加害者臨床の現場でも、性加害者になりたくてなった、という人はいません。気づいたら、なっていた。痴漢をはじめたのが高校生のときという例はめずらしくないですし、高校生や大学生からの盗撮をやめられないという相談は年々増えています。すぐに「これは加害行為だ」と気づいてやめられるならまだしも、逮捕されなければやめる理由もきっかけもないので、何年も、ときに何十年も続けて、おびただしい数の被害者を出します。
加害者になる可能性は誰にでもあります。だから、「加害者にならない」ための性教育が大事なのです。若年層に限らずその考えが日本社会全体に行き渡らないと、加害者も被害者も増えることはあっても減ることはありません。
男性がなぜ加害をするのかを考えるとき、最初に外しておきたい要素が「性欲があるから」というものです。加害者臨床の現場にいると、この性欲原因論は実に厄介だと感じます。加害経験者も「自分は性欲を抑えきれなくて痴漢してしまった」と思い込んでしまうからです。ここで止まっている限り、自身がした加害行為の本質は理解できません。
しかし、彼らがそう思うのも無理はないと思わされることもあります。『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス、2019年)を著した牧野雅子さんには、警察官として勤務した経験がありますが、警察には「性欲を主体として調書を取る」というマニュアルがあると同書で明かしています。これはクリニックの加害経験者らから聞く話と一致します。彼らのほとんどに逮捕された経験がありますが、警察で取り調べを受けたときのことを聞くと、「性欲を抑えきれなくて犯行に及んだのだ」というストーリーが用意されており、それを認めるだけだったという話がたびたび出てきます。なかには、警官から「妻とはセックスレスかぁ、それはお前もつらかっただろう」と気の毒がられた、と話してくれた人もいます。