ないもののひとつだ。「インドのカースト制度は……」と社会科の授業で先生たちはいつも否定的なトーンで話していた。いや、ちがう、と危ない響きをまとったそのことばをかき消そうとする。  日本だって、「空港職員」と「清掃員」は別じゃん。そんなすぐに目に見えるものじゃないはず。だけど、制服を着た彼らが、ワイシャツの彼らと比べてみな肌の色が暗いように感じるのは、気のせいだろうか……。  異なる国、異なる文化。一面に真っ白いLEDが広がる日本の空港の近未来的な雰囲気とはちがう、鈍い鉄さび色のカーペットの上を進んでいく。国の玄関である空港の様子がちがうのも当然だよね、と自分に言い聞かせながら。  空港から一歩踏み出すと、むわっと熱い肌触りと砂っぽく乾いたにおいに包まれた。あたりの喧騒が、山吹色の空に響く。十時間ぶりに吸う外気は、五感のどれをとっても知らないものだった。  ほっと息つく間もなく車に乗り込んで、仮住まいの家へと向かう。空港からしばらくの道のりは整備されており、格段におどろく光景もなかった。な~んだ、思ったよりインドも荒れてないんじゃん。  ただ、沿道の青い芝生には、空から降ってきたかのような野良犬たちが横たわっていた。首輪やリードにつながれず、ただ自由に転がっている犬たちの、安らいだ様子にほほえましくなる。この程度なら、インドも全然いけそうかも。  ほかに目を引いたのは、ところどころに立つ電光掲示板に映る広告の、モデルの目力くらいだ。いまや日本だったら「古すぎ~」と揶揄されてしまいそうな、目の上下を漆黒のラインで縁取ったアイメーク。それによって、瞳よりそのまわりの白目が際立っているため、ギョロッとした目つきの印象を受ける。  眉毛は、細くつり上がっていて、ピンと気を張り詰めているような迫力と貫禄を漂わせる。自信ありげに口角を上げた唇には、ビビッドピンクの口紅が光っていた。これがインドでの「理想の女性像」なのだとしたら、どうやらここでは生気に満ちた力強い女性が好まれるみたいだ。俗に言う“清純派”とは真逆の分類。ここでは、日本の「かわいい」は「弱い」になってしまいそうだ。  わたしの、毎朝こだわって巻いていた前髪も、薄づきになるように研究したナチュラルメークも、ここでは通用しないのだろうか。そんな戸惑いを抱えながら、ハイウエー沿いのホテル群を眺めていた。  だが、ある地点から急に、視界が馴染みのない景色に覆われていった。すいすいと広い道路を走っていたはずの車たちがぎゅっと集まり、もう車線はないに等しい。どこからともなくごちゃごちゃとしはじめた道路の様子は、まさに混沌(こんとん)ということばを体現していた。  大勢の労働者が乗り込んだトラック。ヘルメットもなしに家族四人がまたがったバイク。緑と黄色のおもちゃのような見た目をした三輪の乗り物。ときどき見かける真っ黒の外車。それらの間を器用に泳いでいくさびた自転車。ほんの一瞬、道路の脇に、足のない老人が地面をはっていくのが目に映った。  その混沌のなか、家族三人分のスーツケースが山積みになったバンの後部座席に座るわたし。もう「この程度」なんて言っていられない。やっぱり、すごいところに来てしまった。 ■車窓をノックする貧しい少年  未知の土地への不安と緊張でピンと張りつめたわたしの心臓に、突然電流が走る。車窓をたたく音がした。反射的にそちらに目を向けて、すぐ、また反射的に目をそらした。心臓に流れた電流は一気にボルト数を上げた。  砂ぼこりにまみれた前髪の束の向こうに一瞬のぞいた、ふたつの瞳。視線をグレーの座席シートに移しても、いましがた目を合わせた少年の姿が脳裏に焼け付くように浮かんだ。色あせたボロボロの洋服。そこから生える枝のように細くやせこけた腕で、窓をたたいている。  こんな姿の子どもはいままで見たことがないはずなのに、彼がどんな境遇にいるのか察することができた。そして、彼と自分とのあいだには、窓一枚よりもずっと大きな隔たりがあるのだろうということも。  車はまだ動きださない。彼はまだそこにいる。わたしはまだ目を伏せている。ガラス一枚の向こうに感じる気配と、伸びた爪が鳴らす悲壮な音に、心に走った電流は痛みに変わる。  やがて信号が変わった。車は、クラクションと排ガスの渦にまたのみ込まれる。少年を置いて。  折れそうな腕を伸ばす彼も、空港のあのギラギラした免税品売り場も、おなじこの国の一部だなんて。  そうだ、自分はここで生きていくんだ。  十四歳の夏、こうしてわたしはインドに放り込まれた。 ◎熊谷はるか(くまがい・はるか)2003年生まれ。高校入学を目前に控えた中学3年生で、父親の転勤によりインドに引っ越す。インドで暮らした日々を書籍化すべく「第16回出版甲子園」に応募、大会史上初となる高校生でのグランプリ受賞。2021年6月、高校3年生で帰国。『JK、インドで常識ぶっ壊される』でデビュー。

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    子どもを日米最難関大学に入れた佐藤ママ&アグネス・チャン 2人の子育ての意外な「共通点」とは

     しつけや教育、受験などのノウハウや体験談が書かれたいわゆる「子育て本」が、いま人気です。親戚や近所付き合いの中から子育てを自然に学ぶことができた昔と違い、核家族で育った親にとって、これらの本から知識や情報を得ることは日々の子育ての大きな頼りになります。子育て情報誌『AERA with Kids』(朝日新聞出版)の編集を12年経験した同誌元編集長の江口祐子さんは、新刊『子育て本ベストセラー100冊の「これスゴイ」を1冊にまとめた本』(ワニブックス)の中で、子育て本に書かれているエッセンスを紹介しています。今回は、東大理IIIに子ども4人が合格した佐藤ママと、スタンフォード大に息子3人が合格したアグネス・チャンさん、2人に共通する“意外”な教育論を紹介します。 *  *  *  10年以上子育て雑誌の編集をやってきて、取材した教育者、経営者は数百人にのぼります。スポーツ選手や音楽家、起業家を育てた母親にも多く取材してきました。  そのような「母親の体験談」の中でもとくに印象に残っているお二人が、東大理IIIに4人のお子さんが合格したことで有名な、佐藤ママこと佐藤亮子さんと、スタンフォード大に3人の息子さんが合格したアグネス・チャンさんです。  お二人には雑誌の取材だけでなく、書籍の編集もさせていただいたので(佐藤さん『親がやるべき受験サポート』、アグネスさん『0歳教育』『スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法』)担当編集者と著者という関係でお話しさせていただく機会もありました。  まさに、日米の最高峰の大学にきょうだい全員が合格……いったいどんな教育をしてきたのかと毎回興味津々でした。  お二人がお子さんたちにしてきた教育はもちろん違いますが、「子育てポリシー」には共通することがいくつかありました。  なかでもとくに印象に残っているのが「きょうだいを比較しない」ということです。  きょうだい全員が東大理III、あるいはスタンフォードに合格というと、「たまたまきょうだい全員、頭が良かったんでしょ」と思いがちですが、お二人の話を聞くと、佐藤さんもアグネスさんも「きょうだい皆、性格も個性も持っている能力も違った」とおっしゃっているのです。  もともと、お二人とも「他人と比較する」子育てを否定しています。  子どもは他人と比較されることで自己肯定感が持てなくなり、ありのままの自分を好きになることができなくなってしまうからです。 「他人と比較することは悪い」とわかっていても、意外ときょうだい間で比較をしていることないでしょうか?  佐藤さんの著書にはたびたび「きょうだいは徹底的に平等に接する」ことの重要性が書かれています。親自身は平等に接しているつもりでも、つい長男長女を優先したり、弟や妹を甘やかしたりしてしまうことはよくある、と指摘。  そこで佐藤さんは、お兄ちゃん、という呼び方をせずに、全員を名前で呼ぶ。おやつの数も全員一緒(いちばん小さい妹が食べきれなければ、後からお兄ちゃんに譲る)など、普段の生活からルールを決めて、「きょうだいを平等に」がブレないようにしていたそう。  佐藤さん、子どもたちに勉強をしっかりさせた「教育ママ」と思われがちですが、このような細かなところにも「教育の柱」を作っているところはさすがです。  アグネス・チャンさんの言葉で印象に残っているのは、「子どもの性格はすべていい性格。悪い性格なんてないんです」というお話をされていたこと。  この視点、意外と抜け落ちていないでしょうか?  きょうだいの性格を説明するとき、ついどちらかをネガティブに言ってしまったりしていませんか? 「お兄ちゃんはしっかりしているけど、弟はだらしなくて」「妹は明るいのにお姉ちゃんはひがみっぽい」など。親の潜在意識は子どもに思った以上に伝わるもの。  「みんないい性格をしているね」とまずは親が思うこと。  まさにきょうだい一人ひとりに自己肯定感を育む秘訣です。  また、きょうだいを仲良くさせるためには、一人ひとりへの声かけが効果的だったといいます。例えば、弟がお兄ちゃんを頼っている場面を見たら、後でお兄ちゃんにコッソリ「〇〇ちゃん(弟)はお兄ちゃんのこと、本当に好きみたいだね」とささやく。  お兄ちゃんと弟が楽しく遊んでいたら、弟に「お兄ちゃんは本当に〇〇ちゃん(弟)のことを大事にしてくれているね」。個別にこっそり言うのがコツだそう。  きょうだいを比べずに一人ひとりの自己肯定感を育むことは、それぞれの能力を伸ばすことにつながりますが、お二人が口をそろえて言っていた大事なポイントがもう一つあります。  「大人になってからも、きょうだい仲良くいられること」  同じ家庭で育ち、親以上に支えとなることもあるきょうだいですが、永遠のライバルでもあり、一つ間違うと愛情や財産の分配をめぐって争いが生じることも日常茶飯事。  実は、きょうだいがずっと仲良くいられるかどうかは、親の言動にかかっているのです。 「子どもの頃を振り返った時に、一点の曇りもなく『楽しかった』と思ってほしかったし、いつか親がいなくなってもきょうだい全員で仲良く集まってほしい」(佐藤さん) 「いま、息子たちは全員成人して、皆バラバラの職業についていますが、今でもきょうだいが仲がいいのは親として何よりもうれしいこと」(アグネスさん)  皆さんはどうでしょうか?  子育てで大切なことは、このように身近でシンプルなことの中にあるのかもしれません。 (教育エディター・江口祐子)

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    「フルリモート求人」の落とし穴 「チャットで公開処刑」された38歳男性の場合

    「日本全国どこに住んでもOK!」をアピールするフルリモートの求人。少し前までなら考えられなかったような“転職なき移住”も一部企業では認められつつあり、テレワークの普及などから、“出社しない働き方”は浸透し始めている。これからの「働く」をAERAdot.と一緒に考える短期集中連載「30代、40代の#転職活動」。第2回目のテーマは、テレワークのリアル。その前編では、「フルリモート可」の求人に飛びつき転職した、ある男性の話から、隠れた実態が見えてきた。 【後編はこちら】憧れの「フルリモート職場」のシビアな現実 「安易に応募すると痛い目に」専門家が指摘 *  *  *  九州地方在住のAさん(38)。昨年、東京から地元である九州に、同郷の妻と子どもを連れてUターンした。「いずれは地元に帰りたい」と考えていたが、東京での仕事や生活も充実していたことから、Uターンは遠い未来のつもりだった。  そんな中、2年前に2人目の子どもが産まれた。妻も共働きで、2人目の出産後も「仕事を続けたい」という希望があったが、東京には頼れる身内もいない。子育て環境も踏まえて考えると、九州に引っ越す選択肢もありかもしれないと考えるようになった。時を同じくしてコロナが広がり始め、時間や場所にとらわれない新たな働き方が広がり始めたことも、決断の後押しになった。  問題は、仕事をどうするかだ。都市部から移住を考えるときに、多くの人にとって目下の課題となるのが、地方でどんな仕事をするかという点だ。当時、Aさんが勤めていたのはIT企業の営業職。リモート勤務は認められていたが、週に1~2日は出社が必要で、地元に引っ越すなら今の会社で働き続けることは難しい。「できれば地元に帰っても、IT分野でこれまで培った経験を生かしたい」と考えたAさんだが、地元企業には「これ」と思えるところがない。そこで目をつけたのが、出社を求められない“フルリモート求人”だった。  テレワークが広がる中、居住地を「国内であればどこでもOK」とする企業は少しずつ増えている。「基本的に出社しなくて可」という求人は、IT系の業種に多く見られる。背景には、IT人材の不足が指摘される中、柔軟な働き方ができることを求職者にアピールし、人材の獲得競争で優位に立ちたいという企業側の狙いもある。  Aさんは、そうしたIT企業数社のフルリモート求人に応募。結果的に、二度のオンライン面接とリアルの場での最終面接を経て、東京に本社があるIT企業で、フルリモート勤務可の職に就くことができた。入社して最初の2週間は、研修や手続きを兼ねて本社に出社。入社3週間目には九州にある自宅で、リモートワークをスタートさせた。  晴れて手に入れたフルリモート環境。だが入社してほどなく、オンラインでのコミュニケーションの難しさにぶち当たることになる。例えば、リモート環境では、同僚などに“ちょっとしたこと”が意外と聞きづらい。「電話で聞いた方が早いだろう」と思い、先輩社員や同僚の電話を鳴らすと、「電話だと作業が中断してしまうので、質問はなるべくチャットでお願いします!」と返ってくる。9割方の社員がリモートワークというAさんの勤務先では、会議以外のコミュニケーションは、基本的にチャットなのだ。  仕事の案件ごとに、それぞれの担当者で構成されるチャットルームが開かれており、定期的に上司が各ルームで繰り広げられている会話を“徘徊”し、チェックしてまわるのも常だ。時折、上司から「ルーム全体の熱量が低い」「質問するときはポイントを分かりやすく」「即レスで対応すること」などと指摘の声が飛んでくる。各チャットルームは、通知機能はないものの、全社員が見られる状態のため、そこで叱責されると“公開処刑”とも言える事態になる。  テキストでのコミュニケーションは、簡単な内容であっても意外と時間がかかるものだ。特に入社して間もないときは、ごく簡単な内容であっても、言葉のニュアンスに気を遣うことが多く、返信を書くにも時間がかかった。Aさんが返信を書く前に、チャットルームはどんどん次の話題に移っていき、ネット空間で置いてけぼりにされている感覚が生まれた。  オンラインでのコミュニケーションでは、とかく「要件のみで終わらせる」ことが重視されがちで、雑談がしづらいということも、フルリモートで働き始めてから分かったことだ。オンライン会議も、予定時間内に会議を終えることが前提でスタートされるため、タイムキーパー役が一人一人の発言時間を管理する。まどろっこしい説明を始めてしまうと、「要点を整理してからチャットで連絡して」と言われてしまう。よく言えば効率的、悪く言えばあまりにドライなコミュニケーション。Aさんは次第に、こうした“リモート流儀”に辟易する場面が増えていった。  これまでの環境であれば、こうした時にはガス抜きに、同僚と飲みに行って愚痴を発散させたいところだ。しかしフルリモート環境ゆえに、同僚はオンライン上にしかいない。入社1年が経った今も、気軽に愚痴を言えるような相手は会社にいないという。  無論、マイナス面ばかりではない。通勤に時間を取られることもなく、自宅で仕事ができる快適さもある。家族と一緒に自宅で朝昼晩と食事を共にすることができるし、自然豊かな環境で過ごせるメリットも大きい。都会に比べて物価の安い地方で、東京の給料水準の年収を稼ぐことができるのも大きな魅力だ。  ただ入社から1年経ち、入社前は良いことばかりに見えたフルリモート職にも、向き不向きがあるということが分かってきた。Aさんはすぐに仕事を変えるつもりはないが、並行して地元企業の求人もチェックするようになった。2人目の子どもが保育園に通い始めたら、地元企業に転職することも選択肢の一つだという。 「フルリモートで働いてみて、人と直接やり取りできるメリットは、やはり大きいと感じます。それにせっかく地元に戻ったのに、日々コミュニケーションを取る相手は他県の人ばかりというのも……と思うようになりました。金曜の夜に、同僚と気軽に飲みに行く楽しみも、僕にとってはかえがたい日常かもしれないとも感じます。転職はまだ検討段階ですが、結局はフルリモートを辞めるかもしれません」(Aさん)  フルリモート求人の誘い文句にある「基本出社ナシ」は、もちろんいいことばかりではない――。(松岡かすみ) 【続きを読む/後編】憧れの「フルリモート職場」のシビアな現実 「安易に応募すると痛い目に」専門家が指摘

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    うつ病はいつの間にか「以前と違う状態に」 2週間以上続く症状に注意【チェックシート】

    うつ病、統合失調症、不安症といった精神疾患を持つ人の半数は10代半ばまでに発症しており、全体の約75%が20代半ばまでに発症しています。精神科医で東京都立松沢病院院長の水野雅文医師が執筆した書籍『心の病気にかかる子どもたち』(朝日新聞出版)から、「うつ病」について、チェックシートとともに一部抜粋してお届けします。 *  *  * 【診断】  気分の落ち込みや睡眠障害などは、うつ病ではなくても少し調子が悪い時によく経験する症状です。また、風邪などのように「いつから始まった」という具体的な発病の時期がはっきりせず、いつの間にか、「以前と違う状態になっている」ことが少なくありません。  そのため、本人も病気だと思わず、受診が遅れがちになります。症状が長く続いている場合(目安は2週間)は、医療機関を受診してください。  不登校や引きこもりでは、うつ病になっているケースも少なくありません。家族など周囲の人は「怠けている」などと決めつけず、本人の話をしっかり聞き、必要に応じて専門家につなげることが大切です。  うつ病は、他の病気のように血液検査や画像検査などで異常を見つけることができないため、医師が詳しい聞き取りをして診断をつけることになります。  うつ病ではないけれど、うつ病に似た症状を起こす病気との鑑別も必要です。精神疾患では、「不安症」や「パーソナリティ障害」「適応障害」「認知症」などがありますし、精神疾患以外でも、甲状腺や肝臓の病気などさまざまです。  近年は、うつが流行のようになって、うつやうつ病という言葉があまり抵抗なく使われるようになりました。誰でもかかる身近な病気として捉えるなどいい面もあるのですが、健康な心の動きをうつ病だと決めつけたり、うつ病を「大した病気ではない」と軽視する風潮もあります。  適切な治療につなげるには、正確な診断が欠かせません。うつ病かどうかの判断は自分で行わず、心配な場合は医療機関を受診してください。 【治療】  うつ病になるのは心が弱いからだと勘違いされがちですが、根性を鍛えて治るものではありません。医師による治療が必要です。  うつ病の主な治療法は、「心身の休養」「抗うつ薬を主体とした薬物療法」「カウンセリングなどの精神療法」の三つです。  とくに休養は、うつ病治療の基本と言えるもの。「休んでいたら周囲から怠け者だと思われないだろうか」などと、休養をとることに抵抗感を抱く人もいますが、心と体の両方をしっかり休ませることが、すみやかな回復につながります。自宅では十分に休めないという場合は、入院も一つの選択肢になります。  休養を取りながら、重症度に応じて薬物療法や精神療法を組み合わせます。 【大切なこと】  以前はうつ病は「心の風邪」などと言われましたが、風邪のようにすぐに治るものではありません。治療でいったん症状が治まったからといってそのまま右肩上がりに良くなるわけではなく、足踏みをしたり、少し逆戻りをしたりすることもあります。そうした上下の波を繰り返しながら、ゆっくり回復していきます。  症状が安定し、調子が上向いてくると、復帰を急いでつい頑張りたくなるものですが、無理をすると悪化することもあります。また、勝手に薬を飲むことをやめてしまったり、治療をやめたりしてしまうのは好ましくありません。  治療には時間がかかることを知っておき、決して焦らないこと。少しずつ、ゆっくりと時間をかけながら進めていきましょう。  うつ病は誰でもかかる可能性がある身近な病気ですが、実際に家族や友人など身近な人がうつ病を発症したら、どう対応すればよいかわからずに混乱してしまうこともあるでしょう。適切な対応をするには、本人だけでなく周囲もうつ病を正確に理解することが大事。医師や専門家からアドバイスをもらいながら、本人を温かく見守り、支えていきましょう。 ※『心の病気にかかる子どもたち』(朝日新聞出版)より抜粋 水野雅文(みずのまさふみ) 東京都立松沢病院院長 1961年東京都生まれ。精神科医、博士(医学)。慶應義塾大学医学部卒業、同大学院博士課程修了。イタリア政府国費留学生としてイタリア国立パドヴァ大学留学、同大学心理学科客員教授、慶應義塾大学医学部精神神経科専任講師、助教授を経て、2006年から21年3月まで、東邦大学医学部精神神経医学講座主任教授。21年4月から現職。著書に『心の病、初めが肝心』(朝日新聞出版)、『ササッとわかる「統合失調症」(講談社)ほか。

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    氷川きよし「休養」で男性演歌界どうなる? 牽引役が不在の新時代に突入か

     まさに「転換期」かもしれない。男性演歌界の話である。“大御所”北島三郎さんは紅白を引退し、第一線から退いた。五木ひろしさんも一昨年を最後に紅白卒業、そして“プリンス”氷川きよしさんの休養。大物たちが次々と表舞台を去り、「次」を担うのは誰なのか。業界の事情通たちに大胆予測してもらった。 *  *  * 「氷川きよしの休養宣言は驚きでした。長年、“演歌界のプリンス”として人気も実力も文句なしなのに。これからっていう大事な時に活動休止を発表したのですから」  こう話すのは、演歌畑を長年取材し続けた芸能記者。「大事な時」というのは、演歌界が「次のリーダー」を最も必要としている時という意味だ。 「紅白のほか各地の劇場で続けていた座長公演からも次々と身を引いて、今はほぼ“引退状態”の北島三郎。次なる大物と誰もが認める五木ひろしも一昨年を最後に紅白を卒業してしまった。演歌界ではNHKの紅白歌合戦に出場することが一流の条件みたいなものですから、2人の大物が第一線を退いてしまったことになる。ならば、紅白にも連続出場を続ける“プリンス”氷川きよしが、いよいよ“キング”を継承するだろうと思っていたら……」  レコード会社で演歌を担当した後、独立して演歌歌手のプロモーションをしている事情通も「男性演歌界はリーダー不在の時代になった」と肩を落とす。 「あえてリーダーの条件を挙げれば、その人のファンでない人でも口ずさめるくらいのヒット曲があり、紅白に出場を続けていて、レコード大賞などの受賞経験があること。加えて親分肌な面があれば言うことなし、という感じでしょう」  では、その条件にかなうのは誰か? プロモーター氏は「氷川君が活動再開するまでは、リーダー不在の時代が続くのではないか」と予測する。 「北島さん、五木さんに次ぐ実力者として、すぐ頭に浮かぶのは細川たかしさん、吉幾三さんですが、細川さんには『北酒場』や『矢切の渡し』という大ヒットがあるけど、2015年を最後に紅白卒業を発表している。吉さんも『雪國』『酒よ』があるが、01年を最後に紅白から遠ざかっている。その点、氷川君には“♪やだねったら、やだね”の『箱根八里の半次郎』があり『一剣』でレコード大賞も取っているし、人気も申し分ない。活動休止は実に残念です」  別の条件を挙げて、細川、吉の2人に期待するという意見もある。東京・浅草のレコード店「ヨーロー堂」店主の松永好司さんだ。店の2階にあるステージでは、多くの演歌歌手が生歌を披露するキャンペーンをしており、店主は業界きっての演歌通である。 「僕は北島さんや五木さんがリーダーたり得たのは、後輩の育成に熱心だったからだと思う」  松永さんが指摘するとおり、北島は山本譲二を筆頭に、紅白出場も果たした「北島兄弟」の北山たけし&大江裕ら多くの弟子を育てた。五木も、座長公演で多くの若手をゲストに呼び、「この場を登竜門にしてほしい」とチャンスを与え続けている。 「細川たかしさんは彩青(りゅうせい)や杜(もり)このみなどの弟子を自分の事務所からデビューさせています。育成への気概がある人です。吉幾三さんも多くの若手演歌歌手に楽曲を提供することで育成に携わっています。リーダーの資格は十分あると思います」  冒頭の芸能記者も同じ考えだ。 「僕自身が期待しているのは吉幾三。やはり人気や知名度、ヒット曲もあり、過去には紅白に連続出場している。ただ、吉にはどうしても喜劇やバラエティーのイメージが付きまとい、キングとしては軽量級に見えてしまうのが最大のネックです。細川も、お笑い芸人から髪形とかで笑いのネタにされているせいで重量感がない。そう考えていくと、若手に期待するしかない」  現状では「紅白出場を続けている『演歌第6世代』の山内惠介と三山ひろしのどちらかに頑張ってもらうしかない」と話す一方で、「僕個人の期待としては、福田こうへい。歌のうまさは群を抜いていると思う」とも述べた。  ヨーロー堂の松永さんは「現在の実力という点では、山内さんと三山さんが次期リーダー候補の筆頭であることは間違いない」と話す。  ちなみに演歌の「第6世代」とは、21世紀になってデビューした個性派世代で、純烈や丘みどりなどが属する。  第1世代は春日八郎や三橋美智也のラジオ世代、第2世代は戦後歌謡の美空ひばりや島倉千代子、北島三郎と五木ひろしは歌謡曲が隆盛を迎えた第3世代に属する。第4世代はカラオケ時代の八代亜紀、吉幾三、石川さゆり、細川たかしなどで、第5世代には氷川きよしや水森かおりがいる。  第6世代の山内と三山は、ともに15年から7年連続で紅白に出場している若手のホープ。コンサートなどで熱狂的な“追っかけ”ファンが多数いる点も同じ。どちらも歌唱力には定評があり、甘いマスクの山内には昔のアイドルのような掛け声が飛び、三山は紅白でのけん玉ギネス挑戦などで、ともに知名度も高い。  だが、2人が北島・五木のような「キング」になれるかというと、まだ疑問符が付く。  取材した多くの演歌関係者が指摘するのは「誰もが知っているような大ヒット曲、歌い手の“看板”になるような持ち歌がない。最低でもレコード大賞受賞に匹敵するようなヒット曲が必要」という点だ。  前出のプロモーター氏は「そもそも山内も三山も、そして福田こうへいも自分が今後の演歌界を引っ張っていくなんて、思ってもいないのではないか」と話す。 「仮に自分が引っ張っていきたいなんて発言したら、猛反発を受けますよ。まだ若すぎます。間違いなく『生意気だ』と総スカンを食らいますね。『お前はあと10年、今の位置を保てると思っているのか?』となる。甘くない世界だし、上下関係も厳しい社会だとは、本人たちもよく知っている。氷川君だって、僕はまだ早いと思うくらいです。北島さんや五木さんのような大御所はもう現れない可能性だってあると思っています」(プロモーター氏)  東京・上野アメ横で53年間、演歌専門のレコード店「アメ横リズム」を営む代表の小林和彦さんは、それでも「将来の演歌のキング候補はすでにいる」と断言する。リズムでは毎週、小林さんが選んだ5曲を道行く人々に聞こえるようにかけ続けている。前を通る人々がその歌を耳にしたときの反応で、これから売れる曲や歌い手を的中させてきた。その小林さんがずばり、「次の時代を背負う人材」と太鼓判を押すのが真田ナオキだ。  真田は20年に「♪惚れちまったの俺」と歌うだみ声が印象的な「恵比寿」がヒットして、レコード大賞最優秀新人賞を受賞した第7世代の一人だ。 「デビュー前から注目していました。とにかくあの声質がいい。店頭で曲をかけた時、反応が最高レベルになる。ルックスもいい。声に“色”をつけるために唐辛子を食べ、酒でうがいをしたという苦労話も心に響く。将来は氷川きよしの上をいくのではないかと私は見ている。まだ先の話になるけど、次期キング最有力だと思う」(小林さん)  多くの演歌歌手のキャンペーンを見つめてきた前出のヨーロー堂、松永さんも「将来性なら真田君と辰巳ゆうと君が図抜けている。売り上げ的にも、ネット配信でもこの2人です。今後しばらくは山内惠介さんと三山ひろしさんがつないで、その後に次代のスターとして真田君、辰巳君が出てくるのではないでしょうか」と占う。  業界通の見立てはある程度共通しているようだ。つまり、キング不在の期間はしばらくあるが、将来的には第7世代がキングの座を射止めるという読みだ。  しかし、元NHKアナウンサーで紅白歌合戦の司会も務め、現在もいくつもの音楽番組の司会者として演歌歌手とも交流がある宮本隆治さんは、これに異論を唱える。 「北島さん、五木さんが引退したのは紅白歌合戦という一つの番組です。多くの人はそれを歌手活動の引退と思っていますが、正しくありません。北島さんも五木さんも5月に大きな公演が予定されています。まだ現役で、今も2人が男性演歌界を牽引(けんいん)していることは事実です」  そして男性演歌界の昔と今を「鉄道の路線」にたとえてわかりやすく説明してくれた。 「昔の男性演歌界は本線が2本しかなかった。北島線と五木線です。線路を走っているわけですから、後続の歌手は追い抜くのは難しかった。しかし、氷川君が3本目の線を作ったことで演歌鉄道業界は変わり始めた。これまでは国鉄2路線しかなかったものが、今は私鉄各社がいろんな車両で路線を延ばしている、そんな状態なのではないでしょうか」  誰かが業界を引っ張っていくというのではなく、それぞれが自分の路線の魅力をアップさせて、客足を伸ばそうとしているのが今の演歌界だということだ。休業が予定されている「氷川線」に代わり、近い将来、“路線価”が上がりそうなのが「第7世代線」ということなのかもしれない。(本誌・鈴木裕也)※週刊朝日  2022年5月20日号

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    2年3カ月ぶりの現場復帰の佳子さま ダンス自主トレと「かーぽん」にかかる秋篠宮家の重責

     秋篠宮家の次女、佳子さま(27)が宮中行事や参拝などを除き、会場に出向く公務としては2年3カ月ぶりに姿を見せた。今年の秋に28歳を迎える佳子さまは、落ち着きを増していた。ダンスの練習も封印し、公務に専念する内親王に期待がかかる。コロナ禍でリモート公務が中心であった令和の皇室も、徐々にその姿が見えてきた。 *  *  *  5月7日、東京都千代田区で開催された『森と花の祭典―「みどりの感謝祭」』の式典。この式典は、これまで秋篠宮ご夫妻から眞子さんへ、そして佳子さまへ引き継がれたものだ。   2019年に出席したときの眞子さんは、式典に相応しい淡いグリーン色のワンピースで出席していた。今回、新たに名誉総裁となった佳子さまも、薄いグリーン地に白とピンクの立体刺繍の花があしらわれた装いを選んだ。皇室の装いには、ときに相手への敬意や祝福のメッセージが込められている。  佳子さまのあいさつも、その声は以前よりもやわらかく落ち着いた印象だ。 「わたくしもこの祭典をきっかけに、森林や草花の果たす大きな役割について、改めて考えております」  あいさつを終えると、若々しい新名誉総裁に会場から拍手が寄せられた。  画面を通じたリモート公務が続く2年間ではあったが、皇嗣家を支える内親王としての存在感が増している。 ■皇室を出たいという思い  事情を知る人物によれば、佳子さまは大学を終えたら皇室を出たいとの思いを抱いていたという。実際、皇室典範第十一条には、皇族の離脱を可能とする規程もある。 <年齢十五年以上の内親王、王及び女王は、その意思に基き、皇室会議の議により、皇族の身分を離れる> 「そうはいっても卒業する頃には、現実問題として皇室会議を経て離脱するのはそうたやすいことではないと、理解はされたようです。それで結婚することで、皇室を出たいとの考えをお持ちになったようです」(前出の人物)  しかし、姉の眞子さんは小室圭さんと結婚してニューヨーク生活を送るなかでも、英米日のメディアやパパラッチに写真や映像を盗み撮りされ、その画像をネットでさらされる日々が続いている。小室夫妻が2021年11月に、ニューヨークに到着したときなどは、2人が空港から新居に到着するまで追いかけられ、住まいの建物の写真付きで報じられた。  たとえ結婚して日本を離れても、安住の地ではない。そうした光景を目にした佳子さまは、 「姉が気の毒で、悔しくて涙が出た」  そう漏らしたという。  眞子さんの結婚問題が終わってもなお、秋篠宮家への風当たりは続いている。皇嗣家の唯一の内親王となった佳子さまは、公務の重責も増している。 ■かーぽんは大切なメンバー  そうした佳子さまの心の拠りどころの一つは、大学生の頃からレッスンを続けているダンススクールだ。  2017年秋から英・リーズ大学への留学を経験した佳子さまだが、留学へ出発する前日もダンススクールのレッスンに駆けつけるほどの熱心さを見せ、新型コロナがまん延する前は、何度か発表会にも出演している。昨年も同スクールの発表会は行なわれたものの、もちろんレッスンも出演も一切控えている。  スクールの仲間や講師から佳子さまは「かーぽん」と呼ばれ、温かく受け入れられている。小学生の幼い子どもらも顔を合わせると、「かーぽん、かーぽん」と慕っていたという。  コロナ禍で顔を出すことはできなくとも、「かーぽんは、大事なメンバー」、なのだという。  21年度も発表会があった。もちろん、かーぽんは出演しなかった。それでも、発表会前には「出なくても練習しておきなね」と、演目のダンス動画が佳子さまに渡された。  佳子さまはヒップホップからジャズの要素のある踊りまで幅広く踊る。舞台に出たときは、肌色のアンダーウェアを着用していたものの、お腹が開いたデザインの「へそ出し衣装」は皇族に相応しくないと批判も受けたこともあった。  皇族が新しいことを始めれば、注目を浴び、ときには批判の対象になることもある。  上皇ご夫妻の長女、黒田清子さんが内親王であった頃、日本舞踊の名取級の踊り手として舞台に立っている。古典のイメージのある日舞。実は当時は、ちょっとした衝撃であったようだ。  2005年3月30日付の朝日新聞には、こう表現されている。 <日本舞踊は現在でこそ古典化したが、元は近世に生まれた庶民の芸能。皇女による日本舞踊は、日舞界にとって一つの事件だった>  佳子さまにとって精神的な支えの一つであるダンス。 「誰にでも、仕事とはまた別に、心の支柱になるものはある。いまは公務に専念しても、踊る喜びは覚えていて欲しい」(スクール関係者) (AERAdot.編集部 永井貴子)

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    憧れの「フルリモート職場」のシビアな現実 「安易に応募すると痛い目に」専門家が指摘

     これからの「働く」をAERAdot.と一緒に考える短期集中連載「30代、40代の#転職活動」。第2回目のテーマは、テレワークのリアル。その前編では、妻の2人目出産を機に「フルリモート可」の求人に飛びつき東京からUターン移住した38歳の男性Aさんの実例を紹介。コロナ禍で多様な働き方の選択肢は広がったが、一方でフルリモートの実態が浮かび上がってきた。 【前編を読む】「フルリモート求人」の落とし穴 「チャットで公開処刑」された38歳男性の場合 *  *  *  コロナ禍でテレワークが浸透し、出社せずとも仕事できるテレワークへの需要が高まっている。マイナビが行った「転職動向調査2022年版」によれば、「転職希望先に応募する際、在宅ワーク・テレワーク制度は応募にどのように影響するか」との問いに対して、「プラスに働く」と答えた人は、全体の72.9%。  さらにリクルートの調査(「新型コロナ禍を受けたテレワーク×住まいの意識実態調査」2020年)によれば、「今後もテレワークを実施したい」と答えた人は84%に上る。働きながら休暇を取る「ワーケーション」や、複数の場所を拠点として生活する「多拠点生活」といった言葉も聞かれるようになり、リモートワークによって、働く場所の自由度が飛躍的に高まっている。前編の実例Aさんのように、移住したからといって、必ずしも移住先となる場所で働き口を見つけなくてはいけない時代ではない。  ただ、住む場所を大きく変えられるほどのテレワーク制度を導入している企業は、まだまだ少ない。日本では、ヤフー株式会社や株式会社メルカリが、全国どこに住んでも社員として認める制度を取り入れ、“転職なき移住”ができることが話題になったが、こうした体制を整えられるのは一部の企業に限られているのが現状だ。  テレワークのデメリットを上げる声も聞かれる。リクルートがテレワーク経験者を対象に行った調査(2020年)によれば、テレワークによって「仕事の全体感の把握」、「仕事の進め方の裁量」、「上司や同僚からのフィードバック」の項目が大幅に低下。働く個人のモチベーションに関わる「仕事の意義の喪失」、「職場での気兼ねない対話の減少」といった傾向も見られた。回答者からは、「顔も知らない相手を仕事することに抵抗を感じる」、「相手の仕事の進捗状況が分かりづらい」、「耳から入る情報が少なくなった」、「コミュニケーションが取りづらい」といった声も寄せられている。 「働く一人一人の仕事のリズムとばらつき、テレワークにおける裁量権の二極化が、職場の上司や同僚との間、顧客との間で混在しているのが、今の職場の実態と言える。急速に浸透した働き方なだけあり、まだまだ課題も多い」(リクルートHR統括編集長、藤井薫さん)  企業側の声も見てみよう。日本経済新聞社が行った調査(「新型コロナ対策テレワークに関するマネジメント層を対象としたアンケートレポート」、2020年)によれば、テレワーク・在宅勤務を実施していると回答した人のうち大企業所属の91%、中小企業所属の71%が、運用において何らかの課題を感じていると回答。押印作業など紙を前提としたワークフローへの対応や、持ち出し可能なPCやリモートで業務を行うためのシステム・ツールの導入への課題、また「執務場所が自宅になると生産性が落ちる社員がいる」との声も聞かれている。  あるIT企業の人事担当は、こう頭を悩ませる。 「テレワークで勤務態度や正確な勤務時間が見えない中、社員の評価基準をどう変えるかが大きな課題。どうしても個人戦の動きが強まり、チームでの動きが鈍化してしまう傾向にあることも、対策を打たなければならない項目。リモート環境下では、ともすれば生産性や成果ばかりが評価基準になりがちだが、結果に至る過程も評価に加えたいとなると、どう考えるべきか……」  生産性、成果——―。テレワークの自由さと表裏一体のシビアな面を象徴する一つのキーワードだ。転職メディア「転職アンテナ」を運営し、現在の転職事情に詳しい戸塚俊介さん(moto代表取締役)は言う。 「フルリモートは、自由に見えて、実はアウトプット勝負のシビアな世界。“今日あなたは何をしていましたか?”の問いに対して、明確に成果を提示しなければ評価されない世界とも言えます。フルリモートでは勤務態度が見えない分、成果主義にならざるを得ない。単に“楽そう、自由そう”で応募すると、痛い目を見るかもしれません」  多様な働き方が広がり、自分に合った働き方を試せる時代。場所や時間にとらわれないワ ークスタイルを目指すなら、フルリモートも悪くない選択肢かもしれない。今後ますます広がる可能性も高い、“出社しない働き方”。企業と働き手の試行錯誤は、始まったばかりだ。(松岡かすみ) 【前編を読む】「フルリモート求人」の落とし穴 「チャットで公開処刑」された38歳男性の場合

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    「これはラーメンじゃない」 批判された“TKM”がブレークした理由

     日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。埼玉で60年続く老舗町中華の3代目が愛するラーメンは、熊谷で大行列ができる人気店の“TKM”というシンプルすぎる一杯だった。 ■老舗の町中華がSNSでバズった理由  東武伊勢崎線の加須駅(埼玉県)から徒歩5分。60年以上も続く老舗の町中華がある。「かし亀」だ。老舗ながら、高級中華料理店出身の3代目店主・駒剛行さんの料理の腕と、あふれるアイデアで常に行列の人気店。連日、ツイッターやインスタグラムの投稿でファンがにぎわう、まさに令和を生きる町中華である。 「かし亀」がSNSでバズり始めたきっかけは、チャーハンの横に中華の一品ものを乗せた「デカ盛り」だ。「肉乗せチャーハン」を筆頭に「チャーシューチャーハン」「唐揚げチャーハン」など、人気メニューを次々チャーハンに合わせていった。  そして、もう一つの看板メニューは、駒さんが東岩槻(埼玉県)の名店「オランダ軒」で食べて衝撃を受けた「生姜醤油ラーメン」だ。スープを継ぎ足しながら作る“呼び戻し”の要領でスープを徐々に濃くして厚みを出し、2~3年かけて現在の形に完成した。  今ではラーメンファンとデカ盛りファンが集まる店としてすっかり人気に。だが、量が多く食べるのに時間がかかり、行列がどんどん長くなっていった。外で2時間待ちという事態になり、今では来店時に名前を書く記帳制にせざるを得なくなった。 「チャーシューチャーハンと生姜醤油チャーシューメンが一番出ているので、とにかくチャーシューをたくさん作ります。現在では1日30キロ出ています。豚のウデ肉を濃いめのタレで柔らかくなるまで煮て作るんです」(駒さん)  祖父が経営していた店を使っているため家賃もかからない。おのずと利益率は上がりそうだが、その代わり材料にこだわっている。 「お客さんに喜んでもらえればそれでOKだと思っています。喜んでくれたお客さんは口コミを広げてくれるので、CMや宣伝を打つ代わりに原価率をかけていると思えば安いものです。実家でやれることの良さを生かしていきます」(駒さん)  チャーシューが1日30キロも出る町中華とはそうそう聞いたことがない。昭和から続く町中華の止まらぬ進化を感じるお店である。  そんな「かし亀」駒店主が愛する名店は、埼玉・熊谷で“TKM”というメニュ-で大行列ができる店だ。誰でも考え付きそうで考え付かなかったアイデアメニュー誕生の秘密を追ってみたい。 ■「これはラーメンじゃない」批判も一転 名店店主がTKMを評価  JR高崎線・熊谷駅(埼玉県)から徒歩5分。およそラーメン屋とは思えぬポップな店先に大行列ができる店がある。「ゴールデンタイガー」だ。2018年のオープン以来、熊谷を代表する人気店としてその名が知られている。  店主の金澤洋介さんは埼玉県美里町出身。浦和学院高校出身で、野球部に所属。チームは甲子園にも出場した。金澤さんは惜しくもベンチからは外れてしまったが、野球漬けの毎日を過ごしていた。  そんな金澤さんがラーメンと関わるようになったのは、高校3年の9月。部活引退後、「本庄大勝軒」でアルバイトを始めたことがはじまりだ。  食べながら汗をかくのが嫌いでラーメンはあまり食べていなかった金澤さんだが、「本庄大勝軒」のもりそば(つけ麺)は違った。冷たい麺で食べるもりそばがおいしく、ここでアルバイトをしたいと思った。皿洗いが中心だったが、3カ月間働いた。  その後は工場に3年勤め、佐川急便の配達を3カ月、インテリア関係の仕事を1年と職を転々とした。「本庄大勝軒」にはバイトを辞めてからも定期的に訪れていた金澤さん。ある日、マスターとおかみさんに「いつラーメン屋をやるの?」と聞かれた。  このまま仕事を続けるか迷っていた頃、「本庄大勝軒」が2店舗目の「常勝軒」をオープンすると耳にする。50席ほどある大型店で、ここで頑張れば月100万円稼ぐことも夢ではないと思い、入社を決める。23歳の頃だった。 「常勝軒」はすぐさま繁盛店になった。金澤さんは無我夢中で店を回し、気がつけば接客が好きになっていた。 「お客さんとのコミュニケーションがとにかく楽しくて、この仕事って良いなと思いました。目の前で『おいしいね』とか『元気もらえるよ』を言ってもらえる幸せな職業ですよね。常連の多い地元に愛されるお店だったからこそ感じられたことかもしれません」(金澤さん)  オープンから3カ月後には店長に抜擢(ばってき)され、失敗も多かったが成長できた。従業員もたくさんいて、人の配置や人間関係も含め、店作りを学んでいった。「常勝軒」で8年働いた後は、群馬の系列店「景勝軒」に入り、エリアマネジャーとして各店を指導する立場になる。原価や人件費などの数字面も見られるようになった。  その後、妻の妊娠をきっかけに、金澤さんは独立を考え始める。 「ちょうどこの頃仕事に疲れている状況で、今のままだと子どもにこの顔を見せられないなと思ったんです。妻も背中を押してくれて、独立に向けて動き出すことになりました」(金澤さん)  そこで、店の定休日を利用して「金の舌」と名付けたイベントを開催。オリジナルのラーメンを提供することにする。ここで生まれたのが、「金の素」というメニューである。ゆでた麺を氷水で締め、醤油タレをかけて生卵を乗せたシンプルな一杯。店のまかないとして、具無し、スープ無しで麺とタレだけを絡めて食べていたのをヒントに作ったという。 「つけ麺をメインでやろうと思っていましたが、週1のイベントのために仕込むのがとにかく大変だったんです。スープを無しにして、麺とタレだけで作れれば理想だと考えて作りました。うまい麺があればスープは要らないのではという発想です」(金澤さん)  この「金の素」が、のちに「ゴールデンタイガー」を支える一杯になっていく。  こうして2018年3月、金澤さんは熊谷に「ゴールデンタイガー」をオープンする。33歳の時だった。店名は長男の虎太郎くんの名前から名付けた。店のポップな外観は、先輩のデザイナーに作ってもらった。  メニューはつけ麺と「TKM」。TKMは「タマゴカケメン」の略称で、「金の素」をブラッシュアップさせたものだ。「卵かけご飯」の「TKG」からヒントを得て付けた名前はアイデア賞といっていいだろう。艶やかな麺の上に浮かぶ黄色い卵の黄身。シンプルながら絵になる一杯だ。  このTKMが19年4月に大ブレークする。栃木県小山市で開かれた「ラーメン祭り」に出店した時である。ポスターにTKMの写真が載った時は、「これはラーメンじゃない」とばかにされたが、いざイベントが始まると、そのおいしさに他店の店主から絶賛の声が集まる。その後、名店の店主が限定メニューとして出し始めるなどTKM自体が広がっていった。 「よく言えばシンプル、悪く言えば手抜きに見えたのか、お客さんもあまり注文してくれないメニューでした。でも、イベント後に一気に忙しくなり、TKMを注文する人も増えましたね。続けることでリピーターも確実に増えていきました」(金澤さん)  つけ麺の材料で作ることができ、麺のゆで方もつけ麺と同じ。なのに、この唯一無二な一杯を作り上げたのは革命といえる。簡単そうに見えるが、シンプルさゆえにごまかしが利かない。麺をどう仕上げるかがすべてで、そこに全神経を集中して緻密(ちみつ)に作り上げた一品である。  このTKMを看板に掲げ、「ゴールデンタイガー」は一気に人気店に上り詰めた。20年10月からは麺を自家製麺に切り替え、よりうまさが際立つようになった。金澤さんはこれからもシンプルな一杯を極限まで磨き続ける。 「かし亀」駒店主は、このTKMの大ファンだ。 「とにかく麺がおいしい。かためですごくコシのある麺で、なかなかこういう麺には出会ったことがありません。シンプルなだけに細部まで磨き上げられていて、麺の太さ、弾力、のど越し、タレの絡みなど、どこをとっても最高の仕上がりです。私も家で何度も試作したことがありますが、なかなかうまく作れないんですよね」(駒さん) 「ゴールデンタイガー」金澤店主も、「かし亀」の町中華の域を超えた人気に感服する。 「インスタ映えの先駆者的なお店だと思います。そして映えだけでなくしっかりおいしい。ラーメン店ではなかなかできないメニュー数を毎日こなしていて、こだわりのすごい方だなと思います。オリジナリティーにあふれていて、見せ方も面白く、町中華の新たな形として大変勉強になるお店です」(金澤さん)  人気の町中華のデカ盛りメニューとシンプル・イズ・ベストなTKM。どちらも料理は味だけでなく、見た目も大事だということを教えてくれる。そして食べればさらに納得なおいしさ。ファンを夢中にさせる一杯は何より強い。(ラーメンライター・井手隊長) ○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho ※AERAオンライン限定記事

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    “過去”の辛い経験のせいで“未来”に希望がないと苦悩する28歳女性に鴻上尚史が贈った「過去は未来を100%決められない」という言葉

     両親が喧嘩ばかりの家庭で育ってきたという28歳女性。自分の辛い経験と周囲の人生を比べてしまうと苦しむ相談者に、鴻上尚史が差し出した言葉「人間は矛盾した人間」の真意とは? 【相談143】過去に辛い経験をもつ人間も明るく生きていけるのでしょうか(28歳 女性 さとみん)  既婚28歳女性です。物心ついた頃から両親は不仲で、毎晩夫婦喧嘩ばかりの家庭で育ちました。喧嘩の原因は母が信仰している宗教です。一度家庭のお金に手をつけてしまったようで、それ以降「宗教を辞めろ」「家から出て行け」など父が母に怒鳴るようになりました。泣きながら喧嘩を止めたこともあります。  宗教の信仰は自由ですが、やはり母のせいで窮屈な思いをしてきたのは確かで、母を恨む気持ちもあります。でも母はいつも優しくて自分の一番の味方でした。母のことが大好きです。また実家は貧乏で、いつもうちにはお金がないと言われながら育ちました。両親の喧嘩を聞いているのはとても辛く、高校卒業と同時に家を出て姉と暮らすようになりました。  大人になったら楽になれる、幸せになれると思って生きてきましたが、大人になってからの方が周りと自分の人生を比べてしまい辛いです。友達や同僚と家族の話をしていても里帰り出産するとか、車を買ってもらったとか大型連休には実家に帰ってゆっくりするんだとか、自分と違いすぎて、ああやっぱり私の家庭環境はおかしかったんだと再認識してしまい、大袈裟ですが未来に希望がないと思ってしまうのです。  子供の頃から消えたい消えたいと思いながら生きてきました。今でも思います。でも死ぬ勇気はないのです。自分だけ辛いわけじゃない、とか分かっているのですが、でもまだ涙が出るほど辛い時もあります。  誰にも相談できずに生きてきました。文章がうまくまとまらないのですが、人生に希望ってあるのでしょうか? 過去が辛かった人も明るく生きていけるのでしょうか。 【鴻上さんの答え】 さとみんさん。つらい家庭でしたね。そのつらさをずっと抱えて生きているんですね。大変でしたね。  さとみんさんのお母さんは、この「ほがらか人生相談」に送られてくるような「毒親」とはちょっと違っています。毎月、「これはひどい親だ」と思う相談がたくさん送られてきます。でも、その場合は、親に対する子供の態度ははっきりしています。つらいですが、一刻も早く縁を切り、親との接点をなくし、自分の人生を生きていくことです。事態は深刻ですが、解決方法は明確です。  でも、さとみんさんの母親は、「宗教」以外の部分では、とてもいいお母さんなんですよね。宗教が原因で、夫と対立し、(おそらく)宗教が原因で貧乏で、さとみんさんには平穏な家庭生活がなかったんですよね。でも、お母さんはいつも味方になってくれたんですよね。  とても、矛盾した存在ですよね。「優しいお母さん」か「完全な毒親」だったら、さとみんさんは、今のような複雑な混乱はしなかったんじゃないかと思います。  いつもいつも毒親に虐待されていたら、さとみんさんも態度が明確になれたんじゃないでしょうか。でも、優しいお母さんの時があって、話せるお父さんがいて、でも、二人が決定的に対立する、その矛盾にさとみんさんの心はズタズタになったんだと思います。  でもね、さとみんさん。人間には、完全な善人とか完全な悪人はなかなかいないし、完璧な母親も悪魔のような母親もそんなにいないんじゃないかと僕は思っています。 「この部分は素敵なんだけど、この部分は最低だ」とか「ここは素晴らしいけど、ここは絶対に許せない」なんて人間がほとんどじゃないかと思います。つまり、そもそも人間は矛盾した存在だと思うのです。  そんな矛盾した人間と、うんうんと唸りながらつきあっていくのが人生なんじゃないかと僕は思っています。 「子供の頃から消えたい消えたいと思いながら生きてきました。今でも思います」と書かれたさとみんさんは、既婚なんですよね。この相談では、夫のことは何も書かれていませんが、夫の存在が「希望」にはなりませんでしたか? 夫のことをどんなに愛していても、つらい過去の方が重いですか? 「私の家庭環境はおかしかったんだと再認識してしまい、大袈裟ですが未来に希望がないと思ってしまうのです」と書かれています。自分でも大袈裟と表現していますが、僕もそう思います。前半と後半はつながりません。 「家庭環境がおかしかったこと」は事実です。でも、だからといって「未来に希望がない」はイコールではありません。「過去が辛かった」ことと「明るく生きていける」かどうかもイコールではありません。過去がつらくても、明るく生きている人はたくさんいます。家庭環境がおかしくてもちゃんと希望を持って生きている人もたくさんいます。  考えてみれば、当り前のことだと思いませんか? 「過去が辛かったこと」は、過去を決定しますが、未来まで100%決めることではないのです。  過去がつらかったから、未来も絶対につらいはずだと思ってしまうのは、さとみんさんの気持ちが落ち込んでいるからです。  それは、自分の気持ちがまだ整理できてないからだと僕は思います。  さとみんさんにとって、母親はとても矛盾した存在です。「母を恨む気持ち」と「母のことが大好き」な気持ちが、未だにさとみんさんの心の中で激しくぶつかって、さとみんさんを苦しめていると僕は思います。母親もまた、宗教への思いと家族への思いを矛盾したまま抱えています。  さとみんさんは28歳ですね。もうすぐ、30歳になります。そろそろ、母親の弱さを認めてもいい時期じゃないかと思います。許すんじゃないですよ。宗教に過剰に頼り、夫との関係より宗教を大切にし、家庭を混乱させてしまった優しい母親の寂しさとか事情とかを、そして母親と対立した父親のことを認めるのです。許すのではなく、恨んだ気持ちと好きだという気持ちを持ったまま、認めるのです。  私を苦しめ、傷つけ、人生を信じられなくした母親と父親を認めるんです。とても許せないけれど、そうなってしまった母親と父親の心情と事情を認めるのです。  そうすることで、さとみんさんの母親に対する気持ちは、ゆっくりと落ちついてくるんじゃないかと思います。母親に対する気持ちや母親という人間を冷静に判断できるようになれば、自分自身の人生も落ちついて見られるようになると思います。  矛盾した母親を許すのではなく、認める。母親はそういうものだったと認める。すべてはそこから始まると僕は思います。さとみんさん。どうですか? ■本連載の書籍化第3弾!『鴻上尚史のますますほがらか人生相談』が発売中です!

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    誰のための「AV新法」なのか 「リアル」を求める撮影現場の実態とずれた骨子案の危うさ

     作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、AVに関する新法について。 *   *  *  映画監督の小林勇貴氏が、リアリティーを出すために子役を実際に殴る演出をしていたことに批判が集まっている。実際の映像を見ると、体格の良い成人男性が、自分の半分もないような子どもを地面に押さえつけ、髪の毛をつかみ、大声を出しながら殴っている。殴られている子どもの心理は見ている側には分からない。「怖がっている」のは演技なのか、演技ではないのか。その境はどこにあるのか。殴る側はどのような心理なのだろう。監督に「殴れ」と言われたら、たとえ相手が子どもであっても、「殴る」ことは「業務」になってしまうのだろうか。  実際、殴っていた男性は、いったん「カット!」の声がかかると、スッと、何の違和感もなく、それまでのことがウソのように「素」に戻っていた。殴られていた子どもはすぐには気持ちを切り替えることはできないようで、頬を押さえ目を伏せているように見える。そんな子どもに、周りの大人たちが「よくがんばった!」などと明るくいたわるように声をかけていた。 「異常な光景だ」と、ネット上では小林監督への批判が集中している。確かに、問題のある映像だと私も心から思う。一方で、この映像に私はとても既視感をもつ。こうした演出という名のもとでの暴力は、AVの撮影でも同じように行われている。  年間3万本制作されているAVの現場で行われているのは、実際の性交、実際の暴力である。男性器を肛門や膣や口に挿入するだけではない。女性を殴ったり、水の中に顔をうずめさせたり、圧縮袋に入れて窒息寸前まで苦しめるようなことをしたりなど、女性が苦痛にもだえるような姿が記録されている映像は無数にある。何らかの特殊映像が使われているとか、本当は圧縮袋に入れられていないのに圧縮袋に入れられている演技をしているとかいうのではなく、実際に圧縮袋に入れられた女性が映像として記録されるのだ。もちろん、事故も起きる。2004年には女性に薬物を吸わせ、肛門に器具を挿入して破裂させ、直腸に重傷を負わせる事件も起きている。処置が少しでも遅ければ女性は死んでいたといわれている。 「AVはファンタジー」とは言われているが、実際に現場で行われているのはファンタジーではなく、リアルな暴力である。俳優が性交を演じているのではなく、被写体になった人が性交している行為が記録されている、というほうがむしろ正しい表現なのだと、私はAV被害者を支援する団体に関わることで実感している。  AVに出演したことによる被害を訴える人たちが、ほぼ全員口をそろえて言うことは「俳優としての技術は求められたことはない」というものだ。ただ自分が性交しているシーン、暴力を受けているシーンを記録されているだけという意識が圧倒的である。まさに、子どもを大人が殴り続けたシーンのように。本気で怯える子どもの顔を「撮る」ために、AVのカメラは回されている。  いま、AVに関する新法が、つくられようとしている。  きっかけは、今年、改正民法が施行され、18歳、19歳の取り消し権が使えなくなってしまったことだった。成年年齢が引き下げられることで、AV出演に巻き込まれる子どもたちが増えてしまうかもしれないという懸念の声があがり、世論が大きく動いたこともあって与党議員たちが動いたのだ。私自身、この動きにはとても期待をよせていた。  ところが、先日、与党のプロジェクトチームから提案された法案の骨子案に、衝撃を受けている。悪質な業者を排除するための細かな規則はつくられているが、最大の問題は、性交が契約に入ってしまっていることだ。つまり、性交を契約上の業務として国が認めたということになる。セックスを国が業務として認める、初めての法律でもある。AVの中でこれまで行われてきたリアルな性交は、罰する法律がなかっただけでグレーゾーンの状態で行われていた。そのことに、今後は国がおすみつきを与えることになる。  改めて、AVとは何だろう。  そんな思いにかられる。なぜ、性交を演じる、のではなく、「リアル」が求められなければいけないのだろう。妊娠や性感染症のリスクもある。今ある「売春防止法」にだって抵触する問題もある。AVが「作品」であり「表現物」だというのならば、なぜセックスを「演じる」のではいけないのだろうか。  水原希子さん、さとうほなみさん主演の「彼女」(Netflix)で、日本で初めてインティマシー・コーディネーターが起用されたことが話題になっている。性的なシーンを撮るときに、監督の意図、そして俳優の許容範囲などを丁寧に探り、監督と俳優双方の合意を得る仕事だ。撮影時にも、撮影人数を制限するなどの配慮をし、環境づくりをするともいわれている。俳優の人権、俳優のバウンダリー(身体、精神的に、許容できる境界線)を尊重することが、今、世界の「表現」界では求められている。物語に必要ではないのに、過激なセックスシーンをあえて入れる、女性の裸体を必要以上に露出させるような「演出」、女優に過酷な性的表現を強いるような表現物にセンシティブであろうとしているのが、今の流れだともいえる。  そういう中で、「あくまでもリアル性交」「リアル暴力」にこだわる日本のAVは何だろう。それにおすみつきを与えようとする法案は、誰のことを見ているものなのだろう。  骨子案には契約の問題が細かく記されていた。契約に問題があれば訴えればいい、ということである。しかし、契約が盤石ならば被害は生まれないというのは、性暴力被害、AV被害の実態を知らない甘い考えだ。実際、契約書に自分の意思で自分の手で自分の名前を書いたとしても、それが完全に契約を理解したものだとは限らない。特に若ければ若いほど、判断は未熟なものになるだろう。  例えば、今、AV業界では契約の際にカメラを回すことが求められている。それは強引な契約ではないということの証拠として、メーカー側に保存されるものだ。でも、考えてみてほしい。社会経験が圧倒的にない若い女性が、大人の男たちに囲まれていたらどうだろう。撮影の当日、ギリギリまで出たくないと思っているのに、「契約にサインしたのは君だよ?」「撮影をばらしたら、数百万円の損失になるよ」などと言われたら、断れなくなる。  怒鳴られたわけではなく、殴られて出演を強いられたわけでもない。自分の手でサインし、自分の足で現場に向かい、自分で服を脱ぐ。でも、それはどこからが自分が決定したことなのか、どこからが諦めたことなのか……自分でも分からない。それが、AV出演の被害の実態だ。契約がしっかりしていればしているほど、被害を口にすることは難しくなる。ノーと言えなかった。怖かった。フリーズしていた。あれは性暴力だった。と思いながらも、被害の証拠を残せなくなるのだ。  今回、与党が出してきた骨子案は、そういった性被害者の声を伝えてきた支援団体の思いを踏みにじる内容に私には読める。むしろ業者側に都合よく、今後、業者が「適正」に性交をリアルに記録し、安全に業界を維持できるものになっていくだろう。そこでうまれる被害の大きさを思うと、あまりにもつらい。  今回の骨子案に関わった議員の一人は、AV被害者の支援団体のヒアリングの場で、「この骨子案は寝ないでつくった。がんばった」ということを強調していた。「まだ不十分な法律かもしれないが、それでも一歩進めるべきだとは思わないのか」と言う議員もいた。今回の骨子案は18歳、19歳に限らず、全ての年代で、契約に問題があった場合は契約解除ができるというものでもある。確かに、この骨子案で救われる被害者もいるだろう。でも、それ以上に被害が拡大する可能性のほうが大きいことは、被害者支援に関わる経験をもつ者には一目瞭然でもある。  いったい、誰のための、何のためのAV新法だろう。こんな大切な法案を、力ずくで通してはいけないのではないか。

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    中途採用35歳限界説は崩れた? 40代アパレル店長からIT業界へ“越境転職”のリアル

     長引くコロナ禍、働き方や人生そのものの価値観が大きく変化する中で、人々の仕事観はどのように変化しているのだろうか。そんな世の中の流れが変化する中、ここ最近、転職に踏み切った30代、40代の個人のストーリーを追うと、新たな動きが見えてきた。  これからの「働く」をAERAdot.と一緒に考える短期集中連載「30代、40代の#転職活動」。第1回は、全く経験のない異業種や異職種へ飛び込む「越境転職」について。その前編では、転職当時43歳でアパレル店舗の店長からIT業界への道に進んだ実例を紹介する。 【後編はこちら】コロナ禍の転職「50代未経験も珍しくない」異業種・異職種は過去最高 成功するコツは? *  *  * 「40歳を超えて、業種も職種も未経験の仕事に転職するのは難しいと思っていました」  東京都在住の会社員、Aさん(45)。2年前にアパレル製造・小売業の大手企業から、IT企業に転職した。前職では、ショッピングモールに出店している大型アパレル店舗の店長を8年間務め、前々職は外食チェーン企業の店長。店舗スタッフを束ね、売上目標を目指して店舗運営を担う店長職を歴任してきたが、現在IT企業で取り組んでいる仕事は人事だ。  転職当時、43歳。アパレル店舗の店長を務めながら、転職について真剣に考えるようになったのが40歳を過ぎた頃だった。毎月、本部から厳しい売上目標が出され、回転サイクルの早い商品がどんどん入荷してくる。店舗の従業員は、社員とアルバイトを含めて約30人。店舗面積も広く、従業員は常に足りない状態だった。  足りない人員を補うため、常に業務の効率化を考え、繁忙期には自分の休日も返上して働く。そうやってぎりぎりまで頑張っても、目標に届かないと本部やエリアマネージャーから厳しく叱責される。店頭に並べたばかりなのに、すぐに値引きされ、数週間もすればワゴンで叩き売りされる商品のループ。立ち仕事の疲れも溜まり、休日は寝て過ごすことが多かった。  それでも従業員同士は和気あいあいとした雰囲気で、良いチームワークを築けていた。店長であるAさんが意識的に風通しの良いコミュニケーションを心がけていたこともある。店舗を丸ごと任されるだけあり、裁量も大きく、やりがいはあったが、ある時からこのまま同じ会社で働き続けるイメージがどうしても湧かなくなった。かと言って、同業種や同職種で働いても、同じ考えに至りそうに思えた。自分の世代は、定年が70歳に引き上がっているかもしれない。そうすると、定年まであと30年もある。 「転職するには、今が最後の年齢かもしれない」  そう思って転職エージェントの元を訪ねたのが、43歳の終わりのことだった。  中途採用といえば、即戦力が重視されるイメージが強い。それだけにAさんも、異業種や異職種への転職は難しいと考えていた。まして、“35歳限界説”がまことしやかに囁かれる中途採用市場である。Aさんもどこかで、「結果的に同業種や同職種での転職に落ち着くのだろう」と踏んでいた。エージェントの担当者から、IT企業の人事担当という現職を紹介された時には、「なぜ自分に?」と驚いた。  実は、Aさんが抱いていたような中途採用の「常識」は過去のものになりかけているという。今、異業種や異職種に“越境”する「越境転職」が盛んだ。リクルートの調査によれば、2009年から2020年までの約10年間で、「異業種×異職種」の転職割合は24.2%から36.1%に増加した。  Aさんの転職の場合、そのIT企業は事業規模の拡大に伴って採用活動を強化しており、人事担当者を拡充したい意向があるのだという。求めているスキルは、「マネジメント力」「幅広い年代を対象とした採用経験」「チームを引っ張れる能力とコミュニケーション力」。言われてみれば、これまで培った経験が活かせそうに思えた。「新たな環境で、これまでと違う業界に飛び込んでみるのも悪くないかもしれない」という気持ちが、背中を押した。  かくして三度の面接を経て、現職に転身。店舗からオフィスでの仕事、小売業用語からIT用語、店舗運営から採用計画策定と、環境や仕事を取り巻く状況は大きく変化した。日々、店舗で顧客と直接対峙するアパレル時代と違い、 現在は基本的に一日中パソコンに向き合う毎日。コミュニケーションは、メールより圧倒的にリアルな会話だったアパレル時代とは違い、現在のやり取りはチャットやメールが主だ。長年の店長経験から、相手と直接向き合うコミュニケーションには自信があったが、デジタル上でのそれは戸惑うことも多かった。  もちろん店長時代も、業務の中でPCを使うシーンはあったが、IT企業での使い方とは比べ物にならない。現在の会社に転職するまで、自分がデジタルに不慣れだと感じたことはなかったが、IT企業では完全に”デジタル音痴”の部類に入るのだと実感した。ITスキルの高い20代社員から、「こんなことも知らないのか」という目で見られる劣等感も初めて味わった。それでも持ち前の積極性と行動力で信頼を築き、1年経たないうちにすっかり環境に馴染んだ。  現在は、人事部のチームリーダーとして20人の部下を束ねている。全体として若い会社なだけあり、直属の上司である部長は、3歳年下の女性だ。前時代的な考えの人からは「年下から指示されるなんて」と言われることもあるが、異世界へ飛び込んだのだから、余計な見栄やプライドは捨てようと心に決めている。これまでの経験にとらわれず、知らないことは素直に聞き、相手の話に耳を傾ける。店長職で培った経験が生きる場面も多く、「毎日が楽しい」と前向きだ。年収は650万円から800万円へと上がり、休日もしっかり取れるようになったという。 「“この歳で未経験の仕事なんて大丈夫なのか”と周りからは心配されましたが、あの時、思い切って転職して良かった。前職の同年代の仲間も、僕の例を見て、異業種や異職種への転職を真剣に考えている人が何人かいます」  中途採用の“35歳限界説”はあくまでも“説”――年齢、業種や職種にとらわれず検討してみる時なのかもしれない。(松岡かすみ) 【続きはこちら/後編】コロナ禍で異業種や異職種への転職が過去最高「50代で未経験への転職も珍しくない」

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    急死の上島竜兵さんが残した「山ねこ」のボトル 「会計はいつも竜兵さん」後輩と通ったなじみの店主

     ダチョウ倶楽部のメンバーで、お笑い芸人の上島竜兵さんが11日未明、死去したことがわかった。東京都中野区の自宅で意識がなくなっているのを家族が発見。病院に搬送されたが、午前1時頃、死亡が確認されたという。  上島さんはお酒が好きだった。2015年から行きつけのカフェバーの30代のオーナーはこう語る。 「うちの店には週1回くらいのペースで飲みに来ていました。昔はウイスキーも飲んでいたんですが、そのうち宮崎県産のイモ焼酎『山ねこ』をロックでひたすら飲んでいましたね。食べ物はちょっとつまむぐらいで、もっぱら飲む方でした」  店内には、「上」と書かれた、上島さんが入れた「山ねこ」のボトルがあった。まだ少ししか飲んでいないままだった。 「ボトルが空になると次にまた入れるという感じでした。1人でも来ましたが、たいてい、後輩芸人を1人から3人連れて来ました。会計はいつも、竜兵さん。先輩、後輩がきっちりしていました」  長い付き合いのオーナーには素顔を見せることもあった。 「竜兵さんは自分を『出無精』だと言ってました。自宅で過ごすのが好きだった。『そんな自分を無理やり外に連れ出して、何かやらせる企画が面白いんじゃないか』とか冗談を言ってました」  上島さんは自宅での映画鑑賞を趣味にしていた。 「とくに渥美清さんが寅次郎を演じる『男はつらいよ』(シリーズ48作)がメチャメチャ大好きでした。何回も繰り返し見ていると話していました」  飲んでいても、お笑いの話をするのが常だった。 「『あいつのボケはダメ、こいつのツッコミはいい』という話とか、とにかくお笑いの仕事の話ばかりしていました」 たまに妻でタレントの広川ひかるさん(51)と夫婦でやって来ることもあったという。 「夫婦仲は良さそうでした。2人でずっとしゃべってましたから。ひかるさんのインスタを見ても、『今日は夫が料理を作ってくれた』とか書いてあって、仲のよさがうかがえました」  最後に店に来たのは2020年の秋頃。 「コロナ禍になって、竜兵さんの足が遠のいてました。また、コロナが落ち着いたら来ていただけるのかなと思っていたら、こんなことになってしまった」  上島さんの行きつけの喫茶店の店主(47)は「おとなしい人でした」と話す。 「うちには午後3時頃やってきて、ホットコーヒー(450円)の注文が多かったです。夏はアイスコーヒーでした。いつも砂糖もミルクも入れず、ブラックで飲みながら、スポーツ紙を読んでいました。テレビのお笑い番組でみるような感じではなく、気さくだけどおとなしい人でした。上島さんはタバコを吸うから、タバコのためにうちにやって来ていたんでしょう。2年前、受動喫煙防止条例が制定されてからは、店でタバコが吸えなくなり、上島さんもほとんどお見えにならなくなりました」(喫茶店店主)  上島さんが死去する4,5日前にあいさつを交わしたという。 「自宅マンション1階のエレベーターホールの周辺で見かけました。上島さんの方から『こんにちは』とあいさつしてきて、普段と変わらなかったです」  知人らによると、自身が出演したドラマの話をするのがとても好きだったという。「俳優・上島としての仕事も、もっと見たかった」という声も根強い。  所属事務所は11日、公式ホームページを通じて「あまりにも突然のことで驚きに堪えません。今まで上島竜兵を応援して下さった皆様には心から感謝いたします」とコメントを発表した。 (AERAdot.編集部・上田耕司) ◆「日本いのちの電話」相談窓口◆ 厚生労働省は悩みを抱えている人に対して相談窓口の利用を呼びかけている。◆ナビダイヤル 0570・783・556(午前10・00~午後10・00)◆フリーダイヤル 0120・783・556(毎日:午後4・00~9・00、毎月10日:午前8・00~翌日午前8・00)

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    危険なペットフードの見分け方 「国産」表記にも注意すべき理由

    「添加物不使用」などとアピールする食品はスーパーでもよく見かける。食の安全に注目が集まるなか、ペットが口にするものにも気を配ろうとする動きが。ペットフード製造の実態をもとに、どうすればより安全な製品を選べるのかを考える。 *  *  *  近年、犬や猫のごはんの高級化が進んでいる。一般社団法人ペットフード協会の「2019年度ペットフード産業実態調査」を見ると、15年以降、出荷量は横ばいにもかかわらず市場規模は拡大し続け、5年で540億円もの成長を遂げている。 「ペットは家族の一員」という考え方が当たり前になった今、安心安全で良質なペットフードの需要が増えるのも納得だ。では、大事な家族の健康を守るには、どんなことに気をつけて製品を選べばよいのだろうか。  食の安全を考えるとき、多くの人が気にするのは添加物の問題だ。食品問題評論家の垣田達哉氏はこう話す。 「現代では一般的に、ある物質が人間の体に害があるかを調べるためにはまず動物実験が行われます。動物によくないものは人間にもよくない。その逆も然りです。動物のほうが寿命が短く体も小さいので、人間よりも有害物質の影響を受けやすいとも考えられます」  人間の食品において安全性が疑問視されている添加物が、ペットフードにも使われているケースはままある。リスクがあるならば、とらないにこしたことはない。  タール系着色料は、赤色2号など「○色○号」の名前がついた合成着色料のこと。犬や猫は色覚が発達していないため、色をつけても食いつきには関係ないが、見栄えをよくすることで飼い主の購買意欲を刺激しようと考えるメーカーは積極的に添加する。  酸化防止剤であるBHA、BHT、エトキシキンは、ペットフードの場合は家畜用飼料と同じく1グラムあたり合計150マイクログラム(犬用はエトキシキン75マイクログラム)までの添加が認められている。しかし有識者からは、数カ月もしくは数年の命の家畜と、10~20年ほど生きるペットで摂取量の基準が同じことを不安視する声も上がっている。  ペットフードは水分量が少ない順に、ドライフード、セミモイストフード(半生フード)、缶詰やレトルトパウチに入ったウェットフードの3種類に分類される。このうちセミモイストフードは、プロピレングリコールのような湿潤調整剤やソルビン酸カリウムのような保存料が多く使われる傾向にあるので要注意。  安全なペットフードを選ぶためには、「何が入っているか」だけでなく、「どこで作られたか」という視点も重要だ。  07年、北米でペットとして飼われていた犬猫が腎不全で大量死する事件が起きた。原因は、工業用の化学物質、メラミンで汚染された中国産小麦グルテン入りのペットフードを食べたことだった。メラミンは、プラスチックや肥料の原料となる化合物。中国の業者が、小麦グルテンのたんぱく質含有量を多く見せるために不正に添加していたことが発覚した。  垣田氏は「日本や欧米では行政が食品の製造や流通をきちんと管理しているが、食の安全への意識が低い国では悪質な業者でも取り締まられずに営業できてしまう実態がある」と話す。  日本における「国産」表記は、「加熱や成型などの実質的な最終加工を国内で行った」という意味でしかないので、材料の原産地が信頼できる国であるかどうかにも注意を払うとよい。 ■「抜け穴」もある国による監視  また、海外で製造されたペットフードの場合、輸入プロセスによっても製品の安全性が左右される。『愛犬を長生きさせる食事』(小学館)の著者、ノア動物病院グループ院長の林文明氏は、こう指摘する。 「ペットフードは重量があるので、輸送は基本的に船便。特に、個人業者などが正規代理店を通さずに輸入する場合、温度や湿度が管理されていない劣悪な環境で数カ月かけて運ぶケースもある。いくら酸化防止剤が入った製品でも、そんな状態で保管されたら油が酸化し、食べたペットがおなかを壊すこともある」  日本における犬猫用ペットフードの製造や輸入販売は、前述の“メラミン事件”をきっかけに整備され、農林水産省と環境省が所管するペットフード安全法によって規制されている。  09年に同法が施行される前のペットフードは「何が入っているのかよくわからない」というブラックボックス的な状況だった。法整備された今は、特定の添加物、農薬、汚染物質などの含有量の上限が定められたほか、原材料名や原産国名の表示や、製造・輸入業者の届け出が義務化され、安全性に問題がある製品は国が廃棄や回収を命じることができる。  しかし現実には、すべての製品に目を光らせることは難しいようだ。農水省の担当者は悩ましげに打ち明けた。 「国内で流通する製品はランダムで抜き打ち検査をしているが、成分を分析するには大量のサンプルが必要。個人がSNSやフリマサイトで小袋で売っているような商品だと、検査が難しいこともあります」  また、ペットフードによって食中毒が起きたとしても、毎回国が把握できるとは限らない。人間の場合、病院で食中毒やその疑いと診断されたら、担当医師は保健所に届け出る義務があるが、獣医師はその必要がないのだ。環境省は日本獣医師会に対し、ペットフードが原因と考えられる犬や猫の健康被害が発生した場合は同省の通報窓口に情報提供するよう協力要請をしているが、いまだ“お願い”の域を出ていない。  なぜペットフードは、人間の食品と同じレベルの厳しさでは取り締まれないのか。その背景について、前出の農水省担当者は「ペットが食中毒を起こしているかどうかを判断することの難しさ」を挙げる。 「まずおなかの強さの個体差が人間以上に大きい。室内飼いか屋外飼いかによっても細菌への抵抗力は違い、同じペットフードを食べてもおなかを壊す子と壊さない子がいる。また、動物は拾い食いなどをするので衛生管理が難しく、ペットフードと体調不良の因果関係を明らかにするのは至難の業です」  国による監視には限界があるのだ。 ■酸化リスク高い高温加熱の商品  ネット社会の功罪もあり玉石混交なペットフードが出回る一方で、こだわりぬいた製品づくりに励む企業もある。  犬猫生活株式会社(東京都)は、人間が食べても大丈夫な材料で作った自社のペットフードを“ヒューマングレード”という言葉で表現する。原材料名を見ると、生肉(鶏肉、牛肉)、金沢港の旬の魚、鶏レバー、イモ類(ジャガイモ、サツマイモ)など、たしかに我々の食卓になじみ深い食材の名前が並んでいる。  同社の佐藤淳社長が、一般的なペットフードに使われている材料について教えてくれた。 「生肉と表記していない製品は、肉や骨、内臓、血液、皮などを混ぜて粉状にしたものを使っていることも多い。巷では『病気で死んだ家畜の肉も混ざっていて危ない』という噂もありますが、さすがに日本では使っていないと思います。問題が起きたときのことを考えると、リスクを背負ってまで使う業者はいないでしょう。それより、動物原料を粉末にする過程で高温での加熱・乾燥が行われ、酸化防止剤を入れないと品質を保てなくなることのほうが問題です」  酸化の問題は、材料をペットフードに加工する段階でも発生する。 「ドライフードの場合、私たちは90度前後の低温で長い時間をかけて加熱しますが、200度近い高温で一気に加工するような製品はやはり酸化しやすい。風味も失われるため、表面に油脂を吹きつける“オイルコーティング”でペットの食いつきをよくしているが、その油脂自体も酸化の原因になる」(佐藤社長)  酸化した油は、ペットの消化器に負担をかける。佐藤社長は自ら、製品改良のために他社のペットフードを口にして匂いや味を確かめているが、酸化が進んだ製品は「オエッとなる独特の臭い」がするそうだ。  ここまで、ペットフードに関する様々な危険性を挙げたが、どうすればより安全な製品を見極めることができるのか。佐藤社長によると、ポイントは二つあるという。 「原材料の産地など、細かく情報開示されている商品は信頼できるでしょう。また、値段もわかりやすい判断材料。私たちの製品は1カ月分で4480円(税別)ですが、他社だと600円ほどのものも。高ければいいというわけではないが、3千円台後半以上のものであれば、大抵はこだわって作られたものだと思います。ペットフードはワンちゃんやネコちゃんの食べ物といえど、食事。『自分も食べられるかな?』という視点できちんと調べて、選んでほしい」  出されたものを食べるしかないペットたち。愛犬・愛猫の健康を守れるのは、飼い主しかいない。(本誌・大谷百合絵)※週刊朝日  2022年5月20日号

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    「怖いから早く欲しい」シェルター需要急増中 約1500万円でも一家で3基購入も

     ロシアによるウクライナ侵攻以降、平和なはずの日本でも不安が広がっている。ミサイルの危険を自分ごとだと感じ、もしもに備えて準備を急ぐ人も出てきた。AERA 2022年5月16日号の記事から紹介する。 *  *  * 「またミサイルだ」  大型連休も後半に差し掛かった5月4日。防衛省は北朝鮮が弾道ミサイルを発射したと発表した。今年、13回目とみられる。  都内に住む女性(32)は、LINEに届いたニュース速報でミサイルの発射を知り、こう感じた。 「落ちてきたら、どこに逃げればいいんだろう」  このとき、女性がいたのは地上を走る電車のなか。もし本当にミサイルが落ちてきたら大変なことになる、とゾッとした。 「きっと窓は割れるから、近くにいると危ないよね。でも、電車って窓だらけ。逃げ場がない」「リスク回避には地下鉄を使うほうがいいんだろうか」  そんな話を友人にすると、考え過ぎだとたしなめられた。自分でもそうだとわかっているし、2017年にJアラートが鳴ったときは、そこまで気に留めていなかった。  ミサイルの危険を自分ごとだと感じるようになったのは、ロシアによるウクライナ侵攻が始まってからだ。 「ウクライナの人たちも、侵攻が始まる前の日まで普通に暮らしていました。そう考えると他人事じゃありません」  こうした不安を抱えているのは、この女性だけではない。ウクライナ侵攻が始まった2月24日以降、こんな動きが起きている。 「核シェルターについて、2カ月で100件以上の問い合わせがありましたよ」と、住宅用防災シェルターの販売を行う「アンカーハウジング」代表の吉山和實(かずみ)さんは言う。  同社では17年から住宅の地下に設置するタイプのシェルターを販売している。日本上空を通過するミサイルの発射が繰り返された同年から、シェルターへの関心は高まっているという。 「あのときの問い合わせは30~50件くらいで、シェルターを販売したいという建設会社が中心でした。でも今は、『怖いから早く欲しい』という個人の方からの相談も増えています」(吉山さん) ■一家で3基購入も  シェルターは米国製で、キューバ危機でも使われたものだという。広さは約2.6坪、深さ約5メートル。折りたたみ式の2段ベッド2台と、床下収納も備え付けられている。放射性物質などを除去できる空気ろ過機や手回し発電機もあり、ここで2週間は過ごせると説明する。  価格は設置費を含めて約1500万円からと、気軽に手を出せる値段ではない。それでも、一家で3基購入したケースもあるという。 「お孫さんの分も、ということでした。安全性を買っているので、価格の問題ではないんです」  自治体もシェルターに熱視線を送っている。  茨城県結城市では、今年からふるさと納税の返礼品として核シェルターを採用。製造するのは、地元企業の「直エンジニアリング」だ。  幅約2メートル、奥行き約4メートル、高さ約2メートルの地上設置型で、ふるさと納税では2090万円の寄付が必要になる。  だが、通常購入であれば本体価格570万円からとシェルターのなかではリーズナブルだ。同社専務の古谷野喜光さんはこう説明する。 「東日本大震災のとき、お金のある人は別の場所にいて、避難所にいなかった、という声も聞きました。ならば、低価格で買えるものを作れないかと思ったんです」  構想から7年経った昨年12月、ようやくシェルターが完成した。 「ミサイルが落ちると想定される場所は限られているので、多くの場合は爆心地から舞い上がる放射性降下物が問題になります。シェルターには放射性物質などを除去するイスラエル製のフィルターを搭載し、屋根と壁には鉛の板も入れています」 ■低いシェルター普及率  ウクライナ侵攻以降、同社への問い合わせも急増している。だが、シェルターそのものが普及していない日本では、購入したことを後ろめたく思う人もいるという。 「地下シェルターではなく一部が地上に出ているので、有事の際に人が殺到することや、自分だけ助かればいいのかと思われてしまうのが怖いという方も多いです。もっとシェルターが普及すれば認識が変わるかもしれません」  NPO法人「日本核シェルター協会」の調査によると、14年時点の核シェルター普及率は、スイス、イスラエルが100%、ノルウェーが98%、アメリカが82%に対して、日本はわずか0.02%だった。堂々とシェルターを使うには、まだ時間がかかりそうだ。(編集部・福井しほ)※AERA 2022年5月16日号より抜粋

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    “本家”よりも強そう?「森保ジャパン未招集メンバー」でベスト11作ってみた

     2018年9月の森保ジャパンの初陣からW杯最終予選終了までの計48試合に出場した選手は計90人。ベンチ入りのみで未出場の選手も含めると100人以上、昨夏まで兼任していた五輪代表も含めると、さらに多くの選手たちが「森保ジャパン」の名の下でプレーしてきた。だが、日本には“まだ招集されていない好選手たち”が多くいる。カタールW杯への準備に入る前に、「森保ジャパン未招集ベストイレブン」を作ってみたい。 *  *  *  最後尾のGKには、高丘陽平(横浜FM)を選ぶ。現在26歳。身長182センチとGKとしてはサイズ不足だが、それを抜群の反射神経と瞬発力で補い、高いセーブ能力を見せながら積極果敢な飛び出しでハイラインの裏をカバー。年齢を重ねる毎に安定感が増し、昨季はリーグ戦出場33試合中15試合でクリーンシートを達成した。何より、優れた足元の技術とキック精度を持ち、欧州ではスタンダードとなっている「ビルドアップに参加できるGK」である点を評価してゴールマウスを任せたい。  DFラインは4バック。CBにはまず、ドイツに渡って一気に評価を高めた伊藤洋輝(シュツットガルト)を置く。身長188センチの高さにサイドバックも対応可能なスピードもあり、左利きであることも大きな武器。磐田に在籍していた昨季までは舞台がJ2だったこともあって注目度が低く、東京五輪のメンバーにも選ばれなかったが、2021年6月の海外移籍を経て急成長。今年5月12日に23歳となる“逸材”には、今回のカタールW杯本大会での“サプライズ招集”も十分に考えられる。  もう一人のCBには、森重真人(FC東京)を選びたい。強さと巧さ、得点力を兼ね備え、北京五輪、W杯ブラジル大会にも出場した経験豊富なベテラン。2018年のW杯ロシア大会の本大会メンバーから漏れて以降は代表に呼ばれていないが、Jリーグではパフォーマンスを維持しており、昨年8月にはJ1通算400試合出場を達成。再び主将を務めることになった今季も、故障離脱するまで先発フル出場を続けながら8試合で4失点の堅守に貢献し、自ら2得点を奪う活躍を披露。今年の5月21日で35歳となるが、まだまだ健在だ。  続いてサイドバック。左には、吉田豊(名古屋)を指名したい。休むことなく上下動を繰り返し、攻守において粘り強いプレーが身上。決して華麗ではないが、対人能力が高く、攻撃参加も的確。プレーの安定感は特筆すべきもので、32歳となった今季もJリーグ屈指のサイドバックであることは間違いない。これまで長友佑都、中山雄太の2人以外に安西幸輝、小川諒也、杉岡大暉、山中亮輔らが森保ジャパンに招集されたが、吉田がサイドバックとしての総合力において彼らに引けを取っているとは思えない。  右サイドバックには、小池龍太(横浜FM)がいる。JFAアカデミー福島から当時JFLだった山口へ入団し、J3、J2とチームとともにステップアップ。J1・柏でも実力を証明し、ベルギーリーグを経て2020年から横浜FMでプレー。昨季はリーグ戦31試合出場4得点と働いた。基本技術のレベルとサッカーIQが非常に高く、サイドを駆け上がるだけでなく内側にポジションを取りながら多彩な役割をこなすことができる。現在26歳。A代表も世代別代表の経験もないが、国際舞台でも活躍できる力はすでに備えているはずだ。  ボランチの2人で、まずは橘田健人(川崎)を選ぶ。桐蔭横浜大から2021年に“王者”川崎に加入すると、大卒1年目から周囲の期待を上回る働きを披露。頭脳的かつハードなプレーで、外国人のシミッチからアンカーのポジションを奪い取り、Jリーグ優秀選手賞も受賞した。決して肉体的に恵まれているわけではないが、無尽蔵のスタミナと鋭い読みから激しくボールを奪い、前線へ入れるパスのタイミング、精度も優れている。まだ23歳。今後の成長が楽しみだが、今すぐにでも“未招集ベスト11”に入れる力がある。  もう一人は、樋口雄太(鹿島)。鳥栖の下部組織育ち。鹿屋体育大を経て2019年に鳥栖に“再”入団すると、2021年には背番号10を背負ってリーグ戦37試合に出場して6ゴール6アシストの活躍を見せた。巧みなボールタッチからのドリブル、パスともにセンス抜群で、今季から加入した鹿島でも開幕からレギュラーを掴み、中盤を幅広く動き回りながらチャンスを演出。特に右足のキック精度は特筆すべきもので、エリア外からのミドルシュートに加えて、セットプレーのキッカーとしても威力を発揮する。代表歴は2013年にU-17代表に選ばれたのみだが、25歳となったプレーメーカーの実力に疑いの余地なし。その名は今後、さらに広く知られることになるはずだ。  2列目には、アタッカーを3枚並べたい。左サイドは、ドイツで輝きを放つ奥川雅也(ビーレフェルト)。京都の下部組織育ちで“古都のネイマール”とも称されたドリブラー。19歳で海を渡り、左右両足を遜色なく使える“強み”を生かしながら鍛錬を積み、万能型のアタッカーへ進化しながら今季は8ゴールと得点能力も開花させている。現在26歳。2020年11月にA代表招集を受けながら所属クラブで新型コロナのクラスターが発生したことで招集取り消しとなった過去を持つように、“未招集組”としては真っ先にメンバーに入る。  トップ下には、森岡亮太(シャルルロワ)を置く。卓越した技術と広い視野、長短織り交ぜたパスに加えてと得点力も持つ司令塔。神戸時代の2014年に23歳でA代表デビューしたが、アギーレ体制で2試合、ハリルホジッチ体制で3試合に出場したのみで2018年3月を最後に招集なし。しかし、その間にもベルギーリーグで結果を残しながらプレーの幅を広げ、今年4月に31歳となった現在、その実力は間違いなく日本人トップクラス。時代が違えば代表の常連となっていてもおかしくない。  右サイドは、健在の“天才”家長昭博(川崎)に任せる。G大阪ユース時代から傑出した能力を見せ付けながら20代前半までは好不調の波があったが、30歳で移籍した川崎で持ち味が全開。“鬼”のキープ力を発揮しながら、落ち着き払ったプレーで攻撃にアクセントをつけ、オンリーワンの存在としてピッチ上に“違い”を作り出している。A代表はオシム時代に1試合、ザッケローニ時代に2試合に出場したのみだが、持っている能力は過去、現在の日本代表の中心選手たちと比べても全く遜色ない。  最後の1トップは、鈴木優磨(鹿島)で間違いない。2年半過ごしたベルギーリーグで計26得点を挙げ、復帰したJリーグでは開幕から貫禄かつ圧巻のプレーを披露。持ち味であったゴール前での嗅覚だけでなく、中盤、サイドと幅広く動き周りながら攻撃の起点となり、試合の流れを作っている。ストライカーに必要な強いメンタリティとリーダーシップを持つ男は、4月26日に26歳となったばかり。例え森保ジャパンに選ばれなくても選手としての価値が落ちることはなく、今後も数多くのゴールを叩き込んでくれるはずだ。  その他、清武弘嗣(C大阪)、酒井高徳(神戸)、遠藤保仁(磐田)、西川周作(浦和)といった元日本代表の面々や、原大智(シント=トロイデン)、角田涼太朗(横浜FM)といった若手たちも「森保ジャパン未招集組」として今回のベストイレブンに選びたかった選手たち。このことからも、Jリーグ発足30年を経た日本サッカーの選手層が分厚くなったことは、確かだと言える。その証をカタールW杯の舞台でしっかりと示してもらいたい。  以下、今回選出したメンバー。 【GK】高丘陽平(横浜FM) 【DF】伊藤洋輝(シュツットガルト)森重真人(FC東京)吉田豊(名古屋)小池龍太(横浜FM) 【MF】橘田健人(川崎)樋口雄太(鹿島)奥川雅也(ビーレフェルト)森岡亮太(シャルルロワ)家長昭博(川崎) 【FW】鈴木優磨(鹿島) (文・三和直樹)

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    ジェーン・スー「やらかし後の相手の第一声に人間性は表れる」

     作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。 *  *  *  つい先日のこと。友人から「大寝坊して仕事のイベントに大遅刻してしまった! いま現地に向かっているところ」とLINEがきました。  おお、それは大変。私も遅れてはならない場面で大遅刻をやらかしたばかりだったので、彼のいたたまれない気持ちはよくわかります。  彼がこの日のために一生懸命取り組んでいたのは知っているし、最近は準備で寝不足続きだったのも知っているし、遅刻は彼の不徳の致すところながら、なんとか挽回できるといいなと祈るような気持ち。いまは急いで行く以外にやれることがないのもつらいよね。わかるよ。  友人が現地に到着するまでやりとりを続けていたところ、彼から「仕事先の相手が静かに怒っている」とLINEが。ううう、いまは、平謝りするしかないね。ところでなんて怒っているの?と、何の気なしに尋ねてびっくり。相手の第一声が「何時になりますか?」、次が「イベントが始まってしまいました」だったと言うのです。そのあとも「あと何分ですか?」や、彼の遅刻のせいで実害が出ていることを暗に責めるような短文ばかり。  私は彼に言いました。遅刻は謝るとして、もうこの人と仕事しないほうがいいよ、と。  彼がやらかしたのは大遅刻です。ならば、第一声は「大丈夫ですか?」だと思うのです。予定の時間を大幅に過ぎても現れないのは事故に巻き込まれたからではないか、病気で倒れているのではないか、そういう心配が先にくるもの。連絡がついた暁には、第一声が「あーよかった」になるだろうし、「気を付けてきてくださいね」と続くはず。相手から、そういう言葉はひとつもなかったそうです。  連絡を寄こしてきた相手はプロジェクトのリーダーではあるものの、友人は部下でもなんでもなく対等な立場。いや、部下だとしてもこれはない。これまで友人は遅刻をしたこともなく、成功に大きく貢献しています。迷惑を掛けたことは事実としても、こんな扱いをされる謂れはないのです。相手は自分のことしか考えてない人に違いない。  なんてことないやり取りながら、こういう細部に人間性が出ます。聞けば、近ごろは自分の扱いに違和感を持つことが増えてきたのだとか。  ヒューマンエラーは誰でもやるもの。だからこそ寛容でありたいものです。遅刻はダメだけどね(自戒の念)。 ○じぇーん・すー/1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中。※AERA 2022年5月16日号

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    佐々木朗希が「世界一の投手」になる道筋 MLBスカウトが語る“さらなる成長”へのカギ

     今シーズン、圧倒的な投球が続いている佐々木朗希(ロッテ)はこのまま順調に成長することができるのか。 「今後、記録はいらないから実を取る投球をすることで大投手になれる」  日本初のメジャーリーグスカウトとして知られる大慈彌功氏は少し異なった視点から見ている。  高校時代からマークし世界一と賞賛する右腕に対する理想の成長プランや期待値を語ってくれた。 「完全試合という結果が素晴らしい。細かい部分ではオリックス打線の調子が悪かったとか、審判の判定も有利に働いた部分があります。でも投手としての実力に加えて運、巡り合わせが全て揃わないとできない記録です。大投手が大記録を作ったということです」  4月10日の完全試合達成はスポーツの枠を超えてのビッグニュースとなった。昨年のパ・リーグを制したオリックス打線を「パーフェクト」に抑え込んだ。それだけでは終わらず翌週17日の日本ハム戦では2試合連続の完全試合は逃したが、8回終了までパーフェクトを継続しての降板となった。海の向こうでも「ロウキはいつメジャーリーグに来るのか?」とメディアがこぞって取り上げるほどの過熱ぶりだ。 「完全試合の翌週も同じような投球スタイル。これを続けていると身体には間違いなく負担がかかってしまいます。常に高い期待をされることでメンタル面での重圧も計り知れない。今後は良い意味での強弱をつけて欲しい。完全試合をした。13者連続奪三振の日本記録を作った。1試合19奪三振も日本タイ記録。これ以上の記録はいらないから無理をせずチームの勝利のために実を取る投球をして欲しいです」 「今は160キロ前後の真っ直ぐと140キロ台中盤のフォークがほとんどです。この2つは投手にとって負担が大きい球種です。長いシーズンでは故障の危険性も高くなってしまいます。見せ球でも良いのでカーブなどの緩いボールをもっと使って欲しいです。現状でもムダ球を使わず3球以内で勝負できる投手ですが、球数を減らせてエネルギー温存にもつながるはずです」  世界一の投手になると確信して高校時代から追いかけてきた。フルスロットルでの全力投球を目の当たりにした時には感動すら覚えた。しかし身体の不調を感じたのか自ら出力を抑えている姿も見てきた。 「高校2年の時から見ています。3年に進級する直前の3月31日、作新学院との練習試合でのことが印象的です。気温が10度にもとどかない中でしたが最速が156キロを記録しました。寒い中でも真っ直ぐが速くて質が素晴らしく制球も良かった。スライダーのキレも素晴らしかったです」 「高校生年代ではこれまで見た中で世界最高の右投手だと感じました。20年以上数多くの選手を見てきました。国際大会、米国、オーストラリアも見ています。メジャーやマイナーでトッププロスペクト(将来性抜群選手)もチェックしています。その中で右投手として世界ナンバーワンだと思いました。ちなみに左投手はアロルディス・チャップマン(ヤンキース)。台湾の世界大会で見た高校生のチャップマンが世界一でした」 「『サイ・ヤング賞を獲れる投手』と当時スポーツ紙の取材にも答えました。サイ・ヤング賞は世界一の投手のことです。それだけの資質を持っていると確信していました。高校時代で比べれば大谷翔平(エンゼルス)、ダルビッシュ有(パドレス)、田中将大(楽天)、前田健太(ツインズ)らよりも佐々木の方が上でした」  チャップマンは07年に台湾で開催された第37回IBAFワールドカップにキューバ代表として出場。細身の長身から剛球を投げ込み大会最優秀左投手に選出された。現地で視察した大慈彌氏は、その後のメジャーでの活躍を確信したというが、同等の評価を佐々木に下していた。 「佐々木は自己管理能力に長けているのが最大の長所。身体に少しでも異変を感じたら出力を落とすことができます。メジャーやプロのスカウトが常にマークしていると意識し過ぎて無理をしてしまう選手もいます。しかしそういう部分がありませんでした。置かれた状況下で最も大事なことを理解していて自分を律することができます」  高校時代、佐々木は日本代表合宿に参加して163キロを計測した後、出力を意図的に落としていたという。また同年夏の岩手県大会決勝は登板を回避したが、「身体に違和感を感じていたためではないか」とも推測する。投手としてのポテンシャルの高さはもちろん、1人のアスリートとして自己管理能力の高さが際立っていた。それはプロに入っても変わることがない。 「暖かくなってきた4月6日、日本代表で163キロを出しましたがその後は間違いなく出力を落としました。4月終わりの仙台育英戦ではメジャーの10球団ほどが集まりました。そこでは最速でも145キロくらいに抑えて投げていました。本人からすれば5割くらいの力だったのではないか。その後も2カ月間くらいはブルペンでもかなり落として投げていたのを覚えています」 「決勝での登板回避も本人は納得していたはずです。春先からの違和感を考慮した上で決勝で投げることのデメリットの大きさを考えたのでしょう。結果論になりますが素晴らしい決断でした。佐々木本人もそうですが、決断を尊重できる監督や仲間たちの理解も素晴らしかった。将来性ある良い投手が育つはずです」 「プロでも変わりません。1年目の春季キャンプから一軍に帯同したが初のブルペン投球は2月13日のこと。同年5月26日に一軍でシート打撃に登板して160キロを計測しましたが、その後はほとんど投げていません。2年目の一軍デビュー戦(21年5月16日)も最速154キロと出力を落としていました。ロッテが大事にしているのも大きいです。去年までは理解者である吉井理人氏(当時投手コーチ)がいました。今年も登録を抹消して休みを与えるという話もあります」  これまでは抑え気味に成長をしてきたが、それでも他を圧倒するような能力を示してきた。まだ伸びしろはあり、可能性は無限大だ。プロ3年目の20歳、現在のスポーツ医学を考えれば、これから15~20年先も現役生活を続けることも可能である。さらなる進化、飛躍をするためにも投球フォームの改善とトミー・ジョン手術(側副靱帯再建術)がカギを握るという。 「投球フォームに関して、テイクバック時に後ろが大きい部分は高校時代からありました。可動域が広く身体全体に柔軟性がある投手は後ろが大きくなる傾向があります。でもこれは修正可能な部分で疲労や負担の軽減につながるはずです。大谷やダルビッシュも以前はそうでしたが最近はコンパクトになりました。佐々木もプロに入ってから少しずつ修正できていて去年より今年の方が小さくなっています」 「トミー・ジョン手術は避けられたら良いのですが剛球投手の宿命でもあります。しかし今はメンテナンスの1つで故障ではないという認識です。MLB各球団エース級の多くが受けており、術前よりも確実にパフォーマンスが上がっている。どのタイミングになるかはわかりませんが、違和感を感じたまま騙しながらやるのではなくポジティブに考えて欲しいものです」  周囲はさらなる期待を寄せるだろうが、自身のペースを維持することも重要だ。自分の身体と相談して無理をせずに投げることさえできれば、結果はおのずとついてくる。 「普段は150キロ前半くらいで投げて大事なところでギアを入れ160キロくらいを投げる。そういった強弱ができるようになれば良い。元々持って生まれた資質、投球センスもあるし経験を積めばそういうこともできるはずです。もしかするとまだ100%で投げていないかもしれない。本気なら170キロが出るかもしれませんよ(笑)」  完全試合で見せた投球は間違いなく球界の伝説として語り継がれる偉業だ。今後どこまで凄い投手になるのかは誰にも想像できない。1つ言えるのは、佐々木朗希と同じ時代に生き、投球を見られることができて幸せということだ。(文・山岡則夫) ●プロフィール山岡則夫/1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌『Ballpark Time!』を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、編集・製作するほか、多くの雑誌、書籍、ホームページ等に寄稿している。Ballpark Time!公式ページ、facebook(Ballpark Time)に取材日記を不定期更新中。現在の肩書きはスポーツスペクテイター。

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