一日に何人もの人と丁寧に打ち合わせを重ねる。「仕事をいただき、どこかへ出かけ、打ち合わせをするのは、狩猟感覚に近いと思う」(撮影/キッチンミノル)
一日に何人もの人と丁寧に打ち合わせを重ねる。「仕事をいただき、どこかへ出かけ、打ち合わせをするのは、狩猟感覚に近いと思う」(撮影/キッチンミノル)

■本屋の概念を変えた「一冊だけの産業革命」

 茅場町のビルもそうだが、森岡が強く惹かれる事象のひとつに、昭和初期の古い建築がある。暇をみつけては東京の古建築を訪ね歩き、戦前の景色に思いを馳せた。一方、森岡の中では、「2次元である本の中身を、3次元の空間に出すことを専門的に行う書店」をつくりたいという新たな思いもふつふつと湧き上がり始めていた。そんな中、一軒の古ビルと出合う。

 1929年に建てられた銀座1丁目の鈴木ビルである。かつて写真家の名取洋之助が主宰する「日本工房」が入居していたビルだった。写真家の土門拳やデザイナーの亀倉雄策らが参加し、日本の文化や近代化を伝える「NIPPON」などの雑誌を制作していた。新生森岡書店を開くには、これ以上うってつけの地はなかった。

 銀座に森岡書店を開くにあたって、森岡は当初、クラウドファンディングで開店資金を募ろうかと考えていた。そんなとき、デザイン・イノベーション・ファーム「Takram」のディレクター渡邉康太郎(34)とスープストックトーキョーなどを運営する「スマイルズ」の代表・遠山正道(57)と巡り会う。「一冊だけの本屋」に共感したふたりは、出資を決めた。渡邉が言う。

「森岡書店はアマゾン一強時代に何か一石を投じる社会実験にもなっている。リアルな売り場を持たないロングテール型のネットビジネスであるアマゾンに対して、在庫を一点に絞り、リアルな場所を持ってしまう。一見効率が悪く見えるものがかえって人の引力になる。場の強さ、人が集まるコミュニティーの強さの証明なのかもしれない。応援してみたい、伴走したいと思えるものがそこにはあった」

 遠山は森岡書店を「一冊だけの産業革命」と評している。

「産業というか、ビジネスの仕組みをちょっと変えた。旧態依然だった本屋の概念を変えた。一冊だけど、毎週オープニングをやり、毎週一線級の主役が代わっていく。文化の人が経済を変えたというところが面白かった」

 ふたりのサポーターに後押しされた森岡は、15年5月5日、森岡書店銀座店をオープンした。最初の一冊に、刺繍アーティストである沖潤子の初の作品集『PUNK』を選んだ。

暮らしとモノ班 for promotion
「更年期退職」が社会問題に。快適に過ごすためのフェムテックグッズ
次のページ