瀧内公美が語る下積み時代 舞台挨拶後はバイトで必死に皿洗い【前編】
瀧内公美(たきうちくみ)/ 1989年生まれ。「彼女の人生は間違いじゃない」(2017年)で映画初主演。「火口のふたり」(19年)でキネマ旬報ベスト・テン主演女優賞、「由宇子の天秤」(21年)でラス・パルマス国際映画祭最優秀女優賞を受賞。近年の舞台出演作に、イキウメ「天の敵」、ミュージカル「INTO THE WOODS」。ドラマでは「リバーサルオーケストラ」などがある。(撮影/小黒冴夏 ヘアメイク/森下奈央子)
ドラマや映画、舞台で引っ張りだこの俳優・瀧内公美さん。下積み時代に感じた俳優としての決意、そして確固たる「芯」を持てるようになったある監督とので出会いを振り返る。
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子供の頃、祖父に連れられて、富山市にあるオーバード・ホールに何度か足を運んだことがある。富山が誇るスター・立川志の輔さんは、地元で開催される「志の輔らくご」に限り、富山弁で落語を披露した。そのチケットは毎年申し込みが殺到した。志の輔さんの大ファンである祖父が運よくチケットを入手すると、孫を連れて劇場に向かった。
「豪華な劇場空間で、富山弁で聞く落語は、子供心にもとても楽しいものでした。行きの車の中でもワクワクして、帰りは帰りで余韻に浸って。当時はオーバード・ホールでお芝居は見たことはなかったのですが、劇場に足を運ぶ行為には、心が浮き立つような思い出しかありません」
子供の頃から、演じることに憧れはあった。ただ、富山にいた頃は、芸能イコール華やかできらびやかな世界という印象。中学生のときに地元にシネコンができてから、話題の映画は観ていたものの、ミニシアターというものがあることは、上京するまで知らなかった。
「渋谷のユーロスペースでは、自分の知らない国に、こんな監督がいて、こんなアート映画があって、生活環境が良いとは言えない同い年くらいの子が一生懸命生きていることに衝撃を受けたりして。耳で聞いていても何を言っているかわからないのに、字幕を追っているうちに、登場人物と一緒に泣いたり笑ったりしていて。『映画って本当に世界の共通言語なんだ』ってことに、すごく感動しました」
映画好きの友人たちが、一緒に観た映画について感想を伝え合うことも新鮮だった。
「私自身は語れることなんてないんですが、みんなの話を聞いているのが面白かったです。それぞれが、自分の感じたことを素直に言葉にしているのを見て、『イキイキしてるなぁ』って思ったし、すごくキラキラして見えました。当時の私の中には、まだ『自分はこれが好き!』って言えるものが何もなかったので、以来いろんなことを吸収したくて、『面白い映画ない?』と聞きまくって」
撮影/小黒冴夏 ヘアメイク/森下奈央子
そうこうするうちに、次は小劇場と出合う。
「ハイバイの岩井(秀人)さんの舞台で、前説かと思ってたらそのまますっとお芝居が始まったりするような体験をしたとき、距離の近さに心を奪われました。声と言葉のチョイスで、100人とか200人の人たちを、一つの世界に引き寄せられるなんてすごいなって」
大学を卒業する少し前から、本格的に芸能の道に進むが、最初の数年は、俳優の仕事だけでは食べていけなかった。映画の舞台挨拶が終わった後に、飲食店のアルバイトに行くと、一緒に働いていた外国人に、瀧内さんの会見のネットニュースを見ながら「出てるよ、すごいね」と言われたことも。
「何時間か前までは、舞台上でたくさんのフラッシュを浴びていたのに、夜は配膳とか、皿洗いに必死になっていた。そのときに思ったんです。私がキラキラした現場にいたことは確かだけど、俳優をやる上で、本当の価値は自分で探さなければいけないんだって。自分の大事なものは自分で見極めないとダメだって実感したし、チームでものを作っていく上で、いろんな意見が飛び交うのは当然だけれど、『私はこれが大切だと思う』っていうものは、ちゃんと持っていよう、と」
自分の中に、確固たる「芯」を持てるようになったのは、ある映画監督との出会いもきっかけになった。2017年に公開された映画「彼女の人生は間違いじゃない」で、瀧内さんは主人公のみゆきを演じたが、そのとき廣木隆一監督に、とことんしごかれたという。
「監督からは、『自分が感じたことをそのまましゃべればよくて、言葉が出るまで別にセリフを言わなくてもいい』『カメラに向かって芝居をするな。大切なのは、“演じる”ことじゃなくて、“演じない”ってことだよ』『演技がうまいなんて言われたら終わりだなと思いなさい。うまい下手で評されるのではなく、役としてその場にいなさい』とか、いろんなことを教えてもらいました。監督の小説を映画化していて、ドキュメンタリーのような撮り方だったり、説明のト書きもすごく少なくて。『あなたの“生きる”とは何ですか?』と問われているような感覚でした」
追い込まれて、瀧内さんは7キロも痩せた。でも、その作品との出合いが自分の感性を目覚めさせてくれたと、今は自信を持って言える。
(菊地陽子、構成/長沢明)
※記事の後編はこちら>>「瀧内公美『自分のお芝居に飽きていた』 苦手な“音”を鍛える今」※週刊朝日 2023年5月5-12日合併号
週刊朝日
2023/04/27 11:00