性欲原因論がいつまでも払拭されないのは、これが男性にとって都合のいい価値観だからだと私は考えます。これを前提とすると、男性の性欲は受け止める先があってはじめて落ち着く、ということになります。受け止めるのは女性の役割です。妻がいる場合、それを怠れば妻の落ち度と責めます。女性によって男性の性欲が受け止められなかった、だから男性が性加害をする、というのは、加害行為の責任を女性に転嫁しているだけです。
このように性暴力加害者に、引いては男性全般にとって都合のいい価値観は社会にあふれています。性暴力の加害者は、こんなことを考えています。
「肌が露出した服を着ている女性は、実は自分を誘っているんだ」
「ちょっと触るぐらい許されるだろう、俺よりひどいことをしているやつは大勢いる」
「触っても逃げない女性は、もっとしてほしいと思っているはず」
これらは、クリニックに通う加害経験者へのヒアリングで出てきたものです。とんでもないと思われるかもしれませんが、彼らは大真面目です。私たちはこれを「認知の歪み」と呼んでいます。物の見方や考えが、自分にとってだけ都合がいいよう歪められています。これによって彼らが何を得るかというと、「加害していい理由」です。常習的な性加害には「これ以上すると逮捕されるかもしれない」という恐怖が常につきまといます。でも、やめられない。そこでみずからの加害行為を正当化する考えが必要になってきます。
注目したいのは、回答のバリエーションがとても少ないことです。個別性が低く、同じような回答に集約されるのは、これらは彼らが独自に作り出したものではないからです。「肌の露出が多い女性が悪い」にしても「夜道を歩いていた女性が悪い」にしても、すでに社会のなかにある考え方です。女性に自衛を求め、被害に遭えば「自衛しなかったあなたが悪い」と責められる風潮からも、社会にこの考えがいまなお蔓延っていることは明らかです。彼らはその構造を巧みに利用して、自分のなかで「加害していい理由」を作り上げ、大切に育み、正当化しながら加害行為に及ぶのです。
●斉藤章佳(さいとう・あきよし)
1979年生まれ。精神保健福祉士・社会福祉士。アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックで、ソーシャルワーカーとして約20年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。これまでに2000人を超える性犯罪加害者の治療に関わった実績がある。主な著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(共にイースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『セックス依存症』(幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)など多数。