勝間和代さんの告白が社会に見せたもの… カミングアウトの現実
世界にはさまざまな「カミングアウト」がある…(撮影/写真部・東川哲也)
【図表】自分の子どもが同性愛者だった場合、どう思うか(新書『カミングアウト』より)
「高校のときも、大学のときも、女の子を好きになる感覚はありました。でも、ダメなことだと思ってました。男性も好きになるし、女性を好きな気持ちには蓋をしないといけない、と」
女性パートナーとの交際をウェブメディアを通して告白した勝間和代さんだが、同時にカミングアウトの困難さも明かしている。性的マイノリティに限らずとも、自分にとって大事な、しかしそれまで言えなかったことを誰かに打ち明けることは、勇気のいる行為だ。
「だからこそ、カミングアウトをめぐっての様々な体験やその背景を彫り下げることは、人と人がどう出会い、わかり合っていくのか、問ういことにつながるテーマでもある」
そう語るのは、文化人類学者の砂川秀樹さんだ。著書『カミングアウト』(朝日新書)には、カミングアウトをした当時者の葛藤と、それを受け止める家族の戸惑いの様子が、実例で克明に描かれている。そのひとつが、自分がレズビアンであると両親に紹介した香織さん(仮名)の例だ。
香織さん(仮名)は中学生の頃、はじめて女性を好きだと気づいた。ただ、女性が好きなことを両親に言うつもりは、ずっとなかったという。仕事を始めるようになって、「結婚とかは考えない?」と両親に言われることが増えてきても、「するつもりはない」ときっぱり言い返した。
そんな香織さんは、30歳になって、一つ年上の佳奈さん(仮名)と付き合い始め、一緒に住むようになった。「友人と住む」と伝えられた香織さんの両親は、それを不思議には思わなかったという。それどころか、香織さんと佳奈さん、香織さんの両親と四人で一緒に食事するようになった。その食事の席で、香織さんがカミングアウトを真剣に考える出来事があったという。
* * *
「両親は、私たちのことに気づいていて、その上で理解して迎えているのではないかと思うときもありました」(香織さん)
しかし、実家で一緒に食事をしているときに、母親が佳奈さんに言った言葉に、そうじゃないことを思い知らされた。
「おつきあいされている方とかはいらっしゃらないんですか? もし結婚を考えることがあったら、うちの子のことは心配せずに、そうされてくださいね」
冗談っぽい言い方に、佳奈さんも苦笑したという。しかし、そんな佳奈さんの顔を見ていたら、とても気が重くなって、申し訳ないような気持ちになり、それまでどこか自分で蓋をしていた、親を騙しているような気持ちが次第に大きくなっていったという。
それでも、カミングアウトには迷いがあった。一人っ子だから、自分が同性を好きだと知ったら、どんなにショックを受けるだろうか。まったく理解されなくて、拒絶されたらどうしようか。1カ月ほど悩んだ香織さんはカミングアウトの決意をして実家に行った。
「実家へ向かうときは、人生で一番緊張しました」(香織さん)
しかし、話はなかなか切りだせなかった。そんな香織さんの迷いに気付いたのか、母親は「何か話があるんじゃないの?」「最近、食事に来ることもそんなになかったし、食事しても終わったらだいたいすぐに帰るじゃない?」と切り出した。
「私は言葉につまってしまって、母が自分の変化に気づいていたんだと思うと、いろんな感情がこみあげてきて、涙があふれました。涙で声が出ない中、やっと『実は、佳奈は友達じゃなくて、恋人で……』って言葉にしました」(香織さん)
両親から何の反応もなく、伝わっていないのではないかと思った香織さんは、「レズビアンなの」と口にした。そして、声をあげて泣いた。
香織さんの涙が落ち着いてきた頃、「いつからそうなの……?」と聞いてきた母親の声は涙声だった。「中学時代からずっと」と答えると、母親は、「そう、正直ショックだけれど……」と言ったきり黙ってしまった。すると、それまで何も言わなかった父親が「しょうがないだろう。それでお前は幸せなんだろう?」と、ちょっと強い口調で、怒っているように言ったという。
■カミングアウトされた母親の「本当の」気持ち
母親とはその後も以前と同様、1週間に一回ほど電話のやりとりをしたが、お互いカミングアウトの話題は出さないまま、それまで2、3カ月に一度は帰っていたという実家にもいかず、半年ほどが過ぎた。そして、クリスマスが過ぎてすぐの頃、母親から電話があった。
「お正月には来られるんでしょ?」「佳奈さんも来られそうなら、一緒に連れてきなさい」
予想外の言葉に驚き、香織さんは「え? あ、うん、聞いてみる……」としか答えられなかった。元日の夜に佳奈さんと二人で実家を訪ねた。最初はぎこちない沈黙が続き、テレビから流れる正月の賑やかな声が、やたらと響いて浮いている感じだった。しかし緊張がほぐれてきたころ、母親がさらっと言った。
「二人とも今年も元気で仲良くね」
香織さんも佳奈さんも、一瞬、止まったという。そして、先に返事をしたのは佳奈さんだった。「ありがとうございます」。その声はちょっと涙声だった。それから父親がこう続けた。
「これからも香織をよろしくお願いします」
佳奈さんが「はい」と答えたときには、香織さんも泣いていた。
「ありがとう」
それから、4人で食事をすることも増えたという。実は、香織さんのカミングアウト後、両親はLGBTについて新聞記事や本で勉強していたのだ。
香織さんがカミングアウトしたとき、母親はこんな気持ちだったという。
「とてもショックで、目の前が暗くなるようだったけど、それ以上に、泣きじゃくる香織がかわいそうでつらかった。少し時間が必要だったけど、そんなつらい思いはもうさせたくないと思うようになったのよね」
カミングアウトの数だけ、葛藤や戸惑いがある。いずれにしても、カミングアウトは性的マイノリティ当事者だけの問題ではない。あなた自身は性的マイノリティでなくても、もしかしたら明日、誰かからカミングアウトを受けるかもしれない。先述の砂川秀樹さんは、『カミングアウト』の中でこう語る。
「異性愛者と一口に言っても、その感情のあり方、気持ちの表現の仕方はそれぞれだ。しかし、社会の中で、異性愛を前提として、男性の役割はこうあるべき、女性の役割はこうあるべきという固定化によって、ひとりひとりの多様なあり方は無視され、抑圧されたりもする。ゲイやレズビアンがともに生きているということを意識し、異性愛前提による男女の対が当たり前でなくなれば、知らないうちに自分で自分にはめていた枠がはずれて楽になっていくことだろう」
性的少数者がカミングアウトしやすい社会は、異性愛者にとっても生きやすい社会なのかもしれない。
dot.
2018/06/07 16:00