6時40分に起きて妻、中2と小3の子どもと朝食をとる。「家で私は洗濯担当。衣類をたたみながら、いってらっしゃい、と見送る。家での夕飯は月に何回か。打ち合わせを兼ねた飲み会が多いです」(撮影/キッチンミノル)
6時40分に起きて妻、中2と小3の子どもと朝食をとる。「家で私は洗濯担当。衣類をたたみながら、いってらっしゃい、と見送る。家での夕飯は月に何回か。打ち合わせを兼ねた飲み会が多いです」(撮影/キッチンミノル)

■一冊の本を売るだけでなく、大企業からもアプローチが

 森岡が強く惹かれる対象のひとつに昭和の戦前戦中史がある。昭和19年に山形から上京し、東京航空計器の工場や逓信省で働いていた祖母の影響が大きい。幼いころから繰り返し戦中の東京の様子を聞かされイメージしていたのだ。

 森岡らしいエピソードがある。太平洋戦争開戦時の臨場感を味わいたいと考えた23歳の森岡は、飛び込んでくる現代の情報を遮断して、当時の新聞の中に没入し追体験してみることにした。1941年12月1日から2週間分の朝日新聞の朝夕刊をコピーし、56年後の同日の朝夕に開き熟読するのである。昭和初期に建てられたアパートに住んでいたのでタイムスリップもしやすかった。それを2週間にわたって徹底的に行った。

「実際にやってみたら、本当に昭和16年12月の空間に行ったような気がした。新聞の一面は連日、軍事関係の記事ばかりなんですが、それでも、ラグビーの早明戦の記事はあったりして。その時代に生きている感じになったんです」

 こののちも、太平洋戦争はなぜ起きたのかといったテーマを森岡は追い続ける。そんな中、戦中に刊行されていた日本の対外宣伝誌のひとつ「FRONT」を知り、衝撃を受ける。写真もデザインもいまと変わらぬ質の高い雑誌だったのだ。そしてそれは、やがて『BOOKS ON JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌』を自らの手で出版するというところまでつながっていく。

 森岡の著書『本と店主』の装画を担当し、同時に森岡書店で初めての個展を開いた平松麻(37)は、森岡をこう評す。

「人が見落としがちな隙間、落とし物に敏感な人。しかもそれを見つけようとしているのではなく、見える人のような気がする。本質を見抜こうという目とは少し違って、人が落としていったものに何かあるんじゃないかと見ている人だと思います」

 森岡のもとには、様々なテーマが外部から舞い込んでくる。もはや一冊の本を売るだけにとどまらず、その役割は広がり続けている。岡山の「キャピタル」や京都の「和久傳(わくでん)」などのライブラリーでのセレクトも任されてきた。

 わずか5坪の小さな書店の主は、いまや、大企業からもいろいろな形でアプローチを受けている。求められているのは、キュレーション能力であり、プロデュース力だ。

「スマイルズ」の遠山はこう見ている。

「いい意味でミーハーのようなところもあるんですよ。自分のアカデミズムの領域だけでなく、割とプロデューサー的な気質があると思う。だから、ああやって、毎週いろんな分野の人と接点を持ちながらやっている。時代を自分なりにつくっていこうという意欲がある人です。単に椅子に座っている文化人じゃなくて」

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