最新!「保活難民」にならない自治体はここだ 就労と保育の「卵か鶏か」問題に挑む街
厚木市の幼稚園送迎ステーション「わたぐも」。市内に18ある幼稚園のうち9園と協定を結び、園児をバスで送迎している(写真/門間新弥)
フルタイム共働きでも保育園に預けづらい。パートや求職中は絶望的。でも預け先がなければ働けない。就労と保育の「鶏か卵か」の問題解消に取り組む自治体がある。この街なら、働き方も預ける時間も選ぶことができる。(ライター・柳澤明郁/編集部・小林明子)
平日の午後6時、神奈川県厚木市。仕事を終えた中村恵さん(34)は、息子の迎えのために急いだ。5歳の息子は幼稚園に通っているが、中村さんが向かったのは本厚木駅前のショッピングセンター。その8階にある託児室「わたぐも」が、息子との「再会」場所だ。
「ママー!」
扉を開けると、息子の元気な声が迎えてくれた。
歯科衛生士として働く中村さんが利用するのは幼稚園送迎サービス。送迎拠点「わたぐも」に子どもを預けると、各幼稚園にバスで連れて行ってくれる。朝は7時15分から預けることができ、夜は7時30分までに迎えに行けばいい。働く子育て家庭を支援するため厚木市が2014年に始めたサービスだ。
「幼稚園を有効活用することで、保育園に入れないから働けない、という状況をなくしたい」
と、市こども育成課長の渡辺賢子さん。実際、中村さんは、
「このサービスが背中を押してくれたおかげで、フルタイム正社員の仕事に就けた」
と喜ぶ。中村さんが結婚を機に仕事を辞めたのは12年前。以来、専業主婦として2人の子育てに専念してきた。再就職を希望しながらも、幼稚園の時間帯しか働けないからと踏み出せずにいた。「土日休み、平日午後5時15分まで」という求人を見つけたとき、この送迎サービスのことが頭をよぎった。「これなら働ける。やりたい」と、即応募。今年1月から働き始めた。
●待機児童対策に幼稚園
市内のファーマーズマーケットで働く井上瑠美さん(36)は、送迎サービス開始を機に、現在の職場に転職した。
「以前は短時間のパートでしか働けませんでしたが、幼稚園と送迎サービスを組み合わせれば、保育園に預けるのと同様にフルタイムで働けます」
待機児童対策の一つとして幼稚園を活用するこの取り組みは厚木市独自のものだが、拠点から各保育園へ子どもを送迎する「送迎保育」は横浜市や千葉県流山市などでも行われている。また東京都江東区では、分園と本園を送迎で結ぶ「サテライト保育」を実施。交通アクセスの良い分園で親から子どもを預かった後、一定年齢以上はバスで送迎して本園で預かる仕組みだ。世田谷区も送迎保育の実施を検討している。
こうしたサービスがあれば、仮に自宅近くの保育園に入れなくても、働く親の送迎の負担は抑えられる。また、送迎拠点が利便性重視であるのに対し、送迎先の保育施設は、より広々とした環境を期待できるケースもある。限られた資源を活用しながら、少しでも待機児童を減らそうと、自治体は知恵を絞る。
親にしてみれば、「預けられればどこでもいい」というわけではない。保育内容の「質」に力を入れる自治体も多い。
国立市は、今後は認可保育園の新設を推進し、認証保育所はなるべく増やさない方針だ。
「継続的で安定的な運営ができるという点で、認可園を増やしたほうが、より良い子育て支援につながると考えている」(市児童青少年課)
一方、荒川区では、認証保育所と保育ママを区職員が巡回・指導している。認証保育所には月1回から4回、保育士の配置状況や避難訓練、お散歩のルートなど、月ごとの重点項目をチェック。保育ママは月2回ほど訪問して、保育内容や子どもの状況を確認しているという。
「待機児童解消のために様々な形態の保育施設が出てきている中で、どこでも一定の質が保たれるようにしたい」(区保育課)
●仕事を諦めなくても
「質」を担保すれば、人気が集中しがちの認可保育園以外も、保育の受け皿として機能しやすい。だが、質への対策は自治体ごとにばらつきがある。「保育園を考える親の会」代表の普光院亜紀さんは指摘する。
「保育士の人員配置、園庭の有無、認証保育所も含めた巡回状況が、質を考えるうえで大事なポイント。保育の面では郊外のほうが圧倒的にいいのですが、通勤を考えると、23区に人が集中してしまうようです」
今回の共同調査(AERA2016年3月28日号)でも、保育に関する指標は郊外のほうが高めだった。激戦の「保活」を勝ち抜き、園庭のない園に預け、延長保育の終了ギリギリにお迎えに駆け込む生活ばかりが「両立」ではない。働き方の選択肢を広げたら、住むところの選択肢も広がる。
週3、4日、2歳の子どもと一緒に自転車で「通勤」。午後3時に仕事を終え、上の子の幼稚園のお迎えへ。そんな働き方をしているのは、多摩市に住む海老澤裕加さん(36)だ。海老澤さんの職場は、京王線聖蹟桜ケ丘駅直結のショッピングセンター内にある「京王ママスクエア」。仕事スペースの横にキッズスペースがあり、スタッフに子どもを預けて働ける。多摩市はこの施設に助成金を出している。
仕事は、大手企業から委託された電話営業。一定期間取引のない顧客に電話をかけ、営業アポを取り付ける。ママスクエアを利用すれば、仕事を得られ、託児も利用できる一石二鳥の仕組みだ。時給は業界相場よりは低めだが、就業中の託児費用は一切かからない。
「上の子が幼稚園で、下の子も保育園に入れないから仕事は無理、と諦めていました。でもここなら、子どもを見てもらえて、短時間だけ働けるのがありがたい」(海老澤さん)
ママスクエアの藤代聡社長によれば、「働きたいのに働けていない子育て中の主婦」は全国に150万人以上。そのため「家のそばで、子どもを預けながら柔軟な働き方ができる職場」としてママスクエアを作った。求人を出すと、応募が殺到。
「待機児童数としてカウントすらされていない『そもそも働くことを諦めていた女性たち』が大勢いると実感した」
と言う。ママスクエアは現在、埼玉県越谷市、川口市などにもあり、仕事内容は店舗により異なる。今後4年で全国100店舗への拡大を目指すという。
●延長保育→多様に働く
「職住接近」をかなえる施設は、世田谷区にもある。「マフィス馬事公苑」は、保育サービス付きの民間シェアオフィス。利用者は利用料を支払ってデスクを借り、常駐の保育スタッフに子どもを預けて持ち込みの仕事をする。ウェブデザイナーや翻訳家など、フリーランスで働く地元の女性が多い。認可保育園に入りづらかったり、「子どもが小さいうちは自分で育てながら、できる範囲で仕事をしたい」と希望したりする人たちだ。午前中だけ、週3日だけといった形の利用が多い。
「フルタイムで働いて保育園か、完全に仕事を休むかの二択ではなく、いい案配で、無理なく仕事を続けられる場所を作りたかった。『地元で仕事も子育てもできて、たまに都心に通う』という価値観を定着させたい」
と、マフィスを運営するオクシイの高田麻衣子社長は語る。
共同調査で首長に「子育てしながら働く世代が住みやすい街づくり」の工夫を聞いたところ、「ワーク・ライフ・バランス」に言及した市区長が8人いた。画一的な働き方に合わせた保育サービスを提供するだけではない、新たな視点が生まれている。
前出の普光院さんは、働き方の見直しが保育の量や質の改善につながる、と指摘する。
「そもそも夜9時まで延長保育をしている状況は異常。日本の働き方は滅私奉公的で親の労働時間が長い。だから一人ひとりの保育時間が長く、多くの人に保育が行き渡らないことにもつながっている」
延長保育の時間を長くする時代は終わった。求められるのは、多様な働き方に応じられる、柔軟な子育て支援だ。
※AERA 2016年3月28日号
AERA
2016/03/22 16:00