大学受験に2度失敗、4年間引きこもった24歳男性 過去は「しょうがない」と腹をくくるまで
写真はイメージです(Getty Images)
令和2年に実施された文部科学省の調査によると、不登校の高校生の割合は1.7%。高校生の約60人に1人が不登校ということになる。しかしこの数字には、年間欠席が29日以下の生徒や、高校を中退した生徒、発達障がいの生徒は含まれておらず、実際の不登校の生徒の数はデータより多いと思われる。さらに内閣府の調査によると、引きこもりになったきっかけを当事者にたずねたところ、18.4%が不登校と回答していた。不登校から引きこもりを経験した男性に、再び前に歩み始めるようになったきっかけを聞いてみた。
■進学校に合格も朝なかなか起きられない
YouTubeの画面に映っているのは、夕暮れのサッカー場。20代の若者たちが、楽しそうに元気な声をあげながら、夢中でサッカーに興じている。その動画を見ながら、涙を抑えることができないひとりの母親がいた。
「こんな息子の姿を見るのは何年ぶりでしょうか……。私の中でも、忘れていた感情があふれ出しました」
倉島健斗さん(仮名、24歳)。高校1年のときに不登校になり、通信制の高校に転校。予備校に入っては通えなくなるということを繰り返したのち、4年間引きこもった経験がある。
中学生のときまで健斗さんは、学校でも3番以内に入るほど成績優秀だった。少し人見知りな面はあったが、友だちにも恵まれ、問題のない生活を送っていた。高校は、地元でいちばんの進学校に合格。しかし進学してみて、授業が思ったより難しく、周りのレベルが高いことに気がついた。頑張っても、成績は中の下。だんだんと、健斗さんの様子に変化が現れた。
帰宅するとベッドに突っ伏して動かない。「塾に行きたくない」と言い出す。「具合が悪い」と学校を休むことも増えてきた。
「毎日夜になると、『寝たらまた朝が来ちゃうな~』と憂うつになっていました。朝は、なかなか起きられなくて……」(健斗さん)。
心配した友だちが何度も来てくれたが、会うのを拒否した。
「こんな自分を見てほしくない。心配されるのも嫌でした」
両親の勧めで、心療内科をいくつも受診した。薬を処方されたが、効果はなかった。
■地元の友だちに会いたくないと他県の高校へ
そのころの生活は、昼ごろに起きてきて、母親が置いていった弁当を食べ、ケータイゲームをやったり、動画を見たりして過ごした。健斗さんの両親は共働き。両親と一緒に夕食をとることはなく、夜遅くひとりで食べる。心配して色々と言う母親に対して、「今は放っておいて!」と、部屋に閉じこもった。
唯一の外出は、ゲームの課金のためにコンビニに行くこと。それも、友だちに会うのが怖いので、真夜中と決めていた。
「とにかく友だちに会いたくなかった。自分のことを思い出さないでほしいと思ってた」
2年になり、他県の通信制の高校に転校することにした。地元の学校にしなかったのは、友だちに会いたくないからだ。しかしそこもすぐに不登校になった。単位を取るために、最低限の課題をこなすのが精いっぱいで、家に引きこもった。
現実的なことは極力考えないようにしていたが、高校卒業の時期がくると、「このままじゃだめかもな」と思うようになった。
「大学に入って巻き返すしかないか」
地元の予備校は友だちに会う恐れがあるため、遠くの県の予備校に通うことにした。
最初のうちは授業に出ていたが、やがて休みがちになった。9月になると、全く行けなくなってしまった。やがて受験の時期になり、センター試験に申し込んだが、当日、試験会場に行くことができなかった。
「ごめん、行けない」
電話口の母が落胆するのが分かった。
■生まれた土地を離れて気がラクになったが
「これだけお金を出してもらったのに、情けない。親に迷惑をかけてしまっている」
自責の念が募った。やりたいことも、目標も何もない。しかし、自分がこの先やっていくためには「大学しかない」と思っていた。
実家に戻り、隣の市の予備校に通うことにした。通学に片道2時間。朝6時半のバスに乗って、帰宅するのは8時で、なんとか半年は通ったが、疲れてしまい、朝起きられなくなった。間に合わないから休みがちになり、やがて再び不登校に。一応はセンター試験に申し込み、なんとか1日目は試験会場に行ったが翌日は無理だった。
またもや、受験に失敗してしまった健斗さん。
「お母さんに申し訳ない」
何をする気力もなく、再び部屋に引きこもった。
そんなときに、父親が転勤で他県に引っ越すことになった。
「ついてくるか?」と聞いてきた。
「行きたい」と健斗さんは答えた。心機一転、この生活を変えたかった。母親も、仕事を辞めて一緒に行くことを決意し、親子3人、新しい場所で生活を始めることにした。
生まれ育った土地を離れたことで、健斗さんは気持ちがラクになったという。しかし、これから何をすればいいのか、全く何も浮かばなかった。2度の失敗で、もう大学に行く気はなくなっていた。アルバイトでもしようかと思うが、人が怖い。ひとりでは地下鉄にも乗れない……。
2カ月ほどたったころ両親に勧められたのが、若者の就職を支援する「八おき塾」だ。
面接した代表の人に「やろうと思ったときやらないと、状況は変わらないよ」と言われた言葉が胸に刺さった。今度こそ変わらなくてはと思い知らされた。
■バーベキュー大会の幹事で「社会の中で生きる」実感
健斗さんは週2回「八おき塾」に通い、コーチングを受けて自分の現状を整理し、どうなりたいか、そのために何が必要か考える作業をした。
当番制で昼食係もやることになった。
「できないと思っていましたが、教えてもらったらできた。少しだけ自信がつきました」
塾に通うようになり1カ月がたったころ、コーチから思いがけない提案があった。
「今度のバーベキュー大会で、幹事をやってみないか?」
即答で断った。
「なんで自分なんですか? 自分より長い人はほかにもいるのに」
と尋ねると、つよく説得された。
「社会に出たらこういうことをする日がくるんだし、今のうちに経験しておかないと」
決まっているのは日時と場所だけ。それ以外のことはすべて健斗さんが決めて、準備しなくてはいけない。在校生だけでなく卒業生にも案内を送り、参加者を把握して、当日までの段取りをつくる。係を割り振り、購入するものをリストアップし、道具を手配する。交通手段なども調べて、参加者に待ち合わせ場所や持参するものなどを連絡する……。人に相談しないとできないし、お店とのやりとりも避けられない。腹をくくって頑張った。
コーチの須貝さんはこう振り返る。
「健斗には自信をつけることが必要だと思っていたので、幹事を任せました。でも最初は、みんなへの案内を自分の名前で発信することをすごくプレッシャーに感じていたようで、つまらないことばかり心配していましたね」
たとえば、「バーベキューでは自己紹介はしなくていいので、安心してください」という一文を案内に入れたいと言い張った。「そんなのいらないよ」といくらコーチが言っても、なかなかきかなかったという。
イベントは大成功だった。準備や気苦労でへとへとになったけれど、参加者からは、「幹事の人がすごく頑張ってくれた」「ありがとう」と声をかけられて、今まで感じたことがなかったような嬉しさがこみあげてきた。
「自分は今、社会の中で生きている」
久しぶりに、そんな実感をもつことができた。
■自分が選んだからこうなるしかなかった
現在、健斗さんは再び予備校に通い、大学受験のための勉強をやり直している。過去に2回の挫折を経験したけれど、今度こそ続けられる自信がある。
「以前は集団で授業を受けるスタイルの予備校だったので、隣に人が座っているだけでも怖くて、疲れてしまっていた。今回は個別指導のところなので、周りが気になりません。授業が終わっても、自分で予習や復習をする余裕があるのは初めてです」(健斗さん)。
実は、3カ月前に父親が再び転勤になり、実家に戻ることになった。「一緒に帰るか、ひとりで残るか」と聞かれて、健斗さんは迷わず残る道を選んだ。
健斗さんには少しずつ変化が見え始めている。コーチの須貝さんには、健斗さんの成長ぶりがはっきりわかるという。
「最初のころは人と目線を合わせることもできなかったけれど、今はちゃんと目を合わせて会話ができている。何より、明らかに生き生きとしてきました」
それを確信したのは、卒業生のIさんがサッカーに誘ったときだ。
「誰か一緒にサッカーしない?」
「やりたいです」
手を挙げた健斗さんに、須貝さんは驚いた。
「過去を消すことはできないし、やってしまったことをなかったことにはできない。傷を抱えながら動き出すしかないんです。動いていくうちに、気がついたら傷がかさぶたになっていて、今の自分を受け入れることができている、というのが理想です」(須貝さん)
健斗さんに聞いてみた。
「今更だけど、どうして引きこもりになってしまったと思う?」
健斗さんは言った。
「僕があの進学校を選んだから、こうなるしかなかった。しょうがないことだったと思います」
答えを聞いて、爽やかな印象が残った。もしかしたら、健斗さんの傷はかさぶたになりつつあるのかもしれない。
「自分の変化を、見てもらいたい。それが今まで迷惑をかけた両親への恩返しだと思っています」
(取材・文/臼井美伸)
臼井美伸(うすい・みのぶ)/長崎県佐世保市出身。出版社にて生活情報誌の編集を経験したのち、独立。実用書の編集や執筆を手掛けるかたわら、ライフワークとして、家族関係や女性の生き方についての取材を続けている。佐賀県鳥栖市在住。http://40s-style-magazine.com『「大人の引きこもり」見えない子どもと暮らす母親たち』(育鵬社)https://www.amazon.co.jp/dp/4594085687/
dot.
2023/02/22 17:00