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過去最悪のクマによる人的被害 10月に住民33人が襲われた秋田県の担当者は「名前を明かさないで」と懇願
過去最悪のクマによる人的被害 10月に住民33人が襲われた秋田県の担当者は「名前を明かさないで」と懇願 クマが出没した現場近くの寺では、クマが入って来ないように自動ドアの電源を切った=10月9日、秋田市    全国各地でクマの被害が相次いでいるなか、クマに襲われる人的被害の件数が過去最悪になったことが、環境省の調べでわかった。なかでも秋田県は、人的被害の3分の1を占める「異常事態」。東京都内でも、目撃例が相次いでいる。要因の一つと考えられているのが、クマのエサであるブナ類(ドングリ)の「大凶作」。今後も冬眠のため、エサを求めて動きが活発化すると見られており、警戒が必要だ。 *   *   *  環境省は11月1日、ツキノワグマやヒグマによる人的被害の状況について発表。人身被害は全国で180人(10月31日現在)に上ったと明らかにした。記録がある2006年以降、これまで最多だった20年度の158人を上回り、過去最悪となった。  そのなかでも最も被害が多いのが、秋田県だ。 「もう何と言ったらいいのか。異常事態だとおっしゃる方もいます」  秋田県自然保護課の担当者は、切迫した状況を口にする。 「本当に毎日、クマが出る。毎朝、地元新聞に出没情報が掲載されますが、ものすごい数です。ありとあらゆる場所にクマが出ている。記事もクマの話題ばかりですよ」    県によると、今年度のツキノワグマによる人身被害は、11月2日現在で64人。すでに昨年の10倍以上だ。このうち10月だけで33人も襲われており、被害がほぼ毎日のように起きている状況だ。 「20年度は9人、21年度は12人、22年度は6人でしたから、今年はとんでもなく多い。クマの生息範囲が広がり、人の生活圏に出てきたクマと遭遇するケースが目立ってきました。今年は特にそうです」  10月9日、秋田市新屋寿町の住宅地にクマが現れ、回覧板を届けようとしていた70代の女性や散歩中の80代の男性など、5人が襲われた。     【こちらも話題】 クマに出会ったら逃げてはいけない…市街地に出没する「アーバンベア」は人への警戒心が薄い https://dot.asahi.com/articles/-/202538     東京都内に設置したセンサーカメラで撮影されたツキノワグマ=東京都環境局提供    鹿角市八幡平地区や仙北市玉川地区などには、人が集めた山菜を奪うなど、積極的に人を襲う、危険性の高い個体が生息しているとみられ、県はこれらの地区に立ち入るのを禁止している。  ところが今年は「いつでも」「どこでも」「誰でも」クマに遭遇するリスクがあると、県がウェブサイトなどで注意喚起。担当者は、 「本当にどこにでもクマがいる」  と話す。以前はタケノコ掘りや山菜採りなどのために山に入った人が襲われるケースが多かった。しかし最近は、市街地にクマが出没し、襲われるのだ。  県は、クマと鉢合わせしないよう、鈴やラジオ、スマホを鳴らすなどして、音で人間の存在をクマに知らせるよう推奨している。しかし、それでも道端の藪の中から飛び出してきたクマに襲われた事例もあり、残念ながら被害を完全に防ぐ方法はないという。   本当の原因はわからない  クマによる被害が増えている背景には、過疎化の進行とともに耕作放棄地が増え、クマの生息範囲が拡大していることがあるとされている。  ではなぜ今年、これほど被害が多発しているのか。  その理由の一つとされているのが、クマの食料不足だ。  林野庁は10月20日、東北各県のブナの結実状況を発表。青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県の東北全県で、「大凶作」という結果だった。  ブナは、クマの主要な食料の一つとされる。日本の山岳地帯の森に広く分布する広葉樹で、春から初夏にかけて花が開き、10月ごろに実をつける。ところが今年、東北地方のブナはほとんど花を咲かせなかったのだ。  食べるものが激減したクマは、集落に植えられているクリやカキなどに引き寄せられ、人の生活圏に接近してきたと考えられている、  秋田県は住民に対し、早く実を収穫するよう呼びかけているが、 「昔のように一生懸命にクリやカキを取る人も少なくなっており、なかなか難しい」  と担当者は言う。     【こちらも話題】 キャンプ場でクマに襲われた女性が3年ぶりに歩いた「現場」 人の食料の味を覚えたクマの“その後” https://dot.asahi.com/articles/-/199930   東京都内に設置したセンサーカメラで撮影されたツキノワグマ=東京都環境局提供    ただ、それでも今年は被害が多すぎる、と担当者も首をかしげる。 「ブナの実の凶作だけがすべての原因ではないと思います。そもそも最近のクマは山奥ではなく、人里近くに住みついているという話もあります」  クマが冬眠に入るのは、あと1カ月ほど先になる。 「今後、状況がどうなっていくのか、予測がつきません」   東京都の町田市でも  クマの生息範囲が広がりつつあるのは、東北地方に限った話ではない。東京都町田市で10月18日、初めてクマが目撃されたのだ。  場所は町田市西部にあるアウトドア施設「Nature Factory 東京町田」で、テントサイトや野外炊事場のそばを流れる境川の茂みにクマが現れた。施設の笠倉秀貴所長は、当時の状況をこう語る。 「高齢者2人が登山道を下ってきたところ、5、6メートルほど離れた沢筋の方向から、がさがさと木が揺れる音を耳にしたそうです。何かと思ったら、黒い動物が急斜面を登り、その途中で脚を止めて、登山者の方を振り返った。そのとき、お互いに目が合って、イノシシではなく、クマだということがわかった」  クマが目撃されたのは、東京都八王子市と神奈川県相模原市に挟まれたエリア。両市ではクマが出没しているので、そのうちの1頭が町田市を通過したのではないか、と笠倉所長は推測する。 「このあたりの森はヒノキやスギで、クマが食べるものがないんですよ。フンが見つかったという情報もありません。エサを探して歩いている最中にこのエリアに入り、たまたま人間と出合った、という感じがします」  24日も相模原市でクマが目撃されており、同じ個体である可能性があるが、実際のところはわかっていない。  念のために笠倉所長は町田市と協議し、テントサイトと野外炊事場の隣にあるキャビンの利用を、11月15日まで止めることを決めた。  ただ、東京都内での今年度の目撃件数は112件(10月27日現在)で、去年の同時期と比べると少ない。 「とはいえ、奥多摩の方からクマの生息エリアが少しずつ広がっているのは事実のようです」(笠倉所長)     危機的状況でも非難の声  都環境局によると、東京は世界的にも珍しい「クマが生息している首都」だという。  今回、目撃があった南多摩地域ではクマは絶滅危惧2類に指定され、「保護上重要な野生生物種」だ。都は08年から狩猟によるクマの捕獲等を禁止している。  クマは人や農作物に被害を引き起こす動物だが、一方で繁殖率が低いため、いったん生息数が減ってしまうと回復がとても難しい生物でもある。  人的被害の多い東北地方でも、宮城県は被害の予防・軽減とクマの個体数維持の両立を目標としている。市街地にクマが現れた場合、基本対応は「追い払い」で、人的被害が差し迫っていなければ、「捕獲」はしないという。  秋田県も危機的状況のなか、クマへの対応に苦慮している。連日のように人的被害が発生しているにもかかわらず、クマを捕獲すると抗議の電話が殺到し、心ない言葉を浴びせられる。 「記事では名前を明かさないでください」と、絞り出すように語った担当者の声が胸に刺さった。 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)   【こちらも話題】 「責任者の名前を言え!」 クマ3頭駆除に秋田県や町に抗議殺到 長時間電話で職員に疲れ https://dot.asahi.com/articles/-/203166
世界遺産の“洞窟住居”が終のすみかとして人気のわけ 生活して感じた「絶妙な心地よさ」
世界遺産の“洞窟住居”が終のすみかとして人気のわけ 生活して感じた「絶妙な心地よさ」 洞窟住居で知られるカッパドキアの街並み    今年2月に起きたトルコ・シリア地震が記憶に新しい、アジアとヨーロッパの結節点として位置するトルコ。外務省では中東、サッカーではヨーロッパ、地理教育では西アジアに分類されている国で、中東唯一の共和国でもある。  トルコ人は「Middle East」という表現を極端に嫌うが、それもアラブ人のイメージが強い中東とイメージを重ねてほしくないからだろう。イスラム教徒が国民のほとんどを占めるなか、世俗主義を掲げる国家である。  筆者は「定住旅行」という、国内を含めた世界各地で現地の家庭に滞在、いわゆるホームステイを長期で行い、そこで暮らす人びとや滞在先の家族の暮らしを体験する活動を行っている。  筆者が11年前に始めたこのライフワークで訪れた国は50カ国以上、これまでに114の家族との暮らしを体験してきた。 洞窟を住居にする暮らし  トルコといえば、歴史上オスマン帝国という巨大な帝国があった場所。また日本との関わりも深い。エルトゥールル号事件や、1985年のイラン・イラク戦争時のテヘランからのトルコ航空の日本人脱出支援など。親日国でもあり、以前から注目していた国の一つだった。滞在中、今回の大地震で真っ先に日本が救助に駆けつけたことについて、現地の人から何度か感謝の言葉をかけられた。  トルコで最初に滞在したのは、日本人にもその名が知られているカッパドキア。実は、カッパドキアという地名は昔の名称で、現在はネヴシェヒル県というのが正式名。この地域にそびえるトルコで2番目に高いエンジェス山3917mとその近隣にあるハサン山からの噴出物である凝灰岩の地層が、その奇観な景色をつくり出している。 【あわせて読みたい】 外国人が「歩くだけで幸せ」と絶賛する日本の街 https://dot.asahi.com/articles/-/120123 ウチヒサル村  紀元前から人びとはこの岩を住居などに利用してきた。カッパドキアはギョレメ、ユルギュップ、ウチヒサル、オルタヒサルの四つのエリアに分かれており、筆者は観光地の一つとして人気のあるウチヒサル村に滞在した。滞在先の家族トゥルケ家は先祖代々60年以上に渡って洞窟住居に暮らしてきた一家である。この村の人口はおよそ4600人。現在はそのうちの100人ほどが洞窟を住まいとしている。  一見同じように見える洞窟にも実は種類があり、大まかに3タイプに分かれる。一つはとがった煙突のようにそびえる洞窟。このタイプは人の住まいには適さず国が所有している。そして現在、人が住んでいる地下に広がるタイプの洞窟。もう一つは鳩小屋として利用する洞窟。 国が所有するタイプの洞窟 鳩小屋の洞窟    最近では洞窟住居に空きが出ると、大手のホテル会社がすぐに買収し、高級ホテルの資源として利用している。ユネスコの世界遺産にも登録されているこの地域では、年々ホテルの数が増え続けており、地元民の多くが観光業に従事する傾向にある。 洞窟ホテルが立ち並ぶ通り   オスカー受賞映画「雪の轍」のロケ地にも  トゥルケ家の洞窟住居は、この家で生まれ育った家長のメフメットさんの曽祖父ハッサン・アリさんが掘った。洞窟住居は基本的に入り口からアリの巣のように、地下に向かって部屋が広がる構造になっている。広い庭には畑があり、野菜や果物はここで育てて自給している。カッパドキアの昔ながらの伝統的な生活スタイルだ。  またトゥルケさんの住居は、第67回カンヌ国際映画祭でパルムドール大賞を受賞した長編映画「雪の轍」のロケ地にもなった。この映画では、カッパドキアの昔の伝統的な村の暮らしや価値観を知ることができる。 トゥルケ家の洞窟住居.jpg   トゥルケ家の畑 【こちらもおすすめ】 「安いニッポン」インバウンドはいいが…貧しい国、人権も尊重しない国に外国人は住みたいか https://dot.asahi.com/articles/-/204519  7月のウチヒサル村は日中こそ30度を超えるが、標高約1400mに位置していることもあり、朝晩や雨が降ると冷え込む。肌が焦げ付くような日射のある時でも、洞窟住居に入ると長袖が必要なほどひんやりとしている。逆に冬は零下25度まで下がるが、住居の中は暖かいのだそう。なんとなくムーディーで、フォトジェニックで幻想的な雰囲気がある。 トゥルケ家のキッチン    筆者も実際、洞窟住居の中で3週間を過ごしたが、静かで思った以上に快適だった。窓の数が通常の住居より少ないので、バスルームの換気の面を気にしていたが、洞窟の岩自体に通気性があり、カビが生えたり、湿気が気になったり、ということはなかった。  ただデメリットとしては、部屋によって窓がないので日中でも電気が必要になること、寝ていると時たま天井から土のかけらが降ってくることだ。洞窟から出る塵(ちり)などがたまりやすいため、掃除もこまめにする必要がある。  洞窟住宅の工事現場にもお邪魔し、どのように洞窟を掘っているかその様子を見せてもらった。洞窟を掘る際に使用されている機械はドイツ製のボッシュで、長い歯のドリルを使ってどの深さまで掘れるかを確認した後、機械や斧のようなものを使って表面を削っていく。気の遠くなるような作業だが、大型のホテルなどでも約2年で完成するのだそう。 来年オープンする洞窟ホテルの工事現場 洞窟表面を削る作業   洞窟住居を求めて移住するヨーロッパ人  マイケル氏は、数年前にたまたま売りに出された洞窟住居に出会い、購入。今年から本格的にこの地に移住したアイルランド人男性だ。実はカッパドキア周辺は、リタイア後にセカンドハウスを持つヨーロッパ人が結構いる。英語の教師として世界中で暮らした経験を持つマイケル氏。人生の最期にこの土地を選んだ。 マイケル家のリビング マイケル家のキッチン 【こちらもおすすめ】 韓国・釜山に行くなら「ビーチ」推し! 進化した「海上散歩」と「海辺列車」を現地リポート https://dot.asahi.com/articles/-/195972 マイケル家の書斎 マイケル家のトルコ風呂 よそ者に寛容、適度な距離感  マイケル氏はこの場所を選んだ理由についてこう話した。 「最初に訪れたとき、土地の雰囲気が気に入って滞在を延長しました。その後も数十回ここを訪れているうちに現地の人たちも親しくなり、たまたまいい物件に巡り合ったので移住を決めました。食べ物も良いし、物価は安い、現地の人はよそ者に対して非常に寛容で、困ったことがあると必ず手を差し伸べてくれます。かといって、近すぎる距離間でもなく、そのちょうど良さが心地がいいんでしょう。洞窟住居の生活は雰囲気もあるし、夏も冬も快適ですよ」  筆者も3週間の滞在で、現地の人たちからのもてなしとともに、よそ者をそっと受け入れる風土に触れた。いつでも気にかけてくれるがお節介すぎず、困ったときは全力で助けてくれる安心感。マイケル氏が惹かれたこの絶妙な心地よさには心から共感できる。  カッパドキア名物の気球も、観光地へと変わったこの土地も、もともとはよそ者を受け入れたことで生まれたもの。彼らの洞窟のように深い懐が、この土地の風土をつくっている。 住民と食事をするERIKOさん   ERIKO モデル・定住旅行家 鳥取県米子市出身。世界の様々な地域で現地の人びとの家庭に入り、生活を共にし、その暮らしや生き方を伝えている。また訪れた国では、民間外交を積極的に行い、現地と日本の架け橋になる活動も行う。これまで定住旅行した国は、50カ国以上、113の現地の家庭で暮らしを体験している。著書「暮らす旅びと」(かまくら春秋社)、「せかいのトイレ」(JMAM)、「世界の家 世界のくらし①〜③」(汐文社)、「ジョージア旅暮らし20景」(東海教育研究所)、「のぞいてみよう外国の小学校」(汐文社)他
脳の編集力の秘密「編集的情報圧縮」 不得意な分野ほど情報の「地」と「図」の関係が曖昧に
脳の編集力の秘密「編集的情報圧縮」 不得意な分野ほど情報の「地」と「図」の関係が曖昧に   ※写真はイメージです(Getty Images)    報告書や提案書など、日々の仕事で多くの人が必要とされている編集力。それには情報を整理する能力が必要だ。我々は情報を整理するとき、どのような道筋で「考えて」いるのだろうか。編集工学研究所所長の松岡正剛氏が『[増補版]知の編集工学 』 (朝日文庫)から一部を抜粋、再編集して解説する。 *  *  *  私たちはだいたい一日十四、五時間を起きて生活している。いま、そのきのうの一日を思い出してみる。たとえば「朝起きて、顔を洗い、新聞を読みながらトーストを食べ、ちょっと雑談をして学校や会社へ行って……」というふうに。  一日を思い出すのに、きのう一日ぶんの十四、五時間がかかるわけではない。一日ぶん思い出すのに一日をかけていたら、たいへんだ。マルセル・プルーストやポール・オースターの小説の登場人物のようにいつまでたっても思い出の中に生きていることになる。だから、誰もそんなことはしない。もっと速く思い出す。けれども、じつは一時間をかけて思い出すことも、ふつうの人には耐えられないものなのである。せいぜい五分か六分で、思い出すことになる。  これは私たちのアタマの中で、一日の出来事が五、六分程度にダイジェストできることを示している。すなわち、十四、五時間の情報は、たかだか五、六分の情報に短縮できるのだ。 【あわせて読みたい】 「遊びができないかぎり、編集はできない」 “連想ゲーム”から考える、編集技術とは何か https://dot.asahi.com/articles/-/205322  これを〈編集的情報圧縮〉という。ついつい体験を圧縮編集してしまうのだ。じつに不思議なことである。そして、この能力こそが脳の編集力の秘密のひとつなのである。これは、私たちのアタマの中がおよそ九〇〇分対五分、もっと数字的にいえば、およそ二〇〇対一の情報短縮比率によって整理されたがっているということを示している。すなわち、大半の情報は情報圧縮された状態で脳の中にしまわれているものなのだ。なぜこのようなことがおこるのだろうか。  机の上にコップがある。  コップを見ているということは、そこに注意(attention)を向けているということである。この「注意を向ける」ということが、編集を起動させる第一条件で、そこに注意を向けないかぎり、どんな編集もおこらない。  編集工学では、この「注意を向ける」という行為を「注意のカーソル」を動かすというふうに言っている。まさに「意を注ぐ」ということで、その矢印が向くところに「注意のカーソル」があるわけだ。  注意とは、わかりやすくいえば、その対象にイメージの端子をそそぐことである。コップならコップという区切りを自分に対応させるのである。コップから注意を離すことも可能だ。机の上のコップの隣にケータイがあれば、そこに注意をすばやく移すことになる。そしてコップとケータイだけに注意が向けられたという記録が残る。それ以外の、空気とか机とか、机の上にのっているものとか、埃とか色とかは、背景に消し去られる。 【こちらも話題】 常に老若男女で“ざわついている”書店 ポイントは「探しやすさ」を考慮しない店内設計 https://dot.asahi.com/articles/-/630  ひるがえって情報には、情報の「地」(ground)と情報の「図」(figure)というものがある。「地」は情報の背景的なもので、分母的だ。「図」はその背景にのっている情報の図柄をさす。こちらは分子的だ。  私たちは、おおむね情報の「図」だけに注意しながら日常生活をしているといってよい。背景はあまりにも連続しすぎているので、それを省いてしまうのだ。だからこそ、きのう一日のことを思い出すばあいは、総計九〇〇分の情報の「地」から、圧縮した五分ぶんだけの情報の「図」を取り出せる。  私は一時期、ある高名な精神医学者と仕事をともにしたことがあるのだが、そこでずいぶん興味深い現象を観察させてもらった。いまおもえば、貴重な体験だった(亡くなられた岩井寛さんである。岩井先生の最期について『生と死の境界線』という一冊をまとめた)。  ある患者は「この机の上にあるものを言ってください」という医師の質問にたいして、コップやケータイだけの情報の「図」をまったく抽出できない。「ええっと、机の端に黒い盛り上がったものがありますね。それが少し曲がっていて、紙のような文字が書いてある平べったいものとつながっていまして、そこから少し離れているんですが、白くて丸い明るいものがじっとしていますね」などというふうに、情報の「地」と「図」の関係が曖昧になっていく。 【こちらも話題】 人気の秘訣は「近大マグロ」だけじゃない! 近畿大学の一歩先ゆく取り組みとは? https://dot.asahi.com/articles/-/99814  私たちにも似たような「地」と「図」の混乱はおきている。  机の上のコップやケータイならまだしも、ちょっとめんどうな現象の説明になると、たちまちにして「地」と「図」を分けられなくなることが少なくない。たとえば「最近の日本経済の動向について」という話題では、「ええっと、大企業は成長がとまっているし、政府の経済政策もさっぱりで、おまけにアメリカからの外圧も激しいうえに、アジアの、たとえば中国の急成長なんかもあって……」などと、しどろもどろなのである。とくに不得意な分野には〈編集的情報圧縮〉がおこりにくくなる。  一本の草花を前にしても、同じことがおこる。「この植物について詳しく観察してください」などと言われると、何が情報の「地」で何を情報の「図」にするか、うまく説明できなくなる。そこに茎があり、葉があり、花があること以上に観察を分化できないのだ。  けれども日常生活はそれで困らない。誕生日にたくさんの花をもらっても、そのいちいちの花の名前がわからずとも、「ああ、きれいな赤い花だなあ」とおもっていればすむ。私たちは体験や経験を編集的に取り出すことを訓練していないのだ。  このような私たちの「注意のしかた」の濃淡をもっと気をつけて見ると、おもしろい問題がたくさん出てくる。 【こちらも話題】 鈴木おさむが選ぶ今オススメの漫画 『私の息子が異世界転生したっぽい』など10冊 https://dot.asahi.com/articles/-/2739  たとえば、コップというひとつの物体は、べつだんそれを「コップ」とよばなくてもいいはずで、「ガラス製品」とか「日用品」とか「グラス」とかよんでもかまわない。水が入ったコップは「キラキラとしたきれいなもの」というものでもある。それなのに、ふだんはコップを「コップ」として片付ける。  すなわち、私たちはコップというものをたくさんの言葉(イメージ)の集合性によって理解しているにもかかわらず、それらを「コップ」という単一の知識ラベルでもって認識できるようにしているのである。  では、コップ、グラス、日用品、ガラス製品、きらきらしたもの、などは何かといえば、それも知識ラベルである。コップをとりまいて、そういういくつもの知識ラベルがネットワーク状に密集しているのだと考えればよい。  脳の中では、これらの知識ラベルは一応は別々のところに貼られている。そして、それらの知識ラベルはその奥にまたいくつもの知識ラベルをこまごまと引き連れている。どれが親ラベルで、どれが子ラベルで、どれが孫ラベルであるかということは、はっきりしない。というよりも、あえて主従関係をつくらないようにしていると見るべきである。  自分で適当な連想ゲームをしてみるとよい。「コップ」から連想されるのが「日用品」や「ガラス製品」であっても、「日用品」から連想されるのは必ずしも「コップ」ではなくて、「歯ブラシ」とか「たわし」とか「モップ」であるかもしれず、「ガラス製品」から連想されるのは「しびん」であるかもしれないのだ。しかも「モップ」からは「掃除」が派生し、「しびん」からは「病院」が出てくる。  つまり、私たちの知識ラベルは脳の中ではかなり複雑なリンクを張っていて、その一端にひっかかっている端末の知識ラベルをクリックしただけでは、何が出てくるのやらわからないほどなのだ。これを編集工学では〈ハイパーリンク状態〉という。この用語はテッド・ネルソンによるものだ。  しかし、いったん連想を開始してみると、とたんに、それらはみごとに情報連鎖の線(リンク)を通してつながってくる。別々のところに貼られているラベルなのに、そこにはあたかもあらかじめ無数の線が張りめぐらされていたかのようなのだ。 【こちらも話題】 遊読365冊 時代を変えたブックガイド https://dot.asahi.com/articles/-/31572  ようするに「注意」を向けたところが「仮の親」になり、次々に子ラベルを、その子ラベルが孫ラベルを引き出してくるのである。このとき、脳の中で注意を向けられた「仮の親」が「図」になっていく。  脳というものはそうなっている。  脳の中は、知識やイメージを無数の「図」のリンクを張りめぐらしているハイパーリンクなのである。これを〈意味単位のネットワーク〉とよぶことにする。コップはひとつの意味単位であり、ガラス製品もひとつの意味単位である。それらが次々につながり、ネットワークをつくっている。けれども、そのネットワークは一層的ではない。多層的(マルチレイヤー的)で、立体的である。そのため、これはえらそうな思想家たちがしばしば口にすることであるが、「言語は多義的である」などと感じられることになる。  このような〈意味単位のネットワーク〉を進むことを、私たちはごく一般的に「考える」と言っている。「考える」とは、ひとまずネットワークの中の「図」のリンクをたどってみるということなのだ。  ただし、ここでひとつ重大な問題が出てくる。それは、ネットワークを進むにしても、どの道筋を進むかということである。つまりどこで分岐するかということだ。それによっては千差万別の考え方になってしまう。そこで、ある道筋を進んだとして、そこで「あっ、これはちがうぞ」とおもって、ひとつ手前の分岐点に引き返すというようなことがおこることになる。もっと以前の分岐点にまで戻ることもある。何度も引き返しはおこることだろう。  このジグザグした進行が、「考える」ということの正体なのだ。それが〈ハイパーリンク状態〉である。思想とは、畢竟、そのジグザグとした進行の航跡のことにほかならない。 ●松岡正剛(まつおか・せいごう) 1944年、京都府生まれ。早稲田大学文学部中退。オブジェマガジン「遊」編集長、東京大学客員教授、帝塚山学院大学教授などを経て、現在、編集工学研究所所長、イシス編集学校校長、角川武蔵野ミュージアム館長。
サラダチキンと玄米「疲労回復」にいいのはどっち? トレーナーが答える「疲労回復に効果的な食事」
サラダチキンと玄米「疲労回復」にいいのはどっち? トレーナーが答える「疲労回復に効果的な食事」 (写真はイメージ/GettyImages)  体に良い食事といえば、野菜や玄米ご飯が思い浮かぶ。しかし、疲れを回復させることが目的なら、タンパク質が豊富なサラダチキンの方が良いそうだ。多くの現役アスリートも通うトレーニングジム「IPF」代表のカリスマ最強トレーナー・清水忍さんが監修した『運動習慣ゼロの人のための疲れない動けるからだをつくるテク』(朝日新聞出版)から、「疲労回復に効果的な食事」を紹介する。 *  *  * 疲労回復にいいのはサラダチキンやブロッコリー (イラスト/ひらのんさ)  サラダチキン、つまり鶏むね肉は、良質なタンパク質が豊富な食材です。アミノ酸のBCAAが持久的運動のエネルギー源として最適で、疲労軽減の効果もあります。また、いま注目の抗疲労成分も含有しています。  ブロッコリーは、食物繊維やビタミンが豊富。なかでもビタミンCは、運動で発生した活性酵素に対抗します。もちろん、これにこだわらず、ほかの食材もバランスよく食べるのがいいでしょう。  玄米ご飯は一見ヘルシーだが疲労回復には効果的ではない  食物繊維やビタミン、ミネラルが豊富な玄米ご飯に、油を使わず調理した蒸し野菜を組み合わせたいわゆる玄米菜食は、一見するととてもヘルシーです。ところが、栄養バランスをよく見てみると問題があります。  タンパク質が足りないうえに、糖質の配分が多すぎます。これでは、疲労を回復させることはできません。タンパク質は欠かさず摂るようにするべきです。  玄米にはビタミンB1が含まれ、糖質をエネルギーに変えることで疲労回復を助けます。とはいえ、糖質過多な玄米菜食は、エネルギー源のメインが糖質になってしまうのが問題。糖質だけではエネルギー効率が悪く、疲れやすくなる、老けやすくなるなどの影響が出てしまうのです。   【こちらも話題】 フレイル予防に「たんぱく質」を手軽に補給! 食品メーカー4社に聞いたおすすめ品 https://dot.asahi.com/articles/-/77375 タンパク質不足が疲れやすい体を作る (イラスト/ひらのんさ)  疲労回復のためには、玄米に含まれるビタミンB1・B6に、タンパク質を組み合わせるのが効果的です。  タンパク質は筋トレをする人が摂るもの、というイメージがあるかもしれませんが、それは間違い。日常生活を送るうえで、一定量のタンパク質は必要不可欠です。不足すると、免疫を担うホルモンや細胞がうまくつくられないので、風邪を引きやすく、病気やケガが治りにくいカラダになります。   【こちらも話題】 「認知症予防」の最新研究! 脳の血流低下やたんぱく質不足も原因に https://dot.asahi.com/articles/-/79823 (イラスト/なかざわとも)  必要な筋肉も維持できなくなってしまいます。このほか、内臓、血液、骨、皮膚、髪、爪などをつくるにも、なくてはならない栄養素なのです。   たんぱく質が不足すると、筋肉を日々つくり続けることができなくなります。また、必要な栄養を得ようと、いまある筋肉が分解されてしまい筋力が落ちます。加えて、免疫細胞やホルモン、情報伝達物質などがうまくつくられなくなり、免疫力が低下。体力も落ちてしまいます。 (イラスト/なかざわとも)  特に高齢者は、タンパク質不足に注意が必要です。食欲低下や消化機能低下からタンパク質不足になりやすいので、積極的に摂取を。不足すると足腰が衰えるほか、ささいなことで骨折して、それが寝たきりの原因にもなります。 (イラスト/なかざわとも) (構成 生活・文化編集部 森 香織)   【こちらも話題】 日本人はたんぱく質の摂取量が「戦後と同レベル」 不十分だと起こる身体の不調とは? https://dot.asahi.com/articles/-/12575
岸田首相、大臣の賃上げ案に与党議員から驚きの声 「全く問題ない」「率先してやらないと」
岸田首相、大臣の賃上げ案に与党議員から驚きの声 「全く問題ない」「率先してやらないと」 眼鏡を外す岸田首相。その先に見ようとしているのは国民の幸せか、それとも…    臨時国会が始まり、国民生活を支えるための経済対策に注目が集まっているなか、閣僚らの賃上げをする法案が提出されていた。国会議員の給与(歳費)は年収2200万円程度にもなる。それが閣僚ともなれば、年収4千万円とさらに高額になる。物価高などで生活が苦しくなっている国民の不満が噴出しているのに、なぜ首相らの給料を上げるという考えになるのだろうか。  20日に始まった臨時国会に「特別職の職員の給与に関する法律」の一部を改正する法案が提出された。 年間給与は首相で約4千万円、大臣で約3千万円  特別職には、自衛官や裁判官などのほか首相や大臣も含まれる。法案を見ると、首相の給与月額(俸給月額)は201万円から201万6千円に、大臣は146万6千円から147万円に上げるとされている。ボーナス(期末手当)も3.3カ月分だったのが、3.4カ月分に上がる。  いったいいくらの賃上げになるのか、法案を担当する内閣人事局に話を聞いた。  まずは閣僚の現在の年間給与を紹介しておこう。閣僚は前出した給与月額とボーナスの他に、給与月額の20%に当たる金額を地域手当としてもらっている。これらを合計すると、年間の給与額は首相で約4015万円、大臣で約2929万円になるという。   【こちらも話題】 議員特権は300億円以上、「第3の給与」も 岸田自民の増税発言が「身を削れ」と批判される理由 https://dot.asahi.com/articles/-/13497    そして今回の法案が成立すると、首相が45万円程度の賃上げで約4060万円に、大臣が32万円程度の賃上げで約2961万円になるようだ。ただ、首相は3割、大臣は2割を国庫に自主返納しているので、それを踏まえると、計算上、首相で31万円程度、大臣で26万円程度の賃上げになる。 与党議員「賃上げを率先してやらないといけない」  報道によると、自民党や公明党の政治家からは「返納しているのだから全く問題ない」「政府は賃上げを掲げているので率先してやらないといけない」といった声があがっているという。  返納しているとはいえ、賃上げの必要性があるほど低い額になるわけではないだろう。焦点となっている減税についても決まっていない状況で、自分たちの給料は率先して上げるとなれば、国民から怒りや批判の声が出てくることはわかっていそうなものだが。それでも特別職の給料を上げる理由は何なのだろうか。  内閣人事局の担当者に尋ねると、 「人事院の勧告により、一般職の指定職の給与があがるため」  と説明する。 「指定職」とは一般職国家公務員の幹部のこと。本省の部長・審議官級以上や研究所長、病院長などが該当する。人事院は今年8月に、国家公務員の一般職の給与を上げるように勧告している。これを受けて10月、政府は人事院の勧告通りに初任給や月給などを上げることを決定し、今国会にその法案が出されている。  しかし、人事院の勧告には特別職についての言及はない。   【こちらも話題】 「議員特権」の“年収”4千万円超は手放せない? 細田博之氏が議長を辞めてもしがみつきたい理由 https://dot.asahi.com/articles/-/203228    内閣人事局の担当者はこう話す。 「一般職の給与が上がったから特別職も上げないといけないという法律はありません。ただ、これまでも一般職の給与改定にあわせて特別職も上げてきました。全体的なバランスをとっての対応です」  専門家はどう見るか。元経産官僚で慶応大の岸博幸教授は「非常に情けない話。政治側で止めるべき話でしょう」という。 細部に岸田政権の本質が出ている  今回の法案は内閣人事局が作ったものだが、自民党や公明党に説明をして了承を得るほか、閣議決定を経たうえで国会に提出される。政治家の判断で法案を修正する機会は十分にあるわけだ。岸教授がこう指摘する。 「役人が機械的に法案を出してきたとしても、それをどうするのか判断するのが政治家の役割です。自衛官らの給与を上げるのは必要だとしても、首相や大臣も上げる必要はないでしょう。国民の賃金が十分に上がっていないなかで自分たちが賃上げしたら国民にどう映るか考えていない。今回の賃上げも微々たるものという認識なのかもしれません。国民に目を向けていないことの表れでしょう。こういう細かいところに岸田政権の本質が出ていると見ています」  それでは岸田首相はどこを見ていたのか。元国会議員秘書で政治評論家の尾藤克之さんはこう見る。 「特別職で多いのは防衛省職員、自衛官などです。ウクライナや中東で戦争が起こり国際情勢が厳しくなっているほか、中国の軍事力増強や北朝鮮のミサイル発射などがあり、自衛隊の役割は高まっています。そんな中で『自分たちは配慮している』という姿勢を見せる狙いがあるのでしょう。言い換えれば、利益誘導、選挙対策でもあります。こうした法案でもごり押しできるという余裕が岸田首相としてはまだあるのだと思います」  国会での審議はこれからだ。果たして法案が修正されることはあるのか。 (AERA dot.編集部・吉崎洋夫)   【こちらも話題】 岸田首相の長男翔太郎氏の更迭「ボーナス視野」批判に事務所の回答は? 党内から「甘すぎ」の声 https://dot.asahi.com/articles/-/194885    
愛子さま「内からにじむ品の良さ」はサーヤと共通 2人の内親王が国民から慕われる理由
愛子さま「内からにじむ品の良さ」はサーヤと共通 2人の内親王が国民から慕われる理由 美智子さまへのお祝いのあいさつに向かう愛子さま。つぼみが混じるゴヨウツツジの花飾りは、次世代の皇室を担う愛子さまに重なる=10月20日、東京・半蔵門、読者の阿部満幹さん提供    天皇皇后両陛下の長女、愛子さまの人気が、その成長とともに高まっている。皇族の中で特に慕われた内親王といえば、「サーヤ」の愛称で呼ばれる上皇ご夫妻の長女、黒田清子さん(紀宮さま)。盲導犬に関心を持つなど共通点も多いが、おふたりが醸し出す「安心感」「信頼感」が国民から愛される理由だと、専門家は指摘する。 *   *   *  ふんわりとしたピンクのリボンや花の帽子が、よく似合う。 「愛子さま!」  沿道からの歓声に、愛子さまはやさしく微笑みを返す。  まだ大学生のため、公務で外出をする機会は少ないが、皇族方への誕生日や新年のあいさつではドレスを着て移動する。成年を迎えてからは、屈託のない笑顔はすこし減り、表情と仕草に落ち着きが増した印象だ。沿道から漏れる声も「かわいい」から「すてき」という表現が混じるようになった。  成長とともに、こんな感想も聞かれるようになった。元宮内庁職員で皇室解説者の山下晋司さんは、昨年3月にあった愛子さまの成年の会見を見て、上皇ご夫妻の長女、黒田清子さん(紀宮さま)を思い出したという。 「手元の紙を見ずに堂々と、そして穏やかにお話されるお姿。内からにじむ品の良さは、黒田清子さんの成年の記者会見と重なります」   本格的に公務を行った内親王  2005年に黒田慶樹さんと結婚し、民間での生活を始めた清子さん。18年を経ても、その人気は根強い。愛子さまが成年式のティアラを新調せず、叔母である清子さんのものを借りたことから、世間での清子さんの存在感が増すことになった。  清子さんといえば、本格的に公務に励み、外国への公式親善訪問をした、初めての内親王だ。ボランティアや自然保護、福祉などさまざまな分野に力を注いできた。  政府で「女性宮家」の創設案が議論されたときも、当初は清子さんを念頭に置かれたものだった。     【こちらも話題】 愛子さま「かっちり」佳子さま「ふんわり」 プリンセス・ファッションの違いの意味 https://dot.asahi.com/articles/-/203257   福井市で開催された全国ボランティアフェステバルに出席した紀宮さま(当時)。どことなく愛子さまに雰囲気が重なる=1993年9月、福井市    どちらも天皇家のただ一人の内親王。実際、愛子さまと清子さんには共通点が少なくない。日本の古典や盲導犬などに関心があること。そして、ちょっとした会話にもユーモアを交える明るさもそうだ。  愛子さまは成年を迎えての記者会見で、栃木県の那須御用邸で縁側にあるソファで朝まで寝てしまったことや、静岡県の須崎御用邸の海でサーフボードの上に座ろうとした家族3人全員が落ちたエピソードを披露し、場の空気を和ませた。  一方、紀宮時代の清子さんは、結婚を翌年に控えた04年12月31日の朝日新聞に、担当記者がこんなエピソードを紹介している。    1998年、皇后だった美智子さまがインドでの国際児童図書評議会(IBBY)世界大会に寄せたビデオ講演は、テレビでも放映された。 〈その収録前後のことだ。初めてのこととあって、さすがの皇后さまも緊張の極みにあった時―― 「裏番組は何ですか? ああSMAP×SMAPですか。それじゃあ勝ち目ありませんねえ」  この紀宮さまのひと言で、どっと笑いが起き、緊張はほぐれたという。ちゃめっ気の裏に、人の気持ちをおもんぱかってユーモアで和ませる度量をうかがわせるエピソードだ〉   「わきまえる」聡明さ  叔母とめいの間柄だけあって、お二人がまとう空気感はどことなく似ている。共通するのは「場の空気を自然と把握できる資質」であると、山下さんは分析する。  昭和の終わりから平成にかけての「皇太子・天皇ご一家」であった上皇さまと美智子さま、天皇陛下と秋篠宮さま、そして清子さん。 「控えめで、決して必要以上に前に出ない。一方で冷静に状況を見極め、何かあったときにご家族を上手くまとめる調整役を担っていたのは清子さん。当時の職員はそう見ていたと思います」     【こちらも話題】 愛子さまの帽子に添えられた「ゴヨウツツジ」の意味は…特別な「お印」の花飾りで美智子さまの元へ https://dot.asahi.com/articles/-/204443   那須御用邸に滞在する天皇ご一家。愛子さまは7万円ほどの価格の落ち着いたワンピースを選んだ=8月、栃木県、代表取材    周囲の状況を判断したうえで、立場にふさわしい振る舞いができるのは、愛子さまも同じだ。長年、パリコレの取材を続けたファッション評論家の石原裕子さんは、愛子さまの服装がヒントになると考えている。  誕生日写真やご静養時の服装を見ると、愛子さまが決して身体のラインを出す服装をしていないことに、石原さんは気づいた。  「ワンピースはもちろん、ジャケットであってもウエストを絞るなど、身体のラインを出すデザインは選んでいらっしゃらない。 勉学を第一とする学生の本来の姿だと思います」  そして若さや可愛らしさを強調することはせず、年齢より大人びた服装が多い。コロナ禍がおさまっていなかったここ数年は、茶系やグレーといったおさえた色味を選んでいる。  私的な場面でもTPOに相応しい服装に撤している。   那須御用邸から帰京した天皇ご一家。取材の設定がなかったためか、ファストファッションのワンピースでリラックスした雰囲気だ=9月、東京駅、読者提供    この夏、天皇ご一家はご静養で那須御用邸に滞在した。マスコミの取材が入る初日は、アパレルブランド「kay me」の6万8200円の落ち着いたワンピースを選んでいる。しかし、取材設定のない帰京時は、ファーストリテイリング傘下の低価格ブランド「GU(ジーユー)」の2450円の商品と見られるシンプルなワンピースを着用していた。   「ウエストをしぼらないデザインや社会の世情に沿った服装をお選びになる。こうした事柄を通じて感じるのは、愛子さまはお立場を『わきまえる』聡明さをお持ちということです。ご自分が好きな服装や行動をなさるのではない。世間が皇室、そして内親王に何を望んでいるのか——。それをよく理解なさっていると感じます」     【こちらも話題】 愛子さまの帰京時のワンピースは「GU」で2490円!? ファストファッションでも品と清潔感 https://dot.asahi.com/articles/-/200955      さらにいえば、愛子さまが両親の助言通りではなく、ご自分の意思で服装や物事を選択しているのはないか、と石原さんは見る。  流行に強い関心を持つ若い女性ならば、違う組み合わせを選ぶかもしれない――。ファッションの専門家から見れば、そう感じるほど素朴な服装も過去にあったからだ。 「愛子さまにとっていま優先すべきはお洒落ではないのでしょう。母の雅子さまも、焦らずとも自分のスタイルを探し当てるはずと、娘の意思を尊重して自由にして差し上げているのだと思います」   「作り込まない」自然なふるまい  皇室解説者の山下さんは、皇室と国民をつなぐ要素のひとつは「信頼感」と考えている。  公務は皇室の務めではあるが、「仕事をこなしている」と国民に思われてしまえば、それによって距離が生じてしまう。ふとした言葉や仕草から、天皇や皇族方の人柄を人々に感じさせることができるか、それが大切なのだという。  清子さんは、内親王として世間の関心を注がれるなか、親しみを持って「サーヤ」と呼ばれてきた。そして愛子さまについて山下さんは、 「愛子内親王殿下は、皇族として『作り込んだ』様子を感じさせない純真さと、自然に備わっている品位をお持ちだと思います。そうした点が『裏表のないお人柄』と受け止められ、人びとに愛されている理由ではないでしょうか」  と指摘する。 「国民とともに歩む皇室の一員として、どうふるまうべきかは、難しい問題です。それでも自然体でいる姿が、国民の望む皇族の姿と合致しているのでしょう」 (AERA dot.編集部・永井貴子)   【こちらも話題】 愛子さまの手にトンボがとまった瞬間、愛犬の由莉ものぞき込んだ 静養先の天皇ご一家 https://dot.asahi.com/articles/-/199535
岸田首相の「経済、経済、経済」は大企業と金持ちのため 減税のしっぺ返しは庶民に来る 古賀茂明
岸田首相の「経済、経済、経済」は大企業と金持ちのため 減税のしっぺ返しは庶民に来る 古賀茂明 古賀茂明氏   「所得減税・給付は5兆円規模に 政府の4万円減税案 非課税世帯は7万円給付」  日経電子版10月24日配信の記事の見出しだ。  岸田文雄首相が前日23日の所信表明演説で「経済、経済、経済」と連呼し、「現世代の国民の努力によってもたらされた成長による税収の増収分の一部を公正かつ適正に還元する」と述べたが、その具体的内容について報じたものだ。  世界中が、コロナ禍とウクライナ紛争の影響で歳出を拡大したために悪化した財政をどう立て直すかに苦心している最中に、公的債務は対GDP比261%で世界ダントツの借金大国である日本が、円安を放置して、さらなるばらまきに猛進している姿は、もはやまともな先進国には見えない。諸外国は、日本の国民は、もう何をやっても経済破綻は避けられないと諦めて、最後の宴を楽しんでいるのかと思うだろう。今の日本は、それくらい理解不能なメチャクチャな世界に突入しようとしている。  円安による物価高とガソリンなどのエネルギー価格高騰に喘ぐ庶民を助けると言いながら、岸田首相がぶち上げる予定の経済対策には、さらなる円安とインフレを進める政策が並んでいる。  そもそも、今の日本には「景気」対策はいらない。17日配信の本コラム(「2350億円の無駄では済まない『大阪万博』 中止こそが日本を救うと断言できる3つの理由」)でも指摘したとおり、日本はこれまでの需要不足から、需要と供給がほぼバランスする状況に至った。そこに政府が人為的に需要を上乗せするとどうなるか。 衆院予算委で「増税メガネ」に関する質問に笑顔を見せる岸田文雄首相=2023年10月27日    当然のことながら、需要超過となってインフレは加速し、人手不足にも拍車がかかる。その対策の原資は「成長の果実である税収増」だと言うが、日本の財政は多少の増収ではとても均衡しない大赤字が続いている。対策でばらまきをすれば、しなかった時と比べて国債がその分さらに増加する。  政府の借金の利息支払いが増えると困るので、日銀は金利の上昇を抑えなければならず、そのために国債を大量に買い取る。金利は上がらないから円安状況は改善できない。少子高齢化や産業競争力喪失に悩む日本が財政赤字を無制限に増やすつもりだとなれば、「日本売り」のさらなる円安が激化するのは時間の問題である。  それは今もインフレに苦しむ庶民と原材料高と人手不足に苦しむ飲食店などを含む内需型企業にさらなる打撃を与え、「円安地獄」の火に油を注ぐことになるだろう。  一方、さらなる円安は、外貨建て資産に投資している富裕層を喜ばせ、トヨタなどの輸出企業に濡れ手で粟の利益をもたらす。先日出会ったある80代の女性には、「外貨建て投資をしているから、インフレも心配ないわ。円安はむしろ嬉しいの。外貨資産で儲かって、それで海外旅行を楽しめるからね。古賀さんも早く外貨建て投資しなさいよ。早くしないと後悔するわよ」と忠告された。   【こちらも話題】 驚くべき勢いで戦争準備が進む日本 パレスチナもウクライナも利用する自民党に騙されるな 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/204530  その時気づいたのは、賢い金持ちは円安を望んでいるということだ。庶民とは完全に逆である。  岸田首相はまた、年末までと予定していたガソリンや電気・ガス料金向けの補助を延長すると表明したが、この政策は、レクサスに乗ってガソリンを大量消費しながら週末にはゴルフや旅行を楽しむというような富裕層に多大な恩恵をもたらす。もちろん、温暖化対策には完全にマイナスだ。  日本の財政状況や需給ギャップの解消と物価高騰という状況を考えれば、本来は、需要創出のための対策は必要ない。減税もガソリン、電気・ガス代補助もやめるべきだ。  一方、働いているのに三度の食事もままならない母子家庭があるというような状況は放置できない。そのため、広く薄くの減税や給付はやめて、真に困窮している層に限定して、より手厚い支援をすべきだ。  また、欧州諸国で行われているように、円安でボロ儲けしているトヨタや資源エネルギー高で儲ける企業などに「棚ボタ税」をかけて貧困者対策の原資の一部とすることも必要だ。  それにしても、自民党による無責任な経済政策が続くのはなぜなのか。その最大の原因は、政治家の間に財政再建などどうでも良いという風潮が広がっていることだ。 「これだけ庶民が苦しんでいるのだから、思い切り財政出動するのは当然だ。そんな時に財政規律などという話をするのは、財務省の手先に違いない」という声は、自民党だけでなく野党の間からも聞こえる。   【こちらも話題】 日本はもはや稼げる国ではない 割り切って「人材加工立国」「出稼ぎ立国」を目指すべき 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/203318  国債はいくら発行しても最後は政府には通貨発行権があるから心配はいらないとか、国債は政府の債務だが国民の資産だから足せばゼロだとか、日銀は政府の子会社みたいなものだから両者を合わせてみれば、国債のネット(純債務)の残高は半分になるとか、色々な説がまことしやかに主張されているが、そんな理屈は世界では全く通用しない。日本のバカな政治家が叫んでいるだけだ。日本の政治は完全にガラパゴス化している。  現に、今や、円安が止まらなくなり、インフレで実質賃金は大幅に下がっている。これは安倍政治以来続く構造的現象だ。国民はどんどん貧しくなっているのだ。  そして、最底辺の人々がその皺寄せを被っている。現在の円の価値は、実質実効為替レートという尺度で見ると、50年以上前の1ドル=360円の固定相場の時代を下回ったというのだから驚きではないか。つまり、ドルだけでなく世界中の通貨に対して、円は史上最低の水準に落ちている。それは、日本の国力を映したものだ。折しも、IMFが2023年に日本のGDPがドイツに抜かれて世界第4位に転落するという予測を公表したが、日本の凋落を象徴するものだ。  日本はもう豊かな国ではない。だから、豊かな生活ができないのはある意味当たり前だ。   【こちらも話題】 岸田首相が「投資で儲けろ」とけしかける「資産政策3連発」が招く“円安地獄”で庶民はもっと貧しくなる 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/202793  それなのに、生活が苦しいから減税しろ、給付金をよこせとお上におねだりする国民。こんな悲惨な財政状況にしたのも円安で輸入インフレを招いたのも、もちろん自民党の政治なのだが、その自民党の長期政権を無批判に容認してきたのは、私たち国民だ。だらしない野党もまたその共犯と言って良いだろう。  自分の周りを見回してみれば、普通の人は、自分より可哀想だという人を見いだすことができるだろう。そういう時は、まず、その可哀想だと思う人にお金が回るように政府に要求すべきだ。自分が先に豊かになるのではなく、最底辺の人たちをまず助けるのだ。もちろん、そうした資金さえ国にはないというのが現実である。ならば、我々が我慢して減税などを諦め、その分を回してもらうしかないはずだ。  減税や給付を求めたいなら、まずは、その原資として、軍拡や大企業向けの減税措置などは見直せと要求すべきだ。金融所得の分離課税などの金持ち優遇税制もなくせと声を上げることも必要だ。そちらの方には関心を向けずに、ただただ、金をよこせというのはあまりに無責任な態度ではないか。  そう考えると、私たちがなすべきことは、税や給付金だけの議論ではなく、政権交代の議論であることに気づく。なぜなら、自民党政権が続く限り、日本をここまでどん底に落としながらなおも、自分の支持層である金持ちと大企業が得をする政策を頑なに守り、彼らが損をする政策は絶対に実施できないからだ。結局、選挙前にアリバイ作りのばらまきでお茶を濁され、そのための国債発行による円安とインフレの皺寄せを庶民が受けるということが続く。   【こちらも話題】 ジャニー喜多川氏の行為は「レイプ犯罪」 テレビ局も損害賠償金を負担し責任者は辞職せよ 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/201671  庶民のための政治を行うには、まずは政権交代をしなければならない。その上で不公平税制を正し、財政再建も目指す。その際、これまでの歳出のプライオリティを根本から修正することが重要だ。それによって、税金が真に庶民のため、将来の日本のために使われるという確信を国民に与えることができれば、増税への反対は一気に和らぐだろう。  また、軍拡予算を減らせば、政府は何がなんでも戦争をしないために必死の外交努力を行うようになるはずだ。  よく考えると、税制も予算も国会で決めるものだが、間接的には国民に決める権利がある。言うことを聞かない議員は落選させる力が国民にはあるからだ。これまでは、その権利を平気で捨てている国民も多かったのだが、そんな人たちには、生活が苦しいから金をくれという権利はない。  だが、真に国民のための政治を行う政権への交代を実現するのは難しい。一足飛びにはいかないだろう。  何よりも、まずは国民が現状を正しく認識し、ばらまきを望めば将来その何倍ものしっぺ返しが来るということを理解することから始めなければならない。その上で、なんとか生活していける国民は、改革に伴う多少の困難は我慢し、真に貧しい人たちを優先する政策を支持しなければならない。そういう考えの人が増えて初めて、それにこたえる野党議員が増える。そして、その先に政権交代が見えてくるのだ。  これに失敗すれば確実に、国民は円安とインフレの暴風にさらされ、今日とは比べものにならない地獄の苦しみを味わうことになる。  問題は、スピードだ。  政権交代による正しい政策の実現と経済破綻のどちらが早いか。  ここ1年程度の政治が私たちの生死を決めると言っても過言ではないと思う。   【こちらも話題】 国に忖度して森友事件を隠蔽する裁判所の愚 赤木雅子さんが私に送った「決意のメール」古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/202212
60代女性、年金繰り下げで対策も「介護が怖い」 老後のお金、生涯かけて準備する時代に
60代女性、年金繰り下げで対策も「介護が怖い」 老後のお金、生涯かけて準備する時代に 街を歩く人々。老後のお金について、きちんと考えている人は少ないという(撮影/写真映像部・松永卓也)    給料は上がらないのに、平均寿命は延びるばかり。定年後も働けば「老後破綻」は回避できるというが、それで十分といえるのか。老後のお金は生涯かけて準備する時代に入ってしまった……。AERA 2023年10月30日号より。 *  *  *  関東地方に住む女性(68)は、同い年の夫とともに年金「繰り下げ」を行っている。「繰り下げ」は、65歳からの受給開始が基本の年金を遅らせてもらうことで年金額を増やす手法だ。 「年金は終身でもらえます。毎月来る定期収入は1円でも多く増やした方がいい。それが繰り下げをする動機ですね。60歳代前半の生活からレベルを下げたくないとも思います。やっぱり月に40万円程度はほしいです」  自らは月10万円程度の団体の仕事をしていて、その仕事をやめるまでは繰り下げを続ける決意だ。夫は66歳で働かなくなってからは趣味に生きる生活だ。約1千万円の定期を解約し、毎月、一定額を取り崩している。それが尽きた時、夫は繰り下げ待機を止めるつもりという。 「お金の不安でいけば、介護が怖い。できれば在宅で長くいたいので、お金でいろいろなサービスを買えるようにしておきたいです。子どもに迷惑をかけたくないから、取れる選択肢は広げておきたいとも思います」  確かに、必要になるかどうかはわからないものの介護にはお金がかかりそうだ。有料老人ホームなどを考えると、ピンキリだが入居の際の一時金だけで1千万円単位になるところもある。そこまでは望まなくても、それなりの準備が必要とするのは、老後資金に詳しいFPの井戸美枝さんだ。 「かかるお金も期間もばらついていますが、介護期間が10年以上に及び1千万円以上かかることもあります。生命保険文化センターの調査では、介護費用と住宅改修などを合わせたトータルの平均で約580万円としています。ほかに医療の備えも必要で、医療費の自己負担額と入院費で、こちらは250万円程度みておくといい。合わせて『医療+介護』で830万円程度を見ておくと安心と私は言っています」   【こちらも話題】 人生100年時代「老後破綻」どう回避? 定年後も働くこと前提、年金と月10万円の「小さな仕事」で賄える https://dot.asahi.com/articles/-/204844 AERA 2023年10月30日号より    不安で言えば、年金も増えないどころか今後も実質減っていくことを知っておくべきだろう。年金額は毎年改定されるが、少子高齢化による年金財政の悪化で現在、「マクロ経済スライド」と呼ばれる、物価や賃金の上昇ほどには年金を上げない措置がとられているからだ。物価や賃金より伸び率が下回るのだから、「目減り」である。1、2年で済めばいいが、抑制期間が長引くと目減り度合いは大きくなる。 手厚い備えを望むなら  このほか、国の制度改正で、社会保険の保険料や自己負担が増える可能性がある。消費税の税率アップも複数回あるかもしれない……。これらを考えると、「働く」だけではお金が足りなくなる事態も十分考えられる。 「働く」以外で老後の収入を増やすには、先の関東地方の女性が実践している年金「繰り下げ」が有力手段となる。1カ月遅らせるごとに年金額は0.7%増え、70歳まで5年遅らせれば42%増、制度上最長となる75歳まで遅らせれば実に84%増となる。  国が個人の自助努力を促すために、運用益を非課税にする新NISAなどの制度整備を進めているが、現役時代の今からこれらを利用してさらなる資産形成を目指すことも余裕のある限り行うべきだろう。  できればやりたくないが、どうしてもお金が足りないのなら、「節約」によるもう一段の家計のダウンサイジングに取り組む必要が出てくるかもしれない。  やはり人生には「潤い」が必要──。手厚い備えを望む人ほど、こうした手段の中から自分のできることを選び、実行するようになっていくだろう。おそらく、それは一つではなく複数(ひょっとしたら全部)であるはずだ。 「働く」もそうだが、老後資金の世界は、現役時代をはるかに超えて生涯かけて準備しなければならない時代に入っている。年を追うにつれ、「マネー総力戦」の様相を強めていくとみられる。(編集部・首藤由之) ※AERA 2023年10月30日号より抜粋   【こちらも話題】 あなたの親は大丈夫!? 「老後破綻」お金が底をつく人の4つのパターンとは? https://dot.asahi.com/articles/-/76416
欧米では使用率70% 生理用品の選択肢を増やす“タンポン” 日本人が使わないわけ
欧米では使用率70% 生理用品の選択肢を増やす“タンポン” 日本人が使わないわけ ※写真はイメージです(Getty Images)    欧米では女性の7割がタンポンを使用するのに対し、日本ではおよそ2割から3割と使用率は低い。産婦人科医で自身の音声SNS「高尾美穂からのリアルボイス」でさまざまな女性のリアルな悩みを聞いてきた高尾美穂氏は、日本でタンポンがそれほど使われない理由は、日本の女性たちが自身の外陰部の構造をしっかりと把握しようとしてこなかったからではないかと述べる。同氏の新著『娘と話す、からだ・こころ・性のこと』(朝日新聞出版)から一部を抜粋、再編集し、日本のタンポン使用率が低いわけついて紹介する。 *  *  *   【連載を一気に読む】 #1 女性の思春期と更年期が重なる「小学生のいる家庭」 #2 女性ホルモンは恋をすると増える?自分で増やせる? #3 女性の3割が経験する更年期障害を我慢してしまう理由 #4 男性より2倍うつになりやすい 女性特有の“こころの不調” #5 欧米では使用率70% タンポンを日本人が使わないわけ #6 2.6倍“子宮内膜症になりやすい”現代の女性 #7 娘の生理にまつわる不調から目をそらすデメリット #8 娘の「もっとかわいく産んでほしかった」をどう受け止める #9 “妊活”に苦しむ前に知ってておきたい、自然妊娠にまつわる3つのこと #10 女性だけが悩まされるライフイベントとキャリア   生理用品についての誤解はありませんか?  生理用品に関しても、さまざまな新しい商品が登場しています。従来の使い捨ての紙ナプキンも、使い心地がよくなるように年々改良されていますし、布ナプキンや月経カップという、新しい商品も登場してきました。  女性のからだや健康をケアする商品・サービス─「フェムケア」と呼ばれます─の充実も、この10~20年で大きく変わったことだと思います。ちなみに、女性の健康課題をテクノロジーを使って解決しようとするサービスは「フェムテック」と呼ばれます。  フェムケアやフェムテックの広がりについて、基本的には前向きにとらえれば良いと思いますが、これまではなかった商品が出てきたときに、本当に使っても大丈夫なのかとか、見聞きした情報が正しいかについては、気になりますよね。 高尾美穂さん 写真:東川哲也(朝日新聞出版写真映像部)   【こちらも話題】 2.6倍“子宮内膜症になりやすい”現代の女性たち 「つらい生理痛、我慢しないで」 https://dot.asahi.com/articles/-/204936  例えば、以前いただいた質問の一つに、こんなものがありました。 Q.布ナプキンにすると、経血の量は減るの?  布ナプキンが今の日本の社会に受け入れられた理由には、ナチュラル志向があると思います。外陰部(おまた)の粘膜は、腕や足などの皮膚に比べれば弱いことは確かですから、外陰部に触れるものが質の良いものであってほしいという気持ちはよくわかります。  使い捨ての紙ナプキンには、水分を内側に閉じ込めて表面ができるだけウェットにならないようにする高分子吸水ポリマーという化学物質が使われています。その化学物質がからだに良くないのではないかと不安視する声が、ナチュラル志向の方たちのなかであがってきたわけです。  布ナプキンにすれば経血の量が減るかと言われたら、そんなことはありません。それは確実にいえます。「生理痛が軽くなる」というのも同様です。  また、商品として販売されているものの中には、布ナプキンはからだを温めるから女性のからだに良い、と表記されていることがありますが、実際は、温めるよりもむしろ、冷やすほうに作用する可能性が高いと思います。なぜかというと、経血で濡れたコットンがずっとからだに触れている状態が続くので、濡れたコットンの衣服を着続けることでからだが冷えるのと同じことが起きているともいえるからです。 【こちらも話題】 男性より2倍うつになりやすい 生理前や産後、更年期におこる女性特有の“こころの不調” https://dot.asahi.com/articles/-/204302  使い捨てナプキンに使われている高分子吸水ポリマーは、粘膜に直接触れるわけではありませんし、皮膚から吸収されてからだに良くないことを引き起こす心配はいらないだろうと考えられています。  それでも、からだに触れるものは少しでもナチュラルなもののほうが安心だという思いを優先されたい場合は、オーガニックコットンの使い捨てナプキンも市販されていますので、価格は少し高くなりますが、こちらの選択肢を検討してみるのもいいかもしれません。 日本人がタンポンをあまり使わないわけ  生理用品に関しては、欧米と比較すると日本ではタンポンの使用率が低いことが知られています。およそ2割から3割の女性しか使っておらず、欧米では7割にのぼることを考えると、普及の範囲がかなり狭いといえるでしょう。お母さんが使っていないと娘さんが使うことはまずなかったり、部活動の中でも、特に水泳部に入ったことで必要に迫られて使い始めましたとか、そんなお話をよく耳にします。  日本でタンポンがそれほど使われない理由を挙げるとすると、日本の女性たちは自身の外陰部の構造をしっかりと把握しようとしてこなかったということではないかと考えられます。  自分の外陰部を鏡で見たことがあるという人は、それほど多くないのではないでしょうか。そもそも、生殖器の構造を習う機会はほとんどないので、例えば、腟の向きがどうなっているかということも、みなさんほぼご存じないと思います。 【こちらも話題】 女性ホルモンは恋をすると増える? 自分で増やせる? 産婦人科医・高尾美穂が疑問に回答 https://dot.asahi.com/articles/-/203019  じつは、子宮の傾き方は人によって個人差があって、おなか側に倒れている人もいるし、背中側に倒れている人もいます。腟は子宮に向かってやわらかくのびているので、タンポンを入れる方向がその向きに合っていなければ、当然ながら痛いし入らないわけです。痛い思いをした人が、再びタンポンにトライするかといったら、そこまでがんばってみようという人は多くないだろうと推測されますよね。  とすると、経血の量が多いとか、仕事の都合でナプキンを替えるタイミングが難しいなど、やはり必要に迫られてタンポンを使い始めた方が多いのかもしれません。  タンポンの使い方でよくある間違いは、タンポンを連続で使用することです。一日の中で一度タンポンを使い、替えどきになったところで、それを抜いたら次はナプキンを使うというように、タンポンを連続して使わないのが望ましい使い方です。連続使用によってトキシックショック症候群(TSS黄色ブドウ球菌によって引き起こされる急性疾患のこと。初期症状には高熱を伴った発疹、倦怠感、嘔吐などがある)が起こるのを防ぐためです。  こんなトラブルもありうるので、使っている方には一度使い方を見直してみていただきたいですが、正しく使っている分には、タンポンはまったく怖いものではありません。 月経カップはこんなふうに使う(図版:朝日新聞メディアプロダクション)    最近話題になっている月経カップについては、タンポンが使いにくい方は、さらに使いにくいだろうと思います。月経カップは、折りたたんだカップを腟の中に広げて、経血を受け止める生理用品です。使い捨てではなく、繰り返し使用できるのがメリットですが、ベルのかたちになっているカップを折りたたんで、太い側を先端として腟に入れていくので、タンポンのようにスムーズなガイドがついていても入りづらいという方には、月経カップを入れるのはさらにハードルが高いかもしれません。  生理用品の選択肢が増えるのは、とても良いことだと思います。それぞれのメリットに目を向けて、ご自分の生活に合わせて、好みに合ったものを選んでいただければ良いでしょう。 (構成/長瀬千雅、ブックデザイン/鈴木千佳子)     【連載を一気に読む】 #1 女性の思春期と更年期が重なる「小学生のいる家庭」 #2 女性ホルモンは恋をすると増える?自分で増やせる? #3 女性の3割が経験する更年期障害を我慢してしまう理由 #4 男性より2倍うつになりやすい 女性特有の“こころの不調” #5 欧米では使用率70% タンポンを日本人が使わないわけ #6 2.6倍“子宮内膜症になりやすい”現代の女性 #7 娘の生理にまつわる不調から目をそらすデメリット #8 娘の「もっとかわいく産んでほしかった」をどう受け止める #9 “妊活”に苦しむ前に知ってておきたい、自然妊娠にまつわる3つのこと #10 女性だけが悩まされるライフイベントとキャリア   ●高尾美穂(たかお・みほ) 医学博士・産婦人科専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター。日本医師会認定産業医。イーク表参道副院長。ヨガ指導者。婦人科の診療を通して、さまざまな世代の女性の健康をサポートし、ライフステージに沿った治療法を提案。その過程で、患者の悩みや困りごと、さらには娘の心身についての悩みの相談を聞くことも。テレビや雑誌などメディアへの出演、連載、SNSでの発信のほか、アプリstand.fmで、再生回数1100 万回を超える人気音声番組『高尾美穂からのリアルボイス』を毎日配信中。とくに、更年期の専門家として、女性たちの支持は非常に高い。著書は『いちばん親切な更年期の教科書─閉経完全マニュアル』(世界文化社)、『心が揺れがちな時代に「私は私」で生きるには』(日経BP)、『大丈夫だよ 女性ホルモンと人生のお話111』(講談社)、オトナ女子をラクにする心とからだの本』『人生たいていのことはどうにかなる─あなたをご機嫌にする78 の言葉』(以上、扶桑社)など多数。
世界の穀物の半分を食べる国になるインドと中国 2035年に訪れる“世界食料恐慌”
世界の穀物の半分を食べる国になるインドと中国 2035年に訪れる“世界食料恐慌” ※写真はイメージです(Getty Images)    発展途上国を中心に増え続ける世界の人口。今後、食料不足がさらに進むが、人口・経済力・国際収支がそろった中国とインドが世界の食料の大半を占めるという。愛知大学名誉教授で、同大国際中国学研究センターフェローの高橋五郎氏の著書『食料危機の未来年表 そして日本人が飢える日』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して解説する。 *  *  * 【関連記事を一気に読む】 #1 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も #2 政府が公表する食料自給率「38%」の根拠に疑問 #3 本当の食料自給率は38%ではなく「18%」の「実態」 #4 世界の耕作放棄地はに何も栽培されない理由とは #5 日本を余った食料の「輸出先」にしたアメリカ #6 2035年に訪れる“世界食料恐慌” #7 人間が生き残るには“肉”を諦めるべきなのか #8 地球を痛め続ける現代の農業・畜産業 #9 中国以上に“社会主義”な日本の「農地法」 #10 日本の農業こそ外国人に任せるような“変革”を 世界穀物生産は2039年がピーク  世界穀物生産量(コメはモミ付き・穀物の副産物を含む)は2001年19億8000万トン(実績)だったが、2020年に1.5倍以上の30億3000万トン(実績)に、2039年に36億8000万トン(予測値)に、約40年間で約1.9倍になることを示している。  この増加をもたらした基本的な理由は化学肥料(窒素肥料だけで2600万トン増加)と化学農薬の大量使用に加え、耕作放棄地が1億ヘクタール以上ある一方で、穀物作付面積がこの20年間で15%に当たる1億1000万ヘクタール増加し、さらに耕地面積1単位当たり生産量が増えたことにある。(使用したFAO[国連食料農業機関]統計によると、増加は10アール当たり小麦59キログラム・トウモロコシ140キログラム・コメ76キログラム・大豆31キログラムなど)。耕作放棄地がもう少し少なければ、穀物生産量はその分増えたにちがいない。 【こちらもおすすめ!】 日本を余った食料の「輸出先」にしたアメリカ 記憶に刻まれたヤミ米と母の姿 https://dot.asahi.com/articles/-/204704  2040年に、世界人口は22年の80億人から数えて18年間で11億人増え、91億人になるとみられている。  この頃に年間の穀物生産量はピークを迎え、以後少しずつ減少していく模様である。その最大の理由は気象学者をして過去の人類史になかった「未知の領域」に入ったといわしめるほど深刻な地球温暖化(国連のグテーレス事務総長は「地球の沸騰化」の時代に入ったと述べ始めた)の進行、新規の耕地開墾の停滞、世界的な都市化による農業従事者の減少、土壌の劣化、化学農薬の効き目の低下などである。高収量新品種の登場なども期待されるが、同時に高い栽培技術も要求されるのが一般的なので、効果は限定的と見られる。  2050年の穀物生産量は36億6000万トンにやや減少、この傾向は世界人口が104億人のピークを迎えると予測される2087年を経て、2100年に引き継がれていく見通しだ。この年の予測生産量は31億トン、ピークとみられる時を5億8000万トンも下回る見通しなのだ。その理由は後述する。  人口は減りはじめているとはいえ100億人の大台を優に超える状態ながら、穀物生産量は減少する年が60年間も続く可能性がある。もしこれが事実になれば、人口が減少して穀物の1人当たり分配量が増加に転じるまで、人類は経験したことがない大飢饉の暗くて長い時代を過ごさなければならない。もちろん人類が半世紀以上もの長い間を大飢饉のままやり過ごすとは考えにくく、穀物に代わるさまざまな人工食料などの開発を進めることは想定できる。しかしそれは本書が持つ食の思想とはかけ離れた、人類がまったく別の食生活に移ることを意味することでもある。 【あわせて読みたい】 本当の食料自給率は政府公表の38%ではなく「18%」 専門家が独自に算出した「実態」 https://dot.asahi.com/articles/-/204660 食料危機の震源はアフリカだけではない  2020年の世界人口78億人のうち、たった2つの国で28億人(36%)を占める中国とインド。  中国は、一国で世界の穀物輸入の16%を握り世界の穀物市場を揺るがす影響力を持つ一方、今後経済力を増すとの声が大きいインドは、中国を超える食料消費大国にのし上がることが目に見えている。  食料消費の量的な増え方は人口の増え方・所得の増え方・国家の経済力との関係が強いので、順番に見ていくとしよう。  まず人口である。国連は2035年の世界人口を88.5億人、うち中国14億人・インド15.6億人、合わせて30億人とみている(2か国で34%を占める)。  次いで国家の経済力のモノサシでもある1人当たりGDP。2020年時点、中国は1万ドルと少し、インドは1930ドル、両国とも先進国レベルからかなりかけ離れ、特にインドはケニア・バングラデシュ並みの低レベルである。  しかし予想される2035年では、中国がいまの2倍の2万ドル強、インドが3倍強の6400ドルに達するとみられる。そのとき、国全体のGDPは中国がアメリカを抜いて、世界一に躍り出る可能性が高いとする専門家が少なくない。インドは世界第3位になる見通しだという(日本は10位程度とみる専門家が多い)。 【こちらもおすすめ!】 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も 政府の検討する時代錯誤な「食料増産命令」 https://dot.asahi.com/articles/-/204658  インドの2020年当時の食料輸入量は国内需要の1%にも達していないが、これは経常収支が恒常的に大幅な赤字構造にあり、輸入制限がかかっているためでもある。  1人1日当たりの摂取カロリーでは、インド人は2320キロカロリー、中国人を120、日本人をも100キロカロリーも下回っている。インド人の青年男子の平均身長はほぼ日本人並みであり、体格を基準にすると摂取カロリーが少ないことがうかがわれる。  もっと食べたいインド人は経済的理由から、食料の輸入が増やせない状態に甘んじてきたのである。しかし経済成長が本格化しつつある中、経常収支は黒字に転換することが予想され、輸入を抑えてきた足かせは一気に解けるであろう。  となると、食料輸入は国内消費の必要な分だけ増える可能性がある。食料輸入を決める基準は経済力だからだ。  人口・経済力・国際収支、三拍子そろった力をつける中国とインドは、世界食料需要の面でも世界の頂点に立つ可能性が十分にある。  将来、たとえば2035年の主要穀物(小麦・コメ・トウモロコシ・大豆)の需要見込み量は中国が8億8000トン、インド7億8000万トン、合わせて16億6000万トンに達するとみられる。中国の人口はピークを越えたといわれるが、再び増加する可能性もあると同時に、所得の向上が社会の隅々に浸透することによって濃厚飼料による高級な畜産物需要が大幅に拡大するだけでなく、高級小麦粉やスイートコーン、ビール原料の大麦などの需要が高まることが予想される。 【こちらも話題】 世界の耕作放棄地は、中国の全耕地面積に匹敵する1億ヘクタール以上 何も栽培されない理由とは https://dot.asahi.com/articles/-/204659  このときの穀物の世界生産量は35億7000万トンと見込まれ、中国とインドがその半分近くを食べるという、信じられない事態が起こりうる。  繰り返しになるがそのときの世界人口は88.5億人、中国とインドを除くと58.5億人、強者の中国とインドという2つの国家の取り分を除く穀物の残りは19億トン。これを残る58.5億人が分け合うとして1人当たり分配量はわずか320キログラム、畜産物の飼料分や加工用途その他の用途分を合わせると、約200キログラム近く不足するであろう。2035年以降、中国とインドが食料を奪い、世界の畜産物生産がこのまま増えていくと、経済力の乏しい国を想像もできない飢餓が襲う可能性がある。  1人当たりの穀物が500キログラムはないと、世界の飢餓は解消されないことがこれまでの経験が示す基準値である。経済レベルがなお低いインドが取ろうとしている方法は、遺伝子組換え穀物の大幅な植え付けであることが明らかになっている。インドばかりではなく、同じような対策に多くの国が触手を伸ばしている。 【関連記事を一気に読む】 #1 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も #2 政府が公表する食料自給率「38%」の根拠に疑問 #3 本当の食料自給率は38%ではなく「18%」の「実態」 #4 世界の耕作放棄地はに何も栽培されない理由とは #5 日本を余った食料の「輸出先」にしたアメリカ #6 2035年に訪れる“世界食料恐慌” #7 人間が生き残るには“肉”を諦めるべきなのか #8 地球を痛め続ける現代の農業・畜産業 #9 中国以上に“社会主義”な日本の「農地法」 #10 日本の農業こそ外国人に任せるような“変革”を ●高橋五郎(たかはし・ごろう) 1948年新潟県生まれ。農学博士(千葉大学)。愛知大学名誉教授・同大国際中国学研究センターフェロー。中国経済経営学会名誉会員。専門分野は中国・アジアの食料・農業問題、世界の飢餓問題。主な著書に『農民も土も水も悲惨な中国農業』2009年(朝日新書)、『新型世界食料危機の時代』2011年(論創社)、『日中食品汚染』2014年(文春新書)、『デジタル食品の恐怖』2016年(新潮新書)、『中国が世界を牛耳る100の分野』2022年(光文社新書)など。
団地に介護施設 自ら住み“どんなに困ってもなんとかなるまち”に ぐるんとびー代表/NPOぐるんとびー理事長・菅原健介
団地に介護施設 自ら住み“どんなに困ってもなんとかなるまち”に ぐるんとびー代表/NPOぐるんとびー理事長・菅原健介 わずらわしくもワクワクするまちづくりの実践を団地で。デンマークで学んだ対話を採り入れ、ケアを拡張する(撮影/倉田貴志)    ぐるんとびー代表/NPOぐるんとびー理事長、菅原健介。2015年、菅原健介は団地に介護施設を開設した。自ら同じ団地に住みながら、365日、地域の住人としても利用者を見守っている。見据えるのは、十数年後に「高齢化の大津波」を迎える日本。どうしたら、私たちは幸せに生をまっとうできるのか。熱い気持ちで動き続ける菅原は、時に理解を得られず、ネットでの「炎上」も経験。でも、対話を重ね、未来を考えたい。 *  *  *  神奈川県の辻堂駅からバスで十数分揺られるうち、目的地の団地に着いた。  8月中旬、その一室の介護施設を訪れると、ごついラジコン車が滑り込み、目の前で回転して止まった。リモコン片手に現れたのは、菅原健介(すがはらけんすけ43)。理学療法士で、この介護施設「ぐるんとびー駒寄」を運営する代表である。 「夜中にメンテしてたらハマっちゃって。これもシゴトっちゃシゴト。いや、半分遊びか」  楽しそうに菅原が笑う。 「ぐるんとびー駒寄」は、小規模多機能型居宅介護で、送迎を含む「通い(デイサービス)」、自宅への「訪問」、短期間の「泊まり」という三つの介護保険のサービスを組み合わせ、利用者の自律した生活を支えている。  特徴は、この介護施設が団地にあるということ。UR(都市再生機構)賃貸住宅の空き室を活用して小規模多機能型居宅介護の事業所を開設するのは、全国初の試みだ。2015年に起業した菅原は、同じ団地の別の部屋に家族と住みながら、団地内や地域に住む利用者を365日見守る。  それにしても、なぜ介護施設にラジコンだったのか。聞けば、地域の公園の一角を貸し切った夏祭りのイベントを企画し、子どもたちが思いきり遊べるラジコンレースを催すのだという。 「僕がやりたいのはまちづくりなんです。自分もそこに住みながら『どんなに困ってもなんとかなるまち』をつくりたいんですよ」  もしかして、高齢世帯や空き家が増え、人間関係も希薄な令和の近郊都市に、江戸の長屋文化のような場所を復活させたいと思っていますか? そう尋ねると、こんな答えが返ってきた。 「高齢化の津波が来れば、ケアのリソースが圧倒的に不足して、主役は住人になる。僕らは『ちょっとだけの共助』の力を引き出すハブになり、介護や医療は必要なところだけ道具として使ってもらえればと思うんです」  だが、そのビジョンの実現は「ある意味、限界への挑戦」でもある。 利用者の外出に付き添う菅原。野菜販売など、まちづくりの実践は多岐にわたる。菅原自身も、団地の自治会の一員だ。「僕らはケアを間に入れつつ、タテ・ヨコ・ナナメに地域の人をつなぐ『かきまぜ棒』」(菅原)(撮影/倉田貴志)   孤立した親子に伴走 困難なケースを救い出す  菅原は小規模多機能型居宅介護と共に、NPOの事業を立ち上げている。そこに地域の住民としての菅原の立場を加えて、リソースを柔軟に切り分け、これまで介護の分野では手の届かなかったケアの実践を試みる。生ぬるくない現場にも対応し、「ケアのハイパーレスキュー活動」だとも言う。  市内に暮らす70代の母親と40代息子への支援がその一例だ。「前頭側頭型認知症」の母親は、暴言・暴力を繰り返し、家で包丁を持ち出していた。外をひとり歩きしては警察に保護され、その回数は年100回はゆうに超えた。息子が相談しても、行政や介護事業所からの支援につながれずにいた。  負荷の大きい介護を単独で担い、10年にもわたる孤立が続き、息子はやむなく自分の外出時には母親が家から出られないようにしていた。しかし、母親は「私をだせー!」と叫び、玄関扉を力ずくで開けようとして内鍵も壊してしまった。  息子のSOSで駆けつけた菅原は、最初に6時間話を聞いた。母親は精神疾患も併発していたが、対策は未着手だった。そこで母親の病院の受診に同行。認知症の介護と障害福祉サービスを併用して受けられる枠組みは市内にはなかったが、行政と何度も粘り強くかけあい、支援体制も整えた。  同時に、周囲に拒絶され続けたと感じ、人間不信に陥っていた息子のケアも、重要課題だった。 「最初、息子さんが外出時に、僕らがお母さんの訪問介護に入ったら、扉が開かないように全部で120キロにもなるコンクリートのブロックを玄関の前に積み上げてから帰ってくれと頼まれた。だけどそれをやるのは、介護事業所の職員としては虐待まがいになるから難しい。かといって拒否すれば、息子さんはまた心を閉ざしてしまう。考えた末、『積むのは、僕のNPO事業の一環』ということにして、一時的には対応したんですよ」  その後、息子にはこう伝えた。 「ブロック重いっすね。あれ、毎回積むのは大変でしょう? 別の方法も考えましょうか」  長い時間をかけ信頼関係を築き、母親が通いや泊まりも利用できるまでに導く。最初は警戒していた息子も、徐々に心を開いていった。 スタッフは約70人。朝の会議では「ALWAYS WHY?」を合言葉に、その人の最善やその時々の最適解を、全員が脳みそを「ぐるんと」回転させて対話しあう(撮影/倉田貴志)   幼少期は自信のない性格 広告営業から理学療法士へ  関わり始めて約2年。今では息子は菅原と冗談を言い合い、最近は福祉事務所で働き始めた。  介護保険制度だけじゃ、人は支えきれない。  菅原が、この事例を通じて実感したことだ。   菅原が企画し、職員が総出で地域の人と交わって「多世代がつながれる」夏祭りを開催。「健介は、人を次々につないでいく『スーパーハブ』」(まこじろう福祉事務所執行取締役・鈴木真)(撮影/倉田貴志)    この親子の救助にかかった経費の大半はぐるんとびーの持ち出しだ。彼らに密接に関わらなくてはならなかった時期は、周囲の同業の仲間に夜勤に入ってもらうなど緊急の応援を頼んだ。  なぜこんなにも他人に深くかかわることができるのか。 「ギリギリの際で生きる人を見ると共鳴しちゃう。自分が生きづらさを抱えてきたから、僕自身の実存の危機を救うケアでもあるのかなと最近思っていて。息がしやすいよう、社会にスペースをあけているのかもしれない」  事業の出発点は、東日本大震災での支援活動にある。  菅原の母、由美(68)は、訪問ボランティアナースの会「キャンナス」の代表を務める。潜在看護師を活用し災害支援などを行う、日本最大規模の医療ボランティア団体で、その活動の功績が認められ、多くの団体から表彰されているカリスマ社会起業家だ。父、雅之(68)は20代で脱サラし、中古車販売を手がける経営者。趣味人で、オフロードバイクの全国大会で入賞した経験もある。  幼い頃から両親は土日も働きづめで、キャッチボールは友達のお父さんと。外食が多く、煮炊きの匂いがしない家で「どこか寂しさはあった」(菅原)。多動傾向があり、遅刻や忘れ物は日常で、学校で叱られることも多々あった。 「僕の自己肯定感を育んでくれたのは、一緒に住んでたばあちゃん。いつでもほめてくれたから」  母の導きもあり、中高一貫校の東海大学付属デンマーク校(08年閉校)に進学。中学高校時代はデンマークで過ごした。  現ぐるんとびー取締役の川島勇我(45)は、同校サッカー部に在籍していた菅原の先輩。その頃の菅原は「自信がない人に見えた。ほとんど印象に残っていない」という。  菅原自身、コンプレックスの塊だったと話す。 「母は常に否定から入ると感じていた。僕が小学校の時にサッカーにハマりかけたら『そろばんをやりなさい』。僕は親の許容範囲内でしか自己表現できず、すべて中途半端になった」  だが、由美はインタビューで、「健介には、なんでも自己選択させてきた」と話すように、親子の認識は、大きくすれ違う。  帰国して東海大学を卒業した後は、IT広告会社の営業に。景気が傾くと不安定な職種だと悟り、医療の国家ライセンスを取得したいと考えた。母からリハビリ職の理学療法士の受験を勧められ、資格取得後にリハビリ病院に就職する。 「やりたい!」が湧き出す菅原は、発熱体そのもの。新しい事業を軌道に乗せるまでの試行錯誤も、そのまま発信する。妻の有紀子は笑って「表も裏も菅原健介」という(撮影/倉田貴志)    就職して2年後に、東日本大震災が起きた。藤沢で小規模多機能型居宅介護などのケア事業所を運営していた母から、 「私の代わりに現場に入って、キャンナスの人と物資のコーディネーター役を引き受けてほしい」  と頼まれた。そこで菅原は病院を辞し、宮城県の石巻や気仙沼で1年半にわたり活動に専念する。  現地では、国家資格を持つ看護師がキャベツをザクザクと切っていた。逆に、被災者のもとに駆けつけた無資格の若い女性が、傾聴に徹して現場の真の困りごとを鮮やかに探り当てる景色も見た。 「専門性ってなんだろうと考えましたね。災害現場では、医療とか介護とか価値観を固定化しないで、『本当に必要なケアとは?』って、とことん考え抜く姿勢が大事だと気づいたんです」  支援現場での経験から、菅原はいざという時に困らないため、「平時からつながり、助け合える地域をつくりたい」と考えるようになった。この防災感覚こそが、後に「高齢化の大津波に備える」という視点に立ったまちづくりの構想に結びつく。  活動を終えてからは、母の介護事業所で働いた。しかし、ケアのことでは必ずしも母と方針が合わなかった。母も柔軟に考えるタイプだが、菅原は輪をかけて柔軟な対応とケアを求めた。それを実現するには、時に医療の常識の枠の中から飛び出す必要があった。さらに親子だからこそ、些細(ささい)なことでぶつかり合う。激しい喧嘩(けんか)を展開して退職。35歳の時に「ぐるんとびー」を起業した。  地域を一つの大きな家族に。身近に関わる人たちが責任や思いやりを少しずつ共有し「ほどほどの幸せ」がある地域社会を形づくる──。  大きな理念を掲げ、菅原は走りだす。 (文中敬称略)(文・古川雅子) ※記事の続きはAERA 2023年10月30日号でご覧いただけます
「池袋暴走事故」民事初判決 松永拓也さんを苦しめた飯塚氏の「それなら謝罪はしない」という不誠実さ
「池袋暴走事故」民事初判決 松永拓也さんを苦しめた飯塚氏の「それなら謝罪はしない」という不誠実さ   家族3人で暮らしたアパートで取材に応じる、松永拓也さん(撮影/写真映像部・佐藤創紀)  東京・池袋で乗用車を暴走させ、松永拓也さん(37)の妻子[真菜さん(当時31)、莉子ちゃん(同3)]の命を奪った飯塚幸三受刑者(92)=実刑確定=に損害賠償を求めた訴訟が、27日、結審した。東京地裁は飯塚受刑者らに、約1億4000万円の賠償を命じる判決を言い渡した。10月中旬、AERA dot.は松永さんに判決前の胸中を取材。そこで明かされたのは、約3年間の民事裁判で経験した苦しみや葛藤、そして今後の人生への願いだった。 *  *  * ――2021年に民事裁判を提訴した際の気持ちをお聞かせください。  やはり、むなしさはありました。2人の命さえ戻ってくるなら、お金なんていらない。でもそれがかなわないなら、せめてなぜあの事故が起きたのかを明らかにしたいと思いました。  というのも、個人の罪を裁く場である刑事裁判では、「飯塚氏がブレーキとアクセルを踏み間違えたのか、車が不具合を起こしたのか」ということしか争点になりません。判決では踏み間違いが認定されましたが、なぜ踏み間違えたのかは分からない。それでは、真相究明と再発防止につながらないんです。事故の原因を知るための材料を洗いざらいテーブルに出すには、民事裁判を起こすしかないと考えました。 【あわせて読みたい】 池袋暴走事故裁判で遺族が被告人質問のニュースに拳をキュッと握りしめた 鈴木おさむ https://dot.asahi.com/articles/-/70909   松永拓也さんと妻の真菜さん、長女の莉子ちゃん(松永さん提供)  ただ、私が所属している関東交通犯罪遺族の会(あいの会)の代表からは、「裁判には出ないほうがいいかもしれない」と言われました。賠償内容を争うなかで、加害者側の損害保険会社の弁護士から、心ない言葉で傷つけられる遺族は多いからです。でも、そのような“二次被害”が横行しているならなおさら、この目で、この身をもって、体験しなきゃいけない。それで本当にひどいと思ったのならば、現状を変えるために行動しようと決めました。 弁護士にブログを引用された ――裁判では、どのような二次被害の実態があったのでしょうか?  一番傷ついたのは、加害者側損保の弁護士が、僕が以前ブログに書いた内容を引用して、「松永は刑事裁判を早く終わらせたいと言っていたから、民事裁判も早期に終わらせるべきだ」という旨の主張をしたことです。刑事裁判のときに書いた「こんな何も生み出さない無益な争い、もう辞めませんか」というメッセージは、あくまで飯塚氏に向けたもの。事故の真相究明のために起こした民事裁判を、早く切り上げたいなんて思うはずないのに、当時の自分の思いをねじ曲げて利用されました。  そんな何の根拠もない主張は裁判で有利にならないし、被害者をいたずらに傷つけるだけです。ブログを引用した理由を裁判上で説明してほしいと、損保会社に書面で伝えましたが、いまだに返答はありません。 【あわせて読みたい】 「私はあなたに刑務所に入ってほしい」 池袋暴走事故で遺族が被告に問うも返事はまるで他人事 https://dot.asahi.com/articles/-/71119   居間の一角が、莉子ちゃんのお絵描き場だった。紙の下半分には、家族3人で手をつないでいる絵が描かれていたが、インクの経年劣化により消えてしまったという。「物ってどんどん壊れていく。それを見るのが悲しくて、おもちゃのキッチンセットなんかも泣きながら解体したんですけど、やっぱりしんどくて。片付けはもうやめちゃいました」(松永さん)(撮影/写真映像部・佐藤創紀)  もちろん、営利目的の企業である以上、賠償額を下げようとするのは理解できるし、弁護人が依頼人の利益を優先するのも当然です。でもそのためなら、配慮のない言葉で相手を痛めつけようがおかまいなしという姿勢がまかり通っているのはおかしい。  ほかの方の事例だと、お父さんを亡くしたご遺族が、「葬儀費がヒラ社員にしては高いのでは?」と追及されたという話も聞きました。「一般的な相場と比べて高いのでは?」だったら正当な主張だと思いますけど、「ヒラ社員にしては」なんて言う必要ないですよね?  弁護士がどういう主張をしているのか、依頼人である保険会社はもう少し精査すべきだと思います。僕たち「あいの会」は昨年7月、これ以上遺族や被害者が傷つけられるのを見過ごせないと、金融担当大臣と面会して、損保への指導をしてほしいと訴えました。 覚悟をきめ、謝罪依頼を受けたら… ――民事裁判を振り返って、特に苦しかったことは何ですか?  21年9月、収監される直前の飯塚氏が保険会社を通して謝罪依頼をしてきて、受けるかどうか、何日も眠れないくらい悩みました。「謝罪によって気が晴れることなんてないのに、受ける必要はあるのか?」「彼と顔を合わせたら、自分はどうなってしまうのか?」などとグルグル考えてしまって。 事故が起きた2019年4月のまま壁にかかっているカレンダー。事故4日後の23日には、「16:00 イングリッシュ!」の文字が。「莉子は、真菜に似て頭がよかったんです。街で駐車場の“P”の文字を見つけたら、どこで覚えたのか、『お父さんお母さん、あれピーでしょ?』って。それで、『今度英語教室行ってみようね』って言ってた矢先に……。自分だけ日が進んでいくのがつらくて、カレンダーをめくれないんですけど、いつかはちゃんとしないとね」(松永さん)(撮影/写真映像部・佐藤創紀)  実は事故以来、飯塚氏からは何度も謝罪依頼が来ていたのですが、断り続けていました。だって、彼は「事故が起きたのは車のせい」と主張しているのに、謝る意味がわからないから。  でも、刑事裁判が終わってもなお謝罪をしたいというなら、きっと本心なんだろうと信じたんです。民事裁判はまだ続いているけど、賠償金を払うのはあくまで保険会社で、裁判の結果は彼自身の利害に結びつかない。ご高齢の彼が収監される前に謝罪できたら、彼にとっては何か救いになるのかなと思って。  それで、覚悟をきめて、受けることにしました。ただ、本心から謝罪をしたいなら民事裁判の中でする必要はないので、「裁判の場でなければ謝罪を受けます」と伝えたら、「それなら謝罪はしない」と言われました。  もう意味が分からないですよ。そんなこと考えたくないですけど、「保険会社から、民事裁判を有利に進めるために謝ってほしいと頼まれたのか?」なんて、つい邪推してしまう。終始振り回されて、心をかき乱されました。 裁判所に認めてほしいこと ――判決を前にした、今の気持ちをお聞かせください。  事故から4年半続いた戦いが、やっと終わるんだなと。加害者がしっかり裁かれて、損害賠償がなされることは遺族にとって必要なことですが、正直、争いごとはもうこりごりです。   半年前から筋トレに打ち込んでいるという松永さん。「もともと真菜がしっかり健康管理をしてくれていたのに、事故が起きてから一気に20キロくらい太ったんです。さすがにまずいと思ってトレーニングをはじめたら、いつの間にか部屋がこんなことに。でも健康のためだったら、真菜も許してくれるかな」(松永さん)(撮影/写真映像部・佐藤創紀)  刑事裁判の判決で、(飯塚氏に)実刑5年が言い渡されたとき、僕はなんの感情も湧きませんでした。飯塚氏の横顔を見ていたんですけど、ただただ、むなしかった。彼には穏やかな老後が、僕には真菜と莉子と3人で歩む未来があったはずなのに、なぜこんなところにいるのか不思議でした。  民事でも同じような感情になると思います。でも、むなしいばっかり言っていてもしょうがないので、裁判所にはせめて、未来の社会につながる判決を出してほしい。具体的には、飯塚氏が抱えていた可能性のあるパーキンソン症候群と、事故の間の因果関係を認めてほしいです。  パーキンソン症候群は脳の病気で、結果的に足が動きづらくなります。事故後、足をひきずりながら歩く飯塚氏の姿が報道されると、「そんな状態で運転したから事故を起こしたんだ」という声が数多く寄せられましたが、因果関係が分からない以上、臆測の範ちゅうを出ない。だから現時点では、僕は高齢ドライバーの問題に言及することはあっても、病気というアプローチで再発防止を語ることができないんです。  もちろん、好きで病気になる人はいないし、病気を理由に制限を設けるのは酷だという意見もあるでしょう。それでも、(病気との因果関係があるならば、)事故によって命を落とす人を一人でも減らすための努力は必要だと思います。   松永拓也さんと妻の真菜さん、長女の莉子ちゃん(松永さん提供)  もし飯塚氏が持病の影響で事故を起こしたと正式に認められれば、パーキンソン症候群の患者さんについて、「車の運転の際にクリアすべき条件を法で定めるべきでは?」「アクセルとブレーキを手で操作できる車なら安全では?」といった議論に持っていける。国を動かすためには、公的な機関が認めた事例が必要なんです。 ――裁判が終わったあとは、どのような生活を願っていますか?  交通事故をなくすための活動に集中して、穏やかに生きていきたいです。真菜と莉子が愛してくれた僕は、2人に怒ったことなんてない、穏やかな人間だったので。裁判中は、こんな怒りに任せた顔をしたくないってすごく葛藤していたんですけど、争いが終われば、やっと2人が愛してくれた自分に戻れるかなと思います。  ただ、僕のすべての行動の根底にある、「2人の命を無駄にしない」という気持ちは、今後も絶対にぶれません。SNSでの発信をふくめた交通事故撲滅の活動は、体力が続く限りやめるつもりはないです。 (AERA dot.編集部・大谷百合絵) ※後編<「クルクルパー」「金が欲しくて提訴を遅らせた」… 交通事故被害者が損保側から吐かれる“心ない言葉”の数々>に続く 【こちらも話題】 あおり運転加害者に「500万以上の高級車」が多い理由 加害者の根底にある“勘違い”とは https://dot.asahi.com/articles/-/13532
人の心を優しくときほぐす……漫画家HERO氏が描く青春ストーリー『あことバンビ』
人の心を優しくときほぐす……漫画家HERO氏が描く青春ストーリー『あことバンビ』 漫画家HERO氏の『あことバンビ』    2020年1月、漫画家HERO氏のWEBで『あことバンビ』の連載がスタートした。22年秋には書籍として発売になり、10月20日発売の8巻で完結した。編集者からX(旧Twitter)のダイレクトメッセージが届き、「書籍にしませんか?」と尋ねられたときには、本当に嬉しかったと語るHERO氏。誰も傷つけず、優しくたゆたうような物語は、どうやって生まれたのか……。 *  *  *  高校を中退して小説家として活動し始めた小鹿かのこ(あだ名:バンビ)は、家賃1万5千円の事故物件に入居する。しかしそこには、自分のことを何も覚えていない女子高生幽霊の「アコ」が憑いていた!? アコとバンビの奇妙な同居生活は、周囲の人々にも影響を与えていく??。この『あことバンビ』は、最後までの話を作ってから100話として描きあげたとHERO氏は話す。 「こういうラストを迎えさせたいから、それまでの話をどうしようか、と。まず1話目と、ざっくりとした中間の物語と最終話を考えて、その間をうまく埋めるように描いていきました。漫画家の中には、描きながらストーリーの方向性が変わっていく方もいるかもしれません。『あことバンビ』は、話の最後は自分で最初に決めて、そのゴールに向かって描いたほうがいいと思いペンを進めました」 純粋な恋愛物語ではない  読み進めていくと、アコは女子高生である山城亜子の生霊だとわかる。初めは夜になると現れるアコだったが、朝になっても消えなくなったり、実際に靴が履けて歩けたりもする。 「『あことバンビ』は純粋な恋愛物語ではないと思っています。アコとバンビのどちらかが相手に近くなるっていうのが、幸せなんだろうと思いました。アコを完全に人間にしてしまうと、山城さんとのポジションが難しくなり、物語を描き進めるうえでいろんなことが不自由になってしまう。不自由さは残しつつも、二人が一緒に暮らせるにはどうしたらいいのか、考えながら描いていきました」 『あことバンビ』には、不思議な雰囲気を醸しだす編集者の比企景国(ひき・かげくに)やバンビの双子の兄姉(陸と華)、山城亜子の幼馴染の宿輪久志(すくわ・ひさし)、バンビの知り合いで霊能力者の入舟唄(いりふね・うた)など、個性的な登場人物が描かれる。さて、HERO氏の好きなキャラクターは? 「やっぱり主人公のアコです。私は、動きのある絵を描くのがちょっと苦手。アコはサイドテールという、アシンメトリーでちょっと頭を動かすと尻尾みたいに揺れる可愛い髪型なのですが、髪の毛の動きでいろんな感情が表現できるのがお気に入りです」  小鹿という名字の主人公だから、あだ名は「バンビ」。それは最初から考えていたのだろうか。キャラクターの名前を何にするのか、漫画家は毎回、悩むのだろうか。 「女の子が“バンビ”って呼ぶのが、ちょっと可愛いなって思っていて。やっぱり可愛い女の子が主人公なので、好きな人のことをそういうあだ名で呼んでほしいなと、個人的に思っていた部分はあります。私は地名から発想したり、珍しいけれど存在していなくもなかったりするような言葉から考えています」  好きなシーンは?と尋ねると「山城さんが、バンビの背中を自分のカバンで叩くところ(88話)」だという。心理的にも物理的にも、2人の距離として大事なシーンでもあり、たっぷりと間を取りつつ大切に描き上げた。 山城さんが、バンビの背中を自分のカバンで叩くところ。『あことバンビ』第88話より   「人が嫌がることをしない」 「さよならだけが なければいいのに」、「朝が幸せだと このまま一生 幸せなんじゃないかと思う」、「たとえそこが 草木も生えない 荒廃した場所だったとしても それでも幸せが必ずあるような」。書籍の帯には人を優しく包み込むような言葉が並ぶ。 「普通に道を歩いているとき、もし今、隣にバンビがいたら私はどういう話をするのかな? 一緒に電車に乗ったとして、目の前にバンビがいたらどんな感じなんだろう? 主人公たちとはいろんな思いをめぐらせますし、『あことバンビ』は、そんな妄想を連載終了まで続けていた作品です。本当は全部のキャラクターで想像ごっこをしたいのですが……」   誰かをモデルにして描くことはしない。マンガに出てくる人物は、HERO氏の中だけで作り上げる。そういう風に描いていくと、周りのキャラクターもリアルになってくるという。  バンビというキャラクターは女性にも男性にも普通に愛されて、透明感もある。人は生きていれば、他人を妬んだりひがんだり、比較して落ち込んだり、マウンティングをしたりしてしまうこともあるだろう。しかし『あことバンビ』の主人公たちは、「人が嫌がることをしない」。特に、男性のキャラクターたちの日々は、とても淡々と描かれている。  「嫉妬してしまうのが人間かもしれませんが、マンガの人物全員がそうなってしまうと話自体が暗くなってしまいますよね。多分、私は知らず識らずに人を妬んでしまうキャラクターと、気持ちが大らかなキャラクターとを分けて描いているんだと思います。バンビの性格を一言で表す言葉として、“無意識に毎日を大事に生きている”。大事なものがわかっていて、それを失わないように生きているんです」 バンビの性格を一言で表す言葉として、“無意識に毎日を大事に生きている”『あことバンビ』第92話より      依存せず、攻撃したりもしない。『あことバンビ』を読むと、家族や兄弟のほどよい距離感が心地よく感じる。しかし、友達の悪口や陰口を言うシーンも描かれている。それはHERO氏が実際に目にしたり、人から聞いたりした話から生まれていったのだろうか。 「今回の取材の質問案を見て初めて、自分の描くマンガは描写が生々しいんだって思いました。自分が高校生の頃に教室で感じていた空気みたいなものを、覚えていたのかもしれません。ただ、自分がいじめの被害者やいじめに加担したといった経験をしたかと問われると、それは違う。多くのマンガやドラマなどのシーンから影響を受けたのだと思います」 その年代特有の、独特な空気  無視されている子がいたとき、それを知りながら自分も声をかけなかったりしたら、いじめの助長になるかもしれない。でも、無視の対象はすぐに変わって、翌週になったら別の子が孤立しているのを目撃した経験はないだろうか。 「人間は結構、気まぐれです。そういう年齢の子たちは、本当に小さいちょっとした気持ちのズレを、世界のすべてと感じてしまう。逃げ場の無い中で、いろんな気持ちがぶつかっているというのが、時にいじめになってしまったり、時に救いになったりもする。その瞬間だけの独特な空気は、この年代特有のものなのだと思います」  山城亜子さんは、自分が悪口を言われていると気がついている。しかし淡々としていて、決してやり返そうとはしない。 「山城さんは、自分の現状を平然と俯瞰で見ています。自分で描きながらも、マンガのキャラクターの中には掴めないキャラがいるんですね。最後の話になるまで“どうしよう?”と、自分でも戸惑うことがあります。そういう思いはもしかしたら、読者に伝わっているのかもしれません」 『あことバンビ』は4コマで進んでいく。この理由は、WEBで描き始めたことが大きかったし、マンガのコマ割りは苦手だと話す。コマ割りは、本当にセンスがいる作業だという。マンガをスマホで読む人は多いが、HERO氏のマンガはスクロールして進めていくのに読みやすく、派手な動きもなく会話劇で進んでいくので、まるで小説を読んでいるかのような気分にもなる。 「SNSの台頭によって、よりマンガが読まれるようになりました。出版社がWEBサイトを立ち上げたということも影響が大きいですね。以前のWEBマンガは、個人が趣味で描いた作品を発表しているという認識でしたが、『週刊少年ジャンプ』や『週刊少年マガジン』に連載されているマンガもネットで読める。昔のようなアンダーグラウンド感は薄れていると思いますが、逆にそれがちょっと、寂しく感じることもあります」  漫画家として1つ飛び抜けるには、努力が必要な時代になった。もっと読まれるには、ありきたりなストーリーではなく、違う視点や感性が必要となるだろう。そんな話を振ると、 「WEB上ではすでに、競争になってきています。マンガを描くのはすごく楽しいのですが、上手な人の絵を見てしまうと、苦しくなってくることもあります」   一緒に夜空を見上げるシーンは、3つのコマを1つにしている。言葉で説明したくないような場面は、情感たっぷりに描く。『あことバンビ』第44話より 一人行動だから育つ、観察眼  『あことバンビ』の連載がスタートしたのは、日本国内で初のコロナ感染者が確認された(20年1月16日)ころだ。新型コロナウイルスが騒がれ始め、外出もままならないままストレスと脅威を感じた人が多かっただろう。しかしHERO氏は、コロナ禍でも漫画家としての生活に大きな変化はなかったという。取材に赴くタイプの漫画家ではなく、自分の中でストーリーを生み出すため、ずっと自宅でマンガを描いていた。外出できないのがストレス!という感覚もなかった。 「基本、一人行動です。話し相手がいないことで、もしかしたら観察眼が育つのかもしれません。電車で派手なファッションの人を見たら、今日は何があるのかな? どういう人なのかな? どんな人生を送ってきたのかな?など、2駅ぐらいの間、ずっとその人について考えてしまったりします」  漫画家になろうと思ったことも、そして今も自分が漫画家だと感じたこともあまりない。個人サイトを立ち上げた時に、マンガだったら気軽に読んでもらえるかもと思い載せてみたら、感想が届いた。「読んでくれている人がいる!」と嬉しくて、今にいたるという。 「子どものころから『らんま1/2』(高橋留美子著)が愛読書なのですが、このマンガを女性が描いていることに驚きました。当時、女性漫画家は少女マンガを描くイメージがあったので、女性でも男性の気持ちや身体の動きが描けるんだ、こんな心躍るようなマンガを描ける人がこの世にいるんだ!と思ったそのときの気持ちは、今も心にずっとあります。『あことバンビ』は私の作品の中でも集大成だと思いますし、私の作品を読んだことがない人には一番読んでほしいです」(朝日新聞出版・長谷川拓美) ■HERO氏プロフィール 漫画家、イラストレーター、デザイナー。自サイトで発表した『堀さんと宮村くん』が2008年にスクウェアエニックスから書籍化。シリーズ累計700万部を超えるベストセラーとなる。その他の作品に『浅尾さんと倉田くん』『雨水リンダ』など。 公式HP「読解アヘン」 ■『あことバンビ』電子版フェア情報掲載 10/20-11/2 「Amazon」、「honto」、「music.jp」、「コミックフェスタ」、「yodobashi.com」、「よむるん」、「Reader  Store」、「ブックパス」 10/24-11/6 「dブック」、「DMM.com」、「Amebaマンガ」、「いつでも書店」、「pixivコミック」、「フジテレビオンデマンド」、「BOOK☆WALKER」、「ブッコミ」、「ブックライブ」、「マンガボックス」、「まんがセゾン」
学校給食に牛乳は本当にいる? 食品ロス削減で「選択制」も子どもの「飲まず嫌い」が増える心配
学校給食に牛乳は本当にいる? 食品ロス削減で「選択制」も子どもの「飲まず嫌い」が増える心配 学校給食に牛乳はつきものか…(写真はイメージです)=gettyimages    希望があれば、給食で牛乳を提供しないという「選択制」を、東京・多摩市が9月から導入した。アレルギーなどを除く理由で飲まれず、捨てられてしまう牛乳を減らそうという狙いだ。給食の牛乳をめぐっては「米飯と合わない」という議論もあるが、牛乳は成長期の子どもに欠かせないカルシウムが効率よく得られる飲み物。栄養の専門家は「安易に外すべきではない」と指摘する。 *   *   *  牛乳の「選択制」を始めた多摩市。これまでは牛乳アレルギーなど体質的な理由で飲めない子どもについては、診断書があれば給食で出さない運用をしていた。しかし、牛乳が苦手だったり、親が飲ませたがらなかったりして、手を付けないままの牛乳が少なからず廃棄されている状況があったという。  そこで市教委は、成長期に欠かせないカルシウムを摂取できる牛乳の重要性を保護者に伝えたうえで、「飲用牛乳停止届」を提出すれば、診断書がなくても学期単位で牛乳を出さない仕組みを始めた。  9月からは市内の小中学校の児童生徒の3%にあたる298人が、牛乳を飲まないという「選択」をした。それまで牛乳の提供をやめていた子どもの数は、1学期は109人だったが、2学期からは3倍弱に増えたことになる。    停止届に書かれた理由で最も多かったのは「飲用による体調不良(乳糖不耐症、下痢、腹痛等)」で243人(教員も含む)。「食物アレルギー」は58人、「特定の食物摂取制限(宗教上や疾病等)」は3人、そして「その他」が75人だった。 「正直、これ以上増えてほしくないな、という気持ちがあります」  と、同市学校給食センター長の佐藤彰宏さんは話す。  気になるのは、食物アレルギーよりも多い「その他」だ。記入が少ないために詳しい理由は不明だが、体調不良といった理由以外で親が「子どもに牛乳を飲ませない」という判断をしたことになる。  佐藤さんは、これから「飲まず嫌い」の子どもが増えてしまうのではないか、と心配している。   【こちらも話題】 「給食がなくなる」夏休みの困窮世帯の不安 一袋20円のうどんに草を分け合い、冷房もない https://dot.asahi.com/articles/-/196969     反対意見なく「選択制」を採択  多摩市が選択制を取り入れたきっかけは昨年8月、市民団体が市教育委員会に出した陳情書だった。 「牛乳アレルギーの子は診断書を提出することで免除されています。しかし、アレルギーはなくても、牛乳が苦手だったり、体に合わないと感じて飲めない子は必ずいます」  団体が市から資料を請求して明らかにした調査結果によると、学校給食の牛乳の残量は、小学校で約10%、中学校で約13%にのぼっていた。 「その多くは、同じ子供が残しているのが現状です。何とか無駄にしない方法はないかと、多くの市民の方に声をかけ、集会を持ちました。牛乳は要らないのではないか、という意見も出ました。(中略)少しでも廃棄する量を減らすために、学期の初めに希望をとる選択制が有効ではないかという結論に達しました」(陳情書)  市教委は2回の審議をへて、「牛乳の選択制」の陳情書を全会一致で採択。佐藤さんは、審議に説明委員として出席したが、特に反対の意見はなかったという。   子どもは牛乳を飲みたがった  一方、こんな事例もある。  今年8月、和歌山市の総合教育会議で「給食の牛乳を減らしてはどうか」という提案が市教育委員から出された。  市保健給食管理課長の宗浩二さんによると、背景にあったのは給食の食材費の高騰による給食費の値上がり。和歌山市では週3日、米飯を提供しているが、牛乳をふりかけや煮干しに代えることで給食費が抑えられるのではないか、という提案だったという。   【こちらも話題】 全国に蔓延する「刑務所の食事よりひどい給食」の実態 エビフライはゼロになり、急増したのは切り干し大根… https://dot.asahi.com/articles/-/201964      自校調理の場合、給食費は1食あたり282円、共同調理では275円。そのうち200ミリリットル入りの牛乳パック代が約70円を占める。 「しかし、牛乳をやめて、他の食材でカルシウムを摂ろうとすると、献立の幅が狭くなってしまう。それに牛乳以上にコストがかかる可能性もある。そう回答して、その場は収まりました」  宗さんの発言は、新潟県三条市で持ち上がった、ある議論を背景にしたものだった。   三条市で試行された「牛乳なし給食」=2015年1月、新潟県三条市    米どころである三条市では08年度以降、完全米飯給食を実施してきた。  そんななかで「ご飯と牛乳は合わないのではないか」という議論が持ち上がり、14年12月から4ヶ月間、試験的に牛乳の提供を停止したのだ。  市教委によると、課題となったのは、文部科学省が定める「学校給食摂取」に示されたカルシウムの摂取量(小学生332ミリグラム、中学生452ミリグラム)を、牛乳なしで達成できるか、だった。  代替食材として煮干し粉やレバー、大豆、小松菜などが活用された。その結果、カルシウムは充足したものの、献立のバラエティーは乏しくなり、おかずも洋風化してしまうという本末転倒の結果となったという。 「牛乳で摂れるカルシウムを他の食材で補うのは難しかった。それに当の子どもたちが牛乳を飲みたがった。そんなわけで、今は給食で牛乳を提供しています」(担当者)   骨は18歳までが勝負  骨と健康について研究してきた女子栄養大学の上西一弘教授は、 「牛乳は比較的手軽にカルシウムが摂れる、とてもよい食品です。子どもたちにとって、学校給食の牛乳が担っている役割は非常に大きい」  と指摘する。   【こちらも話題】 「給食に出てくるスパゲティー、全校生徒分つなげたら何メートルになる?」フェルミ推定で子どもを算数好きに https://dot.asahi.com/articles/-/41468     女子栄養大学の上西一弘教授    上西さんによると、小学校から中学生にかけては「発育スパート」と呼ばれる時期で、骨の発達に最も重要な時期。そのため文科省は、一日に必要なカルシウム量の50%を学校給食で提供するように基準を設定している。 「小学校のときに第2次成長期に入ることを考えれば、入学前から牛乳を飲む習慣をつけておいたほうがいい。さらに、学校から帰って1本、そして休日にも牛乳を飲む。学校給食だけではカルシウム摂取量は十分ではありませんから」    上西さんは、親の安易な判断が、子どもの未来に大きな影響を与えかねないと強調する。  この時期に十分なカルシウムを摂取できないと、骨が大きく、丈夫に成長できない。そしてそのツケは高齢になったとき、骨粗しょう症や骨折となって現れる可能性がある。 「若いときにどれだけカルシウムを骨に『貯金』できるかが、老後の生活の安心につながります。なので、ある意味、18歳までが勝負なんです」    年々膨れ上がる社会保障費をどうねん出するかが大きな課題となっているが、牛乳はそれを抑制する可能性を秘めていると、上西さんは言う。 「高校では牛乳が出ないので、カルシウム摂取量は牛乳1本分、きれいに減る。学校給食で牛乳を出さないなんて議論よりも、高校でも牛乳を出そうという議論をしてほしい」 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)   【こちらも話題】 「学校給食」の70年 廃止の危機、業界奮闘で実ったソフト麺 https://dot.asahi.com/articles/-/40100  
政府が公表する日本食料自給率「38%」の根拠は? 専門家が指摘する5つの疑問
政府が公表する日本食料自給率「38%」の根拠は? 専門家が指摘する5つの疑問 ※写真はイメージです(Getty Images)    日本の食料自給率は38%と公表されているが、その算出方法には不可解な点があると、愛知大学名誉教授で、同大国際中国学研究センターフェローの高橋五郎氏は指摘する。『食料危機の未来年表 そして日本人が飢える日』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して解説する。 *  *  * 【関連記事を一気に読む】 #1 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も #2 政府が公表する食料自給率「38%」の根拠に疑問 #3 本当の食料自給率は38%ではなく「18%」の「実態」 #4 世界の耕作放棄地はに何も栽培されない理由とは #5 日本を余った食料の「輸出先」にしたアメリカ #6 2035年に訪れる“世界食料恐慌” #7 人間が生き残るには“肉”を諦めるべきなのか #8 地球を痛め続ける現代の農業・畜産業 #9 中国以上に“社会主義”な日本の「農地法」 #10 日本の農業こそ外国人に任せるような“変革”を 政府が発表する食料自給率38%の闇  国民が食料自給率を正しく認識することがますます重要になっている。その意味から、まずは「あるべき食料自給率」とは何かについて述べていこう。  さて最も一般的な食料自給率の指標として「カロリーベース食料自給率」というものがある。これは、国民が食べるすべての食料のカロリーを合算し、そのうち純粋な国産部分の割合がどのくらいかを割り算した数字をいう。  日本の農水省が公表しているカロリーベース食料自給率は1965年では73%、1987年には50%、2006年には40%を割り込み、最新の2022年は38%である。農政や農地制度がこのままでは、残念ながら政府目標(2030年度までに)の45%を実現することは間違いなく不可能な情勢である。この目標が達成されるとすれば、日本が輸入各国との競争に負け、国内供給量(消費量)が減る場合だけであろう。 【合せて読みたい】 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も 政府の検討する時代錯誤な「食料増産命令」  農水省のカロリーベース食料自給率は、16項目の食料群を対象に、国民1人が口を通して摂取した食料(経口食料)が持つカロリーをはじき出し、次いでこれを消費(供給)と国産とに分け、2021年を例に取ると、食べたとする食料群の合計2265キロカロリーのうち国産部分を860キロカロリー、これを割り算して38%とするものである。  16項目の食料群とは、コメ・小麦・豆類などの穀物・野菜や果物・肉類や牛乳などの畜産物・魚介類・砂糖類・油脂類・みそなど日本人の日常的な食生活を反映したものだ。  こういってしまうと簡単のように見えるが、実際は、農水省のホームページの説明をいくら読んでも、その計算プロセスと結果はわからないほど手が込んでいる。本書が農水省の食料自給率担当官に何度も問い合わせたところ、とても丁寧に説明いただいた。担当者としてできる範囲の回答をいただいたと思うが、なお不明な点が残った。  以下、大きく5つの疑問を挙げるが、やや専門的で細かい部分になるので、いずれも数字の根拠となる説明がないということだけ理解していただければよいと思う。 【合せて読みたい】 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も 政府の検討する時代錯誤な「食料増産命令」 【1】農林水産物と油脂類など一部加工食品の国産部分と輸入部分を合わせた国内消費仕向量は粗食料(原形のまま)・飼料用・種子用・加工用・減耗量の5つに分けられているが、そのうち穀物の半数近くが飼料用(特にトウモロコシは8割近く)とした根拠、穀物の1割以上を加工用とした根拠などが不明。 【2】粗食料から純食料(食べられる状態の食料-可食部)となる割合を「歩留り」としているが、主に飼料用途のトウモロコシや加工向け大麦などは年ごとの変動が比較的激しく、摂取カロリーを中心とする成分摂取量が年による変動を起こしかねない。このような数値を使うには変動を平準化するための方法、例えば数値の固定化あるいは移動平均化などの措置が必要と思われるが、このようにしない理由は不明。 【3】「飼料自給率」を牧草・わら・発酵剤であるサイレージ・野草などの粗飼料とトウモロコシやコメの副産物であるフスマ(コメの場合は玄米を精米にすると出る粉、麦の場合は粉にする際に出る外皮部と胚芽部分でやはり粉状)、貝殻粉、人工栄養剤、抗菌剤などを混ぜたもの全体の供給量を分母とし国産を分子にして割り算、結果を26%(2021年度の例)としている。しかし、飼料は豚や鶏とでは内容が同じではない。畜産物の差を無視した一律の飼料自給率とする理由は不明であり、果たして科学的といえるか疑問。 【合せて読みたい】 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も 政府の検討する時代錯誤な「食料増産命令」 【4】さらに「飼料自給率」の計算だけは、多くの種類の飼料や原材料をTDN(可消化養分総量という)という単位に置き換えて試算している。農水省がこうした方式をとっているのは畜産物の飼料だけであり、ヒトが食べるコメや小麦、魚介類や野菜などその他には採用していない。その理由は不明だ。  畜産物・食用油・みそ・しょうゆのように原料となる生産物から二次的に作る食料のカロリーベース自給率の試算に当たっては、畜産物であれば家畜の種類ごとに、食用油であれば原料ごとに、みそやしょうゆであればその原材料である大豆・コメとそれぞれの加工形態である2次製品との間の飼料要求率(重量単位で牛肉1はトウモロコシ11など)や還元率(例えば重量単位で大豆油1は大豆5.3に相当など)を用いてカロリー換算すべきだ。なぜ飼料だけにTDNという異なる単位を計算に用いるのか。  TDNはほぼ日本でしか使われていない。自給率を出している国では飼料についてもカロリーを用いている。畜産学系大学の某教授もこの状況には疑問を呈している。 【5】農水省のホームページには、日本の食料自給率のほか、アメリカ・カナダなど11か国の自給率が「諸外国・地域の食料自給率等」として掲載されている。しかし、実はその試算方式は日本の自給率で使う試算方式とは違うことが確認された。計算方式が違えば比較すること自体に意味がない。そのようなものを発表する意図が不明。そもそもそこで示された諸外国と同じ方式による日本の食料自給率は試算しない方針だそうだが、その理由も不明である。 【合せて読みたい】 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も 政府の検討する時代錯誤な「食料増産命令」 重量ベースと生産額ベースという自給率  農水省の食料自給率についてはカロリーベース以外にも、重量ベースと生産額ベースがある。3種類もの食料自給率を同時に作成している国は日本だけであるが、一応これについてもふれておこう。 (1)重量ベース食料自給率  長い間、少なくとも日本政府や中国の情報筋は重量ベース食料自給率を作成し続けている。中国の場合、「糧食自給率」などの表現以外の食料自給率は公表していない。作成すらしていない可能性がある。また、公式的に発表された食料自給率は存在しない。  農水省は2021年度の飼料を含む穀物全体の重量ベース自給率を29%、牛肉や豚肉を肉類として合算した自給率を53%と公表している。肉類については、このほか牛肉、豚肉など個別の重量ベース自給率も掲げている。  穀物を1つに合算した自給率を試算する場合、食料としての用途も栄養成分も異なるコメとトウモロコシを合算することにほとんど意味がないだろう。  ただし、ある食料単独の、たとえば「コメ」や「豚肉」などと個別の自給率を出すことにおいては意味がある。この場合には、コメの食料自給率60%、豚肉35%というように。もちろん、豚肉は飼料を1次原料とする2次製品という性格を持つから、飼料の自給率を厳密に把握した上でなければならない。 【合せて読みたい】 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も 政府の検討する時代錯誤な「食料増産命令」 (2)生産額ベース食料自給率  これについては、まったく意味がないばかりか消費者を迷わすものであろう。こんなやり方をとっている国は、世界広しといえども日本を含むわずか3つの国・地域 にすぎない。イギリス政府と台湾が同様の試算を公表しているが、双方とも「生産額ベース」という表現は使っていないばかりか、「食料」の範囲が日本とは異なるうえに、計算の方法も同じではなく、日本の生産額ベースと並べて比較すること自体に意味は乏しい。  農水省は、「生産額ベース食料自給率」を国民に供給される食料の国内消費仕向額(1年間に市場に出回った額)に対する国内生産額の割合を示す指標と説明している。2021年度のものでは58%となっていて、カロリーベース自給率よりもずっと高い。2021年度は66%だったので年度間の変動が大きいという、この方式の欠点ともいえる現象が浮き彫りになったようである。  しかし、そもそも価格は毎日のように変動するし、自給率の試算に当たって、どの品種でどこの市場のどの価格をとるか、消費時点(年度)とその食料の生産時点、そして為替変動を含めて輸入時点で変動しうる輸入価格をどう決めるのか、など単純な問題がこの方式では放置されている。こうした点をひとまずおいて、とにかく「消費量」といったところで、価格変動はつきものだから不安定なことは変わりなかろう。 【合せて読みたい】 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も 政府の検討する時代錯誤な「食料増産命令」  そして、もう一つ問題なのは、食料自給率の算式では分母に位置する輸入価格の方が分母と分子双方に位置する国産価格よりも安いのが一般的なはずだから(そうでなければ輸入に意味はない)、計算上、分子が相対的に高くなりやすい。  単純化して説明しよう。ある穀物が国産100キログラム、輸入50キログラム、すなわち消費150キログラムとする。そして1キログラム当たり単価が、国産2円、輸入1円。この場合、生産額ベース自給率は、 (100×2)/((100×2)+(50×1))=0.8(自給率80%)  もし、輸入価格が下がって1キログラム0.5円となったとすると、 (100×2)/((100×2)+(50×0.5))=0.888(自給率89%)  国産量も輸入量も変わらないのに、輸入農産物が価格低下あるいは円高により、自給率は逆に上がってしまうのである。逆もまた真である。輸入価格が上昇あるいは円安になれば自給率は低下しよう。この本質を見落とすことは「食料危機」の現実から目を逸らすもの以外のなにものでもないだろう。 【関連記事を一気に読む】 #1 「有事」になれば、大都市では多くの餓死者も #2 政府が公表する食料自給率「38%」の根拠に疑問 #3 本当の食料自給率は38%ではなく「18%」の「実態」 #4 世界の耕作放棄地はに何も栽培されない理由とは #5 日本を余った食料の「輸出先」にしたアメリカ #6 2035年に訪れる“世界食料恐慌” #7 人間が生き残るには“肉”を諦めるべきなのか #8 地球を痛め続ける現代の農業・畜産業 #9 中国以上に“社会主義”な日本の「農地法」 #10 日本の農業こそ外国人に任せるような“変革”を ●高橋五郎(たかはし・ごろう) 1948年新潟県生まれ。農学博士(千葉大学)。愛知大学名誉教授・同大国際中国学研究センターフェロー。中国経済経営学会名誉会員。専門分野は中国・アジアの食料・農業問題、世界の飢餓問題。主な著書に『農民も土も水も悲惨な中国農業』2009年(朝日新書)、『新型世界食料危機の時代』2011年(論創社)、『日中食品汚染』2014年(文春新書)、『デジタル食品の恐怖』2016年(新潮新書)、『中国が世界を牛耳る100の分野』2022年(光文社新書)など。
スマホ「依存」はどんな症状? ハマりやすい人の特徴を全米トップ高の星友啓校長が解説
スマホ「依存」はどんな症状? ハマりやすい人の特徴を全米トップ高の星友啓校長が解説   ※写真はイメージです(Getty Images)    スマホを使っていると、ついつい夢中になって長時間経っていた…という経験は誰しもあることではないだろうか。ある調査では、「自分はスマホ依存なのではないか?」と心配している人が多くいることがわかっている。では、スマホの“ハマり過ぎ”とはどういう状態なのか。アメリカのスタンフォード大学が運営するオンラインハイスクールの校長で、哲学博士の星友啓氏は、様々な研究結果をもとにスマホがおよぼすポジティブな影響を解説。同氏の新著『脳を活かすスマホ術――スタンフォード哲学博士が教える知的活用法』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集し、スマホ依存になりやすい人の特徴について紹介する。 *  *  *   【あわせて読みたい】 #1 「スマホは悪い」に全米トップ校長が反論 #2 「スマホにメモ」で記憶力が17%アップ #3 教え上手な先生「ノートを書く手を止めて」 #4 「アクションゲームは脳に良い」 #5 星校長が語るスマホゲームのススメ #6 ゲームが育てる「成長マインドセット」 #7 星友啓校長が警告するSNSの使い方 #8 情報を受けるよりポジティブな発信を #9 スマホに「依存」しやすい人の特徴は #10 SNSで満たされる心の「三大欲求」とは   「スマホ依存」には医学的定義がない  急速なスマホの普及とともに、スマホへの心配も深まってきています。  例えば、以下は、アメリカで行われたある調査の結果を抜粋したものです。 ・他のことをすべき時にスマホに夢中になってしまい、問題が生じることがある。54% ・スマホをやっているせいで眠れなくなる。34% ・スマホの電源を切るのが難しいと感じる。31% ・しばらくスマホをしないと不安になる。33% ・スマホに費やす時間のせいでパフォーマンスが下がっている。31% ・スマホに夢中になって、やり過ぎてしまう。65% ・大事なことをするより、スマホに夢中になってしまうことが多い。58% ・スマホがないと自分を見失った気になる。40% (出所:Horwood S & Anglim J( 2018)“ Personality and problematic smartphone use: A facet-level analysis using the Five Factor Model and HEXACO frameworks.” Computers in Human Behavior, 85:349-359. /筆者翻訳〈意訳〉) 【こちらもおすすめ!】 「アクションゲームは脳に良い」との最新研究 全米トップの星友啓校長が勧めるゲームとは  スマホを「断罪」するネガティブキャンペーンの影響があろうとなかろうと、多くの人がこんなふうに心配しているのが現実です。そんな中で、「スマホ依存」などという言葉を聞くと、「あ、自分も依存なのかな……」と心配になってしまうのも致し方ないでしょう。  実際、本書で取り上げてきたようなスマホのSNSやゲームにハマって、 「このままだと“ゲーム依存”になってしまうんじゃないか?」 「自分はすでに“スマホ依存”なのではないか?」  そんなふうに心配している人もかなり多いのではないでしょうか。それを測るモノサシが存在しないので、当然と言えば当然のこと。いったいどこからが依存症でどこまでが正常なのか、誰もわからないからです。  ここで注意しておきたいのは「依存」という言葉です。かなりドキッとする言葉ですよね。  しかし「スマホ依存」は、医学的には「依存症」として扱われていません。これは「ゲーム依存」や「SNS依存」に関しても同様です。  一方で、もちろん「薬物依存」や「ギャンブル依存」には医学的定義があり、医療的な対処法も生まれています。そしてそれらの「依存症」と称される症状に対して、ゲームやSNS、スマホなどへのハマり過ぎの状態はそうした定義に分類されないのです。  そのため、そうした「ハマり過ぎ」を「依存」と呼んでもいいものなのか、実際に現在も科学的な議論が続いています。 【あわせて読みたい】 情報を受け取るよりポジティブな発信を 全米トップ高校長・星友啓氏おススメのSNSの使い方  しかしもちろんのこと、「ゲーム依存」や「スマホ依存」と呼ばれるようなハマり過ぎは、ゆゆしき問題です。  では、そのような状態をどう解釈すればいいのか。どこまでが大丈夫で、どこから先が「依存症」なのでしょうか。 アメリカでは「PSU」という呼び名も  現在のところ、「スマホ依存」や「ゲーム依存」をめぐる議論では、「やり過ぎてしまって普段の生活で他にやるべきことに支障が出てしまう状態」を、問題視すべき「ハマり過ぎ」の状態とみなしています。したがって、スマホやゲームにかなりハマり込んでいる場合でも、日常生活やパフォーマンスに影響が出ない程度であれば、心配することはないのです。  例えば、1日トータルで4時間くらいゲームをやっていたとしても、勉強もそれなりにやって十分な成績を収め、しかもスポーツもしていて人ともしっかり話していれば、まったく問題はないでしょう。  しかし、夜の3時間のスマホのせいで眠れなくなってしまい、朝が起きられなくて学校に行けないとなってくると、これは問題です。スマホの使用を減らす必要があるでしょう。  こうした観点から、アメリカでは「Smartphone Addiction(スマホ依存)」ではなく、「問題があるスマホの使用」という意味の「Problematic Smartphone Use(プロブレマティック・スマートフォン・ユース)」、頭文字をとって、「PSU」と呼びましょう、とされてきています。 【こちらもおすすめ!】 スタンフォードで教える校長が語る 「不登校は才能、個性の一つの形」  最近の研究では、どういう人がPSUになりやすいのかも明らかになっています。以下がPSUになりやすい人たちのメンタルの主な特徴です。 ・神経質、神経症 ・不安、うつ ・感情的 ・ネガティブ思考、自己懐疑的  逆にPSUになりにくい人の特徴は、 ・正義感が強い ・正直で謙虚 ・何でもオープンに話せる ・他人のフィードバックを受け止められる  持続可能なスマホ使用の「モチベーション」を維持するために、自分がPSUになりやすいかどうかをしっかりと見極めておきましょう。  その上で、もし自分のスマホ生活に課題があると感じるならば、自らで変えていくことが大切です。     【ほかの回もあわせて】 #1 「スマホは悪い」に全米トップ校長が反論 #2 「スマホにメモ」で記憶力が17%アップ #3 教え上手な先生「ノートを書く手を止めて」 #4 「アクションゲームは脳に良い」 #5 星校長が語るスマホゲームのススメ #6 ゲームが育てる「成長マインドセット」 #7 星友啓校長が警告するSNSの使い方 #8 情報を受けるよりポジティブな発信を #9 スマホに「依存」しやすい人の特徴は #10 SNSで満たされる心の「三大欲求」とは   ●星 友啓(ほし・ともひろ) 1977年、東京生まれ。スタンフォード・オンラインハイスクール校長。哲学博士。Education; EdTechコンサルタント。2001年、東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。02年より渡米、03年、テキサスA&M大学哲学修士修了。08年、スタンフォード大学哲学博士修了後、同大学哲学部講師として論理学で教鞭をとりながら、スタンフォード・オンラインハイスクールスタートアッププロジェクトに参加。16年より校長に就任。現職の傍ら、哲学、論理学、リーダーシップの講義活動や、米国、アジアにむけて、教育及び教育関連テクノロジー(EdTech)のコンサルティングにも取り組む。著書に、『スタンフォード式生き抜く力』(ダイヤモンド社)、『スタンフォードが中高生に教えていること』『「ダメ子育て」を科学が変える! 全米トップ校が親に教える57のこと』(SB新書)、『脳科学が明かした! 結果が出る最強の勉強法』(光文社)、『全米トップ校が教える 自己肯定感の育て方』(朝日新書)、『子どもの考える力を伸ばす教科書』(大和書房)がある。【公式サイト】https://tomohirohoshi.com/
防衛相がこぼした「安倍さんが約束しちゃったから」 米から武器を爆買いしたツケの「兵器ローン」
防衛相がこぼした「安倍さんが約束しちゃったから」 米から武器を爆買いしたツケの「兵器ローン」 来日したトランプ元大統領と安倍元首相(ロイター/アフロ)    岸田政権が防衛費をGDP比の2%、5年間で43兆円に倍増することを決めた。財源確保に向けた防衛増税の背景には、安倍政権時代に米国製兵器の爆買いがあるという。その流れは岸田政権に引き継がれ、兵器ローンが重くのしかかる。小塚かおる氏の新著『安倍晋三 VS. 日刊ゲンダイ 「強権政治」との10年戦争』(朝日新書)から一部を抜粋、再編集して紹介する。(肩書は原則として当時のもの) *  *  *   【あわせて読みたい】 #1 安倍晋三元首相の経済政策がのっけから躓いた当然の理由 #2 貧しい国、人権も尊重しない国に外国人は住みたいか #3 防衛相がこぼした「安倍さんが約束しちゃったから」 #4 「軍備の増強と、使わない外交を」梶山静六の言葉の重み #5 公文書改ざん問題で自死した赤城俊夫さんの苦悩を、妻・雅子さんが明かす #6 安倍政権の「国会軽視」を加速する岸田首相 自民党の謙虚さはどこに #7 「3年間、抱っこし放題」で女性が喜ぶと疑わなかった安倍首相のズレの根深さ #8 「夫が働き、妻は家で子育て」古い価値観に固執する自民党 #9 「女性ならではの感性と共感力」で漏れたオッサン政治の本音  #10 勝率“8割”世襲議員に国民の苦しみは理解できるのか    安倍政権時代の実質的な外務大臣は安倍晋三氏だった。 「地球儀俯瞰外交」や「自由で開かれたインド太平洋」などの新たなスローガンを掲げ、日米同盟を強固にしたのは間違いないだろう。  中でもトランプ米大統領とは、安倍氏本人も『安倍晋三 回顧録』で明かしているように、1時間や1時間半も「ゴルフ談議」の長電話をするほど親しかった。ワシントンの常識が通用しないトランプ氏は、だからこそ一部に熱狂的な人気があるのだが、そんなトランプ氏と会話が噛み合う政治家は少数派だ。安倍氏は2020年夏に首相を退陣した後、体調が改善したあたりから、近しい周辺に「24年の米大統領選挙でトランプ再選なら、私しか総理はできない」と、3度目の政権への意欲を見せていたという。 【あわせて読みたい】 「軍備の増強と、使わない外交をセットで」 “軍人”梶山静六が残した言葉の重み  だが、対日貿易赤字に不満を示し、「バイ・アメリカン(アメリカ製品を買おう)」と呼びかけるトランプ氏の歓心を買うために差し出されたものの代償は重い。  トランプ氏は口を開けば日本に対し、「武器を買え」と要求してきた。国賓として来日した際はもちろんのこと、国際会議での首脳会談時や、長電話の中でも「武器を買え」の要求があったという。  そんな米国にシッポを振って武器を爆買いした結果、どうなったか。安倍政権時代に米国の武器輸出制度「対外有償軍事援助(FMS)」の支払いがとんでもない額に増えてしまった。  このFMSはクセモノで、米政府が価格設定を主導し、交渉の余地は皆無に等しい。つまり、米国の「言い値」で武器を買わされている。そのうえ、購入代金は複数年度に分割して支払う。その「兵器ローン(後年度負担)」の残高は、第2次安倍政権1年目の13年度の3.23兆円が、22年度には5.86兆円だ。実に、日本の年間防衛費に匹敵する額にまで増えているのだ。米国への支払額も当然、増すばかりだ。  防衛ジャーナリストの半田滋氏がゲンダイ(2022年5月30日発行)で次のように実態を指摘した。 【あわせて読みたい】 「安いニッポン」インバウンドはいいが…貧しい国、人権も尊重しない国に外国人は住みたいか 「FMSによる米国製兵器の調達額は、第2次安倍政権で大きく膨らみました。それまでは、民主党政権でもその前の自民党政権でも年間500億~600億円で推移していたのが、安倍政権の2013年度に1000億円になり、15年度には4000億円、19年度には7000億円を超えたのです。安倍政権8年のローンの支払いが今、本格化している。22年度の米国への“ツケ払い”は対前年比で10%以上も増えています。防衛費の内訳は4割が人件費、4割がローンなどの歳出化経費、2割が一般物件費で、ローンの額が膨らめば防衛費が足りなくなるのは当然です。兵器が本当に必要なのかどうかとは関係なく、安倍政権の7年8カ月で米国に巨額を支払う流れができてしまい、逃れられなくなっている。弾薬不足などという防衛費増額理由の解説は口実。安倍氏の失政を見えなくする隠蔽工作です」  加えて理解しかねるのは、百歩譲って、これだけの費用を投じて防衛力が高まるのならまだいい。ところが現実は、高価なだけで性能がすばらしいわけではなく、現場の自衛隊が欲しがっていない使えない兵器ばかり買っていることだ。 【こちらもおすすめ!】 安倍晋三元首相とジャニーズの「蜜月」 タレントを官邸に招き、ジャニー氏に弔電まで送った“知られざる関係”とは グローバルホーク(写真:アフロ)    代表例が悪名高き無人偵察機「グローバルホーク」である。3機の購入を決めたのはオバマ政権の時代の2014年だが、半田氏によれば、グローバルホークは陸上偵察用なので、島国の日本には無用の長物と言っていい。明らかな“政治案件”で、陸海空の自衛隊のどこも欲しがらず、現場のない内部部局が仕方なく手を挙げた。契約当初の価格から何度も値上げされたうえ、使い道もないのでキャンセルすることも検討されたが、政治案件なので決断できず。当時の防衛相は「安倍さんが約束しちゃったから」と漏らしていたという。  その後、グローバルホークは航空自衛隊の三沢基地に配備されることになり、「偵察航空隊」という新部隊が発足してはいる。しかし、実際の運用や整備は米国の技術者が担うため、彼らの生活費も日本側が払うのだという。その額40人で年間30億円。1人当たり年間7500万円というとんでもない高額だ。  23年3月1日の参院予算委員会で行われた辻元清美参院議員(立憲民主党)の質問での、防衛省とのやり取りにも驚かされた。 「グローバルホークを9年前に契約した。3機で613億円、維持費はその5倍の2951億円。9年経ってもまだ1機納入されていない。その間に米空軍は2年前、日本が買う機種は旧式で中国の脅威に対応できないとして、保有する20機すべてを退役させるとしたのは事実か」  この質問に、防衛省は「承知している」と答え、事実だと認めた。 【あわせて読みたい】 〈この国の首相はアホかホラ吹きか〉安倍晋三元首相の経済政策がのっけから躓いた当然の理由  つまり、こういうことだ。米空軍が「使い物にならない」として「退役」を決めた型落ちの無人偵察機を、日本は多額の税金を投じて購入契約したうえ、まだ「未納の機体」もある。そして、未納分を含めた維持費はすでに3000億円近い。これでは税金がいくらあっても足りるはずがない。  故障が多いなどの問題が指摘されている最新鋭ステルス戦闘機F35についても、当初の導入計画は42機だったが、安倍首相がトランプ大統領に追加調達を約束し、合計147機の配備計画となっている。機体購入費と維持費で6兆円超かかる見通しだ。  これについては、トランプ大統領が19年の訪日時の記者会見で、「米国の同盟国の中で日本が最大のF35保有国となる」と明かし、安倍氏を“称賛”している。買い手のいない戦闘機を大量購入してくれるのだから“日本は上客”ということなのだろう。 防衛費倍増で手形を決済する岸田首相  岸田文雄政権が防衛費をGDP比の2%、5年間で43兆円に倍増することを決めたが、その裏には、安倍政権時代に出来上がった米国からの兵器爆買いの流れと膨れ上がったFMSの兵器ローンという“負の遺産”が横たわる。 【あわせて読みたい】 驚くべき勢いで戦争準備が進む日本 パレスチナもウクライナも利用する自民党に騙されるな 古賀茂明  さらには、FMSに荷重が置かれたため、日本国内の防衛産業への支払いが5年ローンから10年ローンに引き延ばされるなどした。そうした国内防衛産業を支援するための法律も2023年に成立した。米国に借金を返しながら、新たな借金を作り続ける“無限ループ”に対応していくためには、防衛費をこれまでの倍の額にしなければ回らないということなのだ。その結果、予算が組めないから、27年度までのどこかのタイミングで必ず「防衛増税」なのである。  首相官邸の関係者はこう言った。 「安倍氏がトランプ氏と約束した防衛費のGDP比2%を岸田首相が実現した。米国から巡航ミサイル『トマホーク』の購入を決めたのも、安倍政権時代の延長線上にある。安倍氏はトランプ氏に7兆円分の武器購入の手形を切っている。岸田首相がそれを引き継いだ」  7兆円という金額はどういう根拠なのか不明だが、いずれにしても理不尽な防衛増税は、安倍氏が作ったツケを国民が払わされるということなのだ。  そして米国がトランプ共和党からバイデン民主党に政権が代わっても、防衛費を倍増し、日本に武器を買ってもらう“約束”は引き継がれている。  バイデン大統領が23年6月20日の自身の集会でポロリと暴露した。後に訂正してはいるが、支援者向けアピールに使われたその演説の中身は衝撃的だ。 「私は日本の議長、大統領、副……いや失礼、指導者と広島(G7サミット)を含め、確か3回会談した。そして彼(岸田)が……、私が彼を説得した結果、彼自身が何か違うことをしなければと思うに至ったのだ。日本は防衛費を飛躍的に増やした」  安倍氏も岸田氏も、米国の言うなり。米国はそれを当然視している。日本政府に自主性はない。その結果、国民負担が増えるというのは納得できない。     【ほかの回もあわせて】 #1 安倍晋三元首相の経済政策がのっけから躓いた当然の理由 #2 貧しい国、人権も尊重しない国に外国人は住みたいか #3 防衛相がこぼした「安倍さんが約束しちゃったから」 #4 「軍備の増強と、使わない外交を」梶山静六の言葉の重み #5 公文書改ざん問題で自死した赤城俊夫さんの苦悩を、妻・雅子さんが明かす #6 安倍政権の「国会軽視」を加速する岸田首相 自民党の謙虚さはどこに #7 「3年間、抱っこし放題」で女性が喜ぶと疑わなかった安倍首相のズレの根深さ #8 「夫が働き、妻は家で子育て」古い価値観に固執する自民党 #9 「女性ならではの感性と共感力」で漏れたオッサン政治の本音  #10 勝率“8割”世襲議員に国民の苦しみは理解できるのか   ●小塚かおる(こづか・かおる) 日刊現代第一編集局長。1968年、名古屋市生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。関西テレビ放送、東京MXテレビを経て2002年、「日刊ゲンダイ」記者に。19年から現職。激動政局に肉薄する取材力や冷静な分析力に定評があり、「安倍一強政治」の弊害を追及してきた。著書に『小沢一郎の権力論』(朝日新書)などがある。
イスラエル軍の地上侵攻は「不可避」 最悪のシナリオ招くかはイランとロシアの動き次第 慶応大教授が今後の展開を解説
イスラエル軍の地上侵攻は「不可避」 最悪のシナリオ招くかはイランとロシアの動き次第 慶応大教授が今後の展開を解説 10月18日、ガザ地区で。イスラエルの空爆によって破壊された建物の瓦礫の上でうずくまるパレスチナ人の少年(写真:AP/アフロ)    イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの地上侵攻の緊張が高まっている。今後どのような展開が予想されるのか、慶応大学法学部教授・錦田愛子さんに聞いた。AERA 2023年10月30日号より。 *  *  *  パレスチナのガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」はなぜ今回、イスラエルへの攻撃を始めたのか。背景にはまず、2007年から続くガザ地区封鎖の長期化があります。  ガザの人たちは生活に必要な物資も得られず、失業率も高く、若い世代は将来への展望が持てない。そんな不満の中で、ハマスはイスラエルとの前回の戦闘(21年)以来「2年間準備してきた」と幹部が語るなど、周到に備えてきました。  加えて昨年末のネタニヤフ政権成立以降、ヨルダン川西岸地区では入植者による暴力が頻発、パレスチナの民間人の死者がここ15年で最高になっていること。政権閣僚によるエルサレムのイスラム教聖地訪問という挑発が繰り返されていることも、背景としてあったと思います。  今回はこれまでの両者の戦闘とは大きく異なる点があります。 大きな交渉カード  一つは、イスラエル側に前例のない規模の犠牲者(死者1400人以上)が出ていること。ガザに圧倒的な被害者が出ていた過去の戦闘では、国際的な連帯運動としても「パレスチナ支援」の声は上げやすかった。しかし今回のように「ハマスもやりすぎでは」となってくると、国際世論は分断され、今後の展開に大きな不確定要素を突きつけることになるかもしれません。  またこの多大な犠牲には、ネタニヤフ政権の後手に回った対応の責任が問われるでしょう。いまは「打倒ハマス」で一枚岩でも、戦闘が終わった段階で、ネタニヤフが責任を取らされることは避けられないと思います。   【こちらも話題】 イスラエル首相が報復宣言「ハマスを地球上から抹殺する」 ガザ地区の人口は半数が子ども https://dot.asahi.com/articles/-/203929 10月17日、ガザ地区で。死傷者がいないか瓦礫の下を捜索するパレスチナ人(写真 ロイター/アフロ)    過去の戦闘と最も異なるのは、ハマスが人質を取った点です。これがなければ、もっと早い段階でイスラエルの地上侵攻は始まっていたでしょう。ハマスの側に大きな交渉カードがあることは重要な点だと思います。  近いうちに地上侵攻が始まることは不可避だと見ています。そもそもネタニヤフ政権の治安上のミスが招いた事態に、すでに36万人の予備役が招集されている。これを一切動かさず「交渉で解決」と言っても、国内世論が収まらないでしょう。  カギはやはり「人質の解放がどうなるか」です。私は民間人、とくに外国籍の人質はハマス側が国際的な批判を恐れ、解放される可能性があると見ますが、軍人は手元に残して最後まで交渉カードとして使うでしょう。  そうなったときイスラエルとしては、空爆だけで救い出すことは難しい。解放のために地上軍の特殊部隊だけでも送り込むという展開はあり得ます。 錦田愛子(にしきだ・あいこ)/慶応大学法学部教授。専門はパレスチナ・イスラエルを中心とした中東地域研究、移民・難民研究。共著に『教養としての中東政治』、編著に『政治主体としての移民/難民』などがある   最もベターな道は  双方の軍事力には圧倒的な差があり、地上戦は1、2カ月程度で終わるでしょう。何よりも民間人の犠牲を最小限にという観点で言えば、ハマスが民間人解放と引き換えに要求する政治犯釈放などの条件をイスラエルが受け入れ、残りの人質解放のため特殊部隊の突入のみで侵攻が終われば、最もベターな道と言えるかもしれません。  ただ、ガザ北部で地上戦となれば、イスラエルと敵対するレバノンのイスラム教シーア派組織「ヒズボラ」も黙っていないでしょう。加えてハマスやヒズボラの後ろ盾であるイランが全面的にコミットしたり、あるいはイランと関係の深いロシアも何らかの形で顔を出してくれば、状況は複雑になります。  もちろんイランやロシアが直接イスラエルを攻撃することはあり得ない。ただ「アメリカ、イスラエル対ロシア、イラン」という構図が生まれるようだと、問題の解決はさらに難しくなる。最悪のシナリオだと思います。 (構成/編集部・小長光哲郎) ※AERA 2023年10月30日号   【こちらも話題】 日本の対中東政策「イスラエル寄り」に変化、米国を意識か アラブ諸国との「信頼関係を重視する視点も必要」識者が指摘 https://dot.asahi.com/articles/-/204599
運動オンチのせいで自己肯定感を削られた「運動会」の記憶 3兄弟の母が親になって考える「優劣と評価」
運動オンチのせいで自己肯定感を削られた「運動会」の記憶 3兄弟の母が親になって考える「優劣と評価」 順位より親の言葉がつらかった運動会(イラスト/tomekko)    運動会は、「運動が苦手」な子どもたちにとっては気の重いイベントかもしれません。「順位」「勝ち負け」「競争」といった評価にさらされ、自己肯定感がダダ下がり、スポーツを楽しむどころではなくない子どもも一定数いるようです。そんな気持ちが露呈するたった一日の運動会。「子どもが得意なことで輝くってどういうこと?」――3人兄弟を子育て中のコミックエッセイストで、“超運動オンチ”なtomekkoさんに、「子どもに当ててほしいスポットライト」について綴ってもらいまいした。 *  *  *  スポーツの秋ですね。毎日のように近所の幼稚園や学校から運動会練習の賑やかな声が聞こえてきます。この時期、土曜日はほとんどどこかで運動会やってるんじゃないでしょうか。もちろんわが家も小学校に保育園にと運動会を駆けまわる10月です。  子どもの成長や活躍を見られるのは楽しみですよね。うちには運動があまり得意でない子もいますが、それなりに楽しみにしていて昔の運動会とは何かが違いそうだなぁと感じていました。  実は絶望的な運動オンチの私にとっては「運動会」というワード自体がトラウマでして。「運動会」と書いて「こうかいしょけい」と読むと思ってると言っても過言ではありませんでした。 全員強制出場の徒競走(万年ビリ、絶好調でもビリ2) 一つも入らない玉入れ(飛んでくる味方の玉にもビビる) 手が痛いだけでなんの戦力にもならない綱引き(なんなら邪魔ですよね私) 軽いという理由だけで担がれるものの疾風の如く奪い取られる騎馬戦の帽子(迫り来る勢いが怖い怖い怖い)  こんな感じなので、義務教育期間は毎年運動会なんて大雨で中止になれと呪い続けていました。まぁ、さすがにここまでひどいのは自分くらいだろうと思っていたんです。まわりはみんな晴れたらいいな、運動会楽しみだねとにこにこしている人ばかりだったから。  でも少し前、仲の良いママ友の口から 「実はさ……私超運動オンチで、運動会って昔から大っ嫌いなんだよね……」  という告白を聞いて衝撃を受けました。 (またまた〜どうせ50m8秒台ぐらいで私走るの遅いからぁとか言ってる人でしょ? 騙されませんよ本物の運動オンチは!) tomekkoさんの自画像    彼女は長男が赤ちゃんの頃にはじめてできたママ友で、いつ会っても明るい笑顔で友達も多い、見た目はスポーツ万能そうな陽キャ。コミュ障陰キャの私とは全然違う明るい人生を歩んできたのだろうな、と思っていたんです。しかし彼女の運動会の思い出を聞いてみると、まるで私の記憶を辿っているかのように共通点だらけ。  体育全般が苦手だった彼女にはスポーツ万能のお姉さんがおり、小学校の運動会では家族にいつも比較されて自己肯定感ゴリゴリに削られる地獄の時間だったそう。私にはきょうだいはいないものの、毎回ランチタイムは「あなたは闘争心が足りないからダメなのよ」「鈍臭いからスタートダッシュが遅いのよね」と母のダメ出しタイムになっていたことを思い出しました。 「他の教科ではこんなことって無いのに、運動が苦手なだけでこんなに人格否定されてメンタル潰される運動会ってなんだったんだろうね……」  と2人揃ってため息をついたのでした。  そんな彼女と公園遊びに出掛けたある日、子どもたちが使っていないバドミントンセットが転がっているのを見て、 「……ねぇ……やってみる……?」  どちらから言い出したのか忘れましたが、絶望的運動オンチ同士のバドミントン対決が実現しました。まぁ、まず当たらない、偶然当たればホームラン、羽根どっか行く。公園の端っこまで取りに走って戻ってようやく再開。ここにちょっとでもできる人が入ったら相当イラつくであろう永遠にラリーの始まらないラケット振り回し大会でした。  でもね、本人たちは羽根追っかけて走ってまた空振りして……の繰り返しに腹がよじれるほど笑っていました。 「あー! 体動かすって楽しいねー!!」  バドミントンの目的は全然果たしてないのに汗だくおばさん2人の出来上がり。運動できる人には理解不可能でしょうが、私たちは大満足だったんですよ。見ていた両家の夫たちも妻のへっぽこぶりがツボに入り動画を撮りながら笑い出し、大人たちがドタバタしながら大笑いしているのを見て、虫探しに夢中だった子どもたちもいつの間にか集まってきて最後は一緒に楽しみました。  それ以来この家族でキャンプやアウトドアに出かける時には「バドミントン持ってく?」が合言葉になっています。  何が言いたいかっていうと、運動オンチだって誰も傷付かず笑顔で「スポーツ楽しかった!」という感想を持てる方法はあるんですよね。  齢四十にしてそんな当たり前のことがようやくわかったのは、それまで経験した学校生活におけるスポーツが常に「競い、順位を付け、優劣をはかる」ものだったから。そしてバカにされたり恥をかいたと感じることが増えるごとに、どんどんスポーツに苦手意識が芽生え、大人になる頃には人前で体を動かすこと自体避けるようになってしまった。そんな人、結構いるんじゃないでしょうか。  運動や芸術のような得手不得手が分かれる科目って、小学生のうちに幅広く触れてみる機会を持つのは大切だけど、それを公の場で優劣をつけ評価することにメリットはあるんでしょうか?  持つ必要のない劣等感を持つきっかけは、できればなくしていきたい。だからってみんなでおてて繋いで一緒にゴール!なんて茶番をしてほしいとは微塵も思いません。 「運動会でしか輝けない子もいるんです」  一方でこんなツイートも以前見かけました。これもまた、分かる。ものごとにはいろんな側面があるものですね。  わが家には選抜リレー走者に選ばれる可能性のある子はいないけれど、リレーでは自分のことのようにチームを熱心に応援していたし、親のほうも小さい頃から知っている俊足の子を見つけると大きな声援を送っていました。  運動オンチから見ても、運動神経が良く負けず嫌いの子たちが全力で競技に向き合う姿は純粋にカッコいいし、拮抗した実力の競り合いって応援にも熱が入って盛り上がります。スポーツ、やらないけど見るのは好きって人も多いですもんね。だから、そういう子には存分に力を発揮してほしいと思っています。いつも興奮と感動をありがとう。  コロナ禍を経ていろいろな行事の内容が縮小された中で、わが子の学区の小学校では全員参加の徒競走が無くなり、今年も選抜リレーのみでした。いやー、コロナで気付けた学校行事の5大無駄ぐらいの一つだと思います。徒競走。  徒競走で個人に順位づけするのをなくした代わりに、指導要項の変化によりクラスや学年全員参加のダンス種目が入った学校も多いですよね。リズム感がない、振り付けを覚えられない、人前で踊るのが恥ずかしい……これまた子どもによってネガティブ要素を持ちやすい種目なのが先生たちにとっても悩みの種だろうとお察しします。  ダンスなんて特に「楽しむ」ことができなくなったら終わりだと思うもん……。  わが家の男子たちはたまたまそれなりに楽しんでいるようでしたが、クラスの団結力を見せるために一斉に踊るダンスがしんどい子もいないわけはないですよね。なんとなくだけどこれもまた、いずれ徒競走のように淘汰されていく未来が見えるような気がしてしまうのでした。  ところで6年生の長男は学校での話を全然しないので、だいたいの情報はママ友から仕入れている私。最近唯一得意な社会の時間に長男がコメントする時間を担任の先生がくださっている、という話も先日ママ友が教えてくれました。  驚いて本人に聞いてみると、長男だけでなくクラスの生徒一人一人の光るところを見つけて学校生活の中でさりげなくフォーカスしてくれる先生なのだとか。なんでそういう素敵な話をしないんだ! どんな科目にも得意不得意があるのは当然で、学習の成果を計るためにはテストで採点したり、順位をつけたりする必要もあるでしょう。得意な子にとってはそこでの評価が自信になり将来の夢につながる可能性もあると思います。  運動が得意な子が脚光を浴びる運動会のように、それ以外の子の得意や好きなことも何かしらの形でみんなに知ってもらったり認められたりする機会がたくさんある小学校生活であってほしい。  画一的な指導に生きづらさを感じてきた親世代からすると、少しずつ良くなっている公教育の今後に期待を込めて。 ○tomekko/主婦力は低いが妄想力は高いアラフォー。3兄弟に育てられる日々。イラストレーター、漫画家、コミックエッセイスト。小6、小2、年中の男子3兄弟に夫とほぼ男子校な日々を綴っているポンコツ母さん。主な著書に『飛んで火に入る』(講談社モーニング)、『おっとり長男もっちり次男きょうだい観察手帳』(赤ちゃんとママ社)など。『AERA with Kids』で連載中の「脱・カンペキ親修行」は6年目に突入!  
歩こうとしても足が動かない! パーキンソン病は薬の効く時間が短くなる 進行を遅らせる生活習慣は?
歩こうとしても足が動かない! パーキンソン病は薬の効く時間が短くなる 進行を遅らせる生活習慣は? ※写真はイメージです(写真/Getty Images)    パーキンソン病は、糖尿病などの生活習慣病と同様に「生涯つきあう病気」で、治療では自分に合った薬を使って、体の動きをうまく調節できなくなる「運動症状」をコントロールしていきます。長く服用していると薬の効く時間が短くなるなどしますが、その場合は薬を調整することで、できるだけ生活に支障が生じないようにすることが大切です。治療や病気との上手な向き合い方などについて、パーキンソン病を専門とする脳神経内科の医師に聞きました。この記事は、週刊朝日ムック「手術数でわかるいい病院」編集チームが取材する連載企画「名医に聞く 病気の予防と治し方」からお届けします。「パーキンソン病」全3回の3回目です。 *  *  *    パーキンソン病の運動症状には薬物療法の効果が高く、早期のうちは症状を抑えられるので、仕事を続けるなど通常の生活を送ることが可能です。ところが薬物療法を長く続けるうち、「運動合併症」が起こるようになります。 【第1回はこちら】 手のふるえはパーキンソン病のサイン? 「生真面目な性格」が発症に影響という指摘も【チェックリスト】 https://dot.asahi.com/articles/-/202511 【第2回はこちら】 なぜパーキンソン病は別の病気に間違われやすいのか? 足を引きずる症状から脊柱管狭窄症手術を受けた人も https://dot.asahi.com/articles/-/202947  その一つが「ウェアリングオフ現象」です。薬の効く時間が短くなり、薬が効く「オン」の時間帯には問題なく動けるのに、効果が弱まる「オフ」の時間帯になると、手足がふるえる、動作が遅くなる、歩こうとしても足が動かないなどの運動症状が出てきます。もう一つは、自分の意思とは関係なく体が動いてしまう「不随意運動(ジスキネジア)」です。これは薬の効きすぎによるもので、手足や肩がくねくね動く、体が揺れる、口もとが動くなどが起こります。  専門医の少ない地域での医療相談にも取り組む国立病院機構宇多野病院臨床研究部長の大江田知子医師は、「パーキンソン病の進み方は個人差が大きい」といいます。 「薬がよく効き、日常活動におおむね支障なく過ごせる期間は『ハネムーン期』と呼ばれます。ハネムーン期は3~10年ぐらいと人によりさまざまです。やがて多くの患者さんに『運動合併症』がみられるようになり、薬の用量や服薬のタイミングなどを見直して症状をコントロールしていきます」(大江田医師) ドパミンを補充する薬を中心とするテーラーメイド治療  パーキンソン病では、脳内の神経伝達物質の一種である「ドパミン」が減っているので、それを補うため、脳内でドパミンに変化する「L-ドパ製剤」がよく使われます。ドパミンを受け取る部分「ドパミン受容体」を刺激して情報伝達を促す「ドパミンアゴニスト」もよく使われます。  このほか、ドパミンを分解する酵素の働きを妨げる「MAO-B阻害薬」、L-ドパ製剤が分解されるのを妨げる「COMT阻害薬」、脳内の神経伝達物質のアセチルコリンの働きを抑える「抗コリン薬」、もともと抗てんかん薬でパーキンソン病にも有効であることがわかり使われるようになった「ゾニサミド」など、さまざまな種類の薬があります。    処方される薬の種類や服用量、服用回数などは、一人ひとりで異なり、症状や発症年齢、現在の年齢、生活状況などに合わせてテーラーメイド治療がおこなわれます。そのため、別の人に効果があるからといって、それが自分にも適しているとは限りません。  自分に合った治療を受けるためのポイントは、症状をきちんと主治医に伝えること。インターネット上には、自宅での症状の変化や困っていることなどを記録する「症状日誌」が掲載されているのでそれを活用したり、自分でメモにまとめたりして担当医に見せるとよいでしょう。 「L-ドパ製剤」の1日の服用回数は、はじめは2~3回ですが、運動合併症で薬効時間が短くなると回数を増やす必要があります。薬効の落ちる「オフ状態」には、もともとの動作緩慢、筋強剛、歩行障害といった症状が強く出て、日常生活に困るからです。薬効を延ばすような薬を併用し、さらにL-ドパ製剤の服用回数を増やしたりタイミングを工夫したりして、できるだけ「オン状態」が保たれるように調整します。 「頻回の服用は負担になりますが、きちんと服用しないと薬の効果を得られません。周囲の人に一緒に確認してもらう、おくすりカレンダーなどを利用するなどの工夫が必要です」(大江田医師)  病気の進行とともにL-ドパ製剤の服用回数が増えますが、1日5回以上になってもオフ状態のコントロールが難しくなった場合には、機械を使う「デバイス補助治療」の選択肢があります。現在、「脳深部刺激療法(DBS)」「レボトパ・カルビドパ持続経腸投与療法(LCIG)」「ホスレボドパ/ホスカルビドパ持続皮下注療法(CSCI)」があります。  手術で脳に小さな電極を埋め込み、電気刺激を脳の特定の部位に加えて症状を安定させる治療法がDBSです。LCIGは、内視鏡手術でつくった「胃ろう(腹部に小さな穴を開け、胃から小腸にチューブを通す)」から薬を直接小腸に持続的に入れる治療法で、オフ時間の短縮が期待されます。胃ろうの手術が不要で、持続的に皮膚の下に薬を入れることができるCSCIは、2023年5月に承認されたばかりの新しい治療です。  パーキンソン病には運動症状のほか、多彩な「非運動症状」があります。例えば、便秘・頻尿、不安やうつ症状、睡眠障害、立ちくらみ(起立性低血圧)、幻視やもの忘れなどです。それぞれ効果が期待できる薬があるため、運動症状以外にも、気になる症状がある場合は、担当医に伝え相談しましょう。   好きな運動を継続して、運動症状の進行を抑える  薬物療法と並んで重要とされるのが、運動です。パーキンソン病の患者会との交流に力を入れている順天堂大学順天堂医院脳神経内科准教授の大山彦光医師は、次のように言います。 「パーキンソン病の薬は症状を抑えるもので、進行を遅らせることはできません。唯一、運動症状の進行を遅らせる効果があるとされるのが運動です。太極拳、音楽療法、ダンス、ビデオゲームによるエクササイズなどさまざまな運動で研究がおこなわれ、いずれも有効性が報告されています」  大江田医師も運動の効果について、「リハビリテーションを積極的におこなった後には症状が軽くなるという研究がたくさん出ています。早期からできるだけ運動をしておくと、病気の進行を多少なりとも抑えられる可能性があります」と言います。 「パーキンソン病では関節がかたくなり姿勢も前かがみになりがちです。まず、早期からストレッチ体操を習慣づけるよう勧めています。どんな運動がいいかとよく聞かれますが、散歩でもダンスでも、自分が好きな運動を長く続けてほしいと答えています」(大江田医師)   病気とのつきあいが長くなってきたら  発症から10年、15年、あるいはそれ以上経過すると、治療では症状をコントロールし切れなくなり、介助が必要な時間が増えてきます。その際には、障害者総合支援制度、介護保険制度などのサービスの利用を検討しましょう。申請し認定を受けると、ホームヘルパーが自宅を訪問するサービス、福祉用具のレンタルなどさまざまなサービスを費用の一部を自己負担することで利用できます。医療費を軽減する難病医療費助成制度、税金の障害者控除などを受けられる身体障害者手帳の制度もありますから、事前に対象や申請方法などを調べておくとよいでしょう。  病気が進行した時に気をつけてほしいのは、感染症、誤嚥(ごえん)性肺炎、大きな骨折です。体に大きな炎症が起こると、いったんパーキンソン病の症状が悪化し、もとの病気である感染症などが治癒しても、前の状態にまで戻らないことがあるからです。予防接種や十分な栄養摂取、いつも口腔をきれいに保つことで感染症を防ぎ、住まいの環境整備や歩行補助具で転倒・骨折を防ぐようにします。  介護が必要になると、人によっては介護施設への入所を選択することもあります。その場合の問題点について、大山医師は次のように言います。 「施設に入所し訪問診療を受ける場合、訪問診療医がパーキンソン病に詳しくないと薬の調整がなされないままになることがあり、施設においても脳神経内科医の診察を受けられる環境づくりが求められています。当院は介護施設と連携する取り組みをおこなっており、そういった施設を探すのも一つの方法です」  パーキンソン病になっても、寿命はパーキンソン病ではない人と大きな差はありません。まずは過度に恐れず、早めにきちんと治療を受け、よい状態をできるだけ長く保つこと。介護が必要になった時には、パーキンソン病に限りませんが、医師や看護師、介護職などによるサポートを積極的に活用していきましょう。 (文/山本七枝子)   【取材した医師】 国立病院機構宇多野病院 臨床研究部長/京都大学医学部 臨床教授 大江田知子医師 1993年、大阪市立大学医学部卒。2003年、京都大学大学院で博士号取得。01年から国立病院機構宇多野病院脳神経内科。脳神経内科医長を経て、16年から現職。診断から進行期にいたるまで、パーキンソン病を中心とした脳変性疾患の診療に携わり、「最適な治療は患者さんを知ることから」をモットーにコミュニケーションを大切にしている。専門医の少ない地域での保健所による個別医療相談にも取り組む。 国立病院機構宇多野病院:京都市右京区鳴滝音戸山町8 国立病院機構宇多野病院 臨床研究部長/京都大学医学部 臨床教授 大江田知子医師 順天堂大学順天堂医院 脳神経内科 准教授 大山彦光医師   2002年、埼玉医科大学医学部卒。10年、順天堂大学医学研究科で博士号取得。米フロリダ大学Movement Disorder Center フェロー等を経て、14年4月から現職。脳深部刺激療法(DBS)治療のチームリーダーを務めるほか、遠隔地にいる患者の体の動きを3次元でとらえる3次元オンライン診療システムの開発にも携わる。患者会(パーキンソン病友の会)のイベントに参加するなど、患者との交流にも力を入れている。 順天堂大学順天堂医院:東京都文京区本郷3-1-3 順天堂大学順天堂医院 脳神経内科 准教授 大山彦光医師     連載「名医に聞く 病気の予防と治し方」を含む、予防や健康・医療、介護の記事は、WEBサイト「AERAウェルネス」で、まとめてご覧いただけます。

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