批評家・作家の東浩紀(48)は、たまたま越後妻有へ妻と当時2歳だった娘とキャンプに出かけ、自然の中にアートがあることに気づいた。
「ドライブしていたら、ところどころに変なものが立っていて、『もしかしたらアートプロジェクトじゃないか?』と思いました。翌年のトリエンナーレからは毎回家族と通いました。小学生くらいの子どもを連れていくにはとてもよい旅行先だし、教育機会にもなりますから。普段、作品リストを見ながら有名な作家の作品を見ることもするけれど、大地の芸術祭はそれとはまったく違う美術との接し方を提供してくれます」
大地の芸術祭には第1回からクリスチャン・ボルタンスキーやジェイムズ・タレルら海外の有名アーティストをはじめ、日本の多彩なアーティストが参加。彼らは妻有の豊かな自然に触発され、創作活動に打ち込んだ。住民の「何をやってるんだかわからない奴ら」という冷たい目にも耐えた。
「やっていくうちに、住民の方の気持ちがほぐれていくんです。アーチスト(北川はこう言う)は創作においては非常に勤勉ですから、労働との共通性があるんですね。倦(う)まずたゆまずやる姿勢に共感を持ってもらえる。どんな場所でもアーチストが関わるとおもしろくなる。その土地がもともと持っていたものが際立ってくるんです」(北川)
地元の子どもから高齢者までがボランティアとして参加し、女性たちが自慢の新鮮な食材を使って作る食事は大好評だった。ボランティア組織「こへび隊」が組織され、今では芸術祭のサポートから春の田植え、冬の雪下ろしまで継続するさまざまな活動を行っている。この方式は瀬戸内国際芸術祭、奥能登国際芸術祭など、その後の芸術祭にも継承されてきた。
■差別された人へ強い共感、本質は今も「政治活動家」
過疎地にありながら、都会や海外から人がやってくることは、めざましい体験である。自分たちにとっては見慣れた景色に何やら目新しいアートが現れる。しかもそれは突然やってくるのではなく、繰り返し説明され、意見を戦わせるプロセスを経てもたらされるものだ。最近では芸術祭の成果に学ぶため、中国・台湾・韓国などから人々がやってくるし、北川も毎週のようにアジア各地へ飛ぶ。アートフロントギャラリーでは何人もの中国・台湾・韓国のスタッフが働いている。
北川の、一見華やかな活動には批判もある。美術界はもちろん、地方でも「芸術祭は儲け主義」という声がくすぶるが、気にする様子はない。
「芸術祭なんてまったく儲かりませんよ(笑)。みんな、あらゆる動機はそこにあると思ってるけれど。特に田舎は都市=儲けだと思ってる。直感的には正しいのでしょう。だから僕が人並み以上に働かないかぎり、物事が通らないんだ」
北川は昨年、文部科学省から文化功労者に選ばれた。年額350万円の年金付きである。そのニュースを知ったとき、私は彼が芸術選奨文部科学大臣賞や紫綬褒章を授かったことよりもはるかに驚いた。かつての学生運動の闘士で、米軍基地反対闘争で逮捕歴があるため今でもアメリカに入国できない北川が、とうとう文化功労者とは!
反権力という点で北川と共感しあってきた前出の太田には戸惑いがあったという。