桐生はどこまで記録を縮められるのか。チーム桐生の3人が口をそろえる。「悪くても9秒87」。
15年冬、米国の大会で9秒87を記録した。追い風3メートルで正式記録にはならなかったが、身体はそのタイムまで耐えられることが実証された。
桐生は短距離走を「かけっこ」と呼ぶ。そこには桐生の強い信念が込められている。今、記録の争いだけに目が向けられているが、走ることは楽しいという原点を失いたくない思いからだ。
「子どもたちにかけっこの楽しさをもっと伝えたい。子どもの頃にかけっこで動きの基本を体得しておくと、その後どんな競技にも応用できる。道具はいらないし、思い立ったら1人でどこでも走れますから」
そしてこうも付け加えた。
「子どもたちにかけっこの楽しさをアピールするために、僕が楽しさのアイコンになりたい。その絶好のチャンスは東京五輪。必ずファイナリストになり、そしてリレーで金メダルを目指します」
ファイナリストになれば、「暁の超特急」と言われた1932年ロサンゼルス五輪の吉岡隆徳以来だ。
東京五輪で桐生は風になる。
(文中敬称略)
■きりゅう・よしひで
1995年 滋賀県彦根市で生まれる。4歳上の兄が1人。小学校時代はサッカークラブに所属しGK。6年時に市の選抜に選ばれる。
2008年 4月、彦根市立南中学に入学。兄の影響で陸上を始める。兄も大学まで陸上選手で「ジェット桐生」のあだ名は兄が元祖。
10年 中3の全日本中学校陸上競技選手権大会200メートルで2位。中学2年の時は腰痛や太ももの肉離れに苦しんだ。
11年 京都・洛南高校入学。
12年 10月の国体100メートルで10秒21を記録し、ユース世界最高記録、ジュニア日本記録を更新。11月、自己記録を10秒19に塗り替えた。
13年 織田記念100メートル予選で日本歴代2位の10秒01をマーク。5月、ゴールデングランプリで初の国際大会を経験。6~7月、初の海外遠征で英国へ。7~8月、インターハイで100メートル、200メートル、リレーを制し高校3冠を達成。8月、高校生初の世界選手権入賞。10月、国体100メートルで3年連続優勝。12月、アスレティック・アワードで新人賞と特別賞を獲得。
14年 東洋大学入学。5月、関東インカレで10秒05のジュニアアジア記録となるセカンドベストをマークし大学初タイトルを獲得。同月、第1回ワールドリレーズに出場。6月、日本選手権100メートルで初優勝。7月、世界ジュニア選手権で日本選手団の主将を務める。リレーで初の銀メダル。
15年 3月、米国で行われた大会で追い風3.3メートルの参考記録となったが9秒87を記録。その後は怪我に悩まされる。
16年 6月、日本学生個人選手権で2度目となる10秒01をマーク。8月、リオデジャネイロ五輪100メートルで予選落ちするもリレーで銀メダルを獲得。
17年 8月、世界選手権リレーで銅メダル。9月、日本学生陸上競技対校選手権大会で日本人初となる9秒98を樹立。
18年 4月、日本生命入社。8月、アジア大会リレーで金メダル。
19年 4月、アジア選手権100メートル優勝。5月、ゴールデングランプリ長居2位、リレー優勝。6月、日本選手権2位。
■吉井妙子
スポーツジャーナリスト。宮城県出身。朝日新聞社に13年勤務した後、1991年からフリーとして独立。著書に『松坂大輔の直球主義』『天才を作る親たちのルール』など多数。
※AERA 2019年9月23日号
※本記事のURLは「AERA dot.メルマガ」会員限定でお送りしております。SNSなどへの公開はお控えください。