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病室で聞いた言葉で目指した「登り切った先」の景色 ミライロ・垣内俊哉社長
病室で聞いた言葉で目指した「登り切った先」の景色 ミライロ・垣内俊哉社長
「歩けないからできること」を探して設立した「ミライロ」の社名には、自由に描ける「未来の色」と自由に歩める「未来の路」を増やしたいとの思いが、込められている(撮影/山中蔵人)    日本を代表する企業や組織のトップで活躍する人たちが歩んできた道のり、ビジネスパーソンとしての「源流」を探ります。AERA2024年 9月2日号より。 *  *  *  17歳だった2006年の夏を迎えるころだ。夕方、大阪市の国立病院で担当医が病室にやってきて「残念だが、骨がうまくくっついていない」と告げた。もう歩くことは難しい、との意味だ。2カ月ほど前に骨形成不全症の手術を受け、リハビリを続けていた。骨形成不全症は、骨が脆弱で、軽い外傷でも骨折してしまう。遺伝性で、父の勉さんも弟もそうだった。  幼いときは歩くこともできたが、転んでは骨折を繰り返し、小学校4年生のときに車いすでの生活になった。中学校を出るまで友の優しさに触れるうれしいこともあったが、つらくて、悔しくて、泣いたことも多い。 母が選んだ厳しい道養護学校ではなく普通の学校で過ごす  でも、住んでいた岐阜県中津川市の教育委員会が指定した養護学校(現・特別支援学校)ではなく、厳しい道が待っていることを承知で「将来を考えたら、小さいときから厳しさに向き合い、克服していってほしい」と普通の小学校に入れる承諾を得てくれた両親の思いが、いつも心を強くしてくれた。  小学校の入学式で他の児童から「ちび」とからかわれ、帰宅して泣いたとき、母の美智子さんが一緒に泣きながら言った「大丈夫。俊哉なら悲しいことも乗り越えられると信じて、神様はこの試練を与えたのよ」の言葉は、何物にも勝る力をくれた。  それでも、県立中津高校に入ると「どうしても歩きたい」との思いが、あふれる。校舎は4階建てで、エレベーターや車いす用の昇降装置はない。授業で教室を移動することが多く、階段が難所。車いすは級友が運んでくれたが、自身は四つんばいで上り下りするしかない。女子生徒は短いスカート。視線を落とし、相手も気にしない。でも、そんな姿は、みられたくない。「歩きたい、普通になりたい」との思いが、募った。  高校1年生の秋、決断する。 「休学して、足の手術とリハビリに専念しよう」  各地の病院を訪ね、大阪市で会った骨形成不全症の専門医に執刀を頼む。手術は8時間に及び、リハビリも続けた。だが、もう歩けない、と知った。  深夜に、エレベーターに乗って屋上へ出た。柵を越えて、飛び降りるつもりだった。だが、体を上げられず、柵を越えることができない。「飛び降りることもできないのか」と愕然として、病室で朝まで泣いた。  以来、形だけのリハビリが続き、夜になると涙があふれる。3カ月ほどたち、向かいのベッドにいた初老の男性と、目が合った。「富松」という名は知っていたが、会話はしたことがない。だから、目礼だけした。 負けず嫌いで楽しみたい(写真/本人提供) 「風来坊」から届いたリハビリ姿の写真と「不屈の闘魂」の言葉  すると、近づいてきて、ベッドの横に座って「あまり具合がよくないのか」と問いかけてきた。毎晩、泣いているのに気づき、心配してくれたらしい。なぜか分からないが、堰を切ったように、誰にも話したことがない体験や思いを話す。富松さんは相槌を打ちながら、最後まで聞いてくれた。話が終わると、静かな口調で言った。 「きみは、ちゃんと登り切った先の景色をみたのかい、やれるだけのことをやったのか?」  目が覚める思いがするというのは、こういうことだろう。リハビリを始めて、まだ3カ月。「歩けるようになりたい」と思ってきた年月に比べれば、すべてを諦めるには短過ぎる。富松さんの言葉を胸に納め、本気でリハビリに向かった。退院しても、続けた。垣内俊哉さんが中津川市で父母と過ごし、様々な体験から蓄えたビジネスパーソンとしての『源流』の水源が、流れになって動き始める。  手術から10カ月後、自分の足で歩くことは脇に置き、「障害がある人たちの役に立つ会社をつくろう」と進路を定め、高校へは戻らず、大学受験の資格を得る試験を目指す。  この間、あるときに封書が届く。差出人の住所はなく、ただ「風来坊」とある。開けると、手紙と写真が出てきた。写真は病院でリハビリに取り組んでいたときの姿。「風来坊」は富松さんだ、と分かる。「不屈の闘魂」との言葉も添えてあった手紙は宝物、大事に取ってある。  1989年4月、母の実家がある愛知県安城市で生まれ、父の故郷の中津川市で育つ。生後1カ月で骨形成不全症が判明。3歳のときに初めて歩き、母は涙が止まらなかった、という。  富松さんの言葉で気持ちを立て直し、大学受験の資格を得ると、京都市に本部を置く立命館大学の経営学部を目指す。いくつか大学を調べると、同大学はキャンパスや周囲に、障害者にとってのバリアが少なかった。 大学受験直前の骨折寝たままで試験受け合格に病院で歓声  試験まであと2週間のとき、予備校の帰りに車いすが転倒、骨折し、愛知県春日井市の病院で手術を受けて入院した。立命館大学に問い合わせると「試験会場へくることができるなら、寝たまま試験を受ければいい」と言ってくれた。民間の救急車を手配し、看護師さんたちがベッドに作業台をつくってくれて、受験勉強を再開する。  合格発表は大学のホームページで確認。受験番号をみつけてナースコールを押し、「受かりました〜」と叫ぶと、看護師さんたちが「わ〜っ」と声を上げてやってきて、「おめでとう」の大合唱だ。多くの出会いに恵まれ、ここまできた。そう実感し、もう歩けないと知った日とは全く別の涙が、流れる。  2008年4月、立命館大学経営学部で起業家育成コースへ入ると、同期に民野剛郎さんがいた。ある日、偶然、一緒に学生食堂で昼食を取る。学食では自分もトレーを持って料理を取り、運んで食べる。そのとき、周りの友人は必ずトレーを持ってくれた。料理も、とってくれる。自分でやれないことはないが、周りがやってくれるので、素直に受け入れてきた。  でも、民野さんは持ってくれる素振りもしなければ、さっと会計を済ませて先にテーブルにつく。食べ終わると、「はい、じゃんけん」と言ってきた。負けたほうが食器を重ねて返却口に持っていく、ということだ。自然な形で「対等」に向かい合う、それがすごくうれしかったことを、よく覚えている。  起業を目指す点で一致し、軍資金をつくるため、他の友人も加えてビジネスコンテストの賞金を稼ぐことにした。自らの受験体験から、キャンパスや周囲でバリアを越えなくていい進路を示す地図をつくる「らくらく大学ナビ」を発案。同じ京都市にある大学のビジネスコンテストで、グランプリを獲得する。  その後もコンテストで受賞を重ね、2010年6月、大阪市北区に事務所兼住宅を借りて、株式会社ミライロを設立。民野さんは副社長で、社長は垣内さん。大学3年生のときだ。  いま、「らくらくナビ」をレジャー施設などへも展開し、企業人たちに障害を持つ人とどう向き合うのがいいかの研修もやり、予算がなくてバリアフリーにできない場合でも「ハードは変えられなくても、ハートは変えられる」と説く。様々な出会いを重ねてここまできた。まだ35歳。きっと、未来は広い。(ジャーナリスト・街風隆雄) ※AERA 2024年9月2日号
トップの源流
AERA 2024/09/02 06:30
キンタロー。が2人の娘に切実に伝えていきたいこととは? 「“片づけ”ができると、自尊心も上がるんです」
キンタロー。が2人の娘に切実に伝えていきたいこととは? 「“片づけ”ができると、自尊心も上がるんです」
キンタロー。さん(提供)  パワフルなものまねで活躍中のものまねタレント、キンタロー。さん。4歳と2歳の姉妹を育てながら、仕事や家事に大奮闘の日々を送っています。子育てのエピソードや、キンタロー。さんが子どもたちに「必ず伝えていきたい」と思っていることを聞きました。 ※前編<キンタロー。が語る4歳2歳姉妹の子育てで“心弾む”瞬間とは 「娘からの『ママ、かわいい』が何よりも励みに」>から続く パパの前ではいい子。早くも処世術を身に着けている!? ――4歳と2歳の娘さんたちとの日々は、どんな様子ですか?  それはもう、大変です(笑)。私といるときは、姉妹の仲は悪いように見えるんです。年齢的にも、どうしてもまだ「ママの取り合い」になってしまうんですね。ですから、小競り合いが絶えません。次女を抱っこすると、長女が「ずるい!」ってすごい顔をして怒るのです。そこで長女を抱っこすると、今度は次女が寝そべって怒るという……。本当に収拾がつかなくなります。  ところが先日、信じられないことがありました。仕事が休みだった夫が、娘たちを郊外の大きな公園に連れて行ってくれたんです。そのときの様子を写メで送ってくれたのですが、そこには驚きの光景が……。姉妹二人で仲よく手をつないで、並んでまっすぐ歩いているのです。さらに、長女が「見てごらん。これがウサギで、エサはこうやってあげるんだよ」と次女に教えていたというのです。  これ、私から見ると信じられないことなのです。私といるときと夫といるときの姉妹が違いすぎて「これはどういうことなんでしょう?」と、どなたかに聞きたい気持ちです。夫といるときのほうが、明らかにいい子。私といるときはグダグダなのに(笑)。  また、ある日のことです。子どもたちがぐずりだしたので「気分転換に買い物でも行こうか」と出かけることにしました。私と姉妹だけでは収拾がつかなくなることが多いので、夫がいてくれると私は助かります。そこで「じゃあパパも一緒に行こう」と夫を誘いました。  そのとたん、姉妹二人がいきなり結束力を発揮して「パパは来ないで!」「パパはダメ!」というのです。    夫にしてみれば、自分は家で休めるので万々歳ですよね。「そうなの? そんなに言うなら仕方ないから家にいようかな」と、半分うれしそうに答えるんです。さらに、姉妹たちは夫を奥の部屋に押し込んでドアまで閉めていました(笑)。  これには理由があります。たとえばスーパーに買い物に行ったとき、夫は「お菓子は一つまで」としっかりと決めるタイプ。私はつい、許してしまうんです。毎日忙しかったり不規則だったりと、娘たちには寂しい思いをさせることも多い。こういうときくらいは、好きなものはなるべく制限なく買ってあげたいなと思うのです。そこが夫との違いなんです。 ―――パパが一緒だと、お菓子が一つしか買えないですものね。  そうなんです。バレバレの幼い作戦がいじらしいのですが、こんなに小さい頃からこの計算高さ(笑)。私はそこまで気も回らず、世渡り下手でここまできたタイプなので、逆に新鮮です。先ほどの買い物の場面で、もし自分が子どもだったら「パパも来るの? やった!」って喜んでいたことでしょう。 この先、女子の「友達関係」でアドバイスしておきたいこと ――子育てで意識されていることはどんなことですか?  天真爛漫に、明るく育ってほしい。これが第一です。  でも「天真爛漫」すぎて、まわりの人を気遣うことができなかったり、見えなくなったりしてしまうのは困りものですよね。  私は、中学生の頃に調子に乗りすぎて、友達から仲間外れにされてしまった苦い経験があるんです。ですから、娘たちがもう少し大きくなったら、その「さじ加減」をアドバイスしたいと思っています。天真爛漫であると同時に規律は守らなくてはいけないし、それが行き過ぎると嫌われてしまうことがあるんだよ、と。女子の友達関係は難しいですから。  「嫌いにならないでくださいっ!」っていうところも教えていきたいなと思いますね(笑)。  多少はもまれることも大切、それも経験です。でも、マナーとして覚えておいてほしい。私のような思いはやっぱりしてほしくないですし。 「片づけができる」だけで自尊心が上がるんです ―――習慣などで、気をつけていることはありますか? 「片づけ」は、今から習慣づけようと意識しています。片づけは、小さい頃からの教育が大切だなと実感しているからです。  私は「片付け」が苦手なんです。苦手というより、苦痛でしかない。なぜこうなったかというと、子どものころに自分で片づけをすることができなかったからです。  私の父は潔癖症で、子どもの部屋も自分が片づけないと気が済まない人でした。私も自分なりに部屋を片づけて学校に行くのですが、夕方帰宅すると父に片づけ直されている。せっかく自分が使いやすい位置に置いた本も、違う位置に並べ替えられていて、父なりのやり方で、部屋が変わっているんです。これがとても嫌でした。自分の無力さを感じてしまうからです。  そんな子ども時代を経て、因果関係はわかりませんが、私は片づけが苦手な大人になりました。そこに対しては自信もまったくありません。人のせいにしているかもしれませんが、片づけを無意識のうちに、なんとも思わずにできるようになりたかったと本当に思います。  ですから「片づけってとても大切なことなんだよ」、と子どもたちには伝えたいのです。自信や自尊心にもつながるくらい大きなことですから。  以前、平野ノラちゃんとYouTubeでコラボしたときに「時間を決めて、小さなところからやってみよう」とアドバイスをもらいました。私も娘たちと一緒に、少しずつ片づけを克服していけるといいのですが。 ―――お子さんたちには、どんなふうに声をかけているのですか?  その都度「片づけしようね」と声をかけるようにしています。そして、片づけられたら拍手をして「すごい、きれい!」と最大限にほめています。「ママは苦手なのに、すごいね!」って。娘たちは、得意満面になります(笑)。特に長女は「ママは全然できないのに、こんなにきれいにできてる!」というと、「うん」と照れながらもドヤ顔になります。  こんなふうに女子の喜びをかきたてながら、片づけを楽しく身に着けていってほしいですね。今日も帰ったら、子どもたちと片づけにチャレンジしようと思っています。 (取材・文/三宅智佳) ※前編<キンタロー。が語る4歳2歳姉妹の子育てで“心弾む”瞬間とは 「娘からの『ママ、かわいい』が何よりも励みに」>から続く   ■キンタロー。さん ものまねレパートリ5選(公式HP、公式Xより)​​ クリームコロッケ(公式HPより) キンタリーナ・ジョリー(公式HPより) 天才子供トランぺッター(公式HPより) 北大路キン也(公式HPより) 実写版ドッスン(公式Xより)   ○キンタロー。/1981年生まれ、愛知県出身。関西外国語大学短期大学卒。ダンス講師やOLなどを経て、2011年松竹芸能スクールに特待生として入学。翌年松竹芸能に所属。前田敦子さんのモノマネで、デビュー1年目にして大ブレイク。お笑いと両立しながら、2017年に競技ダンスの世界大会「WDSFラテンシニアI世界選手権」で、アジア人歴代最高位の7位、翌年8位に入賞。結婚、出産を経て、姉妹のママとなった今も、ものまねのレパートリーは拡大中。2024年3月末、12年間在籍した松竹芸能より独立。    
キンタロー。子育て声がけ片付け
AERA with Kids+ 2024/09/01 11:00
キンタロー。が語る4歳2歳姉妹の子育てで“心弾む”瞬間とは 「娘からの『ママ、かわいい』が何よりも励みに」
キンタロー。が語る4歳2歳姉妹の子育てで“心弾む”瞬間とは 「娘からの『ママ、かわいい』が何よりも励みに」
キンタロー。さん(提供)  競技ダンスで鍛えたキレのある身のこなしで、パワフルなものまねを次々に見せてくれるお笑いタレント、キンタロー。さん。4歳、2歳姉妹の子育てと仕事、家事とめまぐるしい日々の中で、いちばん心が弾む瞬間、そして子どもたちから教わっていることについてうかがいました。 ※後編<キンタロー。が2人の娘に切実に伝えていきたいこととは? 「“片づけ”ができると、自尊心も上がるんです」>に続く 長女は「バレエが習いたい」とかわいいおねだり ―――お仕事に子育ての両立、ハードな日々ですね。  はい。夫は帰りが遅いことが多いので、園への送り迎えはほぼ私が担当しています。すっかり慣れて、時間がなくてものまねのメイクのままで行くこともあります(笑)。まわりの方も「お疲れ様ですー」とやさしく受け入れてくださるので、本当に助かります。  園ではクラスのグループラインにも入れてもらっています。ほかのママたちが「こんなイベントやってますよ」と教えてくれるのですが、私の仕事時間が不規則すぎて、時間が合わずになかなか参加できないんです。でも、忙しいことを理解してくれて、気にかけてくださることが本当にありがたいですね。  4歳の長女は、ダンスにすごく興味を持っていて「バレエを習いたい」とずっと言われています。そういえば、昨日もおねだりされました。やりたくて仕方がないので「からだがやわらかいアピール」がすごい(笑)。「ママ見て」って足を高~く上げたり、開脚したり。「私はこれだけできるから、バレエを習いたい」と見せてくるんです。  ここまでくると「いよいよ連れて行かないと」と思っています。娘がやりたいと言ってることはやらせてあげたいし、応援したい。時々、現場に娘たちも連れていくことがあるんです。私のパフォーマンスを見ているし、テレビで踊っている姿を当たり前に見ているので、自然に親近感を覚えているのかもしれませんね。 「ママ、かわいい?」って自分から聞くようになっちゃいました(笑) ―――姉妹二人と過ごす中で「うれしいな」と感じる瞬間を教えてください。    それはもう、子どもたちの「ママ、かわいい」という言葉です。(声を高くして)「ママ、ネイル塗ったの? かわいいー!」「ママ、そのメイクかわいい」なんて、すぐに気づいてくれる。そしてほめてくれるんです。たまりません。  特に長女は、私のことをすごく観察していて、ちょっとしたことですぐにほめてくれます。髪やメイクだけでなく、おしゃれな服を着ていると「その服かわいい」って。夫も言ってくれないような言葉を、惜しみなく投げかけてくれる(笑)。私は自尊心が低いので、本当にそれがうれしいし、励みになります。ですから、最近は私の方から「ママ、かわいい?」って聞くようになってきました(笑)。  ちなみに「ママがいちばんおもしろい!」と言ってくれることもあるのですが、私に怒られたときは真逆になります。(声を低くして)「ママ、全然おもしろくない」「ぜんっぜんかわいくない」って(笑)。でも、それもうれしくて支えられています。 長女とのツーショット(ブログより) 思わず笑ってしまう、姉妹の小競り合い!  ――毎日がにぎやかそうです。  にぎやかというか大変というか。毎日、女子の小競り合いを見ています(笑)。それもとてもかわいくて、楽しくて。  先日、私が長女を叱る場面がありました。すると、長女は自分の隣にいた妹に小声で「『ママ嫌い』って言いな」とつぶやいたのです。自分では言わない。すると妹が、私に向って「ママ嫌い」って言うんです(笑)。   そんな様子を見て憎めないし、なんだかかわいいし、思わずプッと笑ってしまう。許せてしまうんですね。この言動の根本には、「寂しさ」があるんだろうなと感じるのです。怒られて「寂しい」という気持ちの裏返しで、彼女は彼女なりに一生懸命なんですよね。 「ママ、うざい」なんて言われる日がきたら…… ―――妹ちゃんはどんな女の子ですか?  次女は、長女とはまったくちがうタイプ。いつも冷静なんです。先日、カフェで娘たちとごはんを食べたときのことです。セットについていたりんごをさっさと食べてしまった長女が「もっと食べたい!」ってぐずりだしました。  すると、隣に座っていた次女が、フォークにさしたりんごをそっと長女にさしだしたのです。「食べる?」って感じで。もう、びっくりしました! 若干2歳にして、人に自分のりんごを譲る次女。  きっと、人生何周目かに違いないと思っています。  日々あわただしくて、ちょっとネガティブになってしまうこともあるのですが、この姉妹がいつも私を励ましてくれています。私にも5歳下の妹がいるのですが、今も仲よし。うちの姉妹たちも、これから仲よくしてくれるといいな(笑)。  娘たちが思春期になって、「ママ、うざい」なんて言われる日がくるのでしょうか。そういえば、私にも覚えがあります。親とべったりは恥ずかしい、友だちとつるんでいるのがカッコイイと感じる時期は確かにありました。娘たちもそうなってしまったら……うわーん、さびしいな。それまでに、まだだいぶ間がありますけどね。 長女が赤ちゃんだったころ(ブログより) (取材・文/三宅智佳) ※後編<キンタロー。が2人の娘に切実に伝えていきたいこととは? 「“片づけ”ができると、自尊心も上がるんです」>に続く ○キンタロー。/1981年生まれ、愛知県出身。関西外国語大学短期大学卒。ダンス講師やOLなどを経て、2011年松竹芸能スクールに特待生として入学。翌年松竹芸能に所属。前田敦子さんのモノマネで、デビュー1年目にして大ブレイク。お笑いと両立しながら、2017年に競技ダンスの世界大会「WDSFラテンシニアI世界選手権」で、アジア人歴代最高位の7位、翌年8位に入賞。結婚、出産を経て、姉妹のママとなった今も、ものまねのレパートリーは拡大中。2024年3月末、12年間在籍した松竹芸能より独立。
キンタロー。子育て習い事
AERA with Kids+ 2024/09/01 11:00
パラ陸上・小野寺萌恵 世界に通用するスピード スタートの課題も車いすに座る位置変更し手応え
パラ陸上・小野寺萌恵 世界に通用するスピード スタートの課題も車いすに座る位置変更し手応え
小野寺萌恵(おのでら・もえ)/2003年、岩手県生まれ。4歳の時に発症した急性脳炎の後遺症で両脚が動かなくなる。中学2年の時に車いすレースを始め、21年3月の日本パラ陸上競技選手権大会で3種目制覇(撮影/越智貴雄)    AERAの連載「2024パリへの道」では、今夏開催のパリ五輪・パラリンピックでの活躍が期待される各競技のアスリートが登場。これまでの競技人生や、パリ大会へ向けた思いを語ります。AERA 2024年9月2日号から。 *  *  *  パリ・パラリンピックへの出場が決まったからといって、小野寺萌恵は喜んでばかりではいられなかった。  前哨戦となった5月に神戸で開催されたパラ陸上世界選手権では、車いす女子100mで3位、同800m(いずれもT34=脳性まひ)で5位。近年、車いす女子のトラック種目では欧米と中国の選手が上位を占めることが多いなか、小野寺は日本人でメダルを狙える若手として実力を示した。  それでも、結果に満足できなかった。レース後は「スタートの練習を中心にやってきたのに、うまくいかなかったのが悔しかった」と満足した様子はなく、「練習が足りない」と繰り返した。  今、小野寺が直面しているのは「世界の壁」だ。  中学2年生で車いす陸上を始めると、17歳の時に出場した2021年の日本パラ陸上競技選手権で100m、400m、800mを制した。以来、日本国内では圧倒的な強さを誇る。  だからこそ、次に見据える場所の頂(いただき)は高い。  神戸での100m決勝のタイムは19秒15。優勝したハナ・コックロフト(英国)とは2秒26の差がつき、自己ベストの18秒46の更新もできなかった。コックロフトは800mでも1分52秒79の大会新記録で優勝。小野寺のタイムは2分17秒18なので、ここでも24秒39の大差がついた。  新たなライバルも台頭している。100mと800mで銀メダルを獲得したのは16歳のラン・ハンユー(中国)。800mはアジア新記録も更新した。  小野寺は、自らの力を出しきれなかった現実に、大会が終わってから「このままではダメだ」と悩んだ。どうすればいいのか。今のままでは無理なのではないか……。試行錯誤を繰り返していた6月下旬、一つの決断をした。何もやらないよりは、失敗しても挑戦して“何か”を得たい。パリ大会まで残り2カ月に迫った時点で、小野寺はレーサー(競技用車いす)に座る時のポジションを変更することにした。 「陸上競技場が大好き」と語る小野寺萌恵は、地元、岩手県にある陸上トラックで練習を積み重ね、着実に実力を伸ばし、パリへの切符を手にした(撮影/越智貴雄)   「スタートの時に前輪が浮いてしまうクセがあって、ひざの位置が高いなという感覚があった。それで、ポジションを少し後ろにして、重心の位置を低くしました」  小野寺は4歳の時に急性脳炎を発症し、両脚が自由に動かせなくなった。両腕にも若干のまひが残る。それが小野寺の弱点だった。スタートの時は、両腕の力をバランスよくタイヤに伝え、進行方向に向けて強く押し出さなければならない。腕にまひが残る小野寺には、バランスよく両腕に力を入れることが難しい。ポジションを後ろにしたのは、重心を下げることで、車体の「ブレ」をコントロールしやすくするためだった。  だが、車いすレースの選手にとって、ポジションの変更は容易なことではない。「慣れていないところもあるけど、うまくいくことは増えている」(小野寺)と手応えを感じながらも、本番までに必死の調整が続く。  パリ大会の目標は、自己ベストの18秒46を更新すること。スタートの課題をクリアすれば、トップスピードの速さは世界のライバルに負けないものを持っている。 「練習の感触では、スタートも含めてうまくいけば自己ベストを超える自信はあります」  自己ベストを更新した時、それは小野寺が世界の壁を一つ越えたことを意味する。(フリーランス記者・西岡千史) ※AERA 2024年9月2日号  
パリへの道
AERA 2024/08/31 10:30
小島よしおが「どうしたら早起きできる?」と悩む小5に伝えたい、早起きするよりも大切なこととは?
小島よしお 小島よしお
小島よしおが「どうしたら早起きできる?」と悩む小5に伝えたい、早起きするよりも大切なこととは?
小島よしおさん(写真/松永卓也=写真映像部) 「朝起きられなくて困っているんです」というのは、小学5年生の女の子。数多くの子ども向けライブを開催し、昨年9月に子どものお悩み相談本『小島よしおのボクといっしょに考えよう』(朝日新聞出版)も出版した小島よしおさんが、さまざまな悩みや疑問に答えるAERA with Kids+の本連載。小島さんは、朝起きることよりも、“睡眠時間”について考えてみようと提案してくれました。 【相談68】  小島よしおさん、こんにちは! 突然なのですが、私、朝起きられなくて困ってるんです。アラームをかけても音が聞こえないし、お母さんが呼んでも、聞こえないんです。そのせいで毎朝怒られて憂鬱(ゆううつ)です。どうしたら早起きできますか?(あやなん・小学5年生・女子) 【よしおの答え】  あやなんピーヤ、早起きに悩んでいるんだね。実はお悩み相談が始まってすぐくらいに、早起きのコツについて答えているんだ。そのときは、「寝る前に起きる時間を声に出して宣言する“心の目覚まし時計”」「早起きギャグ“ぱちょ~ん”」「早く寝るために楽しいことを考える」方法などを伝えているよ。  【この記事で、早起きのコツを伝えているよ!】 小島よしおが「中学受験の勉強が忙しくて早く起きられない」小6女子に、早起きのコツよりも伝えたいことhttps://dot.asahi.com/articles/-/64125  だけど今回は、“朝起きられない”という悩みを、ちょっと角度を変えて“睡眠時間”というところに注目して考えてみたいと思う。というのも、よしお自身がいま睡眠にすごく向き合っているんだ。  そもそも日本は、“睡眠不足の国”と言われるほど、大人から子どもまでみんなの睡眠時間が足りていないんだって。“睡眠負債”といって、睡眠不足が蓄積して心にもからだにも支障をきたしてしまうことが多いらしい。病気の原因にもなる“睡眠不足”について、小学生のうちから勉強するのは今後の人生にすごく役に立つと思う。ぜひお母さんも巻き込んで、一緒に考えていこう。 最近、睡眠の勉強を始めたよしお  どうしてよしおが睡眠について考えるようになったかというと、以前に比べて前の日の疲れが翌日まで残ることが増えたからなんだ。今年44歳になるから、年齢のせいなのか、子育ても始まってあまり眠れていないせいなのか……。 出典:厚生労働省ホームページ (https://e-kennet.mhlw.go.jp/tools_sleep/)  いい睡眠をとるには睡眠のことを勉強したいな、と思って睡眠研究の第一人者である柳沢正史さんが出演しているYouTubeを見たんだ。ノーベル賞をとるんじゃないかとも言われている人で、その人の話がすっごく面白くて。  朝起きられないというのも、そもそも睡眠時間が足りないから起こることらしいんだ。イギリスやアメリカでは、朝起きられない子どもたち、すなわち睡眠時間が足りない子どもたちが多いことを考慮して、「スタートスクールレイター」という制度を取り入れた学校もあるみたい。学校が始まる時間を2時間くらい遅くして、子どもたちの睡眠時間を確保する制度なんだ。この制度を取り入れたことによって、子どもたちの成績もアップしたんだとか。  あやなんちゃんがひとりで「スタートスクールレイター」を取り入れたら遅刻になっちゃうからなかなか難しいと思う。だけど、世界ではこんな取り組みがされるくらい睡眠時間っていうのは生活や成績にかかわる重要なものなんだね。 朝起きることよりもまずは睡眠時間量をチェック  じゃあなぜ寝ることがこれほど大事かというと、寝ないと脳みその“海馬(かいば)”が成長しないんだ。“海馬”は記憶にかかわるとっても大事な器官。海馬が成長しないと、新しいことを覚えにくくなったり、古いことを思い出しにくくなったりするんだ。早寝早起きとかの前に、しっかりと睡眠の量をとることが大事なんだって。  だから小学生はなおさら、睡眠時間というのはしっかり確保しないといけない。睡眠時間をしっかり確保したほうが、勉強したことが定着するし、運動もできるようになるんだよね。メジャーリーガーの大谷翔平選手や、棋士の藤井聡太七冠は、毎日10時間寝ているって聞いたことがあるよ。相対性理論を発見した物理学者のアインシュタインも、10時間睡眠をしていたひとり。すごい人はみんな、たっぷりと寝ているんだなあ。  ところであやなんちゃんは毎日何時間寝ている? 睡眠時間は足りているかな? 小学5年生だと10時間は必要かも。6歳は11時間、高校生以上は大人も含めて8時間半必須らしいからね。 「みんな、よしおと一緒に睡眠時間をじゅうぶんに確保しよう!」(写真/松永卓也=写真映像部)  だからまずあやなんちゃんに考えてほしいのが、朝起きることよりも睡眠時間を確保すること。そして、寝やすい環境をつくること。睡眠時間はもちろん、睡眠の質も大事だからね。ベッドタイム・ルーティンというらしいんだけど、眠りやすい環境づくりをすることもいい睡眠時間をゲットするための一歩だね。  よしおはお酒が大好きで、毎日必ず飲んでいたんだ。お酒を飲むと寝つきがよくてね。だけど自分の睡眠時間や睡眠の質を見直したら、お酒を飲んで寝ると浅い睡眠になっていることがわかったんだ。試しにお酒を飲まずに寝たら翌日のからだの調子がいいような気がして。それから週に1~2回はお酒を抜いて、睡眠の質を上げるようにしているよ。  あやなんちゃんは小学5年生だからお酒を飲むことはないと思うけど、何か睡眠の質を悪くしているものがあったら見直してみるのはおすすめ。ストレッチやアロマとか、睡眠の質を上げる方法を考えるのもいいかもしれないね。 勉強をする小学生時代の小島さん「小学生だと10時間くらいは寝ないとかもね!」(提供) 寝不足のミツバチはダンスが雑になる  よしおのおすすめは、スマートウォッチで睡眠時間を計ること。睡眠時間が計れるアプリがあって、睡眠の質や入眠時間なんかも計ってくれるんだ。スマートフォンのアプリでもあると思うけど、自分の睡眠状況がグラフで出てくるとなかなか楽しいんだよね。続けていると、寝起きがいい日とかが出てくる。  それとあわせて一日の行動や食べたものをざっくり記録すれば、あやなんちゃんの睡眠の質を上げるものがわかるかもしれないね。もう夏休みは終わっちゃうけど、自由研究にしても面白そう! 「こうしてわたしは朝起きられるようになった研究」とかね。  睡眠は、人間はもちろん動物や虫にとっても大切なもの。ミツバチは蜜がある花の場所を、お尻をふるダンスで知らせ合うんだけど、寝不足のミツバチはダンスが雑になるらしい。こんな豆知識も、面白いよね。  睡眠がこんなに大切だってこと、もしかしたらあやなんちゃんのお母さんも知らないことかも? この機会に、睡眠の大切さを知って、家族みんなで睡眠環境の改善や睡眠時間の確保に取り組んでほしいな。そうすれば、朝起きられない問題も、解決するかも! ……って、僕は思うんだけど、君はどう思うかな?小島よしお (構成/濱田ももこ、医療監修/柳澤綾子医師) 〇小島よしお(こじま・よしお)/1980年、沖縄生まれ千葉育ちのお笑い芸人。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。「そんなの関係ねぇ!」でブレーク。2020年4月からYouTubeチャンネル「小島よしおのおっぱっぴー小学校」で子どもの学習を支援する動画を公開。キッズコーディネーショントレーナーの資格を持ち、子ども向けのイベントを多数開催している。この連載をまとめた『小島よしおのボクといっしょに考えよう』(朝日新聞出版)が発売中! 【質問募集中!】 小島よしおさんに答えてほしい悩みや疑問を募集しています。こちらからお気軽にお寄せください!https://dot.asahi.com/aerakids/articles/-/37692
小島よしお悩み相談
AERA with Kids+ 2024/08/30 16:00
暴力、貧困、使い込み、うつ病…「マルチ」にのめり込んだ母親に“地獄”を見せられた40代男性が語る「2世」の実態
大谷百合絵 大谷百合絵
暴力、貧困、使い込み、うつ病…「マルチ」にのめり込んだ母親に“地獄”を見せられた40代男性が語る「2世」の実態
マルチ2世の苦しみを明かしてくれた隆さん(以下、写真はすべて隆さん提供)  マルチ商法にのめりこむ親のもとで育ち、経済的困窮や親子断絶といった凄絶な人生をおくることになった人たちを追う連載「マルチ2世~“商業カルト”で家庭崩壊~」。連載第3回では、子どもの学費を使い込んだ母を許せず、その死を今も悲しめないことに苦しむ2世を紹介する。 ※マルチ商法の概要やその問題点については、第1回の<母親が“洗脳”され家庭崩壊した「マルチ2世」の悲劇 毎度の食卓で「黄や緑の錠剤」を飲まされ…>で詳報しています。 *  *  *  隆さん(仮名/41歳・男性)の両親は、隆さんが10歳の時に離婚した。シングルマザーとなった母は、“生保レディ”とスナックの仕事を掛け持ちし、翌年に再婚。二人目の父は家庭に関心が薄く、だんだんと家にお金を入れなくなった。電気やガス、水道が止まるのは日常茶飯事だった。 「御殿に住んでいる」勧誘者を妄信  だが、家計が苦しくなったのは他にも大きな要因があった。母は離婚直後から、健康食品や化粧品を販売するマルチ企業・Y社に心酔していったのだ。 「これを飲むと、運動後の乳酸値が下がって筋肉痛にならないのよ」 「将来がんにならないために、体内の活性酸素を減らさないと」  母はそう言って、4人の子どもたち(隆さん、1歳下の弟、5歳下の弟、12歳下の妹)に毎日のようにY社のサプリを飲ませた。まだ幼かった妹と3番目の弟は、フルーツ味のラムネのような錠剤をおやつ代わりに食べていた。サプリのほかにも、シャンプー、ボディーソープ、化粧道具一式が入ったバッグなど、どれも高額なY社の製品が日に日に増えていき、家計を圧迫しているのは明らかだった。  母は知り合いにY社製品を売ったり、販売員になるよう誘ったり、マルチ会員としてのセールス・勧誘活動にも熱をあげていた。だが、成果に応じてY社から認定される“会員ランク”は、いつまでたっても下位のままだった。  明らかに収支はマイナスなのに、なぜ見切りをつけなかったのか。隆さんは、当時の母の様子をこう振り返る。 「母は、自分を勧誘したアップ(上位会員)を妄信していました。そのアップの女性は、元は社宅住まいの普通の主婦だったのに、Y社のビジネスで成功して、豪邸を建てたそうです。母はよく、『○○さんは私と同じで大学を出ていないのに、今は御殿に住んでいてすごい』と話していました。一度、『うちの家計はいつごろよくなるの?』と聞いてみたら、『○○さんによくしてもらっているから、いつかプラスになるはず』と。母の妄信は、現実逃避の一種だったのかもしれません」 約20年前にY社の研修を受けにアメリカを訪れた、隆さんの母。「事業をステップアップさせるため」と意気込んでいたという  長男として家計を支えるため、隆さんは小学6年生のころからポストへのチラシ配りを始めた。単価は1枚3円。1日300枚を目標に、週3回配った。高校入試のための参考書代も、模試を受けるための交通費も、すべて自分でまかなった。  母にはY社の活動から手を引いてほしかったが、そう伝えたことは一度もない。少しでも反抗すれば、ヒステリックに殴られたり家の外に出されたりするからだ。経済的な苦しさで心の余裕を失っていたのか、母は日常的に子どもたちに当たり散らした。そのストレスから、きょうだい間でも暴力が増えた。 「まさに地獄でしたね。家も狭くて、ただただ苦痛でした」(隆さん)  だが、当時の隆さんは、Y社に対して敵意を抱くことはなかったという。 「アップを含めY社の会員は温厚な人ばかりだったんです。勧誘も『いい商品だから使ってみたら?』といった言い方で、強引さを感じなかった。まさに“北風と太陽”でいう太陽で、今となっては、生かさず殺さずの距離感がノウハウとして確立されていたのかなと思います。もっと悪質なことをしてくれたら、迷いなく憎めたのに」  心のどこかにY社を信じたい気持ちがあったからこそ、隆さんは一度だけ、自身の友人を勧誘の場に連れて行ったことがある。  勧誘にあたっては誘い文句の台本を渡された。当時仲の良かった友人たちに、Y社の名前は出さず「化粧品とか興味あるでしょ?」と持ち掛けてみると、当日、女子2人男子1人が来てくれた。だが3人ともマルチの勧誘であることを途中で察し、「やりよったな……」という目で見てきた。隆さんは「強制でもなんでもないから!」と平謝りした。幸い3人とも、以降も友人関係を続けてくれた。 うつ病になり発覚した、母の“裏切り”  だがその数年後、隆さんの身に悲劇が起こる。  隆さんは社会人になると、高校と大学の奨学金の返済として毎月3万円を母に渡した。しかし25歳のころ、仕事で追い詰められたことを機に、「月々の奨学金返済のせいで生活が楽にならない」「子ども時代の貧しさのせいで成功体験を積めない」といったネガティブな思考に飲み込まれ、うつ病を発症してしまう。  やむなく会社を辞めることとなり、奨学金の返済状況を母に確認した。送られてきた書類を見ると、なぜか5万円しか返済されていなかった。 「うつ病で頭がよく回らない中、必死に電卓をたたいて計算しました。ボーナス月は繰り上げ返済用に15万円ほど渡していたので、少なく見積もっても120万円は払っているはず。母が黙ってお金を使い込んでいたと気づいて、頭が真っ白になりました」 【こちらも話題】 ヨウ素水から未公開株まで手を出し、多額の借金…「マルチ商法」にハマって命を絶った母に娘が誓う“かたき討ち” https://dot.asahi.com/articles/-/232195 母が末期がんと宣告され、実家の様子を見に行った隆さんは、荒れ放題の有様に絶句した。未払いの公共料金など、様々な請求書の山の中に、大量のY社製品が埋もれていた  すぐに、母を交えた家族会議が開かれた。弟と一緒にテーブルを囲み、時に声を荒げ、時に諭すように、数時間かけてお金の使い道を問い詰めたが、母はついに答えなかった。五十路を過ぎた母が「うん」か「ううん」しか言わずにうつむき続ける姿を、隆さんは一生忘れられないという。以降、「この人は自分の母親ではない」と見切りをつけ、完全に距離を置くようになった。  しかし、金銭トラブルはこれで終わらなかった。  大学3年生になった末の妹が、就職活動に必要な書類を発行してもらうため、事務局の機械に学生証カードを通すと、なぜかエラー画面が出た。「あれ?」と思い、職員に理由を聞くと、「だってあなた、除籍になっているから」と告げられたという。またしても母が貯金を使い込み、奨学金でまかないきれない分の学費を滞納していたことが原因だった。 「ああ、やっと死んでくれるんだ」 「長男である自分が、おふくろをひっぱたいてでもY社から引きずり出していれば、妹にあんな思いをさせずに済んだのに……」  隆さんは、取り返しのつかない事態を招いた自責の念から、声を震わせた。 「母がお金を溶かし、家族を裏切った背景には、マルチ商法の悪質さがあると思っています。マルチ企業がほかの営利団体と明確にちがうのが、利益を出せなくても異動や解雇がないところ。Y社と母の間にあるのは代理店契約なので、母が製品を買ってくれる以上、たとえ赤字でもY社に損はない。アップや周りの会員も『そのうち成功するわよ』と盛り上げるから、母は『おかしい』と思うブレーキが壊れたまま走り続けた。これは立派な洗脳です」  妹が大学を中退した約4年後、母の末期がんが発覚した。ステージ4の子宮体がんで、手の施しようがなかった。  それを知った時に隆さんが感じたのは、「ああ、やっと死んでくれるんだ」という安堵だった。母が生きている限り、周りは迷惑をこうむり、不幸になる。母が消費者金融で借金をするたび、祖母が清算していることも知っていた。  だが妹は、「かわいそうだから」と最期まで母に寄り添った。母は「死ぬのは嫌、もっと生きたい」と涙を流し、片っ端からY社製品を試したが、長年慕っていたアップをふくめ、Y社の会員仲間は誰も見舞いに来なかった。4カ月後、母は息を引き取った。62歳だった。 【こちらも話題】 アトピーの治療は浄水、ガスコンロや炊飯器も使っちゃダメ…「マルチ商法」にのめり込む母と“絶縁”したい娘の苦悩 https://dot.asahi.com/articles/-/232135 隆さんの母の葬儀の写真。「活性酸素を減らせばガンの発病リスクを減らせる」と家族にY社製品を勧めていたが、62歳で子宮体がんにより命を落とした。生前親しくしていたY社の会員仲間たちから香典が届くことはなかった “大好きなお母さん”の記憶  葬儀の日、喪主を務めた隆さんは締めのあいさつをしようとして、骨壺を抱えたまま泣いてしまった。悲しかったからではない。目の前ですすり泣く祖母や叔母を見て、その悲しみにまったく共感できないことがいたたまれなかったからだ。 「母の他界によってY社との契約を破棄できたので、今も苦しみ続けるマルチ2世たちのことを考えると、自分はまだましだと思います。でも、やっぱり母の死は悲しんであげたかった。自分の心を守るため、母を母と認めないことにしたけれど、自分の体に母の血が流れている事実や、“大好きなお母さん”という幼い日の記憶を切って捨てることはできないんですよ……」  国民生活センターが昨年受けたマルチ取引についての相談は、約5100件。だが、これは氷山の一角に過ぎない。マルチの勧誘を受けた人の大半は、「もう関わらないようにしよう」と距離をとるだけで、いちいち通報しない。勧誘にあたってのやりとりは当事者しか分からないため、特定商取引法で禁止されている“強引な勧誘”が行われていても、証拠が残っておらず実態解明が難しい場合も多い。 「マルチ事業者には、人の人生に干渉している自覚を持ってほしいし、『自分の家族が同じ状態になっても、これが正しいビジネスだと思うの?』と聞いてみたいです」(隆さん)  会員の行き過ぎた販売活動・勧誘活動が、家計のひっ迫や家庭崩壊を招いた事例があることについて、Y社はAERA dot.の取材にこう回答している。 「購入金額が多い方や活動内容に疑義がある方に対して、小売販売の証明書の提出や聞き取りを行うなど、健全なビジネスを行っていただけるよう積極的に働きかけをし、場合によっては活動停止や解約を含む厳格な処分を行っています。今後も会員の皆様が適切なビジネス活動を行えるようにさまざまなサポートを行い、誤った活動をしないように注意喚起を徹底してまいります」  今回、時に涙をこぼしながらも取材に応じた理由について、隆さんはこう話す。 「新たに被害を受ける2世を少しでも減らしたいし、既に被害を受けている2世には声を上げていいんだと気づいてほしい」  連載第4回は、マルチにハマった末に命を絶った母の「かたき討ち」を誓う2世の事例を紹介する。 (AERA dot.編集部・大谷百合絵) 【続編<ヨウ素水から未公開株まで手を出し、多額の借金…「マルチ商法」にハマって命を絶った母に娘が誓う“かたき討ち”>に続く】 ※「マルチ2世」に関する情報提供やご意見、ご感想はメール(aeradot.info@asahi.com)でお寄せください。 【こちらも話題】 母親が“洗脳”され家庭崩壊した「マルチ2世」の悲劇 毎度の食卓で「黄や緑の錠剤」を飲まされ… https://dot.asahi.com/articles/-/232124
マルチ2世マルチ商法悪質商法
dot. 2024/08/30 11:00
「オリンピックを超える衝撃を与えたい」 パリ・パラリンピックメダル候補たちの闘志
「オリンピックを超える衝撃を与えたい」 パリ・パラリンピックメダル候補たちの闘志
バドミントン・梶原大暉/中学2年時に交通事故で受傷。野球経験があり、投球フォームとシャトルを打つ動作が似ていることからバドミントンを始めた(写真:SportsPressJP/アフロ)    いよいよパリ・パラリンピックが28日に幕を開ける。日本代表選手団は、メダルラッシュだった五輪の熱狂を引き継ぐことができるか。AERA 2024年9月2日号より。 *  *  * 「いまパラリンピックは“オリンピックのついで”みたいになっているけど、オリンピックを超える衝撃を与えたい」  そう意気込みを語るのは、車いすテニスの小田凱人(ときと)。決してメジャーではなかった競技がスポットライトを浴びたパリ五輪を見て、パラリンピックのメダル候補たちは闘志をたぎらせている。  東京大会と同じ22競技(種目は10増えて549)が行われるパリ大会。自国開催の東京大会をのぞき過去最多の選手数で挑む日本代表選手団の中には、連覇の期待がかかる選手も多い。  その筆頭が、バドミントンの梶原大暉(だいき)。バドミントンが初めて採用された東京パラリンピックでは、レジェンドを破り、19歳で男子シングルス(車いす・WH2)金メダリストに。その後、無敗の121連勝を誇り、パリには絶対王者として臨む。  昨年の秋、「連勝記録については考えないようにしている」と語っていた金メダル候補に慢心はない。相手の動きを見てショットを打ち分ける“頭を使ったプレー”を磨き、単複2冠を狙っている。 最年長記録の更新は?  女子の注目は、同じく車いすの里見紗李奈(さりな)。こちらも初代女王に輝いた東京大会後、シングルス(WH1)で負けなしだったが、今年2月の世界選手権で連勝が途絶えた。粘り強さが強みの里見にとって、ライバルたちの存在が、女王死守への発奮材料になっているのは間違いない。山崎悠麻(ゆま)と組む女子ダブルス(WH1-WH2)とともに、中国勢に勝てるかが連覇の鍵になりそうだ。  水泳の山口尚秀(知的障がい)も連覇がかかる。東京大会は100m平泳ぎで金メダルを獲得。 「力むことがあるので修正して世界記録を出したい」と平泳ぎの課題を語るが、体調不良だった昨年の世界選手権では前半は抑えて後半に力をためる落ち着いたレース展開で優勝しており、盤石の強さを見せてくれるか。  2012年のロンドン大会以降、金メダルがないお家芸の柔道は、世界ランキング1位の瀬戸勇次郎に期待大。組んでから始まる視覚障害者柔道は、東京パラリンピックまで全盲も弱視も同じ条件で戦っていたが、規定が変わり、全盲のJ1と弱視のJ2に分かれてメダルを争うことになった。その影響で実施される階級が減り、東京パラリンピック66キロ級銅メダリストの瀬戸は73キロ級に変更を余儀なくされた。昨年8月の世界選手権で惨敗するなど苦しい時期が続いたが、12月にフィジカル強化が実を結び、直近の国際大会4大会中3大会で優勝。この勢いのまま、表彰台の一番高い場所に駆け上がるつもりだ。 パラサイクリング・杉浦佳子/「買えない手土産を持って帰りたい」と杉浦。2016年の落車事故で高次脳機能障害などが残り、翌年46歳で競技を始めた(写真:SportsPressJP/アフロ)    東京パラリンピックでは50歳で自転車競技・ロード2冠。「最年少記録は二度とつくれないけど、最年長記録はまたつくれる」という名言を残した杉浦佳子は53歳でパリ・パラリンピックを迎える。有力種目は、競技初日の29日に昨年、世界選手権を制したトラック・女子 3千m個人パーシュート(C1-3)。自身が持つパラリンピック最年長メダリスト記録を塗り替える可能性は十分だ。 車いすラグビーに注目  東京パラリンピックをきっかけに、年齢、性別、障がいのあるなしにかかわらず、一緒に競いあえるスポーツとして広がったボッチャにも、複数メダル獲得の期待が寄せられる。東京大会では個人で金、チームで銅を獲得したエース杉村英孝も、虎視眈々と連覇を狙う。  東京パラリンピックでブレイクした競技といえば、男子代表が銀メダルに輝いた車いすバスケットボール。その男子代表はパラリンピック予選で姿を消し、パリ大会には出場できない。団体競技では、これまで車いすバスケの陰に隠れてきた印象の車いすラグビーに注目。リオ大会、東京大会で銅メダルの日本代表は、パリ大会の前哨戦となる国際大会で優勝しており、パリでは悲願の金メダル獲得へ。3大会連続メダルの機運は高まっている。  選手には障がいに応じて持ち点が与えられ、コート上の選手4人の合計は8点以内(女性選手が1人加わる場合は、合計に0.5点追加)でなければならない。この競技をプレーする選手の中で最も障がいが軽い3.5クラスの“ハイポインター”橋本勝也は、チーム最年少。トライラインにボールを運んで得点したり、相手キープレーヤーの進路をタックルで封じたりするが、同様の役割を担う先輩たちをライバル視し、プレータイムをのばしてきた。22歳で迎えるパリ・パラリンピックは「4年後のロスに向けて先輩たちに安心してもらえるような大会にしたい」と活躍を誓い、新たなエースに名乗りを上げる。  世代交代の最中にあるブラインドフットボール、パラリンピック独自の球技であるゴールボールの男女代表にも期待大だ。  選手団の約45%が東京大会でパラリンピックに初出場した選手たち。すなわち、有観客のパラリンピックは初めてという選手が非常に多い。  水泳の東京パラリンピックの100mバタフライ(全盲S11)金メダリストで、パラリンピックは5大会目の出場になる木村敬一は、水泳チームのスローガンである「熱狂」の発案者だ。 「パラリンピックってもっと熱狂する場所だっていうのをみんなに知ってほしい」 (パラスポーツジャーナリスト・瀬長あすか) ※AERA 2024年9月2日号より抜粋  
AERA 2024/08/27 16:00
愛子さま 2490円でも7万円でもワンピースに「清潔感」と「品ある可愛らしさ」の理由は「永遠に愛されるタイムレス」な装い
永井貴子 永井貴子
愛子さま 2490円でも7万円でもワンピースに「清潔感」と「品ある可愛らしさ」の理由は「永遠に愛されるタイムレス」な装い
御料牧場に到着し、出迎えを受ける愛子さま=2024年5月、栃木県高根沢町    暑さが厳しい夏でも、「装い」は楽しみたいもの。天皇、皇后両陛下の長女、愛子さまの装いは、リラックスした場面であっても、どこか品を感じさせる。幼い頃から社会人となった現在まで、愛子さまのご成長と装いのポイントを、ファッションの専門家が読み解いた。 *   *   * 「愛子さまがニッコリとほほ笑むと、周りの空気もふんわりと明るくなるのです」  天皇ご一家と交流のある人物が、愛子さまの印象を、こう表現していた。  愛子さまは4月、今春に卒業した学習院大学で開かれた「オール学習院の集い」にOGとして足を運んだ。なじみのある緑豊かなキャンパスで、お友だちの話に相槌を打ち、ときには口を開けておしゃべりを楽しむ愛子さまの姿があった。  肩の力を抜いた場面でも、品の良さが伝わってくる愛子さま。そうした雰囲気は、幼い頃からの装いからもうかがうことができる。   肌の露出は控えて ご両親と一緒に那須御用邸へのご静養へ向かう愛子さま。「白襟」と「白ソックス」「パフスリーブ」のワンピースが品よく可愛らしい=2008年8月、栃木県、JMPA    愛子さまの装いには、清潔感がある。そのポイントは「白襟と半袖のパフスリーブのワンピース」と「白いソックス」「丸みを帯びたストラップの靴」だったと解説するのは、ファッションジャーナリストの宮田理江さんだ。  愛子さまはこれまで、肌を大きく露出する服装を選ぶことはほとんどなく、 「色づかいは原則バイカラー(2色づかい)、小物を入れても3色ほどで、すっきりとまとめていらっしゃる」  と宮田さん。  たとえば2008年の夏、栃木県那須町の那須御用邸でのご静養に向かう6歳の愛子さまの装いは、パフスリーブの水色のワンピースに白いソックス、そしてストラップの靴というもの。宮田さんは、皇族としての品位を保ちつつも、幼子から少女へと成長する愛子さまの魅力を引き出した装いだと話す。  また、2010年夏に静岡県下田市の須崎御用邸を訪れた際の愛子さまは、白いレースのワンピースをお召しだったが、「清潔感とピュア(純粋さ)が体現されていた」と宮田さんは指摘する。 「天皇ご一家の装いは、派手なシルエットはありませんが、目を凝らすと丁重に作り込まれていることがわかります。繊細な起伏を加えた織りや刺繍、襟や自然な丸みを持たせた袖口など作り手の技術の高さが伝わります」     那須塩原駅に到着した皇太子ご夫妻(当時)と愛子さま。愛子さまは、定番だった「白襟」と「白ソックス」から徐々に卒業し、サンダルとストッキングでお姉さんらしい足元に=2015年8月、栃木県那須塩原市   白襟と白ソックスの卒業  愛子さまが中学生になると、プライベート以外でご両親と写真に写る機会が増えた。  2014年春に学習院女子中等科に入学。この年の夏に三重県伊勢市の伊勢神宮を初めて参拝した愛子さまは、ワンピース姿で近鉄宇治山田駅に到着した。 「清楚な白襟」と「白ソックスにストラップシューズ」の組み合わせは不動だったが、スカートはこれまでのフレアなものからすこしタイトなデザインとなり、「お姉さんらしさ」が増していた。  そして2015年の夏、13歳の愛子さまの装いは、さらに変化した。トンガから帰国したご両親を東宮御所前で出迎えた際や、ご一家で那須御用邸に向かう際には、定番だったワンピースの「白い襟」がとれて、淡いライラックやグリーンといった大人びた色を選んでいる。    特に変化が見て取れるのは、足元だ。  少女時代のアイコンだった、ストラップのついた丸い靴ではなく、足首や甲に細い紐がある古代ローマ風のグラディエーターサンダルに。そして少女時代のシンボルであった白いソックスも、このときはストッキングへと変わっていた。 「サンダルも小さな頃から靴下に重ねていらっしゃる。素足で着用せず、品位を保っていらっしゃる。その線引きをしっかりなさっているところに、ロイヤルの矜持を感じます」  レディーへの成長とエレガンスの片鱗を感じさせると、宮田さんは言う。   ご家族でのリンクコーデの卒業 ご両親と那須御用邸の敷地内を散策する愛子さま。シャツワンピースに組み合わせた、足先の見えるデザインのサンダルはリラックスした休日モード=2018年8月、栃木県那須町    2017年春に学習院女子高等科に進学すると、小物でラフさを上手く出すなど個性が見えてくる。  2018年夏に那須御用邸を訪れた愛子さまは、珍しくリラックス度の高い装いだった。シャツワンピース姿につま先のあいたサンダルを合わせている。サンダルは、10日ほど前に須崎御用邸で過ごした際にも愛用していたもので、素足ではないところに品の良さが感じられる。 「襟のついたシャツワンピースは、ラフさがありながらも品格をキープしやすく、休日にも重宝します」(宮田さん)    その後、コロナ禍のためにご静養の機会がしばらくなかったご一家だったが、2023年8月、那須御用邸を4年ぶりに訪れた。  その際、愛子さまが着用していたグリーンの小花柄のワンピースは、日本のアパレルブランド「kay me」のもの。ブランドの担当者によれば、価格が6万8200円の商品だった。 那須塩原駅に到着したご一家。20歳を過ぎて家族でのリンクコーデも卒業しつつある愛子さま。足元は、2015年にも着用したサンダルと同じデザイン=2023年8月、栃木県那須塩原市     【こちらも話題】 ようやく「那須御用邸」にエアコン設置! 天皇陛下と皇后雅子さま、愛子さま滞在の「質素」な建物 湿気の傷みも心配 https://dot.asahi.com/articles/-/229252   那須御用邸での静養から帰京した愛子さま。着用しているのは、大手アパレルメーカー「GU」で2490円で販売されたワンピースとみられるが、値段に左右されず品のある佇まいはさすが=2013年9月、東京駅、読者提供    大学生になり、21歳の夏を迎えた愛子さまが、大人の女性を感じさせる雰囲気だったのは、装いのスタイルが大きく変わっていたからだ。 「これまでの愛子さまのワンピースの定番であった『ひざ丈』から、ふくらはぎまでのロング丈へと変わり、胸元のフリルが優美なたたずまいを醸しています」(宮田さん)  そして何より、高校生になってから少しずつ機会が減っていたご両親との「リンクコーデ」は、ほぼ卒業したことだ。 「愛子さまのグリーンの花柄のワンピースは、ご両親とは色も柄も異なります。独立した個人として歩き出している愛子さまの選択とともに、ご成長が感じ取れる装いです」  と宮田さんは話す。   2490円でも美しいたたずまい  そして9月5日の帰京の際に愛子さまが着用していたのは、紺色の無地のリラックスしたワンピース。低価格ブランド「GU」(ジーユー)が、半袖のプリーツワンピースとして2490円で販売していた商品とみられるものだった。  ファストファッションであっても、着こなしに品位を感じさせるのはなぜか。  宮田さんは、「手指の置き所への配慮」だと分析する。バッグに手先を添えて両手を重ねることで、バッグと手先がぶらぶらと遊ばず、たたずまいに美しさと落ち着きが加わるという。    少女の頃の愛子さまのアイコンは、「白襟とパフスリーブ」の「膝丈ワンピース」に「白いソックス」「丸いストラップシューズ」だったが、ご成長とともにたおやかな女性らしい装いへと変化していった。  その装いのキーワードは、「愛らしさ」「初々しさ」「たおやか」「清潔感」だと、宮田さんは分析する。 「少女の時代から成人の女性となった現在まで一貫しているのは、クラシカルで時代を問わないタイムレスな装いであるということでしょう」 「クラシカル」や「レトロ」なファッションは、世界的にも注目され、往年の女優の装いが再評価されている。世の中が目まぐるしく変わる時代だからこそ、普遍的なスタイルに人の心が集まるのではないかと宮田さんは話す。  そのスタイルと春風のような笑顔はそのままに、これからさらに成年皇族としての経験を重ね、変わっていくであろう愛子さまが楽しみだ。 (AERA dot.編集部・永井貴子)   【こちらも話題】 愛子さま夏の思い出 100円がなくなるほどガチャガチャ! 雅子さまは行列に「並びます!」 https://dot.asahi.com/articles/-/230570  
愛子さまファッションGU皇室
dot. 2024/08/24 09:00
パリ五輪スケートボード、ローティーンのアスリートが活躍 「金メダルに恋した14歳!」のフレーズも話題に
秦正理 秦正理
パリ五輪スケートボード、ローティーンのアスリートが活躍 「金メダルに恋した14歳!」のフレーズも話題に
吉沢恋(写真:代表撮影/JMPA)    日本勢のメダルラッシュに沸いたパリ五輪。スケートボードなど若者に人気の競技ではローティーンのアスリートが活躍した。AERA 2024年8月26日号より。 *  *  *  卓球女子シングルスの早田ひなは悲願のメダル獲得だ。これまで同年代の平野美宇、伊藤美誠の陰に隠れた存在だったが、めきめきと実力を伸ばした遅咲きのエースは、初出場となる五輪で見事に銅メダルに輝いた。3位決定戦の相手は準々決勝で平野を破った韓国のエース、シン・ユビン。早田は利き腕の左前腕を痛め、テーピングが痛々しかったが、見事撃破。勝利が決まった瞬間には床に倒れ込んで涙を流し、鼻は真っ赤だった。  試合後のインタビューでは、 「前日の試合で腕を痛めてしまって、自分の現実を全然受け入れられないままプレーしていて」 「まさか神様にこんなタイミングで意地悪されるとは思わなくて。JOCの方や日本の皆さんが本当に最後まで支えてくださって、どんな結果になっても最後までやり続ける、そして銅メダルを皆さんに見せられたらいいなという気持ちで戦いました」  と語った。 ローティーンの活躍  女子の快挙の一方で、男子シングルスではエースの張本智和が準々決勝で中国の選手を前に敗退。 「100%の力を出し切った。でも今の100%では彼にはかなわなかった」  との言葉には意地ものぞき、4年後への期待を抱かせるものだった。  東京五輪でローティーンたちのさわやかな風が吹いたスケートボードは、パリでも躍動した。女子ストリートの吉沢恋が14歳で金メダル。前回の東京五輪で西矢椛が優勝した際の「13歳、真夏の大冒険!」の実況は話題を呼んだが、吉沢の優勝の瞬間に実況された「金メダルに恋した14歳!」のフレーズもまた話題となった。  女子パークでは東京五輪金メダリストの四十住さくらの2連覇はならなかったが、15歳の開心那が2大会連続の銀メダルを獲得した。  数々の栄光の陰で、躍進が期待されたバレーボールやバスケットボールは欧州を中心とした強豪国の高い壁に跳ね返され、振るわず。競泳も苦しんだ。レスリング女子50キロ級では絶対女王の須崎優衣が初戦で敗れるという波乱もあった。  再びの夢舞台は4年後。勝者も敗者も次の五輪に向け鍛錬の道に戻っていく。ロサンゼルスでの感動を今から期待したい。(編集部・秦正理) ※AERA 2024年8月26日号より抜粋  
パリ五輪
AERA 2024/08/24 07:30
小田凱人さんがAERAの表紙に登場 パラリンピック車いすテニス金メダル候補が魅せるクールな姿/『AERA』8月26日発売
小田凱人さんがAERAの表紙に登場 パラリンピック車いすテニス金メダル候補が魅せるクールな姿/『AERA』8月26日発売
 8月26日発売のAERA9月2日号は、プロ車いすテニスプレーヤーの小田凱人さんが表紙に登場。パラリンピックの開幕を目前に控えた小田さん。真っ赤な背景の中、スーツに身を包みクールに決めた姿は、コート上とはまた違った輝きを放っています。巻頭特集は「人生を支える言葉100」。人生で悩んだり迷ったりしたときにどんな言葉が支えになるのでしょうか。著名人が言葉にまつわる思い出を紹介するほか、スポーツ漫画の金言や根強い支持を集めるカリスマ経営者の名言など、心に響く全100フレーズを掲載しています。注目が集まる自民党総裁選についても取り上げました。ポスト岸田を巡り、候補者乱立の総裁選。その後、裏金問題がうやむやのまま迎える総選挙の泥沼状態についても詳報しています。熱戦が繰り広げられた今年の夏の甲子園は、活躍した選手たちの印象的なシーンを撮り下ろし写真で振り返ります。大好評連載「松下洸平 じゅうにんといろ」は、照明デザイナーの東海林弘靖さんとの明かりをめぐる深いトークが続きます。ほかにもさまざまな企画が詰まった一冊です。   表紙+グラビア:小田凱人 表紙に登場するプロ車いすテニスプレーヤーの小田凱人さんは、パリ・パラリンピックの開幕を8月28日に控えます。18歳で初めて迎える大舞台ですが、本人は「テニスを楽しむ」姿勢を崩しません。前例踏襲を嫌い、常に革新的なことに取り組む小田さんが、パラリンピックの舞台でどんな活躍を見せるのか、期待が高まります。その試合会場は、「前哨戦」といえる4大大会の一つ、全仏オープンで1セットも落とさず連覇を達成した赤土のローランギャロス。堂々の金メダル候補は、どんな飛躍を見せるのでしょうか。その小田さんが、本誌の表紙とグラビアでは、車いすを操りながらクールに決める姿を披露しています。撮影はもちろん蜷川実花。赤土を思わせる真っ赤な背景の中で輝く姿を誌面でご覧ください。 巻頭特集:人生を支える言葉100 生きていると、迷ったりためらったり、常に悩みは尽きません。そんなとき進むべき道を照らしてくれる100の言葉を集めました。巻頭のインタビューでは、ミュージシャン・作家の尾崎世界観さん、“闘う書評家”として知られる豊崎由美さん、7月の東京都知事選に立候補したAIエンジニアの安野貴博さんが登場。人生の転機に指針となったような言葉をそれぞれ紹介しています。「スラムダンク」「ハイキュー!!」「キャプテン翼」「あしたのジョー」など、スポーツ漫画にも珠玉の名言が。記憶に刻みたいセリフの数々を紹介しました。ほかにも、稲盛和夫、松下幸之助、渋沢栄一、スティーブ・ジョブズら、名だたるカリスマ経営者の名言を紹介する企画などもあります。特集のなかから、自分の好きな言葉を見つけてください。 自民党総裁選と「裏金総選挙」 岸田文雄首相が自民党総裁選に出馬しないことを表明し、後継者選びは乱立模様で混沌としています。いったい誰が「ポスト岸田」を担うのでしょうか。また、「顔」だけが変わっても、裏金問題はうやむやなまま、解決しない問題や課題が山積しています。その状況のなか、衆院解散・総選挙に突入することは必至。泥沼化する「岸田後」「裏金総選挙」について、政治ジャーナリストの星浩さんが詳報します。 甲子園Heroes 熱戦が繰り広げられた夏の甲子園。今大会でもたくさんの感動シーンが生まれ、多くのヒーローたちが誕生しました。関東第一、京都国際、大社、広陵、小松大谷など、この大会で活躍したチームの中から、注目の選手たちの劇的なシーンを集めました。この夏の熱狂を閉じ込めた保存版です。 松下洸平×東海林弘靖 大好評連載「松下洸平 じゅうにんといろ」は、照明デザイナーの東海林弘靖さんとの対談、全6回中の5回目。明かりを巡るトークが続く中、松下さんが「夜になると本音をしゃべりたくなるのはどうしてだろう」とつぶやきます。東海林さんの答えはなんだったのでしょうか。あったかい雰囲気が手に取るようにわかる対談と写真をぜひ誌面でご確認ください。 ほかにも、 ・米大統領選 ハリスとトランプの右腕はまるで「北風と太陽」 ・パラリンピック開幕 「五輪を超える衝撃を」 ・不安の感情が流言を広げる 101年前の関東大震災から考える ・【女性×働く】職場にはびこる男性中心ルールにノー ・末澤誠也(Aぇ! group) 「しんどさも、あってよかった」 ・百田夏菜子 この道をゆけば ゲスト・ゆりやんレトリィバァ ・2024パリへの道 小野寺萌恵(陸上車いす女子) ・田内 学 経済のミカタ ・武田砂鉄 今週のわだかまり ・ジェーン・スーの「先日、お目に掛かりまして」 ・現代の肖像 アーティスト・鈴木康広 などの記事を掲載しています。 ※8月26日(月)正午から、公式X(@AERAnetjp)と公式インスタグラム(@aera_net)で、最新号の内容を紹介する「#アエライブ」を行います。ぜひこちらもチェックしてください。 AERA(アエラ)2024年9月2日号 定価:600円(本体545円+税10%) 発売日:2024年8月26日(月曜日)
AERA 2024/08/23 17:14
「コートの上の牛若丸」河村勇輝のNBA挑戦 日本バスケ界を大きく変えるポテンシャル
「コートの上の牛若丸」河村勇輝のNBA挑戦 日本バスケ界を大きく変えるポテンシャル
バスケットボール男子・河村勇輝:男子日本代表の司令塔。パリ五輪出場を目指して大学を中退し、Bリーグの横浜ビー・コルセアーズ入り。今秋には渡米しNBAに挑戦(写真:代表撮影/JMPA)    世界に挑み、激闘を繰り広げたが、惜しくも敗れたバスケットボール男子。司令塔・河村勇輝選手のアメリカでの挑戦が、4年後の躍進の鍵を握る。AERA 2024年8月26日号より。 *  *  *  河村勇輝のプレーを見て、思わず「牛若丸……」とつぶやいてしまった。  河村は身長172センチ。2メートル級の選手がそろうバスケットボールのコート上では、ほとんどの場合、河村がいちばん小さい。しかし、パリ・オリンピックでは、試合に出ている10人の中で最もエキサイティングなプレーを見せた選手ではなかったか。  河村は初戦のドイツ戦こそ11得点にとどまったが、フランス戦は29得点、ブラジル戦では21得点と大車輪の活躍を見せた。  これまでも日本からは、ポイントガードのスターが生まれてきた。秋田・能代工業からアメリカの大学に進み、日本人として初めてNBA選手となった田臥勇太、高校時代からアメリカでプレーし、今大会でも主将を務めた富樫勇樹(3人とも名前に「勇」の字が入っているのは偶然にしては出来すぎている)。  2人も十分にエキサイティングな選手だが、オリンピックでの河村のプレーを見ると次元が違っていると感じた。スリーポイントシュートの正確性だけでなく、小柄ながらもゴール下へと切れ込んでいくスキル、勇気には大きな可能性を感じる。  23歳の河村はこれまで“飛び級”の成長ぶりを見せてきた。福岡第一高時代は全国大会で4度の優勝。高校生のうちにBリーグの三遠(さんえん)に特別指定選手として加入してB1リーグでの史上最年少出場、最年少得点記録を更新した。 2WAY契約できるか  オリンピックが終わってから、河村はNBA、メンフィス・グリズリーズのプレシーズン・キャンプに参加する。ここで安定的な得点力を示せば、シーズン中にNBAとマイナーリーグに相当するGリーグの双方を行き来できる「2WAY契約」に漕ぎつけられる可能性がある。グリズリーズの関係者がどんな評価をするのか、楽しみだ。 バスケットボール男子 トム・ホーバスHC:熱い言葉で直接選手たちに語りかけ、女子日本代表を東京五輪銀メダルに導き、男子も48年ぶりの自力での五輪出場に導いた(写真:代表撮影/JMPA)    河村にとってオリンピックは将来につながる場だけではなく、後悔の舞台ともなった。第2戦、開催国のフランス相手に、残り16秒の段階で日本は4点リードしていた。この時点で勝利の確率は極めて高かったが、相手のスリーポイントシュートに対し河村は痛恨のファウルを犯してしまった。それによってフランスは一挙に4点を挙げ、日本は延長戦の末、敗れてしまう。獅子奮迅の活躍を見せたものの、河村は自らのファウルで金星を挙げるチャンスを逸した。  成功と後悔、フランス戦ではこの相反する要素が河村のプレーのなかに同居した。おそらく、このファウルを彼は一生忘れることはないだろう。しかし、この過失は、「レジリエンス」、強大な反発力となって河村を成長に導くかもしれない。  2024年秋、アメリカに渡る河村の冒険は新しい章を迎える。もちろん、ディフェンス面、そしてプレーメイキングにおける課題もあるが、アメリカでの挑戦はひとりの選手の可能性を広げるだけでなく、日本のティーンエイジャーにも大きな勇気を与えるだろう。小さくとも、世界で活躍できるのだと。  これから始まる河村勇輝の挑戦は、日本のバスケットボール界を大きく変えるポテンシャルを秘めている。(スポーツジャーナリスト・生島淳) ※AERA 2024年8月26日号より抜粋  
パリ五輪
AERA 2024/08/22 10:30
パリ五輪・柔道を振り返る 電子ルーレット「+90」SNSで「出来レース」がトレンドに
秦正理 秦正理
パリ五輪・柔道を振り返る 電子ルーレット「+90」SNSで「出来レース」がトレンドに
阿部詩(右)(写真:東川哲也(朝日新聞出版)/JMPA)    連日の熱戦が繰り広げられたパリ五輪。日本の「お家芸」柔道は、喜びと悲しみが入り交じる結果だった。AERA 2024年8月26日号より。 *  *  *  連日の熱戦で寝不足が続いた人も多かっただろう。7月26日に開幕(一部競技は24日から)したパリ五輪は、8月11日に2週間超の競技日程を終えた。  数多くのドラマが生まれたパリでの悲喜こもごもを振り返ってみたい。  日本の「お家芸」柔道は、まさに歓喜と悲嘆が交錯した。  女子48キロ級の角田夏実は五輪初出場ながら、鮮やかな巴投げを随所で繰り出し、この階級では2004年アテネ五輪での谷亮子以来の金メダル。しかも、パリ五輪での日本勢メダル第1号、夏季五輪での日本勢通算500個目のメダルという快挙のおまけつきだった。  一方で、金メダル最右翼だった女子52キロ級の阿部詩は2回戦でまさかの一本負け。大本命であっても五輪という大舞台で結果を残す難しさを痛感させ、人目もはばからずに大号泣する阿部詩の姿は人々の同情を誘った。 「妹の分まで頑張る」  その後に登場した男子66キロ級の阿部一二三は妹の無念を晴らすべく躍動し、東京五輪に続く五輪2連覇。決勝後のインタビューでは、 「妹の分までやっぱり兄が頑張らないと、っていう気持ちで一日頑張りました」  と語り、頼りになる兄の姿と兄妹愛は感動を呼んだ。  81キロ級の永瀬貴規もまた五輪2連覇を果たし、今大会の日本勢の金メダルは三つ。東京五輪での金9個には及ばなかったものの、個人戦では金、銀、銅と、合わせて七つのメダルを獲得した。 代表戦のドラマ  今大会の柔道のハイライトというべきか、良くも悪くも大きな盛り上がりを見せたのは混合団体だった。個人戦は振るわなかった阿部詩の活躍もあり、順調に勝ち上がり、決勝へ。金メダルを争う相手は地元・フランス。日本の混合団体は世界選手権7連覇中も、前回の東京五輪では決勝でフランスに敗れていた。その相手と再び決勝の舞台で相まみえるという格好のリベンジの舞台だったが、最後にドラマが待っていた。 柔道混合団体決勝(写真:東川哲也(朝日新聞出版)/JMPA)    互いに3勝ずつを挙げ、金メダルの行方は抽選で階級が選ばれる代表戦に。会場に設置された画面に映し出された電子ルーレットは「+90」を示し、会場は熱狂のるつぼとなった。選ばれたのが地元の英雄テディ・リネールだったからだ。フランスにとってあまりにもできすぎた展開に、SNSでは「出来レース」がトレンドワードになった。22歳の斉藤立は果敢に挑んだが、地元の大声援も受けてリネールが一本勝ち。金メダルを賭けたリベンジは持ち越しとなった。テレビ中継で解説を務めたロンドン五輪代表で天理大学監督の穴井隆将さんは、 「そこ(代表戦)で『90超』になるかなあ……なんでそこになるかなあ……」  と本音を吐露したが、多くの国民が同じ思いを抱いたのではないだろうか。(編集部・秦正理) ※AERA 2024年8月26日号より抜粋  
パリ五輪
AERA 2024/08/21 07:30
韓国の20年前の集団性的暴行事件の加害者さらしたユーチューバーの“功罪” 最初は溜飲下げても…
韓国の20年前の集団性的暴行事件の加害者さらしたユーチューバーの“功罪” 最初は溜飲下げても…
写真はイメージです(GettyImages)    韓国では、ユーチューブとSNSにある男性の「告白映像」がアップされ、話題になっている。告白といっても、好きな女性に愛を伝えるといったロマンチックなものではない。暗い背景に硬い顔をしたまま、自分が過去に女子中学生に性的暴行をした一人であることを打ち明ける映像だった。この告白は、単に一人の男が過去の犯罪を“懺悔”したという話ではない。韓国国民を震撼させた大事件にかかわる発言なだけに、さまざまな反応が沸き起こったのだ。  彼は2004年、韓国中を騒然とさせた「密陽女子中学生集団性的暴行事件」の加害者の一人だった。慶尚南道密陽市で同年1月から11月まで、地域の高校の男子生徒44人が近隣地域の女子中学生に性的な暴行をし続けた事件だ。  10年後、この事件を元にした映画が上映され、日本でも「ハン・ゴンジュ 17歳の涙」として公開された。そして韓国では最近、ネットフリックスでも配信され、話題になっている。 10カ月以上呼び出して複数人で性的暴行を続けた  しかし20年後の今、なぜこの事件が再燃しているのだろうか。  まずは「密陽女子中学生集団性的暴行事件」の概略について。  03年6月、被害者の女子中学生が間違い電話で会話したことが発端となった。その番号の相手は、のちに容疑者となる男子生徒の一人だった。彼は女子中学生に「いつか一度会おう」と誘う。半年後、彼は女子中学生を密陽市に呼び出す。  男子生徒は、密陽市でも悪名高い暴力サークル「密陽連合」のメンバーだった。彼は女子中学生を鈍器で殴ったあと、密陽連合の友人らと一緒に性的な暴行を加えた。その状況をビデオカメラで撮影して女子中学生を脅迫し、10カ月以上呼び出して暴行を続けた。暴行に加わる連合のメンバーは増え、被害を受けた女子中学生の姉まで呼び出し、性的暴行をした。  04年11月、被害者の女子中学生の叔母が彼女の行動に不審を抱き、警察にこれを通報すると、翌12月に容疑者らが逮捕された。集団レイプに加わった密陽連合のメンバーだけで44人もいた。犯行を助けたメンバーとその恋人たちは75人に達した。そして、複数の女子が被害に遭っていたこともわかった。  しかしその後、事件は思わぬ展開をみせる。密陽の警察署所属の刑事らは、 「私は密陽が故郷だが、あなたたちは密陽出身でもないのに、なぜここに来て密陽の雰囲気を乱すのか」「お前たちが男を先に誘惑したのではないか」「男子生徒たちは将来密陽を導く人たちだ」  などと驚くような発言をしたというのだ。 息子への「寛大な処罰」を求める容疑者の親たち  密陽性暴力相談所が2005年、密陽市の地域住民約650人を対象にアンケートを実施した。「事件の責任は女性にあるのか」という質問に「そうだ」と答えた割合が64%に達した。  容疑者の親たちは、息子への「寛大な処罰」を求め、被害者を直接訪ねて「処罰不願書」の作成を促した。学校まで訪ねていったという。親のなかには、女子中学生の両親に、「娘をきちんと教育していたら、こんなことはなかった」「女に誘惑されて惑わされない男はいない」などと言ったという。  被害者たちは彼らの示談の要求に勝てず、わずか5000万ウォン(約470万円/当時)で処罰不願書を作成した。10人が起訴されたが、他は少年院に入ったり、示談やボランティア活動で終わったりして、刑事処罰を受けずに事件はその後、収束していった。  しかし韓国の国民は事件を忘れていなかった。ユーチューブのチャンネル登録者数が627万人という韓国の料理研究家が、22年の夏に密陽市のクッパ店の映像を流した。すると、今年6月1日、「奈落保管所」というユーチューブチャンネルが、この映像に出てくる店員について、「密陽集団性的暴行事件の犯人側のリーダー」と名指しする映像を配信した。その「犯人」が1986年生まれであり、すでに結婚していて娘がいることも暴露した。 【あわせて読みたい】 下半身不随となったアイドル「猪狩ともか」がSNSの誹謗中傷を“ブロック”しない理由 「(相手に)いい思いをしてほしくない」 https://dot.asahi.com/articles/-/230964?page=1  一方、その男は自身のSNSに「娘にとっていちばん頼もしい父親になる」と書くなど、娘への愛情を示していた。すると多くの人々が彼のSNSに「自分の娘は大事なのに他人の娘は大事ではないのか」などと批判し、男が働くクッパ店に抗議電話が殺到した。店主は彼を解雇したという。  騒動はこれで収まらなかった。ユーチューバーたちは競うように当時の加害者たちの現在の顔と職場、家族関係、SNSアカウントを暴露する。かつての加害者たちは、外国車ディーラー、公務員などになり、有名企業に勤める人もいた。裕福に暮らす人も少なくなかった。しかしユーチューバーによって顔が公開されると、多くが解雇され、家族関係は破綻していった。加害者らの子どもたちが学校で被害に遭うこともあった。  韓国ではネットフリックスの「ハン・ゴンジュ 17歳の涙」の影響で、もともとこの事件をよく知らなかった10代と20代の若者も事件を知ることとなり、SNSで処罰を受けていない加害者に対する「私的な処罰」を要求する声が高まった。 何事もなかったように生きている加害者を断罪  ユーチューバーたちに加害者たちの身元を伝えたのは、彼らの過去を知っている同じ地域出身の知人たちであると推定される。公開されたユーチューブ映像には、加害者の昔の写真や同級生や知人でなくては知りえない内容が含まれていた。いま加害者が勤める職場情報や近況も詳しかった。暴露は8月に入っても止まっていない。  事件に関与した男たちは、暴露されるよりも先にユーチューブ映像に顔を公開し、反省と謝罪の意を込めた「告白」をアップする動きが出てきた。これが冒頭で述べた告白映像だ。  被害に遭ったかつての女子中学生の傷は消えないのに、加害者は何事もなかったかのように生きている。これに対し、遅ればせながら社会が彼らを断罪する、という構図に多くの人々が歓呼している。  だが、「ユーチューバーたちが事件を利用している」と指摘する声もある。  検事出身で、現在、刑事事件を専門に扱う弁護士のP氏(58)はこう話す。 【こちらもおすすめ】 「誹謗中傷の言葉がチクチク刺さっていた」 元体操選手・村上茉愛が明かす、東京五輪での涙のワケ https://dot.asahi.com/articles/-/231341?page=1 「私もその残念な事件をよく覚えている。被害者の女性の家族は亡くなり、トラウマのせいで病気になった人もいたようだ。男子生徒たちは法では処罰を受けなかったから、私的な“裁判”で罰を受けているということは個人的にはすっきりする。しかし、彼らの顔と個人情報を暴露したことは法律的には問題だ。ユーチューバーたちは自らが裁判官であるかのように勘違いしているのではないか。もしくは再生回数を増やすためにやっているのではないか」  事件の加害者らの一部は、暴露したユーチューバーたちを名誉毀損の疑いで告訴した。そして7月23日、その捜査に動きがあったことを韓国の三大新聞の一つ、東亜日報が報じている。 ユーチューブの運営者らを在宅起訴  報道によると、慶南警察庁が同月22日、ユーチューブチャンネルの運営者(38)やブロガーら計8人を在宅起訴したと明らかにした。8人は、事件被害者たちの同意なしに、今年6月から自分たちのユーチューブチャンネルとブログなどに、事件の加害者の実名と写真などの個人情報を投稿した疑いがもたれている。  事件の被害者が公開を望まない私生活などが知らされる二次被害に遭ったり、加害者ではないのに加害者と名指しされたりした例もあった。また、送検された8人のなかには、加害者の身元を先に公開した「奈落保管所」の運営者は含まれていなかったという。  知人のIさん(50)はこの事件について、 「ユーチューバーたちは、被害者の女性たちが再び取りざたされることを考えていないのではないでしょうか。自分たちの金儲けのためにやっているようにも見えます。被害者をまた苦しめることにつながりかねないです」  と話した。韓国の多くの人たちが心を痛めるのは、Iさんが語るように、「被害者は加害者とユーチューバーたちによって2回目の被害に遭っている」ということだ。加害者はもちろん、ユーチューバーを擁護する雰囲気はもうない。 ノ・ミンハ(現地ジャーナリスト)  
韓国 集団性的暴行事件誹謗中傷「ハン・ゴンジュ 17歳の涙」
dot. 2024/08/20 16:00
学ぶことは、「妻」「母親」という役割から離れて「私」を形作る手段 「女子大生の日」かがみよかがみコラボ企画・入賞作
学ぶことは、「妻」「母親」という役割から離れて「私」を形作る手段 「女子大生の日」かがみよかがみコラボ企画・入賞作
     Z世代の女性向けエッセイ投稿サイト「かがみよかがみ(https://mirror.asahi.com/)」と「AERA dot.」とのコラボ企画は、今月21日の「女子大生の日」にあわせた第4弾。「わたしの『学び』の先には」をテーマに、エッセイを募集しました。多くの投稿をいただき、ありがとうございました。  投稿作品の中から選ばれた入賞作を、「AERA dot.」と「かがみよかがみ」で紹介します。記事の最後には、鎌田倫子編集長の講評も掲載しています。今企画での大賞作品は、8月21日に発表します。  ぜひご覧ください! 「女子大生の日」とは… 「女子大生の日」は1913(大正2)年の8月21日、東北帝国大学(現・東北大学)が理学部の前身である理科大学の入学試験に合格した女性3人の名前を発表した(日本の大学で初めて女性の入学試験合格を官報に告示した)出来事をきっかけに制定された記念日です。   【あわせて読みたい 「女子大生の日」とは…】 留学前に「一生独身」の密約、日本初の“女子大生”3人が歩んだ壮絶人生 寅子の20年前にあった本当の話(かがみよかがみ) *   *   * 「何のために、今、その大学院を受験したいと思うの?」 そう、夫に問いかけられた。   ◎          ◎  悔しかった。同時に「さすが私の夫」だと思った。 彼はいつも私の本心を見抜いてくる。 疑問を投げかけてくる姿勢を見て、「この人とだったら、ずっと成長できる気がする」と思って結婚した。 「成長できると思ったから」 そんな私の結婚の決め手を、彼は「それ、転職理由みたいだから」と笑い飛ばす。 25歳で新婚。 社会人4年目で、転職して約半年。 経営学の社会人大学院の説明会に行き、「出願9月」と書かれたパンフレットを見つめ、「受験するなら今年しかないよね」とつぶやく私に、「何のために学ぶの?」と問いかける夫。   ◎          ◎  経営学は、正直、私が本当に学びたかったことではない。 私は、大学卒業後、海外の大学院に進学するつもりで、語学試験も最上位の級まで合格し、準備を進めていた。 当時交際していた外国人の婚約者と結婚して、海外の大学院で学ぶつもりだった。 だけれど、新型コロナウイルス感染症が予期せぬ形で私のライフプランを邪魔してきた。 大学を卒業しても、いつ海外に行けるかわからない。 そんな状況下で、私は進学を諦め、就職し、その婚約者ともいつの間にか別れてしまった。 3年間の遠距離恋愛が終わった。 「学問として好き」とは一味違う、「仕事として好き」を追い求めて、キャリアを積んできたつもりだった。 だけれど、私は「修士号」が欲しかった。アカデミアの世界で仕事がしたかった。 結婚するときに、私が苗字を変えず、夫が苗字を変えたことも、私が大学院に固執することに、少なからず影響がある気がする。 せっかく残った私の苗字を生かさないといけないという責任感を感じてしまう。 夫は「かおりんの苗字の方がかっこいいから」という何とも簡単であっさりした理由で苗字を変えたのだから、私が悩む必要はないと分かっていても考えてしまう。 私が、大学院で学ぶことを焦ってしまう理由を考えてみた。   ◎          ◎  未婚で独身の頃は、私が20代前半ということもあって、子どものテーマを振られることはほとんどなかった。 結婚せずに子どもを産む人が少数派である日本では、やはり「出産」の前に、「結婚」があり、「まずは結婚でしょ」という雰囲気を感じていた。 結婚したら、私の次のステップは「妊娠」だと気付かされた。 「子ども」というテーマがいつも付きまとわってくる。 結婚式の招待状を送ったら、家族ぐるみで仲良くしている、夫の友人から、「子どもが生まれるまでの、2人だけの時間は貴重だから、楽しんでね」という返信が届き、もやもやした。 子どもは生まれる前提なのだと。 私は子どもを産まなければならないと。 彼との子どもはかわいいだろうなと思う瞬間もある。 だけれど、出生前診断でもすべての発達障害を調べきることはできないと最近知り、子どもを産むことが怖くなった。 「もやもや」がたまりすぎて、毎晩ただひたすら泣いていた日々があった。 なぜ私が泣いているのか、自分でさえわからなくて、「結婚して、好きな人と暮らして幸せなはずなのに、毎日が嫌になる」と夫を困らせていた。 結婚したかったのは夫だ。「25歳で結婚して、30歳でお父さんになりたい」という夢があったらしい。 私は結婚に憧れがない人で、結婚式さえやらなくてもいいと思っていた。 ウエディングドレスを着て、スタジオで前撮りを撮れば満足だった。 「結婚しなければよかった?」と聞かれて、即答で「ううん」と答えられなかった自分を責めた。   ◎          ◎  ある日、腹を割って話しあってみた。 彼の言う「かおりんがやりたいことをして、好きな人生を歩んだらいい」「子どもは後でいい」というのは本当だった。 私は25歳。彼は私よりも3歳年上で、もし「30歳で父親になりたい」が絶対なのなら、私にはあと2年しか自由時間がないと思い込んでいた。 あと2~3年しか時間がないのだから、「身軽なうちにやりたいことを叶えなきゃ、大学院に行くなら今だ」と自分を追い込んでいた。 「若いうちに結婚したんだから、若いうちに産んだ方が後が楽よ~」という周りからの重圧。 夫をいつかお父さんにしてあげたいという気持ち。 まだ「母親」になりたいと思えない自分の正直な気持ち。 仮に、将来の30歳の私が「大学院で学んだことを生かして、さらに転職してキャリアアップしたからまだまだ働きたい。今は産むタイミングじゃない」と言ったとしても、夫は私を責めたりしないと約束してくれた。   ◎          ◎  私にとって、学ぶことは、「妻」「母親」という役割から離れて、「私」を形作る手段なのだと思う。 子どもが生まれたり、親の介護が必要になったら、仕事をある程度妥協する時期が来るのかもしれない。 それでも、大学院の学びだけは、周りの様々な要因に左右されないものだと信じて、とりあえず、大学院出願に必要な、卒業証明書と成績証明書の発行を手配した。 手数料や送料を含めると1300円。 「1300円も支払っちゃったから、もうやるしかない」と意気込む。1300円なんて、ただのランチ代だけれど。 転職、引越し、結婚が数ヶ月間の間に立て続けに起き、これから結婚式準備だってあるけれど、多分私はやってのける気がする。まずは出願してみようと思う。     【著者プロフィール】 かおりん 儚いという日本語がすき。東京生まれ東京育ちのシティガール。   「AERA dot.」鎌田倫子編集長から  いつ産むのか。キャリアとライフイベントは女性にとって大きなテーマです。  ハッキリ言って、全員に同じ「正解」はないでしょう。モヤモヤし、答えがでないまま、人生はすすんでいるさまを潔く文章にしたところに好感が持てました。  言葉にすることで一歩が踏み出せるかもしれません。それもエッセーの可能性ですね。     「わたしの『学び』の先には」への他の投稿エッセイはこちら! (https://mirror.asahi.com/features/manabinosakiniha/)    
かがみよかがみエッセイコラボ企画
dot. 2024/08/19 07:01
まるで実験ノートのような育児記録。研究に邁進した過去の自分と今のつながり 「女子大生の日」かがみよかがみコラボ企画・入賞作
まるで実験ノートのような育児記録。研究に邁進した過去の自分と今のつながり 「女子大生の日」かがみよかがみコラボ企画・入賞作
   Z世代の女性向けエッセイ投稿サイト「かがみよかがみ(https://mirror.asahi.com/)」と「AERA dot.」とのコラボ企画は、今月21日の「女子大生の日」にあわせた第4弾。「わたしの『学び』の先には」をテーマに、エッセイを募集しました。多くの投稿をいただき、ありがとうございました。  投稿作品の中から選ばれた入賞作を、「AERA dot.」と「かがみよかがみ」で紹介します。記事の最後には、鎌田倫子編集長の講評も掲載しています。今企画での大賞作品は、8月21日に発表します。  ぜひご覧ください!   「女子大生の日」とは… 「女子大生の日」は1913(大正2)年の8月21日、東北帝国大学(現・東北大学)が理学部の前身である理科大学の入学試験に合格した女性3人の名前を発表した(日本の大学で初めて女性の入学試験合格を官報に告示した)出来事をきっかけに制定された記念日です。   【あわせて読みたい 「女子大生の日」とは…】 留学前に「一生独身」の密約、日本初の“女子大生”3人が歩んだ壮絶人生 寅子の20年前にあった本当の話(かがみよかがみ) *   *   * 博士号取得後に任期制の職に就いた研究者を博士研究員、通称ポスドクと呼ぶ。 わたしはそのポスドク経験者だ。しかし、無我夢中で学んだ先に、輝かしい研究者人生が待っていたわけではなかった。   ◎          ◎ なんとなく憧れたからという理由で、大学進学の際に理学部を選んだ。受験で有機化学が得意になり、大学でも専攻したいと思ったが、授業についていけず早々に挫折した。一年生の成績表は散々だった。このままでは卒業どころか、いずれ進級もできなくなる。そんなわたしを救ったのは、高校で履修選択しなかった生物学だった。 不思議なことに、二年生でほぼゼロから学び始めたこの分野に、文字通りのめり込んでいった。論文を書き、博士号を取得したのは28歳のときだ。 博士課程は刺激的なものだった。研究を通して多くの教訓を得た。すばらしい人たちと出会った。だが、自分の成長が、思い描く研究者像と程遠くもどかしかった。   ◎          ◎ 30歳のとき、会社員の夫が米国への海外赴任を申し渡される。ポスドクだったわたしの研究は、論文発表できる段階になく、まだ道半ば。正確には難局に直面していた。さらに、夫とわたしは別の問題も抱えていた。互いに多忙だったせいか、長く子どもを授かれずにいたのだ。海をまたいでの別居は、家族計画のさらなる遅滞を意味していた。 帯同するのか日本に残るのか。迷ったあげく、渡米を決めた。そのため、退職までの短期間で苦境を脱すべく、死に物狂いで実験した。トンネルを抜け出たと分かったときは、顕微鏡の前で手が震えるほど興奮した。 引き継いでくれた研究者や多くの人の尽力で、数年後、この研究がすばらしい成果となって世に出てくれたことには感謝が尽きない。 わたし自身も米国で新しく所属先を見つけて研究者を続け…となれば理想的だっただろう。しかし、現実には専業主婦になることを選んだ。今振り返ると、妊活に専念すると自分に言い聞かせながら、その実、必死に探しても行き先が見つからないかもしれない恐怖に負けたのだと思う。こうしてわたしの研究者人生は幕を閉じた。   ◎          ◎ 反面、米国での暮らしはとても新鮮だった。研究発表で鍛えた程度の下手な英会話でも、度胸だけで案外通じた。語学学校で出会ったいろんな国籍の人が、元ポスドクだと言うと“Amazing!”と目を輝かせてくれた。初めての育児で必死に書き留めた授乳や寝かしつけの記録が、「研究者の実験ノートそのもの」と夫を驚かせた。研究に邁進した過去の自分は遠く小さな点となってしまったが、いつも細い線でつながっているように感じた。 本帰国はコロナ禍只中の2021年だった。話を聞かされたとき、再就職の意欲が湧いたと同時に、強烈な不安に襲われた。子育てと両立できるのか。自分を雇ってくれる場所はあるのか。居ても立っても居られなくなり、帰国を待たずに動き出した。 夫と相談して新居を決め、近くの認可外保育園にメールで事情を説明して、空きを確保してもらった。職も、畑違いにもかかわらずIT企業に在宅勤務の社員として拾ってもらえた。コロナ禍で浸透したリモートワークやWEB面接がなければ、ここまで積極的に職探しできたか分からない。今思い返しても、本当に運と縁に恵まれていたと思う。 30代を折り返してから、育児の傍ら翻訳を始めた。在米中にその面白さを知り、本格的に従事すべく目下奮闘中である。コロナ禍や働き方改革によって、社会は大きく変容している。これからもその流れの中で、生き方を模索し続けたい。   ◎          ◎ 夢は花のようなものだと思う。生涯同じ花が美しく咲き続けてくれれば幸せだろう。でも、たとえ枯れても別の種が芽吹きを待っているかもしれない。わたしは今も、自分の中の新しい芽を育てている。その芽が、これまでのあらゆる「学び」の先で、大輪の花を咲かせることを期待して。     【著者プロフィール】 たまき なみ 海沿いの街に暮らすインドア派。中高は女子校で自由にのびのび育つ。新婚旅行で訪れたイタリア・ベネチアにいつか移住したいと妄想している。趣味は海外の料理番組を見ること。   「AERA dot.」鎌田倫子編集長から  この先どうなるのだろうと思わせる筆の運びは秀逸でした。  でも、なにより響いたのは、過去を否定もせず、記憶の都合のいい書き換えもせず、経験を消化しているところです。それを言葉で表したタイトルにもセンスを感じました。     「わたしの『学び』の先には」への他の投稿エッセイはこちら! (https://mirror.asahi.com/features/manabinosakiniha/)  
かがみよかがみエッセイコラボ企画
dot. 2024/08/19 07:00
ギャル曽根が考える子どもたちとSNSの距離感 「LINEは早くても小6」というワケは?
ギャル曽根が考える子どもたちとSNSの距離感 「LINEは早くても小6」というワケは?
撮影/上田泰世(写真映像部) ヘアメイク/星野智子 スタイリング/akane  よく食べ、よく笑い、ハッピーオーラ全開のギャル曽根さん。家庭では小6の長男、小3の長女、そして0歳の次女の3児のママでもあります。SNS全盛の時代ですが、「人と人とのリアルなかかわりを大切にしている」と言います。子どもたちとSNS、どんな距離感でおつきあいしているのでしょうか。 小学生はキッズ携帯。LINEはまだ始めていません  子どもとSNSの問題……悩ましいですね。  たとえばLINEはいつごろから子どもに使わせるのか、家庭によって考え方が分かれると思います。なので、あくまでわが家のこととしてお話しますね。  わが家の場合、小6の長男も小3の長女も、通信機器はキッズ携帯だけです。仲良しの子もまだLINEを使っていないので、うちもまだ使わなくていいかなという感じです。 お友だちとの連絡は、ママどうしが代理でLINEをやり取りしています。あとは学校で約束したり、電話をかけたり。  キッズ携帯は友だちも持っているので、待ち合わせ場所で会えないという場合は直接電話しているみたい。いまのところ、それで困ってはいないようです。  女子はLINEを始めるのが早いと聞きました。でもわが家では、早くても小6。できれば中学生くらいまで遅らせたいなぁというのが本音です。  なぜかというと、やっぱり心配なんです。私のまわりでは何にも起きてはいませんが、LINEで誰かを仲間外れにしたり、自分だけブロックされたりするトラブルもあると聞きます。そんなのツラすぎる。だったら物事の分別がある程度つくまでは、やらないほうがいいのではないかと思うんです。  中学生くらいになったら、多少は自己コントロールができるようになるのかなと思うのですが、実際のところはまだわかりません。 スマホは「親に見られて困る使い方はしない」が大前提  子どもがスマホを持つようになったら、夫や私もパスワードを聞いておくつもりです。親に見られて困るような使い方はしないでほしいから。  大人であればプライバシーの問題などがあるでしょう。でも子どもはまだ親が守るべき存在です。自転車の乗り方を教えるように、包丁の使い方を見守るように、「もうこの子は大丈夫だ」と思えるまで、スマホの使い方にも目を光らせていたいんです。  スマホは私が子どもの頃には世の中になかった機械だから、大人だって正しい判断ができるわけではありません。かたや、子どもたちはデジタルネイティブ世代。子どもの方がわかっていることもきっとあるのだろう、とも思います。  月並みだけれど、一つ一つ話し合っていくしかないなぁって私は思うんです。子どもがどうしたいのかを聞いて、大人が心配していることも伝えて、両方の意見をすり合わせていく……それがきっと、わが家に合っている方法じゃないかな。SNSに限らず、なんでもそうやって話し合ってきたので、きっとこれからもそうしていくと思います。  LINEがすごく便利なのは、私にもよくわかります。ママ友との情報交換には欠かせません。子どもどうしがLINEのやり取りをするようになっても、ママどうしの情報交換は続けていきたいなって思うんです。もし何かトラブルがあったときに、親同士で事実確認して、早めに対応できるようにするためです。 YouTubeは「1日1時間」の約束です  スマホは使っていませんが、子どもたちは家でタブレット端末を使っています。それでイラストを描いたり、調べものをしたり、YouTubeをみたりと活用しています。息子はYouTubeでゲーム解説などをチェックしているみたいです。  もちろんフィルターをかけた状態ですし、ゲームなどと同じで「1日1時間」「宿題などを終わらせたあとに」がわが家のお約束です。  長男はインスタグラムのアプリをダウンロードして、たまに見ているみたいです。このまえ何を見ているのかな?と思ってのぞいてみたら、私のインスタでした(笑)。  学校、宿題、習い事、友だちと遊ぶこと……そんな「リアル」だけでも手一杯なのかな、と思っています。 夏にぴったり!ギャル曽根さん家のそうめん(提供)  長男も来年は中学生なので、さまざまなSNSとかかわるようになるかもしれません。それでも「ママやパパは履歴を見るからね」「友だちとのやり取りも、何かあれば確認させてもらうよ」と伝えて、いっしょにつきあい方を考えていきたいと思っているのです。 本日もおいしく! ギャル曽根のワンポイントアドバイス ★ぶんぶんチョッパーで山形だし 山形の「だし」が大好きなんです。夏野菜と香味野菜を細かく刻んで、しょうゆなどであえたもの。以前山形に行ったときに食べて感動して以来、わが家の夏の定番メニューです。ところで、「ぶんぶんチョッパー」っていうみじん切り器、知っていますか? これさえあればめちゃくちゃ簡単。なす、きゅうり、オクラ、みょうが、しょうが、めかぶ、めんつゆを入れて、ぶんぶんすれば完成です。私は30分ほど冷やして、ごはんにかけて「いただきます!」。 (構成/神 素子) 〇ギャル曽根/1985年京都府生まれ。11歳の長男、8歳の長女、0歳の次女の母。2005年「元祖!大食い王決定戦」でデビューし、おおらかな食べっぷりで人気を博す。タレントとして活躍する一方、「食のプロ」としてレシピ本の出版などをおこなう。調理師免許や野菜ソムリエの資格をもつ。公式YouTubeチャンネル「ごはんは残さず食べましょう」
ギャル曽根子育てレシピ
AERA with Kids+ 2024/08/15 11:00
アデル、【パリ・オリンピック2024】で話題となったブレイキン女子について「とてもとても楽しかった」と語る
アデル、【パリ・オリンピック2024】で話題となったブレイキン女子について「とてもとても楽しかった」と語る
アデル、【パリ・オリンピック2024】で話題となったブレイキン女子について「とてもとても楽しかった」と語る  時には、スーパースターも私たちと同じようなことを感じる。アデルが先週末に【パリ・オリンピック2024】の最新競技であるブレイキンを楽しむ姿がその一例だ。現地時間8月9日に行われた女子予選の初開催に向けて、ブレイクダンスのオリンピック・デビューへの期待が非常に高まっていた。 そして、期待を裏切らず、世界中から集まったダンサーが、このアメリカ発祥のスポーツがトップロッキング、パワームーブ、フットワーク、フリーズなどの要素に基づいて評価される価値があることを証明した。機敏なオランダの選手インディアや、俊足の銅メダリスト671、そして日本の圧巻の金メダリストAMIをはじめ、選手たちは審査員からの称賛を集めた。しかし、その中でも特に際立っていた選手がいた。 現地時間8月10日、アデルが独ミュンヘンで行われた公演の曲間に「何も言うつもりはないですけど、オリンピックの歴史の中で一番の出来事だと思います。ブレイキンに出場した女子選手を見た人います?」と友人たちと前夜からずっと話していたことを観客に明かすと、会場は大きな笑い声に包まれた。 アデルは、ブレイキンが【パリ・オリンピック2024】で初めて競技として採用されたことを知らなかったと説明し、“本当に素晴らしい”ことだと評した。その後、彼女はバンド・メンバーに観戦したかどうか尋ね、あるミュージシャンが、Raygunこと36歳のオーストラリア人教師、レイチェル・ガンのパフォーマンスを思い出すと“笑いが止まらない”と明かした。ガンは、その独特のスタイルで多くの人々の心を掴み、数多くのミームを生み出した。 点数がゼロだったものの、だらりとした非伝統的な動きで多くの注目を集めたガンについて、アデルは、「あれがジョークだったのかどうか分かりませんけど、とにかく見ていてとてもとても楽しかったですし、私も友達も24時間ずっと笑いっぱなしでした。皆さんも見たかどうか知りたかったんです。もしまだ見ていなければ、今すぐ会場を出てグーグルで検索してください。めちゃくちゃ笑えます!!! 本当にすっごく面白いです。とにかく、これがオリンピックで起こった一番好きなことです」と話した。 アデルがドイツの特設会場で行っている公演で【パリ・オリンピック2024】に注目したのはこれが初めてではない。先週、彼女は陸上女子100メートル決勝を観るために公演を一時中止し、75,000人のファンに向けてその11秒のレースを大画面で放映した。特設の“アデル・アリーナ”で10夜連続で行っている公演の最中の出来事だった。 カンガルーのような振り付けや「クロネコヤマト」の配達員に似ている衣装を嘲笑する声もあったが、20歳でこのスポーツを始め、昨年に【ブレイキン オセアニア選手権】を優勝したガンは、自身のパフォーマンスがジョークではないと記者に語った。 米NBCによると、カルチャー・スタディーズの博士号を持ち、ブレイキンやヒップホップ文化を研究しているガンは「他の選手が得意とするダイナミックな動きやパワームーブで勝つつもりはありませんでした。だからこそ、異なる動きで、アーティスティックでクリエイティブな表現をしたかったのです。国際的な舞台でそれをするチャンスは一生に何回もあるわけではないからです」と記者に述べた。
billboardnews 2024/08/13 18:09
「おねしょする5歳」に「あばれる小6」子どもたちのリアルな苦しみ描く、ふたりの新人作家が生み出す“新時代”の空気
せやま南天 せやま南天 潮井エムコ 潮井エムコ
「おねしょする5歳」に「あばれる小6」子どもたちのリアルな苦しみ描く、ふたりの新人作家が生み出す“新時代”の空気
潮井エムコ『置かれた場所であばれたい』(右)、せやま南天『クリームイエローの海と春キャベツのある家』(撮影/佐藤創紀) >>対談中編「『誰にも奪えない』『自分にしか書けない』自分だけの言葉を大切にした新人作家ふたりの眼差し」よりつづく  子どもはいきいきしていて明るいだけではない。ときにストレスで「気持ちとからだが別」になってしまうこともある。  今年デビュー作を上梓したふたりの新人作家が、そんな子どもたちの姿をリアルに書き上げた。  ひとりは潮井エムコさん。初めて書いた高校時代の思い出についてのエッセイをウェブ上のメディアプラットフォーム「note」にアップしたところ、SNSで拡散され、累計30万を超える「いいね」を獲得。今年1月に初のエッセイ集、『置かれた場所であばれたい』(以下、『置かあば』)を刊行した。  本作は、生卵を育てさせる先生、元スパイの祖母、娘を山に放り投げる母など、人間模様を描く、おもしろくも時折胸をきゅっと締め付けられるようなエッセイ集。とくに折り合いの悪かった母とのエピソードが続く幼い頃の思い出は、ありありとした心情描写が光っている。  そしてもうひとり。せやま南天さんは、仕事と育児を経験し、「家事」というものと向き合うなかで着想を得て、小説『クリームイエローの海と春キャベツのある家』(以下、『クリキャベ』)を執筆。noteが主催する創作大賞2023で朝日新聞出版賞を受賞した。  仕事で挫折を味わい、家事代行で働き始めた主人公・永井津麦と、津麦の勤務先の、5人の子どもを育てるシングルファーザー・織野朔也一家。津麦と朔也、そしてその家族、それぞれが抱える問題が浮き彫りになる――。登場人物の丁寧な描写も評価された作品である。  潮井さんのエッセイでは、幼い頃の潮井さん自身や友人たち。せやまさんの小説では、母を失った織野家の5人の子どもたち。作中の子どもたちの姿からは、「良い子」の枠にはめられる息苦しさと、その枠を押し破ろうとするエネルギーが感じられる。「子どもを一個の人格として尊重すること」について、作者が語り合った。 (左)せやま南天さん/(右)潮井エムコさん *  *  * ふたりのコンプレックス せやま南天(以下、せやま):私は昔、システムエンジニアとして働いていた頃に、上司から「せやまさんはいつも最短ルートばかり通ってるね。もっと寄り道してもいいんだよ」と言われたことがあって。真面目すぎることがちょっとコンプレックスなんです。 潮井エムコ『置かれた場所であばれたい』(朝日新聞出版)>>書籍の詳細はこちら 『置かあば』を読むと、潮井さんは本当に、くだらないと言うと失礼かもしれないですけど、日々のちょっとしたことを楽しんでいますよね。盛れる機能のあるプリクラで、鼻の穴にまつ毛を生やそうとするとか(笑)。  そういう、年を取っても思い出して笑えるような、忘れられないエピソードって、どうやったらできるんだろうって。くだらないことを楽しむコツやマインドのようなものがあるなら、聞きたかったんです。 潮井エムコ(以下、潮井):私は小さい頃から、親に「ちゃんとした人になってほしい」と思われていて、ずっとそれに反発していたんです。その反骨精神のたまものと言いますか、「ばかじゃないの」と言わせたら勝ち、みたいな。そんなマインドでいたのかなと思います。 <友人が雷に打たれたかのように何かを閃き、真剣に私に語った。要約するとこうである。 「プリクラが目を感知してまつげを生やしてくれるなら、鼻の穴を目と勘違いするように撮影したら、鼻の穴にもまつげを生やすことができるのではないか」  突拍子もない彼女の発言に驚きを隠せなかったが、私はすぐに返事をした。 「やろう」  文明の利器を欺く女子高生の戦いが今、始まった。>(『置かれた場所であばれたい』より) せやま:へええ。 潮井:親の思いどおりに育って、「こんないい子に育てたのは私です」みたいに思われたくなくて。親の考えているレールの外の世界の良さを、私なりに証明したかったんですよね。あなたがどんなに厳しく私のことを管理しても(「母の教育方針」)、思ったとおりにはならないよ、と。くだらないことに一生懸命になっていたのは、そういうところがルーツかなと思います。  あとは、純粋におもしろいからなんですけど。勉強がとにかく好きじゃなくて、ひどい10代を過ごしてしまいました(笑)。ずっと反抗期なんです。 ──せやまさんは、反抗期はなかったですか? せやま:父親に対しては少しあったかもしれないけど、母親にはあまりなかったですね。真面目な子でした。だからか、おもしろいことをする人にあこがれとコンプレックスがあります(笑)。 公園のベンチで談笑している2冊(撮影/佐藤創紀) 潮井:あこがれ……恥ずかしい(笑)。反抗期がなかったのは、お母さまといい関係を築かれていたからですか? せやま:いい関係だったかどうかわかりませんが、口をきかないとかけんかしたとか、そういうことはあんまりなかったかな。 潮井:私は逆に、仲のいい家族にコンプレックスがあります。友だちから「ママとごはんを食べに行く」とか、「ママとパパとショッピングに行く」とかって聞くと、それを楽しいイベントとして捉えていることに衝撃を受けるというか。  友だちが家族との時間を心から楽しんでいるのが羨ましかったです。自分の作った家族は、そんな風になれたらいいなと思っています。 小さいというだけで軽んじられてしまう子どもたちの代弁者になりたくて せやま:そんな幼少期をすごされた潮井さんが、幼稚園の先生になった理由を聞いてもいいですか? 私が思うのは、子ども時代にそういう思いをすると、育てる側に行きたいと思えないこともあるんじゃないかなと。 潮井:そうですね……どうだったかな。 せやま:でも子どもは好きだった、ということでしょうか。 潮井:確かに、私は末っ子で、周りにも自分より年下の人がいなかったからか、小さい子が大好きで、お世話をするのもすごく好きでした。  あと、これはエッセイにも書いている私自身の幼少期の経験にも通じるのですが、子どもだからというだけで軽んじたり、主張を聞かなかったりする人もいるじゃないですか。でも、子どもは経験が少なかったりするだけで、もう既にひとりの人間なんですよね。 せやま:わかります。 潮井:どんなにちっちゃい赤ちゃんでも人間で、だから感情もあるし、考えもある。短大で保育士の資格や幼稚園教諭の免許を取ったのは、「そういう小さいというだけで軽んじられてしまう子どもたちの代弁者になれたらいいな」と思ったのはあります。  私は、勉強は教えられないけど、楽しいことなら一緒にできる。詰め込み教育じゃなくて、楽しく一緒に経験するということが、自分だったらできるかなと思って。 せやま南天『クリームイエローの海と春キャベツのある家』(朝日新聞出版)>>書籍の詳細はこちら せやま:潮井さんが先生だったら一緒に楽しく遊んでくれそうな気がします。 潮井:できていたかどうかはわからないですけど、そういう気持ちはずっと持っていました。どんなことでも、子どもたちが楽しんでいなければ、私のエゴになってしまう。私が思いどおりにさせている状態になったら、子どもたちは全然おもしろくなくなってしまうので。  子どもたちが「おもしろい!」と夢中になっている時って、自分でいろいろ考えて行動している時なんです。子どもたちが楽しそうにしている姿を見た時は、いい仕事だなあという気持ちになりました。 せやま:すてきですね。 「うわー、難しいな、人生!」 潮井:『クリキャベ』にも、織野家の5人の子どもたちが出てきますけど、(シングルファーザーの)朔也が、仕事と家事を全部一人でやろうとしていっぱいいっぱいになっているのを見て、そのひずみのようなものが子どもたちに出ているのが、リアリティーがあるなと思いました。 せやま:子どもたちも一人ひとり思っていることがあるだろうなというのは、考えながら書いていました。私も子育てをしながら、「子どもってからだが小さいだけで、大人と同じように自分の考えがあるし、やりたいこともある」と思ったんです。  2歳ぐらいまでは、生まれたばかりの赤ちゃんみたいな感じもありましたけど。そういう経験を生かしながら書いていったと思います。 潮井:(織野家の次女で6年生の)樹子(きこ)があばれたところは特に共感しました。すごくストレスがたまって、気持ちとからだが別になる瞬間を、私も経験したことがあるので。 「どうしたらいいか自分でもわからない」と樹子が言っていたと思うんですけど、「ほんとにそう!」と思いながら。そうやって発散しないと自分を保てないという気持ちがすごくわかったので、あの場面に差し掛かった時は胸が痛くなりました。 <教科書や本や文房具が、床に散乱している。倒れているイスをなお、樹子は持ち上げようとしていた。 「待って、待って待って! 樹子ちゃん!!」  津麦は、樹子とイスを一緒に抱きかかえるように止めに入った。(中略)  目を伏せながら、樹子は言う。 「分かんない。私も、なんでこんなにイライラするのか分かんない。でも、帰ってきて洗濯物の中に立ってたら、すごくイライラしてきたの」 「うん」 「そうだ。この間、津麦さんとやったトランプ楽しかったな。また、前みたいに友達を呼んで家でやってもいいなと思ったんだ。でも……>(『クリームイエローの海と春キャベツのある家』より) せやま:そんなふうに読んでくださったんですね。 ──子どもたちのキャラクターは、計算して書き分けたんですか。 せやま:キャラクターが重ならないようにとは思いましたが、そこまで綿密に計算はしていません。そのシーンを思い浮かべながら書くので、自分のなかでわきあがってきたキャラクターを書いているという感じですね。 潮井:5歳の子がおねしょをしちゃったりとか、一人ひとり違うけれど、なにかしらエラーが出ているというところに、それぐらい子どもは親の影響を受けるんだということを思い返しました。  親の精神状態は子どもにダイレクトに影響するから、なるべく整った状態でいたいけど、環境がそうさせてくれない時もある。(編注:潮井さんは今年のはじめに第一子を出産、子育て中)「うわー、難しいな、人生!」と思います。 せやま:ふふふ。 潮井:整った状態がいいことなんてわかりきっているのに、いろんな理由があって解決できないもどかしさをどうクリアしていくかというのが、『クリキャベ』では丁寧に描かれていたなと思います。 せやま:潮井さんは、家事は? 潮井:あ、もう全然です(笑)。全然しないし、適当です。だから、『クリキャベ』に出てくる人たちは、みんな真面目に丁寧に家事をしていて、えらいなあと思って。この生きづらさみたいなものは、私にはないなあと思いながら。しないならしないでいいやみたいなタイプなので。 せやま:それによって追い込まれたりはしないんですね。 潮井:まったくしないです。 せやま:それはうらやましい(笑)。 潮井:0を1にする作業は好きなので、料理は好きなんですけど、食器を洗うとか洗濯物をたたむとか、何かを0に戻す作業が叫びたくなるぐらい苦手で。子どもが生まれたからちゃんとしなきゃと思ったまま、もう4カ月になってしまいました(笑)。 書くことでしか見つけられないものに、書くことで出会う ──おふたりに質問ですが、どちらの作品も、なるべく人を傷つけずに伝えたいという配慮があると感じました。執筆する時にそういうことを意識しましたか。 オードリーみたいに笑い合う2冊(撮影/佐藤創紀) せやま:ウェブでエッセイを書く時は、主語を大きくせず、「私はこう感じた」と書くように気をつけています。たくさんの方に見ていただける分、誰かを傷つけてしまう可能性はゼロにはなりません。だけど、できるだけ小さくしたいし、「私はこう感じるけど、それが絶対じゃないよ」と思いながら、書いています。 潮井:わかります。私は、お笑い系のエッセイがメインだったのが、書いていくにつれて、深いところを掘り下げるようになって。言い回しがちょっときつくなっているところもありますが、ただの悪口をそのまま書かないように気をつけています。嫌な気持ちだけが残らないように、という思いはあります。 せやま:『置かあば』に、山に置き去りにされるエピソード(「捨て子の生き延び方」)がありましたけど、つらい話になりそうなのに、潮井さんが書くとそうはならないんですよね。 潮井:「ああ、せいせいした」と思ったのは事実なので、反骨精神のたまものでああいうエッセイになりました(笑)。別のテーマで一度、ものすごく重たいものを書いたんです。暗い感情をそのまま吐露するような。その時に、自分へのダメージがすごくて。きちんと自分の中で消化し切ったものを書くほうが、いい文章になると思っています。 せやま:私は、小説は自分のなかにあるものを書くというよりは、うまく言葉にできなかったものの答えを見つけたいと思って書いています。書くことでしか見つけられないものに、書くことで出会っています。 ――おふたりのこれからについて教えてください! 潮井:こうしてご縁があり本を出版するという機会をいただきましたが、プロになったという自覚が未だに全くと言っていいほどありません。  これは本来であれば良くないことなのでしょうけれど、私は本を出版するという節目を経てなお「自分は平凡な人間である」という感性が失われていないことに安堵に近い感情を覚えました。  だからこのプロ意識の薄さも、私のエッセイには大切な価値観なんだと思います。これからも“エッセイストの潮井エムコ”ではなく、そのままの私として変わらずに日常を過ごしていきたいです。  そうやって過ごしていたら、何気ない日々のワンシーンを“エッセイストの潮井エムコ”がおもしろおかしく切り取って、これからも楽しくエッセイを書き続けてくれるんじゃないかと思います。 せやま:今までは、リビングで書いたり、子どもの送り迎えの合間にスマホで書いたり、少ない時間を繋ぎ合わせて書いていたんですが、本が出てからはワークスペースを設けて書く環境や時間を整えてみました。でも、今までと違う書き方だと筆がのらなくなって、もとに戻したり。試行錯誤中です。  関心があるのはやっぱり家族や生活のことなので、これからの作品もそこがテーマの中心になっていくと思います。あとは、音楽やスポーツ観戦やキャンプなど趣味も多いので、そういった体験を作品に取り入れていくことも今後はやってみて、作品の幅を広げていきたいなとも思っています。 *  *  *  ずっと反抗期だと語る潮井さんと、反抗期はなかったと明かすせやまさん。性格の違うふたりだが、子どもに対して「小さくても、大人と同じように考えがある」と口を揃える。  誰もが子どもだった。そんな当たり前のことを感じさせ、思い出させてくれるふたりの対談。目下子育て中の潮井さんの「うわー、難しいな、人生!」という言葉が、じんわりとしたあたたかさをもって、心にしみる。  それぞれの悩みやコンプレックスと向き合ってきたふたりだからこそ、弱くて小さく見える存在を、力強く魅力的に描き出せるのかもしれない。
朝日新聞出版の本読書書籍せやま南天潮井エムコクリームイエローの海と春キャベツのある家置かれた場所であばれたい
dot. 2024/08/08 17:00
八村塁に河村勇輝…パリ五輪で進化を見せた男子バスケ、女子は欧米勢との体格差をどう克服するか
八村塁に河村勇輝…パリ五輪で進化を見せた男子バスケ、女子は欧米勢との体格差をどう克服するか
昨年のワールドカップ王者・ドイツを相手に豪快なダンクを決める八村塁(写真:代表撮影/AP/アフロ)    パリ五輪で大きな注目を集めた競技の一つが、バスケットボールだ。男子はNBAで活躍する八村塁が代表チームに参加したほか、河村勇輝、渡邊雄太、ジョシュ・ホーキンソンなども集まり、バスケファンの間では「過去最強」という声があがっていた。女子バスケも前回の東京大会で銀メダルを獲得しており、2大会連続でのメダル獲得に期待が高まっていた。しかし、結果は男女ともに1勝もあげることができず。1次リーグで敗退となった。  この結果をどう見るべきか。長年バスケットボールを取材してきたスポーツライターの小永吉陽子氏に寄稿してもらった。(『パリオリンピック総集編』(8月17日発売)より) *   *   *  東京とパリでは同じ1次リーグ敗退でも中身が違った。確実に進化した姿を見せたのが、48年ぶりに自力で五輪出場を果たした男子バスケだ。  2023年のワールドカップ覇者のドイツとは試合中盤まで競り合い、東京五輪銀メダルのフランスには残り16秒まで4点リード。延長に持ち込まれて勝利を逃したが、大健闘を見せた。  善戦の要因は、八村塁と渡邊雄太、ジョシュ・ホーキンソンらインサイド陣がリバウンドで食らいついたこと。また戦略の肝となる3ポイントの確率が39・3%(全体3位)まで上昇したこと。そこに、23歳の若き司令塔、河村勇輝の覚醒が加わった。   パリオリンピック総集編 (AERA増刊)セーヌ川で行われた華やかな開会式から始まった、パリオリンピック。 8月11日の最終日まで、海外大会の参加数としては過去最多の400人以上の日本人選手が繰り広げた、力闘の姿と感動の瞬間がつまった完全保存版です。 商品価格¥1,210 詳細はこちら ※価格などの情報は、原稿執筆時点のものになるため、最新価格や在庫情報等は、Amazonサイト上でご確認ください。   ドリブルから攻め込むエースの山本麻衣(右)。初戦となったアメリカ戦では17得点、5アシストと活躍を見せた。しかし、この試合で脳しんとうを起こし、残り試合を欠場した(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)    ただ今回は「ベスト8」の目標のために主力を中心にした勝ち筋をつかみにいき、控えを含めた戦術を細部まで構築するには至らなかった。この課題に挑むには、パリで強豪相手に成長できたように、五輪のような世界の舞台で経験を積んでいくことが、強化の近道であることを確信した大会になった。  一方、東京五輪で銀メダルを獲得した女子は1次リーグで全敗し、早すぎる幕切れを迎えた。 「走り勝つシューター軍団」のコンセプトのもとに戦ったが、高さがある欧米勢の前に日本の良さを消されてしまった。永遠の課題である体格差に対し、今後も模索し、挑戦していくことになる。 (スポーツライター・小永吉陽子) パリオリンピック総集編 (AERA増刊)セーヌ川で行われた華やかな開会式から始まった、パリオリンピック。 8月11日の最終日まで、海外大会の参加数としては過去最多の400人以上の日本人選手が繰り広げた、力闘の姿と感動の瞬間がつまった完全保存版です。 商品価格¥1,210 詳細はこちら ※価格などの情報は、原稿執筆時点のものになるため、最新価格や在庫情報等は、Amazonサイト上でご確認ください。          
パリ五輪
dot. 2024/08/08 13:30
子どもが「脂肪肝」になる例も! 小学生の「肥満」が年々増えている理由と“将来への影響”とは?
子どもが「脂肪肝」になる例も! 小学生の「肥満」が年々増えている理由と“将来への影響”とは?
(写真はイメージ/GettyImages)  塾帰りや公園で遊んだあと、ついついコンビニでジュースやスイーツ、ポテトチップスなどを買ってしまう子も多いかもしれません。「コロナ禍以降、子どもの肥満が増えている」と指摘するのは、子どもの肥満に詳しい小児肝臓消化器科専門医・乾あやの先生です。最近の子どもの肥満の傾向や、その問題点についてお聞きしました。 10~11歳男児で目立つ肥満。コロナ禍以降、顕著に増加 ――子どもの肥満は増えているのでしょうか?  はい、近年、子どもの肥満は年々増加傾向にあります。そして、肥満児の割合は都市部よりも地方に多く、女児よりも男児の割合が高いという傾向があります。  特に10~11歳男児の肥満が目立っていて、全国の満5~17歳を調査対象とした2022年度の学校保健統計(文部科学省)によれば、肥満傾向にある11歳男児の割合は1977(昭和52)年の6.72%から、2003年には約2倍の11.83%になり、その後はやや下落、横ばい傾向になって14年には10.28%に。それがコロナ禍以降、再び上昇しはじめ、コロナ禍の調査状況はそれまでと違って単純比較はできないものの、22年には13.95%となっています。  スポーツ庁が小学5年生約99万人、中学2年生約91万人に行った2022年度「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」の結果でも、17年ごろまでは小学5年生(10~11歳)男児の肥満傾向児の割合は10%前後で横ばい傾向でした。  それが18年から上昇に転じ、とくにコロナ禍の21年以降に顕著に増加しています。小学5年男児の肥満割合は21年に13.1%、22年には14.5%に、女児も21年に8.8%、22年に9.8%と、22年は小学校男女で過去最高を記録しています。 令和4(2022)年度「全国体力・運動能力、運動習慣等調査」(スポーツ庁)から https://www.mext.go.jp/sports/content/20221223-spt_sseisaku02-000026462_2.pdf ――子どもの肥満の主な原因は。  子どもの肥満が増えている原因として、食生活の乱れ、運動不足、ゲームやスマートフォン、タブレットなどのスクリーンタイムの増加などによる生活習慣の乱れなどがあります。  昨今は高カロリーかつ高脂肪の加工食品やファストフード、甘い飲み物やお菓子が巷(ちまた)にあふれています。食生活の乱れは、こうした食べ物がコンビニなどでいつでもどこでも手軽に買えるという環境も大きく影響しています。 朝食を食べず、夜に“ドカ食い” ――生活習慣の乱れとは?  肥満傾向にある子どもたちは起床時間が遅く、朝食は食べずに昼食や夕食、夜遅い時間にドカ食いをしているケースが多くみられます。それが習慣化して、脂肪の蓄積につながっていることがあります。  さらにここ数年はコロナ禍での外出自粛によって、生活習慣が一層悪化したことも、子どもの肥満増加に拍車をかけています。  運動不足については、都市化などによって、安全な遊び場や運動の機会も減少していますが、コロナ禍で学校の運動プログラムが中断されるなど、いくつもの要因が重なっています。  外遊びが減少した分、ゲームなどスクリーンタイムの増加が顕著になり、生活が乱れ、家にいる時間が長くなり、肥満につながる傾向が強まっています。 ――ほかに、肥満につながる要因はありますか?  不登校や貧困世帯の増加なども大きな要因となっています。現在、不登校の小中学生は約30万人にものぼっています。不登校の子どもは、学校に行かないことで日常的な運動量が減少し、家庭での活動も限られることから運動不足になりがちです。さらにストレスによる過食など、肥満になりやすい要因をいくつも抱えています。  ひとり親世帯を中心に低所得世帯が増加しており、そうした貧困の影響も子どもの肥満増加に関係しています。低所得世帯では昨今の物価高の打撃もあって、野菜や肉・魚などの栄養価の高い生鮮食品を手に入れることが難しく、代わりにカップラーメンやポテトチップスなどの安価でカロリーの高い加工食品に頼りがちな傾向があります。  低所得世帯の子どもたちは不健康な食習慣によって肥満になりやすく、さらにこの世帯の子どもの約1割が朝食を食べていないというデータもあります。 子どもの肥満は将来、メタボやうつを引き起こすことも ――子どもの場合、どのくらいの肥満から注意が必要なのでしょうか。  子どもの場合は成長期であるため、大人の場合とは異なる基準で肥満度を算出します。子どもの年齢や性別による基準が設けられていますが、6~18歳の子どもの肥満の指標となるのは「肥満度」です。肥満度は標準体重に対して実測体重が何%上回っているのかを指します。 ●肥満度の計算式 {(実測体重 kg - 標準体重 kg )÷ 標準体重 kg }×100(%) ★標準体重=身長 m×身長 m×22  この計算式で算出された肥満度で+20%以上、かつ有意に体脂肪率が高い場合(※)に、注意が必要な肥満といえます(学童では肥満度が-20%から+20%未満は正常)。体重を入力するだけで簡単に肥満度が計算できるアプリもありますので、活用して調べてみましょう。 ※体脂肪率が、18歳未満男子は25%以上、11歳未満女子は30%以上、11歳以上~18歳未満の女子は35%以上の場合。 ――子どものうちに肥満になると、将来かかりやすくなる病気もあるのでしょうか?  子どものうちに肥満度20%以上の肥満になると、将来的に高血圧や睡眠時無呼吸症候群、糖尿病、脂肪肝、心臓疾患などの生活習慣病にかかりやすくなります。  肥満度以外にも子どもの肥満の目安として、「小児メタボリックシンドローム診断基準」もあります。メタボリックシンドロームとは、「内臓脂肪型肥満」のことですが、これは腹囲の測定でわかります。小学生の場合、腹囲75センチ以上または身長の半分以上になっている場合に内臓脂肪型肥満とされ、将来的に動脈硬化や心臓疾患など、生命に関わる心血管疾患へのリスクが高まります。 ――体だけでなく、心にも影響はありますか?  そうなんです。近年、肥満は体の病気だけではなく、心の不調を引き起こすこともわかってきました。心理的な影響として、自尊心の低下やうつ病リスクが高まることも指摘されています。国立精神・神経医療研究センターが約1万2000人を対象に行った大規模調査によると、肥満傾向の人はそうでない人よりもうつ病リスクが1.6倍高くなるという結果が発表されています。とくに、朝食をあまりとらず、間食や夜食が多く、運動量が少ないケースでうつ病リスクは高くなっています。  さらに、肥満をきっかけにいじめやからかいの対象になることも多く、そうした心理的なストレスも加わって、引きこもりや不登校につながるなどの悪循環が生まれやすくなります。 子どもの脂肪肝は身長の伸びにも影響? ――子どもの肥満の増加に伴い、脂肪肝も増えていると聞きます。  脂肪肝とは肝臓に過剰な脂肪が蓄積する病気です。とくに脂肪や糖質の多い食事が脂肪肝のリスクを高めます。成人男性に多い病気ですが、肥満児の増加に伴い、子どもにも脂肪肝が増えつつあります。  子どものうちに脂肪肝になると、将来的には肝硬変や肝がんのリスクが高まります。脂肪肝はメタボリックシンドロームの一部であるため、心血管疾患のリスクも増大します。  また、子どもが脂肪肝になると、肝臓で活性化される成長ホルモンが減ってしまうというリスクもあります。成長期なのに身長が伸びないという可能性も出てきます。  脂肪肝の診断や心配なことなどがあれば、小児科で相談しましょう。子どもの肥満対策では家族ぐるみで生活習慣を見直すことが大切です。毎日の食生活や適度な運動など、生活習慣を改善することから始めましょう。 (構成/石川美香子) 〇乾あやの(いぬい・あやの)医師/済生会横浜市東部病院小児肝臓消化器科専門部長。1986年、名古屋市立大学医学部卒業。獨協医科大学越谷病院(現・獨協医科大学埼玉医療センター)で研修。その際に藤澤知雄先生(済生会横浜市東部病院小児肝臓消化器科顧問、NPO法人日本小児肝臓研究所理事長)に師事。以来、30年余、小児肝臓疾患の診療、研究を行う。東邦大学大学院医学研究科成育肝臓消化器学教授(連携)。NPO法人日本小児肝臓研究所副理事長。『親子と取り組む!子供の肥満診療:目標による治療管理とモチベーション維持のコツ』(監修、南山堂)などがある。
子どもの健康肥満
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