森岡書店銀座店。外での仕事の増加にともない、スタッフを2人加えた。「食関係と工芸関係は本との組み合わせが抜群。喜ぶ人は多い」(撮影/キッチンミノル)
森岡書店銀座店。外での仕事の増加にともない、スタッフを2人加えた。「食関係と工芸関係は本との組み合わせが抜群。喜ぶ人は多い」(撮影/キッチンミノル)

■開店してから2カ月で用意した運転資金尽きる

 版元の担当編集者、誠文堂新光社の至田玲子が振り返る。

「日頃からかかわりのある方、ファンの方など、いろんな人が彼女をめがけて会いに来た。通常の料理本では、書店で料理教室をやったりすることもあるんですが、森岡書店では料理写真を壁に展示したり、保存食やエプロンを売ったり、直接ワタナベさんと話せたりと、まったく違う角度でお披露目できました。力を入れてつくった本がいい形で広がったことが嬉しかった」

 土曜日には、森岡とワタナベの対談も行われ、店内は人で埋め尽くされた。一冊の本を売るだけではなく、本をさらに深掘りし、立体化していくのが森岡書店のひとつのスタイルだ。
 
 森岡が、「一冊の本だけを売ること」を思いついたのは、銀座に移転する前、茅場町の森岡書店時代だ。
 
 大学を卒業した森岡は、神保町の老舗古書店「一誠堂」に入社。「独立はまったく考えていなかった」が、8年間勤務ののち、退社を決める。茅場町にある1927年築の古い建物と出合ったことが独立心に火をつけた。たまたま古美術商が立ち退く時期で、空きが出たのだ。森岡が振り返る。

「この場所で古本屋をやってみたいという衝動が急にこみ上げてきたんです。こんないい物件と出合うチャンスはもうないだろう、と。東京の近代建築が好きで見てきたんだけど、自分が借りられそうな金額で、これだけの空間はないなと思った」

 森岡は、さっそく写真集の買い付けのためプラハとパリへと向かい、写真集やデザイン関係の本など数百冊を持ち帰った。

 こうして、2006年6月1日、茅場町に森岡書店がオープンした。

 しかし、すぐに壁にぶつかる。思うように本は売れず、開店からわずか2カ月で、用意した運転資金が尽きてしまったのだ。

「一円でも出費をなくそうと思って、携帯電話の契約もやめて切り詰めた。どうせいつか巨大地震が来るのなら、いまこのタイミングで来て、街ごと潰れてほしいなんて不届きなことも考えた。それぐらい追い詰められていた。現金が尽きたことよりも、お客さんが来ず、先の見通しがまったく立たないということが大きな問題でした」

 そんなとき、森岡は、ギャラリーをしてみては、というアドバイスを知人から授かる。森岡は店内にギャラリースペースを設け、オープンからおよそ半年後、平野太呂の写真集『POOL』のオリジナルプリントを展示し、販売してみた。写真集は売れ、書店を訪れる人が一気に増えた。

「その後、堀江敏幸さんの写真展や、出版記念イベントをやったりするうちに、このやり方だったら、求めている人も多いし、やっていけるのではないかとようやく見通しがついたんです」

 現在の森岡書店のスタイルはこのとき、ほぼ固まった。

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