中瀬ゆかり
中瀬ゆかり「3度も死にかけた中村うさぎさんに教わったこと」
中瀬ゆかり(なかせ・ゆかり))/和歌山県出身。「新潮」編集部、「新潮45」編集長等を経て、2011年4月より出版部部長。「5時に夢中!」(TOKYO MX)、「とくダネ!」(フジテレビ)、「垣花正 あなたとハッピー!」(ニッポン放送)などに出演中。編集者として、白洲正子、野坂昭如、北杜夫、林真理子、群ようこなどの人気作家を担当。 彼らのエッセイに「ペコちゃん」「魔性の女A子」などの名前で登場する名物編集長。最愛の伴侶、 作家の白川道が2015年4月に死去。ボツイチに。
作家・中村うさぎさん (c)朝日新聞社
50歳で、パートナーである作家・白川道こと「トウチャン」に突然先立たれ、ボツイチになった私。自宅から救急車で運ばれて病院で臨終宣告を受けたのだが、駆けつけた人々にどう連絡したのか、その日どうやって家に帰ったのか、いつ眠ったのか、などの記憶全体にモヤがかかっている。「人は見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞く」という言葉があるが、まさにそうで、私はこの日から、白川の不在を見ないように考えないように、心の目と耳を閉ざしたまま日々を消化していくことだけに腐心していくことになる。
この日から4日間、姉がそばにつきっきりでいてくれたし、会社もあったし、私はけして物理的にはひとりぼっちではなかったけれど、気を許せばどこまでも深い沼に落ちていきそうになって、後を追って死にたくなる気持ちをぐーっと押さえ続け、現実から目をそむけ続けるしか、トウチャンのいない世界をひとりで生きていく方法が思いつかなかった。
毎日容赦なく訪れる夜が怖くて、毎晩誰かとご飯を食べることにした。仕事相手、友人、知人……。男女を問わずとっかえひっかえ約束を入れ続けた。食欲はなかったが、胸の空洞にごはんを詰め込むようにして贅沢な外食を続けた。とりあえず1か月分の手帖が真っ黒に埋まるとホッとしたものだ。ひとりの家に帰るとやけにシンとした冷たい空気が流れていて、3匹の猫だけが所在なさげに寄り添ってくる。ふわふわした彼らをかき寄せながら、もう私には本当の意味での幸せな時間など二度と訪れないんだ、と冷静に絶望していた。
テレビでバカ話や下ネタでおどけながらも、本番の緊張が終わってしまえば、番組でのやりとりを手をたたいて笑ってくれたり、「あれはないぞ」と意見してくれるトウチャンがいなくなった、という不在ばかりが膨らんだ。シリアスな政治や経済、社会問題についてもコメントする前にサジェスチョンをくれた守護神を失ったこと――。それはまるで航路で海図を見失ったような――。そんな心細さばかりが増していた。そして、いつしか精神安定剤や導眠剤なしでは眠れないからだになってしまっていた。
そんな私の魂の鎮痛剤は、猫と酒と、本と映画。家で猫を傍らに引き寄せ、酒を飲みながら目から取り入れる一冊の本や一本の映画がどれだけ救いとなり、私の人生を再生に導いてくれたか!それはこの3年間、絶え間なく訪れた福音のようなものだった。
たとえば、白川を失くして間もなく出版された、中村うさぎさんの『他者という病』では、原因不明の大病をして3度死にかけ、仕事も失ってもなお「死ねなかった」うさぎさんの戦いに「自分だけが悲劇のヒロインではない」ことを教えてもらい、その1年後オランダのトーン・テレヘン氏の著作『ハリネズミの願い』(長山さき訳)に出会い、自分のハリが大嫌いで友だちのいない臆病なハリネズミが「でも誰も来なくてだいじょうぶです」という招待状を出さずに「もし誰かが来たら」という妄想でつづる物語が五臓六腑に染み入った。せつなさと可愛らしさ、孤独と人恋しさに満ちた優しくて哲学的な寓話にキュンキュンしながら、わたしにも、ハリネズミのようなコミュ障の部分があることを改めて自覚し、自らの「ハリ」のようなコンプレックスと向き合いながら、魂レベルで再び誰かとかかわって気持ちの上で溶け合いたい、という思いがふつふつとわきあがった。
そう、耐えられない喪失感の中でも、もう一度恋をしたい!誰かを強く愛したい!このままでは死ねない!と、この本によって再び思えたのだ。なんという、物語の力!!
dot.
2018/05/06 16:00