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小室さんにエール! 借金返済には「クラウドファンディング」がいい?
亀井洋志 亀井洋志
小室さんにエール! 借金返済には「クラウドファンディング」がいい?
マスコミの前では笑顔を絶やすことはないが……(c)朝日新聞社 “借金”返済に向けた仕事例(編集部調べ)(週刊朝日 2018年2月23日号より)  小室圭さんの母親が抱える“金銭トラブル”。ここはひとつ、圭さんが母親に代わってしっかりお返しされてはどうか。あなたがなりふり構わず働く姿を見せれば、きっと多くの人が共感してくれるだろう。  小室圭さんが現在勤める法律事務所での年収は公表されていないが、事務員の場合は200万~400万円前後のことが多い。給料だけで、騒動となっている400万円を返すのは大変かもしれない。 「パラリーガルの業務は、年収だけでは測れない高度な事務」と、ある弁護士は言う。 「法律や外国語などの特殊能力があり、弁護士が指示する事務をただこなすだけでなく、案件の検討、調査、法律文書の翻訳などもあり、当然忙しい。副業ができるかは疑問」と、その弁護士は語る。  とはいえ、質素な生活を心がけ、事務員をしながら夜間や週末にアルバイトはできる。副業を禁止している企業もあるが、業務に支障がなければ、就業時間外に働くのは原則自由だ。  経済評論家の森永卓郎さんは、小室さんがアルバイトをすることは世間的にみてもふさわしいことではないと見解を示しながらも、 「現在の仕事を続けながらであれば、時給の高い深夜のアルバイトが現実的です。警備員や深夜営業の飲食店スタッフ、コンビニ店員などでしょうか」と語る。  人手不足もあって都内のアルバイト時給は上がっている。深夜のコンビニや飲食店の店員などは時給1500円以上も。運転免許を持っていたら、配送員として活躍できるかもしれない。仮に休みなく毎日午後7時から午前1時ごろまで時給1500円程度のアルバイトに入れば、年間で300万円はたまりそうだ。  さらに掛け持ちが可能ならば、早朝の新聞配達もある。1日2時間程度の配達で2500~3千円前後の日当がある。毎日続ければ100万円近くは稼げる。  翻訳やデータ入力、ウェブ制作など、在宅でのクラウドソーシングもある。  世界の王室を見渡すと、インターネットを積極的に活用する動きがある。たとえば英王室は2010年からフェイスブックを始め、11年秋に国賓として来日したブータン国王もフェイスブックで活動を伝えている。インターネットに活路はないだろうか。最近ではYouTuberに注目が集まる。小室さんの知名度を考えれば人気が出そうだ。 「当たればもうかりますが、高収入は見込めないのでは」と森永さん。ただ、森永さんはインターネットの活用が最も現実的だとみる。 「どうしても働きたいのであれば、ネットでの転売がいいです。限定品を求めて列に並んで買って、ヤフオクやメルカリで転売するんです。1カ月に20万円程度は稼げると思います」(森永さん)  近年脚光を浴びる仮想通貨はどうか。都内の個人投資家は「やめておいたほうが賢明」という。「乱高下が当たり前で、あっさり数百万円稼げることもありますが、大損だってありえます。短期で手っ取り早くもうけようともくろむ人たちは、たいてい失敗します」  ウルトラCはこれだ。 「もっとも簡単な方法はクラウドファンディングですね。『僕たちに結婚のチャンスをください』と支援を募れば、1日で400万円は集まるでしょう」(森永さん)  小室さんといえば、節約本『月たった2万円のふたりごはん』(幻冬舎)を購入し、倹約のイメージがある。経済ジャーナリストの荻原博子さんが勧める節約術は効果がありそうだ。 「(小室さんは)自宅で暮らし、家賃もかからないし、たとえ年収が300万円ほどだとしても、まるまるお小遣いですよね。節約を実践すれば、1年で150万円から200万円くらい貯金できますよ」  たとえば食事。外食であれば、1日1千円の支出はあるだろう。20日が外食とすれば月2万円、1年間で24万円にもなる。「弁当を作ることで大幅に節約できます。また、缶コーヒーや飲料水を買うのも控え、水筒を持参しましょう」(荻原さん)  次に携帯電話。 「大手のキャリアのスマホから格安スマホに変えると、利用料金は2分の1から3分の1になります。大手だと料金がひと月6千~7千円はかかる。でも、楽天、ビックカメラ、イオンなどの格安スマホであれば、ひと月2千~3千円に収まり、年間で5万円近く切り詰められます」(同)  そして衣類。 「(小室さんの)イメージがあるから、洋服など身ぎれいにしておかないといけないのであれば、東京・下北沢にある古着屋がいいです。ほぼ新品の服が、古着として流通しています。スーツは、紳士服の大手のものであれば、2着1万円ほどで購入できます」(同)  前出の森永さんも節約について助言する。 「ふるさと納税を活用すれば、税の控除のほか、コメももらえますし、おかずはできるだけ安い食材を集めれば、月1万円で生活することは十分可能です。小室さんの年収はわかりませんが、これによって1年間で400万円に近い金額をためることが可能になります」  皇室ウォッチャーであるコラムニストの辛酸なめ子さんは、「2年間の猶予を前向きにとらえるとしたら、何とか手を尽くして小室さんに国際弁護士になっていただきたい。知人の弁護士からお聞きしたのですが、ニューヨーク州やカリフォルニア州は日本よりも司法試験がパスしやすいそうです。そうした方法もあるかもしれません」と語る。  辛酸さんはノルウェーのメッテ・マリット皇太子妃が結婚前、シングルマザーで麻薬に手を染めたことを例に挙げ、「涙ながらに『残念ながら過去は変えられません。しかし、未来は変えられます』と語り、当初あった国民の反感は薄らいだのです。小室さん親子もそのくらいのお気持ちでやるしかありません」とエールを送る。  皇室ジャーナリストの久能靖さんは解説する。 「眞子さまは民間人になったところで、皇室とのお付き合いは続くわけです。ご実家にも時々顔を出されるでしょうし、小室さんはご親戚になるわけだから、世間の目から見ると、それなりの品格を持ってほしいという思いがあるでしょう。それが今回のような騒ぎにつながっているとは思います。金銭トラブルを抱えたような人がふさわしいのかというのが、みなさんの正直な感想だと思います」  久能さんは婚約の内定会見に物足りなさを感じた。 「小室さんが将来どうしたいのかをお聞きしたかったが、それは語られなかった。2年後に一本立ちして、今より多くの収入を得るようになったら、考え方も変わってくるでしょう。そのころ彼がどうなっているかが大きいと思います」  Let it be(どうにかなるさ)、では国民も納得しないだろう。(本誌・大塚淳史、亀井洋志、多田敏男、秦 正理) ※週刊朝日  2018年2月23日号
皇室
週刊朝日 2018/02/14 07:00
ファミレスで猛勉強…鈴木亮平、その魅力は「西郷どん」の肉体美だけじゃない!
丸山ひろし 丸山ひろし
ファミレスで猛勉強…鈴木亮平、その魅力は「西郷どん」の肉体美だけじゃない!
鈴木亮平 (c)朝日新聞社  明治維新の立役者である西郷隆盛の人生を描いたNHK大河ドラマ「西郷どん」では、俳優の鈴木亮平(34)が主演を務めているが、熱演ぶりとともに話題になっているのがその肉体美だ。第5話(2月4日放送)では、鈴木演じる西郷吉之助が薩摩藩主となった島津斉彬(渡辺謙)を祝う御前相撲に参加。鈴木は鍛え上げられた体を披露し、力強い取り組みを見せた。  鈴木の肉体は筋肉や厚い胸板はもちろん、ほどよく脂肪がついたバランスの良い体。SNS上では「西郷どんの肉体美に見とれてしまった」「何でここまで鍛えられるんだ?」と称賛や驚きの声が……。  鈴木といえば、役柄によって体重や体型を操る肉体派俳優としても有名で、今作では撮影4カ月前から、何度も早稲田大学の相撲部に何度も通って稽古をしたという。相変わらずのストイックな役作りで仕上げた肉体ゆえ、称賛の声が集まるのも当然の話かもしれない。  だが、一方でその鍛え上げられた肉体とは裏腹に、性格は繊細で知的な一面も持ち合わせているという。 「NHK朝ドラ『花子とアン』(2014年度上半期)で、鈴木は吉高由里子(29)演じるヒロイン・花子の夫役を務めて知名度が一気にアップしました。でも本人は放送される前、世間から『お前が?』と思われて相手にされないのではないか不安で仕方がなかったとか。下積み時代が長かったこともあり、そんな気持ちになってしまったようで、放送前に自分の演技をチェックしても『全然ダメ』と自己嫌悪に陥ることも多々あったと語っています。『この芝居が世の中に出たら俺は終わり』とまで思いつめていたこともあったようです」(女性誌の編集者)  作品によっては体重を30キロ以上もコントロールし「精神力が強い」という印象のある鈴木だが、そんな繊細な面があったとは意外である。一方、「アメリカへの留学経験もあるインテリですよ」と証言するのはスポーツ紙の芸能担当記者だ。 「東京外国語大学出身の鈴木ですが、初めての海外は小学2年生の時に家族で行ったロサンゼルス旅行。『好きなことをやれ』という自由な考え方の父親で、高校1年生の時に1年間、米オクラホマ州に留学させてもらったそうです。さらに、世界遺産を紹介するテレビ番組が大好きで、次第に自身も世界遺産に詳しくなり合格率約20%といわれる世界遺産検定1級を取得。もちろん、検定に合格するため、仕事の合間や夜通しファミレスにこもって猛勉強をしたそうです」  現在のマッチョな体形からコツコツと勉強している姿はあまり想像できないが、“文武両道”でクレバーな俳優なのだ。  「サービス精神も旺盛で、手品をして周りの人に喜んでもらおうとトランプを常に持ち歩いていた時期もあり、実際、テレビ番組でトランプマジックを披露したこともあります。選んでもらったカードをトランプの真ん中に戻して、指を鳴らすとそのカードが山の一番上に上がってくるという手品で、なかなかの腕前でしたよ。鈴木の場合は、そんな人間性や教養が備わっているので、肉体美を見せつけても全く下品ではないですよね。鍛え上げられた身体が注目をされますが、それ以上に鈴木から醸し出される上質な色気が視聴者を魅了しているのでしょう」(前出の編集者)  相撲シーンが話題になった「西郷どん」第5話は、平均視聴率が15.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し番組最高を更新。物語の展開だけでなく、鈴木の肉体美も視聴率を左右する要因になっているのかも。(ライター・丸山ひろし)
dot. 2018/02/13 11:30
PANDORA(小室哲哉×浅倉大介)音楽のあらゆる魅力と可能性を見せた夜……最後の曲は「永遠と名づけてデイドリーム」
PANDORA(小室哲哉×浅倉大介)音楽のあらゆる魅力と可能性を見せた夜……最後の曲は「永遠と名づけてデイドリーム」
PANDORA(小室哲哉×浅倉大介)音楽のあらゆる魅力と可能性を見せた夜……最後の曲は「永遠と名づけてデイドリーム」  小室哲哉が愛弟子・浅倉大介と結成したPANDORA。新たな音楽の可能性を示すユニットとして動き始めた彼らがこの冬、初ミニアルバム『Blueprint』のリリースに先駆けてビルボードライブにて衝撃的なアクトを繰り広げた。 PANDORA(小室哲哉×浅倉大介)ライブ写真(8枚) <小室哲哉35年の歴史におけるラストステージになるのかもしれない>  あらゆる音楽家や著名人、音楽ファンが連日にわたって一人のアーティストへの意見や想いを述べ続けるという、近年稀に見る社会現象を巻き起こした“小室哲哉、引退”の報道。その以前から開催が決定していたビルボードライブ公演は、本人の「現在引き受けさせていただいているお仕事を全うさせていただくことが許されるのであれば期待に応える」というコメントもあったように、予定通りに東京と大阪の会場にてそれぞれ開催された。無論、ファンの想いは複雑。これが小室哲哉35年の歴史におけるラストステージになるのかもしれないと思えば、涙も溢れて当然だ(事実、会場には涙を隠せない観客が多数いた)。  しかし、そんなウェットなムードとは相反して、僕らの目の前に現れた小室哲哉と浅倉大介は憂えている様子もなく、まさかの客席の間を通って登場するファンサービスから始まり、ステージに到着すると互いにアイコンタクトを取りながら、この両名が日本に浸透させたと言っても過言ではないシンセサイザーの名機たちに囲まれながら、アーバンな雰囲気全開のビルボードライブで耳にする音としては異例とも言える、プログレッシヴな爆音シンセセッションをド派手に轟かせていく。まるで音楽を初めて手にした子供のように、どこまでも無邪気に。小室哲哉インタビューでピンク・フロイド等プログレの話題になると、取材時間が決まってオーバーしていたことを思い出す。なお、小室哲哉と浅倉大介がビルボードライブ公演で用いたシンセサイザー含む機材リストは以下の通り。 ◎小室哲哉機材リスト: Moog Piano Bar Apple MacBook Pro Focusrite Scarlett 2i4 Roland Fantom-G6 Access Virus Indigo 2 Redback Dave Smith Instruments OB-6 Nord Lead 3 Line6 DL4 Pioneer DJM-900 NXS x 2 Apple MacMini MOTU 828 mk3 Hybrid Apogee DA-16X ◎浅倉大介機材リスト: Arturia MatrixBrute Roland JD-XA YAMAHA MONTAGE7 Roland JUPITER-80 Roland SYSTEM-8 Studiologic Sledge Roland Fantom-G7 Roland JD-Xi PioneerDJ TORAIZ SP-16 novation Circuit PioneerDJ RMX-1000 PioneerDJ RMX-500 BOSS RC-50 MACKIE802VLZ4 MACKIE1604VLZ <globe「Precious Memories」~安室奈美恵「Can You Celebrate?」>  その後、PANDORA『Blueprint』収録曲であり、かの【ULTRA JAPAN】でも会場を扇情した「Shining Star」でレイヴナイトを演出すると、浅倉大介は水を得た魚のように大はしゃぎ。演奏だけでなく全力のボディランゲージでも観客を煽っていく。そしてライブは最初のMCへ。小室哲哉が静かに口を開く。「PANDORAのライブに集まってくれて本当にありがとうございます。オープニングはね、もう(浅倉大介とは)何十年と一緒にやっている仲なんで、なんとなく合っててなんとなく違ってる感じで(笑)。で、その後の曲は、去年の秋ぐらいに2人で作った「Shining Star」という曲でした。次の曲は2人で作った2曲目じゃないかな。1日ぐらいで出来ちゃったんですけど、聴いてください。「proud of you」という曲です」もう座って食事しながら聴いているほうが間違っているんじゃないかと思わせるほどの、爆発的なダンスミュージック。痛快すぎて笑えてきた。  しかし次のブロックでは「せっかくビルボードライブ東京で、せっかくピアノもありますんで、ピアノソロを」と、小室哲哉はグランドピアノのもとへ。自身のソロワークスではもちろん、TM NETWORKやglobeのステージでも幾度となく披露され、その度にファンの涙腺を緩ませてきた「TK solo」だが、この日のソレは歴代最も聴き手の胸を締め付ける内容となった。何故なら彼が奏で出した旋律は、globeの「Precious Memories」。「学生の頃のはなし……♪」とKEIKOの歌声は聴こえてこなくとも、その音色のひとつひとつがあの頃よりたしかに大人になってしまった人々の心に沁みない訳もなく、そのタイトル通りの感慨をもたらした。しかし曲はこれで終わらない。流れるように聴こえてきた旋律は、奇しくも同じ2018年に引退することを表明している安室奈美恵の「Can You Celebrate?」。音楽の受け取り方は人それぞれ。しかしこの2人のタッグによって人生を彩られた世代からすると、まるでかつての教え子の旅立ちをお祝いしているかのようにも感じ取ることができた。  それはきっとピアノを奏でる姿がエモーショナル過ぎたから、そんな師の姿を見つめながら音色を重ねていく浅倉大介の姿もまたドラマティック過ぎたからだろう。TMのサポート時代から小室哲哉を「先生」と慕ってきた愛弟子が、その先生の代表曲を共に奏でている。このシチュエーションだけでも2人のファンにとっては堪らなかったはずだ。 <物理的な規模でなく感性的な規模を膨らませていくフェス>  「2月7日にPANDORAのアルバムが出ます。『Blueprint』という……これは“青写真”という意味ですよね? まだPANDORAは“青写真”ですよね?」と無邪気に先生に尋ねる浅倉大介も印象的だったが、そんなアルバム紹介から披露された「Aero dynamics」がまた凄まじかった。小室哲哉も「ちょっと長いです。10分、15分ぐらい……それ以上? 長く感じる方、あっという間に感じる方、それぞれいると思うんですけど、いろいろな映像をイメージして頂きながら聴いてもらえるといいかなと思います」と語っていたが、小室哲哉×浅倉大介の才能を何の制限も条件もなく自由に爆発させていい。となったら生まれるのだろうなと思わせる、若くしてシンセサイザーに目覚めた2人によるプログレ? オーケストラ? いや、これは新感覚のフェスなのかもしれない。一箇所に大勢のアーティストが集まって音楽を奏でるお祭りがフェスの概念であれば、たった2人だけで無数の音を集めて次々とお届けしていく、そして小宇宙を生み出し、物理的な規模でなく感性的な規模を膨らませていくという発想で成立させるフェス。  それはアンコールで「僕たちは宇宙が好き」という言葉から披露された「Inst~未知との遭遇~Jupiter」も同様。音楽家が芸術家であることを思い出せる、実に画期的な音楽表現がそこには完成していた。 <まさかの本人ボーカルでの披露「永遠と名づけてデイドリーム」>  90分という限られた時間ながらも音楽のあらゆる魅力や可能性を見せた【PANDORA 2018】。これだけの意味深い音楽活動が止まってしまうのは、ファン的感情を抜きにしても音楽シーン……いや、音楽そのものにとっても大きな損失だと思うゆえ継続していってほしいと願う。その想いは、同公演のラスト。小室哲哉がリクエストされたから仕方なく……みたいなテンションで照れくさそうにあの曲を歌ったことで、より強くなった。「永遠と名づけてデイドリーム」。近年は同所で小室哲哉のピアノと共に坂本美雨が歌っていたが、この日はまさかの本人ボーカルでの披露。時折声を震わせながらも、それでも最後まで気持ちを込めて弾き語る姿が何とも愛おしかった。  どれだけ泳げば 君に逢える――― こんなにも音楽を愛した2人が再び揃って音楽を奏でてくれる日が来ること、また今夜のような夢を見せくれること、それを願わずにはいられない公演であった。 取材&テキスト:平賀哲雄 撮影:Yuma Totsuka(1/26東京公演)・Kenju Uyama(2/3大阪公演) ◎ライブ【PANDORA 2018】 2018年01月26日(金)Billboard Live TOKYO セットリスト: 01.Opening 02.Shining Star 03.proud of you 04.TK solo ~ Precious Memories 05.Can You Celebrate? 06.Aero dynamics 07.Be The One En1.Inst~未知との遭遇~Jupiter En2.永遠と名づけてデイドリーム
billboardnews 2018/02/09 00:00
溝端淳平、結婚話をふられ「女優さんが家にいるって大変だと思う」
溝端淳平、結婚話をふられ「女優さんが家にいるって大変だと思う」
溝端淳平(右)と林真理子(左)(撮影/写真部・岸本絢)  さわやかで穏やかなイメージの溝端淳平さん。ところがご本人曰く、「変な正義感」の持ち主で、納得できるまでとことん話し合うタイプだとか。故・蜷川幸雄さんから受けたシゴキや俳優仲間とのお付き合い、28歳の俳優としての悩みや目標まで、作家・林真理子さんとの対談で率直に語ってくれました。 *  *  * 林:和歌山の田舎にこんな素敵な人がいたら、目立ってしょうがないでしょうね。 溝端:いや、浮いてましたね。素敵とかじゃなくて、みんなやさしくてのほほんとしている中で妙にギラついていて。我が強くて、がさつで、友達のおもちゃ壊したりするから、「あいつとは遊びたくない」って言われるような悪ガキで。「暴君」「野生児」というのが僕のあだ名でした(笑)。 林:ほんとですか。想像できないですよ。今とはまるで違いますね。 溝端:今も変な正義感があるかもしれないです。席を譲らない若者がいると注意しちゃったり。 林:そんなことをしたら、ネットに書かれません? 顔と名前がこれだけ知られてるのに。 溝端:書かれることもありますけど、つい言っちゃうんですよね。飛行機の真ん中の席に乗っていたら、通路側の席にいた50代くらいの男性が、キャリーバッグを通路に置いたままトイレに行ったんですよ。それで誰か通るたびに僕が「すいません」と言いながらどけてたんです。持ち主の方が戻ってきたので、「キャリーバッグ、通路に置いてましたので……」と言ったら、「だから何だよバカヤロー! 関係ねえだろ!」って怒鳴るんですよ。 林:まあ、ひどい。 溝端:僕も頭にきて怒鳴りかえそうかと思いましたが、いちおう人前に出ている人間なのでそこはグッとこらえまして。その代わり、「僕はいいんですけど、お年寄りとか子連れのお母さんの通行を邪魔したことに対して、申し訳ないという気持ちがないのはおかしくないですか?」という話を、50分ぐらい続けたんです。 林:えーっ、50分も? そのおじさん、何と言ったんですか。 溝端:ずっと黙っていたんですが、最後はしびれを切らしたように「それはどうもすいませんでした」と。それで僕も「お互い気をつけましょうね」と言って寝たんです。 林:すごい……。今どきそんな青年がいるとは。 溝端:今考えると、黙ってしまってあげればよかったんですけどね。でも、なんか変な正義感があってダメなんですよ。社会不適合者ですね(笑)。 林:たとえば仕事場に礼儀を知らない後輩とかいたら、言っちゃいます? 溝端:後輩だと、「いつか気づいてくれれば」と思って、最初は言わないかもしれません。反対に、先輩とかには言っちゃいますね。「それ、ちょっとおかしくないですか」とか。 林:意外です。すごく穏やかで、何かあってもグッと我慢しちゃうタイプに見えましたよ。 溝端:我慢もしないといけないですね。そんな感じなので、僕がテレビに出て「穏やかそう」とか言われるのが、地元の人からするとすごく不思議らしいです。「穏やかとはほど遠い人間なのに」って(笑)。 林:でもこのご活躍、ご家族の皆さんはすごく喜んでいるでしょう? 溝端:それはそうですね。芸能界とは縁のない、安定志向の家庭だったので。5年前、蜷川(幸雄)さんの「ムサシ」でシンガポール公演をやったときに、両親を招待したんです。両親の新婚旅行も、シンガポールだったので。 林:親孝行じゃないですか。 溝端:それぐらいしかできないんですけど、よかったなと思いますね。 林:蜷川さんは、溝端さんのことをどんなふうにおっしゃってたんですか。 溝端:蜷川さんにはみんな怒られるんですけど、僕も相当怒られました。蜷川さんが亡くなる半年くらい前、シェイクスピアの「ヴェローナの二紳士」という喜劇で女形をやらせてもらったんですが、そのときもすごかったです。蜷川さんの舞台って、稽古の初日からセットも衣装もメイクもほぼ百%の状態で始まるんですよ。だからセリフを(頭に)入れておくのはあたりまえなんですけど、「メイク取れ」「かつら取れ」「衣装取れ」とか言われて、1週間後には僕、ただのジャージーでやらされていて、「その状態で女じゃないと意味ねえんだ! おろすぞ、こいつ!」。 林:蜷川さん、そのころはもう酸素吸入器をつけてらしたんじゃないですか。 溝端:そうです。吸入器つけて車いすに乗ってる人に「死ね!」と言われるという(笑)。家に帰るつもりが途中で噴水にはまってるときがありましたね。ちょっとしたノイローゼだったかもしれないです。 林:そんな大変なことがあったとは……。でも、何度も溝端さんを起用したのは、すごく認めていたからじゃないですか。 溝端:どうしようもない僕を見て、「どうにかしなきゃいけない」と思われたのかもしれません。蜷川さんの愛を感じます。もっとお仕事したかったです。 林:溝端さん、ずっと順風満帆なのかと思っていたら、いろいろ苦労されているんですね。 溝端:「ジュノンボーイ」というアイドルみたいな形でデビューしましたから、その恩恵にあずかって自分の身の丈に合わない役もたくさんやらせていただきました。いわゆる下積み時代がないのはありがたい半面、自分の弱点でもあるというか。周りの方に「顔がきれい」とほめていただけるのはうれしいですが、いろんな監督に「顔がきれいだから、役がない。はまらない」と言われましたね。 林:とくに男性は、「味がある」というタイプの俳優さんのほうが、役柄が多いかもしれませんね。映画もドラマも一クセあるものが多いし、そうでないと高校生向けの「壁ドン」映画になっちゃうし。 溝端:28歳という年齢は、重厚な作品にはちょっと若いし、青春恋愛モノに出るほど若くはない。僕ははやりの「塩顔」でもないし、かといって思いっきり昭和っぽいわけでもない。今は自分のアイデンティティーを見つけるために、もがく時期なんだと思いますね。 林:もうちょっと経って小じわが出てくると、それがいい味になりそう。 溝端:正直、早く年とりたいですね。 林:私も年の功でいろんな俳優さんを見てきましたけど、そういう悩みを持ちながら、一皮二皮むけて名優と呼ばれるようになるんですよ。阿部寛さんだって、昔は「メンズノンノの阿部ちゃん」だったんですから。 溝端:阿部さんは本当にお手本です。僕の場合、舞台と出会えたことが大きかったですね。今は年に2、3本舞台をやらせていただくんですけど、2月から蜷川さんの追悼公演で「ムサシ」を再演するんです。藤原竜也君が宮本武蔵で、僕が佐々木小次郎で。よろしければぜひいらしてください。 林:必ず拝見します。小次郎は昔、小栗旬さんがやって話題になりましたよね。 溝端:旬君がやって、勝地涼君がやって、その後僕だったんです。今度もまた僕がやらせていただくことになって。 林:すごいじゃないですか。「ムサシ」のあとは決まってるんですか。 溝端:向田邦子さんの「家族熱」という2人芝居を、女優のミムラさんとやります。そのあとも舞台が決まっていて、舞台づいてます。 林:「ハムレット」とかどうですか? 演技力と容姿に恵まれた人だけがやることができる「ハムレット」。ぜひ見てみたいです。 溝端:ああ、「ハムレット」は本当にやりたいです。30代前半ぐらいにやるのが夢ですね。 林:舞台のときは、共演者の方たちと飲みに行ったり? 溝端:はい、年上の方と飲むことが多いです。藤原竜也君とか吉田鋼太郎さんとか。 林:藤原竜也さんって、あっという間に結婚してお子さんができたんですよね。溝端さんもみんなが知らないうちに結婚して、「実は子どもが生まれてました」という可能性、ありそうですか。 溝端:それがいいですよね。相手が有名人で大々的に報道されるより、「あ、結婚してたんだ」と思われるぐらいのほうがいいかなと。 林:「相手は一般人なので、取材はご遠慮ください」みたいな? 溝端:女優さんが家にいるって大変だと思うんですよ。女優さんと結婚した知人は、「女優なのに普通っぽいところに惚れた」って言っていましたけど。 林:女優さんが「クッキー焼いてきました」「お弁当つくるんです」とか言うと、みんな「おーっ」ってなりますよね。普通の女の子がやったって「ふーん」って感じなのに(笑)。 溝端:でも僕、男でよかったって思います。女優だったら、一人で居酒屋入ったりできないじゃないですか。 林:溝端さん、一人で居酒屋入ったりするの? 溝端:行きますよ。共演者の方とも行きますけど。 林:みんなに気づかれちゃうでしょう? 溝端:お店の方と友達になるんで、大丈夫です。でも、そういう俳優さん、けっこういますよ。人がワンサカいる立ち飲み屋に「どうもー」って入っていっちゃうとか。 林:へーえ。 溝端:先輩役者のご自宅に遊びに行ったとき、ぜんぜん知らない人がいたので「あの方誰ですか」って聞いたら「知らない」って言うんですよ。同じ店で飲んでた初対面の人に「来いよ」って声かけて、家に上げちゃったらしいんです(笑)。 林:信じられない。奥さん、大変じゃないですか。 溝端:きっと奥さまは、それも覚悟の上で結婚されたんじゃないかと。でも、そういう感覚っていいなぁと思います。自分もそうありたいですね。 林:溝端さんと結婚する方は、お姉ちゃんたちのお眼鏡にもかなわなくちゃいけないから、大変ですね。 溝端:いや、姉貴は僕とやっていける人なら誰でもいいと思ってるんじゃないですかね。姉貴というより、僕と付き合うのが大変だと思います。女性からは「論理的に丁寧に正義を振りかざすから一番タチが悪い」って言われるんですよ。 林:「一緒にいられるだけでうれしい、何でも許すし尽くします」という人だと、もの足りないんでしょう? 溝端:尽くしてほしいわけじゃないんですよね。自分のペースがあるので。 林:彼女とディスカッションするのはいいんですか。「これ、違うんじゃないか」とか。 溝端:はい。むしろ、向こうが「もういい」と言っても、「いや、納得してないだろう。朝まで話そう」って言いますね。 林:私の男友達が奥さんとケンカしたとき、奥さんが譲らないので、彼は「悪いけど明日も仕事だから寝させてもらうよ」と言って、毛布を持って車の中で寝たんだって。そうしたら夜中に奥さんがトントンと窓をたたいて、「途中で寝るのは卑怯でしょう」って。 溝端:僕もそういうタイプです(笑)。 (構成/本誌・野村美絵) ※※週刊朝日 2018年2月9日号より抜粋
林真理子
週刊朝日 2018/02/05 11:30
はれのひリベンジを大成功させたキンコン・西野が独白「信用を稼ぐ時代が来た」
はれのひリベンジを大成功させたキンコン・西野が独白「信用を稼ぐ時代が来た」
西野亮廣さん(撮影/遠崎智宏)  振り袖レンタル、販売業者が成人式の日(1月8日)に“夜逃げ”し、着物が届かず、式に出席できない新成人が続出した「はれのひ」事件。そんな中、「成人式をやり直そう」と立ち上がったのがキングコング・西野亮廣だ。新成人約100人に振袖の着付けや撮影会、クルーズディナーを贈るリベンジ企画を2月4日、見事に成功させた。西野を独占インタビューした。 *  *  * ――「リベンジ成人式」お疲れ様でした。  僕は何もしていませんがスタッフが3週間頑張ってくれました。  ニコニコしている新成人の皆を見て、やってよかったと思います。  これから大人になっていろんなことに挑戦していく中で、どうしようもなく落ち込む時もあるかもしれない、その時は下を見てください。インパルス堤下がいると伝えました。(笑)年を重ねて、下の連中が悲しい目にあった時は助けてあげてほしいと思います。 ――開催することになったのはどういった経緯だったんですか。  うちのスタッフが「成人式をやり直したい」というメッセージを送ってきて、二つ返事で「じゃあやろう」と。そのスタッフは、被害を被った新成人に対し、周りが「かわいそう」、「ひどい」と思うなら、行動を起こせばいいじゃんといっていました。  だから、メッセージは完全にあとづけです(笑)。恨みをもったままより、楽しく終わらせて次に向かったほうがいいよねというコンセプトです。赤字を覚悟していましたが、協賛企業が多く集まってくれたので、僕の持ち出しはそうでもなかった。 ――西野さんがリリースしたサービス「レターポット」から全額出されたそうですね。「レターポット」にとても愛情を注いでいるように見えます。 「昨年12月にサービスをリリースしてから、ずっと携帯を触っています(笑)本当は正月に小説を一冊書く予定だったんですけど、サービスをスタートさせると、もうそれどころじゃなかった(笑)  自分の子供が産まれたようで、「我が子が誰かに迷惑をかけていないかな」とかが心配で仕方ない。廃人です。 ――まさにイクメンですね。  完全にイクメンです(笑)。子どもをよしよししているのが仕事になっているからいいですけど、実際に自分の子どもができたら本当に機能しない人間になりますね。  どうしてそこまでするかというと、レターポットというサービスは、手をかけないと死んじゃうんです。  最初、レターポットは、1文字を5円で買って、文字を誰かに送ったり送られたりする。そして送られた文字は換金できるところからスタートしたんです。 「送金アプリ」に近いと言うと、簡単に皆も理解してくれるんですよ。「あ、文字を送ってもらったらお金儲けできるのね」って。  でも、レターポットはぎりぎりのタイミングで換金機能を外したんです。そうなると、「文字を送るならLINEでいいじゃん」とか、「儲けられないのに、何になるの」といった声が簡単に上がってくるんです。ほっておいたらこのサービスはすぐ死ぬ。死なないサービスであれば走らせるんですけど。 ――西野さんはSNSを相当使い込んでいますよね。 「Twitterで『レターボット始めました』という人がいたら、こっちから『ありがとうございます、西野です』って突っ込んでいきます。会いに来る芸人ですね(笑)」 ――仮想通貨とはまた違うんですよね。  そうなんです、仮想通貨ブームに紛れて出てきたんですけど、全然違うんですよね(笑)そもそも法定通貨と換金できないです。仮想通貨を否定しているわけではないですよ。ただ、値の上がり下がりを追いかけることが目的になっている人が多い。  僕の友人もそういうやつがいて、そいつはめちゃめちゃ面白いから、そんなことしているより、誰かを笑わせたほうがいいよ、お金は後で入ってくるからって言ったんです。僕は、お金を集めている人より、感謝や言葉を集めている方が好き。これまで資本主義で恩恵を受けていなかった人が、いい思いをできる装置を作ろうと思っています。 ――レターポットをリリースして一ヶ月が経ち、4万3千ユーザーを突破したそうですね。この期間で、嬉しかったこと、悲しかったこと含め、予想外だったことはありますか?  自分が開発するとき全く考えていなかったことで、めちゃくちゃ嬉しいことがありました。  レターポットには「残り10文字」のように、手持ちの言葉数があるんです。  そこで見えた世界って、手持ちの文字が限られている時に、人間は、誰かの揚げ足をとることに使うのではなく、お世話になった人に感謝の言葉を伝えるんです。残り10文字で汚い文字を使うのであれば、僕は人間のことはあまり好きじゃなかったはずです。  つまり、レターポットの世界に悪口が一切ない。僕のもとに15000件レターが届いているんですけど、誹謗中傷が一件もないんです。このキングコング西野に誹謗中傷がないことは異常事態なんです(笑)  僕たち人間は、使える文字に限りがあると自覚すれば、罵詈雑言を誰かに浴びせたりすることはない。つまり、元来、文字は美しいということです。  これに気づいた瞬間が一番嬉しかった。自分の中でレターポットを始めた意味がありました。 ――昔、出会った方の言葉が印象に残っているそうですね。  はい、別々の友人2人から連絡があって、その友人の友人の1人が末期がん、もう1人が急性白血病で、2人とも余命宣告をされていたんです。  1人は、30代前半で、妻と子どももいる。その2人の見せてもらった文章や、話したときに使っていた言葉が、あまりに美しかった。「これ、いったいなんなんだ」ってすごく気になっていたんです。  彼らは生き延びることを諦めてはいないんですけど、最悪のことも覚悟していて、自分たちが残り使える文字数が限られていることを知っているので無駄なことに使わないんです。レターポットを使い始めて、この人たちの文字が美しい理由がわかったんです。人間は、言葉が有限であると自覚したとき、こんなに言葉が美しくなるんだと気づいた瞬間に「うわっ」と思いましたね。 ――西野さんの「言葉」へのこだわりを感じます。何かきっかけがあったのでしょうか。  うちの父ちゃんですね。父ちゃんは万年平社員で、そのまま定年を迎えたんですが、周りの人にすごく愛されているんですよ。年賀状をいっぱいもらっていて。  自分でも書いているんですけど、その文章がすごくいい。父ちゃんみたいな人は、この世の中にまだまだいると思ったとき、文字が集まっている人が居心地の良い世界をつくりたいなと思ったことがきっかけです。 ――親思いですね。  ははは(笑)やっぱりサービスを作るときに思い浮かぶ対象はいますよね。えんとつ町のプペルだったら、挑戦する人を応援するためにつくった。レターポットに関しては、うちの父ちゃんでした。 ――1年後、レターポットが取り巻く世界は見えていますか。  この間、わかりやすい例が出たんです。  レターポットの仕組みは、実際に使えばわかるんですけど、頭で理解するのは難しいんです。なので、僕は動画でよく説明をしているんですが、その説明を無名のデザイナーの女性がわかりやすいイラストにしてくれたんです。そしたら、その女性に「ありがとう」というレターがいろんな人から集まったんです。そして彼女も他の人にレターを贈り続けた。そして、彼女は、信用ポイントが溜まったタイミングで、「新しいパソコンがほしい」とクラウドファンディングをしたら一晩で集まった。 ――信用がお金になった瞬間ということですね。  つまり、僕が見えている世界は、レターポットは「信用の増幅器」であるということです。彼女は、次の時代の生き方を象徴していました。お金を稼ぐのではなく、信用を稼ぐ、そして必要なときに必要な分だけ信用をお金に替えることができる。  こういった世界が2、3年続くと思うんです。  でもね、一番面白いのはその先が全く見えていないということなんです。  もし、レターを換金できるシステムにしていたら、60点くらいのサービスで終わり。だけど、ここからどうレターポットが変化していくのか、全然見えていないことが楽しみなんです。見えている60点を取りにいくより、0点、もしくは100点になるかもしれない未来を取りに行くほうが面白いんです。(文/田中将介) 【レターポット】 文字が通貨となり、レター(文字)を贈り合う、「恩送り」をコンセプトとした信用経済時代の新しいサービス。1文字5円で文字を購入し、届けたい相手に文字を贈ることができる。
dot. 2018/02/05 00:00
コインチェック「460億円補填」は本当に可能か
コインチェック「460億円補填」は本当に可能か
ユーザーが詰めかけ、大混乱となった東京・渋谷区にあるコインチェックの本社前(撮影・田中将介) 警察も出動した東京・渋谷区にあるコインチェックの本社前(撮影・田中将介)  1月26日、仮想通貨の大手取引所であるコインチェックは、日本円にして約580億円分の仮想通貨が不正に送金されたと発表した。過去最大規模となる今回の流出事件から、取引所のシステム不備や大金を生む取引所の収益構造など、熱狂する仮想通貨市場の盲点が浮き彫りになった。(「週刊ダイヤモンド」編集部 田上貴大)  仮想通貨取引所のコインチェックで、売買も出金もできなくなった──。  1月26日、インターネット上に溢れるこうした投稿を見て、30代の男性投資家は焦りを覚えた。自身がコインチェックに預けているのは、日本円にして約5000万円。居ても立ってもいられず、仕事が終わるとすぐに職場の埼玉県川口市からコインチェックの本社がある東京・渋谷に駆け付けた。  だが、本社前に投資家や報道陣、やじ馬が何十人も集まって騒然とする様子を目の当たりにして、事態の深刻さを痛感。その瞬間、「お金は返ってこないかもしれない」と覚悟を決めたという。  同日深夜、渦中のコインチェックは記者会見を開き、一連の騒動について説明。そこで明らかになったのは、日本円にして「約580億円に相当する仮想通貨が不正に送金された」(大塚雄介最高執行責任者)という流出被害だ。  仮想通貨といえば、ブロックチェーン(分散型台帳)を使った暗号技術によって、通貨としての安全性は盤石と言われてきた。その一方で、2014年に破綻したマウントゴックスに続き、大手取引所での不正流出が発覚した。その背景には何があるのか。  今回、不正送金の被害に遭ったのは、「NEM(ネム)」という仮想通貨。保有するネムの「ほぼ全額」(和田晃一良社長)が流出した。  無論、コインチェックは不正送金の被害者だ。しかし、その被害の原因とされているのが、同社の不十分なセキュリティー対策だ。  仮想通貨を購入すると、現金を財布に入れるのと同様に、専用の「ウォレット」と呼ばれるサーバーなどに保管する。これには、オンライン上で保管する「ホットウォレット」とインターネットから切断して保管する「コールドウォレット」の2種類がある。  当然、コールドウォレットの方が安全性は高いのだが、コインチェックは「技術的に難しく、人材が不足していた」(和田社長)という理由から、ネムをホットウォレットに保管。さらに、マルチシグネチャという複数の暗号鍵を用いることでセキュリティーを高める仕組みも導入していなかったのだ。  だが、ある取引所の社員は「仮想通貨をコールドウォレットに移す作業は難しくない」とその不手際を指摘する。また、取引所のビットポイントの小田玄紀社長は「ウォレットの種類以上に、サーバーのセキュリティーレベルを証券会社など金融機関と同等まで高めることが必要。クラウド型サーバーでは不十分。加えて24時間365日監視する態勢が最重要」と業界全体の底上げの必要性を説く。  システムの不備が露呈したコインチェックだが、同月28日には流出したネムの保有者26万人に、自己資金から日本円で約460億円を補填する方針を発表。30日深夜には、停止していた出金についても「数日中に見通しを知らせる」と再開の意思を示すなど、騒動の収拾に向けて前進し始めた。 ●取引高は4兆円も業界内で異論噴出 460億円の補填策  一見、資本金が1億円に満たないベンチャー企業であるコインチェックが、460億円もの現金を捻出するのは難しそうに思える。だが、ある取引所の幹部は「あり得ない数字ではない」と言う。  理由は大きく二つ。一つは、「国内ナンバーワン」をうたう取引高だ。1月に放映されたテレビ番組で、前出の大塚氏はその額を「月間で4兆円」と披露した。  もう一つが、同社の収益構造だ。仮想通貨の取引所は、株取引と同様に「指し値」「成り行き」の注文方式を用いて投資家同士で売買するものと、「成り行き」のみで胴元から直接購入する「販売所」と呼ばれるものの二つに大別される。  後者の販売所は、海外取引所から安く買った仮想通貨を投資家に高く売るため、その差額であるスプレッドが大きい。「(スマートフォンの)アプリ利用者数ナンバーワン」を自負するコインチェックは、アプリ内では販売所のみを展開しており、そこで大きく稼いでいると推測されるのだ。  その収益力を知ってのことか、買収の気配も漂いつつある。ある金融機関関係者は、コインチェックに近しい人物から「すでに証券会社やIT企業からアプローチを受けたと聞いた」と明かす。  一方で、業界内では稼ぐ力に異論も出ている。「そんなに補填に資金を回せるとは意外だ」。別の取引所の幹部も、460億円という金額に疑問を抱く。というのも、「コインチェックの利益は月に10億円ほどと聞いていた」からだ。  しかも補填の方針は出したが、時期は不透明。揚げ句には、「顧客対応も含め全ての説明が不十分」と金融庁が業務改善命令を出す始末だ。まずは、突き付けられた“不十分”を改善することが急務だろう。
ビットコイン
ダイヤモンド・オンライン 2018/02/05 00:00
小泉今日子がポロリ「けじめをつけていないよね」不倫宣言は豊原妻への対策?
松岡かすみ 松岡かすみ 秦正理 秦正理
小泉今日子がポロリ「けじめをつけていないよね」不倫宣言は豊原妻への対策?
事務所からの独立と不倫を同時に公表した小泉今日子の意図はどこに……? (c)朝日新聞社  女優に歌手に、常に第一線で活躍する小泉今日子(51)が、36年間所属した大手芸能事務所バーニングプロダクションから独立し、同時に俳優の豊原功補(52)との「不倫」も公表した。この“宣言”にどんな意図が隠されているのか。取材を進めると、キョンキョンの意外な顔が見えてきた。 *  *  * 「けじめをつけない大人が多すぎるよね。まあ、私もなんだけどね……」  知人女性は、今回の小泉の発表を受けて、小泉がふと漏らした言葉を思い出した。聞いたのは、おととしのこと。この頃、すでに小泉と豊原と深い関係にあったと思われる。 「小泉さんは、夜遊びもせずに自炊派。地に足の着いた大人の女性ですが、『私、青春の甘酸っぱさとか置き去りにしてきちゃっているからさ』とよく口にしてた。どこか青春を取り戻したい気持ちがあったのかもしれません」(知人女性)  2月1日、小泉が代表取締役を務める会社「明後日」の公式サイトで「小泉今日子からのご報告」と題したメッセージが発表された。1月31日でバーニングから独立したことを報告し、「50代になり残りの人生を意識した時にこのままでいいのか」と独立に至った心境を明かしている。  さらに驚きだったのは、既婚者である豊原との関係を公表したことだ。豊原について「同じ夢を追う同士」としながらも「一部の週刊誌などで報道されている通り恋愛関係でもあります」と堂々と明かした。  これに呼応するように、豊原も公式コメントをすぐに発表。小泉との関係を「志を共にするパートナーシップであり、恋愛感情も伴っております」と告白し、さらに「家族とは3年近く以前より住まいを別にしている」と明かした。3日には会見を開き、豊原は同様の内容を口にした。  芸能界にとって、タレントの独立ほどセンシティブな問題はない。アイドル評論家の中森明夫さんは、小泉の場合は、「円満退社」だとみる。 「小泉さんが50歳になった2年前、雑誌『MEKURU』にバーニングの社長の周防郁雄さんのインタビューが載っていた。周防さんは『こんな子(小泉)にはもう二度と出会えない』と語っています」(中森さん)  そのMEKURUの中で周防氏は「前から、いろんな分野でプロデュースをしてみたいっていっているから、そっちの方向に進むのかもしれないけど……すべてのことに頑張ってほしいと思う」と小泉にエールを送っている。この発言からは、独立はバーニングと丁寧な調整を重ねた末、今回の公表に至ったと推測できる。 「バーニングに迷惑をかけないように、独立してから豊原さんとの関係も公表したのでは。僕の印象では小泉さんはうそをつくのが嫌な人。事務所に所属してれば、自分の言葉で話したくても周りに迷惑がかかる可能性がある。そのために独立したのではないか」(同)  不倫を自ら公表した点にも注目だ。本誌で「てれてれテレビ」を連載中のカトリーヌあやこさんは「その潔さに、小泉さんらしいなと感じました」と言う。 「相手は離婚をしていなくて不倫です。こんなことを自ら発表すること自体珍しいですよね。かつて、小泉さんにHIV感染のうわさが流れたときに、自分で検査を受けて、陰性である証明書をプリントしたTシャツを着て登場したことがありました。今回の思わぬ形での発表に、そのことを思い出しました」  上智大学の碓井広義教授(メディア文化論)も、“らしさ”を感じた一人だ。「80年代から、アイドルとしてのルール、不文律のようなものを、自然体で壊し、はみ出ることをしてきた人。他の女優やタレントだったら相当なバッシングになるような事態なのに、また違った形で注目されるのが、キョンキョンだな、と感じますね」  この、コイズミ流ともいえるやり方に対し、世間の受け止めはさまざま。ネット上には「人間だからいろいろある」と一定の理解を示す声もあるものの、「キョンキョン見損なった」という声が大きい。  小泉は、ホームページ上で「一個人として全てをこの身で受け止める覚悟」とつづり、2日には報道陣に対し、「自分の罪は、自分で背負って生きていきたい」と話し、頭を下げた。  碓井教授が今回のコメント文から受けた印象は、 「『不倫宣言』でなく、『生き方宣言』のように見えます。不倫肯定でもなく、自己弁護でもない。肩に力が入らず、それでいて芯は強い。バッシングが来るのは分かっているけれど、私はそれも引き受けますよ、大人だからと。自分の人生には、自分で決着つけていきますという宣言だと感じました」  コラムニストの吉田潮さんは言う。 「慰謝料を払うという覚悟があると示した。不倫した女性が、自らの後始末までを示唆するという点では、新しさを感じます」  一方で、今回の発表は、みる人が見れば、自然体という小泉の評判とはちょっと違う人物像が浮かび上がるようなのだ。 「小泉と豊原の公表文は体裁も書き方も似ている。この伝え方なら大丈夫という線を、二人で相当練ったのでしょう」(吉田さん)  夫婦問題研究家の岡野あつこさんも同様の意見だ。専門家として、不倫公表についてこう分析する。 「もはや、小泉さんにはカミングアウト以外の方法がなかったのだと思います。ただこのやり方は、ウルトラCの荒業です」  相手の豊原は現在、離婚成立前の別居期間中。岡野さんは、一般的に妻側がどんな行動に出てもおかしくない、“もっとも恐ろしい期間”だと強調する。 「夫に他の女性がいる場合、“相手の女性を困らせたい”という欲求に駆られる妻は少なくない。実際に、妻が相手の女性の職場や家族、友人らに誹謗中傷を流布して回るという話も多い。小泉さんも、自ら公表しない限り、妻にいつバラされるか分からないという相当な恐怖がついて回っていたでしょう」(岡野さん)   もし先に、妻が二人の不倫関係を暴露していれば、小泉にとっては取り返しのつかないイメージダウンになるところだった。バーニングという後ろ盾を失った今、自分の身は自分で守るしかない。 「先手必勝で公表に踏み切るしかなかったのでしょう。それも二人そろっての公表は、揺るぎない愛情がないと成り立たない。つまりこの公表は、豊原夫妻の“破たん宣言”にもなります。妻もさすがに、諦めるしかないという判断に追い込まれるのでは」(同)  折しも、同情論がわき起こった小室哲哉の不倫疑惑報道の直後。前出の碓井教授はその点にも注目する。 「小室哲哉さんの一件で、不倫スキャンダルを取り巻く状況が変わってきた。そんなタイミングでの発表は、ドンピシャだったといえます」  2月4日に52歳の誕生日を迎えたばかりの小泉。岡野さんは、「50代は、女としても、仕事でも、もう一花咲かせたいという年代」とも分析する。 「再出発したいという欲求が高まるからこそ、隠れた付き合いはしたくないという思いが勝ったのかもしれません」(岡野さん)  確かに、小泉は、48歳だった2014年4月に雑誌『AERA』のインタビューで次のように語っていた。 「50代になったら、やりたいことがいろいろあります。(中略)人生でもうひとイベント、欲しいなと思っているんです」  なんてったってキョンキョン。浮き沈みの激しい芸能界で、ドンの寵愛を受けていただけで生き残れたとは思えない。自然体に隠されたすご腕ぶりで、今回の騒ぎをどう鎮めるか。独立後も目が離せない。(本誌・太田サトル、松岡かすみ、秦正理) ※週刊朝日  2018年2月16日号
週刊朝日 2018/02/04 00:00
「立春」です! とはいえ現実は厳しい寒波。春まではもう一歩です
「立春」です! とはいえ現実は厳しい寒波。春まではもう一歩です
『暦便覧』では「春の気立つをもってなり」とある「立春」ですが、もっとも寒さの厳しい時期となっています。とはいってもせっかくですから、春の到来の待ち遠しさと期待をこの日に感じたいと思いますよね。 昨日は節分。その字のごとく季節を分ける日でした。本来は春夏秋冬それぞれに4回ありますが、春は1年の始まりということで特に大切にされ今に続いています。新春、迎春と「春」の字は新年の挨拶によく使われます。それは気持ち新たに立ち向かおうとする希望が込められているからでしょう。今日の「立春」は心に春への期待を大きく持って過ごしてみませんか。 「立春」といえば思い出す歌がありませんか?『早春賦』です ♪春は名のみの風の寒さや 庭の鶯(うぐいす)歌は思えど・・・・・・ 歌い継がれる『早春賦』は今からおよそ100年前の大正2年(1913)の作品ですが、歌詞は立春をむかえた人々の実感がそのまま今の私たちにも伝わってきます。 立春は七十二候では、東から春風が吹いてきて次第にうすくなる氷に春の兆しを感じ、やがて鶯の初音が聞こえ、魚も水面に泳ぎ出てくるとしています。少しずつ気づかないようにやって来て、鶯の声にハッとさせられる時こそ待ち遠しかった春の訪れと感じたのでしょう。鶯は春告鳥ともいわれます。今も鶯はあちこちで鳴いているのですが、初めての囀りを特に初音といいます。待ちわびた春の到来を祝っているようですね。 ♪さては時ぞと思うあやにく 今日も昨日も雪の空・・・・・・ 春を待つ気持ちとは裏腹に続く冬を過ごす切ない気持ちもちゃんと歌われています。さあ、もう少しの辛抱ですよ、春の訪れまで。 今年の仕事の始まりは「立春」から! 立春の朝一番に搾り上がったばかりの生酒、つまり前日の節分で邪気を払い福を呼びこんでから搾ったお酒は、新しい年を迎えるための特別なお酒だそうです。神さまに奉納したあと、その夜に一年の無病息災と商売繁盛を祈っていただくお酒は、生まれたての春を共に祝う縁起のいいお酒ということですね。 立春は一年のさまざまな仕事のスタートポイントともいえるんです。八十八夜はみなさんご存じの通り茶摘みの始まる5月の始めです。この頃になると遅くまで残っていた霜も終わり、種まきなどの農作業を始めるにはまさに絶好の季節というわけです。二百十日や二百二十日は稲の稔る大事な時期であり、また台風の襲来も多くなる頃。農家に取っては1年の収穫を左右しますから、台風対策をする時として注意が払われてきました。 どれも立春から数えての日数が基準になっているのです。「立春」という日の大切さはこういうところにもあるのですね。発酵中の酒 春といえば、平安の才女、清少納言の文章が思い出されます 「春はあけぼの、ようよう白くなりゆく山ぎは、すこし明かりて、紫きだちたる雲のほそくなびきたる」 『枕の草子』の有名な書き出しです。男性が女性の元に通ってきていた平安時代は夜明けは別れの時でもありました。ロミオとジュリエットが初夜を過ごした後の別れの朝、といった方がわかりやすいでしょうか。夜の暗さのなかに夜明けのきざしを感じる頃を「あかつき」、そのなかに太陽の光がさし始める頃は「あけぼの」といいます。夜と朝がせめぎあう短い時間を、光と色の変化で描いているこの文章は心に残ります。恋多き女性だった清少納言にとって「あけぼの」は、帰り行く男性を見送りながら眺めるちょっと切ないものだったかもしれません。あけぼのが過ぎて空が明るくなる頃は「朝ぼらけ」と区別してよんでいました。光の微妙な移り変わりを捉えてことばにする昔の人々の感性の素晴らしさには驚かされますね。 寒さのまだまだ厳しいこの時だからこそ、木々の枝に芽生え始めている小さな芽や、朝の日ざしといった身近なところに変化を感じて、あなたも春を探してみませんか。
tenki.jp 2018/02/04 00:00
稲垣えみ子「酒蔵の“菌”に対するおもてなしの心に、私が驚いたワケ」
稲垣えみ子 稲垣えみ子
稲垣えみ子「酒蔵の“菌”に対するおもてなしの心に、私が驚いたワケ」
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行 酒蔵の軒先に飾られる「杉玉」と、記念撮影をしていただきました(笑) (写真:本人提供)  元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。 *  *  *  先週のアエラは菌特集。偶然ですが先日、愛飲する広島県の酒蔵で「菌と人」について考えるところがあり、せっかくなので今回はそのことを書こうと思います。  訪問は2度目ですが、いつも驚くのは蔵の美しさ。大量の米や水を扱う重労働が続くのに、我が台所など比べるべくもなく床も道具も磨き抜かれ、整理整頓も完璧。そんな禅寺のごとき空間で作業を見学し、邪魔になりつつ少々お手伝いをして、夜は蔵人さん心尽くしの料理と酒で夢のように酔いました。そして翌日東京へ帰る途中、何かとても清々しい気持ちがして、これは一体何だろうと考えた。  で、それは蔵の方々の「おもてなしの心」に触れたせいだと思ったのです。  私に対してのことだけじゃありません。客が来る来ないにかかわらず、蔵はいつだってピッカピカ。それは、酒を醸す自然界の菌に対するおもてなしなのです。主役は菌。人にできることは、菌に心地よく働いてもらうにはどうしたらいいかを懸命に想像し、できることは手を抜かず一心にやること。金や権力で動かせぬ相手だけに、想像力と献身がすべて。何かと効率と結果だけを求めがちな現代人には全くたやすいことではないはずです。まさに修業。  それだけに、その姿勢は全てにおいて徹底しているのでした。言葉を交わさずとも相手を見て流れるように作業を進める蔵人さんの動きを見ていると、互いに思いやりと敬意を持って仕事をしていることがよくわかる。菌も人も同じ生命体として、酒造りという目的に向かって進む仲間。  ああその空間が何と居心地の良かったことか! 相手が何であれ、尊重し合い、できることを精一杯。それでいいのです。そんな日々を過ごせたらそれを幸せという。  特集を読んで痛感したのは、結局のところ人は菌一つ支配できないということ。それでいいんじゃないでしょうか。手に負えないものは人を謙虚にさせる。それが現代における菌のパワーなのかも……と、にわかに我が台所の床やら壁やらをせっせと拭いてみる。 ※AERA 2018年2月5日号
稲垣えみ子
AERA 2018/02/02 16:00
野宿者が凍死…ホームレスの現実「知った以上、変えたい」 支援する男性
渡辺豪 渡辺豪
野宿者が凍死…ホームレスの現実「知った以上、変えたい」 支援する男性
一般社団法人つくろい東京ファンド 稲葉剛(48)/「困っている人との対話を通してしか、本当に必要な事業は生まれない」が信条。2014年、東京都中野区に空き家を利用した生活困窮者のための個室シェルター「つくろいハウス」を開設。現在は都内4区に23部屋(撮影/編集部・渡辺豪)  社会が抱える課題の一つ、ホームレス問題。彼らを取りまく現実を知り、その支援に取り組む人がいる。  1994年、冬の東京・新宿。地下通路にずらっと段ボールの「家」が並ぶ光景に、息をのんだ。しかし、それさえ「強制排除」され、野宿者が凍死する現実。 「路上で人が死なない社会に」  稲葉剛さん(48)が、ライフワークとして「ホームレス問題」に取り組む決意をしたのはこのときだ。25歳だった。  広島市出身で「被爆2世」として育った。学生時代は第1次イラク戦争(湾岸戦争)の反戦デモを企画するなど平和運動に取り組んだが、「遠くの国」ではなくこの日本にも、解決すべき課題が多くあることに気づく。  炊き出しや夜回りなどのボランティア活動を始め、ホームレス生活者が役所の窓口に生活保護受給の相談に行っても追い返されるケースが多いという実態を知ると、稲葉さんは彼らに同行し、職員に手続きを促すようになった。都の強制排除には、座り込みで徹底抗戦した。  東京大学から同大学院に進んだが、97 年、修士課程を退学。学習塾講師のアルバイトをしながら支援活動に精力を注ぐ生活を18年続けた。アパートの家賃を払うのがやっと。一時は国民年金の保険料も滞納した。それでも活動を続けたのはなぜか。 「自分たちの社会の足元にクレバスのような裂け目があって、そこに落ち込んでしまった人たちがいる。その現実を知った以上、変えたいという思いを止められませんでした」  生活困窮者支援の基盤となるNPO「自立生活サポートセンター・もやい」を2001年に立ち上げ、理事長に就任。稲葉さんが生活保護申請サポートのため窓口に同行したホームレスは3千人を超える。    14年には、空き家・空き室を活用した低所得者の住まい支援の新たなプラットフォーム「つくろい東京ファンド」を設立。現在は都内に計23部屋を借り上げ、これまでに21 歳から87歳までの80人が利用した。この「つくろいハウス」を経由して生活を立て直し、近隣アパートに転居した人は約50人に上る。  15年度以降は立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科の特任准教授も務める。社会起業家を目指す人材を育成する立場だが、「ソーシャルビジネス万能論」には否定的だ。 「特に貧困問題は社会構造に根差したもので、一つの民間プロジェクトで解決することはあり得ません。民間は行政の貧困対策の改善を促す役割を担う。それが、問題解決に向かう一番の近道だと考えています」  02年に成立したホームレス自立支援法も、17年4月に成立した改正住宅セーフティーネット法も、稲葉さんたち民間の支援活動が先行モデルとなって、法制化を後押しした。 23年間の支援活動。出会った人々との関係性の変化に励まされるという。  ホームレス経験者の仕事と居場所をつくる目的で、17年4月、東京都練馬区に「カフェ潮の路」を開店。オープン初日に、かつて路上生活をしていた87歳の男性がスーツ姿でやってきた。 「今度は自分が応援したい」  そんな気持ちがストレートに伝わった。稲葉さんの言葉に、実感がこもる。 「私たちはみんな、支え合って生きています」 (編集部・渡辺豪) ※AERA 2018年2月5日号
AERA 2018/02/02 11:30
年収の上げ方を知らないサラリーマン 「鳥かご」の中で一生過ごす人生で満足?
年収の上げ方を知らないサラリーマン 「鳥かご」の中で一生過ごす人生で満足?
対談する山本一郎氏(左)と村上アシシ氏(撮影:ONE PHOTO/Y.Arai) 山本一郎氏(左)と村上アシシ氏(撮影:ONE PHOTO/Y.Arai)  自著『半年だけ働く。』のタイトル通り、経営コンサルタントとして半年で1000万円を稼ぐ村上アシシ氏。残りの半年は著述家として、サッカーのプロサポーターとして過ごしているという。そんな村上氏と、個人投資家で作家の山本一郎氏が、生々しい「年収」の話に切り込む。年収1000万円を超えるには何が足りないのか。家電は数千円でも安く買いたいのに、なぜ年収を数十万、数百万円上げることには無関心なのか……。 *  *  * 山本一郎(以下、山本):年収1000万円稼げる人は日本では約4%。非正規雇用の割合は全体の37.5%、一説には4割を超えたと言われていて、派遣会社に登録する事務員なんて、会社から支払われる給料の2割から4割をピンハネされるという話らしいんですよ。 村上アシシ(以下、村上):年収5~600万円の人が、フリーランスになれないかというとそんなことはないです。月給50万の人が独立して単価を2倍にしたら、半年間で600万円稼げるんです。 山本:理論上はそうですね。しかし、月俸を2倍って簡単に仰るのは何か確信でもおありなんですか。 村上:例えば医療業界。看護師の紹介エージェントは多数あって、離島などの人材不足のエリアでは、一般的な給与の約2倍ということもあります。そこで半年間働いて、半年間は海外で過ごし、また帰ってきて働くということもできる。労働力が不足し、移民も受け入れないとなると、知識産業や手に職を持った人の職種は、どんどん売り手市場になっていく。 山本:働いている人のリソースは金か時間ですよね。金があれば、余力のある財産を使って証券やったり投資やったり運用できる。金がなければ時間を使って働くしかない。かつてOLが夜に水商売をするのは、職業倫理上の問題とは別に「社員が水商売をするのは会社の立場として悪い」という議論があったんですが、本来は、何時から何時まで会社に決められた時間をきちんと働いていれば、その分の給料しか出ていないのだから、他の時間は個人の自由のはず。会社に迷惑をかけなければ、本来は副業は許されなければいけない。たとえば、研究職の人が週末に講師や執筆活動など別の仕事をするケースは多いけれども、そこで得たスキルは本来の仕事に生かすなどいい循環ができるだろうし。一方で、副業をするとなかなか休めないという問題もある。お医者さんが身体を壊す理由はオーバーワーク。勤務医としてフルで働いた上に、土日を健診や当直などのバイトに費やして疲弊してしまいます。そういう場合は、本来の仕事の単価を上げる必要がありますよね。 村上:大学の勤務医はステイタスですし、やりがいや最先端医療に従事する喜びもあるでしょう。ヒエラルキーのトップに行くためには下積みも必要。途中でドロップアウトして開業医になれば一気に収入が上がるわけですから、ステイタスと収入がトレードオフの関係にあると言えます。名誉を取るか実利を取るか。本人の価値観、人生観が顕著に表れる選択だと思います。 ■名誉欲・金銭欲よりも体験欲が大事 山本:ていうかさ、村上さんは半年で1000万円稼げるなら、もっと稼げばいいじゃないかと思うんですけど。ずっと疑問なんだけど。 村上:僕は名誉欲だけでなく、金銭欲もあまりないんです。自分が食っていける分があればいい。一時は3カ月仕事して9カ月ニートという時期もありました。僕にとって重要なのは、金銭欲より体験欲。お金を貯めるくらいなら、そのお金を使って僕は体験を買う。それが未来の自分への投資だと思うんですよね。その体験欲を追求した結果、僕はサッカー日本代表を10年以上追い続けて、今やその経験のおかげでサッカー関連の記事の執筆依頼が来るようになった。あと、変な話ですけど、税金を多く払いたくないというのもある(笑)。 山本:それはわかる。無駄な税金は払いたくないし、払う必要もない。サラリーマンはあんまり節税のことを考えないですよね。 村上:僕もサラリーマンのときは節税の「せ」の字もわかりませんでした。全部会社まかせ。フリーランスになって納税方法を知って、節税についても調べて、何十万、何百万円と変わってくるということを知りました。10年以上フリーランスをやってて、毎年学びがあります。節税のために4年前に法人も設立しましたし。 山本:会社で働いていると見えない部分ですよね。給料からどう控除されているのかもなかなか分からないし、自分が損していることも知らされないし。 村上:サラリーマンは自分の価値をいかに上げるかということに無頓着。上から決められるものだと思っている。あなたの市場価値はオープンなマーケットに行けば、大体の人が1.5倍から2倍になるということを知らない人が非常に多い。何万円かの買い物をする時に価格.comなどの価格比較サイトを使って、最安値の商品を探すのには躍起になるのに、自分の月給が何十万円と買い叩かれていることに関してなぜ無関心でいられるのか、僕には到底理解できない。 山本:稼げる努力よりも、安いものを得るために時間をかけるわけですね。それは人間の惰性というか、本当に大事なものを見定めて優先順位を付けることができてないでしょうね。 ■半年だけ働いて「人格否定」されない生き方 村上:金銭面だけでなく、精神的にもフリーランスはメリットがある。上司から詰められたり、部下を叱らなくちゃいけないというストレスがないということ。人格否定を含んだ怒り方をする上司とかよくいるじゃないですか。先日もレストランで店長が新入りを凄い形相で怒っているシーンを見ちゃった。僕、怒るのも嫌だし叱られるのも嫌。独立してからは、仕事上で他人に怒るということをここ10年以上してないんですよ。仕事の契約がほぼ個人で完結する形なので、他人に怒る必要性がないんです。「僕は契約上のここまでちゃんとやったんで、あとはよろしく」というスタンスが取れるフリーランスは気が楽です。 山本:組織にコミットしている人間は、達成しなければならないことが達成できないと怒る生き物なんです。 村上:クライアントに納品する成果物は当然守りますけど、僕自身には売り上げ目標もノルマもないので、そのプレッシャーが一切ない。僕は2年前から今のクライアントと交渉して、週3稼働に減らしてもらったんですが、週5稼働の契約から、自ら申し出て売り上げを60%に減らすなんて、売り上げ至上主義のサラリーマンには到底できるわけがない。自分で働き方改革ができることがフリーランスのうまみ。 山本:なるほどねえ。そう考えますと、改めて『半年だけ働く。』のタイトルの余韻、いいですよね。で、あとの半年は?と気になる。人によって好きなことだったり家族だったり、そのバランスを本当は個人がそれぞれ自由に決められるはず。が、あえてせずに安易なほうを選んで、流されることで何かを捨ててきた人も多い。自由な時間ができてもしたいことがない、旅にも行きたくない、打ち込める趣味もない、何か突き詰めてものをつくることも、考えることもない。そういう社畜には刺さらない本かもしれないですね。 村上:結局、いきつくところは「何をやりたいか?」なんですよ。やりたいことがなければ、一生鳥かごの中で過ごせばいい。飼い主が毎日餌くれますし、かごが外敵からも守ってくれます。飼い主が病気で倒れたら飢え死にしますけど(笑)。やりたいことがあれば、鳥かごから飛び出して、自由に羽ばたけばいい。その代わり、カラスに襲われるリスクがあるし、餌も自分で探さないといけない。そういったあらゆるリスクを背負う覚悟がある人は、フリーランスとして勝負してほしいと思います。 (取材・構成/安楽由紀子) 村上アシシ/1977年札幌生まれ。ITコンサルタント・プロサポーター。東京理科大学卒業後、外資系コンサルティング会社のアクセンチュアに入社。2006年に個人コンサルタントとして独立以降、半年で1年分稼いで、残りの半年を旅して暮らす「半年仕事・半年旅人」のライフスタイルを確立し、継続している。最新刊『半年だけ働く。』(朝日新聞出版) 山本一郎/1973年東京都生まれ。著作家、ブロガー、投資家、経営者。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2000年IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作を行うイレギュラーズアンドパートナーズ株式会社を設立。近著に『読書で賢く生きる。』(共著、ベスト新書)
朝日新聞出版の本読書
dot. 2018/01/30 11:30
介護離職は危険すぎ? 辞める前に考えておきたいこと
介護離職は危険すぎ? 辞める前に考えておきたいこと
いつか必要になるかもしれない介護への備えは十分?(※写真はイメージ)(c)朝日新聞社 正社員だった人の介護転職後の働き方と年収の変化(週刊朝日 2018年2月2日号より) 50~60代に介護離職者が急増する(週刊朝日 2018年2月2日号より)  親の介護のために退職を考える人も少なくないはず。しかし、介護離職を危惧するのは、介護の取材が長く、共著『介護破産』などがある村田くみ氏だ。 「会社を辞めなければよかった……」  80代の両親の介護のため、5年前に離職した独身女性(55)は、後悔の念が募る。要支援1で、つきっきりの介護は必要なかったが、衰えが目立っていたから退職に踏み切った。 「冷静になって考えれば、親を看取った後、自分の老後も考えなければならない。あせって会社を辞めなくてもよかった、と後悔しました。会社と交渉して残業をなくしてもらってでも、正社員でいればよかった」  女性は団体職員として15年以上働いていた。残業が多く、連日終電。深夜に帰宅後、家の手伝いをして就寝し、翌朝9時には出社。4時間睡眠の生活に疲れ果てていたという。今は知人のつてでNPO職員として働くが、給料は退職前の半分程度。退職金もない。 「介護離職防止対策促進機構」の和氣美枝・代表理事(46)は、不動産会社の正社員だったが、認知症の母(77)の介護で約8年前に退職した。介護の知識がなく、情報をどう集めればよいかもわからない。生活のすべてが次第に中途半端になり、精神的に不安定になった。 「介護者の不幸は、選択肢が見えなくなることなんです。介護が始まると『辞めるしかない』と思い込んでしまうのです」という。  明治安田生活福祉研究所とダイヤ高齢社会研究財団の調査「仕事と介護の両立と介護離職」によると、離職者の5割強は、介護が始まってから1年以内に辞めている。正社員だった人の介護離職後の年収は、男性が約557万円から約342万円と4割減。女性も、約350万円から約175万円と半減した。  男性が特に気をつけたいのは、定年退職前、管理職などのポストから外れる「役職定年」にさしかかった時期。給料が新卒並みに激減するため、このタイミングで親の介護に直面すると、離職へと一気に傾きやすい。  特に、共働きだと「妻がそのまま働き、自分は親のために辞める」という選択肢を選びがちだ。しかし、子どもの大学進学などが控えていれば、家計は苦しくなり、新たな借金を背負うことにもなりかねない。  離職を踏みとどまるため、介護休業、介護休暇、短時間勤務制度など、使える制度をおさらいしておこう。  特に、介護休業は、雇用保険から介護休業給付が出る。在宅勤務制度や、就業時間の繰り下げや繰り上げなど、独自制度を設ける企業もある。突然慌てることがないように、勤め先の就業規則を確認しておこう。  筆者は10年前から母を介護しており、当時は要介護2だった。特別養護老人ホームへの入居は無理で、ショートステイを使いながら在宅介護をした後、ケアハウスに入居した。  ケアハウス入居で在宅時より費用負担は増したが、介護負担は少なくなった。施設には週1度通い、病院に連れていっても精神的な負担がない。介護を続けるうえでとても大きかった。  施設入居は、「親を捨てることになる」とためらう人も多い。しかし、在宅介護にこだわる余り、会社を辞めると、親を看取ってから自分の老後の暮らしが危うくなる。  介護は長期戦。施設入居は介護離職を食い止める有効な手段だろう。自宅で過ごしたいと思う親に対し、「自分が会社を辞めて向き合うしかない」と思い込みがちだ。しかし、施設も選択肢に含めるなど、会社を辞めずに介護と仕事を両立させる様々な術を探りたい。 ※週刊朝日 2018年2月2日号
介護を考える
週刊朝日 2018/01/28 07:00
卒母・西原理恵子の子育ての結論「母乳、食育は放棄。子どものためという呪縛から逃れて」
卒母・西原理恵子の子育ての結論「母乳、食育は放棄。子どものためという呪縛から逃れて」
さいばら・りえこ/1964年高知県生まれ。88年「ちくろ幼稚園」で本格デビュー。2002年から毎日新聞で連載した子育てマンガ「毎日かあさん」が、昨年6月に最終回を迎えた。同作などで05年文化庁メディア芸術祭漫画部門優秀賞、手塚治虫文化賞短編賞、11年日本漫画家協会賞参議院議長賞を受賞。10月からは新連載「りえさん手帖」がスタート。そのほか女の子へのメッセージをつづったエッセー「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」、彼氏との熟年恋愛を描いたマンガ「ダーリンは70歳」など著書多数。子どもは長男(大学1年)、長女(高校2年)の2人(撮影/写真部・大野洋介) 西原理恵子さんのサイン本を抽選で4名の方にプレゼントします。ツイッターでAERA dot.のツイッター公式アカウント(@dot_asahi_pub)をフォローして、対象ツイートをリツイートしてください。期間は2018年1月28日までの10日間。詳細はこちら。ぜひご応募ください! 「卒母(母親を卒業)宣言」した漫画家・西原理恵子さん。毎日、睡眠不足でやることと悩み事が山積みの子育てはどうしたら楽になりますか? 今年こそ子どもと笑顔で過ごしたいと思っている現役母たちへ。どんな悩みもガハハと笑い飛ばしてしまう先輩からのアドバイスとは? *  *  * ――2018年が始まり、これから新年度もやってきます。今年こそ笑っている母親になりたい、もっと子育てを楽しみたいと思っている人たちは何から始めればいいですか。  やることを増やすより、引き算ですよ! 家は汚れてていい。風呂も入んなくて良くない? 勉強もオール1じゃなければいいやってぐらいの発想にしませんか。  振り返ると、いつも同じときに同じ場所で怒っていませんか? お風呂の前とか、食事中とか。それって、わざわざ彼氏の携帯見て喧嘩するようなものですよ。彼氏とこれ以上一緒にいたら喧嘩しちゃうなって思ったら、外にデートしたり、話題変えたりするじゃないですか。子どもは逃げ出せないので、親のほうが子どもを怒らなきゃいけない状況にわざわざ自分を持っていかないこと。せっかく作った手料理を残されて怒っているなら、ちょっと多めに店屋物を取って、作らなきゃいい。部屋を汚されて腹が立つなら、物を捨てちゃえばいい。 ――「家事なんかしなきゃよかった あんなに抱っこしてほしがってたのに」(連載「毎日かあさん」に掲載)という言葉はドキッとしました。昨年、連載を終えるとき、「卒母宣言」をして話題になりましたが、子育て真っただ中だと、この状況がいつまで続くんだろうと先が見えません。いつごろ楽になるのか教えてください。  私も先輩たちから教わったんですが「大変なのは5歳まで」ですよ。「自分でうんことおしっこするようになったら、途端に楽になるから」って言われて、確かにその通りだった。失敗することがあっても、自分で夜のトイレに行けるようになったらグッと楽になります。 ■「心配汁」と恐怖と疲労がやってくる  だから、あと数年。その間は優先順位を3番までと決めてください。自分と子どもと、仕事。あとは諦めて、さっさと捨てる。近所のババアとか100万位ぐらい下のものを、絶対に優先しちゃいけない。  私もそうだったし、まわりのお母さんたちも、PTAとか地域のことが原因で倒れちゃうのは寝不足で優先順位が付けられなくなっているせい。赤ちゃん産んでから夜泣きもあって、お母さんたちは壮絶な寝不足なんです。それでも仕事をしてると意識がもうろうとして……。寝不足の頭に「子どものためです」って言われると、朝6時からゴミ拾いに行ったり、誰もいないとこで見守りのためにつっ立ってたり。結局そのせいで親がイライラして、怒られる子どもが1番可哀想。 ――まずは睡眠ということですね。  子どもがいるうちは心配が病気みたいなもの。母親にはそういう不思議な汁が出るみたい、心配汁がね。それがさまざまな恐怖をまとって、疲労と一緒にやってくる。とにかく小学校までのお母さんは、いろんな判断力が鈍ってるんです。だからあちこちでお母さんが倒れてるのをたくさん見ました。  腹が立ったり、煮詰まったりしたら、スーパーで半額のお惣菜を買ってきて子どもと食べて、ビール飲んで寝ましょう。掃除も洗濯も絶対にしちゃダメですね。布団を敷くとか上げるとか、洗うとか干すとかやめて、捨てましょうね。安いマットでいいんですよ。とにかく、人間は寝ないとろくなことがないから。睡眠とお惣菜を確保してください。  子どもが小学校高学年になるころには手が空きますから。中学を卒業して高校生になったら、反抗期が始まって、今度は向こうから逃げていくという悲しい現実が。16歳ぐらいになったらあっという間にどっか行っちゃうんだよ。もう、理不尽ーーー! 本当にあっという間なんだから。 ――去年の流行語対象には「ワンオペ育児」という言葉もノミネートされたほど。家事や育児がまだまだ女性に集中しがちで、働く母たちはヘトヘトですね。  日本中のお母さんはワンオペだと思う。だってお父さんが会社を休ませてもらえないんだもん。それに、日本はものすごい母親を責め立てるから、日本のお母さんは辛いですよ。こうしなきゃいけないって圧力が強すぎる。  子育てで私が1番腹が立ったのは食育。最初にやめたのは、手作りの離乳食ですね。うどんと豆腐と餃子の中身とコロッケの中身とバナナでしのぎましたよ。ラーメンはお湯で麺をゆすいであげると、すんげー食べた(笑)。そういうことをマンガ(「毎日かあさん」)に描いたらみんなから「うれしいです」って声が届きました。  だって世界中に旅行に行ったけど、こんなに食を神聖視して、神経質に母親を攻め立てている国はないですよ。「外食だと子どもがダメになる」って言いますけど、韓国も香港もみんな外食なんだけど、学力は日本より高いですから。東南アジアは大概外食で、しかも安い。みんなが憧れるヨーロッパのドイツは台所で火を使わないことで有名で、パンとチーズを切るだけだから台所はすごくきれい。 ■家事してる間、子どもはどうしてるの?  子どもを育てて仕事してると、前の日の食器を洗うところからスタートしなきゃいけないのに、味噌汁を作れ、どうして米を炊かないんだと異様に厳しいじゃないですか。1日30品目だの一汁何菜だの……。離乳食を作るためにお買い物から調理、後片付けまで入れたら、子どもはその間、何をしてるの? とにかく手作りのものが素晴らしいという風潮を抹殺したかった。  うちの長男なんか赤ちゃんのころ夜泣きが激しくて、おかしいなと思っていたら単にお腹が減ってたってこともありました。なんだ、もっとガッツリしたものが食べたかったのね、って。マニュアル本や赤ちゃんには絶対こうしてあげなきゃいけないという圧力がいかに母親を苦しめているか。  とにかく、スーパーのお惣菜でいいって! 冷凍庫に入れといてチンすりゃいいんだから。それでお母さんが怒らなくていいならそれが1番いいんですよ。そこから始めようよ。私なんか、自分で料理をするようになったのは、子どもが中学校になったぐらいから。だって手が空かないのに、料理なんかできるわけないじゃん。その手は仕事をしないといけないんだから。 ――確かに、子どもが産まれると地域の保健所から子育て教室から通知が来て、そこで離乳食をはじめ、いろんな指導されますね。  先輩としていいたいのは、ワクチンとかの最新の医学知識だけ身につけて、ババアとジジイの言うことは心の中で「死ね!」と言って流すこと。妊娠中も太るなとか、太れとか、みんな言ってることがめちゃめちゃだし、助産師は医者でもないのにガチャガチャうるさい。小児科医でもジジイだと考えが古いし……。  助産師はただの姑だと思ってくださいね。「世界中どんなに貧しい地域でも子どもはお母さんから勝手に栄養を取って健康に生まれてくるからお母さんは二人前食べなくていい」とか言われたけど、その後でユニセフの報告書を見たら真っ赤なウソだった。お産は何があるかわからないし、世界でどれだけの女と子どもが死んでいるか、エビデンスを知らなきゃ。お産は無痛分娩。何かあればすぐ帝王切開! 先進国はほどんどそうなんだから。母乳信仰も絶対ナシ。手作り離乳食は撤廃。私の目指すのはそれです。 ■子どもといる時間はビックリするほど短い  みんな真面目だから「子どものため」って言われると、すべて優先順位を1位にしちゃうんだけど、大事なのは自分の子どもと怒らずに一緒にいる時間であって、姑とかPTAのババアにはいくら嫌われてもいいんですよ。どうせ嫌われるんだから。「子どもがいじめられたらどうしよう」って言うんだけどね、そんな子どもと近づいちゃいけないから、そのお母さんに近づかなくていいんです。 ■勉強しなさい、早くしなさいをやめる ――「子どものため」という言葉は、すごい呪縛です。やってあげたいと思うからこそ、罪悪感に苦しむものです。  そうですよね。でも、本当は子どもは何がうれしいかというと、バイオリン教室に通って、塾に行って、その間も親が外で待っていることじゃない。ただ親が怒ってないのがいいんです。  怒らないでいるためには、経済的なことは絶対に避けて通れない。お金がないというのは1番の原因になりますから。その次に「勉強しなさい」「早くしなさい」を止めると4分の3ぐらいは怒らなくて済みます。遅刻してもいいや、落ちこぼれてもいいやと思えたら、家の中は笑いでいっぱいになりますよ。  東京だと立派な人って、年収とか肩書とか学歴とかで判断するけど、西だと「面白い」ことがすっごい上にくる。私は西の人間なので、面白ければいい、怒らないを優先にしました。だから子どもはものすごい勉強できない……。でもニコニコ笑って、いい子になりましたから、それでいいかなって。 ■家事も仕事もキリがない 考えない癖を ――西原さんを見ていると、気持ちの切り替えってテクニックなんだと感じます。  若いときは、本当に回りを気にして、怖くて怖くて仕方なかったんです。嫌なところばかりしか見ていなかった。私は漫画家なんで、色んなことをずっと考えているんですが、気付いたら頭の中は不安でいっぱい。でも考えても良いことは何も無かったから、ある時から考えない癖をつけるようにしました。大好きな人の名前でもいいし、子どもの名前でもいいし、好きなことをそれこそ念仏みたいにずーっとブツブツ唱えて、頭の中の不安を吹っ飛ばす。  自分がうつ病になったとき、外に出て散歩して、うちでは音楽をずっと流してました。家の中で1人で考えていても、特に夜はろくなことがない。夜のネットサーフィンの恐ろしいこと、絶対やっちゃダメです。  掃除も仕事もやったらキリがない。ビールとお惣菜を買って、睡眠薬を使ってもいいから、とにかく悩む前に寝る。子どもが寝てるときは自分も寝る。  お母さんたち、2018年はいかに子どもと楽しく過ごすかを大事にしませんか? 立派な人間とか、いい成績じゃなくて、笑って過ごすことを最優先にしませんか? 月曜の朝から怒鳴って起こすぐらいなら、学校を遅刻させちゃえばいいじゃん。  とにかく、引き算ですよ! (聞き手/AERA dot.編集部・金城珠代)
出産と子育て
dot. 2018/01/24 11:30
「貯金」より「貯筋」! 現役医師50人が実践する100歳越え健康法
「貯金」より「貯筋」! 現役医師50人が実践する100歳越え健康法
激務でも心身に気を使う医師が多い(※写真はイメージ)(c)朝日新聞社  人生100年の時代。長生きしても、寝たきりや認知症は避けたい。元気を保つにはどうすればいいのか。本誌はさまざまな診療科の現役医師50人にそれぞれの健康法を尋ねてみた。プロが実践する食事や運動から「健康寿命の延ばし方」を学んでみよう。 「みんな『今』が一番若いわけです。動けるときに動かないと後悔しますよ」と語る順天堂大学の小林弘幸教授の贅肉のない体形は、スーツの上からでもわかる。体重は学生時代から変わらず65キロ。朝6時からジムで1時間運動してから出勤する。そんな小林教授が勧めるのがスクワット。高齢者が排便をしづらくなるのは、腹筋が弱まり、肛門(こうもん)括約筋の機能が落ちるからだという。歩けなくなるのは、太ももの筋肉が落ちるため。「壁に背中をつけてやってもいい。肛門に力を入れるように意識し、1日10回の『ゆるスクワット』を続けましょう」(小林教授)  86歳の加藤元彦・歯科医師も同意見だ。 「高齢者は筋肉があれば歩ける。『貯金』よりも『貯筋』です」  加藤歯科医師は動きが軽いし、姿勢もいい。ユーモアがあって、滑舌もよく、笑顔もすてき。駅のホームで電車を待つときにはストレッチを欠かさない。趣味はサイクリングだそうで、昨年末まで日本サイクリング協会の副会長を務めた。  筑波大学の精神科医・高橋晶医師は、リズムを意識した歩き方を大事にしている。「OFF」の状態では歩くことに集中するようにゆっくりと。歩く瞑想(めいそう)だ。  東京医科歯科大学大学院の麻生義則准教授はプールで水中歩行。腕をよくふりながら、大股で歩く。歩いているといろんなアイデアが浮かび、ゴルフをしても疲れにくくなった。「運動だめ、寝だめ、食いだめはできません。日々の努力が必要なんです」(麻生准教授)  聖路加国際病院の河津晶子・人間ドック科医長によると、がんは長期にわたる慢性的なストレスも要因となるが、運動不足も一因となる。 「運動不足であれば乳がんの再発率が高くなります。1日30分の有酸素運動で十分です」(河津医長)。その河津医長だが、仕事の後は、たとえ夜遅くなっても、できるだけヨガのレッスンに通う。 「どんなに疲れているときでも、何も考えずにゆっくりと呼吸をして体を動かすことで、心身共にリフレッシュできるのです」  東京都健康長寿医療センターの許俊鋭センター長は、大量のニンジンを甘く煮詰めて食べている。魚もよく食べ、特にウナギや穴子は好物。肉を積極的に摂取することはないが、肉まんやギョーザには目がないそうだ。  許センター長によると、健康長寿に大切なのは「栄養」だという。同センター研究所が8年かけて追跡し、発表した調査結果によると、BMI、総コレステロール、血清アルブミン、血中ヘモグロビンの各数値が低いほど生存率が低下するというのだ。低栄養が死亡のリスクを高めるようで、「ややデブぐらいがちょうどよい」(許センター長)。  医師の仕事は激務だ。だから食事は簡単に、と思いがちだが、そうでもないようだ。神戸大学病院乳腺内分泌外科の谷野裕一診療科長は3食必ず食べるが、「作ったもの」にこだわり、コンビニ弁当は食べない。口内炎を防ぐために、外来中に口を湿らせる程度にお茶を飲むが、ペットボトル入りのお茶は口にしない。缶コーヒーも避けている。  美容や疲労回復など、アンチエイジング作用に期待できる「高濃度ビタミンC点滴」だが、この点滴とがん治療との併用で治療効果を高めることを訴えるのは、SPICクリニックの柳澤厚生名誉院長。定期的にこの点滴を受け、「飲むビタミンC点滴」と言われるサプリメント「リポカプセルビタミンC」も多く摂取するように心がける徹底ぶりだ。(本誌・大崎百紀) ※週刊朝日 2018年1月26日号
週刊朝日 2018/01/22 07:00
上智大卒、新人賞受賞作家なのに、あらゆる場面で「戦力外通告」、大人の発達障害のリアルを本人が綴る
上智大卒、新人賞受賞作家なのに、あらゆる場面で「戦力外通告」、大人の発達障害のリアルを本人が綴る
「言語性知能」と「動作性知能」のギャップ(※写真はイメージ)  1997年に新潮新人賞を受賞、著作の『ダンボールハウスガール』が米倉涼子主演で映画化もされた小説家・萱野葵氏を襲った危機。生活のために始めたアルバイトは失敗ばかりで、どれも長続きしない。「言語性知能」と「動作性知能」のギャップに、その謎を解く鍵があった。萱野氏が自らの体験を綴った手記を寄稿した。 *  *  *  小説を書けないという困惑から、すべてのことが始まった。  1997年に小説家としてデビューしたが、2001年にはすでにピークが来ているのを感じていた。正確には、書けないというのではない。書いても「これは行ける!」という感覚がなくなってしまったのだ。完全なスランプだった。  しかし、一生、小説だけで生きていける人間など一握りだ。私は小説を書くのをやめ、世間の人と同じように働くことにした。医療事務、警備員、牛丼屋店員、スーパー、受付、その他いろんなジャンルの仕事をしてみた。  もちろん、働くのはこれが初めてではない。しかし、働こうと決心はしたものの、本当は働くのが恐ろしかった。  初めて働いたのは成人を迎えた後、大学2年生でアルバイトをした時だ。ビアホールだった。私は仕事ののみ込みが異常に遅く、もっと速く動いてくれと言われた。飲食店ではテーブルにA1、B2のように店員だけがわかる番号をつける。これを卓番といい、夕方になると「ワンビアA2!」「ツービアC3!」などの怒号が激しく飛び交う。私は最後まで、この卓番が覚えられなかった。おどおどとしながら必死で席を探すが分からずパニックになる。大学のサークルには何とか馴染めたのだが、バイト先では常に浮いている自分がいた。私はたった3カ月でビアホールを辞めた。  その後、居酒屋のバイトに入った。ビアホールではうまくできなくても、環境が変われば仕事のできる人間になれる、そう信じたかった。しかし、ここでも評価は最悪だった。まず揚げ物と焼き物の区別がつかない。焼き鳥を注文されて、調理場の揚げ物担当の人にオーダーを持って行ってしまう。そして「焼き鳥は焼き物だよ! 分かんないの!?」と怒られる。あるいはコロッケを注文されて、焼き物担当に持って行ってしまい、「コロッケは揚げ物でしょ!?」と怒られる。夜の居酒屋はラッシュだったから、私のトロさは際立って見えた。男性店員にいじめられ、1カ月で辞めた。 ●「一流大学なのにできない」同僚に陰口を言われた  それでも懲りずに、小料理屋でバイトしたが、メニューを覚えられず、中国人や韓国人の店員にフォローしてもらう有様だった。パート従業員の中年女性が、「大学は一流でも仕事のできない人っているものなんだね」と聞こえよがしに私のことを他の店員に話すのが耳に入り、いたたまれなくなって辞めた。  コンビニの店員をしても、同じように店長に叱られてばかりで勤まらなかった。  大学を出てからOLになったが、ここでもひどい評価を受けた。とにかく仕事ができないから、会社に対して申し訳なかった。コンピュータールームでひたすらデータを打ち込む仕事は退屈でならなかった。しかし、誰も私に難しい作業はさせなかった。クビになってもいいと思ったが、不思議とリストラも肩たたきもなかった。  後で聞くと、この会社は今まで一度もリストラをしたことがないという。温情豊かな会社に就職したものだ、と思ったが、それでも仕事ができないことと、仕事に楽しさを感じられないことは致命的だった。可愛がってくれた女性社員が、 「もう辞めたほうがいいよ。向いてないよ。小説に専念しなよ」  と助言してくれたのをきっかけにして、私はOLを辞めた。  その後、安アパートで一人黙々と小説を書いていたが、それだけでは食えず、スーパーでレジのバイトをした。  自分は仕事ができない、と思いたくなかった。普通の人ができることをできる人間だと思いたかった。  ところが、レジ打ち以外の、途中で売上金を数えたり、閉店後にレジを締めたりという仕事が、やはりうまく理解できず、混乱し、いづらくなって、これもふいっと辞めた。 ●何度説明を聞いても仕組みを覚えられない  そのすぐ後に小説の新人賞を獲り、何冊か本も出し、雑誌でこまごまとした記事を書きながら、何とか生きてきた。しかし、小説が書けなくなってしまった。それで冒頭に書いたように、働くしかなかったのだ。  その後もありとあらゆる場面で、「戦力外通告」を受けた。牛丼屋では昼間の注文の激しい時間帯を避け、夜の掃除専門で入った。そこで年上の女性から「掃除がのろい」と怒られた。私は怖くなって、懸命に早く掃除を終えるようにした。すると今度は「掃除した後がひどく汚い」と言われた。彼女は人をいじめるタイプではない。ただ、私のあまりにひどい働きぶりに業を煮やしているのだ。 「どうしてそんなに仕事ができないの? あなた本当に大卒なの? 私は高卒だけど、あなたよりずっと仕事できるわよ」  と言われ、私は俯くしかなかった。  こうした状態を、小説が書けなくなってから10年以上も繰り返した。最後に勤めたのは高級スーパーのレジ打ちだ。品物をバーコードに通し、袋詰めにする。それが「ひどくのろい」と怒られた。スーパーにはコーヒーメーカーがあり、夜勤帯のバイトが掃除を命じられた。しかし、私は、コーヒーメーカーの内部の仕組みが、何度説明を受けても全く理解できなかった。 「あなたにはもう教えない。普通なら2回で覚えるよ」  と先輩女性従業員は声を荒らげた。  私は必死で仕組みを覚え、できるだけ早くコーヒーメーカーを洗浄しようと努力した。すると、家に帰ってから、店長から怒りの電話があった。 「コーヒーメーカーの掃除がひどく汚い。別のバイトが一からやり直した」  この一件で、私は「もう無理だ」と悟った。誰にでもできることが自分にはできない。もう何かがおかしいとしか思えなかった。  私はとうとう、病院の門をくぐった。  医師に今までの人生をざっくりと話した。自分には精神疾患がある、と私は疑っていた。ところが、医師は臨床心理士に知能テストをするよう命じた。私は言われるままにテストを受けた。WAIS=III式という日本ではごく一般的なバージョンのテストだ。  数週間後にテストの結果が出た。驚くべき事実が待っていた。  知能テストは言語性知能テストと動作性知能テストに分類される。言語性知能とは、通常、「偏差値」と関係していて、意識的な学習の成果とされる。これは、いわば思考力の高さを測る物差しである。動作性知能とは、社会で必要とされる様々な「作業」を司る知能である。こちらは、その場その場の環境変化や問題発生に臨機応変に対応できる能力のことである。言語性知能の検査項目は「言語理解」と「作動記憶」であり、動作性知能の検査は「知覚統合」と「処理速度」からなる。言語性知能と動作性知能を合わせた全体的知能の、平均的な知能指数は90~109の間。70~89が「境界例」、50~69が「軽度知的障害」とされる。 ●抜きん出た言語性知能 平均下回る動作性知能  私は言語性知能が114と、平均より高かった。ところが、動作性知能は平均をはるかに下回り、「境界例」である74。動作性知能のうちの「処理速度」に至っては66で、「軽度知的障害」のレベルであった。  両方を合わせた全体的な数値は96と「平均値」に収まっていたが、あまり意味はない。大事なのは、言語性知能と動作性知能の差が40もあるということだ。医師は差が40もあるのは極めて稀としながらも、 「あなたは視覚的で単純な素早い作業が苦手だね。言葉の能力が高いんだから、言葉を使う仕事をすればいいよ」  と気安く言った。しかし、言葉を使う仕事ができれば世の中を渡れるわけではない。  私はコーヒーメーカーの掃除であれレジ打ちであれ、仕事ができるようになりたかった。一方で、動作性知能が境界例と診断されたことで、安堵もしていた。自分が仕事のできない理由が分かったからだ。自分はさぼっているのではないか、と思う時ほど罪悪感にさいなまれる瞬間はなかった。でも、それは違った。私の知的水準が低すぎたのだ。  大学時代から続く「戦力外」体験に私は自信を失い、引きこもりのようになってしまっていた。逆に言えば、全国で54.1万人(内閣府推計)、予備軍は110万人とも推定される引きこもりの中にも、私のような人々がいる可能性がある(ちなみにこの数字は15~39歳だけを対象にしたものだが、40代以上を含めると、ぐっと増えて、300万~500万人もの引きこもりがいるのではないかと推定されている)。  東京都にある発達障害者のための支援センターで自分の状態を話し、相談に乗ってもらった。知能テストだけで診断名がつくことはなく、様々な検査をして総合的な判断をするのが普通とのことだった。ただ、簡単に言えば、言語性知能が動作性知能を上回るケースを、非言語性学習障害という(しかし、この呼び方は現在あまり使われていない)。融通が利かず、環境の変化や対人関係に柔軟に対応できず、刺激に直面するとショック状態になったりし、空間認知能力や運動神経に問題があるという症状である。そして、非言語性学習障害は、アスペルガー症候群と同義ではないが、アスペルガー症候群との共通点が極めて多く見られる。 ●「それはしんどかったね」相談員は驚いて言った  アスペルガーは生まれつきの性質であり、基本的に「治癒」することはない。対症療法としては、パニックが起きないように環境調整をしたり、苦手な状況を回避したりする、人から誤解されたら、自分の話し方のチェックを心がける、など、素人でも分かりそうなことしかない。治療はできないが、パニックなどの症状回避のためには向精神薬の服薬は有効性がある。またアスペルガーはそれによる鬱、神経症、適応障害などの「二次障害」も生むので、服薬はその場合にも必要となる。 「言語性知能と動作性知能の差が40もあったの! それは生きるのがしんどかったね」  私の話を聞いた相談員は、驚いてそう言った。  それでも私は患者の中では、少しは幸福だったと言えるのだろう。少なくとも生まれつき障害があったのを、今まで感じることなく生きてこられたのだから。そして、昔だったら「異端者」と片づけられたかもしれないものが、実は「発達障害」なのだ、と認識される時代を生きることを許されているのだから。  生きづらさを抱え、対人関係に苦慮しながらも、自分は非言語性学習障害やアスペルガーではないかと疑ったことのある人は、それほど多くないだろう。そういう人には、この発見されにくい、そして自覚されにくい障害があるかどうかをチェックするために、専門機関を訪れてみてほしい。私も自分の障害と向き合い、見たことや感じたことを書いて伝えることで、少しでもそうした人の力になれたらと思う。 ※AERA 2018年1月22日号
AERA 2018/01/20 16:00
高橋みなみがメロメロに? 夜中に布団に潜り込んでくる同棲相手の“にゃーちゃん”
角田奈穂子 角田奈穂子
高橋みなみがメロメロに? 夜中に布団に潜り込んでくる同棲相手の“にゃーちゃん”
高橋みなみ(たかはし・みなみ)/1991年、東京都生まれ。2005年、AKB48の第1期メンバーとして芸能活動を開始。12年、AKBグループ総監督に就任。16年4月、AKB48を卒業。テレビやラジオに出演し、歌手としても活動するなどマルチに活躍中(撮影/写真部・大野洋介) 体重が3キロほどのにゃーちゃん。毛並みもやわらかく、ふわふわ(写真:本人提供)  インスタでも大人気の「にゃーちゃん」は気まぐれで甘え上手。AKB48元メンバーの高橋みなみさんは、どんなに振り回されてもメロメロだそう。AKB48の猫ブームは元総監督の猫愛の熱さから生まれた。愛猫への思いをインタビューで聞いた。 *  *  * マンチカンの「にゃーちゃん」に一目惚れしたのは、2011年8月です。その少し前から、一緒に暮らす子を探していたら、ペットショップの方から、子猫の写真が送られてきたんです。 「私と暮らすのは絶対にこの子!」と一瞬で分かりました。  生まれたてだったので、うちにやってきたのは、10月頃。まだ生後2カ月の赤ちゃんですから、目が離せなくて。AKB48のお仕事も忙しかったので、暮らし始めた直後は、てんやわんや。私が不在の間、にゃーちゃんも寂しいだろうと、1年半くらい実家で預かってもらいました。  一緒に暮らすようになって4年ほど経ちますが、かわいくて、かわいくて、こんなに大好きでどうしようと思うくらいです。  にゃーちゃんも私じゃないとダメなんです。以前、仕事で家を空けたとき、母やスタッフさんに世話をお願いしたんですけど、一緒に暮らしたことのある母はまだしも、スタッフさんには姿は見せるけど、ぜんぜん寄っていかなかったそうなんです。でも、私にはむちゃくちゃ甘えてきます。  帰宅したときは、玄関でごろんとおなかを出してお迎えしてくれるし、寝るときも一緒。ふわふわの毛布がお気に入りで、毛布がよだれでよれよれになるくらいよく両手で踏み踏みしてます。にゃーちゃんの気まぐれに振り回されるのも、楽しくて。一緒にベッドに入るんですけど、しばらくすると、暑いのか出ていっちゃって、寒くなるとまたベッドに戻るの繰り返し。戻ってくるときも、私が掛け布団を持ち上げてあげないと、潜り込んでくれないので、2、3時間おきに起こされてます。  最近のにゃーちゃんのお気に入りは、洗面所で蛇口から直接、水を飲むこと。洗面所に立っていると、トコトコトコって歩いてきて、私を見上げるんです。マンチカンは脚が短いので、走るのは速いんですけど、跳び上がるのが苦手なんですね。だから、見上げるのは、「私を洗面台に抱き上げて」っていうにゃーちゃんのリクエストなんです。毎日、持ち上げて、お水を飲ませてあげています。  かわいい声でおしゃべりしてくれるのも、たまらないですね。にゃーちゃん、とってもおしゃべりなんです。  じつは、「にゃーちゃん」という名前の猫は2代目。私が小学生の頃、実家に迷い込んできた三毛の子猫が初代「にゃーちゃん」なんです。でも、外と家を自由に行き来させてたら、2年くらいで帰ってこなくなっちゃって。あのときは本当に悲しかったです。  だから、次に飼う子も絶対に三毛にしようと思っていました。今のにゃーちゃんは、マンチカンでもダイリュートキャリコというタイプの三毛柄です。  AKB48にいた頃、にゃーちゃんの写真を毎日メンバーに見せて、呆れられるほどだったんですが、いつの間にか猫を飼うメンバーが増えちゃって。AKB48で猫ブームを作ったのは、私だと思います(笑)。  猫は腎臓が弱いそうなので、ごはんはpHコントロールタイプのドライフードにして、たまに、かつおぶしをちょっとだけおやつ代わりにあげています。年1回は健康診断をしていますし、もちろんワクチンも。  お別れを想像すると、本気で泣けてきちゃうんですけど、でもそれはまだ先のこと。にゃーちゃんにはずっと元気でいてほしいなと思っています。(ライター・角田奈穂子) ※AERA 2018年1月22日号
朝日新聞出版の本読書
AERA 2018/01/20 16:00
小室哲哉会見の100分全記録「5年前から男性的能力なく、男女関係ない」「単語でKEIKOと会話」
上田耕司 上田耕司
小室哲哉会見の100分全記録「5年前から男性的能力なく、男女関係ない」「単語でKEIKOと会話」
時代は終わったと語る小室哲哉(撮影・上田耕司) 会見中に何度も涙ぐんだ小室哲哉(撮影・上田耕司)  小室哲哉が19日午後、記者会見を開いた東京都港区のエイベックス本社には150人の報道陣が集まった。たった1人で着席した小室は頭を深く下げた後、静かに話し始めた。支離滅裂な言い分、意味不明に思えた発言も多くあったが、なるべく発言のままにお伝えしていく。 *  *  *  報道により、KEIKOやファンのみなさまにご心配おかけしたこと、相手の方にご迷惑をおかけしたことをお詫びすると同時に、僕なりのこの騒動のけじめとして、引退を決意しました。  話を2009年までさかのぼらせていただきます。僕は事件で有罪判決(懲役執行3年、猶予5年)を受けました。そして2011年10月、妻の突然の病気(くも膜下出血)。予期せぬことではありました。因果関係もお医者さまにもわからないんですけど……。  幸いKEIKOに身体的な後遺症はなかったのですが、脳の方にちょっと障害が残りました。少し、欲がなくなってしまったりとか、僕から見て、女性から女の子という、すごくやさしい性格になったのかなと初期はそう思いました。  一番、ショックを受けたのは、KEIKOは歌手ということで大きな存在だったと思うのですが、残念なことに音楽に興味がなくなってしまって、カラオケに誘ったり、音楽のインターネット番組を見せたり、CDを聴かせたり、僕なりにいろいろと誘ってみたのですが、音楽に興味を持つということは日に日に減ってきました。  今年で7年目になるんですが、初期の頃、何とか無理やりレコーディングスタジオに連れて行き、KEIKOの心境を僕が歌詞にした歌を何とか録音したことがあります。未発表曲になっておりますけど。それ以降は「もういいよね」ということで、ほぼ歌うことということはなくなりました。それが現状です。  これも恥ずかしい話なんですが、今は彼女は小学4年生くらいの漢字のドリルとかが楽しいみたいです。すべてがそういうレベルでは全くないですけど……。  そういう中で、夫婦として、大人の女性としてのコミュニケーションが日に日にできなくなってきています。  電話や会話がだんだん1時間から10分、5分、3分みたいな間しかもたなくなっています。  非常にかわいそうだなという気持ちもあるんですが、そこをあきらめてはいけない。それが精神的なサポートということなんだと承知の上だったんですが、何度も繰り返しの質問であったりとかで、3年前からちょっと疲れ果ててしまっていたところはあったとは思います。  年々、仕事が増えて、少しずつ音楽に向かわなければいけない時間が増えまして、僕がずっとKEIKOのサポートをするのは不可能なこともありまして、スタッフたち、家族の支援がないと、仕事が追いつかなくなくなってきたという状況が2、3年前くらいから始まったと思います。  1年の2カ月、3カ月に分けて、実家と僕とスタッフが分担してサポートしていく方向でやってきた。音楽をしたいとか歌いたいということではなく、毎日どうやって、起きて、食事をして、余暇を楽しんで、どう寝るかという日々でのKEIKOのサポートをしてきたつもりです。  2年ほど前、1カ月ほど仕事が忙しかったということがあり、僕はなぜかわからないですけども、C型肝炎になりました。結局2人でいると、お互い闘病みたいな形になってしまい、当たり前ですが、KEIKOは普通の家庭の奥さんではないので、僕の看病、見舞い、言葉をかける、という行為はなかなか難しい状況で、1人で闘病をしていました。  病気の中でもテレビ(出演)であったりだとか、音楽創作は続けてしまいました。その間にKEIKOが何を思っていたかというのは想像の域です。  おかげさまでC型肝炎が陰性になりまして、仕事に復帰した2016年くらいから、病気の副作用もありまして、突発性難聴に近いものに僕がなりまして、現在も左の耳がほぼ聴こえないです。  今もキーンという音が鳴りっぱなしで、ストレスだろう、ということしかわからないみたいです。診断書によると、ストレスによる摂食障害、それから睡眠障害みたいなことで、8月に入院を1人でしました。  A子さんを含む複数のお医者さま、看護師のみなさま、そういう方の協力を得ることが日増しに増えました。退院をしましたが、不規則な生活もありまして、通院のみでは治療は不可能な時期もありました。都内はいろんな場所にお医者さまが往診してくれる環境ですから、そういうのを利用させていただき、何とかしようとしてきました。  順調に戻れたなという感じなんですが、耳鳴りがまだ治ってもいないですし、すぐ熱っぽくなったり。  その中で、報道されたA子さんは早朝、病院の昼休みであったりとか、時には深夜イベント終了後であったり、ホテルとかに往診に来てくれることが度々、増えてきました。  自宅でKEIKOがいる時にも往診には複数回、来ていただいてます。ついつい雑談につきあってもらったりとか、確実に僕の甘えなんですが、つきあってくださった。点滴もあります。すべて薬事法に基づいた医師の指示にもとづいたものです。そういう日々が17年のはじまりから後半くらいまでですかね。  看護師さんという立場から少しずつ自分のこともお話していただくようなことがあったりして、仲のよい一番信頼できる人になっていきました。看護師さんが施術をするということで誤解を与えてしまうことは当たり前であって、そこにスタッフの人間であったり、いろんな人がいてくれることも多々あったんですが、誤解を招いてしまいました。  記事にもあるように時間が長すぎるんじゃないかとか場所も怪しいんじゃないかということになっているのは当然だと思います。先ほど、C型肝炎ということをお話しましたけれども、当たり前ですが体調不良で来ていただいていて、女性として来ていただいたことは一度もない。精神的な医療サポートをしてもらった。  それから、非常にお恥ずかしい話なんですけれども、僕が男性としての女性を呼び込みたいというような欲求というものとはちょっとかけ離れていまして……。  心から本当なんですが、男女の関係というのはまったく考えてないです。ありません。誤解を生じさせてしまいましたし、男女を想像させるような環境も多々あったと思います。これをみなさんが使っている言葉を使わせていただきますが、不徳の致すところ以外にはありません。申し訳ありません。  体調不良は本日も変わらず、残念ながら耳鳴りがどうしても治らなくて。仕事も納期が3日、1週間、締め切りも滞りまして、小室だからこんな音を作ってくれるだろうという期待に応えられるか、ということも2017年秋から、自問自答する日々でした。  1週間、悩みに悩んでやり直しみたいな日々もありました。10年前、20年前では考えられなかったことなんですが。期待に応えられるレベルなのかな。正直やり直しやり直しということも増えてきました。簡単にいうと不安、自信のなさということが日増しに増えていきました。KEIKOにも簡単な言葉でしたが悩みを言いました。もう音楽に興味がない人になっているので、「そうなんだ」というくらいだったのかなと思います。  そういう事情で、(A子さんに)ついつい相談ごととか、17年から18年の年末年始、特にそうなってしまいました。奥さんはピアノのフレーズを聴いても30秒ももたない。それで依存がA子さんの方に強くなってしまいました。  そうしたタイミングで週刊文春さんに報じられ、僕から言うと戒めみたいなことなのかなと思っています。  僕は裁判所で執行猶予付きの有罪判決を言い渡され、裁判官から頑張るんだよという叱咤激励を受けまして、そのときの判決を見た時のような気分を文春さんの取材を受けた時、抱きました。  罪を償うとともに、自分の身体的な限界であるとか、この音楽界、エンターテイメント界に僕の才能がほんとうに必要なのか。もはやここまでだな。音楽の新しさみたいなものを作れるものがあるのかな、という自問自答を続けてきました。(週刊文春に)報道していただき、僕は音楽の道を退くことが私の罪滅ぼしであると思いました。  年末、自分が作り上げた楽曲の中でも愛着がある楽曲もあります。自分でも出来栄えは良かったな、いいんじゃないかという曲もあります。エイベックスにとっても非常に大事な曲もあるのかなと思います。他のレコード会社のアーチストの方にとっても大切な曲もあったのかなと思います。そういう楽曲は生きていって欲しいなと思います。  僕のものではなくて、歌う方のものなので。そう思えば思うほど、僕の今のふらついた考え、自信のない考え、かんばしくない体調。そういうことでのネガティブというか、あまり明るくない状況みたいなのが、影響がいってしまうのが今の僕が一番、望んでないことです。自発的な音楽活動は本日をもって退こうと思います。  ほんとは芸能人になりたかったんじゃなくて、音楽をやりたくて始めた。自分もヒット曲をつくる人間なんだと思ってやっていたのではなく、好きな音楽をやれたらいいなと思ってやっていたのですが、90年代の自分でもまったく想像もつかない(CDの販売)枚数であったり、売り上げであったりとか、そういうことによっての過信、慢心があった。  それから20年以上が経っているので、枯渇している能力、自分でも飽きてきている、みなさんも飽きてきているのに、認識の甘さがありました。 (週刊文春の)取材を受けてまだ5日しかたっていません。今後の生き方は少し時間をいただいて、KEIKOとのことを含めて考えていきたいと思います。勝手な苦渋の決断ではあります。今回のお騒がせした中での僕なりの償いはこれが精一杯です。  これからどれほど生活水準とかそういうことが下がったりとかははかり知れません。まったく、わからないですが、ただ、こういった場所でみなさんから注目していただけるようなことはもしかして、これが最後かなと思っています。実直に受け入れようと思っています。TMネットワークから始まって35年になりますが、ほんとうにみなさんありがとうございます。心から感謝しています。 〈これ以降、記者団からの質問が続いた〉 ――具体的に引退を考え始めた時期は?  ダメなのは左耳なんですが、どうしても耳鳴りが今も消えなくて、難聴なのかはちょっとわからないんですが、それで音楽が作れないことはないんですが、体調がそれによって非常に悪くなったりすると、介護の方のご苦労ははかりしれないんですが、僕も多少、端くれかなというところがありまして、両立することの限界を感じたのは(昨年の)8月ですね。自分の気持ちを持っていたのと、みなさんにご迷惑をおかけしたのとで、(引退を)決断しました。 ――引退はいつから?  自発的なこれをやりたい、あれをやりたいという音楽活動はきょうから退こうと思っています。それでも責任があるんじゃないかやってくれということはやろうと思っています。 ――A子さんとは現在も連絡を取っていますか?  事務的な連絡はせざるを得ないのでとってはいます。誤解を招かないように今後はいましめ、しっかりしていきたいと思います。 ――今回の一連のことはKEIKOさんにはちゃんとお詫びをし、納得してもらっているんでしょうか。  話はしてあります。納得しているかどうかは今お話させていただいた通りで、しっかり向き合って理解をしてもらえるかというのはこれからです。 ――A子さんと腕を組んだりだとか、ベッドで一緒に寝ましたか、と文春に質問されて「そうですねはい」と答えてますが、どういう関係でしょう?  僕の体調不良で来ていただいている方で、一般の男性が女性を招くというものとは確実に違うと心から言えます。不徳の致すところで誤解を招いた形になってしまった。長い時間続けてもらったりだとか、そういうことだと思います。 ――精神的な支えということもあったんですか?  かなりありました。ほんとにお恥ずかしい話ですが、5年、6年前から普通の男性としての能力というのがなくて、精神的なものの支えが必要だったと思います。 ――KEIKOさんにどのように報告したのですか?  非常に特殊な例だと思っておりますが、簡単な単語でこういうことだと、「ごめんね」とか、「わかったよ」ということであったりとか。「やだな」とか、ほんとに短い言葉のやりとりを昨日までしていました。この会見が(午後)1時からあるということも昨日、話しております。ゆっくりと、これから目を見てしっかりと話していきたいと思っています。 ――KEIKOさんは「わかったよ」と言った?  今、ラインみたいなものがあるので、「わかったよん」みたいな感じ。一般の奥さんとはちょっと違うので、どのくらい理解してくれているのか。過去、何回か時々、正常になる会話ができる時が年に数回あります。その時に「私、普通じゃないよね」って言ってくれる。 ――離婚も考えているか。  僕は女性というよりも、今の子どものようなKEIKOの方が愛は深くなっています。 ――夫と妻という関係は今後も続けていく?  はい、「旦那さん」という言葉を使ってくれる時もあります。 ――医療行為とは具体的にはどういう薬ですか?  こういった公共の場でしっかりお話するのが難しい。病院の診断書に基づいた医療行為だと思います。 ――A子さんと知り合ったのはニンニク注射をした時なのか?  そうですね。初期はそうです。 ――今もそれを必要とする状況?  いや、今は違うと思います。今はC型肝炎からストレスになって難聴であるとか、非常に全体がだるかったりとか思考が鈍ったりとか体力の補給が一番メインだと思います。入院中も2日、3日点滴をし続けているという状況なので。針は刺さっていっぱなしです。点滴を一日中。2泊くらいという言い方をされるみたいですけど、針が刺さったままでも、そのくらいし続ける。 ――どなたかに相談されたのか?  たった1人の判断です。誰にも相談していません。最初からずっと自問自答。 ――A子さんの自宅にまで行っていたそうですね  他のお医者さま、看護師さんはどうしようもない。僕が動くのならやれる。成立できるということでほんの数回うかがっています。 ――A子さんに対する感情はどういうふうにお感じになっていますか?  非常に甘えていたと思いますし、助けていただいた。感謝しています。申し訳ないという思い。 ――体調不良ということですが、今後はKEIKOさんも介護が必要です。  何はともあれ、ホントに頭の中が混乱していて、どうしていいかわからない、正直。どうやって守っていくか、考えなければいけないが、今こうやってお話している報告が先だなと思ってお話している。今はまったく頭が混乱していてどうしていこうかなという気持ちです。 ――夫婦間で少し距離をとって、ストレスのない生活を考えていますか?  現代病といえばそうなのかもしれないですけれども。非常に四方八方から前にも後ろにも右にも左にも動けない状態がずーっと続いたので。今ほんとにキーンという音がずっとしているんですが、これもわかってもらおうとしても難しいと思うんです。これが消えるのかという疑問もあります。 ――今回のことでA子さんは何て言ってましたか。  見守っていると。きょうの会見を。 ――引退のことはお話になりましたか?  はい、しました。もったいないと言ってました。 ――音楽生活を振り返って?  93年、94年から2000年くらいがブームだったと思うんですけれども。それが、一番基準になりまして、それを超えることはできないですし、それを下回ると期待に応えられないという感覚ですね。あの時代の曲は素晴らしいねと言ってくださる方が一番多いので。そのレベルというのは時代の流れもありますが、あれを基準にしてしまう。そこから上じゃないと。枚数ではないんですが、それとの比較というんですかね。何かこの時代、何をもってミリオンセラーというのか、数字が定まってないので、それを模索するというのは難しいんですけど。 ――A子さんには愛情に近いものなんですか。  どうなのかな。作詩でも愛という言葉を使うことが多いんですけれども、あまりに広すぎて、例えばですけど、KEIKOも最初の時には恋愛感情ではなかった。globeという、ボーカリストとしての愛情だったし、結婚してから恋愛感情というものは当然あったと思いますし、病気になってからはそういった愛情ではなくて、無償の愛という言い方なのかわかりませんけど、何がどうあれ、いとおしいというような愛情であったりとか。ひとりの人でもそれだけ変わるので、この短い時間で表現するのは難しい。 ――安室奈美恵さんが引退すると発表しましたが。安室さんの引退は小室さんに影響があったのか。  安室さんの引退宣言というのは非常に理解はすぐできました。美学というか。美学を貫くという意味では、非常に素敵だなと思います。自分もいずれ素敵な形で身を引けたらいいなと思いました。まだ1週間足らずの決断ですので、何までが許されて、何までが許されないのか正直、自分で判断ができてないんですね。お騒がせした、それを償うという図式しか今ないです。 ――小室さんは満身創痍。この先、KEIKOさんと引退後、幸せに過ごしていく気力はお持ちですか?  みなさんの前でお話するというエネルギーだけで今精一杯。1人になって、どのくらい涙が溢れ出るのか、何てことを言ってしまったのだろうという悔いが出てくる可能性は十分にあると思います。悔いなしなんて言葉はひと言も出てこないです。 〈会見の終了間際、スタッフが「みなさん、長時間ありがとうございました。これで会見を終わらせていただきます」と 150 人の報道陣につげると、それをさえぎるように、小室は「最後に一言だけ、すいませんです」と言って話し始めた〉  僕たった一人の人間の言動などぜんぜん、日本であったり、社会が動くとはまったく思ってませんが、先ほども言いましたように、高齢化社会に向けて、介護の大変さであったりとか、それから社会のこの時代のストレスであったりだとか、少しずつですけれど、この 10 年でふれてきているのかなと思っているので、こういったことを発信することで、この日本を何かいい方向に、少しでもみなさんが幸せになる方向に動いてくれたらいいなと、心から思っております。微力ですが、少し何か、響けばいいなと思っております。ありがとうございます。 〈小室がそう語り終わると、スタッフが「それではこちらの方から退場させていただきます」と言い、小室は退場。本当に会見が終了した〉 * * *  小室は今後、1月24日に武道館で浅倉大介との音楽ユニット「PANDORA」としてのライブを行い、2月6日のNHKの「うたコン」には生出演する予定だという。 (本誌・上田耕司) ※週刊朝日 オンライン限定
週刊朝日 2018/01/19 00:00
夫からの離婚相談が増えている! 不倫妻を受け入れる男の事情
夫からの離婚相談が増えている! 不倫妻を受け入れる男の事情
夫からの離婚相談が増えている(※写真はイメージ)  1992年から離婚カウンセラーとして延べ3万7千人の相談を受ける「離婚110番」の澁川良幸氏は、妻側の浮気やDVが増え、受け身になる夫が振り回されているという。  以前と比べると、夫への罪悪感がなく、「自分を肯定するかのように、『私はこれでいいのでしょうか』と確認するような相談も目立ってきた」(澁川氏)という。  また、SNSは妻たちをアクティブにした。働く女性だけでなく、夫の給料で生活する主婦が、経済的に守られながらネットビジネスを始め、夫に内緒の収入を手に入れる。そして、SNSで簡単につながりやすい時代だからこそ、「いい人がいたらお付き合いしたい」といった願望をかなえやすくなった。澁川氏によると、かつて「将来が不安」と離婚を踏みとどまっていたのは妻側だったが、立場が逆転し、夫の悩み相談が増加の傾向にある。  一方、妻の不倫を許せる男性もいる。 「『尻軽女』とわかって結婚したのに、彼女が僕を捨てました」と語るのは、小太りの外資系ライフプランナー水谷誠一さん(43)。水谷さんは28歳で1回目の結婚をしてから、離婚、結婚を繰り返し、現在の妻は4人目。不倫されたのは、3番目の妻美和さん(当時27)。見た目が清楚で「中」の「上」ぐらいの美人。いかにも男好きする美和さんに、水谷さんは自身と同じ匂いを感じた。 「本能のおもむくままに行動しているのが好きだった。僕も貞操観念がないから、似た者同士でした」  ところが結婚後9カ月で自宅に男を連れ込んでいることがわかった。その2カ月後に、美和さんから性格の不一致を理由に、離婚を押し切られた。 「ところが翌年、デキ婚したことがわかりました」  その相手はなんと同業の管理職だった。相手の男にはムカつくのだが、元妻のことは「バカなところが可愛い」。  妻の不倫を容認しているのが、編集プロダクション社長の伊藤昇さん(35)。8年前に7歳年下の風俗系アイドルとデキ婚。長女を出産してから3年後に、妻は居酒屋で知り合った当時27歳のフリーターと不倫した。悪びれもせず会いに行く妻に、伊藤さんはキレて別居。働こうとしない妻から子どもを引き取ろうとすると、「生活保護を受けたいから、あなたからDVを受けたことにして」と頼まれ、仰天する。エキセントリックな妻と暮らす子どもが気になって別れられず、再び同居。ところが一昨年、妻はSNSで知り合った関西の男と付き合うように。伊藤さんは一生不倫をやめない妻を受け入れることにした。 「子どものために離婚はしない。僕は子どもの母親の保護者でもあるんですよ」  前出の澁川氏は「浮気している人は妻の浮気を許せるものです」と、男性側の心情を代弁。また妻の不倫を容認する男性を「珍しくない」と次のように分析する。 「共依存で成立するカップルです。自分がいないと生きていけないと思い込んで可哀想な女性を愛せるのは、本人の自己愛のなせる業でしょう。かつてソープ嬢と結婚した作家も同様のケースでしょうね」  不倫された夫の本音を探ってきたが、不倫した妻の言い分はどうだろう。  スポーツインストラクターの九条玲子さん(37)は、3歳年上の温厚な会社員と5年前に結婚。だが結婚当時から浮気をやめられない。「誘ってくるのはいつも年下男」と自慢する九条さんは、ランチタイムや仕事の移動の合間に、さらには出張先でラブホへ。まるでスポーツのようにセックスをしながら不倫している。罪悪感なんてまるでないという。 「複数の男とできるのは、きっと駆け落ちした父親に対する復讐(ふくしゅう)だと思います」  父親は九条さんが4歳の時に若い女性と駆け落ち。父が経営する会社は潰れ、母親と兄の3人で6畳一間のアパートで極貧生活を送った。夫以外の男とセックスをするたびに「父親にリベンジしている」と倒錯めいた考えがよぎるそうだ。 「最近優しい夫から帰りが遅いと叱られました。妊活のスケジュールも出されたので、ひょっとしたら気づいているかもしれません」  思い通りにいかない人生にいらだって不倫する妻もいる。  元芸能関係者で現在は語学スクールの講師の新垣真由美さん(35)は、25歳で結婚。「マネジャーがつかなくなって芸能活動に未来が見えなくなっていました。語学学校で働くようになると、年下男に夢中になって、家出しようと夜中に荷物をまとめていると、夫が起きてしまったのです。『明日は出張』というウソを信じた夫が手伝ってくれて……。その横顔を見ながら、離婚できないと思いました」  だが芸能界に未練のある新垣さんが、復帰のチャンスを待ち続けると焦燥感が募る。するとまた不倫。そんな自分に嫌気がさして、性格の不一致を理由に夫と5年前に協議離婚した。 「夫は淡々と離婚に応じました。3年後に夫の再婚が決まり『幸せにね』と電話で祝福すると、『当然だよ』という返事。その瞬間、私の浮気を知っていたことがわかりました」  新垣さんも2年前に再婚。芸能界への未練はなく、今では夫に従順な妻となった。  不倫が原因で別れた夫に、精神的に助けてもらった元妻もいる。  青木裕美子さん(50)は、25歳で結婚し、結婚3年後に「好きな人ができた」と打ち明けて離婚。実家から勘当された青木さんは、エステサロンで働くようになると、あっという間に店長に就任。独立してからは複数のサロンのオーナーだ。 「7年前にお客様と恋仲になって。既婚者だけど、とにかく好きだから付き合っていました。でも3年前に突然ふられたのです」  失恋の痛手から立ち直れず、心療内科に通いながら必死に働いていた青木さんだが、目が覚めても起きられなくなることが1週間も続いた。 「その時に、元夫がお見舞いに来てくれて、『君のわがままに相手が我慢していたんだよ』と慰めてくれました。私の一番の理解者だからこそ、彼の言葉が心に染みて、立ち直ることができました」  前出の澁川氏は「前の夫が相談に乗ってくれたり、時には資金援助したりと、尽くすのも珍しくないですね」。  長い間一緒に過ごした男と女は、見えないまでも深い理解でつながっている。別れてもかけがえのない関係が築かれることもあるのだ。(作家・夏目かをる) ※文中の体験談に登場する人物はいずれも仮名です。 ※週刊朝日 2018年1月26日号より抜粋
不倫
週刊朝日 2018/01/18 11:30
家入一真が語る仮想通貨の「ブロックチェーンの実用化」とは?
家入一真が語る仮想通貨の「ブロックチェーンの実用化」とは?
インタビューに答える家入氏(撮影/田中将介) 「インターネットにつながりすぎた結果、息苦しい社会になった」  そう語るのは起業家・家入一真だ。 「いじめによる引きこもりで1番辛かった時期に、社会と僕をつないでくれたものがインターネットだった。自分は1人じゃないと思えたり、声をあげていいと思えたりしたのは、インターネットの恩恵。現実世界でこぼれ落ちてしまったり、息苦しさを覚えるのであれば、ネットに逃げたら良い」  家入は、ひきこもりから、画家を志すも断念、インターネットの世界で起業し、JASDAQ市場当時最年少での上場を果たした。その後、リバ邸と呼ばれる駆け込み寺シェアハウスをはじめ、カフェやネットショッププラットフォームのBASEの立ち上げなど、連続起業家と評されてきた。エンジェル投資家として50社を超えるスタートアップの投資もしている。  東京都知事選にも出馬し、現在は自らが立ち上げたクラウドファンディングプラットフォーム・CAMPFIREの代表を務める。  オフライン(リアルな場)であろうと、オンライン(インターネット上)であろうと、家入の活動に一貫しているのは、その「時代」が必要とする、声をあげたくてもあげられない人たちの居場所をつくってきたということだ。 「ビジネスにしろ、人生にしろ、正解なんてものはなくて、これが正解かな?というものを模索しながら前に進んでいく。うまくいくこと、うまくいかないこともある。大事なのは、嫌でもやってくる未来に対して、楽観的でもなく、悲観的でもなく自分の頭で考え続けること。やってくる未来を創造して向き合っていくこと」  そんな家入が、今の時代に適した居場所をつくるため、誰しもが接点を持つ「お金」に目をつけた。金融(ビットコインなど仮想通貨)とテクノロジーを掛け合わせた「フィンテック(ファイナンス・テクノロジー)業界」である。 「今の金融制度は非常に硬直的だし、前時代的なものも多い。今の資本主義の枠組みの中で声をあげられず苦しんでいる人がまだまだたくさんいる」  既得権益に守られがちな金融のシステムを、テクノロジーの波によって、アップデートしたいと意気込む。 「2017年は仮想通貨の流れが一気にきて、さらに4割のビットコイン取引がされている日本市場が世界から注目されている。そうした中で、僕たちに必要なのは、テクノロジーの本質を見極めること。ビットコインが儲かるという話が出回り、FXのような投機目的で飛びつく人が多いことは否定しないけれど、ブロックチェーンというテクノロジーとどう向き合っていくべきなのかを本質的に考えなければいけない」  家入は「ブロックチェーンの実用化」を目標に掲げる。ブロックチェーンとは仮想通貨などフィンテックの重要な技術で、ビットコインの中核となる「取引データ(履歴)」をユーザーらが分散して管理するシステムだ。  政府、銀行のような特定の管理機関がないため、権限が管理者に集中することがなく、分散するのでシステム障害に強く、低コストで金融サービスが運用できると期待を集めている。 「仮想通貨が盛り上がっているこのタイミングで、いかに実体経済に落とせるか。当たり前のように送金や決済に使えるようにしていきたい。最近ではICOという資金集めも注目されている」  ICO(Initial Coin Offering)という仮想通貨の発行で資金調達をすることは、一般的には、資金調達に伴うコストを大幅に引き下げ、国内だけでなく世界中から資金を集められるとされている。  その一方で、こうした「国境のないお金のような資産」である仮想通貨は、捜査当局が自国でいくら取り締まりを強化しても、抜け穴があり、資金洗浄(マネーロンダリング)に悪用される恐れや、詐欺の温床になるリスクも指摘される。  日本でも昨年4月に「改正資金決済法」が施行され、仮想通貨を「財産的価値」と定義し、口座開設時に免許証などで本人確認をするよう義務づけられた。  家入の言う「ブロックチェーンの実用化」が実現すれば、全ての取引データが残るため、送金の流れや不正を追跡しやすくなることから、マネーロンダリングの防止策になるとされる。  さらにこう主張する。 「仮想通貨で利益が出た人が、一部だけでも若い人のチャレンジの応援に使ったり、地域や社会貢献活動に支援したりする流れを作りたい」  これが、自著のタイトルにもなった、家入の目指す「なめらかなお金がめぐる社会」であり、「小さな経済圏」である。  2017年、CAMPFIREは、クラウドファンディングでビットコイン決済を可能にした。 「これまではクレジットカードや銀行、コンビニなどが主流だったが、選択肢の1つとして導入した結果、ビットコインでの支払いも増えてきた。ただ、ビットコイン決済や、ビットコインの現金化は課税対象であり、まだまだ所有したままの人が多いという課題もある。お金の流れをつくるために、やれることはまだまだたくさんある」 「ブロックチェーンの波はインターネット黎明期に似ていると言われる。当初は、インターネットの根幹をつくる会社が多かった。例えばインターネットブラウザやルーターを作るといったもの。今は、そのテクノロジーを使ったFacebookやTwitterといったアプリが伸びている。つまり、ブロックチェーンにおいても今はまだ種の部分。これから、ブロックチェーン技術の上にどういったアプリを載せていくかを考えている」  家入がクラウドファンディングで「誰しもが声をあげられる世界をつくる」と言い続けてきたのにはワケがある。 「銀行から借りるとか、自分でバイトしてお金を貯めるといった資金調達の選択肢の1つとして、共感をベースとして一般の方々に支援してもらうクラウドファンディングが定着してきた。市場も検索ワードも伸びている。だけど、クラウドファンディングの本来の目的は、小さな火を灯すことだと思う」  最近は有名な企業や芸能人のプロジェクトが高額を集め、話題になることが多いが、家入はこう言う。 「僕らは5千万円のプロジェクト1件よりも、5万円のプロジェクト100個を大事にしたい。5万円集めてフリーペーパーを作りたいとか10万円を集めて個展がやりたいとか、金額的には大きくなくとも、個人が『こんなことをしたい』と思ったとき、『そうだ、クラウドファンディングを使ってみよう』と思えるものをつくりたかった」  これが、個人が経済を選択できる世の中である。 「もちろん金額によって差別するわけではないけれども、クラウドファンディングの本質は、一般の人たちでもお金を集めるときに使えることだと僕は信じている」  しかし、クラウドファンディングには、個人間のお金のやり取りを活発にできる可能性を感じる一方で、ハードルの高さも感じていた。 「みんなが気軽に使えていない。理由の1つは、声をあげると、批判にさらされるから。実際に批判はなかったとしても、さらされるんじゃないかという恐怖心が常にそばにあった」  2016年2月、家入はCAMPFIREの代表に復帰後、大きく舵を切った。 「ハードルを下げるためにまずは審査基準の見直しや手数料の引き下げを行ったが、大事なのは心のハードルを下げること。皆が抱える『お金が集まらなかったどうしよう』という不安に対し、僕らは失敗として捉えなくていいとメッセージを発信し続けてきた。もしだめなら何回でもチャレンジすればいい。失敗を歓迎するプラットフォームでありたい」  家入はこう語る。 「資本主義を考えたときに明らかに行き過ぎていて、よりもどしが起きている。高度経済成長を経て豊かさは実ったが、個人の欲求レベルはてっぺんの自己実現欲求の段階まで来てしまった。自分は何のために生きているんだろう、何を目指せばいいんだろうという悩みが今後さらに増えていくと思う。昔のように車を買いたい、良い時計をつけたい、家族を持って一軒家に住みたい、など目指すものがあって幸せの形が共有できた時代は頑張れた。今は何を持って幸せとするか、というモノサシがなくなってしまった。都内で夜景の見えるマンションのために必死で働く、年収は低いけど地方で5時には仕事を終えて海を見ながらビールを飲む、いろんな幸せのカタチがある」  つまり、豊かさは実り、幸せも選べる時代になったのだ。 「だが少子高齢化が進み経済が小さくなり、社会ではどんどん格差が拡がり、貧しい人やセーフティネットからこぼれ落ちる人たちが出てくる。今後、そういった人たちが、つながりで寄り添って生きていくためのコミュニティが必要。従来、強者とされた人たちは、その強さゆえにコミュニティを作れず、孤独になるかもしれない。近年、取り沙汰されている分断社会というのは、縦で見たら分断されているけれど、横で見たら、自分たちの持つステータスやキーワードでつながっているから分断されていない。経済圏同士が繋がっていれば幸せに生きていける。驚くべきことにコンプレックスがないことがコンプレックスという若者が増えている。つながれるタグがないことに不安を憶えているということ」  従来、人は勝ち組とされてきた「富と権力」を追い求めてきた。しかし、家入は言う。 「比較はできないけれど、従来の勝ち組・負け組、強者・弱者の定義が一気に変わる可能性がある。その中で、生きることの選択肢を増やすことが社会の包摂につながる」  2014年、家入は「本来セーフティーネットをつくる政治側から居場所の作り方を考えてみたかった」と、東京都知事選挙に出馬した。  Twitterを使って政策を公募し、皆の声を拾っていった。 「皆で作るなら家入じゃなくていいじゃん」という批判に家入は大きくうなずいた。「僕はただの器で、皆の意見を吸い上げるだけ。プラットフォームとして家入を使ってもらえればよかった」  結果は、約8.9万票の5位で落選。 「『政治家としてこれからやっていきます』と発言していたこともあったが、だんだん意見を発することの虚しさに襲われていった。1つの言葉を発した瞬間に出てくる、過激に賛成または反対する人によって、社会が分断させられることが僕はとても嫌だった」  家入自身がネットという空間に息苦しさを感じた瞬間だった。 「政治で物事を動かしていくって、時間と力が必要。動かないものを動かそうとするより自分が動いたほうが早い」  それでも、出馬したからこそ見えたものがある。 「社会課題を民間から解決する決意ができた」  そんな家入が見つめる景色の先には何があるのだろうか。 「社会の仕組みからこぼれ落ちた自分みたいな人間が、『こういう場所があったら良かったな』と思える場所をどう作るか。会社という組織もそう。何かしら引っかかる場所はどんな人にでも世界のどこかにあると僕は信じている。もちろん僕がやっていることは全ての人たちを拾い上げられる仕組みでは全くない。むしろそれでいい。大事なのは居場所を経由した人たちが居場所を作ること。僕も「作る人を作る側」に回ってもっと居場所を増やしたい」  家入が目指す良いコミュニティは「おかえりって言ってもらえる場所。自分を肯定してくれる場所がいっぱいあると挑戦もしやすくなるから」  チャレンジに失敗しても帰ってこれる場所。クラウドファンディングは誰しもが声を上げることができ生き方の選択肢を増やす手段として有効であるという家入の信念は変らない。(田中将介)
dot. 2018/01/15 11:30
「5万人のリストラ」から見えた 万年平社員の共通点とは?
「5万人のリストラ」から見えた 万年平社員の共通点とは?
「できる人」と「できない人」は何が違うのか?(※写真はイメージ) 松本利明(まつもと・としあき)/人事・戦略コンサルタント 外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサージャパン、アクセンチュアなどを経て現職。5万人以上のリストラを行い、6000人を超える次世代リーダーや幹部の選抜・育成に関与する。その中で、「人の持ち味に合わせた育成施策を行えば、人の成長に2倍以上差がつく」ことを発見し、体系化する。そのノウハウを、クライアント企業にはマネジメントの仕組みとして、社員には具体的な仕事術へと落とし込み提供。  24年間で、外資系・日系の世界的大企業から中堅企業まで、600社以上の人事改革と生産性向上を実現する。自らもその仕事術を実践することで、スタッフからプリンシパル(部長クラス)まで8年という驚異的なスピードで昇進する。  現在は、企業向けのコンサルティングに加え、「すべてのムダをなくし、自分らしく、しなやかに活躍できる世界」にするため、「持ち味の見つけ方・活かし方」を、ビジネスパーソンのみならず学生にも広めている。「仕事術」「働き方」などのテーマで、メディアへの寄稿多数。また「日本企業の働き方・賃金改革の在り方」について、英国放送協会(BBC)から取材を受け、その内容は全世界に配信された  優秀なエリートには共通点がある。彼らは「真面目に、我慢して、一生懸命」ではなく、「ラクして速く」をモットーに、効率よく結果を出し続けている。まじめさと仕事のパフォーマンスは比例しない。24年間で5万人以上のクビ切りを手伝い、その一方で、6000人を超えるリーダー・幹部社員を選出してきた松本利明氏の新刊、『「ラクして速い」が一番すごい』から、内容の一部を特別公開する(構成:中村明博) ●「できる人」と「できない人」は何が違うのか?  私はPwc、マーサー、アクセンチュアといった世界的な外資系コンサルティング会社で、グローバル展開やM&A、そして事業再生に基づく人事制度改革・人材開発に24年以上かかわってきました。コンサルティングした会社の数は600社を超えます。  私が一貫して行ってきたことは「人の目利き」です。仕事は大きく分けて2つ。リストラと選抜です。累計すると、5万人を超えるリストラ、そして6000人以上の優秀なリーダー・幹部の選抜を行いました。  今のご時世、真面目にコツコツ一生懸命やる人は「いい人」とほめられても、評価されません。課長にもなれません。途中で体調を崩すか、万年(まんねん)平社員です。  皆さん、薄々気づいているのではないでしょうか。  実際に活躍しているのは、眉間にシワを寄せて一生懸命働く人ではなく、涼しい顔でサクサク仕事を進めている人です。  結論を言います。努力はいりません。ラクに速く仕事をするほうが、結果が出て、さらに人生の選択肢も増えるのです。  この事実はごく一部の優秀な人しか知りません。その人は黙っているので広まらないのです。 「能力があり、仕事ができる」から活躍しているのではありません。「ラクに速く仕事をしている」から能力が上がり、チャンスをつかんでいるのです。国内外600社以上のコンサルティングの現場で、例外は1つもありませんでした。 ●1秒でも早く仕事を終わらせる  誤解されやすいのですが、“ラクをする”とは「手抜きをする」「適当にする」ということではありません。力の「入れ所」と「抜き所」を押さえ、ムダな仕事を減らすことです。  この心がまえを持ち、日々の仕事にとり組めているかどうか。それが、リストラされた5万人と選抜された6000人の「差」です。  本連載では、力の「入れ所」と「抜き所」を押さえ、スピーディに仕事を進めるやり方を「ラクして速い」と定義します。 【「ラクして速い」の定義】 “ラク”とは、力の「入れ所」と「抜き所」を押さえ、ムダな仕事を減らすこと “速く”とは、1秒でも早く仕事を終わらせること 「集中すべきものと、捨てるべきものを正しく取捨選択する」。こう言い換えてもいいでしょう。 ●こんな「一生懸命」をやっていませんか? さて、次のような光景を見かけたことはありませんか? <ケース1> Aさん「B課長、ご指示通りに仕上げました。これでよろしいでしょうか?」 B課長「そもそもの話だけど、やはり○○は必要だよね。やり直して」 Aさん「(会議で○○はいらないと決めたはずでは……)はい、一からやり直します(今日は徹夜かも)」 翌日 Aさん「(今度は絶対にひっくり返されないように、パターンをすべて洗い出して完璧に仕上げたぞ)B課長、資料ができました。今度こそ完璧です」 B課長「おいおい、こんなにたくさんの資料、何に使うんだよ。会議参加者はみんな忙しいんだぞ。こんな分厚い資料読んでくれないよ。要点をまとめたこの3枚だけでいいんだよ。9割の資料がムダだよ。こんなことに時間をかけず、もっと生産性を上げろよ!」 Aさん「(せっかく徹夜でがんばったのに……)はい、以後気をつけます」 <ケース2> D課長「Cさん、急ぎで悪いんだけど、この資料、月曜朝一までに仕上げてくれないかな」 Cさん「(今、金曜の16時なのに……)わかりました」 D課長「ありがとう、やっぱり仕事が速いCさんは頼りになるよ」 30分後 E課長「Cさん、悪いけど今日中にこれを仕上げてくれないかな。急ぎで」 Cさん「(あと30分で定時なのに今日中とは……)E課長、わかりました」 E課長「ありがとう、いつも仕事が速くて助かるよ、よろしく!」 さらに30分後 F課長「Cさん、悪いけど、月曜の経営会議で使うデータの分析、やっといてくれないかな」 Cさん「(おいおい、直属の上司の依頼は断れないよ)はい、わかりました」 F課長「あとはよろしく!」 Cさん「(はあ、今日は娘の誕生日なのに。今日は終電コースだな……)」 “ムダな努力”を排除しよう  あなたのオフィスでも似たようなことが起こっているのではないでしょうか。個人の作業スピードをどれだけ上げても、生産性は上がりません。自分の作業時間よりも、上司、関係部署、取引先といった他者とのやりとりの中で生産性は決まります。 ショートカットや辞書登録で入力スピードを上げても、 朝、早起きして誰もいないときに出社しても、 素直にすぐ行動しても、 方眼ノートや時間管理ツールを活用しても、  やり直しになったり、上司や先輩の指示が悪かったりすれば、1ミリも意味がないのです。仕事を1秒でも早く完結させるには、結果につながらないムダな努力をすべて排除する必要があります。ムダな努力は次の5パターンに分類できます。 (1)一生懸命がんばるけれども、やり直しが多い (2)すべてに全力投球で、疲れ果てる (3)責任感を持ちすぎて、仕事を抱えすぎる (4)根回しに労力と時間をかけすぎ、疲弊する (5)上司の指示通りにやるが、結果が伴わない  結果につながらないムダな努力を排除すること。小さなアプローチの違いで、あなたの仕事がラクに速くなるだけでなく、周囲の人間の生産性も向上させることができます。 【『「ラクして速い」が一番すごい』著者からのメッセージ】 ●世の中から、すべてのムダな努力をなくしたい  はじめまして。松本利明と申します。この度『「ラクして速い」が一番すごい』 を出版しました。  世の中からすべてのムダな努力をなくしたい。その想いでこの本を書きました。誰もがラクして速く、自分らしく花開けるようになるエッセンスを込めたつもりです。  私は小学生の頃から、自分に合わない勉強法を父にごり押しされ、中学、高校、大学、すべての受験に失敗しました。大学のESS(英会話部)でスピーチコンテストに出たときも、体育会の先輩から自分に合わない方法を押しつけられ、結果はブービー(最下位から2番目)でした。  しかし翌年、テレビ番組に参加することで得たマーケティング手法をスピーチに活用することで、準日本大会の「丹羽杯」で3位入賞をはたしました。  そのとき、私は自分の持ち味に合った方法ならラクに成功できることに気づきました。それ以来24年以上、人事・組織のコンサルティング現場の知見をまとめ、法則を積み上げてきました。 「ラクして速い」と聞いてネガティブな印象を持った方もいるかもしれません。  その方は「ラクして」という意味を考えたとき、「手を抜く」とか「ズルをする」というような感覚にとらわれていたのではないでしょうか。  実際は逆です。「ラクして速く」なるためには、「ムダな努力」をなくし、自分の持ち味を活かしきらなければなりません。苦手なことではなく、得意分野でスイスイ結果を出していくことで、評価もやりがいも簡単に手に入れられるのです。  本書の中から、今からできそうなもの、役に立ちそうだと思ったものを実際にやってみてください。ラクして速く仕事をし、結果を出すことで、一生の友となる「自信」をつかんでいただければ、著者としてこれ以上の幸せはありません。 松本利明(まつもと・としあき)/人事・戦略コンサルタント  外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサージャパン、アクセンチュアなどを経て現職。5万人以上のリストラを行い、6000人を超える次世代リーダーや幹部の選抜・育成に関与する。その中で、「人の持ち味に合わせた育成施策を行えば、人の成長に2倍以上差がつく」ことを発見し、体系化する。そのノウハウを、クライアント企業にはマネジメントの仕組みとして、社員には具体的な仕事術へと落とし込み提供。  24年間で、外資系・日系の世界的大企業から中堅企業まで、600社以上の人事改革と生産性向上を実現する。自らもその仕事術を実践することで、スタッフからプリンシパル(部長クラス)まで8年という驚異的なスピードで昇進する。  現在は、企業向けのコンサルティングに加え、「すべてのムダをなくし、自分らしく、しなやかに活躍できる世界」にするため、「持ち味の見つけ方・活かし方」を、ビジネスパーソンのみならず学生にも広めている。「仕事術」「働き方」などのテーマで、メディアへの寄稿多数。また「日本企業の働き方・賃金改革の在り方」について、英国放送協会(BBC)から取材を受け、その内容は全世界に配信された。
働き方
ダイヤモンド・オンライン 2018/01/15 00:00
更年期をチャンスに

更年期をチャンスに

女性は、月経や妊娠出産の不調、婦人系がん、不妊治療、更年期など特有の健康課題を抱えています。仕事のパフォーマンスが落ちてしまい、休職や離職を選ぶ人も少なくありません。その経済損失は年間3.4兆円ともいわれます。10月7日号のAERAでは、女性ホルモンに左右されない人生を送るには、本人や周囲はどうしたらいいのかを考えました。男性もぜひ読んでいただきたい特集です!

更年期がつらい
学校現場の大問題

学校現場の大問題

クレーム対応や夜間見回りなど、雑務で疲弊する先生たち。休職や早期退職も増え、現場は常に綱渡り状態です。一方、PTAは過渡期にあり、従来型の活動を行う”保守派”と改革を推進する”改革派”がぶつかることもあるようです。現場での新たな取り組みを取材しました。AERAとAERA dot.の合同企画。AERAでは9月24日発売号(9月30日号)で特集します。

学校の大問題
働く価値観格差

働く価値観格差

職場にはびこる世代間ギャップ。上司世代からすると、なんでもハラスメントになる時代、若手は職場の飲み会なんていやだろうし……と、若者と距離を取りがちですが、実は若手たちは「もっと上司や先輩とコミュニケーションを取りたい」と思っている(!) AERA9月23日号では、コミュニケーション不足が招く誤解の実態と、世代間ギャップを解消するための職場の工夫を取材。「置かれた場所で咲きなさい」という言葉に対する世代間の感じ方の違いも取り上げています。

職場の価値観格差
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